思い出を忘れたくて(ハロウィン番外)



 

  高校2年のこの時期は修学旅行シーズンだ。クラスが隣だけあって俺、古城拓馬と とんでもなく強引な同居人、沢田充は運が良いのか悪いのか同じ班になってしまった。

 同じ班とはいっても一班で150人もいるし、ましてクラスが違うから同室っていうのはありえないけど、同じ班という事は同じ日程というわけで 嫌が応にもあの鬼畜な男と遭遇する確立は高くなる。

 普通の神経のやつには想像だにできないだろうが、ムカツク事に沢田と来たらいつでもどこでも簡単に お手軽にできちゃう男なのだ。油断も隙もない。

 沢田の事は嫌いじゃないけれど、いつでもどこでも何度でもできちゃうあの男の性欲をマジなんとかしてほしいものだと切に思う。

 俺の同室は代わり映えもしない俺の親友東海林(しょうじ)と、さっぱりしすぎた中田英寿みたいな顔の面白い男、種村の3人部屋で京都の3日間を過ごすんだ。

 中学時代の修学旅行で京都なんか見飽きたと怒る連中も多かったが、悲しくも恐ろしい事に県下で屈指の進学校に通う俺らの修学旅行はレポート提出まで求められる総合的な学習としてのそれも兼ねていた。

 京都のメインイベントは座禅とテーマを決めた京都の町巡りなのだ。

 俺達3人を含めた6人の決めたテーマは血天井だった。

 慶長五年関ヶ原の戦前、江戸に引き上げる家康を助けるために、徳川の忠臣・鳥居元忠以下数百名が 石田三成率いる豊臣の大軍と戦い伏見城 中で最後まで降伏する事なく自刃した。 関が原の戦いの間やむを得ず、亡骸が放置される事になり、血痕が城の廊下の板にしみ込んでしまった。それはどれほど洗い流しても板を削っても、その血痕は取れなかったという。

 その武将達の霊をなぐさめるため、その自刃した血痕のついた床板を天井にして祀り、供養としている寺が京都にはいくつか残されているというのだ。

 オカルト好きな種村や東海林は一も二もなくそのテーマに飛びついた。 俺はというと、あまり気が進まなかった。おどろおどろしいものは苦手だったし。 それが自分の絵の素材にもなりそうになかったから。

 やはり京都に行くなら、紅葉の美しい祇王寺とかがいいなぁとぼんやりと考えていたくらいだ。そんな乙女チックな俺の案がむさ苦しい野郎どもに採用される訳もなく当然のように多数決でテーマは血天井巡りに決定した。まぁ、紅葉には早すぎる時期ではあるのだが。  

 僕らが最初に向かったのは三十三間堂近くにある養源院で歴代の将軍の位牌を供養するための寺らしい。

 日本史に弱い俺はてっきり日光がそうだと思っていたのだが、あれはまた別だよ。と種村達に冷たく言われてしまった。この頃俺達はまだ、いろいろとおしゃべりをしながら半分観光気分で寺を回っていたのだが ……。

 次に向かったのは鷹峰から歩く事約30分上賀茂神社近く西賀茂にある正伝寺だ。枯山水の庭園の見える方丈の廊下の真上がその血天井なのだ。

 色は茶色に変色していたが、苦しんだであろう指の跡も生々しく残り、俺達6人は殆ど無言のまま 正伝寺を後にした。

 次に向かったのは同じく上賀茂神社近くにある源光庵で、ここは本堂に通されると正伝寺よりもっと赤に近い血天井がはり巡らされていた。当然ここにも手や足の後が生々しく残っていて、赤い塗料で塗られた訳ではないと思うと誰が言い出すという事もなく自然に手をあわせる。

 そしてここには円形の「悟りの窓」と四角形の「迷いの窓」があった。なにかを暗示してるような予感があったが、俺は何も感じない振りでその場を離れる。

 誰もがそういう気持ちなのか気がつくと誰一人口も聞かず足取りも重いまま寺を後にした。

 最後に訪れた宝泉院は大原にある。

 大原といえば三千院の方が有名であろうが、宝泉院も美しい額縁庭園が殊に有名で書院の廊下にその血天井はあった。

 だが、寺に入るとお茶を勧められながら、「ここが顔でここが甲冑跡、手の跡もみえますか」などと解説してきたので俺はもういたたまれなくなって、寺を出た。

 こんな中途半端な気持ちで訪れてはいけない場所だったのだ。

 寺の人間にしたら、毎日見なれた風景なのだろう。

 だが、初めてみる俺にすれば、心は安土桃山時代に飛んでいた。

 家康は幼少のみぎりから仕えてくれた鳥居元忠をどんな気持ちで残していったのだろう。そして鳥居元忠はどれほどの決意で家康の期待に答え死んでいったのか。 もう、自分でもわけのわからん激情に押しながされて座り込んだまま涙が溢れて止まらない状態だった。

