第9エッセイ集(2006年1月1日〜 12月31日)
[2006年よサヨウナラ]
2006年わたしは何をしとげたのでしょうか? 幾つかの労働、幾つかの調査、そして1冊の著作『三州地場産業発達史』(赤磐出版)の刊行、そしてそうなのです。わたしはついに出版社を創業したのです。未だどなたの著作も刊行してはいませんが、ISBNを取得して大海原への出航を果たしたのです。志しあるならばいずくの日にか誰か光をあてることもあるでしょう。時間をもてあます日々はあてどもなく無為に過ぎていきます。過ぎ去った記憶はなんの痕跡をもとどめてはいません。晩年の時間のこのようなあり方に無限の嫌悪を感じるわたしは自分もまさに例外ではないことに忸怩たる感慨を覚えるのです。
大晦日は東京から帰郷した息子を迎え、なにか華やいだ最後の時間を過ごしたいとは思うのですが、それぞれの時間のふるまい方に紅白歌合戦を重ねて日本の大晦日は過ぎていくのです。2006年よサヨウナラ、地球惑星がゆっくりと公転した最後の夜にわたしは大吟醸jの酒を飲んで除夜の金を聞いて眠りにつきました。サヨウナラ2006年よ、2度と帰り来ぬ時間よ、サヨウナラ。思えばこの国は羅針盤を失った船の漂流に例えるが如くにあてどない自己欺瞞の航海に漂っているかのようです。最後の時にあたって思い浮かべたわたしの日本語を記しておきたいと思います。
(1)普遍であれ
(2)水平であれ
(3)具体であれ
わたしは主観の罠に落ちてヴァラエテイの豊かさを結果的に切り捨ててきたように思います。わたしは垂直的な抑圧の移譲に嫌悪を覚え、それに加担するその他大勢を軽蔑します。以上のようなイデーを踏まえた具体の自分が作為されないことにいらだちと無念を覚えます。静かな大晦日の夜を飾るにふさわしい調べを幻想して、わたしはいつの間にか眠りにつこうとしています。撤退を許されない時がひたひたと迫り来る今宵に、かってこの世に生を刻みすでに逝った人々は何を想ったのか? 大晦日を決定的な断絶線としなければならない人がいる。wたしの用に。(2006/12/31
24:00)
[4人を一斉に処刑する日本]
12月25日に法務省は4人の死刑囚を処刑したと発表した。この1年間は前任法相の命令書へのサイン忌避により死刑執行はなく、法相が入れ替わった途端に4人の命が消えた。1度に4人は97年以来だ。背景には死刑確定囚が100人を超えることへの法務省の危惧があるという。26日には名張ぶどう酒事件の奥西死刑囚の再審決定が取り消された。奥西氏は1審無罪2,3審死刑で、一端再審が認められてからまた死刑囚に戻ったのだ。いったい彼は冤罪なのか。欧米のマスメデイアは大々的に日本の4人の死刑執行を報道し非難している。1989年の国連死刑廃止条約の成立以降、国連規約人権委員会は93年と98年の2度にわたって日本政府に死刑廃止を勧告しているが、日本政府は死刑廃止決議に反対し死刑制度存続を主張している。EUは死刑廃止を加盟条件とし、死刑制度を廃止している。死刑廃止の国際的潮流はもはや抗えない。果たしてイラク・フセイン元大統領への死刑判決を私たちはどう考えたらいいのだろうか。
あのギロチンで有名なフランスの場合をみてみよう。フランスが1981年に死刑を廃止した直後の世論調査では62%が死刑復活に賛成したが、今年9月の世論調査では52%が死刑復活に反対し、国民の多くはすでに死刑廃止を受け入れている。フランス政府は死刑廃止を共和国憲法へ条文化する憲法改正法案を07年1月24日に提案する。現行憲法第66条「恣意的拘禁の禁止、個人の自由の保障」の第1項目に「何人も死刑の宣告を受け得ない」とする条文を追加するという簡潔なものだ。これによってフランスは、死刑廃止をめざす「市民的及び政治的権利に関する国際規約」第2議定書の批准が可能となり、世界の死刑廃止団体は「フランスの選択は、この残虐で非人道的かつ下劣な懲罰を維持している各国政府への強いメッセージを送った」(アムネステイ)と歓迎している。
時を同じくして死刑廃止を憲法化する国と、4人を一度に処刑する先進国が存在するというこの極限の非対称性に現代世界の亀裂があまりに悲惨な形で浮き彫りになっていると思いませんか。特に日本の場合は誰が法務大臣になるかによって個人の生命が左右され、サインしない法相が続けば死刑囚は恐怖を抱えながら自然死を迎えることになります。
死刑囚は床面積5平方bの独居房で、冷暖房施設はなく24時間TVカメラで監視され、就寝中も明かりはついたままで、窓と鉄格子の間は穴の開いた遮蔽版でふさがれ、その自殺防止房の通風性は一般房の200分の1、採光性は3,5分の1だ。1日の生活は以下の通り。
起床 7:00
点検 7:30
朝食 7:40
昼食 11:50
夕食 16:20
点検 16:50
就寝 21:00
食事は生野菜が出ないためビタミン不足が誘発され、死刑囚の運動は独りで屋上かベランダでおこなわれ縄跳び用のロープが貸与される。入浴は運動日以外の夏週3回、冬週2回で衣類の脱着含めて独りで15分間。面会、運動、入浴以外は独房で正座して過ごす。希望者は独房内での軽作業(請願作業)が許され、最高で4千円ー5千円の収入があるが近年は厳しく制限されている。死刑確定囚の「心情の安定を図る」ために外部との交通は原則として親族以外認めない。多くの死刑囚は親族と断絶状態で外の誰とも話せない。希望により月1回までの教戒師との面談が認められる。話す機会がほとんどなくので失語症と拘禁ノイローゼを発症するが、よほどの重症でない限り病院への移送はない。
死刑囚の残された最後の人権は再審請求だ。80年代に4死刑囚の再審で無罪が確定したが、これは拷問による自白が明白であったからであり、無罪までに28年ー34年という人生のほとんどを費やしている。この4人以降死刑囚の再審はゼロだ。99年には再審請求中の1人と、人身保護請求中の1人の死刑囚が「請求は執行を逃れるためであり、法の正義は守られねばならない」として処刑された。恩赦請求は可能だが1975年以降恩赦で減刑された事例はない。
死刑執行は法務大臣署名後5日以内に執行されるが(刑事訴訟法476条)、執行方法の明文規定は存在しない。確定囚の誰を執行するかの基準はなく恣意的に選ばれる。法務省はサインしない大臣を出さないために必ず1度は捺印させようとし、こうして年に1度か2度のリズムで死刑囚の状態とは無関係に執行される。執行の朝に本人のみに告知され、事前には誰にも通知されないから家族との最後の分かれはない。現在確定から平均6−7年で執行され、特に6−7年目を迎えた囚人の精神的不安と怯えが激しくなる。朝、独房の前で看守が止まった時が最後だ。朝に執行するのは、不安を1日中続かせないためだ。処刑場では数分間の遺書を書く時間、教戒師との最後の分かれ、死刑囚の身長にあわせた長さのロープが首に巻かれ、床板が開いて地上15cmの中空につり下げられる。絶命するまで15−20分の痙攣が続き、医師が脈をとり心音を聞いて死亡時刻を確定する。終了後に遺族に連絡がいき、24時間以内に申し出れば遺体を引き取ることができる。93年処刑再開以降に39名が執行されたが遺体を引き取れたのは2名だけだ。永山則夫の遺体は抵抗による損壊が激しく引き渡しは拒否された。遺品は遺族に返還されるが、確定後の「日記類」は返還されない。
法務省は5年おきに死刑制度の世論調査を実施している(1994年・1999年・2004年)。その選択肢と比率(%)は以下のようになっている。
1994年 1999年 2004年
どんな場合でも死刑は廃止すべきである 13,6 8,8 6,0
場合によっては死刑もやむを得ない 73,8 79,3 81,4
分からない、一概に云えない 12,6 11,9 12,5
この選択肢は死刑存続に誘導するような構成となっている。死刑全廃論と条件容認論を選ぶようになっており、多くの人は条件容認論にまるを打つ仕掛けとなっている。しかも法務省は調査にあたって、国連の死刑廃止条約や日本政府への勧告、そして日本の死刑情報について一切伝えることなく、調査をしている。
場合によってはやむを得ないーと答えた人に
1994年 1999年 2004年
将来も廃止しない 53,2 56,5 61,7
条件が変われば廃止してもよい 39,6 37,8 31,8
分からない 7,2 5,7 6,5
誘導的質問によって70%を越える人が死刑を支持しているが、容認回答者の30%が将来的な死刑廃止を肯定している。ただし時系列的にみると、あきらかに死刑容認論が増加し、廃止論が減少している。明らかにバブル崩壊後の平成大不況の深化の中で可罰主義傾向が強まっている。これは死刑制度に関わらず、教育や道交法などの厳罰主義傾向と無関係ではないと思われる。なにか日本社会全体が強権的な権威主義が浸透しつつあることを示している。世を覆い始めた息苦しさと閉塞状況が逸脱現象への監視と攻撃を集中させ、死刑を支持するとともにイジメの蔓延をもたらしている。異質なものへのバッシングがはじまり、誰かをのけ者にして犠牲を集中し、垂直的な人間関係がそそり立って底辺に位置する者への迫害が集中しはじめた。市場競争原理→弱肉強食→弱者への抑圧の移譲と排除→逸脱行動の誘発→システムのゆらぎを抑える強権的厳罰主義の強化→社会的連帯と協同の衰弱・・・・逸脱行動の拡大という悪魔の循環が進展している。
根底にはアメリカ型リバタリアニズムの機械的な導入がある。幾つかのアメリカ映画で死刑執行シーンを観て私は驚愕した。死刑囚の処刑場に、被害者の親族や加害者の親族がたくさん集まって、ガヤガヤ言いながらその面前で絞首刑が執行され、みんなが沈黙のうちに解散したのだ。何なんだろうこれは! 公開処刑とほとんど同じではないか! 私は西部開拓以来培われてきた米国の独特の犯罪観と制裁観を目の前にしたような気持ちになった。いうまでもなく西部開拓期には市民による犯罪者の吊し首という公開処刑が行われ、『緋文字』では不倫の女性が容赦なく群衆の中で火あぶりとなった。イスラム的な「目には目を!歯には歯を!」ではないかも知れないが、アメリカ文化の底知れぬ非妥協的な人間観をみた思いがする。日本では民衆自身による公開処刑の歴史はほとんどない。江戸期には公開処刑によるさらし首があったが、明治以降の日本では見せしめ刑は忌避され、死刑は社会から隔離された密閉空間で秘匿して秘密裏におこなわれた。アメリカ的な生命観を基礎とする死刑制度が、機械的に日本に適用されて以降、日本的な生命観は良かれ悪しかれ失われていったのではないか。あれほど残虐で嗜虐的な殺害行為を繰り返し、ギロチン処刑を繰り返してきた欧米がなぜいま死刑廃止に踏み切ったのか? 逆に死刑存続論が増加している日本とはいったい何なのか? 制度への賛否はおいても、このような死刑に対する意識の違いの基礎には、なにか重大な意味が伏在しているような気がする。(2006/12/29
11:47)
[いじめのペックナンバー理論について]
元家裁調査官の浅川道雄氏がイジメ現象を動物行動学のペックナンバーから説明しようとしている。ペックナンバーとは動物が嘴で他を突っつく順番を言う。狭い鶏小屋へたくさんの鶏を追い込むと、最初は大騒ぎになるが、次第に静まって鶏の中にある秩序が生まれる。すべての群れの上に君臨し、すべてを突っつくことができる王様鶏から、自分以外のすべての鶏から突っつき回されて、決して突き返すことができない最末端の鶏までの垂直的な順位が生じて集団は安定する。最末端の鶏は他の鶏のすべてのストレスのはけ口として突っつき回され、1日も持たず全身血みどろになって死に、次にはその上にいた鶏が犠牲になるという循環が起こる。しかし鶏を狭い小屋から出して野飼いにするとペックナンバー現象は姿を消してしまう。
浅川氏はこの現象を普遍化し、たくさんの個体が不自然で高圧的な環境に閉じこめられた場合に自然に発生する動物界の現象であるとし、最近の子どものイジメ現象を説明しようとする。子どもたちが置かれている家庭や学校の環境は、物理的にも心理的にも窮屈で不自由を強いる競争主義的な状況であり、知・情・意のコントロールが未熟であり快・不快の動物的反射行動にとどまっている子どもが多い集団では容易にペックナンバーが起こると説明する。
集団の上位にいる成績または体力に優れた子どもの意向で集団の雰囲気が左右されやすくなり、イジメの手口と程度が決定され、逆らう者やうまく協調できない者は懲罰の対象としていじめられる。直接のイジメの加害者は上位者ではなく、意向を受けた下士官クラスの下位者(パシリ)であり、命令者は君臨しているに過ぎない。文科省は下手人の摘発と排除(出席停止)という対症療法的な手法でイジメを強圧的に抑えるがそれは事態をさらに困難にする。なぜなら、すでに歪みを持っている集団は外部からの圧力によって、さらにストレスが高まり集団の凝集力が増大する。パックナンバーはより隠蔽された形態で深く進行し、問題はさらに深化する。問題はイジメを通して発現している当該学級集団の病理であり、根っこで壊れている集団をどう再建するかである。「みんなちがってみんないい」という個の尊厳を基礎とする葛藤、「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という水平的な集団の質の再構築である。以上が浅川氏の主張である。
ペックナンバー理論は素晴らしく明快にイジメ現象を説明しているので一瞬ナルホドと思わされるが、どうもどこかで待てよと言う声が聞こえるのだ。短絡的にみれば、動物行動の法則性を適用するれば、ただちに少人数学級を実現すればイジメはかなり解消されるという結論になるが(浅川氏自身はそういう主張はしていない)、鶏の世界と人間の世界は本質的に異なる。本能的部分がじょじょに文化に移行し(食べる→おいしく楽しく食べる 着る→美しく装う 性行動→愛する者との単独性愛)、集団行動も本能ではなく理性的におこなう人間のふるまいはペックナンバー理論では説明できない。浅川氏は歪んで壊れている集団病理に求めるが、これは逆にペックナンバー理論での説明を否定していることになる。病理にある集団は、50人であれ2,3人であれ支配と被支配による抑圧の移譲を生む。ペックナンバー理論を悪意を持って利用すれば、弱肉強食による適者生存を人間の一般理論とする社会ダーウイにズムによる説明に道を開き、それはいま全世界を席巻しているシカゴ学派のネオリベラル・リバタリアニズムを全面的に肯定するものとなる。じつは人間世界でのペックナンバー理論の実験はあのアウシュヴィッツ強制収容所ですでに悲惨な模擬実験としておこなわれたのだ。あの想像を絶する修羅の空間であったアウシュヴィッツでペックナンバーは起こったか。表現できないような無残で痛ましい行為もあったし、信じられない崇高な行為もあった。人間は極限状況において果たしてどこまで人間でありえるかーペックナンバーに加担した人も被害者も同じくナチスSSの被害者であった。
さて私はアレコレの新規な理論によってうまく説明しようとする方法は潔く捨てて、現象の隅々に渡ってそれを掴み、その中にある因果関係の連鎖を発見し、より深いところにあって因果の連鎖を生み出している構造とちからを解明し、その構造とちからに替わる別の構造による新たな現象を生み出していくというーごく普通の科学的手法を用いるしかないと思う。そして結論を先取りすれば、現代は巨大なアウシュヴィッツであり、頂点に君臨する権力がほくそ笑みながら抑圧を下方へと移譲している醜悪な構造にあるのではないかという仮説を立てたい。それは自己と隣人と世界に対し自らの魂をどう位置づけるかというテーマで学位論文を書き、逆に世界からしっぺ返しを受けたハンナ・アーレントの思考につながる(『アウグステイヌスにおける愛の概念』)。幾つかの現象をみてみたい。
現象1:イジメ自殺について多くの遺族がなぜ私に言ってくれなかったのかと悔やむ。文科省は「恥ずかしがらず相談せよ」(大臣の手紙)だという。ほんとうだろうか。親に言ったら悲しむだろうと思いからか、相談は二重の尊厳の侵犯だと思うからか、ほとんど相談がないのはなぜか? まずイジメについて語る場合ここを明確にしなければならない。
現象2:他者が苦しんだり悲しんでいる姿を見て、どこか自分に心地よさが生まれる感覚がある。イジメをみても止めないで、一緒になってストレスを解消している雰囲気があるという。なぜ人を人として大切に思えないほどに、いらだちやむかつき、不安と抑圧感が蔓延しているのか。
現象3:子どもの登下校を支援する見守り隊運動や学校門での声かけ運動は、子ども自身からみるとソフトな監視システムと映ってはいないか。
現象4:すべてを優しく包み込む母性と母子密着を切断し子どもを自立に向かわせる父性のどちらもが衰えているという。逆に放任的子育てや過保護・過干渉という過剰介入と虐待が増大している。親はなぜこれほど子どもをいじくり廻すようになったのか。
現象5:校長は進学者や不登校者、イジメ件数などの年間目標を教育委員会から5段階相対評価で評定され、最低のEランクの校長のボーナスは下げられてA評価の校長のボーナスに上積みされるシステムとなっている。教師は学級での進学、生活動向を校長から評価され、教師は個々の子どもの関心や意欲を評価して5段階相対評価を行う。学力テストの前日に、教師は一部の生徒に「明日は休むように」と説諭する。以上のような諸現象にどのような因果連関が見いだされるだろうか。(2006/12/26
11:01 以下続く)
文科省→教育委員会→校長→教師→子どもという単方向の垂直的な支配と被支配の権力構造が成立しています。この権力構造の最末端に位置する子どもたちは、頂点から下方へ垂直的に累積された抑圧を一身に担う最末端鶏になっています。こうして学校システムでは体制的なイジメの構造が成立しています。最末端の子どもたちのストレッサーはどこへ向かうのでしょうか。それは自分たち自身の内部に弱い鶏をつくってペックナンバーを集中するか、家庭に帰って家族内で発散するか、或いは地域でホームレスを襲撃するかです。しかし多くの親は学校信仰の呪縛にからめとられ、競争を価値基準とする子どもの評価によってわが子を煽り立てます。子どもにとっては唯一の安らぎの場である家庭が学校化しています。親は家族独自の子育て文化を構築できず、ひたすら世間と学校の価値に追随し自律性を失って、子どもは家庭ですら自分のアイデンテイテイを恢復できません。
袋小路に追いつめられた子どもたちは、仲間への陰惨なイジメを繰り返すか、ホームレスを襲撃するか、自分のペットをいじめるか、或いは最果てのイジメとして自分自身への自傷行為を繰り返すか、ついにはすべての外界との接触を切断する引きこもりの道を選ばざるを得ません。ではどうすればいいのでしょうか? この垂直的な権力関係のどこかに切断が起きることが期待されます。どこに切断の可能性が最も大きいでしょうか? それは子どもの親が学校信仰の呪縛から自らを解き放つところにありますが、それはある勇気が要るでしょう。しかし多くの親が子どもの側に立って離脱しはじめたら、それは巨大な転換を生み出すでしょう。それは競争の煽動よりも、協同の学びのほうがむしろ子どもの学力を伸ばすという実証をして示すことです。すでにデンマークは競争を否定した協同によって学力世界1を実現していますが、そのようなモデルを日本自身につくりだすことが求められます。
デンマーク・モデルは日本の競争モデルとの緊張と衝突を誘発し、垂直的な権力関係との対抗を生み、水平的な関係への転換をもたらすでしょう。基本的にはこのような水平的構造への転換にしか、イジメの消失はありません。昨夜は爆弾低気圧が東海から関東を経て東北へ向かい、嵐の夜でした。エルニーニョによる温度上昇が原因だそうですが、もはや市場競争原理による地球環境の破壊は限界に接近しようとしています。一夜明けた朝はまぶしいほどの陽光がそそぎ、もはや冬の気配はありません。地球気候の変動が日常に顕現されています。子どもたちを救うのも、地球を救うのもじつは同じ方法による抵抗の法則を多数派のものにしなければならないことを告げているのではないでしょうか。
しかしイジメに関する私を含めた垂直的権力関係による抑圧の移譲モデルはじつは少数意見なのです。主流は、日本的集団主義における協調性欠如モデルなのです。日本人のDNAにしみ込んでいるみんな一緒主義からはみ出したものが厳しく指弾されるので、排除された本人も協調性幻想が強くもう生きていけないと思いこむのだという(中島義道氏など)。或いは他者から否定的な評価を受けることを極度に恐れ、対立のない優しい関係を維持したい人は、いじめられっ子の存在を完全に排除はせずに、半ば包摂して内部の対立関係を隠蔽するほうが効果的なのだという(土井隆義氏)。いじめられた子の自殺への誘因は、死への衝動と言うよりも、自分の自殺を悲しむ周囲の人の姿や自分を苦しめた者への復讐などによって最後の自己承認をおこなうのだという(香山リカ氏)。こうした日本文化論や集団心理学を駆使した分析は、部分的な効果しかもたらさないばかりか犯罪的ですらある。それは結局の所、イジメ現象が日本的現象となった原因である「過度に競争的な教育システム」(ユネスコの対日本政府勧告)という制度要因の解明と制度改革への追究を遮断し、真の加害者の責任を巧妙に免罪するものでしかない。主観主義的な決意や決断によるガンバリズム、加害者への刑事的可罰主義に帰着させる、『こころのノート』に象徴される心がけ主義の裏返しでしかない。そういえば、『こころのノート』の教育現場への導入と意欲や態度の5段階評価の導入とパラレルにイジメが増大してきたのではないか。子どもの鋭い感受性は大人たちの偽善をとっくに見抜いているが、子どもたちは同じ偽善の行為を仲間内で実践しはじめたのだ。
最も愚劣な議論を展開しているのが川勝平太氏だ。イジメ自殺の背景には日本人の死生観の揺れがあり、日本社会が目標を失っていることの反映で、それは1968年の東大全学ストに始まるという荒唐無稽な主張をくりかえす。江戸期の朱子学や明治期の洋学のような新たな実学として地域学を提案しているが、ここには文化人類学の多元性が特殊日本的なナショナリズムと醜悪な混血がみられる。(2006/12/27
16:30)
[ミルトン・フリードマンの黄昏と一周遅れのランナー]
11月16日にミルトン・フリードマン(米・シカゴ大学 ノーベ経済学賞)が94歳で死去した。20世紀末から21世紀初頭にかけてシカゴ学派は地球惑星の人間活動に圧倒的な影響を与えた。シカゴ学派に匹敵する影響力を持ったのは、マルクス、ケインズぐらいだろうが、支配権力と結んでその戦略に決定的なちからを持ったのはシカゴ学派をおいてない。シカゴ学派とは、新古典派価格理論をベースに市場原理型リバタリアニズムの政策を提唱し、政治や法・社会学あるいは人間の世俗生活にも経済学的なアプローチを適用する「経済帝国主義」ともいわれるモンスター的な存在となった。石油王ジョン・ロックフェラーが1892年に創立したシカゴ大学経済学部を拠点とする100年を超える歴史を持つ。
この学派の特徴は、マルクス経済学やケインズ学派などのオルタナテイブな制度的パラダイムに敵意を燃やし、徹底した自由放任の市場原理による効率を主張した。このシカゴ学派を主導したのがフリードマンであり、財政による有効需要創出を主張するケインズ革命に対抗するマネタリズムを主張し、政府の介入を否定する小さな政府を主張した。せいぜい物価安定のための貨幣数量調整をすればいいというのである。この理論は1980年代以降にレーガノミックス、サッチャリズムとして全世界に猛威をふるい、一周遅れでコイズミズムへと波及してきた。
ブッシュ大統領はフリードマンの死去に際して追悼声明を出し、「彼は人間の尊厳と自由の前進に貢献した革命的な思想家、偉大な経済学者であった」と最大級の賛辞を送り、「米政府にとってのフリードマンの政策的貢献は@学校選択制A減税B志願兵制度の3つであった」と指摘している(ホワイトハウスHP).ではこの3つの政策効果の実態をみてみよう。@の学校選択制は、親が選択した学校にバウチャー(利用権)を提出し、学校はバウチャー数に応じて予算を受け取るという制度だ。この制度によって猛烈な学校間競争が起こり、競争に勝った私立学校がバウチャー分の予算を上乗せした高い授業料で繁栄し、一方では暴力と麻薬と銃が横行する荒廃した学校が出現し、親子の世代間継承によって格差が急速に固定化している。学校選択制は失敗し、同じ制度を導入したイギリスはついに修正に追い込まれた。この制度は市場の失敗を認めないフリードマン理論の破産を告げている。Aとは法人税や株式譲渡税の減税を意味するから、ギャンブル資本主義が横行し、実体経済を疲弊に追い込んでいることは言うまでもない。Bの志願兵制度はどうであろうか。ベトナム戦争期までの徴兵制は大量の徴兵忌避を誘発し、実質的に機能が破綻していたのだから、自由意志による軍隊編成というシカゴ学派の理論ではなかった。イラク戦争後に志願が激減し軍隊編成が困難となったに過ぎない。志願制は給与や奨学金就職を求める貧しい青年のたまり場となったが、カネのために人を殺す行為に疑問を持つ青年が大量に発生した。追いつめられたペンタゴンは採用条件の大幅な緩和に踏み切り、@年齢制限の引き上げ(35歳→40歳→42歳)、A知力テストの基準引き下げと英語力不足の容認、B健康問題も配慮するというまでになり、さらに@入隊手当の倍増(4万ドル)、A再役手当上限を6万ドルから9万ドルへ、B諸手当新設(外国語のできる者2,1万ドル、看護学生5千ドル、高度専門能力10万ドル、友人を入隊させた者千ドル)などの手当の大幅改善をうちだした。募集担当官を10%増の6600人にし、スペイン語を話せる募集官を増やしスペイン語のサイトやメデイア宣伝を増やし、入隊者の親の住宅購入手当てを支給した。応募者にヒスパニック系が増大し、入隊者に占める割合はアフリカン22,3%→14,5%と減少し、ヒスパニックは26%に増加した。「うんと勉強しなさい。宿題もちゃんとやりなさい。さもないと、姉妹にはイラク行きだよ」と対立候補のケリーは非難した。パパ・ブッシュの威光でベトナム戦争の徴兵を忌避したブッシュの行為に米国のまともな若者がいのちを捧げるはずがない。現在の米兵は米国の最底辺の若者が金目当てに集まった無頼漢のような軍隊であるから、あちこちで無法な発砲と虐待を繰り返すのだ。こうして米国軍隊の志願制は崩壊し、フリードマン理論は破産した。
フリードマン理論の破産を劇的に示したのが、チリのピノチェト軍事独裁政権による経済政策である。民主的選挙で選出されたアジェンデ政権を軍事クーデターで倒して、抵抗する3200人を殺害し2万8000人を拷問にかけて恐怖政治をしいたピノチェトを、フリードマンは1975年に訪問し、経済政策のプランを作成して全面的に協力した。その政策によってチリ経済は破産し、ピノチェトは退任してつい最近10日にフリードマンを追うように亡くなった。ピノチェトは政権在任中の殺害行為で起訴され裁判中の身であった。この経過はフリードマン理論の本質を劇的に示した。市場原理的なリバタリアニズムが強権的なナショナリズムと結びつき、その自由とは競争の勝者による自由の独占と抵抗者へからの自由の剥奪に他ならないことを。ピノチェト追放後の中南米諸国はアメリカ型市場原理を駆逐して社会的経済をめざす流れが雪崩を打って進んでいる。こうしてフリードマン理論は死を宣告されたのだ。
ところが驚いたことに一周遅れでフリードマン理論を後生大事に適用とする国があらわれた。それは東アジアの安倍とか称する支配者である。彼は@学校選択制A学校評価制B教育バウチャー制の三本柱を掲げて教育を再生し、美しい国を創ると称している。すでに全世界で破産し米国の学校が荒廃のふちでのたうっているその政策だ。彼はそれに向けて教育基本法を書き換え、子どもたちに愛国心を強制し、自衛隊の海外派兵を本来任務とする防衛省をつくった。ここには強権的自由の強制と軍事ナショナリズムが一卵性双生児であることを示している。
最善のものの腐敗は最悪であるーよかれと思いこんで支持した「自由」が非人間的な倒錯の罠に落ち込んで、羊が人間を食うばかりか、人間が人間を食い始めた。いま世界のたった350人の大富豪が全世界の富の65%を所有している。他者の自由を犠牲にしてしか自らの自由が実現できないというパラドックスの世界をフリードマンはもたらした。自由への羨望は無限のエネルギーを誘発して、アメリカを世界帝国に導いたが、それはマネーの所有者の自由に過ぎなかったことが明らかとなり、彼は全世界から友人を失い寂寥たる孤立のうちに紙幣を数えて生きる亡者となった。
かって全世界がアメリカン・ドリームに憧れて新大陸をめざした。ハドソン川に立つ自由の女神は全世界の自由のシンボルであった。もはや自分の民族的出自を問われて怖がることはなかった。もはや自分の宗教的信仰を問われて殺されることはなかった。もはや自分の皮膚の色を問われて学校の門を閉ざされることはなかった。もはや政府の意見に抵抗して逮捕されることはなかった。全世界からあらゆる迫害された者、差別された者たちがアメリカ大陸へ上陸した。そこに見いだしたものは、皮膚の色、信仰、人種や民族によって人生が予め決定されるのではなく、自分自身の「能力」と「努力」のみで自分の人生が構築できる輝かしいアメリカン・ドリームの世界であった。確かにミシシッピーの岸辺から幌馬車を仕立てて荒野をめざした西部開拓の時代はそうであった。自分自身の能力と努力のみで大草原に小さな家を建て、うるわしい家族の励まし合いと隣人との協力のなかで競争し合いながら牧場を拡大した。成功者はその努力をたたえて賞賛され、犯罪者は容赦なき縛り首にあって責任をとらされた。しかし事態をよく見れば、その後にできあがった社会はアングロ・サクソン系のプロテスタント(WASP)が支配する社会であり、自由は彼らによって独占され、機会の平等は失われていった。自由は実質的に意味を失ったが、制度としての自由は維持されたからますます少数者による自由の独占が進んだ。ここにシカゴ学派のトリクルダウン・セオリー(自由の滴り理論)が登場した。富者の成功の果実が下層に向かって滴りおちてみんなが良くなるという理論だ。国内が閉塞した米国市場は全世界に怒濤の進出を開始し、全世界を市場原理に巻き込み富の回収を図っていった。この過程を全面的に肯定しようとするのがシカゴ学派であり、フリードマンであった。彼は数万人を虐殺する独裁者と握手することをためらわず、自己の理論の輸出に努めた。シカゴ学派は大量のノーベル経済学賞の受賞者を出しているが、その惨憺たる実態に選考委員会はたじろぎ、最近はアマルテイア・センからムハマド・ユヌスという社会的経済論者に贈呈している。フリードマン理論を中心とするシカゴ学派は黄昏を迎え、その命脈は尽きようとしている。その終焉に際してなお拘泥しようとしている安倍とかいう首相の勉強不足は目を覆わしめる貧困なレベルにある。もはや世界は米国を必要とせず相手にするのもいやになったにもかかわらず、いつまでも媚びへつらってポチ公と呼ばれて嘲笑されて喜んでいる。アメリカとシカゴ学派は世界からの退場をくい止める最後のあがらいとしてイラクで軍事的威勢を誇示したが、それは惨めな失敗に終わろうとしている。最後のあがらいほど醜悪なものはない。(2006/12/
23 11:36)
[「美しい国」の無残な犠牲]
アジアの東方の海に浮かぶある島国では、最近宰相になった人が「美しい国、品格ある国」を宣揚しては自らの醜い姿を瑚塗しようとして次々と馬脚をあらわしている。国民の意見を聞くと称してヤラセをおこない、全世界から君のところの民主主義っていったいどうなっているんだと嘲笑を買っている。しかし最近になってまたもや言語に絶する汚らわしい行為がおこなわれた。12月19日に最高裁第3小法廷(上田豊三裁判長 私はこの名前を絶対に忘れないだろう!)は、ハンセン病への偏見を恐れて患者だった父親から認知されなかった女性(56)が父親の死後6年後に認知を求めた訴訟を却下した。死後認知期間を3年間とした民法規定を機械的に適用したのだ。
父親は群馬県草津町の国立療養所で、内縁の妻との間に生まれた女性を認知しないまま1998年に死亡し、女性はハンセン病国家賠償訴訟確定判決で遺族が損害賠償を求められるようになって、2004年に認知を求める訴訟を起こしたのだ。なぜ父親は女性とその弟を認知しなかったのだろうか? 父親は生前に認知を求める娘に、ハンセン病への偏見と差別の厳しさが子どもたちに及ぶことを恐れて断ったという。この父親だけでなく、いまなお多くの元患者が親族に会うことはおろか、本名と出身地を隠して生活している。なぜ国賠訴訟後に政府が全面的に謝罪したにもかかわらず、また感染力が非常に弱いにもかかわらず、今なおこうした事態があるのはなぜでしょうか?
