A R T S
美術館の日々 1998


レンブラントと巨匠たちの時代展
禄山美術館
秋のいろどり 安曇野ちひろ美術館
日輪と月輪 太陽と月をめぐる美術展
オーブリー・ビアズリー展
華麗なるハプスブルク家5人の王妃の物語展
ISFAHAN 神秘の形象 イスファハン 〜砂漠の青い静寂〜(並河萬里写真展)
ヨーロッパの至宝 ケルト美術展
MY FAVORITE ARTS
テート・ギャラリー展
英国ロマン派展

1997

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    レンブラントと巨匠たちの時代展   

Nov. 21,1998 伊勢丹美術館

『横顔のサスキア』(1633-42頃)
日曜美術館で見たせいか,なんだかたくさんレンブラントが来るような気がしてたのですが,4点でした。なんだー。でもさすが,『横顔のサスキア』(1633-42頃)はいいですねー。顎の辺りがリアルすぎてスリム好きなわたしにはソソられませんが(そういう時代なんですよね。でもサスキアの特徴だったらしい),バックの暗さと対比した明るい柔らかな表情と冷静な衣装の質感は,ずーっと見ていても何度戻ってもあきさせません。小品の『冬景色』も力強くてよかったです。
 ただ,サスキアと後妻のヘンドリッキェとの相違や,肖像画ではなく神話などのモデルになった作品が見たかったです。神話好きっていうよりもこれはその「日曜美術館」で彼女を使った作品が,画面上では例えばフローラというよりもやはりどうみてもサスキアにしか見えないというか,あまりにも血の通った愛情を注がれた人間らしくて,もっとその背後に神性とか魔とか何か象徴的なものが見えなかったからなんです(って時代が違いますか?)。

 あとは,えーと,「少年ダービーデー♪」(教会学校に行った人は一緒に歌ってっ)なジョン・デヴォート『竪琴を弾くダヴィデに聞きいるサウルのいる空想上の宮殿』(1725-50頃)の人間よりも宮殿の描写の細かさが建物フェチみたい〜,とか,小さな『ピュグマリオン』(ヨーセフ・ヴェルナー 18.9*13.4cm,1662頃)もこちらは人物像もよいけど,石柱と布の質感が面白いなーとか。あ,これって,人間と石像のこと?
 『カリストの妊娠を見破るディアナ』(ルカ・カンビアーゾ,1570頃)はちょっとみんな福々しすぎて処女紳・狩りの女神としてはなんだかなーとか,そういえば,今週(当時)の『ギャラリー・フェイク』(細野不二彦 ビックコミック・スピリッツ)はクラナッハのそういうお話だったけど,『ギャラリー・フェイク』の1話としてはちょっと安易だったなーとか(ART.144“この胸にときめきを…”←くだらないタイトル〜,です),でもクラナッハ父の『キリストの復活と聖女の描かれた小祭壇画』(1509頃)のキリストはちょっと体つきと腰のヒネリが色っぽいけど,女みたいな色っぽさでわたしの趣味と違うわ〜とか,くだらないことばかり考えてたのでした。
 11/30まで。地方巡回はないのですね。この時代がお好きな方に朗報です。来年は「ルーベンスとバロック絵画の巨匠たち展」だそうです。レンブラント,ロラン,ムリーリョ,レーニなど。1/21〜2/22の予定(1999)。

 で,実は17日に行くつもりだったのが,おしごと終わんなくて18日に行ったら,11/18〜24で「19世紀英国挿絵版画展」というのをやってました。よかったー。ビアズリーやアリスはもちろん,プーくまもいたのー。で,これはギャラリーなので即売なんだけど,ビアズリーの『アーサー王』がありました(本よ)。1stEditionが\45万で2ndが30万でした。くー,お金持ちなら買っちゃうのにっ。いや小金持ちなら衝動買いしちゃうねっ。いいなああ。

「レンブラントと巨匠たちの時代展」
 10/3〜11/30 伊勢丹美術館
 レンブラント/ルーベンス/ヴァン・ダイク/フランス・ハルス/ヨルダーンス,ドイツ・カッセル美術館秘蔵の名画コレクション


    禄山美術館     

Oct. 23,1998 禄山美術館 

紅葉
母の誘いで(大変仲良し似たもの母子)実家の教会のバスツアーで,信州の美術館に行って来ました。
 で,信州あーとな一日ぱーと1。メインは安曇野ちひろ美術館ですが,その前に禄山美術館に行きました。(ここのWebすごい充実してます。上流も素晴らしいっ。さすがに教育県?)

