それぞれのサンタクロース








祝日でもなんでもない、カレンダー上の数字がばっちり黒いその日、浅井は街中をぶらぶら歩いていた。
休日出勤の代休を処理できる日付が他にみつからず、特に打ち合わせのない今日、用もないのに休みをとっている。ぼんやり午前中を消化して、なんとなく外出して、ついでに不義理をしていた場所に顔を出して、いくつか店をひやかして……そうこうしているうちに日は落ち、代わりに大小様々な人工の明かりが、辺りを照らし始めた。
腕時計の文字盤へ目をやると、まだ18時を過ぎた程度で、夜というには少々早い。
大した用事もなく時間を浪費したことを考えれば、あっという間のこの時間だと思えるし、いつもなら仕事をしている頃だと考えれば、まだまだたっぷり一日が残っているような気にもなる。
何か始めるには遅いが、このまま部屋へ帰るのもどうだろう。
交差点の手前で、駅の方向へ渡ろうかどうしようか立ち止まって、静止した視界の先で光っているものに気がついた。
おや、とは思ったそれは渡って向こう側の、さらに斜めに奥へと伸びる細い路地の辺りで、それが何の光かはここからではよくわからない。街の表通りは、このシーズンらしい、いかにもなイルミネーションでどこもかしこも容赦なく輝きまくっているのだけれども、そういう光とは違った様子に見える。
歩行者用信号が青に変わって一斉に動き出す人の群れに混じり、浅井はなんとなく、その光の在り処を目指した。

──あ。

路地へ入り、その光の正体を認識して、浅井は苦笑した。
なんのことはない、小さな店の前にあったそれは、膝の高さほどのクリスマスツリーで、そこらに溢れている電飾と、意味合い的には差のない代物と言える。
少し違って見えたのは、たぶん素材のせいだろう。
ツリーはひんやりとなめらかな磁器製で、内側の暖かな色の灯りを、間接照明のようにおぼろな輪郭で伝えている。控えめに点在する模様部分は半透明の小窓になっていて、まるで繊細なオーナメントのようだ。
ツリーの後ろの店の中を覗くに、革小物の専門店らしい。ツリーと同じように、優しい色の照明で飾られた店の中は、なかなかいい雰囲気に見える。
看板に引っかかったついでに店内へ歩を進め、何か選ぶでもなく商品を眺めているうち、並んでいたカードケースの一つに思わず手がのびた。生真面目なデザインの仲間たちの中で、スーツケースを模したおもちゃのようなそれは、ひどく目を引く。愛らしいサイズの取っ手の脇には、それに似合いの金色の留め金がついていて、指先で押すと、ぱちんと小気味のいい感触とともに口が開いた。
やたらに名刺の出入りの多い浅井自身には向かないアイテムだが、そういう人間でないなら、たとえば……堀江のような職種なら、こういうものも悪くはないかもしれない。
このケースに触れた恋人が微笑むのをうっかり想像して綻びそうになった口元を、浅井は慌てて引き締めた。誰か他の客が、後ろに立っているようだ。これを買うかどうかはともかく、浅井は持っていた商品を元のところへ戻し、邪魔にならないよう、別の棚の前へ歩いた。

──こういうのでも別にいいけどなあ。今したいプレゼントとしては何かこう……違うような……。
いくつかの棚を巡るうち、いつのまにか、浅井はあれでもない、これでもないと、真剣に商品を選び始めていた。思い浮かんだ誰かの顔のせいで、予定していない目的に脳内を占拠されてしまったようだ。
──さっきのがいい、かな、やっぱり。
どうも気持ちが例のケースから離れてくれない。持っていた財布を置き、ちらり、と先ほどの棚のほうへ目をやると、男性客がそこで店員と話をしている。背中を向けているのでどんな顔で話しているのかまではわからないが、その付近にある何かを買うことに決めたようだ。
客と店員がレジのほうへ歩き去るのを待ってようやく、浅井はもう一度、例のカードケースを見ようとした。
……が、あったはずの場所には不自然な空白だけが残されている。
「お客様、何かお探しですか?」
制服に身を包んだ女性店員が、にこやかに浅井の傍らへ立った。
「いや、なんていうか……今さっきこの辺にあったケースですけど」
言い淀んだ浅井の前で、店員は「あっ」という表情をした。
「もしかして、鞄のカードケースですか?」
「あ、それです」
「大変申し訳ありません、お客様。そちらは完売となってしまいまして」
「完売?」
「この冬だけの限定数の商品なんです。当店にももともと、五点しか──」
「あの、でもさっきまで」
20センチほど下から、店員は心から申し訳なさそうに浅井を見上げた。
「そうなんですよ、たった今、現品をご購入いただきまして」
「えっ」
あんまりなタイミングに思わず漏れた声は、店内の面積に対して少しばかり大きかったかもしれない。
反応してこちらを振り向いたレジ前の客は、ちょうど店員から会計済みの商品を受け取ったところで──いや、それよりも何よりも、客と浅井はお互いの顔をまじまじと見つめ合うことになった。
いつかどこだったかのレストランで見た、美女と見紛う容貌をしたその男性は、ちょっと間をおいてから、彩度の低い表情で口を開いた。
「……アサミさん、でしたっけ?」
「ええ、まあ……そうですね、そんなような感じです」
浅井は思わず、ひどく中途半端な笑みを漏らした。