第9エッセイ集(2005年8月17日〜2006年12月31日)
第8エッセイ集(2005年8月17日〜2005年12月24日)
第7エッセイ集(2005年1月1日〜2005年8月16日)
第6エッセイ集(2004年5月5日〜2004年12月22日)
第5エッセイ集(2003年9月13日〜2004年5月4日)
第4エッセイ集(2002年12月30日〜2003年9月12日)
第3エッセイ集(2002年4月28日〜2002年12月29日)
第2エッセイ集(2001年8月14日〜2002年4月27日)
第1エッセイ集(2001年3月5日〜2001年8月12日)
第10エッセイ集(2007年1月1日〜2009年1月10日)
◆キャノンの不買運動を呼びかける
板橋区立美術館「戦時下の画家たち」展で松本峻介や愛光の戦時下での緊迫した絵を観て帰名した翌日のニュースは、東京の初雪を伝えていました。日比谷公園の派遣村を解散した人たちは、いま凍れる寒風の中をどのように過ごしているのでしょうか。はるか離れたパレスチナでは、すでに700人を超える無辜の市民たちが、イスラエル軍の砲爆撃で無残に死んだことを告げています。アメリカの失業者は戦後史上最悪の数値を示しています。2009年の幕開けは、現代史上まれにみるアンチ・ヒューマンな状況を刻み始めています。さて今日は私が愛用するカメラとプリンターの話から始めましょう。それはCANON・EOSとレーザーショットというキャノンの誇る製品です。私はいま、このキャノン製品を使用していることに複雑な感慨をいだかざるを得ないのです。
キャノンは世界有数のカメラメーカーとして、特に一眼レフカメラの技術水準は高く、レーザープリンターヘッドの開発はいまや世界標準となっています。その理念は「共生」を謳っていますが、しかし社長であり同時に日本経団連会長を兼ねる御手洗なる人物の言説は目を覆わしめるモラル・ハザードの様相を呈しています。いったい「共生」という日本語の尊厳をこれほどに傷つけた人物は歴史上かってなかったでしょう。彼が昨年の正月に発表した今後10年間を展望すると自称する「希望の国 日本(御手洗ヴィジョン)」では、いまや破産してゴミ屑となった米国型市場原理主義と保守主義の醜悪な雑炊のような目標が並んでいます。
イノベーション推進による産業競争力強化・経済提携協定締結
消費税2%引き上げ・法人税引き下げを含む税制改革
道州制導入
さらなる労働市場改革
企業も国旗・国歌尊重(企業や官庁は日常的に日の丸を掲げ、君が代を斉唱する)
基本的価値観を共有する共同体の一員という愛国心と公徳心を持って国を支える
憲法9条2項を見直し、自衛隊保持を明文化し、集団的自衛権行使のための憲法改正
「共生」とは、人種や民族、思想と信条を越えた人類の共存と幸福追求を意味するとすれば、ここに掲げられた極右ナショナリズムの醜さは市場原理主義と結んでいるがゆえに、いっそう際だっています。しかし最大の問題は他者に対して道義的価値観を説きながら、自らはなんの恥じらいもなくモラルハザードに狂奔していることです。違法・非道なキャノンの「偽装請負」が発覚して摘発されると、逆に労働者派遣法を改正して請負規制を変えろと迫り、首相から雇用安定を要請された翌日に平然と大量の派遣切りを行うという破廉恥にあります。
キャノン大分の場合を見てみましょう。大分キャノン1097人、大分キャノンマテリアル80人という大量解雇をおこないながら、「当社と派遣社員は無関係。当社は派派遣会社と契約しているのであって、個人とは契約していない」と冷酷に派遣会社に責任を転嫁しています。ところが驚いたことに、大分キャノンは大分県から大規模投資促進補助金30億円と用地造成費18億円の総計57億7千万円の支援を受け、さらに大分市から「雇用機会と地域経済活性化」補助金20億円を受けています。キャノンは住民の税金で会社を経営し、挙げ句の果てに大量解雇で地域経済に大打撃を与え、大分市は慌てて緊急雇用対策をキャノンに替わって行っています。さらに驚いたことには、新春の労使フォーラムで、御手洗なる人物は「経営者であれば、誰しも従業員の生活の安定を第1に考え、雇用の安定に最大限の努力を注いで欲しい」と平然とうそぶいていることです。
ここには全身から血をしたたらせて利潤の極大化に狂奔する資本の本質があるとマルクスは云うでしょうが、あたかも19世紀の野蛮な原始的蓄積期の資本主義の亡霊が現代によみがえっているかのようです。彼の言説の正確な意味は、従業員の雇用とは正社員の雇用のことであり、非正規は会社共同体に所属しない外部資源であり、まさに物権費として処理される部品にしか過ぎないのです。さらに正社員の雇用の安定というのは、賃下げに協力しないと首になるよと云う脅迫でしかなく、正社員を無制限サービス残業に誘導する偽装に過ぎないのです。
おそらく日本ほどに非正規の人格の尊厳が毀損されて放擲されている国はないでしょう。資本の野蛮が全土を覆い尽くし、非正規が自己責任論に打ちのめされて、荒廃の極地に向かっている国はないでしょう。生存権と労働権がこれほどに蹂躙された時代はありません。その象徴的人物として御手洗なる個人が君臨しています。私はほんらいなら個人名をあげて批判するのは回避したいのですが、現在の転落していくモラルハザードのスパイラルを体現している人物として、この個人名を固有代名詞としてあげざるを得ないのです。経営はなによりも、使用価値を市民に提供して交換し合うことを第1義とする企業の行動であり、利潤はその結果として得る対価に過ぎません。したがって企業の存立は、交換のシステムが公正・対等な関係にあることを前提にし、労働力という使用価値も又、人間的存立を不可欠の条件とし、使用価値を毀損したり不等価交換の対象として、不正な企業利益を実現することは許されないのです。こうした市民社会の基礎的な条件を蹂躙するばかりか、企業経営とは次元の異なる国家システムのアレコレについて、特異な思想を強いたりすることは、経営の範囲を逸脱しているのです。御手洗なる人物のふるまいは、あらゆる意味で市民社会の前提条件をなんのはばかることなく、無視している点で特殊異常であり、それを放置するならば、日本の経済システムのみならず社会システム全体が崩壊していくでしょう。彼はこうした市場の暴走を推進する市場の失敗の極地を代表する無知ゆえの犯罪を犯しています。彼の説く希望の国は、ブルーテントが林立する年末年始の日比谷公園に他ならないことが誰の目にも明らかとなりました。
キャノンの全社員に呼びかけたい。あなたがたは栄えある技術を蓄積して「共生」をめざす理念を真に信じているのであれば、輝かしい社史に泥を塗って汚しつつある社長をただちに更迭し、経営の誤謬を市民に謝罪し再出発すべきではないでしょうか。これがキャノンの不買運動を呼びかける私の偽らざる気持ちなのです。
マッチするつかのまの海に霧深し 身捨つるほどの祖国はありや (寺山修司) (2009/1/10
10:12)
◆”志をはたして いつの日にか帰らん”ほど哀しい歌はない
一度故郷を出て何かを求めた者にとって、「故郷」ほどに哀しい歌はない。特に2番のこの歌詞ほどに肺腑をえぐるものはない。成功者にとっては捨ててきた原罪を思い、失敗者は2度と帰り得ぬ苦衷が滲みわたるからである。日比谷公園に設けられた年越し派遣村で、ボランテイア女性がアコーデイオンのもの哀しい調べにのってこの歌をうたったという。凍死寸前でたどりついた人たちにとって”志を果たして いつの日にか帰らん”という言葉ほど無残で残酷なものはない。かっての砂川基地反対運動の暮れゆく夕陽のなかで湧き起こった「赤とんぼ」の大合唱には、敗北したジャステイスを共有する再起の志があった。しかし日比谷年越し村の「故郷」は、もはや失うべきなにものもない失意の集積に降りそそがれた、とどめの一撃に他ならない。きらめく高層ビル群と皇居外苑に囲まれた富の象徴の都心と年越し村のめくるめく非対称性は、崩壊する現代日本のありふれた日常性の事例のひとつに他ならない。頂点に君臨する首相が「悲観は気分による」との究極の主観的観念論で宣うことばは、吹きすさぶ寒風の中に虚しくこだましていった。これほどに敗者の心臓を射抜く残酷な刃はない。われらはこのような感性の愚鈍を為政者として頂いているのだ。
かって”純チャーン”の大合唱によって市場原理主義に世論誘導したメデイアは、その報道責任もものかわ、いまやヒューマニズムの再建を唱道して恥じない。しかしその再建の方途は「たくましい政治」(朝日)・「個人金融資産活用による内需拡大」(読売)・「日本版緑のニューデイール」(毎日)など、精神主義ないし修正市場原理主義の方向喪失状態にある。もはやわれらは、時代の真相を適格に摘出し、方向を明確に提示するほんらいのジャーナリズムを失っている。シカゴ学派のトリクルダウンセオリーが原理的に破産したからには、単に市場原理を修正するのみでなく、資本主義の再審が求められる。驚くべきことには、シカゴ学派の扇動者であった竹中ナントカという曲学阿世の徒が「これからは株や不動産ではなく、勉強こそが人生の宝だ」として勉強不足を叱咤していることだ。自身の勉強不足によって日本を破滅に導いている理論責任に無自覚であるこの感性の貧困は目を覆わしめるものがある。慶応大学と幻冬舎は共犯を自覚しているのだろうか。
日比谷年越し村に集まった人たちは、必死でその日の糧を得るために派遣を渡り歩いて最後の救いを求めた。この500人のうち200人が5日に生活保護申請をおこなう。派遣切りにあって8万5000人が日本列島をさまよっている。わたしはこのような時代がまさか日本に来るとは思いもしなかった。私の半生がこのような時代をつくるためにあったのかと思うと、もっと工夫しておけば良かったと後悔にたえない。私は年末に創作ピアノ曲「非正規のバラード」を作詩・作曲した。それはそれは次のようなものだ。
さがし疲れて あてもなしに
今日のしごとも はるかかなた
オレののぞみは ゆけばとおく
雨にうたれて 星のしずく
オレはあゆむぞ ひとみかかげ
やみのむこうに きぼうもとめ
やみのむこうに きぼうもとめ
そうなのだ。問題は希望の内実なのだ。主観的な希望ではなく、ほんとうに時代を切りひらくシナリオが準備できるかどうかだ。切られ派遣の人々ほどに誠実なひとはない。彼らはいまわの際にあって、自らの不幸の辛酸の原因を自己責任に求めているほどに、深い絶望に裏打ちされている。シナリオはここを突破する義務が課せられている。
ついにイスラエル軍が地上部隊を侵攻させ、逃げまどうパレスチナの子どもたちを標的に乱射している。空爆開始以来ガザ地区住民の死者は485人、負傷者は2400人に達しているという。もはやイスラエルとイスラエル民族は、ナチス・ホロコーストによる免罪符を失った犯罪国家に頽廃した。私はどうしても理解できないのは、600万人の自民族を虐殺されたホロコーストの民族が、なぜ同じ行為を無慈悲に遂行することができるのかだ。おそらくこのパレスチナの地域は、拭いがたい怨念が支配する悪魔の地となって新世紀を支配するだろう。人間は天使にも悪魔にもなりえる二律背反の存在なのだというテーゼにうちのめされそうになる。テロリズムが最後の抵抗権の行使なのだという思想を拒否できない自分がいることを見いだす。私のできることは、せいぜい絵と音楽による告発に過ぎなく、それはピカソに遠く及ばない。しかも日本の芸術と学問は、日比谷とガザへの想像力の片鱗を示すことなく、アクロバテックな理論と表現に励んでいる。
2010年は日米安保改定50周年だ。この悪魔の条約によって、幾多の日本の少女が陵辱され、制空権は奪われて大地は汚されてきた。われらの国旗は星条旗となってイラクとアフガンにはためいた。日本の国内農業は壊滅の危機に瀕し、経済はギャンブル資本に蹂躙された。すでに星条旗帝国自身が、軍事一極支配の破綻を宣言し、日米同盟の静かなる危機を指摘し始めているにもかかわらず、東アジアのジュニア・パートナーは垂直隷属の途をヨタヨタと歩み続けようとしている。
かってある2世首相が「戦後レジームの総決算」を宣揚して惨めに自己破産した。彼の総決算は、戦後民主主義の総否定を意味したが、いまや「戦後レジームの総決算」は思いもよらぬ逆説的な意味を放ちはじめている。星条旗帝国のユニラテラリズムに替わる新たな世界構想が、欧州やアジア・中南米から高らかに響き始めている。この新たな世界潮流こそ、新世紀の奔流に他ならない。日米同盟パラダイムを清算するという意味でこそ、「戦後レジームの総決算」は正しいのだ。正月のやすらぎが終わって、再び街は喧噪の音をあげはじめた。なにかこの年は、日本現代史を画する画期的な年となりそうな予感がする。古いパラダイムと新しいパラダイムが激突し、きしみをあげながら決着を付ける始まりの始まりが始まろうとしているような予感が。私も思いを新たに学園に急ごう。(2009/1/5
11:07)
◆陽光かがやく世界に明日はあるのか? 明日とはだれのことか
なんという新年の幕開けだろう! まばゆい朝日が一点の雲もない青い空からさしこんできます。残された朝露にきらめく陽光が窓辺にふりそそぎ、部屋にモーツアルトのクラリネット五重奏曲の調べと至福の交歓を奏でています。このような新年の幕開けを誰が想像したでしょう。大晦日の寒風に身をさらして、凍てつく冷気にたましいを侵された者が、炊き出しのスープに殺到している時に、私ははやばやと軽蔑すべき紅白歌合戦を冷笑しつつ、眠りに耽っていたのです。街からは自動車の喧噪の音が消え、それぞれの甍で卓を囲んで年の終わりの営みを終えようとしている時に。
かってドキドキするような大晦日と元旦の希望そのものであった若く過ぎ去った時から、幾星霜の星々の流れを経て、いつしか時を断絶させる12月31日と1月1日は平凡に過ぎるようになりました。鋭いキーキイーという鳴き声をはなって何かの鳥が飛び移っていく庭木のはてに、正月の空気はいつもとは違った清らかさをたたえつつ、ゆっくりと2009年の幕がついに開け放たれていこうとしています。幾歳月かの歳を重ねて今日の朝にいたり、新たな志しにのぞんでの気配の変容は打ち消しがたく、はるかに遠く未来と希望を刻む記念日であった正月のある決意に近い気持ちの高ぶりにも寄せる年月の交差が重なり、ピュアーな新鮮をどうしてもとりかえねばならない、ある特別の力がそそがれる年齢とは云えましょうか。
陽光に輝いて出発した2009年に明日はあるだろうか。この輝く陽光のまばゆさは、明日への希望のまなざしと重なっているだろうか。物音ひとつ響かぬ浅野街は、密かな希望を準備しているのだろうか。わたし個人のところでは、息子の帰還が約束されている日だ。おそらくおそらくゆうゆうと、夕方になってフラッといつものスタイルで故郷への帰還を果たすだろう。息子はもはや父とははるかに離れた独立の生を刻み、同じ時間を違った思念で過ごしている。このようなかたちで、時代のバトンは渡されていくのだろう。それは一方にとってはある寂しさの姿であり、他方にあっては未来をのぞもうとする必然性にほかなりません。こうして無窮の時間が個の生命の継承としてきざまれ、それゆえにこそ時代はその時代性を明らかにしてきたのです。
だからこそわたしは、そのような寂しさと哀しみに耐えて、やはりあくまでも時間を自らの時間として作為し、自らに取り戻していかなければならないのです。もはや過ぎ去った希望の虚妄を嘆くに充分な時間はなく、残された時間が計算の対象となるはざまにあって、なおかつわたしはおのれの生命の表出に心を配り、精細に注意した計画書の作成に取りかからねばなりません。こうしてやはり新年の初の日は、特別の志へのエナジーを傾注する時間の気高さを実感する日となるのです。
どのような志をもつといえでも、公的機関がすべて閉じられているこの日に、路頭にあって生命を削っている「同胞」への想像力を欠落させている文化と知識と思索は尊厳を失っていると云わざるを得ないでしょう。かますびしいメデイアの喧噪はいうまでもなく、なにほどかの言説で人をおして動かそうとする行為者の条件もまたここにしか存在しないでしょう。事実はリアルに末世を告知し、
煩悶の世情にあって燈台の灯火を探しつつある人に、寄り添えているかどうか厳しく問われるに違いありません。
しかしよく眼を開き、耳を澄ませば、深い雪の下に芽吹く春を準備している生命の不可逆の見えない姿をとらえることができます。たしかにそうなのです。どのように世があろうと、次の時を準備する必然の眼に見えない営みが、地下深く準備され、地表に現れ出るその日を創りだそうとしているのです。解釈の時代は去ったととっくに分かっているのに、いまもってしがみつきながら延命の虚偽に弄ばれる、虚しい努力に生を捧げて、その恥を知ることなく去っていく憐憫の対象がいつの時代にも存在しているものです。
陽は上がり、刻みの初春もすでに去っていこうとしています。わたしは繰り返されるこの日の精神の営みの決定的な意味を、再度しっかりと確認し、新たな意を決めるべき時を手放すことを恐れるのです。新たな意とはなんでしょうか? 新たな意とは、かってなく、いまだ存在せず、そしていつか姿を現すだろう未来の一部を、現在にあって表現するものにほかなりません。サヨウナラ、慚愧に堪えぬ、こうあってはならなかった2008年よ、そしてあるべきはずの2009年の可能性の先駆よ、そのなかに確たる位置を占めていたいと想う人よ! すべての怯懦と惰性にキッパリと別れを告げようとしている人よ! 希望はたしかに彼らとともにある。(2009/1/1
10:04)
◆知とはなんだろうか? 学ぶとはなんだろうか?
南米の中央部に位置するボリビアが、12月20日に33ヶ月にわたる識字運動の終了を宣言し、読み書きができない人がいなくなったと宣言しました。中南米で非識字が克服されたのは、1961年のキューバ、2005年のベネズエラに次いで3番目だそうです。ボリビア(人口950万人 先住民55% 、混血30% 白人15%)では、人口の約10%(82万人)の非識字の人々がスペイン語や先住民の言語で読み書きが可能となったのです。2006年に成立したモラレス政権は、非識字克服を最優先課題に掲げ、キューバが開発した識字システムを活用して無償教育を提供してきました。全国に学習用TVやビデオを配布し、電気のない地方は太陽光発電装置を導入したそうです。記念式典での大統領演説が印象的です。「先住民や貧困層が教育から排除され、非識字を克服するまでに独立から200年近く待たされたが、ついに達成された。ボリビアの経験は資金の乏しい国でも目標を達成できることを世界に示した。要は政府が何を優先し、どこに資金を使うかだ」としています。
私はなにか非識字克服を最優先に掲げる革命政権の熱い志のようなものを感じました。スペイン植民地主義もその後に続く軍事独裁政権も、民衆から識字能力を奪うことが支配の主要な手段となったのでした。じつに独立してから200年間にわたって、民衆を文盲の状態に置いて権力を維持してきたのでした。たとえ選挙制度がしかれようと、文盲の民衆は為政者の指示通りに、マークを記入して投票し、擬制的な民主制に協力させられてきたのでした。200年間にわたる知の剥奪でに他なりません。だからこそ革命政権の最大の課題は、知の出発点である識字能力の獲得に他ならなかったのでしょう。しかも先住民族が自らの文化そのものである先住民言語を知らないということほどアイデンテイテイの剥奪はありません。私はボリビア識字運動に知の原点のようなあり方を実感した次第です。
知ることの出発は文字の獲得に他なりません。自己の意思と思想の表現はすべてここから始まります。文字の獲得によってこそ、人間は初めて外界との接触を本格的に実現し、外界と他者への働きかけを実現し、従って関係性とのつながりにおける自らの尊厳の確立の条件を手に入れるのです。ヘレン・ケラーははじめて「WATER」という文字による水の認識を獲得した衝撃を感動的に描いていますが、まさにボリビアの非識字の民衆にとっては同じような震えるような感動に包まれたことでしょう。
先進国の市民にとっては、識字はごく当たり前の空気のような存在であり、なんの感情移入もなく駆使していますが、しかしそこでは文字のもっとも大切なものが奪われ、喪われているような気がします。それはテストのためのトレーニング言語になってはいないだろうか、人をいじめる野蛮な手段になってはいないだろうか、なにか言語が暴力の手段に頽廃している状況があるのではなかろうか。美しい言葉もじつは裏側にとんでもない虚飾と偽善を覆い隠す手段に堕してはいないだろうか。ありとあらゆる洗練された言語表現の発達に反比例して、人間的本質が奪われていってはいないだろうか。
しかし私たちも、自分の子どもが初めて日本語の音声言語を発音した時に、感動して頬ずりしたことを覚えています。ことばは自己と外界がつながり、外界の姿を表現し、自らの意思の核を他者に伝え、それゆえに世界を組み替え得る不可欠の手段なのです。表記言語を奪われた人間は、人間の人間的存在としての基礎条件を奪われているのです。従って革命の出発は、革命の言語の出発と同義であり、屈辱と恥辱を越えていく世界を自らに開示し、変革という人間的本質行為の基礎条件の獲得にほかなりません。非識字を克服したキューバの次の課題は何か?と問われたカストロは、第1に学ぶこと、第2に学ぶこと、第3に学ぶことと答えたそうですが、学ぶとは真実と虚偽を正妻に見分ける能力に他なりません。あらゆる虚偽の知からの解放に他なりません。(2008/12/23)
◆バタル
アラブ圏では英雄のことを「バタル」というそうですが、いまイラクのあるTV局のレポーターが「バラク」として最大限の賛辞をあびています。彼は何をしたのでしょうか。彼はイラクを訪れた米国大統領の記者会見の場で、自分の靴を脱いで投げつけたのです。「別れのキスだ!」「夫を亡くした妻や、親を亡くした子どもからの贈り物だ!}と叫びながら。アラブ世界では人に靴を投げたり、靴で叩いたりする行為は最大の侮辱を意味します。イスラム教徒はモスクに入る時に、靴を脱いで素足で礼拝所に上がります。[靴」はイスラム圏では「ケガレ」そのものなのです。イラク戦終了後に米軍が駐留した時に、あるイラク人が米兵に押し倒されて背中を靴で踏みにじられた時に、彼の息子は「父の名誉が汚された。復讐をしなければならない」として、これを契機に米軍へのゲリラ攻撃が始まり、米軍は徹底的な掃討作戦をおこない、激しい戦闘で米兵の死者は4000人、イラク人の死者は10万人に達しました。レポーターの行為は、イラクの悲劇とルサンチマンの象徴的な表現であったのです。
米国大統領はすでに「イラク侵攻が我が生涯の痛恨時だ。情報を決定的に読み誤った」と述べていますが、では10万人のイラク人の死に対して彼はどう考えているのでしょうか。米国に追随して出兵した日本もまた、靴を投げつけられる運命にあります。ここで靴を投げかけたレポーターを威力妨害やジャーナリストの奔流から逸脱した行為だ等という批判は、安全を保障された外部者の高踏的なおめでたい議論に他なりません。例えば「記者会見で靴を投げるのは表現の自由ではない」(朝日新聞12月18日 夕刊)などという部外者のコメントがあります。まさにイラクTV局の声明がいうように、「新生イラクの民主主義と表現の自由に沿っている記者を即時釈放せよ」という血の叫びを冷ややかに見る想像力の救いがたい欠落があります。朝日新聞の記者は、イラク人にとっての「靴」の象徴的意味が骨身に沁みて実感することができないのです。
しかし現場の画像をみると、米国大統領は実にみごとにとっさに投げられた靴をかわしていますが、隣に立っていたイラク首相はなんの対応もせずに立ち尽くしていました。ここに米占領軍に屈服して媚びへつらっているイラク首脳の真の姿が露呈されていたように思います。それにしてもイラク首脳の身体は揃いもそろってメタボ症候群です。占領軍の手先となって自国民に対峙する者の哀れな姿が浮き彫りとなっています。それにしても米国大統領は逃げるような判断ではなく、なぜ毅然として靴の泥を真正面から受けとめなかったのでしょう。やはり決定的瞬間における瞬間的判断に、その人の本性が現れるのです。彼の行為は本質における卑しさがあらわれています。
ひるがえって我が日本のジャーナリストの誰が祖国の大地を蹂躙する米軍に「靴」を投げつけたであろうか。
祖国を売って恥じない為政者に誰が「靴」を投げつけたであろうか。
平然と冷酷に派遣切りをおこない、自らの経営責任を恥じない経営者に「靴」を投げつけたであろうか。
「靴を投げる」とは何でしょうか。他者に対する最高の侮辱であり、踏みにじられた側にとっては尊厳を恢復する抵抗権の最後の象徴的行為なので。しかし日本では、傷つけられた尊厳を恢復するための「靴」を投げつけることようなことはできないのです。それはなぜでしょうか? 理由は文化の違いではありません。率直に言えば、日本は有史以来他者の尊厳を傷つけた経験はありますが、自らの尊厳を傷つけられた経験がないからです。日本の大地に君臨している米軍の威力の前にたじろぎ、祖国の娘の命が蹂躙されようとも、しょせんそれも他者の痛みに過ぎないのです。他者の痛みを自らに引き受ける想像力が歴史的に形成されていないのです。はたして日本にバタルは生まれ得るでしょうか。それはこのエッセイを記しているわたし自身の問題であり、もしかしたら読んで頂いているあなたにかかっているのかも知れません。
夜の静寂をついて、我が家の立つ街を見ると、あちこちに賑々しく電飾された邸宅が輝かしい光を放っています。わたしはみずからの家を華麗に飾り立てて、無駄な電気を消費する神経の貧しさをおもって暗然となります。おそらく、あの館の住人たちには「靴」を投げつけるイラク人の悲惨への思いはないでしょう。(2008/12/19
20:45)
◆凄まじい亀裂が韓国で誘発されている
私の韓国に対するイメージを根底からゆるがすような激烈な対峙が起こっているようです。軍事政権を倒してからの金大中・廬武鉉政権の目映いばかりの民主化と統一政策は、もはや韓国こそが東アジアをリードするモデルではないかとさえ思いました。特に100年をさかのぼって、親日分子の行為を暴き処罰する過去史究明の作業は、世界史上に類例を見ない画期的な歴史点検として、日本の歴史認識の貧しさを突きつけられ、頭を垂れるほどのものでした。なにしろ同じ時期の日本では歴史修正主義の極右が政権を握り、我が世の春を謳っていたからです。
ところが李明博政権の登場によって(この背景はよく分かりませんが)、日本の右翼をはるかに上回る、想像を絶する極右政策が繰りひろげられ、社会的分裂があらわになっているようです。例えば保守系教育監が主導してソウル市教育庁が進める「現代史特講」が市内302校で繰りひろげられています。主旨は「高校生の健全な価値観と正しい歴史観、国家観を確立する価値観教育」という、日本の歴史修正主義派が泣いて喜びそうなプロジェクトです。講師は韓国史学者を排除して軍人と情報機関出身者で構成されていますが、ほとんどが「従軍慰安婦は自発的であり、強制動員の証拠はない」とする植民地近代化論者や、安重根を極右テロリストとみなす親日・親米派です。彼らの授業は「38度線が引かれていなかったら、諸君は北朝鮮の女学生になっていた。分断されたので自由民主主義による発展と繁栄を遂げられた」とする反北扇動、「朴時代には唐辛子水を飲ませるような拷問が頻発したが、正常にやっていたなら今日の大韓民国はなかった。済州4.3事件は共産主義支持勢力による反乱である」などの民主派攻撃のおよそイデオロギッシュな偏見に満ちたもので、空恐ろしい授業です。
さらに右翼団体は全国教職員労働組合(全教組 4万4597人))を国家保安法の利敵団体として告発し、ソウル地域の4930名の名簿を公開するという、驚くべき行為にでて、偏向教育の教師名を「知る権利」と合理化しながら、不可侵の個人情報侵犯と名誉毀損の誣告におよんでいます。ここには近代国家としての最低限の人権を踏みにじって恥じない、ファッシズムの剥きだしの凶暴さがあります。問題はなぜこうした剥きだしのハードなファッシズムが一定の基盤を持っているのかということです。
こうした極右的政治思想と市場原理のリベラル原理主義が結ぶニュー・ライトの背景には、韓国の高度成長を実現した福祉国家の否定と公共部門の民営化が必然的に市民的社会権を制限したことにあるようです。民主化政権の登場によって、既得権益喪失の危機にさらされた親米・親日保守資本層と投機的蓄財で利己化した中間層の不安が深化して、反民主化闘争に発展していきました。私も数年前の民主化闘争の記念地を訪ねる訪韓の旅で、夜の自由時間にフラッと入った焼き肉屋で、民主政権をいらだたしく攻撃する市民の声を聞いて複雑な気分になったのでした。彼らは米国産輸入牛肉反対キャンドル・デモに反対デモを組織したり、「現行の歴史教科書の理念的偏向を正す」新しい歴史教科書を刊行したり、経済団体は経済教科書を市場経済に批判的な反企業として『楽しく学ぶ体験経済』を発行し1万部を現場教師に配布しています。政府教育科学部と国防部は、軍事独裁政権を高く評価し、「大韓民国の正統性を強調し、北朝鮮に批判的な記述」を求める教科書作成ガイドラインを作成し、執筆者の同意なしに教科書を修正させています。政権は教組への公的支援打ちきり、団体協約権無効通達、実名暴露やメデイアによる誹謗キャンペーンを繰りひろげています。
ニューライトの政治思想は次のような特徴があるようです。
@日本の植民地支配は朝鮮近代化の基礎をつくり、有益であった
A李承晩による大韓民国は建国史として正統であった
B軍事独裁政権の反共自由主義と市場経済は開発独裁として有効であった
C反独裁民主化運動(麗水・順天・済州島事件)はアカの暴動であった
D南北協力を否定し、北朝鮮打倒による反共統一をめざす
まるでこれは反ソ・ゲルマン至上主義を唱えて独裁を確立したナチス党綱領の韓国版のアナクロニズムのように見えます。「アカ」という恫喝が一定の社会的有効性をもつ状況が驚きです。韓国人ではない日本人の私が残念に思うのは、@の日本の植民地を恩恵とみなす主張であり、自民族の娘の尊厳を奪った行為を平然と自らに押しつける心性は、民族の尊厳よりも経済開発を優先する思想です。これは米国に媚びへつらう日本の親米派を連想するのです。「ニューライト」のイメージは、あたかもソフトな経済リベラリズムを想起させますが、実態は剥きだしのファッシズムと結んだ市場原理主義に他なりません。おそらく根底には、肉親同士で血で血を洗う悲惨な肉弾戦を繰りひろげた朝鮮戦争の記憶による恨の心情があるのでしょうか。韓国での価値観と歴史観をめぐる鋭い意見の相克は想像を絶する切迫したものがあります。そういえば、民主化の悲劇を描いた韓国映画の潮流も最近では姿を消して、たわいもない中流の恋愛ドラマが増えてきたような気がします。
問題は韓国の凶暴なファッシズム的潮流と、日本の歴史修正主義の潮流は本質的に過去史を美化してアイデンテイテイを求める幻影で共通していることです。おそらく彼らは互いに情報交換しつつ、日韓両国の反動再編を試行しているのでしょうが、過去の植民地支配を相互に肯定しあっている点で歴史の本流から外れています。さまざまの紆余曲折を経つつも、歴史の舞台から姿を消していくという予感があるからこそ、現在への焦燥感が強く野蛮な攻勢に幻想を仮託せざるを得ないのです。自らに正義の偽装があるという虚栄のプライドこそ、他者の異なる思想に対してより攻撃的にでるしかないのです。しかし歴史修正によるナショナリズムの矜持を求める階層的基盤が、市場原理主義勢力にあるとすれば、米国発金融危機によって根こそぎ存立条件が動揺しつつある現状では、負け犬の遠吠えのような惨めな姿におちいり、だからこそよりなりふり構わぬ凶暴な攻撃の姿勢になるかも知れません。
民族の分断と分断された国家内部での冷酷な亀裂をもたらした第1義的な責任は云うまでもなく、日本の植民地支配にあります。土地や人格までを支配して、夥しいゆがみを韓国にもたらした近代日本史をこそ再定義しなければなりません。近くて遠い国にしてしまったのは誰でしょうか。私たちはなんと取り返しのつかない罪業の数々を生んできたのか、悪魔とも平然と手を結んできた自国の歴史を自己審判する能力すら、私たちはすでに喪ってきているのでしょうか。敢然として自己の主張をぶつけ合い、血を見るような激しい対峙の日常を常態化している韓国のほうが、よほど現実への対処がピュアーでシビアーなような気がします。日本は世熟し切って爛れた無気力の米国流民主主義の末路にあるような気もするのです。以上・徐勝「歴史の報復ー日韓保守政権の相似とコントラスト」(図書新聞 2008年12月20日号)参照。
◆ユーフォリア(Euphoria)
陶酔的熱狂を意味し、精神が一時的に高揚する心理用語であり、特にスポーツに熱中しているときに体感されます(ランニング・ハイなど)。こうした自分がなくなって溶け込むような心理的高揚感はほんらい健康な心理状態なのですが、ゆがんでくると擬似的な高揚を求める覚醒剤や麻薬の誘因ともなります。この状態を社会や経済にあてはめて、群集心理や経営心理を分析するとうまく説明される場合があります。ナチスの大集会やスターリン崇拝はまさにユーフォリア状態であり、景気循環の繁栄の頂点の局面で起こる資本の陥る心理を指す経済学用語ともなっています。設備投資と資産投機が盛り上がって、物価上昇と失業率が低下する理想状態が永遠に続くような錯覚をもたらします。1980年代のバブル期に、投機資本が繁栄に目が眩んで現実に累積する矛盾が見えなくなり、ユケユケドンドンと長期的な視点を喪ってのめりこみ現在の金融危機がもたらされました(「御手洗ヴィジョン」など)。ライオンヘアーのような政治家に殺到した心理もまさにユーフォリアに他なりませんでした。
ユーフォリアの次には必ず資産価格の低下による金融危機が到来し、物価低落と失業による大不況の局面が訪れ、設備投資後退などスパイラル状態に陥る恐慌状態となります。19世紀にほぼ定期的に恐慌が起き、ついに1929年の世界恐慌となり、世界戦争というかたちで解決しました。第2次大戦後は管理された経済政策と国際通貨協調によって恐慌の発生を抑制してきましたが、国際統制を越えた投機資本と証券市場自由化によって、金融資本が暴走し、米国発の世界金融恐慌が誘発されています。
目先の株価に至上の価値を求める米国型株式資本主義のモデルが破綻を宣告され、ジュニア・パートナーとして追随してきた日本も自力でギアチェインジする能力を喪って、いまや政財界が右往左往する漂流状態となっています。雇用と社会保障を重視する欧州モデルこそが危機打開の方向であることが明確に示されているにもかかわらず、日本は派遣切りなどという大量解雇の古典的危機打開が横行しています。こうして事態はさらに進んで、もはや「資本主義のことはマルクスに聞け」という資本主義そのものの限界を意識せざるを得ない状況が誘発されています。すでに20数年前に死んだ「社会主義」に続いて資本主義も死に体となりつつあるかのようです。資本主義の反映のユーフォリアが破産して足元を見つめざるを得なくなった時に、深刻な逆ユーフォリア=デスフォリアともいうべき不安意識が蔓延しつつあります。おそらくこれから、不安を抜け出そうとする多種多様なユートピアの考えが万華鏡のように狂い咲きして、一方では彼岸と来世に救いを求める新しい神々も出現し、他方では伝統的信念を固守する原理主義の潮流も強まっていくでしょう。いま大流行のスポーツへの熱狂的応援は逆ユーフォリアの現象に他ならず、これらはそれぞれの虚像のユーフォリアを幻想的に提供しながら、少なからずの魂を席巻するでしょう。
しかしユーフォリアの本質は虚栄の心理幻想であり、どのように精緻な観念で現実を操作して目くらましを投げたとしても、現実そのものはビクともせず、冷厳に現実性を保っています。現実の資本は難局にあって相変わらず、利潤の極大化を求め金融恐慌を調整的に乗り越え、「我が亡き後に洪水は来たれ」と無限の挑戦を続けようとし、自分そのものが発展の絶対的限界であることを証明するまでやめないでしょう。だから今次の金融恐慌は、薄明のうちに資本主義の限界を告げているのですが、必ずしも恐慌=資本主義の終焉とはなりません。なぜなら資本主義への懐疑をもちつつも、その原理的否定はさらに不安であり、さらに資本主義終焉後の新たな経済モデルは未知数で、むしろ資本主義の欧州モデルは、資本主義の枠内での修正の可能性を充分に示しているからです。こうして資本主義が自動崩壊することはないのです。
以上のような現在の大動乱は、人間生活に極限的な哀しみをもたらしていますが、同時に新たなモデルへと向かう創造的な精神の生まれ出るドキドキするような地平をも告げています。資本主義は自殺することはなく、自害することもないとすれば、誰が死を宣告し誰が処刑するのでしょうか。人間は自分で解決できる問題しかつねに提起しないのです。私はすでに資本主義の限界を乗り越えようとする多様な試行が繰りひろげられている事例を目にしています。北欧福祉社会モデル、独英の環境経済モデル、仏の少子化モデルなどEUの先駆的試行は、充分にアメリカ・モデルがすでに墓場にあることを予告していますが、欧州モデルに現れている次世代の経済モデルはその根底に非資本主義的モデルを潜在させているように思います。私はあらゆるユーフォリアを拒否して、「熱い心臓と冷たい頭脳」を合わせ持った巨大な市民社会の成長を一人でありたいと願うものです。常に前方に開けた意識こそが人間の意識であり、いま・まだ・ここにないものへの希求こそが人間的意識の自己証明であるからです。(2008/12/12
10:06)
◆中西新太郎氏の現代若者論を検討する
氏の若者論の基本が展開されている『1995年 未了の問題圏』(大月書店 2008年)の概要を紹介し、検討をくわえたいとおもいます。
1995年は阪神・淡路大震災とオウム真理教事件が起きた年であり、同時に日経連「新時代の『日本的経営』」が打ちだされた時代の転換を告げる年であった。いま格差社会とかワーキング・プアといわれている現象がすでに現れはじめた。しかしこの時期には、高卒の就職難があったが、時代の転換という認識はひろがっていなかった。95年以降の社会的な困難の増大が意識として表面にでなかったのは、困難な状況を他者とのつながりのなかで解決する仕組みがすでに壊されていたことが根底にあり、そこに「自己責任」論の構造改革イデオロギーがふりそそいで、困難な人たちがギリギリまで「自分の問題」として解決しようとする姿勢を示したからだ。
現代の若者の状況を理解するうえで重要なことは、消費文化の裏に潜んでいる抑圧性の問題を分析することが重要だ。90年代以降から、人ひとりが楽しむものを別々に入手して、バラバラに楽しむ現象が広がった。何人かで利用し合うのではなく、個々別々に消費するなかで、それまでの文化のなかにあった「共同」の要素がなくなっていった。こうしてあらかじめ別々の環境のなかで生きているなかで、他者と一緒にいる世界をどうつくっていくかは新しく始めなければならない課題となった。仕事や生活の困難も、同じ条件に置かれた人たちが一緒に解決する回路が見えにくくなった。若者のサブカルチャーは一様ではなく、1人ひとりの受けとめ方は微妙に違い、何が面白いと感じるかに多様な特徴がある。
最初に氏の1995年論を検討します。大震災はたしかに営々と構築した市民生活が一夜にして崩壊する戦慄の事実を突きつけ、まじめにコツコツ努力すれば一定の安定した人生を築けるという、高度成長下のマイホーム主義への不安を蔓延させた。しかし同時に全国から殺到した若者の無償のボランテイア活動は、忘れかけていた相互扶助の姿に気づかせたが、他方では政府の無策が極限にあって公的なものへの懐疑を生んだ。こうした喪われた共同と親愛への希求は、すでに小さな神々の群生として温かい手触りの擬制共同体として生まれつつあったが、そうした小さな共同体への期待を無残に破砕したのがオーム事件だった。私はむしろ小さな神々の隆盛のなかに、方向性こそ異なれ、原始的な共産主義の素朴な形態をみたように思ったが、それは虚妄の幻想であった(いまでもイエスの箱船の漂流活動に、なにか私の底にも胚胎しているような素朴なつながりへの希求をおぼえている)。オーム事件の奇怪なテロは、日本全体から共同体への素朴な意識を根こそぎ奪ってしまったように思う。こうして共同体と個の錯綜していた協同関係が壊れた裂け目に、脱日本的経営論が打ちだされた。
ここで重要なことは、日本的経営批判の主流であった左翼の悟性的レベルに致命的な対応のミスが誘発された。つまりそれまで年功序列と終身雇用・企業内組合を前近代的労働慣行として、欧米型の労働関係への転換を主張していたのは左翼であり、特に中堅・青年層に蓄積していた年功制へのルサンチマンが、日経連構想を受容する錯誤を生んだ。華やかに宣揚されはじめた自己選択・自己決定・自己責任に幻惑され、あたかも前近代的日本を越えようとする個の尊厳と捉える傾向が生まれた。それは社会システムの全体が、あたかもスポーツのようなさわやかな競争ゲームの世界に転換するような幻想を生んだ。それが幻想であったのは、自己選択・自己決定の虚偽性であり、選択と決定はなんら自己が関与できない所与性があり、自己が関与できるのは責任のみであることが白日の下にさらされたからだ。正確には自己被選択・自己被決定であったのだ。
米国を除く欧州型自己選択・自己決定システムは、歴史的に構築された分厚い社会的連帯性の基盤があり、自己責任<社会責任という公的合意が実はあったのだ。アングロサクソン型リベラリズムを実現されるべき自由の王国と錯視したのは、それまでの前近代的な日本的諸関係のしがらみの強度が性急な解放への速度を喚んだからだ。あのライオンヘアーへの熱狂的な殺到は、彼のナチスばりの革命的言説がたたえていた転換への速度そのものを転換と錯覚した歴史的状況を示している。
以上を要約するならば、1995年論は消費文化の問題として原理的に処理できない問題があることを告げている。確かに消費文化戦略として、差異・個化など華やかに喧伝され、それを支える情報通信技術が飛躍的に発展し、速度と差異の経済が消費文化を支配しはじめた。しかし私の経験では、それ以前から長髪族が表れて反抗がファッション化し、一緒に喫茶店に入ってもダベルのではなく、黙って漫画に沈潜する風景が蔓延し始め、ケータイが普及し始めたのはそれからかなり遅れる。同時に若者の世界から合唱という集団唱和行為が消えていき、「神田川」などという私的なつぶやきの営為の空間に身を沈めようになった。消費の孤化は情報通信技術によって極限まで進められたが、それ以前から消費に限らず、他の社会生活の場面でじつは孤化がすすんでいたのだ。
消費文化の変容をとおして現代の若者の実相に迫る方法は有効ではあるが、限界がある。それは多く負の側面としてとらえられるが、同時に消費文化の変容にある積極的な側面を見失うこととなる。それは表現手段にある革命的な変革が切りひらいている水平的なコミュニケーションの多様な展開の可能性とく創造的な営みの萌芽を分析することの重要性を示している。ネグリ・ハートのようなマルテイチュード革命論とまでは云わないが、明らかに極限まで進展するコミュニケーションの孤化は、同時に個による発信の無限性と交流の機会を実現しようとしている。だいたい私のこのエッセイにしてそうではないか。
結論的に云うと、消費文化の基底にある社会的諸関係の変容を総体として掴み、そのアンサンブルとしての人格にどのような変容が誘発されつつあり、その最前線のフロントにあるはずの若者が新たな時代を切りひらく創造性を獲得する場はなにかを探求することだ。消費文化の表層分析の幾つかの凡例の裏側で同時に進行している、対抗的な主体の運動事例をこそ広範に収集し、それが維持している関係のなかに未来への萌芽を探らなければならない。日本の前近代的諸関係は、市場原理主義によってきわまて歪められた形態を経てはいるが、実体としてその基礎を奪われつつあり、それは資本の制覇が急速に最後にして最終の段階に入りつつあることを示しており、同時に廃絶と超克の過程を切りひらきつつある。それは自己選択・自己決定・自己責任というこの原理をめぐって、不可避の対峙の状況を迎えている。危機の裏側には、真の自己選択・自己決定・自己責任を支える社会システムの具体的イメージを獲得するチャンスが到来しつつあるのではないだろうか。人間は常に自ら解決できる問題を問題として提起するからだ。(2008/12/8
19:55)
◆あなた方は従軍慰安婦の人たちに、いつまでも謝罪させて恥ずかしくないのか!
11月に東京で開かれた第9回日本軍「慰安婦」問題アジア連帯会議で、外国代表から痛烈な批判が日本に浴びせられました。90年に韓国の被害者が日本政府への公式謝罪と国家補償を求めてからすでに18年が経過しています。彼女たちがソウルの日本大使館まで毎週の水曜日にデモをおこない始めた92年から、すでに840回を数えています。生存する被害者の年齢は81歳から91歳で、昨年は13人、今年も10月までで13人が亡くなっています。過去を忘れることができず、こころの傷が癒されないままに、被害者たちは無念のうちに世を去っていきます。
インドネシアでは第2次大戦中に2万2000人の女性が日本軍の従軍慰安婦にされ、終戦後は政府や民間からのなんの支援もなく、放り出されてしまい、今も貧困にあえぎながら、この世を去っています。インドネシアの教科書にも記載されずに、彼女たちはひっそりと暮らしています。ある作家の調査では、ジャワ島とカリマンタン島の23人の被害者が生存していることが判明しています。メルデイエムさんの伝記は『モモエ〜彼らは私をそう呼んだ』と題されて出版され、やっと反響を呼んでいます。
中国では92年から被害者たちが少しづつ告発を始め、95年に4人が東京地裁に訴訟を起こし、さらに19人が続いています。中国弁護士協会は2006年に調査を開始し、08年1月で44人の生存を確認しています。彼女たちが被害にあった時の年齢は、13歳から23歳です。かって日本軍に虐待された後遺症で健康状態が非常に悪く、被害の記憶そのものが薄れつつあります。日本の司法は従軍慰安婦の事実は認めながら、補償責任を否定しています。
慰安婦問題解決を求める国際世論は高まり、2007年にはアメリカ下院、カナダ下院、オランダ下院、EU議会が相次いで日本政府に対する決議を採択し、国際労働機関(ILO)も日本政府に補償をおこなう勧告を数次にわたって採択しています。もはや「慰安婦」問題は当事者間の問題ではなく、国際的な人権問題として世界の注視をあびています。
「あなた方はいつまで慰安婦達に証言させるつもりなのか」という問は、被害者たちが次々と世を去っていく今にあって、残り時間はないという叫びとも云えます。私が出席したYWCAの証言集会では、ある韓国の従軍慰安婦が血を吐くような証言をして泣き崩れてしまいました。会場は一瞬シーンとなって沈黙がおおい、どのように対処していいのか分からない戸惑いが流れました。日本側の司会者が、妙齢の可憐な娘さんであったので、私はそのあまりの対称性に絶句したのです。もっと云えば、キリスト教的な同情と憐憫の感情を覚えて、なにか埋めがたい意識の隔壁を感じたのです。はたして被害を烙印されたステイグマとして、潜在的な優越感があるのではないか。或いは被害を聖化して、被害者の告発に加担している自己肯定の根拠としている自分がいるのではないか。なぜか激しい怒りや憤怒の直情が私を襲わず、冷ややかに見ているもう1人の私が居ることを認めざるを得ないのです。ひょっとしたら、戦場ではすべてが野蛮となるという極限状況下の原始的心性をどこかで肯定しているのではないか。
フト考えると、もはやわたし自身も加害者への遅れてきた共犯者なのではないか。こうした心情が整理できないままに、私は支援者の献身的な姿勢のナイーブさに圧倒されるのです。なぜかくも、日本では行為に対する責任の単純且つ鮮明な意識が混濁してしまうのでしょうか。なぜ薄ら笑いを浮かべて被害者をみる心性が培われてきたのでしょうか。なぜ加害者は被害者の絶叫を、見て見ぬふりをして通り過ごしていくことができるのでしょうか。戦争責任の決済に失敗して、日本はいつまで未決の過去を引きずって漂流していくのでしょうか。少なくとも、行為の客観性は歴史の闇に葬られることなく、次々と次世代に先送りにされていこうとしています。
ドイツの大統領は、大地にひざまづいて、ユダヤ人の許しを乞いました。私はこの写真を見た時に、なにかいいしれぬ崇高さと同時に違和感をも覚えたのです。あのような行為は日本人では絶対にできないだろうとも思いました。会長が「社員を首にするような社長は切腹しろ」と説教している会社が、平然と6000人もの非正規労働者の整理計画を進めています。このおそるべき非対称性の前に、まるで足がすくんだかのように、大量解雇時代がはじまっています。記憶の行為と責任をめぐる日本的状況を原理的に解明して、どこかに穴を開ける作業が、あらゆることに先んじて求められています。(2008/12/3
20:09)
従軍慰安婦に対し、BC級外国人戦犯の場合は質的にさらに下劣です。それは従軍慰安婦は旧日本軍の外的付属物として肉体を物化して占有し、自由利用したのですが、BC級戦犯の場合は形式的には軍隊組織の一員として形式的には日本国軍人に包摂し、その最下層に組み入れてもっとも野蛮な職務を遂行させたのです。アジア太平洋戦争終結後に、「通例の戦争犯罪」として裁かれた5700人のうち、朝鮮人148人が有罪となり、うち23人が処刑されています。有罪者の129人が捕虜収容所の監視員であり、身分上は2等兵以下の軍属です。戦線拡大に伴い、捕虜数が予想を超えて増大し、捕虜を労務動員する収容所を増設していきますが、そのもっともダーテイな監視兵として朝鮮・対話の青年が徴収されます。形式的には志願制ですが、内実は日本巡査による強制動員でした。日本政府は捕虜の処遇に関するジュネーブ条約を批准はしていませんでしたが、準用すると連合国に伝えつつ、実体は戦陣訓の理念によって一切捕虜待遇への教育は施されませんでした。日本兵による外国人軍属への暴力的支配は、軍属の捕虜虐待へと垂直的に移譲していき、実に連合国軍捕虜の25%が命を落としています。捕虜の憎悪は直接の対象である監視兵の軍属に向かい、復讐の念が沈潜していきます。問題は戦争犯罪に関して台湾・朝鮮人軍属は日本兵として処遇されたにもかかわらず、日本の軍人・軍属への援護法からは国籍条項によって排除されてしまったのです。外国人軍属は、釈放後は祖国から対敵協力者として冷眼視され、日本からは外国人として排除される孤独な状況を強いられることとなりました。もはや故郷もなく、見舞金もないなかで自殺者がでることとなります。
戦犯法廷では、上官の命令であっても不服従しなかった監視員個人の行為責任が問われ、有罪としました。誠実な監視兵ほど、自らの加害性を自覚し、まったき孤独のなかでこの世を去って行かざるを得なかったのです。日本人のBC級戦犯を描いた映画「私は貝になりたい」は、日本兵をひたすら不公平な裁判の被害者として描き、さらには戦争責任そのものを曖昧化している問題があります。この映画の脚本(橋本忍)は、陸軍中尉・加藤哲太郎の原作『狂える戦犯死刑囚』とかなり違っています。加藤氏は「死ぬまで天皇陛下の命令を守ったのに、なぜ私の命を助けてくれなかったのか。もう騙されません。あなたに借りはありません。今度生まれ変わるならば私は日本人になりたくありません。人間にはなりたくありません。私は貝になりたい」として天皇の戦争責任を追及していますが、映画ではカットされています。加藤氏は日本国民1人一人の自分を含む加害責任を追及しています。映画のように日本人の被害の悲劇性を浮き彫りにして強調することは、外国人戦犯への非対称性を浮き彫りにすることになります。韓国政府は朝鮮人軍属を植民地化の強制労働被害者と認定し、補償をおこなっていますが、ただひとり日本政府のみが責任性を認めずに使い捨てにしています。BC級戦争犯罪は、捕虜虐待がが天皇を頂点とした日本軍国主義の構造的制度責任の問題であることを捨象して、個人責任のみを追及した決定的限界をもっていますが、現場責任を引き受けつつも、構造的な責任としての戦争犯罪体系を処断することなく過ぎていく歴史は、戦後日本社会全体を大きく歪めることとなりました。こうして元朝鮮人戦犯7人が原告となって進められている裁判は、従軍慰安婦・強制労働裁判とともに日本の戦争責任の未決の過去の決済を迫るものとなっています。(2008/12/8
16:14)
◆守るべき「いい国」とは何か・・・朝日新聞の君へ
若宮啓文氏が前空幕長事件をとりあげて「自衛隊の君へ」と題したコラム(朝日新聞 12月1日付け)は、おそらく朝日新聞社の社論を代表するものとみなしてさしつかえないでしょう。このコラムは「自衛隊幹部をめざして精進しているA君」に宛てられたものであり、一般自衛隊員向けでないところに氏のスタンスがあります。朝日新聞は数年前に有事法制肯定論に転回し、憲法9条を維持しながら準憲法的な平和安全保障基本法による自衛隊公認論を打ち出していることはすでにご存じでしょうが、このコラムはそうした立場から前空幕長事件がどう評価されているかを示す点で興味があります。
彼は文民統制を踏み外した言動を批判するよりも、愛国心問題に焦点を絞り、「謝罪もできる潔い国こそ、守るに値する良い国なのだ」として、「旧軍と断絶した民主主義下の自衛隊の気概と誇り」を説いています。その証左として、2006年の天皇の記者会見をひいて「天皇が日本を愛していないわけがない。かけがえのない国と思えばこその痛恨の思い」は、「実は僕らにとっても切実なのです」として、戦前期朝日新聞の軍部迎合を自己批判したうえで、「日本の近代化に新聞が果たした大きな役割を否定するわけではないし、まして今の仕事に誇りを失うわけでもない」と、自衛隊と朝日新聞を同一視した愛国論を展開しています。「天皇が日本を愛していないわけがない」とする素朴な天皇信仰も驚きですが、自説を証左するに天皇の言説に依存する権威主義の基底にはおそらく、朝日新聞自身の権威主義的言論構造があるのでしょう。かっての戦争の最高司令官として、開戦から敗戦に到る決定的統帥権を行使した前天皇の戦争責任について、朝日新聞はおそらく共犯的な意識を持っているのでしょう。前天皇が「国体護持」を最大の課題として戦争終結を決断したことを氏は知らないのでしょうか。
さらに自衛隊発足時の吉田茂の民主主義論をもう一つの証左として引用していますが、これは米政府公開文書に明らかなように、自衛隊は当初から米軍指揮系統に組み込まれた植民地性の強い軍隊として発足し、今もなおそうであることをみれば、自衛隊の本質に無知であるか、または知っていながら偽装していることになります。吉田茂が全面講和を否定して米国の傘下に日本を組み入れ、中立の道を閉ざした最高責任者であることを知りつつも、このような引用をする厚顔には賛嘆(!)すべきものがあります。たしかに朝日新聞の「新聞と戦争」という戦前期報道の自己分析は、ジャーナリストの良心が込められた特筆すべき報道でしたが、若宮氏のような弁護論はみずからの手で再び組織を汚すような役割を果たしています。さらに氏は、米国の友人の困惑ぶりを紹介して、これでは日米関係すら壊れてしまうとしています。天皇から始まって、吉田茂、米国の知人といういずれも第3者の証言にのみ依拠して、自説を展開する氏の頭脳は思考の条件が本質的に欠落しているようです。主張を外化する思考は、自らの頭脳で対象に接近し、分析するところにあり、自説に有利な外的証言を集積しても真理に接近することはできません。
唯一面白いのは、天皇ー吉田茂ー米国の友人という羅列であり、ここには現代日本の保守リベラルの権力構造のトライアングルがみごとに表れています。ここには象徴天皇制=リベラル保守=米国知日グループという現代日本の政治的潮流の言論機関としての朝日新聞の本質が露呈されているのでしょうか。
しかし彼の本質は「今の世にも問題は多く、腹の立つことばかりでも、戦争と弾圧の時代に較べれば、よほど良い社会に違いない」とする安逸への現状肯定を推奨している点にあります。これほどの歴史認識と現状分析の浅薄さは、想像を超えた彼の知性の貧困をさらけだしています。戦後日本が戦争と戦争経済に加担して再生し、いまや海外で軍事行動を展開している事態は彼にどう映っているのでしょうか。海外で生命を賭けて軍事行動に従事している自衛官からみても、氏の主張はいたたまれないものでしょう。或いは人権と民主主義を具体的に指向している市民運動に対する権力の対応が次第に粗暴化していること、民主主義は工場の前で止まっている現状をどう捉えているのでしょうか。「戦争と弾圧の時代」は最初から剥きだしの暴力で始まるのではなく、「茶色の朝」に戸を叩くように訪れるのが、戦前期の痛切な経験ではなかったでしょうか。いますでに茶色の手が静かに戸をノックし始めていることを見抜けない知性の頽廃は、ジャーナリストの世界から去るべきでしょう。1929年型世界大恐慌の再現とも云われる大不況下で、凍れるような夜を過ごしているリストラされている人々への想像力を喪失し、安逸への全体主義を説く氏にはジャーナリストの資格はありません。彼の軍隊の恐ろしさへの無知は如何ともし難い。彼は自衛隊への文民統制がシステムとしても実態としても崩壊の危機にあり、すでに崩壊しつつあることを知らないのだろうか。本質的に軍隊を統御可能と思っているとすれば度し難いお目出度さがある。彼は本当に戦前期ジャーナリズムの無残な屈服を心底から身体に刻みつけるような反省を遂行していないのではないか。それほどに記憶の伝承は難しいのかも知れません。
それにしても朝日新聞は、有事法制と安全保障基本法制定への大転向をおこなってから、底知れぬ安逸への全体主義の途を転げ落ちるように走っています。私は若宮氏に対峙して、朝日新聞社幹部をめざして精進しているA君ではなく、「国民とともに立たん!」と再出発した戦後朝日新聞の社是を信頼して努力している社員の皆さん全員に向けて最後の筆を執ります。朝日新聞の本来のスタンスに立ち戻って、真実と正義にのみ基づいて権力を監視し批判するジャーナリズムの本流を見失わないようにしてください。若宮啓文氏のような主張ほど、それなりに保たれていた朝日新聞の理念を汚し、時流に媚びてとめどない転落の地獄を刻んでいる言論はありません。あなたがたの主張を外在的な権威から引用するのではなく、あなた自身の良心の灯火から出発させてください。(2008/12/1
10:02)
◆そうなんだ・・・日本もかっては正式の坐り方は立て膝だったんだ
武家茶道の正式の坐り方は立て膝であったのだ。茶の湯にに限らず、華道、書道、香道等などすべて立て膝であったのだ。韓国映画をみると、韓国女性が立て膝で食事をしているシーンをよく見ますが、なにか片足だけ立て膝で、しかも手で直接に食しているのをみて、なにか違和感を持っていましたが、どうもこれは私の偏見であったらしい。立て膝は正式の女性の礼儀作法として日本に伝わってきたのだろうか。日本で正坐が伝統的な作法として定着してきたのは、どうも為政者による身体作法の恣意的な統制によるものらしい。この歴史的経過の裏には、なにか権力による身体動作の操作があったようだ。明治期の礼法教科書をひもとくと、初期の教科書では87冊のうち、正坐という言葉はわずか3回しか登場せず、使用頻度は1冊に1回程度で、正坐は日本的伝統ではなかったようにみえる。『小学女子容儀詳説』(明治15年)では、「凡そ女子の居ずまいは、・・・正坐は家居の時より習ひおくべし」とあるが、当時の一般の人々には「正坐」という坐り方のイメージがほとんど思い浮かばなかったようです。ところが明治19年の小学校令、明治33年の月謝徴収廃止によって、就学率が80%を超えるようになると、正坐が公式の坐り方として普及してきたようだ。『礼儀作法精義』(大正3年)では目次に「正坐」が登場し、「而して正坐は云ふまでもなく普通一般に用ゐられ」とあり、社会的に正坐が普及していたことが分かる。こうしてさまざまな坐り方が歴史的にあったなかで、明治末期に正坐が正しい標準的な坐り方として規準となっていった。正坐とは「正しい坐」ですが、両足をくるぶしから折りたたんで坐る坐り方が、唯一の正統性をもつのは、それまでの自由闊達な坐り方から、唯一の正しい坐り方を国家によって正当化し、公認したことを意味します。それ以外の坐り方は、正しくない不作法なものとしてイメージが固定化され、身体にまでしみ込んでいったのです。
幕末や明治初期の遊女の坐り方をみると、まるで男のように立て膝したり、或いは胡座を組んでいたり、実にフレクシブルな動作が見て取れますが、そのような自由な身体動作は暗黙のうちに追放されていったのでしょう。確かに私たちは、和室でのフォーマルな坐り方は正坐であり、居住まいを正すというのは背筋を伸ばして正坐することによって、より厳粛な精神状態を身体表現することが常識となって疑いません。しかしそれが、ある種の権力操作によって刷り込まれた象徴的身体統制であるとすれば、伝統的に慣習化して定着している正坐を再審してみる必要があるかも知れません。特に柔道や剣道やおよそ道とつく日本的スポーツは、正坐を必須とし、正坐に始まって正坐に終わる身体動作を最高の礼儀として尊重しています。
おそらく正坐という坐り方は、権力者への恭順の意を表する最適の身体的位置決定であったのではないでしょうか。立て膝は権力者への反抗的行動にチャンスを与える姿勢であり、正坐は権力への恭順の意を表する服従の意思の表明として最適であったのではないでしょうか。土下座とほとんど同じ姿勢をとる正坐は、権力の支配関係をもっとも安定させる部下の身体動作であったのでしょう。ということは、正坐の姿勢をとるシーンが少なくなればなるほど、支配と被支配の権力関係は希薄となり、特に洋風の身体動作が浸透しつつあるところでは、正坐による支配と服従の関係は象徴としての意義を失いつつあります。
では日本の正坐は姿を消していくでしょうか。確かに洋風化が進んだフォーマルな場では、握手という対等な身体表現とか、上体を折った服従のシグナルが常態化していますが、いったん和室に入った瞬間に依然として、支配と被支配の象徴表現としての正坐は権力関係の顕示的表現として威力を発揮するように思います。しかも日本では、洋風の場面において、突然に正坐して土下座するなどの表現は圧倒的な効果を発揮しています。椅子に座っている身体を土下座に切り替えるならば、相手に対する最大の謝罪や恭順をあらわし、偽善者が好んでよく使う動作となっています。
さて私たち日本の生活民俗に牢固として息づいている正坐文化について、一度たちどまって反省を加え、フォーマルな対面行動について再審してみることもあながち無意味ではないと思います。(2008/11/30
19:50)
◆市場原理が人間の最後の瞬間をも食い散らかす
人間の最後の瞬間である死ほどに、じつはもっとも人間的な姿が露呈される時はないでしょう。戦場における無残な死、親しい人に看取られて別れを告げる平穏な死、植物状態となって去っていく無機質な死、テロの標的となって崩れていくあっけない死、或いは逆に全身に爆薬を巻き付けて逝く天国を約束されたテロリストたち・・・・人の数だけ死の姿があり、遺された者たちもその数だけ、追悼の姿を変えて見送っていきます。しかし逝く者はみずからの生がどのようにこの世に記憶として刻印されていくのか、大いなる関心か無関心を持ってその生を閉じようとします。別れが遺された者にとって残酷であるものは、むしろ生者にとっても死者にとっても肯定的であったといえましょう。無関心の別れほどに哀しいものはありません。去りゆく者は一様に自らの身体的生命を失うのですが、その身体の処遇の多様性はめくるめくような歴史性を持っています。逝去した者への記憶の儀式としての葬送儀礼ほどに、人間的世界の本質が顕在化する究極の儀礼はありません。無縁者としてひっそりと葬られる者もいれば、豪華絢爛たる儀式のなかで葬られる者もいます。永久保存されたミイラとなって死後も観衆の目に遺体をさらされるものもいます。死に逝く風景と葬送儀礼ほどに、時代とその社会の文化を反映している人間の営みもないでしょう。なぜなら人間の最後の瞬間は、すべての人に抵抗しがたい迫力を持って迫ってくるからです。死者の何ごとも語らない究極の沈黙こそ、じつはもっとも死者の本質を語っているのです。この抗しがたい死者の沈黙と多弁を、遺された者は全力を尽くして聴き取り、応答しなければならないのです。いわば究極の最後のコミュニケーションの深まりが生まれます。
さて現代日本の葬送儀礼はこうした本質をどのように映しだしているでしょうか。
現代日本はもっとも死亡者数が増大する多死社会を迎えています。07年110万8334人であった死亡者数は、2040年にピークを迎えて166万人に膨張します(厚労省・人口動態統計推計値)。同時に少子社会がピークに達し、みおくる側の数は最低になっていきます。大勢の近しい親族に見守られて安らかに去っていく伝統的な死の姿は消えていきます。かって葬送儀礼を担った地域の共同体は衰滅しつつあり、葬送儀礼の個人化と多様化がますます進むでしょう。2013年頃には葬儀の戒名不要論者が増え、俗名による葬儀が全体の20%を越え、15年頃には葬儀会館と火葬場の兼用船が登場し、16年頃には無宗教葬儀が増えて仏式葬儀は60%程度に減少し、20年頃には生前葬儀を自分で済ませる人が30%に達し、25年には納骨堂利用者が30%に達し、墓地は40%に減少、26年頃から宗教法人のM&Aが始まり、40年頃には巨大葬儀ビジネスが空前の繁栄を誇るという予測もあります(日本テンプルヴァン予測)。
現在でも遺体を病院から直接火葬場に運ぶ直葬などの簡素化が進んでいます。平均葬儀費用が237万円であるのに対し、直葬は20万〜30万円なのです。葬儀件数は増えたのに07年葬儀関連支出は1兆310億円と横這いであるのは、葬儀単価の低下が進んでいることを示します(第一生命経済研究所)。この背景には葬儀ビジネスの画一性や会計の非説明性への反発があるようですが、同時に葬儀自体の小規模化があります。平均会葬者数は90年440人が05年には180人と激減しています(火葬研究協会 仙台市内調査)。葬儀は近親者だけでおこない、後に20〜30人程度の偲ぶ会をホテルで開くなどの傾向も増えています。死者の高齢化で死亡告知対象者が減少していると説明されていますが、はたしてそれだけでしょうか。
土地不足と少子化によって、機械化された自動搬送装置を設置して納骨する墓や納骨堂が全国的に増大し、処理能力を超えた火葬場に替わって地下や海上、海底に新型火葬場を開設するプロジェクトも進んでいます(三井住友建設、日本財団)。或いは葬儀の二酸化炭素排出量を比較計量し、よりエコロジカルな葬儀を推進しようとする運動も生まれています(エコ人権葬儀推進機構)。まるで葬儀ビジネスが地球表面空間を覆い尽くすかのようです。
このように2040年をピークとする葬儀ビジネス市場の利益極大化をめざして、企業の経営多角化と新規参入が活発となています。人間活動の最後の領域が資本の最大限利潤追求の対象として、市場原理に包摂されています。誕生の瞬間から死の最後の瞬間までを利潤の対象とする生命の市場化が葬儀ビジネスの繁栄をもたらしています。同時に私たちの意識又は無意識のうちに、生命の価値を貨幣に置換し、人の死への痛みの感覚が衰弱しているとすれば、これほどにゾッとすることはありません。もはや私たちは、人間の死をも経済的価値の比較考量で考え始めたのでしょうか。
こうした死の市場化の背後には、社会システム全体の市場ファンダメンタリズムの浸透があるような気がします。生命とその最後の姿である死を至上の一回性とみなし、誕生の瞬間を最大の祝意で迎え、最後の瞬間を荘厳な悼みをもって送る尊厳の思想は、もはや幻想でしかなくなったのでしょうか。もしそうであるならば、いま私たちは恐るべき、取り返しのつかないような、ニヒリズムの刹那主義の陥穽におちいりつつあります。(2008/11/29
10:31)
◆この笑うべき(怒るべき?)非対称性の罠・・・大不況の狂想曲
下記の2つの統計を参照して、現代日本のポリテイカル・エコノミーの特質を述べよ。
統計T:厚労省中間集計(全国ハローワーク10月25日)・総務省労働力統計による新卒者の内定取り消し及び雇用労働統計
内定取り消し者数 大学生・短大生302人 高校生29人
取り消し企業数 87社(業種別:不動産業84人 サービス業66人 製造業59人
地域別:南関東140人 九州60人 北陸37人 中国24人 東海21人 近畿19人)
取り消し理由 経営破綻(倒産など)116人 経営悪化212人 不明3人
*最高裁判決「内定は労働契約成立を意味し、解雇は違法であり、合理的理由のない内定取り消しは無効」
非正規労働者雇い止め 3万67人(うち製造業2万8245人 93,9% うち愛知県4104人))
雇用形態別
派遣社員 1万9775人 65,8%(うち中途解雇1万3784人 69,7% 期間満了30,3%)
契約社員(期間工など) 5787人 19,2%
請負社員 3191人 10,6%
都道府県別(愛知4104人 岐阜1986人 栃木1680人)
有効求人倍率(10月季節調整値) 0,80倍(前月比ー0,04%)
正社員求人倍率 0,52倍(前年同月比0,10%減)
新規求人倍率 同月比18,1%減
都道府県別:群馬1,51倍 愛知1,38倍 沖縄0,34倍)
完全失業者数・率(10月季節調整値) 255万人・3,7%(前月比ー0,3% 男性3,9% 女性3,5%)
会社都合による失業(リストラなど) 61万人
自発的離職者数 97万人(就職活動を諦めた人)
雇用者数 5542万人(前年同月比19万人増)
非労働力人口 4406万人(同56万人増)
来春卒業予定高校生求人倍率 1,52倍(同0,05%減)
非正規雇用者数(08年7−9月) 1779万人(34,5% 前年同期比43満員増 1,2%増)
15−34歳 33%
正規雇用者数 81万人減
(愛知県)
有効求人倍率 1,38倍(前月比0,16%減)
新規求人数(原数値) 4万6995人(前年同月比 18,6%減)
産業別:製造業38,7%減 サービス業24,1%減 医療・福祉9,6%増(6578人)
離職者数 1万3091人(同14%増 うち事業主都合による離職3214人(34,8%増))
統計U:全国主要紙の首相動静欄による日本首相の夜の会食(就任以降11月24日までの2ヶ月間)
外遊 4回(国連総会、ASEANプラス3首脳会合、金融サミットG20首脳会合、APEC首脳会議)
公務終了後真っ直ぐに帰宅した日数 6日(うち2日は公邸で政府・与党幹部と会食して帰宅)
食事後ホテルのバー等で飲み直すはしご回数 17回
夜の会合 59回
ホテルのバー・ラウンジ 22回
和食 13回
洋食 6回
中華 7回
その他 11回
事例
11月 9日 @茨城県漁協視察→A自民党学生部との懇談(渋谷・居酒屋)→B虎ノ門ホテル・バー
11月11日 @内閣記者会キャップと懇談(九段下中華料理)→A野田聖子会食(紀尾井町ホテル日本料理店)
→B元米国副大統領会食(同ホテルバー)→C秘書官会食(同ホテルバー)
日本首相の最新方程式 ASO=(KY)3 *空気(K)が読めず(Y)、解散(K)がやれず(Y)、漢字が(K)読めない(Y)
(2008/11/2818:52)
◆防衛大学校防衛学教育学群国防論教室『防衛学入門』(2007年3月編纂)
以下に記するのは防衛大学校必修科目教科書『防衛学入門』の概要です。下記参考資料の条文を参考にしながら、教科書内容の記述についてあなたの考えを述べなさい。
「戦争や紛争の数や規模を抑制することはできても、戦争のない世界を実現することは幻想といえる」(P13)
「価値観が共通でない国家に対しては、軍事力によって意志を示すことが確実な方法である」(P12)
「我が国は国家意識の小さい国民であり、領土についても、諸外国のように領土を拡げ、国益を追求することこそ国家の権能であるといった意識は我が国には乏しいと云えるかも知れない。サンフランシスコ講和条約の後も国の防衛を外国の軍隊に依存する実態は変わらなかったため、国家としての関心が薄くなってしまった」(P24)
「諸外国は・・・軍事力を保有すること自体は当然のことと・・・我が国の憲法はその意味でも特異である」(P25)
「憲法を変更してはならず、絶対のものとする考え方は、、憲法が不磨の大典とされた明治憲法の時代となんら変わることがない。国会で米軍などの後方支援のため自衛隊の部隊を派遣するかどうかを審議し、国家の政策が決定されたならば、決定に従って自衛隊の行動を支持することが、国民の努めであるし、世界に通用する政治と軍事力のあり方である」(P26)
「自衛隊は組織の規律を自分で維持する軍法会議、占領地域において自営する行政機能などを持っていない。即ち我が国の領域外で単独の行動をする能力に欠けており、外征を予期している一般の軍隊と異なる」(p27)
「開国そして日清戦争から大東亜戦争までの約50年間の戦争の原因は欧米列強によるアジア侵略からの自衛を基本とし権益の増大とその衝突であり、日清戦争は韓国の独立を認めて親交を結ぼうとする日本に対し、清国は日本との修好を妨げ清国は約に反して出兵し、これを知った日本政府は・・・。日露戦争は日本は交渉により解決すべく努力したが妥結に到らず、、、、。有色人種が白人人種に勝利した初めての戦争である」(P78−79)
「1931年の柳条湖事件(満州事変)は、満鉄線が爆破され日中両軍が衝突した。関東軍は直ちに行動を開始し、満州では3月1日新国家が創立し日本政府はこれを正式に承認した。廬溝橋事件から支那事変を経て大東亜戦争にいたり、ポツダム宣言を受託して停戦した」(P80−82)
「武器輸出3原則などによる制約を受け」(p93)
「日本の歴史に対する観方は、東京裁判史観、大東亜戦争史観、自由主義史観がある」
「同盟国である米国が失望し、日米安保体制がゆらぎ、ひいては日本の安全保障も危うくなるという事態を招かないためにも、政府見解の見直し又は変更が必要との議論も起きており、憲法改正など集団的自衛権のの行使を可能にするような措置の検討が必要であると思われる。PKO派遣部隊及び隊員の武器の使用目的が限定されており、例えば任務を遂行するため、共同する他国の隊員の防衛のために使用できない等実情にそぐわない」(P129ー130)
「防衛学とは軍事を中心とした安全保障、防衛、戦争、戦略、軍人、軍隊及び軍隊と社会との関係を主な研究対象とする学問であり、必修授業科目である。防衛大学校において教育する防衛学の全体を範囲とし、4年間の教育期間に取り扱う防衛学各分野を総合したものである」
「第2次大戦は苦役的・刑罰主義的ヴェルサイユ条約体制下に置かれたドイツにおいて、民族主義が燃え上がって報復を決意するのは当然であった。またこの熱狂的な民族主義は、イタリア・日本・スペインなどに伝播していった」(第4章第2節 世界戦争史)
「日清戦争、日露戦争、第1次大戦、満州事変、支那事変及び大東亜戦争の戦争原因は、欧米列強によるアジアン侵略からの自衛を基本とし、権益の増大とその衝突であり、明治以降の日本の行為は自衛が基本であった」(第4章第3節 日本戦争史)
*参考資料
日本国憲法第99条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」
自衛隊法第53条「隊員は、総理府令で定めるところにより、服務の宣誓をしなければならない」
総理府令第40条 自衛隊施行規則第39条宣誓「私は我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結して厳正な規律を維持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感を持って専心職務の遂行に努め、事にのぞんで危険を顧みず、身をもって職務の遂行の完遂に努め、もって国民の負託にこたえることを誓います」
◆人間観の貧困ーILO(国際労働機関)『08年版 労働の世界』から
ILOのこの報告書はじつに興味ある人間観がうかがわれます。「より大きな所得不平等がよい効果をもたらすこともある。労働の努力、イノベーション、熟練度の向上に対して、より大きな報酬が与えられるという兆候となり得る。また所得不平等があまりに小さいと、リスクを冒したり、人的資本に投資したりするインセンテイブが弱まり、経済成長の見通しに悪い影響を与えるかも知れない。しかし所得の不平等の大きい状態が、社会的に有害であり、経済的にマイナスであるという事例がある。不平等が過度に拡大しつつあると認識された時に、社会的紛争が増大するという証拠がある。経済成長政策が、低所得グループや中産階級から自分たちや子どもたちの状況の改善に役立っていないのに高額所得層には恩恵を与えていると受けとられる場合には、このような政策への社会の支持は弱まる。金融危機に先立ってすでに現れていた所得不平等の傾向が、持続可能でないかもしれないという兆候があったことを示している。強力な賃金抑制に「直面して、」労働者とその家族は住宅投資、時には消費支出をますます借金に頼るようになっていた。一部の諸国ではこのことが国内需要と経済成長を支えたのは、金融イノベーションによって可能となった。しかし危機はこの成長モデルの限界を浮き彫りにした。従って政策立案者にとって所得不平等が過度に拡大しないようにすることが極めて重要である。同時にこの分野での如何なる措置も、雇用の維持の必要性を考慮に入れるべきである。雇用と平等の目標をともに達成することは可能である。
所得不平等の主要な推進者は金融のグローバル化ー国際資本移動の規制緩和によって引きおこされた。金融グローバル化はチョと区の配分の改善に役立ち、それによって経済成長を刺激するとともに、信用への制約を緩和し、低所得層の所得見通しを改善すると期待されていた。だが金融グローバル化は世界的な生産性向上と雇用増大をもたらさなかったし、経済の不安定性をひどくしてきた。このような不安定性の増大は低所得層に急激な負担増をもたらした。そのうえ金融グローバル化は、ほとんどすべての国で賃金シェア(所得に占める総賃金割合)の低下傾向を強めてきたという証拠がある。他方で先進国、新興国の双方でマクロ経済政策に統制的効果を及ぼしてきた。従って必要な政策は金融規制緩和でも孤立でもない。この中道を行くために可能な幾つかの政策オプションがある。重要なのは政府がそれぞれのオプションの社会的影響を考慮することにある。金融グローバル化への
慎重な対応が必要なのは、とりわけ途上国の多くのように、金融市場が充分に発達しておらず監視メカニズムが弱い諸国である。しかしすべての諸国で、一部の金融市場への無責任で危険な取引を減らすために規制を強めることが不可欠である。実際これらの金融市場参加者が無責任な金融取引から得た利益を丸取りする一方で、このような取引で生じた損失の一部を社会と納税者に転化するというモラルハザード問題が存在する。
グローバルな企業統治の発展も過度の収入不平等の要因となってきた。1つの重要な発展はCEOや役員に対する成果報酬制度の導入である。その結果は経営者報酬の急上昇だった。米国では03年から07年にかけて執行経営役員の報酬は全体で実質45%上昇したが、平均的役員の報酬は実質15%増、平均的労働者は3%足らずの増加だった。07年までに米国の15大企業の執行経営役員の平均報酬は、米国平均的被雇用者の500倍以上となった。03年には300倍強だった。同じ傾向は豪州、独、香港、オランダ、南アのような他国でもあらわれている。重要なことは企業業績に対する報酬システムの影響は非常にわずかなものだということだ。これは実証研究で明らかとなっている。さらに国毎に大きな差があり、一部の国では成果報酬と企業利益とはまったく無関係だ。こうした傾向は企業オーナーとの交渉で経営者が優勢な立場に立つ制度的仕組みからもたらされている。総合すると、経営者報酬の急増は不平等を拡大するだけでなく、経済的に不効率であるという証拠となる。このことは政策行動の役割をも示唆しており、現在幾つかのオプションが検討されつつある。ただそれぞれの短所長所を評価するのは時期尚早だ。
労働者の諸組織は引き続き多数の諸国で所得再分配の役割を果たしている。労働組合の組織率低下にもかかわらず。高い組織率、連携の取れた団体交渉のほか、団体交渉協定がより広い労働者に適用されることによって不平等が低減される傾向がある。もう一つの重要な要因は、多数の国で過去15年間ほどに非正規労働者の増大がみられる。非正規労働者には正規雇用労働者よりもはるかに低い賃金しか支払われない。雇用形態の変化によって、労働者、特に低熟練労働者の交渉上の立場が弱められている。最後に課税は多くの国で累進制が弱まり、経済成長の利益を再配分する能力が低下している。このことは高額所得者への減税に反映している。93年から07年までに法人税率は平均10%下がった。所得税の最高税率は同じ機関に3%低下した。
過度な不平等を懸念し、雇用を維持しようとするなら、政策立案者には効果的な道具がある。比較的強力な政労使の三者協議機関や、労働市場の規制と社会的保護、労働基本権に対する尊重がある国では、雇用面だけでなく、所得不平等の拡大を制限している。これがデイーセントワークのアジェンダの本質だ。この課題を進めることは金融危機の社会的影響に取り組むことに役立つ。金融制度の改革と合わせて、それはよりバランスの取れた、持続可能な経済を達成することに貢献するだろう。」
金融危機は社会的階層格差と分断を極限にまで進めましたが、それは家計所得のみならず、産業の分野間の格差を極大化し、さらには産業そのものの衰滅を誘発しています。幾つかの例を見てみましょう。
金融危機によるスポーツ界の格差が誘発されています。ウエバーー・シャンドウイック社は「金融危機に強いのはサッカー、バスケット、ラグビー、競馬などのTV放映料、グッズ販売、広告収入、入場券売上などの規模の経済を実現するスポーツであり、バドミントン、水泳、カーリングなどの種目は観客が少なく広告も集まらず、TV放映もわずかであり規模の経済を実現できず、不況の影響を大きく打撃を受けている」と報告しています。
スポーツの危機は産業の危機のひとつの現象であり、その危機を乗り越えるにはスポーツ全体の商業主義を克服するしかありませんが、スポーツの公共性を投げ捨てたスポーツの市場原理を問題にする声はそれほどに強くはありません。
しかし自動車産業では驚くべく歪曲された市場原理主義が打ち出されています。米国の自動車恐慌(10月売上は前年比31%減、GMは45%減)の背景には、株主の利益を最優先する米国型株主資本主義の破綻があります。GMの救済をめぐり、救済法(公的資金の低利融資による経営再建)か破産法適用の選択が問われていますが、いずれの手法も資産売却・工場閉鎖・リストラによる株主と経営者救済であり、米国型自動車産業の本質的再建ではありません。救済法適用は、国家財政による特定の企業や産業を救済であり、市場競争原理の産業政策を否定することであり、米国型資本主義モデルの完全否定です。しかも救済法の産業保護政策は、WTO貿易交渉などで他国の保護主義を攻撃した来た米国の貿易政策の自己否定になります。GMが開発したモデル・チェインジのマーケッテング手法や投資収益率などの会計手法、分権化などの組織手法は全世界の企業経営のモデルとなってきましたが、今回の事態はそのGMモデルの崩壊を意味しています。
ここには経済活動における自由と平等の現代的状況が浮き彫りとなっています。ILOの理念は、基本的にアダム・スミスの自由論を踏襲しながら、ベンサム流の不平等の最大多数論による調整を説いています。所得不平等が人間活動活性化のインセンテイブをもたらし、不平等の解消はマイナスとなるとしているのは、ソ連型社会主義の失敗を含意しているのでしょうが、こうした人間観のの基底にダーウイン型生存競争論があります。適度な不平等なしに人類の進歩はあり得ないとする考えは、原理的に人間を利己的存在とみなす浅薄な人間観に他なりませんが、人間の活動へのインセンテイブは、多様な使用価値の創出による相互承認と依存関係のなかに生まれてきます。本来的に人間は共同的な存在であり、個の概念を絶対とするのは資本主義社会の私的所有から発生した歴史的なものなのです。それは共同存在の原型がうっすらと残っている家族をみれば明らかですし、北欧型の社会的連帯経済システムの優位性が証明しています。はしなくも今回はILO理念の貧しい限界が明らかになりましたが、この程度の修正資本主義が正当イメージを与えるのも、現在の市場原理主義の暴走の悪魔性を浮き彫りにしているといえるでしょう。(2008/11/28
8:37)
◆傷みゆく日本・・・・私はいったい、どうしたらいいのだろう?
毎夜高級バーで洋酒を飲みあさり、自国語が読めない首相が日本に登場しました。この人物は外国人の強制労働によって、一大コンチェルンを築き上げたファミリーの出身として、天皇制をいただく日本のうるわしい伝統を守り抜くことを信条に、就任時に「御名御璽」をみて感涙に咽びました。ところが日本のうるわしい伝統の中心である漢字日本語をほとんど知らないことがはしなくも暴露され、「首相に今やって欲しい」という世論調査のトップに「漢字をすぐに勉強して欲しい」が来るほどになっています。彼にアルツハイマーの症状は見えませんので、おそらく彼は漢字を知らないままに、日本の伝統美を説いているのでしょう。しかし彼は独特の漢字読みをしていますので、この読みにオリジナリテイーがあれば、国立国語研究所で麻生読みを正式に登録してよいかもしれません。ここではその素晴らしい麻生読みの一部を紹介してみましょう。
有無(うむ)→ゆうむ
措置(そち)→しょうち
踏襲(とうしゅう)→ふしゅう
詳細(しょうさい)→ようさい
前場(ぜんば)→まえば
未曾有(みぞう)→みぞうゆう
なかなか素晴らしい読みが繰りひろげられていることをご確認頂けましたでしょうか。このようにして言語というものは、その時代の権力が変容を加えて発展させていくものだという言語社会説の正統性が証明されつつあるのです。さてさて問題は、漢字の読みにとどまらず、彼はありとあらゆる政策もオリジナルな読替えをおこない、独自の道を切りひらきつつありますが、社会のなかのアチコチで国民との食い違いが生じて、どうも取り返しがつかないような傷みが誘発されつつあります。なぜなら彼の「傷み」の読みは「いたみ」ではなく、「ほほえみ」なのですから。私たちはこれから、「ほほえみ」いく日本の幾つかの局面をみてみましょう。
若者の非正規不安定雇用(派遣・契約・フリータなど)の雇用者全体に占める割合が異常な増大を示しています(1992年→2007年 総務省・就業構造基本調査)。
15−19歳 36%→72%
20−24歳 17%→43%
25−29歳 12%→28%
30−34歳 14%→26%
このデータは中卒や高卒の若者のほとんどが正規社員ではなく、非正規社員として雇用され、青年層のおよそ半分が非正規で生活していることを意味します。米国発の金融危機による世界同時不況の下で自動車・電気などの輸出関連企業の派遣雇い止めによる青年層の深刻な失業が誘発されています。おそらく日本の資本主義の歴史でもっとも残酷な打撃が若者に集中し始めているのではないでしょうか。企業はなぜ若者をイジメの主要な対象としているのでしょうか。年功制が依然として強い日本では、若者の賃金は絶対的に低廉で、しかも労働集約型の仕事ではもっとも優秀な労働生産性を発揮して企業利潤の極大化に貢献します。だから好況期には労働集約的作業工程に非正規の若者を大々的に投入し、不況期には不要労働力としてアッサリと切り捨てることができます。中高年労働力は相対的に正社員の熟練労働力が多く、労働力の移転と入退出が困難であり、こうして景気変動の波及が真っ先に青年労働者に集中します。
登録型派遣はつねに休暇日数がゼロにリセットされ、仕事が途切れた場合は無報酬となり、日雇い派遣に到っては社会保険・雇用保険もなく、江戸期の人足寄せ場のように派遣料金がピンハネされています。日本の10歳代後半の72%はこうした明日をも知れぬ不安定な状態で奴隷のような労働を強いられています。EUや韓国では仕事が同じなら待遇上の差別はなく(産業別労働協約)、同一労働同一待遇原則が規定され(派遣法)、企業にとっては人件費は同じで正規代替の意味がないのですが、日本では派遣会社が「正社員1人分で派遣を2−3人雇えますよ」という同一労働差別待遇を売り込み材料にしています。いったい日本の企業人の人間感覚はどうしてこのように歪んでしまったのでしょうか。動物のように人をこき使って、ボロ雑巾のように人を捨てることに痛みを覚えなくなっている感覚は、もはや人間の正常な感覚ではありません。日本ではデイーセントワーク(尊厳ある働き方)等というのは想像だにできない幻想に過ぎません。明日をも知れぬ不安を抱えて漂流する若者を横目で見ながら、高級ホテルのバーで紫煙をくゆらせている為政者の姿のなんと醜いことでしょう。
具体的な例をトヨタで見てみましょう。
トヨタ正社員平均賃金は830万円、期間社員は220万ー250万円ですから、同じ生産ラインで働く賃金格差の極大化は、当然に正社員を減らして期間社員を増やす方向に働きます(03年4万0人→08年8万7000人)。この結果トヨタの経常利益は急伸し、内部留保は03年9兆5000億円→07年13兆9000億円と1,5倍化しています。社員1人当たり内部留保は4400万円であり、現在の非正社員8万7000人を全員正社員化しても社員(40万3000人)1人あたり内部留保は3450万円であり、なんら経営指標を悪化させるものではありません。いま日本の非正規労働者362万人を正社員化する賃金増加額は8兆円ですが、これは企業内部留保額228兆円の3,5%にすぎません。逆に非正規の正社員化による消費需要誘発額は16兆円に達し、GDPを0,8%押し上げます(労働総研試算)。しかし政府はわずか0,1%の効果を狙う定額給付金2兆円ばらまきという対策を出しています。これは経済効果という点でも欺瞞ですが、猿に餌を撒くような侮辱的行為という点で品性の恐るべき頽廃を示しています。ちなみに2兆円でできる代替案は、後期医療制度廃止(2700億円)+年金給付引き上げ(2260億円)+子ども医療費無料化(1500億円)
ビッグビジネスは非正規を整理しつつ、下請企業へのリスク加虐転移を急増させています。
原油・原材料高によって収益が圧迫されている業者が95%に上っている中で、価格転嫁について親会社と交渉をしていない業者が63%に上っています(全商連10月調査)。「意見を言えば仕事の発注がなくなるから」交渉できないのです。親会社の一方的単価切り下げ要求を禁じた下請代金支払遅延等防止法違反による公取委処分件数は、08年上半期1805件で前年度同期比30%の急増を示しています。発注単価の一方的削減で親企業が下請に返還を命令された額は、23億5千万円で昨年度1年間の2倍以上に上っています。この数値が下請がリスク覚悟で親会社を公取委に告発したことを思えば、これらの数値が氷山の一角に過ぎないことは明らかです。
全国の学校の児童生徒の暴力行為は過去最高の5万2756件(前年度比18%増))と過去最高に達しました(文科省・問題行動調査 11月20日 けが・診断書、警察への届出の有無にかかわりなく自己申告)。対教師暴力:教職員に対する暴力行為 対人暴力:見知らぬ他校の児童生徒、通行人、地域の人などへの暴力行為をさす。
生徒間暴力 対教師暴力 対人暴力 器物破損 合計 いじめ
小学校 2933(+45%) 874(+17%) 119(+23%) 1288(+37%) 5214(+37%) 49900件(−20%)
中学校 18951(+25%) 5201(+ 8%) 1114(+ 5%) 11537(+21%) 36803(+20%) 43500件(−15%)
高校 6512(+ 7%) 884(+ 6%) 450(ー12%) 2893(+ 2%) 10739(+ 5%) 8400件(−32%)
合計 28396(+22%) 6959(+ 1%) 1693(+ 1%) 15718(+18%) 52756(+18%) 101000件(ー20%)
文科省はこの結果に対し、些細なことで感情を爆発させる、思いを言葉に表せず物を壊す、特定の子が特定の子に繰り返す、一人一人の突発的な暴力で対応が難しい、軽くぶつかられたり遊ぶフリをして叩いたりするイジメ、パソコンや携帯による中傷や嫌がらせなどネットいじめが増えているとし、対応としてスクールカウンセラーの全校配置を呼びかけています。しかし文科省の分析の最大の問題点は、「自分の感情がコントロールできない」「ルールを守る意識やコミュニケーション能力が低下」している子どもの変質に暴力増加の要因があるといっていることです。これは同時にそのような子どもを育てている学校現場の教師の責任を問うてもいるわけですが、ほとんどの市民はこうした表層分析に終わって道徳教育の強化を主張して行政責任を免罪する文科省のスピリットに唖然とするでしょう。業績評価で多忙化する教師は必死になって子どもを見守り、無垢な子どもたちもまた暴力指向を自ら好んで選んでいるわけではないことを万人が知っています。問題はこのデータを紙背に徹する眼で鋭く射抜きながら、どのような子どものイメージが浮かぶ挙がってくるのかと云うことです。
このデータから容易に見て取れるのは、@子どもの暴力は中学主体の傾向を維持しつつ次第に小学校へ移行しつつあること、A生徒間暴力と器物損壊行為が相対的に増加していること、B突発的な暴力が増えていることー等々です。ではこれらの特徴の背後にある子どもたちの精神世界の特徴はなにか、それはどのような環境因子から形成されているかを考えるわけですが、このデータのみでは分かりません。ただ私が直感的に感じることは、子どもたちは大人世界からの要請に応えて、必死に立派にふるまおうと努力し、うまくゆかないことを自己責任としてとらえ(安易に他人の責任にしない)、ジッと我慢するなかでストレッサーがたまっている、それがフトしたことを契機に爆発する、但しその爆発は器物へと向かい次に仲間へと向かう、教師や赤の他人には向かわないのではないかということです。こうした一般化そのものが間違っており、個々のケースですべてを考えるべきかも知れませんが、私は敢えてこうした水平方向への暴力の移動を「市場原理型暴力」といいたいのです。いや暴力の強者から弱者への垂直的な移譲の基軸は維持されつつも、個々の階層の場では水平方向へ抑圧が放射され、垂直の逆方向へは向かわなくなっているということです。これは本来手を結ぶべき相手と敵対する悲劇的な暴力の拡散に発展するか、または抑圧を自己自身に集中して自分への暴力(自傷)ないし、生命の遮断(自殺)となるかもしれません。
いわば、市場原理の新自由主義の世界的な抑圧の移譲の暴力構造が、あらゆる人間空間に浸透してきているような気がします(→が抑圧方向を意味する)。
ヘッジファンド(投機資本 カジノ資本)=金融資本→第3・2次産業資本<ビッグビジネス→中小マイクロ企業>→第1次産業資本
↓
CEO→経営管理層→部長→課長→社員→妻→子ども→ペット
↓
仲間→モノ
アメリカ金融危機で経営危機に陥った米国自動車大手3社のモラル水準を顕示するみごとな事例があります。GM・フォード・クライスラーへの250億j(2兆4千億円)の救済資金支援を審議している米下院金融委員会へ支援を訴えたCEOに対し、議員は「あなたがたは専用高級ジェット機でワシントンに来て支援をいうのは、山高帽とタキシード姿で貧民向けの給食施設を訪れるようなものだ」と痛烈に批判し、「専用機を売って、帰りは一般の旅客便に乗り換えるという人は手を挙げて」と詰問し、反応がないと「議事録に『挙手なし』と記録」とたたみかけました。いったい日本で同じシーンがあった時に、どの議員が同じトーンで追求するでしょうか。(追記:この後にある会社は専用機の半分を売却したそうです)
子どもの世界の暴力は論難しつつ、大人たちは平然と大人世界の公然たる暴力による解決を着々と準備しつつあります。その暴力のかっこよさや崇高さをメデイアを通じて子どもたちに吹きこもうとしています。
海上自衛隊イージス艦の迎撃ミサイル(SM3)の発射実験は失敗し、約60億円が空中に消えました。ミサイル防衛(MD)計画は、@イージス搭載対空ミサイルSM3による大気圏外迎撃A地対空ミサイルPAC3による地上着弾最終段階迎撃の2段階システムですが、いずれも技術的未確立のままに1467億円(04−008年)という壮大な無駄遣いとなっています。米国新大統領の戦略変更によって、日本のMD協力は空中の楼閣となり、世界の嘲笑を浴びるでしょう。
米国の軍事戦略がいかに無残な症状を呈しつつあるかが、湾岸戦争症候群に現れています。「1990−91年の湾岸戦争従軍中に神経毒性のある化学物質を浴びた米軍兵士に、集団的な記憶障害と慢性疲労の湾岸戦争症候群が誘発され、被害は参戦兵士の25%にあたる17万5000人にのぼっている。化学物質は神経ガスから兵士を守るために投与された「臭化ピリドスチグミン」と広範囲に過剰使用された殺虫剤(害虫忌避剤)が主であり、低濃度神経ガス、油煙、予防接種、神経毒の複合汚染や破壊弾薬庫の神経ガス漏れなどの原因が考えられる。症状は、記憶障害、持続的頭痛、不意の疲労感、全身の痛み、慢性的消化不良、呼吸器不全、発疹などを伴う」などの深刻な実態が報告されています(米独立委員会報告書11月17日)。この戦後歴史史上、最大の不正義の侵略戦争に、日本は135億j(1兆7000億円)をも献上して媚びへつらったのです。
もっとも非人道的兵器といわれるクラスター爆弾の禁止条約締結会議で、アメリカは非常極まるアブノーマルな提案をしています。不発弾として残る割合が1%以内のクラスター爆弾は認めようと云うものです。1つの親爆弾に200個ほどの子爆弾を詰め込んでいるクラスター爆弾は、何千個落としただけで何万個の子爆弾がばらまかれ、多くの無辜の市民を殺傷します。1%までの無辜の死は認めようという米国の神経は、もはや悪魔のように傷んでいます。日本はまたも星条旗に追随して、現有不発爆弾を処理するのではなく、新型クラスター爆弾製造に73億円を投下しようとしています。
驚くべきことに日本空軍の最高司令官が、侵略戦争と植民地支配を全面肯定する論文をマンション販売会社の懸賞論文に応募し、最優秀賞(賞金300万円)を獲得しました(この論文自体は高校生でも赤面するような支離滅裂なものですが)。彼は統幕学校長時代に、「歴史観・国家観」講座で幹部自衛官400人を対象に同じ思想を注入しています。防衛大学は必修科目教科書で、明治以降の日本のすべての日本の戦争を「自衛が基本」とする偏向教育を展開しています。最高度の特別権力を持つ暴力組織である自衛隊という軍事組織が、政府のシビリアン・コントロールを受けない独自組織である「軍部}として、今や暴走を始めていることをハッキリと示しています。この事態は、空軍司令官の特異な個人史観とか文民統制の逸脱ではもはやなく、海外派兵と集団自衛権をめざす改憲への政治的決起をうながすクーデターに他なりません。彼の行動は、空軍司令官としての全空軍隊員への訓辞であり、軍隊の特別権力関係論による思想扇動に他ならず、自衛隊を反憲法的実力組織へと転換させる意図を実行したものに他なりません。もはや自衛隊は、かっての旧大日本帝国軍隊が駆使した暗殺とクーデターという暴力による凶暴な政治権力への介入に他なりません。こうした擬似クーデターが円満退職で終わり、何らの懲戒処分を加え得なかったところに、現在の軍部と政界の力関係の微妙な位置関係が浮き彫りとなっています。政府官房副長官は「あんな論文大した論文じゃあない。日本人みんなが思っていることだ」と述べたそうです。
国連が公開した工業国40ヵ国の温室効果ガス排出量のデータによれば、06年の全体排出量は規準年90年比4,7%減少しており、08−12年5%削減のp京都議定書目標に近づいています。これを国別に見ると、ドイツー18,2%、英国ー15,1%、フランスー3,5%とEU全体でもー2,2%となっていますが、日本+5,3%、米国+14,4%、カナダ+21,7%とこの3国のみが足を引っ張っています。移行経済諸国がー37%にもかかわらず工業国全体で+9,9%となっているのは、この3国の犯罪的ふるまいに他なりません。日本が排出量を増大させたのは、原発事故による稼働率低下と再生可能エネルギ転換が進まず石炭火力依存が上昇したことにあります。40ヵ国全体のエネルギー産業による温室効果ガス排出量増大は2,8%に抑制されていますが、一人日本のみが33%も増大させているのです。EUが再生可能エネルギへの転換、公的削減協定、環境税、排出量取引などの措置を積極的に推進している中で、日本は星条旗の議定書条約離脱に媚びへつらって、議長国責任を放棄してきたのです。なんというモラル・ハザードでありましょう。
2025年で現在の生活水準を維持すれば、地球2個分の農業面積が必要となるそうです。しかしその前に温暖化で次々と砂漠化が進行し、人類は南極か北極へ大移動を始めているかも知れません。かくも危機的な未来シナリオに対して、薄ら笑いを浮かべながら約束を破って自己の経済利益に奔走する日米の哀れな姿は、もはや憐れみの対象ではなく侮蔑の対象でしかありません。
年金ビッグバビッグバンを主導した厚生省事務次官とその家族が相次いで殺傷される事件が連続して起きています。国民から集めた公金を消してしまい、高齢者を前期と後期に分けて差別医療を実施する冷酷無残な姨捨山政策が背景にあることはほぼ疑えないでしょう。もはやこうしたテロ行為によってしか問題を解決し得ないというニヒルな虚無感が市民の一部に蔓延し始めていることを示しています。政府と主権者である市民のコミュニケーション回路が閉塞し、政府が市民に対して契約違反の行為に及ぶならば、市民には抵抗と革命の権利があることは、近代市民社会の常識ですが、日本ほど直接民主制の洗礼を体験していない国はなく、だからこそ凝集期に民主主義を破壊するテロが誘発されやすいのです。そしてテロは容易にファッシズムを準備するのです。
大麻取締法違反容疑検挙件数が10月末で2149人と昨年同期の1,2倍に急増し、過去最悪になるそうです。問題は30才未満の検挙者が1570人と10年前の2,3倍化し、うち20才未満の少年が179人で1,7倍化しているように急速に若年青年層に蔓延していることです。ここには非正規雇用に占める19才未満の若者層が72%という悲劇的な比率との相関がハッキリと示されています。未来への希望を構築できない若者の不安症候群が、麻薬による一時的快感への逃避行動へ転化しています。或いは大学生74人という検挙数は、現在の学問の自閉した閉塞状況を示しています。若者にとって「希望」という言葉ほど虚しく、白々しい響きを持つ単語はありません。
もはやアメリカ自身が帝国の衰退を予測し始めました。
アメリカの中・長期的予測をおこなう国家情報会議(NIC)の報告書「世界の潮流2025」は、「第2次大戦後に形成された国際構造が、新興国台頭と経済のグローバル化で、2025年にはもう認識できないほどに変容するだろう。同年までに国際構造は多極的なものとなり、先進国と途上国の力の差もますます少なくなるだろう。今回の金融危機は、富が西側から中国やインドなど東側に移行する時期の始まりであり、基軸通貨としてのドルの役割も低下し、数ある通貨のうちの最有力なもののひとつに変わっていくだろう。ただこの移行期間はリスクに満ちており、米国は唯一のもっとも強力なアクターでありつづけるであろうが、相対的力は低下するだろう。政策立案者は高まる多極間協力にうまく応えながら、とくに中国・ロシアの台頭が米国の政策の決定的な規定要因となるだろう。」と述べています。さすがに米国のシンク・タンクは政府系であれ冷酷に自己分析し、将来の国際戦略の構築能力を持っていることを示しています。星条旗の戦略に無条件に服従してきた日本は、どのようなシンク・タンクも自律した構想能力を形成できず、毀誉褒貶の惨めな政策のみちをこれからも歩むのでしょうか。
若者を襲う非正規労働の嵐、下請へ加虐的リスク転化、子ども世界での暴力の暴発、日本軍部の暴走、日米の温室効果ガスの垂れ流し、厚生省事務次官連続テロ事件、若者層への大麻蔓延、星条旗帝国の衰退等など脈絡なしにとりあげたテーマはとりとめもない負の現象の羅列に過ぎないのでしょうか。それともこれらの現象を貫いて流れる本質的な問題の連鎖なのでしょうか。もし本質的な連鎖であれば、個別の減少への対症療法的な対応では解決できないことが分かります。私はこれらの現象の根底に、市場原理主義と暴力の醜悪な野獣の暴走をみるものです。公共の統制を無限定に排除する自由の暴走の果てにもたらされた頽廃と保守回帰の奇怪な合体を指摘したいと思います。日本と世界はこの奇怪なモンスターの餌食となって、もはやコントロールの効かない暴走状態にあり、近代の自由が最後に到達した自由の大団円の渦中にあります。もしあなたが、あなたのバトンを引き継ぐ次世代に渡したいものがあるなら、あなたの血塗られたバトンを理性で拭い、ALL
FOR ONE, ONE FOR ALL!としっかりとつぶやきながら、手渡さなければなりません。(2008/11/22
20:32)
◆犬は吼えても私は進まない
日本の空軍最高司令官が、アナクロニズム極まる妄言を労して「定年退職」し、莫大な退職金を手にして微笑んでいます。国家基本法典の原理と確定された歴史規定に背反する彼の確信犯的言辞を、回る風車を敵と錯誤して果敢に突進して嘲笑された、愛すべきドン・キホーテのカリカチュアに比してはなりません。なぜなら少なくともキホーテは、崇拝するアルドンソ・ロレンソ姫を守護する光栄ある騎士として、痩せ馬ロシナンテをヨタヨタと疾駆させて敵に立ち向かったのであり、かの司令官は最新鋭のF15戦闘機を操縦しながら、歴史の亡霊をよみがえらせようと冷酷にふるまっているのですから。彼の主張は、広範な日本軍人の深層意識に潜在的に蓄積されつつある軍人としてのアイデンテイテイが歪みきった姿をとって、浮上しつつあることを示しています。いったい軍人がなんのためにいのちを捧げるのかという使命感は、彼の存在の本質を決定する本源的な目的理念なしに成立しないでしょう。おそらく幾多の自衛官が、自己の生存をかけるにたる目的の崇高性を探し求めてきたに違いありませんが、この探求の行為ほどに残酷な虚妄はないでしょう。それは国家基本法典において、自己の存在自体を全否定されている存在としての組織に身を置いて生き抜かなければならない現存在であるからです。このめくるめくような二律背反からの脱出を求めて、ありとあらゆる作為的な理論構成が試行されてきましたが、いずれもが表層的な調整論でしかなく、ここからもたらされる拭いがたい妥協の屈辱に打ちのめされて彷徨してきに違いありませんた。いつの日か堂々と軍服を着て公道を晴れ晴れと行進する日を胸にいだきながら。
そして最後に逢着した最終的な結論が、国家基本法典そのもの破棄による国家構造そのものの転換に他なりませんでした。国家基本法典の破棄ないし改定は、歴史的には「革命」または「クーデター」による権力奪取という最強度の歴史的行為によって実現するですが、ここにきて議会内多数派によるソフトな反革命の可能性が生まれてきました。すでに国家基本法典への反逆を指向する勢力は、三分の二をはるかに超えるに到ったからです。こうしてついに軍服の政治関与の道が着実に刻まれるようになり、星条旗軍との同盟指針改訂(一九九七年)に際して、軍人が議会・省庁と直接交渉することを禁じた「保安庁訓令九号」が廃止され、軍人が直接に登場するようになり、防衛庁長官の改憲草案づくりの指示を得て陸幕防衛課中佐が国防軍設置と国民の国防義務を盛り込む改憲案を提出し(二〇〇四年)、防衛庁を防衛省へと独立省に格上げし、防衛相が「軍事を政治から隔離する文民統制は今日の政軍関係にふさわしくない。軍人メンバーを国家安全保障会議の正式メンバーとすべきだ」と提言するにいたりました(二〇〇七年)。この提言を聞いて戦前期の軍部大臣現役制によるミリタリズム独裁を想起しなかった人はいないでしょう。もはや現在の日本ではシビリアン・コントロールは崩壊の危機に瀕しています。
こうした外部環境の激変のなかで軍部の自立化への激しい希求が誘発され、最高司令官が自主国防戦略のリーデイング・パーソンとして姿を現したのが今回の事態です。彼は「軍人は政治家と積極的に接触し、政治に対して意見を言い、国民の虚妄を指導すべきだ」と国家指導者としてのふるまいを部下に訓辞しています。明らかに日本軍部の指導層に自主国防グループが形成され、国家権力の中枢に参加しようとしています。このグループは、かっての三矢作戦のような後ろめたい秘密の地下組織ではなく、軍事指揮系統と一体になった公然組織です。自主国防派のアイデンテイテイ論は、過去の戦争を大東亜戦争史観として大アジア主義の光栄ある敗戦と美飾し、旧帝国軍との連続性のうえに現軍隊を再定義し、星条旗軍への従属関係を再編成する国防軍への移行による高貴に満ちた帝国軍隊の再構築にあります。ここには歴史は最初は悲劇として、二度目は喜劇として繰り返されるという法則を自らの手で具現しない限り、自らの存在理由を証し得ないという、もっとも惨めで不幸な理論構成にすがらざるを得ない軍事文化の劣化と頽廃があります。すでにして破産し歴史博物館に収納された戦争無差別論と正戦論でしか理論武装できない無知の野蛮さが際だっています。
アパグループとかいうマンション開発会社のサイトに掲載されている司令官の論文は、日本の戦後歴史学の蓄積などどこ吹く風の、高校生レベルの作文であり、とても論文といえるレベルではありません(こんな言い方は高校生に失礼かも知れません)。歴史の評価を導出する客観的な1次史料とデータによる検証抜きの幼稚極まる文章の羅列であり、渡部昇一審査委員長の審査水準の貧困が曝されており、いわゆる日本の極右といわれるグループの頭脳水準の低劣さが露わとなっています。こうした人物を最高司令官に戴く日本軍人の不幸は極まっているでしょう。しかしここには確実に民間大手企業とアカデミズムと軍部が結ぶミリタリズムのトライアングルが形成されていることが分かります。その救いがたいお粗末さは、狂気に陥った者の哀しい激情の裏返しではありますが、時にかえって民衆のルサンチマンを掴んで歴史を動かしてしまうおぞましい力を誘発することは、ゲッペルスによるナチ宣伝ですでに私たちの経験知となっています。ゲッペルスは、嘘をつくならできるだけ大きな嘘をつけ、そして100回繰り返せば民衆は熱狂すると云いました。戦後ドイツでは旧ナチを肯定したり、讃美する行為は刑事罰が処せられますが、日本はいつまで経っても過去の決済に逡巡し、あろうことか最高司令官が歴史を偽造しても政府は狼狽して、定年退職として処遇し、六〇〇〇万円もの退職金を賑々しく手渡すのです。なぜなら日本の特別公務員を含む公務員の国家基本法典への遵守義務は実質的に崩壊し、首相自らがその打破を呼びかけているからです。
次第に蓄積する国家基本法典をめぐる蹉跌のような背理構造は、いつか飽和点に達し、真正面から激突して国家矛盾を止揚する最後の瞬間がくるでしょう。もっとも恐れることは、過去の事実を歪曲して突き進んでいこうとする日本に対するアジア諸国の猜疑のまなざしと不信の念が極点に達して、日本がついに一切の友人を失うことです。いま星条旗でさえ日本とのパートナーシップを問い直し、新たな国際関係の再構築を選んでいこうとしているなかで、過去の犯罪的歴史への幻想に依拠するしかない日本の孤絶も極点に達するでしょう。飽和の沸点に向かって、犬たちのけたたましい吠え声が聞くに堪えない雑声となってこだまし始めましたが、おのれに自信のない弱い犬ほどによく吠えるのです。それは彼らの強さの表現ではなく、かえっておのれの虚偽と不正におののく弱さを威嚇によって隠蔽しているに過ぎません。かってアラブでは、犬がどのように吠えても、砂漠を行くキャラバンは自分が選んだ道を迷うことなく進んでいきました。そうしなければオアシスを外れて全滅するしかないからです。
私もまた犬どもが吠えている方向へは進みはしないのです。それは三〇〇万人の同胞のいのちを奪い、二〇〇〇万人のアジアの友人を殺戮した惨いいくさの道へとつながっているからです。一五年戦争を痛苦の体験として歴史史料館に封じ込め、私の後に生きるだろう次世代の学習のみに使わなければなりません。私の父は青年期に中国北部戦線に従軍し、右足に貫通銃創の傷を受けて奇跡的に帰還しました。父がたどりついた故郷の玄関で最初に聞いた言葉は、妻がすでに死んでこの世にいないということでした。戦時期の荒廃のなかで母は病死し、軍事郵便の途絶で父は妻の死を知ることなく、必死に戦っていたのでした。父は戦争のことを一切口にすることなく、戦後四〇数年を生き、最後は膵臓癌で苦しみ抜いてこの世を去りました。私の近親者の死もまた三〇〇万人の同胞の死の一部でしかありませんが、亡き父母がどのような気持ちで今の日本を見つめているかを思うと、私の立ち位置は判然と確かなものに定まるのです。私は今の日本の軍人達にこころから呼びかけたいのです。あなたの上官が講義する幹部学校「教育課目表」の「大東亜戦争史」の内容を是非とも自分自身の頭で考え抜いてください、そしてでき得れば銃を置いて故郷へ帰還することを一度考えていただけませんか・・・・と。あなたはほんとうは、こころ優しい日本の正義感あふれる青年の一人なのです。(2008/11/9
10:34)
追記)
防衛大学校の必修科目「防衛学概論」の教科書『防衛学入門』(07年 防衛学群国防論教室編纂)は、「防衛大学校において教育する防衛学の全体を範囲とし、4年間の教育期間に取り扱う防衛学各分野を総合したもの」と位置づけられている。第4章第2節「世界戦争史」では、第2次大戦までの戦争を「苦役的・刑罰主義的なヴェルサイユ体制下に置かれたドイツにおいて、民族主義が燃え上がって報復を決意するのは当然の結果であった。またこの熱狂的な民族主義は、イタリア、日本、スペインなど伝播していった」とし、第4章第3節「日本戦争史」は「日清戦争、日露戦争、第1次大戦、満州事変、支那事変及び大東亜戦争の戦争原因は、欧米列強によるアジア侵略からの自衛を基本とし、権益の増大とその衝突であり、明治以降の日本の行為は自衛が基本である」としています。
自衛隊の幹部将官への登竜門となる自衛隊統合幕僚学校に、元文部相主任教科書調査官で検定基準の近隣諸国条項を批判して更迭され、「新しい教科書をつくる会」副会長に就任した人物が、「歴史・国家観」講座の講師となり、「昭和の戦争について」というテーマで講演し、「満州事変・満州国建国からの昭和の戦争は自存自衛のやむを得ない受け身の戦争だった。日本の侵略ではない。現憲法体制は論理的に廃絶しなければならない虚偽の体制であると断言できる」とする講義案を用意していた。(2008/11/11
19:23)
補記)「侵略」の定義
国連総会「侵略の定義に関する決議」(1974年)
「国家による他の国家の主権、領土保全若しくは政治的独立に対する武力の行使。一国の軍隊による他国の領域に対する侵入若しくは攻撃、軍事占領、併合、一国の軍隊による他国の領域に対する砲爆撃、他国の港又は沿岸の封鎖」
国連憲章「日本、ドイツ、イタリアは敵国であり、敵国における侵略政策の再現の防止(53条)。戦後の平和秩序は特定の場合を除き、国際紛争解決のための武力行使を認めない」
◆アメリカ大統領選挙を嗤う(その2)
おそらくこの文章を読まれる頃には、大統領選の当選者が決まり、全米は歓呼の嵐に包まれていることでしょう。2人の有力候補が喧伝されていますが、じつは他にも3人が立候補しています。無所属候補ラルフ・ネーダー(74)、緑の党シンシア・マッキニー、リバタリアン党ボブ・バー候補です。しかし多くの人は、オバマとマケインしか知りません。それは民主・共和の二大政党の候補者は無条件に立候補でき、公的選挙資金を優先的に利用でき、TV討論会にも出演できますが、他の候補者は有権者の署名の提出が義務づけられるなどかなりの制限を受け、主要メデイアも二大政党の候補者のみを追いかけていますので、それ以外の候補者はほとんど知られることがないのです。しかしリバタリアン党の候補は、政府の役割の極小化をめざし、ラルフ・ネーダーは企業支配の政治からの脱却を主張し、緑の党の候補者は「民主党への一票はアフガニスタンでの戦争のための一票になる」としてオバマ候補を鋭く批判しています。要するに二大政党では吸収できない意見がかなり存在し、ギャラップ調査(9月)でも「二大政党が充分に国民の声を代表している」と「二大政党の仕事ぶりはお粗末で第3の政党が必要」がともに47%に達し、すくなからずの市民が批判的にみていることを示しています。反ブッシュを掲げるオバマ候補も、イラクからの早期撤退を云いつつもアメリカの軍事戦略による「強いアメリカ」そのものは踏襲しているのです。だからオバマ候補とマケイン候補の違いは、よりソフトなものかハードなものかの差異に他なりません。
ただし今回の選挙は、「おこぼれ経済論への国民投票」(ワシントン・ポスト10月31日付け)というように、ブッシュが推進した市場原理主義のトリクルダウン論(大企業を優遇すれば、そのおこぼれで涙が下に滴りおちるように庶民生活も豊かになるというシカゴ学派の理論)に対する審判の意味があります。オバマ候補の中間層減税と金融市場規制論は福祉重視への転換を呼びかけています。しかしこの主張のポイントは、中間層の浮上であって、膨大な無保険層(4500万人)である貧困対策でないところに民主党候補の本質が表れています。これはトリクルダウンセオリーの中間層版ではありませんか。だからこそオバマ候補への証券業界からの献金が増え、実に史上最高の6億2198万j(612億円)!という膨大な選挙資金を集めることに成功したのです(マケイン候補はわずか2億3710万j)。
私は民主党オバマ候補の当選を疑いませんが、どうじにアメリカの世界戦略が根本的に転換するとも思いません。ちょうど今は悲劇の平和的大統領として英雄視されている故ケネデイ大統領のイメージを思い浮かべるのです。ケネデイは公民権運動など国内の人権政策を進めつつ、対外的にはキューバ侵攻とキューバへの海上封鎖を推進し、ベトナム戦争を反共十字軍として戦い、他方では平和部隊や米国文化の浸透を図る「ケネデイ・ライシャワー路線」と呼ばれる融和的なアメとムチの政策を繰りひろげました。国内のファンダメンタリストの反感を買って暗殺されましたが、よりソフトな世界戦略で強大な親米派を各国に養成した点で、画期的な「業績」を挙げた大統領だと思います。いま日本のメデイアに登場している中堅の評論家や研究者のほとんどは、この時期の米国留学経験者です。時には小田実のような異端もいますが。ケネデイ大統領期の米中央情報局(CIA)は50年代後半から60年代初めにかけて、日本の自民党に秘密資金を提供し、政界・財界・学会に親米派のグループを形成してきました(2006年公開米外交史料)。現在の日本が小選挙区制の導入によって、二大政党制に転換し、少数派を含めた多元的な主張が現実の政治に反映されなくなった状況は、彼らによってつくりだされたのです。
多数政党制を絶対化するものではありませんが、すくなくともあれかこれかの二項対立的な選択に流し込んでいくことは、市民的公共性を単純化し、文化そのものが閉塞されたショーと化していく危険があるように思います。たしかに米国のようなお祭り騒ぎの選挙は、政治専門家と市民の隔壁を取っ払って権威主義を無意味とするスタイルではありますが、現実に参加機会を保障されている市民は限定されていき、無党派棄権層を生んでいると思われます。それはすでに日本の各種選挙の棄権率が異常に高いことに表れています。もはや棄権を処罰するような強制的手法を採らないと、選挙そのものが成立し得ないような頽廃をもたらしています。或いは逆にセンセーショナルな宣伝と扇動に熱狂して、雪崩を打つような投票行動が誘発される危険もあります。”純ちゃーん”と絶叫して多数のおばさんと若者がまるでタレントに投票するかのような行動が誘導されることもあります。福井県の小浜市と九州の小浜温泉は、ただ名前が似ていると云うだけで町を挙げてのオバマ大応援を繰りひろげ、当選時には温泉の入浴料の半額サービスを始めるそうです。こうした愉快犯とも云うべき現象に易々と雷同していく行動こそ、衆愚デモクラシーに他なりません。
ことほどさようにマス・デモクラシーの光と影は、紆余曲折を経ながら現代政治の規定的形態となって実際の歴史を刻んで参ります。最低限はナチズムのように民主主義が独裁を生む経験をもたらさない限界制約が市民の理性となって成熟することが期待されます。さてそろそろ大統領選の投票が始まったようです。私はラルフ・ネーダーと緑の党の候補者の得票結果に注目しながら、このスペクタクル・ショーをじっくりと愉しみたいと思います。
最後にオバマ氏は、アメリカ史上最初の黒人大統領として、黒人差別に最後のとどめを刺す可能性を持っています。米国で黒人参政権が認められたのは、1870年であり、その当時の黒人は死を覚悟して選挙権登録をし、黒人大統領候補は「怒れる黒人」として受け容れられることはなかった。しかも06年の黒人家庭の年収は白人家庭の62%であり、70年代と大差ないのです。あなたの政策がどうであれ、この一点においてあなたは歴史的意義を持って登場します。あなたがあらゆる差別を越えて果敢に戦ってきた勇気に敬意を表します。あなたが黒い肌をした第2白人にならないことを。(2008/11/5
7:49)
追記)
米国大統領選挙は、過去最高の1億3330万人(62,5%)が投票し、民主党・オバマ候補が圧勝した。彼の当選演説は格調高く、まだ言葉というものが生きて人を説得する力があることを知りました。堂々と自らの包み隠さず主張するスタイルは、、日本の演説の貧しさを思い知らせるものだった。ライス国務長官は「この国は長い旅を経て、傷を克服し、人種が左右しなくなることをめざしてきた。目標がすべて果たされたわけではないが、昨日は明らかに大きな一歩だった。個人的にアフリカ系アメリカ人として、私は特に誇りに思う」とコメントし、パウエル前国務長官は「感動的な瞬間だった。みんなが泣いていた。次期大統領はアフリカ系として傑出しているのではなく、たまたまアフリカ系アメリカ人として抜きん出ている。すべてを包含し世代間の溝を埋めることができる革新的な人物だ」と祝意を評しました。おそらくブッシュ政権の中枢を担ったこのふたりのコメントは、人種差別の長い歴史を戦い抜いた黒人達の気持ちを象徴しているように思います。
しかし私は、同じ時にアフガニスタンのカンダハルで米軍機が結婚式会場を空爆し、女性10人と子ども23人を含む37人を殺害していることを思います。国内の人種差別の解消への大きな一歩は、同時に辺境での有色人種殺害を実行していることに、私は戸惑いを思えます。さらに大統領選と同時に投票された同性婚禁止を求める住民投票では、アリゾナ、フロリダ、カリフォルニア3州で可決されていることにも注目します。つまりアメリカ市民は、黒人大統領の圧勝で人種差別の超克に歴史的一歩を刻みながら、他方で婚姻をめぐるマイノリテイの権利を否定したのです。ここに欧州では考えられないアメリカ市民(正確には白人)の人権感覚の限界が露わになっているのです。願わくばオバマ氏の暗殺が起こらないことを願うのみです。(2008/11/6
16:55)
資料)人種別・階層別・少数党投票行動(出口調査)
構成比 オバマ マケイン
白人(74%) 43% 55%
アフリカ系(13%) 95% 4%
ヒスパニック(9%) 67% 31%
アジア系(2%) 62% 35%
その他(3%) 66% 31%
所得階層別
低所得者 65% *年収3万j以下
ロアーミドル 55% *年収3万ー5万j
高所得者 50% *5万ドル以上
労働者世帯 60%
女性労働者 60%
非クリスチャン白人 70%
銃所持者(42%) 62%
*少数党 ラルフ・ネーダー67万票(0,5%) バブ・バー(リバタリアン)50万票(0,4%) シンシア・マッキニー(緑の党)15万票(0,1%)
◆私は必死になって、日の丸をちぎれるほどに振った
今ははるか小学校何年生だったろうか。私は田舎の駅のプラットフォームで整列して、通過するお召し列車を迎えて、日の丸の旗をちぎれるほどに振ったかすかな想い出がある。学校が休みになって学友達と駅に向かう気分はまるで遠足に行くような浮き浮きした気分だった。何だったのだろう?あれは? いまよく考えるとあれは多分、1946年1月に始まった天皇の地方巡幸の出迎えではなかったのだろうか。何も知らない私は教師に引率されて、浮き浮き気分となかば厳かな雰囲気が漂う独特の晴れやかなひと日であったように、おぼろげな印象が残っている。私たち小学生は意味も分からず、天皇の奉迎行事に動員されたのだ。学校の教師たちは無辜の子どもを敗戦の最高責任者の奉迎に、休校にして動員することになんの問題も感じなかったのだろうか。小学校時代の想い出は、村中の大人たちが集まって部落対抗リレーを声援し、最終ランナーの私は転けてビリになったこと、他には確か授業をサボって魚取りをして、担任の先生の自転車の後ろに乗って自宅に連れて行ってもらったこと。それほどに天皇行幸の奉迎は強く印象に残っている。正直に言って私は天皇とは誰のことかよく分かっていなかったのだ。こうして天皇への無意識の崇敬は子どものこころに深く刷り込まれていったのだ。教育の恐ろしい力を今さらのように感じる。
同じ年に東京では食糧メーデーがおこなわれ、有名な「朕はたらふく食っているぞ 汝人民飢えて死ね」というプラカードが掲げられ、あたかも反天皇制の行動が爆発した。田舎の子どもであった私は、もちろんそのような運動は知るよしもなかったが、この行動はそれほどに天皇制を責めるものではなかったようだ。このメーデーは天皇が政府に影響力を行使して、国民に食糧が行き渡るように請願するものであったのだ。民衆の多くは戦争の最高責任者の行幸を歓呼して迎え、飯が食えるように懇願したのだ。同じ頃はるか離れたイタリアのミラノでは、独裁者ムソリーニと愛人とその他政府首脳が、民衆によってなぶり殺しにされガソリン・スタンドの柱に逆さに吊されて殴打された。この目眩くような戦争責任者に対する態度の差異をどう考えたらいいだろうか。宮城前広場で、落涙しながら土下座して敗戦の責任を天皇に詫びている民衆の姿を写した写真を見るたびに私は、凝然たる感慨がこころのなかに押しよせてくる。あの民衆にとって、300万人を超える自国民の死と2000万人を超えるアジア人の死はいったいどのような意味を持っていたのであろうか。
あれから60有余年を経てこうした日本の精神風景は果たして変貌したのだろうか。世界最長のTV番組としてギネス・ブックに掲載されている「水戸黄門」を、私の祖母は食い入るように見つめている。終了3分前に必ず、葵の印籠とともに「ここにおわすを誰と心得るか、畏れ多くも天下の副将軍・・・・」という台詞を聞いて、悪人どもが土下座して詫びるのだ。私の祖母はこのシーンを涙を浮かべてながめている。ここには60数年前に宮城前広場で敗戦責任を天皇に詫びた民衆と同じような心性があるのではないか。今日は秋の叙勲で長々と受勲者の氏名が紹介され、晴れやかに自分の業績を述べて今後の努力を誓っている。驚いたことに講座派マルクス主義の巨魁であった山田盛太郎も叙勲の栄誉に浴していたのだ。他にも多くの前衛といわれた人たちが叙勲している。研究者の叙勲があると、大学予算の査定に影響すると聞いて驚愕した次第だ。かくまでに日本人の天皇制への呪縛は恐ろしいまでにしみこんでいる。
敗戦直後には左翼だけでなく、天皇の戦争責任や退位を求める声が少なからず存在した。東久邇稔彦・高松宮宣仁(天皇の弟)・近衛文麿など側近グループが退位による国体護持を主張した。単に天皇が国民に詫びるだけでなく、国民から懺悔を受けた天皇が何らかの責任をとるべきだと考えた。近衛文麿は戦争末期に天皇を退位させて、仁和寺に幽閉することを打診し、退位条項がない皇室典範の改正案を準備した。侍従武官・中村俊久中将は天皇の戦争責任を6項目挙げて進言し、衝撃を受けた天皇は「自分が一人引き受けて退位でもして納めるわけにはいかないか」と木戸幸一にもらし、木戸は「共和制のおそれもあるから、相手方の出方をみる要あるべし」と早まるなと助言している。1946年の地方行幸によって、天皇はすっかり自信を回復した。もっとも急進的な退位論者であった近衛文麿がA級戦犯容疑者に指定されて自殺したことを契機に、宮廷と政府の退位論は急速に後退し、東条英機に全責任を押しつけることで天皇は免責された。
もし近衛文麿が自殺せず、退位論グループが強力にGHQと交渉していたら、天皇は退位し、或いは共和制へ移行していた可能性がないとは云えない。しかしそれはしょせん権力中枢部でのマキャベリズムに過ぎない。天皇制に呪縛されている民衆の心性になんの変化もないことのほうが、日本歴史にとっては規定的なことであったのだ。
日本は厳密に言えば、英国と同じく立憲君主制国家だ。ただ「天皇の地位は国民の総意に基づく」と憲法で規定されているからには、天皇制廃止と共和制への移行を問う国民投票がありうることを否定できない。私は子どもの時にちぎれるほどに天皇に向かって日の丸を振った。そしていま、日本のすべての子どもは、日の丸を仰ぎ、君が代を歌わないと学校を卒業できないようになった。天皇は外交文書英文では、KING(王)ではなくEMPEROR(皇帝)があてられている。王は人間の最高身分をさすが、皇帝は神のことだ。(2008/11/3
17:45)
◆日本のブラッドリー効果
ブラッドリー効果とは、選挙において非白人候補者の得票率が世論調査の結果を裏切って下回る現象を言います。1982年のカリフォルニア州知事選挙で黒人のトム・ブラッドリーが、事前の世論調査で圧倒的優勢であったにもかかわらず、実際の投票行動は白人対立候補に流れ敗北したことからきています。人種差別主義者といわれるのを恐れた白人が、事前の世論調査では黒人候補に投票すると答えながら、実際には白人候補に投票したのです。11月4日投票の米大統領選挙で同じような現象が生じるかどうか注目されていますが、この現象の背後には、根強い人種的偏見がなお米国にあることを示しています。ただし82年当時の世論調査が、面接調査であったのに対し、現在の世論調査は電話やインターネットによる匿名調査で、個人が特定されないので乖離は生じないという意見や、黒人候補者が従来のような黒人の権利擁護ではなく、白人も受け入れられる普遍的主張であり白人の警戒感は薄らいであるという意見もあります。しかしイラクやアフガンでの若い白人米兵の有色人種に対する恐るべきふるまいを私たちは見ています。いずれにしろ米国市民文化の人権感覚がどの程度まで成熟を遂げているのか、全世界が知ることになるでしょう。
ひるがえって日本にブラッドリー効果はないのでしょうか。航空自衛隊の最高司令官の「我が国は侵略国家とうのは濡れ衣で、むしろアジアを抑圧から解放し、文化を発達させた。真珠湾は仕掛けられた罠にはまったのだ」という主旨の論文が民間企業の懸賞論文で最優秀賞(賞金300万円)をえて、狼狽した政府は彼を更迭しましたが、むしろ政府のホンネは個人的には彼の主張は正しいけれど、公式に表明したことが問題として処理したのでしょう。なぜならこの最高司令官の主張は、自衛隊の公式機関誌に従来から発表され、自衛隊最高指揮官レベルからなんら問題とされなかったからです。彼は統合幕僚学校長時代に、「東京裁判は誤りであった。南京大虐殺があったと思いこまされてい。日本の占領地統治は慈愛に満ちたものであった。扶桑社の『新しい歴史教科書』は歓迎すべきものであり、自衛隊にも国の機関として国民が正しい歴史観を持つためにやれることがるのではないか。総理大臣の8月15日における靖国参拝も可能になるであろう」(航空自衛隊幹部学校幹部会『鵬友』03年7月号〜04年9月号 下線部筆者)と幹部自衛官を教育し、空幕長就任後も「日本人としての誇りを持とうー日本が朝鮮半島や中国を侵略し残虐の限りを尽くしたというのはウソ、捏造の類であり、コミンテルンによって動かされているアメリカによって日本は日米戦争に追い込まれていく」(07年5月号)と全航空自衛官を理論指導しています。
或いは別の航空自衛隊幹部は「日本人は東京裁判史観、自虐史観を植え付けられているおそれがある。現在の高校教科書は極端に旧軍の過ちを強調し、バランスを著しく欠いている。沖縄戦での集団自決をめぐる教科書検定の混乱や、旧日本軍の深い関与を認定した大阪地裁判決(3月)についてはやるせない思いがする。」(石渡空将 防衛相技術研究本部技術開発官 『鵬友』20008年5月号)と述べています。日本の自衛隊指導層と防衛省は、アナクロニックな歴史修正主義を確信犯的に盲信し、もはやシビリアン・コントロールを失って暴走し始めています。
おそらく日本自衛隊幹部層は、タテマエとしてサンフランシスコ条約の侵略国家としての自己規定を受容しつつ、ホンネとしては大東亜戦争史観が連綿として心情の基礎に流れているのです。これはいわば逆ブラッドリー効果であって、八紘一宇の大東亜史観といわれるのを恐れて表面的には憲法を認めながら、実際の対応は着々とミリタリズムを推進していくものに他なりません。私が恐れることが2つあります。1つは日本の軍部指導層の間に分厚い歴史修正主義グループが形成され、戦前型の政治権力への秘かな指向を胚胎しつつあるのではないかということです。文民統制はすでに形骸化し、実質的に極右派が政治の中枢を把握しているなかで、基本法の非軍事の平和戦略が幻想となって無力化している現実があります。第2は市民層の一定部分に、強力な指導者を求めるナショナルな心情が醸成され、とくに貧困に突き落とされて喘ぎつつある青年層に、極右的な心情が漂いつつあることです。とくに自己責任論に打ちのめされている青年層の一部に、過去の罪責追求を自虐史観として反発して、もはや突破口としての「希望は戦争!」という心性が醸成されつつあります。
かって戦後初発にあたって、日本は戦争の最高責任者を免罪したばかりか、宮城前広場で土下座して落涙しつつ、敗戦の自己責任を最高責任者に頭を垂れて謝罪しました。驚くべきことに、被爆・長崎市民は、米占領軍を歓呼して迎え、「被爆美人コンテスト」を開催して歓迎しました(ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』)。ここには残念ながら、悪の行為の事実に対して真正面から正対せず、悪を心情的に洗い流していく精神構造の悲惨、勝者に対して無条件に屈従していく敗者の無残があり、この戦後初発の風景こそ、決済されない戦争の未決をして、日本の戦後史をこれほどに醜いものにしてきたのです。
1932年の9月に日本軍が中国東北部を占領した翌日に、抵抗する中国民衆が炭坑を襲い、逆上した日本軍は村の住民を虐殺して復讐し、遺体を埋めて闇に葬りました(平頂山事件)。「日本軍は私たちを山の麓に集めて呼びかけました。”天皇がみんなに褒美をお与えになる。ひざまづいて感謝しなさい。先に写真を撮ってあげる”でも向けられたのはカメラではなく、機関銃であり、3千名あまりの住民がパニックにおちいり、バタバタと倒れました。日本兵は次々と銃剣でとどめを刺していきました。けたたましい叫び声がひびきわたりました」(弟の死体の下になって奇跡的に助かった張栄久さんの証言)。狂ったように中国人を射殺する日本兵の心性は、アヴグレイブでイラク人捕虜を弄ぶイラク戦線の若い米兵に似ています。或いは秋葉原で「誰でもよかった」といって10数人を刺殺した派遣社員の心情にも似ていませんか。こうした悪魔的な所業に快感を味わう心情が確かにルサンチマンを抱えて鬱屈する人間にはあるのです。こうした所業を真摯に反省しようとする精神に本能的に反発し、憎悪さえ覚えて自虐史観に共感する心性が現代日本の薄暗いネット・カフェに浸透しつつあることを誰が否定できるでしょう。こうした心情が自衛隊幹部層の確信犯的心情と結びついた時に、私たちは褐色のナチス突撃隊の再来を目にするでしょう。
最も近くて遠い国であるお隣の韓国で、瞠目すべき国家事業が進んでいます。日清戦争にさかのぼって反民族的・反市民的行為の真相を究明し、植民地協力者の財産を剥奪し、抵抗者の名誉と尊厳を恢復する「真実と和解」の作業であり、過去の醜い事実の全貌を明らかにして、歴史の真実を確定して後継世代に伝えるという歴史的プロジェクトです。いったい世界史史上で過去100年にさかのぼって、自国の恥部を白日の下にさらし、歴史を再規定する作業は希有のものです。ひるがえって私の属する国は、過去を隠蔽するばかりか、虚偽の歴史を偽造する自己欺瞞のふるまいに淫蕩し、背後にナイフを隠しながら微笑みを浮かべて握手するという恥ずべき行為に耽溺しています。この恐るべき非対称性の極地をあなたはどうお考えでしょうか。
誰しも自らの罪と失敗を素直に認め、謝罪することは自己否定の苦痛を伴います。しかし真実への決然たるまなざしを通してしか、汚濁の過去を克服して尊厳の恢復へ到る途はあり得ないのです。日本は21世紀のどこまでを歩んでいけば、未完の過去の決済に踏み出すのでしょう。もしその作業に失敗すれば、私たちの尊厳は永久に恢復されず、なんの罪もない未来世代が替わって罪を贖うことになるのです。ブラッドリー効果とは、心情と行動の背反する二重性から誘発される虚偽の現象に他なりませんが、日本はアメリカ以上に、幾重にも入り組んだブラッドリー効果の偽善と偽悪のはざまにあって漂流しています。(2008/11/2
11:18)
◆ウーン 、美しい世界は確かにあるのだ
ふとNHKBSを見ていたら、ピアニスト仲道郁代氏がショパンゆかりの地を訪れて、ショパン時代の使用したピアノを演奏し、ショパンの自筆楽譜をみながら作曲の深層に迫る面白いドキュメンタリーを放映していました。私がかって旅行したジョルジュ・サンドの邸宅が映ったことも懐かしく思い出しました。ショパン時代のピアノはすべて木製で、金属板が含まれる現代ピアノとかなり異なり、ショパン作曲のピアノ曲が当時の木製ピアノの音を最大限に引き出すように作譜されて、ペダルを踏む位置や離す位置が現代と相当に異なること、指使いが現代のものと大きく違うことなど初めて知りました。仲道さんは小柄な身体を駆使して全身で演奏する素晴らしく繊細な感性の持ち主であることも分かりました。驚いたことに、サントリーホールでの演奏会の最後で、両眼から涙がこぼれ落ち、左手でそっと拭うシーンはほんとうに感動的でした。私はいままで日本人の(特に女性の)ピアニストは、技術は素晴らしいが真に欧州の時代精神を認識して演奏し得ているのか、疑問を持っていましたが、この仲道さんの演奏シーンは私の今までの偏見(?)に幾ばくかの衝撃を与えました。そこには確かにピアノ(対象的客体)とピアニスト(主体的精神)が渾然と融合した芸術的美の世界が現出したように思います。日本の芸術家が社会認識に弱く、テクネーに走って、時にとんでもない時代錯誤をおこなうのは、戦時期の戦争芸術で示されたのですが、この特質は現在でも変わっていないと思います。仲道氏の演奏は、芸術と一体化した人格のオーラのようなものが少しありました。しかし欧米の芸術家が(特にユダヤ系)、時代との厳しい緊張の最中にあって、芸術の生きようとした切迫した姿勢は残念ながらうかがえません。それでもなお充分に仲道さんの演奏は私を感動させるものでした。最後のアンコール曲であった「別れの曲」のすばらしさは、私ももしかしたらあのように弾けるのではないかと、帰宅してすぐにピアノに向かいましたが、残念ながら惨憺たるもので我が身の限界を再確認した次第です。
この番組はまだなお、美しいものが、愛すべき尊厳が、日本にはあるというしみじみとした感慨を残しましたが、あのサントリーホールを満席にした観衆をみているうちに、こうしたコンサートなど生きているうちに一度も聞くことなく一生を終えていく非正規の若者たちを想い、ある種の感慨が込み上げてきます。この世における最高の美しい世界の傍らに、貧しい醜の世界が広がっていることも、目を背けることのできない事実なのです。もしかしたらほんとうの芸術は、こうした美と醜の両極分解した世界を架橋するところに成立するのではないか。いやほんとうの芸術は、汚濁にまみれた醜の世界からこそ真実の姿を現すのではないか。現代芸術のもっとも美しい作品が、強制収容所の生存者から立ち上がってきたように。残念ながら日本の現代の芸術家(?)は、そうした醜の世界から身を遠ざけ、極限の幻想的美の世界に耽溺してアルチザンのテクネーに耽っています。芸術市場で華々しく活躍するアーテイストたちは、莫大な交換価値を実現しながら、我が世の春を謳歌しているように見えますが、なにかそこには薄っぺらな世紀末的頽廃の雰囲気がただよっています。ネットカフェの片隅で虚ろなまなざしで眠りこけている若者たちにとって、ブルーテントで人生を閉じようとしているホームレスにとって、国立美術館の展示はどのような意味があるだろうかー等と考えるのは芸術を冒涜するものなのでしょうか。もしそうであれば芸術の普遍的な意味はどこにあるのでしょうか。
少なくとも現代のアートは次の質問に応え得る表現を胚胎していなければならないと思います。
国連自由権規約委員会は、日本の死刑の現状に憂慮を表明し、処刑の当日告知や高齢者処刑を非人道的行為と非難した。日本政府は死刑制度を支持する世論の大勢に従うと反論した。あなたが絵を描き、作曲している瞬間に、静かに死刑執行が同時におこなわれている。
国連自由権規約委員会は、第2次大戦時の日本軍による従軍慰安婦への謝罪と補償が充分でないと日本政府を批判した。あなたが絵を描き、作曲している時に、年老いた従軍慰安婦たちが尊厳を回復することなく、無念のうちに世を去っていっている
日本外務省高官はワシントンでおこなわれたシンポで、「温暖化防止新協定に米国が参加しないなら日本も参加しない、米新政権の政策が決まるのを待って日本も付いていく」と発言した。あなたが絵を描き、作曲している時に、この地球はしずかに滅びへの道を歩んでいる。
航空幕僚長が、「日本が侵略国家というのは濡れ衣で、日本は戦争に引きずり込まれた被害者だ」という懸賞論文で最優秀賞を得て、懸賞金300万円を獲得した。あなたが絵を描き、作曲している間に、日本の軍のトップは着々と戦争への準備をおこなっている。
人のいのちが大臣のサインでところてん式に奪われ、汚された尊厳を恢復することなく娘たちが逝き、星条旗に土下座しながら地球環境を頽廃させ、歴史の真実が隠蔽されながら時代が流れていく時
にあって、芸術の美とはなんだろうか?(2008/11/1
12:23)
◆大阪府知事と高校生の対話から
大阪府知事の子どもと教育に対する知の水準を露わにする風景がくりひろげられています。10月23日におこなわれた私学の高校生との面会のシーンを再現してみましょう。
生徒A「人間関係に悩んで学校に行けなかった。親がリストラにあったが私学しか行けなかった」
生徒B「母子家庭で裕福ではない。母をこれ以上苦しめたくない」
生徒C「知事は『子どもが笑う大阪』といいますが、私たちは苦しめられています」
知事「なぜ公立にいかなかったのか」
生徒D「成績でそこにしか行けないと云われた」(女生徒泣き出す)
知事「公立にいく選択もある。あなた自身が選んだのではないか」
生徒B「勉強したくてもお金がないと学校へ行けない。成績が悪いと学校へ行けない」
知事「高校は義務教育じゃあない。自分で努力して公立に入れるように勉強しなきゃあ」
生徒D「がんばったけど私みたいにあふれる子がいる」
知事「それが入試制度だ。みなさんを完全に保護するのは義務教育まで。高校から壁が始まる。それが世の中の仕組み。今の日本は自己責任が原則」
生徒「それはおかしい」
知事「それでは国を変えるか、日本から出るしかない」
生徒C「無駄なダムや高速道路をつくっている。アメリカ軍に使うお金があったら、福祉や教育・医療に使うべきだ」
知事「政治家になってそういう活動をやってください」
生徒C「政治家になってからでは遅いんです!」
まず府知事の立場にある人が、直接高校生の代表と対話して、互いの率直な意見を交換する態度そのものは、最大限に評価したいと思います。ここには大阪独特の文化があるのか、それとも知事個人の個性なのか、いずれにしろこうした対話そのものは為政者と子どもの距離を縮めるものとなるでしょう。高校生たちのおもな要請は、私学助成を削減しないでというものですが、はからずも知事の教育観がみごとに浮き彫りとなっています。それはもはや歴史的に過去のものとなってしまったウルトラ・リベラリズムであり、能力と努力のみによって自己責任を問う競争原理です。こうした発想は市場における企業経営論に露わな思想ですが、いまや企業活動でさえ社会的公共性なしに活動はでjきません。教育はもっとも公共的な領域であり、出身や身分、家庭環境の違いを超えて、すべての子どもたちが個性的で豊かな教育を享受する権利があることは、憲法と教育基本法のア・プリオリな原則です。知事は20世紀の教育の基礎的な思想が身についていないようです。
高校進学率はすでに98%に達し、OECD30ヵ国中で高校授業料が無償でないのは、日本・韓国・イタリア・ポルトガルの4ヵ国に過ぎません。教育の機会均等は、貧困と格差の連鎖、世代間連鎖を立ちきる主要な公共政策なのです。
しかしそれ以上にこの知事は、人間的な感性が決定的に貧しいようです。子どもたちが置かれている負の状況とそこでけなげに生きようとしている内面に、ナイフを突き刺すような冷酷な言葉を浴びせています。普通の大人は、やさしく諭すように子どもを説得するでしょう。他者の痛みへの共感能力が貧しいということは、人間的感性のどこかに相当に歪んだ部分を抱えていることを示し、どうしてこのような歪んだ感性が育ったのかについて、追跡する必要があります。そういう意味では知事自身も痛ましい犠牲者なのですが、なにしろ確信犯的に固定した信念の塊と化しているので、カウンセリングによる治癒の可能性は皆無です。こうした人格がパブリック・サーバントの責任者として存在していることは、大阪の現在と未来がかなり危ういことを告げています。
ただ救われるのは、高校生達が権力の恫喝に怯むことなく、知事と泣きながらでも激論を交わしていることです。私はここに大阪の高校生たちの素晴らしい可能性を見いだして、感動的ですらあります。報告会で藤井美保さん(高校2年生)は、「知事は府民のことよりお金のことをばかり考え、自分の意見を押し通し、高校生の意見を聞こうとしない。もっと学んで知事に意見と願いをぶつけたい。高校生は元気です!」と述べています。
さて問題はなぜこのような人格欠陥者が圧倒的な人気を誇って当選していくのかです。大阪はもともと、庶民的で反権威的な雰囲気が強く、時にはお笑い芸人が当選したり、又左翼が当選したりしますが、そこには危ういポピュリズムの土壌があることも否定できません。彼の場合は、正しくても間違っていても、歯に衣を着せぬホンネの意見をズバッ!というところに人気があったようです。すくなからずの人が、高校生を甘やかさないホンネの指摘として評価する人がいるのではないでしょうか。しかしよく考えると、これはナチスの宣伝・扇動家が駆使した大衆操作の有力な方法であり、とくに時代が不安で危機にある時に、アレかコレかの選択をストレートに迫り、強烈な断定をおこなう指導者に依存して救いを求める大衆心理をつかんでいく主要な手段でした。要するに大阪の知事は、自己責任原理というネオ・リベラリズムとネオ・ファッシズムが融合している単純かつ危険な人格的頽廃に他ならないのです。(2008/10/31
10:29)
付記)各地で財政難を理由とする高校の授業料減免制度の規準切り下げがおこなわれています。生活保護受給世帯に支給される授業料・教材費・通学費などの高校就学費を大阪府は06年から対象外としました。さらに大阪府は生活保護に準じる困窮世帯(父母子ども2人の4人世帯で年収436万円以下)の全額又は半額の減免規準を、父母の所得が住民税所得割非課税世帯(導288万円以下)に切り下げられ、府立高校授業料減免率は04年24,4%→08年16,7%に」低下しています。府立高校授業料は年14万4000円、クーラー代年5400円と全国トップです。こうして04−06年の授業料未納による退学生徒数は1642人に上っています。大阪府はこの10年で全日制高校18項、定時制高校14校を統廃合し、私学へ通わざるを得ない生徒をつくりだし、さらに私学助成を減らそうとしています。(2008/11/1
9:02)
◆同性婚の自由をめぐって
カリフォルニア州は、州最高裁判所が「同性婚を認めないのは州憲法違反」とする判決を4:3で可決し(2008年5月15日)、アメリカで第2番目の同性婚合法州となり、シュワルツネッガー知事も「判決を尊重する」としましたが、同性婚否定派が猛烈に巻き返し、11月4日の大統領選に合わせて同性婚非合法化の是非を問う住民投票がおこなわれます。同性婚擁護派は劣勢を伝えられ、TV広告枠を急遽追加取得するなど最後の追い込みに懸命です。同性婚支援団体に人気俳優のブラッド・ピットや映画監督のスピルバーグ夫妻が10万j(930万円)を寄付し、ハリウッドや富裕層から総額6千万jの寄付が集まり、パソコン大手のアップルも同じく10万jを寄付しました。アップルは声明で「結婚という基本的人権は性差による影響を受けてはならない。従業員に同性カップルを我が社は多く抱えている」とし、検索エンジン最大手のグーグルも「従業員に差別意識を植え付けかねない」(サーゲイ・ブリン社長)として同性婚支援を決定しました。IT企業がこうした態度を打ち出すのも驚きですが、今日は同性婚の問題に触れてみたいと思います。。
同性婚とは男と男、女と女が夫婦として社会的に承認されることを云い、ほとんどが同性愛者なのでゲイ婚とか同性愛者婚とも呼ばれます。日本では同性婚が法律的に禁止されていますが、先進国、とくに西欧では同性婚認知の方向にあります。同性婚を認める方法は、法律上の結婚をジェンダーレスにして「男女間の関係」を「当事者間の関係」として同性婚と異性婚を同じとする場合(オランダ、ベルギー、カナダ)、原則となる異性婚に認められる権利を同性カップルにも認めるパートナーシップ法(イギリス、ドイツ、デンマーク、ノルウエー、スエーデン、スペイン、フィンランド、アイスランド、スイス、アルゼンチン、ブラジル、メキシコ、ニュージーランド、オーストラリア)の2つの場合があります。パートナー法で認める国は、結婚を神の前での男女の愛の誓いとするキリスト教の影響が強く、「神に反する罪」である同性婚をタテマエ上、「結婚」ではないとして反対派の批判をかわしています。
同性婚の歴史はエジプト、ギリシャ以来古く、古代ローマ皇帝ネロも複数の男性と結婚した記録があり、キリスト教以前は同性婚はなんらタブーではなかったのです。ネロの場合は、最初は皇帝が女装して結婚式を挙げ、2度目は相手の少年奴隷を性転換させて結婚しています。身体の性とこころの性が食い違っている場合に、性転換して結婚することが普通に制度化されていたのでした。20世紀後半から性同一性障害者の性転換治療が近代科学の装いを持って全世界に普及していきます。
アジアでは同性愛(中国では「南風」という)が明代から清代に流行し、「契兄弟」「契児」という擬制的な兄弟関係、親子関係として社会的に認められました。香港のカンフー映画で登場するカンフーマスターと若き弟子の師弟関係は、年長者が仁をもって少年を導くというまじめな同性愛関係があります。日本では南北朝時代から室町時代に、「秋夜長物語」など男性同性愛文学(稚児物語)が描かれ、仏教寺院で僧侶と稚児の関係が成立し、この習慣は次第に武士社会に浸透し、織田信長と森蘭丸のように、儒教的な君臣関係と同性愛関係が融合するようになりました。他には武田信玄と高坂昌信、伊達政宗と只野作十郎、上杉景勝と清野長範、織田信長と前田利家の同性愛を指摘する2次史料があります。
こうしてキリスト教の影響がない地域では、同性愛関係が人間的な愛情の一つとして尊重され、制度化されている場合がありますが、いずれも婚姻と云うよりも師弟、君臣、親子、義兄弟などの関係の裏に偽装されていたのです。同性愛が異性愛と同じ関係であり、性転換を伴わなくてもよくなったのは20世紀の後半に入った頃からです。その背景にはキリスト教会が絶対的な権威を失って、同性愛のカップルが犯罪視されることなく表面に現れ始め、また日本のようにイエとイエの結びつきから個人の結びつきへと結婚の意味が変化していったことがあります。婚姻は個人の愛情と意思を原則とする制度に移っていくと、同性愛者もプライベートなパートナーシップの公認を求めて運動を始めました。世界最初の同性婚カップルは、デンマークのゲイ活動家AXel AXgilと実業家のEigil両氏です。以上・Wikipedia参照。
現在同性婚は欧州中心にほとんど公認されていますが、唯一アメリカと日本のみが例外です。アメリカはキリスト教原理主義の影響が強く、激しい政治的論争となって大統領選挙をも左右する対立を生んでいます。アジアでは中国が同性婚法が提案されていますが採決にはいたらず、台湾は同性婚法が制定されましたが、閣僚の一部が反対し実施されていません。カンボジアではシアヌーク国王が公認する法律を支持する声明を出しましたが、立法はされていません。
日本は憲法24条で「婚姻は両性の合意による」として、同性婚は違憲となりますが、憲法改正は非常に困難ですので、同性婚の承認は夫婦に準じるパートナーシップ法の方向しかありません。今までイエを継ぐ跡取りを産むための結婚観が強く、男の同性愛者は世間体を繕うために、異性と結婚した上で同性愛を維持し、或いは養子縁組をしていました(沖雅也と日景忠男、折口信夫と藤井春洋、吉屋信子と門馬千代など)。最近では異性婚と同じ婚姻関係を結びたいという声が強くなって、カミングアウトする人もいますが、依然として偏見は強く、日本ではトランス・ジェンダーの文化はなお困難な状況にあります。
世界の自由をリードしているはずのアメリカがなぜジェンダー・セクシュアリテイにかくも厳格なのでしょうか? そして日本もまた独特のジェンダー文化を持っているのはなぜなのでしょうか。あなたはどのように考えますか? あなたは同性婚の承認に賛成ですか、反対ですか? それとも、サルトルとボーボワールのように、国家が結婚形態を決定すること自体に反対ですか?(2008/10/28
21:14)
◆故郷への帰還
亡き母の25回忌の法要でひさしぶりに故郷へ帰りました。私が青春期までを過ごした地は、時を越えて懐かしい姿を湛えながら、背後には凄まじい変貌を遂げていることがうかがえました。旧家の背後には高速道路が走り、得体の知れない新設大学が瀟洒な校舎を構えていますが、目にする住民は高齢者ばかりで、私の家を含めて向こう三軒両隣はもはや空き家となって誰も住んではいませんでした。私が生まれ育った田舎屋は廃屋となって朽ち果て、草茫々の庭はうち捨てられていく者の慟哭の忍び泣きが無言のうちに聞こえてくるようでした。私はホームセンターで買い求めた除草剤を撒きながら、私が捨てた故郷の法要を営んでいるような気持ちになりました。
菩提寺での法要は、少ない親族が集ってお坊さんの読経と法話を聞きながら、型どおりに終わって墓地に向かうと、そこには私を育てた両親と一族の墓が佇んでいました。思えば私は、つねにこの田舎からの飛翔と脱出を指向しながら勉学に励み、アーバニズムの幻影に囚われて出立したのです。菩提寺の僧侶は寺院の修復と再建の過程を誇り、来るべきご開帳の記念行事の迫り来ることを告げて法要は終わりました。寺院での会食は、親族の現状と子どもや孫達の行く末を語りながら、再会の縁を共有したのでした。おそらく、日本の隅々で、似たような会合の宴がもたれているでしょう。それぞれのファミリーが精一杯にこの揺れ動く世を生き抜き、かすかな希望と生きがいを求めながら、その生命の姿を刻んでいるのを知ることはまさになにか天啓の確認であるような気がしました。
故郷への感慨の水準が歳を経るごとに下降していることに驚き、暗然と致します。それほどに過ぎた時間は、私の感性をそぎ落とし、摩滅させていったのです。私は江戸期以来営々と田畑を耕し、篤農家として生きてきた私につながる幾多の生命の痕跡をわたしの手で消し去ろうとしているのです。そのようにしてわたし自身の痕跡も消されていくのでしょう。私の村は今年に政令指定都市に編入され、育った地名ももはや歴史上の用語となってしまいました。子どもの時には大都会のイメージでもって見ていた地名が、いまや私の廃屋の場の地名となってしまったのです。
おそらく亡き親の法要の意味は、今を生きている現存世代の生の再確認の場であることではないでしょうか。死者が生者に向かって語りかけ、生者が改めて自己の現在を見つめなおす静寂の瞬間が醸しだされます。故郷はノスタルジアの極地であると同時に、なにか残された生への気概を込めた再建への気概を提供してくれます。あくまで故郷は気品に満ちて美しく、滅びゆくものの残照を漂わせています。
サヨウナラ・・・哀惜を込めてふり返ればすでにそこは訣別の山河が峻拒しています。まことに時とともに交代する世代の罪は人為を越えたはかなさがあります。もはや故郷は私と無関係にそれ自身の運動でみずからを展開しつつあるのです。省みて一点の曇りなき生であり得たか、そのように故郷は私に問いかけてくるのですが、慚愧の涙とともに私は頭を垂れざるを得ないのです。私が故郷を捨てた意味はどこにあったのか、やはり私はいだいた希望を裏切らず、初心を想い起こしていかなければなりません。そうでなければ私はほんとうに故郷を裏切ることになるのです。篤農家の祖父母の背中に滲んだ汗のほとばしりを、私は忘れてはいけないのです。
さまざまの感慨を胸に法要は終わり、超高速列車の座席に身を沈めて故郷は飛ぶようにうしろに去っていきました。こうして私はまた大都会の喧噪に身を委ねて、仕事に復帰していくことになるのです。私が故郷に再会するための条件はなんだろうか? それは捨てられた者の哀しみをわたし自身の身に置いて、私もまた捨てられていく存在なのだということを確かめることではないだろうか。このようにしてしか世代は継承されず、また継承されていくしかないのだ。(2008/10/27 19:22)
◆日本のノーベル賞受賞は過去の残照に過ぎないのか
日本のノーベル物理学賞3人と化学賞1人の受賞は、日本の基礎研究の水準の高さを示していますが、しかしそれは危機の逆表現でもあるのです。受賞の業績対象はいずれも1960−70年代になされた好奇心からの基礎的研究です。この時代はまだ大学の研究予算が貧しい時代でしたが、自由な研究室の雰囲気と基礎研究を重視する気風があり、少ないけれでも研究を持続できる計上研究費があり、今次受賞は率直に言って過去の遺産が脚光を浴びているに過ぎないのです。その後南部氏と下村氏は研究環境を求めて渡米し、南部氏は米国籍を取得しています。なによりも注目すべきことは、、益川氏と小林氏が名古屋大学理学部出身であることです。当時の名古屋大学理学部はデモクラテックな教室運営で際だっていました。特に物理学科は、武谷三男・坂田昌一両氏のもとで、「教室の運営は民主主義の原則に基づく」にはじまる「教室憲章」で運営し、最高決議機関は教室会議で人事と予算配分すべてを公開で決定し、全職員と学生に伝えられました。理論的にも科学方法論としての武谷三段階論(現象ー実体ー本質 *『弁証法の諸問題』)と坂田モデルは自然弁証法を駆使した先駆的なものでした。教授も学生も互いを「○○さん」と呼び合う自由で対等な雰囲気が、思考の深化をうながしたに違いありません。こうした蓄積の上に世界水準の業績が生まれたのです。まさにこれは、古典ギリシャのアゴラにおけるデモクラシーの花開いたソクラテスの時代を想起させるものです。
しかしいま大学の研究は60年代の生き生きした雰囲気を失って、狭隘な効率主義が進行し、とくに基礎研究部門が疲弊しています。第3期科学技術基本計画では、15兆円が投下されていますが、重点は情報技術・生命技術・新素材・環境技術という応用研究に偏り、基礎科学は先細っています。04年の国立大学法人化から、運営費交付金の計上研究費は毎年削減され、基礎研究費はわずか14,3%と先進国で最低、高等教育の公費支出の対GDP比率も0,5%と先進国最低水準に落ち込んでいます。削減分は競争的資金に回され、研究者は論文製造器となって短期業績に狂奔し、大きな長期的構想を掲げる志しある長期研究はもはや姿を消していこうとしています。研究資金の不足を企業などの外部資金との提携によって補完するには、当然に特許が取れる効率研究が優先されます。こうして経済論理が大学を浸蝕し、研究費の配分も応用分野に偏重するようになりました。しかしこうした効率主義の政策が逆に研究の質を貧しくし、対費用効果はますます下降しているのが実態です。
ノーベル賞の科学関係の業績は、ほとんど研究者が20歳代、30歳代の新進気鋭の時期に達成されていますが、現在の若手研究者は惨憺たる情況になっています。理工系の博士号取得者年5500人のなかで研究職に就ける人は1500人でしかなく、ポス・ドクはいまや1万6000人を超えています。彼らの平均年齢は33歳で、将来への強い不安感から10%を越える人が強い抑うつ状態を示しています(文科省1600人対象調査 08年10月)。若手研究者は目に見える業績を早めに挙げる強迫神経症的な研究にのめり込み、ニンジンをぶらさげられた競争に絡めとられています。画期的な研究を切りひらく、オープンで緊張感に満ちた刺激と励まし合いの研究環境はもはや日本には存在しないのです。
こうしてノーベル賞の華やかさの裏で、あまりにも貧しい日本の研究の非対称的な姿が浮かび上がってきます。なぜこうした悲劇的な状態に陥ってしまったのでしょうか。それはあまりにも短絡的に企業の経営論理を学問や教育の世界に導入したからです。企業の成果主義体系は、フジツーの崩壊にみられるようにすでに失敗が明らかなのにもかかわらず。学問や教育は、本質的に効率やカネの論理とは背理し、真実と真理のみに献身する世界であり、研究者の心をとらえるのはカネではなく真理への接近に他なりません。いま日本は1960年ー70年代の時代精神を喪ってあてどもなく漂流しています。(2008/10/25
19:33)
◆芥川龍之介が自死する3日前にしたこと・・・・・
芥川龍之介は自死する3日前に、プロレタリア文学者の佐多稲子を自宅に呼んで、自殺未遂の経験のある彼女から自殺の方法を聞き取っています。佐多稲子が芥川の問いにどう答えたのか、興味がありますが、それにしてもなぜ佐多稲子であったのでしょうか。芥川は当時の雑誌『改造』に「自分はブルジョア文学者と目されているが、反プロレタリア文学の共同戦線をはるつもりはない。プロレタリア文学がやっと始まったのは、遅すぎるぐらいだ。その大いなる発展を望む」と記しています。彼を自殺に追いつめた「漠然たる不安」の時代(1926年)は、関東大震災(1923年)・甘粕事件(同年)・治安維持法(1925年)・日本プロレタリア文芸連盟結成(1925年)・金融恐慌(1927年)・張作霖爆殺事件(1928年)とファッシズム独裁の戦争へとすすむ緊迫した時代であり、小林多喜二『蟹工船』と徳永直『太陽のない街』が発表されるのは芥川死後2年です。芥川の震えるような繊細な神経は、この激動する時代にあって打ちのめされてしまったのです。彼が最後の希望を託そうとしたプロレタリア文学も小林多喜二虐殺(1931年)を契機として、雪崩をうった転向の時代のなかで姿を消していきます。芥川に自殺の方法を指南した佐多稲子も従軍作家として戦争を賛美する作品を次々と発表して軍部に協力していきました。芥川の自死は、かえって彼が戦争文学に手を染めることを回避し得る皮肉な結果となりました。
さていまあらゆる出版編集関係者の予想し得ない『蟹工船』ブーム(再版10万部突破)と『太陽のない街』の再評価が進んでいるそうです(読売新聞 2008年7月15日)。いうまでもなく、ワーキング・プアの若者たちが置かれている残酷な労働の姿が、かたちこそ違え戦前期の野蛮な原始的搾取と酷似しているからに他なりません。若者とともに高齢者の哀しい死があります。10月17日に東京江東区で生活保護の申請を拒否された63歳の都営住宅に住む男性が孤独死しました。この男性の最後の瞬間をみてみましょう。
2008年6月 建設関係の職場は働いた日の分だけ給料が支払われたが、ここ2,3年は休みがちで、出勤した際はやせ細り、「ご飯
は食べても吐いちゃう」と話していた(仕事先の話)
電話をもらった友人が部屋にいく。「立つのもやっとという様子だった。一週間なにも食べていないというので驚いたんです。
米はすこしあっても硬い者はのどを通らない、医者に行く金もないと話した。スポーツドリンク、バナナ、パンを買って食べさせ
生きる希望がないと弱気になる彼に生活保護を受けるように説得した」
9日に役所の開く月曜日を待って福祉事務所を訪ねる。区は「通帳が必要です。体調が悪いと分かる書類を持ってきて」と
返す。後日「預金残高が11万円で保護基準を超えていたため申請を受けつけなかった」(区生活保護2課杉山広英課長)。
「65歳以下だから働け」といわれたと友人にもらす。
10月6日 隣室の女性「男性の部屋のドアに新聞がたまっているのに気づいた。几帳面だからおかしいとは思ったけど」
10月9日 遺体発見
江東区は「事後のフォローがあれば結果は違っていたかもしれない。福祉の職員はみんな精一杯やっている。1人暮らしの高齢者や要介護者の把握など住民が支え合って暮らすための取り組みを進めているところだった」としていますが、厚労省のケースワーカー配置基準は保護世帯80件に1人ですが、江東区は1人で100世帯を担当していました。厚労省の生活保護行政は、生活保護の申請適正化によって行政の業績評価を進め、申請数が少ない自治体を表彰してきました。もっとも優良自治体と評価された北九州市で05年、06年と餓死が発生し、今回の江東区のように大都市での高齢者の孤独死が相次いでいます。
かって日本は「ふつうに真面目に働けば幸せになれ、老後もなんとか迷惑をかけずに過ごせる」という時代がありましたが、今やそれは幻想と化してしまったのです。「過労死するほどに働いても幸せにはなれないかも」という不安に襲われつつあります。しかも日本は福祉を受けることへのステイグマ(恥辱感)が強く、なんとか働こうとします。しかし現実には、正規職から一度外れると、フリーターの境遇から脱出するするのは難しく、誰かが「ババ」を引かなければなりません。しかも若者にあっては2人に1人が「ババ」を引く構造になっています。ゲームならば繰り返して参加可能ですが、今の日本では簡単にリセットできないのです。団塊の世代の大量退職を迎えて、大学生の就職戦線は売り手市場といわれていますが、その中味は企業に好ましい少数の学生が大量の複数内定をもらい、自己アピールの下手な大量の学生がいつまでも内定を得られずに非正規へ向かうのです。
しかも日本では「ババ」を引いた責任は個人にあり、自己啓発の努力しなかったのはお前ではないか、お前はもともと能力がないのだ−という個人責任説が強く(竹中平蔵や八代尚宏のような確信犯的市場原理主義者は論外として)、まじめな若者ほど自己責任論を誠実に受けとめてもがきつづけています。この個人責任論が完全に間違いであるのは、貧困と格差が労働者派遣法(1985年)による「ピンハネ」の自由化によって一気に深まったことで明らかです。最近みました映画「トウキョウソナタ」は有能な課長がリストラされて家庭崩壊に到る過程をリアルに描いていますが、この映画をみた人は誰も課長の自己責任を問わないでしょう。しかしなぜか日本では相変わらず、個人責任の意識が強いのはなぜでしょうか。
日本では社会保障制度が外部から導入されて上からの「お恵み」と意識が強く、自分で戦いとったという経験が弱いという歴史があります。いまなお悪人を退治する葵の印籠を出す水戸黄門を拍手喝采するTVドラマが根強い人気を保っているのと同じ精神構造があります。その上に革新系の一部に、福祉国家を修正的改良主義とみなしたり、或いは変革主体を一面的に強調する自己否定などの主体性論が重なって、自虐的な自己責任の意識が根強く根を張ってきました。こうした社会的雰囲気のなかで、日本の自殺率はロシア、ウクライナと並ぶ高水準を維持しています。
フランスの若者たちは(高校生も含めて)、仮採用期間を経ての正規採用という労働法改正案を、街頭での大デモンストレーションによって政府に抗議し、ついに廃案に追い込みました。いま日本政府も同じ法案を準備していますが、日本の若者たちの反応はほとんどうかがえません。人足寄場の派遣会社にピンハネされて必死に働く若者、ハローワークで尊厳を奪われているリストラされた人々は、団結して立ち上がる『蟹工船』に憧れのまなざしを向け、俺たちは抗議してもいいんだとあらためて驚くのです。『蟹工船』の抵抗は海軍の介入によって敗北しますが、その最後は「『ん、もう一回だ!』そして彼らは立ち上がった。−もう一度!」で終わっています。おそらくここに自己責任論を払拭する希望があるような気がします。それにしても戦後日本は、『蟹工船』を肌身に滲みて共感するような社会を若者たちにプレゼントしてきたのです。私の半生はいったい何のためにあったのだろうか−慚愧の念が込み上げてきます。(2008/10/19
12:57)
◆ミネルヴァの梟は羽ばたきはじめたのか?
