出る杭は打たれる 番外 





 ピーカンに晴れた日曜日に限って接待ゴルフが入っているのはなぜなんだろう。
 先々週、俺も恐神も珍しく休みが重なった時は、土砂降りで結局俺たちは週末布団の中で過ごしたと言うのに。
 「伊織さんの背中の筋肉の隆起をみてるだけで僕は、またムラムラしてしまうんだな」
 そんなとんでもない事をいいやがるから、渋々恐神の方を向いただけなのに、 啄むようなキスから結局互いを啜りあうようなデープなキスになってなし崩しに身体を繋げてしまう。
 俺も最後は夢中になって必死に恐神に合わせて腰を振っていた。
 「だってイオリさんが積極的だから」
 「俺のせいかよ」
 「途中で止めようかなと思ったのにキスを強請るような顔をするし」
 「はぁ?勘違いだって!お前の」
 「そんな事言って最後は僕の尻たぶ掴んで腰を振っていた癖に」
 ぎゃ〜〜!!!
 やめろ、
 やめてくれ。
 最中ならともかく、何気ない日常会話にこんな恐ろしい話を持ち込むのは。
 「こんなに誰かに夢中になったのは初めてなんです。一週間くらいずっと裸で身体を繋げていたいな」
 「ば、ばかなこというなよ」
 「こんな風に思ってるのは僕だけなんだ……いや、わかってますけどね」
 恐神は寂しそうな顔をして徐に立上がりそのまま支度を整えて出ていった。
 俺もそうなれば結局、だるい身体を引きずってなんとか自分のマンションに帰ってきたのだけれど。
 実際、恐神の方から「今日は打ち合わせしましょう」と連絡が入らない限り俺の方から連絡をとった事は今までなかった。
 確かに、多少身体を鍛えていた俺にとってさえ、行為を重ねる毎に疲労は溜まっていたから、 一人で過ごす時間をどこかほっと安堵する自分がいたのは事実な訳で。
 そんな自分が情けないと言う自覚もあるから正直、こんな事情を恐神には決して言えないのだけれど。
 もう、恐神から連絡が入らなくなって2週間。
 すでにプロジェクトの方は順調に進んでいるから、 俺がやきもきする理由は何もないのだけれど、久しぶりにこちらから連絡をとってみようと思った日曜に こうして接待ゴルフが入って、しかも今日はまさに恨めしいほどの日本晴れだ。
 天気とは逆に恐神に連絡を取っていない事への後ろめたさが俺をさらに憂鬱にさせる。
 しかも相手は恐神の『松森製作所』の親会社ともいえる妙高寺グループの会長が お忍びでやってくるゴルフの接待だ。
 「先頃、先代からその遺言で会長職を受け継がれたばかりの方だ。殆ど外と接触のなかった 変わり者らしいが、決して機嫌を損ねないように頼む」
 社長から直々にそういって今回の接待を頼まれた時は、俺は自分でも顔が強張るのがわかったくらいだ。
 「緊張するのも解るが、君にとっても大きなチャンスだからな」
 そういって肩に置かれた社長の手がいつもよりずっと大きく感じてしまった。
 そう、いつもなら負けん気の俺は、これを絶好のチャンスとして喜びこそすれ、こんな不安な 心許ない気持ちになることはなかったのに。
 もしもできるなら、恐神に新しい会長の妙高寺城(みょうこうじ・きづく)氏について 多少の情報を仕入れる事も可能だったけれど、これほど連絡が途絶えてから 今さら年下の恋人に教えてくれなんて言えるはずもないじゃないか。
 そう思うと胃が痛くなってくる。
 「こういう柔なタイプじゃなかったはずなんだけどな」
 俺はそう独りごちて俺ですら滅多に行けない高級管理職だけが出入りを許されている豪華な設備で有名な ゴルフ場へと向ったのだった。
 重厚な門をくぐり、様々なセキュリティチェックを受けた後、一見どこぞの博物館のような重厚な印象の クラブハウスに向う。
 外見は森にマッチした深い緑の博物館風だが内部はホテルのように豪華な上ハイテク機器の固まりのような建物だった。
 しかも案内されたのはVIP用のラウンジで他に客は殆どいない。
 奇妙なほど静かだ。
 そこの両端に特別室があり、コースにそのまま通じるテラスが見える。室内の豪華な内装とは逆に外は もう、遥か彼方まで手入れの行き届いた庭のようであった。
 そこで部長に紹介されて初めて妙高寺会長に初めて会う事になった。
 驚くほど若い……いや、予め写真はみて確かめていたのだが、31才には決して見えない若さと美貌だった。
 時に少年のような女性的といっても間違いではなさそうな、浮き世離れした美しさだ。
 彼の近くにいる秘書のような男性もどこぞの俳優か?と思わせるようないい男で これで色が黒ければ、男性的なのであろうが、如何せん彼も抜けるように色が白い。
 二人は目深に帽子を被り初夏の陽気の今日のような日には不似合いな長袖のジャケットをきて グリーンに出た。
 そのまま、彼等の後をついていこうとしたら、「日ざしが強過ぎる。他の人達に先にやってもらってくれ」
 妙高寺氏はそういうとあっという間に特別室の隣に隣接されてある個室に入っていってしまった。
 「申し訳ありません。せっかくセッテングしてくださったのに。あまり外に出る経験がないものですから、夕方にはきっと回れると思うのですが」
 そういって先程の彼の秘書らしい美青年が申し訳無さそうに会釈をしてくる。
 っていうことは、俺たちにも夕方まで待てと?それって我が儘過ぎないか?
