千夜一夜の読書物語(2006/8/31第1夜開始 2010/8/12 第466夜) 
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第466夜:W・ブルス、K・ラスキ『マルクスから市場へ 経済システムを模索する社会システム』(岩波書店 1995年)
 ソ連・東欧東欧崩壊直後に翻訳された本書は、非常に注目を集めたのですが、その後のネオ・リベ的な改革に圧倒されて、本格的な市場社会主義論が日本では展開されなかったように思います。その後の中国やベトナムの社会主義市場経済路線による経済成長で、果たして市場社会主義の実験はなんであったのか、なぜ崩壊したのか改めて注目されるようになったと思います。著者はポーランドの改革派経済学者として、市場社会主義をリードしましたが、保守派と対立して亡命しています。
 筆者の基本的なスタンスは、資本主義に対する社会主義の優越性を前提に置いて、どうしたら企業家経営精神が効率的に展開する条件として、生産物市場のみならず、労働・資本市場の導入を提言し、しかも国有セクターの市場競争を推進しようとしていますから、もはや社会主義とは生産手段の公的所有のみとなりますが、所有権の処分権や使用権の大幅な導入を認めていますから、資本主義との本質的な差異がなくなっているような気がします。
 その根底には、協同の連帯的な人間を条件とする社会主義に対して、自己利益を極大化する効率的人間観があるような気がします。著者たちは、マクロ経済学の数理分析を駆使していますが、数理分析の前提にはこうした人間観がありますから、著者たちは本質的には資本主義経済システムに与しているのではないでしょうか。著者の意図がどうであれ、現実に存在したソ連と東欧社会主義は、西欧資本主義の発展に危機を抱いて、必死になって市場の改革導入を模索しており、とくにユーゴ、ハンガリー、ポーランドの経済改革が分析されていますが、なぜそれが失敗に到ったのかは未完に終わっているようです。ユーゴは国家統制をはずして各共和国に実権を移譲してから、地域間不均等が極大化したからだといい、ハンガリーやポーランドは国有セクターの優位を譲らなかったからだと云いますが、ここからは現代の中国やベトナムへの示唆は出てきません。或いは旧社会主義国は、いずれも資本主義が成熟しないで社会主義へ強行的に移行した歪みがあり、市場の成熟も困難が伴ったのだということはそのとおりなのですが、政治と経済を含めた民主主義の問題についてほとんどふれていません。一党制批判が不可能な東欧アカデミズムの限界でしょうか。日本の市場社会主義の可能性に重要な資料となるでしょう。(2010/8/12)

第465夜:スラヴォイ・ジジェク『ポスト・モダンの共産主義ーはじめは悲劇として、二度目は笑劇として』(筑摩新書 2010年)
 スロヴェニア出身の在仏ラカン派マルクス主義思想家で、歯に衣を着せない批判精神と正面からのコミュニズム擁護を、映画批評などを織りまぜて展開するので非常に面白い。本書は、9.11と金融崩壊後の世界と未来を探求する。以下はその概要です。

 現代資本主義の危機はじつは左翼の危機である→資本主義がエコロジーなど公共性を商品化しつつある(人間化戦略)
 資本主義の精神は、生産レベルでは、1930年代恐慌まで<起業家精神>→1960年代まで<取締役>→1970年代以降<ネットワーク型職場組織>(労働者自主管理の内部化
消費レベルでは文化資本主義(疎外の資本主義的超克)・デジタル資本主義(神経科学の認知モデルと資本主義イデオロギーの共振)
 文化資本主義による非抑圧的快楽主義への包摂への対応形態は、(1)さらなる性的享楽の過激な探求(2)左翼政治テロ(直接行動による大衆意識の覚醒)(3)神秘主義への精神世界であったが、いずれも具体的な現実からの逃避であった
 西欧マルクス主義の決定的問題は労働者階級が革命主体とならなかった→革命主体の代役をあちこち捜し求めた→成功した社会主義革命モデルは農民による土地化違法と反戦の情念の臨界点であった→歴史は必然性の展開ではなく偶発的プロセスだから革命家は辛抱してその瞬間を待つべきだ
 現代の体制的敵対は(1)環境危機(2)知的所有権の危機(3)科学の倫理的危機(遺伝子工学など)(4)新しい社会的排除であり、現代世界は終末に近づいている
 現代の終末思想は(1)キリスト教原理主義世界最終戦争(2)ニューエイジ精神世界=ホーリズム宇宙意識への移行(3)テクノデジタル・ポストヒューマニズム(4)非宗教エコロジズム=人類の自滅の4類型となるが、危機の(1)−(3)のコモンズを(4)の正義の問題からどう考えるかが分岐となる
 西欧の植民地主義への自己批判は、優越感の裏返しであり諸悪の根元である栄誉の宿命を引きうける倒錯した良心(罪の告白による罪意識の強化と自己煩悶の快楽)であり、第3世界が西欧を拒否するのは西欧の自己批判による過去の放擲と他者への同じ自己批判要求である→左翼は自責の念を振りはらって(スターリンの罪悪への加担)解放志向の継承を胸を張っていうことである
 コミュニズムの普遍の要素は、(1)平等の正義原則(2)テロルによる規律(3)政治の主意主義(4)人民への信頼の4概念であり、歴史上敗北のたびによみがえってきた
 現代の後期資本主義の知的労働の支配は、非物質労働の優越により、マルクス・ルカーチ物象化論革命論を無効にし、物象化の疎外が解放を意味することとなる→1968年闘争の対象は工場・学校・家庭であったが、工場は非階層的双方向型ネットワークに改変され、学校はフレクシブルな生涯教育となり、多様な性関係による伝統家族は衰弱し、左翼は目標を達した瞬間に同時に敗北した→市場原理が公共に浸透し刑務所など国家領域に侵入した、非物質労働により日常生活が商品化し、知性の私有財産化が誘発されている=剰余労働からレント超過利潤への転換→労働者階級は知的労働者・伝統的手工労働者・排除者に三分割され、知的労働者は解放された享楽とベラル多文化を愉しみ、伝統労働者はポピュりズム原理主義に包摂され、追放者は過激イデオロギーと普遍・特殊・個別に三層化し、公共空間は解体されて多文化アイデンテテイ政治・退行性ポピュリズム原理主義・違法犯罪宗教セクテイズムとアイデンテテイも拡散した
 終末の未来の破局への予防措置(先制攻撃)としてそこに到るプロセスに現時点で攻撃を掛けること、運動の高揚期が終わったときにふだんの生活に回帰してなお革命への意識を恋いこがれて待望すること、必然の法則などの大文字の他者は不在であり、誰かを待つのではなく自ら自由意志による純粋な主意主義によって必然性に対抗し超克する


 現状分析は鋭く危機感に満ちており、あれこれの流行思想の本質を射ぬき、コミュニズムの原理主義に立ち返ろうとしますが、最後の展望になると主意主義と主観的情熱と予測戦略という単純な激励に終わります。問題はこの展望と戦略の抜きがたい論理の実証不足にあるのですが、ここにあらゆる左翼思想の限界があります。現状分析も、工場と学校・家庭の表面的なポストモダン的な変容を評価して、内部で激しく衝突している実態を分析し得ていません。(2010/8/9)

第464夜:エリック・ホブズボーム『歴史論』(ミネルヴァ書房 2001年)
 東欧ユダヤ人のデイアスポラとしての両親の元で成長した著者は、英国共産党員の著名な左翼歴史学者であり、本書はソ連崩壊前後の各地における講演を編集したものです。英国は日本と異なって共産党の政治的影響力は大きくはありませんが、はるかに近代的な思想の自由が社会化され、共産党員学者がアカデミズムでそれほどには迫害を受けないようです。しかし西欧史学の成果を組み入れてマルクス主義史学を豊かにしようとする姿勢は、ソ連圏からは異端視されて、ロシア語への翻訳は一冊もないといっています。
 政権維持のために自国の歴史を作り替える典型例として日本があげられていますが、過去のデータ・メモリーの最良の蓄積として歴史を背負っていくのだとしています。歴史学は、社会学や経済学の成果を学んでより豊かに発展するとして、マクロ・ミクロ経済学を相当に勉強しており、アナール派の社会史なども取り入れようとしています。しかし新古典派的な計量学派は批判され、現実と切断された専門の自閉としています。経済決定論的な通俗マルクス主義を批判し、いわばルカーチ流の実践的マルクス主義の人間論を重視しているようです。
 自分の人生をすべて捧げた共産主義の夢は破れたが、むしろ歴史家の精神は敗北によって鋭敏になり、勝者は勝利に酔うがゆえに最後に破れるとしています。著者はマルクス自身のアジア的生産様式論と原始社会論の誤りを指摘し、さらに階級と階級闘争による共産主義の必然性もその弱さ(硬直的法則性、経済決定論、窮乏化論)を指摘しているように、徹底した学問的姿勢を維持しています。ただしソ連崩壊論はやや通俗的な指摘に留まっています。(2010/8/8)

第463夜:H・M・エンツエルスベーガー『ハバナの審問』(晶文社 1971年)
 ブレヒト後のドイツの左翼文藝をリードしたエンツエルスベーガーが、1961年のCIAによるキューバ侵攻事件によって逮捕された侵攻軍の兵士の訊問記録を編集したしたものです。謀略に走った兵士も革命軍の尋問者も、当時の高揚した雰囲気をリアルに伝える生きた言葉の応酬は圧巻です。革命直後のキューバの法制度準備期であり、逮捕された兵士らは一般市民が参加した大衆球団集会のような場で訊問されています。革命政府側の人道的水準は極めて高く、被告を同等の立場で発言させ、自己欺瞞を悟らせようとする態度です。逮捕された兵士集団とカストロの対話集会の記録もあるのですが、さすがにカストロは雄弁で鋭い革命家の弁舌です。裁判は別に行われ、大多数は国籍剥奪の上に罰金刑であり、旧独裁政権下で拷問を加えた者5名のみが死刑判決を受けています。志気が高く高潔である革命直後のキューバの雰囲気が伝わってきますが、現代の経済封鎖で苦しむキューバにはそのような熱気はありません。先々年に訪れたキューバ旅行の印象とは大いに異なります。反独裁下民主革命の主体が左翼であり、急速に社会主義システムへと転化したのですが、ほんとうにロシア革命と同じく途上国革命の進度は難しいものがあります。それにしても、CIAのキューバ侵攻がCIA謀略であり、ケネデイ大統領も全貌を把握していなかったのが事実であれば、アメリカという国のコントロールはどうなっているのでしょうか。しかし社会主義システムであるがゆえに、テロ国家指定を一方的に行って国家解体をめざす米国の行為こそ、最大のテロリズムです。(2010/8/8)

第462夜:スチュアート・ヒューズ『意識と社会 ヨーロッパ社会思想 1890−1930』(みすず書房 1965年)
 著者は米国の西欧思想史研究者で、方法論的にはウエーバー的な客観主義といえましょう。19世紀末から第1次大戦に到る社会不安の中で、実証主義を批判して登場した思想家を分析しています。著者は、知性や思想を精神的貴族主義の独立性からみているようで、時代精神から独立性を保ってオリジナルであり得たかという視点のように見えます。しかしその内実は思想家の生育過程の時代的な意識と出身階級の意識に求めているようで、とくにこの限界は浅薄なマルクス主義批判にあらわれています。ほとんど反共に近い姿勢は、著者のマッカーシズムとの関係を示しているのかも知れません。米国の非マルクス主義系思想史家の限界が露呈していますが、一方ではすでに歴史から忘却された思想家も登場しますので、その点は面白いところがありました。書斎とアカデミズムに静かに閉じこもって、あれこれと観照的に思索する人にとっては、こころ落ち着く著作でしょう。(2010/8/3)

第461夜:G・M・ホジソン『経済学とユートピアー社会経済システムの制度主義分析』(ミネルバ書房 2004年)
 ひさしぶりに本格的な経済理論書を読了して堪能しました。著者は、制度主義理論から進化経済学理論の指導的理論家として活躍し、本書は関西大学への2年間の研究生活中に書き上げたものです。著者の問題意識は、ソ連型社会主義崩壊後の市場原理主義の勝利による歴史の終焉に異議を申し立て、資本主義の終焉と新たなオルタナテイブの可能性について、、追求しようとする誠実な思考にあふれていますが、その視角はマルクス主義と市場原理派の双方を現実を把握できないユートピア理論として、分析的に限界を明らかにし、それはいずれも伝統や歴史によって積み上がられてきた文化や制度のサブシステムの重要性を視野に入れないで、純粋理論の無限定な適用にあるとします。
 著者が歴史的に可能性を見いだす制度は、労働者協同組合や参加型産業民主主義の経験であり、現代資本主義の知識集約型産業の中核化が、労働力の商品化を実質的に掘り崩すとして、資本主義の内部崩壊を主張する知識集約型経済=学習の経済学を対置します。マルクス型社会主義は、情報を集約不可能な中央統制の計画経済に置くがゆえに、専制的な全体主義に結果し、
市場原理派は合理的経済人という抽象的な人格設定により、市場原理になじみ得ない人間集団と制度を無視して暴走せざるを得ないとします。両者の論争として社会主義経済計算論争が分析され、何れも誤りだとします。著者は協同組合による市場社会主義を展望しますが、知識集約型の資本主義企業がどのようにして労働者協同組合に転嫁していくのかの展開はありません。
 日本研究も徹底しており、宇野弘蔵や松下幸之助、青木昌彦その他の経済学者の理論が紹介されますが、現代日本経済を終身雇用制などの独特の企業文化の優位性に求めるなどかなり錯誤的です。新古典派とマルクス主義批判にはかなり考える点がありますが、著者自身の対案としての知識経済論は短絡化しており、実態としての知識労働者が剰余価値の対象となっている実態と背反しています。少なくとも、中央計画型経済理論は理論的にも実体的にも破産し、市場社会主義へのみちの可能性が探求されていますが、この市場社会主義は現代の中国やベトナムの路線とも異なり、市場社会主義の多様性について今後の検討が求められます。(2010/7/30)

第460夜:豊田四郎『ネオ・マルクス主義国家論の検討』(光陽出版社 2004年)
 著者は、従属帝国主義論で著名な戦後共産党の理論家ですが、戦前期に治安維持法で逮捕されて慶応大学助手を追放され、戦後助教授として復帰しましたが、病で退職後に、共産党の理論活動に従事しています。784頁に及ぶ大著である本書は、今は懐かしい西欧共産主義の理論的な主柱であったネオ・マルクス主義の理論家であるアルチュセールとプーランザスを批判したものです。10年間を費やした思索の原稿段階の論文を掲載しています。残念ながら失望せざるを得ません。
 主要な論点は、構造主義国家論と関係主義国家論の否定的批判ですが、その論拠はマルクス、エンゲルス、レーニンの原典を聖典として、すべてを階級国家論の否定として、原典からの逸脱に帰しているに過ぎません。M・E・Lの理論構築以降の100数十年の歴史から新たに生みだされた経験と理論の評価の介在はなく、ただ単に古典の機械的な引用で批判しているに過ぎません。とくに先進国の成熟した晩期資本主義の新たな質の一部として、ネオ・マルクス主義の積極面を評価する可能性についての言及はなく、ただ単なる労働貴族の修正主義的模索の混迷として規定しています。もしこの書が、戦後共産党の理論的到達点の一部をなすとしたら、その存在意義に重大なマイナス効果を持つでしょう。
 著者は、古典をその記された歴史的状況に置いて把握すべきだと述べながら、ネオ・マルクス主義理論の戦後世界の晩期資本主義の必然的理論として具体的に検証しようという姿勢はありません。従って、現代国家の調整主義的、介入主義的な公共性の側面は無視され、単なる階級支配の抑圧道具としてしか見ませんから、豊田氏の理論の共産党に及ぼす理論的打撃は大きいでしょう。本書は、ソ連崩壊後の2004年に出版されていますが、ソ連型社会主義の国家論の破産の解明は全くありません。(2010/7/27)

第459夜:ホルヘ・ルイス・ボルヘス『不死の人』(白水Uブックス 1996年)
 高名な南米の作家の短編集です。南米独特の風土的な神秘性がただよう文体に引きこまれていきます。ストーリーそのものは月並みです。(2010/7/23)

第458夜:カート・ヴォネガット『母なる夜』(白水Uブックス 1984年)
 ナチスの対米宣伝放送のアナウンサーが、じつは米国のスパイであり、ニュースを通じて情報を米国に流していた。戦後にそれを明らかにすることは不可能で、ナチ戦犯として追及されながら、ニューヨークの片隅で陰謀の渦に巻き込まれ、自分の居場所が蒸発してしまう現代人を象徴的に描いています。いかにも映画化を予定しているような、スリルとサスペンスに富んだ面白さです・。(2010/7/23)

第457夜:エミリオ・ルッス『戦場の1年』(白水Uブックス 2004年)
 作者はレジスタンスの指導者として戦後は下院議員になっています。この作品は、第1次大戦のオウストリア国境の果てしない塹壕戦のイタリア軍を文字どおり、事実を再現するようなリアルな主観を交えない筆致でもののように描き抜いています。指揮官の無能さ兵士の献身性が際だって、戦争の悲惨と無意味性がジワジワと刻みこまれてくる、リアリズム文学そのものといえましょう。(2010/7/23)

第456夜:『ヴイーコ自叙伝』(みすず書房 1991年)
 ひたすらに教会と王家の権威に敬意を表しながら、激しい学問的競争の世界を生き抜いて、デカルト批判として理性の限界を主張する思想を展開するに到る行程が述べられていますが、自己の思想的な構築の過程を詳述はしていないので、当時の教会アカデミズムの地位獲得過程が少し分かるだけです。(2010/7/23)

第455夜:デイビッド・エドモンズ、ジョン・エーデイナウ『ポパーとビトゲンシュタインとの間に交わされた世上名高い10分間の大激論のなぞ』(筑摩書房 2003年)
 1946年ケンブリッジで、10月25日の凍てつく夜に、ヴィトゲンシュタインが主催してポパーの報告が行われ、両者の間に激烈な議論が行われ、ヴィトゲンシュタインは火掻き棒を振りまわし、席を蹴って退場した。この激論の背後にある両者の全生涯の差異を明らかにしたのが本書です。要するに、ウイーンの上流階級の出身であるヴィトゲンシュタイインは学問の王道を歩き、下層の出身であるポパーは這い上がってきて、同じユダヤ人という出自のめくるめくような非対称性の結果としての激論であったというのが本書の趣旨です。その限りでジャーナリステイックには面白いのですが、論理実証主義と分析哲学の原理的対決として思想的に深めるという叙述ではありませんので、それだけの書でしかありません。(2010/7/23)

第454夜:ジョン・E・ローマー『これからの社会主義 市場社会主義の可能性』(青木書店1997年)
 既成社会主義の問題は、公的所有を物神化し、所有権の多様な存在形態を無視したことにある。市場社会主義理念の歴史は、ハイエク・ランゲの社会主義経済計算論争からあり、ソ連型経済の失敗の要因は、(1)競争なき行政的財の配分(2)党による企業の直接管理(3)非民主的政治(代理人問題を解決できない)である。市場社会主義の現代的モデルは、(1)労働者自主管理企業(資本集約的産業では困難)(2)公的企業の私的投資規制(クーポン株式市場、バウチャー株式市場)(3)重役会民主化企業
 問題@市場社会主義では競争・効率・技術革新のインセンテイブはあるかA市場社会主義への国家介入は?B市場社会主義での計画はあるかC市場社会主義は共同体感情が醸成しない段階での初期社会主義である
 非常に刺激的な社会主義論であり、基礎には米国型プラグマテイズムがあり、ミクロ経済学の社会主義への適用がある。中国やベトナムの市場社会主義の実態とも異なる理論的探究がある。(2010/7/23)

第453夜:ジョン・ホロウエイ『権力を取らずに世界を変える』(同時代社 2009年)
 著者は中南米の変革運動に思想的な影響力を持つ政治思想家です。本書は、ソ連型社会主義崩壊の根源を、レーニン型の国家革命論に求め、必然的なスターリンかをもたらすとして批判し、国家を多様な社会組織の一つとし、資本主義的搾取の社会的調整機関に過ぎないと位置づけ、国家を介在させる革命は虚妄だとします。評議会とか自主管理の直接民主制による変革を主張しますが、その戦略は心情的、抽象的で明確ではありませんし、本人自身もよく分からないとしています。この書の魅力は、資本主義が終末の限界にあるにもかかわらず、なんの変革の見通しもない現実への哀しみを心情的によく把握し、疎外の実態を告発的に解明し、怒りとか叫びの原始的な行為を称揚している点ですが、原理的にはアナーキズムかサンデイカリズムであるようです。マルクス主義理論でうまくゆかない現状に苛立ちを覚えている人には斬新に見えるでしょう。(2010/7/23)

第454夜:李恢成『死者と生者の市』(文藝春秋 1996年)
 在日朝鮮人作家である作者は、自己の国籍を朝鮮籍でもなく韓国籍でもなく、朝鮮とだけしていますが、マージナルな状況を生き抜こうとする誠実な探求があります。困難を押して韓国へ入国し、倒置でのさまざまな交流を描きながら、自己の選択を見つめなおすというものです。この作家には、なんというかある種のやさしさがあり、そこに何か不徹底な曖昧さも感じますが、在日のある想の心情を代表しているのかも知れません。しかし彼の作品を読むのは在日よりも、日本人が多いのではないでしょうか。(2010/7/23)

第452夜:野田正彰『戦争と罪責』(岩波書店 1998年)
 中国戦線での普通の日本人が、どのような心理過程を経て、残虐な嗜虐的な行為を遂行するようになっていったのか、集団への埋没、過剰適応、服従への逃避、無邪気な悪など精神医学のタームを駆使しながら、告白を中心に迫り、帰還後の罪責と謝罪の過程を明らかにしています。身の毛もよだつようなリアルな事実が次々と告白されますが、そのような告白を引き出す自己の無垢な存在をこの精神医学者は何らの自己反省なく受けとめて、批判的に描写するのは、なにか空恐ろしい権威の猫力であるような気がします。著者は自らも罪責の一部であることを自覚できていないのです。しかし戦時期のファナテイズムと裏腹の感情麻痺は、戦後社会にも継承されて、日本は異様な歪んだ社会となっているという警告は、慄然とするものがあります。(2010/7/23)

第451夜:『討論 日本プロレタリア文学運動史』(三一書房 1955年)
 1954年に雑誌『近代文学』に6回にわたって連載された総括的な討論記録であり、戦後の代表的な文学者と評論家が参加しています。蔵原惟人、宮本顕治、小田切秀雄、野間宏、本田秋五、荒正人、佐々木甚一、亀井勝一郎、中野重治、林房雄、平野謙、山田清三郎、神山茂夫、高見順、窪川鶴次郎、新島繁、久野収、寒川道夫、栗林農夫、除村吉太郎、青地震、江口かん、岩上順一、菊池章一、花田清輝、竹内好、猪野謙二、服部達などのほとんどオールスターキャストという豪華なメンバーです。50年代前半にはこういうメンバーで議論する雰囲気があったのだとあらためて感慨をもよおします。テーマは、プロ文学運動の再検討、ナルプ解散と転向、社会主義リアリズム、戦時下抵抗、プロ文学と民主文学、国民文学です。
 圧倒的な存在感を示しているのが、体系的に論理展開して整然と整理する宮本顕治氏の理論水準の高さであり、「プロ文学を含めて日本の文学の矮小性を批判し、プロ文学が日本文学に本質的に持つ意味、主体的努力と歴史的限界、戦後民主文学は戦前プロ文学の精密な理論的腑分けなしに漠然と提起された、自然発生的な無産文学→プロ文学の主体確立→ソ連文学理論の輸入、革命文学だと××ぶんがくとなるがプロレタリア文学は伏せ字にならない」などといっています。神山氏は野蛮であり、その他の評論家は文学特有の主観性があり、やはり社会科学的な分析力が必要と痛感します。
 「日本は亡命不可能であり、偉大な休暇といっただけで逮捕された」「自由主義者に自己をつらぬくバックボーンが強く、コミュニストの一部は少数を除いて総崩れとなった」「プロ文学の輸入性に対するアンチとして日本ロマン派が日本賛美を生みだした」「文学運動の旗手であった人が転向しないでくれ、せめて筆を折ってくれ、と願ったが、生半可な形で出てきて提灯持ちをやり出した(中の批判)」「自分がやられてもっと激しい彼らがやられないのはおかしいという雰囲気になる」「どうして戦後は戦前のような革命的な情熱をもった文学が生まれないのか(亀井)」「現在では宮本顕治や宮本百合子のような強力な個性によって社会と対決する自分の道を切りひらくような作家はもうでないのではないか(小田切)(2010/7/22)

第450夜:スラヴォイ・ジジェク『ロベスピエール/毛沢東 革命とテロル』(河出文庫 2008年)
 この著者の発想と分析には、いつも感心させるような冴えと鋭さがあふれて、ドキドキするような展開に引きこまれます。極左に近いようでいて、単なる左翼でもないような、独自の急進主義があります。現実の実態があまりに停滞して無力感を覚える変革の指向者にとっては、胸がすっとするような快感を味わうかも知れません。とにかく問題を一刀両断する切れ味があります。では読み終わって、何か新しい理論的開拓や新しい展望が密かに生まれているかというと、そう言うことはありません。麻薬のような劇薬で瞬間的な高揚が過ぎ去ると、また平々凡々たる日常の感覚に立ち戻っていきます。それにしても欧州では、このような理論家がアカデミズムで一定の位置を占め、思想分野で一定の読者を得ていることは、西欧社会主義のの歴史と蓄積の分厚さを実感します。日本兵の行動や鎖国の経済的意味、禅宗の対話など博覧強記と、映画などの世俗文化への精通など驚嘆すべき頭脳であることは確かです。ただし日本関係のものはほとんど解釈が間違っています。

 資本主義のイデオロギー的勝利の確かな印は、資本主義という言葉そのものを、マルクス主義を例外として誰も使わなくなったことである
 毛沢東は総合を敵の殲滅か自己の屈服の何れかとするが、彼の誤りはこのなめた無礼な態度にある
 イスラエル国防軍の軍事学校は、市街戦の概念化のために、『千のプラトー』を系統的に研究し作戦理論に用いている
 スターリンの収容所とナチスの絶滅収容所は、あおの歴史的瞬間では文明と野蛮の差異だった
 1989年の共産主義の瓦解は、1789年のフランス革命を国家主義的革命モデルの最終的失敗とするリベラル修正主義を勢いづけた
 第2次大戦中の日本兵の多くが戦場に向かう前に自分の葬儀を済ませていたことは、ファッシストの軍人魂ではなく革命家の根元的な姿勢と一致し、毛沢東の核戦争の地球滅亡論とも一致する
 今日における我々の任務は開放的なテロル(恐怖)の再発案にある
 17世紀初頭の幕藩体制期の日本は、野蛮な拡張を避けて文化的洗練に的を絞る均衡ある再生産という孤立主義の夢を選んだ
 ロベスピエールの頸をの傷を覆う包帯で頭がギロチンに収まらないことに気づいた死刑執行人は、冷酷に包帯をはぎ取り、つぶれた喉から身の毛がよだつ叫びを頸に落ちた刃が短く切り落とした
 イエスが死の瞬間に叫んだ言葉は、神自身が自分の存在に疑問を呈したことであり、神自身が無私論の孤独を叫んだ唯一の宗教としてある
 夥しい人々がエイズや飢餓で毎日死んでいる一方で、安楽死を論じている
 スターリン主義のおぞましさを知りながら、なおソ連への支持を英雄的に訴えたマッカーシズムの犠牲者をわれわれはたたえる
 アドルノに糺すのは、アウシュヴィッツ移行不可能になったのは、詩ではなく散文であり、収容所を写実的な物語の虚構として描く過剰には耐えられない、むしろドキュメンタリーを見ている方が楽なのだ
 米国の急進主義グループでは屍姦愛好者の権利ー生前に自分の死体を愛好者に提供する署名を主張する
 真のピアニストが演奏されることのない潜在的な音の反響を聞き分けながら、実在の音を演奏するように、思想家もそうである


第449夜:宇野弘蔵『恐慌論』(岩波文庫 2010年)
 日本マルクス経済学の代表的な潮流となった宇野学派の恐慌論であり、解説者は恐慌研究の白眉をなす名著と呼んでいます。岩波文庫入りをきっかけに私は初めて読んでみました。注目は、彼の独自性は何か、なぜ学会の一部を強力にとらえたのか?といった点でした。有名な原理論・段階論・現状分析は核物理学の武谷理論とよく似ておりますが、質的にはかなり違うようです。この3段階理論の内的な差異の構造化がないような気がします。
 さて恐慌論は原理論の最終局面を理論化しているのですが、彼によれば資本主義の原理的な矛盾は労働力の商品化による全存在の商品化の完成がなされますが、唯一労働力のみがものではなく人間という本質によって商品性と絶対的な矛盾の構造にあるというもので、その矛盾の爆発して恐慌があるというものです。この理論は生産の無政府性による過剰生産という一般的な恐慌論と異なる独自な視点であり、まら原理論には恐慌を含む資本主義からの体制転換の必然性は理論的に含まれないとして、資本主義の永久的運動として把握します。これはウエーバー的な理想型モデルによる社会科学方法論と酷似していますが、さらに実践論を極力排除して純粋理論として構築する方法論としてもよく似ています。
 政治的実践を含む時代精神との葛藤を免れ得なかったマルクス経済学の実態から、身を引き離してマルクスを考察する態度にはマッチする理論であったかも知れません。宇野氏はところどころでマルクスそのものの誤りを指摘しながら立論していますが、マルクスが神格化されていた時代では異色であったかも知れません。しかし叙述は、私的な感情も出るような高度なエッセイのような文体で、とても社会科学の実証性はなく、作者の強烈な個性がアトランダムに展開されているようで、ここにある種の人間性を感じた人もいると思います。
 さて理論問題で云えば、資本主義の原理的矛盾が労働力商品化にあれば、協同組合経営とか社会的企業などの剰余価値追求型ではない相互扶助経済が資本主義内部に誕生していることはどのように説明するのでしょうか? さらに体制移行の理論が原理論に含まれないとすれば、原始社会・奴隷社会・封建社会・資本主義社会と移行してきたとされる史的唯物論の体制移行の経済学はどのように位置づけるのでしょうか? (2010/7/3)

第448夜:パウル・ツエラン詩集『糸糸の太陽たち』(BIBLOS 1997年)
 本詩集は1968年に出版され、両親を強制収容所で殺害されたユダヤ人詩人は、戦後も迫害妄想に悩み、1970年にセーヌ川に入水自殺しています。鋭い言葉がなんの脈絡もなく乱舞するようなイマジネーションの高揚に、残念ながら私の頭脳ではついていけませんでした。訳者の解説に詩毎の解説がすこしあるので、それを参照しながら読んでいけばよかったと思いました。レーヴィやヴィーゼルなどユダヤ系の生き残り作家の極限の精神風景は、ツエランにいたってギリギリの限界を刻印しているのでしょうか。(2010/6/30)

 力、暴力
 
 その背後の竹藪にー
 交響楽のように吠えるレプラ

 ヴィンセントの贈り物の
 耳が
 到着する


第447夜:E・トラヴェルソ『アウシュヴィッツと知識人 歴史の断絶を考える』(岩波書店 2002年)
 本書はアウシュヴィッツに象徴されるホロコーストを人間の歴史の中にどう位置づけ、どう総括するのかという課題を西欧の代表的な現代の知的精神の内に探ろうとする本格的な現代思想分析です。私は図書館から借り出して読んだのですが、自費で購入して書き入れなどができないとと後で悔やむこととなりました。深く鋭い分析が続くので、訳者の解説に期待して整理しようとしたのですが、ホロコーストやショアーなど語義的な解説で、あとはアウシュヴィッツの定義しがたい深刻さを強調し読者に投げだしています。ホロコーストの思想的な分析がどう展開され、本書がどのようなフロントを切りひらいたのかを述べることが訳者の使命だと思うのですが。
 筆者はアウシュヴィッツ分析の類型を、迫害者のために働いた対独協力者類型、生き延びた犠牲者の証言型作家類型、ジェノサイドが戦争状況で見えなかった大半の西欧知識人、そして戦時期からアウシュヴィッツを思索の中心に置いたごく少数知識人(亡命者と国内沈黙者)の4類型に分け、亡命者グループは火災報知器の役割を果たしたがそれに耳を傾ける者はいなかったとする。
 カフカ、ベンヤミンはすでに予言し、ウエーバーの合理化論を人種主義と結びつけて絶滅の近い将来を描き、あれんとはナチスとスターリニズムを全体主義理論で説明し、ギュンター・アンダースはヒロシマとアウシュヴィッツを抵抗者を人間と見ない絶滅の思想としたが、ヒロシマのパイロットが自殺したのに対しアウシュヴィッツの運営者は冷静な官僚志向であったとする。アドルノは啓蒙の近代理性の善と悪の弁証法で説明し、アウシュヴィッツを繰り返さない新たな定言命令を提起した。その他ツエラン、アメリー、レーヴィ、サルトルのユダヤ人問題を分析し、結論として合理性と野蛮の問題に収斂させます。人間がもの化されてベルトコンベアーでフォード・システム的に処理されることを徹底的に考えねばならない。

 私は、アウシュヴィッツ問題を考えるときに、アジア人とくに日本人独自の視点があるように思われます。朝鮮に対する植民地支配、731部隊、南京虐殺などは、侵略帝国の野蛮であってアウシュヴィッツとは質的に違うのだろうか、広島・長崎の被爆は侵略の加害責任とどう相関させて考えるべきだろうか、そもそも日本には罪と責任の文化や戦争犯罪の記憶の文化があるのだろうか。訳者は第2次大戦後のアフガン戦争に至るすべての戦争や内戦・虐殺をアウシュヴィッツと関連させて、人間の業のような視点で見ていますが、これほどに日本的文化の射程のなさを示す始点はないでしょう。(2010/6/28)

第446夜:徐京植『汝の目を信じよ』(みすず書房 2010年)
 筆者の兄君の徐勝氏と大学時代の同級生でしたので、興味と関心を持ってみていたのですが、遅くして画家となった私の感性や問題意識との共通性をますます実感することとなりました。筆者はドイツ統一後に旧東独の美術館を訪れ、主としてかって頽廃芸術としてナチスから追放されたドイツ表現派の作品と出会います。そこに深化するファッショの時代と正面から対峙する画家たちの追いつめられた美的真実の告発を見るのです。デックス、ノルデ、ヌスバウムその他の代表的な作品を時代と格闘する画家の精神から読み込んでいき、在日である自己の半生と重ねていきます。それにしても、このような美術評論が日本人の中からなぜ出てこないのでしょうか。おそらく日本の左翼的美術家のなかに、ぬぐいがたいマイノリテイへの無意識の他者化があるのではないでしょうか。

 虐殺がアートになりうるか。死者が正しく葬られないままに放置されている。真実がなければ平和になんの意味があるのか? 90年代は全世界的に記憶をめぐるたたかいの時代であり、正しく葬るか蓋をして忘却するかの対峙であった。その全世界の記憶をめぐるたたかいのなかで、敗北を重ねている場所が日本であり、日本は特殊で例外的な存在だ。日本はこの闘いで敗北しつつある社会であり、従軍慰安婦や戦争被害の告発の商人たちを辱め歴史の真実を否定する動きが着実に勝利を収めつつある。同時に日本のアートは、たたかいと無縁であり、アートとたたかいを結びつけていない。日本の近代美術は、きれいを美意識として対象を徹底的に凝視する力を欠いている、これが20世紀ドイツ絵画との大きな違いだ。美意識は歴史的・社会的に作られたものであり、とくに近代国家は国民の美意識を統合する。国家の支配から独立した人間であろうとするものは、美意識の独立を幕得する困難な闘いに身を捧げねばならない。芸術的力量とは、技巧のことではなく、真実を直視し、それを独創の手法で描ききる人間的力量のことであり、浅薄な主題主義でも唯美主義でもない。芸術家は自立的な市民意識に立脚する国家への抵抗の公共性を創造すべきだ。日本近代の画家の多くは、自律的主体を書いたまま国家が与えた主題に自己の技巧を注ぎこみ、敗戦後は又何ごともなかったように私的な世界に回帰した。現在の日本の多くの画家たちも私的世界にひたりきって抜け出せないでいる。(2010/6/24)

第445夜:エリ・ヴィーゼル『そして すべての川は海へ 20世紀ユダヤ人の肖像(上)(下)』(朝日新聞社 1995年)
(上巻)作者の少年期から収容所生活を経て、パリでの新聞記者生活を描いています。東欧ユダヤ世界のハシデイズムに熱中する少年期の情熱には、ユダヤ人の独特の文化がうかがわれ、親友2人は狂気に陥って死んでいきます。シオニズム運動の支持者となっていきますが、この間は20歳以前です。イスラエル建国とその過程での激しい内部闘争も描かれますが、パレスチナ人追放への痛みの気持はそれほどに強くありません。数カ国語を駆使するのは、生活の必然とともに作者の豊かな能力を示し、また恐るべき記憶力にも感嘆します。ホロコーストに対し世界が沈黙していたことへの作者の怒りの深さを感じます。

 ワルシャワ蜂起の燃え上がる炎を対岸から見物しているカップル! なぜ生き残ったユダヤ人はドイツ人への復讐の行動に出なかったのか? ユダヤ人を虐待するユダヤ人がなぜ出現したのか? 自分のことしか考えないエゴイストが早く死に、なにかのために生きようとしたものがよりながく持ちこたえた アウシュヴィッツを許した神の存在を理解できない 多くのヒューマニストや知識人がズルズルと誘惑されたが共産主義者の地下活動は称賛に値するが、なぜ彼らが身代わりの囚人をたてて仲間を救うことができるのか分からない 生き残りの罪責感が問題となり加害者は悩まないのはなぜか? 敗戦ドイツ人が占領軍に物乞いしているのを見て私は満足感を覚えた 多くの人が生き残りの帰還者を敵意と疑惑と遺恨の眼で迎えたのはなぜか? パレスチナでも生き残りは尊敬されず、抵抗しない弱いユダヤ人としてとして扱われた
 敗戦後に収容所の記録や証言がほとんどなかったのは、その体験への接近が怖かったか恥ずかしかったからだ ナチの記録書からはユダヤ人を密告する書状が山をなしていた スペインのユダヤ人は戦時中にフランコがユダヤ人を弾圧しなかったのでフランコを礼讃していた
 私は一度も共産主義に惹きつけられたことはない、ナチズムと同じで共産主義の行きつくところは非人間性だ スターリンのユダヤ人への憎しみは偶然ではない
(2010/6/23)

(下巻)ユダヤ系新聞の支局員として米国に赴任し、他方では作家としてデビューし成功の過程を描いていますが、アメリカ型競争原理に飲みこまれて必死に苦闘する姿は率直にいって哀れであり失望します。手練手管を使ってヴィップに接近する自分を自慢するかのような筆致は世俗そのものですが、生き残ったユダヤ人が必死に生き抜く戦後の姿であり、私が批判する資格はないかも知れません。しかし私が作者にもっとも失望したのは、あのホロコーストを体験した民族が同じような行為をパレスチナ民族に加えていることに、作者がなんの痛みも覚えていないことであり、これは許すことができません。残念ながらヴィーゼルは、収容所体験の証言者として類い希なる貢献をしましたが、彼の立脚点はユダヤ選民思想にでしかありませんでした。(2010/6/30)

第444夜:エドワード・サイード『フロイトと非ーヨーロッパ人』(平凡社 2003年)
 パレスチナを追われたアラブ人であるサイードが、ユダヤ人のアイデンテイテイの本質を、フロイト最晩年の問題の書『モーゼと一神教』から考察した講演です。彼によれば、偉大な作家や芸術家の思想と人格の本質は、最晩年の作品からこぼれ出すのだそうで、フロイトのこの書とベートーヴェンのピアノソナタ、4重奏曲、ミッサソレムニスを例に挙げています。フロイトはユダヤ教の創始者であるモーゼが、ユダヤ人ではなくエジプト人であったことをユダヤ教の本質の源流にあるととらえ、ユダヤ人が本質的に西欧系であると同時に非西欧系でもあるという不協和の世界を生きるところにあるとします。さらにサイードは、フロイトの問題的後継者としてフランツ・ファノンをあげて現代の非西欧思想を明らかにし、ユダヤ系トロツキストであるドイッチャーを評価します。それは非ユダヤ的ユダヤ人という範疇です。そうした範疇の典型として、スピノザ、マルクス、ハイネ、フロイトなど西欧の代表的な人物の科学を信じるペシミズム思想を指摘しています。
 訳者の長原豊氏の解説は文学者特有の自閉的な表現で閉口しましたが、鵜飼哲氏の解説はさすがに社会科学者としての解説であり、サイードの思想の歴史的背景をよく理解できました。日本でなぜサイードが評価されるのか、もちろんオリエンタリズム思想の提起者として有名ですが、パレスチナ人でありながら西欧思想に深く学んでいるからだと思います。(2010/6/19)

第443夜:聴涛弘『カール・マルクスの弁明』(大月書店 2009年)・不破哲三『激動の世紀はどこに向かうのか』(新日本出版社 2009年)
 いずれも共産党の幹部による最新の社会主義論ですが、前者は個人著作であり個人意見が一定ありますが、後者は日中共産党の理論会議の報告なので公式意見に近いものです。ソ連崩壊と市場場原理主義の中での市場社会主義の展望がほんとうにあるのかー現在の共産党の理論を見ることができます。

 前書の興味ある論点
 ○初期マルクスの疎外論を人間の精神的本質論として評価している、疎外からの自由を社会主義だとする
 ○歴史を動かす史的唯物論を生産力・生産関係の客観的要因と階級闘争という主体的要因の2面からなるとしていること
 ○虚偽のマルクス像として@経済中心論者(ドイツ社民の待機主義とレーニン主意主義の両極)A実践的主体論(ルカーチ)B構造論(アンサンブル)
 ○福祉国家論は階級を包摂する限界があり、セイフテイネット論は中核の資本主義による限界があると批判する
 ○資本主義における社会主義の萌芽として、株式会社・協同組合を過渡形態として評価する 現代社会主義は資本主義の体内での社会主義的要素の発展としてある(*銚子電鉄の労働者持株による企業存続、社会的責任投資、株式会社の社会主義企業化、協同組合運動の多面的展開、巨大独占の出現による生産手段の社会化、ゴア・アンド・アソシエイツ(米)やオーテコン(デンマーク)など社長と財務以外ポストはなく従業員の自発的な事業提案でプロジェクトが作られて事業推進する新たな経営形態
 ○現在の矛盾解決の基調として人間的尊厳の確立を、@独立自営業A協同組合企業B企業の労働者による経営参加の追求(ここでグラムシの工場評議会の志向を評価する)の3形態に求める。その基礎として労働者集団所有形態(株の集団所有、協同組合、労働者代表による社会的所有)を考えるが、未だ発見されてはいない。
 ○ソ連崩壊後のロシア革命論は@クーデター論(ボッファ)A少数エリートの陰謀論B2月革命にとどめ10月革命にいくべきでなかったCレーニンはマルクス平和革命論に反したDレーニンは富農打倒・集団化など農民政策を誤ったE新経済政策のみがレーニン評価可能F党と国家機関の融合G1国1工場論のあやまりH赤色テロの肯定など少数者革命とロシアの後進性の限界がレーニンの誤りの根源にあるIスターリンの思想は大ロシア民族主義であり社会主義ではないJ党官僚制度によりにより脱スターリン化と市場経済は不成功に終わった
 ○現代中国論は@資本主義化論A市民社会形成論B社会主義期待論の3類型となる
 ○社会主義経済計算論争の評価、計画経済とは重要産業部門の全国的調生を労働者集団が主体となって行うーそのための労働者の企業運営能力が問われる 企業自体がCSRなど社会的存在となりつつある
 *この書はなかなかの斬新な発想を組み入れて社会主義への柔軟な発想が見られるが、不破理論の枠内に留まっている。広松理論や平田清明理論などを肯定的に摂取しようとしているのには驚いたが、ルソーの啓蒙理論を一面的に宣揚するなど社会科学思想への理解の不足が散見される(一般意志論のジャコパン的テロリズム化)

 後書は公式論的な見解の範囲内であまり参考とはならないが、興味ある論点として
 ○信用制度や株式会社制度の社会主義への移行のテコとなるとする評価(ある規制の下で)
 ○中国側の視点が資本主義の自己調整能力への関心から資本主義の限界へ転換していること
 ○資本主義の基本矛盾を生産の社会化と私的取得の矛盾に置くエンゲルス理論は間違いだ(搾取と剰余価値が無視される)
 ○スターリニズムの復活をめざし@スターリン社会主義の礼讃Aソ連崩壊は反革命B中国を含む全ての途上国資本主義は敵とするC反帝反独占プロレタリア独裁革命
 ○現代中国社会主義は、@資本主義セクターによる拝金主義の危険があるがA経済のマクロコントロールの優位性を持ちB民衆のセイフテイネットが弱いC革命精神の世代間継承の困難D労働者自身の参加が弱い
 ○未来社会での市場原理は長期にわたって続く、市場経済のなかで社会主義部門が生まれその優位性を示しながら社会主義へ移行していく
 *全体としてスターリンは全否定、レーニンは部分否定の基本肯定、エンゲルスは部分的弱点を抱えた基本肯定、マルクスは基本的・全面的肯定という視角で理論展開を試みている。スターリン主義批判はあるが、ナチズムに匹敵する悪の全面解明はない。スターリンをマルクス主義からの逸脱としてとらえ、マルクス理論それ自体の内在的解明をしていない。資本主義内部から自生的に形成される社会主義的要素(信用金融制度、株式会社制度、協同組合制度など)が市場を通じての社会主義論の基調のように思われるが、資本主義企業のプロジェクト事業制などに幻惑される弱点と、「国家独占資本主義」の国家による市場統制の解明が弱い。(2010/6/16)

第442夜:『武満徹/Visions in Time』(Esquire Magazine Japan Co.Ltd 2006年)
 丸善を覗いてみましたら、倒産した出版社の本が半額で販売されていました。ほとんどが工学技術系の本でしたが、そのなかにこの本が一冊混じっていたので冷やかしで買ったのです。武満徹の名前は、日本の現代音楽家として著名ですが、私はほとんど映画音楽でしか知りませんでした。邦楽器によるおどろおどろしいメロデイが印象に残っている程度です。この本は、彼と画家たちとのコラボを中心に、著作集からエッセイを抜きだしたアンソロジーですが、なかなかすごい第一線の前衛画家たちと交流していたのを知って驚きました。
 滝口修造などの日本のシュールレアリストとの出会いから彼の音楽家としての出発があるようですが、ピュアーで繊細な感性があふれるようにこぼれでています。自然や生命の超越的な美や、心理の潜在的な無意識に迫る方法など彼の特徴がうかがえます。しかし彼がこれほどの世界的に著名な作曲家とは知りませんでした。しかし彼のエッセイに一度も出てこない言葉は、「生活」「人間」「リアル」であり、ここに彼の美的感性の基調があるような気がします。元祖シュールレアリズムは、左翼に参加してファッシズムに反対するリアリストでもありましたが、滝口の逮捕以降に日本のシュールは変質したのでしょうか。

 私の音楽は時代の知や感情と結びついてはいるが、同時代性にもたれかかっているわけではない
 私は自然が示す宇宙の仕組みの不可知の秩序への限りなき賛美でありたい
 私は音楽を通して世界の匿名のパツ(部分)になりたい


 武満氏は、マン・レイが撮影したデユシャンの後頭部にそり込みで刻まれている星形を見て、黒い鳥が白鳥の群れをリードして飛ぶ夢を見たそうですが、これはおそらくユダヤ人の標識の意味があるのではないでしょうか。(2010/6/12)

第441夜:中野嘉彦『マルクスの株式会社論と未来社会』(ナカニシヤ出版 2009年)
 マルクスは、「株式会社は詐欺師と預言者の顔を持ち、未来社会への通過点である」といっているが、株式会社のどこに予言的な通過点があるのかー従来等閑に付されてきたこの問題に切り込みます。筆者は預言と予言を混同しているように見えますが。株式会社には、私的所有を破綻させる構造が潜み、剰余価値を社会化する形態があり、人間を恢復する未来社会への道具となる制度だと云うことを発見したとします。この具体的な方法をマルクスは云わず、課題として残されている。筆者は社会的分業と商品化による抽象的人間労働が、アソシエーションという新たな構造によって類的存在を恢復するとする。アソシエーションは最近のマルクス学で注目されているタームですが、それが初期マルクスの類的存在という本質主義的な人間論と結びつくのは無理があるのではないか。初期マルクスの疎外論はドイデによって克服されたのですから。それよりも、現代日本の巨大な株式会社の実態と制度から、どのように剰余価値を社会化して私的所有の破綻に至るのか、具体的な道筋を描いた方がよいと思います。(2010/6/11)

第440夜:「現代ピアニスト列伝」(『ユリイカ』4月号 2010年)
 現代の活躍する日本人ピアニストの対談と、エッセイからなる現代ピアニストの尖端と裏話があって非常に面白いものでした。青柳いずみこの歯に衣着せぬ話しと、高橋有希の音楽思想はとくに興味を惹きました。どうもピアニストは、機械のような技術を身につけたマシン人間と、そうとうな思索をめぐらせているヒューマニストに分かれるようであり、両者を統合してなおオリジナリテイがあるのは、どうやらリヒテルとポゴレリチのような気がしました。ポゴレリチは初めて知りましたので、一度聞いてみようと思います。最近はハンデイキャップドの音楽家をうりだすビジネスが盛んといっていますが、辻井氏のことでしょうか。(2010/6/11) 

第439夜:エンツオ・トラヴェルソ『全体主義』(平凡社新書 2010年)
 私は日本の新書という形式の出版物は岩波を除いてほとんど手にしないのですが(岩波も最近は読み捨て本が多くなった)、久しぶりに本格的な解説書を読みました。「全体主義」というきわめて現代的なタームが、どのような歴史的変遷をとげて意味を変えてきたかを詳細に分析しています。著者のこの分野での研究の深さと広さが分かりますが、筆者があげている重要文献でも日本で翻訳されているものはそれほどおおくはありません。わたしは、いままでごく常識的に全体主義=ファッシズムと理解し、その典型をナチズムとして、最近はアレントを参照して、全体主義は必ずしもファッシズムを意味せず、スターリン主義は全体主義の事例なのだと解していましたが、どうもそうではなさそうです。
 20世紀の圧政は古典的な専制とは全く意味が異なるという問題意識から出発した著者は、ファッシズム、ナチズム、スターリニズムを一括りにして全体主義と呼ぶことは、じつはあることを隠蔽する効果を持つとしてとくにアレントを批判しています。第2次大戦までは、ファッシズム=ナチズムであり、自由民主主義とスターリニズムは握手したが、冷戦のなかで自由主義はナチズムもスターリニズムも全体主義として総括し、ナチズム特有のファッシズムを水に流す傾向が出てきた。ソ連崩壊後の新自由主義のなかで、さらに自由主義批判を全て全体主義と攻撃するリバタリアニズムが出てきた。
 この書の特徴は全体主義概念の歴史的変容の分析に寄与していますが、アンチテーゼとしての民主主義の解明がほとんどなく、また依拠している文献が全て専門文献であり、民衆の視点からみた分析がほとんどありません。著者は、ナチズムとスターリニズムの違いを詳細に明らかにし、西独による併合という形式のドイツ統一を批判する左翼知識人を肯定的に評価しています。著者の基本的な立場は、マルクス主義政治学と権力論の現代的な再生と云うことにあるようです。(2010/6/11)

第438夜:ハイナー・ミュラー『ハムレット・マシーン シェイクスピア・ファクトリー』(未来社 1992年)
 旧東ドイツで活動し、もっとも注目されている劇作家であり、名前だけは知っていましたが今回初めて作品を読みました。社会主義リアリズム主導の検閲体制のもとで、どこまで自由で挑戦的な創造活動が可能かを身をもって示した人でしょう。体制の中で国家と対峙する方法は、古典作品の創造的な改作という方向であり、そのもっとも劇的な作品が『ハムレット・マシーン』ですが、濃密で奔放な本質に肉薄する表現が東独で可能であったことに驚きます。ただし実際の公演舞台でこの作品を見てみなければ実感が湧きません。その他のギリシャ悲劇の改作はそれほどのインパクトはありませんでした。(2010/6/6)

第437夜:スヴェトラーナ・アレクシェーヴィッチ『死に魅入られた人々 ソ連崩壊と自殺者の記録』(群像社 2005年)
 ロシアの自殺率は38,8人で、世界1位のハンガリー45,9人に次いで世界第2位です。1991年のソ連共産党解体とソ連崩壊以降にまた上昇し、年間6間人を越えている。自殺率の上位9位までをソ連・東欧圏が占め、日本24,1人で世界10位、市場主義圏では第1位です。この書は旧ソ連崩壊後に自殺した人と未遂者のインタvユー記事から編集されていますが、相当に肉声に迫っており、ソ連崩壊によって受けた高齢者と青年の衝撃と傷の深さを知ることができます。

 戦争と革命の時代を祖国と社会主義に捧げた生き残りの老人たちが、革命家の銅像が倒されていくのを見るときの、或いは社会主義神話の献身者が暴言を吐くことの衝撃
 偉大なユートピアへの献身の幻想に取り憑かれた人々、密告と収容所生活を乗り越えてきた人
 みらいにもだまされ、過去にも騙されていたことに気づいた人、ありのままの自分でいることを知らない人

 全部で17人の証言者が登場してさまざまの自殺に到る背景と理由を説明しますが、驚いたことに他者を攻撃する人がいません。あるいはソ連社会主義の歴史と経験を分析しようと云う人も皆無です。多くの人がソ連社会主義の問題を後から分析していますが、その渦中にあったソ連人自身のまともな分析を私はまだ眼にしていないのです。日本では、スターリン主義の批判が常識化していますが、その国内的な基盤を全面分析した人はいません。少なくとも本書は市民の心性に迫る重要な資料となるでしょう。(2010/6/5)

第436夜:仲正昌樹『日本とドイツ 二つの戦後思想』(光文社新書 2005年) 
 若手のドイツ思想研究者です。あまりこうした人の著作を読んだことはないのですが、古本屋の100円コーナーにあったので購入した次第です。さて彼の主張の概要は以下の通りです。

 人道に対する罪という新しい犯罪で裁かれたドイツに対し、日本はそれがなく戦後は同じような犯罪に国家無答責の論理で全て処理された
 ヤスパースのような戦争犯罪哲学がなかった日本は、一億総懺悔のような集合的無責任論がまかり通った
 日本の戦争責任論争は、国民国家に自閉した敗戦責任論であり、国民も被害者とする加害責任の免罪があった
 ドイツ戦後歴史学のホロコースト論は、ナチスの反ユダヤ主義世界観が決定的とする意図派、ナチス最高幹部の主導権争いで決まった方針とする機能派、市民の自発的な抑圧への参加が決定的とする「普通のドイツ人」(ゴールドハーゲン)、労働力動因や国防軍などの構造論などがあるが、日本では国民の自発的戦争協力論の研究はほとんどない
 国家が解体されて分裂国家としてゼロから出発したドイツと、天皇制を継承したまま国家が連続した日本の差異から、自文化に潜在する野蛮性を明らかにしようとするドイツと、曖昧なままの日本文化の差異が生まれた、市民社会が充分に成熟しないままに膨張的なナショナリズムに行ったドイツの特殊な道と、最初から特殊であった脱唖入王の日本の差異
 東独との冷戦で実践的な革命論を避けて資本主義と市民社会の現実を批判的に分析するフランクフルト学派は、内在的な分析を深く進行させたが、相対的に実践論を自由に展開できた戦後日本マルクス主義は現実と切り結ばないテーゼ分析でユートピア化して逆に実践的有効性を失った
 ドイツロマン派の民族共同幻想へかえるポストモダンは、ドイツで批判哲学の強力な批判に直面したが、日本では近代の超克や共同幻想論を媒介に流行思想としてファッション化した

 こうした日独の戦後思想比較は面白いのですが、その限界も指摘しなければなりません。むしろシカゴ学派の市場原理思想が席巻し、北欧型連帯思想が吹っ飛んでしまった日本と、強力な社会連帯思想が保持されている独仏の差異は、いったいなぜかといった問いの萌芽より有効ではないかと思います。著者は、二項対立を冷ややかに上から見おろす中間派の悪しき客観主義によるシニカルな批評が散見され、欧米の尖端思想を血まなこになって追い回す日本の研究スタイルを原理的に問い直す発想も見られません。いつまでも欧米の流入思想の紹介と消化で過ぎていく日本の決定的な限界を改めて思い知らされます。さもなくば極右的なナショナリズムの排外主義にいくのですから、相当に悲惨な国です。(2010/5/29)

第435夜:ボリース・ピリニャーク『機械と狼』(未知谷 2010年)
 革命ロシアの劇的な生を刻んだ作家ですが、私は初見です。革命期に文壇の郎児としてデビューし、その後トロツキー支持者としてスターリンをモデルとする小説などを出版して批判され、1937年に日本のスパイ及び反革命として逮捕され、翌年に銃殺されています。根底には、ロシア革命を大地と農民の生命力の復元としてとらえる思想があり、機械=近代工業、狼=農民の象徴ですが、ロシア民衆の心性をダイナミックに描いているように思います。とにかくあまりにも奔放な想像力の展開と支離滅裂なストーリー展開に圧倒されるようなイメージの豊かさを実感します。おそらく「1917年10月のロシア革命の背後にある民衆の心性のある部分を代表しているのでしょう。露西亜文化とロシア民族の破天荒な奥深さを実感致しますが、このような作家が銃殺されるとはやはりロシア革命はアジア的野蛮の結晶だったのでしょうか。しかし同時にロシア革命の目標が機械性大工業による野蛮な労働からの開放であったとも云っています。
 革命の現場は転換の阿鼻叫喚と平凡な日常の同時進行なのです。なにか人間のふるまいの全てを吹き飛ばすような嬌笑といった雰囲気があります。はげしい価値転換と命を賭けた内戦! こういった経験は日本史にはないのです。同時にこの革命は、男の三〇%、女の五〇%が文盲であったという基盤にあることも確認しなければなりません。この作品はちょうどネップ新経済政策=独立採算制の時期でした。

 人類の三分の二は、残りの三分の一を養うために、大地をほじくり愚かな仕事に従事してきた。学のある一人の天才がやってきて、工場の機械によって人類を養う方法を発明して、人類の三分の二は大地への隷属から解放された。これは天才と文化とプロレタリアによってなされる。(2010/5/28)

第434夜:J・M・Coetzee『鉄の時代』(河出書房新社『世界文学全集1−11』2009年)
 アパルトヘイト末期の南アの黒人への暴力を描くノーベル賞作家の長編小説です。白人、黒人のそれぞれがのそれぞれが差別システムの中で、精神的な傷と病を追いつつ、最後の残された尊厳を精一杯に維持しようとする凄まじい世界が描かれます。作者は南ア出身のようですが、上層知識人の良心派として浮き草のように流浪しているようです。抜きがたい差別の果てに、手をつなぐかすかな希望を見いだすときは死の時にしかないのでしょうか。劇的な幕切れです。(2010/5/20)

第433夜:大内田わこ『「ダビデ」の星を拒んだ画家』(光陽出版社 2010年)
 ドイツ表現派の代表的作家であるフェリックス・ヌスバウムの絵に驚嘆したジャーナリストが、画家の故郷や肉親や友人を訪れて取材を重ねた報告です。ユダヤ人画家は欧州を流転し亡命生活を送り、最後にアウシュヴィッツでなくなっています。ヌスバウムの想い出をたどりながら、画家の絵の現代的な意味や当時の潮流の中での位置、迫害された画家の状況などもっと突っ込んだ取材と分析が求められます。(2010/5/19)

第432夜:ミハイル・ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』(河出書房新社『世界文学全集1−05』2009年)
 驚天動地の奇想天外な悪魔がとびかう長編小説です。ゆたかにほとばしり出るようなイマジネーションの凄さに圧倒されます。作者はロシア革命期を生き抜いた作家だそうですが、反ソとして作家として出版も禁止されていましたが、60年以降に再評価され名誉回復ののち、20世紀最大のロシア文学者の一人(?)として評価されるにいたっています。ソ連社会主義の実態に対する疑惑がうかがわれますが、直接的な批判はなく、あたかも世界全体が歪んでいるかのようにえがかれ、イエスの復活に希望を託しているともとれます。ストーリー展開が破天荒な面白さで息もつかせぬそくどで一気に読ませますが、さて読んだあとでどのような深い余韻が残るかといったら疑問です。それは登場人物が類型的で心情の深い描写がないからです。しかしたしかに、ファウストや神曲にならぶような作品ではあります。もしソ連にある程度の表現の自由があれば、どうなっていたかと思わせます。(2010/5/20)

第431夜:ツヴェタン・トドロフ『批評の批評』(法政大学出版局 1991年)
 ブルガリア出身のフランス在住の文藝批評家で、構造主義的文学批評の先駆者だそうですが、私が読むのは初めてです。じつに整然と博学な引用を駆使して、文学理論を展開していきます。著者は、ロシア・フォルマリズムの西欧への紹介者だそうですが、ロシア・フォルマニズムの革命下での理論展開に興味を持ちました。もし社会主義リアリズムのスターリン的統制とは違う道を歩んでいたら、ソ連の文学はどうなっていたかを考えると想像を刺激します。ブレヒトの作品にある共産党ドグマとの矛盾する共存を批判しているのも面白い。サルトルの擬似マルクス主義的ユートピアによる自己欺瞞の指摘も鋭い。芸術とは孤独な人間の社会的行為・・・(2010/5/16)

第430夜:ジャン・ルオー『名誉の戦場』(河出書房新社『世界文学全集1−10』2009年)
 作者は新聞売り子から新人でゴンクール賞を受賞した現代フランスの代表的な作家だそうですが、私は初めて作品を読みました。題名からは華々しい戦争物語を想像したのですが、全く違いました。南仏の農村の3世代に家族の歴史を淡々と慈しみをこめた筆致で描き尽くしていくのですが、その動作のひとつ一つを驚くべき細密画のような筆致で描きあげていくところがおどろきであり、ジワーとこみあげてくる愛情の深さに、人生を紡いでいくそれぞれの生命への哀惜がうかがわれます。南仏の農村部でのカソリック信仰が日常生活に染みついていることもうかがわれますし、第1次大戦から第2次大戦への時代の激動のなかで、静かに生き死んでいったフランスの地方生活へのいとおしみがあります。

 「わたしの人生は最後まで、なにか宿題を背負ってやってきたようなかんじだわ
 「老人が人生の未払い分を受けとるための委任状を巧みに手に入れたかのように」    (2010/5/12)

第429夜:ポール・ニザン『アデン、アラビア』(河出書房新社『世界文学全集1−10』2009年)
 僕は20歳だった。それが人生でもっとも美しい時だなんて誰にもいわせないーで始まるあまりに有名な書き出しに恐れをなして、読むのに気後れしていました。いやーさすがに才気あふれる若者のふるえるような鋭い感性が爆発的にほとばしっていて、読んでいる方がついていけません。おそらく中流フランス・ブルジョアの才能あふれる若者が高等師範学校という指導者養成機関にまなびながら、出自の感性に誠実であったがゆえに、刻んでいった疾走する激烈な青春を一気に駆け抜けた希有の生涯であったとおもいます。フランス共産党員知識人として献身的に活動しながら、独ソ不可侵条約に衝撃を受けて離党し、第2次大戦のダンケルク戦で敵弾に倒れて35歳でなくなっています。裏切り者・スパイ攻撃を受けて論壇から姿を消していたのを、サルトルが光をあててよみがえらせたというのも印象的です。あまりに華々しい凝縮した生涯ですので、この書だけでは評価できませんが、直感的情緒の感性にすこしの社会科学が付加されていたならどうなんだろうとは思いました。第2次大戦前後のフランス・コミュニズムの栄光の時代であった象徴の一人でしょう。ただしニザンがコミュニズムの傷ましい犠牲者として反共に利用されるのは、本人自身が耐えられないでしょう。それにしても池澤夏樹氏の個人編集はなかなかの問題意識ではあります。(2010/5/11)

第428夜:ジャック・デリダ『マルクスの亡霊たち』(藤原書店 2007年)
 フランスのポスト構造主義の旗手である著者のマルクス論ですが、フランスの知的分野でのマルクス主義の影響の深さと広さを実感致します。しかし著者の論理と文体は、全く私にはなじめないものであり、精神分析と言語学を背景とするフランス的な思考法についてはついてはいけませんでした。しかし冷戦崩壊後の世界的なマルクス主義崩壊の中で、マルクス的思考を至上のものとして擁護する姿勢は、フランス左翼の根強い文化的ヘゲモニーを感じます。こうしたフランス現代思想をメシの種にして講壇マルクスを論じている日本の左翼アカデミズムの卑小さをもさらに実感させます。 さてデリダの思想は、文藝思想の狭い分野ではある位置を占めるのでしょうが、マルクス主義の変革的現実の有効性にとっては、直接的な影響はありません。唯一思想的な有効性をもっているとすれば、フランス現代思想が、ほとんどアメリカ現代思想を馬鹿にして相手にしていないことです。ここにフランス現代思想の矜持のようなものがあります。といったわけで、この書の内容そのものの分析と評価は力量不足でできませんでした。(2010/5/8)

第427夜:スラヴォイ・ジジェク『厄介なる主体 政治的存在論の空虚な中心1』(青土社 2005年)
 著者の研究者歴はそうとうに政治的な葛藤の中で不遇であったようであり、だからこそこうしたアカデミズムに批判的な在野的な鋭さが育ったのかとも思うのですが、著者の原理的にどう左翼であり得るかというスタンスには共感をいだきます。しなやかな左翼でありたいという視角から、文化多元主義やポストコロニアリズム、ポストモダニズムなどの新規を装う表象的な思想を痛烈に批判してその政治的な欺瞞をうつのは痛快でさえあります。著者がそうとうに研究を深めていることは、、日本の部落差別問題で住井すえ『橋のない川』で天皇の大便を神棚に祭る倒錯した権威崇拝を指摘し、また日本の経済発展を日本文化論の特殊性から論じる発想を揶揄するなど、感心するほどの知識欲です。
 日本の狭隘な専門に閉じこもって穴をうがつような研究スタイルと真っ向から対立する全体性の論理は、ため息が出るような広さですが、ではオルタナテイブとして具体的な道は?と問うとかえってきません。左翼的批判の見事な現代的典型ではあります。(2010/5/6)

第426夜:スラヴォイ・ジジェク『テロルと戦争 現実界の砂漠へようこそ』(青土社 2003年)
 2001年の9・11テロ事件を受けて、著者が書いたエッセイを中心に編まれており、その後の推移の本質は彼の指摘の正当性を示しています。興味深く読んだのは、著者がトニ・ネグリの帝国論に対抗するマルテイチュード論と、ハーバマスの啓蒙の未完の近代論、および主として英国の講壇マルクス主義の特権性に批判的であることです。著者のスタンスは、ポスト冷戦後にあってレーニンを含むマルクス主義の再建にあり、資本主義と帝国の論理への歯に衣を着せない批判の鋭さに驚かされます。ただ資本主義を批判してあらたに対置すべきシステムの具体的な構想と提起がなく、批判の鋭さに限界があります。
 問題は日本の講壇左翼が、こうした欧米の左翼文献をあたかも学術研究のように翻訳しながら、自己の研究者生命の存続を図る欺瞞にあります。それほどに欧米の先端思想の輸入に依存しなくても、日本の左翼は自己の思考の開拓に努力すべきなのに、その自前の研究は日本のアカデミズムでは勇気が要ることであり、欧米文献の翻訳という逃れ所に蟄居しているのです。欧米左翼の激烈な批判を耳にしていると、この日本でなにほどの政治的ふるまいもしない自己を慰安することができるのです。日本の思想状況の頽廃は残念ながら左翼アカデミズムの領域にも浸透しています。(2010/5/2)

第425夜:シモーヌ・ヴェイユ『根を持つこと(上)』(岩波文庫 2010年)
 著者はフランスの女性哲学者で、アランのもとで学びながら、工場労働の体験後に、政治活動に参加し、スペイン人民戦争でアナキスト陣営でたたかい、ドイツ占領後はレジスタンスで、ロンドンで亡命の中ハンストで34歳でこの世を去っています。この書は、亡命の中で祖国フランスの再生を願う必死の思いがあふれるようなピュアーな思索が展開されていますが、彼女の半生全体が駆け抜けるような活動のスタイルで、すべてを打ち込んだ真剣な思索にあふれているところに魅力があります。34歳でこうした思索に到達できるオリジナリテイオリジナリテイの凄さに感心しますが、そこにはやはり若さ故の現実認識の誤謬と大衆を上から見おろす知識人のスタイルが無自覚のウチにあらわれています。それはカトリック左派からのコミュニズム批判や、農民の愚鈍視など鼻持ちならない偏倚となっていますが、そうした弱点はおいて、端々にほとばしり出る珠玉のような認識の鋭い光線は、印象深いものがあります。彼女は実践の領域に踏み込んだがゆえに、思考の深みとの亀裂を踏み越えようとする必死な姿勢のピュアーさは、やはり思索の人の根元的な生き方を示しています。日本の薄っぺらな思想と較べて、端然と襟を正されるものがあります。訳者の注が素晴らしく、本格的な研究がうかがえます。(2010/4/28)

第424夜:宇佐美承『池袋モンパルナス』(集英社 1990年)
 パリの高級芸術家居住地区としてのモンマルトルに対抗する形で、下町に新進の芸術家が集うモンパルナスが形成された。ちょうど同じく日本でも、当時は田舎の農村地帯であった池袋の東部地区を中心に新進の貧しい芸術家志望の若者が集住し、いつのまにか池袋モンパルナスと呼ばれた。私も学生時代に東武東上線であり、また親戚もいたので、ここに記されている風景と街の動態が懐かしく想い出されます。じつはこの地区を中心に、日本の漫画界を代表する人たちが成長したのですが、美術会に於いても、いわゆる権力とアカデミズム芸術に対抗する在野の前衛的な美術運動が澎湃と起こったのです。作者は丹念に資料を集め、また生存者のインタビューを試みながら、著名な芸術家の青年期の疾風怒濤の苦闘の時代を精細かつ詳細に復元しています。あたかも当時の彼らが生きているかのように伝わって参ります。圧巻は左翼運動との関連に於ける動向、戦時下に於ける戦争協力の実相であり、淡々と証言を元に実態を明らかにしています。いわゆる反帝展系に関心がある人にとっては、無類に面白い本でしょう。たがし社会科学系の人なので、表現と作品そのものの芸術的評価はありません。それはないものねだりかもしれません。(2010/4/23)

第423夜:アレックス・カリニコス『アンチ資本主義宣言 グローヴァリゼーションに挑む』(こぶし書房 2004年)
 冷戦崩壊後の反資本主義運動の戦略を考察しています。著者は英国のトロツキスト系理論家のようで、現代の欧州トロツキストの戦略を知る上で興味があったのですが、内容的には現代マルクス主義の正統派に近い標準的な言説がならんでいます。著者はグローヴァリズムに対抗する世界社会フォr−ラムの労働運動とNGOの連携に希望を見いだしています。主要な生産手段の社会化と民主的な協議による計画経済というものであり、すでに旧スターリン派の残党が主張していることと大差はありません。問題は国民国家に対する改良の闘争が必然的に革命を誘発するという論理ですが、ここに独自の陰謀史観の残滓のようなものがあり、市民的賛同を得られないのです。それは反資本主義が、国内的な資本主義の論理の破綻から必然化される論理が希薄で、国際的な連帯運動に依拠する傾向が強いからです。第2は、市場と市場経済、計画経済の関係が明確でなく、社会主義の必然的論理が弱いことです。訳者は論争を呼びかけていますが、それほどに論争的な論点はないように思います。(2010/4/22)

第422夜:フランシス・ウイーン『マルクスの『資本論』』(ポプラ社 2007年)
 英国のジャーナリストによる入門書ですが、21世紀初頭の現代マルクス主義までカバーした入門的な解説書です。21世紀の最も重要な思想家としてマルクスを再生する予言的な言葉で終わっています。マルクスをめぐる思想的な諸潮流がまんべんなく、いわゆるセクトに偏ることのない標準的なかいせつですが、結構分かりやすくて面白い処があり、さすがジャーナリストの著作だと思います。若者にとっては役立つと思います。(2010/4/20)

第421夜:テリー・イーグルトン『甘美なる暴力 悲劇の思想』(大月書店 2004年)
 英国の著名なマルクス主義文藝評論家による悲劇論の修正です。博学な知識を駆使して縦横無尽に絢爛たる主張が展開していますので、圧倒されて目が回るような感じですが、随所に鋭く光る考察はドキッとするように鋭く、英国文藝評論の水準の高さを知らされます。いままで哲学の論理的な文章に親しんできたので、こうした直観主義的な本質分析はきらびやかですが、なじみにくいのです。ギリシャから現代までの文学者や思想家の引用がすごいのですが、著者はなにかカードのようなものを資料化して蓄積しているのでしょうか。根底にはマルクス主義的な((社会民主主義的な)人間観がながれています。随所に箴言とも云える表現が散りばめられています。

 社会主義がもっとも必要とされたときに、社会主義実現の可能性が消えたところに、現代の最大の悲劇がある
 アウシュヴィッツ以降は、おそろしい極限が極限と判断する価値基準さえ破壊したために、恐怖がすべて経験されたあと、究極の不幸にふさわしい象徴は見あたらず、叫びか沈黙だけが唯一の反応となり、悲劇さえ成立しなくなった。
 ヴィジョン、勇気、中世、無私などの封建的で男性中心主義的な概念を単純に軽蔑してはならず、こうした言葉なくしてしっかりした社会変革は想像し得ない
 民主主義のもとでは、すべての個人が異なる基準で大切にされるようになり、悲劇は古い想像力では追いつかないほどに多岐化した
 自由とは束縛のないことではなく、規範が他人ではなく自己決定できるという意味であり、ある自由の選択は選択されなかった未来の喪失でもある。自由とは自分が創造した支配者への服従のことである。自然と社会の掟が理解されて初めて、その掟を自己実現の媒介に作り替えることができるという必然性の認識としての自由はエンゲルスであった。
 マルクスが言うように、革命家の中には活躍の時が訪れる前に生まれたものがあり、その典型がトマス・ミュンツアーであり、逆に間に合わなかったものもいる。
 オイデイプスは目が見えなくなって、はじめて真にものが見えるようになった
 友人ではなく他者や敵をどう扱うかが愛のパラダイム的課題だ。公私の対立の崩壊からある種の倫理的危機が生まれ、社会主義もそれと無縁ではなかった。愛や幸福という言葉が面はゆく感じるのは、資本主義のダイナミズムにあわない鈍い惰性のイメージがあるからだ。不幸の方がリアルであるのは、実際に不幸が現実にリアルであるからだ。
 悲劇の死の衝動という自虐的な歓びに耽ることができるのは、実際に殺されることはないという安心感があるからだ。
 もっとも血なまぐさい時代は、同時に流血の生活に真剣であるから、生活にほんもののの敬意を払い、従ってもっとも人道的な時代でもあった。
 リンゴひとつのことでなぜ人類は数千年間も悪夢の生活をしなければならないのか
 もう少し貧しいほうが幸せである場合があり、多様性や複数主義の潜在的悲劇性によって多くの選択肢がある場合に争いが激化する。選択肢が少ない方がよい場合もある。
 人形の家のノラは自分自身に忠実であるという無慈悲な義務を、自分の子どもを捨てて実現したのだ。自己実現によって傷つけられた他者、裏切られた他者が内部から浸蝕し始めたらどうするのか。
 現代の理論の中で、マルクス主義だけが、近代は人間の幸福を革命的に前進させたとし、同じ情熱を以て近代は殺戮と搾取の悪夢であったと主張する。この二つが緊張関係を持って存在したことを他のどの思想も語らない。
 エデンは魅力的ではあるがそこですることはなにもなく、エデンから追放された人間の生活が果たして悲劇であったかどうかは疑わしい。目的地が出発地よりもすぐれていても、たどりつく対価があまりに高い場合は、留まった方が望ましいこともある。
 ファッシズムも前衛的モダニズムも、非人間的様式、過激なフェテイシズム、強迫観念と内面性の欠落という悪魔的特性で同じなのだ。
 希望がほんとうにあるなら、それは絶望を越えられる希望であり、完全に希望のない状態から生まれた希望であり、絶望から逃げず絶望を最後の状態と考えない緊張から、悲劇芸術は生まれる。修羅場にいる人間は自らの苦悩をむしろ喜ぶ。痛みのみが自分が生きている証だからだ。絶望を頑なに捨てず、絶望させた世界に唾し、世界を拒否する喜び奪われていると云うことを理由に救済を拒否する状況は悪魔的である。収容所のナチスが囚人を嫌悪するのは、他者の苦悩によってしか生きられない自分自身の耐えがたい悪魔性を思いおこさせるからだ。
 地獄が苦しいのはおそろしい火あぶりではなく、我慢の限界を超えた退屈さであり、拷問ではなく永遠に続くカクテル・パーテイだからである。
 現代の文化左翼は、革命に対する初期の情熱を失い、実用主義、複数主義、社会民主主義にすすんで、或いは仕方なくおさまっている。
 現代のスケープゴードは、ひとにぎりの物乞いや囚人ではなく、汗を流す疎外された大集団の多数派である。左翼は教条主義や基盤還元論に寄りかかっている暇はなく、鋭い批判言語を手に入れねばならない。
(2010/4/19)

第420夜:アルンダテイ・ロイ『帝国を壊すためにー戦争と正義をめぐるエッセイ』(岩波新書 2003年)
 現代印度を代表する女性作家が、9・11以降の米国と同盟国によるイラク侵攻とアフガン侵攻という対テロ戦争を徹底的に批判する弾劾の書です。批判の軸は、対テロ戦争という偽善的暴力による帝国と多国籍企業の世界制覇を暴露するというものです。対抗軸としての民衆的不服従運動と商品不買運動を提起しますが、はげしい正義感の割には、対抗軸は中流思考であり、労働者やシステム転換の問題は提起されません。つまり米帝国に批判的な良心派は、この書を読むことによって良心の痛みを満足させ、しかしそれほどのリスクを伴う反対行為を迫られることもない安全圏に置かれます。女性作家のピュアーな批判精神が横溢していて爽やかです。(2010/4/19)

第419夜:池澤夏樹『カデナ』(新潮社 2009年)
 ベトナム戦争末期に、嘉手納基地からベトナム爆撃に向けて発進するB52の情報をスパイし、北ベトナムに流すたった4人のグループを描いている。ベトナム出身の商社員、フィリピン系米軍女性兵士、沖縄戦で家族が全滅した日本人、ロック歌手の日本人青年です。この1960年代末の世界的な反戦の雰囲気を背景に、本土復帰をひかえた沖縄の実態が浮き彫りとなって非常に面白く読みました。池澤氏の特徴は、嘉手納をカデナと記したり、若い米兵を登場させてその苦しみを描いたり、英語を飛びかわせて沖縄の多重な文化を描くことに成功しています。さらに、徹底した個の立場から反戦運動を描いており、ここに個にこだわって階級概念を忌避する彼の特質が浮き彫りとなっています。沖縄を描いた多くの作品がありますが、彼のいきいきとした感性の若さは、沖縄というシリアスな問題を若い世代に訴えることに成功していますが、逆に運動としての沖縄問題がすっぽりと抜け落ちているために、独特の共同体的運動の歴史は伝わりません。このようなスタンスに、池澤氏独自の立ち位置があります。嘉手納基地移転問題で揺れる現代沖縄の状況にフィットした単行本化です。(2010/4/6)

第418夜:柄谷行人『世界共和国へー資本・ネーション・国家を越えて』(岩波新書 2006年)
 この題名に惹かれて購入した人も多いと思われますが、実践的結論のあまりの通俗性と誤謬に唖然とするでしょう。というよりもこのような甘い結論が許されると思う文藝評論家の甘えの構造に日本的文化の限界を痛感します。彼の実践的結論は、現代の戦争・環境破壊・経済格差と3大問題を解決する道は、各国が軍事主権を国際連合に移して国連が常備軍を持つことにあり、また資本への抵抗は労働者が生産点の闘いではなく、消費者としてボイコット運動を展開することにあると言います。資本への抵抗を生産点からずらすというのは、現在の労働法制の規制緩和による残酷な実態への無抵抗を呼びかけ、現実に労働力と賃金の不等価交換をあきらめよと言うに等しく、これほどに資本にとっておいしいはなしはありません。商品ボイコットの提案は、現実に労働力再生産さえ不可能な低賃金で購買力がない消費者にとって、犯罪的な提案です。どうしてこのようなおめでたい提案がマジメにできるのかというと、デスクで思想書を読みあさり現実の緑なす状況をリアリに見れないからです。国連軍編成も日本の憲法第9条を理想にしていますが、9条は国連軍編成を意図したものでなく、全般的軍縮を意図したものであるという初歩的な理解がありません。
 著者の地球的な危機に対する問題意識の深刻さに較べて、なぜこのような漫画チックな実践が出てくるのか、ここに日本の思想界のほんとうの危機があるような気がします。あるいは文藝評論家が、世界認識の領域に踏み込んだときの如何ともしがたい限界なのでしょうか。カントからヘーゲル、アレント、サミン、その他多くの思想家が登場しますが、著者は思想家の言説のつまみ食いに解決の鍵があるように錯覚しているようです。真の解決は、思想が実践に移行したときの有効性と、結果という事実にのみあるのです。著者の本がいくら売れようと、日本の現実はおそらく変わらないからこそ、自らの職がなり立っているということに気づくべきでしょう。(2010/4/5)

第417夜:ペーター・ヴァイス『亡命のトロッキー』(白水社 1970年)
 この高名な劇作家の作品を初めて読みました。作者は、ユダヤ系ドイツ人でナチスの迫害からスウエーデンに亡命し、スウエーデン国籍を取得し、スウエーデン共産党員でありながら、ドイツ語で作品を発表し、ブレヒトの後継者と謳われたドイツ語圏劇作家です。この作品は、旧ソ連圏による1968年のチェコ進駐事件を受けて、1970年に出版され東西両ドイツで上演されています。驚くべきと言うか、この作品はレオン・トロツキーに焦点を当てたロシア革命史とトロッキーの生涯を肯定的な意味をこめてドラステックに描き出しています。ヴァイスのゆるぎない社会主義の理念と、悪しきソ連をも擁護する政治的立場が果敢に打ちだされています。ただしトロツキーの政治的思想的な限界と問題点も鋭く指摘されています。1970年にトロツキーを擁護する日本知識人と左翼が極小であったことを思えば、ロシア革命史を含む欧州社会主義と、日本の社会主義の思想的基盤の差異を観ぜざるを得ません。ただスターリンがいなくても、スターリン主義的な方向をソ連は歩んだのではないかとも思いました。
 次に驚くべきことに、メキシコ亡命後のトロツキーにたいするメキシコ前衛画家たちの態度です。シケイロスはスターリニストとしてトロツキー殺害を実行して失敗し、リベラは(アンドレ・ブルトンとともに)トロツキーを訪問して励ましています。欧州や中南米でトロツキストが一定の支持基盤を持っていることに少し理解ができました。いすれにしろこうした劇作は日本ではできないという暗澹たる限界を覚えました。(2010/4/3)

第416夜:ヨッヘン・フォン・ラング『アイヒマン調書 イスラエル警察訊問録音記録』(岩波書店 2009年)
 本書は、1960年に潜伏先のアルゼンチンからイスラエルに連行され、処刑されたホロコーストの最高指揮官であったアイヒマンの8ヶ月、275時間に呼ぶ訊問記録の抄訳です。あくまで冷静で紳士的な尋問官と、自己責任を回避しながら丁寧に答えていくアイヒマンの息詰まる応酬に圧倒されます。そこから浮かび上がってくるナチ高官のイメージは、命令に対する絶対服従にあるマゾヒックともいえる使命感、上官命令にすべてを帰す徹底した自己責任の回避、そして600万人を殺害した自らの犯罪に対する想像力の欠落・・・などなど、ドイツ官僚制の機械のような人間操作の深淵です。しかもそれは、使命感あふれる脂ぎった純粋ドイツ人のイメージではなく、まさにアレントの言った「悪の凡庸さ」というごく普通の市井人であることが、また現代の私たちの意識を刺激します。いま企業や組織で過労死するまで働いている日本人たちの精神構造とどこかで通底しているような感じが致します。そして朝鮮学校を無償化から排除しつつある日常意識もまた。

 尋問官の後書き(この文章がリアルで素晴らしい!)に記されたアイヒマン像・・・ユーモアの完全な欠如、唇は笑っても眼はけっして笑わない嘲笑的なまなざし、罪に対するなんの感情もない悔恨の情のない、時に露骨なお世辞やすり寄るふるまい・・・・(2010/4/2)

第415夜:辻井喬『風の生涯』(新潮社 2000年)
 戦後日本の右翼イデオロギーをリードしたフジ・サンケイグループの創始者である水野成夫の数奇な生涯を描いています。おそらく西武グループの総帥の御曹司でありながら、共産党に参加し、その後は財界活動と文筆を営んできた自身の半生に水野の生涯を重ねたのであろうか。戦前期共産党のリーダーの一部によく見られたパターンであり、幹部指導者として活動しながら逮捕と取り調べの過程で転向し、逆に反共活動にいそしむ事例があった。水野成夫はそのもっとも醜悪なモデルといえようが、辻井の作品は水野の内面を共感的に描き、或いは肯定しようとしているがゆえに、作品自身も底の浅い財界物語に堕してしまった。政財界の著名人が多数登場するので、経済小説に興味がある人は少しひねった作品として面白く読むでしょうが、小説としては長編でありながら人物の刻印が浅薄で、辻井氏自身の人間洞察力の限界が露わとなっています。これでは水野成夫自身が、自らの悪魔性をもっと鋭く描いてほしいと文句を言うかも知れません。(2010/3/31)

第414夜:カール・ローゼンクランツ『醜の美学』(未知谷 2007年)
 じつに魅惑的な題名であり、それだけで手に取るのですが、著者が本格的なヘーゲル学者としてアカデミズムにあるがゆえに、よりいっそうどのような論を展開しているのか見たくなるのです。この書は、1853年に書かれていますから、日本の江戸末期であり、西欧思想の奥深さに改めて感嘆します。最初は異端的な扱いを受けて、その後も埋もれていたようですが、1960年代にフランクフルト学派が再評価し、近代的な真・善・美の崩壊後の芸術の錯綜性に対応して再び注目を集めたようです。
 著者は、美と滑稽の中間に醜を位置づけ、美の副次的な存在として醜の諸現象を分析していきます。しかし美の基準がゲーテ的な浪漫主義に置かれ、ヘーゲル美学の破れとして醜の美学を主張していますから、醜自身の独自的な特質を明らかにする点で、現代から見ると恣意的な分析の印象が漂います。しかしそれにしても、ここまで醜の現象を集大成したことに驚嘆し、悪の分析とならんで興味をそそられます。(2010/3/31)

第413夜:スラヴォイ・ジジェク『イデオロギーの崇高な対象』(河出書房新社 2000年)
 自分を王だと思いこんでいる狂人は、自分を王だと思いこんでいる王以上に狂っているわけではない
 王はその服の下でのみ裸なのだ、彼女を見て見ろ、なんと恥知らずな、服の下は全裸だ!
 キニュシズムの手順は、支配階級の公式イデオロギーの荘厳な重苦しい調子に、日常的な凡庸さを対置して公式イデオロギーを嘲笑し、崇高な高貴さの背後にある利己的な権力欲を暴くことにあり、シニシズムはこのキュウニシズム的転倒に対する支配的文化の回答である。シニカルな知性は、イデオロギーの仮面を分かった上で仮面を脱ぎすてない知性を言う。
 人は外部からの強い刺激を受けて睡眠を長引かせるために夢を見ると言うが、ラカンは、現実に目覚めるのを避けるために睡眠を長引かせる物語を作るという。
 イデオロギー的ユダヤ人像はわれわれ自身の無意識的欲望、自分の欲望の行き詰まりを打開するためにつくりあげたのであり、社会関係の不可能性の痕跡を消し去る全体を提示する物神崇拝なのだ
 社会主義が崩壊したのは生産力の発展を阻害する現実の社会主義システムの存在に他ならない
 ファッシズムの力は、まさに左翼が批判する空虚な形式(服従のための服従、犠牲のための犠牲)という猥雑な享楽性におあり、それはカントの実践理性の倒錯した姿なのだ
(2010/3/29)

第412夜:ジャン・リュック・ナンシー『神的な様々の場』(筑摩学芸文庫 2008年)
 フランス現代思想をリードする思想家とありますが、残念ながら私には理解できませんでした。おそらく慣れ親しんできたドイツ型の論理構成とは全く違う、対話に近いような文体ですので、とまどいもあるのでしょうが、根本にはフランス独特の思想と文体があるからでしょう。キリスト教やヘルダーリンなどの詩人の世界の充分に咀嚼された知識なしには対応できません。キリスト教の根元的な脱構築をめざす、部分的にきらめくような発想があるように思いますが、如何せん論理を積み上げていく方法ではないので、思考が自由に浮遊している文体は付いていけませんでした。(2010/3/24)

第411夜:ヨーゼフ・ロート『果てしなき逃走』(岩波文庫 2006年)
 オウストリアに生まれ、ウイーン、ベルリンを経てパリで客死した放浪のユダヤ人作家(1894−1939)の代表作であり、オウストリア陸軍中尉として第1次大戦に従軍して、ロシア軍の捕虜となり、次いで赤軍兵士として内戦を闘い、故郷に帰還んして、さらに放浪し最後にパリで死んでいく一人のユダヤ人を描いています。祖国を持たない流浪の民族であるユダヤ人の、すべての欧州文明から排除されていく哀しみが象徴的にうきぼりとなる、著者自身の自伝風のものです。こうした生を生きていくことの前提条件は、多国語を習得することであり、どこの地で何語を喋るかおそらく、死なずにすむという苛酷さは、日本人の想像を超えています。しかしおそらく、この小説は非ユダヤ人には受容されても、ユダヤ人には受け容れられないでしょう。それは、ユダヤの哀しみを矜持的に越えていこうとする強烈な力がなく、みじめな哀しみを非ユダヤ社会に訴えようとする感じがあり、左翼に対するある距離を置いているからです。わたしは、あらためて欧州の重層的に入り組んだ、はるかに複雑な構造をもった文化の深みを感じました。(2010/3/21)

第410夜:ロラン・バルト『零度のエクリチュール』(みすず書房 1971年)・『文学の記号学』(みすず書房 1981年)
 あまりにも有名なエクリチュール概念による構造主義言語学を駆使した現代文芸批評家ですが、私が読んだのは初めてです。言語学はほとんど勉強したことがありませんので、よく分かりませんでしたが、唯一印象に残ったことは、ラングとパロールという分析ツールです。ラングとは、その時代精神に普遍的な表現の規範であり、なにかを主張し誰かに訴えるためには誰しも依拠しなければならないものですが、ラングに基礎をおいた上で個人の独自の表現をするのがパロールということだと勝手に解釈しました。そのうえでパロールがこの表現の差異であるとすれば、パロールはまた階層や階級の差異をもってくることになり、そこにパロールの差異を分析してラングそのものの問題性を明らかにして、ラングのパラダイムを変革する可能性が出てくるのではないか、ラングはそのようにして時代とともに姿を変えてきたのではないか? ロラン・バルトのその後の展開と影響を少しくわしく勉強してもいいかなと思いました。(2010/3/17)

 後書は、1977年1月7日に行われたコレージュ・ド・フランスの同名の講座の開講講義です。まず驚くのは、学生対象の講義の素晴らしい水準の高さと中身の濃さであり、フランスの人文科学のありかたです。何ら学生のアマチュア性と妥協せず、学的な内容を本格的に展開して、講義の今後のすすめかたを示しています。さらに驚くのは、何ら行政的関係を配慮することなく、権力と権威を正面から排除するストレートな態度です。彼は、あらゆる言語活動は、反動的でもなく進歩的でもない、単にファッシスト的と言語の本質を説明し、それをなんらかの強制性として明らかにします。誰をも服従させない力のことを自由というなら、自由は言語の外にしかあり得ないとまで言い切っています。そのうえで彼は自己の言語研究の目的を、サルトルとブレヒトとソシュールが手を結ぶことであるとします。彼にとっても、1968年の5月革命は文学研究の視角に衝撃的な影響を与えたようであり、文学の制度的な保障の消滅から、再出発しようとしています。

 味わいのある言葉を最後に引用しておきます。
 「一生のうちに自分の知っていることを教える時期がある。次に自分の知らないことを教える別の時期が来る。それが研究と呼ばれる。そしていま学んだことを忘れる時期が来る。その名前を叡智という」(2010年3月22日)

第409夜:スラヴォイ・ジジェク『信じるということ』(産業図書 2003年)
 この本を読んで、信じるということーについて少しはなにか発見できたか?といわれるとなにも記憶に残っていません。しかし読んでいる最中は夢中になって引きこまれていく面白さがあります。とくにマルクス・レーニン、キリスト教、ニーチェ、ラカン、ヴィトゲンシュタイン、ハイデガーなどの現代思想に興味を持っている人、でML主義に共感をいだいている人は溜飲が下がるような思いになるでしょう。著者は自称反スターリン主義・ML主義者でありながら、縦横無尽にラカン派精神分析理論を駆使しながら、現代の状況を切りまくっているからです。ドキドキするような鋭いマルクス的批判性があります。それにしてもこのような本を翻訳して、実践から乖離して学問的職業生活が送れる日本は哀れです。

 (構成)序章 キリストからレーニンへそしてまた元へ 第1章反デジタル異端 第2章うんここそあげなきゃ 第3章 父よなぜあなたは私をお見捨てになったのですか?  

 真のレーニン主義者は行為への移行を恐れず、たとえ不快な帰結でもすべて引きうける
 リベラル左翼は革命をめざすが、美しい魂の姿勢をとり、自分の手は汚さないでアカデミズムにこもっている
 レーニンへの回帰は思考の集合的組織化への移行が制度に固まる前の独特の瞬間を回復する努力であり、キリスト教がローマ帝国に行ったことを、多文化の帝国の体制に対していまなすことだ
 王が王であるのは人が王として遇するからである
 マルクス主義と精神分析を転覆的に総合する最後の偉大な試みである
 電脳空間論者と認知科学思想は、デジタル革命の絶えず変化する社会での変化恐怖症であり、つねになにか新しいものを求める誘惑にさらされる
 ニーチェの永遠回帰は、ホロコーストさえも自分が意志したと言わなければならない
 収容所なしの社会主義は想像できるが、収容所なしのナチズムは想像できない
 ホロコーストはナチスの高貴な企ての悲劇的倒錯ではなく、まさに企てそのものであり、ホロコーストを不可侵の超越的な悪へと祭り上げてはならない
 真の自由は与えられた選択肢の自由な選択ではなく、選択肢自身の創造である 与えられた形式民主主義ではなく誰のための民主制かが問題だ
 父に見捨てられたイエスであるからこそ、我々はイエスを信じることができ、子を捨てるような神への愛が芽ばえるのだ 神とは自分のだいじな子をも犠牲にする父のことだ

   (2010/3/15)

第408夜:佐々木譲「廃虚に乞う」(『文藝春秋 オール讀物』2010年3月号)
 知り合いの診察の付添で病院に行きましたら、9時30分の受付でなんと診察は午後の4時30分となり、手元に本を持ち合わせなかった私は、売店に行って本を物色したら、医療関係と雑誌だけでしたので、しょうがなくて直木賞受賞作品でも読んでみようという軽い気持で手にしたのです。芥川賞は、なにか特異で偏奇した自意識の強い作家の印象が強く、またあの石原ナントカというと知事が審査員なのではなから読む気がなく、さらに直木賞も大衆小説的な俗流性が強い感じで敬遠していたのですが、今回はしょうがなく読んでみました。白石という人のもう一つの作品は、冒頭から読むのを諦めたのですが、この佐々木氏の作品は吸引性があり短編ですがあっというまに読みました。
 心因症に犯されて休職中の捜査1課の刑事が主人公で、彼が捜査した殺人犯との事件を越えた人間的な交流を描く作品です。北海道の旧炭坑の廃虚で、極貧の環境で生育した犯人が、二度の娼婦殺人事件をおこし、最後は悲劇的な終末を迎える硬質な乾いた文体が展開し、正直言って直木賞の現況に驚いたのです。バルザックのような古典的リアリズムの現代版といえましょうか、あるいはセメント樽のなかの手紙のような印象を受けました。残念ながら、刑事の心因症に到る突っ込み、刑事と殺人犯の共感過程、娼婦殺人に到る心理は短編の制約で不充分ですが、地獄へ転落するリアルな描写は迫力がありました。この作品にはいっさい救いはなく、わずかに同僚刑事との関係に世の深淵の一端が少し顔を出していますが、安易な救いを許さないがゆえに、さらなる迫力を生んでいるのかも知れません。しかしどこかですでに書き尽くされたような作品でもあり、現在の直木賞のレベルの一端を知ることができました。最後に、審査員評は当たり障りのない平均的時評で、しかも五木寛之氏が充分に作品を読んでいないような致命的な失敗をするなど、審査の水準が頽廃していることも露呈し、現代日本文学の低迷を暴露していることにも、ため息をつきました。(2010/3/15)

第407夜:パウル・ツエラン『パウル・ツエラン詩集』(思潮社 1984年)、パウル・ツエラン『パウル・ツエラン詩論集』(静地社 1986年)、飯吉光夫『パウル・ツエラン』(小澤書店 1990年),

 言葉が結晶しているようで、背後にとてつもなく深い闇というかふるえるような精神があるような気がします。とても付いていけないような想像力が飛びかっていますが、シュールレアリズムの影響があったとしても、観念の次元の自閉的な飛翔ではありません。作者はユダヤ人で、家族は収容所で死去し、本人も労働収容所で悲惨な体験から帰還していますから、どうしてもそうしたかたり得ないような惨い体験を背後に感じざるを得ません。しかも解放後25年でセーヌ川に投身自死していますので、精神の限界の姿があるような気がして、欧州詩人の希有な重さを実感します。作者の自死を聞いてしたためた飯吉氏の追悼文がまた絶唱であり、追悼のあり方のかくあることを知りました。しかしやはり詩は朗読ではないかと思います。朗読会で詠まれるこの詩は、また独特の深遠な雰囲気をかもしだすと思います。

 超怒級の軍艦が溺死者の額にふれて砕け散らない限り、正義について語っても無駄である
 裁きの日が来た、もっとも破廉恥な考を行うために、十字架がキリストの体に磔にされた
 花を埋葬せよ、そしてその墓に人を添えよ
 一人の人下に一輪の花を捧げることを知る者は幾人もいる、しかしはたして何人が一人の人間を一輪のカーネーションに捧げることもありうることを知っていよう?
 場所トポスの探索? では、人間は? みじめな生き物は? なんという問いかけでしょう!引き返すべき時です

 (2010/3/10)

第406夜:スラヴォイ・ジジェク『全体主義 観念の(誤)使用について』(青土社 2002年)
 スロベニア出身の思想家でラカンの精神分析を現代文化批評に適用し、独自の現代分析を試行し、1990年には1990年のユーゴ初の自由選挙で大統領選挙に立候補する多彩な活動を展開しているそうですが、「時代遅れの弁証法的唯物論者、マルクス主義共産主義者」を自称しています。私が彼の本を読むのは2度目ですが、自由奔放に非教条的な文芸色ある展開であり、うらやましくもあり、欧州左翼の深部にあるマルクス主義の文化を感じた次第です。本書は、神話、ヒトラー、メランコリー、カルチャルスタデイと現代思想の諸潮流を切りまくるのですが、ではどうするのかというオルタナテイブの肝心の部分について抽象論に終わっています。もっとも印象深かったのは、ホロコーストとブハーリン分析です。

 全体主義概念はあいまいであり、有効な理論概念ではなく、この概念では新自由主義理論にすえられてしまう。強制収容所と労働収容所の恐怖を究極の悪として、ラデイカルな政治は拒否される。@全体主義は道を誤ったモダニズムA究極の悪としてのホロコーストは政治分析の対象としえないB急進的解放論は必然的に全体主義に帰着するという新自由主義C全体主義は男根ロゴス中心主義の形而上学とするポストモダン派Dポストモダン的なカルチャルスタデイは全体主義の最後の砦とする認知主義理論
 ポストモダンは啓蒙の弁証法の最終的な敗北である
 右の頬をうたれるなら右の頬を出せと言うイエスの主張は、正義の均衡という円環の」論理の中断である(不正義の応酬の中断?)。紙はイエスを通じて初めて自分自身を神として実現し、神は不完全であるがゆえに愛されるのだ
 ホロコーストの時にヒトラーはいったいなにを考えていたのか? @ユダヤ人への嫌悪感A反ユダヤを利用して権力掌握をめざすB人類の幸福のために本気でユダヤ人を絶滅するC悪魔に取り憑かれた悪の芸術家として殲滅を崇高な行為と考えたD神そのものが悪魔的なのである
 言葉によって伝えられる真理があり、沈黙でしか伝えられない真理があり、沈黙によっても伝えられない真理があるーホロコーストは崇高な悪であるというシニカルな言説は@ホロコーストを非政治化するポストモダンB第3世界の暴力をホコーストの絶対悪によって合理化するBラデイカルな政治思考を抑圧するシオニストと右翼反ユダヤ主義の協定
 強制収容所の囚人は@動物的な利己行動へ退化するA人格崩壊を起こさなかったごく少数(ふりをしていただけかもしれない)、しかしスターリン主義の囚人は植物的存在ではなく自ら尊厳を捨てることによって貢献の道を選ぶ倒錯的な殉教者
 西欧マルクス主義に巣くう偽善としてスターリン主義への理論分析がほとんどない、彼らは給与の良いアカデミズムでキャリアをつみ、一方でキューバやニカラグアを夢として利用しながら、それが失敗すると新自由主義を選択していく、後期社会主義の反体制を英雄化しながら・・・資本主義が動き出してから純粋な悲劇はない、ブハーリンのカフカ的な不気味な悲劇、ローゼンバーグ夫妻はスパイの罪を犯したが、心から嘘をついて無実を主張したーかれらは事実では有罪だったが深い意味では無実だったのだ、レーニンがベートーベンの英雄を聞いたときに敵を抱擁したくなるからyまえるといった処にマルクス主義の陥穽がある、高次のレベルにある歴史的必然の道具に過ぎない自己規定としてのブハーリン(この裏にある自己責任の免責の無意識こそ最大のスターリン主義の悪)
 我々マルクス主義者はスターリン主義の悪をファッシズムの暴力よりも非道として認めるべき、ファッシズムの排除はユダヤ人であったがスターリン主義者は誰でもあるすべてであった
 現代の全体主義の亡霊は、第3世界の狂気の独裁者・ポピュリスト新右翼・デジタルビッグブラザーに徘徊している
 リアリズムという事物を現実あるがままにとらえるというのが最悪のイデオロギーである      
(2010/3/7)

第405夜:ギュンター・ロールモーザー『批判理論の貧困』(理想社 1983年)
 独自の批判理論批判の書です。まず1969年という学生運動の高揚期でフランクフルト社会研究所が急進学生によって占拠される時期に、ケルン大学の夏期講座の講義であり、聴講者は整然と聴講していること、著者がハイデガー現象学研究者としてのキリスト教の立脚している思想的立場から、正統マルクス主義への充分な知識を踏まえつつ批判理論を真っ向から批判しようとしていることです。批判の対象はアドルノ、マルクーゼ、ハーバーマスですが、批判理論批判者の批判を通して違った視点から批判理論を考えるという点で非常に面白い本であり、また理想社的な形而上学派を批判している日本のマルクス学者である城塚登氏が監訳者となっている点も注目されます。城塚氏自身は著者の立論を批判しつつも、初期マルクス論から批判理論に批判的であるようです。以下は概要です。

(アドルノ批判)アドルノ歴史論では、主体が自然であった原初段階から止揚される終極段階のあいだの中間段階として把握し、支配の必然性として進歩があり、支配=理性=否定である。自然を支配する理性はテクノロジーとして第2の自然として人間を支配する。主体そのものが技術の全体に支配される。支配の総体性の象徴が、人間を空虚な標本として等質化した純粋な同一性としての死を強制する強制収容所にほかならず、進歩が対立物に転化したものであり、ギリシャ以来2千年の世界史的本質の露呈である。歴史そのものが永遠の破局に到る恐怖の過程であり、人間が直立歩行をはじめて自然を支配しようとし始めた帰結である。この歴史を別の状態にするユートピアが逆に出てくるとする。ーこれはハイデガー存在論とグノーシス派の再版に他ならない
 人間の自然に対する最初の関係である模倣ミメーシスという前自我へ回帰する衝動に希望がある。あらゆる社会変革の運動は欺瞞的支配の延命に寄与するのみである。実践は理論抜きで可能となり、プロレタリアは変革の主体ではなく、あらゆる組織から脱した狂気こそ救いであり、無意識の反抗である。ーこれはフロイト・アナーキズムの復権に過ぎない
 支配の論理を否定する論理は、道徳・理性・芸術の3つの作業があるが、前2者はすでに世界に飲みこまれており、芸術とくに音楽が真理への道である(音楽のみが言語と概念を使わない)。
 ソ連型全体主義の源流は、理性と必然性を原理とするヘーゲルの残滓を持つマルクスそのものにあり、ヘーゲルの遺産によってマルクス主義は歴史的に破産した

(フランクフルト学派のマルクス主義観)
 マルクス主義修正:革命の必然性・可能性の概念的把握における革命主体の探求は見あたらない(再生産を担う主体)、階級だけでは革命は成熟しない(ブルジョアジーはつねに革命的であり、科学技術の高度化によってつねに高次の段階に移行する)
(マルクーゼ)技術と道具的実践が支配する現代はそのまま政治的全体主義の支配となる、個別合理性が全体合理性を強化する、西欧民主主義は政治的全体主義の偽装された支配形態、現代は個人に物質的充足を満足させる疎外、学生・黒人・第3世界は窮乏の告発主体であるが革命主体ではない、革命的実践に参加する者から真の現実的革命主体が生まれる、豊かな社会はすべてを水平化し進歩そのものが終焉したーキルケゴール・フロイト型マルクス主義ないし美的・浪漫的マルクス主義 
 マルクーゼの出発点は貧困ではなく豊かさであり、豊かな社会での革命の必然性はなにか(必然ではあるが可能ではない)、操作された消費による疎外=リピドーの現実原則の精神分析的機能転換、抑圧的構造の暴露と物象化された意識の超越論的自己反省による解放、いままでの革命は最良の子どもたちを扼殺してきた、社会から総体として自由な主体のみが革命主体となる(新しい人間)、精神分析による革命の必然性の基礎づけ、美的なものの社会的生産力(生活世界の芸術作品化)、美が革命目標となるーナチス型美的政治のニーチェ的再版
 革命的異議申し立ての実行者自体が異議申し立て社会のひずみを刻印されている、マルクス窮乏化法則の再解釈、革命の具体的主体は確定されない
(ハーバーマス)ヘーゲル依存のマルクス史的唯物論は破産し、プロレタリアが革命主体であるというテーゼももっとも疎外された者の検証抜きのりろんである。マルクス階級理論は破産、レーニン帝国主義論も破産、革命論を経験論・分析的社会科学の方法論にゆだねる。その方法は学的世界のコミュニケーションであり、しかし技術的処理の社会科学は啓蒙の資格はない、革命主体は最下層に位置する若者の下位文から出現する(彼らは経済的強制から解放されているから、後期資本主義の正統化原理の基盤を崩壊させる)、技術による支配の認識モデルに対抗する相互行為の認識モデルが支配から自由な討論を成立させる、学者がプロレタリアに川って生産力となる
(批判理論)ホルクハイマーの神学的初期理論にこそ希望がある (2010/3/3)

第404夜:ペリー・アンダーソン『ポストモダニテイの起源』(こぶし書房 2002年)
 著者は英国の西欧マルクス主義の論客にして『ニューレフトレビュー』の編集者です。本書は、フレデリック・ジェイムソン『文化の転換』の書評というかたちで独自のポストモダニズムの思想を展開しています。

 モダニズムという芸術運動の用語はニカラグアの詩人ルベン・ダリオがペルーの新しい文学状況を規定したところにはじまった
 リベラリズムという用語はナポレオンの占領に退行したスペイン人の発語だ
 ポストモダニズムは1930年代のヒスパニック社会で、ウナムーノとフェデリコ・デ・オニス(オルテガの友人)が初めて公式に使用した(歴史用語としてはトインビーが歴史の研究第1巻で使用し、産業主義とナショナリズムの共存を意味する普仏戦争開始の1954年を時代区分とする)、世界初のポストモダン戦争を第1次大戦とする。それ以降使用されなかったが、ライト・ミルズとハウが近代リベラルと社会主義の理念崩壊の時代を意味して1959年に使った。しかし脱産業社会と以降の大きな物語の喪失を意味するのはリオタール『ポストモダンの条件』(1979年)が最初の哲学作品であり、社会主義を含めてすべての資本主義批判は資本主義を強化するのであり、唯一の破壊は欲望の美学というリピドー経済にあるとしたが、最後は太陽の不可避の消滅以外に資本主義は終わらないとする。これに対しハーバーマス批判学派は、美的モダニズム(永久革命の美学)を資本主義近代化の商業倫理であり、科学・道徳・芸術の生活世界の再活性化を主張した。
 ウルトラモダニズムは同じくデ・オニスがモダニズムの持つラデイカルな衝動をさらに強調する用語として使用
 ジェイムソンの政治と美学はマンデルの後期資本主義論とボードリヤールのシュミラークル理論の影響を受けて文化(美)が主導する経済の再編成をめざす西欧マルクス主義のフィナーレ

第403夜:ベルント・ジーグラー『いま、なぜネオナチか?』(三元社 一九九二年)
 著者は著者は旧西独のジャーナリストで右翼ラデイカリズムの報道を中心に活動していますがこの書は主として東独に於けるネオナチの蠢動の背景を分析しています。私は東独に於けるネオナチの実態を初めて知ることとなりましたが、この書の分析が正しいのかどうかも分かりませんが、印象深い点を整理しておきます。

 右翼の対象は、外国人、同性愛者、パンク族、反体制派であり、彼らの拠点はドレスデン新市街にある。ドレスデンが極右の拠点であり、50万都市に5千人の外国人がいる。
 ネオナチは身体強健で家族と労働と規律を尊重して、パンク的なアウトサイダーを秩序攪乱分子として憎悪する
 DDRとSEDも同じく、労働と規律と祖国愛を同じくして、ネオナチと親和的であったから、社会主義青年同盟の多くがネオナチメンバーとなった
 シュタージはスキンヘッドを非公式の協力員として使った、両者は潔癖主義で共通していた
 多くの世論調査の結果では、旧東独の社会主義意識は希薄で非常に個人主義的生活意識が強い
 ドイツは水か乱歩手でファッシズムから解放されたのではないので、ファッシズムは克服されていない
 東独でも西独でも多くのナチス党員が戦後公職にあった、東独ではナチズムを克服したという表向きの標識によって逆に温存された
 デイミトロフ的な金融資本のもっとも反動的独裁という経済的ファシズムの定義が結論としてあり、ファッシズムの大衆心理的分析が東独では無視された
 東独では共産主義者の反ナチ闘争のみが評価され、ナチズムの反ユダヤ主義は無視され、逆に西独では軍部と市民の反ナチ闘争のみが評価された
 ソ連は独ソ不換新条約により、亡命共産主義者をゲシュタポに引き渡した
 東独は国際連帯の名目で外国人を受け容れたが、多くは嫌われる単純労働に従事させ、接触も隔離された
 ピオニールから青年同盟を経てSEDへ入る道は、ナチス的な権威主義的集団主義と本質的におなじであり、出世のためであった
 西独のネオナチは、東独の体制批判によって助長された (2010/2/24)

第402夜:テリー・イーグルトン『ポスト ・モダニズムの幻想』(大月書店 1998年)
 社会主義的変革の展望は遠のいたが、正しい世界のヴィジョンを放棄し、現代世界の混沌を黙認することははるかに知的不誠実だ。ソ連崩壊後のマルクス主義の退潮と比例して跋扈するポスト・モダン思想の頽廃を鋭く打つ英国マルクス主義者の面目躍如する痛快な論文が満載されています。日本のマルクス主義者がづるづると新潮流に妥協して、もはやマルクス主義に換えて社会経済学とか制度派とか衣を換えて生き残りを図る虚しさと較べて、なんと決然たる矜持に満ちていることでしょう。日本の論文はあれやこれやの引用からごた混ぜの主張が出てくるのですが、この著者はみずからの頭脳の展開のみで論旨を繰りひろげており、しかも批判の矢が鋭く本質をうがつ点で明快なのです。ケンブリッジでマルクス主義を標榜してアカデミズムで生きていく迫力が感じられます。もう一度じっくりと読んでみたくなる書です。(2010/2/22)

第401夜:クリスタ・ヴォルフ『残るものはなにか?』(恒文社 1997年)
 ナチズム下で成長して旧東ドイツで学び、代表的な女流作家となった人ですが、私は彼女の作品を初めて読みました。スターリニズム政権と基本的に協調しつつも、時に批判的姿勢をとったので、シュタージ秘密警察の監視下に置かれる不安と恐怖の日常生活の1日を切りとった緊迫感ある作品です。その彼女が東独脱出市民に思いとどまるよう呼びかけたりする行動をとるのですが、この作品は東独崩壊後の自己弁護と評価され批判されます。統一後の秘密文書の公開によって、彼女自身がシュタージの非公式協力者であったことが暴露されますが、作家活動は継続されています。巨大な政治潮流の激流にゆれ動きながら、尚誠実であろうとすることはどういうことか?を考えさせられます。
 電話の盗聴から手紙の開封、行動の追尾など24時間が監視下に入る生活は想像を絶しますが、その彼女をして自らシュタージの協力者になるなど、この分裂した行動の人格ほどに巨大な矛盾はありません。しかし彼女は、社会主義の理念を捨てず、スターリニズムの歪曲を批判するスタンスを貫きますが、シュタージの犠牲者から見ると、協力者となった彼女を赦すことはできないでしょう。このようにして市民相互の分裂が深化することこそ、スターリニズムの最悪の悲劇でした。詳細な年譜が有効であり、沼野充義氏の解説は適格ですが、内藤道雄氏の作家と知識人を分けて論じる発想は独善的であり不適切です。シュタージはフルタイム専属協力者10万人、非公式協力者10万ー20万人で、1700万の市民のうち400万人を監視対象とした、旧ソ連圏国家は一大監視国家でした。400万人とは成人市民のほとんどではありませんか! 沼野氏も公然と政治的にたたかわなかった作家を、個人的な作品表現の精神世界の構築という評価をしていますが、このあたりに作家や知識人の政治責任を特権化しようとする甘さがうかがえます。内藤氏の解説は、そうした苦悩そのものがうかがえない外在批評に過ぎません。(2010/2/22)

第400夜:ソール・フリードランダー『アウシュヴィッツと表象の限界』(未来社 1995年)
 本書は1986年にドイツで展開された歴史家論争を受けて、カリフォルニア大学ロスアンジェルス校で1990年に開催された米国内の研究者が参加する研究会議(19人参加)から、6人の報告を抜粋した論文集です。根底には歴史修正主義を批判する視点がありますが、論議は極めてベーシックに歴史と事実の表象について論じています。事実ーを歴史家が記憶として編成するときに起きる転移の可能性が」テーマとなっています。ある収容所で60万人が殺害され、生き残りが2人でしたが、その2人の証言で収容所の歴史は確定するか? ナチスの犯罪をスターリンの収容所で相殺できるか?啓蒙の弁証法における西欧近代はまだ可能か? いったいナチズムとは特異なモノかそれとも西欧の帰結か?
 歴史修正派の議論にも扇動から真摯なものまで多様であり、西欧では野蛮=アジア的とされること、ホロコーストを象徴資本として利己的な記念碑化する潮流もあること、総じて米国アカデミズムはリオタールやデリダや記号論学派の影響が強く、報告もポストモダン的な色彩が強く、ほとんど社会階級や歴史理論による分析がないこと、物語などのナラテイヴ分析が強く、虐殺への感性的な身体性がほとんどない。訳文が硬直的で混乱があり、趣旨が伝わらない。(2010/2/18)

第399夜:柄谷行人『トランスクリテイーク カントとマルクス』(批評空間 2001年)
 私はこの人の作品を読むのは初めてですが、古本で100円コーナーにあったので買い求めて一気に読みました。文芸評論家なのですが、哲学思想もかなり勉強しているようで、自信満々で独自の論を転回しています。正統派マルクス主義にはない縦横無尽な闊達さがあって面白いものでした。彼の問題意識は、ソ連崩壊後の社会主義の退潮に異議申し立てをし、新たなオルタナテイブをマルクス主義のカント的な正当性で論じるという超領域的なトランスクリテークとして考えようと云うものです。しかしマルクスの労働価値説には独特の解釈を加え、いわゆる生産過程での剰余労働による剰余価値実現を否定し、消費過程での実現を主張するというとんでもないモノです。そこからでてくる戦略は、労働者の労働力販売拒否と消費過程での主体化という企業の労務部とマーケッテイングが泣いて喜ぶようなことを言っています。それをカントの定言命令という倫理的根拠で証明しようとしています。なぜこのような論が出て来たかというと、彼はもっぱら宇野経済学の資本論解釈を適用し、従ってエンゲルス・レーニンなどは反マルクスとして退けてしまいます。結果的には消費社会の賛美とネグリ的な過激戦略におちこんでしまいますが、しかしなんとかしてマルクスを21世紀に救済しようとする姿勢はうかがえます。国家論抜きのアソシエーション論が中心的な未来論になりますが、このアソシエーションも地域通貨と協同組合以上のものではありません。(2010/2/17)

第398夜:鈴木茂夫『早稲田細胞・1952年』(同時代社 2007年)
 50年代初頭の早稲田大学の学生運動を描いています。ちょうど共産党の平和革命路線がコミンフォルムから批判されて、国際派と所感派に大分裂し、いっぽうが毛沢東路線の農村から都市を包囲する極左暴力路線をうちだして、大混乱におちいった激動期です。早稲田の組織は、ほとんどが所感派であったようで、ほぼ全員が暴力闘争にのめり込んでいきます。所感派による中核自衛隊と山村工作隊という非合法の地下活動に参加していく過程がリアルに描かれていますが、共産党の内部組織にほとんど討論がなくリーダーの独裁であること、山村工作の内実が漫画チックであることなど、現在から見ると悲劇的な漫才を見るようですが、当時にあっては死を賭けた真剣なモノであったのです。
 しかし文学作品としては幼稚な表現が多く、当時の時代と主体の深奥に迫り得ていません。すでにこうしたテーマは、新日本文学会系の作家が多く取りあげているテーマですので、それらと較べると主体の意識表現に格段の差異があります。ただ山村工作隊の内実を描いたのは珍しいのでしょうか。著者自身はその後にTBS幹部社員として活躍していますが、学生期と現在の自己がどうつながっているのか、作品ににじみ出てこないといけません。こうした作品は、かって共産党に所属して青春を散らした人たちの自己満足的な効果を生み、また共産党批判という政治的効果をもたらすのみになります。(2010/2/8)

第397夜:楊逸「時が滲む朝」(『文藝春秋』2008年9月号)
 中国人初の芥川賞作品です。中国の天安門事件に象徴される民主化運動に参加した若き大学生が、敗北後の人生を外国に送り、東京で生活している級友の元に、かっての師友が再開して別れるまでを描きます。出自は農村の貧困農民と下方家族であり、それぞれが希望を持って大学入学をはたし、祖国への使命感を以て学習に励んでいます。ある教授の指導のもとに民主化運動にはいるのですが、その必然性が描かれていません。というよりかなにか青春のエネルギーの発散のようであり、米国を自由と民主の天国のように理想化する幼稚な知識水準しかありません。米国や東京での民主化組織が描かれますが、独裁と社会主義の区別すらなく、ほんとうに理論的に考察しているのかどうかさえ危ぶまれます。評価すべきは、日本語をそれなりに習得し、日本語で小説を書いていることですが、残念ながら構成も表現も空疎なモノが目立ちます。
 最大の問題は、作者ではなく、芥川賞の選考委員の文学意識の貧困にあり、おそらく賛成した委員は、書きたいテーマが存在するパッションに弾かれたか、あるいは中国政府への抵抗運動という政治的スタンスを利用しようとしたか、いずれにしろ芥川賞の空疎な現実を反映しています。作者の当選の言葉も、日本への媚びへつらった謝辞に終わり、気持ちが悪くなります。ただし、中国の青年層にある意識の実態がピュアーにでており、参考になったのはその程度です。石原慎太郎のレベルにふさわしい作品でしょう。(2010/2/6)

第396夜:トニ・ネグリ『未来への帰還 ポスト資本主義への道』(インパクト出版 2004年)
 イタリアの極左にしてテロ集団でもあった赤い旅団の理論的指導者として逮捕され、フランスに亡命した著者がイタリアへの帰還を前にして綴ったエッセイ風の論文集であり、その後の本格的著述の原型が示されています。非物質的精神労働が主体となった現代では、もはやマルクス・レーニンは時代遅れとなり、工場労働を主体に置く革命論は無効となった。これがポストフォーデイズムのポストモダン状況であり、革命の主体は工場の規律から実質的に解放されている主観的労働者となった。この知的労働がマルテイチュードとなって、有機的なネットワークによる民主主義が形成される。コンピュータ・オートメーションにより、1日の必要労働時間は2時間であり、それは週2日制にあたる。いっぽう国民国家と植民地的帝国は解体し、グローバルな帝国権力が形成され、マルテチュードとの最期の闘いが迫りつつある。以上が彼の現代認識の概要かと思われます。
 この発想の特徴は、じつは高度に発達した晩期資本主義の情報化理論と酷似しており、その裏返しのような気がします。そして資本に対する規制を緩和する新自由主義理論とも結果的に同一の結論を導き出すという奇妙な構造です。すると工場労働者ではなく、周辺労働に革命の主体を求めるという現代的な窮乏革命論に結果するということになります。後半は情緒的な哲学的エッセイが続きますが、ここのほうがよりおもしろいものがあります。とてもイタリア的な思想家ですね。(2010/2/5)

第395夜:アゴダ・クリストフ『文盲 アゴダ・クリストフ自伝』(白水社 2006年)
 世界的ベスト・セラー『悪童日記』(といっても私は読んだことがない)の著者の自伝的な作品です。1935年にハンガリーの村に生まれ、ハンガリー事件のなかでスイスに亡命し、初歩からフランス語を学んでフランス語による作品を発表しています。淡々と記憶の事実を記した最期に、本質となる意味を落として終わる簡明な文章が続きますが、背後には深い傷と体験があるような気がします。刑務所が待っていると分かっていながら、祖国への帰還を選ぶ亡命者の孤独な心情の闇、自分の書いたものに興味を持ってくれる人がいなくても、この先どこにもあらわれないだろうという気がしても、書き上げた原稿が引き出しにたまるだけとなっても、ものを書き続けるのが作家だ、自分の書いたものへの信念をけっして失わず、辛抱強く、執拗に書き続けることによって私は作家になった。欧州文化の深い思い背景が圧倒的に迫って、日本の安っぽい私小説を軽蔑せざるを得ません。それにしてもスターリニズムは、何という犯罪的な国家であったのでしょう。(2010/2/3)

第394夜:ピエール・アスリーヌ『密告』(作品社 2000年)
 ナチス占領下のパリは、ユダヤ人摘発政策に対する態度をめぐって、じつに人間の深層に迫るふるまいが重層的にくりひろげられ、戦後の傷跡がいかに深いかを知らされます。これはあるジャーナリストが占領下の文書を解読していくなかで、膨大な密告の書類を発見し、そこに実は身近な女性の密告の手紙を発見し、執拗な追求のあげくに悲劇的な女性の死を持って終わるという物語です。女性は、捕虜収容所の兄の命と交換にユダヤ人を売るという選択をし、パリ解放と同時に裏切り者として辱めをうけ傷を負ったのです。
 占領下のフランスがナチスと被占領者の抵抗という単純な対峙ではなく、フランス人自身の内部に複雑な関係がつくられ、必ずしもすべてが抵抗者ではなく協力者も存在し、解放後もっとも犠牲が多かった左翼が熾烈な内部告発と人民裁判を展開したことなど、忸怩たるフランスの恥部がさらけだされます。
 しかしこの小説の最大の致命的な欠陥は、作者自身であるジャーナリストが戦争体験を持たず、ただ興味本位の薄っぺらな正義感で、女性をギリギリまで追いつめていくことにあります。無自覚であるにせよ、そうした無意識の偽善を自覚させる運びもないという、なんとも幼稚な主人公なのです。わたしは、密告に到った女性よりも、ギリギリと傷口をこじ開けて死に至らしめた作者の態度の非人間的な無知の構造に怒りを通り越して唖然としてしまいました。(2010/1/30)

