池魚籠鳥 〈3〉




 

 巧みな指先であっという間に上着どころかパンツさえも剥ぎ取られてしまう。あまりの手際よさに俺は何が起ったのか自分でも把握しかねていた。

「綺麗な顔をしてる……本当に」

 それなのに佐久間の発した言葉……綺麗だなんて男に対しての形容としては最悪に近い。

 呟くように佐久間がそういうのが頭上で聞こえたかと思うとキスをしながら俺の下半身を弄り、彼の指がボクサーの中の俺に絡んできて俺は電流が走るようにびくびくと震えてしまう。本当は男だから気持ち悪いはずなのにどうして俺はこんなに……。絶対変だ。

「な、なにする……ばかにすんな」

「そんな事言って感じてるじゃないか…いいぜ……」

 絶頂に導かれそうになると、指を離し、落ち着くとまた指を絡めてくる。 その間もずっと彼の巧みなキスに翻弄されて俺はもう何がなんだかわからなくなりかけていた。はぁはぁと自分の息が荒くなり肩で息を紡いでいる。

 今、自分の身に起きている事が現実だと受け入れられない。

 何度目かの絶頂をやり過ごし、肩で息をしていると、後ろにつめたいぬるっとしたものが塗込められた。 直後にその部分を中心に身体が熱くなる。

 足を高く持ち上げられたかと思うと、からだの中心に焼火箸を突っ込まれたような激痛が走った。

 「う、い、いてぇ……」

 脂汗が滲んでくる。まさか、いきなりあいつのモノを押し込んできたのか?だけどこれくらいで声を出したくない。それなのにぐっと歯を食いしばるが声がもれる。

「動くな……じっとしてろ」

「う、う、うぅ〜〜〜!!!」

 そんな事をいわれても我慢などできる範囲の痛みではない……恐怖と、予想の範囲を越えた痛みに逃れようと必死にもがいた。首輪が首に食い込んでいく感覚がわかる。 首が苦しくなると同時に息ができなくなり、急速に視界が狭くなっていった。

 そのまま俺は気を失ったらしい。

  小鳥のさえずりが聴こえ、柔らかい朝日が瞼をくすぐる。

 やっと開けた薄目に飛び込んできたのは見なれぬ高い天井と下半身の鈍痛。そして見た事もないような高価そうな調度品に囲まれて思わず昨夜の出来事が悪夢ではなく、現実だと知る。

 

 こんな事があっていいのか?

 口も碌に聞いた事もない同級生に強姦された……

 否、そうではない。

 自分の運命の為に自らの身を売り払ったのだ。

 金持ちの道楽のために。

 考えれば考える程惨めになる。

 なんとか起き上がると、扉にもたれ掛かるようにして俺を見下す佐久間が見えた。

「何時まで寝てるつもりだ……仕事はどうした」

「仕事って……」

「俺のペットの世話もお前の仕事だろ。オウムと鯉に餌をやれ」

 重い身体を引きずるようにして彼の後をついてゆく。

 オウムの檻は彼の部屋の前にあり天井に届く程の高さと2帖ほどの広さがある。 ベッドとお揃いの金色の真鍮でドーム型に作られたそれは、個人の持ち物とは信じ難いものだった。 そのあと案内された庭には赤い欄干の太鼓橋のかかった池があり、そこに錦鯉が放されている。いったいこの家はどうなってるんだろう?日本にもこんな金持ちが住んでいたなんて今日まで知らなかった。

 呆れ返る俺に前のペット係と思しき使用人が俺に世話の仕方を詳しく説明してくれた。 ここは庭と言うよりむしろ公園だ。これが個人所有なのかと思うとため息が出た。

 これほどまでの金持ちなら2000万円なんてはした金なのかもしれない。 そう思うと俺の気分はますます落ち込んだ。

 彼にとってはほんの端金で最後に残った俺の財産というべき俺自身さえ彼のものになってしまうのか。

 涼しい顔で俺をみている佐久間を俺は唇を噛み締めて睨み付けた。

 身体はこいつの物でも、俺の心は俺の自由だ。 言う事を聞く振りをしても、決して心だけは佐久間に売り渡すまい。

 ぼろぼろになった自分の身体をなんとか立ち直しながら、そう固く自分に誓った。

 重い身体をなんとか立て直して登校する。

 身体の奥にまだ佐久間がいるような感覚がなんとも悔しい。

 ペットの世話は毎日だろうが、佐久間の世話も毎晩だったりしないよな?

 そんなんじゃ身体がもたない。

 そのうえ放課後には生物部の飼ってる生き物達の世話がある。ついでにクラスのハムスターだってやっぱり気になる。

 全く損な性分だ。辛い身体に鞭打ってなんとか放課後までやり過ごす。 朝も食べられなかったが、昼もとても食べる気分じゃなかった。

 このまま食べたら吐いてしまいそうだ。 佐久間をこっそり盗み見ると俺の事など全く無視している。っていうか教室にまるで誰もいないような すました顔をしている。

 そのくせ、先生に当てられると正しい答えを短く機械的に答える。

 どの教師も突っ込み所がないほどに。いったいこいつは何ものなんだろう?きっと俺が佐久間とこんなかかわりがあると誰かに話したところで誰も信じないに違いない。

 そんなどこか飄々としたところのある男が俺の家族の為になぜあんな大金を出し、俺の身体を自由にしようと思うのか?俺のようなどちらかというと体躯に恵まれない男を言う事を聞かせたからと言っていったい何が面白いのだろう?

