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七夕番外 |
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暖かな風が頬をくすぐりおどり毛をもて遊ぶ。 百花撩乱の花園の中を転びそうで転ばない微妙に不安定な歩きの幼子が何度も転びそうになりながら 近付いてくる。 肌は雪のように白くそのつぶらな瞳は喩えようもないほど愛らしい。 「ちんじゅ……」 「おかあさまだろ?」 「ちんじゅ、いないどこ?」 瀧海はそっとわが子を抱き上げると太陽を背にするように高く持ち上げる。 「ほら、高いよ」 半べそ状態だった翡翠が嬉しそうにきゃっきゃっと歓声をあげる。 真珠が黙って城を抜け出していってもう数週間になる。 石榴と沙羅の居場所に心当たりがあって確かめるだけだから心配しないでと書き置きがあったが心配しない訳がなかった。 その直後ルーパスから連絡が来て「真珠に舟を貸したがよかったのか?」という。 できれば貸す前に連絡が欲しかったが、この際連絡をくれたルーパスを責める訳にいかなかった。 暫くして、ライラからルーパスの所行を詫びる丁寧なメールが入っていて、瀧海は思わず苦笑いを浮かべた。 きっとルーパスはこってりライラに絞られたに違いない。 それを重ねて自分が怒れば、もう連絡などくれなくなってしまうだろう。 それに自分にも非があった。真珠が毎晩うなされていたのは知っていたのに。 それなのになんの手だても打たなかったのだから、真珠が自分だけで解決しようとしたのも道理があった。 第一、真珠に母親を自覚しろと言っても無理がある。 皇太子として育てられた彼がどこまで納得して自分の后になっているのか、はっきりと聞く勇気が瀧海にはなかった。 真珠は優しいから翡翠を放ってはおけなかった。それも真珠が自分に心を開いてくれた要因であるかもしれない。 翡翠が不思議そうな瞳で瀧海の顔を覗き込んでいる。 「ちちゅえ」 幼い翡翠はまだ自分を父上とは呼べない。 子供はすべて鬱陶しかったはずなのに、自分の血を引き、真珠に良く似た翡翠をみているだけで 心が癒される瀧海だった。 「お母さまは、他の星に詣っているのだ」 「ちんじゅ……」 「会いたいか?」 「あい、ちちゅうえ」 ぶんぶんと首をたてにふる息子が愛おしい。 翡翠は真珠と同じ両性だった。 きっとこの子にも強い魔力があるのかもしれない。こんな幼子に理解できるかとと訝りつつつい瀧海は語り出した。 「昔から七の重なる日に星空を見上げると 会いたくても会えない恋人の夢をみると言う言い伝えがある。普段ならお前はおねむの時間だがその日は特別に起きていてもいいぞ」 父のいう事が解らないながらも優しく語りかける父親に翡翠は嬉しそうにしがみついた。 不思議な事に翡翠は言葉はあまり解らないのだが、こちらの感じた感情を敏感に感じるらしかった。 言葉より感情を素早く捕らえる我が子に多少の不安を覚えることがあった。いつも機嫌を良くしてなければ、怯えるように自分の顔を覗き込んでくる。 真珠早く帰ってきてくれ。 お前がいないと不安で仕方がない。翡翠の事もお前の事も……そして沙羅や石榴の事も。あの晩真珠が寝苦しそうに苦しんでいた時、もっと具体的に考えてやれば良かった。だが、やはり私は我が儘な男なのだ。真珠を危険な状態にさせたくはないし、まして自分の傍から離れて欲しくない。いったいいつになったらこんな独占欲から 解放されるのだろう? 真珠と翡翠の成長を見守りながら家族だけで暮らす事を夢見るのは 真珠の欲するところではないのかもしれない。そう思うと瀧海は無性に不安になり翡翠をぎゅっと抱きしめた。 失う物が何もなかった時はあんなにも傲慢になれた自分が幸せを手にしたばかりに こんなにも臆病になるなんて。 真珠の前でだけは威厳のある王でいたいとおもうけれど、 ぐっすりと眠りこんだわが子をそっとベッドに寝かすと瀧海は少しだけ延びをして気持ちを立直した。
7という字を二つ合わせると恋人が寄り添うという字になる。だからこの日は古くから 恋人達の逢瀬の日と決められていて、恋人と離れて過ごすものは星に願うと恋人の夢をみるという。 その当夜、瀧海は心配する乳母たちや、侍女を置いたまま花園の中に翡翠を連れ出した。 翡翠の頭をそっと撫でながら星を見上げているといくつもの流れ星が落ちていく。柔らかな花の薫りと 蔓で編まれた座り心地のよい椅子で翡翠の温もりを感じていると瀧海はいつの間にか眠りの泉に落ちていった。 くるくると回るように星が自分達を取りかこむ。その中心にうっすらと愛しい真珠の笑顔が滲んで見えた。 離れてみると自分だけで真珠を独占するのが罪であるような気持ちになるのに、また自分の手許に戻ったら誰にも会わせたくないという独占欲に苛まれるのだろう? 真珠……無事だった……。 そこには真珠が石榴の隣で談笑しながらそっと慰めるように石榴の肩を抱いている姿が陽炎のように揺らめいている。 「よかった、会えたんだな」 瀧海がそういおうとしたところでやっと目が覚めた。 「ちんじゅ……」 翡翠が嬉しそうに微笑んでしがみついてきた。 そうか翡翠……お前も同じ夢を見たんだな……そっと翡翠を抱き締めると瀧海は微かに微笑んだ。 真珠……早く戻っておいで……それまで私はこの子を大切に育てているよ……と。 |