 えーと,荻原守衛(碌山)は彫刻家です。代表作「女」「デスペア」は圧倒的でした(この2点はWebでばっちり見れます。VRじゃないけど,えらいぞ)。すみません,“圧倒された”としかいえません。もちろん,現物を前にして彫刻故の質感が迫って来るっていうのも大きいんですけど。
 他にお盆に載った頭「銀盤」を見て,わたしより先に「まあっ,ヨハネの首みたいね(は〜と)」と一同が。何しろ教会おばさんの集団ですから。(みなさん,わたしの赤ちゃんな時から知ってますから,別にそれ以来じゃないんですけど,口々に「まあ,ひさえちゃん大きくなったわねえ」。なーんにも食べなかったそうなのでよくこんなにってのもありますが,皆さん縮んだ上にわたくし平均よりか大きいものですから,頭1つどころか立ち上がると胸から下に頭があります)

 建物は本館やミュージアムショップは教会テイストで,重厚というよりかわいい。新館には高村光太郎の作品も。光太郎ってなんか智恵子がかわいそうなのでちょっとキライ。ホントは作り手で作品を評価するタイプではないんですが(わたしがよ),何故かしら。げーじゅつ家でいい人って却って偽善的な感じがしてやなんですよ。
 そんなに広くない敷地でしたが,木々がうれしくて紅葉など拾ってしまいました。

 ところで,ぜんっぜん気が付かなかったのですけど,ここって『SWAN』(有吉京子 集英社・秋田書店:バレエマンガの金字塔)で真澄ちゃんがお父さんとお友達と一緒に行って禄山と黒光の話を聞いてましたね。当日までここに行くって知らなかったので,突然で思いつかなかったわー。すっかり忘れてましたがうちのママがとうとうと説明してくれました(黒光の話)。やっぱり似たもの母子だ。


    秋のいろどり    安曇野ちひろ美術館

Oct. 23,1998 安曇野ちひろ美術館 

信州あーとな一日ぱーと2
 ここは公園として建物以外の敷地がとても広く取ってあります。まだまだ木々は若くてこれからだんだんと育っていくのだと思います。で,敷地の周りは大げさに囲ってなくて,隣に広がる(という言い方もヘンだけど)乳川が借景状態で遠くまで見渡せてとても気持ちいい。わたし,あんまり田舎への帰属感てないつもりだったんですけど,こちらに戻ってきてからもまだしばらくとてもすっきりした気分で,かなり深いレベルでリフレッシュしたみたいです。バスからも川が見えて(犀川っていってたけど?),これがエメラルドグリーンが乳白色なとても不思議な色でした。

 美術館の方は,東京の美術館(今は絵本美術館といわないのかしら? わたしが行ったのはまだ新館のないころです)が小さかった分,こちらはたっぷりと思ったら,平屋で展示室は少ないのです。ちょっと拍子抜けしてしてしまいましたが,やっぱり絵本を自由に読めるミニ図書館や子供室,中庭に向けてくつろげる寝椅子など,建物全体でゆったりした時間を楽しむところみたいです。入館証代わりのシールを張るのでその日のうちなら何度でも出入り自由です。
 建物はもうひとつ,ちひろ自身のアトリエだった黒姫山荘が復元され,外から中の様子が伺えます。喫茶店もとてもイメージ通りのものが美術館の中にあって,テラスになってます。中味はわかんない。

 展示はちひろの展示室と世界の絵本,絵本の歴史の3つにわかれています。絵本の歴史はたぶん常設でそれ以外は展示替えがあるようです。ちひろのところはWebにある通り,「秋のいろどり」をテーマに秋色の作品が並びます。パステル色のイメージが強いですが,こうしたくすんだあたたかい色,でもメリハリもある色使いもよいですね。
 常設の作品を挟んで,絵本の挿し絵。まず大大好きな『あかいふうせん』(偕成社)。これは手元になかったので(実家にある)1つ1つの絵をはっきりと覚えてなかったんですが,絵本でいうと見開きのポスターを背にした主人公のパスカルくんがむちゃくちゃかわいいの。うるうる。全部の絵を展示しているわけではないので絵本もちゃんと読めるように置いてあるのですが(しかも2冊!),印刷のイメージと全然違う! お話はフランス映画をもとにしているそうですが,ちょっと悲しいです。
 他に2冊,『愛かぎりなく』(童心社 これは知らない大人向け),『おにたのぼうし』(あまんきみこ(確か) ポプラ社)でした。『おにたのぼうし』もよいお話です。ぐすぐす。