 帰りは佐久間の家の執事が俺を迎えに来ていた。

「おぼっちゃまがお待ちです。至急お帰りください」

 黒塗りの大きなクラウンのシートはふかふかだったが、俺はとてももたれる気になんかなれずに緊張したままだ。当然ペット屋敷と呼ばれる俺専用の使用人屋敷に佐久間は俺を待ち構えていた。

 「前払いしてるんだから、真面目に仕事をしろ。泣こうと騒ごうと俺の思う通りになるんだから、黙って素直に抱かれた方が利口と言うものだ」

 そういうと再び俺に首輪を付ける。こんな屈辱的な事をされているというのに、俺の身体はしだいに 彼の器用な指先が紡ぎ出す快楽を憶えこんでいき、しまいには待ちわびるように自ら腰を浮かせてしまい その事実がさらに俺のプライドを傷つけた。

 そしてなぜかは解らないけれど、佐久間は毎晩のように俺を抱くようになっていった。そして抱いた後、何か考え事でもしているかのように暗闇の中で頭を抱える佐久間を見かけた。俺を……男を抱く事に嫌悪しているのか?俺はそんな佐久間に気付かない振りでそっと背を向けたまま目を閉じる。たぶん、彼はこうなったことを後悔しているのだろう。俺に対するその扱いが最初の日と比べると日に日に優しくなった。

 多分、彼がその行為に馴れたのもあっただろうけれど、俺としては戸惑わずにいられなかった。 行為の時の優しさとは裏腹にその行為が終わった後に、まるでここに通ってきているのを後ろめたく思っているように早々に立ち去る姿に俺は二重に傷つけられる気がした。後悔するくらいなら俺なんか抱かなければいいのに。

 でも、もし本当に佐久間が俺を抱かなくなったらどうなるんだろう?

 俺はほっとするのだろうか?いや違う。今だって佐久間の愛撫に身体が慣れ、佐久間が夕食後にやってくるのを決して嫌な気持ちではない自分の心の変化に俺は愕然としていたのに。



  「お待ちください、光司さま」

 使用人頭の声が玄関先に響く。

 なんの前触れもなくいきなり見知らぬ長身の男が使用人屋敷の玄関から上がり込んでくる。

 「いったい誰の許可を得て新しい使用人を入れた。必ず私を通すようにいってあったろう」

 その男のあとから慌てるように使用人頭がついてくる。

 「実継さまの御紹介なのです」

 「なんだって、未成年のあいつになぜそんなわがままを許すんだ」

 勝手に入り込んできた20代前半の男の顔を見上げて俺ははっとした。

 佐久間に面影が似ているのだ。

 「佐久間さん?」

 「いや、私は佐久間ではないが、ここの人事をまかされている大庭光司という者だ。君は拝見したところ未成年のようだが、ここにいることを御両親は御存じなのか?」

 彼の態度が急に柔らかくなって俺はほっとした。

 「はい。父が入院中で母が看護に病院につめております」

 「そうか……そういう理由でアルバイトを?もっと割のいいのがあると思うがなぜ、うちに来たんだい?」

 どうやら俺を苦学生だと思っているのだろう。語りかけが幼い子供に対するものに変化していくのに俺は苦笑した。もう高校生なのに、俺はそんなに頼り無く見えるのだろうか?

 「実は僕、佐久間君の同級生なんです。僕が生物部で動物の世話をするのが好きなので、 多分、適任だと思ってもらえたみたいで」

 使用人がしらの小泉さんが脇から口を出す。

 「光司様、香咲くんは、すごく仕事のできる子なんですよ。動物の世話にも慣れてますし、汚い仕事だって率先してやってくれる、なによりよく、気がついてどのペットも香咲くんにはよく懐いていて」

 それを大庭は制止するようににっこりと微笑みながら片手で制した。

 「よくわかった。基本的には認めよう。実継君には後で事情を聞くとして香咲くんから話しをきくから、君は持ち場にかえっていいよ」

 「はい」

 小泉さんはまだ、何か言いたそうにしていたが、そのまま俺の部屋を出ていった。

 「驚かせて悪かったね。乱れた生活をしている実継君の紹介だったもので、てっきり女の子だと思ったんだ」

 そういって大庭はまるで自分の部屋のようにどっかりと勝手にソファに腰を下ろした。

 「誤解して失礼な事を言ったりして申し訳なかった。実継くんに君のような友だちがいるなんて 知らなかったしね。彼は幼い頃からなんでも周りが云うが侭だったから、傍若無人に見えるだろうが、あれで 繊細なところもあるんだ」

 そういって優しそうに微笑んだ。

 「困った事が起きたらなんでも相談してくれていい」

 そういって高校生の俺相手に高そうな箔のついた名刺を渡すとじっと探るような瞳で俺を見つめてから使用人屋敷を出ていった。


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