荒 木 國 臣
目 次
はじめに 4
1,「地域」とはなにか? 5
1)新古典派経済学の地域概念 5
2)経済地理学の地域概念 5
3)システム論の地域概念 6
4)政治経済学の地域概念 6
5)コミュニテイー論の地域概念 7
2,地域問題 9
3,地域経済論の諸形態 15
1)新古典派の地域経済論 15
2)経済地理学の地域経済学ーラデイカル・アプローチ 17
(1)構造論学派 17
(2)史的唯物論派 18
3)政治経済学の地域経済論 18
(1)マルクス主義の地域経済論 18
(2)社会的経済(協同組合・NPO)の地域経済論 18
(3)シビル・ミニマムの地域経済論 19
4)ポスト・モダニズムの地域経済論 20
(1)生命系の地域経済論 20
(2)複雑系・進化経済学の地域経済論 21
5)内発的発展論Indigenous developement Theory・地域主義の地域経済論 23
(1)内発的発展論 23
(2)地域主義の地域経済論 26
6)システム論の地域経済論 27
(1)制度派経済学の地域経済論 28
(2)ネットワーク論の地域経済論 28
(3)産業集積論の地域経済論 29
(4)産業クラスター論の地域経済論 33
(参考)地域情報化の地域経済論 35
(参考)地域経済圏の地域経済論 40
(参考)グローバリゼーションの地域経済論 41
(参考)地域中小企業の地域経済論 small
business・new and small firm 42
4,地域経済・地域づくりの歴史44
1)旧石器時代から古墳時代 44
(1)旧石器時代 45
(2)縄文時代ー東日本中心の文化圏 45
(3)弥生時代ー稲作の伝播による西日本文化圏の形成 46
(4)古墳時代ー地域独自文化圏の形成 47
2)律令時代から安土・桃山時代まで 48
(1)律令時代ー奈良・京都への一極集中構造 48
(2)鎌倉時代ー鎌倉と京都の二元構造 49
(3)南北朝・室町時代ー京都のゆるやかな一極集中構造の復活 50
(4)戦国時代ー戦国大名による独立分散型国土構造 51
(5)安土・桃山時代ー最後の近畿中心の国土構造 51
3)江戸時代ー全国藩領経済圏の再循環システムによる三都構造の形成 51
(1)三都藩領経済圏の三極構造 51
(2)二つの貨幣経済圏 52
4)明治維新から昭和(戦前)54
(!)中央集権システムの形成 54
(2)大久保利通の河川管理型国土政策 54
(3)大隈重信・伊藤博文の鉄道、道路型国土政策 53
(4)戦前の村づくり・まちづくり運動ー内発型運動から国家運動へ吸収 54
(5)四大工業地帯の形成ー太平洋ベルト地帯の第一国土軸の基礎形成 54
5)戦後の国土構造:安保体制と東京一極集中 57
●第一次全国総合開発計画(1962年) 58
●第二次全国総合開発計画(新全国総合開発計画
1969年) 59
●第三次全国総合開発計画(1977年) 59
●第四次全国総合開発計画(1987年) 61
6)『21世紀の国土のグランドデザイン』(1998年) 67
5,愛知県の地域政策展開史 72
1)戦前期愛知県の地域経済構造 72
2)戦後期愛知県の地域経済構造 75
3)「愛知県地方計画」展開史 80
(1)1950年代=1958年「第1次愛知県地方計画」 80
(2)1960年代〜70年代初頭=1962年「第2次愛知県新地方計画」 81
1970年「第3次愛知県地方計画」 81
(3)1970年代〜80年代=1976年「第4次愛知県計画」82
1982年「第5次愛知県計画」82
(4)1990年代=1989年「愛知県21世紀計画」86
4)『名古屋市新基本計画』(1988年) 95
6,地方財政分析 98
1)地方財政分析の視点 98
2)分析のための資料 98
3)『決算概評』分析 99
4)『地方財政状況調査表』による財政分析104
5)財政分析結果の評価 106
8,地域調査の意義と方法 109
1)なにがゲットできるか? 109
2)どう進めるか 109
3)地域実態調査 109
4)ヒアリング調査のノウハウ 110
5)アンケート調査のノウハウ 110
9,地域経済政策の作り方 113
1)政策とは? 113
2)政策作成の視点 113
3)政策作成の流れ 114
4)政策評価 ー住民主導の手法への転換が求められている 115
10,域経済活性化に向けて 116
1)地域経済衰弱の要因と類型 117
2)地域経済活性化の戦略 118
11,地方財政危機 125
12,論文の書き方 140
添付資料
戦後日本地域政策史年表 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・144
地域経済文献集 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・146
中小企業文献集 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・146
地場産業文献集 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・147
はじめに Think Globaly Act Locally
次の問題についてあなたはどう考えますか? はっきりと賛成か反対を選んで述 べましょう。
(1)あなたの住んでいる町に産業廃棄物処理場の建設計画が提起されました。あ なたの住んでいる町は、人口が流出し過疎化が進んでいます。あなたは、この
計画に賛成しますか、反対しますか?
(2)あなたの住んでいる町に原子力発電所の建設計画が持ち上がりました。あな
たの住んでいる町は、人口が流出して過疎化が進んでいる町です。あなたはこ
の計画に賛成しますか、反対しますか?
(3)あなたの住んでいる地域には考古学上の重要な遺跡があります。一方高速道 路が通れば物流も速く、生活も便利になります。あなたは、高速道路計画に賛 成しますか、反対しますか?
(4)あなたの住んでいる町に大型スーパーが進出する計画が持ち上がりました。
ところが既成の小さな小売屋さんは進出に反対しています。消費者であるあな
たは、スーパーの進出に賛成しますか、反対しますか?
(5)WTO体制への移行にともなって、安価な外国農産物が豊富に入って、スー
パーの食品売場に行けば何でも手に入ります。逆にJAは日本国内の農業は打 撃を受けると主張しています。あなたは、農産物輸入自由化に賛成しますか、 反対しますか?
(6)サンフラシスコは、1986年にオフィス開発による高層建築の年間総量規
制をおなう住民提案が成立しましたが、高層建築が増えていくことは、街の
発展につながるという主張もありました。あなたは高層建築物中心の開発政策
に賛成しますか、反対しますか?
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[展開例] |
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○私は、賛成(反対)の立場を選択します
○争点を判断する根拠には、(T)・(U)・・・・等の考えがあります。
○賛成論の主張の根拠は、(1)・(2)・・・・です
反対論の主張の根拠は、(1)・(2)・・・・です
○賛成論の主張の根拠には・・・・・・・という問題があります
反対論の主張の根拠には・・・・・・・という問題があります
○賛成(反対)の主張は、以下の統計データや記述資料・調査によって検証されます
○従って賛成(反対)の正当性が証明されます
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どの問題もさまざまの利害が絡み合い、住民が一定の合意に達するには、かなりの時間が必要とされるものばかりです。結論がどうであれ、そこに至る過程で住民の意見や参加が保障され、判断に必要な大事な情報が公開され、客観的で科学的な資料やデータにもとづいて、自らと未来の世代の決定がおこなわれる必要があります。本書は、住民が決定的な判断を下さなければならない瞬間に遭遇したときに、誤りなき判断が下されるための基礎的な知識を入手するために編まれました。Think
Globaly Act Locally世界と地域と自分をつなげながら、自らの住む街のありかたに主体的に参加する姿勢をもてたらと念願します。本書を、皆さんの意見や要望によってもっと充実したものにしてしていきたいと考えていますので、積極的にお寄せ下さい。
1,「地域」とはなにか?
1)新古典派経済学の地域概念
新古典派アプローチの基礎は、人間の行動原理は、自己の利益極大をめざして常に行動するという方法的個人主義にある。旧古典派は、前近代的な経済外的強制から解放された市場における自由な経済行動によってこそ、「最大多数の最大幸福」(資源の最適配分)が実現すると主張した。これを現代的に再生しようとするシカゴ学派に代表されるこの理論は、1960年代からアメリカのペンシルバニア大学を中心に発達してきた地域経済学Regional
Science(地域科学・地域学とも訳される)に適用され、社会的・経済的事象を対象として、地域計画の策定や意志決定を利益極大化によって評価する計量的な分析をおこなう。この場合「地域」の最適性は、”地球表面上の限定された空間”をスケールScaleで把握し、その空間における個人・企業の利益極大化の総和にある。その総和は、「点」の連続としての「面」と、「面」の区画としての「線」の連続的な相関関係のなかにある。
図:地域における「点・線・面」の相互関係
(出典:大友 篤『地域分析入門』p10 東洋経済新報社
1982年)
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2)経済地理学の地域概念
地域は、第1に生態・環境的地域であり、環境に対する生物の適応のありかた、生息地をともにする同種・異種生物相互間の依存・対立関係を基礎にし、第2にコロロギー(地誌)といわれる空間並存関係として地域の特質を個性記述的にとらえる。第3に景観論的に地域をとらえ、経済景観(地表の一定面積の統一的な形相を示す可視的なもの)に焦点をあてた地域分析をおこなう。伝統的な地理学は、経済構造や歴史性を捨象する共時的な自然決定論に傾斜する傾向をもつ。この傾向を批判して登場した政治経済学的な経済地理学は、地域概念を生産様式によって明らかにしようとする(詳細は、次章の政治経済学の地域経済論を参照されたい)。
3)システム論の地域概念
システム論は、フォン・ベルタランフィー『一般システム論』(1945年)によって提唱され、ウイーナーの「サイバネテックス」(1948年)やシャノンの「情報理論」の先駆となった。従来の有機体構成を物理学的要素に還元する方法を否定し(「要素の単純な総和は全体と等しくない」)、無生物・生物・精神過程・社会過程のいずれをも貫く原理が、開放系の物質代謝を行う自己調整的なシステムであると考える。
ウイーナーは、変転する環境をかいくぐって、あらかじめ決められた目標へ向かう最適コースをとるシステムを意味し、単なる原因ー結果の連鎖ではなく、フィードバックを繰り返しながら循環的な微調整の過程をおこなう。アーサー・ケストラーは、要素還元主義とホーリズムの二元論を越えて、部分と全体を併せ持つ「ヤヌスの双面」であるホロン概念を主張する。 このようなシステム論の原理を地域に適用し、地域の諸レベルをつらぬく同形性を発見しようというのが、地域システム論である。例えば下記の図のように、集落から世界に至る圏域のどのレベルにおいても、自然的・歴史的・社会的な同形性のシステムが貫通しているとする。
世界経済 世界
国際経済 東アジア
国
国民経済 地方 社会的システム
市町村 歴史的システム
集落自然的システム
4)政治経済学の地域概念
(1)エンゲルの地域概念
エンゲルス(『反デユーリング論』)が展開したもので、第1に都市と農村の分離・対立と、都市による農村の支配を、「都市と農村の真の融合」による大都市の廃止によって止揚しようとする。エンゲルスの構想は、具体的な国土政策にまでは具体化していないが、都市の分節化や都市と農村の「共存}(融合ではなく)という現代的な国土像からみると歴史的な限界をもっている。
(2)レーニンの地域概念
レーニン(『ロシアにおける資本主義の発展』)は、第1に国内における農業と工業の発展の不均等性を指摘し、第2に国際的にも農工不均等発展が生まれると主張する。さらに地方の後進性を克服する運動は、分権主義(封建反動派)・地方主義(地方資本)・地方自治(労働者階級)の三つのタイプがあるとして、地方自治を重視する。
(3)現代政治経済学の地域概念
自然的・経済的・文化的複合の独自の個性ある生活圏として地域をとらえ、三分野の総合的発展のなかで地域を考える。地域は、孤立した閉鎖的な空間ではなく、世界とつながっている重層的なシステムであり、相互連関的な存在でもある。従って、地域政策は地域間の交流と連帯を軸とする自立した住民の自治を単位として考えるべきだと主張する。この立場から地域産業は、[産業構造と地域分業]・[産業配置と地域集積]・[地域配分機構]の3点から次のように分析される。
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[現状]
@金融独占による地域分割
a:管理地域(支配管理機能の集中する大都市部)
b:成長地域(成長部門のインフラ整備による再編成地域)
c:衰退地域(投機的開発又は切り捨て地域))
A金融独占による地域開発(土地の直接支配)
B新植民地主義による途上国支配
[対応]均衡ある地域経済への転換戦略
@大都市集中型機構の組み替え
A民主的土地所有制への転換
・民主的土地委員会
・自治体の土地先買い権
・大企業所有地の再配分・投機規制
B地方自治の確立
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5)コミュニテイー論の地域概念
コミュニテイーはアソシエーションと対比するテンニースの概念であるが、現代の地域経済をコミュニテイー論は次のように考える。
第1は、自治的単位として経済的・生活的諸活動に従事しながら(生活的契機)、共通の価値観や共通の感情を経験し(主観的契機)、一定の空間的範囲で自己完結的な集合体(地理的契機)を形作っているものとして、地域は考えられる。具体例として、前近代的な「自然村」(鈴木榮太郎)や20世紀初頭の米国中小都市がある。
第2は、地域構成要素(生活・労働・学習・休息)と複合的に結合しているコミュニテイー産業を主体として成立し、住民の生活領域と資本の活動領域の矛盾の結節点となって、企業の私的便益と社会的便益の乖離する空間として、地域を考える。
第3は、中央集権的中枢管理体制によって崩壊する地域を、地域産業を基礎にした地方分権によって再生しようとする立場である。
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参考)アメリカのリージョナリズム(Regionalism)は、何れの立場に立っているだろうか。西部開拓時代に形成された国家(Nation)から自立する地域を表す語句は、セクション(Section)・デイビジョン(Division)にかわって、リージョン(Region)が使用されるようになった。リージョンは、地方主義(Localism)の孤立・分離したセクショナリズムとは異なり、全体の構成単位でありながら独自の文化を持つ有機体として「地域」をみる。ここから「地域研究regional
studies」・「地域科学regional sciencess」「地域計画regional
planning」等の政策科学が発達し、「上からの地域開発」を支える強固な方法論となって現在に至っている。
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「地域」概念をより原理的な認識論として考えようとする場合、構造主義・現象学派・弁証法の諸潮流がある。構造主義は、「地域」を個々の要素を孤立・分散的にとらえるのではなく、ピアジェの「全体性」(要素間関係)・「変換」(構造の形成)・「自己制御」(自己の均衡を保つ自己保存)の三面からとらえ、変化は偶然や突然変異ではなく、デカルト的決定論ではない何らかの「自由ルール」があるとする。この構造主義を地域構造へ適用し、地域を相関関係システム・自己調整・変形としてとらえたR.Brunetは、構造にもとづく空間規模区分と、結合システムを地図化した構造図の作成において成果をあげた。
図:R.Brunetによるフランス構造モデル
それぞれの空間規模に応じた構造があり、空間規模間の関係は、より下位の空間の単純な寄せ集めではなく、空間規模に対応した結合システムがあり、それにかかわる要素が存在する。
このような構造主義の地域概念は、構造の質を変化させる時間概念による歴史的変容の分析論理が欠落しているともいわれる。これは、構造主義認識論の共時的・通時的な本質からもたらされている。
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(出典:青木伸好『地域の概念』p32 大明堂 昭和60年)
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現象学派の地域概念は、「実存的空間における距離は、感情的結合の尺度である。科学的地理学の距離と異なって、それはメートルでは把握できない」(J.N.Entrikin)として人間の意識に現象する空間を、人間の主体的にとらえようとする。「生きられる空間」・「体験されている空間」(メルロ・ポンテイー)という現象学的空間は、個人・職種・階層などによって異なり、非工業化社会ではむしろ客観的な空間よりも構造的距離(社会・宗教的関係)・感情的距離(アニミズム・崇拝・儀式等)・生態的距離(自然との関わり)の3要素によって空間形成が行われるとする(J.Gallais)。つまり、地域の本質は、空間の知覚にその源泉があるということであり、現象学派の地域概念は、従来の地表物の客観的データを主たる分析対象としてきた伝統から、人間からみた主体的な空間概念を構築しようという新たな視角を切り開いたともいえる。
弁証法(マルクス主義)の地域 図:R.Peetの空間弁証法モデル図
概念は、地域を歴史的発展過程の運動空間としてとらえ、地域の運動論理を明らかにしようとする。空間は、社会的に組織された構造の表現として位置づけられ、ある地域における量的な変化とそれによって生じる質的な変化、その結果生じる矛盾と闘争の展開として分析し、さらに他地域との量的・質的な相互浸透によって生じる内的な変化をとらえようとする(R.Peet)。地域の主たる運動要因は、生産様式の基本構造の矛盾ー対立ー止揚の過程から誘発され、常に上向する構造の変革過程にある
と考える。
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(出典:青木伸好『地域の概念』p50大明堂昭和60年)
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2,地域問題
21世紀をひかえて日本の社会が直面している問題は、地域を舞台に起こっている。東京一極集中で1坪1億円に至った地価や年収10倍に達するマイホーム・交通地獄・犯罪といった「東京プログレム」の対極に、住民の流出による農産漁村の崩壊は先祖の墓まで都市に流出してロッカー型墓地が生み出されている。こうしてメダルの両面として現れている過密ー過疎問題を頂点にしたさまざまの問題群が噴出し、このまま放置すれば重大な事態がもたらされるのではないかと危惧されている。
ここでは、地域をめぐってどのような問題群が誘発されているか?を整理して、その全貌をつかみ(現状認識)、なぜそのような問題が発生してきたのか(要因)を明らかにし、望ましい地域とはどのような地域をいうのか(価値)をかんがえ、どのようにしたら現状を解決し未来を展望できるか(政策)を構想する大きな課題のなかで、地域の現状認識と
地域問題の問題性を明らかにする。
地域問題の全体像を網羅的に抽出して整理する種々試みのなかで、総合研究開発機構が1980年に発表した地域問題ピラミッドをみてみる(参照
総合研究開発機構『地域問題辞典』学陽書房
)。そこでは、地域問題を下記のような8つの問題軸で分類し、地域主体と生活行為のマトリックス(図参照)によって、23個の上位テーマと58個の中位テーマ・300個の下位テーマを持つピラミッド状の問題群に整理し、これを地域問題の全領域をカバーするものとしている(次頁以下参照)。ただしこれは1980年に作成されたものであり、一国単位の指標にとどまっていること、グローバルな要因や外国人労働者・NPO・公共行政の民営化の指標などに検討の余地がある。
@主体(子ども・老人・障害者・企業・自治体等)
A時間(過去・現在・未来)
B地域レベル(家族・近隣・都市・国家・世界)
C具体地域(北海道・・・沖縄)
Dマテリアル(水・食糧・エネルギー等)
E目的としての地域の魅力(安全・利便・快適・保健・豊かさ等)
F生活行為(働く・遊ぶ・学ぶ等)
G行政分野(地域インフラ・生活環境・教育文化等)
図:主体と生活行為マトリックス
3,地域経済論の諸形態
1)新古典派の地域経済論
ホモ・エコノミックス(合理的経済人)の効用最大化は、市場メカニズムによる資源の最適配分を実現する選択行動によって、パレート最適=一般均衡がもたらされ、常に限られた地域資源の利用可能な財の生産量を最大化するような効率的な資源配分が行われている。この前提は、規模に関して収益不変の生産関数を持つアトム的な企業と個人にあり、こうした市場による最適配分として地域経済を分析する最も有力な立場である。
(1)立地論的地域経済学 Location Theory チューネン『孤立国』(1926年)・ ヴェーバー『工業立地論』(1909年)・レッシュ『経済立地論』(1940年)
ヴェーバーは、空間的分離(距離)を克服する費用(輸送費)最小化の立地法則を考え、
立地三角形と最小費用立地を以下のように考えた。
C
cトン
Z
C :市場
M1M2:原料産地
P P :最小費用立地点
aトン X
Y bトン
M1 M2
[aX+bY+cZ]を最小化する地点P
次にこの3角形に労働費と集積agglomerationの2因子を追加すると次のようになる。
D集積不利益
集積←
P'→分散
このように新古典派の地域経済論は立地論を重視してきたが、なぜ企業の集積は、P'地点を越えても進む過集積の場合があるのだろうか? また新古典派ではこの現象が説明できないのはなぜだろうか?
●レッシュの中心地理論
問:左の図をコンビニ・スーパー
○ ○
百貨店の関係で説明せよ。
○ ● ○
○ ○
○ ○
○ ○ ○
○
○ ● ○ ○ ● ○ ○
● ○
○ ○ ○
○
○ ○
○ ○
○ ● ○
○ ○
●プレッドPred、Aの行動科学アプローチ
「経済人」にかわる「行動人」を意志決定者として想定する行動マトリックス
理論により、立地決定を情報と活用能力から説明しようとする。
情報量
新古典派の地域経済論では、完全競争市場における地域成長パターンは、異時間間の競争的な均衡と効率性に向かい、資本・労働の自由移動によって最大効用が実現されるところにパレート最適が実現するから、「沈滞地域へ企業を誘致すべきか、成長地域へ人々を移住すべきか」という問題は自ずから明らかとなる。
新古典派の都市経済学では、職場への近接性と居住スペースのトレードオフ関係は、限界効用による消費者の住宅立地行動の効用最大化によって決定される。従って、所得階層による住宅立地行動の差異によって、都市内の均衡的土地利用構造が決まるから、郊外の白人邸宅と中心部スラム形成は、合理的な選択結果として正当化される。
問:新古典派では、過疎や過密は大きな問題ではないと考えるが、それはなぜだろうか? この理論に欠落している点があるとすればそれはなんだろうか?
(4)計量分析ー費用便益分析costーbenfit
analisis
ある予算制約のもとで、どの公共投資プロジェクトを選択すべきか?という問題は、事業主体の利潤率と社会的費用social
costs及び社会的便益social benefitsの最適配分によって決められることになる。ところが、実際の費用便益分析はなぜ正確性が欠けるのか? またそれを防ぐにはどのような方法があるだろうか? この地域政策の評価方法についての詳細は、最終章を参照されたい。
2)経済地理学の地域経済学ーラデイカル・アプローチ
(1)構造論学派
現代のヒエラルキー的な地域構造を、企業や資本の効率最大化戦略のみではなく、資本と労働の対立・闘争の反映、つまり資本主義的生産関係の空間編制の不均等性、または従属関係にある生産の空間構造spatial
structures of productionとして考える。例えば、企業組織の経営機能高度化は、技術的必然性よりも労働過程の再編制の問題から考えようとする。
●ハイマーHymer、S.H.の空間構造論(『多国籍企業論』岩波書店
1979年)
或る企業の生産体系の空間配置は、戦略的意志決定を統括する「総合本社」をグローバル・シテイー(ニューヨーク・ロンドン・パリ・東京の四世界都市)に集中立地させ、現場マネイジメントの調整をおこなう中間組織である「調整本部」を大都市に集中立地させる。現業部門の底辺組織である「生産拠点」は小都市分散立地に立地する。その要因は、企業経営における労働の質的編制にある。
●マッシーMassey,D.の空間分業論(『空間的分業』Spatial
Division of Labour,Macmillan)
企業組織(本社ー研究開発ー工場ー分工場)は、支配ー従属のヒエラルキー構造を形成し、日常反復労働を担う分工場は、低賃金非熟練労働を求めて周辺地域(〜第3世界)に立地し、従って分工場に依存する地域経済は自動的に分工場経済となり、内発的発展の可能性はない。
●ゴードンGordon、D.Mの階級闘争論("Capitalist Development
and the History of American Cities"、in
Tabb、W.K.and L.Sawer(eds)、Marxism and the
Metropolis、Oxford Univ Press,1978.)
