魔境の裏側 6 


 

 店番のアルバイトの女の子が急に休むと、馴れないながらも私は店番の手伝いに入ることにがあった。

 商品を包んだりレジを打ったり全てが私にとってはこの世界の全てが新鮮で楽しい。自分が必要とされ日々の達成感がある。従業員達は明るく王子として孤独な日々を送ってきた私に店の跡取りとしての敬愛も込めながら、仲間として迎え入れてくれる。

 まるでままごとでもやっているようだ。

 時々、矢の刺さった傷口の跡は疼くことがあるけれど、生まれて初めて体験するような平穏な日々が訪れていた。

 なんとか仕事も馴れて客が引けた頃、ふと外を見ると薄暗くなりかけたガラス戸の向こうに人影がある。

 目を懲らすとそれは涼夏だった。

 しまったと思ったがすでに遅く目が会うと決心したように店に入ってくる。心臓が爆発しそうだったが、ここにはどこにも逃げ場はない。

 彼はこちらをじっと見つめてから軽く会釈しながらガラスケースの商品を指差した。

 「そこの5000円の菓子折りを」

 「『涼風の入江』でございますね」

 確認するようになんとか微笑みを顔に張りつけ五千円札を差し出したその手を遮った。

 「お世話になっておりますので先生からお金はいただけません」

 実はそうはいっても本当はどんな客でも客は客。必ず世話になったお礼は別にして菓子の代金は必ず受け取るように神威の父である主人からは強く言い含められていた。

 しかしお金を受け取れば彼が何度でも菓子を買う理由にここを訪れるかもしれない。そんな妄想が頭をかすめる。たとえ、それが考え過ぎだとしても万が一でもそれだけは避けたかった。

 涼夏に個人的に会って話をしてしまえば、今まで理性で押さえていたものが全てなし崩しになってしまう。そんな予感が私を捕えて放さない。

 まるでそれを察しているかのように涼夏は片頬で微笑むと目だけはきつく輝いた。この剣呑な瞳は確かにリョウガのもの……私は思わずその瞳から目が離せなくなった。

 「いいえ、これはちゃんと払います。領収書いただけますか?」

 有無を言わせない感じがやっぱりこいつも涼夏だ。

 書式をやっと覚えた領収書を書いているといつのまにか近付いていた彼が耳許で囁いた。

 「何時に終わる?」

 私が驚いて顔をあげる。

 「迎えの喫茶店で待ってる……どうしても話したい事があるから」

 彼はそういってから「そこで領収書は貰うよ」と片手をあげて出ていった。

 店番をしている先輩のお姉さんが「素敵な人ね……何をしてるのかな?」

 などと言い出すものだから、私もつい「僕の主治医だった方ですよ」などと意味のない牽制してしまう。

 なにを愚かな事を言っているのかと自分でも可笑しくなった。

 仕事が終わると結局無視など出来なくて指定された喫茶店に足を運んでる私がいた。

 「申し訳ない強引に呼び出してしまって」

 にこっと笑う彼はいかにも爽やかな好青年だ。だが、妙にその笑顔に淫微なものを感じて胸がざわつくのは、私が穢れてしまっているからだろう。黙って領収書を差し出すと彼は受け取ろうともせずに胸ポケットから財布を出した。

 「込み入った話なので近くのホテルまで 御一緒していただいてもいいですか?」

 そういってすっとレシートを持って立ち上がる。

 こちらの都合など聞こうともしなかった。

 どの世界に生まれ変わってもやっぱり彼もなのかと私は彼の強引さが可笑しくなった。

 大きめのソファがある広い部屋に通される。調度品も落ち着いていい感じだ。

 「何か飲みませんか?」

 「じゃあ、あまり重くないもので……」

 「甘いものは嫌いじゃないだろう?君には甘いお酒が合いそうだ」

 急に言葉遣いを変えてそういうと備え付けのバーで何かを作り綺麗なブルーのカクテルをそっと差し出した。宝石のような綺麗な色がライトに反射してキラキラ輝いている。

 「オンディーヌっていうんだ、どう?」

 「美味しいですね」

 

 あまりアルコールは得意じゃないが甘くてジュースの様に飲めそうだ。

 この世界に慣れ切っていて私には警戒心が薄れてきたのだろう。思いきり煽るように一気にそれをあおるように飲み干した。

 「あ……っとそんな一気に……細岡さん……カムイ……?大丈夫か?」

 「だいじょ……ぶ……」  

 そう言いながら微かに意識が遠のくのを感じた。

 ちっとも大丈夫なんかじゃなさそうだ。

 たぶん薬を盛られたのだ……しかし驚くよりやはり……という気持ちの方が強かった。

 私は心のどこかで彼ならこうして私を束縛し、自分の自由にするに違いないともう一人の自分が納得していたからだ。

 そんな不埒な心が私はとてつもなくイヤらしく感じ……ゾッとする程自分を嫌悪した。

 どんな世界にきてもこうして私は涼夏に身も心もすべて束縛され、そして自分でもそれを望んでいるのではないかと。


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