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佐野の視線の熱さに最初に気がついたのは、矢萩の方だった。 不思議そうな瞳で佐野を見つめた後、葛西に何かを耳許で囁く。葛西ははっとして佐野の方に振り返り 屈託のない笑顔で来い来いというように手を何度も振って佐野を呼び寄せようとする。 「おぅ!来ていたか、佐野。矢萩さん、この男、佐野……っていうんですよ。今度うちで働いてもらうことになりそうなんです。佐野、この矢萩さんは大学時代の先輩で20年振りに地元に帰ってきたんだ。今夜いいか?」 いいかって何が?と聞きそうになって佐野は家に連れてきたいということなのだと理解した。 つまり自分がどこかで時間を潰してくれと葛西に言われたのだろう。 できれば、ホテルに泊まるとか? そう思うと佐野は思わず顔が強張る。頭では理解しているのだ。学生時代の先輩にまさか子供までいる葛西が奥さんを亡くしたばかりだというのに、若い男と同棲しているだなんて普通じゃないって事は。 だけど、もしかしたらと佐野は思う。 この矢萩こそ葛西の昔の彼氏なのではないかと。 もしそうだとしたら、自分は多少責められようと、葛西の傍にいたい。なぜなら 万が一でも危険な思いをさせたくないし、もし矢萩が昔の葛西の恋人ならば焼け棒杭に火がつくなどと いうことになれば、後悔してもしきれないと思うのだ。 そしてこの矢萩の佐野を見つめる視線はメスを巡って他のオスを牽制する発情期のオス特有の鋭さに間違いないと思えるのだ。 『負けるものか、こんな野郎に』 「お酒でも用意しますか?」 たとえ、葛西を怒らせる事になっても矢萩にあえて同居人だと分からせることが、佐野にとって今一番大切な事のような気がした。 「突然……訪ねるのは悪いからな。それより今夜は俺が驕るからどこかうまい店を教えてくれよ、ゆっくり積る話でもしようじゃないか」 矢萩の鋭い視線は、葛西ではなく佐野を捕えていた。間違いない、矢萩は佐野をライバルとして牽制したのだ。ひとり何も気がつかずに上機嫌なのは葛西だけで二人に置いていかれる事になった佐野は、ショックのあまり呆然としばらくそこに立ち尽くしていた。
こんなことをしたら嫌われるとわかっていて人はなぜそれをしてしまうのか? 佐野の場合もそうだった。自分が誰かにされたら鬱陶しいのに、何度も葛西にメールを打つ。 『駿くんと夕御飯すませました。今夜はロコモコです』だの『駿君が頭を洗ってくれと甘えるので 洗っておきました。宿題も終わったようです』だの『やっと二人でしり取りをやって寝たようです。 お父さんは何時帰る?と何度も聞かれました』 なんて返事も来ないのになんどもメールを携帯に入れる。 飲みに行ってそんなの読んでないのはわかっていた。駿君が葛西の帰りを知りたがった訳ではないのだ。 最近はすっかり佐野の懐いた駿策は最近は忙しい駿一の帰りなど全く期待なんかしていず、そわそわ時計を気にしていたのは佐野の方で。 本当のところ一方の駿策はもう佐野さえいればいいという感じだった。実際心底、葛西の帰りを待っていたのは佐野だけだったのだ。 自分以外の男と二人だけで酒を飲むなど、佐野にとっては拷問に等しく、嫌われるとわかってメールを止められないのはそのせいだった。 12時過ぎて葛西から携帯に連絡が入った。 「駿策はもう寝たか?」 「はい。お迎えに行きましょうか?」 「いいよ、タクシーで帰るから」 「いえ、行かせてください。お願いします」 佐野は断る葛西を制して無理矢理迎えに車を出した。葛西と矢萩が後部座席で談笑している姿をみるだけでムカムカする気持ちを抑えられない。 車に乗り込んだら乗り込んだでバックミラーからみる葛西の顔はいつもの顔よりずっと安心しきって愛らしく見え気が気じゃなかった。 飲み過ぎたのかこくりこくりと身体を左右に揺らし始め、遂には、矢萩に凭れ掛かかる。 ぶちっと佐野の堪忍袋の緒が切れた。 「矢萩さん、この辺りでよろしいですか?」 先ほど葛西によって伝えられた矢萩のマンションはここから100メートルほど先だが、葛西が寝込んでしまった今、これ以上ライバルに親切にしてやる気持ちなんかなかった。