資本の労働者管理の困難から誘発される蓄積の危機は、新たな立地再編成によって解決される。従来の資本と労働の対立という非空間的視点に加えて、現代の地域経済の空間現象を労働者管理論から説明する。アメリカの場合でみると、産業革命以降の中小都市から移動して大工業都市形成した1870年以降から、20世紀初頭の大都市中心部から郊外への移動をへて、1970年代以降の熟練労働集積地域から伝統地域(南部・西部・第3世界)への移動という史的過程をたどる。
日本の地域構造論学派(矢田俊文・北村嘉行)は、産業配置論を地域の規定要因として、地域経済(経済地域)論・国土利用(資源)論・地域政策論の4分野で構成する。戦略産業を中軸にした中央ー地方の経済循環にある地域経済を、国民経済・世界経済システムの一環として把握しようとする。日本の地域構造論学派は、アメリカ構造論と比較して、地域の視点を導入する「地域構造」論であるが、地域産業の後進性や非内発性を固定的に評価する結果、誘致外来型開発政策に傾斜する傾向がないとはいえない。
例えば、平均利潤率の成立を制約する地代・資本格差・不完全移動によって生じる階層的な空間によって経済地域の発生を説明する(山名伸作)や、国民経済の再生産構造と地域構造をむすぶ立地(国土政策・地域経済政策・市場)のあり方によって地域経済圏が形成されるとする説明(矢田俊文)などがある。
こうして日本の地域構造論学派は、地域経済の後進性脱却をめざす開発政策的な地域政策科学と連動して、全国総合開発計画をプランニングする国土庁(国土審議会)に積極的に介入し、内部的な改革をめざす戦略を採用することともなる。
(2)史的唯物論派(飯塚浩二・鴨沢巌・上野登・野原敏雄)
人間と自然との物質代謝から地域経済の歴史的な構造を明らかにし、現状分析においては、「資本の経済配置論」・「経済地域論」・「民主的経済配置論」の3分野から構成し、階級政策的な次のような視点から分析する。
@自然と人間の相互関係、特に資源・災害・環境の社会経済的要因分析
A商品生産の地域的展開と地域変容を産業別に明らかにする。歴史的展開過程・階層 分化・経営形態などを中心とする。
B地域政策・産業政策による地域変容
C住民自治による民主的開発政策の実践的提案
問:「経済地理学」は、産業配置を重視し、産業の空間的展開の結果として「地域area」
を考えるが、「地域経済学」は「地域region」から出発して経済を考える。この 違いから、「地域経済」の内容にどのような差異がでてくるだろうか?
3)政治経済学の地域経済論
(1)マルクス主義の地域経済論
地域は、社会的な再生産過程の空間的展開としての地域的分業体系によって決まる。個々の地域問題は、原理的には生産様式から必然的に生じる階級矛盾の表れである。従って、問題の基本的な解決は、資本主義から社会主義への移行にあるーとするが、このような体制還元主義的な告発主義の傾向によって、従来の現状分析と政策論に一定の弱点があった。
これを克服しようとしたのが、「社会資本論」(宮本憲一)や「社会的共通資本論」(宇沢弘文)であり、市民革命後の基本的人権としての生存権や、資本と労働関係(労働過程論)の段階から、資本と市民・住民関係(生活過程論)へと深化して地域経済を考えようとする国際的にも先駆的な業績をもたらした。現代マルクス主義の地域経済論は、原理論と現状分析・政策論をどのように統合していくかが問われている。
一方、途上国のマルクス主義の主流となっているフランク・アミンの従属理論は、中心地域と周辺地域の不等価交換によって、先進国への一方的な従属が生まれているとして、周辺地域が中枢地域との関係を切断して自立的発展を目指すべきだと考える。開発経済学における輸入代替型開発戦略(インド型)と通底するところがあるが、現代のグローバル多国籍企業への管理統制システムを消去したり、大都市経済を捨象する傾向は、農村自助と地縁技術による地域自立を主張する「地域主義」に陥る可能性がないとはいえない。
問:旧ソ連などの社会主義国では、全国的工業化が優先されて、逆に地域問題が激 化して最後には崩壊していったが、この背景にある地域経済論の欠陥を、都市と 農村の対立、全国政策と地域政策の2点から考えてみよう。また戦後日本には、 旧ソ連と似たような問題点がなかったかどうか、考えてみよう。
(2)社会的経済(協同組合・NPO)の地域経済論
社会的経済Economie socialeとは、営利セクターと公的セクターの間にある非営利・協同セクターで、協同組合(Coーoperative)・共済組合(Mutual)・非営利組織(Nonprofit
Organizations)から構成される。EUの『協同組合・共済組合・アソシエーション・財団のための三カ年計画』では、「社会的経済組織は、経済民主主義の原則に基づいて組織され、運営される。これらの組織は社会的目的を持ち、参加の原則(一人一票)と連帯の原則を基礎に運営される」としている。財政収入の仕組みによって、アメリカ型(民間寄付中心)西欧型(公的収入中心)に分けられるが、国有国営型でもない・民間営利でもない21世紀の「新しい福祉国家」を担う主体として注目され、今後は市場に対する社会的規制と内部の民主的管理が課題となっている。
●NPOと金融機関の相互連携(例:米国)
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CDCs(Comunity Development Corporations)地域開発公社
民間非営利活動組織→低所得者向け住宅供給
商店街再開発 |
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→ |
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事業者資金・経営支援
青少年教育・職業トレーニン
高齢者生活支援
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融資
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銀行のCRA活動 ↓(交渉)
→CRA融資プログラム
CDC子会社設立
ローンコンソーシアム(共同出資の融資機構)
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→ |
監督
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CRA(Community Reinvestiment Act)地域再投資法1977
→銀行の融資差別禁止
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(問題点)
@地域と銀行資本の癒着
A銀行のCDCs内部化
B銀行の広域化への対応
(検討課題)
@NPOと営利資本の提携可能性の成果と限界
ANPOの組織的力量
BNPO専従活動を支える経済システム
C市場原理でもなく公的規制でもない新たな利害調整システムか否か
D金融業の制度的なありかたの新たな形態か否か
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●NPOと地域経済
1995年のICA協同組合原則改訂では、「協同組合は、組合員のニーズと願いに焦点を合わせながら、コミュニテイーの持続可能な発展のために活動する」となっているように、政策形成力が鋭く問われている。その理由は、第1に日本の行政における政策形成力と知的インフラの整備が遅れていること、第2に行政のモラル水準に対する国民の不信の深化があり、第3は来るべき社会システムの構想力における閉塞的な危機がある。このような危機を克服する戦略は、政府ー市民の対峙的な関係を協働関係へと転換させることにあり、行政が公設・民営方式へ基本的に運営を切り替えていく協議システムの確立が求められている。
(3)シビル・ミニマムの地域経済論(松下敬一)
源流は、『ベバリッジ報告』にあり、以下のような主張を展開する。
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生存権実現の制度的政策公準 |
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→
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地域民主主義 |
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→
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地域政策 |
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地域生活の制度的な最低基準
・社会的効率と個人の自由
・対費用効果
・階層間調整
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・住民参加
・市民参加
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・産業政策
・社会政策
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シビル・ミニマム論の課題は、第1に地域間生産力と財政力の格差によって発生するミニマム水準の格差の問題、第2に地域間競争が逆に誘発される危険性を含んでいること、第3にナショナル・ミニマムとの関連が弱いことによる都市型開発への傾斜の問題、第4にアーバン・ライフ・ミニマムとルーラル・ライフ・ミニマムの相互関係をどう調整するか等がある。
4)ポスト・モダニズムの地域経済論
(1)生命系の地域経済論
新古典派理論による資源の最適配分の失敗の結果、世界経済システムは壊滅的危機に陥り、環境破壊・絶対的貧困・相対的貧困が誘発された。新古典派経済モデルの致命的欠陥
は次のようなシステムにある。
[生産要素]
| 改良 |
土地 |
消費 |
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教育 |
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財貨
サービス
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労働 |
訓練 |
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経済過程 |
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資本
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機械 |
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投資 |
等
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| 欠陥 (1)環境負荷・廃棄物の捨象 |
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(1)環境危機・エコロジー資本否定 |
(2)社会・組織資本の捨象
(3)消費以外の効用捨象
@環境の質
A労働過程 |
(2)ボランタリー部門の過小評価
(3)所得のための労働観
(←自己実現の労働観) |
| B社会的・組織的構造 |
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生命系アプローチの地域自立戦略は、第1に土地所有の地域化(所有権と利用権の分離による所有の社会化と土地商品化規制)によって、地域住民による協同経営をおこなうことにある。第2に、労働力の地域化(地域経済への地域労働力の優先雇用)によって、労働者による地域企業の自主管理経営や地域団体との非市場的協定を実現する。第3に、資金の地域内循環をはかるために、信金・信組・NPO等を協同組合原理によって運営し、住民の直接的信用関係の回復を追求する。第4に、最終的には、経済原則を[市場・計画協議システムの共存]に置きかえ、次のようなシステムを実現する。
[市場システム] [計画システム]
○ ○
○
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
[協議システム]
○
○ ○
○ ○
○ ○
○
生命系による地域産業の再生は、基本的に地域資源による地域内消費におかれる。その具体的な政策は、第1に主要資源の脱商品化と共同管理、第2に汎用的な土地利用と経営多角化、第3に多層的な協業組織と集団経営の高度化、第4に地域内資源のリサイクルシステムを構築する、第5に労働力の自主管理組織をつくる、第6に地域市場や域外市場との非市場的協定を軸に市場機構によって補完する、第7にコミュニテイー金融による地域内資金循環を図ることーなどにあると考えている。その具体的な条件は、内発的技術の地域化と自治体行財政の地域化及び「ムラ」→「企業」→「地域」への経済主体の転換にあるとし、最後の主体問題を強調するところに特徴がある。
(2)複雑系・進化経済学の地域経済論
[複雑系Complexityの研究史年表]
1902年 ウイラード=ギブズ『統計力学の基礎原理』
1937年 ルートヴィッヒ・ベルタランフィー「一般システム論」
1948年 ウオーレン・ウイーバー「科学と複雑性」
1962年 サイモン「複雑系のアークテクチャー」
1968年 ベルタランフィー『一般システム理論』
1977年 ブリゴジン「非平衡の熱力学、特に散逸構造の分析」
1979年 アンリアーアトラン『結晶と煙のあいだ』
1984年 イザベル=スタンジェール・ブリゴジン『混沌からの秩序』
1989年 ブリゴジン、グレゴワール=ニコリス『複雑性の探求』
1990年 エドガール=モラン『複雑思考入門』
ブリゴジンの「散逸構造」概念は、系全体は非平衡だが、系内の微少部分は平衡であり、平衡に近い線形領域(外界からの刺激に応答が比例する)では破壊が起こり、平衡から離れた非線形領域では創造が起こるということにある。例えば、貴方の身体の細胞は、脳を除き数年で全部交換されているにもかかわらず、なぜ貴方は貴方という構造であり続けられるのか? 貴方の身体は外部からエネルギーを取り入れ、それを外部に代謝していくことによって、秩序を形成していくシステム(散逸構造)であるからだ。エネルギーの流れが複雑になるある時点で、自己の系が破壊され(ゆらぎ)、やがて新たな系を再構築する。このような散逸構造論による自然の階層性は、生命系にとどまらず、社会系にも適用されて生命系地域経済論アプローチが登場する。
[主系列] 素粒子ー原子核ー原子・分子ーマクロ物体ー星ー銀河ー超銀河系 |
[第1枝系列:生物的運動] |
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生体高分子ー細胞ー個体ー種ー生態系 |
[第2枝系列:社会的運動] |
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人類ー人類社会 |
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[平衡閉鎖系] 破壊 ⇒ [非平衡開放系] 創造
全体x 全体x
↓ ↑可逆性 ↓不可逆性
要素還元 要素特性
要素特性
↓ ↑
要素最適化 全体と要素連関
↓ ↑総和 ↓
全体x
全体x’
[地域経済システムのパラダイムチェインジ]
開放系
制御可能なシステム
(長期スパン)) 成立
整備
安定
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非平衡開放系
社会システム
(人間・生命・環境)
変革 |
| 平衡 |
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非平衡 |
固定
平衡閉鎖系
社会システム ゆらぎ
(モノ・金)
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カオス
制御不能 新たなシステム創出
(短期〜長期スパン)
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閉鎖系
複雑系理論によって戦後日本の国土政策をみると、4全総までが平衡閉鎖系による地域開発政策で、非平衡開放系が5全総ということになる。
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1962年 全国総合開発計画 :平衡閉鎖系生成
1969年 新全国総合開発計画 :平衡閉鎖系確立
1977年 第3次全国総合開発計画:平衡閉鎖系ゆらぎ
1987年 第4次全国総合開発計画:平衡開放系崩壊
1998年 21世紀の国土のグランドデザイン:非平衡開放系へ
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5)内発的発展論Indigenous developement Theory・地域主義の地域経済論
(1)内発的発展論
内発的発展論の背景には、近代化論に基礎を置く誘致外来型地域開発の限界がある。それは、第1に地域経済力を規定する地域産業の移出力の比較劣位が露わになっていること、第2に工業化の外延的拡大の遠心力が及ばない周縁地域が一層衰退してきていること、第3に情報化・サービス化・国際化によって周縁地域が拡大していること、第4に地域財政の危機によって購買力移転のパイが縮小していること、第5に内なる資源開発への転換が求められていることなどにある。
この問題意識には、第1に先発工業国をモデルとする単線型発展段階理論(伝統社会→近代社会→高度大衆消費社会)のロウトウ型近代化論への批判がある。途上国の発展(資本・技術・価値観など)を「外部から」補完することによって、先進国型の発展軌道に乗せようとする「成長の極」や「均滴効果」への批判でもある。近代化論は、地域の自然環境や固有の文化伝統・固有のニーズを欠落した結果、生態系の破壊や地域経済循環の破壊等の「成長の限界」をもたらしたとする。
@内発的発展論の内容
内発的発展論は、第1に、地域産業の衰退による危機意識を契機にして地域目標を主体的に共有しようとする[内発性]にある。それは、衰退の客観的事実に対する危機意識を共有する即自的段階から、過去や他地域との比較による危機意識を共有する対自的段階へと進み、最後に長期展望による目標意識を共有する段階へ至ると考える。
第2に、地域資源活用型産業の再生による伝統の再創造(清成忠男)である。初期には、
他地域からの移入財を域内生産に転換する移入代替から出発し、次いで素材移出材を加工移出財へ高める移出代替へと進み、移出材の再移入阻止(域外移出財の付加価値再移入を防止する域内循環システム)しながら、最終的に在来産業の中間技術による活性化と新産業の創出及び新たな内外流通ネットワーク形成(製販同盟・直販)を実現しようとする。
第3は、イノベーション(シュンペーター)を担う企業家精神に満ちたキイー・パーソンを必要条件とする。彼らは、構想・計画・事業化の各段階での<中心人物特性>であるか、外来技術を導入する外部人材の支援者である。
第4に、エコロジカル・ユニット或いは、自治の単位としてのコミュニテイーという経済地域の単位を「地域」に求める。例えば、「村と町の連続体」(鶴見和子)とか「小城鎮」(費孝通)・「小盆地宇宙」(米山俊直)とかいわれるものである。
A内発型発展の産業連関分析
●地域産業波及効果
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本社
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*斜線は新たな付加価値
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誘致
企業 |
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内発
型 |
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[誘致外来型] [内発型]
[地域産業構造モデル] 移出
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製 造
業
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a+b |
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中間財(移入)
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付加価値
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a
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b |
経営者・雇用者所得
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b
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サービス 産業
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(付加価値率50%)
b×0.5+b×0.52 +b×0.53 +・・・・・・・=b
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移入=a+b
総所得=b+b=2b
移出=a+b
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(出典)井原哲夫「地域発展の発展とその背景」(『季刊国民経済』平成元年第4号)
●内発型発展の産業連関効果 (参照:ハーシュマン「関連効果理論」)
内発的発展の連関効果は、後方関連効果(その経済活動に必要な投入物を供給する努力)と前方関連効果(ある産業の産出物を別の経済活動の投入物として使用する努力)にあり、以下のような図式となる。
[内発型発展の産業連関]
c
在来産業 在来産業
在来産業
* a:後方関連 例:農産物加工(→移出代替効果)
b:前方関連 例:土産物開発で土産物店の売上げ上昇
c:外部効果 例:直接取引はないが、地域知名度上昇等の効果
a:後方連関形態(中核事業の後方に位置する産業の産出する付加価値を増大
させる)
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*●在来域内産業
付加価値増大 |
| ● |
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■ |
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→ ■内発型中核産業 |
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b:前方関連形態(中核事業の産出物を在来産業が利用し、在来産業の付加価値を
高める)
c:外部効果利用形態(地域イメージ上昇・ブランド上昇等による広範な間接効果)
B内発的発展における流通ネットワーク
内発的発展の流通システムの特徴は、第1に付加価値を最大限に発揮し、第2に地域の主体性を確保しながら、しかも多元性を追求することを通して、第3に双方向性による外部アクセス環境を実現しようとする。特産品についてみれば、外発的開発の限界に直面した地域経済の明確な政策的表現を示したのが、大分県の一村一品運動である。地域産業が果たしている多様な機能に、「地域自身が覚醒する」というのが、この運動の大きな契機となった。
図:大分一村一品運動の背景・内容・方向
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(出典:総合研究開発機構『内発的産業形成に関する調査研究』p16)
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C内発的発展における住民内発性と行政権力性の相互関係
しかし、内発的発展における住民と行政の関係は、従来の住民の異議申し立て型モデル(水俣)や行政の住民運動吸収型モデル(大分一村一品運動)を越えた、住民と行政の緊張した弁証法的なモデルであり、行政の支援システムは以下のように進行する。
行政支援T 行政支援U 行政支援V
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[事業準備段階]
@体制づくり
Aインフラ整備
B初期投資調達
C技術導入
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→
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[事業開始段階]
@信用保証
A販路開拓支援
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→
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[事業展開段階]
@地域波及効果推進
A企業家精神醸成
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(2)地域主義の地域経済論
地域主義アプローチの特徴は、第1に中間技術論(シューマッハー)による生態系に適合し、希少資源に寛大な、非集中的性格の、人間に奉仕する技術体系を基軸に据えた「農工構造」による地域再生戦略にある。
第2に、共同体Gemainshaftの積極的評価にある。地域主義の共同体論は、封建的な前近代性を批判する近代化論(大塚久雄『共同体の基礎理論』)ではなく、共同体を非市場的原理に基づいた積極的組織として評価する(J・C・スコット「モラル・エコノミー」)ところにあるが、復古的な農本主義的ポピュリズム(福岡正信の自然農法論・タイ共同体復興運動)・民衆主体主義(反エリート主義)・ナショナリズムへ傾斜するという批判もある。
第3は、自立・自足的な小商品生産を中心とする相互扶助的生活とそこで育まれる伝統的精神文化への尊重を基礎とした自治的分権の主張である。
次に地方分権論を基軸とする地域経済論(杉岡碩夫)をみる。
地方分権論は、中央集権型中枢管理による全国一律型地域開発から、地方分権による地域経済再建への転換を構想する。地方分権論には、現在二つの潮流があり、第1は、効率原理(自己決定・自己責任)に依拠しながら、市場原理による企業的効率性を地方運営に適用する新古典派的な地方分権論である(1995年地方分権推進法)。第2は、住民自治によって生存権を保障した新たな公共性を構想する立場である(1985年『ヨーロッパ地方自治憲章』)。
こうして、地方分権における「公共性」をめぐる鋭い対決的状況がもたらされた。一つは、決定過程の形式的公共性を重視する技術的公共性であり(情報公開法・行政手続法の徹底など)、他方は、地域の実体的な公共性を重視する価値公共性である。この分岐は、公共事業の新しい手法として登場しているPFI(Private
Finance Initiative)の評価にある。PFIは、イギリスで1980年代の「小さな政府(サッチャーイズム)」戦略の「NPM
New Public Management新しい公共経営」のなかで、規制緩和→公共サービス民営化→アウトソーシング(民間委託)→エージェント化(独立法人)というステップを経て最後に到達した行政システム改革といわれ、従来一般税収で整備してきた社会資本の設計・資金調達建設・運営を可能な限り民間企業に任せる手法である。このPFIシステムを先導的に導入しているのが北川三重県政であり、東紀州交流拠点施設整備事業で具体化している(参照システムコミュニテイズ『地域コミュニテイと情報システム』パテント社
1999年)。 従って地方分権論が直面する検討課題は、第一に、公共サービスにおける市場的な競争原理システム導入の評価、第2に、ローカル・ミニマムをナショナルミニマムとの相関においてどう位置づけるかという課題であり、具体的には、労働基準や必置基準のローカル性が成り立つのかという問題であり、第3に、ネーションレベルとの相関抜きに孤立的に地域の分権を構想することの是非にある。
地方分権論の諸構想は、新自 図:1990年代地方分権論の諸形態
由主義の市場原理による規制緩和路線路線と、公的規制を強化する分権型地方自治論を両極としながら、多様なバリエーションがある。従来型の地域政策が限界にあることは何れも了解されており、新たな戦略提起をめぐる対抗軸がある。一方、1992年の国連開発環境会議が提起した「持続可能な発展」と原理的な住民参加は共通項として、国民意識に定着しつつある。
地方分権論の分岐をふまえると、地域主義の地域経済論は、
前近代の閉鎖的な農業社会の自
給的な地域再生産構造へのノス
タルジアの傾向を、[地域−国 |
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(出典:中嶋信『転換期の地域づくり』p16 ナカニシヤ書店
1999年)
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土−世界]の重層的なな連関のなかで、ユートピア化の方向をどう克服するかが問われている。
6)システム論の地域経済論
ここでいうシステム論は、いわゆる要素還元主義を批判する有機体の構造を明らかにするサイバネテックスやホロン・自己組織化・散逸構造などのポスト・モダニズムの経済学方法論ではなく、産地や企業間関係の構造をシステムとして把握し、地域経済の発展モデルを明らかにしようという意味で用いる。
(1)制度派経済学の地域経済論
現代企業を「計画化」概念で説明するのが、ヴェブレンVeblen、T.B.であり、不確実な市場に左右されるのではなく、計画化による市場コントロールを重視する。サイモンSimon、H.A.やチャンドラーChandler、A.D.の企業意志決定論や企業組織論を産業システムの空間的反映に適用したのが、プレッド『先進経済の都市システム』における企業の地理学のシステム・アプローチである。
地域経済の制度環境(企業・組合・公益団体・金融機関・政府、規制・法律・慣習)によって生まれる取引行為の制約と、制度衝突の調整を求め、地域経済の「費用(新古典派)」に加えて「取引費用」(R・コース)・情報の非対称性・モラルハザード・インセンテイブフリーライダーなどの経済行為の不確実性による「限定合理性」によって、新古典派の「完全合理性」は実現しないと主張する。
システム・アプローチの特色は、立地論よりも技術と資源を重視する点にある。都市と後背地という従来の地域パターンが解体して、高次中枢都市(メトロポリス「母なる都市」)の中枢管理機能による階層的な統合システムへと移行し、資本効率の最も高い企業が中枢となって、資本集積度の最も高い機能的な空間合理性を実現しようとする点にある。
このシステム・アプローチによる地域経済論は、産業立地による経済環境の影響を分析していた視点から、企業活動が経済環境へ与える影響を考える視点に大きく転換していく契機となった。
(2)ネットワーク論の地域経済論
ネットワーク論の特徴は、企業活動は、産業構造よりも企業間ネットワークによって規定されるという点にあり、以下のように類型化される。
@生産機能のネットワーク
生産技術の分離可能性と生産工程の相互依存関係によって、企業間ネットワークが構造化され(Williamson,1975)、主要生産技術が焦点企業に集中し、周辺技術は企業間に分散的に保有されるタイプである。多段階的生産工程の地場産業や多部品点数による加工組立製造業にみられる。
A取引機能のネットワーク
特定企業に依存して垂直的支配・従属関係にある加工組立下請産業や、相互補完的な分業にある自立・水平関係の地場産業、及び集合的戦略行動をとる一時的提携関係(アクションセット)などがある。
@とAがクロスされて成立する企業間ネットワークの類型は、以下のようになる。
●基幹装置型ネットワーク(大規模一環生産装置産業:石油・化学・鉄鋼・セメント)
中核技術の特定企業集中によって内製度が高い自己完結型ネットワークで、モノカルチャーによる企業城下町を形成するが、地域内発型中小企業は育たない