第393夜:アントワーヌ・ヴォロデイーヌ『アルト・ソロ』(白水社 1995年)
 新しいフランスの小説シリーズの一冊です。テーマはおそらく突撃隊か黒シャツ隊が勢力を増大させ、異端や少数派を大衆的な憎悪の対象として組織していく下からのファッシズムに抵抗して破れていく音楽家集団を描いていますが、国籍や時代、地域、人種や民族などすべて架空のものとして象徴的に描く点で「新しい」といえるのでしょうか? 構成や象徴的なシーンなど斬新な手法が見られますが、内容そのものは大衆ファッシズムの演出による興奮と恐怖の入りまじった高揚という点で伝統的なものです。こうしたテーマが連綿としてげんだいにまでメジャーの世界で描かれている点で欧州はやはり違います。(2010/1/29)

第392夜:プリーモ・レーヴィイ『プリーモ・レーヴィイは語る 言葉・記憶・希望』(青土社 2002年)
 著者は1919年にトリノで生まれ、ユダヤ系イタリア人で対独レジスタンスで逮捕され、アウシュヴィッツ収容所から奇跡的に生還し、自らの体験を記録した幾つかの著作を出版し、現代イタリアの代表的な作家となったが、1986年に自宅4階から転落死しました(警察発表は自殺)。本書は彼の応じたインタビューの集成です。印象的な点は11点です。
 (1)彼はヘブライ主義を基本的に指示しつつ、社会主義との結合を期待し、現在のイスラエル路線を批判しています
 (2)カフカ『変身』を翻訳したときに、現代ユダヤ人のメタファーとしてうつ病に陥り6ヶ月間苦しんだこと、槍か矢が後ろから刺してくるような感覚
 (3)青い目と金髪は本質的に邪悪であるという問は謎である
 (4)我々の世代は休んでいる暇はなく、理性にとって休む暇はない。労働は聖書の言う刑罰というのはマゾヒステックな習癖だ
 (5)収容所で生き残ることは、敵のために働くと言うことをうけいれるということだ、すべての人が灰色となる、野獣科することによって犠牲者も虐待者も人間として死ぬ
 (6)リリアーナ・カヴァーニ『愛の嵐』は、侮辱を感じ最後まで見ていられなかった、収容所に娘と将校の関係はなく、ほとんどSSに協力する娼婦だった、一般囚にとって性は完全に忘却され問題ではなかった
 (7)カラマーゾフ兄弟の老婆の玉葱による地獄からの解放ほどに馬鹿げた話はない
 (8)生きのびるためには1日2000カロリー必要、労働者は2600カロリー、収容所では1400−1600カロリーであったから生き残るためには余分に入手しなければならない
 (9)我々の文化で裸になることと、人前で排泄すること、靴を脱がされることは最大の侮辱であり、最初に打ちのめされた
 (10)ヒトラーにとって人類最大の敵は、ユダヤ人である聖パウロとマルクスで、一方はローマ帝国を破壊し、もう1人はドイツを破壊した
 (11)信仰もないのに、都合のいいときに神に祈る不正は、カトリック教徒が好きだ  (2010/1/28)

第391夜:『朴ノへ詩集 いまは輝かなくとも』(影書房 1992年)
 著者パク・ノヘ(本名 朴基平 35歳 ペンネーム漢字で迫労解)は、1991年に南韓社会主義労働者同盟による国家保安法違反容疑で逮捕され、92年に無期刑が確定し服役中の私人革命家であり、本書は彼の詩集と公判陳述から編集されています。日本の常識から想像を超えた原始的で野蛮な労働と反共独裁政治のなかで、あえて社会主義革命をめざす詩人の詩は、あくまでピュアーで硬質の(日本で言えば戦前期のプロレタリア詩)の抒情がたかぶっています。印象的な点をいくつか記します。
 1)最初は良心的なカトリック信者として出発し、しだいに社会主義思想に転化していっています  
 2)抒情と労働者の生の意識が健康に結びついています
 3)高麗連邦共和国という統一戦略は、北朝鮮の戦略でもあったと思うのですが、この書では南労党をふくむ北朝鮮との関係は一切登場しません(これを書くと死刑になるのでしょうか)
 4)米国や日本の多国籍企業の進出の野蛮さが浮き彫りとなり、韓国労働運動の戦闘性の背景が分かります
 5)五輪後の韓国現代化のなかで、韓国左翼はどうなっているのでしょうか? 国家保安法は存続し彼はまだ獄中なのでしょうか?
 いずれにしろ、日本の感性からは想像できない苛烈な社会であることがわかりますが、そこにあるピュアーさは日本からとっくに失われたものです。21世紀の東アジアでの日本の先駆性はもはやどこにもありません。(2010/1/25)
 
第390夜:リュデイガー・ブプナー『美的体験』(法政大学出版会 2009年)
 著者はガダマーの弟子でドイツのアカデミズムで解釈学的分野で活躍してきたそうで、本書は1989年にズールカンプ社から刊行され、当時ドイツに留学していた日本人研究者によって訳出されています。概念用語が駆使されて独自の考察がなされていますので、理解が届かないところがありますが、著者の言いたいのは、現代芸術はもはや「作品的な批評を離れて自由に浮遊しつつあるので、作品の枠内で理念的に議論するヘーゲル美学やその展開としてのルカーチやフランクフルト学派の議論はその有効性を失い、感性的経験の反省過程を把握するカントの主観主義的美学が現代に有効性をもってよみがえりつつあると主張しているようです。概念分析が自己展開して付いていけないのですが、著者はどうも現代美術の奔放性に幻惑されてそれに遅れまいと必死になっているようで、美学的思索の現代に於ける迷走を示しているように思います。それは著者自身がもっとも否定しているところなのですが。(2010/1/25)

第389夜:エリ・ヴィーゼル『夜』(みすず書房 1995年)
 1928年にハンガリーの地方都市シゲトで生まれた著者は、1944年に15歳でアウシュヴィツ収容所に入れられ、翌年にブーヘンヴァルドで解放されるが、帰郷を拒んでその後は1956年に米国市民権を得、1986年のノーベル平和賞受賞者となっています。これは、逮捕から解放に到る1年猶予の収容生活を精細に、驚くべき記憶力で綴っています。極限における人間の悲惨と気高さの両極が淡々と述べられ、なにか人智を越えた体験を共有するような感じです。しかしそれ以上のどのような評論も峻拒する事実の迫真力に圧倒されます。

 ゲットーでは以前の階級や身分がいっさい撤廃されるので、奇妙な同胞と連帯意識が生まれる
 社会的規制からすべて解放された若い男女は人目もはばからず交わり始めた(移送の車輌のなかで)
 収容所では、子どもたちは同性愛者同士の人身売買の対象となった
 飢えて死んでいく最後の瞬間に狂人となって、バイオリンを弾いた音楽家は、自分のパンとスープを奪い取ろうとする囚人たちによって踏みにじられ、バイオリンは砕け散った
 父親に飛びかかって殴りつけ、あえぎながら死んでいく父親の身体を探って、パン切れをむさぼり食い始めた息子・・・それを見た他の男たちが飛びかかって息子も死んだ・・・そしてわたし自身も父のスープを奪ったのだ
 米軍によって解放された囚人たちの最初の行動は、食料に飛びつくことであり、売春婦と寝ることであった


 収容所で犠牲となったハンガリー在住ユダヤ人は、47万6千人、逃亡できたのは1,684人です。この高率の犠牲は、ユダヤ人の名士がナチスに協力し、非ユダヤ系ハンガリー人も移送に協力したからです。著者が生き残ったのは、天文学的な奇跡です。(2010/1/20)

第388夜:ゲオルク・ピヒト『いま、ここで アウシュヴィッツとヒロシマ以後の哲学的考察』(法政大学出版会 1986年)
 この魅力的な題名に惹かれて本書を手にしない人がいるとすれば、信じられないと云うほどの期待を持って本書を読み通しましたが、これほどの失望感を以て終えたのは久しぶりです。というよりも怒りさえ覚えた哲学的思考です。ナチス哲学者であったハイデガーの講義の聴講学生として厚遇を受けた著者は、やはりホロコーストに関する主体的な責任意識の決定的な疎外があり、自らの関与という自覚など微塵もなく、ただたんにギリシャ以降の西欧思想史の危機として分析しているに過ぎません。なぜ著者はこのような、人をして瞠目せしめるような題名をつけたのでしょうか、その傲慢の無自覚さにはほとほと哀しくさえなります。しかしこれが、じつは独逸哲学アカデミーの本流にある意識なのでしょう。ドイツ知識階級の無自覚な教養意識の虚栄がそのままにほとばしっていますので、ドイツを含む欧州の戦後思想をささえる階級的な意識の基盤をうかがえて、逆に面白かったと云えるかも知れません。とにかく600万人が殺害された生命への想像力と自己責任の意識がまったくないのには驚きを通り越して悲しくなりました。
 要するに彼が云うのは、西欧に於ける形而上学の没落に変わって、女王の地位に就いた理性至上主義とその応用である科学技術至上主義がアウシュヴィッツとヒロシマの思想的な背景にあるというもので、こんなことは著者ならずとも多くの人が繰り返して考察したものであり、なんの新たな展開もありません。人間の生命をゴミのように捨て去る行為がなぜいとも簡単に使命感を以ておこなわれたのか、ここにある反ヒューマニズムの思想的な根元はどこにあるのかを明らかにしない限り、たんなる学術論文の域を出ません。こうした著作を一生懸命に翻訳して、業績の一部に加える日本のアカデミズムの頽廃を思わずにはいられません。(2010/1/18)

第387夜:野中広務・辛淑玉『差別と日本人』(角川書店 2009年)
 すごく興味を惹かれたのですが、新本で買うのをためらっていたところ、ちょうどブックオフにありましたので買い求め、早速その日に3時間ほどで一気に読みました。予想にたがわずおもしろいものでした。被差別部落出身者にして自民党最高権力者に上り詰めた男と在日朝鮮人にしてマスコミではなやかに活動する女性の、差別をめぐるあけすけな本音を語る対談となっていますが、両者ともに共通しているのは、反差別を運動として進めたのではなく、あくまでも自力で現代日本の階級構造を上昇した点にあります。従ってそこには、体を張って自ら血を流して闘いとった者の肉声が迸っています。一部を紹介します。

 「美しい被害者なんていない、蝕まれて叩かれた者は、人のものを奪う生き方しかできなくなる」(辛)
 「在日朝鮮人はなぜ弱いのかと聞かれた言葉が強く印象に残っている。朝鮮人は一度も勝ったことがなく、勝つことが許されないが、部落は権力に勝った経験がある。私は、部落の闘いがなければ、在日はもっとひどい常態に落ち込んでいると思う」(辛)
 「地震が起きると母方の祖母を思いおこす。夜中にうなされて夢遊病のようにうごき、ピッチャルカジョア(ほうきをもってこい)と叫んでいる。いる、関東大震災の夢を見ているんだ」(辛)
 「子どもの時に物乞いしている傷痍軍人を侮蔑的な目で見ていた。大人になってあれは朝鮮人で、国籍条項で福祉から排除され物乞いしかできないときいて打ちのめされた」(辛)
 「人権は好きだけど当事者は嫌いだって云う人がいっぱいいる。哀しいですよね、私可哀相ですね」(しん)
 「うん寂しいよ、おれの83年の努力はいったいなんだったんだろう」(野中)


 飾ることのない肉声の話がくりひろげられています。私は日頃は難解な現代思想本を読んで、あたかも最前線で思考しているかのように自己満足しているのですが、kのような全身で自分の力だけで現実のもっとも醜悪な部分と闘いながら、自分を成長させてきた事実の重みに圧倒されました。ほんとうに哀しいのは、辛氏で、あれほ対極にある権力者であった野中氏に、身も心も打ち明けるような悲哀を漏らし、共感を得ようとしている姿は、被差別者の孤独なピュアーさが溢れでています。けなげに気を張って生きてきた辛氏であればこそ、最期まで野中氏の前では気丈にふるまってほしかったと思います。(2010/1/14)

第386夜:オラシオ・カステジャーリス・モヤ『崩壊』(現代企画社 2009年)
 ガルシア・マルケス、バルガス・リョサ、フェンテスなど独自の土俗的な文学世界を構築してきたラテン・アメリカの次世代純文学の旗手と言われているそうですが、残念ながら失望しました。物語はエルサルバドルの政府高官の家族の分裂と崩壊を、隣国ホンジュラスとの紛争や家族からの共産主義者の出現、クーデターなどを背景に描くのですが、人間個人の彫り込みが浅く描写力や構成力も未成熟でただ読まされて終極に到るというに過ぎません。あの独特の土俗的な情念の世界もなく、ただ上流階級の内部を暴露しているに過ぎません。なんでこうした世界を翻訳して日本に紹介する商売がなり立っているのでしょうか。(2010/1/11)

第385夜:『思想 1029号 韓国併合100年を問う』(岩波書店 2010年)
 韓国研究者による論文集ですが、思想的な掘り下げは弱い、歴史研究者中心だからでしょう。
○宮島博史:日本史認識のパラダイム転換を問いかける刺激的な論文です。戦後歴史学の一国史型近代化モデル崩壊、一向宗門徒が朝鮮侵略の先兵となったのはなぜか、東アジア国際関係のなかに日本史を置いて考える、中国・朝鮮は儒教型国家モデルの西欧への優位を信じて西欧的近代化を忌避したのに対し日本は依拠すべき矜持的モデルがなく単線的に西欧化を進めた、明治政府が進めた近代化政策のほとんどは中国・朝鮮ではすでに前近代期に実現していることであり、実施する必要はなかった、岩倉使節団派遣の過大評価(すでに中国はもっと大規模に長期の使節団を派遣して相対評価を加えた)、現代日本の民衆運動の停滞は前近代期における儒教モデルの受容経験の有無に帰せられる、日本だけが西欧封建制に近い封建社会を実現していたとするアジア的生産様式論によるアジア的停滞性論は虚妄である、君主制が存在しその性別継承が議論され戸籍制度が残り男女別姓が議論されている現代日本はアジアでもはや途上国となっている
○井上論文:東学農民軍を残酷に殲滅した歩兵19大隊は貧民・貧農出身の28−32歳のもっとも過激に徴兵一揆をたたかった四国の民衆兵であった
○槇論文:儒教モデルの文尊武卑思想が定着していた朝鮮は、日本の植民地支配によって軍事的暴力的政治文化に染められ、朝鮮戦争までを含む暴力文化が支配的となった、対日暴力は次第に内部化した
○小川原論文:植民地公共性に注目する植民地近代性論は民衆抵抗の主体と責任論を拡散させる、日本の研究は脱亜論的な一国史研究の延長として朝鮮支配を考えている、従属地域の社会構成が植民地支配を逆規定する相関構造が問題だ
○趙論文:朝鮮の儒教的民本主義の政治文化は朝鮮王朝の打倒へと向かわない支配への合意システムを形成したが、朝鮮総督府はそうした政治文化を排除し暴力的な政治文化を強制し朝鮮民衆の深い恨み文化を誘発した
○岡本論文:台湾植民史の視点で朝鮮支配の評価を行う誤謬、東アジア圏で日本を観る帝国日本の視角が必要、日本の支配と抵抗という二項対立図式の克服、抵抗と参入の重層的構造
○李論文:日本歴史学の3科制(国史・東洋史・西洋史)による古代日朝関係史の日本支配説が通俗化した
○須田論文:浄瑠璃・歌舞伎メデイアによる江戸期民衆の朝鮮観は朝鮮劣位・恨みを抱く朝鮮・朝鮮蔑視観の形成とともに衣文化への憧れ
○山田論文:関東大震災朝鮮人虐殺の国家責任の隠蔽と民衆責任の私的であり、学問的な新たな業績はない
○板垣竜太:日韓条約反対論の内実は日本の帝国主義展開への反対であり、植民地支配の責任論は弱い、寺尾五郎と朝鮮研究所がリードして埋めようとしたが党派の論理で敗北した、それは日朝共同宣言に及んでいる
○和田春樹論文:植民地支配責任運動の展開を整理している、その推進主体はほとんど文化人・知識人の声明運動に短絡されている、民間基金による補償に関与した著者の主体的な責任の考察や思想的掘り下げは無視されている(ここに和田氏の驚くべき思想的な虚妄と限界があるにもかかわらず) (2010/1/11)

第384夜:鮮宇W『火花』(白帝社 2004年)
 作者は1922年に生まれ、ソウル師範学校卒業後に新聞記者を経て作家生活に入っています。瞑目することによってアイデンテイテイを保とうとする「胡蝶の夢」、日帝への協力を拒否して緘目を装う詩人を描く「黙示」、日本帝国軍人として生きた反省を悔悟する「馬徳昌」、3・日本留学・31独立運動から朝鮮戦争までの韓国現代史を生き抜く家族の歴史をえがく「火花」、ダム建設に沈んでいく故郷の村を背景に創氏改名から断髪令に抵抗して死を選ぶ家族の歴史をえがく「水豊ダム」など、韓国近現代史の激動のなかで翻弄されながらも誠実に生き抜く韓国人世界を描いています。いままでの私が読んだ韓国小説は、どちらかというと北朝鮮に共感を持つ生き方の悲劇を描いたものが多かったのですが、作者は日本帝国主義も北朝鮮社会主義をも批判する個の自立の立場から韓国社会を見ています。こうした視点は初めてですので、それなりに興味を持ちましたが、イデオロギッシュに北朝鮮のイデオロギーを批判する露骨な描写は作品の質を落としています。やはり「胡蝶の夢」とか「黙示」などの体制問題を直接扱わない自我表現の世界に重いちからを感じました。久しぶりに読んだ韓国小説です。(2010/1/6)

第383夜:シャローム・ホラフスキー『ゲットーからきた兵士達 包囲された森林と年』(未来社 1987年)
 作者は1914年に白ロシア共和国リダに生まれ、第2次大戦中にゲットー蜂起(最初の蜂起)と森林でのパルチザン体験を経て、現在はパレスチナ・キブツでユダヤ史を昂じている。彼はユダヤ教原理主義とも言うべき信仰とおそらくはマルクス主義を奉じる作家ではないか。この書は、ユダヤ人がけっしてナチスの弾圧に羊のように従ったのではなく、崇高な抵抗者であったことを示すとともに、東欧社会でのイデイッシュ文化にたいするポグロムのすさまじさをあかしている。捕虜となって流浪するユダヤ人にあびせかける東欧人のまなざしや、赤軍とパルチザン内部での軋轢など、私の想像を絶する民族意識の対立がある。にもかかわらず、著者に問いたいのは、パレスチナ人に対する容赦なきイスラエルの態度だ。訳者はそのような現代の対立を越える普遍性がこの作品にあるとしているが。(2010/1/5)

第382夜:玄基榮『地上に匙ひとつ』(平凡社 2002年)
 作者は1941年の済州島生まれで、幼くして4,3事件を体験し、成長してソウル大学に進学後中学高校の教諭を経て作家活動に専念して現在に至っている。4,3事件の描写は子どもの目から見たものですが、政治の激流に翻弄される子ども社会を描いて、別の視点から事件をみる深さを知りました。しかし何よりも驚いたことは、作者の子ども時代の記憶の鮮明さと緻密で重厚な描写であり、しかもそれが日本の少年期の生い立ちと非常によく似ていることです。こうした骨太の成長ストーリーは日本文学では見られません。(2010/1/5)

第381夜:李静和『残照の音 「アジア・政治・アートの未来へ」』(岩波書店 2009年)
 パニスト、パフォーマー織物作家、映像、作家、写真家など現代前衛派が沖縄の佐喜眞美術館を舞台に繰りひろげたアジアのとくに朝鮮人と沖縄、日本の戦争体験を媒介とする記憶を現代に訴えるプロジェクトの記録ですが、なにしろ作品表現を文章化して論じていますので、観念的な表現にならざるを得ず、直裁に共感を呼ぶような読後感はありません。あるいはアヴァンギャルドそのものが孤立した自己閉塞的なアート表現にならざるを得ないのでしょうか? 芸術的表現を普遍的に受容することそのものが、とくに政治的なテーマでは抽象表現になるのでしょうか?  
 ただやはり在日朝鮮人の雀氏の論考は、新川明などの沖縄独立論の影響をうけつつも、自らの出自による体験に裏打ちされた真摯な思索が伝わって参ります。付属のDVDがもっと企画の全貌を伝える編集であったらと惜しまれます。(2010/1/3)

第380夜:『世界』2010年1月号(2009年 岩波書店)
 この雑誌を自分のカネを出して購入したのは何十年か前の学生時代です。その当時は左翼が全盛期で、この雑誌はどちらかと言えば「良心的文化人」と揶揄された非実践的解釈系リベラルの総合誌のイメージが強く、急進的学生からは軽蔑されていました。あれからそうですね、50年余が過ぎて、ソ連崩壊から市場原理派の台頭と政権交代という時代の激動のなかで、おどろいたjことにこの雑誌の編集方針は維持され、無党派左翼の牙城の位置を占めるに到っています。ある種の良心的真面目さが、それゆえにそれゆえに変貌する時代の前線に押し出してしまったかのようです。この号を購入したのは、2010年が韓国併合100周年にあたり、その特集で、日本の良心派が登場し、何を述べているか興味を持ったからです。
 和田春樹×藤原帰一×カンサンジュンの座談会では、あのあの民間慰安婦補償金を推進した和田氏が自己批判なく何か語ろうとする姿勢そのものに違和感があり、冷戦思考に呪縛されて反共の痕跡を残す藤原氏は政治学者の資格に疑問を持ちますが(北朝鮮を冷戦による気の毒な人たち!は遠からず崩壊するという)、やはり自身の問題として格闘してきたカン氏には根底から考えぬこうとする深い思考がある。
 坂本義和という80歳になる政治学者は、自分のスタンスを崩すことなくそれなりに根元的に考えぬこうとする思考のちからが健在です。学生時代には、調停主義的な中間的良心派というイメージでしたが、その思想軸は現在では前線に躍りでてしまい、東アジア共同体を平和と民主の基軸で論じています。彼がすごいのは、北朝鮮を排除した共同体を徹底的に批判する矜持にあります。北朝鮮派としてバッシングされることを覚悟して発言していますが、最期はヒューマニズムという精神論に結果します。。
 成田龍一氏は、併合問題を文芸評論的な情緒的感性のレベルで論じすぎる傾向があります。高橋哲哉氏は、日韓の歴史問題を歴史的に論じながら、その問題点を問い、とくに大沼保昭氏の大アジア主義的な日本帝国論批判は圧巻でした。ユン・コンチャ氏の朝鮮と天皇制論は、所謂日本論壇ではもはやタブーとなっているテーマに迫っている点で、日本人としては恥ずかしさを覚えます。それにしてもアジア諸国の首脳が訪日の度に、天皇との会見をセットして自らのステータスとする行為ほどに恥ずべき行為はないが、昭和天皇で戦争責任論は終わりを告げたとする工作を鋭く批判する視点は日本にはないものだ。併合百周年の課題は、天皇制廃止と南北統合だと彼は言い切ります。分断以前の天皇の訪韓ほど歴史に背くものはないという。他に西松建設の和解訴訟についての弁護人の論説は興味深いものがあった。(2009/12/30)

第379夜:ジョン・ケアリ『知識人と大衆 文人インテリゲンチャにおける高慢と偏見』(大月書店 2000年)
 著者に関する紹介がなく、また訳者独自の解説もほとんどありませんので、おそらく英国の文芸評論家ないし英文学研究者による英国近現代文学の独自の視点による研究所です。テリー・イーグルトンの本書に対する批評の概要があるので、本書の英国での位置が少しは掴めますが、一読して非常に面白いものでした。とにかく英国近現代の著名な文芸思想家の著書から、大衆蔑視と人種差別からファッショ肯定に到る言辞がぬきだされて、いかに英国知識人が高慢な偏見の持ち主であるかを証明しようとしているからです。
 しかし差別的言辞の事例が紹介されて羅列されますが、その基礎にある英国階級社会の独特の構造と英国知識人の存在の独自のあり方についての分析がふかまることがなく、またまた知識人と大衆との関係についての著者独自の考察がありませんので、平板で少し高級な知識人批判に終わっています。たしかに英米のアングロサクソン系の人文認識は底が浅く、論理分析と存在分析がどうもふかまらないという特徴がありますが、本書も例外ではないようです。それにしても英国近代社会の背後にある隠然たる身分制社会の凄まじさにはおそろしいまでのちからが伝統として蓄積しているようです。オルテガ・イガセット、ウエルズ、ニーチェ、イエ^ツ、ショー、イプセン、エリオット、ウルフ、オーウエル、ロレンス、ハックスリー、ジョイス、ハーデイ、フロイト、カネッテイ、フォースター、モリス、グリーン、モームなどなどの共通点は、大衆の頽廃と民主主義の虚妄である。その本質は、大衆の反逆、郊外による田園の後退、事務労働の単調、普通公教育の普及等に現象している。

 聖アウグステイヌスはマッサダムナタないしマッサペルデテオニス(呪われた大衆)という神が救うことを決めた以外の人類を言い、それは焼却処分される、このキリスト教神学は、20世紀ナチスで現実化したが、これはナチスの特殊性ではなく欧州キリスト教文化の本質なのだ (2009/12/26)

第378夜:ジャック・ロッシ『さまざまな生の断片 ソ連強制収容所の20年』(成文社 1996年)
 フランス人として生まれて、16歳でポーランド共産党員となり、コミンテルンの秘密工作員として、10カ国語を駆使しながら活動し、37年に投獄され61年に釈放されて米国に亡命。ソ連の政治犯がどのような扱いを受けて弾圧されていったかを、淡々と時には苦いユーモアをこめて事実のみを忠実に報告しますが、だからこそ重い迫真的な印象が強まります。要するにソ連型社会主義とは野蛮極まる粗野なシステムであり、ツアーリズムの文化がそのまま横滑りしたに過ぎないということが戦慄を以て伝わって参ります。著者は、途中までいくら抑圧されても、社会主義祖国への信頼を捨てず、みずからの牢獄生活をも敵との抗争とみなしていますが、最期にソ連型社会主義の虚妄を感得します。こうした歴史的社会主義システムの惨状を逸脱現象とみなすには、あまりに惨酷であり、マルクス・レーニンの原点にさかのぼって社会主義の権力的野蛮の本質を考えねばならないとさえ思えるのです。ポルポト、文化大革命などその後に続く野蛮も事例として。人類史は、ML型思想にかわる未来構想を考えられるだろうか? もし否としたらマルクスとはなんだろうか?を根元から問わねばならない。(2009/12/24)

第377夜:セーレン・キルケゴール『美と倫理』(未知谷 2009年)
 ヘーゲル批判による実存主義の先駆者としてあまりに有名な著者は、法則的な歴史大系の一翼としての人間に反対して、死に至る病=絶望に直面する個としての人間をうちだしました。私は彼のこの書の題名が、おそらくキルケゴール美学の論にあると考えて購入したのですが、あてがはづれました。この書は、彼の実存思想の最初の論文でした。それにしても、」ある青年に宛てられた書簡の形式をとって、章や節はいっさいなく、ながながとあれかーこれかの選択と、絶望の思想が語られるのですが、それも生き生きと自信を持って絶望が推奨されるので驚きました。しかもそれが、女性との愛ないし結婚愛について主として語られます。女性を感性的な欲望の主体と見る女性観や、ユダヤ人への偏見は時代の限界を感じさせます。美しい珠玉の文章が時にあらわれますが、これは彼のふるえるような繊細な魂を示していますが、労働者を両手をポケットに入れて世の中を眺めている等という表現も19世紀の精神を示しています。同じような主張が表現を変えて登場するので、我慢して読み続けるのが苦痛でしたが、時々に素晴らしい表現があるので困ります。デンマークの思想はほんとにくせがありますね。

 この世で道を誤った100人の男のうち、99人は女性によって救われ、残り1人は神によって救われる
 女性解放を論じる薄のろ野郎に言ってやりたい 
   (2009/12/24)
 
第376夜:ジュリア・クリステイヴァ『ハンナ・アーレント』(作品社 2006年)
 フランスの著名なユダヤ系女性思想家クリステイヴァによるアーレント論ですから、いかにも吸引力のある著作ですね。この書は、女性の天才シリーズの第1巻ですが、内容は本格的なアーレント思想紹介と分析で難解です。私は同化指向の文化のなかで育ったユダヤ系の独特の錯綜した思想の建築をみるのですが、それはアーレントとハイデッガーのの愛人関係を思想的に理解しようとする姿勢のウチに象徴されているように思われます。ナチ党員でありユダヤ人を迫害した愛人にどこまでも愛情を注ぐアーレントにはたして思想家の資格はあるのでしょうか? 日本のマルクス系思想家のなかで、ソ連崩壊後にもはや唯物論を語ることなく、非マルクス系の進歩派と目される思想家の研究に退避している傾向がありますが、日本では三木清、戸坂順、加藤周一などであり、欧米では圧倒的にアーレント研究に向かっているようです。この書を読むと、著者は否定的に評価はしていませんが、シオニズムやスターリン主義批判、フェミニズムなどファッシズムとマルクス主義を同一視して非常に保守的な思想家である印象を持ちますが、ある一定に地歩を得たユダヤ人が自己の出自に独特の超越した視点を抱くからでしょうか?

 征服された者の受動性といういう意味での女性的依存性(晩年にハイデガーの思想に接近したアーレントに対し)
 私は民族も労働者階級も愛したことはない、私が愛するのは友人だけであり、私の愛は個人に向けられる
 アーレントはアイヒマンの死刑に賛成した
 知能指数があるレベル以下の者は抹殺する現代ハイテク社会は潜在的なアイヒマンである
 人類の一部を余剰として抹殺するナチズムと、労働に於ける剰余価値を述べるマルクスは共通している、共産主義は個人を尊重する可能性を失う不完全なシステムである
 アーレントは新左翼の暴力と第3世界革命への熱狂を批判しながら、官僚制を否定する評議会制度をを議会に替わる制度と認める
 なんであるかではなく、誰であるかが人間の条件の答えである、その実現は政治的空間にある、その核は共通の場所で独自に思考することにある
 (2009/12/18)

第375夜:茨木のり子『茨木のり子詩集 鎮魂歌』(童話屋 2006年)
 この詩人の特徴は、初々しいモラル詩にあると思うのですが、その初々しさを越えた激しい抵抗詩や抗議になると、詩の魂が衰弱するように感じられます。この詩集では、「汲む」が凛とした美しさをはなっていますが、中国人の強制連行と強制労働を扱った「りゅうりぇんれんの物語」は長編叙事詩の割には迫力と緊迫感がありません。

 汲む

 初々しさが大切なの
 人に対しても世の中に対しても
 人を人とも思わなくなったときに
 堕落がはじまるのね 堕ちていくのを
 隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました   (2009/12/13)

第374夜:中沢新一『はじまりのレーニン』(岩波書店 1994年)
 ソ聯崩壊後の資本主義礼讃ムードのなかで、あえてレーニンの原点を考察しようとする姿勢そのものは評価できますが、その視点は変革の思想としてではなく、文化のポスト・モダンのなかに再定義しようとするものであり、リアルな場で変革を行為している人にとっては、たんなる机上での思考ゲームに過ぎないでしょう。中沢氏がなぜ極右系の学者から評価されるのかがよく分かる一冊ですが、しかし文化思想としてレーニンを処理する仕方はこのようなものなのか、面白く読むことができます。要するに中沢氏にとっては、レーニンを含む社会主義思想は、思想の問題であって生活の問題ではないのであり、従って思想家の生きた時代と歴史的な意味の分析は欠落し、ただ単に西欧思想史の一つの帰結として分析するわけです。しかも唯物論と観念論の対峙を超越する新たな唯物論とも云うべき神秘的な思想家ないし陰謀政治家としてレーニンを描き出します。これは社会科学的訓練を受けていない中沢氏のやむを得ざる欠陥ではありますが、この変革の思想に命を散らした無数の人間の生死に対する人間的な想像力の欠如が際だっています。まあ自らの知的活動にとって役立てば誰でもいいのであり、ここにポスト・モダニストの知的頽廃がにじみ出ています。(2009/12/12)

第373夜:エレン・メイクシンス・ウッド『民主主義対資本主義 史的唯物論の革新』(論創社 1999年)
 私は久しぶりに、いやはじめて旧ソ連崩壊後の社会主義展望に関するアングロ・サクソン系マルクス主義(しかもカナダ)の論考を読みました。著者はカナダ・トロントのヨーク大学政治学の女性教授です。カナダのアカデミズムでマルクス系が一定の地歩を占めていることも印象的でした。彼女の基本的立場は、イギリス系マルクス主義の主張に親和的であり、フランス系のアルチュセール構造主義に批判的です。それは史的唯物論の下部構造決定論を批判し、人間の意志的側面を重視するものであり、また冷戦崩壊後の社会的市場経済論やフレクシブル論を批判して社会主義の可能性を押し出すところに特徴があります。彼女は史的唯物論的な歴史の不可避的な必然正論を否定し、社会主義への移行も歴史的な可能性の論理において考えようとするものであり、人間の主体性を非常に重視しています。いわばアングロサクソンに於けるグラムシ派ともいえましょうか。従って生産転移於ける階級闘争の陣地戦が重視され、或いはローマー型の合理的選択学派のマルクス主義の影響を受けています。生産力を技術的決定論として批判し、生産関係=階級闘争を重視します。
 市場経済移行後の東欧の社会主義への移行の可能性を論じるなど印象的です。また彼女はジェンダーや環境、人種などの階級論の射程に収まらない領域の問題を社会主義への移行の枠内で論じようとします。しかし彼女自身の社会主義への移行過程への積極的な解明はありません。(2009/12/10)

第372夜:W.E.グリフィス『ミカド 日本の内なる力』(岩波文庫 1995年)
 明治維新の激動の過程を雇われた福井藩と東大の前身の教師の目から、生き生きと活写しています。あまりにリアルなために日本政府はこの書を推薦図書としなかったようですが、菊タブーによって紋切り型となりやすい日本人の天皇書に較べて、ほんとうに面白く描写されています。基本的には、明治天皇の個人的な力量と優秀な臣下によって、日本の近代化は西欧の衝撃を柔軟に入れながら内発的に展開したという立場です。とにかく宮廷の生活描写が極端に面白い。
 ハラキリの腹は、思想のメタファーであり、命を取るのか思想を取るのかの選択の問題だ
 明治維新は連邦派と帝政派と統一派の内部闘争で、統一派に収斂されていく過程なのだ
 中国で何度も起こった外国人の態度に対する民衆の蜂起や暴動が、日本では一度も起こらなかったのはなぜか
 万歳とは天皇が永遠に生きることをねがう言葉であり、のちに陸軍の突撃の合い言葉となった
 天皇は12人まで妾を持てる規則であり、明治天皇は6人の側室に男子5人、女子9人の14人の子どもを生ませ、梅宮薫子が第3皇子を生みこれが大正天皇となった
 明治天皇の生活は、6:00起床7:00朝食9:00健康診断10:00会議その他仕事12:00昼食14:00仕事18:00夕食(5品)、晩餐会
 第3皇子の生活は、6:00起床、冷水浴7:00朝食(パン・ミルク)9:00勉強12:00昼食(洋食)13:00運動18:00夕食(和食)23:00就寝 (2009/12/8)

第371夜:「ナチスが捺した頽廃芸術の烙印」(『芸術新潮』1992年9月号)
 頽廃芸術の犯罪類型として、@醜悪な白痴を賛美するもの(民族の精神的理想を毀損する)Aけばけばしい色と歪んだ色彩、感受性が崩壊した野蛮な表現主義B病んだ狂気の精神による抽象芸術Cイエスへの侮辱的な恥知らずの暴挙(敬虔なる信仰心の破壊)D人間を堕落させる都市の快楽、売春婦のようなみだらな女性(ドイツの聖なる母性と気高い道徳心の破壊)Eホモの性的倒錯(民族存続の破壊)F戦争の悲劇の強調・英雄を辱める政治的頽廃(国防義務を忌避する共産主義の陰謀)Gユダヤ人賛美するインテリぶった成り上がりの偽善者(独の血と大地を食い荒らす寄生虫)H未開異民族の理想化(ゲルマン民族の優越性への挑戦)の9類型が告発される。この類型といわゆる社会主義リアリズムが酷似している部分がある。
 精神病患者の描画と比較しながら攻撃する。ナチスは、これによって世界美術史上の有能な芸術家を多数失い、芸術と表現の自由の破壊者であることを示したのです。(2009/12/4)

第370夜:シモン・ラックス、ルネ・クーデイー『アウシュヴィッツの音楽隊』(音楽之友社 2009年)
 これはアウシュヴィッツ収容所で組織された囚人による楽団の報告です。このいかなる表現も及ばない極限の状況下で、ナチスSSは、豊かな音楽鑑賞を期待し、囚人の労働を宣揚する行進曲を演奏させ、また主人たちは苛烈な労働を忌避し生存を延長するためにおのれの音楽的才能をフルに発揮したのです。死の地獄に赴く囚人たちを励ますために、奏でられる高水準の合奏は、悪魔と天使が握手したと云えるこの世ならぬあやしい美の世界そのものであったのでしょうか。おもわず私はナチス将校とユダヤ人女性のの耽美的な愛情を描いた『愛の嵐』という衝撃的な映画を思いうかべたのですが、それにしても生きて生還した音楽家は淡々と正確に収容所の苛烈な生活を描いています。焦点はやはり、ジョルジュ・デユアメルの序文をめぐる著者(訳者も含めて)との評価の差異にあるでしょう。
 デユアメルは、芸術はいかなる災厄のなかにあっても精神的な汚れを逃れる最期の避難場所としての聖なる気高さにあると信じていたがまちがいだった、収容所は芸術という最期の聖域をも侵したばかりか、芸術が人間の地獄に奉仕したのだーと序文で述べています。それにたいし著者(訳者)は、地獄にあって音楽を求めるナチスに救いの人間的契機を感じ、ドイツ人の希望のひとかけらを感じのであり、デユアメルの評価はペシミズムだと批判しています。私は著者たちの囚人生活の体験を経て尚、ドイツ人へのいちるいの希望を持つ心情を理解しようと思うのですが、やはりデユアメルの芸術は悪魔にもなりうると云う評価に組みしたいと思います。
 それにしても収容所音楽隊員は、目の前にある地獄を見ながら演奏に没頭することで自分の現在の境遇を一瞬の間は忘れることができたのであり、だれがそれを責める資格があるでしょう。悪魔の医師と云われるメンゲルほどに、高貴で洗練された貴族的な美しさを持った男性はいなかったということですが、彼が冷酷無残にガス室への選別を指一本でおこなったのです。
 親衛隊員ヴォルフのとの対話はおそろしい、ドイツが負けてもアウシュヴィッツで起こったことの証人は誰もいなく、たとえいたとしてもその証言を信じる人は誰もいない、人類の正義はけたはづれのことには役に立たないのだ。

 芸術は悪魔にでも天使にでも奉仕し、人間は想像を絶する悪を喜んで実行するーこれがアウシュヴィッツの真実であり、南京の真実なのだ。(2009/12/4)

第369夜:イメージ&ジェンダー研究会『IMAGE&GENDER』Vol5/6/9(彩樹社)
 本書は、おそらく今は亡き高名なジェンダー芸術研究者である若桑みどりを中心にした研究会の紀要です。論者を見ると、ほとんど女性研究者で男性が皆無に近いのはおどろきでした。日本の文化現象をジェンダー・イメージで切りとるという新しい手法であり、豊かな新分野を開いているようであり、男性の私にとってはほとんど驚愕するような論考が並んでおり刺激的でしたが、ジェンダーを越えた普遍的方法論が奈辺にあるのかよく分かりませんでした。だから悪く云えば男性支配を打破することを終極目標にした女権主義に流れる傾向が見受けられます。おそらくエスニックで、まいなーな研究分野というように自分で枠をつくって自閉しているような傾向がなきにしもあらずです。ジェンダーとかフェミニズムはいままでの言説を変革する普遍的な意味を持っているとすれば、もっと原理的な方法論をさぐってイメージや表象への主観的な現象論的解釈に終わらない実証的な方法論を探求すべきだと思います。現象学的な記述、ものがたり身体性の重視、二項対立の排除、細部の言説とテキスト化などなどマルクス主義衰退後のマルクス主義的思考の残影をおびた主観性の強い記述です。印象に残った論述の概略を紹介します。

 (千葉)日本の戦争の語りは、被害者→加害者・女性・子ども→主体そのものへの問いかけを含むと変化してきた。そのなかで記憶はジェンダー化され、男性主義を抜け出せない。
 狩野芳崖「非母観音」の戦争イメージ(33身に変化する両性具有は、良妻賢母から善妻慈母への超越的母子像を媒介とする国家への絶対的帰依、理想的母性の神聖化=男装する女性像、童子の男性性器の消去=去勢恐怖と男性優位にの告知
 (釣谷)ナチスドイツの武術政策の反近代主義とフランス第1次大戦期の古典主義への回帰(ピカソ批判とピカソの迎合)、第2次大戦後アメリカのマルクス派による抽象表現主義美術革新運動は独ソ不可侵条約を契機に反ソ反全体主義の潮流に合流した
 (若桑)男性の戦争研究の問題点=戦争は男性の公的事件として記され、女性は名誉男性と遇された、女性の戦争研究の問題点=被害者・チアガール・銃後の非戦闘員として記され、フェミニストの戦争研究の問題点=母性ファッシズム、家父長制攻撃→夫権制の打破なしに戦争廃絶はあり得ない、国家の廃絶ではなく夫権制の廃絶がなすべきことだ
 ヌード芸術の帝国主義的夫権制男性のまなざし
 白雪姫(女性を善女と悪女の二群に分けて支配する家父長制の表象、いい子になると王子があらわれるという強制、ガラスの靴は女性器の象徴で純潔を強制)、ねむり姫(紡錘=男性器の象徴で指を指されて出血は処女喪失、ねむりは性的な危機に主体的行動をとらず無知のママに隠蔽される女性を理想とする男性の物語)
 (馬淵) 女性画家になぜ人物画が多いのか?(2001/12/2)
 
第368夜:ヤン・コット『カデイッシュ ータデウシュ・カントルに捧ぐ』(未知谷 2000年)  
 タデウシュ・カントルは20世紀を代表する前衛演劇家だそうですが(カントルというと数学者を思いおこしますが)、私は知りませんでした。ユダヤ系ポーランド人だそうで、日本でも2回ほど公演をしています。本書は同じくユダヤ系ポーランド人である評論家による追悼評論集ですが、実際に舞台を一度も見たことがない私は、その当否は分かりませんが、挿入されている舞台写真などからは、いかにも面白そうな印象を受けます。ポーランド芸術は、映画でしか知りませんが、前衛的な手法が浸透しているようです。あいかわらずこの出版社の装幀は素晴らしい。(2009/11/28)

第367夜:デニス・ポッック『灰の庭』(河出書房新社 2003年)
 ナチス・ドイツから亡命してマンハッタン計画の原爆開発に参加したドイツ人科学者と、ナチスの強制収容を逃れたユダヤ人女性の妻、ヒロシマで被爆した日本人少女が、時を経て出会うなかでたがいに交わしたまなざしと会話を中心に構成されるという劇的構成を取っています。作者は日本を訪問したことはないそうですが、ヒロシマに対する文献の調査はさすがにすごいものがありますが、ユダヤ人女性の妻の描写がいまいちで被爆日本人女性とユダヤ人女性という、およそあり得ない出会いから発する何かを期待したのですが、期待ははづれました。原爆開発科学者のそれなりの良心は描かれていますが、やっぱり欧米人被爆への受けとめ方のレベルを感じざるを得ませんが、これが精一杯の良心派の心情なのでしょう。それなりの面白い小説でした。(2009/11/26)

第366夜:ゲルハルト・M・マルテイーン『世界の没落』(青土社 1996年)
 著者はドイツのマールブルグ大学神学教授であり、いわば現代の危機の神学者のひとりなのでしょうか? わたしははじめて現代の終末思想の一端にふれたわけですが、科学技術による核の危機、地球環境危機、国際紛争の危機において現代を黙示録的な危機の時代としています。そのもっとも象徴的な危機として、ヒロシマを云うのですが、率直に言ってヒロシマがかくまで世界に危機の表象として受けとめられていることは知りませんでした。著者はユダヤ神学やキリスト教神学の終末論の預言を詳細に紹介して、現代の危機に結びつけていきます。著者はそれをアポカリクス(世界滅亡)と呼称しますが、その叙述に依拠するのがカントの実践理性批判に於ける終末分析、フロイトの精神分析、ユングの深層心理学、そして驚いたことにバタイユの消尽など現代の先端思想が登場しますが、結論は愛の勝利と云うことになります。
 私は現代のキリスト教神学の貧困を感じます、それは神学思想の豊かな展開と云うよりも、現代の諸思想から手当たり次第に借用して、神の証明に資するという方法を採用しているからです。神学そのものの救済理論は従って貧しく、せいぜい愛の勝利しかありません。歴史が見るところ、人類の危機に当たって神が姿をあらわしたことはなく、つねに沈黙していた存在でした。愛とは神の愛ではなかった、、人間の愛であったと思います。それにしても危機の神学は、解放の神学と手を結ぶことなく、教会の相変わらずのヒエラルヒーのなかで独自の理論を自立的に構築することはできないようです。(2009/11/26)

第365夜:郭基煥『差別と抵抗の現象学 在日朝鮮人の経験を起点に』(新泉社 2006年)
 差別論を現象学的に考察するという本を初めて読みました。しかも著者自身が在日の30歳前半の若手研究者であるという点に非常に興味を覚えたのです。差別とはいかなる経験を云うのか、なぜ人は差別に誘引されるのか、抵抗の意志はどこから生まれるのかという3部編成ですが、著者の論文を編集していますので、必ずしも編成通りではなく反復をもあります。一読した印象は、体験から発せられる原初的な感性の考察が鋭く提起され、現象学的な考察の緊迫した迫真性が伝わってきました。先端の差別論の一端をみたように思います。著者の現象学的アプローチは、主としてシュッツとレヴィナスに依拠しており、これら現代思想家の著述をほとんど読んだことがない私は、著者の解読に付いていくしかありません。鍵概念としての他者、生活世界などの現象学的方法を朝鮮人差別に適用し、構造主義を批判します。ここから著者は差別者こそが救われる対象であると言い、本質主義的分析を排除します。
 ファノンの植民地帝国主義論による暴力論も登場しますが、このような社会構造論的分析は主要な問題ではなく、あくまでも他者と私のまなざしと言った現象学的問題として処理されます。今までの制度論的な差別分析に対して、こうした新しい分析方法は新鮮な魅力に満ちていますが、制度と構造の階級論的分析を媒介としない限界がどうしてもあるような気がします。それは他者と私は、ある市民的な意識を持った水平的な近代人としての個であり、その関係性を人間論的に処理する局面に限定されていくような気がするのです。在日の若手の研究志向が奈辺に向かっているのかを知るよい機会でしたが、「独りで出てこい」という風な形而上的な象徴表現では処理できないリアルな問題だと思うのです。差別の主観的な心情分析として現象学的方法は有効でありますが、社会構造のシステム分析との相互補完性が必要ではないでしょうか。(2009/11/24)

第364夜:磯前順一・ハリーDハルトウーニアン『マルクス主義という経験 1930−40年代日本の歴史学』(青木書店 2008年)
 日米歴史学者による戦後日本歴史学の総括をめざす研究であり、その前提としての戦前期歴史学の評価を行っています。序論(磯前)と酒井直樹による丸山・家永批判を印象深く読みました。ハルトウニアンはバフチン、ベンヤミン、ブロッホ、ルカーチなどのいわゆる西欧マルクス主義の視点による評価ですが、日本歴史学の分析方法としてはかみ合っていないように思いました。しかも日本側研究はこうした西欧派を全く使わないので、二重にかみ合っていません。個々の論文が独立的であり、一貫した視点がありません。
 磯前は歴史学研究の言語論的展開を云うのですが、その前提は言語表現を越えた実態の実在性を認めないローテ言語論のことであり、この基本的な歴史認識論でもはや大きい違和感があります。ようするに戦後歴史学は一国主義的なナショナルヒストリー言説であり、サバルタンやマイノリテイをカバーすることができず限界があったとし、有効性を失ったとする。ただし法則論的・構造論的把握という意義を残したとする。三木清の『歴史哲学』、福本和夫、西欧マルクス主義が評価され、全体性や唯一真理論においてマルクス主義とキリスト教・ファッシズムは同じ源流にあるとする。『日本資本主義発達史講座』をエンゲルス的自然弁証法と批判し、上部構造を重視する『日本通史』が評価される。人間の意識的な実践性を重視し、下部構造の規定性と必然性を重視するロシア・マルクス主義に対置する理論として、天皇制に呪縛された民衆の心性の頽廃を苦渋の思いで分析した石母田正『中世的世界の形成』が西欧のルカーチに匹敵する理論家として称揚される。
 家永三郎『日本思想史に於ける否定の論理の発達』は刊行に先立って中国語訳されて中国知識人に日本思想の優位性を示し、丸山真男『日本政治思想史研究』は東アジア知識人の日本化を訴える帝国主義イデオロギーであり、家永は戦後自己批判したが、丸山は沈黙を守ったとする酒井直樹の論文は、非常に衝撃的であった。(2009/11/24)

第363夜:柿本昭人『アウシュヴィッツの回教徒 現代社会とナチズムの反復』(春秋社 2005年)
 この本は新本にもかかわらず、古本屋で1000円(定価3500円)で売られています。題名も装丁も十分に魅力的なのですが、なにかゾッキ本のような雰囲気がただよい、買うのを躊躇したのですが、まあ安いのでつい買ってしまいました。読みはじめて半分ほどで、汚らわしくなる怒りのようなものがこみあげてきて、途中で放棄しました。その理由を述べてみたいと思います。
 600万人が処理されたホロコーストからの生還者と親衛隊と関係者の証言を中心とする文献が、これほどに収集されているものはおそらく日本ではなく、邦訳以外の外国語文献も含めて非常に参考となりました。著者は数年をかけて、これらの文献を渉猟し、収容所で末期的症状に陥った囚人に対する隠語的呼称である「回教徒」という語句を拾い上げて、その文脈を解釈するという気の遠くなるような、ある意味で馬鹿げた作業を遂行してまとめたのが本書です。
 著者の意図は、なんと迫害されるユダヤ人自身が末期的症状に転落する同じ仲間を生きる意味のない生命を「回教徒」として極限的な差別意識を持っていたのだと云うことを必死で実証するところにあります。たしかに30年代の欧州文化にあって、オリエンタリズムのまなざしがムスリム=野蛮という蔑視的なイメージが常識化し、ユダヤ人も例外ではなかったでしょうが、収容所という極限状況下で死に瀕する脱落した仲間をこのような表現で共同主観化する事実を報告することと、その事実をどう価値化しているかという主観に基本的な差異があるのですが、著者はなんと単純に、この言葉を使うことそのものが差別意識の表現として総否定の対象とするのです。
 こうして全文献を渉猟して、「回教徒」という語句を洗い出し、アレコレと恣意的な解釈を付加しながら、生還者の苦悩に満ちた報告そのものの意義を否定し、被虐者の内面にある加虐意識をあぶり出したと称するのです。こうして結果的に、ナチスの残虐極まるホロコーストの犯罪性は緩和され、ユダヤ人の狡猾性が浮き彫りとなってすべてのユダヤ人がシオニストとみなされます。プリモ・レーヴィの誠実な報告も全否定されてしまいますが、はたして著者はレーヴィーが生還後に自死したと言うことに痛みを感じないのでしょうか。この書は、現象学的な形而上的主観表現によって埋め尽くされていますが、現代の慄然たる差別についてのリアルな感性と参加の姿勢がみられません。著者は平井俊彦氏に謝意を捧げていますが、平井氏はこのような歪んだ感性の持ち主ではなかったように思います。学術的な高踏な装いを凝らした反ユダヤ主義の現代版と言っていいでしょう。イスラエルとアラブの双方から強い抗議を受けるでしょう。(2009/11/19)

第362夜:アドルノ『社会学講義』(作品社 2001年)
 1968年の学生運動のピーク期に、新入生向けにおこなわれた社会学の入門講座です。訳によるかもしれませんが、ドイツの授業風景が全然権威的ではなく、ていねいで紳士的なことに強い印象を持ちました。前記したアドルノの講義録と較べて、大学を取りまく肉声とアドルノの人間性がうかがわれ、非常に面白い読後感を持ちました。学生による授業妨害に抗議するアドルノは、野次と怒号につつまれて最終の授業を終えます。ドイツの当時の時代風潮が直接的にあらわれて、興味を持ちましたが、彼はこの授業の終了後数ヶ月後にあっけなく心臓発作でなくなってしまうのです。授業内容は、これがアカデミズムの授業かと思うほどのアドルノの主観的な社会学解釈が繰りひろげられ、もっぱら実証主義社会学派に対する露骨な批判に終始しています。ところどころに左翼的な批判が散りばめられていますので、学生の拍手を浴びたりしているのですが、講義自体は鋭いアフォリズムを散りばめながら、主観的かつ世俗的です。以下は印象に残った部分。

 生産力と生産関係のいずれかに優位をみとめる学説はなり立たず、それはそのつどの社会の抗争のあり方に依存する
 アウシュヴィッツはそれ以後の世界で繰り返されていることの原型であり、二度と起こらぬ・起こされたとき停止する関心こそが、社会認識の道具の選択と問題解決を規定する
 プロレタリアがもはやその意識を持たず、自分自身をそれと意識竹刀現実は、階級概念の適用に物神性をはらむ。階級意識とプロレタリアートの消滅を、社会の客観的な法則から導出しなければならない。@大量生産が失うものを少しは持つようになったA外部にあった労働者が市民社会にくみこまれたB物質的生産労働よりも第3次産業従事者が増えた。社会学の課題は階級の本質基底を手放さず、現代の特質を弁証法で説明することだ。本質と減少の不一致を本質の側から弁証法的な媒介を経て説明すること。
 人間は支配的な社会形態の元で個別利益を追求し個体化原理によって、全体が呻きときしみを発しつつ筆舌に尽くしがたい犠牲をうみながら再生産されている
 人類にとってなんの得るところもないシャボン玉のようなものを作っている哲学者が実証主義の有用性原理によって弾劾される
 高度文明社会の儀礼と未開社会の野生の一致を社会の決定的な構造として描き出す構造主義は、高度文明社会がその前段階へと退化してゆく現象としてみることができない
 探求の道具を洗練された精緻なものにすれば、客観性が保障されるとする実証主義は、現象の残滓しか残せない
 さまざまの理論は、社会的総体性という概念を具体的にどう見ているかで判別できる
 記憶の弱さは、新たに育ちつつある他律性の決定的な特徴であり、あらゆる物象化は忘却であり、批判とは想起することであり、現にあるものが別様であり得た可能性、別様であり得る可能性を気づかせる、すべての社会学的認識に歴史が中心的な意義を持つ
 権威主義的パーソナリテイは曖昧さへの不寛容と多義的なものへの嫌悪をもつ 
    (2009/11/17)

第361夜:アドルノ『道徳哲学講義』(作品社 2006年)
 カント『実践理性批判』を批判的に分析しながら、自らの道徳思想を最期に明らかにするという叙述になっています。以下は概要。
 実践理性は理論理性に優位する→非合理主義的な実践至上主義(組織思考))への転倒ではない
 理論操作や概念装置によっては打開できない矛盾の打開、非合理的説明不可能な抵抗の道徳的行為
 理論理性の枠を越えた神・自由・不死とい根本問題を回避したカント
 意識と行動の分裂は社会構造のなかで発生し、宥和された社会においてはじめて消滅する
 カントはブルジョア社会の労働エートスを、ブルジョア社会を動かす財貨の生産過程の規範を、自己の最高の哲学的規範とした、至上の義務規範としての社会的労働の必要性
 定言命令の必然的合法則性・戒律性は人間の自由を奪い、残るのは豚になる自由しかない、しかしそれさえも包囲されて自由はほとんど残されていない、ここに実践理性の抑圧的契機がある
 カントに於ける欲動の放棄は、労働の上に立てられた都市文明と一致している、欲動放棄の物神化は厳格主義・形式主義による幸福の無視を伴う
 正しい全体社会・正しい全体状態の建設という観念から、直接に今のここの私の行動を演繹することはできない=党は世界精神のオルガノンだから党の指示は無条件に善である(スターリン主義倫理学批判)=目的の全体主義(目的は手段を正当化する)はより強い権力をもつ者の抽象的支配そのものだ=野蛮な他律に反転する→全体利益と個人利益を透明な関係に置かねばならない
 抽象性は超時代的なものではなく、歴史的・社会的カテゴリーであるというマルクス定理の壮大な実例がカント哲学である
 ブルジョア階級の自己意識が現実と一致し現実が思想を笑い者にする西欧に対し、概念が現実の発展に先行したドイツの後進性では個人が現実に無力となり、本質は個人の内面の純粋な構造として道徳は心情化され、社会構造に脅威とならない内面的な倫理思想が精緻化される
 定言命令が実現する行動と瞬間は現実にはない、社会的諸関係が無限に連鎖している結び目である個人が普遍的格率をつくりだすことは不可能だ
 アングロサクソンでは適応理論が規範となり、ドイツでは定言命令が規範とみなされる
 社会的な同調の契機は聖人といえども抵抗しがたく、抽象的リゴリズムは無効となる狂った社会では正しい生はあり得ない
 東側で支配的な模範という概念は、ナチスと同じく、いまでも逸脱を阻止する、本質的に暴力と搾取を基盤とする社会では、自己を直視する贖罪の暴力のほうが、自己を善として合理化する暴力よりも、はるかに無垢である
 ニーチェは批判した奴隷道徳が、じつは支配者が強要した君主道徳であったことを誤認し、人間がどうしてそうなったのか、人間をそのようなものにした社会の根底を見抜くことができなかった、羊飼いのいない家畜の群れがリーダーを求めて泣く声が絶えない

第360夜:『季論21 09秋』(本の泉社 2009年)
 「総選挙の結果とこれからの日本」ー保守二大政党化がすすみ、70%の保守票のプールが自民と民主に流出入し、構造改革批判票が左派にいかない。自民党型利益誘導型政治の崩壊、日本に初めて反貧困・反構造改革の大衆運動が起こった、構造改革をやめろと云う貧困層と構造改革を推進しろという大都市部中間層が呉越同舟で民主にいった、財界とマスコミは民俊民主と自民の政権交代による安定した構造改革の推進を狙う、マイルドな構造改革と日米同盟路線をストップする左翼の運動がポイント
 「マスメデイア産業の危機」ー宗教広告の氾濫、幸福実現党の大量広告による広告掲載基準の崩壊、ANY業務提携による」による新聞界独占、
 「福沢諭吉をどう捉えるか」ー日本的近代化路線としての明治啓蒙派と民主化路線としての自由民権派のの分岐のなかで、福沢と中江を対立的に捉えるか、相補的に見るかの論争は、福沢の天皇制国家論と脱亜論の評価による
 「プロレタリア演劇を考えるー唯物弁証法的創作方法(正しい世界観からのみ芸術的達成が生まれる)→社会主義リアリズム論争(批判性と個性の重視か、典型性の評価、個と集団*火山灰地、暴力団記)
 「村上春樹『IQ84』」を読むー学生運動の時代をひきづっている、学生運動は観念的と切り捨てながら片方でメンツを立ててやる収め方、非日常的な環境をセックスと暴力に求めるが読み手に強く迫るものがない、愛と性が分離し愛は想念のウチに性は即物的な欲望の支配下にある、多種多様な時効がただ並列的に置かれ突き詰めていかない、多くの問題を提出するが決着はつけないという作者の傲慢さがある、面白さはあるが売るための戦略という頽廃と傲慢さがある
 「唯物論と経験批判論出版100周年に思う」
 1909年の段階でレーニンはM・Eの哲学思想の基礎文献を知り得なかった→レーニンはM・E思想をさらに発展させた最高の段階と過大評価するロシア・マルクス主義も、レーニンはM・Eの死層を18世紀啓蒙思想にレベルにもどした俗流マルクス主義とする西欧マルクス主義のいずれも誤りだ、しかしレーニン独自の限界として@絶対的真理論A存在と意識の規定性が史的唯物論の命題を認識論的に及ぼす、しかしこの書の現代的意義は自然の階層性理論と現代の相対主義的科学論(オカルトと非合理主義の蔓延)にたいする根元的批判にある
 「書評」ー西欧近代とソ連型社会主義のモデル化(講座派、大塚史学、丸山政治学)への方法的批判→未完の近代化によるファッシズムの制覇という単純化された本質主義的認識の放棄→複数の可能性を有した具体的状況のなかでの政治闘争の関数として捉える柔軟な思考→ソ連崩壊後の情報公開によって第2次大戦を「ファッシズム対民主主義」をみなした過去の歴史認識の再審

第359夜:ブレドラグ・マトヴェイエーヴィッチ『旧東欧世界 祖国を失った一市民の告白』(未来社 2000年)
 旧ユーゴで成長した著者は現在では、パリ大学を経てローマ大学でスラブ文学を教える研究者として生活していますが、ユーゴ在住時は少壮の研究者として反体制派に参加していました。彼はスターリン主義的な社会主義に反対し、ユーゴ的な自主管理社会主義に一定の期待を示しつつ、全体として東欧社会主義に批判的なスタンスです。東欧社会主義の崩壊とその後の内戦で、根無し草となってアイデンテイテイをさがす喪失の痛みのような心情がよくあらわれていますが、ある種安定した知識人の心性はうかがえる者の、ほんとうにそこで生きてきた民衆の心性はうかがえませんし、西欧資本主義そのものへのスタンス(彼はドゴール派への共感を示しています)と東欧の市場経済への姿勢はこの段階では表明されていません。しかし私はこの書で初めて、ユーゴの市民の精神の一端にふれることができました。ただし告白といえるほどに、内面の矛盾を露呈しているわけではありません。
 このような翻訳本によくあるのですが、日本の研究者は独自の分析と評価を加えることなく、ただ機械的に紹介しているところに、日本の研究水準があらわれていることをいつも感じます。それは無条件の賛意と共感になってあらわれます。(2009/11/13)

第358夜:手塚治虫傑作選「瀕死の地球を救え」(祥伝社 2007年)
 19060年代後半から70年代に発表された環境危機を告発する作品集です。当時はまだ公害問題と言われていた時代であり、公害への告発は反体制的なイメージがあり、主流は開発でしたから、こうした正面からの告発漫画は相当に勇気が必要で干されてしまうことも覚悟するほどでしたが、手塚はその名声のゆえにこうした正面からの告発ができたのかも知れません。少々アニミズム的な思想もありますが、21世紀の現代から見ればある予言的な終末史観であったかのようです。いまや手塚の警告は、世界標準となっています。(2009/11/13)

第357夜:V.E.フランクル『それでも人生にイエスという』(春秋社 1993年)
 強制収容所から奇跡的に生還して『夜と霧』というレポートを書いた高名な精神医学者の講演集で、釈放後1年後という時点のものですから驚きです。題名そのものも非常に魅惑的ですが、釈放後1年の明晰な分析と思考の頭脳活動に驚愕しますが、内容的には実存的な主体思想が基軸となっており、制度的な社会分析が完全に欠落しておりますので、心がけ中心の精神主義に傾斜する危険があるように思います。しかし強制収容所体験者の肉声であるがゆえに、重い迫真性があり、非体験者のアジア人の私がなにかを言う資格があるのかとも思います。

 人間の尊厳、生きる意味が奪われ、いまや悲観主義の時代だ。理想は挫折し、裸の実存がさらけだされ、人間は匿名の囚人番号となった。世界の成否は正しい36人にかかっている。それはひとり一人にかかっていることであり、生きる意味を問うのではなく、生きる意味を人生から問われるのだ。制約を受けた苦悩のなkにこそ高貴な不幸という意味がある。あたかも今の人生が二度目であり、一度目に間違ったように生きよ・・・・。すべて人は代替不可能な存在だ。私たちは人間らしい苦悩や、問題や、葛藤を求めた。生きる意味は人生の終わりに見いだす場合がよくある。なぜ障害者の親の愛は深いのか。
 収容所の囚人の心理の第1段階は入所ショック(裸の実存、自殺、選別、恐怖、吐き気、憤激)、第2段階はアパシー(無関心、無感動、情緒喪失、退行、生きる意志をささえる生き甲斐)、第3段階解放の心理(喜ぶ感情の学習、受容のとまどい、責任回避への不信、生き残った罪責、名誉回復、再度の失望と自殺、閉じこもり、外界との遮断、収容所への回帰願望、神以外何も怖くない、責任の喜び


 あらゆる負にもかかわらず、人生にイエスという重く深い意味はまだ私には分かりませんが、ブーヘンワルドの囚人たちが唱ったというこの歌を是非知りたくなりました。(2009/11/8)

第356夜:トッド・ギトリン『アメリカの文化戦争 たそがれゆく共通の夢』(彩流社 2001年)
 私はアメリカの社会思想については、アレント以外読んだことがなかったのですが、マルクス系左翼の社会思想家が米国アカデミズムにかなり存在することを初めて知りました。著者は60年代の米国学生運動のリーダーとして活躍して現在は文化思想研究者です。左翼の視点からみた現代アメリカ社会思想史として非常に面白く読み、1日で読了してしまいました。
 多民族・多人種国家として公教育の教科書をめぐる紛争から多文化主義への批判に入っていきますが、教科書論争が市民参加で公的におこなわれる採択システムは日本よりはるかに民主化されています。黒人の子どもがよい点を取ると、白人ぶっていると迫害されるのが怖くて勉強しないーといった教科書以前の問題も暴露されています。民主化をめぐる改革派(平等志向)と多元派(アイデンテテイ重視)の葛藤と、弱い味方への相互攻撃という実態など指摘されます。独立宣言と憲法からの米国民主主義の虚妄(ここにある人間は男性名詞)、アメリカ人とは何か?非米とは?アメリカン・ドリームとは?などネイテイブと移民の入りまじる実験国家の葛藤は息詰まるような歴史を刻んでいきます。硫黄島に星条旗を立てた5人の兵士の1人がインデアンであったことの意味、中産階級、反共産主義による国民統合(右派は社会保障を共産主義の前触れと攻撃し、左派は人種平等こそ共産主義への防壁とする)、ベトナム戦争が統合の亀裂をもたらし米国の夢を打ち砕いた、その後の公民権運動のなかで黒人の独自の運動が分離主義的に盛り上がり挫折していく、そして再びの自由を掲げる攻撃的ナショナリズムの台頭(レーガン)、冷戦崩壊後の敵の喪失によるアイデンテイテイのゆらぎ、左翼の分裂を統合する道は環境運動しかなくなった、普遍主義的啓蒙の斜陽と多文化主義の台頭、ニューレフトはなぜ失敗したのか? フランス思想の影響を受けた差異とアイデンテイテイの拡散と蛸壺化、白と黒の隠然たる対峙の歴史、ポリテイカル・コレクトネス(政治的構成)に対する攻撃とアイデンテイテイ・ポリテクス・・・・。

 米国左翼思想はエスニックが担った・・・第1次大戦ではドイツ系が社会主義を、1920年代ではイタリア系が無政府主義を、大恐慌時代はユダヤ系が社会主義を、黒人運動もブラックパワーとブラックイズビューテイフルというエスニック運動になった・・・それに対応して排除された白人左翼が逆に急進化して孤立していった、女性と同性愛など次々と分離主義的な運動が活性化した、1975年までに普遍主義的左翼は敗北し、アイデンテテイ・ポリテクスに偏向する多文化主義が制覇した(フランスのポストモダンの支配 差異のナルシズム)→遠近法主義と視点理論の支配・・・これらは周辺価値に偏向して権力の中枢の変革を放棄した・・・冷戦後の市場原理による中産階級の理想の崩壊と生活格差構造の深化

 本書は冷戦の崩壊と湾岸戦争期の米国社会思想の分析で終わり、9.11と世界恐慌は入っていませんし、オバマ当選の基盤など面白い分析が期待されますが、著者はフランス的な差異の戯れによる多文化エスのセントリズムを批判し、啓蒙の普遍主義的討議の再構築を主張します。訳者は旧左翼の残り糟と批判していますが、私は著者の普遍主義の共通価値の中での差異の重視という戦略に賛成です。著者は資本論とマルクス思想を否定していますが、現実に席巻している世界恐慌と金融仮象資本の暴走を分析し、カウンタープランを対置する思想としてもマルクスの有効性は失われていないと思います。(2009/11/7)

第355夜:アルド・カルピ『強制収容所グーゼンの日記 ホロコーストから生還した画家の記録』(創元社 2006年)
 著者はミラノの著名な画家でしたが、反ファッシズム活動を同僚から密告され、1944年1月23日に逮捕され、マウトハウゼン強制収容所の付属労働収容所に抑留されてから45年に解放されるまでに書かれた妻マリア宛の手紙を中心にした日記です。収容所内で何かを記録することは死を意味しましたが、画家である著者は医務室勤務を命じられてそこで書いた日記は床下に奇跡的に隠されたのです。
 前半はマリア宛の家族への愛と芸術への憧憬が語られていますが、このようなピュアーな精神が収容所で維持されたことに驚きます。後半は毎日の日常の事態の記録ですが、いともアッサリと人間が殺されたり死んでいく惨状が乾いた筆致で記録されています。途中に収容所内の動きを記したデッサンがありますが、こうした画家による直接の記録画も初めて見るものでした。
 著者は政治犯として収容されたので、ユダヤ人の視点からみた記録ではなく、ユダヤ人の想いが込められた他の体験記とは異なる印象があります。そしてこの収容所は、あまりに多国籍の反ファッシズム政治犯が収容されており、ホロコーストがユダヤ人のみを対象としたものではないことがよく分かります。生還後に著者は二度と自分の書いた手紙を見ることはしなかったそうです。(2009/11/6)

第354夜:ハンス・ヨーナス『アウシュヴィッツ以後の神』(法政大学出版局 2009年)
 いうまでもなく「もはやアウシュヴィッツ以降は詩を書くことは野蛮である」(アドルノ)という言葉によって、ホロコーストの原罪を克服する課題が突きつけられた戦後が出発しましたが、ではあれほどの悲惨を体験したユダヤ人自身は自らの信仰に対してどう考えているのだろうか?という日頃抱えていた問題に、真正面から答えるような本書を見て、私は思わず新本で(普通は古本でしか買わない)入手したのです。帯にー絶滅収容所という絶対悪の世界にあって、神とはなにを意味するのか?ユダヤ問題のアポリアを生き抜いた哲学者がその意味を問うーというまさにこころ躍るような文句が並んでいます。私はこの書で始めてこの哲学者を知ったのです。
 著者はドイツの裕福なユダヤ人家庭に生まれ、学生時代にシオニズム運動に参加、ハイデッガー・ブルトマンのもとでグノーシス思想研究により学位を獲得後に((学生時代の親友にアレントがいた)、ナチスの迫害を逃れてパレスチナに移住し(母親はアウシュヴィッツで死亡)、英軍ユダヤ部隊で第2次大戦を闘い、戦後はパレスチナ戦争に参加した後に、カナダから米国に移住し、環境と生命倫理思想の責任原理を展開して、著名なユダヤ系思想家となっています。
 神はなぜ沈黙したのか? 彼はホロコーストの言及には抑制的ですが、ところどころアウシュヴィッツの人間的罪責への追求があふれるように流れ出しています。彼は比較的冷静に世界創造にはたした神を承認し、現代自然科学の先端的な成果を踏まえて、しかもユダヤ的な世界観の正当性を理性的に論証しようとしていますので、神の問題を抜きにすれば無神論者も充分に説得的です。私は初めて、ユダヤ系の宗教思想による現代世界の解読を読んだわけですが、けっして独善的ではなく普遍のレベルを獲得する学問的な考察となっています。
 要するに神は創造にあたって、最初の行為のみをおこない、それ以降の生命の展開はすべて自然にゆだね、自由意志を獲得した人間の誕生にいたって、世界を破壊する悪の行為が出現し始めたのだとします。したがってホロコーストの悪は、そのような人間の罪であり、神の責任には属さないと主張します。ユダヤ思想がここまで、人間の自立を承認しているとは驚きでしたが、著者自身が自分の異端性を認めています。この叙述の展開が、あまりにも理性的なので、ホロコーストを黙って眺めていた神との格闘はなかったのか、そうした信仰の苦しみは描かれていません。なぜ著者は、神の否認にすすまず、結果的には非常に精緻な弁神論を展開しているように見えます。
 さまざまの疑問が残りますが、わたしははじめて本格的な神の本質を解き明かす流れるような論理の展開を見て、思わず引きこまれるような共感さえ覚えたのです。ただし、著者がシオニズム右派のあらアラブ人との対決の論理には、完全に沈黙していますので、現在のパレスチナ問題へのスタンスを知りたく思いました。最期にグノシス思想に非常に興味を持ちました(真実の神を体現している人間が、この世を動かしている偽の神とたたかうというのだ!)。(2009/11/5)

第353夜:アドルノ『否定弁証法講義』(作品社 2007年)
 アドルノが1965年から66年の冬にフランクフルト大学でおこなった講義のテープ録音を元に編集されていますが、25回の講義でテープ起こしは10回までであり、全回を通じての事前メモもあります。いったいドイツの哲学者がどのような事前メモをつくり、どのような肉声で語るのか非常に興味を持ちましたが、メモは簡潔であり講義はメモを中心にしていますが、相当に自由奔放に語られていることが分かります。哲学専攻の新入生も対象にしていますが、対象は相当に高度であり、わたし自身も付いていけないところがあります。この講義の後に公刊された大部な『否定弁証法』の序文と緒論に該当しています。さすがに講義の部分は、哲学者の思考がどう展開していくのか息づかいまで聞こえてきそうで参考になりました。
 フランクフルト学派の総帥として戦後ドイツ・マルクス主義をリードした立場がまだ圧倒的な支持を得ていた時代の講義であり、学生の質問や手紙に誠実に対応して講義内容を再編しているところなど、誠実な人柄がうかがえますし、講義内容から西欧思想と文化へのぶ厚い知識を蓄えているようで、これは日本人には太刀打ちできません。彼の主張は、要するにヘーゲル弁証法を全体的な同一性原理による現状肯定と批判し、否定と反抗こそ認識と実践の本質的契機となるんだという処にあると思います。ただし東側の所謂スターリン主義への批判は厳しく、ほとんど否定的であり、ルカーチ批判もありますが、これがフランクフルト学派がアカデミズムで生き残る条件となっているでしょうか。講義はアフォリズムと自由奔放な発想で、ヘーゲル的な論理の厳しさもなく、ハイデガー的な神秘的な深遠さもなく、戦後ドイツのまだ冷戦期の変革を探ろうとする探求の過程の思考であるような気がしました。(2009/11/4)

第352夜:ジャン・ボードリヤール『パワー・インフェルノ グローバル・パワーとテロリズム』(NTT出版 2003年)
 現代フランスの著名な思想家による9・11同時多発テロに対する思想論的分析であり、2ヶ月後から2年以内の論文を集めており、当時のフランス思潮の論調を知ることができます。基調に流れているのは、本人は直接に云ってはおりませんが、フランス文化のアングロサクソンに対する姿勢とアメリカに対する反対感情がにじみ出ているように感じますが、それはおいて、要するに現代テロリズムは米国主導のグローバリズムへの必然的な対抗現象であり、両者ともに歴史のなかでは滅びていくのだ云いたいようです。著者の現代世界認識は終末論的なニヒルな感じがただよい、そのなかでフランス文化の優位という高みから見ているような印象を強く持ちました。ここには、あるいは著者のその他の論文からも、世界の現象に対する部分的な鋭い解釈はあるのですが、では批判のなかからどう創造的な提起が出されていくのか、現実のどのような動向に変革の見通しを示すのかという点にほとんどふれられていません。日本語への訳者も著者の論述をたどるだけで、独立した日本の思想家として対峙しようとする姿勢がほとんどみられません。しかし米国の思想と戦略批判の鋭い著者の深さには学ぶべき点があります。(2009/11/2)

第351夜:マルテイン・ヴァルンケ『クラーナハ[ルター] イメージの模索』(三元社 1993年) 
 独立した肖像画が描かれるようになったのは14世紀後半であり、高位の王侯貴族の姿からはじまって、しだいに地位を顕示する展示目的となり、また婚姻のための肖像交換がおこなわれ、子孫に記憶を残すた身分証明ともなったが、ポイントはルネサンス以降の個人の自覚であり、歴史上の人物とその人相がむすぶつくようになったのです。本書は宗教改革運動の指導者であるルターの肖像画(銅版画)を描いたウイッテンベルグ宮廷の宮廷画家であるクラーナハが皇帝の命令を受けて描いたルターの肖像画の変容を通じて、ルターの主張と社会的認知の変化を分析していて非常に面白い。レーニンやスターリンの肖像画とおなじように、時代の進展方向を象徴する人物の肖像画を公的空間に啓示して、民衆の意識統合をめざす国家権力の意図がみごとにあらわれています。36歳で始めて肖像画を描かれたルターが、その後300枚以上の肖像画を描かれていく過程は、彼自身がそのような図標による信仰を否定したがゆえにより面白いところがあります。肖像芸術と権力という問題が浮き彫りとなってきます。(2009/10/29)

第350夜:K.レーヴィット『ハイデッガー 乏しき時代の思索者』(未来社 1968年)
 20世紀の著名な哲学者ハイデッガーの存在の思想を、高弟のレーヴィットが」批判します。ハイデッガーを真剣に読んだことがない私は、この書が入門書ではなく師の思想を本格的に批判していますので、残念ながらよく理解できませんでした。存在=現存在=頽落態としての人→死に直面して覚醒→存在(超越者=神へ向かう)という程度しか知りませんが、なぜハイデガーの思想がかくも学徒の心をとらえてしまうのか(あのアレントでさえも)、そのあやしい魅力を知りたいなと思ったのですが・・・・。残念ながら解説本を先に読んでおくしかなかったのでしょうか。
 70歳の誕生日のハイデガーの挨拶が面白い・・・「いつまでもただ弟子のママでいるなら先生に報いる態度ではない。さあ、なぜ君らはわたしの月桂冠をむしり取ろうとしないのか、。君らの私に対する崇拝は、いつの日には裏切りに転じるとしたら」・・・まさにレーヴィットはこれに応えようとしたのだろう。訳者による解説は、ほとんど無意味な言葉の羅列であり、ただ職業としての学問があるだけです。

 転覆と破壊への意志が解放感を以て第1次大戦後はひきつけたが、破壊されるべきものが大して残っていない第2次大戦後はまったき存在の隠された真理の扉を開くような魅惑を持っていた。乏しき時代(神々は逃げ去り、来るべきものもまだない)の思索者として、存在を時間から考えた。それが正しい道かどうかは、歩んだ後で始めて決定できるのだ。キリスト教以前からニーチェにいたる西洋の歴史全体が、存在忘却の歴史であり、存在は無にされている。
    (2009/10/29)

第349夜:カート・ヴォネガット『母なる夜』(白水社 1984年)
 日本でもっとも読まれている現在アメリカの作家だそうですが、アメリカ文学を読まない私は初めて知りました。第2次大戦期にナチスの対米宣伝放送をおこないながら、実は米国のスパイとして活動したある劇作家の戦後の物語であり、米国の公式の称賛もうけず世界からナチ戦犯として追及され生きる場所を失っていく主人公は、そのまま良心であるがゆえに居場所を失う現代人の悲劇を象徴しています。私はこのようなナチス犯罪を追求するようなアメリカ文学が存在することに驚きましたが、ネオ・ナチやソ連スパイが入り組んで謀略を繰りひろげるストーリーは、息もつかせぬスリリングな展開であっというまに読み切ってしまいました。自ら望んでイスラエルの裁判に臨む主人公と最期の自死に到る心理過程は、少し無理があるように思いましたが、なかなかの本格小説でした。アメリカのネオ・ナチの差別意識の特徴を最期に紹介しておきます。
 ユダヤ人!ニグロ!東洋人!ユニテリアン!外国生まれ!こういう連中は民主主義を理解せず、社会主義者、共産主義者、無政府主義者、アンチクリスト、ユダヤ人などの思うがママに踊らされている!(ようするにこれはプロテスタントのアングロサクソンの極右の差別意識なのです)
 ワーグナーやモーツアルトの荘厳で美しい音楽をラウドスピーカーで流しながら、その途中で「死体運搬係は衛兵詰め所まで」と呼びかけるアウシュヴィッツの殺伐とした風景! 人からあっちに行けと云われなくては動けない、次に何をすればいいのかいつも人に命令してもらうのを待っている、、人に言われたことならなんでもやる、アウシュヴィッツで何千人も見たはずよ!(2009/10/26)

第348夜:徳永洵『現代思想の断層ー神なき時代の模索』(岩波新書 2009年)
 ウエーヴァー、フロイト、ベンヤミン、アドルノとつらなるドイツ現代思想家の主著を時代の生とかかわらせて考えようとしていますが、いまいち迫真的な考究の刺激的な考察とはなっていません。なぜでしょうか? 残念ながら著者はあくまで思想家としての思想的内容の次元で概念分析を基軸とし、現代という時代の根元的な問題性や課題と切り結んでいく姿勢に欠けるからです。研究者としての問題意識のレベルで考察するしかなく、ナチスとホロコーストという分析と表現を峻拒するような歴史的事実と真っ向から対峙しようとする、擲つような真実への肉薄が生まれてこないのです。たとえば、ベンヤミンの自殺やアドルノの亡命は思想と政治のギリギリの限界状況を示していますが、著者はあくまで他人ごとのように淡々と追跡しているだけです。学的研究であれば、そのレベルで徹すればよいのですが、時代の生と相関させる内容が中途半端に終わって、公刊の意味がどこにあるのかと思わせます。こういう書籍を有り難がって出版する編集部も、それを読む読者も(あ私もその一人)、日本の知的風景は頽廃しています。(2009/10/26)

第347夜:唯物論研究協会『唯物論研究年誌第14号 地域再生のリアリズム』(青木書店 2009年)
 以下の2本の論文がもっとも切れ味鋭いものがあったので概要を紹介します。

 「内発的地域発展論再考ー国家的なものの意義について」(市原あかね)
○内発的発展論の思想的側面 
 社会主義国家崩壊による国家批判と家父長的温情主義による再分配としての福祉国家批判→市場と社会の自生的秩序重視(新自由主義ハイエク&社会的共通資本におけるコモンズ重視=宇沢弘文、ギデンズ第3の道、パットナム社会関係資本
 内発的発展論の運動論的側面
 市民セクターの重視(自治体の補完機能、自治体との協同)
→内発的発展論の地域主義的偏向は現代資本主義の国家的空間編成を捨象し、地域間不均等発展と都市間競争の渦に飲みこまれる

○アナキズムの国家批判
 ・個人原理ーリバタリアニズム
 ・中間団体による
 ーアソシエーション派(自由意志による選択的・契約関係重視 協同組合)
  コミュニタリアニズム(自然発生的共同体・モラル重視)
○市場批判
 ・共同体=協同性重視視点 コミュニタリアン・アソシエーション
 ・ヘーゲルアプローチ((国家による共通善 欲望の体系としての市民社会総括)

→国家場批判から内発的発展論を見ると→国家関与を想定しないアナキズム+コミュニタリアン的地域モラル+アソシエーション的協同性想定 
 市場批判から内発的発展論を見ると→市場からの地域防衛指向(コミュニタリアンによる共同体防衛ををアソシエーションで補完する)or市場アクターとしてふるまう指向(アオシエーションによる市場参画と地域事業重視)

○ヘーゲル・テンニース型市民社会批判(共同体・国家は共通善に於いて相互補完的)
 共用財・コモンズ問題/公共財(社会資本)、所得再分配/福祉問題

○現代資本主義の空間編成
 国民国家的製造業による資本蓄積から多国籍企業によるグローバルなネットワークによる資本蓄積(サスキア・サッセン)
 →地域的不均等の新たなパターン創出(少数グローバルシテイによる周辺世界の断片化とネットワーク化)への地域の対応類型
  @競争地域(企業に選ばれるインフラ整備)指向
  A地域住民の生活権防衛指向
  B国民国家的空間編成の調整・妥協(マクロ政策)指向
○内発的発展論の問題点
 (中村剛治郎)国民国家型産業化による誘致外来型地域開発に対抗する内発的発展論の意義→新自由主義的地域主義との共鳴性の危機
  中小企業集積によるイノベーションの競争優位(サード・イタリア、ポーター産業クラスター)を基礎とする地域内産業連関発展
  *中村説への疑問@クラスターによる新たな地域間不均等が誘発されるA地域内経済の近接性戦略が中心で外的条件を捨象
   B地域の政治的・行政的単位との関係C競争型内発的発展は中規模都市を中心とする戦略ではないか(こぼれた地域)


 (宮本憲一)日本型内発的発展論の流れ=鶴見和子社会学+西川潤国際経済学+宮本地域経済論
  初期:地域の総合的発展(目的の総合性+地域内産業連関+住民参加・自治)→戦後の誘致外来型地域開発への対抗
  現在:多国籍企業が主導する世界都市と地場産業を基礎とする中小自立創造都市の2つの方向性(内発的発展の現代的形態)
   国民国家の資本蓄積と無関係に成立する自立的創造都市(ジェイコブス)

○競争原理を越える地域発展戦略は可能か
 グローバルな競争原理を前提とする競争的国民国家にたいする市民的規制

 「補完性・近接性原則批判」(進藤兵)
 公的事務事業を住民に最も近い自治体に優先的に配分し、中央政府の権限を限定するという形態での国家介入戦略による国家統治の再編成
 反福祉国家新自由主義路線の国家戦略→西欧福祉国家と東欧社会主義を掘り崩すイデオロギーとして誕生
  1985年 欧州評議会「欧州地方自治憲章」採択(第4条第3項) 88年発効
  1992年 欧州連合条約(マーストリヒト条約)による欧州共同体設立条約第3b条第2項(補完性原則)
         @上位行政主体の過剰介入行動規制A社会福祉に於ける民間の優先B地方自治の国際標準ではない
  1993年 国際自治体聯合「世界地方自治宣言」採択
  1998年 世界地方自治憲章草案起草開始
 新自由主義への誘導イデオロギーとなる
  西欧資本主義 
   1960年代:フォデイズムによるケインズ型福祉国家(空間ケインズ主義)
   1970年代:フォデイズムによる地域間不均等と構造不況地域と福祉国家の危機
   1980年代:地域主体による内発的発展政策への転換(域内階級妥協ネオ・コーポラテイズム)=補完性原則の採用
  日本資本主義 戦前の後発型国家産業資本主義→戦後の環太平洋トヨテイズム・平和主義的開発国民国家
     →ケインズ主義的福祉国民国家は本格的に確立せず、空間ケインズ主義の危機も本格化せず、危機管理としての内発的発展も本格化しなかった
 補完性・近接性原則イデオロギーの支持勢力
  @構造改革推進派(経済同友会、地方分権推進委員会、地方制度調査会、自由民主党新憲法草案、民主党憲法提言)
  A地方分権改革派(西尾勝、松下圭一による反官僚中央集権二大政党制政権交代論)
  B充実した地方自治派(杉原泰雄、宮本憲一、加茂利男 *福祉国民国家の未確立を問わない)
 対案:日本国憲法の地方民主主義・ラスキ地方自治論・緑の福祉国家の地方自治論・ポルトアレグレの参加民主主義・新しい福祉国民国家論

第346夜:経済理論学会『季刊経済理論 第46巻第3号 経済学の数理的方法と記述的方法』(桜井書店 2009年)
 この学会は日本のマルクス経済学派の諸潮流が合流したものですが、政策科学よりも理論構築を重点に置いています。今号はマルクス経済学に於ける数学的方法の有効性を実証的に明らかにしようとしていますが、その中心は森嶋道夫氏と置塩信雄によるマルクス理論の数学的証明にあり、それ以上に発展してはいません。しかも近代経済学に対抗する意識から、数学的マルクス経済への近経の同意や共感をしきりに強調する論議がみうけられます。おそらくマルクス系の衰弱に対する危機意識がもたらしたものと思われますが、現代の直面する大不況ないし世界恐慌の要因と打開の方向を数学的分析でどう突破できるかをうちだすべきでしょう。なぜなら現在の世界恐慌をもたらしたシカゴ学派の理論状況の無責任を目の前にして、いまマルクス系が政策科学としての有効性を実証的に対置するチャンスであろうと思うからです。(2009/10/25)

第345夜:アンリ・ルフェーブル『美学入門』(理論社 1969年)
 著者は著名なフランスのマルクス主義哲学者であり、まだスターリン主義が権威であった1955年に出版されていますが、日本版訳者が京都人文研の大衆文化論の多田道太郎氏であることは少なからず興味を持ちました。69年段階ではまだまだマルクス主義がアカデミズムでそうとうの影響力を持っていたことを示しています。この書は典型的なスターリン主義理論による社会主義リアリズム美学を展開していますが、現代から見ればその信仰に近いような粗雑さはもはや理論とは云えず、教条的な信仰告白に近いと云えます。時代的思潮によるとはいえ、なぜかくも哲学者は時代の雰囲気にのめり込んで我を忘れてしまうのか、あるいはこのようなある進歩理念に献身的に希望を託する幸福なのか、冷然崩壊後の市場原理の制覇にあってニヒリズムが蔓延する現代からは隔世の感があります。
 しかしこうしたスターリン主義美学の崩壊の後には、あてどもないミーイズムの相対主義美学が乱舞して市場原理が支配する芸術そのものの危機がひろがっている荒野を見ると、根元から論理を積み重ねて理念の構築に到るヘーゲルーマルクス的なシステム理論の魅力が浮かび上がって参ります。(2009/10/24)

第344夜:ハル・フォスター『反美学 ポストモダンの諸相』(剄草書房 2005年)
 アメリカの編集者による9人のポストモダニズム論が収まられ、ハーバーマス、ジェイムソン、ボードリヤール、サイードなどの著名人が参加しています。ポストモダンとは、近代モダンの直線的な進歩史観がゆらいで、大きな物語が崩壊し始めた1970年代から80年代にあらわれた思想潮流で、晩期資本主義の消費管理社会を鋭く批判して登場しますが、自らは何も新しいものを生みだすことはできずすぐに退場していきました。この書は、1983年という流行のまっただ中でかかれています。建築、彫刻、美術、コミュニケーション、フェミニズムなど多様な分野での近代啓蒙的理性の同様が語られていますが、問題意識と分析の鋭さに較べて、対置する創造の理念が弱く、もうこの段階でポストモダニズムの限界が出てきているようです。単純な近代比敵を批判するハーバーマスやジェイムソンの表層に流されない分析に確かさを感じました。(2009/10/24)

第343夜:リオタール『ハイデガーと「ユダヤ人」』(藤原書店 1992年)
 フランス現代思想家によるハイデッガーのナチズム加担の思想的分析です。日本語版への序文で、高山岩男や高坂正顕のいわゆる京都学派の「世界史的立場と日本」という座談会の批判が出ているのには驚きました。彼は道元やその他の日本思想の研究も行っているようでさすがです。ハイデガーはなぜホロコーストに最期まで沈黙したのかを問いにして、忘却をフロイトの無意識心理から説明し、すべての痕跡を残さない抹殺としてのホロコーストの独自の特質をあきらかにします。それはカント的な崇高の裏返しなのだといいます。それは全体化への包摂過程で誘発される異質の排除なのです。アウシュヴッツ以降は、芸術は崇高の証人ではなく、崇高と苦悩のアポリアの証人となるのだ。
 ハイデガー思想の分析のための前提条件は、@今世紀最大の思想家であるAナチスに加担し沈黙しているBこの2つは共存しているC彼の思想からナチを説明しない
 彼のナチ加担の思想的源流は「不安」ー「決断」という思想にある。ヘーゲルに於ける反ユダヤ主義(醜い受動性としてユダヤ人は畏怖も同情も呼び起こさない)をひきついだハイデガーは、もともとユダヤ人を「くず」とみなしていた。
 こうしたハイデガーがアレントと愛人関係に入るところに、人間の面白さがある。(2009/10/24)
 
第342夜:G・ルカーチ『ルカーチ著作集8 リアリズム論』(白水社 1987年)
 ルカーチが1930年代に書いた9編の論文と書簡集が収められています。その大部分はソ連で発行された雑誌と亡命ドイツ人の雑誌に掲載されたものです。ルカーチ独自のリアリズム美学論は、マルクス主義の反映論を基礎としてヘーゲル美学の全体的調和論であり、いわゆるジダーノフ流の社会主義リアリズム論とは一線を画するものと言っていますが、初期ルカーチのみずみずしい発想はなく、紋切り型の教条的な理論構成となっています。とくに第1次大戦前後にドイツの主潮流となった表現主義批判は、激烈な憎悪に近いような罵倒であり、政治的には社会ファッシズム批判に近いような感じです。1930年代の迫り来るファッシズムとの命を賭した対決の緊張感がうかがわれ、中間的潮流への敵意が剥き出しとなっています。反映論美学の勉強にはなりますが、表現主義批判は結果的にはナチスによる頽廃芸術批判と同じ結果となり、ここにナチズムとスターリニズムの本質的な共通性さえ指摘したくなります。ワイマール民主主義が何故敗北したのか?左翼の側に責任の一端がある主張ではないかとさえ疑わせるものです。安易な妥協が許されない烈しい緊張した時代で、良心的に生きようとした理論が落ち込んでいった陥穽ではないでしょうか。(2009/10/18)

第341夜:三好十郎『恐怖の季節 附 戯曲 切られの仙太』(新泉社 昭和43年)
 なぜいまごろ三好十郎を手にしたのかと言いますと、ある会議で報告者が組織と個人に関する彼の議論を取り上げていたので、調べてみようと思ったのです。本棚にあったこの書は、私が学生時代に、「叢書 名著の復興」というタイトルにひかれて購入したもので、たしか家永三郎氏の思想史の本とともに古本屋で買ったことを思いおこします。三好氏の「切られの仙太」は、戦前期の転向文学として著名でしたが、戦後の60年代にもそうとうに注目されたものと記憶します。それはソ連のスターリン批判後の日本共産党の権威に対する正面からの批判であり、共産党に疑問を持つ左翼の共感を得たからだとおもいます。 
 さてこの書はかれの戦後日本の社会認識と芸術表現に関するスタンスを象徴的に表現しています。それは宮本百合子をブルジョアのお嬢さん小説として嫌悪していること、そして組織を指導者原理から見てつねに誠実にふるまうものが切り捨てられて犠牲となるのだーという組織論であり、自立した芸術家像を主張していることです。あらゆる組織や市民社会から自立した個人という発想そのものが、幻想的な市民のものでしかなく、一部の演劇ファンの支持は得るでしょうが、はたして市民社会のコミュニケーションとしての普遍性があるのかという疑問が生まれます。おそらく左翼の権威による個人の抑圧という時代的な体験を一般化した発想があったのではないでしょうか? 市民個人がばらばらとなってそれぞれに荒野に叫ぶ姿は、晩期資本主義の支配にとっては、まことに好都合な議論に客観的に落ち込むのではないでしょうか。(2009/10/18)

第340夜:メイ・サートン『今かくあれども』(みすず書房 1995年)
 1970年代の米国民間老人ホームに収容された女性高齢者が、放火に到る精神生活の過程をリアルにあらわし、老境にあってなお人間の尊厳を希求する孤独な魂の葛藤が伝わってきます。社会保障の民営化原理とその底にあるアングロ・サクソン型の個人主義的人間観の悲哀がうかがわれますが、これは日本の近い将来の物語として迫真的な意味をも持っています。作者は、老人ホームの強制収容所化と姨捨山化を鋭く暴いていますが、米国モデルとしての社会保障システムへの分析的描写はありませんので、あくまで個人間の性格批判として醜い人間描写が繰りひろげられ、救いはありません。こうした米国文学の乾いた冷ややかな人間観は、じつはプラグマテイズムに侵された競争原理から来ているのですが、残念ながら作者にはそうした分析力はありません。しかしユダヤ系(?)として米国に亡命した作者はアーレント的な想像力はあってもよいと思うのですが。(2009/10/14)

第339夜:サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』(白水社 1995年)
 ふーんこれが現代演劇最高の傑作とか問題作と言われる作品なのか? 初演は1953年パリで、ほとんどは非難の嵐であり、米国公演では観客のほとんどがいなくなったといわれます。ゴドーとは、ゴッドの言い換えということで神不在の現代人の不安をあらわすというのが一般的な評価だそうですが、私は1953年初演と云うことに注目したいと思います。おそらく小説で、カフカ『変身』やカミュ『異邦人』などが読まれた頃とかさなっているのではないでしょうか? 米ソ冷戦と核戦争の不安という時代にあって、文明への素朴な信頼が失われ、コミュニズムにも希望を見いだせ得ない市民の心情に不条理表現が浸透した時代です。
 人間の不安と絶望と模索、放置された孤独、なおかつ求めようとする連帯等々、多様な解釈がなされますが、そうした現代人の深淵を考えさせる舞台としては、おそらく当時にあって衝撃的なものであったでしょう。しかしこのような不安を脱構築してつくりだしていく希望こそ本物であるかも知れません。ゲーム喫茶の片隅で夜を明かす派遣切りの非正規労働にとって、こうした演劇がどのような意味を持つか、にこそ現代演劇の帰趨が問われるでしょう。(2009/10/13)

第338夜:『マルクスと革命』(紀伊國屋書店 1972年)
 フランス5月革命とチェコ事件のあとにの1968年に、ユーゴに於いて開催された「マルクスの継承」というテーマの国際哲学会議の報告を納めていますが、なにしろエルンスト・ブロッホ、ヘルベルト・マルクーゼ、ユルゲン・ハーバマス、エルンスト・フィッシャー、、ミハイロ・マルコヴィッチ、カレル・コシークなどの、いわゆる非正統派系のマルキストが一堂に会していますので、当時としては壮観であったに違いありません。当時はソ連型社会主義に対する批判にもかかわらず、ソ連を含む社会主義システムの優位性に対する素朴な信仰が強くあり、また米国のベトナム戦争に対する批判など先進国中心に反体制運動が爆発的に起こり、日本も例外ではありませんでした。従ってこの書に於いても、ソ連批判はあっても、ソ連型社会主義を含めて東欧がすべて崩壊して、市場社会に移行するなどと云うことは想像だにありません。40年を経た21世紀の初頭にあっては、もはや化石のような現代思想とみなされている著書を読む意味なんてどこにあるのかと思いますが、自らの青年期に大きな影響を与えた思想と運動の指導的知識人であった人の発言が、はたしてどれだけの歴史の検証の重みに耐えていたのかを知ることができるという1点だけで読んでみたのです。
 多くはソ連型社会主義への批判と当時の学生運動や自然発生的大衆運動の共感という点で共通し、マルクス主義の原理的な理論は尚未来への必然性として捉えられており、いわゆる正統派マルクス主義の理論枠と大きな違いはありません。多くは暴力革命とプロレタリア独裁を肯定し、複数政党制を否定しています。ようするにこうした著名な思想家は歴史の検証の重みに耐えられなかったのです。むしろ、著名でなく埋もれた理論家の方に、70年代によく語ったなと感心するような理論展開が見られて面白いものがありました。当時はまだ若かったハーバーマスの報告はさすがに内容が濃いものがあります。私はアルノルト・キュンリの理論にもっとも共感するものがありました。

 個体的所有の再建という新しいヴィジョンで主体を把握すべきだ(マルクーゼ)
 革命の条件である階級闘争と過剰生産恐慌による体制破綻は、晩期資本主義による労働者の物質的充足と競争原理による階級形成の潜在化、科学技術によるマルクス型労働価値論の不成立によってなりたたなくなった。しかし逆に支配体制は、積極的な未来イメージを提起する正当化能力を失い、公共性をひたすら非政治して私的領域に追い込むという戦略的な弱点を抱えるようになった。学生と第3世界が当面する革命の主体となるだろう(ハーバーマス)
 聖杯騎士的社会主義と戦車社会主義に反対し、マルクス主義倫理学を罪と責任という観点から創造しよう。これらはナチスが横取りした人間的諸価値のマルクス的再建にほかならない。もはや革命の変わりに、根底的な民主化(民主的自主管理)というシステムへの挑戦が問われている(アルノルト・キュンツリ *この人の主張は歴史の重みに耐えていると思うー筆者)
 (2009/10/12)

第337夜:ハロルド・ピンター『温室/背信/家族の声』(ハヤカワ演劇文庫 2009年)
 05年ノーベル文学賞を受賞した現代英国を代表する劇作家の3作品が収められています。独裁国家の療養所の大量殺人をめぐる官僚層の頽廃、親友同士の夫婦間の不倫と裏切りを描く真理ドラマ、最期は離反していく親子と息子の断絶を描いています。いかにも英国風のサスペンスに満ちた心理ドラマですが、先進国文明の爛熟と頽廃を鋭く見つめようとする冷ややかなまなざしと劇作の技術の革新が見られますが、現代世界の骨太な潮流の描写とはほど遠く、乾いたニヒルな印象を残す人も多いでしょう。この3作品は初期のもののようで、徴兵拒否者としての作家の政治劇の方に興味があります。(2009/10/11)

第336夜:パスカル・キニャール『アルブキウス』(青土社 1995年)
 著者は現代フランスの著名な作家だそうですが、私はまったく知りませんでした。ローマ帝国の代表的な弁論・作家であるアルブキウスの生涯の作品に仮託しながら、人間の生の姿をあらわに露呈していくという方法です。ローマ帝国の上流市民の性と権力の姿を露骨に表現しながら、おどろおどろしい人間の側面があっけらかんと地中海的なあるおおらかさのなかでくりひろげられますが、その底には果てしない人間へのニヒルな不信と人生への虚しさがただよって参ります。このような欧米作品の翻訳を生業としながら、欧米文学の研究者として日本のアカデミズムの片隅を占めている訳者のような存在に、ある種の憐れみと哀しさがわき上がって参ります。古本屋で安かったので買っただけの本でした。ただローマ帝国に生きるローマ市民の剥き出しの生活には興味深いものがあり、その残酷さと健康の共存には圧倒的なエネルギーがあります。(2009/10/11)

第335夜:池田浩士『死刑の[昭和]史』(インパクト出版会 1992年)
 著者はドイツ現代史ないし現代思想史の研究者として著名な人ですが、死刑廃止論にかかわっていることは知りませんでした。日本の近現代史に於ける死刑制度と死刑思想の流れを詳細に紹介し、死刑廃止論の立論に迫ろうとしていますが、残念ながら失敗しています。それは人文系の研究者として、どうしても被害感情の心情論的立論に対抗する根拠が構築できないからです。ところどころに主観的な心情表現も目立ち、大衆の劣情を過大に評価し、法制度や社会理論としての死刑とその思想に接近できていません。近代人権論と社会形成論のなかに極悪犯罪を位置づけ、刑罰の人権論的解明をしなければなりません。日本でこれが弱いのは、人権が他者から与えられ、自ら血を流して手にした歴史のない決定的な日本の限界があるからです。
 著者がせいぜい云えるのは、冤罪死刑囚の存在に過ぎず、したがって被害者応報感情論を説得できない限り、死刑廃止論は主張できないとして保留している決定的な限界があります。興味深く読んだのは、マルクスの死刑廃止論であり、これは私は全く気が付きませんでした。マルクスは徹底的な人権思想によって、死刑の凶悪犯抑制論を批判しています。(2009/10/9)

第334夜:マルセル・デユシャン、ピエール・カバンヌ『デユシャンは語る』(ちくま学芸文庫 2004年)
 デユシャンは20世紀を代表する現代美術家で、髭をたくわえたモナ・リザを目にした人もいるかも知れません。彼はフランスのシュールレアリズム運動のなかで画家として出発し、第1次大戦を忌避して米国に移住し、米国国籍を取得して亡くなっています。晩年はすべて絵筆を絶ち、絵画に無関心となってしまいますが、本書は彼の死ぬ2年前になされた対談集です。自由で知的な精神(エスプリ)は、さすがにフランス人ですが、政治や経済・社会から自らを遮断して芸術にのみ生ききった姿勢は、うらやましくはあるが、私の求める芸術家像ではありません。しかし、伝統的な手法を大胆に否定し、新たな革新的な表現を求めるフロントランナーならではの、興味深い話が満載です。(2009/9/29)

第333夜:シーダ・シャピロ『画家たちの社会史 ヨーロッパのアヴァンギャルド1900ー1925』(三省堂 1984年)
 この著者がどのような研究者なのか、訳者解説では記されていないので、、インターネットで検索したがヒットしませんでした。どうも米国の歴史学者で社会史的方法で考察を試みているらしいが、本書は19世紀末の社会変動の最中に、青春期を送り、両大戦と革命期を生き抜いた欧州の所謂前衛画家たちが、自らの創造活動と政治的・社会的行動をどのように把握して選択していったかを詳細な資料で追跡しています。社会史学者がみた欧州現代美術史というユニークな書です。さまざまの政治的・社会的局面での画家たちの行動が詳細に分析され、非常に面白いのですが、美術史学の専門ではないため、現象的な政治・社会行動の分析におわり、芸術理論や論争の視点がほとんどありません。たとえば、象徴主義論争、社会主義リアリズム論争など重要な現代芸術理論の思想的な掘り下げはなく、したがって画家たちの思想的な内面への深い洞察が不足しています。
 しかし欧州の画家たちの階級的、階層的な意識の分析は詳細であり、美術史学にはないものがあります。印象強く残ったことは、現代の欧米画家たちの多くが、かなり政治にコミットし、或いは政治的な参加意識が強かったことが分かります。さらに第1次大戦期の画家の精神生活に大きな変容が誘発されていること、あるいは画家精神の政治思想としてのアナーキズムが強い共感を持って迎えられている点などです。著者は後書きで、成熟した社会で表現の自由が浸透していくと、アヴァンギャルドそのものの存在意義が消滅していくのではないかと云っていますが、現代の所謂前衛芸術が商品市場に絡めとられているのをみると、鋭い予見ではないかと思います。(2009/9/21)

第332夜:リチャード・セネット『不安な経済/漂流する個人』(大月書店 2008年)
 米国の社会学者にして作家ですが、アングロ・サクソン系の研究スタイルがおもしろい。聴取調査による直感的で経験的な現象論的分析を重視し、ドイツ的な理論分析に短絡せず、明晰で分かりやすい特徴があります。フランス的な情衒用語が全くなく、安心して読むことができますが、変革指向の弱さはおおいがたく思います。
 従来の従業員重視の社会資本主義から、株主重視の新しい効率資本主義へと移行するなかで、企業文化に原理的な変化が誘発され、短期的な潜在適応力が重視される能力主義のなかで、いつ自分が不要となるかに戦々恐々とする不安が中堅社員を襲いはじめ、現代アメリカの市場原理主義下の企業の激変が分析される。消費は自己消費的情熱が、ブランド戦略か潜在戦略に包摂されて、市民全員がマーケッテイングのパプテイコンのもとにくらしていくことになる。政治も選挙も又、すこしの差異を求める投票行為をコンサルテイング企業に刷り込まれて、一見大きな激動が起こるが、実は大した変化はない。まるで日本の現状を分析しているようで、日本がある意味で、米国以上の市場原理の走狗となっていることが分かる。(2009/9/19)

第331夜:エテイエンヌ・バリバール『マルクスの哲学』(法大出版会 2009年)
 著者はフランスのマルクス主義哲学者アルチュセール学派の著名な人物であり、本書はソ連崩壊後にマルクス入門書として書かれたものです。実践、物神、史的唯物論、科学革命など重要概念を対象にマルクスの主張がたどった歴史的変遷を述べています。時間と進歩に関する歴史論と科学論が非常に面白く読めました。
 進歩の概念
 @下層の人々が上層へ自己を推進する歴史観はマルクス起源であるが、そうした進歩史観を否定するマルクス潮流もあらわれた(グラムシ、ベンヤミン)
 A:自然主義的進歩観(ダーウイン進化論と結ぶ第2インターの思想)
 B:経済的主意主義(スターリニズム)
 C:啓蒙的経済主義(周辺部低開発経済)
 A全体性
 ある終わりの目的に通じるプロセスとして歴史を見る(時間の不可逆性と直線性)
 質の上昇観念、変化能力観念、自己変革観念
 B歴史の合理性
 A:因果性(人間労働の生産性による生産様式の目的論的発展) 生産の社会化と労働の矛盾による階級闘争の不可避的必然性 *非資本主義的発展(ミー共同体)、資本論に反する革命
 B:歴史は悪い側面を媒介に前進していく(否定の苦痛を無限に克服して肯定の終わりに到る)
 C:矛盾の現実性(非和解的矛盾の敵対的過程)
 C経済主義 ソ連型社会主義の虚妄(共産主義と区別される社会主義生産様式の規定) *普遍的歴史は存在せず、ただ個別特殊の歴史がある
 科学革命
  弁証法的唯物論の総合科学の破産
  哲学的認識の方法
   A:人間的本質論の確定から社会的編成へ到る(実践的唯物論と客観主義的唯物論)
   B:幻想(意識)批判から疎外の諸形態における主体の構成へ到る(疎外論的唯物論)
   C:因果性から時間制へ到る
 マルクスとともに、マルクスに抗して(歴史で実践されたマルクス主義の失敗からまなび自己変換する)

第330夜:テリー・イーグルトン『イデオロギーとは何か』(平凡社 1996年)
 イデオロギーを研究することは、人間がどのようにして自分自身の不幸に投資するかを探ることである
 劣等であると規定された人が、自分からそうなるように努力するのは何故か
 なぜファッシズムはイデオロギーと呼ばれ、フェミニズムはイデオロギーと呼ばれないのか

 本書はイデオロギー理論を歴史的な文脈で整理し、結論的には古典派マルクス主義の理論を現代化しようとしています。啓蒙派から、第2インター、ルカーチ、グラムシ、アドルノ、ブルデユー、ショーペンハウエル、ソレ、最期にポスト・モダン派まで、著者の浩瀚な知識を総動員しながら、イデオロギー論の視点から思想史的な特質があざやjかに浮かび上がります。独的なリゴリズムやフランス的なねちっこさが全くなく、いかにもイギリス的な率直克簡潔な文体で非常に分かりやすく述べられていますので、時にはドキドキするような躍動感で読み進められます。断定的な強圧的な言い方がありませんので、共感する部分が多く、イギリス・マルクス主義の紳士的な姿勢を味わうことができますが、内容そのものはいかにも鋭い切れ味があります。(2009/9/14) 

第329夜:吉本隆明『マチウ書論・転向論』(講談社文芸文庫 2007年)
 戦後の第2次世代として妖しい気配をただよわせて登場し、青年層の一部にカリスマ的支持を得た文芸評論家です。この文庫本は、彼の盛名を高からしめた初期の論叢のアンソロジーとなっています。マチウ書論は、原始キリスト教の教典編纂を独自のルサンチマンの視点から分析したものですが、独特の訳語を用いているために、読みにくく途中で捨てました。私がもっとも関心を持ったのは、「芸術的抵抗と挫折」「転向論」でしたので、セットで感想を述べてみたいと思います。
 戦前のプロレタリア詩は、弁証法的創作方法と主題の積極性という方法理念によって、前衛的な政治意識を機械的に唱導して、民衆の生活意識の次元に指導者意識で接し、無残な孤立におちいって、いとも簡単にナショナリズムに転向して戦争協力をうたいあげた。これが芸術的抵抗の挫折の論理であり、根底には日本共産党の32年テーゼの誤謬がある。戦前期の転向は本質的に、封建遺制の生活意識と触れあうことなしに革命を指向した共産党の戦略の誤謬にあり、少数の非転向も本質的に転向と変わりはない。中野重治のみが、形式的に転向しながら、封建遺制と対決しようとした点で、もっとも優れたふるまいであった。
 この主張は、戦後直後の戦争に対する抵抗という輝かしいオーラにつつまれた共産党の権威に正面から挑戦したことで、おそらく衝撃を与え、共産党の権威の相対化に貢献したに違いありませんが、逆に共産党に気後れしていた層に、ある種の立ち位置を与えたかもしれません。この書の最大の欠陥は、なぜ世界史的に日本に大量の転向現象が発生したかを、日本の精神構造の特殊性に求めることなく、もっぱら共産党の誤謬に責任を転嫁し、それで終わっていることです。なぜ日本の社会運動に、そうした欠陥があらわれたかのほうが重要なのです。さらに共産党の方法論以外にどのような有効な抵抗形態があったのか、鮮明に語ることがありませんので、真の批判となっていません。たしかに、日本の転向者は裏切ったのみならず、積極的にお先棒を担いで若者を死地に送ったのですから。戦争犯罪と戦争責任をいまだに放置して省みない日本政府の恥ずべき政策の根底にある日本型精神構造と文化に迫らねばなりません。
 吉本氏のその後のポスト・モダニズムへの迎合という変貌の無残さを見るにつけ、若き日の野心たぎる情熱が、いまや憐れみを帯びてくるのです。反核運動に悪罵をはなつ吉本氏の現在は、まさに自己自身の転向論を書く必要があるのではないでしょうか。(2009/9/12)

第328夜:アンドレイ・ヴォズネセーンスキ『芸術の青春』(群像社 1984年)
 著者は1960年代を代表する旧ソ連詩人だそうですが、私は知りませんでした。訳者の名前を見て古本屋で購入した次第です。詩人は中学生時代に、パステルナークと文通し、、詩才を認められて彼のサロンに参加して、当時の有数の文化人や芸術家と触れあう過程を描いています。さらに詩人として名声を錘にいたって、欧州を中心にした著名人と交流する様を描いています。余りにも有名な人名が登場して、日常の私生活を活写していますので、それはそれはそれで面白いのですが、それだけです。旧ソ連では、ノーメンクラツーラとおなじように大勢に認められた特権芸術家がいたんだなということを、実感させられます。彼らは国家から別荘を提供され、給与を受けていたのですね。一方では多くの芸術家が党とは異なる意見を表明しただけで、悲惨な弾圧を受けているのです。当然ながらこの書では、スターリン主義の暗部についてはいっさい叙述されていません。負の記録としての価値しかありません。(2009/9/6)

第327夜:村上嘉隆『美学に於ける唯物論』(啓隆閣」 1969年)
 日本でマルクス主義が一定の影響力を保持していた60年で、そのなかで正統系としてのスターリン主義文化論の主要な論者として有名でした。ジノヴィエフが主導した社会主義リアリズムを機械的に宣揚して輸入していた真面目な日本左翼の理論がよくまとめられています。逆に言うと、ルカーチヤルフェーブル、エルンスト・フィッシャーなどは異端として批判の対象となっています。要するにソ連の主流理論を分析基準としていた日本マルクス主義の痛ましい残骸と言ってよいでしょう。これを歴史のあと知恵として非難することは、有効ではないでしょう。現代でも同じような輸入理論が繰り返されているのですから。ただし著者は哲学者でありながら、同時に声楽者(バス)として公演活動をおこなっているのですから、単なるエピゴーネンではないことが分かります。(2009/9/6)

第326夜:トーマス・マン『講演集 リヒアルト・ヴァーグナーの苦悩と偉大』(岩波文庫 2003年)
 この講演は、1933年にミュンヘン大学でワーグナー没後50周年を記念しておこなわれ、その後海外で同じような講演が行われましたが、33年はナチスが政権を把握した年であり、わーぐなーとナチスとワーグナーを痛烈に批判した内容によって、マンは亡命を余儀なくされました。
 彼はワグナー音楽の本質を次のように分析します。1848年のドイツ革命に参加した社会主義者ワグナーは、その後の12年間の亡命生活の後に、ビスマルク帝国に芸術の幻想を見いだし、ペシミズムとナショナリズムの最強度の興奮を生みだす壮大な作曲家となった。このゲルマン至上主義が後のナチス芸術の中核に座っていったーというこものです。それにしても小説家マンの芸術と音楽理解はすごいものであり、欧州芸術のそこの深さを感じて頭を垂れざるを得ません。(2009/9/3)

第325夜:宮崎学『不逞者』(角川春樹事務所 1998年)
 けっこう面白い、がそれだけです。戦後の東京を支配した愚連隊のリーダーと、在日コミュニストのリーダの二人の波瀾万丈の半生涯をえがいています。しかしこの全く異質の二人が、不逞という概念で括るとすれば、金天海にとってあまりに不本意なことでしょう。なぜこのような配置になっているかというと、著者自身に破天荒なアウトサイダーへの傾倒があり、それが左翼であれ右翼暴力団であれ、本質的にはおなじと見るのです。しかし右翼暴力団が影で権力と結んで、スト破りに狂奔していることなどを見れば、著者の歴史と世界認識の歪んだ浅薄さを示すものとなっています。随所によく調べ込んだ痕跡がうかがわれ得るので、ドキュメンタリーに徹すれば、より深いものとなったでしょう。(2009/9/3)

第324夜:アーサー・ケストラー『真昼の暗黒』(岩波文庫 2009年)
 著者は、日本ではホロン革命などの還元主義批判の現代思想家として有名ですが、むしろコミュニストとして活動し、スペイン市民戦争への従軍を通じてしだいにスターリン主義批判に転じて、転向者として、メルロ・ポンテイなどの批判を浴びたそうです。この小説は、、1938年のソ連のブハーリン裁判をテーマとして、スターリン主義独裁の社会心理的基盤を探ろうとするスリリングな作品です。いったん読みはじめたらやめられなくなってしまい、私は総選挙結果を横目に、2日間で読んでしまいました。スターリン独裁下の政治犯収容所の取り調べ過程と監獄生活、なぜnすすんで自ら虚偽の自白をするに到るのかーなど迫真的な筆致で描いています。ケストラー自身の体験に裏打ちされた歴史に於ける前衛と大衆理論は独特のものがあり、ソ連型社会主義の欺瞞と悲劇を思い知らされますが、すでに戦前期にこうした問題提起をしていること自体がおどろきです。(2009/8/31)

第323夜:M・ハイデッガー『芸術作品の根元』(平凡社 2002年)
 それにしても何故欧米系の哲学者は、晩年になると美学論を書くのでしょうか? どうも欧米と日本では、思想に於ける芸術や美学の占める位置がかなり異なるようです。私は、ナチオスに協力したこの哲学者に素朴な反感を持っていますが、しかし彼の実存=死を前にした決意と投企という思想は、従来のマルクス主義の欠落部を考察するものとして興味がありました。この書は、ヘーゲルの概念の感性的実現としての芸術の終焉論に対抗して、あらためて芸術とはなにかを考察しています。彼は作品に宿っている真理を重視しますが、これには賛成します。その資料として彼が示す、ゴッホの「農夫の靴」の分析は感動的なほどに素晴らしく、こうした美しい文章は、ルカーチの「小説の理論」いらい久しぶりです。(2009/8/29)

第322夜:テリー・イーグルトン『美のイデオロギー』(紀伊國屋書店 1996年)
 英国の高名な文芸思想家の、マルクス主義の視点による欧州思想史の美学の体系的な分析で、600頁にせまる大著ですので、ゆっくりと時間をかけて考えてみたいと思います。
 近代のもっとも偉大な美学者たち、マルクスは労働する肉体、ニーチェは力としての肉体、フロイトは欲望スル肉体に注目した。

 マルクスによれば、私有財産の廃棄によってしか感覚は発揮できず、充分に感じ、充分に味わい、匂いを嗅ぎわけることはできない
 肉体的衝動が抽象的必要の専制から解放され、客体が機能的抽象化から感覚的に特殊な使用価値へもどされてはじめて、美的に生きることが可能となる。国家を転覆することによってのみ、人間は肉体を経験することができる。
 経済史は生産力の展開であるとともに、人間の肉体が物質化されたテキストであり、感覚能力は社会制度の別の現象形態なのだ。
 芸術は創造的剰余の形式であり、需要から欲求を差し引いた時に残るものである。
 伝統的な人間性は、人間性がもっとも歪んだものによって生みだされ、美的社会は政治的活動の道具となったが、感覚と精神、欲望と理性のなげかわしい隔離は階級社会に根ざしている。一方では野卑な禁欲主義、かたや奇怪な審美主義へと歪曲された無政府的な欲望の祭りに過ぎない。
 マルクス主義は未来の理論ではなく、いかにして未来を可能にするかについての理論と実践である。モーゼとともに自分が約束の地に入ることはない。
 これまでの歴史は迫害と搾取の永久的構造に基づく一連の変奏曲である。
 社会主義的生産関係に於いて、いま苦悩と隔離を創りだしている力は、すべてのひとの創造的自己実現のために使われる。
 芸術は古代ギリシャのような社会的未成熟に於いては、質と均斉が商品から守られ、量の経済が発展すると、比例して堕落し始め、資本主義の交換価値に専制に支配されるようになる。

第321夜:ジャック・デリダ『滞留』(未来社 2001年)
 私はこの高名な哲学者或いは文芸評論家の書はほとんど読んだことがないのです。率直にいって、主観主義的な批評が垂れながされる印象が強くて肌が合わない感じなのですが、この書は帯の言葉に惹かれて手にしたのです。これも有名な文学者であるモーリス・ブランショは、第2次大戦期のドイツ占領下で、ドイツ軍によってレジスタンスとみなされて銃殺に書せられる寸前に、ほんの偶然で生きのびたのですが、デリダはブランショの「短編である「私の死の瞬間」を読み解くのです。私であれば、強制された死の体験と偶然によって生きのびたその後の生が、ブランショの思想と生活にどう影響を与え、作品に結晶したかという視点から分析するのですが、デリダは宋ではなく、ただひたすらにテキストに忠実にアレコレと細部の表現を追っていくというスタイルです。これがいわゆるポスト・モダンの読解とか読みというのでしょうか、まるで高校の国語の時間のようです。といったわけでデリダに関してはこの書に関する限り失望です。(2009/8/28)(

第320夜:多木浩二『マリオ ジャッコメリ』(ニューアートデイフュージョン 2008年)
 ウーンなんともシュールで実存的な写真の世界がひろがる。いっさいの希望を排して、人間の生と死の実相にせまろうとする冷徹な(しかしこれほどヒューマンな眼もない)まなざしを感じる。(2009/8/21)

第319夜:野見山暁治『署名のない風景』(平凡社 1997年)
 高名な画家のエッセイ集。名前に惹かれて読んだだけで、私は他人のよしなしごとや繰り言につきあうつもりはありません。作者は認知されているコードで語るのではなく、あくまで自分自身の直感的な感性に沿って語っているのがよい。香月泰男と無言館の話は興味があった。画家というか、芸術家は直観の鋭さと同時に、自己の主観に閉塞する主観主義があり、これが日本の芸術家の限界だ。(2009/8/19)

第318夜:ブレヒト『母アンナの子連れ従軍記』(光文社文庫 2009年)
 千田之也と岩淵達治の『肝っ玉おっ母とその子どもたち』という、もはや古典となった題名を敢えて改作した「勇気」がどんなものか、興味があって購入した。改訳の中味は現代風にいきいきしてよくできているが、題名はやはり変えるべきでなかったと思う。これはいろいろと理由をつけているが、なにか文化に対する敬意というものが日本には薄い。ブレヒトの生涯は、ユダヤ人の妻とともに米国亡命→マッカーシズムによる欧州帰還→西独受け容れ拒否による東独というドラマテックなものです。しかし1998年の生誕100年祭は、大統領も参列する盛大なもので、文化の厚みがなにか日本と違う。亡命の文化が日本にないのも考察の余地がある。(2009/8/19)

第317夜:辺見庸『私とマリオ・ジャコメッリ』(NHK出版 2009年)
 私はこの書によってジャコメッリなるイタリア人写真家をはじめて知りました。辺見氏の解説によることなく、じかに写真集を見てみたくなって、東京都写真美術館に注文しました。脳出血で死線をさまよった体験を持つ辺見氏のやや虚無的な印象批評によりまでもなく、なにかそこjには実存的な限界状況にある人間の姿が冷徹に映し出されているようなきがします。あらゆる解釈を峻拒するような無残な人間の尊厳とも云うのでしょうか。(20096/8/18)

第316夜:ヴァレリー・アファナシェフ『乾いた沈黙』(論創社 2009年)
 1974年にソ連から西欧に亡命した世界的ピアニストがいったいどんな詩を書くのだろうと興味をいだきました。彼は指揮者でもあり、また作家やパフォーマーとしても活躍するマルチなアーテイストです。ところどころに日本関連の詩が出て来ますので驚きました。(2009/8/17)

