デルフィニウム揺れる園 6 

delphinium blue



 
 だけど澁澤とはその後、互いに避けあうようになったのは仕方ない事だろう。
 彼も遠くで僕に何かを訴えかけるようにみつめてはいたが、もう澁澤に対して憎しみも愛おしさも感じなくなった僕には、そっとその視線を外すしかほかなかった。
 多分、僕はどこか壊れてしまったんだと思う。
 あの時から、僕は女の格好をしなければ 男性機能を保つ事ができなくなった。
 そして僕の週末は毎週のように女の格好が不自然でなくなるように眉毛を整え、化粧をし、声色を使ってまで女装する自分にしがみついていた。
 女性に興味がなくなったわけではない。
 多分怖いのだ。
 女装しなければ勃たない男なんてまともな女性達が どう思うのかと想像するだけで萎えてしまう。
 そのくせ、男性だからといって安心するわけではない。
 もともと、華奢な体型で美丈夫とはとても思えなかったが、さっぱりした顔立ちのお蔭で 化粧をするとよほどの事でもない限り男だとばれる事はなかった。
 怪しまれないようにするために、自然に化粧をするだけで女言葉になり、高いキーで話す。 もともと声は男性にしては高いほうだったから、低い女性の声としても不自然ではなかったらしい。
 週末になるとそんな風に自身を変えなければ、もっと奥底で何か恐ろしいモノが爆発しそうな気がした。
 
 今思うと女装を始めるようになった初期の頃に出会った男達があまりにも性悪過ぎたんだろう。 殆どの男達が嫌がる僕に殆ど強姦まがいに身体をつなげようとしてきた。
 そんな時、僕の深層心理の奥底に眠っていた竜が目覚め、逆に油断していた彼等に足払いをくわせて縛り上げ、反対に泣叫ぶ彼等を蹂躙してしまうことが、何度か続いた。
 自分がそんな立場になった時、多くの男達が現実を受け入れず、挿入されるまで冗談だと思うのが不思議だった。
 「冗談はよせ!洒落にならねーよ」
 「静かに……集中できないから」
 女言葉で囁いて相手に安心させ、ちょっとしたお遊びだと思わせるのが得意だった。
 「あ、よせよ」
 「ふふふ、結構いい気持ちでしょ」
 「俺はいいから…こら、やめ…やめろよ。まさか…まじに入れた?」
 考える時間を与えず既成事実を作ってしまうのが僕のいつもの手だった。
 殆どの男達は気持ちよさと自らの慢心でこうなったと受け入れるか、他人に知られたくない が、せっかくだから楽しもうとするのか、入れてしまえば二人で高めあうだけ。
 「あなたがやろうとしたことを、してあげただけ」
 「あ、やめ…よせ」
 相手の固く引き締まった尻を掴むと処女地目指して僕は激しく腰を動かす。
 「よせ、やめろ…いやだ……」
 「これがあなたが言っていた気持ちいいことなんでしょう?じっくり味わえばいい」
 「違う……そんなつもりじゃ……」
 「僕が女の格好だからって安心していた?男同士だもの、これだってありじゃん」
 「そん、な……あ、あ、あ、ダメだ、俺……変だよ。変になっちまう……」
 僕の瞳は完全に獲物を追い求める猛禽類の色に染められていたのだろう。
 信じられないと唸りながらも、快楽を求めて腰を振る、可愛い獲物に僕の欲望はさらに兆す。
 決して、僕から仕掛けた事はなかったが、彼等にやられそうだと思った瞬間に、僕の心のタガが外れ。 自分では制御することができない猛々しい大鷲が、僕を食い散らかすように支配するのを僕はとめる事ができなかった。
 行為が終わって負担が大き過ぎる為か、自分もやらせろという奴は殆どいない。逆に「もう一度……」 なんて言う奴さえいたものだった。
 
