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『冷たいんだな……神威』 それに似た言葉は前にリョウガにも言われた記憶がある。 『お前はどこか冷めている……本気で誰かに夢中になったことはあるのかい?』 そう言われたことがあったはずだ。 お前に夢中になっているといったいどうして言えただろう? ただでさえ、彼に身体を開いていたのだ。 心までも捕らわれていると知れれば リョウガに弱味を全て握られ彼の思うままになってしまう。代々の王達が命に代えて守ってきたものまで 差し出す事になりそうで。 それだけは、最後に残ったプライドが許さなかったけれど。 今は、身体も心もすべて涼夏に預けて楽になりたかった。彼に愛され彼だけを愛していく……それはなんと甘美な誘惑か……。 だが、私は涼夏を欺いている男だ。リョウガに傷つけられたプライドを涼夏によって癒されながら、最初はリョウガに抱かれていた気持ちになっていたなんてそんな自分が許せない。 どちらにしても彼に全てを預けて縋り付くなど出来はしなかった。 落ち込んで自分の部屋に戻ると部屋に人の気配がある。俺は一瞬空気が凍り付くように感じた。 鏡の前にあの神威が……もう一人の私がじっと立っていたからだ。いったい彼はなぜ突然姿を現したのだろう。 「やぁ、黙って部屋に入れてもらったよ。なんて、もともとは俺の部屋だったけどね」 ちょっと皮肉っぽく神威が語りかけてくる。でも言葉程私を責めてる様子はなく、むしろ疲れている感じがして。 「君が私を助けてくれたこの世界の神威なんだね?本当にありがとう。お蔭で私はこうして無事に生きている」 それは本心だった。あの時自暴自棄になって命をたってしまわなくてよかったと今なら素直に思える。それは全てこの神威のおかげだった。 「俺は無事じゃなかったけどね」 はじめての挨拶にしては随分険がある。なにか嫌な胸騒ぎがした。 「どういう意味?」 顔色を見ながら私は緊張で指先が冷たくなっていく。 「リョウガとかいう、お前の再従兄弟に好きなように翻弄されてるよ。しかもお前と勘違いされてユーリーに殺されそうになった」 一瞬芽生えたのはどす黒い嫉妬心だった。神威はリョウガに抱かれたのかもしれない。そう思うと胸が締め付けられる。そしてユーリーの名前が出てきて私は、その場に倒れ込むのではないかというほどショックを受けていた。 「ユーリー?なぜ?君を?彼はリョウガを狙っていたと思ったが」 ユーリー達はリョウガに卵を産みつけて意のままに操る事ができると父に持ちかけていたのだ。だからこそ父は反ってユーリーのその冷酷さと特殊な力を恐れて彼等を監禁したのではなかったか? 「狙ってるさ、お前の鳩尾を狙って矢を放ったのは誰あろうユーリーなんだぞ」 なぜ?ユーリーが私を? 「え?」口から出たのは間抜けな問いだけだった。 「お前とリョウガの間を横恋慕してるのさ。俺もあやうく殺されそうになった。 それだけじゃなくてリョウガがもう、俺を信じてくれないんだ」 横恋慕だって?ユーリーはリョウガに恋をしたのか?彼を支配するのではなく?そして私とリョウガの間を嫉妬して?もう、何がなんだか分からなくなりそうだった。頭の中がぐちゃぐちゃだ。だけどひとつだけはっきりしたことがある。 私は嫌だった、もう絶対あの世界に帰りたくない。やはり私はどうしようもない程に涼夏に惹かれているのだ。 「私の身替わりになってしまったこと……それは悪いと思っている。悪いとは思っているが……神威……これだけは別の話だ。悪いが私は帰らない。たとえこのままここで命を落とすことになっても」 「冗談じゃない……俺はお前の代わりに殺されかけて……リョウガにも化け物だと思われている。 こっちの世界ではそんなことはなかったのに、鏡の向こうでは俺は変な力が使えるらしいんだ。 俺だっていやだ、あんな変な世界に帰りたくない」 神威……突然お前の一部が私の心に流れ込んで同化していく……やはり私と繋がっているのだな?お前もリョウガがそんなに愛おしいのか? 「リョウガはお前を信じてない…?…そうじゃないよ。神威……私を信じていないんだ」 リョウガはもうお前の物だ。なぜなら私が死んでしまいたいと思った時点で私とリョウガの関係は終わったのだから。 「同じ事だよ、俺もこの世界からやってきたなんて一言もいってなかったから。あいつも聞かなかったから、俺が一方的に悪い訳じゃないけど、お前の振りして抱かれていたんだ」 だが神威には私の気持ちが流れていかないようでふっと私から視線をそらす。 「うそだろう?」……私はそう言いながらも本当はお前がリョウガに抱かれた事は予想がついたけれど。 「嘘なんか言うもんか、そんなお前だってリョウガに抱かれていたんだろう?あいつは完全に俺とお前を勘違いしていたよ。ユーリーがどれほど俺をこの世のものではないと言っても信じないくらいに」 それなのにまだこんなに胸が苦しいのはなぜだろう? 「それはお前が素直だったからではないのか?私はむしろ言う事を聞かせる為の暴力として抱かれていたから」 「酷い事をいう……リョウガは確かにお前を愛していたよ。俺じゃないお前だ!帰ってやれ、カムイ!」 「嫌だ、絶対に嫌だ……このままここで朽ち果てようとも帰りたくない」 「なぜだ?リョウガは本気でお前を愛しているよ。嫌われていると思うのはお前の思い過ごしだ」 「でも、もう帰れない……すまない……こうして追い詰められて私の気持ちははっきりした。 私は涼夏を愛しているんだ」 「だからリョウガだろ?」 なにか上手く説明できないうちに神威の心が離れていくのを感じていた。 「説明不足で申し訳ない、この世界で世話になった医者に栗田涼夏 という涼しい夏と書いてリョウガと読ませる男がいるんだ。顔はリョウガそっくりだが、私達の性格が 違うように彼等も全く別の人格の人間だ。姿形や声は我等のようにそっくりだがな」 「まさか、そのDr.栗田ともできちゃったりしてるわけ?」 「リョウガの身替わりだと思って苦しんでいたけれど、私は全く別の人格としての 彼を愛しているんだ」 神威は思わず顔色が変わり私の胸元に手を寄せる。 「ふざけるな、じゃあリョウガはどうなるんだ?リョウガの気持ちは」 「あなたには申し訳ないと思っている……。でも自分の気持ちを偽る事はできない」 「俺の事じゃねーよ。大事なのはお前の気持ちだけか?さすが皇子さまだ」 吐き捨てるようにいうと神威は奥歯を噛み締めると思いきり私の胸ぐらを掴んだ。 「お前ってやつは、まわりの人間の立場や気持ちなんかどうでもいいんだな。じゃあ俺も言わせてもらう。俺はどうなるんだよ?それより俺達がこのまま同じ世界にいれば、世界に歪みが起きるって言われたぜ。お前が帰れ!ここは俺の世界なんだから」 そういって神威は思いきりぐらぐらと私の身体を揺さぶっていた。 |