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空がなぜ、こんなところに?
「空!」
そのまま慌てて身を捩って澁澤の拘束から逃れようとするが、澁澤は逆に背中に回した手を
さらにきつく締め付け、僕の身体の中の彼をさらに大きくさせた。
「俺が呼んだ。俺達の離れられない縁をきちんと彼にも理解してもらうためにね」
「なぜ?」
なぜ、空なのだ?澁澤がなぜ、空の事を知っているのか?
「放せ、放せったら!」
「空君は今までお前が抱いてきた漢っぽい男達とは明らかに違うキャラだったからちょっと調べさせてもらったのさ。最近、お前の店に入り浸りらしいな」
「誤解すんな。空は、空は他にちゃんと好きな男がいるんだ。そいつが常連だから僕の店に来てるに過ぎない……」
「そう、……片思いのね。しかも1年も前に別れたやつだ。それなのになぜ、いまだにお前の店に通っているのかな」
「……知るか!……そんな事……」
規則的な抽送が早さを増し再び沸き上がる快感を押さえ込んだ。
いったい澁澤はそんなことまで調べて何をしようとしてるんだろう?
「さすがの俺だって、いきなりレイに声をかけるのは躊躇われたからね、興信所を使って色々調査してもらった。女の格好をして女言葉を使って深夜に男あさりしてもお前が一度寝た男とは二度と寝てない事や、筋肉質のノンケや男っぽい男ばかり抱いてるって聞いたから俺は確信したんだ。お前は俺を忘れてないってな。だから他の取り巻きなんかに興味はない……寧ろあの空って子とは何か違う事情がありそうだと思ってね」
勢いを増した彼の腰がぐっと僕の奥深くまで入り込むと突然動きをやめ、小さく痙攣した。
「あぁ……」
「ふ…すげぇな……相変わらず、無我夢中にさせてくれる。お前の中が一番最高だ。お前のその顔も、肌も、今までどんな女でも満足できなかった充実感を与えてくれるぜ。こんな最高の身体を放してなんかやるもんか。特にあの空っていう坊主にはお前は勿体無い」
僕の身体は確かに彼の全てを覚えていた。 その形や大きさや動きさえも……そして彼がぐっと腰を引くとまるでなごり惜しむかのように僕の後孔は引き込むように窄まり、そのまま誘う込むように細かい収斂を繰り返していた。
理性は空を追わなければと思うのだが、これほどまでに決定的なところを見せつけて言い訳したってどうなるというのだろう?空は僕の恋人でもなんでもないというのに。
だけど、なぜだろう。 空と僕にこんな事をする澁澤に僕にはもう怒りが湧いてこなかった。 荒れ狂うような彼の想いをやっぱり僕はただ抱き締めてやりたかった。 それは彼に対する執着が家族や友人に対するものに変化したからなんじゃないだろうか。
「結婚するんだろ?」
大きく肩で息をしながら僕は澁澤の顔を見つめる。
「あぁ、この仕事を続けていく限り逃れられない縁談だ」
「じゃあ、結婚しろよ。そしてお前はこれで僕から卒業だ。僕も澁澤の呪縛から逃れる事ができる」
「何を言ってる?たとえ結婚したってお前を放してやるもんか」
僕は思わず、くすりと小声で笑ってしまった。
「何だ、なにが可笑しい」
「だって、それなら結婚なんかする意味はない。僕がこのまま黙っていると思ってる?いつか僕との関係がばれて崩壊する運命が澁澤を待ち受けてるだけだ。だとしたら、最初から結婚しなきゃいい」
「黙れ!」
「それでも、君は結婚する事を選んだ。君の中でもう結論が出ているんじゃないか?
