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《4》 |
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身体を重ねて同じ時間を共有すればだれにでも一種の愛着のようなものが湧いてくると思う。 それは時には単なる独占欲だったり、共依存だったりするのだろうが。 「他の男と浮気してない?」 「お前に関係ないだろう」 「酷いな……こんなに熱い夜を過ごしてる相手に!」 すべてがジョークに被せて包み込む恐上に俺はなんと答えればいいのか? お前こそ?浮気してるんだろなんて言えばまるで俺が嫉妬してるみたいだし、俺は浮気してないといえば、まるでよほどもてないか、恐上のテクニックにすっかり参ってるみたいに聞こえる。俺のキャラなら 「寒〜〜い相手の間違いじゃないの?」 とでも言ってちゃかすのが一番お似合いなのかもしれない。 いったい俺の恐上に対する気持ちをなんと表現すればいいのだろう。 こんな男のことなど意に染まらないと思っていても、過ごす時間が多くなり互いのちょっとした癖や食事の好み、性感帯までも知りたくもないのに自然に馴染んでいる。 二人の間で流れる空気がまるでずっと昔から続いてきたように自然なのはなぜなのか? この状態は不味過ぎる。恐上に流されてるだけではなく、馴染んでしまっている。 それどころか、嫉妬に近い独占欲が生まれそうになるのが恐ろしい。 このまま別れの時がきたら?いったい俺はどうするのか? 俺は次第に『その時』を鑑みて酷く心が不安定になった。 その時……最初は確かに望んでいた恐上が俺というおもちゃに飽きる時、または本当のパートナーを 見つけた時、いったい俺の気持ちはどうなるんだろう。 ほっとするのか?それともまた可愛い子を漁る日々に戻るのか? 家族のように当たり前のような存在になってしまった恐上に以前のような 激しいライバル意識はもう湧いてこなかった。 所詮すべての面で彼とは土俵が違うのだとこれほどまでに思い知らされた訳で、しかも恐上はつきあうと思いのほか悪いやつではなかったし、ましてその存在そのものが、出来過ぎて無性にむかつくのは否めない事実だけれど、好きとか嫌いとかいう感情よりセックスもする同志のような、家族のような俺にとって自分でも説明できない不可思議な立場に恐上が置かれているのを感じていた。 互いにほんの数時間、松森本社ビルで身体を重ねあい事務的な話をする。それ以上互いのマンションも家族も何も知らないそれはある意味最も気軽なパートナーだった。週2度の逢瀬で俺は十分過ぎるほどセックスを堪能していたから、他の誰にも関心を示せなくなっていたのだけれど、果たして恐上の方はどうなのだとうという思いが微かに胸に過る度、自分では説明できない小さな焔がちりちりと胸の奥底でどこかを焦がす。そんな自分の気持ちを俺はばかばかしいと必死に否定して毎日の仕事に精を出していた。 そんな中、押し進めていた合同プロジェクトが具体的になるほど、仕事は俺達の手から少しずつ離れつつあった。 それは、例の本社の特別会議室を使うようになってから、半年ほど過ぎた頃。 「もう、当分ここが使えなくなるんですよ。一応僕らの手を離れてそれぞれの現場に任せる手はずがすみました」 淡々と語る恐上に俺は自分が怖れていた感情が生まれそうになるのをなんとか押え、しかも俺はそれをどこか現実味を帯びない映像の中の出来事のように酷く客観視して聞いていた。 「そうですか……いろいろお世話になりました」 俺達はいつの間にか仕事上の関係を引きずっていて、気がつくと互いに丁寧語で話す事もあった。 通り一遍の等閑な挨拶をしてそのまま出ていこうとすると、ふいに恐上に腕を取られた。 「冷たいな……それだけ?」 「それだけって……」 だってそれだけの関係じゃないか。ついにその時が来たと言う事だ。 怖れていたほどショックを受けていない事で俺は心底ほっとした。 どうして、俺がこいつと寝なくなった事でショックなんか受けなきゃいけないわけ? 「羽鷲課長は今回の事随分喜んでくれたでしょう?」 なぜ、今ここで彼の話が急にでてくるのか、俺にはまるで見当もつかない。 「まぁ……そうですね。