●加工組立型ネットワーク(基幹的製造業 重機械・電気・自動車)
中核技術の特定企業による排他的占有と周辺技術部分の外注化によって、垂直的ネットワークが成立し、地域中小企業の活動は制約されるが、一方において異質多元的技術分野では、開発指向型中小企業の自立的発展の可能性がひらかれる。
●地場産業型ネットワーク(在来地場産業)
人的属性に依存した固有技術による細分化された生産工程が、分割的に水平移動し、取引を通じた相互補完ネットワークが形成されるが、同業種ネット間の調整と産地組合や問屋の全国的販路戦略が、産地経営にとって決定的な意味を持ち、個別企業の独自の発展は困難である
●準地場産業型ネットワーク(現代地場産業)
特定地場企業が分業部門を内製化して規模の経済を追求し、次第に垂直的なネットワークに移行する
●自立産業型ネットワーク(ピーナッツビジネス・下請けの自立化)
焦点企業中心に集合戦略のためのネットワークが形成される自立産業型ネットワーク(城南・工業団地・協同組合)のなかから、地域資源の多重活用や異業種交流によって、相互補完的連携が成立するタイプである。
(3)産業集積論の地域経済論
地域内産業連関や域外産業連関の密度とヒエラルキーによって、地域経済モデルを考えるアプローチであり、以下のように整理される。
現代地域経済パターン(T)
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地域内産業連関 |
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| 弱 |
強 |
域外産業連関
|
強
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原子力産企業
プロセス産業(石油精製)
量産特化型進出企業
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アルザス(プジョー)
プラート(ニット)
ロサンゼルス(アパレル)
サッスオーロ(タイル)
ポルシェ |
弱
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シアトル(ボーイング)
モンペリエ
IBM
グルノーブル
ケンブリッジ
シリコングレン
イケア
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トウールーズ(エアバス)
豊田市
カリフォルニア(航空宇宙)
ハリウッド
シリコンバレー
シュツットガルト (ボッシュ)
ヴェネト
シリコンバレー(システム)
ボローニャ(マルボス)
モーデナ(機械) |
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付加価値ネットワーク型地域経済 |
現代地域経済パターン(U) |
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ヒエラルキー |
非ヒエラルキー |
|
| リーダー企業 |
独立中小企業 |
コーデイネータ企業 |
| ヒエラルキー |
トウールーズ(エアバス)
豊田市
リン(マサチュセッツ) |
|
シュトウットウ
ガルト(ボッシュ)
ヴェネト(ヴェネトン) |
非ヒエラルキー
|
カルフォルニア
(航空宇宙産業)
ハリウッド
|
シリコンバレー
(プロトタイプ)
|
シリコンバレー
(システム)
ボローニャ
(マルボス)
モーデナ(機械) |
| ← |
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A:ピッツバーグ・モデル[地域ネットワークのハイテク支援による地域経済再生]
@ピッツバーグハイテク協議会(PHTC
Pittsburgh High Tecnology Council)
ハイテクをキーワードに、企業の異業種交流、大学・研究機関・地域開発機関・ベンチャーキャピタル・病院が、地域資源を最大限活用して自発的に参加する社会的ネットワークの結節点となっている。ハイテク投資は中小企業が中心で、14大学に中小企業開発センターが設置され、産業空洞化脱皮の主役となっている。
Aベンフランクリン・テクノロジーセンター(BFTC)
非課税・非営利団体で、中小企業の技術ベースによる国際競争力の支援政策を展開している。州政府以外からの資金と州の投資をマッチングファンドとして、技術開発による新製品開発に導入し(1億6千200万ドル)、州住民1ドル投資に1.2ドル還付され、南西ペンシルベニアで、260社企業設立・4700人の雇用創出・150の製品を産業化した。300人のボランテイアが登録され、ピアレビュー・システムで300人の専門家がデータバンクに登録してプロジェクト支援審査を行っている。
図:ピッツバーグ・モデル
B:シリコンバレー・モデル[情報化社会の新たなトータル・クオリテイー・コミュ ニテイーの創出]
集積ネットワークのメカニズムが次のようなセンターから構成されている。
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○サポーテイングセンター(資金供給センター) |
○基礎研究センター(大学・研究所)
○施設支援センター(インキュベータ・インダストリアルパーク)
○ソフト支援センター(会計事務所・法律事務所・専門コンサルタント)
○戦略的提携ネットワーク(ベンチャー起業時の技術開発・資金調達・マーケ
ッテイング) |
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○教育支援センター(職業訓練・マネイジメント) |
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オリジナルな企業群が集積し、異業種集積や異業種融合によって、グローバル・マーケットにおける差別化を実現しようとする。
その戦略は、スマートバレー公社の「知の現場化・地域化」であり、ジョイントベンチャー=シリコンバレー・ネットワーク(起業家集団)の13プロジェクトの一つである。公社は、先進的情報インフラとスキルによって、地域社会の全セクターを包摂するエレクトリック・コミュニテイーの創出をめざし、地域ネットワーク発展・社会的実験・住民生活直結・世界波及効果の4点を基準にプロジェクト審査をおこない、経済と地域を連結する市民起業家(シビック・アントレプレナー)の非営利事業を推進する。
図:シリコンバレー・メカニズム
C:バーデン=ヴユルテンベルグ・モデル[シングルソーシングによるフレクシビリ テイーとスペシャライゼーションの統合]
ドイツ南部州の、自動車(ベンツ・ボッシュ)や巨大電子産業から精密機械・医療器械・環境機器・工作機械・繊維機械・自動車部品などの中小企業が混在している地域である。
第1に、シングル・ソーシング(元請け複数制度=ある会社への納入額がその会社の総納入額の50%を越えてはならない)による大企業と中小企業の並存システムを制度化し、第2に、機械メーカーは、フレクシブル製品戦略と狭い領域に特化するスペシャライゼーション戦略を統合的に追求している。
第3に、市場経済を社会的に支援するキリスト教民主同盟の産業政策により、技術基盤拡大・新製品開発助成・新機械融資・企業創設前貸しを実施している。
第4に、シュタイン・バイス財団(1971年に設立された中小企業対象の技術支援非営利組織)のセンター運営委員は大学教授等の研究者が就任し、技術コンサルテイングセンタと大学・研究機関とのボランテイアネットワークによって、起業の技術コンサルテイングをおこなっている。技術移転センターは、共同プロジェクトのコーデイネイトや開発プロジェクト実施による中小企業のハイテク化支援をおこなっている(*このモデルがピッツバーグへ移植された)。
図:バーデン=ヴユルテンベルグ州
D:第3のイタリア・モデル[地域特化集積による柔らかな専門化システムによる世 界ブランド構築]
「第3のイタリア」をめぐる分析は、以下のように整理される。
A・Bagnasco『Tre Italie』(1977年)が、北部大企業システム・南部農業でもない独自の北東中部中小企業を指摘し、従来の伝統的なイタリア経済の伝統的二分法を初めて打破しようとする第3のイタリア・モデルを提起した。
G・Becattine、S・Bruscoは、中小企業集積を周辺工業地域ではなく、北部大企業システムに替わる産業地区Industrial
district(自然的・歴史的に結びついた領域において、住民と企業人の能動的存在によって特徴づけられる社会的・地域的存在)と命名した。
M・J・Piore、C・F・Sabel『第二の産業分水嶺』は、20世紀型の大企業による大量生産システムを越えるフレクシブル専門化モデルとして評価した。
北西部:第1のイタリア
南部 :第2のイタリア
北中部:第3のイタリア |
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イタリア北中部 |
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ベネト州(ベネトン) |
| エミリア・ロマーナ州(機械工業) |
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トスカーナ州(繊維工業) |
→小企業産地集積(靴・繊維・ 皮革製品・家具・セラミックタイル等
の伝統産業中心)
@地域特化産業が、独立中小企 業群の工程別専業により規模の 経済を実現
A製品生産過程を成熟化させな い漸進的イノベーション
B柔らかな専門化(フレクシブ ル・スペシャライゼーション)を
実現している
Cフェイス・トウ・フェイスに よる経営情報ネットワーク構築
D地方公共団体・民間非営利団 体の支援 |
日本で特に「第3のイタリア」が注目された理由は、なんだろうか。
@大企業ではなく、中小零細企業による地域活性化がある
A垂直型ではなく、水平型のネットワークがある
B高い輸出比率を実現している
C公的支援政策による外部経済性を実現している
D他者と違うモノづくりとオリジナルな技術革新を追求している
E高水準の一人当たり住民所得を実現している
FILOが「資本主義を越える生産システム」と評価した
「第三のイタリア」モデルに対しては、低賃金や女性の熟練を排除していること、国民経済の主要な産業部門ではないことなどを指摘しつつ、閉じられたシステムである産業地区が、国際競争に耐えれるか(Ash
AminとPiore・Sabelとの論争点)? フレクシブル生産システムは、金融寡頭制の分権化による大量生産システムによっても実現するから、中小企業特有のものではなく、従って必ずしもフレクシブル生産システム=地域経済活性化とはならないのではないか(Hudoson)、発達した国民経済のモデルであって途上国モデルではないのではないか? イタリアのルネサンス・ポリス・パルチザンなどの独自の歴史的な条件があるのではないか?等の批判がある。
図:フレクシブル・スペシャライゼーション・モデル
(1) (2) (3) 時間→
E:アストン・モデル[地域連携型インキュベータ創出]
バーミンガム市は、炭田・鉄山と運河・道路・鉄道網を基盤に、ミッドランド工業地域(鉄鋼業・金属工業・自動車・電気・化学)の中核市であるが、最近衰退が著しい。
@アストン・サイエンス・パーク(1983年設立)
ハイテク産業育成と市街地活性化によって世界的な金融・コンベンションシテイーをめざす拠点計画である。先端産業育成によって地域経済振興をめざす産学連携・産学共同戦略を主軸とし、アストン大学が参画しているビジネス&イノベーションセンターは、100社立地(50%は1〜2人で創業)によって1000人の雇用を創出した。
ABTL(Birmingham Technology Ltd)運営会社
バーミンガム市・ロイズ銀行・アストン大学が出資してつくった運営会社で、ベンチャーファンド構築によって、テナント企業に対する出資をおこなう。日本型の誘致外来型政策ではなく、地域連携による新産業創出と企業誘致を統合的に推進しようとしている。
(4)産業クラスター論の地域経済論
「クラスター」は、マイケル・ポーターが『国の競争優位』で展開した「葡萄の房」・「魚の群」の意で、連結の経済の比較優位を実現するシステムをいう。ポーターのクラスター創造の4条件は、第1に、付加価値源泉としての生産要素条件を、天然資源ではなく人為的資源(人材・技術)に求める(例
ドイツの化学工業における大学の果たした役割など)であり、第2は、厳しい顧客の存在している需要条件(例 第三のイタリア)であり、第3は、関連・支援産業の存在(例 デンマークの[食品加工→ビール→麦芽・イースト→発酵機械→インシュリン]の連鎖)である。第4は、企業間競争による技術革新のダイナミ
ズム(例 シリコンバレー)であり、歴史的に次のように変化してきた。
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| クラスター条件 |
現在まで |
将 来 |
付加価値源泉
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生産要素
大学
金融 |
原材料
基礎研究
融資 |
アイデア・技術
創業型大学
創業支援・エンゼル型 |
厳しい顧客
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市場範囲
ニーズ |
国内・域外
機能・価格 |
グローバル
環境・安全・自己実現 |
| 関連・支援産業 |
産業組織 |
ピラミッド型 |
水平ネット型 |
企業間競争
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市場参入者
競争舞台
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国内同業
国間競争
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世界・異業種
地域クラスター間競争
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クラスター論の問題意識は、第1に産業立地中心の従来型政策から、地域産業連関(ドメイン)を中心とする地域産業政策へ転換し、第2に先端施設と主要産業配置戦略から、特色ある地域産業産業連関へ転換する、第3にニーズ・シーズ融合とプレーヤーの協働(コラボレーション)などによって、地域経済の比較優位を実現しようというところにある。クラスターの世界的典型であるシリコンバレー・モデルは、次のように推移した。
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| 1938年 → 1950〜70年代 → 1980年代
→ 1990年代 |
ヒューレット
パッカード社設立
リサーチ・パーク |
エレクトロニクス
による高度成長
[第1期黄金時代]
ベンチャーキャピタル
起業家誕生 |
製造業脱出に
よる地盤沈下
日本との競争激化
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マルテイメデイア関連
企業集積
[第2期黄金時代]
シリコンバレー
再活性化計画 |
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スタンフォード大学 人口200万人
日本の場合の例を、北海道通産局のビジョンでみてみる。
○北海道産業の現状
頭脳流出
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[国家による強力な財政支援政策] →
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産業環境
○閉鎖的大学・研究・教育
○焦点のないハード・インフラ
(空港・港湾・道路)
○遠い市場・顧客
○やや良好な都市・生活
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産業クラスターの萌芽
○a1 ○a2
○ ●A産業
a3 ・
● ・
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域際収支入超
(赤字3兆円)
○北海道産業クラスター創造構想
[自主財源創造]→
[戦略的企業誘致]
→
[国際的企業連携]
→
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産業環境
○開かれた大学・研究・教育
○ビジネス苗床インフラ
○近接した厳しい顧客
○魅了型都市・生活
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産業クラスター創造
○ ●
○ ●
○
○ ●
● ○
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行政・税政・教育など制度インフラ革新
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(参考)地域情報化の地域経済論
産業革命以降の大量生産・大量消費システムから、デジタル革命による情報を基礎とする社会へのパラダイム・シフトが起こっている。現在の「ものづくり」の世界に、デジタル・イノベーション(DI)・第3次産業革命といわれる変革が誘発され、2次元の制作図面に替わり、3次元のデジタル・データが空間的距離を超えて瞬時に行き交っている。 この流れは、21世紀の戦略産業を情報産業に設定し、企業から地域・国土に至る総合的な情報システムの構築が脚光を浴び、従来の誘致外来拠点開発型の国土構造から、距離的障壁の克服・物理的移動の価値消滅・規模の経済優位性の衰退・地域の自立的発展・ボーダレスグローバリゼ−ションによって、地域経済活性化戦略の基軸を高度情報化に求める方向はもはや不可逆的な必然となっている。
政府の『経済構造の変革と創造のための行動計画』では、第1に「新規産業創出」をあげ、新規15分野のトップに情報通信産業を設定し、「平成13年度(2001年度)迄の期間を来るべき高度情報通信社会の実現のための助走期間」としている。平成10年に
決定された高度情報通信社会推進本部の『高度情報通新社会推進に向けた基本方針』では、平成10年度末までに全ての指定統計調査結果を国民に電子提供する「電子政府」の実現をめざしている。郵政省『通信白書』(1999年版)では、「21世紀を目前に世界情報通信革命ともいうべき大きな変革が始まりつつある」として、戦略産業としての情報通信産業を国内生産額・雇用者数・労働生産性・経済波及効果から説明し、新たな国土概念の展開を主張している。地域情報化計画は、全ての都道府県によって策定され、地域内情報交流・地域からの情報発信・企業の機能分散・地域起業・防災情報システムが起動しつつある。 こうして、人類史上初めて地理的区空間制約から解放された、地域と世界の「連結の経済」から「範囲の経済」への転換を契機とする国土構造の変革が起こっている。日経産業消費研究所が、全国3、250市区町村を対象に実施した「自治体の情報化に関する調査」(回収率60%)では、600自治体が「地域情報ネットワーク」構想の指定を希望し、1996年の自治体ホームページは前年比7倍となっている。
図:通産省機械情報産業局『地域情報化推進マニュアル』(平成10年)
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国費事業
1,地域情報化
U,コンテンツ関連産業活性化 1,地域の先進的情報システム整備
1,先進的アプリケーション基盤施設整備事業 1,マルチメデイアコンテンツ市場環境整備事業
・データベース構築支援
2,先進的情報通信システムモデル都市構築事業 2,マルチメデイア活用広報事業
・映像系コンテンツ制作支援
3,地域情報化地域支援調査 3,特定プログラム開発普及事業
・ゆとり活力ある高齢化社会実現
4,地域における電子商取引普及 4,先導的コンテンツ市場環境整備事業
・展示会、技能試験
5,先端的情報化推進基盤整備事業 V,健康で生き甲斐のある国民生活
6,地域情報化まちづくり推進事業 1,情報システム活用型シニアベンチャー支援事業
7,次世代GISモデル事業 W,沖縄県振興対策
8,先進的情報システム開発実証事業 1,沖縄コンテンツ政策支援事業
9,医療支援情報システム構築事業 X,関係団体事業 |
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図:2000年の市場:雇用効果
図:インターネットの市場規模
図:光ファイバー網の全国整備日程・TDN構築の高度化
(出典:国土庁『21世紀のグランドデザイン』p344.345
時事通信社 1999年)
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地域情報化の推進主体は、第1に、政府主導型であり、モデル地域を指定するニューメデイア政策(第4次全国総合開発計画
1987年)が失敗した後、新世代通信網パイロットモデル事業を中心とするマルチメデイア政策を展開している。第2は、情報産業主導型であり、例えば失敗に帰したNTTのINS(Infomaition
Network System)構想であり、第3は、地域主導型であり、このモデルの源流は、民間非営利組織が中心となっているスマート・バレー構想(カリフォルニア)にある。
地域情報化の最大の課題は、第1に「何の情報」ソフト・コンテンツをネットワーク化するかという点にあり、第2にインフラ整備のプラットフォームとデイストリビューションの地域格差の解決である。地域不均等性が、資本集約的な情報インフラによってますます増幅されるのではないか、情報私有によって階層間格差が拡大するのではないかという問題がある。これら2つの問題は、地域情報化が地域自立をもたらすか、それとも中央集中を深化させるかの分岐点となり、その帰趨は、情報の共有化と対象性の実現・ネットワークの水平性の実現・住民参加システムの実現・効率性原理とコミュニケーション原理の調整の度合いに懸かっている。
この点から政府の高度情報通信社会推進本部の「3つの行動原則」は、「公正有効競争のもと、民間主導で進めることを原則とする」・「政府の役割は民間活力を生み出す環境整備が基本となる」・「国際的な合意形成に向けたイニシアテイブの発揮」となっており、最も重要な市民・住民参加原則が欠落している点に問題がある。
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地域の伝統産業の情報化戦略ー有松・鳴海絞のデジタル・アーカイブによるフロンテイア・ビジネス創出 |
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中部産業活性化センターが、「中部地域における情報化推進に関する調査研究」(平成8年)で提起した伝統的地場産業の情報化戦略である。有松・鳴海絞は、江戸期以来の代表的な伝統産業で、通産省の「伝統的工芸品産業」指定を受けているが、最近は和装市場総体の衰弱と後継者難や海外生産による逆輸入によって産地システム自体が危機に瀕している。和装というローカルな需要から繊維素材を生かしたグローバルな需要への転換と、QRによるデイマンドーサプライ関係構築に向けて、新たなビジネス・プロセスを創出しようとする試みである。
第1ステップの絞り技法データベースの構築から、第2ステップの効率的なデザイン・素材試作プロセス支援環境の整備をへて、第3ステップの海外エージェント・アンテナショップの設置によるマーケット開拓にいたる戦略である。
図:ビジネス・モデル
図:産地ブランド確立をめざすネットワーク・モデル
この戦略の背景には、市場多様化と多仕様化に対応する戦略情報システムSIS=Strategic
Infomaition Systemへの転換、つまり生産・販売をネットワークで結合し、末端の販売データを即時に集計して製造指示に反映させるファッション市場の戦略がある。
これは、伝統産業の固有の問屋中心型社会的分業システムにも影響を与え、ヒエラルキー型分業から水平型ネットワークへの生産システムへの転換をも誘発している。開発部門におけるデザイン・インと専門工程を越えたオープン・システムによる世界規模の電子情報と情報共有(イントラネット)によって、孤立閉鎖的な伝統的OJTによる技術伝達からオープンな技法交流への転換がもたらされる。
こうして、伝統的な絞り技法を生かした和装を含む多様な製品開発と新市場開拓をめざしながら、高付加価値製品と日常定番品の棲み分け生産による絞り市場再生の可能性が拓かれる。この先導的試行が、京鹿の子絞工業協同組合の「総合加工方式」である。
図:京鹿の子絞工業協同組合の「総合加工方式」
(出典:荒木 國臣『日本絞り染織産業の研究』p369 同時代社
1997年)
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(参考)地域経済圏の地域経済論
地域経済を地域連結性からみると、二つの立場がある。第1は、「地域的再生産圏」としてとらえ、地域の自給メカニズムを重視して地域自立を考える立場である。この立場は、共同生活圏=自治体としての地域経済圏を考え、地域の総合的・多面的発展の一部として、産業(再生産)を位置づける。例えば、ドイツ空間整備法(1965年)では、「健全な生活・労働条件と均衡のとれた経済的・社会的・文化的諸関係を持った地域における空間的構造の維持・発展」を地域政策の第一義としている。
第2は、規模の経済性による広域ブロック経済圏の立場であり、戦後日本の素材型重化学工業の立地戦略にみられる。この立場は、産業(再生産)から地域開発を考えて住民自治の視点は捨象される傾向がある。極大化とすると、地域経済統合や自立経済圏政策となり、現代のグローバルな地域経済は、国家による地域経済統合(自由貿易協定など)による経済圏形成(EU・NAFTA・メルコンスール・BSECなど)や、制度的枠組みに依らない地域的自立経済圏(華南・環黄海・バーツ・環日本海・マキラドーラ)の形成をもたらしている。
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(1)地域経済統合(国家共同経済圏の内向型経済圏による「規模の経済」追求)
@地域経済協力機構
A自由貿易地域free trade area(関税・非関税障壁の撤廃)
B関税同盟customs union(関税撤廃・非加盟国への共通関税)
C共同市場圏common market(関税・非関税障壁撤廃・労働移動自由化)
D経済共同体・経済同盟economic union(関税・非関税障壁・労働移動・通貨統合
(2)局地経済圏(「連結の経済」追求)
@国家を単位としない限定地域空間の経済結合
A実態先行・制度追随型経済交流
B域外交流を指向する外向型
]
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これらの経済圏形成は「連結の経済」追求にあり、それは、(1)のような「制度的連結」と中核ー中心ー後背地から成り立つ「空間的連結」から、補完分担や移転融合による「経済的連結」へと移行している。
AFTA(ASEAN自由貿易地域)・NAFTA(北米自由貿易協定)・メルコスール(南米共同市場)等の相次ぐ創設やEU拡大、最近では南北米大陸にまたがる米州自由貿易地域(FTAA)構想やEUと大西洋をまたがる自由貿易協定交渉が急速に展開し、経団連にも幾つかの国から日本と自由貿易協定を検討したいとの提案が寄せられている。自由貿易協定は、WTOのような多国間交渉では実現しにくい自由化やルール作りを2国間レベルで先取りするという意義がある。日本は、従来自由貿易協定締結に消極的であったが、多角的貿易体制を補完する選択の一形態として今や検討段階に入ろうとしている。
図:GATT・WTOに通報された地域統合件数の推移
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1955−59
1960−64
1965−69
1970−74
1975−79
1980−84
1985−89
1990−94
1995−99
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1件 |
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3件 |
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1件 |
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8件 |
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11件 |
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3件
3件 |
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23件 |
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42件 |
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(注)1998年現在有効な95の協定を発効ベースで年代別にまとめたもの
(出典:WTO事務局資料をもとに経団連作成)
図:アジア・太平洋における地域協力
図:欧州主要国際機構
(参考)グローバリゼーションの地域経済論
グローバリゼーションによって、国際経済が地域経済を直結するような近接関係が発生するなかで、地域経済を国民経済の構成部分として把握する従来の地域経済論の再検討がすすんだ。
第1は、従来の城下町型から、オープンコミュニテイー型へ地域構造を転換しようとするする方法論であり(清成・橋本『日本型産業集積の未来像』)、第2は、フロント・ランナー型産業構造への転換を主張する潮流である(吉田敬一『転機に立つ中小企業』)。第3は、技術の地域化による地域の技術基盤形成を求めようとする戦略であり(関満博『空洞化をこえて』)、第4は、従来の誘致外来型から、全国ブランドの地域中核企業を形成しようとする戦略である(経済企画庁「空洞化の克服をめざして」)。
(参考)地域中小企業の地域経済論 small business・new and small firm
地域経済活性化の主役を地域中小企業に求め、21世紀を中小企業の時代と位置づける。その背景は、従来の大企業による大量生産・大量消費の「規模の利益」追求型システムが終焉し、新たな「範囲の経済」の到来にあり、さらに、地域中小企業を「価値ある労働の場」として再規定しようとする職業観・労働観の転換が生起しつつあるとする。例えば、1996年のILO第1回企業フォーラムで提起されたSYB(Start
Your Bisiness)独立・開業支援プログラム、IYB(Improve
Your Business)経営改善支援プログラム等がある。第3に、女性起業家が、新たな「範囲の経済」(ネットワーク)時代の主役となるという予測である。
しかし一方では、地域経済の諸矛盾が中小企業と労働者に集中的に転嫁され、グローバル国際競争の勝者をめざす大企業の再構築を、国民の80%を占める中小企業の淘汰によって遂行するなかで、コミュニテイーの基礎である地域産業の空洞化が進んでいる。農業においては、穀物自給率が1992年に30%を割って、世界111位という悲惨な事態となり、農業従事者平均年齢が44歳(1960年)から60歳(1995年)へと高齢化し、地域農業崩壊の危機がある。地域商店街は、1991年から94年にかけて、商店数・販売額が減少に入り、70%以上の商店街が空き店舗を抱え、地方主要都市では空き店舗率10%以上が3割に達し、逆に大型店舗の売場占有面積率は50%を越え、大規模小売店舗法は1998年に廃止され新たな規制緩和が推進されようとしている。
問:地域経済の崩壊を誘発した生産の海外移転と国際分業の構図をみて、その特徴を整 理してみよう。
図:国際分業・海外移転による国内生産機能の変容(出典:吉田敬一『産業構造の転換と中小企業』p5 ミネルヴァ書房 1999年)
問:従業員300 図:大企業への依存度強める地域経済(1991〜95年)
人以上の事業所が、全事業所(4人以上)に占める変化を地域別に見ると右図のようになる。ほとんどの地域でみられる特徴はなにか?
