キャンディ3

優しい君を…


 

 家に帰る道すがら、僕はなんだか悔しくて仕方なかった。

 僕に断られたからって簡単に他のやつを誘う古代。

 斉藤の意味深な笑み。

 なにより、用事もないのにせっかくの古代の誘いを断った僕。

 こんなに気になるなら、どうしてことわったんだよ。

 こんな風に思うなら、いっそ行けばよかっただろ?

 今からだって遅くない。

 何をうじうじしてんだ?

 僕らしくない、全く僕らしくないぞ。

 古代と斉藤が仲良く食事を取っている様子が頭に浮かんでは消え、たまらない気持ちになる。

 どうしてこんなに気になるんだろう?

 どうしてこんなにたまらない気持ちになるんだろう?

 古代のことをどこか鬱陶しいって思っていたのは僕の方だったじゃないか?

 それなのに。

 いてもたってもいられなくて、僕は古代の家に駆けた。

 何かが僕の背中を強く押して僕を急かす。

 今いかなければ。

 すぐ、いかなければ。

 思いっきり駆け出して、つんのめりそうになるほど駆けて駆けて……やっと辿り着いたのに。

 それなのに古代の家の門は見上げるほどに巨大でどこか人を寄せつけない感じで。

 前にきた時はちっともそうは感じなかったのに。

 冷たくて重くてとても僕を歓迎してくれるようには思えなかった。

 はぁはぁと荒い息を整えながら背中越しに塀にもたれ掛かりそのまま滑り落ちるように腰を下ろす。

 必死に走ってきた自分がばかみたいで肩をがくっと落とすとそのまま頭を項垂れる。

 どうしてこんなに必死になってるんだろう?

 どうして呼び鈴も鳴らせずに捨てられた子犬みたいな気持ちでここで僕は座り込んでいるんだろう。

 ただ、一言、用事が無くなったから僕も来たよ。開けてくれる?って言えばいいだけじゃないか?

 そんな簡単なことがここまでやってきてなぜ言えない?

 

 自分で自分の気持ちに戸惑いながら結局チャイムを押す勇気もないまま、ぱんぱんと鳴らすように ズボンの後ろを叩いてとぼとぼと元来た道を数倍の時間をかけて戻るしかなかった。

 体中の血が指先から流れて出て行ってしまうような。

 それとも、身体が砂みたいに少しずつ融けて風に飛ばされてしまうような。

 そんな虚しい気持ちになって、僕は目頭の奥がつんと痛くなった。

 情けない……いい歳をした男子高校生が目頭を熱くしてどうするよ!

 自分で突っ込みを入れて 奮起しようとするけど、ちっとも元気が出てこない。

 いくらBLを読むのが好きだって、僕が男に恋するわけはないと思うのに。

 どうしてこんなに胸が押しつぶされそうなんだろう?

 そうだ、

 女子には冷たく接して男子にはすっかり距離を取られていた古代が僕だけには心を許してくれていたと 勝手に思い込んでいたからだ。

 自分だけは特別だと思う気持ちに男だって女だって関係ない。

 きっと僕は友美のBLを読み過ぎて感化されてるのに違いなんだ。

 こんなに切ない気持ちになるなんて。

 きっとこれは恋なんかじゃない。

 それなのにどうして涙が溢れてくるんだろう。

 もう僕の足は前にはちっとも進まずに、黙ってその場にしゃがみ込んで膝を抱えて顔を埋めてしまった。

 「咲坂……」

 背後からかけられる声と同時に大きな古代の掌が僕の肩をむんずと掴んだ。

 「どうした?用事があって家に来たんじゃなかったのか?」

 玄関まで行ったのを見られていたのか?

 とたんにこの場から逃げ出したいような羞恥が僕を包み込んでぐちゃぐちゃにする。

 「ち、ちがうよ。ばか…通りかかっただけだよ」

 「なんだかそうは見えなかったけど」

 だから、そんな事お前にとってどうでもいいことだろ?

 「うるさい!ちがうよ」

 「近くまで来たなら寄って行けよ。飯はまだなんだろ?」

 優しそうな言葉なんかかけてんじゃねーよ。それに…

 「だって斉藤もいるだろう?」

 「いちゃまずいのか?今日はきっと咲坂が来ると思って食材を買い過ぎてしまったんだ。 誰かと一緒に夕食を食べたかったから」

 そうかよ、そうだよな。

 僕に親切にしたのだって、ペットを可愛がるのと変わらないんだろう?

 どうせ、俺は背丈もないしお前みたいに頭も良くないからな。

 つまり僕じゃなくたっていいってことなんだろ?