  たそがれ

 「偉大な思想などにはならなくてもいいから、偉大な質問になりたい」
 ある日本の詩人の言葉である
 わたしの作品には多くの質問があるが
 わたし自身が質問であるかどうかは分からない
 この夜明けは質問である わたしの気分が答えである
 わたしは心を一つに決めたくない
 どんな応えも一つの終わりなのだ
 でなければ終わりの始まりなのだ
 それ以外にはじまりはない
 明快な答えのようなものは存在するが
 それは偉大な質問ではないし
 偉大な思想でもない
 夜明け たそがれ
 そうした森羅万象に対する一つの小さな答えに過ぎない


第315夜:アントン・デイータリヒ『巨匠のデッサンシリーズ ゴヤ』(岩崎美術社 1992年)
 ゴヤの1797年からはじまる初期から、亡命中の1828年にいたるデッサンが歴史的に整理されています。あふれでる才能が国王と教会権力に対峙し、歴史に翻弄される民衆に注がれています。これが日本で云えば江戸時代の中期になるのですから、欧州の人間的自覚の先駆性に驚かされます。(2009/8/17)

第314夜:ラモン・センデール『スペインのある農夫へのレクイエム』(西和書林 昭和60年)
 作者は現代スペインを代表するアナーキスト系作家で、スペイン内戦後は米国の亡命し、著作活動を送って1982年になくなっています。この作品は、1937年頃の市民戦争の最中にあるアラゴン地方の内戦に翻弄される村人と司祭を描いている。素朴で原始的な農村共同体が、革命の波に洗われて、犠牲となる若者、彼を密告する司祭の罪の問題がうかびあがる。王制を打倒する市民革命が、実質的に社会主義勢力によって担われるロシア革命型の悲劇がここでも繰り返されるが、しかし参加意識のピュアーさは痛々しいほどだ。アナーキストにふさわしい情念的でシュールな文体が展開する。(2009/8/16)

第313夜:宋安鍾『在日音楽の100年』(青土社 2009年)
 日本人が興味を持つのは、芸能界のスターの多くが在日韓国・朝鮮系であり、日本名を名乗っていてもだれがそうなのかーといったレベルですが、本書は戦前期から現代までの日本の音楽界で活動してきた在日系の音楽家の音楽としての特質を、文化人類学、ポストコロニアリズムなどの最先端の手法を用いて分析し、その意味と将来を考えようと云う、はじめての本格的な在日系音楽論ですが、残念ながら著名個人の活動史に焦点が当てられ、理論と叙述に大きな隔離があります。個人史の発掘を踏まえた音楽史としての分析が待たれます。(2009/8/16)

第312夜:石田衣良『夜を守る』(双葉社 2008年)
 正規の労働や社会に居場所を失った若者たちが、街の清掃活動などのボランテイアをするガーデイアン・エンジェルのグループをつくり、上野アメ横で活動していく過程でさまざまの事件と出会い、生きる意味を見いだしていくというストーリーで一気に読ませます。格差社会の底辺へ沈殿していく若者への作者の視線は、あくまでやさしく、それぞれの人物造型もくっきりとしています。ただ、共感や同情が無限定に溢れでますので、人物像の彫りはふかまらず、成長の軌跡も見られません。石田氏独特の癒し系若者小説といえましょう。
 ただしこうした作風が危険なのは、安易に社会貢献などの警察を補完するような自警団活動を無条件に肯定し、ソマリア沖への国際貢献に連続するような体制的危惧があることです。ニューヨークのガーデイアン・エンゼルスが警察活動の民営化(アウトソ−シング)などの問題意識は全くありません。石田氏の弱者に寄り添う視点の貴重さを評価しつつ、社会認識の甘さを指摘したいと思います。ただし現代の左翼は石田氏のようなピュアーな感性から学ぶべきものは多いでしょう。(2009/8/15)

第311夜:グスタフ・ランダウアー『レボルツイオーン 再生の歴史哲学』(同時代社 2004年)
 私はこの人物を知りませんでした。第1次大戦敗北後のドイツ帝国に誕生したミュンヘン評議会レーテ共和国の教育・文化大臣をつとめ、反革命派によって虐殺された人物です。アナーキズムの影響を受けた独特の浪漫的分権聯合・協同社会を構想して、一部に大きな影響を与えた社会哲学者だそうです。いわゆるマルクス系の社会主義思想の西欧しか知らなかった私には、けっこう面白い異色の独自の発想がふんだんに登場しています。西欧社会主義や革命思想にはマルクス派以外に教会や無神論を中心にした豊かなコミュニズム思想があることを知らされました。自由や平等、抵抗権、共産についての考察が、日本で云うと古代からすごい厚みを以て積み重ねられていることを、あらためて実感しました。その根底には自分の頭でトコトン考えつくそうという思考の独立性を感じます。
 私ははじめてモナルコマキ(暴君放伐論者)という概念を知りました。専制君主を打倒する権利と義務が人民にあると主張する教えを唱えたプロテスタント・グループを指し、近代の抵抗権論につながるらしい。(2009/8/14)

第310夜:『死と葬 小林宏史写真集』(東邦出版 2001年)
 インドの荼毘、フィリピン山岳少数民ぞくん山岳少数民族の土葬と風葬に肉薄した写真集で、とくにフィリピンはじっさいに現地に住み込んで村人との信頼関係をきずくなかで損、実態に迫っているので圧倒的な迫力がある。ビジネス化した葬儀とは異なった葬送の原初的な姿がうかがわれるが、作者自身の生と死に対する考察が定まっていないので、対象をただ写しているだけに終わっている。原始的習俗の真相に迫る視点が必要だ。(2009/8/12)

第309夜:こうの氏代『この世界の片隅に』(双葉社 2009年)
 ひさしぶりに漫画を読みました。この作者は映画化された『夕凪の街  桜の国』で知っていましたが、他にも多くの作品があることは知りませんでした。この作品は、広島で生まれた少女が見合い結婚で呉に嫁ぎ、戦争末期から敗戦直後の市井の生活をけなげに生き抜いていく、ごく普通の当時の女性の姿を描いているに過ぎませんが、浪花節に終わらない真剣さのなかに、静かな反戦の意図がしみわたっています。小説で云うと、藤沢とか山本周五郎の世界に似ていますが、こうの氏の秘められた情熱はもっと烈しいものがあるように思います。このような漫画家が存在し、漫画世界で出版されていること自体に、救われるような気がします。(2009/8/12)

第308夜:『久生十蘭短編選』(岩波文庫 2009年)
 だいたい、この作家の名前をひさおじゅうらんーと読むことすら知らなかったのですが、玄人筋には熱狂的な読者をもつ奇才と言われるらしい。確かにアンソロジーの短編はいずれも意表をつく世界と結末で非常に面白い。旅をしながら汽車のなかで読むには絶好ではないか。明治・大正期の作家とおなじように、登場人物は上流ないしブルジョアに置き、場面もホテルとか客船が多い。全体としての人間観は、どちらかというとニヒルで虚無的な美をおびた儚い世界を描いている。希望はないーが面白い。(20096/8/12)

第307夜:ヴァールブルグ『蛇儀礼』(岩波文庫 2008年)
 ドイツの美術史学者が在米インデアンの祭式儀礼の踏査をおこない、そこ原始的な非合理的心性と理性の過渡的な混合を見いだす。それが西欧近代の闇に潜むデイオニソス的な情念との普遍性を見いだし、ナチス的心性の基礎を探ろうとする。と解説には書いているが、ほんとうにそのようなおおげさなものだろうか。(2009/8/8)

第306夜:『北島詩集』(書肆山田 2009年)
 何度もノーベル文学賞候補に挙がっている現代中国詩人だそうですが、中国の現代政治史との緊張関係を孕んで、痛々しい感性は検閲を考慮して隠喩に富んでいるように見える。日本語への翻訳も素晴らしいが、もともとの感性とその表現と言語の豊かさは圧倒されます。ただ現代日本の感性を惹きつける要素は薄い。(2009/8/7)

第305夜:ブッツアーテイ『神を見た犬』(光文社文庫 2007年)
 作者はイタリアの魔術的幻想文学の著名な作家らしいが、私が読むのは初めてです。短編集のアンソロジーですが、これがなかなかヒューマンな人間の悲哀を猫じて素晴らしい作品です。とくに『7階』『風船』などスリリングでかつ哀切極まる短編の極意です。(2009/8/5)

第304夜:ヴィットリーニ『シチリアでの会話』(岩波文庫 2005年)
 ムソリーニ政権下のイタリア作家が、表現の可能性のギリギリの範囲で、戦列に反ファッシズムの方向をえがいている。イタリア南部の土俗的な風土性をバックに、たしかな反ファッショへの情念が沈潜している。(2009/8/6)

第303夜:ユエ・ダイユン/C.ウエイクマン『チャイナ・オデッセイ』(岩波書店 1995年)
 現代中国の最高級の知識人の政治との格闘と翻弄される実態がリアルに描かれているが、この女性学者はあくまで知識人の特権性の枠内で苦闘している。それにしてもファナテックな文革運動の基礎にある前近代的な心性には、驚くべき野蛮性がある。要するに近代的な文化と感性が決定的にない。ここからくる野蛮な社会主義のみにくさはおおいがたい。(2009/8/5)

第302夜:陳桂れい・春桃『中国農民調査』(文藝春秋 2005年)
 改革開放下で農村の行政実態を鋭く報告するルポルータジュであり、刊行後2ヶ月で発禁処分となった。封建的な前近代遺制の権威主義的思考が現地共産党幹部を多い、農村部に於ける市場社会主義の前途は暗澹たるものだと思い知らされた。(2009/7/20)

第301夜:井上俊夫『詩集 86才の戦争論』(かもがわ出版 2008年)
 86才の老詩人がみずからの戦争体験をもとに、戦争責任を告発し、また現代の忍びよる戦争を若者たちに警告する豪速の直球です。(2009/7/18)

第300夜:『ロスジェネ』(第3号 ロスジェネ  2009年)
 ロスジェネ世代の変革思想とアート思想がうかがわれるが、こうした潮流がほんとうに非正規の若者の心情にせまり、捉えているか疑わしい。表紙をヌードで飾った左翼雑誌は初めてではないか。(2009/7/20)


第299夜:又吉栄喜『豚の報い』(文藝春秋 996年)

 沖縄の土俗的な風土性と、米軍の駐留文化に日常が飲みこまれていく不安がうかがわれる。(2009/7/18)

第298夜:イリーナ・ラトキンスカヤ『強制収容所へようこそ』(晶文社 1991年)
 
スターリン独裁下のソ連強制収容所に収容された詩人女囚の不屈の闘争を描く。こうした報告を読めば読むほどに、ロシア革命のはたした歴史的役割の残酷さとマルクス主義への打撃を痛感する。中国と同じく、封建的な前近代とマルクス主義が結びついた奇形児なのだ。(2009/7/15)

第297夜:メルロ・ポンテイ『ヒューマニズムとテロル』(みすず書房 2002年)
 本書は1947年という時点でのものですから、良心的知識人のコミュニズムへの共感が色濃く残りながら、スターリン主義には批判的であるというスタンスを維持しています。しtがって、コミュニズムをめざす民衆の解放としての暴力は肯定的に評価されています。問題は理念が呪縛して自己権力維持の恐怖のテロリズムへと堕落したスターリン主義への断罪は鋭くありません。権力闘争の激化した形態としてしかみられていないように思います。(2009/8/4)

第296夜:ジョージ・クライン『ピエタ 死をめぐる随想』(紀伊国屋書店1995年)
 免疫学者にしてホロコーストの生き残りである」著者の重厚なヒューマニズムあふれるエッセイ集です。(2009/8/3)

第295夜:水上勉『釈迦内柩唄』(新日本出版社 2007年)
 火葬業を家業とする家屋のひとみを通して、戦争の残忍さと花岡事件という中国人の強制連行を静かに描く。プロパガンダの華々しさではなく、抑制された常民の筆致のなかでより印象はふかまる。(2009/8/2)


第294夜:津田青楓『老畫家の一生』(中央公論美術出版 昭和38年)

 著名な日本画家の波瀾万丈の半生が描かれる。とくに河上肇との交友を経て、反戦の抵抗に参画し獄中に下る過程は圧巻です。このようなすばらしい技量を持った日本画家が高踏的な画壇に君臨せず、民衆運動の一端に参加していったのが日本画史上に画期的な意味を持つ。(2009/8/1)

第293夜:S・フロイト『モーゼと一神教』(日本エデイタースクール出版部 1998年)モーゼは高貴な身分出身のエジプト人であるとする特異な立論からはじまる。彼はエジプト古来の宗教をモーゼ的に改作し、ユダヤ教に適用した。エジプト脱出と割礼の意義が、ナチスとソ連の全体主義批判をからめながら、普遍一神教の成立を精神分析に手法を駆使してくりひろげる。PTSDとしての歴史を克服するフロイト的方法論が、幼児期に於ける採る天野問題としてユダヤ系が解明される。こうした分析の当否はおいて、非常に面白い。(2009/7/3)

第292夜:江口圭一『日本帝国主義史研究』(青木書店 1998年)

 題名に惹かれて読んだが、左翼系でありながら左翼を批判する現代アカデミズムの巧妙なスタンスを採っている。部分的に新知見がうかがわれるが、日本現代史の展望を切りひらく精緻な議論はなく、恣意的な論議が散乱する。とくに冷戦崩壊後のマルクス主義の退潮に迎合して、戦前期の日本社会科学の総括に於いて、安易に史的唯物論を否定したり、戦前期反戦運動を極左と批判したりするプロパガンダ的な清算主義が見られる。根幹に於いて非学問的な実証主義の欠落が見られる。(2009/7/2)


第291夜:センベーヌ・ウスマン『帝国の最期の男』(新評論 1988年)
 
セネガルの独立後の陰惨な権力闘争が、スリルとサスペンスをおりまぜて本格的な推理小説のように繰りひろげられます。作者にとっては、祖国の独立と自立をめぐる苦悩は小説の描画の対象でしかなく、そこで悔いなく、そこで苦悩する民衆の未来とアフリカの将来への真摯な探求はありません。ハリウッド映画のへの上映をめざして書かれたかのようです。(2009/7/4)

第290夜:マルセル・バイアー『夜に甦る声』(三修社 1997年)
 
ナチス第3帝国の中枢部の生活が、録音技師とゲッペルスの娘の2人の眼を通して活写されますが、ナチスの人間観察の深さもなく、なにか興味本位ののぞき見趣味の雰囲気が感じられ、読んでいる自分がいやになります。作者自身のナチス観が浅薄なためと云えましょう。これが現代独文学の新しい潮流なのでしょうか。ネオ・ナチの台頭も宜なるかなと云わざるを得ません。(2009/6/29)

第289夜:ブノワ=メシャン『クレオパトラ 消え失せし夢』(みすず書房 1994年)

 この本の題名は、「シーザー」としたほうがよいほどに、ローマ帝国の盛衰記を描いており、クレオパトラはむしろエジプト王朝を存続させるための、女性を武器にした権力維持の闘争に他なりません。この書は波瀾万丈の劇画スタイルで描いていますので、面白くはありますがそれだけであり、たんなるエンタテイメント叙事物語に他なりません。(2009/6/28)


第288夜:ピエール・ガスカール『けものたち・死者の時』(岩波文庫2007年)

 そろしくシュールな小説です。飢餓に瀕する兵営、近代化に抗する肉屋のくぐもった情熱、人間と獣たちがはてしない抗争を繰りひろげるあぱーと、墓掘り労働に従事しながら目撃するユダヤ人の移送の風景・・・人間の深層に肉薄するというか、自分自身がそこに沈潜してしまうシュールな実存の世界が繰りひろげられます。入院中にこのような本を読んで、逆におかしくなる。(2009/6/25)


第287夜:アレクシェーヴィッチ『チェルノヴイリの祈り』(岩波書店 1998年)
 ソ連の反体制作チェリノブイリの被災者や救援体験者、派遣兵士などとの生々しいインタビューをもとに、証言としての核被災の真相に迫ろうとしている。あまりにリアルで圧倒される。ソ連の社会システムの基本的な欠陥があぶり出される。21世紀への黙示録として記念すべき記録です。(2009/6/24)

第286夜:ジャクリーヌ・クラン『マグダラのマリア 無限の愛』(岩波書店 1996年)

 マグダラのマリアは遊女にしてイエスに献身し、最期はローマ帝国から逃げて現在の南仏プロヴァンスの山岳洞窟の修道院で最期をとげた。イエスの12人の弟子達が、最期は師を見捨てて逃げたなかで、マリアのみがイエスの埋葬と復活の場面に立ち会った。要するにイエスに最期まで忠実であった者は、マリアをはじめとする少数の女性達にすぎなかった。重度の精神障害者であったマリアは、最期の救いをイエスに求め、イエスはそれに応えたのである。イエスは「私にしがみつくのはよしなさい」とマリアに云っているが、これはイエスとマリアの性行為を意味しているのではないかという説もある。しかし最近はフェミニスト系神学者が新しい解釈を生みだし、またナグ=ハマデイ写本による」グノーシス派の研究がある。しかしカソリックは、マリアを罪と汚れから悔い改めるイメージを創出し、男性支配を強めた。私はこの書で、はじめてキリスト教神秘主義の真剣な思索を読んだような気がする。入院中のベッドにて(2009/6/27)

第285夜:イタロ・カルヴィーノ『くもの巣の小道 パルチザンあるいは落伍者たちをめぐる寓話』(ちくま文庫 2006年)
 1947年に発表されたこの作品は、ネオ・レアリズム小説の傑作と絶賛されているそうです。作者は20歳で対独レジスタンスに参加し、故郷サン・レモ(音楽祭で有名な)の山岳パルチザン闘争をたたかい、23歳の時に20日間ほどでこの作品を書き上げています。作者は自由主義的知識人の立場ですが、イタリア共産党に参加し、57年のハンガリー事件で離島しています。
 不良っぽい少年が、ふとしたきっかけで落ちこぼれグループのパルチザン部隊にはいり、ふだんは酒と女にあけくれる男たちがなぜいのちをかけて、たたかうのかを描こうとしています。じつにリアルに描写される日常生活のいきいきとした筆致が素晴らしく、なぜこれがイタリア市民のこころをとらえたかがわかります。学生出身の政治委員の独白に、かれの思想が込められているのでしょうが、ここだけが別の作品のようで違和感が残ります。日本の抵抗文学にもこうした質の作品がほしいと思いますが、なにか文化的気質が違うようです。(2009/9/8 15:00)
 
第284夜:浅野晃『主義にうごく者』(日本教文社 昭和30年)
 戦前の抵抗運動に参加し治安維持法違反で検挙されて狂死した伊藤千代子という女性について調べていたら、彼女の夫で当時の共産党指導者であった浅野晃にゆきついた。2人は3.15事件で検挙され、晃が転向して分派闘争を始め、妻・千代子はそれに衝撃を受けてついに狂死に到ったのです。晃は転校後に右翼に転じるというみじめな最後をおくりましたが、この書は自分の転向にいたる運動の思想的総括として、自らの社会主義観と現在の立場をのべています。
 彼が抵抗運動に参加し指導者になっていく過程と、内部での著名人の人物描写、体質の印象批評はそれなりに面白いものがあります。当時のメンバーが40〜70人の少数精鋭のエリート知識人グループであったという黎明期共産党の特徴があらわとなっています。社会主義思想が市民生活のレベルで生活意識として埋めこまれている欧州社会との歴然たる違いがあります。彼は自らの転向をさまざまに合理化しようと口吻あわだてて、当時の共産党の組織と意識の欠陥を述べ立てていますが、それを社会主義そのものの本質的な欠陥に短絡してしまうところに限界があります。しかし、あまたある雑炊のような反共本とは違って、それなりの知的基盤をふまえて主張していますので、なかなか参考にはなります。共産党と雖も神ではなく人間の組織なのですから、光も闇もあるでしょう。彼は心情的な思想レベルで処理していますから、客観的な評価という点で限界が生まれるのです。
 それはなぜ戦時期に自分が極右の翼賛文学の旗を振ったのかーという肝心の自己分析が完全に欠落しているところにあらわれています。ここに転向を引きずっている後ろめたさがあるのでしょう。そして共産党をイデオロギー一般として全否定した上で、対置する思想の無残な貧困が露呈されます。戦争協力者に転落した責任の思想というものがありません。結局彼が対置する思想は、武者小路実篤、倉田百三、宮沢賢治という心情主義的な友愛理想主義にたよっていかざるを得ないのです。この3人の歴史的業績は評価するものですが、これらは社会システム論がないという歴史的限界があり、心がけ主義におわるのです。浅野晃は社会主義→超国家主義→友愛理想主義へと2度の転向を遂げていることになり、カメレオンのように変身したのです。
 転向者の自己告白というのは初めて読みましたので、かなり参考になりました。せめて浅野氏が中野重治『五勺の酒』のレベルで生き抜いていく道があったろうにと思います。彼はなかなかの知識人であるからです。いやだからこそじつは狡猾であるのかも知れません。この本はアマゾンで購入したのですが、500円から3000円までバラツキがあり、古本価格という点でも面白いものがありました。(2009/5/25 20:45)
 
第283夜:鈴木富久「現代日本社会をいかに捉えるか」(愛知労働問題研究所『所報』145号所収)
 賃金編成の制度的基盤としての企業内専決体制→企業規模別格差の構造化←企業別労働組合
 社会総体の企業社会化

 同一(価値)労働・同一賃金という近代賃金原則に転換する産別単一労組への再編成
 →あらたな文化の創出という歴史的大変革なしにあり得ない
  同一労働・同一賃金(ルールある経済社会の基礎)を創出する市民的公共性・社会的連帯
 →日本文化の再認識
  @雑居的重層性・複合性と強力な連続性
  A神信仰的未開の心性
  B精神的権威と世俗権力の独特の二重構造
  C権威への従属による倫理の脆弱性
  D状況主義倫理
  E小帝国の虚構性
 →日本型社民は伝統日本文化を超克し得ず自己解体、企業社会化推進
 →民衆の自然発生的抵抗を克服する意識的指導が必要
 →文化刷新力を持つ政治的指導集団の形成が不可欠
 →世界史的普遍性を自覚する思想集団(マルクス主義)=レーニン+グラムシ
 日本マルクス主義の課題
 @戦後日本の階級関係の大変動の認識が弱い
 A政治・経済にたいする社会分析方法論が弱い(文化が階級関係の第1義的領域)
 →@知的呪縛をもたらす教条主義の超克→ルーマン型自己言及性+ハーバマス型自己再帰性
 
第282夜:『季論21』2009.4 第4号(本の泉社 2009年4月20日)
 日本の左翼系理論誌ですが、文系もカバーした総合雑誌の体裁を帯びてきました。注目した論文の概要を記したいと思います。

○石川康宏「資本主義の改革とアメリカ一国覇権主義の衰退」
 @資本主義の枠内での改革の意味 剰余価値に生産の具体的形態をより人間的形態に制御する
 A資本主義の改革と社会主義的変革との関係
  剰余価値生産を前提にした反作用としての改革→剰余価値生産の新たな形態との際限のない取り組みを通じた社会認識の深化
  →社会成員全体の幸福を目的とする経済システム(生産手段の社会化)→その段階はその時の社会構成員の意志が決める
 B資本主義の枠内での改革を推進する権力の性格
  反帝・反独占の民主主義革命権力(剰余価値を廃絶する権力ではなく制御を遂行する)
 C改革を推進する主体の水準→対案提示能力を主とする政治的・社会的教養の成熟
 D資本主義改革の限界をあぶり出す過程→シュミレーション不可能(実践のなかで模索する状況を楽しむ勇気)
 E途上国の非資本主義的な道(中国、ベトナム、キューバ、中南米) 模範的モデルなし 人類史の先端を開く挑戦
  共存する資本主義に劣らない生活水準(資本主義とは異なる高い生産力実現) 市場経済の制御
  共存する資本主義に劣らない民主主義の水準(人権、主権制度、自由な個性の発現)
 F資本主義の枠内改革と国際関係
  現代剰余価値生産の国際性→途上国への資本輸出を短絡的に経済侵略・新植民地主義とは評価できない
  →資本による剥き出しの剰余価値生産の規制(児童労働、環境危機、過去の罪責の克服)
 Gアメリカ覇権主義の衰退下の資本主義枠内改革
  米国のスマートパワー戦略、」ドル基軸体制の再編成
  植民地なき独占資本(軍事力による野蛮な剰余価値生産の崩壊)
  国連など国際協調による新たな世界経済のはじまり
 (コメント)簡潔に現代の変革を総体的に考察している好論文。やや地球環境危機との関連で生産力主義への傾斜がある。欧州型社会的市場経済、スカンジナビア資本主義の意義の考察がない。

○吉田傑俊「市民社会と資本主義」
 資本主義と社会主義をともに批判する市民社会論
 アテネ市民社会→近代ブルジョア市民社会論(ホッブス、ロック)→アダム・スミスの市場市民社会論→ヘーゲルの国家による市民社会止揚論→マルクスのアソシエーションによる市民社会論
 →グラムシの民衆ヘゲモニーによる資本主義の市民社会化→ポランニー(市場規制)としての社会主義×ハイエク
 →市民社会運動と階級運動の連携の可能性
 (コメント)西欧市民社会思想史の概観に終わり、市民と階級の連携という抽象的課題提起に終わり、現代市民社会の危機と階級の危機を並列的に述べているだけで、現代的課題に迫り得ていない。日本の現代マルクス系哲学の理論水準の貧困が露呈されている。

○秋間実「東ドイツにおける哲学と政治」
 (コメント)東独哲学者コジェーブ『マルクス主義哲学』編纂をめぐる政権政党と哲学者の攻防をコジェーブ自身の回想録から紹介し、裏話としては面白いのですが、思想的分析が弱い。東独崩壊後の後知恵的な分析に終わっており、秋間氏自身の思想を含めた痛みがない。高齢の故か。

○山中光一「21世紀と社会主義への提起」
 社会システムは試行的な試みなく強行的に導入された(農業集団化、人民公社)→部分的な試行をシュミレートするフィードバックの理工学的方法が必要
 資本主義システムが未だ機能していない未踏の新分野(原子力、宇宙開発、情報技術)における非市場的統制システムが、新しい社会システムの構想に役立つのではないか
 @核兵器廃絶の社会システムA宇宙・環境領域の社会システムなど資本主義的所有権やや市場原理ではないグローバルなコントロールが進行している
 →脱近代資本主義の新たな社会構想が可能となる
 (コメント)じつに刺激的でユニークな議論ですが、かって全人類的価値論で展開されたものと似ています。原子力・宇宙・環境・情報技術など先端分野でも資本と覇権の闘争が介入し、必ずしも国際コントロールが貫徹されていない実態にも触れるべきではないか。

○山本恒人「中国の体制についての一考察」
 二〇〇八年十二月民主活動家三百三名「零八憲章」 従来の民主化運動とは異なる社会主義体制否定論
 中国共産党文革総括 国家中心論的権力闘争視点であり本格的自己批判ではない→文革の本質は社会中心論的社会衝突視点で総括すべきだ(単位制度と戸籍制度による社会衝突内包社会)
 中国社会は国家・党による強制的均質化であり、全体主義国家以上の抑圧体制←日中戦争・朝鮮戦争など戦争不可避論による戦時動員体制
 改革開放による市場経済・外需依存経済発展方式による国内市場収縮(資本主義の原始蓄積期)→中国に社会主義体制は存在したのか?
 (コメント)反共主義ではない現代中国学会の学問的考察が、ここまで緊迫した現状認識にあるとは正直驚いた。社会主義市場経済の悲観的視点が強い。

○大西広「社会主義をめざす資本主義」
 @マルクス主義のポイントは生産力主義 白猫黒猫論は極めてマルクス主義的
 A毛沢東大躍進・文革の本質は工業化
 Bプラグマテイズム的経験主義
 →中国史を資本主義の浸透・発展史としてみるべき
 現代中国の開発経済論・移行経済論視点による分析→個別研究には有効だが、システム分析がない
 旧ソ連・東欧・毛沢東の本質は国家資本主義=初期資本主義段階(資本の原始蓄積)→改革開放は市場主導型資本主義
 (コメント)大西氏の議論の特徴は、生産力主義的資本主義であり、主観的テーゼを裁断的に適用する傾向がある。生産手段の所有論と、生産物の所有・分配論が欠落している。生産力のためにはなにをやってもよいという危険な議論になり、民主主義の上部構造論の独自性が視野に入らない。民主化などとは二義的な意味になる危険がある。

○杉山貴士「性的マイノリテイの人権確立について」
 (コメント)性的マイノリテイをめぐる日本的現状の実態が隠すことなく述べられている。性的マイノリテイの展望を民主主義的視角から考察する点で、非常に教えられる点が多い。自己決定権の思想的限界がよく分かった。(2009/4/30 21:58)

第281夜:橋本夢道句集[新装版]『無礼なる妻』(未来社 2009年)
 作者は自由律俳句の萩原井泉水に師事して、プロレタリア俳句に転じ、昭和16年の俳句弾圧事件で2年間獄中生活をおくっています。昭和49年に死去。貧農出身で小卒で東京で就職し、飲食業を営みながら作句しています。素朴ともいえるリアルな生活描写と社会批評、怒り、そして妻への愛情あふれる句は作者の闊達な人格が直截に詠われています。

 搾取されに折り重なった暗い顔びっしり詰めて東京が呻く朝の電車
 夜明けのすき戸からそっと資本主義社会の新聞を入れる音だった
 父はわたしを金にして行った日照らぬ田へ
 うすっぺらな屋根下で兄の苦笑が尖ったまま寝だ
 うごけば、寒い
 獄日記蚊よ人生は難解だろうか
 搾取のない世がきたように花屋に菊あふる
 冬、考えたいことだらけの人を猛烈に運び去る
 柳芽悲し九年前僕は転向書に忠誠申しあぐ
 弾圧来劫暑劫雨日共分裂以後不明
 一生を謬てるごとく百姓の瓜畑腐り 
         (2009/4/30 9:01)

第280夜:ルイ・アルチュセール、エチエンヌ・バリバール『資本論を読む』(合同出版 1985年)
 この高名なフランス哲学者はいったい『資本論』をどう読んだのでしょう。彼は第1巻を少なくとも一行一行10回読み返せ、とくに基本理論はドイツ語原典で読まねばならないと云っています。しかしアルチュセールの論文に関しては、訳に問題があるのか、彼の理論科学主義(?)にもかかわらず、経済決定論を批判する構造論と重層的決定論または認識論的切断に関して、けっして論理科学的に叙述されていないように思われ、むしろ師の議論を祖述したバリバールの概念解説のほうが訳も分かりやすかったような気がします。むしろ両者の議論はマルクスの生きた時代とは異なる現代資本主義の諸特質を『資本論』の叙述のなかに発見していこうとする意味で、『資本論』は神格化されているような気がします。また彼は理論の政治性を非常に強調するのですが、一方ではグラムシの議論を、ヒューマニズムとか実践主義と批判しています。『資本論』を科学理論とするのは、階級のイデオロギー性を否定して、普遍的な科学理論として位置づけようとする指向にあるとすれば、日本の宇野派の解釈とよく似ているような気がします。彼は資本主義以降の生産様式への移行を、平均利潤率の一般的低下法則で説明し、恐慌と階級闘争が接ぎ木されていますので、理論的に混乱が生じているように思われます。(2009/4/29 16:43)

第279夜:G・ルカーチ『美学 T・U』(勁草書房 1968年)
第1章 日常生活における反映の諸問題
・芸術は現実反映の独自の現象方式、機械的反映・写真的反映からの訣別
・自然と社会への無知からうまれ、社会的分業の専門化から観念論が発生する
・原始的思考の支配形式は類推であり、その内容は呪術的思考である。呪術に老いて科学と芸術と宗教の3つの態度が未分化の萌芽で融合されている。呪術は日常生活から自然発生した唯物論の素朴な表現。呪術は労働過程を経て未知の力の擬人化(アニミズムと宗教)という観念論的方向へ発展する。呪術的実践(舞踏、歌唱)は芸術の出発点を形成するが(現実の美的反映の萌芽)、次には芸術への独立を抑圧する
・日常的思考の曖昧性は科学と芸術の批判によって批判され、進歩していく。日常的思考からの脱却は外部からの科学の力による(認識された必然性としての自由)、科学の支配が進んでも日常的思考は廃棄されない
・個人の更なる高度の発展は個人が犠牲に供せられる歴史的過程によってあがなわれる
・労働と言語による第2信号系の支配が付与された環境の変革を果たしていく
・義務は原始共産制の解体、階級の成立とともに成立する
・芸術宗教という2つの擬人化活動

第2章 科学における反映の脱擬人化活動
 (古代)
・擬人化活動と科学の闘争 共同体成員である私有地私有の市民とそれに属する奴隷(オリエント型国家奴隷でない)という生産関係で主観ー客観関係の質が高度化する→これを基盤とする民主主義が宗教の領域へ拡大され、科学の自立性が開始される(天文学が脱擬人化のはじまり)。しかし生産労働の軽蔑は技術から科学への発展を抑制しつつ、科学的思考の自立をうながした。ただし神話的宗教のなかで芸術=宗教と見なされ、反芸術的思想が強力に残存し(プラトン)、芸術の自立はルネサンス以降となった
 (近代)
・脱擬人化の強度はその時代の労働と科学のレベルに依存する
・近代の擬人化活動は抽象化して昇華し科学方法論に忍び込む(ハイゼンベルグの不確定性原理、自由意思を持つ原子)
・科学的反映の脱擬人化の進行は、科学と芸術の断絶を推進し、芸術が科学の発展に寄与することがなくなっていく

第3章 日常生活からの芸術の分離に関する原理的予備審問
・共同体による日常的要請が原始的分業を貫き、労働する人間の支配が無自覚な芸術活動のはじまりとなる
・手の分離と視覚の独立による触覚との分離が造形芸術の萌芽、呪術から区別された美的対象性、人間的本質の対象化
・弁証法的唯物論は個別芸術の源泉を人間の本質からアプリオリに導出し、諸芸術孤立化させるやり方を清算しなければならない。感覚の分業による芸術の専門化と分業が、同時に全体的人間の豊かな統一性をもたらす(資本主義的分業の敵対を克服)
・芸術は社会的諸関係のもっとも直接的な反映であり、特殊直接表現であり、芸術一般は抽象概念として存在する(内包的全体性における表現であって、外延的全体性は表れない)
・原始段階では直接的有用性の外(人体装飾、道具の飾り)、労働の剰余部分を表現する。美的なものは労働から相対的に遅れて出てくる、美的活動は余計なものを創造する閑暇を前提とする、物質的効用から解放された労働所産の制作行為、日常的実践からの自己意識の分離としての芸術(原始舞踏、歌舞、装飾は個人的具体欲求の宗教的・呪術的実現欲求の擬人化活動)

第4章 現実の美的反映の抽象的形式
@リズム 
・自然(昼と夜、式など)、労働、故旧・脈拍など生命的実存の正常性・安全性をわがものとする快感としての美的性格の萌芽的な即時存在→リズムの韻律的法則としての自立
・リズムは世界と主観から自立して退行し、リズムへの没頭による呪術時代への反転(ナチ音楽)
A均斉 
・水平・垂直、左右、上昇・下降の根元的・直接的感覚の芸術的反映としての構図(形式)
・内容が構図を決めるのであって、構図が内容を決めるのではない
・均斉と非均斉の統合が内容の本質である(黄金分割、建築美)、死せる平均ではない
・芸術の擬人化活動が強い時代は、均斉が強化される
B装飾
・感情喚起を意図する自己完結的な美的継形象(装うことの喜び)
・人体装飾のはじめは第2次性徴という原始的行為、労働の結実としての行為に発展する(性表現から分離し社会関係の表現へ移行=権威の象徴))
・装飾の寓意的本質、感性のなかで止揚されない、装飾はなんの深さももたらさない、芸術は装飾要素から独立していく、逆に装飾は近代デカダンス表現へ退行する

第5章 ミメーシスの問題 美的反映の成立
・原始時代の世界観的表現としての呪術 忘我とミメーシス 戦闘の舞踏は戦闘のミメーシス
・呪術的ミメーシスからの美的範疇の自然発生

第6章 ミメーシスの問題U 芸術の世界性への道
第7章 ミメーシスの問題V 美的反映に到る主観の道
第8章 ミメーシスの問題W 芸術作品固有の世界
第9章 ミメーシスの問題X 芸術の脱呪物化的使命
第10章 ミメーシスの問題Y 美学における主観・客観関係の一般特徴
第11章 信号体系T
第12章 特殊性の範疇
 道徳には個別が、法には普遍が、倫理には特殊が決定的役割を果たす
 美学は特殊性の中心的位置(極)=芸術作品、客観的現実の反映の浄化、人間と世界の運命の有機的統一、人間の人類への止揚=主観と客観の調和
 芸術作品において個別性と普遍性は特殊性へ止揚される=絶対的に自己完結的な、自己完成的な総体性
 芸術作品の先駆性、欲望と憧憬、現存の拒否、展望として現れる未来、すべての人間的努力と感情・自然と社会への関係をその実在性を侵すことなく、内在している完全性を人間の特殊性の完成として現れる
 芸術作品の特殊性は、個別性における類的な内属性=典型性として本質が現象する、個別は美的な表現を経て特殊性へ止揚される
 「私は実際のあなたよりもあなたに似ているようにあなたを描いた」(マックス・リーバーマン)は、個別に措定された特殊性の現象をいう
 音楽の本質は人間の内面性を活動させて自己と和合するように整序する
 美的反映としての特殊性の中心点は選択の決断による運動の過程にあり、いかなる原理からも演繹されない(様式と作品の多様性)
 科学においては特殊性は普遍性への媒介として表れるが、芸術においては美的反映の中心となる、美的反映は特殊性において反映された内容が最高の普遍性をあらわす
 弁証法的唯物論は反映の普遍的な芸術的構造を、芸術の歴史的規定性は史的唯物論により解明される
第13章 即自ー我々に対してー対自 
 客観世界の本質を公然ならしめる主観性もあれば、主観性にはまり込んで自閉する主観性もある
 美的世界における特殊性の実現は必然的に典型の形式をとる、典型に人間の状況と行為などの個体性の普遍化された意味が結集され、個体性を止揚することなくかえって強化する

                                    (2009/4/30 10:07)

第278夜:ブルーノー・ベテルハイム『鍛えられた心 強制収容所における心理と行動』(法大出版会 1975年)
 著者はウイーンで精神分析学を学び、1939年に1年間の強制収容所で生活後に釈放され、米国に亡命後、シカゴ大学で教育心理学を担当している。彼は1943年に個人体験を中心にした『極限状況における個人行動と集団行動』を発表し(アイゼンハワー米軍総司令官により米軍政関係者必読文献に指定)、本書は他人の体験を含めた含む収容所行動の体系的な分析です。まず著者の恐るべき冷静な観察と記憶力に驚嘆しました。さらにショアーに転落していく囚人、ドイツ市民、ゲシュタポなど心理分析の容赦なき分析の鋭さは、本書の圧巻です。なぜ囚人たちは抵抗せず、みずからガス室に向かったのか、なぜドイツ人はヒトラー崇拝に向かったのか、なぜこの行為を食いとめることはできなかったのか? さらにユダヤ人が抵抗しなかった弱さに大胆に迫り、たとえばアンネ・フランク家族の誤った行動など私は初めて知ることができました。いままで読んだ収容所報告の多くは、心情体験分析でしたが、この書は冷静な心理行動分析として衝撃的でした。

 ■強制収容所は大衆社会の技術革新の派生物に過ぎない
 ■ドイツは現代において最初の真の大衆国家になり、結婚相手すら国家に選んでもらうように、個人の自由の領域は死ぬときと死の条件の選択に限定しようとした、それは現代技術と虚無主義のもっとも悪質な結合であった
 ■どんな大衆社会でも自律性を失わないためになにが必要なのか、極限状況で人間は何をなしうるか、なぜなし得るか

 ■強制収容所は、強制労働収容所と皆殺し収容所とその中間(ダッハウ、ブッヘンワルド)の3種に分けられる、また殺さない範囲の重労働・家族から切り離した場合の仕事の作業量などをはかる実権収容所でもあった

 ■囚人の人格は第1段階=拘禁の最初のショック(最初に理由なき暴力を受ける、拷問で尊厳を奪う 失神=殺害なので失神は発生しない)→第2段階=収容所への適応(個人の自律を剥奪)
  @個人に幼稚行動を強制する 肛門部に関係する「糞」「穴のあな」等の用語濫用、大小便垂れ流し→最大の楽しみは便所に行くこと、重い石を単純に反復移動させる無意味な労働
  A個性を剥奪し集団に埋没させる 個人のミスはすべて集団的に罰する(ヒロイズムは逆に集団を危機に落とす)
  B自己決定力を奪い将来を考えることをなくさせる

 ■囚人は多い順に@非ユダヤ人政治犯(下層階級出身社会主義者、上流階級出身王党派)A反社会的下層階級B中産階級出身ユダヤ人政治犯C仏人外人部隊・エホバの証人・良心的兵役拒否者(下層階級)D常習犯(ユダヤ人の労働忌避者、レーム一派)E人種法違反者・同性愛者
 中産階級非政治犯はもっとも弱く哀願する、親衛隊は密告を好んだが軽蔑した、政治犯・エホバの証人はショックが少ない

 ■収容所は1日当たり釈放者3%、処刑者6%、死亡者43%(新入り初期1ヶ月死亡率月15% 2ヶ月目7% 3ヶ月目3%、それ以降は1%)
 ■生きのびる条件は、どんな小さな領域でもいいから行動と思想の自由の領域を用意していること、死亡は生きる意欲を失った人からはじまる(生ける屍)、譲れない最後の一線はどこかを明確に知らない者は自尊心を失い死んでいく、どんな極限状況でも自分の態度を自主的選ぶ最後の一線があるかないかが決定的、人格のレベルが服従に低下した適者生存の適応で生存のチャンスが増大する、こうしたレベルになると社会復帰をむしろ恐れるようになる(収容所が唯一の世界となる、古参囚人は外が見える鉄条網よりも厚い壁を好むようになる、古参囚人の多くは親衛隊の価値観と行動を進んで受け容れるようになる・・・弱い者を始末し、親衛隊よりもひどい仕打ちをし、囚人服を親衛隊制服に似せる、親衛隊に幼児のような愛情を抱く共依存関係→これが許せない囚人は自殺する)
 →囚人の自己防衛組織が強力になるほど親衛隊との協力関係が親密となる バラック長→部屋長→現場監督の囚人の(指導層は共産主義者)ヒエラルヒー→生体実験・絶滅政策の開始と同時に囚人貴族の権力は強化される(収容所のなかでは囚人の最大の敵は親衛隊ではなく囚人自身だ)
 @囚人自身に自尊心の衰弱と比例する権力欲望がうまれる
 A下層囚人への軽蔑感が自己の尊厳を保つ(親切で感受性が強い人ほど特権的地位をめざす)
 →自尊心の支え
 @政治犯:自分は弾圧に値する重要人物として選ばれた殉教者だ→自己の優越感と他の囚人からの尊敬を集める
 A王党派・皇族など上流階級の囚人:自己の例外意識、グループを作らず孤高を保つ、取り巻きに囲まれる、親衛隊も他の囚人も軽蔑する

 ■親衛隊の自殺に対する原則は@できるだけ多くの自殺を発生させるA自殺の決定は親衛隊が把握し本人の決断ではない(なにも知ってはならない、目立ってはならない、人目についてはいけない・・・囚人の最大の過ちは仲間が虐待されることに関心を持つこと、他人の自殺を見ている者は処罰される)

 ■囚人に生きる意欲を失わせる方法
 @家族との絆→これを巧妙に絶つことが親衛隊の方法
 A自尊心・未来関心の剥奪と動物的行為(能力と人格の剥奪)・自動機械化 *断種・去勢の強迫、村八分、労働の動物化、知性への攻撃
 B白日夢への耽溺
 C最高価値であるパンの略取 餓死の不安による相互争闘
 D囚人の相互敵意と攻撃の組織 囚人の親衛隊化・怒りの内部化→マゾヒックな自己攻撃
 E匿名化(囚人番号 消えないインクと入れ墨)による人格喪失

 ■囚人は殺されると知っていてなぜほとんど抵抗しなかったのか? (400人の囚人の護送が1−2人の警備兵でおこなわれる、ガス室へ自分の足で歩いていく、自分で墓穴を掘ってその前で銃殺される)
 @抵抗する意思の持ち主はすでに死んでいた(強制収容所のポーランド人とユダヤ人は逃亡せず抵抗しなかった人が大部分)
 A敵意は内部化され内部に蓄積されて公然化しなかった、敵意を発散させない親衛隊への恐怖感→絶望感とたたかう内部エネルギーに消耗される、囚人同士へ発散
 →みずから死を望む自殺
 Bガス室を従来の囚人生活の延長としてみる慣性・惰性の法則(死の性向へ身をゆだねる)
 C蟻のように生きるよりも死を選ぶ

 ■国家が個人の自由を少しづつ侵害してくるときに、どの時点で抵抗に出るか?
 @最初に不安を持ったときに行動に出るのがもっとも容易
 A行動に出なく不安が蓄積していくと、不安を閉じこめるエネルギーに生命力が集中し、自分の行動力の弱さを感じるようになる
 →今度こそ、今度こそと思っても行動に移せないで、自分自身の人格が崩壊していく
 C人間的尊厳を選ぶか、諦めるかの最後の選択の時がくるがそれはもう遅い

 ■ナチス権力確立の過程的な法則
 @初期:反ナチ分子の個人的抹殺→A中期:反ナチグループの抑圧(指導層の破壊→下層の指導部への告発)→B後期:市民への超法規的無差別テロ)→全般的恐怖の浸透と不安を回避する国家指導者同調→国家と自己の一体化(国民全体のナチス化)=ファッシズムの完成

 ■アンネ・フランク家の失敗
 @従来の家族生活の継続をねがう消極的隠遁(家族分散地下生活の回避、既得財産の大量運び込み、逃亡口のない隠れ家、護身用拳銃の不所持)
 Aガス室を信じなかった情勢判断 自分だけはそうならないという主観的願望→抵抗運動への参加、偽旅券による亡命を選択せず 
  (2009/4/19 11:42)

第277夜:徐俊植『自生への情熱ー韓国の政治囚から人権運動家へー』(影書房 1995年)
 なぜわたしが徐氏に関心を抱くのかと云いますと、韓国の学園スパイ事件で一緒に逮捕された実兄の徐勝氏とわたしは大学が同窓で救援運動に参加した経験があり、兄の徐勝氏が釈放後に米国留学をへて立命館大学で研究者としてあり、また末弟の徐京埴氏も東京経済大学で研究職を得ているなかで、この俊植氏のみが韓国に留まり、実践活動を継続されていることに非常に注目を持ったからです。印象的な場面をいくつか記したいと思います。
 (1)事件起訴にあたって、徐兄弟が対面し、弟の俊殖氏が「わたしは転向しない」と云ったのに対し、兄の勝氏が「よく考えてそれぞれが正しいと思う道を行こう」と答えるシーンです。このシーンはそれだけで、互いの態度は詳しく述べてはいませんが、兄弟の方向は微妙に違っているように思われます。
 (2)獄中で一般犯罪者の無知蒙昧とともにしながら、軽蔑と共感のはざまで考えようとしている俊殖氏の率直な気持ちが吐露されています。
 (3)同じく獄中で生活を共にする非転向政治犯の教条主義的傾向に対する違和感と共感を率直に披瀝していることです。
 (4)もっとも感動的なのは、裁判にあたっての陳述である「わたしの真実、わたしの告白」と「わたしの主張」という、肺腑をうがつような自己の心情の告白と気高い倫理観です。死を覚悟した者の裁く者への訴えはあたかも地にあってうめくイエスのような真実が披瀝されています。
 (5)幼い娘への真情が何片かの詩によって表現されていますが、これはまさに父が娘におくる絶唱そのものでした*。
 (6)抵抗運動に発生した焼身抗議にたいし、金芝波氏が生命を軽んじる者だという批判をしたこと
 (7)俊植氏の思想的到達点が社会主義とキリスト教の統合にあるような表現があること

 *娘へ

 ーポスル、父さんの哀しみがよくわかる善良なポスル
 この世の哀しみをそのまま胸にかき抱いて、哀しみの人になっておくれ
 この世の痛みと哀しみのなかでそれとたたかう強い人になっておくれ
 お前ひとりのちからでたたかっておくれ、父さんも自分のこの身体で会得したんだ
 持つものもない人になっておくれ、失うもののない人になっておくれ
 お前によく似合う市場の安物の服
 そんな服を喜んで着る人になっておくれ
 日常の監獄から、野卑な商業文明から
 勇敢に脱出する人になっておくれ
 いつも「なぜ?」と問う人、、素朴な人になっておくれ
 知ることは幸いなんだ、父さんははやくお前と一緒に本を読みたいだよ
 ひとにとっても聞かせたい話が多い
 そんな人になっておくれ
 ポスル、父さんの哀しみがよく分かる善良なポスル
 この世の哀しみをそのまま胸にかき抱く哀しみの人になっておくれ

 ーポスル、いつも一緒にいたいポスル
 父さんはお前の恋しい故郷になりたいんだよ
 いつか大きくなって厳しい世間に出ていくお前が
 卑怯になりたくなるとき、屈服したくなるとき
 ひねくれた目でひとを眺めたくなったとき
 だから、人々の暮らすこの世の中にももう生きていたくないと思うとき
 パットお前の心のなかに輝いて、お前を立ち直らせる
 父さんはお前のそんな故郷になりたいんだよ

 ーポスル、父さんの心がよくわかる賢いポスル
 人々の生きる希望になっておくれ
 もっとも小さい者にも喜びを見いだす人、だから、もっとも大きなものにも屈服しない人になっておくれ
 人間の熱い心を嘲らない人、だから、善良な願いを抱いてなにかを渇望する人になっておくれ
 ポスルが多くの人に愛を分かち与えられるように
 ポスルが多くの愛を分かち与えてもなお余りあるように
 父さんはお前に多くの愛を与えたいんだよ
 ポスル、父さんの心がよく分かる賢いポスル
 人々の生きる希望になっておくれ


 わたしがもっとも衝撃を受けたのは、韓国ではまだ無期囚のまま獄中でこの世を去っていく非転向政治犯が多数存在していると云うことです。いま日本から韓国への平和と抵抗の跡をたどる旅行が企画され、多くの日本人が連帯の気持ちを込めて交流していますが、そうした行事をこなしている背後に多くの政治囚が勾留されているおそるべき非対称性に慄然とするのです。こうした実践の前面に立って、原始的といえる弾圧を受けている人たちが崇高とも言える存在として韓国現代史に刻まれていますが、彼らの信念をささえる北朝鮮への絶対的帰依は、はたしてどのような意味を持っているのかという無残な問を発せねばなりません。わたしはこの日本でなにをしなければならないのか、あらためて考えてみなければなりません。(2009/4/15 17:30)

第276夜:アルベルト・メルッチ『現在に生きる遊牧民ノマド』(岩波書店 1997年)
 著者はイタリアの現代社会学者であり、産業資本主義における階級論を基軸とする目的論的運動論では、分析できない新しい社会運動が現代の主流になったとし、その新しい質を解明しようとします。彼は資本ー労働の階級社会論に還元できない多元的なイシューが複在している現代社会を複合社会とし、そこではもはや国家も意思決定の最高機関ではなく、それぞれの集合行為の複合的なシステムとなっているとし、その基軸は階級的な集団から個人へのアイデンテイテイの分散的な統合があるとする。新たな社会運動の具体例は、平和、反核、エスニック、女性、エコロジーなどがあげられていますが、それらは既成の伝統的な資本ー労働を基軸とする階級アイデンテイテイに集約できない個的な自発性を持つとします。それらが全体システムを変革していく可能性は、独自の公共空間の創出にあるとしますが、その具体的なイメージはうちだされていません。
 さらに個の領域への権力と市場の浸透が、健康、介護、エロス、狂気、セラピー、ヒーリング、生殖などの生命テクノロジーによって、人間的自然が変容し、新たな人間的自由の再構築の可能性がもたらされているとします。わたしが驚いたのは、民主主義の現代化において代表制の再構築を呼びかけていることですが、むしろわたしは直接民主制の再構築こそが課題ではないかと思うのですが。
 著者は冷戦崩壊後のマルクス主義の撤退を当然のこととしていますが、資本ー労働論それ自体は否定せず、社会運動の一部として位置づけています。20世紀後半からの社会運動の多様な質を鋭く分析していますが、その根底には晩期資本主義の労働の成熟を前提にしているようです。しかし08年以降の世界恐慌のなかで、資本主義システムが依然として原理的な社会支配力を持ち、生存そのものを脅かしていることが明らかとなっている現在では、著者の議論は現実に対する議論として表層を探っているかに見えてきます。問題は多様な社会的潮流がどのように互いに交流しあいながら統合していくのかの考察にあります。あてどもなくオアシスを求めて流動する遊牧民というよりも、派遣会社の命令によって強制的に流浪させられている市民なのですから。(2009/4/14 8:18)
 
第275夜:加西善治『西田幾多郎の真実 「独創的」哲学者の剽窃と戦争協力の構図』(ぱる出版 2005年)
 耳目を引くようなタイトルについ、買い求めてしまいましたが、残念ながらやはり期待は裏切られました。戦争責任問題にに関心を持つわたしは、こうした裏から撃つような暴露趣味(?)に手が出てしまうのです。要するに著者のいいたいことは、西田『善の研究』は、シュタイナー『ゲーテ的世界観の認識論要綱』(1886年)の剽窃であり、さらに幾つかの西欧思想からのつまみ食いの集成なのだとする暴露的な攻撃であり、西田「世界新秩序の原理」は東条英機の大東亜会議宣言文起草の依頼に応えた戦争犯罪文書であるとします。これらの事実関係については、わたしは論断する資料は持ち合わせていませんが、たとえ著者のいうことが事実であったとしても、これではとても思想家に対する内在的批判のレベルに達してはいません。なぜそのような思想的な営為が西田において表出してきたのかを、西田の時代の日本思想史の問題として、さらに西田自身の思想形成の問題として切開しなければ西田思想の批判にはなり得ません。わたしも西田を中心とする京都学派の思想的問題と戦争犯罪に対する批判意識は共有しますが、こうしたレベルの西田批判はかえって批判を興味本位に頽廃させて、西田思想を否定的に超克していく可能性を閉ざしてしまうでしょう。(2009/4/11 9:35)

第274夜:白土三平『決定版カムイ伝全集[第2部]1−8巻』(小学館 2006年)
 うーん何十年ぶりだろうか。学生時代に少し読んで、そのストーリー性にひきこまれて、作者とその漫画を神格化していましたが、ほんとうに全巻を通して読み込もうとしたのは、今回が初めてです。フトしたきっかけで入った本屋に、第2部の1−8卷が半額以下で売っていましたので、エイヤッと購入したのです。読み始めて面白く1日半で読了しました。いま読んでみると改めて、白土三平の作画技術と劇的構成をささえる基盤となっている思想性に感服した次第です。
 カムイ伝第1部は読了しないままですのでよく分かりませんが、第2部は江戸前期の当時の日本の社会的構造の全体性をそれぞれの階級・階層の個性豊かに描ききる、凄さは恐るべき手腕があります。幕府権力の上奏から下層に到る内部構成と矛盾、本百姓から非人に到る庶民層、台頭する商人と流通業者、権力層から脱落する浪人層、そして女性、なによりも主人公である忍者の世界・・・・恐るべき全体性の漫画表現であるといえましょうか。しかも階級や階層に還元できない個性の豊かな表現は、充分な歴史的実証の調査に基づいて描き出されています。こうした日本の1960年代の時代精神を象徴する思想性あふれる漫画を読むと、現代漫画の浅薄性に暗然たるものがあります。いったい時代は進んでいるのかどうか、むしろむしろ退化しているのではないか・・・などと思うのです。まるでギリシャ悲劇のような骨太の漫画世界が展開します。白土ワールドにのめり込んでいきそうな感じです。(2009/4/10 20:49)

第273夜:ミシェル・アンリ『共産主義から資本主義へ 破局の理論』(法政大学出版会 2001年)
 フランスの現象学派による東欧社会主義崩壊の哲学的な分析です。まずマルクスと歴史的マルクス主義を切り離し、マルクス主義とファッシズムは本質的に同義であるとし、また資本主義は技術神話に飲みこまれることによって破局を迎えるとする。なぜならそれらは個の生の尊厳を、代置する階級や剰余労働によって、人間性を奪い尽くすからである。つまりあらゆる対象化に先んじてある生の先験性をこそ人間的本質とするからです。西欧思想史における生命の哲学、生の哲学が根底にあって、コミュニズムも資本主義も批判され、理想的共同社会をポリス都市国家に置いています。こうした生の形而上学の超越的な批判は、たしかに地上における人間の生活の実相を鋭く暴き出しますから、批判の方法ではなく、批判の内容に鋭い指摘が見られますが、マルクスの物象か論とほとんど同じです。したがって反人間的システムの克服と再建の方向はほとんど明らかにされません。たんに大声で生のエネルギーへの回帰を訴えるのみです。著者はマルクスそのものの思想に依拠しながら、生の哲学を展開していますので、マルクス自身のコミュニズム思想の方向をさらに検討すれば、リアルな批判力を持ち得たと思います。著者は第2次大戦時に強制労働を逃れて、地下生活をおくったことが思想形成に大きな影響を与えたようですから、このあたりの解説があればより生の哲学を展開できたのではないでしょうか。いかにもフランス的なパッションがたぎっているような文体ですが、なぜ社会主義が崩壊したのか、さらに資本主義が崩壊してどこに行くのか、肝心なことは考察されていません。。(2009/4/8 21:51)

第272夜:『壁の向こう側 マグナムの撮った東欧・ソ連 1945−1990』(毎日新聞社  1992年)
 この写真集は米国の写真集団まぐなむが、赤軍のベルリン占領からソ連・東欧の崩壊までを記録した写真を、東側の自由報道機関の7人の記者が編集したものです。扉には、「第2次大戦も、マルクス主義とその希望のことも、、社会主義も戦車も知らない世代のために編集された」と記されています。東欧圏の生々しい時代の記録が、スターリン主義の抑圧とたたかう民衆の視点から編集されていますが、むしろ私はどのような体制でも営々と営まれる民衆の生活に強い印象を持ちました。マルクス主義への希望という幻想に終わった営みにはほとんど目が向けられていません。あらためてスターリン主義に歪曲されたマルクス主義のとりかえしのつかない痛ましさが浮かび上がって参ります。(2009/4/3 9:48)

第271夜:L・コワコフスキ『悪魔との対話』(筑摩書房 1986年)
 著者は社会主義政権下でワルシャワ大学近代哲学史教授として民主化闘争に組みし、除名後に国外追放となり、カナダや米国・英国の大学に在籍しているという、いわば東欧圏の反体制知識人の典型的足跡を歩んでいます。この書は追放以前にポーランド国内で刊行されたキリスト教における悪の問題を、オルベウス、ペテロ、ルター、ショーペンハウエルなどの歴史上の人物に仮託して寓話風に展開しています。訳者はもっぱらキリスト教における悪の存在の探求として処理されていますが、わたしにはキリスト教の神学論争に仮託して、スターリン主義独裁の問題をポーランド国民に訴えようとしているように思えます。いずれにせよ波瀾万丈の論争が容赦のない口舌で展開されますので、グイグイと引きこまれていきます。神や悪魔をポーランド共産党に置き換えますと、なにか得体の知れない反体制のメッセージが浮かび上がってくるような気がします。ポーランドの学的水準と豊堯な知的思考がうかがわれて、驚きました。神の権威への容赦のない疑問は、当時の体制権力への批判を意味しているのでしょうか。それともほんとうに純粋な神学論争の民衆版なのでしょうか? じつにめくるめくような哲学的な作品となっています。社会主義国の大学でこのような研究がなされていることは、西欧におけるキリスト教の想像を超えた文化を実感させます。(2009/4/1 18:37)
 
第270夜:加藤典洋『敗戦後論』(講談社 1997年)
 そうなのですね、すでにこの書は10年前に刊行されているのですね。靖国論争や自由主義史観がはなやかに議論され、右派政権が改憲への志向を強めていたときでしょうか。それ以降、急速に新保守主義と市場原理主義による日本の戦後システムの解体が進行しはじめました。10年を経て加藤氏の提起を契機とする論争がどのような意味を持ったのかをふり返る時期にきているようです。しかし戦争責任をめぐる処理は依然として混迷のうちに過ぎ、「希望は戦争!」などという予期し得ぬ癒しのナショナリズムさえ登場し、いったい日本は未決の過去を記憶の彼方へ忘却していっているような状況があります。
 時代状況で云えば、制服軍人が公共性を持ち始め、政治の場に公然と登場するようになったのは、新たな戦前の登場といえるかの如くです。しかし一方では強制連行と従軍慰安婦の司法での裁きが続き、少なくとも日本の司法は戦争犯罪を事実として認めるが、その補償は時効論によって免責するという公的判断が形成されつつあるように思われます。そうしたなかで加藤氏の論をはじめて読んだのです。率直な印象を記しますと、
 @文学プロパーらしい直観主義的な感性の鋭さがみられますが、公共性を云う割りには公的制度における国際的・国内的判断の進展をほとんど捨象していること。国際刑事裁判所や戦争非法論が無視されています。
 A分析の対象が、アレコレの著名な小説家や思想家の言説に依拠し、テキストの権威性によりかかりながら議論を展開していること。
 B従って打開の方向が抽象言語で語られ、具体的な政策方向が提示できないこと。内面的精神の方向転換の模索を提案して終わっていること。
 C戦争の死者や犠牲者自身の声に寄り添うことなく、それを間接的に造形化している想像力の問題として語られ、従って戦争犯罪と戦争責任の質的な差異が分析の対象とされない。
 D政府や国家権力の視点が捨象され、主として国民意識のみが分析の対象となっていますので、政府と主権者の視点からの言及がありません。
 加藤氏のナイーブで誠実な語り口は、社会科学的思考に慣れているわたしには、直截な印象を受け、好ましいものですが、文学者特有の自我主観に依拠しており。とても国民的議論をリードできるものはありません。加藤氏の主張は、不正義の戦争に無意味な死を強いられた兵士をどう鎮魂すべきかーというという問題に尽きると思われますが、その方法が護憲派と改憲派という2項対立を越えた第3の方向を探求するポスト・モダニズムに依拠しているがゆえに、超越的な方法に堕する結果となっています。ようするに護憲派と改憲派は、国民の公共性を構築し得ない同じ穴のムジナであり、両者の対立をリセットした新たな国民的公共性が必要だというのです。公共とは、私や市場の対極にある統合的な普遍を云うのでしょうが、新たな国民という枠という名のナショナリズムを提唱しているようです。ここに靖国派のような古典右翼に対する新保守左派の潮流があるような気がします。
 さらに彼は戦後のゆがみをリセットするための憲法改正投票を提案していますが(この主張はその後撤回したのでしょうか)、この部分は政治的リアリズムが全くなく荒唐無稽で批評の対象としては意味がありません。戦後憲法の制定過程は、歴史の事実によって憲章的に分析すべきで、米軍が飛行機を飛ばして強迫したなどと云う現象論ではまったく有効性がありません。
 さて兵士の無意味な死の追悼をどう考えたらいいのでしょうか。彼は特攻の死を賛美していますが、ここに彼の本質が露呈されており、彼が追悼を云う資格がないことが白日の下に晒されています。不正義の侵略軍の兵士は、実体としては強制されたりマインドコントロールされたりして加害行為に与した事実は否定できず、彼らの死を犠牲者の視点をいれて弔うことは不可能です。それはやはり、彼らを侵略兵に仕立て上げた制度責任をもつものへの指弾に転化するとともに、こうした歴史の誤謬を二度と繰り返さない制度設計によってのみ、弔われるのだと思います。これは辛いことですが、歴史の罪責を引き受ける残された者のとる方法ではないでしょうか。さらに問題は、彼には戦争に抵抗して獄死したレジスタンスの再評価が欠落していることです。(2009/3/30 13:03)

第269夜:マーテイン・ジェイ『アドルノ』(岩波現代文庫 2007年)
 高名なフランクフルト学派の哲学者の人物像、思想、芸術論を概観しています。著者は基本的にアドルノ思想と生き方を肯定し評価する立場から書いています。アドルノがピアニスト及び作曲家としての道を志し、シェーンベルグの教えを受けていたとは驚きでした。いわゆる正統派マルクス主義批判をへて美学理論に到る彼の思考の営為は、ユダヤ出自であることによってよりより深化しているように思われます。しかしそこにある高級志向と大衆文化蔑視の傾向は、ドイツ古典文化の枠内のものであり、ある権威主義が感じられます。例えば社会学を没理論とする批判、歴史主義や社会科学の実証主義否定など哲学を優位に置く傾向は、彼を脱構築主義の先駆とする評価とともに、講壇的批判理論の限界ではないだろうか。
 盛期ブルジョア文化の英雄時代(ヘーゲル精神現象学)の表現としてのベートーヴェン、後期ブルジョアの物象化された神話的共同体の復活による民族再生をめざすワーグナー、弁証法的作曲家としてのシェーンベルグ、最盛期イタリア統一運動のヴェルデイ、ファッシズムによって危機に瀕したブルジョア主観の断末魔を示すストラヴィンスキー・・・・などなど非常に面白い分析です。しかしではアドルノって現代思想にどういう意味を持つの?って聞かれると、この概説書では裁断的な評価していません。いわば入門書なのです。(2009/3/30 13:31)

第268夜:ハンナ・アレント『パーリアとしてのユダヤ人』(未来社 1999年)
 本書はハンナ・アレントがナチスから逃れ、1941年にアメリカへ亡命してから、40年代前半に書かれたナチズムの解明に向かう7編が編集されています。亡命者の心情、しかもユダヤ人の心情をこれほどにふかく考察した文章はそれほどおおくはないでしょう。彼女はユダヤ人を「パーリア」、つまり賎民と呼ぶのですが、これはまさにユダヤ教の自己規定である選民の対極にある定義です。すべてのものから見捨てられ、迫害され、自分自身からも自分でありたくないという究極の疎外された者という意味でしょうか。この書で注目したのは、ユダヤ系出自の著名人の著名性のの背後にあるユダヤ性を分析している点にあります。ハインリッヒ・ハイネの芸術を民衆的で飾り気のない、純粋に人間的なものにするのに役立ったのは、ユダヤ的な語句をドイツ語のなかに取り入れ、ユダヤ的ニュアンスによって普遍性を得たとし、パーリアと詩人性は根元的に同じだとする。
 ベルナール・バザールはドレフェス時代のフランスで、ユダヤ人のパーリア性を意識的反逆者として、すべてに被抑圧者の象徴として政治的概念化したがゆえに、時代から忘れられた。ユダヤ出自の平凡な男がもっとも魅力的な光彩を放ったチャップリンは、みずからを政治的に開放しようとする『独裁者』によって逆に理解を失っていった。フランツ・カフカはシュールな文学として攻撃されるが、実はそこに登場する善良で聖者のようなような主人公が、例外者として扱われるのは、ユダヤ人そのもの姿に他ならない。ステファン・ツヴァイクは、パーリア性を社会的名声によってのりこえる方向の無残さを示した事例である。こうした著名な作家や俳優の作品や演技をユダヤ性で徹底的に説明するアレントの分析の深さに感嘆しました。
 シオニズムの政治思想の分析は、パレスチナでのイスラエルとアラブの内部矛盾を鋭く指摘していますが、イスラエルの存在そのものには肯定的なようで、これは彼女のシオニズム運動への参加を反映しているのでしょうか。帝国主義の分析は、帝国主義=資本主義+モッブという定式にあるようですが、モッブの世界観についての考察は面白いものでした。

 近代ニヒリストの3類型
 @無を信じている無害な愚か者(それすら分かっていない大半の学者)
 Aかって無を考えた無害だが、馬鹿ではない者(詩人やいかさま師)
 B無をつくりだそうとする愚か者だが、無害ではない者(破壊をめざす指導者) 
    
 ナチスはボヘミアンでも、狂信者でも、冒険家でもなければ、性的倒錯者でも、サデイストでもなく、家族のためならどんな犠牲も厭わない普通の市民が失業と貧困の危機を契機に、官僚制のもとで良心を消し去って大量殺人機械へと変貌させたのであり、親衛隊と秘密警察にとどまらず、全ドイツ市民が死刑執行人の職務を忠実に実行するようになったのである。以上がアーレントのドイツ戦争犯罪の分析であり、したがってすべてのドイツ人は何らかの犯罪へ加担し、誰ひとりとして裁判官になる条件を持っていないとする。
 さて彼女が分析するパーリアとしてのユダヤ人は、パーリアそのものを分析してはいない。彼女の政治思想のすべてを読んではいませんが、パーリアはユダヤ人には限定されません。カースト、カラーズ、その他人間でありながら非人であるパーリアの本質そのものを分析する作業は私たちに残された課題といえよう。(2009/3/25 14:29)

第267夜:アブラハム・B・イエホシュア『エルサレムの秋』(河出書房新社 2006年)
 私は初めて現代のイスラエル文学を読みました。この作家もまったく知りませんでしたが、帯にある「イスラエル・ヘブライ文学を代表する作家のこのうえなく哀しく美しい傑作2編」という言葉に引かれて手にしたのです。作家は1936年生まれのハイファ大学文学部教授であり、ノーベル賞候補にもあげられ、政治的には良心的左派の立場にあるようです。妻は精神分析医であり、いわばイスラエル知識人の典型的人物でしょう。
 さて訳者解説を読んで初めて知ったのですが、ユダヤ(イスラエル)社会には、スペイン、ポルトガルに住んでいたユダヤ人が迫害によって地中海に流浪して形成したスファラデイ社会と、ドイツから東欧とロシアに広がったアシュケナジーの二つの傾倒があり、民度が低いスファラデイはアシュケナジーから蔑視され、現代イスラエル建国もアシュケナジー中心になされたということです。こうした多様な言語と文化を持つユダヤ人がイスラエルで共生していくために、歴史的に祈りと学問用語であったヘブライ語がエリエゼル・ベン・イエフダという人物によって現代化され、日常言語化していったそうです。ここまで記しただけでユダヤ社会のパチキュラーな性格が明らかになるのですが、そのようなことも含めてかなり興味を持って本書を読みました。
 読み進めるに従って驚いたのは、私が想定していたようなイスラエル現代史(ホロコースト〜建国〜パレスチナ戦争)は一切描かれません。「詩人の、絶え間なき沈黙」という作品は、詩作を棄てた老詩人と知恵遅れの息子の交流を淡々と描いたものであり、「エルサレムの秋」は高校教師が知人の子どもを一時預かってとまどう3日間を描いており、いずれも作者が20歳代の作品です。まるで日本の静かな家族の波紋を描く私小説であることに驚きました。おそらくパレスチナ社会ではこのような小さな物語は描かれないでしょう。イスラエル社会の西欧的な成熟を感じますが、ここには現代ユダヤ人の歴史の動きはなく、べつにユダヤ人でなくてもよいのです。彼はユダヤ人の流浪を描いた長編小説があるのですから、訳者は選択を誤ったといってよいでしょう。
 ところで日本の村上春樹とかいう作家がイスラエル文学賞を受賞して、現地の授賞式でイスラエル批判をするというパフォーマンスを演じましたが、この戯画された行為は現地の作家からみれば哀れむべき喜劇に見えたのではないでしょうか。ノーベル文学賞の前提としてイスラエル文学賞を計算しているとすれば、村上氏の無知は嘲笑の対象でしかありません。こうした動向を含めて、ユダヤ人と現代イスラエルの実相がますます分からなくなったのですが、少なくともイエホシュアがパレスチナ・ゲリラを攻撃するイスラエルを批判す行動を果敢に展開していることに敬意を表する次第です。(2009/3/23 9:33)

第266夜:ラルフ・ジョルダーノ『第2の罪 ドイツ人であることの重み』(白水社 1990年)
 著者はユダヤ系の母を持つドイツ人であり、少年期にナチスの迫害を受け、戦後は西ドイツのTV局でドキュメンタリーをつくったジャーナリストであり、ナチス戦争犯罪を特に戦後期に焦点を合わせ責任を鋭く追及している。こうした苛烈な戦争責任論は日本にはない。それはナチス戦争犯罪を自力で追求した戦後ドイツと異なり、日本は自国法廷によって裁くことができなかったことによる。この絶対的な差異にもかかわらず、著者の未決の過去に対する追及の厳しさは想像を超えている。日本も2000万人を超えるアジア人の死をもたらした侵略国家であり、自国民3000万人を無意味に殺害した戦争国家であった。何よりも奇妙なことは、戦後日本はこのベーシックな前提すら曖昧模糊として歴史の闇に封じ込めようとし、逆に正当化する言説が公的影響力を持ち始めている。こうした日本とドイツのめくるめくような戦争責任の非対称性を踏まえた時に、本書を読む意味は大きい。以下は概要です。

 第1の罪とはナチス・ヒトラーのもとでのドイツ人の罪、第2の罪とは戦後における第1の罪の否定しようとした罪をいう。この罪の担い手は正常な普通の市民であり、日常のファッシズムは戦後にも継承されている。ヒトラーは軍事的には敗れたが、イデオロギー的には破れていない。第2の罪は罪なくしてうまれている子どもたちに対する重大な犯罪となる。
 全体主義の類似点は、@超父親への無批判的信仰A思想によって人間性を類別する点で共通している。
 第2の罪(ナチズムの面積)の弁護論は以下のような特徴を持つ。
 (1)集団的情動(グロテスクな自己愛、自尊心の溶解、人間性喪失)
  @殺されたのは600万人ではなく・・・(量による相殺)
  A我々は何も知らなかった、何もできなかった(無知、抵抗不可による免罪、集団無実)
  B強制収容所の源流は、英国のムーア人殺害、スターリン強制収容所にある(大量殺戮の比較類型論による相対化)
  Cナチスにもいい点はあった(アウトバーン、歓喜力行団、ナチスの時代は秩序と規律があった)
  D我々だけではない(相殺による心的補償)
  Eいつまでいうのか、いいかげんにしろ(免罪による負担軽減、不快の記憶の消去、心理的自己防衛)
  Fナルシズム・自己愛・マゾ的快楽に耽溺する指導者崇拝(指導者原理 指導を期待する潜在願望)
 (2)ドイツ近現代史の文化
  @ヒエラルヒー文化(命令と服従、権力への隷従、義務価値の優位と権威主義的性格、義務的民主主義)
  Aドイツ民族主義と国粋主義的アイデンテイテイ→遅れてきた国民のショービニズム→2段階論「まずは欧州、しかるのちに世界」(匕首伝説)
  B国家主義 ナチズムと国家の同一視
  Cゲルマン至上主義(民族浄化)→内なる敵の排除(ユダヤ人、マイノリテイ、障害者、同性愛者、遺伝病者、共産主義者)) 
 (3)ナチ裁判の欺瞞性 第3帝国の職務エリート断罪と下位戦犯の免罪(国家命令の合法性、事後法の禁止)
 (4)国防軍とナチの分離
 (5)倒錯した反共主義(冷戦開始によるナチス免罪)
 (6)東ドイツにおける指令された反ファッシズム・上からの反ファッシズム(自己免罪) *左目が見えないスターリン主義と右目が見えない極右の同質性
  @反ユダヤ主義
  A権威主義的性格
 (7)集団責任・集団無実・集団羞恥
  @知らなかったことによる免罪
  A少数のレジスタンスによる免罪
  Bナチスの責任は戦争犯罪ではなく、敗戦責任にある(勝っていたら裁かれなかった 勝者の裁判論)
  C独国民性論
  D集団責任論は主要な戦犯を免罪する(総懺悔論)
 (8)テロリズムと反テロリズム(防衛的民主主義論) 国家警察機能強化と人権制限の強化=右翼独裁制への傾斜(ナチスの社会的基盤)
 (9)無意味な死の聖化による犯罪者と犠牲者の水平化(顕彰碑、慰霊祈念、博物館)→畏敬と敬虔感情による過去の肯定的歴史化(血と土のイデオロギー)
 (10)罪なくして重荷を背負わされた者、あとから生まれてきた者の恩恵(我々には関係ない) 世代間契約違反の犠牲者(語り継ぐべきものを語らなかった前世代の罪を背負う)


 ドイツで展開されている戦後責任論争の論点がほぼ網羅されています。かなりジャーナリステックな文体でありますが、現代ドイツのもっとも良心的な声を聞くことができたように思います。あまりに貧しい日本の現状はまさに恥じ入るものでしかありません。このまま日本の戦争責任が雲散霧消していくとすれば、「哀しむ能力のない」国民として世界史に記録されることになるでしょう。(2009/3/15 22:00)

第265夜:ギュンター・グラス『ブリキの太鼓』(河出書房新社『集英社ギャラリー[世界の文学]11 ドイツ』 2008年)
 大人の醜さに絶望した少年が自ら決意して成長を止めてしまう。太鼓を叩き、声を発してガラスを壊す超能力も手に入れる。彼は局外者としてドイツのナチス台頭期から戦争と敗戦をへて戦後を生き抜いていく。途中からある希望とともに身体の成長が始まる。全編にエロとグロが交錯している。。いままで読んだ独文学からみると異様な世界があるので、読む続けていくのが苦痛となる。ようするにこの小説は、従来の教養階級でもなく、また下層の労働者階級でもなく、下層であり時代に翻弄されていった大衆世界のリアルな表現なのだ。映画で観た時には、圧倒される迫力があったが、文字言語ではむつかしい。(2009/3/15 14:07)

第264夜:ハンス・エーリッヒ・ノサック『カサンドラ』(河出書房新社 2008年)
  この作家のものをよむのははじめてです。ホメロスのトロイ戦争を現在に、勝利後のギリシャ軍が帰還した後に、王が殺害されるまでを描きます。解説によれば、古典ギリシャ悲劇の時代と現代が姿を変えて浸透しているとありますが、そうした想像力は私にはありません。しかし底流には運命論的な決定論のようなものがながれており、人はそれを操作することはできないのだとも云うべき思想があるようですが、それを現代史も適用するとすればそれはこの作家の限界に他ならないでしょう。(2009/3/11 12:47)

第263夜:リルケ『マルテの日記(河出書房新社 2008年)』
 マルテとはリルケ自身のことなのでしょう。詩人を夢みてパリにやってきた貧しい若者が、大都会の底辺の闇に沈んで繊細で鋭い神経を傷つけながら、悲哀と辛苦に充ちた想い出が語られます。あまりに痛々しく書き連ねられる神経系の束はそれゆえに恐ろしいほどの衝撃を持って読む者に迫るのですが、私はどうしてもこのような病的な表現の堆積に嫌悪感すら覚えて途中で投げだしてしまいました。ただしそのような独白の随所にハッとするような人生の真実というか覚悟、或いは深い闇の中にキラッと光って消えていくような美しい表現を目にするのです。リルケは云うまでもなく詩人ですが、こうした病的な神経の中でこそあの美しい詩の数々が書けたのだとすれば、詩の無残さを思って暗然たる気持ちになるのです。
 「人は一生かかって、しかもできれば70年か或いは80年かかって、まず蜂のように密と意味とをあつめねばならぬ。そうしてやっと最後に、おそらくわずか10行の立派な詩が書けるだけであろう。詩は人の考えるように感情ではない。詩がもし感情であったら、年少にしてすでにありあまる詩が生まれているだろう。詩はほんとうは経験なのだ」・・・なんという呪縛的な詩論であることでしょう。しかし彼は最後にほんとうのことを付け加えるのをひかえたのです。「そしてそれに気づく時はあまりに遅く、すでにして彼は老木であるのだ」という言葉を。(2009/3/11 12:10)

第262夜:トーマス・マン『トーニオ・クレーガー』(河出書房新社『集英社ギャラリー[世界の文学]11 ドイツU』 2008年)
 おそらく作家自身の少年期から作家として社会的認知を得るまでに出会った人との交流を描きながら、自分の作家精神がどこにあるのかを確かめようとしているのではないでしょうか。ナチス台頭期に讃美されたゲルマン男女の美とはかけ離れた自分の精神が刻まれてきたことを追跡するのはナチスに支配されたドイツ精神への告発なのでしょうか。この作家は自分が実は天才的な芸術精神と表現の持ち主ではないことを、それに対抗する民衆的精神で肯定しようとしていますが、ほんとうはゲーテ的な天才的ロマンに対するコンプレクシテイを持っているような気がします。しかしここにもドキッとするようなまなざしはあります。「僕の講演を聴いてくれる人たちは群衆と共同体であり、いわば初期キリスト教徒の集会ですよね。不器用な肉体と繊細な魂をもったひとびと、いわばよく転ぶ人々です」。この「転ぶ」というのは文字どおり転ぶことなのでしょうか、それとも日本語では「転向」を意味するものなのでしょうか。後者であれば彼の発想は凄いところがあります。(2009/3911 10:34)

第261夜:エルサ・モランテ『アルトウーロの島』(河出書房新社 2008年)
 ウーンなるほどな・・・イタリア人女性作家が少年の精神の彷徨と自立を書くとこうなるのか。作者はアルベルト・モラヴィアと結婚して、この作品で作家としての地位を確立した戦後イタリア文学の代表的な作家だそうです。ナポリ湾の小さな島で、自然の野生児のように成長していく少年は、誕生とともに母が死んだ喪失感、母親の愛情を体感しないところから来る空洞感がない交ぜになっています。しかし旅に出て不在がちの父親は、彼にとって英雄物語を体現した雄々しい神に近いような憧憬の対象となって成長していく。この父親のイメージがラテン特有の家父長主義的な強い父親(大文字のPAPA)であり、また少年の心理を描く濃密な描写も凄いとしかいいようがありません。たっぷりと濃厚なミルクを飲んだような陶酔に酩酊してしまうようです。この女性作家の少年の心理描写は、たしかに凄いのですが、やはりそこには女性独特の感性が反映しているようで、少女のような繊細さが入り交じっています。登場人物は少ないのですが、少年の自立へいたる大河のようなユリシーズ物語と言ってよいでしょうか。ただ最後にすべてを棄てて父が島を出て行くのですが、この必然性に失敗があります。同時に神の如き父親が次第に平凡な父親に変貌していく中で、自立をめざす少年の出立は必然性があります。それにしても南部イタリアの家父長制とカソリック信仰に包摂されて生きるイタリア女性の、残酷なほどに気高い自己犠牲には感嘆のほかありません。急に3日前から身体が重く風邪気味で2日間床に伏せていましたが、熱はそれほどありませんでしたので、フーフーいいながらも一気に読了しました。解説ではジョルジュ・ルカーチガ彼女の作品を激賞してイタリア人を驚かせ、またルキノ・ヴィスコンテイへの実らぬ愛に苦悩したとありますが、フーンそうなんだということですね。(2009/3/10 10:57) 
 
第260夜:田中優子『カムイ伝講義』(小学館 2009年)
 いうまでもなく『カムイ伝』は私が日本漫画史上最高の傑作のひとつに数える白土三平の代表作です。江戸期の身分制の最底辺に包摂されているエタや非人たちの生活に焦点を当てながら、忍者の世界を一匹狼のアウトローとして生きる抜け忍を主人公とする波瀾万丈のストーリです。1960年代という日本が熱かった時代に、若者や学生たちは先ず漫画といえばこの作品を思いおこしたのです。しかし21世紀の初頭の現代にあって、この漫画が比較文化論の教材として使われ人気講座となってるのはおどろきです。田中氏は『カムイ伝』から取りあげるテーマを、身分制度・綿花栽培・循環型肥料・養蚕業と絹・一揆・海人集団・山に生きる人・子どもたち・女たち・いのち・武士のテーマで整理し、漫画の描画を参照しながら江戸期の生活をリアルに再現しています。田中氏の解説で『カムイ伝』を読むと、あらためて白土氏の徹底的な調査と研究による作画の後がうかがえ、驚嘆させられます。しかも白土氏のデッサン力がバツグンですので、漫画は圧倒的な迫力を持つのは当然であるかも知れません。経済構造という下部構造から全社会を描き抜いていく手法は、いわゆる手垢の付いた社会主義リアリズムに他なりませんが、労働を基底にして人間の諸行動を描き抜く手法は現代においても逆に新鮮な魅力を放っているように思います。
 オヤと思ったのは、大学院生が一部の章を担当していることで、袋堤・子どもたち・女たち・いのちが彼の担当で、「正助の向上心と純粋な気持ちこそが、現代まで続く人類の環境破壊の原動力になってきたのではないか」と近代の生産力主義の矛盾を云っていることです。確かに1960年代は社会主義も含めて生産力主義を疑問とも思わず、高度成長を疾走してきたのです。その他の子どもたち・女たち・いのちというてーまを発見したこの沖縄出身の大学院生の感性はさすが現代のものだと思いました。日本史学界の網野善彦氏の社会史の業績と白土三平の漫画が結びついたような授業記録です。(2009/3/10 10:14)

第259夜:東京都写真美術館『写真の歴史入門  第3部「再生」戦争と12人の写真家』・『写真の歴史入門 第4部「混沌」現代、そして未来へ』(2005年)
 第3部は1930−1960年のフォトジャーナリズムの時代として12人の著名な日本人写真家の代表作が紹介されています。国策のための宣伝、厳しい検閲、材料不足の時代をどう生き抜いたかとして、@敢えて宣伝に加担する者A権力から身を引いてじっと待つ者B敗戦体験を表現の原動力にしていく者に分けています。どの立場を取ろうとも、写真を表現の手段として昇華させていったのだという解釈であり、とくに@のグループの戦争責任を問う視点はありません。特に木村伊兵衛は戦争報道の先端に立ったのですが、それもアートとしての写真として評価しようとしています。確かに彼らの表現技術とその背後ににある人間と時代への鋭いまなざしは、迫力がありますが、その効果によって自らを奮い立たせて戦死した多くの日本人がいることを思うと暗然たるものがあります。いったい写真界での戦争責任論はどのように展開されたのでしょうか。
 第4部は1970年代以降から現代にいたる、カラー化・美術化・デジタル化という激動の時代をカオスととらえ、そこから写真の未来を探ろうとしています。いわば戦争下の権力から解放された写真家たちが、この実存の視点から世界を切り取ろうとする激しい情念を感じます。しかし未来は見えてきません。(2009/3/5 9:16)

第258夜:李光洙『無情』(平凡社『朝鮮近代文学選集1』 2005年)
 私ははじめて李光洙(イ・グアンス)の名前を知り作品を読んだのですが、ウイキペデイアでみると相当に数奇な人生を歩んでいます。1892年に生まれ、早くに両親を亡くして孤児となり、東学党に入党後に明治学院に入学、さらに早稲田にまなび、独立運動に参加して大韓民国臨時政府設立に参加、東亜日報、朝鮮日報で編集に従事し、独立を放棄して民族改良主義を唱え、その後創氏改名に協力して香山光郎を名乗り、日本語による親日文学を推進し、解放後は李承晩政権下で反民族行為処罰法で投獄され、朝鮮戦争時に北朝鮮へ拉致され1950年に亡くなっています。彼に対する評価は、親日反民族裏切りから日帝犠牲者まであるようですが、私は何らかの評価を行う能力も資格もありません。ただし彼が朝鮮近代文学の祖と云われているのは確かなようです。
 『無情』は1917年に朝鮮総督府の機関誌に掲載された日本語によるものです。朝鮮の若い男女が辛酸をなめながらも、近代化をめざして日本と米国に留学して欧米文化の先端を吸収し、帰国後に開明的な啓蒙運動のリーダーとして活躍するといったストーリーであり、日本で云えば脱亞入欧を地でいくような近代化論です。なにか儒教的な情念がただよい、男女ともにすぐ号泣するのは、彼我の文化の違いでしょうか、植民地の鬱積された抑圧の感情の発露でしょうか。確かに儒教的な家族主義の感性から解放されて、個人の自立的な生き方を求める時代の先端を感じますが、それが上層階級の知的文化活動としてしか存在し得ないのも、当時の限界なのでしょうか。まるで少年少女小説のような文体ですので、読みやすくすぐに読了しましたが、朝鮮近現代史の植民地抑圧からの脱却を模索するもだえのような感じを受けました。残酷に云えば奴隷の言葉で祖国の未来をどこまで表現できるか、それこそ残酷極まる小説と言っていいかも知れません。朝鮮知識人のひとつの典型的な姿が彼に凝縮されているのでしょう。(2009/2/2810:11)

第257夜:ジャン=リュック・ナンシー『侵入者 いま<生命>はどこに?』(以文社 2000年)
 著者は1940年生まれのフランス哲学者で、ヘーゲル・ハイデッガーなど近代哲学の基軸にある<主体>の脱構築をめざして日本でも一定の読者を持っています。彼は1991年に心臓移植手術を受けた最初の哲学者となりましたが、本書は他者の心臓で生きる自分の存在を自己省察したものです。いったい脱構築の哲学者が心臓移植をどのように自己処理したのか、非常な興味を持ちました。最初に愕いたことは、他者の心臓を受け容れてなお生きることに、日本やアジアのような根元的な疑問を抱いていないことです。日本やアジアではそのような生き方を拒否して自然死を選ぶ選択も大いにあるのですが、欧州はほとんど移植を自然な延命として無抵抗に受け容れていまです。
 日本の移植は臓器摘出の本人同意という解除条件で成立しますが、欧米では本人の反対がアレバ除外する除外条件となっており、欧米では臓器摘出が脳死者の通常の推定同意とされている、彼我の身体観の文化の原理的な差異があります。ここに身体を機械的部品とみなす欧米的身体観があります。ナンシーが抵抗なく受容したのもうなづけます。
 そのうえで他者の心臓と共生する<わたし>や<自己>という主体と他者や外界との関係をいろいろと考察するのですが、思弁的な傾向が強く、根底にある身体という物質と精神や思考の二元論的発想を反省的に考察することはないので、あれやこれやと形而上的に述べますが、明確な規定なく問題を投げかけて終わっています。だいたい「侵入者」としてとらえるなら、どうそれと共存するのか、共存して生きている現存在としての自己をどう位置づけるのか、ちゃんと自己処理すべきです。或いは臓器売買のような冷酷な現実への省察など問題群が広がっていることなど、思索の対象とすべきです。失望しました。(2009/2/25 8:07)

第256夜:ポール・ヴァレリー『エウパリノス・魂と舞踏・樹についての対話』(岩波文庫 2008年)
 ヴァレリーのもっとも美しいとされる3編の作品が収められています。建築と音楽を手がかりに哲学と芸術の岐路をソクラテスが弟子に語る「エウパリノス」、ダンス評論の古典といわれる「魂と舞踏」、最晩年の「樹についての対話」です。いずれもソクラテスの対話編に仮託して自らの芸術論を展開しています。『エウパリノス』とは、ギリシャ期の建築家で、「沈黙する建築」「語る建築」「歌いかける建築」に建築を分類し、身体性を基盤に成立する音楽と建築の芸術性を歌い上げています。「魂と舞踏」は、モダン舞踏のリアリズム性、愛のロマンテイシズム、変身性がもたらす恍惚としたエロスとタナトスについて論じています。私はこの舞踏論の高揚感あふれる叙述に引きこまれました。舞踏とは西欧風の踊りで、舞踊は日本風の踊り出区別しています。「樹についての対話」は、大地に根を張って青空へ向かって伸びていこうとする樹を讃美しています。この3編がもっとも美しいそうですが、舞踏論はたしかに散りばめられて燃えさかるような美を感じましたが、他の2編はピンときませんでした。(2009/2/24 15:43)

第255夜:ミシェル・フーコー他『自己のテクノロジー』(岩波現代文庫 2004年)
 フーコーは人間の多様な存在形態の歴史を権力と支配のテクノロジーの視点から哲学的に解明するというオリジニナルな哲学者です。精神異常(『狂気の歴史』)→逸脱『臨床医学の誕生』)→犯罪『監獄の誕生』)→性『性の歴史』そして最後に自己の探求に向かったのですが、死によって途絶えます。本書は、米国のヴァーモント大学で行われたセミナーの記録集です。彼の独自の思索は、フランス歴史社会学ないし社会史という分野で実証的に分析されたテーマを思想的に掘り下げた点で比類ない独自性があったと思います。「自己」が人間主体の個別化というかたちで、客体化されて支配システムに包摂するテクノロジーとして近代があり、一方では大量殺戮戦争のい個別化されたモノになり、同時に他方では厚い医療福祉の対象となるというパラドクシカルな構造を明らかにしようとしますが、残念ながらここで途絶えます。カントもヘーゲルもマルクスも、扱わなかった領域にこそ人間存在の権力に規定された歴史性が浮かび上がり、解放されたイメージがより」豊かさを持って登場するでしょう。フーコーはアメリカを憧れの地とみなしていたようですが、その博識と相まって、キャピタリズムの問題と権力テクノロジーについて彼の言説を聞いてみたいものです。(2009/2/249:53)

第254夜:金鶴泳『凍える口 金鶴泳作品集』(クレイン 2004年)
 ウーン、いままで多くの在日朝鮮人文学を読んできたつもりですが、こうした文学者もいたんだと感じ入りました。いままで読んだものの多くは、独立や分断と内戦といった民族の巨大な時代と向き合う大きな物語であり、民族の運命と格闘する個人といったテーマがほとんどですが、この作品はそうした外部状況に規定されつつも、ひたすら自己の内面に沈潜する自己省察であり、自己の深い内面から在日の問題を考えようとしているかにみえます。東大工学部に進学した在日の学生時代の記録であり、生まれながらの吃音に悩みながら、親友の自殺やその妹の交流を描いて、自らの存在の意味を求めて彷徨する自伝的な小説です。煩悶の主たる対象は、家族内での愛情と暴力、吃音の苦悩にあるのですが、それにそれに在日の問題が影を落とし、独特の小説空間を築いています。おそらく彼が在日でなければ、この小説はそれほどに注目はされなかったかも知れません。彼は47歳で自死していますが、この心境についてはまったく分かりません。
 在日の中で政治社会でのスタンスで、北でもなく南でもなく、また対象に於いてひたすら自己の内省に向かう作品の存在は、在日の世界の複雑な豊かさを示しているのでしょうが、私はなんというか彼のほかの作品を続けて読むそれほどの熱意は生まれてきません。しかし彼の全集のようなのでとりあえずは読んでみようと思います。最後に吃音者の苦悩の一端にはじめて触れました。(2009/2/24 10:25)
 この作品集では、「凍れる口」のほかにも興味を持った幾つかの作品があります。これらの作品群からうかがわれるのは、解放を青年期で迎えた金石範・金時鐘氏など朝鮮での戦後内戦と在日の体験を同時に共有している世代ではなく、純粋に在日生活の中で成長した次世代の新たな感性です。在日1世の辛酸なを舐めた体験は強烈な同胞意識を持っていますが、第2世代は民族や同胞の中で成長しながらも、個の意識が核として育まれています。それは南北分断への客観的意識や在日組織への無条件の忠誠からの離脱の意識、或いは日本人異性との個的な恋愛などに表れています。それは民族アイデンテイテイの帰趨をめぐるじつに危うい関係をもたらし、日本への参入の姿勢の選択となってあらわれます。
 金鶴泳氏の繊細で鋭い感性は、こうした自らの出自のリアルな実体と煩悶しながら、必死にかすかな救いを求めようと苦しんでいるように思います。ただ作品集の後半部にある日記を読むと、毎日が酒に溺れ、つねに死の不安をかかえている日常です。芥川賞の候補のなんども残りながら、期待と不安を漲らせて酒場で電話を待ち、落選の報に落涙する姿は、彼がほとんど日本文壇に包摂されてしまったようで痛々しい姿です。ついに彼は日本での自らの位置を見いだすことなく、47歳で自死したのでしょうか。金石範氏や金時鐘氏が格闘した時代はもはや過ぎ去り、在日の新たな時代がきていることを象徴した作家なのです。(2009/3/1 8:54)

第253夜:ウイリアム・E・コノリー『プルーラリズム』(岩波書店 2008年)
 私は初めて多元主義に関する論考を読みました。多元主義理論の展開については無知であり、著者が占める位置も知りません。本書は、多元主義を、相対主義や寛容論、或いはニヒリズムなどの思考停止と厳しく峻別し、多元主義の現代的有効性を問おうとしているようです。著者はそれを、デイープ・プルーラリズムとか多次元的多元主義と命名しています。多元主義は、優越的文化のマイノリテイに対する優越的寛容ではなく、重層的で多重的な異文化の共存から生まれる相互刺激的な均衡がもたらす創造性にあるとしています。悪に関する考察、宇宙論、複雑系と自己組織系時間性など多様な視角から多元主義を論じています。基底には9・11以降の文明と宗教間闘争をどう克服していけばいいのかーという問題意識があります。多元主義を私の問題に引きつけて云えば、多様性を排除したマルクス主義の経験から、多元主義とマルクス主義は共存しうるか、資本主義的グローバリゼーションと多元主義、多元主義の社会経済的基礎といった魅力的テーマが浮かんできます。この書は主としてキリスト教とイスラム教の宗派的多元論が軸となっており、社会経済システムの多元主義的モデルの考察がありません。
 著者が米国民主党支持を公言して立論しているのも、いかにもアメリカ的と思いますが、民主党の限界には触れていません。著者の生育環境は米国社会主義のもとにあったことを触れていますが、人種的・性的多元主義から領域横断的な多元主義を説くのであれば、アメリカ左翼の多元主義的分析があり得るでしょう。しかし著者の考察は、権威主義的リベラリズムに抗しようとする米国デモクラシー論の良質的な到達があるように思いましたが、近現代米国史の羞悪な部分に対する贖罪の意識にまで踏み込んだラデイカルな考察はありません。ここに米国アカデミズムの限界があるように思います。(2009/2/239:37)

第252夜:RIVERBEND『BAGHDAD BURNING』(『イラク女性リバーベンドの日記2006年1−5月』 2006年 細井明美)
 わずか60頁の小冊子に過ぎませんが、米軍のイラク侵攻とその後の宗派間の血なまぐさい闘争をイラクの内側から発信している点で、希有のものです。著者はバグダッドに住むプログラマーの28歳の女性で、彼女は米軍の空爆から占領下の市民生活を世界に発信し、05年度ユリシーズ賞3位、06年サミュエル・ジョンソン賞にノミネートされています。イラク侵攻下の状況については、多くの外国人ジャーナリストのレポートはありますが(私も主として日本の写真雑誌DAYSから情報を得ていましたが)、いらく市民自身が発する情報はほとんどなかった点でこの冊子は意味がありました。彼女のブログを見ると、イラク市民がごく普通の誕生日を祝っている中で、突然の空爆と内戦が始まり、市民生活が大混乱におちいっている様子がよく分かります。
 剥き出しになった宗派間闘争と、反米と親米が入り乱れて武装闘争を繰りひろげて無辜の市民が犠牲になっていくありさまは、想像を超えた惨状です。特に迫真的なのは、武装勢力による家宅捜索の緊迫した状況であり、死体がごろごろしている市内を親族の遺体を求めて狂ったように探し回る遺族の姿です。遺体の頭はドリルで穴が開けられ、首を絞められて殺されています。この惨状をブッシュは「我が障害最大の痛恨事」とうそぶいたそうですが、ほんとうに彼には自らの侵した戦争犯罪への想像力はあったのでしょうか。
 米兵に監視された選挙で、見せかけの合法政権が成立し、米軍はイラクから撤退してアフガンに向かうそうですが、この平然とした冷酷さには戦慄せんばかりの無神経さがあります。世界がブッシュを国際法廷の裁きに委ねて処罰する雰囲気もなく、オバマのソフト戦略に飲みこまれていこうとしていますが、歴史はブッシュの犯罪を裁けないのでしょうか。もしそうだとしたらこの世に正義はなく、神はいないことになります。
 彼女はいわゆるイスラム世俗派で、欧米文化の洗礼を受けているようですが、反米ではなく反占領だと自らのスタンスを公言しています。(2009/2/20 9:46)
 
第251夜:『金時鐘詩集選 境界の詩』(藤原書店 2005年)
 この詩集選は、金時鐘の『猪飼野詩集』『光州詩片』の2つの詩集と鶴見俊輔との対談からなり立っています。それにしても金氏の日本語習熟とその駆使は恐るべきものがあり、日本人の使う日本語能力とはまた独自の達成を遂げているような気がします。だいたい標題の境界(きょうかい)は、きょうがいとふり仮名があり、きょうがいとワープロ入力しても境涯という漢字のみが出てきて境界はありません。まさに日本語の境界を越えて日本語を駆使していることがお分かりでしょう。彼の詩は、日常の具体的な対象物をとおして、自分の精神世界を裏に隠して表現しているようであり、私のような抒情派は、想像力を要求されるためについていかれないのです。日本のプロレタリア詩でもなく、また日本型抒情詩でもなく、対象の本質を詩的表現において表出する技術もまた、日本人の詩人では考え及ばないような日本語詩となっています。彼は小野十三郎の影響を受けたようですが、小野の詩論を具体化しようとしているのでしょうか。
 鶴見氏との対談は、在日の表現の本質に迫ろうとする長時間にわたるものであり、国籍を超えた豊かな思想が互いに共感しながら、高まり深まっていく過程は対談というもののもっとも良質の形を示しているように思いました。鶴見氏の洞察力と共感力も鋭く、対応する金氏の反応の水準もすごいものがあり、じつに堪能させられました。日本語の世界にこうして異文化の外国人が独自のスタンスから浸透してくることは、比例して日本語を豊かにしているように思うのですが、その浸透が在日によって担われているところに、日本の歴史の特殊性を実感させられます。(2009/2/19 16:08)

第250夜:E・ヤング=ブルーエル『なぜアーレントが重要なのか』(みすず書房 2008年)
 学派を形成しなかったハンナ・アーレントの唯一の弟子といわれる著者は、大部の『ハンナ・アーレント伝』を刊行していますが、本書は『全体主義の起源』『人間の条件』『精神の生活』を対象に、アーレント政治思想の今日的意味を問いかけようとしていますが、内容はアーレントの思想のエッセンスの紹介であり、なぜ重要なのかーという肝心の問題に答えていません。それは著者が、忠実な師の思想の祖述者であり、独自の視点から内在的にアーレントの思想に切り込むスタンスがないからだと思います。全体主義を解明した師が、なぜ愛人であるがゆえにハイデッガーを擁護しようとしたのか、それを師の思想の根元で解かねばならないと思うのですが。これが米国思想界の底の浅さの反映でなければ幸いです。(2009/2/18 9:17)

第249夜:金時鐘『わが生と詩』(岩波書店 2004年)
 植民地化の朝鮮で皇国臣民化教育を全身に受けて日本語以外を知らずに成長し、17歳で「解放」を体験してから、南朝鮮労働党員として済州島4・3蜂起に参加し、九死に一生をへて(ここは詳しく語らない)日本に密航して、大阪で日本共産党員として民族教育に従事後に朝鮮総連文化部門で働き、祖国の指導者の神格化を批判して孤立しながら日本で詩作する在日詩人です。この経歴をみるだけで、想像を超えた体験を生き抜いてきたことが分かりますが、凄いのは著者がどのような苦難の状況にあっても、対象と真摯に格闘し、対象と自己をごまかさず、自らの思想性を刻みあげてきたきたことです。ここには苛酷な経験を回避する自己弁明やごまかし、逃避その他精神の自己欺瞞が全くなく、驚異的な精神の強靱さがあり、それが繊細で鋭い詩精神と共存しています。時代と真っ向から対峙してあくまで主体を形成していく精神活動は、日本の文化には残念ながら見受けられません。日本は本質的にデイアスポラを回避できる生活の余裕があるからでしょうか。
 講演記録と著名な在日との対談からなり立っていますが、ほとんどは日本の文化構造の中で一定の社会的位置を確保している人たちです。梁石日との対談は、肉声とホンネが飛び交いもっとも面白く読みましたが、カンソンジュとの対談でカン氏が絶句しているシーンは印象的でした。

 在日には3つの範疇がある。「日本に引きよせられた人」(解放によって祖国の再建に喜び勇んで帰っていった200万近い離散した在日)、「日本から引き離されてしまった人」(かって日本国民であった者がまたもや絡めとられるように日本にきた)、「日本によって切り取られてしまった人」(強制連行、徴用、徴兵によって日本にきた)

 さて金時鐘は、講演や散文での在日の本質に迫ろうとする迫力を感じますが、彼の詩そのものはいったいどのように位置づけられ評価されているのだろうか。彼の詩を評価する資格と能力が日本にはないのだろうか。(2009/2/18 8:59)

第248夜:金石範『満月』(講談社 2001年)
 これは日本ではいわゆる傷跡文学にあたるのでしょうか? でも全然違いますね、傷跡の深さが、日本とは。日本では左翼活動から転向してある種の社会的認知を受けた人が、過去の事跡を自己慰安して憐れみを乞うような感じがありますが。『夢、草深し』とは全く異なった、過去の罪責を背負いながら煩悶する凝縮された生があるような気がします。韓国の民俗的な祭祀の営みが、ふんだんに登場しますので、呪術的な神秘性とリアルな政治的争闘が折り合わされて独特の時空がかもしだされています。しかしなぜ彼はこうした民族の痛みを日本語で表記し、日本の民衆に訴えるのでしょうか? 日本で生きていくと言うことはそう言うことなのでしょうか? 私は異郷で生きていてもなおかつ祖国といのちの伴にしながら、異国語で表現することなく生きようとしている在日の人たちの声を聞きたいと思うのです。(2009/2/16 19:43)

第247夜:金石範『夢、草深し』(講談社 1995年)
 済州島4・3事件を主題とした大河小説「火山島」の作者が、その後どのような小説を書いているのか、興味を持ちました。この作品集は、済州島への帰還をめぐる「夢、草深し」と、自身の白内障手術をめぐる「光の洞窟」の2作品からなっています。率直に言って、代表作の叙事巨編とは対照的な、詠嘆と感傷に充ちた私小説と言ってもよいでしょう。このような変貌を遂げていくことを残念におもいます。テロならず者国家指定を受けた北と、民主化が進む南というその後の朝鮮半島と、朝鮮籍を持って日本で生きている在日は、かっての凄まじい暴力で対峙する時代とは異なる、新たな困難な時代に生きているのですから、そうした局面にふさわしい文学的な探求があるのではないでしょうか。こうした日常的身辺のゆれ動く感慨のようなの心理描写は、すでに日本の作家にはあふれているので。(2009/2/16 16:33)

第246夜:羽入辰郎『学問とは何かー「マックス・ヴェーバーの犯罪」』(ミネルヴァ書房 2008年)
 凄まじいというか、破天荒というか、幼稚極まるというか、東大アカデミズムの陰惨な内幕をこれでもかと云うほどに、実名入りで指弾している「高級な」内部告発本と云えましょうか。もとはといえば、羽入氏の『マックス・ウエーバーの犯罪』で徹底的にウエーバーの偽善者の本質を暴いた著作をきっかけに、折原浩氏との間に誘発された論争が、血みどろの応酬に発展したしたものです。ウエーバーの学者としての資格を厳しく糾弾する学術論文のあちこちに、折原氏の無能と人間的資質を否定する暴露的な日常のふるまいがリアルにふんだんに織り込まれていますので、そちらのほうに眼を奪われて、「高級」なイエローぺーパーを読んでいるような気持ちになりました。羽入氏自身が、山本七平賞という極右系の賞を受賞する人物なので、眉に唾をつけたほうがいいのかもしれませんが、彼が暴露的に公開している事実は次のようなものです。

 ○妻がいるマックス・ウエーバーは、はじめて入学を許可された女子学生を愛人にし(この女子学生の姉妹は、D・H・ロレンスとかけおちした)、ほかにも一人の女性を愛人としていた。
 ○ウエーバーは英訳聖書に関するトリックや、Beruf概念と資本主義の精神、フランクリン自伝など数々のトリックを使っている
 ○折原氏は他学科の主任教授に圧力を加えて羽入氏の博士号剥奪の工作をこころみた
 ○折原氏は全共闘を礼讃しておきながら、自らは大学に屈服して、妻を事務室に行かせて給料を受領させ、名誉教授称号を手にして転向した(職務専念義務を放棄した折原氏を処理できない東大文学部の限界のほうが問題だー筆者)
 ○大塚久雄氏は『プロテスタンテイズムと資本主義の精神』の翻訳者から、梶山力氏と安藤英治氏の名前を削除し、自らの個人訳として岩波文庫から刊行した(この事実は私も確かめたいー筆者)
 ○丸山真男氏は大塚訳を擁護して羽入氏に圧力をかけた

 ほかにも教養から専門へ進む時、修士から博士課程へ進む時の教授の操作など、或いは教授会の動向など暴露的な叙述が満載なのですが、もし事実であればアカデミズムの影の部分が噴出しています。全体として羽入氏も折原氏もパラノイア的な人格攻撃を含む凄まじい応酬をしていますので、外部から見ると異様な人格がアカデミーで育っているような気がします。地球が戦争と大不況、核と環境危機で黙示録状況のなかで苦悶しているにもかかわらず、お目出度さも際だっているように想います。
 確かにウエーバーの愛人問題における人格破綻は、ハイデガーがアレントを愛人にしたように、知性と人格の背理を示していますが、学問的業績と私生活は別次元とは言い切れない問題がありますが、学者といえでも市民の一人に過ぎません。いずれにしろ学的フェテイシズムの悲惨な状況が露呈されています。かって藤野渉氏が、竹内良知氏の剽窃論文を徹底批判したことがありましたが、学的世界の論争はあくまで学的であって欲しいものです。とにかく専門職としての制度的訓練が全くなされていません。そうした枠を逸脱した実態があるならば、それはもはや自滅の道をたどるしかないでしょう。この論争に無関心とする山之内靖氏の立場に共感します。それにしてもこのような著作を、出版社はよくだしたものです。(2009/2/14 17:15)

 (追記)
 羽入辰郎『マックス・ウエーバーの犯罪ー『倫理』論文における資料操作の詐欺と「知的誠実性」の崩壊ー』(ミネルヴァ書房 2002年)
 実はこの著作を先に読むべきでした。著者は少壮の研究者として、学界の権威と圧力を覚悟しながら、ウエーバーと大塚久雄の誤謬を精細なテキスト・クリテークの手法を用いて否定的に明らかにしたのです。「詐欺」とまでいっているのですから、権威への挑戦は抜き差しならない震撼をもたらしたのですが、ドイツの学術誌に掲載されることによって先に国際的評価を得たことが、おそらく彼を彼を舞い上がらせた側面があるかも知れません。しかしこの著作は基本的に学術論文として文献学的な精査を通じていますので、決してイデオロギー的な批判ではありません。彼の実証的な傑理論は以下の通りです。
 (1)ウエーバーはcalling概念の資料操作によってプロテスタンテイズムの精神を作為的に資本主義の精神に結びつけた
 (2)ウエーバーはルター聖書のBERUF概念をめぐる資料操作を通じて同じことを作為的に証明しようとした
 (3)ウエーバーはフランクリン自伝の資料操作を通じて同じことを作為した
 (4)従って資本主義の精神とプロテスタンテイズムを結びつけるウエーバーの立論そのものが学術論文としての資格を喪失し、それに無批判的に追随してきた大塚久雄学派には決定的な問題がった
 ここには文献史学の学的営為の緊張関係がみられますが、では羽入氏自身はプロテスタンテイズムと資本主義の精神の相関性をどう考えるのかについては展開されていません。ウエーバーのの権威に実証的に挑戦する内在的批判には教えられるものがありますが、この書をへての世俗的な論争スタイルは学問ではなく非常に頽廃的です。(2009/3/31 18:59)

第245夜:イツハク・カツエネルソン『滅ぼされたユダヤの民の歌』(みすず書房 1999年)
 本書はワルシャワ蜂起に参加し、アウシュヴィッツのガス室で虐殺されたユダヤ系詩人の225の4行からなるホロコースト長編叙事詩です。詩人は1943年10月3日に書き始め、1944年1月18の3ヶ月で完成され、死を予期して収容所の古木の根元に3本の瓶に入れられて埋められ、解放後に発見されました。彼は哀れな仔牛の歌といわれる「ドナドナ」と作者だとも云われますが、あの歌がじつはユダヤ人へのホロコーストを歌ったユダヤ人の歌だとは知りませんでした。この長編詩は、妻と子をすでに強制収容所で失って絶望の淵にあえぐ詩人の哀しみと憎悪が爆発的に噴出していますが、復讐を呼びかけてはいません。想えばユダヤ人の歴史が迫害そのものの歴史であった民族の魂を絶叫とつぶやきの中でうたいあげています。この地獄以外のなにものでもない悲哀の気持ちがほとばしり出ています。シオニズムがただ単なる思想ではなく、生存を賭けた必死の運動に他ならないことを示していますが、現代イスラエル極右のパレスチナへの第2のホロコーストは、ユダヤ民族の悲しい歴史の裏返しのようであり、哀しくなります。この詩にはナチスに魂を売ったユダヤ人警察が、ナチス以上の残酷さで同胞を殺害するふるまいへの激しい糾弾が登場しますが、イスラエル極右とナチユダヤ人警察はメダルの表裏の関係にあるのではないでしょうか。詩人はユダヤ民族の絶滅を歌っていますが、歴史への虚無とも云うべき心性が精神の底に根深くあるのでしょうか。以下は抽出です。(2009/2/12 21:00)

 私はガラス窓を通して見つめていた、私は見た、打ちのめしている者たちをー神よ!
 私は打ちのめしている者たちを目撃した、私は打ちのめされている者たちを目撃したー
 そして私は恥ずかしさでみをよじった・・・おお、なんと恥ずかしいこと、なんと愚かしいこと
 ユダヤ人たちは、私のユダヤ人たちは、ああ、ユダヤ人たち自身によってー殺されたのだ!

 その脇にはドイツ人が一人立っている、彼は独りで笑っているかのようだったー
 このドイツ人は離れて立っている、ドイツ人はー彼は騒ぎに加わろうとはしないのだ
 このドイツ人は、何ということ!彼はユダヤ人を使ってー私のユダヤ人たちを殺したのだ!
 おお、馬車をみよ! 見よ、、おお、この恥辱を、見よ、見よ、この苦しみを!

 語ってくれ、私が知っているのは始まりだけだ・・・始まりはすべてではない、お願いだ
 おまえたちは私に終わりを語らなければならないー私の涙が妨げになるとでも云うのか?
 語ってくれ、私に終わりを、おまえたちが語るなら、私は耳を傾け、静かに泣こう
 語ってくれ、私は一塊の岩だが、打たれれば私から流れ落ちるものがある、石からも滴るものがある

 人々は去っていった、「どこへ?」と誰にも問うな、「どこへ、どこへあなたたちは行くのか」と
 誰にも問うな「どうして?」などと、幸せな奴だ、お前はそれを知らないー問いかけるな!
 助言なんか与えるな、暖かな家に留まりますか、みんなと一緒に旅に出ますか、などと・・・

 青い空よ、どうしてお前はそんなに青いんだ、我々が滅ぼされる時に? どうしてお前はそんなに美しい?

 苦しい、見てしまった私は苦しい・・・いいことだ、そうだ、いいことだ、ユダヤ人の子ども、お前たちがこれを目にしないことは・・・

 私はあたりを見渡し、気がついた、一人のユダヤ人の痩せた肩から布袋が奪われ、地面に投げ落とされた
 すると、その袋が泣き始めたのだ・・・子どもだ! ユダヤ人の子どもだ! 憲兵が怒りの炎を燃やす
 彼は父親を探す・・・彼は子どもに叫ぶ、「父親を言え!」 その少年はじっと父親を見ている
 少年は涙も流さず父親のほうを見る、彼は自分の父親を見つめているが、憲兵に口に出しては教えない!

 まだ頼れるものがある、すがれるものがある・・・私は泣かない、私の目はほんの少し濡れているだけだ

 おお、私のユダヤ人、私の民の最後の者よ、どうして私は盲目ではないのか? どうして私は聾ではないのか?

 なんとしたことだろう、もう誰もいないのだ・・・かっては一つの民族があった、それがもうない・・・一つの民族があった、確かにあった、それがもうない!
 何て物語だろう、モーゼ五書から始まって現在に至る・・・完璧な悲しみに満ちた物語、こんなみごとに誰がいったい語れよう?
 アマレク人の話から、彼らよりたちの悪いドイツ人までの物語・・・おお、遥かな空、広々とした大地、おお、大いなる海ー
 すぐには一致団結するな、この地上の悪人どもを、いましばらくは消し去るな、奴らの始末は奴ら自身につけさせよう!