ライ予防法と無らい県運動によって全国で患者の摘発運動と患者狩りが猛威をふるい、家屋は真っ白に消毒されて見せしめのように包囲され、国民に恐怖と偏見を叩き込んで、家族は患者との絶縁を迫られ、患者は実名を変えて自分の存在を世の中から消したのでした。政府の強制隔離と絶滅政策はいまに至るもその恐るべき影響力を持っているのです。元患者の親族が名乗り出る事例はいまでもごく少数であり、親族は非常な勇気を持って名乗り出る決断するのです。野村芳太郎『砂の器』を観られた方は、作曲家となった息子を必死に否定した父親を覚えておられるでしょう。父親がこの女性を自分の娘と認知しなかった理由は、一にして娘を差別に陥れないがためであり、その原因は政府の政策以外の何ものでもありません。
この女性は想像を超える勇気を奮って父親の名誉回復を願って、親子関係の法的承認を求めたのです。政府はライ予防法の絶滅政策で父親と家族を地獄に陥れ、いままた娘の尊厳を根底から否定する行為に手を染めたのです。民法の認知期間規定の前提は、正常な市民生活による情報の対象性を前提に規定された条文であり、こうした「異常」な状態を政府によって強制された市民に適用できるものではない。これが嗜虐的な人権侵害をくり広げる国家の最高権力者が唱える「美しい国」の醜悪な実態なのだ。いまの日本でほんとうに隔離が必要な人は誰か? ほんとうに排除しなければならない人は誰か? 娘を娘と認めない状態に追い込んだ人が「美しい国」とうそぶいては冷笑している姿はもはや動物以下の存在だ。いな動物でさえこのような恥ずべき行為はしない。それはもはや怪異なモンスターといえるだろう。(2006/12/20
23:20)
[劇場からの離脱]
日本では1人の人間の誕生から死に到るライフサイクルは、学校での学びー企業でのしごとー余生としての老後と3つのステージが標準化され多くの人はそれを当然のものとして受け入れてきた。それぞれのステージで独自の共同体が形成され、その秩序を内部化すればそれ相応に安定した生活が保障されるというシステムがあった。これを自由度の関係で見れば、ある程度自由(個性)な学校生活→企業集団への献身→リタイアー後の自由(個性)の恢復という道程をたどったと云えよう。学校のステージでは、自然発生的に形成された異年齢集団の中で他者との関係を構築するスキルのトレーニングを受け、特に大学に進学する少数者は未来の可能性に裏打ちされた自由を満喫した。次の企業では、先輩社員からのOJTによってしごとのスキルを取得し、企業内福祉で家族のそれ相応の生活は保障され、引退後は地域の中で安穏たる自由を味わいつつ生涯を閉じた。これが高度成長を保障した日本的社会関係の劇場であり、人々は無意識のうちにその演技を体化してきた。
しかしこうした安定的な移行がゆらいで、それぞれのステージの基盤が変容し、自分の全人生を構想することが困難となりつつある。学校も企業も共同性を失ってバラバラに漂流をはじめ、そしていまや過去のステージシステムのもっていた安定性はわずかに引退後の余生に痕跡を留めるのみとなった。これを社会運動から見れば、かって街頭を荒らし回った若者の反乱にかわって、直接民主主義を街頭で表現しているのは老人たちである。これは必ずしも成熟民主主義国の一般的現象ではなく、欧州では依然としてユース・パワーが強力であり、若者が街頭から去り老人の元気が目立つのは特殊日本的な現象とみなしてよい。ではなぜ日本がこうした特徴を持つ社会へと変化したのであろうか。
児童期の劇場は学校であり、しかもその主舞台は教室である。いま教室には入れなくなった子どもたちが増えている。その最も居づらい時間帯は昼休みである。授業時間帯は決まった座席でルーテイーン化された作業をこなし、判断に迷う選択や責任が誘発される自己決定を求められることは少ない。ところが昼休みは、構内のどこで誰と過ごすか、昼食はどこで誰ととるか、トイレはいつ誰といくか、誰かの悪口を言っている時にどんな相づちをどんな表情で打つか、大人から見ればごく些細なことが子どもたちにとっては自分の居場所を確保する大事な作業になる。かって子ども集団には、自然発生的に仕切役やまとめ役がおり、口数の少ない子やハンデイがある子など自然に配慮され居場所が保障される雰囲気があった。もちろん時には荒々しく、あるいは隠微なポストをめぐる争いはあったが、大体において成績優秀者が一目置かれて学級のリーダー層を占めた。そうした秩序の中で互いの個性を認め合い、時には冷やかしや迫害を伴いつつも最終的には互いを受容し合う関係が成立した。それは地域での異年齢集団の群れ遊びで培われた集団のソーシャルスキルが教室に持ち込まれたからである。
いま自分の力で自分の居場所を獲得するソーシャルスキルを身につけて教室に入る子どもは減り、確たる指導者はゆらぎによる交代率が高くなり、子どもは思いっきり自分たちをぶつけ合う豊かなギャングエイジを失って、集団からはみ出す不安を回避するためにはみ出した誰かを探索してスケープゴードをつくりはじめている。スケープゴードになりやすいタイプは、集団に対して消極的で特に”ノー”という意思表示が弱いタイプ、或いは自分の思うようにならないとすぐキレて周りを不愉快にするタイプ、場の雰囲気にそぐわないずれたコミュニケーションを展開するタイプなどである。この3つのタイプに最もストレッサーが蓄積され、昼休みを教室で過ごせない子どもが発生し保健室はそれらの子どもで満員となる。子どもたちにとっての最も自由な時間である昼休みが苦痛の時間となっている。
文科省大臣が「お願い 未来のある君たちへ」と題する子どもたちへの手紙が、日本全国の小中学校で印刷されて配布された(1日付け)。「弱い立場の友だちや同級生をいじめるのは恥ずかしいこと、・・・・いじめられている子は誰でもいいから、恥ずかしがらず、1人で苦しまず話す勇気を持とう」と呼びかけている。そして加害者を出席停止にし、見逃した教師を処分すると厳罰主義をうちだした。彼はこんなことでいじめがほんとうになくなるとおもってはいないだろう。緊急避難としておこなったのだと思う。しかしこうした呼びかけと処分の脅迫を恥じらいなく日本全国に公言して強制する神経はもはや人間のものではない。それは自分自身がイジメ現象を誘発した最大の元凶であるという認識が欠落しているか、自己責任の意識がまったくないからだ。いま大人社会で暴風のように吹き荒れている競争の敗者に対する総イジメ現象を推進したのはほかならぬ彼らであるからだ。その象徴的モデルは首都圏知事の最悪のモラルハザードにあるが、大人社会の勝者に漂う死臭紛々たる荒廃した現象を放置して子どもを責めても、子どもたちは大人を真似してより巧妙で陰湿なイジメに向かうだけだ。子どもと教師を裁く前に裁かれなければならない人達が、薄笑いを浮かべて冷笑しながら口説を垂れ流している。そしてほんとうにヒューマンでありたいと願っている人達が、舞台からひとりふたりと去り、しだいに劇場そのものが成立しない限界に近づいている。(2006/12/19
17:00)
[2006年の惑星はかくて1年の公転を静かに終えた]
1億光年のかなたから銀色に輝く小さな惑星にまなざしを注ぐと、直立歩行する小さな四つ足動物が群れをなして、かすかな生命を刻んでいる。食料とエネルギーの枯渇が間近に迫りつつあるなかで、人間と自称する生命体はホモ・サピエンスと自らを尊称しつつ悠久の宇宙空間に戯れている。最もおかしく哀れな姿は、電子兵器とか云う最先端と称する兵器で勝手に他の地域に攻め込んで攪乱している星を並べた旗を掲げているグループだ。このグループのリーダーは、人間の先祖であるサルに最も近い容貌をして盛んに吠えている。このサルに近い藪とか云う人物は、若い頃にアル中になって神経系を痛めてしまったそうだ。このグループが住む地域では、小さな紙に名前を書いてリーダーを決めているみたいだが、何であのサルが選ばれたのか、じつはよく分からないのだ。いま攻め込んだ先が予想に反して大混乱におちいり、収拾方法が分からないサルは少々苦しんでいるようだ。
ところが少し目を転じて、あの海とかいう塩味のする水分で満ちた地域の果てに長靴のような4つの島を持つ地域があり、そこは恐れおおくも太陽の国を意味する日本という名前を名乗っているそうだ。今は退いたここのリーダーは、パーマネントとか云う手法で自分の頭部に生えた体毛をライオンのように飾り立てて部下を威嚇し、少しでも意見が違うと抵抗勢力と名指しして刺客を派遣しては退治している。すべからく何でも自分で選んで決定し、その結果の責任は全部自分で引き受けるようにーとご託宣を下して猛烈な競争を煽り立て、部下を勝者と敗者に分けてしまい、どうもそうとうに痛んだ社会をつくりだしてしまったようだ。驚いたことにこの地域の住民は幻想を抱いて小さな紙にライオンの名前を書いてみんな投票したようだ。どうもこの惑星では、少しリズムが狂った時に断定的にものを云いきるリーダーに依存し讃えるという神経系が発達しているようだ。たしか60年ほど前にもどこかの地域で、ハイル・ヒトラー!と宣揚して独裁に酔い全滅した地域があったが、この惑星の人間という生命体の記憶神経系は60年程度が限界であるようだ。私は彼らのDNAをそのように設計した覚えはないのだが。
しかしもっとも哀しいほどにおかしいのは、このライオンのような頭の体毛を振り乱すリーダーが、ひとたびあのサルのようなリーダーの前に出ると借りてきた猫のようにおとなしくなり、何でも云うままに平身低頭して従っていることだ。なんでも戦争とか云う違った地域の生命の殺し合いをする儀式があり、その時には敵ー味方に分かれて殺し合う数を競い合うゲームに熱中するそうだが、このライオンは必ずサルの陣営に参加して気に入ってもらうように励むようだ。ただ不思議なことに、このライオンの地域は一度だけ星の旗の地域に逆らって不意打ちの攻撃をかけ、最後には原子を操作する爆弾で致命的な打撃を受けて破れたという。この原子を操作する爆弾は、少々宇宙にとっても厄介なのだ。すでにこの爆弾は地球という取るに足りない小さな惑星を何十回も破壊する量があるようだが、これをほっておくとこの宇宙そのものが少しかく乱される危険があるので早急に対策を立てなければならない。それはおいてライオンの地域は、サルに逆らったせめぎ合いで死んだ人を神と称して祀りリーダーが礼拝しているという。これはさすがに許せない。この広い宇宙空間に私以外に神を作ってもらっては困るのだ。しかも何十万人という神を勝手にでっち上げてもらっては困る。私のみがこの宇宙を支配し、惑星を統括している聖域を汚すことになる。
この猿とライオンの国はそれ以外は非常に仲がよいようだ。どうも中の国とか称する広大な地域が急成長し、猿とライオンの地域は未来への希望を喪って漂流する斜陽を覚えつつあり、だから過去の栄光を守ろうとして互いに強く握手しつつあるようだ。斜陽の寂寥と哀しみは私にもよく分かる。なにしろ宇宙空間に私がつくった唯一の発光体である太陽がゆっくりと沈み、宇宙が漆黒の闇に閉ざされる前の影ていく残光の美しさと哀しさは私が一番よく知っているからだ。つまりあの地球という惑星のいのちはたかがあと60数億年に過ぎず、太陽もおくれて消滅するように私は設計してある。あの地球という惑星の人間と称する生命体の一部には、この宇宙空間の最後の姿を予見しているものが少なからずいるけれども、多くの者は日常の忙しさに没入して24時間の自転を繰り返しては宇宙のチリとなって大地に返っているようだ。
ただ私が今一番心配している地域は、白い地に赤い●を書いた旗を振って喜び始めた小さなところだ。ここは小さいのに生命体の数が多く、まるで椅子取りゲームのように激しい生命体の衝突が起こり始めている。私も椅子取りゲームは緊張感があって面白いので、仲間の神を動員して楽しんでいるが、あの●旗の地域の椅子取りゲームはちょっと違う。なんでも正社員椅子取りゲームと称し、参加者の座れる椅子は極端に少なく、ものすごく凄惨なゲームになるそうだ。しかも運良く座れた正社員もその椅子の性能は差があって仕事の業績によって座る椅子が違うそうだ。最初は努力と実力だけで椅子を手に入ると喜んだ生命体もあったようだが、フタを開けたらケイダンレンとかいうグループが指定席として独占しているようだ。最上級の椅子に座った生命体は公転の間に10数億円を手にし、座れなかった生命体はわずか200万円に満たないという。10数億円とは私が得ている宇宙の設計特許料に等しいではないか!
問題はこの大人たちのゲームを見ている子どもたちだ。誰かを蹴落とさなければ自分が蹴落とされるという修羅の中にいる大人の姿を見た子どもの生命体は、学校と称する成長センターで同じゲームに習熟し、小さい頃から誰かを蹴落とすスキルを身につけて成長する。このスキルを養うゲームをこの地域の言語ではイジメというそうだが、どうも最近では生命そのものを奪うまでに追いつめるという悲惨なゲームになっているようだ。私はこの惑星の生命体にこうしたDNAを設計した覚えはないのだが、どこかで設計ミスがあったのだろうか。それともこの惑星の生命体が私の設計に逆らう成長を示し始めたのだろうか。このゲームはただちにやめさせなければならないと私は考えているのだが、そのためにはなぜこうした悲惨なゲームが起こっているのかの原因を突きとめる必要がある。ところがライオンヘアの後継者は、とりあえず加害者を犯罪者として裁き出席停止にするという恐怖による威嚇の方針をとるようだ。確かに恐怖による威嚇は、私が造った他の生命体には有効だが、私が最後に創った人間という生命体には表面的な効果しかない。原子を操作する知能を持った生命体は、イジメの技術もますます高度化させて目に見えないものにするからだ。私は自分の設計を総点検して自分自身の問題を明らかにするが、当面はライオンヘアとそれを支持する生命体の再生産をストップしたいと思う。なぜならこれらの生命体は生命体そのものを傷つけ排除する反生命活動をシステムとして動かし始めたからだ。このライオンヘアのグループを宇宙法廷の被告の座に就け、比類なき最高法規である宇宙基本法の規定によって裁くことを決断した。その時期は可能な限り速度を速める。その間に幾多の犠牲者が出現し、惑星の生命維持がますますかく乱されることを抑止しなければならない。これは2006年の公転を静かに終えようとするあの小さな惑星の誕生に責任を持つ私の最低限の義務なのだ。(2006/12/16
11:50)
[象徴的貧困と改正教育基本法]
フランスのベルナール・ステイグレールは、過剰な情報の氾濫が想像力の貧困をもたらし、理念や理性が衰弱して衝動のレベルが社会を動かすポピュリズムが誘発されているという。19世紀の産業革命は、機械に仕えるプロレタリアへと人間を変化させ、生産性の拡大による利潤率逓減は市場争奪の資本主義諸国間の戦争をもたらす危機におちいった。20世紀になると資本主義の中心はアメリカに移り、フォーデイズムは生産者を同時に消費者として登場させて利潤率逓減の法則を解決した。大量生産・大量消費のアメリカン・ウエイ・オブ・ライフは、ハリウッド映画、ラジオとTVというマス・メデイアを媒介に消費マインドを全世界に広め、大衆の欲望を創造するマーケッテイングを発達させた。商品は使用価値を超えたフェテイシズムへと変貌した。現代生活の大半は、テレビ番組や映像、レコード産業や携帯電話などの文化通信産業に吸い取られ、個人が自分で想像したり、欲望を表現する自分自身の時間は喪失した。19世紀産業革命は人間の仕事から想像的知を喪失させたが、20世紀新産業革命は、消費者の生きる知を喪失させた。現代人はもはや自分の生の実経験ではなく、決められたマニュアルやマーケッテイングに絡め取られて行動が決定されるようになった。
ほんらい個人の欲求は自分がかけがえのない存在としての独自性を投影するが、ハイパー産業社会では文化産業のコンテンツの標準化されたイメージに貧困化し、ほんとうの「個人的経験」は喪われた。個人が標準化された消費によて独自性を喪うことは、じつはかけがえのない自己そのものが空洞化することを意味している。もはや利潤率逓減から、人間の欲求逓減を経て人間そのものの逓減へと進んでいく。自分が生きているという実感を喪ったり、いまの自分はほんとうの自分ではないという漠然とした不安が生じる。自分が確かに自分であり、自分という人間が確かに存在するということを逆に証明しなければならないという衝動が誘発される。この極端な現象がオームであり、フランスでの郊外の反乱などの暴力的逸脱行動となるが、こうした退行現象にパニックとなった「世論」は「秩序」の回復を求めて権威的な支配に依存するようになる。個の回復を求める衝動的な逸脱行動に対する対抗運動もまた、衝動的な強圧的形態をとる(日本では死刑判決の急増やイジメに対する出席停止など)。
奇妙なことに小泉とブッシュやフランスのサルコジの演説の内容は、文化が違うのに非常に似通った内容になっている。今や世界どこに行っても産業の標準化による心性の共通化と欲求の画一化が進んでいる。表参道を歩けば、マックス・マーラのブテイックが人々の心をつかみ、人々の心の同一化と個別化が進んでいる。TVを媒介に醸成される消費マインドは、消費する以外に生きているという実感が湧かないまでに人々の心をマーケッテイングでつかんだが、消費の経済力を持たないワーキングプアは欲望と存在の距離と矛盾を実感し、もはや窃盗と暴力以外に自己の存在を証明できなくなる。フランスの若者は、火をつける自分の姿を携帯で撮影しTV局に売り込むリアル・ショーを演じたが、日本の若者は同じ仲間を虐めまくる自傷行為を繰り返している。フランスの若者はマックス・マーラにコートを買いに行くのではなく放火しに行ったが、日本の若者は仲間を虐めてカネを巻き上げては憂さ晴らしをおこなっている。フランスの若者はSUVのタイヤをパンクさせる襲撃を繰り返しているが、日本の若者は仲間からガソリン代を巻き上げてはSUVを疾走させている。
しかしこれは本質的には同じなのだ。麻薬中毒のように苦しみを和らげるために死に至ると分かっていてもさらに麻薬を飲み続ける状態なのだ。そうした自己崩壊から逃れるために、他を攻撃するか仲間を攻撃するかの違いだが、はるかにフランスの若者は前進的であり日本の若者はいじけて卑怯で退嬰的だ。日本のイジメは世界の中で最も独特の残酷さを持つ。イジメによって味わう瞬間的な快感はすぐにむなしさに転化し、そのむなしさを解消するためにさらにイジメを繰り返す薬物依存症の症状と酷似してくる。「ざまあみろ!」と思いながら背後には自己嫌悪が忍びよってくるのだ。イジメを煽るリーダーが存在し、その命令や示唆が自動的に反復されてじょじょに周りにひろがっていく。親友だと思っていた子が自分をいじめる側にまわった時の寂寥感と自己否定感は表現しがたいほどの衝撃をもたらす。日本のイジメはもっとも陰惨で過酷な形態をとるばかりか、加害者の側に罪の感覚が薄いという特質を持つ。日本の子どもは生まれながらにイジメのDNAを持って生まれているのか。フランスの子どものいじめは、弱者から強者へ、貧者から富者へつまり下から上へと上向するが、日本のイジメは垂直的に下方へ放射される。なぜこうした差異が生じたのだろうか。
それは仕事の画一化から欲求の画一化へ進む資本主義のあゆみは同じだが、強い人権の歴史を持つフランスは社会的連帯との妥協の中ですすめ、自分で人権を獲得した体験を持たない日本ではアメリカ型の競争原理をストレートに適用し、ジャングルの弱肉強食のシステムを作ってしまったところに違いがある。日本では抑圧の移譲が強者から弱者へ垂直に転化され、より下層のものへとルサンチマンが蓄積していく構造となった。発散の対象を持たない弱者はもはや自分の幼い子どもか、自分自身に攻撃を向けるしかないという悲惨で惨めな実態が蔓延していった。日本社会はもはや、互いの幸福を嫉妬しあい、互いの不幸を喜び合うという悲惨な地獄に陥ろうとしている。こうした孤立分散の敵対は社会の存立そのものを崩壊に導くというクライシスが迫ってきた。フランスでは危機に直面すれば社会的連帯を回復するという戦略で危機を回避して未来志向性を強化できるが、日本の権力層は自己自身が市場原理主義であり未来へのヴィジョンを提示する能力を持たない。せいぜい「品格ある美しい国」といった程度の無内容の貧しいスローガンしか提示できない。彼らの依存する最後の砦が「伝統」と「愛国心」でしかないということは、彼らの恐るべき精神的貧困ー未来への想像力とヴィジョンのなさを示してあまりない。しかし彼らはポピュリズムを動員して圧倒的な権力の獲得に成功した。この権力の存命中に自らの防波堤を構築するーこれが2006年12月15日における教育基本法改定の可決であった。
この日は後世から日本の新たなファッシズムへの転換点と記されるだろう。しかしこのファッシズムは危うくもろい。なぜならあたかも麻薬中毒患者のように、人間の尊厳を奪いながら愛国を強制していくために、奪われていく人間との矛盾を深め、その苦しみを和らげるためにさらに強い麻薬(権力)を使うという悪無限の循環の罠に入りこむからだ。(2006/12/15
21:24)
[イビチャ・オシムの思想]
IVica Osimはサラエボ出身のサッカー選手で06年より日本代表監督を務める。ユーゴ代表のFWとして活躍し、ヨハン・シュトラウスの3拍子のワルツを踊るような華麗なボールさばきで”シュトラウス”の異名をとった。父方の祖父と祖母はドイツ系、母方の祖父はポーランド、祖母はチェコ人というマルチ・カルチャーの家系であり、セルビア・クロアチア語、ドイツ語、フランス語、英語を駆使し、普段は母国語と英語を使用している。12年間の選手生活で85得点を上げ、その間に一度もイエローカードを提示されなかったという記録を持っている。苛烈なーユーゴ内戦の渦中をサッカーとともにいきぬいた稀代の人生ではある。監督としても就任したすべてのクラブチームにカップ戦のタイトルをもたらし、解任されたことが一度もないなど華々しい業績を上げてきたが、ジェフ市原監督に就任した03年から降格の危機を脱出し、06年に日本代表に就いた。
オシムの方針は「賢く走る危険なサッカー」と云われる。ジェフユナイテッドの公式サイトを見るとオシム語録が掲載されている。
「ウサギがライオンに追われる時に足がつりますか?準備不足なのです」(試合で足がつった佐藤隼人について)
「アイデアがない人間にもサッカーはできるが、サッカー選手にはなれない」
「サッカー選手でなかったら数学の教授になっていただろう。その場合は内戦で死んでいたかも知れない」
「5人対2人のパスゲームでも、やり方は何通りもある。全部で何種類あるか知っているか、そうだな、1001通りとしておこうか」
「代表選手というのは、みんな自分が一番サッカーがうまいと思っているんだ。簡単にできるような練習をしてもつまらないし、進歩もない。もっと伸びてもらうためには、教える側が頭を使わないでどうする」
さて彼の「賢く走る危険なサッカー」とは何だろうか、日本代表の練習風景を見てみよう。
1回のトレーニングは試合時間と同じ90分で、練習前後のストレッチを含めて2時間と極端に短い。内容が濃密で選手は練習メニューの切り替わりに素早く水分補給をおこなう。給水一つも実践を前提にした選手個人の判断になる。同じ練習メニューの繰り返しはなく、選手は練習の意図と目的、自分の役割を瞬時に判断する集中力を要求される。一つのメニューは約10分で次々と切り替わり、選手は肉体、精神ともにクタクタになる。現代サッカーに求められるシンキング・スピードが養われる。
練習では色とりどりのビブス(組み分け用のベスト)が10色用意され、多くの色を使って単純な練習が複雑に変化する。「赤青黄」対「白緑」組のゲームで、監督がいきなり日本語で「キイロ!」と叫ぶと、「赤青」対「黄白緑」の対戦に切り替わり、攻守とサポート、マークが瞬時に変化し選手は対応しなければならない。面白いけれどこれほど疲れる練習もないのだ。普通のチームは多くて2色のビブスを使うが、ここではグループごと、ポジションごとに違う色のビブスが使われる。
背中に目がついているのではないかと思うほどに、選手のプレーを鋭くみており、練習が単調になりかけると、同じ色の選手へのパス禁止など新たな条件を次々に加える。目まぐるしくルールが変わり、さっきと同じやり方では通用しない。判断力、集中力、スピード、正確性のすべてが要求される。逆に選手が疲れているといきなり「今日はこれで終わり!」と打ち切るという即興性もある。
こうした練習から相手チームの意表をついた素早いプレーが出現し、試合の流れの中で素早く判断し、ゴールに結びつけるチームプレーが可能となる。個人がチームに埋もれてもダメだし、チームが特定個人に依存してもダメなのだ。”ヴァラエテイ イン ユニテイ、ユニテイ イン バラエテイ”があるのだ(じつはこの言葉は私の高校時代の校長さんが全校集会で言った言葉で今でも覚えている)。槍のように鋭くとがった刃を持つイレブンが、独自の自己判断の回路を最大限に発揮しつつ、流れるようなフォーメーションで敵陣ゴールに向かって突進していくプレーの秘密がここにあるような気がする。強靱な肉体に支えられて全開する神経系が、ネットワーク状のクラスターとなって、あたかも1人の人間のように生き生きと躍動していくイメージだ。要するにオシムにはサッカーのある哲学がある。これこそ日本のサッカーになかったものだ。
では日本代表は06年のワールドカップ1次リーグ敗退という屈辱を乗り越えることはできるだろうか。率直に言って私は悲観的だ。なぜか? オシム的な発想を我がものとしていれば、次々と外国人監督の首をすげかえて自己責任を回避する川淵三郎会長のような存在は許されないはずだ。もちろん私は川淵氏のプロ化に果たした貢献を評価するが。日本にはオシムの発想を血肉化する基礎的な条件にかけているばかりか、ますます生き生きと個性が躍動する文化が行政的に奪われようとしていると思われるからだ。日本の子どもたちの未来を決めるような政策提言をする教育再生会議の提案は、全国の小中学校が毎朝同じ時間に10分間読書をおこない、決められた家族の日に親は子守歌を歌い、地域の清掃をおこない、30人31脚を走り、違反する子どもたちは出席停止にして排除するという。耳を疑うような思いつきの団体行動が日本全国一斉に強制されることになる。最も多感で成長していく子ども時代を一切逸脱を許されず、鋳型に嵌められて製型されていくように育った子どもたちが、瞬時に状況判断しリスクを覚悟して決断し、流れるようなフォーメーション・プレーを瞬時に組み立てる自発的な判断力を身につけられるはずがないし、むしろ逆に指導者の顔色をうかがいながら戦々恐々として指示を待つ動物のような感性が育つだけだ。一部の天才的なプレーヤーを隔離養成することは可能だが、市民スポーツの広範な裾野を持たないスポーツは必ず衰退する。オシムのほんとうの敵は、ワールドカップの他のチームではなく、残念ながら日本の国内にいるのだ。以上は千田善「アタマを使って走るトレーニング」(『みすず』545)及びウイキペデイア「イビチャ・オシム」を参照して考察。(2006/12/13
9:26)
[シンジラレナーイ! 糸谷哲郎君と中南米]
シンジラレナーイ!はもちろん日本ハム・ヒルマン監督が優勝インタビューで叫んで今年の流行語大賞に選ばれた言葉ですが、ほんとうに目を疑うような信じられない人が出現しました。糸谷哲郎君(18)は広島学院高校3年で、今年プロ棋士(4段)になってから14連勝、勝率0,846で06年度第1位となり、若手棋士の登竜門である新人王戦で優勝し、森内俊之現名人に次ぐ2番目の年少記録をつくった。日本将棋界はポスト羽生をになう「怪物クン」とか「超大物」と書きたてていますが、しかしここまでは天才少年棋士のデビュー・ストーリーとしてよくあることです。驚くべきことは彼の今までの生活スタイルとこれからの将来展望です。糸谷君のインタビューから。
「マルクスの『資本論や『共産党宣言』も中学生の頃に読みました。人類が競争の過熱した資本主義を乗り越えるとすると、それは人間の顔をした共産主義になるのでは、というのが感想です」とし、「神に仕える考えから脱却し、人間として強く生きようという思想に共鳴する」とニーチェの著作も読破し、「生き方を探すため」に来年は京大哲学科を受験するという。中学時代になんで『資本論』全巻を読破できたのか分からないが(!?)、マルクスやニーチェに惹かれながらカソリック系学校へ通っているのも面白い。ただし京都大学の哲学科はやめた方がいいんではないか、かっての戦前期の栄光はもうないんだから、やはり上京した方がいいんでは、将棋連盟本部もあるし・・・などとと私がろくでもない助言を考えるのも、こうした異才に敬服するからだ。とにかく日本のプロフェッショナルと言われる勝負師や芸術家、スポーツ選手は単能的な能力を発達させて奇形的な傾向があるから私は気に入らないのだ。豪州の水泳選手のイアン・ソープが引退して念願の医者の道へ進むというように、欧米ではほんらいの職業をめざしながらかつプロでもあるという傾向があるような気がする。とにかく糸谷君のような存在がこの日本にもいるんだという点で、私はまだまだ希望を持つことができたんだ。マルクスやニーチェに対する感想は、みずみずしい若者の感性が表れていて微笑ましい。プロ棋士と学問の両立という前人未踏の道を歩む糸谷君に心から激励の拍手を贈りたい。だいたい彼の風貌がすばらしい!
