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ひな祭り |
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「灯りをつけましょ、ぼんぼりに〜♪」 幼い声が園庭に響き渡る。ここはこの街でも由緒ある幼稚園だ。 そんな可愛い歌声にそぐわない恐ろしい形相の母親数人が、気の弱そうな園長らしき男を取り囲んでいる。 「ですから、先ほどから申し上げてますでしょ?この人間飾り雛はこの園の最も 華やかな行事じゃないですか?早めにキャストを教えて頂きませんと」 どうやら、この幼稚園で毎年開かれる園児で作る雛壇飾りのキャストを教えろと 詰め寄っているのだ。気取った物言いのその母親は着ているワンピースは愛らしいがその口ぶりも態度もどうもその花柄と激しくギャップがありそうである。 「そうですよ。遠くから来る祖父母も楽しみにしてるんです。 飛行機代をかけてわざわざやってきて端役じゃ困るんです」 黄色いスーツの険のある母親はスーツにぴったりの黄色い声を張り上げた。 「お雛様だけでも教えていただけません?」 3人目の地味目の眼鏡の母親は服装も地味だが、声が低くて迫力があり一番怖そうである。 可哀想に30代半ばかと思われる気の弱そうな園長は頭を掻きながら少しずつ後ずさった。 「お母さま方、申し訳ない。お三方のお子様は三人官女に配役が決まっておりまして、とてもお似合いですよ」 「だからお雛様はどこのお嬢様なのって聞いてるの!」 「お内裏さまとお雛様の配役は毎年、当日のお楽しみになっておりますので、ご了承ください」 そこまでいうが早いか、園長は脱兎のように事務所に駆け上がっていった。
納得できない顔をしながらも3人の若い母親は、それぞれ別の方向を向いていたのには訳がある。 それぞれ夫が名のある会社の役員や社長であることを鼻にかけていたものだから、 このひな祭の配役は親戚もあつまる一代イベントの配役はそれはそれは重要なのだった。もっとも彼女達だけでなくともこの時期、当然配役は母親達にとって最も重要な関心事であったのだが。 去年までの噂では、顔立ちが白く可愛くてしかも寄付の多い家の園児がお内裏様とお雛様になったそうだ。 そういうわけでこの癖のある母親達はそれぞれの威厳をかけた熱い戦いを繰り広げてきたのだが どうやら三人官女に3人とも決まった事で取りあえず差し出した切っ先を降ろしたらしかった。 3月3日はひな祭。 この明治から続く由緒ある橘(たちばな)幼稚園ではクリスチャン関係の幼稚園ではないためクリスマス行事が一切行われないかわりにこの「お雛祭りお遊戯会」が1年で一番盛大で 華やかな祭りだった。 小さな園児達が舞踊る姿はどんなものでも愛らしいものだったが なかでも、人間雛飾りの華やかさといったら、他の幼稚園の母親達も見学にくるほどのものなのだ。 きらきらした豪華な衣装に身をつつみうっすらと化粧してしゃなりしゃなりと歩くその様は親でなくてもため息が溢れるほど愛らしかった。 コンサートホールを借り切ったステージ上では着々と雛壇が飾られ、何百とある客席はその親だけでなく祖父母から叔父叔母と親戚一同が集って異様な熱気に包まれていた。
目立たぬように綺麗に着飾った園児達が裏口から入ってゆく。なかでも艶やかなその子は祖父母に連れられてステージ裏に入っていく。 その後を小走りについてゆく女性の姿があった。サングラスをかけて地味な服装ではあったが もともと高価なものなのであろうゆえに本人が意識しているよりずっと目立っていた。 重たそうな緞帳が勿体ぶるように少しずつ上がってゆく。雛壇が現れると客席からさざ波のようなどよめきが起きた。お内裏様とお雛様を確認しようと母親達は目をこらすが、お内裏様は下馬評の高い、公家顔の のっぺりした公汰という男の子だったが、本物のお雛様より愛らしいお雛様役の子は見なれない顔だった。 「あ、あれ、雄斗君じゃない?」 「あら、本当だ、可愛い〜〜」 その頃、壇上では幼い雄斗は普段見なれないほどの微笑みを振りまいていた。それも母親達に大受けだった。 どうやらお雛様が女の子でなければ、他の母親の恨みを買う事もないという園長の意図はどうやら当たったらしい。 予想に反して壇上の雄斗が何故機嫌がよかったのかというと雄斗の着ていた着物の色が赤だったからなのだ。 なぜならそのころレンジャーものでレッドと言えば主役だったのである。もっとも高いところに座らされ皆を見下ろす事ができる。そう先生達に言い含められ本人は上機嫌であった。 しかし、不幸な事にこの日から雄斗は『女』という有難くない称号を付けられる事になろうとは この時は知る由もなかった。
そのなんとも愛らしい昔の人間飾り雛の写真が送られてきたのは雄斗が実の母親に会ってから数日後のことであった。 「可愛いなぁ〜めっちゃくちゃ可愛いじゃん」 本来そんな事をリュウに言われようものなら烈火のごとくに怒る雄斗だったが、 その晩は複雑そうな微笑みのまま、キャビネットの上に写真を立て掛けた。
【終】 |