また、事業所の規模別にみると、規模が小さいほど落ち込みが激しくなっている原因を考えてみよう。
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(出典:経済企画庁『地域経済レポート'98』p24)
問:右のベン 図:ベンチャーキャピタルの日米比較
チャー・キャピタルの創業段階への企業への投資の日米比較をみて、その特徴を整理し、なぜそのような違いがでてくるのか、考えてみよう。
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(出典:経済企画庁『地域経済レポート'98』p101)
中小企業・地場産業分析の諸形態(参照)荒木國臣『日本絞り染織産業の研究』
(同時代社 1997年)
1,市場原理アプローチ 4,協同組合論アプローチ
1)競争・成長論
1)協同組合論
2)最適規模論
2)労働者協同組合論
3)産業組織論 5,計量分析アプローチ
2,システム・アプローチ
1)生産誘発関数
1)独占資本の支配ー収奪論
2)地域生産関数
2)二重構造論 6,保護育成アプローチ
3,地域経済論アプローチ 7,社会政策アプローチ
1)内発的発展論 8,原理論アプローチ
2)地域経済論
(自由と公共性)
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4,地域経済・地域づくりの歴史
日本の国土構造には、段階的な変遷パターーンがあり、国土構造の規定要因は、古代では自然的・人類史的な要因が大きく、中世以降は経済集積地を相互に結ぶ基幹ネットワークと、それを統括する国家システムの変容によるところが大きい。
つまり、律令国家成立以降の国土構造は、国家の中枢機能(政治的首都・経済的集積地)が、どの地帯で中心的な展開をみせたかで決まった。一方では、国土の主軸とは離れた独自の交易・通商圏を成立させた商業都市や、独自の政治圏を形成した都市(薩摩・長州・平泉)など国土の多様な展開も見られた。単に、政治の中枢(首都)のみではなく、多様な政治・文化の生成が、全体としての国土構造を決定する要因となっていることが分かる。
現代の太平洋沿岸ベルト地帯の第一国土軸も、明治以降わずか100年の一局面にすぎず、未来の日本の国土構造も大きく変容する可能性を持つ歴史的なものと考えるべきである。
図:気候区分と海流(『国土レポート’96』P212)
1)旧石器時代から古墳時代
(1)旧石器時代
旧石器時代(約50万年前から1万年前)の遺跡は、東日本と西日本の二つの石器文化圏に分けられる。東日本では、東北・北陸に硬質頁岩をタテはぎ技法によって加工した柳葉の形をした杉久保型ナイフが多く、西日本では、瀬戸内沿岸にサヌカイトをヨコはぎ技法によって加工した国府型ナイフが多い。
図:二つのナイフ型石器の分布
問:この2つの文化圏の成立した原因は何だろうか?
(2)縄文時代ー東日本中心の文化圏
縄文時代は、約1万3000年前の氷河期の終末による気候の温暖化を契機として、漁撈の海洋的性格の文化から始まり、約10万カ所の縄文遺跡は、土器の様式が前期から後期へかけて変化していった。貝塚は約4000発見され、太平洋内湾に多く分布している。遺跡数から、東日本が西日本に較べて人口は多かったと推測される。
図:土器様式からみた文化圏拡大
問:縄文時代は、狩猟採集経済が基盤であったが、必ずしも自給自足的な自己完結型 社会ではなかっといわれるが、それはなぜか?
図:貝塚の分布
縄文から弥生へのドラステックな転換 は、気候の温暖化と大陸からの文化伝播 にあった。国家組織が未成立な段階で、 人々は自然地理的な制約を受けざるを得 なかった。
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(3)弥生時代ー稲作の伝播による西日本文化圏の形成
弥生土器は、BC3世紀からAD3世紀の約600年間で製作され、弥生遺跡は本州・四国・九州に限られている。青銅器の分布は、銅剣・銅鉾文化圏(北九州〜四国)と銅鐸文化圏(河内・大和以北)で、東日本にはない。この時代は、生産力が上昇するなかで、集落から首長が現れ、集団間のバトルを経て有力な支配者が国家を形成し、政治的・軍事的な集権構造が整備されていく。
図:縄文から弥生期の地域傾斜・青銅器分布
(4)古墳時代ー地域独自文化圏の形成
3世紀から7世紀前半までに約15万基の古墳が製造された。大型古墳は、治水・利水で結合する地域権力をまとめる首長の墓であり、この地域集団を政治単位として、各地の上位地域政権が成立した。
地域独自の文化圏を結ぶ交流は、陸上交通網ではなく、海運交通網であり、それは方墳と渡来仏の分布が日本海沿岸に偏在していることによって証明される。
日本の最古の絹織物は、有田遺跡(福岡県前原町)であるが、古墳時代から日本海に「絹の道」が存在し、絹が国際交渉の下賜・献上の重要物品であったことを示す。渤海使(東満州・沿海州のツングース系の国)は、8世紀から10世紀にかけて35回来航しているが、その上陸地は北陸に集中し日本海沿岸が大陸のゲートウエイであったことを示す。
図:渤海使のルート
2)律令時代から安土・桃山時代まで
(1)律令時代ー奈良・京都への一極集中構造
4〜5世紀の大和政権は、奈良盆地の中で一代限りで首都を移動したが、飛鳥首都を経て、8世紀に唐の首都長安をモデルに大規模な城塞都市である平城宮(710〜784)をつくり、その後長岡京(784〜794)を経て、京都盆地の平安京(794〜1868)に遷都し、明治維新までの約1、100年間は、天皇の在所としての首都機能をもった。大和政権は、646年に大化改新の命令を発し、律・令による古代中央集権国家システムを構築する。律令体制は、日本最初の総合的な国土計画であり、政治中枢である奈良京都への一極集中的な国土構造が形成される。
図:律令体制の国土構造ー日本最初の総合的国土計画[奈良・京都への一極集中構造]
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朝廷
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(奈良 ・京都)
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直轄領
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国土七道編制
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軍事拠点
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(大和・山城・摂津 (東海・東山・北陸・南海 太宰府 鎮守府
河内・和泉) 西海・山陽・山陰) (北九州)(東北) |
都
市
配
置
政
策
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国分寺
国分尼寺
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官道6.400km
駅屋16km毎
駅馬(早馬) |
租
庸
調
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国府
(68)
国衛 |
| 国司 |
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伝馬・関所
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郡家
郡司
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郷
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1郷=50戸 |
| 4.000郷 畿内 348 |
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太平洋沿岸・第1国土軸
大路(山陽道)
中路(東海・東山) |
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関東 710 |
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戸
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北九州201 |
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小路(北陸・山陰・南海
西海) |
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(2)鎌倉時代ー鎌倉と京都の二元構造
律令体制下の奈良・京都への一極集中構造を打破したのは、荘園制の発展による律令制のゆらぎと地方支配の混乱に伴う武士団の成長である。御恩と奉公関係の主従関係を基礎とした源氏の東国政権の誕生は、公武二元構造を形成し、六波羅探題の設置によって武家二極構造へ移行し、さらに元弘の役を契機とする鎮西探題の設置によって武家三局構造へすすむ。このような国土構造の変化は、主として軍事的・国防的な要因により、全国的な物流ロジステックスも、京都軸一元システムから京都・鎌倉軸の公武二元システムへ転換した。
[京都・鎌倉二元構造]
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鎌倉幕府 |
東北 |
京都朝廷
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有力御家人 関東 北陸道は越後まで
中部まで 東山道は近江まで |
国 :守護(治安維持と警察権) 駅路の制
国司
荘園:地頭(年貢徴収)問丸(遠隔地商人国衛領
[鎌倉・京都・太宰府の三極構造] 1221年承久の変
1274・1281文永・弘安の役
↓
↓
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六波羅探題→京都朝廷
(朝廷監視) |
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鎮西探題
(九州警備と裁判権) |
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| 鎌倉幕府 |
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| (武家一元支配) |
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| 軍 事 優 先 道
路 |
政治動脈としての |
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幹線・東海道
山陽道 |
鎌倉街道 |
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中部御家人 ”いざ鎌倉!” |
(3)南北朝・室町時代ー京都のゆるやかな一極集中構造の復活
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室町幕府
近畿圏支配
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京都朝廷
南 朝
天皇二元体制
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鎌倉府
(関東東国支配)
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(任命) |
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下剋上 |
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守護
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荘園管理 守護大名 |
戦国大名
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(沖縄) |
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[守護請] |
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| 独占支配 守護領国制 |
北山 |
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尚氏による
琉球王国成立 |
商品経済の発展 |
中山 |
| 関所 南山 |
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| 関銭徴収 |
による抑圧 東南アジア
中継貿易 |
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振売り(行商人)
問丸→問屋(専門卸問屋)
馬借・車借(輸送業者)
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社寺参詣交通(熊野詣・伊勢詣・高野詣)
図:琉球王国交易ルート(『国土レポート'96』P223)
国土最南端の沖縄は、黒潮に
よる東アジア交易によって独自の琉球文化圏を形成した。琉球船は、明・朝鮮からジャワ・スマトラ・タイなどの広域アジア中継貿易を展開し、那覇は東アジアにおける重要交易市場として琉球王国の繁栄をもたらした。
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(4)戦国時代ー戦国大名による独立分散型国土構造
守護領国制の展開によって、幕府の全国的な支配力は衰退し、群雄割拠の分国構造になる。さらに在地「土豪」や「国人」層や宗教改革運動による民衆一揆(山城国一揆・加賀一向一揆など)、商人階級の成長による自由都市の形成(堺・博多)など、武士団以外の階層の自治的な運動が起こった。
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領国経済圏 |
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関所 警備
荷留 |
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他 国 |
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本城
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街道 |
支城
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宿駅 |
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城下町
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(重要拠点)
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戦闘態勢 |
家臣集住(戦闘員動員体制)
商工業者集住
自給自足体制(農業地域の権力上昇)
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図:戦国大名の勢力圏バトル(16世紀半ば)
なぜ中部圏の戦国大名がバトルに勝利したか、社会経済的な視点から論ぜよ。
(5)安土・桃山時代ー最後の近畿中心の国土構造
| ●織田信長の経済政策 @自由都市の自治権剥奪 |
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A「楽市・楽座」→座の特権廃止・市場独占廃止
B関所廃止 |
| C貨幣統一 |
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●豊臣秀吉の経済政策 @重要都市直轄(京都・大坂・堺・伏見・長崎)→大商人統制
A貨幣鋳造圏独占(佐渡・岩見金山、生野銀山の領有)
B領国直接支配権(検知・刀狩による知行制確立)
C集団指導制(五大老・五奉行)→失敗
D最初の国際化時代
・1543年鉄砲伝来→戦術革命
・南蛮貿易
・キリスト教伝来→文化摩擦
3)江戸時代ー全国藩領経済圏の再循環システムによる三都構造の形成
(1)三都藩領経済圏の三極構造
政治的には江戸一極構造となるが、経済的中枢は大坂にあり、伝統的権威(天皇)は京都にあるという三極構造となる。幕藩体制による独自の城下町建設は、非武力的な分権型社会が形成されたともいえる。
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江戸幕府
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天領
(直轄領 石高25.8%)
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大名領国配置260
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主要工業都市・港湾都市(大坂・堺・長崎)
鉱山領有→貨幣発行権独占 |
士農工商
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五街道(江戸中心 |
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大坂
(天下の台所)
商業都市
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京都
(伝統的権威)
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東海道・中山道・甲州街道
日光道中・奥州道中
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脇街道(支線 |
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図:五街道編制
(2)二つの貨幣経済圏
江戸時代の経済システムは、コメ本位経済と貨幣経済の二つのフレームワークからなり、武士の収入は基本的には年貢米で、消費は貨幣で決済する構造であった。しかし、商品経済の発展につれて、次第に貨幣経済が主流となった。
貨幣経済は、江戸を中心とする東日本の金経済圏と、大坂を中心とする銀経済圏があり、金経済圏は東北ー関東ー東海の太平洋沿岸地域に広がり、銀経済圏は近畿ー西日本ー日本海沿岸に広がっていた。江戸商圏では、名古屋商圏が伊勢湾ー南信に中規模経済圏を形成し、大坂商圏では京都・長崎の中規模経済圏が複合的に形成された。
交換関係は、コメー貨幣(金ー銀)の相互交換関係が成立しており、金・銀・銭の交換比率は固定制ではなく、時々の相場や地域・階層で変動する変動相場制であった。江戸期の変動相場制の熟達は、明治以降の貿易取引を軌道に乗せる条件をつくった。
図:江戸商圏と大阪商圏
4)明治維新から昭和(戦前)ー天皇中心の中央集権と強力な東京一極集中構造
(1)中央集権システムの形成 1868年五箇条の御誓文
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江戸→東京
(皇居)
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全国10ブロック
軍事単位(司令部)
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1868政体書
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太政官
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軍政治的支配 事 的 |
支
配
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行政的支配 |
版籍奉還
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知藩事 (廃藩置県)→ 府知事
(石高→家禄) 県令
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3府302県(1888年3府43県)
市町村15.859
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●近代システムの導入 流通自由化 株仲間特権廃止、関所・宿駅撤廃
貨幣統一 1871年新貨条例
郵便制度 飛脚廃止
近代教育 学制発布
●統一国家政策 北海道 1869年蝦夷地→北海道
開拓使設置→米国型大農場制度導入
函館・札幌・根室三県設置
1874年屯田兵制度
1886年北海道成立
琉球王国 両属関係(島津氏と清)廃止
1872年琉球藩設置(藩王)
1879年沖縄県成立
(2)大久保利通の河川管理型国土政策(結果的には失敗)
| 1868年 駅法改正 問屋場→伝馬所 |
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| 1869年 関所廃止 |
| 1872年 伝馬所・助郷制廃止 |
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1873年 大久保利通政府実権掌握(内務卿就任) 東北開発重視の
船運中心システムの交通運輸基盤強化→七大プロジェクト失敗
1884年野蒜築港失敗
1890年琵琶湖疎水・利根運河完成
(3)大隈重信・伊藤博文の鉄道・道路型国土政策(−成功)
●鉄道戦略 1872年 新橋ー横浜間開通→西南戦争の軍需物資輸送で評価
東京=関東戦略(高崎線・東北線・信越線・東海道線)
1893年 新潟線→日本海沿岸地域が大阪商圏から東京商圏編入
中央線→南信地域が名古屋商圏から東京商圏編入
●幹線道路戦略
1873年 河港道路修築規則 1/2/3等級制度廃止
府県庁所在地と鎮台(師団)所在地を結合する政治・ 軍事・経済の中枢幹線道道路
1919年 道路法改正 明治末期総延長46万kmに達す
(4)戦前の村づくり・まちづくり運動ー内発型運動から国家運動へ吸収
●地方産業運動
中心的リーダーである前田正名の『興業意見』は、地方固有の工業・特産奨励による地方在来工業と町村経済の独立による農工商の統一的発展を主張したが、のち内務省主導の地方改良運動へ吸収されていった。第1は、地方中小産業者結集による地方産業振興をはかる「実業団運動」であり、第2は、町村民協力による経済計画作成という初の内発型運動といわれる「町村是運動」である。このモデルは、星野長太郎(群馬・農協の原点)・羽田野鶴吉(京都・群是=グンゼ)へ影響を与えた。
●農村経済更正運動
明治期の「下からの」農村活性化運動は、篤農的な富裕農家による一定の自発的運動として展開された。第1に、稲作・養蚕特化農業から畜産・果樹複合経営への転換をめざし、第2に、農業資材自給と副業推進による農業多角化(藁加工・アンゴラ兎)をめざした。このモデルとしては京都府天田郡雲原村がある。これらの自発的運動は、1932年のいわゆる「救農議会」において、農林省経済更正部が設置され、官製の自力更正運動に吸収されていった。
●戦前の都市開発
最初の自発的都市計画は、都市社会主義である片山潜・阿部磯雄『都市社会主義』(1903年)等が、都市政策の最初の体系的提案である公益事業の市有化を主張したが、現実的な影響力はなかった。
次いで、都市革新官僚(後藤新平・関一・池田宏)を中心に、都市政策の本格的展開が始まり、1919年の都市計画法・市街地建築物法において、地方分権や大都市の特別市政導入・国税(地租・営業税)の自治体委譲による自治体の行政力強化が主張された。彼らは、調査研究を重視して社会局(部)設置をすすめ(例:大阪市社会局『労働調査報告』)、都市問題専門家養成機関を設置し(例:大阪商大 現大阪市大創設)、行政から独立した調査機関を設置(例:東京市政調査会
後藤新平『都市問題』1925年創刊)ながら、全国都市問題会議を開催して交流を図った。
(5)四大工業地帯の形成ー太平洋ベルト地帯の第一国土軸の基礎形成
●富国強兵・殖産興業
明治政府は、民間企業が未成熟であったため、幕末の幕府・諸藩が創出した機械制洋式工場を官収し、自ら模範工場を創設して急速な近代産業育成を図った。「殖産興業」政策の機関として、最初は工部省(1870年)が設立されたが、鉄道・鉱山に偏重して民間企業育成の観点はなく、明治6年の政変で権力を掌握した大久保利通が、内務省を設立し、新たな勧業政策を提起したが、大久保の死後、大隈重信の主導で創設された農商務省(1881年)によって殖産興業政策は転換し、誘導政策や同業組合制度が整備された。1880年に「工場払下概則」によって、官営工場の民間払下げが開始され、岩崎・三井・古河・浅野などの財閥化の契機となった。
図:官業払下げ状況
(出典:宇田川勝・中村青志『マテリアル日本経営史』p19
有斐閣 1999年)
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●産業革命
日本の産業革命は、日清戦争の準備期から日清・日露戦争期と一致し、軍事力強化の課題が国家財政・産業構造を決定した。臨時軍事費や一般会計の産業補助金も軍事目的優先で、鉄道・海運・造船を中心として軍事工業強化をもたらした。軍事支出によって誘発された財政危機を救ったのが、日清戦争賠償金による金本位制の確立で、日本は国際経済システムへの金融的結合を実現した。
国土政策では、1919年制定の都市計画法が、その後の日本の都市計画の基本戦略を提起し、同時に市街地建築物法が制定された。
●軍需景気
第1次大戦の軍需景気によって、財閥間競争は激化し、総合財閥であった三井・三菱・住友は重化学工業分野に進出し、後発の財閥(浅野・古河・鈴木・久原・大倉・川崎)も一斉に経営多角化路線を展開したが、1920年恐慌の爆発によって財閥間競争は帰趨を決し、三井・三菱・住友の3大財閥体制が確立した。こうして3大財閥を中心にしたコンチェルン組織が形成され、財閥本社の持株会社による日本経済の支配が形成されていく。
図:第1次大戦期の主要財閥のコンツエルン活動
(出典:宇田川勝・中村青志『マテリアル日本経営史』p51
有斐閣 1999年)
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●関東大震災
第1次大戦期の国土政策の基本を決めたのは、1923年の関東大震災(1923年)であり、この震災によって京浜地域の江戸的景観はほぼ消滅した。このなかで強力な遷都論が発生するが、山本権兵衛の「帝都復興」政策によって東京の復興政策が推進された。
●第2次大戦と最初の総合的国土計画
日中戦争勃発後、日本の軍需産業は急速に拡大し、特に航空機生産の生産方式は戦後の自動車工業の生産方式との関連で注目される。戦時体制への移行にともなう統制経済は、電力国管・企業整備など総力戦体制のなかで、企業の下請・系列関係が進んだ。
この期の国土政策は、満州国総務庁の『綜合立地計画策定要綱』に示唆を受けて、企画院とその後の内務省國土局が主導する日本最初の総合的国土計画の策定に踏み出した。1940年に制定された『国土計画設定要項』(企画院)は、日満支を含む総合戦時計画であり、防空システム(疎開体制)が包含された。1943年の『中央計画素案』・『同要綱案』(政府)は、日鮮台を対象とする戦時防衛動員計画であり、15年先を展望した工業配置と首都移転を含む大東亜共栄圏構想であった。つまり國土計画の基本戦略は、大東亜共栄圏と総力戦体制に向けた国家総動員体制という戦争国家システム構築にあった。
5)戦後の国土構造:安保体制と東京一極集中
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日本の国土政策の展開史 |
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(出典:竹内淳彦/井出策夫『日本経済地理読本(第6版)』(東洋経済新報社
1999年)
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●第一次全国総合開発計画(1962年)
拠点開発の波及効果による周辺開発を指向する集中型国土政策であり、戦後復興から高度成長期の企業の費用最小化のための臨海型コンビナートへの集中投資政策が遂行され、港湾建設と鉄道網にインフラ整備の重点を置いた太平洋ベルト構想が追求された。
図:拠点開発の論理(出典:宮本憲一『経済大国』小学館
1989年)
図:拠点開発の帰結(宮本憲一『経済大国』小学館
1989年)
一全総には、中部圏に関する計画はなく、中部圏開発整備法は成立していない。名古屋地区は「過密に陥らぬよう配慮しながら発展の進度に応じて必要な調整をおこなう地区」という中間的な表現で、明確な國土計画指針の対象地域とはならなかった。
●第二次全国総合開発計画(新全国総合開発計画
1969年)
過疎・過密の同時解決を目標とする二全総の基本戦略は、広域生活圏構想であり、大都市過密是正のための地方重化学工業拠点整備と工場の移転分散という、集中型国土政策から分散型国土政策への転換である。
大都市圏半径30〜50km・農村部半径20kmで構成される広域生活圏といわれる「規模と集積の利益」を最大化する巨大プロジェクト方式が採用される。この圏域構想は、次記のような図式となるが、環境破壊の激化と地域の自立的発展の喪失をもたらし、住民運動の爆発によって大規模開発プロジェクトは挫折し、苫小牧東部・むつ小川原においては、荒廃した工業用地が残り、過疎と過密はますます進んだ。
図:新全総の圏域構想(出典:下河辺淳『資料新全国総合開発計画』至誠堂
1971年)
中部圏域に関しては、太平洋側は「工業集積に対応する都市整備」であり、北陸は「基礎資源型工業と都市型工業、高生産農業の基盤整備」とされ、中部内陸は「精密機械工業と園芸基盤整備」を重点としたが、中部圏開発整備法では中部圏一体化構想はない。
●第三次全国総合開発計画(1977年)
従来の巨大工業化と國土の効率的な分業指向から、一定の社会改良主義的な転換をめざした「定住圏」構想を打ち出した。公共投資における生活基盤投資と産業基盤投資の時系列的な変化をみると、1960年代は生活関連が一貫して低下しているが、1970年代以降上昇し、その後は平原状態が続いている。高度成長によって誘発された所得格差や生活環境を公共資本によって縮小しようという問題意識が現れている。これは、産業政策における産業集積政策を、特定産業の移転分散型振興政策から、知識集約型の立地集積政策へと転換する戦略と一致している。 しかし、大都市の膨張は止まらず、三全総までの国土政策は、目標と計画期間の両面で全てにおいて未達成に終わり、国際中枢管理機能の集中するグローバル・シテイとなった東京圏経済の一極集中が深化した。
図:生活環境投資/産業基盤投資
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(出典:真継隆・牧戸孝郎・奥野信宏『国際化と地域経済』p23 名古屋大学出版会
1990年)
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図:東京圏の対全国シェア(出典:宮本憲一『地域経済学』p243
有斐閣 1990年)
三全総では地域別計画はなかったが、名古屋圏を「過密問題の発生の予防に十分配慮しつつ、文化など広域的な中枢管理機能の高度化を求める」とし、北陸は「太平洋沿岸への依存から脱却して、独自の発展の経路を求める必要がある」とされて、従来型の中部圏一体化構想を大きく転換した。
●第四次全国総合開発計画(1987年)
四全総は、定住圏を基礎とする交流ネットワーク構想によって、多極型国土形成をめざし、都市型産業活性化と内発型産業によって地域経済の自立を実現しようとする。
図:ブロック間交流ネットワークのモデル(宮本憲一『地域経済学』p246
有斐閣 1990年)
四全総に規定された中部圏計画の画期的な点は、第1に、名古屋圏が東京・大阪と初めて同列に扱われ、「世界的水準の研究開発機能の集積、情報機能の拡充、国際交流機能等の充実を図り、産業技術の中枢圏域を形成する」とした点である。第2は、北陸を「地域の総合力強化によって三大都市圏からの自律性を確保しつつ、その近接性を確保することが課題である」として、中部からの独立宣言をしたことにある。北陸は日本海軸・東海は太平洋軸に編制され、中部内陸はそれをつなぐ第3軸となった。こうして中部圏開発整備法の基本理念は、基本的に転換した。四全総によって、日本の国土と地域をめぐってどのような問題が誘発されたであろうか?
