■ ギリシャ神話−神々の物語 ■


■ エロースとプシュケ

GERARD : Amour et Psyche 1798  神々と人間が近しかった時代,ある国の3人の王女はいづれも美しく,中でも末のプシュケは,美しさは美の女神アフロディテへ捧げられるべき人々の敬意をも集めてしまうほどであった。人間の女に負けることなど思いもよらなかったアフロディテは,息子エロースにその愛の弓矢を使ってプシュケに恐ろしい恋をさせるよう命じる。悪戯好きのこの愛の神は喜んで母の命令に従うが,誤って自分をも傷つけプシュケへの愛の虜となってしまう。

 アフロディテの力によりプシュケには求婚者が現れなくなり,父母の王らはアポロンの神託を受けるが,その神託とは,「山の頂上にいる怪物が娘の夫となる」という恐ろしいものであった。悲しむ人々の中プシュケは一人神託に従うことを決意し,山に運ばれる。
 恐れおののくプシュケをゼピュロス(西風)がこの世のものとは思えない素晴らしい宮殿に運ぶ。宮殿の中では見えない声が,この中のものはすべてプシュケのものだといい,食事も音楽も何もかもが心地よく用意されている。
 しかし,肝心の夫には暗闇の中でしか会えない。夜明け前には帰ってしまう優しい夫にプシュケはどうして姿を見せてくれないのかと尋ねるが,「わたしの愛に疑いがあるのか? お前と同等のものとして愛してもらいたいだけなのだ」とはぐらかされてしまう。

 楽しい宮殿の日々であってもやはり家族の恋しくなったプシュケはしぶる夫に姉たちを呼んでもらう。てっきり怪物の餌食になったと思っていた妹が,自分たちより豊かな生活をしていることを知った腹黒い姉たちは,プシュケに「デルフォイの神託通り怪物がお前においしいものを食べさせておいてから食べてしまうに違いない。灯りと小刀を隠し持って寝ているその人の正体を暴くのだ」とそそのかす。夫が怪物だなどと信じられないプシュケだが,夫のことを知りたいという気持ちに火をつけられてしまったプシュケはその夜いつものようにやってきて無邪気に寝付いてしまった夫を灯りで照らすと,そこには明るい金の巻き毛と雪より白い翼を持った愛の神が横たわっていた。美しい夫の姿を近くで見たようと灯りを近づけたプシュケは蝋をその白い肩に落としてしまう。驚いて起きたエロースは何もいわずに翼を拡げて飛び出してしまう。あとを追って窓から落ちたプシュケにエロースは「恋と猜疑は一緒にいられるものではない」といい捨て,飛び立ってしまう。
 ここまで『美女と野獣』と『三輪山伝説』と『ローエングリン』。

 自分の好奇心から愛する夫を失いさまようプシュケはやがてアフロディテの神殿に辿り着き,「豆の選別」などお約束の苦難を夫の密かな助けで乗り越える。(このへん「シンデレラ」,「天の羽衣 後編」)
 業を煮やしたアフロディテは息子エロースの傷の介抱で衰えた美貌を補うために地獄の女王ペルセポネに美をわけてもらってくるよう命ずる。すなわち死である。しかし見えない声がプシュケに冥府への道を教え,与えられた美の入った箱を開けるなと忠告する。守備よく美をわけてもらったプシュケだが,やはり箱の中味が気になり,義母の試練で自分の容色も衰えエロースの愛も失うのではと不安になり箱を開けてしまう。しかし,中には美ではなく,眠りが入っていた。(なんとなく「オルフェウスとエウリディーチェ」,「パンドラの箱」)
 傷の癒えたエロースは陰府の眠りにとりつかれた妻から眠りを箱に集め,ゼウスに頼んでプシュケにアンプロシア(不老不死の神々の酒)を飲ませてもらい,神々の仲間入りをする。

 物語の成立は2世紀のアプレシウスが最初で比較的新しい話であり,神話というより伝説・民話・昔話的である。

■ プシュケ−Psyche
ギリシャ語の「蝶」「魂」を意味し,ジェラールのこの絵にも蝶が舞っている。
 ちなみにエロース(アモール/クピド/キューピッド)。もちろんエロス,アモール(Amour)は「愛」。Amour:仏,男性名詞。女性名詞になるのは,文語で複数になるとき,詩で単数のときなどまれ。
■ エロース
 一般にアフロディテの息子であるが,「カオス(混沌)から生まれたガイア(地)そしてウラノス(天)…」の系統ではなくもうひとつの「世界の最初は,ガイア,エレボス(暗黒),エロス(愛)」ともいわれ,このエロスはニュクス(夜)の卵から生まれ,矢と炬火ですべてのものに歓喜と生命を生じさせるといわれている。
 アフロディテの息子とされたのは後代らしいが,いつまでも子供だったエロースは,アフロディテがテミス(法の女神)のアドバイスに従って弟アンテロスを産んだ結果,成人した。息子が他の女のものになったのは自業自得だったわけである。
■ アフロディテ(アプロディテAphrodite)/ウェヌス・ヴェーヌス・ヴィーナス
 オリンポス12神。美と愛の女神。ゼウスのディオネの娘とも海の泡(ウラノスの陽根)から生まれたともいわれる。ヘパイストス(鍛冶の神)の妻,アレス(闘いの神)の愛人。ヘラ,アテナとともに美を競い,トロイア戦争のきっかけをつくったのは実はこの女神。
 ドイツのヴェーヌスの話は『タンホイザー』