第244夜:タラル・アサド『自爆テロOne suicide bombing』(青土社 2008年)
 イスラムに回収したロシア系ユダヤ人の外交官を父に(父と姉妹はナチスに殺害される)、サウジの部族長の娘を母にもつ典型的なデイアスポラ知識人で人類学者の自爆テロ論です。正確には自爆攻撃論ですが、テロと攻撃は本質的に異なり、邦訳題名は間違いです。このアラブ系人類学者の自爆テロ論の概要は以下の通りです。

 西欧の暴力集団は国民国家の枠内で活動する内在的存在であるが、イスラムテロは超国境的存在である
 文明の衝突論の問題は、@諸宗教の相互交流の豊かな歴史を無視していることAジハードはイスラム思想の中心概念ではないB戦争(原理的に非道徳ではない)とテロリズム(原理的に悪)の暴力を原理的に区別すること(認容可能な暴力と認容不可能な暴力を区別すること)
 国家テロ→1983年「人的資源利用のための訓練マニュアル」(CIA作成):尋問対象の内的動機による精神的頑強さを枯渇させる→国家テロに対する西欧デモクラシーの持続的大衆の怒りがみられないのは驚き→赤十字は西欧の戦争を文明化する伝道倫理による、西欧軍の兵士は死を覚悟して戦場に向かうのではなくただ殺害のために向かう(戦争技術の近代化)→反テロ戦争の非人道性は長期的には人道的行為である

 圧倒的に無慈悲な的に対する絶望と怒りの表現として共滅という対処しか可能でないという通説は間違い
 自爆行為に関する説明類型
 @宗教的犠牲論(ストレンスキ) 自己犠牲を儀礼形態で聖化する 犠牲ー贈与理論(ヂュルケム、ストレンスキ) 利他的自殺のに分類される宗教的テロリズム
 A政治的抑圧からの逃避論(ジュイユシ)権力の不正への生命を賭した抵抗 例外状況(シュミット)・ホモサケル(アガンベン) 殉難者(パレスチナは殉教者とは呼ばない) *イスラムの7つの死
 B死の願望論(エテイエンヌ) 近代イスラムの死の文化 アラブ世界における西欧の暴力の歴史的蓄積による自爆攻撃の噴出(敵の優越と軽蔑・自己嫌悪の他者への転化) *死への衝動(フロイト)
 C軍事戦略論(ペイプ)  としての自爆攻撃 自爆攻撃統計はイスラム原理主義との相関を示さない(ML主義が多い) 全テロ事件の内自爆を含むものは3%であるが、テロ全犠牲者の50%が自爆被害
 反乱という小規模戦争が優越する敵に向かう戦術
 D政治共同体の構成的暴力論(ユーベン) あらゆる近代国家は共同体維持の暴力を制度化する自己防衛権→自滅攻撃の正当化は西欧の伝統 *アレント

 なぜ西欧は自爆テロに戦慄するか 匿名・突発・突然死(イスラムは自殺は罪である)→アイデンテイテイの危機としての戦慄(PTSD,殺人の美学、官能的陶酔としての死)→最初の自爆攻撃者であるサムソンの劇的で芸術的な英雄的自殺(サムソン物語はイスラエル教科書で讃美される)→生きたままゆっくりと切り刻まれる百刻みの刑(アヘンを飲まされた処刑者は硬骨の内に死んでいく) サデイズムとエロテイシズムの結合→キリストの受難は自らし向けた残酷な自殺行為による愛の贈与(残酷なしによって贖われた永遠の生)→キリスト教は自殺による生命の贈与の宗教→自爆テロは本質的にリベラリズムにに属する

 文明国と非文明国では死の市場における生命の交換価値が異なる→文明国の死は非文明国の死よりも痛ましく思う→テロはこの非対称性の産物である→西欧の正義の戦争こそ国家テロに他ならない→中世カトリシズムの自己犠牲=受苦による救済思想が他者の死への感受性を奪う→世俗主義と結ぶリベラリズムが自爆テロへの恐怖と戦慄を生む→この戦慄が反テロ戦争の正戦論を生む


 私は自爆テロ論についてはじめて本格的な考察を読みましたが、著者の出自がイスラム系であるゆえか、自殺攻撃の歴史的系譜をキリスト教と西欧リベラリズムに求めているように感じました。この点では私は教えられる点が多かったのですが、逆にイスラムやアラブ世界における自殺攻撃の思想的系譜については考察が不足しているように思いました。これがこれがイスラム原理主義の擁護へ向かう客観的効果をもたらしているとすれば、残念なことです。しかし著者が云う文明/非文明の二元論的説明では現代の自殺テロの背景を説明できないことはよく分かりました。
 私は、イラクの反米テロで、女性の知的障害者やレイプ被害者が名誉回復のために自爆攻撃に仕立てられるという事例(もしコレがほんとうなら)を聞いて、テロ思想の頽廃を実感したのですが、こうした事例についての指摘は本書ではありません。(2009/2/11 11:11)

第243夜:アントニオ・ネグリ/マイケル・ハート『国家形態批判 デイオニソスの労働』(人文書院 2008年)
 デイオニソスはギリシャ神話に登場する数奇な運命を歩んだ神で、豊穣とぶどう酒と酩酊を司るとされますが、ニーチェが集団的狂乱と陶酔の文化としてアポロンとと対比して象徴化してから、デイオニソス的とアポロン的と形容されるようになりました。では著者たちの云うデイオニソス的な労働とはなんでしょうか。
 本書は第1章批判としてのコミュニズムで、コミュニズムの不滅性を論じ、第2章ケインズ国家論で労働の資本への包摂としての国家の調整を分析し、第3章憲法における労働で社会賃金論を解明し、さらに第7章にかけてポストモダン期における新たな変革としてのマルチチュードによる構成的権力を論じます。

 コミュニズムとはギリシャ語ぼ語源で恐竜という意味であり、それは不滅である

 彼は、現代資本主義において、労働は資本に包摂され、市民社会は国家に包摂されてしまい、従来の労働運動や社会運動はもはや有効性を奪われている。しかしこうして死んでしまった労働は、知的情報労働のネットワークの浸透によって生きた労働としてよみがえり、それに対して資本が制御・統制することは不可能となった。この新たな労働による構成的権力がコミュニズムを準備するだろうーざっと要約するとこうした立論です。しかしほんとうに知的情報労働は資本の関与を許さない独自の領域となっているかは疑問です。たしかに生産ー流通ー消費の全領域の電子化が進んではいますが、それはむしろ資本の先端的な活動としてあり、情報労働も資本の専制のもとで展開されています。こうした情報労働の一方的な宣揚は、物質労働と労働運動や社会運動の退潮を不可避として認める役割を果たしているのではないでしょうか。証券・金融市場の暴走から発した世界大不況が物質労働の市場を席巻し、大量の貧困を生みだしている現在をみれば明らかです。こうした大不況に情報労働が加担したシステムのほうがむしろ問われなければなりません。
 彼の立論の誤謬の原点は、資本ー労働という近代システムが解体したと称するポスト・モダン論を懐疑なく置いているところにあります。彼は資本の限界効率を維持するシステムとして、旧ソ連型国家資本主義とニューデイール(ケインズ国家)の2つのタイプを考え、これらはいずれも利子率の傾向的低下の法則を制御する均衡への探求とみなします。

 「イタリアは労働にもとづく民主的共和国である」(イタリア憲法第1条)によって、労働と市民社会が国家に包摂される時代が始まり、すでに資本国家のなかで社会主義が実質的に浸透したが、これはコミュニズムではなく、資本の専制の最高形態に過ぎないのだと云います。これが1968年と1989年を景気に、資本は新たなシステム再編に背理、もはや労働と市民との矛盾関係を亡くしたかのような国家が出現したとします。第4章ぐらいまでは難解で、著者も訳者もほんとうに分かっているのかと疑いたくなります。従って彼はネオ・グラムシ派や構造主義的変革論を幻想と批判し、国家独占資本主義論の亜種に他ならないとします。ハーバーマス的公共性論も希望の原理による主観性に過ぎないとします。
 もっとも面白かったのは、ロールズ正義論を、ルソー的一般意志と批判し、人間のいない自己調整的アンドロイドの正義論とし、ローテイーを社会的存在をはぎ取られた抽象的主体の正義論と攻撃します。両者とも生産と労働を切り離したシステム論とする議論は共感を覚えました。しかしフーコーやドウルーズの管理論を援用した社会運動の消滅論には現実性がありません。
 もうひとつ面白かったのは暴力論です。彼は現代の闘争は、伝統的異議申し立ての制度運動が消失した結果、非暴力とテロリズムという2つの形態を採っているとし、この両者は象徴的なメッセージ性にに基本を置くことで、同じなのだと云います。そしてある種の暴力を肯定するのです。ここに「赤い旅団の理論的指導者」(?)としての彼の独自の主張が見え隠れしています。誤植と校正ミスが多く翻訳がずさんです。(2009/2/8 11:41)

第242夜:小野十三郎『詩論+続詩論+想像力=小野十三郎』(思潮社 2008年)
 先ず私は詩を読んだり、書いたりする人間ではありません。せいぜい、石垣りん、芝木のり子など小野から言わせれば、おそらく詩に値しないメッセージ性の強い詩に触れていた程度です。詩論を読んだのはおそらくはじめてでしょう。一読して驚きました。緻密で鋭利な分析が詩の世界に加えられ、文章は平易ですが、哲学的認識論ないし表現論を読んでいるようで驚かされました。しかもその多くが、昭和17年という太平洋戦争緒戦の華やかな時代であり、戦況が悪化する昭和18年を持って中断しています。ファナテックな戦時の渦中にあって、このような怜悧な思索が展開されていることに衝撃を受けました。多くの詩人や芸術家が戦争讃美の作品を大量に垂れ流している狂喜の時代にあって。
 確かにこの論集は、当時の時代の刻印を受け、科学主義に侵されていたり(これは科学の合理による狂気への批判を隠しているのかも知れませんが)、芸術家と大衆という二項対立的な分析基軸が見られますが、それさえも錯綜した関係として捉えているように思います。議論のポイントは、短歌的抒情の否定と、音楽的手法から絵画造形的手法への転換を呼びかけ、その基本を文字表現による批評精神としている点だと思います。、

 戦時期の藤田嗣治の戦争画に対する評価に注目しました。「戦争画家に与えた影響のもっとも顕著な兆候は、絵画の中に失われていた文学的要素が、戦争を契機として復活したこと・・・・これが絵画技術自体の進歩にどこまで作用したかは即断できない・・・新しい主題がただちに画家の精神を更新するものとも思われない・・・取材の積極性が画家の精神や技術にもたらす作用は、もたらす作用は、遅々たるもので、画家が直接前面の目標にしているものよりも、より多く背後に播但する習慣や偏見や因習に対して働きかけることによって意味がある。詩や文学にいきなり飛びついた絵画が、絵画としての腰が定まらず、その多くが単なる風俗画や装飾画に終わっていることは、近頃の展覧会の絵を観ても分かる。・・・・ヴァレリーが「風景画の発達は絵画芸術における理知的内容の著しい減少と不可避な関係を有している」という「言葉は、ゴーガンが近代美術の堕落を、文学的表現権を放棄した印象派画家達の罪に帰しているのと軌を一にして面白い。自己の生活の背後の頽廃や疲労をこういう風に感じた者は、彼が画家であれ、詩人であれ、、小説家であれ信じるに足る。戦争中も花や風景ばかり描いていたことを「抵抗」だと心得ていた画家がいる。日本では節を曲げないと云うことはそういう意味だ」
 この静かだが痛烈な戦争画批判が戦争初期に書かれていたことに驚嘆します。その批判がたんなる戦争宣揚責任というだけでなく、芸術の創造の質において批判している点が素晴らしい。ほんとうに昭和17年の文章だろうかと思うほどだ。彼は一貫して感傷に頽落していく日本的抒情を批判し、詩の批評精神を宣揚します。それを湿潤な日本文化というような風土論とも結びつけていますが、それが工業や科学の無機質性を讃美するに到るや、科学主義の時代的限界を露呈しているとも云えます。さらに彼は生活詩や労働詩の世界をも、詩の精神をくぐっていない粗野な表現と批判しているようです。
 叙情的表現の否定は、いわば音楽的表現と同質であり、音楽的表現も否定の対象となる。ただし彼が経験しえた音楽世界は、当時の軍事音楽に彩られた限界があり、違った音楽と結ぶ機会がなかったのではないだろうか。

 「知性や批評精神は、感情から認識到る中間に存在するものではなく、感情そのもの中にあってその感情の質を決定づけているものだ」「豊かな生活経験から想像力が屈折して生まれてくるのであって、ある観念や思想に直結する想像力ではない」・・・・ウーンこれはまさに詩人による認識論の構成です。

 鋭い批判的考察に満ちた思索の展開は、彼自身の頭脳のものであり、ほとんど他者の引用なく展開していくのが素晴らしい。これはじっくりと対話しながら読む本であり、哲学書と言ってよい。(2009/1/28 16:47)
 
第241夜:ジャック・デリダ『マルクスの亡霊たち』(藤原書店 2007年)
 この高名なフランス現代哲学者の本格的な著作を読むのはじつは初めてなのですが、それはいつにかかって彼がマルクスについて書いているからです。いったい脱構築を主要な方法論として、ポスト構造主義の旗手と言われるこの哲学者がマルクスをどう論じているのか、興味をいだいたのです。読み始めて大いに戸惑いました。こうした独特の感性的な文体は、従来のマルクス論にはなかったものです。思考様式のフランス的文化の雰囲気になれていなければとてもついて行かれません。この書は1993年に刊行されていますから、旧ソ連崩壊後のマルクス主義の世界的退潮の中で、あえてマルクスの擁護に転じているのは、フランス思潮の分厚い歴史を感じますが、ほとんど現実の動態とは無関係に論じていますので、象徴的な言い回しとアフォリズムにとまどいます。
 マルクス主義と構造主義を統合するような挑戦が、当時のフランス前衛知識人に目立ったようですが、現実の社会動向との緊迫した応酬がありませんので、容易に華やかな街頭主義や一揆主義に幻惑される限界もあったようです。デリダの同僚のほとんどが、毛沢東主義に傾斜していく浅はかさに象徴されています。残念ですが、内容分析する力量はありません。(2009/1/25 12:00)
 
第240夜:エルンスト・ブロッホ『マルクス論』(作品社 1998年)
 ブロッホはユートピア思想や表現主義の影響を受けた独自のマルクス主義思想を展開しました。ナチスの迫害を受けて米国での亡命生活を経て、戦後東ドイツのライプチッヒ大学に帰還しますが、スターリニズムの修正主義批判を受けて西ドイツに行き、そこで没します。彼の言説の特徴は、教条的マルク楠主義にはみられない自由奔放なアフォリズムや箴言的叙述に溢れ、それがマルクス主義理論と共存しているところにあるようです。ベンヤミンのような独自の表現とも似た考察と、マルクス主義への信仰的な肯定が散りばめられていますが、本質的にはユマニストであるような気がします。ここが客観主義的なスターリン哲学と共存できなかった所以でしょうか。東独在職中はマルクス主義への讃美が目立ちますが、西独以降はスターリン的歪曲への攻撃が目立ちます。

 微笑むことでもできるのでなければ、解放力をもつ助力ではない。
 人間的なものをさわやかで濃厚な空気のなかに連れ出さなくてはならない。そうすれば人間的なものは歩き出し、内面的な者だけの生き方の外へ出て行くだろう。
 キリストの払いで飲む横着な来世的ない実で考えられもしなくなった時に、キリスト教はトーマス・ミュンツアーによって緊張を失ったろうか。
 マルクス以前の思想家は、本質的に書物のなかで世界を哲学化することに満足してきた。
 みんなと同じことを言うのは臆病者だけ、一般的なことから離れないのは嘘つきだけである
 不幸のなかに不幸だけを見るのではなく、そこにそこに転換点をも見て取る力をマルクスは与える
 マルクスの3つの意図(1)政治的現在にあって探偵型批判(虚偽を見ぬく力)、(2)過去を見る時の検波器型批判(歴史の基底を見る 身分制社会にはフーガ形式が対応し、ブルジョア社会ではソナタ形式が対応 奴隷制にあってはプラトン的直観、ブルジョア社会にあってはカント的産出、だがヘーゲルにあっては自己の拘束性と党派性を意識していた (3)党派性越えた党派性(赤色図式主義でもなく小市民的不満屋でもなく)
 すでに調理された餌にしかとびつかない者は哀れだ。驚きとともに生成しつつ学ぶ者はこころを揺りうごかす所を見つける。友人はこのようにして現れる。
 世界の外に身を置くことは人間にとっても、現存在における人間固有の存在にとっても役に立たない
 ハイゼンベルグの不確定性原理は、自己の合理化を極限まで進めながら全体の非合理に結果する晩期資本主義の不確定性の表現だ。
 革命の時刻表改正で、ロシアがいきなり革命主体の臨時始発列車となって走り出し、ソ連社会主義はツアーリズムの上にプロレタリア独裁をうち立てた
 バクーニン主義は搾取経済ではなく国家のみを悪の基盤として撃ち、専制に対する爆薬であった(評議会もソビエトもアナーキズム起源なのである)
 窮乏化理論は高度資本主義国家ではあてはまらない
 ローザ・ルクセンブルグの定式、デモクラシーなき社会主義はない、個人の共同決定なき社会主義はないという定式は、充分に遺産相続されていない。直立歩行のための整形外科手術は焦眉の緊急課題であり、人間的社会主義は直立歩行を至高の人権としてもつ
 目覚めているものこそ予見的に夢みる。社会主義を無力にしたのは、具体性と解放性に位置づけられたポテンシャリテイのつなぎ目を埋めるユートピアが貧弱であったからだ。(2009/1/12 13:42)

第239夜:竹内辰郎『詩人の戦後日記 1951・2・17<査問>とは何だったのか』(オリジン出版センター 1993年)
 私は竹内辰郎という詩人についてはほとんど知りません。この書は早稲田古本屋の店頭で100円で売っていたので買ってみたのです。この詩人は、かっての新日本文学会の編集幹部としてあり、日本共産党の50年分裂の渦中にあって、国際派であったがスパイとみなされ、窪川鶴次郎・中野重治・水野明善などの査問を受けた体験を語り、その前後の日記で編纂されています。安藤仁兵衛や蔵原惟人・野間宏・佐々木甚一などの著名人が登場しますので、、左翼文学界での相当な位置にいたことが分かります。スパイの疑惑は払拭されたようですが、窪川を中心とする非人間的態度にかなりの衝撃を受けたようで、それを契機に左翼文学運動から身を引いたようです。雑感と日記、詩のみで構成されていますので、当時の客観的状況とそれぞれの立ち位置についての説明がないので、渦中にいた者はその状況が理解できるでしょうが、その点がこの著書の最大の難点です。しかしある秘密性を帯びた組織における分裂がどのように人間を歪め、宗教的な異端裁判と同質化するかが如実に表れています。(2009/1/11 20:28)

第238夜:尾崎秀実『ゾルゲ事件上申書』(岩波書店 2003年)
 ゾルゲ事件に連座して処刑された尾崎秀実の第1審死刑判決の前に記された上申書(1)と、上告棄却される大審院判決の前に記された上申書(2)及び、第27回検事尋問調書から編纂されています。内務省警保局保安課『特高月報』のはしがきが付され、(1)は「死に直面して我が家、わが故郷、我が祖国をを思い、ついには我が国体の尊厳に触れて、これまでに犯した罪の怖さに慄然となり苦悩する思想犯罪者の転向過程には、まことに味わうべきものがあろう」と転向政策のモデルとされ、(2)では「悠久の大義に生きるべく思想的営為に懸命に努力している・・・・一読の価値あるもの」とされています。
 彼のスパイ活動の戦略は、トロツキー世界革命論の敗北とスターリン一国社会主義への展開のなかで、中国革命による日本革命への展望を語るなかにあります。しかし逮捕後においてはそのような革命論を放棄し、マルクス主義批判と東亜共同体による新秩序構想に転換しています。「大東亜戦争」によるアジア民族解放論を宣揚し、天皇制絶対主義を讃美していく言説は転向の痛ましさを示しています。それは、自らの行為によって破局に到る家族と友人への慚愧の真情とあいまって、天皇制絶対主義の野蛮さに屈した日本知識人の痛ましい限界を浮き彫りにしています。誠実であればあるほどに、家族を媒介とする転向という日本的現象の無残さを痛感にいたいsます。
 ものがきとして一生を終えたジャーナリストが、最後に記す上申書という文章を記す歓びすら吐露している部分は絶句します。しかしゾルゲや宮城を批判する言説は一切なく、彼の人間的誠実さを思います。ただし解説を記しているのが、松本健一という極右評論家であるのは、何とも最大のミスマッチであり、尾崎の尊厳を汚すものです。コミュニスト・スパイという絶対の確信犯が、天皇制に屈服していく過程と、転向左翼の東亜共同体論への参入は、日本型政治思想犯の一般的パターンであるといえばそれまでですが、そこに流れる人間的感性がピュアーであればあるほど、天皇制の戦争責任への峻烈な告発の課題が後世に委ねられています。(2009/1/9 15:38)

第237夜:マルセル・バイヤー『夜に甦る声』(三修社 1997年)
 現代ドイツにはこのようにナチスを描く小説が登場しているのだと知ってある種の感慨をいだきます。登場人物は、驚くべきことに宣伝相ゲッペルスの6人の子どもたちと、音響技師であり、この2人がカノン風に敗北間近の指令司令部地下壕で、最後は母親によって毒殺される子どもたちの最後を描きます。映画「ヒトラー最後の6日間」のように淡々とリアルに断末魔の最後を描いていきますが、どうしてこのように客観的に冷ややかに描写する作品が多くなっているのか分かりません。ナチスの残酷さは、ヒトラーの侍医である医者が発声機関を人体実験して標本にする当たりに出てきますが、それもナチスを告発しているような記述ではありません。ゲッペルスも子煩悩な父親として登場します。これではこれではナチスの本質である悪魔的狂気を描いたとは云えないでしょう。ストリートしては面白いのですが、深みも感動もありません。(2009/1/9 9:10)

第236夜:ヘルター・ミュラー『狙われたキツネ』(三修社 1997年)
 1989年のルーマニア・チャウシェスク政権の崩壊過程を生きた、ごく平凡な女教師とその恋人である兵士を中心にした、いわば傷跡文学であろうか。傷跡といっても日本の転向小説ではなく、秘密警察の監視の恐怖を生きる市民生活が描かれる。そこここに性的描写が露骨にあるのは、体制を越えたヒューマニテイの問題なのだろうか。ひとたび監視下に置かれると、世界のすべてが自分を監視しているような究極の閉塞感に打ちのめされる。
 読み始めるとグイグイとひきづり込まれる小説と、つまづいて読み飛ばしてしまう小説に分けれるような気がするが、この小説は後者だ。何かゴツゴツした消化されない文体で流れがなく、やたらに人名が登場するので読みにくいことこの上ない。抒情を一切排除した硬質の文章は、逆に感情を喚起するが、この小説はそうではなかった。むしろ人間解放をめざして多数の犠牲を払って実現したはずの社会主義システムが、なぜこのような牢獄のような警察国家に変貌するのか、ここに究明すべき原理的な問題がある。

 もし魂なんてものがあるんなら、死ぬ前に飲んだ最後の一滴、胃袋が消化しきれなかったもの、それが魂なのさ
 結婚式は禁止されているんだぞ、なにしろ集会が禁止されてるんだからな

 惨たらしく処刑されたチャウシェスク夫妻の後に、移行した市場経済はいったいどのようなルーマニアをもたらしているのだろうか。私はルーマニアというと、女子体操のコマネチを想い起こす。世界の妖精といわれたコマネチは、祖国では秘密警察の監視下に置かれ、自殺未遂の後についに亡命する。痛々しいのは、彼女がチャウシェスクの次男の愛玩動物として肉体を弄ばれたことだ。(2009/1/6 8:45)

第235夜:アラモ・オリヴェイラ『チョコレートはもういらない』(ランダムハウス講談社 2008年)
 ポルトガル領アソーレス諸島テルセイラ島は、それまで半農半漁の父系性共同体が内部完結的に営まれていましたが、第2次大戦時の米軍基地設置によって、米国型生活様式がもたらされ、チョコレートに象徴される米国の豊かさを求めて、米国への移民現象が誘発されます。この小説は、アソーレス移民家族のアメリカ的生活にアイデンテテイ喪失を刻まれた精神の彷徨を描きます。ケネデイ暗殺やポルトガル革命による社会主義政権による文化変容に弄ばれる移民の心性がリアルに浮き彫りとなります。アメリカでの辛苦の労働の果てに手に入れたある豊かさと、故郷への帰還にある埋めようもない隔絶、2世と3世の間に生まれる文化摩擦の切ない描写は、移民の心性を取り返しのつかない傷みのトラウマとなって刻まれ、異国の地で果てていく家族の変容を望郷の失意とともに繰りひろげられます。
 アメリカ・イズ・ビューテイフル、どうしてアメリカに死刑があるんだ・・・アメリカの自由の虚妄が、俺はなんのためにチョコレートを求めたのか!それは硬い自由だったのだ! バルザック風のリアルな心理描写は傷を負ったものの心性を切なくえぐります。(2009/1/5 17:54)

第234夜:趙南哲『詩画集 グッバイ アメリカ』(アートン 2003年)
 アメリカ帝国の単独行動主義を痛烈に風刺する在日朝鮮人の詩集です。全部で20編ですが、1編を紹介します。

  アメリカ19

 オレたちは持ってもいいが
 おまえたちは持ってはいけない

 オレたちは使ってもいいが
 おまえたちは使ってはいけない

 オレたちは何をしてもいいが
 おまえたちはなにもしてはいけない

 オレたちは反映する国土と国民を守ってもいいが
 おまえたちは荒廃する国土と支配された国民を守ってはいけない

 オレたちはやられる前にやってもいいが
 おまえたちはやられてもやり返してはいけない

 オレたちはアメリカだから殺してもいいが
 おまえたちはアメリカではないから殺してはいけない

 
第233夜:磯前順一・ハリーハルトウーニアン『マルクス主義という経験 19030−40年代日本の歴史学』(青木書店 2008年)
 本書は、戦後歴史学のフレームの基本となったマルクス主義歴史学の戦前期における形成過程を研究テーマとする戦後歴史学研究会の研究成果と、ハーバード・ライシャワー研究所の日米比較歴史研究会の2つのグループが合流して、戦前期日本マルクス主義史学の再審と再評価をめざしたものです。その基本的な視座は、戦後マルクス主義史学は市民権を獲得するとともに、戦中期の最良の遺産を失い、緊張感をなくした現状肯定の歴史叙述となった。それは理論そのものを実体化していったのだーというところにあります。
 全部で8本の論文から構成されていますが、私が興味を持ったのは次の論文です。
 内田好昭「歴史過程としての先史ーマルクス主義歴史学と考古学的文化史」→神話的先史記述に替わる先史の戦前期のの蓄積が非常に分かりやすく整理されています。先住民先史論→労働用具論(渡部義通)→原始農業論(森本六爾)→磨製石斧論(山内清男)→階級発生論(禰津正志)などの戦前期研究は現代の論点のほとんどをすでに提起していた。
 李成市「植民地朝鮮におけるマルクス主義史学」→私はこの論文で白南雲『朝鮮社会経済史』という1930年代の唯物史観朝鮮史の労作を知りました。著者は戦後に北朝鮮の教育相に就任したそうですが、当時の朝鮮史が朝鮮特殊停滞論による植民地合理化論という主流に対し、はじめて世界史的歴史法則の視点から朝鮮史を分析したものです。李論文はこの著作に焦点にして戦前期朝鮮史研究の到達点と限界を明らかにしています。
 酒井直樹「否定性と歴史主義の時間」→この論文は戦後民主主義の代表的研究者として丸山真男と家永三郎の戦時期の代表作『日本政治思想史研究』『日本思想史における否定の論理の発達』を東亜共同体論による帝国的ナショナリズムの書として批判し、家永は戦後に贖罪からから出発したが、丸山は沈黙に終始し、両者とも転向であると規定する、ー驚くべき刺激的な主張を展開しています。そうした論理構造の基底に、ファッシズムと帝国的国民主義を峻別し得なかった日本知識人の感性があるとします。ファッシズムに抵抗しながらなぜ帝国的国民主義(東亜共同体論)にのめり込んでいったのか、を明らかにしようとします。その予備作業として彼らが影響を受けた田辺元と三木清の主体性論を、ハイデッガーの現存在分析とからませて特質をえぐり出そうとします。結論的には、ファッシズムと帝国主義を同一化する単純化が、国民主義と人種主義が重なっていくのだという。丸山・家永への否定的評価を初めて知り、非常に刺激的な論文でした。(2009/1/3 10:35)

第232夜:レイナルド・アレナス『ハバナへの旅』(現代企画室 2001年)
 年末のキューバ旅行に向けてキューバ関係資料を集めていた時に、ある本屋で手にしたものです。アレナスは、カストロ派のゲリラ活動に参加しましたが、革命後の政策に疑問を抱き、しだいに批判的な作品を発表し、自身の同性愛を攻撃されて、投獄の果てに米国に亡命しました。しかし米国の自由がカネに他ならない現実に絶望し、自殺しています。この小説は異国での亡命生活の絶望と青春期ハバナへの望郷が入り交じった作品です。反革命とCIAからの革命防衛期の厳しいキューバ内部の情勢がうかがえます。外国人専用ホテルの監視や、海水浴場の特権などヴィヴィッドに活写されています。いわばソルジェニーツインのキューバ版でしょうか。中間知識人の革命政策に単純についていけない内面の煩悶といえるでしょうが、バチスタ政権と革命の必然性については一切ありません。反革命に対する緊迫した防衛闘争は、こうした中間層の存在を許さない厳しさがあったのかも知れません。ただし革命キューバを単純な牢獄国家として描くのは、全体を見れない感性と思想の限界があるような気がします。キューバ旅行中のガイド(ハバナ大学教授 女性)にアレナスのことを聞いたら、よく知っていました。どう思うかと聞いたら「、「たとえ米国にいようとも、同じキューバ人です。」と毅然とした矜持でもって答えていました。ここにわたしはキューバ革命の奥深さを感じたのですが、一方ではこうした中間派を包摂し得ない限界の課題の重さも感じました。小説自身は緊迫した内面の描写が迫力を持って描かれ、亡命者の内面に迫り得ています。作家は最後に自殺していますが、そこに革命のひかりと影が凝集しています。外部の当事者でない他者が評論するのはむつかしい。その点で訳者のあとがきはあまりにおさなく、おめでたい。(2009/1/1 11:44)
 
第231夜:ファン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』(岩波文庫 1992年)
 ウーン中南米ラテン系の土俗的心性が沈殿して吹き出しているような小説だ。生者と死者、過去と現在が交錯する前衛的な手法に、ことばの端々に深い箴言的なメッセージが交錯し、プレ・モダンの血縁と地縁共同体の血なまぐさい情念が噴出しているようで、直情を刺激される。そうした独特のラテン系文学として、ガルシア・マルケス『百年の孤独』とならぶ古典的名作とされてそうだが、そこには西欧のオリエンタリズム的な評価のまなざしがあるような気もする。要するにあまりの異世界に心性を突きつけられて戸惑うのだ。しかし方法そのものは極めて実験的で斬新なものであり、ラテン系文学の独自性が浮かび上がっている。率直に言ってわたしは、こうしたプレ・モダンの血のような文学は理解できる感性を持ち合わせていない。西欧ではギリシャ悲劇をもっとドス暗くしているような感じだ。ただし、中南米の大土地所有制のもとでの前近代的共同性と性のデモーニッシュな爆発的表出は分からないでもない。日本では中上健二の世界だろうか。(2009/1/1 11:05)

第230夜:J・M・クッツエー『鉄の時代』(河出書房新社 2008年)
 とても硬質というか、粘着質というか、独白に近い文体で読みにくい(訳ではなく原文がそうなのだろう)。アパルトヘイト下の南アで生きる老女の内面の意識に焦点を絞り、差別そのもののリアルな描写や事件ではなく、白人加害人種の(しかも女性)の差別問題への主体的な抵抗への関与を複雑な心理描写で表現している。老女の心情をこれだけ精細に描写する男性作家も珍しい。テーマは差別と同時に老いの孤独と死への受容にある。私が関心を抱いたのは、同じ白人人種の罪責に対して、加害者内部に贖罪の意識がどうあるのかということだ。かなり象徴的な表現も多く、読者は相当の想像力を要求される。最後の1行が素晴らしい効果を与えている。死の表現はこのようにするのか!と思う。幾つかの印象深い文を紹介する。どうして日本ではこういった時代と正面から切り結ぶ作品が出ないのだろう。

 終焉の訪れ方は、どこか品位を貶めるものがある(老境にあって)
 私は癌なのよ。この人生で耐えてきた恥がつもりつもって癌になった。自己嫌悪から身体が悪性のものへ転化しておのれ自身を食い荒らし始める。(同上)
 同志の絆というのは、死の神秘的解釈に他なりません。・・・・未来は偽装してやってくるものだから。もしも未来が剥きだしの姿でやってきたら、私たちはそれを見て、石のように動けなくなるはずよ(実力の抵抗運動に参加した少年に対して)
 恥のなかで息、恥にまみれて死ぬ、惜しまれることもなく、何処とも知れぬところで。私は自分だけを切り離そうとは思わなかった。汚い仕事をやった人間、・・・ある意味で彼らは私のなかにも住んでいるから。代償ははるかに高くつく。私は計算間違いをしていたのよ。名誉ある人間はその魂においていかなる被害をも被らずに済むことも可能だ、という考えは、・・・私が計算間違いしたのは全量であること以上のものが要求されることだった(アパルトヘイトへの加害責任に対して)
 でも残されたこの人のことはすこしだけ考えてあげて。泳ぐことはできないし、また飛び方も知らないの
(後継世代に対し)    (2008/12/22 11:00)

第229夜:ジョージ・ターナー『ヒトラーの弁明 サンクリストバルへのA・Hの移送』(三交社 1992年)
 ナチス崩壊後に大量の幹部が海外に逃亡し、多くは南米に隠れ住み、ナチ・ハンターといわれる追跡機関が必死に探索し、アイヒマンのような逮捕・処刑劇も生まれた。この問題をめぐって逮捕後の戦犯の処遇と裁判をめぐる深刻な関係国の主権をめぐる国際問題が誘発された。この作品はヒトラーが実は生存して南米に隠棲していたというフィクションをもとに、秘密機関による捜索と逮捕を経て、最後は裁判でのヒトラーの弁明で終わっている。著者はウイーン出身のユダヤ人として米国に亡命し、大学で文学を教えている研究者である。
 第1にナチスのホロコーストに対する凄まじい告発に圧倒される。600万の犠牲者の全員を登場させるような迫力で、延々と10頁に渡って個別の虐殺シーンが象徴的に取りあげられて、ナチスの非人間性を告発している。
 第2に最終章で展開されるヒトラーの自己弁明で、作者自身のユダヤ観とナチス観が展開されている。ヒトラーの最後の弁明は、まるでソクラテスの弁明のような堂々たる弁論で、ナチスを直接・間接にわたって支持した連合国や一般市民の責任を追及し、まるで全人類に替わってユダヤ人を処理したのだーという逆告発で終わっている。そこでは次のような段階論的主張が繰りひろげられる。
 (1)ユダヤ選民思想によるユダヤ人の傲慢・残忍・狡猾・暴虐・圧政 ナチス人種主義はユダヤ人種主義の裏返し
 (2)ユダヤ人・イエスの自己否定・愛他主義の偽善による人類の奴隷化
 (3)ユダヤ系ボルシェヴィキ(マルクス、トロッキー、ルクセンブルグ、カーメネフ)の平等神話による拷問・暴政・戦争・スターリン収容所群島の犠牲者3000万人
 (4)もしホロコーストがなかったなら、現代のイスラエル建国はなかった
 以上の事実は全世界がユダヤ民族の処理を希望していたことを示す、私こそが真のメシアであった

 作者はナチス思想がユダヤへの偏見を最大限に組織して民衆心性を動員することに成功したことを見極めつつ、なお破廉恥に協力した無為の市民の責任を問いかけている。しかしユダヤ人のパレスチナ移住とイスラエル建国は厳格に区別しなければならないとすれば、ヒトラーのデマゴギーは明らかだ。しかしこうした主張が現代でも一定の支持を得て、ネオ・ナチとしてあることを鋭く批判している。(2008/12/19 23:00)

第228夜:ダン・トウイー・チャム『トウイーの日記』(経済界 2008年)
 ベトナムでベストセラーは4千ー5千部を指すそうですが、この書はなんと50万部を売り上げる大ベストセラーになったそうです。なぜ35年前のベトナム戦争で死んだ娘の手記が、今頃出版されたかというと、戦場でこの日記を拾った米兵が日記に感動してたまたま処分せずに米国に持って帰り、娘の母親の元へ2005年に郵便で送り返したことをきっかけに出版に到ったからです。ベトナム民族を大動員して膨大な犠牲者を出して実現した解放は、一人一人がかけがえのない命の物語を綴ってこの世を去ったはずですが、戦争の記録や小説の多くは自らを犠牲にしたヒロイックな物語はほとんどで、赤裸々な内面を吐露した作品はほとんどなかったか、公開されても対敵通事者として非難されてきました。この日記は、味方の恥部や醜いところ、党の問題も率直に披瀝しているところに、ベトナム人の琴線に触れるものがあったのでしょう。
 そんな裏面も想像すれば当たり前のことで、わざわざいま出版することもないように思いますが、なにかかえっていまの時代では新鮮な記憶を呼び覚まされるような気持ちになります。医科大学を卒業して22歳で戦場に志願した娘医師のウソ偽りのな真実があります。愛や友情、党との関係で悩み苦しみながらも、激しい爆撃と白兵戦の渦中で戦友の傷ついた身体を必死で治療する少女のけなげさが際だっています。こうした民族を攻撃する米軍に勝利はないことを証し、莫大な犠牲をはらって献身していく崇高な魂が文字どおり必死のなかで醸成されていたことが分かります。保存した米兵が、自分はこの日記の少女に恋をし始めたーと記していますが、それほどに少女のピュアーな魂は人を打つものがあります。少女は密告者によって敵軍に射殺されてしまいます。
 幾つか強く印象に残ったことは、第1はやはりベトナム労働党の権威は神の如くであり、しかも解放後の社会主義の幸福を心底から信じて死んで言っていることです。目的は民族解放という近代民主主義的目標がストレートに社会主義建設と結びついていることです。それが現在のベトナムの市場社会主義建設のなかで誘発されている資本主義的頽廃とあまりに非対称的であり、誤解を恐れず云えば、解放戦士の膨大な死は後世から裏切られていると云うことですが、ここに何とも云えない複雑な感慨が浮かんでくるのです。
 第2はこの日記のベストセラー後に彼女は民族英雄として、さまざまのモニュメントや施設が彼女の名前を冠して建設されていることです。こうしたフォーマルに進む顕彰事業と経済開発の実態が彩なすコントラストに、一筋縄ではいかない歴史のダイナミズムの影と光を感じるのです。
 第3は戦火の最中にあって、ベトナムの若い男女がどの国の若者とも同じく、恋愛への憧憬と自由を求めて美しく生きていることです。こうした人間的営為を無残に汚す米軍の非人間性と米国人の無反省は現代のイラクまで続いていることです。アメリカの虚像に尻尾を振って媚びへつらっている日本の知識人の浅慮の恥ずべき姿はいつまでも救いがたいものがあります。少女のピュアーな美しい生活が浮き彫りになればなるほど、対極にあるアメリカと日本の醜さに打ちのめされてしまいます。
 ベトナム戦争の渦中で日本を訪問したベトナム歌舞団の公演を、満員の名古屋市体育館で鑑賞したことを思い浮かべます。アオザイを着た娘たちが、竹を使った華やかな踊りを披露したことを鮮やかに覚えています。会場は異様な昂奮状態となって、ベトナム解放勢力との「連帯」の心情が爆発しましたが、いまやあのような感情の共有は夢のようになってしまいました。そして帰国後の歌舞団の娘達が、みんな戦場の公演で爆撃を受けて戦死した悲劇も浮かび上がってきます。いったい人間の崇高な自己犠牲の行動の果てに実現した目標の次にどのような社会が来るのか?あらゆる20世紀の美しい物語は、その次の段階の歴史の失敗を刻んで市場主義に包摂されていきました。ここに歴史をこれから刻んでいく者の深刻な課題があるような気がします。(2008/12/16 14:18)

第227夜:アントニオ・タブッキ『供述によるとペレイラは・・・・』(白水ブックス 2007年)
 私はこのイタリア人作家のことをまったく知らず、また作品も読んだことがありませんでしたが、書評を見てなんとなく手にした次第ですが、読み始めると息をつかせにような展開で、一気に読了しました。作者の緻密な構成とさりげない述懐のような独白を通して、アッと驚くような結末が待っています。久しぶりに小説らしい小説にであって堪能しました。ごく普通の市井に生きる市民の日常が、ファッシズムと遭遇して変貌していく筆致は素晴らしい筆力だと思います。日本の作家にはない、小説を書くと云うことの原点が生き生きと静かにあります。しかし時代とテーマはシリアスそのものであり、底には筆者の深い人間観察と認識があります。1994年のイタリア政局の極右化に危機感をいだいた作者の渾身の力作ですが、長編ではなく中編といった方がよいでしょう。
 場面はヒトラーがオウストリアを併合し、スペイン市民戦争の渦中にあるポルトガルのリスボンに設定されています。夕刊紙の文芸欄を担当する非政治的なスタンスを守ってきたジャーナリストが、フトしたきっかけで地下運動をする若い青年男女2人と出会い、独裁政権への抵抗運動に知らず知らずのうちに加担し、次第に政治的に目覚め、最後は亡命と逮捕に終わるという、当時の西欧ではごくありふれたストリーなのですが、構成が素晴らしく次はどうなるのかーと引きこまれていきます。静かにごく普通の日常を描きながら、ファシズムへの加担の抵抗に分かれていく様が自然に描かれていきますが、深いところで人間の生・老・死の過程で尊厳ある生き方は何かを問いかけているようです。教訓的説教したり、宣伝するような表現は一切ないがゆえに、読む人のこころにしみとおるように響いてきます。おそらく主人公は処刑されたのでしょうが、それを描かずに想像に任せたところに、かえってファッシズムに象徴される非人間的なものへの怒りが深く沈潜していきます。もし私が小説を書くとすれば、このように描くべきだというモデルを示しているようにも思えました。それにしても欧州の文学の深さと時代に媚びない精神の高貴さを思い知らされました。ただしあくまで個の視点で生きる市民の誠実であり、抵抗運動そのもの精神をテーマとはしていません。だからこそかえって抵抗運動の精神が輝くのではないでしょうか。そえはさりげない姿勢の市民の何げない動作と言葉に、ファッシズムへの嫌悪が描かれているところにもあります。日本では決して文学賞を取れないような作品であるところに、日本現代文学の頽廃をいまさらのように覚えてため息をついてしまいます。訳文も読みやすく、訳者後書きも簡潔で素晴らしい。(2008/12/15 18:47)
 
第226夜:窪島誠一郎『戦没画家 靉光の生涯』(新日本出版社 2008年)
 「眼のある風景」で有名な画家の生涯を、絵と戦争と人間という視点から描く小編と演劇シナリオの2編から画家の本質に迫ろうとしています。画家の瞠目すべき絵の背後にある信条と思想を、主として性格ーそれも幼児期における養子体験をめぐる愛情の相剋から説明しています。もう少し時代精神と歴史的激動の渦中にで論ずれば、深い分析が可能であったでしょうが、窪島氏の主観的思い入れに傾斜しすぎています。演劇脚本は、なかなか良くできていますが、挫折した友人画家との二本編成が失敗しています。どちらかに焦点を絞ったほうがよかったようにおもいます。それにしても靉光という画家の存在は、戦時期美術界で希有の画家であり、ファッシズム期日本の救いです。こうした伝統が戦後美術では消えてしまいました。もし彼が生きて生還してどう戦後を生きて逝ったかを想像すると、無念の他ありません。現在の日本画壇の底知れぬ頽廃を射抜いています。私は東京国立近代美術館で「眼のある風景」をみましたが、同じ部屋に戦争画が展示していることに、無残な感じをもちました。(2008/12/14 14:37)
    
第225夜:エルンスト・ブロッホ『希望の原理 T』(合同出版 1973年)
 第1巻だけで500頁を越える大作を読み切れるかどうか、不安でしたが、どうにか1ヶ月かけて読了しました。ナチスの迫害を逃れて米国へ亡命し、戦後東ドイツへ社会主義への希望をいだいて帰国し、さらには東独の批判を受けて西ドイツへ移住するという、20世紀欧州の典型的軌跡を描いたユダヤ系マルクス主義哲学者が、いったい「希望」についてマルクス主義的にどう語っているのかという点に非常に興味をいだいたからです。それはマルクス主義思想史で「希望」等というテーマを正面から考察した事例はなく、あっても史的唯物論による紋切り型のものでしかなく、こうしたテーマは主として実存主義かキリスト教思想で語られてきたからです。
 読み始めて驚きました。従来のマルクス主義文献の言説スタイルとは全く違った、アフォリズムに満ちあふれた独白に近いような文体が続き、随所にハッとするような箴言が散りばめられています。しかしこの哲学者は、希望を社会主義と結びつけているという確固とした信念体系があり、マルクスが取りあげられるところは、一転して従来のマルクス主義文献の言説に似てきますので、その落差が激しいことにも驚きます。ひょっとしたらこの思想家は、マルクス主義に依拠せずとも自らの希望論を展開するのではないかとも思いました。本書は1938年から執筆が開始され、東独の59年の10年間をかけて完成しています。東独権力に配慮した讃美的文章もあり、またスターリニズム批判においても政権の枠内で配慮しているようにみえますが、なんと云っても圧巻は「希望」そのものについてマルクスの文献を一切使わず、西欧の知的伝統の蓄積を縦横に駆使しながら(特にドイツ文化)、溢れでるような詩作を詩的な文章で流出しているところにあります。
 では彼の云う「希望」とはなんでしょうか? 魯迅の有名な「希望の虚妄なるは失望の虚妄なると同じ、多くの人が歩き始めて途は後にできる」という言葉を想い起こしますが、本質的には同じことを言っているのではないでしょうか? 彼の言葉を抜粋してみます。

 単なる経済的矛盾の止揚だけをめざす傾向にある社会主義運動の停滞に抗して立ち向かう
 世界の本質はまだない最前線のフロントに横たわっており、先取りの意識がユートピアとファンタジーとなってあらわれてくる
 夢見る者は決してその場に立ちどまりはしない、いまいる場所からほとんど勝手に立ち去る
 プチブルはこころのなかで拳を振り上げるが、彼らは好んで抵抗の弱い方向へ向かう
 はるかかなたまでみわたすまなざしをおくりつつ、高貴である権利
 願っているものが現れる時は不意に訪れるのだ
 ユングの狂騒的リピドーとドイツファッシズムは同一なのだ 彼らは社会的変数として意識をとらえなかった
 内的なまなざしはどこもかしこも一様に明るく照らし出すわけではない。それは光を惜しみ、いつも我々の内部のほんのわずかな部分しか照らすことがない
 資本主義は未来から否定されていると感じている。抑圧を主要概念とし、昇華を副次的概念とする精神分析は必然的に回顧的である
 経験主義におちいった社会主義のあやまった事実感覚
 主観的矛盾だけで世界変革可能という客観主義的オートマテイズムの誤った敗北主義を生むか、客観法則を飛び越える一揆的行動主義か、ひとりでによくなるという社会民主主義的オートマテイズム
 哲学はいつも来るのが遅すぎて変革に間に合わない
 生きるとはただ単に前もって味わうことではなく、後から味わうことでもなくて居合わせることである
  (2008/12/11 14:52)
 イエスは処刑がすべて始まりなのだ

第224夜:窪島誠一郎『傷ついた画布の物語 戦没画学生20の肖像』(新日本出版社 2008年)
 戦時期に画家として出発しようとした多くの若者たちが、戦時召集で戦死しています。彼らが出生の直前に残していった絵や彫刻を収集・展示している無言館に納められているなかから、20人の画学生の半生と作品が紹介されています。その紹介文は真摯な追悼の念に満ちた珠玉の文であり、窪島誠一郎氏が練達の文章家であることが分かります。
 「戦没画学生達よ、あなたたちの絵がここにある限り、私たちはあなたがたが生きた輝ける青春の日々を忘れはしない、戦後60余年をへて、未だ絵の具の乾くことのない画布の奧で種火のように燃えている、その生の炎を忘れはしない」・・・まことに情感込めた逝ける若者への鎮魂の言葉です。しかし私は敢えて云いたいのですが、若者たちの時代と戦争への認識がほとんど紹介されていないことです。画学生はあくまでもピュアーに芸術を愛した美への憧れの使徒として、痛ましい犠牲としてとらえられています。事実その通りなのですが、歴史のなかに置いてみれば彼らといえども、侵略軍の一構成員として加担したことを免れることはできません。ここになべての日本的芸術家が、社会認識との係わりにおいてなにか欠落している悲劇をこそ、後世は学ばねばならないと思うのです。それこそがほんとうの鎮魂への途なのです。第2に作品はあくまで独立した芸術表現として峻厳に批評すべきです。率直に言って、美術アカデミーのヒエラルヒーのなかで宗師の範囲にとどまった、稚拙なものがあります。ただ1人独学で画修をはじめた大江正美の描画は、当時の時代精神と向き合う沈鬱なものを感じます。こうした点をおいて、幾多の可能性を秘めた才能を無残に散らした戦争責任の未決をこそ、残された者は問うべき責務があります。(2008/128/4 21:20)

第223夜:アントナン・アルトー『神経の秤・冥府の臍』(現代思潮新社 2007年)
 私はこのような激情がほとばしり出るような文体はほとんど初めてですので、どのようにコメントしていいのか分かりませんが、私の世界とは本質的に異世界の人だとは思います。アンドレ・ブルトンなどのシュ−ルレアリズム同人として表現活動をしながら、錯乱状態で1937年から47年を精神病院を遍歴しています。その後は現代前衛演劇の領導者であったようです。それはニーチェをはるかに超えるような激烈なキリスト教批判に象徴される権威への罵倒がもたらしたものでしょうか。張りつめた詩の緊迫感は私にも伝わってくるようですが、人間的共感はありません。外的対象への震えるような繊細な神経の発露といったものでしょうか。西欧人の精神におけるキリスト教の重さと、人間的自律への希求といったものを感じますが、これ以上書けませんので、序文にあたる「ローマ教皇への上奏文」と詩の一部を紹介します。ただローマ教皇を天皇に置換すれば、日本人にしてこのような文章を公開した人はいないでしょう。この文章が第2次大戦直後に書かれていることにも注目します。

     ローマ教皇への上奏文 1946年10月1日

 1,私は洗礼を受けたことを否認する
 2,私はキリストの名前の上に糞をたれる
 3,私は神の十字架の上で手淫をする(しかしピオ12世よ 手淫はかって私の習慣になかったし、今後私の習慣となることは決してあるまい。おそらく貴殿は私のことを理解し始めているはずだ)
 4,ゴルゴダで磔刑に処せられたのは私なのだ(イエス=キリストではない)、そして私が磔刑に処せられたのは、立ち上がって神とそのキリストに抗議したためなのだ。
 なぜなら私は一個の人間であり、
 そして神とキリストは観念に過ぎないからだ
 しかもその観念たるや、人間の手の汚らわしい印がついている
 あれらの観念は私にとっては、かって存在したことがない
 (以下中略)
 今回は私は精神病院の独房に、城塞の土牢に、牢獄の便所に入れられることはないだろうし、私の意識は平静ではなく、私という視野のかずかずの霊も鎮められることはないだろう、ローマ聖ピエトロ大寺院の大祭壇の上で、或いは聖ジョバンニ=イン=ラテラノ教会の、さらにいっそう悪意を秘めて宗教的かつ神秘学的な祭壇の上で、貴殿の性器を、ピオ12世よ、貴殿の性器を、ボヘミアかモルダヴィの貴殿の手下の修道士数人とともに、空中で焼いてしまうまでは。 
                                        アントナン・アルトー


  これらのページはすべて
  精神のなかを氷塊のように
  徘徊する。
  わが絶対の精神の自由を許されよ
  私はわたし自身のいずれの十秒
  をも区別するjことをみずからに禁じる。
  私は精神に局面というものを
  を認めない


          (2008/11/23 16:47)

第222夜:オルハン・パムク『雪』(藤原書店 2006年)
 2006年度のノーベル文学賞を受賞したトルコの作家であり、9.11以降のイスラム過激派をめぐる情勢を予見した作品と云われるそうですが、私にはよく分かりませんでした。印象に残ったのは、トルコ革命を成功させて近代化への道を開いたケマル・パシャへの崇敬が絶対的であり、独立後のトルコが厳格な政教分離路線をとりその中核に軍部がいることです。学校教育も厳格な政教分離が貫徹され、女子がヴェールをかぶっていくと処分されるということです。逆に市民生活ではイスラム原理派の反対行動も激しく、ヴェールをとった女性が殺害の対象となるなど近代と伝統宗教の相剋の凄まじさがうかがわれました。イスラム女性にとって、ヴェールをとることは自らの裸体を曝すに等しい恥辱であるという心性に、宗教の内面統制の凄さを感じます。
 この作品は、新聞記者とかっての恋人の再会と別れを描きながら、過激派への対抗クーデターを企てる軍部と宗教の暴力を浮き彫りにしていきます。宗教という独特の文化が社会の隅々に浸透しているなかでの人間のあり方を求めるしんどさがあるように思います。しかし彼の作品は詩人や画家を中心とする中流以上の西欧化をめざす階層に焦点が当たっていますので、これでトルコ又はイスラム圏の生活意識が掴めるのかどうかは分かりません。(2008/11/23 9:52)

第221夜:手塚治虫『ルードウイッヒ・B』(潮出版社 1989年)
 手塚治虫が連載漫画として最後に挑んで途中で逝去して完成しなかった絶筆となった漫画です。ヴェートーヴェンと彼をめぐる貴族との葛藤を通して芸術家として自立していく過程を描きます。人間心理の描写が鋭く深く、ここに手塚作品のホンモノがあります。戦後日本の民主主義とヒューマニズムの典型的な人間像が基底にあります。ストーリー展開も複雑なものをよくグイグイと読者を引きこんでいく迫力に溢れています。作曲の瞬間の楽譜の流れるような絵が素晴らしい。(2008/11/22 22:07)

第220夜:フィリップ・ラクー=ラバルト&ジャン=リュック・ナンシー『ナチ神話』(松頼社 2002年)
 ナチズムは現代世界が民主主義の内部に自らを同一化するに到っていない状況の解明を求めている・・・・遅れているものの極限が新しさの先端でもある・・・ナチズムは非合理主義であるという糾弾に我々は警戒する・・・ファッシズムの本質的構成要素のひとつが大衆的集合感情(反動的概念と革命的情熱の結合)・・・ナチズムは特有的に独的現象であり、人種イデオロギーである・・・断罪すべきは濃いにあるイデオロギーに奉仕してその庇護を求める試行である(ハイデガー、セリーヌ)・・・」ナチズムをドイツ現代史の決定論としては提示しない・・・全体主義の独的現象が人種主義であるのはドイツ問題が同一性の問題であり、同一性の装置としての神話にある・・・神話的同一性がドイツで探求された理由は@ドイツにおけるギリシャ思想の影響=ミメーシス(模倣)としてのドイツの悲劇(同一化を獲得できない)・・・ドイツはギリシャを模倣しなければならずまた模倣すると同一化できないダブルバインドの歴史・・・同一性への強迫観念・・・政治と芸術の融合=芸術作品としての政治・・・生きつつあり実現しつつある神話としてのドイツ→断言の支離滅裂な集積としての作品=『20世紀の神話』『我が闘争』=神話信仰への民族の隷属=同一性の現実化=神話原理としての人種(→雑種としてのユダヤ人)=無媒介的な類型体験(制服、身ぶり、パレード、儀式への熱狂、象徴の自己目的化)=人種は言語ではなく血と大地(太陽神話の担い手としてのアーリア人)に由来する→太陽象徴としての鈎十字)→血による保護(名誉)と創造(文明)→愛と名誉の選択において名誉を選ぶ→個人に対するリベラルな概念と人類に対するマルクス概念の廃絶による共同体の概念→堕落した類型としてのユダヤ人の排除のための闘争を通じて千年王国へ→大衆操作は技術にとどまらず目的となる→我々の出自としてのナチズムの歴史の脱構築

第219夜:マルグリット・ユルスナール『とどめの一撃』(雪華社 1985年)
 なぜかこのような文学空間にすなおに没入していけません。要するによく分からないのです。ウーン困ってしまいますが、コメントも書けません。自分に親和的な世界ばかりと付き合っていると、異世界とのつきあいの感性が摩滅するのでしょうか。(2008/11/22 21:58)

第218夜:金時鐘『「在日」のはざまで』(平凡社ライブラリー 2001年)
 こうした本はどんな先入観も抜きに謙虚に読まなければならないと思いました。少年期に故郷を追われて日本へ来た彼は、組織のイデオロギーの頚城を脱して詩人として自立していきますが、それは同時にある特定の日本の党派の潮流と結んでいく痛々しさが否定できません。北の国籍を放棄しない矜持とともに、日本の左翼政党を批判するスタンスはまたどうしてなんだと考えざるを得ないのです。この書の帯には、東アジアの戦争と革命が詩人に強いた苛酷な運命に拮抗する文学の精神となっていますが、在日朝鮮人として生き抜くかたちのひとつを刻印していることは確かです。この書の白眉は冒頭にある「クレメンタインの歌」というエッセイであり、そこにこの詩人の精神が凝縮しているような美しい叙情が流れています。全身を日本語に侵された詩人が、なお素晴らしい日本語を駆使して歌い上げる精神の彷徨はまさにこころをうつものがあります。私は生きて感じ、生きて考え、生きて主張する根底に哀しみの抒情を越えていく理性の熱を感じます。神田の古本屋で入手し、直ちに読みました。それにしても私はなぜ、在日の書にかくも惹きつけられるのでしょうか。この書はなんども読み直して居住まいを正される本だと思います。それは私たちに父祖が犯した罪がいかに深く現在に及んでいることを示しているからでしょうか。

 ネサランア ネサランア(おお愛よ 愛よ)
 ナエサラン クレメンタイン(わがいとしのクレメンタイン)
 ヌルグエンエビ ホンジャトゴ(老いた父ひとりにして)
 ヨンヨン アジョ カツヌウニャ(おまえは本当に去ったのか)

第217夜:ミリアム・シルババーグ『中野重治とモダン・マルクス主義 CHANGING SONG』(平凡社 1998年)
 著者は日本で成長した日本近代文化史の専攻者であり、大原社研や藤田省三のもとで研究し、現在はカリフォルニア大学ロスアンゼルス校の歴史学部教員です。著者のスタンスは、序章中野重治を救済するに象徴されています。従来の中野像は、近代日本の革命的文学運動家であり、共産主義組織の指導者として、政治と文学の緊張を生きた文学者としてみられてきたが、著者は中野を欧州モダン・マルクス主義の日本的典型と再評価する新たな視点を提供している。中野の詩作を主たる分析対象とし、4期に分ける。
 第1期:自然詠のなかに「変革する人間の意識を表現する。ここには変革する物質的力としての意識(ルカーチ)→芸術による革命の推進という知識人の任務(トロッキー、グラムシ)→現代文化批判(ベンヤミン)などの欧州マルクする主義と同質のものがあるとする。
 第2期:都市資本主義と文化の商品化批判に向かう
 第3期:諸言語の対話の相互作用性(バフチン)
 第4期:国家権力の抑圧による革命的対話の否定と、文学形成によるヘゲモニー(グラムシ)
 こうして中野は、生活文化の批評家としてのモダン・マルクス主義と再定義される。その核は抵抗と変革の歌にあり、それが各段階で内容と形式を変えただけなのだと分析する。このように欧州マルクス主義に比肩するマルクス主義文明批評家という、全く新しい中野像が提出される。ほんとうにそうだろうか。中野が問題としたのは絶対主義天皇制という半封建遺制による人間の抑圧ではなかったのか。従って中野の転向分析はほとんどなく、釈放後の文筆を非転向文学とするとんでもない評価がでてくる。さらに戦後における政治指導者としての中野の活動について全く分析されていない。中野の政治言語の分析なくして中野の全貌を解明できるのだろうか。日本の共産主義組織との抜き差しならない構造も無視されている。それは「戦後、共産主義左翼は公的・私的な官僚制組織に組み込まれた」とする著者の政治組織観が根底にある。戦後における中野の失敗の部分は「別の歴史」として、まるで2人の中野がいたように扱われている。
 以上のように中野の本質に迫る分析とはなっていないが、欧州マルクス主義という新たな視点による中野評価は斬新で刺激的なものとなっている。中野の代表的な詩「夜明け前のさようなら」、「雨の降る品川駅」「歌」への独特の分析は非常に参考になった。(2008/11/8 11:04)

第216夜:ベラ・バラージュ『視覚的人間』(創樹社 1975年)
 ベラ・バラージュは1884年にハンガリーで生まれ、第1次大戦後にベラ・クーンの革命政権に参加し、革命敗北後にウイーンに亡命し、1926年にドイツに行き、その後ロシアに亡命し、1945年にハンガリーに帰還後、1949年に自動車事故で死亡しています。まさに西欧の激動するポリテークを左翼として生き抜いた典型的人間といえましょう。1930年『映画の精神』、1945年『映画的人間』と映画理論の集大成である『映画の理論』を上梓しています。本書は、新しい映画芸術の文化史的意義と映画の本質をクローズアップとモンタージュにあると指摘する映画理論の原典とも云うべき者です。彼は映画の草創期を無声映画から発生映画へといたるなかで、映画運動に全人生を捧げた人です。要するに言語芸術を通して刻印された人間像を、映画はふたたび言語以前の視覚的人間を浮上させる技術と捉えています。まさに映画理論の古典といえるでしょう。
 しかし私がもっとも傾倒したのは、彼のチャプリン像です。チャプリン芸術は昔の民話の最良の意味の民衆芸術、土臭い農民のユーモアの表現、文明に対する自然の対置、物象化された機械文明への子どもらしい本源的人間性の表現、ささやかな生活の詩、小さな者の無言の生、理念と形式からではなく細部の現実の生きた素材から始める生々しい生活の園芸家であるというアフォリズム批評は、まさにチャプリンの本質を射抜いている類い希なチャプリン論です。この表現の背後には、震えるような繊細な魂の息ずきを感じます。映画理論としてはもはや古典的ではありますが、映画芸術が再生していく、依拠すべきものがあるような気がします。(2008/11/7 20:42)

第215夜:寺出道雄『評伝 日本の経済思想 山田盛太郎 マルクス主義者の知られざる世界』(ミネルヴァ書房 2008年)
 ウーン、実に知的刺激にみちた評伝です。なぜなら私がいままで接した山田盛太郎のイメージは、講座派マルクス主義の指導者としての神格化されたものであり、ほとんどが彼の忠実な継承者による尊称に満ちた紹介であったからです。著者はいままで山田盛太郎になんの関心もなく、主著『日本資本主義分析』さえ読んだことがなかったと自ら述べている点でもユニークですが、決して外在的な分析ではなく、当時のイデオロギー的緊張に満ちた時代における山田理論の内在的な分析から、山田盛太郎の全体像の析出に成功してしているように見えます。いったい日本の経済学者で、山田盛太郎の『日本資本主義分析』を無視して経済学を研究すること自体が驚きですが、かえって理論的党派性抜きに山田理論の紹介ができたのでしょうか。特にユニークなのは、『日本資本主義分析』の理論構成をアヴァンギャルド構成主義、文体を未来派という当時の芸術理論から分析していることは、著者の分析視角の経済学プロパーを越えた豊かさを感じさせて知的刺激を受けました。印象に残った叙述を幾つか挙げておきます。

 1)晩期資本主義の尖端崇拝を商品化する先鋭化現象と講座派マルクス主義(赤神良譲『尖端の心理学』1931年に依拠して。*私は初めて赤神を知った)
 2)『日本資本主義分析』(以下『分析』)の理論構成を、ロシア・アヴァンギャルド(ウラジミール・タトリンの第3インター記念塔)の構成主義建築立体模型から説明する
 3)異常に懐柔で難解な『分析』の文体と用語を、日本語を破壊し革新する未来派芸術理論から説明する
 4)山田の専修大学退官祈念挨拶で、メモ「深海魚、海草、忘却の海の底、階層の如く揺れ、盲目的にかじりつく」などの衝撃的な表現
 5)山田が心筋梗塞で倒れた時の詩の実存的な心象表現

 うそ暗き門を過ぎて一昼夜半 地軸の底(三好達三のダッタン海峡を越えてを連想)
 より抜け出せり吾れも
 上へ上へと上昇の バッハ弥轍ロ短調 胸部垂直
 の激痛にしもや
 不死鳥は灰燼のなかに起つという云う また零よりぞ
 出発すなる吾れは

 6)マルクス主義は個の抑圧の思想であった。革命に向けて個を抑圧して献身する思想は逆に呪縛と化した
 7)「ルビンの杯」に、当時の普通の知識人は2人の若い娘の顔を見たが、マルクス主義者はそこに黒い酒杯をみた(*この比喩は素晴らしい)
 8)講座派マルクス主義にとっては、悪しきものは遅れたものに由来するという暗黙の発想を持っていた(*マルクス的進歩思想の本質をズバリ突いている)
 9)全体的な模型の提示は山田が初めて、ただ一人為しえたことであり、『分析』はマルクス主義を越えて圧倒的な影響力をもった。彼の原稿は特高が指一本触れ得ない完璧なものであった。
10)『分析』の難解・晦渋な文体は、近現代日本語の極北に位置するものであり、時代精神を象徴する独特で鮮烈な奇怪な魅力を放っている

 私は『分析』を本格的に読んだことはなく、改めて読み返してみたいと思いました。それにしても権力との切迫した緊張を生きる学問の峻厳さは、現代において喪われて久しく、『分析』のようなバイブルとも云える論文がない現代は不幸な時代ともいえるかも知れません。そうではなく、重々しい帝大アカデミズムの伝統から解放されて、だれでも経済学できるデモクラチックな時代なのでしょうか。(2008/11/2 23:04)

第214夜:テオドール・アドルノ『美の理論 補遺』(河出書房新社 1988円)
 本書はアドルノ晩年の主著『美の理論』に挿入されるはずであった原稿をまとめたものであり、断片的なアフォリズムのような形式でもって記述されています。率直にいって難解で理解したとは云えませんが、ソ連型マルクス主義美学またはルカーチ美学を批判しつつ、美と芸術の弁証法的な考察を加えています。哲学者アドルノの芸術認識の博識には驚かされますが、なお私はこの書について論評できる力量は持ち得ません。訳者後書きも内容的な評価よりも、訳業の技術的側面に置かれています。主著の方を先に読むべきですが、入手したのがこの書が先なので、ここではアドルノの美学で印象に残った文章を記しておきます。

 芸術は真実をめざす・・・美的相対主義は物象化された意識の一部に過ぎない・・・・芸術作品の行動方法の総体である技術以上のものとしての芸術・・・・芸術は現実の歴史的本質の暗号であって現実の模写ではない・・・・美とは目的の領域において客観化されたこの領域からの脱出である・・・・形式と内容との相互性・・・第2次大戦後意識は社会が変わらなくても可能であるかのような幻想を抱き、根元的現象にすがりついたがそれはイデオロギーに過ぎなかった・・・・支配と隷属による封建的弁証法は芸術を逃げ場としたが芸術作品の純粋なあり方には封建性がある・・・芸術作品の本質は曖昧さそれ自体ではなく否定された明瞭さなのだ・・・・超現実主義は復古的なものになるか、革命的身ぶりの無力な儀式になるかいずれかだ・・・・ブレヒトが嘲笑したストラビンスキーとは、ソビエトが硬直化した権威主義国家へ変貌した事実に見合う・・・・芸術の自由は事実的なものがもつ呪われた必然性に対抗する・・・・ベンヤミンは必然性の範疇の芸術への適用を批判した・・・過去の偉大な芸術作品は内面性を外化することを通して爆破している・・・・芸術を起源から解釈するのは、伝記、精神史、存在論的洗練化という「という段階を経たが、その全段階がいかがわしい・・・・作品の受容は理解してもらえないという事実と理解されたいという意図のはざまでおこなわれる緊張が芸術の風土だ・・・・どのような真正の作品も求心的力と遠心的力の合力である・・・・芸術は普遍的なものと個人的なものとの社会的弁証法が主体的精神を媒介として出現したものに他ならない・・・芸術における特殊化は社会が個人に対して絶え間なく加えてきた不正を継承によって償うものである・・・・社会的現実において無力な励ましに過ぎないものも美的には身代わりになる・・・・芸術作品は多様なものの統一ではなく、一なるものと多との統一である・・・かって客観化された生産力であったものも変化して美的生産関係となり生産力と衝突する・・・・目的をもって手段に置き換えることは作品の危機の表れ・・・・芸術の社会的運命は外部から与えられるものではなく芸術の概念の展開である・・・芸術は現存在の賜物であるが、それは現存在にあってユートピアを予告することによってである・・・・芸術は同一であるものの批判であり、超越化をおこなう、同一であるものを受け入れて分解しふたたび合成する、これが美的創造である・・・・芸術が一切の近似を許さない、真実が出現するものであって客観的に不寛容である・・・・最高の作品においても拍手を求める地上的なものが潜んでいる・・・交換社会が芸術的創造を捉え標本化して商品に変えた・・・低俗な芸術は距離を軽蔑することによって人間の品位を引き下げる・・・流行は利益への関心に依存し資本主義的営みと結びついている・・・・美的主体は論争を通じて自らを社会と社会の管理的精神から分離してきた・・・芸術にふさわしい態度は目を閉じ奥歯をかみしめてこらえる態度である・・・・芸術はコミュニケーションに一撃を与える衝撃のことである・・・・幻想を排除して現実を模写するリアリズム芸術は不可能であり、ベケットは社会主義リアリズムよりはるかに現実主義である・・・・美的行動方法は物によって現にあるがままの物以上のものを知覚する能力であり、存在するもののなかでイメージへと変身する視線である・・・・芸術はその内在的な運動において独自の緊張と緊張の可能性との均衡の間で凝固したものであり、何らかのかたちで身を震わせる能力である・・・・自己を戦慄の盲目的不安から解き放ち、全体的な呪縛に対する超越の反応であり、戦慄を欠く意識は物象化された意識である・・・・・ヘーゲルとカントは芸術についていささかも理解することなく大きな美学を描くことができた最後の人々であった・・・・合理化と社会化が進行している社会において芸術は抑圧され支配されている自然の利益の知覚に他ならない・・・・歴史的現在の真実が否定されるならば、芸術は無力な慰めと既存の悪への同意となる・・・・没落しかけている範疇を移行する範疇として限定的に否定する反省から偶然的なものを取り去らなければならない・・・・美学は上から概念としても、下からの経験からの二者択一ではなく、事実と概念の相互媒介的な弁証法的洞察である・・・芸術の精神は時代の精神であるとしても同一化はできない、材料の抵抗=歴史的現在のモデルと行動様式を通して同時に構成される・・・・作品は精神と社会との連関を示す契機の集合である・・・・単に内部にのみとどまる人に芸術は目を開かず、単に外部にとどまる人は芸術との神話を欠き歪曲する、芸術は両者の絡み合いにおいて展開する・・・・ヘーゲルは素材と形式の弁証法から素材を抜き出して外部において過大評価したが、弁証法的唯物論美学もこの浅薄さを踏襲して災いをさらけだした、芸術はその形式的構成要素を通して初めて芸術作品となる・・・・芸術の認識は対象化された精神を反省という媒体を通してふたたび流動化し流動体へと置き換えることを意味する  

 (要約)芸術は現実の歴史的本質=真実の表現(模写ではなく)であり、具体的には個人に加えられた不正、既成の必然に対する抵抗、未来へのユートピアの予告である。個と時代的精神の統一、目的と手段の統一、形式と内容の統一、主体と客体との統一である。それは震えるような戦慄を越えようとする行為である。
 (2008/10/31 21:16)

第212夜:寺出道雄『知の前衛たち 近代日本におけるマルクス主義の衝撃』(ミネルヴァ書房 2008年)
 1920年代から1930年代にかけて、日本の知性を鷲づかみにしたマルクス主義の思想的営為を、神原泰、、高見順、蔵原惟人、三木清、山田盛太郎、柴田敬、小林秀雄、中村光夫を対象に明らかにする。神原とか柴田などの存在を私はこの書を通して初めて知った。時代との緊張を生き抜いたそれぞれの営為は、思想とか真実への真摯な探求を、挫折を含めて鮮やかに示す筆者の実証的な分析は敬服に値する。そこには可能な限り、先入観と偏見を退けて内在的に理解しようとする学究的な姿勢がみられる。マルクス主義が葬送され、マルクス主義を何らかの偽装において維持しようとしているアカデミズムの潮流のなかで、著者の学的営為は注目される。しかもイデオロギー的な固守に依拠するのではなく、現代の先端的理論を適用しながら、解明する方法も参考になった。講座派理論に対する真正面からの分析も現代にあっては得がたいものがある。著者は経済学プロパーでありながら、芸術運動や文学思潮などと経済学を結びつける多角的な視点の重層性も素晴らしい。ただしこのような分析視角は、折衷的な中立の立場に自閉しやすい傾向を持つが、著者のスタンスは危ういところで踏みとどまっている。(2008/10/31 17:50)

第211夜:若林宣『雑誌広告にみるアジア太平洋戦争』(小学館 2008年)
 日中戦争から太平洋戦争敗戦までを4期に分けて、雑誌に掲載された企業広告を紹介しています。「アジア太平洋戦争」という呼称に筆者の戦争観が表れています。ここにあるのは、あくなき利潤追求をめざす資本の論理が、戦争という極限の社会現象をも最大限に利用しながら、企業の広告効果を追求していることがよく表れています。国家総動員体制のシステムが実は資本の究極の利潤実現のための精神啓発活動に他ならなかったことを示しています。敗戦に転換すれば、いとも簡単に目標を平和と再建に向けたメッセージに転換する企業倫理の虚妄を、実感するでしょう。
 例えば「みたみわれ 大君に すべてを捧げまつらん」という広告を打った三和銀行、「不自由をすべてしのんですべてを戦争へ」という広告を打った丹頂など、戦時期のファナテックな戦意高揚に随伴しながら、敗戦以降は姿勢を180度転換させる広告のあり方は、目的主義広告の無残さを露骨に示しています。時代に迎合しながら企業活動を展開する広告のイデオロギー(虚偽意識)は、現代は「エコ」や「環境」宣伝に狂奔する電力会社や石油会社の欺瞞と本質的に通底しています。(2008/10/24 15:50)

第210夜:『超左翼マガジン ロスジェネ 別冊2008』(ロスジェネ 2008年)
 フリーター運動に取り組む新進気鋭の若手評論家と運動家が秋葉原無差別テロ事件を対象に、現代の非正規労働に漂流する若者の意識と打開の方向を旺盛に議論しています。かっての1970年代の青年運動の熱い議論がよみがえっているような雰囲気ですが、かっての人を射抜いて打ち砕くような権力的な議論ではありません。互いに相手の気持ちや意識に痛々しいほどの思いやりを示しながら、教条的な言辞ではなく誠実すぎるほどのスタイルで議論しています。ここには大きな物語から演繹するのではなく、自分自身の経験と思考から議論するという機能的な方法がみられ、なにか日本に新しい変革の世代が育ってきているように思います。共産党に親和的な人からアナーキズムに近い人まで、それぞれの感性を信じながら議論しています。
 「敵が見えづらくなっている」状況を打開する「希望」は、まだ抽象的で具体化されてはいませんが、必死に自分自身の頭で探そうとするピュユアーな志がうかがえて好感が持てます。ただ東浩紀氏は、観念的で無責任に流れては謝るという傾向があり、議論に混乱を生んでいます。しかし全体としては、現代の新しい左翼の萌芽のようなものがあり、次代を担う新しい世代が成長しているように感じます。もう一つの特徴は、現状分析に社会科学の方法を駆使せず、どちらかというと心情的に考えようという傾向があります。このピュアーな心情を基礎にした社会科学の方法を成熟させていく必要があることを感じました。それは資本主義に代替する新たな社会システムの豊かなイメージを摘出し得ていない先行世代の問題でしょうか。現代の若者たちの切迫した意識に接し得て大いに参考になりました。(2008/10/23 9:52)

第209夜:高野公彦『鑑賞・現代短歌 五 宮柊二』(本阿弥書店 2001年)
 私は短歌の解説本を読むことはあまりありませんが、この書は現代短歌の代表歌人である宮柊二を高野公彦が解説しているということで手に取りました。宮は1912年に生まれ、北原白秋門下として出発し、1939年に従軍し、1943年に復員後、コスモスという結社をつくり、1986年に死去しています。民衆の側に身を置き、個を守って生きるというのが基本的スタンスだそうですが、確かに彼の戦時詠は一兵卒の悲哀と感慨があります。

 おそらくは知らるるなけむ一兵の生きの有様をまつぶさに遂げむ (昭和15年)
 ひきよせて寄り添うごとく刺ししかば声も立てなくくづおれて伏す (昭和17年)
 耳を切りしヴァン・ゴッホを思ひ孤独を思ひ戦争と個人を思ひて眠らず (昭和21年)
 中国に兵なりし日の五カ年をしみじみと思ふ戦争は悪だ (昭和59年)

 私は戦場で敵兵を刺殺した体験を歌った歌を初めてみました。晩年に到る宮の詠歌は戦争体験に裏打ちされた抒情が基本ですが、晩年になると自然や心境詠に移行しています。彼は昭和56年に紫綬褒章をうけて天皇に拝謁しています。
 
 秋の日のくまなく晴れしよき日にてわれはいただく紫綬褒章を (昭和57年)

 一方で戦争を憎みながらなんの矛盾もなく天皇に感涙している精神構造に驚愕します。短歌的抒情の無残とも、無念とも云える前近代性の惨憺たる姿が露呈されています。(2008/10/11 9:00)

第208夜:唯物論研究協会『唯物論研究年誌 第13号 平和をつむぐ思想』(青木書店  2008年)
 特集テーマはまさに今日の世界が問われている喫緊の課題であり、編集部の切迫した問題意識がうかがわれ、所収の諸論文は多角的な視野からのアプローチが展開されています。グローバル資本主義下における民衆の安全保障(武藤一洋)、環境と暴力、ジェンダーと暴力、平和教育、人道的介入と暴力、カントの平和論など多彩です。しかしこれらの多様なアプローチが、唯物論という基礎的視角から統合的にアプローチしようという問題意識は見られません。唯物論を分析視角とする方法そのものが、もはや有効性を失ったのでしょうか。或いは唯物論的社会理論であるコミュニズムや社会主義からの平和理論は見いだせません。南アや韓国での「真実と和解」モデル、中南米における社会主義潮流の進展についても、視野に入っていません。唯物論の現代的深化の平和論といったテーマはいまや現代に迫り得ないのでしょうか。そのなかで注目されたのは、ハーバーマスの人道的介入論批判と韓国労働問題ですが、いずれも紹介的叙述であり、日本的現実と切り結んだ内在的分析が見られません。また鶴見俊輔氏への長大のインタビューが掲げられていますが、なにか老成した権威の放言集のような感じで、インタビュアーも鋭く切り込む意識が見られません。この混迷する現代にあって、実践的唯物論研究の本格的探求の切実さを実感しました。(2008/10/6 18:42)

第207夜:佐藤道信『<日本美術>誕生 近代日本のことばと戦略』(講談社メチエ92 1996年)
 日本美術という概念の形成と成立過程を、近代、美術、ジャンル、制度の諸点から分かりやすく整理しています。西洋ーアジア、古代ー現代という時間と空間軸をもとに展開していますが、要するに日本美術は、明治維新以降の近代日本の国民国家形成のフレームワークの中につくられた制度美術としてみようということです。ただし日本美術はあくまで近代概念であって、現代概念として日本美術がどうのような位置にあるのかは述べられていません。むしろコスモポリタンと伝統性が奇形的に結びついていく、日本美術の特性に注目すべきだと思います。ただ「日本」とか「「近代日本」の歴史的把握は面白く、参考になりました。副題にある「戦略」という意味は鮮明ではありません。(2008/10/6 18:53)

第206夜:マリア・グリーペ『鳴りひびく鐘の時代に』(富山房 1985年)
 児童文学を読んだのはたしかル・グイン『ゲド戦記』以来何年ぶりだろう。『ゲンド戦記』も少年があらゆる苦難を乗り越えて成長していくファンタジーで、充分に大人も堪能できましたが、この書もなかなかの人間への洞察をもった深みを感じさせるものでした。こうした人間の醜さやあくどさ、そして美しさをもさらけだして子どもに読ませる欧州児童文学の凄さを感じました。ストーリーは、若くして王になった少年と、故あって野に放たれた兄を中心に、次第に成熟した世界観を形成していく子どもたちを描くのですが、これが欧州の普通の児童文学ならば欧州の子どもたちは凄いということになる。日本の児童文学はなにかつくられた予定調和にいたる平和なものが多いが、なにしろここには首切り役人が登場して大きな役割を演じるのです。
 ただし煩悶する王と、すれからしの道化、美しい姫君など道具立てはよくあるパターンで、これでは読む子どもたちは熱烈な王政支持者になるだろう。知性と感性の豊かさは王のファミリーに独占されているのです。まあ波瀾万丈で息もつかせぬ展開で面白いことは間違いありません。(2008/9/30 16:34)

第205夜:マリーズ・コンデ『越境するクレオール マリーズ・コンデ講演集』(岩波書店 2001年)
 著者は1937年にカリブ海西印度諸島グドループに希、フランス語で表現する黒人女性作家です。彼女のアイデンテイテイは、黒人奴隷を祖先としてフランス文化で育った独自のものです。彼女の文学を理解するキーワードは、デイアスポラ(漂泊)・ネグリチュード(黒人性)・クレオール(原住民語×フランス語)のようです。私はセゼール『帰郷ノート』やファノン『地に呪われたる者』ではじめてこうした分野の思考に触れたのですが、日本文化をはるかに超えた複雑で必死の指向に戸惑いを覚えて消化し切れませんでした。この書も講演集であって、切れ味鋭いネグリチュードの分析を読みこなすには到りませんでした。日本でもっとも理解できる条件を備えているのは、在日の人でしょうか。
 錯綜した黒人世界の思考を理解することは難しく、日本の翻訳者の紹介もなにかオリエンタリズムのような印象があり、日本と黒人の関係において解明する姿勢が見られません。矛盾の業績する黒人世界の真実を世界に発信する黒人知識人の苦悩もほんとうに理解はできません。これからの課題です。(2008/9/23 9:14)

第204夜:アイザック・B・シンガー『悔悟者』(吉夏社 2003年)
 著者は1904年にワルシャワ郊外の寒村でラビの子として生まれ、ホロコーストを辛くも逃れて米国移住したイデッシュによる小説家で、1978年にノーベル文学賞を得ています。この小説は、ニューヨクに亡命してて成功したユダヤ人が、次第に欺瞞に満ちたアメリカ的価値観に疑問を持ち、ほんらいのユダヤ人を求めてすべてすててイスラエルに向かい、そこで聖書に忠実な信仰をしている正統派ユダヤ人とに出会い、みずからもその信仰を獲得していく物語です。私ははじめてこの小説を通じて正統派(或いはユダヤ原理主義)ともいうべきユダヤ思想の一端に触れた気がします。それは単純な原理主義ではなく西欧的価値観との格闘を通じて、苦悶と逡巡をへながら到達していくもので、それなりの説得力を持っています。力が正義となって、欲望と自己実現に狂奔し、激しい競争に明け暮れる現代の欧米的価値観に対する鋭い疑問が繰り広げられ、そこから脱出していく過程は、汚濁のなかから崇高へ到る現代人の歩みの一例を普遍的に象徴化し、単なる正統派ユダヤ思想を越える普遍を獲得しています。
 驚いたことは、ユダヤ社会の現実は欧米的功利主義に侵されて同じような頽廃に沈んでいることです。イスラエル生まれの人(サブラ)は離散ユダヤ人をよそ者と扱い、左派のユダヤ人(マパン9は右派(マパイ)を反動と攻撃し、一般シオニストをブルジョアとみなし、在米ユダヤ人を攻撃し、キブツではスターリンの肖像画が掲げられ・・・というようにユダヤ社会も混沌としていることです。

 シンガーにとっては、欧米文学のほとんどすべては恐怖と放蕩、暴力と姦淫に満ちた、卑劣で残酷な「他人の不幸を嘲笑う」「絞首台のユーモア」に過ぎません。ホメロス、ダンテ、ゲーテ、トルストイ等など世俗芸術はすべて悪と堕落とみなされます。要するに欧米の歴史的芸術と思想はすべて否定されるのです。この背後には欧米の歴史の到達点としてのホロコーストがあるのでしょう。

 ユダヤ思想の基軸は神からの最大の贈り物としての自由意思にあるようです。彼は現代ユダヤの退廃生活がホロコーストからなにも学んでいないと告発します。菜食主義という原理的な生命生活をも追求します。彼は現代文明の退廃に正統派ユダヤ思想を対置しますが、こうした作品がノーベル賞の対象となるのは、思想的な格闘の凄さを描きつつ、冷然たる反共主義を保持し、イスラエルの血なまぐさいパレスチナ占領に対して沈黙しているところにあるでしょう。(2008/9/21 11:02)

第203夜:フランコ・ゼッフィレッリ『ゼッフレッリ自伝』(創元ライブラリ 1998年))
 私はこの書を読むまでは、ゼッフレッリがイタリア或いは世界を代表するオペラ演出家と知りませんでした。一介のフィレンツエの私生児が、いかにして世界的演出家になっていくのか、波瀾万丈に富んだ「サクセス・ストリー」といえますが、その背後にある大胆で冒険的、野心溢れるエネルギーには驚嘆の外ありません。しかし私がもっとも印象に残っているのは、不思議なことに無名の青年期のレジスタンスとムッソリーニ縛り首をみるシーンです。後は世界に名だたる有名俳優との交流のオンパレードですが、ただただ煌びやかな星の輝きをみているようで、圧倒されて終わりです。そのなかではルキノ・ヴィスコンテイとココ・シャネルによって評価され世に出る偶然のたわむれの凄さであり、世紀のプリ・マドンナであるマリア・カラスとの交流です。華やかなオペラと映画の世界を超一流として生き抜いた人物の圧倒的な生命力と謙虚さには感歎します。しかしうがっていうと、この自伝はおそらくゴーストライターが書いたのでしょう。それほどに驚くべき記憶力の世界が繰り広げられています。残念なことは、ヴィスコンテイの葬儀がイタリア共産党によって営まれた後に、ゼッフレッリはキリスト教民主党の候補として立候補することです。(2008/9/20 20:14)

第202夜:ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』(岩波書店 2001年)

 国は小さく 
 力なく
 糧は乏しく
 恥多く
 命かそけく
 目を上げよ
 高き梢に
 なか空に  (堀口大学)

 1945年8月15日以前の知識人の行動で誇るべきものはほとんどなかった。降伏後の知識人の民主主義や非軍事化の勝利の主張は、庶民には偽善的で日和見的な振る舞いと映った。そこで「進歩的知識人」は自分たちの新しい急進的主張に、ある種のひねりをきかせなければならず、自分たちの主張は30年代に弾圧された自由主義とマルクス主義を甦らせる真剣な努力だと強調した。丸山真男をはじめとする知識人にとって、敗戦と占領は過去に対する深い悔恨と未来に対する溢れる期待感が入り交じった「悔恨共同体」であり、国家権力に対抗せず、追従した自責の念を伴った知の解放であった。占領期の「配給された自由」を非軍事化と民主化を自発的に抱き取ろうとする決心であった。戦争に対してもっとも原理的抵抗をおこなったのが献身的共産主義者であった事実が、共産主義者の戦後に高い地位を約束した。敗戦は共産党指導者にカリスマ性を与え、高潔さと先鋭な政治性のオーラを吹き込んだ。
 知識人の政治運動は公式マルクス主義を乗り越えて、主体的自律性による近代人の確立という根本問題を提起したが、そのモデルを日本文化にほとんど見いだせず、欧米にそれを求めた。彼らは帝国主義的抑圧の西欧にそのモデルを求めるという傷を抱えながら進歩を信じた。新日本文学会は政治的審査をパスした332名に参加を呼びかけ、173名が入会した。小田切秀雄は25名の作家を戦争犯罪者に指定し告発した。こうした日本の知識人のマルクス主義をも含む動向は、欧米の予測を超えてはるかに急進的であり、GHQは冷戦に対応して民主主義を変えていった。
 教条主義的左翼は前衛エリート意識による上からの指導という点で、占領軍の庇護を受ける保守主義と大きな違いはなく、ともに天皇制民主主義の実践者であった。国家権力に抵抗しなかった個人的罪責感は戦後共産党への忠誠に転化し、悔恨共同体の多くの知識人が左翼化した。
 日本人の占領軍への対応は例を見ないほどに無邪気で、親切で浅薄だった。被爆長崎では住民が米軍へのプレゼントを用意して歓迎し、「ミス原爆美人コンテスト」を開催した。保守派はデモクラシーを「でも 苦しい」と読みかえて皮肉ったが、配給された民主主義は激しく燃え上がった。新聞界では経営幹部と編集責任者の戦争責任を迫って組織改革が断行された。戦後再開された祭りでは女性も初めて神輿を担ぐことが許され、「NHKのど自慢」では初めて庶民が全国放送に出演する平等主義が実現し、ついには国家憲章の中心に戦争を否定する理想を掲げるに到った。労働基準法では生理休暇が含まれていたが、これは欧米では見たこともない条項であった。天皇制超国家主義の牙城であった文部省は、もっとも熱心な平和と民主主義擁護者に変身し、教育者がもっとも熱心に変身をおこなった。しかし当時の子どもにとっては、墨塗りの経験は決して忘れることのできないこころの傷となった。教師たちは無駄死にした教え子の戦死を思って身を切られるような痛みと責任を感じ急進化した。
 大量の英語が日本語として使用されはじめ、日本語の日常言語に革命的な変化が起こった。漢字の輸入と平仮名の発明に次ぐ第3の言語革命が起こった。かって最大の流行語であった「八紘一宇」「報国」などは埋葬儀礼もなく埋められ、圧倒的な流行語は「民主化」となった。(続く)   (2008/9/6 17:46)

第201夜:カトリーヌ・クレマン『恋愛小説 マルテインとハンナ』(角川春樹事務所 1999年)
 20世紀思想に興味をお持ちの方は、ハイデガーとハンナ・アーレントの隠された恋愛関係についてご存じのことでしょう。男女の世界的思想家の隠れた「不倫」ともいえる愛情関係について、しかもナチスに加担して追放された男と、もっとも鋭くファッシズム批判を展開したユダヤ人女性のあいだに、死ぬまで続いた愛情があったことに驚きます。この小説は、自身も哲学者であるフランスのクレマンが、2人の間に流れる感情の遍歴を描いています。描写は、68才になったアーレントが1975年の夏に、ハイデガー邸を訪問して、ハイデガー夫人であるエルフリーデとのあいだに繰り広げる対話から構成されています。正当な妻とかっての恋人であった2人は、もはや愛する男をめぐる女性そのものと化して、激しくののしりあったり、慰め合ったり、最後には静かな理解を深めて別れます。2人の女性が対話している時に、ハイデガー自身はすでに老人性痴呆状態なのです。なんとも高名な男女の哲学者の極めて私的なロマンスの裏舞台を覗こうという、不謹慎ではあるような興味にそそられて、一気に読んでしまいました。
 しかし最大の問題はやはり、アーレントにあります。ナチズムに加担して宣揚した恋人は彼女にとって、最後まで魅力溢れた男性であり、思想や行動とは原理的に切り離されており、ハイデガーの思想もナチズムとは切り離されているようです。自分を裏切り、フッサールやヤスパースを裏切った哲学者の思想責任は問われず、静かな諦念の内に遇せられます。2人ともやはり、世俗的な一人の人間であったのだといえば、それまでですが、思想家としての条件についてつくづく考えされられます。(2008/8/29 7:17)

第200夜:サム・キーン『敵の顔』(柏書房 1994年)
 理性人(ホモ・サピエンス)→工作人(ホモ・ファーベル)→敵対人(ホモ・ホステイリス)→親愛人(ホモ・アミクス)
 敵の元型(敵意のイマジネーション)
  a)見知らぬものは敵である(共感性パラノイア) やつら・よそ者・アウトサイダー
  ←メタノイア(目も自分も休ませよ 汝の敵を愛せよ)
  b)攻撃する者は敵だ(パラノイアの論理) やつらは攻撃し、我らは自衛する *ホロコースト
  c)顔がないものは敵だ(非人間化) やつらは人間じゃない *丸太
  d)神の敵は敵だ(応用神学) やつらはサタン、悪魔、闇 *聖戦、ハルマゲドン、十字軍
  e)汚く野蛮な者は敵だ(退行イメージ) ○○野郎、邪教徒、黒んぼう(ニガー)、ジャップ、共産主義、全体主義、爬虫類、虫けら、病原菌 *自由の戦士
  f)貪欲なものは敵だ(帝国欲望) ミュンヘンを忘れるな! アンクル・サム
  e)犯罪者は敵だ(暴力のイメージ) ゲシュタポ、テロリスト、アナーキスト、無法者 *平和の使徒、法の遵守者
  f)拷問するものは敵だ(大衆サデイズム) 殺し屋、粛清者、赤ん坊殺し *人道の使者
  g)強姦するものは敵だ 女たらし、誘惑者、ケダモノ *女性の守護者、聖母子の騎士 
  h)死をもたらすものは敵だ(究極の脅威) 死神、黙示録の四騎士、髑髏、ドクロ
  i)あっぱれなものは敵だ(英雄戦争) 一騎打ち、決闘、騎士道、不朽の名誉
  h)抽象的なものは敵だ(究極の侮辱) 戦争マシン、戦争機械、戦争装置、電子戦争、、スターウオーズ、戦争テクノロジー、バーチャルウオー、統計としての死
  ←われ思うゆえに我あり

 責任の自覚
  自らの暴力性に目を向けた時からはじまる
  戦争の主な責任はごく当たり前の善良な市民にある ナチを生んだよきドイツ人、カリー中尉を送り込んだよきアメリカ人
  戦争は市民の抑圧された影、秘められた残忍さ、権威へのルサンチマン、内なるサデイズムの清めの血の儀式
  罪も責任も分かち合わなければ変わらない(指導者の責任を引き受けることによって政治的ちからをもつ)
  必要なのはお手軽な懺悔ではなく、政治的作業と意識の陶冶である
  共同責任の罪の重荷を担うことは、自らの意識と良心を吟味できる感性を持った個人にしかできない
  自己の内部における内戦(内なる敵、すべきとしたいの相剋)→パラノイア(優劣、勝敗をめぐる闘争)と対立への自意識と向き合う
  *まず自分の目から丸太を除け、そうすればハッキリ見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる」(マタイ伝7−5)

 未来シナリオ
 a)青酸カリのシナリオ
 敵意は続き最終戦争の核の冬→最低限の尊厳を持って死ぬための青酸カリ配布
 b)腺ペスト相互感染
 悪意は続き最終戦争で人類は絶滅し、人間以外の生物の生存→核兵器に変えて化学兵器による戦争→生命進化の再展開による人類の再誕生
 c)サバイバリスト
 限定的核戦争による中心部破壊→大規模な民間防衛計画によるサバイバル集団の田園配置
 d)核拡散ゲーム
 すべての国の核武装→恐怖の均衡による平和→すべての国の責任水準高度化
 e)民衆的平和圏
 戦争を欲する指導者のみを抹殺し、無辜の破滅を避ける→国際条約による戦闘の軍事専門家限定、領土の戦争圏と平和圏分割、戦争圏のみでの戦争→戦争圏住民の戦争による自然消滅と平和圏住民のみ生存
 f)穏健な最小限シナリオー洗練された敵意による連邦形成(競合する諸国民の共同体)
 @レトリックの段階的抑制
 A相互交流によるコミュニケーションと相互認知
 B相互危機管理センター
 C一方的軍縮
 D非軍事的競争
 g)最大限シナリオー唯一の現実的シナリオとしての国際法による制限主権
 @国際法廷・国際軍(核兵器の一元管理)
 Aすべての国は防衛兵器のみ所持
 h)ラデイカルな解決策ー敵対人の心理メカニズム超克と親愛人創出

第199夜:瀧川裕英「集合的責任論序説ー戦後世代の戦争責任への視座」
 近代個人責任原則=個人は自己の有責行為の結果のみに責任を負う
  自由の基礎(個人は自らの予見可能なことのみに責任を負うことを保障し、自らの運命コントロールを可能とする)
  平等の基礎(個人は自らが選択したことのみによって判断され、人種・性別などの個人選択を越えるものによって判断されない)
 個人責任原則に反する法の正統性はない→個人責任を越える現象(監督責任、共謀共同正犯、共同不法行為など)も個人責任の枠内で正当化される
 戦後世代の戦争責任→個人責任原則で正当化不可能(戦後世代は戦争に参加せず、国家帰属も自己選択ではない)
              →集合的責任論によって正当化する
 集合的責任
  ある個人Aの行為結果に関し、同じ集合体Xに属する個人B・Cは、集合体外Dに対し、どのような責任をどのような理由で負うのか
  (1)責任論:個人がある集合体に帰属するということを理由に負う責任が存在するか(あるとすればどのレベルの責任か 民事・刑事・道徳)
  (2)集合体論:個人が帰属する集合体そのものによって発生する責任は存在するか(あるとすればどのレベルの集合体か 家族・会社・国家・人種・民族)

 (1)責任論
  ある侵害行為(罪) 
   非難(告発)→加害者 拒絶が不合理である規準に従って行為すべしとする社会の期待へ背反した加害者(非難は属人的性格で他者転嫁不可能)
   補償(償い)→被害者 被害者の被害を原状に回復する・救済(補償は属人的でなく、必ずしも加害者が補償しない場合がある)
  →集合的帰属を理由とする責任は補償責任のみであり、非難責任は正当化できない(集合的刑事・道徳責任は正当化不可能)
  →戦後世代の非難責任はなく、戦後世代を非難することはできないが、戦後世代の補償責任は正当化される可能性がある
 (2)集合体論
  @総和的集合体(個人構成員から独立したアイデンテイテイを持たない集合体)→集合体責任はすべて個人に還元される
   →ある個人Aはどのような理由で同じ集合体に属する個人Bの行為結果に責任を持つか
  A集団型集合体(個人構成員から独立したアイデンテイテイを持つ集合体)→集合体責任をすべて個人に還元できない
   →ある個人Aはどのような理由で同じ集合体に属する個人Bの行為結果に責任を負う集合体の責任を分有するか

 戦後世代の補償責任は集団型集合体の責任の問題ー政治的責務論(Political obligation)アプローチによる
 (1)合意論(集団加入行為)
  集団加入時点である種の責任を負うことを知りつつその集団に加入したことに責任の根拠を求める(任意集団の個人責任)
  集団加入の任意性が原理的に存在しない集団(民族・人種・性)→個人責任正当化不可能
  集団加入の任意性が事実的に存在しない集団(家族・国家)→個人責任正当化可能
  ↓
  集団加入の任意性の原理的存在可能性が集合的責任の必要条件であるが十分条件ではない
  (集団帰属の任意性の原理的不存在は責任阻却事由を構成するに過ぎない)

 (2)フェアプレイ(報償責任)論 *利益あるところに損失あり(株式会社の不法行為責任に無関係の株主が不利益を受ける)
  戦後世代国民は国家からの受益者ということを理由に、国家の負う戦争責任を戦後世代国民も負うべきか?

 (3)国家アイデンテイテイ論(集団的集合体としての) 国家の道徳的アイデンテイテイの一貫性
  戦後補償責任遂行による国家の政治的正統性維持
  国家内部構成員の変化や国家体制(憲法)変更は、以前の国家行為結果責任を否定する正当化理由とはならない
  戦後世代国民は戦後補償責任の「補償」部分の責任を負う(謝罪責任は国家が負い、国民は負わない)
  <ある国家という政治社会の内部に生きる個人が、国内他個人との共生のために、一定の正統的強制力の必要性を承認する場合に支払う対価>

第198夜:田口裕史「戦後世代の戦争責任をめぐって」(『季刊 戦争責任研究』第13号 1996年)
 責任 ある結果の責任を引きおこした本人が負う、その重さは結果の予測可能性、他の選択肢の有無、行為実行意志の自由の本人帰属性、
 戦後世代の戦争責任 生まれてもいなかった者にはない、しかし
 @未決の戦争責任 当事者世代の死とともに終わる可能性 先行世代の戦争責任を次世代が負う 
 A戦争システムの連続性を許している責任(大沼保昭)
 既成の行為の不当性・非道性の認識と同じ行為を繰り返す潜在的可能性を低下させる責任
 B処理対象としての過去の清算による誇りの恢復(新たなナショナリズム)

 戦後世代の責任論の積極的意義
 @過去の行為に通底している現在自己の潜在的可能性の発見と克服
 A先行世代には戦争責任(罪と責任)があり、次世代には戦後の行為への責任がある(罪と責任の峻別)

 統制対応の諸形態 積極的加担〜順応〜迎合〜傍観〜批判〜抵抗
 a変節(転向)
 b偽装
 c沈黙(沈潜) ex広津和郎、永井荷風、清沢冽、宮本百合子、田村泰次郎
 d加担 ex高村光太郎
 e抵抗 exピカソ 現実との緊張を芸術的表出へ昇華(「ゲルニカ)」

第197夜:粟谷憲太郎他『戦争責任・戦後責任 日本とドイツはどう違うか』(朝日選書 1994年)
 第1の罪:ナチス期にドイツ人が犯した罪と 題2の罪:敗戦後に第1の罪を抑圧・否定した罪(ラルフ・ジョルダーノ『第2の罪』白水社 1987年)

 東京裁判の戦後処理問題
 @自主裁判構想  天皇の名による戦犯裁判(天皇自身の否定)
 A日本人判事・検事登用問題
 B「人道に対する罪」の独立訴因排除
 C植民地支配の排除(朝鮮脱落)
 D昭和天皇免責 コミュニズム拡大防止のための天皇制の有効性→犯罪的軍部・財閥の陰謀史観による指導者責任論と国民の主体的責任意識阻害
 E生物・化学戦免責
 FA級戦犯容疑者100名の釈放(28人被告確定による)→開戦責任よりも敗戦責任(被害責任)
 G人肉食免責(豪州兵、アジア人捕虜、ニューギニア原住民、日本兵)
 H戦勝国戦争犯罪の免責(原爆、無差別爆撃、シベリヤ抑留)→被害者意識醸成

 責任の歴史的形態
 @戦争責任 戦時世代の侵略戦争の謝罪と贖罪(国家責任、指導者責任、民衆責任)
 A戦後責任 戦後世代の戦後処理責任 「遅れてきた者の責任}
 B未来責任 過去責任を未来へ生かす責任 「過去は未来の一次元」

 日本の戦争責任追及の弱さの背景
 @被害者意識への包摂
  (1)天皇制絶対主義・天皇制ファッシズム論→国民の主権者感覚衰弱→天皇制・軍部・財閥指導者責任論への傾斜
  (2)戦争観 大東亜戦争史観・太平洋戦争史観・15年戦争史観→いずれも日米・日中関係論の枠内で朝鮮半島欠落
  (3)人種主義論 原爆投下
 A米国単独占領と冷戦政策による戦争責任回避→天皇免責・人道に対する罪排除
 B高度成長による社会意識の変容(脱亜入欧とアジアへの無関心、欲望自然主義と私生活中心主義・生活保守主義、日本文化論)
 C国内保守政治体制
 D日本文化論 共同体内自閉的価値観、集団主義的行動様式(コンフォーミズム大勢順応主義)、ケガレと清め

第196夜:Karl Jaspers『Die Schuldfrage 戦争の罪を問う』(平凡社ライブラリー 1998年)
 最近の日本美術界で横山大観や藤田嗣治の戦争画を芸術作品として再評価する公的なあり、もはや両者の「巨匠」としての位置づけは動かし難いものとなりつつあります。戦時期に軍部に迎合して描かれた戦争画家の戦争責任を、イラク参戦と改憲の動きが進む現代にあって、再度問い直す作業が求められていると考えます。戦争責任の原理的考察の資料としてこの書を読みました。ヤスパースが1946年1−2月の講義としておこなったものです。厳密な論理構成による整然たる整序と、再生に向けたパッション、熱烈な独的精神のナショナリズムに感歎します。敗戦直後の日本でこのように体系的に戦争責任論を展開した思想家はいたでしょうか。この書の問題は反ナチ抵抗運動の思想とその責任のあり方に深い考察を加えていないことです。最初に本書の概要を示します。

 罪の問題
 序説 我々は人類に属し先ず人間であって次にドイツ人なのだ。・・・勝利者の側からする有罪宣告は重大な結果を及ぼすが、内面的転換という決定的点においては助けにならず、自分を相手とするほかに道がない。
 A区別の図式
  1 罪の4概念
 (1)刑法的罪 立証可能な違法行為 審判者は裁判所 結果は処罰
 (2)政治的罪 国家為政者の政治的・軍事的行為と構成員たる公民 審判者は戦勝国 結果は償い、追放、懲役・処刑、恩赦
 (3)道徳的罪 個人の政治的・軍事的行為(命令に抗しなかった) 審判者は自己の良心及び精神的交流者(愛情を持ち合う) 結果は内面的贖罪と自己革新
 (4)形而上的罪 万人のあらゆる不正と犯罪(見て見ぬふり) 審判者は神 結果は神の前における拭いがたい罪の意識
 罪の段階的区別を通じて(罪を水平的に同一化しない)根元にある罪に立ち返る
 現実に対する傍観的態度は、盲目的受容か積極的関与の両極を生み出す
  4  誰が誰の何を対象に審判を下すか 
 (a)外(世界)からの非難 刑法・政治的罪のみに有効(特定の行動と外面的行為を対象) 
    内(自分のこころ)からの非難 刑法・政治・道徳的・形而上的罪すべてを含む
 (b)集団と個人
 民族全体の刑事犯罪・道徳的罪は問えない(刑事的・道徳罪は個人のみを対象) それは個人の尊厳を侵す
 民族の集団的罪は政治的罪にある
 (c)裁く権利・資格があるのは誰か
 道徳的・形而上的罪に対してある誰かが審判者となることはない(神に替わる地上の法廷はない)
 刑法的・政治的罪は破局に臨んで生きながらえた者は戦勝国裁判に服する
 (d)弁護
  @罪の区別A事実証拠B自然法・国際法C道徳的・形而上的非難を政治的意図の手段としないD内面的転換の代償行為を要求しないE逆ネジ的弾劾(共同の罪)
 Bドイツ人としての問題
 序説 敗戦ドイツは弾劾する資格はなく甘受するのみ、ドイツ人自身がドイツ人を照らし出し審判し浄化する
 1 ドイツ人の罪の区別   
 (1)刑法的罪 ニュルンベルグ裁判の論理
  @平和に対する罪(侵略戦争の計画、準備、開始、遂行)
  A戦争犯罪(戦争法規侵害 非戦闘員殺害、虐待、強制労働、掠奪、破壊)
  B人道に対する罪(非戦闘員殺害、殲滅、奴隷化、迫害)
  指導者が裁かれると国民は自分が裁かれていると感じる恥辱を通して自らの無力と衝撃を覚えるーこれを回避する欺瞞的方法
  @一般的人間性論 人間の普遍的罪を1民族に負わせるな
  A勝者の裁き論 ドイツ人判事抜きの裁判 戦勝国犯罪免罪
  B政治主権無答責論 君主の神聖不可侵
  C罪刑法定主義論 裁くために新たな法律を設けることはできない
 (2)政治的罪 国民は属する国家の性格に集団的責めを負う
  近代国家では誰もが政治的行動をしている
  政治と没交渉である芸術家も国家秩序によって生活を得ている限り政治的責任を負う
 (3)道徳的罪 個人の自己決定に関する罪意識(何ごともなかったかのように仕事を続け社交と娯楽を続けた)
  その類型
  @良心と悔悟能力がない者(ヒトラーとその共犯的指導者) 道徳的罪意識の欠落による生まれ変わり能力の喪失→暴力のみに生きる者へは暴力を行使するのみ
  A良心と悔悟能力がある者(分かっていながら、または錯誤によって加担した者)
   a仮面をかぶった生き方(威嚇の恐怖を生きる表面的同調と自己欺瞞と偽装) この罪を逃れるドイツ人は1人もいない
   b良心の錯誤(ナチスを理想と錯覚した認識の限界) 祖国愛とナチスの同一化による悲劇的錯乱、盲目的ナショナリズム、命令と服従への陶酔
   c中途半端な妥協と順応(ナチズムの部分的善に依存 *失業克服など)
   d心地よい自己欺瞞(体制内反対派 内部改革論 当面協力論) *家が燃えている時は消すのが急務で放火犯人を捜すのは後だ(インテリ・ナチス)
     この類型は虚無主義的性格で本質的に非人間的ナチズムと通底し、精神的に脆く欺瞞が習慣となるから批評のしようがなく、本人に任すしかない
   e非能動性・無力論(絶望的で救いがたい時代には隠れて生きよープラトン)
     積極的に何ごともしなかったことそのものに罪がある(他者の不幸への盲目と想像力の欠落、痛みへの共感力の弱さ)
   f外面的追随(付和雷同) 非常に多い態度
     自己の生存を確保するための追随
     どの段階でどういう関係の中でどのような動機から追随したかで罪の負担は異なる
 (4)形而上的罪 人間の絶対的連帯性(他の誰かが殺された後になお生きている私の罪 いま生きていることそのものの罪)
  憤激し絶望しながら阻止できなかった痛みを覚える者はもっとも前進的な態度をとる
  5 概括
  a 罪の結果 すべてのドイツ人が例外なしに何らかの罪を持つ
 (1)すべてのドイツ人が例外なく政治的罪を持つ(すべてのドイツ人が賠償責任を持つ)
 (2)ごく少数のドイツ人が刑法的罪とナチズム活動の罪を持つ(審判者は戦勝国法廷とドイツ人審判機関)
 (3)すべてのドイツ人が道徳的自己省察を求められる(審判者は自己の良心のみ)
 (4)識見の高いすべてのドイツ人は形而上的経験によって自己を変える(個人の問題)
  b 集団の罪
   集団的政治責任(独裁者への政治的無条件服従)
   家族の一員の罪に心が痛む意識と民族の罪に心が痛む意識の連続性(文化の同一性からくる)→文化の重みを背負う
  c 弁解の諸類型
 (1)恐怖政治による政治的罪(牢獄で獄吏と囚人を同一視できない) なぜ抵抗しなかったのかという弾劾に対して
    外国人労働者1500万人も戦争労働に従事した、不可能な抵抗の殉教者(ショル、フーバー、ニーメラー)、政治犯収容所
    抗した抵抗の諸例を無視する弾劾には、亡命を手柄のように考えるパリサイ的偽善の口吻を感じる
 (2)不可避の歴史的必然としての政治的罪
  @ドイツの地政学的条件(四方を国境に接し国家維持のための特殊軍事的性格の形成)
  A世界史的状況(西欧近代の危機 キリスト教信仰の衰弱と社会主義による危機のドイツ集中)
 (3)他国の罪
  @ヴェルサイユ体制
  A西欧連帯性の欠落 ローマ法王庁条約、ベルリン五輪、対独宥和政策、独ソ不可侵条約、
 (4)人類の普遍的罪責

 罪の清め(ライニング)
 序説 自分には罪がないと思いながら他人の罪を問う者の弾劾者たる資格と権利を問う
 1 清め回避の諸類型
  (1)泥試合 ナチズム加担と抵抗のレベルの差異性によるドイツ人内部の相互弾劾(国外亡命者と国内追放者の論争、殉教者論争)
   他者への強制、審判者意識、自己罪責回避など真の精神的交流が途絶する
  (2)身を投げだす(告白)か傲慢かー道徳主義的権力意志の欺瞞であり、一瞬解放感を味わう 
   a慟哭的告白 告白衝動による本能的快感、告白による優位構築、他者への告白強制、告白による状況打開
     →無力な者の権力本能と権力者の権力本能が相互に刺激しあって致命的災禍をもたらす
   b自閉的傲慢 攻撃に対して居直る擬制的独立性の確保(悪を密かに肯定し悪の部分的善を信じ悪を固守する自己陶酔)
     →死よりも生を選ぶ者の生きようとする決意の意味内容が問われる(おのれに残された唯一の尊厳の真実性の発露)
       偽路に立って決断することなく、本然的存在の険しさを水平化することによってくぐり抜ける(勇敢に罪を犯せ)
       ナチズムへの美的感傷と歴史哲学的肯定による傲慢
       傲慢は無力な人間の最後の拠点である沈黙による建て直しによる反攻の態度をとる(相手の弾劾が正当であればあるほど 今に見ておれ)
  (3)局部問題へのすり替え
     非難の正当性を認めながら、自己の苦境や相手の欠点を指摘して回避する(無差別爆撃、生活苦、家族戦死、財産喪失などの苦境が全体関連なしに愁訴され罪が相殺されることを狙う)
  (4)一般問題回避
   a轢死の全体性の前で無力な個人(全体的局面の絶対化による個人の尊厳の放棄) *太陽は正しい者の上にも壮でない者の上にも輝く
   b盛者必滅論(世界のすべては終息し挫折と破滅) ある事の特殊的重大性の放棄による抽象化
   c人類罪責論(人類と万人の罪を背負った贖罪の生け贄としてのドイツ 虚偽の悲愴的第2イザヤ思想)
     具体的局面における個人の行為を捨象する美的感傷への逸脱 虚偽の集団的自尊心と犠牲を誘発する
   dドイツの苦悩の内に罪滅ぼしの終了と罪責からの解放を見る
     道徳的・形而上的罪には本質的に罪滅ぼしと罪の終わりがなく、生涯終わることのない過程にある
  (結論)
  敗戦ドイツは自己の良心のうちから呼びかける罪を引き受けるか、ただ漫然と平凡に生る転落かの選択にある、罪の意識の深みから発する清めを抜きにドイツはいかなる真理も実現できない
 2 清めの道
 行動としての償い 被害諸民族に対する法的形式による破壊再建
 償いの動機
  aすべての苦難に救いの手をさしのべる←罪を感じていない場合にすべての苦難が水平化される
  bナチによる被害に特殊の権利を認める(強制移住、掠奪、追放者)←罪を感じている場合には苦難に差異を設ける
 清めは絶えず自分自身になろうとする内面的過程、われわれ自身の自由に依存する任務(人間は清浄となるか混濁にいたるかの岐路に立つ)、我々の政治的自由の条件である
 清めは各人がそれぞれの道を歩むのであり、あらかじめ歩いたり指示されるものではない、魂の清めがなければ政治的自由はない
 罪の意識を基礎とする清めの深度は攻撃に対する態度に表れる、罪意識のない反応は反撃となり、罪意識の経験では痛みとしてあらわれる
 非難を甘受しそれを聞いた後で検討しなければならない、非難を避けるよりは進んで求めるようにしなければならない、自閉的傲慢は劣弱意識による内面的破壊がもたらされる
 清めによって我々は自由になる

 1962年あとがき
 この講義でのニュルンベルグ裁判解釈に決定的な思い違いがあった
 ニュルンベルグ裁判は国家犯罪を特定個人の犯罪とし、国家の超人間的な神聖化による国家への責任転嫁を破壊した、自分が犯罪を遂行することになる命令には服従してはならない、、宣誓の絶対性は上官に対する忠誠ではなく、憲法と共同体の連帯性に基づく場合のみによる
 欧州自由諸国のナチス宥和政策、独裁による抑圧を見殺しにした政策が批判されねばならない
 ナチス国家と変わらないボルシェヴィズム独裁国家が判事として参加したことを批判する
 戦勝諸国の戦争犯罪的行為(無差別爆撃など)も裁きの対象としなければならなかった
 ニュルンベルグ裁判は法的形式においては申し分のないものであったがやはり見せかけであった 

 (付記 敗戦日本の戦争犯罪観)
 小林秀雄「自分はバカだから反省などしない、利口な奴はたんと反省するがいいじゃないか」
 河上徹太郎「戦後の自由は占領軍によって配給された自由だ」
 江藤淳「占領軍による言論統制は不当であり、その結果日本の言説空間は骨抜きにされた」
 太宰治「真の自由思想家なら、いまこそなにを措いても叫ばなければならぬ事がある。天皇陛下万歳!この叫びだ。昨日までは古かった。しかし、今日においてはもっとも新しい自由思想だ」
 津田左右吉の熱烈な皇室讃美 美濃部達吉の枢密院本会議での新憲法審査における占領下押しつけの事実隠蔽による制定に抵抗
                                         (2008/8/21 17:35)

第195夜:リチャード・ウオーリン『ハイデガーの子どもたち』(新書館 2004年)
 現代実存主義思想の「巨匠」であるマルテイン・ハイデガーは、第1次大戦の惨劇を生んだ西欧近代原理と科学主義を根底から問い直す人間観を提起して、当時の若い知性を虜にするほどの魅惑的な講義を展開しました。彼の講義に魅了され、その思想と格闘しながら」自己形成を遂げた次世代思想家4名に焦点を当てています。ハンナ・アーレント、カール・レービット、ハンス・ヨーナス、ヘルベルト・マルクーゼです。この4人は共通の抜き差しならぬ課題を背負いました。それはハイデガーがナチズムを支持していくことによって、自分自身の出自であるユダヤ人であることと師の思想の信奉者であることの矛盾です。
 アーレントは師との愛人関係の相剋に苦しみながら、ホロコーストへの加担者である師との愛情を選択して擁護者の側にまわります。20世紀最大の女性政治思想家も一介の女性に過ぎなかったのです。カール・レービットは師の戦争責任を糾弾しながら独自の思想を開拓し、ハンス・ヨーナスはシオニズムの戦士としてイスラエル建国に献身して環境思想家の道を歩みます。マルクーゼは師に自己批判を迫って訣別しマルクス主義思想へと展開します。しかし著者の云いたいことは、それぞれがハイデガーとその思想の超克をめざしながら、どこかに師の思想を引きずっていることを証そうとしています。この関係は、日本で云えば大東亜協栄の大アジア主義に展開した西田多郎の弟子たちが歩んだ道を彷彿とさせます。近代を越える独自の思想を刻む師の影響を受けながら、西田哲学派は分岐し、超国家主義者から獄中で死を選ぶ者まで学派は多様な様相を示しました。
 しかし問題は、ハイデガーのナチズム加担という現実的な政治的行為の基礎に、ハイデガー哲学の内包されている本質があるのだということです。日本のハイデガー研究者は、こうした問題を捨象してもっぱら実存思想の研究にとどまって、現実世界のふるまいを無視してきました。この書の翻訳者と解説者たちも同じです。そうした発想の背後にある「現実性」や「歴史性」の感覚的貧困は、アカデミズムの講壇にある何らかの特権的感覚を感じます。
 驚いたことは、著名なユダヤ人思想家のほとんどが、自らの民族的出自の日常的感覚を持たず、ワイマール・ドイツ文化に同化するばかりか、自らをもっとも献身的なドイツ文化の継承者と思いこんでいたことです。彼らはナチスによる迫害を契機に、はじめて自らの民族的出自の自覚をもったのです。この4人はすべて亡命して、ふたたび戦後西独への帰還を果たしています。私がもっとも共感するのは、スパルタクス団壊滅を契機にマルクス派左翼に転じたマルクーゼですが、その講壇性は払拭されず、ついにブレヒトとなりえなかったことです。
 いったい深遠な、根元的な思想と現実生活の破綻は現代でも共存しています。思想家や哲学者のみならず、美の深奥を極めた芸術家たちがいとも簡単に戦争犯罪に加担しています。この構造を私は、上部構造の制度化に包摂された個の精神活動の悲劇的限界と解釈しますが、その責任は一介の市民以上に深いものがあるでしょう。

 「ひとにぎりの専門家同士が交流しあう能力の秘教的性格によって、近づきがたい言語的排他性が強化されて、自己ゲットー化にゆきつく」

 著者の立場は、どうもフランクフルト学派に近接しているようですが、ハーバマスが米軍のイラク侵攻に反対した声明にある世界銀行やIMFIMFへの無条件讃美は、フランクフルト学派の社会科学的認識の貧困をさらけだしています。ここに著者の属するアメリカ思想の限界があるように思えます。しかし著者がアメリカにあって、ここまで現代ドイツ思想を勉強し、歯に衣も着せぬ評価を下しているのは圧巻です。日本の思想界は、欧米流行思想に媚びへつらって、その解釈的紹介に終始して、現代日本における思索をほとんど放棄している現状を見ると、賛嘆に値します。問題はハイデガーのナチス加担の驚くべき事例を数え上げていく方法とともに、ハイデガー思想の根元にあるナチス的思想原理を本格的に解明することにあります。(2008/8/19 9:02)

第194夜:萩原弘子『ブラック 人種と視線をめぐる闘争』(毎日新聞社)
 「西洋中心の視角イメージに抗し、植民地化によって奪われた過去を取り戻し、解放の未来を描き出す黒人視覚芸術の困難と希望に満ちた闘争」(帯より)を描いた黒人文化論集です。映像表現や絵画、写真、インスタレーションなどブラックアーテストの作品分析を通じて人種と政治文化の関係を明らかにしています。映画を除いてはほとんど見たことがない作品ばかりですので、困惑するところもありますが、抑圧された感性がどのように人間的尊厳を恢復しようとしているかーうかがえました。
 印象に残ったのは、人種などの差異や他者性を自然的付与として絶対化するエッセンシャリズム(本質主義)に依拠する多元性や相対性を強調するポスト・モダン思想を批判し、ポスト・モダンは支配的な人種概念の解体をもたらすが、同時に日常の人種的抑圧に対抗する連帯の基盤を失わせるという。差異を抽象的に論じる相対主義は、歴史の内実を空洞化して空洞化する。人種があって人種差別が生じるのではなく、人種差別があって人種が生じるのだとする。これは重要な指摘だと思う。人種以外のさまざまの差別と抑圧問題へのを克服するために、差異をそのまま自然に認め合う価値相対主義は、中心と周辺をめぐる争闘の現実を越える普遍をめざすよりも、現実の実体を肯定する結果に陥る危険性があるという。たしかに在日朝鮮人やアイヌ、部落問題などを差異に還元する理論は、現実のリアルな差別問題の制度闘争から遠ざかっていく効果を持つ。こうした差別理論から、さまざまの黒人文化が論じられている。いままであまり接触しなかった領域であり、興味が深まった。(2008/8/10 9:15)

第193夜:金石範『火山島』(文藝春秋)・『地底の歌』(集英社 2006年)
 金石範(キム ソクボム 本名 慎陽根)は、済州島出身の在日朝鮮人として大阪に生まれ、日本語による作家活動をしています。金達寿と協同しながら、金達寿の軍事独裁政権下の韓国訪問、李恢成の韓国籍取得を批判し、朝鮮籍を維持しています。この作品は1948年4・3事件を中心にゲリラ壊滅期の49年6月に到る1年間を中心に、済州島の民主化闘争とその敗北の渦中を生きた済州島の諸階層の生を描いています。主人公は上層階級の息子であり、革命政党と距離を置きながら民主化に誠実であろうとする人物で最後にピストル自殺します。従ってゲリラの内実に焦点を当てるよりも、その周辺にいるシンパや、上層階級と警察や反共極右の生態が鋭く描かれています。
 韓国諸階層の思想的な複雑さや、反日、親日、容共、コミュニスト、共同体、儒教的家族関係など、相対的に「等質」な日本民族とは違う多層・複雑な韓国社会の実相は、日本人の想像を超えた壮絶な様相を呈しています。そこから生まれる抗争、対立、せっぱ詰まった生活、裏切り、怨み、恨の文化は私たちの想像をはるかに超えています。同じ民族合い食む残酷さは、壮絶とも云えます。しかしこの根底に日本帝国主義による植民地支配を強制された被抑圧民族の悲劇があります。こうした朝鮮民族の苦悩の最大の原因が日本にあることを知らされます。被虐の歴史を生きることを強いられた民族の魂が噴き出ています。日本の支配責任は永遠に許されざる悪行であったことをつくづくと思い知らされます。安易な日韓交流など表層でしかありません。
 この小説の最大の問題は、底辺民衆ではなく、両班階級出身の知識人の良心に焦点を当てていることです。民衆の心性に迫る点で限界があります。日本の大学を出て独立運動をして下獄し、転向して生きる主人公に対する民衆の無限の尊厳と信頼が示されるのですが、その根拠が判然としません。だからこの小説では、革命政党の冒険主義を批判しつつ、歴史の未来を描くことはできず、最終的に主人公は自殺せざるを得ないのです。作者の立場は「4,3事件は米国が強行した南単独選挙、単独政府樹立反対の戦いであり、主導的な役割を担った南労党組織の極左的誤りが重大だからといって、その祖国統一を指向した反国家テロリズムの民衆蜂起の意義を貶めてはならない」ということにあります。
 儒教の影響が濃い韓国家族の内実はよく分かるのですが、朝から酒を飲んだり、食事風景がふんだんに登場し、妹が兄の布団をセットするなど興味深く知りました。
 全7巻にわたる長編大河叙事ドラマは、4,3事件を中心とする分断国家の成立過程が迫力を持って描かれています。この分断の最大の歴史的責任は日本にあるのですが、韓国現代史に対する日本の無知はほとんど犯罪的だと思います。同時に米国民主主義の虚妄も。分断過程で、南朝鮮の良心的な知識人や芸術家がほとんど北へ行ったことは初めて知りました。私は済州島への旅行を数年前におこないましたが、この小説を読んでいれば違った意識で行ったと思い、残念な気がします。こうした深刻な歴史体験を踏まえた現代韓国が、はるかに日本を越えたエネルギッシュな国として現代にあるのも当然です。さらに北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が現代にあって、「特殊」とも写る国家運営をしていることも、この小説からある程度理解できます。以下強く印象に残る文章を記しておきます。

 不合理で不公平で残虐な世界でありながら、よくもキリスト教徒は神を信じているもんだ。牧師は虐殺された使者に対して祈り、賛美歌を歌う。
 おれが神を信じる者なら、、殺戮者に祝福をもたらす神を暗殺するだろう。

 あの山 この山 花咲き乱れ 春は来たれり 春は来たれど この世は万事 寂しきかな それも きのう青春たりしに いま白髪を 如何せん わが青春も われを捨て 無情にも去りゆけり 来たリて去るを知る春を よろこび愛でて何になろう 春来たりて 去りたくば去りゆけ おまえが去りゆけど夏来たりなば 緑茂り 草香り・・・(「春香歌」)
                                                  (2008/8/7 00:04)
 
 『地底の歌』は、全7巻の大河小説である『火山島』の続編です。済州島のゲリラ闘争の壊滅によって敗残となったゲリラが日本に密航して暮らす大阪が舞台となっています。敗北の惨状は凄まじく、連行されるゲリラが仲間の切られた頭部を竿の先に刺して、市中をさらし者になって行進させられる情景には絶句させられます。自殺した主人公の妹と後輩が、日本に密航し、新たな生活を模索し、自殺した兄(先輩)の死の意味を受容していく過程を描きます。あらためてこのような筆舌に尽くしがたい半生
を歩んだ在日朝鮮人たちが、いま日本で生きていることに気づかされて、日本という国の救いがたいお目出度さと浅薄さに思いをいたされます。 
 戦後の民族教育弾圧に抗する闘いの中で、日本共産党大阪府委員会の指導部に朝鮮人党員がかなりいて、「日本学校を民主化するために朝鮮人児童を日本学校へ転校させる」という共産党の方針で、大阪朝鮮総連も闘いに消極的になり、神戸と愛知を除いて閉鎖されていった事実をはじめて知りましたが、このことが事実かどうかはおいて、この作家の日本のスタンスがうかがわれます。敗北して逃亡してきた敗残のゲリラが、裏切りの自己嫌悪を克服していくのが主要なテーマでしょうが、総連にも日本の左翼とも距離を置くスタンスは、なにか日本の文壇に入っていくための方途のような気がしないでもありませんが、帝国主義国家日本の市民である私が批判する資格はありません。
 私が注目したのは、日本の学生運動の中で自殺した原口統三の『二〇歳のエチュード』に対して、「生活の匂いがしない。原口の死は痛ましくやりきれないが、彼はいわば精神の貴族であって、、豚になる必要のない世界で生きた贅沢な死だ。贅沢な死よりも豚のように生きたほうがましではないか。自らの豚をいためつけながら。いやこれは傲慢というもの」と述懐していますが、ここに彼我の生きる状況の恐るべき非対称性があります。現代日韓文化の基底にある生存のめくるめくような断絶に戦慄します。「あとがき」には続編を書きたいとあるので、期待しています。(2009/2/12 9:58)

第192夜:Karl Marx『Das Kapital』(カール・マルクス『資本論』第1巻上 筑摩書房 2005年)
 本書はデイーツ版1962年を底本とする翻訳です。訳者は今村仁司・三島憲一・鈴木直の3氏で、いずれも経済学ではなく、ドイツ近現代思想史を専攻している人たちです。私は、いままで向坂逸郎や長谷部文雄、新日本出版等の翻訳による『資本論』に挑みましたが、いずれも途中で放棄せざるを得ませんでした。しかし驚いたことに、この3氏による筑摩版はそれなりに読み続けることができるのです。いままで『資本論』の難解性(とくに第1巻)による私の能力問題としてきたのですが、どうもそれだけではなく日本の翻訳文化の問題があるのではないかと考えるようになりました。それは長谷川宏氏によるヘーゲルの翻訳が日本の翻訳文化史にある転換をもたらしたと同じ意味があるのではないでしょうか。
 不幸にして日本のマルクス文献は、戦前の政治的抑圧と講壇アカデミズムによって、晦渋な文体で権力の検閲を逃れたり、或いは権威主義的な文化の影響によって日常的日本語の蔑視があったように思われます。もちろん学術文献ですから、翻訳を平易な日本語に移しても、主旨と論理は同じであるはずですが、つっかえずに読めるかどうかは非常に読解に影響をもたらすと実感しました。(2008/7/13 13:13)

第191夜:HERTA MULLERERTA 『Der Fuchs war damals schon der Jager(ヘルタ・ミュラー『狙われたキツネ』三修社 1997年)
 私は初めてルーマニア文学を読んだ。正確にはルーマニア出身のドイツ語文学です。著者はルーマニアで生まれ、ルーマニア社会主義の末期を経験し、独に移住して作家として活動をしています。1989年のチャウシェスク政権末期の、尾行や盗聴、秘密警察に怯える庶民の日常生活が淡々と描かれます。文体が即物的な日常描写でありながら、カフカのような象徴的雰囲気をただよわせ、社会主義生活の退廃を浮かび上がらせているようなのですが、読んでいる私にはどうもピンと来ません。ただノーメンクラツーラの特権的生活があまりに庶民生活と連続しながら、権力の支配関係に包摂されている様はうかがえます。性的行為がやたらと登場するところに、よりいっそうの頽廃があるように感じますが、なにか現実感があるようでないようで、ピンと来ません。スターリン型指令経済の生々しい日常を観ると、なんと野蛮なシステムを築いたのか唖然とします。先日観た東欧の中絶を扱った映画とよく似た風景で、寒々とした抑圧が蔓延しています。チャウシェスク夫妻の処刑は当時の全世界を驚かせたのですが、背後にある庶民のルサンチマンの深さが実感されます。作家は数々のドイツ文学賞を受賞していますが、ドイツ文学界がこうした作品を評価する心性は、遠く離れた日本の生活から理解するのは難しいと思いました。(2008/7/10 8:16)
 
第190夜:マルセル・ライヒ=ラニッキ『MEIN LEBEN』(邦題『わがユダヤ・ドイツ・ポーランド  マルセル・ライヒ=ラニッキ自伝』柏書房 2002年)
 著者は1920年にユダヤ人を両親にポーランドで生まれ、少年期はベルリンで過ごし、ナチスの迫害によってポーランドへ強制送還され、ワルシャワ・ゲットーに閉塞の後、敗戦直前に脱走し、戦後はポーーランド政府情報機関に勤務の後、共産党を除名され1958年に西独に出国し、現代ドイツの文芸批評家として活躍している。両親と兄は強制収容所で殺害され、自分のみが奇跡的に生き残るというユダヤ系ドイツ人の典型的な前半生を歩んでいる。圧巻はワルシャワ・ゲットーの生活であって、飢餓と絶望の中で独文学と音楽に生きる糧を見いだしている。ドイツで大学進学を拒否されて高等教育を受けていない彼が、ドイツの代表的な文芸批評家に上り詰めていく過程は、彼自身の才能とともに偶然のなせる罠であった。西独での著名な文学者や学者との交流から浮かび上がる裏面には興味があるが、それはむしろ余計なことだ。この点でこの書の白眉は、あくまでナチスのホロコーストを生き抜いたユダヤ人の迫真的な記録性にある。あれこれの著名文化人との交流は、いわば彼自身の勲章の自己表現であって、この書の最大の欠陥は彼自身の文芸批評の自己分析がないことにある。しかし、とにもかくにも、現代ドイツの文芸思潮の生々しい裏面史があって興味は尽きない。帯に云う「20世紀を代表する記念碑的メモワール」かどうかは大いに疑問だ。

