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「こういう事ははっきり言わせてもらった方がいいですよね。矢萩さん、申し訳ないが俺の事はもう忘れてほしい。俺は由利が死んだ時に俺も一緒に死んだと思ってます。 今の俺が生きてここにあるのは、佐野が、陣平が俺を絶望の暗闇から救い上げてくれたからなんです。 あいつはありのままの俺を受け入れてくれる。全てを捧げて俺についてこようとしてくれてる。 俺の今の命は陣平によってあるようなものです。だから、矢萩さん、 あなたがそこまでいってくれたからこそ言わせてもらうが、実は俺達正式に籍を入れる事になってる。 もう、俺の心は誰にも動かない、どんなものにも」 矢萩は片頬だけ上げて微かに笑った。 「わずかな希望も残してくれないのか?」 「すいません。あなたに希望を残せば俺達の間に絶望しかうまれないから」 「はっきりいってくれるな」 「もう、決まった事なんです」 「強くなったな。しゅん。男らしくなった。やっぱり俺はこの街を離れるしかないのか」 葛西は思わず首をすくめる。 「俺には、矢萩さんにどうこうしろなんて言える立場じゃないですよ。 それに俺はもう若くない。守るべき家族や立場や財産がある。それすら越えて俺は 陣平と一緒に歩いて行く道を選んだ。おれにとって、これで手一杯ですよ。他に気を回す余裕なんかありません」 レシートを掴むと矢萩はまっすぐレジに向かう。 そして振り向くと「もし、この次こんなチャンスがあったら、俺の事も思い出してくれ。 理想化してると言われてもやっぱり簡単に忘れそうにないからな」 と、にこっと爽やかな笑みを残してレストランを後にした。 葛西は小さくため息をつくと、体調が悪いからと秘書に連絡をとって、夜の接待を他の者に変わるように頼んだ。 矢萩とのやり取りで葛西は相当の緊張感で殆どのエネルギーを使い果たしていた。 正直いって仕事なんかできる状態ではなかった。陣平が来るまで自分はもっと強い男だったはずだ。 由利や駿策を養い、会社を守っていくのは自分だという気概を持っていた。 それに比べて今の自分はどうなのだ?すっかり陣平に頼り切っている。 今だってすぐに陣平に会って優しい言葉をかけてもらいたがっている。 もう陣平の支え無しでは生きていけない程弱くなっている自分に気がついていた。 携帯を手に取るとすぐに佐野に電話を入れた。 「家に帰りたい」
「今、どこですか?」 「港の見える丘にロシア料理の店があったろ…」 続きを遮るように佐野は「今行きますから」といって携帯を切った。 絶対迎えに来てほしかった訳じゃない、ただ声が聞きたかったのだ。 佐野の声を聞いてほっとしたかった。大丈夫だよと言って欲しかった。 ただ、それだけだったのだ。 だけどそれならタクシーを拾えばいいだけのことなのにそれができない。それなのに陣平はなんの事情も聞かずに 来てくれると言う。 ありがたかった。 佐野の仕事に支障がでるのかもしれないという危惧を拭いきれないのに 単純にただただありがたかったのだ。 年上の自分が佐野を守ってやるのだと思っていたけれど、 これでは、全く立場が逆だ。 子供にかえってしまったような自分を佐野がどう思うのかと思うととたんに恥ずかしさが襲ってきた。 「駿一さん!」 佐野が車から転がるように降りてきて「大丈夫ですか?」と肩を支えるように顔を覗き込む。 「うん、仕事中なのに私用の電話なんかかけてすまない。どうしても声が聞きたくて」 それには佐野は答えずにそっと抱きかかえるようにして葛西を車の後部座席に乗せた。 「悪いな…このままお前の職場に行ってくれ。俺はそこからタクシーに乗るから」 そういって葛西はすまなそうに肩を縮めている。 「そんな事は心配しないで、俺もう、午後から年休取りましたから。それに葛西さんが調子悪そうだっていったら、鈴木さんたら明日も出社しなくていいからきっちり葛西さんの面倒をみてやれよなんてからかうんですよ」 そう明るい声でいう佐野はまんざらでもないという態度でどこか嬉しそうだ。そのまま佐野に肩を貸してもらうようにして家に到着すると葛西はやっとソファに倒れこんだ。 「何か冷たいものを持ってきますね」 そういって冷蔵庫に向かう佐野の背中に葛西は声をかける。 「情けないよな?軽蔑するだろ?」 「まさか…」 「嫌いになったらハッキリ言ってくれていいんだ」 「何をいってるんです?嫌いになる訳がないじゃないですか。逆に俺、なんか涙が出そうな程嬉しくて感動してます。だってそれって陣平さんが、僕にありのままの陣平さんを晒しだしてくれてるって事じゃないですか。おれ、俺…」 そういって思わず葛西の肩にそっと頭を乗せた。葛西はその頭を包み込むように優しく髪を梳いている。 「おいおい、本当に泣くなよ。俺までぐっとくるじゃないか」 「だって嬉しいんです。俺が一方的に頼ってるんじゃなくて駿一さんにも頼られてるって事が」 「じんぺ…俺もだよ、俺も同じ事思っていた」 「本当に?」 「いつか駿策はこの家を巣立っていくだろう。でもお前はずっと俺のそばにいてくれるんだろう? 俺が不安になった時、俺の傍にいて俺がこうしてお前の髪を梳いてるみたいに優しく頭を撫でてくれるんだろう?」 「駿一さん、俺、もう迷わない。両親が反対してもやっぱり籍を抜ける。それがけじめだから」 二人はそっと唇をあわせて互いをむさぼりあった。 それは、駿策が児童館から帰ってくる5時過ぎまで続いた。そこでやっと何も夕御飯の用意もしていないのに 佐野が気がついたが、葛西の方は 「今夜は仕事が遅いからおじいちゃんの家に泊まっておいで」 と帰ってきた駿策を祖父母の家にさっさとタクシーで送り届けてしまった。 「夕御飯どうします?」 「夕御飯より、陣平が食べたい」 葛西のドキッとするような積極的な言葉に佐野は目を剥いた。 こんな日がくるなんて思いもしなかった。こんなふうに葛西が積極的になってくれるなら、ライバルも時には悪くない……なんて不謹慎な事が頭を過る佐野だった。 【FIN】
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