ときめきなんか欲しくない

《3》


 いや……強引っていうより俺にとっては恐上の行動が唐突すぎてさっぱりわからん。 どうして俺をこれ以上かまう必要があるのか?

 元とはいえホストNO1を十二分に納得させる煌やかな容姿。

 洗練された会話。

 誰にも遜色がないだろう申し分ない経歴。そして、いかにも熟れたセックス……。思い出すだけで腹が立つ。

 あんな形であいつのテクニックを身体に思い知らされるなんて。

 それになぜ、あえて避けてる俺に構うのか?あいつなら俺なんかに構っている暇もないほどどんな魅力的な男も女もより取り緑だろうに。

 それともなにか?嫌がってる俺に対して嫌がらせか?嫌がれば嫌がるほどおもしろがっているのか?

 誰でも恐上に簡単に落ちるからってどうして俺まであいつのいいなりにならなければいけないのか? 全ての男女が自分に平伏すのが当然とでも思っているのだろう。だから彼の思いどうりにならない俺に腹を立てているのに違いない。だからこそ俺に構うのだ。 そう考えるとすとんと納得できた。

 だけど、俺がそのまま恐上の思うつぼになってアイツに尻尾でも振ればいいのか? そんなの絶対に我慢できない。 どうして俺の可愛い苅田にちょっかいかけた恐上にそんな屈辱まで味合わされねばならないのか? 俺は、あいつが苅田にやろうとしたことを決して忘れていないぞ。

 嫌な予感は当たり、羽鷲課長に促されて結局は松森製作所の企画室に羽鷲課長とすぐに訪ねて挨拶をした方がいいという結論になってしまった。  

 「どうした、いつもの明るいお前らしくないな。調子が悪いのか?先方が光田の事を指名してなければ、他のやつを連れて行ってもいいんだが。お前も顔が広いんだな?」

 かつて淡い恋心を抱いていた羽鷲課長にそう言われれば『行きたくない』なんてとても言えなかったし、まして行く事を避ける事もできない。課長にいくらお前らしくないと揶揄されようとも、地の底までに落ち込んだまま、重い足を引きずってあの嫌味な男に会いに行くしかなかった。

 俺と羽鷲課長が前もって挨拶していなかったにも関わらず、まるでVIPでもの迎えるような対応で受け付けに秘書が我等を待ち構えていた。 そのままこちらが恐縮するほど、下にも置かない待遇で応接間に案内され、逆に俺の会社シソーラスと松森の格の違いを見せつけられるようで気分はますます下降気味だ。 しかもそんな気分がそのまま、俺と恐上との格の違いを見せつけられるようで不愉快になる気持ちを押さえる事ができない。

 なぜ、こんな思いをさせられなければいけないのか?

 いったい俺は何か彼を怒らせる事を何かしたか?はっきりいって腹を立てているのはむしろ俺の方だ。それをあえて忘れてやると思っているのに。 今まで同世代や、恋人だった可愛い男の子達に憧れの目で見られていた自分が色褪せて見える。 なぜ、俺にそんな現実を見せつけるのか?

 「恐上とこちらの光田さんは、縁戚だそうですね。奇遇ですな。これを御縁に今後もよろしくお願いしますよ」

 すぐに現れた相手の企画課長もにこやかに対応してくれる。いったい誰と誰が縁戚だって? 白々しいにもほどがある。だが本来なら最初からこれほど好感触な対応をされれば恐上に感謝しなければならないのだろう。 課長の後からすぐに現れた恐上が意味深に笑みを浮かべたのを大人気ないと思いながら気がつかない振りをして羽鷲課長の横にぴったりとつけて顔をあわせないようにする。恐上が苦笑する様が瞳の端に入ってさらに 俺を落ち込ませる。

 しかしながら話を聞いていると俺が予想しているよりもっと大口の取り引きになりそうで、俺は緊張しはじめる。この取り引きが俺の我がままでポシャることは、もう許されないだろう。 嬉しそうな羽鷲課長の横顔をみているとこれが松森との取り引きでなければ、いやせめて恐上と絡んでいなければどれほどよかっただろうにと心の中で大きなため息をついた。

 「では、今回はこちらで一席設けさせていただきましょう。日時の御都合はいかがでしょうか」

 その課長の声で俺は改めてこの取り引きが、より具体的に且つ、大口になっていくことに、一種の恐怖感を覚えずにはいられなかった。

 「こちらから改めて連絡させていただきます。それでいかがでしょうか?すでに互いに顔見知りで縁戚関係の恐上と光田さんにこのまま窓口を引き受けていただくということでよろしいでしょうか?その方が互いに連絡も密になりますし」

 そんな提案にこちらから異存を申し立てることもできる訳もなく、俺はただ曖昧な表情で頭を垂れた。 サラリーマンになんかなってしまったことを今日ほど疎ましいと感じた事はない。仕方なくなるべく恐上と視線をあわせないようにしてるのにも関わらず、痛いほどに強い視線を感じいたたまれなくなる。