「ミネルヴァの梟はせまりくる夕闇とともにはばたきはじめる」とは有名なヘーゲルの概念弁証法をあらわす言葉ですが、わたしは牢固として屹立するある時代が終わって、次の新しい時代が訪れようとする予感のようなイメージで受けとめています。この言葉は、夜明け前の闇はもっとも深く、飛び始めようとするミネルヴァの梟の姿を見いだすことの困難さをあらわしているともいえましょう。昨日みました黒沢明『トウキョウソナタ』は、大都会の片隅で必死に生きる家族が、父親のリストラをきっかけに崩壊の道を歩み始める、痛々しい現代日本の風景を描き、ピアノの天才的な能力を示す息子にかすかな希望を見いだして終わります。しかし長男は日本人でありながら、米国の理想に仮託して米軍に入隊し、イラク戦線に向かうという、なんとも虚しい希望にかける無残な道を選んでいます。おそらく現代の都市核家族の破綻を象徴する映画ですが、この家族にとって、ミネルヴァの梟は次男のピアノでしかなく、それもおそらく幻想に終わるはかない夢でしかないということが互いに分かっているような・・・・・。だからこそ、ドビッシーの「月の光」はすべてを包み込んで癒してくれるように響くのです。
秋の冷気を漂わせて、一点の雲もなく晴れわたった空から、木漏れ日がもれる窓辺に過ぎていく静かな時間は、なにかゆっくりと破綻していく世界をしのばせます。すこし霞がかった遠景の果てに、飛びはじめている梟を見いだそうとするまなざしもまた、願いを投影する詠嘆を湛えています。こうした叙情的な心性にいくばくの可能性をも信じ切れていない自分であることをよく分かっていながら、なお抗う精神の残り火を秘かに覚えているのです。なにか世紀末ウイーンの頽廃の風景に似ているようだと、思わせぶりな肯定の気持ちを振り払いながら、どこかに前を向こうとする存在を探しています。
あらゆる設計主義の論理が破綻する現実をみて、もはやすがるものはたった1人の自分でしかないというおそるべき野獣の覚悟が世を覆い始めてから、なんと世界は人間のみにくさを露わに示しはじめたでしょう。にもかかわらずわたしは、こうした世界の破綻に抗して人間の取り替えがたい尊厳を告げる営みがあることを信じることができます。20世紀最大のスペイン詩人といわれるフェデリコ・ガルシア・ロルカの墓が発掘されることになりました。ロルカはスペイン内戦でファッシスト側に捕らえられ、3人の同志とともに虐殺されて、8月19日にグラナダ近郊の墓地に埋葬されたそうです。スペイン司法当局は、36年ー51年の間に行方不明となった11万人の共和派の実態を解明し、彼らの名誉回復と補償をおこなうために、国内19カ所の共同墓地を発掘して犠牲者の遺体を確認するのです。もはや70数年前の歴史の闇に封じ込められた歴史の真実に光をあてるという気高い行為に、わたしは無条件に頭を垂れます。韓国においても、日露戦争期にさかのぼって民族への裏切り行為を究明する真実と和解のプランが国家行事としてとりくまれています。日本でいえば、内村鑑三をひざまづかせたものは誰かを明らかにし、大逆事件で無辜の民を処刑した犯罪者を探し、治安維持法で闇に消されたレジスタンスの真実を明らかにすることに等しい事業です。
歴史の真実に対する冷厳な審判こそ、今を生きている私たちの時代への誠実さを示す不可欠の意識です。ミネルヴァの梟は、はっきりと欧州や韓国ではその姿を見せ始めていますが、私の属する日本ではシニカルな冷笑でもって迎えられています。おそらくこのめくるめくような非対称性をのりこえなければ、日本の歴史への参与は資格を疑われ、世界史の舞台で存在する条件を失うでしょう。歴史への誠実を恢復するチャンスはしかし、まだ可能性として残されていることも確かです。埋葬された過去を発掘し、朽ち果てた遺体をふたたびこの目に刻んで、あたらしい教科書を編纂して後世に伝える作業の崇高さはまさに神のような神々しさとオーラに包まれています。残念ながらもはや残り時間は少なく、次の世代は文献学にしか頼らざるを得ない時代が迫りつつあります。しかしこうした作業なしに、わたしたちはミネルヴァの梟が羽ばたきはじめる瞬間を迎えることはできないのです。
幸か不幸か私たちの国は、スペインや韓国のような劇的な内戦を経験したことがありません。或いは内戦は、初発の段階で封殺され、血肉合い食むむごたらしい歴史は回避されてきました。これは逆にジャステイスを求めてあがらった人たちが常に少数派であったことを意味し、ジャステイスそのものを少数派に位置づけてきた恥ずかしい歴史に他ならないことを示しています。現代においても孤立しても屹立しながら思いを述べる姿は敬して遠ざける雰囲気はありませんか。もっとも惨めなことは、この日本が自力で歴史を再審する能力を持たないとみなされることであり、それは権威を持たない権力が嘲笑の対象でしかないことを思い知らされることを意味します。あるいはすでに、ミネルヴァの梟は羽ばたきはじめているにもかかわらず、誰も闇の深さに閉ざされて、夜明けがすでに目の前に来ていることを知らずに、朝を迎えるという寒々とした風景でしかありません。最後に笑う者がもっともよく笑うという生の流転は、わたしたちが最初に笑った者であることを白日の下にさらすでしょう。(2008/10/18
11:08)
◆ビートルズは若者たちを搾取した資本主義者!?
ケンブリッッジの歴史学者デーヴィッド・ハウアー氏は、最近の「現代英国における若者文化」という論文で、1960年代の若者を熱狂させたビートルズ文化を分析して次のように言っています(10月9日)。
音楽界を越える大きな影響力を持つビートルズは60年代の若者文化の象徴とされるが、当時の若者文化の最前線にいたとする見解は真実ではない。彼らのグループの最大の関心は、レコードの売上数であり、ビートルズはファンの崇拝を煽ることで若者を搾取し、「受け身の消費主義」を助長した、資本主義者の集まり以外の何者でもない。ビートルズは若者の英雄などではなく、商業目的で若者文化を搾取した資本主義者だ。ビートルズが若者文化の発展に寄与したとするのは神話に過ぎない。
論文の全文を読んでいませんので、こうした結論を導き出す過程は分かりませんが、こうしたビートルズ文化に対する左翼的否定は欧米では初めてではないでしょうか。確かにビートル全盛期にも、保守派は長髪族の不良文化と攻撃し、ソ連派は資本主義に汚染された頽廃文化と批判し、日本でもエレキ文化は不良とみなされ学校は公演にいく生徒を処分しました。わたし自身も彼らに不良イメージを持っていました。なにしろ当時の田舎の高校生は、喫茶店にはいることさえ不良とみなしたのですから。ところがその後じょじょにビートルズ文化は、若者の抵抗と平和への指向を象徴するメッセージ性があるとみなされるようになり、日本ではもはや学校の音楽教科書に準クラシックとして記載されるようになりました。レットイットビーやイエスタデイを知らない人は世界ではむしろ少数であり、ビートルズはもはや20世紀を代表するアーチストとして歴史的評価が定まっています。
では21世紀の今にあってビートルズを資本主義の走狗として批判する思想が表れたのでしょうか。おそらくこの歴史学者は、スチュアート・ホールを鏑矢とする英国カルチュラル・スタデイーズ学派の一人でしょう。この理論はソ連崩壊後のマルクス主義の退潮にあって、生活環境としての文化を多元的、重層的に解き明かそうとする知的総合をめざす理論として登場しています。源流はグラムシ、バフチン、アルチュセールなどの非正統派マルクス主義にあるようです。私はほとんどこの理論を勉強したことはありませんので、語る資格はありませんが、ハウアー氏のビートルズ批判はどうもそのような気配がうかがえるのです。或いは生活世界を市場に包摂する晩期資本主義を分析するフランクフルト学派に近いのかも知れません。
いずれにしてもアウトサイダー文化が一夜明けるとメジャーに転化する現代の文化ビジネスの構造を見れば、ハウアー氏の批判は一理ありますが、しかしビートルズがデビューした時代には芸術の商品化はそれほどに浸透はせず、マイナーな文化がアウトサイダーとして独自の主張をする場と機会が存在していたように思います。たしかにビートルズは音楽市場に飲みこまれて、初期の抵抗のスタンスを失っていきましたが、それでもアメリカ型音楽に包摂されることなく、自らの立ち位置を守り得ていたと思うのです。
従ってハウアー氏は、ビートルズ批判にかえてどのような若者文化の可能性があり得たのかを提示しなければ、時代の全体像を捉えることはできないでしょう。或いはあらゆる音楽は資本主義システムのもとで営まれているのであり、楽器から音符一枚にいたるまで資本主義的に生産されているのです。ハウアー氏の資本主義批判の心情は分かりますが、資本主義の原理的否定からはリアルな生産性は生まれません。あなたのめざす若者文化は、あるいは若者音楽はどのような資本主義のもとで可能性があるのかを提示することが求められます。(2008/10/16
9:44)
◆ゲーテッド・コミュニテイ(要塞の街)とちゃぶ台の思想
「城門を築きました」「門の向こうを、街は知らない」などのうたい文句で、武装した監視付き住宅が日本でも売り出されています。外周は高いフェンスで囲まれ、赤外線センサーと監視カメラが設置され、警備員が24時間態勢で目を光らせています。治安悪化に壁や塀で閉鎖し中の人だけの安全を実現するゲーテッド・コミュニテイは、80年代の米国で急増し、97年時点で全米2万カ所、800万人が住みましたが、06年には5万カ所、2000万人(!)へと急増しています。米国では富裕層や成功者が一般社会から離脱し、あたかも中世の要塞都市のような街が出現しています。かって米国は性別や人種、身分の壁をなくし、アメリカン・ドリームを実現する目映いばかりの自由のイメージがありましたが、いまや治安強化と厳罰を最優先する効率社会へと移行したのです。公共サービスや社会政策による社会的安定よりも、自己責任による安全の確保に走り出したのです。生活習慣や価値観の異なる他者との相互理解は、時間的にも心理的にもコストがかかるし、疲れてしまうとし、同一レベルの収入と同じ価値観をもった人たちのみが集住するコミュニテイが理想化されるようになったのです。こうして学校や買い物、レジャー、文化など生活のすべてが階層毎に分断され、究極の格差社会が実現しています。80年代に始まったアメリカの地域の物理的分断は、20年遅れて日本でも始まったのです。ある日本の開発会社は「富裕層がゲーテッドに住むのが世界標準だ」と言い切り、住民は「いまはね、人を信用できない時代。予防の意味で此処を選んだ。ことばは悪いけれど少々高いことで住人がふるいにかけられ、それが街のクオリテイになる」と話します。
日本最初のゲーテッドは、敷地が甲子園球場の1,5倍の広さをもつベルポート芦屋(芦屋市)で、1区画400−1000平方bの土地は1億ー3億円で販売され、マリーナを備えた美術館やレストランのような邸宅が立っています。マザーヴィレッジ岐阜(岐阜市)は、床面積130平方b前後の4LDKで、分譲価格は周辺より1000万円ほど高い4000万ー5000万円です。広尾ガーデンフォレスト(東京・広尾)は、2万9千平方bの敷地で、最上階は289平方bで販売価格10億円ですが、すでに670戸が完売し、会社経営者や外資系金融機関会社員、女優等が購入しています。ある開発会社の場合、日本国内では少なくとも800世帯がゲーテッドで暮らし、09年には札幌など全国展開で2000世帯を超えるということです。以上・朝日新聞10月13日付け朝刊参照。
みなさんはこうしたゲーテッド・コミュニテイが日本に増えていることにどのような印象をお持ちでしょうか。確かに日本にも山の手といわれる高級住宅街と下町といわれる庶民街がありましたが、壁や塀で囲んで警備員がセンサーで監視するような物理的分断はありませんでした。居住環境の質の垂直的な差異が空間に反映はされましたが、少なくとも水平的移動の自由は確保され、町内会や学校は共同であり、災害や救急時の緊急車両の通行は確保されていました。しかしゲーテッドは、地域の空間を物理的に閉鎖し、学校も買い物も映画館も独自に囲い込む隔絶した空間であり、人間の生活そのものが垂直的に分断されるのです。なにか恐ろしい変化が日本に起きつつあるような気がしませんか?
よかれ悪しかれ日本は、生活水準の格差はあっても、教育機会の保障によって社会的位置の垂直移動と、居住環境の水平移動がある程度可能な社会であり、子どもたちは同じ教室で机を並べ、新入社員はスタート時点で社長室への距離が同じであったということが日本型企業の高度成長を実現してきたのです。その後じょじょに学歴社会へ移行し、社会的位置の垂直移動は厳しさが増しましたが、少なくとも制度的な差別は否定されてきました。お金持ちの子どもと貧乏人の子どもが違った教室の椅子に座るということはなかったのです。それは徴兵制下の擬似的平等のようであったかも知れませんが、自分だけが生まれによって特別待遇を受けるということは嫌悪され、恥ずべきことだと考えられてきました。あたかも軍隊が志願制に移行し、貧困青年が兵士の多数を占めるようになった米国軍隊の実態と似たような文化が日本に蔓延し始めました。日本の凶悪犯罪発生件数はむしろ減少傾向にあるのに、なぜ安全への不安が忍びよるようになったのでしょうか。
明らかに9・11以降に意識的に操作された安全観が日本を覆い始めました。いま私の住む町内で、町内会で購入した軽自動車に子どもの誘拐防止と戸締まりを呼びかける大音響がラウド・スピーカーから流れていきました。9・11はいままで日本にあったゆるやかな地域のむすびつきにはかりしれない打撃を与えたように思われます。米国の公立学校の教師たちが、銃で武装して授業をしているように、日本でも安全を自己責任とするとする集合的心性が広がっているように思います。そこには、他者を共同の対象としてではなく、潜在的な敵ないし犯罪者としてみる不信感がありますが、その根底に人間観の大転換があるように思います。人間は本質的に自己利益の極大化を求める利己的人間であり、必然的に他者との競争を生き抜かざるを得ないオオカミ的存在とみなすホッブス的な人間観です。可能性のパイが無限大のフロンテイアを約束された西部開拓時代には、この思想は明るく前進的な意味を持ちましたが、パイが閉塞された現代では陰惨なジャングルの闘争に転化します。こうした人間観はシカゴ学派のリバタリアニズムとなって市場を支配し、一方における勝利者の優越と他方における膨大な敗者のルサンチマンを生みだし、米国のような最悪の犯罪社会を実現しましたが、現在の日本はそうした犯罪社会へ移行する分岐点にあるような気がします。
この最大の犠牲者が子どもたちです。人生のスタートラインに立った時点ですでに、垂直的にそそりたつ目眩くような格差のなかに位置づけられ、他者を競争敵とみなす歪みきった生育環境は、ゲーテッドの中に生まれた子どもにも陰惨な拝金主義の優越の意識をもたらし、もはや「人類」などという気高い価値をせせら笑うシニシズムと、現在に執着して未来志向を失うニヒリズムを生むでしょう。ゲーテッドの外部には、嫉妬と怨念が支配する劣情が育つでしょう。こうした関係にもはや文化的創造の条件はなく、爛れきった頽廃と終末の日常に溺れる無残な魂が残るのみです。おそらく荒廃する情況を一気に切りひらく独裁のメッセージと、裏返しのエネルギーとしての戦争願望が蔓延してくるにちがいありません。
かって日本の台所には円形のちゃぶ台があり、家族全員が周りに座ってみんなでワイワイ言いながら食事をしました。私も高校時代まではちゃぶ台であったような記憶があります。この大正末期からはじまったちゃぶ台の食事風景こそ、日本人の家族関係を平等の方向へ揺りうごかした革命的な家具であったのです。それまでは家父長を中心とする垂直的な身分関係が厳然と食事風景を支配し、1つの卓をみんなで囲んで食べるということはなく、家父長が上座に座って長男が続くという身分に応じた銘々膳であったのです。台所がキッチンになり、ちゃぶ台がダイニングテーブルになって、食事風景は洋風化しましたが、四角形のテーブルは明らかに家族内の力関係で座席を決める前近代を現代に復活させるかのようでしたが、いまや家族団らんはなく各自が勝手に食する孤食の風景が広がって家族の紐帯は風化していきました。おそらく10億円のゲーテッド・マンションに棲む家族は、それぞれが金儲けに狂奔する寒々とした食事風景でしょう。
ちゃぶ台は生まれてきた嬰児をみんなで世話しながら、アレコレと互いのことを話題にし、時には喧嘩もして夕暮れを過ごす類い希なる家族風景を演出しました。ちょうど山田洋次「男はつらいよ」の柴又の寅屋の風景です。おいちゃんとおばちゃんと姪の家族が一堂に会し、時に寅さんが飛び入りで参加して談論風発する風景を皆さんもご存じでしょう。「男はつらいよ」シリーズの終焉とともに、日本が大きく変貌したように思います。現在の生まれたばかりの嬰児は、ロボットのような並んだ育児室で人工飼育されています。退院すれば孤独な育児で疲れ切った母親のDVの対象になっています。いま赤ちゃんから天使のような笑いが姿を消しているそうです。赤ん坊は「オギャー」というもっとも注意を惹く波長の第一声を発してこの世に姿を現し、母親の乳房にやすらぎながら、左右対称の微笑みを浮かべて大人たちを感動させるのですが、乳児院ではいま微笑まない赤ちゃんが増えているそうです。私はこの話を聞いた時に、何とも云えない感慨に襲われました。ひょっとしたらこの背後には、痛々しいまでに荒廃した大人たちの心性があるのではないか。
おなじようにゲーテッド・コミュニテイは、本源的に大切なものを失いつつある日本の歪んだ風景を象徴しているように思われます。それは孤食の風景を居住空間に拡大しているような気がします。もはやちゃぶ台の食事文化はただのノスタルジーになってしまったのでしょうか。私の息子の保育園時代に、親の参観があった時に、仲よくテーブルを囲んで子どもたちが仲よくお座りして、ワイワイ言いながら昼食を食べていました。なぜかあの風景が強烈に印象に残っているのです。日本のちゃぶ台の文化はもはや復活しないのでしょうか。日本全体が大きなちゃぶ台を囲んで、アレコレと談論風発しながら食する風景はもはや夢想なのでしょうか。衣食住という人間の第1次的な生活のあり方は、民族や国の文化を象徴的に表現し、前進的で創造的な文化ほど衣食住の壁や断絶がなく共同性が集合心性として営まれています。前進的な企業や学校ほど、個性的なメニューを準備した共同食堂が充実しているのです。衣食住は人間の本源的な文化であり、孤立し隔絶した衣食住は人間の尊厳を毀損するのではないでしょうか。(2008/10/13
10:06)
◆この世界の対称性は破れるのか−自己責任原理が世界恐慌を誘発する
米国発の金融恐慌はどうなるのでしょうか? 株価暴落からドル暴落へすすむのでしょうか? ひょっとしたら私たちはいま、世界大恐慌の始まりをみているのだろうか? でも周りを見れば、ごく普通に銀行は時間通りに開店し、電車は運行され、ありふれた日常生活が変わりなく続いています。しかしどこかになにか忍びよってくる不安を抱えながら、今日という日常の喧噪をあわただしく過ごして、眠っては目覚める毎日が過ぎていっています。あいかわらず安逸を貪っている人もいれば、ブルーテントで過ごしている人もいます。ノーベル物理学賞を得た素粒子論では「対称性の敗れ」という理論が物質世界の成立を説明する画期的理論であったそうですが、私たちの世界の「対称性」は容易に「破れ」そうにありません。メデイアは「世界恐慌」ということばを慎重に避けています。1929年の世界恐慌がアナウンス効果から始まった苦い経験があるからです。「あの銀行は危ない!?」と誰かが口走った瞬間に、雪崩を打った口座引き出しと取り付け騒ぎが誘発され、実際に銀行の連鎖倒産が相次いだからです。1929年10月24日のニューヨーク株式市場の大暴落で始まった恐慌は、世界を巻き込み、欧米の工業生産は数十%も低下し、失業者は米国で1300万人、世界で3000万人に達しました。大銀行の倒産が相次ぎ、農業恐慌で大量の農産物が廃棄され、1931年には金本位制度も崩壊しました。市場原理では経済をコントロール不可能となり、国家の介入によるブロック経済の市場争奪戦がついには悲惨な第2次世界戦争をひきおこす結果となりました。もともと恐慌とは、資本主義の無政府生産が市場の限界を超えて過剰生産となって、価格の暴落と企業倒産、大量失業を生んで経済循環を破壊し、淘汰された資本によってふたたび生産が回復する必然的現象なのだとマルクスは云いましたが、いま起こっているアメリカの金融恐慌は単なる実体経済の過剰からというよりも、ペーパー・マネーをデイスプレー上で動かす博打のような投機取引によって起こっています。このメカニズムは普通の市民には到底理解できない複雑である種神秘的な世界ですので、なにか神の見えざる手の戯れのようにみえます。なぜ米国発の金融恐慌が起こったのでしょうか、私もその真相を頭脳の許す限りで知りたいと思うのです。
メデイアのアナリストは、米国の住宅価格が下げ止まれば解決するかのような幻想を振りまいていますが、事態はもっと深刻なようです。米国の金融モデルは、金利と為替のデリバテイブ取引(未来の価格を仮想して現在で取引する)、不動産と金融債権の証券化、M&Aなど投資銀行(日本の証券会社)が精緻な金融工学の技術を駆使して最大限利潤を追求するものです。この金融工学の微積を駆使して組み立てる理論はほとんど理解できませんが、銀行の本来業務である商業業務と派生業務である投資業務を兼業することを禁じたグラス・ステイーガル法(1933年)を廃止する規制撤廃によって、金融の主導権が預金を集めて企業へ融資する商業銀行から投資銀行へ移り、日本政府も宣伝する「預金から投資へ」というスローガンで一般市民のカネも資本市場へ流入していきました。米国型の金融モデルは、イノベーションと経済成長を促進するグローバルなモデルとして推奨され、基軸通貨であるドルの特権を背景に世界に広がり、アメリカへの資金の集中とドル高・株高によって米国の資本は膨張し、一時的に空前の繁栄を実現したのです。じつに破綻したリーマン・ブラザースの最高経営責任者(CEO)は2000年から7年間で、480億円の個人報酬を稼いだのです。米財務長官ポールソンは、ゴールドマン・サックスを辞める時に12億jを手にして今はウオール街を救うために必死になっています。メリル・リンチ重役が年収7600万j、9500万jを手にしていますが、破綻した会社のCEO達が給料やボーナス10年分を返還すれば会社は健全になるにもかかわらず、彼らは遁走している。
米国型金融モデルは、ICT革命(情報通信技術革命)を発展させ、マイクロソフト、インテル、グーグルなどのIT企業の成長は、ベンチャービジネスへの資金提供を活性化させる役割を果たしましたが、膨大に膨れあがった金融資産は実体経済の生産資本に再投資されない過剰貨幣資本となって、ヘッジファンドや投資銀行の投機マネーと化し、株式バブル→土地バブル→住宅バブル→穀物・原油バブルなど次々と投資先を移しながら最大限利潤を貪ってきました。そのなかでサブプライム・ローンは金融資産を証券化し資本市場の流動性を高める革新的な金融技術でしたが、実際は回収不能の不良資産を全世界にばらまく詐欺的技術であることが暴露されてしまいました。ほんらい住宅が購入できないような貧困層をローンの対象として融資し、その債権を証券化して巨額な金融資産を膨張させる手法が一気に破綻したのです。アメリカのサブプライムローンを組み込んだ証券を大量に買った世界は軒並み回収不能の不良資産を抱えることになりました。
国際通貨基金(IMF)は、米国発金融危機で世界の金融機関(銀行、保険会社、年金基金、政府系住宅金融会社)の損失が1兆4050億j(143兆円 証券化されていない融資4250億j、資産担保証券9800億j)となり、今後数年間に世界の有力銀行の救済のために1750億j(69兆円)が必要となると試算しました(「世界金融安定性報告」10月7日)。この金融危機は直ちに実体経済に波及し、米国の家計と雇用の危機は深刻となり、9月雇用統計は過去5年間で最悪の15万9千人の失業をうみ、08年は新たに76万人が失業しています。マサーチュセッツ州ではこの3ヶ月で4721件の住宅ローン返済不能が発生し、カリフォルニア州そのものが銀行融資を受けられず州財政の破綻に直面しています。シュワルツネッガー氏はいま絶望的な顔つきをしています。州内5000の自治体も同じ危機に瀕し、教師の給料と老人ホーム、警察の住民サービスがストップしようとしています。金融業界救済に注ぎ込む75兆円(国民1人24万円)は当面の額で、実際には総額1兆8000億j(190兆円)という試算もでています。公的資金で金融機関を救済するよりも、公的資金を国民生活と実体経済を刺激する再生エネルギー投資、住宅ローン組み替え資金、自治体支援へ回すべきだとする強い批判が起こっています。以上・友寄英隆論文参照。
欧米中央銀行は、ドル供給オペレーション(公開市場操作)によって金融機関が資金を融通し合う短期金融市場に緊急資金を供給していますが、流動性は枯渇したままです(互いに疑心暗鬼となって貸し渋りが起こっている)。それはサブプライムローンを組み合わせた証券化金融商品が拡散してしまって、相手の銀行がどれほどの不良資産を抱えているのか分からなくなってしまったからです。こうして金融機関は自分で引きおこした破綻を自分の手で処理できず、公金の支援を受けて右往左往するという末期的症状を呈しています。日銀もリーマン破綻後の9月16日から15日連続で27兆4000億円の円資金を供給し、オペ入札を12月に3回実施すると決めましたが、金融機関の資金の出し手は激減しています。
金融危機は日本の自動車や電気などの輸出企業に打撃を与え、国内市場も疲弊して軒並み輸出関連株価が暴落しています。しかしなぜか日本の金融機関と輸出大企業は世界の中で比較的堅調なのです。なぜでしょうか? 金融機関は中小企業への貸し渋りや貸しはがしをおこなって、犠牲を中小企業へ集中しています。下請中小企業は、親企業からの納入単価切り下げと原材料高を価格転嫁もできず経営が圧迫されて、9月中小企業倒産件数は1391件(前年同期比33,7%増 東京商工リサーチ10月8日)を記録しています。大企業は内外生産体制の再編成と雇用調整によって危機を乗り越えようとしています。新規求人数の削減、期間工や臨時工、派遣・請負の非正規雇用を切り捨てなど犠牲を転化しています(8月完全失業率 4,2%)。非正規雇用が景気変動の安全弁であることがみごとに浮き彫りになってきました。要するに日本は、より弱い層へ下方垂直的に犠牲を次々としわ寄せすることによって、表面的な堅調が保たれているに過ぎないのです。むしろ日本は、ぶ厚い社会的経済によって国内の経済循環を維持している欧州モデルに較べて、堅調が敗れた時の危機は慢性的に深化していくことになるでしょう。それは爆発的な失業、社会保障と福祉の破産、公共サービスと教育の喪失という生活基盤の崩壊につながる危険があり、その萌芽はすでに表れています。
以上の実態は、実体経済の使用価値よりも交換手段に過ぎないカネを至上価値とする拝金主義の金融資本主義の破産と、すべて市場に任せればうまくいくとして、金融規制を「社会主義的悪平等だ」と攻撃してきたシカゴ学派の市場原理主義理論が完全に破綻したことを示しています。自由な競争による自己選択・自己決定・自己責任の論理は、他ならない主張者自身が自己責任をとらないリバタリアニズムの欺瞞を露呈しています。要するにネオ・リベラリズムの「自己責任」原理は、金融権力にとってはどこ吹く風で、中小企業や一般市民と労働者のみに適用される原理であったのです。普通ならばこうした尊厳を汚す欺瞞に対しては、まちがいなく一揆や革命などの反対行動が爆発するでしょうが、不思議と日本は平穏であるように見えます。欧州や中南米ではすでに市民たちが、ネオ・リベラリズムを打ち倒す民衆運動を起こしていますが、なぜか日本は静かです。だからかえって私には不気味に映るのです。取り返しのつかない奈落の底へと転落していく前に、、企業や学園でシッカと眼を見開いて、現状を一度根本から再点検すべき時ではないでしょうか。(2008/10/9
8:15)
補記)
米国の代表的保守系新聞が米国市場原理モデルを痛烈に批判するにいたりました。「大恐慌以来の最悪の金融危機は、もう1人の犠牲者として米国型資本主義を奪った。銀行こそが1930年代以来の米国の経済力の旗艦となってきた。他国にも極度に自由化した米国の市場制度をまねることが期待され、奨励された。過去30年間にわたって米国は、ことに途上国に対して、政府は金融や産業に手出しをするなと率先して主張してきた。ところがサブプライム住宅ローンや有害な金融商品などを生み出したことで米国の資本主義は世界から非難されている。もはや金融危機を解決するなんのモデルも示せない米国に敬意を払う者は誰もいなく、米国の信頼は地に落ちている」(ワシントン・ポスト 10月10日)と一面で告白しています。米国への信頼などとっくの昔に失われていたのですが、米国保守派も今回の金融恐慌にパニック状態になっているようです。G7は5項目の行動計画を発表しましたが、ニューヨーク株式市場はなんの反応も示さず、相場はいっそう下落し、もはや今次金融危機は先進国が協調介入しても制御できない状態になっています。むしろ市場原理派はこうした極限における市場の暴走こそ、自らの理論の悪魔的な証明としてほくそ笑んでいるのかも知れません。市場原理派は本質的にニヒリズムの権化なのです。
自己資本をはるかに超える借金をおこないながら、政府の監視が届かない金融商品を開発して、ボロ儲けをしたあげくに、バブルがはじけて破産に直面すると、鉄面皮に政府の救済を求めるなど、そのモラル・ハザードは地獄の閻魔さまも眼をシロクロさせているでしょう。日本のメデイアは金融機関への公的資金投入の大合唱をしていますが、もはや事態は実体経済の危機に及びはじめました。米国大手自動車会社のGMやフォード、クライスラーが破産の危機に瀕し、底なしの状態に転落しはじめました。問題は日本の超低金利政策が金融危機の爆発に加担しているところにあります。投機集団は日本の低金利の資金を調達し、世界中に投資し荒稼ぎし、米国のカジノ資本主義の爆走を支援してきたのです。日本政府はまだ「貯蓄から投資へ」などと叫び、もはや紙切れとなった証券に日本の国民のお金を移動させようとしています。
都市銀行中心に中小企業融資保証が激減しています。07年に導入された責任共有制(部分保証)によって、貸倒リスクを自ら背負うことになった銀行が中小企業への融資をやめてしまいました。年末にかけて中小企業倒産が劇的に進むでしょう。ところが都市銀行13行は年間3兆円もの申告所得を計上しているのです。トヨタ九州はすでに800人の派遣労働者を雇いどめし、トヨタ全体で半年間で2000人という全体の20%の期間社員が首になりました。年間1兆円を越えるトヨタが雇用破壊によってさらに最大限利潤を追求しようとしています。私たちはワシントンとウオール街に媚びへつらいながら、地獄への里程を刻んでいます。取り返しのつかない時点が刻々と迫りつつあります。あたかも対称性の破れに逆らうかのように。
私はノーベル物理学賞学者3人を輩出した名古屋大学理学部物理学教室の学問モデルに注目したいと思います(これは東大物理学教室と対照的です)。武谷三男氏と坂田昌一氏を中心とする研究室は、研究者が自由闊達に議論するデモクラテックな雰囲気で、互いを「○○さん」と呼び合い、真理の前に教授も学生も平等な学徒でした。武谷・坂田両氏は、エンゲルス『自然の弁証法』を研究指針とし、物質の無限の階層性を基軸に、観測した現象の規則性の背後にある物質を見つけて理論を組み立てる「形の論理を物の論理で理解する」を合い言葉としました。「数学的な内容は自然界のどこかにあらわれるはずだ」と当時の院生であった益川敏英氏は言っていたのです。ここに小林・益川氏の「CP非対称性の破れ」誕生の理論的土壌があったのです。社会も互いを「○○さん」と呼び合う自由闊達な雰囲気があるデモクラテックな関係になった時に、創造的な発展が起こるのです。
宇宙は空間を入れ替える空間反転(P)と、過去と未来が入れ替わる時間反転(T)、粒子と反粒子が入れ替わる(C)の3つの対象性があり、CP対象性がある場合にはCは対等ですが、CP対象性が破れている場合にはCに差異が生じる。粒子(物質)はそれぞれ質量が同じ反粒子(反物質)が存在し、粒子と反粒子が遭遇すると光子を生成してエネルギーを放出し双方とも消えてしまうのですが、CP対象性が崩れている場合には消えないのです。こうして私たち人間を含む物質がこの宇宙に存在しているのです。以上は小林・益川氏を指導した沢田昭二氏の説明です。
私はこのCP対象性の敗れを経済現象に適用し、今次金融恐慌を説明できないかと考えるのです。経済の世界では、市場と計画という対象性の世界があり、この対象性がそれぞれ互いと入れ替わりながら対象性を保っている場合には経済の混乱は起こらない。しかしこの対象性の統合が破れ、互いに相手を排斥し合う関係になると、市場に偏重するか逆に計画に偏重し合う対象性の破れが生じて経済は混乱する。市場偏重による破れが恐慌であり、計画偏重による破れが統制経済(ソ連型社会主義、ナチス経済)の破綻となって表れたことは歴史の実験で証明されています。だから市場と計画の対象性をうまく組み合わせてコントロールすれば破れは生じないのです。ここに21世紀経済システムの将来モデルがあるのではないでしょうか。市場と計画のコントロールは、いままでレギュラシオン学派がとりくんできましたが、将来モデルを構築するにいたっていません。それは私たちの課題でしょう。素粒子論モデルを機械的に適用して経済現象を説明する非常に荒っぽい議論でしたが、しかしなにか私は示唆されるところがあるのです。私は対象性の破れが全世界を覆っているように思います。先進国&途上国、白人&有色人種、男性&女性、教師&生徒、大人&子ども、経営者&労働者、都市&田園、正規&非正規、高学歴&低学歴などなどありとあらゆる対象性が破れ、二項対立が激しくなり、人間の対象性の尊厳が崩れ去っているのではないでしょうか。こうした二項は生得的なものであれ、人為的なものであれ、それを理由に二項の対立を煽り立てて対象性の破れを誘発する人たちは直ちに退場すべきです。(2008/10/12
9:28)
追記)G7の公的資金注入によって株価は下げ止まったかに見えます。しかしこれで金融危機は終わったのでしょうか。特に米国は巨額の軍事費と財政赤字、経常収支赤字の膨張によってドルへの信頼がゆらいでいます。米国の経常収支は金ドル交換停止の1971年から06年までに6兆ドル(600兆円)を越え、ヘッジファンドの4倍になっています。海外へ流出した不換ドルは、米財務省証券や米大企業株と債券購入によって環流しドル暴落を先送りしてきました。米国資本収支の黒字を支えた金融モデルとICT革命という条件が今回の金融危機によって失われ、ジョージ・ソロスはサブプライム・バブルよりはるかに巨大なドル・バブルの崩壊を必死としています。ドル暴落はドル保有国にに致命的打撃をもたらすため、米・欧・日のドル買い協調介入が秘密合意されていますが、今後のドル安はドル・ユーロ・円の三極体制に向かうという意見もあれば、世界1のドル保有国である中国やインド、ブラジルの新興国を含む新たな国際通貨秩序に進むという意見もあります。(2008/10/16
8:43)
追記)
LMFのIMFの最新の世界経済見通しは、金融危機に続き実体経済も下降局面に入り、来年の実質経済経済成長率は、米国0,1%、ユーロ圏0,2%、日本0m5%で軒並みゼロ成長と予測していますが、この見通しは甘く米国はじめマイナス成長に入る可能性が高い。特に米国は90年代の景気上昇後に00年のITバブル崩壊後に景気後退に入りましたが、同時テロ後の超金融緩和・富裕者減税で中断し、アフガン・イラク戦争の軍需景気となりましたが、07年夏から家計赤字の膨張による国内消費減退、住宅価格の下落によって、信用膨張(ローン急増)が実体経済の矛盾を覆い隠していたことが暴露されました。住宅産業に続いて自動車産業の危機が始まり、米国経済は本格的な景気後退の局面に入りました。この本質は新自由主義的資本蓄積によって、一方に置いて巨額の富が多国籍企業と富裕層へ集中し、他方に膨大な貧困層の増大にあり、貧困層の増大が家計消費を押し下げて大型の不況が長期化する危機となりました。さらに金融危機が株式など金融資産を暴落させ、富裕層の消費支出も減退させています。
行天豊雄氏などは米国経済の後退を過剰消費に求めていますが、その裏には中国・日本による過剰輸出があります。つまり海外での過剰消費と過剰生産がグローバルな規模で米国の過剰消費をもたらし、世界同時不況をもたらしたのです。マルクスの貨幣恐慌論(金融恐慌論)は、独自に貨幣恐慌が起こって実体経済に波及する特殊な恐慌と、全般的な生産と商業恐慌の表れとする2つのタイプを指摘しましたが(『資本論)』)、今回の金融恐慌はその2つのどちらも合わせ持っています。金融恐慌が実体経済に波及すると同時に、実体経済の危機が金融恐慌を長引かせるスパイラルの可能性があります。どうしたらいいでしょうか。
1930年代のニューデイール政策をさらに革新する21世紀型ニューデイール政策が求められます。(1)米国型金融モデルの改革(金融統制、金融投機化規制と透明化、金融制度の民主化、戦争の中止による財政再建と経常収支赤字の縮小、新興国を含む国際通貨・金融秩序の再構築)、(2)国民生活重視型緊急対策(恐慌の犠牲から勤労者と中小企業を守る対策、低所得・失業・自営業救済対策)、(3)新自由主義的資本蓄積の改革(労働改革、ものづくり重視、史上規制が他産業政策、大企業・富裕層の公正な負担、医療・福祉制度充実、環境重視型成長モデル)等々です。以上・友寄英隆論文参照。
追記)
株価資本主義(株式資本主義)は、資本主義の中心を資本市場とみなし、株式市場での株価時価総額を企業価値を計る客観的指標とみなす。しかし株式市場ではヘッジファンドなどの投機取引による株価変動、親企業の金融資産(負債)をを帳簿外の子会社(特定目的会社)に移して資産対応証券を発行させる金融証券化など株価は人為的に操作されている。金融危機の時代には企業の実在的な資産(工場、機械設備)と株価総額は極端に乖離する。株式市場での株価変動は、市場で流通している架空資本(擬制資本 配当額を利子率で評価した資本価格)としての株式の価格変動に過ぎず、株式会社の実在的な実質価値を示す物ではない。株式資本主義はリアルエコノミーではなく倒錯した虚偽と詐欺の経済である。企業が保有する株式などの金融資産を貸借対照表に記入する際に取得価格で評価する原価主義ではなく、決算時の時価で評価する時価会計は、株式資本主義の会計思想だから、SE(ベイ証券取引委員会)Cによる時価会計凍結は株式資本主義の事実上の敗北宣言である。市場価格がないものまで時価をつける現在価値革命の暴走と挫折が投資銀行を葬り去ったのである。今次米国発金融危機は単に米国型金融モデルの破綻にとどまらず、米国流企業経営会計思想という米国流資本主義の前提条件を破砕したのである。友寄英隆論文参照・(2008/11/1)
◆渡世の仁義
すごいなあ・・・渡世の仁義とは、渡世人と呼ばれる博打打ちやヤクザの言葉とばかり思っていましたら、いまや立派な外交用語になっているのですね。「アメリカが助けてくれと言っている時に知らん顔をしておいて、自分が困った時だけ助けてくれという理屈は、『渡世の仁義』として通らない。現在の国連は少数国の方針で左右され、国運をそのまま委ねる情況ではない」(麻生太郎『自由と繁栄の弧』)というように、外交の基本用語として使うべきことを教授されて、わたしは感嘆しているのです。この人物は東アジアのある国の首相として範を垂れているわけですから、この国の市民たちも平伏して拝聴せざるを得ないでしょう。要するに彼の国では、市民モラルではなく、とっくにヤクザの仁義で経営していることを宣言しているのですが、私はなんたる時代遅れであったでしょう。たしかに私もあるヤクザと親分と面識になった時に、さすがに子分数百人を束ねる親分ともなると、人を心酔させる独特の魅力と迫力があると感心したのですが、彼の首相就任とはじつはヤクザの親分の地位を襲名したのだということに気がつかなかった私が浅はかであったのでした。確かに彼の大親分は星条旗をはためかせて出入りをおこない、逆らう組の親分を殺害するというヤクザの仁義をつらぬいていますから、大親分に従うならば「国連」などという市民のモラルにしばられることはありません。だからこの国の人たちは、みんな星条旗の大親分を頂点にした組組織の末端を構成する組員であることは当然なのです。もし逆らえば、渡世の仁義に反することですから、小指の一本や二本は詰めて差しださなければなりません。大親分ー親分ー若頭ー舎弟というヒエラルヒーがみごとに構築されて星条旗組はいかにも安泰であるかのようです。
特にこの島国の大親分に対する忠誠度は高く、言うことにはすべて従ってくれるので大親分も安心して島国組を預けてきました。ただ最近は島国組の組長が、任期途中で次々と親分の座を若頭に譲るので、心配になって子分を調査に派遣しました。ところが大親分の足元でカネの貸し借りでホクホク顔の大儲けをしていた証券組の博打打ちたちがミスを犯してしまい、大親分の金庫が破産寸前になりましたが、大親分はただちに渡世の仁義を働かせて組員を救うという、まことに涙ぐましい振る舞いを演じてウオール街の組員から感謝をされています。大親分は島国組の親分に命じて、ウオール街の博打打ちを救うように言いましたら、ただちに島国組の三菱なんとか組員と三井なんとか組員が巨額のカネを送ってきたので、大親分は少し安堵しているところです。
こうして島国組は星条旗の大親分の言うことを全部きいて、いままでうまくやってきたのですが、最近は島国組の内部でも組員の間の格差が発生し、組を脱走したり、一部の若頭が公然と反乱を起こして親分に楯突くようになりました。いままでは島国組のなかでは、組に属さない勢力は取るに足りない少数で、少々のアメをねぶらせれば済んできたのですが、最近はめだって反抗的態度をとるようになりました。一部の若頭グループはしょせん同じ穴のムジナですので、星条旗の大親分に注進すればなんとかなるのですが、最初から組に反対している連中には少し注意が必要になってきました。なぜなら島国組の若頭の連中のなかに、すぐ不用意な失言をしてひんしゅくを買っては辞職する無能な者が続出し、組に迷惑をかけるようになったからです。
どうも渡世人の組織と仁義に不信を持ち始め、組そのものを解散しようという勢力が増えてきたのです。世界でもEUなんとか組とかは日頃からあまり忠実ではありませんでしたが、最近は辺境勢力の中南米組の組長が対立勢力にさらわれてしまい、いままで星条旗組の庭と思いこんでいた組が反旗を翻してきました。しかし島国組の組長の生きる道は、あくまで星条旗組と命運をともにするしかないのです。こうして島国組の組長は『自由と繁栄の弧』という組長の大号令を発して最後の賭に出たのです。
ところが島国組の構成員である大阪組が経営する個室ビデオ店で放火事件が起こって死者が出るに及んで、その前に秋葉原組で起こった暴走ナイフ事件とも相まって、ネットカフェ難民や日雇い難民の問題がクローズアップされてしまいました。この問題が島国組にとって困るのは、この仕組みが組への巨大な収入をもたらしてきたからです。しかし組長が困った時にすぐに助けをの手をさしのべてくれるのが渡世人の仁義です。都庁の石原組の組長が「ネットカフェは1500円だが、山谷に行ってごらんなさいよ。200円や300円で泊まれる宿はいっぱいあるよ。そこにいかずにだな、なんか知らんけれども、ネット難民は大変だ、大変だ、と言うのはね、メデイアのとらえ方もおかしんじゃないか」(共同通信10月3日付け)と助け船をだしてくれました。島国組の組長は、さすが石原組だ、みかえりに石原組の五輪誘致を手助けしようと強く決心しました。実際に1泊1000円以下で泊まれるような簡易旅館は山谷にはないのですが、そんなことはどうでもいいのです。あとは大阪組の橋下なんとか組長も頑張っていてくれるので、最低この島国組の二大組織が安定しているうちに、ちょろまかしてしまおうというのが島国組親分の秘かな願いです。
こうして「自分が困っている時だけ助けてくれ」などという「渡世の仁義」に反するようなヤクザが一人もいないような世の中にするために、星条旗大親分と島国組親分は熱い兄弟分の杯を交わして渡世の道をどこまでもいくのです。彼らの向かう地平線の彼方に真っ赤な夕焼けが落ちようとしています。ところがひょいっと後ろをふり向いた二人は愕然としました。誰も付いてきていないのです!(2008/10/6
14:18)
補記)この島国組の組長を隣国・韓国のある新聞は次のように評しています(韓国・ハンギョレ新聞 9月22日)。
「麻生総理の登場を憂慮する理由
我々は麻生総理の日本に憂慮を表明せざるを得ない。彼が高い人気を受け圧倒的に当選したことは日本社会の雰囲気を反映するとみるためだ。アジア重視を掲げた福田前首相の自説でも、日本は独島を自国の土地だと教科書に明記するまでして我々と葛藤を引きおこした。それで始まった両国関係の梗塞はまだ解消されなかった。こんな情況で極右民族主義的世界観をもつ麻生が登場するのであるから、韓日関係の改善はさらに遠のく可能性が高い。彼は失言製造器という別名がつくまでに他国を刺激する妄言をぶちまけて物議を醸してきた。朝鮮人強制徴用社の搾取で悪名高い麻生炭坑の創業主の末裔である彼が、「強制徴用はなかった」と強弁したのはよく知られていることだ。「創志氏名は朝鮮人が願ってしたことだ」ったし、「日本が植民地に義務教育をしたお陰で台湾が現在のように発展した」とし、2007年に米下院で通過した日本軍隊慰安婦非難決議は「客観的事実にもとづかないもの」と言うのも彼の考えだ。日本国王自ら、中断した靖国神社参拝問題と関連して、彼は「靖国参拝に反対するのは韓国と中国だけだ」とし、国王の参拝を主張した。このように日本の植民地と軍国主義の過去に対し、徹底した無反省で一貫した彼は、驚くべきことに「一つのアジア」を主張する。問題は彼のアジアは、互いに尊重する共存のアジアではなく、「先駆者日本」の一方的主導のもとにあるアジアと言うことだ。富国強兵を通して日本が自由と繁栄を享有するアジアを主導する力を養わなければならないという彼の主張は、帝国主義日本の大東亜共栄圏の主張を連想させる。こんな視角をもって周辺国と友好関係を企てるというのは、虚言に過ぎない。麻生が真に一つのアジアを願うなら、過去史に対する妄言を撤回し、真摯に反省することからはじめなければならない。そうでなければ彼も日本も周辺国の信頼を受けることはできない」
まことに恥ずべき組長をいただいている島国組の哀れな組員の胸中が偲ばれます。所詮は自分のレベルにふさわしい親分をいただくしかないのでしょうか。(2008/10/13
11:54)
◆人類の時間配列遺伝子は夜なのか
人間のDNA塩基配列のうち時間によって動く遺伝子のスイッチを果たすものがあります。例えばなぜ喘息は発作は未明に起こるのか、心筋・脳梗塞は朝に起こるのかなど疾患が特定の時間帯に起こるのはこのDNAが遺伝子の働きを制御しているからだそうです。理化学研究所は時間帯別に遺伝子を働かせるDNA塩基配列を、朝1100個、昼2300個、夜3300個を抽出しました。するとこれからは特定の疾患に効果的な薬の服用を時間帯別に開設することが可能となります。医学を含む自然科学はまことに実証原理によって仮説実験と試行錯誤を繰り返しながら、法則的真理に接近しています。そこには人間の主観的な願望を許さない人間生命の探求の確かな最適化があります。ここまで真理への接近が誤謬を極小化しておこなわれている自然科学の世界に対して、なんと人間と社会を対象とする解明は価値観が混濁する多様で、多岐な混迷の相にあるか目を覆わんばかりです。さまざまの学派が入り乱れて覇を競い、時には学派の正統性をめぐって戦争などという究極の社会的実験等の闘争が誘発されます。真理への接近に誠実な人ほど、人文・社会科学をいかがわしく思い、自然科学の世界に沈潜する気持ちもよく分かるのです。
しかし人間と社会の価値観をめぐるストラッグルは、権力という剥きだしの抑圧の武器と結びついて、人間の本質を利己的とする古典リベラリズムが現代によみがえり、マネーを至上価値とする欲望が世界を覆い、この地球惑星という自然システムそのものを崩壊に導く暴走をはじめてしまいました。もはや人文・社会科学の混迷は自然科学の存立基盤そのものを浸蝕しはじめたのです。ほとんどの自然科学は地球惑星システムの解明に捧げられてきたのですが、その地球惑星の存続が問われるようになったからです。太陽恒星のまわりをゆっくりと回転している8個の惑星のなかで、最初に命脈が尽きるのが地球となることは確実です。
いまシトシトと降る窓辺の雨を見ながら、テイペット「オラトリオ<我らが時代の子>」(ゲンナジー・ロジェストベンスキー指揮 BBC交響楽団)を聴いています。この作品はナチスのユダヤ人迫害でフランスに亡命したユダヤ人青年が独外交官を射殺した1938年の事件を契機に作曲され、1942年に完成しています。バッハのコラールのような詠歌が、黒人霊歌を交えて歌われ、最後は「深い河」で閉じられます。強制収容所であっけなく殺されていくユダヤ人への鎮魂を込めた慟哭のような曲です。「我らが時代の子」とは勇敢にたった1人でナチスに立ち向かったユダヤ人青年への敬意を表しています。作曲家自身は英軍への従軍を良心的兵役拒否として拒否し、3ヶ月間の禁固刑に服しています。同じ時に日本の著名作曲家は何をしていたでしょう。巨匠といわれる山田耕筰を先頭に大東亜共栄圏と特攻作戦を讃美する戦争音楽の作曲に熱中していたのです。
テイペットが全霊を傾けて告発したナチスの亡霊はいまや市場原理主義のホロコーストとなって全世界を覆いつつあり、ついにその限界に直面してのたうち回っている観があります。私たちは極端に歪んでしまった「市場」という名の強制収容所の明日なき囚人として生きているに他なりません。戦争中毒症状を呈する軍産複合体によって、現代のチクロンBが洗浄を約束された密閉室の天上から噴射されています。その部屋の名前は、アフガニスタンとイラクと命名された異教徒専用の部屋です。ナチス・ホロコーストにあっては、加担か抵抗の二元的選択が強いられ中立の選択は排除されています。東アジアの小さな国は見苦しい加担者として、忠実な僕の役割を演じ、全世界の嘲笑を浴びています。
しかしヒトラーが自ら毒を仰いで自殺し、ムッソリーニが愛人と一緒になぶり殺しにあって逆さに吊されたように、市場原理独裁もルサンチマンと復讐の恨を浴びて自壊していくのです。現代の市場独裁は、ウソで3兆ドル戦争を始め、ギャンブル金融に手を染めてウオール街を破産に導き、年収100億円を稼ぐCEO救済のために75兆円を丸投げするという非道を演じつつありますが(ジョセフ・ステグリッツコロンビア大教授)、それはもはや市場独裁システムの崩壊を告げています。映画監督マイケル・ムーアは、金融危機に対する対案として、「米国では400人の金持ちが底辺の1億5千万人の収入と同じ1兆6千億jを稼ぎ、ブッシュ政権下で7千億ドルも財産を増やした。議会が特別検察官を任命し、金融責任者を処罰し、救済資金は市民ではなく、年収100万ドル以上の世帯への10%の特別付加税、株取引利益の25%課税、法人税率の大企業課税によって負担し、国民のための人民銀行設立が最適化解」と示しています。彼が単なるプロパガンダ映画ではなく、一定の社会科学的根拠に基づく映画作家であることが分かります。ここに現在の社会科学的真理をめぐるパラダイムの激突があります。
ところが市場原理独裁の忠実な僕である日本の主要金融機関は、29,218億円の所得を上げながらわずか4,0%(1169億円)しか納税せず、米英の大手破綻証券会社に1兆1800億円を出資して救済するという驚くべき行為に打って出ました。まことにペーパー・マネーにこころを奪われたベニスの商人に他なりません。いやそれではベニスのユダヤ人商人が怒るでしょう。ベニスのユダヤ人商人は、激しい迫害と差別を乗り越えるための唯一の自己防衛が正統な蓄財行為でしかありませんでしたから。
自然科学が時間帯別DNAの究明によって、喘息や心筋・脳梗塞の発作時間の制御の可能性を開いているように、いま金融恐慌から株価崩壊をへて世界恐慌へ進む人類の夜の遺伝子を制御する社会的な遺伝子組み換えが緊急の課題となっています。それはギャンブル資本の息の根を止め、正常な消費財を供給する実体経済を軌道にのせること以外にありません。もっと言えば資本そのものを廃棄したほんらいの社会的市場メカニズムを構築するプログラムです。アラン・シリトーは「長距離ランナーの孤独」でみごとに「競争」にもてあそばれる人間の哀しみと、決然と拒否する人間の尊厳を描きました。孤児院出身のランナーは、優勝を実現するゴール直前で突然に走ることをやめる劇的な選択をしたのです。彼は激しい非難を浴びながら、「僕は走ることそのものが楽しいから走ってきたのであった、他人に勝つためにのみ走ることはできないんだ」とつぶやきます。もう人を蹴落として自分だけが生き残るための競争に、私たちは疲れてしまいました。マラソン選手の円谷幸吉さんが血の出るような遺書を残して自死したように。
父上様、母上様、幸吉はもう疲れ切ってしまって走れません。なにとぞお許し下さい。幸吉は父母上様のそばで暮らしとう御座いました。
いまこの惑星の人間はこの円谷選手のように追いつめられて生を絶つのか、ゴールを前にして静かに走ることをやめるのか・・・誰しも選択を迫られています。(2008/10/5
11:44)
◆正義を認めてもらうことがこれほどに難しいこととは思いませんでした・・・・
愛媛県警の裏金づくりを内部告発した巡査部長仙波敏郎さん(59)のしぼり出すような述懐です。彼は告発後に拳銃を没収され、いままでの担当職務と全く無関係の、告発後にわざわざ設けられたポストに配置転換され、勤勉手当の減額処分に屈することなく、名誉回復をめざしています。高松地裁に続いて2審の高松高裁でも彼は勝訴しました。高裁判決は「新設された配転先は必要性は認めがたく、見せしめと推認され妥当性を欠く」と認定しています。国家権力の最前線にあって、仙波さんは権力の腐敗を告発し、記者会見を妨害されながら、良心を貫いたのです。彼の正義感溢れる姿勢はまさにほんらいの市民警察官の姿に他なりません。むしろ愛媛県警は自らの腐敗を正そうとした彼の正義の行為を称讃し、表彰すべきでしたが、県警は彼を闇から闇へ葬ろうとしたのです。ことほど左様に日本における正義の崩壊はとめどなく進み、公金で裏金をつくって私的に流用している県警こそが被告席に座らなければならないのもかかわらず、日本では逆になっているのです。犯罪を摘発し正義を実現するはずの警察組織が不正にまみれて、正義を抑圧している姿はもはや末法の症状です。なにか「正義」という言葉そのものが、手垢にまみれ口にするのが恥ずかしくなるような雰囲気はありませんか。
早々と辞職した前国交相は、小中学校の全国一斉学力テストを文科相として提唱し導入したのですが、そのほんとうの意図は「教職員組合と学力テストの結果との相関関係を明らかにし、教組を潰すため」なのだと言っています。こうした歪みきった意図の最大の被害者は、悪戦苦闘している子どもたちに他なりませんが、ここにあるジャステイスの欠落はまさに目を覆うばかりの惨状です。なにか分からない大人の紛争に振りまわされている、いたいけな子どもたちにとって「正義」はどのような実感を持って受けとめられるでしょうか。
厚労省は一般病棟に入院している後期高齢者で入院日数が90日以上になっている脳卒中と認知症患者の診療報酬を減額し、重度の障害者が入院する特殊疾患病棟(1万4000床)と障害者施設(6万床)で脳卒中と認知症患者がそれぞれ2割と3割以上いる病院の診療報酬を減額します。これらの患者は言うまでもなく在宅介護が困難であるがゆえに入院しているのですが、病院経営に打撃を与えて患者を病院から駆逐する誘導的な政策です。いったい生存権否定につながるジャステイスの異常に厚労省の神経系はどうなっているのでしょうか。
さらに政府は地球温暖化防止の次の枠組みの新たな提案をするそうです。温暖化の主要な責任は言うまでもなく産業革命以降の先進工業国にあり、京都議定書は先進国の大幅削減を誓約し、途上国は「共有するが差異のある責任」を負うという規準で世界が取り組んできました。ところが政府の新提案は、「主要排出国の削減を最優先課題」とし、「差異ある責任」原則を否定して、世界を「先進国」「新興国」「途上国」に3分類し、新興国に拘束力ある目標を義務づけるのだそうです。2020年の誓約目標が達成困難となった日本が、苦し紛れに誓約を破るための口実が作為されています。自ら議長国としてまとめ上げた枠組みを捨て去る厚顔はもはや常軌を逸する不正義の行為に他なりません。全人類的課題として明日なき取り組みを迫られている温暖化は不可逆的な破滅的影響をもたらします。ここにある想像力とジャステイスの感覚の恐るべき頽廃はいったいどこから来たのでしょうか。
すべてはいまウオール街から始まった世界金融恐慌に劇的に示されています。金融規制緩和で演出された住宅バブルの崩壊で、世界は疑心暗鬼の沸点に達し、マーケットは機能停止状態になりました。各国の中央銀行が巨額のドル資金の協調介入をおこなってもドルの流動性は恢復されません。追いつめられた米政府は75兆円もの税金(1人24万円)を投入して、金融機関の救済に動きましたが、「バブルに酔いしれたウオール街の後始末はごめんだ」とする米国市民の声によって否決されてしまい、事態は混迷を極めています。世界は息を詰めてこの金融危機がドル暴落へ進んで、世界経済恐慌の崖っぷちに追いつめられる資本主義の最後の瞬間を見つめています。今回の金融恐慌を引きおこした最大の犯罪者であるウオール街のギャンブラーを税金で救うというジャステイスの喪失にこそ最大の問題があります。
仙波敏郎さんが告発した相手は、じつはこうしたジャステイスを根底から歪めた全世界に他なりませんでした。彼は意識すると否とに関わらず、あたかもドンキホーテとなることを覚悟して、腐敗権力の風車に立ち向かったのです。後世は彼を記憶に留め、顕彰するでしょう。同時に歪んだ権力の支配はおわり、全世界のジャステイスを汚す象徴としてのアメリカ帝国は退場していくでしょう。彼の名前はその終わりの始まりを演出した偉大なる俳優として歴史に刻まれるのです。それは企業や学園で無数の仙波敏郎が出現することに他なりません。(2008/10/1
23:46)
◆こぼれおちる秋冷の陽光にあって世界は傷つく
秋の風景はなぜか人間を内省にみちびく不思議なちからを秘めています。自然も社会も喧噪の夏を過ぎて、空気も音も清浄に澄みきっていく風景はやさしく人のこころを包み込む癒しのメランコリーへといざなっていくようです。まことにくっきりときざまれる日本の四季の黄昏に向かう夕焼けのような寂しい美しさを目にして、迫りくる玄冬の厳しさを予感しつつ、あらためて来し方をふり返る静かな時間は抱きしめたくなるような、いとおしさを覚えます。内省への傾きはややもすると、目の前にある現実を諦念的に受け入れていく誘惑に駆られますが、しかし私は今日も襲いくる悪しき振る舞いから目を避ける誘惑にうち克ちたいと希んでいるのです。
驚いたことにイラク=沖縄説なる意見を初めて知りました(アラブ首長国連邦UAE紙アルハリージ 9月20日)。「イラクのなかの沖縄−イラクは米軍基地が存在する日本の沖縄だ。アラブの人々は沖縄で起きたことを教訓として取りあげ、交渉中の米軍地位協定の否定的側面を理解する必要がある。占領期間が5年と50年以上の違いはあるが、イラクは日本の沖縄と同じだ。両者は外国軍の占領を受け、軍事基地を抱えている。イラクには14才の少女を暴行して日本人の尊厳を奪った犯罪者のような海兵隊員が多くいる。連合国暫定当局CPAの協定案は、米軍のイラク人に対する虐待・殺戮行為をイラクの法規で裁けないようにしようとしている。イラクと日本の国内法が米国の法規を優先させて自国民を保護できない現状は馬鹿げている。米国は米国だ。日本とイラクは米国ではない」としています。沖縄は海外から見れば米国の占領状態にあるとみなされているのですね。自らの娘を外国兵に陵辱させてなお、「自由と繁栄の弧」を「美しい国」とする欺瞞を外国は鋭く見ぬいているのです。
哀しいことに生活保護を受けた世帯は過去最高の月平均110万5270世帯に達し、そのほとんどは障害・傷病者と高齢者、母子家庭です。社会福祉事務所の冷酷な審査をくぐり抜けた数値ですから、実態はさらにひどいものでしょう。申請理由のほとんどは、「傷病による」「収入の減少」「貯金の喪失」ですから、生活の痛みを自己責任でカバーする限界が近づいてきてようです。さらに児童虐待の相談件数は過去最高の4万639件となり、加害者の62,4%が実母です。虐待を受けた子どものうち、0−3才未満の子どもが7422件を占めています。生まれおちたばかりのいたいけな嬰児が唯一のまどろみの対象である産みの母親から、虐げられネグレクトされる凄惨な姿がひろがっています。以上・厚労省社会生活行政報告(9月26日)参照。
外国兵に陵辱されて尊厳を汚される日本の娘たちと、虐げられる嬰児の悲鳴が、この澄みきって晴れわたる秋空のなかにかすかな呻きとなってひびいて参ります。日本の首相は国連総会で「基本的価値をを同じくする国と連帯し、価値観が違う国とは連帯しない。日米同盟を基軸に対テロ戦争に積極的に参画する」として非同盟諸国の冷笑をあびました。ここには国内で陵辱され、虐げられている娘たちと子どもへの想像力の致命的な貧しさがあります。テロと戦争へのまなざしをあらゆる暴力の根絶へと向けなければならないにもかかわらず。
私たちはすでに対テロ戦争が、帝国の世界支配の別名にほかならないことを学習しています。すでに日本は『蟹工船』の地獄にあえぎ、プレカリアートに蔓延する閉塞感は戦争待望に最後の希望をすがる集合的心性がしのびよっています。帝国の金融システムは、ヘッジ・ファンドのカジノ資本主義に蹂躙されて崩壊の危機に瀕しています。1929年型世界大恐慌が世界戦争に突破口を求めた20世紀の悲惨モデルを思い浮かべない人はいないでしょう。それほどに世界はデスパレートな状況なのでしょうか。
かって戦争への加担を恥じて東北に隠棲した93才のジャーナリストは、「絶望のなかに希望はある。戦争も格差も母親のまなざしにもどって、女が主導する社会に変えることによって見つめなおさなければだめだ。人類のこれまでの1万年は強い男の天下だったが、これからの1万年は女の社会にして、強い男が優しく包み込むのがほんとうの強さじゃあないか」(むのたけじ『戦争絶滅へ、人間復活へ』岩波新書)と遺言のようなメッセージを伝えています。しかし少なからず戦時期の女性と母は、まなじりを決して息子たちを戦場に送り出したのではなかったか。私は児童虐待を繰り返す現代の母親にその影を見るのです。
しかし実は帝国の野蛮は孤立と破産への道を確実に歩んでいるのです。英国国教会カンタベリー大主教は「信じられないほどの富が同じく信じられないほどの虚構、紙の取引によってうみだされてきた。金融の世界が、監視や規制の対象外に置かれている現状を無期限に維持できるふりをするのはもはや無駄である。共通の繁栄や安定の土台なしに、投機市場が長期にわたって生き残ることはできない。マルクスはかって自由放任の資本主義が、現実や権力機関を、それ自体は生命をもたないものの属性とし、神話的虚構をつくりだす方法を見つけ出したと指摘したが、彼の学説は正しかった。投機家は銀行強盗、資産剥奪者であり、市場システムは取引のルールを不思議な国のアリスから持ち込んだ。銀行の株価はその業績ではなく、政府が救済する意欲とそれを発表するかどうか依拠している」(『スペクター』9月26日号)とマルクス理論に依拠してカジノ資本主義を痛烈に批判するにいたっています。
同じく日本の宗教界では、浄土真宗東本願寺が戦時期の反戦言動による竹中彰元師の僧職解雇と追放処分を自己批判し、名誉回復の復権顕彰会をおこないました(2007年10月19日 岐阜県垂井町 明泉寺)。「非戦を唱え教えに生きんとした僧侶に対し、処分を下したこと自体が宗派の犯した大きな過ちである」と宗務総長は述べています。こうしてもっとも政治と経済に遠く、時に戦争に親和的であった宗教界が帝国の野蛮を告発する信仰告白をおこなうにいたっています。
こぼれるおちる陽光の世界にステイグマを刻んできた帝国は、迫りくる晩秋の黄昏にあって、自らの追放を宣告されています。いっさいの憐れみを注ぐことなく、水に落ちようとしている犬を鞭打ち叩き込まなければなりません。情け容赦なく冷酷に。(2008/9/27
11:34)
◆大型ハドロン衝突加速器と日本の現在
スイスとフランスの国境をまたいで地下100mに世界最大の素粒子実験施設「大型ハドロン衝突加速器(LHC)」が完成し、いよいよ宇宙誕生の瞬間を再現する実験が始まろうとしています。半径4,3kmの27kmの円周を持つこの巨大な施設では、水素の原子核である陽子を超高速で加速して正面衝突させ、瞬間的につくられる超高温・高圧の状態は、この銀河系宇宙が誕生したビッグバンから1兆分の1秒の瞬間だといいます。その瞬間に現在の宇宙には存在しない素粒子が生成され、物質が質量を持つために必要な「ヒッグス素粒子」(標準理論で予測されているが未発見)や、宇宙の重力に影響を及ぼす「暗黒物質」の解明がめざされています。9月10日に開始された実験は陽子が加速器のなかを1周することが確認されたが、電気系統のトラブルで遅れるということです。生成された「暗黒物質」に現在の地球が飲みこまれるのではないかという危惧は、暗黒物質が超極微であるために心配はないといいます。SFの世界の話が、目の前で実現しつつあるような感じですね。
思えば150年前にガリレオ「天文対話」が発表されて天動説が覆されてから、ついに人類は宇宙創造の秘密に迫ろうとしているのです。もっともローマ法王庁は、地動説の理論的正当性を認めつつも、弾圧したガリレオへの謝罪は一貫して拒否しているばかりか、聖書原理主義はアメリカの公立学校で依然として神による宇宙創造と反進化論を子どもたちに教えています。原子核の深奥に迫った人類は巨大な爆発エネルギーを開発し、人類を数回も絶滅させる核爆弾を保有して狭い地球でいがみ合っています。一方で宇宙生成の秘密を解き明かしながら、他方では自らを殲滅させる兵器を持って喜んでいる非対称性の凄まじい背理はまさにダモクレスの剣となって人類の頭上に吊されています。しかしこの惑星の真実を解明する営みが着実に進めばすすむほど、惑星を汚す愚かな人類の姿が浮き彫りとなって、この青く輝く惑星へのいとおしみと次世代に清らかに引き渡そうとするのぞみの力はいよいよ強くなっていくに違いありません。
欧州でビッグバンの秘密に迫ろうとしている同じ時に、東アジアでは歴史の営みをまた歪めるような恥ずべき振る舞いが無自覚に繰り広げられています。驚いたことに与党はヒトラーに匹敵するファッシストを総裁に選んでしまいました。この人物の会社は戦時期に朝鮮人強制労働者によってあくどい利益をあげましたが、現代に到ってもその血塗られた歴史感覚は衰えを知りません。彼の過去の発言録を見れば一目瞭然です。
「東京で美濃部革新都政が誕生したのは女性が美濃部スマイルに投票したのであって、婦人参政権が最大の失敗だった」(1983年)
「創氏改名は朝鮮人が名字をくれと言ったのが始まりだ」(2003年)
「遊就館になんどか行ったことがあるが、戦争を美化するという感じではなく、その当時のありさまをありのままに伝えているだけだ」(2005年)
「祖国のために尊い命を投げだした人たちを祀り、感謝と敬意を捧げるのは当然だ」(2005年)
「大変だ、大変だと言って靖国の話をするのは、基本的に中国と韓国、世界191ヵ国で2ヵ国だけだ」(2005年)
「北朝鮮のミサイル発射について金正日総書記に感謝しないといけない」(2006年)
「靖国神社に祀られている英霊は天皇陛下万歳といった。天皇陛下の参拝が一番だ」(2006年)
「地球温暖化を心配する人もいるが、温暖化したら北海道は温かくなってお米がよくなる」(2006年)
「7万円と1万円はどちらが高いかアルツハイマーの人でも分かる」(2007年)
「審議をしないとどうなるか。ドイツでは昔、ナチスに一度政権をやらせてみようと云う話になった」(2008年)
「安城や岡崎だったからいいけど、名古屋で起きたらこの辺全部洪水よ」(2008年)
なんとも聞くも汚らわしい歴史への無知とレイシズムと女性蔑視の偏見と想像力の貧困が溢れていますね。この人物は中学校社会科の基礎知識さえありません。日本の政治レベルが最低の水準に劣化したことを示していますが、「すべての国民は自らの水準にふさわしい政治家を選ぶ」とすればこれほどに哀しいことはありません。韓国メデイアは「韓国に対する妄言で名高い代表的な極右政治家が登場した」(聯合)とし、ドイツは「この人物はいつまで職務を続けられるだろうか」(DPA通信)と報道しています。しかし私が胸を痛めることは、韓国世論調査で「もっとも嫌いな国」に世界で群を抜いて日本が第1位となり、昨年の38%から57%に急増したことです(中央日報22日付け)。韓国人を強制連行して儲けまくった彼は、現在にあっても互いの劣情に火を付ける役割を果たしているのです。
ハドロン加速器で激突している陽子は宇宙誕生の秘密に迫ろうとしていますが、東アジアの島国では破廉恥な指導者の登場が劣情を衝突させようとしています。(2008/9/23
10:30)
◆「やかましい」考
どこかの国の大臣が「消費者の声がやかましい、じたばた騒ぐな」と放言して辞職してしまいましたが、それを他の大臣がやかましいとは九州弁で「よくものが分かっている」ことと弁護して九州の人の怒りをかっていました。いったい「やかましい」のほんとうの意味は何だろうと調べますと、やかましいの語源は「弥+喧」で、弥=いよいよ、ますます、喧=うるさいでであり、ますますうるさいというのが原義であり、現代日本語でもそのように使われています。あの傲慢な表情をした知性のない大臣は、国民の声が文字どおりうるさいものでしかなかったようです。どうもしかしほんとうにやかましいのは、次々と職責を放棄して捨て去っていく辞職大臣の辞職の弁でしかありませんでした。おそらく現在の日本ほどに政府の統治水準が堕落して無責任になっている国はないでしょう。それと比例してこの国の内実は凄惨な状況を呈し始めているようです。それを示す幾つかの指標を挙げるだけで、この国がいかに痛んでいるかが浮かび上がってきます(OECD30ヵ国比較)。
人口1000人当たり医師数 @ギリシャ4,9人 Aイタリア4,2人 Bベルギー4,0人・・・・ 27日本
家族に対する公的支出GDP比 @ルクセンブルグ4,1% Aデンマーク3,9% Bスウエーデン3,5%・・・・28日本0,7%
教育に対する公的支出GDP比 28日本3,4%
医療費支出のGDP比 22日本
これが世界第2位の経済大国である日本の社会基盤の現実ですが、他方では抜きん出て最上位に位置している指標もあります。
中学校平均学級規模 @日本33,3人 Aドイツ24,7人 Bフランス、米国24,3人 C英国22,4人
人口10万人当たり自殺者数 @韓国24,7人 Aハンガリー21,0人 B日本19,5人 Cフィンランド16,5人 Dフランス14,6人
こうした惨憺たる事態に疑問の声を出すことは、日本ではもはや「やかましい」と為政者から非難されるのです。この国で生活しようと思えば、ジッと沈黙して我慢し続けなければならないのです。いま給与で生活している4543万人のうち、1032万人が年収200万円以下となっていますが(国税庁調査)、年収200万円といえば1ヶ月16万7千円ほどですから生活保護の貧困ラインを完全に下回っています。一方では年収60億円を超える0.数%の経営者がわが世の春を愉しんでいるという、この恐るべき非対称性を皆さまはどう思われるでしょうか。この非対称性は、ほんらいなら正規雇用しなければならない社員を非正規雇用に代替して絞りあげる雇用解体政策にありますが、その被害を一身に担っているのが若者たちです。2人に1人の若者が明日なき派遣などの非正規雇用にさまよっていますが、都会の煌々と輝く高層ビル群の明るい夜とお笑い番組に明け暮れるTV画面は若者の悲哀などどこ吹く風に過ぎません。
自由はもはやカネと力のある者のみに許され、力が正義となる原則がゆきわたり、偽装して商品を売らなければ会社がつぶれる社会となっていませんか。賄賂なしには合格しない公務員試験などどうやって法律を出し抜いて自分だけが勝ち抜くかという特殊能力が問われるのです。しだいに人間らしい神経系は犯され、他人の失敗と不幸をみてホッとしたり、嘲笑うような卑劣な感性が形成されてはいませんか。小説や映画などの表現は、暴力と恐怖剥きだしのサデイステックな残酷さにあふれ、その強度を上げて刺激を競い合う修羅となってはいませんか。こうして散々に痛めつけられて肥大化した神経系にいたたまれない人は、敗北した弱者として片づけられ、トラウマとルサンチマンが蓄積して追いつめられていきます。
尊厳を奪われて呻きを挙げる神経は、抑圧の移譲をはねのけるか離脱するかしか残された道はありません。外側に向かってルサンチマンを爆発させて他者を残忍に攻撃する暴発はアメリカ型であり、30分に1人の殺人事件が発生しついには学校の教師も武装が許可される状況となっています。日本では米国のような外向的攻撃は少なく(秋葉原事件のような例外はありますが)、むしろ攻撃を自分に向ける自傷行為が多発します。日本の自殺率は19,5と世界第3位に躍りでて、年間3万人を超える人が自死しています。その多くは高齢者と若者たちです。
しかしほんとうの犠牲者は「やかましい」声すら挙げられない子どもたちです。モルモットのように全国一斉学力テストを強制され、点数競争に追い立てられている子どもたちは、いまや市町村別の結果公表によって残酷な恫喝をあびています。「このざまはなんだ」と大阪府知事が脅迫し、学校予算減らすぞと迫られています。「日本の過度に競争的な教育」の是正を国際連合から勧告されてもどこ吹く風の日本は、子どもたちの健やかな感性を痛めつけながら、ひたすらに競争の道を進んでいます。意見表明権を持つはずの子どもたちは、大人たちの恣意に翻弄されて右往左往しています。学テ全国第1位の秋田県の子どもたちは幸せなのでしょうか。小学生の平均正答率が2年連続全国第1位になった秋田県の背景には恐るべき作為があります。前回の学テの問題や類似の問題を集めた市販の問題集をやらせ、新学期のほとんどの授業はテスト対策に当てられているのです。前年度のうちから5年生の担任が集められて、全国学テ向けの問題が各学校で実施され、その結果を持ち寄って4月の本番に向けて対策を立てて子どもたちにトレーニングさせるのです。前回よりも悪い成績を恐れる教師たちのプレッシャーは強く、新学期の一番大事な学級づくりの時期がテストに明け暮れるのです。こうして全国学テの目的である「児童生徒の学力・学習状況の把握・分析」は空洞化し、文科省そのものもが学力の実態を把握できない最悪の事態が生まれています。いま日本の子どもたちは、残留農薬とカビに汚染された輸入米の給食を食べさせられては、毎日をテストの恐怖に怯えているのです。
不正や虚偽に正当な抗議をすることは、「やかましく、ジタバタ騒ぐ」ことであり、国民は黙って従わなければカネをやらないヨと恫喝するシステムは、いわば主人が奴隷を従わせるアメとムチの政策に他なりません。私も愛犬コロをしつける時に、私の命令に従わないと叩き、従うと肉を与えるというやり方でコロをしつけましたが、このやり方はかなり有効です。「やかましく、ジタバタ騒ぐ」国民には冷酷なムチを、尻尾を振って政府に媚び従う国民には少々のカネをばらまく政策が成功している国ほど不幸な国はありません。アメとムチの政策と「女性は感情で動きやすい。国民も女性のように扱えば簡単に操作できる」(ゲッペルス)というファッシズムの支配原理はナチス・ドイツで成功しましたが、人類史はすでにこの原理の虚妄を学習済みです。日本の市民たちはいま最高度の「やかましさ」で声を挙げ、子どもたちも嵐のように意見を表明するでしょう。(2008/9/21
13:43)
◆負け続けているパチンコはなぜやめられないか
パチンコに狂った経験がある方はお分かりでしょうが、負けがこんでいくほど一発逆転の快感は大きく、負け続けるほど止められないという泥沼に落ち込み、最後に店を出る時の打ちのめされた気持ちに深く傷つきます。2度とやるまいと思い定めながら、勝った時の快感を思い出してまたパチンコ台に座るのです。これこそギャンブル依存症の初期症状です。ギャンブル行為=ギャンブリングは@自己選択A結果の偶然性B生活を賭ける行為であり、勝つか負けるかハラハラドキドキするスリル感に満ち、敗北の不安恐怖と偶然的勝利の快感が、あたかも全世界を獲得したかのような昂奮状態をもたらします。この興奮は刺激の増幅に正比例しますから、ますますハイリスク・ハイリターンの行為に落ち込んでいきます。こうしてギャンブル依存症は、異常に強いギャンブル欲求によって中断するとイライアラや憂鬱感に襲われ、被害が重なれば重なるほどのめり込み、最後は家庭崩壊にいたる重度の神経症なのです。パチンコ依存症の統計はありませんが、精神科学会では推定200万人以上が多重債務に悩んでいるとされます。
いま昼間にパチンコ店を覗くと、熱中している主婦のような女性や退職後の高齢者のみならず、併設されたゲーム機で若い世代が大金をはたいてのめりこんでいます。パチンコ業界は賭博性の高い機種を次々と投入して煽り立て、大不況のなかで30兆円に上る売上高を誇っています(第1位自動車産業59兆円 第2位一般機械32兆円)。ギャンブルにはクジ、賭博、ゲームの3種類がありますが、パチンコは突出した利益を上げているのです。都会のメイン・ストリートの四つ角は、ほとんどパチンコと銀行で占められています。さらにパチンコ依存症と結ぶクレジットサラ金業も日本の一部上場企業の上位を占めるに到っています。パチンコは直接の現金授受を伴わないので賭博禁止法の対象にはなりませんが、実質的には三店方式による換金がおこなわれ、警察の保護のもとで営業されています。なぜ日本では、パチンコを中心とするギャンブル依存症が異常に蔓延しているのでしょうか。
日本は伝統的にギャンブルをヤクザの影の世界とみなして、市民感覚にマッチしない世界を形成してきましたが、それに大きな変化をもたらしたのがJリーグのサッカー籤であり、ここで日本歴史史上初めて政府が経営するギャンブルが導入され、女性と子どもを含めてギャンブルへの忌避感がなくなっていきました。競馬場は家族連れの風景が普通となり、パチンコ屋にも女性専用コーナーがつくられるようになりました。さらにありとあらゆるゲーム機の開発が進み、子どもたちは生まれ落ちてから遊びの主流がゲームとなりました。友だち同士で喫茶店に行っても、会話ではなく互いに無言でゲームに熱中する異様な風景がひろがりましたが、いまはほとんど違和感がありません。子どもの遊びの世界に激変が起こり、若者のコミュニケーションが電子メデイアに移行し、人間の活動がゲーム感覚で営まれるようになりました。しかしこの段階ではまだギャンブル依存症は深刻な事態とはなりませんでした。
1980年代以降のシカゴ学派の市場原理主義が浸透し始めてから、野蛮なサバイバル競争が始まり、人間はオオカミのような存在となって闘争の対象として互いをみるようになり、人間らしい結びつきが急速に失われていきました。現実の世界はなにか空虚で挫折の不安におののき、生きがいややり甲斐の感覚が衰弱し、いままでの日本にあった将来への素朴な希望感も失われていきました。こうした虚しさや空しさを埋める束の間の生命エネルギーの実感として、ギャンブルがあり、最悪の場合は麻薬が待ちかまえていたのです。これらは現実からの逃避による虚栄の快感ですから、現実に立ち返ると空虚感はさらに深化し、それから逃れるためにますます深みに嵌っていくという地獄のスパイラル構造がつくられたのです。ほんらいは健康な遊びのひとつに過ぎなかったギャンブルが、あたかも自己の全人生のように錯誤されて人格が破壊されていったのです。
ジャングルの法則で互いにオオカミとなって食い合う市場原理主義のバーバリズムを克服することなしに、ギャンブル依存症の原理的解決はありません。人間たちが互いを素朴に信頼しあい、互いの激励によって成長し、未来をおのれの手で切り開けるような実感を持つ連帯経済への転換によってしか、この深刻な社会病理現象はなくならないでしょう。目の前にいる患者には、カウンセリングを含む治療が必要とされますが、ギャンブル依存症の人を自己責任として切り捨てるシステムは、健康で普通の市民をも犠牲者にしていくでしょう。ギャンブル依存症は現代日本のシステムの失敗を象徴しているのです。本日は9・11同時多発テロ7周年です。世界最大のギャンブル帝国であるアメリカは、同時に世界最大の戦争依存症でもあります。日常生活の亀裂と空虚を埋めるギャンブルの本質は、戦争心理の本質でもあるのです。(2008/9/11
10:12)
◆哀れな日本よ! 汝は便所飯なのか!
便所飯とは昼休みに一緒に食事する相手がいない若者が、一人でいる姿をみんなに見られないようにトイレの個室でこもって食事をすることをいいます。一人で食事をするなんて、友だちがいない寂しい人に見られそうでとても耐えられないーとある若者は云います。ある人間関係に関する意識調査では、20−24才青年層で「ひとりで部屋にいたり、食事したりするのは耐えられない」と答えた人が16%に上っています(辻大介阪大準教授 20−40歳代千人対象 07年10月実施)。「周りから友だちがいないように見られるのは耐えられない」は43%で高い割合を示しています。こうした層は、「自分の振るまいが場違いではないか」と気にかけ、「何かする時には人の眼を考慮」し、「友だちと意見が食い違ったら相手に話を合わせる」傾向が強く、いわゆるKYを恐れます。他者への気遣いの敏感さゆえに過度の友人プレッシャーが働いています。こうした意識は、高校までは学級という閉鎖集団の中で自閉する苛烈なプレッシャーとなり、トイレに行くのも誰かと一緒という関係になります。それに失敗すると、孤独感を味わうだけでなく、変人という烙印を押されて疎外されます。
辻氏は物質的豊かさが達成されて生活の満足がより身近な人間関係にシフトしたところにあり、学級性の解体を含めた同年齢集団以外の多様な関係を整備し、友だち以外の関係に居場所を見つけれるようにすべきだなどとお目出度い提言をしています。彼の視線には、いまの若者の生育過程の激しい競争環境のなかで連帯の心情が根こそぎ奪われていることへの想像力を欠落させた無意識の冷酷さがあります。少年期からつねに他者との比較関係で評価をされ、子どもらしいコミュニケーション関係を切断された痛みへの共感がありません。便所飯とは、切ないまでの他者との共感関係を回復しようとする希求の追いつめられた哀しい意識の逆表現に他なりません。個室トイレで黙って弁当を拡げている若者の姿は、ある意味では現代日本の大人を含めた人間関係の象徴なのです。
自己選択ー自己決定ー自己責任の熾烈な競争と孤立に耐える強い自己こそ、1990年代以降の市場原理主義が宣揚した人格でしたが、現存在の自己は共同による相互承認を求める自己に他ならないことをこの事実が冷酷に示しています。他者を蹴落としても自己利益を追求する市場原理型人格は、ホッブス的な虚構の人間像に過ぎなかったのです。こうしたほんらいの人間的あり方とあまりに背理する現実との亀裂にあって、とまどいながらも共同への希求を求める姿こそ、便所飯に他なりません。
こうした若者を日本型集団主義から脱却できない弱い人間として憐れみのまなざしを向ける人こそ、実は人間の基礎的な条件を失った哀れな存在に他なりません。多様な個性の発揮を許さないず、群れとして表面的な戯れに封じ込めるシステムそのものを問い直さなければ、日本の将来はないでしょう。それは幼年期から地域のコミュニケーションが衰弱し、異年齢集団が素朴な遊びの中で互いの存在を承認し合う体験が衰弱し、個性を発揮すればするほど逆に排除の対象となる廃虚の風景が広がり、相互監視とイジメの体験をくぐり抜けてこざるを得ない、痛々しい関係のスタイルが身に染みついてしまったことを示しています。日本型集団主義にあった光の部分が衰弱し、摩擦をくぐり抜けてより高い結びつきに到る集団ではなく、人間的葛藤それ自体を悪として排除し、常に他者の評価によって自己の位置を決めるシステムによって、集団主義の闇の部分のみが蔓延し始めたのです。
便所飯は大人の世界の反映です。大人の世界では、成果主義の中で本音を語り合える関係が衰弱し、集団主義も評価の対象となって孤立を避ける表面的な組織関係が浸透し、密かにトイレに行ってホッとするような心情が醸成されています。その象徴は、いとも簡単に首相の椅子を投げだす最近の総理大臣の無責任に現れています。彼も職務においては表面的な共同を維持することに腐心し、信念と本音を披瀝できず冷ややかな便所飯を寂しく食していたのです。そうした状況の矛盾に耐えきれず、日本でもっとも重責あるポストをあたかも児童会の会長を辞めるかのように、アッサリと投げだすに到ったのです。福田とか云う首相はおそらく、若者の便所飯の心理が身に滲みてよく分かっているでしょう。社会人である大人ですら、、退行した幼稚な行動をとるのですから、若者が孤立しても信念を選ぶ行動をとるはずがありません。哀れな日本よ!汝は便所飯なのか? 世界はいま憐れみの視線で日本の荒廃を見つめています。(2008/9/2
22:37)
◆人のいのちはコンピュータ上のデータに過ぎないのだ
福田内閣『骨太の方針』は「2016年までの10年間で自殺率を20%以上減少させる」として「こころの健康づくり」に向けた施策をうちだしています。直感的に私は、では80%までの自殺者はやむを得ないとみなされ、人のいのちは霞ヶ関のコンピュータ上の数値にしか過ぎないのか、かけがえのない人のいのちを統計的に処理する冷酷な感性にゾッとするような寒気を覚えました。なにか人間のいのちが管理の対象として記号化されているのです。人のいのちはプラス、マイナスと数えられる数値となって、究極の非人間化した荒廃した感覚があります。ほんらい政府が云うべき事は、この国から自殺者が一人も出ないような温かい国をつくることでしょう。こうして政府からみれば、国民一人一人の命などものの数ではない、生死を含めて効率的に管理して処理する抽象的な身体に過ぎないのです。
2006年の日本の自殺者数は3万2155人(男性2万2813人 女性9342人)であり、1日平均約90人が自らこの世を去っています。人口10万人当たりの自殺数は25,5人で、ロシアの38,2人に次いで先進8ヵ国第2位となっています。未遂率を20%〜50%の範囲で推定すると、自殺者数に倍する自殺予備軍がいることになります。さらに自殺者1人当たりの遺族数は4,49人(06年ですから、14万人を超える遺族の人が苦しんでいることになります。今日のこの日にも90人の人たちが最後の瞬間を迎えていますが、政府の20%削減方針ではこの90人の内18人は何とか助け、82人はしょうがないと放擲するのです。かくて世界第2位の自殺大国という汚名は晴らされるというわけです。
急増する自殺数に驚いた政府は、06年に自殺対策基本法を制定して対応にのりだしましたが、その施策の基本は「こころの健康づくり」という個人の心構えを切り替えることにあります。この発想は人間のいのちを市場の効率原理で測り、自己選択と自己決定による自己利益の最大化をめざす市場の失敗を最小限に食いとめるところにあります。自殺原因の多くは、健康問題・経済問題を理由とする深い不安と絶望にありますが、それは政府の唱道する自己責任原則の追いつめられた発現に他なりません。「こころの健康づくり」とは、不安を自己コントロールする強い自己の形成と云うことであり、不安の誘発基盤そのものを検討することを回避した対症療法に過ぎません。例えば生活保護水準以下で暮らす日本の貧困世帯は1105万世帯であり、全世帯数4961万世帯の22,3%に達していますが、この生活不安の基盤に切り込まない施策は意味がないでしょう。私は目の前にいる不安を抱えた人へのカウンセリングの意味を充分に認めますが、その範囲で処理しておればいいとは思いません。
人間は限られた生命のなかでこの世を生き、すべての人が例外なく死んでいくのです。進んで死んだり、殺す必要などないのです。その生もまた「われ思うゆえに我あり」、「われ働くゆえに我あり」、「われ遊ぶゆえに我あり」とそれぞれの名前と顔を持った個人が「自分はこのように生きたぞ」とこの世に刻んで、誇りを持ってこの世を去るのです。しかし現在の日本は、人間から名前と顔を奪って数値として統計的に処理し、すべてを供給コストを最大限縮減する効率原理が進み、65才以上のいのちを別扱いして死を急がせたり、若者を部品のように扱う非正規雇用の蔓延など、凄まじい勢いで人間らしい感覚が蝕まれつつあるような気がします。こうして自殺者の年齢別統計では、65才以上の高齢者と24才以下の若者の自殺数が急増しているのです。
私は自殺者の多くは、自ら死を望んだのではなく、殺されたのだと思います。最大の殺人現象はいうまでもなく戦争ですが、軍隊の司令部は常に敵・味方の死者数の比較分析、支出軍事費と敵死者数を比較考量して敵・味方戦死者1人当たりの出費を算出し、供給コストを極小化する作戦評価をおこないます。一人の兵士の死の意味などなにもないのです。西部戦線で月の光に照らされる花に手を伸ばして狙撃されて兵士が死んだ日に、司令部は「西部戦線異状なし」と打電したのです。なにかいまの日本は、企業も政府も学校も挙げて供給コスト極小化をめざす軍事的な効率原理で、個々の人間を操作しているようです。とめどない競争のスパイラルに陥れて、うまくいかないことをすべて自己責任原則で処理し、システム責任を回避し「日本戦線異状なし」として生き残りをめざしています。「生き残り」という動物的な生存競争の恥ずかしい用語がこれほどに浸透した時代はありません。誠実な自己分析の資質を持っている人ほど、自己責任意識は高く、他者を責めて自分を免罪することを嫌悪します。長生きして迷惑をかける自分でありたくない、正社員になれないのは自分の努力が足りないからだとする高齢者や若者たちが追いつめられて死を選んでいるのです。
こうして自殺者の多くが誰かに殺されたのだとすれば、殺人犯は誰でしょうか。すくなくともライオンヘアーとか云われて華々しく登場した為政者、シカゴ学派のトリクル・ダウン・セオリーで政府財政を動かした彼の友人は、第1級容疑者に数えられるでしょう。彼らは日本に究極の侮辱を与え、この国を汚したA級戦犯に他なりません。そして残念ながら彼らを歓呼して迎え、「ジュンちゃーん!」とか叫んだ無辜の庶民も加担したしたのです。シカゴ学派理論に一時興味を持った私も、その一人として罪責を逃れることはできないでしょう。恥ずかしながら最後に最近、作詞・作曲した「非正規のバラード」を紹介します。
非正規のバラード
さがし疲れて
あてもなしに
今日の仕事も
はるかかなた
おれののぞみ
ゆけば遠く
雨に打たれて
星のしずく
おれは歩むぞ
ひとみかかげ
闇の向こうに
希望もとめ
(2008/8/29
12:08)
◆拳銃で武装して授業をするアメリカの恐るべき頽廃
米テキサス州北部ハロルド学校区の小中高校を管轄する教育委員会理事会は、全会一致で今秋から教師の銃携行を認めるとしました。教育長は「監視カメラをいくら増やしても、実際に侵入してくる不審者を防ぐことはできない」とし、教師が学校内で銃携行をすることを認め、充分な事前訓練と理事会での最終許可を義務づけ、銃携行がはっきりと生徒に分かるようにすることを決めました。テキサス州刑法は許可がある場合を除いて校内での銃所持を原則禁止していましたが、昨年4月のバージニア工科大学で32人が殺害された銃乱射事件以降も、学校や教会で児童への銃撃が続発し、児童の生命の安全が保障できない事態となっています。銃乱射事件の続発から、銃購入時のヴィデオ撮影など銃規制強化がうちだされていますが、ついに学校内での銃による自衛に踏み出したのです。教師たちが目に見える形で銃を腰に帯びて、子どもたちに授業をする光景を想像して、皆さまはどのように思われますか。教室の中で生徒と教師が銃撃し合う、これが世界でもっとも自由と人権が尊重されるアメリカの実態なのです。
米国務省『07年版世界人権報告』(08年3月11日)は、世界190ヵ国以上の国と地域の人権状況の問題点を非難していますが、自国の人権については沈黙しています。日本は「女性と子どもに対する暴力、虐待、セクハラがみられ、人身売買と女性の雇用差別、民族その他に基づくマイノリテイへの差別がみられる」と非難されています。オイオイ、お前には云われたくないよと云いたくなりますが、独裁政権による国内の人権問題を再三にわたって指摘された中国国務院は対抗して、『07年版米国の人権記録』(08年8月13日)を発表し、「FBIが07年9月に発表した全米犯罪状況報告では、暴力犯罪が全米で141万人発生し、05年比で1,9%増加している。米国の個人所有銃はほぼ1人1丁の2億5000万丁が出回り、毎年約3万人が銃撃で殺害され、テロ容疑者と国際通信の盗聴を無制限に認めている。米国の富裕度は世界先進21ヵ国で首位だが、児童福祉は最下位となっており、青少年に死刑判決を下す数少ない国のひとつであり、一部の州は死刑判決の年齢下限を設けていない」と批判しています。たしかに普遍的人権の規準から見れば、日本も中国も指摘される問題はあるでしょうが、自国の惨状を無視して世界190ヵ国の状況を高みから審判する米国の感覚は常軌を逸しています。
ここでは米国の銃器関連の実態をみてみましょう。米国で販売されている銃器のほとんどは米国内で生産され、拳銃100万から200万丁、ライフル100万丁、ショットガン100万丁に上っています。小売価格は75ドルの小口径拳銃から、1500ドルを超える高性能のライフルからショットガンまでさまざまです。1994年時点で4400万人の米国人、全世帯数の35%が1億9200万丁の銃器を所有し、銃所有者の74%は2丁以上保持していましたが、1996年に2億4200万丁(拳銃7200万丁、ライフル7600万丁、ショットガン6400万丁)、2000年には銃器総数2億5900万丁(拳銃・ライフル9200万丁、ショットガン7500万丁)に急増しています(米国立司法研究所全国調査による)。私は、殺傷性が高いライフルやショットガンの普及率が異常に高いことに驚きます。
銃器による殺人件数(FBI資料)をみると、2000年8661件→2001年8890件→2002年9528件→2003年9659件→2004年9326件→2005年1万100件と近年は7%を越える増加となっています。2003年ではレイプ・暴行などの全米凶悪犯罪件数540万件(!)のうち凶器使用120万件、銃器使用36万7000件(7%)となっています(司法統計局NCVSデータ)。
問題は青少年の銃犯罪です。14才から17才までの銃器殺人件数は1985年855件→1993年3371件→2000年1084件であり、18才から24才までの銃器殺人件数は1985年3374件→1993年8171件→1999年4988件→2000年5162件と増減を繰り返しながら増加しています(国勢調査局統計)。それにしてもこの子どもたちによる銃殺人件数の数値には目が眩むものがあります。12才から19才の学生の12,7%が銃器を学校に携行している生徒を知っていると回答しています(司法省調査)。銃器による死亡者数は2002年3万242人(殺人・死刑1万2129人、自殺1万108人、過失発砲762人、原因不明243人)であり、うち18才未満の未成年は1443人となっています。
銃器保持と使用の目的を見ると、03年優良狩猟ライセンス保持者1470万人(米国魚類野生生物局報告)、銃器狩猟実施数1520万人・ターゲット射撃数1980万人(全米射撃基金報告)であり、およそ2000万人弱がレクレーション射撃をおこなっていますが、銃保持者の圧倒的多数は保身ないし攻撃用に所持していることが分かります。保身用に銃が使われる頻度を示す確実な統計はありませんが、NCVSの1987年から1992年のデータでは、毎年凶悪犯罪被害者総数の1%にあたる6万2200人が保身目的で銃を使用し、2万人が財産を守るために銃器を使用したとしています(この数字には警察官と武装警備員が含まれています)。1993年にフロリダ州立大学犯罪学教室が実施した調査では、4978世帯が1988年から1993年の間に保身目的で拳銃を使用した回数は年間210万回、その他の銃器を含めた銃器全般は年間250万回保身用に使われたと推定しています。以上の気の遠くなるようなデータは、もはや米国で生命と財産の安全を守るために銃器の保持と使用が不可欠であることを示しています。
以上に示された米国の銃器をめぐる実態は、米国が私たちの想像を絶する、底知れない銃社会の泥沼に陥っていることを物語っています。今次のテキサス州での公立学校の銃器携行は、なんら驚くべきことではないのです。なぜ米国は、互いに銃器で武装して生命と財産の安全を保つ原始的な闘争社会に転落していったのでしょうか。この実態はもはや米国西部開拓期の市民主導の治安維持とその法制化である憲法による個人の銃保持の自由では説明できません。おそらく冷戦崩壊後の米国型市場原理主義の経済モデルが社会全体に浸透しはじめていることを物語っています。ほんらい近代社会は、市民社会の治安を暴力装置を公的機関に専一的に委ねることによって、市民自身の自己防衛権としての武装を放棄し、動物的な闘争を終息しようとしてきましたが、ひとり米国社会のみが私的な暴力による自己防衛権を公認してきました。開拓期の正当防衛による武器使用に限定してきた原則は弛緩し、私的なトラブルと目的にも武器使用が蔓延するようになり、市場原理による競争の修羅にあって、もはや個人間の紛争が法的処理を越えて暴力化してきました。機会の平等という欺瞞によって自己実現のチャンスを奪われた膨大な敗者のルサンチマンが暴力的形態をとって表出されるようになりました。こうして米国社会は歯止めのきかない暴力が剥きだしになって争うホッブス的状況に転落していったのです。
問題は米国型ネオ・リベラリズムのモデルを無批判に輸入している国に、同じような剥きだしの暴力が噴出しはじめていることです。これらの国々では対テロ戦略の大義名分によって、監視社会化が進み、社会の隅々に監視カメラなど警備ビジネスによる監視装置が導入され、市民による相互監視システムが浸透しています。しかし監視社会化の進展と剥きだしの暴力の発生がパラレルに進んでいます。そうした事例の代表的ケースがわが日本に他なりません。いま日本は銃社会米国の前期段階である監視カメラの導入段階にありますが、おそらく米国の第2段階である公的機関への武装組織の導入から、最終段階である殺傷武器による自己防衛の段階に進んでいくことでしょう。
ここにある危機の本質は、市民の相互関係が疑惑と敵対のオオカミ的な次元に頽廃し、信頼による言論と法制的処理が絵空事のようになってしまうことです。子どもたちは自己防衛のために格闘技のトレーニングに励み、強固な肉体の整備をめざす競争が激しくなり、公共的コミュニケーション能力は衰弱し、最低限はナイフによる武装から始まって、次に工芸品登録した日本刀と狩猟用銃器を所持しながら、互いを敵として想像し合う動物的生存の次元に転落していきます。こうした予測を冗談として嘲笑うならば、むしろ日本はまだ救われる余地があります。日本が直面する最大の課題は、もはや明らかです。社会のあらゆる面でアメリカ・モデルと訣別することなしに日本の未来の救いはありません。(2008/8/19
16:20)
◆アジアは日本の平和憲法をどうみているのだろうかーまたふたたびの8月15日を迎えて
8月6日から15日にかけて日本列島は、過去の戦争と被爆の記憶をよみがえらせる企画が年中行事のようになって、鎮魂の熱い8月が過ぎていきます。一方で今年は白熱する北京五輪と甲子園の高校野球の熱戦に一喜一憂する非対称性に戸惑いを感じます。北京五輪の壮大な開会式の演出には、過去の開会式にはなかった迫力を覚え、中国の巨大なエネルギーを印象づけられました。しかし私は日本選手団の入場行進に拍手を送らず、冷ややかに迎えるような北京市民の意識を強く実感させられました。この背後には、なにか日本とアジアの間にある眼に見えない隔たりがあるような気がします。日中外交関係を餃子問題に絞ってギリギリと中国政府を攻撃するしかないような日本外務省の自閉症が反映されているのでしょうか。最近目にしたある韓国人の日本の平和憲法論から解読してみたいと思います(権赫泰「平和憲法体制とアジア」 『季論21』創刊号所収)。最初に権氏の所説の概要を紹介します。
日本の憲法問題はかっての「護憲」から反改憲へ替わり、最近の「憲法9条を世界へ」という9条輸出論や9条世界遺産論の発想には、日本人だけの祭りであった一国平和主義を脱しようとする方向が見られる。しかし憲法9条の普遍性を世界に問いかけることは、同時に世界からの問いかけに対する応答責任を意味している。一方的な発信では世界の共有財産にならない。9条があるにもかかわらず自衛隊があるのはなぜか、なぜ日本列島は米軍が重武装しているのか、歴史認識をめぐる葛藤がなぜ悪化しているのかーという問いが日本に投げかけられている。
日本国憲法をめぐる議論は、平和の規範としての理念憲法論、日本国憲法の歴史的条件の2つのレベルで論じられている。平和の規範論から共有財産・輸出論・世界遺産論が発信されているが、重要なことは日本国憲法が北東アジア現代史で果たしてきた意味にある。日本国憲法は侵略戦争と被爆体験への反省に基づく戦後平和主義の制度装置(坂本義和)であったが、しかし戦後平和主義の反省の対象は、「15年戦争」(司馬遼太郎「亡国への道は1931年からはじまる」)であって、日清・日露戦争と台湾・韓国への植民地支配への反省は含んでいない。15年戦争反省論は、軍部の暴走に戦争責任を転嫁し、破滅の被虐的な悲惨さが強調される。脱亜入欧そのものへの反省ではなく、脱欧入亜への反省であり、従って平和憲法は15年戦争を反省の対象としているに過ぎない。
外交安保から平和憲法を見ると、9条と自衛隊・米軍の理想と現実のねじれは単なる乖離ではなく、非武装を規定した憲法体制を軍事が支え、非武装を規定した憲法が軍備を抑制するという奇妙な構造をつくりだしている。このねじれは米国のアジア冷戦戦略によって生まれ、日本とアジアは米国を頂点にした冷戦ネットワークの中で、兵站基地(日本)と戦闘基地(韓国)という分業関係が形成され、韓国が軍事リスクを負担するバンパーとなることによって、日本の戦後平和体制が維持されてきた。いわば韓国の徴兵制によって日本の若者は軍隊に行くことを免除されてきたのだ。
米国はこの分業体制を維持するための援助と市場を提供して、安定した政治体制(日本は長期保守政権、韓国は軍事独裁政権)を実現し、冷戦的発展の好循環をつくりだした。こうして憲法9条は、日本=平和と周辺=緊張という非対称性の上に位置してきた。
日本の平和憲法体制は、植民地主義の非清算と冷戦への加担による一国平和体制であり、戦争の最大の犠牲者であるアジア民衆の発言を封殺してきた。東京裁判は日本の帝国主義戦争を処理したが、植民地支配責任の処理はなく、アジアへの侵略行為は裁かれなかった。日本の平和憲法体制は、米国の冷戦論理によってアジア侵略への免罪符を得、アジア不在の上に成り立ってきた。しかしいま日本の平和憲法体制は、冷戦解体後の1990年代以降の米国の覇権戦略による国際貢献論によって、専守防衛論による解釈改憲の矛盾がゆらぎはじめた。解釈改憲論を逸脱する自衛隊のイラク派遣によって解釈改憲論は形骸化し、明文改憲へと向かいはじめた。
同時にアジア各国で進む軍事独裁から民主化への転換は、国内の民主再編のみならず、冷戦からの脱皮をめざす国際的意味を持ち、冷戦への加担を前提とする日本の平和憲法体制の再編をもたらしている。韓国軍事独裁政権は米国を媒介とする日韓擬制同盟によって、政略的反日や反共的反日の枠内に封じ込めて日本の植民地責任を免罪し、反共のもとで日韓政府は共犯関係にあった。しかし韓国の民主化は、反共戦闘基地としてのバンパーであった韓国の役割を否定し始め、封殺されてきた日本の植民地支配責任を問う声を解放し、日本が逆にバンパー化する右傾化という非対称を露呈しはじめた。日本の戦後平和主義を支えてきた周辺反共独裁政権の崩壊は、逆に日本の右傾化を促進する構図となった。
日本の平和憲法体制は冷戦構造の産物であり、植民地支配の非清算の上に成り立ってきたということへの省察と自覚なしに、規範としての9条普遍論を主張することは、冷戦期一国平和主義というよき時代へのノスタルジアであり、周辺からの同意を得ることはできない。反改憲運動が、明文改憲反対にとどまり、自衛隊と米軍を認める解釈改憲に免罪符を与えるならば、周辺地域の共感を得ることはできない。従って9条普遍論の主張は、日米同盟体制の再検討のなかで、平和憲法体制が置き去りにしてきた過去史の清算を前提とするかどうかで真価が問われる。一部筆者改変。
いままで日本国内での憲法論ではうかがえないような主張があります。意表をつかれるというか、日本の戦後の平和の虚妄をあらためて見直しを迫られる論です。とくに下線部の指摘には衝撃を受けました。日本でいま広範にひろがっている9条擁護運動の内実にひそむ問題を鋭く指摘しています。9条を世界に輸出して世界遺産とする9条普遍論は、旧植民地周辺諸民からみると、一方的な絶対平和主義のお目出度い押しつけに写る面があります。自衛隊と米軍の存在への基本的懐疑を抜きに、植民地支配責任の過去史清算抜きに、9条の普遍性を無限定に訴えるのは、恥ずべき傲慢性を露呈していることになります。
思えば、日本とアジアにひろがる想像を超えた隔壁と「反日」の動向の背後には、罪を清算しないままに歩んできた日本の戦後史の欺瞞を見つめてきたアジアの人々の胸の裡にある気持ちが、民主化によって噴出してきた歴史の弁証法があります。しかしふり返って国内を見れば、過去の清算を封殺してきた日本は、同時に国内の諸問題に無責任の構造を蔓延させており、もはや確たる目標を喪失して漂流するしかない自己崩壊へのみちを歩んでいるような気がします。
おなじ国民を非正規として消耗する部品のように酷使して廃棄する企業、商品を偽装してでも利潤を極大化する経営、老人を廃棄物として処理する医療、農村を荒廃させても輸出に狂奔する多国籍企業、子どもの競争を煽ってビジネス化する学校、試験を改竄して収賄で教師を採用する教育委員会、ビラ配布をこれ見よがしに逮捕する警察、戦車とイージス艦に巨大な予算を投下して儲ける軍産複合体、頽廃番組を垂れ流すTV・・・・などなどおどろおどろしいモラル・ハザードの背後に、罪の清算を封殺して見て見ぬふりをしてきた戦後日本の非人間的退廃があるような気がします。この対極で生み出されているのは、未来への希望の喪失(世界青年意識調査で日本は最下位)であり、そのルサンチマンの脱出口はイジメ、自殺、無差別殺人という目を覆うばかりの惨状です。もしかしたら、堆積するルサンチマンと自己喪失は国内での弱者攻撃から、しだいに発展するアジアへの妬みへと向かい、外部へと転化していくのではないでしょうか。一部に蔓延している嫌韓流とか反中感情はその初期症状ではありませんか。
戦時期に母を失った私は、戦争そのものを憎悪し、戦争責任を外国の裁判に委ねて一部の軍部にかぶせながら加害責任を放擲してきた戦後日本の構造を告発しますが、同時にに私自身が戦後責任の一端を担っていることから逃れることはできません。日本は、日本人自身の手によって過去の戦争責任を含む過去史を裁いて清算する作業が未完の課題となって残っています。この論文によって、改めて日本の平和憲法問題を周辺アジアの人々の視点から捉え直す作業の重要さを肝に銘じた次第です。(2008/8/12
12:02)
◆日本の子どもたちはどこへいくのか
昨年のタイ旅行で訪れた田舎の小学校で、裸足で走り回りながら生き生きと眼を輝かせて迎えてくれた子どもたちの姿を思い浮かべて、死んだような瞳で笑わない日本の子どもをかえりみて暗然としました。いつのまにか街から笑いさざめく子どもたちの歓声が姿を消し、いったいこの国には子どもがいるのかと、周りを見渡してしまいました。日本の子どもたちはどこに行ったのだろう。文科省統計08年5月1日現在)に拠れば、幼稚園167万4千人(6年連続減)、小学生712万2人(27年連続減 過去最低)、中学生359万2千人(2年ぶり減、過去最低)、高校生336万6千人(19年連続減)と軒並み過去最低を記録していますから、絶対数の減少で子どもたちが街から姿を消したかのようです。見かけるのは、登下校時の集団で整然と歩く姿であり、そこには生き生きと戯れる活発な乱数的な遊びの姿はありません。子どもたちの絶対数が減ったと同時に、なにか子どもの世界に本質的な変化が起こっているような気がします。タイの子どもたちには、リアルな貧困と非対称的な未来への素朴な希望と生きることの喜びをからだ一杯に感じるのですが、日本の子どもたちは既に生へのナイーブな情熱とピュアーさを削がれていっているようにみえるのです。
いったい日本の子どもたちは素朴でピュアーな希望をなくしてしまったのでしょうか。文科省調査(07年度)では、1年間で学校を30日以上欠席した不登校の小中校生が12万9254人に達し、学年を追うごとに数が増え、中学生は34人に1人(2,91%)を占めるに到っています。34人に1人とはほぼクラスに1人ということになります。文科省はほぼ全小中学校にカウンセラーを配置し、学校への復帰を促進する政策を繰り広げているにもかかわらず、実態は逆になっています。業績評価におののく学校は、渋る子を強制的に登校させて保健室登校を増やしたり、病気だと不登校にカウントしないために精神科を受診させたりして不登校数を減らそうとしていますが、これが逆に不登校を増やしているのです。不登校の理由をみると、「友人関係」18,4%、「親子関係」11,1%、「学業不振」9,6%、「いじめ」3,5%となっており、背後に子ども同士の関係や学ぶ行為への歪みがあるような気がします。文科省は不登校の増大を「嫌がる者を無理に行かせることはないと考える保護者が増えた」ことに原因があるとしていますが、これほどに安易で無責任な分析はありません。文科省が推進する学校評価制、学校選択制、一斉学力テストなどによって、教室の子どもにどんな変化が起こっているのかを考える必要があります。率直に言って日本の学校は、だんだんと子どもが住みにくく生きにくい空気が蔓延し始めているのではないでしょうか。信頼すべき対象である教師が、コネと偽造で就職している醜悪さを見せつけられた子どもたちは、大人全般への素直な信頼を失いつつあるのではないでしょうか。
警察庁統計に拠れば、今年1−6月に検挙された児童虐待は、前年同期比8,7%増の162件であり、被害児童数も5,7%増の166人で統計開始の00年以降最悪の数字となり、児童ポルノ検挙件数も17,2%増の307件、身元を特定できた被害児童数も36,4%増の165人と過去最多を記録し、少年が被害者となった殺人事件は26件増えて86件でその半数は未就学の児童や乳幼児であり、いちだんと子どもに対する大人の攻撃が激しくなっています。この背後には、自分自身が荒廃していく大人の行き場のないルサンチマンが、いたいけな無抵抗の子どもへ向かって発散されているかのようです。もともとドメステッックな暴力は表面化されにくく、これはおそらく氷山の一角でしょう。昨夜見た北京五輪開会式では、未来への希望を子どもたちに託する演出が目立ちましたが、日本では子どもたちをはけ口の対象としているかのようです。
一方で少年の刑法犯検挙数は、昨年同期比10,8%減の4万1723人で、刑法犯全体に占める少年の割合は25,5%と過去最低を記録しています。もし少年の刑法犯罪を少年自身の外向的な犯罪と見るならば、少年の外部に向かうエネルギーが衰弱し、不登校やいじめなどしだいに内部に萎縮して自己攻撃に内向化しているとも云えます。例えば、大麻検挙数は12,3%増の1202人で年間最多だった06年の2088人をはるかに上回るペースで増加していますが、この1202人のうち10才と20歳代が61人増の781人(65%)を占めています。
少なくともこれらの統計を見れば、日本の子どもたちの世界に大人たちが抗えないちからで侵入し、息苦しいプレッシャーのもとで子どもたちが萎縮して自閉し、内向的な解消行為や自傷、自己攻撃へと退嬰していく姿が浮かび上がってきます。これを子どもたちの一部に誘発されている局部的な疎外現象とみなして処理し、大部分の子どもたちは健やかに成長しているとみなすならば、なにか取り返しのつかない過誤を犯しているような気がします。明らかに子どもたちの世界に想像を超えた歪みが、目に見えないかたちでひろがっているような不安を覚えます。
互いに尊厳を持った人間であり、励まし合って伸びていくという、ほんらいのナイーブな人間の関係が根こそぎ崩れていっているような気がします。信頼とか励まし合いとかいうことばが、なにか空疎で実感を伴わず、嘘っぽくひびく荒廃した空気が蔓延しはじめてはいませんか。大人たちの世界のゆがみが影となって、子どもたちの世界に反映しているとしたら、大人たちの罪はあまりに重いと云わなければなりません。大人たちがつくっている世界のシステムに、何か基本的な錯誤が生まれ、自縄自縛の身動きできない、目に見えないメルト・ダウンが進行し、子どもたちが引きずり込まれているようです。
こうした状況を誘発している要因を明らかにし、もしそれがシステムの原理的な欠陥にあるとすれば、そのシステムそのものを早急に敢然と破棄し、回路を切断しなければなりません。それはおそらく「あまりに競争主義的なシステム」(ユネスコ対日本政府勧告)にあるでしょう。競争原理主義の根底にある人間観は、人間は生まれながらにして自己利益の極大化を求める利己主義的存在であり、その自己利益追求の本能的欲求を解き放って自由にすれば、競争の刺激によって人間が成長するという古典的リベラリズムです。こうした人間観は広大な未開のフロンテイアがひろがっている時代には、明るく前進的なフロンテイア・スピリットを生み出したのですが、フロンテイアの絶対的な限界に直面している現代では残されたパイを奪い合う醜悪な弱肉強食のオオカミ世界に転化していきます。リベラル原理主義による市場の失敗が歴然と世界を覆っている中で、なぜか日本は市場原理主義のラスト・ランナーとして、悪のスパイラルに向かってキリモミ状態となって漂流しています。この最大の犠牲者が自力で生きていくちからを持たない、いたいけ子どもたちなのです。
私は日本の子どもたちが置かれている惨状に無関心である、一切の言説を軽蔑します。日本の子どもたちに「希望」ということばを手触り感覚でつかめるリアルな生を恢復させねばなりません。いま「希望」という言葉が実体となって存在しているのは、国際宇宙ステーションに設置された日本発の有人宇宙施設「きぼう」です。地上の「希望」があまりに虚しく、惨めに放擲されてさまよっているのと対照的に、宇宙の「きぼう」は何千億円もの資金を投入されて美しく輝いています。このあまりの非対称性を逆転させねばなりません。(2008/8/9
9:40)
◆アメリカのダブル・スタンダードを嗤う
米国下院は29日に、過去の奴隷制と人種差別政策をはじめて公式に謝罪する決議を採択しました。奴隷制に対する謝罪決議は、フロリダ、バージニアなど5州の議会ですでに決議されていますが、国家レベルでの謝罪となったのです。決議は「奴隷制と人種差別政策は根本的に不正義であり、野蛮で残虐な非人間的行為であった。米国民を代表して、アフリカ系アメリカ人に対しておこなわれた不正行為と、その祖先が奴隷制の下で受けた被害について謝罪する。いまだに残る奴隷制などによる悪影響の是正に向けて努力する」とし、提案議員は「公民権を求める戦いにおける歴史的瞬間だ。この決議がすべての人々の平等に道を開くことを希望する。謝罪は単なるジェスチャーではない。和解に向けた必要な第一歩だ」と述べています。米議会はこれまで、第2次大戦中の日系人強制収容謝罪決議(1988年)、1893年のハワイ王国転覆謝罪決議(1993年)と過去の罪責を自己批判する決議をあげてきました。さすがアメリカ民主主義の成熟を示す誠実な歴史に対する態度だと感歎する人もいるでしょう。たしかに、台湾占領や韓国併合、関東大震災時の朝鮮人大虐殺、アイヌ人支配など過去史を謝罪することなく無視してきた日本の態度と較べると、歴史清算の態度は率直に評価しなければなりません。しかしなぜか私は、米国の決議を素直に受けとめる気にはならないのです。それはなぜでしょうか。
これらの決議を見ると、すべてがアメリカ国内の歴史的犯罪であり、現在の国内での諸階層の矛盾が堆積して爆発寸前にある状況を緩和する客観的意図を感じるのです。それは第2次大戦後にアメリカ帝国が全世界で繰り広げてきた「根本的に不正義な、野蛮で残虐な非人道的行為」な対外的行為について無視しているからです。このあまりの非対称性に慄然とするのです。ベトナムへの侵略、グレナダ侵攻、パナマ侵攻、ニカラグア政権転覆、アジェンデ政権転覆、そして最近のイラク侵攻など国際法を蹂躙した「不正義の非人道的行為は野蛮で残虐」そのものでした。国内の行為には謝罪するが、対外行為についてはアメリカ的価値観を強制して憚らない二重規準のうさんくささを感じるのです。パックス・アメリカーナの栄光は、国内犯罪の謝罪にとどまっています。この決議を笑いながら拍手しているブッシュ大統領の表情をみると哀れともいうべき無残さを感じるのです。次第に孤立を深めつつあるパックス・アメリカーナの残照は、あたかもローマ帝国の末期に比すべき斜陽をただよわせているかのようです。ただしいくつかの注目すべき点は、アメリカ思想界で単純なパックス・アメリカーナの価値観を自己検討する動向がひろがっていることです。幾つかの例を挙げてみましょう。
「次期米政権が直面するもっとも重要な課題は、世界で生じている3つの同時革命からいかに新たな国際秩序をつくりだすかだ。@欧州の旧国家システムの変容A歴史的国家主権概念に対するイスラム主義の根元的挑戦B国際関係の重心の大西洋から太平洋・インド洋への漂流によって、自国民に犠牲を求める能力は劇的に縮小している。米国は国民が国益の犠牲となる旧来国家を維持し、NATOとの不協和音が生じて、イスラム原理主義の国家を越えた市民社会の形成との戦いが必然化しているが、太平洋への勢力構造の移行は旧ドイツのような戦争を伴わず競争関係に移行する中で、米国の指導性をどう維持するかが問われている」(キッシンジャー インターナショナル・ヘラルド・トリビューン4月7日)
「02年に米国に好意的な諸国は83%あったが、06年には23%に激減し、全世界で米国のイメージは悪化している。その原因は、自由と民主主義の価値観を享受している米国への妬みと反感を持つ非西欧諸国との文明の衝突にあるという意見が有力だが、世論調査の大勢は米国の政策にあるとしている。文化的な憎悪や排外主義は一部過激勢力だけで、大部分の外国市民は米国の政策への失望によって嫌悪感を高めている。米国の権威が傷ついたのは、イラク侵略、独裁者支援、拷問やテロ容疑者への取扱に起因している。さらに攻撃的な言葉と単独行動主義によって、米国の見方でないものは敵だ、米国兵士は神の兵士だ等というブッシュ大統領の傲慢な発言は米国をいっそう孤立させている」(米下院外交委員会報告書 6月11日)
「米国による一極支配は既に終わっている。米国の世界における地位の相対的な低下は隠しようもない。いまや最強の国家であってもパワーを独占できない。軍事力による覇権の維持は限界がある。ワシントンが国家間の集団的な対応をとりまとめるのはますます難しくなっている。米国が他国にいくら改革の実施を求めても聞き入られることはなくなる。米国の命令で世界が動くことは難しくなった。これは無極秩序であり、じつに数十のアクターがさまざまのパワーを持ち、それを行使することで規定される秩序だ。アクターは、国家だけでなく、国際機構、他国sききぎょう、メデイア、宗教、政党、宗教組織、NGOなどが含まれる。なぜ米国は衰退したのか。@各国が発展したことA米国の政策的失敗Bグローバル化である。無極化に向かう世界はほとんどの国にとって−となり、そのリスクを押さえ込む適切な措置が必要だ。ここで必要なのは対外的な単独行動主義ではなく、多国間主義、多国間協調型外交であり、2国間同盟関係はその重要性を失っていく。もはや米国とともにあるのか、敵かという」乱暴なレトリックを弄する余裕はない」(リチャード・ハース フォーリン・アフェアーズ5/6月号)
「米国は多くの分野で次々と王座を明け渡している。世界1高いビルは台北、世界最大の上場会社は上海、世界最大の旅客機は欧州、世界最大の投資会社はアブダビ、世界最大の映画界はポリウッド・・・・。米国以外の地域はすべ活気づいている。世界の無極化は米国の相対的優位の喪失によって、米国後の世界をかってない平和と繁栄ムードに満ちた国際社会となる。1980年代以降戦争は減少し、組織暴力は50年代以降最低になり、世界は経済的活力がすごい勢いで渦巻いている。世界人口の8割を占める国々で貧困が減りつつある。この15年間で世界経済の規模は2倍以上に拡大し、世界全体を見渡せばかってなく希望が持てる状況になっている。テロや核拡散の危険を云う米政権とは逆に、新興国は過去の大国に較べて穏健で、既存の国際秩序の中で豊かさを求めようとしており、シスラム原理主義が影響力を増しているわけでもない。米国後の世界で新興国がその理念や利害を強く主張するのは避けられず、必然的に米国の影響力は狭くなる。その世界に米国が適応するには、米国自身が世界のルールを守る意志を示すことが必要であり、これまで米国は世界で二枚舌を演じてきた、国際ルールをつくる当事者でありながらみずから破ってきた、だが世界の先導者であるためにはルールを守らねばならない」(ファリード・ザカリア ニュズウイーク国際版編集長 6月11日)
「あと10年で(2012年)米国の単独覇権の時代、パックス・アメリカーナのは終わり、産業資本主義と民主共和制、国民国家の時代に替わって多極世界の時代、世界のデジタル化の時代に入る」(チャールズ・キャプチャン外交問題評議会研究員 『アメリカ時代の終わり』02年)
「軍国主義、力の傲慢、帝国主義を正当化する婉曲的修辞は、米国政府の民主的構造と必ず衝突し、基本的価値と文化を歪めてしまう。いずれ米国はかってのソ連と同じように崩壊の道を歩むだろう。米国の経済体制は軍事ケインズ主義であり、肥大化した軍産複合体への依存によって経済と政治の軍事化を進める」(チャルマール・ジョンソン『ネメシス』06年)
ここにある論文の基調は、米国の退潮をユニラテラリズムの政策失敗にあることを認めた上で、パックス・アメリカーナの延命を図るよりソフトな政策を提起しているに過ぎません。ハード・パワーとソフト・パワー、スマート・パワーを使い分けて覇権の維持を指向してきた戦後米国政策の現代版に他なりません。かってのケネデイ・ライシャワー路線の欺瞞性がふたたび浮上しているように思われます。しかし基底に流れる極支配の理念が放棄されていることは注目してよいかと思います。とにもかくにも米国国際政策のダブルスタンダード性がより精緻になっていくことを示しています。これに較べて米国のジュニア・パートナーとしての屈従路線を歩む日本が、より野蛮で古典的な権威主義政策にのめり込んで、多様性原理を封じ込める偏狭なナショナリズムに堕していく、哀れな単細胞史観が浮き彫りになります。(2008/8/07
19:37)
◆都立三鷹高校長を讃える
都立三鷹高校長・土肥信雄氏が、職員会議での挙手・採決を禁止する都教委通達(06年4月)に反旗を翻しています。07年11月の校長会で通知の撤回を要求し、今年の7月10日に公開討論を求めましたが、都教委側がいずれも拒否しています。氏は、8月4日の記者会見でふたたび公開討論を開催するように要求しました。氏は会見で「子どもたちに民主主義を教えなければならない学校では言論の自由が特に重要となります。通知によって教職員の間に意見を言っても反映されないなら意味がないという考え方が広がり、自由な討論がなくなっていく。公開討論で都民・国民にどちらが正しいか、判断してもらいたい。生徒のことは現場で接している教師たちが一番よく知っている。校長がリーダシップを発揮するためにも全員の意向を知ることが必要だ」と述べました。同席した藤田英典(国際基督教大)、尾木直樹(法政大)、勝野正章(東大)、石坂啓(漫画家)の諸氏も、「職員会議はさまざまな意見を述べあい、教職員が協力しておこなうことを決める場であり、挙手・採決を認めなければ学校が歪む」と批判しました。
日本では、意志決定機関か諮問的な連絡伝達機関かをめぐる職員会議の性格や、校長の権限をめぐる論争が長年にわたって繰り広げられてきましたが、しだいに学校長の管理監督権が重視されて職員会議は諮問機関の性格を強め、職員会議の運営も垂直的な命令の様相を帯びてきています。この動向は大学の教授会に対する理事会の優位とも重なって、次第に教職員の意見表明権は衰弱していきました。この問題は学校運営論をめぐる戦後教育史の最大の焦点のひとつであったのです。しかし挙手・採決を禁止するという都教委通達は、職員会議の性格論争以前の意思表明自体を否定する、あまりに粗雑かつ幼稚な権力統制であり、常軌を逸する前近代的な命令です。なぜなら採決によって教職員の最終意志を示したとしても、学校長はその拘束を受けず、独自の決定権を持つことは双方ともに認めてきたからです。教職員の多数が学校長の意思に反したとしても、学校長の人格と識見によって教職員を説得し、より高次の判断に教職員を導くことは、意志決定の成熟度を高めることになるのです。ここに真のリーダーシップが存在する根拠があるのです。
かって日本でもっとも成熟した民主主義的学校運営を誇った東京都が、なぜかくも無残なファッシズムとも云える権力統制の頽廃に堕したのでしょうか。憲法と教基法によって教育への政治介入は厳粛に禁止され、教育が国民全体に直接に責任を負うているにもかかわらず、極右都知事就任後に雪崩を打って権力統制に向かった人たちの人格構造が問われます。こうしたなかでひとり頭をあげて、都教委を指弾する三鷹高校長の姿勢は、東京都の死せる民主主義にあらがう抵抗のこころがいまだ健在であることを示しています。欧米ではたった1人で孤立しても、自己の意見を堂々と述べる者こそが称讃され、尊敬されるのは、ソクラテス以来の民主主義の原点に他なりません。三鷹高校長はおそらく権力によるさまざまの中傷や迫害を受けるでしょう。教育勅語への拝礼を拒否して学校を追われた内村鑑三の姿を彷彿とさせます。会議での採決などという民主主義の初歩的原則をめぐって、このような争闘が誘発されていること自体が、哀れな日本の民主主義の貧しさを象徴しています。
さてこうした権力統制の基礎にある管理論が特別権力関係論です。学校の職階や教師と生徒の関係は、警察や軍隊と本質的に通底する垂直的な命令ー服従関係にあるとする理論です。この特別権力関係論は、ほんらいは警察・軍隊・消防などの権力の一方的な行使を本質とする組織の論理であったのですが、それを公務員全体に拡大したのがナチスに他なりません。いまや都教委はナチス型学校運営をめざすアナクロニズムに堕しています。
もっとも恐ろしいのはこの理論が、教師と生徒の関係に適用され、指導の論理に替わって一方的な命令関係が子どもの世界に波及することです。すでに東京都では、卒業式など学校行事への生徒の意見表明権は禁止され、卒業式を自らの儀式として子どもたちが参画して運営する従来のスタイルは姿を消しつつありますが、教室内での子どもたちの採決も姿を消すでしょう。唯一正統な意見を持つ校長が全職員に命令し、唯一正当な意見を持つ担任が子どもたちに命令するようになるでしょう。こうして豊かな知性と感性を育む学校は、冷たい軍隊や警察のような組織に頽廃していきます。これは教育機能自体の自己否定であり、民主主義的訓練を受けない子どもたちが大量に生産され、自らの思考を失って常に強者に媚びへつらう動物的な人格が横行するようになるでしょう。
ユネスコは過度に競争的で教職員を統制する日本の教育制度を改善する勧告を数度にわたって繰り返してきましたが、日本政府は一貫して拒否しており、日本の教育は国際標準から大きく逸脱した異常で異様な状態になっています。教育の国際動向は、日本と逆の教職員と子どもたちの意見表明と参加を大胆に拡大する方向にあり、そうした国ほど子どもたちの学力は伸長しているのです。例えばお隣の韓国を見てみましょう。韓国では、教育自治を進める教育監(教育長)の間接選挙制から住民による直接選挙制が06年に導入され、昨年から各地で選挙が実施されています。首都ソウルでは、学校選択制と能力別授業をめざす政権党候補と民主的教育をめざす候補が立候補し、50万票(40%)と48万票(38%)の接戦で政権党候補が当選しています。投票率が15,5%と低迷して課題を残していますが、主権者の直接選挙によって地方教育の最高責任者を選ぶという民主主義の成熟を示しています。日本では逆に教育長が任命制となってから、職場の隅々まで任命制が貫徹され、反民主主義の道を歩んでいます。
私は三鷹高校長の反旗を讃えます。彼の光栄ある孤立を擁護します。都教委のファッシズム路線はごく近い将来にあって、歴史の審判を受けると確かに信じます。日本の隅々で多くの三鷹高校長が姿を現し、自らの良心の灯火をたからかに掲げるでしょう。(2008/8/7
10:19)
◆いま日本は静かな戦時下にあるのか
夫が妻を、妻が夫を、親がわが子を、子が親や兄弟を殺める痛ましいニュースが毎日のように流れます。もはや衝撃を通り越して、あーまたかと乾いたまなざしで見すごしている私も、いつのまにか異常にマヒしているような感じです。TVでは相変わらずのお笑いや、これは美味しいと言いながら女優が楽しそうに食べ、北京五輪をひかえてスポーツ番組が華やかに競い合っています。この爛熟したかのような平和なムードの裏には、しかしなにか殺伐とした不安が澱んでいるかのようです。
先日観ましたアメリカ映画『告発の時』は、イラク戦線から帰還した仲間の兵士の間に起こった惨劇を描き、イラク戦線での若い米兵の行為があぶり出されます。いまアメリカの帰還兵の4人に1人がPTSD(心的外傷後ストレス症候群)に侵され、人間性と人間関係が砕け散っていることを示します。仲間に殺された米兵は、ごく普通の明るい青年でしたが、イラク人捕虜の傷口に手を突っ込んで苦しめる拷問を愉しむ兵士に変貌していたのです。こころ優しい青年がサデイステックに変貌していく背後に、逆さになった星条旗が翻ります。星条旗を逆さにすることは救援を求めるサインだそうですが、いまアメリカそのものが誰かに「助けてくれ!」と叫んでいるようにみえました。
日本では戦争末期の神戸の幼い兄妹を描いた『火垂るの墓』(野坂昭如原作)が封切られていますが、駆逐艦艦長として戦死した父と程なく母が亡くなって戦時孤児となってさまよう兄妹は、誰からの支援も受けることなく、最後にひっそりと餓死していきます。ここでは、徴兵を逃れた学生が町内会から集団リンチを受けて空襲の最中に殺害されたり、火災で御真影(天皇の写真)を焼失させた校長一家が洞窟で自決するなど、衝撃的なシーンが登場しますが、なによりも暗然となるのは兄妹の唯一の肉親である叔母が冷酷に兄妹をいじめることです。この叔母は平時にあってはにこやかで優しい叔母に違いありませんが、夫が戦死して未亡人として必死に生きていかざるを得ない犠牲者でもあり、戦争によって人間と人間関係そのものが荒廃していくことを象徴します。
『告発の時』であれ、『火垂るの墓』であれ、普通の庶民がおちいってしまう醜い荒廃は、その背後に戦争という物理的暴力が鮮明にあり、人格崩壊の因果的連鎖関係は説明の必要がありません。そこにあるのは、窮迫した極限の不安な状況に置かれた人間が自らの生存を確保するための強者への屈従と弱者への攻撃です。決定的状況における人間の業悪として形而上的にみるのではなく、戦争という行為に対する深い嫌悪と非戦という感情がわきおこってきます(こうした醜さを実体験しない一部の戦争指導者とファナテックな暴力主義者を除いて)。いずれにしても戦時下におけるDVや虐待は戦争によって誘発されたPTSDとして説明され、多くの人が理解することが可能です。
ではいま平和の爛熟のなかで起こっているDVや虐待はどう説明されるのでしょうか。そのモデルはカウンセリングの日本的家父長制家族論であり、日本社会が培ってきた家族文化と男女の関係性の特徴から説明する方法です(信田さよ子『加害者は変われるか? DVと虐待をみつめながら』筑摩書房)。夫が妻を支配し、親が子どもを支配する支配と被支配が、加害と被害の関係に転化し、強者である加害者が自らの弱さを受け入れず、強さの証明として無視や暴力で弱者に向かう。家庭は法的権限が届かない無法地帯となって、暴力はついに殺害に帰着する。これは家族内に限らず、社会的緊張状態が緊迫した時にも起こる。阪神淡路大震災時の神戸では、男性の優越や支配力、強さの主張として、レイプとレイプ未遂が多発した。大震災のもたらした圧倒的恐怖と不安のなかで男性の女性に対する性犯罪が駆り立てられた。問題は被害者はその場を逃れても生きるすべはなく、かならずしも別離を望まないことにある。被害者とならないためになにと戦うのか。家族が暴力から解放される新しい枠組みとはなにか、新たな関係性を恢復する希望はなにか。ー多くのカウンセリング理論は、このようにDVや虐待を説明します。
この説明では、家族内暴力と社会的緊張状態の暴力が同じレベルで論じられ、恐怖と不安→強者の自己証明としての弱者攻撃と短絡され、さらに家族内暴力が家父長制家族関係から説明されます。父=強者の支配と抑圧の移譲という論理は、現代のDVの特徴である妻→夫、子→親、子→第3者、或いは弱者→強者というDVの拡散現象を説明できません。3世代同居を核とする家父長制家族は核家族への移行によってほとんど歴史的意味を失い、家族関係そのものが質的に変貌しています。問題はもっと錯綜して重層的な要因が入り組んでいます。
例えばアメリカ・ニューオーリンズのハリケーン・カトリーナでは、レイプはおろか、掠奪や放火が横行する無政府状態となって、避難できない低所得地帯に被害が集中しました。しかし大災害時の恐怖と不安が暴力に向かう事例はそれほど多くはありません。被害者同士が温かい連帯行動をとって助け合うのが普通のモデルです。日本では関東大震災時に政府の謀略宣伝によって、朝鮮人虐殺と社会主義者の虐殺が起こりましたが、阪神淡路大震災のようなレイプの多発はほとんど最近の異常な現象です。
つまりDVや虐待などの抑圧の移譲という現象は、その社会の文化的性向の反映なのです。それは日常的な生活の場面で、協働や共同・協同という関係がしみ込んでいる文化では、極限状況での相互支援行為が誘発され、競争・敵対・対立という関係が日常化している文化では、暴力行為が誘発されやすいという傾向的な特徴を示しています。現在の日本の暴力現象は、しだいに互いを競争する敵とみなして関係するアメリカ文化の暴力現象に近づきつつあります。アメリカ文化は、シカゴ学派の市場原理主義が制覇し、万人が万人に対してオオカミとなった競争の文化であり、物理的暴力を行使して殺し合う戦場の文化と本質的に同じなのです。日本は本格的な物理的暴力の行使には到っていませんが、こころと頭脳はじょじょにアメリカ型競争原理に侵され、静かで平和な戦場と化しつつあります。
最後に象徴的な事例を挙げましょう。駅や公園のベンチに1人座りを強いる柵が設けられたのはいつでしょうか。名目はホームレスが寝そべって見苦しいというものですが、あれから公園のベンチでのんびりと過ごす風景は姿を消したのではありませんか。あの1人用の柵ほどに見苦しいものはないのですが、その背後には市民どうしがうち解けて歓談し合う関係が失われて、ひとり一人が互いに無関心で孤立していく姿があります。居酒屋の片隅で内輪で騒ぎあったり、場末のライブで自閉的に盛り上がるような交流はありますが、公園や広場の公共空間でワイワイと見知らぬ者が交換し合うオープンな光景がいつの間にか姿を消しました。ネット・カフェの1人用の部屋にひっそりと閉じこもって、明日の携帯連絡を待っている若者の姿は、現代日本の疲弊と残酷さを象徴しています。いま日本は静かな戦争が始まっており、いつかほんものの戦場が待っているのです。それは日本の頽廃を高みから冷ややかに嘲笑いながら、蓄財に励んでいる星条旗にくるまれたジュニア・パートナーたちがひそかに描いている未来のシナリオに他なりません。(2007/7/20
12:36)
◆子どもたちはいっせいに拍手をした
7月18日大分県佐伯市立蒲江小学校(児童数118人)で午前8時50分からはじまった終業式は、前日に着任した新しい校長の話から始まった。前校長は1ヶ月前に長男と長女の採用をめぐる贈賄罪で起訴され懲戒免職となった。「皆さんはアサガオの花を知っていますか? アサガオは夜を知っているから、朝に明るく咲くことができる。蒲江小はきょう、新しい朝を迎えたのです」と新校長は語りかけた。前校長逮捕後の1ヶ月を暗い夜にたとえ、新校長の就任で学校の新しい歴史が始まるとしたのです。子どもからいっせいに拍手が起こったと、新聞は報じている。118人の子どもたちみんなが拍手したのだろうか。おそらく校長の言葉を理解した高学年の子どもたちが拍手したのであろう。この拍手の音が耳に響いてくるような痛々しい光景です。彼らは母校の名前が汚されて全国に有名になったことを知っており、子どもなりに名誉と尊厳の回復を求める心情を拍手に込めたのです。
新しい校長はほんとうにアサガオが咲くと思っているだろうか? すくなくとも主観的には自分の手で咲かせなければとの決意を込めて子どもたちに呼びかけたのだろう。しかしアサガオは咲くだろうか? もし咲かなければ子どもたちは二重の裏切りを受けてもはや回復不可能な不信をいだくだろう。この事件の深刻さは、容疑者を処分している教委自身が犯罪行為の当事者であり、校長・教頭の昇任試験も改竄され、さらに一般行政職や警察官も同じような贈収賄の構造にまみれ、逮捕して取り調べている警察もまた汚染されていることにあります。罪人が罪人を調べ、処分している破局的な状況です。上層公務員の世界そのものが贈収賄の闇のなかで動いているのです。こうした世界では最大の犠牲者は一般市民であり、学校では意見表明権を制限された子どもたちです。
マックス・ウエーバーは政治支配の類型を伝統的支配、カリスマ的支配、合法的支配の3類型に分け、合法的支配を近代の指標としました。合法的支配では、行政官は公務員とみなされ(オオヤケの奴隷)、すべての公務員はオオヤケへの奉仕者とされました。オオヤケ=天皇であった戦前期では、公務員(文官)は天皇への奉仕者であり、オオヤケ=国民となった戦後から国民全体への奉仕者となり、現在に至っています。しかし制度が変革されても頭脳の変化は遅れ、先日のニュースでは農水産相の部屋に天皇と皇后の写真が並んで掲げられていて驚きました。彼はまだ菊のために仕事をするという感覚を払拭していません。
さてパブリック・サーバントとなった公務員をどう選ぶかという任用制度は、支配にもっとも忠実なものを任命する情実任用制(猟官制 スポイルズ・システム)から、能力を基準とする公開競争試験によって選ぶ資格任用制(メリットシステム)に移行しました。情実任用制で有名なのは、前漢・武帝が導入した郷挙里選制ですが、賄賂と贈収賄が横行して頽廃し、科挙制に移行しました。日本では資格任用制が原則になり公開試験制度を基本にしましたが、内実は戦前期の情実任用制の汚い闇の部分が実態として引き継がれてきました。それは支配に忠実なものを採用して現在のシステムを守りたいという秩序意識があるとともに、誠意と熱意の程度を物的な贈り物に込める日本独特の贈答文化があります。映画・水戸黄門をみれば分かるように、高位高官の悪人どもが大商人とつるんで贈収賄を手段に私的利益を極大化する政策によって公的世界が頽廃し庶民の生活が痛めつけられる構造です。ここでは多くの人が脛に傷を持たざるを得ないような関係となって、不正を糺すために庶民が自分で立ち上がることはなく、最高権力である葵の印籠の出現を待たなければなりません。今回の大分事件も、教員組合やPTAはほとんど糾弾運動を組織せず、知事と教育長の鶴の一声が下るのを戦々恐々と待っているのです。資格任用制の基本である公開試験制度の基本が地に捨てられてしまったにもかかわらず。
さらには「赤信号みんなで渡れば恐くない」とか「大勢順応」、「KY」などの悪しき日本的集団主義の負の遺産が蔓延している日本型組織文化があります。こうした組織では、不正を糺す意見は少数派として孤立し生存権さえ奪われるリスクが生まれ、次第に良心がマヒして逆に正義に怒りを感じるような逆転が誘発されます。残念ながら、孤立しても自分の意見を捨てない態度を称讃する欧米の個の自立した文化があまりに弱いのです。特に子どもの前ではピュアとジャステスのふるまいを強いられる教師の自己矛盾は増幅されて、闇の部分はさらに醜くなり、公開試験の点数を改竄しても平気な神経が形成されていきます。教師と医者と坊主の宴会が一番荒れるというのはなぜかお分かりでしょう。
要するに大分汚職事件=公開試験制度による能力選抜原理(A)×情実任用制の残滓(B)×贈答文化(C)×大勢順応的集団主義(D)という方程式があります。大分県は(A)の制度部分を精緻化した対策を導入して再発を防止しようとしていますが、数値化が難しい(B)・(C)・(D)の部分をどう制度化するかが問われます。(B)・(C)では、県議や国会議員との接触規制、贈答行為廃止、面接・集団討論などの主観的選抜要素の再検討、(D)では挙手採決制の導入と全員一致制の排除と会議・議事録の公開などが求められます。ここまでは近代化過程における前近代の克服の問題です。
しかし最大の問題は、公務員世界のみならず、すべての分野で不正と偽装・偽造、贈収賄、汚職が驚くべく蔓延していることです。なぜ社会全体の基底がゆらぐようなモラル崩壊が誘発されているのでしょうか。結論的に云えば、タケナカなんとかというシカゴ学派の経済学者とライオン・ヘアーと呼ばれる首相が推進した市場原理主義の全面導入が日本の隅々までを蝕んでしまったと云うことです。形式的なチャンスの平等→自己選択→自己決定という幻想の競争モデルに目が眩んでしまった日本は、最終的に成功と失敗のすべての結果を自己責任とするに到りました。問題は出発点のチャンスの平等のレベルで、ある不正操作をしてしまえばその後のサクセスが左右されてしまうところにあります。チャンスの平等の世界を二重にして闇の世界で操作すれば、公開競争試験の結果は操作者の勝利に終わるのです。勝ち組と負け組の両極分解の中で、負け組を回避する方法はもはや自分の能力と努力ではなく、偽造による評価の操作に依存する汚い手段が横行するようになります。こうした構造はとめどなく螺旋状に落ち込んでいく蟻地獄のような悪循環の死の谷となります。これは京都議定書を脱退してガスを排出し続けるアメリカ・モデルの末路と酷似しています。地球全体を破壊しても星条旗のみが翻ればいいのだー我が亡き後に洪水は来たれ・・・・。
はたしてアサガオは咲くだろうか? 子どもたちの拍手は虚しくひびいて終わるのだろうか? (2008/7/19
13:26)
◆「粛々」と彼らは何処へ行くのか
いつ頃からでしょうか、日本で与党政治家たちが政治過程の実践を「粛々と」という言葉を使って結論に到る姿勢を表現しはじめたのは? 特に意見や評価が対立する場合に権力サイドの意向を通す時によく使われるような気がします。なにか引っかかりがあって気にはしていたのですが、中国人学者の指摘によって改めて考えさせられました(王智新「翻訳は思想を越えられるか」 『人民日報』7月号所収)。福田首相が五輪聖火リレーに抗議する国境なき記者団の日本入国について「しゅくしゅくと入国審査するように」法務大臣に指示し(朝日新聞4月28日)、道路特定財源の委員会採決も「しゅくしゅくとおこなわれた」とし(産経新聞 5月10日)、或いはたった9ヶ月で13人を処刑した法務大臣は「粛々と刑を執行しているだけだ」としていますが、ここに込められた意味は「反対意見に惑わされずに事柄を進める決意」のような意味で使っていると指摘し、こうした意味はほんらいの「粛々」とは全く異なるといいます。
例えば中国の『史記 刺客列伝』では、秦王・政(始皇帝)の暗殺の密命を帯びて旅立つ荊かが国境を流れる易水を渡る時に別れに詠んだあまりに有名な歌があります。
風蕭々として易水寒し
壮士ひとたび去ってまた帰らず
現在で云えばテロリストといわれる刺客の孤独のうちにある決意がにじみ出ているような歌ですが、ここにある「粛々」とは冷たい風が静かに吹き渡っている静寂を表しています。日本では武田信玄と上杉謙信の川中島の決戦を詠んだ頼山陽の漢詩「不識庵機山を撃つの図に題す」が有名です。
鞭声粛々夜河を過る
暁に見る千兵大牙を擁するを
遺恨十年一剣を磨き
流星光底長蛇を逸す
この詩は剣舞では必ず登場する定番となっていますが、ここでの「粛々」は相手に気づかれないように、馬に当てる鞭の音も静かに河を渡ったという静けさを意味しています。「粛々」を広辞苑でひいてみますと、「@つつしむさま A静かにひっそりとしたさま B引き締まったさま C厳かなさま 葬列が粛々と進む」となっています。「粛」をひくと、「@おそれ慎むこと、うやうやしくすること Aきびしくすること ただすこと」として、静粛・自粛・粛然・粛清・厳粛などの例が挙げられています。
本義は「静けさ」であり、そこから厳かな生き方のような意味に発展していますが、「反対意見に惑わされずに事柄を進める決意」というような意味は相当な曲解でしょう。かって日本の首相が政府を批判する東大学長に対して「曲学阿世の輩」と攻撃しましたが、いま使われている「粛々」は曲学そのものに該当するでしょう。「粛々」とは、封建社会に繰り広げられた血なまぐさい権力闘争に係わって発生した決死的な行動を表現するイメージがあります。抜き差しならない対峙を突破する決意のようでもあります。もしもそうしたイメージで現代の権力政治家が使っているとすれば、必ずしも間違いではないかも知れません。
しかしこの言葉の背後にある真のメッセージは、「あなたを殺してもわたしは自分の意見を通す」という権威的で非妥協的な姿勢が込められています。だから多元的な価値を認め合うデモクラットは、心性的にこの言葉をなじまない違和感を覚えるでしょう。「汝は汝の道を行け、そして人をしてその云うに任せよ」というルネサンス的な個の尊厳ではなく、人をして威圧的に屈服させる権威主義的パーソナリテイの人になじむことばです。いま「粛々」という言葉をよく使っている人を観察してみると、異論に耳を傾けない硬い印象が漂ってはきませんか。日本の近現代史で、原義の意味で「粛々」と静かに進んでいった歴史事象はないのです。薄汚れた脅迫と威圧のなかで血にまみれた歴史が「粛々」と刻まれていったのです。(2008/7/15
17:25)
◆携帯コミュニケーションを考える
私とは誰か? を知りたいならば私が誰と付き合っているかを知りさえすればよいーという諺があったが、しかし今や私が誰かとなるためには、私がもはや私であることをやめなければならない。私が私であると思っているものは、実は私を取りまいている生のイメージの一部に過ぎないのかも知れないのだ。私は自分で道を切り開いているつもりが、実は後戻りしていたり、私であろうと努力していることがかえって私から私を遠ざけているのだ。いったい私は何をしにこの世へやってきたのか、私はどんなメッセージを託された使者としてその使命を果たそうとしているのか?(アンドレ・ブルトン『ナジャ』) かってフランスのシュル・レアリズム運動をリードしたブルトンは、このように自己喪失の現代を描きました。ほんとうにかけがえのない自分が見えなくなって、私が誰にでも替わりうるようなもう1人の私になって幽霊のような姿を呈している不安から逃れようとしています。
取り替え不可能なかけがえの自分を求めてさまよったあげくに行きついた先は、神であったり(キルケゴール)、超人であったり(ニーチェ)、あるいは独裁者(ヒトラー、スターリン)であったりしましたが、いずれも自分を越えた・自分とは異なる他者への依存に他なりませんでした。それは自分を理想化したイメージを外部の特定の対象に仮託し、そこに理想化した自分を委ねることによって、喪失した自分像を恢復しようとしたのでした。そこにある本質的な依存の構造は二重の自己喪失をもたらしたのであって、到達したかに見えた理想の自分は幻想としての虚像であって、よりいっそうの孤立か激しい他者攻撃に転化して、人間そのものからの乖離を誘発してしまいました。しかしとにもかくにもここには状況に埋没して彷徨する個をなんとか恢復しようとする必死な真剣さがそれなりにあったかのように思います。現代では(特に日本では)、失われゆく個の意識すらすでに衰弱して、ひたすらKYにのめり込んで砂のような大衆となって流れていく匿名の生が垂れ流されているかのようです。アキバ事件は、砂と化しつつある私が私であることを証す最後のツールであった携帯電話からの応答を失った容疑者が、ついには他者の生命への絶望的攻撃によってしか私(個の存在)を主張し得なかったのです。パレスチナで爆薬を身に縛りつけて自爆する「テロリスト」レジスタンスは、大義に殉じる使命感に包まれていますが、アキバで自滅する殺人者ほどに自らを貶めた存在はないでしょう。
奇妙で驚くべきことは、こうした個の喪失を奪還する反人間的な他者攻撃への転化は、じつは個のパーフェクトな自由をうたうシカゴ学派の市場原理システムの浸透のなかで進行していることです。シカゴ学派は、人間の本質を自己利益最大化に求め、万人が自分の利益を極大化する行動をとれば、神の見えざる手が働いて自動調整され、この世のパラダイスが訪れるとして、すべての人間行動を自己選択→自己決定→自己責任の原理でつらぬけば、結果的にすべてうまくゆくと云いました。結果は文字どおり世は競争のジャングルと化し、万人は万人に対してオオカミとなった日本が出現しました。この惨たらしいオオカミは、にこやかな微笑と法律で表面を武装しながら、背後に氷のような冷酷なまなざしをたたえて他者の敗北をサデイステックに愉しんでいます。そこでは人間は消尽して消耗し、退場していく労働力商品でしかなく、表面では対等の人格としてふるまいながら、いったん労働過程にはいれば労働力のあらゆる部分を(筋肉、神経、頭脳)剰余価値とみなして雑巾のように使い捨てする暴走をごく当然とみなし、労働力は「身を粉にして働いた揚げ句、屠殺場でなめし皮屋を待つほかない家畜のように」(マルクス『資本論』第1巻第2編)扱われ、「資本は死せる労働として、吸血鬼のように生きた労働の血を吸い取ることによって生きる」(マルクス『資本論』第1巻第8章労働日)のです。個のパーフェクトな自由とは、資本の独裁的な自由に他なりませんでした。マルクスが1867年に解明した英国資本主義の野蛮は、21世を経てこの日本でまたも醜悪な姿を現しています。
いま日本で蔓延している商品の偽装、虚偽表示、保険金不払い、不正入試、買官買職など歯止めのないモラルハザードは、自己利益極大化市場原理主義による資本の暴走の必然的な現象でしかありません。いまもっとも傷ついているのはいたいけな子どもたちです。途上国では飢えや病などの原始的な貧しさですが、先進国ではモラルのダブル・スタンダードによる自己懐疑と不信です。贈賄で逮捕された教師によって学校の信頼財はゆらぎ、「先生もお金を出したの?」と大分県の子どもたちは教師に聞いています。お金を使って教師になった人が、ジャステイスを子どもたちに説いて恥じない構造は、まさに今の暴走する市場原理・日本を象徴しています。シカゴ学派は、こうしたモラル・ハザードを一時的な市場の失敗とみなし、逸脱した行為は必ず市場から制裁を受けて淘汰されると説きますが、資本にとっては「我が亡き後に洪水は来たれ」が普遍的律法であることがますます露わとなっています。
こうした一切のルールの存在がないパーフェクトな自由の世界の典型がケータイ・ネット世界です。このバーチャルな世界は、水平的なコミュニケーションの可能性を無限に拡げ、マルテイチュードが主体となる世界を切り開いているかにみえますが、実態は匿名による悪意に満ちたルサンチマンを爆発させる反人間的世界を膨張させています。ケータイ保持の自由を維持して野放しの無法世界がひろがっている日本では、その最大の犠牲が子どもたちに集中しています。出会い系サイトに群がる男たちは少女を食い物にし、子どもたちは興味本位でアクセスして人生を台無しにするか、或いは男たちの頽廃をみて大人への不信を深めています。恐ろしいことに、ケータイのバーチャル世界がリアルな世界そのものであるという、歪んだ世界観が醸成され、生きる規準を自己利益極大化に同一化していく子どもたちの心性がとめどなくひろがっていることです。ハンナ・アレントやハーバーマスの説くギリシャのアゴラ的な民主主義の無力が浮き彫りとなって参ります。
さてケータイ・ネット規制の声が声高に論じられていますが、焦点は公共の福祉による思想・表現の自由が制約できるかどうかにあります。「殺す」という言説と実際の殺人の行為の間にある距離の連続と非連続の問題であり、また「殺す」という内面的つぶやきと表出の間にある決定的な差異の問題にあります。ケータイ・ネット規制派は表現段階を実践段階の予備とみなし、反対派は可罰的行為論の近代刑法の立場に立ちます。しかし現代の問題は、殺すという意味が身体的毀損のレベルを超えて、心理的・精神的レベルにおいても問われはじめていることです。なぜならケータイをを通した記号レベルのコミュニケーションは、容易にリアルな接触に転化し、それをビジネスとするサイトが氾濫しているところにあります。こうしてケータイ・ネットのバーチャル・コミュニケーションの氾濫は、近代法の原理ではカバーできなくなっています。
問題を犠牲者である物言えぬ子どもたちの視点から考えなければなりません。まずこうした危険な世界を無防備に放置して子どもに与えてきた大人の責任は取り返しがつかない罪を背負っています。移動位置の把握とか安全とかの大義は、ケータイ犯罪の実情をみれば何の意味もないばかりか、かえってケータイは犯罪の温床となっています。自由権的基本権を大義にケータイ規制を批判する大人たちは、はたしてほんとうに子どもたちの安全と発達権を基礎とした自由の実現を考えているのでしょうか。かって思想・表現の自由をめぐる問題は、体制問題の鋭い結節点でしたが、現代の情報通信技術のもたらした悪の世界は、そうした政治的二元対立の次元を越えた生存的基本権の世界の容貌を帯びています。(2008/7/12
19:18)
◆ハンセン病者はなぜ北京五輪へ行けないのか
北京五輪組織委員会は、6月2日に五輪期間中の外国人出入国に関する「法律指針」を公表し、「テロ行為、麻薬密売の恐れのある者、精神病、ハンセン病、性病」らの入国禁止を明らかにしました。この法律指針は「外国人入境出境管理法」の実施細則を適用したもので、北京五輪組織委の真意かどうかは分かりません。日本の市民団体は、「五輪がハンセン病などへの間違った理解と偏見を世界に発信する場になってはならない」と禁止措置の撤回を求めています。他にも精神病や性病患者などの入国禁止を規定していますから、中国政府の疾病に対する政策水準が示されています。中国のハンセン病の実態については、私はまったく知りませんでしたが、それまで野放しだった罹患者に対し1960年頃から隔離政策が始まり、1982年のMDT(MULTIDRUG
THERAPY))多剤併用療法の開発によって隔離政策は終焉し、在宅療法など社会復帰へと転換して現在に至っています。中国の隔離政策は治療中心であり、日本のような絶滅政策ではありませんでした。しかし社会での差別と偏見は日本と同じように続いているようです。1950年から2001年の51年間で公的に確認されたハンセン病者は50万人であり、現在陽性患者は6325人(02年)だそうです。日本で強制隔離による絶滅をめざす「らい予防法」が廃止されたのが1996年ですから、強制隔離政策の廃止は中国のほうが10年ほど早かったことになります。しかしあらゆる法律に隔離廃止と自由移動の原則は適用されず、入国管理法には旧規定が残っているものと思われます。
精神病や性病を含めて特定の疾患に対する差別と偏見の社会意識は牢固として続き、その払拭には気の遠くなるような犠牲と時間を要しました。しかもそうした公正の恢復の主体は、当該の被差別者にほぼ限られた血の出るような叫びが部外者の良心を直撃してしだいに支援が拡がるというものでした。多くの者は無関心の部外者を装って、客観的には犯罪の加担者となってきました。そうした歴史からみれば、決して日本が中国の入管政策を一方的に指弾する資格はありません。現に日本政府は、洞爺湖サミットに向けた韓国労組代表の入国を拒否して強制送還しています。北京五輪に関するブログの一部を観ますと、らい患者の変形した顔写真を大写しで掲載し、らい患者を自己責任としてあげつらい、劣情的な中国非難を垂れ流して喜んでいる傾向がありますが、こうした感性のあり方になにか寒々とした貧しい心性を感じます。これらのブロガーはらい患者に肖像権はないと思っているのでしょうか。
来年の2009年は日本最初のハンセン病予防法「らい予防ニ関スル件」が施行された1909年から100周年になります。ハンセン病は国の恥として、家族を差別から守るために自ら家出して流浪する「浮浪らい」と呼ばれた患者を取り締まるためでした。1931年に国内の全患者を強制収容して絶滅する「らい予防法」が制定されました。完全に孤立した患者たちは、1932年に大阪・外島保護院で、強制収容・強制労働・断種・堕胎・懲戒検束に反対する「日本プロレタリアらい者同盟」の結成をめざし、岡山・長島愛生園の全収容者が待遇改善を求めて蜂起する長島事件が1936年に起こります。私はこの「日本プロレタリアらい者同盟」に当時の時代にあって日本のジャステイスを誰が担ったかに感歎を覚えます。天皇制ファッシズム期にあって反戦運動の前線に立ったコミュニストとその同伴者が、ハンセン病への偏見から免れていたのです。
戦後にはいると、1947年に群馬・粟生楽泉園の重監房撤廃闘争、1949年のプロミン獲得闘争、1951年の全国ハンセン病療養所患者協議会(全患協 現全療協)結成など血を吐くような闘いが続きます。1953年に政府はらい予防法を公共の福祉という名目でひらがなに変えようとします。そしてついに1996年にらい予防法廃止が実現しますが、政府の謝罪と補償は一切なく、2001年に国家賠償訴訟が全面勝訴して政府の法的責任が確定したのです。患者たちは、療養の維持・継続という名の隔離を強いる96年らい予防法廃止法の廃止と療養所の開放と社会復帰、一般市民の外来治療解禁を求める100万人署名運動をはじめ、ついに2008年にハンセン病問題の解決の促進に関する法律(ハンセン病問題基本法)が制定されました。以上・こだま雄二氏論考参照。
おそらくハンセン病者は、日本歴史史上でもっとも迫害され、差別され、偏見にさらされてきた人たちです。彼らは生命そのものを権力的に奪われる絶滅政策の犠牲となりました。自身のみならず家族や親族もその渦中に犠牲となり、世に隠れるようにして過ごさざるを得ませんでした。強制収容と監禁の上に、断種と堕胎手術を受ける屈辱と無念の心の奥は想像することを許さない深い闇であったに違いありません。政府や医学者のみならず、宗教者や教会、そして庶民にいたる白眼と冷酷なまなざしに堪えて生涯を過ごしたのです。
しかし驚くべきことに、患者たちのまなざしにルサンチマンの怨念がありません。彼らはけっしてアキバ事件のような、復讐のための無差別殺人者とはならなかったのです。絶滅を指揮した為政者とそれに加担した庶民を同一視しないで、区別する感性はどのようにして生まれたのでしょうか。私は一度聞いたこおり氏の講演を想い起こすのですが、確かに顔の歪んだ表情は健常人のものではありませんでしたが、全身からただよう尊厳のオーラのようなものを感じました。最も虐げられた者が、最も気高く高貴であるという、信じがたい逆説の実例が目の前にあったのです。この世でもっとも美しいこころを持って神を愛したヨブは、もっとも醜い姿を神から授けられたのです。原告団協議会会長であるこおり氏は、コミュニストでもあるということは、差別と偏見に堪えて人間的希望の在処を示す思想が何であるかということを語っているのでしょうか。
日本のハンセン病政策は、世界でも希にみる凄惨で残酷な絶滅政策でしたが、ここに日本のマイノリテイに対する心性が象徴的にあらわれています。うるわしい日本的集団主義の裏にある闇の世界が、凶暴な暴力性を帯びてむごたらしい排除の論理につながっていきます。いま日本社会の隅々にひろがっている弱者への攻撃は、残念ながら未完の近代の残滓を引きずって抑圧の文化へと雪崩を打ってわれ先にのめり込んでいるようにみえます。日雇い派遣、幼児虐待、監視カメラ網の設置、イジメ・・・なんという無残な社会病理の蔓延でしょう。その底にはハンセン病者を囲い込んで絶滅させようとしたホロコーストの論理がありませんか。公共の福祉という美名に満ちた大義の下で。地獄のハンセン病収容所が「楽泉園」とか「愛生園」など天国のような名称であり、人買い派遣会社がグッドウイル=善意という会社名を名乗ったように。こうした虚妄に堪えられない繊細な神経の持ち主は、毎年3万5000人の人が自死を選ぼうとしています。この自死は自らに対する凶暴な攻撃であって、それはもはや暴動の裏返しの表現なのです。さて日本政府はハンセン病者の入国を禁止する中国政府に抗議の意を示すでしょうか。ここに日本のハンセン病史を集約する結節点があるような気がします。(2008/7/8
11:14)
◆日本ではなぜ極右評論家が人気を得るのだろうか
小林よしのりとかいう漫画家が『ゴーマニズム宣言』で論壇デビューした時に、そのアナクロニズムに違和感を持ちましたが、少なからぬ学生がその歯切れよく本音で迫るスタイルに魅入られているのを見て驚いた覚えがあります。彼は今や彼なりの紆余曲折を経て、漫画家であるとともに極右評論家としてメデイアに登場する常連となっています。しかし最近の沖縄論(『誇りある沖縄へ』)は常軌を逸した恥ずべき内容であり、彼と彼らの勢力の頽廃の行き着くところを示しています。彼の云うところをまずは聞いてみましょう。
いま沖縄の全体主義は集団自決の軍命を否定するような異論を封殺しており、沖縄県民は被害者意識に凝り固まっている。『命どう宝』とかいう思想で本土を飲みこんでほしくはないんだよね(笑い)。わしは沖縄戦当時の一途に国家意識の強烈さで突っ走った『沖縄のこころ』のほうが好きだな。(対談者の宮城とかいう沖縄大教授はこれに、『命どう宝』みたいな浅はかな思想は決して沖縄のこころなんかじゃないーと媚びている)
要するに小林よしのりは、国家(天皇)のために献身し自ら犠牲となる死を至高の美とするファッシズムの耽美主義を示しているに過ぎないので、この歴史的アナクロニズムは論評に値いしない歴史の屑籠にあるのですが、問題は彼のこうした主張が一定の支持を得ているところにあります。それは同時に戦後レジームからの脱却を怒号して惨めに退いた前首相の潮流とも重なっています。彼らの最大の欺瞞は、自らが讃美する散華の死者たちの敵であった星条旗に屈従して媚びへつらっている自己矛盾にあります。彼らが「大東亜戦争」の理念を貫こうとするならば、いまは地下運動のゲリラを組織して在日米軍に対するテロ活動を展開するか、戦前期の青年将校のように日本経団連本部に突入しているはずです。日章旗と星条旗を両の手に掲げて英霊への尊崇を説く漫画的矛盾は哀れですらあります(一水会のような反米極右もいますが)。
さて日本の極右が政権に参加したり、メデイアに登場するようになったのは、バブル崩壊期以降の市場原理主義モデルの浸透期と一致しています。いったいこの時期に庶民の心性レベルにどのような変化が誘発されたのでしょうか。市場原理主義の理念はいうまでもなく個人を原理とする自己選択・自己決定・自己責任による競争の世界で全体の幸福が最大化されるというものです。だから、よかれ悪しかれ互いのつながりや助け合いを重視してきた日本的集団主義の文化はみごとに追放されました(極右の一部はここを問題にするのですが)。この文化の変容に勝者として指定席を確保し得た少数者を除いて、多くはバラバラとなって孤立分散し、生きづらく乾いた気持ちが深く沈潜していきました。初期は一部の華やかなサクセス・ストーリーに幻惑されて、自分もチャレンジャーでありたいと願いましたが、結果として味わったのは荒涼たる非正規労働の風景でした。こうして3万3000人を超える自死、うつ病の増大、児童虐待、無差別殺人、モンスターペアレントなどなどかっての日本的集団文化のもとでは想像し得なかったアンチ・ヒューマンな荒野がひろがってきました。深く傷ついてルサンチマンに覆われた個人の鬱屈した情念は、自分自身への攻撃に向かう自傷行為か、反撃しにくい相手を無差別に攻撃するか、方向こそ違えトラウマの瞬間的爆発を生み出します。
市場原理型社会システムへの急激な変容が生み出した日本の病理現象は、果てもないスパイラルにキリモミ状態となって突っ込んでいくかのようです。これに歯止めをかけるには、かって保持していたはずの失われた尊厳を恢復するしかありませんが、実はここに極右が登場するチャンスが生まれたのです。彼らは現状の醜さを激しく攻撃しながら、敗北したがゆえに美と栄光に包まれた過去の帝国の幻想を振りまきながら、一刀両断に断定する激越な言辞を駆使し、「希望は戦争」というまでに追いつめられた若者の心性を掴むことに成功しています。しかしこれはすでに1930年代のドイツでゲルマン伝統への回帰を叫んだヒトラー、ローマ帝国の再生を怒号したムッソリーニなどと同じく、危機における幻想への組織化に他なりません。反撃しにくい他者への攻撃による偽装された誇りの体感という幻想的本質は同じなのです。極右の思想と行動に、失われた誇りと人間同士の連帯をひとたび疑似体験した若者は、異見に対する獰猛な攻撃性によってますます自己撞着に陥ります。これがファッシズムの危険です。
「命どう宝」という沖縄独特の思想は、かっての沖縄戦の惨たらしい死の経験の象徴ですが、人間の生命の尊厳を意味する普遍的なものであって、決して沖縄の特殊ではありません。人間のいのちの尊厳を「浅はかな思想」として、本土に持ち込むな等という小林よしのりの思想は、もは思想の基礎的な資格を失った単なる冗語に過ぎません。彼にとってのいのちは、なんらかの至高の幻想的価値にとっての手段でしかないからです。他者のいのちを自らの価値の手段としてみることほど、非人間的思想はないでしょう。彼のような言説が通用するのは靖国神社の境内でしかありませんでしたが、しだいに靖国神社を出て全国に広がり、異様で特殊な例外国家・日本として、過去のファッシズムが亡霊のように姿を現しつつあります。歴史は繰り返す、一度目は悲劇として、二度目は喜劇として・・・・確かに史上希にみる喜劇として歴史が繰り返されようとしているかのようですが、日本の二度目の歴史は単なる喜劇ではなくもはや最後の劇として、終末の黙示録の世界に他なりません。そこにはいっさいのメシアは姿を現しません。わが祖国・日本は、一度目の悲劇の決算処理に失敗し、その負債をいつまでも背負って漂流していますが、同じ罪責を繰り返す者は地獄へ堕ちるしかないのです。(2008/7/2
10:52)
◆腐食する世にあって、「希望は戦争」なのか!?
