魔境の裏側 11 


 

 鏡を見るように自分にそっくりな神威が怒っている様は私をどこか現実実がないような不思議な感覚にさせた。

 「 本当に俺は殺されそうになったんだ!それで抵抗するのは当然だろ?それなのになぜか抵抗したら、なぜかユーリーの放った光りが俺の思わず交差した腕に跳ね返ってユーリーの額に当たったんだ。それがどうしてか光だったはずなのに文字のようなものがユーリーの額に張り付いて黒く焦げたように燻っていたんだ。リョウガはそれをみて血相を変えていたよ。呪われたって……城に死人が出るって」  

 神威のその話を聞いて私は血の気が引いた。まさか神威ができるわけがないのだからユーリーが禁遏(きんあつ)の呪詛を放ったのか?  

 「それは真か?」

  いったいユーリーはどうしてそんな恐ろしい事をしてしまったのか?まさに自殺行為だ。禁遏の呪詛がどんなに恐ろしい呪なのか聞いた事があっただろうに。いまだかつて使った事がないとまで言われた亡国の呪なのだ。 

 「俺がお前に嘘言ってどうするんだよ」

  神威の言ってる事は本当なのだ……だとしたら今さら帰りたくないなどと私の我が儘を言える状態ではないのだろうか?これは一刻を争う事態だ。リョウガは無事なのか?

 「リョウガは、どうしてる?」

  神威の顔が苦しげに歪む。彼にとっては私は憎むべき敵以外の無いものでもないのだろう。

 「リョウガは祈祷師を呼べって怒鳴っていたけど。それにみんなを隔離しろって……俺の事なんかかまってもくれなかったよ」

 どうやら事態はリョウガが一人で手に負えるものなどではないようだ、私が行っても納まるかどうか?それでもここでのうのうとしている場合ではない。いったいなぜ、こんな恐ろしい事になってしまったのか。 

 「くっ!行くしかない」  

 「え?どこへ?」

  戸惑うばかりの神威には本当に申し訳ないが、助けてくれてその上私の代わりに恐ろしい思いをしたあなたに全てを話す余裕はない。万が一帰ってこられたらきっと話すから、今は私を行かせて欲しい

  「ユーリーの呪が放たれたのだとしたら、その辺の祈祷師に食い止められる訳もない。リョウガひとりでも無理だ。 私がいってもとめられるかどうか?しかし試してみるしかないのだ」

  詳しく話してる余裕はないのだ。しかし彼の呟いた次の一言で私は思わず足を止めた。 

 「なぜか分からないんだけど、俺の指や腕から光が出て来てそれが壁になったような気がするんだ……」

 それは伝説で読んだ事が事がある光の壁の事だろうか?私にも父にも使えなかったそれがなぜ?彼が無意識にそれを使えたと言うのか?それはいったいどういう意味なのだろう?だが、いまはゆっくり考えている暇などない。

 「頼むから仮病でも使って大人しくこの部屋にいてくれ」

 そう言うと驚いておろおろしている神威に頼んで必要最低限の薬を集めてもらった、そしてそのまま私はこの世界にしかないいくつかの薬を鞄につめると急いで鏡の中に手を差し伸べた。

