月満ちる時(ハロウィン番外)


「そろそろ寒くなってきたから」

 そういって黒木が榛名に買ってきたもの。 それはなんと真っ赤なエルモのパジャマだった。榛名は包みを開けたとたん、指が止まり一瞬言葉を失った。

 「これ、もしかして僕が着るの?」

 「そりゃ、お前しか着ないだろ?ほら、これなら暖かそうだろう?俺は基礎体温が高いから普通のパジャマでいいけどルナは新陳代謝が悪いのか冷え性だからな」

 榛名はまるで女の子みたいだと言われたような気持ちになって恥ずかしさのあまり俯いてしまう。

 「玲司からのプレゼントならなんだって嬉しいけど…」

 これはちょっとやり過ぎではないのか? そう思って上目遣いに黒木の顔を盗み見る。

 「いいじゃないか…ルナのその可愛い格好は俺しか見ないんだし」

 そう言われるとたかだかパジャマぐらいで黒木の機嫌を損ねるのは得策ではないなと 思い「ありがと…」と小声で答えた。

 「さっそく着てみろよ」

 とにやにやしながらからかう黒木に

 「まだ、そんなに寒くないから」

 といって榛名は大急ぎでパジャマを箪笥の引き出しに仕舞いこんだ。

 「そういって夜は俺のベッドに入り込んで冷たい足をくっつけてくるんだろうが」

 黒木は意地悪そうに榛名の額を人さし指でおしながら、にやりと笑った。

 黒木と榛名が以前住んでいたマンションの上のより広い部屋に移り住むようになってから、2ヶ月近く経とうとしていた。他所での泊まりが多かった黒木も、榛名に突然出ていかれてすっかり懲りたのか、最近は出張以外はどんなに遅くなっても必ず二人のマンションに帰るようになっていた。

 以前は、何時帰るのか、今夜はここに泊まるのか泊まらないのかと不安な夜を過ごしていた榛名も最近は はっきり黒木のサークル名や所在そして細かなスケジュールを渡されてすっかり安心して 暮らすようになり、以前のように胸を掻きむしられるような嫉妬をする事もなく平穏無事に過ごしていた。

 そしてどれほど遅くなっても黒木は必ず榛名のベッドに潜り込んでくる。

 そんな時、外から帰る黒木より榛名の足の方が冷たい事もあって、黒木は榛名を抱きまくらのように そっと自分の太股で抱え込み冷えきった足をあたためてくれるのだ。

 それが、どれほど榛名の気持ちを暖めるか榛名は黒木に伝えられないでいる。

 これが幸福と言うものなのだろうか。

 時にはそのままエッチな行為に持ち込まれる事はあるが、それはそれでいちゃいちゃと 甘い時を過ごし身体も心も満足しきって朝を迎える。

 パジャマが届いて数日してからまた、同じ高級デパートから似たような大きな包みが届いた。

 宛先が榛名ではなく黒木になっているから開ける訳にも行かず、かといって大きな包みなのでその存在感はいかばかりか榛名は気になって仕方ない。

 黒木が帰るなり、榛名は玄関まで出迎えるようにして聞かずにいられない。

 「何か荷物が届いたんだけど」

 「あぁ、あれね」

 黒木が何も言わないので榛名はますます気になった。

 「あれって?」

 「英会話のメンバーにハロウィンパーティに誘われていてさ、その衣裳なんだけど、ルナは行きたくないよな?仮装パーティなんて」

 でも衣裳が届いたという事は黒木は行くつもりなのだ。

 「僕も行く」

 「ほんと?」

 「うん」

 その瞬間黒木はにやりとした。

 「じゃあ、ルナの衣装はエルモでいいな?明日だから買いに行く暇なんかないし」

 やられた……

 「あ、あれはパジャマじゃないか…」

 「参加するなら仮装しないとな」

 「ずるい!玲司しか見ないからっていったのに」

 「だって俺にも見せてくれないじゃないか」

 はっと気がついたように榛名はデパートの包みを開く。中から裏の赤いマントが。

  「玲司は何に仮装する気さ?もしかしてドラキュラ?やっぱりずるいよ」

 「まぁまぁ」

 「まぁまぁじゃない!」

 いくら榛名が怒ってもいまさらだった。

 翌日会場につくとそこはもう別世界で、同じ日本とは思えない雰囲気だ。燭台とジャコランタンだけの灯りが突然日常から切り離されたようで、思わず足が竦む。そのうえ、榛名はあたりを見回して真っ青になった。日本人より外国人の方が多いのだ。