さて糸谷君は競争の過熱した資本主義を越えると、人間の顔をした共産主義が現れるとしていますが、シンジラレナイことにそれは「米国の裏庭」と言われて久しい中南米の貧困地域にあらわれようとしています。従来この地域はチェ・ゲバラ型の武装ゲリラによる革命がめざされてきましたが、いまや選挙で多数を制して革命政権が誕生するという新たな時代が始まっています。いずれもIMFの構造調整政策による民営化と米国主導の自由貿易協定で国内産業が打撃を受け、多国籍企業が繁栄する中で貧困が深化し、ネオリベラリズムと訣別し、南米南部共同体(メルコスル)などのEU型自立経済圏をめざす点で共通しています。ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ボリビア、ガイアナ、ベネズエラ、エクアドル、ニカラグア、コスタリカ、キューバなど驚くべき勢いでレッド・ゾーンがひろがっています。なぜ中南米でこうした怒濤のような事態が進んでいるのか、よく勉強して解明してみる必要がありそうです。それにしてもベネズエラのチャベスという大統領の国連総会での演説には感動しましたネ。彼は「昨日ここへ悪魔が来た。まだ腐臭が漂っている」と言ったのです。云うまでもなく悪魔とは前日に総会で演説したブッシュ米国大統領のことです。すると驚くべきことに別の南米大統領が「それは悪魔に対して失礼だ。悪魔はあれほど非礼で悪辣ではない」と言ってのけたのです。さすがラテン系の破天荒なエネルギーが爆発しています。やっぱりラテンの血は日本人の想像を超える滾りたつような濃さがありますネ。
私が中南米に注目するのは、痛みきって漂流している日本の再生が、ひょっとしたら東アジア共同体の方向にあるのではないかと考えるからです。脱亜入欧→嫌亜入米とすすんで米国のジュニアパートナーとなって媚びへつらう頽廃の道を歩んでいる日本が、脱米入亜へギアを切り替えて再生していく最後のチャンスが潜んでいるような気がします。薄汚れた品性しか持たない知性のない者が権力を握り、国民に向かって「品性を持て、美しい国をつくれ!」などと呼びかけている自己欺瞞は、日本の歴史史上東条英機以来だ。糸谷君のような人物にこそ日本の未来への希望がある。糸谷君! ガンバレ!(2006/12/3
10:37)
[キラキラと光って海に沈むコインは誰が投げているのか?]
キラキラと光りながら、コインが海底に沈んでいく。フィリピンの海沿いのスラム街で、日本人観光客が海に硬貨を投げ込み、住民たちが先を争って潜りながら拾うのをキャッキャと笑いながら観ている。じつに醜く卑しい光景を見て、何もしなければ自分も彼らと同じだと考えた谷山さん(48 JVC代表)はいま難民救済に生涯を捧げている。どうしてこのような荒れはてた心が育ったのだろうか。それは首相直属の教育再生会議が提案した「心の成長のために」と題する報告をみれば一目瞭然だ。1億2千万の国民に向かってまるで家父長のように説教を垂れるおのれの傲慢さに何の恥じらいもないとすれば、コインを投げて喜ぶ日本人観光客の神経とほとんど同じであり、早急な精神鑑定が必要とされるほどだ。8項目の提案は以下の通り。
(1)郷土の歴史や伝統を学ぶ故郷の時間を授業にとりいれる
(2)朝10分間の読書時間を必ず設ける
(3)家族の日を創設し、一緒に夕食をとり、両親が読み聞かせと子守歌を歌う。地域清掃などのボランテイアを必ずおこなう。
(4)体育の時間に30人31脚をおこない、協力・助け合いの心を育てる
(5)全国の小中学生が最高レベルの芸術を鑑賞する機会を与える
(6)いじめを題材とする演劇の鑑賞や演技により心の闇や過ちを理解させる
(7)子どもに悪影響を与える番組を通報する窓口組織を創設する
(8)規律を乱す生徒へのぶれない全国共通ガイドラインを設ける(48年法務庁長官見解を見直し出席停止処分を活用する)
みなさんはどのような印象を持たれましたか? なかなかいいことをいっていると思われましたか? 私は政府レベルの教育意識の恐るべき貧しさにほとんど嬌笑するような絶望を覚えました。まるでジョージ・オーウエルの『1984年』に描かれた完全管理の国家に近いではありませんか。全国の学校が朝一斉に10分間本を読んでいる風景(私自身は読書が大好きですが)、全国一斉にグランドで30人31脚が繰りひろがられ、家族の日にすべての家で読み聞かせと子守歌が歌われている風景を想像するとゾッとします。子どもばかりか大人の心のなかにまで踏み込んで、全国一斉に同じ行動をとらせるなどおよそ全体主義国家にはあり得ても近代人権国家にはあり得ません。さらには特定の番組を批判し密告し攻撃する国家機関を設けるそうです。ボランテイアとは自主的な支援活動を指しますが、地域の清掃を義務づけ、町内会が監視し、違反者には出席停止などの罰を加えるなどとは、まるで独裁者のアメとムチの政策に他なりません。いやここではアメなどほとんどないのですから、ソフトなムチとハードなムチです。
グローバルな交流の中で日本人に一番指摘されることは、自分の意見を言わない、いつも多数の側に自分を置くようにするなどの集団主義文化の欠点であり、独創による創造的な仕事には向かないと言われます。幼い頃から人と違う行動はすぐ虐められるので、”仲よきことは美しい”としてできるだけ個性を抑制して生きてきたからです。しかし今までの集団主義は人間関係の雰囲気の中で培われてきましたが、これからは国家権力が命令し違反者は罰するというなかで推進されます。こうした国家による外的強制力で「心の成長」がなされると本気で信じているのですから、これらのメンバーは救いがたい人間失格におちいっています。
教育の再生を論じるとすれば、現状の解体の要因をよく考えると、ほんとうの原因は政府自身にあることを見いだすでしょう。あれこれと恣意的な政策を権力で現場に押しつけてきたなかで、教師は未来への希望を見失い、仕事への誇りを衰弱させ、閉塞しきった学校生活を送っています。彼らの唯一の生存根拠は薄れゆく子どもたちへのあふれるような愛情の残光です。政府メンバー自身が、朝の10分間読書をし、30人31脚をおこない、地域の清掃をして協力や助け合いの心を身につけなければならないのです。教師たちにバッシングを加えていれば、責任を教師に転化して逃れることはできますが、その後にはアメリカ型の学校のように銃を取り締まるような荒涼たる風景がひろがるでしょう。
キラキラと光るコインを海に投げて喜ぶ心は、競争システムの勝者のものです。敗者の惨めな屈従の姿をみて勝利にほくそ笑んでいる卑しい心情の背後にある歪みきった競争システムをキッパリと清算し、ほんらいの自然な協同のシステムが対置されなければなりません(すでにデンマークではかすかに実現されています)。日本の子どもたちが健やかに成長する道は、少なくとも8項目のような小手先の強制措置からはもたらされません。誰が子どもたちをしてそうさせているのかー再生会議のメンバーには誠実な自己探求のスピリットが欠落しています。(2006/11/30
10:50)
[復興って何のことだ! 死の商人の恥ずべき末路]
米政府からイラク復興事業を受注してきた大手ゼネコン・ベクテル社が事業から撤退する。同社は03年イラク開戦直後から3年間で23億ドル(2670億円)、99件の事業を受注し、発電所、上下水道学校などのインフラ整備を請け負った。チェイニーは同社の経営者であったからだ。ところがイラク市民のほとんどは未処理の旧浄水場の水を飲み、電気は1日2時間程度しか通電されない。あるイラク人のタクシー運転手は「復興って何のことだ! 今日も俺たちが飲んでいる水は数十年前の整備されたことのない浄水場から来た未処理の泥水だ」と言う。ベクテル社の復興ビジネスは破産した。米政府は総額380億ドル4兆4千億円の復興予算を投下したが、その25%はガードマン雇用や装甲車の購入、キャンプの要塞化などの治安対策費に投下された。武装グループによる米国企業職員の死亡数は665人に達し、ベクテル社も52人が死亡し、49人が負傷した。事業が完了しても崩壊した治安で保守・点検が危険となり、施設や設備が破壊された。マーシャル・プランに匹敵する事業と宣揚したブッシュの復興ビジネスは見事に挫折した。対費用効果と利潤の獲得に失敗したベクテル社は、「イラクは期待したような結果になったかって? 間違いなくノーだ。われわれはイラクにはあきあきした」と捨てぜりふを残してサッサと撤退した。残されたイラク人はどうなるのか? ブッシュは勝手にひとの国を攻撃して破壊し、その復興を自分の国の会社に請け負わせて儲けるという国家規模のスクラップ・アンド・ビルドをやっていまや泥沼の地獄に陥らせてしまった。アナン国連事務総長は「イラクは内戦状態に近い」と述べ、米・NBCTVはこれからのイラクニュースは「内戦」という用語を使うと発表した。内戦とは対立する勢力が国家の支配権をめぐって武力闘争を展開することをさすが、現象的には宗派間のテロの連鎖は戦場に等しい。
イラク戦争は11月27日で1941年12月真珠湾攻撃から45年8月の第2次大戦終結の機関を越える期間を越えた。米国主導の多国籍軍は38ヵ国から18ヵ国に半減し、G7では日本のみが参戦しているという惨憺たる状況だ。まことにブッシュの戦争犯罪の責任は重く、ただちに逮捕され国際法廷の裁きにかけなければならない。それしかイラク人の反米感情を解決する方法はない。ブッシュも大統領としての最後の尊厳と矜持があるならば、イラク市民と世界に謝罪しいさぎよく13階段を上るだろう。世界史の教科書には、21世紀の初頭を混乱に陥れた最大の犯罪者としてブッシュの名前を記すことになろう。
英国ブレア首相が07年3月の奴隷貿易禁止法制定200年を前に、英国の人道に対する罪を認め哀しみを表明した。奴隷貿易は15世紀半ばから19世紀初頭まで続き、アフリカから1千万人から2800万人の黒人がアメリカに送られた。この奴隷貿易を担った英国輸送船団は、自国にも年間30万人を移送した。世界の反対の声によって1807年に奴隷貿易禁止法が制定され、99年にリバプール市議会が公式謝罪を決議し、06年2月に英国国教会が過去の奴隷使用を謝罪した。今回のブレア声明は政府としての謝罪表明ではなく、ブレア個人の憂慮表明に過ぎない。アフリカ諸国が要求する賠償要求に誠実に応える実質的な謝罪とはなっていない。どうしてか? 彼の根底には米国のイラク侵略を全面肯定したイスラムや黒人への差別と偏見が隠されており、パフォーマンスの一部に過ぎないからだ。
ウクライナのユーシェンコ大統領は、ソ連時代の1931−33年のスターリンによる大飢饉をウクライナ民族への「ジェノサイド(大虐殺)と認定する法案を提出した。大飢饉はスターリンが29年から始めた全面的農業集団化と戦争準備のための穀物挑発によって700万ー1000万人の犠牲者を生んだ。
大英帝国は1千万人を超える奴隷貿易で史上最高の繁栄をもたらし、スターリンは700満員を越えるウクライナ民族を餓死させて自らの権力を築き、ブッシュは数十万人のイラク人を殺害して中東の石油利権を獲得した。不正義の犯罪は必ず歴史の法廷によって裁きが下されるが、その裁きには100年が必要だ。犠牲になった人達の不幸を決して償うことはできない。どのような哀しみに満ちた謝罪の言葉も失われた命には何の意味もない。こうした深淵の罪に対し赦しを与える神の代理人である教会すら、奴隷貿易に加担し、ホロコーストに沈黙し、今やローマ法王はイスラム教を攻撃してはばからない。歴史の法廷の判事は市民自身に他ならないが、その法廷の開催を後生の未来世代に委ねてよいのであろうか?
イラク市民の頭上に大量のクラスター爆弾を投下した爆撃機はどこから飛び立ったのか? 爆撃機を搭載する艦船の油は誰が補給しているのか? イラク復興ビジネスに参加して莫大なボーナスを稼いで貯金しているのは誰なのか? それはおそらく子どもたちの口をこじ開けて君が代を歌わせようとする人達とどこかでつながっているに違いない。その綱の端をひょっとしたら私自身もこの手につかんで引っ張っているのではないか? (2006/11/29
11:23)
[眠らせない薬の開発−指3本入るまで口を開けよ]
私たちが使用する市販の睡眠薬は、体力を回復させる「ノンレム睡眠」を抑制するように調合されて「レム睡眠」に誘導しています。驚いたことに米国国防総省・国防先進企画局(DARPA)は、この原理を逆にして「ノンレム睡眠を増やす薬で、8時間睡眠の効果をその数分の一の時間で得られる」薬の開発を推進しているそうです(米紙ヒューストン・クロニクル24日付け)。まるでナポレオンが泣いて喜びそうな研究です。国防総省は「兵士が精神的、肉体的健康を損なうことなく、48時間から72時間の持続的な作戦行動を遂行できる活動強化薬」の開発に向けて、いままでCX717という興奮剤を実験用サルに使って成功し、通常の3分の1の睡眠時間ですむ突然変異のショウジョウバエ遺伝子を開発してきました。デイープインパクトに限らず多くの分野でこうした興奮剤が使用されてきましたが、睡眠抑制剤の開発は初めてです。国防総省の研究は大学や民間企業に委託しています。人間は24時間の三分の一を睡眠に捧げる体内時計とDNAを永年に渡って蓄積し、この定着した自然の身体リズムを人工的に改編することは一時的には可能でしょうが、長期的には神経系の平衡を攪乱し人格の崩壊を誘発するでしょう。なぜ米軍はここまでして兵士を人工的に改造し戦場に送り出したいのでしょうか。
それはつまるところ、第2次大戦を除いて米国の戦争のほとんどが大義のない不正義の戦争であり、若い米軍兵士はカネと入学資格取得のために従軍し、勝利のための自己犠牲のモチベーションが衰弱し、何のために人を殺すのか分からないトラウマとPTSD症候群を抱え込んで志気が決定的に低下しているからです。『地獄の黙示録』『プラトーン』『7月4日に生まれて』『デイアハンター』などのハリウッド映画を観るとその実相の一端が分かります。米軍は戦場でアルコールと麻薬なしに戦えない軍隊に堕落しています。
米軍の惨めな実態を示す事実が最近また明らかになりました。01年10月のアフガン攻撃と03年3月のイラク開戦以降に、アフガンとイラクに15万5千人の女性兵士が派兵されていますが、驚いたことにその10%にあたる1万6千人がシングルマザーだそうです。国防総省は派兵選抜基準にシングルマザーやシングルファーザーであることを一切考慮しないのです。9歳を筆頭に3人の子供を持つ29歳の女性軍曹は、離婚後は元夫から子どもの養育費だけを受け取り、経済苦から州兵に入隊し05年からイラク戦線に従軍後帰還しても、精神的に不安定で再派兵の不安で子どもと同居していると辛い心境を語っています。おそらくこうしたトラウマが蓄積してイラク人捕虜へのサデイステックな暴行と虐待が誘発されたのでしょう。国防総省の眠らせない薬の開発は、こうした兵士の神経を人工的に戦闘モードに改造し、より凄惨な攻撃本能を掻きたてていこうとするものです。つまり米軍のモラルと戦闘意欲は極端に低下し、ただ圧倒的な武器に依存するしかない致命的な欠陥を持つ現代戦を戦っていかざるを得ないのです。戦場にあって敵を殲滅する最大のモチベーションは、戦争目的の正義性と家族と祖国を守るために犠牲となる強い意欲です。これこそ近代武装の米軍を敗北に追い込んだ裸足の軍隊であったベトナム解放戦線の勝利の理由であったのです。国家が人工的に操作した祖国と星条旗への献身は、真っ赤な虚偽であったことが白日の下にさらされた時に誰が戦うでしょうか。
ひるがえって我が日本の実相をみてみましょう。教育基本法改定と並行して改訂作業中の学習指導要領では、小学校の音楽の到達目標として「国歌・君が代についての理解と歌唱の技能を生かす力。日本の伝統的な施法による君が代の美しさや自国を尊重する心を持つなど」が記載されたそうです。先日の9月21日の日の丸・君が代の強制を憲法違反とした東京地裁判決が出ているにもかかわらず、こうした強制による内面の自由の侵害を日本全国で強制する事態が生まれようとしています。
すでに東京都町田市教委は、君が代を校歌と同じ声量で歌うよう指導する通知を出し、その後音楽の毎時間君が代練習が入り、卒業式の1週間前には毎日練習があり、先生が「指がたてに3本はいるまで口開けて」と繰り返し指導しなければならなくなりました。子どもの口をこじ開けて苦痛を味わせて歌わせる君が代でほんとうに祖国への真摯な愛情が生まれるでしょうか。
先日のNHKである小学校の愛国心の授業が放映されていました。黒板に富士山の四季の変化を示す4枚の写真を貼り、「砂漠の国と較べて日本の季節はなぜ美しいのでしょうか?」と問いかけています。多くの子どもは「砂漠の国は季節の風景が変わらないけど、日本は4つの季節があって美しく変化します」と答えます。まじめそうな女教師は「そうですね」と相づちを打ちますが、ある女の子が「砂漠にも独特の美しさがあります」と言うと、女教師は「日本の四季が砂漠よりも美しいと思いませんか」と執拗に問いかけ、最後にその子どもも「そう思います」と答えて授業は終わりました。私はこのシーンを観ていて背筋が寒くなるようなゾッとした気持ちになりました。はるかに多文化の共生の感覚を身につけている純粋な女の子が、教師の上手なテクニックの授業を受けて洗脳され、自分から進んで意見を変えていく過程が見事に映し出されていたのです。子どもの内面の価値観に介入し一定の方向へ組織していくファッシズムの論理と本質的には同じでした。
抗睡眠薬を飲ませて人工的に戦う兵士をつくる米国と、子どもの口をこじ開け操作して愛国心をつくろうとしている日本は、他者の人格を否定し操作し、ある特定の価値を強制的に注入し心と行動を統制しようとする点で共通しています。(2006/11/28
11:00)
[Ijime−イジメ日本の異様]
Karosiカローシに次いで、Ijimeイジメが日本語のまま国際語となって、世界のメデイアが日本のイジメ自殺を詳しく報道しています。子ども世界のイジメはどこの国でもあり、多くは暴力的な攻撃性という形をとりますが、日本のイジメはシカトや仲間はずれなどと呼ばれる陰湿な他者排斥性の形が多くなり近年とみにその傾向を強めています。暴力的な攻撃性は敵と彼の敵意が明確であり、対抗暴力を含む自己防衛を行使する余地があり、たとえ敗北したとしても復讐を含む捲土重来の可能性があるので、いまだ生のエネルギーを保つことができます。しかし排斥された孤立は無援であるばかりか、敵とその敵意が分散し陽炎のように自分を取り巻き、他者との関係を再開する糸口を掴めない闇をただよっていきます。排斥された魂は、深く惨めな孤独感に打ちのめされ、しかもその原因が自分にこそあるという自己否定感に苛まされます。外的な暴力による攻撃的なイジメは、加害者側も一定の加害の痛みを実感できますが、排斥型イジメの加害者は被害者の不安と痛みを体感する条件がありません。こうしてイジメは深化し限界に達した悩める魂は、ついには自己自身を苛む果てに自らの生命を絶つという最後の選択にまで追いつめられていきます。
こうして10月11日の福岡・中2男子から始まった自殺は、岐阜・中2女子、埼玉・中3男子、大阪・中1女子、新潟・中2男子、福岡・中2男子、福岡・中2男子、山形・高抗2女子と11月22日までに惨憺たる連鎖反応をよんで8件(疑いを含む)に上るという異常な事態になっています。おそらくこの背後には膨大な予備軍が、誰にも相談できずに息を潜めるように重苦しい苦悩を抱えて生きのびようとしているでしょう。繊細で尊厳ある魂ほど他者に相談しないでジッと耐えようとしています。ちょうど愛知県岡崎市のホームレス襲撃事件の被害者の多くが「騒ぎになると近所に迷惑がかかり、ここにいられなくなる。こらえよう」と我慢したるように。
独誌シュピーゲル(15日 電子版)は「日本の子どもはプレッシャーに苦しんでいる。ドイツでは貧富の差や移民問題による子ども同士の嫌がらせや暴力が問題となっているが、日本ではより陰湿な仲間はずれという形で現れている」と報道し、ウエルト紙(15日 電子版)は「肝心の問題は大人にある。多くの親は子どもによい子であることを求め、子どもは理想に沿おうとするためストレスを抱えている」と分析しています。確かに世界の多くのイジメは、貧富の差や宗教の違い、移民問題などある程度目に見える原因がありますが、日本ではどうもよく見えてこない構造があります。私は日本の子どもたちのストレスの最大の原因は「子どもを絶えず競争に追い立てる過度に競争的な教育システム」(国際連合の日本政府への勧告)にあり、決して道徳心や規範意識の欠落(安倍首相)だけで説明できるものではないと考えます。ある調査では「ストレスがとてもたまっている」と答えた中学生の約30%が「誰かをいじめたい」と答えています(秦阪大教授調査)。
一斉学力テスト結果を学校名順に公開する東京都は、成績不振の子どもが自分が受けると学校の評価が下がるとして進んで欠席したり、教師が欠席を勧めるという状態にまでなり、志願者減で閉校になる中学校や成績順位で教育予算を配分するという競争主義を破廉恥に煽っています。先日のNHKで子ども数が減って集団スポーツができないのでルールを変えて数人でドッジボールをしている子どもたちの姿を見て、私は暗澹たる哀しみを覚えました。もはや東京は崩壊しつつあると実感しました。これから全国に波及する東京型の学校評価制、学校選択制、バウチャー制は子どもたちの世界を決定的に分裂させ、互いを敵視し合う地獄の光景をもたらすでしょう。私の小学校時代の運動会は、地域の大人たちが仕事を休んで総出で集まり、さも地域対抗のような応援合戦となって、子どもたちは一生懸命に演技をしました。私はこうした地域の学校の中でいつの間にか故郷への慈しみの感情を培ったのでした。東京では地域と母校は一致しないのです。自分が生きている足下の大地をしっかり踏みしめれない子どもたちを大人たちは自分の価値観を押しつけて歪めているのです。無意識の偽善アンコンシャス・ヒポクラシーとはこのことでしょうか。
子どもの生命の最終決定権は子ども自身にあり、子どもをどう育てるかの決定権は親にあり、親の集合としての国民が専一的に把握しています。もし政府が自分の価値観で子どもをいじくり回すような「不当な支配」(教育基本法第10条)に逸脱したら、国民は抵抗し政府を取り替える権利があるというのが近代の原理です。しかし驚きましたね。安倍とかいう首相直属の「教育再生会議」のいじめ対策緊急提言なるものをみると@イジメに加担したり、見過ごした教員は免職を含む懲戒処分を加えるAいじめた側の子どもは出席停止とするB教委から学校支援チームを派遣する等となっています。さらに学校教育法で禁止されている教師の体罰を一部容認するという案はさすがに保留となったそうです。この再生会議メンバーのほとんどはもともと誠実に教育を論じ提言できる資格も能力もありませんが、それにしても悪意に満ちた惨憺たる内容です。確かに緊急避難的な強制措置として、加害の教員と子どもを一時的に隔離する措置を必要とする局面はあり得ますが、このような警察的な措置を前面に全国適用する神経自体が異常です。このメンバーはもはやイジメを教育問題ではなく、治安問題として処理するのでしょう。提言の内容はすでに東京都が実施しているものであり、競争を煽って必然的に生まれる紛争を暴力で押さえ込もうとする剥きだしのイシハラ型権威主義支配があります。体罰解禁にその本質が現れていますが、さすがにそのファッシズム的主張は規制しています。この緊急提言では、他者を排除して孤立させる日本型イジメの排斥構造の本質に切り込むことはできません。排斥型のイジメは隠微な形で深く地下に潜行し、表面的には元気でよい子のふるまいの影で同時に進行しているのです。加害者を見つけて出席停止にしたり、イジメを見つけれない教師を免職に追い込むことなどできはしません。陰湿でソフトな攻撃は物的な証明は困難であり、逆にさまざまの密告と内部告発を奨励する地獄の修羅場となるでしょう。この提言を受けて現場の教師たちは震え上がり、必死になってイジメの摘発活動に精力を注ぐか、或いは隠蔽活動に専心するでしょう。イジメをめぐる教師と子どもたちの共犯関係が深く進行し、被害者は加害者の出席停止による報復と教師の免職をおそれて、自らの命を絶つというもっとも「誠実な」道を選ばざるを得なくなるでしょう。
私は戦後数十年を生きてきましたが、この再生会議の提言ほど寒々とした知性の貧困を感じたことはありません。再生を迫られているのは委員たち自身であり、免職と出席停止処分は彼ら自身に下さなければなりません。現代日本の頽廃をこれほどに示した事例はありません。オジさんはほんとうに怒っているのです。皆さまはいかがお考えでしょうか。(2006/11/26
11:32)
[韓国における過去史清算の論理とイジメ列島日本]
日本語の「清算」は清算主義などとして過去を忘却の打ちに洗い流す意味で否定的なイメージがあるが、韓国での「清算」は過去の正邪を明らかにする積極的な意味があるようだ。過去史清算は、、加害者と被害者の位置を逆転させて別の敵対関係をつくるのではなく、忘却に抗して記憶し、過去との批判的対面を通じて、国家暴力に沈黙したり傍観することのない社会をつくりだす作業だと位置づけられている。市民レベルでの運動論的な過去史清算だけでなく、国家機構としての過去史清算委員会が制度論的な過去史清算に取り組むという瞠目すべき進展を示している。日本帝国主義支配下での強制動員被害、親日反民族行為、親日財産問題、被害者の名誉回復と補償など日本の罪を白日の下にさらす調査が始まろうとしている。同時に権威主義独裁による集団虐殺など韓国内部の闇の部分を解明する血の滲むような実態調査もおこなわれている。
正義の遅延は正義の否定である。過去史清算は、過去に表現された事実を再審することを通してともに未来を夢みる運動である。過去の不正義の制度が現在でも形を変えて相変わらず存在しているならば、再び繰り返さないように祈りを捧げるだけでは不十分だ。全方位的に過去を再審し、2度と同じことが起こらない制度と意識を創りださなければならない。時間遅れの正義であっても、正義は貫かれねばならない。亡者に捧げる正義は、生き残った者たち、これから生まれ出ようとしている者にこそ捧げられなければならない。
以上は10月に韓国・済州島ヨルリン情報センターでおこなわれた日韓共同・過去史清算運動研究会での韓国側報告の要旨です。日本では自虐史観の極地として猛烈なバッシングの対象となる動きです。なぜこうした運動が韓国では可能なのでしょうか。複雑でリアルな政治力学があるのでしょうが、少なくとも過去の抜き差しならない事実を隠蔽し、忘却しては前に進めない国民的アイデンテイテイの問題があるのだと推察します。昨年の韓国旅行で深く印象に残ったのは、済州島や光州での過去の歴史の犠牲者を記憶して後世に伝える壮大なモニュメントが公費で建設され維持されていることでした。日本での歴史的モニュメントはほとんど教科書上の英雄でしかありませんが、私は彼我の歴史に対する態度の違いを強く感じさせられました。なぜこうした差異が生まれたのでしょうか。そこには正義に対する感覚の決定的な違いがあるような気がします。その違いは被害体験の質の違いから派生したように思います。民族全体が被害体験で貫かれてきた歴史と、民族全体が加害体験で営まれ加害の敗北の中でのみ被害を味わった歴史との違いです。
残念ながら日本は過去を正義の視点で振り返る作業を避け、過去の罪の裁きをすべて外国に委ね自ら裁いた経験がありません。過去の痛みから目をそむけ、すべてを水に流して無かったことにする忘却の論理がゆきわたり、敢えて過去を暴けば自虐史観としてバッシングを加えて封殺してきました。こうして今良ければすべてよしとする現世利益の論理が正義の論理を圧倒し、不正義に対する抗議力が衰弱して参りました。力の強い多数や権力に媚びへつらい、不正義に異議申し立てする少数者を排除し攻撃し、互いに足を引っ張って自分だけは生き残ろうとする頽廃が蔓延していきました。正義の衰退と市場競争原理がメビウスのように結んでじょじょに痛んでいきました。ちからの支配は東京の何とかという知事に象徴されています。あれほどの不正義を行使して権威主義的に振る舞う人物の存在が許される、異常な状態が首都に現前しています。
大人の社会がこうなっていますから、子どもの社会は輪をかけて異常なイジメがくり広げられています。イジメに毅然とした態度がとれないのは、自分自身がイジメと同じ論理で動き、正義よりも表面だけでも仲良くというスタイルを子どもに当てはめているからです。この私もそうでした。20年前の1984年に「葬式ごっこ」で中学2年生が自殺し、10年前に同じく中学2年の大河内君が自殺した時に、連鎖反応として前後3年間で約30人のこどもたちが自殺しています。それから約10年を経てまたもイジメ自殺の連鎖反応が頻発しています。どうもイジメ自殺の誘発は10年周期で起こっているかのようです。しかし文科省は1999年以降イジメ自殺はゼロであり、イジメ発生件数も2万件台で推移していると発表してきました。これがいかに虚偽の数字であるかは子どもたち自身がよく知っています。すでに1999年にイジメ自殺が5人あり、05年までの7年間で少なくとも16人がイジメで自殺しています(毎日新聞 11月4日付け)。幾つかの調査を総合すると、毎年数十万件のイジメが発生し、日本の子どもの約10%(!)が今イジメられているという実態があり、文科省はその5%程度しかつかんでいないのです。
但し10年前や20年前の波とは少し質が違っているような気がします。かっては被害者に対する一方的な差別攻撃でしたが、現在は集団から排除する傾向が強いように思います。この質の変化はなぜ起こったのでしょうか。それは学校全体が数値目標によって競争を組織し、成果によって学校予算や教師の給与を差別化する競争原理が蔓延し、教師と子どもたちみんながストレスとトラウマを抱え、学力テストのある日には低学力の子どもが申し訳ないから学校へは行かないなどと云う恐るべき実態が誘発されてきたからです。教師はあの子がいなければ私のクラスは・・・と教師自身が目に見えないイジメを加えるようになっていきました。
トラウマを抱え込んだ子どもたちのルサンチマンは、誰かをターゲットにしてイジメることによって発散され、或いはホームレスを襲撃して攻撃的な快感を味わうようになっています。かって横浜の山下公園で中学生が浮浪者を襲撃するという最初の事件があった時に、多くの人が弱者に対する卑劣な攻撃に怒りを覚えメデイアも怒りの報道をしました。ところがいま愛知県の岡崎市で若者による(?)8件のホームレス襲撃事件が起こり、金銭が強奪されひとりのお婆さんが殺害されています。TVのインタビューで近隣の人が淡々と事実を語っていますが、そこでは怒りの感情が感じられませんし、記者も客観報道を静かにおこなっているだけです。私の直感的な印象ですが、弱者への卑劣な攻撃に対する醒めたまなざしの裏には、底知れぬ正義の感覚の衰弱があるような気がするのです。なにか日本は不気味な頽廃の罠へはまり込み、みんなで打ち揃って影に追われるようにどこかへ突っ走って取り返しがつかない破滅への道を歩んでいるような気がします。
文科省はイジメをなくす方針を打ち出すことはできません。なぜなら正義を恢復する方針は自己自身を否定することになるからです。だから文科省は、特別支援教育と称する方針を打ち出しました。これはイジメの被害者をLDやADHD、アスペルバーガー症候群などの軽度機能障害児童・生徒とみなし、そうした病気を抱える生徒を支援するというものです。この発想の愚劣というか卑劣さは目を覆わしめるものがあります。イジメの要因を特定の病気を持った子供の問題に矮小化して、行政的な責任を免罪しようとする悪意があります。ちょうど軽度機能障害の子どもは6%存在し、クラスで2−3人という虐められている人数に相当します。もちろん軽度機能障害の子どもへの独自の支援は必要不可欠ですが、イジメ全般をそうした子どもの問題へ解消することなどできるものではありません。なぜなら現在のイジメ現象は誰でも被害対象となり、自分が被害者とならないためにのみ誰かのイジメに加担するという、最もミゼラブルな地獄のような悪循環の罠にはまり込んでいるからです。