先住民族の権利に関する国連宣言の成立を受けて、ついに日本も国会で「アイヌ先住民族に関する決議」を採択し、いままで決して認めることのなかったアイヌ民族の先住民族としての地位を公式に承認することとなりました。国連人権委員会の日本政府への勧告や洞爺湖サミットという外部要因はあるものの、民族の尊厳を蹂躙されてきたアイヌの人々の名誉回復の第一歩が記されることとなりました。すでに今年の2月に豪州首相は連邦議会で豪州先住民族の過去の政策に関して謝罪し、6月にはカナダ首相が先住民族の15万人の子どもたちへの強制的な同化教育政策を謝罪するという動向のなかで、日本政府はアイヌ問題を放置しては国際的に孤立してしまうからです。
しかし驚いたことに決議を受けた日本政府は過去のアイヌ人政策(旧土人保護法に象徴される)に対する謝罪を一切拒否するばかりか、国会では決議案原文の「アイヌの人々が労働力として拘束、収奪されたため、その社会や文化の破壊が進み、またいわゆる『同化政策』により伝統的な生活が制限、禁止され」という部分を削除してしまいました。こうして日本のアイヌ先住民族決議は、国連先住民宣言の核となっている、先住民族の名誉回復と補償についてネグレクトし、基本法制定のための会議の構成員にアイヌ民族代表を入れないという致命的な欠陥を露呈しています。この一文を削除されたアイヌの方々の無念と失望の深さは如何ばかりでしょう。ここに現在の日本の為政者のマイノリテイーに対する偽善的な姿勢が露わになっています。豪州やカナダの歴史的罪責に対するキッパリとした断罪に較べて、日本の歴史に対する責任感覚は哀しいほどに貧しいのです。マイノリテイに対する拭いがたい差別意識の基底には、他者の痛みに対する共感的想像力の欠落があります。それは弱者に対する冷酷な無関心のまなざしにつながりますが、同時に裏返せば強者に対する無条件の服従と怯懦と媚びへつらいを意味します。自らの誤謬に対する誠実な反省と行動を欠く者は、他者の誤謬をも指摘し得ず、すべてにあいまいな態度をとって、ちからの論理に寄りすがって生きていくしかないのです。
いま戦争画の巨匠である藤田嗣治の最後の作品である「薫空挺隊敵陣に強行着陸奮戦す」という縦2m、横2,5mの大作が国立近代美術館で公開されています。1951年にGHQに接収され、70年に無期限貸与という名目で日本に返還された153点の戦争画は「内容と質に立ち入らずに順次公開していく」そうですが、「生前の評からいったん距離を置いて、冷静に行政=作品本意で見直す」という再評価運動に他なりません。こうした再評価運動が国立美術館の主導で推進されていることは、近年の改憲運動と連動しているからに他なりません。ここに過去の罪責を自らの手で追求し得ず、もっぱら占領軍の手に委ねてしまった戦後処理の特異性が表れています。いまドイツやイタリアで侵略を宣揚する戦争画を国立美術館が再評価することは犯罪行為となっています。
第2次大戦を描いたフランスやイタリア映画を観ると、よくナチス将校の愛人となったフランス女性を丸坊主にして街中を引き回すシーンや、ムソリーニをよってたかって縛り首にして広場に吊すローマ市民を観ると、すごい残酷なことをやっているナーと思うこともありますが、罪に対する罰の感覚が違うことをつくづくと感じます。もし日本人が敗戦時に戦犯裁判を任せられていたら、はたしてA級戦犯を死刑にしたかどうかーと考えると、一億総懺悔の秋となった当時を思って複雑な気持ちになります。戦争画の再評価の背後には日本の責任感覚の問題があります。
ところがいま輪をかけて破廉恥なことがイラクで進行中です。日本政府がイラク政府とおこなっている自衛隊のイラク駐留自衛隊地位協定交渉では、イラク国内での自衛隊員犯罪の裁判権を日本が占有してイラク側が関与できない方針だそうです。すでに米軍地位協定で、おなじような屈辱的な内容がイラク国民の強烈な抗議を受けているさなかに、日本政府は米軍の後に続いて火事場泥棒のような卑劣な態度をとっています。米国が世界と結んでいる米軍地位協定は115ヵ国に上っていますが、中東諸国10ヵ国との協定は秘密協定となっています。あまりに植民地的な片務性があって公表できないのです。かって明治政府は、欧米との不平等条約で強制された第1次裁判権と関税自主権の屈辱的な放棄を払拭する幾多の努力を払いましたが、いまは同じ植民地的屈辱協定をイラクに強制しようとしているのです。それは日本国内で何人もの日本女性が米兵に強姦されても、見て見ぬふりをする日本政府の救いがたい無感覚を投影しています。
こうしてマイノリテイや弱者に対する差別に無感覚である文化が、深く静かに醸成されています。日雇い派遣など非正規労働者の悲哀に対する共感的想像力の貧困は、CANON社長の御手洗なんとかにみられるような寒々とした非人間的情況を生み出しています。廃業した日雇い派遣会社の名称・グッドウイル(善意)こそ現代日本の欺瞞の象徴です。こうした極限の非人間的情況が、弱者への抑圧の移譲のスパイラルをもたらし、底知れぬ頽廃が生み出されていこうとしています。みんなの前で公然とジャステイス(正義)を述べることは、欧米では称讃の対象となりますが、日本では孤立しても正論を述べることはそうとうに危険なこととなっています。ジャステイスを選ぶリスクよりは、日常の安寧を選ぶ意識が蔓延して真綿で首を絞めつけられるようなKYの圧迫感が充満しつつあります。ちょうど1930年代のナチス・ドイツがそうであったように、ジャステイスを唱える人を逆に腹立たしく思って攻撃を加えるという雰囲気がありませんか。幼児虐待などDV件数の激増など信じられない規模でひろがっています。これをこそ大衆ファッシズムというのですが、このファッシズムは上からの強制よりも擬似自主性があるかのように偽装され、いったんはまってしまうととどめを知らぬ蟻地獄に落ち込んでいきます。
警視庁は東京都内の住宅街の民家にリース契約で監視カメラを設置し、民家の敷地内ではなく公道側を通行する人を無差別に撮影し、住民が録画記録を保存して警察の求めがあれば提供するシステムを進めています。月額1万円のリース料は住民が負担し、通行する市民はすべて犯罪予備軍として市民自身が相互に監視し合うのです。少なくとも成城署館内で607台、八王子所管内で350台が設置済みです。なにか空恐ろしい寒々とした風景ではありませんか。米国にある犯罪防止街区は民間警備会社によって城塞のような防御が施されて、武装したガードマンによる24時間の警備体制がとられていますが、東京の場合は公権力である警察と提携して推進されています。
こうした心情は、いま大阪構造改革を絶叫してポピュリズム的手法を駆使する若い強権型知事を生みだし、かってライオンヘアーをアイドルのように支持して裏切られた若者たちの二の舞がまたぞろ繰り返されようとしています。残念ながら大阪府民はもう一度裏切られる痛苦の体験を繰り返すのでしょうか。大阪府の知事は暗殺の恐怖に怯えているそうですが、なんど裏切られてもあいまいな微笑を浮かべながら、屈従してきた歴史は遮断されなければなりません。
若者の一部から「希望は戦争」とつぶやく声が響いて参ります。バブル崩壊後の大不況の中で成長し、非正規労働にしか道がないニヒルな青春期を生きる若者たちの絶望に近いうめきの表現です。戦争と革命の時代といわれた前世紀の悲惨な歴史的体験を経て、「希望は平和と民主主義」と高らかに叫んだ戦後価値観は風化に瀕し、「丸山真男をぶっ壊せ」というまでになりました。こうした特異な異常性が常態化しているのは、全世界で日本だけなのはなぜでしょうか。あまりに異常な環境で一定の時間が過ぎると、人間はそれがあたかも普通のことのように錯視してしまいます。カエルを100度の熱湯に入れると、驚いて反射的に飛び出してしまいますが、適度の水温に入れて徐々に温めていくと、熱湯になってもカエルは飛び出すことができず、茹で上がって死んでしまいます。いま私たちはじょじょに温められて熱湯に到る寸前にいるような気がします。「希望は戦争」という惨めさの前に、「希望は○○」という戦争に替わる選択肢が模索されています。戦争犯罪を自らの手で裁けなかった日本現代史の致命的な誤謬をキッパリと清算し、60数年前に遡って市民自身による「東京裁判」を再演できないとすれば、いま日本を崩壊に導こうとしている犯罪者を裁かなければなりません。それはいうまでもなくライオンヘアーとその取り巻きであったシカゴ学派経済学者です。水に落ちようとしている犬は叩きこまなければなりません。(2008/6/25
23:54)
◆この法務大臣の不気味な精神構造を考える
鳩山とかいう日本の法務大臣は、わずか7ヶ月で4回連続して、合計13名を処刑しました。彼のメデイアでの表情と態度は、なんのケレン味もなく、じつに確信に満ちた語り口であり、なにか好んで処刑しているサデイズムの嗜好すらただよわせます。ここでは死刑存廃論争はおいて、この法務大臣の発言から彼の精神構造の特性に迫ってみましょう。
「死刑はやっぱり犯罪の防止ですよ。ひっどい凶悪な犯罪を起こせば、自分の命が絶たれる、死刑というものがある。その死刑が執行される。ということがあるから思いとどまる。だから私は死刑を廃止してはならないし、死刑執行を停止してはならないと思います。それは安全な世の中をつくるための第一歩ですよ」(2007年8月 NHK・インタビュ−)
「法務大臣による署名を廃止して、死刑を自動化できないか。法務大臣の執行責任を解放し、刑執行の効率化を図ったらどうか。死刑執行決定権を法相から剥奪し、司法当局が乱数表かベルトコンベアー式に、主観的・恣意的な判断を介在させず、死刑囚の個々の情況を考慮せずにおこなう」(2007年9月 記者会見)
「死刑制度と執行を支持する世論がある。国連の決議であっても日本の死刑制度を拘束するものではまったくない。死刑を存続するかしないかは内政の問題だ」(2007年18日 記者会見)
彼の死刑執行の根拠の一つは、犯罪者への威嚇効果ですが、ここに彼の致命的な認識の誤謬があります。死刑の威嚇力は、通常の判断力をもつ冷静な市民に対しては一定の有効性がありますが、凶悪犯や破滅願望、快楽殺人者にはなんの効力もないことは、現代犯罪統計学の定説です。むしろ米国ではわざわざ死刑存置州に行って無差別殺人をおこなう破滅型が増えているのです。
この人物のほんとうの無知をさらけだしているのが死刑執行自動化論です。法務大臣が死刑執行決定権を握っているのは、死刑判決を下した司法判断を受けて、三権分立の原則から行政が独自の執行をおこなうのであり、彼は権力分立の近代原理を全く理解していません。司法判断の執行を厳密に定めている刑事訴訟法の理念に全く不勉強なのです(団藤重光最高裁元判事)。さらに処刑後の絶対的冤罪が判明した英国のエバンス事件はまさに自動化によって起こったのであり、これを契機に英国は死刑制度廃止に向かいましたが、鳩山とかいう法相は世界の動向にほとんど無知です。13名の処刑は死刑命令書に署名する資格が疑われる法務大臣によって遂行された極めて恣意的な無差別殺人の疑いが濃い。誰が法務大臣になるかによって、死刑囚のいのちは木の葉のように弄ばれています。現在106名存在する死刑囚のなかから誰を処刑するかは、彼の恣意にゆだねられているのです。
日本の処刑の急増は特定の法相の個人的嗜好とともに、小泉内閣による市場原理主義の暴走と軌を一にしています。市場原理主義のもとで苛烈な競争を勝ち抜いた勝者の恐怖は、敗者からの復讐があることです。復讐を回避し、敗者を敗者として屈服させて勝利を安定的に保障させる秩序のアプリオリな維持が求められます。ここに有無を言わせぬ秩序への服従を強制する恐怖の支配が生まれる必然性があります。勝者の権力を誇示し、ちからによる支配を貫くためには、最高且つ最強度の権力の行使として死刑とその執行に依存していくようになります。世界の死刑存置国は民主主義の成熟度に反比例し、市場原理主義の浸透度に正比例しています。常軌を逸した死刑執行の異常性は、実は逆にいのちを軽んじる風潮を蔓延させ、市民社会の荒廃と理由なき無差別殺人が横行していきます。死刑は犯罪威嚇力を失って、逆に死刑と犯罪の悪無限のスパイラルが誘発されていきます。死刑は市民社会における私刑を誘発し、市民同志が互いに疑心暗鬼となって、互いに監視し、密告し合うおぞましい頽廃へと転落し、蟻地獄の攻撃に転化するでしょう。もはや市民は互いに武装して互いを仮想敵として、バーチャルな殺人社会に移行します。世界最大の犯罪帝国であるアメリカンの実態がまさに証明しています。
少なくともまだ日本はこうした修羅の世になる前に、食いとめて引き返すことができる段階にあります。検事が同時に判事であるような江戸期の刑法体系に移行する前に、この法相を罷免して最低限の知性を持った責任者を選ぶことから、出直さなければなりません。これは一刻の猶予もできない喫緊の課題です。それは09年からはじまる裁判員制度によって、判事ではない市民が有罪か無罪かにとどまらず、量刑をも9人中5人の賛成で決定することになるからです。市民が裁判に参加する参審制は通常は有罪か無罪かを決めるだけですが、世界ではじめて唯一日本だけが量刑を決める制度を導入したのです。市民が同じ市民に対して死刑を宣告するのです。裁判員法第18条は、死刑に該当する事件では事前に候補者の考えを聴取することになっていますから、強い死刑廃止論の持ち主は排除される可能性があります。大量処刑はおそらく死刑判決への抵抗感をマヒさせていくでしょう。あなたは死刑判決を求める多数の裁判員の中にあって、孤立しても自分の意見を述べる勇気がありますか。それ以前に死刑を多数決で決めるという規定そのものに違和感を持ちませんか。一法務大臣の「死に神」のような異様な精神構造は、確信犯的にこうした強権的な抑圧の雰囲気を醸成してはいませんか。いずれにしろ彼はみずから墓穴を掘って政治生命を絶とうとしているのです。(2008/6/18
22:00)
◆真昼の暗黒−秋葉原事件は日本の未来か?
平和な歩行者天国で起こった惨劇は崩れていく日本を象徴しています。行政は歩行者天国の中止とか、メール削除、刀剣販売規制等の施策を早々と打ち出し、岐阜県関市の刃物業界はダガーナイフの生産を中止しましたが、それは問題の本質を回避して表層にとどめようとする警察国家の恥ずべき対症療法に過ぎません。行政はこうした事件を利用して自由権的基本権を簒奪する機会を常に指向します。いたいけな無辜の犠牲者の無念への哀惜は、やはり行為の背後にある闇の世界を露わにする作業によって償わなければなりません。ではこの問題の本質はなんでしょうか。容疑者の意識とその背後にあるシステムの闇に迫りたいと想います。最初に容疑者の意識を象徴するメールの内容を時系列で見てみましょう。(青字部は筆者)
6月 1日(日)
午前7時15分 掲示板で生きているおれがおかしいだろ
6月 2日(月)
午前0時52分 私の価値が時給1300円から時給1050円になりました、ますます安い人間に
2時 2分 みんな殺してしまいたいね
9分 携帯をいじる他にやることないのかって、ないよ、友だちも彼女もいないのにあるわけない
3時 0分 自殺はいけないこと、って誰が決めたのさ
1分 迷惑がかからない方法で? ふざけんな やるなら できるだけ他人を巻き込んでやる
6月 4日(水)
午前0時55分 勝ち組はみんな死んでしまえ
58分 おれがなにか事件を起こしたら、みんな「まさかあいつが」って云うだろう 「いつかやると思ってた」
そんなコメントをする奴がいたら、そいつは理解者だったかも知れない
1時 7分 現実でもひとり ネットでもひとり 友だちほしい でもできない なんでかな?
5時57分 県内トップの進学校に入って、あとはずっとビリ 高校出てから8年、負けっぱなしの人生
午後3時52分 みんなおれを敵視している 味方は一人もいない
53分 この先も現れない 一生無視される 不細工だもの
6月 5日(木)
午前6時17分 作業場いったらツナギがなかった 辞めろってか わかったよ 300人規模のリストラだそうです
やっぱり私は要らない人です
8時48分 スローイングナイフを通販してみる 殺人ドールですよ
11時51分 犯罪者予備軍って、日本にはたくさんいる気がする ちょっとしたきっかけで犯罪者になったり
犯罪を思いとどまったり やっぱり人って大事だと思う
午後0時 5分 「誰でもよかった」 なんかわかるきがする
6月 6日(金)
午前1時44分 あ、住所不定無職になったのか ますます絶望的だ
2時32分 幸せになりたかったな 一花ぐらい咲かせてみたいものだった
48分 やりたいこと・・・・殺人 夢・・・・ワイドショー独占
3時 4分 彼女がいない それがすべての元凶
9分 彼女がいれば 仕事を辞めることも、車をなくすことも、夜逃げすることも、携帯依存になることもなかった
希望がある奴には分かるまい
午後8時49分 ナイフを5本買ってきました ナイフを買った店の店員さん、いい人だった、人と話すのっていいね
6月 7日(土)
午後4時 3分 準備完了だ 秋葉原で人を殺します 車で突っ込んで、車が使えなくなったらナイフを使います
みんなさようなら 誰かに止めて欲しかった
「希望がある奴には分かるまい」・・・・痛々しいまでにかれの絶望が伝わってきますが、彼はムルソーのような不条理の殺人者ではなく、「誰が彼をそうさせたか」がある程度解けるような存在です。その解明には敗北と孤独に打ちのめされた心情への共感的想像力と知的分析力がともに要求とされます。もちろん彼の犯罪は無辜の市民への卑劣な無差別テロですから、絶対に許されるものではなく、この25才の青年は現行刑法によって極刑を科せられるでしょう。しかし歩行者天国をやめ、携帯規制と刀剣販売を禁止し、この青年を処刑すれば問題を終結させることができるのでしょうか。ここでは彼と酷似した状況にある無数の青年について考え、こうした犯罪の連鎖の危機を指摘したいと思います。
第1に彼は有数の進学校出身者であることです。おそらく家族の期待を担って希望を抱いたスタートでした。進学校内の雰囲気は、学校によっては有名国公立大学を当然の前提とする席次競争が常態化しています。毎回のテストの席次が未来を決める数字として、生活と意識を決定します。そこで彼は自動車専門校という、いわば別コースに進まざるを得なかったのです。人生の勝敗という虚妄の価値に囚われている意識は、ここでおそらく卒業後にクラスメートとは絶対に再会できないような挫折感を味わったことでしょう。現在の日本の教育システムが無数の敗者を育成する選抜機械に頽廃し、勝ち抜いた勝者が冷酷に嘲笑う荒涼たる風景がひろがっています。
第2に広域型派遣労働者として生きざるを得ない彼は、製造現場のつらい労働と将来への不安を抱えながら、かすかな希望を友人と恋人との出会いに求めていますが、工場の現場はバラバラで疲れ切った休日はおそらく睡眠に捧げられ、友人と恋人を発見することなく孤独の淵に沈んでいきました。彼は派遣労働の作業に不可欠の作業服がなくなったことを契機に、暴走をはじめます。作業服はその日の生活を実現する尊厳そのものであったのです。彼にとって作業服は生きていくための証しであったのです。ここに彼の決定的瞬間の転換点があります。彼の作業着の左肩部分には「萌え〜」と小さく書き込まれ、5日午前6時過ぎの早番勤務でないことに気づき、「ふざけるな、ばかやろう、この会社はどうなっているんだ」と騒いで壁を蹴りあげ早退したという。それから「リストラされると思い、4トントラックを借りて勤務先の工場の入り口を封鎖しようと思ったが、借りられなかったので諦めた」のです(警視庁での供述)。もし彼が秋葉原でなく関東自動車工業の工場に突入していたら、事態は全く違った方向をたどったでしょう。
25才の青年はフリーター元年といわれる非正規労働時代の真っ只中で、夢多き青春を出発しています。ライオンヘアーといわれる首相の構造改革戦略が華やかに登場し、派遣労働が若者の主要な労働形態となっていきました。その1997年に起こった酒鬼薔薇事件の「誰でもよかった、小綺麗な少年が憎い」といった犯人と同じ中学生でした。
第3に孤独の闇に沈んでいく自分の他者との結合の最後のツールが携帯でした。彼は世界が寝静まった漆黒の深夜にあって、数分間隔でメールを発信しています。たった1人で黙々と携帯に入力する彼の姿を想像してください。携帯は自分の想いをストレートに発信して、こころに溜まっているフラストレーションを洗い流すようなカタストロフィー効果を持ちますが、実は自分の孤独感をさらに深めるツールとなったのです。無制限の発信機会はあっても、応答がない場合の無視された感覚によっていっそう落ち込んでいきます。青年は返答がない=無視されている自分を確かめる惨めさに打ちのめされます。書き続ければ続けるほどこの孤独感は深まっていきます。この感覚はこのホームページを営んでいるわたし自身もよく分かるのです。
次に彼のメールの内容を類型化してみてみましょう(朝日新聞6月16日)。
○彼女や友だちができない
・おれが余る理由は不細工だから
・彼女さえいればこんなに惨めに生きなくていいのに
・顔だよ顔 すべて顔 とにかく顔、顔、顔、顔、顔、顔
・彼女がいることがすべてなのか? それがすべてですがなにか
・友だちほしい でもできない なんでかな 不細工だから 終了
・不細工に人権なし
・友だち募集する時は、他に友だちがいない人を募集しなきゃあだめか
・でもどうせすぐに別の友だちができて、俺を裏切るんだ、わかっている
・彼女がいない この一点で人生崩壊
・彼女がいない それがすべての元凶
・彼女がいれば、仕事を辞めることも、車をなくすことも、夜逃げすることも、携帯依存になることもなかった、希望がある奴には分かるまい(繰り返し部分削除)
○孤立、孤独感
・どうして俺ひとりだけなんだろう
・死ぬまで一人 死んでも一人 一人の食事ほど虚しいものはない
・望まれずに生まれて、望まれて死んで
・待っている人なんていない、俺が死ぬのを待っている人はたくさんいるけど
・みんな俺を敵視している、味方は一人もいない、この先も現れない
・不細工な俺は存在自体が迷惑なんだっけ
・自殺が生けないことって誰が決めたのさ
・俺が事件を起こしたら、みんな「まさかあいつが」って云うだろう 「いつかやると思っていた」そんなコメントをする奴がいたら、そいつは理解者だったかも知れない
・この先も現れない 一生無視される 不細工だもの
・幸せになりたかったな
○他者への嫉妬、攻撃
・勝ち組はみんな死んでしまえ
・トラックのタイヤが外れてカップルを直撃すればいいのに
・やぱり他人の幸せを受け入れることはできません 知っている奴ならなおさら
・県内トップの進学校に入って、あとはずっとビリ 高校出てから8年、負けっぱなしの人生
・みんな殺してしまいたいね
・迷惑がかからない方法で? ふざけんな やるなら できるだけ他人を巻き込んでやる
・犯罪予備軍って、日本にはたくさんいる気がする
・「誰でもよかった」 なんか分かる気がする
・やりたいこと・・・殺人、夢・・・ワイドショー独占
・スローイングナイフを通販してみる 殺人ドールですよ
・ナイフ5本買ってきました 準備完了だ
○応答と反応がないことへの嘆き
・ネットですら無視されるし 表面だけの薄っぺらなつきあい それすら希薄
・現実でも一人 ネットでも一人
・どうしてみんなが俺を無視するのか真剣に考えてみる 不細工だから 終了
・携帯をいじるほかにやることないのかって、ないよ、友だちも彼女もいないのにあるわけない
○派遣労働のトラウマ、将来への不安
・人が足りないから来いと電話が来る、俺が必要だから、じゃなくて、人が足りないから 誰が行くかよ
・私の価値が1300円から1050円になりました ますます安い人間に
・作業場行ったらツナギがなかった 辞めろてか 分かったよ
・あ、住所不定無職になったのか ますます絶望的だな
○両親への不満
・親が書いた作文で賞を取り、親が描いた絵で賞を取り、親に無理矢理勉強させられてたから勉強は完璧
・親が周りに自分の息子を自慢したいから、完璧に仕上げたわけだ
・好きな服を着たかったのに、親の許可がないと着れなかった
・親は嫌いとか憎しみを越えており、他人だ、北海道大学に入りたかった(警視庁万世橋署捜査本部調べ)
おそらく彼は親の過剰な期待に応えようとして脱落した進学校生徒×非正規不安定労働者×孤独な携帯コミュニケーションという、現代日本の烈しい市場原理型競争システムと顔の見えないコミュニーションの生きた典型であったのです。しかしこうした重層的人格は無数に存在するでしょう。
人間を部品の一つとして消耗品化する派遣労働は、1986年に施行され99年には全面自由化されました。その圧倒的多数は、この25才の青年と同じ生活保護基準以下の貧困に喘ぐ登録型派遣であり、いまや324万人に達しています。この青年は、派遣大手の日研総業の社員としてトヨタ系の関東自動車工業静岡工場に派遣されていました。日研総業は製造業構内業務請負会社として1981年に設立され、99年に人材派遣事業に参入し、トヨタ・キャノンなどの有力メーカーの製造現場派遣で急成長し、社員数4500人、売上高1513億円、全国拠点200という業界大手に急成長しています。
「自動車組立 月収255000円以上可 二交替制で長期雇用 3食寮で食事可能! 寮内24時間オープンの売店あります! 個室寮完備で生活環境バツグン」(同社神奈川県求人情報誌広告)と華やかな宣伝で釣っていますが、実態は10時間を超える拘束時間で時間外手当なし、給料は寮費5万円、水光熱費5千円、布団・TVレンタル料が差し引かれ手取は10万円程度です。日研総業の事件へのコメントは「2度とこのような悲惨な事件が繰り返されないように、派遣スタッフの管理体制を見直したい」としています。日常生活の管理をより強化するという、まるで動物の調教のような薄ら寒い冷酷な内容です。
メデイアはこの戦後犯罪史上まれにみる陰惨な事件にたじろいでいるように見えます。彼のパーソナリテイと生育過程に焦点をあて、背後に潜む惨憺たるシステムの修羅から眼をそらそうとしているかのようです。それはメデイア企業そのものの現場に非正規労働が蔓延し、例外なく経営が成立している実態を反映し、不安定就業者の不安な心理への共感的想像力がマヒしているからです。とくにNHKは経営陣を日本経団連に把握され、もはやジャーナリズムの条件を喪失していますから、システムを凝視する時代の闇の深部へのまなざしからの報道はありません。
いまや誰でもが投げやりとなって暴走する心理をかかえこんで、うめきのたまわっています。誰もが暴走する危うい情況にありながら、それを食いとめているのは、本音を話し励まし合う少数の仲間がいるからです。殺すな! 生きさせろ!という悲鳴があがっているなかで、きらびやかなバラエテイ番組で視聴率競争に狂奔するメデイアもまた、共犯者に他なりません。この25才の青年の夢は「ワイドショー独占」というという幻想に転落していきました。
さて秋葉原事件の深層にひそむ問題は、じつは現代日本の存立条件となっている市場競争原理そのものにあることが浮き彫りとなってきました。この原理は云うまでもなく、星条旗帝国モデルの短絡的輸入であり、自前の発想ではありませんでした。いまや日本の社会システムは星条旗システムの植民地となって、世界最大の不条理犯罪大国であるアメリカに接近しているのです。日本のトラウマとルサンチマンはいままで年間3万5000人に達する自殺という内向的な攻撃へ向かっていましたが、ここにきて無差別テロという外向的攻撃に転化しつつあります。ついに日本の犯罪は星条旗帝国の犯罪モデルを達成しつつあります。「幸せになりたかったな」と呻くようなつぶやきを残した25才の青年の頭上に、星条旗がへんぽんとひるがえっています。こうしてこの残虐な事件の真の犯人が、抑圧の移譲と爆発という姿をとって現われているのです。(20008/6/14
11:14)
追記)ある作家のコメントから(諏訪哲史「生の絶対値を求めて−アキバ事件を考える」 朝日新聞6月19日夕刊)
07年に芥川賞を受賞した作家は次のようにいっています。
太宰治のような無頼派は「人間とはなんと愚かで滑稽で惨めであるか」を書き、小林多喜二のようなプロレタリア作家は「我々はいかに理不尽な圧迫を被り、それと闘い敗れたか」を書いたが、両者は「個人が社会に敗北した軌跡をたどる」という自虐的スタンスであり、自虐の果てに敗者の歪曲したヒロイズムによる勝利への反転を遂げる点で共通してい無頼と非圧制者の生の文学の美的価値である。こうした逆転の美学は、現代のニートやヘタレの「カッコ悪い」が「カッコよい」に転じるのと同じだが、それらも「貧乏自慢」や「貧乏耐久」などにマンネリ化している。
アキバ事件はこうした時代背景から必然的に起こったウルトラ・マンネリ事件であり、自分のすべての終わりに添えられるセンセーションを望んだのだ。自分の中途半端に苦しみ、いてもいなくてもいい自分を死を賭した悪行で逆転させる半端な劇なのだ。彼はヒトラー、ビンラデイン、麻原のような世紀の殺人鬼をめざしたが、彼は敗北者としても敗北した。自らの劇が社会を驚かしているのをみて悦にいる含み笑いは、闇雲に絶対値を求める時代の歪んだ価値観の反映だ。
要するにパーフェクトを求めながら、学校でも仕事でも半端になった自分を、負のパーフェクトに賭けた敗北者としています。諏訪氏の文章の第1印象は、追いつめられた敗者の内面への共感的想像力がなく、敗者を惨めな敗者たらしめたシステムへの怒りをもった洞察がないことです。あれこれのシステムの背景に触れながら、結局は個人の内面的情動の問題へ自閉させています。太宰と多喜二を自虐文学として同一視するのは、彼の文学史的無知を露わにしていますが、太宰は自虐的な作品を通して告発の美を形象化し、多喜二は抵抗の尊厳をリアルに描いたのであり、抵抗権を行使して弾圧による拷問死に到ったのであり、権力の謀殺を批判せず、多喜二の死を自虐とする諏訪氏の神経を疑います。現代のヘタレ小説に似ていると蔑視する発想は、諏訪氏自身の自虐的スタンスが投影しています。諏訪氏は犯人を「加藤」と呼び捨てていますが、この時点ではある一人の女性に対する殺人未遂容疑で逮捕されている容疑者に過ぎず、諏訪氏の人権感覚が疑われます。
闇雲に絶対値を求める歪んだ価値観の反映と解釈しますが、こうした価値観の基底にある時代思潮に迫り得ていません。むしろ日本の市井に生きる人の多くは、すでに幼少期に垂直的な絶対値を求める感性には汚染されず、多様な個的価値観を形成しようとしています。こうしたささやかでも充分に肯定できる最低生活の維持すら剥奪して、人格そのものを物的な部品と化して、生の意味を攪乱させる「阿漕な人身売買」と諏訪氏自身がいうシステムの闇に切り込んでいった時に、アキバ事件は解けるのです。諏訪氏は最後に捨てぜりふのように、「早晩、加藤の更なる二番煎じが現れるのも予想しがたいことではない」と冷笑して閉じていますが、未来性への格闘を欠落させた評論はどこまでも解釈に終わり、人間的変革への希望を喚起することはできません。なぜならアキバ事件の犯人と共通した鬱屈した心情を持った若者は、もはや日本では多数派であり、決して個人の内面的心情に帰着させ得ない社会病理となっているからです。現代の芥川賞の選考がまさに自己閉塞の引きこもりを宣揚するところにあるなかで、おそらく諏訪氏はアキバ事件に自らに酷似した人物を見いだして忸怩たる想いにあるのでしょう。斜めから歪んだ目で世相を見るのが、日本の疲弊した文学世界なのです。アキバ事件の犯人が、太宰的な自己崩壊へ向かい、多喜二的な世界へ向かわなかったところに現代の悲劇があるのです。つまり犯人のトラックは、当初予定していた会社の門前に向かわず、なぜアキバに向かったのか、ここに彼の心情を解するキイーがあります。言い換えれば、アキバ事件で無差別殺人を遂行した犯人の心情と、13名の死刑囚を連続処刑して、死刑のバーゲンセールをおこなっている法務大臣の心情は本質的に通底しているのではないかと考えることです。「こういう無差別殺人は一種の自殺なんだから、他を巻き添えにしないでひとりでー硫化水素なども使わずにー死んでほしい」などと冷酷に他人事のように云う発想と通底しています。ここに取り返しのつかない日本の救いがたい惨状があらわれているのです。(2008/6/18
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◆トキは惑星の未来をになって静かに羽ばたく
国の天然記念物トキは、コウノトリとは比較にならない臆病な鳥だそうだ。臆病なトキは人里離れた山奥の棚田を好んだが、耕作に手間がかかる棚田は真っ先に減反の対象となり、生育環境が狭まった。開発が進むところで、トキが人と接触することなく生きていくのは難しい。日本のトキは矢羽根などのために乱獲され、しだいに人を嫌う鳥となった。ところが中国では05年からの放鳥から、現在500羽前後のトキがおり、日本のように人を避けることなく、農家の目の前で営巣することもある。住民もそんなトキの姿に騒ぐことなく、淡々ととしている。ここに「無関心の関心」がある。
新潟県佐渡のトキ保護センターではいま、放鳥される15羽が飼育されている。トキが順化センターに入る時に、職員は入口前の道を進み、トキがいっせいに飛び立つところで歩みをやめ、トキがそろって旋回をはじめたら歩き始める。入口まで来たらまた足を止め、トキが80m離れた一番奥の止まり木に落ち着くのを待って中にはいる。全員が同じベージュ色の服と帽子をつけ、帽子のひさしを後ろに向けて顔を出し、なじみの職員だとアピールする。光を嫌うから、ケージから100m離れた管理棟へ出入りする車も、日没後でもヘッドライトを消す。繁殖期でトキの警戒心が特に強まっている時に、あえ棚田に苗を植えた。繁殖期が終わる7月末頃から複数の職員で草取りをする。こうしてトキが人に慣れ、人もトキの生態を知って静かな共存をめざす。以上・朝日新聞6月12日付け夕刊参照。
トキは地球における人間と自然の関係を象徴しているようで、少々悲しくなります。人間の自然支配が急速に進み、自然を改造して利用する技術が果てしなく高度になっています。原子核の反応を利用した核開発から、DNA遺伝子組み換え、生命操作など果てしない技術開発が進んでいます。いままで自然は異議申し立てをせず、沈黙して人間の幸福のために精一杯協力してきたように想います。しかしもはやその調和的な関係が幻想であり、自然を支配する文明の進化を無条件に肯定する近代ヒューマニズムが、はしなくも自然の生存限界を超えて存立を奪い尽くす野蛮に過ぎないことが露わとなってきました。人間世界の未来を約束したマルクス主義の生産力理論もその例外ではなく、それ以上の犯罪的理論であることが明らかとなってきました。こうして自然を支配する人間そのものが、自然の全面的崩壊を前にたじろぎ、自らが自然の一部であることに気づきはじめました。
自然を簒奪して搾取し尽くした人間は、荒涼たる自然を目にして呆然とし、自然の最後の抵抗を受けて右往左往しています。自然は自らの最後をむかえてメッセージを発していますが、はたして人間は答えているのでしょうか。答えてはいません。この黙示録の時代にあって、人間の自然破壊は、人間自身の自然の破壊に進み、もはや「人類」としての類的存在を平気で蹂躙する戦争や犯罪が多発しています。おそらくこの惑星の自然が崩壊する前に、それを侵略してなお足りない人間自身の世界が崩壊するでしょう。
トキはもの言わぬ自然のやさしさを象徴しています。トキはあまりにピュアーであり、自らを侵す力に戦々恐々として戦き、絶滅へのみちをしずかに歩んでいます。トキの絶滅は、自然の人間に対する敗北であるとともに、じつは復讐なのです。人間は、やさしい自然の喪失と引き替えになにを手に入れたのでしょうか。それはトキを殺めて矢羽根を手に入れて矢を射る快楽に過ぎませんでした。こうした優しい弱者の生命を犠牲にする快楽の獲得は、ついに人間自身の世界に反転して侵入し、強い人間が弱い人間を弄んで自らの快楽を実現する手段と化してしまいました。
中国のトキ放鳥政策によってかろうじて生きのびている500羽のトキ、佐渡国立施設で生存している15羽のトキは、地球惑星の未来を象徴している最後の証言者です。これらのトキは、現在にあって人間自身の未来を代表しているのです。争うのが嫌いで攻撃されたらあっけなく死んでしまう弱さの象徴として、トキは自らの生命の尊厳を死を持って明示しているのです。佐渡保護センターの職員の合い言葉は「ゆっくり」だそうです。まさに近代的生産原理と真っ向から対峙する生存の原理に他なりません。人間と自然の関係は「無関心の関心」にあるのです。
あなたのお父さんは会社で「ゆっくり」と働いていますか? (それとも成果主義競争原理で疲れ切っていますか)
あなたのお子さんは学校で「ゆっくり」と学んでいますか? (それとも5段階相対評価競争で疲れ切っていますか)
しかし見よ、試験放鳥のトキは人工衛星によって監視される。すべてのトキの背中に小型発信器が着けられ、全地球測位システム(GPS)で1日毎に居場所が20m−30mの誤差で把握される。05年から放鳥をしている中国では、自然界でトキが生き残る確率は50%だ。半分を死に至らしめるために放鳥はおこなわれる。これほどにトキは人間のために犠牲を厭わず、生き続けざるを得ない。保護論はトキのために整える自然環境は、人も生きやすい環境であり、それは最終的に人のためなのだという。人間は自らの生存を維持するために、トキの保護政策を追求しているのだ。ここに自然保護運動の究極の偽善がある。(2008/6/13)
◆緑滴る朝の窓辺に
我が家の小さな庭に樹を植え始めてから数年を過ぎ、小さかった木々がいつの間にか背丈を超す高さに伸びていくのをみると、やはりたゆまぬ自然の生命力のちからを感じます。シトシトと降る梅雨の雨に打たれながら、ひかりを浴びて輝く鮮やかなみどりはまた生命の純粋な成長の姿をしずかに告げています。おぼろに霞んだ木々の間だから、小さく啼く雀たちのこえはあくまで澄んだ音色で、次にくる夏の陽光を想い、循環する季節がたしかに今年もまためぐっていることをしのばせます。こうして過ぎてきた私の生は、同じリズムの反復のように見えながら、生存の痕跡を残しつつ、ついにはこの世から姿を消していくでしょう。そうして自然は一個の生の終焉を何ごともなかったかのように、明日からも循環のリズムを刻みながら回転するに違いありません。このようにしてこの惑星は数十万年の歴史を悠久のうちに太陽系のまわりをゆっくりと公転してまいりました。
しかし21世紀の惑星は、そうした無窮のようにみえる回転に終止符を打つ最後の場面に近づいているようです。来日したレスター・ブラウン氏は惑星文明の消滅を警告して次のように語っています。
「昨年の夏に永久氷河の融解が加速し、北極、グリーンランド、南極、ヒマラヤ山脈、チベット高原の氷河が溶け出し、アジアのガンジス川や揚子江はもはや雨期にしか水をたたえない河川になろうとしています。世界は2050年までに90年比80%の二酸化炭素削減で合意していますが、2020年までにそれを実現しなければ不可逆的な限界点が近づいてくるとしています。食料は過去8年のうち、7年は消費が生産を上回り、備蓄を取り崩して異常な価格高騰を誘発しています。温暖化による水不足と土壌の浸食が生産を破壊しています。
現在の生産を維持するには、再生可能なエネルギーへの転換による二酸化炭素削減しかありません。白熱電灯から蛍光灯に変えるだけで、世界の石炭火力発電所2400基のうち700基を減らすことができます。世界の電力の40%は火力発電であり、2020年までに風力に置き換えには、150万基のウインタータービンで300万メガワットつくることができ、すでにテキサス州風力発電量は700万世帯の家庭用電力2300万キロワットを供給するに到っています。アイスランドは地熱暖房で住宅の90%を潤していますが、多くの温泉地帯がある日本でも可能なことです。」
大規模な気候変動で人類文明が消滅していこうとしている今、社会システム自体の変革が求められていますが、残念ながら終わりなき日常を生きる市井人には今日明日の目の前にある生活にこころを奪われて、大きな物語の危機に関心をよせるいとまがありません。こうして1億総懺悔のような市民への脅迫的な環境問題への意識への喚起が推進されていますが、ここに恐るべき欺瞞が隠されています。温暖化の主因は産業活動による大気汚染であり、その主犯は「我が亡き後に洪水は来たれ」という交換価値に絡め取られた企業資本の利潤極大化という悪魔であり、それを理論的に正当化するシカゴ学派市場原理主義の暴走にあります。レスター・ブラウン氏が指摘する変革すべき社会システムは、まさに市場原理型資本主義に他なりません。
よく言われる「危機の裏の顔にはチャンスと記されている」というシュンペーター創造的破壊の理論がいまや、最後のチャンスにあると言っていいでしょう。なぜならあれこれのシステムのパラダイムチェインジの歴史であった惑星は、もはやシステムそのものが根底から崩壊する文明の消滅に直面しているからです。惑星に生きる人類が、システムの創造的破壊に向かって人類の共同を選ぶのか、我のみの生存維持をめざす最悪の競争を選ぶのか、最後の選択の時が迫りつつあります。
しとしとと降り続くか細い梅雨の雨は、この惑星がこぼれ落とす哀しみの涙なのです。私たちはこの惑星の最後の瞬間を目にする希有の体験者であり、荒涼たる無機物のひろがる大地を凝視する最後の人類のひとりです。もはやこの生命体に末裔はありません。宇宙衛星にいる数えるほどの乗組員たちが、はるか宇宙船の彼方から消滅する大地を見つめながら、愛する家族との再会のための帰還を断念して別の惑星を探す悲喜劇が起こるでしょう。
これをしも終末の黙示録というのでしょうか。しかしよくみると、この惑星では迫りくる危機を直視して必死に打開を探ろうとしている国々と、我のみの最後の繁栄を飾ろうとしている国々があい分かれて、アゴラの広場で論争しようとしています。そのアゴラはアジアの島国の洞爺湖というところにありますが、その国の政府は市場原理主義の企業資本とはためく星条旗に恐れをなして、曖昧な妥協の姿勢で世界を隠蔽しようとしています。すでにこの国には、星条旗以上に世界で最も荒涼たる風景がひろがっています。年間3万5000人に達する人たちがみずから命を絶ち、ルサンチマンにまみれた若者がトラックを暴走させて無差別殺人をくりひろげ、ありとあらゆる人間の汚された部分が露わになっています。この国はいままでそんなことはありませんでした。悪さをする人間は注意され、世界で最も犯罪が少なく安全な国として、支え合いのこころがありました。
いつからでしょうか、この国がそれなりのインテレクチュアルなエレガントを喪って、汚く醜い競争の雰囲気が忍びよりはじめたのは。すでにお分かりでしょう、この国はポピュリズムに弱く、雰囲気に流されやすい他者指向型のパーソナリテイがもともとあったのです。ひるがえる星条旗のかがやきに畏怖し、いつのまにか自らの尊厳を投げ捨てて、ひれ伏し媚びへつらうスタイルに侵されてしまいました。ライオンヘアーのような断言型リーダーに幻惑されて昂奮状態となって投票所に殺到し、幻想の希望に未来を託そうとしましたが、あっという間にその虚栄は全身に襲いかかる痛みとなって跳ね返ってきました。その最大の犠牲者は若い世代であり、彼らは足下から希望を奪われ、ユリシーズのように漂流をはじめました。彼らの受けた傷は深く、自らを損壊した敵が誰であるかを見抜く力も奪われて、その日その日を生きる住居不定不安定就業者の群れに身を投じることとなりました。堆積するトラウマとルサンチマンはどす黒い復讐となっていま爆発しようとしています。秋葉原でナイフを片手に2トントラックを操縦して、無辜の市民を無差別に襲撃した青年にはもはや希望の文字はなく、デスパレートな攻撃でしか最後の生を確かめるしかない底知れぬ闇に追いつめられたのです。彼はもはやユリシーズのように故郷へ帰還することはないのです。もし彼のトラックが霞ヶ関をめざしたのであれば、三島由紀夫が自衛隊に突入したのと同じような効果をもたらす可能性がありえたでしょうが、彼の頭脳と思考は自閉的な憎悪のなかに囚われてしまったのです。
いまこの惑星は秋葉原で突っ込んだ青年と同じアナーキーな闇の世界にのたうっています。その元凶は星条旗モデルが典型的に自己顕示する市場原理キャピタリズムのシステムに他なりません。地球惑星環境の黙示録的終末と、そこに生きる人間的システムの崩壊を食いとめる道は、だから共通しています。市場原理キャピタリズムを処刑し、2度と立ちあがれぬ打撃を与え、この惑星から放逐するすること以外に、失われた「希望」と失われつつある「未来」を恢復する方法はありません。最後の選択と決断の時期がしのびより、背後からナイフで襲いかかっている時に、どのような逡巡の時間が残されているでしょうか。(2008/6/12
9:42)
◆ファッシストは祭典がお好き
東京都知事が2016年夏季五輪の1次審査を最高位で通過して狂喜乱舞しています。この都知事は自らの都政破綻を湖塗するパフォーマンスとして、突然に立候補を持ち出し、もはや歴史的破産を宣告された巨大開発型都市計画の幻想にすがろうとしています。彼の下劣な発想は「周りの国に勝手なことを云われ、なにかむしゃくしゃしている時に、面白いことねえか、お祭り一丁やろうじゃないか、オリンピックだぞ」(06年3月記者会見)にあらわれていますが、品性なきパフォーマーに踊らされて都庁は一斉に大博打にのりだしました。巨大プロジェクトによる需要創出による経済回復という官公主導型ケインズ政策による財政破綻をまたぞろくりかえすと云うのでしょうか。IOCの審査は、都市基盤・競技運営実績・治安などでは最高位の評価を与えていますが、肝心の都民の支持という開催熱意は最低ランクとなっています。1988年五輪開催でソウル市に敗れた名古屋市、2008年の北京市に敗れた大阪市の敗北の要因が、いずれも五輪を利用した都市再開発をめざしてスポーツ精神を汚したことにあったことの反省がみごとに欠落しています。最近のIOC投票の規準は、市民の開催熱意と国の全面支援および重複開催の回避にあり、おそらく東京招致は極めて困難でしょう。この都知事には記者会見で、「これからドロドロした誘致合戦を勝ち抜く」とうそぶいていますが、ここに彼の下劣な品性が剥きだしになっています。カネで買ったと全世界から非難された98年長野冬季五輪の無残をまた繰り返すのでしょうか。東京都の財政破綻はさらに深刻なものとなるでしょう。
私は、1964年の東京五輪を東京での学生生活で迎えましたが、あのアジア最初の五輪も盛り上がっているのはテレビだけで巷はそれほどではなかったような記憶があります。私も女子バレーや、マラソンで裸足で優勝したアベベの力走と銅メダルを手にした円谷選手の姿には感動しましたが、その円谷選手が「もう疲れました」という遺書を残して自死したときには暗然たるものがありました。たしかに64年五輪で首都のインフラは驚異的に変貌し、高度成長の契機となりましたが、現在の首都はもはや都市機能が飽和状態となって限界に達しています。ある試算では競技場建設費・インフラ整備費・招致活動費の総額は9兆1939億円(都負担分4町6404億円 都民一人38万円)となっています。福祉・社会保障などの生活主導型開発に転換しなければならない時に、またバベルの塔のような巨大プロジェクトによる財政危機をつくりだすのでしょうか。文化・スポーツ予算を大幅に切りつめながら、莫大な五輪誘致予算を垂れ流す矛盾に都民はNo!をつきつけるでしょう。すでに札幌市は開催経費から終了後の維持管理費まで含めた五輪費用を示して市民の意向調査を実施し、反対がやや賛成を上回ったことにより、五輪開催を断念しました。ここに市民と住民自治の本質がみごとに示されています。しかし東京都は五輪費用の全体像を示すことなく、知事を先頭に暴走をはじめたのです。
さて私は、このファッシスト知事が一方では「生殖能力を失ったババアに生きている意味はない」、「あんな重度障害者は人間ではなく、生きている物体にみえる」、「第3国人に勝手な真似はさせない」などと高齢者や障害者、中国人を侮蔑する発言を平気でふりまいたことを知っています。極左出身の転向評論家を副知事に起用して喜んでいる差別的精神構造の人が、人類普遍のスポーツ理念による世界の交流をくりひろげる資格があるとは到底思えないし、彼が主催するスポーツの祭典が差別の論理で開催されることを恐れます。差別を禁止する五輪憲章のもとでパラリンピックをも主催するIOC委員は決して差別的なファッシストの申請を許さないことを確信します。それはまさにヒトラーが演出した血塗られたベルリン五輪の再現となるでしょう。ベルリン五輪では、マドリードでファッシズム五輪に対抗した民衆五輪が開催されましたが、もし東京五輪が開催されるならば、同じ事態となるでしょう。
しかし東京五輪を支持する国がたった一カ国あることは否定できません。それは星条旗をはためかせながら全世界に暴力的な支配を及ぼしている帝国に他なりませんが、その帝国軍隊がいま内部崩壊に瀕しています。ベトナム戦争で歴史上はじめて敗北を喫したこの国の正規軍は、それまでの徴兵制を廃止して志願制に転換しましたが、いまや志願不足で現役兵が確保できず、志願契約期間を強制的に延長し、高卒以上の学歴を持った兵士が90%から71%に下降し、犯罪歴のある兵が06年8129人、07年1万258人に激増しています。中核となる士官クラスで、陸軍士官学校卒業生の46%が軍隊を離れ、指揮官3000人が不足するという事態になっています。追いつめられた国防総省は、軍隊の民営化を進め、民間軍事請負会社が警備から戦闘まで請け負う惨めな実態に落ち込んでいます。大手の民間軍需会社であるブラックウオーターは、左翼を虐殺した旧チリ軍特殊部隊の元隊員を集中的に雇用してイラク戦線に投入し、イラク人への無差別殺戮をおこなっています。こうしてもはや米軍は米国内でドロップアウトしたゴロツキ集団で編成され、ピュアーな愛国心に燃えた青年は理想と現実のはざまで自殺者とPTSD症候群が激増しています。大義なき軍隊の頽廃は凄まじく、東アジアの島国では次々と女性を襲撃して強姦するに到っています。
こうした星条旗にひれふし、思いやりと称する予算を提供して媚びへつらっている東アジアの島国の政府の奴隷のような姿は、全世界から軽蔑と冷笑を浴びています。東京開催を支持するたった1ヵ国とは星条旗出身のIOC委員に他なりません。高齢者と障害者を嘲笑いながら、五輪招致に狂奔する都知事はみずからの売国奴としての恥ずべき姿に気づかない無知を露呈して、地獄へのみちを進んでいます。もしスポーツが普遍的な人間の身体能力の美を表現し、五輪がその最高の祭典であるとすれば、これほどに五輪旗を汚す行為はないでしょう。
3人に1人が非正規労働者として奴隷労働に従事し、75才を超えた高齢者を遺棄し、年間3万人を超えるを越える人が自死しているこの国で、最高のヒューマニズムの祭典である五輪を開催する資格はありません。恥じらいてただちに撤退すべきです。(2008/6/6
17:54)
◆衝撃と畏怖
米国のイラク侵攻作戦の第1段階の作戦名は<衝撃と畏怖作戦>です。国民全体に圧倒的な衝撃を与えて感覚遮断に陥れ、大混乱の茫然自失状態で抵抗意欲を奪い、盲目状態となって無条件に服従させることを狙いました。この作戦指揮書では、「広島と長崎が与えた衝撃と同じインパクトを核を使わずに与える」とあります。第1撃は人々が深い眠りに落ちている深夜に、突如として攻撃し、発電所の破壊によってすべての明かりを消し、電話局を攻撃して電話回線を切断してすべての通信手段を遮断しました。人類最古の歴史的文化財も容赦なく破壊し、蹂躙に任せました。つまり敵軍ではなく民間人と施設を主要攻撃目標としたのです。結果はフセイン・イラク軍の抵抗ははあっというまに壊滅し、作戦は成功しました。この作戦は、人間の正常な神経活動に衝撃を与える心理作戦に他なりませんでした。明らかに敵軍と戦闘員を攻撃する戦闘行為ではなく、民間に対する国家テロリズムでした。
この心理作戦は、容疑者を最も睡眠が深い明け方に叩き起こして、目隠しをして手錠をかけて連行するCIAの尋問マニュアルを国家間戦争に適用したものでした。こうした逮捕は、強烈な衝撃を与えて不安と緊張に襲わしめ、正常な理性的判断を不可能にします。容疑者はショック状態のまま直ちに暗い地下の尋問室に連行され、強烈なライトを照射してさらに神経をかく乱されます。人格の尊厳を傷つける身体的な打撃を加え、時には電気ショックを与えて人事不省にし、判断力をマヒさせます。頭が真っ白の空白状態となっていく、この瞬間こそ尋問官の最大のチャンスとなります。こころは白紙となって幼児状態となり、そこに強力な暗示をかけると、子どものようになった囚人は、あたかも守護者のような取調官に盲目的に自己を委任し服従するようになります。逮捕時から身体と精神を完全に孤立化して、困惑と混乱の極地でシナリオに合わせてすべてを自白していくようになります。こうした取り調べ手法は、1950年代にCIAが開発したマニュアルであり、マツギル大学(カナダ)が洗脳技術開発研究を共同で行い、人体への高圧電流やISD,幻覚剤投与実験を重ねて、いまではあらゆる尋問手引き書の基本となっています。被験者は電気ショックで記憶が消え、指しゃぶりや床への便の垂れ流しなど自分が誰かさえ分からない退行状態になります。マツギル大学病院のキャメロン医師は、患者に対して特殊治療と称して多くの実験を遂行しました。患者は実験の記憶さえなく、新たな人格として生まれ変わります。この象徴がイラク・アブグレイブ収容所であり、こうした個人の尋問マニュアルを国家全体に適用したのがイラク戦争でした。
こうした手法は社会全体に対しても有効であり、クーデター、テロ、自然災害など危機状態にある社会全体の混乱を利用して、ある政策を一気に断行することができます。とくに軍部独裁を実現する手法として採用されます。危機の時に国民が困惑して判断と抵抗が一時的に衰弱した瞬間こそ、国家改造の最大のチャンスとなります。まさに危機の裏の顔にはチャンスと書かれているのです。
日本では9,11同時多発テロを利用して、治安法制が一気に断行され、同時に小泉構造改革が怒濤のように導入されました。強力な何ものかにすがって、救いを求めようとする真理は、あたかも救世主のようなイメージを持って登場する強力なリーダーのイメージを増幅し、影に怯える自分の不安を解消しようとします。バブル崩壊の不安と9・11の危機が同時的に重なった時期として、コイズミ構造改革は絶好のチャンスを手に入れたのです。多くの若者たちが幻想を持って投票所に殺到しました。こうして戦後改革に匹敵する国家改造が推進され、現在の惨憺たる状況となりました。
多くの企業は企画部門に特化し、製造部門をアウトソーシングする外注革命をおこない、フレクシブルな労働調達によってコストをギリギリまで切りつめ、政府は企業革命理論を適用して軍事と警察に特化してあらゆる公共部門を民営化してアウトソーシングしました。巷には非正規労働者があてどもなくさまようようになりました。アメリカ政府は軍事部門も民営化し、基地建設から補給・監視活動を民間軍事会社に委託し、もはや米軍は企画とマーケッテイングに専念するイメージ戦略に特化していきます。ブラックウオーターという民間軍事会社は、旧チリ軍特殊部隊の元兵士を雇用して戦闘部門さえ請け負っています。こうした企業革命理論を開発したのは、シカゴ学派のミルトン・フリードマンであり、その弟子であるラムズフェルドはネオコンとして政治戦略に拡大しました。ネオコンの多くのメンバーが、旧左翼のトロツキスト出身であるというのも極左と極右の本質的共通性を示しています。
しかしマツギル大学の真理実験はもう一つの特質を告げています。衝撃にショック状態はある範囲で一時的であり、必ず消失していくと云うことです。被験者はかならず自分に起こったことを知る時が来ます。従ってショックから立ち直り、ほんらいの自己を回復してショック時の自己の虚妄を自覚し、人格改造から解放されて抵抗をはじめると云うことです。イラクでは、米政府の予想を裏切って武装抵抗運動が誘発され、いまや米軍の撤退を求める世論が大勢となっています。全世界でシカゴ学派の市場原理主義への再審運動が起こり、とくに中南米は一斉に米国経済圏からの離脱をめざしています。日本でも構造改革の惨憺たる実態が顕在化して、せめぎ合いの状態となっています。もはや米軍主導の<衝撃と畏怖>戦略は破綻し、かってなく星条旗への不信が渦巻き、米国の孤立が深まっています。
マツギル大学の心理実験はもう一つの特質を告げています。初期における<衝撃と畏怖>の虚妄が自覚されると、被験者の心理は逆に実験者のこころへ二乗化した<衝撃と畏怖>となって跳ね返ると云うことです。<衝撃と畏怖>はブーメランのように実験者へ飛来し、実験者を捉えるのです。いま米軍兵士に続出するPTSD症候群と自殺者の激増は、まさにこの実験の真理を示しています。社会経済では、シカゴ学派の劇的な凋落がはじまり、欧州型の連帯モデルが再評価されようとしています。米国は全世界で孤立する自らの姿に衝撃を覚え、茫然自失状態となっています。日本は夜明け前の暗さのなかにありますが、この暗さを切り開くのは実験から解放された被験者の市民自身であり、すでに強者への幻想的依存を克服しようとする市民が出現しはじめています。それにしてもソニー・エンタテイメントがゲームの商標に<衝撃と畏怖>を商標登録としようとして批判を浴びて断念した神経は、米国防総省と同じく目を覆わしめる頽廃があります。N・クライン「ショック・ドクトリン 惨事資本主義の真相」(『みすず』N0561)参照。(2008/6/4
15:10)
◆靖国刀とはなにか
映画「靖国」への権力介入は、逆説的に靖国神社の神権的権力性を露呈させましたが、そのなかでも特に靖国神社に日本刀を奉納する儀礼は、靖国神社の本質を露わに示したようです。殺人のための武器である日本刀を神体としているといわれる靖国神社は、天皇神への反逆行為者を殺害することによってカミの神格性を維持するという献神システムを持っているとさえ言う人がいます。そうした批判的言辞に対して、日本刀はもはや武器ではなく、神の権威の物神的象徴とか、伝統的工芸品としての神の美の表現に転化しているのだという弁護論もあります。剣は三種の神器のひとつとして天皇家の証しですが、剣(日本刀)が殺人武器として使用される金属加工の水準を創出する技術の発達とともに、天皇の支配圏がひろがっています。では武器としての刀が象徴へと展開するみちすじはどうあったのでしょうか。
天皇が君臨する日本という国を象徴する物神は、云うまでもなく富士山であり、現在でも富士は日本的象徴として信仰的礼拝の対象であり、また外国への贈答画として最もよく使われています。宮廷画家として国家指導者の肖像画を独占的に描く地位を手に入れた横山大観は、生涯に1500点もの富士図を描画しましたが、特に戦時下の富士図はすべて皇室と軍部への献納品として創作されました。ヒトラーへのプレゼントとして描かれた「旭日霊峰」や満州国皇帝・溥儀に献上された「富士霊峰」は、まさに大日本帝国の威武を顕示する絶頂期の作品です。こうして富士はは日本のアイデンテイテイと自意識を示す最高の画題であったのです。最近国立美術館でこうした大観の画業を時代背景抜きに芸術作品として再評価する動きがありますが、このアナクロニズムと歴史意識の貧困は目を覆わしめるものがあります。ひところ共産党の選挙ポスターに富士山が登場して、戸惑いを与えましたが、それを主導した宮本顕治の精神構造は、天皇とは無関係の民族のシンボルとしての日本を想定していたのでしょうが、ここにいかに富士山が日本人総体のメンタリテイーとなっていたかが表れています。
ところが当時は富士山と並んで、大日本帝国の威武を象徴する物神として海軍旭日旗があり、そこでは朝日が世界帝国へ躍進する日本をシンボライズする物神となっていました。そして日本を象徴する花としての桜は、帝国への献身的殉教を象徴して、日本の儀礼服やパスポートの印となり、戦場で散華する崇高な死生観を代表する記号となりました。靖国神社のホームページをみると、神社の屋根に静かに桜の花びらが散っています。では日本刀はどうなのでしょうか。
日本刀が身分と決意の結晶として特権化されるのは、秀吉の刀狩を持ってはじまりましたが、外国に対する日本の贈答品となったのは近代初期です。幕末の駐日大使タウンゼント・ハリスは下田奉行から日本刀を贈られ、小泉八雲は熊本五高への転任に際して教え子から餞別として日本刀を贈られました。しかしこの頃はまだ骨董品としてであり、日本のシンボルとしてではありません。昭和初期になってはじめて日本刀は物神的シンボルになったのです。満州事変後の陸軍が、1932年に日本刀鍛錬会を設立し、陸軍付属の靖国神社境内に日本刀鍛錬所を設けて将校以上の軍刀にあて、陸軍は正式の軍刀をサーベルから日本刀に改め、ついで海軍も同調しました。これを契機に日本刀は肉弾戦を闘う将校指揮官の戦闘精神を象徴するようになり、2・26事件など軍部テロリストも銃ではなく日本刀で自らの志を証明したのです。こうして日本刀は殺害武器よりも日本軍人精神を象徴する物神へと転化しました。大観が「旭日霊峰」をヒトラーに贈った頃、来日したヒトラーユーゲントは富士山に登った後に、靖国神社の日本刀鍛錬所を見学したのです。日本刀は崇高な日本精神である大和魂を体現した日本軍人の魂へと化身しました。鉄の延べ棒はまさに闘魂を体現したフェイテイシズムそのもとと化しました。献神をもって刀工は刀を鍛え、パイロットはその魂が打ち込まれた日本刀を帯刀して飛行機を「翼ある日本刀」として精神化し、欧米型物量を凌駕すると確信したのです。特攻作戦はまさにまさにその極地でした。出撃前夜にパイロットはエンジンではなく、日本刀を点検するという、いまでは笑うべき倒錯が誘発されました。
青雲に直ちにひ々かふ剣太刀 古ありき今もこの道(北原白秋)
いま世界でもっとも日本刀が多い国は、ドイツとイタリアです。それは戦時期の日本の同盟国という盟邦であり、協定調印や親善行事、訪問時のプレゼントとして必ず日本刀が贈られました。私的なレベルでもそれは常態化しました。上記の北原白秋の歌は、ドイツ大使に贈られた掛け軸にありますが、日本刀ではなく掛け軸が贈られたのはもちろんそれが軍刀を讃美する歌を詠んでいたからです。
さて日本刀の歴史的な意味は、昭和初期の天皇制ファッシズムを支える軍人精神の象徴であり、また世界のファッシズムの強固な結合を象徴するものであったことが明らかとなりました。それはもはや殺人武器や献神崇拝、或いは伝統工芸としての意味を越えた、血塗られた歴史を刻み込まれています。戦後平和憲法となって、武力を国家アイデンテイテイの核心とすることを否定した日本では、日本刀のシンボル性は衰弱して不可視のようにみえますが、じつは戦闘精神を象徴する心性として隠然として続いています。剣を神体としてあがめる靖国神社がその頂点に君臨していることも否定できないでしょう。ひょっとしたら、大相撲の相撲部屋の親方が竹刀を片手に持って稽古をみるのも、その背後には日本刀の歴史的精神構造があるのでしょうか。(2008/6/1
11:45)
◆日本列島は内部から腐食して死臭を放ちつつある
昨日また日本のある若者が硫化水素でこの世からおさらばしました。彼にとってはただひとつ残された安楽死、いや尊厳死なのでしょうか。欧州では安楽死を認める国が増えています。オランダは世界で最初に安楽死を合法化し、12才以上の患者が望めば医師が致死薬を処方して自殺を幇助しています。スイスも医師や慈善団体が処方した致死薬を患者自身が服用する自殺は合法となり、オランダでは年間2000人の安楽死が施され、スイスには年間数百人の自殺希望者が欧州から訪れています。安楽死を合法化する条件は、昏睡・植物状態、回復の見込がない耐えがたい痛みがあり、本人自身が強く希望するなどが付されていますが、ベルギーのノーベル文学賞候補者ヒューホ・クラウスの場合は、認知障害のあるアルツハイマー病であり、それらの条件は必ずしも満たされていないにもかかわらず、尊厳死として認められました。
果たして末期にある患者の最後の自己選択権としての安楽死または尊厳死をどう考えるべきでしょうか。賛成派は最後の選択をまったき選択状況にある純粋な抽象のレベルで考えていないでしょうか。人間の諸行為は社会的諸関係の総体の一部であり、死という最後の瞬間の行為もまたさまざまの外的な客観的条件によって規定されており、尊厳の維持という主体的選択は実は幻想でしかない場合もあります。
例えばクラウスが自殺したその同じ日に、積極的安楽死が違法とされるフランスで、52才の女性シャンタル・セビルさんが自宅で大量の睡眠薬を服用して自殺しました。彼女は顔面が大きく変形して眼球が飛び出す進行性悪性腫瘍にかかり、「私の顔を見てみんな怖がって逃げていくのが哀しい」とし、失明して痛み止めも効かなくなった身体の尊厳死を求めて裁判を起こし、敗訴した翌日に命を絶ったのです。彼女の死は、奇怪で醜悪なものを排除する視線が降りそそいだことによってもたらされたのであり、もしそうしたまなざしではなく温かい支援があれば彼女の死はなかったのです。多くの末期患者は介護する家族や苛酷な医療費の圧力にとりかこまれ、潜在的に安楽死への心理的強制を受けています。つまり最後の瞬間の自己決定権という考えは、社会的諸関係の網の目を排除した抽象的な極限の概念であって、現実には虚妄でしかない場合があるのです。少なくとも安楽死肯定派の皆さんはこうした強いられた自己決定の構造をしかと考えて下さい。
ところが治療費財政をはばかることなく公言して、高齢者の医療を中断しようとする国が東アジアにあります。この国では74才までを充全な生命と認め、75才以上は死にいく生命として安楽死を迫っています。死を早める治療を患者に選択させた医師に対して報奨金を支給するという国家による消極的安楽死が公認されます。これほどにあからさまにカネで命を消すという陰惨な施策をおこなう国は世界史上初めてです。国自身が老人を肩に背負って姥捨て山に運ぼうとしているのです。しかし姥捨て山伝説は棄老という悲劇を描いていますが、じつは老人の尊厳を説いているお話です。
60才以上の年寄りを山に捨てるというきまりがある国がありました。ある息子が泣く泣く母親を背負って山奥に置いて帰ろうとすると、母親は「お前が道に迷わないように、木の枝を折って落としておいた。たどって帰りなさい」と言いました。それを聞いた息子は母親を家に隠してかくまいました。しばらくして隣国が「灰で縄をなえ、さもないと攻め込む」と難題をふっかけてきました。息子からその話を聞いた母親は「藁で硬く縄をなって焼きなさい」と伝授し、息子はそれを殿様に伝えて国の危機は回避されました。「褒美はなにが欲しい?」と聞かれた息子はかくまっている母親から教えられたと答えました。殿様は年寄りを大事にすることに気づき、きまりを廃止しました。松谷みよ子氏エッセイ参照。
ここでは年寄りの智慧が国を救うという敬老の教訓が込められているのですが、いのちを年齢によって差別し、しかもカネのちからで誘導する施策の非道をみごとに証明していると云えるでしょう。すべての命は地球より重いーのであれば、あなたの命と75才以上の命も同じように遇されるというのは常識の初歩に他なりませんが、東アジアのその国ではそうした非情が大手を振って闊歩しはじめました。日本という名の列島は、75才以上の老人たちが死臭を放ちはじめたのです。
一方ではこの列島の若者たちが75才になるはるか前に、自分の人生を閉じ始めました。仕事のストレスが原因でうつ病などの精神障害になり、労災認定を受けた人が過去最多の268人(前年比1,3倍)、うち過労自殺も過去最多の81人((未遂3人を含む)、精神障害による労災請求件数は過去最多の952人(前年比15%増)、過労などによる脳・心臓疾患で労災認定された人は過去最多の392人(前年比10%増)、うち過労死は142人、認定理由が長時間過重勤務362人、うち199人が月平均残業時間100時間以上・・・・これが労働災害列島日本の四川大地震に匹敵する実態です。情報処理や医療福祉などの専門的技術的職業が75人、製造業60人、事務53人と、長時間労働と成果主義による疲弊が現場を襲っています。30歳代100人、20歳代66人、40歳代61人と若年層を直撃しています。それにしても認定率が30%とはなんという認定基準でしょう。申請すること自体に多大の負担と勇気が要るなかで、この数値はまさに氷山の一角であり、日本列島は精神的労働災害で充ち満ちています。
いま相次いでいる硫化水素自殺はこうした日本列島の生きづらさの壊れたパフォーマンスの象徴です。オレの人生は終わった、これから先いいことなど何一つない・・・・・と毎日死を考えている人の姿が見えてきます。巨大な潜勢的圧力が頭上に君臨し、全体に同化し得ないと感じる者を威圧して押しつぶし、すべてをカネで判じる市場の悪魔が暴走し、ちっぽけな一人のちからなどゴミのように吹っ飛んでしまう空気をKYできないものを圧殺していくこの列島の腐食・・・・もはや腐食すらが無自覚の快楽と化して嬌笑の夜に昼の沈黙を重ねて・・・ひたすらに若者は喘ぎながら後退しています。今日は死なずに、明日まで待って、それを毎日繰り返している傷ついた渡り鳥のような青春無残・・・・。
ある人が僕にこう云った
一羽の寂しげな、羽の抜けた、飛ぶこともできない渡り鳥
でも私たちといっしょに飛べば、海を越えていくことができるだろう
なぜなら私たちもあなたと同じ力の抜けた渡り鳥なのだ
僕は、ひとりぼっちの、羽の抜けた渡り鳥です
生きていく恐怖に身がすくみ
一羽では飛んでいけません
硫化水素の連鎖は 死の岸辺に向かって飛ぶ渡り鳥だ
僕は生きる連鎖のなかにいたい
生きようとする渡り鳥の群れのなかで飛びたい
殺すな! 死ぬな! 生きろ! (こわれ者の祭典代表・月乃光司「渡り鳥」を筆者責により一部改変)
もはや日本列島は、なにか最後のカタストロフィに向かって雪崩を打って転げるように前のめりにすすんでいる感じがしませんか? 明るい陽光に照らされて、きらめくネオンサインの影にあって、死臭紛々たる腐食をおぼろげに感じながら・・・・・・・なんとかなるという幸福の時代は遠くに過ぎようとしているのに、最後の選択の瞬間はすでに目の前に迫っているのではないだろうか。自己選択と自己決定のたった一度の機会が最後にやっと与えられているような気がします。しかし同時にこの最後の選択には、別のシナリオも用意されています。もしも棄老される年寄りたちと恐怖に身がすくむ若者たちが出会って、ともに戦場のアリアを歌いあげるならば、逆に硫化水素をあびた悪魔は身を縮めて退場し、桎梏の闇は裂けてひと筋の曙光を放ち、夜空は次第に晴れわたって朝を迎えるだろう。悪魔は市場原理のマントを脱ぎ捨てて地に腹這うだろう。(2008/5/24 9:57)
短い生涯
とてもとても短い私の生涯
世界に別れを告げる日に
ひとは一生をふり返って
じぶんが本当に生きた日が
あまりにすくなかったことに驚くだろう
<本当に生きた日>とは
ぎらりと光るダイヤのような日
銃殺の朝であったり
アトリエの夜であったり
果樹園の真昼であったり
未明のスクラムであったりする
あなたにとっての<本当に生きた日>とは (芝木のり子「ぎらりと光るダイヤのような日」を筆者責により一部改変)
◆嬰児の泣き声
赤ん坊の泣き声ほどにピュアーな生命の姿を実感することはありません。空腹や痛み、或いは欲望を全身をかけて大人に訴えます。かっては電車やバスの中で響き渡る赤ん坊の声に、哀しみや時にはいらだちを覚えた私は、母親が自分の乳房をさらけだして口に含ませ、赤ん坊がじつに真剣にただ飲むために没入しているような表情をみて、ホッとするような安堵感を覚えました。いつ頃からでしょうか、母親が公衆のなかで乳を赤ん坊に含ませる情景が姿を消していったのは・・・・・。次第に母親はほ乳瓶を用意して含ませるようになり、ついには赤ん坊を抱いた母親の姿そのものが街から姿を消していきました。街の生活が次第に合理化され、公と私生活の分離が進んでいくなかで、授乳という1次的な行為は姿を消していったかのようです。それは家族や地域と仕事の現場が融合して、共同体が日常に息づいていた時代の終焉を象徴しているようです。
動物はほぼ成人に近い姿で産まれ、幾ばくかの保育期を経て早く自立していくのに対し、人間だけは早産であり自立までに数年の期間が要せられます。法律的な成人認定はさらに遅く、日本では20年間という長期にわたります。それだけ大人たちがつくりだしている文化は複雑であり、それに習熟する期間が必要になりました。獲物を捕獲する技能だけでほぼ大人になっていく動物との違いです。だからこそ逆に人間は、嬰児の姿におそらく原初的な生命の本質を見いだし、そのピュアーさと大人としての自分の差に慄然とする驚愕に近い思いを抱くのでしょう。それは嬰児への畏敬に近い愛情を感じて我が身を犠牲にしても、この嬰児の生命を守ろうとする無条件の献身を生み出しますが、他方では嬰児への野蛮な暴力という攻撃という哀しい姿もあります。
献身と攻撃という両極の行動は、おそらく嬰児のあまりにもピュアーな行動によって触発され、直ちに対象たる嬰児に接近するという反作用という点では同じですが、生命活動を支援するのか毀損するのかという点で逆方向にあります。嬰児のピュアーな訴えの最強度の行動は、おそらく泣き叫ぶというものでしょう。赤ん坊が渾身の力で全身全霊を上げて泣き叫ぶとき、その泣き声の周波数は、人間の聴覚がもっとも敏感に感知する周波数の帯域と重なっているそうです(以上岡真理氏エッセイ参照)。赤ん坊はまさに生きのびるために、小さな生命力の限界をかけて大人たちに訴えているのです。誕生の最初の発声が泣き声であるというのも象徴的です。嬰児の泣き声は大人たちの神経のもっとも深い部分をゆさぶり、全的な共感か反発の両極の反作用を生み出すのでしょう。なにも知らない赤ん坊は声を限りに訴える本能的な行為によって、支援を受けて安らぐか、異様な暴行を受けて傷つくのです。その選択は赤ん坊にはなく、すべて大人にゆだねられ、赤ん坊の運命は決定されているのです。人間の歴史はいたいけな嬰児の訴えに共感し、無条件に支援するという大人たちの行動によって形成されてきましたが、現代にいたって最もピュアーな存在を攻撃する幼児虐待という痛ましい行為が誘発されています。虐待に到る大人たちのふるまいの背後にはさまざまな理由があるでしょうが、おそらく根底にはピュアーさに苛立ちや憤りを感じるという心理があります。そのような心理がどのような経路で形成されたかについてはここでは述べません。私は虐待にいたる大人たちも、何らかの被害者なのだと指摘しておきたいと思います。
問題は赤ん坊に対して無償の愛情を抱いている大人たちが、とくに母親が強いられてわが子の生命を損壊にいたらしめた哀しい歴史です。
かって近代日本の窮迫する村では、生まれたばかりのわが子を殺めて、他の子の生存を実現する「間引き」という行為がありました。母親は、”シャボン玉の歌”という哀歌を口ずさみながら、嬰児を闇の世界に葬り(シャボン玉の歌は人に買われた女郎の歌という説もあります)、自分が産んだ子を殺めることができない母親は、雇った子守りに赤ん坊を背負わせて、吹きすさぶ寒風のなかにじっと立たせ続け、赤ん坊を風で窒息死させました。
太平洋戦争の激戦地となった沖縄では、日本兵は同じ壕に避難した住民に、泣きやまない赤ん坊を自らの手で殺めることを強要し、ソ連軍からの逃避行を続ける避難民も泣きやまぬ子どもを殺めざるを得ませんでした。いつ虐殺されるか分からない異常な集団心理のなかで、多くの嬰児の命が絶たれたのです。いまパレスチナや内戦の続く紛争地域で、同じような悲劇が起こっています。
赤ん坊が思いのたけをこめて泣き声を上げるということは、おもえばほんとうに自由で幸せなことなのです。それは大人自身をも救われてあるということの証しなのです。その時代のほんとうの豊かさは、赤ん坊の泣き声が聞こえることによって測ることができると云えるでしょう。いま日本ではどうでしょうか。嬰児への虐待は闇のなかでふかくひろがっているのでしょうか。
いやもっと重大なことは、赤ん坊自身が笑ったり泣いたりするピュアーさを失って無表情になっているのではないでしょうか。ある乳幼児センターの話では、母親が笑いかけても微笑みを返さない乳児が増えているといいます。いったいこれはなんなのだろう。嬰児の微笑は表情が左右対称であり、思わず頬ずりしたくなるような天使の表情を示します。大人の笑いは左右対称が崩れ、複雑な笑いの表情をつくりだしますが、ひょっとしたら母親の笑いからピュアーな左右対称の表情が姿を消していき、赤ん坊が反応しなくなったのでしょうか。もしそうだとしたら、なにか恐ろしいコミュニケーションの喪失が起こっているような気がします。そしてわたし自身が、いったい1日に何度心の底から愉快に笑ったかを思い浮かべると、少々ゾッとするのです。(2008/5/15
16:43)
◆煙突男は消されたのか!
世界恐慌の翌年、1930年の11月大不況下の日本では労働争議が頻発し、富士瓦斯紡績川崎工場で働く女工たちも待遇改善を求めてストライキに突入しました。この時に女工たちに同情した田辺潔(27)は高さ40m(130尺)
の煙突によじ登って、要求実現まで下に降りることを拒否して争議を応援します。メデイアは一斉に好意的な報道をしましたが、会社側は強硬に要求を拒否しました。ところが偶然に側を通る東海道線に天皇が乗る「お召し列車」が走ることとなり、「煙突から見下ろすことはまかりならぬ」とし会社側が要求を受け入れ争議は急転直下解決に到ります。天皇の移動によって道路と街並みが整備されるという行幸効果は戦後も見られましたが、労働争議に現れたのはこれがはじめてです。しかし勝利に湧き上がる女子労働者をよそに、煙突男は2年後に死んでいたのです。横浜の堀割に拷問跡が残る遺体となって発見されたのです。労働争議に経営者側の要請を受けた暴力団が介入することは、当時も今も普通のことでしたが、当時は殺害をも平気でおこなったのです。27才の青年はこうしてあっけなくこの世を去ったのです。
煙突男は当時の青年のある意識を象徴していたように思います。生きづらく息苦しい戦争への道を歩む当時の世相にあって、真剣に「なんとかしたい」という気持ちを胸に秘めながら、多くの人は諦めたり戦争協力の道を選ばざるをえないなかにあって、彼は「出会ってしまったならば立ち向かっていこう 恐るるなかれ 我に一歩進ましめよ」として行動にでたのです。命がけで煙突に上がり、自らの意志を象徴的に表現したのです。治安維持法の暗黒の時代での抵抗は非合法の地下運動を余儀なくされましたが、こうしたナイーブ(?)ともいえる個人的抵抗の基礎にあるピュアーな気持ちこそ実はほんとうに世を動かせるちからとなるのでしょう。すべての人が煙突男になってひとりでも煙突にのぼりたいとこころのなかで思っているところに救いがあるのではないでしょうか。結果的にだれ1人煙突にのぼらなくても、やはり煙突が存在する限り、登ろう!と決意する人が現れるのです。現実には多くの人は煙突に上らず、戦争による突破に幻惑されてさらに悲惨な体験を味わうこととなりました。
つまり「煙突」とは世の現実を越えてこの世の悪を照らしだす超越的な存在の象徴であり、言い換えれば人間の尊厳の象徴として屹立しているのです。現実の世にそびえ立つかに見える権力の虚妄を、下に見て嘲笑う希望の象徴なのです。
さて現代はかっての大不況下の煙突男が生きた時代とよく似ています。とくに青年層の心情は日本の歴史史上でもっとも痛ましい希望の喪失に直面しているかのようです。どうせ将来はフリーターや派遣になるのだから、今は自由に遊ぼうという若者、或いは自分の居場所を求めて迷っている人がいます。私は若者たちをそうした状態に追い込んでいるシステムそのものに憤りを感じますが、そうしたシステムを変えるために立ちあがれ!などとはげましの説教を垂れる気持ちはありません。誰しもそうした状況では精一杯のその日の安寧のために、自己防衛の行動を選択せざるを得ません。しかし私は黒沢明「生きる」という映画をみてから少し考えが変わったのです。余命幾ばくもない癌を宣告された、ある真面目一方の公務員が死ぬ前にこの世の快楽をすべて味わおうと歓楽生活にのめり込みますが、彼のこころは結局充足しません。最後に彼は公務員世界の掟を破って、小さな公園を街に作る仕事に全力を傾けます。完成した公園のブランコに座って、「ゴンドラの歌」を歌いながら雪に埋もれて死んでいきます。公園の完成式で市長はじめ幹部が大いに功績をたたえられますが、ひっそりと死んだ一介の公務員に注目する人はいません。しかし町内の主婦たちはいっせいに、この無名の公務員に線香を捧げたのです。私は同僚であったある女性が癌を宣告され、200万円を持ってデパートを巡り歩き、欲しいものをすべて買ってからこの世を去ったことを暗然と想い起こし、この黒沢映画と対比したのです。哀しいことに人間は、ある限界状況に追いつめられたときに、ほんとうの姿がさらけだされます。そのような限界状況に追いつめられる前に、選択の機会があるにもかかわらず、それに気づかないか気づいていても一歩前に踏み出せないのです。
煙突に登るという衝撃的手段によって争議を勝利に導いた煙突男も、ちっぽけな公園を残してひっそりとこの世を去った公務員も本質的な生き方において同じです。それは自らと人間を蝕むシステムに対して、今いる居場所で挑戦し少しでも変えてみよう−と一歩を踏み出したということです。そうして現在も日本のすみずみに、多くの煙突男と公務員たちが営々と無名のうちに、煙突に登り公園を作ろうとしていることに違いありません。せめて自分のこころのなかに、ひそかに煙突に登り、公園を作ろうとしている自分を持ち得ているならば、その人はすでにある幸福を獲得していると云えるのではないでしょうか。(2008/5/12
9:29)
◆わらべうた「通りゃんせ」考
埼玉県川越市の川越城本丸御殿近くの三芳野神社近くにある幅1mほどの細道が300mほど続いています。これが”行きはよいよい帰りは恐い”という、あのわらべ歌「通りゃんせ」の細道だといわれます。江戸期の川越城内にあった神社は、年に1度の大祭か七五三などの限られた日にしか参詣を許されませんでした。帰りには持ち出し品を取り締まる警護の侍の厳しい詮議を受けなければならず、江戸期の通行を規制した関所を歌ったものとも云われます。「通りゃんせ」は1975年に信号機の音声メロデイ(視覚障害者用付加装置)の統一基準に「故郷の空」とともに採用されましたが(作曲者不明で著作権問題が選定理由)、編曲者は「童謡の父」と呼ばれる本居長世です。彼は「七つの子」や「赤い靴」、「十五夜お月さん」などの作曲者ですが、本居宣長の5代目としてで東京音楽学校を首席で卒業しましたが、30才で助教授の職を捨て童謡の作曲に没頭しました。彼は日本的な伝統音階を生かした旋律に西洋長短調のハーモニーをつけました。戦時期には軍歌を作曲することを避け、最後は窮乏のうちに1945年の敗戦10月に逝去しています。「私は死んでから生きる」として、自分の名前ではなく、曲が残ることを望んだそうです。
この歌は信号機の歌として覚えられていますが、子どもたちは歌詞をほとんど知りません。遊び方は対面した2人の子ども(親)が両手でアーチをつくり、その下を複数の子が歌いながらゆっくりとぐるぐる回り、歌の最後でアーチを下ろして通せんぼすると、捕まった子どもが次の「親」になるというもので、江戸期に全国に広まりました。以上・朝日新聞5月10日付け朝刊参照。
江戸期の関所は手形のない者は通さず、親の重病など特別の場合は認めましたが、その場合も帰りは許されませんでした。わらべ歌「通りゃんせ」は、なにか日常の行き交いを越えた非日常的な空間への脱出を禁じるタブー(禁忌)を犯す畏れのようなものを感じます。或いは超自然的な神聖な空間へ踏み込んでいく不安を覚えさせます。だから私は、交差点で突然にこのメロデイが流れるとなにかこの世ならぬ不安な感じを味わうことがあるのです。信号機の信号の旋律は、警察庁が03年に「カッコー」或いは「ピヨ、ピヨ」という擬音だけを使う基準を定めてから、「通りゃんせ」は姿を消しているようですが、なにか懐かしい日本の音がこの世から無くなっていったような気がします。新指導要領では小学校で日本の伝統音楽としてわらべ歌を履修させるそうなので、生き残っていくかも知れません。
「通る」とは、空間のある地点から別の地点への自由意志または指示による身体の移動ですが、その移動を権力的に制限することは(関所、国境)、支配の中軸をなす手段であり、また共同幻想として規制することは(禁忌)、集団秩序の重要な側面であり、だからこそ異空間への越境がある決意と決断を要する時代がありました。その場合の移動は、自らの現存在への否定を含意しますから、それなりの不安と覚悟なしにあり得ませんでした。例えば反権力としての脱藩や徴税逃れの逃散はおそらく生涯をかけた決断的行為であったでしょう。確かに「行き」という現在地の喪失に較べて、「帰り」という帰還の行為はより困難であり、また苦さをも伴う場合があるのです。そこまで大げさでなくても、子どもたちにとって自分の属する村の境を超えて、隣村へ行くことは相当の覚悟を要することでした。子どもの頃の隣村はいかに遠い存在であったでしょう。こうした共同体の閉鎖的完結性を越えるドキドキした逡巡と飛躍のはざまに生まれる緊張感が、この「通りゃんせ」というわらべ歌遊びの基底にあったのではないでしょうか。それは異空間への越境が自己の属する共同体への帰還を保障されない、ある離脱ないしは裏切りとみなされる感覚が子どもなりにあったからでしょう。スフインクの謎のように、通過する旅人が答えられなければ喰い殺してしまったのです。
現代では、国内移動はほぼ完全に自由となり、パスポートとヴィザさえあればほとんどの国境間の越境も可能となり、国境を「通る」という行為に伴う感覚の緊張と痛みは消えてしまったかのように見えます。こうして私たちは、越境の緊張を喪ってコスモポリタンとして帰属共同体を探しながら彷徨する遊牧民になっているような気がしないでもありません。一方では人工的な壁によって自由移動を剥奪された閉鎖空間への封じ込めに喘ぐ民族の哀しい姿もあります。おそらくパレスチナの子どもたちにとって、「通りゃんせ」の歌と遊びは胸にしみ通るような切実な気持ちになるのではないでしょうか。或いは同じ民族が人為的国境によって分断されている国もあり、越境が自由である国でも、指紋やDNAの強制採取など実質的な人格権を奪う国もあります。「通る」という行為が社会的に位置づけられている態様は、その国の民主主義のレベルを確実に象徴しているようです。ジョン・レノンが「イマジン」で歌う”国境がないことを想像してごらん”というはるか未来までは、まだまだ多くの時間がかかりそうです。(2008/5/10
20:13)
通りゃんせ 通りゃんせ
此処は何処の細道じゃ
天神様の細道じゃ
ちいっと通して下しゃんせ
御用のない者通しゃせぬ
この子の七つのお祝いに
お札を納めに参ります
行きはよいよい帰りは恐い
恐いながらも通りゃんせ 通りゃんせ
◆売春婦に堕した日本の恥ずべきふるまい−日本の司法は1959年に身を売っていたのだ
いやー驚きました・・・これほどまでに日本が屈従的な米国支配を受けていようとは! 国際問題研究者・新原昭治氏の情報公開法による米国立公文書館秘密文書公開で、1959年の在日米軍駐留を違憲とする東京地裁・伊達判決に関する米駐日大使と藤山外相・田中最高裁長官との秘密会談が明らかとなりました。違憲判決を受けて驚いたマッカーサー駐日大使は翌日に早くも藤山外相と会談して、最高裁への跳躍上告による東京地裁判決破棄を勧告し、更に驚くべきことに田中最高裁長官との秘密会談で違憲判決破棄の恫喝をおこなっていたのです。外相との政府間交渉はあり得るにしても、最高裁長官への介入はまさに日本の司法権独立を陵辱する侮辱的行為です。戦前期のロシア皇太子傷害事件をめぐる大津事件をも震撼させるような奴隷的屈辱です。いったい田中耕太郎とはこれほどの侮辱を受けても屈従したのです。彼は1957年の主婦を射殺したジラード二等兵の日本側裁判権をお恵みのように手に入れた見返りだったのでしょうか(ちなみにジラードは懲役3年・執行猶予4年でさっさと帰国してしまいました。米兵による殺人はこのような軽判決だったのです)。
ところがさらに驚いたことに、最高裁は米国大使の恫喝通りに、高裁を越えた跳躍上告をおこなって伊達判決を取り消し、東京地裁に差し戻すという米国のシナリオ通りの判決を下し、こうして在日米軍の駐留はいまも続くこととなったのです。公開された14通の秘密電報では、詳細に伊達判決の影響が報告され、裁判過程をめぐる日米両政府の緊密な連携による分析が示されています。裁判過程での秘密会談は藤山外相からの申し入れによっておこなわれ、米国大使は弁護団を「左翼弁護士」と呼んでいます。弁護団は当時の第2次台湾海峡危機での在日米軍出動を指摘し、米軍駐留の違憲性を指摘していますが、田中最高裁長官は弁護団との協議要請もすべて拒否しながら、コッソリと米国大使と秘密裏に会談して裁判の打ち合わせをしていたのです。こうして日本の裁判は米国大使館がいかようにも操れる人形でしかなかったことが白日の下にさらされました。伊達判決を破棄した最高裁判決は当然に再審に付され、司法権独立を放棄した田中耕太郎の裁判官法違反が追求されなければなりません。「裁判官は憲法・法律と自己の良心のみに従って判決を下す」という司法権独立の原理によってのみ、存在を許されているのですから。あ〜日本はこれほどに主権の尊厳を汚されてもなお主人に媚びへつらう忠犬ポチ公のような存在なのでしょうか。
しかし、しかしさらに驚愕すべきことは、この1958年の台湾海峡危機の米政府核攻撃計画が明らかになったことです(ジョージ・ワシントン大学 情報公開法による米軍機密文書公開 4月30日)。その計画は「台湾海峡危機が高まった場合に、米空軍は10−15キロトンの核爆弾を中国福建省アモイに投下し、もしその効果がなければ中国大陸の複数の飛行場を追加核攻撃する」というものであり、ホワイトハウスは「@放射性降下物の拡散A中国だけでなく台湾にも多数の死傷者がでるB核戦争に発展するーとして通常爆弾による攻撃にきりかえる。中国の攻撃が激化した場合には核攻撃もあり得る。その場合には沖縄・台湾が核攻撃による報復を受ける恐れもある」という結論に到っています。ここには全面核戦争も辞さない米国の軍事的冒険主義と沖縄を含む焦土作戦があります。
この同時期に作成された秘密電報と秘密文書は明らかに米政府のアジア戦略を示しています。全面核戦争も視野に入れた核戦略の拠点としての沖縄米軍を中心とする在日米軍の枢要な意義です。明らかに在日米軍は日本防衛ではなく、アジア戦略のための前線出撃基地以外の機能を持たないのです。沖縄県の核被害を当然のものとみなしている背後にこの戦略があります。1950年代後半の冷戦期での日米関係はしかしまだリアルな緊迫関係にあり、日本列島からの米軍出動に米政府すら逡巡していましたが、いまや在日米軍は核武装しながら自由に出動し、イラク特措法・周辺事態法によって自衛隊が米軍に共同するという信じがたい従属関係が進展しています。
さらに注目すべきことは、大津事件によってそれなりに構築された司法権の独立と尊厳がいまや平然と唾棄されています。伊達判決に驚愕した日米両政府の態度は、司法権の独立と権威に対する一定の畏れがありました。だからこそ判決を覆す血迷った破廉恥行為に及んだのです。本年4月の自衛隊のイラク派遣を違憲とする名古屋高裁判決は「平和的生存権を人権の基礎にある」とする画期的な判決であり、日本の右翼も判決の合憲性を認めて逆に改憲を言い立てていますが、政府は「そんなの関係ねえ、連休になったら判決をゆっくり読んでみるか、退職前の判事のパフォーマンスだろう、どうせ傍論だから考慮の必要はない」などとうそぶいています。ここには司法権の独立と尊厳への幼児的陵辱の自覚すらない、無知蒙昧な権力の野蛮な暴走があります。もはや日本には国内的にも司法権の存在意義が打ち捨てられ、はてしない行政の暴走がはじまっているかのようです。
国際関係での米国への奴隷的な媚びへつらい、国内での市場原理主義による野蛮な競争、権力分立の崩壊と行政権の暴走・・・・すでに日本の最低限の市民社会的秩序は権力の蹂躙に放擲され、全線にわたるモラル・ハザードが浸蝕しつつあります。カネのちからに目が眩んでイソイソと星条旗に身を捧げる行為は売春婦のそれに等しい。いやいや身は売ってもこころは売らない売春婦以下の行為でしょう。
良心ある自衛隊員の皆さんに是非とも考えて頂きたい。わたしは皆さんの平和と独立を身をもって守ろうとする気高い使命感を疑いません。しかし皆さんの背後に潜んでいる最高指揮権力層は、市民の生命もものかわ、ひたすらに支配のちからを美辞麗句によって虚飾し、冷酷に嘲笑いながら若者のいのちを生け贄に捧げる醜い計画を机上で立案している存在に他なりません。どうかかって300万人の日本人のいのちと2000万人のアジア人のいのちを奪った軍国日本の悪霊を想起し、この小さな島国の未来のなかで自らの存在の意味を考えてください。(2008/5/2
11:35)
◆ある相談
ある新聞に掲載されたいじめ相談を紹介します(相談者は千葉県中学校3年生K男君 回答者は非行問題研究者・大石めぐみ氏)。
僕は中3です。去年から学校へ行けなくなってしまい今は家にいます。ときどきいじめられる夢を見てつらいです。そんな時には母に向かって本を投げたりして暴れます。自分でもどうしてよいのか分かりません・・・・・。
大石 お母さんは何か言いましたか?
−僕にはなにも言いません。黙って部屋を片づけていました。
大石 夜はあまり眠れませんか?
−睡眠薬を飲んでいるので眠れますが、不安になります。僕は人と会うことに恐怖を感じて外に出られません。今はカウンセリングを受けています。
大石 こころの疲れをとって気持ちを和らげてくれるのがカウンセラーの仕事です。そこで遠慮せずに思いを吐き出して、重たいものを全部預けてしまうと暴れずにすむかもしれません。
−僕は小学校の頃からいじめられて、みんなに「キモイ」と言われました。箒で叩かれたり、髪型が女みたいだとからかわれたり、友だちもいませんでした。
大石 そのことを家で話せた?
−いいえ。
大石 それもつらかったね。イジメは差別です。差別を受けている人が自分よりもっと弱い相手に、うらみつらみを順送りして気持ちをなんとなく満足させているのです。だから、いじめている人も可哀相な哀れな人間と思えるといいね。目先のことに悩まず、できるだけ大きな目標を持てると強くなれます。これまで苦しんだことは決してムダではありません。これからはあなたの得意な分野を磨いて伸ばしていけば、将来の途がきっと開けますよ。いま家の中は楽しいですか。
−あんまり楽しくないです。
大石 あなたがなにかをして家族が喜ぶようなことを考えたらどうでしょう。例えば料理が上手にできると家の人はみんな喜んで食べてくれると思います。
−引きこもりの施設に見学に行ったら、みんなでカレーを作っていました。僕もいきたくなりました。
大石 そういうところにいくと自信がつくようになります。他にも庭仕事で苗木を植えたり、家の中の修繕を引き受けたり、なにか楽しめるものを見つけてみたらどうでしょう。それが夢に出てきたら楽しいよ。まずは自分で自分を育てる腕前を磨いてごらん。
−僕は引きこもりの人を助ける仕事がしたいです。
大石 それには辛いできごとから立ち直る経験が必要です。時間はかかるかも知れないけど、あなたならきっとできますよ。
ほんとうに痛々しくもけなげに生きようとする少年の追いつめられた心情が伝わってきます。少年が自分から新聞社に電話したということはなにか脱出しようとする必死さがうかがわれます。大石氏の助言も「このように答えるんだな」という適切な感じがします。少年が最後に「引きこもりの人を助ける仕事がしたい」と言っているところに、希望の曙光がありますが、大石氏が「それには自分が先ず立ち直れ」と助言しているのは、少々厳しい気がしますが。
それにしても日本全国でイジメなどによる不登校数は12万7000人(年間30日以上欠席 文科省06年統計)ですが、これは正式に届けられた数字で、これに数倍する実態がひろがっているでしょう。いじめ数の統計も出ていますが、これは学校や教育委員会の改竄や闇の部分があって統計的に問題があります。いずれにしろ2006年から戦後第3期のピークを迎えています。
さてこの少年は学校に戻るでしょうか。それともこのまま引きこもっていくのでしょうか。ただ単なる容貌の特徴を理由に彼の一生はある取り返しがつかない打撃を受けることになったのです。いとも簡単に人の一生を左右する無邪気な暴力が蔓延しています。かっては弱者へのいじめは軽蔑され、虐める側が制裁を受けましたが、現在は第3者が傍観して加担する惨憺たる構造が蔓延しています。しかしよく見るとこれは大人社会の射影ではありませんか。CEO→正規幹部社員→般正社員→契約社員→派遣社員→日雇い派遣社員とめくるめくような階層が構築され、トラウマとルサンチマンがより下方へと移譲していく構造は、家庭内に移譲され、夫→妻→子ども→ペットへと転化されていきます。こうした垂直的な構造が逆転され、上方へと向かうことによってのみルサンチマンの真の根元は破砕されますが、これは多大な犠牲を覚悟する決断となります。この決断に要する勇気は計り知れないものがあり、今日の日の安寧を欲する者には至難の行為です。
家庭内で暴れる少年にただ黙って後片づけをしている母親の心中は哀しみに満ちています。そうした哀しみを知り尽くした上で、なお勝つ暴れる少年のこころはそれにも増して悲哀に溢れています。加害者たちの想像力は枯渇し、薄ら笑いを浮かべて次の標的を探しています。次の犠牲者は自分ではないかという不安がよりいっそうイジメの行為をエスカレートさせていきます。悪の無限のスパイラル状況に放り込まれた子どもたちの世界はもはや修羅の世界です。
私たちはある特定のシステムに包摂されてしまうと、別のシステムへの想像力を失い、あたかも無限に続く日常のなかで如何に自己の安寧を維持するかに全精力を集中します。加害者も被害者もじつはシステムに翻弄される犠牲者でしかありません。これは戦時期の旧日本軍の内務班のシステムと本質的に同じなのです。ここには策略をめぐらして報復し合う悪平等すらありません。こうして生命の1回性の尊厳は泥のように蹂躙され、それがあたかも普通の常識的日常と化してしまいます。これがイジメの闇の世界です。これが前首相の言う「美しい日本」の真実です。
パラダイム・チェインジが求められます。最初のチャレンジャーはおそらく犠牲になるでしょう。しかしよく考えてみましょう。システムの利得者は頂点に立つごく少数者であり、大多数は犠牲者なのです。よく考えてみましょう。下方への移譲ではなく、上方への移譲のチャネルは確実にあるのです。頂点に立つシステム利得者は、、それをよく分かっているがゆえに、あらゆる方法を尽くして分裂による支配をめざします。同じ対抗理性を駆使した判断によるパラダイム・チェインジは潜在的に充分な可能性を持っています。しかしそれは少年に要求することではありません。少なくとも成年年齢に達した市民が自らの行為として選択する問題です。誰かが歩き出さないと、道はできないのが分かっていながら、躊躇せざるを得ない私をして、一歩前に踏み出す契機はなんでしょうか。それはラット競争を強いる市場原理主義の悪魔性に気づいた者の危機の裏側に記されたチャンスの顔に他なりません。
46億年前に誕生したこの惑星は、35億年前に海のなかで最初の生命を生み出し、4億年前にその生命は地上に上陸し、気の遠くなるような長い進化の過程を経て、数百万年前に人類が誕生しました。長い原始共産制社会を経て階級社会に移行して現在までわずか数千年に過ぎません。いまその人類は惑星を数十回破壊する核兵器を手にして、先制攻撃による戦争を決意し、あくなき利潤極大化による惑星環境を壊滅させる寸前に到っています。大人たちは惑星の危機をよそに、相互に殺し合い、子どもたちはいじめ合っています。おそらく人類はこの100年、200年というほんの瞬間的な時間が惑星と自分たちの生存を左右する決定的瞬間に生きています。いま私たちは偶然にして奇跡的な決定的選択のただなかの時代を生きています。太陽系の寿命が尽きて他の惑星型を探さなければならない数億年から数十億年の未来が待っていますが、それ以前にこの惑星と人類は言葉の正確な意味で存続の分岐点に立っています。もはや殺し合いやいじめの無意味さを骨身に沁みて知る時ではないでしょうか。勝者もなく、敗者もなく、残り時間は少ないのです。(2008/4/26
19:07)
◆若者が破壊されていく、あまりに哀しい日本の姿
青年男子(30−34才)の年収別有配偶率をみると、結婚率が50%を超えるのは年収300万円以上であり、正規雇用の結婚率が60%に対し、非正規は30%にとどまっています。年収300万円未満の30−34才の男性就業者数は、97年51万人(14%)から02年89万人(22%)と急増しています。実に若者の4人に1人は低収入で将来の見通しもなく、「結婚? それは無理だ」という実態にあります。この5年間になにが起こったのでしょうか。いうまでもなく長期雇用と新卒採用を中心とする日本型雇用の解体が、青年層を直撃したのです。
1994年までは90%の若者が学卒正規雇用でしたが、2005年は60%台に急降下し、かわりに非正規・無業・非在学(15−24才)の若者が男性45%、女性55%に達しています。高卒求人数は1992年・167万人から03年20万人へと信じがたい急減です。就職できない若者が進学をめざしても、18才未満の子がいる世帯の30%近くが貧困世帯で進学困難です。かっての企業内OJTによる職業訓練システムも崩壊し、行き所のない若者がかすかな希望を求めて日雇い派遣の闇を彷徨しています。以上後藤道夫氏論考参照。
では奇跡的に正規採用のチャンスに恵まれた少数の若者たちは、快適な労働生活を送っているのでしょうか。ここでは2000年に設立され、東京中心に全国展開する24時間営業の激安チェーンである「SHOP99」(ローソンと資本提携し、800店舗に正社員1200人、パート・アルバイト4700人就業)のS店長(28 高卒後8年間のフリータ生活後に正採用)を事例に正社員の実態に迫りたいと思います。彼は07年に店長に昇進しましたが、それ以前の給与明細は基本給153,000円、自己管理給60,000円、超過勤務手当60,113円、深夜勤務手当434,515円その他含めて332,504円でしたが、店長就任後の給与は基本給214,800円、役割給40,000円の合計254,800円とじつに手取で8万円も減少しています。ところが店長としての勤務実態をみると、07年7月16日から8月15日までの労働時間は343,5時間であり、とくに8月7日から10日までの4日間は連続80時間、1日平均20時間の勤務となっています。店舗にいる正社員は彼だけで、店員への指示、商品発注、金銭管理、、クレーム対応、レジ打ちなどすべての管理・事務業務をひとりで遂行しているのです。入社後14ヶ月間で配転6回、1万点の商品の売り方に関する分厚いマニュアルと煩瑣な指示メールをこなしても、月1回の店長会議で満座の前で起立させられて追求されます。9月に入って摂食不良、腹痛、吐き気、不眠の症状からうつ病となり、労災申請に到りました。
彼はいわゆる、管理監督業務でないのに管理職扱いされて残業代を支払わない「名ばかり管理職」の典型なのです。管理職とは「監督若しくは管理の地位にある者」(労基法第41条)で、労働条件・労務管理について権限を持ち経営者と一体の立場にある者であり、@出勤・退社時間の自由、A給与・一時金の充分な待遇、B経営重要事項の決定に参画し採用・人事考課権を持っている者をいいます。いま企業はこの労基法の規定を悪用して、「店長」「マネージャー」「主任」などの架空の名称を与えて無制限労働と残業代不払いという不法行為を横行させています。これが正規採用された若者の実態です。以上S氏報告参照。
すると若者の結婚率の急下降は、正規・非正規の格差とともに、正社員内部における格差という重層的な日本の複雑な階層的労働市場の構造によって誘発されているのです。いま人間的再生産に参入できない日本の若者たちは、おそらく日本の歴史史上でもっとも残酷で破壊的な競争を強いられる奴隷のような存在に陥れられています。いな奴隷はいまだ人間的肢体を持っていますが、日本の若者たちは奴隷以下の雑巾のように使い捨てられています。少数の若者たちが、自らの尊厳をかけて抗議していますが、資本の野蛮はとどまるところを知らず、資本収益率の極大化に向かって暴走しています。かって「我が亡き後に洪水は来たれ」という資本の野蛮を指す言葉がありましたが、もはや「わが生のうちに洪水は来たれ」という極限の悲惨を呈し始めています。つまり資本の利潤極大化願望は、資本の存立そのものを危機に導く自己崩壊の様相を呈しています。彼らは両手に暴落する株価への不安を抱えながら、競争の悪無限のなかで地獄の底へとスパイラル状態でキリモミとなって転落している自分自身の惨めな状態に気づいていません。
日本がこれほどまでに醜悪な顔貌をさらけだしてなお走り続けている理由はなんでしょうか。かって世界のフロント・ランナーであった日本モデルを支えた日本型システムがいともアッサリと解体していった理由はなんでしょうか。実はここまで記して、10時30分から上映される映画『陸に上がった軍艦』を見に行く時間となってしまいました。(中略)
(再開)
現在の日本の若者たちを追い込んでいる状況は、なぜか先ほどみた映画『陸に上がった軍艦』と酷似しているのではないかという実感を抱きました。入隊とともにはじまる軍隊内教育は、絶対的な指揮命令が垂直的に貫かれますが、これはおよそ軍隊の本質でしょう。しかし旧日本軍の内務教育は、ほとんどサデイステックな上官の嗜虐に近い暴力の横行です。ひたすら耐える新兵は、この蓄積するトラウマを次の新兵に向かって発散し、その方法たるやまさに恨み(ルサンチマン)の激発でしかないようです。有無を言わせぬ非合理的な命令が無意味に放射され、敗戦末期の装備の絶対的な窮乏の中で、作戦はおよそ原始的な子どものママゴトに近いような戦闘訓練です。指揮官から一兵卒に到るまで、真剣にママゴト訓練に従事する状態は、現在から見ると一笑に付されるような内容ですが、おそらく狂気の軍隊はそれすら分からない異常な状況に追いつめられていたのでしょう。みんなで手で引っ張る木造の戦車に爆薬を仕込む訓練など、見ている観衆から苦笑が起こりましたが、これは喜劇的悲劇に他なりません。
問題はこのような1930年代から敗戦に到る軍事日本の組織的混迷は、戦後にいたって現代までも形を変えて継承されているのではないかということです。大勢に追随し、集団が一方向に走り始めると雪崩を打って全体が走り出し、有無を言わせぬ集団圧力が個人を制圧して非人間的な行為を進んで遂行することに快感を覚える心理構造です。手で引っ張る木造戦車は、実は現代では企業であり、肉弾を以て敵に突撃する兵卒は、無制限残業に勤しむ現在の社員ではありませんか。敗戦時に一斉に逃亡してしまう指揮官将校は、現代の企業倒産時に雲隠れする経営者ではありませんか。
しかし最も強烈に印象に残ることは、旧軍の同年兵は同じ苦境を味わった仲間として互いを助け合い、上官への反抗を募らせるのですが、現代の非正規労働は個人がアトム化して競争し合う敵対関係に分裂し、もはや心を許せる共同的存在ではなくなっているということです。CEO(大元帥)が冷厳にそそり立ち、垂直的な階層編成の中で業績競争にのめり込んで自らの人間的尊厳を振り捨てながら生きる現在の状況は、幾ばくかの共同性を残存させていた旧軍よりもはるかに卑劣で凶暴な暴力性を備えているのではないでしょうか。おそらく日本は内部崩壊して第2の敗戦を迎えるまで悪無限の階段を下っていくのでしょうか。それともルサンチマンが堆積した若者の一部に、「希望は戦争!」という最後のうめきにも似た独裁権力への願望が胚胎されてくるのでしょうか。いずれの可能性もあるでしょう。私は孤立してなお、尊厳を求めて屹立する若者の存在に希望を託します。迫り来る戦争を前に、かって松本俊介が立ち姿の自画像を描いて前方を見据えたように。(2008/4/26
15:35)
◆映画『靖国』問題の基底にあるもの
中国人監督リ・イン氏が10年をかけて制作したドキュメンタリー映画『靖国』をめぐる経過の基底にある問題は何でしょうか。リ・イン氏は来日して、南京60周年記念のシンポに出席した時に、旧日本軍が撮影した記録映画『南京』の上映があり、南京入場と日章旗掲揚の場面で、会場から熱狂的な拍手が起こり、全身が震えるような衝撃を受けて靖国神社への強い関心を抱き映画製作に入ったそうです。この映画をみていない私は、映画そのものについて発言する資格はありませんので、この問題の経過の中でいくつか強く印象に残ったことについて考えてみたいと思います。
1つはリ氏も述べているように、ドイツでは旧軍人を慰霊する追悼施設はなく(旧軍墓地は存在する)、ユダヤ人など犠牲者に対する追悼施設がつくられており、ドイツ人はこの映画をみて非常に不思議に思うそうです。ここになにか日本の戦争観の特異性を浮き彫りにするものがあるような気がします。そして靖国神社の鳥居は台湾の木材を使用しているそうです。靖国神社は日清戦争後の台湾植民地支配を象徴する建築でもあるのです。私がもっとも驚いたのは、靖国神社の神体が日本刀であることでした。刀はいうまでもなく殺人の主要な武器であり、天皇に従わない者を殺すことを使命とする機能があるのかと驚愕した次第です。確かに日本刀は、剣道が武道スポーツとして殺人訓練ではないように、日本的精神性の象徴とみなされたり、また日本的美意識を表現する工芸品でもありますが、しかし一方では靖国神社の本質をみごとに示していると思います。靖国神社の理念は、天皇制を護持するために散華した霊を神として祀るものであり、臣民に死を強制する国家が設置した追悼施設として出発しました。ここに日本刀を神体とする必然性があるような気がします。従って映画『靖国』を攻撃する人たちは、おそらく自らの素朴な靖国信仰への許し難い侵犯を覚えたのでしょう。或いはみずから祖国の運命に殉じていった英霊に対する侮辱的表現と受けとめたのでしょうか。
しかし私は、靖国神社=戦争神社=侵略の美化という視点からではなく、映画表現と権力の問題として考えてみたいと思います。特別公務員である国会議員が国政調査権を利用して、ある表現に対して権力的に介入して萎縮効果を生んだことが今回の問題の本質の一部です。マッカーシズムのような権力の直接行使ではありませんが、民主主義の舞台を利用した表現に対する威力の行使がおこなわれました。そして上層のソフトな威圧は民間思想団体の直接的な威圧を生み、表現者をして萎縮に至らしめたのです。直接に首を絞めるよりも、真綿で締めつけるほうが見えざる恐怖を生むのです。今回の事態は明らかに相乗効果を生んで相次ぐ上映中止の事態をもたらしました。
一部の急進的傾向の人は、表現の自由の侵害などという言辞は単なるアリバイ証明であり、言論の自由などという近代民主主義の言説によって批判するのは虚妄であり、今回のような政治性を有効に批判するちからはないと声高に主張しています。或いは上映の場を保障せよーなどという要求は興業者の良心にすがるないものねだりに過ぎないとも言っています。しかしこれは権力には権力で、暴力には暴力で、独裁には独裁でーという裏返された反民主主義論であり、かってのスターリニズムに相似的です。いま労働団体のホテル宿泊やビラの戸別配布など思想・表現・結社の自由が具体的に抑圧される危機の状況にあるときに、民主主義の理念で抵抗すべきでないなどと言うのは抑圧への加担にしか過ぎないでしょう。
さてここで私が想起するのは、阪神・淡路大震災が起こった1995年の『マルコ・ポーロ』事件です。文藝春秋社発行の雑誌『マルコ・ポーロ』2月号が「ナチ・ガス室はなかった」という特集記事を掲載し、ユダヤ人団体とイスラエル大使館の強い抗議を受けて、雑誌は廃刊に追い込められました。記事の趣旨はナチスのユダヤ人大量虐殺はなかった、大量の死はチフスから生まれたのだということでした。こうした歴史修正主義は、すでに欧米で論争が展開されており、雑誌記者はその受け売りに過ぎなかったのですが、この事件はまさに表現の自由の問題でもありました。私は歴史修正主義を否定しますが、それを表現する自由と出版の自由を侵犯することを否定します。なぜ文芸春秋社はいともあっさりと廃刊を選んだのでしょうか。或いは当時の靖国思想に共感する人たちが、廃刊に抗議したという記憶がありません。ここに文藝春秋や週刊新潮のダブル・スタンダードがあるような気がします。
表現の自由がなによりも尊重されなければならないのは、それが真実に接近する不可欠の方法であるからです。そして歴史の真実はひとつであり、誰も修正することはできません。ホロコーストは真実であり、南京虐殺は真実であり、沖縄の日本軍による住民自決も真実であり、アレコレの理由をつけてそれを歪曲することは歴史を冒涜することなのです。ホロコーストのヒットラー命令を確認できないから、日本軍人の自決命令を確認できないから、それらの事実はなかったのだーなどということで歴史をつくりかえることはできないのです。
私は今回の映画『靖国』上映をめぐる軋轢は表現の自由という重大な基本的人権をめぐる問題であると同時に、もはや世紀を隔てる歴史修正論争に決着をつけるチャンスにすべきだと思います。靖国信仰の自由は原理的に尊重されますが、日本歴史のゆるぎない公的認識を確定し、罪責への謝罪と補償を選ぶことによって国際的な尊厳を認証される途を進むべきではないでしょうか。なぜならわが父祖たちの加害によって傷を受けた人たちは、もはやこの世の生を閉じようとしているのですから。(2008/4/19
23:04)
◆権力と芸術
名古屋駅前にオープンした超高層ビルのスパイラルタワーは、建物がねじれるように上空に伸び、なにか未来派の建築デザインを感じさせます。このデザインは、じつはロシア・アヴァンギャルドのウラジミール・タトリンが設計した「第3インターナショナルの記念塔」(1919年)にそっくりなのです。タトリンは、旧ソ連革命政府の依頼によって、エッフェル塔に匹敵する螺旋型の鉄塔を構想し、そこに輝けるプロレタリアの未来を象徴しようとしたのですが、実際にはこの構想は実現しませんでした。あれから90数年を経て彼の理想はこの名古屋で姿を現したかのようです。
人の眼を瞠目させるような巨大なモニュメントの偉容は、時代を超えてなにか剥きだしの権力性を表しているような感じです。しかし私は、なぜか天上をめざして築かれたバベルの塔のように、危うくも脆く崩れ去る虚栄を見てしまうのです。大都会の煌々と輝くネオンサインをバックに、荒涼たる夜の闇にたたずむ廃虚をみてしまうのです。社会主義であれ市場原理であれ、なにかそこに権力と結んだ虚しい力の誇示があるような気がします。
芸術は悪魔とも手を結ばなければ、究極の創造は獲得し得ないのでしょうか。焼死する娘の姿を眼を輝かせて描いた画師のように(芥川龍之介「地獄変」)。「アウシュヴィッツの後に、もはや詩を書くことは野蛮である」(アドルノ)にもかかわらず、ありとあらゆる芸術の美が垂れ流されてきたばかりか、戦争に加担した芸術がふたたび脚光を浴びて再評価されようとしています。日本では藤田嗣治展(2006年 国立近代美術館)と横山大観展(2007年 国立新美術館)が連続して開催され、封印されていたはずの戦争芸術がふたたび市民権を得ようとしています。もはや時は流れて、作品それ自体を客観的に再定義することが可能になったのだと声高に言い立てています。確かにこの「巨匠たち」の戦争画は、劇的な悲愴美の迫真性をもって私たちに迫ってきます。なんのために描かれたかはもはや問われず、独立した芸術作品として時代を超えた表現として、位置づけられようとしています。
こうした戦争美術にとどまらず、音楽芸術においても、殉死の崇高な美を歌い上げた「海ゆかば」(信時潔)の荘重な調べを聴くときに、私は無条件に頭を垂れて滲みこんでくる古典音楽の美を感じます。儒教的な師弟関係を讃美した「仰げば尊し」を涙を浮かべて声を限りに絶唱する学生たちの歌声が響き渡るときに、私の胸にもなにか熱いものが込み上げてくるのを抑えることができません。卒業式歌として「仰げば尊し」を取り上げるかどうかは、学生投票に任されてきたのですが、年を経るに従って賛成率は急増し、私は複雑な感慨を抱かざるを得ないのです。藤田の戦争画であれ、「海ゆかば」であれ、「仰げば尊し」であれ、独立した芸術作品としてみれば時代を超えた普遍的な美意識を表現していると思わざるを得ません。少なくとも私の表現技術ではとうてい太刀打ちできない水準にあるのを認めざるを得ません。
しかし私は、悪魔と結んだ芸術の「息を呑むような」美しさをそのままには肯定できないのです。私たちは、彼らの作品を時代と人格から切り離して、もっぱら普遍的な美的表現の最高の達成と評価していいのでしょうか。彼らの表現し得た「美」の世界によって、幾多の若者たちが昂ぶるこころを高揚させて戦場に散華していったのです。彼らの「美」はまさに、自らの「死」を至高な意味を持つものとして若者たちに受け入れる究極の虚構に他なりませんでした。思想において西田・田辺哲学が死の哲学であったとおなじく、芸術においても荘厳な死の芸術が創造されたのです。彼らの作品は、人の生命を奪う精神的銃弾であったのです。死ぬことを奨励し、殺すことを讃える行為が、なぜ芸術の世界でのみ許されるとは思いません。
戦争を讃える作品をこの期に及んで登場させている日本の異様な特殊性の背後にはなにがあるのでしょうか。ナチスとスターリン主義の全体主義芸術を芸術的に再評価する行為は、欧州では刑法犯罪として罰せられます。逆に日本では国営美術館が再評価の先導者としてふるまっても批判されない異常があります。ここに犯した悪に対する罪責の文化の恐るべき差異があるような気がします。自らの手で戦争責任を裁き得なかった負の遺産が、今日に及んで悪の亡霊をふたたび復権させているかのようです。
私は悪の権威と権力によって翻弄され、歴史の闇に消えていった無辜の、無名の地獄の底でさまよう魂のうめきを聞きます。強制収容所でゴミのように処理されたいのち、逃げまどうイラクの子どもたちの瞳、ジッと闇の中から凝視するまなざし・・・・私のキリリと痛む胸をこそ表現の根拠としたいと願います。「飢えて死んでいく子どもにとって1枚の絵とはなにか」(サルトル)とか「飢えて死んでいく人たちにとっての料理の本とはなにか」(宮沢賢治)という問いがトゲのように刺しています。私の拙い表現は、戦争のさなかに逝った亡き母への精一杯のレクイエムです。(2008/4/15
19:59)
◆哲学者の欺瞞ー柄谷行人氏にみる悪の凡庸さ
原理に対してもっとも近接している哲学者が、思念の罠に呪縛されて現実を裁断することの恐ろしい結果を、私たちはアジア・太平洋戦争の狂乱を「原理的に」説明した西田哲学によって散華した若者たちの悲惨にみたはずです。しかし思弁による観念遊戯は相変わらず現在でも、特権化された知的粉飾を凝らしてまき散らされています。「科学者の課題」と題するトークで柄谷行人で次のように言っています(朝日新聞4月7日付け朝刊)。
「大気中の二酸化炭素濃度が産業革命以降の200年間で上昇したのは、人類の営みによる可能性が高いが、それが地球温暖化を引きおこしたかどうかはよく分からない。二酸化炭素の増大は温暖化の原因ではなく結果であり、人類のほんとうの危機は寒冷化だ。二酸化炭素を減らすだけで砂漠化や汚染を解決できるとは思わない。世界の農地と森林の消滅は温暖化のせいではない。それは国家と資本主義の問題だ。二酸化炭素を減らす名目で原発を増やす意図がある。資本主義は水に続いて大気をも排出権取引で交換価値にしてしまったのだ」(筆者要約)
柄谷氏は資本主義批判のポーズをとりながら、京都議定書を否定する米政府と産業界が泣いて喜ぶようなことを言っています。彼は普遍命題を仮設として立て、反証可能性がない命題を暫定的な真理とみなすポパーの科学方法論に依拠するというのですが、ならば温暖化ガスによる地球温暖化を否定するならばその論拠を示さなければならないでしょう。しかも氏は、仮説命題は未来の他者からの反証可能性を前提とするのですが、原理的に不可逆性を持つ地球温暖化命題は未来からの反証があっても、もはや取り返しがつかない絶対的な意味があることに鈍感です。たとえ複合的な要因であったとしても、二酸化炭素のみを意識的に除外しようとする氏の奇怪な見解は、環境危機を闇の背後から撃とうとする客観的な意味を持っています。
柄谷氏の見解が地球環境システム論を逸脱した思弁であることをみてみましょう。
大気中の二酸化炭素濃度は産業革命以降一方向的に増大していますが、地球表面温度は必ずしも上昇一途ではなく、1965−1980年の平均気温は平年値に対してマイナスの偏差をし、確かに柄谷氏の言うようにこの15年間は寒冷化しています。しかしこの寒冷化は絶対的な寒冷化ではありません。地球には熱と塩分を均一化する熱塩循環をおこなう全海洋を結んだ深層大循環があり、その出発点は北大西洋北部で、高塩分・低水温・高密度の海水が、グリーンランド沖とラブラドル沖の2カ所で数千bの深層海に沈降します。この沈降が活発な年代は、海洋と大気の相互作用によって数十年間隔で交代し、地球システムのレジーム・シフトのリズムが安定的に持続されてきました。この変動リズムは、具体的にはマイワシ漁獲量やプランクトンその他の魚類分布で証明され、微妙な地球表面温度の上下降を繰り返しながら安定温度を維持してきたのです。
しかし温室効果ガスの過剰排出はこの変動リズムを攪乱し、大気ー海洋系の地球システムを破壊する要因となります。温暖化による北極海海氷とグリーンランド氷床の融解が始まると、この水域に低塩分水が流入して海水の沈降が起こらなくなり、メキシコ湾流の暖水の北上が妨げられ、北欧とカナダが寒冷化し気候の暴走が始まります。レジーム・シフトのリズムの攪乱は海洋生態系の変動リズムを攪乱し、ポイント・オブ・ノーリターン(引き返し不可能な点)に近づきます。この時点が気候とレジーム・シフトの崩壊点であり、その温度は過去30年の平均値よりプラス3,1℃と推定されています。いま日本近海では南洋の魚が増え、従来のマイワシやマサバの漁獲量が減っているのは、その前兆に他なりません。以上・川崎健東北大教授論考参照。
IPCC(気候変動政府間パネル)は過去100年間の気候再現実験と高精度気候モデルから、「温室効果ガスによる温暖化は疑う余地がない」とする第4次評価報告書(2007年)を発表し、CO2排出量と人口増など多様なシナリオによる21世紀須恵予測をおこないました。1980−1999年平均値と較べ、21世紀末の平均地上気温は1.1−6.4度上昇、平均海面水位は18−59cm上昇し、降水量予測から異常気象、島嶼と沿岸域水没、生態系と健康破壊など深刻な「回復不可能な影響による人類生存の脅威」を指摘しました。しかし2020年頃まではすべてのシナリオで気温上昇は10年当たり0,2−0,3度の範囲であり、温室効果ガスを2020年までに25−40%削減して、排出量ピークの2015年頃にし、引き継いで2050年頃までに50%削減すれば、21世紀末の気温は2−2,4度に抑制可能だとしました。2020年までの温室効果ガス25−40%削減の中期目標が、崩壊点3,1度の手前で食いとめる地球環境維持の決定的ポイントなのです。
しかしその前提である京都議定書目標期間(08年4月1日まで世界3%削減)では、8%削減義務を負うEUはすでにドイツ20%、英国15%など超過達成しているのも係わらず、日本は6%削減義務に対し逆に6,4%増加させ、京都議定書を破棄した米国と並んで先進国最低の進展度となっています。日本の技術開発による削減可能量を積み上げるセクター別目標方式は、エネルギー効率のみを追求するのですから温室効果ガスそのものの増大を抑えることはできず、国際的な非難を浴びています。法的拘束力を持つ産業界との削減協定に向けた排出権取引と環境税導入に否定的な日本は、日本経団連に屈服して地球環境の危機を増幅させています。以上・増田善信元気象研究所室長論文参照。
柄谷氏の主張は資本主義批判の左翼的な粉飾をこらした犯罪的な意味をもっています。氏はこうした地球システムのレジーム・シフト理論を反証可能な命題とするのでしょう。しかし彼は反証そのものを提示することなく、温暖化ガス説を否定しますから、みずから崇拝するカール・ポパーから叱責を受けるでしょう。彼はエントロピー理論による槌田敦氏の主張を唯一の論拠としてあげているので、槌田理論をみてみましょう。槌田氏は地球表面温度の上昇と二酸化炭素排出量のデータから相関関係を調べ、二酸化炭素を原因とする相関性を証明できないとしています。せいぜい疫学的な相関性でしかないとし、地球温暖化の主要な要因を森林と農地の消滅に求め、森林乱伐を進める木材資本と農地を囲い込む工業資本を攻撃します。槌田氏の理論が正しいものであれば、森林の乱伐を規制し、農地を保護する政策を世界的に実現して地球温暖化をストップできれば、これほどに簡便なことはないでしょう。しかし森林後退と砂漠化が資本の直接介入とともに、産業活動総体の温暖化ガス排出による複合的な高温化によって誘発されいることは、レジーム・シフト理論によって明らかです。氏が一義的に二酸化炭素を含む温暖化ガス説を否定する背後には、なにか作為的な意図があるのでしょうか。いまポイント・オブ・ノーリターンに近づきつつある地球にとっては犯罪的な説です。
柄谷氏の観念的な思弁の遊戯が形而上的な抽象レベルにとどまっていれば、それは子どもの遊戯と同じくたわむれとして処理できますが、現実の具体と絡んできた場合は無意識の悪意となります。まさに絶対矛盾の自己同一の西田哲学が侵略の戦士の生を救う役割を果たしたように。柄谷氏の形而上的な思弁は、カント的自由への追随にあります。カントはあらゆる規定性に先駆けて存在する絶対的な人間の自由から出発しますが、それは社会契約的自然権のレベルでのみ構想される幻想なのです。現実の人間は出自を含む社会的条件、越えられない時代的条件、雌雄である生物的条件等々一定の制限と因果律の被規定性の制約に拘束されつつ、それを越えようとするところに「自由」を実現する存在なのです。天上から降りてきて、槌田理論に依拠してカント的自由によって地球を論じる柄谷氏のスタイルは、リアルな自由そのものによって裏切られるでしょう。(2008/4/8
10:29)
◆「脳内メーカー」の感染爆発の背後には、なにがあるだろうか
誰かの姓名を入力すると、漢字が羅列された、その人の脳内イメージが表れる「脳内メーカー」というHPが07年6月16日に公開されてから、わずか1週間でmixiのキーワードランキング第1位となり、半年間で6億数(!)を越える大ヒットを記録しています(ちなみに私のHPは7年を過ぎて14万ヒットを記録しているだけです)。中日ドラゴンズのマスコット「ドアラ」は、94年に誕生し03年頃まで不遇でしたが、昨年頃から「キモかわいい」として人気が沸騰しています。こうした現代の流行の感染爆発のような傾向は、ネット・コミュニケーションによって媒介されています。
ネットコミュニケーションの情動的な特徴が際だち、膨大な事実の情報よりも「KY」というような感情情報が中心になっています。いわば他人との「共通性」を必死に探す現代の雰囲気があるようです。こうした現代の流行現象の特徴は「他者から影響を受けやすいタイプの人が相互に影響し合う連鎖反応」(ダンカン・ワッツコロンビア大学教授)とか、人の気持ちや好みを鏡に映して複数へ反射し互いに影響を与え合う「鏡衆」(電通)などと説明されていますが、共通しているのは、影響を受けやすく受動的な層とよく情報を発信する能動的な層が重なり合っているということです。逆に言うと、人に影響されない独立傾向の人と発信しない層は現代の流行から排除されているということです(私のような)。
こうしたユーザー主導型市場で商品のヒットを狙う企業は、新たなマーケッテイング戦略を指向しています。従来のAIDMA(アイドマ)戦略は、アテンション(注目)→インタレスト(関心)→デザイヤー(欲求)→メモリー(記憶)→アクション(購入)という商品購入過程をデザインしましたが、現代はアテンション(注目)→インタレスト(関心)→サーチ(検索)→メモリー(記憶)→シェア(共有 商品の評価や感想をネットで共有する)という回路に変わり、2つのSが循環して購入に到るというものです。最後のSに影響力を持つキーパーソンとなるインフルエンサーとして、健康情報番組の司会者やカリスマ・ブゴガーが存在します。流行の感染爆発のテッピング・ポイント(感染爆発の点)には、コネクター(顔が広く人脈がある)、メイブン(情報に詳しい人)、セールスマン(説得力がある人)などの有能なグループがいます。以上・朝日新聞4月5日号参照。
こうした特定少数者が多数に強い影響を与える流行論は、古典的なオピニオン・リーダー論や先導者論であって、なにも特に新しいものではありません。その先導者は、王侯貴族や英雄、エリート、カリスマ、有名タレントなど時代とともに変容してきました。こうした古典的流行理論は、庶民の世界から超越した天上界から情報が下方へ垂直的に下降し、庶民が同一化願望によってそれを模倣するというトリクル・ダウン・セオリーという特徴がありました。現代の流行が、そうした滴り理論とネットワークが結びついたものであれば、流行の本質そのものは変わってはいません。
問題は現代の感染爆発的な流行が、影響を受けやすく受動的である人が同時に自ら情報を発信する層によって担われ、不特定多数のインフルエンサーがいるということであり、ここに現代社会の特徴が表れています。それは下方垂直的なトリクル・ダウンに替わる水平的なネットワークの情報回路を実現したインターネットにあり、ここに人類は垂直的関係を転覆する可能性を獲得したのだーと積極的に評価する人もいます。たとえばアントニ・ネグリは、垂直的な権力に対抗する水平的な情報ネットで結合したマルテイチュードに社会変革の可能性を求めようとします。
しかし私は、逆にむしろ情報ネットの渦のなかで、KYの感情情報によって動いている傾向に危惧を覚えるのです。現代の感染爆発的な流行を生み出している人たちは、情報を自ら能動的に発信する技術進歩を駆使しながら、自らの受動的本質は変わらず、逆にますます受動性の安逸にのめり込んでいるのではないでしょうか。その結果は、痛々しい事実情報からの逃避と回避を生み、生々しい緊迫に直面するリアル・コミュニケーションから逃避した日常幻想への包摂をもたらしているのではないでしょうか。
あまりに醜悪な事実情報と対峙する神経系は衰弱し、事実そのものと向き合って変えていくという人間的本質がゆらぎ、事実と切断された感情の増幅はますます幻想的な快感への没入を誘発し、つかのまの流行に身を任せるマジョリテイとの一体感を求める神経系の肥大をもたらします。おそらくここに、脳内メーカーとドアラの秘密があるのです。
ネット幻想による流行依存の安寧は、リアルな日常の事実との衝突によって震撼され、幻想の日常とリアルな日常のめくるめくような落差に直面します。最先端の機器が準備されたインターネット・カフェの片隅で動物のように眠りこけている日雇い派遣の自分をふり返ったときに、彼は震えるような戦慄に打ちのめされるでしょう。先端機器を駆使するネット・コミュニケーションの幻想と、惨めな自分のリアルの隔絶と背理をどう越えていけばいいでしょうか。それは自らの身体に深くしみ込んでしまった感情情報の再編によって、不安と困惑、或いは怒りの感情を感染爆発させることです。こうして堆積するトラウマとルサンチマンは、容易に操作された事実情報の虚偽にすがるような救いを求めるでしょう。事実情報の操作者たちは、ひたすたKYを求める人たちに、虚偽の事実情報を巧妙に組み込んだ感情情報を流し、幻想の共同体をつくりだします。その象徴は郵政民営化の刺客フィーバーという感情情報の動員です。そこでは事実が逆転し、敵への攻撃感情が扇動的につくりだされ、多くの若者が昂奮状態で参入しました。
怖いことは、現代流行の主役である受動的なネット発信者の共鳴によって、あたかも自分が時代の先端である能動的権力と一体化して能動者へ転換したかのような幻想を生み出し、凶暴な攻撃感情に酔いしれることです。これはまさに、心情プレ・ファッシズムに他なりません。現代のファッシズムは、インターネットの水平型コミュニケーションを駆使しながら、フレンドリーに微笑しながら近づいてきます。被操作の自覚を生まないように、意識と感情を包摂する高度な最後の形態で。(2008/4/5
12:10)
◆権力に対する人間の関係は、忘却に対する記憶の関係と同じなのだ(ミラン・クンデラ 一部筆者意訳)
私たちは自らの願望に合わせて世界を観ようとする誘惑から逃れることは、なかなか難しい。とくに自らの尊厳をめぐる価値の差異をめぐる争いにおいて、それは顕著に表れます。その争いは結局のところ力関係で決着しますが、とくに歴史の真実をめぐる問題では亀裂が深まり、多くの場合はちからある権力者が勝利を収めます。すると歴史の真実はちからある権力にによって歪曲されたり、虚偽が真実と書き換えられたりします。こうした作為の歴史を防止するためには、力関係を越える普遍的な規準をつくることによって、ちからではなく理性の審判を保証するしかありません。こうして人類史は、超越的な規準である基本法や憲法によって、思想・表現の自由を獲得してきたのですが、しかし法による形式的な自由は、実体として行使されなければなんの意味を持ちません。超越的規準を否定したいと素朴に思う強者の最後の隠れ家としての外見的立憲制が最後の手段として登場してきます。思想や表現の自由はお雇い裁判所の暗い法廷に封じ込められ、日常的な市民生活の場では超越的規準が無効となって野蛮なちからが跋扈し始めます。
さていまドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」の上映が全国で中止になっています。この映画は日本在住の中国人監督が、10年間をかけて靖国神社の風景を客観主義的に撮影したもので、元首相や軍服姿の参拝と合祀に反対する遺族の姿、神社に奉納される日本刀の刀匠などが紹介されます。上映中止に至る経過をみると、週刊誌による反日映画キャンペーン→国会議員による試写会開催→文化庁助成撤回要求→極右団体による上映館への脅迫→上映館による上映中止と進んでいます。かって映画上映中止は、部落問題をめぐる「橋のない川」問題があり、また特定政党による出版妨害事件がありましたが、今回は公的機関と議員が公然と介在している点に最大の違いがあります。しかしいずれの関係者も暴力的な強制ではなく、表面的には「自主的」な選択によって行為しているという特徴は、まさに外見的立憲制の本質を示しています。
議員たちは「反靖国の政治的宣伝映画」への文化庁の公的助成の不法性を追求し(靖国参拝違憲訴訟原告が出演している)、中国映画会社との共同製作を非難していますが、映画それ自体は文化庁の助成規準に違反しないばかりか、むしろ積極的な文化創造の支援としてふさわしい作品であったのです(文化庁も撤回要求は拒否)。議員たちの多くは、靖国神社国営化と南京事件の虚偽性、沖縄集団自決賛美などの特異な現代史観を主張する極右グループのメンバーのようであり、彼らが個人的にそうした主張を繰り広げる自由はあくまで全的に表現の自由に属します。しかし議員という特別公務員は憲法と法規を遵守する義務があります。上映前に映画配給会社に試写会を要求したり、公的助成の撤回を要求する行為は、議員の公権力たる国政調査権を濫用する実質的な事前検閲に相当する違憲行為です。さらに問題は、文化庁が議員に迎合して試写会を開催し、詳細な審査資料を提供して公的機関と公務員の政治的中立性をみずから侵犯したことです。
こうして一部議員と文化庁の未必の故意による権力濫用は、極右の野蛮な行為を煽りそそのかし、恐怖感を覚えた民間業者を上映中止に追い込んだのです。いまや日本では思想・表現の自由が実体として機能しないプレ・ファッシズムの状況が有形無形の圧力として忍びよりつつあるようです。すでに日本では相当の覚悟をして触れなければならない不可侵の闇の世界がタブーとしてひろがっているかのようです。菊と鶴に象徴された禁忌タブーはいまや強者批判自体をタブーとしています(4月2日現在)。まさに常軌を逸した恐喝と屈服です。威力業務脅迫罪に該当します。
日本会議なる団体が名古屋映画館・シネマテークに対する交渉では以下のような結論が出たようです。
@5月3日からの上映予定は取りやめ、5月中の放映計画は中止する
A支配人、社長ともに靖国及び遊就館に行ったことがない。よって早急に上京し、参拝及び拝観する
B今後に関しては配給会社との相談の上検討する
みなさまは『茶色の朝』というメルヘンをご存じのことと思います。最初は茶色以外の犬や猫が処分され、次第に日用品も茶色以外が禁止され、最後にこころもみんな茶色になっていくというお話です。靖国を公正に描くと脅迫を受けることがハッキリした今、しだいに政府への疑問を口にすることすら寒々しくなる雰囲気が強まっていくでしょう。そして自分から進んで嬉々として靖国神社に参拝しなければ虐められる時代はそう遠くはないでしょう。
なぜこのようなプレ・ファッシズムとも言うべき状況に転落しつつあるのでしょうか。その根底に金と力を至上とする市場ファンダメンタリズムの蔓延があります。市場の野蛮な競争によって熾烈な競争を繰り広げる企業は、地球規模で市場開拓をめざし、美しい国からの使者としてイコールパートナーとなるために、記憶の忘却による過去史の隠蔽と書き換えをめざします。国内では企業内競争と非正規労働に疲れ切った市民のトラウマの心情の底に、もはや真実と正義そのものに反感を覚えるルサンチマンが堆積し、弱者への迫害による発散願望と強者への服従による快感願望が沈潜していきます。YKに恐れおののきつつ、自らの安全を保つためのスケープゴードとして、あらゆるマイノリテイが標的となります。こうして権力に対する人間の関係は、忘却に対する記憶の関係と同じであることが、分かり切っているにもかかわらず、あたかもなにもしらないようにやり過ごしていく日常が蔓延し、しだいに取り返しのつかないカタストロフィに逢着します。
ミラン・クンデラは正確にはつぎのように言いました。”権力に対する人間の戦いは、忘却に対する記憶の戦いと同じである”・・・・・・。(2008/4/3 11:00)
◆咳をする方は、必ずマスクを着用するようにお願いします
あるネットカフェの受付にある張り紙の文句です。なにか”咳をしてもひとり”(尾崎放哉)を想い起こしますが、実はいまネットカフェでの結核感染が増えていることを示しています。日本では毎年3万人近い結核患者が発生し、人口10万人当たりの結核罹患率は20,6人で、先進国で最高の発症率です。結核は結核菌が空気を媒介に感染しますが、ほとんどは体外に排出され、体内に残っても免疫で発病には到りませんが、抵抗力の弱い人や免疫力の低下した人は発病します。2週間以上の咳や微熱、倦怠感、胸痛、痰が出る人は受診が必要です。6ヶ月間の薬の服用で完治しますが、途中で服用をやめれば菌が抵抗力を持つ多剤耐性結核菌になります。かってはサウナなどでの感染が主流でしたが、現在はネットカフェが主要な感染源となっています。住居すら確保されない不安定雇用の日雇い派遣の若者たちが、劣悪なネットカフェの環境で感染しているのです。日本の結核患者は、先進国で最高の20,6人(人口10万人当たり)であり、しかも20−39才の壮健な若者世代の罹患数が4486人(17,0%)という驚くべき数値を示しています。これは医療機関が把握した数値ですから(結核研究所統計06年)、潜在感染者数はおそらくその数倍に上るでしょう。
ネットカフェは、不特定の若者と結核発病のハイリスク集団である都市部の貧困層が、長時間にわたって同じ空間で居住する絶好の感染空間になっているのです。若い世代の結核感染率と、早い時期での発症率は高く、たとえ発病に到らなくても、活動範囲が広がって感染機会を増大させます。しかも都市部を中心とする若年貧困層の増大は、感染しても医療機関での受診率が低く、明らかに日本の結核は経済的弱者を直撃していることが分かります。米国でも都市部若年貧困層を中心とする結核罹患率が増大し、1980年代から1990年代に膨大な対策予算を投入し、現在では10万人当たり4,7人と先進国中もっとも低位の水準にまで押さえ込みました。なんと我が日本は、10年遅れてアメリカの後を忠実に追っているのです。市場原理主義の蔓延による最大の受難が青年層に集中し、日雇い派遣が若者の主要な労働形態となるなかで、結核罹患者も忠実にアメリカ・モデルの後追いをするように、日本でも発現しています。
日本の結核罹患の実体は、アメリカ・モデルの忠実な後追い模倣の途を歩み、ジュニア・パートナーとして生きてきた戦後日本の姿を象徴しています。「咳をする人は必ずマスクを着用する」というのが、日本の戦後状況の偽らざる姿なのです。咳の根源を絶ち、感染源そのものを廃棄するのではなく、すでに病原菌そのものの存在を公認し、その波及を封じ込めるという姿勢は、米兵によるさまざまの刑事事件の対症療法と変わりはありません。少女を陵辱する根源を絶つのではなく、ただ反省を求めるのみの屈辱に甘んじる政府施策は、どのような犯罪が起ころうとも変わることはありません。まさに植民地的な主権の剥奪を受け入れて、奴隷的な服従の媚びへつらいに、主権の尊厳は恥じらいて赤面しています。なんと醜悪な国の姿でありましょう。
しかしマスクを着用する程度で結核の感染が防止できるとは誰も思っていないでしょう。米兵の再教育で少女への攻撃がなくなるとは誰も思っていないように。こうして幾多の犠牲を生み出しながら、キリモミ状態となって最悪の事態へと転落していく日本の哀しい姿が浮かんで参ります。もうこの辺でいい加減に悟りを開いたらどうか。星条旗モデルへの訣別にしか出口がないことを。(2008/3/31
19:59)
◆サッカー日本代表に未来はあるか
W杯予選・バーレーン戦で日本代表はFWが全く機能せず、相手の守備を崩せないままに惨敗を喫した。パスは回るが誰もシュートを打たない、選手全員はそこそこハイレベルのプレーをするが、決定的瞬間における強烈な「ここ一番」の武器がない。終盤に次々と脚に痙攣を起こしたバーレーンDF陣を前にしても、守備を攪乱することができなかった。日本は敗れるべくして敗れたのである。日本の敗因はどこにあるのか。10年前の1998年に日本代表を初のW杯出場に導いた岡田監督は、W杯終了後に日本代表を冷静に分析した「テクニカルレポート」を協会に提出した。そこには次のような現状分析と課題が記されていた。
@守備は世界にある程度の対応ができるレベルにある
Aボールを奪って攻撃に移る中盤のパスワークもある程度のレベルにある
B最後の相手の守備を崩して得点するレベルで日本は大きく劣っている。最後の突破に要求される独創性、決断力などのメンタリテイは日本の社会で醸成しにくい部分であり、サッカー界のみでは解決できない問題かもしれないが、世界に追いつくための鍵となる。
このレポートが出てから10年を経てなお、上記のBの課題が解決されていないことがバーレーン戦で暴露された。確かに少年期から代表クラスまでを一貫させる育成プログラムが構築されて、若手のレベルは飛躍的に上昇し、五輪やユース世界大会の常連とはなったが、高水準ではあるが画一的プレーという限界は依然として残ったままなのだ。以上・永井洋一氏論考参照。
確かに得点確率が高いのは、ゴールポストの内側から左右16,5mの長方形のペナルテイエイリアからのシュートだ。PA内では常に激しい攻防が誘発され、守備側の反則によってPKが粟得られる可能性もある。日本チームが90分でPAに入ったボールの回数は(フリーキックとコーナーキックを除く)、12−15回であるが、欧州選手権で優勝したスペインは25回もPAに突入している。日本は攻める際に守りが手薄な隙間を探したがるが、最高レベルの守りではそんな隙間はなく、たとえあっても見ぬいている。さらにPAに進入してからのシュート数は、PA内でボールに触った回数の26,7%であり、優勝国イタリアの66%よりはるかに低く、32ヵ国中で最下位だ。日本はシュートしやすい姿勢をとれなければすぐに味方へパスする。日本の優れた組織力は、守りには強いが、失敗を恐れずに強引さとセンスでスペースをこじ開けてシュートを打つ個のちからが弱い。
93年のJリーグ発足でつくられた統一指導書が、教えられたとおりのプレーをする優等生を生んだが、高度な技術と主体的な判断力を備えて、試合中にベンチを見やるのではなく、個の選択と決断で勝負するにはすでに時代遅れとなった。組織力ではもう勝てないのだ。
岡田監督は帰国後に前オシム監督の戦法の残滓を一掃して、自らのサッカー思想を全面的に導入するとしたが、果たして短期間の修正は可能だろうか。問題は、決定的瞬間における独創性に富んだプレーの決断力にあるが、これはまさに日本の本質的な社会文化の問題に他ならない。では独創性と決断の文化は日本では育たないのだろうか。
かって独創的決断の問題は、日本的集団主義の限界として語られた。集団を個人の上に置き、集団の和を至上価値とする日本では、一糸乱れぬ集団行動の美が讃えられ、集団秩序を攪乱する個人行動は抑制された。従って個人の独創的な思惟と行動も抑制され、決定は他者指向の集団的決定に委ねられて、個人の決断と決定力は育たなかったーというように。この議論は高度成長期までの日本文化を説明することはできるが、1980年代以降の日本文化を説明できない。なぜなら1980年代以降のアメリカ型市場ファンダメンタリズムの浸透によって、日本型集団主義の基盤となったムラから企業に到る共同体が解体して、激烈な個の競争のシステムへ転換し、かっての集団主義文化の内実が変容してしまったからである。
