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その日の午後には澁澤と一緒に俺をいいようにした只野と太田が、貧血でそのまま倒れて入院した
俺と澁澤の見舞いにやってきた。母が二人の為に飲み物を買おうと病室の外に出たとたん、二人に取り囲まれて。
「お前のせいだぞ。お前が澁澤をこうしたんだ」
「澁澤はお前に狂っていた。お前があいつの気持ちを受け入れてやらないから」
それはまるで僕が加害者なような言い方だった。 じゃあ、僕が彼に齎された恥辱の償いをいったいどうやって清算すればいいのだろう?
二人が帰った後で荒れ狂う心を持て余し、母が持ち込んでくれた私服を無言で乱暴にどんどん身に付けてゆく。
「れ、鈴……どうしたの?なんのつもり?」 最初はおろおろしていただけだったが僕の本気がわかって、泣き落しにかけようとする。 焦ってしがみついてこようとする母の制止を振り切ってそのまま病院の外に飛び出した。
怒りの鉾先を失えば眦を決して立ち向かう事もできない。この激情を持て余しこのままでは自分で自分を殺めてしまいそうだった。
あんなことはただの事故なんだって……僕が誘ったんじゃないって思いたかった。 自分は男であるという証明が欲しかった。 誰でもいい、誰かにそう認めて欲しかった。
お前はおかまなんかじゃないと、普通の男なんだといって慰めて欲しかった。
実際、なぜかは自分の気持ちを整理できないのだが、この心の澱を分ってもらうのは女ではダメなような気がして。
いつの間にか、男の街と噂になっていた新宿2丁目という男達が集まる場所に吸い寄せられるように
足が向いていた。 昼間の新宿2丁目は思っていたような猥雑な街ではなく、一般人も
歩くいろいろな種類の普通の店がいくつも並んでいて
一時有名になった公園も日中は、サラリーマンやタクシードライバーらの休息の場になっているようで
穏やかな時間が流れていて、覚悟していた僕は正直拍子抜けした。 空いていたベンチに座ってため息をひとつつくと、自分のすぐ近くに中学生くらいの可愛い少年が立っていた。
「お兄さん、ひとり?ここに座ってもいい?」
「あ、どうぞ」
「この辺りは初めて?」
「え?」
「そういう目的で来たんでしょ?そうじゃなきゃ殆どこんなところに昼間から
する事無さそうに座ってないよ。中学生?高校生?」
「高3だよ。君は?」
「中2……でもきっとお兄さんよりこの辺りの事詳しいと思う。興味あるんでしょ?」
「興味って……」
「なきゃ来ないよね。みんなそうなんだから安心して」
「俺は違う……」
「あはは、みんな最初はそう思うけどね」
「俺は女の方がいい…」
その少年の薄ら笑いはいつの間にか消えて不思議そうな顔を向けてきた。
「何かあったの?」
「何かって……」
「ここに迷い込んでくる人ってだいたい、自分の性指向に悩んだりして来る人が多いみたいだけど、
結局一度肌を合わせちゃうとさ。気持ちよさにすべてふっとんじゃったり…でもあなたは違うよね。
心の奥底で男性が好きな人って、僕らみたいな男の子に嫌悪感を抱かない人が多いけど、お兄さんは
僕が近付くだけで警戒して腰が引けてるもの」
一見少女のように幼く華奢な雰囲気を持ち合わせているのにこの話し方はなんていうのか……僕よりずっと大人びているじゃないか。賢いとか聡いとか言う以前に何か危ういモノを秘めてる感じがした。
「君は男性に告白された事があるの?」
「告白?そんなのしょっちゅうだよ。殆ど話もしないでやることもあるけど」
話もしないでやる?やるってSEXのことだよな?とても中学生の話とは思えない。
「それは大人と?」
「まぁイケメンだったら大人の事もあるね。大人だったら何も言わなくてもお金くれるし。でもだいたいは僕と同年代かお兄さんくらいの人。そっちの方が好みだもん」
そういって僕の手に自分の手を滑り込ませるように重ねてきた。僕はびくっとして思わず手を引っ込める。
「ごめん、何か嫌な事があったのかな?僕でよかったらちょっと話さない?僕ね、実家もあるけど
殆ど家に帰ってないんだ。お金を出してくれるおじさんがいて、彼がマンションを買ってくれたの。
ここのすぐ近くなんだ。彼は地方だから滅多に来ないし、少なくても平日はこない。誰にも話を聞かれ無いから付いてきて」
多分、彼が同世代とか、例え中学生でも身体の大きな子なら、きっとついて行こうなんて微塵も考えなかっただろう。だけど彼は僕よりずっと華奢で男の僕ですらハッとするほど白皙の美少年だったから、つい警戒を解いてしまったんだと今でも思う。
それが、僕と空とのはじめての出会いだった。
瀟洒なマンションが、その公園のすぐ近くにあり僕らは互いに名乗りながら途中コンビニで軽食と飲み物を調達するとお腹の空いていた僕達は、すぐに食事をしながらあっという間に打ち解けた。
「空君はいつから、自分がそうだって気がついたの?」
僕がそっちの話題に持ち込むととたんに空の瞳は悪戯っぽそうに輝いたかと思うと無言で僕の上にのしかかってきた。
「ごめん、そんな気はないんだ。っていうか男にたたない」
実際彼がどれほどの美少年でも男なんかに興味はなかった。ただ、話を聞いて欲しかっただけなんだから、それなのに……。
「大丈夫」
空はにやりと笑うと何が大丈夫なのかさっぱりわからないが、なんとクローゼットの中から綺麗な蒼い透けたジョーゼットの……それはデルフィニウムを思い出させる淡くて透き通るような蒼い……ワンピースを持ってきたのだ。
僕はそれを見ただけで、真っ青になってそのまま立上がろうとした。
何度も何度も澁澤にいいようにされた事がフラッシュバックされて目眩がしてそのまま座り込む。
吐き気を押さえながらなんとか立上がり空の方を振り返ると、空は何時の間にかそのワンピースを自分から頭からかぶって着替えているところだった。
「な、、なにをやってるの?そらくん」
「だって男と抱き合ったりするのは抵抗があるんでしょ?僕がこれを着れば男とやるっていう違和感がないジャン」
そうだったのか?そうだよな。普通……それなのに、なぜ、僕は自分がその服を着せられる方だと勘違いしちゃったんだろう。
「Hしようとかキスしてなんて言わない。だからこっちに来て」
僕は安心のあまりふーっと深い息をつくと空が言うままに僕はゆっくりと引き込まれるように空に近づいた。
そのまま空は僕に体重を預けるようにしてぎゅうっと抱き締めてくれた。
僕もおずおずと彼の背中に腕を回し、僕からもぎゅっと抱き締め返す。
無言で抱き締めあってからそれから、どれだけの時間が過ぎただろう。
人の体温がこれほどまでに暖かく感じるなんて……
背中に回された腕が、僕を冥府の闇から引き上げてくれる……
母親に抱かれて子守唄を聞きながら眠る……
そんな安心感から、僕は年下の空に心を許し始めてぽつり、ぽつりと今まであった事を語り出した。
その間、空は無言のまま、まるで小さな子犬でも愛おしむかのように僕の突っ伏した頭を彼の膝に乗せ、幾度も頭を撫でてくれていた。
僕は情けない事に年下の彼の膝を濡らし、ここ数カ月間感じた事のないような安堵感でいつの間にか
眠りについていたのだった。
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