 「今世紀のドイツ人を理解する2つの人名を暗示せよーといわれたなら、アドルフ・ヒトラーとトーマス・マンがそうだ。このどちらが欠けても壊滅的な結果しか招かないだろう」(P89)
 「もう二度と戻ってこない時の憂慮をあらわすユダヤ人の美しい言い回しに「絹の憂い」という言葉がある。刻一刻わが命を案じなければならない者が、文学への天職を夢みるのだ」(P246)
 「妻と私は黙って顔を見合わせた。お互いに感じていることが手に取るように分かる。喜びではなく悲しみであり、幸福感ではなく憤りである。もういちど上空を見上げると、暗くうっとうしき一片の雲が出ていた。私たちの頭上の雲、これは決して消えないだろう。死ぬまで居座るだろう、と私は察知した」(P270 独軍無条件降伏のニュースを聞いた瞬間)  
     (2008/7/5 20:23)

第189夜:Paul Celan『Paul Celan Todesfuge Gedichte』(『パウル・ツエラン詩集』思潮社 1984年 飯吉光夫訳編)
 ウーン全編に沈鬱な失意とかすかな希望を求める呻きのような声がしずかに聞こえているような感じです。こうした感性は日本では育たないでしょう。強いて言えば宮沢賢治の世界といえるかも知れませんが、それも違うでしょう。強制収容所で両親を殺害され、自身も労働収容所を生きのびた生の極限を体験したふるえるような魂の叫びは、どのような批評も許さない壁があるような気がしますが、しかし彼はなおも作詩を通して何かを伝えようとしたのです。背後にある600万人のユダヤ人の苛烈な死のイメージの重みに耐えかねて、彼はセーヌ河に身を投じました。どの詩からも強制収容所の闇の世界が背後にあるような感じなのです。

   ふたつの姿

 君の目を部屋のなかの蝋燭とせよ
 視線を芯に
 その芯に灯がともるほど
 ぼくらを盲目とせよ

 否
 ほかのもにせよ

 君は君の家の前に出よ
 君の斑の夢に鞍を置け
 その蹄をして語らしめよ
 君がぼくの魂の屋根から吹きおろした
 雪に

  頌歌

 誰でもないものがぼくらをふたたび土と粘土からこねあげる
 誰でもないものがぼくらの塵にまじないをかける
 誰でもないものが

 たたえられてあれ 誰でもないものよ
 あなたのために
 ぼくらは花咲こうとねがう
 あなたに
 むけて

 ひとつの無で
 ぼくらはあった ぼくらはある ぼくらは
 ありつづけるだろう 花咲ながら
 無の 誰でもないものの
 薔薇

 魂のあかるみを帯びた
 花柱
 天の荒漠さを帯びた花粉
 棘のうえで
 おおそのうえでぼくらが歌った真紅のことばのために赤い
 花粉

  あなたが

 あなたがわたしのなかで死に絶えるときー

 ちぎられる
 最後の息の結び目のなかに
 なおもあなたは
 隠れこむ
 一片の
 いのちとともに

  あらかじめはたらきかけることをやめよ

 あらかじめはたらきかけることをやめよ
 さきぶれを送ることをやめよ
 そのなかにただくるまれて
 立っていよー

 無に根こそぎにされて
 すべての
 祈りからもときはなたれて
 さきだって書かれていく定めの文字のままに
 しなやかに
 おいこすこともかなわぬまま

 僕は君を抱きとめる
 すべての
 安息のかわりに


 こうした深い闇にたたずむかのようなチェランの思想に対して、次のような思想があることを私はどうしても示したくなるのです。
 「一般的に現実世界の宗教への反射は、日々の実務的な仕事関係が、人間と人間の関係、人間と自然の関係の両面で、人々にとって日ごとに透明なまでに理性的になっていくことではじめて消滅しうる。社会的生活の過程が自由に団体をつくる人間たちが生み出したものとして、人間たちによって自覚的に計画的にコントロールされるときにはじめて、その神秘的な霧のヴェールを脱ぎ捨てるのである」(マルクス『資本論』第1巻 第1篇商品と貨幣 第1章商品 第4節商品のフェテイッシュ的性格とその秘密 ちくま書房版P121)    (2008/7/2 14:18)

第188夜:ヴァルター・ベンヤミン「歴史の概念について 歴史哲学テーゼ」(『ベンヤミン・コレクション @近代の意味』ちくま学芸文庫 1995年 所収)
 筆者責によって印象に残る部分を紹介します(一部筆者意訳 下線部筆者)。

 史的唯物論はチェス名人の人形のように、いつでも勝つことになっているが、今日では小さく醜くなっている。

 歴史の過去のイメージは秘められた索引をともなって、過去に救済(解放)へのみちを指示している。かってあった過去の世代の期待を担って私たちは今を生きている、どの世代も等しくかすかなメシア的なちからが付与されており、過去はこの力の働きを要求する権利がある、このことを史的唯物論者は知っている。救済(解放)された人類は、過去を完全な形で与えられ、人類が生きたすべての瞬間を呼び出す、その日こそ最後の審判の日に他ならない。

 階級闘争は洗練された先進的なものを実現する不可欠の条件であり、それは粗野で物質的なものを獲得するための闘争である、花たちがその頭を太陽に向けるように、かって在りし過去は、密かな向日性によって、歴史の空に昇りつつある太陽のほうへ頭を向けようとしている、あらゆる変化の中でもっとも目立たないこの変化を、史的唯物論者はよく知っていなければならない。

 過ぎ去った過去を歴史として明確に云うことは、それを実際にあったとおりに認識するのではなく、危機の瞬間にひらめくような想起を捉えることを謂う、史的唯物論にとっては、歴史的主体に思いがけず立ち現れてくる、そのような過去のイメージを確保することが重要なのだ、伝承されてきたものを制圧しようとするコンフォーミズムの手からそれを新たに奪取することがどの時代にも試みられなければならない、メシアはたしかに解放者として来るが、同時に彼はアンテイ・クリストの超克者としてやってくる、敵が勝利を収めるならその敵に対して死者さえも安全ではないーこの認識に何処までも浸透されている者のみ、過ぎ去った者の中に希望の火花を掻きたてることができる。

 今日に至るまでそのつど勝利をかっさらっていった輩は、いま地に倒れている者を踏みつけて進んでいく今日の支配者の凱旋行列に加わって、ともに行進している、その戦利品は文化財と呼ばれるが実はそれは野蛮の記録である。

 抑圧された者たちの歴史は、私たちが生きている非常事態がじつは通常の状態なのだということを私たちに教えている、この歴史概念を獲得すれば私たちは真の非常事態を出現させることができる、反ファッシズムが歴史を進歩とみなして進歩の名においてファッシズムに対抗することは、ファッシズムのチャンスとなる。歴史の天使は顔を過去に向け、できごとの連鎖に破局をみる、その破局は瓦礫の上に瓦礫を積み重ねて彼の足下に投げつける、楽園から吹きつける嵐が背を向けている未来のほうへ彼を押しながし、目の前には瓦礫が山のように積み重なる、私たちが進歩というのはこの嵐のことである。ファッシズムに対抗して敗北した政治家の進歩信仰、大衆基盤への信頼、機構への隷属ーこの認識こそ惰性化した思考の出発点である。

 かってのユートピア社会主義にあった自然概念にたいし、俗流マルクス主義の労働は自然の搾取である、自然の胎内にまどろんでいる可能性としての創造の子等をこの世へと生み落とす産婆役が労働なのである。

 歴史認識の主体は戦う被抑圧者階級自身であり、隷属させられた最後の階級として復讐する階級として、打ち倒された幾世代の名において解放の仕事を完遂する階級として登場する、憎しみと犠牲への意志は隷属させられた祖先のイメージから活力を得るのであり、解放された子孫といった観念からではさらさらない。史的唯物論は時間の衡が釣り合って停止に達した現在の概念にこそ、他ならぬ自分自身が書きつつある現在であり、歴史主義の売春宿である永遠の過去ではなく、歴史の連続の打破をやってのける。未来を探ることはユダヤ人には禁じられていた、予言を求める囚われている未来の魔力から、想起がユダヤ人を解放したが、ユダヤ人にとっての未来はメシアがそれをくぐり抜けてやってくる可能性のある、小さな門なのだ


 うーんなにか初めて聞くような独特の歴史観です。史的唯物論の歴史観のテーゼを踏襲しているようですが、深いとろこにユダヤ教の終末的なメシア史観が流れているような気がします。史的唯物論では過去から未来への必然的な移行を説きますが、ベンヤミンにあっては未来はなく、過去との応答としての歴史をいっているような気がします。私は歴史の展望を進歩する未来との関係で考え、それが当たり前のように思っていたのですが、過去との関係で歴史を考える発想は初めてです。ユダヤ教では未来と進歩を語ることは禁止されているといっていますが、ほんとうなのでしょうか。
 それにしてもここにはユダヤ民族の民族離散デイアスポラの苦難が、理論や信仰ではなく個人の感性まで捉えているような重さがあります。過去の抑圧された敗者のよみがえりとして、復讐として現在を考えるという発想は日本ではありえません。あり得たとしてもそれは祖霊信仰や仏教的な輪廻史観でしょうが、それは前近代史観としていまや顧みられることはありません。ベンヤミンのなかで典型的未来史観である史的唯物論とユダヤ教的メシア史観はどのように統合されているのか、とても興味が湧いて参りました。もし現在の歴史が過去の歴史の復讐としてあるならば、未来に向かって主体的決断を呼びかけるサルトルの投企という思想とも結びついてくるような気がします。こうした現在との緊迫感溢れる歴史感覚は、日本のものではありません。日本では右も左も、歴史は自然に流れていくものであって、人為的に操作・構成していくものではないとする感覚がどこかに染みついています。KY等という現代の日常語はまさに、流れの雰囲気を呼んで適応していくコンフォーミズム体制順応の典型でしょう。日本は自分自身の手で歴史を作ったという体験が非常に薄いのです。歴史は自分以外の誰か「上」の人がつくってきたのです。ベンヤミンから観れば、こうした歴史観はもっとも唾棄すべきものでしょう。彼の俗流マルクス主義の自然概念批判は正しい。ワイツゼッカー演説の背後にはこうした欧州歴史観の蓄積があるのです。日本の為政者がとても及ばないところです。(2008/6/30 1:07)

第187夜:ヴァルター・ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品(第2稿)」(『ベンヤミン・コレクション@近代の意味』ちくま学芸文庫 1995年 所収)
 現代文化・芸術論を論じる場合の必読文献としてあまりにも有名な本書は、表現の技術革新が芸術の本質と人間の感性そのものに及ぼした影響をみごとに解明しています。余計な記述を一切交えない透徹した思索が全編に漲っています。基本的な方法論は史的唯物論ですが、スターリン派の粗雑な形式的規定が一切ありません。現代でマルクスの方法を維持する見本のひとつでしょうが、ソ連型マルクス主義の頽廃には触れていません。それはユダヤ人として亡命途上で自殺した最後にみられるように、緊張感に満ちた迫害との対決が第1義的課題であったのでしょう。彼自身が云っているように、「権力奪取後のプロレタリアートの芸術に関するテーゼや、無階級社会の芸術に関するテーゼではなく、現在の生産諸条件の下での芸術の発展方向に関するテーゼ」が求められているからです。以下は筆者責による概要です。

 芸術の一回性<いま、ここ>というオリジナルの真正は、複製を受けつけないが、技術的複製はそうはいかない。技術的複製はオリジナルに対して独立性を持ち、オリジナルが歩み寄れないところへ歩み寄るからだ。複製技術の中で、芸術はオーラを衰退させるが、これは人類の危機と大衆運動に関連し、人間の知覚のあり方を変化させる。芸術の真正な一回性と持続性は、複製技術の一時性と反復性において、現実を大衆に合わせ、大衆を現実に合わせ、思考と視角に無限の影響を与える。

 芸術の価値は美への礼拝への儀式にあり、最初は呪術そして宗教儀式のオーラ的存在様式にあり、ルネサンスとともに世俗的儀式へと移行し、複製技術の出現で深刻な動揺に見舞われた。それに危機感を抱いた芸術は、芸術のための芸術という神学で抵抗し、次いで純粋芸術という理念で対抗したが、芸術は儀式への寄生からは解放され、儀式に替わる別の実践である政治に寄生することとなった。

 芸術史は礼拝価値と展示価値のせめぎ合いの歴史であり、次第に展示価値が優位に立つが、礼拝価値の最後の砦が肖像画であった。

 映画の器械装置によって、人間の自己疎外は生産的に利用されるようになり、映画資本によって反革命の可能性に変えられ、大衆の心性の腐敗と階級意識の剥奪を促進する。映画に対する大衆の根元的な自己認識、階級認識への関心は映画資本によって買収される。器械装置によって現実は人工となり、技術の国の青い花となった。映画は大衆の空想や妄想が成熟する危険を防ぎ、早めに爆発させて快癒する。

 あらゆる芸術形式の歴史には危機的な時期があり、ある形式の凋落期に生まれる奇矯な芸術表現は、実は芸術のもっとも豊かな歴史的中心からバーバリズム的表現で現れる。根本的に新しい、画期的な表現は必ず目標よりも行き過ぎてしまい、市場価値のために目的を犠牲にする(ダダイズム)。ダダイストは一発の銃弾となり、観る者に命中した。

 ファッシズムは大衆の表現を所有関係の変革に向かわせない政治の耽美主義であり、その極点は戦争である。戦争だけが所有関係を保存したまま、技術のすべてを動員できる。「芸術はおこなわれよ、たとえ世界が滅びようとも」と技術によって変化した感覚的知覚に芸術的満足感を与えるファッシズムは、人類の自己疎外の進行が、人類が自分自身の全滅を第一級の美的享楽とする。これに対しコミュニズムは芸術の政治化を持って答える。


 彼は複製技術の革新による芸術の尊厳の衰退を指摘し、技術による芸術の総動員としてのファッシズム美学の必然性を警告し、逆に芸術の政治化というコミュニズムを対置する。この内容については考察はありません。ファッシズム批判の鋭さに比して、対置するコミュニズム芸術のあり方は語られません。それは彼自身の生きた時代による限界です。(2008/6/29 19:32)

第186夜:Robert Boyers『ATROCITY AND AMNESIA The Political Novel Since 1945』(ロバート・ボイヤーズ『暴虐と忘却 1945年以降の政治小説』法大出版会 1997年)
 著者は現代アメリカのユダヤ系文学批評家で、本書は戦後の政治小説の代表作であるナイポール、グレアム・グリーン、ソルジェニツイン、ゴーデイマ、ギュンター・グラス、ミラン・クンデラなどを
論じています。流行のヌーベル・クリテークや脱構築主義によらず、彼独特の倫理的視点から論じています。その倫理とは希望が見えるかどうかあり、希望とは抵抗又は否定、不服従、記憶という多様な諸形態をとってあらわれる。彼は自己閉塞的な私的世界から抜け出して公的領域にはいる小説を政治小説として評価する。こうした研究がアメリカにあることに驚きますが、それはアーレントと同じように、ユダヤ系という出自に思考の根拠があるからでしょうか。そうではなく、アメリカ思潮のなかに一定の潮流があるのでしょうか。文体は訳文に問題があるのか論理性がなく、詠みにくい。せめてイーグルトンのような文体であってほしい。(2008/6/29 9:42)
 
第185夜:Rainer Maria Rike『リルケ詩集』(みすず書房 1962年)
 静謐でリリックな世界がありますが、今の私にはなにか嘘っぽく、関係のない世界のように思われます。しかしこの片山敏彦訳は1942年(昭和17年))というミッドウエー敗戦の熾烈な戦時に出版されています。日本の敗戦に大きく舵を切ったこの年に、リルケを訳している片山氏の胸中を想うとなにか違った感慨がただよってきます。野蛮な戦争に一度も賛成はしなかったが、批判を加えることもなく、このドイツ文学者はドイツの代表的近代詩に、ひとり寂しく研究室で取り組んでいたのです。東京大空襲がもうそこに迫っている中で。(20086/27 14:00)

第184夜:Israel Chalfen『Paul Celan .Eine Biographie seiner Jugend(イスラエル・ハルフェン『パウル・ツエラーン 若き日の伝記』)』(未来社 1996年)
 ツエラーン(1920−1970)は20世紀後半の欧州詩世界を代表するユダヤ系詩人といわれます。彼は東欧の辺境都市でユダヤ人を両親に生まれ、ナチスによるホロコーストとスターリン主義を全身に味わっています。両親は強制収容所に送られ、父はチフスで死に、母は銃殺されています。自身は少年であったため、ゲットーで強制労働をくぐり抜けてソ連軍によって解放されています。彼が生きのび得たのは、7カ国語を駆使する言語能力と詩作にありました。7カ国語の言語習得は、ユダヤ人が欧州で生きていくための必要に他なりません。スターリン独裁を逃れて1948年にフランスへ亡命し、詩人として認められていきますが、詩を盗作とする攻撃を受け、ユダヤ系として生きる絶望の果てに、セーヌ河のミラボー橋から投身自殺を遂げています。
 青年期までのこの伝記は、ユダヤ系として生まれた者がどのような体験をして成長していくのか、そのなかで独自の才能がどのように伸びていくのか、歴史のドラマテイックな激動の中であじあわねばならない辛苦の体験から来る精神生活・・・とても島国で生きている私たちには想像を絶する体験の重さと深さがあります。ユダヤ教徒としての成長、ユダヤ人の内部におけるさまざまの思想潮流などリアルに知ることができます。こうした半生涯を知ると、日本人の歴史的体験の薄っぺらさを自覚して佇まざるを得ません。それはおそらく在日朝鮮人の生涯とも通底するところがあるでしょう。日本は本質的に加害民族であったことを痛感します。アドルノが「アウシュヴィッツ以降、詩を書くことは野蛮である」と述べましたが、ツエラーンはみずからの被虐体験を詩に昇華させています。彼の代表作といわれる「死のフーガ」の最初と最後のスタンザを紹介します。

 死のフーガ

 明け方の黒いミルク 僕たちはそれを晩に飲む
 僕たちはそれを昼に そして朝に飲む  僕たちはそれを夜に飲む
 僕たちは飲む  そして飲む
 僕たちは空中にひとつの墓を シャベルで掘る そこは横たわるに狭くない
 ひとりの男が家に住み 彼は蛇たちと戯れる
 彼は書く 暗くなると ドイツへ 君の金色の髪マルガレーテ
 彼はそれを書く そして家の前に歩む
 星たちがきらめき 彼は彼の犬たちを口笛で呼び寄せる
 彼は彼のユダヤ人たちを口笛で呼び出し 地面にひとつの墓を掘らせる
 彼は僕たちに命ずる 
 さあ ダンスの曲を奏でよ

 明け方の黒いミルク 僕たちはお前を夜に飲む
 僕たちはお前を昼に飲む 死はドイツからきたひとりのマイスターだ
 僕たちはお前を晩に そして朝に飲む 
 僕たちは飲む そして飲む
 死はドイツからきたひとりのマイスターだ
 彼の目は青い
 彼は君に鉛の銃弾を当てる
 彼は君に命中させる
 ひとりの男が家に住む 君の金色のマルガレーテ
 彼は彼の犬たちを 僕たちにけしかける
 僕たちは空中にひとつの墓をくれる
 彼は蛇たちと戯れる そして夢みる
 死はドイツからきたひとりのマイスターだ

 君の金色の髪マルガレーテ
 君の灰色の髪マルガレーテ


 この詩は深夜の静寂の朗読会で詠まれると、ほんとうに強制収容所の囚人の精神風景を部屋の隅々にまで告げわたらせる抑制された詩調の中に、哀しみが昇華されているような気がします。しかしチェラーンは、1960年代にはいると、この詩を否定し、アンソロジーに編むことを拒否するようになりました。彼の詩精神では、この詩はあまりにリアルであってだから皮相に聞こえるそうです。ツラーン自身は、しだいに沈潜した詩世界に進み、張りつめた異様なイメージのなかに身を沈めていきました。これが彼のセーヌ河への投身になるのでしょうか。ミラボー橋というシャンソンを聴くと、なにかそうした世界を連想してしまうのです。ツエラーンは、ハイデガーと対談して絶望し、ほんとうにユダヤ人は世界から理解されないのではないかという気持ちになったのでしょうか。(2008/6/27 9:24)

第183夜:Etienne BALIBAR『ECRITS POUR ALTHUSSER』(E・バリバール『アルチュセール 終わりなき切断のために』 藤原書店 1994年)
 アルチュセール没後に弟子であるバリバールが師の思想について、記した報告やエセーを集めたもので、アルチュセールの思想の体系的分析ではありません。なによりもアルチュセールの妻殺害という震撼すべき事件以降、フランス国内では彼の思想をめぐる毀誉褒貶が相次ぎ、本格的に論じることはタブーとなっていたようですが、中南米中心にアルチュセールへの関心は強固に続き、バリバールはそうした中南米地域でのシンポなどで活動しています。
 アルチュセール理論は科学主義的、構造主義的マルクス理論の主導者として評価されつつ、最後までフランス共産党内部にとどまって実践的位置を留めようとしつつ、正統派からは熾烈な批判を浴びて晩年の精神錯乱と殺人に到るドラマテックな人生を歩んだアルチュセールへのオマージュと再評価をめざしているようですが、あくまでも理論としての評価は厳密でなければなりません。マルクスの古典的理論を現代的に豊かにする作業なしに、マルクス・ルネサンスはないでしょうが、日本でも評価は不幸な敵対を示しています。私が不思議に思うのは、アルチュセールが中南米で評価される割には、彼自身の理論に第3世界やマイノリテイ分析が理論化されず、むしろ欧州思想の内部にとどまっているような気がすることです。これがフランス・アカデミズムの特徴なのでしょうか。(2008/6/24 10:43)
 
第182夜:『高銀詩選集 いま、君に詩が来たのか』(藤原書店 2007年)
 金芝河とならぶ現代韓国の代表的詩人で、ノーベル文学賞候補になっています。彼の生涯がまた何とも凄まじいのです。植民地時代に日本に協力した校長の排斥運動で師範学校入学を取り消され、偶然に道で拾ったハンセン病患者の詩集を読んで詩人に転じる。朝鮮戦争期の虐殺で精神に異常をきたし、出家、各地を遍歴し何回かの自殺を試みて酒乱と不眠症に陥る、1970年の全泰壱の焚身自殺を契機に、自らの自殺体験と重ねて社会問題に目を開き、反独裁抵抗運動で投獄、光州事件で終身刑、民主化後は金大中大統領に随行して南北会談で詩を朗読、現在は華厳の仏教的世界に回帰している。あたかも晩年の金芝河がスピルチャリズムにいったように、高銀も精神世界に行こうとしているのだろうか。
 解説の辻井喬が云うように、日本の詩人はチマチマした日常を歌い、祖国とか行動への決断を歌わない・・・こうした彼我のめくるめく差異に私は日本の問題を感じます。ハードな独裁とソフトな民主の虚栄の違いであろうか。大江健三郎は「あいまいな日本の私」と云ったが、しかし現状は3万5千人を超す自殺者、無差別の行きづり殺人と荒涼たる現実がある。剥きだしの独裁のような苛烈な現実ではないが、蟻が砂地獄に堕ちていくような日本の現実を歌う詩人はいないのだろうか。日本からは激情や悲哀といった深い感性は消えていったのだろうか。それはあらゆる文学と芸術を含む基底にある日本の感性の衰弱とは云えないだろうか。
 韓国の運動家は焼身抗議(高銀は「焚身」自殺)という形態を選択することが多い。金芝河はいのちを粗末にするな−と云って猛烈な非難を浴びたが、現代でもその行動は絶えない。何かを選択し、何かを実現していこうとする時の無条件のピュアーな献身という行動がでてくるのはなぜか。日本ではない。なぜだろうか。あいまいな日本の私・・・つくづくといやになるのだ。こうしたあいまいな微笑に自他をごまかしながら、生きている日本が。1970年代最高の抵抗詩といわれる「矢」の第1連を紹介します。(2008/6/18 10:00)

  

 我らみな矢となって
 全身で行こう
 虚空をうがち
 全身で行こう
 行ったら戻ってくるな
 突き刺さり
 突き刺さった痛みとともに
 腐って戻ってくるな  
 (『夜明けの道』1978年)

第181夜:Lorenz Jager『Adorno Eine politische Biographie アドルノ 政治的伝記』(岩波書店 2007年)
 この書を読了した今日6月15日は47年前に日米安保闘争という未曾有の戦後民主運動の高揚期に女子東大学生が死亡した日です。ちょうどドイツではアドルノが急進的学生運動の熾烈な攻撃を受けていた頃です。私は伝記というものがあまり好きではなく、思想や芸術作品の伝記的背景はなにかその人の裏をのぞき込むような気がするのです。このアドルノの伝記は幼少年期はほとんど触れず、青年期以降の思想形成と政治的発言と行動に焦点を当てています。アドルノはドイツ中産階級の教養溢れる文化を一身に担って生きた人であることがよく分かります。思想家よりも作曲家として出発し、プロの作曲家としてデビューしますが、ドイツ現代史の激動の最中にあって哲学に転じ、ユダヤ系として米国に亡命し、祖国分断で西独に帰還します。
 もっとも驚いたことは、親友の作曲家アイスラーが非米活動委員会に償還された時にトーマス・マンに警告して支援行動をやめさせ、アイスラーとの共著の出版を拒否したことです(アイスラーは東ドイツ帰還後東独国歌を作曲)。米国の反共政策とベトナム戦争を自由の擁護者として肯定していることです。確かにソ連型スターリン主義の全体主義への抵抗は分かりますが、米国の冷戦政策を支持しているのは失望しました。それは僚友ホルクハイマーもハーバマスも同じなのです。なぜ彼らの啓蒙の弁証法や否定の弁証法からこうした現実的価値判断が出てくるのか、その理論的な解明が必要です。同じ学派でありながら、ベンヤミンやマルクーゼが違った道を行っているのも興味があります。それにしても亡命アメリカでの生活は驚くほどの濃密なユダヤ系ドイツ人のサークルがあって彼らの知的豊かさを実感します。未完となった最後の著書がなぜ自然美を再生しようとする『美の理論』であったのかは分かりません。
 日本では冷戦崩壊後、いわゆる正統派マルクス主義を含めて左翼思想家の間に、フランクフルト学派やアーレントを持て囃す傾向があり、国内的には三木清や戸坂潤へのノスタルジックな回帰がありますが、この伝記を読んでフランクフルト学派の水脈がおぼろげながらも掴めました。それは20世紀の世界的な変革運動の波に影響を受けたドイツ中産教養階級の精一杯の誠実な思想であるということです。しかしそれ以上ではない。おそらくナチズムの野蛮を批判する根拠をマルクス価値論に依拠して展開はしたが、オルタナテイブは提起することなく、アカデミズムにとどまったのではないでしょうか。アドルノがせいぜいバブーフ等のアナーキーなサンデイカリズムに共感を寄せている程度です。日本で云えば、加藤周一や鶴見俊輔の思想活動と本質的に似ているような気がします。それにしても「感性」をどう思想的に位置づけるか、私たちの課題としてなお残されているようです。

 ユートピアの場を代行するのが美学である・・・・階級闘争の讃歌をキルケゴール以上に叙情的に、秘教的に歌いだすことはできない・・・・美とは革命の代理人・・・・美が革命を押しのけて登場する瞬間があるかもしれない    (2008/6/15 14:08)

第180夜:J・シンプソン『死のクレパス』(岩波現代文庫 2005年)
 著者は1960年のイギリス生まれで、大学卒業後欧州からヒマラヤ、南米の未踏峰を含む50回を超える登頂を敢行した有数のクライマーです。本書はアンデスのシュラ・グランデ峰に挑んで奇跡的な帰還を果たしたドキュメンタリーです。成功から一転して骨折、墜落、宙づり、、パートナーによるザイル切断という絶望を迫真的なリアルな筆致で描いています。孤独と不安、発狂、パートナーへの猜疑、死の恐怖などおそらく人間の究極的な限界状況が描かれます。結果的に友を見捨てたザイル切断が2人とも生還するという奇跡的な意味を持ったのですが、限界状況にある人間の決定的瞬間における決定的選択の判断の問題が突きつけられます。その結果は100%偶然のなせる技です。ハイデガーやヤスパースが追求した死と限界状況の問題を示しています。両者ともに死の可能性がある時に、他方を見捨てて自分が生き残る選択についての評価は神のみぞその資格があるでしょう。アンデスの飛行機墜落事故で同乗客の人肉を食って生還した人の罪を、ローマ法王は問えないとしましたが、まさにそのような極限における罪の問題です。ハラハラドキドキの筆致は一気に読ませますが、しかしそれ以上ではありません。これは登山という特殊に限定された実験室的な状況での行為であり、社会的な広がりはありません。しかし登山家の人格がなにか突き抜けた清澄さを持つと云うことは、理解できるような気がします。 こうした体験の後にもほどなくまた危険な登山に臨むのですから、登山という行為の説明しがたい動機を実感します。映画化するには絶好の作品でしょう。(2008/6/7 9:54)

第179夜:金芝河『苦行 獄中におけるわが闘い』(中央公論社 1978年)
 韓国の軍事独裁に抵抗する苛烈な時代にあって、詩人として渦中にあった金芝河の1974年の逮捕から76年の最終陳述までの2年半の間に記され、語られたメモや陳述を編集しています。若き詩人が全霊を書けて思索し、身を賭して抵抗するありさまは、現在の民主化された韓国からみれば、本当に隔世の感があります。彼を逮捕して、終身刑+懲役7年という戯画的な刑に処した軍事独裁政権は崩壊し、その最高権力者が逆に裁かれ、犠牲者の追悼と補償がおこなわれている現在をみると、まさに歴史の展開の凄まじいリアリズムを実感します。裁判での被告たちの陳述の高潔さに驚かされます。弾圧者や刑事たちにもその労苦をねぎらい、同じ祖国の真実を探求するものとして謝意を表するなどは、想像を超えたヒューマニズムを感じます。
 裁判記録は、ほとんどが思想そのものを裁く野蛮な前近代の暴力を示しており、思想の分水嶺は共産主義者であることを認めるかどうかの一点だけで争われています。思想と表現の自由が奪われた場合の実相を肌に感じます。経済・社会の後進性がゆえに逆に文化の先進性がすすむ開発段階にある国の問題が凝集されています。軍事独裁政権は漢口の奇跡と呼ばれる韓国経済の高度成長をもたらし、現在でも朴大統領を再評価する声があり、実娘が次期大統領選の有力候補になるなど、歴史の実際は本当に複雑に展開しています。
 じつは私の感想では19070年代の韓国民主化運動を、普遍的人権として国境を越えて支援するとりくみは日本では率直に言って弱かったような気がします。この歴史的弱点は克服されつつあると思いますが、まだこれからの課題だと思います。
 解放された金芝河の現在は、なにかスピルチャリズムの方向へ行ってしまい、もはや現実的な関与はなく、彼への関心もいまはほとんどなくなったと聞きます。これは彼の思想の根元にあるものを象徴しているような気がします。学生の抵抗運動を批判する論説を保守系新聞に発表して、決定的な失望感をもたれれたようです。抵抗の英雄的詩人としてほとんど神格化された金芝河の本格的な評価が実はいま可能となったとも云えそうですが、70年代の歴史を刻印する歴史的人格であることは確かでしょう。
 この書の解説を記している和田春樹氏は、第3世界の抵抗運動を支援する役割を果たした人ですが、韓国従軍慰安婦への民間補償の賛同者となって、失望を与えました。金芝河であれ、和田氏であれ、私は知識人が歴史主体として参加していく意味を深く考えざるを得ません。私たちは歴史に記録される個人名詞の背後に、無数の無名の記憶されない人々の命があったことに思いを致さなければなりません。最後に彼の思想的根元を謳ったようにみえる詩を紹介しておきます。

  すべてが立ち去って

 すべてが立ち去って
 私だけが残るだろう

 松葉が茶色く変わって
 鳥たちがいなくなり

 けものも魚も
 虫もみないなくなり

 周囲の友人たち
 ひとりふたり病気で死んでいなくなり

 私だけが残るだろう
 地球の上にひとりだけで

 地球すら土も石も
 水も空気までもみな死に

 国の名前をつけた
 幻だけが残るだろう

 最後は
 身動きできない天罰のごとく
 私だけがぽつんと残るだろう  
         (2008/6/4 10:31)
 
第177夜:Max・Horkuheimer、Theodor W・Adorno『Dialekrik der Aufklarung Philosophische Fragmente 啓蒙の弁証法 哲学的弾想』(岩波書店 1990年)
 ふーん 仮借なき批判の果てに、突破となる可能と創造の道標はわずかに曙光のように置かれているのみで、壮大な否定は終末の告知のようにみえます。啓蒙理性による現代の黙示録の世界でしょうか。この惑星の人類史はこのように清算されるのでしょうか。この書には希望はありません。そこまで近代理性による世界の破綻は絶望的なのでしょうか。もはやアウシュヴィッツ以降に詩を書くことが野蛮であれば、本書の著者たち自身が生存を維持している根拠はなんでしょうか。否定の弁証法の続編としての変革の弁証法が書かれなければなりません、それは著者たちのこの書に対する義務的責任ではないでしょうか。フト連想したことがあります。本年のベルリン映画祭で日本映画『連合赤軍』が受賞しましたが、あのような極左の無残な自己崩壊の暴力を描いた作品に栄誉を与える欧州知識人の知性の実態が、この書にあるような気がします。といった感想を持ちましたが、ただ欧州思想にある否定批判の文化の凄さに圧倒される迫力を覚え、またそうした批判が2人の共同作業であるというのも驚きです。この書は弾想と指摘されているのですが、弾想とは共同ではなく孤独な魂の独り言だと思うのですが。
 批判の方法軸は、ギリシャ神話・フロイト・サドの人間認識を援用しながら、近代啓蒙がなぜ頽廃へと逆転していくのかを、マルクス価値論をベースに容赦なく暴露的に提示するところにあります。確かに近代欧州がホロコーストという野蛮に到る論理をあばく方法は、既成のナチズム分析の表層を突き抜けた徹底性があります。しかし他方でマルクス価値論がさまざまな歪みを伴いながらも創出した文化や党派の歴史的仕事は完璧に無視されています。否定と肯定がせめぎ合うすべての局面は、否定に集約されてしまい、否定の内部に潜在的に蠢いていた脱出の闘争との対峙、つまり弁証法の核心である否定の内実にある矛盾がありません。この書の名前は啓蒙の「弁証法」でありながら、啓蒙の自己崩壊に対峙する啓蒙を越えた希望のちからを発見し得ていません。
 希望のちからは後継世代のハーバーマスを待つのでしょうが、かれのコミュニケーションによる公共的生活世界の再建という希望も、マルクス価値論を基礎とした歴史の物質的展開ではなく、上部構造の再編というものです。フランクフルト学派の批判的理性の恐るべき鋭さの限界は、こうした実践世界でのちからの組み換えというプログラムに展開する社会弁証法を構築し得ていないところにあります。
 だから弾想に過ぎないのだという著者たちの自己弁護は許されません。おそらく云ってしまえば、戦後西ドイツで左翼党派が禁止されて非合法となった時代の中で、最もデモクラテックな変革理性がアカデミズムで生きのびるスタンスから生まれた思想のように思われます。日本でのフランクフルト学派礼讃の潮流も、日本の現実的な実践のステージと一線を画し、研究室に自閉しています。世界が血まみれになってのたうっている惨状を、まるでヘーゲル絶対精神のように、高みから徹底して冷ややかに分析する啓蒙の、あるいは否定の弁証法はやはり現実の解釈の一形態ではないでしょうか。ハーバーマスが京都賞受賞記念講演で、みずからの少年期のイジメ体験をながながと語っていたことに覚えた違和感の背後に、壮大な解釈思想の問題があるような気がします。本書は現代の解釈論思想の最もすぐれた業績といえるでしょうが、その本質はナチスに打ちのめされたドイツ知識人の怨みのようなうめき声です。(2008/6/2 8:54)
 
第176夜:芝木のり子『見えない配達夫』(童話屋 2001年)・『落ちこぼれ』(理論社 2004年)
 彼女の詩は本質的にモラルを希求する震える魂にあります。モラルは人間の喪失への痛みにあります。それ以上になにを申し上げることがありましょう。根元的にプロレタリアないしは清冽な志の訴えです。だからこそ、なにほどかの「癒し」か「励まし」を求める読者を吸引するのですが、如何せん女性という特殊の限界を保って、人間の普遍へと歩み出る危険がありませんのである種の安心感があるのです。そういう意味では最も良質の小市民性を持っていると云えるでしょう。だから彼女の詩には、人間の醜さや汚れた本質は登場しません。けなげに生きようとするある種の儒教的な志しがあり、真面目な少女があります。こうした詩人が詩界に一定の自歩を占めるというのも、日本文化の独特の矜持を示しています。彼女の詩集を次々と読みたい気持ちが起こりますが、同じ詩を読みたい気持ちはそれほどに昂じてきません。彼女の詩はなにか闘っている人たちの集会で朗読されるとぴったりと雰囲気を掴み、秘やかな感動と決意をもたらします。(2008/5/24 1:02)

 地の上にも
 国籍不明の郵便局があって
 見えない配達夫がとても律儀に走っている
 かれらは伝える ひとびとへ
 逝きやすい時代のこころを

 世界中の扉々に
 すべての民族の朝と夜とに
 どっさりの暗示 どっさりの警告
 かれらもまごつく 大戦の後や荒廃の地では

 ルネサンスの花咲くときや
 革命の実のみのるときが
 北と南で少しずつずれたりするのも
 きっとそのせいにちがいない

 未知の年があける朝
 じっとまぶたをあわせると
 虚無を肥料に咲き出ようとする
 人間たちの花々もあった

 
第175夜:Theoror W.Adorno『Negative Dialektik 否定の弁証法』(作品社 1996年)
 あ〜やっと読み終えました。全文522頁の大著は、発表時期は異なる幾つかの論文の集成であり、彼の思想の基軸が示されています。強靱な思索がきらめくような箴言を散りばめながら展開され、本格的に思考することの迫力に圧倒されました。カントとヘーゲルというドイツ観念論を普遍的全体性による具体の専制的抑圧として正面から否定し、その根元に交換価値法則のマルクス世界観を対置します。カントやヘーゲル哲学への表層的な批判が垂れ流されてきましたが、価値法則を基礎にした哲学的批判の展開はため息が出るような思想の営みを実感します。彼はより本質的な思索と表現によって古典哲学の虚妄を暴露します。教条派マルクス主義もまたヘーゲル的全体概念の専制として罵倒されます。
 アドルノの根底にはアウシュヴィッツというドイツ現代史の惨劇の思想化があるように思います。最終章はアウシュヴィッツからはじまっているのですが、惨劇に象徴される近代のアポリアの徹底的な解明の果てに、全体的同一性への肯定という思想的欺瞞を見いだします。こうした本格的な叙述の合間に点在するエピソード的な話題も面白く読みました。例えばカントが手紙で、自分の自画像を描いたユダヤ人画家の絵を人種主義的描法として非難するなど、カントの人種的偏見を見いだして唖然とします。
 この書の出版は1966年ですから、彼はこの時点で教条派マルクス主義に替わる自らのマルクス主義を構築する不退転の決意と格闘の時期であったのです。しかしこの書では、世界の既成思想と現実への容赦なき批判はあるのですが、その克服と展望については抽象的レベルにとどまり、読み方によっては暗いニヒルなイメージが残ってしまいます。それほどに商品交換による価値法則の浸透は日常と上部構造を浸蝕し、個の無自覚な隷属がソフトに進展していることを意味するのでしょう。
 現代における情熱の疲弊、世界への呪縛、変革可能性の衰弱、攻撃と破壊衝動、擬似能動性と退行等々彼の容赦なき現代批判は、あまりに鋭いものがあり、私は非正規という労働の頽廃が進行する現代日本の若者の意識の分析として読んでしまいました。

 アウシュヴィッツのあとではもはや詩は書けない
 アウシュヴィッツのあとではまだ生きることができるのか、殺されていたはずの者が生きていてよいのか
 もはや思想はSSが犠牲者の絶叫を聞こえないように大音響で流したワーグナーの音楽ではないのか
 アウシュヴィッツ以降の文化はすべてゴミ屑である
 文化を拒む者は野蛮を促進する、この悪循環は沈黙によって脱出することはできない、沈黙は主体の無能の合理化に過ぎない
 崇高な響きを込めたどんな言葉もアウシュヴィッツ以降は正統性を持たない。「神はこうしたことを許したもうのか」とうの昔にニーチェが判決を下している。
 アウシュヴィッツ以降は、死を恐れるということは、死よりももっと悪いことを恐れるということである 我々は無期の死刑囚なのである
   (2008/5/22 9:45)

第174夜:マーテイン・ジェイ『マルクス主義と全体性 ルカーチからハーバーマスへの概念の冒険』(国文社 1993年)
 実に880頁にのぼる浩瀚の書であり、読了するのに悪戦苦闘しました。本書は、「全体性」という視点からみた西欧マルクス主義思想史であり、「全体性」とは「全体主義」ではなく、世界と宇宙をトータルな関連においてみるマルクス主義の原理的概念であり、西欧マルクス主義とはソ連型マルクス主義に対峙する実践的自由を主軸とするマルクス主義だろうと思いますが、そこには実存主義の系流も含まれています。著者の諸思想家のテキストと生涯への渉猟はすさまじく、この書によってほぼ非共産党系マルクス主義思想史の全体像が把握されますが、古典マルクス主義とアジアや中南米は対象になっていません。全部で15名のマルクス主義思想家が登場し、彼らの思想史上の位置は次のように規定されています。

 西欧マルクス主義パラダイムの起源−ルカーチ『歴史と階級意識』(1923年)
 革命的歴史主義−コルシュ『マルクス主義と哲学』(1923年)
 マルクス主義全体性論の自然への拡張−ブロッホ『ユートピアの精神』(1918年)
 ヘーゲル的マルクス主義からの後退−ホルクハイマー『啓蒙の弁証法』(1942年)
 想起的全体性論(記憶)の展開−マルク−ゼ『理性と革命』(1941年)
 ルカーチ的全体性概念の崩壊−アドルノ『否定の弁証法』(1969年)
 シュールレアリズムとヘーゲル的マルクス主義の受容−ルフェーブル『弁証法的唯物論』(1934年)
 マルクス主義全体性論美学−ゴルドマン『人間の科学と哲学』(1956年)
 全体性論から全体化論へ(マルクス主義的実存主義)−サルトル『弁証法的理性批判』(1960年)
 現象学的マルクス主義−メルロ=ポンテイ『弁証法の冒険』(1955年)
 構造主義的マルクス主義−アルチュセール『マルクスのために』(1965年)
 科学的マルクス主義−デラ・ヴォルベ、コレッテイ『イデオロギーの黄昏』(1974年)
 マルクス主義全体性論の再構築−ハーバーマス『公共性の構造転換』(1962年)

 ソ連マルクス主義は専制政治体制の正当化の教条的イデオロギーであり、西欧マルクス主義は権力についていない諸地域で自由をめざすマルクス主義であり、客観主義的歴史に対して人間的変革を重視する。宿命論的経済決定論と主意主義的前衛論を批判し、文化的領域での闘争を重視した。彼らの多くは西欧で生まれ第1次大戦直前に成熟期に達した世代という共通点を持ち、ファッシズムの亡命生活を体験し、基底には欧州中心主義があり、精神分析、実存主義、構造主義などの非マルクス主義思想に影響を受けている。彼らは第1次大戦と戦後にマルキストになった第1世代、戦間期と第2次大戦中にマルキストになった第2世代、第1次大戦後に生まれ第2次大戦後にマルキストになった第3世代に分かれる。初期のグループは理論と政治的実践の結合を重視し、小さな統制のとれたヴォルシェビキ・モデルとソヴィエト・レーテ型評議会モデルを矛盾なく統合しようとしたが、その後選択は分かれた。第2世代以降は、カウンター・カルチャー型青年運動や新しい労働者階級(技術者、ホワイトカラー)を変革主体としたが、第3世代はそのような変革主体そのものを捨てた。正統マルクス主義からは多くの右翼への転向が出たが、西欧マルクス主義者からは出なかった。彼らの主要な関心は高度資本主義化における理論と実践の統一の困難さを文化の変革から突破しようとした。マルクス主義文化論(特に美学論)は著しく豊かになり、労働者でないことの劣等感を払拭して知識人マルキストに誇りを持った。レーニン型外部意識注入論と前衛党統制は否定され、多くは共産党を去った。しかしそこには通俗を否定するエリート主義の限界があった。唯一の例外はグラムシ有機的知識人論のみであった。西欧型マルクス主義型全体性論への批判は、ガーダマー、リクール、フーコー、デリダなどによって遂行され、もはや全体性論は衰弱したかに見えたが、ハーバーマスによって再構築されようとしている。以上が本書のかなり無理した概要の要約です。

 私は西欧マルクス主義の人間論、自由論、文化論に注目します。特に日本のマルクス主義がほとんど理論探求の対象としない美学が主要な分析対象となっていることに驚嘆します。しかしまた西欧マルクス主義にほとんど労働分析ないことに限界を感じます。ここから多くの西欧マルクス主義の街頭主義や辺境主義への共感が説明されると思います。さらに第3世界への分析が欠落し、欧州文化への理解なくして存立し得ない問題があるような気がします。それは彼らが晩期資本主義のアカデミズムのなかで自らの位置を確保しなければならない立ち位置にあるのでしょうか。最後に前期ルカーチの素晴らしく美しい表現を記しておきます(『小説の理論』第1章)。

 星空がその道の地図となり、その道を星の光が照らす時代は幸福である。ありとあらゆるものがその時代にとって目新しく、ありとあらゆるものがそれでいて親しみやすい、すべてが冒険であり、それでいて自分自身のものである。はるかに世界はひろがるが、世界はそれでいて我が家のようだ。魂に燃える火は星とその本質的特徴を同じくする。世界は自我と、光は火と分かたれている。だが、彼らはどこまでも互いに無縁なのではない、火はおのおのの光の魅惑であり、光はおのおのの火の衣装となって現れるのだから。魂の行為のそこですべて意味にあふれ、この二元論のなかで円にまとまる。意味は自らのうちに穏やかにとどまるのだから。魂の行為は魂から離れ、自立して自らの中点を見いだし、自らの周りに円周をひいて、それを閉じるのだから。(2008/5/7 8:19)

第173夜:ヴィクトール・クレンペラー『私は証言する[1933−1945年]』(大月書店 1999年)
 著者はドイツの代表的なフランス文学者でドレスデン工科大学教授でしたが、ユダヤ人であるがゆえに教職を追われ、亡命することなくドレスデンにとどまり奇跡的に生きのびて戦後は東独で生活しています。1933年にドレスデンに居住した4675人のユダヤ人のうち、敗戦時に生存していたユダヤ人は137人に過ぎません。妻がアーリア系ドイツ人であったがゆえに、収容所行きを免れたのです。彼は自らの唯一の抵抗手段として克明なナチスの迫害記録を日記に記し、ナチズムの政治と言語様式の具体的な体験を記述した『第3帝国の言語』で有名となり、彼の日記は『アンネの日記』と並ぶ第1級のテキストと評価されています。
 彼はユダヤ人でありながら、むしろアイデンテイテイはドイツ文化を崇拝するドイツ民族意識にあり、シオニズムに反対してプロテスタントに改宗しますが、にもかかわらずユダヤ人としての迫害を受け、しだいにドイツ文化に絶望し、最後にはプロテスタント教会からも脱会してドイツ社会主義統一党員となります。しかし共産主義への原理的批判が散見される日記は非公開扱いとなり、ベルリンの壁崩壊後にはじめて陽の目を見たのです。
 この日記はナチス党の総選挙勝利によるヒトラー首相就任を以て始まっていますが、それ以降のユダヤ人迫害が具体的に日常でどう展開したかを痛々しい筆致で記しています。問題はナチス指導者の迫害に比して、普通のドイツ市民がむしろユダヤ人迫害の先兵となって日常化していく恐ろしさです。彼はすべてのドイツ人がナチス的な本質を持っているとまで言っています。ナチス独裁はドイツ市民にとって恐怖ではなく、むしろ自らの救いの象徴的な存在となったのです。ユダヤ=ボルシェヴィズムかナチス(国家社会主義)かの二者択一を迫られたドイツ市民は、ナチを選んだのです。ここにファッシズムの市民的基盤となる心情があります。まさにナチズムの独裁は擬似大衆独裁であったのです。普通の市民が次第に狂気を普通のものとしていく過程は、凄まじいまでの必然性を感じます。ひるがえって我が日本はどうか。けたたましい嫌韓や嫌中の大合唱の中に同じような心情を感じませんか。(2008/5/6 23:59)

第172夜:スラヴェンカ・ドラクリッチ『バルカン・エクスプレス 女心とユーゴ戦争』(三省堂 1995年)
 著者は1979年にユーゴ最初のフェミニズム運動グループを組織し「東欧のボーボワール」と呼ばれるジャーナリストであり、本書はクロアチア人としてユーゴ連邦崩壊後の内戦を記録した体験的ルポです。私ははじめて内側から見た内戦の実相の一端を知りました。彼女はユーゴ共産主義と現クロアチア政府の双方に批判的な立場です。

 子どもの頃は「友愛と団結 チトー万歳」というスローガンをごく自然に叫び、その意味を問うことはなかった。そして問い始めたときには、「友愛」は殺し合いにかわり、団結は崩れ去った。いま起こっている民族紛争は共産主義のおとぎ話の一部に過ぎない。理由は第1に共産主義国家が市民社会の形成を決して許さなかった、第2に共産主義が民族・宗教の信念を弾圧し、階級のアイデンテイテイしか認めなかった、第3に共産主義の指導者は民族同士を対立させ続けたことだ。

 今なら以前分からなかったことも分かるような気がする。ナチスの強制収容所の近くに住んでいた人たちはなぜなにもしなかったのか、なぜ救いの手をさしのべなかったのか。人は自分の指を切ったら痛いけど、他人の手なら関係ないのだ。

 捕虜たちが命令されて互いのペニスを噛み切るところを目撃し、恐ろしい死の叫び声を耳にした。もしレイプされて子どもが生まれたら、その子どもを殺すつもりだと、女性たちはひとり残らずそう話した。バケツに山と積まれたペニスを見たときに・・・・。

 喉を切られて死んでいる中年女性を見ても誰も泣かなかった。でも橋が落ちたときにみんな泣いた。橋の崩壊こそ、死すべき運命にある我が身を見たからだ。

 セルビア人による残虐なクロアチア人殺戮の凄まじさを彼女は証言する。私はチトーによる多民族統合の政策にいままで共感を持っていました。ソ連型社会主義から自立した自主管理社会主義もまた、内実においては独裁であったのだろうか。(2008/5/6 16:28)

第171夜:アレクサンドル・ジノヴィエフ『余計者の告白(下)』(河出書房新社 1992年)
 著者はロシア革命の指導者として有名なあのジノヴィエフではなく、別の人物です。彼は1922年に奥ロシア寒村に生まれて「集団化」を経験し、11才でモスクワにで、貧困と飢餓の中で勉強し、スターリン崇拝に抵抗して放校処分、逃亡生活を送り、第2次大戦中に空軍パイロットとして戦功を上げ、戦後は「共産主義社会を律する客観法則」の解明をライフワークとししてモスクワ大学論理学主任教授となり、その後国外追放処分を受けミュンヘンに在住する世界的論理学者、小説家という波乱に富んだ生涯を歩んでいます。権力交代とともに、次々と新たな指導者に忠誠を誓う知識人の姿は、戦前・戦中・戦後を通じた日本知識人の振るまいとほとんど変わらず、暗然たるものがあります。この書を読むと、ソ連崩壊の内在的な要因がすでに統治の正統性と市民的自立の喪失にあったことが分かります。ソ連崩壊以前の学問研究が官僚制に絡め取られ、市民社会が国家に比して決定的に未熟であったことです。これこそ「資本論に反する」ロシア革命の限界であり、たとえスターリンがいなくてもスターリン主義の条件は成熟していたのです。(2008/5/6 16:32)

第170夜:メイ・サートン『夢みつつ深く植えよ』(みすず書房 1996年)
 著者は1912年にベルギー生まれで、4才の時に米国に亡命し(ユダヤ系?)、詩人・小説家として著述に専念し、95年に逝去しています。淡々とに日常と自然の生活を描く文体は、なにかソロー「森の生活」を連想させました。或いは彷徨するユリシーズが帰還を果たすような、深く内省的なスタイルはアメリカ社会に溶け込んでいった希有な亡命者の記録でしょう。または米国の沖仲仕の哲学者の文章を想い起こします。詩があまりに美しいので紹介します。(2008/5/6 16:53)

 長いさすらいの実りを
 収穫する祝福されたひとよ
 大いなる遍歴ののちにようやく
 ふるさとへ船を向けた老ユリシーズにも似て
 智慧に熟し身丈をのばして
 夢みる想いを深く植えるために


第169夜:Antonio Negri『GOODBYE Mr SOCIALISM(邦題『未来派左翼(下)』(NHKブックス 2008年)
 上巻は原論中心であり、この下巻は現状分析による原論の確認です。彼の解放戦略理論で世界の諸運動を分析するとどうなるのかがうかがえますが、原論の新鮮さに較べて現状分析は凡百の評論家の陳腐な分析とほとんど変わらず、失望致します。おそらくそれは彼の原論の致命的限界を露呈しているのでしょう。では彼の現状分析を見てみましょう。

 (イラク戦争)
 トロツキズムに源流を置く米国ユニラテラリズムの民主主義輸出と米国のヘゲモニーは崩壊しつつある。一方のアラブ社会主義崩壊後のイスラム原理主義による抵抗運動も危険だ。
 (スペイン)
 マドリード列車爆破事件の右翼によるバスクテロ説はインターネットによる運動によって政権打倒に到った。新たな左翼はトップダウンから参加型構造による意志決定でよみがえる。自主管理は19世紀職人の概念であり、現代では意味を喪った。かっての階級概念である労働者階級は女性、貧困者、有色人種を含まない工場での搾取概念であり、いまや非物質的な認知労働という新たな労働のマルテイチュードによる運動主体が中心となりつつある。
 (ブラジル・ルラ政権)
 従属モデルを断ち切る新たな南ー南関係(ブラジル、南ア、インド、中国など)が形成されている。参加型統治による資本主義的生産関係の止揚を通じた生産物のマルテイツード的再配分へと向かう。それは賃金をめぐる労働と資本の対立ではなく、市民所得をめぐるマルテイチューードと国家の対立だ。
 (ダヴォス会議)
 資本のヴァチカンであり、帝国主義が止揚されたシンボル、国家の次元を越えたグローバルな資本の統合だ。今日の資本主義は知性がヘゲモニーを持ち、知的労働力は隷属関係から解放され、労働手段を生産主体が自分のものとしている。知的労働者は資本の外で生産できる。賃金、利潤という関係はもはや存在せず、価値法則では解釈できない。この変化に対応する資本の協力が金融と知性の領有をめざすダヴォスだ。資本の競争はもはやイノベーションと研究能力という特定部門に限られ、レーニン型帝国主義論は時代遅れとなった。危機にあるアメリカが強いのは、金融と資本獲得能力により、資本主義そのものを崩壊させる覇権を持っているからだ。被支配階級はもはや支配階級よりも豊かな固定資本(知性 コニタリアート)をもっておりここに優位性がある。階級意識を持たないマルテイテユードがネットワーク能力で新たな社会を生み出す。同時に大都市近郊のプレカリアートが闘争の主体となった。
 (中国)
 中国の近代化は共産党による資本主義開発だ。毛沢東は非資本主義的近代化をめざしたが、中国共産党は1989年天安門事件で捨てた。あの時点では民主主義なき開発が選ばれたが、現在は認知労働が推進され民主主義が浮上している。資本主義への道はないが、蓄積された富の国内再配分がすすむだろう。
 (イラン)
 1979年のイラン革命は民衆とシーア派の前代未聞の大衆同盟だ。イランの自由は聖職者独裁とグローバライゼーションに対する戦いに唯一のチャンスがある。


 以上がネグリの現状分析です。要するに彼の世界認識は、すべて資本ー労働の価値法則による古典関係の終焉、知的労働主体のマルテイチュードと不安定就業のプレカリアートのネットワークによる参加型デモクラシーという戦略であり、既成左翼はもはやその資格がないという。では彼の戦略論の概要を見てみましょう。

 中レベルから高レベル教育を受けた知識労働者は、資本の外での潜勢的生産力をもって脱出し、賃金よりも市民所得という自立した決定に移行し、フレクシブルな自由移動を獲得する。プレカリアートによる富の再配分は「ゾヴィエト+インターネット」による社会賃金の分配(社会・生活・福祉インフラ)となる。既成左翼は哀れでパッションに欠け、革命の理念を裏切り多くの希望と欲望を犠牲にした、惨めで凡庸な反動となった。彼らは現実の見えない国家社会主義だ(主としてイタリア左翼を対象に)。

 (論評)
 御覧のようにネグリは、情報化による知的労働が資本から脱出し、労働市場の市場原理化による不安定就業者と同盟して参加型民主主義が実現する展望を述べています。しかしそこに出現するはずの未来システムについてはほとんど具体的に提起していません。奇妙なことに市場原理による新自由主義の暴走が進めば進むほど、変革の主体は増え新世界が近くなると言う主張は、かっての窮乏化法則による資本主義自動崩壊論の新たな再版のように思われます。そしてこうした変革モデルを受容しない既成左翼に最大限の悪罵を投げつけます。
 このような理論の具体的結果は、資本と労働の賃金闘争などは意味をなさず、非正規不安定就業に対して正規安定就業を対置して闘争している運動を背後から闇討ちするような効果を持ち、企業内情報労働に従事する情報労働者にたいして企業から脱出して行けと言うに等しいものです。おそらく経営団体層が泣いて喜ぶような偽装左翼モデルではないでしょうか。かって工場労働者は資本の潜勢に包摂されて変革主体でなくなり、ルンプロやアウトサイダ−の変革主体を強調する都市窮乏化・周辺革命論がありましたが、それに酷似しているようです。結論的に言うと、ネグリの理論は新自由主義米国モデルの左翼偽装版に過ぎないと云うことです。

 驚くべきことに、カン・サンジュン氏が解説を寄せてネグリを讃美していることです。彼は「左翼は資本の管理機構に成り下がり社会主義の仮面をかぶった資本主義者に過ぎない」とまで悪罵しています(この言葉をよく覚えておきたいと思います)。彼は自らの国籍である韓国での民主労働党にもこのような悪罵を投げつけるのでしょうか。私はいままであったカン・サンジュン氏の戦闘的デモクラッツのイメージが一気に吹き飛んでしまいました。イタリアでも日本でも、左翼批判がアカデミズムでの論壇生命を保つためのパスポートになっているのでしょうか。付言すると、NHKブックスの帯には「クリエイテイブに抵抗せよ!時代の危機を乗り越え、半歩先を読む新刊!!」と謳っています。これには抱腹絶倒しました。あの従軍慰安婦番組で右翼政治家に屈服し、改竄した番組を国民に提供した放送局の職員が、一方では革命を宣揚しているとは!(2008/4/28 9:29)

第168夜:手塚治虫『手塚治虫傑作選「家族」』(祥伝社 2008年)
 1968年から82年までに漫画雑誌に掲載された10作品を「家族」というテーマで編纂しています。勘当された息子がさびれた実家の母の介護に帰還し、豚になって母と暮らす息子、医院経営に忙しく母親を粗末にする医者、自動車に姿を変えて兄をレース優勝に導く妹、世代を超えて受け継がれていく太鼓打ちの家族、全財産を売って妻の治療に献身する夫、妻に裏切られて生きる父を看取る息子、軍事基地造成に私有地の強制収容に」最後まで戦う家族、赤ん坊に人間性取り戻す脱獄犯などなど多彩なストーリーが繰り広げられますが、どの作品にも権力への怒りと底に温かいヒューマニズムが流れ、悪の裏に潜む人間をえがく、まさに戦後民主主義のエートスがあふれています。作画と造型技術が素晴らしく、まさに天才的なヒューマン・マンガ作家です。人間への信頼を失ったバイオレンスか閉塞マンガが横行している現代マンガが嘘のような世界があります。(2008/4/24 8:48)

第167夜:栗原 優『ナチズムとユダヤ人絶滅政策』(ミネルヴァ書房 1997年)
 ホロコーストに関する研究は欧米では当然に数多くありますが、日本ではおそらく少ないのではないでしょうか。欧州現代史研究者の研究の一部としてあるような感じです。著者も第2次大戦以降のドイツ現代史が専門のようですが、ドイツ留学時の歴史家論争の体験を契機にこの研究に着手したようです。私が最も関心を抱いたのは、著者がどのような問題意識と視点から研究しているかという点です。ユダヤ人絶滅政策の研究は当事者である欧州の研究の徹底な究明が広範に蓄積されていますから、アジア人が取り組むには独自の視点があるはずです。だから私がこの書を読むときに、最初に目を通したのは、「はしがき」と「結び」および「あとがき」です。というのは、著者自身が語っているように、この研究は欧州での研究をサーベイすることが主であり、それに付け加える研究史上の新たな発見や知見はなく、本書の独自性は多様な先行諸研究の蓄積の比較分析にあるからです。
 では著者は比較研究による独自の成果をどのように語っているか、みてみたいと思います(*括弧内は筆者評)。

 「ホロコーストはユダヤ民族を絶滅させるという単純な見方がある。では生きながらえたユダヤ人がいること、強制収容所に付属病院があったことをどう説明するのか
 (*生存者や病院の存在はユダヤ人の労働力としての絶対収奪の道具的な意味にしか過ぎない、これでもって絶滅政策を否定する根拠とするのはあまりにお目出度い)
 「従来の歴史観を建設的に批判する新たな歴史観が必要だ
 (*従来の歴史観で説明できないとする論拠をあげていない、著者自身はなんらの新たな歴史観を提起していない)
 「ホロコーストは戦争政策の一環として実行されたものであり、労働力と非労働力の選別政策が事態の推移で結果的に絶滅政策に接近したものだ
 (*この主張は歴史事実の展開にはフィットする説明に見えるが、まず最初にあった絶滅政策の具体的な展開過程と解釈することができるし、『わが闘争』はそれを示している)
 「ヒトラーはもともとユダヤ人の絶滅政策を考えていたわけではなく、国外追放を考えていた。ドイツの戦争政策の展開の中で絶滅政策に転換したのだ
 (*これもユダヤ人絶滅政策の段階的現象過程として分析することが真実であり、著者の主観はなぜかくもヒトラーを擁護するのか理解に苦しむ)
 「ナチスの主要な対象はユダヤ人ではなく、ポーランド・ソ連の指導層の絶滅と民衆の追放であり、反ユダヤ主義のの人種イデオロギーによってユダヤ人だけが絶滅の対象となったのである。これも相対的であって絶対的ではない
 (*ユダヤ問題を人種問題としてとらえる著者の社会科学的な基礎知識が問われる。ユダヤ人問題は民族問題なのである)
 「反ユダヤ主義はそれだけで決して絶滅政策に結ぶものではない・・・。ユダヤ人絶滅政策は反ユダヤ主義と帝国主義の危機における結合形態であり、民族独立を前にした後進帝国主義の非人道性の象徴であるーユダヤ人の民族独立もおこなわれた
 (*前半部分は」了解できるが、イスラエル建国をユダヤ民族独立と単純素朴にとらえる恐るべき無知がある。おそらく著者はパレスチナ問題を原理的に理解しえないのではないか)
 「しかし私は自分自身がホロコーストについてあまりにも知らないことを痛感した。歴史研究の使命は客観的事実の究明であり、多面的な事実を知って虚心に批判的に理解することであり、教条主義的な政治的判断を優先させてはならない
 (*ここにある歴史研究はウエーバー的な価値中立性による客観認識であり、それ自体巧妙な政治性を帯びる今は崩壊した理論に過ぎない。政治史は開くと善と悪の交錯する中立が虚妄となる世界であり、第3者の視点は観念的な幻想に過ぎません。パレスチナのイスラエル建国を民族独立として讃える著者自身にもはや客観性がないことを証明しています)

 もはやお分かりでしょう。著者の問題意識と視点の諸例から明らかなように、著者の立場はウエーバー社会科学方法論の素朴な信仰の上に成り立っています。政治史や政治思想史における実践との緊張関係の問題意識がありません。おそらく著者の主観は、ホロコースト犠牲者と生存者への痛みの共感や、加害への劇的な憎悪はないでしょう。もちろんこうした主観的感性が直線的に研究レベルに現象することは許されませんが、著者自身の人間的存在が背後にあることは否定できません。著者は日本の植民地支配や南京虐殺、731部隊などの日本の独自問題と関連させる問題意識はなかったのでしょうか。ナチスが合理的な情熱をもってユダヤ人を冷酷に殲滅したように、著者の合理主義的客観性論は容易に悪魔とも平気で手を結ぶ研究に堕す危険があります。
 ただ本書の唯一の収穫はドイツ歴史家論争の主要な潮流が一定整理されていることです。以上のように類型化できるでしょうか。

 ユダヤ人強制収容論争の諸類型
 1)意図主義(ヒトラーの意図によってホロコーストのすべてを説明する)
 (1)単純絶滅説≒唯一無二説(ハーバーマス)
 (2)単純追放説
 2)機能主義(状況に規定された要因を重視する)
 (3)単純労働力説
 3)歴史修正主義
 (4)スターリニズム反作用説(ソ連強制収容所比較分析論 ノルテ)
 (5)ホロコースト否定論(ガス室非存在 チフス蔓延論)                    (2008/4/20 19:56)

第166夜:大石芳野『夜と霧はいま』(用美社 1988年)
 いうまでもなく筆者は抑圧された者に焦点をあてる写真家として著名であり、本書は彼女のカンボジア写真集をみたポーランド人が写真展開催を依頼し、それに答えて訪問する中で、ナチス強制収容所の現在と生き残った者たちの肖像を中心に編集されています。ナチスは欧州全体で1万1500カ所の強制収容所を設置し、30ヵ国1800万人を強制収容し、その60%を殺害しました。欧州にいた930万人のユダヤ人のうち620万人が殺害されました。殺害者も殺された者も、反人間的な究極の状況を、ごく普通の日常として生きたのです。圧巻は生存者たちの現在を写した風貌であり、幾多の辛酸を刻み込んだその表情はいわく言い難い、もはや神聖とも言うべき皺がひろがっています。しかもその説明文に解放から現在に至る内面が吐露され、彼女の取材力に驚かされます。ユダヤ人が中心ですが、他にも反ナチ抵抗運動の生存者も多く、その生存理由に暗然たるものがあります。多くはカポーに協力し(或いは自らカポーであり)、比較的に楽な労働に従事した者たちであり、ごく少数に逃亡した者たちがいます。
 こうした写真集を見ると、欧州現代文化の底知れぬ闇を感じ、それを生き抜いた者たちの沈黙の重さを感じます。しかし戦後のポーランド共産党政権の下で、ふたたびユダヤ人迫害運動が起こったことには理解を超えた虚しさのようなものも感じます。「アウシュヴィッツ以降、もはや詩を書くことは野蛮である」(アドルノ)という言葉の意味を、繰り返して考えざるを得ません。ひるがえって日本の歴史に対する軽々しいふるまいは、なんと底の浅い幼児的思考でしょう。外国人がつくった靖国のドキュメンタリーを、国権の最高機関で非難し上映を弾圧して恥じない、この無知と残酷の極まり・・・。赤面して顔も上げられない日本の惨めな姿・・・。しかもこれを日本の誇りという倒錯した意識・・・。日本の歴史意識を日常から成熟させていく、気の遠くなるような記憶の作業・・・・。ひょっとしたら日本は歴史の真実を塗り隠した歴史が定着していくのか・・・・。そしてあっけらかんと死刑のボタンを押しまくる法務大臣の厚顔は根元的に人間的感情と意識を欠落させている。しかしなお、こうした写真集を出版する者がいることに、私はかすかな救いを見いだし,驥尾に付していきたいと思う。(2008/4/19 10:19)

第165夜:クルプスカヤ『レーニンの思い出(上・下)』(青木書店 1954年)
 何で今頃このような書を読むのだろうと思う方も多いでしょう。ソ連崩壊以降もはやレーニンはもはや亡霊のようなイメージとなってしまい、左翼の陣営においても論じることはなくなりました。かっては彼の片言隻語を引用して自己の主張の論拠とし、論敵を批判する権威の象徴のような存在であった時代がありました。いまやソ連型社会主義=スターリン主義の源流としてレーニンは位置づけられているかのようにみえます。昨年のロシア旅行で革命本部となった建物のレーニンの執務室や、レーニン廟で荘厳な光を浴びて眠っているレーニンの永久保存されている遺体をみて、私は表現しがたい感慨にとらわれました。いったいロシア革命とはなんだったのだろう、そしていまや革命後のソ連は全体主義のモデルとしてナチズムと並んで評価されています。
 しかしレーニンの命を賭けた理想は無残に消え去ったのでしょうか。むしろ冷戦崩壊後の現代でこそレーニンの足跡を客観的に凝視できる可能性があるのではないでしょうか。以上のような問題意識で改めてひもといてみたのです。この書は妻であるクルプスカヤが、自分の伴侶であるレーニンが時代の激動のその瞬間でどのように振る舞ったかをリアルに記しています。さまざまの政治的配慮によって叙述は非常に客観主義的であり、また革命英雄としての視点からかなり美化されている側面があると思いますが、身近にみたレーニンのイメージはそれなりに浮かぶ上がってきます。なによりも卑近な日常生活の些末な表現ではなく、革命史の過程におけるレーニンの振るまいが記されていますので、ロシア革命史の激動を生きる日常のレーニンの姿をとらえるには絶好の書であるかと思います。以下幾つかの印象に残った点を記します。

 初期レーニンが手にしたマルクス本は『資本論』第1巻のみであり、他にはなにも手にしえなかった
 『ロシアにおける資本主義の発展』は獄中で書かれた
 当時のロシアでは扇動はあったが宣伝はなかった
 ヴォルシェビキ以外のさまざまの諸党派との烈しい思想闘争と結合があった(レーニンは「人民の意志」派を非常に尊敬していた)
 初期段階でトロッキーはほとんど反レーニン派活動者であった
 革命運動組織はインテリゲンチャの組織で、労働者を執行部に入れるかどうかで大論争があったこと

 なによりも皇帝専制を打倒する革命運動の過程で、欧州各地を点々と流浪する亡命革命家群像が印象深い。日本でこのような亡命を重ねながら変革をめざす波乱の生涯はほとんどない。レーニン思想の原理的特徴は、民主主義の原則の最高の法則は革命の利益であり、それゆえに憲法制定議会解散はこの原理から正当化されたーここにレーニン主義の意義と限界のすべてが集約されているように思う。以上上巻から。

 1907年にボルシェビキはツアーリの官金の掠奪は是認されると考え徴発を許した
 生きた矛盾は、知識よりも何倍も豊富で多面的で内容に富んでいる
 ラファルグ夫妻は年老いて闘争力をなくしたときに無神論者として自ら命を絶った
 当時のロシアで社会主義革命の方法さえまだはっきりしていなかった
 レーニンはとくにベートーベン「ソナタ悲愴」が好きで・・・・
 第1次大戦の宣戦布告がなされたときに、すべての人々はなにかひどく殴りつけられたような気がした
 ヨーロッパ合衆国のスローガンは資本主義のもとでは不可能であるか、或いは反動的ですらある。一国社会主義の勝利が不可能であるという間違った解釈を生み出す

 レーニンは2月革命から10月に到る民主主義のための闘争を決定的に強調しているが、この民主主義の内実が問題であった。それはパンとミルクをどう保証するかという問題だ。レーニンが最後の10月革命の弾圧期に動揺しているのには驚いた。この時期の党員は17万7000人に過ぎなかった。にもかかわらず武装蜂起の方針を採択した。以上下巻から。
 顧みて言う。ロシア革命の実質的指向は皇帝の独裁打破と経済民主化(農奴制解体)にあり、その運動主体はインテリゲンチャを中心とする社会主義思想者以外に担う者がいなかった。後発資本主義国の上からの近代化が社会主義思想者によって担われたが、その内実は開発独裁に近い計画経済であった。しかし飢餓からの解放と重工業化はは一定の成功を収めた。社会主義を包囲する国際政治とナチスとの運命を賭けた闘争の中で、権力集中が一定の信頼と権威のもとで深化し、民主を抑圧する奇形的独裁が進んだ。醜悪なスターリン主義が地球に蔓延した。しかしスターリンという個人に替わる他の誰かであってもスターリン主義は必然であったのだろうか。それは後発資本主義国の包囲された一国社会主義路線にとって必然だったのだろうか。成熟資本主義国にとって、ロシア革命はモデルとはならないが、その崩壊から汲むべき多くの後知恵がある。それはなんらかの一般的モデルで具体を説明するという絶対的誤謬を回避し、可能な限り具体的状況を具体的に分析するための人間的思考の豊かさをどう築き上げていくかということだ。(2008/4/17 20:52)

第164夜:イワン・アレクセーヴィッチ・ブーニン『アントーノフカ』(未知谷 2007年)
 私がこの本を手にしたのは、日頃から未知谷という出版社の気品ある編集と装丁に惹かれていたからです。この出版社はどのような編集方針を持っているのか、とても興味があります。作者は1870年にロシアで生まれ、革命後の1920年にフランスへ亡命し、1933年に「古き良きロシアの最もロシア的な文学」としてロシア古典主義の正当なる継承者という選考理由でノーベル文学賞を受賞し、53年にパリで客死しています。
 帝政ロシア期には領主屋敷を中心にした広大な農村風景がひろがるウサシーバと称せられる文化がありました。アントーノフとは独特の芳香を放つロシアのリンゴで、日本でも一時栽培されましたが、いまは農業試験場で保存栽培されて市場には出ていません。作者はこのリンゴに今は滅びたロシアへの郷愁を象徴しています。本書はわずか70頁程度の小品ですが、しみじみとした自然描写は、こころにしみ入るような感じを与えます。ツルゲーネフやチェホフの文体とよく似ています。しかしどうもブーニンは反革命派であったようで、チェホフのような変革への共感はなく、領主貴族の文化を支えた農奴制の悲惨への描写は一切ありません。ここには滅びゆくものの美学、つまり映画で言えばヴィスコンテイの貴族映画に似ています。訳者も鎌とハンマーに反対する思想の持ち主のようです。私にとっては無縁の世界ですが、今風の癒しや慰めとしては上質のものです。。(2008/4/16 11:08)

第163夜:森与志男『戦後の嵐』(新日本出版社 2002年)
 作者は戦前のプロレタリア文学の流れを汲むリアリズム文学集団である民主主義文学同盟の議長(2002年現在)となっています。この小説は敗戦を挟んで少年から青年に到る戦後直後の日本の激動と自分の成長史を重ね合わせて、民主化運動を背景に描かれた自己史です。久しぶりに敗戦直後の日本の風景がリアルに描写されている小説を読みました。共産党に親和的な筆致ですが、決して教条的に押しつけるような雰囲気はありません。登場人物はいずれも善人であり、それぞれが生きていく(食っていく)道を求めてひたむきに生きるエネルギッシュな時代が描かれます。焼け跡闇市のテキヤ集団の親分の息子に生まれ、闇米の輸送や闇市の描写、ラーメン製造の厨房などの描写はリアルで圧巻です。作者はこうしたアウトサイダー集団と知識人集団のはざまを生きるユニークな生育史であり、ここも非常に面白い。個々の人物の形象やストーリー展開に作品上の難点があるかどうかについては分かりませんが、ちょうど五木寛之の『青春の門』のような感じです。
 ただどのような人物も善人のように描かれているので、凄まじい人間の悪の部分や闘争などの劇的な描写はありません。ごく普通の向学心溢れる真面目な青年が戦後の激動をどう生き抜いていくかという点では、私には抵抗感なくスーと入ってきました。おそらく作者は左翼内部の激闘を描くというような姿勢はとらないでしょう。その点では予定調和の世界のような気がします。さすがにあの戦後直後の生活を身をもって体験した人にしか書けない作品でもあります。私が興味を抱いた筆致は、新憲法制定過程と松川事件の過程です。印象に残った文章を記します。

 ムッソリーニをさらし首にするイタリア民衆の剥きだしの憎悪を描くニュース映画を観て、映画館内は異様な静寂が支配し、「もし日本人が東条等戦犯の処刑を任せられたら、このような憎しみと激しさをもって殺すだろうか」とつぶやくところ。
 「天皇の無条件降伏の言葉を、国民は唯々諾々として受け入れた。・・・2.1ゼネスト中止の命令にも労働者はやはり諾々として従った。このことは戦前、戦後をつらぬくなにか国民性といったものを感じる」(実は日本の戦争責任追及の問題と重ねて、この問題をシリアスに追及して欲しいのです)
 
 作者が単純なリアリズム作家でないことは、上杉鷹山の「なせば成る、なさねば成らぬなにごとも、成らぬは人のなさぬなりけり」という言葉をいわば実践的唯物論のイメージで解釈し、ヘレン・ケラーの言葉の習得過程を反映論のイメージで解釈していることで分かります。この本は新本に近いような古本ですが、定価2900円が300円で売られていました。こうした傾向の作品の市場価格はこうしたものでしょうか。扉には作者の署名によるある人への献呈が記されています。この個人名はここでは伏せますが、こうした著書を古本市場に流す感覚は理解できません。(2008/4/14 14:28)

第162夜:高行健『霊山』(集英社 2003年)
 おそらく中国人初のノーベル賞受賞作家という経歴がなければ、この書を読むことはなったでしょう。70年代末にモダニズム小説家として登場した作者は、政府の烈しい頽廃文学批判にさらされ、水墨画作家に転進して、中央での作品発表機会を奪われ、中国奥地を遍歴します。87年に天安門事件を契機にフランス国籍を取得する亡命作家として今日に至っています。この作品は、そのような彼が自己のアイデンテイテイを求めて奥地を彷徨する2人の人物を描きますが、それは作者の分身なのです。沿岸部の近代化とは隔絶した辺境内陸部の深奥部に残るアニミズム的な民俗文化が描写されますが、内容はその過程での性愛描写と民俗文化採集の旅です。欧米では「東洋のオデユッセア」という遍歴文学として最大の賛辞をもって迎えられますが、私にはなにか欧米のオリエンタリズムへの迎合のように思えます。長編なのですが、諸処に日常のふるまいが綴られている文体の流れはなぜか引きこまれるように読み継ぐストーリー展開に乏しく、ただ読み継いでいくしかありません。ところどころに登場する右派分子批判とか文革による下方の傷はさりげなく描かれ、傷跡文学というわけでもありません。
 ここに現代中国の混迷する意識のある典型があるということがわかりますが、それがどのような意味を持っているのかはよく分かりません。現代中国映画は、現代化の過程で喪われていく古き共同体への郷愁を描いていますが、この作品はそうでもありません。つまり時代との格闘ではなく、個人の主観の彷徨でしかないのです。もちろんこうした意識は現代中国のある一面を代表しているとも思いますが、体制との緊張した亀裂を描くわけでもなく、淡々と生活の行程が綴られるのです。だからなぜ彼が現代世界文学のノーベル賞受賞なのかーという意味も分かりません。私は2度と彼の作品を読む機会はないでしょうけれど。私が読みたいのは、現代化の渦中を生きる現代中国の意識です。そうした意識の形象化はまだないのでしょうか。現代中国の激しく変化する生活意識と政府のある種の統制の矛盾を感ぜざるを得ません。袋小路には行って闇の中を模索しているのが現代中国文学なのでしょうか。表紙にはおそらく彼の水墨画が挿入されているのでしょうが、それ確かにある峻厳さ、孤高を感じます。最後に作者にノーベル賞を授与した選考委員会の趣旨がいまいち分かりません。(2008/4/13 17:23)

第161夜:Jorge Semprum『QUEL BEAU DIMANCHE(邦題 なんと美しい日曜日!Tブーヘンワルト強制収容所・1944年冬ー)』(岩波現代選書 1986年)
 ホルヘ・センプルンはスペイン有数の貴族の子弟に生まれ、パリ大学在学中に第2次大戦が勃発、スペイン共産党政治局員としてレジスタンス活動に従事し、19才でゲシュタポによって逮捕され、ブーヘンワルド収容所で2年間過ごした後に解放され、ふたたびスペイン革命運動に参加し、同時に文筆活動に従事してあの『Z』(イブ・モンタン主演による映画化)などの作品を生み出します。のち反スターリン主義活動と路線問題によって、スペイン共産党から除名されます。

 ブーヘンワルドがガス室による虐殺収容所ではなく、政治犯対象の強制労働収容所であり、しかもあのワイマール近郊にあったことを初めて知りました。つまり彼は時間を隔てて、ゲーテが散歩した大地を強制労働で過ごしたのです。しかし彼が共産党指導者であったことは、なぜか現場ではなく労働統計室という事務部門での労働に従事させたのです。どのような強制収容所にも共産党の地下グループ網が張りめぐらされていたのも驚きでした。指導者を弱度の労働で温存させる指示を実現させるちからをもった組織力があったのでしょうか。

 センプルンの文体は、リアルな収容所レポートではなく、なにか昇華された心象風景を描くような描写であり、収容の生々しい細密画のような事実はありません。しかしそうした描写が逆に収容所の苛酷な地獄の風景を深く考えさせるのです。さらに彼の文体は、フラッシュバックのように過去と現在、空間が飛び交うように交錯し、彼が類い希な文才の持ち主であることを示しています。

 センプルンの悲劇は、現代のマルクス主義の悲劇を象徴しているようです。収容所の被虐を生き抜いた究極の筋金入りの反ナチ・コミュニストの多くが、解放後の社会主義に復帰した後に、スターリン主義の犠牲者としてシベリア強制収容所にふたたび収容され、また処刑されたことです。本書ではサンチャゴ・カリリョなど著名なスペイン共産党指導者との交流を通じて、スターリニズムの闇が明らかにされます。ベリヤが幹部会議の最中に射殺されたことなど初めて知りました。こうしてセンプルンはスターリニズムへの深い疑惑から、ついにはマルクス主義そのものを放擲するに到ったようですが、かれのマルクス理論否定の主張は、扇動的なプロパガンダ風で理論的検討に耐えるものではありません。

 いずれにしてもわたしは、欧州における巨大なマルクス主義の歴史とその巨大な化け物であるスターリニズムの重い意味を痛感することとなりました。ナチズムとスターリニズムの強制収容所という共通点を、欧州現代史の文化の問題として突き詰めた究明が求められます。その遺産は、かたちをかえて連綿として現代の諸運動に引きずられてきていると思わざるを得ません。ただしセンブルンの「初心」は非党員コミュニストとして、自分史の遺産を綴って生きていく途を選びます。「初心」に込められていた原理念のようなものが、現存マルクス主義によって裏切られたときに、ではオルタナテイブはなにかーを考察します。こうした壮語を述べる資格がはたして私にあるのかーという不安がありますが、それほどにセンプルンの時代体験の広さと深さは個的であると同時に、現代史の普遍的な意味をもつ持つ壮大な体験であったのです。第1巻読了の時点での感想です。(2008/4/7 9:35)

第160夜:Louis Althusser por Fernanada Navarro『FILOSOFIA Y  MARXISMO(不確定な唯物論のために)』(大村書店 2002年)
 アルチュセールはフランス人の両親のもとでアルジェリアに生まれ12才でフランスに帰り、高等師範学校入学後、バシュラールのもとでヘーゲルを研究し、第2次大戦で5年間の捕虜生活を送り、コミュニズム哲学者となってフランス共産党員として、高等師範学校でマルクス主義の現代的探求に取り組む。収容所生活で精神生活が破綻し、強度のうつ病で精神病院に入院し、1980年には悲劇的な妻殺害にいたり、判断力喪失として起訴猶予となり、理論活動を停止したと思われたが、メキシコ女性哲学者との対談による本書はその後の彼の理論活動を明らかにしている。彼の理論活動はフランス共産党から烈しい批判を受け、フランス共産党のプロレタリア独裁放棄を批判するなど党内での理論闘争は激烈を極めた。

 日本の正統派マルクス主義は彼を批判して「バシュラールやラカンに依拠することによって、科学的社会主義からおおきくそれてしまっている・・・・結局科学的社会主義とはまったく異質で、資本主義変革を否定するものであり・・・・・構造主義の手法により新しさを装ってはいるが・・・」(田代忠利 1989年)などと全面的な否定的評価を与えている。ここには1989年当時のスターリン主義的教条の残滓があるように見えるが、はたしてアルチュセール理論はマルクス主義理論史でどのような意味を持っているのだろうか。

 彼の理論は人間主体の自律を否定する構造主義をマルクス理論に組み込み、マルクス主義の下部構造決定論を批判し、社会や国家・イデオロギーなどの相対的に自立した審級による重層的決定論、マルクスの前期と後期の認識論的切断を提唱して、マルクス主義を現代的に展開する学派を形成した。構造主義に対しては構造の発生と展開を解明するのではなく、客観主義的な静態論と批判するポスト構造主義の指摘があるが、認識論的切断理論はマルクス主義理論史では定説化したように思う。

 さて1980年代以降のアルチュセール思想を本書から抽出してみよう。

 彼は決定論的な目的へ向かう必然性唯物論を観念論の偽装形態と否定し、弁証法的唯物論をスターリン主義の悲劇の理論的基礎として(ソ連哲学はヘーゲルの「精神」を「物質」に置き換えたものに過ぎない)、哲学的な化け物と罵倒します。しかしなぜ彼がスターリン主義の核たる「プロレタリア独裁」存続を望むのかは分からない。彼は一切の目的を持たない過程としての、偶然の総合としての不確定な唯物論を主張する。ここでは世界の超越的な偶発性にある「現存在」を説くハイデガーに親和的です。ここでは「進行する列車に乗る哲学者」という比喩が面白い。さらに進んで人間主義的本質としての「人間」概念そのものを否定する反人間主義を展開します。たしかに実存主義のような超越的人間論から現実を説明する人間本質論批判としては正当ですが、進化論的人間本質論まで捨て去ることはできないと思います。その他歴史主義批判、主体概念批判などブルジョア・イデオロギーとして根底から否定されます。

 いままでアルチュセールをほとんど読んだことがない私は、対談形式でほとばしるように説明される本書から、彼の理論のエッセンスの一端を知ることができたように思います。共産党内部にあってなお、こうした理論的格闘を繰り広げる欧州文化の底深さをも実感しましたが、いまフランス・マルク主義が向かおうとしている方向はよく分かりませんでした。人間・主体・歴史・哲学などすべての知を権力と否定するアルチュセール理論からは、客観の被規定性を生きる物象化した人間のイメージが浮かんでくるしかなく、どこに希望があるのかとも思います。しかしこれこそ徹底した唯物論なのでしょうか。きちんとアルチュセール理論を考えてみたいと思います。(2008/4/6 9:47)

 追記)このことは記していいのでしょうか。アルチュセールは自らの妻を絞殺した行為をどのように考えているのでしょうか。その行為自身は精神錯乱による無答責の不起訴処分となりましたが、その後の精神活動の明晰さは、自らの行為についてどのような考察と反省をしたのでしょうか。そうした究明からは、偉大な精神活動の持ち主は免れるのでしょうか。私は、彼によって不意に生を奪われた一人の女性の生命の問題を考えるのです。精神活動の深みへと苦闘する哲学者である夫に献身し、その刃によってこの世を去った女性の生の意味は何であったのかと。(2008/4/7 9:51)

第159夜:Antonio Negri『GOODBYE Mr SOCIALISM(邦題『未来派左翼(上)』)』(NHKブックス 2008年)
 原題は「社会主義さん さようなら」であり、おそらく映画『グッバイ レーニン』にちなんでいるのでしょうが、ネグリの現在のスタンスを表しているのかもしれません。ネグリは東大その他の主催するイベントに出席するために来日する予定でしたが、外務省の突然の査証要求で中止になってしまいました。どうも最近の日本では、反政府的思想や菊タブーに対する表現・集会の自由がいとも簡単に抑制される動きがあり、ソフトなマッカーシズムがひろがりつつあるようです(高輪プリンスホテルの日教組宿泊拒否、映画「靖国」上映中止など)。さて本書はネグリへのインタビュー記事から編集されていますので、彼の肉声を通じた思想的スタンスがよく分かります。一言で言えば、知的労働者の大衆示威行動を宣揚するアナーキーな街頭主義とでも言えるでしょうか。しかし旧ソ連社会主義評価などは、一般的な左翼とは異なるものがあって、それはそれで面白いですが、既成左翼への憎悪に近い罵倒はいただけません。以下彼の主張を整理してみましょう。

 攻撃的なポピュリズムとの対決で民主主義はくたびれはて、新自由主義ポストモダンの土台にあるプレカリアート中心に、社会主義の枠を越えた反対勢力が発展している。
 イタリア左翼は刷新の希望の感受性を失い、体制転覆の闘争に理論的にも実践的にも無力化している。

 映画「グッバイ、レーニン」は、ノスタルジアにルサンチマンが入り交じって強力なナショナリズムの復活をともなうものだ。

 計画経済は偉大な経済学者(マルクス、ワルラス、ケインズ、シュンペーター)が論証したように、実行可能でありそのチャンスもあった。問題はソ連が包囲され、第2次大戦で莫大な犠牲を出してナチズムを破った、我々は彼らの犠牲に感謝しなければならない。西側による閉鎖・抑圧戦略と反人間的憎悪に敗北したのであって、計画経済に失敗の原因があったのではない。ソ連崩壊の第1の原因は生産と消費の内部不均衡による不平等と自由の欠如にある。スターリン主義は本源的蓄積のはらわたから生まれた、近代化の一現象である。第2の原因は資本の集団的管理としての社会主義が弱体化して、自由を奪うことによって革命を守る狂気におちいったからだ。自由はアーレントの言うような抽象概念ではなく、食べる・表現する・生産するなどの物理的概念だ。近代はデカルト・ルソー・ヘーゲルへといたる超越論的系列と、マキャベリ・スピノザ・マルクスに到る唯物論的内在論的系列の2系統があり、私は後者だ。そして後者は前者に敗北した。

 社会主義は死んだがポスト近代のオルタナテブとしてのコミュニズムは再定義されつつある。プレカリアートによるベーシック・インカム、新たなネットワークの平等主義である。

 ソ連の創造的唯物論は、フーコーを予見したヴィゴッッキー、ドウルーズを予見したフテインにあり、ブハーリンのエンゲルス主義やジダーノフパラノイアにはない。
 西側の社会主義は悪党でしかなく、ソ連への盲目的崇拝の官僚主義はあっというまにシニシズムに変わり、彼らはスターリン主義のままでもはや社会主義ではない。

 都市が生産の源泉となり、大都市住民が世界の真の中心という傾向が強まるが、そこに住むマルチチュードの共同のプロセスのアンサンブルが共有財として刷新されつつある。左翼はマルクス『資本論』の決定論的客観主義解釈から生まれ、社会主義は資本主義の国家主義的経営に他ならない。

 現代では富の生産はもはや労働時間の搾取ではなく、労働様式の変容による超過生産と協働によっておこなわれている。認知的労働が物質的労働にかわり、労働は資本主義的尺度の時間から逃れ、新たな労働者階級が誕生した。認知労働、情動労働の被物質的な不安定労働に従事しているプロレタリアは、世界から逃げ出すことが抵抗となる。労働がフォーデイズム的存在でなくなったと言うことは、かっての生産ラインに立つ労苦がなくなるという労働者の一つの勝利だ。労働の技術的構成はかっては工場全体を理解した専門労働者であり、政治的構成は評議会制(ソヴィエト制)であり、労働者自身が生産システムの指揮管理権を引き受けることを要求したが、1930年代から技術的構成はテイラー主義的に部品化された労働者がもはや工場全体を理解できず、政治的構成は賃金と社会福祉をめぐる闘争へ移った。現在の技術的構成は、非物質的認知労働であり、政治的構成は不在である。
 バラバラでもひとりひとりが自分のロープを引けば巨人の歩みを止めることができるというリリパット理論仮説(ブレッカー、コステロ)が、マルチチュード概念の基礎にある。
 
 資本主義的近代は、我々の言語から「清貧」と「愛」というもっとも重要な言語を奪い取った。拝金主義と消費主義による私生活はとてつもなく疲れさせ、生活の複雑さは逆に愛することを強い、所有的個人主義は止揚される。我々はすでにフォーデイズム社会を脱したが、ポストフォーデイズム社会を構築するモデルははいまだに持っていない。
 ソ連は「ソヴィエト+電化」であったが、「ソヴィエト+情報技術」に到らなかった。資本主義的開発とは「テキノロジー+市場」であり、社会主義とは「テクノロジー+民主主義」のことだ。コミュニテイを通じた参加以外に民主主義はなく、「権力を奪うことなく革命を起こす」ことはマルテイチュードのネットワークによるコミュニテイ構築にあり、議会代表制はもはや終わった。

 NGOほどたちの悪い者はない。NGOの存在は支援から政治活動への移行をブロックしている。


 まだ上巻しか読んでいませんので全貌を語ることはできませんが、ネグリ独特の主張の一端が分かります。計画経済システムそのものは肯定され、そのソ連型形態の崩壊は特殊な国際環境条件によって説明されます。ソ連社会主義に対する評価は、かってのスターリン主義の潮流が主張していた議論に似ていて驚きますが、彼のソ連論の基調には同感するものがあります。問題は、旧ソ連の生産と消費の不均衡と、自由の抑圧がなぜ社会的な許容限界を超えるような収容所的なレベルにまで頽廃していったのかを明らかにすることです。これを明らかにしないと、ソ連崩壊後の急速な市場で所有的個人主義が跋扈・蔓延している逆の現象を説明できません。私は、欧州の特にイタリア・フランス・スペインにみられるような社会的連帯の文化が社会の基層に埋め込まれるまでに成熟し得なかったところにあると思います。彼は社会主義と社民主義を露骨に否定しますが、これらが歴史的に連帯の文化を埋め込むことに果たした歴史的業績は大きいと思います。それが上からの強行的な近代化を進めざるを得なかった開発経済には成熟し得なかったところに、遅れた近代の陥穽があったように思います。

 第2は情報労働とその不安的労働を主要な形態として宣揚し、そこにのみ未来の可能性を求める実体認識に問題を感じます。定型的労働と非定型的労働の分岐による内部的分岐にこそ、現在労働の危機があるように思います。従ってプレカリアートはネグリの言うような情報分野に生じているのではなく、むしろ単純定型労働の分野でプレモダン労働が奴隷的に拡がっていることにこそ危機をみなければなりません。そして定型労働の不安定就業は、労働の分散と内部対立をもたらし資本の蹂躙にゆだねられ、抵抗の原初形態すら奪われる人足寄せ場になっています。正規と非正規が内部で戦い、資本が高みから冷笑しているという構図こそ問題なのです。従ってネグリの言うようなプレカリアートのネットワークによる革命などは幻想なのです。プレカリアートは主体には成長し得ず、生存権という外部の社会的規制による資本の封じ込めが求められるのです。部分的にプレカリアートの原始的な反乱が起こるかも知れませんが、これはネグリが期待するようなちからには発展し得ません。私は、ネグリ流のプレカリアートと旧左翼そしてNGO等の市民運動が大きく合流した社会運動にこそ未来があると思います。そして議会代表制を全面否定するのではなく、コミュニテイと議会が結びついた新たな関係にこそ可能性が開かれると思います。これはいま、中南米でひろがっている選挙と議会を通じた革新政権の誕生と、新たな地域運動に発現しています。(2008/4/2 9:47)

第158夜:『われに5月を 寺山修司作品集』(思潮社 1985年)
 この書はもともとは、寺山が不治の病といわれるネフローゼで倒れ、せめて生前に1冊は手に持たせたいと願った中井英夫が作品社に頼んで、1957年に公刊されています。しかし面白いことに寺山自身の著作目録には入っていません。この処女作品集は、高校時代からの10歳代の作品であり、詩と短歌、俳句から構成されています。しかし寺山の初期作品は、詩歌界から散々の悪評を被り、結果的に彼は演劇から映画へ向かったということですが、私は一読してため息が出るような、若い感性がにじみ出る、まさに天才の表現を感じます。こうした痛々しいような鮮烈な感性は、まさに若さの勲章でしょうし、それを過たず表現しうる才能はため息が出るほどです。。ただし私の感銘するような初期の寺山から、後期に到る寺山は私の方向とは大きく違った方向へ飛翔したように思います。(2008/3/28 17:42)

 ころがりしカンカン帽を追うごとくふるさとの道駆けて帰らむ
 倖せをわかつごとくに握りいし南京豆を少女にあたう
 故郷の訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし
 ドンコサックの合唱は花ふるごとし鍬はしずかに大きく振らむ
 草の穂を噛みつつ帰る田舎出の少年の知恵は容れられざりし
 うしろ手で春のドアとざし青年はすでにけだものくさき
 マッチ擦るつかのまの海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
 煙草くさき国語教師が言うときに明日という語は最もかなし
 アカハタ売るわれを夏蝶越えゆけり母は故郷の田を打ちて
 春の水を祖国とよびて新しき血にさめてゆく日をわれも待つ


第157夜:『春服 坪野哲久歌集』(短歌新聞社 昭和50年)
 戦後期の歌を編集し、「家集の静穏をはかり」「ひそかにおのれ自身、憤怒の沈静をあかし」せんがために上梓したが、「連続的な破者の嘆きとなった」とあとがきに記しています。いわゆる民主短歌の明るさとプロパガンダとはほど遠い、実存的表白のただよう重苦しい歌が満載です。民主短歌陣営は、こうした歌人を持ち得たことを矜持とすべきです。内面の底に沈潜することと、外界のちからと対峙し合うことが、双曲線のように結びついています。開かれた未来への胎動のような表面的な勢威を期待すると裏切られます。そこが時代と拮抗した無辜の魂の慟哭とも云えます。(2008/3/28 15:00)

 若きらはにせの狂気を愉しむよ<具体ハ死ンデ抽象生キル>
 愛をいうたわやすきかな魂凍る人間疎外の苛烈を知らず
 夜もすがらかなしみたりし根元の何かは知らず不意なる悲哀
 革命を所有せざりし凄惨に<無名戦士の墓>慰霊祭
 夢想裡に老いたる市民パルチザンそのいかがわしき無能の姿
 死ぬまでに機一度来よ老ゆるともわれのいのちぞ炸裂を待つ
 哄笑はこの世革まるときにすと相伴いき十五年のあいだ


第156夜:サーラ・スレーリ『肉のない日 あるパキスタンの物語』(みすず書房 1992年)
 表紙にはスラリとした長身の素晴らしい美女が子どもの手を引いて立っている。おそらく著者のものだろう。裏表紙にはエール大学で英文学を教える中年の近影がある。パキスタン女性の生活に興味を抱いて読み始めた。大学教師である英人を母に、ジャーナリストであるパキスタン人(正確には独立前のイスラム系インド人)を父にもつ典型的な知識人出身である。こうした環境でしなやかに育った女性からは、おそらくパキスタン女性の真実は分からない。読み始めると、女性特有の(?)食べ物や、着る物、日常のしぐさ等々家族への繊細なまなざしが踊るように繰りひろがられる。父は何度も投獄されたようだが、パキスタンの民衆の姿は伝わってこない。ここにはファノンのような第3世界の苦悩はなく、重層的な異文化を生きる洗練された知的女性の姿がある。ウーン、パキスタンにもこうした生の実相があるのだとの印象だった。著者はインド大陸の帝国主義言語について研究しているそうだが、むしろそうした論文を読んでみたいと思った。(2008/3/27 10:42)

第155夜:藤田省三『精神史的考察』(平凡社 1982年)
 本書は1975年から81年にかけて執筆された10編が納められています。著者の独立した反権威と洞察の凄さがうかがえます。それを支えているのは、敗者や弱者または在野から「公(おおやけ)」を見抜こうとする炎のようなパッションにあります。著者の天皇制批判は、歯に衣を着せぬ烈しいものであって、それは天皇個人を含む受容した国民意識をも暴き出します。おそらく敗戦を少年期として経験し、戦後の巷を目にして生きた著者の精神には、あらゆる精神の偽善や安寧を許せないコアのようなものがあるのでしょう。
 しかしそのような認識の基盤にあるものと、論考の真理性はまた峻別すべきものがあり、その点で論述にはあまりに主観的パッションが表出しているような気がします。客観主義的な冷酷さに潜在しているパッションというものあるのではないか。ただ公刊以来20数年を経た現在では、あまりに時代状況が違いすぎて、著者の天皇制批判の言葉など怖くて書けず、著者の時代よりもはるかに現在は後退してしまったことを実感します。かっては野蛮な極右現象が、いまや公的な勢力となって勢威を振るっているのですから。だからこそ、なにものにも怯懦せずに、思考力それのみで敢然と立ち向かう姿勢は、あらためて我がものとしなければならないと思うのです。
 ただ著者の「敗北の思想」の意味については、相当の回路が必要とされます。「絶えず敗れながら、敗北の経験を通して世界を切り開く劣者の可能性」という歴史観は敗者への激励史観としてありえても、ひとたび敗北したものの再起はそう単純ではなく、或いは最初から戦闘の機会さえ与えられない劣者の存在こそ、実は問題なのです。おそらく歴史は、こうした敗北すらできなかった無辜の、無数の劣者の累々たる遺骸の行列ではなかろうか。彼らは埋葬もされず、言わんや墓石もなく、記憶から排除されていくのです。(2008/3/26 15:02)

第154夜:ヤン・パトチカ『歴史哲学についての異端的考察』(みすず書房 2007年)
 この書を手にしたのは、著者の固有名詞と書名に独特の吸引力を感じたからであって、私は著者についてまったく知りませんでした。著者はフッサールとハイデガーの流れを継承しつつも、別の道を歩んだ20世紀チェコ最大の哲学者(訳者)だそうですが、その生涯はたしかに波乱に富んだものです。1930年代にフッサール、ハイデガーに師事し、チェコのカレル大学で教職に就くが、ナチスの侵攻で大学は閉鎖となり、戦後に復職し、1950年にはチェコ共産党によって大学を追われ(実存主義を理由として)、1968年に復職したが、ソ連軍侵攻によって72年にふたたび追放され、77年の「憲章77」をハヴェルなどともに起草し、逮捕・尋問の最中に脳梗塞で死亡します。まさに東欧現代史の渦中を死を賭して生き抜いた反体制知識人の典型的人物にみえますが、それは最晩年のことであって、プラハの春までは静かな学究の徒であったようです。この書は最晩年の75年に公刊されています。
 私は現象学と実存主義には興味はあるのですが、サルトルまででフッサールやハイデガーはほとんど読んだことがなく、ナチス協力者としてのハイデガーのイメージが強くて、真剣に向き合ったことはありませんでした。この書を読む前提に、著者のナチズムとスターリン主義との死を賭した格闘のイメージがあるので、どうしてもそうした視点から文章の裏にある表現を読み取ろうという姿勢がでてきます。現象学について発言する資格がない私が、本書から得た強烈な印象は、ひょっとしたら本書はスターリン主義に対する現象学の概念を用いた根底的な批判があるのではないかということです。著者は戦後直後の大学で、チェコ共産党への入党を迫られて拒否し、弟子の告発を受けて大学を追われています。
 現象学の概念を駆使した歴史哲学の展開は、著者が直面したスターリン主義による歴史支配とその下における知的活動のありかたを通した新たな歴史への展望を、ひそかに何重もの伏線をセットしながら、考察しているのではないかと思ったのです。訳者の紹介は、著者の歴史哲学をもっぱらフッサールの主観主義と、ハイデガーの超越主義批判の関連で考察していますが、私はむしろスターリン主義の世界観のもとでの人間の存在を記しているように思えたのです。
 「マルクス主義はもともと意味があり得ないところで、反抗と暴力によって意味を強制する。ここでいうマルクス主義とは、批判的社会科学としてのマルクス主義ではなく、古い社会の蝕むような懐疑を利用する、攻撃的な社会の神聖な教条としての、新しい、改造されたマルクス主義である」・・・ここでは痛烈なスターリン主義批判がありませんか。
 「現実の果てしなき深さは、まさに現実の底まで見ることができないということによってのみ可能なのだ。神々の目に映る野の百合が花咲き枯れること以上の意味を求めて、おこなう飛躍における、人間の挑戦とチャンスなのではなかろうか」・・・ここには閉塞された生活を突破する希望がありませんか。
 「所与の確実性を剥離されて存在の真理に直面する震撼させられた者たちの連帯によって、歴史の可能性が開かれる」などという表現は、まさにKGBの監視と迫害をくぐり抜けて、新たな世界を希求するうめきに近いような言葉だとは思いませんか。ただしわたしの疑問は、労働を受苦としてとらえる労働観が流れていること、そしてポリス以降の西洋文化を世界史の最先端と位置づけるオリエンタリズムがあることです。さらには光と闇、昼と夜というようなゾロアスター的な二元論にも納得できませんでした。
 しかしなによりも、知性に対する自由の優位、自由の行使における責任を核とする歴史観です。現象学の主観的超越性を越えようとするパトチカの問題意識は、日本における三木清の思想的格闘と似ているような印象を持ちました。そして両者の時代に対する真摯な考察、現実との身体をかけた対峙、現実的な生の終焉の痛ましさも同じです。(2008/3/25 12:26)

153夜:ベルトルド・ブレヒト『ブレヒト詩集』(長谷川四郎訳 みすず書房 1978年)
 この詩集は長谷川四郎氏がアトランダムに編集したブレヒトの19編の詩が収められています。20世紀の激動の渦中を前衛芸術に生きた詩人の珠玉の詩連が並んでいます。浪漫派と訣別し、プロパガンダ風のリアリズムとも一線を画したブレヒトの独特の諧謔に飛んだシニカルな傾向が浮き彫りとなっています。こうした詩群は日本的な詩の感性からは明らかに遠く、チャペック風の表現に近いものがあります。それはおそらく、演劇の中で朗唱されると独特の雰囲気が醸しだされるものです。ナチスの迫害から米国へ亡命し、マッカーシズムの迫害を受けて、さらに東ドイツに帰って演劇運動を展開するという彼の生涯は、日本人の誰もが体験し得ない緊張のなかから、つくりだされた毒気を帯びたユーモアです。幾つかの詩の一部を紹介しておきます。

  子どもの十字軍(抄出)

 信仰もあり希望もあった
 肉とパンがなかったのだ
 かれらが盗みをはたらいても
   叱ってはいけない
 かれらに宿を貸さなかった人びとは

  仏陀火宅説話(抄出)

 種々様々の提案を出し、人間の疫病神を
 叩きのめせと説きつつ、こう考える
 舞い上がる資本の爆撃機編隊を前にして
 これをどう受け取り、どう考えたらいいか
 革命後、貯金箱と日曜日の晴れ着はどうなるか
 などと日がな一日、問うている人びとー
 かれらにはもう大して言うことはないのだと

  ぼくに墓石は必要ないが(抄出)

 ぼくに墓石は必要ないが
 僕のかわりにひとつ
 それがきみらに必要ならば
 それにこう記してくれ
 ー提案したるは彼にして
 採用したるは我らなりー
 かく記すことにより
 名誉を受けるは
 きみらと僕の全員であろう


 私は提案する格別のメッセージを告げる能力はありませんが、かといって誰かの提案を無条件に受けとるほどに蒙昧でもありません。ブレヒトの提案は、その後の紆余曲折を経て再審され、歴史の風雪に耐えて現代までこだましています。(2008/3/24 18:19)

第152夜:マーク・シェル『地球の子どもたち 人間はみな<兄弟>か』(みすず書房 2002年)
 ”人類は一家 人間みな兄弟”という言葉は日本ではあの極右・笹川良一の競艇会のCMで有名でしたが、他方では原始キリスト教や共産主義的理想世界の合い言葉としても歴史的に使われてきました。本書は、”人間はみな兄弟”の英語表現である”All Man is Brother”は、すべての”男”はみな”兄弟”ということであって、女性の姉妹は含まれていないのだという指摘で序文が始まります。オヤ、これはフェミニストの文芸評論と思いきや、中味はフロイト的な近親相姦論で古今東西に文芸文献を分析するという破天荒なものです。つまりすべての人間が兄弟であるならば、それは近親相姦を意味するではないかーいいかえれば、ある人間は兄弟であり、他はそうではないというのが実は寛容の文化をもたらすというのです。帯では、ユダヤ・キリスト教の起源からマラーノ、ケベックの二重言語使用、ペット問題まで、普遍主義と個別主義、強制と排除の構造を縦横無尽に考察した驚異の書となっています。
 私はこうした文芸的世界からの世界分析はあまり目にしたことがないので、面食らってしまいましたが、そこには社会科学ではカバーできない文芸的感性の分野があるような気がしましたが、それはではどうなんだと言われると説明できません。訳者も訳業の困難さを言うのみで、内容の分析はありません。というわけでなにか中途半端な書評となりました。(2008/3/8 15:55)

第151夜:村井敏邦『民衆からみた罪と罰』(花伝社 2005年)
 著者は刑法学者として刑事法学を研究してきた。本書は『法学セミナー』誌に連載した刑法学研究をまとめたものです。民衆や民間から犯罪と法を考察する点でユニークな視点に貫かれている。犯罪をと刑罰をめぐるさまざまの文学や小説を渉猟して、その論点を際だたせています。筆者の基礎にある「常民」の思想による刑法研究は、可罰の歴史を分析する時に、あますところなく発揮されます。筆者は基本的に性善説に立って犯罪を見つめようとしている点に共感を感じます。法曹界やアカデミズムではない民間学としての刑事の世界に光をあて、興味深い考察が連続します。筆者の博識に脱帽。民衆刑法社会史の白眉といえます。(2008/3/5 18:31)

第150夜:山本司『坪野哲久ー人間性と美の探求者』(角川書店 2007年)
 私は坪野哲久の名前は記憶にありましたが、歌集を読んだこともなく、その詳しい歌歴については知りませんでした。坪野は戦前期のプロレタリア短歌運動を主導し、治安維持法で検挙の後転向上申書を記して保釈され、以後は沈黙して戦後は「民主短歌」運動の中心的詠者として「新日本短歌」で活動しています。私がもっとも興味を持ったのは、戦後の民主短歌運動の中で、坪野の歌が難解かつ内省的としてかなりの批判を浴びている点です。各所に散りばめられた彼の作歌をよむと、いわゆる民主短歌の平明ではあるが型にはまった形式ではなく、胸の底からにじみ出てくるような呟きとも聞こえる絶唱があります。おそらく戦後期の民主運動を励ますような、「明るい」短歌とは異なったものであったのでしょう。しかし私はむしろ、マクロ状況と個人の内面を結ぶ心象を歌い上げる坪野に共感します。私が驚いたのは、坪野たちが戦後に全国を講演旅行して岡山に行った時に、現地で坪野を世話したのが、私の高校時代の国語教師であった服部忠志先生であったことです。
 山本氏は坪野に関する資料を驚くべき努力で収集して、坪野の全生涯を浮き彫りにしています。坪野研究の第1級資料となるでしょう。ただ願わくば、戦前期の特高資料の原典や戦後期の坪野批判の原典を収集して叙述すればより総合的な視角となり得たでしょう。幾つかの歌を紹介しておきます。括弧内は筆者注。

 しずかなる眠りとなりてなほしばし老いたる母のかうべ撫でおり(*母の死に)
 民族のいのち犯されざらむとすわが拠るところ拒絶の自由(*朝鮮戦争期の戦後反動期に)
 敗北の歌を奏でればよきものを岸上大作は縊れて果てき(*21才で自死した岸上大作に)
 (妻 山田あきを看取って)
 夕の風炎をしずめて過ぐるまのきみが命終おごそかなるも
 きみまもりし一生悔いなし沈黙のひとりの畳月光の澄む
 白菊の花びらふるわせ混ぜは過ぐきみなき夜半のすさまじき寂
 花の香のきみが死顔を手につつむ五たび十たび秋ふかみゆく

                                   (2008/2/28 9:43)

第149夜:ケーテ・コルヴィッツ『種子を粉にひくな』(アートダイジェスト 2003年)
 コルヴィッツは20世紀のドイツを代表する版画芸術家であり、「農民戦争」や「子どもの死」、とくに「死んだ子を抱く母親」の圧倒する真実には驚愕しました。県立図書館で美術書を探索していると、これを見つけたので借りて読みました。訳者がまたあの、戦後の読売争議の委員長で解雇後に釜石市長を務めた鈴木東民であるのも驚きです。この自伝的な日記をみると、幼少期から晩年まで丹念に自己記録をつけていることに記録への凄まじい執念を感じますが、本人は至って普通の日常感覚でつけていたのでしょう。
 この日記を読んで、コルヴィッツに描いていたイメージが大きく違っていました。さぞかし波瀾万丈の政治的緊張関係を生きた芸術家の生涯があると思いきや、成長過程は中流で幼少期より画才に目覚め、両親の愛情あふれる養育の中でスムーズに画家への道を歩んでいく、ドイツの教養階級の女性でした。この日記には烈しいドイツの社会状況はほとんど登場しません。愛情あふれる家庭生活と、第1次大戦で息子を失った哀しみ、第2次大戦で孫を失った哀しみが淡々と綴られています。どうしてこのような感性から、あのような烈しい版画が創造されていったのか分かりません。ナチス独裁に反対する左翼統一を呼びかける署名に参加して芸術院会員の資格とアトリエを奪われ、1945年の敗戦までの13年間描くことを禁止された画家は、敗戦の年に静かにこの世を去ります。
 壮大な社会主義リアリズムによる告発型の画家だと思っていましたが、そのイメージは粉砕され、ほんとうに愛情深いひとりの平凡で画才のあるドイツ女性がそこにいました。心優しいナイーブな女性画家は、自然に社会主義と平和を描く作家に成長したのです。芸術におけるヒューマニズムとはなにか、芸術家の戦争責任とは何かを考えさせます。鈴木東民はドイツ人女性と結婚し、この訳の初版は娘の名前で刊行しています。(2008/2/27 8:44)

第148夜:ルイ・アルチュセール『再生産について イデオロギーと国家のイデオロギー諸装置』(平凡社 2005年)
 こうした大部のマルクス主義の書が,いまの日本で大手出版社からなぜ刊行されるのかよく分かりませんが、欧州ではソ連崩壊後の市場原理主義の跳梁の中で、マルクスへの再評価の動きがあるのでしょうか。2008年という時にこの書の目次に並んでいるマルクス主義用語をみると、なにか亡霊の復活のような隔世の感がします。訳者も言っているように、もはや「「階級闘争」とか「国家の死滅」などの革命用語は現代にあっては死語と化したかのような感じです。この書は1969年というあの5月革命直後に出版されていますから、あの70年代初頭の世界的な反体制運動の高揚期の時代的な雰囲気を反映しています。1968年5月は、フランスにあっては1789年フランス革命、1871年パリコミューン、1936年人民戦線とならぶ民衆運動の爆発であったのです。アルチュセールはこのただ中をパリ高等師範学校教授として、フランス共産党員として生き抜きます。この時期には正統派マルクス主義を発展させる中心として活動しますが、「プロレタリア独裁」概念の放棄に抗議して脱党し、1980年には不幸な妻殺害事件を起こして、精神病の免責を受け、90年に死去しています。
 彼は初期マルクスは疎外論を核とする人間中心主義と歴史主義の形而上学の時代であり、後期マルクスは経済構造の科学認識へと飛躍する「認識論的切断」があるとし、社会構造を重層的な構造として捉える構造主義的マルクス主義を展開します。人間主義的疎外論マルクス主義が、実は凄惨な粛清を生むスターリン主義の根元にあったのだという。たしかにあるパーフェクトなモデル的人間像を前提に描き、現実の人間をその疎外態として捉えるのは形而上的な発想でありその限りで賛成しますが逆に個々人を科学的必然性の道具とみる科学主義は人間の主体的な実践の面を無視することになります。市場原理主義の擬似科学主義が横行し機械化した人間観が氾濫するなかで、初期マルクスの人間観を克服した新たな人間的マルクス主義を打ち出すことが求められています。
 さて本書は5月革命が提起した諸問題に正面から答えようとする彼の思索が生々しく展開しています。彼は国家のイデオロギー装置として、家族から中間団体の多様な集団単位を搾取イデオロギーの機能として分析を進めます。最高機関である政府に左翼が参加することを認めはしますが、それは「国家の廃止」のために他ならないとして、糾弾します。現代ではマルクス原理主義とも云えるような正統派理論ですが、率直に言って現実的有効性はないかも知れません。むしろグラムシ系の浸透する陣地戦のような理論で現代は運動しているかに見えます。
 ただアルチュセールの理論は、21世紀が市場原理の日常的現象に流されて、社会と歴史の原理的考察と根元的な変革の次元が後景に退いていることを、ありありと突きつけているようです。アルチュセール的原理論と現実的政策論を架橋するような現代マルクス主義の展開が求められています。率直に言いますと、マルクス・レーニンの国家論は市民主権による市民の政治参加機会が奪われたり、形式であった時代の国家と市民の距離があまりに隔絶していた時代にあって、国家の抑圧機能のみが市民生活に作用した時代の産物であり、現代のように市民と国家との距離がかなり近接し市民自身の政治参加体験が豊かになっていく時代ではありません。だから一気に強力的な革命によって権力を奪取し、逆に強力な抑圧をかけるという革命観が生まれたのです。現代はむしろグラムシ的な地を這うようなヘゲモニーの時代であり、単純な搾取の道具としての国家観は現実的な有効性を失っています。アルチュセールはスターリン主義批判を通して、別のスターリン主義を準備したかのようです。科学主義ではなく、多元主義こそ現代デモクラシーでのヘゲモニーを決めるでしょう。(2008/2/23 11:16)

第147夜:田月仙(チョン・ウオルソン)『禁じられた歌 朝鮮半島 音楽百年史』(中公新書クラレ 2008年)
 著者は著名な在日のオペラ歌手で二期会に所属して活動しています。この書は日本と朝鮮の人口に膾炙した歌による100年史を自らの体験を通して概観し、日韓(朝)の未来を展望しようとしています。そこで登場する歌は、アリラン・鳳仙花・春香伝・イムジン江・懐かしい金剛山・高麗山河わが愛・山河を越えて・椿娘・恋の赤い灯・カスバの女・黄色いシャツの男・ブルーライトヨコハマ・朝露・あー大韓民国・カスマプゲ・帰れ釜山港へ・I LOVE YOU・恋人よ・・・・の日本でもヒットした歌が織り込まれています。
 アリランは全世界に散らばった朝鮮民族がそれぞれのアリランを謳い、また鳳仙花は親日派として名誉剥奪された詩人の歌です。特に私は親日派1万2000枚の人名カードを残して逝った困窮の歴史学者・林鍾国の仕事に強い印象を持ちました。「後世の人々にきれいな国を渡さなくてはならないのに、私たちは親日行為を調査もできなかったし、反省もできなかった」・・・・いったい日本人はアジア・太平洋戦争の戦争犯罪行為を記録して後世に伝えたであろうか。この一点で日本は未来の歴史を語る資格を手にしていないと思います。
 村山知義が高木東六と協力して、日本版「春香伝」オペラを有楽座で1948年に上演しているのには驚いた(プロデユーサーは許南ギ)。主役の永田絃次郎(金永吉)は、「朝鮮語で歌え}との野次を浴びたそうだ。永田は北へ帰った後に粛清された。イムジン江が日本で放送禁止になった背景が少し理解できた。田の兄も収容所にいる。後半は韓流ブームによる日韓音楽交流の新段階を追っているが、私は日本のツマラナイ歌手たちが韓国で歌われても、そんなに強い関心は起こりません。戦前期以来の民衆レベルの音楽交流史の展開を望む者です。
 在日と分断という辛苦の歴史を背負ったオペラ歌手のピュアーな真剣さが満ちあふれている実感的日韓音楽交流史ですが、それがゆえに日本の歴史的犯罪性が未完のままに過ぎていくことの恐ろしさを感じます。(2008/2/19 18:27)

第146夜:アンドレ・ブルトン、ポール・エリュアール『シュルレアリスム簡約辞典』(現代思潮社 1990年)
 本書は1938年に巴里で開催されたシュルレアリスム国際展でカタログとして出版されたものです。さまざまな言葉に対するシュルレアリスト関係者が語った内容を編集しています。シュルレアリスムが現実の世界に切り込んで、みずからの感性と思索によってそれを言語表現的に乗り越えようとする緊迫した雰囲気がよく伝わってきます。シュルレアリスム運動に参加したメンバーの離合集散は烈しく、互いに激しい論争も展開していますが、時代の最先端を切り開こうとする激情はよく伝わってきます。ブルトンの盟友であったルイ・アラゴンやエリュアールがフランス共産党へ入党し、社会主義レアリズムの道へ転進していった時のブルトンとの応酬は面白く、ダリがカソリックに転向して法王と面会するなどの動きは興味を持ちました。のこったシュルレアリストが、反スターリン派のトロッキーへ傾倒していくのも面白い。
 「ZEN 禅」の項目の説明に『臨済録』から「真理に憧れるおまえたち、弟子たちよ、禅の正当な認識を得ようと思うなら、迷わないように心がけよ。おまえたちの精神の高まりを妨げる物は、外のものも、心のなかのものも、なにひとつ容赦するな。道で仏に会えば、仏陀を殺せ、僧正たちにあえば彼らを殺せ、聖者に出会えばみな殺せ、ためらうな、救いに到る道はこれしかない」が載っているのには驚いた。訳者のはしがきがシュルレアリスムの時代的意味を問い直す作業ではなく、ただ単に賛美しているのは物足りない。(2008/2/18 10:06)

第145夜:三好達治選『萩原朔太郎詩集』(岩波文庫 1952年)
 私がこの詩集を買い求めたのは、司修という画家の『郷土望景詩に寄せて』という詩画集の、気品ある絵画と詩があまりにマッチしているのに感動し、この読んだことのない詩人の詩集を手にしたのです。たしか高校時代の国語教科書に「漂泊者の歌」が載っていて、なにか圧迫されるような気分になって敬して遠ざけた記憶があります。詩集の帯には、「詩はただ病める魂の所有者と孤独者との寂しい慰めである」として、ひたすら感情世界を彷徨し、言葉そのもののいのちを把握した詩人として、近代日本無二の詩人であるーと最大限の賛辞が捧げられています。
 この詩集はベッドの中で一晩で読んだのですが、創作年次順に編まれた詩集から詩人の軌跡が浮かび上がるようになっていますが、1886−1942年の作家精神の基本はほとんど変わらないように思いました。鋭敏で震えるような魂が、世俗の巷の視線にさらされて、傷つきのたうっているような感じです。詩人自身が詩の本質はボードレールにあるとしているようですから、近代の孤独な魂の彷徨といった歴程の共通したイメージがあります。ただボードレールと違って、どこかに日本的な甘えの構造のようなものがあり、徹底した凝視と屹立する孤高の手前でたちどまって逡巡しているような気がします。鮮烈でピュアーな魂のほとばしりがあれば、また仏教的な諦観もあり、またルサンチマンに汚された闇をある世界が広がり、読んでいる最中にあってはグイグイと引きずり込まれていきますが、2度とは読むまいと思うのです。詩人は必死に何かを求めて、憧憬と彷徨を繰り返しながら、ついにしかと手に握るオープンな社会との接点にたどり着けなかったような気がします。詩人は一体どれほどの迫害を受けたのでしょうか。次のような言葉と詩は、迫害され疎外され苛められた者にしか分からないものです。

 「月に吠える犬は遠吠えをする。自分の影に怪しみ恐れて吠えるのである。私は私自身の陰鬱な影を、月夜の地上に釘付けにしてしまいたい。影が永久に私の後を追ってこないように

 公園の椅子(一部略)

 我を嘲りわらふ声は野山にみち
 苦しみの叫びは心臓を破裂せり
 かくばかり
 つれなきものへの執着を去れ
 ああ生まれたる故郷の土を踏みされよ
 われは指に鋭く研げるナイフを持ち
 葉桜のころ
 さびしき椅子に「復讐」の文字を刻みたり
                   (2008/2/15 9:52)

第144夜:Elie A.Cohen『HUMAN BEHAVIOR IN THE CONCENTRATIION CAMP 強制収容所における人間行動』(岩波書店 1957年)
 著者はオランダ系ユダヤ人医師であり、1942年に逮捕され、43年にアウシュヴィッツに、45年に死の行進を経てマウントハウゼンに移送されて米軍によって奇跡的に解放された。彼は家族全員をナチスによって殺害されたが、53年に自らの全体験をかけて、強制収容所の人間行動の特徴とSS(ナチス親衛隊)の行動原理を詳細に分析した本書を上梓している。本書は次のような編成となっている。
 第1章 強制収容所の概要(目的、組織、設計、収容者、絶滅)
 第2章 強制収容所医学的側面(死亡率、栄養、病気、疾病、医学実験、安楽死)
 第3章 収容者心理(初期、適応、あきらめ、集団心理)
 第4章 SSの心理(期限、組織、イデオロギー、資格、教育、集団心理)
 第5章 結論
 
 この書評欄でも幾つかのホロコースト関係書を紹介してきましたが、本書の特徴は自らの個的体験からできるだけ客観的に収容所の行動を解明しようとしている点です。その方法論は、いわゆる社会・経済的下部構造ではなく、文化・教育的な心理分析を基軸とし、特に自我ー超自我のフロイト的深層心理を分析ツールとしていることです。収容者は緑(ドイツ人の刑法犯、戦争犯罪者)、赤(政治犯)、紫(反ナチ宗教犯)、桃色(同性愛者)、黒(反社会分子、ロマなど)、黄(ユダヤ人)であり、第2章では詳細な保健衛生的データが示されている。第3章では収容者の心理過程の変化が記述される。アウシュヴィッツの自殺者が1人というのは驚きですが、絶対的な極限状況での人間心理には絶句するしかない。著者は日本軍の捕虜収容所の人間行動も分析しているのでギョッとする。なぜ収容者は自らを攻撃するSSを模倣し憧れるようになるのか? なぜ政治犯のグループには友情が生じ正義の秩序が比較的に保たれるのか? なぜ後から来た入所者へ羨望と嫉妬を感じるのか? なぜユダヤ人はユダヤ人を軽蔑するようになるのか? 人間の人格(超自我)はどうして変貌するのか? 自分の生命を理念に託するような収容者は比較的に異常心理にならないのはなぜか? どのような人が奇跡的に生きのびることができたのか?
 第4章ではホロコーストを遂行したSSの行動の背後にあるドイツの教育、権威主義的文化、伝統を分析する。なぜいまもってドイツ人はホロコーストの罪から目を背けようとするのか? この鋭い追求は日本人にもあてはまる。ヒトラーの精神分析は非常に興味津々であった。彼自身がユダヤ系であり、自分自身の出自が近親相姦の子であり、強迫神経患者として分析されている。
 本書は幾多のホロコースト研究の先駆的な心理学的分析であり、その後の研究は本書を出発点にしている。こうした心理分析と社会・経済分析が総合されたところにホロコーストの全貌が現れるだろう。あのワイマール民主主義のドイツ文化が、かくも残忍な民族絶滅に転落していった過程を明らかにすることは、同時に実は東アジアの超自我=日本天皇制の深層構造を明らかにすることにつながる。
 しかし私がそれ以上に興味を持ったことは、翻訳チームのリーダーが清水幾多郎だということだ。彼は戦後民主主義の華々しいエピゴーネンとしてデビューし、訳者序文ではアウシュヴィッツ訪問の印象を痛々しい表現で綴っている。そこには彼の鋭く繊細な神経がほとばしっているが、その彼が中途から「転向」し、急速な右翼評論家に転落していった過程が惨めに浮かび上がる。いったい彼の思想の中に、アウシュヴィッツの原体験はどのように継承されていたのだろうか?(2008/2/12 23:07)

第143夜:フレート・ブライナースドルファー『「白バラ』尋問調書』(未来社 2007年)
 本書は映画『白バラの祈り』製作チームが白バラ運動の全貌を把握するための調査活動から明らかになった資料を集成していますが、圧巻はドイツ統一後に旧東ドイツに収納されていたナチス係官の尋問調書が第1次史料として歴史上始めて明らかになったことです。実際に配布された「白バラ通信」の全6通とその原稿も記載されています。この通信を読むと、当時のナチ独裁下の緊迫した社会で政府打倒の呼びかけをおこなう緊張感あふれる言葉が並んでいます。その内容は大学生と知識人の知的教養を基礎に責任感にあふれたものです。だから政治的プロパガンダのような宣伝技術はなく、配布対象も知識層に限られているような気がします。この抵抗運動のメンバーは決してコミュニズムではなく、当時のドイツ文化の最良の部分を代表する知的良心がそのままに行動へ移されていったようです。だから尋問調書もみずからの思考過程と信念を誠実に語り、祖国へ愛がそのままナチ打倒と結びついた行為であることを浮き彫りにしています。驚いたのはメンバーが、ホロコーストの事実を既に知っており(犠牲者数30万人としていますが)、ユダヤ人迫害を人道の観点から批判していることです。ここから「何も知らなかった」という合理化は許されないということが分かります。ショル兄妹は1943年2月18日に逮捕され、21日に3時間の公判で反逆準備と国防軍攪乱罪で死刑宣告を受け、17時に処刑されました。彼らの処刑がギロチン(断頭刑)であるのに衝撃を受けました。彼らを裁いたのは、あの有名なドイツ国会放火事件のドイツ共産党容疑者を無罪にした裁判所に怒ったヒトラーが、国家反逆罪専門につくった民族裁判所でした。
 それにしても反ナチ抵抗運動がなぜ敗北したのか、最後はこのような誠実な良心のグループのみの証しのような抵抗に終わっていく・・・白バラグループのビラによって何の抵抗の動きも起こらなかったのです。戦後の東ドイツは、共産党のレジスタンスの名誉を守るために、、白バラ事件を封印してきました。この歴史過程の検証とそこから汲まれるべき無限の教訓があるような気がします。なぜなら大不況下で「希望は戦争」とうそぶく若者たちの群れが巷を徘徊するようになった日本が目の前にあるからです。(2008/2/10 9:31)

第142夜:紙屋高雪『オタクコミュニスト 超絶マンガ評論』(筑地書館 2007年)
 明るい陽光が窓に降りそそいで、部屋にはFMから静かな音楽が流れている冬の朝です。今日は何もすることがなくて、窓の外にひろがる街並みを観て、ああーこの風景の中で生きている市井に生きる人の目には見えない生活を想像したりするのですが・・・・。わたしはマンガ評論なるような書を手にしたのはじつは初めてなのです。私のマンガ世界は、手塚治虫や白土三平の世界であり、とくに白土三平の忍者ものはハラハラドキドキするような気持ちで食い入るように読んだ昔を思い出します。そうした大きな物語の時代が終わってしまい、なにか自閉しそうな、ささやかな内面の揺れを描くようなマンガは、はなから手にする気にはなれませんでした。そうして成長して大学生となった息子のアパートを訪れて、書棚を埋めている山積みされたマンガの山脈を見つめて、私は愕然となって圧倒され、若者との意識の落差を実感させられました。でも私は息子が読む漫画の世界がどのようなものか、知りたい気も起こらなく結局一冊も読みませんでした。私の意識のどこかに、あれらはメインストリームではないサブカルチャーだとどこかで軽蔑していたのでしょう。

 ところがです、フトしたきっかけで本書を読み、いまの30歳代後半(?)の青年のいわばもっとも良質な(?)精神世界に触れたような気がしました。著者は多分70年代の学生運動の渦中をくぐって、いまは福岡市にいる会社員ですが、まさにマンガオタクそのものであり、しかも他方では「まじめな共産主義者」を公言して憚りません。私は彼の発想とソフトな精神活動に、ソ連崩壊後の新たなコミュニズムの芽生えといった胎動を感じました。こうした新しいスタイルは、おそらく彼の支持する日本共産党の将来性に幾ばくかのリアリテイを与え、もし共産党が泣いて喜ぶのであれば伸びるかもしれません。高齢化して化石のような存在になっている日本のサヨクに、ひと筋の希望をもたらすかも知れません。少し誉めすぎましたかな?