では共同体と集団主義文化の解体は、抑圧されていた個の文化を開花させ、個人の独創と決断の決定力を解き放ったであろうか。ここにじつは最大の問題がある。従来の年功序列的な組織から能力による組織編成への転換が進行したが、垂直的な能力編成のシステムによって決断と決定権が最上層へ吸収され、メンバー個々の決定への関与の意識は逆に抑制され衰弱していった。例えば企業ではCEO(最高経営責任者)が独占的決定権を掌握し、行政では東京都に象徴される独裁的な決定が実体化していった。サッカー界も例外ではなく、プロとして勝敗の結果が至上価値となって、選手はハイリスクのプレーで失敗して職を奪われるよりも、無難なプレーで活躍することをめざすようになった。
なぜ日本型集団主義文化の崩壊は新たな個の文化を創出することができなかったのだろうか。かっての共同体文化に包摂されていた最も良質的な部分、垂直編成の中にあった水平的な集団の要素(連帯)が市場原理によって一掃されて正しく止揚されず、ホッブス的に競争する野蛮な個人がむきだしとなってしまったからである。アングロ・サクソンの野蛮な功利的人間論が浸透し、個と集団の相互的な関係(One
for All All for One)の再構築に失敗したのである。アングロ・サクソン型市場原理主義は、米国型の個人スポーツにはあるいはフィットするかも知れないが、チームプレーと個人プレーを弁証法的に統一しなければならない集団スポーツとは原理的には背反するのである。
さてではサッカー日本代表は修正不可能なのであろうか。独創と決定的決断力の本質的な陶冶は、たしかに社会文化の再編成の問題とかかわっているが、それは社会全体が一気に編成替えする革命的な転換ではなく、グラムシのいう陣地戦のような進展のなかからしだいに醸成されていくものだ。企業形態においても、社会的経済や協同経済というような未来システムの萌芽が部分的に姿を現してくるように、スポーツにおいても、市場ファンダメンタリズムを越える新たなスポーツのシステムが姿を現してくるに違いない。岡田監督の修正の可能性は、じつは日本型スポーツの新たな未来像の構築にかかわっている。(2008/3/29
12:44)
◆わが青春のフローレンスー隔たりし者の再会の思想
過ぎ去った青春の黄金の日々を共有した人々との数十年を経ての再会は、独特の感慨を醸しだします。おそらく今は春の夜の嵐のように過ぎ去った若き日の自己と、現在を生きている自己が時空を越えて連結する希有の体験に他なりません。一本の線が別れて光芒を放って幾つかの曲線を描きつつ、また出会う幾何線のように(すでに姿を消した曲線もある)。そこには相当の空白の時間によって生まれているに違いない互いの変貌を確認し合い、フィードバックした過去の時間を共有して、現在の自己をたがいに告知し合うスリリングな交歓がながれます。特に日本では退職を契機として、同窓会のような再会の場が催されるのは、こうした再会による生の再確認があるからです。と言ったわけで、学生時代の知友6名が卒業後40数年を経て集まることになったのです。私は風邪をおして上京し、空き時間を末広亭で楽しんでから、新宿のとある居酒屋に向かったのです。
最初の驚愕的な印象は、いうまでもなく、年輪が刻み込まれた風貌の変容です。なお現役の元気な顔もあれば、かっての面影をほとんど留めない顔もあり、すでに悟りの円熟した風貌もあれば、童顔が残る顔もあります。面白いことに、杯を重ねるにつれて、語り口は若き日の語り口となり、青春期の風貌が浮かび上がってきます。
こうした再会の場の質は、おそらくそのメンバーたちがかって共有した生活の質によって規定されます。深い精神的生活を共有した関係であればあるほど、互いの半世紀をみつめあうまなざしは、単純な故旧の懐古的なノスタルジアではなく、現時点に到る多様なプロセスを確かめ合い、互いの半世紀の核のようなものにアクセスしたいという関心が強まります。過ぎ去った共生の日々の記憶をふたたびよみがえらせ、互いの個性の印象をさらけだすことは、この上ない昂奮をもたらします。そして過ぎ去った日々の核となったような生が、どのような変貌を遂げて現在に至っているかー大いなる関心を呼び起こすのです。現在の社会的スタンスがどうであれ、過去と現在の連続と断絶のスリリングなプロセスにドキドキするような飛躍を覚えるのです。そして最大の驚きは、各々の核となっているようなパーソナリテイの基底にある連続性を発見する時です。
1960年代の学生生活をともにしたメンバーにとって、その後の航跡に及ぼした「偶然の戯れ」のちからはあまりに重く、その後の生の諸相を大きく左右しています。しかし「偶然の戯れ」に翻弄されたかにみえるけれども、あえて「自ら選んだ」とする矜持によって半生涯の尊厳が確認されるのです。それにしてもこの「偶然の戯れ」を演出した神の悪戯には、歎声を上げざるを得ません。
かくして、宴は40数年前の自己に回帰して、それぞれのふるまいの印象を語り、その後の生の交歓を経て、現在の自己をさらけだします。基底には、互いの生の情感あふるる相互了解と共感が流れます。誰しも「これが人生だったのか! よしさらば今一度!」(ニーチェ)という全的な肯定の人生を望みますが、むしろ「あの時に、こうしておけばよかった」という忸怩たる悔恨の苦さに打ちのめされるでしょう。私は肯定と悔恨が交錯する生にこそ、不可逆的な一回性を生き抜かざるを得ない真実と豊かさがあるように思います。そうした肯定と悔恨の弁証法が現前するのがまさに再会の宴なのです。
しかし私にとってもはや残り時間は次第にリセットされつつあり、肯定と悔恨のリアルな緊張を生きるよりも、自己肯定の安寧に沈んで静謐な後半生を選ぶのか、まだやり残したことがある、もっと自ら生きた証が欲しいと望む後半生でありたいのか、実に貴重なサゼッションをうけとる宴となったのです。散会の時に、明日からの営みを肯定的に希もうとする気持ちが心にしみて湧き起これば、再会の意味があったといえましょう。
宴は終わって、再会を約して散会し、煌々とネオンの輝く街を、それぞれはまた自らの現在の生へと回帰していきました。私は、なぜかこの光り輝く新宿の夜の街が荒涼たる頽廃の街に映りました。なにか今宵の宴が夜空に散っていく花火の幻想であったかのような感慨にうたれたのです。
幼少期の生活共同体が拡散状態となって「故郷」を喪いつつある日本では、学生期の同窓会のような宴はあるいは、第2の故郷の意味を持っているのかも知れません。しかしおそらくこうした宴をリアルに体感する人はまだまだ幸せなのです。ネット・カフェの片隅で、今宵一夜を過ごしている日雇い派遣の若者たちにとっては、永遠に擬似的にも体験できないものでしょう。思えば40数年を経て戦後日本は想像を絶する変貌を遂げました。これは少なくとも私が、かくありたいと願った日本の姿ではなかったのです。しかしなお「震撼させられた者たちの出会いによってのみ、歴史の可能性は開かれる」(ヤン・パトチカ)のです。サヨーナラ!わが人生のフローレンスよ!(2008/3/25
17:12)
◆なぜ日本だけが死刑存置賛成81%という高率なのか
04年の内閣府世論調査によれば、日本の死刑存置賛成率は81%いう先進国でも希な高率を示し、しかもその比率は年々上昇しています。たしかにオウム事件や9.11、拉致などの危機感が醸成された時期に合わせた調査であり、操作の意図がうかがわれるのですが、それにしても死刑廃止が世界標準となっているなかでは異常な傾向を示しています。しかも現政府になって一気に執行数が増え、名前と犯罪名も公表されるようになりました。いったい大量処刑時代に向かっているかのような日本をどのように考えたらいいのでしょうか。ここでは死刑問題に取り組んでいる映画監督・森達也氏と在日政治学者・KAN
Song-jung氏の対談(図書新聞 3月22日号)を手がかりに考えてみたいと思います。以下は両者の発言を筆者責により要約。
森:死刑賛成率が高いのは死刑が不可視化されイメージが抽象的になり、危機管理意識による善悪二元論による排除の意識が強まっている
ことにありますが、なぜ日本だけ高率なのでしょうか。一つは国家反逆罪を死刑該当の最上位に置く体制維持の思想であり、さらに日本の共同
体意識がある。死刑は他の刑罰から逸脱した制度であり、想像の共同体としての国家あるいは空虚な天皇制という実体がないがゆえにつくり
だされた幻想の聖域を守る禁忌としてあり、合目的的理由がないことを隠蔽している。
日本は動物行動学のスタンピード(群れの一匹が走り出すと全頭がワアーとついていく)という不安回避行動が遺伝子として定着し、共同体を
守るための仮想敵をつくりだす。日本は特に個の要素が弱く、群れの属性である暴走のメカニズムがあり、集団を乱す者を共同体から排除しよう
とする。
死刑は犠牲者の復讐できない弱さを代行するシステムだ。犠牲者の遺族が憎悪と復讐の気持ちで一生生きていくのは辛い。しかし国家代行
説は遺族の意志が死刑を望まない場合は破産する前近代的な考えだ。死刑という絶対不可逆の制度によって安全な日常が送れるという意識
が基礎にあるかぎり、究極の精神安定剤になる。米国は単純に死刑の犯罪抑止効果と経済コストから考えているから、かえって日本より早く死
刑を廃止する可能性がある。
KAN:死刑にはどんな論理的根拠もない。国家が死刑制度によって何を守るのか分からない。国家の幻想的部分と死刑が結びついている。死刑は
存在していること自体を存在理由として、実は何もない。あるとすれば犯罪者を殺すための人的装置だけだ。死刑によって被害者の個別・特殊性
を消してしまい、死刑囚と一元的な関係しかつくれない。犯罪者が生きて固有性があれば、被害者の固有性も残る。
実は被害者の感情を考慮に入れない機械的な刑事訴訟法が、復讐と応報心理を高めてきたのだ。死刑の賛否の前に、情報公開をし、コストや
効率性原理の機能論による思考実験をすべきだ。すると逆に死刑の空虚さが浮き彫りになるだろう。
両者ともに死刑は、想像の共同体としての国家幻想を聖域として維持するための禁忌の制度と規定し、日本的共同体の特殊性から死刑存置賛成率の高さを説明しています。それは天皇制の中空構造とつながって、危機の時代に排除の構造となってあらわれるとしています。しかしこの論理では日本の存置賛成率が突出して高率であることの説明になりません。なぜなら日本の伝統的共同体である村落、地域、、そして企業共同体は変容し、もはや集団行動のスタンビードはとっくに失われているからです。或いは日本よりはるかに共同体が生きている国で死刑が廃止されています。
私はこう説明すべきだと思います。第1に日本的共同体の変容と衰弱は、西欧的な近代化パターンである個の自立によってもたらされたのではなく、アングロ・サクソン型市場原理主義の野蛮によって生じたのであり、従って日本は個の自立を基礎にした新たな共同体(社会的連帯)の再編成を準備し得なかったのです。欧州では社会的連帯のシステムが社会に埋め込まれ、冷戦崩壊による市場原理の全面的浸透を規制し得たのですが、日本ではアングロサクソン型市場原理が最も粗暴で野蛮な形態で導入されました。たとえば西部開拓期に市民たちはみずから犯罪者を吊り刑にする合法的リンチという死刑の体験を持った米国では、死刑は私的リンチの代行であり、死刑の有効性も野蛮も知った上で死刑制度を置いているのですが、刀狩り以降市民の武装は奪われ、死刑をすべて国家権力が遂行してきた日本では、市民の具体的な死刑感覚は育たなかったのです。
さて失われゆく日本的共同体への郷愁は、極右靖国型ナショナリズムに包摂される心情を生み出しましたが、市場原理派でもある靖国型極右は、権威主義的な応報型の奇形的な罪責観による国民統合を求めるしかなく、かってのツミはハライによってキヨメられ水に流されるという日本型”赦し”の罪責観を放擲しました。こうして成熟したモダンを経ることなく、新たなイメージを描けないままにポスト・モダンに移行した日本は、トライ・アンド・エラーの漂流する不安から、逸脱行為に対する野蛮なバッシングからはじまって、死刑に依存する心情が醸成されたのです。
いま少年犯罪に対する厳罰主義への転換から処刑急増に到る社会全線でのパニッシュメントの背後には、壊れゆく共同体の廃虚の後に、浮遊する空虚な心情の堆積があります。ここにある唯一の公的基準は、形式的平等のもとでの自己決定・自己責任の競争原理でしかなく、犯罪行為という自己選択と決定に対して全面的な自己責任が要求されます。まさに”目には目を歯には歯を”という責任体系です。ここでは”誰が(何が)彼女をそうさせたか”という問を発することすら異端と見なされるのです。
第2は、日本は時代的心情の影響を受けて、死刑判決と処刑数が常に変動し、時代の閉塞期には増大し、上昇的開放期には減少するという特徴があります。絶対的超越者のまなざしを背後の基準としている文化では、ゆるぎなき罪刑法定主義が確立していますが、日本では法治の原理が成熟していません。ここに日本が終身刑を置かない刑法文化の基礎があります。死刑は実際に処刑したり、執行せずに放置する選択の幅がありますが、終身刑はそうした人為的選択の余地がありません。だから死刑論と終身刑論は連続しているのです。
第3は、存続派の多くの人は自らを死刑を執行する刑務官に重ねて考えません。かって1人の刑務官が踏み板を外すボタンを押しましたが、処刑後に錯乱状態となって辞職する人が後を絶たず、法務省は5人の刑務官が5個のボタンを同時に押して罪の意識を軽減するようにしました。少なくとも死刑命令書にサインする法相がみずから処刑のボタンを押すべきです。死刑存続派は自ら刑務官となった自分を想像すべきです。
死刑廃止を国家統合の必須条件とするEUの死刑観が、どのような文化的基礎の上にあるのか。その文化はどのような経路依存性があるのか。なぜ死刑廃止が国際基準となってきたのか。日本の現状の特異性を際だたせる死刑意識との差異を明らかにすることは、おそらく日本の将来構想に大きな影響を及ぼすに違いありません。(2008/3/18
17:00)
◆悪の凡庸さについて
ユダヤ人へのホロコースト実行責任者であったナチス親衛隊中佐・アイヒマン裁判を傍聴したユダヤ人女性政治哲学者ハンナ・アーレントは、次のような印象記を書きました。
「やったことはとんでもないことだが、犯人はまったくのありふれた俗物で、悪魔のようでもなければ巨大な怪物でもなかった。しっかりしたイデオロギー的確信もなく、特別の悪の動機があるという兆候はなかった。・・・・・唯一推察できた特質はまったく消極的な性格だった。愚鈍だというのでなく、何も考えていないということだった」(『精神の生活』岩波書店 1994年)
彼女はユダヤ人600万人を殺害した責任者の個性を称して「悪の凡庸さ」と呼び、普通の市民がきわめて冷静に実務的に職務を遂行したパーソナリテイを表現したのですが、この評価はアイヒマンの虐殺責任を薄めるものと一部から激しい非難を浴びました。ここにはボンフェッファーが「凡庸さは悪よりもはるかに危険だ」と指摘したと同じ20世紀官僚制の危機があると思います。右であれ、左であれ、20世紀は「愚かさ」「凡庸さ」によって傷つけられた世紀であったともいえましょう。しかし新たな世紀を経て悪の凡庸さはますます際限なく深化していっているような気がします。
本日3月16日はベトナム戦争のさなかに起こったソンミ村虐殺事件の40周年を迎える日です。現地では犠牲者を悼む追悼式典がしめやかに営まれています。1968年3月16日に、米軍部隊の無差別襲撃によって、村民504人が殺害され、女性182人、子ども173人、老人60人という無辜の無抵抗の民衆が殺害されました。女性のほとんどはレイプの暴行を受けて殺されました。この虐殺を奇跡的に生きのびたのは、偶然に機銃掃射の死体の下になった人たちでした。生存者はいまでも、夢にうなされ、記憶が薄れてもこころは病んだままです。米軍は事件を隠蔽しましたが、1年半後に明るみに出て、14人が起訴され、ただひとり小隊長カリー中尉のみが終身刑を受けましたが、彼は74年に釈放されて現在に至っています。生存者たちがいま最も心を痛めているのは、自分たちと同じように米軍の軍靴に踏みにじられているイラクのいたいけな子どもたちのいのちです。
40数年を過ぎても米兵は過去の記憶を刻むことなく、おなじように無辜の民衆をまるで犬のように殺めています。私たちはいつの世にも、「腐ったミカン(不良)」がいることに心しなければなりません。米軍の交戦規則はジュネーブ条約に準拠して、標的が戦闘員であることを確認することが強調されていますが、イラク帰還兵の証言(3月14日メリーランド ウインター・ソルジャー証言集会)は「侵攻直後には交戦規則が強調されたが、戦争の長期化と負傷兵の増加に伴い、上官は『警戒を感じる場合は誰でも撃ってよい』というようになり、司令官が『殺す必要がある者は殺害せよ』と訓示するようになった。兵士達は銃撃でバラバラになった遺体や自分が初めて殺害した一般市民の若者を戦利品のように撮影した。10歳代の米兵が幼児を射殺することが日常になった。こうして交戦規則はじょじょに緩和されて、いまは消滅した。これは腐ったミカン(不良米兵)による特別な事例や指導力の欠如でもなく、占領そのものの帰結だ。兵士は巡礼者を指すアラビア語”ハジ”という差別語を使って、”ハジが邪魔だ、車で轢いてしまえ”と人種差別的にイラク人を2級市民扱いし、斬首した遺体を山積みにして”俺たちはこいつらを完全に駄目にしてやった”と狂気のように誇った。200発のマシンガンを市民の車に撃ち込んで家族4人を殺害した報告を聞いた大佐は、”このいまいましいハジが運転の仕方を知っていれば、こんなたわけたことは起こらなかった”とののしった。イラク人にタイする米兵の非人間化は下部ではなく軍トップから始まった」と述べています。
3月20日は米軍のイラク侵攻5周年です。この5年間で人口2700万人のイラクは、103万3000人が死亡し、200万人が孤児となり、500万人(国内225万6000人)が難民となって流浪しています(数値はUNHCDR、英調査会社ORBによる)。米国の大義であった大量破壊兵器の存在とアルカイダとの関係という根拠は、米国防総省自身の報告書によって否定されました。思えば第2次大戦以降にあって、ナチスに匹敵する戦争犯罪であったのです。BBC国際世論調査(07年 27ヵ国対象)の「世界に悪影響を与えている国は?」は、第1位イスラエル(56%)、第2位イラン(54%)、第3位アメリカ(51%)、第4位北朝鮮(48%)となっており、いささか世論誘導の傾向がうかがえますが、第1位と第3位の国は明確な事実でしょう。
あらためて凡庸な愚かさが垂れ流す悪の悲惨さに暗然としてたたずまざるを得ません。マックス・ウエーバーは「どんなに現実の世が愚かで卑俗であっても、断じてくじけない人間、どんな事態に直面しても『にもかかわらずデンノッホ』と言い切る人間、そういう人間だけが政治への天職を持つ」(『職業としての人間』岩波文庫 1980年)と言いましたが、おそらくこの意はヒトラーをもブッシュも共有したでしょう。彼らは無辜の無抵抗の民衆への虐殺を、断じてくじけることなく命令することに躊躇はしないでしょう。文化と野蛮の弁証法の最終幕はずっと前に訪れて、「もはやアウシュヴィッツのあとでは詩を書くことは野蛮である。今日ではなぜ詩を書くことが不可能になったのかを教える認識さえ蝕まれている。精神の進歩さえも自分の要素となる精神の物神化が、いまや精神を完全に飲みこんでしまった」(アドルノ『プリズメン』 一部筆者意訳)と述べたドイツの哲学者の予言通りに世界は動いているのでしょうか。
こうしたニヒルな野蛮を演出する世界帝国の星条旗が全世界に羽ばたき始めてから、すでに半世紀が過ぎ、悪の凡庸さが極限にまで浸蝕して、いつのまにか鋭敏な神経は摩滅して凡庸な愚かさに飲みこまれていこうとしています。アウシュヴィッツのあとになっても、幾多の詩と芸術が垂れ流されてきたのです。かって私たちの父祖は、2000万人のアジア人を殺害し、300万人の同胞を犠牲にして大きないくさを終えました。その時にある人は次のように呟きながら歌い上げました。
あなたは勝つものとおもっていましたかと老いたる妻のさびしげにいふ
焼き腹に茂りおひそふ夏草のちからをたのみ生きゆかむとす (土岐善麿『夏草』新興出版社 1946年)
こうした戦後の原初の体験を経たにもかかわらず、私たちは星条旗に屈服する無限の敗北の過程を歩んで行かざるを得ないのでしょうか。いったい「敗北」とはなんでしょうか。ほんとうに星条旗は「勝利」したのでしょうか。国家権力による弾圧と投獄をくぐり抜けたある人物は、「敗北」について次のようにいっています。
「たしかにある意味では、民衆はもともと戦う前からすでに敗北している者、いわば永遠の敗北を宣告されたシジフォスのようなものであり、勝利している民衆などうさんくさいのです。ところがもっと深い意味では、民衆は自己のあらゆる敗北にもかかわらず敗北してはいないーシジフォスのようにーとも思います。まさに私たちは自己の敗北によって勝利するのです」(ヴァツラフ・ハヴェル『ハヴェル自伝 抵抗の半生』岩波書店 1991年 一部筆者意訳 民衆は原著では知識人となっています)
私は勝利とか敗北というような軍事用語に近い表現はあまり好きではありませんが、しかしこの言葉は、抜き差しならない緊張の対峙の局面にある者の不可避の言葉です。チェコ共産党政権によって投獄されたハヴェルは不死鳥のように直接選挙で再生したのです。あらゆる愚かな凡庸さを経験し、あたかも賽の河原に積む石のように幾ばくかの教訓を積み重ねつつ、幾多の敗北の蓄積によってもはや、勝利とか敗北の関係そのものを越えていく、新たな人類史がこの惑星に刻まれていくことを願わざるを得ません。(2008/3/16
12:35)
追記))私の具体的提案その1ー戦場の疫学的観察
疫学(エピデミオロジー)は、19世紀の半ばの英国でコレラに汚染された水による経口感染を突きとめたジョン・スノー(1813−1858)の調査・防疫活動から発達した分析法で、特定の人間集団の中での病気や異常行動の発生と広がりの状況を調査し、その行為に到る要因を分析し、予防を考える学問です。あらゆる戦場での兵士の「愚かな悪」の発生経路と要因を特定し、「悪の陳腐さ」が生起する根元を明らかにするならば、戦士の異常行動とその結果によるPTSDを回避する道が分かるでしょう。仮説的には、兵士自身に内在する潜在的な偏見の文化が、上官の有形・無形の指示によって顕在化し、スパイラル状に深化していく経路があり、それは最高司令官の命令責任と政策の失敗に帰着するという論理です。さらに兵士の潜在的な偏見の文化は、彼の生育過程に反映した社会システムの文化、その根元にはおそらく労働の垂直的な命令のシステムにあり、そのトラウマは抑圧の移譲となって下層に堆積し、戦闘という極限状況を契機に異文化に向かって爆発的に発散されるのではないかということです。(2008/3/17
9:08)
◆愚かな日本の恥ずべきふるまい
ベルギー政府のユダヤ人補償委員会は、ナチス・ドイツに財産を剥奪されたユダヤ人へ総額1億1千万ユーロ(173億円)の損害賠償をおこなうことを明らかにしました。内訳は被害者とその遺族に対して3520万ユーロの直接補償金、ホロコースト犠牲記念財団の計画に7540万ユーロとなっています。補償は、政府(4550万ユーロ)と銀行(550万ユーロ)・保険会社(残り)の共同出資です。ベルギーは1940年から44年にかけてのドイツ占領下で、ユダヤ人3万人を追放し、強制収容所に送られた2万5000人のうち生存者はわずかに1455人という甚大な迫害を加えたのです。被害者と遺族6万人の80%に、奪われた宝石や家具などの財産補償として、1人平均400−2万ユーロが支払われます。(ブリュセル発 3月11日)
オウストリア首都ウイーンのヘンルデン広場で、ナチスによる合併70周年にあたる12日から13日の夜明けにかけて、8万本のローソクを灯した犠牲者追悼行事が挙行されました。ナチスに殺害された6万5000人のユダヤ人を含む8万人のオウストリア人犠牲者のレクイエムです。ヘルデン広場は70年前のドイツ合併記念式典に、70万人が歓呼してヒトラーを歓迎した広場です。国立歌劇場では、併合後に追放・迫害・殺害された劇場の92人の芸術家・従業員(ほとんどがユダヤ人)の運命を刻したパネル展示会が開かれています。
このようにナチス・ドイツ支配70周年を記念する行事が、フランス、イギリス、オランダその他全欧州で繰り広げられています。はたして加担者であったのかという議論や、過去の話を蒸し返すなという意見もありますが(オウストリア世論調査では過去の話を蒸し返すなが60%に達しています)、政府や市民の多くはジェノサイドのへの加担を記憶して、謝罪と補償をおこなう作業をあくまで貫こうとしています。
私は、こうした過去の記憶の作業に無条件の共感を示しますが、同時に現代イスラエルがパレスチナに対して「第2のホロコースト」の脅迫を食われている事実に、傍観的であるような態度に極めて深い疑問を持ちます。しかし日本人である私に、こうしたイスラエル批判を述べる資格がないことを率直に認めざるを得ません。なぜなら戦時迫害の謝罪と補償をいまに至るも拒否して、被害者の人たちが無念のうちに逝っていくのを冷ややかに見ているのが、他ならぬ我が日本であるからです。過去の罪責に目を閉じる者は、ふたたびそれを繰り返し、自国民に対しても同じような行為をして恥じないーという真理が普遍であることをいま改めて私たちは身に滲みて味わいつつあります。
太平洋戦争期の1942年7月に、神奈川県特高警察は雑誌『改造』編集部60人以上を共産党再建の治安維持法違反で逮捕し、4人を拷問で殺害し、横浜地裁は敗戦後も起訴された30人に有罪判決を出し続け、治安維持法廃止後は裁判資料を焼却処分する事件が起こりました。ただ単なる温泉での会社慰安会を、拷問によって冤罪をでっち上げ投獄した横浜事件です。生きのびた被告と遺族たちが、「無辜の救済」の再審制度の理念によって国家の権力犯罪を追求する再審が開始され、拷問を加えた特高警察官は特別公務員暴行陵辱罪で有罪となり、東京高裁は「被告の自白は拷問によるものであり、無罪を言い渡す新証拠がある」と認定しましたが(05年)、驚くべきことに昨日15日の最高裁再審上告審は「免訴」として裁判を打ち切ってしまいました。つまりかっての「有罪」判決は廃止後の大赦によって消されず、国家権力による殺人は裁かれず、被告たちの名誉回復は永久にその道を閉ざされることとなったのです。
なんという卑しい司法のふるまいでありましょう。歴史の真実に対する畏れといった初発的な人間的感性すらもはや放擲されています。こうした異常なふるまいが、どれほどに国際基準を逸脱した異様なものであるかは、過去の罪責へ記憶の作業を推進する欧州や、お隣の韓国政府の過去史究明委員会のとりくみをみれば一目瞭然です。韓国政府は韓国近現代史100年をさかのぼって、売国行為、裏切り行為、弾圧行為に手を染めた者の事実を究明し、現在に至る財産を没収して被害者への謝罪と賠償に当てるとしています。日本で言えば、自由民権運動にさかのぼって弾圧した国家権力メンバーを断罪するということになります。ここには、人道や平和に対する罪はに時効はないというニュルンベルグ原則の時空を越えた普遍化があります。東京裁判を勝者の裁きとして無視し、過去の罪責を被虐史観として否定する歪んだコンプレックスに囚われてきた日本の旧権力は、人間的自然としての、国家的レーゾンデートルとしての責任の意識を喪失してきたのです。
こうした他者の痛みに共感できない異常心理のクライアントによって営まれてきた戦後日本は、他民族に対する無責任と無答責のみならず、自国の市民の痛みへの共感をも当然に喪失しています。年間3万人を超える自死する人びとを弱者の問題とみなし、平均年収が150万以下という30%に達した非正規雇用を自己責任と呼んで切り捨てる姿は、もはやサデイズムでしかありません。そしてついに今、国家は人生の最終ランナーである高齢者に対する死を宣告したのです。4月から実施される後期高齢者医療制度は、現行の老人保険制度を廃止し、75才以上の老人を無条件に医療保険から脱退させ、74才までの人とは医療を差別するという無残なものです。
厚労省は75才以上を後期高齢者と呼称し、@長期治療・複数疾患、A認知症、B不可避的死の接近という特性があるとし、この層の医療費は削減すべきだというのです。凄いね!これは、国家が人の人生を「後期」と公式呼称し、お前たちは認知症が多く残存能力もなく死が近いから医療費を削減して国家に尽くすために”早く死ね”と迫る感性はなにか薄ら寒い冷酷さがありませんか。いま75才以上を越える老人たちとは、戦時期に青春期のいのちをくにに捧げ、戦後の復興の中心を担われた方々です。日本の老後期は、喜寿(77才)・88才(米寿)・99才(白寿)と高齢者を讃えて祝う麗しい人生サイクル行事を営んできましたが、あっというまに姥捨て期に再編するのですね。長生きした人を祝福し、のんきに楽に好きなことをして過ごしてねと呼びかけてきた日本のよき伝統は奪われ、いつまで生きているんだと老人を脅迫する国へと頽廃するのです。国民皆保険制度のある国で唯一年齢によって高齢者を差別するのは、我が日本だけです。じつに先駆的な勇気ある選択をしようとしています。老人であれ、赤ちゃんであれ、自力で生きていく力のない国民とみなし、一般国民の範疇から排除して、医療費削減の対象とする感性の愚かさは、かって歴史上存在しなかったものです。
外に向かっては犯した罪を口を拭って償わず、内に向かってはもの言わぬ老人たちに生きることの断念に追い込む行為は、メダルの表裏です。愚かな日本の恥ずべきふるまい、全世界から蔑みのまなざしを浴びても、我が身の愚かさに気づかない日本の醜さはもはや救いがたいレベルにあります。(2008/3/15
15:55)
◆愚かさは悪よりもはるかに危険な善の敵である
「愚かさは悪よりもはるかに危険な善の敵である。悪に対しては抗議することができる。それを暴露し、万一の場合は、こrを力づくで妨害することもできる。悪は、少なくとも人間のなかに不快さを残していくことによって、いつも自己解体の萌芽をひそませている。愚かさに対してはどうしようもない」(『ボンフェッファー獄中書簡集』新教出版社 1988年)
ドイツの牧師であったボンヘッファーは、告白教会を拠点に反ナチ抵抗運動をおこない、1943年に逮捕され処刑されました。彼は「悪」そのものであったナチスに無邪気に献身した普通の市民の「愚かさ」の罪を鋭く告発しました。いつの時代にも悪に盲目的に従い、時には献身的な使命感をもって服従する市民がいることを、悔しく眺めなければならない体験を誰もがお持ちでしょう。ボンヘッファーは自らを密告した市民を憐れみを込めて、その「愚かさ」を指摘したのです。この警告ははるか60年を経た今日でも痛みをもって響いて参ります。
いったいライオン・ヘアを賛美してナントカチルドレンに雪崩をうって投票に向かったのは誰だったでしょうか、東京革命を唱道する小説家を歓呼の声を上げて迎え、なおかつ文学新人賞の審査員に据えているのは誰でしょうか、何人もの娘を陵辱されながらなおも基地は必要だとつぶやいているのは誰でしょうか、子どもたちや親を海の藻屑と沈められながらなお軍隊は必要だと説いているのは誰でしょうか、ネットカフェの片隅で夜を過ごしながら朝の日雇いバスを待っている若者たちに「こうなったのは能力のない自分が悪い」と思いこませているのは誰でしょうか、市役所の正面玄関前にうずくまる老婆が衰弱死していくのを冷ややかに見ているのはだれでしょうか・・・・昂然と見下ろす強者に寂寥たる弱者が頭を垂れている人並みの愚かな姿が列島を覆っているかのようです。「悪」が「愚かさ」を縦横無尽に利用し尽くして、’我が亡き後に洪水は来たれ’とうそぶいている傍らで、いまや弱者の怨念がより弱者へと向かう地獄の様相がひろがってもいます。
「いかなる思想らしい思想も持たない者が、いまや、剥きだしの、恣意的な権力として、全世界の前に立ち現れている。彼らは自由の名において、あらゆる自由を独占する気違いじみた定義を世界に押しつけ、凡庸な精神が凡庸なことを重々しくしゃべっている。そこでは自由と伝統ムードが蔓延し、曖昧な自由と非合理的伝統が貫かれている」(ライト・ミルズ『パワー・エリート』を筆者意訳)と、米国の社会学者は1950年代のマッカーシズムを批判しましたが、これは現代の日本と酷似してはいませんか。
ボンヘッファーとミルズをつなげるならば、かっては分離されていた「悪」と「愚かさ」の境界が薄らいでしまい、「愚かさ」がむしろ脳天気に「悪」を振る舞うという、文字どおり最も頽廃した「悪」が現れ始めたと云えます。かって「悪」は彼なりの美しい高貴さで武装し、知と美意識を独占して市民の頭上に君臨し、あたかも全世界を領導する使命を神授されたかのように振る舞って、幻惑された「愚かさ」を奴隷的に統合しました。いまや「悪」は、一種魅惑的な絶対性を失って、「悪」は「愚かさ」へと転落し、逆に「愚かさ」がその度合いを烈しく競い合って究極の「愚かさ」へとキリモミ状態となって転落していくスパイラルの惨状を呈しています。言い換えれば、愚かな強者がまるでマルチ・タレントのような華やかさを振りまきながら、弱者へ微笑を振りまき、パンとサーカスの頽廃へと誘導しながら、弱者同士が攻撃し合わなければ生きていけない地獄の惨状を演出しています。
身近な事例をみてみましょう。07年に起こったDV被害件数2万992件をみると、被害者の98,6%が女性であり、30歳代の男性(34,1%)が30歳代の女性(37,3%)を攻撃しています。つまり夫が妻に対して攻撃しているのです(72,8%)。おなじくストーカー被害件数1万3463件は、被害者の90%が女性であり、いずれも殺人を含む暴行・傷害という凶悪な傾向が現れています。肉体的な優位に立つ男性の弱者が、集中的に女性弱者を攻撃するという構造です。これら件数は、警察庁への相談や被害届で認知された件数であり、深い闇に閉ざさされた暴力の構造が蔓延しているに違いありません。いまや「愚かさ」がはげしく「愚かさ」同士で競い合い、その傷はより弱い「愚かさ」への攻撃によってのみ癒されるという惨憺たる姿をさらしています。
では深化する「愚かさ」は、ボンフェッファーの言うように「どうしようもない」のでしょうか。「愚かさ」は時代の刻印を受けた具体であり、現代の「愚かさ」は明らかにナチ期とは違った質を持っています。飢餓と生計の絶対的貧困が誘発した識字運動を必要とした時代と、現代は明らかに異なります。現代はいわば全身を知で武装した「愚かさ」の時代です。知的武装の一定の水準を獲得しているにもかかわらず、なぜ無自覚のうちに悪に手を染めても良心の痛みが生じないのでしょうか? ここに「愚かさ」そのものの水準がしだいに高度化し、複雑化しているのではないかーと考える根拠があります。
全身が悪に侵された前近代的な「悪」が消滅し、悪者と善人がひとりの人間の中に混在し始め、善と悪の単純な分離が融解し、「人は善でもあれば悪でもある」という複雑な存在へと変容し、その矛盾と葛藤を超越者が調停した時代から、自己選択・自己決定の時代へと移行するなかで、誰もが悪になり善になりうる存在へと変貌し、確固たる自己は衰弱し浮遊し始めました。自己選択・自己決定の自由は同時に、選択と決定の不安と困惑をもたらし、自己以外の何らかの確かなものへの依存心情を誘発させました。これがナチス独裁の民衆的心情の基盤となったのです。
残念ながら現代においても、この外的な指示者に対する願望は連綿として強固なちからをもって人間をコントロールしています。アメとムチに幻惑され、パンとサーカスにのめり込んで、第2次大戦の無残な体験の辛酸を味わったにもかかわらず。そして「愚かさ」の水準は、この無残な辛酸の体験をみずから経験した度合いによってくっきりと異なる位相を呈しています。第2次大戦で全土が荒廃した欧州と、軍需経済によって繁栄を極めた米国の差異です。全土が荒廃した国においても、その惨状の責任を自覚的に記憶する作業を丁寧に遂行した欧州と、記憶をリセットすることに狂奔した日本の差異が明確に現れました。
さて日本の「愚かさ」の特質については、特別に触れなければなりません。あれほどに「鬼畜米英」を怒号して星条旗への憎悪で命を散らしたこの国は、敗北に直面して一転して星条旗への媚びへつらいから賛美へと暗転するピエロのようなふるまいを演じてきました。星条旗への反抗を仕掛けた者たちはアッサリと免罪され、それに協力した知的武装者も戦後の星条旗の唱道する価値体系に包摂されたばかりか、先導的導入に狂奔しました。ここに世界史上希にみる日本の歪みきった「愚かさ」の基礎があります。私たちは戦後日本史をもう一度書き換えなければ、この「愚かさ」を克服することはできないでしょう。記憶の作業のトレーニングに習熟できなかった日本の戦後史は、あらゆるできごとの印象を時間とともに消していく習慣が身に染みついてしまいました。もはや過ぎ去った過去という戦後哲学こそ、日本を判断する指標なのです。こうして自分の娘たちを星条旗の陵辱に任せても、もう過ぎ去ったことだーと知らぬフリを決め込む習性が身に染みついたのです。
すべてを過去へと洗い流す忘却によって生きる日本型の「愚かさ」は、その時々の現在にのめり込んで生きる瞬間の生活か、あるいはすべてを流れに任せて自らは介入しない傍観の生活によって相乗的に強められます。こうした日本的「愚かさ」は端的に、真実とか正義とか良心への痛みの感覚を摩滅させ、ふてぶてしさや迎合の感覚を醸成させます。自ら提案した新銀行が破局に瀕しても、他者に責任を転嫁して恥じない知事はその象徴的存在であり、それを許す条件はみずからも同じふるまいに覚えがある共犯の心情にあります。
いささかシニカルでニヒルな思索が続いていますが、それは悲惨な破局の記憶の作業を放擲した者の逃れざる報いです。そしてかすかな曙光があるとすれば、この列島のすみずみに生きている無名者たちの営々とした日常の「生活」に裏打ちされた矜持に他なりません。いのちを汚す者、尊厳を奪おうとする者から遠ざかっていたいとする即時的な心情は依然として健在です。理不尽な強制にイヤだと宣言するマイノリテイがマジョリテイへ、いくさを公認する流れに抗しようとしている無名者たちが燎原の火のようにひろがっています。この青く輝く惑星を宇宙のかなたから息を詰めて見つめているまなざしは、この小さな列島の中で生起しているかすかな胎動に未来の希望を託しています。彼らは、やはりボンヘッファーの道を選ぶだろうと。(2008/3/14
12:53)
◆外来種の蹂躙に慟哭する日本列島
外来魚ブルーギルがいまや北海道から沖縄までひろがって、日本の水産資源と生態系を攪乱し、もはや駆逐不可能なレベルに達しています。全国から採取された標本の遺伝子分析により、日本のブルーギルは1960年に米アイオア州グッテンベルグから現天皇(当時皇太子)が持ち込んだ15個体のみに由来する単一起源であることが明らかとなりました(養殖研究所)。天皇は「外来魚のブルーギルは50年近く前に、私が米国より持ち帰り、水産庁研究所に寄贈したものであり、いまこころをいためております」と謝罪しました(「全国豊かな海づくり大会」07年11月 滋賀県)。
ブラックバスは1925年に米国から芦ノ湖に持ち込まれ、米国からの何回かの導入と密放流によって、2001年には全都道府県での生存が確認されるようになりました。1988年には、奈良・池原貯水池でフロリダバスの稚魚1万尾が役場の許可で導入され、大型化による釣り客動員をめざしました。こうして芦ノ湖のブラックバスと池原フロリダバスは、交雑して雑種集団を形成し、琵琶湖へのフロリダバス密放流も指摘されました。北米原産オオクチバスの近縁種であるコクチバスが、1991年に野尻湖で確認され、現在では37都道府県に拡大しています。
水産庁は2000年から、コクチバス・ブルーギル・オオクチバスの特定外来3種を対象とする外来魚抑制管理技術開発事業をスタートさせ、湖沼・河川での駆除や農業用溜池の水抜きなど努力を続けてきましたが、いったん定着した外来魚の根絶と駆除には莫大な労力と費用がかかり、2007年からは駆除とともに在来魚との共生技術開発に転換するまでに追いつめられています。こうして日本列島はもはや、在来魚が駆逐されて外来魚が制覇する生態系の究極危機が進展しています。日本の美しい河や湖には、アメリカ産の魚が我が物顔で泳ぎ回り、汚された星条旗のはためく自然に頽廃してしまったのです。以上・東幹夫長崎大教授論考参照。
外来生物被害予防の原則は、「入れない・捨てない・拡げない」のイロハ的な3原則なのですが、不幸にして入った場合には、すばやい駆除による根絶しかないのです。恐ろしいことに、日本では水産庁や自治体などの公的機関が導入を推進し、密放流をも野放しにしてきたのです。なぜこのような国際基準を侵犯するような頽廃的な政策が採用されてきたのでしょうか。もっぱら一部のデイレッタンと釣り人の集客を狙う頽廃した観光政策に堕した結果に他なりません。この問題はじつは一外来魚にとどまらない戦後日本の国家構想の基本に関わる問題と連動しています。
河や湖の水資源が外来種によって覆われたように、日本列島の大地は外国軍隊がくまなく配置され、日本の主権が及ばない治外法権の無法地帯となって、在来の日本民族から土地を奪い浸蝕してきました。いうまでもなく1945年の連合軍占領を経て、1951年の日米安保条約締結によって米軍の単独占領に移行し、翌年の1952年には米国軍事法大典を一方的に日本に適用した日米地位協定によって、在日米軍は治外法権の特権を手に入れて日本列島を蹂躙するに到ったのです。この歩みは、そのままブラックバス→ブルーギル→フロリダバスと展開する獰猛魚の導入とパラレルに進展しています。日本の河や湖には獰猛魚があふれて在来魚を駆逐し、大地には星条旗の兵士が闊歩して日本の娘たちを陵辱し、基地依存経済システムに包摂してしまいました。最も獰猛な海兵隊という殴り込み部隊は、朝鮮半島からインドシナ半島へ、アフガニスタンからイランへと出撃し、日本列島は世界最大・最強の米海外軍事基地へと変貌していきました。
貿易も金融も外交も外来種の至上命令に組み込まれ、日本列島は外来種浸蝕列島として、世界から奇異の目を以てみられ、イエロー・アメリカンとの不名誉な蔑称をもって呼ばれるようになりました。美しい日本の河や湖は、我が物顔で泳ぎ回っている獰猛な外来魚を許している日本を見て、哀しみの涙を流しています。その涙は、雨や雪となって日本列島の大地に降りそそいでいますが、いつか真っ赤な血涙に姿を変えて怒りの暴風雨となって吹きすさぶに違いありません。日本の大地は、米兵によって陵辱された娘たちの鮮血を吸い込んで、どす黒く赤く染まり、娘たちの哀しみを横目で見ている日本をすさまじい形相で見つめています。河と湖、大地のすすり泣く慟哭をすでに気づいている私たちに残された道はなんでしょうか。(2008/3/13
9:57)
◆21世紀では、誰が、何が死を宣告されるのか
ドイツ生まれの精神分析学者であるエーリッヒ・フロムは、現代世界の危機を次のように表現しました。
「19世紀においてjは神が死んだことが問題であったが、20世紀では人間が死んだことが問題なのだ。19世紀において、非人間性とは残忍という意味だったが、20世紀では、非人間性は、精神分裂的な自己疎外を意味する。人間が奴隷になることが、過去の危険だった。未来の危険は、人間がロボットになるかも知れないことである。確かにロボットは反逆しない。しかし人間の本性を持っていると、ロボットは生きられず、正気でいられない」(『正気の社会』 一部筆者意訳 下線部筆者)。
19世紀の危機は人間の絶対的拠り所であった神への信仰が相対化されて、人間がひとりで歩き始めたことが問題でした。しかしこの問題性は、神の独裁であった領域から人間が解放され、人間のことは人間自身が決めるという意味で、神の戒律から解き放たれた人間が、おそるおそる自由に羽ばたき始めた希望を意味しました。20世紀の危機は、解き放たれた人間が神に替わる戒律の構築に失敗し、それぞれが自己勝手に歩み始め、人間的普遍を喪失して漂流し、それぞれの神をでっち上げながら他者を如何に支配するかというロボット的な頽落的存在に堕してしまいました。フロムは、ナチズムに狂奔してホロコーストに手を染めたドイツ現代史の危機をこのように表現したのだと思います。ナチス独裁の「命令」の至上性に酔いしれて、あたかも動物を処理するように、強制収容で高度な殺人技術を駆使したワイーマール民主主義の暗転をロボット化した人間の危機と捉えたのです。
さてフロムは1980年にこの世を去って、21世紀の危機について語ることはありませんでした。21世紀の危機とは、20世紀と同じような人間のロボット化の危機なのでしょうか? 神の死であれ、人間の死であれ、残虐であれ、自己疎外であれ、この惑星と生物的種としての人間の存続そのものは、フロムの前提であり疑うものではありませんでした。彼が、人間がほんらいの人間を失う危機について指摘し、ヒューマニズムによる自己実現を主張したのは、その限りにおいて積極的な意味を持ちました。
ところが21世紀の危機は、この銀河系宇宙における地球惑星の存続そのものが問われる時代となりました。ロボットと化して正気を失った人間の世界は、市場の暴走に蹂躙され、もはや制御不可能で不可逆的な滅亡への螺旋的なスパイラルに向かって、キリモミ状態となって墜落しつつあるかのようです。この根底には、人間の本質を自己利益の極大化を指向する功利主義とする市場ファンダメンタリズムの人間観があります。もはや神が死んでしまい、そうして神に対象化された人間自身が死んだ後に、なにが市場の暴走をコントロールできるのでしょうか。宇宙物理的には地球惑星の爆発という終焉を迎える何百億年かのはるか前に、もはや生物的種である人間の生存そのものが不可能となる惑星の危機が高い確率で迫っています。
21世紀の危機がこのような性格であることを、すでに知ってしまった私たちにとって、希望とはどのような意味で存在し得るのでしょうか? 唯一の直立歩行生物である人間が、この青く輝く惑星でどのような生を刻み、いまどのような地点に立っているのかを、冷酷に冷ややかに反省的に考察しましょう。私たちは、同じ種をアレコレの理由をつけては殺害し、虐殺する狂気のようなふるまいをしたかと思えば、他方では信じられないほどの神にも似た崇高な行為を、なしてきた種でもありました。
思えばこうした天使とも悪魔とも手を結んできた我らが人類は、もはやそうした択一のゲームが許されない地点に逢着しています。巨大な課題を前にたたずむ幼い子どもたちを目の前にして、私たちは何を語り、何をなすべきでしょうか。いたいけな瞳にどのような未来を、私たちは手渡そうとしているのでしょうか。醜い市場ファンダメンタリズムの醜悪な蓄積の総和のはてに、私たちははっきりと、対極に屹立する気高い共感の魂を築き上げてきたはずです。なぜなら由なく死を強制された、無数のいのちの慟哭が地の底から湧き上がるようにこだまし、私たちの胸をとらえ、我らが死が意味あるものとして受けとめられるように、呻いているからです。21世紀の死の宣告は、だから市場ファンダメンタリストの頭上に春雷のようこだまし、彼らは自ら恥じてこの世からの退場を迫られます。退場の宣告を下すのは、誰あろう、私であり、あなたであり、無数の無名の常民に他なりません。(2008/3/12
19:40)
◆市役所玄関前に打ち捨てられホームレス女性(70)が、深夜ひっそりと息を引きとりました
2007年11月22日に浜松市役所前のベンチの横に打ち捨てられた女性(70)が、翌朝の午前1時5分に心停止でなくなりました。上半身仰向けで倒れている女性の最後の姿は次のような状態でした。
目は大きく見開き、瞬きはせず、顔は青ざめていた
上半身は仰向けで、下半身は左腰を地面につけ、少し斜めになっていた
上半身は重ね着をし、下半身はズボンをはき、靴下をはいていた
はいているズボンのおしりの部分は少し汚れていた
胸の上にはアルファ米の袋が裏面を上にして未開封のままで載っていた
頬に触ると冷たく、脈を取ろうとしてもなかった
周りには5−6人の市職員が囲んで立っていた
人生の最後の瞬間を市役所前の路上で過ごし、ひっそりとこの世を去った70才の女性の死に至る12時間を追ってみましょう。
11月22日の午後零時30分頃に、浜松駅バスターミナル地下に衰弱して倒れていた女性を発見した駅前交番の警察官は、浜松市中区福祉事務所に連絡し、強制入院を依頼した。電話を受けた福祉事務所職員は、強制入院はできない、具合が悪ければ救急車を呼んでくださいーと答え、午後1時に救急車が到着した。救急車は、ベンチに横たわった女性に問いかけ、女性は痛みはないが4日間食事を取っていないーと答え、病院に行くかと聞くと、食事がしたい、病院には行きたくないと首を振って返事した。救急隊員が福祉事務所に電話で、空腹を満たしたいと言っているがと言うと、福祉事務所職員は食事を渡すので取りに来てくださいと答え、救急車は病院ではなく市役所に向かった。
午後1時26分に市役所正面玄関に着くと、救急隊員はストレッチャーで女性を降ろし、玄関先の花壇端に座らせた。福祉事務所職員が玄関先に出てきて、アルファ米五目ご飯1袋を渡して、ほんとうに具合が悪ければ病院に行かなければ駄目ですよーと言った。乾燥米は袋を開けて熱湯を注いで20−30分かかり、水では60−70分かかるので、女性は口にすることができなかった。女性が午後1時45分までに、水が欲しいと訴えたので、守衛が紙コップに水と白湯を入れて2回渡した。午後2時10分頃に市職員が、寝ているような女性に、暖かいとkろに行かないと駄目だーと声をかけたが、応答はなかった。午後2時20分頃に偶然に市役所を訪れたボランテイア女性は、5−6人の市職員に取り囲まれている女性を見つけ、声をかけたが反応はなかった。顔は青く、目は見開いて、頬を触ると冷たく、脈を取ってもなかったので、救急車を呼んでくださいーと市職員に言うと、職員は庁舎内に行って救急車を呼んだ。その間、女性には毛布1枚もかけられていなかった。救急車で病院に運ばれた女性は、翌朝の午前1時5分に息を引き取った。(以上は生活問題対策全国会議聴取調査による)
いま女性が4日間も食事を取っていなかったことの連絡はなかったと市は主張し、女性の急迫状態の判断をめぐって、4日間食べていないと伝えたとする消防署と烈しく争っています。市の内部調査記録は、「空腹を訴える女性に非常食を渡し、体調の変化は予測できず、職務を逸脱した行為や法的な義務を果たさなかった不作為は認められなかった」と公式に発表しています。
しかし少なくとも、女性を市庁舎の内部に入れてソファーか敷物に横たわらせたり、毛布の1枚をかけたり、熱湯で乾燥米を食べられるようにして提供するなどの支援はなかったのです。「急迫した状況にある時には、すみやかに職権をもって保護を開始しなければならない」(生活保護法第25条)義務があるはずの福祉事務所は、結果としては玄関先の花壇に女性を心停止するまで放置したのです。女性は10年ほど前から浜松駅地下で路上生活を送り、市は女性の生活状況を2週間前に把握していました。いま浜松市内には女性のようなホームレスが115人います。
どこの誰かも分からない70才の女性の死は、行き倒れになって餓死した、ほんの小さな市井にたまにありうる些細なことなのでしょうか。それとも日本の生活保護の危機を象徴する重大な事件なのでしょうか。或いは超高齢化社会で老人がたどっていく最後の死の瞬間の、だれにでもどこにでも起こりえる日常の一こまに過ぎないのでしょうか。あたかも犬や猫がひっそりと姿を隠して死んでいくような生命の循環の姿なのでしょうか。いや否、ひょっとしたら闇のなかでこの世を去っていく孤独死・日本列島で生きる私の最後の姿であるかも知れません。生涯特殊出生率が2を切って、無限に1に近づいている日本の後期高齢者(?)は、遠く離れた未婚の子どもにはすがれず、満杯の老人ホームにも入れず、乾ききって地域の近隣関係も失われた都会の片隅で、全き孤独のうちにこの世を去らなければならない不安に怯えているのではないでしょうか。まだしも江戸期には、息子の背に背負われて姨捨山にいく老人たちは、次世代の子どもたちの生命のために死んでいくというーある種の幸福に裏打ちされた断念がありました。黒いカラスが飛び交う空から降ってくる雪に覆われて死んでいった老人たちの顔は、ある至福の表情がありました。いまや餓死などという原始的貧困はとっくに姿を消したはずの日本は、じつはすがるべき身寄りも託すべき次世代もない孤独な老人たちが、部屋の片隅で小さくうずくまってただひたすらに死を待つ野垂れ死列島になり下がってしまったのでしょうか。これが世界に冠たるGDP世界第2位の経済的繁栄を誇る日本の姿なのです。(2008/3/10
11:56)
◆ウーン 格闘技が中学の必修科目になるのか
2012年から実施される新学習指導要領・中学体育で、武道が男女ともに必修になるそうです。種目は柔道・剣道・相撲だそうですが、希望があれば弓道・空手道・合気道・少林寺拳法・なぎなた・銃剣道など日本武道競技会認定の種目も選択可能ということです。現在の日本武道の源流は、柔術や剣術などの古武道にあり、手裏剣術・鎖鎌術・水術など戦闘技術も含まれます。つまりもともとは中世封建期の殺人テクニックの諸形態であったのです。これらの殺人テクニックが次第に様式化されて、戦闘から自立したスポーツへと発展していったのですが、特に日本型武道は「道」と言うように、単なるスポーツではなく、生き方や思想につながる求道の傾向があります。武道が相手を肉体的に破壊する明らかな格闘技であるにもかかわらず、スポーツと見なされるのは、こうした求道精神があるからです。文科省自身も「叩いたり、投げたりだけでなく、蹲踞や礼など伝統的な礼儀を作法を教えるのが武道です」などと説明し、日本武道館事務局長も「武道は体だけでなく、心を鍛えます。終わりに心から『ありがとうございます』といえます」と武道必修に期待感を表しています。
しかし日本武道界は、スポーツ的な自立が未成熟で、権威に対する盲目的服従と敵に対する対決精神を叩き込む半封建的な組織精神が濃厚に定着し、近代スポーツの概念から外れています。だからこそ、敗戦後にGHQは軍国主義精神の温床となった武道を学校教育から追放したのです。この武道の強制は、改正教育基本法の愛国新条項と連動し、子どもの心に権威への盲目的服従を植えつけながら、似非愛国心を醸成し、戦場で無条件に上官の命令で人殺しをおこなう心を培う効果を持つでしょう。
さて他者との対立を原理的に禁止する戒律をもっているエホヴァの証人などの絶対平和主義の信仰を持つ子どもたちや外国籍の子どもたちは、この中学での武道の授業を拒否する者も出るでしょうから、彼らの授業評価は低く採点されるでしょう。この国際化した異文化共生の時代にあって、なぜ閉塞的な伝統民族武道を一律に子どもたちに強制するのでしょうか。私はスポーツとしての武道を認めて、子どもの意志の自由選択の範囲内で導入することを推奨します。
子どもたちのふるまいに頽廃的現象が目にあまり、伝統文化への関心がゆらいでいることは、実は大人の問題であり、大人の世界が人間的に再編されれば、大多数の子どもたちは自然のうちに健やかに成長していくのです。武道は「型」や「形」を最優先の入門指導に置きますが、その内実は垂直的な権威体系への盲目的な服従に他なりません。生まれる前に既に存在する「伝統」や「師」、「先輩」などの価値体系に無条件で服従する没主体的な感性が最高度に美しいとして宣揚されます。世界の先進国で身体鍛錬と称する「体育」という教科を必修にしている国もめずらしいですが、輪をかけて「格闘技」を必修にする国は驚きの理解できないまなざしをもって見つめられるでしょう。
格闘技関連のいわゆる体育会系組織の醜悪な人間関係の無残さは、皆さんよくご存じのことと思います。この組織原理は、垂直的な命令のヒエラルヒーで構成され、どのような非合理的命令も喜びを以て受け入れ、無条件に遂行されなければなりません。いまでも先輩の下着を喜んで洗う運動系組織があります。これらの組織内部は、じつは最も醜いイジメや下位者への身体暴力を伴う抑圧の移譲が誘発され、非人間的な本能集団と化してしまいます。大相撲部屋の殺人ゲームになんの責任も取らない最高責任者・理事長の姿勢を見れば、一目瞭然です。おそらく2012年からの中学校は、格闘技的人間関係が隠然と支配する「タイイクカイ」系学校に変貌し、女生徒も強壮な男性への盲目的な憧れを抱く女性に成長するに違いありません。
格闘技文化の本質は、「型」の習得による垂直的な支配ー被支配関係への心身ともの包摂にありますから、上位者への質問や疑問、いわんや問題提起は反逆的行為として処断ないし、排除の対象となります。こうした服従的精神の形成は、もはや新たな価値形成を封殺し、時間は無限の単純な反復的循環にしかなりません。少数派や異端となるリスクを冒しても、未知の領域へ挑戦的に向かう姿勢は衰弱し、もはや永遠の伝統へ回帰するしかありません。ここにこそ21世紀日本の、最も恐ろしい陥穽がポッカリと口を開けて待ちかまえています。新製品開発、技術革新、芸術創造などのイノベーション能力が喪失して、日本はもはや世界の一周遅れのラスト・ランナーになるでしょう。
いま日本が直面していることは大人の汚れた姿をこそ、それこそ格闘技によって無条件に破砕することです。破綻した銀行にさらに追加融資をおこなうという首都の知事、女生徒を脅迫して猥褻行為を強制している校長、公開前に映画の試写を強要する国会議員と文化庁、強盗計画を事前に警察に通報しながら実行させた佐賀県警・・・本日3月9日の朝刊だけでこのようなモラル・ハザードが頻発しています。大人の世界の醜い惨状を横目に、子どもたちに向かって礼儀作法を説くあさましさに嗤いが込み上げてきませんか。なぜこうしたみるも無惨な頽廃が、横行するようになったのでしょうか。ここでは、公共原理を破壊してすべてを市場に委ねて本能を発散するに任せるすさまじい市場ファンダメンタリズムの姿とだけ申し上げておきます。子どもたちや若者はこの競争的暴力にすくみ上がって、ひたすらKYにすがりついていっています。格闘技の必修強制のうらに潜んでいる大人の偽善を告発するちからは、若者や子どもたちにはありません。放置すれば偽善の螺旋的スパイラルが世代間で継承されていくでしょう。(2008/3/9
10:00)
◆うつ病国家日本について考える
うつ病は、脳神経伝達物質のバランスの乱れによって生じ、抑うつ状態になると、どんな前向きのタフな人でも、認知や認識、思考パターンが劇的に変容します。堂々巡り、決断力低下、自責感、自己嫌悪、不安と悲観、自己否定と自信喪失、自己卑小感など次々といやなことが浮かんできます。やる気はあるが体がついていかないなどの行動抑制症状があらわれます。うつ病を疑う症状で本人が気づく変化で5項目以上あれば受診してくださいーと厚労省は言います(括弧内は私の場合です)。
□かなしい、憂鬱な気分、沈んだ気分(私も時々そうだ)
□何ごとも興味が湧かず、楽しくない(これはない)
□疲れやすく、元気がない、だるい(時々あるぞ)
□なにかおっくうで気力、意欲集中力が低下している(うーん時にそうだ)
□寝つきが悪く、朝早く目覚める(朝は早いことは確かだ)
□食欲がない(食欲は大いにある)
□夕方より朝のほうが気分や体調が悪い(朝は晴れやかな気分だ)
□心配事が頭から離れず、考えが堂々めぐりする(時々そうだ)
□失敗や悲しみ、失望から立ち直れない(ウーン何とかなるぞ)
□自分を責め、自分は価値がないと感じる(これは大いにある)
恐ろしいですね、私はほとんどすべての項目に自覚症状があるのですが。しかしよく見てください。これはいまの日本国の心理症状に酷似していませんか。イージス艦の殺人事故から、政府が示している自覚症状はまさに上記の全部に該当していませんか。夕方になると赤坂の料亭に繰り込んで、生き生きと派閥の会合で飲み明かし、議事堂では沈んだ気分で答弁しているのは、総理大臣自身ではありませんか。しかしたった一つだけ救われています・・・それは最後の「自分を責め、自分は価値がないと感じる」という症状がないということです。でもほんとうに価値がない人がこう思っているのですから、厚顔無恥の日本は最悪の症状に陥っています。
本人の自覚症状ではなく、周りが気づく症状は以下の通りで、やはり5項目以上あれば受診を勧めるように厚労省は言っています。
□前よりも表情が暗く、元気がない(これは総理大臣を見ていればその通りだ)
□体調不良の訴えが多くなる(確かにいろいろな理由をつけて会議を欠席する大臣が増えている)
□仕事の能率低下やミスが増える(ウワ!防衛省や都知事はみれば一目瞭然だ)
□周囲との交流を避ける(為政者が市民との直接の交流ではなく、支持者だけと会う傾向が多くなった)
□遅刻、早退、欠勤が多くなる(これは政府関係の会議をみれば明らかだ)
□趣味、スポーツ、外出をしなくなる(これはどうかな? 相変わらず、接待ゴルフやノーパンしゃぶしゃぶなど出かけているようだ)
□飲酒量が増える(首相自ら赤坂で日本酒を毎晩呑み散らかしている)
厚労省ご託宣のサイン表では、日本政府と日本国自身が明らかに重症のうつ症状を呈しています。この抑うつの症状は厚労省によれば次のような1)→8)の段階を経て進行しています。現在の日本政府と日本国の症状は極めて症状が悪化した重症の段階に入りつつあることがうかがえます。括弧内はその段階にふさわしい治療法です。
1)イライラしやすい
2)不安→頼りなく心細い、寂しい不安感(スポーツ、気分転換)
3)憂うつ→最低・最悪・どん底、疲れ切ったいやな気分(睡眠・休養)
4)手がつかない→手をつければ最後までできる
5)根気がない→最後まで続かない(抗うつ剤投与)
6)興味・関心がわかない
7)面白くない
8)生きがいがない
いま日本政府は、前首相がヤーメタ!と投げだしたように第5段階(根気がなく、最後まで続かない)ですから、すぐに抗うつ剤を投与する医学的治療が必要な段階に入っています。しかし本人は、精神科や神経科の受診を拒否して、たらい回しで乗り切ろうとしています。彼らに本気で忠告する人はいませんので、今のところは安寧を維持しているように見えますが、すでに最終段階の8)生きがいがないというところに近づきつつあります。なぜ日本は、このような重度のうつ病国家になったのでしょうか?
うつ病誘発の最大の原因は、自分が信じている人から冷たくされること、或いは自分の信じている理想と実際に大きな食い違いが生じてきた時に誘発されます。個人の場合の典型はDV(ドメステック・ヴァイオレンス)であり、多くの女性が夫や親、恋人の暴力の後遺症に苦しんでいます。日本の場合は、モデルとしてきた星条旗に思い描いていた理想や価値から、大きな裏切りを受けて、その失望に打ちひしがれているからです。あんなにドルを買い貯めて星条旗の財政赤字を支え、星条旗の戦争にあんなに金を出しても、一顧だにされず侮蔑の対象となり、前進基地を提供しても自分の娘を平気で犯されて涙を呑むしかない自分に失望してしまったのです。もはや生きがいを失って漂流するしかない自分が見えてきた時に、神経伝達物質のバランスについに狂いが生じたのです。
ではなぜ星条旗の兵士達は「同盟国」の娘たちを陵辱するようなDV行為に及んでいるのでしょうか。星条旗の兵士達は欲求不満やイライラが昂じて暴力に及んでいるのでしょうか。DV加害者の多くは絶対に自分の実母や親しい人には手を出しません。見境なく暴力を振るう衝動的な人は、既に犯罪者でしかありません。星条旗国の兵士達は、日の丸を守るために戦ってやっているのであり、だから見返りに何かを提供するのは当然だと思い、思いやり予算で高級住宅を手にするだけでなく、じつは娘たちをも思い通りに支配していいのだと思っています。
星条旗の兵士達は暴行の前にアルコールを飲んでいます。しかし飲酒が必然的に暴力に結びつくわけではありません。アルコール依存症の男性の80%は、非暴力であり、飲酒=解放感による暴力と短絡している人が実際に暴力に到るのです。 星条旗の兵士達は、性欲をコントロールできないのでしょうか。レイプ加害者は、衝動的に襲撃するのではなく、力や脅迫が有効な状況をしっかりとセットした上で、実行に及ぶのです。従って今回の沖縄女子中学生には絶対になんの自己責任もありません。
星条旗の兵士達はなぜ日本の娘たちを襲撃するのでしょうか。彼らがまともな男性であり、生まれながらの犯罪者ではないとしたら、彼らの置かれた客観状況にあります。明日をも知れぬ海兵隊の命への不安は文化的束縛を突破する本能的な行為に発散されます。しかし星条旗が駐留している国で、星条旗の兵士による婦女暴行が最も多発しているのは、日本と韓国です。なぜでしょうか。明らかに有色人種への偏見と植民地支配者意識が折り重なって文化的束縛を破壊しているのです。
ではこの段階で投与すべき抗うつ剤はなんでしょうか。それは星条旗に媚びへつらう症状を断絶する強制的な治療です。強制的な治療とは、やむを得ず星条旗に媚びる人たちを隔離して議会から追放することです。もちろん市民的権利は剥奪できませんから、議会からの追放は投票による議席剥奪ということになります。星条旗とのイコール・パートナーをめざす健康な魂をもつ市民の代表者が選出されることによって、うつ病患者は自然治癒の道を歩むでしょう。この方法はなかなか厳しい至難な道ではありますが、それ以外に適切な方法があればご教授下さい。春一番が吹き抜けた早春の夜の嵐のなかで、夢うつつで記しました。(2008/3/4
20:06)
◆されば、朝には紅顔ありて、夕べには白骨となれる身なり
浄土真宗系の葬式に出席された方は、おそらく耳にされた経験がある、浄土真宗中興の祖といわれる蓮如のおふみの一節です。これほどに肉親を失った悲哀を表現した言葉を私は知りません。まさに胸に迫り来るような虚無の感情が押しよせてきます。原文は以下のようになっています。
一生過ぎやすし。いまにいたりて、たれか百年の形体をたもつべきや。我やさき、人やさき、けふともしらず、あすともしらず、おくれさきだつ人は、もとしずく、すゑの露よりもしげしといへり。されば、朝には紅顔ありて、夕べには白骨となれる身なり。すでに無情の風きたりぬれば、すなはちふたつのまなこたちまちにとじ、ひとつのいきながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて、桃季のよそほひをうしなひぬときは、六親眷属あつまりて、なげきかなしめども、更にその甲斐あるべからず。
日本的無情の表現としては極北の言葉でありましょう。人の哀しみの極限を捉え得たこれらの言葉は、おそらく信徒の心を鷲づかみにして、この師のためならすべての財産も生命をもささげて悔いないと自然に決意させたでしょう。中世室町期の地獄の世にあって、権勢を争う武士階級のあくなき戦さの、ただ単なる犠牲者に過ぎなかった民衆たちが蓮如戦闘集団に結集して、独立王国を経営し得た秘密がここにあります。まさに浄土真宗教団は本願寺を拠点とする一大教団を形成していったのです。しかし驚くべきことに、最底辺に呻く最下層の民衆を基盤にしたはずの真宗教団は、天皇家と姻戚関係を結び、ここに最高位の身分と最下層の身分が合い結ぶという構造が出現し、太平洋戦争下にあっては浄土真宗教団は聖戦の先頭に立って戦士を扇動したのです。
こうした最下層の出自の者が、自己の尊厳をあやうく恢復する手段として、もっとも高貴な者との関係を何らかのかたちで強調することはめずらしくありません。被差別部落運動に携わる人が、たとえば徳川家康は実は部落出身者なのだと強調したりするのは、まさに支配と被支配の緊張関係を搦め手から逆転させる手段です。私はこうした戦略の背後にある、おどろおどろしいルサンチマンを嫌悪します。こうした戦略は垂直的な差別システムを永続的な恒久性として断念する暗黙知があるような気がします。ほんとうに伸びやかなで開放された希望の感覚がうかがえないのです。
さて蓮如はあたかもこの世を朝露のような無情と断じました。蓮如から現世の希望は完璧に奪われ、もはや希望は来世にしかありえません。あたかもイスラム原理主義の神託を受けた自爆テロリストが、花々と酒と処女に囲まれた天国を約束されて、自殺攻撃に向かうように。かくして蓮如教団は最強の軍事帝国を構築し得たのです。現世で虐げられるルサンチマンは来世への希望に凝集していくのです。
ルサンチマンによく似た言葉に、ハングルで「恨(ハン)」という語があります。これはどうも日本語の恨みとは違う朝鮮半島独特の意味があるようです。いったいそれは日本のような復讐を伴う憎悪感ではなく、誤解を恐れずにいえば敢えて「希望」が含意されているような気がします。蓮如は朝露のはかなさを嘆きましたが、朝鮮半島では戦後独裁時おなじく「朝露」という抵抗歌がつくられています。言語を絶する被虐のなかで、朝日を受けて輝くように光る朝露を希望の象徴に託したのです。ここに清冽にして希望あふれる決意が込められた静謐な歌が獄中にあって励ましを与えました。
私は蓮如の鋭い現実認識に無条件に敬服しますが、希望の座標軸は現世にこそ逆転的でありたいと思います。”されば、朝には紅顔ありて、夕べには白骨となれる身”であればこそ、いま生きているこの瞬間を汚してはならないと思うのです。無情の現世こそを希望の現世に逆転させるレボリューショナルな行為は、じつは蓮如自身がめざしたものであったのです。彼は勢威を振るう強大な武士集団を追放した民衆王国をまさにこの現世に実現させたのです。蓮如の原点にこそ立ち戻って、思いを深める時代がふたたび来ているような気がします。(2008/3/2
17:17)
◆なぜ日本は拷問と冤罪が横行するようになったのだろうか
2月28日に大阪家裁は、04年に大阪地裁所長への強盗致傷罪で少年院送致された16才の少年の保護処分取り消し((刑事裁判の再審無罪)を決定し、同じ日に宇都宮地裁は強盗事件で誤認逮捕され無罪が確定した知的障害者の国家賠償訴訟で警察の取り調べと検察の起訴を違法と認め、賠償を命じる判決を出しました。大阪の少年は、物的証拠がないまま自白を強要され、恐怖から否認できず、1年8ヶ月もの中等少年院生活を送りました。「本で殴られたり、胸ぐらを掴まれ、机を持ち上げられて投げられそうになり怖かった」と証言しています。宇都宮の知的障害者は、コミュニケーション能力が低く、誘導尋問に迎合的で警察のシナリオ通りに自白調書を作文して検事も鵜呑みにしたのです。「警察は男性の知的能力が低いことを認識し、迎合的な特性を利用して誘導し、虚偽の自白を作成し、検察も通常の捜査をおこなわずつじつま合わせの調書作成に終始して違法な起訴をおこなった」と判決は検察・警察一体の冤罪としています。
これらは警察と検察権力の江戸期のような拷問が、現在でも継続され、その被害が自らを守るちからの弱い弱者に集中していることを示しています。寒村の選挙違反事件をでっち上げて暴行・脅迫の揚げ句に自白に追い込んだ志布志事件や氷見事件のような冤罪事件が続発していることはなにを意味しているのでしょうか。しかもこうした事件を「冤罪と呼ぶべきではない」として正統な捜査と起訴であったと強弁する法務大臣が最高指揮権を持つ国とは、いったい何なのでしょうか。
「拷問」は「罪がまだ明らかでない者の肉体に苦痛を加えて、自白を強要すること」と旺文社国語辞典は定義していますが、この定義は狭義であり、正確には「自白を強要するために精神的・肉体的苦痛を与えること」というのが正しいでしょう。従って苦痛を予測させる誘導的尋問も拷問にあたり、志布志のように家族の作文を足で踏ませるような心理的な苦痛は尊厳を傷つけて人格を破壊する究極の拷問といえます。江戸期から戦前期まで続いた「自白は証拠の女王である」という自白中心主義が否定され、憲法38条では「強制、拷問、脅迫、不当な長期拘留による自白は証拠能力を持たない、唯一の証拠が自白である場合は有罪とされない」」としていますが、実態としては自白中心主義が貫かれているのです。「僕はやっていない」という映画は、電車内でのセクハラで逮捕された無実の人が有罪となっていく過程をリアルに描いていますが、これが現代日本の警察捜査の実態なのです。
自分がやっていないのに「やった」というはずがないーと思われる人もいるかも知れませんが、これは現場の雰囲気を体験するとすぐに分かります。密閉された完全に孤独な空間で耐えられる時間はどこまでかーという孤独実験がありますが、数時間で人間は発狂状態に近づいていきます。ましてや生殺与奪の絶対権力を持つ刑事警察官の手練手管の前で、耐えられる少年はいないでしょう。冤罪を防止する方策として取り調べ過程を録画して公開する可視化法案が検討されていますが、最も強硬に反対している警察庁は「自白の瞬間だけ公開する」などといっています。自白の瞬間の容疑者は、さまざまの心理的葛藤を経て決定的な選択を下したのですから、ある決意かまたはホッとした瞬間であるのです。あの恐怖の拷問や脅迫から逃れることができるという解放感すらあるでしょう。これは学校で非行生徒を取り調べる時の教師の意識と酷似しています。教師は真実追究の使命という大義の下で、抵抗できないいたいけな容疑者の生徒を前にして、権力者の実感を体感し、生徒を締め上げていたぶる快感を味わう者もいます。
なぜ警察の現場で拷問や脅迫が常態化しているのでしょうか。それはまさに権力の本質に係わるものです。警察現場は権力機構の末端にあって、垂直的命令系統の階段を必死に這い上がってより強固な権力をめざします。逆に言うと権力の抑圧はより下方へ向かって堆積し、最下層の刑事にルサンチマンが蓄積します。最下層の刑事は誰に向かって自己の権力性を発揮できるでしょうか。それは目の前にいる権力を持たない、無力な容疑者としての市民でしかありません。こうして警察権の本質にめくるめくような転回が起こります。市民の基本的な人権を擁護し、人権を侵犯したものを非情に取り調べて、正義を恢復するというほんらいの近代警察権は、虚偽の正義をでっち上げてみずからの権力性を誇示し、権力のヒエラルヒーを上昇するための実績データ作為の場に転化するのです。警察機構は、もはや検挙率、起訴率と有罪率を稼ぐために精力を費やす犯罪機関に頽廃しているのです。
いま実刑判決を受けて服役する知的障害者の比率が飛躍的に増大し、年間300人以上となっています(法務省統計)。受刑者に占める知的障害者の比率が極めて高いことは、明らかにコミュニケーション能力が低く、迎合的な対応をする知的障害者の自白率と有罪率の上昇を生み出しています。自白中心主義が連綿と流れる日本警察文化は、一般健常者と異なる障害者対象の尋問マニュアルをもっていません。いま獄中にいる服役囚のなかに、無実の冤罪被害者がいることは確実です。しかも最高指揮権を持つ法務大臣が「冤罪ではない」として現況を宣揚しているのですから、司法権の中枢である裁判所の内部にも冤罪を摘発する独自の感覚が衰弱し、これからも多くの無実の囚人がつくりだされていくでしょう。結論的に言えば、日本はもはや近代国家の資格を喪失しつつあるのです。なぜこうした頽廃国家に転落していったのかを究明し、再建の道を探求する必要があります。
なぜこうした頽廃国家になったのかを考えてみたいと思います。
欧州を旅行すると、各都市に犯罪博物館があって中世以降の拷問器具が展示されて歴史の記憶が実感されます。その夥しい拷問器具を目にすると、人間のサデイズムの凄まじさを実感するのですが、日本にはこうした犯罪博物館はありません。ただひとつ明治大学刑事博物館に幾つか展示されているだけです。欧州は人間の光と闇の双方の事実を記憶して後世に伝えようとし、日本は光は記憶して闇は早く水に流して忘れてしまおう(そしてみんな仲よく)とします。原理的に日本は記憶の文化がなく、従って歴史がなく、現在のみを夢中で生きる文化なのです。
「拷問」の「拷」は「攻」に由来し、「木の小枝で打つ」という意味です。「考」は「考える」という意ではなく、それ自体が「拷問」の意味であり、日本書紀では「孝死」や「苦問」等という語句が登場します。「拷」は律令制下の平安期にあっては、杖で打つ回数を合計300回と制限し、それを3回に分けて実行するとし、その間隔を20日間としています(現在の最長留置期間は23日です!)。この時代は死刑執行が停止され相対的にヒューマンな取り調べがおこなわれました。死刑が復活すると同時に拷問も残虐性を増し、江戸期には石抱き、逆さづりなど高度の拷問技術が発達して、それ以降1945年の敗戦まで拷問は正統な取り調べ法として公認されました。田中正造は石抱きの拷問を受け、小林多喜二は逆さづりから殴打に到る壮絶な拷問を受け、松本清張は竹刀による殴打を受けました。
戦後留置所から拷問用具は姿を消したかに見えますが、拷問は継続されました。柔道や剣道の実習として屈強な刑事が叩きのめし、疲れ切ったところへ優しそうな刑事がお茶を差しだすなどというマニュアルは健在です。容疑者の自白は夕暮れの時間が最も多く、刑事は心理的な寂しさが昂じるこの時間を狙って、巧妙な誘導をおこないます。殺し文句は「お前のお袋が草葉の陰で泣いているぞ、全部吐いて楽になろう・・・・」となっています。だいたいここで多くの容疑者は落ちるのです。
拷問はなくなるでしょうか。国連人権規約B規約は「何人も拷問又は残虐な非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない」とし、これを受けて国連総会は拷問等禁止条約を制定しています(1984年)。この条約を実行するために国連拷問禁止委員会が設けられて世界の拷問を監視しています。しかしイラクのアヴグレイブ収容所での米軍の拷問は誰も責任を問われていませんし、アルカイダ容疑者はキュバ・グアンタナモ基地収容所にいまでも強制収容されています。なぜでしょうか。米国はB規約と拷問禁止条約は批准しましたが、査察を受け入れる個人通報制度(22条)を受託せず、国連委員会の査察を拒否しているからです。驚くべきことに日本も米国に見習って通報制度の受託を拒否しているのです。もし国内査察を許せば、拷問の存在を指摘されるからでしょう。或いは日本の逮捕・勾留期間は世界で最長の23日間になっており、警察の密室で面会と食事制限を受けて孤独な状態を強制するのは、あきらかに国連の拷問の定義に該当するからです。このように米国と日本は国際刑事制度に置いてパートナーとして行動しています。両者の共通点は、死刑廃止条約に逆らって死刑を執行し、従って拷問の存在を許しているところにあります。
従って米国と日本では冤罪の発生を絶つことができません。特に人種的・思想的偏見の烈しい米国では、有色かどうかコミュニストかどうか、イスラムかどうかで作為的な捜査がおこなわれ、社会不安を鎮めるスケープ・ゴードとして「危険分子」がでっち上げられて無実の者が処刑されます。しかし米国の優越は、正義が明白となった瞬間に過去の冤罪を覆し名誉を回復するということです。1927年のサッコ・バンゼッテイ事件は死刑執行後の50年後の1977年に取り消され、名誉回復の銅像がボストンに建立されました。これに対して日本は冤罪事件の再審無罪は極端に少なく、同じ事件であった大逆事件は名誉回復されていません。
冤罪は「濡れ衣を着せられる」といわれますが、「箕なくして雨に衣の濡るるを、実のなきにかけて、無実なる意の謎語」(『大言海』海録411)の語源があるそうですが、要するに濡れた衣を乾かせば罪は晴れるという独特のケガレ文化の言葉です。しかしことほど左様に、日本ではいったん「濡れ衣を着せられる」とそれを乾かすのは絶望的です。なぜなら最高裁が先頭に立って「外部の雑音に耳を傾けるな」(松川事件での田中耕太郎長官の広津和郎批判)などと、国民の裁判参加を正面から否定する姿勢を示してきたからです。最近ではビラ配布や卒業式問題をめぐって、政府政策を批判する言動に対する意図的な刑事事件化が進行しています。ここに示された司法犯罪の本質は「よらすむべし、しらしむべからず」という江戸期の統治思想にあり、法や正義は国民や市民の関知するところではなく、為政者が独占的に判断する者だという前近代思想があります。従ってだれが犯罪者かは為政者が独占的に決定することとなり、冤罪などという概念は司法には存在しないということになります。「お上が裁いたのだから正しいに決まっている」のです。私の祖母はTV番組の「水戸黄門」の最後のシーンが大好きで、「ここにおわすは誰と心得る、恐れおおくも先の副将軍なる水戸の光圀公なるぞ」を涙を流して聞いています。いまでも日本の人たちは江戸期の統治システムが大好きなのです。
裁判官は潜在的に検察官恐怖症におちいっています。圧倒的な証拠量を駆使して整然と有罪を立証する検事に較べて、弁護側はもともと独自資料に乏しく感情的な無罪弁護となりやすく、裁判官は検察論告をはねのけて無罪を宣告するのを逡巡するのです。一般市民の参加する裁判員制度はこの裁判官の恐怖症をやわらげる刺激薬となるでしょうか。私は楽観できません。日本人は権力と権威を混同し、権力が権威を誘発すると考える傾向があります。だから権力におもねらず、おだてにのらず、脅迫に屈せず、ただ真実と真理のみを恐ろしいと感じる感性がそれほど育っているとか思わないからです。わたし自身も名刺の肩書きをみて、人の上下を無意識のうちに判断しているのです。だから自分の娘が外国兵に陵辱されても、基地はしょうがないと受け入れているのです。さらには少女が進んで自主的に告訴を取り下げたかのように追い込んでいく風土があるのです。
なぜ日本は冤罪が多発する頽廃国家に転落したのかを考えてきましたが、幾つかの背景が浮上してきたようです。いわゆる日本型文化論からは、正義と不正義、罪と罰の客観性よりも主観的情の世界で処理する傾向が歴史的にあり、過去の冤罪や不正義の経験が記憶されないこと、さらに私刑を国家的に引き受ける死刑制度と冤罪が相互増幅的な効果を持っていること、或いは国際スタンダードを無視する米国モデルに追従していること、そして国家権力機構内部に垂直的な抑圧の移譲のシステムが強固にあり相互の監視機能が衰弱して、弱者人権への共感のレベルが低下していくことなどなどです。「たとえ世界が滅びようと正義はおこなわれるべし」という感覚は怖い面があると同時に、日本の致命的な弱点となっているようです。以上・村井敏邦『民衆からみた罪と罰』(花伝社)参照。(2008/3/2
12:19)
◆いま日本ではある壮大な実験が秘かに進行している
いま日本では、正義が踏みにじられた場合の怒りの感情のレベル、或いはその犯罪が反復された場合の反発や責任追及の感情についての国家レベルの壮大な実験が進行中です。実験者である政府と被験者である国民がそれを自覚しているかどうかは無関係に、この実験は秘かに展開されています。この実験を2度とは試行できない壮大な人工的国家実験として鋭くとらえ結果を検証して歴史に埋め込もうとしている作業グループが存在します。このグループが公的に承認されているか、インフォーマルであるかは意味がありません。このグループは、シミュレーションでは絶対に入手できない、史上希にみる貴重なデータを収集して検証を始めています。
その第1の実験は、外国軍兵士が当該駐屯地の一般婦女子を陵辱した場合に、当該国市民からどの程度の反発と責任追及を受けるか、さらに同一事件が繰り返された場合に、被害国市民の感情のレベルは1度目と2度目でどのように変化するかーというものです。この実験に最も適合的なケースが、沖縄県における米兵の少女陵辱事件です。第2の実験は、軍隊の業務上の作戦行動によって自国市民が深刻な被害を受けた場合に、一般市民はどのように反応し、自国軍隊に対する意識に変化が起こるかどうかーという実験です。この実験に最適のケースが、イージス艦による漁船衝突事件です。この2つの実験はいずれも軍隊という公的な最高実力組織と一般市民の間に生じる親和と反発の相関関係に帰着し、具体的には情報の操作と隠蔽がどこまで可能か、そして親和性を回復するに足る加害責任と補償のレベルが計算されます。そしてその計算には、軍隊の国籍によって誘発される差異の有意味性が含まれます。こうしていま政府にとって、国家戦略の将来に大きな意味を持つ壮大な実験が同時進行しているのです。この実験結果がどのようにでるかによって日本の国家戦略は大きな影響を受けます。
では外国軍兵士は未成年者略取暴行強姦罪の適用を受け、イージス艦艦長は業務上過失致死罪の適用を受け、司令官の指揮責任は明らかとなるでしょうか。冷ややかに凝視すれば、形式的な謝罪とともに責任はいずれも闇のなかにうやむやのうちに消え去っていくでしょう。なぜでしょうか。一言で言えば、人間の生命や尊厳の問題に関与した権力犯罪は問わないーというのが日本文化と歴史の鉄則であるからです。なぜならもしこの権力犯罪の追跡を開始すれば、かならずかっての最高戦争犯罪責任者をさかのぼって裁くということに行き着くからです。15年戦争の最高命令権者は「神」であったのですから、人間が神を裁くことなどできるはずがありません。こうして戦後期の日本は、市民の生命と尊厳を毀損する権力犯罪は基本的に無答責であるという制度文化が暗黙知として埋め込まれてきたのです。
愛媛県立宇和島水産高校の生徒たちを殺害した米原潜「グリービル」のワドル艦長は、減給2ヶ月という軽い処分で、名誉退役して除隊後の収入を保障され悠々自適の生活を楽しんでいます。彼は「故意ではない」という理由で起訴もされず、軍法会議にもかけられなかったのです。生徒たちが海に沈んでもがき苦しんでいる時に、時の総理大臣はゴルフに熱中していたのです。30人を殺害した潜水艦・なだしおの艦長は、航海日誌を改竄して自らの罪を逃れようとしました。
さて恐れていた最悪の事態となりました。米海兵隊員・タイロンハドナッドから暴行を受けた女子中学生が告訴を取り下げ、那覇地検は不起訴処分として米兵を釈放しました。いったい那覇地検は何を考えているのでしょうか。確かに刑法上の強姦罪は被害者の告訴を条件とする「親告罪」であり、犯罪事実の有無にかかわらず告訴がなければ立件できません。ところが米兵はすでに「女子生徒に関係を迫ったが、拒まれたので乱暴はしなかった」と供述して強姦行為は否定していますが、強姦未遂ないしは暴行脅迫行為については自供しているのです(新聞報道による)。暴行脅迫罪は「親告罪」ではなく、犯罪行為の有無のみで立件できるのです。米兵の犯罪の被害者となった少女は、「これ以上事件に係わりたくない。そっとしておいてほしい」と苦しいこころの内を語っています。ここには性犯罪において女性が二重の被害を受けるという実態が赤裸々に示されています。強姦の恐怖と痛みが傷となって残るばかりか、2次被害を恐れて加害者を告発できず裁けないという傷です。少女は自己責任を追及されて辛い立場に追い込められていたのです。「一刻も早く加害米兵はすぐにこの島から出ていって欲しい」とつぶやく少女のおののきを、私たちはなんと聞いたらよいでしょうか。こうして強姦犯罪者が晴れて自由の身となり、また明日から襲撃の対象を探して夜の闇をうろつくのです。
こうした痛ましい日本型無答責の無責任体系を理論的に解明したのは丸山真男氏ですが、彼はこれを日本の前近代的な半封建遺制の産物として捉え、欧州型の近代的個人を創出するように主張しましたが、しかしもはや現代日本では半封建遺制を克服する近代化論は有効性を失いました。市場原理が社会の全線に浸透している国家としては、世界に例がないほどの現代化を遂げたからです。しかも市場原理主義と無責任体系が共存する異様な奇形的システムを伴いながらです。日本がモデルとした星条旗の国は原理的に国内の無責任体系を許しません。大統領でさえ訴追されるのです。戦後日本の異常性は、おなじファッシズム国家であったドイツの戦後過程と比較すると、よく分かります。
同じような戦争犯罪国家であったドイツと日本の責任文化に大きな落差が生じたのはなぜでしょうか。生命とその尊厳の侵犯に対して、毅然として客観的な責任を追及するドイツと涙を流して悔いればよいという悔恨共同体の日本のあまりの落差には唖然とする他ありませんが、その落差の背後にはスター・アンド・ストライプがあります。日本は星条旗の単独占領下に置かれ、戦後の歩みは星条旗国家の最辺境州として位置づけられ、ここに日本型無責任体系が生まれた一つの原因があります。日本の「神」の戦争責任を免罪することと引き替えに、星条旗の命令には無条件で服従するという誓約をささげ、国内的無責任体系と星条旗への服従体系を基本原理とする奇形国家となったのです。
無辜の市民を殺害したり、暴行を加えても裁かれることのない国は、もはや独立した主権国家ではなく、植民地奴隷国家に他なりません。非植民地国の為政者は支配国家に自らの良心を売り渡し、自国の市民を傷つける共犯者として振る舞います。せいぜいのところ、モミ手をしながら媚びへつらって、お情けにすがる惨めな姿をさらして恥じません。逆に自国の市民には第二級支配者として君臨し、傲慢な粗暴さでもってサデイズムを楽しみます。あたかもそれは、ナチスの強制収容所で、親衛隊の手先となって同じ仲間を支配して生きのびようとしたカポーと称する裏切り者に酷似しています。いまの日本で誰がカポーであるか、賢明な皆さまはすでにご存じのことと思います。日本の未来の子どもたちをカポーの手にいつまで委ねているのか、自国の娘たちをいつまで生け贄として捧げるのか、ひょっとしたらカポーはわたし自身ではないか? 壮大な偽装を検証する国家実験のただなかにあって、私は自らを凝視するのです。
私はいつも海難事故を聞くと、明治43年の逗子開成中学のボート部沈没事故で亡くなった12名の鎮魂を込めた「真白き富士の嶺」の2番の歌詞を想い起こすのです。
ボートは沈みぬ 千尋の海原
風も浪も 小さき腕に
力も尽き果て 呼ぶ名は父母
恨みは深し 七里が浜辺
12名の子どもたちはおそらく旧制中学に進学できる財知すぐれた子弟であったのでしょうが、こうした事故の犠牲者に鎮魂歌を作詩して贈る女教師がいたことに驚きます。明治期の日本の方がはるかに他者の生命に敏感であり、共感性を自然に醸しだす共同体が生きていたのでしょう。もはや現代日本はそのような共同体はなく、逆に殺伐とした市場競争がひろがっていますが、ほんとうに「人ひとりの命は地球より重い」のであれば、米兵に組みし抱かれて散った少女と海底に彷徨っている漁師たちを励まし鎮魂する新たな「真白き富士の嶺」がつくられるでしょう。(2008/3/1
9:43)
◆少女を生け贄に捧げて恥じない国がある
敗戦時に占領軍を迎えた日本政府内務省警保局長・町村金五(戦前左翼弾圧の責任者で現町村信孝官房長官の父)は、全国警察に占領軍向けの女性慰安サービスを提供する施設設置を命令し、「新日本女性を求む、宿舎、衣服、食糧すべて支給」等の広告板を設置して募集し、戦争未亡人や貧困少女を中心に推定7万人の女性たちが特殊慰安施設協会で米軍向けの性奴隷として働きました。この命令は敗戦3日後に発せられていますから、日本政府は戦時の旧軍の従軍慰安婦制度から占領下で何が起こるかを痛いほどに実感していたわけです。女性たちはアメリカ兵相手のアメパン(アメリカ相手のパンパン)と呼ばれて苦界の醜業に沈み、施設閉鎖後にはなんの補償も受けることなく、多くは水商売へと進みました。こうして日本全国に米兵がもたらした性病が蔓延していったのです。ここに日本政府の恐ろしいまでに貧しい人権意識と恥ずべき奴隷根性が現れています。敵軍兵士が女性を襲撃して強姦することを防ぐために、自国の一般女性を提供する公的売春制度を設置したのです。この施設が廃止されたのは、アイゼンハワー大統領夫人の強硬な抗議を受けたからです。
軍人や兵士が野獣と化して女性を襲うのは、殺人マシンと化した自分の本能的欲望をもはやコントロールできないで無差別に解放するからです。司令官は野獣化した部下の行動をむしろひそかに、戦場へ行っても人殺しができるようになったーと喜んでいます。みなさんは生命の限界に挑むようなアメリカ海兵隊の殺人訓練をご存じでしょう。彼らは入隊と同時に、考えるな!命令に従え!とオウム返しの反射神経を叩き込まれます。彼らは次のような合い言葉を掛け合いながら集団走行をおこなっています。
「お前は何をしたいか!」
「キル(殺す)」
「聞こえないぞ!」
「キル!」
こうした応答が自動的に繰り返され、次第に身体全体に叩き込まれて強靱な殺人マシンに変身していきます。昼間は徹底的な殺人訓練演習に従事して疲れ切った彼らの神経活動は、シャワーを浴びた後に3つの目的に絞りこまれます。酒!ケンカ!女!・・・・この3つです。彼らの血走った眼は夜の繁華街を標的を求めてさまよいます。軍服のままでは警戒されますので、ふだんの服装に替えて、あたかも暴力への意志は基地内に置いてきたかのように。そこへ10数才の女子中学生が通りかかったのです。その後に何が起こったか・・・皆さまご存じの通りです(以上はラルフ・ネルソン元米海兵隊員証言を参照)。
日本のメデイアの多くは事件を犯罪名の「強姦」ではなく、「暴行」として報道しています。被害者に配慮したかのようなこの表現は、性暴力犯罪という一般暴力とは質的に異なる凶悪犯罪性をおおい隠すような効果をもたらし、逆に被害者の女子中学生の自己責任を追及するような報道もみられます。こうして凶悪犯罪への怒りの感情は分散し、同じような事件が連鎖的に起こっても、抗議ー陳謝ー再発防止の誓約という一定の儀式を経て、事件はいつのまにか風化していくのです。
人殺しを専門とするプロ集団は暴力を本質とし、本能が無制限に解放されているのであり、他者はすべて憎悪と攻撃の対象と見なされます。黒光りする武器を手にした集団は、無防備市民に対して絶対的な優位を築き、あたかも自分が神の如き命令権を持つと錯覚します。世界最高級の技術で武装したイージス艦が海上交通法を無視して航行するのは何も不思議なことではありません。とくに一定の使命感と戦闘理念をもたず、単に生計のために従軍している軍隊の頽廃的動物化は深化し、統制を失って暴走していきます。徴兵制から志願制へ移行した米国軍隊の大半は、就業機会を失った貧困白人、ヒスパニック、黒人層から編成されています。とくに海兵隊はもっとも凶暴な戦闘性をもつ殴り込み部隊として極限の暴力性で武装しています。米国防総省報国に拠れば、米軍における性的暴行は、04年1700件から06年2947件に急増し、発生率はじつに一般社会の7倍に上っており、そのほとんどは海兵隊で発生しています。付言すれば日本自衛隊も同じ志願制ですが、自己矛盾に悩む隊員の自殺率が急増しているのは、なぜなのか考えてみる必要があります。
さて1995年から2006年の10年間で20万4785件の米軍関係犯罪が発生し、1081人の日本人が殺害されていますが、その大半は言うまでもなく沖縄県で発生しています(警察庁統計であり実態は不明)。いわば沖縄県は日本本土を米軍犯罪から救う防波堤であり、女性を護るための特殊慰安施設協会と化しています。基地経済に縛られて身動きできなくなった南の島は、本土からのおめでたい観光客を笑顔で迎えながら、いたいけな少女を毎年のように生け贄として捧げているのです。日本政府は長年の労をねぎらって特別功労金を提供しています。
わたしが最も許せないことは、日本本土で疲れ切ってしまった人たちが癒しの場を求めて、「南国の楽園」を放浪しながら再生の旅をすることです。彼らはかの南の島の美しい自然と人の和の背後にある無残な血の歴史を知らないのでしょうか。いまもって生け贄として提供されている少女の流す鮮血を知らないのでしょうか。南の島は人身御供として自分たちを見捨ててしまった本土人のアウトサーダーを温かいまなざしで受け入れ、傷をいやして送り返しているのです。まさに聖母のような姿ではありませんか。(2008/2/23
9:41)
◆「格差」はどのように論じられているのだろうか
ある計量社会学者は、SSM調査データの分析から、職業と学歴による階層間の世代間移動の格差よりも、正規ー非正規の従業地位のほうが収入を強く規定していると結論し、さらに近年の格差は、経営者や正規、自営と非正規においては縮小しているとして、いわゆる格差論を否定しています。ここでは富裕層と貧困層のデータが十全でないSSMや、失業と半失業を含む派遣形態に注目することなく、こうした結論が引き出しています。こうした誤謬の基礎には、ある仮設を推定してそれを実証するデータ分析の対極にある数理分析至上主義の陥穽を示しています。1955年から開始された「社会階層と社会移動全国調査」(SSM)は、75年まで女性を排除し、逆に非正規データは男性を排除するなどデータとして致命的な弱点があり、10年サイクルでおこなわれる調査の時系列データは有意味性をもたないのです。全就業者の30%がいまや非正規であり、また女性の50%が非正規である実態で全体としての格差は縮小したなどという結論を導出して、疑問を感じない判断力が問題となります。
とろこが海外でも日本の労働市場を世界で希にみる同質性があるとする論者がいます(ジョン・ローマー)。彼は厚生経済学の立場から、市場経済の平等性の実現は可能かという問題を立て、企業の株式所有権を平等分配する市場社会主義と、社会連帯的賃金と所得再分配による平等を追求する北欧型社会民主主義を考察し、その成功はいずれも教育と機会の平等を実現する市民の同質性が必要条件だとします。そして「日本ほどに所得の平等性を成し遂げた国はない」と日本を礼讃します。その実証的なデータとして、母親の教育水準による子弟の世代間移動をあげ、高校卒業未満からなる母親と高校まで卒業した母親と何らかの高等教育を受けている母親の3群の子弟の世代間の階層移動を分析し、教育予算の再分配によって平等へ接近すると主張します。そこで驚くべき結論が出てきます。恵まれた市民が、より不遇な同胞のために犠牲を払うことを厭わない道徳をもつようにすればいいとします。この19世紀の欺瞞的な慈善・博愛主義も驚きですが、もっと驚くべきはそうした道徳の進化は、世界大戦や大恐慌などの大災害によってもたらされる可能性が高いー等という脳天気なカタストロフィ理論を持ち出しています。厚生経済学の致命的な欠陥がこれほどにおめでたく語られたことはないでしょう。日本のフリーターが言った”希望は戦争!”とほとんど変わりはありません。ローマーは世界戦争や大恐慌こそ格差を極大化することを知らないのでしょうか。
さてローマーは企業の株式所有権の平等分配が、所得の平等分配をもたらさないことを、労働の種差性に求めます。つまりより高い価値を創造する労働と単純な労働の質的な違いによって、労働貢献価値に甚だしい差異が生じるので、労働価値による株式分配のジニ係数はより高くなると言うのです。ここには格差の根元は、資本のシステムではなく、逆の労働の側の労働力の質的差異にあるのだという主張になります。これほどに日経連「新時代の日本的経営」が泣いて喜ぶような格差観はないでしょう。
しかしこのような労働の種差性を労働の本質とする主張は実は日本にも存在するのです。ある労働経済学者は、個別労働者間の競争による格差を労働の種差性によって根拠づけ、それを越えるような不当な格差を非とします。そして従来の日本型年功制を平均労働を前提とした均衡編成に代わって、能力主義を適用する労働と適用できない労働に分けるべきだと主張します。さらに彼は能力や評価が無視されてきた背後に、『資本論』の実体偏重的な賃金規定があり、原理論に個別労働力の種差的な商品性を導入すべきだと主張します。その事例として富士通の目標管理による成果主義賃金を推奨します。労働者は相互に競争しつつ、よりよい処遇を求めて能力主義を積極的に受け入れようとしているのだともいいます。
つまり労働力を売買する労働市場においても、売れる商品と売れない商品が厳然としてあり、格差の主要な要因は労働力の種差性にあるのだと言うことになり、格差の克服は労働力の陶冶の正否にかかっており、労働者の側の問題なのだと言うことになります。この論者の注をみれば、宇野派系の著作が並んでいるので宇野派の労働理論の特徴なのでしょうか。
こうした主張の誤謬は、事実として富士通の成果主義制度がもたらした経営の崩壊によって明らかとなっていますが、基本的には資本の側の利潤極大化政策による競争政策の視点を一切無視しているからです。労働の種差性を論じるのは、現在の焦点が競争による人件費総額の削減という資本の誘導を巧妙に免罪する客観的な効果をもたらすのみでしょう。むしろ現在の日本が明らかにしなければならないのは、査定を拒否して社会連帯的賃金を求める欧州の労働政策にこそあるでしょう。
以上は日本のマルクス系の経済学者が結集する経済理論学会編『季刊 経済理論』(第44巻第4号 桜井書店)所収の論文への批判的論評です。ある現象の解明にあたって、多様な分析視角を交錯させることによる成果を否定するものではありませんが、「研究者としての私の役割は、・・・第2,第3の共産主義運動に人びとが身を投じ、身を滅ぼさぬように」することだなどと、扇情的な世俗のプロパガンダを吐くような論者を登場させているところに、この学会編集部の混迷が見えてきます。ネット・カフェの片隅で虚ろな瞳をひろげて眠っている日雇い派遣の若者たちやワーキング・プア、公園の青いテントの中で寒さにうち震えているホームレス高齢者・・・こうした絶対的貧困にあえぐ人びとへの真摯なまなざしを欠落させた学問に何の意味があるでしょうか。(2008/2/21
9:00)
◆いじめ理論の陥穽ー内藤朝雄『いじめ学の時代』について
『ニートって言うな』などで知られる内藤氏のいじめ理論は、社会学的な思考の実践的限界をみごとに露呈しています。彼はいじめの最広義の定義を「実効的に遂行された嗜虐的関与」とし、狭義の定義を「社会状況に構造的に埋め込まれた仕方で、・・・(最広義の定義)」とし、最狭義の定義を「社会状況に埋め込まれた仕方で、かつ集合性のちからを当事者が体験するようなしかたで、・・・(最広義の定義)」としていますが、お分かりのようにイジメ現象の本質は加害者側の「嗜虐の意欲」にあり、それが被害者の悲痛として現実化するメカニズムを言っています。つまり「嗜虐」性がコアの内容となっていますから、嗜虐の意味内容が問われるのですが、攻撃的サデイズムや被虐的マゾヒズム、或いは無視や暴行、乱暴などとの差異性が明らかではありません。だから「いじめ」という日本語に該当する翻訳可能な外国語がないことについて説明不能となるのです。内藤理論では、嗜虐的攻撃性の日本的特殊性としての「いじめ」現象が説明されていないのです。つまり「嗜虐」感情が特段に誘発される社会的メカニズムの分析が基本的に欠落しているのです。
なぜこうした定義をめぐる致命的な欠陥が誘発されたのでしょうか。それは彼がイジメをもっぱら社会学理論の集団行動と心理の研究対象として扱い、研究に伴う意味効果を願望したからです。従って彼はイジメを極めて自閉されたミクロ世界の(社会学的には中間集団の)現象とみなします。一方で彼は地域や民族紛争までを視野に入れているようですが、このレベルの質的な差異について触れることなく、ミクロのメカニズムを適用するという致命的方法論に陥るのです。例えばホロコーストやコスボの民族紛争を、日本型のイジメ理論で説明できるはずもありませんし、そうした説明理論は民族紛争の当事者にとっては、単なる心構え論という悪しき効果しかもたらさないでしょう。
彼の理論の最悪の結果は、「経済界や業界団体のバックアップの元で職場のいじめをなくす手だてを考えるべきで、職場のいじめが資本の論理によって起こっているという左翼の理論は困ったことだ」等という労使協調主義に帰着します。職場のいじめが、富士通にみられるように、成果・業績主義賃金体系による果てしない職場内競争によって荒みきってしまい、派遣や契約という非正規労働の蔓延によって泥沼の孤立と対立が誘発されているという事実認識が基本的に欠落しているからです。驚いたことに彼は「(現在は)資本の論理と人間の論理が利害において一致している状態にあるから、経済界や業界団体と手を結んで人間の尊厳を守るプロジェクトを推進するのが、最もふさわしいやり方だ」とまで媚びへつらっています。経団連が泣いて喜ぶような企業セミナーの講師としては最適でしょうが、ネットカフェで暮らす日雇い派遣にとっては、最悪の理論でしょう。正規社員のイジメを全身に受けながら、明日をも知れぬ日雇いに明け暮れる若者は、絶句してものも云えないでしょう。激しい競争の中で生きのびるための最低の手段として、誰かを犠牲にする汚い蹴落としの螺旋に堕していく正規社員も犠牲者に他なりません。
彼は学校や企業への警察権力の導入を当然の人権保障として認めよといっています。こうした強権的な方法によるイジメ解消が、より目に見えない陰惨な形でのイジメを増幅することにしかならないと言うことが彼には分かりません。彼がせいぜい提案しているのは、体育会系教師を追放せよ!、体育という教科を廃止してスポーツジムのようなものにせよ、学級制度を廃止して教育バウチャー制度を導入してサービス機関にせよー等に過ぎません。いずれも文科省が聞けば泣いて喜ぶような市場原理主義的教育論です。
今日はバカバカしくて論評にも値しないような、イジメ理論の一つの典型をみてきましたが、いま華やかに論壇で笑顔を振りまいている若手理論家の一部に、こうした厚顔無恥の市場原理派が横行しています。今日はその最悪の事例を紹介しましたが、その本質は19世紀型の功利主義的人間観に他なりません。人間はすべて自分の利益の極大化を求めて行動するというベンサム流の功利主義が、現代によみがえってシカゴ学派の市場原理主義理論として世界を徘徊し始め、日本のアカデミーをも浸蝕し始めていることを示しています。今日はこのような唾棄すべき理論に出会って、皆さまの貴重な人生の時間を無駄にして申し訳ありません。(2008/2/15
17:55)
◆エリエリラマサバクタニ!!(わが神 わが神 何ぞ我を見捨てたもうか)
イエスは十字架の処刑の最後の瞬間に、このように絶叫したのです。彼は最後の瞬間に神を疑って息絶えたのです。ここにキリスト教神学の最も深刻な問題がひそんでいるようですが、私はなにかイエスの人間的な肉声を聞いたようで、ホッとした気持ちになるのです。私はイエスの行跡をみて、世界はこんなにも美しいのかと驚嘆もしますが、またかくも愚劣で醜悪なものなのかとも慨嘆するのです。
日本で最も美しい南方の島で、また少女の鮮血が流されました。星を散りばめた旗をひるがえして、世界の平和を守ると称する国の兵士の屈強な腕に組みしだかれて、少女は散りました。かの島の大地は幾多の血を吸い込んで真っ赤な花々を咲かせ、多くのツーリストを呼び込んできましたが、少女の一滴の紅い血は、この地の虚妄をあざやかに示しています。私たちは血の日米同盟の証しとして、毎年いたいけな少女の血をささげているのです。少女は空を仰いで叫びました、”エリエリラマサバクタニ”!・・・少女の声は虚しく虚空に消えていきました。それは毎年繰り返される、生け贄の儀式に過ぎないからです。少女はなんと叫んでのでしょう! ”日本よ!日本よ!なぜなぜ私を見捨てたのか!?” これが彼女の悲鳴であったのです。
しかしみよ! 誰がその叫びに耳を傾けているか!
ケータイにうつつを抜かし、ネットカフェで戯れている若者よ
サブプライムで株の暴落に一喜一憂している、そこの中年よ
身体のラインが気になるといって、メタボ薬をあさっているおばさん
明日の高校入試を塾でクリアーしようと、鉢巻きをしている若者よ
ジッと部屋のなかに閉じこもって、自閉している青年よ
したり顔で講義しているアカデミーの学者たちよ
成果の査定を気にして給与袋をのぞきこんでいる企業戦士よ
交付金ほしさに基地を提供している首長たちよ
そしてなによりも星条旗に媚びへつらって自らの地位に拘泥している永田町よ
あなた方のために、少女は自らの血をケダモノに捧げたのです
少女の血を吸ってケダモノはこれからを生きのびるのです
これは他ならぬこの国の暗黙知なのです
従ってだれもこの生け贄の儀式を否定できません
生き血を吸うモンスターにすがって生きるしかないのです
少女の血の生け贄は永遠に続くのです
しかししかしみよ! はるかみはるかす地平線に
ひとりの少女がたちあがり、自らの鮮血をくぐって星条旗に頭を掲げて歩んでいくではないか!
少女はしずしずと星条旗に向かって腕を掲げて進んでいく
少女はひとりだ! たった1人だ!
少女は絶対の孤立にある
世界は少女のことを知らないという
少女は自らの鮮血をほとばらせながら進んでいく
エルエリラマサバクタニ!!
(2008/2/13
17:39)
◆ウーン 差別の深淵をみたような
フトTVをかけると、アメリカのある高校の風景が画面に浮かんできました。よく見ていくとどうもこれは、あのリトルロックのセントラル高校の現在を写しているようです。20人ほどの高校生(多くは黒人)がいる教室で白人の女教師がなにやら質問をしています。次のシーンに衝撃を受けました。「このなかで親戚か家族で投獄の経験がある人は?」という先生の質問に、ほとんどの生徒が手を挙げたのです。次いで「暴行を受けた体験のある人は?」という問いにも、多くの生徒がそのまま手を挙げていました。それからそれぞれが自分の体験を述べていきます。ある黒人生徒が「自分の母親はレイプを受けたんだ、そのレイプで生まれた子どもが僕なんだ」と言います。その時のクラスの彼を注視する視線は鋭いものがありますが、そのような体験を聞いても教室に劇的な感情の変化はありません。女教師は絶句していたようですが、多くの生徒たちは「ありうることだ」と自然に受けとめているようでした。私はこのシーンで、アメリカ南部の黒人の貧困と差別の底知れない深淵をみた思いがしました。その黒人生徒は、最後のチャンスを求めてボクシングに賭けていましたが、素行不良で試合の出場資格を失い、母親と喧嘩してもはや住む家もない状態に落ちていきます。女教師は彼を自宅に住まわせて職探しに入りますが、せいぜいにファーストフードの就職しかなく、その身上書に日本の中学生でも知っているような英単語が書けなくて、女教師に綴りを聞いている場面が続きますが、そこでも私は暗然とした気持ちになりました。
さて大学のような巨大な建物がそそり立つセントラル高校は1957年に全米の注目を浴びました。人種共学を求める公民権運動の高揚によって、南部州にも白人の高校への黒人入学を求める動きが起こり、黒人高校から自主的に希望して白人セントラル高校への転校を希望した9人の黒人生徒が入学することになりました。アーカンソー州知事は州兵を出動させて入学をストップさせ、黒人女生徒がリンチを受けました。アイゼンハワー大統領は第101空挺師団を出動させて、黒人生徒を自宅から学校まで護衛して実力で入学させたのでした。もし9人の黒人生徒が富裕層の白人高校を希望していたら事態は違っていたかも知れませんが、貧困白人層が通うセントラル高校は白人内部で抑圧されるトラウマを黒人層へ移譲する歪んだ意識をもって激しいイジメを黒人生徒に加えたのです。9人の黒人生徒はむしろ入学以降の教室での虐待に耐えて、1人を除いて全員が卒業を手にしました(1人はイジメに耐えかねて白人生徒に暴行を加えて退学となりました)。2007年はリトルロック危機50周年記念式典が盛大に開催され、クリントン元大統領が祝辞演説をおこなっていました。
しかし黒人層の貧困と差別の現状は法律上は禁止されても、実態は厳然としていまも地下水のように脈々と続いているのです。いまは年老いた9人の黒人生徒のうちの女性が、教室で自分の体験を生徒たちに語っていましたが、生徒たちはそれほど関心を持って聞いているようには見えず、机にうち伏せて寝ている生徒もいました。教室の中の座席は人種別に座っており、黒人女性がその違和感を指摘しても、不思議そうな顔をしています。多くの黒人たちはもはや自分の人生が終わったものであり、白人の人生は約束されていることを率直な実感としてもっているのです。白人のみで構成されているゴルフ部の白人生徒たちは、ごく普通の表情で「黒人は怠け者で、努力しない、平気でサボる」と非難していました。
ここには皮膚の色という遺伝子で決定されている人間性という考えが抜きがたく染みついたアメリカの生活意識が牢固として定着していることが示されています。それはじつは黒人自身もどこかで受け入れているがゆえに、めくるめくようにそそり立つ差別の構造のむつかしさを実感させます。教室では、白人生徒の考えを攻撃する黒人女性の正統な批判に対して、白人生徒は下を向いて反論することなく黙って耐えていました。おそらく彼らは陰に回って陰湿な反撃を黒人に加えるのでしょう。聡明そうな黒人生徒が生徒会長に立候補し、信任式で挨拶しますが、白人の親たちは戸惑いの表情で聞いていました。黒人生徒会長は「セントラル高校は進学実績のある白人生徒と、学力不信の黒人生徒の2つの高校があり、両者の交流はないのだ」と訴えていました。
私はこうしたアメリカ社会の深部にあってあまり最近は報道されない、厳然と構築された垂直的な構造を実感することとなりました。それは富裕白人ー貧困白人ーヒスパニッシュー黒人という4層構造であり、ときどき人種を越えたサクセス・ストーリーが交えられますが、それは全体構造のごく例外に過ぎないのだと云うことです(オバマ候補者のような)。そうなのです、ハドソン川に浮かぶ自由の女神はもはや恥ずかしくて、みずから崩れ落ちていこうとしているのです。アメリカン・ドリームはもはや幻想と化したのです。なぜアメリカがあれほどまでに対外的な戦争行為を繰り広げるのか、その理由の一端が分かってきます。国内に希望を失った層が膨大な規模で堆積し、彼らの希望はもはや戦場でしかないという生活があります。志願制に転換したアメリカ軍の構成は、貧困白人とヒスパニック、黒人層で占められており、祖国への献身を誓う愛国意識はありません。
垂直的な差別構造を打破していくリアルな展望は、果たしてアメリカにあるのでしょうか。TV番組では、支援の手をさしのべる白人女教師の姿を映していましたが、こうした個人的な博愛行為でしか救われないとしたら、黒人の未来はありません。政府から自治体、コミュニテイに到るシステムとしてのアファーマテイブ・アクションの制度化は、外的な拘束力による制度差別の解消には貢献するでしょうが、それは深層意識での差別をより強める効果を持つ危険があります。
いまアメリカ・モデルを直截に輸入してきた戦後日本は、生活共同体の紐帯を急速に失いつつあります。華やかに喧伝される機会の平等による自己選択という原理は、じつは少数者の独裁的権力と富の偏在に過ぎないことが露わになってきました。人種的な垂直構造のアメリカに酷似した日本型の財産による垂直構造ができあがりつつあります。これは皮膚の色のような目に見える基準ではなく、街頭ではみえない基準であるがゆえに、いっそう強力な支配のちからとなるでしょう。日本の若者は皮膚の色ではなく、両親の財の差異によって学校を選択し、補習授業を受け、財別に編成された教育の階層構造のどこかに配置され、決定された未来への道を歩んでいくのです。一方はグローバルに活動する企業戦士の道を、他方はネットカフェに身を沈める日雇い派遣の道を。思いがけずNHKには告発的な番組編成チーム(BSドキュメンタリー)が健在であることを知らされましたが、むしろ問題は日本の国内の告発にあります。汝の足下を深く掘れ、そこから泉が湧き出してくるだろうーとはニーチェでしたか。(2008/2/10
10:57)
◆ひょっとしたら私たちは地獄へのみちを静かに歩んでいるのではないだろうかー判決を平然と拒否してはばからない日本の頽廃
ふと窓の外に目をやると、しずかに粉雪が舞っています。音もなくしんしんと降る雪は、なにか地上のすべてをやわらかくくるんで包み込むようなやさしさを感じますが、雪国の辛苦を想うと雪の暴力性をも覚えます。机の上にある『一日一文』(岩波書店)を開くと、本日2月9日には次のような言葉が載っていました。
バラ色、ライラック、黄色、白、青、浅緑の、真紅の家々や教会ーそれぞれが自分たちの歌をー風にざわめく緑の芝生、低いバスでつぶやく樹々、あるいは千々の声で謳う白雪、葉の落ちた木々の枝のアレグレット、それに無骨で無口なクレムリンの赤い壁の環。・・・・このときを色彩で描くことこそ、芸術家にとって至難の、だが至上の幸福である、とわたしは考えたものである。(『カンデインスキーの回想』美術出版社 1979年)
カンデインスキーは1866年モスクワ生まれの画家で、ドイツ表現派に属して21世紀の抽象芸術をリードし、第2次大戦中の1944年にこの世を去っています。抽象派である彼の言葉とは思えない、自然のあざやかな色彩と、それと対比したクレムリン宮殿の無機質が際だっています。すべからくこのように、この世界は多様であり、それぞれのレーゾンデートルを静かに主張しながら世界という大きな物語を紡いでいます。人間世界もまたかくのごとしであって、皮膚の色や性別、言語、そしてそれぞれの個性をはなやかに顕しながら、人間世界の物語を創造的に営んでいます。
異なるものたちの多様性のみが人類史の歴史を前方へと刻んできたのであり、異質多元性の原理こそ20世紀の人間たちの相互了解の源泉になったのです。咲き乱れる色の乱舞を芸術家たちが縦横に表現してきたように、人間生活の調整に他ならない政治世界もまたまた多様性の共存としての技術を生み出しました。その技術こそ民主主義であり、それはもはや単なる共存のためのツールではなく人間の本質的条件に転化してきました。主権が王から民衆へと在処を変え、民衆自身によるルール設定(立法)を政府が代替執行し(行政)、その執行の正否を判断する裁判(司法)という見事な自己統治の3領域を分離して、多くの国は三権分立のシステムを定着させてきました。主権者たる民衆は、行政の誤謬は最終的に司法によって糺されるという了解のもとでみずからの生活を営々と営んできたのです。
ところが東アジアのある島国で、いま奇妙で不可思議な権力分立のゆらぎが起こっています。それはどうも、行政や社会組織が司法の判断に服さないで暴走するという特徴を持っているようです。確かに民主制の成熟によって執行機関である行政圏が肥大化し、あたかも首相や大統領が議会よりも上にあり偉いかのような擬制が誘発されますが、この東アジアの島国では公然と司法判断を無視する行政の暴虐がきわだってきたかのようであり、民衆の一部にはそうしたある種の独裁的なパワーを賛美するポピュリズムの退嬰がみられます。
2月2日にグランドプリンスホテル新高輪で予定されていた日教組の教育研究全国集会の全体会が、ホテル側の契約解除によって使用取り消しとなり、日教組は東京地裁への仮処分申請を経て東京高裁は契約解除違法判断を下しました。しかしホテル側はこの司法判断に従わず、使用取り消しを強行して全体会は中止されました。右翼の脅迫を受けて集会契約を取り消すという戦後日本史上初めての事態が起こったのです。民間企業の現代経営理念の基軸にあるコンプライアンス(法令遵守)の原理は、企業自身によって足下に捨てられてしまったのです。「私は君の意見に反対するが、君が不当な攻撃を受けた時は断固として君を守る」(トクヴィル)という民主主義の基礎は脆くも崩れ、思想・表現・集会・結社の自由という人間的自然権の基礎が、暴力的な脅迫に屈して剥奪されるという事実は、どう考えても戦時期ファッシズムの現象形態の一つです。映画『母べえ』(山田洋次)は60数年前の痛恨事ではなく、まさに目の前にあるできごとに他なりません。
神奈川県教委が君が代斉唱時に不起立であった教職員名と指導内容を県立高校から集約したことに対し、神奈川県個人情報審査会は県教委に対し、「外部的行為と内心(思想・信条)は切り離せないものであり、集めた個人情報の利用停止(消去)をおこなわないとする決定を取り消すべきだ」と答申しました。県教委の「不起立という外部行為の情報は収集したが内面の情報収集はしていない、不起立の理由を聞いていないから思想・信条の侵犯には当たらない」という主張は否定されたのでした。この答申を受けた県教委は「教員の服務指導上必要な特例措置」とする承認を求めて神奈川県個人情報審議会に諮問しました(07年10月)。審議会は「起立しない理由の多くは、過去に日の丸・君が代の果たしてきた役割に対する否定的評価に基づく思想信条の表現である。氏名収集は憲法19条が保障する思想良心の自由に反する。神奈川県個人情報保護条例が規定する思想信条に関する個人情報にあたり、不起立の教職員の氏名収集は不適当である。ただし最終的な職権行使は県教委に条例上委ねられている」とする答申をおこないました(08年1月)。個人情報に関する行政行為の適否を判断する2つの公的司法判断機関が条例違反としたのです。ところが驚いたことに、県教委は「不起立の教職員をねばり強く指導していきたい、理由は今後も聞くつもりはない。職権行使は教委の権限であり審議会答申に違反しない」として不起立者の氏名収集を今後も続けるとして、答申を拒否しました。審査会や審議会の存在理由を根底から否定する行政圏の優越(暴走)に他なりません。こうして権力分立原理は地方自治のレベルにおいてすら放擲され、戦時期の草の根ファッシズムに近い現象が進展しています。
県立学校教職員1万人のうち07年4月の入学式で起立しなかったのは25人です。この事件で最も怖いことは、教師たちが自分の信念と背理する行為を強いられて、権力の脅迫に屈する姿勢を子どもたちにさらし、教師と子どもたちの信頼関係が崩れていくことです。学校に派遣された県教委の係員がまるで憲兵のように構内を徘徊し、県教委命令に従わない教師を監視します。さらにこうした戦時的権力介入に疑問を持つ校長は、自らの良心と命令の二律背反に苦しんで死に追い込まれる人も出現するでしょう(広島県立高校長自殺事件)。司法的判断を拒否して従わない大人たちの暴走をみて、子どもたちはルールに従わない強い権力を持った大人になろうーと思う子も出現するでしょう。神奈川教育界はもはや教育機能ではなく、警察機能をふるい、権力から自立して中立であるはずの学校は頽廃し崩壊して行くに違いありません。
トヨタ自動車の堤工場で勤務中に過労死した内野健一さん(当時30)の妻・博子さん(38)は、豊田労働基準監督署の「残業は本人の自主的行為であり過労死ではない」とする審判を不服として名古屋地方裁判所に提訴しました。名古屋地裁は倒れる直前1ヶ月間の時間外労働を106時間45分と認定し、QCサークルなどの職場活動は実質的勤務であり残業にあたるとして、労災を認定し、労災保険から支給される遺族年金の支給を命令しました(07年11月)。豊田労働基準監督署は厚労省と相談して控訴を断念し、判決に従って時間外労働の時間数を算定するようにトヨタ自動車に伝えました。驚いたことにその後のトヨタ自動車は労基署の指導に従わず、放置しているのです。遺族たちは2月8日に本社を訪れて、地裁判決に基づく時間外労働時間数を認めるように要請したところ、「時間数は算定中であり、判決への対応はコメントできない」と答えています(朝日新聞2月9日朝刊)。
ここには日本いや世界有数のメーカーでさえも、いまや司法の最終確定判決に従わず、資本が暴走している姿があります。彼らにとって自らを制限するようなコンプライアンス(法令遵守)などはどこ吹く風なのです。彼らにとっては、人ひとりのいのちなどはゴミに等しく、すべてを自己責任にたらし込んで生き血を吸い上げて利潤の極大化を図るのですが、日本ではそうした市場と資本の暴走を規制して秩序を維持する最後の砦である裁判所の機能すら、もはや危うい状態にあるのです。
司法権の行使を平然と拒否して、生まれながらに持っている自然権的人権を蹂躙して憚らない3つの事例をみてきましたが、どうもこの基盤には市場原理主義がによる企業のモラル崩壊が、行政権をも浸蝕し、もはや歯止めなき市場と権力の暴走状態をもたらしているようです。この暴走のスパイラルは、人間の生存原理と原理的に背反しますから、破局的な崩壊に到るかまたは劇的な再生に到るかのどちらかであり、どっちつかずの中間的な妥協の道はないでしょう。つまり右翼の脅迫を毅然として拒否して集会の自由を保障するか、思想信条に反する行為を強制されない公的生活を実現するか、人のいのちを奪う過重労働を禁止するか、或いはファッシズムの破局のなかで人類史に終止符を打つかです。(2008/2/9
10:54)
◆空前の政治ショーと化した米国大統領予備選を嗤う
米国次期大統領の政党候補者を決める予備選が、アメリカ国内のみならず全世界の注目を浴び、日本のTVも同時中継で放映し熱気を煽っています。確かに世界帝国の最高指導者が誰になるかは世界現代史に大きな影響を及ぼしますので、全世界が注視するのも無理はありません。特に今回は56年ぶりに、現職の副大統領が立候補しないという、転換が希求されていることがあります。ブッシュ政権の下でアメリカ帝国のイメージは大きなダメージを受け、もはや世界の無頼漢のように権威が地に落ちています。しかしよくみると、こうした「変化」や「転換」を求める米国市民の意識は、なにか数年に一度のガス抜きの壮大な政治ショーに踊らされているような気がしてなりません。
先ず第1に制度的に2大政党の枠の中に絞り込まれて第3党が排除され、アメリカ市民の多様な意見が反映されない仕組みとなっています。2大政党はいま史上最高といわれる数億jの巨額の企業・団体献金で高額のTVスポット広告を打ち、宣伝戦を支配しています。2大政党の立候補者はほぼ無条件で公的選挙資金を保障され、それ以外の候補者は有権者の一定数以上の署名が義務となり事実上被選挙権を剥奪されています。たとえ立候補してもメデイアの立会演説会や選挙報道からは排除されます。今回も消費者運動のラルフ・ネーダー氏や緑の党が立候補を模索していますが、アメリカ市民はこれらの動きをほとんど知らされません。要するに国家権力を2大政党が独占する制度が完成しているのです。
第2に2大政党のマクロな戦略に決定的な違いはなく、アメリカの世界軍事戦略と市場原理主義の基本は同じであり、ミクロ分野の政策的な差異があるだけです。今回でも米国史上初の女性大統領とか、黒人大統領などと意識的に扇動して対決ムードを盛り上げていますが、軍事世界戦略と市場原理主義の基本は同じであり、イラク米軍撤退政策を議論することもなく、国民皆保険をめざす医療保険政策も、政府が責任主体ではなく民間保険に依存する基本は変わりません。温暖化対策をサボり捕虜拷問を推進する現ブッシュ政権のあまりの暴虐に失望した市民の希望は、したがって幻想のイメージ戦略に取り込まれて「パンとサーカス」に終わるでしょう。ここに米国のフェミニズムと公民権運動の限界が示されています。
ただひとつ私が評価するのは黒人候補者が、「いまなお米国とキューバの間に緊張状態があると考えるのは馬鹿げている」と主張して対キューバ外交政策の大転換を図ろうとしているように見えることです。私はこの1点でこの黒人候補者に限定的支持を与えますが、願わくば第3極の登場を期待しています。
しかしアメリカ社会は時として想像できないようなデモクラシーの水準を示します。米国のある町がブッシュ・チェイニー正副大統領を憲法違反で起訴する住民投票を実施するそうです。米北東部バーモント州の南端にあるブラトルボロー(人口1万2000人)は、3月の第1火曜日に各地域でタウンミーテイングを開き、1月25日に住民が請願署名した正副大統領起訴について町議会(定数5)は3月4日に住民投票をおこなうことを可決しました。請願は正副大統領の憲法違反罪を訴追してブラトルボロー警察に逮捕・拘束を認めるよう求めています。住民投票で成立すれば、正副大統領はこの町に入った瞬間に逮捕されます。バーモント州ではブッシュ大統領弾劾決議案が各地のタウンミーテイングで住民投票にかけられ、最大都市バーリントン(人口4万人)などで採択されています。ちなみに正副大統領は01年の就任以来、恐れをなしてこの州への訪問はありません。
ここにはアメリカ・デモクラシーのみごとな伝統を痛感します。タウン・ミーテイングは、西部開拓時代からの自分たちの町は自分たち自身で運営するという伝統で、徴税や保安官選出などを住民で決定するという地方自治の直接民主主義です。国家最高指導者を逮捕・拘禁する決定を地方がおこなうなど日本では想像もできません。岩国市がお上が決定した基地移転に対して住民投票をおこなうことにすら、反逆的行為だと猛烈な非難が起こりました(最近当選したタレント大阪府知事)。私はここにみられるアメリカ・デモクラシーの水準に無条件に敬意を表しますが、むしろグローバリゼーションはこうした方向にこそ実現してほしいものです。全世界の独立国が、星条旗の支配から自立して自決権を行使するのは、まさに世界のタウンミーテイングではありませんか。自国の大統領を逮捕・投獄しても合衆国憲法を守ろうとするアメリカ市民は、当然に世界の民族自決権の支持者でなければなりません。
それにしても自国の国民から起訴・逮捕される大統領に、三下ヤクザの子分のように媚びへつらってヒラメのように泳いでいる東アジアの島国の為政者の浅ましさは、世界史上もっとも醜いものです。(2008/2/7
8:58)
◆大量処刑時代に入った収容所列島
鳩山法相は昨年12月7日の3人処刑に続いて、2月1日早朝に同じく3人を処刑した。1993年に死刑執行が再開されてから、可罰的報復主義の流れが一気に強まって、ついに実質的な自動化へと踏み込んだ。いま獄中にいる確定死刑囚104人は、これから恐怖に震える朝を迎える。1日中不安に苛まされないように死刑は目覚めた直後の早朝に実施される。この法相の表情はいかにも無神経な傲慢さにあふれて見えるが、自からの手によってすでに6人の生命が絶たれたことに、なんの痛みも感じていないようだ。彼は処刑直後の記者会見で、冷ややかに死刑囚の氏名・年齢・犯罪事実を説明し、「犯人が凶悪さゆえに処刑されたんだな、と国民が理解するのが重要」と野卑な応報感情を剥きだしにして国民を扇動した。3人の処刑者のうち持田死刑囚は1審では無期懲役判決であり、松原死刑囚は再審請求を棄却されたばかりであり、名古死刑囚は自ら控訴を取り下げて死刑が確定したのであり、この3人は単に死刑を執行したい法相の私的欲望のための、恣意的な選択の結果ではないかとさえ推測される。昨年の年末に国連総会は死刑停止決議を採択し、すでに世界は死刑廃止を国際スタンダードとし、死刑大国の米国でさえも執行方法をめぐる最高裁審議ですべての州の死刑が執行停止状態にある・・・・国際スタンダードは死刑の残虐性、犯罪抑止効果がないこと、必ず冤罪があることを理由とする全世界の死刑廃止にある。いま世界で日本だけが死刑判決数・死刑確定者数・死刑執行者数を急増させる異常な国となっている。このめくるめくような差異をほんとうにどう考えたらいいだろうか。
同夜のニュースステーションで堀田力とかいう解説者が登場し、「現行法体系ではやむを得ないことです、起案する側は辛いことですが」と追認し、驚いたことに「被害者の報復感情を政府が代わって実行するのが死刑です。何年か先には国民の意識も変わって死刑はなくなるでしょうが」と平然と宣まわっていた。生命の絶対性が時間を超えて崇高なものだとすれば、この検事出身の解説者の応報主義死刑観の無神経さに絶句するしかありませんでした。国連条約に真っ向から挑戦した鳩山法相による6人連続処刑は、これから死刑判決と執行の異常な急増スパイラル傾向を定着させるかもしれません。さてなぜ日本は、ヒトラーやスターリンもしり込みするような大量処刑の野蛮におちいってしまったのでしょうか。
いまアフガニスタンで再開された小学校の算数と宗教の教科書に次のような問題があります。
「弾丸は30発です。5人の戦士で分けると、1人当たり何発になりますか?」
「わたしはロシア人を3人殺しました。あなたは5人殺しました。さてぜんぶで何人殺したでしょう?」
「イスラム教徒として適切でない者は殺してもいい」
この教科書は冷戦期にアフガンを占領したソ連に対抗するために、米軍がつくった教科書です。敵を殺すことが崇高な使命であり、異端者も殺害することを当然とするこころがアフガンの子どもたちに吹き込まれていったのです。背後には殺人を肯定する銃社会・アメリカの文化があります。わたしはかってみた米国映画で、電気椅子で処刑される死刑囚の姿をよってたかって見ている被害者遺族たちの冷酷なまなざしを忘れません。他者を殺すことによって自分の安全を維持することを権利とするアメリカ正統防衛権思想は、いまや先制核攻撃までも戦術化する野蛮に発展しています。自らの虚偽情報で占領したイラクで、国際法的には無罪であるフセイン大統領をアッサリと処刑してしまいました。わたしは、自己利益極大化の功利主義に覆われて生命観思想を原理的に欠いたアメリカ型価値観に、日本が身も心も捧げ始めたかのように思います。誰もが自己利益を求めてルールなきジャングルの争闘のなかでおのれの生き残りを求めて生存競争を繰り広げる動物的な野蛮に全身血まみれとなってのめり込んでいます。そこでは犯罪の発生が原理的に犯罪遺伝子ではなく、あらゆる形態の貧困や腐敗という社会的問題に起因するという発想は冷笑の対象となります。それは恐怖の支配によって犯罪を抑制し、良心が痛むからではなく怖いからしないという動物的な服従を強いることです。死刑制度の存続に90%の世論が賛成しているのは、いま誰も生活に不安とルサンチマンをため込んで互いの信頼関係が衰弱し、見通しのない黙示録の世界で暴力に依存するという心情が蔓延しつつあるからです。教育再生会議最終答申は、「反社会的行動を繰り返す子どもへの毅然たる指導」を提唱し、退学や刑事問題化による非行解消をめざしていますが、こうした強権的な暴力指導はもはや「教育」の自殺でしかありません。教師は警察官となって学校内を巡回し、不逞な子どもを発見してはしたり顔で警察に送り込んでいきます。刑務所と少年院に満ちあふれる犯罪者と非行少年を横目に、死刑の脅迫に怯えるフリーターと日雇い派遣の群れが徘徊します。最悪なことは同時に、もはや密告によって他者を犠牲にして自分の安全を保とうとする卑劣な心情が蔓延することです。すでに路上の駐車違反を取り締まる民間警備員は、ナチス収容所のカポーのように権力を前線で行使する犬のような存在に成り下がってはいませんか。大量処刑時代を迎えた日本は、暴力的強権の支配する強制収容所と化していくでしょう。それはおそらく、最近みた映画「母べえ」の戦前期治安維持法の現代版になるでしょう。最初は合法的なソフトな手法をとりつつ、しだいに剥きだしの暴力の戦前型特高へと姿を変えていくでしょう、犠牲者を歓呼の声を挙げて楽しむ民衆の享楽を提供しながら、ローマ帝国の「パンとサーカス」の饗宴の果てに日本は滅亡していくでしょう。これこそ暴走する市場原理主義が、同時に権力的暴発を誘発するという奇妙な二重奏に他なりません。
さて、昨日の早朝に3人を処刑した刑務官はどのような気持ちでいるのでしょうか。職責として淡々と執行したのでしょうか。自らの手によって人のいのちを奪う行為にいたたまれず、その夜の刑務官は酒を浴びるようにのみ泥酔する人が多く、業務を放棄して離職する人が後を絶ちません。追いつめられた法務省は、処刑のボタンを押す人を3人にして、誰のボタンで踏み台が落ちたのか分からないようにして困惑を鎮めようとしていますが、効果はありません。ここには人間性が原理的にいのちの剥奪や陵辱と背反することが示されています。ひるがえって処刑命令者である鳩山法相は、自らの人格的な構造について精神鑑定を受けることをお奨めします。少なくとも他者との共感性を決定的に欠落させた離人症の症状が散見されるからです。精神科医の所見はおそらく長期の療養を必要とするための辞職を勧めるかもしれませんが、失われた6人のいのちは永遠に戻ってくることはなく、彼らは贖罪のチャンスを決定的に失ったのです。そしていま日本のなかで、自分が鳩山法相であるかもしれない人が増えています・・・わたしも含めて。(2008/2/2
10:00)
◆いまクラスの3分の1は「わたしの夢」という作文が書けないのです!
東京都足立区の調査では、クラスの3分の1の子どもが「わたしの夢」という題の作文が書けません。おそらくこんなことは、どんな貧しい時代にあってもなかったことではないだしょうか。東京都足立区は都内有数の就学援助を受ける児童数が多い学区であり、じつにそれは42%にのぼっています。日頃から親や地域の実態を目の当たりにしている子どもたちは、最初から自分の身近に憧れるようなモデルを持った体験がなく、自分の将来の夢をイメージできないほどに貧しくリアルな日常を生きています。しかし原始的な貧しさならば、はるかに昔の方が貧困に喘いでいたのですが、「夢」という題の作文が書けないのは、かっては字が習得できていないというレベルの問題でした。現代の子どもたちははるかに基礎学力は身についているはずですから、現代に特有の夢をイメージできない理由があるはずです。
おそらく文明の発達による成熟社会の飽和点にあって、もはや子どもの時に自分の一生はある程度ハッキリと予想でき、事実だいたいのところ決められたコースを歩んでいくのであり、アメリカン・ドリームのような”(能力があって)努力さえすれば成功する”という機会の平等はとっくに終わってしまったからだーという意見が出てきそうです。確かにアメリカ社会をみれば分かるように、成熟の限界という背景もあるでしょう。たとえそうであったとしても、精気あふれているはずの子どもたちから、なにか生きる意欲そのものが失われていっているような気がします。わたしは昨年末にタイの田舎の小学校を訪問して痛切に感じました。裸足で走り回るタイの子どもたちの瞳は生き生きと輝いており、外国人に興味津々の好奇心をもって接してきました。校舎も学用品も乏しいなかで学校に通えること自体が喜びであるように見えました。ふり返って日本の子どもたちの瞳はどうなっているのでしょうか。輝いているでしょうか。「自分の存在は価値がない」と思う子どもがOECDトップになってしまった日本の痛々しい子どもたちの眼はもはや死んだような魚の目になってはいませんか。
住居を失って家にも居場所がなく、ネットカフェを転々として夜を過ごす若者たちは、なぜネットカフェから脱出できないのでしょうか。脱出して住み始めるための初期費用が貯められていないからです。ではなぜそれぐらい(!)のお金が手元にないのでしょうか。「もうちょっとどうにかできたんじゃない?」、「まあいいやという甘えがどっかにある」という非難がましい気持ちが抜きがたく蔓延しています。しかし頑張れと言われて頑張り抜いても、何ともならない自分が情けなくなってくるフリーターの若者たちにとっては、もはや頑張れという言葉ほど無意味で逆効果なものはありません。これでいいのかと自分をずっと責め続けてもがけばもがくほど惨めさが見えてくるのです。いま「不器用な人ほど解雇されやすい」という実態がありますが、それはやはり仕方がないことなのでしょうか。成功体験が少ない環境で育った人はそれだけうまくゆかなくなって、ますます不器用になっていくという螺旋のサイクルにありませんか。
奥谷禮子という女性社長はあけすけに「過労死も自己責任だ」と言い放ちましたが、これほどの無知と貧困な精神をわたしは知りません。いますべての人がソクラテスとなって「無知の知」を知らしめねば歯止めのないカローシの地獄に転落する悪無限の循環が続くでしょう。もはや日本のかっての「働けば食べていける」、「がんばれば仕事はある」という2つの神話は崩れてしまったにもかかわらず、日本型雇用の「がんばろう!」という意識のみは強く残り、そこに自己責任論が重なってしまい、システムを変えるのではなく自己責任論を受け入れてしまう土壌があります。いま貧困世帯数は全世帯の25%に達し、その世帯の子どもたちは自己責任論の嵐の中で親や大人をモデルとする機会を奪われて、もはや希望という言葉をリアルに想像する実感を失っています。そうした子どもたちに「おまえたちは夢さえないのか!」と怒鳴りつける大人がいます。小学校の放課後は、勉強ができてカネのある子ども対象に、塾の講師が教室に来て特別授業をするのだそうです。就学援助を受ける42%の子どもたちは日本の将来に役に立たないとして、切り捨てる荒涼たる風景がみえてきませんか。ガックリと頭を下げて下校していく貧しい子どもたちを横目にみて、自分の学力だけ上げるために血まなこになっている少数の子どもたちを想像するとゾッとしませんか? 東京という名前の日本の首都はもはや首都機能を失って漂流し始めたようです。「生殖能力を失ったババアに生きる意味があるのか!」と言い放ってなおその座に君臨する知事を許しているのはいったい何なのでしょうか。いま普通のジャステイスの感覚が根こそぎ失われて、、自己保存の欲望のみが肥大化し奇形化した日本がひろがってはいませんか。おそらく日本列島全体が「夕張」化しつつあります。銀行のリゾート開発投資ににうつつを抜かして協力し巨大な財政赤字を生みながら、その責任を住民に転化して銀行を救済する政府のあさましい姿! これ以上に醜悪なモンスターはいないでしょう。「もはや希望は戦争だ!」とうそぶく若者の絶叫を笑うことができないほどのクライシスが忍びよりつつあります。
帰郷 萩原朔太郎
わが故郷に帰れる日
汽車は烈風のなかを突きゆけり
ひとり車窓に目醒むれば
汽笛は闇に吠え叫び
火焔は平野を明るくせり
まだ上州のヤマハ見えずや
夜汽車のほの暗き車燈の影に
母なき子供らは眠り泣き
ひそかに皆わが憂愁を探れるなり
嗚呼また都を逃れ来て
何処の家郷にいかむとするぞ
過去は寂寥の谷に連なり
未来は絶望の岸にむかえり
砂礫のごとき人生かな!
われ既に勇気おとろえ
暗澹として長なへに生きるに倦みたり
いかんぞ故郷に独り帰り
さびしくまた利根川の岸に立たんや
汽車は汽車は廣野を走りゆき
自然の荒涼たる意志の彼岸に
人の憤怒を烈しくせり
詩人・萩原朔太郎は1929年(昭和4年)の冬、妻と離別して2児を抱えて故郷への撤退の道を歩んでいきました。世界大恐慌のなかで彼の家族は破綻し、ひっそりと身を隠すように。そしていま平成大不況の中でフリーターや日雇い派遣の若者たちは、朔太郎と同じような悲嘆を抱えて、あてどもなく漂流しています。しかし彼らは朔太郎と違って、すでに還るべき故郷をすら失ってネット・カフェの片隅にたたずむしかありません。荒涼たるネット・カフェの意志の彼岸で、いまは憤怒の残り火を秘かに萌やしているのでしょうか・・・。(2008/2/1
10:05)
◆強制収容所列島と化した日本の夜と霧
『夜と霧』とは、夜=ナチスのつくった絶滅強制収容所、霧=チクロンB等の殺人ガスを表象化したナチスのユダヤ人絶滅命令の名前だと思っていました。池田香代子氏によれば、夜陰に乗じ、霧にまぎれて人びとを連れ去り消してしまう歴史の事実を表したものだそうです。いずれにしても第2次大戦期にナチスは占領地からユダヤ人を強制連行して、ガス室で600万人を殺害するという悪魔の行為に手を染めたのです。この受難を扱った数え切れない作品がつくられましたが、その白眉はいうまでもなくアンネ・フランク『アンネの日記』とヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』でしょう。私は、霜山徳爾氏訳の『夜と霧』(1947年旧版)を読まなければと思いつつ、なにか硬い文体に尻込みして読了できませんでしたが、今回の池田香代子氏訳(1977年新版)のものは一気に読了することができました。訳者あとがきで、霜山氏は「愚かしい太平洋戦争の絶望的な砲火硝煙の戦場体験を持つ者は、・・・・どうしても骨っぽい、ごちごつした文体になってしまう」と述懐され、戦争を知らない世代のanstendig(
育ちのよい)訳を推奨しておられますが、とりあえず私にとっては僥倖となりました。*なお日本の「スターリン主義」を批判した大島渚氏の『日本の夜と霧』とは混同しないでください。
ウイーン大学医学部神経科教授であったフランクルは、ユダヤ人を理由に逮捕されてアウシュヴィッツに送られ(囚人番号119104)、両親と妻子がガス室で殺され餓死するなかで、奇跡的に生還した体験の持ち主であり、心理学者として冷静なまなざしで自らの体験を淡々と記したのが本書であり、原題は『それでも人生にイエスという 心理学者、強制収容所を体験する』です。池田氏は新旧版を比較して、旧版に多出した「モラル」という言葉がほとんど消え伏せ、旧版には一度も使われなかった「ユダヤ」という言葉が新版では2度使用された意味を、無残な体験と冷静に向き合い、現代のパレスチナを迫害するイスラエルの悪の連鎖に対する複雑な思いがあるのではないかと推測しています。なぜなら『アンネの日記』も『夜と霧』もイスラエル神話を支える効果を持った経過があるからです。
さて『夜と霧』は、絶滅強制収容所と極限状況に閉じこめられた囚人たちの心理を、収容初期ー収容所生活ー解放の3つのステージに分け、私情をまじえない驚くべき冷静さで分析しています。この究極の絶望でのワラをもすがる希望との葛藤の果てに来る断念、生と死の鉄の必然にある偶然の戯れ、動物への堕落とかすかな尊厳への希求などなど・・・・想像を絶する限界状況のなかでの一切の虚像を剥がされた人間の赤裸々な姿がさらし出されます。読み進めていくうちに、私は強制収容所の人間行動の特徴が、なにかいまの日本に生きている人びとの姿とどこかで似ているような錯覚におちいりました。どうしてこのように思ったのか確かめてみようと、もう一度本書をひもといてみたのです。
日々のパンのために、或いはただ単に生きのびるための戦いは熾烈を極め、・・・とにかく我が身可愛さから人は容赦なく戦った(成果業績主義賃金体系のもとで、リゲイン飲んで戦う現代サラリーマン、偽装をものかわ他社を出し抜いて利潤極大化に奔走する企業、ただ議員になりたいだけで刺客を引き受けて泣いている○○チルドレン!)
生存競争のなかでみんなは良心を失い、暴力も盗みを平気になってしまった、そういう者だけが生きのびることができる。最も残虐で卑劣なサデイストがカポー(ナチの手先として仲間を監督するユダヤ人)に取り立てられ、同じ仲間をナチス以上に残酷に痛めつけた(日本のこどもほどに少数の異端者を迫害し、同じ仲間をのけ者にしていじめるこどもは世界にない、道交法改正で警察の手先となって働く民間駐車監視員、肝臓や腎臓を求めて東南アジアの子どもを買うイエロー・モンキー!)
