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こんな事、なんでもない。男なんだから未経験が処女だと歓迎される女とは違う。 そうだと判っているのに、涙が溢れるのはなぜだろう。 女の身体でいる時だって将汰にもっと優しくしてやればよかった。将汰があんな風に僕を乱暴に扱ったのは、女の僕にあんな仕打ちをされたからだ。 自分が蒔いた種で、将汰に対する自分の汚い欲望を自覚する……そして、それをよりによって 将汰に知られたのが辛かった。 そう、知られてしまった。 嫌がる素振りで本当は、将汰の心だけでなく身体も欲していたと。 だけど将汰は、僕を大切な友達としても扱ってくれなかった。 自分のイライラをぶつける対象としてしか見られていない事。 そんなどうでもいいような存在だったのだ。 そう思うだけで、また胸がぎゅっと引き絞られるようでまた、溢れるようにこぼれる涙に、 もしかしたら、僕の身体の一部にまだ女の体が残っているんだと自分に言い訳した。 将汰は、やっぱり僕を避ける。嫌なものでも思い出したように、僕の姿を見ただけで 方向を変えられた事もあった。 僕を見るだけできっとあの日の事を思い出すのだろう。 思い出したくもない、男に欲望を向けた事実を。 忘れたい……忘れよう……将汰の事を。 なのに苦しい……胸が抉られる。 だけど、あんな酷い事をされたというのに僕は、将汰を忘れるどころか諦める事もできないんだ。 あんな酷いやつなのに、僕を友人どころか、自分の欲求不満の捌け口として 扱ったような最低な奴なのに。 友達なら、きっともう将汰の事など見捨てているのだろう。将汰を好きだから、将汰に 友達として持ってはいけない恋心を持ってしまったから、罰があたったんだ。 どれほど、将汰に邪険にされても、酷い扱いを受けても、僕は将汰が好きなんだ。 ふと、視線を感じて頭を上げると将汰と目が合った。 露骨に顔を背ける将汰。 そういえば、今までも何度か誰かの視線を感じた事があったけど、あれもまさか将汰だったのだろうか? だけどいつもは僕の事を避けてる癖に、どうして僕を盗み見るような事をする? 多少は、僕に罪悪感を感じているのか? それとも……? どっちにしても僕は判ってしまった。 彼がどれほど僕に辛い事を強いようとも、将汰を嫌いになれないのと同じように 将汰もまた、女である時の僕がどれほど、残酷で嫌な奴でも彼女を諦める事などできないのだと。 家に帰ってパソコンに電源を入れる。 僕は高ぶる感情で溢れる涙を拭う余裕もなく、次々とページを開く。 男が女の体になるという、あるホームページに辿り着いた。 そのページを読んでいて、僕は驚いた。僕の他にも誰にも信じられずに、男と女の性を渡り歩いている 人達がいる事に。そしてあるページの文言が、僕の心を打抜いた。 『手術で女になった男に妊娠の心配はないが、薬で女になった男が妊娠するとニ度と男に戻れなくなるから決して不用意に男と寝る事はないように』 その一文をみて僕は目が離せなくなった。 なぜなら将汰が女である僕を好きだと言う彼の最終的な目的には、間違いなく契りあうという意味も含まれているから。最終的に僕が将汰を受け入れると言う事は、それは同衾する事に他ならないわけで。 だけどもしも、女の僕が体を簡単に許せば、将汰が女の僕に興味がなくなるのは、今までの将汰の 行動からいって、想像にかたくない。 だから将汰と寝て、二度と男に戻れなくなるということは、僕という存在がこの世界から永遠に消滅するということだ。 だって女の僕には戸籍も家族も友達も居場所もない。 僕は、唇を噛む。 逆に決心がついた。 たとえ自分が消滅しても、将汰に全てを捧げて滅びの道を歩む。 これ以上の恋のおとしまえのつけかたが、あるだろうか?体は女になっても十分男らしいじゃないか。 もう一人の僕が、叫ぶ。 ばかな事はやめろと。 何を考えているんだと。 だけど、僕はもう決めてしまった。滅びの道に突き進む事に。 二度と戻れない、どこまでも続く深淵に自らの身を投げ出す事に、むしろ酔っていた。 僕は、着ている物を全て脱ぎ落とし、クローゼットの中にある鏡の前に立つと 携帯のカメラで自分の全身を写してみる。 誰にも二度と見せる事のない男の自分を最後に自分で愛でてやりたかった。 一度も女も知らずに自分だけで、この体を見送るのに後悔しないかと言われれば、強く 否定はできないけれど。今の僕には将汰への気持ちしか見えなかった。 こんな絶望の深淵に入り込むのは僕だけで十分だ。 将汰は、僕の体を堪能して、女の僕を支配した優越感に浸って満足し、将汰らしく後ろを振り向かずに前に進めばいい。 さようなら、将汰。 戸籍もない女の僕が、どこで生きていけるかは分らないけれど、自殺だけはしないつもりだ。 だから、恋の勝利の媚薬を存分に味わうがいい。 好きだよ、将汰。 女として君を愛する事はできないけれど、それでも男の僕は君が好きだった。 どんな仕打ちを受けても、こんな気持ちになるのは、僕だけじゃない。 将汰、君もなんだな。 だとしたら、僕が解放してやるよ。君のその恋心を僕の全てを使って。 心が決まれば、もう進む道は一筋だった。 シンプルなシャツブラウスに、中はTシャツ。 下着は、母が先日買った物を拝借した。 こんなのを身につけるのは屈辱だけど、男物のビキニなんか履いていたらただの変態に思われるだろうから仕方ない。 大きく息を吐いてから息を止めて、あの青い顆粒をひと粒ではなく数粒口に含む。 暫くして体に薬が行き渡ると、燃えるように体が熱くなり、一瞬気を失いそうになる。 ここで全裸で失神するわけにもいかないから、苦しさを堪えて最後になるかもしれない僕の男自身をそっと握りしめた。 あっという間に、それは小さくなっていき、殆ど豆粒のようになって体の中に埋没した。 さようなら、僕。 さようなら朋之 今まで自分を大事にしなくてごめん。 こんな形で自分の存在を消してしまってごめん。 でも、後悔だけはするまい。だって自分の持っているすべてを、賭けてもいい相手に出会ってしまったのだから。
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