 しかし驚いたことに、かって島田雅彦が『やさしいサヨクのための喜遊曲』でデビューして、左翼を「サヨク」とカリカチュアライズした時には、時代の蔑みの対象となりましたが、いまや「真面目な共産主義者」が自らのことを「サヨク」と自称しているのです。ここに象徴されるように、著者の発想はフレクシブルでソフトでありながら、基底にはしっかりとしたマルクス原理主義があるらしいといったスタイルです。私もこのようなスタイルで自分のサイトを運営したらさぞかしアクセス数が増えだろうと、少しうらやましくもなるのです。
 さて私が最も面白かったのは、第3章仕事、第6章戦争と政治ですが、著者自身はおそらくそれ以外のところに全力投球したのでしょう。いや全力投球なんていう言葉自体がもはや「クサイ」のかも知れません。ただ、こうの史代「夕凪の街 桜の国」を宣揚しているところは、世代を超えた感性の共通性を感じて嬉しくなりました(その後のこうの氏はどうしているのでしょうか)。ここで事実認識の間違いを指摘しておくと、宮本みち子氏(放送大学教授)を改良主義者と規定していますが、宮本氏は多分そうではないでしょう。

 著者のスタイルは現在の左翼が生き残っていく、一つの方向を示していますが、私は同じスタイルは取らないし、取れないでしょう。保守、右翼思想への内在的で共感的な批評は分からなくもありませんが、現代保守の洗練された右翼思想の危険性についての指摘がほとんどありません。戦時期の西田幾多郎や田辺元の深遠な評論に自らの死の意味を見いだした出陣学徒の思潮を重ねるからです。著者が情緒や情感の部分で保守と連帯する道を探るのは、あまりにもお目出度すぎですね。だから私は、あくまで「愚直で直球勝負の「クサイ」文体でいくしかありません。読者層は限定されてマーケッテイングは弱いですが、長いスパンで見れば、何ものにも縛られない自由な思考のはてに生まれる鋭さを生むはずです。この書に触発されて著者の運営するサイト「紙屋研究所」を訪問しましたが、なにか際物的な表現もあり、マンガ評論よりマルクス対話集の方を面白く拝見しましたが、それ以上のものではありません。(2008/2/8 10:21)

第141夜:オルハン・パルク『わたしの名は紅』(藤原書店 2004年)
 ウーン私は初めてイスラム系の現代文学を読んだようだ。著者は現代トルコ文学の第1人者と言われる。物語は1591年オスマン・トルコ帝国の都イスタンブールのスルタンの宮廷細密画師集団の軋轢と悲劇を描いている。トルコ帝国の成熟期の諸矛盾が吹き出し、地中海キリスト教文明との浸蝕と衝突を契機とするイスラム文化圏の揺れと原理主義の台頭という激動が、イスラム芸術の中にどのように波及し、、イスラム芸術の存在をめぐる伝統的原理派と革新派の命を賭けた闘争が誘発される。私は現代イスラム世界の原理主義と革新派の闘争の投射であり、またイスラム原理主義テロリズムの文化的背景を浮き彫りにしているように思えた。9.11以降にこの小説はそうした関心から全世界で注目された。
 強く感じたのはイスラム教文化の尊厳と誇りの感覚ですが、これはスペイン系のカソリシズム文化と共通しているように思われた。また現代トルコがここままでエロテイシズムの描写を許容していることに驚いた。芸術家が自らの芸術作品の至高性を維持するために、命を絶たれたり、盲目となるにも驚いた。イスラム文化圏との異文化交流はそれほどに難しいことをつくづくと感じた。それは和辻哲郎の言う砂漠の思想なのだろうか。紅とは流された血のことです。この濃密な文体はほんとうに異質だ。(2008/2/5 22:08)

第140夜:下谷和幸『マニエリスム芸術の世界』(講談社現代双書 昭和52年)
 これは古本屋でふと目にしたものであり、特別の意図があって購入したわけではありませんが、読み出すと非常に面白く、私ははじめて図像学の世界に触れることができました。ルネサンス期の終末からイタリア都市国家の全盛期が終わり、新たな激動への時代が始まる過渡期に登場したのが、調和的美の極致を示したルネサンスの模倣に過ぎないと云われて埋もれていたマニエリスム芸術でした。本書は、現今のマニエリスム芸術の再評価の背後にある、既成の価値が崩壊し新たな価値創造に向かう模索期の芸術を詳細に分析しています。ルネサンス最後の巨匠ミケランジェロのシステイナ礼拝堂の天井画の分析を通して、権力と対峙する芸術家の屈服と無念を明らかにし、それ以降の画家たちが単なる模倣ではなく、秩序崩壊期の自己意識の表現としてのマニエリスム(マンネリズム)の特質を究明します。現代が同じように、ある種の価値崩壊と模索期にあるがゆえに、かっては侮蔑の対象であったマニエリスムの混迷に共感をいだくのだと指摘する。権力と芸術の対峙する緊張関係、おのれの思想と芸術的表現などなど単なる審美主義を越えた芸術世界が浮き彫りとなってきます。推薦が渡部昇一となっているのが、少々いかがわしいところがありますが、英文学専攻の著者は全力投球しています。ただし模索期とその芸術を絶対化し、それを超克していく方途についての思索がないところは、渡部門下の限界でしょうか。(2008/1/17 21:26)

第139夜:村山知義『現在の芸術と未来の芸術』(1924年 長隆舎書店 2002年復刻 本の泉舎)
       村山知義『構成派研究』(1926年 中央美術社 2002年復刻 本の泉舎)

 
私が村山知義を知ったのは、勤労者演劇連盟の例会を通してであり、彼が率いる東京芸術座の劇がよく上演されていたことを通してです。彼の死後に東京芸術座はリアリズム演劇の理念を継承して活動しているようですが、私の住んでいる地方での公演はほとんどなくなったように思います。それとともに私の村山知義への関心もじょじょに薄れていったのですが、油彩に興味を抱き始めて、芸術論や美術史に触れるうちに、戦前期の村山が並々ならぬ前衛芸術運動を主導した中心的リーダーであったことを知りました。東京帝大中退後にドイツに留学して前衛芸術に触れ、日本でマヴォという前衛芸術集団を立ち上げたのです。それは伝統画壇に正面から挑戦する前衛芸術の画期を築きましたが、村山は柳瀬正夢などとともにプロレタリア芸術の方向へ転回していったのです。舞台美術から演出を手がけ、戦後は演出家としてもっぱら活躍しました。
 本書は大正期に欧州の美術の先端を日本へ紹介し、前衛芸術理論を探求しようとしています。前者はドイツの表現派から構成派に到る流れを論じ、後者も同じような論述ですが、ブルジョア芸術批判に一歩踏み込んでいます。現代の芸術理論からみれば、幼稚に見えるところもありますが、大正期の青年が必死に先端芸術と格闘して意気軒昂たる点が面白く、逆に現代のニヒルなシニシズムを浮き彫りにします。なんだか大正期のほうが生き生きと挑戦的であったような気がします。(2008/1/15 16:04)

第138夜:ソル・ファナ『知への讃歌 修道女ファナの手紙』(光文社古典新訳文庫 2007年)
 亀山郁夫訳の『カラマゾフの兄弟』で一躍注目されたこの文庫に、オヤッと思うような書が入っていました。この文庫は476円という低価で設定されていることもあり、興味本位で購入しましたが、じつはこのファナという女性はなかなかの傑女でした。ファナは1651年にメキシコで生まれ、1740年に亡くなったメキシコのカトリック修道女です。日本では鎖国・江戸期で町人文芸が隆盛を極めた時期です。メキシコから一歩も出ることのなかった彼女のスペイン語で記された詩、論文はセルヴァンテス没後のスペイン文学のスター的存在であり、アメリカ大陸最初の作家と呼ばれます。しかし日本ではスペイン文学研究者以外はほとんど知られていなかった女性でしょう。
 本書は彼女の詩のアンソロジーと、師又は同僚への抗議書簡である「告解師への手紙」「ソル・フィロテイアへの返信」から編まれています。欧州では宗教改革後のプロテスタントの興隆期ですが、スペインとその植民地であるメキシコはカソリックの戒律がより強化された時期です。彼女の詩は男女の恋愛心理を細やかに描写し女性の自立を歌い上げ、書簡は女性の知的探求や教育の意義を主張しています。女性は教育機会を奪われ、貞淑な妻として男性に服従するカソリシズムのもとで、彼女は修道院生活を知的探求に費やしています。女性がひとりの学者ないし芸術家として、能力を発揮していく壁と抑圧への抗議の声ともなっています。修道女が近代フェミニズムの幕開けを告げるような作品を発表できるような時代にもなっていたのです。こうした例は『アヴェラールとエロイーズ』以外に私は知りません。彼女の文体と論旨は歯切れがよく、率直に歯に衣を着せず、真情を吐露して、女性への抑圧を批判していますが、最後の手紙以降は文筆を絶って隠棲したようで残念に思います。彼女の作品が、単に文学としてでなく、思想史上でどのように位置づけられているのか知りたくなりました。(2008/1/12 9:37)

第137夜:アレクサンドル・ボグダーノフ『信仰と科学』(未来社 2003年)
 ボクダーノフはボルシェビキの理論的指導者として激しくレーニンと対立し、追放されて最後は医者として輸血の実験に我が身を提供して死んだという数奇な運命をたどっています。彼の名前は日本ではほとんどレーニンの著作からしか知られていません。日本でマルクス主義の影響が強かった時期の必読書であったレーニンの唯物論的認識論の主著である『唯物論と経験批判論』は、まさにボグダーノフとマッハに対する激しい批判の書であるからです。この書は論敵であるボグダーノフのレーニンの『唯物論と経験批判論』に対する正面からの反論の書です。
 私が初めて知って驚いたのは、ボルシェビキ内部にこうした激しい理論闘争があり、しかもそれは同時に政治的闘争として党内での地位を賭けた熾烈なものであったことです。従ってこの書は認識論をめぐる理論闘争の形をとった党内闘争の書でもあります。私はこの書を通じて、レーニンが同時代にあってどのように観られていたかを知ることができました。印象に残ったのは、レーニンが若い経済学者と見なされていたこと、そしてその論争スタイルが権威主義的であったことです。ボグダーノフはレーニンの「絶対的真理」という言葉を「信仰主義」として攻撃しています。確かにレーニンの論敵に対する批判は、なにか教会の異端審判に近いような激烈な罵倒に満ちてとても学問的姿勢ではありません。当時の厳しい弾圧下の時代で、組織の統制を維持するためには生死を賭けた抜き差しならない、決闘に近い状況があったでしょうが、しかしそのスタイルが権力獲得後のスターリニズムを生み出した要員の一つとなったのではないかとも思わせるようなものがあります。
 この書はソ連崩壊後の1995年にロシア誌『哲学の諸問題』に全部掲載され、ロシア・マルクス主義の再検討がレーニンの論敵の再評価という形で登場しています。私は、この書をスターリン批判がレーニン批判にまで発展するなかでの再検討という現代的な意味を持っていると思います。日本は独自の立場でレーニン哲学を再審する必要に迫られています。(2008/1/6 21:00)

第136夜:櫻本富雄『歌と戦争 みんなが軍歌を歌っていた』(アテネ書房 2005年)
 著者は一貫して文化・知識分野の戦争責任を事実に基づいて追跡する執念のような仕事を積み重ねてきています。本書は軍国主義下の歌謡・軍歌など声楽部門の戦争協力の実態を詳細に明らかにしています。誰がどのような姿勢で歌による戦争協力をしていったか、そして強制によるやむを得ざる協力ではなく積極的で自発的な協力であったことを明らかにします。しかしそこにある日本の芸術家の政治世界に対する精神構造そのものへの分析はありません。しかし重要なことはいま協力の事実すら自己批判することなく、無責任に戦後も活動を続けている多くの音楽家がいるという事実です。ここにある無責任構造こそ日本文化の恥部です。サトウハチロウ、堀内敬三、藤浦洸、諸井三郎、服部良一、古関裕而、山田耕筰その他日本を代表する作詞家、作曲家のほとんどが軍部と戦争に協力して日本国民の戦争意欲を煽っています。なんと惨憺たる状況でしょう。この根底には最高責任者たる天皇の戦争責任の問題があります。戦時内閣の枢要大臣が戦後首相に就任するという馬鹿げた現代史を生み、あらゆる分野で戦争責任は「水に流されて」いったのです。民衆の戦争参加、加害の当事者としての民衆の視点から、こうした芸術家の戦争責任を過去にさかのぼって記憶し、さらには名誉を剥奪し、決済しなければ日本現代史そのものの名誉回がないでしょう。(2008/1/5 12:32)

第135夜:佐々木健一『美学辞典』(東大出版会 2004年)
 著者が東大文学部でおこなった美学概論の授業を、テーマ別に辞典として編集しています。基本的な概念として「基礎」「生産」「対象」「消費と再生産」の4分野を立て、25の概念の定義をめぐる学説史を懇切丁寧に説明している。著者が美学に関連したあらゆる文献を渉猟し、最後に課題を提示して終わるというスタイルで、現代の美学理論のほぼ全域をカバーできる。著者の多方面にわたる博学多識が示されている。ただ美的労働論、美と社会システム、作品の流通過程論など実践的領域については本格的な論述がなく、あくまで美学理論に集約されている。従って美の商品化といった現代状況については考察がない。読み始めて読了するまでに1ヶ月を要した。(2007/12/31 7:12)

第134夜:島本慈子『戦争で死ぬ、ということ』(岩波新書 2006年)
 島本氏は1951年生まれの戦争を知らない子どもたちの世代です。この本はそうした戦後世代が、かってのアジア・太平洋戦争の死の諸相を戦後感覚で描いたものです。戦争体験者の戦争ストーリーは数多あるなかで戦後派の戦争評論はおそらく初めてでしょう。若者の一部に靖国派が登場しつつある中で、島本氏の仕事は大きな意味を持つと思います。戦争体験の継承が形をとって現れ始めているのです。この書には、大阪大空襲、伏龍特攻隊、戦時メデイア、フィリピン戦線、ヒロシマ、愛国婦人、武器生産労働、9,11とカミカゼの8章から構成されています。共通しているのは、かっての戦争を現代の事象と係わらせながら感じるところを鋭く書いていることです。
 しかしこの書にはある種の限界があります。小田実やむのたけじ氏のような良心的平和主義者が登場しますが、戦争の根元である資本の問題に肉薄し得ていないこと、およびいのちを賭して戦争に反対したレジスタンス運動にいっさい目をつぶっていることです。この限界は連載された『世界』(岩波書店)の原理的な限界でもあり、日本の民主派の限界でもあるのです。(2007/12/30 21:27)

第133夜:講談社文芸文庫『戦後短編小説再発見9 政治と革命』(講談社文芸文庫 2002年)
 帯をみると「時代の転回点で激しく噴出するエネルギーー状況の変革を求めて行動する人間の苦悩と抵抗を照射する12篇」と最大限の賛美が掲げられており、その12篇とは田中英光、林房雄、堀田善衛、野間宏、埴谷雄高、倉橋由美子、井上光晴、古井由吉、金石範、高橋和己、開高健、桐山襲の作品です。率直に言ってこれらの作品群が、帯の辞にふさわしいかどうかは疑問ですが、当時の時代のそれぞれの意識を象徴している作品であることは事実でしょう。しかしこれらの作家群は、政治と変革の真っ只中から周縁部へと移動していった人びとであり、政治に対抗する文学の自我を擁護しようとした点で共通性があります。巨大な民衆運動の真髄をえぐるというよりも、それから派生した自我の困惑を処理する過程で生まれた作家のように思われます。だからこれらの作家群は、日本政治の変革運動にとってよりも、変革に直面した近代的自我のありようを赤裸々に示していると言えるでしょう。
 しかしこの12人のうち、現代にも通じる普遍性を持っていると思われるのは、いずれも在日系の作家である金石範、桐山襲の2人であり、それは彼らがいかにしても逃れることができない絶対的な在日という壁の緊張と裏腹にしかあり得ない存在であったというところから来ています。後の作家群はいま振り返ると、なにか咲き乱れて散っていったあだ花のように思われます。(2007/12/9 11:00)

第131夜:窪島誠一郎『詩人たちの絵』(平凡社ライブラリー 2006年)
 詩人たちの生涯と筆者が最も魅力を感じた詩の解説があって、詩人たちの自作の油彩やデッサン画が紹介されている。詩人たちとは、立原道造、宮沢賢治、富永太郎、小熊秀雄、村山塊多です。疾走するようにこの世を生きた詩人たちの描画は、メルヘンチックなものから激しい表現派まである。詩作と描画はほとんど同じ真情の吐露なのだ。追いつめられたようシュールな叫びのような絵となっている小熊の作品は圧巻であり、画家とみなしてもさしつかえない。村山はもともと画家をめざして本業であったが、逆に絵でもって詩を照射しているようだ。これらの詩人たちは、ほんとうに貧窮のなかを生きて夭折している。私にはうらやましい気もするのだが、嵐のような生ではない静謐な生をもうらやましく思い、どちらが芸術的生産性において可能性があるのか、考え込まされてしまうのだ。(2007/12/6 8:23)

第130夜:アンドレ・ブルトン『シュールレアリスム宣言集』(現代思潮社 1975年)
 1924年に出された『第1宣言』、1930年の『第2宣言』、そして1942年の『第3宣言序論』とそれらへの序文などからなっているシュールレアリスム思想の基本文献です。
 彼らの思想の概要を述べたのが「第1宣言」です。理性の抑圧からの想像力の解放としての驚異、方法としての夢・自動書記など筆者自身の定義は、「思考の実際の働きを口頭ないし筆記ないし他のあらゆる方法による純粋な心的自動運動。理性のあらゆる統制の存在しない、美と道徳などのあらゆる配慮の枠外での思考の書き取り」としています。メンバーとしてあげられているのは、あたしの知っている名としては、アラゴン、エリュアールなどです。彼らの教祖的存在はイシドール・デユカス(ロートレアモン)のようです。精神の自己集中→あらゆる雑念の排除→前提なしに素早く書く→言葉の流出の絶対的な連続性=絶対的非順応主義としてのシュールレアリスム(放心)・・・・。あらゆる既成の規制の権威と束縛から自由でありたい青年期のピュアーな心情がほとばしり出ています。
 『第2宣言』は『第1宣言』以降のシュ−ルレアリスムに対する批判への反論となっています。運動内部からの批判や運動脱落者(除名者)に対する「常軌を逸した」激しい罵倒の言葉が綴られています。芸術運動での「除名」などという組織的処断は、彼らの自己純粋性を保持するせっぱ詰まった心情の表現でしょうか。それともブルトンの権威主義の表れでしょうか。フランス共産党を中心とするマルクス主義からの批判には謙虚な姿勢で答えています。労働者階級の解放なくして人間の解放はないとする点では同じだとし、政治・社会的解放とは異なる心理的解放の別の道を行くのだと主張しています。当時の政治的マルクス主義への痛烈な批判も見え隠れしますが、これはトロツキー派とスターリン派の帰結が明らかになっていなかった時代の限界でしょうか。ブルトンはトロツキーに共感をいだいていたようです。
 芸術運動としてのシュ−ルレアリスムを転倒した世紀末現象とする短絡的な批判は今や姿を消しましたが、正当に再評価する作業も見受けられません。現代芸術界は、高階秀爾が文展を「守り次ぐ豊かな伝統と時代に反応する先進性」と評価しているように(朝日新聞07年12月5日)、もはや混迷状態に陥っています。こうした現在にあって、危機の時代においてシュールレアリスムが追求した芸術的まなざしの原点をもう一度問い直してもよいのではないでしょうか。(2007/12/4 9:13)

第129夜:袖井林二郎『アーサー・シイク 義憤のユダヤ絵師』(社会評論社 2007年)
 フト書店で本書を手にして、面白そうだなと直感的に購入したのですが、予想以上の面白いものでした。アーサー・シイクという画家の名前は初めて知ったのですが、本書に散りばめられているファッシズム批判の細密画はどれも息を呑むような迫力に富み、ナチスから昭和天皇に到るファッショ指導者が徹底的に戯画化され嘲笑されています。その技術の高度さにおいて抜きんでた水準を感じさせますが、その迫真力の源泉はシイク個人の出自にあるといえるでしょう。彼はロシア領旧ポーランドのユダヤ人家庭に生まれ、早くして才能を現しパリ留学を経て最後にはアメリカに亡命し、その地で没します。彼の両親は強制収容所で焼き殺され、家族は離散しています。彼の出自のもたらすルサンチマンが奔流のように自らの絵に発現しているのです。反ファッシズムの絵描きから、イスラエル建国のシオニズムを経て、米国内の黒人差別問題など当時の時代の先端思潮で絵を描いています。その絵の凄さは言葉では表し得ませんのでぜひともに本書を手にしてください。
 蛇足ですが袖井林二郎なる研究者についてはよく知りませんでしたが、少なくとも本書の叙述からは戦闘的なデモクラッツを想起させます。しかしこうした研究者の限界として、「あたしはイスラエルーアラブ紛争の何れにも加担する者ではない」という客観主義的な中立主義への逃避が残念でなりません。これではいかにシイクの業績を賛美しても、そこが割れてしまいます。しかし近来に希なドキドキ昂奮する書でした。シイクの画集は日本語で出版されているのでしょうか。(2007/12/2 17:54)

第128夜:アンドレ・ブルトン『超現実主義とは何か』(思潮社 1976年)
 超現実主義の創始者にして帝王といわれるアンドレ・ブルトンの巧妙な名前は知っていましたが、その内容はよく知りませんでした。この書は、1934年6月1日にブリュッセルでなされた彼の公園を整理したものです。1934年といえば、ヒットラーが総統に就任し、翌々年にフランス人民戦線内閣が成立するというファッシズムの激動期であり、同時にフランス共産党と芸術理論としての社会主義リアリズムがレジスタンス芸術の主導権を握るという劇的な時代でした。この時代にルイ・アラゴンやポール・エリュアールとともに、あらゆる既成の現実を峻拒し自らの感性のみを信じるという「シュールレアリズム」を主張したのがブルトンです。それは同時にプロレタリア革命による資本主義の超越という未来をめざす現実の運動と結びついていましたが、ブルトンなどの主張はフランス共産党から痛烈な批判を受けました。それはシュールレアリズムの方法が、フロイトの無意識論から影響を受けた夢の分析と一切の先入観を排した自動記述という主観主義的傾向にあったようです。この講演はシュールレアリズムに対する激しい批判に回答し、政治党派とは違った道を行くプロレタリア解放による人間解放への芸術として、シュールレアリズムを再定義しようとしています。論争の渦中にあって自らの芸術思潮の意味を再確認しようとしています。ブルトンやアラゴン、エリュアールはともに共産党に入党しますが、ブルトンのみは32年に脱退し、この講演ではアラゴンやエリュアールは批判されています。
 私は歴史の凝縮した動乱期にあって芸術家の魂がいかに現実と向き合ったかを示す一つの貴重な潮流として、シュールレアリズムを考えたいと思います。それは同じ時期のドイツ表現主義とも通底する強烈な現実批判、人間疎外批判としてもう一度考える必要があると思います。大事なことは、現在のシュールレアリズムや抽象主義の潮流が、社会的な関係性というモメントを全く無視し、個人の内面的主観性にのみ依拠する偏倚した方向へ向かっていることです。労働者という形態の市民の情況は、新古典派市場原理主義の枠組みで、1930年代の大恐慌下の市民生活の困窮と本質的に変わらない状況となっています。私たちの不幸は、30年代に未来の希望となった社会主義のイメージが、ソ連型社会社会主義の崩壊によって、もはや未来イメージのモデルではなくなったことにあります。ここに草創期のシュールレアリズムと現代のシュール派の違いの背景があります。
 さていまシュールレアリズムの神髄を示しているのが、メキシコ壁画運動からはじまった現代中南米芸術運動です。ここではシュールレアリズムが現実の民衆運動と結びついて、欧米的なニヒリズムに染まっていません。ブルトンは、シュールレアリズム宣言を第3宣言まで書きましたが、いま中南米と中心とする民主運動の高揚は、第4のシュールレアリズム宣言を求めているのではないでしょうか。そしてそれは市場原理主義に侵されて未来可能性を喪失しつつある欧米芸術理論の混迷を打ち破る現実的潮流を形成しつつあります。(2007/11/27 16:44)

第127夜:永井 潔『芸術論ノート』(新日本選書 1982年)
 戦後日本のリアリズム芸術運動の理論的・実践的指導者の芸術論です。戦後直後から1970年代に到る日本の民主化運動の高揚期を反映して、熱っぽいポレミークな叙述が満載され、著者が当時の唯物論研究の諸論文を読みこなして芸術論に適用していることが分かる。当時の唯物論の基本的な弱点は、スターリン・ソ連型唯物論=反映論主義の機械的な輸入理論であったことにあるが、著者は機械的な反映論を批判しつつ実践的反映論による芸術理論を縦横無尽に展開している。唯物論論争における実践的唯物論=芝田進吾説に立脚していると思われるが、著者の凄い点は権威の引用に依拠するのではなく、あくまで自らの思考と頭脳を駆使して探求する姿勢にある。ただし時代はソ連型社会主義の上昇期であり、社会主義へのローマン的志向への楽観にはまっているのは時代の限界ではある。すでにソ連圏崩壊の足音は忍びよっていたにもかかわらず。著者の第2の凄い点は、ソ連型ML主義の美学理論を正面から批判していることだ。これは当時の左翼論壇にあっては非常に難しい。当時にあっても自立した志向を展開する理論家がいたことに驚嘆する。それに較べて現代の理論家の軟弱ぶりは目を覆うモノがある。(2007/11/23 16:28)

第126夜:多木浩二『肖像写真−時代のまなざし』(岩波新書 2007年)
 肖像写真を通して時代精神を見ようとする。ここには私が初めて知った3人の写真家が登場する。ブルジョア知識人を撮った19世紀のナダール(仏)、さまざまな職業の人間を撮った20世紀のザンダー(独)、そして被写体にパフォーマンスさせたアヴェンドン(米)の3人です。勃興する支配階級のまなざし、労働と資本を超えようとする市民、階級と階層を超えて個人に還元されつつある晩期資本主義のそれぞれのまなざしが、顔に注がれた時に象徴的に時代精神が浮き彫りとなるのだ。こうした考察は新書版では無理だ。図版と写真をふんだんに駆使した専門書が求められる。ナダールとアヴェンドンの写真集の邦訳が出ていないのが残念だ。(2007/11/23 16:44)

第125夜:小林多喜二『老いた体操教師 滝子其他』(講談社文芸文庫 2007年)
 27歳で虐殺された日本の代表的なプロレタリア作家の初期作品集であり、社会主義レアリズムに向かう以前の自然主義的なレアリズムの雰囲気があふれるみずみずしい作品が並んでいます。学校内権力の交代に翻弄される教師の惨めな生き方、乞食への憐れみが見事に裏切られる悲しみ、弟を犠牲にして進学する兄の苦衷などなど、階級意識を自覚する以前の多喜二のピュアーな精神の彷徨がうかがわれる。ひょっとすれば多喜二のその後は、藤沢周平のようなスタイルの可能性もあったかのように思わせる青春期の魂のふるえがあります。デビュー以降の多喜二の政治主義的傾向を断罪する人もいますが、多喜二は本質的に自然主義的なレアリストであったのです。志賀直哉への傾倒はそれを示していると思います。「老いた体操教師」は86年ぶりに発掘された最初期の作品で全集にも未収録ですが、それにしても講談社がこうした作家の作品を文庫化することに少し驚きました。
 多喜二は1933年2月20日に東京・筑地警察署で虐殺されましたが、この警察署では虐殺80人、拷問による獄死114人、病気による獄死は1503人にのぼっています。多喜二虐殺の主犯である警視庁特高課長・安部源基、直接に拷問した特高課長・毛利基、警部・中川成夫、山県為三は戦後一切罪を問われることなく、安部源基はA級戦犯容疑で逮捕されましたが釈放され、右翼・新日本協議会を結成し、児玉誉士夫とともにCIA協力メンバーとして活動し、毛利基は共産党壊滅の功で勲五等旭日章を受け埼玉県警察部長を経て、東久邇首相から功績顕著の特別表彰を受けています。中川成夫は高輪警察署長、筑地警察署長を経て東京滝野川区長を務め、東映取締役興行部長で『警視庁物語』シリーズを全国上映し、東京北区教育委員長となりました。山県為三は岩田義道も虐殺しましたが、丸の内警察署長・東京府議会議員をへて、ビフテキ店「スエヒロ」を開業しています。これが殺人罪・特別公務員暴行陵辱罪を犯した戦前戦犯の日本型責任の取り方なのです。(2007/11/20 8:38)

第124夜:デユーラー『ネーデルランド旅日記』(岩波文庫 2007年)
 ドイツ北方ルネサンスの巨匠・デユーラーの旅日記である。1520年の夏に、50才の画家は年金支給の継続を求めて皇帝に請願するために、妻と侍女を伴いドイツからベルギーへの大旅行を敢行する。日記は、判を押したように、毎日の食事、税関の支払、購入品と価格などの出納簿である。各地で貴族や上層市民、教会関係者の歓待を受けつつ、ぶどう酒のプレゼント数も正確に記している。彼が欧州各地で圧倒的な盛名を得たいたことが分かる。旅行費は持参した絵を次々と売ったり贈ったりして稼いでいる。巨匠作家が意外と金銭に詳しい計算高い一面を持っていることに驚く。途中でエラスムスやルターが登場し、宗教改革・とルネサンスの激動期であったことが分かる。カソリックを越えでようとする勃興する上層市民階級の支持を得たキリスト教の人間化の芸術的表現としてデユーラーが時代の支持を得たことが分かる。(2007/11/17 8:44)

第123夜:Georges Lefebvre『FOULES REVOLUTIONNAIRES 革命的群衆』(岩波文庫 2007年)
 烏合の衆は歴史を動かす群衆に変貌するのは? 革命の心性はどう生まれるか? 個と集合の相互作用をを通じて日常の場に形成される集合心性から群衆を探る歴史学の古典ー解説から。盲目的付和雷同による破壊・犯罪の動物的群れとしての「群衆」、共通の理性的判断による諸個人の自覚的結合としての「群衆」の両極を排し、自然発生的でありながら独自の集団の特徴を見る。民衆の集団である群衆は集合的心性のレベルによって「集合体」(生活・生産)→「半意識的集合体」→「結集体」へと展開する。集合心性は日常の語らいからプロパガンダに到る心的相互作用によって形成される。革命に飛躍する集合心性は、不安と希望である。
 現在では集団心理学、社会史、行動心理学、社会集団論など精緻に展開されている群衆論の先駆的な書であり、いま隆盛を極めるフランス社会史学派の源流となる問題提起の論文である。講演記録の論文であるために、非常に理解しやすい。上部構造の文化や精神の世界が歴史をつくる独自の意義を持つとする点で意味があり、しかも民衆の心性に注目しているのが画期的だ。欧米の一揆・蜂起・革命は、なぜ日曜日か月曜日に発生するか(血の日曜日事件 集合的心性の形成場としての日曜ミサ)など面白い。日本で言えば社会の大変革の前年になぜ民衆舞踏の爆発が起こるか(ええじゃないか)などの解明につながる。(2007/11/16 8:59)

第122夜:『木村伊兵衛写真全集 昭和時代 第2巻(昭和20年ー29年)』(筑摩書房 昭和59年)
 敗戦直後の東京を中心にした日本の庶民の生活がリアルに活写されている。主観的想像を排した庶民の表情から当時の生活のストレートな匂いが立ちのぼる。それにしても敗戦直後に、こうした市井の生活をリアルに切り取るという感性と作業は、木村伊兵衛その人のものだ。しかしそこには戦後澎湃として起こった民主化運動の昂奮はなく、明らかに一線を画しているようだ。ここが土門拳との違いだろうか。私たちはこの2人の偉大な仕事なくして、戦後日本の風景を思い浮かべることはできないのだ。いま見つめていると、まるで江戸期か明治期の日本に接しているかのような、前時代的な風景が広がっている。ここから朝鮮特需を経てはなばなしい高度成長に向かうことなど信じられないほどだ。
 しかしヒューマニズムの視点から言えば、個の内面に迫る現代の手法からは隔たっている。表情のアップよりも街全体を視野に入れた人間の生活が浮き彫りになるようなショットであり、人間が個としては存在していない。これは人間観の時代的な差異を示している。いま木村伊兵衛や土門拳の仕事は発展的に継承されているのだろうか。いま日本には、木村・土門的なテーマは表象こそ違え劣等に蔓延している。ホームレス、非正規労働者、いじめ・・・・ありとあらゆる非人間的な末期の黙示録的世界が惨憺たる惨状を呈している。しかしそれを活写する写真家はいるのか。相変わらずソフトに洗練された花鳥風月を写してリアルな現実から目をそむけている。これは絵画、演劇、音楽あらゆるジャンルの芸術を通じて云えることだ。いまや芸術家は金を稼いで生きていかなければならない。あらゆるものが商品化され、物象化されている中で、ピュアーな告発型の表現は嫌がられ、暗いとけなされる。そこまで日本全体の感性が頽廃の極みにある。(2007/11/15 9:42)

第121夜:J.B.Priestley『AN INSPECTOR CALIS 夜の訪問者』(岩波文庫 2007年)
 ある自殺した娘をめぐる実業家一家の虚像を暴く一幕ものドラマ。速度ある展開によってブルジョアの仮面が次々の自己暴露されていく過程にカタルシスを覚える人もいるだろう。じつにイギリス的な冷笑的なまなざしのただよう戯曲です。ドラマそのものも息もつかせぬ展開で、しかも最後にはとどめを刺すような終幕となっている。イギリスの現代文学や思想がかなり社会主義思想の影響を受けていることが分かる。この戯曲は日本でも幾多の劇団によって今も上演されているらしい。わたしもずっと昔に見たかすかな記憶があるのですが、原作を読むことによって鮮やかによみがえりました。日本で言うと、芥川の羅生門のような虚栄を暴いていくシリアスでシニカルな物語と似ているように思います。ドイツやフランスのようなどろどろした濃厚な文学とは違う面白さがあります。(2007/11/14 16:38)

第120夜:丸山勇『ブッダの旅』(岩波新書 2007年)
 釈迦誕生から苦行を経て解脱と最後の入滅に到る全人生の足跡を取材した写真家の写真集です。文章はほとんど読む気にならないのですが、写真はブッダの人と思想の風土的背景をしのばせて非常に興味深い。祇園精舎・・・竹林精舎・・・ブッダガヤーなどの遺跡の活写は素晴らしい。ガンジス河をガンガー河と記しているのは、こちらが原語読みなのか。インドでは放浪が生活そのもののであり、また思想なのか。旅の病に果てに、「わたしは疲れた、横になりたい。もろもろの事象は過ぎ去るものだ。怠ることなく修業しなさい」という釈迦の最後の言葉は、いかにも含蓄がある。最後に私の知らない仏教学者の解説が載せられているが、古色蒼然、旧態依然たる解説で、これでは現代の救済思想の資格はない。(2007/11/14 7:52)

第119夜:ミラン・クンデラ『生は彼方に』(早川書房 1978年)
 クンデラは1919年にチェコスロヴァキアで生まれ、早くから詩作を始め、68年「プラハの春」以降jに大学の教職を追われ、フランスに亡命した作家で『存在の耐えられない軽さ』が有名。この作品は自分史と重なるような、ある詩人の生い立ちから死までを革命の激動の中で描く。ソ連型コミュニズムの陰惨な生活を描く反ソ文学のレベルを超えた人間観察と描写の筆致と、生き生きした文体は素晴らしい。ソ連支配下の市民生活が意外と伸び伸びと自由であり、放縦に近い男女関係にも驚いた。チェコで彼が作家たり得たのは、著名なピアニストを父に持つ文化的出自にある。おそらくこの作品は上質の反ソ文学として西欧に受容される商品価値を持っていたのであろう。作者の関心は、従ってシステムに翻弄される上層市民の生活にあり、いかんともし難い文化的階層意識がある。
 出発点においてはピュアーな未来意識を持って出発したはずの社会主義が、なぜかくも醜悪な全体主義に頽落したのかーについては多様な分析が可能だろうが、私は作者の次のような警告に非常に関心を抱いた。
 「1948年以降の祖国の共産主義革命のあいだ、私は恐怖政治の時代に叙情的な迷妄が果たす傑出した役割を理解した。”詩人が死刑執行人とともにに支配した”時代だ。抒情主義、抒情化、叙情的熱狂は全体主義の構成要素だ。外壁が詩句で覆われそもまえで踊る収容所。私はあらゆる叙情的誘惑から永遠に免疫になった。醒めて透徹したまなざしを激しく私は望んだ」・・・・これは日本の抒情が太平洋戦争期にどのような醜悪な姿を晒したかと共通した問題だ。そして現代でも。(2007/11/14 6:45)

第118夜:水内喜久男『いま、きみに いのちの詩を』(小学館 2000年)
 小学校の教師がこどもたちへのはげましの心を込めて、52人の詩人のアンソロジーとなっています。心を澄まして幼児の時期に戻った気持ちで、この詩集を読めば洗われるようなカタストロフィを味わうでしょう。私が最も印象に残った詩を掲げておきます。

  小さな質問  高階杞一

 すいーっ と 空から降りてきて
 水辺の
 草の
 葉先に止まると
 背筋をのばし
 その子は
 体ごと
 神さまにきいた

   なぜ ぼくはトンボなの?

 神さまは
 人間にはきこえない声で
 その
 トンボに言った

 ここに今
 君が必要だから

  ペンギンの子が生まれた 川崎洋

 ペンギンの子が生まれた

 父さんと母さん
 それぞれのおじいさんとおばあさん
 さらにはひいおじいさんとひいおばあさん
 ほんの二五代さかのぼただけで
 この子の両親を始めとする先祖の総計は
 六七一〇万八八六二羽になる

 そのうちどの一羽がかけても
 この子はこの世に
 現れなかった

 ペンギンの子が生まれた  
           (2007/11/11 10:28)

第117夜:現代詩文庫13『長田弘詩集』(思潮社 1968年)
 この詩人を理解することは、1960年安保闘争をめぐる時代思潮とそこで青春期を過ごした学生の精神生活を理解することになりますが、逆に言うと同時代でない人にとってはかなりの想像力を求められると言うことです。さらにいうと、この詩人が生き残るのは、60年代思潮を超えた普遍的な内容と表現を持ち得ているかにかかっています。残念ながら私はこの詩人はそのような普遍のレベルに達し得ていないと思います。それは彼の次の詩を読めば分かるのではないでしょうか。

 われら新鮮な詩人

 花冠もない 墓碑もない
 遊技に似た
 賢明な死を死んだ
 ぼくたちの青春の使者たちは もう
 強い匂いのする草と甲虫の蠢きを
 もちあげることができないだろう。
 (以下 略)
 ここにはいわゆる安保闘争の「挫折」と垂れ流された意識があります。ある目標が達成されないで撤退して転向する場合によく使われた合理化論ですが、この詩はそうした挫折心性をそれなりに「美しく」うたいあげていますが、未達成の目的を敗北後も追求していく動力にはなりません。わたしがもっとも印象強く残ったのは、かれの詩ではなく、エッセイに引用されているオーデンの詩ですが、長田氏自身がオーデンの道を選ぶことを期待したいと思います。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 飢え 非合法に活動し
 しかも無名のままに生きること
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
                 (2007/11/11 10:14)

第116夜:GOSTA ESPIG-ANDERSEN『Social Foundations of Postindustrial Economies ポスト工業経済の社会的基礎』(桜井書店 2000年)
 訳者後書きでの要約を引用します。
 資本主義が生み出す階級的分断と不平等を議会制民主主義が是正する方法として福祉国家がある。福祉国家分析は、@制度的アプローチ(民主的システム・構造が福祉国家をうみだす)A階級的動員アプローチ(社会的諸階級がそれぞれの政策を実現する闘争の効果的な機構)B階級的連合アプローチ(労働者階級と他のどの階級が連合を組むかで福祉国家の水準が決まる)の3つの分析方法があるが、筆者はBを主張する。同じ程度の階級動員をしながら国によって福祉水準が異なることが説明できる。
 階級的連合理論による福祉国家国際比較研究にすすむ。国際比較研究は第1世代(1980年以降)は社会支出諸指標(都市化、経済成長、人口構成など)をベースに国家支出による家庭福祉ニーズの充足度で福祉国家の成熟度を測る、第2世代(国家支出から離れて福祉サービスの質・普遍度・市民的権利度を問う)、第3世代(制度数量化による福祉国家累計分析)へと進んだ。アンデルセンンは、類型分析指標として脱商品化指標(市場メカニズムからの離脱度)・階層化指標(職種・階層による格差残存度)の2つにより、@自由主義モデルA社会民主主義モデルB保守主義モデルの3類型を抽出した。この類型は階級動員の違い、階級連合の政治構造(労組の性格、労組と政党関係など)、制度形成の歴史的経過(農民階級、労働階級、新中間層の関係)から生まれる。 福祉国家の将来展望はどうなるか。従来の伝統的階級構造がポスト工業社会においてどう変化するかによって決まる。標準生産労働者に家族賃金を保証する男性中心型階級構造から、共働き型ジェンダー賃金へ移行する。
 (コメント)
 BHSアプローチやアマルテイア・セン型人間開発については論じることなく、もっぱら西欧先進国中心の福祉国家アプローチである。さらに米ソ冷戦崩壊以降の市場原理型シカゴ学派のグローバル化と多国籍国際経済化による新自由主義の進展による福祉国家解体、超国境化(EU)による各国福祉の平準化とその矛盾は論じられていない。しかしアンデルセンから学ぶべきことは、福祉国家の階級論的分析とサービス社会化による階級構造変容を分析の基軸においている点である。(2007/11/11 9:54)

第115夜:キケロ『老年について』(岩波文庫 2004年)
 ローマ帝国の哲学政治家であったキケロが、大カトーに託して自らの人生観と老後観を縦横に語る。この叙述の時期は、シーザーの全盛期であり、キケロは政治の部tらいを追われ妻と離婚し娘を失うという絶望期にあったが、そのようなことはほとんど感じさせない。じつに伸び伸びとした威厳ある口調で、誠実と努力を刻み、自然とともにあれと若者に訴える。そこには日本的ないじけた斜に構える知性ではなく、実に堂々とした大人の風格のただよう語りである。おそらくローマの運命を賭けた数々の戦争を戦い抜き、名誉と栄光を手に入れた者の静かな晩年として老年期を語る。米国インデアンのあの叡智と威厳に満ちた表情は、部族の運命を一身に担うものの責任と誇りがにじみ出ているように感じるが、キケロにあっても同じである。しかもその読書量や研究熱の凄まじさは表現しがたい。人生の充実といったものの本質をため息混じりに味あわさせられる。(2007/11/8)

第114夜:サヴィンコフ『テロリスト群像(上)・(下)』(岩波現代文庫 2007年)
 第1次ロシア革命期にツアーリ専制に対する抵抗として戦われた社会革命党(エス・エル)の武装テロ部門である戦闘団の活動を詳細且つ、赤裸々に描く。作者は『青ざめた馬を見よ』で有名な詩人にしてテロ指揮者ロープシン、本名サヴィンコフである。メンバーは規約で10名を越えないとなっているから、選抜された極小陰謀集団である。彼らは互いの人間性をすべてさらけだしながら、兄弟以上の深い結びつきを持って使命を遂行する。その使命感や高揚感、不安感など劇的な心情が交錯する。裏切りには詳細な点検と調査が行われ、事実なら処刑される。内務大臣の暗殺からセルゲイ大公(ツアーリの叔父)の暗殺で上巻は終わる。テロリストがセルゲイに爆弾を投げる瞬間に目に入った、妻と娘の姿を見て投擲を中止する瞬間は圧巻である。当時のロシアの暴虐な専制下では、テロ(暗殺)は崇高な対抗手段として考えられ、民衆の潜在的支持を得ていることが分かる。最高指導層内部に2人のスパイが潜入するという痛ましい悪もある。第1次革命の成功によって議会制への移行がなると、テロ戦術は否定され戦闘団も解散する。21世紀の初頭にあるテロイメージと全く異なるテロの世界がある。最悪の方法ではあれ崇高な目的実現への行為として承認されていたのだ。いま市場経済に洗われるロシアでは、こうしたピュアーな時代があったことをどうふり返っているのだろうか。(2007/11/8)
 下巻はさまざまの暗殺計画の立案と失敗による組織内に生じた疑心暗鬼がつづられる。暗殺集団の必然的な時効崩壊の悲しみと哀れさがただよう。遂には最高責任者が警察のスパイであったことが暴露され、組織は致命的な打撃を受ける。SLは崩壊し社会民主党ボルシェヴィキ派が主導権を握る第2革命へと到る。作者サヴィンコフは、反革命白軍へと転じ数奇な運命を終える。下巻は漫画的な哀しみの書である。(2007/11/25 20:40)

第113夜:R.ハバード/M.ランダル『赤のかたち』(みすず書房 1993年)
 ナチの迫害を逃れて米国に亡命し、フェミニスト生物学者としてハーバードで教えるハバードと、ラテンアメリカで育ち今は米国で暮らす作家であるランダルが、偶然にニクワラガ革命後の出会い、交わされた2人の往復書簡集からなっている。互いにおのれの生い立ちから思想形成を述べあいながら、現代アメリカで赤=レッド(コミュニスト)と見なされながら生きる女性はどうであるのかを浮き彫りにしている。米国のアカデミーには意外と左翼の学者が多いのは、欧米からの亡命者がいることもあるが、アメリカ自身のリベラリズムを示すと評価されてきたが、その実体はそうは簡単でないことを示している。エジプトのエリート女性と同じように、米国での女性の社会的地位は本質的にジェンダーに規定されている。しかもそこに反資本主義的な思想が同伴すれば、じつは真綿で締めつけるような息苦しい抑圧に直面するのだ。エジプトはよりハードであるに過ぎない。(2007/11/7)

第112夜:ナワル・エル・サーダウイ『あるフェミニストの告白』(未来社 1989年)
 私は初めてエジプトの女流作家の作品を読んだ。著者はカイロ大学からコロンビア大学を経て政府保険局長を歴任した医師である。イスラム教義と強固な慣習のもとで、イスラム圏の女性がどのような抑圧を生きていかなければならないかを自伝風に描いている。クリトリスを除去する女子割礼の辛酸は凄いものであるらしい。この作品は彼女の処女作であり、相当の検閲を受けた後で公開され賛否両論の嵐を呼んだ。彼女のイスラム批判は鋭く、投獄を経て医師から作家へと転進している。彼女のような自立した人間としての道を歩める女性は極小であり、それは彼女の知識と社会的地位の条件なしにはありえないが、彼女は地位を捨てて表現を選んだ。フェミニストというよりは、奴隷からの解放にふさわしい実態だ。しかし多くの女性はイスラムの女性教義を受け入れて生活している。これを単なる野蛮というのはあまりに文化の力を知らなさすぎる。欧米的な尺度でイスラムを裁断しても何の有効性もない。作者はそうした点をどう考えているのだろうか。(2007/11/7)

第111夜:ロバート・ダーントン『猫の大虐殺』(岩波現代文庫 2007年)
 いわゆる社会史的手法で歴史的時代の民衆の心性に迫ろうとするすこぶる面白い書である。民話の残虐さの裏にある民衆心理、パリの場末での猫の大虐殺という民衆行動の心理、ある書誌家の書籍注文目録から読書の時代的特徴を探る、パリ市警察の作家リストの身上調書からフランス文学の特徴を探るなど・・・・興味津々の手法でフランス革命前期の民衆の心性が浮き彫りとなってくる。(2007/11/5)

第110夜:Jphann Karl Friedrich Rosenkranz『Asthetik des Hablichen 醜の美学』(未知谷 2007年)
 美の考察に対して、醜の考察は美学史上では徹底して排除され軽蔑されてきた。ヘーゲル伝で著名なヘーゲル学者であるローゼンクランツは、はじめて美に対抗する醜の世界を体系化しようとした。ヘーゲル自身が醜を排除したにもかかわらず。これが1853年という産業革命の進展による都市工業化によって、従来の真・善・美のパラダイムがゆらいだからに他ならない。彼は美の対極に滑稽を置き、その中間に醜の相対的世界を位置づけようとするが、私はどうも「滑稽」概念がよく分からない。美の対極はやはり醜ではないのだろうか。現代のポスト・モダンではこうした2項対立自体を冷笑するだろうが。しかし私の醜体験では、醜そのものに美に反転する要素があるように思う。或いは美そのものにも醜に反転する要素があるように思う。イエスの十字架の処刑の無残や、浜田知明の世界は、一見すると醜そのものであるが、そのグロテスクな真を通して感動が伝わってくる(これは銅板画の美の世界を描いたのではないか)。
 ローゼンクランツの論考では、市民社会の光と影の問題として、美と醜を追求するのではなく、産業革命による労働者の悲惨と都市化による人間の牧歌的生活の喪失として生まれる人間のあらゆる醜さを描いている。彼は滑稽は醜を経て美に向かうものとし、醜そのものを美の副次的な対立物と見ているが、そうではなく美醜は互いに闘争しあう対立物としては対等なのであり、美が上位概念ではない。我々はいつでもアウシュヴィッツになり得るのだ。世界は美醜の弁証法的な闘争の世界にあり、互いにせめぎ合いながら高次化していくのではないか。洗練された美、洗練された醜といったふうに。(2007/11/3 9:10)

第109夜:谷川 渥「<美>学講義」(『武蔵野美術』No.114 1999年)
 この論考は美学評論雑誌に掲載されたインタビュー形式のものであり、現代美学思想の一つの典型を示していると思い紹介します。

 美学と倫理学は哲学の2つの弱点である(ヴァレリー)
 「美学」 18世紀半ばバウムガルテン アイステーシス(感覚・感性 ギリシャ語)から「アイステテイカAesthetica」(感性学 ラテン語)の造語 中江兆民「美学」と邦訳(@+A+B)
  @理性&感性の西欧概念 感動体験は学的考察の対象として可能か
  A漢字としての「美」 「羊」+「大」 宗教的犠牲獣としての「羊」 義、善などのように「羊」は何らかの超越的意味を持つ また「美味」などのような味覚用語
  Bうつくし(訓) 日本語の慈しむ感情
 美は客観的存在なのか、主観的感性なのか
 カント 
  趣味論としての美学 ギリシャ以来の高級感覚=美(視覚、聴覚)、低級感覚(触覚、味覚)から味覚の復権としての趣味論(趣味判断=美の判断力))
  主観的悟性と構想力の戯れとしての美的共通感覚(個別主観でありながら普遍性を持つ美意識)
  一切の欲望、目的を排除した純粋な無関心性
  <無関心性としての自由美=自然>と<目的を含む付属美=人工物、徳という目的に向かう人間>
 シラー カント批判
  美は人間にしかない「美しい魂」(理性と感性が一致している状態 しなければならないことが同時にしたいことである状態)としての人間の美学
 ヘーゲル
  理念の感覚的現象としての美(カント趣味判断の否定) 理念と現象形態の統合(象徴的芸術様式=統合の模索→古典的芸術様式統合と調和→ロマン的芸術様式=統合の超克による内面化)
 ショーペンハウアー
  「見えざる意志」(世界と人間の自由意志をを突き動かしている生命意志 自殺のみが真の自由意志))
  芸術のヒエラルヒー(建築→彫刻→絵画→詩→音楽 じょじょに軽くなって物質から解放される過程 鉱物→植物→動物→人間という世界構造の反映)) 最高芸術としての音楽(意志そのものの直接の客観化)は世界の構造を表現し、人間を見えざる意志から解放する(『意志と表象としての世界』)
 ニーチェ
  デイオニソス(半狂乱の陶酔原理 自他の融合)によるアポロン(見る=距離原理 自他の対立)の超克 デイオニソスとアポロンの調和としてのとしての芸術

 「崇高」
 カント 形式を越えた無限定性=自然体験 数学的崇高(大きさとしての自然) 力学的崇高(暴虐としての自然) 限定された形式としての芸術
 リオタール 四角い枠としてのキャンバスに収まりきれない存在 提示できないものを提示する
 ヴォリンガー『抽象と感情移入』
  何かを表現する時の2種類の方向性 @感情移入(人間と外界が調和している時の外界の反映) A抽象(人間と外界が敵対している時の反映拒否)
  美しい花をそのまま描いた絵は決して美しくない 絵画の距離化=自己言及=自己批判 美は向こうからやってくる襲来性 他者性の個別への侵入(内なるものである他)

 (コメント)
 谷川氏は著名な現代美学者だそうですが、昨夜の中井正一氏の論考と較べて、すぐにそのスタイルに違いにお気づきでしょう。谷川氏は、知識として西欧美学史を論述しているに過ぎなく、自らの美的体験と理論構成をヴィヴィッドに述べるということがありません。これではアカデミズム美学の研究紀要ではありえても、実践する芸術家の表現活動を刺激することはありません。さらに彼の西欧中心思想は覆いがたく、オリエンタリズム美学のなかに沈殿しています。これでは日本美学史と西欧美学を交響させる独自の日本美学の創出は不可能です。独創なき理論は有効性を持たないということは、特に美の世界では決定的です。彼の美学理論は唯美主義理論の現代版に他なりません。(2007/11/1 12:40)

第108夜:中井正一『中井正一評論集』(長田弘編 岩波文庫 1995年)
 絵を描き始めてから、幾つかの芸術論や美学書を読みましたが、この中井氏の著書は新鮮で独創的な文体で、引きこまれました。戦後直後に書かれた評論は、ドキドキするような精彩ある日本語が駆使されて、直感的な観察と考察の鋭さは、従来の日本の美学・芸術アカデミズムの枠をはるかに超えているように思えます。自由な思考とはこのようなものなのかーと圧倒されるような迫力を覚えました。戦後思想界でいえば、『思想の科学』のスタイルに近いでしょうか。改めて自分の頭脳で語り、独創を切り開かねばならないという射手のような方法と、時代が私に訴えている問題をどのように繋ぐかということです。編者の長田弘氏はあの詩人の人でしょうか、だとすれば中井正一氏の思索は哲学プロパーの領域を越えて、広く衝撃を与えたのでしょう。さて私のもっとも興味ある「美学入門」の概要を原文を生かして紹介し(一部筆者修正)、感想を記したいと思います。

  美学入門
   第1部 美学とは
    1美とは何であるか
  自然の美   
 これがほんとうに自分の姿であったのかと、自分自身にめぐり合ったようなこころもちになる、死んでも守らなければならない自分を発見する
  技術の美(道具、建築、スポーツなど)
 人間がつくりだした新たな法則と、創造として発展させていく・・・20万年という人間の長い歴史が、なにかいじらしいような気持ちになってくる・・・宇宙は何も知らないのに、人間は宇宙の秩序を一人一人自分の中に写し取る
  芸術の美
 何かに用立てるというものを離れて、ただ美そのものを求めて、新たな秩序を創造してみたいと考え始める時に芸術の世界が創られる・・・多くの人が一度もほんとうの自分に巡り会わないで死んでいく、芸術家だけはどんなに貧乏でも、ほんとうの自分にめぐりあって死んでいく・・・たいていの素人は芸を習い始めて面白くてたまらない3年が過ぎて表芸に入り、自分のクセ(マニエール)を責めて一つの風格に達する・・・そこには芸の鬼が住み、しびれるような凄みのある喜び(醍醐味)という世界がある・・・そこは自然と技術の美を越えた飛躍した世界がある
    2芸術は何であるか
 芸術の世界では自分が自分自身を追い抜く引き締まった、息を呑む瞬間がある、ダンテの『神曲』のように、自分が、切られた自分の首を提灯にして、足下を垂らして歩く薄気味悪い人間・・・世界にこんなに美しいものがあるのかという第1の誕生に続いて、人間はこんなに愚劣であったのかという第2の誕生、この時に人はほんとうの人生を知ったと言うべきであり、その時に芸術家の作風がしっかりとしたものになる・・・・ほんとうの自分によって切り捨てられる自分に戦慄するのである・・・・訣別する時に初めてほんとうに出会えるのだ、この巨大な愚劣に、微笑み、生き耐えるために大同の石仏は彫られた・・・
    3芸術の姿
 追っている自分と、追われている自分が、ピタリと一つになるような瞬間、そこに新しい美が生まれる・・・一人の帝王の墓場をつくるために、数万人の奴隷と奴隷である芸術家が、王朝の巨大な力の中で生き、一生を費やし、一つ間違えば自分の上に落ちてくる鞭への恐れを表現したのがピラミッドに他ならない・・・同じ奴隷制でも土地と民族でその哀しみの味わい、悲しみに耐える耐え方がいろいろの姿をもってくる・・・2人の子どもに抱きつかれながら口をかすかに開けているラオコーンの口が、うめき声をあげているのかいないのかについて論争がある・・・重さに深く耐える「、深いあきらめの魂の思想・・・
 同じ地平線を重さを耐えて、耐えきった涯の最後の線としてギリシャ人は考え、出発の地平としてヘブライ人は考えた・・・自分が「今」「ここに」ほんとうに生き、「あっと」叫び声を挙げるような生命にめぐり合う、それがどんなに悲しい時であれ、どんなに怒りに満ちた時であれ、ひしひしと「生きている」と、自分が自分の生命に驚きの声を挙げる時のみ、人間は「自由」「命令し得る」と言い切れる、自分の生命に向かってこの生命を亡くしてもいいんだと自分に言い聞かす時に、人間は「かく光あれ」と命令できる、そんな高ぶったいのち、高揚した自分をいつつかめるだろう・・・その信念のためなら、「自分に死ね」と云えなくては本物ではない。ぐずぐずと人の悪口を言ったり、何か死んだ魚のようなうるんだまなざしで、人の世を見ているのかと思えてくる・・・本当のものなることは鋭く払い捨て脱落し、脱走する切実なものがある、深く切実な一身の集中によって、こころの飾りを振り捨て、深い沈潜となり、人生の寂しいまでの奥底を見せる
    6映画の時間
 聖なる一回性・・人びとは歴史そのもの、真実そのものが孤独であることを感じる瞬間・・・聖なる一回性としての厳粛性、泡沫のような現象も常に歴史的本質の表現なのだ・・・自分が立っているところからながめやる永遠の一点に向かって、全世界が遠くなるほどの小さな集中された視野の体系として世界があることの発見が遠近法・・・ムンクの寂寥から始まってシュール・レアリズムに到るまで世界は確固とした自らの観点を喪った、利潤機能は人間そのものを無法校たらしめ、人間の生活そのものの危機への嗟嘆がその根底に横たわっている

   第2部 美術の歴史
 芸術否定論者としてのプラトン
 その1はイデアの影としての現実をさらに模写する認識論的二次性
 その2は芸術は理知ではなく感覚に訴える下等な身体部分
 その3は喜怒哀楽は中庸を遠ざける、感情に動かされる人間は高次の人ではない
 芸術肯定論者としてのアリストテレス
 その1は影の模写は本能であり軽蔑すべきでない、模写はある普遍を写す
 その2は感覚、喜怒哀楽はカタルシスによるこころの純化、浄化をもたらす
 プラトン、アリストテレスともに芸術を「模写」「模倣」の技術ととらえる、中世封建は第1原因から無限階段のヒエラルヒーの世界像(現在は象徴主義、古典主義)
 近代的芸術観は
 その1に創造の美、第2に無用の美、芸術のための芸術、第3に奴隷の技術ではなく天才の自由な創造、勃興期の市民主義は封建制を打破するに「独創」「天才」「唯美」という「自由」三色旗であった
 その2に同時に近代は行動の無力、意識の過剰、」自己への深い不安をもたらした
 感情論は第1期奴隷制では知情意を身分的ヒエラルヒーとみなし、美は自然と神をつなぐ媒介者とみなした・・・ルネサンス期に天才が感情を知を越えたものとし、カントによって感性は悟性・理性と初めて並んだ・・・現代美学は感情の独裁による芸術のための芸術、美の自律性の危機、アナーキーななんでも「いやだいやだ」という否定の感情(シュール・レアリズム)、存在すべてへの否定、狂える対抗意識(ダダ)、永久革命説に近い分裂した意識、意識の過剰
 感情は「理想」とそれに隷従する「自然」の中間にある「人間」の世界であり、そこに芸術の世界があるという考えが奴隷制から中世封建の千年を支配した
 自分から抜け出したい自分の弱さにあきあきし、しかも脱出できない嘆き、これが現代のほんとうの自我である、現代の不安、シュール・レアリズムの底をこれが流れている・・「はっ」と思うような美しい瞬間
 芸術的存在とは
 1自然(可能としての、現実としての、生命としての)
 2技術(宇宙の姿を自分の中に写し取る、創造の自由としての文化)
 3芸術(自由の上にもさらに自由な世界)
 芸術家は小鳥のように嵐が近づくのを羽根を通して知っている・・・現代の機械美の出現とともに芸術理論は根底から覆され、個人主義は終焉する・・これが現代の課題だ


 20世紀半ばに日本で書かれた美学論の最良の到達点があるように思う。しかし西欧芸術中心、辺境芸術への無関心、さらには拭いがたい唯美主義の傾向、鑑賞芸術の不在等々指摘すべき点はあるだろうが、その思索の真摯さと直観の鋭さにおいて今も直お新鮮に聞こえます。それは流行思想とメデイア市場戦略に翻弄される芸術表現のうつろな輝きの虚偽を射抜いているからだと思います。現代美術評論の衒学的な表現操作のうそっぽさが浮き彫りとなります。(2007/10/29 19:11)

第107夜:蔵原惟人『芸術書簡ー獄中からの手紙』(青木書店 1975年)
 著者の名前を知っている人はもはや少ないのでしょうか。日本のプロレタリア芸術運動の「輝かしい」理論的指導者として活動し、1932年に治安維持法違反で逮捕され、1940年に刑期を終えて出所した著者の8年半に30歳代のほぼすべてを占める獄中生活の手紙160通を収録しています。私が本書を読んだ理由は、最近油彩画を初めて芸術論を勉強し始めたからです。著者の芸術論は、現在ではほとんど無視されている、マルクス主義反映論に依拠した芸術論であり、私はこれらの歴史的業績を無視することはできないと感じたからです。厳しい獄中生活にあって、手紙は検閲を前提にして書かれますから、獄中の辛酸な実態は書かれることはありません。激しい拷問によって歩くことさえ困難になった著者の状況は、この手紙には一切ありません。衆院議員・蔵原惟郭を父に、北里柴三郎を叔父に持つ(これは初めて知った!)著者は、あくまで当時の日本知識人の典型です。手紙のほとんどは、学術書の差し入れの注文と、その読後感によって占められています。当時の抵抗運動に参画して自らを犠牲にした知識人の誠実さがモロに伝わってきます。昨今の曖昧模糊とした流行思想に狂奔する現代の日本知識人の浅薄さを思い知らされます。なにかここには、儒教的なモラリテイさえただよっています。ただし本書には著者の芸術論は本格的に叙述されてはいません。これは獄中書簡の限界であって、著者の責任ではありません。しかし手紙の宛先人として登場する人物は、松本正雄、立野信之、川口浩、山田清三郎、新島繁、上野壮夫など当時の文化運動の中心メンバーです。私が想いをいたすのは、当時のマルクス主義者が決して偏狭なイデオロギー信仰ではなく、歴史的古典の知の蓄積を吸収しようとする姿勢です。ポスト・モダンや構築主義、脱構築などの現代流行思想に一喜一憂して、自らの体系を構築しない現代思想の底の浅さを深く自覚します。同時に日本マルクス主義の歴史的限界も冷厳に見つめざるを得ません。(2007/10/25 19:10)

第106夜:HANNAH ARENDT『Resposibility and Judgment責任と判断』(筑摩書房 2007年)
 本書はおそらくアレントの邦訳では最も新しいものでしょう。「責任と判断」という最も魅力的且つ刺激的テーマを彼女がどう語るのかー興味を持った次第です。アメリカ移住後の彼女の講演とエッセーから編集されています。概念用語を論理的に構築していく哲学論文ではなく、講演やエッセイというスタイルで展開されるので分かりやすく又思考の進め方がストレートに入ってきます。ここには西欧的知性の典型的なモデルがあり、またユダヤ人という出自の歴史的体験を基礎とする彼女の独特の分析力が感じられます。「大きな物語」から演繹的に語るのではなく、生活と体験の基礎から離れないで、状況の本質を分析していく知的誠実さにうたれます。歴史の教訓に頼ることで未来を見分けるアナロジックな思考の有効性を否定し、ナチズムとソ連型社会主義を全体主義の同根と論じ、アメリカ建国の理念を無条件に賛美する論理には疑問を抱きますが、私たちがあらゆる権威や権力の呪縛から独立して自らの思索を推進する個の思考を第1義的とする主張には学ぶべきものがあります。日本の多くの思想論文と違って、権威の引用に依拠せず、自らの思索を深めていく内容には、背後に恐るべき知の蓄積と過去の思想を現代によみがえらせる力を感じました。彼女の思索の展開を見ていると、ギリシャ古典以来の西欧思想の分厚い蓄積に圧倒されます。しかし彼女には、非西欧的な世界の思想にはさしたる関心はないのか、あまり触れられることはありません。
 現代は考えようとしない人間の悪の凡庸さによって悪が蔓延しているのだーとする彼女の有名な<悪の凡庸さ>は、この日本のあらゆる分野にひろがっている病理といえます。良心はカント的な定言命令ではなく、思考の自由と意思の問題なのだーという主張は、個の主体的な価値判断として意志される差異の問題なのです。従って、彼女の論理には、人間を社会的諸関係のアンサンブルとみるマルクス的な人間本質論はありません。アレントとマルクスをどう架橋するかが問われていると思います。それはあのアイヒマン自身が自らの行為をカントの定言命令によって弁護していることにみられます。とにもかくにも、読者はこの本を読みながら、アレントとともに並んで、独立した知的思索の作業を一緒になって深めていくような同時体験を味わうことができます。(2007/10/22 19:36)

第105夜:ユルゲン・ハーバーマス、ジャック・デリダ『テロルの時代と哲学の使命』(岩波書店 2004年)
 原題は「テロルの時代における哲学」ですから、この訳書の題名は誇大ですが、わたし自身はこの「使命」に誘引されて手にしたのですから、わたし自身もセンセーショナリズムに巻き込まれたのです。なにしろ著者が現代哲学を代表する高名な名前なのですから、一見しただけで興味を抱いたのです。ハーバーマスの京都賞受賞時に受賞記念講演を京都国際会議場で聞いたのですが、インテレクチュアルの繊細な感じが漂う人でした。吃音の性癖で子ども時代にいじめられた体験を語り、そこだけが妙に印象に残っています。
 さてハーバーマスは、近代を未完のプロジェクトとして、現代の国家と資本による生活世界の浸蝕を公共圏のコミュニケーションによって対抗しようとし、デリダは近代自体のもつ概念を再審する脱構築理論で知られますが、この書は9.11の直後に行われたニューヨークでの同時並行的な対談によっています。論点は、テロリズムと通常犯罪、国家テロはあるか、テロと戦争は区別できるか、国家以外に対して宣戦布告できるかーなどアクチュアルな問題をテロ概念そのもの再審から、民主政府の過剰反応を警戒し(ハーバーマス)、デリダはテロ概念の脱構築を主張する。これらの問題は、彼らが初めて提起したというより、他の論者が今まで問題としてきたことであり、さして新しい視点ではない。
 私が痛感することは、両者とも西欧的なパラダイムの枠内で論じ、イスラム原理主義への内在的批判が及んでいないことにあります。イスラム原理主義のテロリズムの背後にある非西欧世界に対するルサンチマンと文化の意味を分析しきれない限界があるような気がします。従って究極の選択として、両者ともに西欧的パラダイムの可能性に出口を見いだそうとするのです。どのような難解且つ深遠に見える哲学的思考も、9.11のようなリアルで生々しい既成概念を越える事実に直面した時に、ごくごく平凡な市民社会の原理に立ち戻るのだなーと思いました。要するに9・11であれ、何であれ権威思想への依存的思考では駄目なのだとー今さらながら知らされたことに、本書の意味がありました。(2007/10/12 19:46)

第104夜:ピエール・ガスカール『死者の時』(岩波文庫 2007年)
 この文庫版が出るまで、私は作者を知りませんでした。1916年生まれのフランス人作家は、第2次大戦に従軍してドイツ軍捕虜となり、2度の脱走を経て辺境のポーランド収容所で、墓掘り人夫として働きました。この作品は、彼の収容所生活を描いた自伝的な中編です。私は、第2次大戦中の仏軍兵士の捕虜生活をテーマとする作品を初めて読みました。声高に反戦やレジスタンスを歌うのではなく、淡々と収容と強制労働の過程で出会ったユダヤ人移送や反ナチ独軍兵、収容所犠牲者の埋葬をリアルで即物的な筆致で描きます。しかし単なるリアリズムではなく、いつのまにかシュールな世界と交錯させる方法は、読む人を知らず知らずのうちに主人公に自己同一化させる効果をもち、同時に冷ややかに凝視している第3者のまなざしを感じさせます。さすがにフランス的な突き放したような香りが漂う表現は、フランス文学の伝統を伝えています。そして読む人に、深いところでナチズムに侵されて動物に貶められた人間の悲哀が滲み通るように沈潜していきます。(2007/10/2 7:52)

第103夜:画集・浜田知明『よみがえる風景』(求龍堂 2007年)、『浜田知明作品集』(現代美術社 1982年)
 どのような形容も越えた陰惨で恐ろしい絵が目の前を過ぎていく。ナイーブな画家の感性が、苛烈な軍隊生活と戦場体験のなかで激しい衝撃を受け、もはやニヒリズムに近い非人間的な作品群が並んでいる。画家の感性に刻印された戦争の痛々しいトラウマは、現代風に言えばPTSDの精神風景だ。彼はそれを描くことによって、むしろ神経の正常をギリギリで維持しているかのような緊迫感がある。戦争を賛美した戦意高揚画を描いた藤田嗣治は、真正面から浜田の絵を観る義務があるように思う。シベリア抑留体験をベースにした香月泰男の作品は被害体験の哀しみであるが、浜田は正面から日本軍の残虐な加害性を描いている。仰向けに倒れた女性の性器に木の棒が射しこまれている絵は、グロテスクギリギリで芸術性に踏みとどまっているような感じだ。私はこの浜田の存在を通して、戦時期日本の画家の精神が危うく救われているような気がする。(2007/9/24 13:58)

第102夜:手塚治虫『戦争漫画傑作選T・U』(祥伝社新書 2007年)
 日本漫画界の最高峰といわれる手塚治虫は生涯に15万頁に上る作品を残していますが、本書は彼の『戦争』をテーマとした作品のアンソロジーです。Tが7作品、Uで10作品を所収しいずれも短編ですので非常に読みやすいものでした。これらの作品を読むと、彼が青少年期であった太平洋戦争期の悲惨な体験が作画の原点にあることがよく分かります。彼の気高いヒューマンさと作画技術の高水準に圧倒されました。私は、手塚と白土三平はよく読み、それ以外の作品はほとんど漫画を読まないのですが、このアンソロジーを読み返して、漫画の「芸術性」を再確認し、再評価したい気持ちが起こってきました。手塚の作品を読むと、現代の日本から失われてしまった戦後ヒューマニズムの高潔な精神の在処を痛感致します。そして現代日本の精神的文化水準がいかに頽廃に向かって転げ落ちているかということを知らされます。それにも増して、思想を表現する作画技術の高さにも驚かされます。思想と瞬間的な感情表現をリアルに切り取って表現する技術は、油彩を始めた私の能力のなさを打ちのめすレベルです。確かに時代の違いにから来る差別表現の使用やストーリー展開の無理もありますが、それは時代的制約であって彼の責任ではないと思います。作品群が1970年代から1990年代であるのも驚きです。こうしたドラマテックなストーリとリアルな作画によって、彼は日本漫画史上希有の位置を占めています。(2007/9/18 8:22)

第101夜:ナデイン・ゴーデイマ『戦士の抱擁』(晶文社 1985年)
 作者はノーベル文学賞を得た南アフリカの白人女性作家であり、アパルトヘイト下の南アの状況をリアルに描いています。張りつめた弾圧と抵抗の時代を、感情を交えない乾いた筆致で冷たく監察的に描いています。そこには安易なヒューマニズムはなく、突き放したようなリアリズムの手法がかえって差別の実相をうがっているようにみえます。抵抗運動と部族社会の風土的なアフリカ的なイメージが伝わってきます。わたしが残念なことは、そこに黒人のマグマのように蓄積したルサンチマンを黒人自身の手によって表現するのではなく、あくまでも支配白人の側に属する白人女性の手によって描かれていることです。非抑圧者が自らの表現者を持てず、支配者側の良心派が代弁するという、なんとも無残な非抑圧者側の文化の限界と問題性を感じるのです。しかもそのような、白人の良心の痛みを救済するような意味を客観的に持っている文学をノーベル賞とする西欧社会の「文化優位」の問題なのです。おそらくゴーデイマの文学は、必ずや現地黒人の知識層の形成の中で乗り越えられていくでしょう。そのような問題を覚えながらも、南アフリカのかっての体制下の状況の一端がうかがわれ、その意味では大変に勉強になりました。(2007/9/12 22:00)

第100夜:山崎淑子『ブランコ ヴケリッチ 獄中からの手紙』(未知谷 2005年)
 本書は太平洋戦争開戦前夜の1941年に、日本の国家機密をコミンテルンに流したゾルゲ事件の5人のメンバーの1人として無期懲役で敗戦直前に網走刑務所で獄死したクロアチア人ジャーナリストが、日本人妻である山崎淑子との間に交わされた獄中往復書簡集と淑子氏の手記で編集されている。ヴケリッチは6カ国語を駆使する天才的な頭脳の持ち主であり、機微にあふれた日本のニュースを欧米新聞に寄稿している。いかに当時のコミュニストが優秀な知識人を吸収し、知的活動にすぐれた若者がコミュニズムに魅力を感じて献身的活動をしたかがうかがわれる。2人の純愛と日本人の妻があらゆる迫害に耐えて、亡き夫の思想を共有したかもこころうつものがある。コミュニズムが当時持った青春性を実感する。ヴケリッチは獄中生活開始と同時に、検閲を考慮して本格的な日本語学習を始め、ほぼ完全にマスターして妻に手紙を送っている。その日本文字は日本人すら驚くほどの達筆である。スターリン体制の反ファッシズムの側面に全面協力していのちを捧げた無数の人びとがいたことは、スターリン主義の闇の部分が明らかになると反比例して無残な気持ちにさせる。山崎淑子は思想的には全くの無色であったが、夫の生活の中で反戦の思想を自らの心情として献身し、ただ単なる夫への献身に留まらなかった点が見事である。
 私が最も興味をいだいたのは、ヴケリッチが欧州新聞に送った記事の中で、満州事変以降の日本の民衆のナショナリズムに対して、「貴族コミュニズム」という上流階級の中でのコミュニズム浸透を指摘している点である。ある程度の生活水準を持ち、知的活動の可能性があった上層階級に良心的反戦思想が拡がり、生活が苦しい下層階級にむしろ戦争待望論と排外主義的なショービニズムが蔓延していったことだ。これは現代日本の状況と酷似しているではないか。生活の不安にあえいでいる若者層が小泉・安部を支持している状況である。これこそあの時代と変わらない日本的状況であり、またあらゆる国のファッシズム状況の本質である。現在の米国の対テロ戦争に熱狂している層も、意外と若者に多い(フランスを除いて)。(2007/9/13 00:20)
 
第99夜:デイドロ『絵画について』(岩波文庫 2005年)
 フランス啓蒙主義の代表的思想家・デイドロの絵画論とは、いったいどのようなものか興味をいだいた。彼の生きた時代は、いままで「手の労働(肉体労働)」として蔑視されていた造形芸術(絵画、彫刻、建築)が「頭の仕事」として、それまでの唯一の芸術であった「詩」と同等の地位に上昇し、近代的な芸術概念が確立するという画期的な時代だ。それまで絵画論はギルド的な職人技術として語られることはあっても、美の認識として哲学的に語られることはなかった。ダ・ヴィンチ以降はじめてデイドロは絵画を哲学としてみたのだ。以上は解説の要約。
 この書では絵画の考察をデッサン、色彩、明暗法、表情、構成、建築、マニエールの領域に分けておこなっている。これらの諸要素は現代絵画でも同じだ。デイドロは、それまでのギルド的な工房の職人養成ではなく、美術家養成として出現し始めたアカデミーの養成課程を鋭く批判する。アカデミーでは目をつけた子どもを7才ぐらいからデッサンを仕込み、次に自然の描写や人物像へと進む。彼がプロのモデルを使うデッサンを軽蔑し、実際に社会にあって生きている人間群像をデッサンしなければダメだと激しく避難しているのは非常に面白かった。美術の自立とともに、サロン(展覧会)という形式での発表が始まり、市民が自由に鑑賞できるようになった時代で、デイドロはサロンの作品を厳しく批判しつつ、絵画美の本質を自然の模倣と規定します。彼の絵画論が美学理論として歴史的に占める位置と評価は知りませんが、とにかく自由奔放に批評しているその文体には驚きました。(2007/9/7 11:02)

第98夜(1):G.W.F.ヘーゲル『イエーナ体系構想』(法政大学出版局 1999年)
 第1回(2007年9月3日):ヘーゲルがはじめて大学で講義をするためにそのまま読みあげるつもりで書いた草稿であり、初期ヘーゲルの学的デビュー作と云える本書は、その後のヘーゲル体系の萌芽があります。最近参加したあるヘーゲル研究会のテキストとして使用されました。彼の緻密な論理の組立がヴィヴィッドにうかがえて刺激的です。内容についてコメントするのは力量不足なので、これは書評と言うよりも、今後の研究会の進展の中で感想を記していきたいと思います。従って98夜は連載となりますのでよろしく。
 第2回(2007年10月11日)
 Seibstandighkeit(自立) 他者との関係を断ち切って独立すること(従来型自立)から、他者との関係性の展開から誘発される自己存在の質的進展(関係的自立)
  自己の外部としての他者→他者の他者としての自己→依存的自立の展開
  内なる他者の形成(可視と不可視の重層的相互関係の深化)
 市場原理主義型自立ー他者との相互関係的自己形成の拒否(競争的自立、自己責任論)→反共同型自立(いじめ、荒れ)
  ハイエク型自立論 社会などはなくあるのは個人・家族・市場のみ→設計主義の否定による自立的秩序(資源配分の最適化)

第97夜:坂口謹一郎『日本の酒』(岩波文庫 2007年)
 こうした本が岩波文庫に入るとは・・・とある種の感慨があります。岩波文庫創刊の辞にある「万人の必読すべき真に古典的価値ある書」なのだろうかーはおいて、最近の岩波は民俗・世相関係の分野に非常に力を入れているように思う。私はその方向を否定も肯定もしない。それは岩波文庫が欧米「古典」のジャンルをほぼカバーしてしまったために、新分野開発の試行に他ならないからだ。
 さてこの書は酒博士が日本酒についての蘊蓄を傾けた概説書であり、醸造学者の学問臭はなく、好事家として酒をめぐる森羅万象をエッセイ風に記している。私が最も印象に残ったのは、その国の酒の製造水準はその国の文化・文明の発達水準を象徴的に示しているということであり、そして日本酒が醸造酒の中では蒸留酒に匹敵するアルコール濃度の高い繊細な酒であるという点です。
 若い頃は毎晩浴びるように酒を飲み、いつも深夜12時を過ぎての帰宅でしたが、肝炎をやってから酒を自制し始めました。そして最近は日本酒はほとんど飲まなくなってしまい、ビール1杯、ブランデー少々というのが私の毎日の定番ですが、この書を読んで日本酒への嗜好をまた少し刺激されました。ただこの書は著者も指摘しているように、日本酒をめぐる社会的事象の叙述よりも技術分野に関心を集中させています。日本酒製造の社会的・経済的な構造の問題や歴史、文化論など他の誰かが描いて欲しいものです。残暑厳しい8月の末に気楽に読むことができました。(2007/8/28 8:29)

第96夜:諏訪哲史『アサッテの人』(『文藝春秋』07年9月号)
 芥川賞作品などほとんど読まなくなって久しいのですが、今回は読んでみようと云う気になりました。それはすごく卑近な世俗的理由からで、作者の母親と私の妻が知り合いで、群像新人賞を取った時に電話してきて「読んでやってね」といわれ、また作者の高校時代の担任が私の友人で、同窓会での担任の一言が小説を再開する動機になったということなど、地縁・知縁関係がたまたまあったからです。
 日本の現代純文学の最前線とかいうものがいったいどんなものかーとのぞいてみる気持ちもありました。正直に言ってけっこう面白かったですが、一度読むともう一回読んでみようと云う気になれません。物語は疾走した叔父の心情を残された日記から探っていく、結構シリアスな哲学的テーマであり、私の知らない哲学者や詩人の名前がいっぱい登場していました。ピュアーな魂は現代社会の中で傷つき、生きていくことは難しいのだーというのが作者のテーマでしょうか。現在の30−40歳の若者が彼らなりに生きていることの意味を求めて彷徨している様がうかがえます。構成は入り組んだ入れ子の構造のようになっていて、ビックリマークや部屋の図などが挿入され、現代の小説作法も大きく変貌しつつあることも分かりました。
 でもなんだか世の若者たちが生きているリアルな現象の実相の事実のほんの一部を切り取っているようで、狭い玄人空間の職人世界のなかであがいているような感じはいつもの芥川賞作品と変わりません。選者たちの批評が掲載されていましたが、もっともひどいのは石原慎太郎で、彼はほとんど作品を読んでいないような一般論でしかありません。その他の選者の批評も、これほどに頽廃していく現代に対する危機感の表現が全くありません。文壇に君臨して安穏たる生活を手に入れた者の虚栄の権威性が滲んでいます。
 問題は作者の問題意識にあります。精神構造は意外と老成し、世の権威秩序にうまく適応していこうとする「よい子」の誉められたい意識が散見されます。受賞の辞や、夜にバーに行って選者たちと酒を飲む時など、ほとんど媚びへつらいに等しいことばをちょっとひねって云っています。小才はあるが、世界を描こうとする志はとっくに捨てているような気がします。(2007/8/27 8:50)

第95夜:中村義一『日本の前衛絵画 その抵抗と挫折ーKの場合』(美術出版社 1968年)
 Kとは北脇昇という京都を中心に活動した、私が知らなかったシュールレアリズム運動の画家の意ですが、この書は北脇に焦点をあてつつ、日本前衛美術の歴史的展開を京都を中心に概観したものです。どのような画壇団体が生まれ、どのような離合集散と栄枯盛衰の道を辿ったかを丹念に追跡していますが、如何せん美学的思潮の掘り下げが弱く、日本現代美術史を美学思想として掘り下げて分析することができていません。シュール、ダダ、印象派、構成主義、フォービズム等々欧米的美学思想の範疇を借りてしか、日本の美術展開を鳥瞰できないのが残念です。それほどに日本の近現代美術は欧米美術の移入と模倣に忙しかったことの証左ではありますが、誰々がフランスに留学して画期的な○○を持って帰ったー等という没主体的な画壇動静には、日本文化全体の輸入性がこびりついており残念です。
 さらに日本の前衛美術は権力との熾烈な対抗関係をくぐり抜けたのですが、その経過を美術思想としてどう総括するかという視点が弱いと思います。日本現代美術史における加害の視点ということが決定的に欠落しています。或いは植民地朝鮮・台湾の美術史をどう総括するかという視点と係わっていますが。油彩を始めて間もない私が、美術的知の門外漢として云えることは、美術思想の歴史も、日本の社会科学の展開と本質的に似ていると云うことです。学派=画壇流派であり、ほんとうに自立した思考や表現はありえたのか?とつくづく考えさせられます。
 本書には現在では大家と称せられる著名な画家が数多く登場しますが、彼らが若い時代に意外と抵抗や前衛派として出発していることに驚かされます。そうなのです。他の文化分野と同じように、美術界においても、いわゆる「戦後転向」として華やかな商業主義路線に転換していった人が多かったのです。本書を読んで最も興味をいだいたのは、津田青楓という画家と、プロレタリア美術の全盛期に、政治的実践を第一義として無名のまま倒れていった多くの若い画家がいたことです。さらに美術界では古典芸術と同じような家元制度的な徒弟制度が連綿として維持されていることです。この本は1968年というもはや前時代に属するような美術書ですが、提起されている問題点は本質的に変わっていないばかりか、ますます前衛性はシュールで奇抜の自己満足へと転落しつつあることです。この書には中村宏、鶴岡政男は登場しませんが、彼らに代表される有為転変です。本格的な美術思想の概念枠組みを創出して、埋もれた美術史を発掘し、再構成することが求められます。少なくとも欧米的な美術思想の先端をいち早く導入し、それを基準に日本美術の現状を裁断するという方法はもはや限界にあります。(2007/8/23 16:32)

第94夜:Richard Grossmani『The Gpd That Failed』(リチャード・クロスマン『神は躓く』ぺりかん書房 昭和44年)
 ロシア・コミュニズムに無限の共感を示して、自らの半生をコミュニズム運動に捧げ、スターリン主義の現実に絶望して離れていった多くの西欧知識人がいます。この書は、その中から6人が登場して、自らのコミュニズム体験を赤裸々に語っています。6人とは、アーサー・ケストラー、イグナツイオ・シローネ、リチャード・ライト、アンドレ・ジイド、ルイス・フィッシャー、ステーブン・スペンダーですが、私が知っている人はケストラーとジイドであり、その他の人は名前程度です。この6人の告白の中でケストラーのものを読みました。ユダヤ人を出自とするケストラーは、科学系ジャーナリストとしてメデイアの有力な地位を得、自ら望んでドイツ共産党に入党し情報収集と提供をおこない、解雇されてスペイン人民戦線運動に入り、亡命や投獄を重ねて、その後コミュニズム放棄に到ります。
 苛烈なファッシズムの現代史の渦中を命がけで生きのびて、みずからの思想を構築していく過程は、まさに自立した思想のきれい事ではない尊厳の迫真性を思わせます。日本によくある強制による転向を経て権力の犬となって文壇に地位を得る潮流とは本質的に異なる質があります。日本のスターリン主義批判は戦後かなり経ってから本格化し、それゆえにファッシズムとスターリニズムの両極を批判的に見る視点は成熟しなかったように思います。西欧の知的活動の分厚さは、日本の浅薄な情念的心情主義では太刀打ちできないように思います。しかしここに登場する人たちは、欧州の階級社会の上層にある知的良心を表現していますが、下層階級の意識と心情に迫り得てはいません。理想に対する激しい憧憬と現実の運動の汚濁のめくるめくような非対称性の実相は、あまりにも無残であり、それゆえに離れていかざるをえなかったこの人びとの苦衷を思いますが、いったい無名のままで倒れていった無数の人びとの生命と生活に焦点を当てた文章がないことに、左右を問わず欧州階級社会の歴然たる構造を思い知らされます。
 しかし日本ような米英を鬼畜として戦って惨めな敗北をしながら、戦後はクルッと米英崇拝に走っていった日本の浅薄さは欧州にはないように思います。「美しい国」を怒号する首相の米国への媚びへつらいぶりは、そのまま浅薄な日本の知的水準の象徴です。知的な生き方や思想形成の誠実性の重みの違いはいったいどこから来るのでしょうか。中間報告。(2007/8/21 9:08)

第93夜:平林たい子『宮本百合子』(文藝春秋 昭和47年)
 宮本百合子を敵とみなす転向小説家である平林たい子の宮本百合子文学への批判的批評です。いわゆる生活派に基盤を置く平林の宮本批判は鋭い。しかし単なるイデオロギー的論難ではなく、同じ女性・同時代人として百合子の姿勢を内在的・肯定的に批判しているがゆえに、現在の浅薄な文芸批評とは異なる重さがある。百合子文学への党派的肯定や否定のレベルを超えた本質的な評価のありかたに、私は重厚な批判精神を感じた。文壇の敵同士がこうした本質的な批評や批判をかわせる時代があったのだということにも、私は時代精神の違いを痛感した。天皇制絶対主義の重圧は、それに対する抵抗の姿勢こそ違え、どのような立場に属せようとも、本格的なピュアーさを持っていたことが分かる。
 私が最も興味を持ったのは、獄中の宮本顕治が百合子に「中条百合子」から「宮本百合子」にペンネームを変えるよう求めたことだ。「中条百合子」はすでに内縁関係にある顕治の面会に有利な入籍について合意を伝えたが、ペンネームの変更については精一杯の抵抗の意志を獄中の顕治に訴えている。ここで百合子は自らの作家生命のアイデンテイテイを賭けている。しかし百合子は完全に孤立して戦う獄中の顕治への最後の励ましのプレゼントとして、顕治の誕生日にペンネームを「宮本百合子」にすると伝えた。この愛情の気高さについて誰しも批判はできないだろう。しかし自らのペンネームの否定に到る残酷さを求めた顕治の時代的非制約性についても認めなければならない。個人的な男女の愛情の深まりが、その時代の規定の制約を被ることについて私は思わざるを得ない。そして文学上の敵である平林たい子は、その事実を淡々と指摘しつつ、その双方を批判しない。現代の論争もかくあらねばならないと、強く感じた。それにしても浅薄な現代文学評論よ!(2007/8/13 18:58)

第92夜:吉本隆明『最後の親鸞』(春秋社 昭和56年)
 親鸞の最後とはなんだろうか。法然に騙されて地獄に堕ちても本望だといった親鸞は、麻原に参ってサリンをまいた信条とほとんど変わらない。しかしそこには本質的な違いがある。迷える愚者や悪者がなお浄土にいけるのはなぜか。親鸞最後の思想とはこの問題だ。それを彼は呟くように語っている。吉本の考究は、絶対に論理を踏み外すことなく、この究明に真摯に全力投球しようとしている。私は親鸞が中世封建的思惟の限界内で、最果ての好きに迫ろうとする本質的にピュアーな思索の極限に思える。吉本の評価については多々あるだろうが、この親鸞最後の思索に真正面から向き合った精神作業に見える。そして得た結論はなんだろうか? それはあたかもレーニンとそれ以降のスターリンの隔絶に似た思想の争闘であったような気がする。「悪人正機」の根元に迫る吉本の若い時代の結晶だ。しかしそれ以降の吉本の遍歴は無残に思える。(2007/8/13 19:13)

第91夜:中野重治『夜明け前のさようなら』(日本図書センター 2000年)
 おそらく私は中野の詩集をはじめて読んだのだ。このようなリリックな感性が中野にあるとは! それにしても無残な中野の政治生活よ! 政治の世界にコミットした詩的精神がどのように生きていくかーマヤコフスキーを連想するような無残さがある。他書で目にした中野の政治的発言は、あまりにイデオロギー追随的で評価に値しない。中野はリアルな政治世界とは一線を画して、あくまで我慢して文学表現の世界に留まるべきであったように思う。宮本顕治が文芸評論から出発して、本格的な政治思考の世界に入ったとは異なる人間であったのだ。日本のアラゴンはかくて汚濁にまみれた。(2007/8/7 19:22)

第90夜:『日本プロレタリア文学集・34 ルポルタージュ2』(新日本出版社 1988年)
 戦前期の迫真的な亀裂の時代を抵抗運動の立場で生きた諸作家のルポルタージュ作品集である。登場する作家は、壺井繁冶、柳瀬正夢、江口かん、平林たい子、徳永直、佐多稲子、松田解子、宮本百合子、立野伸之、鹿地亘、大宅壮一、山本懸蔵、藤森成吉、山田清三郎、黒島伝冶、佐々木孝丸など多士にわたる。このなかで戦前期の立場を捨ててしまった文壇大家も多い。戦時期の弾圧をくぐって戦後どのように処したかの方途は思い乱れるものがある。小林多喜二の死をめぐる江口、佐々木、佐多、壺井の作品に最も興味を持った。すさまじい対峙のなかで生死をかけた生き方が展開されていたことを、これほどの迫真的に伝える作品はない。ここに戦前期のリアルな事実そのものがあったのだ。これは消しがたい。歴史に刻まねばならない。(2007/8/13 19:35)

第89夜:アンドレ・ジイド『ソヴィエト旅行記』(1992年 岩波文庫)
 ロシア旅行に備えて本書を読んだ。まるでいま旅する者に、なぜソ連が崩壊したかを説明するかのような迫真性をもっている。1936年にソ連を訪問して各地をみたジイドの滞在記です。彼はゴーリキーのの病気見舞いに行ったが、到着した翌日にゴーリキーは死去し、ジイドは赤の広場の追悼集会で演説した。その原稿は事前の検閲を受け、本書も一部削除の上刊行された。ソ連社会主義への熱い希望が基礎にありますが、現実の官僚主義や画一主義を率直かつ痛烈に指摘しています。当時のスターリン崇拝を考えるならば、このような率直な批判を恐れず公開する作家精神の独立性に感心致します。共産党機関紙『プラウダ』は厳しい反論を掲載し、全世界の共産主義者はソ連への共感を優先させてあたかもジイドを反共文学者として非難したように思います。しかし現代から見ると、ジイドの指摘のほとんどは鋭く正当であり、崩壊した現在からふり返れば、なぜあの時代にこの批判を生かす作業ができなかったとても残念に思います。

 「ソ連の真相は憎悪を以ていわれるか、愛情を持って虚偽が云われた・・・虚偽に固執することは時に都合がいいが、敵の攻撃に絶好の機会を与える。真理はたとえ痛々しいものであっても癒すためにしか傷つけないものである」
 「完全な非個性化によって個人の幸福があるかのようである。ソ連人が何を考えているかを知るにはたった1人と話しをすればよい。みんな同じことを言うからである。」

 ある体制への批判とそれを受け入れる柔軟なシステムの整備ほど難しいものはない。これはどんな組織にも共通しているとつくづく思う。それをしないと組織はいつの日か崩壊するのだ。(2007/8/8 7:49)

第88夜:亀山郁夫『熱狂とユーフォリア』(平凡社 2003年)
 スターリン体制下のロシア芸術を象徴主義的な概念を駆使しながら、ロシア文化の全分野を全体主義と文化の相剋という視点から分析した500頁を越える大著です。ロシア文化の学的研究の分野で亀山氏は渉猟する膨大な第1次史料をもとに緻密な分析をしている。登場する芸術家や思想家は、スクリャーピン、ルイセンコ、マル、マレーヴィッチ、ロトチェンコ、ショスタコーヴィッチ、エイゼンシュタイン、メイエルホリド、ヴィヴェジェンスキー、ツバエターエフ、アフマートフ、パステルナーク、タルコフスキー、エフトシェンコ、ソクーロフ、プロコフィエフ、ゲルギエフ、ソローキン、カバコフ等々私の知らない人を含めて膨大な数に上る。ソ連型社会主義の文化と芸術の分野で革命と祖国、伝統がいかに切り結んで全体主義制度のなかで格闘と再編が繰り広げられたかを精細に明らかにしている。
 こうした研究にはある陥穽が伴う。それはすでに崩壊したシステムにおける社会現象を扱うがゆえに、過去清算的な傾向がどうしても出てくることである。しかしソ連崩壊後の現代は、むしろ崩壊して歴史となったはずのシステム理念が形を変えてふたたび求められているところにある。しかし亀山氏の研究方法は、かなり主観的情念が基礎にあり、自らの主体的な現代の課題意識よりも過去史に対する突き放した評価になっていくという傾向がある。革命ソ連のアヴァンギャルドが時代を超えて現代においても本質的にもっている普遍的な意味を探る作業が弱くなる。彼は「熱狂(ユーフォリア)」という感性的視点で解き明かそうとしているが、そうした感性を基礎から生み出しているロシア的ないしソ連型特殊社会の(マルクスで云えばアジア的生産様式)構造分析に迫る社会科学的思考はない。彼が文学者である云う限界です。(2007/7/31 17:07)

第87夜:イマヌエル・カント『美と崇高との感情性に関する考察』(岩波文庫 1948年第1刷 1980年第34刷)
 昭和23年当時の日本の哲学文化が濃厚に反映された訳です。旧漢字と表現はものものしい雰囲気をただよわせ、手にするだけで「独逸」哲学の特徴を示していますが、訳者の解説は分析性がほとんど無く当時の人生哲学的な浅薄なものです。おそらく翻訳するだけで精一杯で批判的分析などという思考はなかったのでしょう。
 率直に言ってあの『純粋理性批判』を書いたカントはこういう論文も書いたのかと驚きでした。厳格で重々しい訳を一皮剥けば、あまりに本音を丸だしにしたエッセイ風の心情が書き連ねられています。
 カントはまず快い感情である「美」と、人間を越えたものへの畏怖の感情である「崇高」を区別して、その具体的な位相を述べ、次いで男性と女性の感情の違いを考察する。「美」は性的欲望に規定された女性の感情であり、「崇高」は義務的行為に献身する男性の感情であるというような叙述は、現代フェミニズムから嘲笑を浴びるだろう。男性は世界を支配しようとするが、女性はその男性を支配しようとするーといった感じがあります。さらには国民性の区別のなかで美と崇高の感情を識別しようとするが、西欧人の民族的国民性の違いを述べた後に、黒人(アフリカ人)の感情の野蛮性を描いて恥じるところがない。
 私はカントの思考の時代的な規定性に驚愕した。ここには中世の封建的な男女関係の人格像がそのまま投影され、また白人オリエンタリズムの民族観念がストレートに投影されている。「それ自体を目的とする行為を至高の行為」とする彼のモラル論は、実は壮年の健康な男性をモデルとするものではないかとも思った。近代独逸哲学の本質にこうした特徴があるのではないか。ジェンダーや人種理論、差別理論、エクスクルージョンなどという現代の人間観から再審する必要を痛切に感じた次第です。芸術論としてこの書をひもといた私は、新たな刺激を与えられました。『聖書』から一切の差別用語を追放する試みがありますが、果たして現代の哲学研究にこのような作業は行われているのでしょうか。カントやヘーゲルなどという時代を超えた普遍理論を提出しているはずの思想家が、実は著しく時代被規定性を受けていることに衝撃を受けたのです。(2007/7/29 8:35)

第86夜:芝田進午『芸術的労働の理論(下)』(青木書店 1984年)
 双書・現代の精神的労働の第6巻として出版された本書は、日本の社会主義リアリズムを源流とするマルクス主義派芸術論の集大成であるといえよう。私の若い頃の沸騰するような変革の時代のなかで編まれた本書は、編者の芝田進午をはじめ日本の左翼が一定の権威を持っていた時代の背景なしに出版はされなかったであろう。なんでこのような一時代前の書をいまふたたび思い返したように開いたのは、最近洋画を学び始めた私が絵画論のいくつかを渉猟し始めたからだ。この書で印象に残ったのは、詩人・土井大助「詩の生産と労働」と永井潔「絵画の創造」である。前論文は土井氏の詩作に参入する過程と創作の過程が体験的に書かれているので非常に面白かった。永井氏は左翼芸術理論の日本的指導者の1人であったが、彼の作画過程の体験を踏まえた絵画理論であり非常に参考になった。しかし冷戦崩壊後、こうしたリアリズム潮流はどうも斜陽となり、若い作家や画家が注目を浴びることはないようだ。文壇や画壇からはほとんど無視されて登場しない。それに比して欧米のリアリズム潮流は強固な地盤を構築しているようで、どのような先鋭な先端理論かもマルクス抜きに語っていない。この対比に日本的問題情況があるに違いない。21世紀の現代でリアリズムがどのように再生するかが問われている。(2007/7/26 17:15)

第85夜:池田浩士『表現主義論争』(れんが書房新社 1988年)
 20世紀初頭から自然主義や印象派を否定して、内面の感情を爆発させるような強烈な色彩と筆触で、グロテスクともいえる変形した人体などを描いたドイツの前衛芸術運動で、背後に社会的激動を契機とする不安な心情があるといわれる。ムンクの影響を受け、キルヒナー、かんでいんすきー、マルク、ノルデなどの画家がいる。同時期のフランス・フォーヴィズム野獣派(マチス、ドラン、ブラマンク、ルオー)、キュヴィズム、シュールレアリズム、イタリア・未来派など多様なアヴァンギャルド芸術運動の異分野をなしています。最近油彩をはじめた私は、図書館に通っては絵画文献を渉猟していますが、その1冊です。
 登場する論者は、ルカーチ、ブロッホ、クラウス・マン、ベラ・バラージュ、ブレヒトなどの錚々たる思想家・芸術理論家の人たちです。問題は、表現主義を現実への自然発生的な抗議の芸術的継承と見なし、それを社会変革への可能性を含みものとみなすか、それともファッシズムへ暗転するものとみなすかの論争であるように思います。諸論の底流には、当時の社会理論をリードしたマルクス主義とその権力理論があり、芸術の自律性といったテーマは脇に置かれます。それは未曾有の戦争と革命、ナチス権力とスターリン主義の制覇という社会的激動の最中に生きた芸術家たちの逃れ得ない情況であったと思います。幾人かの論者はスターリンの粛清によって処刑され、幾人かはナチ党員としてナチズムに加担していきます。芸術と時代が真っ向から切り結んだ二者択一の選択肢か許されない時代の劇的な論争といえましょう。
 あまりにもソフトになった現代ではピンと来ないかも知れませんが、時代への鋭敏な感性を否応なく迫られた極限の芸術の存在情況を念頭に置かざるを得ません。ルカーチが、社会主義リアリズムを教条的に主張して表現主義派の意義を基本否定する党官僚として登場しているには驚きました。あまりにもマルクス主義的概念用語と運動用語が羅列される30年代の思潮の特徴がよく出ています。ひょっとしたら、現代は多様な理論が相対的に飛び交う多様性はありますが、一途に何かを求めて希求する理論の深さは失われてしまったのかも知れません。なにしろ理論活動に処刑を覚悟する時代であったのですから。(2007/7/21 9:34)

第84夜:The Holocaust oral History Project『意外な解放者』(情報センター出版局 1995年)
 本書は真珠湾攻撃と同時に収容された日系米国人の強制収容所の生活、日系アメリカ人2世による米軍第442連隊と第522野戦砲兵大隊の戦闘とダッハウ強制収容所解放、杉原千畝の実像を描いている。第2次大戦の渦中で、米国政府は敵国である米・伊系アメリカ人は幹部のみを逮捕しすぐに釈放したが、日系人はハワイ州を除いて全員を強制収容し財産を剥奪した。この恐るべき非対称性をあなたはどう思いますか? 日系2世の青年達は親の強制収容に抗議することなく、星条旗への忠誠を自らの命で示そうと志願し、欧米戦線の最も苛酷な前線で戦い、日系部隊の死亡率は極端に高かったのです。この日系部隊が先陣を切って解放したのがダッハウ強制収容所であり、ユダヤ人達は生まれて初めて日本人をみたのです。ここに日本文化の悲劇的特殊性が潜んでいるとは思いませんか?
 しかしこの書は日系米国人ー強制収容ーユダヤ人という赤い糸でルポルタージュ風に描かれていますが、あちこちに満載されている当時の実写写真が圧巻であり、ほとんどの写真ははじめて私がみるものでした。(2007/7/1 17:18)

第83夜:ロズリース・バクー『オデオロン・ルドン パステル画』(美術出版社 1988年)
      グンター・ザンダー『アウグスト・ザンダー 20世紀の人間たち 肖像写真集 1892−1952』(リブロポート 1991年)
      ジャン=クリストフ=・バイイ『西洋絵画の流れ 名画100選』(岩波書店 1994年)
      デルク・ライナルツ、クリステイアン・グラーフ・フォン・クロツコフ『死の沈黙』(大月書店 1995年)

 大学図書館から大型本のみを選りすぐって借り出し、一気に読んだ(というよりもめくった)。
 ルドンのパステル画は、危うくすると綺麗なだけの陳列用にみえるがそうではない。なにか彼自身の精神性がにじみ出るような色彩の美に引きこまれるようなものを感じます。うすいぼかし技法にも学ぶべきものがありますが、彼の絵は私の精神世界とは違うようです。敬して遠ざけるとでも申しましょうか。
 ドイツの写真家・ザンダーによる20世紀の社会秩序を概観する肖像写真集だそうです。11929年に公刊予告して、50年を経て死後に刊行されています。20世紀の前半を生きた市民達の職業や活動のほとんどの肖像が網羅されています。その大部分は無名の市民であり、真剣なまなざしでカメラを見つめています。通観していると、この世には多くの人間が生活を織りなしながら、互いに愛し合い憎みあい殺し合いながら、自分の生を閉じていったんだという感慨が湧き起こってきます。そうしていまを生きる我々も同じような輪廻の内に置かれているんだーとすこし諦観じみた感慨が湧き起こってきます。
 西洋絵画の100選っていったいどうなっているんだろう。ラスコーの壁画から始まってモンドリアンの抽象画に終わる100選はあたかも西洋絵画の蕩々たる大河の流れを思わしめます。幾多の画家が存在し歴史に消えています。名前を残した人もある必然性の担い手に過ぎなかったのではないかとも思わされます。いったい絵画はどこへ行くのでしょう・・・。
 最後は欧州の絶滅収容所の現在がすべて映し出されています。囚人も看守も現在の管理人も、いっさい人間の姿はありません。ただ朽ち果てた建物や荒涼とした敷地の跡がひろがり、入口への日本の線路がのびています。このモノクロの写真集は人間の姿をすべて消したモノとしてのホロコーストを描くことによって、犠牲となった人たちの阿鼻叫喚の魂の呻きのようなものが聞こえてきます。近代合理性で管理したナチの虚しい精神の頽廃も哀れになります。21世紀の最初の10年間は、この記憶の風化と戦う決定的な時間になるのではないか−と思わされます。従軍慰安婦、沖縄、広島・長崎そして私たちの日常・・・・・。死の沈黙を通して、私たちの記憶が試されています。(2007/7/1 8:03)

第82夜:シャローム・ホラフスキー『ゲットーから来た兵士達』(未来社 1987年)
 私ははじめて旧ソ連邦内のユダヤ人が独ソ戦火中をどのように生きたかを記したルポルタージュ文学を読んだ。著者は白ロシア共和国のネスヴィエジで生活し、ゲットー蜂起とパルチザン体験を経て、現在はイスラエルのキブツで生活する。ユダヤ人が単にナチ支配へ忍従したのではなく、誇りと尊厳をかけて抵抗したことが非常によく分かる。しかしロシア民族のユダヤ人への偏見と差別も凄まじく、ユダヤ人はナチを主敵としつつもロシア人との軋轢を抱える二重の存在であった。そのなかにあってごく少数のロシア人が無条件に迫害されたユダヤ人に手をさしのべる存在であったことは、ヒューマニズムの存在を証明する。。同じパルチザンであってもユダヤ人を虐殺するグループがあったことなど初めて知った。イリヤ・エレンブルグが内部矛盾を越えた尊敬すべきスター(?)であったことも分かった。占領ドイツ軍に協力する大量のロシア人がいたことも知った。束の間のジョークも哀しいほどに笑えてくる。

 最後の審判を受けに神の前に出頭したゲーリング、ゲッペルス、ヒトラーがいた。
 創造主はゲーリングを尋問していった。「いったいお前は世界と民族に何回嘘をついたのか?」「7回です」神はただちに判決を下して、ゲーリングは天国の周囲を7回駆け回ることになった。「さてゲッペルス、お前はどうかね」「私は20回嘘をつきました」「天国の周囲を20回、行進!」と主はいわれた。それからヒトラーの番が来た。彼は神に尋問される前に、自分から神に近寄って云った。「主よ、お聞き下さい。わたしはあなたの問を知っています。それでは、オートバイではどうでしょう? 私が天国の周りを暴走すれば、私の後には殺人が永遠に続くでしょうから!」

 私は哀しくなる。これほどの言語に絶する苛酷な体験を経た民族が、同じ行為をパレスチナ人に加えていることを。(2007/6/27 21:16)

第81夜:トニ・ネグリ『芸術とマルチチュード』(月曜社 2007年)
 『帝国』で21世紀の変革を考えようとした彼の芸術論に興味を引かれて購入したが、『帝国』同様にその明確なメッセージは了解不能でした。もともとマルチチュード(多数派)が情報グローバル時代の変革主体としてどのような意味を持っているのかが分からなかったのですが、果たして彼ら自身もみずからの展望の意味内容についてよく分からないのではないか。ネグリは新左翼系マルクス主義者として、変革組織の集権性を否定し自立したネットというのですが、具体的にどうなのかは示さない。70年代の該当暴力が横行した時代に、赤い旅団への資金提供者または影のリーダーとして逮捕される前にフランスへ亡命し理論活動に入った。従って彼の考察は、マルチチュード(多数派)の大衆性をいうけれども、内実は知識人を独自の階級として位置づける初期社会主義の範疇を新たに繰り返しているに過ぎない。
 さて彼の芸術論をみてみよう。
 美の本質は存在の超過にある。それは人間労働の集団的プロセスの内部からもたらされ、天啓のひらめきといった天使がもたらすものではない。それは労働からほとばしり出る創造的事実であり、芸術労働は自由な労働である限りにおいて剰余労働から区別される。しかしマルクスが芸術は歴史的発展を超越するという誤った結論を出した。美は新たな存在の美であり、集団的労働を通じて構築される調和、労働の想像力によって生産される超過だ。芸術家は実現された転覆行為と解放された自由のシンボルであり、自己自身が一つの芸術作品だ。至高の存在としての芸術と芸術家はコミュニズムのための存在だ。従って美の生産者=集団的労働=大衆前衛=マルチチュードという等式が成立する。市場化した芸術ほどに侮辱を受けているものはない。
 メセナは資本への奉仕から解き放たれた実存を可能とする。

 彼に一定の支持が集まっているのは、冷戦崩壊後にマルクスの思想を彼なりに維持し、原理主義的にいかも脱構築的に既成党派を批判しつつ、理論作業をくり広げているからであるが、よくみるとマルクス原理主義と情報化社会論を接ぎ木しているようにみえる。いわゆる無党派の左翼系に受け入れられる要素を持つ。彼の芸術論を読むと、いわゆる芸術史のパラダイムや既成の芸術理論とは無関係に、自らの思索を原理主義的用語でエッセイ風に(手紙形式)語っているだけで、これでは現実に作曲し演奏し絵を描いている人にとっては無援の理論であろう。(2007/6/25 12:47)

第80夜:Suzanne Rosenbergスーザン・ローゼンバーグ『A SOVIET ODYSSEY ソヴィエト流浪 ある知識人女性の回想』(岩波書店 1990年)
 スターリン体制のもとで強制収容所生活を体験した女性ジャーナリストの体験記録です。レーニン亡き後のスターリン独裁下でどのように市民監視が詳細になされたかを知ることができます。それは密告者を含む網のような相互監視システムであり、家族でさえもがほんとうのことを語り合うことができない状況です。イワン雷帝やアレクサンドル・ネフスキーを撮影したエイゼンシュタインは人道主義を放棄したとして鋭く批判されています。リベラルとかコスモポリタンという言葉は敵を意味するようになります。同時に激しいユダヤ人迫害が並行して進みます。アンチ資本主義としてナチズムとの同盟関係がつくられていきます。収容所では同性愛関係も不思議ではありません。
 青年期にソルジェニツインの「イワン・デニーソヴィッチの1日」を読んで、ソ連生活の犠牲を思いましたが、それでも社会主義への希望は強く、ソルジェニツインへはある種の違和感を持ちました。帝政ロシアにたいする復古主義的な憧憬は軽蔑の対象でした。あれから幾星霜を経てソ連は崩壊しました。秘密警察の監視体制について、はじめてその実相の一端に迫ることができました。犠牲者の多くは反革命ではなく、忠実な党員でありました。彼女自身も熱烈なボルシェヴィキとして活動し、いまもってソヴィエト社会主義への理想は失ってはいません。
 さてスターリン独裁なかりせばソ連社会主義はうまくいったのか? スターリンにすべての責を負わせれ後は許されるのか? 旧ソ連官僚の多くが批判されることなくいまも新たな体制の地位を保持しています。プーチン大統領自身がKGB長官なのですから開いた口がふさがりません。歴史の影に埋もれていった声なき多くの魂はどのようにしたら救われるのでしょうか。実はこの夏にペテルスブルグとモスクワを旅行するのですが、いったいどのような感慨が湧き起こってくるでしょうか。(2007/6/20 13:59)

第79夜:Diderotデイドロ『Essais sur la peinture絵画について』(岩波文庫 2005年)
 フランス百科全書は哲人デイドロが、18世紀パリの新風俗となったサロン展を対象に、デッサン、色彩、明暗法、構成などどいう現代絵画の基礎技法について、主としてシャルダンなどの作品を中心に論じる。フランス革命を準備した百科全書派の美学論の時代的な特徴の一端が分かる。とくに驚いたのは、中世までの宗教画とくにイエスやマリアの描画を縦横に論じて、それを人間論的にみる視点であり、涜神的な言葉がふんだんに使われる。もはや教会の審問官的権力が失われていることを示しているのだろうか。
 デイドロの絵画論や美学論が歴史的にどのような位置を占めるのかは門外漢の私にはよく知りません。とにかく油絵を始めてから2ヶ月ほど過ぎて、猛烈に古今の絵画論に興味をいだいたのでこの書を読みました。木々の葉一枚一枚に到る表情の違いの指摘は強く印象に残りました。フランス革命の背後には、神から人間への視点の転換があらゆる分野であったようです。(2007/6/29 16:47)

第78夜:George Kleinジョージ クライン『Pietaピエタ』(紀伊國屋書店 1995年)
 「真の哲学的難問が一つだけある。それは自殺である。人生は生きるに値するものかそうでないのか、それに判断を下すことは哲学の根本問題に答えるも同然である」(アルベール・カミュ)という問にこの書は答えようとしている。1925年ハンガリーのブダペストに生まれた著者は、ホロコーストの生き残りであり、スウエーデンに亡命後、癌や免疫研究で功績を挙げた分子生物学者であり、多彩な文芸的思索を駆使しながら、カミュに問に答えようとするエッセイ集である。こうした自然科学系の人が哲学的テーマにアプローチすることは日本では珍しく、少数あったとしても自然法則で無理矢理説明する傾向があり、成功しない。クラインは自然科学的思考に依拠しながらも、自らの人文科学的思索を貫いている。ここが西欧的知性の分厚さといえようか。

 トーマス・マンは、創造が勝利を収めるのは<・・・・が原因で>によるものではなく、<・・・・にもかかわらず>の精神によるものである、といった。アウシュビッツやヒロシマの犯罪は組織に従順な彼らなりの良心に従っておこなわれたが、自らの良心に従って時代の流れを拒否する勇気と力を駆り立てたものはなんだろうか。父親の持つ超自我を経験していないこと、微笑なしに命令することもされることもできない性質の人、階級と威厳をまじめに考えられない性格ーこれらはそれらの要素ではあるが決定的な要素ではない。人間の不条理をほかの人よりも強く感じ理解できる人のことである。

 彼はアッテイラ・ヨーゼフというハンガリーの国民的詩人について書くが、以下はその詩人の詩の一節です。

 <第7番目> *この詩は「第7の封印」を想起させる
 もし君がこの世で生を送るなら
 7度生まれ変わってみるがよい
 1度目は燃えさかる家で
 次は凍れる水のなかで
 その次は狂気の精神病院で
 4度目は実った麦畑のなかで
 次いで無人の僧院で
 その次は豚小屋の中で
 6人の赤児が泣き叫ぶだけでは物足りない
 君が7人目になりたまえ


 彼は医学会議で岡山を訪問し、その後九州にいく途中でヒロシマによっている。

 ・・・とくと見よ。我が悲しみにまさる悲しみがほかにあろうか。この<ピエタ>の言葉に私は怒りを覚える。無表情でガス室の前で順番を待って並んでいる人たちに悲しみはないのか。彼らを見捨てた神は悲しみを知らないのか。ヒロシマには悲しみはないのか。(2007/6/19 10:18)

第77夜:黄皙暎ファンソギョン『客地』(岩波書店 1986年)
 ベトナム戦争従軍後に発表した作品です。軍事政権下の開発経済戦略のもとでの埋立公共事業の現場にあつまる日雇い、流浪労働者のストライキに到るさまざまの群像を描く。いっさいの虚飾を排したモノそのもとと化した人間の底に流れる熱い情念が噴出する骨太の作品である。この作品に一度も使われない恨(ハン)というハングル語が体化したかのような作品である。あまりにも原生的な労働関係を描いているがゆえに、日本的現状ではピンと来ないかも知れないが、本質的には派遣・請負などの非正規労働と同じなのである。いや日本のほうが、ここの労働者がバラバラに切断されて競争を強いられているがゆえにもっと惨めな実態なのである。こうした労働の実態を描く作品は日本で出現しているのだろうか。(2007/6/18 14:53)