(1)第一国土軸への人口集中過程(〜1980年)
第一国土軸(太平洋ベルト地帯)への人口集中は、明治期に始まって戦後に本格化した。第一国土軸への人口転入圧力が最強であったのは1960年代であり、1970年代に入ると転入数は減少傾向をみせ、1970年代後半になると転出入はほぼバランスをとる。第1国土軸には大都市が分布し、人口集中(DID)地区の人口比率が高く、4人に3人が集中地区に居住している。
図:第1国土軸の人口比・人口集中地区在住者比率の推移
1960年代から70年代の第一国土軸への人口集中は、戦後経済復興と高度成長の中枢地域になったことにあり、重化学工業出荷額の80%を占め、新規立地も50%が集中するという工業生産機能の偏位にある。第2に、交通基盤整備による東京圏ー名古屋圏ー大阪圏の大規模集積地の連結(1964年東海道新幹線・1969年東名高速道路)によって、高密度の地域間結合が形成されたことにある。軸内部において、東京圏以外からの東京への人口集中が進み、特に関西圏の人口求心力は喪失した。
図:第1国土軸の総生産比率と工業製品出荷額比率
第1国土軸と他の地域の相互依存関係を地域産業連関表によってみると、他の地域は生産面で3大都市圏に依存し、水や資源・エネルギーでは3大都市圏が他の地域から遠距離広域の供給を受けるライフライン関連での依存性が高いことが分かる。
図:地域産業連関表による三大ブロックと他地域の生産依存構造
図:エネルギー供給の遠距離化(首都圏)
(2)東京一極集中の深化
1980年代に入り、再度の東京一極集中が開始される。この背景には、経済のソフト化・サービス化・情報化・グローバル化という新たなトレンドによって、東京がニューヨーク・ロンドン・パリと並ぶ世界都市に変容していったことにある。このなかで、第1国土軸内部の不均衡がすすみ、関西圏・名古屋圏の相対的停滞がもたらされ、さらに供給面の関東依存度が上昇し(除く東北ブロック)、近畿ブロックは全地域への生産力の影響度を低下させた。
図:東京一極集中の現状
(3)東京一極集中の問題点
第1は、第1国土軸から離れた地域(北東・西南・日本海沿岸)の人口減少・高齢化の著しい進行、基幹産業である農業への若年新規参入者の減少、製造業における国際競争力低下や量産型工場の海外移転に伴う空洞化である。第2は、自然の量的減少と質的悪化に伴う景観喪失や地域文化の衰退であり、第3に、3大ブロック圏における過集積による過密・都市環境危機の深化である。全体として、経済力と生活の豊かさの著しい乖離・災害への脆弱性・地域文化の衰弱など国土全体の総合的な危機がもたらされた。
図:高齢者人口分布と農業従事者若年層の減少
6)『21世紀の国土のグランドデザイン』(国土審議会計画部会 平成7年12月)
1998年に策定された全国総合開発計画は、第5次ではなく「新しい全総」として、21世紀の基本構想を提起し、その基本コンセプトは「参加と連携」であり、自然居住地域・大都市リノベーション・地域連携軸・広域国際交流圏構築によって、新たな国土軸と多様な地域連携軸の形成による多軸型国土構造への転換をめざすとしている。
しかしこの新・全総は、新たなコンセプトである「参加と連携」の具体的方法論が明確
ではなく、多軸型国土への転換自身が 図:新たな国土軸のイメージ
膨大な公共事業を伴う従来型開発戦略を継承し、4全総まで追求された「生活圏構想」・「テクノポリス構想」と「リゾート構想」などの総括がなされないまま提起されている。また、地域経済の危機を克服する自立型発展の財政的基盤についても新自由主義的地方分権とセットになっている。
新たな中央ー地方の都市関係は、3層型の水平的ネットワークとして構想されているが、現実に世界都市として機能している東京の一極性がますます深化する方向へ向かう可能性があり、生活関連型公共事業や分権型地方自治における住民主導原理についても、明確に規定していない。
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図:産業・文化集積・交流軸のイメージ
図:四国土軸の展望(出典:国土庁『21世紀国土のグランドデザイン』p39
時事通信社 1999年)
図:都市間階層構造の水平型ネットワークへの転換イメージ(出典:同上書p64)
図:5全総の主な整備計画・プロジェクト
| 五全総の具体的な問題は、第1に、従来型大規模プロジェクトを開発の基軸とする戦略から基本的に脱皮しえていないことにある。長大橋・ダム・河口堰などに対する財政破綻の従来型開発に対する国民意識の批判的な成熟を踏まえた政策提起が求められる。第2は、メイン戦略である多軸型地域連携国土軸構想の具体的な展開が、交通通信圏整備計画にあり、住民生活に密着した生活道・作業道整備を後景に置いている点にある。第3は、地域整備の重点が「中枢拠点都市圏」形成を展望する広域行政圏の促進政策にあり、分権型地方自治の原理的なあり方との矛盾をもたらすことにある。第4は、農山村地域を「多自然居住地域」とする戦略が、市場原理的な振興政策によって実現されようとする点にある。食糧の安定供給や国土保全という中山間地域政策の公共性が問われる。第5は、大競争時代における「広域国際交流圏」構想を中枢拠点都市と一致させる配置が、地域不均 |
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(出典:中嶋信『転換期の地域づくり』p28 ナカニシヤ出版
1999年)
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等性を逆に増幅させる可能性がある。第6に、開発手法における「参加と連携」方式の問題であり、従来の行政主導型の手法から、ソフトなスタイルによって住民の自発性・内発性を吸収する方向を打ち出しながら、審議会・公聴会方式の限界を超える住民投票などの直接民主制の制度化には触れない限界がある。さらに國土計画の基軸戦略を「国土軸」に置く発想自体が、誘致外来型開発戦略から脱皮しえない限界をもたらしている。
全国各地から提案 図:各地域の国土軸提案
された「新たな国土軸」と「地域連携軸をみると、過疎現象が進行している地域であり、従来の高速道路・高速鉄道・空路開発による誘致外来型戦略のリフレインの傾向が強い。国家の財政誘導による巨大プロジェクトの経済誘発効果を期待する戦略によって、膨大な地域財政の危機を誘発した歴史的な経験を再び繰り返す可能性がある。
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(出典:愛知県『あいちレポート’95』p232
平成7年)
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大規模プロジェクトによる誘発効果を計量分析的にみると、地域生活の豊かさを「所得(Y)の増大」にあるとする地域の豊かさ指標(W)はつぎのようになり、WはYの増加関数となる。
W=f(Y)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
ところがYの上昇という単一目標は、環境問題をもたらして環境水準(E)を悪化させた。
WはEの増加関数であるが、Y↑はE↓を誘発し、Wを低下させた。
W=f(Y、E)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
地域福祉関数を(1)におくか、(2)におくかの価値闘争が誘発するが、現実には環境水準が一定の限界(E0)を上回っている(3)の状態である限り、(2)式を考慮しながらも(1)式を事実上採用するという方向に帰結した(昭和30年代)。
E≧E0・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
ところがその過程で、Y↑⇒E↓がますます進行して(3)式は実現されない事態となり、また所得水準Yの上昇によって一定の生活水準を実現するY0を上回るようになって、E0水準が高度化していった側面も生まれた。
Y≧Y0・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
(2)の地域福祉関数は単純化されたモデルであり、現実には錯綜した変数の組み合わせとなるが、全総のWは「総合的居住環境」であり、その変数を「自然環境」・「生活環境」「生産環境」に置いている。ところが総理府の『社会生活指標』では、「自然環境・人口世帯・経済基盤・財政・教育・医療・健康・労働・家計・居住環境・社会保障・文化スポーツ・安全」の大項目が置かれ、Wの変数は極めて多岐に渡っている。さらに経済企画庁国民生活局の「新国民生活指標PLI」(People's
Lief Indicators)では、生活の豊かさをGDPや所得など貨幣的な指標ではなく、非貨幣的な指標を中心に多面的にとらえようとする。
PLIの8領域
・住む(住居・住環境・治安)
・費やす(収入・支出・資産・消費)
・働く(賃金・労働時間・就業機会・労働環境)
・育てる(育児・教育支出・教育施設・進学率)
・癒す(医療・保険・福祉)
・遊ぶ(休暇・余暇施設・余暇支出)
・学ぶ(大学・生涯学習施設・文化施設・学習時間)
・交わる(婚姻・地域交流・社会活動)
PLI8領域の4つの評価軸を社会尺度でなく個人尺度で設定する
・安全、安心(個人の基本軸)
・公正(格差解消・易しさ度)
・自由(選択幅)
・快適(気持ち)
これらの諸変数は、住民主導によって何らかの優先関係の合意を成立させることが重要となるが、全総のW変数の優先順位は、明らかに「生産環境」>「生活環境」>「自然環境」に置かれ、この結果E↓が限界に直面してきたのである。
こうして今や、全国総合開発計画方式自体への原理的な再検討が問われ(参照:大西隆・佐々木雅幸・永井進・宮本憲一・中村剛治郎「21世紀への國土計画を展望する」岩波書店『環境と公害』Vol.26
No.1所収)、昭和25年制定の現行国土総合開発法の工業開発のフィジカル・プラン戦略の歴史的使命は終えたとも云われる。それは、第1にグローバリゼーションに対応し得ない一国的計画の限界であり、グローバルなアジア環境基本計画とアジアの内発的発展を組み込んだモデルが求められている。開発指向型のアジア諸国は、常に日本型モデルを適用しながら戦略を構築してきたが、日本自身が先駆的なフロント・プランを提起しなければ、アジアの回復不可能な不可逆的な損失を招く恐れがある。 第2に、分権化時代に対応し得ない国家主導型計画の限界がある。これは、NGOやNPOが計画策定に参加する参加型分権社会を制度化することにある。多極分散型の国土構造を行政権の地域移転によって内発的に進めようとする方向にとっては、「國土計画」自体が障害となる恐れがある。現行の国土審議会の構成をみると、政治家と元高級官僚を頂点に置いた垂直型ピラミッド構造をなしており、NPO・NGOや女性・青年などの参加は保障されていない。
第3に、環境保全時代に対応し得ない開発主義の限界である。国土理念を、開発工業化からサステイナブル・デイベロップメントによる分権型福祉社会に切り替える原理的な転換が求められている。中山間地の絶望的な危機は、市場原理への規制なくして乗り越えられないところにきており、沖縄基地問題の抜本的解決やバブル崩壊をもたらした金融資本の規制問題など戦後日本の社会・経済システムのすぐれてポリテイカルな政策問題とも連動している。
図:国土審議会委員構成1995-1997(出典:矢田俊文「アジアの時代における日本の国土構想」経済地理学会『経済地理学年報』42ー4
1996年 p263)
5,愛知県の地域政策展開史
1)戦前期愛知県の地域経済構造
グローバリゼーションと地方の時代が同時進行するなかで、名古屋を中心とする愛知県経済は、いままで「閉鎖性」「排他性」が強く退嬰的な傾向があるといわれてきた。このような風土がもしあるとすれば、どのような背景で形成されてきたのか? 愛知県経済の21世紀を切り開く展望を考える場合に、前近代期から蓄積されてきた独自の固有の条件を無視することはできない。幕末から明治期を経て戦前期の愛知県経済の発展過程のなかに、その答えを見いだすことができるだろうか?
幕藩体制の経済基盤は農業であり、尾張藩は木曽川水系を中心に般若用水・木津用水・宮田用水を造成し、入鹿村を水没させて入鹿池を築造した。木曽・長良・揖斐の木曽三川の治水事業は、宝暦の薩摩藩御手伝普請の他延べ70大名を動員したビッグプロジェクトを背景に、新田開発が各地で推進された。
経済のロジステックス動脈である交通網の整備も推進され、1601年の東海道宿駅制度・姫街道・岡崎街道・美濃街道・佐屋街道・伊勢街道の幹線道の他に、飯田街道・伊那街道・下街道・塩付街道などの陸上ルートとともに、内海千石舟・野間塩舟などの海上廻船業も発達した。
農業以外の伝統産業も、15世紀末から三河木綿、18世紀後半から尾西・一宮の綿織物・縞木綿が問屋制家内工業として発達し、19世紀後半には有松絞も最盛期を迎える。陶磁器も鎌倉期以降から「瀬戸焼」「常滑焼」が生産され、「三州瓦」が衣浦地域で生産されて江戸に出荷した。これらの地場産品のマーケッテイングを支配したのが、清洲越商人・駿河越し商人と云われた名古屋商人であり、尾張藩御用達を務めた「三家衆」といわれる関戸・内田・伊藤次郎左衛門(のち松坂屋)や、岡谷惣助家(のち岡谷鋼機)・小出庄兵衛家(のち丸栄百貨店)などの特権商人である。
明治期になると、神野金之助(名古屋電気鉄道)・滝兵右衛門(滝兵)・豊田佐吉・森村市左衛門(日本陶器)・大隅栄一(大隅鉄工)・鈴木政吉(鈴木バイオリン)などの新たな企業家が登場し、名古屋経済界の中枢を形成した。名古屋財界の特質は、岩崎弥太郎のような中央権力と密着したタイプがほとんど出現せず、中部経済圏にとどまった点にある。明治期の中部財界は、清洲越商人を中心とした土着派・名古屋近郊の新興商人である近在派・士族から成功した外様派という三系流があり、激しい抗争を展開した。
大正期には、繊維産業が急 図:明治期の中部財界(出典:『中部産業百年史』p82日本経済新聞社)
速に発達し、航空機・鉄鋼・造船・合板などの新産業が起ち上がった。豊田を始めとする新興財閥も出現したが、大戦景気の終焉のなかで大不況期を迎える。昭和恐慌期にかけて銀行業界が直撃を受け、名古屋に本店を置く普通銀行として生き残ったのは、愛知銀行・名古屋銀行・伊藤銀行の3行だけであった。
このような名古屋を中心とした産業・財界の展開を、工場の存在形態に焦点を当てて考えてみる。 |
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明治前期の愛知県の重要工芸作物は、実綿であり、1877年(明治10年)では、全国実綿生産の16%・県内農産額の12%を占め、コメに次ぐ位置にあり、特に西三河3郡(碧海・幡豆・額田)が主要な生産地域であった。
1878年(明治11年)頃から矢作川の水力を利用した水車紡績・船紡績(ガラ紡)が発達し、1881年(明治14年)に額田郡大平村に西洋式の官営愛知紡績所が設立され、西三河は一大綿糸産地となり、1883年(明治17年)の西三河綿糸生産量は全国の20%を占めた。西三河の綿作・綿紡に対し、養蚕・製糸は尾北(丹羽・葉栗郡)に集中し、県内で近世の蚕糸産地は尾北だけである(『興業意見』参照)。養蚕・製糸は全国の1%を占めるに過ぎなかったが、1981年(明治14年)〜1896年(明治29年)には15.3倍に拡大して府県別第10位にランクする生産力上昇がみられた。
1883年(明治17年)の県統計書に記載されている106工場の70%は、製糸場であり、最大工場は渥美郡の細谷製糸場(朝倉仁右衛門)であり、渥美地域では専業的工場形態が発生したことが分かる。
綿紡は、1885年(明治19年) 図:農産額構成比 1877年(明治10年)
| の統計書では、愛知紡績所(篠田直方)と名古屋紡績(413人)とその後設立された尾張紡績(738人)があり、大規模近代工場の先駆的な工場であった。繊維以外では、24工場があり、陶器・製茶・煉瓦の他に、新たな工業として燐寸・石鹸がある。続いて靴・新聞印刷・セメント・時計工場が出現するが、近代的な金属・機械工場は成立していない。次いで日清戦争後の工場分布をみると、1896年(明治29年)と1901年(明治34年)の統計書では、工場数・職工数とも製糸場がトップにあり、50%以上が蒸気機関を原動機として使用し、名古屋製糸場(三井物産 西春日井郡金城村)と三龍社(田口百三 額田郡三島村)が尾張・三河の大製糸場として覇を競った。織物工場は、1901年(明治34年)にトップにきたが、最大の工場は愛知物産組であり、愛知織物・金城織物・名古屋製織の4工場が名古屋に立地した。この段階では、井桁商会(豊田佐吉)の動力機製造が始まったばかりで織物工場の動力化は進んでいない。 |
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(出典:梶川勇作「明治期の愛知県における工場分布の変遷」『経済地理学年報』15ー2
1969年)
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図:工場職工数の変化 単位:人 1896(明治29年)・1911年(明治44年)職工10人以上
近代的綿糸紡績工場は、名古屋紡績・尾張紡績・三重紡績愛知分工場・津島紡績があり、その後一宮紡績・知多紡績などの大規模綿紡工場が尾張に立地し、矢作川沿岸の水車式船紡績は競争に敗れていく。
醸造工場は、知多郡に集中し80戸の酒造業と120戸の味噌醤油業があり最盛期を迎えていた。陶磁器工場は、東春日井郡瀬戸町に35戸・海東郡宝村に七宝焼の14工場が集中しているが、明治以前の創業が多く小規模で動力化はしていない。燐寸工場は名古屋市に集中し、職工の60%が女子で動力化はしていない。時計工場は全て男子で、蒸気機関を使用した。燐寸工業は、北清事変による輸出途絶と阪神商人の投げ売りの競争に敗れ、時計工場も衰退する。 時計以外の機械製造工場は、日本車輌(奥田正香)が近代的機械工場の最初として注目されるが全体としては少数であり、知多郡亀崎鉄工と日本車輌の株式会社及び井桁商会の合名会社を除いて、すべて個人経営であった。
日露戦争以降の工場の分布 図:繊維工場の分布 1911年(明治44年)職工50人以上
を1905年(明治38年)の勧業年報と1911年(明治44年)の県統計書でみると、製糸がトップであることは変化がないが、尾張と三河の生糸生産量が6:4から2:8に逆転し、大規模製糸場は尾張に立地して、東三河の製糸業で玉糸生産量が全国の30%に達している点に特色がある。
職工数は、綿紡績を抜いて織物工場が第2位となり、原動機使用率が7%から46%へ急増している。特に白木綿地域である知多郡の動力化率は87%に達している。
時計以外の金属・機械工場は、1898年(明治38年)
創業の大隅麺機商会が日露戦 |
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争期に工作機に進出し、将来の大隅鉄工に発展する基礎をつくった。1904年(明治37年)に東京砲兵廠熱田兵器製造所が設立されて、名古屋の軍需工業の先駆となった。1907年(明治40年)創業の豊田式織機は、日本車輌に次ぐ機械工場となり、また1911年(明治43年)に岡本松造が愛知郡御器所村に機械制自転車製造を始めている。
陶磁器製造業は、1904年(明治37年)の日本陶器が愛知郡中村則武へ立地され、大規模機械生産の先駆となり、その後輸出向硬質陶磁器工場が次々と立地した。1898年(明治31年)の煙草専売法以降、豊橋中心に専売局委託工場が設立された。
明治末期の愛知県産業構造は、尾西が織物、尾北と西三河が製糸・織物、東三河が製糸に著しく特化した偏倚構造であり、名古屋地域にのみ多様な工場集積がみられる。明治末期の職工数は名古屋市を除いた愛知県で207%に増加しているが、名古屋では61%にとどまっている。つまり、この期の戦略産業である製糸業が原料の関係で、名古屋市にほとんど立地しなかったからである。 その後の愛知県工業が、東京や大阪に較べて高度化しなかった背景には、関連工業の誘発効果が少ない製糸業に特化していった構造にある。
図:職工数別製糸場数と生糸種類別構成 1911年(明治44年)
2)戦後期愛知県の地域経済構造
●戦後愛知県工業構造
敗戦後の財閥解体を回避するために、トヨタ・グループは1945年(昭和20年)に豊田製鋼・トヨタ車体・豊田工機の社名を、それぞれ愛知製鋼・刈谷車体・刈谷工機に改めたが、1946年(昭和21年)にトヨタ自動車工業が三井関係として指定され、豊田産業が解体されて商事部門のみが日新通商(のち豊田通商)として再編成された。過度経済力集中排除法適用を受けた企業は、岡本工業・トヨタ・大隅鉄工・ワシノ製機・豊和工業・日本碍子・日本陶器・東洋陶器・日本車輌などの製造主力メーカーであり、賠償撤去の対象として航空機関係35工場・工作機械9工場中心に、35社・53工場にのぼった。 1950年(昭和25年)の朝鮮戦争による米軍関係特需によって滞貨は一掃され、繊維・自動車産業の復興が始まる。GHQによる紡績設備制限撤廃と特需景気が重なり、1956年(昭和31年)の綿紡績設備は中部3県で全国シェアー30%を越え、中心産地は大阪から中部へ移行した。トヨタ自工も特需(4、675台)と警察予備隊(950台)で一気に業績を回復する。1954年(昭和29年)に導入されたスーパーマーケット方式(適時・適量による中間在庫の排除)によって量産体制を確立する。しかし、陶磁器関係は中小企業安定法の過当競争規制を受け、一斉に米国市場に殺到するが、米国の規制によって輸出承認制(1952年)と価格調整(1953年)が実施された。
1960年代の愛知県の経済成長は、国の平均水準を遙かに上回って、
名目県民所得4.9倍(国4.5倍)・年平均実質成長率 15.1%(国11.3%)・特定工場立地件数 487件(全国第1位 62ー70年)となり、人口集中は421万人(60年)→539万人(70年)→617万人(79年)と拡大したが、石油ショック後社会増はマイナスへ転じ、自然増は低下傾向に入った。
産業別就業人口は、第1次産業6.7%(75年)・第2次産業は42.4%(80年)で全国平均(33.5%)よりなお高く、第3次産業
52.1%(80年)においては中枢管理機能集積度が極端に低い。産業構成では、生活関連型地場産業(繊維・窯業)が著しく低下し、逆に輸送機械が急上昇して工業出荷額は大阪府を抜いて全国1位になった。一方先進的な農業地域が形成され、農業生産額は全国8位を示し、特に渥美・安城の園芸、畜産などが目立っている。地域構造の変容をみると、都市型土地利用が進み、特に西三河地区の都市化や名古屋のドーナツ化・スプロール化・混住社会化が進展して、自動車依存型の有数のクルマ社会が形成された。階級構造をみると、労働力人口は農漁民層の分解が進み(25.7%→
6.6% )、労働者階級は52.5%→67.6%へと上昇したが、生産的労働者層の比重が高く、資本家階級も増大して(2.5%→
6%)、中間層の両極分解が進んだことが分かる。
図:愛知県の階級構造(出典:安藤慶一郎『地域の社会学』p284
税務経理協会 昭和54年)
政治構造は、全国的には大都市部で保守党派が減退して中間政党・革新党派が伸張するなかで、愛知県では都市型政党が低位で大都市型の特徴を示していない。この要因は、依然として全国有数の農業県であり、農村部からの自動車産業労働者流入が労働力の質と労務管理のあり方を規定していること、さらには労働組織分野において中間主義的な勢力が指導権を掌握していることなどが考えられる。
1950年から1975年の高度成長期を挟んだ愛知県の労働組織の特徴は、公務と製造業の組織率が全国平均を上回っていながら、全国組織への結集率が低く単位組織への加入にとどまっていること、左派系組合への加入率が相対的に低いこと、さらに産業構造を反映した地域的な不均等性がみられることなどである。
図:中京3県の人口分布
図:中京の工業分布
(出典:東洋経済新報社『地域経済総覧1998年』)