 「だから、斉藤と食えばいいだろ?」

 「どうして3人じゃだめなんだ?」

 「どうしてって……」

 言えない…自分にも説明できない気持ちを当の古代に説明なんかできるわけない。

 「とにかく来い、このままこんな状態の咲坂を放って置けないよ」

 ちくしょー、放っておけ!

 頼むから放っておいてくれよ。

 暴れれば暴れただけ古代の拘束は強くなり、終いには、僕は情けない事に古代の肩に担がれてしまったのだ。

 空が回転したかと思ったら、あっという間に地面が迫ってくる。

 恐ろしくて古代の腰にしがみついてしまう。

 くすっと鼻で笑われたような気がするのはこの際無視だ。

 そのまま古代の家まで担がれて途中靴を脱がされソファに転がされた。

 「何、するんだよ」

 「素直じゃないからだよ。可愛くないぞ咲坂」

 「どうして男の僕がお前に可愛いなんて思われなきゃいけないんだ。ふざけんな。第一、斉藤はどうしたよ」

 実際斉藤の姿はもうどこにもなかった。

 「もう夕御飯を食べさせたからな。帰ったんじゃないのか?」

 やっぱり一緒に夕御飯を食べたのか?じゃあ、もういいじゃないか。第一、帰ったんじゃないのか?ってなんだよ。冷たい奴め!

 「斉藤とそのまま飯を食っておけよ」

 戸惑った顔をした後、古代はそのまま台所に消えた。

 しばらく台所に篭っていたと思ったら鎌倉彫のお盆に乗った暖かいホットココアをそっと僕に差し出した。

 熱帯夜にクーラーのよく効いた室内。そこで出されるホットココアに僕は思わず苦笑してしまう。だって…

 「夏にホットココア?」

 「クーラーの効いた部屋で冷たいものを飲めば、腹を壊す」

 言葉はぶっきらぼうだが、鼻先で香る甘い薫りと立ち上る湯気の中に彼の優しさを感じてしまう。

 チョコレートとクリームが絶妙で夏にホットか?などと言っていた僕も思わず両手で包み込むようにして飲み干していた。

 「落ち着いたか?」

 かけられた声に僕はカップから口も離さず黙って頷いた。

 いつもはきつい彼の瞳がどうして僕に向けられる時、こんなに柔らかくなるんだろう?

 だから僕は誤解してしまうんだ。僕は古代の特別な存在なんじゃないかって。

 でも、それは所詮僕のうぬぼれだったんだな?

 「帰る……」

 古代はそれを本当に意外だといわんばかりに驚いた顔で僕を見つめた。

 「何を拗ねてるんだ?いつ咲坂が来てもいいようにタンドリ−チキンを用意してあるんだ」

 「別に夕御飯なんか食べたくない」

 「だってまだなんだろ?タンドリ−チキン食べてみたいっていっていたじゃないか」

 そりゃ、手作りの本格タンドリ−は魅力だけど。

 「だってもう古代は斉藤と夕食をすませたんだろう?」

 なんか拗ねてるみたいな自分の言い種にますます傷つきそうだった。

 「いや、食べようと思ったけどなぜか、ちっとも咽を通っていかなくてさ。咲坂と一緒じゃないと飯がうまくないんだよ」

 だから、なんだ。そんなの僕に関係ないだろ?

 だけど大皿に盛られたピーカンナッツやパプリカが入ったレタスたっぷりのサラダやタンドリ−チキン、サフランライスの独特の薫りが食欲をそそる。

 残すなんて勿体無くてできないよ。僕は自分で自分にそう言い訳をしてテ−ブルについた。

 向かえに座った古代がやさしそうな瞳で僕の顔をジッと見つめている。

 「お前が先に食わなくちゃ食いづらいだろ」

 「いいじゃいか、だって咲坂が旨そうに食うのを見ていたら、すごく食欲がそそるんだよ」

 その瞳がなんだか熱くて僕は食べ物に集中しようとする。実際旨い!こんなの食べた事がない。

 こいつは何をやらせてもそつがないんだな。それなのになぜ僕みたいなのを構うんだよ?そう思って 顔をあげると幸せそうな顔をして古代ももくもくと食べている。

 斉藤と食べてないって言うのは多分本当なんだろう?

 特別太っているように見えないこいつがこの食欲だもんな。

 「咲坂が悪いんだぞ……」

 だから何が?

 「もう、お前が一緒じゃないと最近飯が咽を通らないんだ。今までずっと一人で食事するのに馴れていたのに」

 普段の態度は傍若無人なくせに時々こんなおいてきぼりにされる子猫みたいな表情をするんだから反則じゃないか。

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