 これってどういうこと?しかもみんな歴史上の人物やら凝ったモンスターに仮装していて、パジャマで来ているのは榛名だけだった。

 「れい…じ」

 心細くなってその名を呼べば気がつくと玲司より背の高い外国人3人に取り囲まれて楽しそうに談笑している。

 榛名はパジャマの首の部分と繋がったエルモの帽子の部分を目深に冠ると人目をさけるように違う部屋に向かった。

 偶然入ったそこは厨房で妖精の格好をした若い女性達が一生懸命オードブルを盛り付けたり、デリバリーされた食べ物を皿に移しかえていた。

 そのうちの一人が榛名の存在に気がついてにこやかに話しかけてくる。

 「どうされました?」

 「御迷惑でしょうけど、少しここにいいていいですか?なんか場違いな格好できちゃったし、英語も自信ないし…」

 すると数人の女の子が集まってきて

 「そんなことないけど」

 「ね、彼にあれを着せない?」

 「うっそ〜〜いいかも」

 などと勝手に盛り上がりはじめた。

 「話をしなくてもいい衣装に変えてあげるね」

 そういうと派手なドレスがいっぱいある部屋に通される。

 「げっ!女装は嫌です。勘弁して下さい」

 そういって逃げ腰になる榛名ににっこりと微笑みながら

 「おねーさん達にまかせればいいのよ」

 そういわれてあれよあれよという間にまさに生きるビスクドールにされてしまったのだ。

 さすがに女装はされなかったが、顔は真っ白に塗られ、真っ赤な口紅にアイシャドーどうみても自分じゃない。

 戦く榛名をそっちのけで妖精の格好の若い女性達は大盛り上がりだった。

 「いや〜〜ん、似合い過ぎ〜〜」

 「っていうか綺麗」

 「妖艶っていうんじゃない?誰かカメラ、カメラ」

  周りは盛り上がってるが、榛名には自分の姿が見えないので彼女達がなぜこんなに騒いでいるのかさっぱりだ。それより玲司がどこにいるのか心配だった。いくら自分の格好と外国人が恥ずかしかったとは言え、一言部屋を離れる事を玲司に断るべきだったのだ。

 だが目立つ籐の椅子に座らされると自然の人々の注目を浴びる。榛名の回りには人垣ができ、息も苦しいくらいで玲司を捜すどころかどうしていいのかパニックに落ちかけていた。

 そんな榛名をよそに周りからひっきりなしにいろいろな言葉で話し掛けられる。それが英語なのかフランス語なのかドイツ語なのかすら榛名には解らなかった。

 そうすればそうするほど榛名は全身が固まってしまい指先すら動かせなくなり、背中に脂汗が滲んできた。

 「本当に人形みたいだね」

 そんな風に声をかけながら触ろうとするロマンスグレーに榛名の胃がきりきりと痛んで限界に来た時だった。

 はるか向こうから真っ赤なエルモのパジャマを掴んで震えている黒木の姿が見えた。

 「ルナ!心臓が止まるかと思った」

 そういった黒木の指先を榛名は思わず掴んでいた。

 「れ、いじ…僕もこのまま石になるかと思った」

 榛名はそういうとぽろりと大粒の涙を流す。

 「衣装を借りるね。俺達ルナの調子が悪いからこのまま帰るから」

 黒木がそういうと

 「…大丈夫、ちょっと驚いただけ」

 そういってビスクドールが立ち上がるものだから、あたりに『おぉ!』と歓声があがる

 「玲司、これがうわさのルナ?」

 「これはみんなに紹介するのを渋る訳だな」

 などとみんなに囃され、黒木は柄にもなく真っ赤になっていた。恐い衣装をつけているのに、みんなが和気あいあいと楽しそうに笑ってる。榛名は玲司のマントをぎゅっと掴むと「来て良かった」と一言だけいった。

 パーティが終わりに差し掛かると、玲司がいかに榛名を捜して慌てていたか、しかもエルモのパジャマを見つけてからは、まさに半狂乱であちこちの部屋を捜しまくったかを友人達は榛名に面白おかしく語りかける。

 榛名はずっとにこにこしていて、こんなに表情の柔らかい榛名を見られてよかったなと黒木も思うのだった。

 パーティの帰り道、「全くおどかすなよ」と玲司が再び文句をいった。

 「どうして?」

 「だって、どう考えても脱がされて何かされてると思うだろうよ」

 「何かってなに?」

  「いいよ、もう」

 不機嫌そうにしている黒木とは対照的に榛名は何をいわれてもにこにこと幸せそうに微笑んでいた。

 

 【FIN】


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