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先ほど両親の顔も忘れたか……と言った年輩の男が彼等に向って会釈する。 「やっと目が醒めたと思ったら記憶に多少障害の可能性があるらしいのです」 天使のような白い衣装を纏った魔術師たちは口々に何か指示しながら 私に様々な紐を身体に巻きつけた。 私は彼等の為すがまま、ただリョウガから目が離せないでいた。 そうだ間違いない、あの青年は誰が見紛うだろうリョウガその人だ。 全ての風景は変わってしまっているのに、なぜ、リョウガだけがここにいるのだろう? まさか、私を追ってきた? それはあり得ない。 私を直接手をかけはしなかったが、亡き者にして自らが王になる彼の目的はもう達せられたはずだ。 すでに王に成れたとしたら……だとしたら、私の事など思い出したくもないはずだ? 「彼、栗田先生の事、じっと見てますね」 彼等の一人がまるで私を珍しい奴隷を捕えた時に吟味するような物珍しさを含んだ物言いで声を潜めて リョウガに話し掛ける。 だが、私には筒抜けだった。 小声で話しても訓練を受けた私の聴覚は100m先の針の落ちる音でも聞こうとすれば聞き取る事ができる。 普段それをしないのは雑音が煩すぎるからだった。 「栗田先生って確か、下のお名前……」 「えぇ、確かにリョウガです。栗田涼夏。涼しい夏って書くんですが、でも彼に会うのは多分初めてだと思いますよ」 私は愕然とした。 そんなバカな……この男は確かにリョウガだ。 だが、彼は私の知ってるリョウガとはあきらかに違う優しい物言いをする。彼がリョウガでないとしたらいったい彼は何者なのだろう? そのまま、彼は私にあまり関心がないようにそっと目を逸らした。 自分の置かれた身の上がさっぱりわからない。 ただ、確かな事がひとつだけあった。ここは死後の世界ではないということだ。 ではここはいったいどこなのだろう? とてつもない疲労が私を襲ってきて、私はそのままそっと瞳を閉じた。
それから、毎日のように初老の婦人は私の世話をしにやってきた。 何もこの世界の事を知らない私に様々な事を語りかけてくれた。 ここの習慣や、文化そして今の私の立場などを懇切丁寧に教えてくれる。 私の母と名乗るこの女性(小夜子)に私は少しずつ好感を持ち始めていた。 なんといっても父母を幼くして無くした私にとって自分に似たこの優しい女性と過ごす時間が心地よかったのだ。 どうやら、彼女の話を綜合するとこの世界でなぜか私と入れ代わってしまった神威という男は私とは違ってどちらかというと良く言えば積極的、悪く言うと向こう見ずなところがあったらしい。 そこは私と同じ顔立ちとはいえ、大きく違うところだった。 小夜子が説明してくれる神威の話はとても興味深かった。 なぜなら、私の記憶に間違いなければ何度も夢の中で彼に出会っているような気がするからだ。 彼の体験したいくつかの出来事は、不思議な事に私の夢の中に出てきた摩訶不思議な異世界の話と酷似していた。 あれらの夢が彼の体験を私も擬似体験したのだと思えば、様々な謎が説明できる気がする。 私の祖先が何よりもあの天山の麓の癒しの間に置かれた魔鏡を大切にした訳がよくわかった。上手く説明はできないが、なにか大きな力があの魔鏡にはある。 聞くところによるとあの鏡は曾祖母が輿入れの時に持ち込んだと言う話だが、真偽のほど定かではない。 なぜなら、その時代の人々が今は誰一人生きてはいないからだ。 それに比べてこちらの世界では醜悪なほどの年老いた人々が若い者達に守られ尊敬され幸せそうに生きている。 似てるようで全く異なる私の世界とは正反対の穏やかな時間が流れている。 なんと心地よい事か。 私は異世界の食べ物にも次第に慣れ親しみ、小夜子の世話で自分でも驚くほど体力が回復していった。 時折、鈍るからだを恐れて通路に出てストレッチなどしようものなら、白い服を着た『看護士さん』と呼ばれる侍女たちが血相を変えてやってきた。 そんな彼女たちとのやり取りにも次第に慣れていった在る夜。 私は奇妙な物音で目が覚めた。 |