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(出典:『工業統計表』1998年)
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| 図:豊田市の自動車工業分布 |
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(出典:日刊工業新聞社『全国工場通覧』)
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表:愛知県主要製造業の動向
表:愛知県社会諸階級の構造変化と政治状況
表:愛知県議選の動向
図:愛知県の主要労働組織構成比・地域別労働組合員数推移
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(出典:安藤慶一郎『地域の社会学』p290 税務経理協会
昭和54年)
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●戦後愛知県農業構造
東海3県の総生産額に占める農業の割合は、1.3%(全国2.5%)で、愛知県は1.0%であり、就業人口でみると東海は5.4%(全国8.0%)で極めて低下している。農地を農地以外に転用させる農地転用率は、0.89(全国0.48)で極めて高い。東海3県の総農家戸数は34万4千戸(62年)で全国の8%を占めているが、専業農家よりも第2種兼業農家の割合が86%と高く、恒常的な勤務が74%(全国71%)と高い。
つまり東海は、産業全体に占める農業のウエイトが低い割には、地元での就業機会に恵まれて農家人口自体は多くなっている。農家経済でみると、農家一戸当たり所得は711万円(全国550万円
61年度)で90%は農業外所得である。
農業生産は、6843億円で全国の6%にあたり、施設型園芸の発達によりコメの割合が低く、畜産・野菜・花卉の比重が高い(参照:真継他『国際化と地域経済』名古屋大学出版会)。
図:農業転用率の推移 図:農家所得とその構成
3)「愛知県地方計画」展開史
図:愛知県地方計画の推移と特徴
(出典:山崎丈夫「名古屋圏開発と地域自治」岐阜経済大学『地域経済14』1994年所収)
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(1)1950年代=1958年「第1次愛知県地方計画」
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1958年[第1次愛知県地方計画] 1958〜1965年
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1950年の国土総合開発法の資源開発を軸とする地域開発のなかで策定され、重化学工業化を推進する名古屋南部臨海部開発に重点を置き、工業用地造成・製鉄所誘致による「大愛知主義」を掲げた。開発方式も、全国的な拠点開発方式に添って推進され、工業出荷額全国一位の基礎をつくりだした時期である。
この計画の特質は、第1に全県域・全分野を対象とした全国初の総合的長期計画であり、第2に中部経済圏構想広域計画の核として中京工業地帯(名古屋南部臨海部)の重化学工業化(製鉄所誘致)をめざし、第3に水資源開発や農地の工業用地に対する2倍化計画など農業振興も一定重視しつつ、第4に行政合理化計画における愛知県のリーダーシップを確認している等、1950年代県政の到達点を示している。
(2)1960年代〜70年代初頭=1962年「第2次愛知県新地方計画」
1970年「第3次愛知県地方計画」
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1962年[第2次愛知県新地方計画]1962〜1970年
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第2次計画の基本は、国の太平洋ベルト地帯形成構想(1958年)と国民所得倍増計画(1960年)に添って、大都市周辺部のコンビナート育成による重化学工業化を推進する高度成長プランにある。
第1は、先行投資による拠点開発重点戦略を、「三内陸・三臨海」(名古屋南部・西部=小牧・春日井、衣浦=豊田・刈谷、東三河=豊橋・豊川)に置き、全総の臨海コンビナート造成による素材型重化学工業誘致戦略に対して、愛知戦略は内陸部開発と連結しようとした点に独自性があった
第2は、「中京広域都市圏構想」が、伊勢湾台風復旧過程での中部三県協力のなかで、中部財界と連携する三県統合運動へ発展する総合開発協力体制に発展したことにある。特に、東三河は政府の工業整備特別地区の指定を受けて、工業開発を軌道に乗せ、計画期間中の愛知県に立地された大規模特定工場の累積土地件数は、487件と圧倒的な集積実績を示した。第3に、市町村を包摂する推進方式が、自治省の広域市町村圏構想の先駆的モデルとして評価され、特に短期実施計画・地域区分計画・地区協議会による広域計画の策定などが注目された。
このような県計画の背景にあるのが、中部経済連合会と愛知県・名古屋市のトライアングル構造であり、これを象徴したのが中部圏開発整備法をめぐる経過である。全国総合開発計画に基づいて策定された地域計画法に当初中部圏は入っていなかったが、国連調査団のワイズマン報告を受けて強力な要請を行い、政府提案ではなく議員提案として可決されたという経緯を持つ。従って、首都圏・近畿圏の国土庁主体の施策に対比して、地元主導性と財政の地元負担が強くなった。
図:中部圏基本開発整備計画の策定過程(出典:日本計画行政学会『21世紀の中部圏』p13
中日新聞社 1995年)
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1970年[第3次愛知県地方計画]1970〜1985年
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第3次計画は、第1に広域交通網整備(名古屋・豊橋中心の30分圏・1時間圏の拡大)と県内2時間交通網計画・伊勢湾環状都市構想という広域交通ネットワークの整備に置かれた。第2に従来の3地域区分から西三河地域を名古屋大都市圏に編入する2地域区分に再編され、トヨタと愛知県の連携構造を象徴することとなった(トヨタの県内10工場地の60%が愛知県企業局からの取得であった)。第3に、県政批判を考慮した一定の合意形成システムの導入や、生活・社会保障・教育項目の重視など妥協的な内容も盛り込まれたが、1973年の石油危機と地方財政危機の深化によって第3次計画は早々と挫折した。
(3)1970年代〜80年代
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1976年[第4次愛知県地方計画1976−1985]
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第4次計画の基本は、地方財政危機のもとで、従来の開発型路線を一定修正して県民の生活要求を再吸収する参加型の地域生活圏形成をめざしたが、この発想は国の第3次全総における定住圏構想の先駆的なモデルともなった。第1に、2000年の愛知イメージを構想し、中枢管理機能(情報・流通)強化政策による「名古屋圏の都市環境整備」を推進し、第2に、知識集約型型産業の誘導政策によって、流域生活圏とライフステージ構想をうちだした。 こうして保守支配システムの再構築をめざしたが、不況とオリンピック招致失敗はこの路線を再び経済活力論による従来型開発路線へと逆転させることとなった。
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1982年[第5次愛知県地方計画]1982〜1990年
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第5次計画は、経済活力論による5.3%の成長率を想定し、戦略産業を先端産業の育成と内陸工業用地の確保に設定した。計画の基本的な戦略は、高度技術都市帯による東海環状ベルト形成にあり、この方向は基本的に現時点においても継承されている。 この構想の具体的な戦略は、自動車産業に特化した産業構造から脱皮し、自動車と電子産業を結ぶメカトロニクス産業の構築にある。第1に、産業基盤優先型開発思想の復活に繋がる「環伊勢湾都市構想」であり、第2は、中枢管理機能基盤整備による頭脳集約型産業ゾーン形成と東海環状テクノベルト構想をめざす。第3は、県土多軸構造化の構築による四国道放射軸・三主要環状軸・新国際空港建設による広域交通圏形成である。第4は、流域圏と定住圏構想である。 最大の問題は、具体的な事業計画と財政計画が未確定なまま(提示不能?)策定され、財政基盤を行財政改革・民活戦略という自助主義においている点にある。
1982年から再開された内陸工業用地造成は、結果的にはトヨタ系列の輸送機器産業に傾斜し、先端産業育成は自動車産業の先端化が先行して、トヨタ関連への地域経済の依存構造はますます深化していった。
1980年代の東海 図:ブロック別にみた1人当たり投資係数
経済を投資係数の全国比でみると右図のようになり、産業基盤投資では近畿・東京都と並んでいるが、生活基盤投資では全国最下位である。1960年代では全国平均を遙かに上回っていた愛知県がなぜこのような位置に転落したのであろうか?
一つは全国政策が大都市圏から地方圏に重点が移行し、1970年代に再び大都市圏への投資が増えた資金が東京都と神奈川に向かい、愛知を素通りしたという面があり、さらに1970年代には産業基盤から生活基盤へ徐々に比重を移したことがある。2つは、県予算の投資的経費に占める生活関連投資が薄弱で、厚生福祉施設や都市計画が全国最低位となっていることである。さらに、徐々に基金の積立割合が増加し、目的と投下時が
不鮮明になっている点にある。
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出典:真継隆・牧戸孝郎・奥野信宏『国際化と地域経済』p19(名古屋大学出版会 1990年)
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愛知県経済の産業構造の特徴を1980年代の工業集積度からみる。工業集積度は、人口当たりの付加価値額と面積当たりの工業出荷額との全国平均を100として示す指標であるが、一般に石油精製・石油化学・鉄鋼などの基礎資源型産業の集積が高い地域ほど工業集積度が高くなる傾向がある。
(注)工業集積度=(iv/jv+ip/jp)×1/2
v:1人当たり工業付加価値額 i:対象地域 J:全国
p:単位面積(林野面積除く)当たり製造品出荷額
工業集積度を府県別にみると、大都市圏とその周辺部に集中し、特に神奈川県(469)・大阪府(451)・東京都(359)・愛知県(310)が高率の集積地帯となっている。つまり装置型臨海工業地帯=太平洋ベルト地帯の形成が実証されているのであるが、他方内陸部地域(栃木群馬・岐阜・長野・滋賀)が全国平均を超えているのは、素材型から加工型への工業構造の転換の中なかで次第に臨海部から内陸部へ拡大していることを示している。
ところが、工業集積度を先端技術産業の事業所分布でみると、愛知県は通信機械・産業用ロボット・金属工作機械においては東京圏・大阪圏と比肩しうる位置にあるが、通信電子・半導体集積回路・電子応用装置等の分野は、東京圏に一極集中して愛知県は地方圏の1つに過ぎなくなっている。
こうして1980年代の愛知県工業の特質は、基礎資源型装置産業と輸送機器に特化した加工組立産業のレベルにとどまって高度情報技術産業のレベルにおいては、大きく立ち後れて、首都圏の中枢機能への従属性を深める支店経済化の実態が進んだ。
図:都道府県別工業集積度(出典:国土庁『産業・技術ネットワークの形成と地域活性化』p14 大蔵省印刷局 平成2年)
図:先端技術産業の地域別事業所分布
(4)1990年代〜
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1989年[第6次愛知県地方計画 21世紀計画]1989〜2004年
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第6次計画は、東京一極構造のなかで首都圏への従属性(支店経済化)を深める名古屋経済圏の再生を、東京・大阪圏との一体的な国土中軸形成をめざす大規模プロジェクトの展開のなかで、従来の半径50km圏を100km圏に拡大する広域経済圏形成の戦略と、中部新国際空港による新伊勢湾時代の開始による県・国・市町村・民間のさまざまの地域づくりを総合的に体系化した「地域共同計画」である。
第6次計画の基本的な内 図:新伊勢湾時代の都市圏イメージ
容は、第1に国土中枢軸としての名古屋圏形成、第2は新伊勢湾都市構想、第3は産業技術首都形成、第4は万国博覧会である。
新伊勢湾都市構想の条件である中部新国際空港は、最初から開発指向型の誓願空港であり、地元負担の割合は極めて高い。県財政の危機と整合しうるような市場需要の対費用効果など課題は大きい。 産業技術首都構想の帰趨は、トヨタ世界戦略による地域経済の変容と先端産業に懸かっている。他方、遷都論や伊勢湾ベイエイリア開発法制定などが、中部経済連合会から提起されているが、従来の巨大開発手法を越える内発型地方分権の視点からの厳しい批判もあ |
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る。言い換えれば、トヨタ自動車が地域経済に有していた戦略産業としての管制高地が、いま大きく揺らぎつつあり、自動車産業の国際的再編に対応する事業再構築戦略を、地域経済活性化の視点からどう評価するか基本的に問い直されようとしている。
図:自動車産業の事業再構築戦略概要
(出典:『愛知労働問題研究所所報』76 1999年)
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図:世界都市機能を分担する国土中軸イメージ(出典:『愛知県21世紀計画』)
図:地域軸の交通基盤
愛知県地方計画を集約
すると、基本的には中部財界・県・市行政の強力な三角構造による「上からの開発システム」である。第1に愛知県知事選を想定した県民統合戦略の政治的戦略の性格が強いこと、第2に行政技術の近代化とフィードバック・システムによって、強力な市町村統制(地域区分・地域計画・ブロック計画)を構築している点にある。中部新国際空港の地元である知多半島の5市5町(東海・大府知多・常滑・半田・東浦阿久比・武豊・美浜・南知多)の合併構想は、その典型例である。
市町村の地域計画も県の構想を前提にした従属的なプログラムになっており、市町村独自の地域固有の歴史性をふまえた内発型政策を求める声もある。なお、平成8年度から次期地方計画策定作業が開始された。
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参考資料(出典:中部通産局『東海・北陸経済のポイント
平成9年版』平成9年)
表:県民総生産推移
表:製造品出荷額の都道府県別順位
表:地区別製造業立地マップ
表:主要プロジェクトマップ(交通網)
表:主要プロジェクトマップ(研究開発・地域整備等)
表:地域情報化マップ
表:情報化状況
表:愛知県内企業の従業員減少順位表(1993〜98年)
図:愛知県の主要施設・基盤整備の推移
(出典:愛知県『あいちレポート’95』p34.35
平成7年)
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4)『名古屋市新基本計画(1988年〜)』
名古屋市新基本計画は、1977年(昭和52年)に策定された『名古屋市基本構想』を指導理念として、その実現を目指す長期計画として策定され、具体的な推進計画が『名古屋市推進計画』(平成元年)・『第2次推進計画』(平成4年)・『第3次推進計画』(平成7年)として推進されている。
名古屋市の21世紀への基盤づくり重点戦略の概略は、第1に「技術集積都市づくり」を先端産業(航空宇宙・ファインセラミックス)に求め、研究開発機能強化(志段味ヒューマンサイエンスパークなど)・まちづくり技術の高度化・技術交流の高度化を目指している。第2は、「国際交流都市づくり」であり、都心再開発による都市機能強化と、都市高速・伊勢湾岸・第2東名・名神・中央新幹線による広域ネットワーク構築をめざしている。第3は「世界に開く」であり、中部新国際空港建設をめざす。
この計画の推進状況と市民 図:名古屋指針基本計画モデル
意識を対比すると以下のようになり、事業達成率は「都市安全・環境」>「市街地整備>「市民サービス」>「市民経済」>「教育文化」>「市民福祉・健康」の順位となっており、都市開発・高速道路建設などの生産基盤投資が先行して、福祉などの生活関連投資が遅れている。
逆に市民意識をみると、上位10項目は何れも生活関連型の要望であり、特に「高齢化社会への対応」は高率であり、さらに「防災対策」が高位に進出したのは1995年の阪神・淡路大震災を契機とする防災意識の高揚がうかがわれる。
こうして、事業達成率にあらわれた行政の政策価値意識と住民の対行政意識に大きな乖離が生まれており、この乖離が財政危機と連動して不可逆的な地方危機をもたらす可 |
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能性がある。この危機を克服する回路は、情報公開・説明原理や住民参加・職員参加による住民と行政とのパートナーシップ型への行政スタイル移行にある。
次いで名古屋市の産業構 図:名古屋市総生産構造(出典:経済企画庁『県民経済計算年報』平成7年)
造と就業構造の特徴をみると、第1次産業0.1%・第2次産業26.0%・第3次産業70.1%であり、名古屋圏
域全体と比較すると第2次産業に対して第3次産業の比重が高く、東京・大阪型と共通した特徴を示している。 第2次産業のなかで製造業の割合が長期低落傾向にあり、卸・小売業も逓減傾向にある。第3次産業のなかで、サービス業が製造業総生産を越えて20%に至 |
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っている。 図:名古屋市内サービス業の構成(平成3年)
名古屋市の産業構造は、生産機能が比重が低下し、サービス産業化が進展しているが、サービス業の構成をみると、事業所数では企業関連と生活圏連が高く、従業員数では企業関連と社会関連が高い。特に、物品賃貸業・情報サービス調査広報等の伸びがある。学術研究機関・政治経済文化団体が圧倒的に少ない点が東京・大阪との差異であり、先端産業による技術集積都市の基礎条件が成熟していないことが分かる。 また東京・大阪圏と比較して輸送用機械を中心にした加工型重工業型の中小企業比率が高く、中枢管理機能を集積した国際都市への成長条件の基盤は依然として弱い。
このような名古屋市の産業構造は就業構造に反映し、産業別就業者構成をみると第3次産業への就業者が70%に達し、県平均よりも遙かに高い。特に中村区・千種区・名東区では80%を越える。 |
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図:名古屋市における産業別就業者構成(単位%)
他方、南・港・瑞穂・中川区は、第2次産業従事者が県平均を上回り、名古屋南部工業地帯の産業構造を反映している。
この就業構造の特徴は、人口構成にも反映し、市内中心部である千種・中・東・中村瑞穂では人口が減少し、緑・天白・中川などの市周辺部で増加傾向にあり、さらにこの特徴は高齢化比率とほぼパラレルであり、中心部は10%を越える高齢化比であるのに対し、市周辺部は県平均をも下回ったニューファミリー構造を示している。
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図:名古屋市の地域経済構造の推移(出典:東海自治体問題研究所『なごや
暮らしと自治のデータ PART3』p9 1996年)
6,地域産業連関分析
地域経済の現状を計量的に分析し予測する方法は、第1に傾向予測(延長推計)法といわれる、過去から現在に至る特定期間における地域事象の変化の傾向を将来も継続されるものとして予測をおこなう方法である。代表的な例として、国連が用いる都市人口の将来予測であるURGD法(UrbanーRural
Growth Difference)がある。第2に構造予測法といわれる、全域を構成する部分地域の事象の変化を、全域の事象変化との関連で同一基盤において予測する方法である。第3の要因予測法は、多変量解析・因子分析・システムダイナミックス・コーホート分析を駆使するが、要因自体の設定と将来予測が課題となる。ここでは、地域経済の計量分析の基本である地域産業連関表について、基礎を学ぶ。
生産誘発効果←均衡産出高モデル
価格波及効果←均衡価格モデル
図0-1 生産の波及と需要・供給
図0-2 生産波及と需要・供給の均衡水準
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産業連関分析の歴史 |
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○源流 F・ケネー(1694〜1774年)「経済表」
○継承 K・マルクス(1818〜1883年)「再生産表式」
旧ソ連「国民経済バランス」
○創始 W・レオンチェフ(ニュウーヨーク大学名誉教授)
1906年ロシア生まれ、後米国移住
1931年産業連関分析理論・米国経済を対象とした産業連関表作成開始
1936年『経済統計評論』に最初の成果発表
1973年ノーベル経済学賞受賞
L・ワルラス(1834〜1910年)オーストリア・ローザンヌ学派
1874年『純粋経済学要綱』一般均衡理論の実証分析適用
○日本 1951年 経済企画庁・通産省の独自試算表作成
1960年 通産省地域間産業連関表作成
1968年 国民経済計算体系(System
of National Accounts*SNA)開始
1990年 全都道府県産業連関表作成
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1)産業連関分析で何が分かるのだろうか?
第1に、地域経済の動向や特徴をつかむ構造分析(地域経済の概観・産業構造の特徴、特定産業の地域産業に与える影響)に使用する。
第2は、生産や価格の波及効果をつかみ、
設備投資関係による企業立地の影響分析、
公共投資関係では特定公共プロジェクト(空港など)の波及効果分析をおこない、輸出関係と対外環境の影響分析(円高による輸出量の変化)を考察する。
第3は。将来予測であり、最終需要の規模や構造予測値によって、産業構造や就業構造の予測をおこなう。
2)産業連関表のしくみと見方
[産業連関表の仕組み]
投入・産出表(inputーoutput table:I-O表)
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生産された財がさまざまの用途(産業の生産活動・家計消費・輸出)に利用
ある財の生産のために原材料・燃料・労働力などの生産要素を使用する |
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行列(マトリックス)
row・coloum
ヨコ タテ
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費用構成(生産要素の投入構造)
販路構成(産出先構造) |
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3)産業連関表の見方 産業連関表=取引基本表+投入計数表+逆行列計数表
(1)取引基本表
表:取引基本表の例
国産品(国内生産額)の需給バランス
中間需要+最終需要ー輸入=生産額・・・・・・・・・・・・・・・・・(1.!)
