シュー・ア・ラ・クレーム

chou a la creme 4



 それから数日は何ごともなく過ぎていった。しかし大沢に対して本郷は必要以上に何かにこだわっている 自分が嫌でしかたなかった。今夜も大沢に夕食を誘われたがそんな気持ちにはとてもなれない。
本郷は何か自分の気持ちに釈然としないまま、いつものようにその夜はコンビニで夕御飯のお弁当を買おうとレジに並んでいた。
何か背後に嫌な気配を感じたのだ。しかしもともと鈍いタイプの本郷は 違和感を感じながら振り返る事もしなかった。
唐突に後ろから、肩を掴む者がいる。驚いて振り返るとなんとそれは先日のお得意様の一人、ミッシェルだった。
『ミスター....ええと』
『ミッチって呼んでよ』
ミッチはにっこりと微笑み、同時に本郷は真っ青になった。
それはもちろん、あの日の大沢の一言が頭を過ったからだ。 (ミッチって呼んでって言われるかもね?)うそだろ、誰か嘘だといってくれ。

『これから夕御飯?よかったら、パスタの美味しい店に案内するよ』

 コンビニの中で言い合いはできない。まして上手に断る英語がすぐに思い浮かばないのだ。 いつも会話を大沢まかせにしていたことが悔やまれる。 ミッチは勝手にさっさと本郷のお弁当を棚に戻すと、本郷の手をひいた

『僕もオオサワみたいに君をタカシって呼んじゃまずいかな?』

 『YES』

 いってしまってから気が付いたが英語の否定型の疑問文はYESが NOである。 焦ってるとはいえ、どうしてこんな中学英語の基本のような間違いをしていまうのか。 やっぱり大沢に任せっきりの日頃の自分が悪いのだ。
泣きたい気分でミッチに連れられてイタリアンレストランに入った。 正直いって絶対絶命である。

....お得意様

....先日の危ない会話

....自分のつたない英会話能力

本郷は注文をミッチにまかせるとトイレに直行した。携帯を持つ手が震えてうまく押す事ができない。

「お、大沢さん、突然すいませんが僕、大変な事になっちゃって」
「喬くん?どうした」
「コンビニでミッシェルに捕まって、今、イタリアンレストランに来ちゃって」
「わかった、すぐいくよ」
本郷は店の名前と場所を手短に伝えたちょうどその時、トイレにミッシェルも入ってきた。
『もしかして僕を誘う為にトイレに来たの?』
『NO,nononono〜〜〜〜』
ミッチはキスでもするように本郷の顎をつかんで親指でぐっと押し上げた。
「ちょ、ちょ、ちょっと、待ってください〜」
焦ると本郷はすべて日本語である。
 なんとか、ミッチの腕を振りほどくようにして本郷はやっと席につく事ができた。 お得意さまじゃなきゃ間違いなく逃げ帰っているところだ。
泣きたくなる程心細くなっている本郷を面白そうに見つめながら、ミッチは何かをつぶやいた。
「TAKASHI GA KAWAII」
もしかして日本語か? しかし本郷の理性が思考することを拒否している。

『さて、僕に「TAKASHI GA KAWAII」と「TAKASHI wA KAWAII」の日本語の 違いを説明してもらおうかな?』
これは絶対からかわれてる、だけど日本語についてきいてるのであって 露骨に誘われてる訳ではないから自意識過剰なリアクションはできない
(冷静にならなければ)、混乱した頭の中で英単語がぐるぐるまわってる。
『〜が可愛い』と『〜は可愛い』?なんか違うと思うけど上手に英語でなど説明できない。 たしかにこれも中学でやった、国語の文法にあったはずだ。 でも、こんな時にはすぐに英語に変換できない。所詮本郷の英語力など 受験用丸暗記の産物である。

 混乱して青くなったり赤くなったりしている本郷をさも楽しそうに 微笑みながらミッシェルはワイングラスに口をつける。 美青年はにやにや笑っても様になる。まして金髪碧眼。 店内の注目を一身に浴びて視線が痛い程だ。
 『時間切れだよ「タカシが可愛い」はタカシを強調してるんでしょ? タカシの英語はまだまだだね。僕がゆっくり2人だけで英語を教えてあげようか?』
ゆっくりとした英語、しかし英語だけの会話だと知ると、店内の客の興味は 潮が引くように消えていった。
 しかし、本郷はなんといって上手に断っていいのか解らなかった。 仕方なくテーブルの上のパスタをただゆっくり食べてごまかす。 しかしまずい、食べてばかりでは、大沢が来る前に食べ終わってしまう。 勿論、パスタの味なんて殆ど解らなかった。

『僕が日本に来る前に読んだ本によると、日本人は少年時代に 男性経験を済ませてしまうって本当かな? たしかに15才くらいまでの日本人って体つきも少女の様だよね』

『それは、違います。多分昔の話しですよ。 侍とかがいた。戦国時代だと思います。』

『そう?でも君は成人なんだろう?でも顔も体格も少女のようだね』
ミッチがさっと本郷の手を取って親指で手の甲をそっと撫でた。
(タスケテ〜大沢さん!!!!)

『僕の手の三分のニくらいしか、ないな』

こんなに人のいるところでなんて大胆な事をしやがるんだ。
 本郷は心の中で毒づくが彼の英語脳はさっぱり形成されていないらしく ちっとも言葉にならない。 必死に手を振りほどこうとしながら、汗だくになるばかりだった。

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