ではどうすればいいのか? すべての面で全方位的に正義の尊厳をつらぬくシステム転換なしにイジメの根元的な打開はできません。ジャステイスへの感覚はそれほど難しいものではありません。それは本来的な人間の持っている感覚であり、NO!と言うためのほんの少しの勇気を奮い、そうした勇気を称賛する関係を少しづつ形成していく、ちょっと時間がかかりますが確かな道があるからです。葵の印籠やスーパーな強者の登場への願望や依存は何の意味もありません。強力な権威で一時的にイジメを無くしてもそれは潜在しまた姿を現します。
最近鉢に花を植えて楽しんでいます。なにかホッとして救われるような気がします。花々は人間を決して裏切りません。それぞれが精一杯に個性を主張して生きようとしています。(2006/11/24
21:36)
[オープン・ニュー・ビスタは可能か]
最近のロボット開発はコンピュータによる精細な制御で驚くべき発展を遂げています。人間が自分の手足を使うことなく、かなりのことを機械や器具が代行してくれるようになりました。逆に人間はほんらい持っていたはずの能力が衰退していくとの警告もあります。例えば子どもの世界では鉛筆削り器が進化し、ナイフで鉛筆を削るちからが衰弱したので、学校によってはナイフで削るトレーニングをしているところも現れています。コンピュータ制御のメカやマシンは瞬時に膨大な計算を遂行して最適化していますが、その結果だけを享受する人間はほんらいの能力を奪われていっているともいえます。しかし極微の加工技術の世界では、依然として経験と勘に依存する熟練技能なしに成立し得ないものもあり、手仕事の伝統工芸の美しさは決してマシンではできない世界です。
いま驚異的に進化しているメカやマシンの能力は、もともと人間や動物が本能的に獲得していた能力の発展したものです。例えば湖に投げ込んだボールを拾いに行くように命じられた犬は、ボールが岸から直角ではなく斜めに投げられた場合には、犬はしばらく岸を走ってから湖に飛び込んでボールに向かって泳いでいきます。そのルートは、最短時間でボールにたどり着けるものになっています。このルートは解析学で答えが分かりますが、犬は本能的にそのルートを選択するのです。動物も人間も本能的にそうした解析学の判断力を潜在的に持っているのです。言語を発見し駆使する人間だけが、その潜在的な能力を解析学としての数学に表現し得たのです。だとするならば本能としての潜在的能力が、うまく言語と結合するようになれば、すべての人が自分の生活場面で最適のルートを発見して生きていくことができるように思いますが、現実はその反対で人間ほど動物でもできない醜い行為をおこなう存在はありません。
例えば世界最大の暴力国家であるアメリカを考えてみましょう。この国には2億兆を超える銃が街にあふれ、毎日凶悪犯罪が発生し、新聞は毎日の犯罪発生件数と内容を連載する特別コーナーを設けています。アメリカは暴力と凶悪犯罪が常態化している、世界で最も特異な国となっています。その源流は西部開拓時代のチャールズ・リンチにあります。彼は自警団長としてマイノリテイーや犯罪者に集団的暴力で私刑を加え、縛り首にして恐怖による秩序維持をおこない、現代の「リンチ」の伝統をつくりました。アメリカという国そのものが凄惨な暴力で先住民を虐殺し、戦争で領土を拡大し、異端者を排除する魔女狩り(『緋文字』)をくり広げてきた暴力国家です。アメリカの自由とドリームは、血塗られた競争の勝利者の別名でしかないのです。フランスがプレゼントしたハドソン沖の「自由の女神」は、理想と現実のあまりの乖離に涙を流しています。アーミテージはチェイニーを「あのアホ」と罵倒しながら、ホワイトハウスで熾烈な暗闘をくり広げていますが(舟橋洋一『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』)、第2次大戦を除いたアメリカのすべての戦争はじつは異端を排除するリンチ型戦争以外の何者でもなかったのです。いや第2次大戦ですらその偽善が暴かれつつあります(『父親たちの星条旗』)。全身を高精度のメカマシンで武装したアメリカというロボコップは、他者の痛みへの共感と想像力という人間的進化の条件を失って、父を殺し母を娶るという大罪を犯して両眼を潰して阿鼻叫喚の地獄を彷徨うオイデイプスに他なりません。
オープン・ニュー・ビスタ(新しい展望を切りひらこう)は可能でしょうか。モンスターとなってさまよい始めたメカ崇拝とアメリカ・モデルを再審し、失われた共感的想像力の神経回路を修復することに自覚的であり得るかどうか。私たちは決して書を捨てて街に出てはなりません。身を捨てる祖国を求めて霧深き海を前にマッチを擦ってはならないのです。最後に笑う者が最もよく笑う者ではないことがすでに分かってしまった今となっては。(2006/11/19
11:02)
[「ニクイシクツウ」・・・どこかに「美しい国」はないか]
「美しい国」を逆さまに読むとニクイシクツウとなります。「美しい国」はじつは「憎い苦痛の国」であったのです。「美しい国」を説く人の実相をみてみましょう。
この国は毎年20分に1人、年間3万人が自ら命を絶つ世界有数の自殺大国に成長しました。
なぜなら自殺を予告する手紙に、「甘ったれるな、やるならさっさとやれ!」と煽りそそのかし、「ファイテイング・スピリットがない弱者は生きる資格がない、生殖能力を亡くしたババアは早く死ね」と都知事が迫ったお陰です。
子どもの運命を決める教育の法律を決めるタウンミーテイングでは、シナリオ通りのやらせ質問で世論偽造をおこない、主権者を欺いて平然としています。ちょうど日本の競走馬がフランス凱旋門賞で禁止薬物イプラトロピウムを使って入賞をかすめ取ったように。
広島・長崎のホロコーストにもかかわらず、核武装と先制攻撃のために交戦規定を見直す改憲を5年以内に成し遂げると、本音はアメリカで語ります。北朝鮮の核開発を声高に非難しながら、六ケ所村では使用済み核燃料処理場で着々と、プルトニウムウラン混合酸化物MOXの生産を続けています。
少女を心理的・肉体的に虐待する「ルールオブローズ」というPS2のソフトは、EUから警告を受けているにもかかわらず、ソニーに遠慮して野放し販売となっています。
この国のトンネル、上下水道、地下鉄、橋梁、道路などの公共事業の平均落札率は96%であり、自治体幹部と業者と仲介者の「美しい」談合がおこなわれています。
耐震強度を偽造した99マンションは1件のみが解体補強中で、後は改修計画がなく、いまも住民は不安に怯えながら生活しています。
2000年から2005年の5年間で資本金1億円以上の企業の経常利益は11兆円増えましたが、雇用者所得は同じ11兆円減りました。それはこの5年間で正社員は302万人減り、非正社員が337万人増えたからです。
「美しい国」のほんの一部の実相が浮き彫りになってきました。「美しい国」の合い言葉は、「いじめ・やらせ・偽装」です。弱い子どもや非正社員は徹底していじめ、法律と建築はやらせで通し、授業の履修とマンションは偽装で買わせるのです。そしてひとり高笑いしているのは、不正会計で株価をつり上げ、それを利用して他社を買収し、ストック・オプションで時価より安く手に入れた株を高値で売り抜けて大儲けする粉飾資本です。もはや歯止めなく進むエンロン型経営が蔓延し、このハザードをくい止めることはできません。「美しい国」の正しい読み方は、”ニクイシクツウ”とした時のみ合格となるのです。
どこかにほんとうの「美しい国」はないでしょうか。チルチルミチルが探しした青い鳥はほんとうにいないのでしょうか。かってあるひとりの少女も同じように狭い部屋の窓から空を見上げてつぶやきました。「マロニエの木とわたしは青い空を見上げていました」(アンネ・フランク『アンネの日記』)と記した少女は、青い鳥となって大空を自由に飛び回る空想をいだきながら、つかの間の安らぎを覚えました。ほどなくして彼女を待っていたのは強制収容所のチクロンBの降り注ぐガス室でしかありませんでした。いまアムステルダムの隠れ家の庭にあるマロニエは、すでに樹齢150年を超え約40%が朽ち果てて倒壊の危機に瀕しています。市はこの大木を切り倒した後に、同じ場所に遺伝子的に同じマロニエを接ぎ木して育てるそうです。こうして非業の死を遂げた少女の希望は永遠に朽ち果てることなく、時代を超えて受け継がれていきます。少女と一緒になって空のかなたの希望を見つめたマロニエは、ほんとうに「美しい国」とは何であるかを私たちに告げているのではないでしょうか。(2006/11/17
9:39)
[イジメ現象のシステム分析]
個人の営みに国家が介入せず個人の自由に委ねられるようになって、60数年が過ぎました。それまでは私は天皇を神と信じ彼のために死ななければなりませんでした。死んだ後は彼が経営する神社に祀られなければなりませんでした。個人の生活が国家権力のコントロールを受けない状態を自由Liberalといい、この状態を価値と認める考えを自由主義Liberalismといいますが、ここでは自由は束縛や抑圧からの解放としての「○○からの自由」でした。この自由を手に入れたことは人類史の巨大な前進でしたが、自分自身で立ち上がって手に入れたのか、何らかの外部誘発効果で手に入れたのかで大きな違いが生まれました。それは国家権力を統制する市民社会の公共圏の質の違いを生みました。葵の印籠で手に入れた自由はほんとうの解放ではなかったのです。血を流して手に入れた自由は尊厳ある公共性を身につけていますが、恩恵としての自由はどこかに恥じらいを含んでいます。私たちはいつまでたっても黒船や占領軍の星条旗に頭が上がらないのです。
しかしとにもかくにも市民が国家を統制するという近代国家という点では形式的には同じ外観を持っています。すべての個人が自由で平等な関係になると、自分の持ちモノを互いに対等に交換し合うという市場経済が可能となり、経済活動は飛躍的に活発となっていきました。最初の段階は個人の貧富の差はあまりなく、どんな人も平等にチャンスを実現する機会に恵まれました。ちょうど西部開拓でミシシッピーの沿岸に幌馬車を並べて一斉にスタートした時の状態です。個人は互いに独立して互いを認め合い、苦境にあっては支援しあい、ほんとうによく創意工夫して努力し成功した者は尊敬され祝福されました。アメリカン・ドリームはすべての人に保障されていたのです。この時代には卑怯ないじめ等という現象は誘発される条件はもともとなく、ぬきさしならない対立は対等な決闘で処理され、一部の不正義は縛り首にさらされました。これが第1世代の自由主義です。これをアダム・スミスは”なすにまかせよ、なるにまかせよ”という自由放任といいました。
ところが商品経済の進展によって貧富の差が激しくなり、すべての人に自由で平等にチャンスがあるという初期の状態が崩れ、失業と貧困による奴隷状態が蔓延していきました。市場経済の成功者は資本家となって労働者へのいじめを始めました。輝かしい第1世代の自由主義の理念は裏切られ、血にまみれていきました。ここで2つのカウンター・プランが登場してきました。自由主義そのものが資本主義の幻想であり、資本主義をやめて計画的に経済を統制する社会主義に切り替えるべきだという考えと(マルクス)、あくまで自由主義を守るために国家が自由放任的な資本主義に干渉していくべきだという主張(ウエッブ)です。これが19世紀の第2世代の自由主義です。この第2世代の自由主義は強力な影響力を持ち、20世紀をリードしました。この中心は「合成の誤謬」による「市場の失敗」を説いて、政府による有効需要政策を訴えたケインズです。ケインズ政策は米国では軍事国家、欧州では福祉国家、日本では土建国家となって実を結びましたが、第2世代の自由主義はほんらいの自由の意味を失い、米国でリベラル派はむしろは社会民主主義を意味するようになりました。これは第1世代の自由主義をイメージしている者には気に入りませんでしたが、資本家が弱者をいじめるという現象は相対的に減少し、市民社会は連帯の雰囲気がありました。これは自由主義的な資本主義の黄金時代と言っていいでしょう。
しかし70年代初頭から石油危機と世界不況、政府財政の破綻はケインズ主義に致命的な打撃を与えました。フリードマン率いるマネタリストは、欧州型ケインズ主義の福祉国家を「政府の失敗」として攻撃し、市場の復権を主張しました。ただしソ連との冷戦下では米国型軍事ケインズ主義を攻撃することはありませんでした。サッチャリズムから始まってレーガノミックスを経て日本でも強烈な民営化戦略が始動していきました。ソ連崩壊後にアメリカ型市場原理主義がグローバル・モデルとなって世界を席巻し、資本の帝国が進んでいきました。ケインズ主義は資本の自由化を制限しましたが、もはや商品・サービスの自由化に留まらず全世界がドル金融に略奪されていくようになり、それに少しでも反抗する者は鉄拳制裁が下されるようになりました。これに対応して、日本も多国籍企業の海外生産と日本型企業社会の廃棄、ケインズ主義型土建国家の廃棄、福祉国家の解体への大転換をはじめました。この転換はおそらく明治維新に匹敵する国家改造になるでしょう。軍事ケインズ主義を残して、すべてを市場原理に委ねる強力な市場原理軍事国家がめざされていきます。第1世代の自由主義が形を変えて再登場して新自由主義Neo
Liberarismと呼ばれていますが、それは違います。第1世代ではまだ「神の見えざる手」という社会全体の共同利益や人権を守る公共圏があったのですが、この第3世代の自由主義は、他の個人を犠牲にすることなしに自分の利益を高めることはできないパレート最適というゼロサム状態を理想としています。
自分の利益のみを極大化する利己心が何の妨げもなく発揮される状態、あのホッブスの”万人は万人に対してオオカミ”という競争の極限で幸福が最大化されると説きます。弱肉強食と優勝劣敗の激烈な競争を自己責任と自己選択で勝ち抜く強い個人が「自由と平等」を享受する社会です。第1世代の自由主義は「生まれながらの」「誰も奪うことのできない」自然権としての自由と平等を想定していましたが、第3世代の新自由主義は戦争状態で生き残る強者のみの自由を想定しています。こうしたパレート最適のゼロサム状態では、他者を犠牲にしなければ自分が生き残ることができませんから、いじめにおける加害者は勝者とみなされ、被害者は敗者としての自己責任を問われるでしょう。自由とは強者が何の束縛もなく振る舞える自由であり、平等とはふるまいにふさわしい報酬の平等をいうのです。しかし同時に時として敗者としての弱者のルサンチマンが暴発して勝者としての強者を襲撃するような、いわゆるアルカイダ現象を完膚無きまでに粉砕する強大な武装国家によって守られていなければなりません。
こうした第3世代の新自由主義は具体的にどのようなイメージがひろがるでしょうか。それはブルーテントが延々とひろがる地平線のむこうに、緑したたる鉄格子で囲まれて武装ガードマンが警備するセレブタウンです。自力で競争のシステムに参入できない高齢者、子どもたち、障害者がどこを探してもいない、目にするのは忙しそうに働く青壮年の健康そうな男子、武装警官、上空を舞う攻撃ヘリ、網の目状に張りめぐらされたミサイルのサイロ、煌々と輝くマグドナルドのネオン、超高速で走り去るレクサス・・・そこだけはあたかもハーレムのような明るさに包まれています。そして薄暗いブルーテントを覗けば、そこにはもはや光をうしなって死んだような瞳を向けてくる子どもたち、高齢者、障害者の折り重なった姿があります。
以上のような自由主義の変容のなかで、「いじめ」現象が誘発されるシステム要因が浮き彫りとなってきます。アダム・スミス的な自由放任のシステムのもとでは、経済圏での上位者が下位者に対して経済的パワーを行使して、一方的な加虐行為をおこないました(第1世代の自由主義)。スミス的な「神の見えざる手」のコントロールの限界を超えてこの加虐は拡がり、下位者の損傷に到る加害を統制する政府の介入を導入することによって、経済圏での上位者の自制が進み加虐はよりソフトな形態をとることとなりました(第2世代の自由主義 フォーデイズム)。自由主義を超克する対抗システムとして現存社会主義が崩壊して、米国モデルが勝利する中で調整型市場主義(ケインズ)は撤退し超市場原理主義が制覇し、上位者の下位者への一方的支配を人間的自然への侵害とみる古典的な生存権的自由論は否定され、市場競争の秩序関係でしかないとみなされるようになります。もはやここでは「いじめ」は人権侵害としての古典的な定義から解放されて、競争のなかでの市場的な集団秩序の位階関係に過ぎません。ここに現在の日本に蔓延するいじめ現象の基底的な要因があります。第3世代の新自由主義は競争規制を全否定しますから、いじめの発生要因を根元的に解決できませんし、競争の結果の場面での垂直的な支配関係の発生を秩序として肯定しますから、いじめは部分的な逸脱行動とみなされます。垂直関係を維持しつつどうしていじめに対処できるでしょうか。例えば小学校で不振者を欠席させるような猛烈な学力テスト競争をやりながら、他方で「みんな手をつないで仲よくしよう」という呼びかけを両立させる道はなんでしょうか。それはしょせん部分的な逸脱者への断固とした処罰と追放でしかありません。社会大では武装国家と死刑による恐怖です。
第3世代の新自由主義は、内面の自由といった根元的な自由を否定し服従しない者に嗜虐的なイジメ攻撃をかけながら、学校の市場競争を煽っています(君が代斉唱)。こうして超市場原理の第3世代の自由主義は、モグラ叩きのようにいじめの逸脱を処理しながら、荒涼とした修羅の競争の地獄へときりもみ状態となって落ちていきます。以上・二宮厚美「新自由主義国家改造のもとでの現代公共性の変質」(『経済』135号所収)を参照して考察。(2006/11/13
11:22)
追記)自己利益極大化をめざす粗暴な第3世代自由主義を象徴するモデルが石原慎太郎とかいう都知事だ。文科省にイジメによる自殺を予告した手紙を出した件について、「あれは大人の文章だ。愉快犯じゃないの。あれだけ騒ぎになって、当人は死ぬの?死なないの? 期限は確か明日だったね。私も長男が教師からいじめられた時に、校長に電話して『改めなければすぐ学校に出向いてその先生をぶん殴るぞ。あんたも管理責任を問われるよ』と言ったらすぐにやめたよ。教師にも歪んだ人がいるからね。ファイテイングスピリットがないと、一生どこへ行ってもいじめられるんだよ」(10日 記者会見)。「あれは人騒がせの面白がり屋のいたずらだよ。予告して自殺するバカはいない。そんな者はだいたい甘ったれてる。やるならさっさとやれっていうの」(11日 民放TV)。
他者の痛みやいのちへの想像力が決定的に欠落した非人間、いな反人間の本質がさらけだされている。あの手紙は東京都豊島区から投函された可能性が高いが、都知事は自殺者の出現を心待ちにしているのだ。第3世代自由主義が粗野なファッシズムに通底していくことを示している。それにしても記者会見の映像を見ると、ジャーナリストの誇りや矜持はどこに行ったのだろうか。記者をバカにして威嚇するするような知事に対して「すみません。○○社の○○ですが、○○について教えてください」とまるで権力に媚びへつらうような質問をしている。手紙に関する発言で知事を追求する質問は一切なかった。日本のジャーナリズムのレベルはここまで頽廃しているのだ。なにしろ「生殖能力を喪ったババアに生きている意味はない」という知事を放置しているのだから。(2006/11/14
9:33)
続追記)恐れていたことが現実となった。東京都・石原慎太郎地知事宛に「都立高校2年」と記載された差出人から自殺を予告する葉書が届いた(14日 東京都教育長発表)。はがきには「『いじめ』のことについて、11月10日に知事が定例記者会見したと言うことをインターネットで読みました。その内容がさらに自分を追いつめることとなりました。一生どこへ行ってもいじめられるのはつらいので『死にます』」と記されていた。石原とか云う人物の言動は、都知事の座を利用して他者の人格を侮辱する名誉毀損、他者へ自殺を教唆する殺人幇助にあたる犯罪行為ではないか。検察は彼の反人権的言動を放置していくのか。ただちに告発され裁きの場に据えるべきである。(2006/11/15
9:08)
[国際法廷におけるブッシュ被告に対する検事側論告−2050年版高校・世界史教科書から]
03年3月のイラク開戦から06年6月までのイラク人死者数は65万5000人に達し(英医学誌『ランセット』)、国連報告の毎月民間人死者数は3000人を超えていた。当時のイラク首相は保健省に国連へのデータ提供を禁止した。米兵の死者数は月100人に達して2900人を超えた。多国籍軍と傀儡軍、宗派民兵、ゲリラが入り乱れる無政府状態となっていた。毎日100人がどこかで殺されるという凄惨な状態だ。市民生活をマヒさせるためにパン屋が脅迫を受けて街からパン屋が姿を消している。電気は1日の内4時間ほどしかこない。石油の値段が3から5倍に跳ね上がり、通勤途上に屍体が毎日のように転がり、病院にも銃弾が撃ち込まれる。医者にも脅迫状が送られ、医師たちはイラクを去ろうとしている。病院のスタッフは命がけで保健省の倉庫に通って不足する薬を回してもらっている。命が危ないので記者たちも現地に行かず、報道も少なくなってNGOの支援も急減している。患者は命がけで病院に通わなければならない。スンニ派が多い地区は米軍の掃討作戦や宗派間テロが激しく、電話も不通となって民兵の検問を必死で通過しなければならない。民兵の検問はシーア派かスンニ派かを聞かれてその場で射殺される場合もある。死にかけている重態の子どもは拉致したり射殺されたりはしないが、病院に着くと手遅れで死んでしまう。子どもたちの多くは米軍の投下した劣化ウラン弾でガンを発症し苦しみながら死んでいく。
これがアメリカの自由と民主主義の痛ましい結果であり、ブッシュの戦争の真実だった。国際法と国際連合を蹂躙し、大量破壊兵器の存在という国内法のみで侵攻した欺ける不正義の侵略はイラクをほとんど再生不可能なまでの阿修羅の地獄に転落させた。しかしアメリカ市民はブッシュの長い戦争を断罪し、ラムズフェルドは自ら辞職した。国際連合はニュルンベルグと東京裁判の原則によって、ブッシュを裁くための国際法廷をジュネーブに設置した。すでにイラク軍事法廷で死刑判決を受けていたフセインとともに、ブッシュは法廷に収監され、裁きを受けることとなった。世界史上初めてアメリカ大統領が国際法廷の被告として裁かれるという、アメリカ史上最大の屈辱の日が近づいた。同時にブッシュを支持して多国籍軍の一翼として重要な役割を演じた英国首相も収監され、憲法の平和条項に抵触する軍事支援活動をおこなった容疑で日本の前首相と現首相が召還された。国際連合が任命した検事は、国際法廷の規定にない死刑に該当する終身刑を求刑して以下のような論告を展開した。
第1項 平和に対する罪
被告等は国際連合憲章、国連安保理規定、その他国際法に反する戦争の計画、準備、遂行、それらの行為を達成する共同謀議と支援に関与した
第2項 戦争犯罪
被告等は戦争法規と慣例に違反する次の行為をおこなった。宣戦布告なしの開戦、無差別爆撃、劣化ウラン弾など非人道兵器の使用、占領地における市民虐殺、財産剥奪、捕虜虐待、俘虜の拉致、一方的軍事裁判所の設置と収監及び処刑、都市町村の恣意的な破壊
第3項 人道に対する罪
被告等は人民への殺害、殲滅、追放などの非人道的行為を遂行し、宗教的理由に基づく宗派間の対立と迫害行為を主導した
検事はこれらの罪を実証する多数の物的証拠と証人を申請し、その多くが証拠として採用された。証人はイラク前政権幹部、現政権幹部、米中央軍司令官、統合参謀本部前議長、米空軍第137戦略爆撃大隊長、、米海兵隊第593連隊長、米軍アブグレイブ収容所前所長、グアンタナモ基地収容所所長など多数に上った。ブッシュ被告は大弁護団を組織して検事側論告に詳細な反論を加えた。しかしブッシュ被告側は、ついに大量破壊兵器の存在とフセインのテロリスト支援を立証し得ず最終弁論を終えた。11人の判事団は2週間後の判決言い渡しを宣言して最後の国際法廷は閉じた。2週間後に判事団を代表して裁判長は以下の判決を言い渡し、さらにこの判決は最終判決であり、被告の控訴権はないものと告げた。以上が21世紀初頭におこなわれた世界史上3回目の国際軍事裁判の概況である。以後被告となった国は斜陽に向かい、国際連合が文字通り中心となった平等・互恵の国際関係と秩序の再編成がめざされた。イラクの混乱はしばらく続き、平静を回復して治安が回復したのは38年後の2044年頃である。以上は日本の「2050年版高等学校・世界史」教科書の現代部分の一節である。なおこの教科書では、国際法廷の判決文の内容は空白となっており、生徒自身が自ら作成するように注意を促している。ちなみに50年頃の日本では「高校世界史」の必修は強化され、センター試験の必須科目となっている。(2006/11/9
10:29)
[君が代を大声で斉唱しながら、互いに相手を蹴落とすスパイラル競争の地獄が待ちかまえている]
教育基本法改正案が可決する前にすでに文科省は改正後のスケジュールを作成しているそうだ。その概要は次のようになっている。
11月 教育基本法改正案成立
12月上旬 中央教育審議会総会開催(総会直属特別委員会設置)
12月中旬 特別委員会開催(以後月1−2回程度)
平成19年
1月 ○自由討議(1回)
○重点施策審議(3回)
○分野別討論(3回)
○中間報告案審議(1回)
4月 中間報告案決定
6月 答申
7月 教育振興基本計画施行
学校教育法、教員免許法改正 次期通常国会
学習指導要領見直し 早ければ18年度中
形式的手続きを操作して国家意志を形成する代議制民主主義の反民主性が際だっている。国民主権の最高機関である立法府による国家意志形成はイチジクの葉っぱに過ぎない。偽装的に設置している地方タウンミーテイングすら、誘導的なやらせ質問が準備されているというモラル・ハザードだ。なにか日本全体がやらせ劇場になってきたようだ。現代のデモクラシーは微笑しつつソフトな手法で国民を真綿のように締めつけて支配するフレンドリー・ファッシズムの代名詞となった。要するにカネによって国家意志を公共サービスの隅々に貫徹させる手法だ。この根底にあるのが米国政治学の「新しい統治」論(New
Governance)に他ならない。いままでの政府が税金で直接公共サービスをおこなうのではなく、@政府は金だけ出してサービスは第3者に委ねA政府と第3者は政府意志を貫徹する「主人−代理人Principal-Agent
Theory」契約を結ぶ。代理人が主人の意志をうまく実現できない原因は@代理人の方が主人より仕事の内容をよく知っているという情報の非対称性A楽して儲けようとする代理人が主人の意志を内面化しないことにある。だから主人は@詳細な標準目標を代理人に示しA目標の実施状況の説明責任を代理人に義務づけB代理人間の競争を組織して目標をよりよく実現しC結果に対するインセンテイブ(報償と罰)を代理人に提供すればうまくゆくというものだ。
いま導入されている学校選択制と全国一斉学力テストはまさにこの論理によっている。教委は学校に目標を提示し、教師は目標の自己申告によって標準目標と仕事の内容を内面化し、集めた生徒の数によって評価され懲罰的予算配分をおこなうという学校選択制とバウチャーは国家意志を子どもの内面にまで浸透するようにするだろう。一斉学力テストは、主人の設定した標準目標の達成度をきそう競争の修羅となるだろう。こうした学校システムのもたらす結果はすでに、銃弾が飛び交い殺人が横行するアメリカの学校の荒廃が示しているばかりか、日本でも陰湿ないじめの蔓延として内向的に示されている。
この理論の誤謬は、構想と実行を区別し、指揮者と実行者を垂直的な指示・命令関係で編成する企業の論理をそのまま、公共分野に持ち込んでいるところにある。学校は、第一義的な教育権を持つ親と教育の主体である子どもが中心になり、教委と学校はそれを支援する役割をになうが、この理論ではあたかもカネを握る政府・教委が命令の主体として登場し、子どもと親はそれに反応する客体に貶められている。「新しい統治」論による「主人−代理人」という実践は、公共性を剥奪する最も悪質な恣意的経営理論にしか過ぎない。追いつめられた子どもたちは、いまはいじめという内へ向かう攻撃という形をとっているが、反転してアメリカ的な銃による反抗などの暴力的な形をとるようになるだろう。
もし学校のような公共機能を担う場所ががこのような市場原理型の運営に堕してしまうということは、市場ほんらいの運営をおこなっている企業は極限的な野蛮の競争におちいって非人間的な修羅場と化していることを意味する。その萌芽はすでに日本に現れている。人材派遣会社から携帯電話やメールで連絡を受け、日替わりで働く「ワンコール・ワーカー」と呼ばれる日雇い派遣労働者だ。人材派遣会社に常雇いされている常用型派遣ではなく、派遣仕事がある時だけ雇用関係を結ぶ登録型派遣は、多くが1−3ヶ月の契約で常に生活不安にさらされているが、1日単位の日雇い派遣は登録型の最底辺にあり、毎日が失業と派遣を繰り返している最も不安定な就業だ。この実態を把握する統計はない。厚労省統計は、派遣就業者数約227万人の3人に2人が3ヶ月未満の細切れ契約だが、これ以下の統計はとっていない。かってニコヨンと呼ばれた人足寄場の労働が、形を変えて復活している。派遣先企業にとっては仕事量に合わせて1日単位で労働力を調達できる究極の調整弁であり、派遣会社は「1日1人からOK]とか「依頼は前日15時まで受付」などのセールスポイントで営業攻勢をかけ、受注集中期には深夜1時、2時まで登録者の携帯を鳴らして、すべて埋めたらクリアというゲーム感覚で人集めをおこなっている。生活保護基準以下というワンコール・ワーカーの低賃金によって、派遣会社は莫大な利潤を稼いでいる。ある登録者数229万人の会社は、この1年で44万人が新規登録し支店は全国1千カ所を超え、登録者数154万人の会社は短期派遣の売上高がこの2年で200億円増え、今年9月期は500億円で全体の半分以上を占めている。
これらは市場原理による「新たな統治」論の無残な究極の姿を示している。資本主義システムは人間の諸要素の一つである労働力を商品化して、売買するが、この新たな統治論は人間そのものを人間ではなくモノとみなして売買する究極の人間狩りなのだ。以上は朝日新聞11月7日及び古葉史人氏論考参照。(2006/11/7
17:14)
[冥王星が追放された、次に追放されるのは誰か]
ホルスト「惑星」は太陽の周りを回転する惑星の姿を雄大な宇宙感覚でうたいあげた。その「木星」に日本語の歌詞をつけて、平原綾香は「ジュピター」をつくった。しかしホルストの組曲は冥王星が見つかる14年前の作品であり、当然にして冥王星はない。最近コリン・マシューズが「冥王星」を追加して作曲したCDが発売されて爆発的に売れているらしい。ところが国際天文学総会(IAU)は、冥王星を惑星からはずして新たにつくった矮惑星のグループに移し、太陽系の第9惑星であった冥王星はその輝かしい地位を失い、「矮小な惑星」に転落した。冥王星は惑星の中で唯一つアメリカ人が発見した惑星であったので米国代表はこの措置に激しく抵抗したがだめだった。全世界の教科書は書き換えられ、子どもたちは覚える惑星が一つ減ると喜んでいるが、私は一生懸命に9惑星を覚えたので少し寂しい気持ちになるのだ。
私は太陽の周りを回る惑星というのは永遠に9つであり、なぜ冥王星が外されるのかよく分からないが、権威ある国際学会が決めたんだからしょうがないなーと受け入れざるを得ない。しかしさかのぼれば似たようなことがあった。かってローマ法王庁は地球が宇宙の中心で太陽がまわっているという天動説を固守し、地動説を主張する学者たちを弾圧した。ジョルダーノ・ブルーノーは火あぶりの刑に処され、ガリレオは自説を撤回して屈服した(このガリレオの屈服をめぐる評価はブレヒト『ガリレオ・ガリレイの生涯』が面白い)。私が言いたいのは、相手が教会であれ国際学会であれ、私たちは無意識のうちに「権威の支配」を受け入れやすいということだ。「権威」は暴力的な権力を伴う時もあれば、尊敬や信頼によって支配する場合もある。合理的な理由なく従うのが「権威の支配」だ。