第76夜:イーゴリ・ゴロムシトク『全体主義芸術』(水声社 2007年)
 旧ソ連出身の美術史研究者であり、プーシキン美術館研究員を務めて1965年のダニエル・シニャフスキー裁判の証言を拒否して強制労働を経験後に、イスラエルに移住し、現在はロンドンに在住するいわば旧ソ連の反体制研究者によるソ連美術の分析です。視点はファッシズムと社会主義を「全体主義」という枠組みで括り、当時のソ連・ナチスドイツ・ムッソリーニイタリアの芸術的現象の共通性を全体主義という視点からみようと云うものです。
 象徴的には、モスクワ大学美学科専攻の学生に画家の名前を隠して、ナチ第3帝国の絵画を見せると、学生たちは一斉に声を揃えて社会主義リアリズムの画家の名前を連呼したそうです。対象がスターリンであれ、ヒットラーであれ、その表現手法は酷似していたことを示し、彼はそれを詳細に明らかにします。もう一つは、ベルリン陥落後に、ソ連軍はヒットラー総統官邸の瓦礫を再利用して、壮大なスターリン記念館をつくった時に、ドイツ市民たちはそれほどに違和感を感じなかったといっていることです。ここにはハンナ・アレントの全体主義理論が鮮やかに実証されているようです。つまりファッシズムにしろ、スターリニズムにしろ、金融資本独裁を倒す労働者独裁の形態の際に過ぎず、方向を失った中間層大衆が熱狂的な参加の対象として選んだというものです。
 確かにスターリン以降をみるならばそうした言辞が正しいでしょう。しかし社会主義リアリズムのテーゼが党派的に制覇する前までの、アヴァンギャルドや表現主義、未来派の潮流は明らかに内発的なデモクラシー運動の多様かつ爆発的な潮流であって、スターリン・ヒトラー以降に圧殺されていったという点をこの書は捨象しようとしています。従って私の結論は、金融寡頭制の暴力的支配形態であるナチズムと、資本制そのものを廃止する社会主義の芸術は、決して「全体主義」芸術として括ることはできないということです。社会主義指向の芸術が、ナチ芸術に酷似していったのは、デモクラシーの成熟なしに進んだ悲劇であったと思います。(2007/6/15 16:44)

第75夜:Elias Canettiエリアス・カネッテイ『DIE BLENDUNG眩暈』(法政大学出版会 1972年)
 この小説はカフカやブロッホ、ムシルと並んで20世紀の独文学を代表する作品だそうです。著者はブルガリアのスパニオル(15世紀にスペインを追われたユダヤ人の子孫)であり、ウイーン大学で化学を専攻後に迫害を逃れて英国に亡命し、終生ドイツ語での著作活動を展開し、1981年のノーベル文学賞を得ています。率直に言って私は、この作品を最後まで読み通すことが苦痛になって半分ほどで放擲しました。究極の書痴といってもいいある中国学者が、遺産のすべてを書籍購入に費やし壮大な個人図書館を構築しながら、書籍群に埋もれて生活する毎日を描いています。終日を論文執筆に費やし、図書管理の助手や家政婦たちとの異様な生活風景を描きます。日常の隅に広がる人間と物体の細部に到る詳細な描写が延々と続き、些末な事件がこれでもかとくり広げられます。そこにはいわゆる近代的な生産性や有効性の概念はすべて失われています。この文体に付き合わされる読者はそうとうな時間的犠牲を求められますが、その果てになにかが浮かぶ上がって来るに違いないとの期待を手に読んでいきます。そしてついに私は読むことをやめたのです。カフカやカミュの不条理系になるのでしょうか?よくわかりません。
 新井白石まで登場する著者の博識には驚きましたが、このような思考と表現を飽くことなく追求する彼の頭脳はやはり出自の文化と無関係ではないでしょう。彼の書は、この出版社だけで12冊も翻訳されているのですからそうとうな影響力を持っているのでしょうが、少なくとも私には『眩暈』だけで、ほんとうに眩暈を覚えてしまいました。(2007/611 8:40)

第74夜:黄皙暎ファンソギョン『客人ソンニム』(岩波書店 2004年)
 黄氏は韓国民主化運動のリーダーの1人であり、1989年に訪北し国家保安法違反で93年に入獄し98年に釈放された。私は『張吉山』という骨太の長編小説を読んだ記憶があるが、この小説は朝鮮戦争の暗部を赤裸々に描写して暗然たる思いに沈んだ。平壌近郊にある信川にある米帝虐殺記念館は、仁川作戦後に北上する米軍が北朝鮮の一般市民を虐殺した記録ですが、実際にはプロテスタント系西北青年団がサタン=社会主義者とその家族を無残に虐殺した真実を明らかにしている。その前には社会主義グループがプロテスタントを反革命とみなして虐殺をしている。その濃淡はあっても、同族合い食む悲惨な事態があの戦争下でくり広げられたのだ。以下小説の一節と後書きを紹介する。

 自分たちの財産を奪ったアカどもに対する憎しみからメッチャクチャに人を殺したが、他人の目を気にして進んで残忍に振る舞わなければならなかった一面もあった。互いに疑心暗鬼になって、あいつは西瓜、いやリンゴ、柿、青瓜、なんであれアカは皆殺しとなった。

 私たちはあのような悪夢の日々を過ごしながら、表にこそ出さなかったが心の奥底では敵よりも、仲間同士に対する憎しみを持った。

 キリスト教とマルクス主義は、この民族が植民地時代と分断を経てくる間に、自立的な近代の達成に失敗し、他律的なものとして受け入れた近代化への2つの異なった道であったといえよう。階級構造が南に較べて希薄であった北では、この2つをより情熱的に受け入れたのかも知れない。キリスト教とマルクス主義は、いわば天然痘という西病であって、それが「客人」の意味であるが、真に恐るべきはアメリカ帝国である。

 小地主的階層に依拠するプロテスタントは、親米であり当時のローマ帝国である日本に反感を抱き、日帝が去ると新しくやってきた社会主義と対立し、西北青年団を結成する。



 追われて逃亡する北の女性文工隊兵士2人が、月明かりにバイオリンで「鳳仙花」を演奏するシーンは圧巻である。彼女らもアッサリと射殺されてしまった。この小説には日本の加害はほとんど登場しない。米軍も解放軍として描かれているかのようだ。しかしこのような同族相争う流血をもたらしたのは、いうまでもなく日本の植民地政策に他ならない。こうした無残な歴史を刻みながら民主化の過程を歩みオリンピックを開催する大韓民国と、テロ支援国家として孤立無援の道をたどりつつある「朝鮮民主主義人民共和国」の恐るべき非対称性のパラドックスの背後に日本の罪が隠されようとしている。おもえば韓国外相が国連事務総長に就任したということは大変なことなのだ。いったい歴史を、しかも生存者と記憶の現代史を文学で形象化するとはいったいなんなのか?と考えざるを得ない。(2007/6/9 21:07)

第73夜:アナトーリー・ルイバコフ『アルバート街の子供たち(1・2)』(みすず書房 1990年)
 スターリン体制の確立期を青年の視点から描いたこの小説は、1967年に執筆されたが公刊を許されず、ペレストロイカが本格的に始まった1987年に刊行され、世界的なベストセラーになったそうだ。モスクワで育った子供たちがどのように成長し、スターリン体制のなかで犠牲者になって流刑されたり、密告者になったり、権力機構に参加していくドラマが鮮やかに展開される。しかし特徴的な点は、多かれ少なかれ社会主義そのものを否定的に見る視点はなく、すべての問題をスターリン独裁に集約していく方法だ。これは1930年代のソ連民衆の多くが、社会主義への共感を持っていたことを示しているのか、それとも検閲を考慮した著者の筆の問題なのだろうか。キーロフ暗殺もそれとなく臭わせている。
 いずれにしろ1930年代の首都モスクワの生活が生き生きと活写され、また流刑の実態をはじめて目にすることができた。ラーゲリ(強制収容所)はソルジェニツインの『イワン・デニソヴィッチの1日」で少しは分かっていたが、流刑とは最果ての農村部に居住し仕事をしながら刑期を終えるのだ。ソ連型社会主義の市民生活監視網が張りめぐらされた監獄のような社会や、本音を隠して生き時には互いを監視し合う社会は、源流は反革命の白色テロからの防衛にあったとしても、とても未来を代表するモデルとは云えない。かって世界の希望の星として未来を象徴した社会主義ソ連の問題をスターリン・システムにすべてを還元していいのかどうか、社会主義システム自体の原理的な問題など、この小説は理想の影に散った多くの誠実で良心的な人たちの人生の意味に迫ろうとしている。しかしソルジェニツインのように封建的ロシアを復活させるような方向性は情けない。このルイバコフという作家は、ソルジェニツインとは少し違うようだ。(2007/5/30 8:15)


第72夜:カロ/ゴヤ/ドーミエ『人間の記憶のなかの戦争』(みすず書房 1985年)
 85年に刊行された本書は定価1800円となっているが、古本屋では定価通りとなっていた。私は定価を見ないで購入したので後から知ったのですが、後悔はしていません。本書はカロ<戦争の惨禍と不幸>、ゴヤ<戦争の惨禍>、ドーミエ<革命・戦争・人民>とい3書の銅版画の抄出から編成されている。欧州の中世期から近代の戦争と内乱の実相をリアルに描き、キリスト教圏の文化の残酷さを暴き出している。特に宮廷画家ゴヤの描写は凄まじい。時代を超えてホロコーストや南京虐殺に到る人類の残酷さの根底にあるものを探求せずにはいられなくなる。しかし欧州はEU統合によって域内戦争は基本的に超克しつつあるかに見える。ひとり米英日のみが人類史の戦争を克服できず野蛮の連鎖を繰り返している。特に日本は過去の野蛮さを称讃するようなアナクロニズムが権力を獲得し、バック・トウ・ザ・PASTの途をひた走る異様な国となっている。遠藤周作のアウシュヴィッツをめぐる誠実なエッセイが胸にしみる。(2007/5/21 8:37)

第71夜:Marc Chagall『MA VIE(我が回想)』(朝日選書 1985年)
 20世紀絵画史に残るマルク・シャガールの自伝的回想であり、ロシア革命中に書き始められ、1922年モスクワで完結されているから、35歳までの半生を回顧しています。まず驚いたことは、みずみずしい詩編のような回想録であり、かれのあふれるようなイマジネーションの奔放さに打ちのめされます。ロシア系ユダヤ人として迫害と革命を生きた彼が、ついにソ連を出てフランスへ行き、ナチを逃れて米国へ亡命していく戦争と革命の20世紀をバックに生き生きと語っています。しかし彼はポリテークについて語るのではなく、絵画と芸術についてのみ語っています。亡命作家にある自己肯定と迫害非難もありません。言語に絶する迫害を受けた彼が、なぜあれほどに幻想的な美にあふれた絵を描いたのかを示す感性の一端に触れたような感じがします。一介のユダヤ人労働者の息子に過ぎない彼がどのようにして画家へ成長していったのか−偶然の連鎖の神秘性に粛然とします。しかし本質的には彼の芸術的才能が必然的に切り開いた道程であったのでしょう。
 この半世紀に登場するまばゆいばかりの人名にめがくらみます。劇場を解雇された舞踏家ニジンスキー、詩人アポリネール(ピカソになぜ紹介してくれないのか?−と聞くシャガールに「君は自殺したいのか?彼の友人はみんな自殺しているんだよ」と答える)、ルナチャルスキー(パリ時代の知人)、シャガールはケレンスキー・コルニーロフ将軍・レーニンの演説を聴き、トロツキーの姿を見ている。ちょうど三重県立美術館で開催されているシャガール展をみたばかりなので余計にのめり込んでしまいました。最後に彼の印象的な言葉を最後に記しておこう。
 「わたしを幻想的と呼ばないでほしい。反対にわたしはレアリストなのだ。わたしは大地を愛している」(2007/5/20)

第70夜:Elie Wiesel『LE CREPUSCULE,AU LOIN たそがれ、遥かに』(人文書院 2005年)
 日本の私たちはほんとうにホロコーストの事実を知ることはできないし、言わんや理解することなどできはしない。あたかも接線のどこか一点を求めて無限に記憶の記録に挑んでいくしかない。これはホロコーストの犠牲者を神格化して「賛美」し、ナチを「悪の権化」としてリセットすることではなく、ホロコーストの被害と加害の普遍的な意味の一端を自らの内に探っていく作業ではないかと思う。そう思うのですが、ホロコーストを奇跡的に生きのびた人の「その後」を生き抜く痛ましい探求は想像を絶するものがある。ある民族を「絶滅」する行為が「現実に遂行された」という事実に、まず唖然とする。しかもその行為の決定責任者は、ドイツの最も知的な教養を身につけた階級であったこと。「なぜなのか?」「なぜあなたは沈黙していたのか?「神は見ていたのか?」という問いは、ホロコースト問題にとって死活との問となる。
 ヴィーゼルはほとんど涜神のような言葉を使って、この問いに迫る。彼は神の有罪と無罪を折衷しているが、本音は神は有罪であるか、神そのものがいなかったのだ。しかしもし神がいなければ、ユダヤ民族の存立基盤は根底から崩壊する。彼の思索は狂人の語りを借りて進められるが、もはやここに正常と異常の境界はなく、狂人こそじつはあの時代のもっとも人間的な姿であったーと云っているようだ。
 いたいけな少女を無残に連行したのは、私たちの父祖であった。そしてその末裔である日本国の最高指導者は「あれは強制ではなく、好きで付いてきたのだ」とうそぶいているほどに、現代日本の感性は頽廃している。ホロコーストの記憶の作業がいまもって継承されている欧州からみれば、まさに神へ唾を吐くような涜神的な言葉だ。私はこうした現代日本の視点から、ホロコーストの記憶文学を読みたいと思う。(2007/5/16 16:07)

第69夜:司 修『戦争と美術』(岩波新書 1992年)
 戦争画を描いた日本の画家の具体的な姿を通して、戦争と画家の関係を考えようとしている。軍部協力のための戦意高揚絵画が画壇の重鎮によって描かれていることには驚いた。生活のためか? 国家の主流でありたいためか? 或いは戦争理念に没入したからか? 驚いたことに敗戦による占領下で、一斉にこれらの画家は平和と民主主義の占領軍協力者に転換していったのである。いま戦時期の戦争画を直接に展示することはない。文学や音楽を含めた芸術と権力の関係を鋭く問うのが戦争画であり、とくに芸術至上主義的傾向の画家に戦争協力の行為が多いことに改めて感慨を覚える。そして日本の芸術の自律性がなぜかくも歪曲されていったのか、もう一度きちんと考え直さなければならないと思った。高村光太郎が戦争協力を恥じて東北へ隠遁したように、画家にはそのような人はいなかったのだろうか。
 この書で分析対象として登場するのは、石川達三レニ・リーフェンシュタール藤田嗣治、松本峻介等々ですが、真珠湾攻撃を聞いた時の気持ちは、「身体の奥底から一挙に自分が新しいものになったような感動」(伊藤整)、「米英が急に小さく見えてきた。絶対に信頼できる行軍を持った者は幸せだ」(青野季吉)、「奴隷の平和より戦争を!」(亀井勝一郎)、「何なれや心おごれる老大の 耄碌国を撃ち手てしやまむ」(斉藤茂吉)であり、画家も例外ではなかったようです。美術評論家の洲之内徹のふるまいは、転向者の惨めな哀しさと醜さを湛えて目をそむけるものがあります。反戦美術運動で逮捕され獄中と拷問を経て転向し、かっての仲間たちに最大限の部場を加えていく羞悪さは目を覆うばかりです。日本文化の大勢順応をこれほど惨めに実感させるものはありません。
 わたしは幻想的でリリックな絵を描いたシャガールが、ユダヤ人であり家族を強制収容所で失い、自分のみが不在で助かった自責の苦しみの中から、あの絵画群を描いたことを知って粛然としました。彼自身も逃亡先のソ連で弾圧を受け、絵を数十センチ四方に切って、出国し1年後にイスラエルで死亡している。イスラエルで催された「ホロコーストの犠牲となったユダヤ人画家たち展」への彼の長編の献辞は彼の絵の背後に何があるかを示しています。これまで私の注目する画家は、松本峻介、香月泰男でしたが、それにシャガールが加わることとなりました。(2007/5/15 17:14)

第68夜:川上徹・大窪一志『素描・1960年代』(同時代社 2007年)
 最近1960年代から70年代初頭の日本の学生運動を回顧する著作が多く出版されている。おそらく主役であった団塊の世代が大量退職期を迎えて、自分の生きてきた半生をふり返ってみようという時代的な雰囲気があるのだろう。それらの著作の多くは、いわゆる全共闘系とか「過激派」といわれた共産党と対立する潮流のものが多いが、この書は珍しく共産党=民青系と云われた学生運動のかってのリーダーたちの回顧録と対談からなっている。おそらくこうした60年代から70年代初頭の学生運動に何らかの形で関わった人たちは、独特の思い入れをもってこの書を読むだろう。この2人は共産党=民青系のリーダーでありながら、運動の渦中で共産党と対立していった人だから、そうした事件の舞台裏に大いなる興味を持って読むだろうと思う。
 しかし私は60歳を過ぎようとする人たちが、みずからの20歳代の青春をふり返って敢えて他者に問うという意味が今ひとつよく分からない。自分たちはこんなにピュアーに戦ったけど、誰かのお陰でうまくゆかなかったんだ−とアレコレ言い訳しても何の意味があるんだろうと思う。こうしたノスタルジックな心情で、あの時代はよかったな−とふり返って共感を求める姿勢そのものに、なんと云ったらいいか幾ら年取っても越えていない甘えかナルシズムとかの日本的感性があるような気がする。大窪一志氏は時代の概念分析で自分の位置を決めようとし、川上氏はヒューマニックな主観的心情に訴えようという傾向が見られるが、共通しているのは自分が何らかのシステム犠牲者であったという感覚だ。権力をめぐるポリテークを感性レベルで処理するのではなく、本格的な社会史を含めた歴史論理で解明すべきだと思う。
 さて私は日本のどのような回顧録にもみられる本質的な問題を指摘したいと思う。まず回顧録はある運動の指導曽から発せられる言葉であり、その指導を信頼して無名のままでこの世を去った人たちの弄ばれた生命への関心がない。この書もそうした点では同じであり、また東京(首都)中心史観がごく普通の感覚であり、この書でも幹部が「地方へ飛ばされる」とか「ドサまわり」という表現を平気で使っている。体制側であれ、反体制側であれ、この中央集権的感覚は同じだ。
 第2は60年代から70年代初頭の世界的な学生運動の高揚期に表れた、欧米と較べた日本の学生運動の本質的な問題に両者は全く気づいていない。ドイツやフランスの若者は、第2次大戦期における親の行為と戦後の生き方を激しく問うて、戦争の罪責への告白と追究の文化を社会全体のものにしたが、日本の学生運動を含む社会運動はこの点で致命的な弱点があった。この書でもわずかに、沖縄返還協定で気楽に「沖縄を返せ」と唱う本土の傲慢さを指摘しているが、それは国内問題に過ぎない。日本の戦後は、戦争の最高責任者を免罪することによって、告発すべき多くの責任者が社会の中枢を占める戦後をつくってきた。被害者への個人補償などどこ吹く風で忌避してきた国が日本だ。その親たちの子弟として、この時期の進学率10%の大学生が存在し得たのだ。過去の罪責と追究を闇に沈めたことによって、どんなに時間が経とうと日本は告白と謝罪の機会を繰り延べて、逆に歴史を偽造しようとする愚かに国に頽廃してしまった。この書でも学生期に反体制運動の指導者であった人物が、いまや靖国運動を担っている多くの名前が登場する。残念ながらこの書にも、そうした運動の本質的限界の指摘はただ一言もない。いま若者たちがまっとうな青年期(反抗期)を喪ってネットカフェにさまよっているのを許している理由の一つは、「責任」を追究し得ない強固な文化風土にある。私はこうした「傷跡文学」的なアプローチに全く意味がないとは云わないが、そんなレベルでは到底及ばないほどに日本のライト・ウイングが進んでいることに気づいてほしい。(2007/5/9 16:37)

第67夜:姜徳相『もう一つのわだつみのこえ 朝鮮人学徒出陣』(岩波書店 1997年)
 私たちは太平洋戦争末期に、雨の降る神宮外苑での学徒出陣の悲劇的な行進に頭を垂れる。壮行演説をする東条英機の獅子吼に虚しさを覚える。しかしあのなかに外国人学生がいたことを知らない。少なくとも私は知らなかった。日本帝国は朝鮮植民地に、1938年の陸軍特別志願兵令、43年の学徒志願兵令から44年の徴兵令によって、35万から40万人の朝鮮人の若者を動員して多くを死に至らしめた。43年に開始された学徒志願制の「志願」とはまさに強制動員のことであり、朝鮮の未来を担うエリート大学生を脅迫的手段で軍隊に集めた。志願を拒否する若者は憲兵を動員して故郷の親を脅迫し、一部の若者は山に逃げ込んで逃亡した。朝鮮の若者はなぜ志願に応じなかったのか。それはすでに20数万の軍隊慰安婦が拉致されて日本軍の前線に強制連行されていた実態を知っていたからである。そのような軍隊に自分の生命を捧げる気持ちがどうして生まれるだろう。朝鮮人の学徒動員の研究は皆無であり、姜氏ははじめてこの実態の解明に取り組んだのである。日本の研究者はこの問題にほとんど関心を払わず、資料や文献が乏しい中で彼は全力投球している。なにしろ創氏改名で日本人学生と区別がつかない。日本政府や日本の大学を資料提供をほとんど拒否し(または資料そのものがない大学もある)、提供した大学は、明治大学と立命館大学の2校のみであり、日本人の私はこの2大学に敬意を表する。
 志願を忌避したにもかかわらず、多くの朝鮮人学生が最後に記名・捺印したのは、日本官憲による強制的な脅迫と同時に、朝鮮国内の親日派による精神的圧迫と、日本人学者の精神動員である。多くの若者を死地に送った親日派は、戦後は民族派に転換して支配権力を形成した。ここに現代韓国の過去史清算の必然性がある。しかし私が最も痛みを覚えるのは、日本人学者が学問の権威を借りて植民地学生を日本軍入隊へと精神的脅迫をかけて動員したことである。この日本人学者のほとんどは敗戦後に帰国して日本国内で枢要な地位を占めている。私は彼らを学会から追放し、裁くべきだと思う。1人だけ名前を挙げる。尾高朝雄(京城帝国大学教授→東京大学教授)である。彼は1943年11月3日の10時から開催された京城帝国大学「出陣学徒を激励する会」(講堂 出陣学徒150名 残留学徒400名参加)で、「戦場は諸君に活学問を授ける。戦場で得る直接の体験が学問体系の基礎となるのだ」と壮行演説をおこなっている(本書P156)。彼の法哲学の基礎は、戦場での殺人にあるとみずから宣言している。ナチの法学者すら口にしなかったことだ。
 この書は1次史資料の発掘と公開に全力を注いでいるので、歴史学的な分析は後世に委ねられている(*追記:東京で出陣学徒を送る私的な会を開いた金史良氏は報道班員として日本軍に従軍後、中国の前線で脱走しゲリラ軍に参加しているのには驚愕した)。

第66夜:Erna Paris アーナ・パリス『Long Shadows Truth,Lies and History 歴史の影 恥辱と贖罪の場所で』(社会評論社 2004年)
 538頁にのぼる大著の著者はカナダ国籍の作家であり、強制収容所と広島への旅を契機に、20世紀の人類が犯した罪と罰の集団的記憶が、現地の人びとの間でどのように受けとめられているかを、実際に訪問して聴取調査をし、その肉声を浮かび上がらせている。彼女はそれを「打ちひしがれた国々への旅」とし、ドイツ、フランス、日本、アメリカ、南ア、ユーゴを訪ねて忘却と記憶の実相を伝えている。作家精神による直感的な鋭さに満ちており、統計的手法にはない真実が浮かび上がっているように思う。日本人の私が見逃している(気がつかない)ようなハッとする叙述に出会う。以下は「第3章 歴史の抹消 日本における虚偽と忘却」から印象を記す。
 最初に訪問した靖国神社を「ナチを犯罪としたドイツと違って、靖国神社は今も宗教的・歴史的記憶の政府公認の史跡であり、ベルリン中心部にナチ幹部の記念碑を祀ってあるようなものだ」としている。ここに詣る日本人にとっては「青春と英雄的行為に満ちた思い出の国」がある−と続く。次いで日本の戦争に移り、731部隊と南京事件を追い、大虐殺時の指揮権が松井石根から朝香宮鳩彦親王に移っていたにもかかわらず、親王と天皇の名前が被告リストにないのはなぜかと考える。石井の娘である石井春海は「父の取引のお陰で多くの医者の命が助かった」と述べている。ドイツ・フランスと違って日本では日本人による戦争犯罪裁判が一度も開かれず、これが東京裁判を勝者の裁判とみなす余地がつくられた。父の無罪と意義の再評価を迫る東条由布子の著作は10万部を超えた。日本の教科書では広島・長崎だけが戦争の核心として教えられてきた。右翼日本の日常は、服装が自由な中にはっきりと階級があり、生徒は軍服を着て軍隊を思わせる行進をしていることにあらわれている。
 被爆者・渡辺チヨコは「被爆はしかたがなかった」と自然災害のようにいい、天皇を責めることはない。日本の歴史は公認された暗黙の方法でふるいにかけられ、真実は禁句とされる。記念碑の「安らかにお眠り下さい。過ちは2度と繰り返しませんから」には主語がなく戦争犯罪者を特定していない。日本では侵略の正確な記録なしに「平和」が抽象的に説かれている。長崎では外の地域よりもカールした髪や高い鼻の持ち主が多く、そういう子どもはいじめられる。鎖国時代の唯一の開放区で外国人との婚姻があったからだ。いまでも長崎の大人は生まれてくる子どもが日本人に近い身体かどうかを心配する。同じように過去の日本の罪責を認める人には激しい迫害が加わる。ドイツの首相はワルシャワ・ゲットーの記念碑の前でひざまづいて大地にぬかづいて許しを乞うたが、日本の首相は戦争犯罪者が祀られる靖国神社で頭を下げている。「この打ちひしがれた国では過去に対する苦闘は今後も続いていく」と締めくくられている。以上が第3章の叙述のエッセンスです。
 いったいこの日本で「打ちひしがれた国」として日本をイメージしている人が何人いるだろう。多くは不況の中でも世界第2位の経済を多少の不安を交えつつも謳歌しているのではないか。東京都知事は「蛮行」と評価される特攻青年をえがく映画を公開して得意げに笑いを振りまいている。日本はほんとうに「打ちひしがれた」ことがあるのだろうか。いや何度「打ちひしがれれば」いいのだろうか。

 ドイツの若者の多くは自分がナチと見られているという恥の感覚をいだいている。ドイツ人は自分にも犯罪の傾向があるのではという恐れをいだいている。日本の若者はアジア人に恥の感覚を持っているだろうか? ユダヤ人の若者は自分が虐待された者の末裔であることに恥の感覚を持つ。この感覚は分かる。68年のドイツ学生運動の若者は左翼やテロの極端に走るか、鬱病の自己破壊におちいった。ナチスの最高幹部であった父の息子たちが、ナチ告発の先頭に立っているのも驚きだ。ワグナーの孫は祖父攻撃の先頭に立っている。日本の若者はどうだったか?
 フランスの1%がレジスタンスに参加し、1%がナチに積極的に加担し、残りの98%がペタンを支持してナチに加担した。33万人のフランス国籍のユダヤ人が強制収容所に送られたにもかかわらず、戦後になるとレジスタンス神話をつくって、共犯を隠蔽してきた。30万人がナチ加担として裁判にかけられ、7000人が死刑となり、9000人がリンチで殺された。しかし一方では「フランス革命は悪であった」と答えるフランス人は30%に達し、肯定は55%である。東条を支持して海外で虐殺を繰り返した日本人はどうなったか? 自分で裁くことはなかった。

 米国では奴隷制への公式謝罪は一部州議会を除いておこなわれていない。奴隷制廃止後100年を経ても人種的偏見は隠微な形で続いている。南アの真実と和解委員会に依然として白人は非協力だ。アパルトヘイトは制度的には廃止されたが、白人の実質的支配は変わってはいない。犯罪を告白すれば恩赦が与えられるという原則はほんとうに和解を実現するだろうか。しかも黒人抵抗運動の暴力を抵抗権とはみなさず犯罪として告白を求めるとは! 南アでニュルンベルグモデル(告発と処罰)は適用できないということをどう考えればいいのか? 「ツツ大司教には、戦後日本のすべての政治家と違って、忘却ではなく真実によって歴史に平和をもたらす道を見いだそうとするゆるぎない決意がある」と著者は云うが・・・・・。1999年までに7142件の恩赦が請求され、567件が恩赦を受け取り、815件が係争となった。南アの差別は、白人−黒人、都市黒人−部族黒人など複雑に入り組んだ重層構造をなしている。マンデラは本当の黒人ではなく、少し黄色いから白人の血が入ったカラードだという人もいる。南アの白人科学者は、白人が敵の黒人部隊に潜入できるように、肌を黒く変える薬を開発し、殺人欲望・ガン・不妊をひきおこす毒素の研究にいそしみ、着用すると障害や死に至るTシャツを開発して黒人に着せた。彼らは意識的に残虐であったわけではなく、怠慢によって良心が破壊された。赦しを乞うても赦しはやってこない。赦しは犠牲者またはその遺族のみがおこなう行為であり、それを選ぶのは彼らであり、和解がある場合もあればない場合もある。つまり赦しは永久に乞いつづけねばならないのだ。

 アーレントは人間性の「例外理論」(悪魔・怪物理論)を否定し、「悪の陳腐さ」を指摘した。欧州のすべてから見捨てられたユダヤ人のその後のふるまいを責める資格を持っている人は誰か? アメリカはなぜアウシュヴィッツを爆撃しなかったのか? ワルシャワ蜂起の最初の攻撃目標は、ゲットー指導者(ユダヤ人評議会)であった。ホロコーストholokaustos(古代ギリシャ語聖書 すべての動物が神への生け贄として焼かれると)をヴィーゼルはユダヤ・ジェノサイドを表現する言葉としてはじめて使った。ヘブライ語の「ショアー」は惨事(カタストロフ)を意味する。ホロコーストはユダヤ的なメタヒストリカルな聖域神話を意味する。ホロコーストは誰のものか? 600万人のユダヤ人死者のものか? 500万人のジプシー、ホモ、コミュニスト、レジスタンスの死者も含むのか?

 冷戦期にソ連圏の反体制作家は、反共産主義のパートナーとして西側諸国によって都合よく利用された。共産主義者であることの最大の問題は過去を予測することである。想像の共同体(アンダーソン)としての国家。20世紀の全体主義国家は、統制された歴史的偽造を操る技法をさまざまなレベルで改良してきた(日本の歴史修正主義を見よ!)。真実や事実はないとするポスト・モダン理論を越えたところに、歴史的記録という動かし得ない礎石がある。天皇を免責し、石井四郎と裏取引したところから、日本人はアメリカに課せられた民主憲法の下で何ごともなかったかのように平然と生活を続けてきた。どのように歴史を曲げようとも、恥と告白という意識は人間の普遍的な特徴であり、被害者は永遠に記憶しその子孫も記憶しその数は幾何級数的に増え、最後には真実が明らかとなって赦しを乞うことになる。従軍慰安婦の恥ずべき性奴隷を生きのびたのはわずかに20%であり、いま年老いたこの人たちが告発の声を挙げ、日本政府の面目を丸つぶれにした。犠牲者にとってもっとも屈辱は、加害者が何ごともなかったかのように、街を歩きスーパーで買い物をしている明るい笑顔を見ることである。そのためにある女性は自殺した。ジャステイスなき平和はもろい。まさに現在の日本がそうだ。戦後60年間の平和がなぜこんなにも脆く崩れて、9条改憲に行く理由がここにある。

 非人道的な行為を常態化している社会は、次第に個人の良心を歪め、根底から破壊して信じられないような残虐行為を平然とおこなう人間を大量につくりだす。しかも彼らはある種の崇高な大義に自分が奉仕しているという使命に殉じているという意識を持っておこなう。これがあふれる親切と愛情を示す善人が、同時に野蛮で残酷な憎悪をもった人でもあり得る理由である。私たちすべてがナチたり得る存在なのであり、過去の恥辱の記憶を脱ぎ去る行為はふたたび犯罪を犯す共犯者たりうるのです。ちょうど従軍慰安婦が強制ではなかった−とうそぶく首相のような恥ずべき存在に身を落とすことになるのです。彼は主人である米国大統領に忠犬ポチ公として許しを乞うた。あたかもトルコ政府がアルメニア人虐殺事件はなかったと米国大統領にロビー活動をくり広げたように。あれほどの記念碑があふれるアメリカには、奴隷制を祈念するモニュメントは一つもないのだ。
 私はワシントンのホロコースト記念館が強制収容所を奇跡的に再現しているというバリスの評価に重大な疑惑を覚える。なぜアメリカの首都にホロコースト記念館がつくられ、全世界から貴重な遺品が集中的に寄贈されるのか? アメリカはなぜにしてそのような犠牲者を弔う資格を持っているのか? これは戦後幾多の侵略をおこなったアメリカ帝国の自己免罪の最も戯画的形態ではないのか? 要するに著者バリスは自分自身がなんの共同責任を持っていない傍観者として監察的に罪の場所を訪問してまわっているに過ぎない。たとえ彼女が追放されたユダヤ人の末裔であったとしても、私は許し得ない。この書は最初から最後まで自己の共犯性を自覚し得ない者の、シニカルな他者描写に過ぎない。それは自分が部外者であり、自分の手は汚れていないと錯覚している−安全圏から発せられる外部観察者の叙述に過ぎない。こうした人がいかに事態の真実に接近しようとも、自らの痛みを伴っていないカリカチュアになってしまうのだ。私はナチスに次ぐ非人間的行為を遂行しているアメリカ帝国の首都に、ホロコーストのかけがえのない遺品を提供した欧州の意識を疑う。ホロコーストの死者は自らの身体の一部が、アメリカ帝国に運ばれることによってふたたび恥辱を受けたのである。ワシントン・ホロコースト記念館では女性の毛髪の展示をめぐって激論が交わされ、撤去された。なぜワシントンまで犠牲者の毛髪が運ばれて公衆に曝されなければならないのか! アメリカ帝国はそこまで特権を持っているのか! ひょとしたらアメリカはこうした記念館を作ることによって、CIAの蛮行を免罪したのではないか? 要するにバリスは上等のワインを飲みながら、世界のミゼラブルについて語ったのである。ちなみに訳者の篠原ちえみ氏の基礎知識は疑わしい。彼女はユーゴスラビア共産主義者「同盟」を共産主義者「連合」と訳している。(2007/5/2 9:34)

第65夜:Frederick Douglass『Narrative of the Life of Frederick Douglass:An American Slave 数奇なる奴隷の半生 フレデリック・ダグラス自伝』(法政大学出版会 1993年)
 古本屋で購入したこの本の裏表紙を開くと、なかに西武百貨店池袋店の領収証が挟まれていた。日付は97年1月23日18:44となっている。古本を買うと時にはこうした前の購入者の履歴を垣間見ることがあり、ある種の感慨を覚える。いつだったか、いまは亡き著名な学者の新婚時の奥さんの写真が挟んであり、奥さんに送り返したことがある。
 さてこの書は奴隷制南部アメリカでの奴隷生活の体験と、逃亡して廃止運動に参加するまでの実在のフレデリック・ダグラスの壮絶な半生が綴られている。皆さんはアメリカの黒人の皮膚の色が、すごく黒い色から白い色までバリエーションがある理由を知っていますか? それは奴隷が建物や道具類と同じ物的財産と見なされて、白人の主人が財産を増やすために黒人女性をレイプして子どもを産ませたからです。その夜に主人が来ると、黒人の夫は静かに部屋を去るのです。だから現在でもあまり濃くない黒人は、自分の先祖はレイプされたのではないかと自分の肌の色を憎む人もいます。この著者であるダグラス自身が白人主人の父と黒人の母から生まれた子どもであったのです。すべての黒人の子どもは生まれるとすぐに、母や家族の愛情から遮断するために母子は切り離されます。
 奴隷制下の白人アメリカ人がいかに残酷に黒人奴隷に迫害を加えて労働させたかがリアルに描かれています。見せしめによる恐怖の支配はまさにアウシュヴィッツと同じです。白人は教会で信仰告白しながら平気で黒人奴隷を鞭打ったのです。激しい迫害のあいだに少し見せる憐憫の情に奴隷は感謝して身を捧げるようになります。白人の主人は巧妙に奴隷を分断して互いに争わせるようにし向けます。黒人奴隷もじつはじょじょに自由であることを恐れるまでに奴隷制に取り込まれていったのです。奴隷たちは互いに自分の主人の立派さを称え合い、競争したそうです。こうしたなかで逃亡の意識が生まれる可能性はどこにあったのでしょうか? たどたどしい文字の修得から始まってじょじょに自らの尊厳に気づいていく過程は感動的です。なにか勉強や学習の原点を感じさせますが、だからこそ黒人の勉強は犯罪として取り締まられました。あの黒人霊歌の重々しい調べは、奴隷たちの恐ろしい生活からの一瞬の癒しのひとときであったのです。最も不幸な奴隷が最もよく歌うと記しています。最も優秀な白人の本質は、「残酷」「狡猾」「無慈悲」であり、奴隷調教にすぐれた白人は最も称讃されました。
 遺産相続の時には奴隷たちはランクに等級づけられ、物品と同じく分配されます。これがあの輝かしい独立宣言を発した国の白人の実態なのです。アメリカ白人の恥部といえる奴隷制の本質は21世紀まで続いているように思えます。最後に著者の詩の一節を記しておきます。

 来たれ 聖人たち 罪人たちよ 私が語るのを聞いてほしい
 どのように敬虔な牧師たちが ジャックとネルを鞭打つかを
 そして女を買い 子どもを売り
 また あらゆる罪人たちに 地獄へ堕ちるぞと説教し
 そのうえ 一緒に天国に行こうと唱うかを


 奴隷たちは食べ物を館に運ぶ時に口笛を吹くことを義務づけられていた。途中で空腹で奴隷がつまみ食いすることを許さないためだ。その小道は今でも「口笛の小道」と呼ばれている。(2007/4/26 8:29)

第64夜:ウリアム・モリス『民衆の芸術』(岩波文庫 2007年)
 日本の伝統工芸に関心を抱いてきた私は、このイギリス人の工芸運動にも興味を持ってきましたが、はじめて彼の著作を読みました。日本の工芸運動をリードしてきた柳宗悦の民芸論と似ていますが、モリスは民衆芸術を彼なりの社会主義思想と結びつけている点が違うように思います。自由主義段階の資本主義(モリスは商業の勝利と表現する)によって貨幣経済に飲みこまれ、田園の手づくりの美が失われていくことへの危機感と郷愁は日本の民芸運動と同じです。しかしモリスの場合は、民衆芸術を取り上げる場合も、労働者自身の内発性への依拠はないようです。労働者自身が資本主義によって人間性を失っていくとみるからです。従って彼の社会主義は強要と文化を失わない貴族的な上流階級の民衆救済史観として表れてきています。ここには英国の階級社会と階級意識が抜きがたくしみついているような気がします。これが彼の芸術社会主義運動の本質であり、フェビアン流の英国型社会主義の限界があるように思います。(2007/4/24 7:29)

第63夜:佐々木力『21世紀のマルクス主義』(ちくま学芸文庫 2006年)
 著者は数学を中心とした科学思想史家として著名ですが、マルクス主義者としても現代の課題に正面から挑戦しようとしています。ソ連崩壊後の社会主義思想の衰弱の根元をスターリン主義に求め、トロツキーに社会主義再生の理論的な支柱を置きます。トロツキーの永久革命論を根元的民主主義と現代的に言い換え、21世紀の社会主義の理念を環境社会主義と規定します。著者が若くして傾倒したトロツキー思想をいまもって固守し、あまたの転向現象を批判するパッションは充分に分かりますが、あれこれの現代流行思想を引用しつつも、「社会主義」への信仰告白に終わっており、どのようなプログラムや構想を具体的に政策提起するのかを主体的には打ち出していません。論理は危機意識は溢れているものの、全体として粗雑でありプロパガンダに堕する寸前で留まるあやしげな内容が見受けられます。しかし青年の熱情を失わない社会主義への希望を包み隠さず語るオプテイミステックな言葉は微笑ましく、評価できるものです。つまり専門の科学思想史を越えたグランド・セオリーの分野にはいると、自分自身が否定するスターリン主義的な信仰告白になっています。要するにトロツキズムを現代的に再生し得れば、21世紀の課題はおおかた片づけることができるという幼稚な議論があります。アレコレとエピソード風にアカデミズム内部の交流を描いていますが社会主義の根幹とはほとんど無関係でしょう。(2007/4/22 16:36)

第62夜:Hannah Arendt『ON REVOLUTION 革命について』(筑摩書房 1995年)
 従来の革命論の主潮流はマルクス的な階級国家論であり、他にシュミット的なパワー・ポリテクス、英国的契約論など多彩ですが、このアーレントの書は従来の革命論のパラダイムを転換させたと評価されています。従来はフランス革命→ロシア革命への展開を革命の主流に位置づけ、アメリカ独立革命への注目はそれほどありませんでした。アーレントは、フランス革命以降の欧州革命をすべて失敗革命とし、アメリカ独立革命のみを成功した革命とみなします。それはフランス革命以降の欧州革命やアジアの革命を含めて、すべて革命後の専制独裁(全体主義)への転落によって革命の理想は裏切られたとするからです。その原因をアーレントは革命の目標理念の違いに置き、アメリカ独立革命は「自由」の実現に、失敗した欧州革命は「貧困」の克服=平等の実現にあったとします。彼女はアメリカ独立革命がなぜ貧困=平等ではなく、自由が主テーマになったかを詳細に解明しますが、なぜ欧州革命が貧困=平等に力点を置いたかの説明はしません。
 彼女は自由をめざす革命過程に生まれた自然発生的な「評議会」運動を評価し、その一つであった「ソヴィエト」の挫折と共産党独裁に到る過程を厳しく批判します。ソ連も中国もナチス全体主義とほとんど同列に評価します。私はアーレントの問題意識に共感すると同時に、マルクス型革命論のどこに独裁に到る必然性がはたして理論的にあったかというところに関心があります。資本と階級の解明で依然として『資本論』の論理的な有効性を否定し得ないと考えるからです。従って、アーレントは「自由」の問題について鋭く考察したが、「貧困」の問題が死命を決する途上国革命は対象から除かれ、開発独裁問題も解明されません。
 彼女がギリシャ・ローマの都市国家の民主制における市民的自由(公的な参加)を非常に重視するのは、ハーバーマスの市民的公共性理論と似ているように思えますが、ギリシャ・ローマ社会の奴隷制について言及することはありません。それはアメリカ独立革命での黒人奴隷制の存在をいっさい無視していることにもつながるのではないかと思います。
 アメリカ独立革命が「自由フリーダム」の制度的に実現していく過程の分析は、非常に勉強になりましたが、この成功は英国の独立自営農民の自立した市民形成と同じく、貧困と奴隷の問題を捨象しては実現し得なかったと思います。アーレントの限界と考える点を記しましたが、彼女の指摘した問題−貧困の絶滅=平等をめざした革命がなぜも悲惨な独裁的全体主義に陥ったのかを、彼女への反論として提示する責務が批判者にあると思います。(2007/4/20 9:04)

第61夜:Klaus Kordonクラウス・コルドン『DER ERSTE FRUHILING ベルリン1945』(理論社 2007年)
 第1次大戦から第2次大戦にいたる戦争と革命のなかを必死に生き抜いたベルリンのある家族の3世代の波乱の生涯を描く大河ドラマ3部作の最終巻です。第1巻『ベルリン1919』が1984年、第2巻『ベルリン1933』が1990年、第3巻『ベルリン1945』が1993年に刊行されていますので、10年間かけて執筆された大河児童文学です。作者の履歴をみると、第2次大戦最中の43年にベルリンで生まれ、同じ年に父は戦死、戦後東ドイツに編入され、56年に母が死んで孤児となっています。72年に国外逃亡未遂罪で逮捕され、翌年に旧西独政府のHaeflingsfreikauf(?)で解放され、74年から西ドイツで作家活動を開始し、90年代に入って次々とドイツ児童文学賞を受賞しています。
 私はこの作家を知りませんでしたが、フトしたきっかけで第1巻を読み、あまりのドラマテックなストリー展開に圧倒されて第2巻を読み、ついに今年になってやっと最終巻が翻訳されたので読了しました。第1次大戦後の帝政崩壊からワイマールにいたる第1巻、ナチス台頭と血なまぐさい市街戦を経てのナチ独裁に到る第2巻、ベルリン攻防戦とナチス崩壊を経て戦後直後のベルリンを描く最終巻と息もつかせぬストーリ展開です。舞台はベルリンの下町の労働者街に生きるゲープハルト一族の3世代を描き、ナチスがどのようにして民衆の心情を把握し、独裁を樹立していくか、それに対抗する左翼がどのように戦い挫折していくか、最後に収容所から解放された反ナチとナチ支持者の葛藤など一切の妥協や甘さを峻拒する描写が続きます。
 43年生まれの著者がほんとうにドイツ現代史の裏の隅々までを理解し、左翼とナチ支持者の双方の心情に食い込むように迫っているのが分かります。最終巻は第3世代の少女の目から大人社会を見ている描写ですが、少年や少女たちの心理の繊細な感受性もよく描写されています。作者はちょうど私と同じ世代にあたります。生まれてから30年間を東ドイツで育った作者が、左翼の根底にある心情とスターリン主義の葛藤にリアルに迫っていることは驚きです。こうした人間観察力とイマジネーションの深さは、作者の作家性を浮き彫りにします。しかし作者の精神的な履歴についてはほとんど詳しいことは分かりません。ナチスに死を賭けて抵抗した旧ドイツ共産党に敬意を表しながら、なおかつスターリン的独裁を批判しなければならない東ドイツ出身者のもっとも誠実な良心があるような気がします。
 ハンナ・アレントも言っていますが、「最も美しい良心的な思想が最も醜悪な独裁に到った」とソ連型コミュニズムを評価していますが、この大河小説の1つのテーマがそこにあるように思います。こうした児童文学(!)が資本主義システムをとるドイツで評価され、子どもたちに推奨されるドイツ文化の分厚い文化性も感じます。ちょうど韓国の『太白山脈』などの長編大河小説が大ベストセラーになるように。残念ながら日本ではこうした明治維新から太平洋戦争の3世代に渡る現代史を真正面から描いた小説を私は知りません。いわんや児童文学では皆無だと思います。日本とドイツでは国民文学の意味内容が全く違うようです。日本ではせいぜいのところ司馬遼太郎の世界でしょうか。司馬を含めて日本では民衆の視点よりも民衆出身者が権力の階段を上がっていく過程が華やかに描かれるのみです。いささか日本をけなしたようですが、こうした作品を読むとどうしても彼我の文化の重みの違いを実感せざるを得ないのです。最後に作品の一部だけ紹介しておきます。

 「昔々、5人の姉妹がいた・・・・長女は飢餓という名前で、次女は寒気、三女は貧困、四女は不安、五女は憎悪。娘たちの父親の名前は戦争、母親は・・・・アドルフだ」(孤児非行グループの雑談から−こういう会話がある日本の児童文学はない  *アドルフ=アドルフ・ヒトラー)
 「ああ」お父さんはそう言うと、息苦しそうにした。「それでも人生は続く。逃げ隠れしようとしても無理だ」 お父さんはほかにも何かいいいたそうにしたが、それっきり口をつぐんだ。(収容所から解放された父と音楽会に行った帰り道で父が娘に言う)
 「親衛隊は尋問をする時、よく『お遊び』をしたんです。服を脱がし、尋問机の回りを四つんばいで歩かせたんですよ・・・・。時には連中は馬乗りになって、げらげら高笑いすることもあったし、燃えているタバコを押しつけることもありました。私はその『お遊び』のことを話して背中を見せたんです。彼女は、私は殺された方がいい−と言いました」(奇跡的に収容所から生還した女性が、侮辱を拒否して死んだ女性の話を元の夫に語るシーン これを13歳の少女が聞いている!)
 「刑務所にいた時は、拷問以上に残酷なことはないと思っていた。だけど、強制収容所に回されてもっとひどいことがあるのを知った。それは人を拷問するように強要されることだよ」「お父さんも拷問したの?」「ああ、したさ。拒めば殺された。だけどそのことはまた話そう。辛すぎる話だから。だけどおおまえに打ち明けることができてよかった」(強制収容所から生還した父が13歳の娘に語る)

 おそらくこういう作品をいま日本で書くためには、右翼からの攻撃を覚悟しなければならないでしょう。政府と右翼と一体となって、過去の戦争の事実を自虐史観と攻撃し、従軍慰安婦は強制ではなかったとか、沖縄戦の集団自決は軍の命令ではなかったなどと歴史の真実を隠蔽して恥じない日本の異常さが浮き彫りとなって際だちます。いま世界の歴史でもっとも醜悪なふるまいに及んでいるのが日本政府とその追随者だということがわかりますが、ヒトラー登場に見て見ぬふりをしさらに歓呼の声を挙げたドイツ民衆の歴史をいま日本はまた再現しているような気がします。(2007/4/12 9:]16)

第60夜:Ursula Ludz『HANNAH ARENDT/MARTIN HEIDEGGER BRIEEFE 1925 BIS 1975 UND ANDERE ZEUGNISSE アーレント=ハイデガー往復書簡』(みすず書房 2003年)
 20世紀最高の哲学者といわれるマルテイン・ハイデガーと同じく最高の政治思想家といわれるハンナ・アーレントの1925年の最初の手紙から、1975年の生後の手紙までが編集されている。往復書簡とあるけれど中身は二人のラブ・レターなのだ。この希有な思想家である2人が出会ったのは、1924年のマルグブルグ大学であり、アーレントは18歳の女子大生、ハイデガーはすでに妻子がある35歳の無名大学助教授でった。ピュアーな女子学生がヒエラルヒーの頂点にいる教授の愛をおずおずとうけとめ、ドラステイックな時代の変動を乗り越えて終生にわたって愛情を維持したことを私たちはどのように受けとめたらいいのであろうか。
 妻子ある教授が女子学生を誘惑するならば現代ではセクハラそのものであり、大学は追放されて社会的地位は失われるであろう。しかしハイデガーはアーレントへの愛のときめきをエネルギーにしてあの主著『存在と時間』を記したのだ。ナチの台頭によるユダヤ人迫害の中でハイデガーは豹変し、彼女をヤスパースのもとへ「追放」し、さらにはパリ亡命に際しても無視し、米国亡命後に上梓した『全体主義の起源』には苦々しい評価を下した。しかも彼はナチ加担による教職追放後に、アレントに助けを求め名誉回復の工作をした。
 これらの裏切りにあって彼女の苦悩はどのようなものであったか、図りがたい。しかし彼女はハイデガーを弁護し、米国での著作権の実質的代表者となって英語版全集を刊行した。男女の愛の計り知れない想いがあったのであろうか。しかし両者の行動は、ごく普通の人間的なふるまいから言えば、当然に指弾され自らの思想体系との矛盾を指摘されて学問的生命を絶たれても不思議ではない。しかし現実はそうではない。現在でもハイデガーは哲学界にそそり立ち、アレントの政治思想抜きに20世紀の政治を語ることはできないほどにアカデミズムで屹立している。
 こうしたあらゆる想像力のを刺激する2人の秘密の内面世界をこの書簡を通して、見るという最高の快感を得ることができる。最初のラブレターは1925年2月に始まり、それは「どうしても今晩の内にあなたの心に語りかけずにはいられなかった」という書き出しで、はじめて愛の告白を敢行している。あの『存在と時間』の著者がどのようなラブレターを書くのか、私は興味津々で読んだ。或いは孤高の哲学者が急に人間的に見えるという人がいるかも知れないが、どのような人間も世俗であり得るということに私は感動した。しかし同時に「学問研究の恐ろしい孤独に足を踏み入れた」彼女を<喜びなさい>と祝福する彼の言葉は、研究者の愛情が学問を媒介に結合していることを示す。こうしたあまりにも危険な不倫の愛に踏み出したハイデガーの精一杯の制約された愛情表現が封じ込められている。
 こうした書簡を読むと、私は返す返すもハイデガーのナチ加担と、その過去を弁護するアレントの行為を残念に思う。この往復書簡集はほとんどハイデガーのものであり、アレントのものは少ない。彼は手紙をほとんど処分したが、彼女は大切に保管していたからだ。
 たしか三木清はハイデガーの講義を聞いたはずだが、ひょっとしたらアレントとも出会っていたのだろうか。(2007/4/7 8:59)

第59夜:ファドウ・トウカーン『私の旅 パレスチナの歴史 女性詩人ファドウ・トウカーン自伝』(新評論 1996年)
 はじめてパレスチナ人の文章を読んだ。しかも女性詩人だ。少女時代から詩人として世に出るまでを、繊細で情感豊かな筆致で描いている。パレスチナをふくむアラブの女性が家父長制家族の中でいかに閉鎖的な逼塞した生活を強いられているかには驚いた。彼女の母は年数回しか外出を許されない、ひたすたら夫に仕える生活だ。トウカーンは少女時代に学校の帰り道で男の子から声をかけられただけで、親から退学させられ家に閉じこめられた。彼女が文字とその他の知識を手に入れたのは兄からだ。彼女自身はある知識人の愛人のような生活を送って疑問を抱いていない。こうした忍従を経て女性が自立していくのは、パレスチナ解放闘争の過程と軌を一にしている。ほんとうにピュアーで繊細な表現にはたゆたう豊かさがある。けっして日本や欧米文化が表現し得ない言葉が舞っている。 

 人生の娘が語りはじめる時がきた。正直な女が語る時、それは人生そのものが語っているのだ。

 こうした表現はなにか太古の昔から響いてくるようなロマンと重みがある。しかし彼女はオックスフォード留学で舞い上がってしまい、英国文化の貴族性に気がつかない。これはやむを得ないことかも知れない。彼女の弟はコミュニストとして殺され、兄と幾多の友人も殉教で死んでいる。彼女は哀しんでいるが弱音は吐かない。顔を上げて前へ進んでいこうとする。こうした女性を見ると、イスラエルに将来はなく、すでにして敗北していると思う。(2007/4/5 22:45)

第58夜:エリ・ヴィーゼル『しかし海は満ちることなく(下)』(朝日新聞社 1999年)
 彼の強制収容所体験をベースにした希有のメッセージと、イスラエル加担のシオニズムが入り交じったエッセイで複雑な気持ちになる。20世紀後半の著名人との華やかな交流を前面に歌い上げ、ホロコースト生き残り文化人となった彼の現代を生きる姿勢がかいま見える。彼にしか云えない鋭い言葉が散りばめられているのだけれど、権力の舞台で颯爽と活躍する自己を描く筆は意気揚々としている。しかしなにか違和感を覚えるのだ。ひょっとしたら彼は、イスラエル・シオニズム派として利用された面はなかったのか。こうした疑問が生まれるほどに彼の著名人との交流は広い。
 プリモ・レーヴィの自死に対してかれは驚愕しているが、彼はレーヴィの心情をほんとうに理解し得ているのだろうか。関連して登場するヤスパースがハンナ・アレントに与えたという助言”犠牲者たちの無実のふりに用心するように”は暗然たる気持ちになる。これはヤスパースのホロコースト観なのだろうか?

 <なぜなのか?>という言葉は、神がうっかりして人間に与えたものだと、彼は言っていた。どうして彼は自殺を選んだのか。唇を開いて市を受け入れたことによって彼はどんなメッセージを残したのか。(ピストル自殺したピョトル・ラヴィッジへの追悼文から)

 レーガン大統領が独訪問に際して、ナチ親衛隊墓地をふくむ国防軍墓地ビットブルグ訪問をめぐるコール首相やホワイトハウス内の葛藤は非常にドラステイックであった。いずれにしろホロコースト生き残りの人たちは、複雑な戦後の舞台を生き抜き、いわば翻弄された側面もある。(2007/4/5 22:28)

第57夜:マルグリッド・デユラス『ヒロシマ、私の恋人 かくも長き不在』(筑摩書房 1987年)
 アンリ・コルピによって映画化された『かくも長き不在』シナリオ・テキストであり、映画ではカットされた部分もある。私はこの映画を邦画では小栗康平『泥の河』とならんで世界映画史上の洋画部門トップに置く。それほどこの作品は深く感動した。レジスタンスでナチスの拷問を受けて記憶を失ったおとことその帰りを待つ妻の遭遇と別れの物語である。最後に名前を呼ばれて、おずおずと両手を頭上に挙げる後ろ姿、霧の中で響き渡る急ブレーキの音はいまでも脳裏に刻まれている。そして今回何十年ぶりかで映画に触れたくて、このシナリオを読んだ。残念ながらながら映画のようには印象は伝わってこない。私の活字を読む想像力が衰えたのであろう。実に残念だ。私はその後のデユラスがどのような道を歩んだかは知らないが、少なくともこの2作品を書いた段階での彼女は、欧米の最も良質の部分を代表した作家であると思う。人間に対するしみ入るようないとおしさとそれを破壊するものへの静かな怒りが込み上げてきて、わたしはここに究極の時代を表現する感性の技量をみる。(2007/4/4 8:43)
 『ヒロシマ、私の恋人』は、フランス女性と日本男性のい恋愛を通して現代史の暗部を浮き彫りにしようとする。フランス人女性は、ドイツ占領下でドイツ軍人と恋愛し、恋人は待ち合わせの目の前でレジスタンスによって射殺される。解放後に彼女は市民たちによって頭を刈られ街中を引き回される。日本男性はヒロシマの被爆体験者である。この作品はアラン・レネによって映画化され、日本では『24時間の情事』という名前で公開されたが、若い私はエロ映画と勘違いして見逃した。実に残念だ。いまシナリオを読んでもしみ入るような想像力は喚起されない。(2007/4/7 9:44追加)

第56夜:リチャード・ウオーリン『ハイデガーの子どもたち』(新書館 2004年)
 これはハイデッガーの同僚または弟子として、ハイデッガー思想の影響を受けた人たちのそれぞれの関係を描いている。壮大な哲学体系とあまりにも対照的な人間くさい世界の非対称性に、なんだか人の秘密をのぞき見するような興味をかきたてられる。登場するのは、ハンナ・アレント、カール・レーヴィット、ヨーナス、マルクーゼというまた20世紀思想史に残るメンバーたちである。問題は、ハイデガーがナチズムの側に与してユダヤ人迫害に加担する1930年代後半の政治姿勢に対する4人の対応である。この4人はユダヤ人ないし妻をユダヤ人としていることによって全員迫害を受けたのである。
 最も見苦しいのはハイデッガー自身である。戦後の責任追究に対して抗弁し謝罪することなく、教壇に復帰したのである。その復帰を支援したのは、愛人のアレントである。こうしてハイデッガーとアレントは、自らの思想体系と無関係に600万人のユダヤ人を2度殺したのである。思想的にはハイデッガーの実存の思想そのものにナチズムに加担する要素があり、アレントの思想そのものにハイデッガー擁護の思想があるのではないかということである。私見によれば、ハイデッガーの実存におけるDAS MANN頽落態としての人という人間の現状規定であり、「歴史性」概念に起因するのではないかと思う。アレントの限界は、彼女がマルクーゼを拒否することである。反コミュニズムはどこかでナチズムをすり抜けさせる要素をはらんでいるからである。こうした書を読むと、ある学問的達成と学者個人の関係をおもいめぐらせて暗然となる。自然科学では成果と個人はほぼ切り離すことができるが、人文・社会系ではほんとうに難しい。(2007/4/4 8:26)

第55夜:Primo Leviプリモ・レーヴィ『Il sistema periodico周期律』(工作社 1992年)
 レーヴィの本職が化学者であることをまざまざと見せつけます。彼は21の元素に託しながら、少年期から化学者にいたる生涯をアウシュヴィッツ体験を織りなしながら省察を進めていきます。

 SSたちはユダヤ人のもっとも尊厳ある祈祷用のマントを押収してパンツを作らせ、囚人たちに配った。私の学位証には「ユダヤ人種のプリモ・レーヴィに評点110点と賛辞付きで化学の学位を授与する」と書かれていた。栄誉と嘲笑、赦免と断罪が入り交じった両刃の刃のような書類だった。

 収容所内での労働は、経営学でいえば製品開発論の極限的な挑戦の場のように思える。絶対的に不足している材料、無に近い素材からいかに有用な使用価値を創造するかなしに今日のパンが保障されない。ガス室か餓死しなければならない極限の中で、文字通り限界状況(ヤスパース)や「死」を前にした実存(ハイデッガー)のなかで人知の限りを尽くして追究される極限の行為である。こうした収容所型製品開発はパンとの無類の交換価値を発揮し、彼らは生き残った。ドイツ大企業は究極の労働力の発揮を無制限供給され、最大限収奪を実現した。囚人はもはやすべての人格を喪失した生ける製品開発マシーンと化してあっけなく姿を消すのだ。

 有能な化学者の頭脳活動と繊細な感性的表現が結びついた果てに、うつ病に追い込まれて自死していった凄惨な化学反応の書である。(2007/3/26 8:44)

第54夜:Primo Leviプリモ・レーヴィ『Se non ora,quando今でなければ いつ』(朝日新聞社 1992年)
 ソ連、ポーランドの東欧系ユダヤ人たちのナチ侵攻から対独パルチザンを経てイスラエル帰還に到るドラマです。私は東欧系ユダヤ人についてはほとんど知りませんでしたが、本書で少しはその一端に触れたような気がします。東欧系ユダヤ人の主敵はナチスでしたが、そのはるか以前からウクライナ人、ポーランド人によるポグロム(弾圧 ロシア語)の体験を持っていたのです。イデッシュ語という独自の言語とアシュケナージ文化を維持して同化よりも独自の文化生活を営み、土地所有権を奪われていたがゆえに徴税人や商業活動に従事し、他民族との軋轢がそれだけ大きかったようです。こうした東欧系ユダヤ人の歴史と苛酷な体験の実相を知れば知るほど、シオニズムの必然性を肯定的評価する気持ちが生まれてきます。シオニズムという宗教民族運動だけではない、生存のための最後の地としてのパレスチナなのです。現在の悲惨なパレスチナ・アラブ人との葛藤を目にして複雑な気持ちになります。作者は農地集散主義というある種の共産主義的農業生活を理想化しているようですが、このキブツに具現化された実態は現在はどうなっているのでしょうか。

 作中で登場するパルチザンの部隊歌は、逮捕されたユダヤ人が処刑前に30分の時間を与えられて作詞したものだ−と記されています(一部筆者意訳)。シオニズムの思想と信条が集約されているような気がします。こういう詩は日本人の歴史からはとうてい作られることのない気がします。

 おれたちを知っているか? ゲットーの雌羊だ、
 何千年も毛を刈られ、侮辱に甘んじてきた。
 おれたちは十字架の影にしおたれていた、
 下手や、筆耕屋、歌い手だ。
 今おれたちは森を歩くすべを学び、
 銃の撃ち方をおぼえ、的をまっすぐに撃ち抜く。
   もしおれが自分のためにいないなら、おれは何ものなんだ?
   もしこうでなければ、どうあればいい、もし今でなければ、いつ立つのか?

 兄弟たちはソビボールやトレブリンカの煙突から、
 空に昇って行ってしまった、
 空に墓を掘ったのだ。
 ただおれたちだけがわずかに生き残った、
 沈んだ我が民族の名誉のために、
 復讐と証言のために。
   もしおれが自分のためにいないなら、おれは何ものなんだ?
   もしこうでなければ、どうあればいい? もし今でなければ、いつ立つのか?

 おれたちはダヴィデの子、マサダの頑固者だ。
 ポケットには、ゴリアテの額を割った
 石を持っている。
 兄弟たちよ、墓場のヨーロッパを去れ。
 一緒に登っていこう、
 ほかの人間の中にあって、人間でいられる土地へと。
   もしおれが自分のためにいないなら、おれはなにものなんだ?
   もしこうでなければ、どうであればいい、もし今でなければ、いつ立つのか?


第53夜:Agota KRISTOFアゴタ・クリストフ『L'ANALPHABETE:RECIT AUTOBIPGRAPHIQUE 文盲 アゴタ・クリストフ自伝』(白水社 2006年)
 著者はハンガリー出身のフランス亡命作家で『悪童日記』で知られる。彼女は1956年にハンガリー事件でスイスに越境し、工場労働に従事しながらフランス語を修得した。9歳でドイツ語を、11歳でロシア語を強制され母語を失い、フランス語も強制されたものだった。本書は彼女が亡命からデビューまでの記憶を淡々と綴った自伝的エッセイだ。

 (幼年期をふり返って)
 昨日は、すべてが美しかった
 木々の間に音楽
 僕の髪に風
 そして、君が伸ばした手には
 太陽


 彼女の生は、オウストリアやドイツ、ソ連と次々と支配者が変わる翻弄された祖国と同じく、放浪生活で満ちた。彼女はスターリン独裁を批判するのみならず、ソ連反体制作家にある周辺諸国への無関心をも鋭く批判する。彼女は結婚して2年目の21歳の時に、生後4ヶ月の娘を抱いて、11月の深夜に国境を越えた。亡命生活も辛酸を極め、仲間2人が禁固刑が待つハンガリーに帰り、4人は自死し(1人は睡眠薬、2人は首吊り、1人はガス)、2人は米国とカナダへ去った。亡命者は本質的に祖国を喪った孤独な存在なのだ。この孤独に耐えられるかどうかがその後を決める。人はどのようにして作家になるか?と聞かれて彼女は、「私はこう答える。自分の書いているものへの信念を決して失うことなく、辛抱強く、執拗に書き続けることによってである、と。」と云っている。専門は違うけれど私にとっても至言だ。「フランス語は自分で選んだのではない。たまたま、運命となりゆきによってわたしに課せられたのだ。フランス語で書くことを、わたしは引き受けざるを得ない。これは挑戦だと思う。そう、ひとりの文盲者の挑戦なのだ。」
 亡命作家や越境作家といえば、ミラン・クンデラ、ウラジミール・ナボコフ、ロマン・ガリなどがいるが、彼女は知識人でもなく自ら言語を選んだのでもなく、彼らとは本質的に違う。本書は非常に読みやすかった。わたしは『悪童日記』をまだ読んでいないのだが、帯の宣伝文句にひきづられて購入した。国境を越えるという体験をほとんど持たない日本文化からはうかがい知れない感性が育つようだ。日本で云えば在日朝鮮人作家だろうか。(2007/3/20 9:52)

第52夜:Georges Didi-Hubermanジョルジュ・デイデイ=ユベルマン『Images malgre toutイメージ、それでもなお』(平凡社 2006年)
 アウシュヴィッツ強制収容所は、ユダヤ人の囚人をガス室に入れて10分ほどで殺害したあとに、積み重なった屍体を焼却処理する特別部隊・ゾンマーコマンドが同じ囚人によって組織された。大量殺戮を同じ囚人にやらせたのだ。この処理は絶対に秘匿される極秘行為であったから、完全に秘密を保持するためにSSは数ヶ月で部隊をガス室に入れて全員殺害し、次の新しいコマンドをまた囚人から編成した。
 この特別部隊は1度だけ焼却炉を破壊する反乱を起こしたが、惨たらしく鎮圧されもはや道具のようになって屍体処理を実行し、自らもガス室に送られた。ところがポーランド・レジスタンスが小型カメラをコマンドに渡し、ガス室と焼却の写真撮影を試み、フィルムは歯磨き粉のチューブに隠されて外に持ち出された。この囚人の名はアレックスである。こうして人類はアウシュヴィッツの真実のほんの一部を切り取ったたった4枚の写真をいま見ることができるのである。著者は歴史修正主義のあらゆる言辞に抗して、この4枚の写真からアウシュヴィッツの真実に迫ろうとする想像力の意志をもとめ、みずからイメージしようとする。すべての希望を奪われた人が、過去のなかに失われることのないように、最後の希望を込めて残したのである。焼却遺体の灰を集めて道路舗装材とし、女性の髪を集め繊維材にしたナチスに抗して、囚人は発見されるかどうか分からないメモ類を地中に埋めた。写真は以下の通りですべて撮影者不祥。
 写真@アウシュヴィッツ5号焼却棟をカムフラージュする生垣(1枚)
 写真A高い木立に囲まれた5号焼却棟(1枚)
 写真Bガス殺された遺体の野外焼却穴での処理 5号焼却棟ガス室前 もうもうと白煙が上がっている(2枚)
 写真C5号焼却棟ガス室に追いやられていく全裸の女性たち(1枚)    

 この書は、アウシュヴィッツの真実への接近は不可能とする絶望の不可知論に抗して、こうした死者の残した痕跡から想像するのが生きている者の責任であるとする。4枚の写真はトリミングされて、より悲劇性を明確に示すようにしたものもあるが、著者はそのような修正行為を激しく指弾し、原形のままで想像しなければならないという。訳者はイメージ人類学の果敢な実践だと評価している。但し私には、写真や映画論をひろくとりこむ直感的な分析に戸惑うことが多く、言葉の複雑なながれについていけない面があった。

  ガス室による死は
  およそ10分から15分かかります。
  もっともおそろしい瞬間は
  ガス室を開けるときの
  耐えがたい あの光景です
  人びとの肉体は 玄武岩とでもいうのでしょうか
  まるで石の塊のように凝固しています
  そしてそのまま ガス室の外へ 崩れ落ちてきます!
  何度も私は見ましたが
  これほど辛いものはありません
  これだけは決して慣れることはありません
  不可能です
  そうです 想像しなければなりません

                        −フィリップ・ミュラー(5度の抹殺を免れた奇跡的ゾンダーコマンド生存者)

 本書注26)焼却炉の故障か処理能力を超えたためか、遺体を焼却する穴が掘られた。穴は幅12m、奥行き6m、深さ1,5mで、1時間に1000人が焼かれた。(2007/3/16 12:35)

第51夜:Elizbieta Ettungerエリザベート・エテインガー『HANNAH AREEDT/MARTIN HEIDEGGERアレントとハイデッガー』(みすず書房 1996年)
 マルテイン・ハイデッガー、この名前の響きにすら畏怖を感じるドイツ現象学の権威、対しては没後ますます声望を高めている女性ユダヤ人思想家の往復書簡集をもとに、二人の恋愛と精神的交流を浮き彫りにしている。訳者はポーランド系ユダヤ人でワルシャワ・ゲットーを生きのび、いまはMITの文学教授として、ローザ・ルクセンブルグ伝の筆者でもある。この書は将来のアーレント伝のために書かれた原稿の一部である。
 この高名な2人の哲学者・思想家が大学時代の授業で師弟として出会い、恋愛関係に入り終生紆余曲折を経て交流していたのも驚きだ。しかも師は妻も子もいるいわば「不倫」の愛人関係ではないか。ハイデガーがナチ党員として反ユダヤ主義者として振る舞ったのも驚きだ。親友ヤスパース(妻がユダヤ人)の教授職追放の無視と裏切り、ユダヤ系研究者に対する告発の秘密報告、ユダヤ系研究者の公職追放の告示への学長署名、師であるユダヤ人哲学者フッサールへの攻撃と追放、戦後の追放と自己弁護を経た名誉回復と教授職復帰工作などなどハイデッガーのふるまいは、恥ずべき自己保身に血塗られている。明らかに彼は600万人のホロコーストに対する学術分野での加担者であるばかりか、先導者であった。彼の背広の襟にはナチ党員証が輝いていたのだ。さらに驚くべきことは、ヤスパースとアーレントがともに、ハイデッガーのナチズムを免罪し擁護しようとする方向で接するのだ。ヤスパースは途中で彼の「裏切り」を指弾して離反するが、あのアーレントは最後まで師を擁護し米国での著作集刊行に最大限の努力を傾け、他方でアドルノ・ホルクハイマーを罵倒しているということはいったい何なのだろうか。
 こうした哲学思想史に巨大な名を残す人のプライベートな生活やいかにも世俗的で卑近な感情や汚れをのぞき見するような書は、自分自身が貶められるようで嫌な気持ちになる。しかし彼らの思想と学問の業績と、こうした私生活の問題を切り離してもっぱら思想とのみ付き合うことにも抵抗感を覚える。しかも600万人の虐殺の血塗られた綱の一端に連なったハイデガーの公的生活を彼の構築した哲学体系と無関係に論じることは許されないと思う。1930年代から45年までのドイツの「存在と時間」を生きた彼の公的行為は、彼自身の哲学体系から演繹されてあるのだと考えざるを得ない。
 著者もそうした問題提起を最後におこなっているが、残念ながら叙述そのものは思想とは無関係に彼らの私的交流を描いて終わっている。同じような例が日本にもある。西田幾多郎はあきらかに政治・社会生活では戦争扇動者であったが、彼を擁護する人たちは生活と思想を切り離して復権を図ろうとしているように見える。しかしさらに怖いことは、ハイデッガーを最後まで擁護したアーレントの行為は、彼女自身の思想にその根元を求めるという命題だ。同胞を虐殺した極悪非道のナチに加担した師を擁護し続ける自らの行為への自己省察が決定的に欠落している。これは彼女がやはり「女性」であったということだろうか。(2007/3/14 9:29)

第50夜:Reiner Kunzeライナー・クンツエ『DECKNAME"LYRIK"暗号名”抒情詩”』(草思社 1992年)
 先日みた「善き人のためのソナタ」という東ドイツ秘密機関シュタージの監視活動を描いた戦慄すべき映画が鮮やかに思い出される。この書は東ドイツで著名な私人として活躍していたクンツエが、90年のドイツ統一後に公開された秘密機関のファイルの一部を忠実に公開したものである。東ドイツ国家保安機関は、正職員人9万1000人、上級職員1万3000人、非公式協力者(IM)17万人という組織で市民400万人の監視ファイルを整備していたと云われる。旧東ドイツ人口1600万人だから、国民200人に1人がシュタージ職員だったことになる。詩人クンツエは自分のファイル閲覧を求め、自分のコードネームが「抒情詩」であり、全12巻・3491頁(!)という膨大なファイルを8週間で20分の1に編集して公刊した。原ファイルは焼却処分されていtが、偶然に地下室に残っていたのを若者が発見しクンツエに連絡して分かったという。
 微に入り細をうがつ彼の日常の公的、私的生活があますとろこなく把握され、次第に彼が東ドイツ国内で神経を痛めつけられてついには西ドイツ脱出に到る過程が赤裸々に描かれている。掃除婦や隣人がどのように彼の噂をばらまき、親友を装ってスパイするさまが浮き彫りとなっている。ある青年がIMとして娘に接近し、相思相愛となって情報を機関に提供し、その青年がついに行きづまって自ら命を絶ったなどという報告まである。

 ・・・・国中はこんなふうに治められていたのだ。
 われわれはお前のことをすべて知っている。お前は何も知らない、とね。

 このファイルの公開をめぐって激しい軋轢が生じたそうだ。それはかってのナチス・ゲシュタポのファイルが不充分に管理され、その後多数のナチが戦後も公職にあって責任を追及されず生きのびたという苦い経験から、シュタージ・ファイルには徹底的な公開性の原則を求める市民運動が起こったからだという。

 私はソ連モデルの社会主義が「帝国主義」からの破壊活動を警戒し、何らかの治安・防衛機関を設置する必然性は分かるが、そうした監視組織が質的に独裁維持のための市民抑圧へと転化してファッシズムと本質的に変わらない管理国家に変貌していく過程の論理を解明したいと思う。ただ単に過剰防衛の結果なのか、それとも社会主義理論に本質的に内在する論理なのか。ソ連崩壊後に社会主義幻想は地に落ち、泥にまみれた。「ソ連型」の崩壊であって、社会主義そのものではないという弁護論もこの書を読めば吹き飛んでしまう。社会主義の国家論は「階級」論による限り、本質的に対市民に対する「強制」「強力」という権力の質をはらんでいるのではないか。いま「北朝鮮」でどのような監視活動がおこなわれているかを予測する想像力と材料はないが、内実は同じなのだろうか。
 
 しかしではデモクラシーの帝国としてのアメリカはどうか。CIAやFBIによる秘密作戦で多くの民主政権が転覆され、米政府の独裁援助がくり広げられた。9・11以降の愛国者法による市民に対する反人権的情報収集活動が合法化され、電話傍受、インターネット記録押収が裁判所令状によらずFBI発行の「国家安全保障書簡」(NSL)による押収件数は00年8500件から05年4万7千件に急増し、その多くは違法な人権侵害であるという。こうした事例は経済社会システムの違いではなく、国家権力の本質的な現象なのであろうか。
 他方においていま中南米中心に反米の嵐が起こり、多くは資源と多国籍企業の国有化による親社会主義政策が追及されている。これは原始的貧困をもたらした新自由主義の新植民地政策への原初的抵抗運動なのであって、先進国には参考とならないモデルなのだろうか。この書にある秘密機関の監視活動の記録は、私たちの生活の条件そのものと展望への想像を喚起する。(2007/3/13 9:30)

第49夜:高杉一郎『征きて還えりし兵の記憶』(岩波現代文庫 2002年)
 著者は1908年生まれだから、出版時には90歳を越えている。それにしても恐るべき記憶力と思考力が維持されている。著者戦時期に改造社編集部員として働き、政府による解散命令と同時に召集されて満州に行き、4年間のシベリア抑留を経て帰還し英文学を教えて今日に至っている。帰還後に書いた『極光のかげに』でシベリア抑留体験の惨状を伝え感銘を与えたが、この書は著者の抑留を含めたさまざまの場面での多彩な交流関係を描いて、戦後の激動を静かに描写している。
 著者の夫人の妹は大森須恵子氏であり、宮本百合子と死別した顕治と再婚している。顕治の自宅で開かれた再婚披露の集いでの共産党最高幹部(中野重治、窪川鶴次郎、壺井繁冶、蔵原惟人など)の非フェミニストぶりが面白い。この書でもっとも印象深いのは、著者の『極北のかげに』をめぐる宮本百合子と顕治の違いだ。百合子は「そうねえ、こうしたこともやはりあるんだろうね」としみじみと語ったときに、顕治は「あの本は偉大なスターリンを汚すものだ。こんどだけは見逃してやるが」と罵倒した場面だ。そして中野重治も「やっぱり、スターリンは偉大だよ」と云い、スターリンの弔問で「最も清潔であった人の名よ、人類の記憶にながくとどまれ」と記帳し署名した。当時のコミュニストの誠実と権威主義が象徴されていると思う。それにしてもスターリン主義という鬼子によって計り知れない打撃を受けた「理想」、いま思ってその傷は深く、ナチズムの惨劇と並ぶ野蛮と受けとめられている。これをアジア的野蛮として処理できないことは、いま米国がイラクでおこなっている無造作な殺人をみればわかる。欧米文化そのものの「本質」につきあたるのだ。
 著者はシベリア抑留の悲惨な体験をのべ、ソ連の日ソ不可侵条約破棄とポツダム宣言無視を激しく批判する。自らの体験からいえばその通りだろう。しかし著者は、他方での大日本帝国の暴虐については深く思いをめぐらしてはいない。それは戦時期に抵抗した人たちが、旧日本の加害について深く触れなかった傾向と一致しているのだろうか。著者は最後に不破哲三の仕事を高く評価しているようだ。スターリン主義批判と宮本百合子文学の分析などについて。しかし不破氏は自らの組織の歴史とスターリン主義問題、そしてスターリン主義の根元にある理論問題までは視野を広げていない。
 この書には日本の戦時期と戦後を生き抜いた日本の最も誠実な知性を代表するさまざまの人物が登場し、それぞれに興味を惹かれる。高名な人物たちが実際にどう振る舞ったかを知ることは、なにか他人の秘密をのぞき見るような興味を覚える。例えば中野重治が文学報告会加入の審査のパスを懇願する手紙を菊池寛にだし、そのコピーを見つけた平野謙が中野に送りつけて公表を迫ったなどと云う汚い事実など。しかし私はつくづくと思う。ホロコーストの犠牲者であるレーヴィ、ヴィーゼル、そしてシベリア抑留体験など多くの手記は感性的な直観によって伝えられている。映画や音楽を含めた感性表現によって、実態へのリアルな共感は生まれるが、それを克服する展望がどうしても私には生まれてこないのだ。アーレントのような思想レベルでの解明も形而上的なレベルに終わるような気がする。
 未曾有の惨劇をもとらした20世紀のさまざまの歴史的体験を生々しくヒューマンな感性と直観によって明らかにする情熱を、冷厳な社会の科学的な分析と解明、こうした悲劇を2度と生まないシステム創造への方法、資本や市場を越える新たなシステムへの想像力へと振り向けて展開していく制度的な或いは設計的なちからが問われていると痛感する。
 たしかに著者も云うように、宮本百合子のみずみずしい直観と観察の鋭さと、伸びていこうとする「生存の先端」(宮本百合子)にある感性には感心するが、残念ながら民主主義の制度的な見通しに連なっていたのだうか。それは彼女と彼女の夫を含む組織者たちの責任もあるが、どうしても規定されざるを得ない歴史的時代文化のレベルの問題だろうと思う。
 そしてこうした歴史的状況に規定されて、精一杯に挑戦し命を落としたり犠牲となった幾多のすでに逝った人びとにふさわしい国を、いま日本はつくりつつあるのだろうかと思うと無念な気持ちになる。ホロコーストとシベリア抑留の惨劇を告発することは、同時に南京大虐殺と従軍慰安婦の犠牲に公式謝罪せずして現代日本史を刻もうとしている現代の日本人を自己省察することを意味すると思う。「語り伝えよ、子どもたちに」を国家プロジェクトにしえないばかりか、そうした歴史を闇に葬ろうとしている日本はあまりに暗然たる事態が進行している。(2007/3/12 10:28)

第48夜:S・ブルッフフェルド/P・A・レヴィーン『TELL YE YOUR CHILDREN A book about the Holocaust in Europe 1933-1945 語り伝えよ、子どもたちに ホロコーストを知る』(みすず書房 2002年)
 本書はスウエーデン政府のプロジェクト「生きている歴史」叢書の1冊として刊行され、スウエーデン71万戸の子どものいる家庭に、首相の書館が添えられて注文書が配布され、発注した家庭に届けられるという、日本では想像できないような政府事業としておこなわれた。人口900万の国で26万部の発注があったというから、日本では700万部を超える大ベストセラーだ。8言語で刊行され、ドイツでは5州の公立学校で30万部が配布され、フランスでも5万部が学校に配布された。いわば欧州におけるホロコースト教育のモデル本と云えよう。この政府プロジェクトは、ホロコースト犠牲者が600万人に上ることを知る国民が66%にすぎないことに驚愕した首相の提唱による。スウエーデンは中立国として贖罪意識が弱いはずなのになぜなのだろうか。ナチスに鉄鋼を中心に輸出してドイツ戦時経済を援助した苦い体験がある。高橋哲哉氏は1990年代以降の欧州のナチ協力への贖罪声明の歴史を整理している。
 
 1991年 ポーランド大統領 イスラエル議会に第2次大戦中のユダヤ人迫害を謝罪
 1993年 オウストリア首相 イスラエル訪問で自国の「ナチズムへの自発的奉仕者」責任を認める
 1994年 ハンガリー首相 ハンガリー内ユダヤ人移送への加担を謝罪
 1995年 スイス首相 スイスの反ユダヤ政策を謝罪
        オウストリア・ナチス犠牲者給付基金発足 
        フランス大統領 ヴィシー政権のホロコースト加担の国家責任を認める
 1997年 フランス・カソリック教会 ヴィシー政権下のユダヤ人迫害への沈黙を謝罪
 1998年 ヴィシー政権モーリス・パポンユダヤ人移送責任で有罪判決
        ローマ・カトリック「ショアーに関する宣言」で「悔悛」の意を表明
 1999年 ノルウエー議会 ドイツ占領下でのユダヤ人虐殺への部分責任を認め政府補償決定
        クロアチア ヤセノヴァツ収容所所長の虐殺指揮に有罪判決
 2000年 オランダ首相 ドイツ占領下のユダヤ人財産略奪、戦後帰還ユダヤ人への冷遇を謝罪
        スウエーデン首相 自国のナチス協力の「道義的、政治的責任」を認める議会宛声明
        ローマ法王ヨハネ・パウロ2世 ミレニアム特別ミサでユダヤ人迫害容認を含む「過去の過ち」に「赦しを乞う」と表明
        オランダ政府 ユダヤ人資産略奪への補償決定 ロマへの補償決定
        オウストリア議会 ナチス時代の強制労働被害者15満員への補償法案可決
 2001年 ポーランド大統領 独占領下イエドバブネ村でのユダヤ人虐殺のポーランド人責任を認め、「あの犯罪行為で良心を
       砕かれた者を代表し、赦しを請いたい」と謝罪

 序でに触れると2007年に日本首相は、戦時下の軍事性奴隷の強制性はなかったと表明し、従軍慰安婦の強制連行を否定する談話。日本は官房長官談話という準公式謝罪をしたが、政府補償は拒否し、政府と議会の公式謝罪も拒否したまま現在に至っている。日本と韓国、中国との共通教科書編纂の努力が進められ、部分的に民間出版社で刊行されているが、これが政府プロジェクトになるなど想像もできない。首都圏知事が常軌を逸した差別発言をくり広げても、メデイアは批判もしない。

 路上でやせ衰えて餓死しようとしている横たわっている子どもの側を、何の関心も示さず歩いていく男1人と女2人の写真がある。絶句せざるを得ない!
 ドイツ人は女性たちを虐待し、子どもがいるからやめてほしいと懇願すると、母親の腕から子どもを引き剥がし、子どもをまっぷたつに引き裂いて、頭を壁に打ちつけた・・・アア・・・!

 同じような惨いことを私たち日本の父祖は、アジアで遂行してきたにもかかわらず、いまもって認めず謝罪もせず、補償もしない。高齢化した被害者は次々とこの世を去っていく。犠牲の当事者が去っていくままに放置し、日本はほんとうに歴史を刻んでいるのだろうか。このような過去の罪責を認めないままに、歴史を刻んでいいのだろうか。私たちの未来の子どもたちは、血塗られた事実を放置して知らぬ顔をして通り抜ける虚偽の歴史のなかを生きていくのだ。(2007/3/11 17:37)

第47夜:徐京埴『プリーモ・レーヴィへの旅』(朝日新聞社 1999年)
 私が徐京埴氏に特別の想いがあるのは、彼が徐勝氏の弟であり、徐勝氏は私の大学時代の知人であるからだ(本人は私を知らないだろう)。徐勝氏は学生時代はなにか暗い感じでキャンパスを歩いていた印象があるが、ソウル大学留学中にスパイ事件で逮捕され獄中生活を送り、いまは立命館で教職に就いている。徐京埴氏の文章は暗く、ニヒリズムが漂い、自分自身でも悲観論者だと云っている。それは実兄2人の政治弾圧事件を肉親として体験し、その後の世の負の動きが重なるからであろう。
 この書は実兄2人が獄中にある時に、集中的にホロコースト生還者の手記を読み、しかも生還者の多くが戦後に自死していることに深く感じ、この自死したプリモ・レーヴィの自宅をイタリアはトリノに訪ねる旅を綴りながら、ホロコーストの意味を在日の歴史と重ねながら考察している。私も何冊かホロコースト関連の書を最近読んで考えてきたが、徐氏との違いは、彼が被抑圧民族のデイアスポラの息子であり、私は加害民族の息子であるというところにあると深く自覚した。レーヴィの同じ言葉についても、彼と私では受け止め方が違う。彼は朝鮮民族の体験に重ねながら追体験するように云い、研ぎ澄まされた感受性を働かせるが、私ははじめて見る知らなかった世界への驚愕が多い。徐氏の従軍慰安婦や歴史問題での日本民衆に対する批判は、容赦がないけれど、それでも相当に配慮していると推測される。わたし自身も批判されているようであり、少しムッとする点もあるほどだ。ただし徐氏の論述は、ユマニズムに基盤を置いた文学者の直観であり、ユマニスムの定立された理念と感性の範囲で対象を、裁断していく特徴がある。社会科学的なツールによる複合的なアプローチがない。徐氏の直感的な感性的論述は厳しく私を撃つが、どこかで閉ざされているような感じをもつのだ。それともこれは在日の状況規定的な表出なのだろうか。彼は決して「希望」を語らない、「希な望み」として触れるだけだ。「希望」なき訴えっていったい何なんだろうか。

 しかし本書を通じて、あらためてホロコーストの凄惨な地獄を知った。ガス室の何層にも重なる屍体の下の方には、子どもや老人の屍体があり、上に行くほど若い男の屍体が増える。絶句したのは毒ガスの苦悶を契機に妊娠中の女性の出産が始まり、途中で終わっている死体があったということだ。これなにびとと雖も裁きを受けるべき蛮行であろう。徐京埴氏の兄・徐勝氏は拷問を逃れるために自ら灯油を浴びて焼身自殺を試み、同じく次兄・徐俊殖氏はガラスで手首を切って自殺を図ったが、厳寒の野外で気を失い、寒さで無意識のうちに両腕が縮こまって出血が止まって一命を取り留めたという。こうした肉親の凄惨な体験が徐京埴氏のホロコーストへの想像力を加速している。
 痛烈な日本人批判が続く。兄たちの境遇に同情したある日本人が、フランクル『夜と霧』を獄中への差し入れとして励ますために送ってきたという。「何という善意・・・その時の名状しがたい思いを私はいまも忘れない。」と記している。私はこのようなあまりに脳天気で救いがたい「阿呆」といってよい無神経な日本人がいることを認める。私の周りにもそのような他者の痛みを省みない善意が存在する。こうした想像力の貧困は、救い難い原罪の幼稚でしかない。おそらくこの日本人は、憐れみを振りまき、同情している自分に充分な満足を覚えて、温かいデイナーの食卓を囲んでいるのはないか。

 「174517」がレーヴィの腕に入れ墨された囚人番号であり、彼の墓石には「PRIMO LEVI 17457 1919-1987」と刻まれているそうだ。この番の台は彼がイタリア系ユダヤ人であることを示す。強制収容所囚人番号1は誰か、私は初めて知った。ナチスは収容所開設時に、30人のドイツ人凶悪刑法犯をカポーとして最初に収容し、運営の技術を教え込んだのだという。だから30番までは組織されたドイツ人凶悪刑法犯であったのだ。

 徐京埴氏のギョッとするような鋭い観察力は、レーヴィ批判にある。レーヴィが囚人の恥ずべき行為を批判して「最も野蛮なピグミーや残忍なサデイストよりも、考える存在としての人間の規範から外れている」(『アウシュヴィッツは終わらない』)と記している点を取り上げ、黒人を野蛮の象徴とする西欧中心主義の残滓だとしている。私もこの部分を読んだが、そのまま素通りしてしまった。この感受性に彼と私の差異を実感した。

 徐京埴氏は最後にレーヴィの自宅を訪問するが、未亡人との面会は断られている。その階段の踊り場レーヴィの自死の背景についてアレコレと思いをめぐらす。そして従軍慰安婦の古傷をふたたび開いて塩を塗り込む日本人を痛烈に批判する。しかし私が驚いたのは、最初に名乗り出て証言した金学順さんの姿に、彼は被害者がふたたび肌身を曝すことまでしなければならないのか、自分の母が立たされているようだという苦い思いと憤りが込み上げてきたと言っていることだ。徐氏自身を含めた在日の背後にある、ある種の諦観からきた尊厳の感覚のあいまいさを率直に自己批判している。私にこれを批判する資格はないだろう。ドイツの首相はホロコースト記念碑の前で大地に跪いて許しを乞うた。ヴァイツゼッカー大統領は「荒れ野の40年」という有名な演説で責任を認めた(徐氏はこの演説を折衷主義と批判する)。日本と日本政府は、公式な謝罪(政府声明、議会決議)をいまだしていない、国家の法的責任を認めていない、公的補償もおこなっていない・・・・これからもこの恥ずべき姿を晒していくのだろうか。徐氏は見て見ぬふりをする背景に、自己保身・自己愛、浅薄さ・弱さ、想像力の貧困、共感力の欠如などのグロテスクをみているが、それは我が日本の姿だ。

 さて最後に・・・レーヴィが共感を寄せたと推定されるユダヤ人の避難所としてのイスラエルは、かって自らに加えられた虐殺に等しいような行為をパレスチナ人に加えている。これがレーヴィには想像を超えて大いなる傷となったと思われる。徐氏に訊きたい。韓国も最精鋭の猛虎師団をベトナム戦線に送り、米軍と共同してベトナム民衆を殺害した。いまもイラクに韓国軍が駐留している。日本自衛隊も同じだ。いま韓国ではあなたの兄たちを拷問にかけて虐殺した独裁者の娘が、次期大統領の有力候補に躍りでている。あの独裁期の開発経済による韓国経済の高度成長を再評価する声が強い。ホロコーストをうんだ世界観はいまも次々と形を変えて生きのび、日本では政府最高権力すら握ってしまったかにみえる。日本の首相は従軍慰安婦は強制連行ではなかったという。
 私は最初に徐氏のニヒリズムを指摘したが、ほんとうはニヒル以外の何ものでもないような時間が過ぎているかにみえる。私たちは気の遠くなるような陣地戦の時代を生きているし、しだいに日本では陣地は奪われていくかのようだ。しかしやはり陣地戦は続くだろう・・・・。なぜならそこには人間が生活しているから。いま日本では在日に対する、拉致を契機とした猛烈なバッシングがおこり、特に北系の在日系団体にはあの「水晶の夜」に近いような事態が起こっても不思議ではない状況がある。ホロコーストは終わることなく、姿を変えながら世界のあちこちでいまも頭をもたげている。徐氏と私たちが手を結ぶことは、「希な望み」なのだろうか。(2007/3/10 13:15)

第46夜:Gunther Anders ギュンター・アンダース『Wir Eichmannsohne われらみな、アイヒマンの息子』(晶文社 2007年)
 日本で翻訳されたホロコースト関連の最も新しい文献であろう。著者は本名シュテルン、1902年にポーランド系ユダヤ人として生まれ、ドイツの大学でフッサールとハイデガーに師事し、スパルタクス団の闘士として活動し29年にハンナ・アレントと結婚した。ナチ政権成立後にパリを経て米国へ亡命し、工場労働者として働きながら、50年に独へ帰還した後に反核運動の指導者となり、92年に死去。ベンヤミンの縁戚でもある。
 この書は驚くべきことに、ホロコーストの責任者であるアドルフ・アイヒマンの息子であるクラウス・アイヒマンに宛てた2つの公開書簡と後書きからなっている。第1通は1964年に公開され、第2通は1988年に公開されているが、もちろん息子アイヒマンからの返信はない。第1通は父の逮捕を知った直後の未成年の息子への手紙であり、第2通は絞首刑を宣告された父親を弁護し免罪する声明を出した息子への手紙という形式を取っている。
 率直に言って第1の手紙は公開されるべきではなかったと思う。私信として書いたのであればまだ許せるが、公開して父親の責任に連なる息子の人生にアレコレと助言する資格はアンダース氏にはないと思う。第2の手紙は、息子自身が父の犯罪を擁護する公開声明を発したのであるから、息子であることを含めて本質的な問題提起と責任の糾明を迫るのは当然のことだ。
 こうした形式上の問題点をおけば、この書は「アイヒマン問題」の根底にある問題を提起している。それは全体主義と機会・技術物文明のなかでの人間の部品化・手段化による想像力の限界の問題だ。著者はヒロシマに原爆を投下したエノラ・ゲイ号の飛行士の問題をも追及したが、そこにはおなじ問題がある。そしてそれは第2次大戦後もそのまま引き継がれ、さらに深化している。このような状況下で上司の命令を受けて部下に伝える立場にある者は正義をどう判断し、どう行動すべきかというのがアイヒマン問題だ。ちょうど日の丸・君が代強制の命令を受けた校長が教師へ職務命令を出すことと本質的に同じだ。
 ここまでは誰もが問題を提示できる。ではアイヒマンにならないためのリアルな根拠と条件をどのように構築するか、この最も大事な問題に著者も解説者も答えていない。問題提起の重要性を指摘し、ではそれをどう具体的に突破するかという次元ではとたんに抽象的になって終息するという論文パターンをこの書も越えていない。なぜそうなるのかというと、それは険しい実践の分野に踏み込み、自分自身がアカデミーから外に出て血を流さなければならないからだ。アイヒマン問題の解決は実践に委ねるのではなく、知のレベルで挑まなければならない責任がある。(付言)この書の翻訳は岩淵達治氏であり、解説は高橋哲哉氏であるが、長年にわたってドイツ思想史をカバーしてきた岩淵氏が訳と解説のどちらも担うべきであった。アウシュヴィッツ訪問を前にホロコースト関連文書の読みが続く。(2007/3/8 19:16)

第45夜:PRIMO LEVIプリモ・レーヴィ『SE QUESTO E' UN NOMO アウシュヴィッツは終わらない あるイタリア人生存者の考察(原題 これが人間か )』(朝日新聞社 1980年)
 幾種類か訳されているホロコースト関連欧米文献の中で、有名な『夜と霧』、『アンネの日記』と並んで、レーヴィのこの書は最初に読むべきだと思う。私もレーヴィの書の最初にこれを読むべきだと思った。彼の経歴と最後についてはすでに前の評で記したのでここでは割愛する。収容所内の囚人は垂直的な差別の重層関係が作りあげられており、それはそのまま一般社会の垂直差別体系を反映していたのだ。

 ドイツ人刑法犯ードイツ人政治犯ー非ユダヤ系刑法犯ー非ユダヤ系政治犯ー上位ユダヤ系(カポー)ー下位ユダヤ系(全員)・ロマであろうか。同胞であるユダヤ系も生き残りをかけた陰惨な差異の力が行使された。上から受けた侮辱を下の者に吐き出して快感を得るシステムだ。SSはこれらの体系の上に超然と君臨し、囚人は仲間内での権力関係に神経を磨り減らし、SSとの直接的な権力体験を持たないから、下層囚人の憎しみはひたすら同胞の囚人へと向かう。なぜ収容所で抵抗や反乱がほとんどなかったのかの秘密がここにある。これは最上位の独裁権力が圧倒的多数の被支配者をゆるぎなく支配する最良の方法なのだ。極く少数の反抗者には血の見せしめ刑を与え、同胞からの陰惨な暴力を時々たしなめる憐れみを与えれば、抵抗はないばかりか献身的な服従を得るというシステムだ。
 レーヴィはイタリアからの移送時には650人が12輌の貨車に乗り、彼の車輌には45人が詰め込まれたが、彼の車輌は幸運にも4人が生き残ることができ、そのうちの1人が彼であった。収容所の生活原理は「持つ者には与え、持たない者からは奪え」という動物的生存原理である。生き残った者で普通の者はいない。生き残った者は、特別な能力や資格の持ち主、特別に残忍で非人間的な者、狡猾さと行動力によりSSと結ぶ者であった。レーヴィは化学者であった。ここでは人間は生まれながらにして平等だというのは戯言に過ぎない。彼は焼却炉を爆破した犯人の協力者が公開処刑され、「同士諸君、私が最後だ」と叫んだ言葉が耳に残り、恥に押しつぶされた心でその夜のスープを飲んだ。

 「私はファッシズムの罪を2度と犯さないという決意を見せない限りは(それも事実で、言葉ではダメだ)、今も将来もだれ1人許すつもりはない。但しほんとうに悔い改めた敵はもはや敵ではない」と彼は厳しく戦後を指弾する。これは現代日本の歴史修正を鋭く射抜いている。南京大虐殺や従軍慰安婦の歴史を否定する首相が君臨する日本は、とくに欧州では「汚らわしい」存在に映っている。ヒトラー・ドイツには特殊な「たしなみ」がひろがっていた。知っている者は語らず、知らない者は質問せず、質問されても答えない、目と耳と口を塞いで自分は共犯ではないという幻想がつくりあげられている。これは今の日本の現状のことではないか。朝鮮高校生のチマチョゴリが裂かれてもはや制服が着れなくなり、日の丸・君が代の強制と弾圧を見て見ぬふりをしている私たちではないか。

 生き残りがいまは記念館となった収容所への態度は2つに別れる。普通の人は、災害や病気として痕跡と記憶を消し去り、早く捨て去りたいと望む。元政治犯・宗教的信仰の持ち主は忘れ去られることを警戒し、若者を連れて収容所に巡礼の旅をする。レーヴィは後者にはいるが、なぜ戦後数十年を経て自裁したのか私は分からない。反ユダヤ主義とホロコーストについての数多くの解明がなされてきたが、レーヴィは納得がいかないという。理解できないもの、理解してはいけないものであり、何が起きたかをよく考えることだという。私が生き残り得たのは、体験し堪え忍んだことを語るために生き残るという意志を持ったから−という。私たちはすべての先験的な気持ちを捨てて、彼の記憶に耳を傾けねばならない。訳者は邦題を改編しているが、このような書は原題に文字通り忠実に訳すべきではないか。(2007/3/7 11:34)

第44夜:S・フリードレンダー『ナチズムの美学 キッチュと死についての考察』(社会思想社 1990年)
 著者は1932年にプラハに生まれたユダヤ人で、ナチスの迫害を逃れてフランスに行き、パリ解放後にイスラエルに移住した歴史学者です。フランス社会史の影響を受けているのでしょうか、政治・経済的なナチズム分析ではなく、ナチズムがなぜ民衆の心性を魅惑したのかというナチズムの美学的分析を、キッチュと死のエナジーという視点から考察しています。欧米ではネオナチの伸長が著しく、日本でも従軍慰安婦や南京事件の歴史修正や教基法改正などナショナリズムへの指向が強まっています。かってのナチズム崇拝の心性は現代でも形を変えて連綿と連続しているとすれば、ナチズムを支えた民衆的心性を解明する現代的な意味が充分にあります。
 ナチス鍵十字のワッペンを付けて暴走している日本の若者、靖国へ詣ってお札を買い求める人たち、天皇家の日常生活に熱いまなざしを注ぐ中年のおばさまたち・・・現代でもキッチュに対する陶酔的行為がくり広げられています。死とキッチュが総合されたところに第3帝国の美が成立すると云います。日本の安倍首相は、国家像に初めて「美しい」という目標を冠した最初の首相だと思われますが、国家目標に「美」を第1順位にもってくるのはナチス第3帝国と同じなのです。その「美」に向かって純粋な自己犠牲を捧げる行為を賛美し宣揚するのです。ちょうど安倍首相が知覧特攻記念館の少年飛行兵に落涙すると同じように。そしてその死の行為は、怠惰な日常の耐えられないような反復ではなく、劇的で崇高なロマンに彩られたものでなければなりません。
 著者は『地獄に堕ちた勇者ども』や『愛の嵐』という私も圧倒された映画を分析しますが、瞠目するような戦慄が必要とされるのです。こうして誰も為しえないような超越的な世界とつながっているヒトラーへの自己献身の熱狂が生まれます。民衆の高揚は、実は虚無を背後に抱えて影に追われて、ひたすら酩酊して走り続けなければならないニヒリズムの祝祭であり、絶望の歓喜であり、黙示録の終末であり、エロテックな倒錯の美なのです。ナチズムは血塗られた独裁であり、同時に民衆の権力への献身を含む愛情であったのです。ドイツ民衆は自分自身がヒトラーその人であるかの同一視に囚われたのです。
 こうした過去の倒錯から逃れたい目が覚めた欧州の心性は、過去の事実そのものを否定する悪魔払いの歴史修正を試みています。過去の事実の無毒化、ブレヒトもヒトラーに関しては出来の悪い作品(『第3帝国の恐怖と貧困』)を書いたのです。

 私がもっとも驚いたのは、スタイナー『A・Hの移送』(ヒトラーがブラジルに逃走し逮捕されるという仮想小説)での言葉です。「イスラエル国家は私のお陰なのだ。ホロコーストがなかったら、イスラエルは存在していないだろう。・・・君たちユダヤ人がアラブ人を追放する不当な行為をおこなう勇気を諸君に与えたのはホロコーストだ。ホロコーストのお陰でユダヤ人諸君はアラブ人を追放することができたのだ。私は(ヒトラー)、救世主メシアであり、神の民を故郷に立ち返らせるべく、神から許されて非道な行為をおこなったサバタイ(自らメシアを名乗ったユダヤ人思想家)の再来なのだ」・・・ウワ〜!いまや欧米ではこのようなヒトラーの免罪論が登場しているのか!

 著者は最終章で既成のナチズム解釈を類型化して、それぞれの弱点を指摘している。
 @合理主義的解釈(歴史心理研究) 政治・経済的な反社会主義の一般分析に終わり、ナチズムの反ユダヤ主義の特性を解明しえない
 A全体主義論的解釈 エリート理論による恐怖による独裁分析は、ホロコーストが至上使命として極秘裏に遂行された事実を説明しえない
 Bマルクス主義解釈 資本主義の危機を人種的反ユダヤに転化したとする分析は、ユダヤ人を支配するのではなくなぜ絶滅するのかを説明できない
 C極右歴修正主義解釈 ホローコストの事実そのものを否定する背後にある不安心理
 D自由主義的解釈 Aと酷似 ナチズムとスターリニズムを同一視 反ユダヤは当時の欧州人の一般感覚でありナチはその先取り
 E超自然論的解釈 ナチズムは超自然的な神秘的宇宙論(シュタイナー)、絶滅させる救世主論、世界精神の盲目的運動であり、人間が裁きえない不可避の現象

 この書はエッセイ風の叙述であり、さらに体系的な分析が望まれる。(2007/3/4 12:11)

第43夜:Guy Scarpettaギイ・スカルペッタ『Sade Goya Mozart サド、ゴヤ、モーツワルト(原題Le quatorze juillet7月14日)』(早川書房 1991年)
 「7月14日」は1789年のバステイーユ監獄襲撃をもってはじまるフランス革命の代名詞となっている。この小説は、当時の芸術家の3人の代表的人物がその日に何をしていたかを描いて、芸術と政治の問題を皮肉っているかのようだ。マル・キ・ド・サド公爵は、告発を受けてバステイーユの強靱収容所に幽閉されて獄中で呪怨の呻きを挙げている。ゴヤは宮廷画家となって斜陽のスペイン宮廷で作画に励んでいる。モーツアルトは売れなくなった作曲家として、コンサートも開けずひたすらパトロンの援助を探している。
 この作品は、フランス革命記念日の祝賀行事の頽廃を痛烈に揶揄する意図があるようですが、どうも日本人の私にはそのあたりの諧謔はよく伝わってきません。3人の芸術家はそれぞれアンシャン・レジームに妥協しながら芸術活動を展開せざるを得ない犠牲者であるのですが、政治権力からは独立した痛烈な作品を発表しています。かって虐げられた者たちが唱った「インターナショナル」をいまやビジネスマンが唱う時代だと作者は皮肉を込めて嘆いていると後書きには言うのですが東アジア人の私にはよく分かりません。面白かったのは3人の芸術家の晩年のある種みじめな姿でした。7月14日はフランス革命記念日、7月4日はアメリカ独立記念日、どうも欧米は7月に歴史的激動が起きるようです。(2007/2/26 8:32)

第42夜:Primo Leviプリモ・レーヴィ『La tregua休戦』(朝日新聞社 1998年)
 1919年にイタリア系ユダヤ人としてトリノに生まれた彼は、反ファッシズム・レジスタンスに参加し、44年にアウシュヴィッツ収容所に流刑となり、45年1月にソ連軍によって解放され、10月にイタリアに帰還した。この小説は解放から帰還までの9ヶ月の辛酸を描く。見開きの頁に中欧から東欧・ソ連の地図が掲載されてそこに彼の解放後の流浪と遍歴のルートが実線で記されている。驚くべきことに、アウシュヴィッツからソ連に入って北へ向かい、ミンスクを経てまた南へ回帰し、ルーマニア・ハンガリー・オウストリア・ドイツを経て最後にトリノに辿り着いている。
 ソ連軍の進撃に会ってドイツ軍は収容所の痕跡を消すために、囚人たちを西方に連行したが、ソ連軍の急襲で病人たちの一部が収容所に放置された。ブナ労働収容所では800人の囚人が放置され、ソ連軍解放の前に500人がすでに死亡し、残った300人のうち200人が到着直後に治療中に死亡した。レーヴィとともにアウシュヴィッツに連行された650人のイタリア系ユダヤ人のうち、生き残ったのはわずか3人であり、彼はこの奇跡的な生存率の中の1人であった。解放の瞬間は次のように描かれています。
 「彼(ドイツ人政治犯)は泣くのをやめて、「10年間!」「10年間だ!」と言った。そして10年間の沈黙を強いられた後に、甲高い声でインターナショナルを歌い始めた。それはグロテスクでもあり、同時に荘重であった。私は戸惑い、警戒心をいだいたが、感動もした。・・・・・・朝になって解放の最初の印が届いた。・・・しかし私は、自分の周りで起きていることが、ぼんやりと断片的しか分からなかった。まるで疲労と病が、凶暴で卑劣な野獣のように、私がすべての防御膜を脱ぎ捨てた時を見計らって、背後から襲ってきたようだった。・・・・・放り投げられるように馬車に乗せられた私は、最後に収容所の奴隷の門をみた。そこには、もはや意味を失った3つの嘲りの文字がまだ掲げられていた。”アルバイト・マハト・フライ”
 解放の歓びはなかった。感覚神経系自身がすでに壊され、マヒしていたからだ。彼らは生きながらにしてすでに死線を彷徨う亡霊のような存在だったのだ。しかし特権を剥奪されたカポーの中には発狂して独り言をわめき散らす者も現れた。
 「起きろ、豚どもめ、分かったか?ベッドを作り直せ、すぐにだ。靴を磨け、全員集合だ。シラミの検査、足の検査をする。ろくでなし、また汚れているぞ。この豚め、、この糞袋め・・・・気をつけろ、もう一度見つけたら、焼却所行きだ
 同じユダヤ人が生き残りのためにドイツ人の手先となって仲間に放つ言葉だ。彼は失われた特権と価値の逆転に狂気となって現役時の役割を演じることによって安定を回復しようとしたのか。しかし解放されたユダヤ人をみる欧州人のまなざしは決して同情や悔恨に満ちたものではなかった。特にドイツ人は。
 「だが誰も私たちの目を見ようとしなかった、誰も対決しようとはしなかった。彼らは目を閉じ、耳を塞ぎ、口をつぐんでいた。・・・彼らはまだ強く、憎悪や軽蔑を表に出すことができ、高慢と過ちの古い結び目に未だに囚われていた

 このドキュメンタリーは、解放された囚人たちの身体が収容所の極限の世界から、日常の市民世界へ帰っていく物語ですが、実は彼らの壊された魂が新たに再生していく物語なのです。3歳の幼児は生まれてから人間的触れ合いがなかったために、腰から下がマヒし、言葉を発することもできない。ある少年がこの幼児を世話して、なんとか言葉が少ししゃべれるような兆しがでてきたときに、幼児は死ぬ。レーヴィは「彼に関しては何も残っていない。彼の存在を証言するのはこの私の文章だけである」と記す。ハイデッガーが『存在と時間』を書いた時に、こうした幼児の生命存在は含まれていたのだろうか。あまりの迫害に神経を痛めた中年女性は、献身的に他人に尽くすことで自分を取り戻そうとする。レーヴィなかりせば、私たちはホロコーストの真実の一部を記憶に留める痕跡を入手することはできなかったであろうが、しかし彼自身は救われることなく、1997年に自死した。彼が戦後50年を経てなぜみずから死ななければならなかったのか、私には分からない。しかしこの小説の最後にはこう記されている。
 「私は10月19日にトリノに着いた。家はそのままあり、家族は全員生きていたが、誰も私が帰るとは思っていなかった。・・・私は暖かい食卓とベッドに再会したが、しかし何か食べ物を探したり、売ってパンを得られるものをポケットに押し込むために、地面を見つめながら歩く習慣は何ヶ月もなくならなかった。そして時には頻繁に、時にはまばらにだが、恐怖で一杯の夢が現れるのは止まらなかった。・・・(夢の最後には)ある声が響くのが聞こえる。尊大さなどない、短くて、静かな、ただ一つの言葉。それはアウシュヴィッツの朝を告げる命令の言葉、びくびくと待っていなければならない、外国の言葉だ。「フスターヴァチ(起床)!」、さあ、起きるのだ
 彼はなぜ自死したのだろう。その理由をあれこれと考えることは彼への冒涜となるだろう。あれだけの惨い体験をした人が自分の最後をどうするかの自由は誰も侵すことはできないだろう。ただ私は次のように考える。もし彼が化学者としての仕事をやめて収容所の語り部とならなければ、彼は別の人生があったのではないか。仕事の忙しさの中に自分の抱える影を忘れさせてくれる時間が流れたのではないだろうか。私は頭を垂れて彼の証言を聞くが、その証言を聞き終わった後にわたしは何をしたらいいのかが分からない。今春にアウシュヴィッツを訪問する予定だったが、ツアーの人数が満たされず計画は中止となった。なにか大きな予感を奪われたような感じだ。(2007/2/25 11:02)

第41夜:三浦綾子『母』(角川書店 平成6年)
 この小説は戦前に筑地警察署で虐殺されたプロレタリア作家・小林多喜二の母セキ自身が尋ねてきた人に、家族と多喜二の生い立ちと歴史を東北弁で語るという構成になっています。小林家の来歴と小樽への移住、家族それぞれの生活遍歴がよく分かります。裕福な商家が極貧の最下層小作農に転落し、赤貧洗うが如き生活のなかで家族が互いに助け合いながら生活する類い希なる家族愛が描かれます。多喜二が高専に進む過程は貧困からの脱出が学校システムにあったことを示しています。多喜二の恋人である酌婦タミ(実名 田口タキ)の人となりや結婚に至らなかった過程もよく分かりました。弟の三吾がその後ヴァイオリニストとして成長し、東京フィルハーモニーの第一ヴァイオリニストとなっているのも驚きでした。
 三浦氏は夫から執筆を進められた時に気が進まなかったようですが、セキがクリスチャンになったことを知って大いに関心を持って執筆に入ったそうです。カソリック作家である三浦氏の宗教的な感性と心情でこの文章は綴られていますので、ヘタをすれば浪花節のような情感の世界が広がります。しかし文盲でひたすら生活のために生きたセキから、多喜二をみるとこのように映るでしょう。多喜二側からの視点で家族を描けば全く違ったものになるでしょうが、それは三浦氏のコミュニズムへの姿勢の問題が入ってくるので難しいのでしょう。虐殺されたコミュニストを子にもつ母とはいったいどのような存在なのかがよくわかります。つまり普通の母親と同じなのです。最愛の息子のいのちと健康を心配して、母親から暴力で息子を奪う権力に対する素朴な怒りが成熟していきます。
 革命家の母をテーマとする小説は、ゴーリキー『母』という古典的な作品がありますが、本質的に母性愛という点で一緒ですね。私は戦前期の治安維持法下の革命家の母を扱った作品としては、森村誠一他『日本の暗黒 母』(新日本出版社 現在絶版)が出色と思いますが、この作品は小林多喜二とは全く異なる立場にあるキリスト教作家である三浦綾子氏が書いたところに、思想的立場を越えた人間的普遍の可能性を感じます。それにしてもなにかアブクのように浮遊しているような現代日本からみると、こうした『母』のような原始的貧困と革命の世界はハードすぎて実感が湧かない若者が多いでしょう。こうした戦前期の世界の歴史の記憶の伝承に日本は失敗しているのではないでしょうか。いや失敗以前に取り組む試行するしなかったといえるかも知れません。こうした虐殺犯は何の責も問われず、戦後を栄華のうちに暮らしてこの世を去ったのです。最後に印象深い場面を記しておきます。

ショパンを聴きに行ったと言うので、ショパンってどんなパンだべっていったら笑ってね」(家族風景がうかがわれます P76)
二人は目と目を合わせたけど、人には知られんように、知らんふりをしたと。ほいと多喜二の顔ばみたら目尻から涙が流れていたと。「母さんげんきか。母さんば頼むな」と云ってさっさと離れていったと。あんちゃんの肩上がり目立つな、なんとかならないもんかと三吾は案じていたけど」(東京のある音楽会で地下活動中の多喜二と会った弟・三吾 P152)
ほれっ!多喜二!もういちど立ってみせねか!みんなのために、もう一度立ってみせねか! 多喜二のほっぺたにわだしのほぺたばくっつけていたと。・・・・みんなは秘密を守ったと多喜二をほめてくれたの。でも、ほめられんでもいい、生きていてほしかった」(遺体をみるシーン P166)      (2007/2/23 9:25)

第40夜:ジャン・メリエ『ジャン・メリエ遺言書 すべての神々と宗教は虚妄なることの証明』(法政大学出版会 2006年)
 訳者あとがきまでが1327頁、索引36頁合計1363頁という大著、大作である。ルイ14世が君臨した17世紀の「太陽の世紀」からフランス革命にいたる「啓蒙の世紀」の間をフランスの片田舎の一介の司祭として生きたメリエの死後に発見された「地下文書」である。表面では地域の貴族と農民に向かって天国と神の救いを時ながら、じつはこの司祭は死を前にして、支配権力と教会を攻撃し、神を否定する唯物論思想を秘密裏に綴り続けたのだ。フランス絶対王政を支えたカトリック教会の中に、実はこのような異端思想家が秘かに思考を展開していたことに驚くとともに、フランス革命の思想の主体的条件の基礎がかなり広範囲にあったことがうかがえる。この書は教会裁判所の古文書に入れられ、ヴォルテールがはじめて要約本を地下流通ルートに載せ、19世紀後半になってはじめて闇の世界から地上に出て、ラ・メトリ、デイドロと並ぶフランス唯物論思想の古典となった。
 私は彼が寝静まった深夜の教会の一隅で、秘かにローソクの灯をたよりに、羊皮紙に書き付けていく姿を想像して、こころ高ぶるものを覚える。生前の発見は死を意味するから、当然にその覚悟をいだき、死んだ後にはなんともならんよ!と嬌笑しながらランランと光る眼で書きつける姿はまさに鬼気迫るものがあったのではないか。彼の神の存在の否定、教会批判、王侯・貴族への攻撃は辛辣を極め、農民の悲惨を告発する言葉は鋭い。あまりの大作に私は怖じ気付いてしまい、彼の無神論思想の本質を捉えることはできない。日本でいえば、江戸期の安藤昌益の思想をもっと「過激」にした危険思想であったろう。訳者後書きでは翻訳が精一杯で、思想史的分析はなされていない。一冊の書を書くのならば、死を覚悟してこれほどの大著を著せば本望であろうし、真に考えることとは何かー全身でもってモデルを示しているような気がする。世には確かに崇敬に値するものがある。全文が講義調の語り言葉となっています。(2007/2/22 17:11)

第39夜:中谷 剛『アウシュヴィッツ博物館案内』(凱風社 2006年)
 アウシュヴィッツ強制収容所博物館に日本人公式ガイドがいるとは知りませんでした。この書は、日頃の博物館ガイドのそのままの語りが再現されてアウシュヴィッツのほぼ全貌を初心者に分かりやすく伝えています。収容所の立地条件(欧州の鉄道網の交差する人口密集地でない寒村)、施設・設備の設計図、ガス室から作業工場の配置図と道路地図などあたかも現場を歩いているかのように編集されています。絶滅という究極の野蛮と近代科学技術が結ぶついた、説明不可能な人知を越えた物体です。無表情に生命を処理し遺体を片づけるSSやカポーたちの神経を想像できません。
 中谷さんはソ連・東欧遍歴の果てにこの職に就き、家族と一緒に生活していますが、こうした業務に携わる日本人の心情も分かりませんし、なぜ日本人を採用するのかも分かりません。欧米の思想や文化の営みは、なんらかのかたちでアウシュヴィッツとの関係を自己消化しなければ、形成できないような重い存在でしょう。欧州戦後現代史はホロコーストを歴史化して生かすかに多くのエネルギーが費やされて来たのでしょうが、この体験は加害者も被害者も痛苦の継承としていまも続けられています。南京博物館に日本政府はいったい援助したのでしょうか。日本の植民地支配と戦争犯罪処理はいったいこのまま推移すると、体験者が途絶えた後にどのようになっていくのでしょうか。歴史の裏側の闇の中に消えていくのでしょうか。じつに恐ろしいことです。(2007/2/22 10:01)

第38夜:Enzo TRAVERSO E・トラヴェルソ『LES MARXISTES ET LA QUESTION JUIVE(HISTOIRE D`UN DEBAT !(1843-1943) マルクス主義者とユダヤ人問題』(人文書院 2000年)
 この書はユダヤ人問題をマルクス主義者がどのように理論的に説明してきたかを明らかにし、ホロコーストへの十分な注意を払わず理論的分析に失敗した責任を問うとするものです。著者の立場は、スターリンと鋭く対立したレオン・トロツキーを支持する立場にあるようで、トロッキーとその後継者への評価が際だっていますが、カール・マルクス以降のユダヤ人問題への観点の多様な潮流がうかがえて参考になりました。1843年とはマルクス『ユダヤ人問題に寄せて』が書かれた年であり、1943年は著者が最も重視するアブラム・レオン『ユダヤ問題の唯物論的解釈』(邦訳『ユダヤ人問題の史的展開』柘植書房)が書かれ、その後にレオンはアウシュヴィッツ収容所で死んでいます。
 マルクス主義のユダヤ問題分析の特徴を次のように整理していますが、皆さんはどこに問題があると思われますか。
 @ユダヤ人の特性は商業活動にあり、これを基礎にカースト、民族としてのユダヤ・イメ−ジ像が形成された
 A反ユダヤ主義は、社会的後進性の表現として形成され、次いで反資本主義感情を脇へそらす宣伝武器となった
 B市民社会が進むと、反ユダヤ主義と商業カーストは解体し、反ユダヤ主義の物質的基礎は失われていく
 Cフランスをモデルとする同化が必然的過程となるだろう
 Dシオニズムは、デイアスポラ状況下での資本主義打倒を諦める、反ユダヤ主義への民族主義的対応であり、ユダヤ労働者にとって有害である

 伝統的マルクス主義は、ユダヤ人問題を経済・階級問題として社会進歩の中で同化して解消していくと捉え、ユダヤ人問題は社会主義によって解決されるとし、独自のユダヤ文化や自治権の主張を前近代的として批判してきました。他方でユダヤ共同体を聖化してデイアスポラからの脱却はパレスチナへの帰還と祖国再建にあるとするシオニズムを鋭く否定しました。ユダヤ人問題解決の基本は、同化主義と共同体主義の対峙にあり、欧州でのユダヤ人の多様な存在形態に対応するバリエーションが生まれたようです(ロシアではポグロムを逃れる米国移住、ハンガリー・ポーランドではゲットーによるイデイッシュ文化の発展、ドイツでは同化生活の進展、フランス・イタリアでは市民権獲得)。しかしスターリン民族理論によって同化主義が体系化され、これが世界マルクス主義の硬直した民族政策を生み出しました。ローザ・ルクセンブルグも「社会主義か野蛮か」というテーゼによってユダヤ人問題を資本主義的野蛮のモデルと見なし、独自の民族問題とは観なかったのです。しかし1917年ロシア革命は、総数650のユダヤ人公民権制限法を撤廃したのです。リアルな政治史の制度面でロシア革命がもたらした積極的意義を著者はそれほど評価していないようですが、それは正しくないと思います。すくなくとも初期ソビエト政権の下で華々しいユダヤ文化の花が開いたのですから。それにしても日本の満州国建国に対応して、ユダヤ人のシベリア移住政策(ロシア版シオニズム)が展開されてユダヤ人自治区が建設されたのは驚きでした。

 同化主義と共同体主義の対峙の決着はアウシュヴィッツで決着がつきました。同化指向の最も強かったドイツ系ユダヤ人が絶滅政策の対象となったのです。しかももっともデモクラットであったワイマール共和国から生み出されたことで同化が絶望であるという結論が出たのです。著者はその責任をドイツ左翼に求めます。反ユダヤ主義への無関心と過小評価は、ナチスのユダヤ人劣等規定→土地財産没収→強制収容と絶滅と段階が進んでも変わらなかったのです。特にドイツ共産党は、社会ファッシズム論によって社会民主党を攻撃し、ヒトラーの勝利はかえって社会主義革命を早めるとさえした(?)。反ユダヤ主義は、@職人・小資本、Aユダヤ人と競合する自由業、B失業に覚える労働者、C高利貸しに苦しむ農民、D将来展望を失った学生のルサンチマンに基盤を持ち、反資本主義的デマゴーグと反ユダヤを煽るナチスに吸引された。こうしてユダヤ人はあらゆる不安の生け贄の山羊となったとします。ドイツ左翼への断罪は一定の根拠はありますが、こうした全否定の清算的態度には疑問を持ちます。それは太平洋戦争をくい止めなかったとする日本の左翼に対する丸山真男の主張と重なっています。

