キャンディ2

優しい君を…


 

 古代の手から手際よく次々と生み出される料理、嗅いだこともないような馨しい香辛料の薫りと 果物の薫りのする高価そうなオリーブオイルで炒められるガーリックやジンジャー。

 シャッシャッと手際よいフライパンさばきをもっと近くで見たくて僕は一歩また一歩と古代の近くに 陣を取る。僕の意識が料理に集中しすぎていたせいだろう。

 さらによく覗き込もうとして思わず僕の肩と古代の肩が触れあった。

 「あちっ」

 一瞬何があったかわからなかった。

 「どけよ」

 古代が蛇口を開けて水を出してその手をかざしてから、僕は彼がやけどをしたと知った。

 「大丈夫?」

 おたおたするだけの僕。

 飛び散る水道水に集中する古代の顔は真っ青だった。

 やけどは酷いようには見えないけれど、実は深いのかもしれない。

 「……」

 古代が何も言ってくれないからますます不安になる。

 「僕のせい?」

 「ちがう」

 プランターからとげとげした肉厚の葉を抜き取ると器用に中身を取り出し患部に置いて 包帯を巻こうとする。

 「何?それ」

 「アロエだよ。祖母が緊急時に使っていたから見よう見まね。所詮民間療法だけどな」

 「手伝う?」

 しかし僕の指先が古代に微かに触れるとびくっと古代は汚いものでも触ったかのように手を引いた。

 完全に嫌われちゃったかな。

 僕は結局何も手伝えないまま、古代は自分自身で器用に口を使って無言で包帯を巻き、その流れでそのまま食事の用意までしてしまう古代の指先だけを見つめていた。

 なんだか怖くて古代の顔を見ることができなかった。

 そのきまずい雰囲気を引きずったまま古代はずっと無言で料理を続けてそのまま無言で僕らは食事を取った。

 食事はすごく美味しかったのだけど、何か言いたそうにしている古代を見ても今さら僕の方から 何かを言うことなんかとてもできなくて時間が過ぎてしまった。

 そんな気まずい時間が辛くて僕は「ごちそうさまでした」というとそれこそ逃げるように古代の家を後にしたのだった。

 次の日僕がおずおずと 「やけど大丈夫?」

 と声をかけると古代はいつもの淡々とした様子で「あぁ」とだけ答える。

 古代との距離が縮まったような気持ちになって調子にのっていた僕は冷や水をかけられたような気持ちになった。

 仕方ない。

 相手はお金持ちの気難しげなおぼっちゃんで、とんでもなく頭も切れる。 僕のような庶民の子が必死に勉強してもきっと彼のレベルには到達しないだろう。

 所詮住む世界が違うのだ。

 きっともう二度と古代からのお誘いはないと諦め他のクラスメイトとじゃれていると

 「咲坂……元素周期表は覚えたのか?」

 と声をかけられた。

 そう、それは古代の不機嫌そうな低い声で。

 「いや、まだ…」

 「この前の小テストできてなかっただろ?まずいんじゃないか?」

 そんなの古代に関係ないじゃないか。

 お前は僕のおふくろかっての!

 心の中でいくら毒づいても古代に聞こえる訳もない。

 なんとなく微妙な空気を察知して仲間達は 「また、後でな!」とか「じゃあ」などといってその場を離れて行く。

 待ってくれよ、僕を置いておくなよ。

 「もし、誰とも約束がなかったら、よかったら寄って行かないか?」

 控えめにいいながらちっともその瞳は優しくない古代の誘いを僕は、気まずいながらも 仕方なく頷いた。

 とはいえ、古代の教え方は適確で、しかもご馳走してくれる夕御飯はすごく美味しくて 僕は古代にやけどさせてしまったことを忘れそうになる。

 それを思い出すのは古代がいつも必要以上に僕から距離を取る時だった。

 そんな態度を示すならいったいどうして古代は僕の成績なんかを心配してくれるんだろう? 同じクラスで同じ進路を目指す生徒なら他にもいるんだろうに。

 思うに、きっと僕が一番情けない成績というか、ライバルにもならないんだろうな。つまりものの数にもはいっていないってことか?

 そう思うとそれはそれですごく悔しいような気もするけれど。

 時々授業中に斜後ろの席の古代を盗み見る。

 こうして改めて古代をみると高すぎない整った鼻梁や切れ長で綺麗な形なのに襲い掛かるような獰猛な目付きのいかにもデキルっていう顔で。

 時々、目があったとたん露骨に逸らされるのを除けば、やっぱり古代は尊敬に値する男だと再認識させられるのだ。  

 とはいえ、実は僕は古代の魅力的な誘いを何度かに一度は「今日はちょっと」といって最近は断るようになった。

 なぜなら何度も古代の家にばかりいけば、当然僕のマンションにも行きたいななんていうような話の流れになってくるかもしれないからだ。

 それだけは絶対避けたい所だ。

 なぜって僕のマンションにはあの腐りきった姉の友美がいる、もしたまたまその時彼女がマンションにいなくても友美の部屋から怪しい空気が流れてくる。

 きっと友美も僕が男友達を呼んだりしたのを知ったりしたら、どんな恐ろしいことを言わないとも限らない。

 っていうかすごく喜んであることないこと古代に根掘り葉掘り聞くに違いない。

 考えたくない。

 古代は友美の事はやおい女と嫌っても僕は違うと思ってくれるだろうか?

 いや、きっとあのするどい男は僕もすっかりその道に染まっていることをすぐに気がついてしまうに 決まってる。実は僕が毎月楽しみにしている連載もあるなんて知れてしまう。友美にだって内緒にしてるのに。

 絶対まずい。

 今日も結局いろいろ考えて古代の誘いを断った。

 そうしたら古代のやつ、なんと、最近意気投合している後ろの席の斉藤を誘っているじゃないか。

 「いいの?」

 前から行きたそうだった斉藤は満面の笑みのまま、確認するように僕の顔をみた。

 きっと僕は複雑な顔をしていたんだろう。勝ち誇ったような得意げな流し目で僕を見てから、まるで恋人同士のように古代の肩を引き寄せてくすくすと笑っていた。

 女達にからかられたらあんなに嫌な顔をするくせに、どうして斉藤にそんな風に触らせたままにしておくんだよ。

 僕と指や肩が触れあっただけでびくっと汚いものにでも触れたように嫌がるくせに、どうして気紛れに僕を誘うんだよ?

 さっぱり解らない。

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