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その日は朝からこの時期には珍しい雨だった。 いつもは晴れ上がって気持ちよいこの街の冬には珍しいどんよりとした曇り空。 いきなりの鈴木さんの信じられない内容の電話で俺は、慌てて喪服に着替えていた。 葛西さんの奥さんの突然の訃報に取るものも取りあえず、家に向う。 玄関先には忌中の文字もまだ見えない。まだ、遺体が病院から到着したばかりなのだろうか? 俺達が辿り着いた時、葛西さんの嗚咽が玄関まで聞こえていた。 地の底から沸き上がるような慟哭……葛西さん……駿一さんは どれほどに奥さんを愛していたんだろう? それ程にも取り乱す彼を見たくなくて俺は情けない事にこのまま引き返したくなった。 だが、ここまで来たらそんなわけにもいかない。 親戚や同僚が何くれとなく様々な面倒事をこなし、兎のような目をした彼を腫物を触るように扱い滅多には誰も近付こうとはしなかった。 駿策クンが気丈にも励ますように葛西さんの背中を撫でていた。 俺は彼の姿を瞳の端に置きながら、押し寄せるようにやってくる 面倒ごとの波に押しながされていた。 こうやって忙しくする事で、葬式というのはもしかしたら亡くした人への悲しみが少しか紛らわれるのだろう。俺自身も葛西さんにちらっと挨拶できただけでお互いにそれどこではなかった。 その中で誰もが悲しみに浸っているというのに、何かと奥さんの由利さんのお父さんにあたる松丸さんは彼にからんでいた。 「何を言っても由利はもう戻って来ない事は知っている。だが、言わずにいられない……由利がこんなに早く亡くなった責任の一端は駿一君にもあるだろう」 「……」 「なんとか言ったらどうなんだ。由利が喘息だと知っていて君は煙草をやめていなかったそうじゃないか!」 しかし、葛西さんは一切言い訳をしなかった。しばらく寝ていないのか瞳は赤いままで顔色は真っ白、目の下に兆した隈が彼の焦躁を物語っている。怒鳴り続ける松丸さんに小さな身体をさらに小さくするように 彼は黙って義父の怒りが通り過ぎるのを待っているようだった。
告別式が終わり、松丸さんが位牌やお骨や息子の駿策くんまで引き取りたいと ごねてる話が直接関係のない俺等の耳にも入るようになった。 俺はさんざん迷ったが、結局今夜も仕事の後、葛西さんの家にきてしまう。まだ彼は仕事を休んでいるようだ。 葬式で多くの人が出入りして何時の間にか前より綺麗になった葛西さんの家が逆に妙に淋しそうに見えた。 情けないことに俺は暫く家の前で逡巡していたが、結局、チャイムを鳴らす事を選んだ。 飛び出すように中から顔を赤くして興奮した様子の俊策くんが出てきた。 「陣平さん!」 そのすぐ後から彼の祖父に当たる松丸さんが現れて乱暴にドアを閉めようとする。 「やめて、おじいちゃん!」 「いいから来るんだ」 俺が呆然としている間に松丸さんは駿策くんを自分の車に押し込むとすぐにその車を急発進させる。 俺が大急ぎで居間に上がり込むと表情のない顔の彼がソファに凭れ掛かっていた。 「いいんですか?駿策くん……あのままで?」 「なんだ、お前か……何しにきたんだ」 「それよりなによりあれじゃあ誘拐でしょう?駿策くんを連れて行くのを認めたんですか?」 「ほっといてくれ……俺と二人で住むより女手もあって駿策の為にはいいんだよ」 部屋の中にぷ〜んとアルコールの薫りがする。 「バカな事言わないでください!酒に逃げるなんてあなたらしくもない」 「俺らしくない? 何度か家にきて飯を作っただけのお前になんかいわれる筋合いねーぞ」 「筋合いはなくても、僕は誰より今のあなたがあなたらしくないって解ります」 「うるせー出てけ!」 「今のあなたを残して出て行けません」 「出てけ!出てけ!でていけ〜〜〜〜!!!」 そういうと彼はそのあたりにあるものを俺に向って投げ付けた。 「俺なんて死んだ方がましなんだ、もう生きている価値なんかない。俺も死にたい……死にたいんだ」 半端じゃなく興奮して暴れまくる彼を両腕できつく抱き締めると俺は後先も考えずに彼の唇に自分の唇を押し付けていた。 |