人間は何ごとにも馴れることができるというが、それはほんとうか、と訊かれたら、わたしはほんとうだ、どこまででもと答えるだろう。収容の第1段階の特徴は、いままでの人生がすべてなかったことになる、身ぐるみ剥がれた、文字どおり裸の、何も所有しない自分を見て肝を冷やすショックを受ける。すべてが醜悪そのものであるさまをみて、次に感情の消滅アパシーに移行する。自分ののこりの生涯はすでに決定されたのだ(日本の子どもたちは高校選択段階で人生への一定の希望と失望を味わうが、いまやそれは中学校から小学校へ移りつつある。そして青年期において正社員か非正規かの決定的な選択を強要される。あてどもなく生きのびるための競争のなかに叩き込まれる。そして非正規は若者のもはや2人に1人だ、今日も携帯を気にするネットカフェの日雇い派遣)
飢えと殴られながら嘲られる時に、憤怒の発作が起こりうるが、必要不可欠な自己保存のメカニズムは、ほんの小さなパンくずのために、カポーへの媚びへつらいと陰惨な屈従を生む。仲間のなかでの非常な嘲笑が巻きおこる。知的な議論はどこかへ吹っ飛んでしまい、降霊術や宗教、内面や幻想の夢への逃避が進行する(いま霊視や占い番組の視聴率は異常に高く、多くの若者や女性がのめり込んでいる、癒しや瞑想のDVDは驚くほどの売れ行きだ、手触りの温かさを提供する小さな神々たち)
ナチスは労働可能かどうかで容赦なく囚人たちを分別して、2列に並ばせて「右」「左」と指さすと、人生が決まる。子ども、老人、病人は生存する理由はなく、すぐに入浴の準備をしてガスを浴びる(いま社会保障で病人と高齢者は徹底的に予算が削減され、とくに75才以上は医療を拒否する制度が08年4月から導入された。ナントカという都知事は「生殖能力をなくしたババアに生きる意味はない」と説教したがだれも抗議しない、出生前診断で生み分け出産が激増する)
囚人はみずから抵抗して自尊心を奮い立たせないかぎり、人格の尊厳など吹き飛んでしまい、狡猾で嗜虐的な犬どもの餌食となり、すきさえあれば殴られる。みんな怯えて群れの存在に落ち込み羊となる。脱走してもまた収容所に戻ってくるようになる。そしてなにもかも意志を失ってどうでもよくなってうずくまりながらのたれ死んでいく。彼らは生きる屍であり絶望そのものとなっている・・・いな絶望すらない(いま日本は毎年3万人を超える人が自死する、先進国で圧倒的な自殺大国となっている、1年に300人以上が餓死している異常な先進国がある)
「なぜ生きるかを知っている者は、どのように生きることにも耐える」(ニーチェ)、生きのびる見込が皆無のときに絶望から踏みとどまるにはどうすればいいか、自分が苦しむことによって誰かが救われる、自分が生きていることで誰かが希望を持つ、自分には生きてやり残した仕事がある、自分を待っている愛する人がいる、自分にかけがえのない唯一の一回性の感覚があるかどうかーこれがすべてだ(いま日本で生き難く思っている人の多くは、愛する人、こども、やり残した仕事、このままでは終われないという尊厳、クソッという気持ち・・・・で精一杯生き抜こうとしている)
なぜ同じ血が通っている人間が監視兵のような残酷なことを平気でやるようなるのか。第1は厳密に臨床的な意味で嗜虐に快感を覚えるサデイストがいた、第2は嗜虐行為が蔓延すると次第になれて鈍感になる、第3は嗜虐が常態化すると、ほんのちょっとした憐れみに涙を流して感謝するようになる、アメとムチはどこでも有効だ、第4は自分に不満な者ほどより弱い層へルサンチマンを発散して虐める(校長にはヒラメでありながら子どもをいたぶって喜んでいる教師、下級生の時のイジメを倍にして返す体育会系、被疑者を弄んで喜ぶ下級警察官・・・いまの日本で枚挙にいとまがない)
私たちはおそらくこれまでどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。ではこの人間とは何ものか。人間とはなにかをつねに決定する存在だ。人間とはガス室を発明する人間だ。しかし同時にガス室にはいっても毅然として祈りの言葉を口にする存在でもある(戦争している軍隊に油をタダでやる政府がある、しかし爆撃のなかでを井戸を掘っている医者もいる、山手線で後ろから突き落とす人もいるが、落ちた人を助けて自分が死ぬ人もいる、不良に脅かされて自分の妹を提供する少年もいれば・・・・集団自決は美しい殉死、南京大虐殺は幻だ・・・次々と歴史を偽造する人びと、これも現代日本だ)
解放された囚人は強度の離人症になる。すべてが非現実で、不確かで、ただの夢のように感じられる。にわかに信じることができない。いまのこの自由ははたしてほんとうに現実なのだろうか。突然彼はすべてを語りたいという衝動に襲われて感情がほとばしり出る。あなたはふたたび人間に戻ったのだ。しかし潜水夫が浮上して病気になるように、急に解放された囚人は逆に暴力的になるか、おざなりの言葉に深く失望して引きこもってしまうか、唯一のこころの支えが違った場合に深い絶望におちいる、囚人たちは希望への訓練を受けて出たが失望と不幸の訓練は受けないで元の場所に戻る、どうしてあの修羅を堪え忍んだのか自分でも分からない、もはやこの世で恐れる者は神しかいないという感慨にいたらねばならない(ちょうどかっての日本は戦争の悲惨を知り尽くして敗戦を迎えた、青い空のなかに憲法9条を輝く北極星のように仰ぎみた、そこに美しい日本の希望があると思った、幾星霜が流れていまや希望は戦争という若者が出てきた、イスラエルはパレスチナを弄んで喜んでいる・・・)
いまの日本がナチス絶滅強制収容所の論理と心理とよく似ているのではないかという、私の直感はあまりの牽強付会に過ぎなかったのでしょうか? そうだとすれば私はむしろホッとして胸をなで下ろします。多少強引な類比があるかも知れませんが、なぜか現代の日本には閉塞的な強制収容所の状況の雰囲気が(まだ雰囲気です!)ただよっているような気がします。ヒトラー神話を最高価値とするナチスの強権的独裁の暴力的支配ではありませんが、没落して行き所を失った中間階級が強力な命令者に身を委ねて安心したいという心情は確かにあるような気がします。しかしその命令者はかってのようなチョビ髭を生やした軍服を着込んだ人格的独裁ではなく、なにか目に見えない得体の知れない徘徊者です。それは「市場の神」という市場ファンダメンタリズムの徘徊する究極の貨幣的市場主義の物神世界です。要するに儲かるか儲からないか、自己利益の最大化をめぐるジャングルの争闘の世界です。いま市場の神は、絶対的な勢威と権力を持って、、すべての人間を飲みこみつつあるような気がします。チョビ髭の権威に”ハイル! ヒトラー!”と右手を右上方にかざして絶叫したドイツの人と同じく、いま日本の人たちは”ハイル!マーケット!”と唱和しながら、何処に向かうかも分からない不安に苛まされながら、一方向に向かって影に追われるように突き進んでいるのではないでしょうか。行く手に鉄条網があるかないかは問題ではなく、もはやラット競争のような無限の回転運動の閉塞した世界に叩き込まれています。
ナチス強制収容所を奇跡的に生きのびて生還し得た人たちの最低の、不可欠の条件は何だったのか・・・それは我れと我が身をかけがえのない一回的な存在であると気づいた精神の維持に他ならなかった・・・という痛苦の体験をいまわのものとしている・・・・かけがえのない精神の尊厳に・・・・残されたはずの希望を見いだす・・・・そうした決断的選択のかすかな証し・・・そうなのだ!一言で言えば汝の名は”希望”・・・・なおかつその”希望”は”尊厳”の別名であった・・・誰が、何が、強制収容所をもうけ、なにがゆえにそこへ囚われる人がおり、散っていったのか・・・・現代の日本は21世紀の黙示録の世界にひょっとしたら近似してはいないか・・・終末かイエスの再臨か!どちらものぞまないとすれば、道は一つだけだ・・・・自分自身が立ち、言い、行い・・・そして残された生を閉じることでしかない・・・・。ここにこそ現代の黙示録の世界がある。(2008/1/30
19:28)
◆現代・楢山節考物語
「おっかあ、雪が降ってきたよう」
おりんは静かに手を出して辰平の方に振った。それは帰れ帰れといっているようである。
「おっかあ、寒いいだろうなあ」
おりんは頭を何回も横に振った。その時、辰平はあたりにからすが1ひきもいなくなっているのに気がついた。
雪が降ってきたから里の方へでも飛んでいったか、巣の中にでも入ってしまったのだろうと思った。雪が降っ
てきてよかった。それに寒い山の風に吹かれているより雪の中にとざされているほうが寒くないかもしれない、
そして、このままおっかあは眠ってしまうだろうと思った。
これは深沢一郎氏の『楢山節考』の最後の部分です。貧しい村は限られた収穫と食糧事情によって、「この冬を超すために」、60才になると口減らしで老人たちを奥深い山の中へ置き去りにして捨てるのです。これは共同体の暗黙のルールであり、村人に知れないように「楢山まいり」をしました。私は深沢氏の原作は知らないままに、映画(今村昌平)をみて累々と骸骨が山積する空上をまっ黒いカラスが飛ぶのをみて衝撃を受けました。主演の坂本スミ子さんは、おりんを演じるためにすべての歯を抜いたそうですが、緒形拳とともに迫真の演技でした。姥捨て伝説は共同体の黙示の不文律であり、日本の歴史で年齢による死を制度化したことはありません。
姨捨伝説は原始的貧困にあえぐ農村の棄民伝説として全国にありますが、舞台の設定は長野県千曲市と東筑摩郡筑北村にまたがる冠着山(標高1252m)で、千枚田の「田毎の月」で有名な棚田がひろがる山です。姥をこの山に捨てにきた男が、名月をみて後悔に苛まれて、翌日連れ帰ったという逸話から姥捨山の名がついたと云われています。或いは信州の伝説では、60才になった母親を背負って山道を登るときに、母親がみちすがら木の枝を折って捨てていきます。息子は不思議に思いましたが、深い山奥へ母親を残して帰る時に道に迷って、ふたたび母親の元へ引き返します。母親はしずかに「折った枝を目印にお帰り」と言いました。息子は死に臨んでなお息子を思う母親のやさしさに打たれて、遂に不文律の姥捨てに逆らって母親を連れて帰るのです。
映画は、降り積もる雪に埋もれていく母親を写して胸を締めつけるようなラストでしたが、私はこの作品で親子の愛情とともに日本の貧困の凄まじさに圧倒されたのです。こうした江戸期の原始的貧困は姿をいまや消してしまい、とくに高度成長以降の日本からは姥捨伝説は遠い民話の世界のものになったかのようです。NHK番組ではナントカという男性タレントが、日本の農村地帯を鉄道で旅をし、自然の中で暮らす農村の美しさに感嘆の声をもらし、純朴そうな農村の人たちを登場させて人の良さそうな相づちを打たせています。都会の聴衆はふるさとへの望郷の念に駆られ、美しい日本を再発見してジーンとしています。
さてほんとうに姥捨伝説は姿を消したのでしょうか。よくみると限界集落といわれるようになった奥深い農産漁村では、もはや診療の機会を失った姥たちが静かに死を待つか、餓死しています。いや餓死はむしろ大都会の狭いアパートで暮らす独居老人に起こっています。ここには共同体の黙示のルールに殉じようとする、ある種の気高さはありません。江戸期の姥捨ては、自らが去ることによって後継世代の未来が保障されるという共同体存続のかけがえのない意味がありました。現代の姥捨ては、他者とのすべての関係を絶たれて、まったき孤独のうちに誰にも知られることなくひっそりとこの世から去っていく、究極の孤立があります。しかし両者ともに、制度的に規定された死の選択ではなく、暗黙知または限界状況のせっぱ詰まった行為です。
さていま驚くべき姥捨て立法が制定されて、今年度から施行されようとしています。厚労省は2008年度診療報酬改定の骨子で、75才以上の後期高齢者の終末期医療に特別措置を導入しました。以下はその概略です(皆さまこの内容をみて衝撃を受け、心臓マヒを起こさないようにしてください)。
「75才以上の後期高齢者はいずれ避けることができない死を迎えることとなるから、終末期医療は(後期高齢者に)ふさわしい医療の一環にしなければならない。(医師が)回復を見込むことが難しい患者と判断した時は、終末期の診療内容などについて患者や家族とよく話し合い、、合意内容を書面にまとめた場合は診療報酬を高く評価する。(具体的には)患者や家族から過剰な延命治療をおこなわないという誓約書をとるなどである。また自宅での看取りを促進するために、終末期の在宅医療を支援する体制を厚くした場合も、診療報酬を高く評価する。こうして死亡前1ヶ月の入院治療費が年間約9000億円かかっているのを、現在20%の在宅死を40%に引き上げて、病院死を減らすことによって2025年度には死亡前入院医療費を5000億円削減することができる」(07年10月社会保障審議会特別部会骨子)。
要するに75才以上の老人たちはすぐに死ぬのだから、病院での医療は早めに切り上げて自宅へ返してしまえーといういう棄民政策に他なりません。死亡1ヶ月前の生命は無意味であり、そのために毎年9000億円使うのはムダな捨て金だというのです。これは政府の医療制度としておこなわれる、日本の歴史史上最初の姥捨ての法律です。合意条項があるといっても、ただでさえ苦しい病院経営は高額診療報酬を求めて退院を血まなこになって強いるでしょう。端的に言えば、政府による合法的な殺人政策です。たしかに終末期治療については、安楽死や尊厳死の選択があり、あるいは最後は自宅でと希望する人も多いでしょう。それはすべて患者ないし家族の自己決定の問題であって、制度的に終末期医療の切断と在宅死を強制されて医療費軽減に協力することではありません。
私も祖父母を80数才で父母を60数才で看取りましたが、この世の誰が自分の肉親を金がかかるとして死期を早めるようなことを望むでしょう。私は肉親の生命のためにできることはすべてしなければという感情が自然のうちに充満してきました。「いのち」は地球よりも重いという意味は、それが代替不可能な絶対的な意味を持つということであり、だからこそ他者のいのちをアレコレ論じることには怯懦でなければならないということです。いわんや自らの生を仕事と未来世代の成長に捧げて、やっと安らいだ老後にのぞんでいる老人たちに向かって、75才以上は生きている意味はないよ!と宣告する精神の貧困は常軌を逸しています。ナントカという東京都知事は、「生殖能力をなくしたババアに生きる権利はない!」と言い放ちましたが、この罵詈雑言を実際に制度化したのです。最後にして最高の「公共」領域である「生命」を市場原理に委ねる野蛮さはもはや動物的な修羅の世界に他なりません。
おそらく老人たちの一揆が炸裂するでしょう、老人たちはワーキング・プアの若者たちと手を組んで、静かに説くでしょう、「薄汚き魂の者に憐れみを、彼らは自分が何をしようとしているかを知らない」・・・・・。(2008/1/27
10:20)
◆好かない男が山ほどの砂糖を運んできても、好いた男の塩のほうが甘い(乙羽信子)
いまは亡き女優・乙羽信子が自伝で云っている言葉ですが、おそらく夫である脚本家・新藤兼人を指しているのでしょう。ナルホドね・・・女はいったん惚れ込むとここまでのめり込んでいくのでしょうか、さぞかし新藤氏は男冥利に尽きるでしょうね。ただ私の感覚では、おとこのほうが純愛一路の感じがあるのですが・・・まあよく分かりません。それにしても、新藤ー乙羽の愛情物語はなかなかのドラマテイックで泥臭いピュアーさがあります。新藤氏は、1939年に結婚して結核で死んだ孝子(映画記録係)、1946年に結婚して3人の子をもうけた美代、そして52年から愛人関係に入り1978年に結婚した乙羽と3人の妻がありました。乙羽は華やかな女優生活の陰で繰り広げられる不倫の引け目、罪の意識と孤独感に苛まされて、なお新藤を好いたのです。この不倫の過程はそのまま、お姫様役のスター女優が汚れ役に転進していく過程でもあった。好きなのに愛の展望もなく、乾いた心に繰り返し水を注いで時を過ごす影のような生活は、そのままに「裸の島」と重なっていたのです。
嫁と姑の葛藤を描いた「鬼婆」では、新藤の「脱げ」という声にすぐに応えて、共演の吉村実子の逡巡する裸のすばらしさに、「先生の気持ちが吉村さんに行ってしまう・・と不安でした」とつぶやきます。結婚して初めていっしょに映画を見に行き、写真を撮ったのです。芸者と商人の私生児として生まれ、他人の手を渡り歩いて成長し、宝塚スターから映画女優へ転進し、新藤とともに独立プロへと運命をともにした乙羽は、女優としてさらに1人の女として自らのこころに一点の曇りもなく生ききった苦衷の充実を感じます。最後の逝去の瞬間には、「あ・・・・・」と消え入りそうな声で、ひとすじの涙をこぼしたそうです。以上・朝日新聞1月19日朝刊参照。
まず26年間の不倫の愛人生活の通時性に感嘆いたします。そして結婚後も互いを「先生」、「乙羽さん」と呼び合う感性関係に驚きます。「先生」はまだ分からなくもないのですが、新藤氏が「乙羽さん」と呼ぶのは、いままでになかった日本の男女のかたちを示しているように思います。26年間も正妻を裏切り続けてきたふたりの愛情の表現としては、この人称代名詞以外におそらくなかったのでしょう。いままでのある種の垂直的な男女関係の呼称、夫婦関係に入った所有感のある呼称から切断されたフランス的な表現だと思います。
こうした点に日本の新たな男女関係のかたちをみるのですが、私が知りたいのは、そのような2人の関係が作品の創造過程にどのようなインパクトを及ぼし、さらに社会的な拡がりを持ち得たのかーということです。乙羽さんは、あきらかに愛人の作品への出演に全力投球し、深奥の演技を繰り広げましたが、率直に言って社会的な拡がりはなかったと言っていいでしょう。それは彼女の「女は結婚して平凡に生きる、それがほんとうの幸せです」と就職相談をする友人にキッパリと言っていることに現れています。つまり乙羽さんはあくまで新藤氏のための女優生活であり、専業主婦でも善かったのです。対する新藤氏は乙羽氏との関係でどのような創造過程と社会的拡がりを得たのでしょうか。私は、新藤氏の初期作品から非常な感銘を受け、とくに「裸の島」からは「生きる」ということの原点を教えられたような気がします。じょじょに新藤氏は内面的な心理劇へと移行し、その頂点が「鬼婆」でしたが、逆に言うと社会的な拡がりを失っていったのではないかとも思うのです。
さて勝手なことを記しましたが、ようするに私は新藤氏をうらやましく思い、疑似体験としてしか語りえない自分を湖塗しているのかも知れません。それほどにふたりの物語は、近来希にみるピュアーな純愛物語なのです。ちょうど新藤氏のデビュー作が「愛情物語」であったように。(2008/1/20
11:45)
追記)イヤー参った、参った! ちょうど今日の夜のNHKハイビジョン特集で「新藤兼人 花は散れども」というおそらく最後の作品になるだろう映画の撮影記録を放映していました。さすがに鬼気迫るような鋭いまなざしの監督です。その撮影過程とおのれの脚本人生を重ね、私生活の風景も撮らせて、ある超越者のような風貌を持って自らをさらしています。私の浅薄なエッセイなどどこかに吹き飛んでしまうような存在感があります。私のエッセイは最後の結論部分で基本的に間違いであったことが分かりますが、あえてそのまま訂正しないで恥をさらしたいと思います。ただ、やはり思うのは、新藤氏が乙羽信子と出会わなければ、初期の社会派的な路線が踏襲されていたのではないかと思いますが、新藤氏の人間認識の深まりは違っていたであろうとも思うのです。95才にして明晰な頭脳を維持し、さらにアートを追求する迫力には無条件に頭を垂れざるを得ません。(2008/1/20
20:44)
◆ウーン 久しぶりに 素晴らしいエッセイを読んだ
青來 有一「長崎の冬 遠ざかる記憶」(朝日新聞 1月16日)は、なぜか懐かしい日本の原風景を想い起こさせる、美しい日本語のエッセイです。いつも直線的で荒々しい文章しか書かない私は、顧みて赤面し、またホッとさせるようなふみ(!)でした。朝日新聞のこの欄は、いつも大江健三郎氏のエッセイが載るのですが、私は大江氏の持ってまわったような文章に少し辟易していました。青來氏の文章は、どこか『徒然草』の文体を想わせるような、淡々とした描写のなかに、じつはドキッとするようなことばが隠されています。氏が芥川賞や谷崎潤一郎賞などの受賞に輝く、現代日本文壇を代表する小説家とは、はじめてこのエッセイで知りました。このエッセイの題名である「長崎の冬 遠ざかる記憶」という意味は、「長崎の冬」についてはすぐに分かるのですが、「遠ざかる記憶」については最後の一行までいかないと分からないという、じつに淡々たる描写を経ての余韻のこだました果てに、重厚な結論を置くという、これぞエッセイという技の極地が示されています。ウーン、文章はやっぱりこのように書くものなのだ・・・と感嘆した次第です。
氏は長崎の大晦日から元旦にかけての天候を描写し、最近の季節感の変容を述べます。夏はいかにも夏らしくなったが、冬は秋が長引いたような感じで、メリハリがないといいます。人間の住処も、エアコンによる暖房で冬も快適生活を楽しみ、いまや炬燵もたき火もなくなってしまった。だけれど炬燵やたき火にあった、ささやかであるけれども大事なコミュニケーションもなくしてしまったのではないだろうか。このような筆致で氏の文章は淡々と進んでいいきます。子どもの頃の霜柱を踏んで遊んだ体験で最後をしめくくりますが、ここに氏の冴え渡るような一文が用意されています。足の裏で踏みつける霜柱の感触を楽しみながら、「霜柱の下になにが埋もれているのか、まだなにも考えもしなかった頃の爆心地での雪の思い出である」と結ばれているのです。
氏はけっして環境問題や豊かな生活による疎外などという声高で直截な表現はいっさい使いません。或いは原爆とか核問題などという政治言語も登場しません。しかしそれがかえって、読む人の想像力を静謐に刺激し、百の激烈なメッセージにもまして、静かに滲みいるような印象を残していくのです。このような言葉こそが、ほんとうに人間の精神をとらえ、頭を垂れて聞き入る関係が生まれるのだと想います。私は、青來氏の作品をじつは一冊も読んだことがありませんが、こうしたエッセイを書くような人物が、いったいどのような小説を書いているのだろうかと、想いがそそられるのです。これほどの文章を書く人は、たんに文章づくり技術がすぐれているのではなく、そのような気高い魂の持ち主ではないかと思うからです。(2008/1/18
17:02)
◆おお なんという美しいくにだ!(仮詩)
美しいくにがあります
世界に誇れる冠たるくにがあります
それは太平洋に浮かぶ 小さな島国です
そのくにの名前は にほんといいます
どんなに美しいか みごとな数字をみてください
GDP総額 4兆3755億j!(06年 世界2位)
アメリカにつぐ世界で2番目に豊かな国です
世界はこの楽園の島国をジパングと呼んで昔から憧れていました
ではみなさまを 世界で2番目に豊かな生活にご案内しましょう
完全失業数・率 234万人 3,8%(07年8月時点)
非正規雇用数・率 1677万人 33,25%(07年)
15−34才フリータ・ニート人数 249万人(06年)
日雇い派遣労働者数 5万1000人(06年)
厚労省指導による100万円以上残業代支払い企業数 1679社(06年)
偽装請負立ち入り調査件数 3474件(06年)
派遣法違反指導件数 6281件(06年)
死傷労災認定件数 1万0078人(06年 東京労働局)
過労死労災認定数 147人(06年)
貧困世帯数・率(生活保護基準以下) 1105万世帯 22,3%(全世帯数 4961万世帯)
ネットカフェ難民数 5400人(07年)
自己破産人数 16万5000人(06年)
生活保護世帯数 107万5820世帯(07年)
65才以上高齢者1人暮らし世帯数 3865世帯(05年)
餓死数 867人(95年ー05年計)
報道の自由度ランキング 37位(07年 160ヵ国中 国境なき記者団)
女性社会進出・男女平等格差指数 世界91位(07年 128ヵ国中)
人身売買保護人数 120人(05年 JMATIP)
障害者雇用率 1,52%(法定 1,8% 06年)
知的障害者受刑者比率 22,5%(05年新規受刑者 3万3000人比)
精神障害者労災認定数 205人(06年)
DV保護命令件数 12万4898件(06年)
児童虐待件数 3万7343件(06年)
高齢者虐待通報件数 18万3935件(06年)
義務教育学校いじめ確認件数 12万4898件(06年)
セクハラを受けた認定女性自衛官率 26,1%(06年)
妊婦救急治療受け入れ拒否件数 5849件(07年8月現在)
足立区義務教育就学援助率 42,2%(05年)
自殺者総数 3万2155人(06年 1日平均90人 世界第2位)
兵庫県復興住宅孤独死数 522人(00年〜07年)
2055年合計特殊出生率・総人口・出生数予測 1,26 9000万人 50万人(06年総人口 1億2777万人)
在日米軍思いやり予算 2083億円(08年概算要求)
東京大学女子学生年収400万円未満家庭比率 15,4%(06年 02年4,5% 06年度学生生活実態調査)
個人の利益と国民全体の利益の「どちらを大切にすべきですか(内閣府 07年国民生活意識調査)
国民全体 47,4%
個人 29,7%
あなたは他人に劣らず自分が価値のある人間と思いますか(日本青少年研究所 高校生対象世界調査 02年実施)
YES 37,6%(世界最下位 *米国89,3% 中国96,4%)
あなたは自分が孤独だと思いますか(ユニセフ OECD諸国15才対象調査 07年実施)
思う 29,8%(世界1位 *2位アイルランド10,3% 3位ポーランド8,4%)
なるほど なんという みごとな数値でしょう
感動のあまり 涙がこぼれそうです
こんな美しい数字を はじめてみました
さぞかし あなたのくにの為政者は尊敬されているのでしょう
あなたのくにを誇りに思わないひとはいないでしょう
おそらく未来の子どもたちは 泣いて喜ぶでしょう
ただなんというか
わたしは あまり住みたいとは思わないのです
そこは お金が主人で
人間は しもべのような気がするものですから
注)数値は厚労省・文科省・法務省・総務省・防衛省統計を使用。さらに充実したものをめざせればと思います。(2008/1/15
9:58)
◆茶色党に乾杯!
そういえば
『茶色の朝』とかいうメルヘンのような寓話がありました
それは とっても怖いお話でした
最初に茶色以外の猫や犬が始末され そしてしだいに新聞やラジオにひろがり
ついには法律や思想に及び こころまでが茶色になって・・・
この世から茶色以外の色はすべて消し去られていきました
何とはなしに日常を送るうちに いつのまにかそれがごく普通になっていきました
食べ物も茶色になって
みんなはコーヒーをゆっくり味わいながら 時の流れに身を委ね
心地よいひとときを楽しむようになりました
茶色といっしょなら安全だと思いこんで
だけど前に茶色以外を好きだった人 そして家族に1人でもそういう人がいたら
反逆罪でどこかへ連れて行かれるようになりました
その時になって私ははじめて 気がつきました
最初の猫と犬のときに 抵抗すべきだったんだ
でも仕事が忙しく ゴタゴタもごめんだった
あの時にほんの少しの勇気があれば こうはならなかった・・・
誰かが私の家のドアをたたいている
こんな朝早くなんて初めてだ
・・・そんなに強くたたくのはやめてくれ
すぐに出て行くから
そういえば
このくにからいつのまにか灰皿が消えていきました
最初は喫う場所を分けていましたが
しだいに建物のなかはだめになり
ついで路上も禁止され
煙草が吸いたい人はひっそりと隠れて吸うようになりました
喫煙による害毒が声高に唱えられ
密かに吸う人は密告されるようになり
そしてこのくにの空気はきれいになっていきました
そういえば
このくにから路上駐車が消えていきました
違法駐車で渋滞し救急車が通れないという理由で
うすみどり模様の制服を着た民間警備員が街を徘徊し
駐車の車を摘発し 国の財政を潤しました
民間人がはじめて警察権を行使するようになりました
そしてこのくにの街はきれいになっていきました
みんなはきれいになった空気と街をみて安心し
心地よいひとときを楽しみました
清潔と健康はよいことで国民の義務だと思いこんで
だけど 汚い身なりをした人がどこかへ連れて行かれ
3日間も髪を洗っていない人も姿を消すようになり
不健康な病人はどこかへいなくなり
街はさっぱりときれいに着飾った 健康な若人が占めるようになりました
そして 前に喫煙したり 駐車した人もどこかへ送られるようになりました
最後にこれはどこかおかしいぞーと思うこころを持つことが反逆罪になり
みんなはニコニコして万歳しながら 塵一つないきれいな大通りを行進していきました
誰かが私の家のドアをたたいている
こんな朝早くなんて初めてだ
・・・そんなに強くたたくのはやめてくれ
すぐに出て行くから 私は前に煙草を吸った自分を許せない!
清潔と健康の理想をついに実現しつつある茶色党に乾杯!! (2008/1/13 9:48 荒木國臣作)
注)フランク・パブロフ『茶色の朝』(大月書店 2003年)を参照して作詩
◆劣情の支配は末世のしるし
昨年の7月10日に、北九州市小倉北区で、一部ミイラ化した52才の男性の遺体が発見されました。後から見つかった日記には次のようなことばがありました。
「せっかく頑張ろうと思った矢先に切りやがった」(*彼は北九州市福祉事務所から、就労指導によって生活保護辞退届をほぼ強制的に書かされた)
「生活困窮者にははよ死ねということか・・・・小倉北のエセ福祉ども これで満足か・・・・法律は飾りか・・・書かされ、印まで押させ、自立指どうしたんか・・・・」
「ハラ減った オニギリ食いたーい。25日米食ってない」(*絶筆)
これが厚労省の社会福祉モデル都市と云われている北九州方式の実態です。厚労省の自立支援プログラムによる自立自助政策は、この男性が肝臓が悪くて「普通に働ける状態ではない}(主治医)にもかかわらず、就労指導を優先し、保護を打ち切られて自分の家の前のニラを採って食べる生活を強要したのです。秋田県では06年7月に保護申請を何度しても認められず、市役所の前で抗議自殺する事件が起きました。こうして1995年から2006年で表面化した数字だけで、じつに930人(!)が餓死する実態に転落しているのがこの国です。
しかし私が怖いのは、こうした事実にたいして必ずしもメデイアを始めとして抗議しないという現状があるばかりか、逆に甘えを許すな!と攻撃する声があることです。昨年9月の台風で多摩川が増水して、河川敷の多くのホームレスが流された時に消防署の隊員が救助したことに対し、区役所に「何で税金を使ってホームレスを助けるんだ!」という抗議電話が殺到しました。或いは各地で青少年によるホームレスに対する襲撃事件が依然として多発しています。さらには障害者自立支援法によって多くの障害者が退所し、母子心中が起こり、介護・医療保険で受給や治療抑制によって介護・医療難民が発生しても、自分の世話ぐらい自分で責任を持て!等という隠微な声が聞こえて参ります。生活保護の不正受給を猛烈に攻撃するメデイアや、タダで給付を受けるのはフリーライダーやモラルハザードを生んで社会が頽廃するなどと云う攻撃も盛んです。
なぜこのような弱者に冷酷なまなざしを向ける人びとが異常に増えてきたのでしょうか。おそらくフリーターとして必死に働きながら生活保護基準以下の給料しかないワーキング・プアの多くは、生活保護を受けないでギリギリの生活を迫られています。生活保護を申請しても、就業指導によって認められない多くの人は、受給している人を見て複雑な感情を抱くでしょう。或いは生活保護を受けること自体をステイグマ(恥)とする考えが根強くある日本では、受給者に対してある種の偏見を持ってみるかも知れません。日本で生活保護以下の収入しかない人の生活保護受給率は15〜20%程度ですが、ドイツでは70〜80%、英国では90%近くであり、ごく当然の権利として自立のための保護を受けています。貧困を自己責任ととらえる雰囲気が、ついには「生きさせろ」というという悲鳴に近い絶叫を生み出すようになったのはなぜでしょうか。
ほんとうの問題はこうした市民内部の対立や憎悪はじつは誰かが人為的につくりだしたところにあります。生活保護受給者、介護保険対象高齢者、年金受給者それぞれが互いにひどい状況に転落しつつあるにもかかわらず、互いが互いをののしり合うように、誰かが仕組んでいるのではないでしょうか。それは抑圧の移譲という心理メカニズムを最大限に利用しています。抑圧を受けたり苦境にある時に、その原因を明らかにしてそれを協力して取り除くようにすればいいわけですが、抑圧が強すぎたり原因が不明確である時に、とりあえず自分の安全だけは確保しようとする行動をとります。その時にすぐ目に付くような弱者にトラウマのはけ口を転化して安定を回復しようとする心理が誘発されます。この弱者への転化は、垂直的に下方に向かい、弱者のトラウマが更なる弱者へ向かうというメカニズムが抑圧の移譲です。最下層の弱者はもはや発散と対象がないわけですから、動物や物を壊す行為になるでしょう。
このメカニズムは真の原因者を隠して免罪する絶好の効果を発揮しますので、権力者が困った時によく使います。「自己責任」というイデオロギーは、この真の原因を隠蔽する最大の効果を発揮しています。こうして日本は、うまくゆかないのは私が悪いからだ、努力しなかったからだ、私の能力が低いからだ・・・とどんどん自分を追い込んで傷つけ、なにも努力しないでカネだけもらっている人を見てトラウマを爆発させるのです。非正規や日雇い派遣労働によって大儲けしている人や、財政赤字を理由に社会保障を切りつめて軍需産業で稼いでいる人は、こうした市民相互の羞悪な内部対立を、せせら笑って冷ややかにみています。
いったん抑圧の移譲のような劣情が支配すると、ナチスのユダヤ人虐殺や民族浄化にみられるような最悪の地獄が出現します。現在の日本では、それは公務員バッシングという形をとった公共からの逃走によって、すべてを民営化すればうまくゆくという神話が蔓延し、郵政のように一時的に世論を支配しました。そうするとほんらいは誠実に献身的に働こうと決意して就職した福祉公務員も、なんだかバカバカしくなって仕事への意欲が衰弱していきます。いま公務員の分野でもっとも嫌がって転勤希望が多いのが福祉の分野です。では民間でうまくいくかというと、それは原理的に無理です。なぜなら福祉や社会保障は基本的に利潤の対象にはならない使命感労働の分野だからです。民間福祉への就業希望者が激減しているのはこのためです。介護労働者の04年度平均賃金は月額20万8000円(全労働者平均 33万円)であり、離職率は20,2%(全労働者平均 17,5%)じつに1年間に5人に1人の介護労働者が辞めています。
いま劣情がじょじょに忍びより、日本列島を覆うかのようです。逆に「生きさせろ!」と叫ぶ若者たちは、とっくに貧困と苦境が自己責任ではなく、制度責任であり、劣情によってなにも解決しないことを見抜きつつあります。劣情によって幾重にも沈殿した対立は、逆に協同への激しい期待感情を醸成させ、制度改革への潮流を育むでしょう。ひとたび体験した負の蓄積は、二乗化して正のレベルへと質的に転化していきます。その激しいせめぎ合いの状況にあるのがいまの日本の特徴ではないでしょうか。(2008/1/11
21:00)
◆我が身を人類の罪と罰の証しに−枯葉剤第3世代の輝く瞳はなにを訴えるか
昨年の10月にベトナムの二重胎児として生まれた「ベトちゃん・ドクちゃん」のグエン・ベトさんがついに26才でこの世を去ってから、枯葉剤の被害はそれほど日本のニュースには登場しなくなりました。しかし実態はもっと深刻で、第3世代である孫の子どもたちにより重症の障害児が生まれていることを知って、私は慄然となりました。敗色濃いベトナム戦争の1961年から71年の10年間(1)にわたって、米軍は猛毒ダイオキシンを含む枯葉剤7600万d(!)をベトナムのジャングル地帯に散布し、それを浴びた兵士や女性たちから障害を持って生まれる子どもたちが大量に発生しました。ダイオキシンは日本の廃棄物処理で最も危険な毒物であり、遺伝子異常や癌を発症させます。ベトナム政府は現在枯葉剤被害者300万人を認定していますが、これは第1世代、第2世代のみを対象としており第3世代にまで手が回りません。米政府は1996年に参戦米兵の枯葉剤被害を認め、薬剤製造メーカーも1984年に参戦米兵に1億8000万jを支払い、韓国とニュージーランドも政府や裁判所が参戦兵士の被害を認めています。しかし不思議なことに米政府は、他ならぬ当事者のベトナムに対する責任は認めることを冷淡に拒否してきています。
ハテン省チュオンソン村に暮らすグエン・クアン・トウオン君(12)は、先天性の四肢障害であり両腕には手首がない。母方の祖父ダン・クイ・リンさん(77)は南部の先頭で枯葉剤を浴び、母のダン・テイ・ホンさん(38)は先天的な慢性B型肝炎患者として枯葉剤被害者と認定されている。父親のグエン・クアン・ホアさん(41)は健康体だが、第1子は頭蓋骨がなく生後1週間で死亡した。トウン君が生まれた時に、助産師は産後5時間母親に子どもを会わせなかった。母親のショックを恐れてのことだ。トウオン君は四肢障害を除いて頭脳は明晰であり、将来はコンピュータ技師をめざす明るい少年に成長していますが、6万円の年収(!)!)しかない貧農の家庭では高校への進学費用がありません。以上は第3世代被害のごく一部に過ぎません(ジャーナリスト・井上歩氏報告参照)。
私はこうした事実をみるにつけ、なぜアメリカなどという国がこの惑星に存在するのだろうか−と考えざるを得なくなるのです。よかれあしかれアメリカという帝国は、戦争によって人殺しをしながら会社を繁栄させるというもっとも醜いマフィア国家としてこの惑星を支配してきました。この帝国は、ベトナムに気に入らない政権ができたといっては事件をでっち上げて侵略をして一杯地にまみれました。「アホでマヌけな」(M・ムーア)この帝国は、性懲りもなくまたや自分に従わないイラクを「大量破壊兵器」というでっち上げで攻め、占領してしまいました。しかしいま耳を疑うような扇動をブッシュとかいう大統領がおこなっています。2007年10月24日に「キューバ国民、兵士、警察、政府職員は自由キューバをめざして決起しよう。そのために米国は2億7000万jを反体制派に供与し、世界で最大のキューバへの人道援助国となった」と云っています。汚い秘密スパイ組織であるCIAを地下組織に送り込んで政府転覆活動をおこなう汚らわしい行為を自画自賛して喜ぶ、あのサルのような顔を見ると可哀相で吐き気を催します。いまこの惑星の人類は、ロマー帝国衰亡史の現代版を目の前にしているのです。
残念ながらわたし自身も、その恥ずべき行為の一端に参加しています。かって東アジアの島国が狂気に駆られて逆らいましたが、アッという間に一蹴されて阿鼻叫喚の地獄を味あわされました。この島国はさらに輪をかけて醜いふるまいに及んでは世界の軽蔑のまなざしを浴びています。この島国の為政者は、かって戦いを挑んで敗北した先輩たちの慰霊を讃えながら、実際にはかっての敵国に屈従し、媚びへつらい、親分に付き従う三下ヤクザのようにヘラヘラと頭を下げ、自分より弱そうな奴には威張り返るという、最も唾棄すべき存在に頽廃しています。この島国は、帝国の全部の侵略に加担し、いまやもっとも親分に忠実な子分として全世界から「手下国」と公認されています。
ハダカデバネズミというアフリカの角と云われるソマリアからケニア東部にかけて生息するネズミがいます。このネズミはアリやミツバチと同じ「真の社会性」と呼ばれる、繁殖する個体と働くだけで繁殖しない個体に完全に分化した社会システムを持つ唯一の哺乳類なのです。「女王」と呼ばれるひときわ大きな一頭のメスだけが子どもを産み、女王の半分ほどの体重の個体たちは「ハウスキーパー」と呼ばれる労働ネズミで、一生をトンネル掘りや巣穴の維持、子どもの世話に捧げます。ハウスキーパーより大きい個体群は、「ソルジャー」と呼ばれる兵士となり、ヘビなどの敵の侵入と身を挺して戦い巣を守るのです。以上は日橋一昭埼玉子ども動物自然公園園長の論考参照。
ハダカデバネズミが生き抜いてきた最大の理由は、こうしたシステムによる遺伝子保存にありますが、その代わりに彼らはなにを犠牲にしたでしょうか。閉鎖的な巣の中で何代も近親繁殖を反復した彼らは、ほとんどの個体が同じ遺伝子構造を持つ一卵性双生児のような集団になったのです。アフリカの乾燥した地域の29度プラスマイナス2度という温度と湿度の変化がない地中にトンネルを張りめぐらし、数百頭の集団となって、個体の寿命がおよそ30年という長寿の生活を維持しています。彼らはこうして全身ほとんど毛が生えず、セイウチのように2本の牙を剥きだし、奇怪な姿をしたままで一切の進化を止めて絶滅を待っています。
このハダカデバネズミというすさまじい名前を持ったネズミ以外の哺乳類に、意外にも実は「真の社会性」と呼ばれる社会システムを構築している種がいたのです。それはホモサピエンスといわれる高等動物の一部で、東アジアの太平洋上に浮かぶ小さな島に生息しています。この日本という名の島に暮らす種族は、星条旗をうち振る女王に屈従して、過労死するまでに働き、星条旗の発行する通貨を買い支え、「ショウ! ザ フラッグ!」と命令する女王の戦争に身を挺して参戦し、自分自身は1、26匹の子どもしか産まないで少子化社会に転落していっている姿は、さすがのハダカデバネズミも赤面するような奇っ怪な醜さです。なぜならハダカデバネズミにとっては、女王の子どもを成長させることが同時に自分の遺伝子を残すことなのですが、星条旗の遺伝子と日本の遺伝子は似ても似つかぬものですから。グエン・クワン・トウオン君に重症四肢障害を発症させた米軍の枯葉剤作戦を支援し、みずからもしこたま儲けて高度経済成長の道を歩んできたこの国は、その罪の大きな一端を背負わなければなりません。(2008/1/8
12:08)
◆2008年の幕開けは恐慌なのか
2008年はニューヨーク原油先物市場が市場最高値を記録し、株価が暴落する大混乱の幕開けとなり、穀物先物取引市場の高騰によって食品値上げ攻勢となりました。この原因は何でしょうか。米国の低所得者向け住宅ローン(サブプライムローン)が破綻し、このローンをもとにした最先端金融商品証券が大打撃を受けて、投機ファンドマネーが一斉にサブプライムから引き上げ、原油市場と穀物市場に流入して価格の吊り上げ競争が始まったからです。原油市場は5年間で3倍以上に急騰し、穀物市場の高騰を誘発して、人間生活の基礎条件である食糧とエネルギーが投機マネーの暴走に弄ばれています。原油価格高騰は、イラク戦争や需要増という要因があり、穀物も需要増と代替エネルギへの転用という背景がありますが、主な原因は投機マネーです。ヘッジファンドはかって国際為替市場に介入して、バーツやウオンの暴落を招いて巨大な利潤を上げてサッサと撤退した後に、サブプライムに向かい、そこを食い荒らした後に原油と穀物に向かうという暴走を繰り返しています。こうした虚栄のマネー取引によって実態経済は次々と破壊され、もはや軍需部門でしか民間企業は利潤を生めないという戦争経済の破局に陥りつつあります。こうした投機マネーのギャンブル行為を放置して、コントロールできなくなった状況に、EUを先頭にヘッジファンドの資産公開・取引履歴開示の直接規制を求めましたが、真っ向から反対したのが米英のアングロサクソン同盟と手下国日本政府です。イナゴのように企業を襲って食い尽くして去っていくヘッジファンドへの規制が焦眉の課題となっていく中で、日本のみは投機マネーの流入を規制しないでカジノ経済を推進しています。その結果、日本の実態経済は明治期のアジア以下的低賃金に喘ぐワーキング・プアによってかろうじて維持されるという惨めな実態におちいっています。それは東大卒業生の30%が非正規労働者であるという事実に現れています。ニューヨーク為替市場の円相場は、米国の失業率悪化によってドルが売られ、1j=107円90銭の高値を記録しています。異常な円高によって日本経済の不況なさらに深化し、原油と穀物価格の異常価格によって市民生活はさらに混乱におちいるでしょう。以上が新年を彩る経済の動向です。
さてみなさんは欧州貴族社会の「souffre douleur(いじめられっ子)」という制度をご存じでしょうか。名家の息子が過ちを犯すと、彼に教訓を与えるために父である当主は、息子の目の前で平民の子どもを厳しく罰するという慣習です。おそらくこのままで行けば、日本は全世界からアメリカの目の前でアメリカに教訓を与えるために厳しく罰せられるでしょう。ネオリベラリズムの市場ファンダメンタリズムという致命的な過ちを世界に強制したアメリカ・モデルは、その忠実なジュニア・パートナーーの手下国として振る舞った日本が主人国のアメリカより先に失敗して崩壊し、全世界から厳しく罰せられるのです。日本は涙を流して許しを乞いながら、決して主人のアメリカを責めることなく、地獄の底までみずからの罪を責めて堕ちていくでしょう。国内で市町村合併を繰り返してドンドン地域を消していった日本は、遂にはアメリカ合衆国の最後の州として吸収されるでしょう。これが2008年の初頭に示された、かなり確率の高い日本の未来予測です。しかし予測は決定的な運命の必然ではなく、あくまで日本の主体的な選択の結果ですから、当然に毅然として米帝国圏からから離脱して自立した独立国として東アジア共同体のメンバーに参入するという別の道の可能性も充分にあるのです。2008年はその未来への帰趨を左右する重大な分岐となる気がしませんか。(2008/1/6
19:58)
◆2008年はシカゴ学派を地獄の底へ送る年です
みなさま新しい年をどのようにお迎えになりましたでしょうか。時代がどうであれ年が改まれば、新たな気持ちを奮い起こしてみずからの道をふたたび歩んでいく区切りの時間として、お正月はやはり普遍的な生活リズムの意味を持っているでしょう。私の正月はフトした偶然で3日間とも映画三昧の時となりました。それは韓国の大河ドラマ『朱蒙(チュモン)』全35作が一気に1日から3日の10時から18時まで連続で放映されることに出くわしたのです。偶然にBSフジにチャンネルを合わせると、ちょうどこの番組を放映中で、もともと韓国映画が好きな私は一気にのめり込んでしまい、3日間ブラウン管の前に座り続けることとなったのです。
このドラマは、古代韓国の扶余国という古代王朝の宮廷内の権力闘争を中心に、漢を中心とする周辺強国との合従連衡を描くことを通じて、なにか人間の実相を鋭く活写しようといます。日本の数多ある大河ドラマの浅薄さを浮き彫りにする人間描写の深さと鋭さ、そして波瀾万丈のストーリー展開が文句なく魅力を生み出しています。想像するに韓国のシナリオライターの多くは、60年代以降の民主化闘争を経験し、人間の信頼や裏切り、勇気と怯懦、孤立と連帯を肌身に感じて深い人間観察力をもったのではないでしょうか。残念ながらHHKを中心とする日本の脚本家の人間認識の薄っぺらさが思い知らされます。
当時の社会構成、民衆の姿、商品経済の浸透、王権の基盤などがよくとらえられ、ピュアーなジャステイスの感覚といったものが一貫して流れています。俳優もカメラを意識せず、演技に集中しています。王権への崇拝に比して、民衆収奪の実態は描いていませんが、それは韓国メデイアの限界でしょう。このようなドラマが最高の視聴率をとってメジャーとなる韓国の文化意識に較べて、日本の退嬰的でシニカルなメデイアに失望を覚えます。とくにNHKの大河ドラマは、人間の深奥に迫る描写や民衆の視点がほとんどなく、実質的な天皇制賛美につながる演出となっています。改めてこれほどの文化的創造力の貧困を突きつけられて、私の新しい年は明けたのです。
2008年は日本にとっても、わたし自身にとっても決定的な分岐点となるような予感が致します。日本はいったいどこまで市場原理型キャピタリズムの暴走に頽落していくのか、そしてわたし自身は毎日の生活リズムのしなやかな溌剌さが問われるという意味でです。日本が市場ファンダメンタリズムとは別の道に踏み出す可能性は、一に懸かって私たちの主体にこそ委ねられています。もはや大手メデイアやジャーナリズムはほんらいの木鐸としての役割を放棄し、一斉にKY路線を進んでいます。一見この大勢に立ちすくんで怯えるような追随が蔓延しているかのようですが、実際の内面は忍びよるマグマがしだいに蓄積しつつあります。もし市場ファンダメンタリズムの超克に失敗すれば、歯どめなき競争の地獄のスパイラルの破局が待っているでしょう。帝国の論理の最果てには戦争の祭司が微笑んで待っています。廃虚の果てから立ち上がる再建への道は、60年前と違って途方もなく困難であるか、惑星そのものの破壊による絶滅の恐れがあります。直線走行の速度に比例してカーブの危険性は増します。2008年の年末に私たちは果たしてどのような反省をおこなうのでしょうか。私の2008年度のしごとは、シカゴ学派の理論的誤謬を完膚無きまでに明らかにし、歴史の地獄へと送ることにあります。一介の学究としてのささやかなちからを傾注して、自分の分野で幾ばくかの成果を期したいとおもいます。
日本海側と較べて太平洋側の列島は、おだやかな晴天で年が明けました。寂として声なき街にチチと小鳥たちの鳴き声が響きます。すでにこの年はスタートしました。2度と帰り来ぬ2008年の一歩がすでに刻まれつつあります。自分への命令者は自分である、誰の権威にも依存せず、且つ流されない生活の出発をいま出発しつつあります。シカゴ学派よサヨウナラ、共同のシステムよコンニチワ! (2008/1/4
10:39)
◆2007年っていったい何だったのだろう・・・・
先ず個人的な事柄をふりかえると、4月に絵筆をとってから油彩にのめり込み、ある絵画集団に入会して数作品を展覧会に出品し、遂には100号の大作に挑戦するに到るという年でした。100号は新年3月の日本アンデパンダン展(新国立美術館)に出品します。描けば描くほどに我が身の未熟を痛感して打ちひしがれることもあれば、これは開眼したのではと自惚れることもありました。とにもかくも私は油彩の世界に触れ、外界をみるに色と線、そして造形をいっそう注視するようになり、はじめて自らの世界認識と問題意識を直截に表現し、他者に問いかける本格的な手段と方法を手に入れた実感を持ったのです。しかし一方では私の表現対象と方法がどうも現代画壇の主流から外れていることをうすうすと感じ、私の絵は商業ベースには乗らないことも分かりました。けれども私は、もはやこの齢に到ってなんの遠慮があろうかと、我が道をそのままに進みゆくしかないという気持ちをますます強くしているのです。
第2は海外の旅行を2回体験してあらためて日本とそこにある自分の立ち位置を問い直すこととなったことです。ロシアでみたレーニンの永久保存された遺体はいまでも鮮やかに脳裏に浮かんできます。いま目の前にいる、この男が20世紀を動かし、この男の思想に共鳴して己の生命を捧げた無数の人の運命を思い浮かべると、実になにか暗然たる表現しがたい感慨が浮かんできました。そしていまや彼は自分の祖国から捨てられ、首に縄を付けられて引きずり倒されようとしている・・・このパラドックスを誰が予想したでしょうか。さらに私は初めて開発途上国のタイへ旅行し、煌びやかな大都会の喧噪と農村部の貧困のめくるめくような非対称性に息を呑まれつつ、そこにある沸き立つようなエネルギーに圧倒されました。あの永久保存されている男の思想は、この世界にいまも意味を持っているのだろうか・・・実に考え込まざるを得ませんでした。こうして個人的な2007年は過ぎていきました。
では私を取りまく日本と世界の2007年はどうだったでしょうか。正直なところ私は途方くれています。地球という惑星の最後の瞬間が迫りつつあると分かっていながら、なお平気でガスを排出し続けて快適な生活を楽しもうとする星条旗とその手下国の哀れさ! 彼らは惑星を壊す先頭に立ちながら、同時に圧倒的な武力を駆使して人殺しをおこなって恥じない1年でした。全世界を市場原理型資本主義の競争に巻き込みつつ、全身から血をしたたらせつつのたうち回って黙示録の終末に向かって最後のあがきを続けています。星条旗の手下国になりはててしまったアジアの列島国家は、その負と不正義の部分を全身に浴びて混迷の極におちいっています。その最大の犠牲者は未来世代たる子どもたちです。
この国は総世帯の22,3%に達する1105万世帯が生活保護水準以下の貧困世帯という悲惨な状況に陥り、そのうちワーキングプアが656万世帯に達しています。彼らはこの押し迫った年の瀬をどう越えて新しい年を迎えるというのでしょうか。いま今年最大の寒波がこの列島に襲来し、各地は雪嵐に見舞われています。彼らは自己責任論の威嚇の前に声を押し殺して耐えています。しかし最大の犠牲者は希望を奪われた子どもたちです。日本青少年研究所「高校生の未来意識調査」(02年)で、「私は他の人びとに劣らず価値のある人間である」にYESと答えた率は、米国89,3%、中国96,4%に対して、なんと日本は37,6%と世界でダントツの最低となっています。自分を大切な人間だと思えない高校生が60%以上になっているのです。ユニセフ「先進国の子どもたちの幸福度調査」(07年 OECD 15才対象)では、「あなたは孤独と感じますか?」にYESと答えた子どもの率は、日本がダントツの1位で29,8%、2位アイスランド10,3%、3位ポーランド8,4%となっています。日本の若者は世界で最も孤独感が強く、逆に自己肯定感情が最も弱いのです。何なんだ!これは! 自己責任によって「美しい国」をつくろうとか云った人は、痛々しく傷ついた国に蹴落としておいて無責任にサッサとやめてしまった。今年をシンボライズする言葉が「偽」という、なんとも唾棄するようなイメージの1年ではありました。日雇い派遣の可能性しかない若者に何の未来があるだろうか? 鋭敏で繊細な若者ほど、孤独で自己肯定感を喪失して漂流しはじめたこの国に、いったい何の希望があるだろうか? これが2007年のつくりだした日本という国の目を背けることのできない惨めな姿だ。大晦日の夜に紅白を聞いても、そこには虚栄の愛の世界しかなく、そのトラウマはK1など格闘技の世界で憂さ晴らししかないという、実に裏さびれた哀しい大晦日でしかない。私の隣家はクリスマス頃から全館をキラキラと煌びやかに飾り立ててこれ見よがしに光を放っている。豪邸を見せびらかして悦に入る無神経の構造に恐るべき人間的精神の頽廃を感じる。日本の夜は静かに漆黒の闇の中で過ごしていくのがほんらいの姿だ。
2008年はおそらく日本の帰趨を賭けた問題の1年となるだろうと秘かに予測されます。そのキイー概念は「さらば 市場原理」となるでしょう。これが私の油絵の究極にして基盤となるテーマなのです。サヨウナラ・・・痛々しい2007年よ・・・世界を地獄に蹴落として恥じない星条旗とその手下国を罰せよ・・・なにもせずその共犯者であった私を罰せよ・・・!。2008年は私がいい仕事ができるかどうか、溌剌とした生活者であるかどうか、私が人間であり得るかどうかを問う最後のチャンスとなるような気がします。1年間にわたってこの気ままなページを御覧いただいて、心より感謝申し上げます。皆さまのアクセスなしにこのサイトの維持はありませんでした。やはり「よいお年を!」と申し上げて、2007年最後のメッセージを閉じたいと思います。(2007/12/31
15:04)
◆「手下国」と名指しされて恥をさらしている国がある
私ははじめて日本を「アメリカの手下国」と表現する公共報道を目にしました。「目下の同盟者 ジュニア・パートナー」という日米安保体制を批判する左翼用語がありますが、いまや国際常識として日本はアメリカの「手下国」というイメージが定着しているのです。フランス・ルモンド紙は国連気候変動枠組み条約バリ会議の結論を評論し、「EU・発展途上国連合対米国とその手下国(カナダ・日本)の対立で温室効果ガス削減数値目標設定に失敗した」(12月19日付け)としています。なるほどアメリカは、「わざと行動を遅らせるぶち壊し屋としてふるまい、前進したかもしれない1週間を落胆で終わらせ」(ニューヨーク・タイムズ 12月17日)、「ブッシュは言行不一致で、バリで時間稼ぎをしたに過ぎない」(ワシントン・ポスト 12月18日付け)のですが、私がもっとも惨めに感じたのは、全世界からの非難を浴びて孤立するアメリカを助けるような発言を日本代表が述べていたことです。京都議定書議長国としてその実現の先頭に立つ義務を担うはずの日本は、離脱して経済成長のエゴを追求するアメリカを弁護しているのです。「あなたはこの席にいる資格がないから、出て行って欲しい」とアメリカに迫るシーンで、日本だけが(!)助け船を出したのです。こうして日本は全世界に恥ずかしい姿をさらし、笑い者になってトボトボと会場を後にしたのです。強者に媚びへつらって、尊厳を失ってもエヘラエヘラとと薄笑いを浮かべて握手に来る異様な国とみなされて、それでも親分の後を追いかける惨めな三下ヤクザの姿でしかありません。尊厳と矜持を失って品位を奪われた人間に生きる希望はないように、「手下国」の未来への希望を語ることは難しいでしょう。
この国は薬品会社と政府が結託して、市民に毒を盛って死に至らしめる殺人行為をしても、アレコレと言い訳をしながら逃げようとし、言い逃れができなくなると、責任は認めないがカネはやるよーという手切れ金で幕切れを図る狡猾な分裂をするのです。平気でいのちの重みを差別し、これが最大限の誠意だと云って逆に被害者を恫喝するー恥について全く無感覚であるこのような人格はどのように形成されたのでしょうか。薬害(!)C型肝炎訴訟の経過は、「政府に期待を持ってしまった自分がバカだった」という患者たちの無残な絶望に示された「政府の失敗」の絶望を示しています。私の妻が被害者の一人だということが私を激昂させているのではありません。患者の救済を期間限定した大阪高裁和解案でさえ、「全員一律救済へ努力すべきだ」と付言しているのです。他人に毒薬を流して死に至らしめた犯人たちは、逮捕されることもなく天下って栄耀栄華を楽しんでいるのが、この日本の実際なのです。
日本は在日米軍のための思いやりとして、来年も2083億円(!)!)をタダで米軍にくれてやるそうです。米兵の宿舎に362億円、電気水道費に253億円、基地で働く人に463億円などなど。グアム移転を含む再編費用529億円もタダで提供するそうです。しかしこれらはすべて利権事業の対象となって、ゴルフ接待を繰り返す日米軍事会社と防衛省高官の懐に入っていくのです。戦前のシーメンス事件以降、連綿として続く産軍複合体の癒着は結局のところ、国を破滅に導くのです。たった数億円のC型肝炎訴訟患者のいのちを見捨てて、人殺しの道具に一生懸命カネを投下する異常にあらためて愕然としませんか。
しかしこの日本の惨めは私たち自身がつくりだしたものであり、国民は結局の所自らにふさわしい政府を選んでいるのだーというニヒルな声が聞こえてきます。こうした声は毎日の料理とお笑いが占拠しているTV番組を観ていれば分からないでもありません。残業で疲れた身体は酒と笑いでいっときの生をとりもどし、大事であってもまじめなことはさらに疲れをもたらします。ローマ皇帝が市民たちに「パンとサーカス」という享楽を提供して頽廃をつくりだして独裁を実現したように、現代も視聴率競争の神話のもとで頽廃文化がまき散らされています。韓国軍事独裁政権は、大学地区に集中的に明洞などの遊興施設をつくって学生を頽廃させたように。
究極の驚異は、政府が長生きした人には制裁を加える政策をほんとうに来年から実行しようとしていることです。75才以上を対象にした後期高齢者医療制度が導入され、C型肝炎患者の生命を奪ったように、75才以上の老人は早くこの世から去ってくれーでないと日本はつぶれると脅迫するような政策です。アレコレと弁解を繰り返す裏に、食品会社以上の政府の「偽装」が隠されていることを見抜くことに失敗すれば、ほんとうにこの国は終わりの始まりとなります。なぜならば追いつめられた市民は、この窮迫を身近な日常で解決し突破しなければならないからです。競争に勝たなければ人生は惨めだと知った子どもたちは、他の子どもを迫害してイジメながら学校へ来るのを阻止して自分だけは生き残ろうとします。企業に入れば同僚を蹴落として自分の業績を上げなければ正社員の道はありません。年老いた親を介護しながら、行きづまって親を殺めてしまうケースが多発しています。こうして誕生から最後の死に至る全人生が、痛々しい砂漠のような惨状を呈しています。
私はこのような国になるとは正直想像もできませんでした。なぜこのような惨憺たる荒野のようなみすぼらしい状態になったのでしょうか? どのような時代であれ、おとなしく主張しない大勢順応の日本的パーソナリテイの結果なのでしょうか。もしそうなら日本の人格構造を打ち砕いて変えない限り、救いはありません。ジッと冷静に澄んだ目でこの国を見つめ抜いていくと、なにが見えてくるでしょうか? 煌びやかなネオン輝く銀座や六本木の背後に荒涼たる風景が広がってはいませんか。この両極分解した日本の姿は、この10年で出現しました。この10年でどのような人為がなされたでしょうか。運命や性格ではなく、この人為のあり方にまなざしを注いでみたいと思います。見えてくるのは、怒濤のようなアメリカ・モデルの流入、具体的には市場原理シカゴ学派の乱入でした。私はこの導入期にある種の危惧と危機感を覚えましたが、ここまで今までの日本型システムを破壊してしまうとは思いもよりませんでした。世を挙げて自己決定・自己責任が宣揚され、ベンチャーのサクセス・ストーリーが持て囃され、ナントカ・チルドレンたちが踊り狂いましたが、その後にはどこもかしこも「偽装」ブームで累々たる屍が放置されて、若者の3人に1人が非正規という絶望的な人生がひろがりました。これほどの犠牲を経て私たちは痛苦の体験をしつつ、やっと気がつき始めたのです。アメリカ・モデルと訣別し、市場原理主義を廃棄した、新しい日本型モデルを独力で創出しなければならないことを。(2007/12/21
12:32)
◆「もっぱら派遣」・・・!? なんなんだこれは!!
こんな汚らわしい日本語を初めて聞きました。派遣労働のもっとも特殊な形態だそうです。要するに企業が系列子会社の派遣会社をでっち上げて、企業の正社員をそこへ移籍させ、そこから派遣労働者として元企業へ派遣就労させるというイジキタナイ偽装派遣です。これほどまでにして社員を動物的に処遇する会社にコンプライアンスなんて何の意味があるのでしょうか? でもある意味ではここまで企業経営者を追い込んだシカゴ学派の市場原理主義の恐るべき反社会性が浮き彫りにされています。すべては竹中とか称する人物の経済学に席巻されてしまった哀れな日本の為政者に根因があるでしょう。コイズミータケナカ・ラインは日本現代史にポピュリズムの手法によって、アメリカ型経営手法を機械的に導入し、残念ながら一時的に制覇するに到りました。日本的雇用は無残に蹂躙され、いい意味での日本型集団は解体され、ジャングルの掟に翻弄される競争を自己目的とした弱肉強食によって、いまや惨憺たる格差社会が出現してしまいました。これほどまでに未来や希望という言葉が死語となって虚しく感じる時代は日本にかってなかったでしょう。いわば古代奴隷制に近い就業がモダンな現代に現出し、もはや人間はカネの奴隷として使い捨てされるまでに転落してしまいました。「もっぱら派遣」・・・なんという日常言語による就業形態用語でしょうか!
しかし最も怖いことは、こうした最悪の市場原理主義の横行のもとで、人間の初歩的条件である理性や正義などの感覚が色褪せてしまい、バカバカしく感じられてまっとうな感覚で受けとめられなくなったことです。競争といいながら政界では2世とか3世でないともはや機会を得られない実態にみるように、前近代的な地縁・血縁・金縁社会が出現しています。そうなのです、日本にはもはや正常な競争システムはなくなり、生き生きとした相互刺激と励まし合いによる進歩可能性を喪失した頽廃社会へと転落しつつあります。いったいだれが誰がこうした世の中で、子どもを出産し、育てる希望を持つでしょうか? 算術的に予測すれば推計生涯出生率は2025年で1,25ですから、日本人口はじつはゼロに向かってゆっくりと減退しはじめたのです。
掛け金を納めても約束の年金を受け取れない政府の詐欺にあった人が5000万人を超えるという事態は、いつ暴動か一揆が起こっても不思議ではありませんが、ブツブツと不満は言いながら立ち上がる人は少数です。殺人薬を承認してC型肝炎を発症して一生を犠牲にしても救うのは一部だけだという政府に抗議するのは一部の人だけです。権力をもった強者がどのような悪辣な行為や騙しを駆使しても、いたいけな民衆は黙って頭を垂れているかのようです。逆に不満をより自分より弱い層へ振り向けて、互いにいじめ合うみじめな状況へ転落してもなお互いに罵り合う悲惨です。これはもはや救いがたい世紀末の黙示録の時代ではありませんか? 2000年前にはイエスが出現したかも知れませんが、現代では救世主はあり得ません。自分自身が救世主のメンバーに立候補しなければならないのです。やめてくれませんか? 「もっぱら派遣」などという言い方は! これほどに派遣労働者を貶める言葉があるでしょうか!?・・・もはや日本はここまで堕落した頽廃国家に転落しているのでしょうか?
異常な日常が常態化していくと、それが当たり前のように受けとめられて別の世界があるという想像力が衰弱するばかりか、すすんで自分自身がのめり込み、自分から協力し推進していく地獄へのスパイラル状態が出現する。ナチズムに燃え上がるような献身の自己満足を覚えたドイツ人を私たちは他人事と思えません。過労死や過労自殺している同僚社員を横目で見て、自分でなくてよかったとホッとしている自分なのです。こうして互いの協力や励まし合いを失った日本は、静かにしずしずと破滅への階段を下りつつあるのです。どうすればいいのだろうか? いったいどうすればいいのだろうか? 私たちはたちどまって自らのあさましい姿をふり返るチャンスはあるだろうか? 原点へ立ち戻る・・・私たちが人間であるという原点へ立ち戻る・・・では人間の原点とは何だろうか?
チンパンジーの子どもの記憶能力は人間の成人より優れている・・・チンパンジーの子どもは直観像記憶という人間の子どもの数百人に一人という能力を持っている・・・これはタッチパネル式コンピュータの画面に出る1〜9の瞬時の数字と白い四角形の実験によって証明されました(京大霊長類研究所)。人間の脳は赤ん坊から成人で3,2倍になり、人間が人間化する学習が蓄積される。チンパンジーも同じく赤ん坊から成人で3,2倍になる。チンパンジーの学習原理は、「教えない(親が口出しして教えない)」「見習う(親の行為を子どもが至近距離からのぞく)」「寛容(親が叱らない、邪険にしない)」という3原理にある。つまり、子どもは大人を尊敬しながら、自分も早くあのようになりたいと切望し、大人は子どもの成長を信頼して決して強制しないという世代間関係が成立しています。この原理こそじつは人類が獲得してきた学習原理だ。強制的に注入し、体罰によって支配しても結局人間は人間的に成長しないということが、チンパンジーの世界で証明されています。ところがいつのまにか人間は、いや日本列島の霞ヶ関に棲む大人の一部は霊長類以下の動物的競争原理で人間同士を競わせれば、ニンジン競争のように互いに競えば経済は伸びると錯覚というか誤謬の市場原理に巻き込まれて、人間社会の初歩の健康さを喪失してしまいました。「もっぱら派遣」などという動物的騙しのテクニックを駆使してまでも、なおカネに妄執しなければならないシステムとはいったい何なのでしょうか?(2007/12/20
20:02)
◆ふたたびトヨタ自動車の不買運動を呼びかける
実に驚きました! 政府はトヨタ過労死裁判の名古屋地裁判決について控訴を断念し、判決が確定したのです。「新たな事実が判決で認められた結果、判決が認定した時間外労働時間は現行基準に適合していると認めざるを得ない」と厚労省はよく分からないことを言っていますが、要するに時間外労働の積算方法という単純な問題に留めたいのだと思いますが、この判決確定は日本の生産現場と労働態様に激震をもたらす巨大な意味を持っているばかりか、いままでの労働行政に強烈な自己批判を迫るものです。
日本型生産システムの基軸であった集団主義チームによる自主的な改善運動(ZD・QC)は、あくまで自主参加として勤務時間外に営まれ、麗しい無償の奉仕活動かサービス残業として労務コストの極小化を実現してトヨタの競争優位を保障する基幹的な生産システムでしたが、判決はこれを業務とみなし時間外労働としたのです。QC活動は製品の品質と職場の編成について、小集団で意見を出しあい改善していく提案制度として、トヨタ車の品質上昇と労働力編成の効率を極大化したばかりか、チームのためにみずから自己犠牲を求める集団精神を醸成し、同時に異端的な行動を相互監視する江戸期の5人組の役割を果たし、企業運命共同体の企業風土がつくられました。いわばトヨタ生産方式の基軸的な制度として躍進の基礎となっているのです。一人勝ちのトヨタは、工場ばかりか地域の生活システムもトヨタ中心に編成し、行政も又トヨタ支配に包摂されていきました。
豊田労働基準監督署は、QC活動を等を業務外の自主活動とする会社側の主張をそのままオウム返しに繰り返して、過労死認定を拒否しました。豊田労基署全体がトヨタ支配の機関と化していたのです。豊田労基署の署長はトヨタ系メーカーの割引券でゴルフを繰り返すなどの接待漬けにあり、トヨタ自動車の元社員が労基署の相談員に送り込まれるなどトヨタの行政支配はとどまるところを知りませんでした。OB相談員は、労基署にもたらされた内部告発情報を出身企業に伝えるスパイとして活動し、企業労務部の下請となっていたのです。厚労省はそのあまりの癒着ぶりに反論の根拠を失い、控訴断念に到ったのです。トヨタ自動車は判決直後に、「ご遺族と国の訴訟であり当事者でない」という理由でコメントを拒否し、原告からの控訴断念要望書の受け取りも拒否するという、まるで自社の出来事ではないかのような信じられない冷酷な態度に終始しました。裁判では直属の上司2人を労基署側証人として出廷させ、労基署に有利に証言をさせているにもかかわらず、無関係ととりすます傲慢と奢りの裏にはどのような企業文化があるのでしょうか? 自社の社員が工場内で死に至るという事態をこれほどに冷酷に扱う企業や組織とはいったい何なのだろうか? 業務で次々と社員が死んでいくことに対して、いったい労働組合はなにを考えているのだろうか? そしてわたしが最も許せないことは、トヨタ自動車が未亡人に接近し、「あなたがトヨタに就職する選択肢もありますよ」と暗に訴訟をやめるように脅迫的な誘導をしたことです。
さてこのトヨタ過労死判決に対するメデイアの報道は驚くべく少ない実態です。トヨタは年間1000億円を超える広告宣伝費をばらまく日本最大の広告主です(2位松下電器、3位のホンダを200億円以上上回る)。この判決確定は、トヨタのみならず、松下電器・ホンダ・キャノン等々日本の製造業の生産システムから流通に到る経済から社会全体の根幹を直撃する意味を持つにもかかわらず、メデイアは今回の裁判を「トヨタ」ではなく「名古屋の自動車メーカー」と小さく報道し、日本経済新聞はトヨタ批判本の広告掲載を拒否しています。民間メデイアが広告主に配慮するのは分からないではありませんが、公共メデイアであるはずのNHKですら報道を逡巡しているのはなぜでしょうか。
いまのところトヨタは一切のコメントを拒否していますが、経営中枢は混乱の渦中にあって慌てふためいているでしょう。或いはおそらく日本経団連の全体が対応をめぐって右往左往しているでしょう。2兆円を超えるトヨタ営業利益の最大の基盤であるQC活動を勤務時間内に移すかどうか、今までのQC活動時間のサービス残業代を支払うべきか、判決確定による労基署の指導にどう対応すべきか・・・・・等々。追いつめられたトヨタは、なんと自己責任を回避して厚労省指針に転化し、「今までも国の指針に従ってきており、我々が独自に対応するのは難しい。実業界としてどうすべきなのか、国に新たな指針を示してもらいたい」(トヨタ幹部 12月14日 朝日新聞)と政府支援によって打開しようとしています。日本経団連会長として規制緩和と市場原理政策の導入の先頭に立ちながら、自らの苦境にあっては政府介入を求めるという恥ずべきコンプライアンス能力の欠如を示しています。トヨタをはじめすべての製造業は経営収益の最大基盤であるカイゼンの原動力としてのQC活動を廃止することは企業崩壊を意味します。しかしQC活動を勤務として残業代を支払えば、恐るべき労務コスト上昇を誘発して、競争優位を喪失します。おそらくは「指示強制」とみなされない作為的基準による形式的合法性を確保しながら、存続をめざしていくのでしょう。そのときに厚労省は、企業と市民といずれのサイドに立って基準を作成するだろうか。
すでに06年度だけで過労死による労災請求は938件と過去最高を記録し、過労自殺などの精神疾患による自殺の労災申請も176件と過去最高に達しています。労災不認定を争う判決は83件にのぼり、うち17件(20%)が政府敗訴となっています。過労死と過労自殺列島と化したこの日本の悲劇に、痛烈なくさびを打ち込んだトヨタ過労死訴訟の未亡人にあらためて心からの敬意を表したい。私のまなざしはトヨタ自動車生産企画部と労務部の今後の方針展開に注がれています。しかし私は、トヨタ車不買運動の発動時期が迫りつつあるような予感がするのです。(2007/12/16
10:12)
◆アナ恥ずかしや 恐ろしや 日本の記憶
昨夜のTV番組でスペインで可決された過去の記憶法のルポをやっていました。フランコ派や王党派が依然として隠然たるちからを持つこの国では、内戦からフランコ独裁下の苛烈な弾圧を公然と語ることは困難でしたが、今年のサパテロ政権の成立を受けて「過去の記憶法」が成立し、犠牲者の名誉回復の事業が進められています。掘り出すことがためらわれていた犠牲者たちの遺骨が、シャベルで次々と掘りおこされていきます。闇に消されていた人間の尊厳にふたたびひかりがあたりはじめた瞬間です。ドイツやイタリアなどの第2次大戦の敗戦国は、戦争犯罪への謝罪と償いを比較的すみやかに始めましたが、中立を維持したスペインの独裁の犯罪は戦後も裁かれることなく過ぎてきたのでした。しかしスペインはここにきて独力で、自らの過去の汚濁と罪責を公然と認め、被害者の名誉回復と補償への道を踏み出したのです。加害者への責任追及が弱いなどの問題はありますが(韓国は加害によって得た財産の没収をおこなう)、一歩踏み出した点に画期的な意味があると思います。歴史はついにはジャステイスの方向へ向かうということの証左ではないでしょうか。ところが他方で、いくら他者から指摘を受けても、ほとんど応えようとしない異様な国が東アジアにあります。この国の異様さはじつは外側からみないと分からないほどに深くしみ込んだものとなっています。
欧州連合(EU)の欧州議会(ストラスブール)は13日の本会議で、アジア太平洋戦争中の旧日本軍の「従軍慰安婦」について、日本政府の公式謝罪と歴史事実の国民教育を求める決議案を賛成54,反対なし、棄権3で採択しました。決議は「従軍慰安婦制度は、日本政府が女性を性奴隷にするという目的だけで若い女性の獲得を公式に指令したものだ。この制度は犠牲者を死や自殺に追い込んだ20世紀で最も重大な人身売買の一つだ。日本政府は明確な形で歴史的、法的責任を認め、謝罪し受け入れることを要求する。生存するすべての犠牲者、遺族に対して補償する効果的な行政を求める。従軍慰安婦という服従や奴隷化は決してなかったといういかなる主張に対しても、日本政府が公然と反論することを求める。日本国民と日本政府が自国の歴史への全面的な認識をさらに進めることをうながし、日本政府が慰安婦問題を含む1930年代から40年代に賭けての日本の行為を、現在と将来の世代に教育することを求める」としています。
こうした決議はすでに米下院(7月)、オランダ下院、カナダ下院(11月)で採択されており、主要な先進諸国の最高決議機関がすべて採択したことになります。しかしEU決議が今までのもの違うのは、「アジア太平洋戦争」と正式呼称し、日本政府のみならず日本国民に向かって過去の記憶の作業を求めている点です。これはまさに欧州諸国で取り組まれてきたファッシズムの罪責の記憶と補償の取り組みの経験に裏打ちされています。これらの決議案に対して、日本外務省は現地大使館に徹底的な反対ロビー活動を指示し、逆に」軽蔑と反感を買ったことは皆さますでにご存じのことでしょう。外にあっては慰安婦・強制連行、内にあっては集団自決命令と虚飾の歴史を偽造するために奔走してきた日本政府のあさましい態度は全世界から冷笑を浴びています。
「南京の傷跡 南京事件を日本はいまだに残虐行為と認めることに葛藤がある。日本の一部の人は中国人虐殺を認めることに抵抗している。南京事件は第2次大戦の最悪の虐殺の一つであり、中国でのホロコーストと知られている。事件後70年過ぎても、日本人の一部は事件で死亡した中国人数に疑問を呈し、日本の侵略戦争の犠牲国から不信を買っている。ドイツがホロコーストについて正式に謝罪し、虐殺加害国が犠牲者数に疑問を呈することは欧州では受け入れられない」(インデイペンデント 12月13日付け)
「南京事件は過去の出来事以上のもので、いまも多くの人びとのこころに生々しく残っている。中国の人々は歴史を未来への鏡としてとらえ、いまも調査をつづけているからだ。日本では南京虐殺を記念する公式の行事はない。何人かの首相は過去の軍国主義について謝罪したことはあるが、日本には軍事作戦中の残虐行為を声高に否定する人びとがおり、なんきんじけんもなかったと主張する人びとがいる」(BBC 12月13日付け 南京事件70周年記念式典現地レポート)
「南京虐殺を記憶する中国 日本側が大虐殺について補償してこなかったことが、戦後両国関係の最大の障害の一つとなっている。日本には事件そのものがなかったと主張する者さえいる。(88才の男性の証言の声を紹介し)教科書での南京事件を含む過去の日本の戦争犯罪の隠蔽や、戦争犯罪者をまつる靖国神社への歴代日本指導者の参拝が両国の緊張を高めている」(アルジャジーラ 12月13日付け)
「日本では天皇の軍隊が南京に到着した後に南京は平和になったと主張する民族主義者が大虐殺を否認している。日本政府が昨年、史実を歪めた歴史教科書を採択した後、日本は自らが引きおこした戦争責任を薄めて描こうと企画しているとの国際的な批判を受けている」(星州日報 12月14日付け)
南京大虐殺記念館が13日に新装開館し、海外資料を含めた3000点の資料と写真が英・日・中3国語で説明され、日本軍部隊史・日誌・戦後裁判記録、幅20m・高さ12mの書架に1万2802人分の個人ファイルがアルファベット順に整理され、参観者は手に取ってみることができます。展示の最後には「半世紀あまりたった今も事実を改竄する者が後を絶たない。従って南京大虐殺の事実を擁護することがますます大切になっている」と記してあります。あえて「日本」と書くことを避けているところに、私たち日本人はなにを受けとるべきでしょう。館長は「恨みや憎しみを煽るのではなく、平和を前面に出し、人びとに歴史を記憶にとどめてもらい、平和を発展させるためです」と記念式典で述べています。日本はすでに「品格」において破綻しているのです(日本で「品格」は主として極右が使う場合が多いので使いたくないのですが)。(2007/12/15
9:13)
戦場という極限では人間的本質があますところなく直線的に流出します。自分の命が左右される決定的瞬間ではそれを理性で制御することは不可能です。ましてやいのちを捨てる意味に逡巡した従軍の場合は、感情のねじれは外に向かう攻撃的暴力の行使か、内に向かうPTSDを誘発して何れにしても人格崩壊に到ります。日本軍の食糧は兵站補給ではなく、現地調達という驚くべき非近代的原則を採用し、それは必然的に略奪行為を随伴します。つまり略奪を軍規とした日本軍は、人間をも略奪する本質的に犯罪軍であったのです。こうした日本軍支配の異常性は、朝鮮半島に対する創氏改名や改宗強制という内面的暴力支配にもっとも鋭くあらわれています。
寺内正毅初代朝鮮総督は、韓国併合翌年の1911年に「寺刹令」を発布し、第3条で「寺刹の本末関係、僧規法式その他必要なる寺法は各本寺においてこれを定め朝鮮総督の認可を受くべし」として約900の朝鮮仏教寺院を総督府の支配下に置きました。1915年には「朝鮮総督は現に宗教の用に供する教会堂、説教所または講義所の類において安寧秩序を乱すの恐れある所為ありと認むる時はその設立者または管理者に対しこれが使用を停止または禁止することあるべし」(第12条)という布教規則ですべての朝鮮仏教の抵抗運動を統制しました。日本の既成仏教教団は、併合以前から布教活動を開始し、併合後は総督府認可のもとで朝鮮仏教の日本同化をめざす朝鮮仏教統合計画を推進し、日本のキリスト教各派や天理・金教教なども便乗布教を始めました。
苛酷な宗教支配に抗う朝鮮宗教者は、1919年3月3日に大韓帝国初代皇帝の葬儀をおこなうとして、天道教(民俗系 東学ともいう)、キリスト教、仏教指導者が会合して「独立宣言」を起草し、宣言文は天道教印刷所で印刷され、宗教組織を通じて主要都市に送られて3月1日に発表され、3・1独立万歳事件といわれる最大の抵抗運動となりました。血の弾圧を加えた朝鮮憲兵隊司令部は、朝鮮人の埋葬慣習を無視して墓地を没収し耕作地に向かない不用地を共同墓地に指定して墓地を強制移転させたことに、「鮮人間に唱えらるる不平・・・墓地規則に関する不平ははなはだなり」と報告しています。3・1運動直後に朝鮮神社が建てられて強制礼拝がおこなわれ、1925年には天照大神と明治天皇を祭神とする朝鮮神宮を頂点にした神社組織が張りめぐらされ、1937年以降は日の丸掲揚、宮城遙拝、皇国臣民誓詞斉唱、神社参拝が強制されていきます。日本支配に抵抗する政治犯は、刑務所内で日本人僧侶の教誨師から「敬神崇祖の信念を養う」国家神道の思想転向を強要され、激戦地に優先的に徴用されていきました。日本の植民地支配は姓名の剥奪から改宗の強制という、恐るべく前近代的な野蛮そのものでした。今からふり返ってその中世的な支配方式の悪魔性に言うべき言葉もありません。私は父祖たちの、そして現在に至る悪魔のような所業をいかにも「自然に」繰り広げてきたパーソナリテイに恐怖を覚えます。そしてわたし自身もおそらくそのような性癖を本然的に胚胎しているに違いないと思うのです。
こうして過去の罪責を決済することなく、繁栄の道を歩んできた日本はここに来て、堆積した矛盾が一興に噴出してきているかのようです。そうしてこの決済は時効なき未完のプロジェクトとして、次々と次世代に先送りして、現在ただいまこの瞬間の快楽を楽しむローマ帝国の末期に酷似してきています。年の瀬も押し迫ってこうした文をしたためねばならない惨状に絶句します。(2007/12/15
10:12)
◆日本の「学力」はなぜ転落していくのか
経済協力開発機構(OECD)の第5回国際学力到達度調査(PISA)結果(12月4日公表)によると、科学的リテラシーは00年・2位→03年・2位→06年・6位、数学的リテラシーは同じく1位→6位→10位、読解力は8位→14位→15位とどの分野においても転落の一途をたどっています。もちろんこれは絶対評価ではなく、各国の相対評価ですから、学力の絶対水準が維持されていれば問題はありませんが、フィンランドが1位か2位を維持しているのをみると、順位に一喜一憂しないで中味を正確にみることが求められます。フィンランドの学力分布をみると、下位ないし最下位層が相対的に少なく、中位から上位層が多いのに対し、日本は上位と下位・最下位に両極分解しながらなおかつ全体として下降しているという傾向がみられます。さらに世界で最下位に位置するのが、関心や意欲であり、科学の本を読むことや番組・雑誌を読むこと、クラスで討論したり発表する対話型授業などです。関心・意欲の全般的な衰弱のなかで、学力の両極分解と全般的下降が起こっています。なぜ日本の子どもたちはこのような状況になったのでしょうか? 子どもたちの責任でしょうか?
まず1つの仮説を立ててみたいと思います。00年に14位から19位前後に低迷していたアメリカの子どもたちの学力が圧倒的に下降し、03年から20位以内から姿を消して先進国では最下位となってしまいました。これはアメリカ型教育システムの失敗を示しているのではないか? アメリカ型教育システムを導入した日本も又同じ道を歩んでいるのではないかーという仮設です。知識を得ることに興味がない、学ぶことに興味がない、学習は将来の実生活に関係ない等と答える子どもたちが世界で最も多い理由が分かるかも知れません。今回の調査の対象となった15才(高校1年生)は、実は新しい学習指導要領を小学校から始めた最初の学年です。その内容は、能力にあった個別学習・観点別評価(学ぶ態度など)・習熟度別学習の推進・重要学習事項の削減そして成績競争による予算配分など「過度に競争的な環境」(ユネスコの対日本政府勧告)の推進にありました。同時に教師にも成果主義賃金による競争的人事管理を強め、細部にわたる指導方法の上意下達などで指導要領の拘束性を強めました。指導要領の拘束性を除いて、すべてアメリカ型市場原理の教育への導入でした。子どもたちは、つねに友だちとの競争の不安におののき、教師の目を気にし、点数のみが最大の関心事になっていきました。競争環境の不安は、教室内での敵対意識を醸成し、残酷なイジメが蔓延していきました。今の高校1年生は、そのような問題状況の最初にして最大の当事者となったのです。
全く答えを書かないで白紙で提出する率が日本は世界でトップになっていることは、すでに学びを降りてしまった傾向がうかがえます。さらには「努力値」調査で、この試験の点数が学校の成績に含まれる場合は努力するという数値が世界で最高です。ここには点数を競って賞罰的な学習競争を煽る「過度に競争的な教育環境」(ユネスコ対日本政府勧告)の実態が浮き彫りとなっています。
さて世界トップを驀進するフィンランドはどうなのでしょうか。フィンランドの授業時間は日本に較べて極端に短く、ほとんど午前中に終わって午後は自由研究時間です。少人数学級で子ども同士が互いに助け合いながら学習し、発表や討論などの対話型授業が行き渡っています。子どもたちの主要な関心は、点数ではなく、分からないことが分かる喜びや知らないことを知る楽しみなど学ぶことの原点に近い心理で学習を体験します。もちろん教師への授業拘束性や評価主義賃金等はありません。教師も子どもたちも勝ち負けを争う競争の神経ではなく、真理への探究の神経が培われていきます。もちろんフィンランドがパーフェクトという分けではありませんが、アメリカ型教育システムの対極にあるフィンランドから、謙虚に学ぶべきものがあるのではないでしょうか。
要するに日本の教育は失敗の過程の深みへの踏み出しつつあります。この犠牲者は未来の日本を担う子どもたち自身です。私はその基礎にあるマクロ的な原因について考えました。私の見解は間違っているのでしょうか。子どもたちは不可逆的な一回性の学校生活を送ります。もし間違った教育であっても、子どもたち自身は選ぶことはできないのです。いまここで原理的な再検討を加えないと、次の子どもたちはもっと深く傷ついていくでしょう。少なくとも、学ぶことが奴隷の苦役のようになっている現状は直ちに切開し方向を切り替えねばなりません。その残り時間はそれほど多くはないと思います。(2007/12/5)
◆健一さん(享年30)は「永遠に眠るために過労死したのか」・・・トヨタ車の不買運動を呼びかける
02年2月9日午前4時20分に内野健一さんはこの世を去った。当日は午後4時10分から午前1時の遅番勤務であり、午前3時30分過ぎに椅子から崩れるように倒れた。彼はQCサークルのリーダー、提案活動のとりまとめ役として、死亡前1ヶ月の残業は155時間25分に達していた。厚労省規定の過労死危険時間である80時間をはるかに超えていたが、トヨタはQC残業を一律月2時間とし、それ以外のインフォーマル活動を含めてすべて従業員の自主的な自発活動であるとしてきた。豊田労働基準監督署も、工場にタイムカードがなく、彼が会社にいたことは認定できるが明らかな時間外労働とは認められず、残業は52時間50分だとして妻・博子さん(37)の過労死認定を退けた。名古屋地裁は、QC活動は@会社紹介のパンフに積極的に評価して記載しA上司の審査と内容が業務に反映されBリーダーは活動状況を自己評価していたことを理由に、自動車生産に直接役立つ使用者の支配下における業務と認定し、106時間の残業時間による過労死とし、療養補償給付金・遺族補償年金を不支給とした豊田労基署の処分を取り消した。以上・朝日新聞12月1日朝刊参照。
健一さんの職場の同僚はほとんど支えてくれず、友人にも支援を断られるなかで、妻・博子さんは派遣社員として幼い2人の子を育てながら裁判に取り組んできた。「夫がまじめに働いてきたことを認めてほしい。夫は寝る時が一番幸せと言っていた。もう心配しないでゆっくり寝ていいよ、といってあげたい」と涙を浮かべた。明らかにQCなどの活動は目に見えない強制によって参加する日本型の就業形態であり、仲間の信頼を裏切らないで作業をすすめる日本型集団主義の人間関係をフルに利用した合理化システムであった。トヨタ生産方式が、QCや提案活動、運動会、交通安全運動などさまざまの経済外的勤務システムによって従業員を企業に運命共同体として緊縛し、下請を生かさぬように殺さぬように絞り上げながら、世界最高の生産性を実現してきたことは、誰しも知っているごく普通の常識に過ぎない。内野さんというごく普通の青年が高校を卒業して、「世界のトヨタ」に誇りを持って入社し、献身的に働いてきたことは自然に予測できる。しかしその実態は、月155時間を超える残業であり(ということは毎日7時間を超える残業!)、まさに「眠るためにのみ働いてきた」・・・睡眠が最高の幸福という地獄の日々であったのだ。この世に生を受けたかけがえのない人間の生命が、動物のような眠りのために捧げられるとは!
トヨタ自動車労働組合は月80時間を超えないという残業協定を結んでいるが、QCなどを自主的な自発活動と見なすことに何の疑問も感じていない。しかもQC活動には期間従業員も参加しているのだ。労働者保護行政の中核である労基署も、会社側の主張を全面的に容認し、過労死認定を求める博子さんに冷酷な辱めを与えた。そうなんだ! 日本はもはや政府自身が先頭に立って、労働者を虐待する国になっているんだ。QC・ZDなどの集団的な品質改善運動は圧倒的な職場凝集力と労使協調の水準を高めて、日本経済の高度成長を実現してきたが、バブル崩壊以降の市場原理主義とむすんだ成果主義競争によって、ほとんどの企業の現場は激しい従業員競争の修羅と化して過労死の横行を誘発し始めた。一部の輸出型多国籍企業は繁栄しその影に万骨が枯れた。その頂点に立つのがトヨタに他ならない。日本経団連会長の椅子を手に入れたトヨタは、政府施策を恣意的に誘導し、江戸期にもみられなかった日雇い派遣という奴隷制に等しい勤務を導入することに成功し、かくて世界ナンバーワン自動車会社に躍りでることとなった。その影にはひっそりと過労死していった何万人もの内野健一さんの亡霊がたたずんでいる。ほとんどの経済学者はこのトヨタ・システムを絶賛し、政府・労働行政もトヨタの足下にひれ伏して媚びへつらうこととなった。しかし今回の裁判で、博子さんは亡き夫・健一さんの名誉と尊厳を回復したにとどまらず、実は日本企業の労務管理政策に致命的な打撃を与えたのである。いま次々と暴露されている製品偽装事件の背後にある、市場原理による競争の地獄のスパイラルがもたらしたモラル・ハザードに痛切な警告を与えたのだ。製品のみならず、教育や医療、社会保障の前線に及ぶ日本型システムの崩壊に警告を与えたのだ。
JAL客室乗務員200人が会社と最大労組を損害賠償で訴えた。このJAL労組は秘密裏に従業員1万名に上る個人情報を記載した監視ファイルで客室乗務員のスパイ活動をおこなっていたのである。従業員の思想調査から始まって、上司による査定、病歴、男好き、合コン狂い、生理休暇の取得情況、おでぶ、酒好き、スタイル抜群など精神と身体のあらゆる個人情報がインプットされている。会社労務部と結んで同じ社員を監視し、あわよくば会社にもの言う組合を切り崩し、互いに密告し合うシステムを社内に張りめぐらせていたのだ。私はかってもとJAL社員をテーマとする山崎豊子の「沈まぬ太陽」という作品を読んで、労働者の権利を主張する従業員を僻地への転勤によって退職に追い込む経営の醜さに驚いた経験があるが、あの作品よりもはるかに悲惨な実態がJALにひろがっていることに驚いた。訴えた従業員の一人が「日頃笑顔で機内で話している上司が、実は裏で私のことを密告していたのだと知って愕然とした。彼しか知り得ない情報がこのファイルにあった」と哀しい表情で訴えているのをみて暗然とした気持ちになった。今までもJALに乗ると、この機内には互いに相手を密告し合っている従業員がいるのだと暗い気持ちになっていたが、この裁判を契機にJALに乗ることが不安になってきた。飛行士とパーサーが互いに信頼を失っている飛行機のフライトはいったいどうなるのだろうか。
トヨタとJALの労務管理の体質は本質的に同じなのだ。トヨタは巨大労組に集約され、JALは労組が八つにも分立している違いはあるが、社員同士を競わせ監視し合い、過労死するまでに働かせる政策は同じなのだ。JALは衰退しトヨタは上昇しているように一見見えるが、なかで働いている労働者に違いはない。どちらも地獄への道を強いられている。ニューヨークのブロードウエイの劇場労働者が解雇を拒否して一斉ストに入り、上演は中止に追い込まれ数千億円の損害を生んだ末に、経営者は解雇案を撤回した。これがほんとうの正常な労使関係だ。日本の企業と労使関係はもはや抜きさしならない断末魔の極限に瀕している。いや日本の全線が崩壊のスパイラルに進んでいる。
労働基準監督局はトヨタ自動車の意向を受けて控訴するだろうか。自家用車に乗る私は一度だけトヨタ車を購入したが、あとはすべて他社の車を購入してきた。日産であれホンダであれ、いまは本質的にトヨタ・システムでは同じだ。しかしこの名古屋地裁判決は、トヨタを主犯として裁いた日本現代史を分けるかも知れない画期的な判決となった。もし政府・厚労省が日本の過労死の実態に目を向け、労働基準を監督するほんらいの職務を誠実に踏みおこなおうと思うならば、もし日本の企業の労使間関係を正常な人間的な関係にしようと思うならば、もし一人の寡婦も路頭に迷わせないと思うならば、一企業に過ぎないトヨタに媚びへつらうのではなく、毅然として労基法の精神に立ち返り控訴を断念すべきである。私は12月14日の控訴期限を息を詰めて迎え、もし最悪の結論がでるならば、あえて日本と世界に対してトヨタ自動車の不買運動を呼びかけざるを得ない。(2007/12/1
14:17)
◆モンスター・クレーマーの徘徊はなにを意味するか?
子どもに注射する時に「失敗したら許しませんよ」と脅迫する親や、待たされるのがいやで救急外来をわざと使う患者、「検査の時に怖い思いをしたので慰謝料を支払え」などと医療訴訟を起こす患者が増えているらしい。確かに続発する医療ミスや不祥事のうえに、尊大で横柄な態度で患者に接する医者への不信感は強い。こうした不信が蓄積して攻撃的な態度に出る患者が増えているのだろうか。最近、病院に行くと「患者さま」と妙な尊敬語を使って媚びへつらうような医院が増えたような気がする。患者のほうは、いつのまに自分は偉くなったのかと驚きつつ勘違いして、逆に横柄な態度をとりだすクレーマーな患者となるかもしれない。クレーマーとは、クレイム(苦情をいう)の人称代名詞であり、もともとは間違ったことを正すために指摘をする意味でしたが、どうも最近は自分のストレス解消という自己目的のために攻撃的な態度に出るらしい。医者ばかりではなく学校の先生方も「モンスター・ペアレント」という怪獣に怯えているようで、「担任を替えろ」とか「部活でレギュラーにせよ」など無理難題を要求する親が増えているらしい。親の態度に怯える教師を見て、子どもたちもつけあがって教師の指示に従わないことで快感を味わうようになっているともいう。こうして医者は訴訟の多い科や苦労ばかり多くて感謝されない科から逃げ出して医療現場は崩壊の危機に瀕し、教師も疲労感とストレスばかり溜まって早期退職する人が激増しているらしい。
さて追いつめられた病院や学校をなんとかしようと、文科省や厚労省はあわてて「親学」「患者学」をうちだし、国家権力の主導によって親や患者の道徳教育を始めると言い始めました。このような国民の精神修養運動で医療と教育の現場が蘇生するなどと本気で考えているとすれば、文科省と厚労省のおそるべきモンスターぶりが示されています。いったい親が学校に対してクレームをつけるようになったのはなぜでしょうか。バウチャー制度や学校選択制によって学校は商品となり、親たちは顧客として教師をサービス提供者とみなし、激しい競争評価を受けるわが子の姿を見て、学校と教師に対する対する不信と憎悪を抱き始めたのです。曲がりなりにも明治以降から形成されてきた地域文化の中核としての学校、こどもを地域の宝として育て合う共同の関係がじょじょに失われていきました。今私の住んでいる街で、放課後に響き渡る伸びやかな子どもたちの歓声はいつのまにか聞こえなくなっています。親も教師も子どもも、競争原理の成績評価の中でバラバラになって孤立化し、目の前にいる相手が敵のように映り始めているのです。
また医療費削減によって独立採算に移行した病院経営、患者を追い出す診療報酬制、苛酷な勤務に疲弊する医者、続発する医療事故、病院にも行けず死亡するワーキング・プアなどなど医者と患者の関係はじょじょに敵対関係に転化し、病院は高額患者を優遇しなければ倒産の危機に瀕しています。
学校と病院を商品化して市場に投げだし、経営の論理に包み込んだ国家政策に問題の根元があるのですが、学校と医療の危機の原因を「モンスター・ペアレント」と「クレーマーな患者」に求めて市民相互を敵対させることによって、じつは最大の犯罪者が隠蔽されようとしています。確かに一部に常軌を逸する攻撃性を示す市民はいるでしょうが、それは問題の本質ではありません。つまりほんとうのモンスター・クレーマーは誰なのかをつかむ必要があります。地球環境が危機に瀕している時にサッサと京都議定書から離脱して自国経済のみを成長させようとしている国はどこでしょうか? ジャスト・イン・タイムで好き勝手に雇用と解雇ができる日雇い派遣制を実現させたのはどこの国の経済団体なのでしょうか? 要するにライオンヘアー・タケナカと称される人物が日本に持ち込んだシカゴ学派型市場原理論に諸悪の根元が潜んでいます。この理論は、人間の本質を「自己利益極大化」を追求する功利原理とみなしますから、あらゆる社会現象は利益と利益の激突するオオカミの世界になります。このオオカミの弱肉強食によって世の中は進歩していくと考えます。弱者に対する配慮はムダな投資であり、社会全体の利益を損なうということになります。結論は自分さえよければすべてよいという究極のエゴの支配する社会が理想と見なされます。残念ながらこの理論は、アメリカ発の勢いによって日本を席巻し、教育も医療も市場競争のただ中に叩き込まれてしまいました。もともと子どもたちを健やかに成長させたり、病を防ぎ健康を取り戻す仕事は、金儲けとは両立しない非市場的な分野なのです。だからこれらの公共の分野は、商品とは切り離して市民が互いに協同して負担しながら運営し、金持ちの子どもも貧乏人の子どもも本人の責任ではないから平等に処遇しようとしてきたのです。だから教育や医療は信頼によって運営される分野となったのです。これらの協同の負担をコスト評価の対象として、社会的コストを排除して個人で責任をとれーと言い始めたのがシカゴ学派です。
しかし結果はシカゴ学派にとっても思いもよらぬこととなりました。市場原理の新自由主義「構造改革」によって、教育と医療は荒廃し、かえって逆にセイフテイ・ネットのコスト負担が増大し、社会の全線がほころび始めたのです。少数の勝利者たちも大多数の敗者が同時に存在していなければ、自分の勝利も保障されないのです。互いに自分で自分の首を絞め合うシステムのもとで、地域の生活共同体は機能を失い始め、もはや最後の共同体であるはずの家族さえも食事すらともにすることがない弧食の風景が進んでいます。あちこちでうごめいているモンスター・クレーマーやキレル老人たちは、実は失われた協同の恢復を求める絶望的な悲鳴の逆表現に他ならないのです。あなたにはこころから信頼し合える、こころからうちとけ合える人はいますか? あなたに未来への希望はありますか? いったい何人の日本人がごく自然に答え得るでしょうか? それほどに市場原理型新自由主義の痛みは惨憺たる姿をさらしつつあります。もはや暮れていこうとしている2007年の年末にあたって、このような懺悔をしている私と日本を悔いなければなりません。(2007/11/29
8:48)
◆新たな21世紀モデルの台頭
全世界を席巻する新自由主義はグローバルな競争力を至上命題として、戦後積み上げてきたポスト・フォーデイズム型社会的経済のシステムを浸蝕し、特にアングロ・サクソン諸国と日本は根こそぎ社会的連帯のきずなを失いつつあるかのようです。しかし国際競争力の比較をみると、不思議なことに新自由主義モデルの典型である米英日よりも北欧スカンジナビア諸国が上位を独占しています。高負担・高福祉による分厚い社会福祉を実現している北欧諸国の国際競争力が際だっているということは何を示しているのでしょうか。それはおそらく個別企業の競争力強化を優先するアングロ・サクソンは、企業と富裕階級の効用を最大化しましたが、逆に貧富の両極分解によって社会的コストを極大化させてきたからではないでしょうか。階級と階層を超えた生活水準の保障と労働の人間化を追求してきた北欧モデルは分厚い社会的安定による競争優位を構築したのです。対して日本でいえば、世界のトヨタの繁栄の背後にひろがっている累々たる下請と非正規労働の闇の世界を想像すれば分かるかも知れません。
しかし実は先進国の北欧モデルとは異なる途上国の新たなモデルが台頭しつつあります。それはIMF・世界銀行の市場化モデルに正面から挑戦し、独自の地域国際金融機関を創設しながら、新自由主義モデルから脱却しようとする「21世紀の社会主義」モデルを探求している中南米諸国です。ベネズエラやエクアドルを中心に、時には激烈な反米主義を打ち出しつつ中南米の自立した経済圏の構築をめざしています。かってキューバが完全なる孤立のうちに試行し始めたモデルが、いまや中南米全域にひろがっているかのようです。大土地地主制の解体、外国資本と企業の国有化を含む規制、自国天然資源の主権回復によって、生活水準の上昇と医療・教育の普及が進んでいます。こうした中南米の新たなモデルは、半封建的な土地所有と外国植民地主義からの自立というプレ・モダンのモデルであり、日本のような先進国には参考とはならないという人もいますが、果たしてそうでしょうか。重要なことは、中南米諸国が次々と市場原理主義から離脱して独自の経済圏構想を打ち出しているところにあります。続落するドル価値の下降の中で必死にドル外貨を貯め込んでいる日本は、極めて不安定な状況に陥り、ドル崩壊とともに地獄へ転落する道連れとなっています。この状況を打破するには、市場原理とドル規制によってドル経済圏から相対的に自立した東アジア経済圏を構築するしかないのですが、そうした意見は少数派であるように見えます。ドル経済圏から自立して独自の道を行くことは可能なのだと言うことを中南米の経験は示しています。
国連は「中南米は極貧を半減する国連ミレニアム開発目標の達成に順調に向かっている。この地域の貧困人口は90年以来最低となった。前進の決定的要因は、貧困世帯支援を中心とする社会計画であり、社会的不平等の縮小に取り組んでいる革新政権の急増によって、経済成長と貧困克服の条件が開かれた」(国連中南米カリブ経済委員会声明 11月15日)と呼びかけています。世界銀行はかって「東アジアの奇跡」と題してアジアの驚異的な経済成長を讃えましたが、いまや中南米のモデルに注目が集まっています。
こうした中南米の新しい胎動は無条件に準備されたのでしょうか。そうではなく新自由主義による無残な生活と経済の破壊を体験するという痛苦を経て、しかも地主層を中心とする保守派との激しい闘争を経て獲得しつつあるのです。例えばスペインの前首相・アスナールは、「21世紀の社会主義という宣言は、自分たちの政権を永久権力の座に置こうとするものであり、古い社会主義も新しい社会主義も同じだ」として、中南米の新たな動向に反対する行動を呼びかけました。旧宗主国であるスペインが植民地本国のように現地政権に介入するということは、まだ地主層を基盤とする保守右翼勢力が強力に残っていることを意味します。アスナール自身は、ファランヘ党(スペイン王党派)として人民戦線を打倒する役割を果たした現在の国民党の党首であり、スペイン保守層を代表します。アフロ・アメリカン会議でベネズエラのチャベス大統領が「アスナールはファッシスト」だと罵倒して、会議は激しい応酬の場となりましたが、要するにアスナールは反チャベス・クーデターを演出した影のプロデユーサーであったのです。これはスペインを含む中南米諸国で、いまなお王党派や植民地主義者・地主派の反動的な歴史修正主義が温存され、時代の危機の場面で表層に躍りでることを示しています。
さて王党派と歴史修正派はこの日本でも例外ではありません。天皇元首論を掲げる王党派と太平洋戦争無答責を主張する歴史修正派は、一時的に政権中枢を握って反動政策を強行しましたが、党首の児戯のような幼稚な行為によって舞台から退場したかに見えます。市場原理によって極度に拡大した貧富の両極分解(格差)と王党派の跋扈は参院選で致命的な審判を受け、よりソフトなタイプの政権に交代しましたが、本質的には変わりません。要するに中南米の新たな動態と日本の状況は、本質的に王党派と共和派、市場原理と社会的連帯の経済という点で、同じなのです。ただ違うのは、個人的なカリスマによって歴史を動かす中南米に対して、日本はそのようなカリスマを期待はできないという点です。では日本は新たなモデルを東アジアで構築できるでしょうか。その未来可能性を論じる前に、このままで行けば日本は袋小路に入って崩壊と沈没のシナリオしかないという前提を互いに確認しましょう。相対的にドルから独立した東アジア経済圏への道を大胆に選ぶ方向転換が求められています。(2007/11/18
11:37)
◆床に伏して
どこかの党首がまるで児戯のような乱心ぶりを呈して、そのあまりの卑俗さに目を覆うなかで、私は発熱と咳にうなされて1週間ばかり床に伏せることとなりました。季節の変わり目で風邪を引きやすいのは知っていましたが、これほどひつこいのは初めての経験です。その原因はいつに懸かってわたし自身にあるのです。やめていた煙草を吸い始めてじょじょに本数が増え、いまや1日30本に達し、少々やばいゾと思い始めていた時にやはり症状が出たのです。肺気腫か肺癌かなど深刻になって町医者に行くと、サンザン脅かされて禁煙し薬を服用しましたが、いつもなら酒をあおって熱い風呂に入って汗を流す逆療法で治したのですが、今回は勝手が違いました。2日たっても3日たっても薬の効用が表れず、また医者に行くと薬を変えてくれました。その薬がやっと効き始めたようで、いま初めて床をでてPCに向かっています。3日から7日にわたって延々120時間寝ていたのです。これは私にとってはじめての体験でした。自分で制御できない、なにかとてつもなく大きな力によって自分が支配されているーといった心細い感じを味わったのです。このままひょっとしたらーというかすかな不安も押しよせて、いろいろ考えるところもありましたが、元気になるに従ってそれらもどこかえ消えていったかのようです。あの乱心した殿を取りまいて右往左往する家臣連中の姿は、実は現在の日本の姿のある本質を示していると冷ややかに嬌笑しつつ、しかしこの世にはまだまだ私の知らない世界がいっぱいあるぞ、生きるにふさわしい場とテーマがいっぱいあるぞ、元気になったら精一杯いろんなことをやってみようなどとロマンな幻想にひたっているのでした。病はある意味で魂と神経の汚れを洗い流し清澄にする効果を持っているのでしょうか。健康な時には健康をわからず、病になってはじめて健康を知るという二元論的な弁証法の関係を心理的に味わったともいえます。
さて窓の外は立冬にしては温かい陽光にあふれ、遠くから聞こえる工事の音以外は何も聞こえず静まりかえっています。すべて世は事もなしーという平穏な世界がひろがっているかのようです。しかし床の中で手当たり次第に手にした数々の本は、私の想像を超えたさまざまの生があり、それぞれが精一杯に発信しているのだということを深く感じさせてくれました。じつにアトランダムに手にした本の世界は、実に豊尭で奥深いものでした。なにか一皮むけて、もう一度この世に足を踏み入れたいと思わせるような気持ちにさせてくれました。これらの書評は、千夜一夜の読書物語コーナーで記しますので興味のある方は御覧ください。
いまふりかえって見ますと、「21世紀へのメッセージ」と称するこのエッセイは、世の栄枯盛衰を嘲笑うかのような冷笑的な批評に傾いていっているような気がします。自分自身は聖なる高みに置いて浸蝕を受けることなく、あたかも神のような審判者としてふるまい、述べることによって自己完結するカタルシスを求めていたような気がします。批判は一見鋭いようにみえますが、創造への契機を持たない批判はニヒルへと陥っていく効果をもつのだということを、かってのナチズムの体験を通していやというほどに知っていたはずなのに。批判という攻撃的感性活動は、じつはある種の快感をもたらすのです。虚偽を暴き、真実の女神を自らの手で登場させるかのような錯覚をもたらします。批判となるあらゆる対象に、一辺の創造へ契機が含まれていることの発見こそが真の批判ではないのでしょうか。悪魔なくして天使は想像できず、醜なくして美を創造できないように、悪も又善への契機となるというゾロアスター的な二元論は、ポスト・モダンでは2項対立として脱構築の対象となりましたが、私は二元論的な闘争の形態が単純なものから複雑多様なものへと進展したのが歴史ではないかと思います。水に落ちた犬を叩いてもう一度水に落とす悪への闘争形態から、次第に水に落ちた犬をよく観察してそうした犬が2度と現れない世の中をつくりだすような形態へと変化してきているような気がします。
発熱でかいた汗で濡れた布団を干しながら、いまこのエッセイを書いている私は、病が癒えたあとの新たな自分を想像してひとり楽しんでいるのですが、おそらくこれは多くの病者に共通する気持ちでしょう。さらに床に伏していた私は、すでにしてこの世を去っていった多くの知友の人を思い浮かべました。そして私は、その人たちがこの世に生きた意味は何だったんだろうと考えました。一生を田畑を耕して終わった祖父、その祖父とともに生き最後は小川に落ちて亡くなった祖母、日中戦争へ従軍し戦後は教師として退職後は郷土史家として幾冊かの著書を残した父、出征する父を見送って私を産んだ後に結核で逝った生みの母、3人の子を育てそれぞれの道を歩ませていった育ての母、これらが私がみおくった家族のすべてです。彼らのそれぞれの往き、くし方を想い浮かべると哀しいほどに切なくなる。いったい彼らの生きた意味は何だったんだろう。私は自分を産み育ててくれたことにおいては感謝するが、その一人一人にとっての生きた意味は何だったんだろうーと考えるのです。世の栄枯盛衰とはほとんど無関係の市井に生きる人の生の意味と言い換えてもいいのかも知れません。
それは無限の生命の連鎖の一端を担ったということでしょうか。しかしそれでは動物を含む有機体の生命とほとんど同じではないですか。それとも人間の生命の連鎖は独自の意味があるというのでしょうか。いのちの1回性という神秘的な尊厳が、どれほどの偶然の戯れによって営まれているかはよく知られています。「人間は社会的諸関係のアンサンブル」(マルクス)という語句は、実に底知れぬ意味を持っています。私が他者の生の意味について分析や評価をすることそのものが、その人の尊厳を侵しているのでしょうか。私はとても「これが人生だったのか! よし! さらばいまいちど!」(ニーチェ)と言い切るだけの力がありません。私の問いは墓の中まで持っていくことになるのでしょうか。これは最後にわたし自身が私の頭を使って、何らかの答えを出さなければナラナイゾーと考えたところで、次第に頭がボーッとしてきました。私は干していた布団をしまい、また床に伏すのです。(2007/11/8
11:54)
◆いまなぜ戦後第3次覚醒剤乱用期なのか
いま日本は戦後第3次覚醒剤乱用期といわれるほど薬物乱用・依存がひろがっています。1951年以降の覚醒剤取締法と大麻取締法違反の不正薬物事犯検挙数の推移をみると、1950年代に5万5000件を超える第1次覚醒剤乱用期があり、1970年代からの第2次覚醒剤乱用期が83−84年のピーク期を経て、1990年代は横這いないし下降傾向にありましたが、95年からふたたび増勢に転じ特に2005年代以降は第3次覚醒剤乱用期に入っています。第2次乱用期がシンナーなどの有機溶剤使用の毒物劇物取締法違反だったのに較べ、現在は覚醒剤使用が激増しています。しかしこの統計は警察庁の検挙統計でしかなく、逮捕に到らない違反件数の氷山の一角に過ぎません。
国立精神・神経センター・和田清氏によれば、全国15才以上・5000人対象の質問紙法調査では、使用禁止薬物のどれかに誘われたことがある生涯被誘惑率は4,43%であり、推計545万人が誘われており、1回でも何らかの薬物を使った生涯経験率は2,43%、推計312万人という驚くべき人数にのぼります。検挙人数の内訳は、1位覚醒剤、2位有機溶剤、3位大麻ですが、被誘惑や経験率では今もってシンナーが多数であり、次いで大麻がジリジリと増大しています。大麻の増大は、伝統的な日本型麻薬構造が変容して、次第にアメリカ型の本格的な麻薬構造へと転換しつつあることを示しています。しかも大麻はゲートウエイドラッグといわれるように、より強烈な麻薬へ向かう入門薬に過ぎないのです。
シンナーの乱用世代は圧倒的に若年層に多く、10歳代での服用はその後の身体と精神の成長を全面的に遮断するという点で、実は覚醒剤以上に強力な副作用を持っています。中学生対象のシンナー乱用生涯経験率は、この10年間で1,1〜1,3%で推移し、06年に初めて1%を切りましたが、大麻・覚醒剤では0,5%前後の横這い状態です。明らかに乱用者の嗜好がより刺激性の強い薬剤へと移行して若年化し、警察の捜査もより麻薬性の高い覚醒剤や大麻へと重点を移していることがうかがわれます。
薬物乱用は、初期乱用期(乱用のみ)→中期依存期(頭脳変調)→末期慢性中毒期(幻覚・幻聴を伴う精神病)とすすんで人間を荒廃させます。基本的に刑務所への収容までいかないと遮断されません。現在新たに刑務所へはいる囚人数は年3万2000人ですが、うち19,2%が覚醒剤取締法違反であり、しかもそのほとんどは再犯です。覚醒剤取締法違反の再犯率が50%を越えるという異常な高率となる原因は、刑務所の服役が薬物依存の治療システムを伴わず、現在の日本の刑務所は激増する犯罪者でパンク状態ですから、幻覚・妄想状態を取り除く治療が終われば、薬物依存そのものを克服させないままに出所させてしまうからです。こうして薬物乱用者が野放しとなって誘惑の悪循環が進み、新たな乱用者が次々と生まれていきます。シンナーを始めたきっかけの75%が「乱用者から誘われたから」であり、決して自分から進んで手を出しているのではないのです。
なぜ現在が戦後第3期の覚醒剤乱用期なのでしょうか。薬物乱用や自殺などの退嬰現象は、希望喪失の変数であり、希望の二乗に反比例する特徴を持っています。つまり現在は戦後第3の希望喪失期でもあるのです。おそらくいまの日本ほど将来の見通しがもてなく、国民一人一人がそれぞれのかたちで希望を持つのが難しく、おのれの力のひ弱さを身にしみて味わい、あてどもなくさまよっている国はないでしょう。なぜ日本はこのような状態に陥ったのでしょうか。
大状況をみれば、資本が世界的規模で自由に徘徊するグローバル経済のなかで、生活は過剰な富と貧困の両極に分解し、貧困の危機が極限まで深まり(ネットカフェ難民!)、生活の第1次的世界(衣・食・住)が攪乱され、ハッと気がつくと明日の自分が描けない袋小路にあることに愕然とします。異議申し立てや抗議の想像力すら奪われた魂は、あてどもなく漂流し、支援の手をさしのべる共同の契機も弱いなかで、追いつめられた魂は自暴自棄となり、一方では非行や犯罪という外向的病理へ、他方では自殺や麻薬という内向的病理へと落ち込んでいきます。コントロールを失った暴走する市場は、新古典派のいう豊かさのトリクルダウン効果の虚像をさらけだし、経済のみならず社会全体の民主的機能がマヒしていきました。最初から独立した競争システムの免疫を持ったアメリカと違い、特に日本ではバブル崩壊以降にこの現象が急激に進み、いままで地域や企業、学校にのこっていたコミュニテイ機能を破壊してしまいました。このちからはピュアーな子どもたちや若者に集中的被害をもたらし、毎年5万人に及ぶ子どもたちが虐待を受け(相談件数のみ)、若年男性の孤独死が激増し、ついに孤独死数が自殺者数を上回る悲惨な実態を呈しています。リストラ、非正規労働、あくなき競争原理によって、ピュアーな魂は傷つけられ、蝕ばまれています。これが飢餓に苦しむ途上国の絶対的貧困とは異なる先進国・日本の病理です。こうした地獄へのみちを主導した日本経団連会長のキャノンは不買運動の対象となる充分な資格を持っています。
富の象徴たる六本木ヒルズが傲然とそびえ立つ東京都港区は、同時に東京23区中もっとも孤独老人世帯が多い孤独死発生地帯です。毎日窓から見える巨大なビルはすでに明るく華やかな腐臭を放ちながら、近い将来の廃虚の姿を予感させます。北九州方式といわれる餓死と衰弱死の棄民政策が全国に拡大し、生命の最後の砦である社会保障政策は死に体となって生きることそのものが悪とみなされるようになっています。衣・食・住といわれる原始的貧困は解決され、文化的貧困が主要な問題となったというかっての現代的貧困化論は、いまや暗転し生物的生存そのものを破壊し、同時に人間の誇りと希望を根こそぎ奪い尽くすハリケーン・カトリーナ列島と化したのが日本に他なりません。
もはや現実のどこに希望を見いだしていいか分からない不安が泥のように沈殿し、かって芥川龍之介の「漠然たる不安」という心理的不安のレベルをはるかに超えて、生きるという基礎条件が根こそぎ自分の足下から姿を消してしまい、空を飛ぶ鳥が翼を失ってはてしなく墜落していくかのような深い失望が沈潜していきます。「生きさせろ!」という最後の叫びを放ちつつ。かけがえのない存在であるはずの自分の存在のすべてをアッサリと拒否するかのような圧倒的な現実の世界を前に、はかなくおののく魂の最後の救いはもはや現実にはなく、現実を越えた幻想の世界にかすかな救いを求める、病める魂の最後の安らぎして神経の人工的攪乱の世界が浮かび上がってきます。求めよ!さらばあたえられん!−彷徨する魂のため息のような心地よい世界として、きらめくように輝く薬物世界が現れます。しかし冷酷な裏社会の資本は、やめる魂をターゲットとする幻想ビジネスをセットし、妖しげな宗教と占い、ネズミ講などヤクザ集団と結んで最大限利潤を追求するマーケットを用意しています。ごく普通の繊細な若者たちがちょっとしたきっかけで泥沼に転落していく戦慄の構造が仕掛けられています。
薬物乱用が希望の逆変数であるならば、その廃絶は希望の恢復にしかあり得ません。希望の恢復の途は、喪失者自身がみずからの体験にもとづいて、喪失者を支援する時に開けます。薬物乱用者が誘惑して新たな乱用者をつくりだす悪魔のサイクルを逆転させ、乱用を克服した魂が寄り添いながら新たな克服者をつくりだす天使のサイクルをつくりだす時に、薬物統計のカーブは下降に向かいます。これがダルクという克服システムの考え方です。もしこの方向が有効であるならば、社会全体をダルクのような人間の関係に組み換えていくことが求められます。それは市場原理をコントロールし、新たな「友愛」のシステムの創出に他なりませんが、闇が深ければ深いほどに朝は近いーという楽天の時代はもはや過ぎ去りました。生存と希望の最後の可能性が問われている今にあって、このシステムの転換の可能性に賭けるしかありません。いま少数ではあれ、生きさせろ!とこだましあいながら若者のネットワークが着実に構築されつつあります。彼らは現在にあって、未来を体現し代表するメシアのような新たな世代として登場しつつあります。闇夜にあってかすかに光る曙光の輝きは、次第に明るさを増して地平を照らすようになり、古い世界は足下から気がつかないうちに退場していかざるを得ないでしょう。(2007/11/1
8:42)
◆ことばの基底にあるもの
長方形の面積は、縦の長さと横の長さのかけ算で求められ、面積の基底には長さがあるように見えますが、実はそうではありません。古代バビロニアの面積単位であるシェケルは、大麦が播かれる広さであり、1シェケルは180粒の大麦に基底があり、英国のエーカーは2頭の牛が鋤を引いて1日耕す広さであり、日本では1束のイネが収穫される広さを「代」という面積単位で表しました。
こうして面積単位の起源は、土地の広さや長さではなく、農耕労働と収穫量にあったのです。そして正確な面積単位の必要は、古代支配者の民衆への課税から生まれました。日本の「令」前は100束に対し3束の租を課し、英国ではデーン・ゲルトという収穫量の10分の1税というように労働の成果に課しましたが、不作や凶作による税収不安定から次第に土地そのものに課すようになりました。「律令」では、幅6歩・長さ60歩の土地を「段(たん)」と称して段租2束2把を課し、英国ではエドワード1世時に幅1チェイン・長さ10チェインの土地を1エーカーと定めて課税しました。ここで面白いのは日英とも単位面積の縦横比が1:10になっていることです。以上・武藤徹氏論考参照。
こうして面積単位は労働基準から長さ基準に移行し、、次第に労働や土地の広さから離れる独自の抽象概念となって、数概念それ自体が存在するかのような数学が成立し、現在の高等数学に発展していきます。するとあたかも人間とは無関係に、数概念は人間とは独立した先天的存在であるかのように受けとめられ始め、逆に数の世界が人間たちを支配していくかのようになります。客観的な存在が人間の意識を規定するのではなく、人間の意識が存在をつくりだしていくかのような共同の幻想が成立します。これは外界を操作する人間の意識の偉大さを示していますが、同時に人間によって外界の事実を歪曲したり、隠蔽する危険な可能性をももたらしました。トヨタ工場の労働者は秒単位の数字で作業している中で、時間数字が自分を支配しているように感じるでしょう。或いは、今の歴史教科書の中世に至る分野の多くは、王侯貴族のアーカイブに依存していますから、その時代の全貌を正確に把握しているかどうかは疑問です。個々の人間の意識から独立してあるはずの歴史の事実は、歴史家の主観によって制約されていることは否めません。もし歴史家の意識が歪んだ信念に支配されているならば、その偏見的信念を反映した歴史が創作されて事実とはかけ離れていくでしょう。これは沖縄戦での集団自決をめぐる教科書検定がはしなくも象徴しましたが、さらには現在の小学校教科書は弥生期から始まって、縄文期以前をカットしていることにも表れています。弥生古墳時代を日本歴史の初発にしないと、天皇制と矛盾するからです。
私も含めて人間誰しも何ほどかの歪んだ信念や偏見から免れている人はいないでしょう。歪んだ信念は、それにフィットする言葉をつくりだし、その言葉そのものが次第に人間の判断を支配するようになります。「虐待」を「可愛がり」と言い換えて集団暴行を繰り返す相撲界の惨状はご存じの通りです。或いは「RED(赤)」というコミュニストを象徴する言葉は、その単語によってそうした思想を持つ人間の生活と人生を決定してしまうような迫力があります。このようなある単語によってすべてが分かったような気になるプラチナ・ワードが世界に氾濫しています。文化の世界でいえば、「ポスト・モダン」、「脱構築」、「構築(設計)主義」、「シュールレアリズム」、「グローバリゼーション」等々世界を支配する言語が散りばめられ、特に日本では邦語ではニュアンスが伝わらないカタカナ語が知性の証明語となっています(アイデンテテイを自己同一性としても意味がよく伝わりません)。こうしてプラチナ・ワードを組み合わせて語る能力が問われるというような倒錯した世界があります。
怖いことにはプラチナ・ワードを駆使することであたかも世界が説明され、真実が他人に伝わるかのような錯覚に支配されて、歴史が進んでいくことです。「反テロ」という単語が21世紀を支配する言葉となって蔓延しているように。人間が必要によってつくりだした言語が、抽象権力のように人間を逆に支配するようになり、もはや人間は言語の奴隷と化したかのようです。特に日本語は、カタカナ語によって無限に外来語を吸収し、あたかも日本語のように流通させて、日本文化を変容させています。対して中国語はすべての外来語を漢語に変換して、文化の独自性を防衛する特質があるようにみえます(コンピュータ、インターネット→電脳、電網など)。面積単位が広さや長さではなく、労働と収穫量の単位であったように、私たちはプラチナ・ワードの起源と根拠を改めて見直し、虚構の抽象世界からリアルな事実の世界へ置き直すような作業が求められています。すると「可愛がり」の世界が、実は「虐待」なのだという世界のリアルな事実が見えてきます。
話は飛んで朝鮮大学政経学部の2名の学生が、はじめて新司法試験に合格して話題となっています。日本は海外大学との単位交換や留学による資格を認めているはずですが、朝鮮大学生は司法試験1次試験免除がなく、日本の大学の法学部とのダブルスクールしか道がありませんでした。日本の法務省は04年に認定したそうですが、2名の学生は大きなハンデイを背負って果敢に試験に挑戦して奇跡的な合格を実現したのです。日本と同じカリキュラムを持つ外国系大学のうち、なぜ朝鮮大学のみが例外とされたのか、ここには意図的に歴史が編纂された日朝関係史が横たわっています。日本はさまざまの歪んだ信念と偏見が生んだプラチナ・ワードで、日朝間の歴史的な事実を歪曲し、在日の生活と一生を規定してきました。こうした近現代史の事実はほとんど教科書に登場することなく、グローバリゼーションというプラチナ言語の背後に潜んでいる恥部の世界となっています。(2007/10/25 8:59)
◆内部崩壊する黄昏の星条旗
皆さんはオリバー・ストーン監督の『プラトーン』のラストで、夕陽に薄暗くひるがえる星条旗のはためきを覚えておいででしょうか。ストーンはベトナムの汚い戦争で苦悩する前線米兵のトラウマを赤裸々に描き出しました。輝かしい星条旗の歴史上初めて敗北を喫したベトナム戦争のあとに、米国防総省は徴兵制を維持できず、志願制に移行せざるを得ませんでした。その後ハリウッドは米軍の志気を高める多くの反テロ映画をつくって、米兵の犠牲を英雄化して描いてきましたが、逆にイラク戦争を契機に米軍の内部崩壊はとどまることを知りません。とくにベトナム戦争で死亡率の高い最前線に意識的に送り込まれたアフリカ系の志願率が急速に下降し、実に入隊率の減少は58%に達しています(白人系は10%)。さらにハリケーン・カトリーナで貧困地帯の被災に支援を手をさしのべなかった大統領への支持率はアフリカ系でわずか9%に下降し、イラク戦争反対は83%に上昇しています。こうして米軍への入隊志願率は大きく減少し、定員割れのままに戦争を遂行する危うい情況におちいっています。もはや奨学金や年金の餌の効果はなくなったのです。
しかしさらに深刻なことは、米軍の使命を最前線で遂行する大尉・少佐クラスの指揮官将校の退役率が急上昇していることです。軍歴3年から10年の20才から30才はじめの彼らは、アメリカの栄光を体現する使命感にあふれた米軍の中核として、家族と地域の期待を一身に担って志願しているはずです。ところが彼らがイラクやアフガンの最前線で体験したことは、無辜の市民を虫けらのように殺戮する命令を発する自分であり、無差別に逮捕した容疑者へ無残な拷問を加える自分でした。ベトナム戦では大型爆撃機による絨毯攻撃と戦場で敵兵と戦う正規戦の様相がありましたが、イラク・アフガン戦では無辜の市民を対象とする残忍なゲリラ戦に他なりません。脳が飛び散っって死んでいる幼児は、自分の命令で無差別に銃撃した結果に他なりませんでした。いつ襲われるか分からない自爆テロ攻撃に24時間眠れることはありません。こうして大尉・少佐という最前線で鍛えられたはずの青年将校に自分の使命への疑惑が生じてきました。米軍ではこの大尉・少佐の時期が、定年まで軍隊生活を送るか、退役するかの分岐点にあたりますが、いま一斉に青年将校たちは退役の道を選択し始めたのです。自由の守護者であるはずの自分と、汚い戦争の前線指揮を執る自分との矛盾がもはや限界に来たのです。
追いつめられた国防総省はいくつかの対策を講じています。汚い戦争を遂行するための、最もアメリカ的な手段はカネに他なりません。大尉・少佐クラスの給与月額は4000−5000j程度ですが、退役ではなく軍務継続を決めた将校に、2万5000−3万5000jのボーナスを支給するというのです。祖国へのパトリオテイズムという使命感で吸引できないとすれば、最後の手段はカネしかないということです。ところがこのボーナス支給による軍務継続を選んだ将校は、1万8000人のうちわずかに6000人に過ぎません。実に67%の将校が米軍から手を引くことを選んだのです。このことは軍隊の中核である指揮官クラスが内部から崩壊し始めていることを意味します。
さらに追いつめられた国防総省がが打ち出したことは、もっとも汚くダーテイな軍務を民間軍事会社の外国人傭兵に下請けさせるという方法です。いまイラクでは多くの民間軍事企業が主として紛争で生活が困難となっているアフリカ系の傭兵を雇い、現地に派遣しています。イラクではイラク人ゲリラとアフリカ系があい闘うという悲惨な様相を呈しています。代表的な軍事会社は、米海軍特殊部隊の2名の隊員が創設したSOC・SMCですが、この会社はウガンダ人1000人と契約してイラク戦線に従軍させています。彼らの給与は月額1000ドル(11万円)程度であり、米兵に較べて格安であり、国防総省は安価に戦争を遂行し、民間軍需会社は最大限の利益を上げています。もはやイラク、アフガンの米正規軍は汚い戦争で戦意を喪い、麻薬におぼれてトラウマとPTSDから逃れるしかない状況です。味を占めたSOC・SMCは、さらにナミビアで4000人を募集しましたが、ナミビア政府は平和憲法とイラク戦争の国際法違反を追求して、SOC・SMC現地事務所を閉鎖して米国人を国外追放にしました。こうして戦争の民間企業下請という恥ずべき方法も破綻し始めています。
いったん始められた汚い戦争は、その醜さを悪無限的に重ねて修復不可能の修羅の地獄へと転落していく必然性を持っています。それは星条旗にあっては、自由と独立のシンボルから悪の帝国のシンボルへと頽廃する旗の変質に他なりません。星条旗帝国とイスラム系の憎悪は頂点に達し、和解への道は100年を要すると言われます。その頚城の一端に参画している日本は、ナミビアの憲法遵守の「美しい国」からみると、その偽善の醜さが極まっています。黄昏の星条旗帝国は、奴隷のように媚びへつらってくる日本を冷ややかにほくそ笑んで軽蔑しながら、利用し尽くしたあげくにあっけなく捨てさることをためらいません。世界のまなざしは、こうした惨めな姿の日本を同情と哀しみをもって見つめています。(2007/10/16
10:15)
追記)米陸軍のピーター・ブラウン大尉が「良心的兵役忌避者」として名誉除隊を認められました。彼は、ウエストポイント陸軍士官学校を2004年に卒業してイラク戦線に派遣され、武装抵抗者や拘束者の「処分手続き」作業に従事するなかで、”汝の敵を愛せよ””汝殺すなかれ”というクリスチャンとしての信仰と任務の矛盾を痛感し始めました。そして「私に向けて撃ってきたとしても、私は発砲できなかった。イエスがそうであったように・・・・」と、除隊申請書にイラク戦争をふくむすべての戦争とキリスト教信仰の両立は不可能で、従軍できないと記しています。士官学校在学中は侵攻と兵役の矛盾はないと思っていましたが、イラクの最前線での体験が彼を変えていったのです。従軍牧師と調査担当将校は彼の名誉除隊を認めるように勧告しましたが、米陸軍省は申請を拒否し、彼は不名誉除隊の恐れが生まれました。不名誉除隊とは、軍法会議での有罪など企業の懲戒解雇にあたる強制除隊であり、その後の年金・教育援助・住宅ローンなどの恩典がすべて奪われ、再就職履歴書に不名誉除隊歴を記載する義務が生まれます。米陸軍省は、連邦法と陸軍規定にある良心的兵役拒否制度に違反する措置に出たのです。米国での良心的兵役拒否の市民的不服従規定は、長い歴史の中でつくられ定着してきたものですが、イラク戦争でこの規定を認めようとしない米政府の姿勢そのものがイラク戦争の虚偽と政府の危機感を示しています。今回は米国市民団体の連邦裁判所提訴という事態を受けて陸軍省が態度を変えたのです。ブラウン大尉は身をもって信仰の自由という基本権を貫いて公的に確認させたのです。それにしても気にかかるのは、イラク派遣を拒否して軍法会議に付されたエーレン・ワタダ中尉(28)のその後の経過です。中堅の青年将校の間にひろがっている深刻な疑問をこの2人は象徴しています。(2007/10/19
7:38)
追記)ワシントン連邦地裁は、2月軍法会議で「審理無効」とされながら再訴追されたエーレン・ワタダ米陸軍中尉(29)の2回目の軍法会議について一時差し止めを命令した。判事は2度目の軍法会議の開催は一事不再理の憲法原則に反しているが、最初の軍法会議の議事にも問題があるーとしている。メデイアは軍法会議開催の可能性は遠のき、弁護団は非常に大きな勝利だと述べた。(11月8日)
◆ミラー・ニューロンは人間観を変えるか
ジャコモ・リゾッテイ等大脳生理学者(伊 パルマ大)が1990年代に発見した大脳前頭部のF5ニューロンは、頭頂葉下部嘴状部にあるニューロン群PFと強い結びつきを持ち、さらにPFは上部側頭溝にあるSTSと結んで、身体各部の感覚器や運動器官とつながっていることが確認されました。F5−PF−STSのネットワークは、自己と他者の鏡像関係を特徴とするミラー・ニューロン・システムと命名され、人間の視覚−聴覚−運動器官を統合し、他者との言語的なコミュニケーションを営み統合するメカニズムの解明が進みました。
このシステムは、障害がない限りすべての人に同じ態様で備わっており、他者の行動・気分・感情を理解し予測することを可能にしています。興味深いことは、他者の理解は模倣から始まるということです。赤ん坊が大人の笑いやあくびに自動的に反応して同じ動作をし、逆に大人が他者のサングラスや眉のそり落としを見ると不安になるのは、他者の理解が遮断されて心理的に困惑するからです。人間はある集団に参加すると、最初はその集団の成員の真似をすることによってじょじょに成員意識が醸成されるように、社会性の本質にイミテーション機能があることが分かります。プロ・ボクシングの亀田一家はファミリーのイミテーション機能が自己閉塞した特殊な家族関係を形成し、大相撲の時津風部屋や政党の成員が無意識のうちに権威的党首(親方)の表情や言動に似てくるのも同じです。
さてこうしたミラー・ニューロンのイミテーション機能がなぜ新しい意味をもたらしているのでしょうか。いままで他者との共感能力は、文化的に形成された理性などの後天的学習から生まれるという理解が主流でしたが、ミラー・ニューロンは共感はすでに哺乳類全般にある生得的な先天的感情であることを示したのです。私たちの脳には、すでに傷ついた他者の苦しみに自動的に感応する脳神経のシステムがあるというのです。さらにこの共感感情は「他者に対する暴力を禁じるメカニズム(VIM)」として生得的に備わっていることが重要です。VIMを欠損した精神障害者が、健常者に「怖い」という感情を直感的に誘発するのはこのためです。すると凄い結論がでてきます。人間の暴力を抑止する道徳や社会統制という理性がなくても、暴力は間違いだという−VIM感覚が自然に備わっているということになります。しかしさらに凄いことは、共感だけでなく、すべての感情(情動)は後天的にではなく生得的にあるということです。赤ん坊にとって目の前にいる大人は、自分にとって異質な他者ではなく、あたかも私自身であるような存在として意識され、大人の微笑に無条件に微笑み返すのです。自分が自分であることを理解するのは、相互の共依存関係から後天的に生まれてくるのであり、人間のイミテーション(模倣)は、オウム返し・猿まねなどの機械的な模倣から、見様見真似のごっこ遊びなどの注意を込めた模倣に発展し、さらにコミュニケーションを目的としたふるまいとしての模倣に発展して洗練された文化現象となります。ここで重要なことは人間のイミテーション機能の成熟は、決して個人の自由や自立と背反するのではなく、逆に個人の自由と自立を実現していく条件となるということです。
問題はイミテーション機能の場が人間的であるかどうかということです。暴力シーンの多いTV環境では暴力に親和性を持つイミテーションが誘発されやすいし、或いは逆に愛煙家は喫煙による肺癌CMを無意識のうちに避けるというように、当人に与える感覚的刺激の「質」が影響を与えます。ミルグラム実験では、被験者への敵意を喚起された看守役がより強い電気ショックを与える傾向が証明されています。これらはある刺激に対してパターン化された思い込みで判断するステレオタイプ認識に共通した特徴です。暴力TV番組を好む人は、次第に他者との敵対的関係に入り、問題を攻撃的に解決しようとし、攻撃性を容認する規範を受け入れやすくなります。こうして文化は、イミテーション(模倣、学習)としてつくりだされ、世代を超えて蓄積され伝達されていきます(リチャード・ドーキンス「文化的遺伝子」)。そしてイミテーションは、先行のサーヴェイを基礎に逸脱・変異・ミスコピーとしての創造を生み出すところに動物と区別される人間的特徴をもっています。創造的自由は、ニューロン間の結びつき(シナプス)が固定的ではなく、経験と学習によって変異する大脳の可塑性から生まれ、外部の影響なしでもシナプスを改編する自律性をもった神経基盤に根拠を持っています。そしてその創造的な自由は無限ではなく、可塑性を持つ大脳新皮質系・辺縁系海馬(記憶)の可塑限界によって決定されています。大脳が進化の過程で獲得した自由・自立の理性は、生命の反射・欲望の本能的部分を制御し、「何でもなし得る自由」(リバタリアニズム)はないのです。
しかし人間は本能的欲動に支配される傾向を一方で持っています。飲酒、ドラッグ、暴力、テロなどなど。人間の脳幹の情動脳には怒り・嫌悪・憎悪などの敵対的脳活があり、また共感によるマイナス行動(集団的イジメ)を誘発する負の機能をも持っています。人類史は新皮質系理性が、情動脳の多様な発現を経験と学習を通じて次第に複雑な大脳神経系を制御・淘汰してきた過程だということができます。−以上・竹田一博「ミラー・ニューロンによる人間の社会性の新しい考え方」(『唯物論研究年誌』第12号所収)を筆者責により紹介。
私が大脳生理学に興味を抱いたのは、妻の大脳動脈脈瘤の除去手術でした。主治医は手術失敗による感情と判断力の衰弱の問題を説明し、私たちはその危険率をもとに手術を決断しました。手術後に、全過程を記録したDVD映像をみて、人間の精神活動が大脳神経系によって営まれていることの確信が決定的に深まり、大脳生理学的「唯物論」の貢献可能性が大きく浮かんできました。従来は人間の精神活動を認識論的に語り、大脳生理学的説明を自然主義的決定論として非難されてきた「こころの唯物論」を、どのように文化論と思想に組み入れていくかが問われていると思います。ただし私は岸田秀や小此木圭吾理論のような精神分析的決定論にはくみしません。竹田氏の論文は現代の大脳生理学による文化論の概観を伝え、学ぶべきことが多くありましたが、さらに文化や社会の外部的環境がどのように神経活動の変容に影響を与えていくかの分析が待たれます。(2007/10/13
10:23)
◆エン・ベトさん(26)の逝去
ベトナム戦争で米軍は解放勢力の拠点となったジャングルの葉を枯らして食糧を立つ目的で、1962年から71年までに枯葉剤「オレンジ剤」などの化学物質8千万リットル(!)を散布し、猛毒であるダイオキシンを大量にばらまいた。ベトナムの全域で人体や環境が汚染され、それを身体に浴びた解放軍兵士の帰郷後に生まれた子どもたちに、深刻な障害が発生した。これは解放軍兵士のみならず、米軍作戦に参加した米国、韓国、豪州、ニュージーランド軍兵士にも少なからず影響を与えた。米軍は、ナチスのホロコーストや旧日本軍の細菌戦に次ぐ戦争犯罪をおこなったのだ。その十字架上の犠牲の象徴的存在が、結合性双生児として生まれたベトちゃんとドクちゃんだ。
ふたりは1981年2月に、枯葉剤がばらまかれたベトナム中部に移住した両親のもとで、下半身を共有する二重胎児として出生し、最初は正式な名前もつけられなかった。入院した旧東ドイツ友好病院=ベトドク病院に入院した時に、その名称にちなんで、ベト・ドク兄弟と命名された。86年に兄ベトちゃんが急性脳症で危機に陥り、来日して治療を受けた後、88年に2人はホーチミン市ツヅー病院で分離手術を受けたが、ベトちゃんはそのまま重い脳障害で寝たきり状態となった。ドクちゃんは歩行可能となり、06年12月に結婚し、今はツヅー病院で働いている。ドクちゃんの今日あるのは、ベトちゃんが自分の身体の一部を犠牲にして弟を救ったからだ。私は分離手術前のふたりの明るい笑い顔が写った写真をいまでも想い起こす。
そして10月6日午前1時30分に、ベトちゃんは26才でこの世を去った。彼は5月末に腎不全で一時重態となって治療を続けていたが、肺炎を併発して呼吸を止めたのだ。日本のメデイアは翌朝トップでこのニュースを報じ、哀悼の意を捧げたかにみえる。しかし、この凄惨な死をもたらした米軍の非人道的な大量虐殺について責任を追及することはない。ましてや、ベトナム特需で奇跡的な高度成長を遂げた日本の加担を指摘することもない。米国はこれらの戦争責任に沈黙し、自国の兵士も含めて何らの謝罪と補償をもおこなっていない。いまもベトナムは、幾世代にも渡って遺伝子定着を繰り返す後遺症に侵されている。病院の標本室に陳列されているビーカーに入れられたた無脳症などのおぞましい胎児標本は、沈黙のうちに私たちの犯罪加担を告発している。私たちはあまりにも忘れやすく、記憶の文化をもたないのか。
イラク戦争では大量の化学兵器とダムダム弾による大量殺戮をおこない、半世紀を経てもおなじような無辜の障害児を生んでいる米国の野蛮は、歴史上希有のものであり、滴りおちる鮮血の大地で死の商人たちがほくそ笑んでドル紙幣を数えている。イラク・アフガンの米軍作戦を支援して、巨大な利潤を貪っている日本の軍需企業も共犯を免れない。彼らの作戦は「不朽の自由」作戦と呼ばれている。グエン・ベトさんの死は、このめくるめくような21世紀のモラルハザードを身をもって告発した。想い起こせば人類史上において、天文学的な数値に昇る無辜の犠牲者たちが、このような悲惨は私を最後にしてくれーと叫びながら果てていった。そしてその最後の声は、常に裏切られて闇にこだましながら消えていった。後に残された私たちの両手は、真っ赤に血塗られた滴りおちる鮮血にまみれている。或いはその血の滲んだ紐の一端に連なっている。私たちはどのような弔いの言葉を捧げる資格も持ってはいない。もしベトさんの逝去を悼むならば、この犯罪の鎖を断ち切るおこないの驥尾にふして進むことが求められる。それは日本で毎年自死する3万人を超えるいのちと100人を超える餓死者のいのちとどこかでつながってもいる。いま21世紀の地球が歴史の法廷で正当な裁き与え、獄中に下らせなければならないのは誰か、澄んだ瞳で凝視し、その名前を臆することなく名指ししなければならない。(2007/10/7
20:11)
追記)10月7日葬儀(ツヅー病院)でのドクさん挨拶
「兄が私にくれた人生を精一杯生きてゆく。兄の分も頑張って生きていきたい。兄の死は残念だが、赤ちゃんをつくってみんなを喜ばせたい」(2007/10/8
8:13)
◆白シャツ隊ーミャンマーの恐怖
仏教国ミャンマーの僧侶たちが、仏陀を担いで街頭に出た。市民たちはその両サイドを護衛しながらともに行進した。なぜか? それは「白シャツ隊」と称する野蛮な暴力グループの襲撃から僧侶を守るためだ。「白シャツ隊」」とは統一連帯開発協会(USDA)の俗称であり、ミャンマー式の白い長袖Tシャツと深緑の腰布を帯びるユニフォームで統一し、反政府的な人物を無差別に襲撃して殺害する。彼らが最初に登場したのは、03年の国民民主連盟(NLD アウンサン・スーチー)の活動家を襲撃し、70数名の死亡者と数百名の負傷者を出したミャンマー北部のデパイン事件だ。軍事政権はこの事件でNLDメンバーを逮捕し、スーチー氏を自宅軟禁にしたが、「白シャツ隊」は無罪放免となった。今年の8月中旬の燃料費500%高騰に抗議する市民に対して、最初に出動して弾圧し、メデイア関係者24人に暴行を加えた。「白シャツ隊」は、軍事独裁政権の先兵としてダーテイーな前線での突撃を担ないながら、NGOによる援助活動に参画し、時には軍事独裁政権支持のデモ動員をかけている。「白シャツ隊」は、軍事独裁政権の政治的場面を担いつつ、同時に市民運動に対する恐怖の突撃部隊ともなっている。
歴史をふり返れば、独裁政権は自らの汚い部分を請け負わせて市民に対する直接暴力を行使する暴力部隊をセットしてきた。ムソリーニのファッシスタ党の前身は、全身を黒色で包んでローマ進軍を遂行した「黒シャツ隊」であり、ナチス初期の独裁を街頭暴力で領動したのは褐色の「突撃隊」だ。米国の「クー・クラックス・クラウン(KKK)」は、全身を白色で包み、炎を掲げながら黒人を襲撃して吊し首にした。フランスの「火の十字架団」は、真っ赤な十字架で盟団し市民を攻撃した。こうした民主グループへの凄まじい直接暴力は、市民の怯えと恐怖を誘発し、しだいに沈黙の服従を強いられるようになった。これらの直接的な街頭暴力部隊はある共通点がある。それは第1に、社会秩序がゆらいで不安感が蔓延し、経済危機下で没落する中間層が強力な権威主義独裁に傾倒する使命感を持ち、第2に没落と孤立の危機意識を救済する強力な団結の擬似性によって、ルサンチマンを民主派攻撃に集中して高揚を体感することだ。彼らは閉鎖的な内集団の中にあって、客観的な判断力を衰弱させる。大相撲の殺人ゲームも似たような側面があったのかも知れない。
いま日本では非正規労働の不安定就業が青年層を襲い、市場原理の自己責任論によって若者の尊厳は無残に踏みにじられている。彼らに沈殿する未来喪失感とルサンチマンの無念は、「希望は戦争!」という絶叫を生んでいる。おそらく近い将来、何色かで全身を武装した日本版突撃隊が出現する確率が高い。社会的認知と尊厳の回復の虚妄が、都市型市民運動への敵意に転化し、街頭暴力へと発展する可能性がある。その前兆現象はすでに誘発されている。拉致事件以降頻発する総連系学校の生徒のチマチョゴリ攻撃や嫌がらせの頻発だ。外国人学校で唯一、自分の民族スタイルの制服を着用する恐怖を生徒たちは味わっている。総連系歌劇団の公演は、機動隊が十重二十重に取りまき、大音響を挙げる宣伝カーが走り回る中でおこなわれている。
こうした闇の暴力部隊が街頭を制覇するならば、ミャンマーと同じくデモクラシーは一時的に息絶える。しかしそれは一時的だ。なぜなら突撃隊の存立基盤は劣情の組織化にあるからだ。劣情は市民的人格と両立しない。異質多元的な市民社会での異端排除の快感は劣情を組織しやすいが、歴史の信頼と承認を得ることはない。動物は恐怖によって調教されるが、人間は本質的に非人間的強制と絶対的に共存できない。人間は暴力によって調教されることに抵抗する。恐怖の不安と尊厳の維持の力学の狭間で揺れ動くことはあっても、最後の決断は自分で下そうとする。裏切りや転向の汚濁に耐えて、なおかつ越えられない最後の一線を持つ。そうした無限の連鎖の歴史が、おびただしい犠牲を伴いつつ刻まれてきた。思えばキリストを自称するイエスという男を十字架の処刑に架けた人間の劣情の初発以来、人類史は劣情との闘争を歩んできたとも云える。雨宮処凛というタレント(?)のあゆみはそれを象徴している。彼女は子ども時代から陰惨なイジメを受け、不登校で自傷行為を繰り返しながら、右翼集団の「温かい人間関係」にルサンチマンの救いを感じ、日の丸を掲げながら強烈なロック・ビートにのめり込むミュージッシャンとして活動した。その過程で体験した右翼生活は、彼女の人間的部分と本質的に両立せず、いまは「殺すな! 生きさせろ!」と叫びながらフリーター組合と人権運動を繰り広げている。(以下続く) (2007/10/6)
◆腰パン民主主義の光と影
腰パンとは、ダブダブのズボンを下着が出るほど下げて穿くファッションで、90年代初めの米国でヒップホップ系アーテイストが始め、黒人の若者を中心に流行していきました。元々は、刑務所で自殺防止のためにベルトの使用を禁止したことに始まったそうです。日本でも都市部中心に若者層の一部にこうしたファッションをして歩いている人がいますが、私はどうもみっともなく下品な感じがします。確か男の長髪スタイルはビートルズから始まって全世界に流行し、不良や反体制のシンボル的意味を持ちましたが、その時にも私はなにか胡散臭いイメージを抱きました。過激な左翼運動にのめり込んでいった学生たちもこぞって長髪スタイルで深刻そうな顔をして歩いていました。学校では長髪とエレキは禁止され、服装検査で教師がハサミで髪を切るなんてこともおこなわれ、ロック・コンサートへいく生徒は処分されました。しかしいつのまにか、こうした反体制的なイメージは雲散霧消して街中の風俗に過ぎなくなりました。今の日本で長髪や腰パンのファッションを苦々しく感じている人はまだまだいるでしょうが、それを法律で犯罪として取り締まるなんてことはないでしょう。
ところが驚いたことに、全米各地で「腰パン禁止条例」が制定され、街中をズボンをぶら下げて歩いたら、罰金や禁固刑を科す自治体が続出しています。ルイジアナ州・マンスフィールドは、罰金1万7000円か15日の禁固刑という条例を施行し、デルカバーは禁固6ヶ月以下の刑を科し、その他5市町でも条例制定の動きがあり、ニュージャージー州・トレントン、ジョージア州アトランタでも議会で審議中です。下品な着こなしに不快感を持つ多くの市民が条例制定を支持しているといい、少数の市民がモラルの問題を権力が規制すべきでないとか人種差別ではないかと批判しています。あの「自由の国」であるアメリカで服装などの表現を法律で規制するということが可能なのかーと私は一瞬耳を疑いました。
注目すべきは、条例を制定している町が南部州に集中していることです。多くはルジアナ州から始まっていますが、同じルイジアナ州のジーナでは人種差別をきっかけに起こった暴力事件で黒人少年のみを逮捕し有罪としています。9.11以降の愛国者法によって、市民への盗聴と証拠なしの強制捜査が自由化され、アメリカ社会の表現の自由と通信の秘密がゆらいでいますが、日常の風俗ファッションの世界への介入が南部州のデイープ・サウスで起こっていることが気になります。
私は、姦通の罪によって一生胸に赤いAを刻み込まれて生きる女性を描いたナサニエル・ホーソンの『緋文字』を想い起こします。本国のイギリスで迫害された清教徒が新大陸へ移住してアメリカ建国の一歩を築いていき、彼らはピルグリム・ファーザーズと呼ばれて厳格なモラルと清貧な生活様式を維持するために異端者を排除し厳罰に処して社会秩序を守ろうとします。『緋文字』では姦通の相手がそのモラルを主導する牧師であったことに偽善と悲劇があったのですが、このピューリタン主義ともいうべきキリスト教原理主義は脈々と現代まで受け継がれ、危機と不安の時にあって秩序維持の強力な勢力として登場してきます。
これから全米の拘置所は腰パン禁止条例違反の若者であふれかえるでしょうが、こうした滑稽で戯画的な手法で市民生活の自由はしだいに侵され、気がついたら独裁の自由が残っていたということになるのです。対テロ戦争で惨めな袋小路に追いつめられ、住宅ローンの破綻で経済が沈みかけている米国では、前進的な未来へのプランと希望を喪い、殺伐としてひろがる行き場のない不安が目の前にある異端的なファッションに敵意を集中させているのでしょうか。或いは市場原理主義と保守主義は双頭の鷲として根っこでつながっているのでしょうか。(2007/9/28
8:55)
◆ショー・ビジネス化するスピルチャル・ブーム
占い師やスピルチャル・カウンセラーが毎日のようにTVに登場し、夏に東京で開催された「癒しフェアー」はスピルチャル系のショップが300店以上出店し、明るく賑やかな雰囲気で若者たちが行列をつくっています。超常現象や霊の世界にゲーム感覚で参加する若者たちは、15分間のレイキヒーリング(神の恩恵で体を癒す)に2千円、7分ほどのオーロラ占いに3千5百円ほどを払って、楽しんでいます。ある10−30歳代を対象としたアンケートでは、「前世や生まれ変わりを信じますか」に52%がYESと答え、「神様の存在を信じますか」に41%がYESと答え、「一度死んだ人間が生き返ると思いますか」に24%がYESと答えています。「生き返り」は信じないが、「生まれ変わり」は信じるという傾向は、自分自身の変身願望を含めた期待感なのでしょう。救いのツールとしての「神様の存在」を信じるという効能主義がうかがえます。「霊の存在」には58%がYESと答えていますが、自分がうまくいっていないことを霊に求め、徐霊による癒しを期待するのは、どこか健康薬品ブームともつながっているようです。
こうしたある種の世俗化された擬似宗教現象に対して宗教学者はさまざまの分析を加えてきました。共通していることは、世の中が行きづまって個人の卑小観がひろがり、何かにすがりたいという心情が浸透する閉塞状況を指摘していることです。典型的な分析は、世の不幸の要因を@社会の構造的なあり方に起因するもの、A災害や事故などの偶発的なもの、B自分自身の生きた方からもたらされるもの、C死などの限界状況に直面した時などに分類し、スピルチャル現象は特に@の社会的要因を隠蔽し、免罪するとして批判します。確かに私たちはこの典型的な悲劇をオーム現象で体験したのですが、オーム解体後もブームは続き、より活性化しています。スピルチャルブームを単なる世俗的な文化現象とみなして終わることはできるでしょうか。
私は、日常世俗のスピルチャル現象に留まらず、制度化された宗教原理主義が公権力を把握し、世界を一元的に支配しようとする野蛮な全体主義に転化しようとしていることに注目します。アメリカ帝国の「不朽の自由」作戦の背後にあるキリスト教原理主義は、もはや市民社会原理を基礎から掘り崩す暴力の行使を崇高な使命として宣揚するに到っています。先日BSで見たアメリカのある壮大な伝道集会は、高名な伝道師が時には静かに時には絶叫調で終末の世界最終戦争の勝利を説教し、数万人の信徒が陶酔した表情で賛美の拍手を送っていました。大統領は反テロ戦争を「十字軍」と位置づけ、善悪二元論を前提に「自由」を実現している米国が悪魔に支配されている国に神の救いを与えるのだと説き、空軍士官学校ではキリスト教原理主義グループの学生が、朝食祈祷会で他の学生に改宗を迫る活動を堂々とおこなっています。以上・ボストン・グローブ電子フォーラム「トムデスパッチ」参照。
キリストの再臨からハルマゲドン(最終戦争)をへて千年王国に到る過程を描いた『レフト・ビハインド』という小説が、6千万部という信じがたい売れ行きを示しているアメリカは、強烈な終末思想が市民の間にひろがっていると考えられます。こうした終末思想は、レーガン政権下の米ソ核戦争の危機の時に次いで、9.11を契機に大流行しています。なぜアメリカ市民(正確には南部系白人)は世界最終戦争を待ち望むのでしょうか。「いま多くの平均的アメリカ人は、未来について考えるのを嫌がり、昔を懐かしんでいます。未来を主たるテーマとするSF小説よりも、日常の生活にゾンビや霊が当たり前のように登場するSFが人気となっています」(SF作家 デイビッド・ブリン)というようにフロンテイアが消滅したアメリカはそのスピリットも消滅しつつあるのです。アメリカのキリスト教原理主義は、1960年代の公民権運動やカウンター・カルチャーなどのリベラル高揚とその後の混迷に危機を覚え、アイデンテイテイの根拠を『聖書』を文字通り真理と解釈するなかで、進化論を否定する創造説を公教育で強制するなど南部で浸透していきました。メガ・チャーチとTV伝道という現代メデイアを最大限に駆使しながら、「私たちはどこから来て、どこへ行こうとするのか」というアイデンテテイ・クライシスに苦しむ市民層は、答えを創世記と終末思想に見いだしました。キリストの再臨とその後の千年王国の実現にアメリカの未来を委ねる最後の期待は、それを否定するイスラムへの憎悪と不寛容をもたらし、沈滞するアメリカ経済からの脱却と石油資源の確保をめざす政府権力の中枢に食い込んでいきました。ハンチントンはこれを『文明の衝突』とする文明論で合理化しましたが、これはアメリカの危機の真相を見誤っています。アメリカ型キリスト教原理主義では、地球環境の危機を含めて世界の不安が深化すればするほど、それだけ終末が早まり、キリストの再臨による千年王国の到来が近くなるのですから、信仰がピュアーであればあるほど戦争と環境危機を推進し、神の真理を実現する使命感に燃えることとなります。これは逆説的に恐慌による資本主義の自動崩壊を期待したマルクスの誤読者たちと似ています。
いま日本で流行しているスピルチャル・ブームとアメリカのキリスト教原理主義の制覇は本質的に同じような特徴を持っています。市場原理主義経済で中間層が分裂し、貧富の両極分解が進み、その打撃が青年層とマイノリテイに集中し、醸しだす不安や不幸と危機を超越的な力による救済に求め、超越者の指示によって意志決定と行為選択をおこなおうとする傾向です。しかし日本は一神教的な絶対崇拝という文化がないことによって、功利主義的に依存対象をクルクル変えても許される寛容性がありますが、逆に言えば状況に追随し強者へ過剰に同調して恥じない行動様式をとります。日本的伝統の美を説く権力中枢が、平気でアメリカ帝国の軍事戦略に媚びへつらうということになります。これに対し一神教的な絞り込まれた崇拝対象をもつキリスト教原理主義では、一切の妥協を排除する信仰の地上での実現をめざす自己犠牲的献身が求められ、絞り込まれて狂信的になった信仰はどのような異端も見逃さずに排除して神の生け贄にする暴力と戦争を選びます。ここにキリスト教原理種に乗っ取られたアメリカ帝国の真の危険の要因があります。多元的寛容に安住して無限に追随していく日本は、地獄まで運命をともにすることになります。アメリカ型原理主義と日本型大勢順応主義の両極を排した独自の日本型文化創造が不可欠です。(2007/9/24
9:15)
◆ジーナよ! 汝の名は現代アメリカそのものだ
米国南部ルジアナ州のジーナというわずか人口3500人の町がいま全米の注視を浴びています。1960年代の公民権運動時代以来といわれる4万人から6万人の大デモンストレーションが、連日繰り広げられているからです。公共生活での人種差別を原理的に撤廃したはずのアメリカで、またぞろ忌まわしい差別事件が起こったのです。ジーナの公立高校の暴力事件で6人の黒人生徒が、殺人未遂罪で有罪となりました。昨年の夏に一人の黒人生徒が、校庭にある一本の木の下に座ろうとしたところ、翌日になって3人の白人生徒がその木の枝に首吊り用に縄で輪をつくって吊り下げました。その木は日頃から暗黙のうちに「白人専用」とされており、首吊り縄はかって白人が黒人をリンチにかけた歴史的シンボルなのです。恐怖と怒りを感じた黒人生徒は白人生徒に抗議し、地方検事に訴えましたが、地方検事は逆に黒人生徒を脅かして事件を闇に葬りました。これを契機に校内では白人生徒と黒人生徒の対立が激しくなり、年末についに暴力事件へ発展しました。地方検事は、暴力を振るった白人生徒を不問に付し黒人生徒のみを逮捕して裁判にかけました。州裁判所の審理は白人判事が担当し、陪審員は全員白人で構成され、彼らは全員一致で黒人生徒を殺人未遂罪で有罪の評決を下しました。半世紀前の黒人女性ローザ・パクスのバス乗車事件をもって始まり、マーチン・ルーサー・キング牧師の暗殺を持って終わった公民権運動の成果を一掃するかのような事態となりました。かって白人専用のバスの座席を指定したアメリカは、いま学校で白人専用の木を設けているのです。アメリカの人種差別は、法的には禁止されても社会の深部では隠然と存在し、きっかけさえあればすぐに頭をもたげるサラマンダーであることが白日の下に晒されました。しかもこれはデイープ・サウスと呼ばれる南部だけではなく、米国全体にひろがる病理現象となってひろがっています。
私たちはアメリカ白人の呪わしい人種差別意識を肌身に滲みて感じています。広島・長崎への原爆投下人体実験は、黄色人種である日本であるからこそ可能であったのであり、決して同じ白人国家であるナチス・ドイツには投下できないものでした。アフガンやイラクへの侵攻は有色人種国家だったからこそ遂行できたのです。それは、イラクのアブグレイブ収容所での米兵士の蛮行や、キューバ・グアンタナモ基地への非合法強制収容をみれば明らかでしょう。アメリカに憧れて短期留学した日本の若者の多くが、公然或いは隠然とした有色人種への差別を体験して帰ってきます。私はかってみた映画『夜の大捜査線』でのシドニー・ポワチエ演じた黒人捜査官の苦渋に満ちた表情をいまでも想い起こします。ハリウッドはいまでも、デンゼル・ワシントンやその他わずかを除いて黒人俳優の主役はなく、せいぜい筋肉ムキムキの肉体俳優でしかありません。戦後米国がおこなった対外戦争での戦死者は圧倒的に黒人兵であり、これは最前線に意識的に黒人兵を投入していることを示しています。
こうした隠然たる人種差別意識が公然と原始的な迫害の形態を取るのは、じつは白人社会の行き詰まりが限界にきていることを示しています。野蛮な市場原理競争のなかで没落する白人中間層は、「トラウマとルサンチマンは一般的に弱者に向けられる」という抑圧の移譲の法則によって、黒人その他のマイノリテイーを迫害することによってフラストレーションを発散します。サブプライム住宅ローンの破綻は白人中間層世帯を直撃し、とっくに喪われたアメリカン・ドリームの挫折は、白人社会に深刻な分裂と葛藤をもたらしていますが、そのはけ口攻撃のターゲットはマイノリテイーへの原始的差別攻撃という形態をとりつつあります。9・11でかろうじて愛国心を蘇らせ、対外戦争で国家統合を推進しながら、「万人の万人に対する闘争」の弱肉強食の市場原理システムを維持しようとしてきたアメリカ・モデルはもはや崩壊状態にあり、すでにして破綻国家の様相を呈しています。
そしてアメリカ・モデルに追随して直輸入してきた日本の津々浦々に、無数のジーナ現象がひろがっています。私がもっとも心を痛めることは、子どもたちの世界にひろがっている陰鬱なイジメ現象です。神戸市須磨区の私立高校で飛び降りて自死した3年生の生徒は、恐喝で現金を貢がされ、交際していた少女の悪口や自分の服を脱がされた写真や動画をHPに掲載され、HPが閉鎖された時には少女と2人で泣いて喜んだということです。「いじめるとむしゃくしゃした気分がスッキリし、いじめている仲間とより仲よくなれてスカッとする。誰かをバイ菌と呼んで、裸にしていたぶると面白い」などという荒みきったこころの背後に何があるのでしょうか。クラス全員が敵となり、担任を含む教師が見て見ぬふりをするなかで、一生癒えない傷を負って「学校以外の塾や習い事の教室ではイジメがあまりない。学校がなくなればましだと思う」と思わされる被害者の無念の深さを想像することは困難です(朝日新聞9月23日朝刊参照)。
昨夜のNHK・BSの「日本の叙情歌大全集」という番組に出演した山田洋次監督が「『夕焼け小焼け』や『赤とんぼ』を聞くとなにかこころが浄化されていくような気がします。私が死に臨んで、ヨーロッパのリードを思い浮かべることはないでしょう。私は日本の叙情歌を口ずさんで死んでいくでしょう」と言っていました。
夕焼け小焼けで 日が暮れて
山のお寺の鐘が鳴る
お手々つないでみな帰ろ
からすと一緒に帰りましょ
友だちと一緒にいっぱい遊んで、山に沈んでいく真っ赤な夕陽を背に、子どもたちは明かりを灯して夕餉を待つ我が家に帰っていきます。田んぼで汗水垂らして働いた疲れをいやしながら、親たちは「晩ご飯だから早く帰って」などと呼びかけています。そこには貧しいけれも、なにか温かいぬくもりにつながれた人間と家族の風景が広がっています。私はかっての日本の農村をノスタルジックに美化するつもりはありませんし、娘を身売りするような原始的貧困と童謡の背後にある恐ろしい逸話を否定はしません。ガキ大将が君臨する現代とは違う顕在化したイジメもありました。
しかしこうした歌を歌いながら成長してきた子どもたちと較べて、現代を生きるこども立ちのあまりの惨状に慄然とするのです。仲良し友だちがいつイジメに転化するか分からないので、仲良し度は適度に保たねばならず、自分の感情をナイーブに表さないで「ないこと」としなければ生きていけない子どもの世界が醸成されています(同上紙)。そういえばなにか子どもたちの顔は無表情になっているような気がします。TVのCMから「子どもたちがいつ襲われるか分からない危険に囲まれています。大人は散歩やジョギングをできるだけ登下校の時間帯におこないましょう」という声が流れてくるたびに、私は哀しくなるのです。
ジーナという町は、日本の隅々に確実にひろがって蔓延し、おとなも子どももたった1人で耐えています。「お手々つないでみな」○○しようーという感性にはどのような暴力の誘因もありません。イジメをなくする道徳教育でこころの水準を五段階評価するなどという恥ずべき政策で、子どもたちのこころはよりいっそう荒んでいきます。ルイジアナ州裁判所の陪審員の評決は、正しくは「暴力事件の本質は野蛮な市場原理システムにある。白人生徒も黒人生徒もこのシステムの犠牲者である。陪審員はこの原理への死を宣告する」でなければなりませんでした。死刑制度に反対する私の求める評決です。(2007/9/23
10:46)
◆ゴッドダムド!
米国で「goddamned ゴッドダムド」は、「damned
いまいましい」の強調語で「くそいまいましい」というののしりのtaboo
word禁句であり、放送禁止用語に指定されています。9月16日におこなわれたエミー賞授賞式で、ドラマ部門主演女優賞を得たサリー・フィールドさんが(映画「ノーマ・レイ」で79年アカデミー賞受賞)、スピーチで「もし母親たちが世界を統治していたなら、くそいまいましい戦争なんてそもそも起こりはしない」とブッシュの対テロ戦争を罵倒しました。TVドラマではアフガン戦争でPTSDとなった息子をふたたびイラクに送り出す母親役を演じました。ところが授賞式を中継したFOX・TVは、この発言とその後の場面をカットして放映しました。わたしはすぐに数年前のアカデミー賞ドキュメンタリー部門の授賞式で、マイケル・ムーア(映画「ボウリング・フォア・コロンバイン)が「くたばれブッシュ!」と絶叫した場面で、急にオーケストラが演奏をはじめて場内が騒然となったことを想い起こしました。デイレクターが慌てふためいていることが画面から伝わってきました。
しかし今回のカットは明らかに、放送マニュアルにもとづいた検閲であり、インターネット上の投票では、彼女の発言をTV局がカットしたことを「正しい」とする者が41%、「正しくない」とする者が59%で多数が検閲を批判しています。米国では、スター級の俳優やメジャーのミュージッシャンが、ときどきこうした権力批判を真正面から俗語でおこないます。大統領であれ、誰であれ、市民としては対等だという独立精神の表れでしょうか。日本でこのような発言をしたら、おそらくメデイアへの登場の機会を失うでしょう。その点はとてもうらやましく思うのです。
さて今回のFOX・TVの放映は生中継ですから、編集の時間はないはずだがと思いきや、この生中継は数秒の時差をおいてのものであり、おそらくマイケル・ムーアの不規則発言を教訓に編集のための時間を設定したのでしょう。この背景には、ブッシュ政権が9.11以降に連邦通信委員会(FCC)の検閲を強化し、政治的に不適切な発言に対して放送局や出演者に多額の罰金を科すようになったことがあります。愛国法によって一般市民への盗聴も無制限におこなうようになった米国では、表現の自由や通信の秘密が実質的に奪われつつあり、これが「不朽の自由」作戦をイラクやアフガンでおこなっている米国の国内の実態です。権力への批判の自由が衰弱していく国では、市民は群衆と化して「パンとサーカス」(皇帝ネロ)を求める劇場型の政治が蔓延し、もはや批判そのものが悪とみなされ、群衆自身が攻撃の刃を向けるようになっていきます。
こうしたポピュリズム(大衆追随)のもとでは、大衆扇動家(アジテーター)が群衆を自己陶酔にみちびき、興奮状態になって一方向に向かって突っ走るようになります。大勢がある方向へ突っ走っている時に、ひとり冷ややかにたたずむのは非常に難しいことです。アジテーターは、寸鉄石をうがつような断定的な口調で「あれか、これか(敵か、味方か)」の二者択一を迫り、熱狂状態となった大衆は熱に浮かされたように、扇動者に服従し献身することに歓びを感じるようになります。これが全体主義又は独裁の心理的基盤です。”旗がひるがえり、ラッパが鳴り響くと、人は考えることをやめてしまう”のです。全員が溶け合ってたった1人の人間になったような快感が心の底から湧き上がってきます。市民が砂のようにバラバラになって孤立し、自分の無力を味わうようになればなるほど、強力なリーダーの獅子吼にひれ伏すようになります。9.11直後のブッシュ政権とコイズミ劇場はこれに近い現象でした。
これが一時的なカオスに終わるかどうかは、その後の事態の進展のなかで市民がどのような体験をするか、その体験をどのように自己省察するかにかかっています。9.11以降のアフガン・イラクの惨状と若者の犠牲をこの目で見て、米国の市民は熱狂から冷め始め、コイズミ劇場は閉幕したかのようです。しかし問題はカウンタープランを持った確かな対抗勢力が成長していなければ、部分的修正の目くらましを投げる扇動者の交代に終わります。こうした悪循環の罠にはまってしまうと、ついには罠そのものを「革命的」に断ち切り、一閃雲を払うかの言辞を弄する本物の強力な独裁が登場します。彼は人智を越えた神の如き超人のパフォーマンスを演出し、デモクラシーの衆愚性を嘲笑いながら君臨していきます。この象徴的モデルが70数年前のアドルフ・ヒトラーでした。彼は画家としての失敗がもたらしたルサンチマンの情熱と類い希な演説の才を駆使して、あのワイマール文化のドイツ市民のこころを鷲づかみにしたのです。ナチスの独裁は民主主義を通してあらわれたのです。
米国ではソフトでフレンドリーな独裁は一時的には出現するでしょうが、デモクラシーそのものを根底から壊すような事態はおそらく起こらないでしょう。米国ではまだまだ「12人の怒れる男たち」の伝統が根づいているからです。しかし日本ではどうでしょうか。日本の近現代史をみると、独裁はナチスのような大衆的情念の沸騰として表れたのではなく、上層権力の抑圧を伴う横滑りとして天皇制という神格化されたかたちで「上」からもたらされました。日本市民は、「12人の怒れる男たち」の伝統が弱く、また自らの情念が操作されて動員されるというナチス型の「下」からの独裁を一度も体験したことがありません。だから逆に21世紀のこの時代にあって、民主主義を通して独裁を実現するナチス型独裁の可能性を潜在的に秘めています。その基盤はどこにあるでしょうか。かなり飛躍して言えば、公的権威を実現し得ないまま戦場で命を散らす確率が高まりつつある自衛隊のなかに存在する誠実でまじめな青年将校グループと、「希望は戦争」とつぶやくフリーター青年が同盟した時に、ナチス型独裁の現実的な可能性が生まれてくるのではないでしょうか。その時に疲弊する地方の市民と介護難民化する高齢者が投票所に殺到するような気がします。
だから声を挙げるマイケル・ムーアやサリー・フィールドのようなモデルの出現を日本で求める人もいますが、それは正しくないと思います。一人一人がムーアとなり、フィールドとなる「石を刻む男」こそが日本のほんとうのモデルになると思うのです。goddamned!!