 さてマルクス主義の反ユダヤ主義分析は、(1)独占資本によるユダヤ商業排斥(経済主義)、(2)階級対立の代替としての犠牲の山羊(機能主義)、(3)腐敗する資本主義の自己憎悪の投影、民衆の無意識(心理主義)に類型化されますが、このいずれがアウシュヴィッツを最もよく説明できるでしょうか。いずれも部分的に正しいし、それぞれに欠陥があります。(1)は戦争経済下での収容所経営の非合理性が説明できない、(2)はホロコーストは秘密裏に遂行され宣伝効果はなかった、(3)は反ユダヤの拡大を説明できるがなぜ「絶滅」に到るのかを説明できない−などなど。つまりマルクス主義は反ユダヤ主義とアウシュヴィッツを(1)〜(3)の複合として総体的な分析をおこなうことができなかった。「近代」自体の野蛮を前近代的な野蛮と見なしたところに問題があった。西欧による奴隷売買と原住民絶滅とホロコーストは本質的に同じなのだとする。ナチスは人種理論と近代工業技術を結んだ民族虐殺の最高水準を実現したのです。これが著者の基本的立場ですが、少しコメントしますと、第2次大戦以降のフランクフルト学派に到る理論展開を組み込んで、より精緻に説明していますが、それぞれの時代の理論家の理論的限界を表層的に評価するのではなく、どのような時代的なレベルの規定を受けて限界が発生したかを探り、その限界が時代自身によるのか主体によるのかを明らかにすることなしに、現代的な意味を見いだすことはできないと思います。

 経済的・社会的制度解決による反ユダヤ主義の克服にとどまらず、さらに深く差別の文化レベルを分析する方法は、あたかも日本の部落問題や在日朝鮮人問題をめぐる理論闘争と通底しています。たしかに民族・マイノリテイ問題はマルクス主義のアキレス腱であり、土地所有からくる封建的ナショナリズム〜世界市場を巡る市場型ナショナリズム〜被抑圧共同体の解放まで多様な形態の民族理論の解明が大きく遅れたようです。さらに同性愛やフェミニズム、ジプシーなどのマイノリテイをアブノーマルと見なす傾向は近代啓蒙原理とほとんど同じだったのです。さらにマルクス主義の近代化論的無限進歩論は、近代的理性そのものに潜む野蛮を解明できませんでした。こうした限界の指摘は、現代の地球環境問題をみると一定の根拠があります。

 さてユダヤ人民族史の4段階理論を紹介します(アブラム・レオン)。
 第1期:四散〜11世紀 東欧前資本主義時代(ユダヤ商人の商業独占 ユダヤ人の経済的繁栄と文化開花)
 第2期:11世紀〜ルネサンス西欧 18〜19世紀東欧 中世資本主義とユダヤ高利貸し時代(商業からの追放と高利貸し化 
     反ユダヤ感情と東欧・ポーランドへの大移住)
 第3期:ルネサンス〜19世紀西欧 マニュファクチュア・産業資本主義時代(西欧でのユダヤ人の同化 東欧での労働者化とパリア集団の分化) 
 第4期:20世紀 帝国主義時代(資本主義の危機、貧困小市民層の反資本主義憎悪のユダヤ人への転化 犠牲の山羊化)

 シオニズム運動はバァルフォア宣言によって入植を進めたが、反ナチ運動を展開せず、むしろパレスチナへの誘導として評価した。パレスチナに向かわないユダヤ人を迫害した。もしロンメル軍団がアフリカ戦線で勝利していたら、テルアビブもアウシュヴィッツとなっていたであろうーこうしたシオニズム運動が真実であれば驚きです。

 わたしははじめて本格的なユダヤ人問題の理論書を読みました。いままではせいぜいサルトル『ユダヤ人』でしたが、著者はサルトルも幼いエッセイストと評価している。日本人にとってユダヤ人問題は、在日朝鮮人と部落などにかかわる理論問題として逃れることができないのです。この書は歴史の後知恵の臭いがあり、自己批判の謙虚さが見えませんが、わたしのいまの知的レベルにとっては充分に刺激的でした。しかし現代のパレスチナ、ユーゴ、アフリカをめぐる陰惨な民族をめぐる争闘は、ユダヤ問題をめぐる理論の射程をはるかに超えた問題群があるような気がします。そしてそれらの分析ツールとして、マルクス主義が凋落しているなかでの民族理論構築がほとんどなされていないように思います。すでにマルクス主義理論は歴史的遺産の博物館レベルにあるのでしょうか、それとも依然として有効なツールであるのでしょうか。(2007/2/18 12:12)

第37夜:”世界は耳を塞ぎ瞼を伏せていた”−Elie Wieselエリ・ヴィーゼル『LE CHANT DES MORTS死者の歌』(晶文社 1987年)
 最近、朝鮮総連系の施設や学校への立ち入り捜査が頻繁におこなわれ、新聞の片隅に小さく報道され、TV局によっては大々的に報道している。北朝鮮の「不幸」な実態についても怪しげなヴィデオが流されて、あたかも末期症状にあるかのように伝えている。おそらくその一部は事実であるだろうし、私も北朝鮮国営TVの女性アナウンサーの威嚇するような声や個人崇拝には嫌悪感を感じます。しかし日本人のまなざしの底には、表面には浮かび出ない嗜虐の快楽感があるような気がするのです。かって植民地支配を加えた被抑圧民族への抜きがたい優越のまなざしです。特に朝鮮総連系学校のチマ・チョゴリへの迫害と嫌がらせは、自らは報復を受けることのない安全圏からの攻撃という卑劣そのものの行為です。もはや日本では特定の外国人が、自分たちの誇りである学校の制服を着用することが危険な国に頽廃しているのです。
 おそらく1930年代以降の欧州全土で起こったユダヤ人に対する迫害は、こうした現象の最も野蛮な姿であったのでしょう。当時のイスラエル(ベングリオン)の新聞ですら、強制収容所の死者数を新聞の片隅で小さく報道していたそうです。第2次大戦の中で強制収容所で殺害されたユダヤ人の総数は600万人にのぼります。アウシュヴィッツ以降詩を書くことは野蛮だ!と誰かが云いましたが、相変わらずあまたの詩が書かれ垂れ流されています。どうしてある民族を絶滅させる行為に参加したり、加担したり、沈黙の支持を与えたりすることができたのでしょうか。私はいまだもって分からないのです。ヴィーゼルは、分かることは無理だ、分かろうとすること自体が不遜だと云っているかのようです。
 強制収容所生存者の証言を読むと、沈黙は共犯である或いは正犯であるとつくづくと思い知らされます。この書は、600万人の人達はなぜ抵抗しなかったのか、尊厳ある死を選ばなかったのか−と戦後幾年かを経て登場してきたユダヤ人批判に正面から立ち向かって死者の尊厳を守るために書かれています。あのヤスパースにさえ、私たちは立派な贖罪論をドイツ人から聞こうとは思わない−と非難されています。確かにあの渦中にあったドイツ人は沈黙でもってしか贖罪できないかも知れません。しかしヴィーゼルはドイツ人以上にユダヤ人をいじめることに歓びを覚えた欧州人がいるといい、600万人の死をモノの処理のように見つめた連合国やローマ法王を指弾します。確かにそうだったのです。わたし自身も虐められている級友を側からある快感をもって見ていました。虐められている被害者をむしろ軽蔑してみていました。おそらく私も同罪なのでしょう。フリーターやニートをみて嘲笑っている人や、そうではない自分を見てホッとしている人は、本質的に強制収容所のカポと同じなのだと思います。

 「彼らをソッとしておいて頂きたい。これらの墓所なき死者を掘り出さないで欲しい。すなわちあなたがたの存在の奥底に疼く、類うべきもない傷として、苦痛として。彼らが起きあがって語りはじめる日が来たら、あなたがたは逃げ場がなくなり、耳を塞ぐであろう。あなた方の恥はそれほどまでに鋭く突き刺さるであろう」(P251)
 「アウシュヴィッツは2千年に及ぶキリスト教文明の失敗ばかりか、歴史に意味を見いだそうとする知能の敗北を意味している。一人の存在の苦悩は意味があるが、六百万の苦悩には意味がない。それは神が発狂したことを意味している」(P257)
 「日記のなかに次のように書き付けたあの子どものことが私には分からない−お腹がすいている、寒い。大人になったらドイツ人になれたらなあ。そうしたらお腹がすかないだろう、そうしたらもう寒くなんかないだろう」(P258)
 「わたしは彼らが立ち去っていくのを見た。そしてわたしはうしろに留まった。わたしは自分に対してそのことを許せない。カポが父を殴った時にわたしは何もせず、黙ってみていた。わたしは父のスープを横からもらって飲んだ。わたしが進めば進むほど、生者の世界が死者の世界に対して犯した裏切りの規模の大きさがますます分かってくる」(P269 筆者責により一部改編)
 「しばしばわたしはパンドラの箱を開けてみるのが恐くなる。そこから決まっていつも新しい罪人が出てくる。この呪われた箱には底がないのだろうか。その通り、そこには底がない。最後に”希望”は残っていないのだ。・・・沈黙の陰謀によってユダヤ人は追いつめられた。もし憎しみで解決できれば、生き残りは収容所から解放された時に、全世界に火を放ってしかるべきであろう」(P271 一部筆者責により改編)
 「あなたがたにとってユダヤ人は友だちではない。彼らはいまだかって友人だったことがない。彼らが死んだのは彼らに友人がいなかったからである。自分が友人の立場に立っていたのでない限り、決して友人を裁いてはならない。だとすれば黙ることを学び給え。」(P279 筆者責により一部改編)

 ユダヤ人を○○人と置き換えれば、日本人も歴史のなかで裁かれねばならない被告ですが、いまだもってほんとうの裁きを受けたことはなく、裁いて欲しいという訴えを今もって冷酷に拒絶する現代史を刻んでいます。もし死者が蘇るとすれば、日本全土に火を放っても私たちは彼らを非難はできないでしょう。このまま贖罪の機会を得ることなく、日本現代史は流れていくのでしょうか。ひょっとしたらわたしたちは、記憶の距離が遠のくにつれてまた同じ罪を繰り返しているのではないでしょうか。

 この書を読むと、もはや欧州でのユダヤ人とキリスト教民族との和解と共存は無理のように思えてきます。ユダヤ人がパレスチナ人を追放してイスラエルを建国するシオニズムもやむを得ないかのように思えてきます。しかしヴィーゼル氏には申し訳ありませんが、パレスチナ人たちはかってのユダヤ人のデイアスポラを再現しているように思えるのです。あれほどの惨禍を体験したユダヤ人たちが、同じような迫害をパレスチナ人にもし加えているとしたら、神はほんとうに発狂しているに違いありません。そしてまたそうした非難をイスラエルに加える資格を日本人はもっていないのです。わたしは3月下旬にアウシュヴィッツを訪れる予定なのですが、どのようなまなざしでこの収容所跡地を観たらいいのかまだ分からない困惑と不安があるのです。(2007/2/15 10:34)

第36夜:広渡常敏『青春無頼』(影書房 2006年)
 東京演劇アンサンブルといういわばリアリズム新劇劇団を率いた演出家にして脚本家。つい先日逝去された。この書は死をひかえた遺稿集のような感じとなった。彼の九州での青春期から演劇活動へ参加し現在に至る日常をエッセイ風に描いている。思い返せば東京演劇アンサンブルが、ブレヒトや木下順二を中心に上演して新劇運動をリードした時代があった。労演の演目に必ず東京演劇アンサンブルがあった時代はいまやどこかへ行ってしまった。しかしこのエッセイでは、私の予想しない言辞が散りばめられている。郷愁や感慨に流れる風景はおいて、彼はしきりにスターリニズムや社会主義リアリズム、スタニスラフスキー・システムを無批判に受容していた自分を自己批判し、それからの訣別を云っている。「コミンテルンとボルシェビズムの許し難い裏切り」っていったい何を言うのだろう。自らの生をかけて公的に問うてきた演劇活動をこのように清算的に述べること自体がなにか彼自身の思想的格闘の衰弱を語っているようだ。もし社会主義リアリズムを批判するならば、時代的精神の場の異質の差異を超えて論じることには禁欲的であるべきだと思う。或いは苦渋の跡が見えないのだ。そうした点は於いて、彼の戦後新劇運動史に残した足跡は偉大だと思う。黙祷・・・。(2007/2/11 17:00)

第35夜:鄭仁敬(チョン インキョン)『コバウおじさんを知っていますか 新聞マンガによる韓国現代史』(草の根出版会 2006年)
 私はコバウ(高岩)おじさんを知りませんでした。韓国・東亜日報の4コマ風刺漫画として45年間に渡って掲載され、鋭い権力批判の心情を表現し韓国民衆のこころを捉えてきたことを。この本の筆者であるチョンさんは、京都精華大漫画科博士課程に在学し、自らも1枚漫画(カートウーン)で数々の国内、国際漫画展で入選しています。この書は彼女の博士論文をベースにしているようです。韓国漫画界を代表する金星煥「コバウおじさん」を韓国現代史の中に置いてその風刺精神を明らかにしている。苛烈な弾圧や社内の葛藤やスパイと闘いながら、毎日4コマ漫画を書く金氏の姿も凄まじいが、韓国戦後現代史の苛烈さは日本の戦後から見れば想像を絶するものがある。
 このような奥深いポリテイカルな風刺精神は日本にはない。せいぜい加藤芳郎程度の風刺であり、日本の基本はサザエさんなのだ。こうした違いを見ると、もはや日本は東アジアをリードするパッションはないとつくづく感じる。鄭さんの日本留学後の日本語学習も素晴らしく、博士論文もこの書も熟達した違和感のない日本語で書かれている。もはや陽出づる国は韓国ではないか−等と考える。鄭氏は映画でいえばチャールズ・チャプリンにあたるだろう。(2007/2/10 9:57)

第34夜:安里健『悪い詩集 又は詩的唯物論神髄の大盛』(スペース伽耶 2006年) 
 破天荒な詩集だ。なんかダダイズムのような感じだが、根底には革命的なコミュニズムがある気がする。いつに懸かってそれは出自と生育歴(在日系ペルー人?)と数奇な遍歴にあるようだ。しかしなぜか惹きつける哀しみがある。明るい絶望といったら外れているか、そこには譲れぬ憤怒もあるような詩が溢れている。吉本隆明批判は痛烈だ。「大衆の愿像やらを繰り込んで自立したり知識人になったりしたところで、階級意識なんてものに到達することが金輪際あり得ないことは、吉本隆明自身が身をもって証明して、団塊世代の小賢人たちもそれに追随することで現在の思想状況ができあがっていることをみればなにおか言わんやです。要は左翼に向かって、おれのほうが大衆の気持ちをよく知っているぜ−といって威張っているだけなんですから」。これは戦前のプロレタリア詩人の槙村浩を批判する吉本への痛烈な反批判だ。最後に彼の詩を一つ紹介。

  反=戦後60年詩としてのとしてのスーパーフラット<争聞歌>−または国家によって抹殺された詩人の生誕70年に事寄せた喪の仕事

 主観の誤率の人間はその目的を見いだすことはできない
 私の位地にもし、その目的の物質が現れたとて
 それに化する目をもたねば然りも否も見地すること不可能であり
 自然の生涯とも道を同化することは念に無理を生む
 目に余るまでの腐乱の生の一瞬の
 たえず言葉でないか言葉であるか、その
 いずれともない回想の深くを渡らずに
 しばらくはこの場の
 わずかな溝であるに過ぎない境界をかすめ 
 かすめつづけながらむしろ敵意の
 なにほどもない一瞬に踏みたえ
 とぎれとぎれの反共に歯向かっていくのだ。
 私が昔、今を問わず観念の郷にも匹敵する君をもとめてやまない。
 この道も、然うでなく思えた。イマージュも同一でありながら
 無理押しする二人であってはならない
 それはその人間の信念と肉体に内外とを結ぶものだ!
(後略) 

 後書に引用されている中野重治「その人たち」紹介する。

   その人たち  中野重治

 やがてそうなるであろう
 しかしなるであろうか
 しかしなるであろう

第33夜:佐多稲子『歯車』(『佐多稲子全集』講談社 第9巻 1878年)
 なぜこの小説を手にしたかというと、小林多喜二の虐殺遺体が自宅に帰ってそれを取りまいて沈鬱な表情で見つめている人びとの写真に非常に興味(?)をいだいたからだ。あの写真はどのような情景の中でどのような動作があったのか−知りたくなった。いろいろと検索すると、佐多稲子『歯車』という作品にその場面が詳しく描かれているというのだ。この作品は満州事変から治安維持法による大弾圧の時代を生き文化人の反戦活動を描いている。合法と非合法のすれすれの生活を描いた自伝的な小説だ。著名人たちがすべて仮名で登場するが、私に分かるのは宮本顕治・宮本百合子・小林多喜二・中本たか子(?)・久保栄(?)などだが、活発な新劇女優とは誰を指しているのか気になった。
 小説は佐多の第2子出産をもって始まり、小林の葬儀シーンを経て最後の抵抗へ向かうシーンで終わる。自分自身の出産シーンをヴィヴィッドに繊細な感覚で描いている。女性運動の仲間の描き方もいままで読んだ紋切り型ではない鋭い観察眼を持って書かれている。確かに佐多は鋭く研ぎ澄まされた神経の持ち主であり、また表現力もある。女性特有のトゲのある表現もあるがそれはむしろ当時の女性の時代感覚だ。私はむしろ当時の特高と反戦グループの生々しい対峙にリアルな臨場感を感じた。天皇制ファッシズムの野蛮がいかばかりのものであったかがうかがわれる。こうした60数年前の時代体験はいま継承されていない。野党第一党の前党首が現代の反戦派を「残党」と呼ぶのだから。戦時期の剥きだしの恐怖と、現代の真綿で絞められるような閉塞感が本質的に同じだとすれば、実にいま危うい時代を迎えている。講談社が佐多の全集を出すなんて現代では考えられない。(2007/2/8 21:02)

第32夜:ホルクハイマー・アドルノ『啓蒙の弁証法』(岩波文庫 2007年)
 せっかく最後まで読み通そうとして最後に近づいた時にどこかへ置き忘れて紛失してしまった。なんということだ。しかし詮方なきものとあきらめ、ここに記憶によって感想を記す。近代理性によって克服されたはずの野蛮が、近代理想の論理によってさらに最悪の野蛮(ナチズム)が演じられるパラドクシカルな弁証法的な運動を記す。ナチズムの野蛮が徹底的に暴かれ、痛烈に批判される。映画や宣伝の論理、深層心理やサドなど従来の講談哲学ではなかった諸現象を通して時代の本質に迫ろうとしている。理性の限界を深くえぐった後に、では理性を越えるものとしてなにがあるのかはない。批判の深刻さゆえにペシミズムが誘発される。フランクフルト学派のもはや古典となったこの書からは、諸科学の方法論はでてこない。特に自然科学の方法論を基礎つけ得ない思想に私は限界を覚える。いま地球惑星環境の危機と近代理性の限界はつながっている。ここに彼らの可能性があるのではないか。(2007/2/8 20:43)
 
第31夜:ハンナ・アーレント『MEN IN DARK TIMS暗い時代の人々』(ちくま学芸文庫 2005年)
 高名なユダヤ人女性政治思想家による11人の20世紀初頭を駆け抜けた思想家、劇作家に対する評伝的評価のアンソロジーである。私が知っており、かつ少し読んだことがあるのは、レッシング、ローザ・ルクセンブルグ、カール・ヤスパース、ヘルマン・ブロッホ、ヴァルター・ベンヤミン、ベルトルト・ブレヒトの6人に過ぎない。だから私が読んだのはこの6人に対するアーレントの評価である。高名な人物が他の高名な人物をどう評価しているかを、見たり聞いたりするのは独特の興味を喚起するが、6人の評価をすべて読んだ後では、逆にアーレントの思想的ポジションが浮き彫りとなってくるような気がする。それを私なりに整理すると次のようになる。
 (1)アーレントといえどもみずからの出自であるユダヤ人の視点から、同じユダヤ人知識人の表現とふるまいを鋭く分析する。
  ユダヤ人の未来をマルクス主義に見いだすグループと、シオニズムに見いだすグループに分かれ、激しい思想的、物理的
  格闘を経た20世紀初頭の原体験がある。彼女はシオニズムに参加しながら、思想的にはマルクス主義の影響を受けてい
  る。
 (2)彼女はソ連型マルクス主義(=スターリン主義)に対する嫌悪が根底にあるような気がする。ローザやブレヒトへの評価は
  非常に厳しく冷酷だ。
 (3)彼女は欧米文化に同化していくユダヤ人を激しく攻撃している。それは彼女自身が同だからではないのか。彼女からヤス
  パース賛美は聞こえてくるが、ハイデガー批判は聞こえてこないのだ。恋愛関係にあったハイデガーがナチス党員としてユダ
  ヤ人迫害に加担した歴史的責任を彼女は問わない。
 (4)ホローコースト批判が『アンネの日記』によって情緒に流れたと批判しているには驚いた
 最後に、他者の評論を公的にする時には、その人の生涯にわたって知りうる事実をすべて調べ尽くした上でするのだと云うことが、この書によって教えられた。(2007/1/23記)

第30夜:ラリサ・ライスナー『ヨーロッパ革命の前線から』(平凡社 1991年)
 ライスナーはロシア人の父とポーランド人の母をもつ1895年生まれ、1926年に30歳で亡くなったロシア人ジャーナリスト。ロシア革命後の内戦とそれに続くドイツ革命の渦中に生きてそのルポを書く。夫は革命軍艦隊司令官ラスコルニコフ。この書の性格と日本での出版の意味については、訳者の野村修氏のあとがきがすべて語っている。
 いまさら崩壊したソ連型社会主義の源流にあるロシア革命やドイツ革命を語ることは何の意味もなく色褪せてしまったかに見える。もはやアクチュアルな意味を持たない。しかし21世紀の初頭にあって直面している問題群の源流は、20世紀初頭の人類史上初の近代への挑戦にあるのではないか。なぜそれが世界に波及せず流産したのか。その再検討はやはり意味があるのではないかー以上が野村氏の主張である。私は基本的に賛成だ。

 この書ではロシア革命後の内戦と干渉戦争を戦う赤軍ヴォルガ・カスピ艦隊の戦闘と、ドイツにおけるレーテ評議会運動やスパルタクス団蜂起の生々しい現地ルポだ。こうした革命のルポはジョン・リード『世界をゆるがした10日間』であまりにも有名だが、多くは首都における英雄的な戦いを指導するリーダーを描いている。この書は、全く無名のままに戦闘に参加していのちを捧げた無名戦士を描く。その筆致が非常に人間的で生々しく、また取りまく自然と街の風景がしっかりと描きこまれ、筆者の並々ならぬ筆力を示している。戦死を偶像化して描くステロタイプを完全に越えているのだ。

 たしかに20世前半に存在した希望と信頼の手触りを感じることができる。しかしいま振り返って彼らの膨大な死は全く意味がなかったのか。それはあたかもパリ・コミューンに何の意味もなかったというに等しいと思う。このピュアーな希望が部分的に実現したと思える国では、想像できない恐怖の独裁がもたらされた。この光と影の重奏を経て21世紀は新たな挑戦をえらばざるを得ない必然といったものがあるように思う。それは新自由主義というもっとも野蛮な近代が跋扈する修羅の世界が出現しているからであり、それに対抗する運動が中南米で果敢に展開されているからである。中南米で再度試行されている挑戦はまさに20世紀初頭で捧げられた無数の死の上にあるように思う。
 おそらく訳者も言うようにこの本は売れないでしょう。それは時代的背景にあってやむを得ないことですが、だからこそ例え少数であってもこうした歴史の体験を継承する人がいると云うことに私は独自の意味を味わうのです。一節だけ引用しよう。

 「友愛ー手垢のついた不幸な言葉だ。しかしときおり、極度の困難と危険の瞬間にそれは私欲を離れた、清らかな、偉大で侵しがたいものである。ある夜、ぼろぼろの服を着、しらににたかられて汚れた床に転がりながら、世界は素晴らしい、無限に素晴らしいと考えたことのない者は、一度も生きたことがなく、生命についてなにひとつ知らない」

 こうした欧州の歴史の中で蓄積された感性と思想は、内戦などという体験をほとんど持たない(せいぜい覇権闘争の明治維新ぐらい)日本とのそそり立つような違いを実感させる。(2007/1/18 8:44)

第29夜:アントン・チェホフ『少年たち』(未知谷 2006年)
 未知谷の本の薫り高い装丁には感心する。小出版社に過ぎないが、志の高さを感じる。この書は、偶然に古本屋で見つけたもので、特に関心が高かったからではない。チェホフと装丁と1000円という値段に惹かれてかった。チェホフはロシアの代表的な劇作家で、『かもめ』とか『三人姉妹』、『桜の園』が有名ですが、この本は初期の児童文学である『少年たち』『小さな逃亡』の2作品が収められています。翻訳がいいのか、少年たちの生き生きした鼓動が伝わってきて、過ぎ去った少年期の自分を想い起こすようです。欧州では朗読とか読み聞かせというスタイルが日常的だそうですが、この作品も親が子どもに読んで聞かせ、子どもたちはドキドキしながらあたかも自分が主人公であるかのように聞き入ったことでしょう。チェホフの繊細でリリックな感性が溢れています。(2007/1/17 7:43)

第28夜:イタロ・カルヴィーノ『くもの巣の小道 パルチザンあるいは落伍者たちをめぐる寓話』(筑摩文庫 2006年)
 23歳のカルヴィーノが46年12月に20日ほどで書き上げた長編第1作だそうです。彼は21歳で対独レジスタンスに加わり、3ヶ月の戦闘を経て逮捕され、護送中に脱走して生きのびたという苛烈な体験を持って戦後出発しています。いま読んでも途中でやめるのが惜しまれるような面白さ(?)に溢れています。レジスタンスは社会主義リアリズム(ネオ・レアリスモ)では聖人の英雄伝説のように美化されて描かれる傾向がありましたが、この作品は落ちこぼれグループの人間くささが溢れるレジスタンスを描いて、悪魔と天使が同居するような人間の重層的側面を浮き彫りにしているからだと思います。いま社会主義リアリズムなんて文学史ではあっても、若い人は見向きもしませんが、この作品が復刊されるのは人間の多面的なありかたを描く面白さがあるからでしょう。但しカルヴィーノは、単に実存的人間を描いたのではなく、歴史の進歩と未来へのゆるぎない信頼があるからこそ、ある明るさが湛えられていると思います。
 それにしてもイタリアやフランスのように、抵抗や独立、革命などという大きな正の物語を持った国は幸せだなと思います。ドイツや日本のように暗い加害の歴史を刻んできた国は誇るにたる大きな物語を持っていません。しかしドイツは贖罪と抵抗者の名誉回復の道を毅然として選択していますが、日本は歴史の罪責に正対せず曖昧に切り抜ける狡知を選んでいるがゆえに、いっそうねじれています。そういった戦後責任の問題をも考えさせるエンタテイメント・ヒューマン・ノベルです。これは私の深読みでしょうか。(2007/1/16 21:08)
 
第27夜:andre breton et autres『poesies surrealistes』(アンドレ・ブルトン他『シュルレアリズム詩集』筑摩書房 1969年)
 シュールレアリズムとは第1次大戦という人類初の無差別戦争の惨禍を契機に起こった欧州文明への懐疑を打ち出した前衛芸術運動を指し、詩の世界ではブルトンによる「シュールレアリズム宣言」(1924年)を起点とするそうです。この詩集は1969年刊行で100円本コーナーに混じっていました。登場する詩人は、プレヴェール、クノー、エリュアール、クルヴェル、シャール、デスノス、ペレ、アルトー、セゼール、パス、マンスール、ピカビア、ツアラ、スーポー、アラゴンというその後はノーベル文学賞を受賞したり、レジスタンスやコミュニズムにいった人を含む錚々たる顔ぶれです。正直にいうとこの詩集からのストレートな魅力的刺激は受けませんでした。訳は飯島耕一という第一級のフランス文学者ですから翻訳に問題があるとはいいません。あまりにも時代精神が異なっているからでしょうか。口絵に若かりし頃のこれらの詩人の顔写真が満載されて、こちらの方が興味津々でした。アラゴンは青臭い少年のようです。ひとつだけ印象に残った作品を紹介しておきます。

  食べてはいけない ジョイス・マンスール 飯島耕一訳(一部筆者意訳)

 他人の子どもたちを食べてはいけない
 なぜって彼らの肉はあなた方のとても美しい歯のある口のなかで腐るだろうから
 夏の赤い花々を食べてはいけない
 なぜって花の汁ははりつけにされた子どもたちの血なのだから
 貧しい人々の黒パンを食べてはいけない
 なぜってそのパンは彼らの酸の涙で肥やされているのだから
 あなた方の長い長い肉体のなかに根をもっているはずだから
 食べてはいけない あなた方の肉体が喪の大地の上に
 秋をつくって
 みずからはしぼんで死んでいくためにこそ  
        (2007/1/5 17:05)

第26夜:渡辺京二『逝きし世の面影』(平凡社ライブラリー 2005年)
 私はこの書をまったく知らなかったのですが、Imagine Space真理(名古屋市の古本屋)で、帯の「読書人垂涎の名著、ペパーバック版でいよいよ刊行」という言葉に惹かれてつい購入した。渡辺京二氏は九州在住の在野思想家で、日本近代思想をやっているらしい。本書は幕末から明治期にかけて来日した諸外国人の日本滞在記にみられる日本の印象記を14テーマに分けて、失われた前近代の(特に江戸民衆)日常風俗や文化を浮き彫りにしようとしている。確かに日本近現代思想は、福沢の脱亜入欧論以降、日本とアジアの前近代の後進性を否定し嫌悪しひたすら欧米文化の受容と適用に邁進した。これは開発論者であれ左翼であれ本質的には同じであった。
 ところが本書で紹介される日本印象記は、異文化日本への驚愕と羨望、或いは評価で充ち満ちている。読み出すとともに、いかに欧米人が日本に来てその人間的で洗練された田園文明に感じ入っている。ところが読み進めるうちに、テーマは異なっても同じような叙述があるので段々読み飛ばすようになってしまう。つまりじょじょに本質的なものへの分析へと下降する方法がとられていないので、現象の叙述が繰り返されるので面白くなくなってしまうのだ。

 最も面白かったのは、サイードのオリエンタリズムの方法を知的ファッションとして批判し、反欧米思想の裏返しに過ぎないという。サイード批判はブッシュの戦争によってその本質が暴露されたのではないか。あきらかに欧米民主主義型価値観を力で強制した行為は、明らかにオリエンタリズムそのものであったからだ。それはおいて、本書ではすでに失われた日本の江戸の民衆文化が生き生きと再生されているのは確かだ。暗く悲惨なイメージ(講座派のなせる技か?)とは別のユーモアと共同体の存在を知ることができる。こうした予定調和的な前近代日本が、なぜ一気に欧米型近代へ飲みこまれ、ついにはそのフロント・ランアーになっていったのか?ーといったことをつくづくと考えさせられる。本書は川端康成がノーベル賞授賞式で言った「美しい日本の私」や現首相の「美しい国へ」にある「美しい日本」に連動する。それは失われていく共同体の美しさであり、戦争と侵略動員の基礎とも自由民権の基礎ともなったものだ。(2006/12/31 10:46)

第25夜:中村敏雄『メンバーチェインジの思想』(平凡社)
 不況と社会の痛みの深化の中でスポーツと芸能がストレッサーのはけ口のようにメデイアの視聴率を稼いでいる。しかし本格的なスポーツ文化の評論や分析はあまりにも少ない。メデイアに登場する評論家としては二宮清純氏がすぐれていると思うが、スポーツの社会科学的・文化論的分析の論者は中村敏雄氏にもっとも注目する。彼は1929年生まれで山口大学教授とあり、学校体育研究同志会のメンバーである。健在であれば76歳である。私は彼の幾つかの著作を購入したが、一通り読んだのはこの『メンバーチェインジの思想』が最初である。各種のスポーツのルールの期限と展開を通してその裏にある文化変容を探る彼のアプローチには非常に刺激を受けた。

 スポーツにおける平等主義
 日本には独特の「投了」(囲碁、将棋)など勝敗観がある。この伝統はどんなに勝ち進んでも最後に天皇を越えることはできないという構造から生まれたものであり、「勝負ごと」では勝敗を最後まで争わない、勝敗よりも争い方=過程を尊重し、勝敗を越えた「道」を求める求道の価値を追求した。勝敗を優先する体重別選手権の導入が最も遅れたのが、柔道・剣道・相撲・空手などの日本スポーツであった。選手権の優勝者の段位を上回る「名人」や「家元」が存在した。欧米では勝ち進めば大統領にでも王にでもなりうるという平等主義で、同じ条件で競う体重別が採用された。日本でもしだいにそのような方向に流れている。
 しかしテニスコートやボートなど各種競技はほとんど欧米人体格を基準につくられている。音楽でピアノの鍵盤は明らかに欧米人の骨格に対応してつくられている。人間の多様性を前提に平等をつらぬくグローバルなルールはかなり難しい。小学校の徒競走で遅い子どもと速い子どものスタートラインを変える学校ルールはほんとうの平等だろうか? それともPTAの要求に屈服した悪平等だろうか? 或いはルールづくりを全面的に子どもに委ねるのは自主教育なのか追随なのか?
 明治期に創設された商業学校(現一橋大学)のゲームでは、常に徳川さんが華々しい勝利を収めた。試合に参加する機会の平等は形式的に保障されたが、実質は勝敗よりも身分が尊重されたのである。欧米のスポーツはこれと逆だ。王であれ奴隷であれ、いったんスポーツの場では同じルールで全力を尽くし、実力だけで争い勝者が賞賛される。

 メンバーチェインジの思想
 野球、バスケット、アメフトなどピンチランナーやワンポイントリリーフ、指名代打などゲーム中に煩瑣にメンバーチェインジがおこなわれる。初期はけがや体調不良などのやむを得ない時のみに許された限定的なルールであった。つまりプレーはあくまでスターテイングメンバーのみで最後まで戦うのがフェアーとされた。しかし徐々にプレーが高度化して勝敗を争うことが至上目的になると、勝利のためにはすべてを犠牲にしメンバーチェインジはフリーとなった。しかしよくみると、メンバーチェインジ自由の競技はすべてアメリカ生まれの競技であり、イギリス生まれのサッカー、ラグビー、ホッケーなどはメンバーチェインジを認めない立場をとった。
 なぜメンバーチェインジのルールがアメリカで発達したのか。それは19世紀後半以降の労働力無制限供給モデルが米国経済を支配し、スポーツにも勝利のためには選手を「使い捨て」する効率極大化の思想が浸透し、観衆もそれを要求しはじめた。同時にこれを選手サイドから見れば、最高のプレーヤーを最適の条件下でプレーする機会の平等が保障され、プレー参加機会を保障された選手が実力のみで夢をつかむ可能性が増えることを意味した。弱肉強食=適者生存のダーウイニズムがスポーツをも捉えたのだ。この典型はアメフトでツープラトーンシステムを採用し、臨機応変に最適プレーヤーを出場させる作戦にある。身分、地位、民族、人種はもはや必要がなくなり、資本の論理と機会の平等という人道主義がメダルの表裏となってアメリカ型スポーツが形成されていった。
 しかしじょじょにアメリカ型スポーツは機会の平等というヒューマンな側面よりも、勝利市場の経営論理が制覇し、人間の局部的的能力のみを極大化する機能主義的人間観を生み、薬物による筋肉増強や興奮剤使用など歪んだ世界を形成した。スポーツの語源はラテン語でDEPORTARE気晴らしであり、労働から解放された自由な身体運動を意味した。「朝に耕し、昼に運動し、夜に読書する」という全面発達をめざす人間観が望まれ、それはイギリスの名門校の教育理念とされてさまざまのスポーツが発生した。これが欧州スポーツ理念の底流にあるアマチュアリズムである。

 以上が中村氏の主張である。なるほどメンバーチェインジの思想は、内部に社会的経済の欧州モデルと市場原理型競争のアメリカ・モデルの鋭い対立がはらまれていることがよく分かった。日本の歴史的伝統は欧州モデルであり、メンバーチェインジを禁止または規制した。日本の伝統競技にメンバーチェインジの思想はない。体調や身体がどうであれ死力を尽くして戦い、潔く散るか「投了」するのが最高の美徳とされた。最近までメンバーチェインジの思想は軽蔑されていた。この伝統が大きく変容したのが、敗戦による米軍占領とともに怒濤のように入ってきた米国スポーツとその文化観である。勝敗の結果が評価のすべてとなり、学校においても体育専門大学がつくられたり、スポーツ推薦などの優先入学が保障されるようになった。勝利に結びつく非人間的な指導も許容されるようになり、スポーツマンの人間関係は奴隷のような上下関係が形成された(タイイクカイケイ)。かってのアマチュアリズムは完全に崩壊し、商業スポーツが隆盛を極めるようになったが、不思議なことにそれと正比例して五輪メダルの獲得数は急降下していったのだ。勝利至上主義を採用しながら、世界レベルでまったく太刀打ちできなくなくなったのはなぜか。中村氏にはここの解明はない。それは私たちに残された課題であろう。(2006/12/24 20:43)

第24夜:東栄蔵『伊藤千代子の死』(未来社 1979年) 
 この本も未来社のバーゲンブックフェアで入手した。幾つかのエッセイの巻頭にあるもので一気に読んだ。伊藤千代子の生涯にを目にすると、いつも胸がきりきり痛むような感じになる。嵐の時代に立ち向かって裏切りにまみえて狂死した純情可憐な乙女の生涯はピュアーな情熱にあふれ、この痛ましい生と死に後世はどう答えたらいいのか、紋切り型の答えを受けつけない峻烈さがある。自らの裏切りによって彼女を狂死に至らしめた浅野晃には、軽蔑と憎しみを越えていまや哀れの情をもつ。
 いまこれを記している朝の窓辺の葉を落とした桃の木のてっぺんに鳥がきてさえずっている。鳥は梢の頂であたりを睥睨するかのように鳴き、決して下の梢に飛び移ろうとはしない・・・アッいま一声鳴いてどこかへ跳んでいってしまった。まるで千代子のようではないか・・・。

 諏訪高女時代の師である土屋文明が彼女の死を悼んで詠んだ歌はあまりに有名だがもういちど掲載しよう(『アララギ』昭和10年11月号)。(昭和10年とは私が生まれるはるか前ではないか!?)

   「某日某学園にて」 土屋文明

 語らえば眼かがやく処女等に思ひいづ諏訪女学校ありし頃のこと
 清き世をこひねがいひつつひたすらなる処女等の中に今日はもの言ふ
 芝生あり林あり白き校舎あり清き世ねがふ少女あれこそ
 まをとめのただ素直にて行きにしを囚へられ獄に死にき五年がほどに
 こころざしつつたふれし少女よ新しき光の中におきて思はむ
 高き世をただめざす少女等ここに見れば伊藤千代子がことぞかなしき 


 伊藤千代子は1905年(明治38年)に長野県諏訪湖南の農家に生まれ、諏訪高女を卒業後1922年(大正11年)高島小学校の代用教員となり、仙台の女学院を経て東京女子大英文科に入学し、社会科学研究会に参加して浅野晃と結婚して地下活動に入った。1928年(昭和3年)の3・15事件で検挙され市ヶ谷刑務所に収監された。遅れて逮捕された浅野晃は、水野成夫(戦後サンケイ社長)・河合悦三(戦後農学者)・門屋博・南喜一などとともに組織批判声明を発して一斉に転向し、佐野学・鍋山貞親の共同転向声明につながった。その釈放された浅野は、保田与重郎「日本浪漫派」に参加して超国家主義文学を唱道する。
 最愛の夫であり同志である浅野の転向を知った千代子は、突然精神に異常をきたし精神分裂症となった。千代子の最後の手紙は次のように記されている。

 「お母さん、次便で詳しくと申し上げましたがもうその必要がなくなってしまいました。理屈がいやになりました。身の程知らずの私を笑ってくださいまし。監獄のご飯をこんなにおいしく頂いた朝はございません。・・・・・なつかしいみなさん、こころからの感謝と祈りをお受け取り下さいまし。美しく晴れた夏の朝。また」(7月29日)

 千代子の症状は急速に悪化し、松沢病院に移送された。以下下線はすべて筆者。
 「ある日突然監房の中で、誰かが「天皇陛下万歳!」と叫びました。あ、発狂したな、と思い・・・・「いまのは誰?」と隣の獄の人に聞くと、「伊藤千代子さん」というのです。伊藤千代子さんは浅野晃の奥さんです。いわゆる解党派の問題が出たときです。そのショックで発狂し、夜中に「天皇陛下万歳」と叫んでしまったのです。ほんとうに伊藤千代子さんはかわいそうでした。私が「伊藤さん、しっかりしてね!」と行水の時に言うと、彼女は仰向けになってチイチイパッパをやり出すのです。しまいにはほんとうにひどくなって便器の中へ顔を突っ込んだりするようになって、頭だけでなく身体も悪くなっていたらしいですね。真っ裸になって風邪をひいて肺炎を起こし、せっかく保釈で松沢病院に行きましたのに、亡くなりました」(山代巴・牧瀬菊枝『丹野セツー革命運動に生きる』)

 伊藤千代子の発狂の瞬間を証言しているもう2人の人物がいる。1人は千代子の隣の房にいた西村桜東洋氏だ(「獄中記」『労働運動』No168)。
 「獄中の暗い音一つない朝もまだ明け切れぬ空気を破って、突然彼女は私の隣室で叫んだ。「天皇陛下万歳!」と。その声は響き渡り長くいつまで続くか分からないほどに長かった。わたしも、それに全同志のすべては驚愕した。「お母さん!」とも叫んだ。「ああ狂った狂った!」と躍り上がるようにはしゃいだ声が聞こえる。上田看守長や取り締まりがバタバタと駆けつける。次の日から彼女は着物を脱ぎ捨てて全裸になって狂いまわっているらしい。そして「チッチチのチイパッパ!」「パッパッパのチッチッチ!」とリズミカルな調子で独房中を泳ぎ回った。私は隣の部屋だったから一番よく聞こえる。千代さんは10日ほど隣室で狂いまわった。「チッチッチのパッパッパ!」に続き、いろいろとリズミカルな音を発し続けた。私はうろたえ、胸に迫り、食事も喉を通らなかった。保釈にもならぬし引き取り手もなかった。同志よ!どんなに苦悩しただろう! 誠実であり、純真そのものであり、党を信じていただけに、夫浅野晃の転向が彼女を引き裂いたのだ。私はどうしていいかわからない。年取った看守は、私の房に来る時、急ぎ足で「タッタッタのチッチッチ」と千代さんのリズムをまねたりしてきた。私の神経は隣の千代さんの動きに集中した。彼女は食事もとらず、便も垂れ流しであった。時々看守が来て水で身体を拭いたり掃除をしたりして大騒ぎをしている。日に日に痩せ、狂い果てていく彼女を、音に思い、その声に思い、私も日々衰弱していく。10日も経ってから彼女の房の扉が開いた。看守が3人で彼女をどこかへ連れ出すらしい。キャッキャとはしゃぎながら千代さんは私の房の前に立った。
 「おとよさーん!」と叫んだ。私は思わず窓に走り寄って彼女を見た。顔は青ざめ、目は吊り上がって、元の面影はどこにもなかった。その異様に光る目を見た時に、私は思わず飛び退いてふるえた。「ああこの鉄の壁があったからよかった。もしなかったら、彼女は狂気の眼で私に飛びつき、かきむしるに違いない」との恐怖心が私を飛び去らせたのだ。彼女が看守に抱きかかえられるようにして連れて行かれた後、私は泣いた。なんという非情な私の態度であったろう。なんという恥知らずの同志に対する裏切りであったろう。どうしてこの時に鉄の棒をはめ込んだ窓の間から手をさしのべ、「しっかりしてね」と彼女の手を握りしめなかったのであろう。彼女は私の名前を呼んだではないか! 私が千代さんに対してとった残忍な態度は生涯の悔いを残した


 もう1人はおなじく寺尾齢(旧姓清家)氏だ(『伝説の時代』P160より)。
 「彼女はハアハア息を弾ませながら、私の房の前に立ち止まり、ドンドンと激しく戸を叩いて「清家さん、頑張ってね、しっかりやってちょうだい」と早口に言ってまた走り去った。必死になって彼女が投げたこの言葉! 狂ったなかにもなお残るひとすじの正気!満潮の中にまさに没し去ろうとする岩角にも似た最後の正気! 私は泣いた。飛び出して抱きしめてやりたかった。一緒に泣いてやりたかった。そうすれば正気を取り戻すこともできたのではないか。私はいまでも残念に思っている。これが私の聞いた彼女の最後の言葉であった

 伊藤千代子の発狂の瞬間と10日間の彼女の狂気のふるまいが目に浮かぶように描写されている。しかも狂気のそのさなかにあって、同志を思うかすかな真情の発露は、まさに彼女が必死になって狂気と戦い自らの恢復を希求する最後の格闘のように見える。狂女となった彼女は自分をかくまで追い込んだすべての敵を凝視し、仲間たちへ手をさしのべようとしている。こうして松沢病院に収容された彼女は最後の瞬間を迎える。保釈された浅野は母ともに松沢病院の千代子を見舞った。彼の非公開の手記には次のように記されている。
 「同行は母と私服刑事2人だった。新宿から京王線に乗り、病院前で降りて構内にはいると、広い庭は木々が秋の明るい日ざしに燃えるように美しかった。小径の両側には千代子が愛したコスモスが咲き乱れていた。幾棟かの青いペンキ塗の粗末な建物が並んでおり、その一つに私らは入っていった。何度か来たことのある母は、廊下の途中で立ち止まった。そこが千代子のいる部屋だった。見ると10人ほどの女が、みんな浴衣みたいな軽装で、きゃっきゃと騒いでいた。いち早く千代子を見つけた母が手招きすると、千代子はすぐに寄ってきた。けれども私や刑事が立っているのに気づくと、おびえたように後ずさりした。母はそれを呼びとめて、「そら、晃がきているよ。会いたかったでしょう」と言った。私の名前を耳にした千代子は、一瞬記憶を呼び戻したものか、ちらりと私の顔を見て、かすかに頬を染めた。「千代、わかるか僕だよ」と私はいった。しばらく私を見ていた千代子は、急に母の方へ向いて首をふってみせた。子どもがよくするいやいやだった。その時2人の刑事が、無遠慮な声で何ごとか話しあった。千代子はぼんやり私らを見つめていた。そして仲間の群れに逃げ込んでしまった。いくら母が呼んでも、2度とこちらに戻ってこなかった。仕方なしに私らは立ち去った。振り返ってみると、千代子はみんなに交じって無邪気に笑いこけていた
 
 最愛の妻を裏切って発狂に到らしめたこの男は、淡々と狂っている自分の妻の姿を描いている。千代子は一瞬意識が戻ったのだろうか。自分の神経系に耐え難い打撃を与えた最愛の夫を前に、もはやこどものようにいやいやする凄惨な姿は彼女の受けたトラウマの深さを示してあまりある。心に深い傷を受けた者のあまりに痛々しいピュアーなふるまいがある。おそらく彼女は正気を取り戻していたに違いない。それにしてもこの浅野という男のこころには何が去来しているのだろうか。彼らが見舞ってから9日後の1929年(昭和4年)9月24日に伊藤千代子は急性肺炎で満23歳の短い生涯を閉じた。小林多喜二は『蟹工船』を書き、徳永直は『太陽のない街』を書き、ニュヨーク株式大暴落を経て世界大恐慌が勃発し、満州事変を経て戦争へ突入する暗黒の時代の前夜であった。いっさいの非戦や反戦の勢力を根絶やしにする治安維持法の嵐のような暴風のなかで、伊藤千代子は狂死した。
 
 さて伊藤千代子のわずか23年の生涯でいろんな人が彼女の側を通り過ぎている。私の知っている限りの氏名を上げてみよう。土屋文明、島木赤彦、平林たい子(同級生 後小説家)、今井ゆう(親友 後前田多門夫人)、塩沢富美子(大学後輩 野呂栄太郎夫人)、志賀多恵子(大学先輩 志賀義雄夫人)、村上多喜雄、野呂栄太郎、水野成夫(千代子は彼のレポ)、河合悦三(後輩の平林せんをハウスキーパーに推薦)、藤森成吉、山本懸造、丹野セツ(渡邉政之輔夫人)などをみると、当時の共産党の中央メンバーである。20歳の千代子は中央事務局員とし地下抵抗運動の中枢に関係していたのだ。 

 さて伊藤千代子の思想と行動にさまざまな評価が下されるだろう。若さゆえの狂信的な熱情の結果だ、無駄な抵抗に狂奔せしめた組織の犠牲者だ、純情なるがゆえの視野の狭い行動の結果だ、コミュニズムの幻想に殉じた壮絶な漫画的人生だ、壮絶にして無駄な生であった、或いは戦争に抵抗して命を散らした崇高な犠牲者だ、後世に気高い希望と教訓を身をもって残した偉大な女性革命家だ・・・・・などなど。私が心に銘じたいことは、歴史の後知恵から彼女をアレコレと論じることは絶対にしまいということだ。すくなくともあの極限の嵐の時代に戦争を否定し非協力ないし反対の道をどのように貫き得たのかーを提示した上で彼女を評価して欲しい。特に丸山真男氏などは彼女の戦争責任すら追及するのだろうが、それはあまりにも歴史の力関係の無残を知らない惨めな議論ではないか(丸山氏の業績が偉大であればあるほど)。
 少なくとも私は、師である土屋文明が千代子を追悼して詠んだ「某日某学園にて」が、1935年(昭和10年)に発表されていることに注目したい。1935年とはヒトラー政権獲得直後であり、日独防共協定が結ばれて太平洋戦争に突入する前夜ではないか。国内では治安維持法によってあらゆる反戦抵抗勢力が根絶やしになって、軍部ファッシズムに移行する時代ではないか。土屋文明は当時の最も悪質な非国民「テロリスト」を追悼する歌を世に問うたのだ。彼女の思想と行動を越えて1人の人間として彼女は蘇り歴史に刻まれたのだ。ここにこそ伊藤千代子評価のベースがあるように思う。そして戦前の治安維持法の犠牲者たちは、何らの名誉回復もなく損害賠償もない。幾多の嗜虐的な拷問をくり広げた特高警察メンバーはなんらの追求もなく、戦後を生きのびた。すくなくとも伊藤千代子について、戦前の抵抗運動についてなんらかの発言を為したい人は、これらの問題を放置している戦後日本史についての戦後責任がある。
 そして最後に、現代のパレスチナやイラクはまさに伊藤千代子が生きたファッシズム日本国家と本質的には同じなのではないか。全身に爆薬を巻き付けて自爆テロに向かうパレスチナの女性と千代子が重なってくるのだ。盲目的な無差別テロは排撃されるが、イデーの世界では同じような気がする。ただし伊藤千代子のグループは決してテロ行為を採用しなかった。ここに日本近現代史の救いがあるからこそ、彼女たちへ激しい拷問を加えた特高警察は戦後責任として指弾しなければならないと思う。いま日本は千代子が全身をかけて狂気に到っても抵抗しようとした時代へ再び立ち戻ろうとしているように見える。千代子が死を賭して訴えようとしたことを私たちは本気で考え抜いてこなかったのではないか。(2006/12/18 17:46)

第23夜:ジョン・コンフォード『武器を理解せよ 傷を理解せよ』(未来社 1983年)
 未来社のバーゲンブックでこの書を購入するまで、著者のことは知らなかった。詩人ワズワースと科学者ダーウインンの血を引く家系に生まれた彼は、16歳でコミュニストとなり、20歳でスペイン戦線に従軍し、21歳の誕生日に戦死している。1930年代のファッシズムに抵抗する反ファッシズムの輝かしい時代を疾走した青春を代表するような人物だ。それにしてもこの早熟ぶりには瞠目する。詩作から評論、政治論文までマルチな彼の才能が伝わってくる。そこに普遍があるかどうかは別問題だ。時代の規定と限界を精一杯生き抜く姿は若者の特権だ。ここではキーロフ暗殺を悼んだ詩を紹介する。彼はおそらくキーロフがスターリンによって暗殺されたことを知らないまま書いたのであろう。そしていまやキーロフもジョン・コンフォードも忘れ去られてしまった。ここに私が記しても蘇ることはないだろう。

     セルゲイ・ミロノヴィッチ・キーロフ

 なにひとつ確実なものはない、なにひとつ安全なものはない。
 今日は昨日の動かぬ善をくつがえす。
 死にかけた者はすべて貪欲に生にしがみつく。
 何ものも血と叫喚なくしては生まれない。
 武器を理解せよ、傷を理解せよー
 形なき過去は彼の行為によって行動に鍛えあげられた、
 ただ不断の行動の中にのみ彼の確実性は見いだされた。
 時が遠ざかるにつれて彼はより長い影を投げるであろう。 
           (2006/12/17 22:46)

第22夜:ハンナ・アーレント『全体主義の起源3』(みすず書房)
 この高名な書はおそらく日本の古本屋で最も高い値が付いている。私は今まで手が出なかったのですが、小牧市にある古本屋で全3巻のうち第2巻が欠落して格安となっているのを発見し決断して購入したのです。そして第3巻から読んだのです。アーレントはドイツ系ユダヤ人として成長し、ハイデッガーやヤスパースのもとで学び、ヤスパースに提出した『アウグステイヌスにおける愛の概念』で学位を取得し、学者としての将来を嘱望されたが、ナチスの迫害を逃れてフランスに亡命しシオニズム政治運動に参加した後、米国に渡り政治思想家として1975年に病没している。本書の脱稿は1949年、51年に英語版、55年にドイツ語版として刊行され、1974年に日本語に翻訳されている。彼女の出自がもたらした20世紀最大の悲劇であるホロコーストの犠牲者民族の当事者としての怨念に近いような執念でファッシズムの深層に肉薄しようとしている。しかし全体主義においては、ナチズムとスターリン主義が同列に位置づけられている。49年という東西冷戦の最も緊迫した時代にソ連=スターリンを全体主義と位置づけることは、マッカーシズムに近い反共主義の囂々たる非難を浴びたに違いない。逆に言えばそれゆえに彼女は米国で研究生活が保障されたのかもしれない。しかし今から見ればスターリン批判を経てソ連崩壊に到るスターリン型社会主義への先駆的な本質的批判の書だとも云えよう。しかしなおかつ私は、ナチズムとスターリン主義を等置する全体主義批判は、ソ連型社会主義の本質を全面的に分析することにはならないと思う。それは彼女が師であるハイデガーと愛情関係にあり、師がナチ党員としてハイデルベルグ大学総長に就任するふるまいを批判しない点との共通性があるようにも思える。
 さて彼女の全体主義分析は、権力と支配に焦点をあてた人間の精神構造の分析にある。その内容はギリギリと石をうがつようなラデイカル(本質的)に満ち、読んでいる側が恐いほどである。人間がモノと化していく過程があますところなく非妥協的に叙述される。しかしその方法は、意外と流布した大衆社会論(リースマン他者志向性、オルテガのモブ=群衆論)とフロム的精神分析的を組み合わせているようにみえるが、展開されるナチズムとスターリン現象の幾つかの特徴は、現代日本の社会現象と酷似して恐怖を感じる。

 アトム化して根無し草となった大衆の混沌のなかに、氷のようなイデオロギーで武装した全体主義がテロルと大衆運動によって、孤独な大衆の無力感を権力に転化し千年王国の永久運動を組織していくが、全体主義は自己自身の内部に自己を崩壊させる矛盾を持ちながら敗北の終焉まで進んでいく。それは或る特定の人種の廃絶か階級の廃絶という未来を約束し、ルサンチマンを爆発的に糾合し集中する。大衆は偶然が破局的な結果をもたらす現実にいたたまれなくなって、失われた故郷の回復を矛盾のない虚構の世界を疲れたように求め始める(小泉に熱狂したファナテイシズム!)。ともかくも最低限の自尊と尊厳を保障してくれる幻想を抱いて。ここではすべては敵か味方か、仲間か外部かに分けられ、仲間に属さない外部はすべて敵として扱い、でっち上げのプロパガンダを集中して排斥し攻撃する(北朝鮮バッシング!)。仲間は秘密の儀式やシンボル、神秘的な体験を共有し、血の旗を掲げる。嘘と詐欺のプロパガンダが周到に仕組まれ、真実よりも成功が最大の基準となる。少しでも疑問を持つ者を探索するスパイ網が張りめぐらされ、肉親や恋人を密告する者が最も評価され、密告された者は進んで無実であるのも係わらず自白することが崇高な誠実性とみなされる。こうした組織でのメンバーの採用基準は、思想や信念ではなく、身長170cm以上・青い目・金髪という「血」による選抜である。
 革命的組織は放置すれば革命性を失うので、粛清によって次々と新たなメンバーに交代させなければならない。すべて後ろにギロチンを隠し持った見事なふるまいが賞賛される。自分の影を飛び越せない人は軽蔑される。ただし最高指導者は王朝をつくって自分の子孫に指導権を相続させることはできず、次々と後継者を指名しては粛清を繰り返す。目を見張るような昇進はいずれ闇の中で非業の死を遂げる。表面的な立憲制はどうでもよく指導者の意志がすべてである(ヒトラー下でワイマール憲法は残ったし、スターリン憲法は自由が最大限尊重されていた)。
 ナチスはユダヤ人絶滅後にはポーランド人絶滅計画を作成し、その後には同じドイツ民族内不純分子(心臓病・肺病患者と家族)の絶滅計画を作成し、永遠の絶滅の歴史を刻もうとしていた。犯罪をおこなおうと決意した時は、最大の最も信じがたい規模でそれを演出するのが得策なのだ。そうすれば犠牲者の証言よりも殺人者の言葉の方が信じられてしまうようになる。誰もが絶滅収容所の存在を知っていたが、それを口にすることは別のことであり、口にしない事実は不安をいっそう倍加する。自分が排除されるのではないかという不安は、誰かを排除する側にはいることによってしか弱められない(イジメ!)。
強制収容所ではすべての人間はパブロフの犬となり、人間の意志はもたないし、それが生き残ろうとする唯一の手段となる。屍体製造工場をみると殺人という概念は実感がなくなる。死の直前の状態を恒久化すれば、誰かが死ぬのは蚊を叩きつぶすようなものだ。根元的な悪の前で恐怖を感じた者は、もはや一切の物事の転換や発展はあり得ないと感じるようになる。強制収容所は生死を超えた別の惑星のようなもので、説明もできないし想像力も働かない。殺害者も被害者も残酷な遊技か夢をみているように感じる(映画『愛の嵐』!)。断末魔のこの世界では、最悪の人間は恐怖を失い、最善の人間は希望を失った。しかし強制収容所の地獄は、その前の市民的な社会ですでに開始されているのだ。市民社会の差別的な迫害現象(イジメ!)は、強制収容所で最底辺にユダヤ人がいる最も極限的な差別体系の連帯感をつくる。収容所では全員を生きた屍とするために、抗議や殉教を不可能とする人格破壊をおこなう。自分の3人の子どものうち誰を殺すかを決めろーというような命令によって。すべての良心や善の行為ができない状況に追い込む。或いは精密に計算された拷問により。こうしてすべての人がパブロフの犬のように操られる存在となった。自分がこの世に生まれてきても来なくても一緒だと思いこむようになる。
 現代人を全体主義運動に走らせ、全体主義支配に馴れさせたのは、自分はすべてのものから見捨てられているというーVerlassenheit,lonelinessの限界的体験である。これが一切の人間的関係を荒廃させる原理である。ではすべては終わりなのか。彼女はただ”始まりが為されんために人間は創られた”というアウグステイヌスの言葉を引用するだけである。始まりとはどのような時代であれ、どのような終末であれ、子どもが誕生するということである。ここから次はこの本を読んだ者たちが展開する責務を負うのであろう。(2006/12/17 19:10)

第21夜:ハンナ・アーレント『イエルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』(みすず書房 2000年)
 人類史上もっとも悲惨なホロコースト、600万人のユダヤ人の「最終的解決」・夜と霧作戦を遂行したナチスSS中佐としてユダヤ人の強制収容所への移送責任者であったアドルフ・アイヒマンは、アルゼンチン潜伏中にイスラエル秘密機関に発見され、エルサレムに拉致され裁判で死刑判決を受けて処刑された。ユダヤ人女性政治思想家であるアーレントは、このアイヒマン裁判の全過程を傍聴しながら、アイヒマンに象徴されるホロコーストの実体を明らかにしようとしている。私が最も衝撃を受けたのは、ユダヤ人指導層自身がホロコーストを支援したことだが(ここに彼女の著書への猛烈な批判が起きる)、本書から幾つか印象に残った叙述を紹介したい。

 唯々諾々として死に赴く屈辱的な無気力さー帝国に輸送のための集合地点に着き、処刑の場所に自分の足で歩いていき、自分の墓穴を掘り、裸になって服を綺麗に積み上げ、射殺されるために並んで横になる・・・「なぜあなたは抗議しなかったのか?」。
 アラブ・ナショナリストはナチズムに共感を覚え、多くのナチ犯罪者を匿った。
 ユダヤ人迫害は左翼にとっては政治の全局面を決定する階級闘争から目をそらせるものに過ぎなかった。左翼の反対運動は、ナチ党内に<トロイの木馬>となって忍び込むためにその隊列に加わるという共産党の戦術によって堕落した。
 ショル兄妹のパンフレットによってヒットラーは初めてその真の名でー大量虐殺者ーと呼ばれたのである。
 殺害者たちはサデイストでも生まれつきの人殺しでもなかった。彼らは壮大な2千年に1度しかない大事業に参与しているという観念を持っていた。
 あの時に彼はピラトの味わったような気持ちを感じた。自分には全然罪はないと感じたからだ。
 ベルリンでのユダヤ人の刈り込みは完全にユダヤ人警察のみによって遂行された。ユダヤ人指導者は名簿と財産目録を作成し、移送と絶滅の費用を徴収し、空き家となった住所を見張り、ユダヤ人を捕らえて列車に乗せる警察力を提供し、黄色いバッジを配った。彼らは100人を犠牲にして1万人を救うとしたが、実際には救われたのは幹部と金持ちだけであった。絶滅収容所で犠牲者の殺害に直接手を下したのはユダヤ人特別斑であった。ガス室をつくったのはユダヤ人技術者であった。
 ドイツ兵と結婚するチェコ人女性は結婚許可を得るために水着姿の写真を提出しなければならないという布令に改善された。それまでは全裸の写真が要求されたからだ。
 ドイツの命令を実行しなかった国が2つあった。黄色いバッジの採用を持ち出した時にデンマーク政府は国王が最初にそのバッジを着けるだろうと云った。ブルガリアがドイツの命令を拒否した理由は何か。デイミトロフのふるまいは全世界の注目を集めた。
 ドイツが戦争に勝ったならば、ポーランド人がユダヤ人に次いでジェノサイドの運命をたどった。ドイツ国内ポーランド人は黄色い星のかわりにPという文字のついた識別票を着用することが義務づけられていた。
 自分だけが抵抗しても何の痕跡もなく消されてしまうのだ、すべての努力は虚しいーというのは違う。人間のすることは完璧ではない。必ず誰かが生き残って見てきたことを語る。
 犯罪者は自分が悪いことをしていると知る、若しくは感じることをほとんど不可能とするような状況の下で、その罪を犯している。自分の昇進以外には何の動機もなかった。完全な無思想性ーこれは愚かさと同じではない、それが彼があの時代の最大の犯罪者の1人になる素因だったのだ。近い将来経済のオートメーションが完成した暁には、知能指数が或るレベル以下の者をすべて殺してしまうという誘惑に駆られる人間たちがいる。

 最後の下線部は60年を経た今日でも本質的には払拭されていないばかりか、ますます氾濫している。いま日本の学校でくり広げられている残酷かつ凄惨ないじめは、ほとんどホロコーストを遂行した精神状況に近い。私はいくつかの反ナチをテーマとする欧州映画を観てきたが、ナチをスケープゴードにして自分の安定を保持する巧妙な仕掛けがあるような気がする。ほとんどすべてのドイツ人はナチスを支持し、他の欧州諸国は進んでユダヤ人の移送に協力した。追いつめられたユダヤ人たちが結果的にパレスチナ人を駆逐してイスラエル建国に到るシオニズムの背景が初めて分かったような気がした(私はイスラエルによる第2のホロコーストを認めないが)。ホロコーストの思想と行動はただ単にナチスを批判して終わりということにはならない。特に広島・長崎への核攻撃、南京大虐殺。ドレスデン大空襲、重慶爆撃、日本の朝鮮支配などはほとんど「人道に反する罪」として裁かれていない。ニュルンベルグと東京裁判ですべてが終わっているわけではない。特に日本では戦争犯罪者が大手を振って街を歩くことを許して生きた。ここに現在の1億総イジメ現象のイジメ列島と化した日本の初発の原因がある。それが「美しい国」になりえるなんて誰に言わせようぞ。(2006/12/4 21:54)

第20夜:エドワード・W・サイード『パレスチナとは何か』(岩波現代文庫 2005年)
 著者は1935年に英国統治下のエルサレムに生まれ、エジプトを経て米国に移住し、コロンビア大学英文学教授などを務めたパレスチナ人である。本書の原題は『最後の空が尽きてのちーパレスチナ人の生の営み』です。サイードはパレスチナ・イスラエル2国家併存を認めるオスロ合意に反発し、PLO・アラファト議長と別れて独自のパレスチナ国家の樹立を主張する。土地を追われ世界に離散を余儀なくされたパレスチナ人の実相を描こうとしているようだ。ようだ−というのは私の知識ではサイードの主張がよく理解できないのです。文学者特有の感性表現がちりばめられて、じつはよく分からないのです。少なくともユダヤ人が世界を放浪する民族となって離散した歴史を、シオニズムはパレスチナ人に繰り返そうとしていることは分かります。またアラブ内部でパレスチナ問題がマキャベリステックに対処されてきたこともうかがわれます。
 しかしイスラエルの実体的存在を前提にして、両民族の共存がどのようにして可能となるのかは語られていないようです。ユダヤ系アメリカ人思想家として、ハンナ・アーレントがいますので、サイード存命中に両者の対話がおこなわれていたら−ととても残念に思います。またサイードはイスラエル人音楽家のダニエル・バレンボイムと共同して多民族の交響楽団を編成して活動していたようですが、こうした試みについてもその意味を考えてみたいと思いました。(2006/11/27 19:43)

第19夜:Georg Buchnerゲオルグ・ビュ−ヒナー『DANTONS TOD ダントンの死』(岩波文庫 2006年)
 ビューヒナーはドイツの自然科学者・劇作家で1813年−1837年わずか23歳という短い生涯であり、長いこと埋もれていた作家です。彼の代表作『ダントンの死』はドイチ最初の革命劇と言われ、フランス革命晩期のジャコバン党のロベスピエールとダントンの内部抗争とダントン派のギロチン処刑を描いています。ビューヒナーが生きた時代はまだフランス革命の体験者が生存しており、彼もその影響を受けてドイツ最初の共産主義グループを組織して弾圧され、亡命費用を稼ぐためにこの作品を書いたそうです。1835年、死の2年前です。以上・岩淵達治解説参照。
 1835年を日本史年表でみてみますと、天保大飢饉のさなかで水野忠邦が老中となり、異国船打払令でモリソン号を撃退し、大塩平八郎が自害し、滑稽本と人情本が大流行しています。欧州ではチャーチスト運動、共産党宣言まで後わずかとなっています。現代からみてもドキドキするような革命群像のドラマが指導者から庶民に到る場面転換を交えて展開されます。印象深いのは「市民同志諸君!」ではじまるアジテーションですが、互いを「同志」と呼び合う共通項が「市民」である点に強い印象を受けます。絶対王政=君主を自力で打倒した流血革命を遂行したフランスの「市民」はほんとうに実体を持った語句であるのです。日本は現代でも互いを「市民」と自覚し合う関係などほとんどないでしょう。
 さらに革命主体の重層構造を指摘せざるを得ません。リーダーのレトリックを駆使した激烈な演説に酔いしれる民衆の動向が革命の行く末を決め、リーダーのアジテーションが歴史を左右するかのような態様です。日本でも70年代にリーダーが激烈なアジ演説をし、学生たちは「異議なーし! ナンセンス! 粉砕!」とか叫んで唱和していましたが、あのような雰囲気です。革命過程における情念と理性の相克と統合と言ったテーマが思い浮かびますが、これは企業や学園を含むあらゆる組織経営学の本質的テーマでしょう。1830年代にこのような革命ドラマを作品化した欧州と、良寛がのんびりと歌を歌っていた日本の違いはスゴイですね。(2006/11/16 9:37)

第18夜:Primo Leviプリーモ・レーヴィ『I sommersi ei salvati溺れるものと救われるものと』(朝日新聞社 2000年)
 著者は1919年にイタリア・トリノに生まれ、対独レジスタンスに参加してアウシュヴィッツ収容所に流刑され、奇跡的に生還したユダヤ系イタリア人だ。戦後は化学者として働きつつ収容所体験を証言する作品を発表し、1987年に68歳で自死した。この作品は自死の1年前に発表されている。風化するホロコーストの体験と跋扈する歴史修正主義への抗議を意図する鬼気迫る証言である。生きて生還し得た者は誰であったか? 私は残された仕事、愛する家族など何らかの希望を持ち得ていた人だと思っていたのは間違いだったのか。彼は収容所内で特権を持ち人より多くの食料を入手できた人だと言っている。最善の人達は死に、しぶとさをもった人が生き残ったと・・・・。この書はナチス収容所の極限における人間の実相を分析的に伝えている。ホロコーストは特殊例外的な現象ではなく、いつでもどこでも誰でもおこない得る行為だということを。戦後40年の推移のなかにアウシュヴィッツの幻影をみて、彼は自死に至ったのでのであろうか。以下は本書の叙述の印象深い部分をアトランダムに抜き出したものだ。

 ナチはすべての記録を消去したために、犠牲者は400万人、600万人、800万人と常に百万人単位で論議された。収容所の歴史はほんとうに地獄の底まで降りなかった者(生還者)によってしか書かれていない。証言者の多くは、知的水準と責任感のあった政治犯囚による。虐待は癒すすべがない。拷問を受けた者はこの世に適応できなくなる。自分を否定されたことへの憎悪は決して消えない。
 収容所は迫害者と犠牲者の二元的世界ではない。不幸に連帯する同盟者は存在しない。すべて人間は単子モナドとして絶望的な戦いに入る。収容所へはいる新人は先輩から猛烈な迫害に曝される。まだ残っている人間の尊厳のかけらを消し去るためである。同じ囚人の中で特権層が生まれるのはなぜか。@ナチは自分たちと同じ手を汚す共犯者をつくるA抑圧が厳しいほど権力に協力する者が生まれるB抑圧される者は他者を抑圧する権力を手に入れたがるC抑圧者と自分を同一視する・・・彼らはカポーとなり、特別部隊となる。カポーは事務処理の係であり、特別部隊は屍体処理係だ。特別部隊は希望と抵抗力を失った者から編成され、大量の酒精を与えられ野獣と従属の状態に置かれ、数ヶ月サイクルで自分も焼却されて交代する。SSと特別部隊は時々サッカー試合を楽しむ擬制的共感関係を持った。しかしガス室で奇跡的に生き残った16歳の娘を発見した特別部隊は彼女を隠し、生き延びさせようともしたが、SSが発見し射殺した。
 アンネ・フランクという1人の少女がより多くの感動を呼ぶのは具体的なイメージがあるからだ。そうしたイメージを持たない多くの犠牲者は唯単なる数字に過ぎない。アウシュヴィッツは世界の肛門、最後の排水口であった。嵐の後の静けさに心が安らぐというのは嘘だ。生きて生還した者が味わうのは、失われた家族、治療不可能な自分の傷、一人きりでまた人生を始める不安、他者を犠牲にして生き残った罪責感であり、自分は傷つけられたという自意識、左腕に残る囚人番号の消えない刺青である。
 監禁中の自殺は少なく、解放直後に自殺する囚人が多いのはなぜか。@収容所内は動物的奴隷であり動物は自殺しないA飢え、寒さ、殴打を免れるその日々の生活は死そのものであり、自ら死ぬ考えは浮かばないB自分は故なき捕囚であり罪はないという意識から収容所の自殺は少ない。生きて生還した後に来るのは、@なぜ自分は抵抗しなかったのかAなぜ自分は仲間を裏切ったのかという罪責感B自分は誰かのいのちを奪っていき残っているという罪責感C生きのびれた者はエゴイスト、スパイ協力者ではなかったのかという罪責感だ。なぜあの時君はコップ1杯の水をくれなかったのか!はいまでも続く重い罪責だ。生き残った者は真の証言はできない。ほんとうに証言できる者は死んでいるか、口を閉ざしている。
 アウシュツヴィッツとは、政府レベルで決定され、無実の無力な民衆に対しておこなわれた、侮蔑の教義によって正当化される、一方的で体系的、組織的な大量虐殺である。その要素は@戦争A技術的組織的完璧主義B独裁のカリスマC民主主義の不在にある。
 収容所への輸送列車は50−120人の幅があった。イタリアからの列車は5,60人で、ポーランドからの列車は120人を詰め込んだ。イタリアは政治犯もパルチザンも積み込んだが、ポーランドからはほとんどユダヤ人だけだったからだ。列車内の最大の苦痛は排泄の行為であり、ここから人間から獣への変身が始まった。次いで収容されてからの多数の面前での裸体の連続的強制、体毛の剃りである。人は衣服や沓をはぎ取られるともはや自分を人間とは感じなくなる。次いでスプーンがなく犬のように舌で舐めてスープを食べる行為である。1942年からはじまった入れ墨は男は左腕前腕部の外側、女は内側、ジプシーはZ、ユダヤ人はAからはじまる囚人番号が刻印された。赤ん坊も刻印された。刻印は自分は家畜になった、自分は名前がない、もう生きて出られない−と実感させた。40数年を経て入れ墨は私の身体の一部になった。私はそれを取り除かない。この証拠を持っている者は多くはいないからだ。知識人は権力の共犯になる傾向がある。特にドイツの知識人は。唯存在するという事実が存在を合理化し、ヘーゲルのように国家を最高と認める傾向がある。
 監禁生活を経験した者には、口をつぐむ者と語る者の2つがある。目の前に食べ物とワインを置いて、暖かい暖炉の脇に座り、ほかの者に飢え、寒さの想い出を語るのは楽しい。他の者との差異は大きくなり、自分の威信が高まると感じる。私がよく受ける質問は@なぜあなたは逃げなかったのかAなぜ反抗しなかったのかBなぜ逮捕を逃れようとしなかったのか? 私はあなた方に問いたい。いま核戦争の危機がある。なぜあなたは出発しないのか? なぜ逃げないのか?
 私は当時のドイツ人のほとんどの人が目を閉ざし、耳を塞ぎ、口をつぐんでいたことを知っている。人間的な言葉をつぶやくわずかな勇気を持たなかったことを知っている。私たちを迫害した者は誰だったんか? サデイスト的な悪漢ではなく、私たちと同じごく普通の人間だった。彼らは学校で錯誤の教育を施され、SSの訓練で完成した。彼らは知的怠惰、計算、愚かさからヒトラ−伍長の美しい言葉を受け入れ、良心を欠いた破廉恥が働く限り彼についていった。そして足をすくわれ、死と窮乏と黄海に苦しめれることとなった。


 赤ん坊にも入れ墨を入れたのか!私ははじめて強制収容所の実相を知った思いがする。しかしそれもほんのごく一部であろうが。そこでは人間の崇高と野蛮の両極が極限で交錯していた。抗うことのできない剥きだしの暴力支配のなかでうごめいた生きる論理は、悲惨なことにいま日本の社会のあちこちにあらわれているような気がする。絶対的支配者への屈従と媚び、抑圧の移譲、生存をめぐる競争、排斥による自己の生き残り、不安と嘲笑と軽蔑の交錯、トラウマとルサンチマンの堆積、異なる者への攻撃の集中・・・・ほとんどアウシュヴィッツの論理ではないか。しかし剥きだしの暴力ではなく、微笑しながら真綿で締めつけるような息苦しい雰囲気として・・・・。アウシュヴィッツは形を変えて繰り返されようとしているのか。アウシュヴィッツはしかし汚濁にまみれつつもかすかな尊厳のため息に近い崇高な行為の存在を残した。それもまた本源的な人間の姿であり、ここに希望がある。レーヴィを自死に至らしめた戦後責任が問われる。(2006/11/12 1:17)

第17夜:Alexandre JOLLIENアレクサンドル・ジョリアン『LE METIER 'HOMME人間という仕事』(明石書店 2006年)
 著者は1975年生まれの哲学者。出生時に臍の尾が首にからみついて脳に損傷を受けて脳性マヒになり、16歳まで脳性運動機能障害施設の寄宿生活を送る。脳性マヒという最も重いハンデイを出生児に背負った著者は、過酷なトレーニングを経て社会復帰して大学に進学し哲学者となる。彼は自らのハンデイキャップドとしての体験を哲学的に考察している。存在そのものへの蔑視と否定をどう越えるのか、個人の運命にのしかかる決定論の呪縛からいかに解放されていくか、障害者自身が外部に偏見を持ち目を閉ざしてひここもる過程からどう解放されるのか、自分と他者を互いに蔑視し合う関係を越えるにはどうしたらいいのか、軽蔑・否定・同情・忘却といった他者のまなざしにうち震える弱い自己を強さに変換する道はあるか、怒り・憎悪・恨み・呪いの不在と合一への創造の世界はあるか・・・・・。
 彼は直進歩行ができない、ちぐはぐな身のこなし、ためらうような発声、ギクシャクした動作−他者は一目見て「障害者だ」と言い、「人間」としてみてはくれない。障害というハンデイとの出会いから出発して、自分存在の全体を引き受けられる精神状態を鍛えあげて「人間」に到った「仕事」の告白的分析である。以下はわたしが恣意的に抜き出したエッセイの概要です。

  ひとは人間として生まれるのではない。人間になるのだ・・・・。存在は闘争から生じる。私は、人生のはじめから生きることは闘争であると告げられたのだった。私は二足歩行見習い、フォークの使い方の努力に包囲され、算数や読み方は苦役の位置に追いやられて育った。 なぜ(プルコワ)? 僕は生きるために武装することにした。自分の奇妙な状態を前にしてぼくは僕自身を道具として整備しなくてはならなかった。自分の命を救うためには一歩ごとに、次の一歩を新たに創造しなければならなかった。すると弱さという忠実な道連れは、新しい次元を獲得するようになった。僕は弱さを積極的に引き受けようという奇妙な契約をむすび、弱さによって逆に世界を変えるという企てを自由と喜びのうちに始めた。
 ためらいがちのすすり泣きに近い微笑は、闘争が続き、ぼくたちが出発を遂げたこと、あらゆる停滞が致命傷になること、苦痛と虚しさと僕を圧倒する脅迫のうえによろこびをうちたてるためにぼくは全力を尽くすだろう。未来という偉大な未知数を前にして、僕は僕の存在を全面的に受けとめ、存在を彫刻のように鍛えなくてはならない。欠如はより多くの幸福の源泉となり、飛躍となる。へこたれずに立ち続けることの技法は、向こうにもっと幸福があることを前提にしているが、この前進を蝕むのは挑戦に応じずして負けを認めることだ。
 最悪は僕自身が障害者=不幸という等式を疑いない法則として信じ、あらゆる希望を閉じこめ葬り去ってきたことだ。落ちこぼれはどうして存在するのだろうか?それは僕自身が健常者に憧れ、なんとかあの世界に行こうと試み、かえってぼくに多くの苦悩と傷がもたらされた。人間を特定の基準で定義するからだ。障害という差異が人間の複数性を証明する、ぼくたちは人間なんだ! 誰もが自分なりの事例、例外をもち、「異常」な人間が人類の師に変貌することがしばしばある。
 ぼくはひとりで深淵の前にたたずみ、苦しみを前にして撤退を開始しようとしているのか? 幻想と冷笑の間で、もはや選択の余地はない。どんなモデルも解決法もマニュアルも手に入りはしない。誰もが手探りで前進する。失敗を拭い去り廃虚の上で自分を構築するために。すべてはあらかじめ失われているのだから、失うべきものはなにもない!深刻なものなどありはしない、すべては深刻なのだから。苦しみはひとを成長させない。苦しみに立ち向かうことが人を成長させる。
 生き残りをかけてあれほど闘ったあとで、プリーモ・レーヴィがなぜ自殺したのかと僕はいつも問い直さずにはいられない。戦争捕虜が解放された後で自殺を図る例が報告されている。慣習化され、空洞化した日常生活が自分の存在理由を確認するという本質的な行為を奪うからだろうか? 一番見事な武器は、おそらく自分の弱点に対する軽蔑に屈することのない、自発的な笑いの内に存在している。精神と同じように、肉体は人間の偉大さのために働いている。プラトンは間違っていたのか? 生存圏に投げ込まれた小さな存在は、すべてが見習い期間であり、滅びないためには発展しなければならない。この努力は成人になると止まりやすく、習慣と反射が作動し始め、人々は自己を歪め歪められていく・・・・。
 自分の殻を脱ぎ捨てて過去に回帰し、過去から無数の教訓を引き出し、挫折の重荷と裏切りの重しをそこに下ろしてくることだ。あらゆる価値を再検討し、成長する価値だけを残し、心に宿る驚きと豊かさを感嘆とともに賞賛した後で、軽やかさとともに喜びをかみしめて苦悩に立ち向かう準備ができる。人間たちが誰も正常ではないという甘美な発見の後では、自閉や逃避は屈辱への擬薬であり、自閉や逃避が癒してくれる傷よりもはるかに多くの不幸を生み出す。嘲りから逃げるモノは孤立し、奇跡的な解毒剤はどこにも存在せず、戦いは未完のままだ。はげましはぼくを異質な存在に変える重さと豊かさを引き受ける手助けをしてくれる。
 人間という仕事、なんという素晴らしい仕事だろう! 鈍重な精神による内的な堕落は、行動のモデルをたどろうとし、弱さの上に自己を築く永遠の闘争の不安をコントロールできると言い張るが、それはいつわりだ。すべてが狂ったように労働を要求する時代に、残された唯一の確信はユーモアとともに流れに逆らうことだ。人間という仕事への呼びかけは、あきらめを知らない。嘲るな!軽やかさとよろこびとともにすべてを構築するために、だから闘いへ!

 私はいままで著者を知らず、「脳性マヒの私がいかにして哲学者になったか」という帯の言葉に惹かれて手にしただけだ。障害者の麗しい自己成長の物語とみるならばそれは浅薄だ。私たちはすべて何らかの障害をもち、それを越えようしている存在だという視点で読んだ場合に、この著者の道程の内面が伝わってくる。本書はエセーとも、アフォリズムとも読め、1頁ごとに迫真的な言葉が埋め込まれている。なぜかエリック・ホッファ−『魂の錬金術』を思いうかべた。ホッファ−は沖仲仕という究極の肉体労働で生活しながら思索している。魂の深淵からうち震えるような言葉が立ち上がってくる。こうしたアカデミーから離れた場所で思索している哲学者は、自分の頭脳と言葉がにじみ出ているような気がする。私の日頃は社会科学的な思考で包まれているので、このような内面的思索に出会うと、不思議に引き込まれていくような魅力を覚える。しかしどうしても主観の内面的思考では処理できない、システム制度的な条件の解明が必要だとつぶやきもする。こうした素晴らしく濃密な個の内面の思索の過程と、社会科学的な分析を統合するような仕事が現れないかなと切望する。いまいじめの渦中にあって苦しんでいる人にとって、寂寥の孤独に沈んでいる人にとって、ある意味では『聖書』以上の救いをもたらすのではないでしょうか。(2006/11/11 8:39)

第16夜:杉田聡「性交(射精)中心主義と強姦の合理化 アダルトビデオのイデオロギー」(『唯物論研究年誌』第11号 青木書店)
 本稿は青年男性のアングラ文化であるAVの世界に,男性がジェンダー的視点で切り込んだ、おそらく日本最初の論文ではないだろうか。上野千鶴子『スカートの下の劇場』は女性の視点からみた男性中心主義文化批判であるのに対し、杉田氏は男性から見た男性文化の異常性に正面から切り込む。こうした頽廃文化論(?)をアカデミズムで取り上げるのはある覚悟が必要とされると思うが、ここでは彼の切り込みのしかたについて感想を記したい。
 彼はAVが創りだしているイメージ(神話)を3種類14項目に類型化してその虚偽性を分析している。
 1,性交(射精)神話 女性は性交を欲する、女性は膣の内部で強い刺激を感じる、女性はどんな男にも昂奮する、射精は女性の顔や体に向けてするべきものだ、膣内に射精しても妊娠を考える必要はない
 2,レイプ神話 女性はレイプによって性的快感を得る、女性は自らレイプを望んでいる、女性は襲われても抵抗しない、女性は抵抗しても最後は屈服する、強姦は許される行為である、強姦しても捕まることは少ない、強姦されても女性はすぐに忘れる
 3,女性神話 女性は性の対象であってそれ以上ではない、女性は虐待して良い存在である
 
 このようにAVでは女性は徹底して男性の手段・道具としてモノ化され、男性の意志に完全に服従する動物的存在とみなされている。ジェンダーでいえば暴力的な家父長制の極限的な世界がある。こうしたAVがつくりだしている神話の虚偽性を徹底的に暴いたうえで、歪んだ女性観による性犯罪の誘発を警告し、特に司法の責任を強調する。この結論部分は紙数の関係で充分に展開されていない。AV映像文化にある歪んだ女性観の現象論的分析は迫力がある。しかし青年男性が密室空間の女性攻撃になぜ秘やかな欲望を覚えるのかという肝心かなめの考察がない。男女のオープンな水平的関係がない世界では、性規範を抑圧と感じてルサンチマンとトラウマを蓄積する若い男性がおそらくAV市場の顧客となっているのだろう。杉田氏は幾つかのAVを観て自分自身も昂奮したといっているが、誰しももっているこうした男性的感性の本質の解明が求められる。AV世界でひろがっている嗜虐的な快感の世界は、じつはリアル世界の裏返しの陰画なのではないだろうか。或いは理想化された異性への接近願望の歪んだ発散か、こうありたい異性関係と実際の差異がもたらすルサンチマンの解消か−なによりもこうした感性がつくりだされている重層的な社会システムの問題−或いは女性の世界史的敗北などのジェンダー史で読み解く意味があるのではなかろうか。杉田氏の論考は性犯罪を防止し、女性の人権を守るという論点でのAV規制論に終わるのではないだろうか。たとえナチスのように、あらゆる頽廃文化を権力で抑圧したとしても、裏ではじつは想像を絶する頽廃が進んでいくのだ(ヴィスコンテイ『地獄に堕ちた勇者ども』など)。ロマン・ロラン『接吻』を美しい男女の姿と見るか、エロ的な交わりと見るか−ここに歪んだ感性とそうではない感性の違いがある。良い仕事、信頼し合える知人、生き生きと起きられる朝、ぐっすりと眠れる夜、一歩を前に踏み出す希望、失敗からやり直すちから−こういう生活にはAVはいらないのではないだろうか。(2006/11/8 14:50)

第15夜:宮田光雄『ナチ・ドイツと言語』(岩波新書 2002年)

 なぜあの誇り高い文化をもったドイツが一介の画家くずれの帰還兵の演説にのめり込んでいったのでしょう。600万人に及ぶユダヤ人へのホロコーストに手を染めたのでしょう。膨大な証言や研究がなされ、この20世紀の恐るべき蛮行の構造が解明されています。この書は、ヒトラーとナチスの言語を中心とする表現によってドイツ人たちが精神的に絡め取られていく過程を実証的に明らかにしています。残念なことにこれは過去の話ではない。簡潔で断定的な語り口によって細かい議論を封殺したり(「改革なくして成長なし」)、二者択一の単純化した論理を駆使する(「悪の枢軸」)傾向はいまでも一定の民衆動員に成功しています。最も陰惨なことは、日本の子ども世界にもこうした語り口が蔓延し、「あいつはきもい」という発話によって一斉に排除される構造はナチスと酷似しています。最近の北朝鮮に対するバッシングと核保有論は、民衆のルサンチマンの支持を受けているかのように見えます(勿論北朝鮮の核実験は避難されねばなりませんが)。
 この書はナチスのコミュニケーション支配を、ヒトラーの言説、映像・メデイア表現、歴史教科書、民衆のジョークと夢分析という多様な側面から明らかにしています。問題はナチスの恐怖による支配と同時に、熱狂的にヒトラーを崇拝し支持した民衆の心性をどう考えるかということです。その点でこの書は基本的に「操作される大衆」という視点にたっているように思えます。反ナチ抵抗の叙述は、ショル兄弟とニーメラー牧師の2例しか挙げていません。この2例の犠牲的抵抗はドイツの最後の良心を示していますが、それ以前に民衆的規模で戦われた反ナチ抵抗運動の民衆的心性を解明しなければなりません。なぜ敗北したのか? 「社会ファッシズム」論に要因を求めるだけでは敗北の構造は解明できないでしょう。おそらく宮田氏はクリスチャンだと思われますが、ここに彼の中間層的な良心の限界が見られるようです。
 最後にゾフィー・ショルが処刑前夜に見たという感動的な夢を記しておきます(同じ牢獄の女囚が記録した)。

 私は陽の当たるポカポカ道を長い白い着物を着たこどもを1人抱いて洗礼に行ったの。教会へ行く道は険しく、私はその子をしっかり抱いていたの。すると突然目の前に氷河の裂け目があるじゃない。私はとっさにやっとのことで、その子を安全な向こう側へ渡せたわ。そうしたら私は裂け目のそこへ墜落していった。

 ショルは殉教者たろうとして行動したのではなく、不安を抱えつつどうしても自分の良心の声を裏切れなかったからだ。「白き着物を着た子ども」は彼女の理想と良心を示し、氷河の裂け目への転落は「犠牲」を意味するのだろうか。問題はショルには「良心」が残り、他の多くのドイツ人は独裁に酩酊したり、良心の痛みを覚えつつ協力したかということだ。この差異はどこから来るのか。それは生育環境と教育か? それとも主体的な内省力か? いったい人間とはどういう存在なんだろうか−ここにに帰着する。

 ニーメラーはドイツ告白教会指導者としてヒトラー首相と対面し、面と向かった激しく論争した唯1人のドイツ人だ。ニーメラーは国家反逆罪で逮捕され、世界注目の裁判で奇跡的な無罪判決を得て、裁判所を出た玄関でゲシュタポに逮捕され、「ヒトラーの特別囚人」としてダッハウ強制収容所に入り、ドイツ降伏とともに自宅へ帰ったというドイツの良心を象徴する人物だ。彼が釈放の夜に見た夢は圧巻だ。
 神がヒトラーに「何か申し開きがあるか?」と聞くと、ヒトラーは「はい、かって誰も私に福音を語ってくれませんでした」と答える。神はこんどはニーメーラーに向かって「お前はなぜこの男に福音を語らなかったのだ。お前はたっぷり1時間もこの男と口論して罵倒しあったが、この男に福音を告げなかったのか」と尋ねた。

 強制収容所に入れられたニーメラーは、自分自身がナチスの共犯者であった共同責任を持つと本気で思っていたことを示している。「大きな痛みを持って我々は告白する。我々は我々自身を告発する。我々はもっと勇敢に告白しようとしなかった、我々はもっと誠実に祈ろうとしなかった、我々はもっと喜ばしく信じようとしなかった、もっと熱烈に愛しようとしなかったことを」(『シュトウットガルト宣言』)

 かって日本では治安維持法違反で網走刑務所に入れられた長期囚は敗戦とともに歓呼の声で迎えられた。彼らは良心の囚人として英雄化された。それは当然の歴史的評価だったが、それをあたかも勲章のようにひけらかす指導者が出現した。歴史のニーメラーは、最近の「歴史問題」に伏流している日本の浅ましい心性を痛烈に告発しているような気がする。戦争犯罪を真摯に見つめる行為を「自虐史観」と非難するという恥ずべきふるまいと、それを恥と感じない救いがたい鈍感さを。いったいこのそそりたつようなドイツとの違いはどこからくるのか。戦犯を再び首相の座につける国、戦争犯罪者を慰霊しぬかずいている孫をもて囃す国、ひょっとしたら私たちの日本はきりもみ状態となって地獄へ転落しつつあるのではないか。世界は決して日本を許さないだろう。(2006/11/7 9:03)

第14夜:Paveseパヴェーゼ『La bella estate美しい夏』(1949年 岩波文庫 2006年)
 イタリア・ファッシズム体制下の1940年、31歳時の作品で49年に刊行後ストレーガ賞を受賞して作者は自殺している。イタリア・ネオリアリスモの原点と言われる作家だそうだが、そういえばかなり前に『故郷』という作品を読んだ覚えがある。『美しい夏』は都会で働く16歳と19歳の貧しい少女2人が、画家たちのモデル生活をしながら、崩壊していく物語だ。誰しも夢のようにワクワクする輝かしい青春の「美しい」時間を過ぎる。この2人の娘もまた「美しい」青春の頂点をあっけなく生きて崩壊していく。少女の繊細でふるえるようなこころの動きは、おそらく日本語への翻訳では十全ではないのだろう。日本の作品で言うと『青が散る』『私が捨てた女』なんていうのとよく似ているが、違いはファッシズム下の生活がバックにあることだ。この作品の出版が遅れたのは、検閲を恐れてのことだという。それはムソリーニがイタリア語の二人称をLei(あなた)を禁止しVoi(あなた)を使うよう強制した決定に反しているからだという。この小説の内容はレズビアン的な少女2人の愛と堕落を描いて絶望を淡々と描写している。これが勇ましいファッシズムからは排斥されると作者は考えたようだ。
 フーン、ムソリーニは人称代名詞まで政府決定で国民に強制したのか。いつの時代でも政府が先頭になって道徳やモラルを説き始めたら、かなり危ないと知らねばならない。「美しい国」「品格ある国家」などと特定の価値を国家目標とし始めた東アジアのどこかの国も同じだ。かって日本にも軍部ファッシズムが支配した時代があった。その時代に日本の作家たちは、屈折した表現でファッシズム批判の作品を書いたであろうか。パヴエーゼのような作品が反ファッシズムである点に、イタリア文学の深い蓄積を感じさせる。(2006/11/4 9:56)

第13夜:K.Godel『Uber formal unentscheidbare Satze der Principia Mathematica und verwandter Systeme I 不完全性定理』(岩波文庫 2006年)
 本文が70頁ほどで解説が300頁近いという「恐ろしい本」である。門外漢の私にはよく分からない。数学の定理でありながら、哲学や現代思想に大きな影響を与えた不完全性とはなんだろうか。数学の世界には矛盾はなく、すべての問題は真か偽かになることを証明するヒルベルト計画に挑戦し、矛盾がない理論体系のなかに必ず肯定も否定もできない問題があり(第1不完全原理)、矛盾がない理論体系は自分自身の中ではそれを証明できない(第2不完全性定理)という証明をやってのけたのだという。なぜこれが現代思想にまで影響を与える意味があるのだろうか。かって物理学の分野でハイゼンベルグの不確定性原理というのがあり、認識論での客観的認識の否定と不可知論に利用されたが、同じような意味があるのだろうか。(2006/10/28 9:19)

第12夜:Marvin Harris『GOOD TO EAT 食と文化の謎』(岩波現代文庫 2001年)

 古本屋に入ってフト目にして面白そうなので購入し、その日に一気に読んだ。著者は人類学界では異端視されているそうだが、ほんとうに面白い。「文化唯物論」と称する人間行動の現象を生産活動から明らかにしようとする。人間の食文化の特性を最善化採餌理論、ある食物を採取する行動をコストとベネフィット(対費用効果)という新古典派ミクロ経済学の方法論を使って解明する。するといろんなことが見えてくるから面白いし、危険な思想もかいま見える。皆さんは次の問いにどう答えますか?

 @インド人はなぜ牛を食べないか
 Aイスラムはなぜ豚を食べないか
 Bアメリカはなぜ馬肉を食べないか、なぜネズミを食べないか
 Cペットを食べないのはなぜか
 D人肉をなぜ食べないのか

 高名な人類学者レヴィ・ストロース以来、こうした人間の食行動の特性は宗教文化的なタブー理論で分析してきた。そうではなく、インド・ヒンドウー教の殺牛禁止は、人口増と植民地・カースト支配にあるのであって、殺牛を自由化すればより階級対立が激化するという社会構造からでたタブーなのだという。しかし最もすごいのは第9章の「人間食の原価計算」であり、どうして人間が人間の肉を食い、途中からそれをタブーとしたかの分析である。勿論戦場などでの窮迫からきた人肉食カニバリズムではなく、通常の戦闘関係での敵戦闘員の人肉である。彼は部族段階と国家段階の戦闘を区別し、部族段階では敵捕虜の人肉食がおこなわれ、国家形成段階では捕虜はむしろ労働力として駆使するベネフィットが大きいからだという。人類史は、人肉食を戦場での窮迫食として存在せしめたが、現代の捕虜虐待やホロコーストをみれば形を変えたカニバリズムがある。(2006/10/23 18:34)

第11夜:John Dominic Crossan『WHO KILLED JESUS? Exposing the ROOTS ANTI-SEMITISM in the Gospel Story of THE DEATH OF JESUS 誰がイエスを殺したのか? 反ユダヤ主義の起源とイエスの死』(青土社 2001年)
 訳者によれば著者クロッサンは現代アメリカのイエス研究の第1人者であるそうだが私はよく知らない。『史的イエスーある地中海のユダヤ農民の生涯』(1991年)は、シュヴァイツアー『イエス伝研究史』と並ぶ20世紀の史的イエス研究の金字塔とされているそうだが私はよく知らない。その普及版である『イエス−あるユダヤ人貧農の革命的生涯』は現代聖書学の最先端だそうだ。本書はイエス生涯の白眉である受難−復活のスト−リーの歴史的真相に迫ろうとする謎解きのような緊張感がある。信仰上のイエスではなく、歴史的実在のイエス像を復元する史的イエスの探求は、20世紀初頭のブルトマンによる厳密な様式史研究で現存福音書では史的イエスの実像の再構築には限界があるとなって以来、下火となっていたが最近はまた盛んになってきたらしい。
 著者の基本的視点は、ローマの帝国支配とユダヤ教宗教権力の二重支配に苦しむユダヤ貧困農民の非暴力抵抗運動指導者としてのイエス像だ。私はこういう視点にドキドキするような共感を覚える。つまりユダヤ教内部でのセクトに過ぎないクリストファー・グループがなぜ弾圧されたかを追求し、弾圧の責任者が誰であるかを明らかにする。こうした視角は、先日亡くなった古代ローマ史学者の土井正興氏のスパルタクス団研究の方法とよく似ている。
 誰がイエスを殺したか−が現代の反ユダヤ問題につながる。なぜ「反ユダヤ教主義」が「反ユダヤ主義」に発展し、20世紀のホロコーストを生むまでになったのか? マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4福音書が、ユダヤ教の1セクトであるクリストファー・グループがローマ帝国の政治的・軍事的保護を受ける過程で、さまざまに改訂され(改竄され)、史的イエスから遠ざかっていった経過を詳細に明らかにする。1世紀時点のパレスチナの社会構造と政治宗教的な相互関係を明らかにして、新約聖書の政治文書としての性格を浮き彫りにする。原始キリスト社会での少数セクトが他のセクト諸派に対抗して正統派として自らを構築していく中で、教義と組織を整備していく過程が明らかとなる。著者は徹底して新約聖書の作為性を示すが、自身が誠実なクリスチャンであることを隠さない。それはイエスが互いに争い諍いあう社会を批判して、癒しあう平等社会を訴えた革命家イエスであることを信じているからだ。
 反ユダヤ主義は、イエス殺害の責任を巧妙にローマ軍司令官からユダヤ教会指導者へ移すことによって、ロ−マ帝国の国教としての地位を得ようとした後継者が生んだとすれば(397年カルタゴ公会議で新約聖書が正典とされた)、その罪はあまりに重い。私はこうした史的イエスの書は初めてなので、原始キリスト教からローマ国教を経てのカソリシズムへ到るキリスト教の激烈な権力闘争を想像してしばし呆然とする。(2006/10/23 8:30)

第10夜:李文烈『われらの歪んだ英雄』(情報センター出版局 1992年)
 篠田正浩『少年時代』を彷彿とさせるような小説だ。都会から田舎に転校してきた少年が主人公で、クラス内の激烈な覇権闘争というテーマも共通しているが、はるかにこの小説の方が奥が深い。この小説を読む前にすでに映画をみた記憶がある。何年前だったろうか。この小説は、独裁とその崩壊を経た韓国民主主義の探求という激動の韓国現代史を少年の世界に仮託して描いている。独裁への甘美な誘惑と反発という二重性、惨めで屈辱的な屈服、独裁の崩壊とゆらぎ、なだれをうつ体制崩壊、上からの民主化と下からの民主化などなどすべておとな世界の生々しい実態を子ども世界に置き換えている。日本人はこういう小説は書けない。そのようなドラマテックな体験がなく、そうした感性と想像力を持つ作家も育たないし、読者もいない。フラスコか試験管の隅を突っつくような微細な自己閉塞の世界を描くに過ぎない。おそらく韓国社会も成熟が進むと同じような現象が進むだろう。李氏の父は南朝鮮労働党の幹部で入北し、残された家族は悲惨な状態となり彼も一時期は孤児院にいたこともあるという。辛酸を舐めた体験のなかからこうした感性は育ったのだろうが、辛苦の状態の中で繊細な感性を維持していることにも驚嘆する。読み始めたら止まらず一気に読んでしまった。
 この本には他に「あの年の冬」「金翅鳥」の2編がある。前者は多分に自伝的な求道に満ちた放浪の物語、後者は書の世界をテーマとする師子相伝における葛藤の物語だ。フランス「ル・モンド」は「金翅鳥」を絶賛しているが、ともに儒教的世界の残滓と個の葛藤を描いている。私は「我らの歪んだ英雄」が最も面白かった。なぜか「達磨はなぜ東に行ったか」という韓国映画を突然に想い起こした。(2006/10/18 22:28)

第9夜:Gunther Schwarberg,Der SS-Arzt und die Kinder vom Bullenhuser Damm,vom Bullenhuser Damm『子どもたちは泣いたか』(大月書店 1991年)
 1944年11月29日に6−12歳の20人の少年少女が、輸送列車でノイエンガンメ強制収容所に到着した。収容所医師・ハンスマイヤーは彼らの肺にカテーテルを挿入して結核菌を摂取し、皮膚を切開して培養結核菌を植え込んだ。彼は結核菌の浸潤巣を形成する人体実験を行い、1945年1月半ばに結核病原体に対する防御物質がリンパ腺に集積しているかどうかを確認するために、脇の下のリンパ腺を摘出し、ホルマリン溶液の瓶に入れて保存した。子どもたちは全員寝たきりとなり、アパシーにおちいり笑い声は聞こえなくなった。ナチス敗北を前にして子どもたちの殺害が命令された。
 1945年4月11日に子どもたちは、ブレンフーザー・ダム付属強制労働施設へ移され、4mの高さのパイプにロープを取り付けた地下室で、輪を首にかけられて、係官が自分の全体重を子どもの身体にかけて吊し首にした。その前に子どもたちは裸になり、別の医師が1%のモルヒネ溶液20mlに、100gの蒸留水を加えて、予防接種だと云って注射した。医師ハンスマイヤーは博士号をとるための論文作成にかかった。子どもたちが殺害された施設は、小学校として再開されている。犯罪者が裁かれた者もいるが、現在でも高い地位についている者もおり普通の市民として生きている者もいる。”ハンスマイヤーの子どもたち”と呼ばれるナチ親衛隊医師の生体実験の全過程と戦後の推移を、生存者からのヒアリングを中心に忠実に再現している。
 ハンスマイヤー被告の証言「私にとって、人間と実験動物とのあいだに原理的な区別はありませんでした。・・・・・(訂正し)ユダヤ人と実験動物との間には」。1967年にハンスマイヤーは心筋梗塞で死んだ。彼の同じく医師となった息子は「あのことについてはまだ気持ちの整理がつきません。あんなに子どもが好きだった男に、どうしてあんなことができたのでしょう」。ほとんどのナチ戦犯は獄中から家族に「私は最後の日まで祖国への義務を果たした。私には罪はないが、責任は負う」というような手紙を送っている。

 ナチ親衛隊は失業中の青年出身者が多い。頑強で服従することに馴れているが知的な思考は働かない。無能者が階段を駆け上る最良の組織であった。ハンスマイヤーは実験台の子どもたちを、ほんとうに人間の子どもとは思っていなかったのだ。これは誰もがナチスになれることを示している。この私も例外ではない。米国の大統領は17日にアルカイダ容疑者から通常の裁判権を奪う特別軍事法廷法を発足させた。グアンタナモでイラク人を裸にして喜んだ米女性兵士と、ブッシュにさほどの違いはない。南京虐殺や従軍慰安婦は自虐史観だという日本の首相にも。そして私たち自身も条件さえ整えばそのようになる。

 ユダヤ教内部の1セクトとして登場した原始キリスト教が、ローマ帝国の国教となって権力を把握した瞬間から、キリスト教とユダヤ教の神学論争は宗教レベルを超えて一気に世俗的な反ユダヤ主義に転化した。ヒトラーは600万人のリストを手にし、シンドラーはわずか1200人のリストしか手にしなかったのだ。それは神道を国教化した日本も例外ではなかった。(2006/10/18 8:07)

第8夜:姜 信子『日韓音楽ノート−<越境>する旅人の歌を追って』(岩波新書 1998年)
 日曜日の昼下がりにフト入った古本屋で手にして、帰宅して一気に読了した。在日韓国人3世であるこの女性の活動には興味を持っていたがさして読み込んだことはなかった。名古屋駅裏の場末のマイナーな映画館でのトークショーを聞いたのは何年前だったか。私が最も評価する小栗康平監督との対談だった。この書は、韓国の近現代音楽の流れを現場から迫真的に描き、時代と格闘してきた韓国音楽家の心性を鮮やかに浮き彫りにしている。大衆歌謡と民衆歌謡が激突するなかを、そうした図式を越えて新たな音楽を創りだす潮流に彼女は共感を持っているようだ。自分のアイデンテイテイのあり方を必死に探ろうとする40歳を超えた彼女の若々しく濃密な情熱が全編にあふれている。彼女は思想や国境を越える可能性を音楽に見いだそうとしながら、ある音楽がメジャーとなる時代的背景を探ろうとする。韓国社会の激動がまた激しい音楽のあり方を生み出していることが分かり、浅薄な消費音楽の流行する日本を鋭く射抜いている。これは西日本新聞での連載を元にしているから、彼女は相当に抑えた筆致で書いていると想像する。もっともっとじつは云いたいことがあるのではないかとも思う。
 しかし私が最も印象に残ったのは、いわゆる日本的感性のリズムと速度は秒速50cmの世界であり、近代日本の洋楽輸入と唱歌はこの世界を破壊して日本人の感性を再編したのだという。ドレミファソラシド7音階のファとシを抜いたヨナ抜き5音階で日本の唱歌と大衆歌謡は普及し、韓国も同じなのだという。日本の植民地支配がその地の感性を再編したのだ。日本の唱歌が韓国ではメロデイとして残りいまでも韓国語の歌詞で連綿として歌われている。フランスの作家パスカル・キニャールが「音楽はあらゆる芸術の中で、独逸軍がユダヤ人殲滅運動に協力した唯一の芸術だ」として音楽への憎しみを語り、「聴覚と服従は連携し、指揮者と実行者の間には音楽がある」という言葉には衝撃を受けた。最近の日本でもセレモニーの開会で朗々と君が代を歌い上げるクラシック歌手をみて私はなんとも痛ましい気持ちにある。
 音の世界に我を忘れてひたる行為は、じつはなんらかの思想に侵されているのだ。私は文部省唱歌のピュアーな世界に涙を流すことがあるが、じつはある感性を動員する戦略に巻き込まれているということなのだ。天皇・皇后はあらゆる式典での君が代斉唱に沈黙しているという。なんなんだろう、これは。(2005/10/15 20:41)

第7夜:金源一『冬の谷間』(栄光教育文化研究所 1996年)
 この小説は朝鮮戦争さなかの慶尚南道居昌郡神院面で51年2月に起きた韓国軍による村民虐殺事件「居昌事件」を描いている。北人民軍の支配下での協力を理由に老若男女700人弱を機関銃で虐殺しガソリンをかけて焼却した事件は、48年の済州島4・3民衆虐殺事件と並んで韓国現代史の恥部として歴史の闇に葬られてきたが、民主化過程でタブーが崩れ全貌が明らかとなってきた。訳者のあとがきでは、半世紀を経た今日でも名誉回復と補償の措置はとられていないとしている。
 著者の視点は、無学文盲の山村農民が内戦過程に巻き込まれ、支配者が次々と交代するなかで必死に生き抜く山村共同体の悲劇としている。北の社会主義と南の資本主義はという外部権力がもたらした同族合い喰む無意味な内戦として朝鮮戦争を描いている。この小説では、北の人民軍も南の韓国軍のいずれも偶像化することなく、一人一人の兵士を喜怒哀楽ある人間として描き、無意味なイデオロギー対立の犠牲者とみなし、イデオロギー的対立の戦争という形態の虚しさを静かに告発している。虐殺のさなかでの出産による新しい生命の誕生に、彼は民族の再生と希望を込めているようにみえる。
 私はかって南でのパルチザンを描いた『太白山脈』という長編小説を読み、その史跡を訪ねるツアーに参加したことがある。そのあちこちで犠牲者を追悼する施設や、抗日と民主化運動犠牲者の記念碑を目の当たりにして、近代以降の朝鮮民族の歴史の一端に触れ、そのあまりの壮絶さに声を失った覚えがある。せいぜい靖国程度で口角泡を飛ばしている日本の幼稚な水準に暗澹たる気持ちとなった。思えば東アジア諸国で日本は唯一内戦を経験したことがない「特殊な国」だ。その理由は唯一独立の近代を維持して外征と侵略に明け暮れて、闇の暗部をすべて外部に転化して植民地主義の不等価交換の利益を吸い上げてきたからだ。東アジア諸国の血で血を洗う内戦の悲劇をつくりだした最大の犯罪者であったにもかかわらず無自覚に戦後を生きてきた。戦時空襲と原爆の被害体験を語ることによって決して免罪できない加害の国としての日本なのだ。
 朝鮮戦争期の内戦の修羅を描く韓国小説を読むと、いかにソ連型社会主義が理想化されて、当時の韓国の民衆と知識人の心をつかんだかが分かる。ほとんどの内戦期小説は、北朝鮮人民軍の英雄的な自己犠牲を、しかも人間的に描いている。しかしこの小説はそうした対峙を越えた民族の悲惨という視点から、現代の分断を乗り越えようとする意志を感じさせる。いま次期国連事務総長の当選が確実視される韓国外相の選出に、日本政府は米国の反対を期待して阻止行動をとり、米国が賛成に回ってあわてて支持したという。この低劣な日本の外交感覚の底流に、彼我の近現代史の恐るべき重さの違いがあるように思う。日本は被支配の被虐体験をもたなかったがゆえに、他者の痛みへの想像力を決定的に欠落させている国なのだ。朝鮮民族の”恨ハン”という民族感情をほんとうに理解することができない国なのだ。
 私はいままでゲリラ戦争といえばすぐにゲバラやベトナムを思い浮かべてきたが、それらは独立や反独裁をテーマとしたある「正義の美しさ」があったように思う。しかし朝鮮戦争のゲリラやパルチザンは、まさに肉親同士を敵として殺し合う凄惨な内戦であった。そうした惨劇をもたらした旧植民地国・日本、米国、旧ソ連の罪はあまりにも重い。最後に日本の文学がチマチマとした私的生活と個人の内面の葛藤を描いて閉塞してから久しい。例えば自由民権や治安維持法を生きた人々の惨状を描いても、国民的な関心は呼ばないだろう。こうした「大きな物語」を描けない民族にはたして未来はあるのだろうか。秋の急な冷え込みで微熱があり、ベッドの中で一気に読んだ。(2007/10/8 13:05)

第6夜:末木文美士『日本宗教史』(岩波新書 2006年)
 あまたの日本宗教史概説のなかでもっとも面白く読んだ。著者の宗教分析の方法論は基本的にウエーバー的宗教社会学に依拠しているのではないだろうか。分析視角として丸山真男「古層論」から日本宗教史を概括する試みは非常に興味深い視点だ。しかも日本歴史の通奏低音としての丸山的「古層」はじつは歴史的に作為されたものであり、その作為の過程を宗教史的に明らかにする作業は非常に教えられるものがある。すでに定着したかにみえる縄文的とか弥生的とかいう日本型ナショナリズムの発想が、じつは律令天皇制下で構成された物語をベースにしていることが説明され、それが作為されたフィクションであることが批判される。つまりこの書は、宗教史概説というかたちをとった丸山古層論批判なのだ。いままでの教科書的な日本宗教史概説の常識的な知を再定義しようとする著者の真摯な思索には学ぶべき点が多く深く共感する。しかし歴史貫通的な日本の固有性を否定した上で、では日本文化の特殊性や固有性を析出する対置的分析はなされていない。分析の焦点は時代の宗教現象を領導した指導的人物の宗教理論に焦点を当てられ、そのエッセンスが正確に析出される。著者は古代から現代に到る宗教者の思想と行動を多面的に評価しており、主観的な論断を避けようとする学問的姿勢に共感する。新書本の制約からだろうが、社会変動と時代精神との係わりでの分析が弱く、さらに変動する社会を生き抜く思索のありかたとしての宗教的思考のダイナミックな姿が浮き彫りとなるような叙述を望みたい。最後にこの書は宗教史の概説を通して現代日本のリアルな宗教問題へのある示唆を提示していると云える。
 @宗教的習俗や生活習慣への公的資金援助をどう考えるか(地鎮祭など)
 A一般民衆を祭神化する靖国神社をどう評価するか
 B自然葬や無墓地運動をどう評価するか
 C宗教原理主義とテロリズム暴力をどう考えるか・・・・・・。(2006/10/7 00:08)

第5夜:坪内稔典『季語集』(岩波新書 2006年)
 俳句の約束ごとの季語は生活と環境の変化による季節感の変化を受けて日本的伝統の変容がすすんでいることがよくわかります。東アジアモンスーン地帯の美しい四季そのもののリズムが崩れてきて、人間の感性も変わってきているようです。いま深夜2時を過ぎて秋の虫の鳴き声がしずかに聞こえてきます。遠くから街を走る車の音もひびいてきます。こんな時間に車を走らせている人の生活を想像してなにか哀しくいとおしさも込みあげてきます。人皆眠るしじまの中にひとり醒めて観察することも音なき世界に引き込まれるようで、冴えわたる思考に沈潜したいと思っても、せいぜいこういう本を読んで眠気を誘いたいと思うのです。
 この時代にこうした観照の生活があることがうらやましくもなりますが、やはり「歌の分かれ」がいかに声高に説かれても、日本的叙情は滅びないということを改めて思います。かく言う私は、そばにブランデーグラスをおいて喉を潤してはこれを記しているのですから。「眺める」という感性にひたりきっている人はどうしても、なぜかある種の超越の、或いは生活のなかにおのれを置いて、過ぎゆくもろもろの現象を「移ろいゆく」ものとしてみるようです。そうなのです、ひょっとしたらなにかを創りだそうとして対象と格闘する姿勢をあざといものとみる意識にそまっていくようです。でもこうした営みをこそわが幸せとしている生活の多様性が保障される世こそ、じつはいい時代であるのでしょう。声高に論じる人がいてもよし、静かに眺める人もいてよし、ピースフルな世にあってこそのことです。この千夜一夜物語は、第5夜より先頭に移すことにしましたので今後ともご愛読の程よろしくお願い申し上げます。(2006/10/1 2:55)

第1夜:J・M・クッツエー『マイケル・K』(ちくま文庫)

 南ア共和国のアパルトヘイト時代の過酷な生を描く。私生児Kは老母を手押し車に乗せて故郷へ向かう。中途で母は病死し、遺灰をもって故郷への旅を続ける彼は拘束されて強制労働の末に衰弱死寸前となる。不条理な運命に翻弄されながら彼はひたすら原始的な労働を大地を相手に営む。口蓋裂で寡黙な彼は全身を通して自由への渇望を生きる。あたかもガンジーの無抵抗・不服従ではなく、無抵抗・服従によるアパルトヘイトの非人間性を全身で告発しているようだ。まるでカフカかカミユの世界のような即物的描写が淡々と続く。たわいのない日常会話のすみずみに、何か底知れない意味が含まれているような気がして引き込まれていく。作者はオランダ系植民者アフリカーナを両親にもつ知識人でアフリカ系で最初のノーベル文学賞受賞者だ。私が読んだ初めてのアフリカ文学であり、はじめて植民者の視線から見た植民地暴力への恥じらいに似た感情を知ったような気がする。2006年8月31日読み始め9月3日朝読了。9月30日に初来日し早稲田大学で講演会予定。(2006/9/3 10:29)


第2夜:Elie Wiesel エリ・ヴィーゼル『・・・Et LA MER N'ST PAS REMPLE ME'MOIRES しかし海は満ちることなく 上』(朝日新聞社 1999年)
 エリ・ヴィーゼルは15歳でアウシュヴィッツに収容され、親族のほとんどを喪って孤児となって解放された。私は彼の収容所生活を描いた『夜』を読んで打ちのめされるような衝撃を覚えた。そこには決して文字では伝えられないような人間の野獣と地獄の世界があった。彼は証言者としてその一部を語ったのでしかないが、その証言はすべての非体験者を沈黙させる恐るべきちからがある。そしてこの『海は満ちることなく』は、米国市民権を得てデイアスポラのユダヤ系知識人として生きる彼の戦後の戦闘記録といえよう。
 希有の生き残り証言者としての彼のことばは重いが(例として”救い主は最後の日ではなく、その次の日に来るであろう”をあげておく)、戦後の彼は徹底的なシオニスト、イスラエル擁護者として生き抜いている。まるでホロコーストを体験しなかった者はイスラエルを非難する資格がないとでもいうような。わたしはこの本を読んだ以降も、あのホロコーストの生き残りでつくられたイスラエルが、同じような残虐な行為をパレスチナで加える理由がなお分からない。ヴィーゼルはPLOやアラファトをテロリストとして激しく攻撃し、左翼をすべてスターリン主義者として批判する。ユダヤ世界での醜い内部闘争も遠慮なく暴露して自らの正統性を主張する。改宗してカトリック枢機卿となったユダヤ人に最初にはなった言葉は、「君はスパイか?」というものだ。正直に言って私はこうしたヴィーゼルであって欲しくなかった。彼はアメリカで成功した数々のユダヤ系アメリカ人を列挙しながら、自らをその一員に加えて誇るかのように語る。ホロコーストとショアーの無残さを語るヴィーゼルと成功者としてのヴィーゼルの2人の人物がいるようだ。それが私には哀しく残念に思う。しかしユダヤ人が世界を敵に全き孤立のうちに生き抜いてきた民族の全歴史が、こうした戦闘的な生き方を強いたのかも知れない。私には非難する資格はないかもしれないが、自らの信条に徹底的に忠実であろうとする態度は尊敬はしないが、学ぶべきものはある。彼はハンガリー語、ドイツ語、フランス語、英語、ヘブライ語を駆使し、小説はフランス語で書き、アメリカの大学では英語で授業をする。欧州の知識人(特にユダヤ系)はやはり日本とは違う。これは脱帽だ。2006/9/7 23:20読了。

第3夜:Anthony Giddens『THE THIRD WAY』(アンソニー・ギデンズ『第3の道』日本経済新聞社 1999年) 
 イギリスの高名な社会学者でブレア労働党政権のブレーンとして、英国社会民主主義の新たな戦略を探求する理論的マニフェストといえよう。機会の平等とセイフテイネットをセットしあとはすべて市場原理に任せる米国型新自由主義と、「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家=(旧)社会民主主義の両極を批判する。前者は「公正」を犠牲にした「効率」による能力主義で社会そのものが破壊され、後者は「効率」を犠牲にする「公正」でモラルハザード(怠け者)をもたらすからだ。「第3の道」とは「効率と公正の同盟」による新たな社会民主主義によって両者を超克をめざし、その基本は「環境配慮型開発」に向けた権力の下方拡散と情報拡散を進めることにあるという。ここまでは非常に簡潔でストレートな表現で小気味よく展開する。ブレアの圧勝の背景にはこうした理念への魅力があったのだろう。
 問題は新たな福祉(平等)の政策の問題にある。従来型福祉国家の不足、貧困、無知、不潔、怠惰などを救済するネガテイヴ・ウエルフェアを、自主、健康、教育、幸福というポジテイヴ・ウエルフェアへ転換しなければならないという。具体的には従来の失業手当重視ではなく、職業訓練などの教育的予防原則を重視して人間の潜在的能力を開発することだ。ここにはアマルテイア・セン等の戦略との共通点がみられる。そして政府権力の上方拡散とはEU型議会を国連レベルに拡大し、コスモポリタンな国家に替えるということであり、下方拡散とはNGOや市民セクターとの協働を重視することだという。
 さて1998年にこの本が書かれてからブレア政権の歩んだ道はどうであったろうか。英国型社会民主主義は著しく米国型新自由主義に接近し、福祉国家の解体と労働規制の緩和が進み、階層間格差が拡大した。権力の上方拡散の実質は、米国世界軍事戦略に追随するパートナーでしかなく、対内的にも対外的にも英国社会の分裂は深化していった。これは「第3の道」の理念は正しかったが、ブレア政権の政策が間違っていたからだろうか。それはギデンズが批判した大陸型社会民主主義の動向を見れば明らかとなる。「効率と公正の同盟」ではなく、「公正のための効率」を重視した大陸型社会民主主義のほうがむしろウエrフェアを上昇させつつある。
 では「第3の道」の理念のどこに誤りがあったのか。それは新自由主義的「効率」への妥協に歯止めを掛けられない本質的な理論構造にある。その最大の問題は、ネガテイヴ・ウエルフェアに替えるポジテイブ・ウエルフェアにおいて、ベーシックウエルフェアをもを疎外してしまうところにある。

 しかしギデンズの著書は欧州型社会民主主義の分厚い伝統の強さを実感させる。なぜなら日本が欧州型福祉国家をめざした路線から、あっというまに米国型新自由主義に転換し「不平等の格差があるから社会がむしろ活性化する」とまで放言してはばからない国に転落しているのに対し、英国を含む欧州はそうした理念を毅然と拒絶しているからだ。2006/9/11 0:23読了。

第4夜:Le Comte de Lqutreamontロートレアモン『マルドロールの歌』(栗田勇訳 現代思潮社 1893年)
 学生時代になんとも魅惑的な印象を受けて、いつかは読んでみようと思ってから数10年が過ぎました。著者名も書名も妖しいイメージが漂って、手にすることを恐れるような気持ちが確かにありました。フランスの詩人ロートレアモンの本名はIsidore Lucien Ducasseイジドール・リュシアン・デユカス、1846年に生まれ1870年のパリ・コミューンのさなかでわずか24歳でこの世を去っている。奔流のようにあふれでるイマジネーションの流れに、ただただ圧倒される。しばしば毒を含み神をも嘲るようなことばは読んでいる者が弄ばれてどこに連れて行かれるか分からないような、異様な昂奮をもたらす。19世紀末の革命のパリが青春期のただなかにある魂を震わせ、ありったけの自己意識を叫ぶかのように表出する、まさに疾風怒濤のような詩だ。これをはたして詩と呼んでいいのであろうかとさえ思える。
 ある詩的精神が観念を縦横に駆使して息苦しくなるほどに表出し切っているのをみると、まるで狂気の瀬戸際にいるのではないかとさえ思わせる。しかも日本では明治維新との同時代であり、フランスのエスプリがいかに飛翔していたかを示されて打ちのめされるような感じを味わう。精神が自由に飛翔していくというのはこういうありさまなのだろうか。まるでクラスター爆弾が次々と連鎖的に爆発してあたりを火の海にしているような感じだ。
 解説では時代精神との関わりでみるよりも、時代を超えた精神の躍動に焦点を当てているが、わたしはむしろこういう精神活動を可能ならしめたフランス近代の精神史に重大な関心を持つ。前近代意識にまるごと囚われて、かたい殻に閉塞されてわずかに西欧近代を覗き始めた当時の日本人の意識と較べた時の落差には暗然たるへだたりがある。わずかに明星派に自由への希求を感じるか、同じフランスははるかに上空を悠々と飛んでいるようにみえる。ひょっとしたら現代の日本は、2世紀も遅れてやっとそのような精神活動にたどりついたのではなかろうか。しかし現代のフランスにとっても、ロートレアモンの衝撃はシュルレアリズムの先駆として大きな影響を与えているようだ。アンドレ・ブルトンが彼を再発掘して紹介したことにもうかがわれる。2006/9/23第2の歌を読了して。