【今週のインプット5月13日号】

Gさん
これをなんと読むか以前よく訪ねられた。
「じーさん」と読みます。と答えると、かなり嫌がられた。
ただ、キャラクター達は、ガードルード・レアモンをGと呼ぶとき、多分絶対さん付けはしないので、作中で彼が「じーさん」と呼ばれることは無い。本人も(多分)「Gは愛称なんだから、そのままGだけでいいんだよ!」と言うことであろうが、本人をよく知っている読者のみなさまや、そして作者でさえ、どうもさん付けで呼ばないと怒られそうな気がして、さんをつけてしまうのである。なぜ怒られそうな気がするのか、そんなキャラクター設定にした覚えは実はないのだが、作品を重ねるうちに、端的に美貌の天才歌手といった役どころだったはずのガードルード・レアモンは、複雑かつ難解に入り組んだ迷路状の性格保持者になってしまい、少なくともプライドはエベレストより高そうだし、それもなんだか一筋縄で理解出来そうなプライドじゃない気がする。その上ちょっと怒りんぼそうだ。(だからさん付けで呼ばないと怒られそうな気がするのである。)文脈として自分のキャラクターの性格は把握しているはずだが、「絵になると、実はそんなに理性に基づいたコントロールで、仕切って書いているわけではない。どこからか(いったい何処から?!!)インプットされてきた膨大な何か(何かって何?)を、Gさんの一つの表情としてアウトプットしているので、自分が把握している文脈上の性格や、ストーリィ上の都合だけで、描いている顔じゃないんである。それなので描かれた彼はますます複雑そうな性格を帯びていってしまうのだ(いや、そうでなくてはならないのだが。)難しそうに言うとなんだかちょっぴり偉そうなんだけど、実は平たく言うと、絵にするときには本人もよくわかんないアバウト状態なので、キャラクターが作り上げた性格通りには動いてくれないだけなのだ。こういうのをキャラが一人歩きするという。(良きに付け悪しきに付け)まったくBELNE’S LOVEのキャラたちは一人歩きし放題である。Gさんは、作者が高校生の時には、親切で大人で、落ち着いた物腰の美貌の大スターとして作ったんだけどな。
「その通りじゃないか何処が違うんだ?」?by G