いま世界の歴史はアメリカ帝国が動かしているということを否定する者はいないでしょう。しかし国際天文学界での米国の惨憺たる敗北は、パクス・アメリカーナがゆっくりと倒れていく終わりの始まりを示しているのではないだろうか。あたかも巨象がじょじょに傾いて最後には大地を揺るがす轟音を上げて崩れ落ちるように。しかし地球はアメリカ中心に動いているという歴史の天動説は斜陽を迎えているにもかかわず、新たな地動説のイメージは描かれていないという過渡期の苦しみが地球を覆っている。いま多くのアメリカの若者がイラクで天動説の虚妄のためにいのちを捧げ、PTSD(心的外傷後ストレス症候群)をかかえながら、昼も夜もフラッシュバックする戦場の悪夢に怯えている。ベトナム戦争の悪夢を再び繰り返しているアメリカは、もはや惑星から追放される冥王星の姿に似ている。アレン・ネルソン『戦場で心が壊れて』(新日本出版社)は、元米海兵隊員としての自分の罪を衝撃的に告白しているが、彼は「私にはこの日本という国も、私と同じような病を抱えているように見えるのです」とつぶやいている。日本全体がPTSDにおちいっているとはどういう意味なんだろうか。
あるCM.朝学校に向かう少女。マンションの廊下ですれ違う人に「おはよう」と声をかけられる。夜。少女は母親に「知らない人がね、みんな、オハヨウと言うんだよ。ヘンだよね、知らない人なのに」。母は父に「ちょっと、ここ、めんどくさそうね」と言う。次の朝。出勤する父。すれ違う人に「おはよう」とアイサツを交わす。「人は触れあって育つ」というUR賃貸のCM(首都圏のみ。天野祐吉氏エッセイ 朝日新聞11月6日付け)
私は首都圏ではないので、このCMを直接見たことはないのですが、それにしてもなんと寒々しいCMでしょう。人が互いにアイサツしないのはもはや都会ではありふれた風景だ。かってルソーは「都市の空気は人間を自由にする」と言って封建農村を批判した。たしかにかって都会でアイサツがないのは互いの独立した生活に干渉しないという雰囲気であったが、いまは互いを潜在的な犯罪者とみなし危険を避けるためだ。子供は学校で「知らない人から声をかけられても返事をするな」と教えられている。そういえばわたしも途で出会う子どもたちと笑って挨拶を交わした経験はほとんどない。これが誰かが言った「美しい国」の実態なのだ。
いま日本の子どもたちのうつ病になり危険性は小中学校13%に達し、学年とともに増え中学3年生は30%にもなるという。「何をしても楽しくない」「泣きたいような気がする」「生きていてもしかたがないと思う」など極端なストレスを感じている(3千人小中学生対象調査)。そういえば街から子どもたちの歓声が聞こえなくなったような気がしませんか。このストレスのはけ口として誰かれとなく、クラスや部活でスケープゴードをつくってはみんなでいじめて、わずかな苦い快感を味わっている。子どもたちの世界が異常になったのか? 確かに異常になった。それは生まれた時にすでにそうだったのでなければ大人たちの世界を写している鏡に過ぎない。では大人たちの世界が異常になったのか。確かにそうだ。異常の渦中にある人間は往々にして異常を自覚できない。これが誰かが言った「美しい国」の実態なのだ。
一生懸命に働いても収入が生活保護水準に満たないワーキング・プアが400万人を超え、会社は彼らを偽装請負としていじめまくっている。正社員には成果主義のニンジンをぶら下げて競争を煽っている。いま民間企業で夜10時を過ぎて会社にいない者はおかしいといったサービス残業が横行している。総額12兆を超える公的資金という名の税金で救われ、2兆5千億円という史上最高の利益を上げている銀行は1銭も法人税を払わず、ゼロ金利で300兆円の利子収入を稼ぎ、96兆円の融資を引き上げて中小企業をいじめまくっている。政府は法人税減税によって企業を支援し、高齢者と障害者への負担を強めていじめまくっている。学校では、テスト結果で予算編成をおこなうのでできない子供は学校を休まされ、教師は自分のクラスの成績で給料が違うのでできない子供を排除しようとする。政府は「将軍さま」がこまる贅沢品の禁輸リスト作成に大わらわで、北朝鮮いじめに精を出している(これは国連安保理決議の大義があるが)。これが誰かが言った「美しい国」の実態なのだ。
この日本関係贅沢品リストが傑作だ。
筑地のトロ、松阪牛、名古屋コーチン、日清カップラーメン、キッコーマン醤油、文明堂カステラ、サントリーウイスキー、NECパソコン、ダイキンエアコン、ホンダCB250,トヨタ・セルシオ、マツダRx7、ヤマハ・ビラーゴ
要するにいじめの技術を競い合う1億総いじめ国家・日本となった。いじめの頂点に立っている人物はこれを「美しい国」といっている。いじめは次々と下方に転移する抑圧の移譲という構造を持つ。会社で上司からいじめられた社員→家に帰って妻に当たり散らす→頭にきた妻は子供に当たる→子どもはしょうがないのでペットをいじめる・・・というように。日本社会全体が必死にスケープゴードを探しながらいじめの悪魔のサイクルに巻き込まれ、きりもみ状態となってどこかへ落ち込んでいこうとしている。誰しもが不安を抱えながらあたかも影に追われるように一方向へ突っ走っている。そこに登場したのが、「品位ある規範意識」確立に向けた教育基本法の改定だそうだが、提案者の政府本人がタウンミーテイングでやらせ質問を依頼しているという実態だ。これが誰かが言った「美しい国」の実態なのだ。
冥王星は追放された。冥王星とはじつはパックス・アメリカーナの代名詞だった。帝国は人は競争によって成長するという原理で、弱者を排除するいじめの構造で覇権を握った。東アジアのある島国はこの帝国のジュニア・パートナーとなって、この競争の原理を無造作に取り入れて隣人をいじめた。島国にあった麗しい集団の原理と競争の原理がむすびついて、恐るべき鬼子が生まれた。その名は「いじめ」という。上から下まで鬼子となってこの島国の隅々に浸透し、いまやおとなも子どもも一緒になってこの鬼子の狂想曲を奏でている。あまりに痛ましい姿となって壊れていこうとする小さな島国には、絶望の虚妄なることは希望に同じという言葉がふさわしい。おお!「美しい国」よ!汝に未来はない!(2006/11/6
19:25)
[闇のなかに消されていく人たち]
日中戦争(1937年)から太平洋戦争敗戦までの日本軍に大量の戦傷精神障害とPTSD(心的外傷後ストレス障害)が発生した。陸軍省医務局は、「戦争神経症」(War
Neurosis 戦時に軍隊内に発生した神経症の総称)患者を収容する特殊専門病院として国府台陸軍病院(市川市 現・国立精神神経センター)をつくり、37年2月−45年11月の約8年間で2万9200人の患者を収容し、うち精神障害者は1万450人であった。『病床日記』と称されたカルテ8千人分は、知的障害患者484人(6%)が含まれており、兵役法で兵役義務免除となる重度知的障害者が徴兵されていたことを示している(当時の言葉で「精神薄弱症」「白痴」などと記されている)。彼らの多くは、離隊や脱走などの軍紀違反を繰り返し、兵業に適応できない「要注意兵」として精査・措置決定のために病院へ還送されているが、過酷な訓練や陰惨なリンチを受けて精神疾患を併発している者も多かった。知的障害患者484名は1名を除いてすべて「徐役退院」となっているが、生涯恩給は受けていない。「精神薄弱症」は入隊前の「帯患」で兵業に起因していないとされ、精神疾患を併発しても受給資格は奪われている。
戦傷病者手帳を交付された戦傷精神障害者は、90年代には約1400人いたが、04年末現在で入院精神障害者は1都1道1府33県に84人、入院外精神障害者は1都28県に59人存在する(厚労省発表)。彼らの療養援護は、1948年の未復員者給与法一部改正を経て1963年の戦傷病者特別援護法によっておこなわれてきたが、ほとんどは60数年前のPTSDを抱えたまま、根深い偏見に曝されて、いまひっそりとその人生を閉じようとしている。とくにすべての援護を奪われたままの知的障害者は政府によって見捨てられ、闇のなかに消えていっている。
「入隊シ1日目ノ夜何もシナイノニニ、3年兵ニサンザンナグラレタ・・・兵隊ヲイヤニナッテシマッタ、・・・死んだ方ガイイト思って、ぬげだしました。」(20歳 砲兵2等兵 精神年齢10歳4ヶ月 本人直筆 原文ママ)
日本軍内でなぜかくも大量の精神障害者が発生したのであろうか。第1は総力戦による兵力の大量動員(敗戦時720万人、兵役年齢人口の40%)と徴兵検査の精神医学的審査の欠落、第2に強大な殺傷力を持つ兵器の砲弾ショックShell
Shock、第3に戦局の悪化、私的制裁など軍隊の暴力的体質、非行兵士の増加に対する上層部の危機感など複合的要因があるが、最大の要因は不正義の戦争がもたらす人格破壊にあった。精神障害傷痍軍人の療養所として、武蔵療養所(40年)・下総療養所(41年)・肥前療養所(45年)が設けられたが、職員と食糧不足で収容されたのは該当者のごく一部であり、しかも彼らは生存そのものが危機に瀕した。武蔵療養所の45年度死亡者は160人で入所者130人を上回っている(!)。
諏訪敬三郎(国府台陸軍病院長)「今次戦争における精神疾患の概況」(『医療』48年4月号所収)は、国府台陸軍病院に37−45年に収容された精神神経疾患1万454人の病気を16種類に分類し、人数と比率の年度別推移を分析している。1位「精神分裂病」(統合失調症)4384人(41,9%)、2位「ヒステリー」(身体表現性障害)11999人(11,5%)、3位「頭部戦傷・外傷性てんかん」1086人(10,4%)となっている。浅井利勇(国府台陸軍病院長)『うずもれた大戦の犠牲者』(93年)は、残された『病床日誌』全原簿8002分の全症例を分析した。知的障害患者484人、戦争神経症の臓躁病(ヒステリー)805人の発祥状況は、@戦闘恐怖、A戦闘消耗、B軍隊生活不適応、C私的制裁嫌悪、D軍事行動での自責感、E加害による罪責感の6類型に分類できることが明らかとなった。
「昨年8月応召、北支出征 10月頃ヨリ敗残兵討伐ニ加ハル・・・ 昨12月頃ニ山東省ニテ部隊長命令デ部落民ヲ殺セルコトガ最モ脳裏ニ残ッテイル 特ニ幼児ヲモ一緒ニ殺セシコトハ自分ニモ同ジ様ナ子供ガアッタノデ余計嫌ナ気ガシタ」(歩兵上等兵 31歳 精神乖離症 38年11月13日)
「戦地で恐ろしいことがあった。棒に縛り付けて、そのシナ人をみんなで交代で、1人づつ刺した。自分も命令で刺した。家庭ノ事ヤ入営以前ノ職業ニ就イテハ答フルモ、自分ノ体ノコトハ一切応答セズ下ヲ向イテ歎声ヲ放ツノミ」(佐野龍三 13年生まれ 88歳 03年死去 国立東尾張病院療養所面談記録及び『病床日誌』)
視覚障害者は「陸海軍技療手」(軍隊付きマッサージ)に軍属として従軍して戦死したりする者もいたが、多くは「防空演習にも参加できないくせに」と隣組の責任者から配給を差し止められて餓死するなど悲劇的な生活を強制された。ナチスは障害者に断種手術を強制して抹殺しようとした。その国の幸福度を測るメルクマールの一つはその国の障害者がどのように処遇されているかを観れば分かる。とくに戦時という極限状況で障害者をどう処遇しているかが決定的だ。60数年前の戦場で錯乱した兵士たちは政府から何の支援も受けることなくこの世から姿を消していこうとしている。これが「美しい国」日本の実態なのだ。以上・清水寛氏論文参照。(2006/11/2
20:00)
[ある12歳の少女の遺書]
学校のみんなへ
この手紙を読んでいるということは私が死んだと言うことでしょう。
私は、この学校や生とのことがとてもいやになりました。それは、3年生のころからです。なぜか私の周りにだけ人がいないんです。5年生になって人から「キモイ」と言われてとてもつらくなりました。6年生になって私がチクリだったのか差別されるようになりました。それがだんだんエスカレートしました。(中略)何度か自殺も考えました。でもこわくてできませんでした。
でもいま私はけっしんしました。(中略)
私は、ほとんどの人が信じられなくなりました。でも私の友だちでいてくれた人には感謝します。「ありがとう」。それから「ごめんね」。(中略)私は友だちと思える人はあまりいませんでしたがいままで仲よくしてくれて「ありがとう」「さようなら」。
◇
6年生のみんなへ
6年生のことを考えていると「大嫌い」とか「最低」と言う言葉がうかびます。(中略)みんなは私のことがきらいでしたか? きもちわるかったですか? 私は、みんなに冷たくされているような気がしました。それは、とても哀しくて苦しくて、たえられませんでした。なので私は自殺を考えました。(中略)さようなら
少女は遊んでいると「遊ばない方がいいよ」と別の子どもに言われたり、日常的に仲間はずれにされていた。6年生の時の毎月の席替えで隣の席になった同級生に級友は「かわいそう」と声をあげた。05年7月に少女は「友だちから避けられている」と担任に相談した。8月に修学旅行の部屋割り検討の際に、少女だけが最後まで決まらなかった。少女のクラスは17名である。少女は05年9月9日に小学校の教室で首をつって自殺を図った。1週間前に部屋分けで仲間はずれにされた修学旅行から戻ったばかりだった。少女は06年1月に入院先の病院で一度も意識をとり戻さないまま息を引き取った。学校や家族にあてた7通の遺書が残されていた。市教委は自殺を図った9月9日夕方遺族の了解を得て遺書の一部を読み、10月12日に遺族の読み上げで概略を把握し、遺族の了承を得てコピーを入手し道教委へ送付したが、道教委はそのコピーを紛失した。遺族は自殺の原因がイジメにあったことを認めるよう滝川市教委に求めたが、市教委は記者会見でも市議会でも「手紙は友人関係について好き嫌いを表現したものだった。いじめの事実確認はできない」と虚偽の報告をした。北海道教委も自殺の原因がイジメにあったことを知りながら、対応は市教委に任せてきた。06年9月に発表された道教委「児童生徒の問題行動など生徒指導上の諸問題に関する調査」では、滝川市教委の05年度報告はイジメ0であり、道内小学校1401校のイジメは01年−05年の5年間で256件から127件に減少し、全体的に減少傾向にあると評価している。遺族は遺書を報道機関に公開し、世論の批判を浴びた市教委は自殺の原因はイジメにあったと認めた。しかし同校校長は認めていない。少女が自殺を図ってからすでに1年が経過していた。
文科省調査研究協力会議は平成8年に「いじめに関する総合的取り組み」という政府の基本方針を決めている。そこでは家庭・学校・地域・国の順で努力目標を定め、国は転校の基準の弾力的運用をうちだし、イジメの50%削減目標を呼びかけている。(2006/10/30
10:28)
[One American Jewish Girl]
大学卒業後に語学教師として来日中のあるユダヤ系アメリカ人女性が語った自分史の標題です。20数名ばかりが出席した和やかな集いでしたが、中身は濃く民族と宗教の歴史を一身で担う若いユダヤ人女性の証言集会とも云えるものでした。パレスチナ問題をめぐって緊迫したやりとりもありましたが、暴力を回避して共生の途を探ろうとする彼女の誠実な意志があらわれていました。弱冠20歳を超えたばかりで、アイデンテイテイを堂々と他国民の前でスピーチするみずみずしい成熟を感じました。30頁にも及ぶ資料を準備して、ユダヤ教の歴史とシオニズム、パレスチナ問題への見解を詳細に述べました。正直に言うと、私はユダヤ人を英語でJewishと発音する時の語感に抵抗感を持っていたのですが、彼女が堂々と自分をJewishと呼ぶのを聞いて自分自身がある偏見を抱いていたことを知りました。
私も「ユダヤ系アメリカ人と日本の交流史」というテーマで報告する予定でしたが、時間がなくなってしまい残念ながら断念しました。日本とユダヤの交流に関する文献はほとんどなく、この分野の研究が遅れていることを示しています。これがパレスチナ・イスラエル問題についての曖昧な対応をもたらしており、短絡的な反イスラエル論とイスラム過激派論の応酬に終わっています。
ユダヤ人と日本人は20世紀のホロコーストを体験した共通点を持っています。一方はナチスによる、他方は広島・長崎による。さらに日系アメリカ人の強制収容があります。しかし日系アメリカ人は欧州戦線で442連隊を組織して、ダッハウ強制収容所に突入してユダヤ人を救出しました。こうした歴史的な体験を共有しています。両民族は歴史の証言者として資格を有しますが、同時にその資格を占有することによって批判を封ずる陥穽におちいる危険もあります。パレスチナへの攻撃を放置したり、過去の侵略を免罪する日本の一部の勢力はそうした警告を受けなければなりません。
宗教と歴史というものの力、ある意味での怖さを感じましたーという感想文がありましたが、確かに欧州やアラブ世界での宗教と歴史がもつ個人への力は日本人でははかりがたいもののようです。(2006/10/29
8:18)
[目標管理の無残]
文科省の全国いじめによる自殺件数は1999年度以降はゼロが続いています。イジメ件数も1985年の15万5000件をピークに減少し、2005年には2万1600件に激減しましたが、この数字が実態とあまりに乖離していることは現場教師の常識となっています。統計調査が実態とかけ離れることはよくあることですが、子どもたちのいのちの分野でこうしたことがなぜ発生するのでしょうか。それはシカゴ学派の「市場の滴」論の市場原理思想による企業経営の業績や成果評価に目標管理手法が導入され、次第に企業以外の公共分野にも浸透し始めたからです。03年の中教審答申が「教育施策を数値化して達成度を評価する。たとえばイジメや校内暴力を5年間で半減する」としてから、教育現場に目標管理システムが行き渡るようになりました。
目標管理MBOは、Management By Objectives
and self-controllという企業経営の手法であり、企業の将来目標を明確にして社員が納得できるような目標を立て、同じ目標に向かって社員一人一人が自覚的に進んでいくやり方です。しかし実際には目標=数値管理となって嫌気がさしたり、勝手に個人解釈をしたりして競争しうまくゆきません。とくに目標達成が賃金に連動する成果主義賃金を採用している企業は、富士通のように完全に失敗して会社業績がゆらぐまでになっています。驚いたことにこのMBOの負の側面がそっくり教育現場に持ち込まれたのです。
いまイジメで自殺者が出ている都道府県のほとんどは、いじめの数値目標を強制する学校評価システムを教育委員会がつくっています。新潟市の教育委員会提出用の学校評価資料(2006年度)をみてみましょう。以下のようにA−Dの4段階評価になっています。
イジメに関する学校評価基準(新潟市教委)
1 いじめ或いはいじめにつながる重大なトラブルの発生件数と解決状況が
A:0件
B:1件(解決済み)
C:2件(解決済み)
D:未解決有り
2 不登校が
A:10件未満 B:12件未満 C:15件未満 D:15件以上
新潟市教委は年度当初目標がイジメ=0件としないと受け取らず、9月末と年度末評価もA=0件と記載しなければならないことになっています。つまり教委が虚偽報告を奨励し、組織を上げて隠蔽工作をおこなっているということになります。こうして表面的にはイジメ件数と自殺件数が激減する天国のような学校が全国に出現したのですが、最大の被害者は子どもたちです。学校がA評価を受けるために、担任の教師は自己責任を問われ、自分のクラスからだけは発生させないように務め、他のクラスから発生するとホッとするような雰囲気がつくりだされました。自分のクラスに発生すればもみ消して葬るようになります。校長は教務主任を教師たちの面前で罵倒し(教務主任は自殺)、教師は特定の子どもをみんなの前で蔑みます(子どもは自殺)。教師は互いに疑心暗鬼となり、疲れ果ててトラウマを子どもに発散するようになります。こうして最悪の事態が誘発されるまでに抑圧のスパイラルが進んでいきます。
原理的にモノやカネに適用される数値目標管理の企業経営の手法は、人間のいのちを育てる教育とは背反し絶対に相容れないのです。特にイジメを何%減らすなどという目標管理は、生命を育む場ではあり得ません。人間のいのちを数値化することはできないのです。10件までの不登校はA評価になり5人増えればD評価等という発想は、企業の不良品発生率抑制目標ではありえますが、教育の世界では無意味で冒涜的な指標でしかありません。教育現場で可能な数値目標は、100m走で16秒を切りましょうとかの数値目標ですが、これでさえ個人差を前提にした努力評価が必須となります。君が代の声量を5段階で評価するなど信じられない目標管理がおこなわれています。国際連合が日本政府に警告している「過度に競争的な日本の教育システム」にイジメの根元的な原因があるのですから、そこに切り込んだ転換を図らない限りイジメはなくなりません。子どもたちが生き生きと楽しく、学び遊べる学校に転換しない限りイジメはなくなりません。ところが驚いたことに政府は、教委の権限が弱いから虚偽報告をするような教師が出現するとして、教委の管理権限を強化するという対策を打ち出そうとしています。権力の強い者から弱い者への下方への抑圧の移譲としてイジメが起こるのですから、この対策は逆に最悪の結果を子どもたちにもたらすでしょう。それは表面ではニコニコして仲良くしながら、裏では陰湿な深い闇をもたらすでしょう。
(補足資料)警察庁発表では(20日)、05年度のイジメが原因となる事件は165件、検挙補導小中学生数360人、うち中学生が70%を占めている。被害者203人の35,5%は誰にも相談していない。165件のうち加害者側によるモノが155件、仕返しによるものが10件。被害者の相談相手は、保護者41,9%、教師31,5%、警察など相談機関13,8%、友人3,0%となっている。(2006/10/23
9:59)
[天皇はなぜ君が代を斉唱しないのだろうか]
天皇は式典に出席してもジッと頭を下げて沈黙して君が代を歌わない。なぜなのだろう。自分を讃える歌を歌うのをはばかるのだろうか。政府の説明では「君」は天皇を含む日本国全体を意味するものだから、天皇個人を讃えて歌うのではないとしている。ひょっとしたらA級戦犯を慰霊する靖国神社への慰霊を拒否する理由と通底するものがあるのだろうか。よく分からない。一方で東京を先頭に君が代の斉唱をしない教師を処分し、斉唱の声量を調査する教育委員会がある。園遊会である棋士が「君が代を日本全国の学校に響かせるのが私の務めです」と云ったら、天皇は「あまり強制にならないように」と返し、棋士は「ありがたいお言葉です」とびっくりしていた。富田メモが公表されてから右翼の間に混乱がおこり、亀裂を処理できないままになっている。どうも天皇制と愛国心を唱道する人の間に微妙な落差が生じているような気がする。宮内庁のホームページで外国訪問した天皇の晩餐会での挨拶をみると非常に興味深い。ポーランドでは強制収容所で身代わりになって死んだマクシミリアン・コルベ神父を絶賛している。
天皇は憲法擁護の立場をとり、一方で国民の中には改憲論が横行し始めた。象徴制から元首制に転換すれば、どうなるのか右翼の間でもゆらぎが生じている。ある民族派右翼は「自分たちより周りがどんどん右翼化するので恐い。僕はいまの日本社会が恐いです。俺たちが口だけで言ってきたことを、戦後生まれの政治家が本気でやり始めた」と云っている。
たしかにナショナルな心情が大きな拡がりを持ち始めている。例えばスポーツの国際試合やオリンピックの開会式、バレーボールのTV中継を観ると、アップで延々と写すのは日本選手だけで相手チームの外国人選手はロングショットで入れるだけだ。スパイクが決まると日本選手とジャニーズ事務所のタレントの顔がアップで交互に続く。プロボクシングの亀田興毅タイトルマッチでは、判定が出てから相手選手は一切画面に登場せずまるでその存在はなかったかのようだった。ここには自分の身内以外の者に関心を示さない自閉的な意識があるような気がする。他者への想像力が衰弱しなにかナショナルな意識が蔓延している。かなり前から喫茶店に入っても互いに会話せずに漫画を読みふけるという異様な風景がひろがってから、なにかオープンなマインドが失われていっている。こうした心性が抵抗なく改憲論を受け入れる土壌を醸成しているのではないか。ひょっとしたら靖国神社に参拝しない天皇への疑問が生じてくるような雰囲気はないか。同時にマスメデイアの皇室報道で最大級の尊敬語が使われはじめ、なんの違和感も感じなくなってきている。山田洋次が「拝啓天皇陛下さま」で描いた庶民の心情が再び受け入れられるような雰囲気がある。
マッカーサーとの2ショット写真で衝撃を与え、人間宣言をしてから神格化されていた絶対君主はファミリー的なシンボルに変貌し、象徴天皇制は定着した。かって子どもたちは、「♪みっちゃん道々 ウンコ垂れて 紙(神?)がないから手で拭いて もったいないから食べちゃった」などと陰で歌った。「みっちゃん」とは明らかに昭和天皇の幼児の称号であった迪宮(みちのみや)を揶揄したものであり、教室ではみちお君とかみちこさんという名前の子どもはみんなからいじめられた。絶対権力者への揶揄や陰口、落書きによる発散は京都の二条河原の落首以来民衆の表現手段であった。教師をしていた私の父は、敗戦直後の天皇の全国巡行で授業参観を受けて以来、熱烈な天皇主義者となり、天皇の写真が載っている新聞紙では拭けなかったと云っていた。当時はトイレットペーパーはなく新聞紙を切って処理していたからだ。制度としての天皇制は大転換したが、メンタルな不可侵性は連綿として維持されてきたのだ。
いまの天皇が皇太子の時に「自分が天皇になったら、たとえ戦争になっても開戦の詔勅にはサインしない。自分はサラリーマン天皇になり、9時から5時まで皇居で仕事をし、あとは帰って子どもと一緒に遊ぶ」と学友に述べたという。こうした話がまことしやかに伝わるのも不可侵性への興味があるからだ。しかし現在の子どもたちはこうしたことにはほとんど関心を示さず、揶揄するような歌を陰で歌うこともないだろう。
罪あらば 我を咎めよ天つ神 民は我が身の生みし子なれば
この歌は明治天皇が無実の罪で処刑された幸徳秋水などの大逆事件を詠ったものだ。自分を殺そうとした者を許してやれという大御心に、当時の国民は感動を覚えたのであろうが、実際には恩赦を与えることはなかった。日本の不幸は、天皇個人と制度としての天皇制を区別できなかったところに生まれた。いま提案されている改憲案が通れば、天皇は象徴から元首に移行し、制度的にも大きく変貌するが、同時にファミリー天皇イメージも変容するだろう。ソフトな天皇制はハードな天皇制へ逆転するだろう。こうした動向を個人としての天皇はどう考えているのだろうか。思えば天皇は、生まれながらにして持っている奪われることのない基本的な人権を大きく制約された特殊な国民としてしか存在を許されていない。ひょっとしたら天皇は、君が代に沈黙し靖国参拝を拒否する姿勢を通して、無言のうちに何かのメッセージを送っているのではないだろうか。現在の天皇は即位の時に「私はいまの憲法を守る」と言ってそのスタートを切った。以上・鈴木邦男+森達也対談(『早稲田文学』6号)参照。(2006/10/16
1:12)
[記録する行為]
ドイツ・ヘッセン州バートアロルゼンにある赤十字国際追跡サービス(ITS)は、ナチス強制収容所の被害者データ1750万人、約5千万点を管理している。絶滅政策の対象となったユダヤ人、強制労働者、政治犯、同性愛者などに分類されている。ITSは連合国と西独(当時)の間で締結されたボン協定(1955年)にもとづいて設置され、11カ国からなる国際委員会が管理している。ITSはいままで被害者のプライバシー保護を理由に非公開とし、行方不明となった家族を捜す人々のみに公開し、昨年だけでも全世界から15万人の問い合わせがあり、ナチス犯罪の全容解明を求める研究者の要望に押されて、今年の5月に研究目的に限定して閲覧を許可することを決定した。ついに歴史の闇に閉ざされてきたナチスのホロコーストの犠牲者の一人一人が、歴史の舞台に登場する。
彼らは収容の瞬間に人間としての人称名詞を剥奪され、番号を振られた生きた物体と化した。収容者カードには、到着直後に撮影された写真が貼付され、氏名・生年月日・収容所連行日・登録番号などの基本データに、身長=○○cm、体格、顔、目の色、鼻の大きさ、歯並びなどの身体的特徴が詳細に個人別に記載されている。頭髪はすべて剃られ、縦縞模様の服には囚人番号と収容理由を示すバッジが縫いつけられ、腕には囚人番号が入れ墨で刻印された。
収容者の死亡記録も詳細に記載され、例えばマウントハウゼン収容所では1942年4月20日に、爆死によって300人の政治犯が午前11時20分から2分おきに死亡したとなっている。4月20日のヒトラー誕生日へのプレゼントとして、ヒムラー親衛隊長官が銃殺命令をだしたのだ。収容所に到着した列車からそのままガス室に送られた人々は収容者登録をされず一切の記録が残っていないから、1750万人のデータは犠牲の一部を示すに過ぎない。
1750万人に上る個人データを詳細に記録したナチス親衛隊の管理思想と、収容所で黙々と記録を作成したドイツ人係官の作業を想像すると、慄然としまた呆然となる。強制収容所所長アイヒマン裁判を傍聴したハンナ・アーレントは、凶暴な意志を持つ人格を想像したが、事務的に淡々と答える小市民的な被告をみて困惑し、「悪の陳腐さ」と表現した。悪魔も赤面するような凄惨な殺戮を遂行するために、あたかも住民登録をおこなう市役所の職員のように淡々と事務的に記録の作業を正確におこなったナチスの精神構造をどう考えればいいのだろうか。事実を寸分も誤りなく記録しようとする管理の意識はどこからもたらされたのであろうか。ドイツ人のすぐれた管理能力!の倒錯か、歴史の事実への崇高な義務感か、他者の全人格を支配する自己権力の確認か、身に染みついている欧州ドイツ文化のあらわれなのか、はたまた文書による処理という近代管理の原理なのか・・・・。私は残念ながら、ナチスの冷厳で正確無比の記録の行為を理解できない。しかしこの行為があったがゆえに、死んだ人々は自らがこの世に生きた痕跡を残すというパラドックスがもたらされた。
ホロコーストを否定する歴史修正主義者は完膚無きまでに打ちのめされ、将来世代は無限に尽きぬ学習を繰り返し、過去の記憶は未来への責任を定着させるだろう。ひるがえってナチスに匹敵する戦争犯罪をおこなった日本は、記録するという行為はほとんどおこなわなかった。欧州では、、「書記」を遂行する「書記官」という専門職が尊厳ある地位と権限を保障されているが、日本ではほとんど一係として処遇される。記録する行為は社会的に意味を持たず、事実の記録は徹底的に忌避されてきた。逆に欧米では一つの記録の暴露によって政府首脳や大統領が辞任に追い込まれる。どのような犯罪的な行為であれ、事実は詳細に記録され保管される。「初めに言葉があった」ではじまる歴史意識の根元に何があるのだろうか。
旧日本軍は戦闘の精確な記録を残さず、支配地での支配記録もほとんど残していない。それらは敗戦時に焼却処分したのではなく、はじめから記録の保存と管理をおこなうという意志とシステムが存在しなかったのだ。こうして強制連行や従軍慰安婦は闇に沈み、歴史修正主義が跋扈するのを許していく条件が生まれた。日本歴史の真実はつねに被害者の側からの究明で次第に浮かび上がり、歴史を動かした権力者の側から資料が提供されることはほとんどなかった。日本は、「言葉」と「事実」への責任意識が脆弱なままに歴史を刻んできたのではないだろうか。ひょっとすると教科書や歴史学書に叙述されている日本歴史は、事実と真実から大きく離れた作為的な文章ではないだろうか。いったい何なんだろう?この日本的特徴は?