羽鷲はこの仕事を足掛かりにされて色々計画されてるようだから」 考えてみれば仕事の話しかまともにしていなかったから。 「好きでもない男に抱かれていたのは、彼の実績のためだったんですね?」 今さら、何を言い出すのか? 「羽鷲課長は関係ない」 実際彼には会った時から可愛い恋人がいた。 「そう?まぁいいや。これ以上しつこくしたら嫌われるからね。解放してあげようか」 何をいってるのか?こいつに限って他にセフレがいないわけではないだろう。 だが、もしも恐上がもう一度誘ってきたら、きっとこいつとのセックスになれた俺は断る事なんかできやしない。俺は他人事みたいにそう漠然と考えていた。
だがその日から気がつくと幾日恐上からの連絡がなくなっていただろう。しつこいくらいに入っていたメールもメッセージももう1通も入らない。所詮身体だけでつながってる男同士なんてそんなものかと思う。互いに他の性処理相手に不足していた訳じゃないし。 好きだ、可愛いと上滑りする呪文のようなお仕着せの言葉を聞かなくなっただけましなのかもしれない。 小耳に挟んだのだが、松森製作所とシソーラスとの連絡は、海外出張をしてるという 恐上の代わりに担当者もかわったらしいし、第一俺の方も新しい企画が入って追われるような毎日だった。 しかも今夜はその接待でなんと女社長のホストクラブにお供する事になっていて気が重いなんてもんじゃない。 男じゃなくて、誰か女と行った方がもりあがるんじゃねーのかよ。 もともとゲイ寄りのバイの俺としては興味のない女にはとことん冷たいのに。 だけど、俺が媚びないのが逆に気に入られてしまったっていうのはもう不幸としかいいようがない。 美人だが化粧の濃い社長に腕を掴まれてよしかかられるとだんだん眉間の溝も深くなろうというもの。 「光田くんはこういうところは初めて?」 「まぁ、普通の男はあまりこないでしょうね」 「光田君がホストやったら絶対モテルと思うわ。お宅の会社って課長さんも若くてホスト顔だけど、光田くんもなかなかイケメンだものね」 女社長はホスト数人と俺を侍らせて上機嫌だったが、俺にはこんな雰囲気に馴染めるはずもなく すぐにトイレに避難した。 入り口付近で中から深刻な声が聞こえ、一瞬ドアにかけた手を開けるのに躊躇していると微かに話す声が聞こえた。 「あんなイケメン同伴でやってくるなんてあの女も人が悪いよな?他の店のホストか?」 「いや、それが取引先の若手を引っ張ってきたらしい、それにしてもあの男、昔勤めていた志月に似てないか?」 「え?志月?……たしか松森製作所にうまいこと就職しやがったやつか?」 「そうそうそれそれ、その志月を追いかけてホストやめた奴もいたな」 「あぁたしか……恐上っていったけ。せっかく志月を追い越してNO1になったのにな。だけど俺らにとってはあいつもやめてくれて助かったよ。客がこっちにもまわるようになったから」 「あの二人で上客の大半を独占していたからな」 話を聞いてるだけで急速に気分が悪くなった。 頭から「お客さま大丈夫ですか?」と声が振ってきたが、無理に飲まされた酒で悪酔いしたのか 俺は何度もトイレの個室に駆け込んで嘔吐と震えが止まらなくなった。 救急車がきて運ばれたところまでは微かに覚えていたが、半分は夢の中だった。 病院に入ってただの貧血と疲れだと言われて点滴を一本打たれただけで俺はなんとか入院は免れて解放された。 付き添ってくれたホストに数万のお金を握らせてお礼をいい、俺もタクシーを掴まえる。 さっきの話は半分くらい夢うつつで聞いていたが、彼等の噂はこうだった。 俺に似た『シヅキ』とかいうホストに恐上が横恋慕していて諦めきれずに松森製作所まで おいかけて就職したと。つまり好きだとか可愛いというあいつの台詞は俺をすりぬけてその『シヅキ』ってやつに言っていたのだな? お前のまるで想いを語るような丁寧で優しい愛撫はそいつの変わりだったのか。 俺に好きだとか可愛いとか言った台詞はさすがのNO1ホストの演技なんかだけじゃなくて 俺にその『シヅキ』とかっていうやつを重ねて見ていたんだな……。 俺じゃなくてほっとしてるんじゃなかったのか?ココ……。 どうしてこんなに酔っぱらって涙なんか流しているんだろう? 全くもって俺らしくない。 