 「世界の絵本」の展示室では作家さんを取り上げるコーナーがあって,今回は中谷千代子さん。わたし,代表作である『シオジオのかんむり』はあまり覚えがないんですが,「こどものとも」(福音館の月刊の絵本シリーズ。他に「かがくのとも」も好きだった)に入っていた『いちごばたけのちいさなおばあさん』(ハードカバーで出てます)が大好きなんです。これまた原画は考えてたのと全然違って,ちょっとびっくり。印刷だとどうしても平坦になってしまうようです。それでも絵本として大好きですが。で,これアメリカでは「(赤くするために)いちごに刷毛で色を塗る」のが教育上好ましくなかったらしく,出版されなくなったそうです。やーね。イギリスではファンタジーとして親しまれてるとか。

 交通はクルマじゃないと大変だし,これからどんどん寒くなりますが,その分空気もますます澄んできっと気持ちいいのではないでしょーか。あ,雪はいつからだろう。
 *冬期(12/1〜2/末)休館


   日輪と月輪 太陽と月をめぐる美術展   

Sep. 05,1998 サントリー美術館 

太陽と月,といっても月の意匠しかピンとこないなあと思ってたらやっぱりほとんどが月です。図録の解説「(太陽は)空気と同じく「あるのが当たり前」で,わざわざ画面に描き込むまでもない。あるいは,太陽を描き入れると「絵が幼稚になる」からか」で結構納得しました。でもやっぱり「月の方が好き,絵になる」ってことだと思うんですけど。
 和物はきっと好きになれそうなのになかなか敷居が高かったのですが,テーマに沿って,工芸品や絵(掛軸・屏風)などを並べてくれるとわからないなりにも仰ぎ見るというよりも上から眺めてるってカンジでうれしいです。

 漆に蒔絵の硯箱が時代も様々にありますが,金をふんだんに使った梨地よりも漆の黒が地になって金との対比がはっきりしている方が好きです。それは月をあしらっているのだから,夜を前面に出して欲しいというのもありますが,相変わらず鋭角的な印象を持つものが好きなのでしょう。
 そういえば,それぞれの図案から月を取ると(画面全体のバランスという意味ではなく)なんだかしまらなくなるような気がします。これは植物にしても動物にしてもまた建物にも月のような幾何学的なラインを持っていないからかなあ,なんて思います。月(真円,三日月,弦月)が入ることによって画面に緊張感が生まれるのではないでしょうか。(絵ではもちろん,朧月もありますが,その白が高潔さを感じさせ,また硬質なイメージを喚起します。そういえば,月はなんだか鉱物のようです。太陽の光を受けてはじめて輝くという意味では鏡だし)
 月というのはそれ自身とても抽象的な形をしていますが,考えてみたら平安風(いつからいつの時代のものかはわかりませんが)の霞や雲はとても様式的ですね。それに空間の処理も「余白を残す」という点で,画面全てを描き込む写実的な西洋の絵(古い時代のもの)とは違う美術なのですね。

 さて,月に戻るとこれは夜の「記号」ですね。昼も月は見えるのですが(淡い空色に白い三日月もいいものです),例えば秋の七草がきれいな発色で描かれている屏風であっても何か太陽がさんさんと輝いている日の下とは違う空気を画面に感じます。夜を思わせて隠微な…ではなくて反対に高潔な冷たい空気の色です。ギリシャ・ローマの月の女神やサロメの「(月は)ちいさい銀貨のように冷たくて浄らか」に通じるものがあるのかもしれません。そんな西洋のものを持ってこなくても地上の男たちの求愛を拒んで月に還っていったかぐや姫ですね。
 他に刀の鍔や小柄の鞘に描かれた意匠の方が,装飾的なのが当たり前の櫛などよりもキリッとしていて好きです。

「日輪と月輪 太陽と月をめぐる美術」展 9/1〜10/11 サントリー美術館



     没後100年記念
ヴィクトリア&アルバート美術館所蔵
オーブリー・ビアズリー展 

Aug. 06,1998 小田急美術館 

『髪盗み』(1896)
約200点の量とともに,意外に肉筆が多かったので満足です。『ジークフリート』,『グウィネヴィア』,『ワーグナー崇拝者たち』…。本も『アーサー王の死』や「イエローブック」,「サヴォイ」他たくさんだし,影響を受けたであろう資料として,『チョーサー作品集』(バーン=ジョーンズ ケルムスコットプレス)の扉絵(試し刷り),浮世絵,春画(歌麻呂 そんなにハゲシイのじゃないよ)なども写真資料ではなく,V&Aの所蔵品を持ってきてます。

