シュー・ア・ラ・クレーム

chou a la creme 1



 本郷喬(たかし)には誰にも知られたくはない深刻な悩みがある。 間違いなく英語の力で採用されたのに自分の英語能力に今ひとつ自信が持てないことだ。
学生時代、相当単語は暗記したし、イディオムだってまぁまぁ。英検の準1級も取った。
もちろん、いつも英語の成績はトップクラス。自他共に認める得意科目の英語 それはあくまで学生時代のテストでの話。
正直なところリスニングに難があるのはどうしようもなかった。
英語のニュースはまだいい。若者向けドラマになると他の言語を聴いてるのでは? と思う程ぜんぜん解らない。
それなのに、新人研修が終わったら外事課配属になってしまったのである。
英検準1級なんて実践の英会話ではただのお飾りだった。

本郷の上司である香川(弱冠27才で係長)がやってきてこう言った事も本郷を不安にさせる。
「最初から期待なんてしてないよ。しばらく2人で組んで仕事して。 彼は聞き取りと発音は完璧だからな」
実際のところ、外事課の香川といえば、外国の交渉の殆どをまかされている実力派ともっぱらの噂が新人の本郷の耳にすらはいってきていた。
驚いた事に英語は勿論、中国語やドイツ語、フランス語も日常会話はいけるらしい。
それが事実なら当然、英語しかできない本郷達に英語の仕事が廻ってくるのは当たり前といえばあまりにも当たり前。
 しかも本郷は不幸な事に、彼……大沢聖夜……クリスマスイヴに生まれたというふざけた名前の ふざけた男とチームを組むことになったのだ。
大沢はサラリーマンの営業では不味いと思われる明るい茶髪、濃い色のカラーシャツ、はでなタイといったいかにも軽そうな悪目立ちするタイプでしかもそれが嫌味なほどよく似合っていた。
だから、一目観ただけで本郷は苦手なタイプだと確信した。
 なんたって大沢は2年間親の仕事の都合で10才から12才までカナダで過ごして どうやら、俗に言うバイリンガルになって帰ってきたらしい。
全くもってうらやましい話だ。そのころの本郷はといえば、できれば思い出したくもない…毎日、毎日深夜まで塾に通わされていたというのも対照的で本郷にとっては全くもって面白くない相手だった。

しかし、予想に反して大沢は初めて紹介された時、丁寧に本郷に挨拶してきた。
「一緒にコンビを組む事になった大沢です。1年しか先輩じゃないから、あまり緊張しないで解らない事はなんでも聞いてくれていいですよ」
そうやってにっこりと微笑み本郷の手をがっちり握ってきた。
「はい」
どうも調子が狂う。
「さっそくだけど、午後から一緒に取り引き先についてきてもらうよ?一応この書類みておいて。 そして、文法が変だったらだったら直してくれる?」
 だが、前言撤回……だ。なんと書類をみて驚いた。いたるところに簡単なミス。なんだこれは.....。
本郷が唖然としていると大沢はウィンクしていう。
「僕、子供の頃しか英語やってないから、文法全然だめなんだ。 つまり君と僕とで2人で1人前っていうことさ」

 信じられない。本当にこいつとこのまま無事やっていけるのか?
本郷は深くため息をついた。

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