|
|
|
何か嫌な予感があって急いで帰らなければいけない気持ちが私を焦らせる。 リョウガの断末魔が私を引き戻そうとするが、なんとかそれに耐えた。 確かに リョウガを愛していたから涼夏と結ばれた。それは事実だがきっかけに過ぎない。 だが、きっかけはどうであれ今、私が選んだのは涼夏だったはずだ。 鏡から部屋に戻るとそこはもぬけの殻で神威はどこにもいなかった。 一言メモでも残してくれればいいものをと思うが 神威にそのような要求をする権利はどこにもない。 仮病を使わないで部屋を出ていく訳を考えれば可能性はひとつしかなかった。 涼夏だ…… 涼夏から連絡がきたのだ。 それでなければ、今の私のこの世界の状況を何も知らない彼があえて部屋を出るのは不自然だった。 神威は涼夏に何を話したのだろう?そしてそれを聞いて涼夏は何を思うのか?想像するだけで恐ろしかった。 この世界は元々神威のものなのだ。もし神威が涼夏を選び、涼夏も神威を選んだとしたら いったいこの私の思いはどこにいけばいいのか? 元の世界に戻る?それだけはできない。 なぜできない ? ……涼夏に恋をしてしまったからだ。 リョウガに出会ってももはや涼夏に対するような熱い思いは湧いてこなかった。 たとえ受け入れてくれなくても涼夏の近くにいたい…… でもその迷いの無くなった私の恋心は、もしも涼夏と神威が相思相愛なら叶えられないどころか邪魔な想いで。 だからといって神威と命が繋がっているから、もう自らの命を潰える事もかなわない。 そう思うと部屋でじっと待っているなどと言う事はできそうになかった。 いくところは、いつものホテルか、自宅店舗の向かえの喫茶『アンブロワーズ』以外考えられない。 そう思うと私はいてもたってもいられずに部屋を飛び出した。 頼む……神威……私が行く前に何も語ってくれるなと。 勢いよく『アンブロワーズ』の扉を開けると一番奥の席に神威と涼夏が見えた。 そのとたん、私ははっと我に返って冷静になり真っ青になる。 大変だ。こんな人前で神威と鉢合わせるわけにはいかない。誰かに会えばなんと言い訳をすればいいのか? 後ずさるように『アンブロワーズ』を後にする。 部屋に戻ると神威とまた鉢合わせしそうだ。それが気まずくて私はそのまま河原に向かってとぼとぼと歩き出した。 私もこの世界に来てから随分本を読んだ。真綿にしみ込むようにいろいろな事象や語彙を学んだけど、その中に二兎追うものは一兎も得ずっていうのがあった……今の私がまさにそれかもしれない。 実際同時に二人の涼夏に惚れていた自覚はないのだけれど。 もう、私には涼夏しかいない。 彼だけが私の生き甲斐みたいな気持ちでいたけれど、実際涼夏は神威でもいいのかもしれない。 同じ世界に住み、私のようにリョウガを忘れる為に涼夏を誘惑するなどという愚かしい暴挙にでることも神威ならないだろう。 明るく天真爛漫で胃に穴があくほどのきりきりする悩みなど一度だって体験してこなかったに違いない。 誰からも愛され必要とされる神威。 私達が似ているのは顔だけでなんと立場も性格も違うのだろう。 このまま私がまた自暴自棄になって死んでしまえば、神威の命も脅かすと知った今は死を選ぶ事さえ叶わない。 涼夏……あなたに会えてよかった。 リョウガに傷つけられた自尊心も自らの存在意義もあなたに出会い愛された事で全て癒された気がする。 神威に貰ったこの命……だ。それだけでも神威に感謝しなければならない。 神威はこの世界に戻りたがっていた。だとしたら私がこの世界を立ち去るしかない。 小さくため息をつくと座っていた河原からそっと立上がって腰の辺りをぱんぱんと払いながら後ろを振り返る。 そこには何時からいたのか涼夏が独り立ってじっとこちらを見つめていた。
|