そいつをぶちころせ 7/7

そいつをぶちころせ 

七夕番外



 

 今年は春から暑かった。

 とはいえ暑いと言いつつ最高気温が30度にも満たない事実を本州の友人に話すと笑われる。だが、数年過ごして俺の身体もすっかり北海道の水に馴染んでしまったらしい。

 だって去年までの夏は道産子のくせに寒がりな葛西さんが朝晩ストーブのスイッチを入れるので驚いた俺も、真夏だって長袖は手放せなかったのに。

 いったい今年の暑さはどうなっているんだろう?

 つまりなんの話がしたかったかというと、アイスホッケーの会場の話。

 こんな真夏にアイスホッケーをできるところなんて限られてる。俺の今住んでいる街はその数少ないアイスアリーナがいくつかあり、その4つほどのアイスアリーナに日本各地からアイスホッケーチームが夏合宿にやってくる。

 早い話が地元以外の夏合宿の為に異常に込み合って俺達地元民はいつもの自分達のホッケーが思うようにできないということなんだ。だから、大好きなアイスホッケーでストレスがすかっと発散されなくてスッキリしない毎日だ。

 

 前置きが長くなったが、俺は今、年上の彼氏の家に通い婚の真似事をしている。俺達の出会いはアイスホッケーだ。ホッケーがなければ俺は彼の魅力にきっと気がつくことはなかっただろう。

 彼は葛西駿一今年40さい。年齢的には十二分におじさんだが、彼が家に帰ってスーツを脱いだとたん、27才の俺より年下のような錯覚を覚えるのは何故だろう。

 まず、その天然パーマがいけない。仕事中はなんとかオールバックにまとめて整髪料で固めているが、 家に帰って彼が頭に手櫛でもしようものなら、あっという間にくるくるの天然パーマに戻ってしまう。

 スーツを脱いで亡くなった奥さんのお仕着せのカジュアルに着替えるともう、会社での部長の顔はどこにもない全く別人だ。

 しかもこの夏、この街には珍しい20度以上の日々が続いてるから葛西さんたら 短パンで部屋の中をうろうろするのだ。全く目のやり場に困ってしまう。

 なぜって短パンから覗くその雪のように真っ白な太股が殆ど無毛な上、綺麗な筋肉が美味しそうに纏わりついている。葛西さんが見ていなかったら俺は下から覗き込んでしまうに違いない。そしてそのつきたての餅のような弾力のある内股にむしゃぶりついてしまうかも……まったく罪作りな身体だ。

 週末、俺が葛西さんの家でそんな煩悩と戦いながら夕御飯の下ごしらえをしていると、俗に言う烏の行水を終えた葛西さんが俺の手許を覗き込む。

 「今夜は和食か……久しぶりだな」

 甚平姿の葛西さんがあまりに可愛らしいので俺は思わず顔を背ける。そのまま黙って見てるといけない気分になってソファにでも押し倒しかねない自分の性欲が恐ろしい。頼む、あまり近付かないでください。

 「佐野……今年の夏休みは実家に帰るんだろう?」

 「いえ、帰りませんよ。帰ったってホッケーできるわけじゃないし」

 思わず葛西さんは苦笑した。

 「いいのか?御両親ががっかりなさるだろう?すっかりホッケーがないとダメなからだになったらしいな」

 違うんだ……ホッケーがないとだめな身体じゃなくて葛西さんのそばにいないとダメな身体になっちゃったらしい。

 週末だけ通ってきてるけど、平日もやっぱり一日葛西さんの事を考えてしまう。

 仕事は順調かとか……ちゃんとご飯は食べてるかとか……部下と飲みに出かけて怪しい雰囲気になってないかとか。

 だからホッケーのない日はジムやプールで身体を鍛える毎日だ。そうでもしてないと煩悩の虜になっておかしくなりそうだった。

 週末葛西さんの家に遊びに来たって、毎週やれるわけじゃなかった。階下で子供が寝ている。 つまりお預け状態だ。たまに亡くなった奥さんの実家に息子さんが遊びに行った時だけ俺達は充分に身体を重ねあうことができた。

 でもそれは一ヶ月に1.2度……地獄のようだ。だって俺はやりたいさかりの20代だ。そろそろ落ち着きかけた葛西さんとは違う。会うと考える事はひとつ……やりたい……。

 思う存分やりたい。喘がせたい。身体を繋げたままぎゅっと抱きしめてディープキスをしたい。

 そんな荒れ狂う妄想を持て余し、身体の熱も持て余し俺はその邪なエネルギーをすべて料理に叩き付けるようにして精魂込めて食事を作る。

 「最近のお前の作る夕飯って気合い入ってるな。普段の粗食のギャップに目眩がしそうだよ」

 誰の所為でこんなにエネルギーをかけてると思ってるんだ。俺は無言で力を込めて大根をおろす。そんな俺に葛西さんがぽつりと呟いた。

 「一緒に住まないか……」

 あまりに唐突な彼の台詞に俺は固まってしまう。だってそうだろう?そりゃ俺達、時々は身体をつなげる仲で週末はこうして一緒に過ごすのが決まりみたいになってるけど。だけど……あぁ。

