Get memories out of mind 2(沢田視点) |
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夏が来ると思い出す。汗と潮の薫りの混じったあの砂浜を……。 古城の汗と熱い張りのある肌が俺の指先に吸い付いてくる時、俺はふと自分の故郷に帰ったような錯覚に陥る事がある。朝になってあいつの微かな寝息が俺の頬をくすぐる、そうして俺はやっと現実に戻ってくる事ができるのだ。 都会の人間は信じられないだろうが、田舎の漁師の子は漁が盛んになると 立派な人手の一部として小学生だって頭数に入って仕事をさせられる。時には学校に遅刻し疲れの為学校にいけなくなる程に……。 無論、網元に生まれた俺だって例外じゃなかった。 朝日を浴びながら沈み込む程に昆布を積んだ船が沖から戻ると、浜の連中はすでに前浜で待ち構えている。 おれたちは年寄りから子供、嫁に行った先のネエちゃんたちまで 総出で綺麗に敷き詰められた砂利の上に重い昆布を引きずるようにして伸ばしながら丁寧に干してゆく。 それは小さな子供にとってはとてつもない重労働だった。 それでも多分俺は運が良いほうだった。本当は漁師の跡継ぎのはずだったが、中学の先生が 「君の実力なら都会の高校に進学した方が良い」としきりにすすめてくれたので、 俺は今の高校に進学する事ができたのだ。 地元の高校に進学していたなら間違いなく俺の将来は気の荒い網元の親方で終わっていただろう。 俺達田舎の子はそれに何の疑問も感じなかった。周りがみんなそうだったから選択の余地もなかった。 実のところ俺は身体はでかかったが、その割にひとりで色んな事を考えるのが好きだった。 なぜなら、一番の理由は皆が楽しそうに話すエロ話が苦痛以外の何ものでもなかったから。 そう、いつの頃からか女の身体に何の興味もないどころかまるでタコや軟体生物でも見ているような 気持ち悪さしか感じなくなっていた。 それより俺にとっては大人の男達の汗の薫りや筋肉質なごつごつした上半身を見た時の方がずっとぐっと下半身にくるものがあった。 テレビでそれがホモだとからかわられる対象だと知った時、俺は友達との間にさえ初めて深い深い溝を感じ親にも相談できぬままずっと苦しんできた。 そんな状態だったから進学問題は、俺にとって願ってもいない柵を断ち切るチャンスだった。 だが予備知識もなくやってきた都会は、何もかもが俺の育った田舎とは違い過ぎた。何が一番驚いたって、女みたいな軟弱な男ばかりが我が物顔に街を闊歩し、しかもそいつらは女の為にそんな姿をしていることだった。 女みたいな軟弱な男はみんなオカマだと思っていた俺には相当の驚きだった。 そして実際、都会は俺の通う高校でさえ、女みたいに小綺麗な男が決して少なくなかった。 男の薫りがしない男……そんな奴らが、女にしか興味がないのもなんだか不思議で仕方ない。 そんな俺でも狭い下宿しか居場所がない俺がすることといったら、勉強とありあまる性欲のエネルギーを変換させるためのスポーツだけだ。 俺が自分で言うのも嫌味だが、何をやらせてもそこそこできるタイプだ。勉強もそこそこスポーツもそこそこ、絵や字を書いても歌を歌わせても必ず人並み以上だった。だがそんなことは、俺にとってはそれが当たり前でなんの感慨も湧かない。だから努力もしない。そこそこにはなるが、超一流にはなれず、結局中途半端。いわゆる器用貧乏というやつかもしれない。 そういうわけで様々な勧誘の嵐から俺はなぜかサッカー部を選んだ。一番の理由は他の選手と接触が少ないから、変な気持ちになる可能性が少ないこと。さらに走り込む事によってたっぷり汗をかけることだった。 サッカー部に入部してから程なくして、もういつの事だったか思い出す事も出来ないが……俺は夕日の差し込む窓辺に佇む人影がいつも同じ場所にあることに気がついた。女性でも男性でもないような 中性的な整った横顔。まるで彫像のように動かない、熱心になにかに打ち込むある横顔に、俺は思わず見とれてしまった。俺のように常に動いていなければ、自分を発散できないタイプと、彼のように生きているのか、人にそっくりの彫像なのか判らないほど、何かに集中しているタイプ。静と動の違いはあれど、 なにか近寄りがたいほどの集中力を感じる。 それは確かに、微かな恋心だった。チームメイトに声をかけられるまで気がつかない程、俺はそこに立ち尽くしていたのだ。 それから休憩時間に再び偶然を装って窓を覗き込むと、そこはあまり人気もない美術室で、まるで何かにとりつかれたように一心不乱にデッサンするやつ……そうそいつは男だったが……名前も知らない男の横顔、その対象物を舐めるように見つめる真剣な瞳に俺はどきどきした。 その横顔はどこか崇高で侵しがたいものが感じられ、そいつのその表情をちらっとでも盗み見るのが俺の極上の楽しみになっていた。だから彼の顔を見られない日はどこかに忘れ物をしたような物足りなさを感じるのだ。冷静に考えてみるとそんな自分が可笑しくてしかたない。 だが暫くはそれで俺は充分だったのに、俺の小さな幸福はあっという間に木っ端微塵に壊された。 デッサンをしてる時は、あんな淡白そうな何も知りませんなんて顔しやがって。あいつも、ごく普通の男だったのだ。 |