 図録(\2,500)はもう買うのよそうと思ってたんですが,ロンドンで開催されるとき(日本が先行)のと同じ,その邦訳といったものだそうで,図録というよりビアズリー研究・資料本というカンジです。これは特に文章が多いんですけど,図録の解説っていつも読み切れないのは,やっぱり重いから買った後持ち歩いて読むことが出来ないからですよねー。おうちでお茶でも飲みながら優雅に眺めてればいいんですけど。ははは。…これ全部読めるかしら。

 ビアズリーは,『サロメ』(お前の口に口づけしたよ 1893)や『アーサー王の死』(聖杯の成就 1893),ワーグナーもの,今回あった『ペルセウス』なんかがもちろん好きなんですが(どうせ神話と聖書と騎士物語の世界に生きているのよう),緻密な『髪盗み』(The Rape of the Lock1896)も好きよ。ビアズリー本人も「刺繍をしているようなもの」と語ったそうです。

Aubrey BEARDSLEY 1872 - 1898

没後100年記念 ヴィクトリア&アルバート美術館所蔵 オーブリー・ビアズリー展
7/24〜8/16 小田急美術館(新宿)Web上のご案内はこちらから。
3/21〜5/5 郡山市立美術館,5/16〜6/8 近鉄アート館(大阪),6/19〜7/20 横浜そごう美術館


   華麗なるハプスブルク家5人の王妃の物語展  

June 03,1998 三越美術館 

(だから“王妃”じゃないっつーの)一番の目玉のベラスケスの『マルガリータ王女』(1656)はガラスケースに入っていて,それはともかく,ヘンに高いところにあるので近づくと見上げなければならないので細部が全く見えない。
 10歳のマリア・テレジアの肖像画は一瞬アントワネットかってくらい目が大きくて少女マンガしてます。アントワネットはルブラン夫人の方が有名ですが。
 もちろんエリザベートの肖像画・写真は美しい。旅行用の食器(スプーンとか)が大きくてびっくり。でもエリザベート→ツィタ(最後の皇妃)よりも,ヴィテルスバッハ家(ルートヴィヒさまあ)とかルドルフ皇太子(うたかたの恋)とかエリザベート皇女の流れの方が好き。無理しないで映画やミュージカルのスチールを持ってきてもっとポピュラーにしてもいいのに。
 最後はなんで今田美奈子お菓子教室なんでしょ? お菓子といえば,「パンがなければお菓子を食べればいいのに」ですよねー(お菓子の概念が違うらしいけど)。やっぱり日本人が詳しいのは,マリー・アントワネット,ついで彼女のおかーさんとしてのマリア・テレジアだと思うんですけど。

 販売ものではレターセットとか,最近の時流なのかしら? キャラクターグッズ!よりもアウガルテンでも置いとけばいいのにと思ったら,ひっそりとですがありました。失礼しました。アウガルテンはウィーンの磁器工房です。愛らしい WIENER ROSE より,緑色の絵付けに金の縁の MARIA THERESIA の方が欲しいっ。カップコレクターはしばらくお休み。
 関連本もまあまあ。わたしが読んだのはねえ,『ハプスブルク歴史物語』(倉田稔 NHKブックス),『ハプスブルク家』(江村洋 講談社現代新書),『ハプスブルク家の女たち』(江村洋 講談社現代新書),もちろん『エリザベート ハプスブルク家最後の皇女』(塚本哲也 文藝春秋)。あと,『ハプスブルク物語』だっけ,池内紀さん他のとんぼの本(新潮社)。実家に転がってた。
 『皇妃エリザベート』(「知の再発見」双書 創元社)は出たとき買いそびれたしなあ。もうひとつノリきれてないです。なんでだろ。やっぱり,オーストリアよりドイツなのかなあ。そういえば,『ベルばら』はなかった。

華麗なるハプスブルク家5人の王妃の物語展
5/9〜6/21 三越美術館(新宿),6/27〜7/26 岡山県立美術館,8/8〜9/20 宮崎県立美術館
 “ハプスブルク家に咲いた5本のバラ”マルガリータ,マリア・テレジア,アントワネット,エリザベート,ツィタ。ベラスケス『マルガリータ王女』,14年ぶり日本公開。


   ISFAHAN 神秘の形象 イスファハン 〜砂漠の青い静寂〜 
(並河萬里写真展) 