 ふと人の気配を感じて座り込んだまま上を見上げると沢田がやさしそうな瞳でじっと俺を見下ろしていた。

 「どうした?古城。迷子にでもなったか?」

 A組の他のメンバーがくすくすと笑ってる。

 「血天井が…俺、中途半端な気持ちで参加したから」

 うまく状況を説明できない自分がもどかしく、ますます涙が溢れていく。

 「そうか、ここ血天井があるのか」

 他のメンバーも興味津々という感じで寺をみる。

 「お前ら、宝泉院見てきていいぞ。俺は古城の面倒を見てるから」

 沢田がそういうと他のメンバーはその言葉を待っていたかのようにあっという間に寺の方へ流れていった。

 俺は反べそ状態を見られたくなかったから、顔を背けながら別の話題に移ろうとした。

 「沢田達はなんのテーマ?」

 「俺達は牛若丸の軌跡を辿るとかで五条橋や鞍馬山に行ってきたんだが、時間がまだあるから、大原も近くだし行こうと急に言い出したやつがいて…ちっとも近くなかったけどな」

 俺は思わず吹き出した。

 「方向が北っていうだけでちっとも近くないじゃないか」

 「でもお前に会えるかも知れないと思ったから俺は反対しなかった」

 沢田はそんな事を真面目な顔でいい、いつものように俺をからかうふうでもなく柔らかく微笑みかけてくる。だが俺の顔はすっかりこわばって固まっていた。そのまま沢田にそっと肩を包み込むように抱かれて近くの茶屋に入る。

 「ん?大丈夫か?」

 まだ、無言の俺を心配する様子で沢田が俺の顔を覗き込む。

 「まったくお前って奴は繊細すぎ…」

 「だって、今まで歴史上の人物でしかなかったやつらの気持ちが生々しく襲い掛かってきたような気がしたんだ」

 「ばかだな、誰であろうとお前を他の誰かに襲わせるもんか」

 とんでもない沢田のセリフに俺は思わず沢田の顔をまじっと見つめてしまった。

 「お前は俺のもんだろう?」

 そう耳許で囁かれ、びくっと身体を離す。

 「さ、沢田…まさかここで」

 「ばか、やるわけねーどろうよ。期待するんじゃねーよ」

 期待なんかしてないけど、何もしないのに下心無しで沢田がこんな優しい台詞を吐けるのが俺にとっては驚きな訳で。

 それにだんごを取る時になにげに触れあった沢田の指先に触れた部分が腫上がるような感覚がする程意識してしまい、俺の方が よほど沢田を欲しがっているんだと自覚させられた。沢田が気遣ってくれてるのに俺ときたら…。

 結局だんごとお茶を沢田にごちになるだけで他のメンバーも帰ってきてみんなで合流してしまいそれ以上の事は全くなくて。

 やはり他のメンバーもどちらかというと無口だったが、種村が「最初は不謹慎だったかも知れないけどこうやって実際に経験しないとこういう気持ちにもなれねーんだよな?」と言ってくれた一言で少しだけ気持ちが解放され俺達の重苦しい一日は終わった。

 最後の日程はUSJで締めたお陰で俺達の修学旅行はいろいろな面で思い出深いものなり重苦るしかった何かも何時の間にか消え去っていた。

 だが、帰ってきたらみんなでやろうといったハロウィンのパーティも歩き回った京都で予想以上に疲れ切った事で 自然にお流れとなり俺達は二人だけのハロウィンを迎えることとなり。

 「恐かったんだろ?俺がきっちり除霊してやるよ」

 「え?沢田って除霊なんかできたんだ?」

 「あぁ、隅々まで念入りにな」

 覚悟はしていたけど除霊してやるといいながら、沢田がやっているのはいつものすけべな事となんらかわりなく、 それでもいつもより優しい指先が逆に俺を積極的にさせて、俺達は朝まで重なりあっていた。

 

 【FIN】

 

 


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