 「志月……何してる」
 会長にそう呼ばれると、俺の強張った表情に申し訳無さそうに何度も会釈をしながら志月と呼ばれた青年は 会長の後について部屋に入っていった。
 残される俺にいったいどうしろと……。
 『なんなんだ!いったい』俺は心の中で呟いたつもりだったが、どうやら、口に出していたらしい。
 「仕方ないんですよ。彼等も久しぶりのオフなのに接待ゴルフに付きあわされるんですからね」
 予想もしていなかった背後からの突然の声に俺は思わず飛び上がった。
 なぜなら俺の背後で声をかけてきたその声に聞き覚えがあったからだ。
 いや、聞き覚えなんてもんじゃない。
 その声は、恐神の声そのものだった。
 「それに伊織さんが予想以上にかっこいいから、志月さんが興味深そうに伊織さんを見ていたでしょう? 志月さんが他の男に興味を持つのが面白くなかったんじゃないかな」
 「どうして、お前が……」
 ここにいるんだという俺の言葉が終わらぬうちに恐神はふわっと柔らかく微笑み、その慈愛に満ちた 恐神に似つかわしくもないその表情が俺をどきりとさせた。
 「そりゃそうでしょ?彼等のゴルフをセッティングしたのは、元はと言えば私です」
 私です?ってお前かよ?
 開いた口が塞がらないとはこの事か?
 そこまでするか?普通……。
 「だけど相手は若いとはいえ、お前の上司で……会長なんだろう」
 「そう、彼は若い、でも若過ぎるからこそ、私のような存在が必要なんです。どっちにしろ彼も ゴルフにかこつけて楽しみにきたんでしょうけれど」
 「楽しみ?」
 「えぇ、先ほどの村上志月さん…城(きずく)さまの想い人なんですよ」
 ってことは、彼等もそういう関係なのか?
 だとしても俺にそんな話をしてしまっていいのか?
 これって重要機密なんじゃあ……
 「彼等はきっと養子縁組みをなさるでしょう。そうしたら、私達と縁戚ということになります」
 「そうか、お前、妙高寺家と縁戚なのか?」
 俺がそこまでいうと恐神は苦虫を踏みつぶしたような顔をしてみせる。
 「今、何気なく私の話を躱されたような気がするんですが気のせいでしょうか?」
 「え??」
 恐神が何かここまで不機嫌になるようなとんでもない事を俺はいつの間に言ったのだろうか?
 恐神は大仰にため息をついてみせる。
「私と志月さまが縁戚と言う事は、伊織さんにとっても縁戚っていうことになるんですよ」
 どうして?
 え?
 よくわからんが?
 なぜ恐神が会長と縁戚なのが俺に関係があるんだろうか。
 「伊織さんが僕の家に入って欲しいんですよ。元々、城さまは妙高寺家の血は一滴も引いておられない。 妙高寺家の血は恐神一族だけが引いているのですから」
 ……ということは影の会長が恐神なのか?
 そしていつの間に俺が恐神の家に入る事になってるんだよ。
 俺はきっと鳩が豆鉄砲を喰ったという顔をしていたに違いない。なぜなら恐神が再びとてつもなく大きなため息を漏らしたから。
 突然どこからか、がたがたと何かが倒れたような音がしたような気がする。
 「……ん……あぁ」
 続けて一瞬俺が漏らしたのかと思うような男の声が……。そう、まるで苦しんでいるような喘いでいるような。
 喘ぐだって?
 まさかな。
 よりによってこんな場所で男がそんな声をあげる訳がない。
 俺もどうかしてる。
 きっと誰かがどこか苦しくて呻いてるに違いない。
 じゃあ、放っておく訳にもいかないから様子を見に行かなくては。
 その声のする方にそのまま足を運ぼうとするといきなり背後から恐神が羽交い締めにしてくる。
 「さぁ、はぐらかしてないで、僕達も隣に部屋を取ってますから、久々の休暇を楽しみましょう」
 そう耳許で甘く囁かれて俺は初めて気がついた。
 まさか……
 慌てて後ろを振り返ると待っていたように彼の唇が降ってきた。
 かぁっと頭に血が上り何も考えられなくなる。
 だけど、まずい、ここはゴルフ場で……。
 「よ、よせ。どこだと思ってるんだ」
 俺が息を絶え絶えに訴えると恐神は俺の腰を引き寄せるようにして歩き出した。
 「だから、私がアレンジした場所だっていってるじゃないですか」
 にっこりと微笑む恐神の瞳が優しく細められる。
 おい、やめてくれよ。
 俺は男だぞ、しかもいい歳した成人男性だ。
 お前のその表情は、どうみても幼子か、せいぜい10代の少女に対する扱いだ。
 頼む!