(2007/9/20 22:34)
◆石を刻む男
ドイツを旅行した人は気づいたことがあるでしょうが、街の石畳の歩道にひときわ光る10a四方の銅板が埋め込まれています。ベルリン出身のアーテイストであるグンター・デムニヒさんが、ナチス・ドイツの犠牲者の名を後世に伝えるために埋め込んでいる「つまずきの石」です。ナチ政権下で殺害された人の名前、生年月日、死亡年月日、場所を生前に暮らしていた家の前の歩道に設置するもので、今までドイツの271市町村、オウストリアの11市町村、ハンガリーの13市町村に合計1万2500個以上が刻まれ、ベルリンだけで1650個あります。9月13日にははじめてアフリカ系の犠牲者であるママジュブ・ビン・アダム・モハマドさんが刻まれました。彼は1904年にドイツ領ダルエスサラーム(現タンザニア)で生まれ、第1次大戦に独軍兵士として従軍し、29年にベルリンに移ってドイツ人女性と結婚しましたが、1935年に制定されたの異人種間の婚姻を禁止するニュルンベルグ血統保護法によって、41年に逮捕され44年にザクセンハウゼン収容所で死亡しました。
ナチスによるホロコースト犠牲者数は、証拠隠滅で正確な統計はありませんが、ユダヤ人600万人、非ユダヤ人500万人の合計1100万人に上る人たちが殺害されたとされています。非ユダヤ人とは、ロマ(ジプシー)、同性愛者、精神障害者、エホバの証人、異人種婚姻者などです。この狂気のようなバーバリズムはどのような謝罪と償いも及ばないトラウマを被害者に及ぼし、しかも時間の経過とともに記憶が風化していくことは避けられないばかりか、逆にホロコーストを否定する歴史修正主義が登場してくるのを防ぐことはできません。歴史を偽り虚偽で塗り固めていく反動現象に抗して、真実の記憶を伝えていくことがいかに困難であるかは、最近の日本で「南京虐殺はなかった」、「沖縄集団自決に軍部は関与していない」とか「原爆投下はしょうがなかった」等と政府首脳が公言していることを見ても明らかです。
歴史の記憶を伝えるモニュメントはさまざまなかたちでおこなわれてきましたが、この「つまづきの石」プロジェクトは、生きていた人間の犠牲の記憶を「個」の生活の場所で浮かび上がらせ、今を生きる人たちのごく平凡な日常生活に衝突させることによって、行き交う人のこころに静かに深く刻まれていくという迫真的なモニュメントになっています。現代のドイツは、、何気ない日常の路上の歩行のなかで、この小さな銅板につまづく体験によって、はるか60数年前に犯された犯罪を忘れようとしている自分に気づかされます。それは今を生きている人たちに、ふたたびの「つまづき」を警告し、傷みを通して現代の自己検証を迫ります。「つまづきの石」につまづく一つ一つの体験によって、ふたたびの「つまづき」を繰り返してはならないという気持ちが日常の中にしみ込んでいくでしょう。なによりも刻まれた犠牲者は、自らの生の証しを生活した場所で残すことになります。あのアンネ・フランクも、白バラの兄妹たちも自分の名前を銅板に刻まれて埋め込まれているのでしょうか。
このプロジェクトは、ジャン・ジオノの『木を植えた男』を想い起こさせます。南仏プロヴァンス地方の妻に先立たれた老人の農夫が、何か一つだけこの世に残して去りたいと思って、荒れ果てた山地に毎日ドングリを蒔いていきます。第1次大戦が過ぎ第2次大戦が過ぎても、彼は営々と黙ってドングリを蒔いていきました。そうして今プロヴァンス地方は緑したたる美しい森林がひろがる世界有数の地域となったのです。ブフイエという名の農夫は1947年にこの世を無名のままに去っていますが、彼は黙って神にも等しい作業をおこなったのです。この話は、ミレーの『種まく人』という絵や黒沢明『生きる』に連想を運びます。世の中には、戦争ですべてを破壊する愚かな人間もいれば、何の見返りも求めずただ黙って些細で気高い行為をなす人間もいます。いったいどちらが人類の歴史を進めてきたのでしょうか。「つまづきの石」を黙って刻んでいくデムニヒさんの行為は、歴史の犠牲者を鎮魂し、歴史の真実を守ろうとする崇高な意味を持つ芸術的表現であり、現代に生きるアーテイストたちに、なにか無言のメッセージを送っているようです。
日本はかっての戦争で2000万人に上るアジア人を殺害し、300万人の日本人が死ぬという、取り返しのつかない「つまづき」の歴史を刻んできましたが、果たして個々の犠牲者のいのちを生活のなかで浮かび上がらせるような記憶の作業をしてきたでしょうか。靖国神社に参拝して声高に叫ぶ宣言や集会の前に、一人一人が何らの報いを期待しない無名の行為を静かに黙々と続けていく作業の積分にこそ、後世からふり返って気高かいものであるにちがいありません。そうした行為はその人が心して納得したものであれば、どんな些細な行為であれ、何らかの意味をもって輝いてくるでしょう。そのような無数の行為の連鎖のなかで、歴史はゆっくりとそのページをめくっていくにちがいありません。さてわたしはどのような「つまづきの石」を刻んでいるのでしょうか。このホームページでその一端でもがにじみ出ているならばと願う次第です。(2007/9/18
9:23)
◆歪んだ微笑の背後には血塗られた歴史がある
日本の学級会の会長が「俺はやーめた」と雲隠れしてから、学級会は崩壊状態におちいり、またぞろ見苦しい跡目相続争いのショ−が繰り広げられています。学級会を崩壊させた責任を負うべきグループは恥ずかしくて出るのを辞退するかと思いきや、なんのなんの厚顔無恥の候補が名乗りを上げ、次期学級会長の座をめぐって、醜悪な茶番劇を演じています。「美しい国」の内実がこれほどに醜く頽廃していることをよそに、候補の2人は権力亡者となって互いを罵りあいながら、自殺者が毎年3万人を超え、餓死者が100人を超えるこの国で騒々しい立ち回りを演じています。またしても終わりなき日常を生きる浅草大衆演劇の幕が開いたのでしょうか。
埼玉県吉川市のレンタルビデオ店クオークの正社員として1年8ヶ月間働いた矢田部暁則さん(27歳)は、00年9月8日の早朝にくも膜下出血で亡くなりました。彼の労働時間は毎日10時間以上、残業は月100時間を超え、午前2時過ぎまでの深夜勤務で、深夜3時に帰宅し午前9時に出社する日もあり、在職中は一度も有休と代休を取ることはありませんでした。服を1枚も買わず、写真を1枚も撮ることはなく、顧客とのトラブルに疲れ果て、営業成績を容赦なく追求されるストレスは限界に達していました。10時間勤務で帰れる日は「ベリーショート」であり、自宅に友人から電話が来ても、家族に「取り次がないでくれ」と昼夜逆転した生活で眠りこけていました。人生でもっとも気力と健康が充実しているはずの27歳を奴隷の営業に殉じたのです。日本全国で自己責任論をばらまきながら、若者を食い物して恥じない企業が蔓延しています。
しかしあの候補2人にはこうした地獄のような惨状は目に入りません。この人たちの政治資金報告書を見ますと、なんと高級料亭での会食が政治活動として計上されています。特に口元が歪んでいる候補のほうの料亭通いは凄まじいものがあります。彼らに供されている高級食材の多くが輸入されていますが、世界の穀物期末在庫率は世界史上最低の15,2%に落ち込み、わずか55日分の備蓄しかなく食糧危機の時代に突入しています(農水省・世界穀物等需給向)。40%を切ってしまった日本の食料自給率は60%以上を外国輸入に依存しています。需給の逼迫は国際食料価格の急騰を招き、特に輸入に依存する途上国の食糧事情は悪化して、毎年8億人を超える人たちが餓死しています。世界人口の2%を占めるに過ぎない日本は、世界食料の10%を消費して、余った食材が毎日捨てられてゴミと化しています。国民の血税である政党助成金を使って、料亭の高級食材に舌鼓を打つ2人には、こうしためくるめくような世界の非対称性に目を向ける想像力はありません。
あの醜く口元を歪めて高笑いする麻生とかいう候補は、国益を声高に主張しながら拉致を理由に飢饉に喘ぐ北朝鮮への人道支援を禁止する制裁を説いています。あのヒステリックに歪んだ微笑の背後には何があるのでしょうか。麻生とかいう候補の父である麻生多賀吉は、鉄道と石炭で儲けた資金を元にセメント産業に参入し、一代で巨富を築き上げました。その最大の成功要因は、朝鮮半島から連行した朝鮮人による強制労働でした。「結婚して半年で連行され3日がかりで筑豊の麻生赤坂炭坑に着いた。4日目から仕事に就かされ、日毎に食事が少なくなったので、昼の弁当も一緒に食べてばれてしまい桜の棒で叩かれた。就労は午前6時から午後8時までで、いったん坑道にはいるとお日様を見ることはなかった。昭和19年に落盤で肩の骨を折ったが、治療はできずすぐに仕事につかされた。人間一人死んでもアリ一匹死ぬのと同じだった。日給は2円だったが、労務が故郷へ送金してやると言って金を手にすることはなかった。手紙で家族に問い合わせたが、届いてなくタダ働きだった。朝起きるとすぐに寮の広場で、「宮城遙拝」と「君が代」斉唱をさせられた。昭和17年の夏に待遇改善を求めたらなしのつぶてで、盆休みもなく「この非常時に何を言うか! 大日本帝国臣民の精神を叩き込んでやる」と労務が脅し、暴動が起こった。労務事務所を叩きつぶし、電話線も切ったら、飯塚署からトラック10数台に乗った警官隊がきて、70数人が警察に連行された。私は同胞数人と一緒に脱走し、昼は竹藪に隠れ夜に歩きつづけ、3日目の夜に大牟田の同胞の家にたどりついた」(金さん)。
田川盆地にはいま白い石灰岩を剥きだしにした船尾山をバックに、巨大な麻生セメントの煙突がそそり立ち、山の麓には筑豊炭坑に強制連行されて亡くなった朝鮮人の遺骨を安置した無窮花堂がひっそりと佇んでいます。この2つの対照的なモニュメントは、麻生財閥がたった一代で巨万の富を築き上げた歴史をハッキリと示しています。
さて麻生とかいう候補は、みずからの父とその会社がやってきたすべてを知った上で、次のように言い放っています。。
「朝鮮人の創氏改名は、朝鮮の人々が満州で仕事がしにくいから名字をくれと言ったのがそもそもの始まりだ。植民地支配による義務教育はハングル普及に貢献したのだ」(03年5月31日 東京大学講演会)
「靖国の話をするのは世界では中国と韓国だけで、他の国から言われたことはほとんどない。靖国問題で日本が孤立しているとか、好かれていないなどどうでもいいことは気にしなくていい」(05年12月12日 金沢市内講演会)
「わたし自身があそこで一番問題だと思うのは、祀られている英霊の方からすると、天皇陛下のために万歳と言ったのであって、総理大臣万歳と言ったのはゼロですよ。だったら天皇陛下の参拝なんだと思うね、それが一番。何でできないのかと言えば、公人、私人のあの話だから。それをどう解決すればいいかと答えは幾つか出てくる」(06年1月31日 公明党議員後援会会合)
「台湾を日本に帰属させた時に、日本が最初にやったのは義務教育です。貧しい台湾の人々が子どもを学校にやったらカネをとるという大英断を下した。結果としてものすごく教育水準が上がって識字率が向上した。おかげで台湾はいまの時代に追いつけている」(06年2月4日 福岡市内講演会)
彼はこうした戦後の国際スタンダードを足蹴にするような常軌を逸した恥ずべき言動をなぜ繰り返すのでしょうか。強制連行と強制労働への謝罪と償いが避けて通れない国際的な課題となって、麻生一族に対する非難が起こりつつあるいま、彼は必死になってみずからの族親的利益を守ろうとするのです。それが彼のアイデンテイテイそのものであり、生きる支えとなっている信念体系なのです。言うなれば戦前型の狂信的ファッシズムへの回帰以外に彼の生きるすべはないのです。こうして彼の口元の歪みは増幅し、いかなるフェイス・アドヴァイザーも匙を投げるまでに進行しています。彼が再生する道は一つしかありません。自らのファミリーの血塗られた歴史の族譜をキッパリと清算し、信念体系の再構築をめざすこと以外に正道に立ち戻るチャンスはありません。あの満州国皇帝・溥儀でさえもが痛苦の自己学習を経て、民族の裏切り者であった自らの過去を悔い改めて再生の道を歩んだように。(2007/9/17
12:12)
◆日本首相の辞任ーキレル暴走老人を考える
「キレル」現象が若者だけでなく、老人にまでひろがって老人の犯罪が増えているそうです。昨日「野党党首に会談を申し入れたら断られたので、辞める」と言った日本の首相も、こうした突発性の老人性暴発現象の典型例でしょう。いまや老いも若きもキレまくるメルト・ダウンの倒壊がひろがっているようです。どうしてこのような「キレル」状況が蔓延してきているのでしょうか。かってキレル若者の問題を分析して、個人の自由や権利ばかり主張する戦後教育が悪い、しつけ教育がなっていないからだとか、少子化で親が甘やかしているからだ、食生活の変化で脳神経系がおかしくなっているなどとさまざまの指摘がなされました。しかしいまキレている暴走老人には必ずしもあてはまりません。なぜならわたし自身も、最近なぜか「キレル」状況が多くなっていますが、必ずしもしつけや教育、食生活に問題があるからだとは思われないからです。
ここでは日本の社会的な状況の変化との関連で考えてみたいと思います。9月4日のNHK・クローズアップ現代の”なぜキレル 大人の犯罪”という番組では、キレル大人には他人のマナーの悪さに立腹して暴力を振るうケースが多いそうです。確かに電車の中で人目を憚らず化粧するギャルや2人分の席を占めてケータイに夢中になっているサラリーマンや、地べたにぺちゃっと座り込んでいる若者をみると腹立たしくなる人が多いでしょう。神奈川県の相鉄線車内で拳銃型ライターでふざけていた高校生を注意して無視され、頭を殴った警官がいましたが、その警官の行動を支持する2000件を超えるメールや電話が大和署に殺到したそうです。おそらくここには、立小便や痰吐きを刑法犯として罰金を科してまでも社会的マナーを維持しようとしてきた戦後的な価値観が大きくゆらぎ、慢性化していく反社会的行為にモヨモヤとした気分が溜まって爆発するという、ある種の正義感の発露があるのでしょう。しかしこの警官の行為を単純に支持するという気持ちが、短絡的な取り締まり強化や厳罰主義、果ては自衛隊でのトレーニング導入、儒教的教育勅語の復活などに結びついていくとすれば、やや危険な要素を持ってきます。こうした強権的なマナー強制はどちらかといえば途上国に多く、中国やシンガポールでは車内の飲食や路上のポイ捨てに罰金を科して取り締まっています。これらの国の車内や路上は驚くほどに清潔で綺麗な風景が広がっています。ある種の秩序の動揺に権力的な強圧を加えていくシステムは、現象的には秩序回復をもたらしますが、それとひきかえに暴力的な抑圧を肥大化させていきます。世界で最も街が美しく統制がとれた国は1930年代末期のナチス・ドイツでした。
なぜキレル暴走老人が増えているのかーその基礎にある原因を探っていく必要があります。自分の子どもの担任と教室を替えろー等と平気で学校に言ったり、救急車をタクシー代わりに使っって医者や看護婦に食ってかかるなど明らかに私的な欲望自然主義が蔓延している現象の背後にあるものと、ある種の正義感の放出としての暴走老人の背後にあるものは違うような気がします。そこで暴走老人の背後にあるものに焦点を当てて考えてみたいと思います。なぜなら最高責任者の総理大臣すらが簡単にキレて、国全体を大混乱に陥れても平然としているからです。
老年期は一般的に4つの願望によって生きようとします。第1は回春願望(不老不死 いつまでも若くありたい)で多くの老人が望んでおり、第2は現役願望(現職や現役生活をいつまでも続けていたい)で職人や権力者に多く、第3は解放願望(過去から早く身を引いて自由に生きたい)でどちらかといえば不遇な現役生活か燃えつきた人に多く、第4は報謝願望(残された生を他者へ役立つことに捧げたい)でどちらかといえば幸福な現役生活を送った人にみられます。
さてキレル老人たちの多くはこれらの4つの願望のいずれかまたは全部に自己実現のチャンスと努力に不満を持っている場合が多いように思われます。特に現役願望を満足させられず老後の不遇を自覚している場合や、強い解放願望を持ちつつもそれを実現する対象の選択に失敗したり、実践できていない場合に見られます。一般的に人は死に臨んで、「やっと逝ったか」と喜ばれるタイプと「そんな人いたかな」と存在感のないタイプ、「あの人はいい人だったな」と惜しまれるタイプに別れますが、キレル老人は前の2つのタイプに多く見られます。特に現役時代が不遇であったり、必要以上に屈従的な生活であったり、自分の心情とは食い違った生活を送ってきた人は、「このままで終わるのは口惜しい」という気持ちが重なって、何らかの問題を契機に暴発します。ただしこの暴発によって自分自身が受ける被害と社会的制裁が薄いことを予期した上での暴発です。
今回の日本の首相の辞任は、老人期の自己実現願望の失敗による暴発と酷似しています。「戦後レジームからの脱却」という強固な自己の信念と国民意識の乖離の狭間にあって、遂に「バカバカしくてやってられない、後は野となれ山となれ」と責任ある職務をほっぽり出して引退するという幼稚な暴発行動に出たのです。鉄の意志を持って自己の信念を貫徹する意志と神経統御能力が決定的に欠落していたか、または成熟するトレーニングを積んでいなかったのです。
キレル暴発老人に対するひとつの「美しい」プレゼントは、黒沢明の映画『生きる』です。平凡に大過なく公務員生活を終えようとする老人が、余命数ヶ月の癌を宣告され、狂ったように快楽の道を求めて果たせず、最後には街の母親たちの子どもの遊び場をつくってほしいという要望に全生活を傾倒してこの世を去るというストーリーですが、雪の降る夜に完成した公園のベンチで「いのち短し恋せよ乙女」を静かに口ずさみながら雪に包まれて死んでいくシーンを初めて見た時の感動を鮮やかに今も想い起こします。キレル若者への凄いプレゼントは、フランスの若者たちの街頭行動です。高校生たちを含む若者が労働法制の規制緩和に抗議して、政府を追いつめて廃止に追い込んだ行動の基礎にある社会的共同の意識を思い浮かべてみる必要があります。
キレル老人たちに聞いてほしい。あなた方の正義感を刺激するモラルの頽廃はどこからきているのか。日本の若者たちは、生まれ落ちてからどのような生を刻まされてきたのか。事前に問題を知らされて全国学力テストを受検し、偽りの結果で喜ばされる子どもたちはすでにして大人と社会が偽善そのものにまみれていることを身にしみて知るのです。しかもそうした大人たちに媚びへつらう態度をとらないと内申書が上がらないのです。就職試験ではすでに正社員の門は狭く、人生設計は選択肢すらなく、正社員として企業に入れば同僚と助け合って仕事に勤しむのではなく、我先に業績を追求する成果主義賃金のニンジン競争に投入されるのです。フランスの若者のように手を取り合って街頭で抗議運動をするチャンスは、日本ではとっくに失われています。上の者に何かを言うこと自体が、犯罪であるかのような雰囲気が企業に蔓延しています。そろそろ結論に近づいて参りましたが、モラル頽廃現象とキレル暴発老人の統計をみると、明らかにライオンヘアーと称する首相の登場とともに飛躍的に増加しています。ファンド経済を宣揚する虚業の市場原理は自己決定・自己責任の原理を浸透させ、お互いを励まし合い手をさしのべてきた日本の伝統文化を一掃し藻くずと化してしまいました。ここにこそ原理的な要因があるような気がします。若者のモラル頽廃に怒る老人たちは、キレル前に若者の置かれている本質的な問題状況を再審する必要があるように思います。
ところがキレル老人たちに多い正義感の放出は、自分たちが成長する過程で身体化してきた文化が変容し、次第に市場原理の中で共同の契機が衰弱していることと無関係ではないと思います。地域や企業内ですすむ人間関係の「個」化は、かって体感してきた他者への共感性と相互承認の関係を破壊し、自分たちがもはや社会的な存在の意味を失った「余計者」という感覚を強めています。公正的正義は衰弱して経済的覇者が無秩序に横行する実態に打ちのめされて、追いつめられつつある自己の恢復が突発的な自己主張の表出をもたらし、他者に対する暴発的な攻撃に転化します。だから若者がシステムの被害者となって逸脱行動を常態化させていると同時に、キレル老人たちも豊かですこやかな老後をかき乱されて苛立っているのです。これが「美しい国」のキレル実態なのです。
最後になりましたが、老人期の解放願望に触れたいと思います。過去から身を引いて自由に生きたいとする願望それ自体は、ある積極的な自己実現願望の可能性を秘めています。しかし市場原理主義の蔓延するなかで、ややもすると全体状況からみずからを遮断する「隠遁」や「隠棲」に入りこんで狭隘な世界を構築する場合があります。例えば学問で言えばアカデミズムのカビの生えた研究室でひたすらに手作業のデータ整理に没入したり、芸術で言えば世俗を超越した唯美主義や異常なシュールの世界に耽って感性を閉じこめるような生活です。これらはもはや他者に対するナイーブな関心を喪失して自己陶酔するある種の宗教的信仰世界に酷似してきます。時にはグルの指令を無条件に実践してサリンを撒く行為に法悦を感じたり、自分の娘を焼き殺しながら描画したり(芥川龍之介『地獄編』)、鑑賞を想定しないオタク作品の創造に秘やかな悦楽を覚えたり、或いは「飢えて死んでいく人にとっての料理の本」(宮沢賢治)を書くことに至福を感じたりします。その意味では、キレル暴発老人たちは他者に対する関心を相当に強く意識している点で、まだ救われる余地がありますが、その方法は芸術で言えば他者を勢威的に動員しようとするプロパガンダ芸術と似ています。私たちは唯美主義とプロパガンダの両極を排し、豊かでヒューマンな関係性を追求していく必要があるのではないでしょうか。自戒を込めて。(2007/9/13
11:57)
◆アメリカ・モデルの崩壊は明日の日本を予告している
先日、マイケル・ムーア監督の米国医療保健制度を告発した『シッコ』という映画を観て、アメリカの医療現場のあまりの悲惨に驚きました。病院が治療費を滞納する患者を無理矢理に車に載せて、街の道路に捨てるシーンがありました。衰えた患者が何が起こったのか理解できず、オロオロと街頭を哀れにさまよっている姿がありました。遺棄に近い治療放棄は医療ビジネスの犯罪的な実態を示してあまりあるものでした。すべてを民間保険に依存するアメリカは、4700万人(!)という全国民の11,7%にのぼる無保険者を生み出しています。アメリカは、人間のいのちでさえ金儲けの対象となり、いのちを商品とする保険・医療ビジネスが莫大な利潤をあげています。逆に英国やフランス、カナダの無料医療が対比的に取材され、外国人旅行客さえが無料で治療を受けていました。アメリカ旅行を経験し、旅行中に病気を体験された方は、あまりの医療費の高さに驚愕し、自分の入っている民間医療保険が救急車がくるものかどうか心配されたでしょう。救急車が来るとしても、信号ごとにストップするものか、ノン・ストップで信号無視で突っ走るものかの違いを知って唖然とされたに違いありません。
こうした米国の市場原理システムは、医療のみならず教育その他の社会生活の全線に浸透し、自己責任原理ですべてを律するホッブス的な”ヒトは互いにオオカミである”という欲望自然主義のエゴイズムが覆っています。この考えは、シカゴ学派を中心とする市場の無制限競争を宣揚する経済理論(アダム・スミス”なすにまかせよ、なるにまかせよ”の悪性再版)に依っています。これを金科玉条のように日本へ輸入したのが、タケナカなんとかという曲学阿世の徒に他なりませんでした。たとえばスポーツや文化施設の命名権を売って儲ける命名権ビジネスは、アメリカから始まって日本にも及んでいますが、市民の税金でつくった公共施設の名称が企業の名前になる実態をみて唖然とされた経験はありませんか。
米国の10歳から24歳の若者の04年自殺者数が4599人と15年来の最高の増加となっています。10万人当たり7,32人で、8%近い異様に高い上昇を記録しました(米疾病対策センター 9月7日)。これは短期間の偶然的な増加ではなく、明らかに傾向的な特徴を示しています。米国の自殺観は、あくまで個人の精神状況を制御する自己責任問題として処理されますから、自殺の背景となる要因を解明するよりも、個人の神経活動を制御する薬品使用によるプラグマテックな対症療法に異常に傾斜しています。カウンセラーや精神科医はすぐ投薬治療に向かい(製薬企業や保険会社の業績評価となって報酬がアップする)、自殺対策として抗うつ剤の使用が激増しました。抗うつ剤の適切な使用は神経活動の不正常を抑止する一定の効果を持ちますが、子どもへの使用は自殺思念や自殺行為を誘発する危険性が非常に高くなります。
低所得者向け(サブプライム 最初の1,2年は低金利でそれ以降は高金利)住宅ローンの破産から始まった米国の不況は、住宅ローン業界の大リストラから金融業界(住宅ローンを証券化して銀行が購入)に拡大し、非農業部門の就業者数が一気に減少に転じるという大失業時代に入りつつあります。各地で開かれる就職説明会には、大挙して求職者が殺到し行列をつくっていますが、その仕事のほとんどは非正規のパートなのです。アメリカの貧困人口(月100ドル以下の生活)はすでに3700万人を超えていますが、おそらく4000万人に達して無保険者と同じ規模になるでしょう。こうして住宅バブル崩壊を契機に始まったアメリカ国内の個人消費は失速し、GDPの70%を占める消費の衰退の中で金融危機から全般的恐慌へと向かう可能性が出てきました。こうして国内にひろがるめくるめくような貧困と富裕の格差は極限に達し、蓄積するトラウマとルサンチマンは犯罪と自殺統計を史上最高のレベルに導いていきます。追いつめられた国内矛盾を国外に敵を作って対外的に発散するという不満国家の常套手段によって、アメリカは対外戦争を恒常的に繰り広げ、「愛国心」によってしか国民統合を維持できない惨めな破綻国家に転落しつつあります。アメリカは国内的にも国際的にも、もはや世界最大のテロ国家に頽廃しています。
自分の命は、ピストルと民間保険と薬で守るしかないという野蛮な戦争状態にあるアメリカの異様な異常性をストレートに持ち込もうとしている国が世界にたった一つだけあります。この国はいままでどちらかと言えば、欧州型の社会国家であり、全国民対象の社会保険と終身雇用という一定の連帯性を基本に国を運営してきました。1980年代以降のアメリカ・モデルの無制限導入によって、この国の社会システムは一気に揺れ動き、混乱と疲弊を極めてきました。その結果は、年間3万人を超える世界有数の自殺率、100人を超える餓死者、5400人を超えるネットカフェ難民、30%を越える非正規難民、累々とひろがるシャッター通りに他なりません。この国の名前は「日本国」と言います。
夏を過ぎて9月に入っても、連日30度を大きく超える真夏日が続いています。40名を超える教室の子どもたちは、汗を流しながら全国一斉学力テストの成果を競って得点アップにしのぎを削らされています。成長して教室で学べる子どもはまだまだ恵まれているのかも知れません。日本では妊産婦や生まれてくる赤ちゃんのいのちが救えない国になりました。病院は救急車に乗ってくる患者の受け入れを断る国になりました。昨年8月に19の病院から受け入れを断られた奈良県の産婦は大阪府内にたらい回しにされ、出産後に死亡しました。同じく奈良県の妊婦は、今年の8月29日に異常を訴えて午前3時頃に119番通報して救急車を呼びましたが、12カ所の病院から受け入れを拒否され、大阪高槻市の病院に向かう途中で死産しました。奈良県は切迫流産やハイリスクの妊婦や新生児を受け入れる総合周産期母子医療センターがなく、NICU(新生児集中治療室)から出た回復期赤ちゃんをみる後方病床は10床しかないのです。いったんNICUに入ると出ることができず、新規受け入れができないのです。奈良県のみならず、産婦人科の閉鎖が相次いで、地方の女性の出産システムは崩壊しています。リスクの高い産婦人科は、財政負担が高くなり、医療ビジネスにとっては利潤が上がらないからです。これが市場原理のアメリカ・モデルを無条件に導入しつつあるGDP世界第2位の経済大国の惨憺たる実態です。
内閣府調査によれば、「日常生活に不安がある人」が過去最高の69,5%に達しました(9月8日発表)。ムーア監督の映画の題名「シッコ」は、日本で言えば「ほとんどビョーキ」という意味に近い米語です。日本はアメリカに次いで世界2位の「シッコ」になるのでしょうか? それとも・・・・。(2007/9/9
10:57)
◆女性下着ルックとジェンダー・ファッシズム
街を歩く若い女性たちのファッションが大きく変わってきたのでしょうか。今までは秘すべき部分であった下着が、ファッショナブルになって表面に表れてきたり、上下を切り離して腰や臍部を露出させたりするカジュアルなファッションです。パンテイが長くなって脚まで降りてきたり、ブラジャーがそのまま上着の一部になっているようなのもあります。最初はちょっと気にかかっていたのですが、じょじょに馴れてしまい、今は何とも思わなくなってしまいました。一般的に女性は身体の一部を隠して他人にオープンにしたり直接接触させないシークレット・ゾーンが3つあり、それは口唇、乳部、性器部とされてきました。口唇部を保護したり美的に表現する化粧品が異常に発達し、また後の2つの部を秘匿して覆う下着も一般公開を前提としない繊細で華やかなデザインがつくりだされてきました。こうした部分は人生で特別な意味を持つ他者にしか、触れさせないし公開しないというある種の神秘性があったように思います。
しかしなぜか最近の若い女性のファッションに、この秘匿すべき部分を表面に露出するためのさまざまの工夫が加えられ、じょじょにファッションの表面にさりげなく頭を出してきたように思います。これは世界的な傾向なのでしょうか、それとも日本独自の流行なのでしょうか。ファッション専門家はどのように考えているのでしょうか。こうした女性ファッションのフレクシブルなメタモルフォーゼに対して、男性はカラス・ルックといった黒づくめの背広がビジネス・ファッションとして定着し、若い男性のカジュアルはせいぜいシャツをズボンに収めないで外に出す程度のもので、意識的に下着を表に出していく傾向はないように思います。この女性と男性ファッションの差異の背後には、ひょっとしたら男女の劇的な位置変化があるのではないでしょうか。そして電車の中でひたすら化粧に没入している女性たちと下着ルックの流行は無関係ではないと思うのです。ある欧州人が、地下鉄の車内で化粧する女性を見て日本には売春婦がいっぱいいると驚いていましたが、欧州では人前で堂々と化粧する女性は売春婦のメッセージだからです。ひょっとしたら日本の若い女性たちは無意識のうちに、売春婦に転落しつつあるのでしょうか。こうした問題をジェンダーの性差問題として考えることはできるでしょうか。
生物学的なヒトの性は、遺伝的性→精巣か卵巣かの内性器の性→外性器の性→こころの性という段階性があり、戸籍上の法律的性は外性器で決定されます。この外性器による性の決定が、内性器やこころの性に一致しない時に性同一性障害が誘発されますが、これは立法的な性決定基準の狭隘性からきています。さらにNature(生物学的性差)とNurture(社会的性差)が入り組んで、ジェンダーが問題化してきます。私は女性の下着ルックをジェンダー・アイデンテテイの問題として考えてみたいのです。性差を克服しようとする男女共同参画立法的が驚異的に進み、いまや生物的性差の克服をめざして女性ボクシングも公認されるようになってきましたが、しかしフォーマルな社会生活では女性の従属性は依然として強固であるばかりか、逆に深く進行しているような気がします。特に労働の分野での男性優位性はますます進み、パートや派遣などの非正規労働の多くは女性が占め、政府施策も女性の家庭内への環流が重点となっています。東京都はジェンダー教育そのものを排除するまでになっています。こうして女性が男性から自立して自らの生涯を安定的に構築することがますます困難になっているのではないでしょうか。
ひとりの女性の立場に置き換えて自分の人生を素朴に構想すると、私が誰と婚姻しどのような家計を選び取れるかが、私にとって否応なく重い意味を持ってきているような気がします。私が自分の持てる能力のみで公正な評価を受けることが、入口で制約されている時に、誰しも安定的な基盤を男性への依存の中で切り開こうとと考えても不思議ではありません。しかも生物学的性としての私は、生命の再生産を直接に担うという本源的な存在であり、次世代の最適な生産のために最適な異性を選択したいという希望もあります。そうした最適選択を実現するための私のアイデンテテイをどこに求めるかーと考えれば、生物的性によるアピールがごく自然に浮かんできます。異性を誘引するアピールとしての化粧やファッションに、独自の努力とエネルギーを傾け、異性の前で振る舞おうとします。こうして化粧とファッションによる自己表明はあてどもなく進み、ついには残された最後の秘境である、シークレットゾーンの露出へと向かうのです。
こうした議論に対し、君の意見は封建的な女性観の裏返しに過ぎないという反論が起こりそうです。かっては女性を特定の男性の従属物とするために、他の男性から女性を囲い込むような化粧とファッションが制度化され(お歯黒や髪型)、女性自身もそれを積極的に希求したる価値観は、女性が男性の従属物であることでは本質的に君の意見と同じなのではないかという主張です。そうではなく現代の女性は、はるかに伸びやかに自らの身体とこころのフレクシブルな表現を追求し、男性とは無関係にファッションを表現として楽しむようになったという側面を無視していると言います。
私もそのような側面を否定するものではありませんが、しかしどうも違和感を感じるのです。なぜならまわりが下着ルックになるとそれに合わせながら競うという集団埋没の傾向がうかがえるからです。もし女性たちがほんとうに個的に独立した感性と思想をもって生きているならば、ファッションも自らの独創において追求されるはずです。どうも下着ファッションの流行は、表層の差異を競い合ったファッション業界とデザイナーたちが、行きづまった果てに遂に露出してはならない不可侵の部分であった下着の表層化へと「革命的」に踏み出した結果なのではないかと思うのです。そうして若い女性たちは、あたかも自ら選んで着用したモードであるかのように思いこまされながら、実は本質的に選ばされているファッション業界の哀れな犠牲者となっているーというのが実態ではないのかと思うのです。こうして袋小路に追いつめられて「希望は戦争だ」とうそぶく男性フリーターの横に、下着ルックの女性が楽しげに寄り添いながら「戦場に行ったらしっかり頑張ってね」と励ましている構図が浮かんでくるのです。これを私は、フリーターの一部に浸透しつつあるソフトでフレンドリーなジェンダー・ファッシズムと命名するのです。私は女性をしてそのようなファッションに追い込んでいる者に対してフツフツと怒りが湧き起こってくるのです。積極的な反論を期待します。(2007/9/6
9:54)
◆廃虚のなかに曙光はさして
入院した先輩を見舞うために久しぶりに故郷へ帰りました。巨大ビルの林立する名古屋駅から新幹線で岡山を経て津山駅に着いて表玄関に出ると、そこは廃墟と化したかのようなシャッター街でしばし呆然となって見入りました。はじめてこの街を訪れた高校時代には、さすが県北の拠点という印象でしたが、今は駅舎も寂れ駅前商店街は歩く人もいません。昼食を食べようと食堂を探したのですが、営業しているのかいないのか分からないような風情でした。先輩は大病にしては意外と元気で来週退院だと話していました。郊外の病院だけはデラックスな建物でしたが、サンサンと照る真夏の太陽が降りそそぐ街はなにか寂しげでした。私は地方都市の疲弊をはじめて実感したのでした。「虎」とか称する政権党の代議士が「姫」に敗れるという変化の裏にある生活の実相を見た思いです。
こうした廃虚のなかで唯一元気なのが庶民金融の立て看で、ひたすらに「即日ご融資」などとはなやかに書き連ねています。その側を走る自動車は、ケータイに熱中しながら必死にハンドルを操って血走った目で飛ばしています。夏休みを楽しむこどもたちの歓声は聞こえず、ひっそりと静まりかえっています。TVからは「子どもたちが危険に直面しています。下校時に買い物したりジョギングしましょう」という、なにか哀しいCMが流れてきます。こうした日本の地方のあたかも死臭がただようような頽廃がもうすでに10数年も続いて見慣れてしまった私たちは、格別の感慨もいだかず、もうそれは「アサッテの人」のことだと馴らされてしまったようです。
こうして1年間で3万人を超える人が自栽し、100人を超える人が餓死し、5400人を超える若者がネットカフェ難民に沈んでいても(以上は厚労省統計)、それほどに胸の痛みを覚えない「美しい国」になりはててしまったのです。いまや電子上で見知らぬ人どうしが殺人請負の相談をしたり、救急車をタクシー代わりに利用するマルチチュードの時代なのです。大都会ではきらびやかなネオンが不夜城のように輝き、コンビニにたむろして賑わう若者たちが肌の温もりを求めて、ケータイのボタンを真剣な眼差しで押しています。あたかもジェル状の分子となってくっついたり離れたりする姿は、ギョッとするような孤独の深淵をアッケラカンと明るく写しだしています。大都会のきらびやかな表層空間とウラさびれた地方の風景のなかで、ゴソゴソとゴキブリのように息をひそめてオタクと化したマニアがいるかとおもえば、明日の日雇い派遣の依頼メールを待ちながらネットカフェで死んだように眠る若者がいます。「希望は戦争」と本音でうそぶくフリーターが現れるのも、あながち驚くことではありません。しかし彼らの存在など目に入らないかのような脳天気さで、いまやショーと化した世界陸上の中継をおこなうタレントのあどけなさの裏にあるニヒリズムを、あなたは見逃さないでしょう。そうして若者をして「希望は戦争」と言いわしめる状態に陥れた仕掛け人は高みから冷ややかに嘲笑っているのです。
かっては「豊かさのなかの貧困」(ガルブレイス)という先進国的な貧しさが問題でしたが、いまは生命の維持そのものが極限に瀕した原始的貧困がまざまざとひろがりつつあり、貧困が重層状態となってこの国の若者を覆いつつあるかのようです。おそらくこれほどに若者たちが顔を伏せてうつむき、漂流するかのようにさまよっている時代はなかったでしょう。「自己責任」という叱責を受けて、希望=エスポワールという言葉がなにか寒々しく聞こえてはきませんか。希望の虚妄たることは絶望の虚妄にひとしいーとつぶやいた作家精神が、これほどに問われる時代は日本の歴史上になかったのではないでしょうか。ほんとうに地底からにじみ出るようなルサンチマンが、ついには奔流のような激流となってあふれでる時がくるでしょうか。来るに違いありません。追いつめられて疲れ果て、「もうどうでもいいや」という極限の心情は、かすかな曙光を「希望は戦争」に求めるか、或いはまっとうな平和の生活に求めるか、正面から鋭く対峙する時代がくるに違いありません。その時にいったい多数を制するのはどちらかを見極める現在がまだあります。
津山駅から電車に乗って故郷の村に向かうなかでは、さんざめく子どもたちの飛び交う方言がこだましていました。この子等の21世紀に大人たちはなにをプレゼントしているのだろうか? 靖国の英霊にぬかづくことか、もう一度殺し合いの軍隊をつくることか? シノギをけずるような市場競争の原理か? 日本という大きな船に一緒に乗っている私たちは、この船の進路を決めるのは誰かということを知っています。それは船長でも一等航海士でもなく、私たち自身であるとするならば、この船を軍艦にするのかどうかという決定的な選択の瞬間を迎えています。軍艦がいいーという若者の本当の気持ちが、追いつめられた生きがいと誇りの無残にあるとすれば、彼も犠牲者の1人です。誰の? いうまでもなく船長の。故郷にたどりつくと我が家は廃屋と化し、クマゼミが最後の夏の陽に向かって全霊を傾けて鳴いていました。サヨウナラ古里、つわものどもが夢の後・・・・。(2007/8/30
9:10)
◆さまよえる亡霊史観ー日本首相のパール判事、ボース遺族訪問
大東亜共栄圏を夢みる大アジア主義の亡霊がふたたび姿を変えてさまよい始めたかのようです。インド訪問に際し日本の首相は、チャンドラ・ボースとパール判事の遺族を表敬訪問し、過去の戦争協力と免罪を感謝するという、常軌を逸した戦後国際レジームへの正面からの挑戦的姿勢を明らかにしました。私はこのような外交感覚が全く理解できません。いったいこの2人はどのような人物だったのでしょうか。
スバス・チャンドラ・ボース(1897−1945年)は、インド国民会議派左派として独立運動に参加し、ガンデイー穏健路線と対立、スターリンに独立協力を断られ、ナチス・ドイツに亡命してヒトラーにも拒否され、日本の真珠湾攻撃後に東京に亡命後、東条英機の大東亜共栄圏構想に全面協力し、大東亜会議に参加して日本軍とともにインパール作戦に参加しました。対英独立運動のためにファッッショ枢軸国と連携するという数奇な運命を歩んだのです。現在のインド国会議事堂には、右にガンデイー、左にネール、正面にボースの肖像画が掲げられています。日本の首相は、ボースが大東亜共栄圏構想に参加して、大日本帝国の大アジア主義への協力者として振る舞った側面を評価しているのでしょう。
同じインド人のラダビノッド・パールは、「日本無罪論」を主張した東京裁判の判事として有名です。東京裁判は@通常の戦争犯罪に加えて、A平和に対する罪B人道に対する罪という新しいニュルンベルグ国際犯罪規定によって、東条英機等25人の被告を有罪としましたが、パールはAとBは戦争開始時点では国際犯罪規定になく「事後法」によって裁くことは違法だと主張しました。日本の靖国派は、パール判決を戦争そのものの無罪論として最大限に利用し戦争責任を免罪する最大の根拠の一つにしてきましたが、パールの実際の主張はどうだったのでしょうか。彼は「31年からの満州事変は確かに非難すべきものであり、一国の他国領土内への膨張政策であって、こうした政策を正当化する者はおそらくないだろう。37年の南京事件の残虐行為の証拠も圧倒的なものである」と述べて、日本の侵略戦争と戦争犯罪を非難しつつ、「平和に対する罪」の事後法性という単なる手続き論によって独自の主張を展開したのであり、決して日本無罪論を主張したのではないのです。彼の「事後法」論に対しては、国際連盟規約(1919年)・パリ不戦条約(1928年)など正戦論から戦争違法論への流れが確立し、国際法として「戦争そのものの違法性=平和に対する罪」が国際法概念として発展しつつあり、パールの主張は彼みずからの無知をさらけだしているに過ぎないと退けられました。2003年には個人の戦争犯罪をさばく常設の国際刑事裁判所が設立されるまでに到っています。
ここでは天皇の戦争責任を免罪したり、原爆投下の責任を問わなかったり、個人への戦争賠償を無視した東京裁判の限界については論じません、パール判決書を掲げて日本無罪論を主張する日本の首相の恥ずべき言動は、東京裁判の限界論によって合理化できるものではないということを指摘しておきます。おそらく日本の首相は、ポツダム宣言の無条件降伏を撤回し、東京裁判を全面的に受託したサンフランシスコ条約を認めないというー常軌を逸した戦後国際レジームの否定に進んでいますが、今回のインド訪問時の2遺族訪問はその象徴的な狂気の行為に他なりません。みずからの過去の国際戦争犯罪に協力したり、免罪してくれそうな過去の盟友を求めて、さまよい歩く姿勢はアジアと世界から冷ややかな軽蔑の眼差しを浴びています。彼は日本経団連の代表を引き連れて、FPA締結による産業インフラ支援という札束をばらまきつつ、他方で過去の戦争犯罪の盟友と握手するという恥ずべき行為を繰り広げている漫画的行為に気が付かないのです。これほどの歴史感覚のゆがみと歴史的知見の貧しさを合わせ持ち、脳天気にまき散らす首相はおそらく戦後初めてでしょう。彼は「美しい」という形容詞が大好きなようですが、彼の定義では美醜の概念が完全に反転しているようです。
しかし日本首相のインドの2遺族表敬訪問は失敗に終わるでしょう。ボースの遺族は「あなたはなぜ来たのか。亡きボースは日本を見限ってソ連への脱出に向かう時に飛行機の事故で死んだ。あなたは遺体をどこに埋葬したのか。大日本帝国は亡きボースを駒のように利用し、最後にはあっけなく捨てて遺体まで隠してしまったのです」と云うでしょう。パールの遺族は「あなたは何か間違っていませんか。亡きパールは大日本帝国の戦争犯罪を正しく追求し、そのなかで公正な裁判を維持しようとしたのです。日本免罪論に利用しないでください」と云うでしょう。戦没者追悼大会で、衆院議長に厳しく批判されて憮然とした首相は、赤面して去る他ありません。
このような戯画的というにはあまりに無残な日本の首相の信念体系を考えてみましょう。彼はかの東条内閣の商工大臣を務め、A級戦犯として下獄し、戦後破廉恥にも政界に復帰して首相に就任し日米安保条約を改定して日米同盟を推進した岸信介という人物の孫にあたります。ナチスで云えば、ヒットラー内閣の軍需相として戦争経済を推進しニュルンベルグ裁判で処刑されたたアルベルト・シュペーアと同じ役割を演じた人物の孫です。戦後ドイツで旧ナチの最高指導層が首相になることなど絶対にあり得ないことですが、日本の「涙を流して謝れば水に流す」文化のなかでは祖父の再登場はあり得たのです。しかも主敵であり原爆という残虐兵器を投下した敵国との同盟関係をつくって、祖国の大地に旧敵国の軍事基地をはりめぐらすふるまいをなんの恥じらいもなく実践した人物です。従って孫の成育してきた家庭環境は、戦前的殉死の価値観と戦後の媚米的価値観が奇妙に混在する摩訶不思議なものであったのでしょう。彼は戦後直後の戦犯追及と平和を求める雰囲気の中で、幼少期は戦犯を祖父に持つ子として学友の冷たい視線を浴びたに違いありません。家の本棚には大日本帝国の栄光と戦争に散華した青年たちの美しい物語を記した書籍が立ち並んでいたでしょう。60年代から70年代の反安保運動の「岸を倒せ!」という高揚は、彼を逆に祖父の価値観に傾注させる方向に働き、じょじょに戦前的価値観が強固な信念として形成されていったのでしょう。
大学進学後には、世界と日本の近現代史に客観的な分析を加え、祖父の歴史についても冷静な判断を加えるチャンスは生まれたに違いありませんが、彼はそのようなアンビバレンツな選択をおこなう勇気と知恵はなかったようです。祖父から父へと連なる権力保守層の価値観を身体化し、戦争体験世代の減少と新たな模索期に突入した日本の情況の中で、権力中枢に参入するチャンスを得たのです。「平和と民主主義」という戦後価値を否定する潮流がじょじょに勢力を増すに比例して、戦後レジームの虚妄を打破するという極右的価値を自らの信念体系の中核に置くに到ったのです。そうした信念体系がアジアと世界の国際標準にいかに背反したものであっても、彼はその信念に固執するファナテックな偏見に囚われて、もはやまっすぐに時代を見る知性を失ってしまいました。彼が自らの出自の哀れな犠牲者であるという事実は否定できませんが、もはや子どもではない彼にはその責任が問われます。そしていつのまにか、彼の思想と行動は世界と国民の日常的感性から背理し、おそらく自分が裸の王様に転落しているにもかかわらず、だだっ子のように信念にしがみつくという醜態を演じるに到ったのです。
これは彼の責任であると同時に、日本国民の多くがその存在を許し、時には賛美してきたという事実は否定できず、いま日本は痛烈なしっぺ返しを受けて、アジアと世界の孤児になろうとしています。私たちの所属している職場や学園と地域で、無数の岸信介が存在し、その孫が権力を握るという現象が蔓延し、力の前に屈服して媚びへつらう生活様式が日常の状態となっているのです。こうして彼の信念体系は、戦後日本の信念体系の一部として象徴的に彼が体化しているに他なりません。哀れな日本よ、汝はどこへ行こうとしているのか? 虚妄を鋭く見抜き、大勢に順応することを止め、自らの頭脳で考え抜き、欲望自然主義を制御し、他人を蹴落として生きる野獣の自由と訣別し、どのような小さな不正と差別も許さない主体の形成のなかでしか、未来は語れないでしょう。(2007/8/22
10:21)
◆希望は戦争ー愛国にすがるフリータ・ファッシズムを生み出したのは誰か!?
HHK8月15日の終戦記念討論番組に登場したある若者は、10数年間をフリーターとしてコンビニの夜勤で働き、月収は12万円だそうです。彼は「このままではただのフリーターとして死ぬ。しかし戦争で死ねば名誉と恩給が手に入る。希望は戦争です」と発言していた。ウーンやっぱりここまでいう青年があらわれてきたかーとその時は絶句しましたが、9条改憲論の主張でははじめて生々しい印象を持ちました。この青年はおそらく、赤木智弘さん(31)で「丸山真男をひっぱたきたい」(『論座』07年1月号)という一文を書いた人だろうと思います。1930年代ファッシズム論では、資本主義末期の恐慌状態のもとで没落する中間階級が、おのれの不安とルサンチマンを「崇高な民族の使命」を主張する超国家主義に共感し、人智を越えたスーパーな独裁者へ傾倒していく大衆心理現象と説明されました(フロム『自由からの逃走』、ノイマン『大衆国家と独裁』など)。現在の日本の若者の一部に表れている改憲による戦争肯定論は、こうした1930年代が大衆ファッシズム論で説明できるのでしょうか。
こうした「フリーター・ファッシズム」ともいうべき現象の基礎にある生活心理の特徴をできる限り事実に即してみてみたいと思います。雨宮処凛は「バブル崩壊後の失われた10年以上にわたる無意味な日常の反復に消耗する絶望の情況のなかで、自らの情況を訴えるには「希望は戦争」ぐらい云わないと社会はふり向いてくれない。問題提起としては素晴らしい」と云っています。コンビニ夜勤で何年も時給は上がらず、風邪をひいて3日休むとクビになる恐怖に襲われ、このまま死んだらただのフリーターに過ぎない。この世代は20歳前後で阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件とバブル崩壊後の大不況を経験し、その後の市場原理主義の競争のなかで、行きつく先のない浮遊感の中で生きてきた。フリーターになったのは自己責任という風潮が蔓延し、ますます自らの能力の喪失感を強く味わった。左翼の反戦平和では自分の情況は救われなかった。今の日本で生きていく意味がいったいどこにあるのだろうか。このまま浮遊していると、いつかホームレスになりそうだ。生活保障の最低限のそのまた底辺に、その日暮らしの生存さえままならない多くの若者がいる。30歳代の年収100万円のフリーターの「年収300万円になって結婚し家庭を持ちたい」というささやかな夢さえ保障できない国とはいったい何なんだ。
追いつめられたフリーターにとっては、生活自体が戦場となっており、安穏と平和をむさぼりながら護憲を叫ぶ連中は偽善の極みに見える。今の平和な社会を守ろうということは、言い換えれば俺たちを犠牲にして成り立っている最悪の情況を維持することに他ならない。俺たちの絶望を閉じこめた上で成り立っている平和ってなに? イラク戦争が始まってからの2年間の民間人の死者数よりはるかに多い自殺者が日本に生まれている。いま日本は見えない戦場のなかで、殺し合いながら生きているような気がする。それはまさにそそり立つ六本木ヒルズの裏に広がるスラムと化した廃虚に過ぎない。このままそこに閉じこめられた人生を終えていいのだろうか。一時は下の者が上に勝てるチャンスの平等を宣揚され、幾人かの若者のサクセス・ストーリーに希望をいだいたこともあったが、それもいまは虚しい幻想に過ぎないと云うことがハッキリと分かった。ありもしない希望を振りまくのはやめてほしい。ヒルズやミッドタウンの繁栄の背後に広がっている累々たるネットカフェ難民、介護難民、餓死難民の無残を一気に振り払う革命的な事態が求められている。「生きさせろ!」(雨宮処凛)と絶叫する若者に、安穏な生活をむさぼりながらしたり顔で戦後民主主義の護持を説教することほど醜い偽善はない!
ここにはフリーターの追いつめられてファナテックな革命的事態を希求する心情の一部が吐露されています。これを野蛮で原始的なルサンチマンの心情として高みから評価し、君たちはほんとうの敵を取り違えている、真の敵は若者の生活を競争原理で煽り立てて甘い汁を吸っている市場原理型新自由主義の政治にこそあるーと啓蒙主義的に説教しても、彼らの内面的心情に迫ることはできないと思います。君たちはなぜコイズミやタケナカやアベに立ち向かわないのか?ーと説く護憲派の基盤は、頑張れば何とかなる平等による戦後民主主義のイメージがありますが、実は護憲派の多くは戦後民主主義の成果を享受して一定の生活の安定を手に入れている中間層の上層なのです。私はむしろ最大の問題は、戦後民主主義と高度成長戦略が奇妙な婚姻を果たしてきたことにあると思います。なぜあっけなく、戦後民主主義が市場原理型新自由主義の前に吹き飛ばされてしまったのか? 職場や学園や地域でなぜ欲望私生活主義が蔓延し、社会的連帯の作法が定着しなかったのか?を問題としたいと思います。
雨宮さんや赤木さんにぜひとも考えてほしいのは、そして一緒に考えたいことは、日本とフランスの若者の違いです。フランスではご存じのように、若者の仮採用期間中の解雇を自由とする法案に対して、若者の全国的な暴動が起こり廃案に追い込んでしまいました。日本では同じ趣旨の解雇自由法がすでに施行されていますが、なんの抗議の声も強くは起こらなかったのです。そればかりか日本では、製造業を含めてほとんどの職業でスポット派遣という、江戸時代の人足寄席場のような労働契約が公認され横行するようになったことです。赤木さんの生活の根元に労働契約の異常な緩和があります。赤木さんは戦争によってこうした労働は是正されると思いますか? おそらく赤木さんのような周辺労働の若者が最初に戦場に行って、いのちを捨てることを迫られるでしょう。そして国内では相変わらず、スポット派遣が野放しとなって軍需企業の最大限利潤が実現するでしょう。麗々しい感謝状の名誉と幾ばくかの恩給のために、あなたは人殺しができるのでしょうか? フランスの若者を抗議運動に表現させ得た社会的基盤は何であり、日本には何が欠けているのかを冷静に考えてみてもいいのではないでしょうか?(未完) (2007/8/20
18:24)
◆久しぶりのプロ野球観戦
1年ぶりくらいになるか、久しぶりにナゴヤ・ドームで中日ー横浜戦を観戦しました。セ・リーグはただいま上位4球団が僅差でひしめいており、特に横浜は3強に食い込むかどうかの瀬戸際にあり、白熱した熱戦が期待されました。中盤までは追いつ追われつの同点ゲームでしたが、後半に中日が一気に加点して圧勝となりました。場内は盛り上がり、特に横浜の応援団は必死のようでした。残念ながら横浜の戦力は如何せん薄そうで、投手も名前も知らないような若手がリリーフして打ち込まれました。両チームとも肝心なところでミスが出て、大きく戦局を左右しました。
ドームは冷房は効いているのですが蒸し暑く、私は煙草を吸いがてら涼しい喫煙室で寝っ転がって観戦したりしました。座席は内野席の1塁側の少し外野に近いところですが、全体を見渡すにはいい場所でした。いつきても応援の熱狂ぶりには閉口します。それは、全員が同じリズムで拍手したり、同じ動作で声を出すスタイルだからです。日常の公的生活で厳しい競争の中で互いが共感することが少ない中で、このドーム内ではその疎外感を一気に回復する共通の心情が醸しだされているかのようです。しかし私が問題と思うのは、ドーム側が意識的に映像と大音響を流して、同じ動作の応援を求めることです。私設応援団がやるのはまだ分かりますが、ドーム運営者が演出として観客を一方向に動員するのはなにか違和感を覚えるのです。メジャーリーグのように、応援の作法は観客にすべて任せて、観客はそれぞれ観戦を楽しんでいる風景が好ましく思われます。
あたかもナチスの大衆的政治集会の感情動員を想い起こすのは、私の思い過ごしでしょうか。とにもかくにも大音響に疲れ切って、試合の進行の冷静な分析どころではなくなりました。これも私の歳のせいなのでしょうか。あながちそれのみではない日本文化の集団性を感じたのでした。しかし試合そのものは、中日の完勝であり、私は充分に満足して球場を後にしたのです。妻に応援風景の感想を言うと、あなたはそれだから困る、これからはこなくてもいいーと冷ややかに申し渡されました。暑い夏の夜の一こまでした。
家に帰ってこのホームページに書き込もうとした時に、なんの拍子かホームページ作成ソフトそのものを間違ってアンインストールしてしまいました。目の前が真っ暗になったような気持ちで、もう一度CD・ROMから基本ソフトをインストールすると、奇跡のように私のファイルがあらわれました。基本ソフトをアンインストールしても、ファイルはPC内に保存されていたのでしょうか。夏の夜のラッキーなミスで終わりました。今後もアクセスについてはよろしくお願いします。(2007/8/19
23:29)
◆晋ちゃんマンジュウを食べましたか
靖国神社境内の売店で、参院選大敗に涙する安倍首相の姿をあしらった包装紙でくるんだ晋ちゃん饅頭を売っています。発売日は8月10日で、賞味期限は10月10日となっています。「白い恋人」のように賞味期限を虚偽表示しているとは思われませんが、はたしてこの饅頭は売れているのでしょうか。タイトルと中身は次のようになっています。これが実に傑作であり、私は靖国神社の商品販売戦略の水準の高さに驚愕したのです。
”逆風のなか負けるな! 晋ちゃん饅頭”
”ほうれん草パワー入りよもぎ饅頭”
(”びえーん!”と泣き声をあげる安倍首相が、「改革は止めるな!」と「再チャレンジ」をめざして再起する姿を描いています)
靖国神社の経営感覚ってすごいですね。政教分離もなんのその、時の首相の栄枯盛衰を饅頭販売に利用するこの経営感覚はただ者ではありません。さすがに頭に来たのか、この饅頭に激怒した安倍首相本人は8月15日の参拝をやめてしまいました。おれがこれだけ批判を受けても参拝しているのに、おれの醜態を商売道具にするとはいったいどういうつもりなのか!と阿鼻叫喚の怨念というか絶叫が響いて参ります。ひょっとしたら安倍首相は、みずから献身する靖国神社からさえ、揶揄される立場に転落したのでしょうか。しかし”ほうれん草パワー”というのは、ポパイもどきの商標盗作に近いのではないかと少々心配にもなりますが。
さて安倍首相はいつのまにか「美しい国」をやめてしまって、こんどは「新しい国」(安倍内閣メールマガジン 8月2日付け)にするそうです。それは正解だと思います。「美しい国」の本来の定義は、軍事国家をやめて平和国家に転換した「美しい」戦後レジームにこそあったのですから、当人もようやくその原理的な自己矛盾に気づいたようです。でも衣替えした「新しい国」とはいったいなんでしょうか。「改革をめざして再チャレンジする」姿を描いた饅頭はそれをみごとに象徴しています。3年後の改憲発議による軍事国家への転換と市場原理の構造改革は微塵も変わってはいないのです。もはや美しくなくなった自らの姿を素直に認めて、「新しい」再チャレンジをめざす彼の顔は、ほんとうに「新しい」美しさに輝いていくでしょうか。彼は晋ちゃん饅頭をたんと食べてパワーを身につけなければなりません。しかしそこにほんとうにパワーはあるのでしょうか。よもぎは、学名アルテミシアと言い、ペルシャの王妃又はギリシャ神話の女神アルテミスで潔癖の処女神から由来し、他の植物の発芽を抑制するアレロパシー(他感作用)を分泌する物質を分泌し特有の香りを放ちます。美しい日本の全国に自生するよもぎは、春に摘んだ新芽を茹でたり、おひたしや汁物の具にしたり、草餅にして食します。私の祖母は毎年よもぎ餅を作って食べさせてくれました。よもぎ餅そのものにパワーがあるわけではありません。その風雅な味わいが伝統的な日本の食文化であったのです。ほうれん草パワーを加えた晋ちゃん饅頭は、美しい日本の国土の食文化と背反する深刻な問題をはらんでいるといえるでしょう。
ひょっとしたら靖国神社はそこまで考えてこの饅頭の販売に踏み切ったのでしょうか。もしそうであれば、靖国に鎮魂されるA級戦犯たちは、あまりの謀略ぶりに我と我が身を呪うに違いありません。あの饅頭が売れれば売れるほど・・・・。しかし誰がいったい、あの饅頭を買って食べる気になるのでしょう。日本は(いや靖国神社は)なんとも不可思議な食商品を開発したものです。これが靖国文化の本質なのでしょうか。あの饅頭の販売数は、そのまま日本の今の汚れた文化水準を示す指標となるでしょう。実は私は大のよもぎ饅頭党であり、つい試食してみたくなるのですが。(2007/8/19
00:38)
◆歴史の舞台から退場する日本
米議会下院本会議は日本政府の公式謝罪を求める従軍慰安婦決議を採択しました。その模様を実況的に組み立ててみましょう。
民主・共和両党の167人の議員が共同提案者として名を連ねた決議案が30日に米下院本会議に上程された。安倍首相は、駐米大使に「決議が採択されれば永続的で有害な影響を与える」とする脅迫的な書簡を下院議長や下院中心メンバーに送付させたが効果はなかった。提案者のマイク・ホンダ議員は決議案を読みあげて「この決議は日本国民を非難するものではなく、政治指導者が政府として過去の歴史をしっかりとらえるかどうかが問われている。私は安倍首相が決議の言葉に耳を傾け、両国の友好がかってなく高まることを希望している」と述べた。かれが提案した決議案の概要は以下の通りである。
1,日本政府は1930年代及び第2次大戦中、帝国軍の性的奴隷とする目的で若い女性を手に入れるよう正式に指示した。
2,その残忍性・重大性において前例がないと思われる慰安婦制度は20世紀最大の人身売買事件の一つである。
3,日本の教科書の一部は慰安婦の悲劇や他の戦争犯罪を軽視しようとしている。
4,日本の官民双方の関係者は最近、93年の河野官房長官談話を弱めようとの意思を表明した。
5,日本帝国軍がアジア・太平洋の島々で性的奴隷となるよう若い女性に強制したことに対し、日本政府は明確かつあいまいさの残らない形で公式に事実を認め、謝罪し、歴史的な責任を受け入れるべきである。
6,首相が公の声明として謝罪すれば、これまでの声明の誠意に関して繰り返される疑問の解決に役立つだろう。
7,日本政府は性的奴隷・慰安婦の売買の存在を否定するいかなる主張に対しても明確かつ公に反論しなければならない。
8,日本政府は慰安婦に関する国際社会の勧告に従いながら、現在と未来の世代を教育しなければならない。
9,日米同盟はアジア太平洋地域の平和と安定の礎だ。
この提案を受けて下院本会議は討論に入った。ハンガリー出身のホロコースト生き残りであるラントス外交委員長は下院外交委員会での審議結果を報告したうえで、慰安婦否定の全面広告を出した日本の国会議員たちを糾弾し、「日本は歴史問題の健忘症だ。慰安婦は売春婦だったとする主張は、被害者を非難する策略である。すべての慰安婦は喜んで強制され、合意の上だったと断じる者はレイプという言葉の意味を理解していない。日本の一部の人びとによって歴史を歪め、否定したり、犠牲者を非難するゲームが続けられていることは吐き気を催させる。非人道的なふるまいについて全面的に認め、真実のすべてに光が当てられなければならない。このことは国家間の和解に不可欠だ」と語った。デービス共和党議員は「真の友人は相手が誤っている時にそのように伝える。日本政府は過去の残虐行為に立ち向かわなければならない」と述べ、ロスレーテイネン共和党議員は「慰安婦問題は戦時女性への暴力であるとともに、人身売買問題でもある。スーダンのダルフール紛争でも注視しなければならない」と指摘し、ウルジー議員は「戦時性暴力を告発した元慰安婦女性の勇気をたたえ、我々は世界に向かって決して許さないといおう」と訴えた。
本会議の討論は30分にわたって続き、声や拍手で賛意を示す発声投票にかけられ、反対なしに満場一致で可決された。ペロシ下院議長は採択後に声明を発し、「決議は慰安婦の真実と認知を求めるたたかいを米議会が支持するという強いシグナルであり、日本政府はただちに行動を起こすべきだ」と指摘した。傍聴した元従軍慰安婦・李容じゅさんは「採決は米国市民社会と世界の良識の勝利だ。今こそ日本政府は国際社会の呼びかけに答えて公式謝罪と法的補償をおこなう時だ」と訴えた。
日本の首相は決議採択について、「訪米で私の考えは説明してきたので、この決議は残念だ」とコメントした。中国外務省報道官室は「安倍首相は就任前に河野談話に異議を唱え、被害者の訴訟での要求に拒否する態度を貫いている。日本は歴史に責任を負う態度で国際社会の正義の声を重視し、この歴史上残された問題に真剣に対応し、適切に処理すべきだ。慰安婦強制は日本軍国主義が第2次大戦中に中国人民を含め侵略した国の人民に対して犯した重大な犯罪の一つだ。被害者の人格の尊厳と心身の健康を破壊し、癒えることのない傷を残した」と述べた。韓国外交通商省「米議会の関心と努力を評価する。日本は国際社会の勧告を謙虚に受け入れて正しい対応をとることを期待する」との声明を発した。
私たちの父祖が犯した20世紀最大の人身売買犯罪について、世界からいま糾弾されています。あなたがたは自らの犯罪について隠蔽し、逆に被害者を攻撃するという恥ずべき態度をとっていると。さらにはかって侵略行為を否定して戦争を肯定し美化する世界の戦後システムへの挑戦的姿勢を弄しているのが日本政府の中枢を占める靖国派です。戦後レジームの脱却とはまさに戦前型全体主義と天皇制絶対主義への回帰に他ならないことが明らかとなってきています。もはや日本は対外的には戦後国際レジームを否定する異様な反動国家に頽廃しているのです。このままいけば、日本は全世界から孤立して嘲笑を浴び、否応なく歴史の舞台から退場することになるでしょう。みずからの歴史的責任を認めず、居直って逆に被害者に責任転嫁するサイテーの恥ずべき国家がかって東アジアの太平洋上にありました−と未来の教科書には記されるでしょう。選挙の敗北責任を居直る首相をみれば、こうした無責任の文化がなぜ日本で許容されているのかをほんとうに考え抜かねばならないでしょう。「責任」感覚が欠落した日本文化の問題性は、逆に言えば自己の行為を規定する遵守すべき紀律が個人の内面にないということです。「恥」の文化も徹底して再審されなければなりません。米下院決議は日本という国の姿を鮮明にあぶり出し自己検討を迫るものです。アジア諸国の議会が同じ決議をしても歯牙にもかけなかった日本は、米議会の決議に顔面蒼白となって慌てふためいています。「脱亜入欧」を説いた福沢諭吉、朝鮮植民地総督であった伊藤博文を国家紙幣のシンボルにして恥じない国の頽廃しきった姿です。それにしても桜井ナントカという女性評論家の無知と感性の欠落は侮蔑に値します。同じ女性でありながら、被害女性の攻撃の大合唱に加担して、「日本はこんなに美しいわよ」と嘲笑っているのですから。(20017/8/1
10:53)
(追記)世界の反響
「米下院の決議は拘束力はないが苦痛を与える。米政府はいつも決議を通じて同盟国ではなくならずもの国家をさらし者にするからだ。元慰安婦たちは尊厳回復を求め、米国の決議はその表現に過ぎない。それができるのは日本語の決議のみだ」(ベルリーナ・ツアイトウング 8月1日)
「日本政府は戦時売春の責任をとるべきだ。日本のおこなってきた謝罪は明白なものではなかった」(フィナンシャル・タイムズ 8月1日)
「慰安婦問題はナチスのホロコーストに匹敵する戦争犯罪だ」(フランクフルター・ルントシャフ 8月1日)
「米下院決議はまれな叱責だ。日本政府が慰安婦にされた女性たちに補償をおこなってこなかったからだ」(シュピーゲル 7月31日)
「米議会が日本政府に改めて警告した。慰安婦問題を強制はなかったなどと過去の侵略戦争を美化してきたからだ。安倍首相は20世紀は人権が侵害された時代だった等と焦点をあいまいにする傾向がある。日本の政治家のなかに侵略戦争を反省せず歴史教科書の書き換えなどを繰り返し主張して、いったんは消滅した大東亜共栄圏の妄想に熱中する者がいる。日本の極右勢力は太平洋戦争をアジア解放のためだと叫ぶ勢力がいるが、米国人は日本には21世紀になっても大東亜戦争は未完成の事業だったと思う軍国主義残存勢力のような考えがあると見なしている」(マレーシア星州日報 8月2日)
◆安倍とかいう首相はストーカーなのか!?ー世界は参院選をどうみているか
参院選の結果はご存じのような結果となりました。昨日スポーツ・ジムで隣にいた高齢者は「こんなにおおきく変わっていいのだろうか、不安になる」となんとも脳天気な感想を正直に漏らしていましたが、それほどの衝撃をあたえたのでしょう。しかし首相は総辞職を拒否し居直るという醜態をさらけだしています。彼を支持する人にとっても責任感覚の欠落した恥じらいのない人にみえるでしょう。彼は「美しい国」を約束して国民にプロポーズし、国民からひじ鉄を受けても「君を幸せにするというのがぼくの約束で、使命なんだ」とあくまで国民をつけねらう、まるでストーカーのような行為です。勝手に一方的な約束を押しつけられた国民は、権力を持つストーカーつけねらわれてこれほどに迷惑なことはありません。こうして「美しい国」の本質は、じつはストーカーなのだということがはっきりしたのです。海外はこの結果の意味をきわめて明確に、極右ストーカー政権の終わりとみています。以下は海外報道の一部です。
(独逸)
「安倍首相の敗北は根本的な政治的大変革の始まりとなるだろう。消えた年金や腐敗した自民党政治家、閣僚の自殺など首相が就任以来格闘してきた多くのスキャンダルは、数十年にわたって政権を担当してきた自民党をきびしく懲罰せよとの宣言だったのかも知れない」(独・フィナンシャル・タイムズ・ドイッチェランド 30日)
「安倍は敗北の責任を負わなければなrない。愛国主義や憲法改訂のような問題はほとんどの日本人にとって重要ではなく、安倍の政策と国民の関心は乖離している」(南ドイツ新聞 30日)
「年金データ紛失をめぐる対応のまずさや閣僚のスキャンダルなどで、有権者は政府に罰を与えたいという感情を表した」(シュツトガルト・ツアイテイング 30日)
「安倍は改革者ではなかった。就任時に国民がいだいた期待は裏切られた。地方の住民に関心を持たず、新たな愛国主義、平和憲法の放棄、安保政策の強化などを優先課題としたことが有権者の支持を失った」(ウエルト 30日)
(英国)
「中産階級の報復で日本の与党は歴史的敗北をこうむった。安倍首相の指導力不足、スキャンダルへの対応のまずさ、長期政権へのウンザリ感が敗因だと自民党関係者は云っているが、コイズム改革によって最も深刻な影響を受けた地方の怒りが最も強かった。コイズム改革以来の痛みを伴う改革が地方の有権者の離反を招いた」(タイムズ 30日)
「日本の有権者は安倍のスキャンダルまみれの10ヶ月に対して痛烈な判定を下し、安倍の権力は大幅に弱体化した」(インデイペンデイント 30日)
「安倍に対する広範にわたる不満が大敗をもたらした」(ガーデイアン 30日)
「戦後生まれの初の首相は前任の小泉首相の5年間に冷却した中国、韓国との関係を改善したことで、初期には称讃されたが、閣僚2人が辞任、1人が自殺するなど不正やスキャンダル、国民の年金記録喪失が明るみに出ることでリーダーシップへの疑問が煽られた。しかし首相は自民党の大敗にもかかわらず首相職に固執している。首相は日米安保体制を強化し、平和憲法を変えて、愛国心を学校で教え込もうとしているが有権者の感覚からは外れている」(ロイター通信 29日)
「安倍首相が惨敗を認め、参院で与党が過半数を獲得できなかったことで、法案を通すことは難しくなるだろう。人気低落の主要な要因は年金問題であり、過誤は安倍首相の下で起きたことではないが、多くの有権者は安倍首相の処理能力に疑問を持ち始めていた」(BBC 29日)
(米国)
「安倍首相への圧倒的非難として怒れる有権者は、年金や相次ぐスキャンダルについて安倍首相を懲らしめた。選挙敗北に苦しむ安倍首相は退陣しないと断言した」ニューヨーク・タイムズ 29日)
「連立で過半数を維持してきた自民党が参議院で多数を失うのは1955年以来だ」(ワシントン・ポスト 29日)
「日本の有権者は安倍首相の民族主義的執念に痛烈な打撃を与えた。日本を美しい国にするという情緒的で民族主義的な修辞は葬り去られる運命にあるようだ。安倍の政治観は自民党内の民族主義派内ではぐくまれ、首相になると戦争犯罪という被虐的視点からの脱却と戦後レジームの終焉を主張した。教育基本法を改訂して愛国的なカリキュラムによる教育を求め、防衛省を防衛庁に昇格させ、平和憲法改訂に道を開く国民投票法を通過させた。政治とカネをめぐる閣僚の相次ぐ不祥事や暴言、消えた年金の国民の怒りが拡がり、戦後レジームの脱却は国民の心をつかめなかった」(ロサンゼルス・タイムズ 30日)
「参院選で連立与党の大敗北にもかかわらず、タカ派の安倍首相は続投を宣言したが、政策の手詰まり状態が迫り、安倍氏への職務への制御力はいまだ不確かだ」(CNN 29日)
(中国)
「年金記録をなくしたこと、閣僚の度重なる失言、政治とカネの問題、そして安倍首相の緊迫感に欠ける処理方式が国民の不信任を引きおこしたというのが世論の認識だ。今後は安倍政権の政策推進力は弱まり、政界が対立・流動化するだろう。安倍は国民の不信任をなるべく早く補うつもりだろうが、勇気がない。ひたすら衆院選の敗北を恐れている・安倍の進める戦後レジームからの脱却や3年での改憲といった政治路線はいっそう大きな抵抗にあうだろう」(人民日報 30日)
「日本の政治は曲がり角に来た。有権者は民主党に好意を寄せたというよりもむしろ、自民党に嫌気がさしてなんらかの変化を期待したのだ。日本は二大政党制に向かう方向が表れているが、質的な変化はない。長年の自民党政治のために政界は複雑な関係が積み重なっている」(環球時報 30日)
「政権は赤信号となった」(北京青年報 30日)
「消えた年金、改憲、消費税増税、閣僚のスキャンダルの4つが敗因であり、改憲などの安倍首相の政策遂行は制約されるだろう」(新京報 30日)
「日本の参院選の結果は安倍政権の基礎をゆるがした。安倍内閣への多くの有権者の不信任が示された。首相が辞任を拒否しても各方面から牽制され、政策決定と国会運営がいっそう難しくなるだろう。安倍首相が進める戦後レジームからの脱却という政治路線が今後より大きな抵抗にあう可能性がある。有権者の関心は戦後レジームからの脱却という政治路線ではなく、生活の向上であることが示された」(新華社通信 30日)
(東南アジア)
「怒る日本の有権者が安倍首相の自民党に過去最悪の敗北を授けた。安倍首相が『美しい国』を掲げ、平和憲法を修正して軍事力を増強し、愛国教育を導入しようとしていた。敗北は安倍の政治的将来に多くの疑問符をつけた」(シンガポール ストレーツ・タイムズ 30日)
(韓国)
「日本国民は文字通り今夏の選挙を安倍政権審判の機会にした。安倍政権の失政が多かった証拠だ。与党の過半数が崩れて2010年の改憲推進という構想も実行が困難となった。安倍政権は戦後体制からの脱皮を掲げて改憲に力を入れたが、民心は遠かった。政治改革を叫びながらさまざまのスキャンダルにまみれた自派の閣僚を一歩的に庇ったえこひいき人事も敗因だったが、格差問題をしっかり解消できるヴィジョンを提示できなかったことも敗因であり、米下院の従軍慰安婦決議案が可決され、外交でも失敗したことを物語っている」(東亜日報 30日)
「安倍首相は戦後体制からの脱却という大げさなキャッチフレーズを掲げて国民投票法制定や教育基本法改訂に没頭したが、日本国民は民生問題を重視した」((中央日報 30日)
「北朝鮮に対する超強硬政策と憲法改正などの保守・右翼傾向の歩みを見せていた自民党が、どう変化するかが注目される」(韓国日報 30日)
「安倍首相の求心力低下によって、強硬一辺倒の対北朝鮮政策と平和憲法改訂など、この間の右派傾向の政策に変化が予想される」(京郷新聞 30日)
(アラブ)
「自民党の敗北の背景には深刻な経済状況がある。安倍が唱える美しい日本の創出に反し、この国は庶民の日々の生計を含む経済的貧困や大規模化する貧富格差拡大の病がいっそう深刻化している。年金対策の失敗も少なからぬ打撃となった」(アラブ首長国連邦 ハリージ・タイムズ 30日)
最も鋭く日本の情勢を見ているのはやはり韓国です。日本政府の極右政策と朝鮮政策を厳しく批判し、日本政府が東アジアから孤立していることを指摘しています。私は、東アジア友好政策を放棄して日米同盟にしがみついてアジアに敵対する日本政府の致命的な政策の破綻を示したと思いますが、同時に新自由主義シカゴ学派の市場原理主義による弱肉強食政策に対する生活者の叛乱と断罪だとおもいます。シカゴ学派に追随して、非正規雇用と成果主義を脳天気に賛美してきた人びとは、自らの識見の浅薄性を恥じていさぎよく撤退すべきでしょう。英紙タイムズは「中産階級の報復」としていますが、これは市場原理による中産階級の分裂を指しているのでしょうか。しかし怖いことには大勝した野党の政策理念が、政府政策以上に輪をかけた市場原理主義を宣揚しているのですから、小泉劇場に乱舞して挫折感を味わった有権者はもういちどさらなる挫折を味わうのではないかと危惧します。そのなかからおそらくジグザグの紆余曲折を経て、欧米型社会的連帯経済システムを追求する第3極の形成が幾多の経験のなかから進んでいくことになるでしょう。(2007/7/31
9:46)
◆このめくるめく原始的貧困の極地−毎年100人近くが餓死する「美しい国」がある
かって貧困を衣食住の最低生活が満たせない原始的貧困(1次的貧困)と欲望水準の高度化による現代的貧困(新しい貧困、第2次的貧困)に分け、先進国は基本的に原始的貧困はなくなって新たな貧困が問題なんだとする窮乏化法則論争が展開されましたが、現実は見事にそれを裏切っています。厚労省調査によれば、1995年以降から餓死者が急増し、05年までの11年間で867人に上り、日本はおよそ毎年100人近くが餓死する餓死地帯となっています。この統計は餓死状態で発見されて死亡診断書に「餓死」と記された人の統計であり、別の病名がつけられた人は除いていますから、実数はさらに膨大なものと推定されます。
餓死者数の年次別推移を見ますと、1994年までは20人代後半で推移していますが、1995年から一気に増加して90人前後になっていきます。直近の2005年では82人(男性70人、女性12人)となっており、およそ日本列島のどこかで3日に1人の餓死者が生まれています。なぜ95年以降から急増したのでしょうか。96年に労働者派遣法などの労働法制のの規制緩和が進み、大規模なリストラクチャーによって、非正規雇用が95年に1000万人を超え96年には1670万人を超えていき、完全失業率が3%から4,1%に上昇していったこととは無関係ではないでしょう。同時に社会福祉政策での「自立支援」による生活保護適用の厳格化など実質上の棄民政策が繰り広げられたことと無縁ではないでしょう。生活保護水準に該当する人の80%が実際には排除されていると推定されています。厚労省の生活保護モデル都市となっている北九州市の8人連続餓死事件はその象徴です。生活保護適用の数値目標達成に囚われて、辞退届を強制する北九州市ケースワーカー職員は自らの職務の神聖性を汚していることに気が付かないのです。
餓死・衰弱死は多く生活困窮世帯に誘発されていますが、「女(2歳 宇都宮)」のように困窮の極限に追いつめられた親が長女を衰弱死させ、「男(3歳 さいたま市)のように母親(27歳)とともに餓死しているなど、悲惨そのものの実態があります。こうした事態は昭和初期の東北農村地帯でひとべらしとしておこなわれた姨捨や娘身売りとかわるところがありません。餓死統計をみると、男の高齢者に集中し、その多くは大都市圏で発生しています。大都市の片隅で人に忘れられて、もだえ苦しんでひっそりと亡くなっていく人たちが毎年100人近く発生していることと無関係に、現在の日本について何かを語る人はおそらく人間のもっとも大切な条件を失っている人でしょう。しかし餓死する人たちに「自己責任」の言葉を浴びせ、冷ややかに勝者の栄華を楽しむめくるめくような富の偏在を「美しい国」と称する為政者が出現するに到っては、日本はもはや末法の末世の終わりの始まりを生きています。
おそらく1995年は日本現代史のターニング・ポイントとなる年なのではないでしょうか。非正規雇用数、ワーキング・プア数、引きこもり数、、自殺者数、ドメステイックバイオレンス数などの社会指標をみてもおそらく95年がエポックとなっているのではないでしょうか。こうして行きつくところに何が見えてくるかと考えますと、いうまでもなくシカゴ学派の市場原理経済学を天の声のように宣揚して、無軌道に暴走した学派の存在です。
こうした貧困のトラウマとルサンチマンはもはや限界に達し、「俺たちはセンソウを望む。なぜならそこでしか俺たちはわずかな名誉と生活が保障されているからだ!」と呻くように叫ぶ若者たちがあらわれています。まさにあの1930年代のドイツで、ナチスが突撃隊を組織し暴力的に街頭を制圧して恐怖の支配を開始していった時に、茶色の制服に憧れて倒錯した勇気と自尊心に陶酔していった中下層のドイツ青年たちのように。日本でも雨宮処凛のようにトラウマを極右運動に叩き込んで、日の丸と旭日旗を掲げながらロックを歌う人も出てきましたが、彼女はあざやかに転身を遂げていまやネットカフェ難民を支援するサヨクに劇的な変身を遂げています。沈黙してネットカフェの狭いイスで夜を過ごしている青年たちは、これからいったいどこへ向かうのでしょうか。フランスのように大都市郊外で放火して暴動を起こすのでしょうか。それともひっそりと餓死していくのでしょうか。或いは一票をもって投票所に向かうのでしょうか。故郷に住民票をそのままにしている多くの若者は投票所に向かう行為は夢の夢でしよう。「だけども問題は雨が降るのに傘がない」ことだとして、一本の傘を探しにあてどもなく大都会を漂流するのでしょうか。なにか現在の日本は重大な岐路に突き当たっているような気がします。50年後、100年後に200年代の初頭をふり返って歴史家はどのように記すのでしょうか。私はその時にどこの土の下に眠っているのでしょうか。(2007/7/23
8:55)
◆想い起こす 今は亡き祖父母の背中・・・・・
韓国のジョーン・バエズといわれる女性フォーク・シンガーの「朝霧」という歌を聴いていると、なぜか優しい気持ちになり、突然に今ははるか前に亡くなった祖父母のことを想い起こした。祖父母は、我が家の最後の百姓として一生を田畑を耕して過ごした。小学校3年までを祖父母の家で過ごした私は、風が吹き渡る田舎の広大な家と汗がきらめいてしたたる祖父母の背中をみて育った。故郷を捨てた私によって、祖父母の家郷はいまは荒れ果てて雑草に覆われる廃屋となった。学生時代にこの家に還ると、なにか胸が締めつけられるような痛みを覚えた。深夜に塀を乗り越えて玄関の扉を叩くと、祖母は驚いてすぐに開けて私を迎え入れた。祖父を亡くしてたった1人でこの広い家で暮らしている祖母は、私を相手に1人で長時間しゃべりまくった。私は黙って祖母の長広舌を聞いていた。よほど祖母は寂しく云いたいことが胸にいっぱい溜まっていたに違いない。長期の夏季休暇が終わって再び上京する時に、家の前の小さな道のはずれまで見送りに来た祖母は、深々と私にお辞儀をして頭を垂れた。孫の私に対してである! 私は何とも云えない慚愧の気持ちにうたれて故郷を後にした。しかし東京行きの急行「瀬戸」に乗ると、私はまた輝かしい首都の学生生活を想い起こして胸が高鳴り、祖母のあの別れの姿はすぐに忘れてしまった。
祖父は篤農家として黙々と田畑を耕して一生を終えた。田んぼ一反からの米の収穫高を自慢し、夏の暑さを厭わなかった。一家総出で田んぼの仕事を終えて、野原で昼食をとる時の何とも云えない解放感を思い出す。夏の昼は部屋への上がり口で大の字になってグウグウと寝入っていた。涼しくなると思い出したように畑に向かった。60歳を過ぎて肺癌にかかりあっという間にこの世を去った。寝たきりになって、祖父を背負って便所に向かう時に私はなぜか悲しみに襲われた。あの剛健な祖父の打ちひしがれた姿を。そういえば荷車を押して稲を運ぶ時に、後を押すのを私が断ると哀しそうな声で「頼むよ・・・・」と云った。私はこの時に生まれて初めて人間の発する心のなかからの本質の声を聞いたような感じがした。寝たきりの祖父に氷のアイスクリームを口にあてがうと、祖父の顔に一瞬喜びの表情が浮かんだ。ひっそりと祖父は息絶えたが、祖母は涙一つこぼさなかった。いったい一生働きづめであっという間にこの世を去った祖父の生涯はどこにどんな意味があったのだろう。祖父とともに戦争の時代は過ぎて、時代と世を操作して荒らす人がたくさんいたが、祖父はただ黙々と大地を耕して自分の生を閉じた。
祖母は優しく強い人だった。祖母は前から見るといつも微笑みをたたえおり、後ろから見ると汗が滲んだ背中をかがめていた。私はその背中をみると抱きつきたくなるような感情がいつもせり上がってきた。肺結核で入院した祖母を見舞った時に、祖父が誰か他の女性と付き合っていないかと私に聞いた。私ははじめて祖母の女の心を覗いたのである。年老いて父母に引き取られた祖母は、近くの小川に落ちてあっけなく死んだ。誤って落ちたのか、それとも・・・・・いまはそんなことはどうでもよくなった。あんなにピュアーな女性を私はそれ以降ひとりも目にしたことはない。
そして私はいつのまにか祖父母の歳を超して余計に生きている身となった。世の中も変わり、人も変わり、私自身もア〜こんなに変わってしまった。この地上に祖父母という人間がいて大地を耕して、はかなく消えていったことをおそらく誰も覚えてはいない。私も無窮の忘却の彼方に埋もれるために、何を残して去るというのか。もう一度生まれ変わっても同じ生を送るか、難しい質問だ。まだ答えは出ていない。残り時間は幾ばくかはある。しかし名もなき存在としてこの世を去った祖父母の生は、少なくとも私にとっては、何ものにも代え難いダイヤモンドのような輝きを放っていたことは確かだ。台風接近の窓を打つ激しい雨音をききながら・・・・。
偶然にTVをかけると、「青春のフォーク大全集」という番組で南こうせつが司会をしながら、1960年代から70年代のフォーク・ソングを唱っていた。あの時代からもう40年を過ぎようとしているのに、「5つの赤い風船」(西岡たかしが登場したのは驚いた)。最後は「遠い世界へ」の全員合唱で終わったが、なにかあの原初的反抗の時代の雰囲気と現在が似てきているような錯覚に囚われた。40数年前に唱った歌が同じ歌手で蘇った。彼らも姿勢と節を曲げることなく生きてきたんだナーと思った。私は「私に人生というものがあったら」という歌を急に想い起こした。この世に悔いなく生きていった人は一杯いるのだ。(2007/7/14
22:52)
◆東京の学校はファッシズムの巣窟と化したのか!
いやー驚きました・・・。東京都教育委員会は職員会議で挙手採決をおこなった都立4校(狛江、福生、拝島、武蔵丘)の校長を厳重注意処分にしたそうです(7月12日 4校の実名は産経、朝日は実名なし)。都教委は職員を意志決定に参加させず校長主導の運営を推進するために、職員会議で意見や賛否を問う挙手採決を禁止する通達を昨年4月に出しましたが、12日の教委定例会で米長邦雄委員が挙手採決のある9校を名指して攻撃したことを受けての措置だそうです。ウーン・・・なにか私たちの予想を超えた勢いで独裁への流れが生活の足下からすすんでいるようです。
米長邦雄なる人物は棋士として秀でた成績を収め、現在は日本将棋連盟会長を務めていますが、皇居園遊会で「私の夢は日本全国の学校で君が代を歌わせ、日の丸を揚げさせることです」と天皇に述べて、「あまり強制にわたらないように」と公然と天皇から叱責を受けた人物です。これだけでも彼が天皇の民主主義感覚に背反する極右思想の持ち主だということが分かりますが、その後の一連のふるまいは1930年代型の権威主義的なファッシズムの特徴を示しているようです。多様で異質な価値観の共存を否定し、自分の信念をちからで強制しようとする野蛮な発想です。こうしたファッシズム的な発想の特徴は、弱者と反対者に対して憎悪を込めた攻撃をおこないながら、強者に対しては媚びへつらって頂き物を願うという卑しい動物的なふるまいにあります。彼の将棋連盟会長選立候補の趣意書をみると、文科省と地方自治体からいかにカネを取ってくるか、大臣杯を続けさせるなどという露骨なモノトリ主義の寄生思想が如実に表れています。この程度の人物を会長に戴く将棋連盟に未来はあるのだろうか、一将棋フアンとしては不安になります。彼がナチスのゲシュタポのように、秘かに情報を集めて学校の先生を憎しみを込めて攻撃するのは、おそらく成長過程でのなんらかの歪んだ体験によるインフィリオリテイ・コンプレックスのルサンチマンが蓄積しているのでしょう。このような人物のもとで成長していかざるを得ない東京の子どもたちを想うと、胸が痛んで哀しくなります。
しかしこの事態は米長氏個人の問題ではなく、明らかにいま進行するブレーキとハンドルが壊れて右旋回する暴走車となっている日本を象徴しています。売上高世界1位に躍りでた日本の自動車メーカーの最高級車レクサスがリコールされているように。暴走の背後にどのような思想があるのでしょうか。東京の学校の管理はどうもナチスの特別権力関係理論によっているようです。軍隊や警察のような全体行動の絶対的な一律性が求められる組織では、上位者の命令は神の命令として絶対服従し実行されなければならないという理論が、軍隊や警察以外のあらゆる組織に適用されていったのが、ナチス型管理でした。戦後になってこの特別権力関係理論は全面否定され、たとえ軍隊や警察であってもメンバーは自らの意見を主張する機会が保障され、上位者の違法で不正義の命令には抵抗する義務があるとされています。
さて現在私企業でも採決による経営戦略の選択は法的な義務となっていますが(株主総会、取締役会)、市民の奴隷(パブリック・サーバント)である公的な組織では、より内部意志形成への個別メンバーの参加が保障されていなければ市民へのサービスはできません。ましてや人間のいのちを預かり、身体と頭脳形成に責任を持つ学校組織は独裁と原理的に両立しません。ヒトラー型の独裁校長が君臨している学校のイメージは、もはやかっての旧軍内務班と同じであり、垂直的な抑圧の権力が下方に向かって作動し、その最底辺に位置づけられる子どもたちが最大の犠牲者になります。
規則が多い学校ほど荒れ、荒れている学校ほど規則が多くなるのです。教師と子どもたちが深い人間的な信頼の構造にある時に、子どもたちは生き生きと輝く生活を送ることができるのです。規則という権力的抑圧によって生まれる秩序はひとたび壊れだすと、荒れと規則の悪無限の地獄をつくりだします。校長の独裁にひれ伏して意見を言えず面従腹背している教師たちが、教室に入って子どもたちにデモクラシーを教える確信が持てるはずがありません。おそらく東京の学校では、教室の学級内での採決も姿を消していくに違いありません。かって日本で校則がたった一つしかない学校がありました。それはクラーク博士が運営した札幌農学校であり、そのたった一つの規則は、”Be
Gentleman(紳士たれ!)”というものでした。学生たちは、自分の良心と理性にのみ基づいて自分の行為を自覚的に選択し、結果的に札幌農学校の秩序は自立的に形成され、その卒業生たちの多くが日本の近代化をになう先頭に立ったのです。
オープンで自由であることは、放任のリスクを伴いますが、しかし独裁の頽廃に較べればその恐怖は小さく、歓喜は大きいものです。独裁は、ゲシュタポの隠微な宴会のように日常の抑圧を一時的に爆発させるどんちゃん騒ぎの祝祭を準備してルサンチマンを解消しますが、オープンな自由は伸び伸びとした日々の充実と歓びを準備します。これは企業でみれば、動物的な競争を煽った富士通が不振を極め、一定の日本的集団主義を維持している企業が伸びていることに表れています。いまほんとうにデモクラットであろうとすることは、生活を放擲するある勇気が求められます。ましてや野蛮な暴力による抑圧よりも、形式的合法の衣をかぶってジワジワと締めつけるソフトな抑圧で全身をがんじがらめに縛りつけていくような現在では。かって権力批判でデビューした評論家がいつのまにか都副知事に就任し、政府の教育政策の犠牲者として売り出したヤンキー先生があっというまに政権党候補者となる−なんでもありのモラリテイの頽廃現象が蔓延しています。一方での頽廃と負の現象の蓄積は、他方における自由とジャステイスの感覚を伸長させるだろうという弁証法的論理そのものが再審されるという異常な連鎖です。
しかし表面で泡のように賑やかに振る舞っている人たちは、河の底をゆっくりの流れていく深部の水流と、地の底を流れる地下水流を知りません。アブクのように消えては生まれる泡のふるまいも、一定の深部の水流の本質の反映ではあるでしょうが、その本流ではありません。私は、東京の学校の河の深い底を流れる本流の存在を信じます。彼らは必ず流れの表面に姿を現し、いっさいの泡の偽りを問い、汚れきった濁水を下流へと押しながして清流をとりもどすでしょう。(2007/7/13
11:11)
追記)
北海道庁が私学補助金の査定項目の「特色ある学校」枠の調査の一つとして「入学式、卒業式での国旗掲揚・国歌斉唱の有無」を尋ね、掲揚している場所の記入を求めた。北海道の道立高校の掲揚・斉唱率は100%であるが、私立は掲揚率66%、斉唱率38%となっている(06年入学式)。私学経営にとって補助金は大きく、補助金の配分を手段に日の丸・君が代を金銭的に強要したものだ。道教委は実態調査に過ぎないと合理化しているが、明らかに私学の教学に対する国家主義的な権力介入に他ならない。戦前の国家主義教育への深刻な反省から、私学の教学は独立性を保障され、従ってキリスト教教育や外国人学校が教育基本法と学校教育法の公教育の枠内で独自の教学を推進してきた。外国人学校にとっての日の丸、キリスト教系学校にとっての君が代は特段の意味を持つ。教育の自由の聖域を自ら泥靴でカネを餌に介入する道教委学事課の教育思想水準の低劣さは目を覆うばかりだ。(2007/7/14
17:57)
◆「戦後レジームからの脱却」の真実
日本の首相が「戦後レジームからの脱却による美しい国」を宣揚し始めてから、逆に日本はみにくくみじめな様相を呈しはじめてはいませんか。年間3万人を超える人たちが自裁し、それを上回る児童虐待が起こっていますがこれは氷山の一角に過ぎません。東京都内の中小企業の従業員の10,3%が「過去1年以内に死にたいと思った」−と答えています(厚労省研究班調査 07年1月実施)。勤労者の自殺企画歴は通常では0,1%とされ、今次調査の数値は異常に高い。ひょっとしたらこの「戦後レジームからの脱却」そのものに何か致命的な錯誤があるのではないかと疑いはじめた人も多いでしょう。さて「レジーム」という言葉はもともとどのような意味なのでしょうか。「レジーム」という語をサイト検索にかけると、最初に「アンシャン・レジーム(旧体制)」が開きました。フランス革命前の絶対王政が市民を抑圧したふるい体制を意味し、わたしも高校時代にアンシャン・レジームを学んだ覚えがあります。次いで、研究社英和辞典LUMINOUSを引きますと、「regime 1[しばしば軽蔑]政権、体制;(押しつけられた)制度、方法」とあり、その動詞形「regimennt]は「[特にけなして]・・・を厳しく統制する;規格化する」とあります。つまりレジームとはどうも押しつけられた抑圧の制度や体制を意味するようです。
すると首相の云う「戦後レージーム」での押しつけられた体制とは具体的に何を意味するのでしょうか。いうまでもなく戦後の日本国憲法体制を占領軍によって押しつけられた体制だというのでしょう。確かに憲法制定過程をみれば、GHQ草案を政府原案とした過程はその限りにおいて「押しつけ」であったといえるでしょう。しかしよく見ると、政府側の第1次原案が大日本帝国憲法の一部修正でしかなく、無条件に受け入れたはずのポツダム宣言に真っ向から敵対するものでした。ここでは新憲法制定の過程についてこれ以上は触れません。憲法学会の圧倒的な多数はわたしの見解を支持するでしょう。どうも首相が憲法改正を提起し日程に載せた背後には、日本国憲法に象徴される戦後の民主主義システムそのものへの憎悪と戦前レジームへの回帰という極右の願望があるように思われます。
ところがよくみると戦後に「押しつけられた」レジームは、日本国憲法と相剋する日米安保条約があります。この条約こそ、占領軍の一部に過ぎなかった米国が非同盟中立をめざす日本市民に押しつけたものにほかなりません。日本市民は、この2つの相容れないレジームの矛盾を生きてきたのですから、日米安保条約との訣別こそ、真の「戦後レージームからの脱却」という主張が出てきます。しかし沖縄県民の苦しみをよそに、首相はこの安保レジームの屈辱的な押しつけには屈従する卑屈な姿勢をとっています。かって首相の祖父の「鬼畜米英」命令を信じて命を捨てた300万人の人たちは、いまや「敵」に媚びへつらう孫の首相のアンビバレンツをみて、地下で無念とルサンチマンに歯ぎしりしているに違いありません。日米同盟という「戦後レジーム」のもとで、旧敵国が繰り広げる世界戦略に命を投げだせと自衛隊員に迫り、そのために第9条改訂を公言しているのですから。靖国神社に参拝し、「英霊」にぬかづく姿をどのような想いで見つめているのでしょう。
こうした奇形的な戦後認識を信念化した首相は、国内での権力の虚栄とは逆に、国際的には冷笑と軽蔑をあびる無残な姿をさらけだしています。驚いたことに媚びへつらっている主人すらがもはやこの人物に三行半を突きつけています。首相は、日本の戦争責任と犯罪を否定してサンフランシスコ条約という戦後レジームまで否定し、アジアへの露骨な敵対政策に踏み出すに到ったからです。米国家安全保会議(NSC)の前上級アジア部長は、「従軍慰安婦問題で安倍晋三首相が狭義の強制性を否定したことを受け、米民主党左派から安倍政権は国家主義的であり、彼のもとで日米安保を強化すると米国はアジアのなかで孤立してしまう−と懸念の声が出ている。来年の大統領選挙で民主党候補が勝利すれば、米外交政策に影響が出てくる。米下院外交委員会が可決した従軍慰安婦問題決議は下院本会議で夏休み前に承認されるだろう。歴史問題が日米関係にダメージを与える恐れがある。日米安保を当然視してはならず、両国政府は日米安保強化に向けたリーダーシップを発揮しなければならない」と語りました(7月10日 時事トップセミナー)。これは日米同盟関係にとって、安倍晋三は米国の国益を阻害する危険な存在であり、政府交代が望ましいと暗に求めたものです。こうして現政権は国際的に唯一の同盟者であった米政権からも忌避され、孤立無援の情況におちいっています。冷静にみればまさに安倍晋三レージームの終わりが始まっているかのようです。
さて国際的に孤立し、国内的にも破綻状態にあるこの極右政権は、国内に鬱積するルサンチマンを対外的に発散するという破綻国家の常套手段によって延命をめざす袋小路に入っています。06年頃から在日朝鮮人団体や組織に対する異常な強制捜査が続いていますが、なぜかマスメデイアの報道はありません。薬事法違反による在日の耳鼻科医の家宅捜索日、税理士法違反による在日商工会強制捜査、車庫飛ばし疑惑による朝鮮初級学校強制捜査、留学生同盟への家宅捜索などを警視庁公安部と県警外事課が一斉におこなっています。薬事法や道路交通法違反容疑がなぜ公安警察によってなされるのか分かりませんが、悪い奴=北朝鮮と徹底して戦う安倍政権というイメージをつくりだそうとしているかのようです。現政権の唯一の延命策として北朝鮮問題があり、生活が行き詰まりつつある日本市民の民族ショービニズムを利用した卑しい排外政策のようにみえます。在日系の集会が「国際政治情勢に対する市民感情」を理由に公共施設から制限され(倉敷市民会館、渋谷区民ホール、仙台市民会館、宮城県民会館など)、日本の普通の高校生たちがワールド・カップでの韓国のベスト4に怒ってチマ・チョゴリを襲撃する事態が頻発しています。こうして北系在日に留まらず、南系への襲撃も増加し、さらに有色系外国人への規制も相次ぎ、街頭で職務質問を受ける外国人が52%に達しています(東京弁護士会調査)。上からの抑圧による閉塞感が強まると、自分より弱い層へルサンチマンを発散する抑圧の移譲という心理現象が蔓延しているからでしょうか。残念ながら現在の日本はこうした垂直的な下方に向かってのイジメ現象が誘発されるようになっています。これが「戦後レジームからの脱却」がもたらした「美しい国」の真実の姿なのです。国家イメージとして「美しい」などという形容詞を使いたがるのはファッシストに多いという歴史の事実を私たちは知っています。
最後に「美しい国」をつくるためにどのような人間が求められているかを、改訂学校教育法でみてみましょう。教育基本法で設定されている人間像のうち改訂学校教育法で削除された項目をみると一目瞭然です。削られたものが×、残されたものが○です。
改定教育基本法 改訂学校教育法
@真理を求める ×
A個人の価値を尊重する ×
B創造性を培う ×
C正義 ×
D男女平等 ×
E自他の敬愛と協力 ×
F道徳心 規範意識
G公共の精神 ○
H生命と自然の尊重 ○
I伝統と文化の尊重 ○
J我が国と郷土を愛する ○
K国際社会の平和と発展に寄与 ○
これによって21世紀の子どもたちがどのような人間に成長していくかが分かるのではないでしょうか。個人を殺して全体につくし、ひたすら国と伝統の枠のなかで、定められた規則を守り抜く−いわば儒教的な封建的人間像です。常に周りを気にして、上からの命令にビクビクし、自分を殺して自分だけは生き残ろうとする浅ましい人間が育ってくるような気がします。「真理」や「個の尊厳」、「創造性」や「正義」、「男女平等」や「協同」は二義的なものに過ぎません。ここまでやるか!とわたしもびっくりしているのですが、封建的な身分社会の束縛を否定した近代の初歩的な人間像すらありません。「真理」と「正義」を第1課題としないような教育はもはや教育ではあり得ず、修練所にしか過ぎません。わたしは22世紀に生きる可能性はありませんが、子どもたちがつくる22世紀を創造すると薄ら寒くなります。これが現在の首相を支える「美しい日本をつくる会」の要望を受けて制定された21世紀の学校の実像です。このような人間観の基礎には、人格は操作可能であり人工的に人格をつくりだすべきだという操作主義的な人間機械論があり、生まれながらにして自由で平等な個人の尊厳という絶対不可侵の思想はありません。国家のために個人があるという超国家主義の教育観であり、個人の自由で全面的な発達を支えるという初歩的な近代国家の教育観はありません。だから国家や政府が決めた法に無条件に服従する国が美しいとされ、国や政府が勝手なことをしないために国や政府を縛るための法という初歩的な近代法さえ否定しています。純真でピュアーな子どもたちは恣意的な教育政策に蹂躙されて悲鳴をあげるでしょう。(2007/7/12
10:25)
◆「しようがない・・・・」という日本語
日本の防衛大臣が日本への原爆投下を「しょうがない」と正当化した発言によって辞職にいたりました。いったい「しょうがない」の意味はなんだろうかと調べてみますと、「仕様がない」=「しようがないの転」とあり、「仕様」をひくと「仕様がない=ほどこすべき手がない。始末に負えない。しょうがない」とあり、『広辞苑』でも同語反復(トートロジー)の説明であり、一筋縄ではいかない日本語のようです。『ライトハウス和英辞典』(研究社)では「しょうがない=しかたがない、仕方がない」とあり、@cannot
help(・・・以外に選択の余地がない)、have
no choice(but to do・・・しても無駄だ)などと説明があり、要するに「避け得ない運命的なこと」という意味に近いことだと思われます。
広島・長崎への原爆投下がどのような意味で「しかたがなかった」のでしょうか。防衛大臣は「ソ連の北海道占領の回避」等と米国の代弁をしましたが、翌日の米核不拡散特使は「上陸作戦による数百万の日本人の命の犠牲を回避する敗戦」と正当化しています。いずれも歴史学の到達点に照らして誤謬以外の何ものでもありません。英米軍がドイツに対してドレスデン大空襲を敢行したと同じく、ソ連に対する戦後主導権が米国陣営にあることを明示するためだったことは現代歴史学の定説となっています。ヤルタ会談でオタオタしていたトルーマン大統領は、自国の原爆実験成功を聞いて舞い上がって主導性を誇示する姿勢に転換しました。広島・長崎への原爆投下は現地最高司令官・マッカーサーに対して諮られることなく、彼は原爆投下の無意味性を指摘しています。しかし問題はこのような認識が現在の日本政府の中枢を支配し、後任の防衛相は「国際情勢による核武装」を主張する極右だというところにあります。
21世紀の日本はなぜこのような亡霊のような極右思想が権力を握り、同時に市場原理の暴走によって社会的紐帯に壊滅的な打撃を及ぼしつつあるのでしょうか。ここにある問題構造にこそメスがふるわれなければなりません。おそらく日本の全身に悪性の腫瘍が蔓延し、もはや決死の手術以外に奇跡的な恢復の途がないという危機の情況にあるといえるでしょう。なぜこうなったのでしょうか。1975年の10月31日におこなわれたある記者会見を想い起こしましょう。
日本記者クラブ記者会見「アメリカ訪問を終えて」(昭和天皇・香淳皇后 皇居・石橋の間)
秋信利彦(中国放送):天皇陛下にお伺い致します。陛下は昭和22年12月7日、原爆で焼け野原になった広島市に行幸され、「広島市の受けた災禍に対しては同情にたえない。我々はこの犠牲を無駄にすることなく、平和日本を建設して世界平和に貢献しなければならない」と述べられ、以後3度広島にお越しになり、広島市民に親しくお見舞いの言葉をかけておられるわけです。が、戦争終結にあたって、原爆投下の事実をどうお受け止めになったのでしょうか、お伺いしたいと思います。
天皇:原爆が投下されたことに対しては遺憾に思っていますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむをえないこととわたしはおもってます。(戦争責任は文学上の表現の言葉のあやですから・・・・。)
この記者会見への関心は、中国放送記者の勇気ある質問に集中していますが、その背後には戦前型不敬罪の気風があります。この会見の主要な問題は、戦争の最高責任者である大元帥の責任感覚のレベルを問うたところにあります。防衛相の「しょうがない」という言葉と、天皇の「やむをえないこと」という言葉に日本語の語義上の決定的な違いはない。1975年の天皇発言は免罪され、2007年の防衛相発言は四面楚歌となって非難の大合唱となったのか(「読売」社説のみが擁護した)。天皇も防衛相もひとりの人間として天の下に全き平等にあるにもかかわらず。しかし彼は厳然として平民であり、一方はEmperor(皇帝)なのだ。このめくるめくような断崖の裂け目にある原理的な矛盾にこそ、「しょうがない」発言の真の問題性があり、それをもはや日本の誰も指弾することはない。このような前近代的な遺制を背負ったまま、21世紀の日本丸はあてどもなく漂流を続けている。かろうじて水先案内人の指す方向には星条旗がはためいているに過ぎない。その旗はかっての輝ける光を失い、暗く澱んでいる。ひょっとしたら日本人の多くが、いまのおのれの置かれている位置とシチュエーションを「しょうがない」と受容し、その日その日の株価の変動に一喜一憂するがごとくに毎日の生をただ時間として刻んでいるのではないか。いま日本は、明るいにしろ、暗いにしろ、未来への真摯な志向性を築くことなく、ニヒリズムの無限の螺旋への身投げを遂げているのではないか。(2007/7/5
20:38)
◆みにくい国にも美しい人たちがいる
深夜の12時過ぎのTVで森内俊之名人が4連覇を果たした直後のインタビュー映像が放映されていた。彼は勝利の感想を聞かれて、絶句してしばらく虚空を見つめるまなざしは赤らんでいるようであった。激戦を制した後の虚脱感といった心情であったろうか・・・しばし茫然自失の風情であった。森内俊之は名人位通算5期を達成して、木村義雄、大山康晴、中原誠、谷川浩司に次ぐ18世永世名人の称号を得たのである。
思えば挑戦者・郷田昌隆9段の2連勝をもって始まり、森内名人の巻き返しの3連勝を経て第6局は森内完勝の一局を逃し、むしろ森内の劇的な敗退を私は予想しないでもなかった。第1局の扇子事件(郷田9段の扇子の音のうるささを森内が指摘)を引きずってなにか森内にはよからぬ不安が漂っているかのようであった。しかし森内は追いつめられたギリギリの激闘をついに手中に収めたのである。郷田の敢闘精神にも敬意を表したい。私はそんなに本格的な将棋フアンではないが、この森内−郷田の第65期名人戦はまさに死闘の情況であり、真摯な勝負師の究極の戦闘が私のこころに肉薄してきたのだ。実は最終局の中盤を郷田有利とみていた私は、終盤における森内の勝利にいたる展開がまだ信じられないのだ。
浮き世のよしなしごとを離れて、盤上の駒の操作に全人生をかけて生き抜くおとこ達の姿は無条件に美しい(女流棋士を無視するわけではない)。それは自らの才能と努力のみによって結果が左右される、もっとも純粋な勝負の世界だ。だからこそ浮き世の世俗に生きる我々は、はるかにピュアーではあるが厳しい世界に自分をかけたおとこ達の無条件のフィフテイ・フイフテイの抜き差しならない勝負に人間の美をみるのである。まずは今次名人戦の森内俊之の偉業に無条件に敬意を表し、また郷田の健闘をたたえたいと思う。
将棋界をみれば、中原誠の不倫事件(私は自由恋愛のプライバシーに過ぎないと思うが)、米長邦雄のような恥ずべき棋士人生を送った男もいる。米長は皇居園遊会で「日本中に日の丸をはためかせたい」と天皇に云って、天皇から「強制に渡らないように」と叱責を受け、東京都教委で教育の反動再編に大きな役割を演じた。将棋の棋士であれ、政治的発言や教育論を展開することは自由であるが、恣意的な信念に絡め取られてロボットとして利用されるような愚かな人間にはならないでほしい。蒸し暑い梅雨が続く日に、久しぶりの試合らしい試合が堪能できた。(2007/6/30
17:35)
◆COMFORT WOMEN-みにくい国の恥ずべき人びと
朝から外では住宅の建設のツチ音がひびく。今日も湿気をたたえた暑苦しい梅雨の日になりそうだ。生活は淡々と流れ、私は絵を描き、時に論文の締切に追われ、プールで少々の汗を流し、一日を終わるだろう。今日は近く用の眼鏡をつくらなければならないのだ。しかしふと目を転ずれば、いま日本の尊厳を根元的にゆるがすような提案が米国でくり広げられているではないか。
米下院外交委員会は26日午後(日本時間27日未明)に、従軍慰安婦問題に関する決議案を日米同盟の重要性を確認する一部修正を入れて、20人が発言して1時間20分の審議を経て賛成39,反対2の大差で可決しました。7月開催の本会議で採択される予定です。決議の骨子は「アジア太平洋諸島への日本の植民地支配と戦時占領の間に、日本政府が帝国軍隊に対する慰安婦としての性的強制労働を唯一の目的として若い女性の獲得を委託し、強いたことを@日本政府は明確であいまいでない方法で歴史的責任を認め公式に謝罪すべきである。日本政府による軍事的強制売春である慰安婦システムは、その残酷さと規模大きさで前例がない20世紀における最大の人身取引事件である。身体損傷、集団レイプ、強制妊娠中絶、辱めや性的暴力、結果としての死、最終的には自殺に追い込んだ残酷さと規模の大きさは20世紀最大の人身売買事件となった。日本の教科書では慰安婦の悲劇と第2次大戦の戦争犯罪を軽視しているものもある。日本の官民の当局者達は最近93年の河野談話を薄め、もしくは無効にしようとする願望を示している。日本政府は1921年の婦人・児童の売買禁止に関する国際条約に署名し、2000年の女性・平和・安全保障に関する安保理決議1325を支持しており、日米同盟はアジア太平洋地域での自由と人権の共同の利益と価値に基づく。アジア女性基金の事業を称讃するが基金は解散する。A謝罪は首相の公式声明によるB日本政府は慰安婦問題がなかったという主張を明確に公式に否定するC日本はこの問題を現在と将来の世代に教えるべきだ」ーというものです。あなたはこの決議をどう考えますか。この採択に関連する外交委員会での議員発言と、関連するさまざまの発言を紹介しましょう。
(米下院外交委員会と関係者)
「国家の真の力は、その歴史のなかも最も暗い一幕を突きつけられた時に試される。過去の真実を認める勇気を持つのか、それとも時とともに風化するという愚かな希望でもって真実から逃れようとするのか。戦後に謝罪を繰り返したドイツは正しい選択をしたが、日本は歴史の記憶喪失を積極的に進めている。日本の国会議員による広告の強制性を示す文書はないという内容は、慰安婦の生存者を汚すものであり、当時世界中で当たり前だった公娼制度に従事していたと述べて事実と真っ向から対抗する馬鹿げた主張だ。下院が立ち上がるべきだ。日本政府が謝罪を拒否しているだけでなく、犠牲者を非難するゲームを弄んでいる。小泉首相の靖国参拝はナチ指導者の墓に花輪を捧げるに等しい。反省のない日本政府には非常にこころをかき乱される。日本は誇り高い世界のリーダーであり、米国の貴重な同盟国であるにもかかわらず、誠意を持って過去を説明しようとしないことに困惑する。決議は恥や偏見、暴力の脅迫で沈黙させられようとしてきた勇気ある女性達の思いを表現している。2国間紛争を取り扱っているのではない。基本的人権を取り扱っているのだ。人権問題について声を挙げることは下院の義務だ」(ラントス外交委員長 ホロコーストの生存者)
「日本政府にはもっとすべきことがある。過去の過ちを認識し、その歴史を繰り返さないために、未来の世代を教育するのに遅すぎることはない。慰安婦が耐えた恐怖を忘れないという強いメッセージが期待される。彼女たちはあまりに長く待たされた来たが、その勇気を認めるに遅すぎると云うことはない。決議案の本会議での採択をめざす」(ペロシ下院議長)
「アイム・ソーリー(ごめんなさい)と云うことがなぜ難しいのか?」(スコット民主党議員)
「性奴隷を容認するのではないが、この種の議論は生産的だろうか。日本の過去の過ちについていまの政府に何度謝罪を求めるのか」(タンクレド共和党議員)
「安倍首相が性奴隷の強制性を否定したことは、河野談話の正統性と誠実性に対する挑戦だ。米国のよき友、同盟国である日本に、人権侵害や歴史の事実を歪曲することをさせてはならない」(スミス共和党議員)
「日本の首相はだれ1人として日本政府を代表して明確な謝罪をおこなっていない。安倍首相は保守派の圧力で河野談話を否定し、反発を受けて撤回した。安倍首相の発言は筋が通っていない。日本政府がこの決議案を真剣に検討することを望む」(フォレオマバエガ民主党議員)
「ホロコーストの議論は犠牲者が声を挙げて光があたった。それまで話すことができなかったのだ。なかったことにしてはならない、世界にそれを知らせなければならないと自らの沈黙の壁を破ったのだ。従軍慰安婦達は強制収容所へ行進したユダヤ人達と変わらない。女性達はいま勇気を持って言葉を見つけ、日本軍の行為を認識させようとしているのだ。日本は自らの平成のために、歴史を前進させなければならない。そうすることによって汚点を取り除くことができる」(アッカーマン民主党議員)
「米国はおぞましい奴隷制度に長年関与してきた。我々はそれを認め制度を廃止した。ドイツは大虐殺を認め女性の性奴隷も認めた。日本の政権担当者に前例を示し彼らに同様のことをすることをい促したい」(バートン共和党議員)
「日系人を強制収容所に住まわせたのは米国政府の指示であった。これについて政府が認め補償をおこなった。人権侵害についてきれいな手を持つ国家はひとつもない。選択的に真実を語ってはならない。どの国の話であれ、真実を追究しなければならない。日本は重要な同盟国であり、誠実に過去と向き合うことで多国間関係が強化される」(ワトソン民主党議員)
「被害者の傷を癒すためだけでなく過去の真実が日本の健全な未来のための基礎になる。日本のために決議を採択しよう。良き友の間違いを糾弾するのだから、我々も自らのおこないを認めなくてはならない」(シャーマン民主党議員)
「不本意ながら決議案に反対する。性奴隷制度は擁護できないが3世代も後の人が謝罪を求められなくてはならないのか。われわれに裁判権はあるのか。当委員会はグアンタナモを検討すべきだ。戦争では市民への爆弾投下などどこでもやっている。事実戦争終結のため爆弾が市民に落とされた。これへの謝罪も議論されるべきである」(ポール共和党議員)
「勇気を持って証言した女性達のために主張したい。女性達の処遇の前例にも重要だ。世界中の人身売買が問題にされている時に、2度と起こさせないという印象で受けることができる」(ウルジー民主党議員)
「良き友の誤りを指摘するのは骨の折れることだが、日本は満足のいく謝罪をおこなったことはない。政府当局が黄海を表明すると、他の当局者が否定する。教科書で歪曲もおこなっている。戦時に日本軍が市民に集団自決を求めたことを削除しようとして沖縄の人たちが抗議をしている」(ポー共和党議員)
「我々は奴隷制を謝罪した。州知事達は罪の重荷を下ろされたと感じた。日本も重荷を下ろして自由になるべきだ」(スコット民主党議員)
「決議案は日本叩きではなく、道義的責任の問題なのです。戦場でも人権侵害を未来に起こさせないためにも、引き続き本会議での採決に向けて頑張りたい」(クマール・アムネステイ米国)
「生き残った従軍慰安婦達は涙を流して歓喜しているに違いない。慰安婦は性奴隷であり、人権侵害だと議員達が深く理解して議論してくれたことが印象深かった」(ソ・オクチャ慰安婦ワシントン連合会長)
「従軍慰安婦の女性達の証言は、過ちを繰り返してはならないと沈黙を破りホロコーストを告発したユダヤ人達と同じだ」(アッカーマン民主党議員)
「日本の国会議員の広告は非常に不愉快な内容だ」(チェイニー副大統領)
「建設的対応は日本がなにも反応しないことだ。再び反発を露わにすれば負の連鎖が起こるだろう」(米政府関係者)
「北朝鮮に対しより柔軟な路線をとろうとする人びとに、日本の拉致問題の主張は道徳的信頼性に欠けるという口実を与える。中国との関係緊密化を狙う人びとも、日本は過去を反省しないので孤立する、あまり近づくべきでないという主張の根拠を与える。米国の対アジア外交で日本は脇に追いやられるかも知れない。決議への反対派日米関係だけでなく、日本の戦略的立場をも傷つける」(グリーン戦略国際問題研日本部長)
「安倍首相はタカ派としての本性を現した。日本の国会議員の広告は、旧日本軍がおこなったことの全体像を伝えていない。今年70周年を迎える南京事件も大虐殺はなかったという立場の国会議員勉強会や映画をつくる動きがある。一連の問題は、日本と中国、韓国との問題ではなく、もはや日米問題になっている」(ニクシュ米議会調査局アジア専門官)
(韓国関係者)
「米国社会が慰安婦問題に深い関心を持っていることを示した。日本自らが問題の歴史的意味や基本的人権を考慮して行動し続けることを期待している」(外交通商省当局者)
「世界の女性人権運動史に新たなページを記した。日本政府はただちに決議を受け入れ、謝罪と補償をすべきだ」(韓国挺身隊問題対策協議会)
「歴史問題に日本は客観的に接しなければならない。自国民の拉致を強調する日本が慰安婦や沖縄の集団自決を隠蔽するのは自己矛盾だ」(栄永吉開かれたウリ党事務総長)
「あらゆる力で採択をふせぐロビー活動をするという日本政府や一部日本議員の立場に憂慮を禁じ得ない。人権と良心の声がこの地域から消えることのないよう、後世に教えるべきだ」(黄祐呂ハンナラ党事務総長)
「この決議こそ歴史の真実は歪められないということを圧倒的な票差で示した」(文化日報)
「日本は2度と残虐な行為をおこなわないと誓う意味で真実を認めなければならない」(アジア経済)
(中国関係者)
「我々は日本政府に対し、国際社会の正義の叫び声を直視し、歴史に責任ある態度を持ち、真剣かつ適切に問題を処理するよう要求する。中国の慰安婦問題での立場は一貫しており明確だ。日本軍国主義が第2次大戦中に中国を侵略した国に対して犯した重大な犯罪だ。札幌高裁が被害者賠償を認めない判決を言い渡したが、強制連行も日本軍国主義の犯罪の一つだ。日本政府が真剣かつ適切に処理するように求める」(中国外務省報道官)
「米国の慰安婦決議が日本をゆるがしている。日本政府はコメントを避けて政治問題化を避けようとしている。歴史問題は日米関係が蜜月時代から曲がりくねった道に入ろうとしている」(環球時報 28日)
(台湾関係者)
「日本は60年間我々をほったらかしにしてきた。絶対に謝罪と賠償をしてもらいたい」(台湾交流協会台北事務所前 元従軍慰安婦2名を含む10数名抗議)
(英国関係者)
「日本は従軍慰安婦での謝罪を拒否した。東京は要求を退けた。安倍首相は米議会の問題だとして決議へのコメントを拒否した」(タイムズ 28日)
(日本関係者)
「慰安婦の名誉と尊厳を回復するために、慰安婦問題が未解決であることを認め、第38回国連拷問禁止委員会韓国や米下院決議、日本兵に連行・監禁され性的暴力を受けた被害事実を確定した最高裁判決を真摯に受けとめ、日本政府は慰安婦問題の最終解決をはかる被害者との協議の場を設けるべきだ。他国に云われたからやるのではなく、人権侵害の問題をわれわれ自身でどう考えるのか、戦後日本のあり方がこのままでいいのか、日本人としてどう主体的に考えていくのか、きっかけを与えてもらったと受けとめている」(慰安婦訴訟日本人弁護師団)
「米下院外交委の決議案可決に深く感謝し歓迎する。同決議は国際世論の良識を代表するものだ。下院本会議で決議され、これ以上日本政府が被害女性の人権をネグレクトすることを許さず、重大な人権侵害を受けた生存者の尊厳が回復され、世界の人権確立のために役立たれることを希望する。そのために我々はあらゆる努力を惜しまない」(日本軍慰安婦問題行動ネットワーク)
「尾股間の安倍首相の発言をはじめ、歴史教科書での慰安婦や過去の戦争犯罪を軽視する動きに決議は懸念を表明する。未来永劫に渡って、従軍慰安婦のような悲劇を2度と起こさないために、日本政府に対し歴史事実を認め、関係者に謝罪することを求める」(全国保険医団体連合会)
「訪米の際に私の考えは述べている。申し訳ないと述べて米側の理解は得られた。それに付け加えることはない。米国に謝罪したことはまったくない。米議会が判断することでありコメントすべきではない。日米関係はかけがえのない同盟関係としてゆるがない。米議会にはたくさんの決議がされており、その中の一つに過ぎずコメントするつもりはない」(安倍首相)
「決議案は客観的事実にもとづいていない。日本軍による強制的性労働というような事実を認める立場にはない」(麻生外相)
「強制連行に軍の関与はなく、従軍慰安婦はいなかった」(下村官房副長官)
「このような事態を引きおこしたのは河野談話であり、河野談話は歴史的事実に基づいていない。徹底的な検証を求める」(自民党・民主党有志議員一同)
「決議案には多くの事実誤認がある。慰安婦の境遇には深く同情するが、当時の政府や軍が強制した事実はない。根気強く事実を官民挙げて提示するしかない」(すぎやまこういち)
「南京虐殺の事実はなかった、30万なんて云う話ではないし、3万という話でもない。なかったんですよ。大虐殺、虐殺はなかった、間違いなく。従軍慰安婦の強制連行は、不名誉なぬれぎぬだ。それを認める河野談話は取り消さなければならない」(松原仁民主党議員)
「これから北京五輪や上海万博で大勢の方々が世界中から訪れる。そこに行ったらなんと日本はひどいことをしたんだ、これだけのことをしていたのかということがまさに刷り込まれてしまう。南京大虐殺記念館が年内に拡張されて世界遺産登録の動きもあり心配だ。対応を急ぐべきだ」(渡辺周民主党議員)
「アジア女性基金による償い金や総理のお詫びの手紙は問題の全面解決につながらなかった。政府は政府と軍の責任を明確に認め、謝罪と国家保障を盛り込んだ声明を出すべきだ」(吉見義明)
「米国は慰安婦問題を重大な人権侵害とみる。対応を誤ると日米同盟のアジアへの説得力に影響する。日本の戦争責任問題をめぐる米国の議論は、91−92年と00年頃に盛り上がり、今回だ第3の波だ。背景には首相の靖国参拝を機にした」日本のナショナリズム高揚への警戒感がある。決議を推進した議員は影響力を増しているアジア系、太平洋地域の人が多く、アジア各地の人身売買問題と重なって、慰安婦が関連づけられて支持が広がった」(荒井信一)
「他国の人権侵害ばかり非難する米国の独善性に違和感を感じる。決議はアジア女性基金を民間と決めつけ、総理のお詫びの手紙に触れていない。しかし決議に示された認識は正当であり、採決を許した責任の一端は、お詫びの手紙など日本の償いを世界にアピールしてこなかった日本政府にある。米国に云われたからというのでなく、いま一歩踏み込んだ償いの表明が政府に求められる」(大沼保昭)
日本の歴史感覚の貧困が国際的に認知された戦後史上はじめてのことになりそうです。しかもそれが戦後最大の非人権的侵略帝国の指弾によるのです。改めて米国民主主義のめくるめくようなダブルスタンダードを覚えます。米国は広島・長崎への大量破壊兵器投下への自責はなく、イラク侵攻やグアンタナモ基地への幽閉など世界に冠たる人権侵害国家であることへの自覚はまったくありません。しかし決議内容に限れば彼らの対日批判は、アジア女性基金の評価を除いて基本的に正しい。米国民主主義の独善性批判によって、自らへの指弾を回避することはできませんし、真摯に受けとめなければなりません。しかしなぜ中国や韓国は第3者のような客観的コメントを出して終わっているのか不思議です。
問題はなぜ日本はドイツの対極にあって、過去の歴史的真実から目をそむけ歪曲し責任感覚を喪失した態度をとり続けているのかというところにあります。日本政府最高権力者を指弾するだけでなく、彼らを選挙で信任してきた日本市民もみずからの精神への再審が求められています。真実への背反と歪曲を許してしまう構造の基礎に何があるのか。おそらくかっての戦争の最高司令官を免罪し、その中枢にいた戦犯大臣がふたたび首相に就任できる日本的特殊性の本質が解明されなければなりません。卑近な例では、かってヤンキー先生といわれて教育批判の先頭に立った人物が、クルッと転向していまや政府与党の選挙候補者になるというような「転向」現象の蔓延が戦後日本を覆ってきました。こうした日本的現象の背後にある日本文化の集団特性を指摘して神道的世界観までさかのぼることもできるでしょうし、仏教的世界観との雑種化による説明も可能でしょう。そうした文化的説明は人為的変革の限界をもたらして諦念をすすめる格好の体制維持論におちいる危険もありますが、同時に文化変革の可能性をも誘発します。
私にできることは、表層にあって支配的な力を振るう諸現象の背後にあって隠れているアンチ・テーゼの諸力を解明し、依拠することでしかありません。よくみれば国内にあって威勢をふるう支配的専制が、これほどにアジアや世界から軽蔑され孤立を極めている時代はないでしょう。なにしろ、いままでジュニア・パートナーとして奴隷のように屈従してきた「価値観を共有する」はずの同盟国から、「君の歴史感覚はおかしいよ、人権意識はあるの?」とたしなめられて絶句しているような首相が「美しい国」を宣揚するという神秘的で妖しいありさまを呈しているのですから。今回の決議は、表層的には日本政府を名指ししていますが、ほんとうのメッセージは日本市民に向けられていると云えるでしょう。「こんな政府と首相の存在を許しておいていいのですか?」・・・・・。他ならぬあなただけからは云われたくないことでしたが・・・。私は星条旗とともにありたくはないですから。そこまで日本政府は頽廃し方向感覚を喪失して漂流しているのです。(2007/6/29
10:19)
追記)7月6日のラジオ日本での政府与党・政調会長発言概要を紹介します。
「93年に従軍慰安婦への旧日本軍の関与と強制を認め謝罪した河野洋平氏は自虐的な考え方だ。外国なんか、うそでも誇りを持って話をする。日本政府が真実と思われるものを封じ込めているのは納得できない」(中川昭一)
◆THE FACTS ・・・「美しい国」に蠢く醜い人たち
名前を記すのも汚らわしいような58名の人びとが、米紙ワシントン・ポストに従軍慰安婦の強制を否定する意見広告を掲載しました。いよいよ日本にはヤルタ・ポツダム体制を転覆して戦前型超国家主義を宣揚する勢力が、組織的にも対外的にも蠢動をはじめたようです。世界で最初に「美しい国」を叫んだのは他ならないナチス・ヒトラー政権でしたが、彼らは民族の純潔を至上とする清潔な国家を価値として、反民族的で反国家的な価値を汚らわしいゴミためとして排除し、強制収容所に叩き込んで2000万人を抹殺しました。日本でもついに「美しい国」を国家価値目標とする首相が出現し、一部の議員や知識人が雪崩を打って権力の番犬のように吠えるようになりました。いったいこのような現代日本の反動現象は何を意味するのでしょうか? 果たして犬は吠えてもキャラバンは進むのでしょうか?
意見広告の概要は以下の通りです。米下院決議案が「日本軍による若い女性への性奴隷の強を20世紀最大の人身売買事件の一つ」と指摘しているのは、「故意の歪曲であり、日本軍による強制を示す歴史資料は見つかっていない。慰安婦は性奴隷ではなく公娼であった。強制連行の事実を証明する文書はなく、慰安婦達の待遇はよいものだった。米占領軍も米兵の強姦を防ぐための慰安所の設置を要求したのではないか」として、真っ向から強制連行を否定しています。しかしこれほど不可思議な自己矛盾に陥る論理はありませんね。敗戦による戦争責任追及を回避するために、日本政府と日本軍は戦時作戦命令のすべてを焼却し、数週間に渡ってその煙は夜空を焦がしたのです。強制性を示す命令書は最優先の焼却史料でした。「見つかっていない」とは誠実に史料検索をしていないことの表明でもあります。なにしろ日本政府はイラク戦争開戦を「大量破壊兵器が見つかっていないからといって、それが存在しないという証明にはならない」(小泉前首相)と平然と言ってのけたのですから。
確かに東京国際軍事裁判法廷は従軍慰安婦問題を裁きませんでしたが、BC級戦犯ではオランダ人女性の従軍慰安婦強制を裁き、責任者を処刑しています。戦後日本政府はこれを認め抗議すらしておりません。「まったく恐るべきことです。私は怒りで身が震えます。多くの証拠があるというのに。私は強制されたのに、日本は彼らの歴史的責任を認めないのですから。私はトラックに詰め込まれ、家族から離れたところに連れて行かれ、売春宿に入れられて一日中強姦され続けたのです」(オランダ人女性ジャン・ルフ・オハーンさん 84歳 豪AAP通信15日)・・・強制を示す資料が見つからなければ当事者の証言を重視するというのが刑事裁判の第1原則です。「生存者たちの数多くの証言は、慰安婦制度が報奨も賃金もほとんど無い軍の性奴隷であったことを明確にしています」(「豪慰安婦たちの友」声明 AAP通信)。
「多くの国が一般市民のレイプをふせぐ軍隊用売春施設を設置していた。例えば1945年占領軍は米兵のレイプをふせぐ衛生的で安全な慰安所設置を日本政府に要求した」には米国市民は激怒しました。このような歴史的事実のイロハに属することを58名の人は知らないという無知をさらしています。1945年に設置された「特殊慰安施設協会(RAA)」は政府が8月18日に出した「外国軍駐屯地における慰安施設に関する内務省警保局長通牒」によって、各都道府県警察が慰安所設置をするように命令してつくられたのです。無条件降伏の3日後にこのような発想ができる日本政府の浅ましいまでの手回しの良さは、旧軍の恥部を熟知していたからに他なりません。
チュイニー副大統領は、「この広告は非常に不愉快な内容だ」として補佐チームに広告の経緯を把握するように指示しました。イラク戦を主導したこのネオコン副大統領は、主として「米占領軍の慰安所設置要求」に不快を覚えたのでしょうが、ホワイトハウス全体も日本の超国家主義の動向に不信を抱きはじめています。「美しい国」を説く日本首相は米大統領に従軍慰安婦制度を謝罪して、「強制ではなかったから、許してくれ、もう責めないでくれ」という恥ずべき言辞を弄しました。なぜ恥ずべきかというと、彼は被害の当事者であるアジアやオランダに謝罪するのではなく、当事国でない米国に土下座外交をしたのですから。これほど「みにくい国」の首相を自己暴露したことはありません。「日本は首相や外相をはじめとする不道徳な国会議員、さらに知識人までが加わり、犯罪の歴史を闇に葬ろうとするあがいている。しかし彼らがこうした行動をとればとるほど、日本国民の誇りが地に落ちるばかりだということに気づくべきだろう」(韓国・朝鮮日報 16日)と難じるまでに頽廃しています。戦後60数年を経て、「不道徳」アンモラルと日本のモラル・ハザードを非難されたことははじめてでしょう(*この意見広告に名を連ねた44名のうち参議院議員はわずかに2名です。迫りつつある参院選挙に向けてあまりにも恥ずかしい意識があったのでしょう)。
歴史的史料の不在を理由とする歴史的事実の否定と回避は、歴史学では成立せず許されません。文字史料、証言を含むあらゆる事実の解明によって歴史的事実は同定され、介入は許されず、責任者は裁かれ、だからこそ歴史は前方に向かって進むことができるのです。私たちが友人や仲間との諍いを調停し、人間関係を回復していく過程も同じなのです。
「美しい国」グループは、過去の事実を否定して免罪するという大罪を犯した上で、虚飾の美を人工的に作りあげることをめざしているかのようです。惨憺たる沖縄戦の最中に、自死せざるを得なかったした沖縄住民に向かって、「軍の命令はない、おまえたちが勝手に自決したんだ」と教科書を書き換えよと命令する文科省の発想と酷似しています。「美しい国」とは虚栄と虚飾、偽善に包まれた妖しい美です。なにか気味が悪くなるような感じです。私の母は戦争末期に栄養失調で、3歳の私を残してこの世を去りましたが、それをしも「美しい」自死だとするならば、いったいあの戦争はなんだったのでしょうか。
さて問題はなぜこのようなみにくく惨めな状態が日本を覆うようになったのかということです。それが実は最も解明しなければならないことです。こうした醜い姿への反発と拒否感はヘタをすると、1930年代のように強力な指導者による一刀両断、天を裂くような力によって解決するしかないという全体主義のへの誘惑をもたらすからです。
先日京都の美術館を訪ねて街を歩いたところ、街の公園で子どもたちがブランコに乗ってはしゃいでいました。彼らのまなざしは真剣で身体全体を駆使して大空に舞っていました。私の住む名古屋の街中にある公園ブランコに興じる子どもたちの楽しい歓声が響かなくなってから久しいことに私は気づかされてギョッとしました。そうなんだ、名古屋では公園で子どもたちだけで遊ぶのはとても危険なことなのだ。いつのまにか失われているごく普通の光景を思い出して、私は慄然となりました。京都ではまだそれが生きていたのです。この背後には何があるのでしょうか。いまイジメは戦後第3のピークにあるそうです。第1のピーク(1985−87年頃 鹿川裕史君事件など)はまだ人権の視点が充分でなく、第2のピーク(1994−96年頃 大河内清輝君事件など)ではSOSをキャッチしてイジメを追放しようという声が強まりましたが、現在の第3のピークは「イジメは恥ずかしいことだ」として加害者を非人間的行為から脱出させる努力よりも、被害者へのカウンセリングが重視されるようになっているそうです。弱肉強食の格差社会が常態化して、いじめられる側にこそ問題があり、それはむしろ自己責任だとするそうです。文科省もイジメ半減や不登校ゼロ運動など数値目標を掲げて、学校を競争させる成果主義でひとり一人の子どもを尊厳ある人間としてみるよりも、データの対象と見なしています。ピュアーな子どもたちも、自己責任を正しいと信じて、仲間や友情など嘘っぽいとしてしだいに自信を失い、自分がダメになる前に誰かを犠牲にするという地獄のような生活におちいっています。いま小学校の低学年は始業式の翌日からおしゃべりと喧嘩がやまず、叱責を追づける教師たちは自分が教師として壊れてしまうのではないかと不安になっています。子どもたちはいらだち、こころを閉ざし、不安を抱えてなにかに怯えながら毎日を過ごしています。先日の京都の地下鉄で、奇声をあげる障害者の物まねをして喜んでいる中学生たちが我が物顔で座席を占拠していました。頭に来た私でしたが、わたしは何も言えず次の駅で下車してしまいました。教師たちは成果主義の競争のなかで、職員室には陰湿な空気が流れ、教室に行けば子どもの嬌声をあびて、呆然とたたずんでしまいます。おそらく日本の学校制度が始まってから、最悪の深刻な不信感が学校を覆っているような気がします(尾木直樹『いじめ問題とどう向き合うか』岩波ブックレット参照)。
最近モンスター親という学校に対して平気で無理難題を強要する親が増えているという。あの子と同じクラスは嫌だからクラス再編成をせよ、採点間違いをした教師を転勤させよ・・・・その他かっては自らの子の不利を思んばかっていた時代と較べると雲泥の差です。学校と教師が上下関係で教師の権威にひれ伏した頃と較べると、親の学校参加が進んだ現代の一部に生まれた頽廃現象なのでしょうか。どうもそればかりとは云えないようです。学校参加や外部評価の負の側面として、地域有力者と親に対する教師の媚びへつらいが生まれ、企業の競争原理を生きぬく親たちが「わが子」の生存を優先させて、要求を歯止め無く突きつける行為が誘発されているような気がします。特にこの傾向は東京都の公立中学校に激しい。東京都の公立中学では全都学テによって学校平均が公表され、学区制廃止によって希望者が殺到する学校とそうでない学校がくっきりと選別され、職員室は教師の個人評価競争で教育に不可欠の協力のシステムが崩壊している。みずからの人生の将来がすでに小学校時代に決定されるというシステムのもとで、学校相互に弱肉強食が生まれ、教師は生きがいをなくし子どもは相互に蹴落としあう。東京都の公立学校の編成原理は、友愛に基づく励まし合いではなく、競争に基づく不信の原理に転落しています。こうした不信の蔓延のなかで親の一部がモンスターと化しているのです。モンスターとは巨大で奇怪な魔物を意味しますが、モンスター親を退治してもその根元の原因に迫らない限り、無限に再生産されます。じつはほんとうのモンスターは陰に隠れて秘やかに冷笑しています。いったいほんとうのモンスターとはなんでしょうか。
なぜ自殺してはいけないのか、なぜ人を殺してはならないのか、なぜ人を信頼しなければならないのか、なぜ平和は尊いのか・・・・かっては問うこと自体がおかしいことであった人間の初歩的な問題をまじめに問い直さなければならないという奇妙で不可思議な状態におちいっています。それこそモンスターのもたらしたものです。
一生懸命に働いても貧困線以下を生きるワーキング・プアが400万世帯を超え、年に3万人を超える世界最高の自殺大国と化した日本がのたうちまわっています。これが世界第2位の経済大国です。最低賃金は全国平均で時給673円で、月額11万5千円の生活保護を下回っています。日本の働いている人のおよそ半数が生活保護水準以下です。そしてその多くはパートや派遣の3分の1をしめる若者たちです。コンビニの仕事は月収6万円でアパートを出ざるを得ず、一度住む場所を失うと敷金・礼金を払う蓄えはなく、1泊1400円のネットカフェ生活が始まり、売れ残りの廃棄用弁当を食べ、しのぎやすい夜は公園のベンチで寝ます。総務省労働力調査では、非正規労働者1726万人(33,7%)、正社員は3393万人で、15−24歳の非正規労働者の割合は48,1%です。日本歴史の上で、これほど若者が痛めつけられて希望と自信を失って追いつめられた時代はありません。試用期間6ヶ月の解雇自由という法案をフランスの若者たちは、全国的な抗議行動で葬り去りましたが、日本の若者からは青年らしい反抗や客気が失われ、自信のない暗い顔をしてカラスルックで街を歩いています。この恐るべき非対称性・・・! 私が最近ギョッとすることは、まわりで軽やかな笑い声が聞こえると何か不快になるのです。些細なことに大声で文句をつける自分がいます。わたし自身もどこかおかしくなっているのでしょう。
藤原紀香と陣内智則の5億円を超える豪華結婚式披露宴のTV中継の視聴率が、関西で49,2%、関東で32,7%と驚異的な数字を記録した。私はTVは、野球とボクシング、ニュースしか見ないので全く関心がないばかりか、たまに写るバラエテイ番組のアホさに反吐が出るので藤原ナントカに全く興味はありませんが、この視聴率をはじき出しているのはおそらく疲れ切った青年労働者市民たちでしょう。厚労省統計では、20歳未満女性の80%、20歳前半女性の60%ができちゃった婚です。芸能界を含むできちゃった婚の激増は不安の逆表現であって、恋愛と結婚の自由の実現ではありません。経済的、精神的不安を抱えて自立に到る前の若者の婚姻は、おそらくその後の離婚率の上昇とDV・児童虐待をもたらしています。
ほんとうのモンスターとはなんでしょうか? 人間がサルから進化して人間になった時に、人間になった一部のサルは何をしたのでしょうか? それは思い切って樹上生活から飛び降りて地上を歩く勇気をもったサルたちでした。そのサルたちは協同で働きはじめ、直立歩行して前の二本足を手に進化させ、協同で採集・栽培し協同で防衛をし、近親婚を排除して種の進化を維持しました。人間の本質は、直立歩行による協同にあったのです。栽培から生産を発展させて、交換のための経済をつくりだした時に、まだ人間は交換の手段に過ぎないカネの奴隷ではありませんでした。驚いたことにいまや逆転しカネが至高な存在として地球を支配し、カネによって人間の価値が決められるようになりました。カネは次第に発展してブランド価値や社会的地位や権力という財産となり、人間の本質であった協同が失われていきました。現代ではカネを媒介とする財市場が至高の価値となり、人間自身が市場原理で動くようになりました。優勝劣敗の生存競争の動物的な原理に弄ばれれば、人間はついに動物に転落するのです。しかし実は動物は同じ種のなかでの競争原理はなく、イジメや虐待もありません。実は人間は動物以下の存在に頽廃していくのです。つまりほんとうのモンスターとは、巨大で奇怪な市場原理のことです。これが幻想であることに気づかないでいれば、はてどもない無間地獄へキリモミ状態となって堕ちていきます。
モンスターはチャンスの平等を強調し、結果の自己責任を吹聴しますが、これこそ実はモンスターのモンスターたるゆえんです。人を蹴落とさなくても実現できる、或いは協調のなかで互いの激励的競争が起こるのが人間の本質です。モンスターの麻薬は「自由」であり、ドリームですが、それは他者を蹴落とし傷つけるなかでしか実現しないものであることは、アメリカン・ドリームの惨めな実相が示しています。いまこのモンスターは地球で猛威をふるっているように見えますが、しかし人間の本質である協同は、人間である限り消失することはありません。損壊された協同の原理は、傷が深ければ深いほど前に倍する強力な力を手にして、モンスターの前に立ちはだかり、自己の恢復をめざします。さもなければ人間そのものがこの世から消滅するのですから。人間の歴史は、モンスターによって一時的に攪乱されましたが、もはやモンスターそのものが破壊されて2度と姿を現さない時がくるでしょう。(2007/6/24
11:09)
◆ものぐさ精神分析の無残
岸田秀なる心理学者のフロイトを歪曲した内的自己と外的自己なるフレームワークを駆使した深層心理的な社会分析に幻惑されて、さも現代日本の社会現象の規定的な論理を析出したかの錯覚に溺れて、リアルな分析から逃れて自己慰安に耽る傾向がある。日本歴史は、外国を崇拝する卑屈な外的自己と外国を憎悪・軽蔑する妄想的な内的自己の葛藤、交代、妥協の歴史として説明可能だという,それこそ誇大妄想的な二分法または2項対立の手法に幻惑されて自らの真摯な思考を放棄する傾向がある(加藤典洋、内田樹など。前者は戦争責任論の歪みをつく議論を展開して最近はあやふやな護憲論に回帰したが自己の主張の理論責任は言及しない)。
戦後日本は内的自己を抑圧し、外的自己で対米関係を維持し、かっての戦争を軍国主義の狂気に騙されていたと自己弁護した。9条は押しつけではなく国民自身の希求であり、日米同盟のもとでの経済大国の道を歩んだ。しかし米軍基地の存在、外交政策、経済・金融・貿易など米国に隷属するなかでじつは内的自己は傷つき疼いている。時々反政府側の反米運動や米・牛肉自由化ではけ口として反米的しぐさが出るが大勢には影響ない。しかし安倍改憲は内的自己に応える自主憲法制定という卑劣で卑屈な二重の隷属の発想におちいっている。改憲自体が米国の要請を受け、米軍の最前線で消耗品として使われるに過ぎないさらなる押しつけ憲法なのだ。ここまではかれの内外自己論はうまく現状を説明し、鋭く本質を突いているかのようにみえるが、次からが悲惨だ。
「現状では日本は米国に隷属していく他はない。それを前提に最善の国益を考えるべきだ。いつかは代わるのだから辛抱強く臥薪嘗胆の日を送れ。隷属をごまかしている方がより屈辱的な隷属を永続させるのだ」・・・・! 驚くべき現状肯定と降伏のススメです。心理学の方法論は現状説明の段階までは一定の有効性を持つが、現状の廃棄と克服については無力である。要するに心理学的手法ですべてを切るために、現状の基礎に流れて目に見えない時の可能性についての分析手法を持たないからだ。政治・経済・社会の総合理論なしに心理的タームだけで時代を分析する限界に彼は謙虚さがない。
第1に沖縄をはじめとする在日米軍基地の被害者に彼は自分の言葉を語れないだろう。分かっていてそうならば、あまりの脳天気さを冷笑せざるをえない。痛みへの想像力がない。
第2にアジアの外的自己を一切無視している点だ。外的自己は米国に対する屈従と同時に、アジアに対する優越の意識を内包している。彼はこうした日本の外的自己の複雑な問題構造を捨象している。それは最近の靖国派議員の中国戦争記念館の嘘展示摘発運動に表れていると同時に、原水爆投下責任を問わない態度に表れている。これほど日本が米国の属国として世界から軽蔑・無視されながら、なお屈辱的属国の道を歩めという彼のニヒリズムは目を覆わしめるものがある。
第3に日米同盟の歴史的限界を告げるアジアの激動を彼は分析できない。中国、アセアンを中核とする対米自立をめざした東アジア経済圏構想はもはや歴史の不可逆的進行になっていることに彼は気づかない。ドル支配の崩壊の最後まで日本は米国に屈従せよというのだろうか。全体として岸田理論は何を説明するにせよ、現状肯定による諦念を奨励するインフィリオリテイ・コンプレックスに満ちているといえよう。なぜ彼がこれほどまでに歪んだ劣等感の虜になっているのかにこそ興味がある。「ものぐさ」はみずからの無責任に気づかない。朝日新聞6月14日朝刊参照。(2007/6/14
16:37)
◆ああ自衛隊よ! あなた方はついに国民に銃を向けるのか!
いよいよ日本は軍事独裁国家への一歩を踏み出しているのでしょうか? わたしは70年代の韓国軍事独裁政権時代に市民に対してなされた監視や拉致、拷問の実態に身震いしました。それは私の学生時代の知人であった徐勝君(現 立命大教員)がソウル大学留学時代に反政府活動で逮捕され、激しい拷問に耐えかねて、灯油を浴びて焼身自殺を図った顔写真が新聞に発表されて驚愕したことを思い出すからです。一国の軍隊が国民を監視し、政府批判活動のメンバーをチャックするということは、軍事独裁かファッシズム国家に特有な現象であって、このような野蛮な行為は民主主義が未成熟な途上国に特有なものであって、この日本ではありえないはずだというある種の安心感を持っていました。だからこそ実名で自由に自分の気持ちや考えを表現するこのホームページを運営したきたのです。しかし私の観測がいかに甘い幻想であったかということがはしなくも証明されました。憲法論争はおいても、市民の安全を防衛する自衛組織であるはずの自衛隊が、かっての旧帝国軍隊のような軍事警察(憲兵)組織をはりめぐらし、日常的に市民活動を「反自衛隊活動」として動静をひそかにスパイする情報収集活動をおこなっていたのです。昨日の記者会見で発表された内部文書の概要は次のようなものです。
自衛隊情報保全隊が03年から04年にかけて、41都道府県289の団体や個人の行動と発言を緻密に調査して、計11部、A4版166頁に及ぶ文書つくっていました。私が日頃から評価している映画監督の山田洋次氏もリストに載り、メデイアや高校生グループにまでも及ぶ個人名入りのリストです。その監視分野は、医療費負担見直し運動、年金改悪反対運動、消費税増税反対運動から国民春闘、展覧会、自衛隊イラク派遣反対運動などその時々の最も注目された市民運動をほぼ網羅しています。市民団体は公安用語の略号で整理されて、発生年月日・関係団体・関係者・内容・勢力・行動形態・時間と場所・動員数などが詳細に記されています。集会や街頭の行動は写真が貼付されています。特にイスラム系団体が特別に設けられている点が注目されます。略号は次のようになっています。
P:日本共産党とその系統の運動
S:社会民主党とその系統の運動
GL:民主党・連合とその系統の運動
CV:それ以外の市民運動
NL:新左翼などの運動
ここにはもはや日本国憲法に規定されている集会・結社・言論・出版などの表現の自由(21条)や、個人の幸福追求権・生命と財産権(13条)などは実態として無意味になっています。青森県保健生協のみなさん、あなたがたの医療費負担見直し請求運動は反自衛隊活動としてすべて監視されています。小林多喜二の文学展示会に参加した皆さん、あなた方は反政府分子としてブラックリストに載っています。日本全国でくまなく、自衛隊情報保全隊員が集会参加者の写真撮影と居住先や身元確認をおこない、学生の場合は大学構内に立ち入って情報収集をしていると記されています。
さて日本国内で犯罪行為への強制捜査権を持つのは警察のみですが、その警察の写真撮影は「警察官が正当な理由なく個人の容貌を撮影するのは憲法13条の趣旨に反して許されない。個別具体的な犯罪行為が明確な場合を除いて違法である」(最高裁判決 1969年)とされているのですから、強制捜査権を持たない自衛隊がこのような監視活動をすることは明確な犯罪要件を構成します。情報保全隊の存在自体が「自衛隊の部隊・機関・施設の情報保全に必要な資料と情報収集」(陸上自衛隊情報保全隊訓令第3条)と規定され、「民間人を情報収集対象とするのはあらかじめ防衛秘密を取り扱う指定された関係者のみ」(防衛庁長官)と厳密に制限されています。自衛隊とそのすべてのメンバーは、市民に対する強制捜査権、監視権、調査権をいっさい持たないという誓約の上で防衛活動を展開している組織なのです。そのような誓約を無視し、調査・監視活動という治安警察活動をおこなっているのであれば、それは非合法活動であり自衛隊の存在自体の根拠が失われます。
全国で非合法の情報収集活動をおこなっている約900人に上る調査隊員の皆さんとすべての自衛隊員に是非ともきいていただきたいことがあります。みなさんは日本を愛し、日本の市民の生命と安全を外敵から防衛する崇高な業務に従事するために、自ら進んで志願されました。私は命を賭けて祖国の防衛に献身することを決意した皆さんの誠意を疑うものではありません。ところがその任務が外敵からの防衛ではなく、自分の家族や友人や市民の監視する業務であったならば、自分が自衛隊に参加した自らの初心を傷つけるものではありませんか? 軍事活動のプロフェッショナルであるあなた方は、自分の命を賭ける作戦と業務にふさわしいかどうかつねに心に問いかけているはずです。自らの手で、同じ市民を調査して監視する活動はほんらいは外敵にのみ向けられるべきものです。もし市民監視活動を命令に対する純粋な服従義務と考えている隊員がいれば、ぜひともニュールンベルグ裁判の判理をひもといてください。人道と法理に反する上官の命令に服従してはならないと記してあります。こうした命令が累積すれば、監視調査の違法に留まらず、ついには市民に対する発砲命令と殺害にいたることは戦前の憲兵システムで明らかです。あなたがたがほんとうに調査・監視すべきは、憲法と自衛隊設置法に背いて、ファッシズム国家へのみちを歩んでいる命令者ではないでしょうか。
今回の自衛隊の市民監視活動がどのような帰着をたどるかは、日本の民主主義のレベルを決定するだろうと思います。もしこの活動に関する防衛相の責任が追及されなければ、今後あらゆるレベルにおける市民の監視活動が常態化し、さらにはおそらく地獄のような相互監視システムが構築されていくでしょう。改憲によって自衛隊を防衛軍という正規軍に再構築し、軍事法廷という特別裁判所の設置に到れば、ついにして21世紀の日本の軍事ファッシズムは完成に至ります。いまやソフトな情報で武装した軍人たちが地上を闊歩する情景は決して遠い未来のことではありません。これこそが「美しい国」の帰結なのです。(2007/6/7
15:07)
追記)公安調査庁は学者や弁護士の研究集会をも内偵している。青年法律家協会弁護士学者合同部会は、6月23,24日に新潟県佐渡市内のホテルで総会を開き、憲法9条や司法改革について議論を交わした。参加者約60名が一泊した。公安調査庁新潟公安調査事務所は、このホテルに対し宿泊者名簿の提出を要求した。ホテル側は仲介した旅行業者を通して青法協に了解を求めてきてこの事態が発覚した。もはや戦前の治安維持法下の秘密警察活動が非合法にくり広げられている。公務員特権乱用罪に該当する犯罪的行為が野放しになっているのだろうか。(2007/7/5
15:15)
再追記)陸上自衛隊「情報科」新設検討開始(「産経」07/01/22)
防衛省発足に伴って自衛隊の海外活動が本来任務化されたのを受けて、インテリジェンス機能強化のために情報収集・分析を遂行する「情報科」新設の検討が始まった。従来の普通科((歩兵)・施設科(工兵)の2編成が3科に再編成される。
海外派遣の隊員安全確保の人的情報(ヒューミント)の収集に向けて、具体的には中国・北朝鮮による弾道ミサイル発射や部隊配置情況の把握、偵察衛星・偵察機画像情報分析、アジア・中東・アフリカ地域の言語使い手を養成する。すでに航空自衛隊は北海道中心のレーダーサイトによる電子情報・通信情報収集活動、海上自衛隊は米銀艦船との情報活動を遂行する情報職種がある。
(コメント)戦前の旧軍では情報将校が謀略活動に従事し、軍事警察である憲兵が軍内外を問わず治安情報活動をおこない、シヴィリアン・コントロールから無規律に暴走し、軍部独走による軍事ファッシズムのシステムを構築した。情報科は明らかにその復活につながるだろう。(2007/7/6
8:42)
◆はじめて油絵を発表した日に・・・・・
この4月から洋画を習い始めた
たった2ヶ月過ぎたところで作品展があるという
みんな1人2点展示するそうだ
若いときの私であれば羞恥に打ちのめされて差しださなかっただろう
でもいつかこころはすり減って、いそいそと私は準備を始めた
私は生まれて初めて絵を他者のまなざしにさらした
1枚は凝視する難民の少女の顔、もう一枚は子をいだく難民の母親
拙劣で暗い絵は異臭を放って澱んでいるかのようだ
ギャラリーには技巧を凝らした美しい絵の群れが辺りを圧し
あたかも美の女神が降臨したかのようにまばゆく輝いている
はるかに魅入られる山並みや光を集めて放つ静物、物憂げな裸婦たち
指導者の絵はエッフェルの聳える憂愁のパリを描いて君臨している
私はみずからの拙い技を思い知らされて頭を垂れた
今朝の新聞には5月のイラク市民の死者が1951人であること、
ファルージャ近郊の駐留米軍戦車の発砲で子ども3人が死んだ、
イスラエル空軍がガザ北部で鉄くずを拾っていた少年2人を殺害したと伝えている
南の島の梅雨入りが宣言された朝に、薄雲が流れて街はもう初夏の陽が降りそそいでいる
我らの芸術は飢えて死んでいく人にとっての料理の本であってはならないーといったのは誰であったか
キャンバスのなかから難民キャンプの少女がジッと私を見つめていた
*この4月から朝日カルチャーセンターの洋画教室に通い始め、6月3日から10日まで教室の作品展を開催しています。もしお暇があれば、名古屋市榮・丸栄スカイル10階ギャラリーにお越しいただければ幸いです。ご高覧の上、ご高評をお願い申し上げます。(2007/6/3
8:21)
◆異常な日本の異様な姿・・・私は見た!