「駿一さんが寝ちゃったのでここでいいですか?」 「いや、彼ともう少し積もる話もあるので、家まで送ってくれないか」 佐野の気持ちを知ってか知らずか矢萩の顔は、ふてぶてしいまでの落ち着きと余裕がある。酔いつぶれた葛西とはえらい違いだ。 普段なら葛西だって決して酒に弱いタイプではないのに、どうなってるのかと佐野は唇を噛む。 「明日、葛西さんは早くに出かける予定があるものですから……」 それを聞いてバックミラー越しに矢萩が鋭い眼光を寄せる。 「君たち一緒に暮らしてるんだって?かわってるね。君が秘書でもないのに」 「どうしてそんな事をおっしゃるんですか?」 「君は優秀そうだから、すでに僕らの事を気がついてるんだろう?そう君の勘は当たってる、俺がシュンの最初の男だ。彼がおれたちの関係に辛そうだったから手放して忘れようと思っていたのに。奥さんも子供も出来たから忘れなくちゃと思っていたんだ」 佐野の反応を確かめるように矢萩は薄笑いさえ浮かべていた。 「まさか……」 「そう、まさかだよ。俺はいまだに独身だ。今までシュンの事を忘れた事なんかなかった。由利さんだったから諦めた。でも、ずっと彼の事は見守ってきたよ。由利さんが亡くなって今度こそシュンには俺が必要だと思ったのに、こんな若いトンビに油揚を攫われるなんて」 佐野はむっとして思わず声を荒げる。 「駿一さんは油揚じゃない」 「ばか…あたりまえだろう…。だがな相手が女なら身を引くがお前のようなガキなら絶対にシュンを諦めたりしない」 「僕だって……駿一さんを手放しません」 二人は射るような視線をからめあう。 「いい度胸だ……君の宣戦布告を受けてたつよ。じゃあぼくはここで降りることにする」 降りる際にちゃっかりと矢萩は葛西の頬を撫でていった。 悔しい……悔しいなんてものじゃない。佐野は自分が両親を説き伏せてさっさと養子縁組をしていなかった自分にたまらなく腹を立てていた。
家に戻って葛西の肩を抱くとほんのりと高級ワインの薫りが漂う。 まずいと思いながら佐野はしどけなく凭れ掛かる葛西にムラムラと欲情してくるのをどうにも抑えられなくなった。 ゆっくりと駿一の体臭を吸い込みながらベッドまで運ぶと一つ二つとYシャツのボタンを外しながら 何度も俊一の顔のあちこちにそっとキスを繰り返す。 「ん……んん……」 ネクタイを解きながらジッパーに手をかける。 股間の違和感にさすがに駿一は目覚めかけた。 「……よせよ。何を考えてる……駿策が今夜は……隣の部屋で寝て……たろ?」 寝ぼけながらも、盲滅法に腕を振り回した。 「はなせったら……週末には……ゆっくりできるから」 身体も動かしながら駿一は抵抗した。その姿を見るだけで佐野はよけいに興奮してきた。 「ねぇ……今夜だけ……今夜だけ特別に俺を安心させてほしい……」 先程の矢萩の牽制を思い出せば思い返すほど。佐野は本当に嫉妬でどうにかなりそうだったのだ。 「ん、んんん……っ!」 そのまま乱暴とも言える仕種で駿一の唇を奪い口の中を激しく蹂躙する。 「じんぺ……よせったら」 そう言いながらも強くも抵抗出来ない駿一は、ちゃんと解す間もなくあっという間に身体を一つに繋げていた。 暗闇の中でゆらゆらと揺れる二つの影……そのシルエットは僅かな月の光を捕えて 部屋の三面鏡に写し出されている。 酔ってはいたが、駿一は微かに残った理性を総動員して必死に上げそうになる喘ぎ声を自分の手の甲で押さえた。隣の部屋に寝ている駿策だけには聴かせたくなかったのだ。 |