デルフィニウム揺れる園2

delphinium blue



 それに味を占めたのか彼に呼び出される度怪しげな女の服が用意されていた。
 いったいどこから調達してくるのだろう?
 パステルカラーのワンピースだったりどこかの高校の制服だったり、その趣味はばらばらに近かったが、 必ずスカートをたくし上げて結合部分を鏡に映して写真を撮った。
 僕が抵抗しなくなったためか。
 澁澤はあの女装させた日から暴力は振るわなくなり。
 まるで愛おしむかのように念入りに準備をしてあくまで優しく身体を拓く。
 なにか大切な壊れ物を扱っているかのように。
 その優しさが逆に僕の男としてのプライドを蝕んでいることを澁澤はわかってやっているのか。
 「レイ……」
 名前で呼ばれる事を僕は極端に嫌っていると知っているはずなのに。
 「レイ…こっち向けよ」
 鏡に正面を向けたま、繋がっているその体勢のままで僕の首を捩らせて唇を合わせてきた。
 その瞬間僕の身体が緊張が走る。
 「あんまり締め付けんな。焦らなくても、これはお前のもんだぜ」
 そういってさらに腰を深く繋げようとする。
 「ん、んん…」
 「気持ちいいのか?気持ちいいんだろ?もっとよくさせてやるぜ」
 甘い声……勘違いしそうになるような。
 「はぁ…最高だ……こんな気持ちいいことってあるんだな。女とやった時もこんなに気持ちよく なかったぜ。お前が女だったらな」
 女だったら?
 女だったらだって?
 「すげーすげーよ。気持ちいい……あ……やべっ…だめだ…もう」
 彼が一瞬僕の身体の中で一回り大きくなったかと思うと彼は狙ったように僕の前立腺を目指して 発射しそのままじわっと熱いものが体中を駆け巡るような感覚に襲われた。
 僕は少しの間だけ気を失っていたらしい。
 気が付くと、澁澤は幾度も僕の髪をブラシで丁寧に梳いている。
 なぜ、そんな事をするのか?
 あたりに充満する女の……多分化粧品のような香りが僕を現実に引き戻す。
 「レイ……綺麗だよ」
 何を言ってるのだろう?澁澤は……。
 「本当に綺麗だ……お前は俺のもんだよな?俺だけのものだよな?」
 嫌な予感にふと視線を鏡に移す。
 そこには見ず知らずの女がこっちを伺っていた。
 澁澤に愛おしむように抱かれた淡いワンピースを着た少女。
 ……そう、そこにいたのは紛れもない薄化粧された少女で僕なんかじゃなかった。
 
 いや、これは僕なのか。明るい色の長い髪はウィグなんだろう。
 「レイ……好きだよ」
 澁澤……お前……なんて残酷なんだ。
 「レイ……お前を好きになってしまった」
 震えるほどの体中から沸き上がる怒り。
 まさに憤怒の念が僕を捉えた。
 そのまま、ウィグを床に叩き付けると、下着も付けぬまま外に飛び出した。
 僕にさんざん好き勝手をしてあまつさえ女の格好までさせて、好きだって?
 好きなんてどうして言える?
 友情さえ裏切った男が、僕を女に見立てて好きだなんて。
 化粧までするなんて常軌を逸してる
 ……だけど苦しいのは悔しいのはそんな事じゃないような気がした。
 そのことの方を突き詰めて考える方が……僕は無我夢中で駈けた。
 
 目前で弾ける閃光。  
  
    爆発するような爆音。
 
       あたりに響く悲鳴。
 
 だれかに強く突き飛ばされて僕はそのまま意識を失った。
 
 
 全身が引きちぎられるように痛い。
 白い無機質な壁。
 消毒液の香り。
 ばたばたと誰かが駆けるような足音。
 薄目を開けると母が泣き崩れる。
 「鈴……いったい何があったの?仮装みたいな格好で事故に遭うなんて。 あなたは、脳震盪を起こしただけだからまだ、よかったけれど。でも、でも隣の病室にあなたを助けてくれた澁澤くんが…」
 そのまま母は声にならない声で嗚咽を漏らした。
 俺は慌てて病室を飛び出し、急いで左右のプレートを確認して患者の書かれた名前を凝視する。
 澁澤の名前を見つけてそのままその病室に飛び込んだ。
 
 「澁澤……無事な、のか…」
 母の様子で最悪を覚悟した僕は思わず膝から崩れ落ちそうになる。
 足にはぐるぐる巻に包帯が巻かれて天井からぶら下げられていたが、顔色は良さそうで。
 
 それどころか、澁澤はまるで微かに小首を傾げて無垢な少年のような瞳のまま僕を見つめ返した。
 「レイ……見舞いに来てくれたの?」
 幼子のような物言いに澁澤の母親がその場に泣き崩れて。
 「足は骨折しましたけど、まだ戻りますから……ただ、記憶がないんです。中学1年くらいからの記憶が……本人はまだ、中学生のつもりでおります。 他のお友達はだれも覚えていなくて……覚えているのはなぜかレイくんだけなんです。 話してやって下さい。何か…あの高校の事とかも……」
 
 
 …地面がぐにゃりと曲がった気がした。
 
 身が竦り立っていられない。
 
 指先から…全身の体液が全て流れ落ちていく感覚。
 座り込んでもさらに床は蒟蒻のように心許なく揺れ、俺は細い三角錐のてっぺんに取り残される…… そんな絶望感に襲われて。
 
 このまま狂ってしまえ……。
 噎(む) せた心の奥の方で誰かが叫んだような感覚に僕は戦慄き震え上がり。
 
 覚束無い足取りでなんとか立上がる。
 
 
 -----思えば中学時代の僕ら、成長が早かった僕だけが仲間内で身長160cmを越え澁澤は140cmそこそこだった。
 なにかと懐いてくるまだ幼さを残した澁澤が可愛いのと少しだけ鬱陶しかった事だけが記憶の断片に残されているだけだ。
 たしかにあの頃の僕はすでに万単位の小遣いを貰っていたし、勉強も他の子達がなぜこんなところで躓くのか解らないという奢った意識が自分に纏わリ付いていたのだろう。
 きっとまだ、幼かったから、きっと態度の端々にそんな高慢なところが浮き出ていたに違いない。
 でも長い年月を一緒に過ごすうちに僕らは自然に対等の友だちにになっていた……そう思っていたのは僕だけだったのだろうか?
 記憶を失い、自分だけ、都合のいい過去を消してしまうなんてあまりに勝手すぎる。あんな事をしでかしておいて、澁澤の魂だけは清浄な森を彷徨っていこうというのか?
 僕のこの澁澤に対する恨みや憎しみに似た感情をあの無垢な瞳の中一だった頃の記憶しかない 今の澁澤にぶつけろというのか?
 それは……そんなことはできない。できるはずがない。

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