 それでも幾度か危険な思いをするようになって僕は身体を鍛えるようになった。
 女が習う護身術の類いは勿論、僕が気に入っていたのは、合気道と空手だった。相手の力を逆にうまく利用して相手を倒すと言うのが、すごくいい。
 自分の力で押さえ付けるより数倍すっきりする。
 殆どの男達は僕を女扱いして油断しているから、簡単に技にかかってしまう。 しかもふわっとしたワンピースは僕の適度に鍛えられた筋肉を隠すのにぴったりの隠れ蓑だった。
 もちろん、道場に通って本格的に習うと言うことはしなかったが、そこそこの相手なら、まず不覚をとらされるという事だけはなくなり。
 身体でいう事をきかせようとする男達に僕はいつも憎しみにも似た焦燥感と征服欲を覚える。
 大学に進学してからも、僕は懲りずに男達を翻弄し続けた。
 しだいに罪の意識も薄れ、どっぷりとその身を夜の街に染まらせ僕はいつの間にか、『タチ食いの鈴』なんて呼ばれるようになっても僕の悪癖は納まる気配すらなくて、むしろそんな自分を楽しんでいたようで。  
 本音を言えば女に未練がなかったわけじゃないけれど、性欲が充分に満たされていたから半分は諦め 半分はあえて考えないようにしていたような気がする。
 多くのバリタチを食っても僕が酷い目にあわされなかったのは、最終的には同意の上だったからだ。
 所詮、男なんて快感に弱い。誰も見ていなければ、二人の間で強過ぎる快感は時にアイデンティティさえ凌駕する。
 「なぁ、レイ……今度いつあえる?」
 「まさか、ネコに目覚めちゃった?」
 「そんなんじゃないけどさ…」
 「じゃあ、タチのままでいた方がいいよ。この世界タチの方が需要はあるそうだから」
 「冷たいなぁ……これっきり?」
 「あなただって、女装趣味のタチにやられてるなんて知れたら嫌でしょう?」
 「ちぇっ……レイも言ってくれるよな」
 「まぁ、僕も悪名が高くなっちゃったから、正直やりにくいんだけど。 僕を女だと思うと結構ノンケもその気になってくれたりするから」
 「それを無理矢理?」
 「まさか、やられそうになったのをやり返すだけ。いつもね」
 「究極の独り美人局だよな」
 「やだな…人聞き悪い事をいわないでよ」
 「そうだよな。たしかに強請り取るのは金やモノじゃなくて、タチのバックバージンだけだもんな」
 どの男達とも純粋に寝るのは一度だけだったが、逆にすっかり男に目覚めた数人のパトロン達が唆されるように出資者となり、僕は『ムーンドック』という自分の店を出すまでになっていた。  
 裏通りの目立たないビルにある地下の階段を降りて行くと、そこには曰くありげな人を寄せつけない重厚な扉があり、その向こうには小さなショットバーがひっそりと客を待つ。
 そんな店があったらと一度は寝た事のある一癖も二癖もあるような悪友たちと 夢を語り合っていたけれど、まさかそれが現実になるとは思わなかった。
 ある者は、ビルの地下の一角を格安で提供し、ある者は店のデザインをほぼ実費だけで引き受け、そしてある者は自宅にあるとっておきの洋酒のコレクションを照れくさそうに差し出した。 そ
 んな『ムーンドック』は8人も座ればいっぱいになるテーブル席はたった二つの小さなカクテルだけを出す地味なショットバー。
 場所が不便なところにあるせいか、はたまた化粧はもちろん、女装だってしていることは秘密だったはずなのに僕の怪しい匂いを嗅ぎ付けてか、必然というか気がつくと男ばかりが集まる場所になっていて。
 口は最悪に悪いが気のいいやつばかりが集まる……そんな癒し空間になってくれればという願いが叶い、居心地の良さに僕は、はじめて自分の居場所を見つけられた気がした。  
 今さら隠す必要もないのだけれど、僕が寝た男達も面白半分にやってきては、僕の仕事振りをちゃかしに来たり、からかいに来たはずが、いつの間にか、この店の中で、そこそこいい相手を見つけたり、可愛いネコの愚痴を零したり、時にはいいお客を紹介してくれたりしてそこそこ繁盛していた。  
 実際、僕は一度寝た男とは二度と再び寝る事はなかった。
  肉体的な欲求は満たされていたとしても、心は引き絞られるように飢えている。  
 このまま、一生独身でどこかに半身を置き忘れたような気持ちで過ごすのかと思うと、氷の海に閉じ込められているような寒気を覚えた。

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