 やめてくれ!
 恥ずかし過ぎる。
 俺があたふたしてる間に、妙高寺会長達が消えたドアと真逆のドアの中に押し込められる。
 な、なんだよ。
 ここは?
 まるっきりホテルのスイートじゃないか!
 俺が悲愴な顔で恐神の方を見ると
 「照れちゃって、可愛いなぁ」
 なんて腐った事をいいやがるから。
 「可愛い訳、ねーだろ!」
とついつい声を荒げてしまう。
 どうして毎度そういうことをいうかな?
 絶対嫌がってるって分かって言ってるんだろう。
 第一、にこにこしながらいつの間に人の上着を取り上げたんだ?
 あ、そんなとこ触るな……
 体中に火が灯る。
 熱い……燃えるようだ。
 「伊織さんなら、ただ、伊織さんっていうだけで全部可愛いですね」
 普段ならそんなベタな台詞を吐かれても「ばかじゃないのか?」と思うだけだけど、
 今の俺は心と身体がばらばらで自分の自由が効かないのだ。
 ただ、恐神のゆっくりとした指先や熱い掌が、俺を操っている。
 「でも、寂しいって感じてるのは私だけみたいですね。伊織さんは私に会えなくても なんとも感じないんでしょう?連絡をするのはいつも私の方……」
 彼の巧みな愛撫に反応する喘ぎ声を必死に堪えながら薄目を開けると 少し寂しそうな恐神の笑顔があった。
 なぜ、それを見ているだけで胸を締め付けられる思いをするのだろう。
 「こんな女々しい事を言うやつが大嫌いだったのですが、恋をすると心が弱くなるのかな」
 そんなこというなよ。
 だってそんな風にお前とつきあううちに次第に女々しくなってるのは俺だとばかり思っていた。
 男に組み敷かれて喘ぐ自分をどこか、納得できなかったから、素直に恐神への思いを伝えられなかったような 気がする。
 「もし、お前だけが妙高寺家の本来の血を受け継ぐものなら、俺とこんな事してるより 嫁さんを捜した方がいいんじゃないのか?」
 「残酷な事を……」
 「散々、惚れさせられて後でひとりぼっちにする方がずっと残酷じゃないのかよ」
 俺は心に引っ掛かっていた事を思わず吐き出した。
 「お前と一緒にいるとなぜか、心がどんどん弱くなっているみたいで、恐ろしいよ」
 そのとたん、恐神が思いきりのしかかってくる。
 「一人にするわけないでしょう?」
 「え?」
 「私はずっと孤独だった。何度も言わせないで。本当に初めてですよ、こんな風に自分よりも、まして、仕事よりも愛おしいものができたのは」
 「お…恐…が、み」
 いつの間にか脱がされた俺の下半身を弄るようにして恐神がいきなり入り込んできた。
 「あ、ちょっ…はやっ!」
 「すいません、もう我慢ができない……だって伊織さんがそんな可愛い事をいうんだもの」
 俺は獣と化した恐神にいいように翻弄され息も絶え絶えだった。
 午後になっていつの間にかゴルフウェアに着替えた恐神に俺もちゃっかり支度を整えてもらいながら、 やっとの思いで、ドアの外に出ると、照れたように横を向く志月の腰を何気なく自分の方に寄せながら、 朝とは別人のように機嫌の良い妙高寺会長が、華やかな笑顔を俺の方に向けてきた。
 「先ほどは事情も知らずに失礼しました。すっかりうちの恐神がお世話になっているそうで…。 あいつ何も言わないものだから」
 「は、はぁ」
 どちらかというと俺がお世話されてるのだが。
 「こんな格好いい男前の方と懇意にさせていただいて、しかも矢萩さんは、アイスホッケーの名手だそうで、 一度リンクでお目にかかりたいですね」
 「は、はい。手配させていただきます」
 「リンクを借り切ってダブルデートなんて面白そうですよね?」
 は?
 いつの間にそんな話になってるんだ?
 っていうか男4人でダブルデートなんてはたからみて不毛じゃないのか?
 横から恐神が口を出す。
 「城さま、こうしてちゃんとデートも組んでるんですから、お仕事もしっかりされてくださいよ」
 「言われなくてもちゃんとしてるじゃないか?」
 なんか、どんどん不思議な世界に落ちていくような気がするのは俺だけか?俺だけなのか?
 
 FIN
 

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