 「嫌ならいいんだ。忘れてくれ」

 「嫌じゃないです」

 当たり前じゃないか……でも一緒に住むには理由がいる。

 俺には一応会社が借り上げのマンションがあるし、葛西さんには可愛い息子さんが……。

 男二人が意味なく一緒に住むなんて現実的じゃない。

 「でも、不味くないですか……駿策くんのこととか……」

 「あいつはむしろ一緒に住みたがってるよ。一番のネックはお前の会社だな……今の会社やめて俺の会社に来るなんて事はお前にとって現実的じゃないか?」

 葛西さん……いきなり突飛な事を……

 「お前みたいに一流大学出の一流企業に勤めててる奴に来て欲しいっていうには、ここは小さな会社だけどな。でも可能性はあると思うんだ」

 「ちょっと考えさせてください」

 そう言いつつ、本当は俺の気持ちはすでに決まっていた。俺程度の人材は吐いて捨てるほどあまっていて、小さなミスで見せしめのように左遷したり使い捨てにするような今の会社と諸手を拡げて迎え入れてくれる葛西さんの会社じゃ比べるまでもなかった。

 でも、俺がひっかかってるのは、葛西さんの気持ちだ。こんな状態で今の会社までやめたら 俺の気持ちは引き返せなくなる。

 好きだっていう気持ちと現実の生活……特に葛西さんの生活を巻き込む権利は俺になんかない。

 「ちょっとじゃなくていいぞ。よく考えてくれ」

 葛西さんはそう言ってから思い出したように「そう言えば来週の土曜日泊れるか?」という。

 「はい!」俺は元気良く答えた。

 だってそれって多分そういうことだよな?今日はお預けされても来週ならいい!ってことだ。

  「7日は七夕だろう?駿策が七夕飾りを佐野とやりたいってうるさくてさ」

 ショック……葛西さんにお預けを食わされたのもショックだけど何より、すっかり葛西さんと熱い夜を過ごす事しか考えられなくて 他に何も目が入らない俺自身にショックを受ける。

 これじゃあ……こんな俺じゃあそのうち葛西さんに嫌われる。

 「面倒かもしれないけど来てくれよ。駿策のやつすごく楽しみにしてるから」

 「葛西さんは楽しみにしてくれないんですか?」

 思わず俺の口から出た皮肉にに葛西さんは真っ赤になった。

 盛り付けこそしてなかったが、料理は殆ど出来上がっていたので俺は黙ってエプロンを外す。やってられない。

 「今夜はこれで失礼します」

 「おい待てよ!一緒に食っていかないのか?」

 「来週また来ます」呆然とする葛西さんを残したまま俺は葛西さんの家を後にした。

 「何やってんだろ、俺……」

 葛西さんは殆どノンケに近いバイで、子供までいる。

 それに比べて俺は女なんか触るのも嫌だった。

 こんな俺が煩悩を抱えた俺がこのまま葛西さんの家に入り込んでいいものか?

 俺にはさっぱり分からなかった。

 

 

 仙台の七夕が有名だが、この街も8月7日……一ヶ月遅れで七夕を祝うのが習慣らしい。 ある程度下ごしらえをした材料を持って俺は葛西さんの家に向かう。正直……気持ちは重かった。

 俺は勿論葛西さんと一緒に住みたかったし、会社にだって未練なんかなかった。葛西さんと一緒ならどんな事だってやれそうな気がする。

 でも、それは俺の都合だ。葛西さんには子供がいる。会社だって親族の会社でしかもここが地元だ。俺と違って葛西さんには逃げ場がない。

 辛い思いをするのはきっと葛西さんだ……葛西さんは俺より大人だから全てを引き受ける決心をしているけど、そこまで俺が追い詰めていいものだろうか?

 こんなに葛西さんにのめり込んでしまって俺の方から葛西さんをふりはらうことなんかできる訳もなく……猾いと思いながらずるずるこの関係を続けてきた俺だけど、中途半端な気持ちのままじゃいけないのかもしれない。

 あれこれと逡巡すればするほどに俺は向かう足取りが重くなっていた。

 葛西さんの家ではすでに寿司やピザが用意されていて俺が台所に向かおうとすると今日はいいからと庭に案内される。

 思ったよりずっと良く手入れされた庭には野菜がいっぱい植えられていた。

 そして小さいながらも笹が飾られ、キャンプ用なのか4人がけのテーブルまでセットされている。

 「今夜は泊まっていくだろう?ほらいっぱいやれよ」

 差し出されたビ−ルで喉を潤し俺は食事をする前に先週の返事をしなければと思うと胃がきりきりと痛んだ。

 「葛西さん……俺……」

 「駿の作った笹飾りを見てやってくれ、七夕だからな」

 葛西さんは俺の話を遮るようにして笹の方に顎をしゃくった。

 駿策くんが「来てきて!」と手を引く。俺はなんだか乗り気がしないまま笹の前に立っていた。

 こんな笹飾りを作ってはしゃぐなんて今時の子にしては幼い感じがする。

 だけど俺は笹飾りにぶら下がっている一番目立つ短冊を見て足が止まった。

 そして俺はそのままそこに座り込んで涙が抑えられなくなった。

 「佐野さん……僕……佐野さんの事……陣平さんて呼んでいいかな」

 駿一さんがそっと背後から俺を包み込むように肩を抱いてくれた。

 

 

  『佐野さんと兄弟になれますように』

 飾られた短冊の全てに書き込まれた願い……

 

 

こんな俺でも家族にしてくれますか?

 

 

 おしまい

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