ときめきなんか欲しくない

《5》


 「僕を抱きたいってこと?」

 「ば、ばか!そんな事は言ってないだろ!」

 そんな俺の言葉に恐上はさらに息が苦しくなるほど強く俺を抱き締めた。

 「僕ね、ホストクラブに勤めていたでしょう?あれも実は、恐神の本家から命令されて村上志月さんを1位の座から引きずり落とす為だったんです。だからその為には多少の汚い手も使いました。 さくらとかね。でも、実はホストなんかやってる連中を正直言って僕はばかにしていたんですよ。 男の癖に夜の世界に身を置いて女に媚びを売るなんてってね。でも志月さんを見てると考え方が180度変わった。ホストって一種のカウンセラーっていうか癒しの場所だと思ったんです」

 「癒し?」

 どうして恐上が急に自分語りを始めたのかは知らないが、志月という人物に興味がないわけではないのでつい無意識に相槌をうっていた。

 「そう、人は誰でも自分の居場所を探してる。だけど誰もが心地よい自分の居場所をもってるわけじゃない。 お金は持っていても居場所のない女性達や、一部の男性達が志月さんによって自分の存在価値に気がつき 必要とされてると感じ、また、彼に会いたいと思う。そんな癒し空間を作れる方だったんです。だから僕も志月さんがすぐ好きになりました。上司の恋人だったから諦めましたけど、僕の人生にかなり大きな影響を与えた事は事実です」

 「そうか……」

 そいつに恋人がいるんだ……だから俺が身代わりか。

 「ホストっていいなって思えたんです。だから一生懸命頑張れた。もちろん望まれれば多少エッチな事もしましたよ。でもそれだけじゃダメなんだ。僕はそれで気がついた。実は僕も僕の居場所を求めているんだって」

 「だって、有名大学を出て一流企業に勤めているんだろ。加えてその身長にその容姿お前に居場所を捜すなんて信じられないよ」

 「表面的にはそう見えるでしょう。でも僕は恐上家に縛れれていた。恐上家と血筋つながってる妙高寺 の血筋が先代で途絶えた今、養子に入られた城さまは、僕らに妙高寺を譲ろうとなさっている。 だけど実際今までも恐神本家は飾りの妙高寺家当主をたてて、実際妙高寺家の実権を握ってきたのです。 だから、なんとか本家では城さまに跡を継いでいただきたかった。その為に僕が捨て駒として選ばれたんですよ」

 捨て駒……なんて嫌な言葉だろう。俺ならきっと我慢できない。

 「お前はそれに従ったのか?」

 「幼い頃から本家の為に自分を犠牲にするように育てられてきましたから、そういうモノだと納得していたつもりだった。そう、あなたに会うまでは」

 なぜにそこで俺がでてくるんだ?

 「お、俺?」

 「えぇ、よくホテルでなぜか僕ら鉢合わせましたよね。僕は恐上家の裏の仕事の打ち合わせや、ホストクラブに頼まれていた希望者の面接などでしたけど、光田さんは違ったみたいですよね」

 「え?えぇ〜〜?だ、だってお前も」

 お前の方が盛んだったんじゃないの?

 「光田さんイケメンだし、明るい性格だしモテるの解りますよ。でも、光田さんと何度か会ううち僕はこう感じたんです。あなたにも自分の居心地の言い居場所がないんだなって。だから一生懸命さがしてるんだなって」

 「俺は違うよ」

 発展していただけだ。時々は同じ相手だったけど。

 「そうかな?僕はそんな光田さんが気になって仕方なくなって。あなたの同僚の苅田さんにあなたの事聞き出そうと思ったんです。彼って同じ職場であなたのタイプのはずなのに手を出していなかったみたいだし。でもあんなに簡単にあなたが僕に引っ掛かると思っていなかった」

 簡単に引っ掛かって悪かったな。

 「うるせーよ」

 「光田さん、バック初めてだったですよね。すごく、それが嬉しかった」

 「だからよせって。そういうこというな」

 「身体の相性もばっちりだったけど、何より僕がうれしかったのはあなたといるとすごく居心地がよかったことなんです。抱き合っている間はあなたが僕の港だった。僕は安心してあなたの元から旅立てるやっと自分だけの港を見つけてこれが、幸せなのかなって感じていた。だけど……」

 「……」

 「あなたは、僕を必要としていなかった。僕が感じていた居心地のよさは僕だけが感じるもので、 二人で紡いだ時間だと信じていたものも、あなたは他の男の為に……」

 「違う……」

 「違う?何が違うのか……彼の為なら誰だってよかったんだよね、恋人みたいに夜を過ごして安心させるのも平気で心なんか痛まないんでしょう。僕に身体も心を許してる振りなんかして……残酷だよ」

 恐上の瞳は強い光を放って俺に中途半端な言い訳など許してくれそうになかった。

 「本当に違うって……俺だって……」

 言いたい事はいっぱいあったはずだ。それなのにどうして肝心の言葉が一番大切な時には上手に 思い浮かばないんだろう。 俺のこの想いにしっくりくる言葉なんてないのかもしれない。

 悔しいけど涙が溢れてきて言葉なんか続かなかった。恐上の腕が一瞬ぎゅっと俺の背中で力が入り 身体を離してそっと舌で涙を拭っていた。 止めたいと思えば思うほど涙が後から後から押し寄せて……嗚咽まで押し寄せて胸の高鳴りの二重奏を このまま死んだって後悔しないなと思いながら聞いていた。

 「キスしていい?」

 恐上の言葉に俺は覚悟を決めてぎゅっと瞳を閉じる。誰かに使い古された陳腐な台詞なんか必要無いのかもしれない。彼の瞳とこの腕が全てを物語っているのだから。こいつの腕の中が俺の居場所だとしたらそれも悪くない……そう思って自分から唇を寄せた。

 もちろん俺達はそのあと、ホテルで思う存分抱き合った。 本当は身体を寄せあっているだけで充分満足なのに恐上はすぐにしかけてくる。

 「あ、よ、よせって!」

 「いいじゃない」

 「くすぐったいんだよ。なめるなってば」

 「くすぐったいんじゃないんでしょ?僕に触れられて感じてるだけ。まずそれを素直に認めないとね」

 「あ、だめ…だめだって」

 感じ過ぎて女みたいな声が出るのが恥ずかしいんだってば。

 「そのわりに腰が誘うように揺れてるよ」

 久しぶりに触れる恐上の鍛え上げられた筋肉にやっぱり同性として嫉妬を感じずにはいられなかったが、 彼の使い古されたようなベタな言い回しを借りればその逞しい腕の中が俺の心の奥底に住んでいた寂しがりやの小鳥の巣のみたいなものなのかもしれない。

 厚い胸板にそっと耳を寄せれば彼の確かな鼓動がメトロノームのように俺を深い眠りへと誘ってくれるような気がしていた。

 Fin.

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