May 30,1998 大丸ミュージアム 

ブリヂストン美術館土曜講座(地中海学会春期連続講演会)「地中海:善悪の彼岸」第4回「『アラビアン・ナイト』と悪女譚」杉田英明(東京大学助教授)を聴きに行く。
 『千夜一夜物語』ってさすがに全部読んでないけど,大好き。子供向け以外のはじめては例によって『世界の文学』(世界文化社)だったのでダイジェストながら「わーアラビアンナイトって大人向けのえっちな小話なのねー」と認識した小学生。
 そーじゃなくってっ,「枠物語」であるシェエラザード(シャヘラザード)とシャーリアル王(シャハリヤール)が好きなのです。特にシャーリアル王。きっとこの名前がよかったんじゃないかと。語感もだけど,カナの字面が鋭角的で美しかったので(アルスっておんなじように語感が気に入ってます。でもラテン語)。

 今日のお話も「悪女譚」といっても中のお話じゃなくて,シャーリアル王の女性不信のお話です。シェエラは悪女のアンチテーゼとしての賢女ですが,単なる情に厚い美女とか心優しい美少女,ではなく,「機転のきく知的な美女」ってのがいいですよね。
 少しエジプトの映画『シャハラザード』(1946)を観たんですけど,音楽がリムスキー=コルサコフどころか,ときどきなんで第九!?とか,一瞬だけどどう考えてもワーグナー!! とか,相変わらずヘンなところに感心してます。でもこの先生,若いんですけど(若いから?)この映画の弁士みたいなことしたり,漢文読んだり,コーランの1節を録音してきたり,心理学に行ったり(mythotherapy:物語による癒し,お約束のフロイト,ユング),縦横無尽で楽しかったです。

勢いで大丸ミュージアムの「ISFAHAN 神秘の形象 イスファハン 〜砂漠の青い静寂〜(並河萬里写真展)」を覗いちゃいました。
 大体モスクの写真なので,ちょっとアラビアンナイトとは違うんだけど,幾何学的な文様や凹面体を組み合わせた天井(鍾乳洞を模した)や壁面は,その独特の青や金と黒の使い方も含めて,「神は細部に宿る」とか,永遠なるものを感じてしまいます。偶像崇拝的な具体像でなくても(だからこそ?),こういう抽象的な美もまた,それ自身ではなく,その美しさの向こうの超越的な絶対的な高みを仰がせてしまうものなのでしょうか。
 イスファハン はイランの都市です。

神秘の形象 イスファハン 〜砂漠の青い静寂〜(並河萬里写真展)
5/28〜6/9 大丸ミュージアム(東京)


   古代ヨーロッパの至宝 ケルト美術展  

Apr. 19,1998 東京都美術館 

いつもの絵画展と違って,壁を黒くしたり,ケルトの紋章(?)をライトで壁面や床に浮かべたり,雰囲気も工夫された正に企画展です。
 特に金の細工の美しさが印象的です。金貨や装身具などはもちろんですが,角杯や漆黒の水差しに施された細工は質感の違いや色の取り合わせが非常に鮮烈です。
 金貨は数字や文字ではなくとても繊細な絵が打ち出されています。ケルトは文字を持たなかったようなので,そのせいなのかは?ですが,そもそも貨幣に「価値の記号(数字)」を入れて流通するようになったのはいつからなのでしょう。それまでは使われた金属そのものの価値だけで物々交換の補完にすぎないのだし。うーん,だとしたら絵なんて必要ないですよね。重さ・数だけで。ちなみに金貨は打ち型が残っているので(ないものはない)復元できるのだそうです。

 確かに美術展なのですが,文化の様相を見せてもらったという感じで,もともと美術やケルトを好きな人でなくても楽しめると思います。おすすめです。東京だけだし,都美術館は閉館時間が早いのが残念です。18日に講演をやったなんて知らなかった。まあ行けなかった(行かなかった?)だろうけど。実はそんなに期待してなかったのです。
 ケルトって,アーサー王関連じゃなくてもドルイドとか妖精とか面白いと思うのですが,なかなか頭に入らない。小さい頃から何度も読んだギリシャ神話や神々の役割の似てるゲルマンなら,うんその神さまはねーってそらで話せるのに。


ヨーロッパの至宝 ケルト美術展
 4/18〜7/12 9:00〜17:00 東京都美術館(月休,5/4開館,5/6休館)
 NTTハローダイヤル 03-3272-8600

関連イベント
記念講演会
 4/18 ヴァンセスラス・クルタ(ケルト研究者)
 13:30〜 東京都美術館講堂 入場料無料
 6/14 鶴岡真弓(立命館大学教授)
 13:30〜 有楽町マリオン朝日ホール \1200
ケルト音楽祭−アルタン特別公演
 5/24 有楽町マリオン朝日ホール 17:30〜20:00(開場16:30) 全席指定\7000
 アルタン,ドーナル・ラニー,クーニー&ベグリー他(予定)
TV
「NHK人間大学 装飾美術・奇想のヨーロッパをゆく−ケルトから日本へ」講師:鶴岡真弓(立命館大学教授)
(NHK教育 毎週木曜 22:45〜23:15,再:月15:00〜15:30)