いいじゃないか、俺だって本気じゃなかったんだ。 きっと悔しいのは、あんな野郎に 身代わりで喘がされてプライドが傷ついただけのはず。 アイツはもう、きっと違うターゲットに狙いを定めているんだろうに、俺だけが他の誰かと ベッドを共にする事もなくこうして落ち込んでいるだけなんだろ。 そういえば、いったいいつくらいから俺は男の子を抱いてない?ナンパにいってない? 今夜こそどこかのゲイバーにでもいって可愛い男の子にでも声をかけなくちゃ男の抱き方も忘れそうだった。 前の俺なら自然に足が向いたゲイバーにも今夜は決心しないといけそうにない。 イヤなら行かなければいいのだけれど、こんな夜に一人でなんか過ごす方がもっともっと怖かった。 タクシーに行き先を変更してもらうと俺はそのまま馴染みのゲイバーの前に降り立ち、いつものように店に入ろうとした時だった。 「光田さん」 振り返れば、それは出張にいっているはずの恐上だ、なぜお前が? 「恐上…どうしてここに?」 「いいから乗って」 思いっきり腕を引っ張られて荷物みたいに乱暴に後部座席に押し込められ車は急発進した。 これってもしかしてマセラッティーの3200GTじゃないか。 俺がいつか欲しいと思っていた車!もう絶版で手に簡単に入らない、しかもこれはかなり手入れの行き届いたもので、シートは皮張りで走る応接間だ。こんなものを身近な男が持っているだなんて。 恐上と俺の男として格の違いを見せつけられ俺はますますふて腐れた気持ちになる。 酔っ払いの俺はますます誰にでも絡んでやりたいような気になっていた。 「お前はな〜なんでも自由になる身の上の癖に身代わりで喜んでるんじゃねーよ」 「身代わり?」 「だからぁ〜直接あたってくだけろよ〜〜。おめえ男だろう?」 「光田さん……酔っ払い過ぎ」 あんなに酔っていたはずなのに、恐上の感情のない冷たい声を聞いて俺は急速に酔いが醒めてきた。 いつの間にか高速に乗った車は、羽が生えたように他の車を軽々と追い越してゆく。 どこまでやってきたのか、高速を降りて海岸線に沿った道に入ると微かに東の空が赤くなっている。 「志月ってやつ、俺に似てるの?」 そのままあいつは急ブレーキをかけやがった。思いっきり前の座席に頭をぶつけて顔をしかめる。なんて乱暴な運転なんだ。 ところが、恐上は彼のシートを思いっきり後部座席に倒すと対角線上に手を伸ばしてくる。 いきなり後頭部を乱暴に引き寄せられ唇を押し付けられた。 「う……っ」 一気に頭に血が上る。抵抗しようとするが、身体の方は全身に覚えのある快感が駆け抜け もはや正常な理性を保てそうになかった。 恐上に触れられただけでまるで、快感の坩堝のスイッチを押されたように身体が反応してしまう。 ダメだ……俺はこのまま堕ちてゆく。 「酔っぱらって何をしようとしていたのやら」 「お前に関係あるか?もう俺に構うな」 「そんなに身体が疼くなら、課長に慰めてもらえばいいのに」 「はぁ?」 「それとも彼に振られた?」 ほっておけよ。しだいに本気で腹が立ってくる。 「羽鷲課長の事を言ってるなら俺なんか最初から相手にされてないよ。会った時から恋人もいるし、それに頼むからさ、本当にもう俺に構わないでくれ」 「どうして」 「どうしてって……」 「気持ちいい相手なら誰でもいいんじゃないの?じゃあ俺でもいいわけでしょ」 「お前はいや」 酔っぱらっていれば、いくらでも本音が話せる。 「誰でもよくてどうして俺がだめなのか説明してくれない」 「だから他を当たれっていってんだよ、俺じゃなくてもいっぱいいるだろうが」 「僕はココがいい…」 このホストくずれが! 「けっ!何がココだ。誰にでもそういってんだろう?」 「それってなんか……」 のしかかったままの恐上に顎を掴まれる。 「なんだよ、はっきり言えよ」 「嫉妬してるみたいに聞こえるけど」 ばれた?そう思ったら全身の血が逆流しだす。 「んなわけあるか」 「だよね?僕を意識してないなら僕でもいいわけだ」 そういって下半身を弄ってくる。 「でもお前だけはイヤ」 慌ててその手を掴む。これ以上の事をされるとまじにやばい。 「それってやっぱり僕を特別意識してるってことじゃないか?」 「うぬぼれるな!俺は抱く方が好きなんだよ」 |