 鏡が揺らいだかと思うと 吸い込まれるようにそしてまるで落下するような変な感覚で私は自分の世界に帰って来た事を知る。

  鏡から入り込んだ城の中は人々が血の気の失った顔で右往左往し、まさにパニック状態だった。呪のために 城が歪んでさえ見え、息が苦しい。

 ここがリョウガの城なのだろうが、すでに以前隠密の齎した地図で城内の部屋や間取りは全て頭に入っていた。

 この迷路のように入り組んだ城に入っても迷って掴まる不様だけは避けようと思っていたからだ。

 だからリョウガの部屋がどこにあるのかもすぐに分かった。

 城内はすでにおどろおどろしい空気が澱んでいる。廊下のあちこちに呪い浄化の為の護符を記憶を辿って書いては張り付ける。

 あまり効果は期待出来ないがないよりましだろう。

 とにかくまずはリョウガの無事だけは確認したかった。

 無事でいてくれリョウガ!お願いだから……涼夏の為にも神威の為にも……。

 リョウガの部屋には祈祷師とリョウガと気を失ったユーリーの3人だけがユーリーの額から発する呪に耐えていた。

 「カムイ!いや?お前は……」

 ゆっくり話なんかしている余裕はない。私はリョウガの問いには答えずにできる限りの気を溜めると一気にユーリーに向って 溜め込んでいた気を放った。

 それに合わせてリョウガも一心不乱に呪を浄化し続ける。私にもリョウガにも玉のような汗が全身に浮かんでは流れ落ちる。

 いったいどのくらいの時間が経ったのか

 溢れ出る呪の毒が少しずつ減っていき、ついには呪の紋が消えて血の気の失せたユーリーの顔に少しずつ色が戻ってくる。

 肩で息をしながら汗だくのリョウガは私を睨み付けるような瞳でみつめてきた。

 「やはり、お前は本物のカムイなのだな?」

 リョウガが私の方に手を伸ばす。その手を掴めば……掴みさえすれば、私はリョウガの愛を自分のものに出来そうな気がして思わず私もその手を掴み自分の方に引き寄せようとした。

 その瞬間……私の肩の辺りにふっと暖かい感覚が戻ってくる。

 それは涼夏に最後に抱かれた夜、涼夏がそっと熱い唇をつけた場所だった。その瞬間彼の柔らかな表情や愛情のこもった優しい物言いが思い出され私を包み込んだ。

 リョウガとは身体だけの関係だったのだ。それを忘れてはいけない。自分を愛おしんで優しく口付けてくれたのは涼夏であってリョウガではない。

 冷静になると私は慌ててユーリーの髪を縛り上げ、腕も後ろに拘束する。リョウガが俺の物に勝手をするなというようにますますきつい瞳で睨み付けて来た。私はそれにめげずにもくもくと自分の為すべき事をするしかなかった。

 「ユーリーが危険な事はあなたも知っていたはず。生半可な同情でユーリーを野放しにした事が今回の危機を招いたのだ」

 独り言のように呟く私の言葉がリョウガの耳に届いたようだった。

 「えらそうに。たしかにお前は本物のカムイのようだな?」

 「本物?私に偽者などいない。あの私そっくりの青年も神威といって似た名前だが、全く別人だよ」

 「そんなことはどうでもいい。ユーリーは化け物などではない。彼を監禁したのは間違っていた。彼等だって人間なんんだ。しかも俺達は……」

 リョウガが何をいいたいのか私にはすぐに分かった。だがそれでもユーリーのこの行為は許されるべきではない。

 「リョウガ!お前の認識は甘過ぎる。ユーリーはどれほど似てはいても人間ではない……彼等の魔術や呪は強力だ。だからこそ私と父は彼等を軟禁したのだ、それとて戦場下では破格の待遇だったよ。彼等は命をかけた戦士達と同じものを食べていたのだから」

 「食べ物だけではない。彼等を軟禁したことが問題だ」

 「当然の措置だ。お前は知らないだろうが、ユーリーを味方につければ一気に我等の軍が勝利を収められた。だがそれをしなかったのは、彼等の力が強力すぎて諸刃の刃だからだ。ユーリーが暴走すればもう誰も止める事はできない。例え私達であっても」

 「ユーリーの血が私達に受け継がれていると言うのは本当か?」

 「リョウガ……あなたは権力や肥沃な大地を手に入れたが肝心なものを手に入れ損なっている」

  リョウガが声を大きくし興奮すればするほど私は冷静になった。いったい今まで私は彼の何をそんなに恐れていたのだろう?

 「なんだ?挑発する気か?」

 「滅相もない。だが、言わせてもらえば、今のあなたに不足しているものは文化と歴史だ。特に歴史の知恵だ。歴史は繰り返す。つまり歴史を知れば同じ間違いをするという愚を犯す事はない」

 「何がいいたい?もっとはっきり言え!」

 「私達がユーリーの血を引き継いでいるからこそ、私達が例外的に普通の人間達が使えない魔術が使えたり天馬を操る事ができたのだ。血が薄まっている我等ですら特別な力が使える。純潔なユーリーの力はお前の想像を絶するものだ。それすらもお前は知らないかったのに、よくもユーリーの扱いに口が出せたものだ。ユーリーはお前に制御できる生半可な種族ではない。お前の軽率な同情がもしかしたらこの城の人々を全滅させたかもしれない今回のような惨事を招いたかもしれない」

 リョウガは悔しそうに私を睨みながら口角を上げた。

 「もう一人のカムイの方がよほど可愛げがある。お前だって俺の腕の中では散々乱れる癖に……」

 「そう、それは私があなたが好きだったからだよ。リョウガ」

 リョウガは驚いて顔を真っ赤にさせた。

 「好きだった。だからこそあなたに利用された事が辛かったんだ」

 もう、私はリョウガの何も怖くはなかった。


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