池魚籠鳥 〈6〉




 午後になると両手を合わせて動かない俺を心配したのか獣医さんが連絡したらしく、学校からクラスメイトが何人か俺を迎えに来た。

「帰ろう?ここにいても仕方ない」

「やだ」

「気持ちは解るけど、ここは狭いからレオンがいると病院に迷惑なんだよ」

そこまで言われると帰るしかなかった。だけどみるくを置いていくのが身を切られるように辛い。

「いやだ、一緒にいたい、いたいんだ」

そこに突然佐久間が現れて俺は石のように動けなくなってしまう。どうして佐久間が……

「わがままも、いいかげんにしろ」

そういうと思いっきり俺を肩に担ぎ上げた。

「お前らこいつの鞄を持ってきてくれ」

「なにしやがる、おろせ、おろせよ、自分で歩けるったら!」

俺は必死に暴れる。彼に触られるだけで俺の身体はおかしくなりそうだったから。

「いいかげんにしろよ。みんなを振り回すのが面白いか?」

罵倒する佐久間の声を背中に浴びながら俺はそのまま必死に駆け出す。 辺りなんかなにも見えていなかった。

ブァッバー!!

けたたましい音で俺は飛び退いた。

すぐ後ろを黒塗りの高そうな車が急ブレーキをかけている。

「レオンくんじゃないか……どうしたの?とりあえず車に乗って」

やくざか政治家の乗るような高そうな車に乗っていたのは大庭だった。

「何かあったのかい?真っ赤な顔をして」

優しそうな大庭の声に俺はつい警戒心を解いて一気に力が抜けた。

「クラスで飼ってたハムスターが危ないんです。僕がちゃんと昨日のうちに病院に連れていかなかったから」

俺は大庭に詳しい事情を道すがら事情を説明する。

「それならいいけど、さっきレオン君を担いでいたのは実継じゃなかったかい?」

「はい……。僕、どうしてもみるくが……ハムスターが気になって」

「それならいいんだが、レオン君がこの車に乗る時、実継くんに睨まれたから、また何かあるのかと 思ってね」

「いえ、大庭さんとした約束は守ってるつもりです」

「解っているよ」

 大庭はあくまで優しい。佐久間とは大違いだ。

 しばらくすると、大庭の携帯が鳴った。小声で話しているが隣に座っている僕には嫌でも全てが耳に入ってくる。

「あぁ、全く、実継も何を考えてるんだろう。ドイツには留学しないつもりだと思っていたのに」 ……という事は佐久間は留学するつもりなのだろうか?

「彼の留学先からオファーが何度もあるからその気になったのかもしれない。でももう遅い……あぁじゃあまた後で」

 俺は思わず口を出す。

「今のお話……佐久間の留学のお金の件ですか?」

「そんなことは君には関係ないだろう?それとも実継に申し訳ないから、君がお金をなんとかするのか?できないだろう?もしかして君が当てにしているのは一億かい?一億と言ってもすでに御両親に貸し付けの話はしてあるし、病院代と店の運転資金でぎりぎりのはずだ」

 俺は思わず俯いた。

「それとも君は彼の為に2000万を作るつもりか?身体でも売らないと作れないだろうが」

「身体を売れば作れるんですか?」

「まさか?君は冗談でそんな事言ってるんだろう?」

 無言でいると彼がぐいっと僕を引き寄せた。

「他の男に身を売るな。そんなつもりなら私の専属になればいい」

 それを聞いて俺は血の気が引いた。本気で身を売るなんて考えてもいなかったからだ。

「待って下さい。僕はそんな……」

「じゃあどうやって作るつもり?今どき臓器なんて売れないよ」

「そんな……酷いですよ。大庭さん、いじわるいわないでください」

「だってなぜかレオンくんを見てると意地悪したくなるんだもの。今まで御両親の愛に包まれ、友人にも恵まれて僕のようなどろどろした感情とは無縁だったんだろうね」

「そんな事ないです。僕なんかよごれっぱなしだ」

「レオンの悩みなんか可愛いものさ。僕はやっぱり実継に複雑な感情を持ってしまう。僕の父親を奪った家の跡取りで、しかも他の才能もある。しかも彼はヘテロの癖に君のような綺麗な男の子にまでちょっかいを出して弄ぶのも平気だ。女と楽しくセックスできる男がどうしてわざわざ男の君を抱くのかな。それはゲイである 僕に対するあてつけなのかもしれない」

 佐久間が僕に特別な関心があると自惚れていたわけではないけれど、はっきりこうした事情を聞かされるのは今の僕には辛すぎる。

「大事にするよ、レオン。あいつに借りた金が気になるなら、僕が2000万円たてかえてあげる。 だから僕だけの特別な人になってくれないか?」

 僕は両拳を握ったままがちがちになって震えていた。

 特別と言うのは佐久間とやったあの行為を俺に求めていると言う事なのだ。 佐久間に強制された時は、驚き腹もたったけれど、今のような生理的な嫌悪は一度もなかった。

「すいません、僕、やっぱり無理だ」

「レオン……実継はよくて僕はだめっていうことか?あいつはお前を傷つけるためだけに抱いたのは知ってるだろう。それでも僕より、あんな獣のような男を選ぶのか?」

 突然変わった大庭の目つきに俺は車の端まで後退る。

「いうことを聞かないと君の御両親に君が身体を売ってあのお金を作った事もお話しなくちゃいけない。実継の留学資金だって出すことは不可能だ」

彼がそんな脅しのような事をいうなんて

「大庭さん……」

「黙って僕の言う事に従っていれば間違いない。さぁ」

 そういって車を下ろされると、佐久間の屋敷の裏手にあるいくつかの家の一つに押し込めるように強引に入れられた。

「待って、やめてください大庭さん。僕は、僕はいやだ。」

 ふと顔を見上げると大庭の顔は優しげな表情から欲望を露にした顔に変化している。

「いやだ、よせ。触るな!触るなったら」

 もう丁寧語なんか使ってる余裕はなかった。玄関から抱き上げられるように寝室に連れ込まれる。手足をばたつかせてもその力は全く弱まらず、逆にさらに強くなった。

「今まで感じた事のないほどの快感を君に与えてあげよう。実継のようなガキには与えられない快感だ」

「やだ、いらない。そんなものいらない……結構だ」

 彼は無言のまま、俺の首筋のどこかに彼はぐっと指に力を込めて圧した。

 一瞬で気が遠くなり、力が抜ける。

「ここは人間の急所のひとつでね。力のかけ具合を間違えると命がないんだ」

 さも楽しい事でもやっているように彼は俺を見下ろして微笑んでいる。

 服を脱がされる感覚とごつい男の指が自分のからだのあちこちを撫で回す感覚が気持ち悪くて、でも身体の奥から沸き上がる快感はいかんともし難くて、俺は情けないけど嗚咽を漏らしていた。


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