日本では歴史は川の流れのように自然に移りゆくものであって、個人が介入して作為的につくっていく感覚が一貫して脆弱なままに現代まできているのだろうか。もし自分自身が参加した実感をもって歴史を生きてきたならば、自分の行為への自意識と責任感が生まれ、その行為を記録する欲求と義務感が生まれるだろう。しかし歴史は誰かがつくり、個人が抗しがたい勢いで流れていくものとすれば、個人の行為への執着は生まれない。権力者も民衆も歴史への責任を問われることなく、互いに相手の責任を問うという意識もうまれない。すべてを「水に流して」大勢に身をまかせて泳いでいくという日常の意識が生活感覚となって反省の意識は喪われる。もし間違いがあれば土下座して涙を流し謝れば許されるという習慣が定まって、逆に真実の告発者を攻撃するようになる。こうした日本文化論や日本的集団主義の倫理によって、日本的特殊性が説明され、「世間」もそれを受け入れてきた。私たちは原爆資料館に行って涙を流しながら、日本列島に張りめぐらされた米軍の核基地を横目で見ながら生活するという60数年をさしたる矛盾なく過ごしてきた。日本では戦争の記憶を美しい犠牲として回顧する遊就館モニュメント以外に、さしたる戦争モニュメントはない。よかれあしかれ過去の行為に誠実であるという習慣はついに日本では定着しなかったのであろうか。
日本語の「正義」は英語のジャステイスとかなり印象が違うような気がする。「正義」はなにかウソっぽく聞こえ、普通の会話に使うことを無意識のうちに忌避されている。それはあまりにも「正義」が日常生活から喪われている実態を反映している。「正義」という価値がこれほど意味を奪われた時代はないのではなかろうか。教室でシカトされて級友に「もう死んでしまいたい」と漏らした子どもは、級友から「本気ならズボンを脱げ」と云われてトイレでズボンを降ろされたという。正義を捨てて徘徊する大人たちをみて子どもたちの間に陰惨な心情がひろがっている。人を傷つけて快感を覚える心情はほとんどナチスに近い。
たとえ世界が滅びても正義はおこなわれるべし−これが欧米の基礎にある感覚だ。正義の内容がどうであれそれを裏切ることはできないという感覚がある。ここからナチスの恐るべきショアーの行為も導き出された。正義は自らのうちに天使にも悪魔にもなれる危険を秘めている。しかし正義そのものを忌避する日本は、人間の尊厳を失ってあてどもなく漂流する歴史をしかつくれない。赤十字国際追跡サービス(ITS)は、ナチスの行為を時効なき犯罪として永遠に犯罪者を捜し出し、犯罪行為を記録していく。ITSとは日本では道路情報システムを指すに過ぎない。「追跡」という言葉に込められた歴史意識は日本にはない。(2006/10/15
11:00)
[中日球団優勝のマネイジメント分析]
中日が球団創設70周年の節目に2年ぶり7度目の優勝を飾った。中日の優勝を組織や集団のマネイジメント(ガバナンス)分析という視点から考えてみたい。
第1は内発型発展戦略の勝利である。かっての常勝巨人が低迷している最大の原因は、FAや外人選手の大型補強に依存する誘致外来型発展戦略にある。内部における人的資源の長期的育成ではなく、短絡的な業績達成を単年度で実現し得る人材の外部導入によって内部における人材の代替力をそぎ、主力選手のけがによって一気に戦闘力を失った。内部における機会の平等は保障されず、間断なきイノベーション(変わることによってしか変わらない)なしのブランド戦略の限界が露呈された。
逆に中日は、「育てて勝つ」という内発型発展戦略によって、機会の平等を実現した選手たちが激烈な相互競争を通して自律的な判断力を身につけた。「素質は大事だが発想や感性はもっと大事だ。グランドではだれも助けてくれない」という自覚的な集団プレーを生み出した。
第2は戦闘集団の総合力だ。スター選手のスタンドプレーが排除され、組織の多面的機能が有機的に結びついて総合的な戦闘力を実現した。投手力、打撃力、守備力がハーモニーを形成し、攻撃的な走塁にみられる挑戦的な姿勢と緻密な作戦がむすびついた。集団があたかも1人の人間であるかのように動いている時に、その集団機能は最もよく発揮されるということを証明している。攻撃力トップのヤクルトの挫折は守備力の崩壊による。広島、横浜は戦闘集団としての組織そのものの初期条件がなかった。
第3はトップマネイジメントにある。冷徹非情な選手起用と選手の内発力への信頼を統合した指揮官が、戦う戦闘集団の内部凝集力を高めた。阪神は「普通にやれば勝てる」としてローテーションを崩さす、打線も固定化して戦ったが、選手への信頼だけでは実現できない敵組織に対する綿密な戦力分析と研究という情報戦略を軽視した。阪神の驚異的な追撃は関西文化圏の精神的戦闘力がもたらしたものであり、組織の知的資本と技術がもたらしたものではない。落合監督は、選手の失敗を批判したり攻撃することはなく結果責任をすべて引き受けた。選手のモチベーションを最大化する日本における組織と集団のトップの一つのモデルを示している。
第4に名古屋文化圏の独自性である。個性の自由な乱舞よりも、集団内部の相互依存と協働を重視するトヨタ・システムの反映である。トヨタにおいても中日においても、企業内での人材育成の内部労働市場が重視され、企業家族主義が形成される。外部環境の刺激を規制し、いわゆる「まじめでおとなしい」人格が形成される。成果主義による歪んだ競争よりも、安定した帰属意識によってより技術開発力が高まる。トヨタ・システムは前方への求心力が働いている時には圧倒的な強さを発揮し、守りに入った時の抵抗力も強い。つまり中日は接戦に強いのである。
以上を総括的に云えば、中日球団は日本型集団主義文化の良質な面を維持して競争力を構築したトヨタ・システムの野球版なのだ。大型補強などの集中的戦略投資に依存しない経営は、投資利益率と内部留保率を極大化し、従業員の人件費コストもほどほどに抑制して安定軌道に載る。ただしこれは両刃の刃でもある。同調しない異質な個性は排除され、未経験の戦闘場面を失敗覚悟で主導的に切りひらく戦闘組織にはならない。監督就任1年目の日本シリーズの惨敗、2年目のセパ交流戦の惨敗は、何れも未経験の異質な強敵が出現した場合の対応力の弱さを示した。しかしトヨタ・システムのカイゼン理論は失敗から学び経営を修正する抜群の学習能力を持つ。中日が2年目に2位に甘んじ、3年目に再び返り咲いた理由がここにある。
しかし中日はメジャ−・ブランドにはならない。あくまでも名古屋圏というものづくり製造業に特化した地域経済圏の中核モデルに留まる。中日モデルは日本プロ野球の普遍モデルとはならないが、まさにトヨタと同じようになおひとり勝ちしていくだろう。問題はポスト落合である。名古屋モデルにフィットしない指揮官が就任すれば、或いは名古屋モデルの負の側面をもつ監督が就任すれば、ハーモニーは攪乱され、甘えの下方硬直に向かうだろう。しかし当面はその心配はない。日本中がモデル構築をめざしてトライ・アンド・エラーを繰り返しているなかで、冒険的なイノベーションに挑戦せず安定経営路線を維持する名古屋モデルの堅実性がしばらくは比較優位を獲得するからである。(2006/10/12
9:46)
[反テロ戦争の挫折と歴史の弁証法]
我が家は大の中日フアンなので、昨日の優勝を決めた巨人戦とその後の優勝セレモニーを観ていたら深夜1時を過ぎていました。名古屋のファンはおとなしいのか、街はそれほど盛り上がっているようには思えず、TV局が演出に苦労しているようにみえました。落合監督が涙ながらに語る優勝インタビューは、素朴な実感にあふれていて、必死で努力した者が報われた歓びにあふれていました。こうしたピュアーな世界はもはやスポーツの世界でしか残っていないように思えて、希な世界に生きる選手をみて、彼らは幸せだなと思いつつ、なにか淋しげな感じがあるのです。それは現実に私たちが生活している社会がそれほど希望があるとは云えないところからきているのでしょうか。必死の努力で手に入れた栄光あふれる選手と自分を一体化できない雰囲気があるような気がします。
日本で発行されている『前夜』という雑誌の巻頭言に、「希望」を定義して「希な望み」と云って少々悲壮感が漂う編集をしていますが、日本でのシニシズムなんてインテレクチュアルズの中間層的な不安の裏返しに過ぎないことがよく分かります。失望とか絶望は「失うべきなにものもない」者が口にすべき資格があるのであって、いくらかの知的資本をもって抵抗の言辞を宣う人は自らの観念がただちに普遍化すべきだという知的権力幻想が現実によって受容されない時に、他者に責任を転嫁する批判する対象と同じ暴力性を示しています。つまるところ生活世界との触発性をもたない観念言語の限界ではないでしょうか。
イスラエル政府は8月28日にレバノン攻撃の失敗責任を問う調査委員会を設置しました。ヒズボラの一掃を狙ったイスラエルのレバノン攻撃は、8月23日までにイスラエル市民43人と兵士119人の犠牲、インフラ損失1億3000万ドルと家屋破壊12000棟を出しました(イスラエル政府発表)。しかしヒズボラ側の発表ではイスラエル民間人死者数600−700人、イスラエル兵350人となっています。レバノン側の被害は兵士死者数100−600人、民間人犠牲者数1110人、インフラ損失2億4000万ドル、家屋破壊15万棟となっています(ワシントン・ポスト)。最も重要なことはヒズボラは孤立せず逆に民衆と国内の支持を集め、侵攻の目的自体が失敗に帰したことです。こうしてイスラエルは建国以来初めての敗戦を経験したのです。ヒズボラは、一定の近代兵器で武装し、米軍を敗戦に導いたベトナム戦争を徹底的に研究し、人民戦争形態を構築することに成功しました。戦争の勝利は武器の優劣ではなく、民衆の支持を得るかどうかにあるという初歩的な軍事理論が証明されたのです。いまアラブ世界で米国とイスラエルには勝てないとする常識がゆらぎ、米国の覇権主義に深刻な不信が蔓延しています。アラブの民衆は無能で無力な政府が主導する米帝国への妥協路線の終焉を意識し始めています。圧倒的な現代兵器の威力による脅迫的な支配は、逆に民衆の支持を失うという歴史の弁証法がはっきりと姿を現し始めています。
イラクはもはや米国がコントロールできない末期的な泥沼におちいっています。絶望した者の自爆テロ攻撃によって米兵の死者は絶えることなく、おそらく多くの若い米兵は自分がなんのためにいのちを捧げているのか分からないトラウマにおちいり、ブッシュの命令が必ずしも星条旗の命令ではないのではという深刻な疑問を抱えて戦場にいます。哀しいことにイラクの抵抗勢力内部の宗派間闘争が激化し、呪わしい内部のゲバルト現象も蔓延しています。絶望した者にみられる敵の水平的同一視です。主要な矛盾と副次的な矛盾を区別できない主観的心情の暴発があります。いま米軍がイラクに駐留できる条件はこの宗派間の内部抗争にしかなく、それは正義なき米軍の貧しさを浮き彫りにしています。おそらくあれこれの試行錯誤を経て米軍は惨めな撤退に追い込まれるでしょう。
さて振り返って東アジアのある国は、自立した帝国建設に向かって「戦後レジームの清算」を唱道する勢力が国内覇権を把握し、もはや陳腐化したかに見える平和と民主主義をかかげる勢力は少数派に追い込まれて孤立しているかのように見えます。民衆の生活世界との媒介をもたない人達に動揺が広がり、もはや希望は「希な望み」でしかないというシニシズムがひろがっているようです。かって極右反動といわれていたグループが一気に権力の中枢に参画し、最も被害を受けている若者から支持を集めるというパラドックスが起こっています。しかしレバノンやイラクが証しているように、長いスパンで見れば民衆の生活世界に寄り添える者が最後に笑うのです。そこに希望の根元的な根拠があります。奢れる者は久しからず、ただ春の夜の夢に同じ−は時代を超えた普遍的な真実に他なりません。他者を強制的に威嚇して支配する者は、じつは自ら墓穴を掘っているのです。その墓はかってなく深く暗い。問題はその墓に多くの生活世界の民衆が、自らあたかも進んで犠牲的献身のふるまいを捧げる擬制の過程がともなうことです。その過程をどう極小化させるか−ここにこに希望を刻む者の営みがあります。(2006/10/11
20:08)
[主体の統合概念とはなんだろうか]
私たちはそれぞれ無意識のうちに自分自身を何らかの集団的帰属において生活しています。その帰属意識をどこに置くかで自分の存在意義とアイデンテイテイが形成されていきます。それが自覚的に選び取られたものか、他律的に与えられたものかに係わらず、その人の人生を大きく規定します。
大日本帝国下では主権は天皇にあり、すべての個人は天皇の赤子(生命・財産は天皇から賜った預かりもの)としての「臣民」と規定され、対外的には世界に冠たるヤマト「民族」として位置づけられましたが、敗戦を契機に天皇制は崩壊し「臣民」は「国民」と再定義されました。同時に占領下で「民族」は抵抗の主体としてポジテイブな意味に転化し(民族独立行動隊、民族民主革命など)、「国民」概念も抵抗の主体へと変貌しました(国民主権、国民文学など)。しかしこの「国民」は「日本国籍の所有者」に限定されたがゆえに、レイシズムと差別を誘発する限界がありました(在日朝鮮人問題)。こうした限界を批判して高度成長期に登場したのが、抵抗の主体としての「市民」概念でした。この「市民」は敗戦直後に近代化論でも使用されましたが(大塚史学、丸山政治学)、ここでは既成組織からの自律性を意味する自立した個としての運動の主体概念でした。こうして「国民」から「市民」の流れは、国家に対抗する個人の戦後民主主義を象徴する集合的な主体概念でした。ただこうした表層の輝かしい集合概念を切り裂く裂け目として、「階級(民衆)」概念が戦前期から変革概念として使用されてきましたが、それは先鋭なマルクス主義的抵抗概念にとどまり、欧州的な社会概念として定着するに到らず、高度成長期以降ほぼ死語と化しアカデミズムからも姿を消しました。
主体概念に著しい変貌が誘発されたのがバブル崩壊以降であり、若者を中心に戦後民主主義を権威主義的な権力用語として忌避し、「市民」概念は「プロ市民」というような冷笑の対象とさえなりました。一方でワーキングプアに象徴される格差社会の進展は、格差の固定化としての新たな「階級」概念の復興をもたらしていますが、あくまでも理論概念であり、組織的な結集の実体を伴った運動の主体概念とはなっていません。こうして今や、「民族」、「国民」、「市民」、「階級」のいずれもが統合概念としての求心機能を失って雲散霧消しています。いままでの「民族」や「国民」のもつ二重性(公民と私民)は右翼的公民として回収され、かろうじて国家に対抗する主体として機能している概念は「住民」概念に過ぎなくなりました。例えば米軍再編に抵抗する主体として機能をしているのが「住民」概念ですが、それは生活との直結概念であるがゆえにプラス(住民運動)にもマイナス(村八分、住民エゴ)にも作用する背反性をもっています。こうしてもはや日本は「強い個人(勝ち組)」と「弱い個人(負け組)」がそれぞれアトム化した個人となって漂流しています。多くの日本人は自分のアイデンテイテイを市民、国民、民族、民衆、階級の何れにも実感できず、個人として漂流しながら生活次元でかろうじて「住民」として共同性を回復しています。
なぜこうした統合的な主体概念の拡散が進んだのでしょうか。いうまでもなくシカゴ学派の市場原理主義が蔓延し、職場も学園も競争する個人が市場での自己利益極大化をめざすむきだしのオオカミとなって敵対するなかで共同性の基盤が奪われていったからです。こうした事態は国家の存立基盤そのものをゆるがす危険性がありますから、市場原理を推進する権力は同時に共同幻想としての「国民」概念による強力的な再統合を推進しています。抵抗としての統合概念を新たに構築できないで模索している主体は、「国民」概念の攻勢的な強制に対して散発的な抵抗を必死に試みています。
こうした日本国内での主体概念の拡散と抗争は、国際的なコミュニケーションの場に大きな混乱をもたらしています。例えば韓国では依然として「民族」や「民衆」概念が強力な求心力を持ち(民衆的民族文学)、次第に「市民」が抵抗の主体概念に移行しています(公共事業と土地収用、良心的兵役拒否)。だから日韓両国で同じ言葉を使ってもその意味内容が異なり、双方の主体への関与力が異なります。例えば日本の右翼は嫌韓流を主張し、韓国の右翼は親日を主張しますが、同時に自虐史観排撃では一致するという驚くべき事態が起こっています。日本の右翼はかっての侵略と植民地の罪責を追求することを自虐史観として攻撃しますが、韓国のポスト・モダン派の中には植民地支配による被虐と抗日の事実を自虐史観と批判し、韓国民衆の自発的同意による受容を強調します。
また日本は一神教的な宗教共同体によるアイデンテイテイ統合を実現しているイスラム諸国やイスラエルの異文化を理解できず、一党独裁の権威主義的統合(北朝鮮)という短絡的な定義を加えて、コミュニケーション機会を喪失する事態が誘発されています。国内で統合概念が拡散している日本は、国際的交流において市民であるのか、民族であるのか、民衆であるのか、階級であるのかそれぞれのレベルでプラグマテックに使い分けるトライ・アンド・エラーという最悪の状態におちいり、当面は覇権帝国である米国との強力な同盟というゲーム理論で行動するしかありません。しかし米国の統合概念は極めて単純な個人・家族・星条旗という連続性にあるので、その同盟の内実は単に「ちから」への相互依存というマキャベリズムでしかないのです。
さて私たちは統合概念をどう考えたらいいのでしょうか。下からの本格的な市民革命を経ないで近代社会に移行した日本は、一人一人が自分で参加して時には犠牲を出しながら社会構築をなしてきた体験を残念ながら持ちません。戦後民主主義も本質的には外来的な産物であり、国内の変革は常に外圧を媒介に実現してきました。ここから日本の統合概念は「上から」或いは「外から」付与され、自力で構築してきた歴史をもちません。だから最も大事なことは、どんなに時間がかかろうとも、観念として与えられるやりかたとはキッパリ訣別することではないでしょうか。それは自分の生活点と生産点から始めるしかありません。自分の職場の統合は誰がおこなっているか、自分の学園の統合に果たして自分は参加しているか、自分の地域はどうか、自分の家族の統合はどうか、そうした重層的な実践の相互的な集約として社会レベルの統合が導かれるように考えるべきではないでしょうか。ひょっとしたらもはや全体的な統合概念そのものが必要でない社会となっているかも知れません(そのために自らを捧げるような全体概念がむしろ幻想となるような)。以上『前夜』第9号参照。(2006/10/9
15:28)
[いのちを奪い尽くしてマネーに狂奔する「美しい国」とはなんだろうか]
金融庁の調査によれば、今年3月期でサラ金17社は消費者団体生命保険を掛けた借り手の自殺者4908人から43億円を回収したという。死亡保険金の受け取り総計は52000人、302億円であり、死因が判明しているのは2万4800人(47,7%)、168億円(55%)で約半数は死因が不明だ。不明の原因は、サラ金と保険会社が死亡診断書の貼付を必要としない約款を結ぶからだ。判明分の自殺率から不明分を計算すると、サラ金17社は1万295人の自殺者から総計77,3億円を回収したと推定される。1人当たりの保険金は病気・事故62,3万円に対し、自殺87,1万円と飛び抜けて高く、最初からそういう約款を締結していることが分かる。04年度死亡者に占める自殺率は9,04%(20−29歳)であるのに対し、サラ金の借り手の自殺率は19,4%(17社)、19,8%(大手5社)であり、サラ金の借り手の自殺率は異常に高い。5人に1人が自殺するのだ。つまりサラ金会社は借り手の異常に高い自殺率を見込んで、自殺の場合の支払額を高くする約款を保険会社と結び、死亡によって発生する民事免責をより高額の保険金で回収しようとしているのだ。こうして借り手を自殺に追い込む脅迫的な取り立てをおこなって、自殺者からの高い死亡保険金を手にすることができる。また手続きの煩わしい死亡診断書の貼付なしに受け取れる約款を結び、保険金回収の速度を速めている。特に大手5社(アコム、アイフル、武富士、プロミス、三洋信販)は、この3年間で1万4660人の自殺者から110億円を受け取り、多重債務の増大と自殺者の関連を浮き彫りにしている。なぜなら自己破産件数が03年24万件から05年18万5000件に減少し、保険金受取額の減少との連動を推定できるからだ。こうしてサラ金は契約時に必ず受け取り先を自社とする団体生命保険に加入させるために、借入申込書と保険加入同意書を同じ書面にして融資と保険を一体化している(06年17社貸付人数1400万人で団信保険被保険者数1340万人)。サラ金大手5社の自殺率とその金額率は、A社:21,6%、23,3%、B社:11,2%、18,9%、Cしゃ:9,9%、13,9%、D社:9,3%、19,0%、E社:4,5%、5,7%(金融庁の発表は社名を伏せている)。
サラ金が保険会社に支払った保険料は376億円であり、保険会社も大儲けをしている。こうして保険会社とサラ金経営者は手を組んで利息制限法の上限を超える金利を課しては利益を荒稼ぎしている。自殺者が1人出るたびに、手に入る保険金を計算して秘かにほくそ笑んで嬌笑している。不況が深化して自殺者が増大することを期待しながら、毎日微笑んで営業活動に汗を流している。TVのCMに可愛いタレントや子犬を登場させては誘い込み、自殺に追い込んであくなき利益を追求している。
厚労省の調査では、05年度の1ヶ月平均の生活保護世帯が104万1508世帯とはじめて100万世帯を超え過去最多となった。92年が58万5972世帯(147万5838人)だったから、約10年を経て倍増した。特に母子家庭などの1人親世帯や中高年の単身者が増え、高齢者の傷病を理由とする申請が急増している。就業機会が少ない現状では、生活保護を受け始めた世帯がそのまま受け続ける固定化が進んでいる。申請基準がより厳しくなり、保護内容が切り下げられる中で急激に進んでいる貧困の実態がある。1人暮らしの病気になった高齢者は姥捨山に捨てられるのだ。かって私の知人が家族を養えないので、生命保険に入って自殺しようか−と真顔で言った時には暗澹たる気持ちになったが、もはや日本はここまで追いつめられている。
産業保険医の専門用語に「98年の転換点」「遅れてきた変化」などのキーワードがある。97年の大型金融破綻とその後の企業のリストラや成果主義賃金の導入、不安定雇用を許す労働法制の改訂によって一気に精神疾患が増え、98年にはじめて自殺者が3万人を超えたからだ。ギクシャクした職場での長時間のサービス残業精神に不調をきたした社員をつぎつぎと切り、いま前線に躍りでざるを得ない30歳代の社員にストレスが集中し、精神疾患患者の60%が30歳代に集中している。今後のキャリア形成や生活設計に最も揺れ動く層にストレスが誘発されている。精神科や心療内科への通院歴があると、住宅ローンの貸し出し条件である団信保険への加入を拒否され、マンションの購入はできない。精神疾患やメンタルヘルスに問題がある人は、死亡保障や医療保障を受けられない時代となった。かれらが最後に頼るのはサラ金しかないという構造になっている。しかも業務上の休業期間を過ぎればあっけなく解雇されてしまう(東芝30歳代女性エンジニア)。社員を被保険者とする精神障害担保付き長期傷害保険に加入する企業が増えている。ヒューマンな職場環境をつくるのではなく、万一の場合は保険で処理しようという発想はサラ金会社と同じだ。労働安全衛生法改正によって、月100時間を超えた残業の労働者に医者への面接を義務づけたことに対し、日本経団連は企業負担が増大すると反対した。いま日本の企業は社員を次々と切り、職場は明日は我が身とモチベーションは衰弱し、仕事の不安の増大と希望の喪失が相乗する荒涼とした風景がひろがりつつある。こうした大規模なリストラと成果主義、不安定雇用の増大の対極に、バブル期を上回る利益率と内部留保をはじき出しているのが企業の実態だ。
これが「美しい国」のまごうかたなき真実の姿だ。荒廃した大地にたおれ伏すいのちの残骸には眼もくれず、「美しい国」を掲げて進む人よ! あなたの行きつく先は犠牲になった人達の怨嗟の声が呻いてくる黄泉の世界だ。今澄みきった青空を自衛隊の輸送機が3機編隊で爆音を立てて飛んでいく。もはや若者の安定した就業先は軍隊しかないという米国のような姿が近いことを告げている。我が亡き後に洪水は来たれ! モラル・ハザードの極まる「美しい国」よ、汝に未来を託すことは到底できないと地上をさすらう人々のかすかな声が響いてくる。取り返しがつかない終焉が待ちかまえているきわどい時代となった。沈積したトラウマが飽和点に達し、マグマとなって発火し噴出する危険な時代が近づきつつある。(2006/10/7
11:05)
[「画期的」を「ガッキテキ」とはまさに画期的だ!]
