【今週のインプット5月20日号】

そうだ京都に行こう


 年に一回は京都に行っている。
 最初に行ったのが15の時だから、もう30年も前になるわけだ。
京都の街は、いろいろと変わってきた。バブル期の終わりから90年代がもっとも変わったと思う。そして、高層ホテルと新しい駅ビルが立ち、駅から見えていた、京都タワーも東寺の塔も見えなくなった。

 しかし、千年の都のそれが生命の証かも知れない。4〜500年のポッと出の都ではないんである。ずーっと都だったところなのだ。京都は今決して古都ではない。脈動する現代の都なのである。美しい感傷も、郷愁も、現代の空の下に昇華され内包されている大人の都が京都である。
 
 ドライでクールちょっと意地悪な年長者みたいな側面も持つ、大人の仕切の街の中に子供を脅かす、本物の精神性が隠れているのだ。はやりすたりでは太刀打ちできない歳月が彫り上げた本物のメランコリーが真実のノスタルジアが、甘くもなく、もの悲しくもなく、そこにすっくと立っている。
 BELNE’S LOVEの個展を関西エリアで行うのに、何故京都を?とよく聞かれる。
 大阪のこれもまた、歴史の培った都市の魅力も大好きだけど、やはり、BELNE’SLOVEには、この、アンバランスを内包した、ドライでクールなメランコリアがよく似合う。

 もちろん最初に京都を訪ねた私は子供であった。
子供だった私にとってもやはり京都の魅力は大人の魅力であったのだ。物事が、見えすぎるような気のする子供であったけれど。
 東寺講堂におわします美仏の、宇宙にも見まごう姿一つとっても、計り知れない事どもを、計り知れないと知るまでは、やはり、子供の思考構造なのである。
もちろん現在の私自身にもそんな子供ゴコロはふんだんにあるけれど、ただのパッセンジャーであったとしても年長者に叱られにいくような佳き日を提供してくれる、京都の魅力は大人の魅力なのである。