 こんな感情は、最初から負けているということになると癪に触るのだが、目をあわせればさらに嫌な気持ちになるのだからと、 自分に言い聞かせた。だが、可能な限り張り付いた笑みを強張らせながら、恐上の強い視線を避けまくった俺だった。

 「大丈夫か?本当に」

 その帰り道いつもにもないくらい、優しく声をかけてくれる羽鷲課長に俺は無言で頷く。俺の不自然な態度に何年も一緒に仕事している課長が気がつかないわけがないか……。

 この上司―――羽鷲竜斗は、実は俺にとってタイプど真ん中の美青年だったから出会った始めにちょっかいを掛けた事を彼は未だに警戒されているはずだった。

 かっこ可愛くて素直な性格の優しい上司。

 しかも彼は実は、あの有名な株式会社ワシバネグループの縁者でシソーラスの社長の息子だったと言うのに、そんな事を俺達に感じさせた事は一度もなかった。それどころかこの若過ぎる可愛い上司とのじゃれあいのようなやり取りを楽しんでいたはずなのに、今は軽くジョークで躱すこともできない。

 「もしかして、恐上さんとあまり目を合わせていなかったみたいだけど、何かあったのか?」

 そこまで言われたとて、いったいなんと説明すればいいのだろう。 気を許してアイツに好き放題やられたから顔を遭わせたくないとでも言えば良いのか?言える訳がない。

 「行く前も気乗りしてなかったみたいだし、やっぱりなんかあるんだな」

 答えない俺に羽鷲課長は、念を押す。

 「わかった。部長には僕からよしなに取りなしておくから、今回の取り引きは、白紙に戻そう」

 「まさか。とんでもない大丈夫です。俺、やります」

 今までの俺のキャラなら『えへへ、いいんですか〜。助かっちゃうな』なんて軽いノリでこの場を 和ませて『でも、恩を売られるとやだから、今回はやります』なんて、ちゃかしてしまうところだろう。 だけど、今日の俺には全くそんな余裕はなかった。

 「やらせてください。敵前逃亡だけはしたくないんだ」

 「敵前逃亡って……」

 腰に手をあてて大きくため息をつき呆れる課長に軽く会釈をして俺はさっそく自分のパソコンに今後の資料を作りだしたのだった。 打ち合わせのやり取りは最初のうちはメールと電話だけでなんとかすませていた。 さすがの恐上も仕事の話に私情を持ち出す事などないようだ。そう思っていたが、それから一週間もしないうちに俺は簡単に恐上の張巡らした毒蜘蛛の巣に自ら囚われていったのだった。

 まさか最初の打ち合わせに指定された場所が、近代的な松森新社屋ビルでなければ、俺だってもう少し警戒したのではないか?だって場所は彼の職場だ……普通何かが起るなんてありえないだろう。

 「お久しぶりです。やっと会えましたね」

 190cm近い身長の恐上をなるべく見ないようにしながら、 どうみても普通の会議室に思える一室に案内された時、俺はそのまま彼の背中を見つめながら後についていった。

 そのドアはごく普通だった。ところが、そこから中待ち合いのような部屋に入りまたドアを開けて中に入ったとたん、どうみてもそこは 会議室には見えない…かといって社長室のようでもない……まるでホテルのスイートのような部屋だったのだ。 キングサイズでもこうは大きくあるまいというような、3帖ほどもあるかというベッドが中央に鎮座していた。

 不味い……俺は本能的にそう感じた。

 踵を返して慌ててドアを開けようとしたが、背後から電子音が聞こえ、無情にも彼がリモコンでそのドアにロックしたのを知った。

 「何を考えてるんだ?」

 思いっきり振り返って恐上の胸ぐらを掴もうとするが、身長差で思うように手が届かない。

 そんなばかな……。

 そしてそのまま俺の腰に恐上の腕が巻かれ絞るようにきつく抱き締めた。

 「離せ、何しやがる」

 そのまま一言も発しない恐上の大きな手が俺の顎を捕らえると親指だけで顎を上に向かされ、そのまま唇を貪るように重ねてくる。

 「ん、んん……っ!」

 必死に身を捩るがこれほどまで彼と自分の力に差があるとは思ってもいなかった。 顎関節に指を入れられ無理矢理口を開かされる。 そのまま彼の舌が入り込みそこで攻防を繰り返している間に俺の膝が彼の長い足で割られぐいぐいと下半身を刺激してくる。

 ありえないだろう?ここは間違いなく社屋のはずだ。俺の頭はすでにパニックだった。 腰に当てられた手はいつの間にか巧みに俺のバックルへとかかり、気がつくと情けない格好で俺のズボンは 下にすとんと落ちてしまった。