MYFAVORITEARTS

 好きな絵ベスト3というのをメールで聞かれたので,せっかくだからここに書いちゃおうと思ったのですが,3点に絞れるかなあ。
 まず,はずせないのは去年見たジェラールの『プシュケとアモール』,これはとにかく小学生のときから憧れていて,何故か本物を見るなんて想像もつかなかったくらいです。実際に見てやっぱりとてもステキだったので大満足です(美術館の日々97参)。この絵,そして物語が『ローエングリン』への憧れに繋がっているのは皆さまご存じの通り。

 それからなんといってもビアズリーの『サロメ』。どの絵がとはいえないのですが,ワイルドの美しい戯曲と合い余って,官能的な主題ながらもその禁欲的な黒い線が捉えて離しません(ワイルドのも悲しい片恋物語と読んでますから)。サロメといえば,もちろんモローも好きですが,『出現』もいいけど『オイディプスとスフィンクス』の影のある美青年オイディプスの裸体と,スフィンクスの顔から胸は全くの,それも品のある女性という,正にキマイラが印象的です(この主題はクノップフのも好き)。でもこの辺みんな小学生の頃惚れてるのです。困った人です。(ビアズリーとモローのサロメはVol.-4にあります)

 そういえば,ミレーの『オフィーリア』も新聞のグラビアで見てずーっと本物を見るのが夢だったのですが,何故かロセッティの『プロセルピナ』に心奪われてしまいましたね(テート・ギャラリー展Vol.0の象徴主義ってば何?参)。

 ラトゥールの『大工の聖ヨセフ』は中学の教科書に載っててこれも忘れられません(映画なお部屋97参)。こういう闇の中の光って大好き。だからレンブラントも好き。

 トラウマ(??)なく好きになったのはなんといってもバーン=ジョーンズです。『いばら姫』のポスターに惹かれて行ったのですが,『いばら姫』もよかったけど,まだ今ほどハマってなかったランスロットを描いた『ラーンスロットの夢』,大抵美術展では何度も引き返して見てしまう,最後にもう一度っていう絵があるのですが,そのときはずーっとこの絵を見ていました(Vol.-3の円卓の騎士たちにあります)。やっぱり絵そのものと共に描かれた主題が気になる人みたいですね。基本的に美術的な価値のあるものではないのでしょうが。

 3点なんてやっぱり無理です。他にも忘れてそうですが,すっかりメジャーになってしまったミュシャも好きです。ポスターもよいですが(ミュシャとサラと4つの物語参),『イヴァンチッツェの思い出』と山上の説教シリーズの少女二人の『幸いなるかな心清き者』が清楚で好き。『幸いなるかな』は神学校に入って牧師になって結婚もしてしまった落ち着いたきれいな声で聖書を読む中高のお友達を思い出します。憧れの方とはまた違います(最近来た方へ:まついはミッション女子校育ちです)。どうせわたしは気が多いのです。なんの話なんだか。


 なんでマグリットとデュシャンがないのだ?とお思いの方がいらっしゃるかもしれませんが,えーと,“好き”の文脈が違うのです。前述の作家の絵はワイルドの作品が好きなように好き。こっちはカミュやカフカのように好き。
Mar. 16・19,1998

MYFAVORITEARTS



   英国絵画の殿堂 テート・ギャラリー展 
[16世紀から現代まで] 

Jan. 28,1998 東京都美術館

まだ始まったばかりの平日だからと油断していたら,非常に!混んでいました(15時頃)。これはやはり閉館時間まで粘るしかないと(ルーヴル・混み混み美術館攻略編参照),取りあえず,どんな絵があるか肩越しに覗きながら最上階まで上がって図録を買います。
 あ,途中であんまり人だかりがなくて目に入ったのはヘンリー・フューズリ(Henry FUSELI 1741-1825)の『短剣を奪い取るマクベス夫人』(Lady Macbeth Seizing the Daggers 1812?)。文字通り,ダンカン王殺害直後を描いたものです。暗い画面にマクベス夫妻が白くちょっと霊みたいに描かれています。後ろから,「ミイラみたいだなー」って声が聞こえて,「ああ,ここはマクベスが王を殺したのはいいけど,ビクビクもので,レディが「さっ剣をよこしなさい!」と言ってるとこで,でもレディはあとでその剣に付いた血が,「洗っても洗っても落ちない〜」と無意識下に苦しむのよおぉ」とおせっかいしたい気持ちを抑えていたのでした。