僕を断ち切って前に進めばいい、僕も空から逃げるのはよすよ」
「どういう意味だ?」
「一生、もう誰とも心と身体を許しあえる相手に会える事はないと諦めていたんだ。自分で自分を雁字搦めにしていた。だけど……」
「だけど、なんだ」
「澁澤が空をここに呼びつけた事で、僕の心の中が逆に素直になった。彼しかいない。空を失いたくないって」
澁澤が、悔しそうな顔をして僕を睨み付ける。だが、僕はもう怯まなかった。
僕の心を逸らせるのは、走り去った空の後ろ姿だけ。
「僕を選んでも、僕は君を選ばない……そしてもう今日みたいな失態はしないよ。
同じ手に引っ掛かるほど僕はばかじゃない」
そんな捨てられた子猫のような瞳で僕をみつめてもダメだ…僕は言葉を続けた。
「結婚って恋心がなくても二人でつがいになって子供を持つっていう事だろう。
子供ができれば、こんな激情も失せてゆくよ。」
「お前だって俺を忘れられなかったろ?今だって感じていたじゃ無いか。」
「身体は、簡単に感じる事ができる、でも重要なのは、そんなことじゃなかった、
それは澁澤も知ってるんじゃ無いのか?」
「俺はお前の身体の事しか解らない。どこが感じるとか……どうすれば感じるとか……それは
全部俺が開発してやったんじゃなかったのかよ」
「そうだね。確かに快感を感じた事は認める。男だからそれに流された事も認める。
だけど、その後はいつも虚しかったよ。
いつも置き去りにされたみたいに感じてた。澁澤……君はどうだった?」
「お、俺は……」
「空と初めて身体を合わせて迎えた朝、深い満足を覚えた。満たされていた。
ずっとこのまま抱き合っていたいと思った。君は僕に欲情を感じてもそんな、深い愛を感じた事はあったのか?泣きながらも快感を感じる僕に君が感じたのは自己満足と征服欲だけだったんじゃないか」
澁澤は頭を抱え込んで瞳を閉じた。そこからひとすじの涙が頬を伝ってゆく。
「俺は、俺は……」
「澁澤……お前の事嫌いじゃ無かった。お前との関係は忘れられないだろう。だけど、僕にとって
失いたく無いほど大切なのは空だけなんだ」
澁澤は瞳に涙を浮かべて顎をしゃくった。 もう、それ以上いうなということなのだろうか?
それとも空を追い掛けろと言う意味なのか?
どちらにしても、僕はもう振り返らずに澁澤の車を出るとタクシーに飛び乗った。
携帯で何度も空の番号を呼び出すが、どうやら電源を切っているようだ。
今まで一度もかけたことがなかったけれど、小平に一度だけ聞いた事があったのだ。
僕の心のどこかに、小平みたいな美青年に好かれる空に対してどうせ、おかまみたいな僕なんか
という諦めがあったような気がする。
だけど、たとえ連絡があったからとはいえ、空は澁澤の誘いに乗ってやってきてくれた。
そして僕らの濡れ場をみて逃げ出した……その事実は僕に少しだけ勇気をくれる。
どこかで人生を投げ出していたような僕だけど、空……君を信じていいのだろうか?
勇気がなくて君を置き去りにした僕にもう一度チャンスをもらえるのだろうか?
それとも、そんなことは全て僕の妄想にすぎなくて単なる興味から僕らの後を追ってきたのか?
単に僕らの濡れ場が見るに耐えなくて走り去ったのか?
胸を押さえると心臓が踊りだしそうにばくばく唸っている。
両手で押さえても飛び出しそうだ。 これを収めてくれるのは、空……君しかいないのに。
取りあえず、店に行くとすでに店の前で常連達がドアの前で座り込んでいる。
「申し訳ないが、今夜は休業させてください」
「レイ……顔色が悪いな……本日臨時休業の貼り紙くらい俺達が貼ってやるから
早く帰って休んだ方がいい」 身体の大きな奴等が子供のように声を張り上げる。
「そうだ、そうだ」
常連達の優しい言葉に涙が出そうになった。
「なんだか、今日のレイはいつもの『タチ喰いのレイ』らしくないな。
嫌味なほど冷静で女言葉を使ってもちっとも隙がないお前らしくないぞ」
「なんだか、弱々しいレイってそそられるな」
「おいおい、病人相手に何を言ってるんだ。レイはこれでなかなか可愛いやつなんだぞ」
いつまでも終わらない常連達の無駄口を捨て置いて僕はふらふらと階段を上がった。
慌てて来たから、後始末して無い僕の後ろから必死に我慢していた残滓が洩れ落ちていく感覚があった。
澁澤に注ぎ込まれた飛沫。
必死に奥歯を噛み締めたが、立っていられなくなりそうだった。
「レイ!どうした?レイ!」
「しっかり、マスター!」
「おい、まさかレイ……誰かにやられた訳じゃねーだろうな」
皆の声がどこか遠くに聞こえる。ここで意識を失ってはいけないと思うのに、
僕はそのまま誰かの腕の中に崩れ落ちていた。
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