この度首相に就任した人物があるTV番組で「画期的」を「ガッキテキ」と発音して失笑を買っていました。「総理にならんとする人は国語力を磨いて欲しい」と注文する今はアウトサイダーとなった議員もいますが、それはとても無理な注文でしょう。『美しい国へ』という著書の中身は、正反対の醜さにあふれており,「美しい」という意味すら分からないで書いているからです。ゴーストライターの点検を受けて出版したのでしょうが、それでもこの人物の国語能力の低レベルが現れています。おそらくセンター試験の1次もクリアーできないレベルです。「美しい」の原義を広辞苑でみてみましょう。
うつくしい=美しい・愛しい
肉親の愛から小さいものへの愛に、そして小さいものの美への愛に、と意味が移り変わり、さらに室町時代には美そのものを表すようになった
つまり「美しい」の原意は自分では生きていけない、いたいけな存在への慈愛に満ちた愛情であったのです。しかし彼の「美しい」は「美化」とか「美談」といった「よいこと。りっぱなこと」というほんらいの意味から外れた派生的な意味に近く、「ちから」を誇示するボデイヴィルダーの肉体美に近いようです。たとえば彼の教育論を見ると、「志しある国民と品格ある国家をつくるために国家のために進んで身を投じる国を愛する態度を養う。官邸主導で自虐史観の教科書をやめさせる」として、全国一斉学力テストと国を愛するこころを国の監察官が評価し、ダメな教師は辞めさせダメな学校は廃校にするという、なんとも強権的な独裁観が満載されています。こうした独裁的な手法に憧れをもつ人は、ナチス型ファッショの心情に共感する人だけでしょう。
現実の学校がどうなっているでしょうか。たとえば北海道のように次々と公立高校が廃校となって、学費が高い私立に行けない子どものための学習塾を農協が始めています。家庭訪問すると、両親が離婚して兄弟3人だけで暮らしている子どもや、父親が目の前で焼身自殺した子どもがいます。或いは学校選択の自由化で東京の品川区の中学は入学者がゼロとなり、廃校に追い込まれています。私は入学式がないこの中学2,3年生の気持ちを思うと暗澹としてきます。教師たちは、ダメな子どもや貧しい子どもを入れると学校が崩壊すると危機感を抱いて排除しようとしています。こうして小学生の対教師暴力が過去最大になるという惨憺たる状態になっています。これが競争原理の自己責任がもたらしている「美しい国」の実態なのです。おそらく彼の教育観が実現すると、豪華な私立学校と荒廃する公立学校の両極に分解し、公立は姿を消していくでしょう。競争原理を否定した助け合い教育で世界学力調査第1位となっているフィンランドは、彼の教育観がどんなに貧しいかを証明しています。
さて彼のめざすのは「美しい国」であって「美しい地球」ではありません。欧州宇宙機関(ESA)は地球観測衛星「エンビサット」で観測されたオゾンホールの面積が2800万qと過去最大となり、失われたオゾン層は100万d増加していると発表しました(2日)。紫外線の直射によって生態系は破壊され、北極海の氷は溶けていまは魚を探す海鳥が海の上を飛び回るようになってきました。温暖化の危機はもはや取り返しのつかない限界に迫りつつあります。「美しい国」とは滅びゆく地球の上につくられる砂上の楼閣に過ぎないのです。最大の原因はなんでしょうか。せっかく世界で合意した二酸化炭素排出の約束を結んだ京都議定書を離脱して、自分の国だけは経済成長を維持する米国の傲慢な政策にあり、日米同盟を強調して批判しない政策にあることは明らかなのです。つまり「美しい国」は、我が亡き後に洪水は来たれ−とする廃虚の上に築かれた醜い姿でしかありません。自分の国さえ美しければよい−という国ほど醜いものはありません。
ようやく結論にたどりつきました。彼の画期的な「美しい国」は、じつはガッキテキつまり「餓鬼的」な低学力の人物による虚像でしかありません。頽廃した没知性の人こそ、こうした虚栄の言葉にいかれやすいのです。(2006/10/4
10:35)
[TV画面上方のサブ画面は何を象徴しているかー群れなす感情同調の時代]
写真家の藤原新也氏がTVメデイアによる感情の増幅化現象を指摘し、しゃべりに連動させて映像、音楽、ナレーション、テロップなど過剰なテクニックを駆使して視聴者の自律的判断力が衰退し、結果的にハイテンションのワンフレーズで人心をつかむ首相が出現していると持論を展開している。私も最近のスナック系と言われる番組には嫌気がさしてほとんどみなくなってしまいました。スナック系とは家事仕事の合間にシテイ情報をながら見する番組で、ギャル風のアナウンサーやタレントがエネルギーを撒き散らすように喋りまくっています。
私が最も奇異に思い抵抗感が強いのが、TV画面の右上方に小さなサブ画面が開いて、そこに番組を見ながら同調して表情を変えていく司会者やタレントの顔が次々と現れることことです。視聴者は番組を見ながら、同時にサブ画面の顔の表情をみてそれに同調するように自分の感情を合わせていくようになります。常に他人の行動を見ながらそれに自分を合わせていく日常生活の習慣が、TV画面にも入ってきたような気がします。企業や学校で他人の視線を気にしながら動いているスタイルが、私的生活であるはずのTV視聴にも及んできています。なぜこのような画面編集がおこなわれるようになったのでしょうか。リースマンが他者指向型人間として現代人を定義したのはすでに古く1930年代だったような気がしますが、いよいよその傾向が深化してきています。自分の頭で考え判断する自律した大脳皮質の反応能力が極端に衰弱し、わらうことも泣くことも怒ることもサブ画面の表情を参考にして、大衆心理を操作するオピニオン・リーダーに委ねていく姿は、自分を見失って漂流し、どうしていいか分からなくなった現代人の不安の裏返しであるかも知れません。
視聴者が操作できないサブ画面は視聴を続けようとする限り、強制的に見せられ続けることになり、それに違和感を感じない人は無意識のうちに同調し、或いは同じ感情にある自分を確認して安心し、ついには快感をも覚えるようになっていきます。最後にはサブ画面なしに番組を視聴できないまでに一体化していくかも知れません。デイレクターはこうした同調の心理学=同一化の快感によって、リピーターをつくり視聴率を稼ぎたいのでしょう。
率直に言うとわたしはサブ画面が現れると、とっても嫌な気分になるのです。自分が否定されて他者に同調し、あたかも自分がモルモットのような手段に堕していく感じを覚えて吐き気を催すのです。しかしこうした番組の視聴率が高いのは、他者指向型の同調性をもった人が増えているからでしょうか。最も嫌なのは、スタジオでくり広げるお笑いのイジメ的な演出を高笑いしながら嬌笑しているサブ画面です。或いは人生相談的な番組で相談者を軽蔑するような回答者をみて、優越の快感があふれているようなサブ画面です。
こうした現象を藤原新也氏は感情増幅の時代といいますが、私はむしろ感情同調の時代つまり醜いファッシズムの心理と酷似しているような気がします。それは政治番組を見るとよく分かります。批判的な少数意見がへのあざ笑いと冷笑、そして多数意見へ同調している安心感へ誘導するような番組編成が意識的におこなわれているようです。身ぶり手ぶりを交えた感情過多の自称評論家が群れをなして登場し、他者を嘲笑いながら攻撃しています。それをニコニコしながらサブ画面の司会者が笑ってみています。いつのまにか対象となるテーマを冷静に考えるよりも、感情で惹きつける政治家がチョウ人気を得ていくのです。ほんとうはシリアスでマジメでなければならないことが、あたかも漫才か落語のように娯楽化し、ホンネ(!)で勝負しようとする欲望自然主義にカタルシスを味わうようになってはいませんか。どのチャンネルを回してもこうした編集であふれ、TV局はついに知性や理性を失って、パンとサーカスに狂奔するロ−マ帝国末期の症状を呈しているようです。
最後の象徴的な事例を紹介しましょう。ナチス・ドイツ政権による強制労働者への補償金支払いが9月30日に完了しました。戦後ドイツは、強制収容所で犠牲となったユダヤ人、シンテイ・ロマ、障害者の安楽死の犠牲者への補償はおこなってきましたが、1400万人から1500万人に上る強制連行・強制労働被害者への補償は遅れました。ドイツ政府とドイツ財界が共同して1千億マルク(99年時点で5兆5480億円)の「記憶・責任・未来」基金をつくり、150万人以上の生存者に1人2500−7500ユーロを支払ってきました。被害者の多いロシア、ウクライナ、ベルラーシ、ポーランド、チェコ、イスラエルの6カ国とユダヤ人組織「対独物的請求ユダヤ人会議」と補償契約を結び、謝罪文と補償金を手渡したのです。こうしてドイツは過去の不正義に責任をとり「戦後レジームからの訣別」を実現して欧州での高い信頼を回復しました。驚くべきことに日本の新しい首相は同じ「戦後レジームからの脱却」を掲げて登場しましたが、それは全く意味が違いました。ドイツと同じく日本も韓国・朝鮮・中国人への強制連行と強制労働の不正義をおこないましたが、その最高責任者であった人物の孫が首相に就任し、「過去のことはよく分からんから歴史家に委ねよう」と言い、サブ画面では取り巻きが「そうだそうだ、過去のことをいつまでほじくっているんだ」と同調しています。それをみている視聴者の一部にもルサンチマンを被害者にぶつけて快感を味わう傾向も生まれています。
こういう番組が欧州で放映された場合を想像するとゾッとします。日本は猛烈な非難を浴びて番組の放映禁止、制作者の処分、戦犯加担犯罪で起訴され、2度と市民社会への復帰を許されないでしょう。日本社会の隅々にサブ画面がはめ込まれ、無意識のうちに同調を強いられて、行き場を失って沈積するルサンチマンを発散するカリスマを熱望する雰囲気が醸成させられています。まるでオーウエルの『1984年』が20数年遅れて実験されているかのように。(2006/10/2
9:16)
[鳳仙花]
朝夕はひんやりして、空の雲も地上の草花もすでに秋を感じさせます。あの異様に暑かった夏もまるで昨日のように過ぎていって、プロ野球はすでに終盤を迎え、中日だ、阪神だと我が家は少し殺気だった雰囲気が漂います。妻は熱烈な中日ファンなので猛烈な阪神の追い上げを受けて、広島の悪口を言いながらヤキモキしています。なんといっても今日から天王山の阪神三連戦で目が離せません。
そんな家から出て散歩し、野に咲く鳳仙花につぎつぎと触れるとパッと身がはじけて季節の変わり目をつくづくと感じます。幼い日に夕陽が真っ赤になって西の山端に沈んでいく美しさに目を奪われてしばし見とれたことも想い起こします。あれから数十年が過ぎて我が身も秋の風情が忍びよるこの頃です。鳳仙花は日本語で瓜紅といい、中国語では指甲草、つまり爪の草という意味だそうです。赤、白、ピンクの三色があり、赤い鳳仙花を使って爪に塗るおしゃれを女の子たちは楽しんでいました。わたしは鳳仙花の名前を聞くとなぜか厳粛な気持ちになるのです。それは学生時代によく聞いた朝鮮の歌の「鳳仙花」を思い出すからです。
鳳仙花は洪蘭坡の代表作として知られ、当初は「哀愁」というバイオリン曲に金亨俊(1884−?)が歌詞をつけて1925年に「鳳仙花」として発表され、抵抗歌の象徴としてアリランと並んで歌われてきました。いかにも力強く情感豊かで学生時代の私は友人たちとよく口ずさみました。
吹雪に枯れ散っても
春には蘇ることを祈らん(3番)
凛と気高い鳳仙花の姿がそのまま日本への抵抗を続ける朝鮮民族のけなげさを歌い上げています。ところがこの歌のデビューは、実に戦時下の1942年東京でおこなわれた全日本新人音楽会で、ソプラノ歌手金天愛が絶唱し満場を感動の渦に巻き込んだのです。当時の日本人はまさか抵抗歌とは思わなかったのでしょう。というのは作曲家・洪蘭坡は1937年に日本に屈服して親日分子となり、森川潤と創氏改名して日本軍のために「空軍の歌」や「希望の朝」などを作曲して日本では有名な作曲家になっていたからです。彼は現代韓国音楽界では民族音楽の父と評価されていますから、彼の音楽的力量と貢献はいろいろあっても大変な芸術的能力の持ち主だったのです。
私たち日本はかってこうした芸術家をも強制して創氏改名させ、音楽を銃弾と化して運命を狂わせたのです。今でも在日コリアンの歌手の多くは日本名でデビューし、紅白歌合戦の出場者の半数を占めていると言われます。芸術家が自らの芸術以外の要素で活動を疎外されざるを得ないのが日本の痛ましい現状なのです。「美しい国」をつくるといって首相に当選した人ははたしてこういう事実を知っているのでしょうか。彼の祖父はかっての植民地支配の最高責任者の1人であったのです。こうした人物を日本が当選させたことによって、在日コリアンは遠からずまた冬の時代を迎えるでしょう。嫌韓流とかいう下品な勢力が闊歩していますが、「鳳仙花」のような気高い民族には憐れみをもって受けとめられるでしょう。「美しい国」を宣揚するグループこそ、実は最も醜い姿をしていることに気づかない不幸を日本人みんなが背負うことになるでしょう。(2006/9/29
16:38)
[モナリザは出産直後だったのか]
レオナルド・ダビンチの傑作「モナリザ」の微笑には、ひきこまれるような神秘を感じますが、なんとあの微笑みは次男の出産直後であったようです。モナリザのモデルは、フィレンツエ商人の妻リザ・ゲラルデイーニとされ彼女は5人の子どもをもうけています。作品は次男の誕生を記念して1503年に描かれたものだと、フランス人専門家のブルーノ・モタン氏は言っています。ではどうして出産直後ということが分かったのでしょうか。実はカナダ国家研究会議が、レーザーデイスクによる3次元処理技術を駆使して、これまで確認できなかった塗装層を観察したところ、16世紀イタリアの妊婦や出産直後の女性が着用する薄い透明のヴェールを羽織っていることが分かったからです。製作年代とヴェールの着用を組み合わせると、モデルの次男誕生と一致するからだということです。
モナリザの神秘が次々と明らかにされていくのは、ファンからみると歓びとともに少しばかりの淋しさがともないますが、なにはともあれ真実が明らかになっていくのは嬉しいことでしょう。しかしだとすればなぜ聖母のように幼子を抱いた姿ではなかったのかという疑問も湧いてきますが、それはよしとしましょう。大事なことは500年以上を経てなお真実を追究しようとするあくなき探求心です。歴史はかならずいつの日か真実を必ず明らかにするということの証しとして、私は今回の研究を高く評価したいと思います。今回の発見は3次元処理技術という科学技術の最前線と、、ルネサンス期の女性のファッション史の知識がなかったならば不可能だったでしょう。なぜ出産直後の女性が透明のヴェールを纏うのかーということも知りたくなります。ともあれ歴史は必ず真実を明らかにするという不動の真理を示して、ある感慨が起こってきました。
さて話は突然変わりますが、米政府の16の情報機関による世界のテロ現象を分析した「国家情報評価(NIE)」の機密指定が解除され公表されました(26日)。NIEはイラク戦争直前にフセイン政権の大量破壊兵器の開発を02年に報告し、イラク戦争開始の根拠を提供しましたが、今回はイラク戦争によってかえってテロリズムの脅威は増大したとし、結果的にはブッシュ戦略を批判するものとなっています。まず米政府内部に16もの秘密情報機関があることが驚きです。せいぜCIA(中央情報医局)とかFBI(連邦警察)程度しか知らない私には、アメリカがここまで秘密情報機関を張りめぐらせているとは知りませんでした。日本では内閣調査室とか公安調査庁のほかに自衛隊の情報機関を思いうかべますが、アメリカの闇の世界の深さを知って暗澹たる気持ちになります。同報告書の印象に残る部分を紹介しましょう。
「1,イラク戦争はジハーデイストを生む誘因となり、イスラム世界への米国の関与に対する深い怒りを拡げ、世界的なジハーデイスト運動の支持層が拡大している。1,ジハーデイスト運動が拡散している要因は、@腐敗、不正、西側支配に対する恐怖感に根ざした怒り、Aイラクでの聖戦、Bイスラム教国での改革の遅れ、C大多数のイスラム教徒にある反米感情である。1,反米感情とグローバル化感情の昂揚が他の求心的なイデオロギーを煽っている。これが一部の左翼・民族主義・分離主義グループがテロ手段で米国の権益を攻撃するよう促す可能性がある。1,イランとシリアは最も活発なテロ支援国だ。」(一部要旨)
この報告書は戦前日本の大本営のような主観的な情勢分析ではなく、たとえ大統領批判になろうとも客観的に分析しようという姿勢がみられます。しかしこの報告書の致命的な欠陥は、イスラム原理主義テログループにすべてを収斂させ、実は武器を取らない一般市民にこそ反米意識が拡大していることに分析を進めないことです。たとえばパレスチナのハマスや、レバノンのヒズボラが武器とともに地域福祉・教育運動を広範に展開して圧倒的な市民の支持を得ている実態に目を閉ざしています。アルカイダとそれを支援するイランとシリアを悪の枢軸と名指する短絡的な分析に終わっています。或いは日本を除くすべての先進諸国が米大統領の反テロ戦略を批判又は非協力の態度を示している実態に目をふさいでいます。米国の情報収集と分析力の限界がありますが、ブッシュ政権はこの報告書をつまみ食いしながら最後のあがきを続けるでしょう。
さて日本の新内閣誕生を受けて欧州各国は、「新首相は過去をごまかすことでは前首相より上だ。新首相は歴史に忠実でなければならない。過去の誤りを認めないならば責任ある民主主義として受け入れられないだろう」(米紙ワシントン・ポスト27日付け)「過去をごまかさず靖国神社参拝で中国を愚弄しないで戦争犠牲者への哀悼を示す別の方法がある。過去の歴史問題に正直に対応することで日本の潜在能力をひきだす歴史的チャンスがある」(英紙タイムズ27日社説)とか、「新政権は平和憲法を改定し愛国主義教育を強化するだろう。新首相は日本の軍国主義の過去に無批判である。日本の戦争犯罪を認めないだけでなく、東京裁判の正統性を疑問視している。戦犯神社になんども参拝し、北朝鮮に対する強固な態度で政治のスターになった新首相の下で愛国主義教育が強化される恐れがある」(独紙ウエルト27日付け)など全世界で日本の新政権の反動性を批判しています。米紙の批判は、自らを省みて他を論ぜよと云えなくもありませんが、何れにしても日本は全世界から異様な国とみなされています。もし新政権のレーザーデイスクによる3次元処理分析をおこなえば、うっすらと透明のヴェールが現れ、その裏には大日本帝国憲法と教育勅語の言葉が浮かび上がってくるでしょう。2度と纏わないことを全世界に誓ったはずのあの亡霊が、よくぞ私を忘れなかったと涙を流して嬌笑しながら・・・・・。(2006/9/28
17:45)
[日系米兵・ワタダ中尉の選択は、日本に何を問いかけているか]
ワタダ中尉(28)は、イラク戦争の違法性を訴えて派兵を拒否しました。米軍は彼を軍事司法統一法典により、大統領侮辱罪など3つの罪で起訴しましたが、8月の全米反戦帰還兵の会での「違法で不正義の戦争をやめよう。兵士は戦闘中止の道を選択できる」という発言を受けて、新たな抗命煽動罪を追加し、軍法会議で4つの罪がすべて有罪となれば懲役8年に処せられます。彼は03年にハワイ太平洋大学を卒業して、士官候補生として軍隊に入隊し、韓国に駐留後に現在のフォートルイス基地に勤務し、06年に違法な戦争への参加命令は違法として除隊を申し出るが、3年間の軍務義務が終わる06年12月までの規定によって退役を拒否され訴追されています。彼はクエーカー教徒のような良心的兵役拒否を申し出たのではなく、正義の戦争は認めるが不正義の戦争は認めないという立場です。彼は入隊にあたって奨学金その他の援助を一切軍から受けておらず、純粋な志願兵であったのです。おそらく軍法会議は懲役8年の有罪判決を下し、彼は36歳までの人生の最も大事な時期を獄中で送るでしょう。
興味深いことに在米日系人の間ではワタダ中尉の行動をめぐって評価が二分されています。崇高で良心的な行動だと評価する人と、祖国への忠誠を裏切る行為だという意見です。在米日系人の新聞「パシフィック・シテイズン」は、第2次大戦の時に在米日系人が米国のために立派に戦ったことを君はどう思うのか?と問い、彼は「イラク戦争への参加は忠誠を示すことにはならない。この戦争は米国民を欺いた戦争で、ジュネーブ条約・国際人道法・陸戦法規を犯している。この戦争はかって日本やドイツの侵略に対して戦ったようなものではなく、米国が侵略者となっている。帝国日本やナチスと似た理由で戦われている戦争は許せない。『静かで従順な日本人』であるより、戦争犯罪と侵略戦争をやめさせるために積極的に行動する」と答えています。
第2次大戦時の日系人は、米国への忠誠を身をもって示すために積極的に従軍し、欧州戦線で戦い、ダッハウ強制収容所解放のために多くのいのちを犠牲にしました。自分たちの家族が本土で強制収容所に収容されていたにもかかわらず。彼らは最も危険な最前線を志願して、白人米兵をしのぐ戦闘をくり広げたのです。彼らは米国の自由と民主主義の為にいのちを捨て、またそうすることによって自分たちの家族を収容所から解放しようとしたのです。その苦渋に満ちた選択は、祖国を引き裂かれた者の苦悩が凝集されていましたが、基本的には正義が星条旗の下にあったからの自己犠牲といえるでしょう。
ワタダ中尉の発言を聞くと幾つかの興味ある印象を受けます。やっぱり日本人の一般的イメージは、「静かで従順」ということなのかなと思います。なぜならイラク戦争へ従軍した自衛官の中ではただの1人も拒否者は出なかったからです。事前に従軍の意志を確かめて忌避者は外したのでしょうが、他の自衛官から憲法と自衛隊法そのものに違反する派兵を批判する発言も出ませんでした。一定の学力を持って防衛大学に入学したはずの幹部自衛官は、決定に対する自覚的判断を持つ能力を備えているにもかかわらず。
さて米軍軍法会議は彼を獄中に入れるでしょうが、歴史の法廷は彼をどう裁くでしょうか。ニュルンベルグ裁判以降軍隊での違法な上官命令を拒否する義務が下士官にあるという法理が確立され、間違った命令にも絶対服従するという特別権力関係論は否定されました。上官命令を拒否すると自分は処刑されるからやむを得なかったーと合理化するナチスの軍人はこうして有罪となったのです。この国際法理から言えばワタダ中尉の行動はむしろ正統な軍人としての行動だということになります。なぜなら米国がイラク戦争の大義としたすべての根拠が虚偽であったことが米国議会ですら証明されたからです。むしろジュネーブ国際司法裁判所は米国大統領の戦争犯罪を裁く時が来るでしょう。
いまや米国大統領の選択が正義であったとする国は、日本だけになってしまいました。不正義に対して抵抗しない「静かで従順な日本人」のイメージは全世界にひろがって蔑みの視線を浴びています。日の丸・君が代強制の命令は違憲であり、首相の靖国参拝は違憲だという司法判断が出ても、行政が平然と無視するといいう、驚くべきモラル・ハザードの頽廃が蔓延している国が日本です。ウソに対する素朴な反発の感情が次第にマヒし、「重度障害者に人格はあるのか」「閉経したババアは有害だ」「あやしげな第3国人がいるから治安が悪くなる」などと暴言を吐いても、300万票で圧勝する都知事がいます。ウソとデマに対する曖昧さが増幅されて文化的頽廃と危機が間違いなく進行しています。
ワタダ中尉はアメリカの良心が依然として健在であり、或いはもしかしたら不滅であることを象徴的に示していると思います。アメリカは8年後に彼が出獄した時にどう迎えるでしょうか。あるいはそれ以前に彼の有罪判決を破棄して名誉を回復するでしょうか。それはベトナム戦争の時に、人を殺すことはできないとして入獄を選んだプロボクシング世界ヘビー級チャンピオンのモハメッド・アリ(カシアス・クレイ)が身をもって示しています。彼は出獄後のリターンマッチで相手をノックアウトして再び返り咲き大統領と握手したのです。こういうアメリカが私は大好きなのです。自由闊達でしかも不正義は許さないというアッケラカンとした個人行動がうまれるアメリカが。両親は息子の行動を讃え支持していますが、日本の親はもしかしたら自殺するのではないでしょうか。世間のイジメと村八分を受けて。(2006/9/26
10:42)
[貧しさの下方スパイラル]
OECDによれば日本の相対的貧困率は米国に次いで世界第2位に転落したそうです。貧富の両極化が極端に進み、一般世帯の20%はすでに生活保護水準かそれ以下になり、中流層の貧困化(生活保護周辺層化)が誘発されています。しかし青木紀氏(北大)の調査によれば、多くの日本人はこの事実を貧困として捉えていないそうです。民生委員や児童相談所職員、司法書士1547人を対象とした調査では、ホームレス、1年以上の失業、生活保護受給者、健康保険がない人を貧困とは考えていない人が、それぞれ36,7%、40,6%、48,2%、40,3%あります。驚くべきことは調査対象者が日本の貧困者をケアする専門職にあることです。これはいったい何を意味するのでしょうか。
逆にどのような状態を貧困と思うかでは、敗戦直後の生活72,7%、途上国・戦災国の生活84,6%で、日本人の貧困イメージは生命の剥奪に近い状態でありホームレスや長期失業者、病院に行けない人は、まだ生きておれるから貧困ではないと考えているようです。社会福祉論では貧困を生命の維持ができないレベルを絶対的(原始的、1次的)と、一般的生活水準を大きく維持できない相対的貧困とに区分します。前者は動物的な生命維持ができないレベルであり、後者は生命は維持できても社会的生活水準から排除されている状態を指すようです。日本は基本的に絶対的貧困は解決され、相対的貧困が問題となっていると言われますが、1人暮らしの高齢者の餓死などをみると絶対的貧困が忍びよってきているような気もします。OECDの相対的貧困率は一般的生活水準の半分以下の収入を対象としていますが、日本での公的な基準は生活保護基準で考えられます。すでに一般世帯の20%が生活保護水準以下の生活となり、しかも認定受給者が少ないことは絶対的貧困生活者が隠然と堆積しつつあることを示しています。
にもかかわらずまだまだ日本は豊かだ、外国人労働者がどんどん押しかけてくる国だ、などと言う人がいます。或いは生活保護以下の暮らしをしているワーキング・プア(派遣やアルバイト)が、働いている自分より生活保護が高いのは許せないーとして保護基準を攻撃する人もいます。なぜ貧しい人が自分よりさらに貧しい人を攻撃する下方への貧困競争のようなスパイラルが起こっているのでしょうか。心理学的には弱い者がさらに弱い者へルサンチマンを発散する抑圧の移譲です。公園にいるホームレスをみて感じる気持ちが、「可哀想な人がいる」からじょじょに「なんだ 怠け者が、無能者が」という気持ちに変わってきてはいませんか。それは自分もいつかあのようになるのではないかというリアルな不安があるからです。
シカゴ学派の市場原理論が日本に浸透し、すべての人にチャンスは開けている→成功も失敗も自己責任だ→社会福祉は甘えと怠惰を生むという自己責任論が蔓延しています。貧しさを自己責任と考えると、それの救済を述べ立てることはさらなる恥と自己卑下を伴います。自らの尊厳の意識が高い人ほど貧しさを自力で突破しようと考え、そういう努力をしない人を軽蔑し攻撃する心理が生まれます。
しかしほんとうに自己責任論ですべてを処理できるでしょうか。給食費を払えない子どもはアルバイトをしなければならないのでしょうか? 年金のない1人暮らしの老人は働かなければならないのでしょうか? 重度障害者は自分で稼がなければならないのでしょうか? 正規雇用の求人がない学生は自分の責任なのでしょうか? それをしも甘えとか怠惰というならば、それはもはや人間の国ではなく、ジャングルの国でしょう。いま全国に2万5300人(うち女性750人)のホームレスが確認されていますが(03年調査)、路上生活以前の就労形態は正社員40%、自営業4%、会社経営・役員2%、日雇い労働者36%であり、多くはバブル崩壊後の長期不況や倒産、リストラと家庭条件が重なって落ちこぼれてしまった人たちです。元ホワイトカラーや富裕層の中高年があっけなく転落するケースが増え、一般生活者とホームレスの境界が危うくなっています。こうして「美しい国」を説く人は財政難を理由に次々と生活保護や社会保障の切り捨てをおこない、荒廃した「醜い国」を野放しにしてもしかたがないという心理が生まれてきました。信じられないことに民生委員が先を争って生活保護認定を認めない競争が起こるような事態となっています。
