KARATE2

ゴールデン・ボーイズ



麗らかな陽射しの元、窓からこぼれる小鳥の声が朝を告げる。
「冗談だろ?」
竜斗は先程までの甘やかな空気を破る声を張り上げる。
「ジョークなもんか、本当だよ」
「1日も取れないの?休みが?」
「仕方ないだろ。仕事なんだよ」
「仕事じゃないじゃないか。一銭にもならないボランティアなんだから」
そうなのだ。雄斗はこの春から勤めた中学校の空手同好会の顧問になった。
もともと実力は黒帯との呼び声が高い雄斗が空手の同好会の顧問になるのは自然な流れであるのだが、 竜斗はそれまで、部活動や同好会の顧問の先生達が完全なボランティアで仕事をしてるなんて 全く知らなかった。 ちゃんと手当てが出ているものだと思っていた。
たしかに竜斗が中学の時の先生も殆ど休み無しで指導してくれた。 あれは全部、ボランティアだったとは信じがたい。しかし、雄斗の話を聞いていると真実らしい。
実は今年のゴールデンウィークは3連休と短かったが なんとか使いたくも無い親のコネまで使って 某有名スキー場のリゾートホテルをやっと予約する事が出来た。
絶対喜んでくれると思って今まで内緒にしていたのに、雄斗ときたら自分とのリゾートより 空手の指導を選ぶらしい。
仕事なら仕方が無い。でも所詮ボランティアだ。上等じゃないか
「誰か、別の人に頼めないの?」
「頼める訳ないだろ。ゴールデンウィークなんだぞ。結婚して子供のいる先生だって 奥さん達に白い眼で見られようとちゃんと部活動こなしてるんだ。独身の俺がやらない訳にいくか」
「そうか、そこまで言うんなら俺にも考えがある」
「なんだよ」
「可愛い女の子と行くことにする」
「勝手にしろ」 もう、売り言葉に買い言葉である。あまり腹がたつから、今回は竜斗は自分から折れるもんかと固く決心する。 ということは、いじっぱりの雄斗と当分冷戦状態に突入という事らしい。 雄斗は少しだけ申し訳なさそうな顔をしたが、竜斗は許してやりたくなかった。
だって、先日マンションに押し掛けてきた美少年も空手同好会に入ってるらしい。 雄斗に顧問が決まってから、部員が急に増えて部に昇格する日も近いなどと雄斗は単純に喜んでいたが みんな雄斗目的に決まっている。 雄斗と邪な生徒達がくんずほぐれずしてるのかと思ったら(もちろん、柔道じゃないのだから寝技とかはないのだが)腹が立ってしかたない。
結局、竜斗はホテルをキャンセルし、友人の家に遊びに行く事にした。
なんといっても、休みに雄斗を部屋から見送るだけのゴールデンウィークなんて、絶対嫌だったから。 大学時代からの友人の神崎の家に泊まりに行く。
神崎が住んでいるのは同じ市内だが、雄斗との関係ができる前はお互いによく泊まりあう仲だった。 ラフな格好で行こうと思ったが、ふと考え直し、結局スーツとカタログの入ったビジネスバックを持って出かける事にした。
ドアをあけるなり神崎が驚いた声で肩をたたいた。
「なんだ、竜、その格好。これから仕事か?ってかんじだぞ」
「うん、実は明日はこのまま新しい仕事先を開拓しようかと思ってさ」
「さすが、エリートサラリーマンは違うね。ゴールデンウィークも仕事かよ」
「半分、仕事。半分は.....浮気調査」
「なんだ、そりゃ?」
「だって、同棲してる奴がさ。せっかく、苦労してとったリゾートホテルを仕事だから行かないっていうんだ」
「はぁ?お前、ベタ惚れだね」
「うん、もうだめかも」
もちろん、神崎にも同棲相手が男だなんて一言もいってない。
神崎は本当にさっぱりとした良い友人だから、余計な気を使う事も無く。たとえ久しぶりにあったとしても あっという間に昔の状態に戻れる貴重な男だった。

とりあえず、雄斗と連絡も取りたく無いし、他の仕事も入って欲しく無いので携帯の電源を切る。
『少しは心配すればいいさ』
神崎と話していてもいつものように何か乗らない。
雄斗がまた、発展場もどきのカフェに行ってる気がした。
『全然心配していないかも』
それはそれで悲しいものがある。
神崎と近況や他愛のない話をしながらゆっくりと飲んだ。
ベッドに入ってからも夜は長い。竜斗にはソファベットを使わせてくれた神崎の静かな寝息を聞きながら、雄斗は今何をしてるのかと思う。 やっぱりこんな思いに押しつぶされそうになるなら、部屋に戻るべきだったと後悔する。 結局朝になるまでうつらうつらと寝たのか寝ないのか解らない感じだった。

当初の予定どうり、竜斗は朝から市立川向中学に足を向けた。
竜斗の仕事は営業とはいえ、殆どが企業単位で小口の営業などした事も無かった。 まして、学校などはじめてある。 同じ書籍を扱っているとは言え、小さな書店ならいざしらず、雄斗の会社のような卸しか、精々チェーン書店の大口しか営業していないところが、教育局や、市の教育課も通さずいきなり訪ねるのに多少の不安はあった。
しかし、恋心は偉大である。
竜斗は職員玄関に入るとまず、雄斗のロッカーを確認し、職員室に向った。 職員室に入るのは学生時代以来だ。
教頭が出てきて対応してくれる、まだ40代前半のなかなか男前だった。
名刺をみて、驚いた顔をする
「さすが大手さんは情報が早いですね。どうしてここが全国の情報指定校に選ばれるのを御存じなんですか?」
実はそんなことは露も知らなかった。しかし都合の良い事に競合他者はまだ入っておらず、 中学生用のパソコン指導書が2000部程取り引きしてもらえそうだ。 これをきっかけに実績をつめば、大口の依頼もくるかもしれない。
竜斗はすっかり機嫌を良くして、頼んでみる。
「よろしかったら校内を見学させてもらえませんか?」
「えぇ、もちろんですよ。今、多くの部活動もやってますのでゆっくりどうぞ」
許可がでたので安心して校内を見る事ができる。
武道館に行くと、剣道、柔道空手といった部が活動している。 予想に反して、多くの生徒達は汗だくになりながら真剣に稽古に励んでいた。
指導する雄斗の額にも汗がきらきらと輝いている。 別の面で本当に綺麗だと思った。 ゴールデンウィークだと言うのに実に多くの人々が働いている。 しかも、彼等はボランティアだ。 竜斗は心の底から感動していた。 教師もいろいろ言われているけれど、やる人は誰に認められなくてもこんなにちゃんとやっている。
すごく、清清しかった。
大袈裟ではなく、日本っていう国も捨てたもんじゃないやと感動していた。
そして雄斗がそんな人々のひとりだと思うと誇らしかった。
もちろん、雄斗には声をかけなかった。

『今日は家に帰ろう、そしてやっぱり俺から雄斗にあやまろう』
竜斗はそのまま市場に向ってと雄斗の好物である和食の凝ったものを作って待ってやろうと決心し、 そんなじぶんに少しだけ照れた

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