わたしは一瞬絶句して声を失いました。沖縄新基地建設調査に反対する市民の船に海上自衛隊の軍艦が派遣されて威圧行動を展開しました。珊瑚の海に深々と刺しこまれた機器の姿も痛ましいものでしたが、5700dの掃海母艦「ぶんご」が市民のボートを威圧している姿はこの世のものとも思われませんでした。戦後の自衛隊創設以来、市民に対して武力的威圧をおこなったおそらく最初の歴史的事実ではないでしょうか。この軍艦を操縦した艦長や乗組員は、どのような気持ちで銃口を市民に向けたのでしょうか。彼らは自分が守るべき任務を逸脱した行為に戦慄しなかったのでしょうか。わたしはこのニュースを見て反射的に小林多喜二の『蟹工船』を想い起こしました。北方の苛酷な労働に抗議した労働者が、はるかに軍艦を見た時に帝国海軍が助けに来てくれたと歓声を挙げ、最後には裏切られたことを知るシーンは圧巻でした。「銃剣を突きつけて国家が威圧するとは」(沖縄県知事)という声は、沖縄がまさに現代の『蟹工船』であることを語っています。
ところが驚いたことに日本の首相は、「海上自衛隊の潜水能力などを活用したもので、国の資源を有効活用した」(5月22日 参院外交防衛委)などと答えています。この首相は、銃口を市民に向ける軍隊の行動を「資源の有効利用」とみなす異常で異様な発想をごく自然なものと思っているようです。今回の事実は、日本政府と自衛隊が米軍再編のために日本の市民を威嚇する植民地政府・軍であることをはしなくも示しています。これが彼のいう「美しい国」の醜い実相なんだということを日本の市民は否応なく知らされたのです。
さてサルコジ仏新大統領の就任式典の最後の行事は、パリ市ブローニュの森にあるレジスタンス闘士記念碑への訪問で終わりました。第2次大戦の1941年10月に、35人のレジスタンス兵士がナチスに銃殺され、その中にはギー・モケという17歳の少年共産党員もいました。1940年6月にフランスを占領したナチス・ドイツは、41年10月に将校暗殺の報復として、ヴィシー政権に50人の生け贄を要求し、同政権は仏共産党員50人を処刑者に選び、10月22日に銃殺されました。その最年少が17歳のギー・モケであり、シャトーブリアン収容所から選ばれた27人の1人でした。彼の父は共産党国会議員であり、彼はパリのリセの生徒だった時に仏共産主義青年同盟に加入し、40年10月にパリ占領に反対するビラを駅頭でまいて逮捕され、41年5月に無罪の釈放令が出ましたが、ドイツ軍は釈放を拒否して収容所に入れました。同収容所での銃殺では、27人全員が目隠しを拒否し「フランス万歳」と叫びながら死んでいきました。少年が銃殺の直前に家族にあてた手紙が女子高校生によって朗読され、「僕は間もなく死ぬ。後悔はしていない。ママ、勇気を出して。僕はいまぼく以前に生きてきた人たちとおなじように勇気を出したいと思っています。もちろん生きることができたらと願っています。でも心から切実に思うのは、ぼくの死が何かに役に立つということです。お父さん、お母さんにもでしたけど、心配をかけました。最後になりますがありがとうといいたい。父さんがつけてくれた道を歩むためにぼくが最善を尽くしたと知って欲しい。ぼくの大好きな仲間たちや弟。みんな、さようなら。17歳と半年!短い人生だったけど、なにも悔やむものはありません。あなたたちと別れることをのぞけば・・・・・」。この処刑後にドイツ軍はさらに50人の銃殺を宣言しましたが、ドゴールは「敵はわれわれの殉教者を銃殺することによって恐怖を与えようとしているが、フランスは敵を恐れていないことを示すだろう」とラジオで訴え、10月29日にヒトラーは銃殺を断念しました(アラゴン『愛と死の肖像』青木文庫)。この朗読を聞いたサルコジ氏はそっと涙をぬぐいました。朗読が終わってマイクの前に立った彼は、「大統領としての最初の決定として、新しい教育相にギー・モケの『最後の手紙』を学年はじめに全国の高校生に読み聞かせることを指示する」と宣言しました。
私はサルコジ氏の新自由主義を推進する保守思想には批判的ですし、選挙中からジャン・ジョレス(第1次大戦に反対して殺害された)やレオン・ブルム(30年代の人民戦線内閣首相)などを称讃するパフォーマンスに疑問を覚えていました。大統領特権で全国の高校にある教材を強制するのは介入主義だとも思いますが、しかしフランスと日本の歴史感覚の違いには粛然とします。反戦や抵抗の歴史がいまも深く刻まれて民族の貴い遺産として継承されているフランス近現代史の重さを感じます。ひるがえってこの日本の首相は、侵略戦争を指導した最高責任者を慰霊する宗教施設に供物を捧げて恥じません。しかもその行為の意味を聞かれて、行為の事実すら明らかにしません。ほんとうに残念なことですが、「聞けわだつみの声」は強制されて死を選ばざるを得なかった日本の若者の悲劇の手紙です。逆に日本で戦争に反対し抵抗して迫害を受けた人びとは、なんの名誉回復もなく幽界をさまよっています。戦争中に痛ましい犠牲となった生き残り外国人が日本に来て訴えても、冷ややかに追い返しています。ほんとうに「美しい」のはどちらでしょうか。おそらくこのめくるめくような歴史感覚の非対称性がこのままに放置されれば、しだいに取り返しがつかないスパイラルの地獄をもたらし、この世は阿鼻叫喚に包まれるでしょう。海上自衛隊の軍艦が市民に銃口を向けたことは、ハッキリと地獄への転換点を刻んだのではないでしょうか。
政府規制改革会議のワーキンググループは「労働者の権利を強くすれば労働者が保護されるというのは神話であり間違っている。解雇を規制することは労働者の品位を貶めるものであり、最低賃金制は失業を誘発するから廃止すべきである。女性保護は副作用を生む」等とする中間報告を出しています。ここまであけすけに資本の主張を公言したのは戦後の政府行政史上おそらくはじめてでしょう。労働基本権と女性の保護を全面否定する19世紀的な野蛮な原生的労働関係に回帰せよと主張しています。野麦峠のハードな野蛮さに代えて「品位」などというソフトな表現にしていますが、本質的には同じことです。
今年の3月に82ヵ国が署名した国連障害者の権利条約に日本政府は署名を拒否しました。日本企業の障害者雇用率は1,52%でしかなく、法定雇用率1,85を達成した企業は4割に過ぎません。日本は20世紀が達成した「人間らしく生きる権利」を次々と剥奪し、醜悪な動物的生存競争の地獄へのみちをひた走る「美しい国」となっています。その結果は05年の自殺死亡率(10万人あたり)25,5人に達し、05年自殺者3万2552人(8年連続3万人越え)という世界第2位の自殺大国に成長しました(1位はロシア38,7人)。同じ市場原理主義を追求する米国10,4人、英国7,5人に較べて異常に高率となっています。これが日本の首相が宣揚する「美しい国」の実相に他なりません(2007/5/23
8:54)
補足)沖縄米軍新基地海上自衛隊軍艦出動の法的根拠(5月24日 衆院安全保障委員会質疑)
今次出動は、国家行政組織法「官公庁間協力」において、「事務の公共性」「手段などの非代替性」「緊急性」を要件とする防衛省設置法第4条第19号・防衛施設庁所掌事務により、防衛庁設置法第5条は「自衛隊の行動及び権限などは自衛隊法の定めるところによる」とあるが、今次出動の自衛隊法上の根拠はない。自衛隊法には掃海母艦派遣の明示的な規定はないからだ。現地民間調査業者や那覇防衛施設局からの自衛官派遣要請はなく、防衛施設庁長官が直接海上自衛隊へ要請した。今回の事態は、「会場警備に一義的に責任を負う」「万一に備え救助体制を整えている」海上保安庁で十分に対応可能であった。自衛隊が出動しない限り調査ができない実態はなかったのだ。従って「非代替性」「緊急性」という要件は満たされていない。今回の出動は、自衛隊法、防衛庁設置法、国家行政組織法のいずれにも根拠はない違法出動であり、非暴力の抗議行動に自衛隊の海上警備活動を行使した。「海上の治安状況がよっぽど悪化した場合には法律上できないことはない」(防衛相)という市民に対する自衛隊の武力行使を示唆している。(2007/5/25
8:25追加)
◆刑務所までが! 果てしない公共ビジネスの民営化!
いま大手警備会社が経営するPFIによる民間刑務所が開設されています。高く暗いコンクリ塀ではなく金属フェンス、鉄格子の代わりに強化ガラスなど明るい施設で、真新しい独房の個室にはベッドとテレビがセットされて快適なようですが、受刑者は上着にICタグを縫い込まれて動きは24時間監視されています。職員は公務員である刑務官と民間が半々であり、定員ははじめて刑務所に収容された男女500人だそうだ。更正の期待が大きい初犯は、実社会に近い開放的な環境で復帰に備えるのだという。
刑務所は裁判によって身体の拘束を伴う懲役や禁固刑が確定した人を収容する施設であり、会社が請け負う刑務所は「社会復帰促進センター」と呼ばれています。一般刑務所の被収容者の1日はだいたい次のように過ぎていきます。
6:40 起床
点検・朝食
工場(懲役作業、運動)
16:30 舎房に戻る
点検・夕食
自由時間
19:00 TV視聴可(大半は録画放送)
ニュースはTV時間外にラジオで流れる
21:00 就寝
これらの行動のなかで、刑罰権の行使に関わる業務を刑務官が担当し、その他の施設の維持や管理、食事の提供などを社会復帰サポート株式会社が担当し、武器と手錠などの特殊物品を除いた設備・備品のほとんどは民間事業者所有となっています。刑務所の民間委託が進んでいるのは、アメリカ、イギリスに次いで日本であり、これらの国は新自由主義的な市場原理政策を採用している国々です(米英は完全民営化されていますが、日本は一部です)。
2006年(平成18年)の構造改革特区法施行令改正によって、特区指定地域のPFI刑務所設置が可能となりました。刑務所民間委託の狙いは、過剰収容状態での刑務官数不足をカバーすることにありますが、国家が人心の自由を奪った受刑者の労働力の管理と生産された製品を民間会社が利潤の対象にすることとなります。こうして政府は民間資金を利用して刑務所を建設し、管理運営を民間人に委ねて人件費を削減することができます。
すでに日本の刑務所では、外部の民間業者の製品をつくる「提供作業」という名の懲役作業がおこなわれ、その製品が一般市場で売却されていることをILO条約違反(受刑者の強制労働の禁止、公的機関の管理下での実施、労基法上の権利保障)とするアメリカ議会での指摘が出されています。PFI刑務所では、民間人が囚人に作業を指示し、製品の売却利益から収益を上げることになっています。米英の民間刑務所の事業収入は政府からの委託金のみなのですが、日本では囚人労働による搾取と収奪がおこなわれるのです。これは「資本と賃労働」の賃労働を奪った奴隷労働と実質的には同じです。PFI事業者は刑務所労働を利用した最大限利潤を追求するために、おそらく矯正教育やカウンセリングなどの時間を極端に縮めるでしょう。日弁連はすでにPFI刑務所の問題点について提言をおこなっていますが、私は問題の本質はもっと深く人間の尊厳に関する審判にあると思います。
PFI刑務所については、犯罪者に快適な生活を提供して被害者の気持ちを逆なでするものだとする野蛮な批判がありますが、これらの意見は人格と犯罪を切り離す現代刑法と監獄法を理解しない封建的発想として無視できるでしょう。しかし問題は、国家のみが有する刑罰執行権という高度の公共的行為を利潤を追求する民間企業に委ね、民間人が特定の受刑者にアレコレと指示することは近代社会契約の本質的な内容を逸脱しています。もし私が受刑者であれば、主権者の受託を受けた刑務官の指示には従うでしょうが、同じ私人として対等な関係にある民間人の一方的な指示に服することは許さないでしょう。私は現代の合法的な奴隷労働を拒否するでしょう。そうではなく対等な賃労働契約であるとするならば、それはもはや刑務所ではありません。こうしてPFI刑務所は絶対にあってはならない公共分野を市場に譲り渡した犯罪として位置づけられます。各自治体は固定資産税と地域雇用を求めてPFI刑務所の誘致に必死になっています。
駐車違反を民間人が取り締まり始めてから、日本では公共と市場の関係が崩れてしまいました。私の住む名古屋市では、名古屋市市民会館を命名権販売としてある民間企業の名称にするのだそうですが、市民財産である建築物の名前を一私企業が取得することは公共財産の私有化以外の何ものでもありません。民営化の最たるものは、米政府がイラクで展開している米軍との民間契約軍事会社(PMC)による軍事業務のアウトソーシングです。もはや米兵の死者数に匹敵するPMCの死者が誘発されている実態は、イラク戦争の内実がヤクザと結託した戦争ビジネスに他ならないことを示しています。日本の航空自衛隊は米軍支援の名の下に殺し屋を支援しているのです。いったい「公共」とは何だろうか? ほんとうに問い直して再定義しないと日本ははてしない市場の泥沼にはまりこんで、取り返しの付かない事態に陥るでしょう。(2007/5/19
17:12)
◆高みから嘲笑うウルトラ・ナショナリズムは世界から孤立している
朝日新聞の全国学力調査についての世論調査(5月12日)をみると、「必要だ」57%が「不必要」25%を圧倒しています。今の義務教育へ「満足している」はわずか12%であり、74%が「不満だ」と答え、その不満の第1位は「教員の能力」だとし、教育再生会議の最大の課題は「不適格教員」の排除にあるとなっています。いま激しい教師への不信が渦を巻き、教師と親と子の不信の連鎖が広がっています。親は教師を攻撃し、教師は家庭が悪いと親を攻撃し、子どもは大人の醜い争いをみながら互いにいじめ合っています。おそらくここまで学校や教育への基本的な信頼感が崩れた時代はなかったのではないでしょうか。確かに起こっている問題の直接の当事者を目の前にすると、当人である教師や親に刃が向けられるのは自然なことですが、「大事なことは目に見えない」(『星の王子さま』)ことも事実ですから、ほんとうの問題はどこにあるのかをさぐる必要があります。率直に言ってこの世論調査には、誰かをスケープゴードにして問題を背負わせ、生け贄を捧げれば一点雲を払うようにうまくいくのではないかという願望が隠されています。危機が深ければ深いほど、弱者に批判を集中させて安心を救済しようとする心理が働きますが、同時にほんとうに責任を追及されるべき人が免罪され、より問題が潜在して深く進行しもはや破局に到る可能性もあります。単なる「教師」問題では解けないほんとうの問題性はどこにあるのでしょうか。
さて「美しい国」を掲げて登場した人は、この教育をめぐる惨状をどのように切り開こうとしているかを見てみましょう。彼が任命した政府教育再生会議は、教育再生の基本に「道徳」の教科化と親学を提案しましたが、「道徳」の5段階評価は撤回して「○▽×」評価にするそうです。道徳の徳目を国家が制定して「人格」を評価することほど子どもを傷つけることはありません。「評価」を高めるための作為的なモラル行動を誘導し、子どもたちは幼くして「偽善」を無意識のうちに学び修得していくでしょう。アンコンシャス・ヒポクラシー(無意識の偽善)は夏目漱石が追究した最大の非人間的罪に他なりません。これが「美しい国」に生きる人間の実相なのです。さらに子どもの問題の基本は親にあるとして、「早寝・早起き」「食事中はテレビをみない」「母乳で育て、瞳を見ながら微笑して授乳する」等々の「親学」を提案しています。大学の保育学科で学ぶカリキュラムなら分かりますが、政府の教育政策として「生活指導」をおこなうなど江戸時代のような耳を疑う感覚です。
教育再生会議のメンバーをみれば、驚いたことに教育学の専門家がいないのです。引き受けたメンバーの人たちは、それぞれの分野では業績があるのでしょうが、国の教育政策の根幹に関わるような提案をする資格と能力は別問題です。この人たちはいったいどのような気持ちで引き受けたのでしょうか。「道徳」の教科化や、「親学」の提唱など教育勅語を思わせる儒教的な訓育に批判的感性は働かなかったのでしょうか。かくまでアッサリと違憲的な提案に賛同する知性の頽廃も驚くべきものです。無責任な放言が飛び交い、「美しい国」の超国家主義に近い意見が何らの抵抗なく通過していく政府系会議の惨憺たる頽廃が浮き彫りとなっています。
いったい日本の教育学専門家と教育関係学会はこうした動向をどうみているのでしょうか。苦々しく自らの専門領域の権威の失墜をかみしめているのでしょうか。「教育問題では専門家は不要と思われている。戦後教育学の敗北だ」(苅谷剛彦・東大)とか「教育学は閉鎖的で水準が低い。革新運動と結んで支持・経済との交流をせず閉鎖した」(広田照幸・日大)、「教育学は日教組御用学問であり、教師の教育の自由を極端に重視し、子どもが君が代を歌う自由を奪った」(西原博史・早稲田大)などと自虐的な自己批判や断罪がみられますが、これ等はアカデミズムの粉飾をした国家権力への迎合に過ぎないと思います。戦後教育は親・子どもの側に立って国家権力と対峙して教育の自律性を守護してきました。それは300万人の日本人と2000万人のアジア人を死に至らしめた戦争の悲劇を生んだ戦前型の国家主義教育を全否定しなければならなかったからです。いま超国家主義の潮流とニュー・リベラルの潮流が呼応して互いに補完しながら、戦後の誓約を裏切るふるまいを演じている。教育学専門家をメンバーに加えないのは、「美しい国」を宣揚する超国家主義者の公共意識の欠落を示しています。
混迷する現場で眼前に見る相手に敵意が集中するようにコントロールし、操作された教師と親と子どもがたがいに対峙し合うのを上から冷ややかに観て嘲笑いながら、あたかも超越的な調停者のようにふるまいながら、自らの利益を極大化するプラグマテイズムと儒教が結びついた最悪の方向転換へと誘導しようとしています。こうして「美しい国」の実相は、対立と相剋に満ちた頽廃した「みにくい国」であり、その最大の犠牲者は信頼と方向を失って傷つくピュアーな子どもたちなのです。問題の根元は非常にシンプルであり、「あまりに競争的な日本の教育システム」(『ユネスコ対日本政府勧告』)を問い直し、「子どもの最善の利益」(国連子どもの権利条約)を実現する真摯な対話にあるのではないでしょうか。
あまりにシンプルな問題性が錯綜してしまったのは、「美しい国」の扇動者の理念が「戦後レジームの転換」にあるからです。「戦後レジームの転換」とは,平和と民主主義の戦後理念を否定し、戦前型の大日本帝国への回帰をめざすことに他なりません。この戦後システムの廃棄は米国の疑惑を呼び、すでにアナクロニズム丸だしの「美しい国」の扇動者はパートナーである星条旗からさえも警戒され、全世界で孤立してしまいました。私たちはこのような異常で特異な思想の持ち主と運命をともにし、自らの子どもの未来を預けることができるでしょうか。それは現代日本の進行する少子化現象がはっきりと示しています。子どもを産まないのではなく、不安だから産めないのです。(2007/5/12
11:59)
◆靖国派の日本改造論
日本政府の中枢はいわゆる靖国派によって占められています。「日本会議」メンバーが12人、「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」のメンバーが7人などこうした極右組織と無関係の大臣は3人だけであり、18人中の15人が靖国派です。「靖国派」とはかっての太平洋戦争を”アジア解放”の聖戦ととらえる正戦論者です。この聖戦に命を捧げた軍人を祈念する靖国神社への参拝が彼らのアイデンテイテイの証しとなっています。いまや政府中枢を占めた彼らは、太平洋戦争肯定論のみならず、戦争を推進した天皇制ファッシズム社会のレジームを”美しい国”として、「教育勅語」と「軍人勅諭」によってコントロールされた軍事的統制の秩序を憧れの対象としています。従って彼らは「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように」するための民主主義システムそのものを憎悪の対象としています。
「日本会議」の運動方針である「日本会議のめざすもの」では、「皇室を中心に民族の一体感をいだき国づくりに勤しんできた国柄を明日の日本につなげるために」、「歴史的国柄を反映した新しい時代にふさわしい新憲法」の制定をめざすとしています。アナクロニックな戦前型天皇主権への回帰こそ彼らの真情に他なりません。「日本会議新憲法制定促進委員会準備会」の憲法改正大綱の内容は以下のようになっています。
@憲法前文「日本国の歴史や日本国民が大切に守り伝えてきた伝統的な価値観など日本国の特性すなわち国柄」を明らかにする
A「時代を超えて国民統合の象徴であり続けてきた天皇とともに、幾多の試練を乗り越えて国を発展させてきた」歴史を記入する
B新憲法が受け継ぐべき歴史的達成の筆頭に「近代的立憲主義を確立した大日本帝国憲法を明記する」
C天皇が国家元首であることを明記し、それにふさわしい地位と権能を規定する
D国民が国防の責務を負うことを明記する(徴兵制)
E国または公共の安全、公の秩序による基本的人権を制限できる人権制約原理を明確にする
F我が国古来の美風としての家族の価値を重視し、国家による保護・支援をおこなう
G公教育に対する国家の責務を明記する
H国会を国権の最高機関とする現憲法の規定を見直す
I参議院の権限を削り衆議院の優越をつよめる
彼らの改憲概要は本質的に大日本帝国憲法への回帰に他なりません。要するに絶対王政への復帰をめざすアナクロニズムの極地であり、目を疑う異様な内容となっています。そしてすでにこのような改憲目標に連結する個別的な施策を推進しています。例えば、従軍慰安婦の強制削除、沖縄戦の自決命令削除、縄文・旧石器時代の削除(大和朝廷=天皇歴史起源)などの教科書検定がおこなわれ、夫婦別姓、女性再婚禁止期間、禁止期間内出生児無戸籍問題の民法改正案が流産し、男女共同参画社会基本法の廃棄が叫ばれています。
しかし靖国派のこれらの目標と願望は原理的に矛盾した恥ずべき内容となっています。それは靖国に祀られている戦死兵士たちが、アジア解放のために鬼畜米英と戦って命を散らしたにもかかわらず、靖国派は憎むべき敵である米国に軍事基地を提供し、外交と経済をも忠犬ハチ公として媚びへつらっているところにあります。おそらく靖国の英霊たちは、自らを欺いて媚びへつらうこれらの政府首脳に裏切りの恩讐を覚えているに違いありません。歯ぎしりしながら・・・・。隷属国家日本の実態を幾つかみてみましょう。
第1に日本にある米軍基地はすべて先制攻撃戦略を体現する侵攻部隊です。横須賀機動部隊(第7艦隊)の正式名称は「空母打撃群」(座間司令部)であり、沖縄海兵隊は「海兵遠征軍」、三沢空軍部隊は「航空宇宙遠征軍」であり、日米安保条約による日本防衛軍ではありません。第2に日本外交は米国追随原理で決められ、何らの独自的戦略を構築していません。第3に日本の財政・経済戦略は、米政府の「年次改革要望書」を忠実に実現する下請システムでしかありません。郵政民営化、農産物輸入自由化、医療・保険制度改革などの構造改革は日本の独自的未来戦略ではなく、米政府「年次改革要望書」の意向を受けて政策化したものにほかなりません。
米国側要求の最後の集約点が第9条抹消による日米攻守同盟の実現に他なりません。独自の外交戦略を持たない日本は、アジアと世界で決定的な孤立を深め、ただひたすら主人の横顔をうかがいながら、お零れを期待して徘徊する野良犬のような国家に頽廃するでしょう。すでに労働は正規と非正規に分裂し、君が代を歌わない正規は迫害され、非正規は逆に靖国を賛美しつつルサンチマンを発散し、日本はすでに汚れた「美」を湛えつつ頽廃と転落への途を歩みつつあります・・・・表面的には。しかし地底を流れる戦後民主主義の地下水脈は静かに頭を上げて異議申し立ての鮮烈を準備しています。歴史必然的に何の未来もない靖国派の幻想的権力が一時的に多数を制覇したとしても、「裸の王様」はやはり「裸」なのです。(2007/5/10
21:02)
◆π計算に憑かれた人たち・・・・
人は何ごとかをなすためには、何かに憑かれたようにそれに没頭することが必要なのかも知れない。日露戦争を知らなかった学者とか或いは自分の国シラクサがローマに占領されたことを知らずに数学の問題を解いていたアルキメデスなど・・・どちらかと云えば自然科学系か芸術系、または宗教系に多いようだ。この分野の共通点は、周囲との関係性を越えたり無視して自分の純粋な主観や思考に専念するところにあるのだろうか。最近フトしたきっかけでデビッド・ブラットナーという人の『The
Joy of Pi(邦題 πの神秘)』という本を読んだ。πとは円と正方形または円周と直径の相関を表す無限数字であり、この計算の魅力が太古以来の人間のこころを捉えてきた。この書は、πの発見から現代の電子計算機に到るπの法則を求める長い歴史を紹介し、πを憶えることに一生を費やした人などπをめぐる人間の悲喜劇が満載されている。
バビロニア人がはじめてπ=3×1/8を使い、エジプト人がπ=256/81=3,1605を使い、旧約聖書第1列王記7:23ではソロモン王の神殿内部の祭壇の長さがπイであり、πをはじめて計算したギリシャ人は円とそれに外接、内接する正多角形からπ=3.1416ぐらいまで算出し、またインドや中国でも驚異的な計算法が発達していたこと等々。自分の人生をすべて使って計算したのは、16世紀のルドルフ・ファン・ケーレン(独)であり、彼はπを35桁まで計算したのです。ドイツは彼に敬意を表してπをルドルフ数というそうです。日本では鎌田俊清が1722年に24桁まで計算しています(それまで日本の和算は秘伝的に継承されましたが、かれははじめて公開しその結果逆に信頼を失いました)。ここまでの計算式はすべて面積計算法でしたが、方程式が発見されて革命的な変化が起こりました。この方程式によるπイ計算は電子計算機の世界記録では1997年の金田康正・高橋大介が日立SR2201で29時間かけて計算した515億桁(3×2ノ34乗)だそうですが、その後破られているかも知れません。
πを憶える方法はたくさんありますが、日本語では−さん・いち・よん・いち・ご・く・に・ろく・ご・さん・ご・はち・・・を「3.14苺の国では6時の午餐後、箸9本無くさん・・・」などという語呂合わせが有名です。日本のπの記憶記録は、1995年に23歳の後藤浩之さんがみんなの前で、9時間かけて4万2000桁を暗唱したということです。πを記憶する一般的なテクニックは単語の文字数がπの各桁の数と一致するような単語を使う記憶法です。いわばパターン認識です。しかしこんな記憶は何の意味もないことが分かっていますから、これにのめり込んで神経を病む人もいます。だから記憶をはじめて少しでも神経に変調が生じたら作業を中止した方がよいそうです。後藤浩之さんはいま何をしているのでしょうか? π計算は電子計算機の機能をテストする意味はありますが、人間が記憶してもとくに意味はありません。しかしそれにのめり込んで一生を終える人もいるのです。
パターン認識によるπの記憶の例をみてみましょう。151−180桁は次のようになっています。
481117450284102701938521105559
(1)まず最も簡単なパターンを探す→111、555
すると48−111−74508410270193852110−555−9の5群に分割される
(2)中間にある長い群れからパターンを探す
@ゼロで終わるグループ→7450,28140、270
A西暦→1938
B年間の週数→52
C緊急電話番号→110
以上はドイツのマーク・デイッテインガーという人の方法です。他にもあるでしょうが、、とりあえずは参考になります。
こうした思考の営為を見ていると、幸せだなと思います。こうした人間の活動が自由に保障されて、それぞれが役割を果たしつつも自分の好きなことをやって、悔いを残すことなくこの世を去るというのはいい世界だと思います。カネに心を奪われたり、戦争で人を殺したり、いじめ合ったり、なにかほんとにツマラナイことに人生を費やしているのを見ると哀しくなりませんか。「自由」とはほんらいこのような姿だと思うのですが、「経済」の自由がいつの間にか世界を制覇して、フランスのサルコジ氏が勝利したように、なにか大切なものが失われて浮遊しているように見えます。それにしても日本の文科省は、簡単に計算できるように「π=3」として教えるようにするそうですが、子どもたちの頭脳を刺激するπの神秘を奪うようなやりかたはいただけません。(2007/5/8
4:19)
◆歴史におけるジャステイスの感覚
韓国政府の「親日反民族行為者財産調査委員会」は、日韓併合条約を締結した李完用ら親日派9人の子孫が相続した土地154筆、約25万4906平方b(推定時価63億ウオン 8億1千万円)を没収して国家名義に所有権を移転登記し、独立運動の犠牲者とその遺族の生活支援や記念事業にあてると決定した(5月2日)。私の想像を絶する驚くべき決定です。おそらく世界史上でもかってない、希にみる徹底的な歴史の再審と責任追及ではないでしょうか。同じ時に日本政府は、強制連行労働や従軍慰安婦への公式謝罪と補償を冷酷に拒否し、すべてを歴史の闇の忘却の彼方へ葬り去る無答責を貫く非対称性を示しています。日韓併合が1910年ですからほぼ100年前にさかのぼって、過去の責任を問い、現在の子孫から財産を剥奪する等という行為は日本では想像もできません。おそらく日本で過去史を究明するにも、政府や民間の1次資料の収集すらなく、困難を極めるでしょう。日本ではもはや過去の歴史を復元することはできないのです。日本には歴史はないのです。
じつは韓国内でも、大韓民国憲法第13条「遡及立法禁止(事後法)」に抵触する違憲立法であり、子孫への連座制的な財産侵害を問う批判がありますが、違憲審査判断は下されていません。没収された被害者は政府を相手にした訴訟を起こすのでしょうが、この件に関する日本のサイトの書き込みのほとんどは、被害者に同情し韓国政府の強権を非難する大合唱に包まれています。いったい私たちはどのように考えればいいのでしょうか、考えなければならないのでしょうか?
財産没収は、2005年に与野党169人の議員立法で可決された「親日反民族行為者財産帰属特別法」にもとづいておこなわれました。同法は過去に犯罪でなかった行為をあとから法律をつくって裁く遡及法ですが、第1条・目的に「日本帝国主義の植民統治に協力し、我が民族を弾圧した反民族行為者が、その当時蓄財した財産を国有とすることで、正義を具現し、民族精気をうち立てることを目的とする」としています。ノムヒョン大統領は06年に大統領直属の上記調査委員会を発足させ、07年2月に41名が相続した不法利得である270万坪の没収手続きを開始するとし、5月の9人の土地没収決定に到りました。
今回の決定はノムヒョン政権が推進する過去史清算の一環であり、韓国では反民族親日派をチニルパリストと呼び、民間機関の民族問題研究所・親日人名辞典編纂委員会が作成したリストは3090人にものぼっています。このリストの基準は、日帝協力や独立運動弾圧者にとどまらず、途中で転向した者や日帝期に一定の職位にいた者も含んでいますが、政府と民間が一体となって過去の歴史究明と責任処断に取り組んでいることが分かります。こうした事後法禁止に抵触する可能性のある行為を政府自身が果断に遂行する基礎に何があるかをつかまなければなりません。おそらく法理論的にはニュルンベルグ裁判から東京裁判を経て確立された事後法の禁止を越える「人道に対する罪」の無時効性論があると思います。この「人道に反する罪」によって欧州は国内刑法の時効を制限し、現在でもナチ協力者を裁判にかけては裁いています。この「人道」を「民族」に置き換えれば、韓国での事後法禁止の違憲性は突破できるとするのでしょう。こうした過去の罪責を後から鞭打つ行為を冷ややかに「儒教的」などと冷笑して嫌韓論を煽る人たちが日本にいますが、はたしてそれは正しいでしょうか。こうした措置はなぜ日本人を震え上がらせるのでしょうか?
日本の罪責の歴史は世界で特殊なものであり、客観的な罪責追究に違和感を持つ文化です。古代より罪は「ケガレ」であり「水に流して」清めれば、またもとの罪なき姿にもどり、敵・味方の「恩讐」を越えて「仲よき」美しい関係がふたたび回復するのです。”目には目を 歯には歯を”というイスラム的な刑罰観はなじまず、涙を流して土下座して謝れば(その謝る態度の真摯さで)、いさぎよく許されるのです。水戸黄門は悪人が土下座して謝れば許してやり、微笑を浮かべて夕陽の地平線の彼方へと去っていくのです。私の祖母はこのTV画面でいつも感動して涙を流していました。逆に罪をいつまでも追求すれば、「あんなに謝っているのに、まだ責めるのか」と逆に怒られるのです。頭を丸めて蟄居、行脚すれば、また近い将来に晴れてふたたびデビューできるのです。このような罪責関係の「甘え」の構造がいまでも日本を浸蝕しています。「甘え」という日本語を欧州語に翻訳することはできません(欧州にはもともと「甘え」という行為がないからです)。こうした日本的風土によってA級戦犯の何人かは釈放され、その1人は戦後の政府首相に再就職しても日本は違和感を感じないのです。近現代史上で最高戦争責任者がふたたび復活した事例は日本以外にありません(いまはその孫までが)。企業犯罪を犯した経営者が一斉に記者会見で「世間をお騒がせした」と謝る日本的風景を世界は理解できません。「世間をお騒がせした」調和の乱れを謝る「態度」ではなく、責任行為の「内容」が問われるのです。ドイツやフランスは、ニュルンベルグ裁判を受けて国内裁判で自国の戦争犯罪者を裁いて処断し、今でもそれを追究しています。日本は自分自身の手で自分たちの犯罪を裁くことができなかった、その意味では近代的な市民国家として成熟していなかったのです。日本の首都にあるA級戦犯を祀る宗教施設は、ドイツで云えばベルリンの中心にナチ最高幹部を祀る教会をつくることと同じなのです。日本の首相はA級戦犯の功績を悼み、ドイツ首相はゲットー記念碑の前で大地にひざまづいて許しを乞うたのです。今回の韓国政府の行為は、こうした日本の情感的な無責任原理と「人道」を排斥する法理論の野蛮性と侵略責任を鋭く逆照射しています。強制連行労働者や従軍慰安婦が年老いてこの世を去るのを待っているかのような日本政府の態度は、全世界から侮蔑のまなざしを浴び、それを「美しい国」と自称する奇怪な首相を極右として軽蔑しています。そこには歴史における人間的なジャステイスの感覚そのものが欠落しているからです。ジャステイスなき歴史はもろく、打ちひしがれるものです。(2007/5/3
12:07)
◆Sense of Apology この知性と矜持のなさはいったいなんだろう・・・・!?
これは安倍首相が米国大統領との会談で従軍慰安婦についての謝罪を表明した英語ですが、「このような表現は英語には存在せず、謝罪にははるかに到らないレベルの表現」(韓国聯合ニュース 4月27日)であり、I
am sorry程度と同じ意味なのです。「許しを乞う」という公式レベルではregretでなければなりません。安倍首相と日本外務省の基礎知識の貧困が表れていますが、そこには「幾つかの国の人権について話ながら、自分の国の戦時人権侵害については否定する偽善」(『ニュズウイーク』3月30日)という抜きがたいダブルスタンダードがあります。しかしわたしが最も哀しくなるのは、当事者の慰安婦たちには何の謝罪もせず、無関係の米国大統領の前では土下座して涙を流すように媚びへつらう精神構造です。会談後に自分の娘とブッシュ夫妻の4人ショットが写っていますが、この娘はどのようなまなざしで自分の父親をみているのでしょうか。
この両者がワシントンで会談していた同じ日に、日本の最高裁は中国人強制連行労働者の個人賠償権はないとする冷酷無残な最終判決を下しました。独政府と企業が一緒になって何兆円もの賠償を生存者におこない罪を償おうとしているドイツと、非情に門前払いする日本の司法のこのあまりの非対称性に世界は慄然とするでしょう。当事者の中国政府自身が「個人請求権は放棄していない」と再三にわたって表明しているにもかかわらず、冷然と無視する日本の司法とはいったい何なのでしょう。ドイツ首相は犠牲者の記念碑の前で大地に跪いて許しを乞い、同じ時に日本の首相は加害の最高最高責任者を神と祀る神社にぬかづいて祈りを捧げているのです。
いま朝日新聞は「戦争と新聞」というシリーズを組んで、戦争報道の問題を考えようとしていますが、本日は敗戦直後に退職したむのたけじ氏(92)と岸田葉子さん(83)の対談を組んでいます。ポツダム宣言受託の事実をつかんで、12日から14日の3日間にわたって報道第2部(社会部)の部会が開かれ、記者のほとんどは「これで戦争に行かなくても済む」と明るい雰囲気になったそうです。名誉の戦死を讃え、決死突撃の精神で記事を書き、全滅を玉砕と書いて国民を戦争に煽り立てた新聞記者の本音はじつは戦争に行きたくなかったのです。安倍首相とともに当時の日本はダブルスタンダードだったのです。14日の部会でむのたけじ(当時30)は、「新聞は本当のことを伝えて新聞代をもらっているのに、ずっと読者に背き続けてきたのだから、けじめをつけたい。間違った新聞を出した人は退き、新しい時代をつくる資格があるひとたちがつくるほうがいい」と訣別宣言をして社を去り、横手市に帰って新聞「たいまつ」を発行して東北の民主運動をリードしました。私はこのむのたけじの潔癖な態度に感動を覚え、尊敬の念を抱いてきましたが、多くの記者たちは生活を理由に社に残ったのでした。敗戦による価値観の大転換のなかで、新聞はこんどは民主主義の砦に変身し、平和を宣揚しはじめましたが、潮目の変化をかぎ取ってまたもや改憲を唱道しはじめた読売などメデイアの権力迎合の本質はいまもって続いています。
しかしむのたけじ氏は最後に自分の態度を自己批判しているので少し驚きました。「会社を辞めるという身の処し方は最悪だったと今は思う。もしあの戦争中に新聞が新聞の魂をもっていたらこういう新聞をつくったはずだ−という作業を8月16日から実行することが読者への責任であり、私のやるべきことだった。(書いた過ちと書かなかった過ちを、改めて書くことで償う・・・)当時はみんなが自分を見失い、何よりも読者を忘れていた」と90歳にして自分の過ちを悔いています。
この私もかって大人たちに、なぜ戦争に協力したの? なぜ戦争犯罪者を首相にしたりするの?と迫り、時には軽蔑する忸怩たる想いを持ちました。時代がどのように戦争と独裁を準備していくのか、組織のなかで一人一人の人間はどのようにふるまっていくのか? 何重にも何層にも積み上げられた時代のなかで良心の証しをどう示すのか−を問われたのではないかと大人たちに云いました。しかし同じ時に、ドイツの若者たちは旧ナチの残党が責任を問われないままに生き残っていることに抗議してしだいにドイツ社会を変え、フランスの若者たちは占領下フランス人のナチ協力の責任を追及し再審を迫りました。日本の若者は残念ながら、自らの過去の戦争犯罪と加害責任を取り上げることはなく、広島・長崎の被害体験の範囲に留まってしまったことが、戦犯思想がふたたびちからを持つような日本の異様な特殊性を肥大化させてきたように思います。いま私は私の父母が眼にしたと同じようなファッシズムと戦争への忍びよる足音を眼前にし、時代がどのように変わっていくのかをあたかもパノラマのようにみています。自分を見失ってこの波に呑まれている人もいれば、どこ吹く風と私生活を楽しんでいる人もいれば、次第に押されていく哀しみの中で抵抗を試みている人もいます。職を探してさまよい、非正規労働に身を委ねて必死にその日の生活をしている若者たちもいれば、ヒルズの高層で夜景を楽しみながらワインを飲んでいる人もいます。もしあの時に、私が私の魂をもっていれば、このように生きたであろうといえるような生活であるだろうか−むのたけじ氏は静かに最後の問いかけをしているような気がします。(2007/4/29
10:47)
◆何か哀しい日本の高校生・・・・
日本青少年研究所が実施した日米中韓の4ヵ国の高校生の意識調査の結果をみて、なにか哀しくなった。「偉くなりたいと思うか」という問に、米国22%、中国34%、韓国23%に対し、日本はわずか8%だ。この「偉い」というイメージはかっての立身出世というものではなく、他国では「能力が発揮できる」「尊敬される」という肯定的なものだが、日本の高校生は「責任が重くなる」が79%に達し、「自分の時間がなくなる」「偉くなるために人に頭を下げる」などマイナスイメージばかりが強い。だから「のんびり暮らしたいか」という問に日本はダントツの43%であり、米国14%、中国18%、韓国22%と日本の半分に近い。自分の会社や店を持つ独立起業志向も日本は圧倒的に低い。
日本の若者は青年期特有の挑戦的な未来志向性を失いつつあるのだろうか(その方向性は別にして)。たしかに周りの若者をみても、ギラギラした野心をただよわせる鋭い視線はない。男は柔和な微笑みか無表情で携帯を覗き、逆に女性の方が元気にさっそうと闊歩しているように見える。しかし内実は若い女性も安定した結婚生活を望んでいることを隠しはしない。いまキャンパスに一枚のビラもまかれることはなく、立て看板もない素晴らしく綺麗で清潔な学園風景が広がる。若者たちはバイトと就活で忙しい。
私が驚いたのは、日本がモデルとしている市場競争原理を生きているアメリカの若者が、意外にも青年期特有の独立・未来志向性を失っていないばかりか、「退屈でも平穏な生涯を送りたい」という意識が9%と最低であることだ(最高は日本の21%)。コイズミ構造改革は果敢に自己選択・自己決定する挑戦的な社会像をめざしたが、日本の若者たちは逆に平穏無事の小市民的な安定をめざしている。貧富の差が究極にまで進んだアメリカ社会に、挑戦意欲が強固に残っている奇跡は、やはり西部開拓時代以降のフロンテイア・スピリットの伝統文化が連綿として基底にあるからなのだろうか。アメリカン・ドリームなどとっくにどこかへ吹き飛んだはずだが。クラーク博士は札幌農学校を去る時に、見送りに来た学生たちに”ボーイズ ビー
アンヴィシャス!”という言葉を残した。学生たちは”少年よ 大志を抱け”と間違って訳してしまった。クラークはほんとうは”少年よ 冒険せよ”といいたかったのだ。いま日本の若者たちに「大志」等という立身出世の意欲がないのはある意味で健康だ。しかし「冒険」という意欲を失っているとすれば、やはり日本はどこかおかしい。
改憲によって戦場で死ぬことを若者に求める老人たちも、ある意味でこの調査に危機感を抱くだろう。彼らは「自衛隊でもぶち込んで訓練せよ」などと卑近な方策を云いだすかもしれない。おそらくボランテイア活動を必修化して評価するなどというのはこの路線に近い。しかし若者たちから挑戦的な未来志向性を剥奪したのは、他ならぬ改憲を主張する大人たちが市場原理派が結んで、「過度に競争的な教育システム」(ユネスコ 日本政府に対する勧告)を日本の学校に持ち込んだからだ。日本の子どもたちは、生まれ落ちてから競争に明け暮れ、点数獲得を至上価値として大きくなってきた。誰かを蹴落とさなければ生き残れないシステムの中を生きてきた。互いに励まし合い、助け合うの中で個性がきらめく体験は打ち捨てられた(学力世界1位のフィンランドの教育の対極にある)。個性を打ち出せばいじめられ、弱みを見せればいじめられ、目立てばいじめられることを身にしみて刻んできた子どもたちは、もはや「偉くなりたい」「自分の会社や店をつくりたい」等というリスクある生活を回避し、「のんびり」「退屈でも平穏な生活」を望むのはごく自然のことだ。日本の若者たちはもう心身ともに疲れ切っているのだ。もはやどのような学力アップも非正規労働の道しか残されていないことを見抜いている。
しかし若者のほんとうの悲劇は、挑戦的な未来志向性のリスクを回避しようとすればするほど、「のんびり」「平穏な生活」もまた遠ざかっていくということだ。ここまで若者たちを追い込んだのは誰か、私が指摘するまでもなく、このエッセイをお読みの方はすでにご存じであろう。
さて私たちは、米国の若者のフロンテイア・スプリットの真実を突きとめたい。それは「どうせなら何かでかいことをやってみたい」がトップに来ている調査が示している意識だ。めくるめくような貧困の格差と機会の平等の喪失は、はてどもないヒーローの演出でカモフラージュされている。米国下院は戦意高揚のためにでっちあげた英雄物語を検証する公聴会を開催した。ジェシカ・リンチさん(当時19歳)が捕虜になった際に、「銃傷を負いながら敵兵を相手に弾薬を撃ち尽くすまで応戦」した彼女は、実際には銃が作動せず、軍用車輌の中でしゃがんでいただけだった。彼女は「丘から駆け下りてランボーのように戦う少女の物語が繰り返しメデイアに流された。飾られた物語は必要ない。私の証言は指弾するためではなく、でっち上げに際して真実を述べるためだ」と語った。
元NFL選手のレンジャー部隊員であるパット・テイルマンさん(当時27歳)は、「スター選手の座をなげうってアフガンに行った彼は、敵との銃撃戦の中で身をもって自由を守るために、名誉の戦死を遂げた」と軍幹部が美談をでっち上げたが、実際は仲間の部隊による誤射だった。公聴会では現場にいた同僚が「事件直後に上官から『何が起きたか話してはならない』と命令された」と証言し、軍は誤射の事実をホワイトハウスには伝えたが、家族にはいっさい伝えず勲章を出して隠蔽工作をした。テイルマンさんの弟で同じレンジャー部隊にいたケビンさんは、「当時の軍はアブグレイブ刑務所の捕虜虐待のスキャンダルでゆれており、友軍誤射が分かればさらに政治的な損失になりかねないと真相を抑えつけた」と証言した。一方でイラク人に残酷な虐待を加えながら、他方で美談をでっち上げて軍への共感を演出する米政府は、米国の「自由と民主主義」の本質をあらわしている。それはアメリカ独立宣言で「生まれながらの自由と平等」を高らかに歌い上げた陰で、黒人奴隷を残虐に酷使するダブル・スタンダードだ。米国の若者が幻想的にいだいているフロンテイアは国内ではすでに消失し、その代替場として海外が演出されている。日本もまた同じ道を歩もうとしている。しかしアジアでは決定的な違いがある。星条旗はまだしも自由のイメージをひるがえらせるが、日の丸はしたたる血潮にしか見えないのだ。(2007/4/26
9:23)
◆歴史の恥部から眼をそらさないということ・・・・・
ナチスはベルリン北方100qのフュルシュテンベルグに、女性と子どもだけを集めたラーフェンスブリュック強制収容所をつくった。1939年から45年までに13万人の女性と子どもが登録され、欧州のドイツ占領下の全土から連行されてきた。ユダヤ人やシンテイ・ロマ、ホームレスや売春婦、軽犯罪のドイツ人女性も収容された。飢餓や病気、人体実験で多くの囚人が死んだが、ユダヤ人女性は44年に設置されたガス室で殺害された。
ナチ親衛隊(SS)は42年に収容所管理計画の一環として、女性収容者の性奴隷化政策を開始し、女性収容者300人を42年から45年に、アウシュヴィッツ、ザクセンハウゼン、ブーヘンワルドなど10の強制収容所に送って男性強制労働者の相手をさせた。軍需産業などの強制労働を強いられていた男性収容者の労働生産性の向上が主たる目的であった。ユダヤ人を除く男性収容者は強制労働の特別報酬として、収容所内に建てられた特別棟と呼ばれた施設を訪れることができた。特別棟に出入りする収容者に他の収容者より特権的地位を与える階層化は、巧妙なナチの収容所管理システムであり、売春根絶を掲げたナチスは収容所内で公然とそれを組織した。
性奴隷となった女性は、「非熟練労働者」「売春婦」「特別目的収容者」と分類カードに記載され、現在でも訪問者はそれを見ることができる。強制収容所内の性奴隷労働の存在は戦後50年間にわたって表面に出ることはなく、被害女性は沈黙を続け、補償請求もしなかった。女性たちは戦後も身体的・精神的損傷に苦しんできた。1994年に収容所の性奴隷を描くドキュメンタリー映画が製作され、それ以降研究が進み、メデイアも注目したが、SSが記録を大量に廃棄し、証言者も少ない中で歴史の掘り起こしは遅々として進んでいない。ラーフェンスブルック強制収容所は現在記念館として公開され、旧ソ連軍による解放62周年にあたって、性行為強制の実態を告発する特別展を開催している(9月30日まで)。女性館長は「強制収容所の歴史をリアルに伝えることで人びとは戦争について考える機会をもち、性奴隷の実態は見捨ててはならない歴史の一部分だ」と述べている。
東アジアにはこうしたドイツとは対極の立場をとる国がある。その国の首相は最高戦争責任者を追悼する宗教施設に足を運んで追悼し、おなじ性奴隷制に責任はないと公言し、米軍上陸時の軍命令による住民の集団自決を教科書からカットするなど、戦後60数年を経て歴史の真実を歪曲して子どもたちに教え込もうとしている。彼らは歴史の恥部から目をそらすことなく掘りおこす行為を「自虐史観」と呼んで攻撃し、虚偽で塗り固めた歴史を「美しい国」として作為して恥じない「自慰史観」に頽廃している。この日独の背後にある意識の差異をこそ本気で分析し、赤裸々にその本質を解明しなければ、日本は歴史から見捨てられるだろう。
しかし欧州でのユダヤ人に対する人種的偏見は根深い。フランス大統領選の右翼ルペン候補は、右派のサルコジ候補の家系にユダヤ人がいることを指摘して攻撃した。ルペンに煽られた右翼の一部は、4月1日にリールのユダヤ人墓地の51基を倒し、アラス近郊のイスラム教徒軍人墓地の墓石52基に鍵十字を落書きし、パリ北駅でユダヤ教指導者に暴行を加え、リヨンでシナゴーグに向かうユダヤ人を車で轢くなど各地で嫌がらせや攻撃を加えている。旧東ドイツを中心とするネオ・ナチの活動など多くはアウトサイダーと化しつつ下層貧困青年のルサンチマンが極右の台頭を醸しだしている。日本でも例外ではない。ネットカフェ難民の青年たちが、靖国神社を参拝する主力となっている。互いに競争し排斥し合う市場原理の敗北の怨念が、より弱い周辺への攻撃となって発散されつつある。子どもたちはこうした抑圧の移譲の犠牲者となって、イジメに向かいつつある。互いの尊厳を認め合う関係に入った時に、イジメも極右もその存在する場所を失うが、いま互いを認め合う関係が剥奪されつつある。。
阿原成光さんの中学での英語授業はあざやかに人間の尊厳の姿を示している(阿原成光『お祭り英語楽習入門』三友社出版)。例えば”
I am important((私は大切な人間だ)”ゲームというのがある。
輪になって1人が大きな声で”I am importannt”というと、全員が即座に”You
are important”と応える。一回りしたら疑問文にして”Am
I important?”と云うと、全員が”Yes you
are”と応える。最初は照れくさそうにしていた子どもたちの表情が、次第に嬉しそうな表情に変化していく。
ここには単なるハウツーではない、理念に裏打ちされた授業がある。1人であることと集団の一員であることが、見事に統一され、互いに他を認め合う相互承認(ヘーゲル)の本質が具体化されている。しかも身体動作と口に出して発声することによって、心が外側に開かれて解放されていくのだ。ただの言語記号としての英語ではなく、感情がこもった自己表現のコミュニケーション・ツールとしての語学学習がある。阿原氏の英語教材は、「私には夢がある」(キング牧師)や「独裁者」最終シーン(チャプリン)などのヒアリングをおこなうという。こうした教室にもはやイジメはない。人類社会もこのような授業技法を導入すれば、人種的偏見も暴力も迫害もなくなるだろう。(2007/4/22
8:31)
◆尾崎豊に嫌悪をいだく若者たち・・・青年前期から反抗期を奪ったのは誰か?
シンガーソングライターの尾崎豊が亡くなって15年になります。泥酔して自宅前の路上で死体をさらした彼の最後は、まさに自分が絶唱した歌そのもののようでした。アウトサイダーの反抗的な歌は、出口を求めてのたうつ若者の叫びのようで、汚れていく自分を峻拒するような声は私の心を捉えはしましたが、同時にこの歌に私の未来はないとも思いました。驚いたことに彼の歌は、03年から高校の「倫理」教科書にも掲載されて文科省公認のメジャーな歌になりました。96年にベスト盤170万枚を売り上げてから、いまも年10万枚は売れているそうです。
僕が僕であるために
永遠の胸
盗んだバイクで走り出す
夜の校舎 窓ガラス壊してまわった
人は誰も縛られたかよわき子羊ならば 先生あなたはかよわき大人の代弁者なのか・・・・
他者や社会との関係でゆれ、傷つき、どこにもぶつけられない気持ちをダイレクトに解放し、自分の弱さをさらけだす彼の歌は当時の多くの若者の心に響きました。しかし最近の若者は、逆に彼の歌に嫌悪にも似た反感を示したり、反応しない雰囲気があるそうです。学校や親、体制への反抗は青年期の誰しも経験する通過儀礼ですが、どうもいまの若者から反抗期は姿を消したかのようです。はたして青年前期の心理にどのような変化が起こっているのでしょうか。「この歌の怒りがどこから来るのか分からない」「周りに迷惑をかけるのは間違いだ」「おとなは子どものことを思ってくれているのに反発するのはおかしい」「容姿にも才能にも恵まれているのに、変に反抗して、早く死んだのはバカだ」などという感想が増えているという。
こうした現代の若者を、「反発したり知りすぎると損をするという損得勘定が判断の基準になっている。親や先生の善意を屈託なく信じている」(香山リカ)とか「尾崎の歌は今の若者に触って欲しくない内面に深く食い込んで、トラブルなく過ごしている現状に適応している自分を傷つける」(吉岡忍)などと解釈している人がいます。確かに身近な人間関係に異常に敏感すぎるほど気を配らなければならない若者にとって、尾崎の歌はあまりにストレートすぎて違和感があるのかも知れません。しかし若者が損得勘定を判断基準にしているという香山氏の指摘はあまりにも皮相です。おそらく若者の心情の裏にある襞の根っこはもっと深いような気がするのです。
いまの若者が生まれ落ちてから成長していく過程で目にしたものは、おそらく自己選択・自己責任の市場原理を生き抜く激しい競争型の大人の世界です。会社への忠誠がそのまま人生を約束することはない修羅の世界です。こどもたち自身や学校も成績評価でランク付けされ、すこしでも「自分をさらけだす」ことはすぐにイジメの格好の標的となるのです。加えて学校生活の「態度」を評価して内申書に記載されれば、ただちに自分の将来が左右されるのです。こうして周囲の状況にうまくあわせ、いかにトラブルなくその日を過ごすかに神経を費やすなかで、大人や教師への反抗など思いもよりません。いわんや「盗んだバイクで走り」、「夜の校舎の窓ガラスを壊してまわる」など少年法の刑罰強化で怖くてできるはずがありません。このように萎縮して自己防衛する息の詰まるような少年期をセットしたのは他ならぬ大人たちだったのです。そうした閉塞している自分を尾崎の歌はあたかも嘲笑うかのように剥きだしに暴きます。尾崎の歌に反感と嫌悪をいだくのはある意味で当然の反応なのです。いま若者たちにとって「一度しかない人生だから、ぶつかったり、挫折したりを含めて思いっきり走りたい」(ソロ歌手・清木場俊介 元EXILEメンバー)等というのは、一定の才能とチャンスに恵まれたごく少数の勝者の言葉でしかないのです。
ようやく少し見えてきました。尾崎豊を死に至らしめたのは、戦後第1世代のエコノミック・アニマルの偽善であり、その尾崎を拒否する若者たちを育てたのは戦後レジームを怒号する戦後第2世代の大人の虚栄でしかなかったのです。若者たちが変わったのではなく(若者たちはいつの世も変わるはずがありません)、逆に大人たちがあてどもなく自分を見失って漂流しはじめたからであり、その負の遺産をすべて若者たちにしわ寄せしたのです。ホームレスへの転落を回避しなければならない若者にとって、尾崎の歌のように空想的な反発をしている暇はないのです。
いまの世を終末の廃虚のイメージでみる人がいます(吉岡忍氏 朝日新聞4月19日)。誰もが自分以外のことを考えず、すこし忙しく、少し幸福で、それを邪魔するものは無視し、時にはキレ、ひょっとしたら殺す。明るい無知、攻撃的な忙しさ、不寛容な快適、そんな人間があふれかえって廃虚となってしまっている日本・・・・。確かに長崎市長をヤクザが射殺した時に、首相は「捜査当局の厳正な捜査で真相が究明されるよう望む」と冷ややかに語り、防衛相は「この選挙でもし共産党が当選するようなことになれば困る」などとうそぶく姿をみれば、道徳教育を宣揚する政府のアンビバレンツな偽善が白日の下にさらされています。他者の死に対する恐るべき想像力の貧困、民主主義を壊す暴力に怒りの感情を持たない指導者をみれば、まさに吉岡氏の言う廃虚の終末にあるのかもしれません。
こうした廃虚にあって尾崎豊を歌い上げても、虚しいというところに現代の深刻な状況があります。しかし、ほんとうに日本は武力と暴力が横行する、忙しく快適な日常が過ぎゆく廃虚なのでしょうか。私は負の事象を一色に塗りたくって、冷ややかに観るシニカルな視線のほうこそ怖いのです。理論は灰色で現実は緑であることは今もって変わりません。
解雇されることを承知の上で、捨て身の告発に踏み切って日本を変えようとしている非正規労働の若者たちがいます。六本木ヒルズの49階の会議室に向かいながら、ライブドアの偽装リストラを追究する団体交渉にのぞむユニオンの若者たちがいます。牛丼チェーン『すき家』の解雇撤回を勝ち取った若者たちは、いまサービス残業の過去2年間の支払を求めて、高らかに渋谷センター街に声を響かせています。京都の小学生と中学生が、国連子どもの権利条約に基づいて、全国学力テストの中止を求める訴訟を起こしました。この訴訟のメデアでの扱いは小さいですが、私は日本歴史史上に画期的な意味を持つ訴訟だと思います。こうした子どもたちこそ、日本の光であり希望の星です。日本は確かに狂いつつありますが、まだ廃虚ではありません。正気が試されていることは事実ですが、終末ではありません。この現在にあって負への失望を百万遍語ることより、希な望みである希望に託すことのほうがどれほど気高い行為でしょう。あの確かなる廃虚であり、終末以外の何ものでもなかったアウシュヴィッツでさえも必死に生き抜こうとした人びとがいたのです。「希望」を失わなかった少数の人たちこそが、奇跡的に生きのびて生還したのです。(2007/4/19
14:53)
◆日本の歴史教科書から旧石器・縄文時代が抹殺されてしまったのか!?
窓の下を集団登校する小学生たちの華やいだ声がひびく。日本の将来が彼らの手に委ねられるのも知らず、あどけない笑顔でさざめきあいながらスキップしていく。先頭に立つ上級生は軍団(!)を守るかのような年長者の雰囲気をただよわせている。私もかってはあのように嬉々として小学校へ通い、教室で戯れたことを想い起こすが、ついにどのような教科書でどのような勉強をしたか、今となってはさっぱり覚えていない。ただ一つ覚えているのは、授業をサボって学校の側の川で魚取りをしていて見つかってしまい、先生が私を自転車に乗せて家まで送ってくれたこと、社会の時間に日本の鉄道の始発と終着駅の試験があり、私は生まれて初めて下敷きにカンニングをしてなにか非常に嫌な気分になったことだ。ひょっとしたらあの時に先生は、私の行為を見抜きじっと黙って見ていたのではないか。それ以降、私はカンニングに手を出さなくなった。。あっというまに小学生時代は夢中の遊びのうちに過ぎていった気がする。遠くの山並みに沈んでいく夕陽はえもいわれぬ美しさであり、新緑のむせかえるようなにおいのなかでおこなわれる田んぼの田植えにシトシトと雨が降り注いだ。たしか当時の農作業は1日4食であり、田んぼにお櫃に入れたご飯を持っていきみんなで車座になって食べた。最近とみにこうしたノスタルジックな懐旧の甘い世界に取り込まれてしまうので恥ずかしくなる。こうした小学校の日々を貫いて、おそらく私の戦後民主主義のセンスが無意識のうちに育まれたのであろう。あれから60数年を経て、いま子どもたちをみているとなにかやるせない気持ちになる。これほど精神的に生きにくい時代を子どもたちは当然のこととして受け入れ必死に耐えているように思え、たまらない感じになるのだ。子どもたちの笑顔と歓声が日本の街からいつのまにか消えてしまい、いったい伸び伸びと遊ぶ子どもたちはどこへいったのだろうといぶかるのだ。
驚いたことに新6年生の新学期から使う社会科教科書は、稲作農耕の弥生時代と大和朝廷からはじまり、それ以前の旧石器・縄文時代はすべてカットされているそうだ。確かに戦前期までは日本に旧石器時代はないという定説で国史が編纂され、神武天皇即位BC660年をもって日本歴史がはじまったと教えられ、日本人のほとんどはそれを信じてきた。戦後の相沢忠洋による岩宿遺跡の発見はこの定説をくつがえす革命的な転換をもたらし、それ以降すべての日本史の教科書は原始・縄文・弥生の順に記されるようになった。なぜ文科省はいま旧石器・弥生以前をカットせよというのだろうか。「ゆとり」による教材の精選というのはウソだと言うことがすぐに分かる。小学6年生の歴史学習の目標は「我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てる」ためであり、具体的な学習内容は「農耕の始まり、大和朝廷による国土の統一が分かること。その際に神話・伝承を調べること」とされ、実際の指導は「示された歴史的事象の範囲に留め、それ以外は取り扱わない」としている。
どうして稲作農耕以前の取り扱いを禁止したのだろうか。歴史学習が「天皇についての理解と敬愛を深める」こととなったからであり、記紀神話と矛盾する石器時代はカットしなければならないからだとしか考えられない。こうして日本史は天皇とともにはじまり、未来永劫にわたって天皇への敬愛を刻む歴史として再定義されたのだ。天皇を好きで愛する人がいるのは個人の自由だが、国家権力がそれを強制するというのはじつは天皇自身が最もいやがっていることだ。園遊会である棋士が「私の使命は日本全国の家に日の丸をひるがえすことだ」と恭しく述べた時に、天皇は「強制に渡らないように注意してください」と返した。宮内庁の歴史教育は、天皇神格を否定した実証史学であり、天皇を特別の超人格的存在として位置づけていない。だからこそ天皇家とその親族は、天皇を神として尊崇する靖国神社に参拝しないのだ。
少なくとこれからの小学生は、日本の歴史が大和朝廷に始まるという「真実」を胸に刻んで成長していくことになる。これはほとんど戦前の皇国史観で洗脳された臣民の大脳神経系と変わらない。でも子どもたちは博物館や資料館に行った時に戸惑うのではないだろうか。そこには旧石器から始まる展示品と縄文土器がうやうやしく展示されている。おかしいな・・・日本の歴史は大和朝廷に始まったと勉強し、そう答えなければテストでゼロ点になったのに、この博物館は間違ったな展示をしているとまじめな子どもほど疑問を持つだろう。子どもたちにとっては、聖域である教室の先生と教科書は聖典であり、それは全国学力テストによって採点されるからだ。
さらに怖いことに縄文以前が抹消されることは、ユーラシア大陸との交流による稲作の伝来や、日本列島の非稲作文明を培ってきた南西諸島と北海道文明は歴史に存在しなかったことになる。むしろ網野史学が切り開いた、非稲作農耕文明の多様性にこそ日本文化の伝統の真実があるという学問的業績などどこかへ吹き飛んでしまうかのようだ。歴史学の到達点に敬意を表さない幼稚な歴史偽造が、近現代史のみならず原始・古代史にまでに及んできた。いったい歴史を主観によって操作し偽造する感覚の裏には何があるのだろうか。それは奇形的な偏見に絡め取られた精神の頽廃の極地を示している。再選された都知事は自らの脚本と総指揮によって映画『俺は君のためにこそ死にいく』を公開するそうだが、あまりにいい気になって歴史偽造にいそしんでいる姿を、全世界は近代的市民の最低の条件すら失った極右の異常を侮蔑のまなざしで見つめている。歴史を弄ぶものは遠からずそれ自身によって裁かれるだろう。(2007/4/17
9:40)
◆従軍慰安婦施設の経営者を神として祀る国とは・・・・・
皆さまは3月に国会図書館が従軍慰安婦関連資料を公表し、そこに厚生省(当時)と靖国神社が緊密に協議しながら、合祀対象者を選定していた実態をすでにご存じでしょう。その資料ではA級戦犯合祀も厚生省側からの示唆によって隠密裏に潜り込ませたことが明らかとなっています。ここでは同じ合祀者の中に従軍慰安婦施設経営者が神となって合祀されていることについて考えてみたいと思います。
日本軍の無条件降伏後にオランダ軍はインドネシア地域の旧日本軍戦犯裁判を開始し、バタビア(現ジャカルタ)で民間慰安所「櫻クラブ」を経営していた男性を「婦女子強制売淫」罪で裁き、46年10月に禁固10年の有罪判決を言い渡した。男性は服役中に死亡した。判決文は以下のように指摘している。
「被告は1943年6月2日、軍政監部(Gunseikanbu)から売春宿を開設するように指示を受けた。被告は異議を申し立てたものの、2度目の指示に従って開設した。慰安所は憲兵の監視下に置かれ、オランダ人抑留所などから集めた欧州系の女性20人ほどを採用した。慰安所は売春部門と食堂部門があり、どちらで働くかは当初は自由意思だったが、次第に食堂部門の未成年の少女にも売春を強要し、拒むと「憲兵を呼ぶ」と脅かされ、逃亡して実際に憲兵に逮捕され、監禁された女性もいた。多くの女性たちが自らの意思に反して売春を強制されたことは確実である。」(梶村太一郎 オランダ資料館からの入手資料 中日新聞4月12日付け)
この男性はおそらく身分は軍属であり、収容所で死亡した旧軍関係者として、1967年に厚生省と靖国神社が合祀を決めている。厚生省の合祀リスト選定基準はA級戦犯でも有資格者であるのだから、当然に淫売宿経営者の如きは大した犯罪者ではない。旧日本軍将兵に女性の肉体を強制提供した誉れ高き軍への貢献によって、彼は晴れて靖国の軍神の1人となる資格を得たのである。女性の肉体を毒牙にかけて弄び、兵士に提供して金銭をせびるこの世で最も醜い業である売春業で儲けまくった守銭奴が靖国の神となって崇拝の対象になっているのである。日本の総理大臣の何人かは最大限の敬意を込めて彼に尊崇の意を捧げたのである。
これはドイツでいえば強制収容所所長を神の座に据えて国家の最高責任者が畏敬の念を表するに等しい。もしそうした行為がドイツであれば、たちどころに逮捕され裁判にかけられて牢獄に下るだろう。しかし日本では厚労省の事務手続きでしかなく、靖国神社もひとたび神として祀ったものを人間に引き戻すことは不可能なのである。つまり日本ではA級戦犯を国家に身を捧げた英雄として祀って以降は、その他のどのような犯罪者も神となる資格を持つのである。
国際基準からみて常軌を逸するような非常識的な行為が平然と咎なく放擲されているばかりか、死者を鞭打つ自虐論者として排除する右翼の言辞が日常的にメデイアに登場しはじめた。源流は戦後処理の失敗にあったが、それでも公然と戦争とその加担者をヒロイックに宣揚するのは数十年にわたって憚られてきた。しかしついに戦後レージームの清算を怒号する現首相が登場するに及んで、極右はもはや逆に華やかなタレントと化したかのようだ。それは同時に奥深いところで広範な頽廃とモラルの崩壊が進行することを意味している。彼らはオランダ人慰安婦を指して、あなたがたも欧州植民地主義の手先としてインドネシア支配に加担した罪があるのだ、その罪を問わずして日本軍の批判をするとはおこがましいなどと述べる。もはやここには、自己閉塞して蛸壷に沈んで出口なき闇のなかをあてどもなく漂う難破船のようになってさすらう退廃人格しかない。ましてやそのような頽落した国を愛することを子どもたちに強制し、それを5段階で評価するというのだから、ついに頽廃は極まって堕落の極地に到った。バベルの塔の崩壊に匹敵する終末がすでに準備され、2隻目のノアの箱船はもはや存在しないだろう・・・もしこのままの日本であれば。取り返しのつかない2度目の悲劇が喜劇とならないように、誰がスタンド・アローンであるのか。(2007/4/16
14:02)
◆アメリカ帝国の黄昏−落日は燃えない
1970年代のベトナム戦争に続いて、イラク戦争は果てしない泥沼に陥って、無辜の市民の死が果てしなく続いています。鬼のような形相をした子どもの表情をみると、胸が痛みます。毎日100人前後の死者が報道されていますが、それももはや新聞の片隅に数字だけが掲載されて、世界はイラクを見捨てたかのようです。アメリカ人の大多数はイラク開戦に熱狂し、テロ国家を倒すという大統領命令に歓呼の声を挙げましたが、作戦がうまくゆかなくなると手のひらを返したようにイラク撤退を叫んでいます。彼らはイラク戦争そのものではなく、うまくゆかない不手際を批判しているに過ぎないのです。こうしたアメリカのトライ・アンダ・エラーの誤謬は、もはや一時的な政策ではなく、根底にある思想と戦後の世界戦略そのものの再検討を迫っています。
私はアメリカの根底にあるプラグマテイズム思想を問題にしたいと思います。先験的な普遍的価値や法則を否定し、自分にとっての効果的経験のみを唯一の行動基準とし、自己利益最大化をめざすトライ・アンダ・エラーの規範は、西部開拓期の健康なパイオニア・スプリットから生まれ、誰しも明るい未来に向かって全力投球するアメリカン・ドリームが実現する前進的な意味を持っていました。しかし開拓が終わりフロンテイアが消滅して勝者と敗者が明確に別れ、支配と被支配の体制が強固になると、このプラグマテイズムは多国籍企業の企業倫理と結んで強者の思想となり、強者の自由を力で誇示し強制する思想に変貌を遂げました。プラグマテイズムは、パワー・ポリテイクスの政治思想となって、すべてを「自由か独裁か」という二分法で迫る力の政策を展開しました。日独伊ファッシズムと対決した時代には、「自由」は輝かしい民主主義のイメージで世界をリードしましたが、戦後の米ソ冷戦の中で自由は経済と資本の自由を意味する自由市場経済に矮小化されていきました。
この時に登場したのが、「米国流の自由か、ソ連流の恐怖と圧政か2つの生活様式から一つを選ぶことを求める」(47年 トルーマン大統領・上下両院合同会議演説)というトルーマン・ドクトリンであり、演説の草稿を準備したアチソン国務次官は「たった一つの腐ったリンゴが、樽の中のすべてのリンゴを腐らせる」として、手始めにギリシャ総選挙に強硬介入して左翼を弾圧しました。この「腐ったリンゴ」論は形を変えて「ドミノ理論」となり、ベトナム戦争の大義に利用され、それ以降アメリカ国家戦略の中枢理論として現代に到っています。中東からアフガンを経て東南アジア、朝鮮半島に到る「不安定の弧」理論もその現代版です。9.11直後に「米国を支援しないものはすべてテロリストと見なす」という二分法で「対テロ世界戦争」理論をうちだして世界を脅迫しましたが、EU諸国の多くは拒否して破綻しました。現在は「イスラム・ファッシズム」の世界支配を阻止するという新たなドミノ理論で戦争継続を合理化していますが、追従している先進国は日英のみです(英国も腰が引けてきています)。「希望のイデオロギーが憎悪のイデオロギーに打ち勝つには長い時間がかかる、撤退しない限り我々は勝利する」(ブッシュ大統領 06年11月 ベトナム訪問時)として、驚いたことにベトナム撤退を歴史的誤謬として攻撃するに到っています。
もはや米国の国家戦略は思想的に破綻し、ただ単に自己の覇権を維持する露骨なプラグマテイズムの自己矛盾が誘発されています。あらゆる形而上的な世界観を否定して人間の経験のみに依拠するアメリカ思想は、形而上的権力が君臨している時代には先進的な意味を持ちましたが、もはやどのような意味でも時代の未来を構想できる先駆的な意味を失いました。思想的次元ではとっくにアメリカ帝国は崩壊しているにもかかわらず、相変わらず一極覇権国家としての幻想を維持できるのは、ドル多国籍企業の経済権力と空前の武力を背景とする軍事権力が飛び抜けているに過ぎないからです。この幻想に日本は囚われて、あたかも親分に付き従うさ三下ヤクザか忠犬ポチ公のように媚びへつらう異常な国際行動をとっています。覇権米国への屈従は他方での東アジアに対する優越的態度によってカバーしていますが、大局的にはこうした日本の面従腹背はどのような尊敬も得られないで、ただ単に漂流しているに過ぎません。これは「美しい国」を偽装する犬のようなプラグマテイズムに他なりません。「美しい国」を自称する本人の顔は醜く歪んでいます。覇権の歴史的終焉がいよいよはっきりと姿を現してくる中で、終焉期の断末魔とも云える矛盾が堆積しています。アメリカを中国では美国といいますが、「美」の再定義が求められています。ビューテイフルの日本語訳を「美しい」としては、全く実態を反映しなくなった今、あらたな訳語が必要です。破産した醜悪なプラグマテイズムは近現代思想の墓場に埋葬されるでしょう。(2007/4/6
16:44)
◆身捨つるほどの祖国はありや
いうまでもなくこの言葉は、寺山修司という劇作家にして歌人の<マッチ擦るつかのまの海に霧ふかし 身捨つるほどの祖国はありや>という有名な短歌のものです。はじめて私がこの歌に接してある種の感動を覚えたのは、前半部の私的な風景と後半部の公共価値志向のギャップが非対称的に並列してあるロマンの感性でしょう。敗戦時に3歳であった私の戦争体験の記憶は、わずかに空襲の爆音を聞いてコタツの中に隠れたことでしかありません。それ以降の学校生活は戦後民主主義をベースにした平和と民主が全身にしみ込み、「愛国」は醜悪な街頭宣伝カーの嫌悪すべき大音響に他なりませんでした。「愛国」そのものが空虚な軽蔑すべきイメージで受けとめられ、ハリウッド映画で宣揚されるアメリカ人たちの星条旗への忠誠と誇りある戦死もただ違和感をもって見るしかありませんでしたた。
何らかの超越的な価値に対する無条件の犠牲的な行為そのものが、なにかウソっぽく強いられた作為にしか見えませんでした。そうした公共空間の空白へ流れ込んできたのが、ロシアや中国革命の英雄物語であり、そこには君主や神への献身に替わる「人民」「民衆」の救済という普遍的価値への献身的行為への共感でした。それはどこかはるか上座に君臨する価値への羨望ではなく、まさに自分が日常生活を共にする家族や友人を主体とする価値ですから、虐げられた同胞が解放されるイメージと解放された「美しい」未来への希望を意味しました。しかしその場合でも「愛国」は薄汚れたいかがわしいイメージであり、「愛国」=国粋主義でしかありませんでした。そうしたイメージがすこしづつ融解しはじめたのは、「ベトナム民族解放戦線」の帝国に対するすさまじい抵抗の「愛国」的な犠牲行動であったでしょうか。しかしそれらも革命後のナチスに輪をかけた収容所群島という独裁の実態は、容赦なく希望を託すべき信頼を裏切っていきました。
さて寺山はどのような意味で「身捨つるほどの祖国」を求めていたのでしょうか。彼にしてなお「身捨つるほどの」行為そのものへの肯定や憧れがあったのでしょうか。最近「あなたは○○のために死ねますか?」というキャッチコピーをよく耳にします。○○はいままでは愛する人や家族に代表されていたと思いますが、最近は「国」とか「大義」というすでに死語と化していた言葉が堂々と登場するようになってきたようです。「特攻隊の若者は、死を前にした瞬間に、愛しい人のことを想いつつも、日本という国の悠久の歴史が続くことを願う大義に殉じたのだ」(安倍晋三『美しい国へ』)と日本国の最高責任者が、「散華」や「玉砕」を美化して恥じないような言辞を弄しています。彼の本質はかっての戦争を聖戦とする大日本帝国の思想にあるのでしょうが、戦後60年を経て封印されて打ち捨てられたはずの亡霊の思想が最高権力の座をつかむまでになったとは、本当に思いもよらない時代がきているようで、どうしてこうなってきたのか説明が困難なほどに困惑せざるを得ません。特攻記念館に展示されている特攻兵士の遺書は、検閲を通過した作為的な文章であり、彼らの心情の実相はまさに死を前にして煩悶する修羅にあったにもかかわらず、最高権力者の想像力の貧困はあまりにも残酷に死者をもてあそんで恥じるところがありません。
未曾有の歴史的敗北を喫した戦争の犠牲者の意味を再定義して、ふたたび祭壇に飾ろうとする衝動は、ナイーブな国粋主義の心情によく見られます。彼らの最後の拠点は歴史と伝統に輝く民族の価値です。ちょうど第1次大戦後のワイマールの苦難をドイツ・ロマン主義によって苦し紛れに乗り越えようとしたナチスの残影を見るようです。しかし恐ろしいことにこうした超国家主義の心情にすくなからずの若者たちが共感を示し、さらに一部の知識人が思想的に加担していく現実も、かってのナチス・ドイツとよく似ています。ハイデッガーがナチスの党員証を晴れやかに襟に付け、「ハイル・ヒトラー!」と叫んで授業をはじめたように、日本では田辺元が皇国の殉死を哲学的に基礎づけたように、現代でも「あえて死地に向かっていく志をもった日本人がなくてはならない・・・その志を支えるのは国家と民族の連続性の保証であり、志しに殉じ命を捧げたものに対する思いやりの場として靖国神社は新たな意味を持ってくる」と臆面もなく語る学者が出現しています(中西輝政「諸君!」06年10月号)。閉塞感が強まり未来が見えにくくなればなるほど、歴史修正主義による排外的な民族価値を宣揚する潮流が予想を超える威力を持ち始めています。こうした醜悪なアナクロニズムがポピュリズムとむすんでいまや権力を把握し、自然な市民的な批判すらかき消され、海外メデイアが批判の先端を担うという奇怪な風景が広がっています。君が代斉唱に不服従の教師たちが弾圧を受けているのを東京地裁が否定しても、国内メデイアは遠慮がちに見て見ぬふりをして通り過ぎようとしています。
こうした日本の異常さは、日本の最高権力者が北朝鮮の拉致問題を国際的に強硬にアピールしながら、みずからの旧日本軍の従軍慰安婦の拉致は免罪するダブル・スタンダードを示し、最近は日本の高校教科書から沖縄での旧軍による住民集団自決の記述をすべてカットする事態となり、最高権力者は適正な検定手続きで問題はないと言い放っています。自らの罪責を回避しながら、他者の罪を容赦なく攻撃するという精神構造は国粋主義者に固有のものですが、いまそれがもっともフォーマルに公言されているところに、現代日本の驚くべき特殊性が浮き彫りになっています。彼らにとっては、特攻の死が賛美される崇高なものであるためには、彼らが命を捧げた組織である旧日本軍が汚れた存在であってはならず、そのためには歴史の事実そのものを歪め改竄することに何の痛みも覚えないという異常な神経となっているのです。おそらく日本の歴史史上、いまほど歴史が汚され泥にまみれている時代はないでしょう。こうした自閉的な自己肯定は、自らのモラルの果てどもない頽廃を誘発し、国際基準とのめくるめくような非対称性を示すに到るでしょう。かって日本と同じ国際犯罪を犯したドイツの最高責任者は、犠牲者の墓前に跪いて赦しを乞いましたが、それはなんら自虐ではなく、かえって失われた自らの尊厳を回復するメモリアルとなりました。いったいどちらがほんとうに「美しい」でしょうか。
想い起こせば日本という国は、侵略の被害体験がほとんどない希有の国であり(元寇、幕末の不平等条約をのぞいて)、傷ついた体験は60数年前の大空襲と核被爆であり、多くの国際体験は加害の体験であったのです。私たちは他者の痛みに共感する歴史的条件が希薄な歴史を歩んできました。植民地独立に命を捧げたり、王や独裁者の圧政を倒した体験もなく、いつも「葵の印籠」にぶら下がって歴史を作ってきました。だから「身捨つるほどの祖国」はなかったのです。いま日本の最高権力者が作為的に構築しようとしている特攻の殉死の美学が、偽装された虚構の美でしかないことは、実は民衆自身が心の裏ですでに知っていることなのです。だれも最後の瞬間に「天皇陛下万歳!」と叫んだ兵士はなく、「お母さん!」と絶叫したのです。日本の国家と政府はいままで一貫して国民に死を強制してきましたが、同時に一度も自国民の生命と生活のために、身を磨り減らして行政活動をした歴史はないのです。それは見捨てられた中国残留孤児の人たちへの冷酷な政策や、ハンセン病者への強制断種政策、シベリヤ抑留者への政策、そして現代に到れば過労死するまでに苛酷な労働を強いても、企業と政府は冷ややかに競争力強化を怒号して札束の枚数を数えているのをみればあまりにも明らかです。春の一斉地方選挙の宣伝カーが窓の下をけたたましく走っていきますが、あれほど虚しく民衆を愚弄する姿はありません。いま世界で最も醜く、薄汚れた国にはどめなく転落していっているのが、じつはわが「祖国」日本なのです。しかしかろうじて、真の尊厳を回復する最後のチャンスは依然として残されています。年老いた従軍慰安婦の哀しい叫びが虚ろに響いて消えていくのか、日本軍の命令を受けて手榴弾を与えられ家族もろとも集団自決した沖縄の無辜の魂に赦しを乞うか、企業への忠誠を最高に示して過労死の道を歩んでいる社員たちの魂に土下座して謝るのか、最後の贖いの機会はじょじょに去ろうとしています。(2007/3/31
16:18)
◆世界最速のエレベーターと日本型平等主義の陥穽
世界最速のエレベーターは台北の世界最高「TAIPEI101」(508m)タワーにある最高速度分速1010mの日本製だそうです。1階から展望台の89階までの382.2mを39秒で上昇します。このエレベーターを受注した東芝は、「速さはフェラーリ、乗り心地はロールスロイス」を目標に、横揺れ0.5mm以内、ドアが開いた時の床と建物段差1mm以内という高精度設計を実現した。乗ると15秒で最高速に、7秒過ぎたら減速しあっという間に展望台に着く。10円玉を床に置いても微動だにしない。
ガイドレール420mの83カ所のつなぎ目の歪みは0,5mm以内、振動を吸収するバネの硬度、籠がすれ違う際の衝撃を抑える移動式おもり、F1カーを参考にした流線型の籠、乗客が急激な気圧変化に耐えられる気圧制御装置、モーターの加減速度のコンピュータ処理、レールから4mm浮いて昇降するrニアエレベーターなど最高水準の技術が結晶している。なぜ日本製エレベーター技術は世界最高水準をいくのだろうか。
日本人は欧米と違って時間感覚が異常なのだ。電車がすぐ来ないとイライラし、エレべーターの待ち時間もイライラする。欧米を旅行すればすぐ分かるが、時間表通りに飛行機や電車が運行することはまずない。旅客もごく当たり前のように気長に待っている。日本であればとっくに倒産しているような経営である。三菱電機調査によれば、エレベーターを待っているいる人は、待ち時間の実際と感覚が等しいのは1分までで、それを越えると実際より長く待ったと感じ、2分待つと4分待ったと感じ、イライラ度は1分を超えると急激に増大する。だから業界の待ち時間は1分以内を限界に設計されるが、目標は平均20秒以内である。ではどのようにして平均20秒以内を実現するか。
最新の設計は籠がどの階にいるかを表示しない。籠は複雑な動きをし、必ずしも最寄りの籠が止まるとは限らない。通過や最寄り階にまで来たのに止まらず引き返してしまったりする。なぜか。それはビル内でエレベーターを待っている人の全員を待たせない最適な配車システムを実現しているからだ。@出勤時(みんなが上に行く)A昼食時(みんなが食堂に行く)B退社時(みんなが下に行く)C通常時等の幾つかのパターンをエレベーター自身が認識し、瞬時に判断する。籠には重量計があり、どの階のどの時間に乗客が多くなるかなどの解析をして運転パターンを選ぶ。それでもホールで待っている人の人数や、籠に乗って押す停止階のボタンによって、どこの階で止まるか、その階で何人降りるか分からないなど予測が難しい場合は、待ち時間が一番長くなる状態を想定してそれを選ばないように運行パターンを決定する。この方法を究極まで進めると、運転パターン数を増やせばさらに待ち時間を短縮できるが、その場合にはいったん決めた配車を変更することになり、ランプがついたり消えたりするようになる。これはいかにもエレベーターに操られているような感じで極めて評判が悪い。以上・朝日新聞3月18日付け「ナントカ学2」参照。
日本発の電動式乗用エレベーターは1890(明治23)年に浅草の展望塔「凌雲閣」で、関東大震災でビルが破損し爆破された。最寄りの籠が機械的に昇降する単純なシステムから現代はコンピュータ制御による先端システムに進化している。乗客の平均待ち時間を最短化し、全員が不公平感をもつことなく利用できるという平等主義の理念だ。デモクラシーの初期条件である機会の平等は極限まで実現している。しかしそれは存在の平等を徹底的に排除した上でのことだ。つまり世の中には、こうした高速エレベーターに無関係の生活を営む多くのワーキング・プアがいるということだ。高層ビル建設を自治体が支援する裏側で、無数の社会的弱者が呻き声を上げている。
しかし最近はこのような機会の平等主義さえ横並びの悪平等として批判する市場原理型平等主義が跋扈しはじめた。つまりエレベータの配車においても、すべての階を均等に扱うのをやめて特定階にしか止まらない方式、有料化して高速と通常を差別する方式、一般用と資格者用を分けるものなどなど新たな競争主義的運行システムが登場しつつある。資本力と権力と能力の差異を正しく反映したエレベーター原理こそ真の平等だと主張する。他方では性や障害の有無によって利用資格を差別化するノーマライゼーションを適用した運行システムも登場している。ここには「平等」原理をめぐる価値の対立が露わに示されていて非常に面白い。
ただし日本製エレベーターが欧米では敬遠されるのはなぜか。あまりに運行時間と待ち時間を最適化した効率最優先の日本型システムは、時間に追いかけられて時間の奴隷になっているような被拘束感をもたらし、人間が時間を超えてゆっくりと生きる−という欧州スタイルでは、このような速度の支配は文化的に忌避されるのだ。すると「平等」原理は時間感覚の文化によっても違ってくると云うことになる。これは実の面白い問題を含んでいるが、日本的な速度の支配はなぜか哀しい気がしてくるのだ。(2007/3/18
11:01)
◆歴史の記憶をこころに刻むということ
米国ヴァージニア州議会が奴隷制謝罪決議を全会一致であげ、米国下院は従軍慰安婦公式謝罪決議を審議しようとしている最中にあって、韓国近現代史における市民虐殺や人権侵害を調査する国家機関「真実・和解のための過去史整理委員会」は、申請受理1万0860件のうち9154件について、真相究明の調査を開始すると発表した(3月14日)。調査開始案件は以下の通りである。(同委員会は05年12月1日に独立国家機関として発足し、日本植民地支配から軍事独裁政権直後までの1世紀を調査対象とし、09年まで調査をおこなう。2年延長可能)
▽朝鮮戦争(1950−53年)前後期 軍・警察・右翼団体・米軍による市民犠牲事件(7533件)
▽北朝鮮・左翼勢力による集団犠牲事件(1485件)
▽抗日独立運動(84件)
▽軍事独裁政権下での人権侵害(52件)
▽関東大震災7000人朝鮮人虐殺事件(1923年)、在日アナキスト系朝鮮独立運動弾圧事件(1920年代〜30年代)を含む
私は3月10日のエッセイで、ワイツゼッカー「荒れ野の40年」演説を日本に引き写して「荒れ野の60年」という架空の演説を掲載しました。しかし私は8月15日の敗戦記念日を念頭において起草したのですが、残念ながら我が国の明治維新以降の近現代史の真実についての解明は公的にはいっさいなされてこなかったことに思い至りました。韓国近現代史と同じように、日本国内でも凄惨な虐殺や人権侵害が繰り返され、犠牲者たちの尊厳と名誉は回復されることなく今日に至っています。逆に司法は、国家無答責や20年で賠償請求権が消滅する除斥期間という時効の論理で犠牲者たちの名誉回復を拒否しています。昨日14日の中国人強制連行新潟事件の高裁判決も政府と企業の賠償責任を否定しました。これは戦時期に新潟港に強制連行された901人の中国人が新潟港運(現リンコーコーポレーション)のもとで重労働を強いられ、159人が死亡したというものです。我が政府は北朝鮮の拉致について強力な抗議と圧力をかけながら、過去の日本による拉致・強制連行の謝罪と補償は無視するアンヴィヴァレンツな態度をとっています。
2月のバージニア州議会決議は「奴隷制はあらゆる人権侵害のなかでも、アメリカ建国の理想を侵害する最も恐ろしいものであり、。廃止後もアフリカ系への差別や陰湿な制度と慣行があり、それはすべて人種差別と偏見、誤解に根ざしたものだった。真に悔い改めるという精神が政府を代表して国民に示されることによって、和解や救済が促され、過去の誤りを繰り返すことや、明白な不正行為を無視することを防ぐことができる。アフリカ人への奴隷扱いと、先住アフリカ人を搾取したことに深い遺憾の意を表する」としています。決議反対派が原案の「謝罪」に反論したので「遺憾の意」に変更されたそうですが、にもかかわらず1619年から1865年までの奴隷制について140年を経た後に公式謝罪しようとする歴史に対する誠実さの水準を思い知らされます。太平洋戦争中の日系米国人強制収容に対する大統領の公式謝罪と補償に次いで、米国では過去史究明によって歴史の汚点を公然と認め真実の側に立つという国家のふるまいがあります。これらの米国ヒューマニズムはおそらく、近い将来にはイラク侵略の罪を認め謝罪することになるでしょう。
こうしてグローバルに進む歴史への記憶の作業に比して、日本の態度はあまりにも常軌を逸した不誠実さをさらけだして全世界の嘲りをかっています。もはや死期が近い従軍慰安婦本人の血の叫びの証言に対し、日本の首相は「お前の云うことは証拠がない。お前は金目当てで好きでやったのだろう」と言い放ちました。この発言は女性たちの傷跡を開いて塩を塗り込むような破廉恥な暴言でした。おそらく日本の首相はほんとうに悔い改めてはいないのでしょう。彼は自国民の拉致事件を利用して首相の座をつかみ、今はまたそれを利用して延命を図ろうとしています。この発言はアメリカ下院議員の怒りを買い、決議案の共同提案者は最初の6人から一挙に超党派の42人に急増しています。
日本の首相は戦後レージームの転換といって、憲法9条の改正をめざし「美しい普通の国」になるんだと云っていますが、この「美しい」「普通」という日本語の意味は国語辞典の本来の意味とはかなり違うようです。みずからの罪をごまかさず誠実に歴史を刻んでいくのが、「美しい」歴史の国だと思いますが、彼にとっては過去の真実を隠蔽して醜さを抱え込み、戦争も辞せずにひたすら経済進出をとげていく元気さが美しいということのようです。こうした心情は多くの場合、旧世代の権力層を父祖にもつ子弟の世代に生まれやすい心性です。なぜなら父祖への肉親の情は、父祖の犯した汚らわしい行為を無意識のうちに排除したり、合理化しようとする反射的な本能を呼び起こすものだからです。
しかしこうした心性が一定の支持を集めるのはなぜでしょうか。残念ながら世の行き末に不安が立ちこめ、自分の生活と将来に確たる見通しが失われ、じょじょに追いつめられていった時に、自分の無力を痛感する一部の民衆は強力なメッセージを発して断言的に言い切る指導者に共感して将来を託する心性が誘発されます。後になって彼は独裁者だったのだと気づくのですが、いったん選んでしまったら後戻りできなくなって、影の恐怖に追われるようにひたすら独裁の中で長らえようと必死になっていきます。私たちは60数年前にこの痛苦の体験を肌身に滲みて感じたのですが、60数年はある世代が次の世代に交代していくに充分な時間であり、いつのまにかあの苦い体験は脳裏から消え去っていきます。だからこそ多くの戦争は、ほぼ60周年サイクルで起こることになるのです。
しかし欧州ではもはやかってのような大規模な戦争は起こらないでしょう。EUという国家統合もありますが、あの悲惨な2度にわたる大戦の悲劇をきちんと記憶として次世代に伝える心情とシステムが整備されているからです。一部でネオ・ナチズムが跋扈することもありますが、それが大勢を制することはないでしょう。ひるがえって我が日本はどうでしょうか。日本は戦争の最高責任者の裁きに失敗してから、過去の罪責の点検と記憶の作業にグズグズした時間のみを費やして先送りしてきました。逆に居直ってしまい、過去の真実を最高権力者がゆがめても訴追されない異常な国に堕しています。欧米でナチスを擁護する政治家など想像を絶する漫画的事象です。私たちは最後のチャンスを迎えようとしています。それは犠牲者である従軍慰安婦や強制連行者が高齢を迎え、すでに死期が近づいてこの世から消え去るからです。彼らや彼女たちが生きている間にせめてもの償いを尽くして、良心の痛みをかすかにでも歴史に刻むことができるかどうか。韓国「過去史整理委員会」が2009年に提出する報告書は、日本にとって過去と未来への決定的な分岐点になるでしょう。
私は最後に提案したいと思います。明治維新(1868年)から現代に到る140数年の日本近現代をすべて洗い直し、生起した人権侵害の事実を掘り起こし、歴史の真実を明らかにして、被害者への公式謝罪と補償を公的に実施する独立国家機関を設置することを。このときはじめて日本は「美しい普通の国」になるような気がします。(2007/3/15
9:50)
追記)米ノースカロライナ州議会は奴隷制度の正式謝罪決議を12日に決議した。「遺憾」決議はバージニア、メリーランド州議会で採択されていたが「謝罪」決議は初めてだ。同州決議は独立時に同州の30%の世帯が奴隷を所有し南北戦争時に囚人高野30%を占める33万人の奴隷がいたことを指摘し、1863年の解放宣言で参政権を認めながら、1900年にはそれを否定し、学校の人種隔離を実施、その結果1950年までに27万人のアフリカ系州民が他州に移住したとしている。奴隷制度を実施したことを正式に謝罪し、同胞の基本的人権と尊厳を否定し、それを長引かせた政府の行為に対し、深い悔恨の念を表する。個人の尊厳を尊重し、社会から人種偏見や不正義、差別を根絶するよう日々努力するよう呼びかける。(決議は全員一致)
米内務省は第2次大戦中の日系米国人を敵性人種として強制収容したトパーズ収容所(ユタ州)を国立史跡に指定した。跡地に残るバラック、監視塔のコンクリート跡の風化が進み保存対策を急いでいる。真珠湾攻撃の直後に米政府は12万人に上る日系人を10カ所に収容したが、史跡指定は6カ所に上る。収容所跡を負の歴史として保存する法案にブッシュ大統領は06年に署名した。内務省は、帝国ホテル旧館設計者であるフランク・ロイド・ライトがてがけたベス・ショーロム・シナゴーグ(ペンシルバニア)、ハワイ王朝最後の統治者リリウオカラニ女王の住宅(のちに州知事公邸)ワシントン・プレイス(ホノルル)も同時に指定した。(2007/4/15
8:28)
◆アメリカの草の根民主主義−バーモント州タウンミーテイングを聞いて
アメリカはほんとうに不思議な国です。何の理由もなく他国に攻め込んで破壊し、勝手に逮捕しては秘密収容所で拷問にかけ、つい最近までは肌が黒いだけで学校へ入学させないなどの悪業をくりひろげながら、他方では強制収容した日系米人に公式謝罪して補償し、従軍慰安婦の公式謝罪を日本政府に求める決議をしています。最近ではバージニア州議会が奴隷制謝罪の決議を挙げました。美しさと醜さが入り交じって、なにか巨大なモンスターのような感じがします。さて最近いっせいに各州でタウン・ミーテイングというアメリカ独特の住民集会が開かれ、大統領を弾劾する決議をあげています。ここではバーモント州の流れを見てみましょう。
バーモント州(人口60万人)のタウン・ミーテイングは、市町の問題を居住有権者が集まって話し合い、投票で多数意見を明らかにする直接民主主義です。独立前からの230年以上の伝統があり、毎年3月に開かれる第1火曜日は「タウン・ミ−テイングデー」と呼ばれています。市町の公職者の選出や予算を決めたり、州や全米レベルの問題も話し合います。今年のタウン・ミーテイングでは連邦議会にブッシュ大統領弾劾を求める決議が40市町村で、イラク派兵兵士の即時帰国を求める決議が20市町で採択されました。採択した市町には同州最大都市バーリントン(人口4万人)、ベニントン(人口1万5千人)、ミドルバリー、リッチモンドなどが含まれています。多くの決議は民主党、共和党支持を問わず全会一致です。昨年のタウンミーテイングでは大統領弾劾決議はわずか5市町でした。決議は連邦議会への拘束力はありませんが、議会での新たな議論を引きおこし、大統領への圧力となります。
さてこうした弾劾決議が採択される過程には市民たちの地道な努力があります。3月6日の一斉タウンミーテインブに向けて、2月半ばから住民の間で議論と支持集めの行動が始まり、新聞やラジオでの広告をうちます。直前になると退役軍人や息子を亡くした母親、賛同するミュージシャンが各地を回り、支持と出席を集中的に訴えます。誰かに促されてやるのではなく、各人が自分たちの手で動かすようなアイデアがさまざまのグループや個人から生まれていきます。
ここにはアメリカ・デモクラシーの原点があるような気がします。日本は代議制民主主義の経験が強いので、誰かに依存して委託する傾向がありますが、自分たちのことは自分たちで処理するというデモクラシーの原初的な姿が生きているような気がします。この背景にはいうまでもなく、未開の荒野を無一文から切りひらき、街をつくり生活を営んできた西部開拓のリアルな体験があります。同時に誰にも依存せず、しかも助け合いながら生きていくという、自己決定・自己責任の云い意味での自立したフロンテイア・スピリットがつくられ、努力した者が成功するアメリカン・ドリームの時代が切りひらかれました。しかし同時にそれは先住インデアンを駆逐して支配し、南部諸州では黒人奴隷を酷使する影の汚い部分をも抱えこみました。全世界から迫害された人や貧しい人が自由と夢を求めて、アメリカに殺到し、アメリカはまさに世紀の自由と豊かさを象徴する国になりました。
輝かしいアメリカのイメージに影が差してきたのはいつからでしょうか。ベトナム帰還兵を描いた「7月4日に生まれて」で描かれた薄くらく風にはためく星条旗は、そのアメリカのイメージの転換を象徴しているようです。やはりベトナム戦争がおおきな転換だったのでしょうか。冷戦崩壊後の一極帝国として君臨するなかで、成熟したアメリカの闇と影の部分が露わに姿を見せ始め、率直にいっていまでは世界で最も嫌われる国となってしまいました。もちろんこの背景には奢れる米国市民と多国籍企業のの醜い姿がありますが、同時にもはやアメリカ・モデルが世界を主導する意味を失っていったのです。自由な競争による自己決定・自己責任は富者や強者の言葉としては有効ですが、ともに助け合いながら生きていく市民の言葉としてはもはや害に転化したのです。
しかしアメリカの地域の住民レベルでは、依然として伝統的な自治の生活が連綿と生きていることを改めて知ることができたのが、このタウン・ミーテイングに他なりません。バーモント州は米北東部の文化的水準の高いいわゆる東部地域であり、全米でこのような地域デモクラシーが健在なのかどうかは知りませんが、少なくともこうした伝統が違和感なく定着していることは、自己決定・自己責任の野蛮な競争モデルではないアメリカが確かにあるということを物語っています。
自分たちの町の判事や保安官、校長を自分たちで選び、町の予算を話し合いで決めることが普通の習慣になっている国では、決してファッシズムや独裁は出現しないでしょう。そうした経験がなく、なにかえらい人が町を動かしているという実感しかない国では、独裁が出現しやすいでしょう。水戸黄門が葵の印籠を出すことを願っていつまでも我慢するTV番組を涙を流して喜んでいる人がいる国では、タウンミーテイングはできないでしょう。日本は自己決定・自己責任のアメリカ型競争モデルを参考にするのでしょうか、それともタウン・ミーテイング型直接民主主義のアメリカを参考にすべきなのでしょうか。(2007/3/11
9:57)
◆「荒れ野の60年」(日本国衆議院及び参議院本会議における戦後60周年記念式典仮想演説)
注)この仮想演説は、日本国首相による戦後60周年を記念しておこなわれはずであったが諸処の事情により陽の目を見ることなく国立公文書館に保存された。演説の草稿はこのHP開設者である荒木國臣が、ドイツ大統領ワイツゼッカー演説「荒れ野の40年」を参照して起草し、幾多の修正・加筆を経て最終原稿となったが、当時の与党の歴史修正主義の潮流によって不採択となったものである。近時の従軍慰安婦をめぐる米国下院議会決議を受けて、敢えて公開しふたたび市民の信託を仰ごうとするものである。
ご臨席の皆さん、そして国民の皆さん、日本に住むすべての皆さん
多くの人が太平洋戦争が終結を迎えたあの日を思い浮かべております。
1945年8月15日は東アジアにおいてこの上ない重要な意味を持った日であります。
私たち日本人はこの日を私たちだけで記念していますが、これはどうしても必要なことであります。私たちは8月15日の意味を自らの力で見いだし、言いつくろったり、一面的になることなく、真実を直視する力が求められており、私たちはその力を持っていると信じます。
私たちにとっての8月15日とは、なによりも人びとが舐めた辛酸を心に刻む日であり、同時に日本の歴史の歩みに思いをこらす日でもあります。この日を記念するに際して誠実であればあるほど、よりこだわりなくこの日のもたらした帰結に責任をとれるのです。
私たち日本人にとっての8月15日は、祝賀すべき日ではありません。この日を迎えると、さまざまな体験を思い浮かべます。故郷へ帰った人もいれば、故郷を失った人もいます。解放された人もいれば、囚人となった人もいます。夜毎の爆撃の不安が去り、生きのびたことをありがたく思った人もいれば、自分の祖国が完膚無きまでに敗れたことに胸を痛めた人もいます。幻想が砕かれて胸ふさがる想いもあれば、新たな出発を告げられた人もいます。
方向を見極めることは困難で国中が確信を失っていました。無条件降伏であり、運命は敵の手中にあり、仕返しの恐怖に打ちひしがれました。多くの日本人は大義のために戦い、堪え忍んでいるものと信じていました。ところがすべては虚妄で無意味であり、私たちは犯罪的な軍部の非人道的目的に操られていたことが明らかとなったのです。肉親はどこにいるのか、この廃虚から何か建設できるのだろうか、疲労困憊してなすすべを知らず、私たちは呆然として焼け跡にいました。振り返れば暗い奈落の過去であり、暗く不確実な未来だけがありました。
しかし時が経つにつれて、8月15日が解放の意味をもっていることがはっきりしてきました。天皇制絶対主義の暴力支配と人間蔑視の神懸かりから私たち全員が解放されたのです。しかしいま故郷を失い、占領の憂き目におちいった原因は敗戦にあるのではなく、まさに日中戦争から太平洋戦争に至るあの暴力支配にこそ、原因があったのです。1945年8月15日と1941年12月8日は切り離すことは許されないのです。1945年8月15日が日本歴史の誤った流れの終結点であり、ここに未来への希望の芽がかくされていたのです。
U
8月15日は心に刻むための日であります。心に刻むというのは、ある出来事を自らの内面の一部にして誠実に純粋に思い浮かべることであります。私たちはいま、戦いと暴力にたおれたすべての人びとを哀しみのうちに思い浮かべています。戦いに苦しんだすべての民族、なかんずく我が国の侵略によって姓名と言語を奪われ、強制連行と大虐殺の対象となった台湾・朝鮮・中国の無数の死者を思い浮かべます。そしてフィリピンから東南アジアに到る無辜の犠牲者を思い浮かべます。日本人としては倒れた同胞、空襲で命を落とし、核爆弾の洗礼を受けた同胞の痛みを思い浮かべます。虐殺された南京の市民、青春を散らした従軍慰安婦、そして戦争に抵抗して獄死した無数の抵抗者、虐殺された敵軍の兵士を思い浮かべます。治安維持法の犠牲となった人びとを思い浮かべ、敬意を表します。積極的に抵抗することはなかったものの、良心を捨てることなくみずから死を選んだ人びとを思い浮かべます。
はかりしれない死者の側に、人間の悲嘆の山並みがつらなっています。
死者への嘆き、
傷ついた者への嘆き、
犯された者への嘆き、
空襲の夜の嘆き、
故郷を追われ、暴行・略奪を受け、強制労働を迫られ、拷問を受け、飢餓に突き落とされた者への嘆き、
逮捕され殺されるのではないかという不安、
目標をすべて失い、希望を奪われた者への嘆きーこうした嘆きの山並みが連なっています。
彼女たちの苦難と忍従を世界史は、いともあっさりと忘却の彼方へとつれていきます。彼女たちは不安に怯えながら、必死に働いて子どもたちのいのちを支えてきました。戦場で倒れた父親、息子、夫、兄弟、友人を悼んで参りました。このうえない暗い日々にあって、人間の光が消えないように守り続けてきたのは彼女たちでした。生きのびた男が生還してくると、彼女たちはまたうしろに引き下がり、多くの女性たちは独身のままに孤独な生涯を選びました。破壊と荒廃、残忍で非道な行為によって内面が崩れていくのを食いとめたのは、まずもって女性たちです。彼女たちは親権も選挙権もなく、男に服従しながら、時には大日本婦人会の小旗をうち振りましたが、戦場で死にいく兵士たちは、最後の瞬間にあなた達を求めて叫んだのです。
V
日本の軍部ファッシズムは、東アジアへの底知れぬ蔑視を隠すことなく、支配の道具として八紘一宇の大東亜共栄圏の虚飾のもとに侵略を繰り返しました。彼らは支配地において、いたいけな少女を強制連行して性的奴隷としてすべての尊厳を奪い尽くし、南京では火を放って無辜の市民を虐殺しました。占領地の若者を日本列島に拉致して強制労働に従事させていのちを奪いました。多くの日本人はこれらの蛮行を知りながら、冷淡に知らぬ振りをし、底意のある不寛容の態度に身を任せました。目を閉じず、耳を塞がずにいた人、調べる気のある者なら気づかないはずはありませんでした。あまりにも多くの人びとが実際に起こっていることを知らないでおこうと努めていたのです。当時幼かった私も例外ではありません。良心を麻痺させ、軍部の扇動を信じて、目をそむけ沈黙することのほうが楽で安全でした。戦いが終わり、戦場であった筆舌に尽くしがたい非道の全貌がじょじょに明らかになっても、私は知らなかったという人があまりに多かったのです。
一民族全体に罪がある、もしくは無罪であるということはあるでしょうか。罪は個人的なものであり、一部の軍部指導者が悪いのだ−という人もいます。しかし露見した罪もあれば、隠しおおせた罪もあります。告白した罪もあれば否認して通り抜けた罪もあります。しかし自覚してあの時代を生き、良心に従って抵抗した人を除いては、すべての人は自分がどう関わっていたかを静かに自問して頂きたいのであります。いまの日本人の大多数は、まだ生まれてもいなく、自分が手を下していない行為について自分が罪を負うことはありません。しかし私たちの父祖は容易ならざる負債を私たちに残したのです。罪の有無、世代を問わず、私たち全員が過去の帰結に連なっており、過去を引き受け、責任を背負わなければなりません。
問題は過去を克服することではありません。そんなことはできません。後になって過去を変えたり、無かったことにするわけには参りません。過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となるのです。非道な行為を心に刻まない人は、またそうしたことを犯すのです。私たちは、東アジアの人びと、特に朝鮮・中国の人々を心に刻み、人間として心からの赦しを乞うものです。もし私たちがかって起こったことを心に刻むかわりに、忘れ去ったりなかったことにするようなことがあれば、これは単なる非道に留まらず、生き残った人びとをもう一度傷つけ、和解の道は永遠に閉ざされます。
W
8月15日は日本の歴史のみならず、アジアの歴史に深く刻まれています。私たち日本にとっては敗戦記念日ですが、アジアの人びとにとっては解放記念日であり、独立記念日なのです。私たち日本はアジアのなかで、いち早く近代国家の道を歩み、脱亜入欧をめざして第2白人の称号を手に入れて、アジア支配にのりだすという過ちを犯しました。国内の災いを海外に転化して激情の炎を燃え上がらせる超国家主義が権力を手にして、狂気の道にのめり込み、日独伊3国軍事同盟という致命的な選択をしました。ABCD包囲ラインという封じ込めを理由に日本の罪責が軽くなることはありません。太平洋戦争という暴力に訴えたのは、天皇を最高司令官とする東条英機首相と軍部であり、多くの日本人はそれに狂喜し参戦を支持したのです。最後に廃墟と化した祖国に、パイプを吹かす米占領軍最高司令官の姿が降り立ってから、星条旗は敵の旗ではなく、占領軍の旗として日本の空にはためきました。
私たちの父祖たちは、占領軍にひれ伏しみずからの罪責を裁くことなく、国際軍事法廷によるA級戦犯の処断に到りました。大日本帝国軍最高司令官は訴追を免れ、多くのA級戦犯が名誉を回復し、公職に復帰しました。軍部独裁によって苦しめられ、隷属して汚辱にまみれた人びとは解放されることなく、獄中で命を落としました。
X
破壊も恣意的でしたが人びとが分かちもった重荷も恣意的でした。罪なくして迫害された者がいる一方で、まんまと逃げおおせた者もいました。故郷に帰還して暮らし始めた人もいれば、父祖の地を追われた人もいました。廃虚からの物質的復興という課題と並んで、精神的な課題は2度と戦争を許さない平和の課題でした。他の人びとの重荷に心を砕き、常にともに重荷を担い、忘れ去ることをしないという、人間としての力が試されたのであります。私たちは占領の力を借りつつも、世界にまれに見る戦争と軍隊を否定する憲法をつくりあげました。これこそかって敵だった人びととの和解を遂げようとする私たちの誓いの証しであったのです。このことを忘れて8月15日を思い浮かべることは私たちには許されません。従軍慰安婦として尊厳を蹂躙された人びと、南京で虐殺された無辜の市民と子どもたち−私たちはほんとうにその親族の気持ちをもたなければなりません。つい昨日まで日本軍によって殺されていた人びとが、日本の廃虚の復興を助けるためには、日本が2度と暴力を行使することはないという確信が必要であったのです。
しかし真っ先に救援の手をさしのべなければならない人たちは、私たちではなく、私たちが強制連行して強制労働させてきた朝鮮・中国の人々でした。この人たちこそ故郷を追われてもっとも辛苦を味わい、8月15日を過ぎても激しい悲嘆と不安にさらされていたのです。自分の祖国の土地にいる私たち日本人は、彼らの運命の苛酷を理解する想像力と感受性に欠けていたのです。彼らは意向を尋ねられることなく、不正に耐え続け、無抵抗で服従せざるを得なかった人たちです。この不正に対してどんな償いと補償をし、正当な言い分で謝罪しても、彼らの身の上に起こった恐るべき犠牲を埋め合わすことはできません。いま故郷への帰還を果たせずにこの異郷の地に骨を埋めようと決意している人びとに、煩わされることのない安定を保障することこそ、せめてもの私たちの償いであります。
1945年に始まったアジアの新しい出発は、実は新たな冷戦のスタートに向けた一時的な休戦でしかありませんでした。私たちの日本は、米占領軍の永久基地と化して太平洋の対ソ前線基地となり、かって私たちが植民地とした半島で同胞相争う悲劇的な内戦がおこり、その戦争需要で日本はふたたび戦前の経済力水準を回復しました。2度と暴力に訴えないと誓って出発した私たちは、じつは他の国の戦争で繁栄を恢復するという事態が起こったのです。
アジアの諸民族はみずからの故郷を愛しています。それは日本とて同じであります。自らの故郷を忘れうる民族が平和に愛情を寄せることはありません。かって日本の暴力に痛んだ国々は、追われた者が故郷に寄せる愛情によってみごとに自分の祖国を復興させてきました。そこには復讐主義はなく、かっての軍部指導者と民衆を区別するという気高い態度をとりました。こうしたかっての痛みを耐えた国々が願う態度にふさわしい国であるかどうか、日本は静かに考えなければなりません。
Y
60年前に終わった最後の戦いの悲惨さは、人びとの心にかってなかった平和へのあこがれを呼び覚ましました。アメリカ政府は戦時中の日系人収容を公式に謝罪し補償をおこないました。ヒロシマに核爆弾を投下したエノラ・ゲイの飛行士は罪の意識に苦しみ謝罪しました。こうして相手が手を差し出すのを待つのではなく、自分の方から相手に手を差し出すことは、はかりしれないほどの貢献を平和にもたらします。かっての敵は人間的にも政治的にも互いに近づくことになりました。戦いの傷を癒すために多くのアジア人やアメリカ人が、敗れた私たち日本へ私財を投じて援助を送ってくれました。いま日本は中国とも国交を回復し、経済的な関係を一段と強化しています。
憲法第9条は私たち日本のアジアと世界に対するゆるぎない平和の回答です。8月15日がもつこの意味について、もういちど心に刻む必要があります。日本は世界の高度工業国として奇跡的に復活し、羨望と尊敬を集める国となっていますが、この経済力の源泉は私たちの憲法第9条にあり、この経済力を世界の飢えと貧困、平等への戦いに振り向ける責務があることを私たちは知っています。60年間にわたって、私たちは1人の人間も殺さず1人の同胞も戦死しないという奇跡の時代をつくって参りました。傲慢不遜である理由は些かもありません。もし私たちが未来へのガイドラインとして自らの歴史の記憶を役立てるなら、この60年の歩みを心に刻んで感謝することが許されるでしょう。
−大日本帝国においてハンセン病患者が強制隔離されたことを心に刻むならば、いま病んでいる市民に温かい目を注ぐことが私たちの課題だと理解するでしょう。
−人種、宗教、民族、政治的理由で迫害され、迫りくる死に怯えていた人びとに、牢獄への幽閉が準備されていたことを心に刻むならば、今日不当に迫害され、私たちに保護を求める人びとに門戸を閉ざすことはないでしょう。
−独裁下で自由な精神が迫害されたことを想起すれば、どのような思想や批判であれ、それが私たち自身に厳しい矢を放つものであっても、その自由は擁護されるでしょう。
−朝鮮半島の情勢について判断を下す際に、日本人が朝鮮人にもたらした運命が現在の分断の引き金になったこと、その条件が今日なお人びとの重荷となり、危険に曝しているのだということを是非とも考えて頂きたい。体制が違っても平和な隣人関係が中心課題であり、互いに尊敬し合い、心に刻み合うことが求められるしかるべき理由があるのです。
Z
戦いが終わって60年を経ても日本には外国軍隊が駐留しています。この基地から多くの暴力がアジアに飛び立ち、無辜の市民たちを恐怖にさらしています。私たちはすべての民族に対する正義と人権の上に立つ平和を希求するという誓いを果たさなければなりません。壁に囲まれて国境越しに暴力をひらめかしながら和解をもたらすことはできません。国境が互いを分け隔てるのではなく、互いを結びつけるものでなくてはなりません。15年戦争の惨劇の結末がそのことを私たちに告げているのであります。
大戦から60年を経て、いま過去についてかくも活発な議論がおこなわれているのはなぜでしょうか−このように自問したり、私に問いかけてくる若者がいます。20周年や40周年の時よりもなぜ活発なのか、と問いかけてくるのです。これはどのような内面の必然があるのでしょうか。この問いに答えるのは容易ではありません。外部からの影響があることは否定できませんが、もっぱらそこだけに理由を求めてはなりますまい。
人間の一生や民族の運命にとって、60年という歳月は大きな意味を持ちます。責任ある立場にいた世代が完全に交代するまでに約60年が必要であり、かって受けた救いや助けの記憶は往々にして60数年しか心に刻んでおけないのです。60数年を経て新たな世代が交代し、戦争の記憶が消えつつあるなかでふたたび試練が訪れようとしているのです。暗い時代が終わり、新しい未来への明るい展望が開けるのか、それとも過去の記憶を忘れてしまったとする道をたどるのか、大きな分かれ道に逢着する時期なのです。戦争を知らない新しい世代が政治の責任ある位置に就き、彼らにかって起こったことの責任はありませんが、しかしその後の歴史に生じてきたことには責任があります。私たち年長者は若者に対し、夢を実現する義務は負いませんが、心に刻み続けることの大切さを理解できるよう支援しなければなりません。ユートピア的な救済論への逃避や、傲慢不遜なモラルハザードに陥ることなく、歴史の真実を冷静に見つめ、私たちからのバトンを正確に受けとるように励まさねばなりません。
人間は何をしかねないのか−これを私たちは自らの歴史から学びましたが、それによって別のいい人間になったなどと思い上がってはなりません。私たちはこれからも人間として危険に曝され続けるでしょう。しかし私たちにはこの危険を繰り返し乗り越えていくだけのちからが備わっています。
東条英機たちはいつも、偏見と敵意と憎悪をかきたてることに腐心していました。
若い人たちにお願いしたい。
他者に対する敵意や憎悪に駆り立てることのないようにしていただきたい。
朝鮮・韓国の人びと
中国の人びと
マイノリテイの人びと
これらの人に対する敵意や憎悪を駆り立てることのないようにしていただきたい。
若い人たちは、互いに敵対するのではなく、互いに手をとりあって生きていくことを学んでいただきたい。
従軍慰安婦は強制ではなかったなどと恥ずかしい言い逃れはしないようにしていただきたい。
南京大虐殺はまぼろしだなどと歴史を偽る言動に耳を貸さないでいただきたい。
日の丸や君が代を拝礼しない人がいても、嫌な気持ちにならず自由を認めていただきたい。
自由を尊重しよう!
平和のために力を尽くそう!
公正をよりどころにしよう!
正義については内面の規範に従おう!
今日の8月15日にさいし、でき得る限り真実をのみ直視しようではありませんか。
(2007/3/10
22:32)
◆昼休みに誰と一緒に弁当を食べるのか・・・・・
いま学校での子どもたちの最大の問題は、昼休みに誰と一緒に弁当を食べるかということだ。この判断に誤りがあればちょっとした契機でいじめに巻き込まれるてしまうからだ。だからクラスや授業で自由にグループ編成をすることは避けなければならない。誰かがあぶれて傷つき、あぶれた子ども同士が集まる暗いグループができてしまうからだ。学校でのグループ分けは出席番号でおこなうのがもはや常識となっている。
福岡県筑前町の中学2年の森啓祐君(13)は、休み時間になると何人かの男子に入れ替わり立ち替わり、囲まれて「うざい」「きもい」「死ね」などの罵声を浴びせられ、机をバンバン叩かれた。追いつめられた彼はついに自死した。彼の自死の後に別の生徒が標的になり、それが収まると男子からこんな声が聞こえてきた。
「森がおらんけん、暇や」
「誰か楽しませてくれる奴、おらんと?」
いじめが学校での唯一の「楽しみ」となっている。もはや日本では、文科省の統計とは反対にいじめのない学校はないと考えた方がよい。東京都内のある中学のA子は、いじめだけが生きがいだったという。
「学校はつまらない。毎日、いじめの計画を立てて、やった時の様子を話し合うのが楽しかった。生きているって感じだった」
子どもたちのブログには、匿名で同級生の悪口を書き連ねるフザケが流行している。当人の知らないところで、あることないことを記し、誰かにラベルを張っては互いに笑い合っている。もはや学校はいじめなしに生活が成り立たない集団となっている。いじめをいやがったり、断ったりすれば、自分が標的になる。いじめたいとは思わないのに、苦しみながらいじめる被害者ともいえる加害者が増えている。遊び感覚でいじめを始めても、次第に嗜虐の快感が上昇し、いつ自分がいじめられる側に転落するか分からない不安の影に怯えて、よりいじめを高度化させるしかないサバイバルのようなゲームにはまっていく。いじめなければいじめられ、いじめていればいじめられない共犯の仲間意識が強められる。さっきのA子はいじめる側の中心にいたが、あるきっかけでいじめられる側に逆転し、いじめから逃れるために家出して最後は非行グループに転落した。
ケータイの世界は子どもたちの関係を一変させた。例えば着メロを相手によって違うように設定し、ある特定メールのみを即ゴミ箱行きにして排除します。あまり意識することなく、直接手を下すことなく他者を傷つけることができます。SNSのミクシイに特定人物を攻撃するなど匿名を利用した方法もあります。いつの間にか排除されたり、誹謗中傷された被害者のダメージはほんとうに深刻なのです。或いはミクシイに何の気なしに私生活の事実をもらすと、イタイ人間として攻撃が始まったりします。イタイとは”痛々しい”(見るに堪えない、こちらが引いてしまうような人間)という意味で、罵詈雑言が巻き起こったりします。ネットで悩みを打ち明けると、とたんにメンヘル系(メンタルヘルス)と呼ばれてネット上に曝されたりする場合があります。
いま「美しい国」・日本の子どもたちは、何らかの形でこのような陰惨な生活を学校で過ごしている。他人の悩みや痛みを我が事として受けとめるなどは脳天気そのものです。人を攻撃することに快感を感じ、生きている実感を味わういきがいになるまでの歪みは、あたかもアウシュヴィッツ収容所の囚人関係と同じだ。未来への希望を完全に絶たれ、死を約束された囚人たちは、それでも最後の生き残りをかけて激烈で陰惨なバトルをくり広げた。力の強い者から弱い者への垂直的な攻撃の構造ができあがり、上から受けた侮辱を下の者へ発散する快感によって延命しようとし、事実そういう人が延命した(プリモ・レーヴィ『アウシュヴィッツは終わらない』)。ここにはジャステイス(正義)なんて云う感覚自体が不思議でおかしな感じとなる。
しかしアウシュヴィッツと日本の子どもたちの世界は本質的に違う。収容所は理由なき絶滅と抹殺の世界であるが、いじめの世界はまだ他者を人間と見なして結びつく歪んだ攻撃の世界だ。孤独と孤立を避ける涙ぐましい格闘の果てに、一歩間違えばいじめへの世界の逆転が起こる。哀しいまでに激しい結びつきの象徴が先記したケータイだ。女子高校生の携帯に記録されているアドレス数は50−150件が普通であり、いまやメル友100人は当たり前だ。煩瑣なメールのやりとりは、数分以内に即レスする暗黙のルールがあり、そのルールが壊れないか互いに不安を抱えてやりとりしている。神奈川県立高校ではケータイ依存と思う高校生が53%、ケータイなしで耐えられる限度は24時間が26%、6−12時間が19%で、1時間以内が17%で、授業時間以外は必死になって携帯にのめり込んでいると云うことになる。顔の表情や声のトーンが分からないままのコミュニケーションほど神経を磨り減らすことはない。いま子どもたちは他者との電子的神経系の相互作用に疲れ切っているのだ。
イライラして息苦しい、なんとなく頭やお腹が痛い、朝からボーッとしてなんだか疲れている・・・最近こうした症状を訴える子どもたちが急増している。「イライラする」と答える小・中・高校生は59−69%で90年より2−4%増えている(ベネッセ06年調査)。冗談で済むような言葉がすぐにとっくみあいの喧嘩になり、「よくキレる」38%、「たまにキレる」を合わせると66%に達している(国立保健医療科学院 首都圏中高生5000人対象調査)。家族と全く話をしない生徒のキレる率は1,5倍に跳ね上がる。ストレスの原因は「他の生徒に嫌なことを云われる」を筆頭に多様になり、生活全体をストレスが覆うようになり、ストレスの風船を膨らませてちょっとしたことで風船が割れるような感じだ。その風船の容量は年々小さくなっている。いま学校ではリラクゼーションの時間がつくられ、始業前5分間校内放送に合わせて肩をほぐしたり瞑想したりしている。
小学生が一緒に遊ぶ仲間の数は男子4,09人、女子3,11人といずれも親の世代の半分に減少し、多くは塾やクラブなど親がお膳立てしたマニュアルに沿って動き、自由奔放な集団遊びの場は奪われている(山梨大・中村和彦助教授 山梨県小学生・親・祖父母5千人対象調査)。小学校にはいるまで友達を作った経験がない子は珍しくない。感情をぶつけ合ったり、折り合いを付けながら他者との係わりを学んでいくトレーニング体験は希薄となった。
ストレスの爆発としての暴力の対象が著しく変容している。1980年代までは、暴走族として暴力の対象は警察に向かい、学校内では対教師暴力という反権力ないし反権威の強い者に対する肉体暴力の傾向が強かったが、いまは自分より弱い層へ集団で暴力よりも嫌がらせとか無視(シカト)などの精神暴力としてのイジメが一段と進んだ。従って警察庁の少年の刑法犯罪統計は表面的には減少し、闇に隠されていった。大人の世界でも同じであり、老人・赤ちゃん・障害者・ホームレスという社会的弱者へ攻撃的政策が横行し、自分より弱い他者を見いだせない者やもともと他者攻撃を好まない者は自分自身へと攻撃を転化し、究極的には自己自身への殺害に発展した。なぜだろうか。最大の原因は、刑法重罰規定を強化して少年法を改正し抑圧的な懲罰主義を強化したからである。社会全体の監視体制を強化し、街の中に監視カメラが張りめぐらされ、見守り隊と称する自警団が子どもたちの登下校を監視し、日本の学校と地域から伸び伸びとした自由闊達な空間と時間が奪われていった。日本はつねにビクビクして強い他人の顔色をうかがいながら、必死で自分より弱い他者を探して刑法犯レベル以下に抑制された陰湿な攻撃が蔓延する異様な社会となっている。
文科省調査では子どもの体力は85年をピークに低下をたどり、小学3・4年生が身体を動かす時間は、04年度で4年前よりも3−4割減少し、男子でも週9時間に満たない。私立小へ通えば電車で片道1時間は普通で、学校の友達も習い事で日程が合わず、不審者情報で子どもだけの外遊びをさせない親が増えている。いまスポーツ家庭教師として体育学部の学生を雇い、個人レッスンで運動機能を高める親が増えている。100分で7200円が相場だ。幾つかの小学校は校庭を芝生に張り替え、遊ばせようとしている。芝生化前と1年後のイライラ度は平均で約0,5段階軽減し、女子のよく眠れないが平均で0,5段階低下した(同志社大鈴木直人氏調査)。日本は子どもたちが自由奔放に遊べない社会となった。それは競争と監視管理のもとに一元化されていったからだ。子どもたちのストレスとルサンチマンは内向して沈積しマグマのように噴き出そうとしている。
さて教育再生会議第1次報告(1月24日)は、いじめを「弱い者を集団でいじめる行為」とトートロジーのように定義し、「毅然とした厳しい対処によって、その行為の愚かさを認識させる」ために、「出席停止」と「体罰」による懲罰主義的な指導をせよとした。こうした野蛮で暴力的ヴァンダリズムと恐怖による抑圧は、まさにファッシズムの発想と酷似している。ナチス第3帝国は、欧州で最も清潔で綺麗な街をつくり、犯罪発生率を減少させた。もし落書きすれば、もし犯罪を犯せば収容所が約束された。そして独裁への熱狂的な礼讃が組織され、沈黙の服従のなかで蓄積するルサンチマンは弱者やアウトサイダーに対するいじめと迫害へと深化し、ついにはマイノリテイの存在自体を否定する絶滅政策に転化した。汚いユダヤやジプシー、独裁に逆らう者は地上から一掃され、独裁に服従を誓う「美しい国」としての第3帝国は完成した。これがナチスの正義の強制によるピュアーで陰惨な美学であった。もしヒトラーが戦争をしなければ、ドイツにはユダヤ人やロマ、政治犯が姿を消した素晴らしいアーリアの千年王国がほんとうに実現していたであろう。
いま日本でも街での喫煙は処罰され、ホームレスは強制収容されて清潔で綺麗な街ができつつある。しかし人間の関係がこんなに醜くなった時代はない。子どもたちの世界がこんなにみじめになった時代はない。いじめる側にある多くの子どもも、なんらかのこころの空洞と歪みを抱えている。親からの虐待やネグレクト、両親の不和や離婚、リストラなどなんらかの家庭的な問題、或いは教師からの体罰など負の「不幸」体験を生き抜き、やり場のないルサンチマンや攻撃性を内にため込んでいる場合が多い。政府は彼らに懲罰を加え、隔離して追いつめれば屈服して悔い改めるという。そうであろうか、それともより矛盾が深化して陰湿ないじめがすすむだろうか。
再生会議の最大の問題は、子どもの世界は大人社会の鏡像であるという初歩的な認識が欠落しているところにある。正社員と非正規、成果・業績賃金、社会的弱者への所得再分配を衰弱させ、自己選択・自己決定の美名によって、日本は動物的な「過度に競争的な社会」(国連ユネスコ対日報告)へと壊れてしまいつつある。他人を蹴落とさないと生き残れない苛烈なサバイバル・システムが生まれつつある。大人から子どもの世界まで、自然な共感能力が極端に衰弱し、嫌悪と敵意が蔓延し抑圧の移譲が誘発されている。あなたは最近こころから笑ったり、感動して涙を流したことがありますか。しかも他者を傷つける言辞を垂れ流して恥じない権力者が君臨し、「生殖能力を失ったババアは文明がもたらした最も悪しき有害なものだ」「重度障害者ってなんだ、ああいう人ってのは人格があるのかね」(石原慎太郎妄言集より)などど恥ずべき侮辱を加えても、みんなはニヤニヤして聞き流している。私も含めて大人たち自身がすでに歪んでいる。子どもへ説教を垂れる前に、自らの構築しつつある世界を見つめなおして自己分析する作業に再生会議は取り組むべきであった。いま日本の大人たちは、自分を含めてささやかな希望を持ち、やり甲斐のある目標を提示する能力を失いつつあり、自転車操業のように盲目的な前進を呼びかけるトライ・アンド・エラーを繰り返しているに過ぎない(私も含めて)。
いまほとんどの子どもたちは、日本からいじめがなくなるとは思っていない。昨日まで友だちだと思っていた子が今日は敵になるかもしれない不安社会を生きている。これはじつは大人の毎日の実感と同じなのだ。ここに希望を失ってのたうち回る現代日本の病める姿がある。毎日がサバイバル・ゲームと化した修羅の世界を生き抜いて、なおかつ成長して大人の世界に参入していかなければならない子どもたちの苦しみへの想像力はもはや失なわれている。
かって私たちは皮膚の色や髪の毛で人と人を較べ、白い肌が黒い肌に勝るという法律をつくって黒人をいじめた。こうした生物的レベルの差別が禁止されると、次には宗教や信念・思想の差異を問題として、文化的マイノリテイに迫害を加えた。さらに文明が高度化して複雑になると、学力や能力の差異を問題として人間を上下に置いた。こうした差別はすべて制度的には禁止され、いまやちょっとしたふるまい、視線、生活スタイルという些細な違いを感じ取れるまでに個性への感覚水準が上昇し、互いに個性を尊重し合う制度を作った。ところが特に日本では集団の文化スタイルからはずれた者へ非難と迫害が横行するようになった。なぜだろうか。個性の相互承認的文化の発達は原理的には社会の成熟を示すにもかかわらず、個性の表現が競争原理のステージでのみ実現する時に、勝者への称讃よりも心理的妬みが勝るようになり、敗者のルサンチマンはより弱い敗者へのソフトで陰湿な迫害として発散されるようになった。こうして日本は個性をめぐる「相互承認」(ヘーゲル)と「寛容」の学習に失敗し、対となるはずの「不寛容」の学習にも失敗した。戦争責任への寛容から始まって、企業社会での異端排除、学校での個性の排除への寛容に到る戦後現代史は、不正義に対する「不寛容」の衰弱となってもはや日本からはジャステイスの感覚は失われつつある。ごく自然に正義を主張するふるまいは、かえって奇異に映りもはや嘲笑の対象とすらなっている。なぜここまで頽廃がすすんだのだろうか。ここでは一つだけ指摘したい。前近代的な日本的集団主義の文化を壊す方法として、社会的欧州モデルを参照せず、醜悪なアングロ・サクソン型無制限競争モデルを機械的に適用したからだ。この政府の失敗と追随した市民の結びつきの果実として、1990年代以降の砂を噛むような「イジメ」の蔓延が子どもたちにプレゼントされた。これが「美しい国」の醜い真実だ。教師が教育され、判事が裁かれ、医者が治療を受け、政治家が治められ、大人が子どもに教えを乞わねばならない。(2007/3/7
16:30)
追記)埼玉県蕨市の中2女生徒(14)は、自殺前日に「私はもう必要ない人間なのか。イジメは自分をどん底まで沈めます。私はみんなからゴキブリといわれています」と記して自死した。残された母親は「娘は遺書でイジメを主導した生徒だけを非難し、ほかの生徒には「ありがとう」という言葉を残しています。自分は傷ついても他人を傷つけることができなかったのです。生徒たちが自分の死で傷つくのを恐れたのだと思います。娘へのイジメが終われば、また別の子がターゲットになる。その繰り返しが娘には我慢ができなかったのだと思います。イジメの連鎖を自分が死ぬことによって食いとめようとしたのだと思います」と記している。これが「美しい国」・日本に生きる子どもたちの真実の姿なのだ。日本の安倍とかいう首相は「美しい」という言葉の背後に広がっている惨めに打ちひしがれたいのちの数々に想いをいたすことがあるか。このような陰惨な子どもたちの関係をつくったのは誰か。「美しい国」のあまりの惨たらしさに、あなたはこころを揺すぶられることはないのか。むろん残念ながらないだろう。わが祖国はもはや救いがたいほどに零落の果てに沈みつつある。負の堆積はある瞬間に正に転化するという弁証法の証しはいま以て実現しがたい。アア!それにしても、こうした自死した子どもの遺書をクラスに示して、作為的な授業をくり広げて感動を組織する教師の救いがたい偽善を見よ!(朝日新聞3月9日付け夕刊参照)。
追記)子どもたちの世界で目に見えない攻撃が進んでいる。出会い系サイトにメールアドレスと写真を勝手に登録し、教室に行くと「エンコーなんてマジキモイ。金払うやつなんていんの?」とクラス中が笑い者にする。誰が犯人か分からない。『教室の悪魔』(ポプラ社)より。親に気づかれないように物を壊す時は毎日はやらない、穴が開かないようにセーターを着ている時だけコンパスを刺すなど攻撃は陰湿で巧妙になっている。非通知設定の無言電話が数十回も日にかかってくる・・・「きもい」とだけ云う。匿名に隠れた陰湿な攻撃は大人世界の模倣であって、子どもだけが残酷になったのではない。人の傷つけ方さえ子どもたちは大人の真似をしている。以下はあるカウンセラー作成のイジメに気づくチェックリストの抜粋です。以上・朝日新聞3月20日付け。これはまさにナチス強制収容所での囚人の行動に近いではないか!これが「美しい国」の子どもたちの姿なのだ・・・・。(2007/3/20
9:08)
□最近、よくものをなくすようになった
□学校のノートや教科書を見せたがらない
□親の前で宿題をやろうとしない
□学校行事に来ないでという
□すぐに自分の非を認め、謝るようになった
□ぼーとしていることが増えた。何もしていない時間が多い
□学校のことを聞くと「別に」「普通」など具体的に答えない
□話題に友だちの名前がでてこない
□学校に関する愚痴や不満を言わない
□保護者会、個人面談の内容を過剰に気にする
□以前は夢中で楽しんでいたゲームをあまりやらなくなった
□ちょっとした音に敏感になった
□体を見せたがらない、一緒に入浴しない
□原因不明の頭痛、腹痛、吐き気、食欲低下、やせなどの身体症状がある
□外出したがらない、外に出ると周囲を気にする
追記)
ベネッセ・第1回こども生活実態基本調査
・仲間はずれされないように話を合わせる(とてもそう・まあそうの合計)
小学女子49,0% 小学男子44,6% 中学女子44,6% 中学男子41,9%
・友だちと話が合わないと不安に感じる
小学女子51,9% 小学男子42,2% 中学女子45,3% 中学男子36,6%
内閣府・第2回青少年の生活と意識に関する基本調査(2000年)
・友だちとのつきあいがめんどくさいと感じることがある
小学4−6年生 5,4% 中学 14,6% 15−17歳 24,6%
・気の合わない人とも話をすることができる
小学4−6年生 28,9% 中学 35,1% 15−17歳 34,3%
仲良しグループのメンバー全員は互いに顔色をうかがい、不快感をもたれないように明るくふるまい、仲良さを維持するために必死だ。小さなミスがすぐにイジメにつながり、神経を磨り減らす毎日が続く。夜になって自分の部屋のドアを閉めると「あー終わった」とつぶやく。独りになるのはもっと怖く、班分けや移動教室はその危険が最も多い。学校ではほんとうの自分を出したことは一度もなく、友だちぶって、孤立を恐れながら互いにしがみついている。子どもたちは全精力を注いで互いの感情を量り愛、寄り添っている。空気を読めないと生きていけない。神経過敏な関係のガス抜きのために、理由のないイジメがうまれる。被害者はつねに同じグループ内にいなければならない。とくにこの傾向は女子の仲良しグループに多く発生する。表面的な言動を見て加害者を処罰しても、基本的な解決にはならないのだ。以上・朝日新聞3月21日付け。(2007/3/21
8:08)
◆かって「美しい」国の軍隊は何をしたか?−「歴史修正を率いる国粋主義者・安倍」(ニューヨーク・タイムズ3月2日付け)
米国下院で始まった従軍慰安婦決議案に対し、「強制連行の証拠はなかった」とする日本の首相が発言し、欧米と東アジアの政府とメデイアが猛烈な批判を浴びせています。「国粋主義の政治家たちが旧日本軍の関与を認めた談話の撤回を政府に求め、安倍も同意した。彼らは従軍慰安婦を職業的売春婦とするよう主張している。安倍は自民党の保守派で国粋主義的な政治を積極的に主張する若い政治家グループの出身で、東京裁判での戦犯の有罪判決や慰安婦の奴隷化における日本軍の役割に関する歴史の総意に疑問を呈してきた」(ロスアンゼルス・タイムズ 3月2日付け)、「安倍は戦時の性に関する日本の記録を退けた。日本政府は93年談話の破棄を用意している。安倍は、戦時の歴史を修正する活動を率いてきた国粋主義者だ」(ニューヨーク・タイムズ3月2日)、「中国でレイプした女性たちの絶えることのない悲鳴をいまだに忘れないと元日本軍兵士・金子安次(87)は云うが、日本の首相はそんな証拠はないという」(フィラデルフィア・インクアイアラー3月2日)などなど。
欧米でホロコーストを否定すればただちに政治生命は絶たれ、特にドイツでは懲役刑を受けます。日本では最高指導者が歴史を否定する言辞を垂れ流しても、メデイアも含めて批判せず、欧米の非難の大合唱を受けてはじめて慌てふためいています。これが日本の首相が云うところの「美しい国」のリアルな実態です。彼の美の定義はおそらく自らの主観的な願望を基準とする幼稚な世界でしかありません。おそらく彼の美のモデルは、知覧特攻記念館に展示されている少年特攻兵の痛ましくも無残な遺書に象徴されている自己犠牲の美でしよう。しかし本音を封印されて検閲を受けた遺書を書かされた少年飛行兵の無念に彼の想像力は及びません。彼にとってはあくまでもアジア解放と大東亜協栄の理念に殉じた美しい犠牲者なのです。こうした虚栄の美の世界に耽溺する姿は、かってのナチズムの倒錯した美の世界と本質的に通底しています。おそらく彼は老いた従軍慰安婦の証言に、いかがわしい蔑みの視線を送っているでしょう。彼にとっての美しい国は、軍隊が売春を強制して恥じない国なのです。彼は自らの云う「美しい国」がじつは最も醜いという事実を胸の片隅に抱えて必死に抑圧していますが、そのトラウマはマグマのように顔をもたげて彼を苦しめています。彼がいま議場で神経質に怒鳴っているのは、自分自身の神経を嘲笑する視線を浴びていることを自覚しているからです。なぜなら、戦争の最高指導層の1人であった自分の祖父が、敗戦に何の責任も取らず、かっての敵国に屈従してひれ伏して醜く生きのびた姿を幼少期より目にしてきたからです。
従軍慰安婦を職業的売春婦と再定義したがる彼の歴史修正のレトリックはあまりにも幼稚な無残さがあります。彼は「強制連行」の「強制性」を2種類に分け、「家に乗り込んで連れて行く」狭義の強制と、「行きたくないが、そういう環境にあった」広義の強制に分け、狭義の強制の証拠はないと主張します。広義の強制である軍による慰安所の設置と管理、慰安婦の移送などを認めておきながら、女性は自発的に参加したというのです。彼にとっての強制は、自宅に踏み込んで暴力で連行しなければほんとうの強制ではないとする、子どもでもあきれかえる幼稚なものです。女性たちがどのような形態で自宅を出たかなど本質的な問題ではないのです。親や兄弟への脅迫を恐れてみずから慰安所へ出向いた女性はいるでしょう。人間の自由な意志に反して、特定の思想と行為を強いること自体が強制なのです。彼はかって出演したTV番組で「画期的」を「ガッキテキ」と読んで周囲の失笑を買っていましたが、「強制」についての幼稚な言辞は、センター試験のレベルにも到達しない基礎的な国語学力の不足を露呈しています。いまからでも遅くありませんから、追試験を課さなければなりません。しかも彼は河野談話発表時に同時に発表された内閣外政審議室「いわゆる従軍慰安婦問題について」(93年)をほとんど学習していないのではないか。そこには政府自身の調査を次のようにまとめている。
−談話作成のために本邦における出版物のほぼすべてを渉猟し、防衛庁、外務省、警察庁、米国立公文書館など内外政府機関を調査し、元慰安婦や軍人、朝鮮総督府関係者からの聞き取りをおこない、次の結果が明らかとなった。
○慰安所開設は当時の軍の要請によるものだった
○慰安所の経営・管理は軍の直接経営か、民間業者の場合も軍が直接関与した
○慰安婦は外出時間と場所が制限され、常時軍の管理下で軍と行動を共にし、自由もなく痛ましい生活を強いられたことは明らかだ
今日の朝刊の片隅に、名古屋の朝鮮高校の女生徒が街中でビラ配布中に、後ろから片足を男に蹴られたというニュースが小さく載っていました。東京都が日比谷野外音楽堂を朝鮮系団体に貸さないとした決定が裁判所で覆えりました。集会は機動隊が右翼を警備するなかで開催されたそうです。いま日本の各地で朝鮮系の団体や施設に対する捜索がおこなわれたり、貸与地の取り上げなどがすすんでいますが、なぜか日本のメデイアは報道せず、ひたすら北朝鮮の核と脱北問題を垂れ流しています。ちょうどヒトラーがユダヤ人を攻撃し、闇の中で逮捕しては収容所で殺害していた時代にしだいに似てきたかのような状況です。ユダヤ人の大量虐殺に加担し、見て見ぬふりをしてきた欧州の人々と同じ状況がいまの日本にあります。かって大音響をたてて街宣活動をくり広げる右翼に眉をひそめていた人びとは、いまあの宣伝カーのラウドスピーカーの怒号と同じような言葉が、議場で最高権力者の口から吐かれるのを黙って聞いているのです。石原慎太郎暴言データ集に続いて、どなたか安倍晋三暴言データ集をつくったらどうでしょうか。 (2007/3/4
10:46)
従軍慰安婦決議提案者であるマイク・ホンダ下院議員は、太平洋戦争中の日系米国人強制収容に関するデータを米国勢調査局が監視当局に提出したことを批判し、さらに04年にアラブ系米国人の居住地データを国土安全保障省に提出していることを指摘し、人種的・民族的マイノリテイのプライバシー侵害と個人情報保護に関する米国の過去史清算を主張した(4月2日)。彼の行為は、旧日本軍を追究するだけでなく、人間の尊厳と人権の普遍性による自国の恥部をも同じ基準で裁こうとしている。少なくとも日本の首相のような二重基準はない。安倍氏は米国議会の動向に慌てふためいて、自らホワイトハウスにでんわで救済を依頼するという奴隷的な態度をとって恥じない。(2007/4/58:23追加)
追記:安倍発言をめぐる海外論調
安倍首相が「米下院決議案は客観的な事実に基づいておらず、日本政府の慰安婦問題への対応を踏まえていない。従軍慰安婦問題は必要があれば再調査し、資料も公開する」(3月8日)と述べたことに、米下院アジア太平洋地球環境小委員会委員長は反発し、4月末の首相訪米に配慮する決議案採択の先送りをやめ、「安倍首相の発言は大変矛盾のある、とても深刻な発言だ。河野談話は根拠があったから出されたはずであり敬意は表するが、日本政府の公式な謝罪とは考えていない。公式な謝罪とは、国会が決議し首相が政府の立場として表明することだ。米国は1899年の米海兵隊によるハワイ国王と王妃の投獄を100年後に米議会が謝罪し、第2次大戦中の日系人強制収容について議会が謝罪決議し大統領署名によって公式謝罪した。日本政府が制度として間違いを犯したことを認めてこそ、彼女たちは尊厳を取り戻せるのです。日本政府による公式の謝罪が重要なのです」と述べた。同決議案に唯一反対していた共和党議員は、「安倍首相発言は93年河野談話とも矛盾し、受け入れられない。決議案を支持する」と表明した。
「強制されたかどうかは関係ない。日本以外では誰もその点に関心はない。問題は慰安婦たちが悲惨な目にあったということであり、永田町の政治家たちはこの基本的な事実を忘れている。日本から被害者に対する思いやりを込めた言葉が全く聞かれない。日米関係にとってこの問題は、牛肉や沖縄基地より危ない。この後の日本の取るべき対応は@米下院で決議が採択されても反論しないA河野談話に手を付けないB何らかの形で首相や外相が被害者に対する理解や思いやりの気持ちを表明するの3点だ」(前米国国家安全保障会議上級アジア部長 3月6日)
「日本はこの恥から逃げることはできない。欧州ではホロコーストが罰せられるべき犯罪であるのに対し、日本の戦争犯罪は完全に訴追され認識されることはなく、ほとんどの犠牲者は救済されていない。安倍首相の慰安婦否定発言は、この説明責任の欠如を利用したものであり、抗しがたい歴史の記録を否定することにより、生き残った被害者をふたたび犠牲者にした。日本の歴史問題はニュルンベルグのような完全で論駁できないアジアにおける戦争犯罪の記録の欠如から生まれている。日本政府が多くの自己の記録を焼却したことによる歴史の空白が、安倍首相の証拠はなかったと発言する余地を与えている。日本政府は慰安婦たちに謝罪以上のものを負っている。法的で道義的な補償は避けられない。安倍首相は東京戦犯法廷の有罪判決の有効性、慰安婦の奴隷化における日本軍の役割についての歴史の総意に疑問を呈してきた」(デイナ・シェルトン・ジョージワシントン大学教授 ロスアンゼルス・タイムズ6日付け)・・・この発言は安倍首相発言の背後にある日本の戦後処理の問題を概括的に明らかにしている。
「安倍首相の強制性を裏付ける証拠はないとする発言は、ホロコースト否定論者にも似た行為だ。愚かさにあきれ、開いた口がふさがらない。首相発言は米下院の決議案採択に弾みをつけるだろう」(M・ピーテイMIT教授 サンノゼ・マーキュリー3月6日付け)・・・・これがおそらく良心的アメリカ人の本音だろう。
「謝ることのできない日本−安倍首相は、軍の売春宿に閉じこめられた20万人に上る女性たちの苦しみを公式に認めることを拒否した。安倍首相は元慰安婦の女性たちの古傷に新たな侮辱を加えた。過去の悪行を覆い隠し、被害者の女性たちを嘘つき呼ばわりしている。安倍の発言は、日本国民の意見を反映したものと理解すべきものではなく、むしろ与党・自民党の安倍氏や右派が権力への布石として採用してきた国粋主義の症状だ。米議会の決議案を批判する前に安倍がすべきことは、充分に確立された歴史の真実を認め、生き残った被害者たちに公式の損害賠償をおこなうことだ。真の国粋主義者は、このような日本の真の国益にとって最良となる方法で、歴史に向き合うだろう」(ボストン・グローブ 3月8日)
「日本の未熟さ−安倍首相は慰安婦問題で強制を証明する事実はなかったと歴史を歪曲し慰安婦を侮辱したが、彼は誠実に歴史と向き合わねばならない。安倍氏はわずか6ヶ月で、日本の戦争の歴史と向き合う点で小泉首相と変わらないことを世界に示した。安倍氏は日本が戦争中に性の奴隷の問題に関与したことを認めて社寺するよう求める米下院決議にいらだっている。第2次大戦後62年にもなって、日本がなぜ戦争中の歴史的事実を正直に受け入れずこうした子どもじみた態度を維持し続けるのか、世界の人は理解しがたい」(ジャカルタ・ポスト 3月6日)
「安倍氏は過去の傷に新たな辱めを加えた。安倍氏は恥を知るべきだ。従軍慰安婦の多数の証言があるのに、彼は耳が聞こえないのか。彼女らの証言に疑問を呈すること、すなわち、彼女らをうそつき呼ばわりすることで、安倍氏は過去の傷に新たな侮辱を加えた。近隣諸国の不信を招くとともに、日本による世界での復興支援活動の評価を低めることとなるだろう。慰安婦の強制性の証拠は、これまでの日本政府が隠蔽し、破壊しなければ、より多くの証拠が残っていただろう。彼は『美しい国』日本に誇りをいだくよう国民に訴えているが、彼は日本の過去についてウソのうえに未来の誇りを築くことができると考えているようである。60年が経過した。恋の記憶喪失は現代の民主的日本にふさわしくない。安倍氏は恥を知るべきだ」(エコノミスト 3月10−16日付け社説)ーこのエコノミスト社説は最も痛烈に安倍首相を批判しているが、その批判は本質を突いていることによて、日本の真の友人であることを示している。
「強制ではなかったなどというどのような意見も、私は完全に拒否するし、それは他の同盟国からも完全に拒否されている」(ハワード豪首相 オーストラリアン 12日付け)
「従軍慰安婦の強制性を裏付ける証拠はないという安倍首相の発言は、アジアの古傷をふたたび開いたものであり、日本軍の関与と強制を認めた河野談話から実質的に後退するものだ。安倍首相はいまだに実際の拉致は日本軍ではなく民間業者がおこなったとの立場を維持しており言語道断だ。その理由は、6年前に米連邦地裁で争われた慰安婦問題の裁判で、被害者の女性から訴えられた日本政府が「商行為としておこなったことを否定した。同地裁は女性たちが政府の計画に沿って拉致されたとし、日本政府の行為は商行為というよりも戦争犯罪に近いと結論を下し、政府が商業的事業をした場合に訴えられるケース以外には訴追できないとする外国主権免責法の規定によって日本政府の責任は問われないこととなった。日本政府は日本兵による拉致は商行為ではないという法廷の結論から利益を得ながら、今は日本兵は誰も拉致していないと述べるのは悪質極まる行為だ。政治と訴訟は同じものではない。政治と法廷論争が違うからこそ、日本政府は道義的にも責任を果たすべきだ。ナチスの強制労働の被害者と違い、慰安婦は補償を受けていない。日本がなりたいと思う国になろうと決意するのであれば、日本は何よりも自らの過去と向き合わなくてならない。日本が過去60年以上にわたって憲法で平和主義を義務づけ、軍事活動を自衛のみに制限してきたが、日本政府が安全保障においてより積極的な役割を果たすとして改憲を検討するという重大な決定をするなら、なぜそういう平和主義という条項があったのか、開かれた議論をしなければならない」(ハーバード大法学部スック教授・ニューヨーク大法学部フェルドマン教授共同投稿 ウオール・ストリート・ジャーナル3月13日付け所収)ーこの論文には慰安婦裁判をめぐる連邦地裁の見逃せない日本政府の主張が記されている。
「安倍はなぜ別の形で河野談話を否定するのか。安倍は中川昭一と並んで自民党内で歴史見直しを主張する右派集団の重要な構成員であった。安倍は組閣でこれらの同志を入閣させ補佐官の要職に引き入れた。18人の大臣の内11人が改憲と海外派兵を主張する日本会議メンバーであり、安倍は閣議での河野談話と村山談話の変更を考えている。安倍内閣は改憲内閣として位置づけられる。安倍首相発言の背景には改憲に執着する政治理念がある」(聯合早報 3月10日)
「日本は一貫して過去についての謝罪を拒否している。麻生外相は米議会決議案を客観的事実に基づいていないと述べた。多くの慰安婦が日本軍の売春宿に強精的に閉じこめられ、日本軍の彼女らへの蛮行を確認する日本の軍人の証言があるにもかかわらず、そのようなことを云っている。あらゆる社会はその過去の歴史やイデオロギー的傾向にかかわらず、その行為への責任を受け入れなければならない−ということに日本の指導者たちは向き合おうとしていない。慰安婦の扱いを合理化した安倍首相の最近の発言は、支持率低下のなかで日本の保守層やウルトラ民族主義者たちの支持を得たいとの願いに根ざしている」(ハリー・スターリング トロント・スター3月9日付け)
「安倍首相は93年の河野談話の見直しを求める日本の右翼的国会議員のグループである「日本の前途と歴史教育を考える会」の代表を励ました。彼は右翼を甘やかすことでずっと重要なものを投げ捨てることになるかも知れない。それは日本の重要な隣国であり貿易相手国である中国と韓国との改善しつつある関係である。日本の戦争中の歴史を書き換えようとする日本の指導者の企ては、外向的に高くつくことになりかねない」(タイム電子版3月8日)
「日本の恥 安倍首相は日本の歴史に関する不明よな真実を否定した最新の首相である。慰安婦問題は、日本の記録と生き残った女性たちの涙の証言によって充分に事実は証明されている。93年の河野談話にもかかわらず、日本の首相は政界の強硬な過激派をなだめようとして、恥知らずにもあいまいな発言をした。安倍首相はその後になって「謝罪は今も有効だ」「新たな調査を求めた」などと発言したが、このようなごまかし発言の原因は米下院決議案にある。地域での指導的地位を維持したければ、歴史的過ちを正す必要がある」(サンフランシスコ・クロニクル 3月9日)
「安倍首相は誠実さの試練に耐えられない−安倍首相の最近の一連の言動は、第2次大戦から60年以上にもなるのに戦争中の日本の行為が、なぜアジア地域では依然として敏感な問題であり、日本の謝罪が不誠実だと見なされるのかを示した。日本の政治指導者たちが過去を認めずあいまいな謝罪を繰り返してきたことに根本的な問題がある。謝罪には、しばしば非常に多くの修飾語がつけられて不明確なものになり、他の政治家や時には同じ政治家が矛盾した発言をしている。だから謝罪しても、日本はほんとうに謝っていない、実際には日本は謝罪する必要はないと思っているという印象がrつくられた」(ニュー・ストレーツ・タイムス 3月15日)
「私は従軍慰安婦の証言を信じる。安倍首相は日本軍による性奴隷制度のどこが理解できず、謝罪できないのか。彼女らは売春を強制されたと思う。旧日本軍に強姦されたということだ。強制性は自明のことだ。そういうことが起きたのは残念で痛ましいことだ。米下院決議案に対する安倍首相発言は米国内に破滅的な影響をもたらす」(シーファー米駐日大使 ニューヨーク・タイムズ 3月17日)
「日本政府が閣議で「強制連行を示す記述はなかった」との答弁書を決定したことは、歴史的真実をごまかそうとするもので強く遺憾に思う。過去の過ちを小さくし、歴史的真実を取り繕うとするものだ」(韓国外交通商省 3月17日)
「従軍慰安婦をめぐる安倍首相の一連の発言は、被害者たちへの冒涜であり怒りを禁じ得ない」(労働新聞 3月17日)
「安倍首相は旧軍によって恐怖を強いられた多くの女性に、拉致被害者に対するのと同じ感情を持てないでいる。日本政府は拉致問題では北朝鮮を非難するが、従軍慰安婦問題では強制を否定し、拉致問題で日本政府を支持している人たちを困惑させている」(ロサンゼルス・タイムズ 3月18日)
「安倍首相が戦時の残虐行為を教える歴史教科書を自虐と批判した、美しい国は国の自尊心を復活させる願いであり、その誇りが自国の過去を真摯に認めることに根ざしてこそ日本は美しい国になるのにふさわしい。強制はないとする彼の発言を再確認する政府答弁書は、多くの記録が破壊されたものであり、日本政府の主張は杓子定規に重箱の隅をつつくようなものだ。世界第2位の経済力を持つ偉大なプレゼンスとして他国からの期待に応えるとする安倍首相は、歴史の記録に対する右翼の頻繁な異議申し立ては終焉を迎えるべきである。隣国の信頼を得るためには、むしろドイツのように正直に歴史に向き合うことが日本を世界的指導者へと前進させることを助ける」(クリスチャン・サイエンス・モニター3月20日付け)ーこの社説は安倍首相自身が右翼出身であることを知らないようだ
「安倍晋三の二枚舌−安倍首相は北朝鮮の拉致問題には熱心なのと対照的に、日本自身の戦争犯罪には目をつぶっている。北朝鮮拉致問題に対する態度は、被害者についての回答を受けとるまで関係改善についての話し合いを一切拒否している。6者協議で拉致問題の進展を最重要課題とする日本の市政は、国内で落ち込む支持の回復のため拉致被害者を利用する安倍首相によって、高い道義性をもつ問題として描かれている。平壌の妨害に文句を言う権利はあるが、第2次大戦中に数万人の女性を拉致し、強姦し、性の奴隷としたことへの日本の責任を軽くしようとしていうrのは奇妙で不快だ。その一方で安倍首相が慰安婦問題の日本の責任の受け入れ方を後戻りさせようとしていることは奇妙であり、侮辱的である。慰安婦問題の歴史的記録は北朝鮮が日本人を拉致した証拠と同じく信頼できる。首相が慰安婦に対する日本の残虐な取扱を認めた93年の政府声明を後退させたことは、主要民主主義国の指導者としては恥ずべきことである。安倍氏が拉致問題で国際的支持を得ようとするなら、日本自身の犯罪の責任を率直に受け入れ、彼が名誉を傷つけた犠牲者たちに謝罪すべきである。首相が日本政府の直接の関与を否定すれば、北朝鮮に拉致問題の回答を求める正統性を高めると考えているかも知れないが、それは逆だ」(ワシントン・ポスト電子版 3月24日)
「安倍首相のおわびしながら国の責任はないとする言葉遊びのような表現からも分かるとおり、政府次元の責任を回避する態度には本質的に変化はなく、彼の態度には真剣さが見られない」(中央日報 3月28日付け)
「米国務省副報道官は、日本が過去に犯した罪の重大さを認識し、率直で責任ある態度をとるべきだ−と述べたが、歴史歪曲と責任回避に汲々とする日本に対し、米国が公式の立場を明らかにするのは前例がない。安倍首相の二重的であいまいな態度を非難したものだ」(ソウル新聞 3月28日付け)
「拉致問題は現在進行形の人権侵害で慰安婦問題は全く別だと安倍首相は述べたが、慰安婦問題は決して過去のものではなく、まだ多くの慰安婦ハルモニがその当時の苦痛をもったまま生きている。安倍首相をはじめとする日本政府官吏の発言は、傷口に塩を塗る重大な現在進行形の人権侵害だ」(ハンギョレ新聞 3月28日付け)
「孤立招く日本−北東アジア外交再編で日本は孤立の様相を呈している。北朝鮮による日本人拉致犯罪にこだわる一方で、かって日本が拉致した日本軍・慰安婦を否定することにより、日本は外交的、道徳的基盤を喪いつつある」(朝鮮日報 3月12日付け)
「東京の間違った動き−日本外交に泥を塗る軍の売春宿 安倍晋三は日本の首相となってわずか6ヶ月で、戦争中の歴史という藪に突進することによって自らの国際的評価をずたずたにしてしまった。安倍が日本政府の慰安婦関与について強制の証拠はないと述べたことは、自らが体験した奴隷状態を証言してきた多くの年老いた女性たちを驚かせた。彼の発言は軍の文書庫から発見された証拠にも反している。強制を認めた93年の河野談話を首相は引き継ぐと言ったのに、すぐまた強制はなかったとする答弁書を確認した。安倍は近隣諸国との関係で最近日本が進めてきた成果の多くを一撃でご破算にしたと同時に、同盟国の米国まで敵に回してしまった。安倍の無能ぶりを測る物差しは、慰安婦問題で北朝鮮が道徳的な高みに立つことを許したことだ。6ヵ国協議で北朝鮮側は、日本が拉致問題を口にするのをやめ、自らの歴史的な過ちを謝罪し補償せよと要求している。日本はすでに6ヵ国協議で脇に追いやられつつあるのかもしれない。日本による慰安婦の否定はそれをさらに深刻化するだろう」(エコノミスト電子版 3月21日)
「日本は戦時性奴隷についての完全な謝罪を回避−首相は日本による戦時性奴隷の使用について謝罪したが、日本軍による強制を認めなかった。慰安婦問題で活動家は日本の国会による公式謝罪と補償を求めている。米下院で日本政府の謝罪を求める決議案が採択された場合も、安倍首相は拒否を表明している」(ガーデイアン 3月27日)
「歴史論争はアジアから北米に拡大した−侵略の歴史を曖昧にしようとしている安倍首相の慰安婦発言が国際的批判を拡げている。慰安婦問題で強制はなかったとする安倍首相や自民党の日本の前途と歴史教育を考える議員の会の狙いは、憲法を骨抜きにし河野談話を全く無害なものに変えることにある。日本は慰安婦問題ばかりか第2次大戦のシンガポールでの中国系住民虐殺や中国での南京大虐殺など日本軍による蛮行を絶対に認めようとしないか、もしくは証拠が不足しているとの口実で焦点を曖昧にしてきた。その目的は過去の行為をあくまで否定し、そrを国家の汚点として残さないことにある。欧米人の中には、日本をアジアで唯一の成熟した平和・民主・富裕の国と見る人もいるが、しかし今回かれらは日本が言行不一致で歴史の真相を尊重せず、歴史に対し不誠実・無責任で人権を尊重しない国家であることに驚いている」(聯合早報 3月16日)
「責任の問題 右翼国家主義者が支配権を握れば日本の再軍備は他のアジア諸国に受け入れられない−日本の9条改定は新たな国家主義の高まりと見なされ、日本をアジア全体から孤立させる。それは日米同盟を延長させ、NATO型軍事同盟で中国を包囲しようとする米国の戦略を困難に陥れている。安倍首相が9条改定を前に進めるかどうかは米国の助言に懸かっているがゆえに、憲法問題でのブッシュ政権の対応は見直す必要がある。靖国参拝を繰り返した前首相による国家主義の正当化や安倍首相による日本の過去の戦争犯罪への謝罪拒否をみれば、日本はドイツと異なり太平洋戦争でのみずからの責任に向き合ってこなかった。こうした日本の過去に対する無反省と近年の新たな国家主義の高まりが、日本の再武装を後押しし、憲法9条の改定提案を公式に支持してきた米国を困難な位置に置いている」(フランシス・フクヤマ ガーデイアン 3月26日付け)
「歴史の切り捨て−慰安婦問題での安倍首相の発言は低下する支持率を回復させるために画策したもので、日本の国粋主義者の支持を得ることが目的だった。この態度が北朝鮮の核問題の解決を困難にしている。日本人の拉致問題での対応で支持を拡げ首相に選出されたにもかかわらず、拉致された性奴隷を侮辱しているのは歴史の皮肉だ。日本の態度は6ヵ国協議の進展を妨害している。国粋主義者の安倍にとっては、朝鮮、通動く、オランダの拉致被害者は、日本の拉致被害者と同様の人間的尊厳を持っていないのだ」(南ドイツ新聞 3月28日付け)
「日本の首相と国会は、第2次大戦当時の日本軍に性奴隷を強要された慰安婦の女性等に公式謝罪する国会決議を採択し、被害者への適正かつ名誉ある補償をするための必要なあらゆる措置をとるべきである。第2次大戦当時に軍売春宿での奉仕を強要された数万人の女性たちに、安倍首相が公式に謝罪し賠償プログラムを設けるようカナダ政府は圧力をかけるべきである。歴史を否認することは正義を否認することだ」(カナダ下院外交委員会・国際人権小委員会「日本政府に対する従軍慰安婦被害者への公式謝罪と賠償を求める決議」 委員7人 3:3同数議長裁定による採択 3月27日)
「吉見義明教授は、アジア全域で売春宿を設立・運営したことを日本政府が否定したことに我慢がならず、防衛庁図書難でその事実を証明する公的文書を発見した。帝国陸軍高級将校の印鑑が押された文書である「軍慰安所従業婦等募集に関する件」(1938年3月4日)と題された通牒など決定的証拠6文書をつきつけ、その結果93年の河野談話で日本国家自身の責任を認めさせた。中学校の教科書にも載るようになり、教授はこうれで事実上解決するだろうと楽観していたが、強力な巻き返しに直面し、若い国家主義的な政治家を率いたのが安倍晋三だった。河野談話までは軍の役割を証明する文書はないといっていたが、今日では強制徴用を証明する証拠はないという言い分で河野談話の価値を引き下げた。45年8月15日の幸福から占領軍到着までの2週間は、東京の空が煙で暗くなるほどの多くの文書が焼却され、今も残っているとみられる文書の公表を拒んでいる。公的文書を強調することは、長年にわたり戦争中の歴史をコントロールする政府の戦略の一部だった。公的文書以外使うことができなければ、歴史そのものを明確に記述することは不可能だーと吉見教授は云う。吉見教授は日本軍が主役だった戦争中の日本による性的奴隷制を描き出すことに成功した」(ニューヨーク・タイムズ 3月31日付け)
「日本の右翼評論家・加瀬英明は、下院の動きはイラクや対テロ戦争で米政権に対し空前の支持をしている日本政府には驚きだ、慰安婦制度は商業施設であり、米陸軍記録も日本政府による拉致証拠はなかったとしていると述べ、米国が謝罪を求めるほど日本は強く反発するとの脅し文句を使っている。しかし日本軍の命令で作られ、機構化された性的奴隷制を示す証拠は多数あるのであり、重箱の隅をつつくような安倍や加瀬の議論は年老いた生存者の尊厳への公然たる侮辱であり、この深刻な人権侵害があったことを認める日本政府の過去の試みを傷つけるものだ。安倍の支持者は多くの国民が誇りをもてるように歴史を書き換えようとしているが、大多数の国民はこの試みを拒否している。駐日大使も安倍発言を批判するなど、日本政府は完全に孤立している。加瀬はよく知られた極右の歴史修正主義であり、反論や筆者の経歴紹介なしに論評を掲載するのはジャーナリズムの原則に反する」(ジェフ・キングストン・テンプル大学日本研究所長 『ニューズウイーク』電子版)
「歴史問題には真剣さが必要で、行動で示さなければなりません。日本は状況に応じてその時々で変えるので、当事国からは尊敬を受けられません。安倍首相のお詫びと米国大統領への電話は、月末に米国を訪問するので事前にこの問題を鎮火しようとしたのでしょう。米国内世論が悪化するのをくとめる苦肉の策です。先に姿勢を低くして米議会の推進力を弱めるためです。米国内の反日世論を好転させようというジェスチャーですが、安倍首相は相手を間違えました。ブッシュ大統領ではなく、当事者の韓国国民と慰安婦被害者に直接、釈明すべきでした」(李明博前ソウル市長 3月4日)
「私は日本が自らの良識と合理的知恵で過去の歴史問題を前向きに解決すると信じた。ゆえにこの問題を公式の議題や争点として提起しなかった。しかしこのような期待はかなわなかった。特に日本の一部の主要指導者の態度から、歴史に対する歪曲が意図的に繰り返されるためだ。これは日本の未来のためにも残念なことだ。一部では私が日本との歴史問題を口実に、国内政治チェキに反射利益を得ようとしているという批判がある。これには決して同意できない。指導者の徳目は過去を直視し、謝った過去を明らかにして今日の教訓とするとともに未来を準備するところにあると考える。とりわけ歴史の歪曲は反目と不信の悪循環をもたらし、私たちみんなを不幸にする。日本がこの間見せてきた過去の歴史に対する反省の意をそのまま受け入れたとしても、それに相応する実践が伴わなければ、本当のものかどうか疑われるのは当然だ。最近の従軍慰安婦問題に対する一部指導層等の公然たる否認のように、この間の反省すらもひっくりかえす言行がどれほど、我が国の国民をいたたまれなくさせている。米国など国際社会が批判するのは、日本の動きが人類の普遍的価値を否定し、未来を暗くするからだ。私は日本との過去史の整理だけでなく私たち自身の過去史問題についても厳格な立場をとってきた。真の和解は歴史的真実の土台の上でだけ可能であり、歴史に対する私たちの認識は、私たちの未来、運命と直結しているためだ。過去史に対する反省のない歴史の歪曲は、排他的民族主義と国粋主義をもたらし、国と地域を紛争の渦に巻き込みうるものだ。半面歴史に対する正しい理解は開かれた民族主義を可能にし、周辺国家と和合と協力の共感の土台をつくってくれるものだ」(ノムヒョン韓国大統領「歴史、民族主義、東北アジア共同体」 『グローバル・アジア』4月15日所収)
これらの一連の指摘は安倍首相の国際感覚がいかに狭隘であり、極右に近いかを示している。彼は強制連行の証拠を否定することによって、従軍慰安婦の女性たちを現代でも強制連行し続け、アジア諸国の痛みに塩を塗り続けている。彼はみずから唱道する「美しい国」を泥靴で汚していることに気がつかない。彼のモラルハザードは無知のうちに恥にまみれる水準に堕しています。慰安婦はキーセンという韓国文化のなかで生まれたーと言い放つ彼の神経は、異常心理医学の対象です。彼の脳神経系の回路はどこかで基本的にショートしています。問題は日本国内でみずから糾弾する声がなく、つねに国際的な外部からの声に依存して自己処理しようとする日本の歴史感覚だ。日本は歴史上最も異常な首相を選んでいるにもかかわらず、沈黙を続けているばかりか、一部では米下院決議を日本への内政干渉だとするヒステリックなナショナリズムに巻き込まれつつある。行きづまって展望を失った国が、他者の排斥と攻撃に転化するいつもの使い古された恥ずべき戦術が横行しつつある。それにしても韓国ノムヒョン大統領の論文は格調高い。静かに安倍首相を諭しているかのようだ。
下記史料の安倍発言を見ると、まるで韓国社会全体が買春社会であるかのように云い、慰安婦が自ら進んで参加したという破廉恥で恥ずべき籠言を垂れ流している。
史料)
(従軍慰安婦の証言から)
「黄色っぽい服を着た日本人と区長、班長が家にきて母に「挺身隊に送るので娘を出しなさい。軍服をつくる工場の仕事だ−と云いました。しかし連れて行かれたところは広東の慰安所だった」(朝鮮=金福童さん)
「ある夜に自宅に押し入ったヒロオカという日本兵に無理矢理に連れ出されて駐屯地のビッグハウスに監禁されました。約1年間にわたって日本兵に強姦されました」(フィリピン=トマサ・サリグノさん)
(陸軍省史料)「軍慰安所従業婦等募集に関する件」(陸軍省副官通牒 北支方面軍及び中支派遣軍参謀長宛)
「業者に女性を集めさせていたが、業者の中には誘拐犯と間違えられて警察に検挙される例もあった。そこで今後は派遣軍が募集を統制し、軍の威信を保持せよ」
(安倍首相発言『歴史教科書への疑問』日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会編 展転社)
「(慰安婦が名乗り出たことについて)儒教的ななかで50年間黙っていざるをえなかったという、ほんとうにそういう社会なのか、韓国にはキーセン・ハウスがあって、そういうことをたくさんの人たちが日常どんどんやっているわけですね。ですから、それはとんでもない行為ではなくて、かなり生活のなかに溶け込んでいるのではないかとすら私は思っている」(2007/3/9 7:44 3/16 3/18 3/22追加)
<東京裁判検察団尋問調書ー東大社研図書館所蔵・林博史関東学院大教授確認)
「(ボルネオ島海軍情報機関男性軍属46年3月13日付け尋問調書)日本人と親しくしていた現地女性が日本軍に拘束され、警備退潮に平手打ちされ裸で立たされた。拘束した理由は、彼らを淫売屋に入れるための口実を設けるために警備隊長の命令でなされたのであります。」
「46年5月16日付け尋問調書−ジャワ島の民間抑留収容所のオランダ人女性を含め7人の女性や少女をインドネシア人警官が日本軍捕虜収容所事務所に連れて行き、日本人に引き渡した。さらに軍で小さな収容所に運ばれた。同年2月3日に医師の健康診断を受けた際、日本人向けの娼楼BROTHELで働かされることを知ったという。労働日には日本将校のため、日曜日午後は日本下士官のために開かれ、日曜日の五膳には兵卒などのために保留された。時々一般日本人がきた。私は常に拒絶したが無駄だった。」
「中国・軍事委員会行政院46年」5月27日付け資料−日本軍は桂林の四方より女工を拉致し、麗澤門外に連行して脅迫し、妓女として野獣の如き軍隊の淫楽に供した。東京裁判判決は桂林の残虐行為に触れ、工場を設立するという口実で日本軍は女工を募集した。募集された婦女子は日本軍のために醜業を強制された。」(4月17日日本外国特派員協会記者会見)
資料)
○韓国元従軍慰安婦・李容洙さん(79)発言(3月21日 ソウル日本大使館前集会にて)
「安倍首相が慰安はキーセン(妓生)だと発言していることを聞きました。ある時は謝罪の気持ちに変わりはないと云い、ある時は米議会決議案が通っても謝罪しないという。いったいおなじ口で何度言葉を変えるのでしょうか。キーセンだというのなら自分で調査して真相を究明すればいいではないか。昨日は村山元首相が日本には道義的責任がある、謝罪すべきだと云ったそうです。いくらことばで隠そうともそれで隠せるものではありません。河野談話から10年以上も経つのに日本政府はずっと責任を否定しようとしています。いったい従軍慰安婦は誰がつくったのか。強制動員の証拠がないというが、私は15歳の時に連れて行かれた。どんなに捏造しても私こそ生きた歴史の証人です。私は最後まで日本政府に抗議するために、私が変わってしまってはいかないと思い、結婚もしませんでした。年をとったことを除けば、連れて行かれた時のそのままです。ここに私がいるのに、どうして妄言を繰り返すことができるのでしょう。世界中を回って証言をしてきました。今日もそのために大使館の前にきました。私が生きた証人としてここにいます。私たちの後の世代のために2百年でも生きて、最後まで日本政府とたたかいます。今も性暴力というのは、世界中で起こっています。世界中の性暴力の根っこを絶つために、この問題を解決するつもりです」(2007/3/23 9:12)
○中山成彬元文科相(衆院教育再生特別委員会 4月20日)
「米下院の従軍慰安婦決議は間違いだ。『美しい国』は強くなきゃあいかん。間違ったことに反論していく勇気、強うさが必要だ。当時は公娼制度があり、売春が商行為として認められていた。慰安婦はほとんど日本の女性だった。日本軍による従軍慰安婦強制は間違いだ。慰安婦は儲かる商売だったことも事実だ](2007/4/21 7:49追加)
◆怪僧ラスプーチンが日本列島に降り立ったのか!?
