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夢遊病者のように私は立上がるとそっとリョウガの手を握った。 「私が退院してももし先生さえよかったら、私の治療の為にも、どうぞいつでも訪ねていらしてください」 ここまで言うのがやっとで、戸惑う彼を残して私は慌てて部屋を後にした。 このままだと彼に縋り付いてしまいそうな我が身が恐ろしい。 彼は別人だ。全くの別人なのだ…… 理性ではそれがわかっているのに身体も感情も彼を求めてしまう。 近くにいてあぁして言葉を交わせるだけで、私の心は震え胸の奥が引き絞られるように痛んだ。 「リョウガ……愛してる……」 一度も彼に言えなかった言葉がこぼれ落ちる。誰にも言えなかった、彼にも言えなかった私の本当の気持ちが……。一度溢れてしまうとその思いは源泉のように後から後から沸き上がってくる。
彼の為なら身も心も国さえもいらなかった。そんな私の心など彼にとっては鬱陶しかっただけだっただろうけれど。だからこそ殆ど自殺するように彼を庇った。私が庇わなくとも彼はあの矢を避けられたかもしれない。 でも、私は夢中だった。私を取り巻く柵(しがらみ)や自分の立場、そして彼に受け入れられる事のない この苦しい感情の全てから逃げ出したかった。 戦いに明け暮れ、大切な人々を亡くす。そんな日々に嫌気もさしていて。 しかし祖父の代からずっと続いていたこの戦いを私の代で諦める勇気がなかった。 彼が私と伝説の鏡を手に入れようとやってきた時。私は彼が簡単に天山の王の間に入れた事で彼が敵の大将のリョウガだと知れたのだ。 それなのに私は一目で恋に落ちてしまった。 彼が私を陵辱するために乱暴に私の身体を女のように無理矢理開く間、抵抗する振りをしながら私の心は彼の愛撫を喜び待ちわびていた。 兵士たちが寝静まった丑三つ時に天山の王の間で私は毎晩の様に出窓を開けて彼を待っていた。 天山の頂上近くのほんの僅かな踊場のような場所で彼は乗ってきた天馬から降りるとまっ先に私を見つめて微笑み崖のような天山をするすると登ってくる。 時には彼に手を貸しながら、私達はいつも朝まで貪りあうように愛しあった。 「お前を愛している……決して悪いようにはしない。このまま私達の手で戦いを終わらせないか?」 「それはできない」 「なぜ?」 「私こそが唯一の正式な王子だからだ」 「ばかな……お前はまだそんなものにこだわっているのか?」 「私が王を受け継いでいかなければ、今までの戦いがすべて意味のないものになってしまう。父や母や兵士たちの死が無駄になってしまう」 「カムイ……それは違う。お前は私と一緒に全く新たな国を造るのだ。新たな国をいくらここを統治したところで こんな荒れ果てた地にいったい誰が住むと言うのだ?私が守っている南の地には花が咲き家畜が憩いそしてこの北の地から多くの難民が流れ込んでいる。もう100年にもなるのだ。南が歌や舞や市場で賑わうのにこの北は戦場になり戦いに明け暮れて荒涼としているではないか?お前が、人々を守らずに誰が守る? お前のまわりについている摂政たちが、意固地だからこういう戦いがいつまでも終わらないのだ」 「彼等を悪く言うな」 「カムイ……お前にみせてやりたい……色とりどりな花の咲く丘を…… 小鳥が謳い子供達の笑い声が響く川のほとりを……お前と二人で歩きたい」 「そんなもの……知らない……興味もない」 「嘘だな……お前は美しいものが好きだ。こんな甲冑に身を包むより純白のレースのシャツが似合いそうだ……できることなら誰にも見せずに城の奥に閉じ込めてしまいたい」 そういって私を抱きしめた彼。あの言葉をどんなに信じてしまいたかったか。だが、そんな彼の言葉がその場限りの作りごとに過ぎない事を私は身をもって知らされたのだ。 |