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彼は何度も私の頭を幼子のように撫でて唇を頬や額にそっと押し当てた。 それだけで私の心は喜びに震え、彼の指の跡を帚星のように私の全神経が辿ってしまう。 「私が好きなのだろう?すべて安心して私に任せる事だ。決して悪いようにはしない」 解っている…… 彼のいう悪いようにはしないという意味を……それは彼にとって悪いようにはならないという意味で私にとってじゃ無い。 騙されていると解っているのに信じたいと彼の腕を掴んでしまう。 彼を愛していたから……。 そんな自分が愚かしくてもう、この世から消し去りたいと心から願っていた。そうでなければ迸るような激しいこの想いの行き場所を見つられそうになかったから。 ★ ☆ ★ 「カムイ!カムイ!」 「目が覚めたんじゃ無いからしら?あぁ、カムイ!」 少しだけ目を開けるとそこには真っ白い部屋に色とりどりの不思議な衣装を纏った 人々が心配そうに私の顔をのぞきこんでいた。 なぜ、みんなそれほどまでに心配そうに私の顔を見つめているのだろう? 私は多分死んだのだ。 なぜなら瀕死の重症でやっと天山の麓まで運ばれはしたが、自力で登れる力はすでに残っていなかった。 それが、生き延びる最後の手だてだったのに……。 あの時、誰もが私の死を覚悟して深い悲しみに包まれていた。 勿論、彼が私を迎えに来て私の傷を直そうとすれば、別だが、そんな事が万にひとつもあろうはずがない。なぜなら、私を亡き者にして自らが国を治めるのが彼の目的だったはずだから。 だからこそ私は生きてはいないはず。 だが…と私は訝しむ……ここは天国では無いのか? なぜこの異教徒達は私を呼び捨てにすることを許されているのだろう?私をカムイと呼び捨てにしてよかったのは父上と彼だけだったはずだ。 だからといって不思議な事に彼等は私を呼び捨てにはしているが、その瞳に悪意は微塵も感じられなかった。 「ここは?」 「病院よ。長い間意識が無くて……ずっとICU に入っていたの。どうしてこんなに心配させるの?」 ビョウイン?さてなんだろう?その言葉を聞いても何も思い出せない。訝しがる私にその年輩の女性は涙をいっぱい瞳にためて私の手をぐっと握る。 「あなたは?」 握られた熱い手に私は戸惑った。 「カムイ!」 「どなたですか?」 「あ……あぁ、カムイ……」 その女性は次々と落ちる涙を拭おうともせず泣き崩れる。 彼女が呼ぶ『カムイ』の名は確かに私の名だが私を取り囲む人に私の見知った者は誰一人とていなかった。 確かに私は王子として他国にその名を馳せているが、彼等からは私にそのような王子としての敬意を払ってるそぶりは微塵もない。 むしろ親しい目下の者に対するような物言いに私は酷く違和感を感じてしまう。 「医者を呼べ!こいつは母の顔も父の顔も忘れてしまったらしい」 心配そうに見つめていた人々の表情は悲しみと憐憫の入り交じった表情に変わっている。 記憶をなくしただって? 無くしてしまいたい記憶はあるが、ここにいる人達は初めて出会う顔ばかりだ? いったいこれはどうなっているのだろう?幻覚でも見ているのだろうか? そこに何人も真っ白な天使のような衣装を身に纏った人々が押し掛けてくる。 だが、その衣装とは裏腹に天使には似ても似つかぬごつい顔や険しい表情のむさ苦しそうな男達ばかりの集団だ。何か異国の僧侶の様にも思えるが魔術師かもしれない。 高圧的な態度で何か私に話し掛ける者もいたが、私の耳には一切内容が入ってこなかった。 何故ならその中に唯一本物の天使とも見紛う青年がいてこちらをじっと見つめていたからだ。 そのうえ私を驚かせたのはその天使が、私が最も忘れたかった、最も会いたくなかった 最愛の人だったからだ。 「リョウガ……」 私が漏らした言葉に人々の動揺がさざ波のように拡がっていった。 |