天理教教団機関紙「天理時報」によれば、安倍内閣の閣僚6人が天理教信者だそうです。柳沢伯夫、甘利明、久間章生、高市早苗の諸氏は資格を持つ「ようぼく」の地位にあり、長勢甚遠、伊吹文明両氏は本部で教理を学ぶ「別席運び中」で各地の教会に所属しているそうです。天理教は教祖・中山みきが神懸かり状態となって「おふでさき」という神の言葉を伝え、教徒は「ひのきしん」による「陽気ぐらし」を生活規範とする神道系新興宗教ですが、戦時期には絶対主義天皇制に背反するとして激しい弾圧を受けました。彼女は「谷底せり上げ、高山切り崩し」と伝えて無差別平等社会を説いたのです。私はいままで天理教の平和運動と天理大学図書館の学術情報活動には注目してきましたし、敬意を払ってきました。安倍内閣の閣僚が一個の人間としてどのような信仰活動をおこなおうと自由ですが、よくみるとそこにはなにか常軌を逸した、おどろおどろしい頽廃の世界が広がっているようです。伊吹氏は、天理教本部で教理を学ぶ信徒でありながら、真宗大谷派(東本願寺)門徒でつくる「国会議員同朋の会」世話人として親鸞の教えを政治活動に反映し、他方では「神道政治連盟国会議員懇談会」幹事長として天皇崇拝活動を推進しています。そればかりか、彼は05年総選挙で天理教撲滅を叫ぶ創価学会を基盤とする公明党の推薦を受けて公明党の政策実現を約束しています(他に久間、高市、長勢の3氏も)。
伊吹氏の多様な信仰活動もそれ自体は自由であり、このような対立する諸宗教のかけ持ちを自分の内面で矛盾なく統合している能力は驚くべきものですが、欧米人からみれば奇怪な化け物として魔女狩りの対象となるか、イスラム教では最悪の場合は死刑を執行されるでしょう。彼は現存する日本の宗教のほぼすべてを網羅する信仰活動を展開し、日本型宗教の多神教的側面を象徴的に浮き彫りにする人物として、宗教社会学の特筆すべき研究対象ではありますが、しかし彼は国民の公認を経て国家権力の一部を担う公的活動としておこなっているのですから、これは無節操や無責任を越えた犯罪的議員活動に堕落しているかも知れません。彼の活動を1日に凝縮すると、午前中は天理教本部で「別席運び」として天理教の教義を学んで、「谷底せり上げ、高山切り崩し」理論に感涙に咽び、次いで真宗大谷派議員を集めて本山宗議会の憲法改悪反対決議を勉強し、昼食後には神道政治連盟懇談会で靖国神社国営化法案のデイスカッションをおこない、午後は予算委員会に出席して「日本は大和民族の単一支配にあった。人権メタボリックになってはいけない」とする国家論を展開し、夕方からが天理教撲滅を怒号する公明党の選挙演説会に出席して自公連合政権の未来を約束するという支離滅裂の離れ業を見せています。これだけの雑炊のような信仰世界を軽やかに飛び回る神経回路の複雑さには驚嘆の外はありませんが、よくみるとそれはすべて票数を集めるための矛盾なき選挙活動であり、じつは極めて単純な神経細胞に過ぎないことが分かります。
天理教では最初に「別席」として神の話を9回聴き、9回目の「満席」ですべてのエゴイズムを捨て去った澄んだ心になって「さずけの理」(教祖からの宝物)を拝受して、晴れて神の道を歩む「ようぼく」となります。「ようぼくの名に恥じぬ通り方を私はしたい。母なる大地に根ざした雑草は決して死なない」という献身的な覚悟を体現して差別のない社会をめざします。原始天理教の理念はいわばヒューマニズムの宗教的形態としてある頂点を示しているといえるでしょう。こうしたピュアな信仰世界からみて、上記の人びとはどのように映るでしょう。教祖・中山みきは、天理教と真宗大谷派、神道、創価学会を統合して華々しく活動する門徒をみてどのように思っているのでしょうか。これも「陽気ぐらし」なのでしょうか。それとも究極の頽廃、堕落とみるでしょうか。
かってロシア革命期にロシア宮廷のなかを、怪僧ラスプーチンが闊歩して王朝末期を混乱に陥れて崩壊に導きましたが、ひょっとしたらあのラスプーチンは姿を変えて、我が日本列島に降りくだって永田町周辺を彷徨しているのでしょうか。私は個人名を挙げてあれこれと云うのは好まないのですが、今回だけは特別です。(2007/3/3
10:02)
◆『アンネの日記』焼却事件と日本
ドイツ東部のザクセン・アンハルト州のマクデブルグ近郊のプレツエン村に住む24歳から29歳までの男性7人が、プレツエン村で開かれた夏祭り会場で、アメリカ国旗と一緒に『アンネの日記』をキャンプファイアーの火の中へ、「すべてはウソだ!」と叫びながら投げ入れた。昨年6月のことであった。ドイツではユダヤ人へのホロコースト否定の言動は犯罪であり、最高5年の懲役刑となる。マグデブルグ検察は男性7人を扇動罪と死者冒涜容疑で逮捕し、2月26日からマルデブルグ裁判所で公判が始まった。被告の1人は有罪を認めた上で、「ドイツ史の悪の1章から自らを解放するための行為だ」と主張したが、検察は「被告の行為はナチ思想の美化が目的で、アンネ・フランクのみならず、強制収容所で殺された何百万人ものユダヤ人を愚弄するものだ」と反論した。
私が注目するのは、ネオナチによる犯罪を担っているのが旧東ドイツ地域の若者たちであるという点であり、しかも星条旗も一緒に焼いたという点だ。青年たちはドイツ統一後の深刻化する失業問題を集中的に受けている犠牲者たちであり、資本主義への包摂に裏切られたという実感をもつ層だ。この裏切りの実感は、一方では旧東独共産主義政党への支持率上昇となり、他方では旧東独の独裁と資本主義にも幻滅してネオナチへ向かう層となってあらわれている。それはホロコーストの事実を否定する歴史修正主義の潮流となって事態を深刻化している。資本主義への幻滅が容易に権威主義的独裁への待望へ向かうのは、旧東独社会主義への幻滅によってより促進されている。これは反イスラエル主義とも連携して親アラブ主義ともなる複雑な様相を呈し、イラン大統領のホロコースト否定発言に象徴されている。しかしどのような歴史的変動をたどろうと、欧州の反ナチ犯罪法の存在はゆるがない。それは逮捕された被告自身が自らの行為を犯罪と認めていることにもあるように、覆ることのない社会的コンセンサスとなっている。
さてここで我が日本を含む東アジアに目を転じてみよう。日本では欧州のネオナチに比肩するグループとして、新しい歴史教科書をつくる会というグループが蠢動し、歴史修正主義の先導者となっている。彼らは先の大戦を日本の正義の戦争として肯定し、その渦中で起こった従軍慰安婦や南京大虐殺などの戦争犯罪を否定する日本におけるネオナチの役割を演じている。初期における彼らの支持は、右翼を中心にした極小グループに過ぎなかったが、冷戦崩壊後に急速に若者に共感者を増やしてきた。彼らに共感した若者の多くは、進学や失業でうまくゆかないトラウマを抱え込んだ層であり、その主要なツールは嫌悪の感情を露骨に表した漫画の世界であった。しかしこのつくる会を主導したメンバーは、いまついに首相の座を射止め、公然とした政府権力を駆使しながら政策を推進している点で、欧州と全く異なる事態が日本に生まれている。しかもアメリカ型の市場原理主義と結んで、一方では日の丸を振りかざし、他方では札束をばらまくという露骨に野蛮なふるまいを演じて恥じない。彼らのボスは「美しい国」を唱えているが、この言葉はかってヒトラーが宣揚したアーリア至上主義の美学に酷似して妖しい魅力を放っているかにみえる。それは未来への見通しを喪失したか、築けない頭脳が瞬間的な快楽に没入して非日常的な高揚を味わう虚勢の美の世界だ。知性による理性的な社会構築への不信が、強力な権力への幻想的な欲望を肥大化させて、弱者への憎しみと攻撃を激化させ嗜虐的な政策に転化する。「つくる会」のメンバーの異様に輝くまなざしに偏見に隷属した哀れを感じませんか。
朝日新聞は3・1独立運動当時の朝鮮軍司令官であった宇都宮太郎大将の15年間の日記史料の発見を報じた(28日)。この独立運動の死者は朝鮮総督府統計で553人、朝鮮側統計で7509人である。この渦中に起こった堤岩里事件は、ソウル南方の教会で日本兵が朝鮮人30人を閉じこめて虐殺した事件であり、日記では「事実を事実として処分するば簡単なるも、虐殺を自認すれば帝国の立場は甚だしく不利となる。抵抗したるを以て殺戮したものと決し、夜12時散会す」(1919年4月18日)と隠蔽の過程を記している。宇都宮は武断的統治を批判し、文治懐柔工作をねらって民族独立運動家と接触し、日露戦争期には英国公使館付き武官として「明石工作」に資金22万円を提供してスパイ工作を展開し、辛亥革命時には参謀本部諜報担当部長として孫文に10万円の運動資金を三菱財閥から提供させ松井石根司令官に渡している。研究者は宇都宮太郎を文治派軍人として評価し、息子の徳馬への連続性を主張しているが(吉良芳恵氏など)、これほど中朝独立運動を侮蔑するものはない。野蛮でハードな支配に対する抵抗は易いが、ソフトな文治主義的支配はより永続的な支配を実現する最もスマートで卑怯なやり方なのだ。宇都宮太郎は旧大日本帝国の近代派軍人として犯罪的な役割を果たしたのだ。
同じ日の朝日新聞は過激な愛国心を主張する若者の風潮を報道し、幾ばくかの分析を加えている。韓国への謝罪も補償も不要だとする嫌韓流の若者は、海の向こうの韓国人が憎いのではなく、その意見を垂れ流している日本のマスコミに反発しているのであり、実は反体制なのだという。或いはグローバル化のなかで差異化の手段としてナショナリズムが求められ、オリンピックは愛国心を商品化して消費する市場となった(吉野耕作氏)。さらに高度成長によって豊かになった後に、自分を越えた新しい「公」とのつながりを求める心の隙間に愛国心と靖国が入ってきたという(小島潔氏)。つまり氾濫する愛国心の背景には過去や他者とのつながりを求める渇望があるという。部分的には正しいだろう。しかしいまの極右的反動への心情的共感をこのような市場的生活心情で説明して完結できるだろうか。むしろ1030年代大恐慌と大失業による資本主義システムの閉塞のなかで台頭したファッシズムの心情との本質的に共通の土壌を探し、そうでないことの検証をおこなうべきではないだろうか。そして結果は本質的に共通した基盤があるという結論に至る所に現代の恐ろしい実態があるのだ。
いま日の丸を掲げて一生懸命に難民支援活動をおこなうNGOの若者が増えている。「私には帰れる国があって幸せだ。平和な国に生まれた日本人として活動したい」として、ユーゴでは日の丸を掲げた日本人が信頼を集めた体験から、愛国心の強調が日本を悪い方向へもっていくとは思わないという人が増えている(「難民を助ける会」長有紀枝氏)。これらの若者は日の丸がアジアでは侵略者のシンボルであることを知らない、第2次大戦での日本軍の苛斂誅求を知らない、だからこそ愛国心を素朴な星条旗と同じレベルでみてしまう。過去の歴史の記憶を伝承されないで、「助ける」という垂直的感覚で善意の活動をする若者が増えている。ちょうどそれは、宣教師が植民地軍に先んじて上陸して現地民を慰撫した大航海時代の政策に似ている。
奇妙なことにこうした若者における素朴な水平感覚は、かっての非植民地国の若者にもみられるのだ。朴裕河氏は、韓国の高校卒業後に来日し慶応大から早稲田を経て日本文学研究者となった。彼女は従来の日本=加害、韓国=被害という二分法を越えた和解を主張し、韓国の反日意識は日本を必要以上に悪く解釈している、つくる会の教科書は民族と愛国心を協調する点で韓国の教科書とほとんど同じなのであり、戦前の日本の侵略を強調して戦後日本の個人重視を軽視し、かっての植民地支配を批判して、韓国側の協力をみない。こうした日韓の不毛な対立は何も生み出さないーなどと自らをある高みに置いて日韓の現状を批判する。確かに従来の伝統的な日韓関係論を越えようとする視点を提供しているように見えるが、私はこれは宇都宮太郎の文治融和支配の現代版に過ぎないと思う。いったい朴氏は、自らの同胞である旧従軍慰安婦に対して日本政府と日本の司法がとっている野蛮でアンヒューマンな措置を知らないはずがない。そうした屈辱を隠蔽した上で歪んだ被害者意識を捨てよというのは、超国籍の座に安住するコスモポリタンの気まぐれでしかないだろう。朴氏が学んだ留学先が慶応・早稲田という点に日本側の大きな責任があるのだと思う。彼女はみじめにも無自覚のうちに売国奴の役割を優雅に演じている自分に気がつかない。
さて最後になりましたが、日本ではいくら従軍慰安婦を記録した書籍を火に投じても、『アンネの日記』焼却事件のように司法によって裁かれることはありません。なぜなら政府自身がそうした戦争犯罪の事実の存在を否定しているからです。そうしていま、朝鮮系施設と人物に対する嫌がらせと迫害がピークに達しています。自己肯定感を持てない一部の日本人は自らのルサンチマンを排外主義的な攻撃によって発散するという最も未開の文化に汚されています。日本は確実にファッシズム前夜にあるのです。(2007/2/28
20:00)
◆70年を経てふたたび「女」・「階」の時代がきたのか?
1930年の『中央公論』に掲載されたあるエッセイは、当時の活版印刷の活字で一番使われたのが『女』『階』であり、印刷会社はこの2字の鋳造に頭を痛めたという(大宅壮一氏)。『階』は云うまでもなく「階級」の階であり、この2つの活字が幾何級数的に増大したことは1030年代の社会相を浮き彫りにしているという。『女』は当時のエロ・グロ・ナンセンス文化を象徴し、『階』は労農運動の高揚を示しているのだという。フーン・・・・そうなんだ、1930年は29年の世界大恐慌を受けて、階級対立の激化と他方での頽廃文化が頂点に達した年なのだ。この2つの現象を戦争国家へ統合した日本は、未曾有の15年戦争に突入し、「女」も「階」も語らない「戦」の活字のみが躍る国へと変貌し、筆舌に尽くしがたい最悪jの敗戦を喫したのだ。
あれからすでに70数年を経たいま、また『女』と『階』の活字が印刷屋を悩ませるような時代が再びきているような気がする。いまは鋳造活字ではなく、ほとんど電子印字されているから印刷屋さんが悩むことはないが、しかしおそらくいま新たな装いをもって『女』と『階』を使わなければ、発信し得ない時代がきたかのような気がする。『女』はほとんど「女性」として使われているが、『階』は『格』とか『差』とかの用語に代替されている。かって『階級』は原始的貧困と特権階級を裂くマルクス主義用語としてデビューし、時代を象徴する活字であったが、戦後高度成長を経て死語と化し、ソ連社会主義の崩壊とともに博物館入りとなったかのようだ。しかしいま市場原理主義の阿鼻叫喚の中で、国語辞典に残っていた『階級』という活字がふたたび姿を現しつつあるかのようだ。それはかっての衣食住を奪われた貧困ではなく、冷蔵庫はあっても買う中身はないという新しい貧困を意味するかのようだが、ネットカフェで束の間の睡眠をむさぼる若者たちをみると、華やかなヒルズの裏に原始的貧困が忍びよっているような気がする。『女』はフェミニズムの次元に高められてもいるが、アダルトの世界では目を覆わしめる嗜虐の対象として女性が消費されている。最近では「産む機械」だとする古典的な表現を政府高官が使ったことで批判の十字砲火を浴びているが、男性の多くはさして非難しているわけではない。かって頽廃文化を象徴する活字であった『女』は、現代では華やかな協同参画の美名の下でよりソフトな剥奪に湿潤されているように思う。かって『階級』はリアルな実存的イメージを持っていたが、冷戦終結後の社会主義の後退と経済成長の中でイメージは拡散して実感を失い、『階層』とか『格差』などのポスト・モダンのタームに代替されてきた。
ようするに1930年代の象徴的な日本語であった『女』と『階』は、いったんは近代の枠組みの用語として色褪せてしまい、ポスト・モダンの皮相な狂乱の中で拡散してしまったかのようだ。ほんとうにそうなのだろうか。『女』がナンセンス文化の象徴的タームとしてイメージされることはもはやなくなく、いまや『女』は消費社会のフロント・ランナーとして消費を主導するシンボルの位置を占め、おなじように『階』も生得的に固定した「階級」ではなく、自己責任によって返済された「階層」に編成替えしたかにみえる。ここに現代日本の陥穽がある。実態は「階級」が問題化し、「女」のハザードが極限化しつつあるにもかかわらず、それを社会化して制度次元の闘争に昇華させることなく、自己責任のレベルに貶められて四散していっているのが現状ではないか。
さてではいまの日本を象徴する活字を探さなければならない。それは何だろうか? (2007/2/26)
◆古本100円コーナーのシモーヌ・ヴェーユ
名古屋は鶴舞公園前の古本屋を覗いたら、100円コーナーにシモーヌ・ヴェーユ著作集V・Wが並んでいたので購入した。V「重力と恩寵」「救われたヴェネテイア」が、Wは「神を待ちのぞむ」「ある修道者への手紙」が収められていた。Wの表紙の裏と裏表紙の裏に最初に購入した人のメモというか書き込みがある。私は古書を購入した時に、この書き込みにひきこまれたり、魅入られたりすることがあるのですが、今回も同じようなある感慨をよびおこしました。ある時には高名な哲学者の若い頃の奥さんの写真が挟んであったりして驚いたものですが、今回の書き込みは次のようなものです。
(表表紙の裏)絶対への渇望!!
(裏表紙の裏)
すべてが
すべてが救われるように
すべてがあなたより来たり、ふたたび
あなたのもとへ帰っていく、たったひとつの
しるしでありますように
たったひとつの<存在>でありますように。聡明(82年12月30日 ドイツにて) 精文館 昭和47年2月
丁寧にHB程度の鉛筆でしっかりと書き込まれています。聡明という名の方はドイツ旅行中にこの書を読まれたのでしょう。おそらくクリスチャン、それもカソリック信者ではないかと思われる、なにか求道の姿勢が感じられます。文のあちこちに丁寧に傍線が引っ張ってあり、このお陰で古本屋への販売は買い叩かれたのでしょうが、私はむしろこれらの書き込みと傍線によって、ヴェーユの思想を媒介とする日本人2人のある魂の交流のようなものを感じるのです。これがじつは私が古本を購入する時のひとつの醍醐味でもあるのですが、しかし私は自分の書き込みがある本を古書屋に売ろうとは決して思わないのです。
シモーニ・ヴェーユは1909年にユダヤ系としてパリで生まれ、高師卒業後にリセで教壇に立ち、女工として労働者の生活を体験し、スペイン戦争に義勇軍として参加し、ナチス占領後ニューヨークに亡命し、ドゴールの自由フランス軍に参加して対独レジスタンスに加わって34歳で病死しています。死後にアルベール・カミュによる「全集」が刊行されて注目を集めました。彼女はいわば20世紀の欧州の劇的な現代史の苛烈な現場を生き抜き、政治と宗教の緊張のハザマを生ききった女性哲学者です。私は彼女の労働体験に非常に興味をいだいたのですが、彼女の思想がリアルな現実世界を変革する武器とは思えませんでした。ただピュアーに一途に何ごとかを探求していこうとする真摯な姿勢に惹かれました。だから無神論者である私が彼女に惹かれる限界もあったのです。今日購入した古本には私と全く異質の宗教的心情の持ち主の書き込みがあったので非常に興味を持ったのです。(2007/2/20
19:17)
◆現代のアウシュヴィッツ
3月末のアウシュヴィッツ訪問をひかえて、手元にあるユダヤ人やナチス関係の資料を整理して、リストをつくったら71冊になった。今もっとも「興味」をもって読んでいるのは、エリ・ヴィーゼルとプリモ・レーヴィという生き残った人びとの証言だ。ヴィーゼルは地獄の底からの呻き声のようであり、頭を垂れて審判者の言葉を聞くようだ。もうひとつわたしの関心があるのは、カール・マルクスが「ユダヤ人問題に寄せて」を書いてから、、現代までいわゆるマルクス主義者の間でどのようにユダヤ人問題を考えてきたのか−という点だ。なぜなら欧米文化の知的作業に占めるユダヤ人の業績と影響は大きく、ユダヤ人出身のマルクス主義者も非常に多いからだ。それは現代のパレスチナ問題にも流れ込んでおり、いったいイスラエルのマルクス主義者が何を考えているのかにも非常に興味がある。こうした分野での文献は少なく、E・トラヴェルソ『マルクス主義者とユダヤ問題』(人文書院)とアブラム・レオン『ユダヤ人問題の史的展開』(柘植書房)しか手に入らなかった。こうして今ほそぼそとアウシュヴィッツ関連のものを読み始めたのですが、ますますなぜあのような民族絶滅の行為に欧州人が手を汚し得たのかが分からなくなるのです。いまアフリカで頻発している部族間抗争による虐殺行為もその心情に迫って理解することができないのですが、本質的にホロコーストやポグロムとおなじなのでしょうか。こうしてアレコレと考えていくと、日本も朝鮮支配から関東大震災を経て南京に到る虐殺行為に手を染めてきたのです。
戦後60数年を経て日本は戦死者を1人も出さず、また1人も殺さなかった奇跡のような時代を過ごしてきたと云いますが、過去の贖罪に関しては欧米に比して世界から疑惑のまなざしを浴びています。戦争を利用した特需で経済を復興させてから、あたかも過去になんの犯罪もなかったかのように東アジアに工場を展開させて大きな儲けを稼いでいます。はたして日本は戦後のなかで1人のいのちも殺めることなく絶対平和の時を過ごしてきたのでしょうか。
警察庁発表によれば(2月15日)、昨年2006年の児童虐待件数は統計を開始した99年以降最多の297件、検挙数329人、被害児童数316人、死亡児童数59人となっています。いずれも33,8%から55,3%(死者数)の伸び率です。1年間で30%を大幅に越える虐待行為が闇のなかで増大しているのが日本の現状です。児童・少年の検挙・補導いじめ件数も233件(41,2%増)となっています。虐待の主な構造は、実母(96人)と実父(86人)が加害者となって1歳未満の赤ちゃん(42人)に対し、身体的虐待(199件)を加えるというものですが、性的虐待(75件 うち強制猥褻26件)という悲惨な状況を伴っています。イジメの主な構造をみると、中学生が(76,5%)が「ちからが弱く・無抵抗な者」(46,3%)または「態度・動作が鈍い者」(7,8%)を対象にしておこない、被害者は「誰にも相談できない」(21,9%)で黙って耐えているという特徴があります。本来であれば無条件の愛情が注がれるはずの「わが子」への虐待や、友情の証しであるはずの「弱く・無抵抗な者」へのイジメは、まさにナチスのショアーと同じ質の行為であるような気がします。誰かが「美しい国」を怒号していましたが、ほんとうにサデイストが横行して嗜虐の歪んだ「美しさ」が乱舞する惨たらしい国に、日本は頽廃しています。これがまさに「美しい国」を怒号した人の本質なのです。
アウシュヴィッツの闇に消えた子どもたちと、日本の子どもたちは同じようなまなざしを大人に注いでいるような気がします。いまあなたの住んでいる街で、子どもたちの笑いさんざめく声が聞こえてきますか? じつは子どもたちは外に出れば大人たちが見張って監視しているので怖くて出れないのです。街中の建物に監視カメラが張りめぐらされているので、自分がなにか咎められるような気がして外に出たがりません。だから塾へ行く以外は、家の個室にこもってゲームをやるしかありません。ところが実は自分の家の中も怖いのです。親は生活のために必死で働いているので食事も一緒にできません。会社が面白くないお父さんやリストラされた親が、いつ自分をいじめるか分からない恐怖があります。学校へ行って、人と違うことをしたり、目立ったり、動作が鈍かったりするとすぐにいじめられるので、早くいじめられる人をつくってみんなと一緒になっていじめる側にまわるしか自分が生き残る道はありません。こうして児童虐待とイジメは互いに増幅して悪無限のスパイラルにおちいっていきます。
さてユダヤ人へのショアーに手を染めた欧州人の心情を考えてみましょう。優越と劣等の市場原理が社会に忍びより、じょじょに自分が脅かされる不安におののく市民たちは、誰か特別に弱い・無抵抗の・人と違うターゲットを発見し、そこに自分たちの攻撃を集中すれば、自分たちのトラウマとルサンチマンは解消し、互いに加害の共犯者であるという歪んだ連帯の感情をともにし、不安から逃れることができたのです。少しでも良心が残っている人は、見て見ぬふりをして自分の安全を保つしかありませんでした。この絶好のターゲットがイエスを殺し全世界を放浪してデイアスポラとなっているユダヤ人たちでした。ナチス・ヒトラーはこうした市民の劣情を最大限に刺激して煽り、劣等を優越感に転化して自己権力の確立に成功したのです。
さてこうした心情は、日本に横行しているイジメの心情と本質的に同じような気がします。特定の犠牲者への迫害の集中と力ある者への服従と媚びへつらいは、裏表の関係にあります。皆さんは威張っている人ほど、自分より上の人に媚びへつらう姿勢をみたことはありませんか? いま日本の頽廃は家庭の乳幼児、学校の子どもなどの最も弱い層にピュアーに現れていますが、実はこれは大人社会の頽廃を忠実に反映しています。優越と劣等の市場原理は企業からはじまって、しだいに家庭や学校という素朴な共同体をも浸蝕しつつあります。成果主義によるリストラの不安を大人たちははね返すことができず、みずから競争のスパイラルにはまり込んでいきました。いま日本でもっとも業績を悪化させて苦しんでいる富士通は、賃金をすべて成果・業績主義にして社内は荒廃させてしまい、逆に年功制を残してうまくやったキャノンは業績を伸ばしています。じつはキャノンもよく見れば、正規社員を激減させ非正規で工場を回して利益率を挙げたに過ぎないのですが。
こうしてみると、現代日本はアウシュヴィッツ強制収容所の論理をソフトな形で成功させている世界でもっとも奇妙な国といえるかも知れません。アウシュヴィッツで絶対多数を占める囚人たちは、ナチスSSに抵抗することなく、裸になって自分たちを埋める墓穴を粛々と掘り、その側にみんなで並んで静かに無表情で射殺されていったのです。いま日本でも、一番弱い人をいじめて自分だけは生きのびて、最後は静かに墓穴を掘って自分で穴の底に落ちていく風景が広がっているのではないでしょうか。自分たちがどんなに異常で、異様な状態にあって毎日をあくせくと生きているかは、その渦中にある人ほど自覚することは難しいのです。だからある意味で今の日本で一番元気な人は、利害関係から解放されているリタイアーしたお年寄りたちであるかも知れません。なにしろ、若者たちはパフォーマンスに長けたライオンヘアーに救いの幻想を預けて「そのまんま」雪崩を打つように「東」へと投票に向かったのですから。何度もなんども裏切られて敗北を重ねてきた人は、最後の瞬間にいたっても裏切りを従容と受け入れて生を閉じるのです。これがアウシュヴィッツの教訓ではなかったのでしょうか。(2007/2/16
11:31)
◆”云われるままにいい子にはなれない”−デイクシー・チップスはアメリカの良心のかすかな証しだ
米国のカントリー音楽女性トリオであるデイクシー・チップスは、4年前のイラク開戦直前のロンドン公演でボーカル担当のナタイー・メインズが「みんな、わかっていると思うけど、私たちはテキサス出身のアメリカ大統領を恥ずかしく思っているわ」と観衆に訴えた。激怒した米国保守派は同トリオを「非国民」と呼び、カントリー音楽のラジオ局は一斉に放送禁止処分にした。彼女たちはカントリー音楽業界から締め出され、脅迫の嫌がらせを受け続けた。しかし同グループは06年に「テイキング・ザ・ロング・ウエイ」を発表して奇跡の復活を遂げた。そのなかで”いわれるままにいい子にはなれない。撤回する気にはなれない”(「ノット・レデイ・トウ・メイク・ナイス」)とブッシュへの批判を歌いこんだ。彼女たちは「非国民」であったかのか、ブッシュが非国民であったのか? 真実が明らかになって戦争の大義がまったくの嘘っぱちであったことが白日の下にさらされた。ブッシュが米国市民を騙した「非国民」であり、デイクシー・チップスにジャステイスがあったことを米国市民は知った。米国市民はかっての迫害を悔いて彼女たちの名誉を最高のかたちで回復した。
米国音楽界最高の栄誉とされるグラミー賞選考委員会は、デイクシー・チップスを5部門でノミネートし、そのすべてで彼女たちを選び、とくに主要3部門である「最優秀レコード賞」「最優秀アルバム賞」「最優秀楽曲賞」を独占するという快挙は、14年前のエリック・クランプトン以来であった。狂乱の時にあって常に冷静であり、プロパガンダのさなかにあって真実にのみ忠実であるというデモクラッツの真のあり方を彼女たちは示した。グラミー賞選考委員会には無条件の賛辞を送りたい。あなた方はデイクシー・チップスを選んだことによって、じつは米国の知性とデモクラシーが依然として健在であることを全世界に示し得たのだ。イラクの戦場で米国の若者たちは、デクシー・チップスの歌を口ずさみながら、イラク人を殺し自分も死んでいくのだろうか。もはや即時の撤退以外に米国の名誉を回復する選択肢はなくなった。歌声が世界を確実に動かしたのだ。日本のメジャー歌手たちよ! 自らの真実をのみ信じて歌を歌っているか? 戦争への道をひた走り、フリータのうめき声が満ちあふれている中にあって、あなた方はいまどんな歌を歌っているのか! あなたがたもたまには”みんな、わかっていると思うけど、私たちは山口県出身の日本の首相をとても恥ずかしく思っているわ”ぐらいは歌ってみたらどうか。
ジェーン・フォンダが数十年ぶりに沈黙を破って姿を現した。1月末に開かれたワシントンでのイラク派兵抗議集会に登場し反戦のメッセージを全米に訴えた。彼女はベトナム戦争の渦中にあって北ベトナムを訪問し、ハノイからラジオ放送でベトナムの戦場で戦う米兵に”汚い戦争はやめろ!”とアピールした。帰米したフォンダは、国会議員から「国家反逆罪」で告訴され、囂々たる非難を浴びてハリウッド映画界で孤立した。しかし宣戦布告なしの戦争に「国家反逆罪」は成立せず彼女は裁判で勝訴し、それを契機にベトナム戦争の不正義が次第に明らかになって、ついに大統領は辞職し米軍はすべてベトナムから撤退してベトナム民主共和国が成立した。歴史の真実は直線ではなく、ジグザグの曲線を描きながら自分の姿を現していくと云うことがよく分かる。イラク戦争でもブッシュは退陣し、米軍はイラクから完全に手を引くだろう。旗が翻り、ラッパが鳴り渡ると人びとは考えることをやめてしまうのだ。愛国心は無頼漢の最後の隠れ家であり、初期には恐るべき威力をふるう。ベトナムで参ったはずの米国市民は、また同じパトリオテイズムの熱狂に飲みこまれて我を失ったかにみえるが、真実は決して闇のなかに消えていきはしなかった。私たちは信じることができる。真実はかならず自己の姿を現してくる、あまりにも膨大ないのちの犠牲と引き替えに。
日本のデイクシー・チップスはどこにいるのか? 日本のジェーン・フォンダはどこにいるのか? それは何を隠そう、あなた自身でありわたし自身に他ならない。あなた自身が立ち上がり、わたし自身が歌い始めるだろう。日本列島の隅々から格差といじめの呻き声が殷々と響いてくるのを尻目に、”国を愛せよ 死んだら天国へ行けるぞ”と子どもたちを脅迫し、忠犬ポチ公と頭を撫でられながら親分に媚びへつらい、戦への道をひた走っているあの人の虚像がしだいに裂け目を露わにしつつある。彼の言行は常軌を逸して理解しがたいものがある。あるTV番組では「画期的」を「ガッキテキ」と読んで観衆の失笑を買い、いままた踏切で人を助けようとして電車に轢かれて死んだ宮本という警察官の通夜に駆けつけて、「ミヤケさん」と呼んで慰霊の言葉を述べていた。彼の得意な日本語は「美しい国」という単語のみだが、それ以前に母国語を正確に読み発言するという基礎学力を身につけてほしいとつくづく思う。彼の言辞は「美しい国」のことばを汚しているばかりか、人格を冒涜して恥じない無知ゆえの如何ともし難い誤りがある。(2007/2/14
10:33)
◆稚拙であるがゆえの惨いスパイラル
イジメを考えるシンポで自殺した子供を持つ遺族が次のように話しています(ジェントルハートなど主催 10日)。
「お母さん、お父さん、こんなダメな息子でごめん。いままでありがとう。いじめられて生きていけないーと息子は遺書を残して命を絶ちました。葬儀の時に夫と交代で彼を抱きしめました。小さい頃と変わらぬ柔らかい頬にほおずりして『啓君ごめんね。いままでありがとう』と云いました」(福岡県筑前町 森美加さん・36 中学2年の長男)
「息子が亡くなった日の朝、息子が学校へ行くと机、いす、教科書にマーガリンが塗られ、イスには画鋲が置かれていたことなどを後になって知りました。息子が亡くなってから12年と7ヶ月、元気だったら今頃26歳になっていますが、学校や教育委員会、文科省は何も変わってはいません」(相模原市 平野君枝さん・50 中2の息子)
「学校で御菓子を食べた人がいるーということで生徒21人が指導室に集められ、教室には12人の教師が待っていてそこで1時間半にわたって事実確認が続きました。翌日、担任から電話が入り、そのことを告げられ、学年集会で2度とやらない決意表明をさせると云われました。電話を受けた母親が次男に学校へ行くからね−と話した10分後に、ドスンという大きな音がしました。息子がマンションから飛び降りたのです。学校で何があったのか、繰り返し尋ねましたが具体的な話を聞くことはできませんでした」(杉並区 大貫隆志さん・50)
「娘はウザイ、キモイ、ゴキブリなどの言葉の暴力や罰ゲームを受けました。ゲームで負けた数だけ男子に告白させるルールで、5回負けた娘はその日男子に嘘の告白をさせられました。翌日残りの4人に告白するよう強要を受けた娘は、その日にマンションから飛び降りて命を絶ちました」(蕨市 男性 中2の娘)
いずれも自らの尊厳をズタズタに傷つけられ追いやられたこどもの最後の選択としての行為です。わたし自身このような行為が約束されている学校へ足を運ぶことはできないと思います。想像するだに惨い関係が子どもたちの間に蔓延しているのです。むしろ取り囲まれて身体を迫害された方がまだいいと思うほどの精神的な迫害です。加害者はイジメのうちに快感を感じているのでしょうか、加担しなければ自分が被害者となる恐怖でしょうか、いずれにしてもここまで加害的心情を昂奮させるメカニズムは何なのでしょうか。
大沼保昭氏(東大)の言辞を読むと寒々しい日本の姿が浮かび上がってきます。「日本は素晴らしい国である。豊かで平和で清潔で、安全な国であり、交通機関や商店の信頼できるサービスを日々享受できる、暮らしよい、長生きできる国である。何もかも理想的な国などあり得ない現実で、日本は世界中から高く評価される国である。朝日新聞の調査では94%の人が日本に生まれてよかったと思っている。愛国心があると答える人は78%に達している」(朝日新聞 2月12日付け)。大沼氏の薄っぺらな認識ほどリアルな認識を欠落させた者が陥る擬画的な無知を示しているものはない。自分自身の存在を貴いと思うかーという問いに、世界の若者は70−80%以上がYESと答えているが、日本の若者だけが36%と最低になっているデータを彼はどう思うのだろうか。大沼氏のような日本礼讃論は、年間3万人を超える人が自ら命を絶ち、子どもたちの間では蔓延するイジメの事実から目をそらす犯罪的な効果を持っています。
日本の犯罪件数そのものは次第に減少し、凶悪事件も減っているにもかかわらず、なにか薄ら寒いむごい犯罪が報道されています。河合幹雄氏(桐蔭横浜大
朝日新聞2月12日)は犯罪の稚拙化を云いいます。キーなしでバイクを盗むと窃盗になるが、いまは技能が衰弱して持ち主を引きづり下ろして奪う強盗が増え、カネ貸せとカツアゲすれば恐喝なのに、大勢でいきなり襲いかかって奪うので強盗となる。こうして手口のスキルの伝承がなされず、熟慮されないヘタな幼稚な犯罪が増えている。遺体を切り刻む猟奇的にみえる殺人も、じつはマンションで埋める庭や床下がない、1人で運べないなど遺体の処理を考えずに反抗に及んだ幼稚な凶悪犯罪でしかない。このぐらいでやめておこうという歯止めがなくなり、やめ時を指示するリーダーがいなくなり、非行少年の集団的水準の劣化が進んでいる。この原因は同年齢の同質集団との接触しかないという病理から起こっており、異年齢集団でもまれるたくましさが育っていないことにある。学校も同じ学力の子どもが集まり、地域と切り離されて多様な人物との出会いの場がなくなっってしまったからだ−云々。
河合氏の主張は部分的には正しい。異年齢集団のなかで多様な個性が切磋琢磨するリアルな触れ合いがなくなったという指摘もその通りだろう。しかし彼は肝心のことを指摘していない。それは教育が学力競争を競う勝敗の場であり、学ぶ喜びと未来志向力を奪う監獄と化している日本の学校の「過度に競争的な」(ユネスコ日本政府への勧告)現実を。自分の尊厳を学力の勝敗でのみ評価されるシステムのなかで、子どもたちに蓄積するストレスとルサンチマンがひ弱で稚拙であるがゆえの残酷ないじめや犯罪を生んでいるのではないでしょうか。ここに焦点を当てない論議は、子どものいのちに決定的に無責任な議論となるでしょう。言わんや出席停止などの警察的威圧で解決するというおよそ暴力主義的な方法ほど教育から遠いものはありません。多様な個性がみずから選んだ目標に向かって互いを励ましながら進んでいくというほんらいのナイーブな子ども関係をどう復権させるか−という問題意識なしに解決はありません。いまはこうした言葉は冷ややかなまなざしでしか受けとめられません。それほどに日本の大人たちのジャステイスの感覚は衰弱しているのです。「女性は子どもを産む機械だ」などと人類の半分を機械とみなし、「出産能力を喪ったババアに生きている資格はない」と高齢女性の抹殺を主張する人が安穏と権力の座に座り続けることができる国がどこにあるでしょうか? そういう意味では他者の痛みへの想像力を失った人にとって日本はまことに「素晴らしい国」なのです。ナイーブな子どもたちがそうした大人をモデルとして行動するのはけだし自然なことであり、誰が子どもたちを責める資格をもっているでしょう。(2007/2/12
8:52)
◆人を裁く
人が人を裁くとはなんだろうか。裁くことへの心情的な忌避感の強さは裁判員制度への不参加を表明する人が多いことで分かるが、これは自分自身が当事者になることへの抵抗感が働いているからだ。むしろ自分に波及しない範囲でアレコレと人を揶揄したり、責めたり虐めたりすることに快感をいだく傾向と表裏の関係にある。日本にある裁くことへの忌避感はおそらく前近代的支配の習慣を引きずっているからだ。私の祖母は、水戸黄門が「葵の印籠」を出すと悪人たちが土下座して謝るシーンを涙を流して喜んでいる。自分で立ち上がって王様を倒した経験をもたない日本の歴史から生まれた必然の心性なのだ。過ぐる戦争の裁きも外国人法廷に委ね、自分の手でキッパリとケジメをつけることができず、免罪された最高責任者が地方を回ると歓呼して迎えた。確か小学低学年だった私も寒村の駅のホームに並んで、彼が乗った列車が通過する時に万歳三唱した。その時には意味が全く分からずに。こうして日本は裁きの感覚が市民化されず、裁判所は威厳をもって庶民を寄せ付けない近寄りがたい場所として今でも君臨している。「それでも僕はやっていない!」と叫んでももはや遅いのだ。
これは考えてみると恐ろしいことだ。日本は裁きへの自覚的参加を知らないまま経てきたことによって、裁きの原理である正義の感覚そのものを衰弱させてきたのではないか。善悪や正義よりも上下や強弱で行為を判断することを常態化してきた。強い人や「上の者」は誰かをつねい観察しながら自分の態度を決定する日常感覚が染みわたってしまった。強者や権威への媚びへつらいと弱者への威圧から私自身も逃れてはいない。優越と軽蔑という虚偽意識に囚われて、ジャステイスへの無条件の服従といったオブリージェはついに形成されなかった。
いま米国議会でマイク・ホンダ議員(民主党)提出の日本政府への従軍慰安婦謝罪表明要求決議(下院決議案121)の審議が始まっている。ホンダ氏は次のように言う。「わたしの慰安婦への関心は、サンノゼで教師をしていた時に日本の文部省が慰安婦の悲劇を教科書から削除したことに始まる。教師としてわたしは、ひるむことなく過去の悲劇と不正義を教える重要さを知っている。誠実さと率直さなしに和解の基礎はない。慰安婦の女性は年老い、その数は毎日減っている。いま行動しなければ歴史的な機会を失う。河野官房長官談話(1993年)や村山首相談話(1995年)などの過去の日本政府の表明は評価する。しかし最近の政府・自民党の一部幹部による談話見直し・撤回の主張はガッカリさせ、日本政府のあいまいさがあらわれている。多くの慰安婦は日本政府の誠実で明確な謝罪を求め基金の受け取りを拒否している。『ごめんなさい』というのに遅すぎることはない。日本政府の正式の謝罪が必要だ。この決議が日米関係を損なうとは思わない。こうした問題を認めてこそ成熟した国家であり、和解はきずなを強くし、日米に留まらず日韓、日中関係にも良い影響を及ぼす。誠実で明確な謝罪は日本のような素晴らしい国がおこなうにふさわしい行為だ。。米国政府も間違いを犯したが、英知を持って認める難しい選択をしてきた。1988年市民的自由法は、第2次大戦中の日系人への強制収容を謝罪し補償した。日系人の補償を求める旅路は長く困難だったが、ひとたびおこなわれた謝罪は明快で明確だった」。ホンダ議員の証言は、みずからが第2次大戦中に日系強制収容所で幼児期を過ごした体験が横たわっている。恥ずかしいことに日本政府は過去この種の決議案をロビー活動で葬るという恥ずべき外交をくり広げて軽蔑をかった。今回は元慰安婦の女性が出席して公聴会が開かれる。オランダ出身の従軍慰安婦であったオハーンさん(84)は「ボスニアで組織的な女性のレイプがあったことを知って、92年にこうした残虐行為は2度と繰り返してはならないとわたしは名乗り出た。私たちが日本政府に求めているのは、お金ではなく正義です。日本政府が戦時の残虐行為を認めて謝罪すれば、我々は尊厳を取り戻すことができます。私たちが声を挙げないと、日本政府は慰安婦の事実を隠して責任を否定し続けることに気づきました。米議会で証言するのは日本バッシングではありません。日本政府に誠意を示して欲しいからです。日本政府は慰安婦が死に絶えた後に謝罪をしようと云うのでしょうか。亡くなった後の謝罪に何の意味があるでしょうか。日本政府のチャンスはわずかしか残されていないことに気づいて欲しいのです」と云う。
アムネステイは第2次大戦時の性奴隷制についての教科書での正確な記述と、その保証としての国際刑事裁判所(ICC)規定批准を求めて国際的なキャンペーンをおこなっている。もしみなさんが世界のいずれかに旅行して、この件について尋ねられた時に、多くの人は絶句してしまわざるを得ないのです。歴史への裁きを自らの手でおこなえなかった日本は、自らの罪責について自己検討する能力すらすでに失っている。日本は人間的水準のスタンダードをクリアーできない異様な民族として嘲笑を浴び続けるだろう。こうした私の主張を自虐史観という人がいるが、市民が企画した法廷の報道番組に政府指導者が圧力を加え、もっとも公正といわれるメジャーのメデイアが自ら番組を改編するというみじめな水準にある日本なのだ。これをこそ自虐といおう。
マレーシアのマハテイール前首相が中心となって、イラク戦争犯罪を裁く民間国際法廷の設置が決まった。イラクのファルージャ虐殺生存者、レバノンのジャーナリスト、パレスチナの犠牲者が証言し、被害者への補償を求め、ブッシュ米大統領、ブレア英首相、ハワード豪首相が告発対象となっている。彼らへの疑惑は以下の9種の戦争犯罪となっている。
@ごまかしと嘘で議会を欺いてイラク侵攻をおこなった罪
Aイラク、レバノン、パレスチナの市民生活に不可欠の施設への破壊を命令した罪
B学校、病院、モスク、教会、住民居住地域、歴史史跡などを爆撃した罪
Cイラク、レバノン、パレスチナを経済的、軍事的に破壊する作戦を展開した罪
Dクラスター爆弾、ナパーム弾、リン弾、劣化ウラン弾などの大量破壊兵器を使用し、市民を無差別に殺戮した罪
E国連と国連安保理を欺いた罪
Fイラク、レバノン、パレスチナの環境を破壊した罪
Gアルグレイブ収容所など人権蹂躙を命令した罪
Hマスメデイアを欺き戦争を煽らせた罪
私見ではこの9種の戦争犯罪はすべて真実であると断言できる。小泉純一郎前首相が告発対象となっていない点が唯一の弱点だ。つねにアメリカの陰に隠れて子分のように行動し、自分は決して表舞台には姿を出さない卑怯な日本政府の行動のお陰なのか。あれほどの悲惨な地獄のような修羅にイラクを貶めた3人は当然に断罪の対象となろう。マハテイールは、そしてイラク、レバノン、パレスチナの民衆は決して日本を許さないだろう。コソコソと親分の陰に隠れて石油利権を手にしているこそ泥のような行為を。イエスは不倫の女性を囲んで虐めている民衆に向かって、「汝らのうち罪なき者のみ この女を打て」と静かに云ったそうだが、ここには人を裁くことの根元的な意味があるように見える。我が日本は、不倫の女性に石を投げている群衆の隅のほうで一緒になって投げて喜んでいる国なのだ。(2007/2/11
9:40)
(後記)駐米日本大使は「日本政府がすでにおこなったことを蒸し返して注文をつけ、日米関係が悪影響を受けるのは良くない」(2月13日)と述べ、日本の外相はマイク・ホンダ議員提案の決議案を「客観的事実に基づかず、日本政府への対応を踏まえていないのではなはだ遺憾だ。基本的にまったくそのような事実を認めておる立場にはない」と批判し(2月19日 衆院予算委)、安倍首相は「河野談話については、慰安婦の強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実だ」(3月1日)と述べた。。すでにILO(国際労働機関)・条約勧告適用専門家委員会は「強制労働禁止条約」違反として被害者の要望に応えるよう日本政府へ勧告し、国連人権委員会が再三にわたって指摘してきたことを日本政府は足蹴にした。韓国メデイアは一斉に日本政府批判の社説を掲載した。
「手のひらで天を隠すような行動が、民主国家を自認する世界第2位の経済大国のほんとうの姿なのか、すべての日本人に聞きたい」(ハンギョレ新聞 2月19日)
「真実の謝罪もなく、何が間違っていたのか−と抗弁することによって自らの基盤を確保しようとする政治家ばかりだ」(朝鮮日報 2月19日)
これら韓国メデイアの基本的な間違いは、日本政府はもはや政治家ではなく政治屋によって占められていること、彼らは多数の専制によるファッシズムをすでに試行しつつあることを認識し得ていないことだ。(2007/2/20
8:43)
(追記)1月末にマイク・ホンダ議員が提出した決議案の共同提案者は、最初の6人から慰安婦公聴会を経て25人(民主19人、共和6人)となった。公聴会を主催したアジア太平洋・地球環境小委員会委員長は「文明社会は人権擁護のために過去に苦しんだ人びとを記憶し、その人の声を聞き、過去と現在の犠牲者に敬意を表する道徳上の義務がある。さもなければ新たなホロコーストを起こす危険がある」と述べた。(2007/3/3
10:55)
◆自由原理主義のヴァンダリズム
市場ファンダメンタリズムは、自由の最も野蛮な形態である。闘争における勝利者がみずからの自由の実現に向けて、反対者を無制限に抑圧する自由を意味する。あなたは混雑している電車の中で、傍若無人に振る舞う若者のスポーツ集団を見たことがあるだろう。彼らは自らの属する仲間集団の中では、垂直的な鐵の規律が貫徹し、躾と礼儀の正しさは驚嘆すべきレベルにある。彼らは上級生の下着を洗い、命令に絶対服従し、たとえ万引きを命令されても断ることはない。それは絶対服従している自分自身に誇りに近いマゾヒステックな快感を感じる。自分が上級生になれば同じ命令をサデイステックに下級生に加えて快感を味わう。ところが所属集団以外の異集団との接触のない閉鎖集団は、みずからの垂直関係を機械的に適用するか、排除するしかない。だから彼らは社会に出れば、すべてを上下の垂直関係で判断し、有無を言わさず下位の者を支配する服従のなかへ自分を位置づけて安定しようとする。もはや善悪の価値判断よりも上下の命令−服従関係を優先する。ここに現在の日本企業のコンプライアンスの崩壊があり、平気で市場を騙して恥じない構造的原因がある。
かってこのような垂直的支配構造は前近代の身分関係の残滓と見られた。タイイクケイの野蛮は確かに日本的半封建制の残滓であった。その根底には「葵の印籠」に無条件に服従し、虐められる民衆は水戸黄門の出現を待つしかなかった。それを受け継いだ神権天皇制は骨の髄まで日本人の身体を垂直的専制に染み込ませ、天皇からの距離関係で人間的価値が判断された。明治以降も、頂点に立つ天皇と最底辺の非人とのあいだに重層的な構造が目に見えぬ形で張りめぐらされた。どのような人間に育てるかは天皇の言葉で決められ(「教育勅語」)、どのような戦士となるかも天皇の頭脳で決められ(「軍人勅諭」)、そうした決定に自分を献身的に刻印することが自分自身の高揚感を沸き立たせた。
早稲田野球部に入学した高校野球界のヒーロー投手Sに対して(確かに彼は早稲田大学ではなく野球部に入学したのであろう)、早稲田野球部監督は「禁酒・禁煙令」を出したという。こうした人格的レベルに属するモラルを自分の命令で操作するという感覚は、まさに勅語的感覚の残滓を示すものといえよう。しかし現代の勅語は、「葵の印籠」や「万世一系」が下すのではなく、市場のシンボルが下す。つまり市場ファンダメンタリズムがいまや前近代的王権に替わる至上命令者となって君臨している。この命令はあたかも人間の自由と平等を基礎に築かれた合意の偽装をもつがゆえに、自発の幻想に包摂されて自分で自分の首を絞めるような息苦しさを伴う。
市場ファンダメンタリズムのリーダーがシュルツだ。シカゴ学派のセオドア・W・シュルツは市場原理論を農業経済学と労働経済学に適用して1979年にノーベル経済学賞を受賞した。途上国農民の貧困は、遅れた土地制度の問題ではなく、主として農民の生産能力という人的要素によって惹き起こされている。途上国の貧困は工業だけでなく農業にも投資をおこない、農業技術教育の充実と農民の人的要素を高めれば解決できると主張する。彼にとっては封建的大土地所有制による農民の半奴隷的労働という要因は後景に退く。この理論の間違いは、農業技術の普及によって生産力が上がったとしてもその剰余は地主に集中し、農民の貧困はそのまま続くということにある。日本の戦後の農地改革による生産力と農民生活の著しい上昇や、ラテイフンデイウムが遺る中南米の貧困は、彼の理論の誤謬を鮮明に示している。
シュルツの貧困の経済学は先進国の貧困にも適用されて「人間資本論」となった。人間資本は、育児・学校教育・健康管理・職場経験で構成され、この要素への投資を増やせば労働生産性が上昇し、経済が発展して労働者の貧困は解決すると主張する。さらに人間資本は技術水準を上昇させ、ICTの発展が筆zねんてきに富裕層と新たな貧困層という格差を誘発するが、これは経済発展のモチベーションを強める活力となる。この理論の誤謬は日本の現状を見れば明らかだ。日本の労働力の技術水準は世界水準にあるにもかかわらず、労働権が著しく侵害され資本の専制が進んでいる。日本の貧困(特に若者のワーキング・プア)は、ICTのリテラシー格差によってもたらされたものではなく、非正規などの不安定就業によって誘発されたものであることは明らかだ。
シュルツ型シカゴ学派の農業・労働経済学は、一面ではアマルテイア・セン流の人間の潜在能力開発論に通底しているかに見えるが、農業や労働の制度的条件を無視している点で基本的に異なる。シュルツは人間能力の先天性を述べ、それが遺伝的に決定されていることを宣揚するから、最悪の社会ダーウイにズムに堕す可能性を秘めている。日本経団連はほとんどシュルツ理論に依拠した数々の提言を行って政策誘導をしている。その結果は創造するまでもなく一部巨大資本のそそり立つ繁栄と累々たる貧困の蓄積であり、同時に軍事経済による人為的需要創出となる。
日本にとって厄介なのは、シュルツ的な人的資本論と前近代的な垂直支配の残滓が結びついて、より重層的で強固な階層構造が社会全体に浸透していることだ。この恐るべき所は、市場ファンダメンタリズム批判派のなかにも垂直関係が浸透し、オープンで水平的な(日本的表現では自由闊達な)コミュニケーションが疎外されていることにある。日本は欧米的な近代市民の実現が歪んで形成されたところに、市場ファンダメンタリズムが闖入して奇妙な混成を遂げて、より激烈で悲惨な実態を誘発している。自分で自分の首を絞め、あたかもみずから進んでカローシを選んでいるかのようなドッグフード現象が蔓延している。(2007/2/9
11:28)
◆マンガ喫茶で眠る若者たち
ちょっと前に東京に住む息子が交通事故で手術するので上京して付き添ったことがある。早朝に新宿の病院に向かう途中で、朝食を摂ろうとレストランに寄ったら、驚くべき光景が広がっていた。あちこちで若者たちが群れをなして眠り込んでいるのだ。僕はその時には、新宿の夜を遊び歩いて終電に乗れなかったアホな若者連中だと思ったが、どうも今思うと違うようだ。彼らは実はマンガ喫茶やインタネット・カフェを泊まり歩くワーキング・プアのロスト・ジェネレーション達だったのだ。生活苦で部屋代が払えずアパートを出た派遣会社に登録した青年は、日払いの仕事をしている。登録番号で管理され集合場所に着くと、携帯電話のメールを会社に送信する。会社と彼を結ぶのは人称名詞ではなく登録番号だけだ。1990年代に時間単位で料金を取るマンガ喫茶が定着し、05年調査では全国2737店に増えた。24時間営業のマンガ喫茶は、長時間労働で帰宅と出勤時間を惜しみ、ただひたすら眠りたいという若者たちであふれかえっている。電話応対の請負で働く女性は、大晦日と元旦の仕事に備えるためにひたすら眠っていた(NHK ドキュメント72 1月30日)。これはもはや巨大な人間のゴミ集積場ではないか。恤救貧困窮民という原始的なルンペン・プロレタリアを表す言葉が蘇ってくる。
ある人生相談で、26歳の男性が「高校中退後専門学校へ行き、卒業後は転々と職を変え、いまは派遣で22万円、税金や家賃、布団代を引かれて手取は10万円です。派遣として1年働いたら直接雇用になるとは思えません。これからどうなるんだろう。別な世界があるわけではない。真っ暗闇だ」と訴えている。教育評論家は「残念ですが高校中退では資格やスキルがないと、転職の度に労働条件は下がる場合があります。上手に資格を活用できればとりあえず何とかなりますし、人物評価では転職がプラス効果を生みます。自分に有利な資格や技術を生かした仕事に就くことが大切です。大目標と小目標を持ってまず足元を固めましょう。ジョブカフェやハローワークに足を運んでみるのもひとつです。きっと道が開けますよ」と答えている。おそらくなんのアドヴァイスにもならないこうした助言が現在の若者たちのみじめさを象徴している。せっせとジョブカフェやハローワークに通った揚げ句に行きづまって相談している若者にこうした助言しかできないのだろうか。
せっぱ詰まった若者たちはどこへ向かうだろう。そのモデルをアメリカにみることができるだろうか。2万1500人の増派を決めた米軍の新兵募集はすでに限界に瀕している。ある陸軍の勧誘官は「麻薬が体外に排出されるまでに23日以上かかる。いま検査しても陽性だから綺麗になるまで待つ。いま検査に合格しなくても、また数週間後に来ればもう一度検査する」とアドヴァイスしている。ある麻薬常用者の高校生は、「水を飲んで麻薬を排出すればいい。一度入隊すれば基礎訓練を受けるまで、検査されることはない」と入隊後の乗り切り方を後輩に教えている。こうして米軍は麻薬常用者をイラク前線に派遣し、兵士は不安と緊張を陶酔状態でマヒさせ、イラク市民に無差別発砲をおこない、殺人の快感を味あわせている。これが蔓延する米国のワーキング・プアの末路なのだ。米軍のイラク侵攻は、アラブ石油利権の独占と軍需ケインズ主義による不況の克服とワーキング・プアの解消にある。おそらく日本の沈殿するルサンチマンも飽和点に達し、こうした戦争への狂熱の選択に雪崩をうって突き進む可能性がないとはいえない。インターネット・カフェやマンガ喫茶で寝泊まりしている若者たちと、靖国神社にいって瞬間的な高揚感を味わっている若者たちは重なっている部分がある。つまりファッシズムへの下からの希求が歴史上初めてうまれる土壌ができつつあるとは云えないだろうか。
しかしアメリカは不思議な国だ。米バージニア州議会は、1607年に北米大陸での英国最初の永続的植民地ジェームズタウンが建設され、その400周年記念行事をひかえて、黒人奴隷貿易に対する「深い憂慮」を表明する特別決議を全会一致で採択したという。決議は「人間の奴隷という非人間的制度の容認や先住民に加えられた歴史的悪行、人種的偏見に根ざしたあらゆる形態の差別と不正における州の果たした役割に深い遺憾の意を表する」とし、黒人奴隷と先住民差別を公式に謝罪した。米国では2月を「アフリカ系アメリカ人歴史月間」とし、今年のテーマは「奴隷制から自由へ」をテーマとしている。何の大義もなくイラクに侵攻して悲惨な地獄に陥れている米国は、国内では過去の歴史の罪を謝罪しているという驚くべきアンビバレンツな姿を呈している。
確かに欧州でナチス・ファッシズムが狂気の弾圧をくり広げた時に、多くのユダヤ人や反ファッシズムの人たちは輝かしい自由の天地を求めてアメリカに亡命し、移住した。アメリカも思想や人種と民族を越えてこれらの迫害された人たちを受け入れた。私も大学時代の知人である徐勝くん(現立命大教授)が韓国軍事独裁の手を逃れて米国ハーバード大学が受け入れた時に、さすがにアメリカだなと敬服の念を抱いた。
女子フィギアの荒川静香が自由演技のバックに用いたプッチーニ「トウーラントッド」の初演は1926年にミラノ・スカラ座で行われた。私もイタリア旅行の時にこの劇場の天井桟敷から豆粒のような舞台を見たことを想い起こす。この初演の時にムソリーニは、監督を呼んで「あの男をすぐに街頭に引きづり出さない限り、君の劇場にはもう足を入れない」と怒鳴りつけた。それは指揮者トスカニー二がファッシススト党歌「青年時代」を演奏せよと要求されて、すべて断ってきたからだ。監督は困って党歌だけ別の指揮者ではどうかと頼んだら、トスカニーニは怒り「トウーラントッド」の指揮も断ると云った。こうして最後には監督もファッシスト党歌演奏をやめた。そしてトスカニーニは路上でファッシストの暴漢に襲われて重傷を負い、米国へ亡命した。1943年イタリア解放を聞いた彼は、ニューヨークで祖国の解放を祝う演奏をおこない、そのなかでは「インタナショナル」の指揮もした。あれから60余年も過ぎた日本では、驚くべきことに「君が代」演奏を断る音楽教師をつぎつぎと断罪して処分している自称「芸術系」知事がいる。自分の息子をつかまえて「余人をもって代え難い」画家だと公言したそうだが、ピアノ演奏を強制する彼には芸術の本質がほとんど分かっていない。
マンガ喫茶でその日を暮らす若者たちは、自分たちの労働基本権を奪って奴隷に等しい悲惨な労働を強いている者が、実は都庁でピアノ教師を弾圧している当の本人とその仲間たちだと知った時に、どう思うだろうか? ゴミと仮しつつある若者はみずからの尊厳を奪った者が誰かを知って、決して黒シャツには味方しないだろう。私たちはそれぐらいのことは歴史から学習しているはずだ。(2007/2/5
17:06)
◆世界の電子ゴミはどこに捨てられているのかー電子のダーウインの海
IT大国として成長著しい中国とインドのまばゆい光の裏には、残酷な影が同時に進行している。中国とインドの貧しい農村に世界中から集まった壊れたパソコンやプリンターなどの電子ゴミがあふれかえり、河原や田畑でプラステックやビニールを野焼きする黒煙が立ちのぼっている。そこでは状態が良い基盤の部品は売り、壊れたものからは銅や金などの貴金属を採りだし、一攫千金を夢みる業者が移住して村人口が急増している。従業員4−5人の零細企業で月売上200万元(3千万円)という破格のビジネスとなっている(ちなみに給与者平均所得1000−1500元)。彼らは先進国電子産業のもっともダーテイな最終処理工程によって原始的貧困から脱出するチャンスを実現したかに見える。しかし彼らは両手に余る現なまの札束とともにみずからの身体を生け贄にしている。部品に含まれる鉛、水銀、カドミウムなどの有害物質は大気中に飛散し、分解溶液が垂れ流されて深刻な健康被害が発生している。特に成長期の子どもたちの呼吸器を犯し、1−6歳児童165人中135人が鉛中毒となっている。彼らは目の前の現金とともに次世代の未来を犠牲にしている。誰がこれを責められようか。以上は広東省貴興村の現況から。
マスクもせずに基盤を熱湯に入れて布でこすって余分な成分を落とし、それを硫酸と硝酸混合液に入れて1日漬けると、基盤が銅から分離し銅が1`300ルピ(820円)で売れる。彼らは刺激臭が漂うなかを普段着で何ごともないかのように働いている。有害物質を吸い込んで次第に脳や内臓が侵され、特に成長期の子どもの肺と妊婦への影響はすさまじく、多数の奇形児が生まれてくる。しかし作業場に危機感はなく、インド全体で1万〜1万5千人の地方出身の移動労働者が、日給50ルピー程度で働き、経営者も対策の必要性を特に感じていない。以上はニューデリー郊外ガッダ地区から。
私はほぼ半年で更新されるパソコンやその他の電子機器がリサイクル法で回収後にリサイクルされて新たな製品になっているとばかり思っていたが、実態は途上国農村部の原始的貧困を利用して処理されていたのだ。いわば先端産業における国際分業の末端工程は途上国の原始的貧困地域によって担われていたのだ。先日観た『ダーウインの海』という映画で、アフリカのビクトリア湖が巨大魚の放流によって生態系を破壊され、先進国食品企業の最大限利潤の対象となり、現地は貧困とエイズの蔓延する巣窟と化している悲惨な実態をみたが、アジアでも電子産業で同じ事態が起こっているのだ。
電子ゴミは有害廃棄物の越境移動と処分をを規制するバーゼル条約で輸入国の同意がない限り輸出できないことになっている(92年発効 中・印・日含め168ヵ国参加)。しかし欧米や日本、タイ、豪州などから「中古パソコン」「混合金属」扱いで香港の密輸業者に輸出され、書類上は正規の輸入手続きをするが税関と業者は裏で取引し中身の調査はなく、再び船で中国本土に運ばれる。この時も税関検査はない。インドでは欧米からの電子ゴミが年間5万トンに達し、国内の電子ゴミ15万dとあわせて国内に20万dの電子ゴミが堆積するという異常な事態となっている。アジアの電子ゴミは米国分だけで1千万dに上っていると推定される。95年に先進国から途上国への輸出を全面禁止するバーゼル条約改正案が採択されたが、発効しないまま現在に至っている。それは日本が米国・豪州と手を組んで批准せず、発効を遅らせているからだ。
私も何台かパソコンを買い換えた。懐かしいので振り返ってみると、デスクトップの最初はシャープ次いでNEC9801→中国製→現在はSOTEC、ノートはNEC→SONYと買い換えを進め、その度に旧型機は廃棄してきた。私の買い換え頻度は20数年でこれだけだからそれほど多い方ではないと思う。しかし私の廃棄したものの一部は国内処理されず、中国やインドに運ばれて現地の人の脳や内臓を痛めつけているのかと思うと、こころ穏やかではない。先日発表されたIPCCの地球温暖化報告書をみると、このままで推移するともはや22世紀で生存可能な地域は現在のツンドラ地帯のみになるのでないかと思わせる。シベリアあたりの土地を早めに買っておこうかと考えるのは冗談として、先進国の華やかな生活の裏で排出されるCO2はもはや地球惑星の生存限界に近づいているのは確かだ。何を歌い、何を書き、何を演じ、何を説教しようと自由だが、もはや途上国の上に胡座をかく時は過ぎたのだ。スモール・イズ・ビューテイフルとかイリッチの警告がリアルな実感を持って迫ってきている。社会的欲望水準の高度化を再定義する理論構築が早急に求められる。(2007/2/3
17:00)
◆女性は産む機械か
日本厚労省の大臣が「女性という子どもを産む機械、装置の数はもう決まっている。産む役目の人が1人頭がんばってもらうしかない」と発言し、世界のメデイアが一斉に批判報道をしている。主なところをあげてみよう。
「厚労相の発言は数学的には問題はない。しかし単なる命令でテンポを速めるわけにはいかない。批判の声が上がっているのは、この機械に自尊心があることの証拠だ。この機械にはやさしさが必要なのだ」(仏・ルモンド 31日付け)
「日本の厚労相は野党の辞任要求で問いつめられている。出生率の低下が問題となっているのは、仕事か子どもを望むかを迫られ、法外な教育費にびくびくさせられ、公的な支援を受けず、日本の若い女性に子供を設ける理由はほとんどない」(仏・フィガロ 3日付け)
「日本の閣僚が女性のことを子供を産む機械と呼んだ。彼は女性有権者のことをまったく考えずに発言し、嵐のような抗議を呼び起こしている」(英ガーデイアン 29日付け)
「厚労相の発言は怒りの叫び声をかりたてた。日本人の女性は「まったくの挑発的な発言だ」「女性は人口問題を解決するために子どもを産むのではない。幸せになるためだ」などと云っている。同相はこの意見で真実の顔を見せたに過ぎない」(独ウエルト 29日付け)
「安倍は泣きたいほどの心境だ。柳沢が野党から辞任要求を受けているだけでなく、政府与党内の反応も冷淡だ。発言への波紋は日を追うごとに大きくなっている」(韓国・東亜日報 31日付け)
「安倍首相が柳沢氏の辞任を拒否しているのは、スキャンダルで閣僚が次々と辞任すれば、政権にとって決定的な打撃になると懸念しているからだ」(韓国・ソウル経済新聞 30日付け)
「柳沢厚労相は謝罪したが、世論は追及の手をゆるめず、あくまで辞職を求めている。作家の吉永みち子氏は柳沢氏のほんとうの姿がさらけだされたと指摘した」(シンガポール・聯合早報 29日付け)
国際的にこれほど揶揄された日本政府への報道はそう多くはない。しかし厚労相は歴史的には正しいことを云ったのだ。産む機械としての女性は、歴史的には家父長制家族のなかで連綿として維持されてきた。特に血の連続性を最大の根拠とする王政などの伝統的支配では、王家の妻である王妃の役割はまさに男児(部分的に女児も)出産が崇高な使命とされ、王妃の選考基準の第1は同じ階級内で「健康で有能な男児が産める」家系出身女性を探すことにあった。オウストリア女王マリア・テレジアが娘アントワネットをフランス王妃に政略結婚させた時の最大の助言は「はやく子どもを産みなさい、そうすればあなたの地位は安泰だ」というものだった。もし王妃に子がなければ、王は王家の後継ぎを生産するために何人もの側室と崇高な生産活動をおこなった。いま日本の皇室において、皇太子妃が苦境に陥って週刊誌でアレコレとバッシングを受けているのも、彼女が健康な男子を産めないからであり、いまでは娘すらバッシングの対象となっている。つまり厚労相大臣の発言が皇室に対してなされたものであればそれは大いなる激励だと云えないことはない(いや皇太子妃にとっては脅迫に近い言辞であり、戦前であれば不敬罪にあたるかも知れない)。
家父長制家族を廃止して新たな夫婦婚家族へ移行した後も、旧家族観による女性へのまなざしは連綿と続いている。厚労相発言の前に、はるかに下劣な女性蔑視を行った東京都の都知事が高位で当選しているのはなぜだろうか。彼は「生殖能力を喪ったババアに生きる資格はない」「障害者は壊れた物体のようだ、あれは人間なのか」という最大級の侮辱的差別発言をくり広げたが、辞職することはなくなお居座り続けている。揚げ句のはてには自分の息子を「余人を持っては代え難い芸術家」と賛美して税金で外国旅行をさせるという破廉恥行為をおこなっている。この東京都知事の一連の行動は、厚労相に勝るとも劣らない人間蔑視のレベルにある。
さて外国報道でもっとも鋭く厚労相を批判しているのが、フランスのメデイアだ。フランスは充実した少子化対策を進め、家族手当や保育サービス、出産後の就労など共働き夫婦への支援を充実させ、まるで産まないでいれば損するという印象まである。こうして1,8台で推移していた出生率をついに2台に上昇させることに成功した。もしフランスで「女性は子どもを産む機械だ」などと大臣が云ったら、ただちに政府は崩壊するだろう。日本の厚労相発言の背景には、政府自身が少子化対応への自信を持っていないことを示している。だから女性に責任を転嫁し、女性を攻撃して叱咤激励するという悲惨な事態になったのだ。こうして尊厳を侵された女性は一斉に反発する「女の平和」の事態が誘発されるだろう。若者を非正規労働に転落させ、ダブル・ワークやインターネットカフェ宿泊などの悲惨な事態に陥らせて、一方で婚姻と出産を迫るなどというアンビバレンツな方向に何の未来があろうか。むかし歌ったアメリカ民謡の一部を想い起こした。それはたしか次のような歌詞だった。
働け 我慢せー
死んだら天国へ行けるぞ
「女性は人口政策の対象ではなく主体である。特に産む性の女性が自己決定することに世界は取り組む」(1994年・国際人口開発会議カイロ宣言)というグローバル・スタンダードと日本の乖離にはため息が出るような距離がある。(2007/2/1
9:39)
◆なぜ「子ども」ではなく、「子供」なのか! ノロ・ウイルス汚染は教育に及ぶ
こどもを「子ども」と記すか「子供」と記すか、こども観の本質的な違いがある。「子供」はこどもを大人に付き従う「お供」であり、大人の指示を受ける「小さな大人」というこども観であり、「子ども」は独自の人間と見なすルソー的なこども観であり国連「子どもの権利条約」も大人から独立した子どもの独自の権利を尊重するとしている。さて首相直属の教育再生会議の第1次報告はすべて「子供」と表記され、ここにこの会議の本質が露呈されている。汚染度の高い環境で異常な突然変異と繁殖を示すノロ・ウイルスがついに日本の教育界を浸蝕しはじめたのだ。この劣勢突然変異ウイルスが日本の子どもたちに感染すると、胃腸炎の集団発生に留まらず脳細胞にまで波及して大脳神経系を破壊するだろう。24日に決定された教育再生会議の第1次報告は、恐るべきノロ・ウイルスに汚染された内容となっています。
第1に全国学力テストの結果を学校ごとに公開するという。これは学校間競争を刺激して質を上げるという名目ですが、結果的には学校間格差の極大化によって閉鎖される学校を生み出すでしょう。この全国一斉テストと学校選択制(バウチャー制)はイギリスで完全に失敗し廃止を迫られていますが、一周遅れで日本に導入するそうです。母校を訪問したら廃校になっていたという人が増えるでしょう。こうした競争による刺激は動物には有効ですが、人間の尊厳にはあまり意味がありません。学習の意欲は、人に勝つというよりも真理に接近する喜びによって生まれるのです。真理に接近するためには学力世界1位のフィンランドのように、少人数の助け合い授業が有効なのです。
第2にいじめ対策として警察と連携して出席停止制度を強化し、体罰禁止の緩和をおこなうとしています。子どもの登校を強制的に禁止するような権力的で威圧的な方法は、逆に子どもを陰湿なイジメに追い込むことは火を見るよりも明らかです。警察官が教師となって、銃で武装したガードマンが警備する米国の学校では暴力事件が逆に増えているのです。イジメは連帯感と仲間意識を奪う競争教育によって他人を敵と見なす雰囲気が蔓延している中で起こっているのです。ワーキング・プアや頻発する大人の汚職をみて子どもたちは次第に自分の未来への希望を奪われつつあります。自己肯定感を問う世界調査で、欧米は80−90%台なのに日本は自分の存在が大事であると思える子どもが30数%しかいないのです。子どもを責める前に大人が裁かれなければなりません。
第3に学校を監査する外部評価機関を設置するとしています。これも英国の受け売りですが、英国では外部評価を上げるために、問題生徒をすぐに退学させる学校が続出し、中退者が導入前の4倍に急増し、英国の子どもの8%が義務教育を終了できず大量のニートが発生するという破産状況にあります。
第4に教師の身分システムを変え、副校長・主幹などの管理職を新設し、給与表を分けて待遇に格差を付け、免許更新制で一部教師を首にするそうです。05年度では全国で506人が指導力不足認定を受け、111人が退職しています。問題教師の対応は現制度で十分に可能であるのに、なぜ免許失効のような脅迫的制度を導入するのでしょうか。民間企業でも、一部の問題社員の存在を理由に全社員の資格審査や技能検定をおこなうことなしたら大混乱で労使関係は崩壊するでしょう。日本の教師の水準は世界のトップクラスですが、成果主義や権威主義的管理によって子どもとのナイーブな触れ合いを奪われ、有病率が極端に高くなっています。自由で闊達な雰囲気のない学校は、子どもも教師も萎縮させて成長の芽を潰してしまうのです。
第5に政府の教育予算や条件整備への提言が皆無という驚くべき内容となっています。現首相の支持率急落に対する政策として設置された会議の本質が表れています。学校給食費を納めない児童生徒数が10万人を越え、文科省はその60%が保護者の責任感と規範意識の欠如にあると批判し、対策強化(強制徴収)を促す通知を都道府県にだした。義務教育は無償とするという法律に違反して有料化しているのが文科省であるのも関わらず、親に責任を転嫁するという恥ずべき教育行政に、何の自己批判も求めていないのだ。学校給食は118年前に山形県鶴岡市が弁当を持ってこれない貧しい子供の救済としてはじまり、戦後は健康教育の一環として無償化された。現在は調理場運営費を市町村が負担し、保護者は食材費月額約4千円を負担している。給食が重要な教育活動であり、地産地消の地域農業振興と結んでいるとすれば、むしろ強制徴収に偏向する行政ではなく、文字通りの無償化施策を検討すべきだろう。
第6にボランテイア活動を単位制の義務化すると云います。強制ボランテイアそのものが原理的な矛盾した概念なのです。
簡潔に言うと、日本は子どもに向かって「おまえたちは静かにだまって勉強せよ。喜んで奉仕活動を行え。そやないとお前の学校はなくなるぞ。反抗する奴は牢屋だ。子どもの味方をする教員は首だ」という内容です。なんでこんなに惨めでお粗末な提言しかでてこないのでしょうか。メンバーはおそらくみずからの教育理念への尊厳ある矜持が欠落しているから、外部誘発効果でしか人間を動かせないと思いこんでいるようです。学力テストで競争を刺激すれば勉強するだろう、教師を競争させれば働くだろう、問題のある者は威圧すれば従うだろう−などという人間存在への信頼を失ったニヒリズムがあるような気がします。もし自分の意見に自信と誇りがあれば、会議は公開され、現場や専門家のヒアリングをおこなって批判に耳を傾け説得しようとするでしょう。特に世界で最も高いレベルにある日本の教育学の意見を聞かないで恣意的で思いつきの提言をする頽廃に無自覚であるという救いがたい実態です。自分に自信がないことを示す最大の事例は、外国モデルの機械的導入です。日本の教育はさまざまの問題を抱えつつも、世界水準をいく歴史を構築しているのですから、外国モデルの物まねをする必要はありません。しかも失敗した英国をモデルにする一周遅れのランナーのようです。こうして再生会議メンバーは個々には良識派もいますが、多くはノロ・ウイルスに感染して大脳神経系を侵された状態に無知となっています。彼らの唯一のバイブルがナントカという首相の書いた『美しい国』というのですから、このウイルス汚染はかなり深刻です。未来のこれから生まれてくるであろう子どもたちに、このような蟻地獄のウイルスに侵された息苦しい抑圧の学校をプレゼントするのでしょうか、私たちは。(2007/1/25
11:40)
◆ノロ・ウイルスとツボカビ症の集団感染は人間の未来を告げている
ノロ・ウイルスのノロとは発見者の名前かと思ったら、そうではなく発見された米国オハイオ州ノーフォークという地名からきているそうだ。昨年末に日本全土で感染性胃腸炎が集団発生した。従来はカキなどの貝類による食中毒であったが、今回は食中毒ではなく感染者の嘔吐物や下痢の汚染からの感染という新しいノロウイルスの出現であるという。昨年の11月27日から12月3日までの1週間の患者数は6万5638人という大規模集団発生だ。
実は新たなノロ・ウイルスの発生は、地球上の微生物の突然変異に新たな変化が起こったことを示している。ノロ・ウイルスのような相同染色体をもたない1倍性微生物(生存に必要な最低限のゲノムが1組である微生物)は、汚染度が高い環境にあると突然変異が誘発されやすく、さらに相同染色体を持つ2倍性真核生物では、突然変異の大部分を占める劣勢変異が正常優性遺伝子に隠されて発現しないのに対し、1倍性ウイルスは劣勢の突然変異がそのまま発現されることを劇的に示したのが今回の事態だ。
人間は強力な抗ウイルス剤を次々と開発してきたが、どんな強力な薬剤であっても、1つでも生き残ったウイルスは1日で10の10乗(10数桁)という天文学的な増殖を行う。ノロ・ウイルスのような劣勢ウイルスが発現しやすくなった環境汚染とはなんだろうか。それは原子力が生み出している無数の有害人口化合物、人口放射性核種が放出されてDNAの損傷が増え、1倍性ウイルスやバクテリアの突然変異発生率が急増したからだ。原子力利用以前は宇宙からの宇宙線によるウイルス変異は微少であった。こうして1倍性ウイルスの劣勢突然変異の出現が、変化の速度が遅い2倍性や倍数性の高い人類や他の高等動物に大きな脅威を与えはじめたのだ。ただし2倍性の異人類や高等動物の生殖細胞は1倍性であり、ウイルスやバクテリアのような突然変異が起こっても、受精すれば2倍性に戻るから、一方の親からの正常な優性遺伝子に隠されて次世代には発現しぬくいシステムを持っている。問題は両方の親ともに劣勢突然遺伝子を持っている場合であり、こうした危険が高まっていることを今回のノロ・ウイルスは予告しているのだ。
ノロ・ウイルス現象は、変化の速度と質が従来の自然界のシステムから大きく逸脱したウイルス増殖現象が起きていることを示している。人類は自然法則を支配し加工する科学技術を無限に発達させてきたが、特に原子力と人口化合物の開発は地球環境に致命的な影響を与え、自然法則による人類への警告と逆襲が始まっているような気がする。ノロ・ウイルスによる感染性胃腸炎の防止は、嘔吐物や下痢の塩素性漂白物による完全除去によってとりあえずは可能であるが、生き残ったウイルスがいれば1日に10数桁の規模で増殖する。原子力はすでに惑星を40数回破滅させる爆発物をつくりだし、無数の有害人口化合物を大気中にばらまいている。CO2による惑星の温暖化はすでに人類という生命体の生存条件を奪いつつある。米国のなんとかというロック歌手は細菌恐怖症から、隔離された完全消毒の自宅をつくって生活しているそうだが、そうした個人レベルで回避しても無意味だということは誰でも知っている。原子力や温暖化、悪性ウイルスの蔓延は、歴史上初めて人類に協同の必然性を迫り教えている。それは少数者の生き残りを許さない普遍的な脅威という性格を持っているからだ。そこでは勝ち組、負け組などという惨めな発想がいかに無意味かを示している。私は人間たちはこの協同の方向へと進んでいくと思う。先日逝去したイリイチは、「人々に”未来”などない、あるのは”希望”だけだ」と最後の言葉を遺したが、それは放置して訪れる約束の地は人間が絶滅した荒涼たる廃虚であり、もし協同によって科学技術のあり方を変えるならば生存を保証する再生の地となることを示している。あるべき”希望”がまだ残されているうちに、なにほどかのことがなされなければならない。以上・市川定夫氏論考(『機』179号)を参照。(2007/1/23
8:20)
世界中でカエルなど両生類に壊滅的影響を与えているツボカビ症がついに日本でも発症した。国際自然保護連合(IUCN)調査では、地球両生類5743種のうち、2469種(43%)の生育数が激減し、1856種(32%)が絶滅寸前にあり、これは鳥類の12%、哺乳類の24%に較べて格段に高い。1980年以降すでに120種が絶滅し、1294種が絶滅のおそれがある。原因の第1は、森や湿った環境が失われ、食材やペット用の乱獲、外来種の食い荒らしで生息地が破壊されていることによる。粘膜だけに覆われた両生類は化学物質の汚染に最も弱い。第2がツボカビ症などの病気だ。ツボカビ症とは、皮膚にツボ型の遊走死のうが増殖し、皮膚呼吸が困難となって、口を開けて縮こまり腹は赤みを帯びて脱皮不全を起こし、発症後3週間で死に至る。強い感染力を持ち、パナマでは毎年28kmの速度で拡散し、48種(71%)の両生類にひろがった。ツボカビ症は1938年に南アフリカのアフリカツメガエルで見つかり、61年に北米を経て豪州、中米、西班牙、ニュージーランドへ拡散した。おもに水を媒介に湿り気さえあれば、地面にも潜伏し、熱帯でも冷涼な高地の渓流に好んで生息する。
日本で見つかったのは、個人が飼育していた中南米産のカエルで、ペット用カエルの輸入大国である日本への伝播は時間の問題と見られていた。飼育下での消毒方法は確立されているが、生息地で発生すると感染を止めることはできない。人間が媒介して野外の生息地に持ち込むことを阻止しなければ、日本のカエルも絶滅状態となる。
両生類は食物連鎖の底辺近くに位置し、カエルは昆虫などを補食し、タヌキ、アナグマ、ヘビ、鳥などがカエルを食べる。カエルは昆虫の大量発生を抑え、同時に昆虫が媒介する病気の伝播を抑えている。カエルがいなくなることは、昆虫の大量発生とそれによる病気の蔓延、さらに鳥などの減少という生態系全体の破壊をもたらす。いま国際自然保護連合(IUCN)と保全繁殖専門家集団(CBSG)が協力して「両生類保存同盟」をつくり、救出を呼びかけている。パナマでは、カエルを避難させ飼育して繁殖させる「両生類の箱船計画」にとりくみ、2008年を世界カエル年に指定して国際的な運動を呼びかけている。
ノロ・ウイルスといい、ツボカビ・ウイルスといい、すべて人間が人工的につくりだした化学物質による環境汚染から発生した突然変異物質だ。あなたは最近カエルの鳴き声を聞いたことがありますか。田舎に行けば、うるさいほどのカエルの鳴き声に包まれて夜も眠れない体験をしたことがありますか。カエルの鳴き声が消えてクーラーで冷やした心地よい安眠を手に入れた人間は、じつは自分自身が生きていけない環境をつくりだしていることに気がつかない。カエルが死に絶え、鳥が死に絶えたあとに、最後に残った人間が死に絶える。忍びよる生命の危機を横目に見ながら、私たちは今日も自動車を走らせる。この私も例外ではなく、ホンダCVRを駆っては田舎を暴走している。(2007/1/25
9:35)
◆なにか哀しいそのまんま東・・・・
タレント・そのまんま東(東国原英夫)氏が,予想を裏切って保守王国の宮崎県知事選で圧勝した。彼のマニフェストの一部を見ると、ほとんど民主党の政策と変わらないから、彼の圧勝は政策というよりも、頽廃した現状からの脱出を願う市民感情の噴出であろう。投票率は64,85%と大都市圏に較べて異常に高いが、それでも35,15%は棄権している。芸能タレントの知事当選はたしか横山ノック(大阪)に次ぐ2人目ではないか。一部製造メーカーと大都市圏の繁栄のなかで、地域経済の不振と高い失業率、財政崩壊現象のなかで蓄積したルサンチマンの爆発であろう。しかし宮崎県民はほんの1,2年で、横山氏と同じく市場原理主義をつらぬくそのまんま県政が生活関連予算をカットし、学校の競争原理を推進する実態をみて裏切られた哀しみを味わうこともすでに明らかだ。
そのまんま氏の当選の背後には、やるせない市民のルサンチマンが堆積したポピュリズムがある。それほど現在の日本は脱出口を求めて喘いでいるのだ。もういままでのような、そのまんまでいくのは嫌気がさしてしまったのだ。だから今回のそのまんま現象は、市民の要望を代理するはずの政党政治の機能がかなりマヒしていることを示している。機能のみならず、政党そのものが汚れた反・非市民的イメージで受けとられはじめていることは、ここ数年のあらゆる選挙での棄権率の異常な高さに表れている。今回の宮崎県知事選はそうした政党のダーテイイメージと社会的頽廃への堆積した忌避意識を象徴的に再確認することとなった。数年前までは何らかの願望を政党に託してアレコレと政党を選んで渡り歩いた市民の多くは、いまや無党派となって棄権するか、脱政党や超政党を掲げる個人アピール型候補に投票するようになった。その個人アピール型候補はTV出演で独自性をアピールしている者であれば手っ取り早いのであり、石原ナントカも小泉ナントカも本質的には同じであったのだ。こうした脱・超政党の幻想イメージは、実際の治政の冷ややかな現実によってすぐに裏切られ、自分の判断と選択の貧しさを思い知らされることとなるが、その時はもう取り返しがつかないのだ。いまやこうして日本は幻想の裏切りと漂流の中で、3万人を越える人が自殺し、子どもたちがいじめ合う惨めで痛んだ世の中となった。それはあたかも、TV番組の宣伝を丸飲みして一斉に納豆を買いに走った主婦たちの滑稽な行動に酷似している。何回かの裏切りと挫折体験によっていつかは目覚めるとしても、もはやその時は遅いという時代に入りつつある。これがポピュリズムの帰するところだ。
ポピュリズムのもっとも恐いことは、超人間的なイメージを持った強力な存在の登場によって、蔓延する腐敗の一掃を願う独裁願望にある。自分自身が選んだ独裁者をあたかもアイドル・スターのように自分の一部のように意識し始め、自分のすべてをかけて献身していく悲惨な結果をすでに人類は60数年前に骨身に沁みて体験したが、体験世代が世を去るに従ってその印象は薄れ、逆に記憶を人為的に消すかのような勢力がのさばりはじめ、ポピュリストとして再登場している。
あたかも私はそのまんま氏をポピュリストのように評価したが、最終的評価は保留する。あなたに知性と良心があれば、あなたのマニフェストの市場原理主義的な部分を修正するよう求める市民の声に耳を傾けるだろう。そうすればあなたは、生活基盤関連政策を重視した日本歴史史上最初のタレント出身市民政治家として記録されるだろう。一介の小説家に過ぎないイシハラなんとかでさえ都知事の座に鎮座ましましているのだから、あなたもやれるでしょう。ただしイシハラとは逆の方向で。健闘を祈る。(2007/1/22
16:36)
◆いまの経済成長路線は戦争への道を準備しているのか
100度に沸騰した熱湯が入っているビーカーにカエルを入れると、カエルは驚いて瞬時に飛び跳ねて外へ躍りて助かる。カエルの体温より少し低い適温にカエルを入れて、じょじょに温めていくとカエルはいい気持ちになって、ついに熱湯になっても飛び出すことができずもがき死んでしまう。人間のある環境になじんでしまうと、その環境から抜け出すことがなかなか難しくなって、どんなに環境が悪化しても最後はもがいて終わってしまう。ある状況にいる時に、それに没入してしまう危険を私たちは嫌と云うほどに知っている。逆にすべてシニカルになってすべてを冷ややかに見ることでは、実際に何もできないことを知っている。私たちは全力投球している時には、どこかで一呼吸置いてそうした自分を冷静に観察する習慣が必要であることを示している。いまのような激動期において、アレヨアレヨと流されていっている自分に気がつかないで、取り返しのつかない慚愧の涙を流すのか、それともどこかに踊り場を確保しているかの違いは大きい。
とくに何かいま日本が曲がり角にあって、うまく曲がろうとしているのか、それともとんでもない方向へ行こうとしているのかよく分からないなかでは、たちどまってしばし考えてみる時間が必要だ。本日は経済成長と戦争経済という視点から、現在の日本を考えたい。
いま政財界は挙げて、いわゆる「上げ潮」成長戦略を宣揚しています。かっての高度経済成長期は、@所得弾力性基準(需要の伸びの速い成長産業の選択)A生産性上昇基準(国際競争力を持つ生産効率の良い分野)による産業構造高度化をめざしました。低コストで世界市場で売れる産業に資源、資金労働力を集中しました。それは鉄鋼、化学、自動車、電気などの重化学・機械工業であり、逆に石炭・繊維・農業は成熟斜陽産業として撤退を推進しました。こうして日本のものづくり生産性は飛躍的に上昇し、GDPは1955年の8兆3千億円が1975年には147兆8千億円へと18倍に上昇しました。ところがこの重厚長大産業は東アジアのキャッチアップを受けて比較優位を失い、次なる成長産業への転換を迫られました。
イノベーションによる高付加価値製品の開発(ICT,ナノテク、バイオ、新素材、知能ロボットなど)です。しかし製造業の現場は、すでに派遣、契約などの非正規によって労働コスト削減は極限に達し、生産性上昇は限界にあります。そこでもう一つの成長のエンジンとしてサービス業の生産性上昇を据え、事務・管理・開発部門のホワイトカラーの労働コストを極小化しようとしています。ホワイトカラーエグゼプションは、自律的で自由な労働時間の選択ではなく、成果主義と結合した総人件費削減にあります。
以上のような成長戦略の歴史的変化を貫いている原理は、シカゴ学派のトリクル・ダウン・セオリー(成長の滴)であり、戦略産業の成長によって企業が潤えば、その効果は涙がこぼれ落ちるように他産業と家計に波及するという理論です。ここには均衡ある国民経済はなく、戦略企業への選択と集中支援という発想です。例えば法人税実効税率現行40%を30%に引き下げる政策は、企業減税→企業の投資効果誘発→生産性上昇と生産拡大→経済成長をねらいますが、それは自動的に国民経済の成長に連動しないでしょう。なぜなら市場原理主義と連動しているために、生活基盤関連公共事業や雇用不安などBHN(ベーシック・ヒューマン・ニーズ)分野への公共プロジェクトを犠牲にして、子どもを産むのさえ不安となる国民経済の破綻が進むからです。つまりシカゴ学派的なトリクル・ダウン・セオリーはいつでもどこでも正しいというわけではないと言うことが分かります。これは中国の沿岸部開発で宣揚された「先富論」が失敗し、調整政策に転じたことでも明らかです。「上げ潮」成長戦略はかってのケインズ型有効需要政策と一見似ているようですが、公共原理を放擲し市場原理に委ねる点で本質的に異なります。
日本の戦略産業を担う企業は、本社こそ日本にありますが生産と販売は多国籍化し、売上高利益の率極大化が至上命題となってもはや国民経済は視野に入りません。シャープ亀山工場のようが生産の国内環流と持てはやされているのは、自治体がタダで広大な敷地を提供し、労働力は安価な派遣と請負で調達すれば、別にアジアの工場でつくる必要はないからです。シャープ亀山工場の地元雇用率は極端に低いのです。こうして労働力も底辺労働力はアジアレベルで調達し、企画・開発部門をになう労働力は国内の競争教育で調達し、情報労働力はインドからという世界最適調達が実現します。
こうした成長戦略のあとにどのような光景が残るでしょうか。戦略産業が位置する一部大都市圏のみが繁栄し(その中では格差が極大化している)、地方が朽ち果てていく荒涼たる砂漠のような日本です。あたかも砂漠のなかにあるラスベガスのように。たった1万円の予算で営まれた夕張の成人式を冷酷に見捨てた政府の姿勢をみれば分かるでしょう。夕張はかっての戦略産業の拠点であった石炭産業の中心都市でしたが、政府が斜陽産業と認定して切り捨ててしまったのです。
経済の成長を、一部の戦略企業が成長することと見なしてしまった日本の経済観が根底から問い直されています。ここにメスを入れない限り、子どもを産むことが不安なる現状を打開することはできないでしょう。人間同士がたがいにオオカミのように食い合う中で、だれが子どもを産む幸福を感じるでしょう。これが誰かが吹聴している「美しい」国の醜い実態なのです。
この醜さは韓国ノムヒョン政権の苦悶する「美しさ」と対比すれば、いっそう際だっています。韓国経済はいうまでもなく日本経済以上に米国経済に組み込まれていますが、それを犠牲にしてでも祖国の誇りと名誉を回復しようとする取り組みが進んでいます。朝鮮戦争中の1950年に韓国は米軍主導の国連軍総司令官に作戦統制権を移譲し、87年に米韓連合司令部に移譲され(司令官は在韓米軍司令官)、94年に平時作戦司令権が韓国軍に返還されましたが、戦時統制権は米軍が把握したままです。ノムヒョン大統領は戦時統制権の返還を要求し米政府も応じたのですが、驚いたことに国防相を含む軍高官が反対したのです。北朝鮮の核問題で不安定ななかで返還されれば、米国の韓国防衛義務が弱化するというのです。大統領は軍高官を「作戦統制もまともにできない軍隊をつくっておいて、『おれは国防長官だ、俺は参謀総長だ』と星をぶら下げて偉ぶっていたのか。心理的な依存から抜け出すべきだ。米国にしがみついて、米国の後ろに隠れて『兄貴だけを信じている』というのが自主国家の国民なのか」と叱責しました。奴隷のように媚びへつらって、移転費用を3兆円もプレゼントすると申しでる日本政府の矜持のなさと較べてなんたる違いであろう。しかしこの裏には米軍の恐るべき危険な戦略があったのです。米軍の世界的な再編は、先制核攻撃を含む戦略的柔軟性を掲げ、韓国を先制攻撃基地化するために韓国内での独自の米軍行動を求めはじめました。国連軍司令部を戦時組織に改編して機能を強化して、国連軍の名による日米両軍の作戦を開始する戦略に転換しました。「日本への基地のアクセスが国連軍司令部の作戦に死活的だ」(在韓米軍ベル司令官 ソウル18日講演)。日米両軍が韓国軍と協力しながら、北朝鮮を攻めるというシナリオが完成しています。 つまり韓国軍への戦時統制権返還は、実は国連軍の名による日米両軍の共同作戦にあったのです。いま日本で進む防衛庁の防衛省への昇格、自衛隊法改正による海外活動の本務化、そして集団自衛権承認、9条改正への動きは米軍の世界戦略に連動した国内法整備です。韓国ノムヒョン政権の苦悶は、祖国の矜持をかけたまさに「美しい国」の模範を示しています。
経済成長が袋小路に突き当たって見通しが立てれない日本の突破口は、最後の最も効果的な手段として戦争経済の選択を選ぼうとしています。朝鮮戦争からベトナム戦争に至る戦後の事実は、日本経済が不況から抜け出す手段として戦争経済による需要創造という方法以外を見つけ出していないのです。(2007/1/21
10:00)
◆特攻を美化する醜いテロリストたち
敗戦後の日本を統治したGHQ(連合軍最高司令部)は歌舞伎の上演を封建思想を煽るとして規制し、とくに仇討ち関連演目は禁止された。この規制はじょじょに緩和されたが、最後まで禁止されたのが「仮名手本忠臣蔵」だ。忠君愛国の47士が艱難辛苦の果てに白昼堂々とテロ攻撃を敢行するというのは、敗戦天皇制の恨みを持った日本人が占領軍に対するテロ攻撃を遂行する恐怖感をいだかせたことは間違いない。かくのごとく「忠臣蔵」は日本人の感性にしみ込んだルサンチマンの爆発的象徴として上演され、視聴率が稼ぎたければ「忠臣蔵」が定番作品として上演するのがメデイアでは定着している。
さて「忠臣蔵」はなぜかくまで日本人の心情を捉えたのか。「忠臣蔵」を最初に評価して顕彰したのは明治天皇だ。彼は明治元年(1868年)に京都を出発して東京(江戸)へ向かう時に、品川・高輪泉岳寺で行列を止め、勅書と金一封を寺に届けた。赤穂浪士47士を顕彰し「汝良雄等、固く主従の義を執り仇を復して法に死す 百世之下 人をして感奮起せしむ 朕深く 嘉焉賞す」と勅書にしたためた。要するに南北朝期の北朝・足利氏の係留をひく名家である吉良を斬った浅野は、南朝系天皇に最も忠義を尽くした忠臣であると讃えたのだ。江戸期の歌舞伎もののなかで、明治以降もっとも人口に膾炙したのが「忠臣蔵」であった理由はここにある。つまり「忠臣蔵」は天皇制絶対主義の確立過程の中で、市川団十郎が明治政府推薦のお墨付きを得て迫真の演技を展開したのである。
ところがよく考えれば、「忠臣蔵」は主君である社長のミスによって会社が潰されリストラされた社員集団のルサンチマンの爆発としてのテロ行為に他ならなかった。それはアルカイダがWTCビルに突っ込んだ9・11同時多発テロと本質的には同じなのだ。恩への忠である封建倫理がそのまま「七世までただ同じ人間に生まれて朝敵を滅ぼさや」という楠木正成の天皇への忠誠に一致したからこそ、明治政府は敢えてそのテロを美化したに他ならなかった。
この天皇制への忠誠を象徴したテロの賛美は、太平洋戦争末期の特攻・玉砕作戦という頽廃した自爆テロ戦術を宣揚する堕落に到った。特攻作戦に殉じた青年の遺した痛ましい遺書の数々は、まさに国家によって成算のない死を強制された若者たちの慟哭の叫びに他なりません。彼らがみずからの生命を天皇に捧げるという崇高な使命感に溢れていたかというと、それは真っ赤な嘘です。特攻作戦に出陣する前夜の深酒をして暴れる凄惨な姿は、彼らの無念を示して余りあるものがあります。しかしいまこの痛ましい強いられた死を美化して、みずからの汚れた目的に利用しようとする者たちが跋扈しています。
日本の首相は知覧基地の記念館に掲げる遺書を読んでは感涙の涙にむせぶそうですが、彼らはこの特攻作戦を命令した旧軍司令官の浅ましい姿をご存じないらしい。部下の若者へ特攻を命令した司令官は敗戦とともに我先に逃亡し、何ごともなかったかのように責任を回避した。これほどに許し難いことは日本歴史にない。彼らの後継者たちが無知極まる礼節でもって、特攻の犠牲者を讃えることによって、若者の死に二重の侮辱を加えるのを黙ってみている日本現代史の罪は重い。靖国に祀られている特攻の若者は、裏切られた無念の思いで自分を参拝する司令官を見つめている。
今一度確認しよう。世界最大のテロ国家はどこか。トルーマン米大統領は「もし日本国民が軍人に協力するならば、子ども、婦女子を問わず爆殺する」とのビラを日本に投下して、大空襲と原爆投下を行った。ビンラデインは「子どもまでを原爆で殺した国に、テロを批判する資格などない」と米国を批判する。特攻、玉砕、自爆テロのすべてはナルシズムに満ちた情念に裏打ちされた頽廃の戦術だ。テロ撲滅を領導している人々が、もっとも過去のテロを賛美して恥じないという奇妙な構造にある。両眼を開けて凝視すれば、過ぎた歴史の暗闇から、無念の想いを込めて次世代に訴える若者の死してなお真実の瞳がある。こうした偽善の世界はやめてくれ!耳を澄ませばかすかなつぶやきが聞こえてくる。なんの歴史的意味を持たず、ただ純に信じて祖国のために散華した無辜の魂の燃えさかる残り火の消えゆく光が最後の祈りを放っているではないか。特攻を賛美して「美しい国」を煽動する、あまりの恥じらいのなさに若者の無念は昂じて狂わんばかりの呪いに変じている。誰がこの魂の悲憤を鎮めるのか。(2006/1/14
20:29)
◆美しく化粧された仮面の裏には鬼が潜んでいる
家の庭にある枇杷の木にどうも小鳥が巣をつくったようだ。チチッとなく雛にあわせて親鳥が飛んでくる。私が庭に出ると親鳥はパッと飛び立って、どこかに飛び去っていく。そうした時に雛の鳴き声はいっそう高まる。いったいどのような巣があるのか、確かめてみたい気になるが、ソッとしておこうと思ってのぞいてはいない。なにか自分が自然から迎え入れられたようなホッとした気持ちになる。これを美しい国の一部だとするならば、私も認めよう。
日本の何とかいう首相が「美しい国」をうたって登場したのはいつだったろうか。それいらい何か美しいことがありましたか。ますます醜い汚濁がこの国で進んでいるような気がしませんか。なぜでしょうか、美しい仮面はじつは鬼の偽りの姿に過ぎないからです。私は阪神淡路大震災の後遺症がいまもって続いていることを知りませんでした。兵庫県警検死事案集計では、昨年の公営復興住宅での孤独死は66人であり、8割以上が60歳を越え、58人が病死、8人が自殺、1ヶ月以上経過して発見された人が5人だそうです。00年に仮設住宅が廃止されてから6年で462人が孤独死しています。GDPは米国に次ぐ世界第2位を維持していますが、1人あたり額はいまやフィンランドや豪州を下回って世界第14位に転落してしまいました。国民所得に占める労働分配率は70%に激減し、営業利益率が欧米の3〜4倍になって戦後最高水準に達した日本の企業所得がいざなぎ景気越えの高率となり、逆に家計貯蓄率は3,1%と過去最低となりました。日本に住んでいる人の多くはもはや貯蓄を取り崩して生活しているのです。
「無料お試しキャンペーン実施中! 1週間無料、1ヶ月35%オフ、3ヶ月13%オフ」・・・・このチラシは化粧品の宣伝ではなく、ある人材派遣会社の営業マンが会社をまわって契約をとっていく時に使ったものです。派遣労働者の受け入れは公共事業と同じように競争入札でおこなわれている。こうして最低賃金を400円以上も値切られ、生活保護基準以下にしかならない人が急増している。持ちこたえられないストレスをより弱い者へ向かって発散し、職場でのイジメが蔓延しはじめ、子どもたちも大人を学習して学校でイジメている。これが「美しい」国・日本の姿なのだ。
倒産した自治体の成人式の予算はわずか1万円でああり、それを東京の政府は冷ややかに見つめていた。これが「美しい」国・日本の実相なのだ。
最近兄が妹を、妻が夫を殺害して遺体を切り刻む事件が続発している。家族間殺人件数はこの10年間で268件で35%も増加している(警察庁統計)。人間社会の最後の共同体であるはずの家族が融解している。これが「美しい」国・日本の姿なのだ。
米原潜ニューポート・ニューズが日本タンカーに激突した事故で日本政府は一切抗議していない。原潜が333mの巨大タンカーを探知できなかったはずがない。しかしなぜ米原潜がホルムズ海峡にいたのか。この原潜は空母アイゼンハワーの随伴艦であり、アラビア海の海上対テロ作戦かソマリア攻撃に向かう空母護衛行動に従事していた。国連海洋法条約は、ホルムズ海峡のような国際海峡の沿岸国規制を受けない無害通過権を認めているが、軍事作戦行動を禁止している。事故直後に米原潜は日本タンカーに交信してきたが、所属も船名も一切秘匿し海上交通の原則であるシーマンシップの精神を否定した。米海軍が禁止された軍事作戦行動を展開していたことを示している。日本はペルシャ湾沿岸から年2億数千万dの原油を輸入し、ホルムズ海峡の年間航行タンカー数は2500隻に達する。米軍はイラク侵攻後アラビア海からアフリカ沿岸にかけて国際法を無視した軍事行動を展開して原油利権を確保している。アラブの原油に依存する日本は米国の三下ヤクザとなって、アラブ人を殺す米兵を応援して原油利権に手を伸ばしている。
米軍はアルカイダ掃討を名目にソマリアを空爆した。空軍攻撃機AC130はジブチの基地から飛び立った。ジブチは、9・11以後に設置された「アフリカの角」統合機動部隊の司令部が置かれている。国防総省は世界的米軍再編成の基軸に、現行の中央軍・太平洋軍・欧州軍の3編成からアフリカ軍を独立させて4軍編成にしようとしている。対テロとは表面の名目であり、真の狙いはアフリカの自然資源にある。米国は現在石油の10%をアフリカから輸入しているが、10年後には25%に拡大するという見通しがあり、中国と対抗する石油資源戦略がある。
米国の秘密作戦の中枢はCIAだ。ソマリア情勢はエチオピアにいる米国CIA要員がリモコンしていることはあまりに有名だ。中東カタールのアラビア語放送・アルジャジーラの英語放送を見ている人も多いと思う。私もあの彫りの深い美人アナウンサーと米国ニュースでは分からない内容に興味津々だ。最近アルジャジーラは英語放送局を世界中に開局したが、アメリカだけはケーブルテレビでの開局を許可しなかった。CIAは、アメリカに不利な情報をアメリカ市民に聞かせたくなかったのだ。これが世界に「自由」を輸出するアメリカの「自由」の内実なのだ。
独紙フランクフルト・アルゲマイネは、米国CIAが精巧に偽造された50ドルと100ドル紙幣である”スーパーノート”を大量に製造し、北朝鮮の偽造ドルだと主張しているーと報道した(10日)。六者会談で米政府代表は北朝鮮を偽造紙幣製造国と名指しで非難し金融制裁発動の理由としたが、欧米諸国と中国はそれは米国自身ではないかとの噂が伝わっている。CIAは高度の保安措置を持つ秘密印刷施設で偽造し、CIAの秘密工作資金として使っているという。これがアメリカン・デモクラシーの内実なのだ。
「美しい」という言葉を自分から先に言う人は、だいたいにおいて本人自身が醜い場合が多い。ほんとうに美しい人は、自分からは口にしないものだ。それをしも国を代表してみんなに言う無恥は、精神鑑定の必要がある無知のレベルにあるといえよう。それともこの国では「美しい」という言葉の定義が逆転し、醜いことの逆表現となったのだろうか。私は『広辞苑』の最新版をひっくり返してみたが、そんなことは載っていない。『現代用語の基礎知識』を開いてみたらやっと見つけた。そこでは「2006年に登場した日本の首相が使い始めた用語で、英語のビューテイフルの反対を意味する」とあった。ナルホド・・・ここの編集部はかなり鋭いなと改めて確認し得た。さっそく『広辞苑』編集部に電話を入れて修正の必要を提言したら、慎重に検討するということであった(以上は昨夜の夢から)。しかしこのように母国語の大切な定義を首相がかってに変更してよいのか・・ほんとうに美しくない国になりはてて、その変貌ぶりに私のルサンチマンは深まるばかりだ。
ウイリアム・テルは子どもの頭にリンゴを載せて射った。頭の上のリンゴは、領主の醜い独裁に抵抗するスイスの民衆の美しい「自由」の象徴であった。日本はいま自分の頭上にリンゴを載せられて試されている。恐いからリンゴを捨てて仲間を裏切るか、射つのをやめて独裁に屈服するか・・・いずれにしても今年は正念場だ。リンゴとは「日本国憲法第9条」が姿を変えてある。日本でウリアム・テルの物語が全国に広まって、子どもたちが夢中になって読み始めたのは、ちょうど明治20年代の自由民権運動の高揚期であった。ハドソン河の「自由の女神」は今涙を流して足下を見つめている。かってフランス革命で自分が手にしてうち振った「自由・平等・友愛」の旗が、このアメリカでは薄暗く汚れてひるがえっているからだ。彼女はいま高く掲げる松明を足下に投げ捨てようかどうか迷っている。(2007/1/13
10:00)
◆”人間を食ったことのない子どもは、まだいるかしらん。子どもを救え”(魯迅『狂人日記』)
最近の文学賞新人賞をみると、転落し頽廃し堕ちていく若者のオンパレードであり、「なんでこんなにビョーキの話ばかりなのか? まるで日本全体がビョーキみたい」(池澤夏樹)と選考委員を嘆かせている。しかしそういう作品を「ロスト・ジェネレーション世代の重さを描く」として入選させてもいる。小説家であるならば、現在の日本が堕ちこんでいる泥沼のような事実に敏感であるはずだが、外国生活が長いと日本の変貌に気がつかないのかもしれない。おそらく現代日本は、芥川が『羅生門』で描いた平安末期の百鬼夜行の時代か、魯迅が描いた清朝末期の中国に匹敵する地獄の時代だ。年末の紅白歌合戦で全裸のダンサーが登場してアッと言わせ、腐った牛乳を加工して売る菓子屋が現れ、屍体を切り刻む殺人が横行し、年間3万人を超える人がみずから命を絶っている。「美しい国」を怒号すればするほど、醜くなっていくのはなぜか。それはもっとも醜い人が先頭に立って「美しい国」を叫んでいる無恥にあるからだ。「美しい国」とは韓国と中国で言う「美国(アメリカ)」原理主義のことではないのか。モンスターのような妖怪が日本をさまよいはじめ、多くの人が影に追われて怯えるように血まなこになって走っている。どこへ向かってか? 分からない。ただ走ることをやめれば転落する不安から走っているに過ぎない。妖怪は、とっくに捨てられた古くさい19世紀の世界から蘇って、やりたい放題の害毒を垂れ流しながら跋扈している。妖怪はニュー・リベラリズム(新自由主義)と呼ばれる。
新自由主義はほんとうに「自由」の思想か? 簡単にいうと博打をやっても損をしないで大儲けする強者のセキュリテイが確立されたシステムである。しかしよく見ると、真っ赤に焼けた鉄板の上で裸足で優雅なダンスを踊っている白雪姫の女王さまと同じなのだ。そこには「貧乏人からはためらわずすべてを剥ぎ取れ! 小金持ちは少し太らせて丸裸にせよ! 大金持ちには跪いてお仕え申し上げよ!」という合い言葉が書かれ、地獄の淵で踊っている。新自由主義のあまりに粗野な発想を全世界に撒き散らして先日亡くなったのがミルトン・フリードマンだ。彼らはシカゴ学派とも言われる。
皆さんのなかに何らかの数値目標を与えられて毎日の生活を送っている人はいませんか。売上目標や入場者数などの営業ならまだ分かるが、いじめ数や欠席数などの数値目標でコスト分析と対費用便益効果を追究する教育バウチャーなどをみればフリードマンの考えがよく分かる。彼はすべての人が自己利益を極大化するように行動すれば、結果的に全体は最適化するという「選択の自由」を主張した。ここでは数値化できない価値行動はすべて排除され、結局のところ人間行動のすべてを貨幣価値に矮小化する。交換の媒介ツールに過ぎない貨幣は物神化され人間は貨幣の奴隷となる。保険会社が損害補償金を払わないモラル・ハザードに驚くことはない。「金儲けてなんで悪いんですか」(村上)「カネさえあればなんでもできる」(ホリエモン)のであり、刑務所の塀の上を平気で歩いていく。
フリードマンはアダム・スミスの”レッセ・フェーレ レッセ・パッセ(なすに任せよ なるに任せよ)”を天まで持ちあげて「自由放任」を擁護するが、スミス自身はこの言葉をどこにも使ってはいない。彼は「自由競争」という言葉を使っているが、必ず「神の見えざる手」つまり個人を越えた普遍的な正義と徳によるコントロールを受けると主張している。フリードマンは「自由」のほんとうの姿を汚してしまったのだ。ベートーベン『第9合唱付き)』はFreude(喜び)ではなくほんとうはFreiheit(自由)と歌いたかったが、1820年代のメッテルニヒ独裁下でFreiheit(自由)という言葉は使えなかったのだ。では自由の本義とはなんであり、どうしたら恢復できるのだだろうか?
さてアメリカは自由の国だという。多くの迫害された人が「自由の女神」をめざしてアメリカに移住した。アメリカン・ドリームはドキドキするようなサクセス・ストーリーを実現した。無一文から成功したロックフェラーのように。しかしそうしたアメリカのフロンテイアはもはや見る影もない。人口と同じ数の銃が蔓延して年間1万人以上が銃殺され、学校も銃で武装され、マイノリテイを排除するリンチ(自警団長チャールズ・リンチからきた暴力の習慣)が横行する恐怖の社会がある。「他人を貶める快感と他人を蹴落とす自由、すべてを自分の都合のいいように考える自由を讃えてはならない」(ジョン・スチュアート・ミル)は完全に裏切られている。これが中国語と韓国語で「美国」というアメリカの実態なのだ。ここに転がっている自由は、気まぐれで選ぶ気ままな自由に過ぎない。それは欲望の変化にあわせてあてどもなく弄ばれる自由でしかない。自分で何かをつくりだして自分を豊かにしていく自由ではない。自分の欲望が満足すれば独裁でもレジスタンスでもどちらでもよいのだ。フリードマンの自由には、平等と友愛はない。ここにネオ・リベラリズムの自由の本質的な誤謬がある。こうした米英の自由から20年遅れて真似をし始めたという漫画のような驚くべき状況にあるのが日本だ。
自由は平等や友愛と結んで営まれる時にこそ、ほんとうの自由の威力が発揮される。エゴの自由を賛美するネオ・リベラリズムは必然的に他者の自由を奪う武装の自由であり、殺害の自由に頽廃し、すぐに暴力をふるう。自分以外の自由をすべて否定する究極のエゴの自由、言い換えれば全身から血をしたたらせてさまよう究極の悪にほかならない。こうして他人を理解しようという感性と想像力は衰弱し、すぐにイジメて排除するという大人が増えるに従い、子どもの世界も学習して汚されていく。イジメの螺旋のような苦しみは体験した者にしか分からない。”人間を食ったことがない子どもなんて、まだいるか知らん”は旧世紀ではなく、目の前にある子どもたちだ。このネオ・リベラリズムの渦中で成長していった子どもたちはいったい将来どうなるのだろうかと思うと、ほんとうに不安になる。しかし「友愛」もまた個人や友人関係から、次第に協同組合やボランテイア、NPOとなって姿を現しつつある、まだまだ日暮れて道は遠いが、「絶望の虚妄なることは希望の虚妄に等しい」のだ。そう捨てたもんでもなかった、いや生きていて良かったーと云える子どもたちを育てるのがおとなの仕事だ。平野喜一郎・増田和夫「経済思想史からみた新自由主義」(『経済』137号所収)参照。(20071/12
10:14)
◆老いの作法
生の反対概念は死ではなく老いであり、生の根元を照射するのは老いだそうだ。かって老いは独自の意味を与えられず、死への過渡期とみなされた。いまや老いは、生と死の間にあって独自の意味を持つ時間となった。生と老いを分かつ定年はかってはアア定年であったが、いまやオオ定年となる。職業的規定とそれに係わる人間関係を失っても、人間としての自分は連続し、むしろしがらみから解放された存在となって自由に浮遊する。定年後を第2の人生というのは誤りで、人は職業人生を越えた自分の生命の営みを連続させている。定年は企業からの外的な規定であって、職業と仕事以外の生命活動を営んできた者にとっては、仕事の剥奪は新たな場の再編に過ぎない。老いは人をかえってラデイカルにする。しがらみから解き放たれた人は、改めて自らの生を振り返って本音を語るようになる。しかし本音で生きることはかえって難しいそうだ。なぜならみずからの本然の姿がホンモノであれば問題がないが、そうでなければ本音は浅ましくかえって迷惑をかけて憚らないものとなる。こうして老いから死のその時に到るまで、本音をストレートに表わさない自分がほんとうの自分であるかのように埋め込まれてしまう人もある。
老いは不可避的に惚けを誘発するが、惚けを遠ざけ極小化する方法にあくなき探求を捧げてきたのが人間だ。自らの生へのヴィヴィッドな感性、他者への関心の持続、起伏ある感情の打ち寄せる波長・・・・虚飾を立ったエナジーのほとばしりに鮮やかな惚けがある。
一期は夢よ ただ狂へ (「閑吟集」)
夢まぼろしののごとくなる生にあって、我を忘れて何かに没頭する・・・ここにこそ老いを越える生の実相がある。以上・伊藤益臣「老いる、を考える」(朝日新聞 1月10日夕刊)参照。
ウーンなかなかのエッセイだ。我が身に惹きつけて言えば大枠で正しい。何もすることがなくてダラダラと過ぎていく時間は長いが後から振り返るとほとんど記憶に残っていない。なにかに夢中になって過ごす時間はアッという間に過ぎるが、後には強い記憶となって残っている。要するに凝縮した時間を生きよ!というのは、老いも若きも普遍的な真理なのだ。但し老いはさまざまの与えられた価値の呪縛から解放され、まさに実存的な選択の自由を与える。人はしかし、ある種の規制による拘束のなかで自由の意味を自覚する。規制なき自由こそ実は人の真相が現れる。それは大いなる飛翔をもたらすとともに、頽廃への慣れを生む。ここにこそ老いの危険がある。つまり老いの時にこそ、我を忘れて何かに没頭する活動的生がなければならないのだ。
私は昨年の一時期、ガーデニングにこころを奪われ、ホームセンターに通っては花々と鉢を買い求め、いま庭は花々が咲き乱れている。この狂乱がつづいたのはそれでも2ヶ月程度であった。いまは窓のガラスを通して輝く花々をみて楽しんではいる。これはほんとうの没頭ではなかったと思う。なぜだろうか。何かを探求し、その実相に迫り、その過程を目に見えるものとして現前させる過程が重要なのだ。ガーデニングはなにか自然とむすぶ原生的な生命活動に触れるような感覚をもたらすが、どこかで人間のリアルな姿を見なくて済む機会を提供しているように思える。一生の仕事として生命をともに刻んでいく覚悟がないと、ほんとうに花々と生命をともにすることはできないと悟ってから急に醒めてしまった私だ。すでに新年が明けて10日を過ぎようとしているが、今年こそこころしてかからなければならないといまにして思うのだ。みずから創造して選びとっていく「仕事」の発見が問われている。(2007/1/10
19:34)
◆最古の戦争といま続く暴力の連鎖
シカゴ大学東洋研究所調査団は、シリア北東部にあるイラク国境の町ハモウカルで、紀元前4000年頃のよく乾燥させた大量の粘土球を発見した。ウルクとみられる南メソポタミアの都市国家が北部にあるハモウカrに侵攻し、粘土球を弾丸のような武器として使って陥落させたと推測し、6000年前の世界最古の侵略戦争の実例と発表した(独紙ツアイト 1月4日)。
オオカミのような殺傷能力の高い動物は同じ種の殺し合いはしない。対決しても相手が腹を見せれば攻撃をやめる。これはペットでも野生でも同じだ。おそらく殺傷能力の高い動物は、同じ種で殺し合えば絶滅するから遺伝子にそのような情報が組み込まれたのだろう。人間のみが鋭い爪や牙がなく殺傷能力が低いのに、太古の昔から延々と互いに殺し合ってきた。殺傷能力が低いのに同じ種では殺し合わないという遺伝子情報が組み込まれなかったのだ。粘土球や石、槍といった獲物を獲得する武器を開発し、ついに同じ種の人間を殺害する高度な武器の開発競争を展開し、現在は原子核兵器から宇宙兵器への開発に到っている。生活そのものが軍事産業や武器売買なしに成りたたない地域すらある。キラキラと光る玩具に似たクラスター爆弾で幼い子どもすら殺害して儲けに目が眩んでいる。理性のちからで自然をコントロールしはじめた霊長類ヒト科の進化が最も遅れた層がいまなお残存して権力を手にし、平気でヒトを殺している。地球上に生存する動物の総重量は100億トンに達し、うちわずか3%(3億d)を占めるヒトは、他の動物を次々と絶滅に追い込んでみずからの種を増大させ、21世紀末には世界人口100億人・総重量は5億トンに達する。ヒト科が消費するエネルギーと食料はおそらく他の動物の生存を許さない限界点に達するだろう。或いはそれ以前に核戦争による地球の崩壊を導いているかも知れない。そうした未来のクライシスを考慮に入れれば、いっさいの戦争と武装を放棄した日本国憲法第9条は、ホモサピエンスの進化の頂点を象徴的に示しているといえよう。
その進化を代表する日本の地域はどこだろうか? 自衛官の都道府県別出身地をみると、自衛官の人口比が最も少ないのが大阪だ。とにかく大阪は昔から「またも負けたか八連隊」と揶揄された、日本陸軍で最も弱い連隊があった。これは大阪の背後にある歴史文化の問題だ。戦国期に戦乱の渦中にあって深刻な戦災を体験した大阪人は、堺などの自由都市による町人自治によって経済活動に集中した。経済の繁栄の基礎は平和にある。これがいまでも大阪人の遺伝子情報となって蓄積し、口は達者だけど逃げるが勝ち、死んだら損と考えてお国のためになんていう意識が薄い。効率至上を軽蔑する大阪商売は、東京と名古屋に負けて今は苦しいが、遠からず大阪が復活することは間違いない。
しかしどうも日本の世情は、ホモ・サピエンスの本来の進化とは逆の殺傷能力を復活させるような方向に進んでいるようだ。進化の頂点にあるはずの9条に唾する人が勢いを得ているような感じがする。そして9条に自信を失って受け身になって、誰かが現れて何かをしてくれないかなと受け身で待っている感じもある。このままでは日本の憲法は、今の日本人にはもったいなさすぎると陰口を叩かれてもしかたがない雰囲気がある。ささやかでもいいから、自分のアクションで人間の進化した遺伝子情報を伝えないと退化へのみちをたどることになりはしないか。自分が最高に発達したホノ・サピエンスのメンバーであることに自信を失い、誰か強力なリーダーが現れて一閃暗雲を払うようなスゴイことをしてくれないかなーというカリスマ待望論にスカッとする心情がありませんか。グダグダ言わず問答無用の断定的な言い方で壊していくようなイメージを期待していませんか(コイズミ氏でしたでしょうょうか)。誰かが最初の1人にならないと何も始まらないーという歴史が動く真実を前に怯んではいませんか。いずれも進化の遅れた動物的本能の心理に近づいています。
劇作家・木下順二氏が昨年10月30日に92歳で亡くなった。死後30日後に公表された。東大でシェイクスピアを研究し、その後『夕鶴』に代表される民話劇や日本の近現代史をテーマとする作品を通して鋭い問いかけをおこなってきた。このような重厚な思索と思想をもつ劇作家はもう現れないのではないかという気がする。『未来』1月号は菅井幸雄、福田善之、日色ともゑ、天野祐吉、松谷みよ子、管孝行の諸氏による追悼文特集となっている。それぞれが私的交流の一端を通じて接した木下順二の風貌を浮き彫りにしているが、私は管孝行氏の論考が印象に残った。親しい知人の死は遺された者の感情を動かして心情的な追悼になる。その名前が偉大であればあるほど追憶的肯定に傾き、劇作家の歴史的評価をキチンと霊前に捧げる行為はためらわれる。管孝行氏の論考は面識がなかったということもあるが、木下順二への本格的な評価を捧げている点で印象深いものがあった。管孝行氏自身の現在の思想的立場と特徴があらわれてもいる。60年代の管氏の論考を読んだ者にとっては、ある種の感慨を催す。そこには戦後演劇の総括のなかで木下順二を位置づけ、戦後民主派とは別の潮流を歩んだ管氏の素顔が見え隠れしている。
日本帝国の戦争と暴力に対峙して民主主義を追究した戦後民主派と称される知的潮流が次々と鬼籍に入って、日本と世界のパラダイム転換は目を剥くほどの凄まじい形相を呈している。民主主義が民主的に暴力と戦争を合理化しはじめたというパラドックスを目にして、木下順二氏の頭脳活動が健在であれば如何?と考えても所詮は詮なきことだ。彼らの先駆的な業績をさらに発展させて後世に伝える仕事は私たちに託されているのだから。合掌。
スロヴァキア出身の哲学者スラヴォイ・ジジェクは、20世紀の暴力の大惨事を説明する理論を4つに整理している。@ハーバーマスは、近代啓蒙は建設的な解放のプロセスであり、それ自体にファッシズムを生む根拠はない。ファッシズムの不幸は未完の近代の指標であり、現代は近代の事業を達成することにある。Aアドルノ・ホルクハイマーは、近代啓蒙自身の内部にファッシズムの可能性が内在している。強制収容所とジェノサイドは近代の終了点なのだ。Bバリバールは近代啓蒙は自由と暴力の双方を切りひらき、最終結果は不明のままになんでも起こりうる未決着の中にある。Cハンナ・アーレントは権力に暴力は不可避だ。政治に帰せない指揮系統の組織(教会、学校、軍隊)に非政治的な可能性がある。ネグリ・ハートの無形財産を創造する新しい知的情報労働者(マルチチュード)のネットワークが今後の時代を担い、世界を変えるというネグリ・ハートの主張(『帝国』)に対し、ジジェクは生産過程から排除された周辺労働に追いやられた者がカギを握っているという。これらの議論を詳細に検討する時間も能力もないけれど、少なくとも木下順二氏亡き後に戦後をめぐるごまかしのきかない、抜き差しならない対峙の時代が目の前に迫っている。それは人間が殺し合いをする種かどうかを決める歴史的瞬間となる。首相は年頭会見では2010年までに「美しい国」に向けた改憲をすると約束した。(2007/1/6
11:59)
◆エーレン・ワタダ氏(28)に幸いあれ!
エーレン・ワタダ氏ははじめてイラク従軍を拒否した現役の米軍将校です。彼は01年の9・11同時多発テロを受けてピュアーな愛国心から陸軍に入隊し、ワシントン州フォートルイス陸軍基地の陸軍第2歩兵師団第3旅団の最新鋭部隊である「ストライカー旅団戦闘チーム」に所属する精鋭将校でしたが、06年6月にイラク派遣命令を拒否し、7月に部隊移動不参加(統一軍事裁判法87条)と将校不的確行為(同133条)・大統領侮辱行為で訴追され、07年1月4日の予備審理を経て2月5日に軍法会議が予定されています。彼の任務不履行その他の罪状による6年以上の軍事刑務所収監の禁固刑の可能性が高いようです。
「私は米国民が選出した大統領が嘘をついてきたことを知った。イラクに大量破壊兵器はなく、9・11とフセインはなんの関係もなく、イラク戦は巧妙で計画的な嘘でかためた不正義の戦争だった。私は裏切られたと思い、軍服を着ている自分が恥ずかしく、自分自身が引き裂かれる気持ちになった。私は将校であり、兵士に説明する立場であり、どうして不正義の戦争に自分の兵士に出撃を命令することができるでしょうか。ここで沈黙していれば権力者の嘘を追認し、自分も犯罪に加担することになります。軍は巨大なシステムであり、それに挑む私はゴリアテを前にしたダヴィデのようなものですが、人生の中で必ずや抵抗しなければならない時があるとすれば、自分にとって今がその時だと思っています。歴史をみれば常に人は勇気を持って立ち上がってきました。現在の米国で誰も自分の仕事をしていないとすれば、立ち上がるのは私たちしかないでしょう。私たちの沈黙と無視は、権力の欺瞞を蔓延らせるだけです。私がどんなに取るに足りない存在であろうが、勝つ見込みがなかろうが、だからといって声を上げない言い訳にはなりません。真実はみようと思えばそこにあります。権力のつくりだした都合のいい脅威に惑わされずに、理性を働かせてものごとを見ることが求められます。自由と民主主義の国であれば、人々は疑問を持たずに従うだけではすまない、疑問を持ち自分の意見を持つことが期待されています。私の発言で少しは変化を起こすことができたというのは、私にとってすでに勝利なのです」(薄井雅子インタビューより ハワイ自宅にて)
両親とも日系であるようだ。彼の丸刈りにした顔は明るく輝いている。アメリカン・デモクラシーのもっとも良き伝統を受け継ぐ青年がそこにいる。9・11をみて祖国への純粋な愛情を持つ青年がいのちを捧げようとした対象の虚偽の真実を見抜き、誰の援助も受けることなく毅然と反対の意思表明をおこなって獄に下るという決断をしたのです。ソファーの両側に座る両親はそのような選択をした息子を誇りに思い、励ますように笑っています。もし60数年前の旧日本軍であればただちに銃殺され、故郷の両親は近所の投石を浴びてひっそりと戸を閉めるか自害したに違いありません。イラク派遣自衛官は事前に承諾の意志を問われて全員がYESと答えてサモアにいきましたが、少なからぬ隊員が現地で疑問を感じたに違いありません。そのなかからもし不服従者がでたとすれば、日本のメデイアは一斉に非難し、両親もはげしいバッシングを受けたでしょう。なにしろ人質となったボランテイアに、「自己責任だ、好きでやって人に迷惑をかけるな、飛行機代を返せ」と政府がののしる国なのですから。
イラクでの米兵の死者は3000人を超えました。防弾チョッキの性能が良くなって内臓は破損しないので命はとりとめるが、劣化ウラン弾を被爆したり、手、足、頭に大けがして帰還する負傷兵はその数倍に上っています。恐ろしいことに帰還兵をみるまなざしの「よそよそしさ」で、帰還兵の多くは自分が罪人のように感じます。米市民の多くは間違った戦争の後ろめたさから逃れるために、命を犠牲にして戦った帰還兵を見るのをいやがるのです。かって『7月4日に生まれて』などのハリウッド映画には、こうした冷ややかな視線に耐えられずにこころが崩れていく帰還兵が描かれていました。おそらくイラク帰還兵も同じでしょう。アーサー・ビナード氏(在日米詩人)*によれば、あの太平洋戦争でも負傷した兵士は温かく迎えられたわけではなかった、どんな戦争でも負傷兵が報われることはないです、戦争は善と悪との戦いというよりも極悪と悪との戦いなんじゃないかーと言っています。聖戦といわれた太平洋戦争を竹内浩三は次のように歌いましたが、ここにはあらゆる戦争の本質があるように思います。
骨の歌う 竹内浩三
戦死やあわれ
兵隊の死ぬるや あわれ
遠い他国で ひょんと死ぬるや
白い箱にて 故国をながめる
音もなく なんにもなく
帰っては きましたけれど
故国の人のよそよそしや
なれど 骨はききたかった
絶大な愛情のひびきをききたかった
がらがらどんどんと事務と常識が流れ
故国は発展にいそがしかった
帰還兵は特に敗残兵は、被害のレッテルとともにその人の尊厳と魅力はそぎ落とされ、可哀相な同情のまなざしのよそよそしい存在に転落する。『武士の一分』(山田洋次)の三村新之丞は毒味役として失明し、親戚も同僚も可哀相な犠牲者として困った存在とみなす。彼は妻に「おれがお城に行くと、みんながきっとジロジロ俺を罪人のように見るだろう」という。人間のつくっている社会は、称讃にふさわしい犠牲的行為に対してふさわしい称讃を示さず、逆に人に迷惑をかける邪魔な存在とみなしてきた。人間にとっていちばんに難しい行為は、他者の尊厳を自然に評価することだ。苦境にある他者に言葉による支援は簡単だが、実質ある支援を手向けることは難しい。幸福の頂にある他者を自然に祝福するのはじつは難しい。
エーレン・ワタダ氏は34歳までの6年間を獄中で過ごすことになるのか。それとも全世界の良心の声が彼を救うか。その救援の一端に私は連なることができるか。エーレン・ワタダ氏の名前はアメリカ現代史に燦然と輝く刻印を残すだろう。米国市民の良心は彼の名前によって自分たちの尊厳の失落をすこしは癒されるだろう。しかし見よ、1年前にはあれほど非難されたグアンタナモ収容所では、不正義の戦争によって逮捕された多くのアラブ人が幽閉状態でこの世を去ろうとしている。いまもはや彼らを顧みる者はいない。人間の恐るべき忘却能力のすぐれたちからをまじまじと感じることができる。いま日本は米軍と汚れた握手を繰り返し、エーレン・ワタダ氏を軍法会議にかける共犯の加担者に転落しようとしている。その政策はもし民主主義であれば、私たち自身が選挙でYESと投票したものだ。エーレン・ワタダ氏が特別な人でないとすれば、この日本でも無数のワタダ氏が無名のうちに静かに抗命の手を掲げるに違いない。(2007/1/4
11:59)
*アーサー・ビナード氏の対日認識(山田洋次氏との対談より)。
「もうこの国はダメなんだ、と思っている日本人は多いと思いますよ。そう思っちゃったほうが楽なんだ」(山田)
「絶望というのは贅沢の一種で、そんなものをゆっくり味わっていられるほど優雅な時代じゃない。地球温暖化がもう沸騰点まで進んで危機的な状況です。絶望はいつでも、それを醸しだそうとする連中の思う壺ですからね。抵抗しなくていい、どんどん絶望してねって。憲法変えられたら僕らはそれを元に戻すんだ。台無しにされた教育基本法も元に戻さなきゃ。改悪ができるんなら回復もできるんです」(ビナード) (2007/1/5追加)
(追記 ワタダ中尉のその後)
2007年2月 5日 審理前事実関係確認「合意書」認識の違いを理由に原告陸軍審理無効を請求 被告審理継続請求 判事審理無効宣言
2月23日 陸軍 「審理無効」となったワタダ中尉再訴追発表 被告側弁護団一事不再理主張
(再訴追内容)「将校にふさわしくない行為」(マスコミインタビューなど2件)をふくめ計5件
すべて有罪の場合は6年以上軍事刑務所収監、不名誉除隊 (2007/2/26
)
◆アメリカン・モデルの黄昏
わたしの少年期は今から思えば怒濤のように流入するハリウッド映画の洪水の中にあったように思われます。食堂にある冷蔵庫、居間にあるTVなど羨望のまなざしで見つめていました。その虚像が少しづつ明らかになって大学時代にはわたしはほぼ100%の反米主義者に変貌し、フルブルライト留学生試験を受ける若者をCIAへの加担者とみなし、小田実氏などはおよそなんの問題意識を持たぬヤンキーに過ぎないと軽蔑し、他方ではモハメッド・アリの徴兵拒否やメキシコ五輪の米国チームの黒手袋に拍手喝采を送っていました。いまでも原理的にこの姿勢は変わりありません。しかし1980年代を過ぎた頃からでしょうか、日本での異常な米国モデル崇拝が昂揚し、ソ連崩壊後に大学を含めてシカゴ学派が制覇し始め、90年代以降市場原理のリバタリアニズムが日本を席巻しました。その結果いまの日本は極小の栄華を謳う者と路頭にさまよう傷つける者の両極に分解し、おそらく日本の歴史史上最も痛みがすすむ荒んだ国に転落してしまったように思います。もはや未来を語り得ず希望のみしか語り得ない(イリッチ)国に堕して彷徨しているようにみえます。率直にいって私は、効率至上の米国モデルがかくもアッサリと日本型集団主義文化のモデルを駆逐するとは思ってもいませんでした。シカゴ学派の市場原理主義と少なくとも日本型企業主義モデルには大きな摩擦が生じると思っていましたが、その予測は外れました。まさに丸山真男が言うところの「次々となりゆく論理」に雪崩を打って流されていく浅ましい日本人の姿を見た思いがしました。左翼は一斉に退場し、大学からはマルクス主義が姿を消し、市場原理派がわが世の春を歌い上げる修羅と化しました。21世紀の初頭は帝国アメリカの讃歌に満ちあふれました。しかし今はどうか・・・・・?
購買力平価換算に占める途上国GDP比は、05年に50%を越えてG7を追い越した。豊かな先進国はもはや世界経済の支配力を失いつつある。BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)は世界人口の50%を占め、過去3年間の実質経済成長率は平均7−8%を越え、20年後にはG7に追いつき、毎年1千億ドル以上の貿易黒字はすでにG7の合計を上回った。世界経済の米国一極集中とアメリカ帝国は成長のエンジンではなくなった。米国モデルは途上国経済協力の条件に市場経済導入と民営化を強制するが、中国型経済協力は平和的発展と相互利益のみを基準にし内政と経済システムを条件としない。途上国は先進国へのキャッチアップモデルに替わる新たな相互互恵モデルを構築しつつある。IBSA(ブラジル、インド、南ア)の恒常的協力関係はその象徴だ。新たな途上国モデルの波涛は、かって米国の裏庭とか投票機械と呼ばれた中南米に激変を誘発しつつある。ベネズエラ、ブラジル、ボリビア、エクアドルなどに反米左派政権が誕生し、中国・インドとの経済関係強化に転換している。中国はベネズエラ、キューバの石油開発協力、ブラジルとの航空機・自動車生産プロジェクトを立ち上げ、中国ー中南米間の経済協力は500億ドル〜1000億ドルにのぼる。インドの鉄鋼企業はボリビアの鉄鉱石開発にのりだし、欧米企業は後れをとっている。
アメリカ幻想には確実に影がさし、すでに斜陽の黄昏を迎えつつある。沈んでいく米国モデルにみじめな忠誠を尽くしている日本は世界の嘲笑を浴びている。米国のジュニア・パートナーとなった日本の国連常任安保理事会入りは永久に実現しないだろう(私は常任安保理の拒否権特権を剥奪する改革を求めるが)。いったい全世界で国土の全土に渡って米軍基地が存在する全土基地方式と、制空権と管制権を持たない独立国があるだろうか。それは我が日本だけだ。かくまでして米国モデルに追随する国は歴史上はじめててであり、おそらくイラクを除いてこれからもないだろう。(2007/1/3
11:25)
◆ロスト・ジェネレーション
「波間に漂う若者たち」−ある新聞の元旦第1面の大特集の標題です。いま25歳ー35歳の約2千万人は、「第2の敗戦」と呼ばれたバブル崩壊を少年期として過ごし、「失われた10年」に成人期を迎えた若者たちであり、ちょうど第1次大戦後に青年期を迎え、既成の価値観に反逆した世代に名付けられたロスト・ジェネレーション(失われた世代)に似ているからだという。ほんとうにそうだろうか? こうした命名にひそむ感覚の問題性を考えたい。
曰く「踏み台世代」ーある若者は18歳で故郷を離れ、8年間で30数回住所を変え、日本全国の工場を転々と周りながら、まるで外国から日本へ出稼ぎに来たような労働の生活を送っている。「ワンコールワーカー」ー携帯電話で派遣会社に仕事を申込み日雇い労働を繰り返す。「転身世代」ーある女性は短大卒女子就職率66,5%という就職氷河期をクリアーして航空会社の客室乗務員となり、それ以降高級レストラン受付、外資系IT企業秘書、ライブドア広報担当、芸能事務所PR担当と卒業後11年間で6社目だ。それぞれ何かを学んで最短で次のステージを見つける−どこもそれ以上続けても無意味だという。会社という脆いシステムに依存するつもりはない。「反乱世代」ー高齢化が進み空き店舗が増える高円寺商店街に「素人の店」と称するカフェや古着屋が増殖している。企業からドロップした人やフリーターが人と人のつながりで支え合うような店だ。会社が自分たちを踏み台にするなら自分たちでコミュニテイをつくってしまえばいいではないか−彼らはクリスマスの新宿南口の路上にコタツで鍋を食べる「クリスマス粉砕集会」を開いた。金ばかり使わせるクリスマスなんてクソくらえーという(以上・朝日新聞1月1日)。「若者自立塾」−15〜34歳のニートは64万人でうち25〜34歳が39万人を越え、厚労省は全国25カ所で若者自立塾をつくった。朝6:30起床、朝食と清掃を終えて15分散歩、少林寺拳法の授業、日替わりの就労体験、12月24日クリスマス・イブに卒塾式があり3ヶ月の合宿の成果を示す証書が渡される。卒塾式で誰1人として記念写真を撮る者はいない。履歴書に自立塾の経歴が書かれることはない。社会から踏み台にされて国中を渡り歩いている青年、社会を利用しながらスイスイとスキルを手にする若者、既成の社会とは違う自分たちなりのシステムを求める若者ーナルホドこうしたタイプは現代の若者の一部を象徴しているかも知れない。しかしほんとうに代表しているのだろうか。
いま25−34歳の若者は企業が一斉に新卒採用を抑える就職氷河期に卒業し(大卒就職率 90年:80%→00年:60%)、やむを得ず非正規雇用の道を選んだ者が最も多い。25−34歳の非正社員比率は4人に1人(334万人 06年7−9月平均)、フリーター100万人、完全失業者数も過去最悪(02年:99万人→05年:84万人)、正社員採用は30歳未満の制限規定が多く、この世代の非正社員はこのまま正社員にならないで人生を終わる確率が高い。35歳以上の中高年フリーターは現在は93万人、10年後に136万人、15年後に148万人と予測される。中高年フリーターは年収200万円台で一生推移する。企業の製造現場は偽装請負を含む間接雇用が蔓延し、若い世代を長期安定雇用に戻すことはない。人材派遣企業はスタッフ情報を「太め」「容姿優」などと登録し人は単なる商品でしかない。コンビニでは時給千円程度でレジから商品仕分けまで1人でこなし、宅配サービスは非正社員がベルトで流れる荷物を黙々と仕分ける労働で成り立っている。老人介護や保育などの福祉分野の非正規雇用も進んでいる。ロスト・ジェネレーション世代の正社員と非正社員が固定化した場合の生涯賃金のシミュレーションをみてみよう(23−60歳に稼いだ給与所得を世帯ごとに累積した生涯賃金)。
A(夫婦とも正社員 子ども1人) 5億363万円
B(夫正社員 妻専業主婦 子1人) 2億7491万円
C(夫婦とも非正社員 子1人) 1億8027万円
D(非正社員独身男性) 9677万円 (丸山俊氏作成)
このシュミレーションは[夫非正社員 妻専業主婦 子1人]が欠落している。非正社員男性は妻と子がいる家庭を持つことは絶望的なのだろうか。それぞれの典型的ライフコースをみてみよう。
A型:28歳結婚式200万円・新居準備100万円→33歳給与500万円 保育費年50万円 月18万円マンションで547万円貯金→35歳都市部分譲マンションまたは郊外一戸建て3500万円 頭金700万円 30年ローン 毎月15万円支払→43歳 子どもは公立小から中高一貫私立校へ 初年度教育費200万円→60歳 退職金2千万円(1人) 年金月12万5587円(75歳時)
C型:28歳結婚式50万円→33歳給与250万円 187万円預金→35歳郊外築10年賃貸マンション月12万円→60歳退職金ゼロ 年金月3万1442円(75歳時)
この凄惨なシュミレーションは60歳まで病気も失業もなく働き続けることを前提にしている。しかし正社員も評価主義で給与が伸びるこのモデルに該当する人は少なく、いつフリーターに転落するか分からない恐怖を抱えていく。元旦に発表された日本経団連「希望の国 日本」という2015年までの長期構想からは、その名称とは全く逆の荒涼たる日本の姿が見えてきます。それは、勝ちほこって冷笑する一部のヒルズ族と、日の丸を掲げて・君が代を大声で唱いながら・全国の製造現場を渡り歩く非正社員で満ちている日本の姿です。正月2日目は一転して雲が立ちこめうっすらと寒さが忍びよってくる静かな朝です。私たちはこのような人が雑巾のように捨てられていくシュミレーションの道を歩んでいくのでしょうか。もしこの世に生まれでたすべての生命にかけがえのない尊厳があるとすれば、逆風に抗して別のシュミレーションの道を模索するでしょう。幾つかの事例を挙げてみましょう。
独立起業型は、既成企業への帰属感をもたずむやみに社会に頼ろうとしない。ITなど新規産業分野に多いと言われるが、リスクも多いし未経験で失敗するリスクもある。代表例はいまや刑事被告人の堀江貴文前ライブドア社長(34)。他方で自分が納得できる生き方と仕事を結びつけるNPOやコミュニテイづくりをめざす社会起業型もある。こうした方向に日本の未来を見いだすと朝日新聞は評価する。ほんとうにそうだろうか。これらの事例には従来の日本型企業社会に別れを告げた価値観の転倒があることは確かだ。むしろ個人が縦横にみずからの志向によって一生を生きる可能性と機会が保障される社会は素晴らしい。しかしこれらのタイプには、他者にはない独創的な個性と能力の優位による新たな格差が生まれるような気がする。ロスト・ジェネレーションの多くはそうしたチャンスの入口で排除され、黙々と非正規の世界を強いられるにちがいない。この問題に正面から切り込んだシステム転換を試行しない限り、またも少数者のサクセス・ストーリーで終わるでしょう。独立起業や社会起業志向の若者はそれはそれで大いに挑戦するればいい。問題は労働基本権を奪われて片隅で生きる大多数のロスト・ジェネレーションの若者たちだ。
いったい日本は「失われた10年」でなにを学んだのでしょうか。最も醜い者が「美しい国」を宣揚するような資格を誰が与えたのでしょうか。修羅の地獄に転落しつつあるシカゴ学派市場原理リバタリアニズムと訣別し、ネットワーク協同のシステムへ転換する最後のチャンスが忍びよっているような気がします。薄日さす正月2日目に。(2007/1/2
8:44)
◆2007年の朝が開けて
神はわが傷あとに 矢内原忠雄
神は、わが傷あとに野の香をただよわせ、
わが損失のあとに、野花を咲かしむ
神は、わが傷あとに草の香をただよわせ、
わが損失のあとに、野花を咲かしむ。
そうだったのか。
山野を歩けば、かぐわしい草の香。野の花の数々。
みな風に吹かれて咲いている。
それらは人の傷あと、人びとの損失のあとだったのか。
神は、わが傷あとに草の香をただよわせ、
わが損失のあとに、野の花を咲かしむ。
神は、わが傷あとに草の香をただよわせ、
わが損失のあとに、野花を咲かしむ。
傷あとに、草の香を。
損失のあとに、野の花を。
神は、わが傷あとに草の香ただよわせ、
わが損失のあとに、野花を咲かしむ。
これは赤木三郎&山本萌『風は日ぐれて逆行写真となっている』という詩の朗読ライブCDに納められている詩です。矢内原忠雄作品・近藤郁夫のことばとあるのですが、あの社会科学者の矢内原氏の作品なのでしょうか。確かに彼は無教会派のクリスチャンでしたからこのような詩をつくったのかもしれません。この詩は朗読のなかで神秘的雰囲気とちからをもってたちあがってきます。
いま背後のFM放送からはウイーンニューイヤーコンサートの華やかなワルツの音がながれてきます。なにか薄ら寒い印象の音となって響いて参ります。今年の元旦ほど新年にそぐわない気持ちを持って迎えたことはありません。朝日新聞の一面ではロスト・ジェネレーションの大特集が組まれています。2006年の元旦では日本の第3帝国のスタートと記しましたが、ほんとうにそのような年となって終わったような気がします。日本経団連のヴィジョンは帝国日本構想を本気になってうちだしています。いよいよおのれの帰趨を問われる時代が近づいていることをひしひしと感じる次第です。普遍であれ! 水平であれ! 具体であれ!と大晦日に記しましたが、その中身はこの1年間で身をもって示すことになるでしょう。ともあれ 船は出帆しなければならない、大いなる逆風を真っ向から受けて。皆さまのご多幸をお祈り申し上げます。(2007/1/1
20:54)