需要
供給
→両辺に輸入額を加えると、総需要・総供給バランス(市場全体の規模と 構造)
中間需要+最終需要=生産額+輸入・・・・・・・・・・・・・・・・・(1.2)
総需要 総供給
→部門全体バランス
中間投入部門合計=中間需要部門合計(二面等価)・・・・・(1.3)
粗付加価値部門合計=最終需要部門合計ー輸入合計・・・(1.4)
(2)投入係数表
ある産業の財貨・サービスの生産に投入された原材料量を、その生産 量で除した比率・ある財の生産に必要な生産要素の投入構造・生産技術 を反映する
粗付加価値量を生産量で除した比率を粗付加価値係数
→取引基本表の中間需要部門のタテ列の一番下の生産額で、タテ方向に
中間投入額を除して得られる
表:投入係数表と粗付加価値係数の例
(3)逆行列係数表
ある産業に1単位の最終需要が増加された場合、各産業への生産の波及効果が何 単位になるかをあらかじめ計算する。
表 逆行列式の表
4)産業連関表の部門と取引の表し方
●中間需要・中間投入の内生部門
財の種類と生産技術が特定されれば、必要な原材料・燃料の投入量は、安定的比率を持つ(投入係数の安定性)−を正確に反映する表を作成する。
生産活動単位(アクテイビテイー・ベース)の分類基準は、財・サービスの生産活動(アクテイビテイー・ベース)の違いによって産業を分類する。第1は事業所単位の産業分類で、一つの事業所の主なる活動(販売額・売上高)によって産業を決める分類法(工業統計・事業所統計)であり、第2は企業単位の産業分類:企業の代表的な事業による分類(法人企業統計)である。生産活動主体の分類基準は、生産活動を行う主体の性格による分類(総務庁産業連関表)である。
表 生産活動主体による分類
部門分類は、総務庁の産業連関表の基本分類(519行×411列)である統合小分類(187行×187列:187部門表)・統合中分類(91部門表)・統合大分類(32部門表)がある。
表 中間需要・中間投入部門の産業分類例
最終需要部門と取引項目は、財・サービスの消費・投資・輸出の最終財への内容と、輸入をあらわし、粗付加価値部門で発生した国民所得(支出面)を意味し、国民経済計算の国民総支出(GDE)にほぼ対応し、粗付加価値部門は国内総生産(GDP)にほぼ対応している。
表 最終需要部門の分類
表:粗付加価値部門と取引項目
5)産業連関表の種類
(1)他地域との取引を表す場合
@輸入をめぐって
●競争輸入型:国産品・輸入品を区別せず合計して計上し、輸入欄で一括して除す
地域産業連関表で使用される場合は競争移入型という
表
●競争輸入型:全国表で国産品と輸入品を区別し、地域内産品と移入品を区別する
(2)地域間関係をめぐって
●地域内産業連関表:1つの地域内の投入・産出構造を扱う
●地域間産業連関表:複数の地域の各投入・産出構造と地域相互の取引構造を扱う
例)東京都産業連関表
通産省9地域間産業連関表
(3)産業構造の時間的変化を観察する
接続産業連関表 総務庁「3時点接続産業連関表」
(4)最新時点の経済構造を反映した分析
延長産業連関表
(5)特定産業・特定テーマを分析する
公共事業の生産誘発効果を求める→建設部門分析産業連関表(建設省)
環境問題→公害分析用産業連関表・環境分析用産業連関表(通産省)
(6)グローバルな取引を分析する
国際産業連関表 ・アジア経済研究所・産業研究所
・日米国際産業連関表・日欧2国間国際産業連関表・日米EC アジア国際産業連関表(通産省)
・世界産業連関モデル(国連)
6)地域産業連関表をどのようにつくるか
(1)市町村産業連関表の作成方針
@産業部門の数 →地域特色産業を独立させる(タテ・ヨコとも)
A対象年次・必要統計資料→国・都道府県の作成対象年次に合わせる
表:市町村産業連関表作成に必要な統計資料
B表作成の方法
●表の大枠であるタテ列とヨコ行の合計値=産業別生産額(CT)を求める
●上記CTに、都道府県の産業連関表に対応する産業の投入係数を乗じ、タテ列方 向の市町村の産業別中間投入額及び粗付加価値額を求める
●移輸出・移輸入を除く最終需要項目を推計する
●移輸出を推計する
●移輸入をバランス式から導く
●部門統合を行う
表:市町村産業連関表の作成手順の概要
C産業別生産額の推計
D産業別中間投入額・粗付加価値額の推計
E移輸出以外の最終需要項目の推計
F移輸出の推計
G移輸入の推計
H部門統合
7)愛知県産業連関表における推計方法・推計順序
(1)産業別県内生産額の推計
@品目別(約 品目)生産額推計(年間生産量×単価)
A基本分類項目の整理 複数品目の単純加算=C.T(コントロール・トータル)
(2)投入額推計
@中間投入の推計
A粗付加価値の推計
a、産業別推計
b、構造推計
(3)産出額推計
@中間需要推計
A最終需要推計
(4)行と列のバランス調整
@総合バランス調整
A最終バランス調整
8)地域経済の姿がどう読みとれるか?−愛知県産業連関表をみる
(1)地域経済の全体像を読みとる−愛知県経済の市場規模の大きさ
総供給=県内生産X+移輸入M
総需要=中間需要x+最終需要F
総供給ー移輸入M=総需要−移輸入M
県内生産X=中間需要x+最終需要F−移輸入M
(2)産業構造の特徴と変化を読みとるうえで注意すること
@「産業」の意味が違う 「産業部門別県内生産額」
商品ベース(アクテイビテイ・ベ−ス)の産業分類で、事 業所ベースの産業分類(工業統計表・商業統計表)ではない
A生産額構成比だけでは読みとれないことがある→人口一人当たりの生産額を
産出する必要がある
B産業構造の変化
C生産構造の変化
D移輸出構造・産業による市場の地域性の差異
委輸出リードのExportーLed型地域経済モデル
(参考)次の場合の経済誘発効果を推定してみよう
◆ワールドカップ・サッカー豊田会場誘致の場合 ◆愛知県地場産業の場合
◆中日ドラゴンズ優勝の場合 ◆愛知万国博覧会開催の場合 ◆中部新国際空港建設の場合
[考察例A]新空港は、大型機械や大量の鉄・セメントを使う巨大事業なので、経済効果が大きいに違いない、社会保障や医療は目に見えにくく経済効果が分からないーといわれる。現に政府も社会保障は「経済成長にはマイナスの効果がある」(経済審議会財政構造改革特別部会最終報告
1996年)といっています。はたして本当はどうなのでしょうか? 以下の波及効果比較表をみて答えなさい。
表:1億円投下した場合の各部門経済誘発効果
[考察例B]博覧会は、近代資本主義の発展過程において「視覚」による効果を、産業テクノロジーを基軸とする壮大なスペクタクル形式に総合したものである。博覧会の先駆は、1798年のフランス革命祭典の亢奮のなかで、世界最初の産業博覧会がフランスで開催されたところにあり、この集大成が1851年にロンドンで開催された第1回万国博覧会である。1851年から1939年のニューヨーク万博まで、国家的祭典の最も重要な儀式として全盛期を迎える。この動きが日本にも伝播し、勧業政策にもとづいた多くの博覧会が開催された。 第1回内國博では、「内國勧業博覧会の本旨たる、工芸の進歩を助け、物産貿易の利源を開かしむるにあり。徒に戯玩の場を設けて遊覧の具となすにあらさるなり」として、展示品を、鉱業・冶金術、製造物、美術、機械、農業、園芸の6大部門に分かち、府県別に展示した。出品人総数は160、00人
図:主な万国博覧会
で、出品物は薬品・織物・生糸・洋品・文具・統計・理学機器・製糸機械・印刷機械・蒸気機関・軍艦模型・電信装置・扇風機など明治期の殖産工業政策の戦略産業産品が占めていた。
初期博覧会は、「観者をして一目の下に精粗巧拙を比較せしめ」るように展示物が配置され、商工業者主体の出品人たちが、自らの技能を全国に問い、その評価を受けて勧業訓育に生かしていくという点に最も重要な意義があった。
図:主な国内博覧会(出典:同右書p127) |
(出典:吉見俊哉『博覧会の政治学』p19中公新書1992年)
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名古屋で開催された最初の博覧会は、1871年(明治4年)に市内総見寺「名古屋博覧会」で、1872年(明治5年)岡崎市専福寺で「額田郡博覧会」が、1874年にやや規模の大きい展示会が開かれた。産業革命期以降、日露戦争後の「凱旋記念博覧会」(1906年)が開かれ、最も大規模なものが「第十回関西府県聯合共進会」であり中部圏工業化の契機となった。
[考察例C]公共事業に経済誘発効果はあるか?
Q1:県内総生産に対する建設業の割合を 表:県内総生産に対する建設業の割合(%)
みて、都市圏と地方圏の違いを述べよ。
Q1:バブル崩壊後の建設業における都市圏
と地方圏の違いを述べよ。
表:県内総生産に対する建設業の割合の変化
Q3:なぜこのような変化が生じたのか?建設
投資の公共・民間割合の変化から説明せよ。
また、なぜ地方は公共事業に依存せざる得
かったのか?戦後地域政策から説明せよ。
表:建設投資の変化と公民割合
Q4:公共事業拡大の結果、どのような影響が地域に表れたか?
(1)地方財政破綻を建設費の財源構成比から述べよ。表:普通建設事業費の財源構成比
(2)地域産業の危機を農林水産関係予算から説明せよ。表:農林水産関係予算推移
Q5:日本と外国の公共事業政策を表から比較せよ。
表:一般政府固定資本形成額の先進国比較
表:建設業従事者の全産業に占める比率
表:建設業従事者の増加率比較
Q6:公共事業費を削減すると、地域経済は崩壊するのではないか?・・・という疑問に君
はどう答えますか?
[公共事業依存型地域経済] [福祉主導型地域経済]
公共事業の実施 公共事業の実 福祉拡大
雇用の拡大 経済誘発効果 経済浪費
財政悪化 雇用拡大 生活向上
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| 消費拡大 |
福祉削減 消費拡大 |
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| 景気拡大 |
消費低迷 景気回復 |
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税収増大 景気低迷
税収増大
福祉拡充 税収減収
Q6:公共事業費を削減すると、生活関連型公共事業も打撃を受けるのではないかーと いう反対論に対する君の考えを述べよ。
Q7:ビッグ・プロジェクトや大企業誘致よりも、中小企業の多い地域産業重視に切り 替えていくことは、地域経済を沈滞させるという意見に対して、君の考えを述べよ。
7,地方財政分析(参照:千波主税『今日から始める市町村財政分析』自治体研究社)
1)地方財政分析の視点
(1)住民生活の現実の実態から、自治体財政を総合的にみる
自治体財政の目的である「住民の仕事と暮らしを守る役割」によって、住民生活の現実から財政をみること必要です。財政赤字・均衡の数値のみで評価すると、介護保険を生活の質からみたり、産業政策の地域経済への波及が地方税収に直結したり、ベンチャー支援は長期的には税収増・短期的には税収減となる等、住民生活・産業・行政の総体のなかで財政支出を評価する必要がある。
(2)数値の背後にあるナマの実態をつかむ
数値で見えないものは、住民のナマの声や自治体職員の声を直接聞くことにより、表面にある数値や政策が立体的にみえてくる。
(3)長期的な視点とビジョンをもとに
地方の長期計画や総合計画にある表面のきらびやかなイメージではなく、自分自身の長期構想と対比しながら、将来構想に必要な財政負担と自治体財政の機能や構造分析を試みること。
2)分析のための資料(何を使うとどこまで分かるか?)
(1)予算・決算分析のための財政統計・試料
・『地方財政状況調査表』(市町村作成・自治省提出)
・『決算概況』(全国共通)
・『決算カード』(市町村独自作成)
・『統計書』(人口・産業構造等基本的統計)
・『市町村民所得』(財・サービスの生産活動)
・『市町村概要』(施策・事業・財政指標)
図:予算・決算分析のための財政資料・統計書などチェック表
3)『決算概評』分析
(1)決算概評のC都道府県・団体名をみて○○市の○○年度のものか確認する
(2)決算概評のDで類型番号が同じ団体を選んで比較する
(3)事業と財源関係の特徴を分析する
図:事務事業の財源構成モデル
税・地方譲与税・普通地方交付税を「経常一般財源収入」というが、これは「経常一般財源」と「経常特定財源」に分けられ、前者は恒常的収入で自由使用できるから、地方財政の自律安定性の指標となる。
基準財政需要額は標準的な経費を示し、基準財政収入は自前の収入の一定割合を示す。
普通地方交付税は[基準財政需要額ー前年の基準財政収入額]として国から地方へ交付され |
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る。標準税収入額は、基準財政収入額で除かれた地方譲与税以外の収入に25%(都道府県は20%)の部分を基準財政収入額に加えて求める。標準財政規模は、前年度標準税収入額に前年度地方交付税を加えたものとなる。
(4)決算収支状況をみる
普通会計の規模や収支状況は、『決算概況』 図:決算収支の推移(出典:同上書p12)
のGでみるが、時系列でみるには収支の推移により、普通会計の規模・変動・やりくりの状況が把握できる。この表は、実質収支などの数値から主要な財政指標を計算することになるから、財政分析の基礎資料となる。
右のA市の場合の純剰余・収支状況の問題点などからみて、A市の財政状況を分析するとどのような特徴があるだろうか?
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(5)基本的な財政指標−『決算概評』Jにみる
a、財政力指数
標準的な行政活動をおこなうために必要な一般財源に対する税収の割合を示す財政力指数は、財政基盤の強度を示し、1.000以上は普通交付税の配分を受けない。
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3年間の基準財政収入額合計 |
| 財政力指数= |
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×1/3 |
3年間の基準財政需要額合計
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b、実質収入比率
実質収入比率=実質収入額/標準財政規模は、[実質収入=形式収入ー翌年繰越財源]から、単年度財政余剰率を示すが、歳出を削減すれば自動的にこの率は大きくなるので、高ければよいと云うわけではなく、3〜5%の範囲を標準としている。
c、公債費比率
公債費比率は、地方債発行規模の妥当性を判断する指標で、公債発行増大に伴う元利償還金の増大は、後年度の財政運営を硬直化させるが、通常15%を危険レベルとしている。
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地方債元利償還金+一時借入金利子 |
| 公債費比率= |
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×100 |
標準財政規模(標準収入額+普通交付税)
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d、経常収支比率
経常収支比率は財政の弾力性を測る指標で、80%を越えると弾力性を欠くといわれる。
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義務的経常経費(人件費・扶助費・公債費等) |
| 経常収支比率= |
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×100 |
経常一般財源収入(地方税・地方交付税・地方譲与税)
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図:性質別歳出経常収支比率(出典:前掲書P14)
e、地方債・積立金比率
『決算概評』のJに記載されている積立金現在高・地方債現在高というストック(貯金)の数値が記載されている。この地方債現在高の積立金現在高に対する比率が低いほど、財政は健全といえる。
f、経常一般財源
『決算概評』のE・K・Mを参照すると経 図:経常一般財源(出典:前掲書P15)
(6)一般財源の科目別順位(目的別歳出)
目的別分類は、行政の直接目的(土木・民生・教育・総務・衛生・公債など)によって分類したもので、個々の行政サービスの特徴や水準をつかむことができる。性質別分類は、目的を横断する経費(人件費・物件費・維持費・積立金など)によって分類したもので財務管理的な分析をおこなうことができる。
『決算概評』の 図:一般財源の科目別順位(目的別歳出)(単位:%)出典:同上書P16
Nを使うと、右図の作成ができ、どの科目がどのくらい占めているか、その推移がわかる。
住民1人当たりの額の推移は、『決算概評』に記載されていない場合は、住民基本台帳ベースの年度末人口で割って計算するとよい。
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(7)普通建設事業費(単独と補助事業の割合の推移)
単独事業は国庫や県の補助を受けないものをいい、補助事業は受けるものをいう。『決算概評』の左下部分のL性質別支出の状況に、普通建設事業費の単独分と補助事業分の構成比が示されている。ゆとりのある自治体は、単独事業の増加傾向があるが、問題はその内容であり、普通建設事業が「箱物」行政になっていないかどうかよく見る必要がある。
(8)税収入の推移
『決算概評』の 図:税収入の推移(「小分類」)と増減率 出典:前掲書P19
中央部分のEの市町村税に、『統計書』から固定資産税・特別土地保有税・都市計画税の数値を加えると、右図の小分類ベースの税収入の推移と増減率・寄与度を作成することができる。
ここで注目するのは地方税収入に占める固定資産税の割合であり、地域住民や企業の負担度がわかり、過重な税負担に絶えられず、域外に転出する住民が発生し、地域崩壊の問題が生じる背景を分析できる。
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(9)使用料・手数料
授業料・保育所使用料・公営住宅使用料や手数料は、受益者負担原則と財政危機を背景として自治体の基本姿勢を示している。『決算概評』のKの使用料・手数料の合計額を@の住民基本台帳人口で割って算出すると、その傾向が分かる。
各料金の水準そのものと、住民1人当たりの額を比較すると、その差が大きければ相対的に受益者は受益者以外の住民に負担をかけていることになる。ただし、他の自治体との相対比較や供給コストからみた手数料水準の合理性を判断する必要がある。
図:住民1人当たり使用料・手数料の推移 出典:前掲書P20
(10)公営事業会計などへの繰出し
普通会計(一般会計)と区別される特別会計は、下水道・住宅用地造成・駐車場整備・病院・国民健康保険・老人保健医療などの公営事業であり、住民生活に密着したものとなっている。この特別会計収支が、単独で「均衡」しているか、一般会計からの繰出しで補助を受けているか、またその比率はどうかが重要となる。
繰出しは、『決算概評』のOで、合計額と事業別繰出額が分かり、繰出額合計を歳出総額で割ると、歳出全体に占める公営事業への繰出しの割合が分かる。
図:歳出に占める公営事業への繰出しの割合と推移 出典:前掲書P22.23
公営企業会計等への繰出しの財源は、『地方財政状況調査表』で分かるが、繰出し自体は一般財源に大きく依存しており、事業自体の必要性を含めた伽観的な評価が求められる。
4)『地方財政状況調査表』による財政分析
『地方財政状況調査表』は、『決算概評』では不可能な詳細な業務統計であり、下記のような表が含まれている。
図:『地方財政状況調査表』の主要な表名とその表番号 出典:前掲書P24
(1)地方債事業別現在高構成比の推移
図:地方債事業別現在高推移
(2)地方債借入先別利率の推移
資金運用部・簡易保険・金融公庫などは政府資金とも呼ばれ、原資のほとんどは財政投融資であり、期限前返還(繰上返済・償還)がきかない不合理性を持っており、公的借入先の借入比率が、どのような推移を示しているかに注目する。地方債は、起債の段階で自由裁量を制限されるが、その後の運用の段階でも制限を受けている。これらの借り換えが可能かどうかの検討が求められる。
図:地方債借入先別利率の推移 出典:前掲書P26
(3)総括表とグラフ
最後に財政状況を総括する作業は、財政の基本指標である[財政力指数・実質収支比率公債費比率・地方債/積立金比率・経常収支比率]を用いてチャート図で表すと、自治体比較の面積で分かりやすい。
図:総括チャート図 出典:前掲書P29
ブロックTは、原数値をを示し、財政力指数が大きいほど(>1)よい評価となるので、チャート図作成ではその逆数をとる。
ブロックUは、各指標の基準値を50にそろえるため、財政力指数は50倍・実質収支比率と公債費比率は5倍・地方債/積立金比率は10倍で計算し、経常収支比率は原数値としている。
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5)財政分析結果の評価
(1)年度毎の変化特性に注意すること。特にバブル崩壊後と財政危機のなかでの歳 出削減順位とその評価を厳密におこなうこと。
(2)公共事業の優先順位の客観的な判断を、市民の評価を加えておこなうこと。
(3)行政評価・事業の効果測定を、コストの貨幣評価・数値化されない評価・市民 評価など多面的かつ客観的におこなうこと。
<○○市(町・村)の財政を実際に表を使って調べてみよう>
8,地域調査の意義と方法
1)なにがゲットできるか?
@自分の考え(推測・仮説)を実証できる A新しい事実や問題を発見できる(理論は灰色で現実は緑だ!) B地域の独自の特徴を明らかにして、地域の発展のための地域政策を考える
2)どう進めるか
@どこの地域の何を調べて、何を追求するのか・対象となる地域や集団の何を解明するの かハッキリと認識しておく(調査課題の設定・明確化)・典型的地域の典型的把握をめざす もの・独りよがりでない客観性をもつもの
A文献調査
(1)統計資料 @中央省庁(総務庁統計局など) →図書館・議会図書館
A地方自治体
統計情報室などで入手
B業務統計
文献目録利用
C企業・協同組合・民間調査機関
(2)文献資料 @単行本 →図書館・公文書館・
A白書
情報公開室などで入手
B編年史(自治体史・社史・団体史)
文献目録利用
C行政計画文書(開発計画・振興ビジョン)
D公文書
E委託調査
F論文
G銀行・シンクタンクの調査レポート
Hプレス発表資料
I新聞・雑誌情報
(3)インターネット
@HP・リンクへのアクセス
A検索ページでキーワード入力
3)地域実態調査 百聞は一見にしかず・・・・きちんとした段取りとほんの少しの勇気
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[調査目的の設定]
↓
[予備学習] 文献・統計の収集・検討により調査で明らかにすることを仮説
↓
[調査対象・内容の確定]
↓
[予備調査] アポイントメント(質問項目・必要資料を事前に通知する)
↓ 調査内容についてのレクチャー・資料収集
[本 調 査]ヒアリング調査・アンケート調査
↓
[分析作業]
↓
[補足調査]調査漏れ・補充項目の追加調査
↓
[ま と め]調査報告書・レポート・論文などの印刷・製本・コピー化
↓
[ 公 開 ]調査結果の公表と客観的評価(現地報告会など)
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4)ヒアリング調査のノウハウ(調査員が調査対象者から対話によって直接聞く方法)
(1)機関調査:調査対象者が専門家(行政・団体・企業)の場合
[調査目的・質問内容・調査日程の確定]
↓
[電話又は文書で調査先へ依頼]
↓
[ヒアリング用紙準備] ・調査対象機関名
・ヒアリング回答者名・職名
・調査員名
・調査日時
・整理番号
・回答団体概要(業務内容・沿革・従業員数等)
(2)市民調査:調査対象者が市民や住民の場合
・基本事項(+フェイスシート)
・基本属性(家族構成・性別・年齢)
・経営基本指標(従業員数・資本金規模・業種・
出荷額・経営面積)
@調査対象先は自治体などから紹介を受け、地域・業界の代表の了解を得 たうえで、個別対象者を確定する
A内容を事前に正確に知らせておく
B個別訪問方式、会場参集方式など形態を選択する
C調査票による機械的な聴取ではなく、あくまで回答者の話を中心に調査 票に埋め込んでいく
5)アンケート調査のノウハウ(調査票を郵送で送り、郵送で回答を得る。面接・手 渡し等の留置法でもよい。効率的大量調査可能。プライバシー保護可能で回答しや すい)
(1)調査項目構想段階 :「展開法」(テーマから調査項目を導出する)
@扇型展開法(ツリー・スタイル)テーマを大項目から小項目へと細分化する
A魚の骨型展開法(フィッシュ・ボーンスタイル)テーマに必要な事項を列挙
(2)調査票作成段階
○B4片面又は裏表一枚
○質問項目は、「分かりやすく」・「迷わせず」・「答えやすい」を原則に。多 いほどいやがられるので、簡潔・明快・正確な質問づくりを追求する
○事実質問(事実調査)と分析判断質問(意識調査)を明確に区別する(論議 が進んでいれば意識調査可能)
○選択式(マーク式・マルチョイス式)を基調に、補足的に自由記入式を付加 する、単一回答か複数回答かを明確にする
○無記名式がよいが、隠しマークで特定できないようにすること
○できるだけ全員が回答できるものにする
○調査基準日明示のこと
○カタカナ用語(外来語もじり)は使わない
○誘導尋問にならないように簡潔で誤解のない質問にする
○選択項目はあり得る選択肢を網羅し、「その他」・「わからない」項目により 回答者の全体の意向をつかむ
○複数回答は避けるか、複数回答に付属して絞込回答を付加する
○数量回答については、単位を明確にする
○最小限の属性質問を必ず入れる(住所・業種・在住歴・年齢・性別)
(3)調査段階
○全数調査(悉皆調査)か標本抽出(サンプリング)かの選択をおこなう
○標本調査で、母集団の代表性を確保するための抽出法は、無作為抽出法(確 率数理法)と有為選択法(類型化絞り込み法)がある。前者は、公的調査の場 合は住民台帳、選挙人名簿から一定割合を機械的に選ぶ方法がとれるが、私的 調査の場合は住宅地図・自治会名簿から一軒おきにする等の簡便な方法もある
○回収率向上が決定的→依頼文・プライバシー保障明記・締め切り期間は2週 間が最適・返信用切手を添付のこと
○文字の読めない・理解できない人への配慮(面接法など)
(4)調査票整理
○到着順に整理番号(1000を越える場合は数個の組に分ける)
○記名式の場合は、調査対象者名簿に印を付し回答済みを識別する
○調査票の点検(回答漏れ・不正常回答等を回答数から削除する基準を設ける)
(5)集計
○コンピュータ集計(ウインドウズ95の場合)
「ロータス1・2・3」は、大きな統計表展開・同じ表の組み替えに便利
「エクセル」は、多くの統計表の比較・異なるデータの組み合わせに便利
○集計項目設定ノウハウ
・短縮表記の統一
・各項目に「無回答NA」設定
・質問項目になくても判断可能な特性を区分(住所・交通・世帯)
○複数回答の処理
・複数回答とはX軸に使えない
・複数回答を実際の回答者数に置換して構成比を産出する
(6)加工
○「属性項目」 ・単純集計による社会的属性の把握
・クロス集計に応用
○「単純集計」による速報的「報告書」の作成−集計数値の加工(第1次加工) ・絶対数を構成比(百分比)化
・元データの保存
・データのグラフ化
・平均値、度数分布、偏差値の産出
○「クロス集計」(2つ以上の質問項目を組み合わせ、データの質的な特徴を 明らかにする)
・調査票に社会的属性を組み込んでおく(年齢・性別・職業・在住歴など)
記入式・選択式(機械的区分法・社会的区分法)
・クロス類型
属性との組み合わせ →質問項目と属性との相関係数
質問項目の組み合わせ→質問項目間の相関係数
・クロス集計統合表の作成(集計方向X軸・Y軸に注意)
・クロス集計統合表の分析
○計算誤差の処理
・四捨五入にともなう誤差処理
→イ、合計欄数字を合計数通りに表示
ロ、誤差を無視して100%と表示
ハ、別の数(%)を手工して計が100%になるようにする
・構成比の補正処理
→イ、まず一番大きな数値で修正する
ロ、一番大きな数値と2番目に大きな数値に振り分ける
○集計データの加工
・<データの集約>
・<データの加工.>
・<データの抽出>
・<必要データのみの抽出>
・<データの差の産出>
・<更に鮮明な組み合わせの探索>
○無回答の有意性・少数意見への配慮
○既存データ・類似データとの比較
○反復調査(同一内容の時系列的変化を把握)
○追跡調査(同一対象の個的な追跡)
(7)分析
○分析
○調査報告書のまとめ
[構成] T)調査方法の説明
・調査対象者の選定方法
・調査の方法
・回収数、回収率
・回収後の処理法法
・集計対象調査票数(有効回答数)
・有効回答率
U)回答者の構成
・調査対象集団の主要属性
V)報告主文
・調査の結果判明したこと
・分析の結果判明したこと
・結果から導出される推定、仮説
9,地域経済政策の作り方
1)政策とは?
