魔境の裏側 7 


 

 

 そのまま意識を失いそうになるのをなんとか止めようとするが足下が振らついてついには倒れこんでしまった。  

 「細岡さん……しっかり!カムイ!」

 がっちりした腕で躯を支えられ直接グラスの水を口に含まされるが、うまく飲めずにどんどん首から下に水が流れ落ちる。  

 首の後ろを涼夏に持ち上げられこのまま接吻されるのだと思ったら、なぜか急に意識が戻ってきた。涼夏は先ほどとはうって変わって親しげな口ぶりに変わっていた。  

 「驚いた……お酒の飲み方は学生時代やサラリーマン時代に習ったんじゃないのかい?」  

 私は小さく首を振る。  

 「そうか、こういう記憶の無くなり方ってあまり症例にはないかもしれない。 僕が勉強不足なだけかもしれないけど」  

 リョウガは冷たいタオルでそっと顔を拭き、首まわりのワイシャツのボタンを外して楽にしてくれた。  

 彼が私に無体を働くつもりではないと解ると急に恥ずかしさでいたたまれなくなる。  

 「……帰ります……帰らせてください」  

 「どうしても君に聞いて欲しい事がある。最近、また頻繁に君の夢を見る。リアルな夢だ。 君は城に閉じ込められて僕が……」  

 彼はそのまま口籠る。  

 「……キスしていたんだ。君は嫌がっていたみたいだった」  

 「ただの……夢でしょう……」  

 私は全身が冷たくなるのを感じた。  

 キスぐらいなんだ。  

 僕はもっと凄い事を向こうの世界のあなたに されている。  

 もう一人の僕が僕と同じ人物なら喜んでそれを受けるだろうよ。  

 「そうだ、君が酷く嫌がるものだから、僕はなんとか理性を働かせて自分の欲望を押しとどめた。 今まではどうせ夢だと思っていたから……」  

 「そうですか……でも残念ながら僕はあなたと同じ夢は見ていない。こんなところで聞きたい話じゃないですね」  

 心を押しつぶされそうになりながらなんとか彼の腕を振り解いた。  

 「そんな夢なら今までも見たから、まだいいんだ。でも今回のもっと違っていて……僕がなんとか理性で押し留まっているのに他の奴が君に無体を働こうとしてるんだ。それが髪の長い、瞳の大きい奴で……。いつもは愛らしい顔立ちなのに君の前では顔つきが変わる。いや、それだけじゃない瞳の色が急激に変化していくんだ」  

 「ユーリー!」  

 私は真っ青になった。もしそれがユーリーならそしてその夢がリョウガの今の状態を表わしているとするなら彼の命が危ない。 だけど……今さら私に何ができるだろう。  

 「……そいつは……彼は銀色の髪じゃなかったか?」  

 「優里(ゆうり)を知ってるのか?彼女の髪はただのウィグだ。それに彼女は 私の婚約者だった女だ」

 「女?あいつは女なのか?」

  そんな訳はない。  

 あいつは恐ろしい生殖器を持っていて、男でも女でも気に入った相手に自分の卵を産みつけて意のままに操る化け物のはず。  

 確か、国中の魔導師達が集結して彼等を神殿の奥深くに隔離して同族以外、交われないように封印していたはずなのに。  

 私が幼い頃に一度見ただけだったが、彼等はコピーの様に同じ顔をしていた。  

 愛らしく美しい顔立ちに似ず、残忍な一面も持っていると諭され、私は遠くからしか見る事ができなかった。  

 だけどあの時、彼等は王である私の父に『同族だけなら子孫を残せない。愛するもの以外に決して無体はしないから外に出して欲しい』と幾度となく泣きながら懇願してのを忘れる事ができない。  

 無論、父はもうユーリー達を信じられないといってそのまま監禁していたようだが。いったいどうやってあの堅固な封印を解いたのか?  

 たしかにユーリー達の美しさは確かに女に見えるかもしれない。

 一度その涼夏と婚約したという彼女に会ってみる必要がありそうだ。

 もし彼等が何かの目的でこの世界にやってきたのなら、それを止めるのは私しかいないだろう。

 無論私の世界ではユーリー達は私のような名ばかりの皇子ではなく、リョウガの様に力のある皇子を狙っていたはずだから。  

 だが、なぜ私は今さらリョウガの心配をするのだ?彼などどうなってもいいはずだ。  

 いっそユーリーの抱き人形になって生ける屍のように操られるといい。

 生気を搾り取られて死んでいくといい。

 私はそんな事を考えてしまう自分の浅ましさが苦しくて仕方なかった。やっぱりあの世界で死んでしまうのが私に似合いの運命だったのに。

 「大丈夫か?」  

 そっと涼夏が私の顔を覗き込む。優しそうな瞳。私はこの瞳に騙されて縋ってしまったのだ。  

 彼が裏切り者だと解っているのに、なぜ嫌いになれないのか?  

 そうだ、私はいまだ、リョウガに恋してる。彼の心が自分にないと知りながらそれでも彼を諦める事ができない。彼の巧みな指先の優しい愛撫を思い出し胸が締め付けられる。  

 なぜ、私は彼の従兄弟で皇子なのだ?そしてなぜ私は女に生まれなかったのか?  

 そして、死も厭わずにここまで来たのになぜ、彼にそっくりなこの男を見るだけで胸が締め付けられるのか?  

 今は何も知りたくない。知りたくなんかなかった。

 「抱いて……もし、もしも……僕が嫌いじゃなかったら」  

 忘れたい……何も考えられなくして欲しい……そんな弱い心が私にそんな恐ろしい台詞を口に出させ私は誘うようにそっと眼を閉じた。


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