魔境の裏側 9 


 

 その熱く狂おしい夜を過ごした後、涼夏は私を度々訪れるようになり私もそれを待ちわびるようになっていた。

 こちらの世界では禁断の男同士の恋だから目立つホテルは避け、彼のマンションで朝まで過ごす事もあった。

 「神威……一緒に住まないか?」

 涼夏がそう言い出すのは予想の範疇というより寧ろ必然だった。一緒にいればあんなにも熱い時を過ごすのにひとたび離れればもう、涼夏の事を考えている私がいた。彼と過ごす空間だけが私を安心させる。

 だがいつまでも甘いだけの蜜月は続くわけもなく。

 そんな私をみて神威の両親が朝帰りの多くなった息子を心配してしきりに恋人を連れて来いというようになった。だから……

 「一応見習いとはいえ職人だから、無理だと思う」

 帰り仕度をしながら私は振り向きもせずにそう呟くしかなかった。そう言ってしまう事で涼夏にあっさりと突き放されるのが一番恐ろしかったけれど。

 無論、このまま両親や仕事と涼夏のどちらをとるのかと聞かれれば私は 迷わず涼夏を選ぶ。

 しかし、その行為は彼の負担を意味する事にこの世界になれつつある 私にもようやく気がついていた。

 私の世界で味わった絶望を思い出せばどんな苦労も厭いはしない。

 でも、労力の対価で涼夏を得られる訳もない。だから、最近は涼夏と顔をあわせるのが辛くなりかけていた。一度会うともう離れるのが辛い。そしてそれよりももっと深い苦しみが私を待っていた。

 「神威……好きだ……お前を独占したいんだ。お前を俺だけのものにしたい」

 そう言われる度に喜びで心がうち震える。

 あの初めて抱かれた夜以降、一度たりとも 好きだとか抱いてくれと言った事はなかった。

 なぜならあの言葉はリョウガに言った言葉で 涼夏に対していった言葉ではなかったから。

 どんなにか私も「私も……愛してる」と言いたかっただろう。

 だが、それを言ってしまえば、全てが嘘になってしまいそうで怖かった。

 自分でも今の自分の気持ちを説明出来ない。

 リョウガを今でも愛しているのか?

 涼夏は彼の代わりにすぎないのか?

 それとも涼夏だから愛しているのか?

 そして最も私を不安にさせたのはこんな自分でも涼夏は愛してくれるのだろうか?という事だった。

 自分でも分からないこの感情をいったいどうやって涼夏に説明できると言うのか?

 たとえ説明しても涼夏が最初はリョウガの代わりに涼夏に抱かれたなどというふざけた事実を 許してくれるのか。

 なぜあの日正直に自分の事情を話して涼夏の気持ちを確かめなかったのか?

 これでは、自分はリョウガの身替わりに涼夏に抱かれたようなものだ。

 こんなに涼夏をバカにした話はない。

 今さらとても言えない。とても……。

 なんて愚かな事をしてしまったのか。

 自分が神威ではないのと同じように涼夏もリョウガではないのだ。 どれほどまでに二人が似ていようとも……。

 それを一番知っているのは自分だと言うのに。

 涼夏の顔を見る度苦しかった。罪の意識で押しつぶされそうだ。

 彼に抱かれ、彼を知れば知る程に涼夏に惹かれていく自分がいた。

 だからこそ許せない。

 そんな堂々回りで少しずつ食欲が落ちてきた。

 神威の両親が心配してくれるのだが、私はどうしても食べる事ができない。

 「最近また痩せたな。ちゃんと食べてるか?」

 涼夏がそっと私の髪を撫でながら囁く。

 「ん、忙しくて……」

 「忙しくったって食事はできるだろう?このままなら点滴の為に入院だよ」

 「え?」

 「いいか?痩せると言ってもそのスピードに限度がある。お前はもともと細いのにこんなに急速に儚くなってどうするんだ?」

 「でも、入院はできない。今、一番忙しい時だし、父は僕が戻ってきたと思って職人さんをひとり、 他の店に出しちゃったんだ。僕が出ないわけにいかない」

 「そんなことを言っても身体を壊しては元も子もないだろう。明日でも時間をみて病院に来なさい。 待たないようにちゃんと受付に言っておくから」

 「そんな迷惑はかけられない」

 「冷たいんだな……神威……」

 寂しそうに呟く涼夏に思わず顔を上げた。

 「こうして何度も身体を合わせてるのに、お前はまるで懐かない借りてきた猫だ。 初めて身体を合わせた時はあんなに燃えたのにお前はどんどん冷たくなる」

 「涼夏……」

 「俺はたいして面白くもない男だからな。俺がお前にのめり込めばのめり込んでいく程 反比例するようにお前の気持ちが冷めていくのが解るんだ」

 ちがう、違うんだ涼夏……でもこんな時、私はお前になんて言えばいいのか?

 幼い時から戦いに明け暮れ、人に命令することや、戦いの作戦は嫌と言う程学んできたが こんなにも大切な場面で大切な人にかける大切な言葉など誰も教えてはくれなかった。


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