 体重をかけるようにして恐上は俺をベッドの上に押し倒す。

 そんなばかな……。いったい今のこの状況はなんなのか? 彼の固くなったオスが俺のオスを刺激してくる。

 「いやだ……」

 我慢できない。こんな事は……こいつとだけはもう絶対こんな事をしたくない。しかも真昼間の商談中に。

 「今さらでしょう、いいじゃないですか?……僕はあなたとのあの熱い一夜を忘れる事ができない。 あなたの中……最高だった。嫌がる素振りなんかしていても今まで抱いた誰より感じやすかったでしょう」

 「嘘だ……」

 「こんなに相性がいい相手と出会った事がない」

 いけしゃーしゃーととんでもない事をいいやがる恐上を俺は睨み付けた。 身体の相性なんか知らない……だけどたとえどんなに相性がよくたってよりにもよってこいつなんかに 抱かれたくなんかない。それにしても節操のない男だ。 セックスの相性さえよければ、取り引き先でしかもお前をこんなに厭ってるタチの俺にでさえ何をしてもいいのか?

 今さらだが俺の気持ちやプライドは、お前にとって全く意に介さないものなのだな?

 それなら、彼が俺を生きた抱き人形となんら変わるものではないように扱おうとしてる意味が多少ながら理解できる。 ただ、俺を兎のように追い詰め手遊びに弄ぶだけなのだ。狩かゲームのように。 もし、そうだとしたらこうして俺が本気で抵抗する事はただこいつを喜ばせる事にしかならないのではないのか?

 だけど……。

 俺は必死の抵抗を諦めた。こいつは俺をただ甚振りたいだけなのだ。 もし、そうだとしたらどうせ抵抗してもその結果が同じならこいつをこれ以上喜ばせてなるものか……。 爽やかな笑顔の苅田を思い浮かべた。俺はもう何も感じない。どうせ人形扱いされるならばこのまま心も人形のようになってやる。 彼の巧みな愛撫に俺は微かな喘ぎ声をあえて押し殺そうともせずにひたすら心を無にしようと務めたのだった。 彼のその行為が終わったのは始めてから2時間もたっていた。 恋人同士のように唇を重ね彼の指が俺の髪を優しく梳いた。 こうしてホストは客に恋人どうしだと勘違いさせ気持ちを向けさせ引き止めておくんだろう。

 そんな事、俺にはどうでもいいことだけど、この俺にまでそんなテクを使いやがる恐上に俺は心底腹を立てていた。

 ベッドルームのすぐ横にあるシャワールームで身体をざっと洗うと俺は逃げるように部屋を出た。 背後で恐上が「明日もここで……いいですか?」という一言に今さら逆らうのもばからしく 振り返りもしないまま、首を縦に振った。 恐上が飽きるまで、こんな身体でいいのなら好きに使えばいい。きっと珍しい玩具に 少しだけ関心を向けているだけなのだ。俺のプライドをかけるだけばかばかしい。 今日もどうせ散々好き放題されたのだ。一度だけではなくニ度までも……逆らったって今さらだった。

 「送っていきますよ」

 「いや、結構だ」

 この上女扱いなどとんでもない。 追ってくる様子の恐上を牽制しながらいつの間にかロックが外されていたドアをあけてエレベーターに乗り込む。

 廊下も中待ち合いもどうみても普通の社屋でしかないのに、いったい恐上はこの松森にとって どういう存在なのだろうと微かに疑問も湧いたが、俺には全く関係ない事だと首を振って そのまま自分のマンションに直帰した。

 

 それから、週に2度は確実に恐上に呼ばれて松森製作所の本社ビルの中の特別会議室と呼ばれるスイートルームのような部屋で俺達は爛れた時間を過ごした。

 最初にあった抵抗感もすでになく、しかも数度あううちに俺もどうせだから楽しんでやれという情けない気持ちになっていた。 すっかり彼に抱かれる事になれてしまえば、悲しい男の性で他の男と性交渉を持ちたいという気力も 性欲もなく、毎日が恐上の事さえ除けば順調過ぎるほど順調に過ぎていった。

 すぐに飽きるであろうと思っていた恐上は本当に俺と相性がよかったとみえて、気を許せばさらに会う回数を増やそうとするのをなんとか押しとどめていた。

 全くホストと言うのは因果な商売だ。 きっと恐上もホストをやめてからもきっと職業根性が抜けないのだろう。 時々俺を客と勘違いしてるのか、ベタ甘い言葉を囁き、俺が思いつきもしなかった高度なセックスをしかけてくる。 その上、俺が何も反応しないのをいい事に「好きだ」「可愛い」「愛してる」などと客向けの上っ面な台詞を繰り返す。俺は知らなかった。たとえ嘘だと分かっていても、何度も囁かれる事で理性より本能がその言葉を信じてしまう事を。俺に限ってと思っていたのだけれど、この俺ですらそんな薄っぺらな言葉にすっかり馴らされていったのだった。

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