 で,比較的明るい今世紀の絵の辺で図録を読んでいたら,隣に座ったおばさんが話しかけてきたので,なんとなく受け答えをして,「『プロセルピナ』が好きなんですー」と言ったら,「この絵はなんだか恐いから…」って言うんで,つい「この女性は地獄の女王さまになるんですよー」(象徴主義ってば何?(Vol.0)参照)とついペラペラしゃべったら,「まああ,なるほどねー」と納得してしまった。この方のするどい印象をNHKのお正月番組で「この妖艶さを見習いたい」と的はずれな発言をして周囲を困惑させていた女優に聞かせたいわー。
 4時くらいに降りたら,だいぶ空いていたので,あんまり興味ないけど,取りあえず16C.〜18C.の絵を眺めて,さっきのマクベスの辺からウィリアム・ブレイク(William BLAKE1757-1827)をゆっくり見る。ブレイクはでも90年にいっぱい見たのでそんなには感動はないですね。

 お目当ての『オフィーリア』他ラファエル前派の作品の前はすごい人で,まだ無理みたい。ターナー(J. M. William TURNER 1775-1851)の前が空いていたのが意外。フランスの印象派はキライだけど,ターナーは好き。でもホイッスラー(J. A. M. WHISTLER)はあんまり。タイトルはかっこいいけど(白のシンフォニーとかね)。それ以降の新しい絵も好きではありません。

Rossetti:Proserpina 1874
 さて,なんとかラファエル前派の辺が空いてきました。まず,バーン=ジョーンズ(Sir Edward Coley BURNE-JONES 1833−1898)が一枚,『復活の朝』(The Morning of the Resurrection 1886)。「墓場のマグダラのマリア」という原題の通り,キリストの墓を訪ねたマリアの前に天使と復活したキリストが現れます。しかし,このマリアの天使よりも清々しい顔はどうでしょう。キリストは残念ながら典型的で美青年ではありません。
 その隣がオリジナルの額に入ったロセッティ(Dante Gabriel ROSSETTI 1828−1882)の『プロセルピナ』(Proserpina 1874)。もう何もいうことはありませんが,この暗い瞳から目が離せません。

 そして,モリス(William MORRIS 1834−1896)のたった一枚の油彩『麗しのイズー(王妃グウィネヴィア)』(La Belle Iseult (Queen Guinevere)1858)! この人やっぱり人物ヘタだなー,ファブリックの描き込みはすごいけど,なんてじっくり見ていたら,後ろから「あれはベルトかしらー,なんかいろいろ描いてあるわねー」,なんて聞こえて,またまた「これは不義の情事のあとの気怠い寝室で彼女は腰帯を締めているのよお。モリスはこの一枚で画家は断念してデザイナーになったの。ついでにモデルは奥さんだけど,この人も実は密通の疑いがあって…」とガイドしたい気持ちを抑えました。

 一番のお楽しみ『オフィーリア』(Sir John Everett MILLAIS 1829-1896,Ophelia 1852)。正に「……,花輪もろとも流れのうえに。すそがひろがり,まるで人魚のように川面をただよいながら,祈りの歌を口ずさんでいたという,……」(福田恆存訳)です。でも『プロセルピナ』ほど吸い込まれるような印象を持ちませんでした。あんなに楽しみにしていたのに! 思ったより小さい(76.2*111.8cm)ってのもあるかもしれませんが,やっぱりこのモデルのエリザベス・シダルよりも『プロセルピナ』のジェイン・バーデンの深い瞳が好きなのかもしれません。それとも,『オフィーリア』が『ハムレット』の一場面をそのまま絵にしているのに対し,『プロセルピナ』の方は「ハデスとペルセポネ」の物語全体を“象徴”するものだからなのかもしれません。
 あと,絵の順がロセッティの『モナ・ヴァナ』(Monna Vanna 1866),『復活の朝』(1886),『プロセルピナ』(1874),『麗しのイズー(王妃グウィネヴィア)』(1858),『オフィーリア』(1852)なのが気になりました。絵の傾向の変遷がぐちゃぐちゃ。全体的に絵と絵の間隔が狭いし。

MILLAIS:Ophelia 1852

ジョン・エヴァレット・ミレー 『オフィーリア』1852(部分)


 閉館ギリギリまでラファエル前派の前で粘りましたが,やはり最後にもう一度と戻ってくる同好の志たちで,常に数人が陣取ってました。

 『オフィーリア』のB全ポスター,『プロセルピナ』の小さいポスター(メトロ・ポスターが手に入ってよかった!)やこの2点と『復活の朝』のポストカードだけ買う。でも『オフィーリア』はポスターもカードも印刷が気に入らないなあ。あと,『プロセルピナ』の一筆箋とクリアファイル,みんなテート・オリジナルなので,この絵ってイギリスでも人気あるのね。