(1)実現すべき目的・要求
(2)その必要性・正当性
(3)現状の弊害・問題点
(4)実現への道筋・運動方法 |
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地域政策をめぐる対立軸 |
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○地域内再投資を、企業・資本の利益最大化と、地域住民の福祉のいずれに振り向けるか?
○企業の私的便益と社会的便益をめぐる衝突
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(5)実現効果
2)政策作成の視点
(1)基本的視点 @長期的スパンに立つ「まちづくり」構想の一環としての地域経済政策 A企業の最大限利潤追求原理から社会的責任実現原理への転換 B拠点開発型公共事業から全域需要誘発型公共事業へ C流滴波及型(誘致外来型)から内発型へ
(2)具体的な視点
@海外展開・逆輸入への一定の規制
A戦略産業と維持産業を区分する→区分基準は、規模・知名度ではなく、地域へ の愛着度を含む総合的地域貢献基準による→大企業行動倫理指針
B企業・消費者・行政協同による域内循環システム創出
C地域経済振興の総合的機関による情報ネットワーク構築
D地域資源データベース
E地域情報化(CATV・地域情報システム)による住民参加 *伊「地区住民評議会」
F製造業のインキュベータ機能共同化
H別枠・長期・低利融資制度
図:政策決定プロセスと関連諸科学(出典:長谷川秀男『地域産業政策』日本経済評論社 1998年)
| 地域政策の作成は、地域経済政策モデル(主体をベースに、地域の構造特性を組み入れる)と、分析ー統合フレームや政策過程モデルと意志決定モデルの各プロセスに、地域にかかわる全ての社会科学や人文科学と工学が関連する。地域概念の多義性・広域性による総合的なアプローチが求められるが、基本は「生活の質」と「公共」である。 |
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図:バランス・グローバル・パス
次に具体的な地域環境政策としての廃棄物処理場の立地設定をどう考えればいいか、住民合意の基礎を考がえてみる。
右図の縦軸は経済成長をとり、横軸はヒューマン・バリューをとると、縦軸は開発重視であり、横軸は自然重視である。 日本の選択は現状は縦軸重視であり、横軸にどうシフトしていくかが問われているが、現実にはさまざまの選択がおこなわれている。あなたは、「生活の質」と「公共」の2つの原理から、具体的にどの方向を選択すればよいと考えますか?
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(出典:長谷川秀男『地域産業政策』p230
日本経済評論社 1999年)
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3)政策作成の流れ
(1)調査(問題の処理・発掘・発見の前提) @予備調査
A網羅的調査(→問題の所在・全体像を把握する)
B特定課題調査(→客観性が最大のポイント)
(2)分析⇒ 作成⇒公表と評価⇒実践
例A:清成忠男『地方の時代の経済学』(日本放送出版協会 1986年)
[地域計画の手順」
例B:井上繁『地域づくり診断』(同文館 1989年)
[地域づくりの循環図]
↓ ↑
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テーマの設定
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シナリオ作成
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地域づくりの実践
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例C:墨田モデル
1975年「墨田区中小企業振興基本条例」
@実践的ニーズをふまえたハード施設(産業会館・中小企業センター)
A住商工共存まちづくりの21世紀経済基盤整備(3M=小さなミュ ージーアム・モデルショップ・マイスター、工房ネットワーク)
B事業者への個性的支援(立ち上がり・建て替え・工房創出)
C「イチから始める」運動(イチ番よいもの・イチ番新しいもの・イチ番 始めに)
→1994年「大田区産業とまちづくり条例」・神奈川県・伊那市・今治市
4)政策評価 ー住民主導の手法への転換が求められている
従来の主観的な自己評価の行政主導型の手法から、住民主導型の政策評価への転換が求められ、施策実施前の事前評価とともに、政策責任を回避しない事後評価を厳密におこなうことが求められており、政策評価の方法は、次のように分類される。
図:政策評価の主な手法(出典:小野達也「住民主役の新しい行政評価導入のすすめ」『三菱総合研究所所報』34
1999年 p120)
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費用便益分析
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施策の実施にともなう社会的費用と社会的便益を貨幣価値で推定し、実施施策の妥当性を判断する |
事前評価
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公共事業(土地改良・治水・道路・鉄道など
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費用対効果分析
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費用便益分析と考え方は同じであるが、全てを貨幣価値で表示するのでなく、その他の業績数値を併用する方法 |
事前評価
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英国貿易産業省の技術革新施策評価
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コスト分析
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費用のみに着目して、将来も見越した費用の総体的把握を行う |
事前評価
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米国連邦信用改革法
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業績指標
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施策の実施前に達成目標や施策効果の業績指標体系を設定し、これを測定・分析する方法
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事後評価
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オレゴン・ベンチマーク、米国GPRA
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このような行政の政策評価は、財政危機下における政策の選択的重点化や住民参加型政策の推進とアカウンタビリテイー及び行政の自己改革によってもたらされ、従来のインプット(予算・時間投入)に対するアウトプット(実行)評価ではなく、「成果Outcome」を「客観的指標Perfomance
Measures」によって評価するところにある。
日本の政策評価の課題は、第1に評価主体を行政から住民や第3者機関へ切り替えること、第2に評価指標を歳出削減のための効率化から住民便益へ切り替えること、第3はできる限り数値化した客観評価を基礎に、数値化困難な主観評価(景観評価など)を重視することにある。その前提には、行政のアカウンタビリテイーと住民厚生指数にあるが、その具体的な例を学校教育評価にみてみる。
図:政策評価指標の具体例(出典:同上書p138)
10,域経済活性化に向けて
1)地域経済衰弱の要因と類型
プラザ合意から前川レポートを経て経済構造調整戦略が起動し、企業戦略の分散化(輸出型から内需型へ・経営多角化・海外委託生産に分散化)のなかで、新3Kといわれる空洞化・規制緩和(公共部門の民営化)・価格破壊(大型店進出・ハーモナイゼーション合従連衡)が急速に進み、地域経済の危機がもたらされた。この地域経済の危機は、全国一律ではなく、立地型による差異とその相乗した衰弱がもたらされてもいる。
○農村立地型 →地域基幹産業の衰弱による過疎化
○産炭地立地型 →同上
○企業城下町立地型 →モノカルチャー依存による脆弱な産業構造
○地場産業集積立地型→海外逆輸入・技術水準劣位による特定業種集積の比較劣位
○大都市圏立地型 →工場の域外流出による集積のゆらぎ
○観光立地型 →在来型観光による多様な観光ニーズへの対応遅延
図:地場産業の分布
(出典:竹内淳彦/井出策夫『日本経済地理読本
第6版』p50(東洋経済新報社 1999年)
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2)地域経済活性化の戦略
地域経済活性化の戦略を活動形態からみと、第1に、国家主導(依存)型地域づくりであり、上からの開発型政策を基軸とするが、地域の請願型行動が誘発されて受容期待傾向をもたらし、この戦略は歴史的使命を終えた。第2は、地域振興型地域づくりであり、独自資源の追求による住民誘導(皆な集まって一緒にやろう!)を基軸とするが、指導者の属人的な要素が強く継続性が課題となっている。第3は、自己実現型地域づくりであり、個人のニーズによって自主的な活動として展開される(これは面白い、やりませんか!)。今後の地域経済活性化戦楽は、第2・第3形態の複合的な類型のなかに見いだされる。
(1)地域密着型
○地場産業振興型:技術水準低位の地域工業の高付加価値化・伝統的技術の再 生と復興によるオンリーワン産業をめざす
○農業活用型 :農業の総合産業化をめざす
○観光開発型 :観光とふるさとづくりを結合する総合的なまちづくり
(2)新規産業創出型:新産業創出・企業誘致をめざす
地域経済活性化を住民参加型地域主権からみると、次のような課題がある。第1は住民の生存・生活を第1義とする「成長の管理」政策を基礎とすること、第2に住民主権による地域と企業のリンケージをめざすことである。つまり、従来の地域への権限配分論の視点から、住民の自己決定型の「地方分権」論への切り替え、誘致外来型や産業基盤公共事業中心から内発型・地域密着型へ転換することである。 例えば、米国における「地域再投資法」(米国金融機関の地域内再投資比率規定)や「成長の管理」(開発必要地域への投資誘導による無秩序な都市開発の規制)・「ローカルコンテンツ法」(外資立地に対する国内部品調達義務づけ)等をどう日本化するかが問われている。
さらに地域財政における地域内再投資システムの構築である。地域投資の自己決定権の強化による地域内の産業連関の強化があってはじめて、地域内の資本循環の実現が実現する。このシステムとして、地域波及効果をめざす行政政策や地域金融機関の地域投資比率の制度化が考えられる。こうした地域産業経営に対する行政的支援レベルは、以下のようなレベルをたどって高度化する。
[第1レベル] → [第2レベル] → [第3レベル]
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施設・機能提供 |
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コーデイネイト |
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プロデユース |
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相談(経営・技術・下請)
機器開放利用
依頼試験
融資
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研修・講習
巡回指導
異業種交流
イベント
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戦略産業育成
インキュベータ支援
企業組織化
企業誘致・リンケージ
マーケッテイング支援 |
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ベンチャー支援 |
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図:戦後日本の経済発展と需要特性の変化
地域経済活性化戦略が提起される背景には、右のような将来の需要特性の変化があると予測される。
右図の日本の需要特性の歴史的変化と将来の予測にもとづいて、地域経済活性化の課題を考えてみよう。
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(出典:吉田敬一『産業構造転換と中小企業空洞化への対応』p283 ミネルヴァ書房 1999年)
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地域経済活性化を国際化との関連で考える試みが、中部圏でも活発に推進されている。中部圏の国際化推進活動の具体例を、住民・行政関係と経済・文化関係で分類すると次のように類型化される。
特に注目されるのは産 図:中部地域国際活動の分類
業政策的な要素を持つ行政主導型活動として、足助町が取り組んでいるベトナム(ニンビン省)の工芸技術の保存活用活動がある。足助町の地域の産業特性を生かした主体的な地域づくりの一環として国際活動をとらえ、ビジネス指向の考え方に立った継続的な事業展開の可能性が模索されている。活動形態も、当初の行政主導型から多様な主体による共同活動への発展が目指されている。
この活動の契機は、国連工業開発機関UNIDO
から、絶滅しつつある工芸技術の保存と観光活性 |
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(出典:地域問題研究所『国際協力による地域活性化方策の整備』p151
平成9年)
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化の協力依頼があったという外発的な理由によるが、その基礎には足助町が山里の手仕事の再発見と保存による地域おこしの長年の取り組みがあり、手仕事の世界をアジアとのネットワークのなかで実現する具体的な提携関係を構築してきたところにある。
農業後継者を確保する方策として、農業経営を法人化する動きがある。農地や農業経験を持たない者でも農業生産法人に就職し、経理明確化・社会保険適用や休暇制度などによって農業就業者を増やすねらいだ。果たして、この方策によって日本の農業は再生するだろうか、君の考えをのべよ。
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(出典:経済企画庁『地域経済レポート'98』p109)
これまでの地域政策は、全ての地域で人口が増加して経済的にも均等に発達するという画一的な性格が強く、ハンデイキャップド地域である過疎地域も、同様な画一的施策が実施された。これに対し、「交流人口」を核心とする地域政策は、地域の個性化と誇りに依拠して独自の魅力を主体的に構想する戦略である。「交流」による経済誘発効果を指向する地域活性化戦略が現実性を持ってきたのは、高度高速交通体系の整備による行動範囲の拡大と高度情報通信による交流活動の活発化や、自由時間の拡大による交流時間の増大、さらにハード(衣食住)からソフト(レジャー・余暇・精神的充足)への国民的意識と価値観の高度化である。
愛知県の『21世紀計画 平成5ー7推進計画』においても、「交流人口と地域づくり」戦略を、通勤通学人口(事業所・研究機関)・ビジネス人口(本社中枢機能誘致・業務拠点地域整備)・ショッピング人口(商店街)・観光レジャー人口(観光地・テーマパーク・文化・スポーツ施設)・イベント人口(展示場・行催事)等の交流人口を拡大する政策をあげている。
交流人口を地域政策とした地域活性化モデル地区は、以下の15市区町村である。
図:対象モデル市区町村の概要と特徴(出典:国土庁『交流人口』p55
平成5年)
新日鐵は、3年毎に中期計画を実施し、98年から第4次を実施中で、この2年間で5名の死亡災害と12名の在職死が発生している。下記の表の従業員数の推移・粗鋼生産量人件費・労働分配率の統計をみて、このような変化にもかかわらずなぜ粗鋼生産量はほぼ横這いをたどっているのか? その理由を考えてみよう。
図:新日鐵の有価証券報告書からみるデータ
1999年6月の日本の完全失業率は、遂に過去最悪の4.9%となった。完全失業者数は329万人で、企業の都合による非自発的離職者は過去最多の118万人となった。労働省発表の有効求人倍率は、過去最低の0.46倍である。総務庁の労働力調査では、就業者数は6.519万人で1年前から89万人減り、被雇用者数は5.321万人で70万人の減少である。
男性の完全失業率は最悪の5.1%、特に25〜34歳層(5.4%)と55〜64歳層(7.2%)で最悪を記録した。女性の完全失業率も4.4%に悪化した。就業者と完全失業者をあわせた労働力人口は、18万人減少して求職断念者が増大していることが分かる。
地域別失業率は、近畿6.1%・南関東5.6%・北陸4.1%・東海3.9%と4ブロックとも最悪を記録した。 |
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新規求人は3.1%減少し、産業別では製造業ー10.8%・建設業ー8.4%・運輸通信+1.0%・卸小売業飲食店+1.2%・サービス業+1.2%で、第3次産業への移行がうかがわれる。企業規模別では、千人以上の企業で21.5%減少し、大企業の事業再構築による採用抑制が強力に進められていることが分かる。
図:雇用・失業率の推移(出典:長谷川秀男『地域産業政策』p104
日本経済評論社)
日本の失業率計算は、「受験勉強より難しい」といわれるほどややこしい。アメリカの失業率統計の算出基準と比較して、レイオフ(一時帰休)と一時休業者、求職活動の評価、求職意欲喪失者の扱いの差異を修正すると、日米失業率は遙かに逆転するといわれる。愛知県内の97年の完全失業率は2.9%です。残業時間は平均175時間(30人規模以上)、年休の残しは平均6.5日(新規付与日数18.1日に対して使用日数11.6日 10人規模以上)となっています。下記のワークシェアリングによる試算から、愛知県の雇用改善の方向を考え、さらに地域経済への経済誘発効果を考えなさい。
図:ワークシェアリング試算(愛知県 1997年)
次は、大学・短大卒業者数・就職率の推移及び採用条件の男女別内容です。愛知県の経済の変動と関連させて、その原因を考えてみよう。
図:大学・短大卒業者数、就職率推移
12,論文の書き方 (参照:駒沢大学三井逸友ゼミホームページ
1999年)
論文(レポートや卒論)には一定のルールがあり、その書き方によって内容の善し悪しや評価もある程度左右される。このようなトレーニングは、将来の仕事の現場で必要となる知識ですから、しっかり身につけておきましょう。
1)手順
(1)全体構想(プロット)をたてる
@論文とは、自分でQ&Aをすること
論文を書くことは「○○について書きます」ではなく、自分の「問いかけ」を持って「答え」を出すプロセスをいいます。例えば「Jリーグについて」では「Jリーグはビジネスとして成り立つか」とか「Wカップ誘致の経済効果はあるか」など自分で自分に質問を出し、問いかけていくことが大事です。
A問題意識を育てましょう
日頃から常に「なぜなのか?」「本当にそうなのだろうか?」といつもアンテナを張って、自分の頭で考えて答えを出していこうとする姿勢が重要です。
Bテーマは出来るだけ絞りましょう
或ることを考えていくとドンドン関心が広がり、アレモコレモとなる場合がありますが、そのままでは論文とはなりません。自分が最も云いたいことに焦点をあて、そのなかで整理された点に絞り込んでいくと論文となります。一つの論文の背後にそれを支える大量の情報や資料が隠されています。
Cサーベイが大事
貴方の選んだテーマは、すでに誰かが研究している場合が多いものです。先行研究を調べて整理し直して、初めて未解明の問題が見えてくるという仕組みですから、先行研究のサーベイなくして論文はありません。そして、最後に「誰も云わなかったこと」や「誰も考えなかったこと」を貴方自身のオリジナリテイーとして提起できるのです。もちろん先行研究を整理することに終わっても論文としては意味があります。
(2)「題名」を決める
題名で論文の価値の半ばは決まります。題名は、論文のねらいを簡潔に一言で表現した問いかけのコトバですから、「この論文は読んでみたいナー」という気持ちにさせる明快単純なものにしましょう。例えば、「企業について」という曖昧で漠然としたものでなく「○○企業における再構築の問題点」などと意図が伝わりやすいものがよい。そのためには、メインテーマとサブテーマの2段構成にするとよい。「企業の再構築の問題点についてー○○社の場合にみる」など。
(3)全体の編別構成をつくる
論文の全体構成(目次)の組立が重要であり、題名と編別構成で80%は決まってしまいます。編別構成は、自分の論文の展開・筋道・論理が凝集している骨格的な位置を占め、一般的には次のような構成となります。
T,部(章)
1,章(節)
(1)節(項)
@項(目)
(4)起承転結のある叙述を心がける
@「問題の所在」、「分析の視角・方法」、「はじめに」など冒頭部分
問題は何か、それを採り上げてどう明らかにするか、という導入部で論者の立場を明らかにする。出来ればここでYES・NOを明確にしてそれをどう証明するかということを事前に告げるというスタイルがよい。
Aストーリーが見えるように展開する
無駄なことはできるだけ省いて、別のことを入れるときは「補論」というかたちで挟んだり、要約を入れるときは「小括」として論旨を途中で整理したりして、本論自体は流れが分かるようにするとよい。
B「結論」は明確に
「なにが」・「どこまで明らかになったか」を明確に書き、決して大風呂敷やとってつけたようなことは書かないようにしましょう。
2)文章
(1)主語・述語を明確に
長くなると主語と述語の対応が分からなくなる場合があります。この時は、中間をとって主語と述語を直結したら浮かび上がってきます。
(2)文体の統一
「・・です」「・・である」「・・だ」はどれかに統一する。代名詞(私・自分・僕・筆者・我々)が不統一にならないようにしますが、同時に客観的な論文であるためにはできるだけ代名詞は使わないようにしたほうがよい。
(3)流行語・俗語・幼稚語は使わない
エッセイではなく論文なのですから、「そいでもって」「・・・みたい」「・・・だよね」「というか」「ださい」などは絶対に使わないようにしましょう(俗語研究などの論文は別です)。
(4)同じ接続詞・形容・語尾表現の反復は避ける
「思う」の濫発は絶対にやめる。「思う」は文学の世界で使われる主観的な表現で、科学性を要求される論文では「思う」ではなく、「考える」・「受けとめられる」・「判明する」「理解する」などを多様に使い分ける。
(5)文はできるかぎり短く、分かりやすいものに
(6)段落は1枚に1カ所は最低つける
文章を「。」で区切っても延々と続くのは内容が整理されていないからです。リズムを持った論文にするには、段落を400字に1つは最低入れていくようにしましょう。
(7)「引用」は明記する、盗作は厳禁
著作権を侵害した者は「3年以下の懲役又は30万円以下の罰金」です。実際に引用・参照を行うときは、「 」に入れて自分の文章と区別して出所を明記する。これは法律を守るということだけではなく、研究者への敬意と読み手への告知です。
直接の引用でなくても必ず「○○氏によれば」「○○の事例からみて」などと典拠を明らかにするのがルールであり、自分のデータでなくても、論文の客観性が保障される。図表や統計も必ず「注」を付けたり「出所」「出典」と記しておくこと。
3)筆記方法
レポート用紙ではなく、原稿用紙を用いる。ワープロの場合も編集・印刷・校正の約束事にもとづいた機能を使用すること。
(1)文章の書き方
@文章は1マス空ける
A「。」「・」「,」などは1マスに入れる
B「」『』( )< >なども1マスに入れる
C「注」は、マス外の該当個所に、(1)のように記し、著者名・出版社・発行年
号で示して、文末か,章末や節末・各頁下の欄外に一括して示す。
D「、」「。」が改行した次の行の行頭にいく場合は、特例として前行の終わり の欄外に付けることができる。禁則処理の行頭禁則文字のブラ下げ処理であり、 ワープロは自動的にオプション処理できる。
E図・表は通し番号を打ち、本文とは別の紙、ページに貼り込み・書き込みし、
その通し番号で本文中に表記・引用する。本文と同じなかに貼り込んではいけ
ない。ワープロは自動処理が出来るが、やはり別にしたほうがよい。数表は「表
1−2」とし、グラフや図は「図1−2」と別々に通し番号を打つ。
F文の段落は、空きマスを残して改行し、改行後の文頭を再び1マス空ける。
G英文・数字は必ずしも1マス文字でなくともよい。ワープロはかな漢字は「全
角文字」、数字・アルファベットは「半角文字」となる。
H原稿用紙は必ずページナンバーを通しで打つ。図・表・注・文献集もおなじ。
I訂正は等の書き込みは、挿入箇所が分かるように、マスの上下の空白か左右
の空所に入れ、詰めるところはつぶしておく。これもワープロの場合は自動的 に消去して清書できるのでよい。
(2)注・文献の表示
@「注」は通し番号で、文末・章末に一括して記す。全編同じ数字で通すか、
章毎に通すかは自由である。ワープロは「注作成機能」で表記方法の条件指定 ができる。
A書名の引用方法は、[:著者名『書名』発行所名、発行年次、頁
]が通常用い られる。発行年次はカットしてはならない。
B同一文献の場合は、[:著者名、前掲書、頁]のみでよい。欧文文献は、前掲
書をOp.cit.、同上はibid.とする。
C外国語(英文)文献は、日本語と同じく姓を先にして記す。編者の場合は、
その名の後に(ed.)ないし(eds.)(複数の編者の場合)と記す。
D書名・掲載誌名はイタリック(斜体)で表記するので、原稿ではアンダーラ
インを引く。頁表記は、英文の場合、単一頁はp.で、複数頁はpp.で記す。英
文単語が途中で改行する場合は、”ー”ハイフンを行末に付け、次の行とつなが
っていることを示す。数字の場合も同じ。改行が難しい場合は行末を空け改行 してよい。
E新しい表示方法(ハーバード方式)
引用・参照文献を脚注ではなく、別に一
括して『参照文献』(References・Bibliography)で表すやり方。文献類を著者名
で整理し、これを順番で並べ(姓のアルファベット順・同一人物は発行年次順)、
本文中で直接または注で、著者名(年次)・著者名(文献番号)と記す。
参照文献
荒木 國臣(あらき くにおみ))
【略歴】
1943年 岡山県生まれ
1967年 東京教育大学文学部哲学科卒業
1996年 名古屋市立大学経済学部大学院(国際経済・流通経営専攻)
名古屋市立大学経済学研究員
【主な著書】
「人格の危機と地域認識の形成」(篠田印刷 1985年)
『有松町並み保存にみる歴史的環境保全運動の形成と展開』(赤磐出版
1987年)
【現住所】
〒464−0039 名古屋市千種区日和町4−14−2
発見・探求 地域経済
1999年9月20日 初版第1刷 発行
著 者 荒木 國臣
発行者 赤磐 徹
発行所 地域経済研究センター