 ■ フランソワ・ジェラール『プシュケとアモール』1798(ルーヴル美術館)
 わたしはこの物語が大大好きなのですが,この話を最初に読んだのは世界文化社の絵画で読む名作みたいな大きな全集で,たぶん小学校高学年だと思うのですが,物語はもちろんきれいな印刷で載っていたこの絵に魅了されてしまいました。この全集にはちゃんと『サロメ』がビアズリーの絵で載っていて,たぶんこの本と出会わなかったら今のわたしはなかったはずです。
 この絵の何がいいかというと,うーん,あんまり考えたことがないんですが(絵ってそういうものだと思う),まず,恋人達の肌の色が透明感があって輝いている。ただきれいなんじゃなくて,プシュケは“脂肪の塊”のようなふくよかさ・豊潤さとは対極にある少女の汚れないピンと張った,でも柔らかそうな肌。で,エロースは,普通は女性に比して男男して描くものなのに,更に子供っぽいふくふくした肌です。まだ彼は「愛の神」,「アフロディテの最愛の息子」であって男ではないのですね。で,物語に沿えば背景は闇のはずなのに昼間の戸外です。これは物語の情景を捉えているのではなく,これから起こるべきことを知らない,お互いのこともわかっていない幸福な恋人達の象徴であり,明るい戸外よりも更に輝いている白い肌なのです。で,プシュケの眼はエロースを見ることができないゆえに虚ろなのです。うわーこんな絵が1798年に発表されたなんて信じられないですね。まるっきり象徴主義じゃないですか。

■ 三輪山伝説(参考)
 『古事記』にある短い伝説。
 娘のもとに毎夜,美しい男が訪ねてくるが,身元がわからない。父母が娘に入れ知恵をして,巻子紡麻を針に通して男の着物の裾に刺させる。翌朝,糸をたどっていくと,そこは神の社で男は神の子であることを知る。
 全国に拡がる昔話として,これと同じ発端の「蛇婿入り」があるが,男の正体は蛇であり,この蛇を殺してしまうものが多いが,中には蛇として受け入れるものもある。もともと蛇は日本では神として奉られる神聖なる生き物であったのだ。
 異類婚姻譚については『世界の民話』(小沢俊夫 中公新書)をおすすめします。

 「ローエングリン」も参考にしてね。


■ ハデスとペルセポネ

Rossetti:Proserpina 1874  デメテル(農業の女神/ケレス)の美しい娘ペルセポネは友人たちと花を摘んでいたところを彼女のおじである冥府の神ハデス(プルート)にさらわれる。実はハデスは,デメテルを困らせようとするアフロディテのいいつけに従ったエロースの愛の矢の犠牲者である(こればっかり)。娘を失ったデメテルは世界中を尋ね廻るが,ハデスを恐れたニンフたちは口をつぐむばかり。しかしペルセポネの落とした腰帯を見て娘が冥界に行ったことを知る。娘の死を確信した女神は大地を呪い,地上は実りから決別する。

 しかし,泉の女神アレトゥサがペルセポネは死んだのではなく,冥界の女王となったのだと知らされたデメテルは,兄弟であるゼウスに娘を取り返してくれるように頼むが,神々の王はペルセポネが地獄の食べ物を口にしてはならないという条件付きで承諾する。しかしペルセポネはすでハデスにすすめられた石榴を口にしており,地獄の住人となり地上に戻ることはできない。結局,ペルセポネは1年の半分を母と,残り半年をハデスのもとで暮らすことになる。そして,大地はまた春を迎え,実りの季節がめぐってくるであった。
 もちろん1年の季節の寓話である。

 ロセッティ『プロセルピナ』(1874 テート・ギャラリー) この絵についてはVol.0「象徴主義ってば何?」を読んでね。





 物語は随時追加しますが,実はわたしが一番好きな女神はアルテミスもいいけど,アテナなのだな。

■ アテナ(ミネルヴァ)
 アテナはゼウスの頭から鎧をつけた姿で生まれた知恵の女神。農業と航海術,機織りをつかさどり,また戦争の女神でもある。アテナイの町を所有するポセイドンとの知恵比べでは,「人間にとって最も必要なもの」として,ポセイドンの馬に対し,オリーブで勝った。
 機織りを誇った少女アラクネを蜘蛛にしたり(アテナが織ったのはポセイドンとの戦い,アラクネは神々の愚かな所行としてレダと白鳥やエウローパなど),美の神を決める林檎を取り合ったり(だからトロイア戦争ではギリシャ方につくのです),知性的でありながら結構女女してる神さま。


参考文献:『ギリシア・ローマ神話』ブルフィンチ 野上弥生子訳 岩波文庫



HOME