テート・ギャラリー展
 1/23〜3/29, 1998 東京都美術館(上野),4/15〜6/28 兵庫県立近代美術館



   美しい時代への招待状。 英国ロマン派展 
The Victoran Imagination 

Jan. 13,1998 Bunkamura ザ・ミュージアム

WATERHOUSE : Ophelia 1894
やっと行ってきました。実は先週カタログだけ買っていたのです(普通はやんない)。ウォーターハウス(John William WATERHOUSE 1849-1917)の『オフィーリア』(Ophelia 1894)とレイトン(Frederic LEIGHTON 1830-1896)くらいかなあ,と思ったのですけど,(何だか同じことばかり書いてるようですが)やっぱりスケールが違う!

 本物の絵ってすぐ忘れちゃうけど平気で1m越えるんですよね(号とかはわかんない)。それに近づいてみたり,全体が見えるようにさがってみたり,これはCD-ROMで拡大縮小するのとはわけが違います。
 特に油彩は質感が出ます。キャンバスに油彩といっても作家によって全く違います。当たり前ですけど。かなり重ねてもウォーターハウスのように透明感があったり,レイトンなんてほとんど(塗りの)厚みがなかったりします。その点で不満だったのは何点か額にガラス板が入ったものがあったこと。水彩ならしょうがないかもしれませんけど。

 額といえば,これも大切ですね。最初に展示してあった『万魔殿−「失楽園」より』(ジョン・マーティン John MARTIN 1789-1854 : Pandemonium 1841 123.2*182.9cm)なんて蛇のレリーフでわざわざデザインしたものらしいのですが,これも作品の一部です。やっぱりCD-ROM(たぶんフェルメールの)の評で,ヴァーチャルな美術館体験といっても額がないじゃないか!って誰かが言ってました。

 個別の作品で好きなのはやはり『オフィーリア』(124.4*73.6cm)。ウォーターハウスの描く女性ってかなり恐いじゃないですか。でもこの絵は目を見開いていないからだと思うのですが,狂気の直前の静けさを感じます。テートのミレーがますます楽しみです。

 それから,レイトンの『祈り』(Invocation 1889 134.6*83.8cm)。こちらは反対に「祈り」といいつつ目を開けています。ただ,力はあるのにどこを見ているのかわからない謎めいた表情です。表情がないというか。レイトンは前に見た『孤独』といううつむいた思索にふける女性像が印象的ですが,こちらはどこが「祈り」なんだろうというのもあるけど,たぶん「無題」でも忘れられない絵ですね。それより何より衣装の襞と光の表現が美しい。

 今回神話や文学の絵が多くてうれしいのですが,特に目立ったのはメディア,ペルセウスとアンドロメダ,オルフェウスとエウリデュケ,カッサンドラなど。文学ではロミジュリよりも「パオロとフランチェスカ」(すいません,『神曲』は読んでません)の特にワッツ(George Frederic WATTS 1817-1904)の澄色のサンギーヌ(Paoro and Francesca 1890 101.5*77.5cm,sanguine:紅殻チョーク画)。どちらかというとペレアスとメリザントみたいで,解説の「地獄の業火を漂う」というより死後はじめて結ばれた二人,みたい。

 バーン=ジョーンズでめぼしい作品がなかったのは記念年だから持ってこれなかったのだろうなあということで納得しよう。もちろん,『アヴァロンにおける眠れるアーサー王』(グワッシュ)の習作,『ヴィーナスの鏡』の習作(油彩)などを見ていると,習作といっても意外にこちらの方が力があって,画集で見るわかりやすい印象と完成作の迫力との違いはこのへんにあるのかも,なんて思うのですが。

 ラファエル前派は実は女性ギライと高山宏先生が言ってたのですが,クーパー(Frank Cadogan COWPER 1877-1958)の『ラプンツェル』(Rapunzel 1908)は赤毛っぽくて表情も魔女みたいだったなあ。

 展示で気になったのは作品の順序がどうなってるのかわからない。作者別ではないでし,同じテーマを集めたわけでもない。???
 とりあえず,『オフィーリア』は個人蔵なのでイギリスに行っても見れません。この機会にぜひ!

英国ロマン派展
 1/2〜2/8 Bunkamura ザ・ミュージアム(渋谷),4/11〜5/24 静岡県立美術館,5/28〜6/9 大丸ミュージアムKOBE,6/14〜7/20 茨城県つくば美術館



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