山猫 Il Gattopardo
 これは2004年秋の『山猫』【イタリア語・完全復元版】(2005年10月23日〜12月17日:11/22までを延長)上映時の再録です。
 2006年10月7日〜11月2日まで,同じくテアトル・タイムズスクエアにて「ヴィスコンティ生誕100年祭」で再び大画面での再上映がありました。



【イタリア語・完全復元版】ヴィスコンティ『山猫』が新宿高島屋のテアトル・タイムズスクエアで始まりました。前に観たのは今はなき銀座文化劇場でイタリア語版,チラシ見るとこれも3時間6分だったみたいなんですが。でも今回は美しい画面で,スクリーンも大きくてすっごくよかったです。

 前は若くてきれいなアラン・ドロンを楽しみに行ったら,バート・ランカスターの方がカッコよかったーのですが,今回はランカスターはやっぱりカッコいいのですけど,アラン・ドロンはカワイイなあ。それはサリーナ公爵がタンクレディをすごく可愛がってるからなんでしょうね。単純に滅び行く古きものと後ろを振り向かない若さの対比ではなくて,自分の娘ではダメだというくらいタンクレディの前途を見守る。タンクレディもまた前を向き続ける若さと自分の野心への素直さという才能。義父への傍若無人な態度や躊躇なく国軍に加わる,それが許されることが才能なのです。と,かなり明るいキャラクターながらその美貌に暗さが伴っているところが貴族的で深いのではないでしょうか。ヒゲダメなのもあるけど,あの片目な時が影があって一番きれいです。
 もちろんクラウディア・カルディナーレのアンジェリカもいいですよー。彼女のサリーナ家の人々とは全く異質な,ただ違うというわけではなく,その健康的な美しさと開放感とそして素直さがやはり新しい時代を感じさせてタンクレディはもちろん公爵や貴族達をとりこにしてしまうのですね。そしてそれを演じる俳優達がそれぞれの存在感を表現できているのが,やっぱり素晴らしい。
 音楽も《椿姫》を使っていると,つい鏡を多用しているのが,特に公爵が鏡を見て,疲れを感じるのとかオーバーラップしてしまいますが,それだけじゃなくて,タンクレディの登場シーンが公爵の覗く鏡なのは,自分の後継者としての甥,そしてラストの老人の死を描く絵画もまた鏡のモチーフですよね。そしてまた『家族の肖像』が観たいなーと思ってしまいました。

 もちろん以前パンフレットは買ったのですが,今回の新しいのとポストカードセットと原作本を買ってしまいました。今すごーく忙しくてストレス溜まりまくりなんですもの。新宿では11/22(月)まで,他に大阪,神戸,名古屋,新潟,仙台でも上映するそうです。都内ではいろいろイベントもあって,お気に入りの六本木Bar Del Soleではパネル展やヴィスコンティ・バースディ・パーティをやるそうです。ここはぜひカプチーノだけでも飲みに行ってみてくださーい♪




 今,原作読んでますが,面白ーいです。タンクレディ君の鏡の登場シーンは映画オリジナルだと思いこんでましたが,原作のものでした。登場人物の初登場シーンて説明的になり易いですが,とても自然だし,かつちょっと思わせぶりで,2人の結びつきを感じさせていい表現ですよね。
『山猫』ランペドゥーサ 著 佐藤 朔訳  河出書房新社(文庫)



 また『山猫』を観に行って来ました。だって原作を読んだらもう一度観たくなっちゃったんだもん。できればもう一度くらい観たいです。
 原作は最初うわーノベライズみたーいと映画そのものみたいに感じたんですが(教会の《椿姫》の音楽もちゃんと書いてあった),もちろん相違点はいっぱいあって,最大の点は公爵の死,更にその後,登場したアンジェリカは未亡人だし(タンクレディが早逝したわけではない)。でもあの映画の終わり方は十分公爵の死を描いていますよね。
 それよりも戦闘シーンと舞踏会を長く描いていたのは映画的な場面であるのと2つが対照的であることかなと。細かいところでは最初の兵士の死が,原作では公爵の回想としてはみだした腸だのすえた匂いといったリアルなものであるのに対して,映画では美しい青年が眠る絵画のようなポーズを取っているのは単なる趣味か〜? 小説の描写を映像化はできないと思うけど。
 それから舞踏会の場面でアンジェリカが汗をぬぐうハンカチが原作では公爵のもの,映画ではタンクレディが使ったものを渡されて(これは新書館のシナリオ再録では公爵のになってるんだけど,確かタンクレディのだと思うんですが)。これは前半の移動途中のピクニックの場面で,タンクレディが顔を洗ったハンカチをコンチェッタに冷やすように渡したのに対応してるのかなーと思ったのですが(初日に観たときは舞踏会の場面がハンカチを共用するくらい密接な関係?と見たけど)。このピクニックのシーンも原作にはなくて,原作ではタンクレディが先に着いてしっかり着替えて皆を待つことになっている。他にドンナフガータの屋敷探索で,映画ではタンクレディは最初から紳士的にふるまうのに,原作ではアンジェリカは誘惑的でさえあり,教会の鐘の音で慌てて離れる2人だとか。ヴィスコンティは本当に妥協をしないで撮っているので,相違部分はかなり彼の意思だと思うんですよね。

 タンクレディのアラン・ドロンは本当にカワイイですが,舞踏会で公爵と一緒になるとやっぱりバート・ランカスターの方がカッコイイ。イタリア人は欧米の中では小柄な方なので,ランカスターの大きさが目立ちますが,公爵の印象だけでなく,彼はドイツの血を引いているので,そういう意味でもすごく合ってると思う。その大きさ・もちろん米国人であることが,が周りから浮き,公爵の孤高も表現されてるし。アラン・ドロンはやっぱり眼帯をしてるときが一番キレイだけど,最初の登場シーンのやんちゃなとこが何といってもカワイイ。公爵の愛犬ベンディコ(公爵の死の床での回想でタンクレディと並列して語られちゃう)と共に駆けていくのがその細い脚が重なって躍動感と彼の軽やかな思想を感じます。ここで公爵家との別れのひとつひとつのがタンクレディがこの家で愛されてるだなーというのを印象づけます。なんといってもコンチェッタではなくアンジェリカを選んだことを公爵夫人がなじるのに裏切り者といいつつ,冷酷とかじゃなくて「あのお調子者が!」ですもの。そういう愛される人間,それを自分でわかっているところが,ただ単に野心を持ち,時代の流れに敏感で変わり身が早いだけでないタンクレディの魅力として描かれてるのです。3時間超でホント長いですが,ぜひぜひぜひぜひ劇場でご覧くださいませー。


 3回目(通算4回目)は行かなかったけど,しつこく『山猫』ネタ。新書館の本を読んでたら,脚本段階では原作に忠実だったのに,やっぱりヴィスコンティのこだわりかしら〜というのがあった。しかも印象的な絵です。なんとあの兵士の遺体の描写。それから舞踏会のアンジェリカのドレスは薔薇色が純白になってたのでした。そもそも純白の方が,デビュタントってカンジで自然なので,原作を読んで,あれーと思ってたのでした。
2004年10月,11月 テアトルタイムズスクエア(新宿),1993年11月 銀座文化劇場


HOME