エロスとタナトスとカニバリズム


The Cook, The Thief, His Wife and Her Lover  観ようと思っていたら終わっていた『コックと泥棒,その妻と愛人』,この春(96年3月)再映されていたのでやっと観に行きました。
 暗いレストランの戸外と厨房(黒),赤い客席,白い情事の鮮烈な対比がまぶしいです。特に白いトイレの妻のドレス(赤や黒)が美しい。

 ところで,グリーナウェイって表現は過剰なんですけど,筋や人物の性格・行動は全然ヒネてなくて単純でわかりやすいと思いませんか?
 この作品でも,もっと「食」に関して「これでもか」っていうのが欲しかった。料理そのものがあまり目立たなくておいしそうじゃないんだもの。まあ,泥棒が料理に興味がないんだからしょうがないんですけどね。もっとコック(この人が一番かっこいい)が「こちらは〜の〜でございます」なんてうだうだ説明しながらすごく美味しそうな料理をどんどんもってきて欲しい。そんで夫も妻もガツガツ食べるの(妻はすごく上品でマナーもいいけどたくさん食べて欲しい)。で,妻は色も食もなのに夫は食だけなんだな。愛人は夫に対するアンチ・テーゼにすぎないのであんまり食べなくていいのよ。レストランで本読んでるし。

 たくさん食べる,で思い出したのが 栗本薫『グルメを料理する十の方法』(1986光文社(カッパノベルス))です。とにかく女2人が食べる食べる。この作品はエイズがネタになってるので絶版かと思ったら最近文庫がでました。シリーズ化するのかと期待したけど,一作だけみたいです。

 ラストは人肉です。が,これもなんだかあっさりしてるのよ。だいたい妻が殺された愛人をコックに料理して欲しいって頼んだのは絶対“自分で食べるため”だと思ったんだもの。なのに復讐のために“食べさせる”なんてそれは違うよー。そのうえ一口食べさせたら殺しちゃうなんて。“人肉を食らった”という罪を背負わせて生きていってもらわなくちゃ。死は安息なのよ。
 どうせ食べさせるなら,妻が夫を招待して「今日はあなたのためのスペシャルディナーよ」なんて一緒に食べて(もちろんナイフとフォークを使って,きれいなお皿にきれいに盛って)「何だか今日は肉ばかりだなー」なんて。最後は人肉かどうか知らせるのはどっちでも可。
 でも本当はコックに料理してもらって妻がひとりで食べちゃうの。すごくおいしそうに,しあわせそうに。「あなたを食べちゃいたい」って絶対ありだとおもうんですけど。

 『あなたを食べちゃいたい』って歌があったはずなのですが忘れてしまった。その代わり,新井素子『ひとめあなたに』より「由利子−あなたの為に チャイニーズスープ」(角川文庫)に夫をシチューにしようと格闘する可愛い妻のエピソードが載ってます。やっぱり女性作家じゃないとだめなんでしょーか。

 あと,皿洗いの少年はその後の『プロスペローの本』のエアリエル,『ベイビー・オブ・マコン』のコシモに通じてるよね。

 音楽はもう2度とグリーナウェイの作品には参加しないマイケル・ナイマンですが,これは『プロスペロー』の方が圧倒的な音と映像とが増幅しあって過剰な印象で迫ってきてるような気がします。『プロスペロー』はじじー好きの私としてはギールグッドがよかったのでなんでもいいんですけど,物語の枠組みがしっかり出来上がってる方が(この場合はシェイクスピアの『テンペスト』)その中でいかに表現していくのかという試行錯誤があっていいような気がするんです。
 

 『コックと泥棒,その妻と愛人』ピーター・グリーナウェイ監督・脚本 1989 イギリス
 美術:ベン・ヴァン・オス+ヤン・ロルフス,音楽:マイケル・ナイマン,出演:リシャール・ボーランジェ,マイケル・ガンボン,ヘレン・ミラン,アラン・ハワード
 レストランを経営する泥棒の妻は,そこで本を読む男と夫の目を盗み厨房などで愛し合う。やがて夫の知るところとなり二人は男の書庫へ隠れるが,食事を運ぶ少年にあげた本から夫に居場所がばれ,男は殺される。妻はその屍体の処理をコックに頼み…。

コックと泥棒,その妻と愛人



Vol.-3 August 1996

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