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彼との蕩けるような熱い情事の後、微かな物音で目覚めた。薄目を開けて右手で横を探るが私の横に寝ていたはずのリョウガの姿が見つからない。 私は思わず自分の目を疑った。隣の部屋で揺らめく影。信じたくはないが彼はそこで、王の徴の剣(つるぎ)と代々王妃の胸を飾ってきた首飾りを持ち出すところだったのだ。 「……リョウガ……な、何をしてる?」 リョウガはそれには答えず私を敵だとばかりに睨み付ける。さっきまであんなにも甘いひとときを共有していたとは思えない強い光を帯びていた。 「……鏡はどこだ。「輪廻の鏡」があるはずだ。鏡を出せ」 彼はそういうと思いっきり私の首を締め付けた。 「一枚の鏡は失われたが2枚あれば最低限の用が足りる。急いでいるんだ!隠してこれ以上私を怒らせるな」 「何をいう。あれは正当な跡継ぎの私が持つべきもの。なぜお前に渡さねばならない?……リョウガ……お前はこれが目的だったのだな。見損なったぞ。」 「見損なっただと?それはこっちの台詞だ。お前こそこれ以上の無益な戦いを望んでいるではないか?」 「それとこれとは別だろう?愛してるだなんて……」 「そんな言葉を言われて盛り上がっていたのはお前だろ?いいから言え!本当に時間がないのだ!鏡は何処だ?」 リョウガの本心が露見して私は逆上した。本気で惹かれていたからこそ、その裏切りが許せなかった。 「誰がお前なんかに渡すものか。お前に渡すくらいなら破壊してやる!」 「お前がそこまで愚かしいと思わなかった。多少のバカは可愛いが、そこまでいくと救いようがない」 「ば、バカって……盗人のくせに……」 その一言でリョウガの顔色が変わった。 「なんだと?」 「私の事を愛してるだなんて……適当な事をいいやがって」 それを聞くリョウガの顔が冷たい。 「平気な顔で人の事を騙したんだな」 「そうだといったら?」 「殺してやる……」 「そんな事言われて喜んでいたのはお前の方じゃないか、お前がそう言って欲しいのかと思ったから言ってやったまでだ。そんなピロートークを真に受けてるほどお前は子供だったんだな」 「……っ!」 「互いに楽しんだのではなかったかな?女じゃあるまいし今さら騙されただなんて……第一お前は一言でも私に愛してるなんて言わなかったじゃないか、愛しあってる訳でもない、愛を誓いあった訳でもない私達の間に騙すなんて言葉は最初から存在しない」 その一言に私の一つの世界が凍り付いた。全ての時間が止まった気がした。 私は、本気だった……本気で彼に惹かれていた。だからこそ彼に身を任せたのだ。そうでなければこの私がまるで誰にでも身を預ける者のようではないか? 心が重過ぎて一言だって愛してるとは素直に言えなかったけれどリョウガが囁く愛の言葉を信じていたかった。リョウガがあんなにも簡単に私に愛してるなんて何度も言えたのは、その言葉になんの感情もはいってい無かったからだと、やっとその時気がついた。 「お前はどうしようもない愚か者だがその身体と顔と地位は魅力的だ……大人しく私の言う事を聞けば お前を共同統治者と言う名の伴侶として迎えてやってもいい」 やはり彼の目的は私の全てを奪いつくすことだけだったのだ。 「ふ、ふざけるな……だ、誰が……おまえなんかと」 共同統治などするものか……そう口に出そうとした時、彼は私の言葉に被せるように言葉をぶつけてきた。せせら笑いを浮かべながら……。 「ふ……そういうと思ったよ。顔は綺麗で身体は素直だが、頭の中は頑固オヤジそのものだ。どんなに身体を開いてもお前の心は最後まで掴めなかった。最初は私が初めてだったようだからただの初心かと思ったが、何時迄経ってもお前の気持ちは掴めなかった。もう、今さらどうでもいい事だが」 リョウガはそのまま真っ黒なマントで身を覆うと剣と首飾りだけ懐に抱いて天馬を呼んだ。 「お前がどれほど抵抗してもあの鏡は頂く。優しくして手に入れられないのなら奪ってでもだ」 そう言い放つと天馬で明星の空を駆けていった。 あの時は愚かな自分が悔しくて悲しくて、それでもまだリョウガを求めてしまう自分の荒れ狂う恋心を私自身が持て余していた。
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これが若いという事だろうか?私はほんの一ヶ月で退院して実家の和菓子屋に戻る事になった。 この世界の神威には悪いが私は彼の私物には殆ど興味がなかった。興味があるのは鏡だけ……。案の定『輪廻の鏡』を彼は持っていた。 退院して実家に移る時『輪廻の鏡』以外を殆ど処分し私は自分の部屋に鏡を持ち込んでこの世界の本やテレビを見ながら数日を過ごした。 そんな時、父だという隆という男が私に和菓子を作ってみないか?と持ちかけてきた。 何もすることもないのだから、手持ち無沙汰で彼の言う通りにいろいろやってみる。代々受け継がれた技というのにも興味を惹かれた。 すべてが閉息された世界で生きていた私は何をするのも初めてで、何をやっても楽しかった。 隆や店の職人達に口々に筋がいいと褒められ、当分家で修行してみないか?という。 隆は私が素直に言う事を聞くのが嬉しくて仕方ないようだ。 「飲むか?」 と毎晩酒を飲むように勧められる。まわりの人々の話を聞いても彼は本当に上機嫌らしい。 「記憶を失ってからのお前が、この店や菓子に少しでも関心を持ってくれる事が 嬉しくて仕方ないんだ。お前には悪いが記憶が戻らなくてもいいと思う程だ。付き合っていた彼女がいるわけでもないし、このままでも何の問題もない」 それはそうだ。なぜなら私の関心は鏡だけ……これだけが唯一自分の世界に戻るためのものだったからだ。 戻りたくない……このまま戻ってあのリョウガの顔なんかみたくない。また私は死にたくなってしまうだろう。 でも、私を自分の危険を顧みずに救ってくれたもう一人の自分細岡神威を見捨てる事になりそうで、鏡だけはなんとか処分を留まっていた。 |