「健康で文化的な最低限の生活」は納税している市民の残された最後の尊厳を守る生存権なんだーという常識が失われようとしつつあります。それは政府が主導しつつ、強い個人が支持し、弱い個人が挫折感の中で受け入れています。貧しさの下方競争は互いを敵とみなす荒んだ関係を生み、優越と劣等の交錯する地獄となるでしょう。分裂の極大化は社会そのものの維持機能をマヒさせ、ホッブス的な自然状態を誘発するでしょう。アメリカ・モデルときっぱりと訣別する時が迫ってきたのではないでしょうか。世界第2位のGDPをより人間的に分配するBHNシステムへの転換が問われています。(2006/9/25
10:08)
[歴史の謝罪について]
現在の日本の歴史感覚では想像できないような歴史への謝罪行為がおこなわれようとしています。イギリス政府は、奴隷貿易禁止法制定200周年にあたる2007年3月の記念式典に向けて、イギリス政府が果たした役割について謝罪する「遺憾声明」を出すことを検討しているという。英国では奴隷貿易で栄えたリヴァプール市が1999年に市として公式の謝罪声明を出している。今回の声明は政府の公式謝罪ではないが実質的には謝罪声明に等しいという(時事通信 英紙デーリー・テレグラフ22日)。ウーンこういう感覚と態度がピンと来ない私は歴史感覚がどこかおかしいのだろうか。ここで奴隷貿易の歴史を振り返ってみよう。
欧州によるアフリカ人奴隷貿易は、、大航海時代の1441年にポルトガル人による黒人の王室への献上を以て始まり、奴隷狩によって西印度諸島の砂糖プランテーション労働力として移出された。18世紀になるとイギリスのリヴァプールやフランスのボルドーから銃器と黒人と砂糖の交換という三角貿易によって、3世紀に及ぶ奴隷貿易で1500万人以上のアフリカ系原住民がアメリカ大陸に送られ、欧州は莫大な利益を上げた。その後の奴隷価格の高騰とアフリカ植民地化の人的資源枯渇を受けて、奴隷貿易は縮小し、英国も1807年に禁止令を出した。奴隷貿易禁止は産業政策の利益からであって人道的観点ではなかったのである。
日本人を対象とする奴隷貿易は、1543年(天文11年)の鉄砲伝来以降の1540年代後半から始まり、16世紀後半には大量の日本人がポルトガルや南米アルゼンチンに送られ、天正遣欧少年使節は多数の日本人を各地で発見して怒りの報告を記している。1587年(天正15年)豊臣秀吉は大坂城へ宣教師を呼び、日本人奴隷売買の禁止と海外日本人の帰国を命令するが、宣教師はスペイン無敵艦隊による攻撃を示唆した。秀吉は宣教師追放令を出しその第10条で奴隷売買を禁止した。
当時の欧州は新大陸開発の労働力最適調達としてアフリカ原住民を供給し、本国は植民地経済によって利益を極大化し、その後の資本主義発展の原資を稼いだのだ。その略奪は弓矢に対する重機関銃での威嚇というハードな方法と、宣教師による慰撫というソフトな方法を組み合わせた隷属化戦術であった。16世紀に奴隷となって海外に送られた日本人の末路はいったいどうなったのであろうか。ユニオンジャックは血塗られた歴史をもっていたのだ。
しかし改めて500年以上前の歴史を現代によみがえらせて謝罪をおこなうという歴史に対する感覚は率直に言って実感が湧かない。日本でいうと1592年の秀吉による朝鮮侵略(文禄の役)について日本政府が謝罪するということだ。わずか数十年前の侵略責任について謝罪はおろか「後世の歴史家の判断にまかせる」という次期首相の言をみると、欧州と日本の恐るべき落差を感じる。
この歴史感覚や歴史意識の違いはどこから来るのだろうか。すぐに想起されるのは丸山真男の「であることとすること」などの自然と作為による説明や、超越的唯一神教と汎神的多神教という宗教意識論による説明などがあるが、これらの説明は帰するところアジア的生産様式論や和辻的風土論に帰着する。こうした意識・風土還元論では、リアルに動態を説明するよりも固定的な歴史改編不能論に陥りやすい。例えばいま驚くべき勢いで進む韓国の過去史究明による自民族の恥部の解明と責任追及などの動向を内在的に捉えることができない。韓国を旅行して驚くことは、、独立運動や民主化運動の犠牲者が国家モニュメントとして荘厳に記念し祀られていることだ。日本では犠牲者への国家的モニュメントは皆無といえよう。この違いはおそらく、自ら犠牲を出しながらも歴史を作ることに参加した体験があるかどうかにあると思う。日本では自己犠牲的献身行為の対象は、つねに天皇や国家、或いは企業というシステムシンボルに向かい、批判的シンボルに向かうことはあまりに少数であった。逆に批判的献身は、村八分などの相互監視システムによって民衆内部で封殺されてきた。こうした歴史があたかもDNAのように身体に刻印されて、大勢順応の行動パターンを連綿として維持してきたように思う。痛ましい戦争の記憶は水の流れに消え去るようにリセットされ、またぞろ戦争国家再構築への動きが本格化してきた。このプランはこれから5年という期間で遂行すると次期首相が明言しているのを聞くと、その歴史意識と責任感の貧しさは恥じらいを通り越して嬌笑の対象ですらある。英国政府の奴隷貿易謝罪声明は、此彼の歴史意識の差異を照射し、未来史のありかたの再検討を迫っているようだ。(2006/9/24
11:36)
[「美しい国」とはなんだろうか]
与党総裁となったある人物の著書の題名ですが、知性と生活感から滲みでるような内容を欠いた言葉がいかに空虚であるかを伝えて白々しい気持ちになります。深い知的な人間洞察がない人ほど言葉のイメージに頼りたがりますが、実は自分でさえそのような虚妄を内心では恥じているはずです。自分の実際が貧しいほどそれを隠そうとして逆の言葉を使って救済されたいと願うのです。そうしたふるまいへの恥じらいの感覚はしだいに馴れるに従って失われ、磨り減った頽廃が残ります。ちょうどナチスの親衛隊が真っ白な手袋をして昼間には冷酷無残な処刑をおこないながら、夜にはワインを片手にうっとりとしてワーグナーのアリアに聴き惚れて陶酔しているような頽廃の極限とよく似ています。ここには残酷であるがゆえに壮絶な「美しさ」が漂い、その妖しい悪魔的な美の世界に多くのドイツの若者が耽溺していきました。リリアナ・カヴァーニ『愛の嵐』やヴィスコンテイ『地獄に堕ちた勇者ども』でこうした世界を垣間見た私は、危うく飲みこまれていきそうな歪んだ美の世界を感じました。そうなのです。これこそがファッシズムの頽廃の美学であり、だからこそ不安に駆られて漂流する多くの人の心を鷲づかみにとらえる神秘的な魅力をもったのです。こうして第2次大戦の世界を経験した世界は、「美」の虚妄よりも「真」のリアルな事実性を尊び、巨大な経済世界を築きあげてきました。
しかし「美」の世界は常に妖しく人を誘引し、リアル世界の生きざまへの失望が深まるに比例して、忘れていた郷愁の感覚が蘇ってきました。この世のリアルを忘れ去る「美」の世界が音や映像を通じて復権して知性への攻撃を強め、麻薬のように耽美する姿が彷徨しはじめました。とくに競争の虚しさを味わい尽くした市場原理の波に翻弄される世界で「美」の世界への耽溺は強まり、もはや快感美学ともいえる欲望刺激を求めて、人を殺すことすらためらわない事態を誘発するようになりました。ここに「美しい国」という言葉で世を領導しようとする指導者が登場する基盤が生まれました。「美しい国」はリアル世界の汚濁と虚妄を裏返した血の滴る反語でしかないのですが、多くの人はなぜか新鮮なノスタルジアを感じるのです。
ではほんとうに「美しい国」とはなんでしょうか。「美しい国」はあるのでしょうか。ありません。それはチルチルミチルの「青い鳥」のように永遠に探し求めるようなものであり、探して見つけるものではなく、自らの胸の中で構想し形成していくものだと知ったのです。しかし「美しい国」はときおりチラとその姿を地上に現すのですが、多くの人は気づかないままに生を終えていきます。
人生の花(フローレンス)はなんて美しいんだ。
遅かれ早かれ魅力をかかえたその花は、君のもとへやってくる。
人生はなんて素晴らしいんだ。
キューバのブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの老ミュージシャンであったコンパイ・セグンドが、93歳の時に作曲した「人生の花」という歌の一節です。フローレンスは複数形です。陽気でファイトあふれるキューバの人たちは、街のあちこちでこの歌を合唱しています。みんなで協力し助け合って1日の仕事を終えた老若男女が踊りながら合唱しています。おもえば日本の街頭から合唱が消えたのはいつ頃でしょうか。いまではホールの舞台で合唱団がほそぼそとうたっています。日本の街角から踊りが消えたのはいつ頃でしょうか。「美しい国」とはごく自然に生活を楽しみながら、合唱や踊りがある国のように思います。なぜならその背景には、文化や芸術が生活に溶け込んでいるからです。キューバを特に賛美するつもりはありませんが、金と効率に明け暮れる生活を鋭く照射するヒューマンな風味を感じます。
こうしてみると「美しい国」にはどうも2つの類型があるようです。残酷な頽廃へ耽美していくアン・ヒューマンな世界と、生活を楽しみ可能性を追求するヒューマンな世界と。美しい国・日本がもしあるとすれば、この2つの世界のせめぎ合いの中から紡ぎだされるでしょう。そこに咲き乱れるフローレンスが血の色で染まっているのか、野の花の百合のようであるのか、いやおうのない選択の時が迫りつつあるような気がしてなりません。82006/9/23
10:09)
[EASY TO BE THE POPE HARD TO BE THE HUMAN]
ローマ法王ベネデイクト16世のイスラム教聖戦批判をめぐってイスラム圏の抗議の波がひろがっている。標題はアンカラの抗議集会で掲げられた横断幕の言葉だ。教皇であるのは容易いが人間であるのは難しいーといった意味だろうか。彼は母国ドイツを訪問してレーゲンスブルグ大学(69−77年まで教義学の主任教授と副学長を務めた)で30分の講義をおこない、1391年のビザンチン帝国マヌエル2世パレオロゴス皇帝の「ムハンマドが新しくしたことを見せてみなさい。邪悪と冷酷しか見つからないだろう」という言葉を引用し、「暴力による布教は論理的でない。暴力は神の本質と両立しない」と述べてイスラム原理主義の聖戦論を批判した。この発言に対し、イスラム圏諸国は一斉に反発し、「侮辱的な発言はイスラム世界の感情を傷つけた」(パキスタン議会決議 15日)、「法王の謝罪がなければ外交関係を断絶しよう」(ムスリム同胞団)、「法王発言は真実に反し信仰心を傷つける」(パレスチナ・ハニヤ議長)、「西側経済に支えられた者の高慢で悪意に満ちている」(トルコ政府宗教局)、「法王はイスラム教の教典コーランや預言者ムハンマドの言行録を読まずにイスラムについて語り、ビザンチン皇帝とペルシャのイスラム知識人との対話の引用に満足した。法王の発言はイスラムの教義への基本的な不理解を反映している」(国際イスラム聖職者協会)、「彼はイスラムに対する無知を露呈した」(アズハル総長)、「イスラム教とキリスト教の不和の種を蒔き両者の緊張を高めるだろう」(マレーシア首相)など最大級の抗議が相次いでいる。このまま推移すればムハンマド風刺画掲載に対する暴動を上回る事態が誘発され、キリスト教圏とイスラム圏の文字通りの文明の衝突が誘発されるかもしれません。私はイスラム聖戦論に詳しくないのでこの事態を受けて勉強してみようと思います。
確かに聖戦(ジハード)を暴力的布教とみなしたとすれば、法王のイスラム教理解は間違っている。クルアーンでは、神の道のために努力するjahadaがジハードの語源であり、戦争を意味していない。ジハードは個人の内面にある悪と戦う行為と、異教徒の世界にイスラムを拡げる義務を意味する。或いはイスラムを攻撃する者への防衛の義務を意味する。この方法は単純な暴力ではなく、イスラムのもとで保護されれば改宗を強制されることはない。ジハードが戦争の形態をとるのは、明らかに異教徒が不正な戦争を仕掛けてきた場合に聖職者が認定し宣言した場合のみである。従って異教徒への戦争形態のジハードを宣言したのは、十字軍の侵攻時が最初であった。それ以降のジハード宣言は、反植民地独立運動やイスラエル・ソ連に対する防衛的ジハード運動=武装抵抗権としておこなわれた。しかし最近にいたって原理主義テロリズムが無資格でジハード宣言を行い、ジハードそのものがテロ暴力と同一視されるようになり、イスラム教そのものの本質が過激な暴力主義(右手にクルアーン、左手に剣)というステロ・タイプ化された誤解がひろがっている。しかしむしろ、キリスト・ユダヤ教の教典の中にこそ聖戦思想があり、ハルマゲドンや十字軍の思想が導き出され、ブッシュの正戦論もここに源流がある。
バチカンの教義解釈を独占してきたベネデイクト16世は、こうしたイスラム知識は百も承知した上で今回の発言に踏み切った。いったいこの背景に何があるのだろうか。最初にベネデイクト16世の経歴をみてみよう。彼の本名はヨーゼフ・アロイス・ラツインガーであり、ドイツ・バイエルン州で警察官の息子として生まれ、14歳でヒトラー・ユーゲントに入隊し(法的強制)、16歳で対空砲兵隊に徴兵され、ミュンヘン郊外のBMW工場の守備に従事した。この工場は、ダッハウ強制収容所の囚人によって航空機エンジンを生産していた。その後オウストリー・ハンガリー国境で対戦車防御任務に就き、バイエルン送還後に脱走し連合軍捕虜収容所に拘留後、ドイツに戻りカトリック神学校に入り、大学神学教授となった。一貫して学生運動の世俗主義に対抗する保守派として行動しヴァテイカンに入って教義解釈の最高権力を把握した。産児制限、異宗間対話の原理主義的解釈をとり、同性愛を「本質的道徳悪に向かう性癖で、客観的な障害だ」と定義し、正統カソリックの伝統を最も強硬に主張した。教皇を選出するコンクラーベ前のミサで「相対主義の独裁が強まっている。それは何ものをも決定的なものとして認識せず、自分自身のエゴと欲望を最高位に置く」と宣言し、同性愛や妊娠中絶、安楽死、解放の神学といったリベラル派を鋭く批判した。つまり彼は現代の難問に自信を失って動揺する保守派枢機卿の支持を集めることに成功したのだ。彼の教皇就任ミサで改革派は一斉に退場した。彼は1987年に「ユダヤ人の歴史と聖書はキリストにおいてのみ完成され、カトリック教会のみに永遠の救済がある」とするカトリック原理主義者なのだ。
彼の主張は現象的にはアメリカのキリスト教右派原理主義者と酷似している。さすがに地動説や進化論を否定するまでは述べないが、同性愛、中絶、安楽死問題は明らかにキリスト教原理主義と一衣帯水の関係にあるといえよう。キリスト教右派を強固な選挙地盤とするのが共和党右派つまりブッシュ大統領なのである。するとブッシュ大統領が宣揚するイスラム原理主義との正戦論は自らの主張とかなり一致するという結果になる。かなり短絡的な三段論法であるが、教皇の発言はイスラム原理派を批判してブッシュ大統領の反テロ戦略を擁護する意味を持つ。
ローマ法王(教皇)は神と人間を媒介する地上における神の代理人として、カトリック教徒は無条件に服従しなければならない。とすれば彼は地上において取り返しの就かない致命的な説教をおこなったのではないか。それはキリスト教とイスラム教のハルマゲドンを前にした最終戦争への扉を開くパンドラの箱ではないのか。おそらくカトリック内部でリベラル派の抵抗が誘発され、彼はますます原理的な言辞を垂れ流してヴァテイカンに致命的な打撃を与えるだろう。私はもともとヴァテイカンの戦略に幻想はもっていない。ヴァテイカンは、十字軍に聖戦命令を下し、ナチスのユダヤ人虐殺に沈黙の支持を与えるという血塗られた歴史を刻んできた。ローマ教皇といえども、歴史の波に弄ばれる人の子なのである。(2006/9/16
20:15)
追記)ローマ法王講義「信仰、理性、大学 回顧と考察」要旨
「理性をもって神について問うこと、それをキリスト教信仰の伝統の中でおこなうことは合理的です。14世紀末にビザンチン皇帝がキリスト教とイスラム教について語った際に、ジハードについて言及しました。「ムハンマドが新たにもたらしたもの−あなたはそこに邪悪で冷酷なものしか見いだすことができません。例えばムハンマドが自分の説いた信仰を剣によって広めよと命じたことです」。皇帝は信仰を暴力によって広めることがなぜ不合理であるかを続けて説明します。「暴力は、神の魂に反します。神は血を喜びませんし、理性に従わない行動は不合理で神の本性に反します。理性を備えた魂を説得するために、腕力もいかなる暴力も、死をもって人を脅かすその他の手段も必要ではありません」。理性に従わない行動は神の本性に反すると言うことです。それに対し、イスラムの教えにとって神は絶対的に超越的な存在です。ヨハネは福音書を「はじめにロゴスがあった」ではじめましたが、これは皇帝の言葉と同じです。神はロゴスで行動するのです。ギリシャ思想のロゴスは理性と言葉を意味し、これと出会って信仰と理性は深く結びつきました。キリスト教の成立と拡大は決定的なものとなったのです。西洋では実証的な理性のみが普遍性をもつとしてきましたが、しかし世界の諸宗教は、理性の普遍性から神聖なものを排除することを最も深遠な信念に対する攻撃とみなします。理性を拡げることで私たちは、諸宗教を対話の相手に招くことができるのです。」(朝日新聞9月23日朝刊 その他参照)
コメント)最初に驚いたことは、ビザンチン皇帝の言説を権威として引用していることです。神聖ローマ皇帝は歴史的には教会をも代表する神の代理人であったでしょうが、現代のカトリックは神権政治時代の宗教理論を神学的に認めているのでしょうか。そして皇帝の発言は明らかなイスラム教義の否定的批判に終始しています。現代のイスラム教との反発が誘発されて不思議ではありません。さて現代のカトリック神学の理論的関心がどこにあるのかがうかがわれて興味を持ちました。それは信仰と理性の結合において、キリスト教の優位性があるが、いまは理性を実証的理性に限定した西洋の限界を超えた形而上的(?)理性が求められている。理性概念の拡充において世界の諸宗教の対話は可能だとしていますが、それは理性概念の拡充ではなく、どうみても非理性的神聖の導入のように思える。それとも理神論の新たな形態なのであろうか。確かに西欧的理性の限界を指摘してスピルチャリズムを称揚する現代思想やポスト・モダニズムがあったが、実はそれも西欧理性の巨大な波に包摂されたあだ花に過ぎなかった。法王の表面の言説から透けて見えるのは、彼のイスラムを唾棄するカトリック原理主義的本質だ。彼は04年のトルコのEU加盟に「イスラム教の基盤を持つトルコと欧州は非常に異なる」として反対している。右旋回したバチカンの矛盾を象徴しているようだ。(2006/9/23
8:14)
[子どもたちを荒れるにまかせているのは誰か]
文科省「05年度児童・生徒問題行動調査」(13日発表)の特徴をみてみましょう。この調査は全国すべての公立小中高対象に、椅子を投げつけたり、故意にけがをさせたりする一定水準以上の暴力や弱い相手に一方的な苦痛を感じさせるイジメなどの刑法犯罪に近い行為を対象としていますから、氷山の一角であることに注意してください(括弧内は前年比)。
小・中・高校内暴力件数 3万0283件(0.9%増)
小学校 2018件(6,8%増)
中学校 2万3115件(ほぼ同数)
高校 5150件(2,5%増)
小・中・高イジメ件数 2万0143件(6,6%減 94年度以降最少 ピーク時の1/3)
高校生の不登校 5万9419人(12,0%減 全生徒の1,7%)
高校中退者数 7万6693人(82年以降最少)
小・中・高自殺者数 125人(12人減)
小学生の校内暴力
子ども同士 951件(4,1%減)
対教師 464件(38,1%) 加害児童259人(1人平均1,8件)
器物損壊 582件(7,0%増)
うち警察補導数11人 出席停止1人
小学生の校外暴力 158件
小学生暴力の都道府県別発生件数上位
神奈川501 大阪293 兵庫131 埼玉113 広島110 奈良74 愛知70 沖縄69 東京65
小・中・高教師の体罰調査件数 883件(55件減)
現象的にみた特徴は、校内暴力全体が2年ぶりに増加に転じ、特に小学生が過去最多となり、しかも対教師暴力が急増していることです。暴力行為の低年齢化と対教師性という大きな特徴があります。同時にイジメと不登校は減少傾向にあり、表面的には特定児童による反復暴力が全体件数を増加させているように見え、文科省もそのように言っています。しかしイジメや不登校・中退者数の絶対件数の多さと校外暴力件数の減退というなかでこのデータを考える必要があります。なお都道府県別発生件数は分析する補助データがありませんので紹介のみに留めます。
さて文科省のコメントは「感情が抑制できずに暴力化する傾向の特定児童が増えて憂慮している。保護者が注意しない傾向もある。小学生の対教師暴力は、はっきりした原因は分からないが、喧嘩の仲裁に入った教師への逆上のケースが多いようだ。子どもの暴力にもともと学校の危機意識は希薄で、一人担任制のもとで担任任せとなって問題が放置されやすい」などと主として一部の子どもと教師と親の問題にしています。文科省の対応は、原則的にアメリカ型「ゼロ・トレランス(非寛容)」であり、どんな小さなルール違反も見逃さないハードな管理主義的手法であり、その中心は少年法厳罰化による警察・児童相談所との直接的連携です。補助的に暴力をふるう子どもを学級活動の役割に加えたり、スクールカウンセラーとの連携や分かりやすい授業展開や声かけといったソフトな手法を組み合わせよとしています。或いは、「キレる」子どもの背景にある食事やTV視聴時間などの特徴を分析するために、07年度から2000人の児童を対象に幼稚園から小学時代までの生活を保護者の同意を得て調査し、研究するとして1億5000万円の予算を計上しています。
こうした文科省の発想の基本は典型的なプラグマテイズムであり、暴力をふるう子どもを与えられた環境に適応できない不適応児童とみなし、適応するための心理状態をいかにつくりだすかという心理操作主義の手法です。確かに暴力には毅然と立ち向かう臨床的な規制は必要ですが、結果に対する対症療法では暴力行為はなくならないばかりか、心理説得に納得できない子どもはますます増えるでしょう。なぜなら暴力には固有の原因があり、先天的な暴力主義者はいないからです。暴力に到るメカニズムを環境要因から探り、子どもにとっての最善の環境であるかどうかを分析しなければなりません。なぜ子どもたちがトラウマとルサンチマンを蓄積させて暴力的爆発に到るのかーという回路が発見されれば、その回路を絶つという作業が可能となります。その回路は重層性があり、「過度に競争的な日本の教育システム」(国連委員会の日本政府への勧告)といった制度要因から、少子化と地域のゆらぎによる幼少期葛藤体験の衰弱とか、親からの暴力被害を受けてきた生育環境といった個別要因に到るまで多様な回路が錯綜して、ある子どもの暴力が誘発されています。しかし文科省の調査は、スナック菓子・炭酸飲料の過剰摂取による低血糖症がもたらすアドレナリンの過剰分泌による暴力という食生活要因や暴力ゲームによる大脳神経系の変化などの結論は導き出せますが、子どもが暴力に到る生活過程の全体と教育をめぐる政策構造の問題は見事なほどに抜け落ちてしまいます。そして最大の問題は、暴力やイジメ、不登校を冷ややかに眺めている子どもたちの無関心であり、子ども集団総体が殺伐とした非人格的関係に貶められているのではないかということです。
国際連合が文科省に勧告した「過度に競争的な日本の教育システム」というベーシックで制度的な問題群への誠実な対応なしに、子ども暴力克服の展望は生まれないと思います。或いはOECD加盟30カ国での公的教育費のGDP比率がトルコと並んで最低の3,7%という教育のインフラ崩壊が問われることなく、子どもの大脳神経系の分析をしても有効ではないでしょう。こうした問題群の一つとして是非指摘したいことは、教師への成果主義賃金と昇進システムの導入に触れたいと思います。教師の競争を煽り立てることによって人件費総額を減少させるシステムによって現場はどうなっているでしょうか。率直に言ってほかのクラスで暴力が起これば、他の教師はホッとして胸をなで下ろす現状ではないでしょうか。和気あいあいと一人の子どもをめぐって相談したり、助け合ったりする雰囲気は衰弱して、互いに蹴落としあって業績を追求する現場は殺伐とした雰囲気が漂い、人間を育てるという崇高な仕事がお金に換算されるという恐るべき倒錯によって子どもに寄り添いたいという本来の情熱が奪われています。しかも学校管理における特別権力関係の導入は、管理者への無条件の服従を強い、もはや職員の会議での採決すら許さない民主主義の崩壊をもたらしています。こうした職員室内での雰囲気は容易に教室に伝播し、教師はいやおうなく権力者として子どもに対峙しなければならなくなります。子どもの内面に深く食い入ることよりも、表面の行為を重視し教師に従順な子どもを求めるようになります。残念ながら文科省や教育行政に参入する人材は、自分の子ども時代を教師に従順に過ごして点数を稼いできた層が多く、個性的な民主主義の体験者は少ないのです。日本の学校は、ベーシック・ヒューマン・ニーズをじょじょに喪失して「過度に競争的なシステム」にますます移行しようとしています。その基本は日本経団連のマンパワー多様化戦略にあり、その忠実な先兵として文科省行政が展開されています。
教室で暴れる手のつけられない一人の子どもは、こうした重層的で錯綜した環境が生み落とした者に他なりません。個別の子どもへの誠実で細やかな、或いは暴力に対する毅然とした対応とともに、基盤にあるシステムへの根元的な懐疑と再編を統合して進めるなかでしか、日本の子どもたちの未来と希望は生まれないのではないでしょうか。以上・未完。(2006/9/16
17:31)
[アメリカ連邦議会からみた日本の異常]
アメリカ連邦議会下院委員会は相次いで日本政府を批判する決議と表明をおこないました。13日の決議で第2次大戦中の慰安婦について、慰安婦を奴隷化する過程における日本政府の公式関与を認定し、「20世紀における人身売買の最大の事件の一つ」だとしています。「教科書から慰安婦の記述が消えたことを日本政府関係者は賞賛している。日本政府は公式に責任を認めて受入れ、この非人道的犯罪について未来と現在の世代に教育し、慰安婦が存在しなかったというあらゆる主張に公式かつ強力に繰り返し反論しなければならない。慰安婦に対する配慮は国連とアムネステイ・インターナショナルの勧告に従わなければならない。」と述べています。
さらに外交委員会は14日の公聴会で、「遊就館の展示が日本の戦争を西洋帝国主義の支配から解放するためだったと若い世代に教えているのは困ったことだ。この博物館で教えられている歴史は事実にもとづいていない、是正すべきだ」(共和党議員 太平洋戦争従軍者)、「日本が過去の歴史に正直に取り組んでいないことは、日本自身にとって大きな障害となっている。日本の歴史健忘症の最も顕著な例が日本首相の靖国参拝だ。A級戦犯を祀った靖国神社への参拝は、ドイツのヒムラー(ナチ親衛隊総司令官)、ゲーリング(ナチ指導者)らの墓に花輪を置くに等しい。日本の次期首相へのメッセージはシンプルだ。戦争犯罪人に敬意を表することは道徳的に破綻している。この習わしはやめなければならない。南京大虐殺はなかった、日本は他のアジア諸国を帝国主義から守るために開戦しただけだと主張する教科書は歴史修正主義だ。将来の日米関係にとっても、日本の超国粋主義者を除くすべての人々にとって、率直に公然と過去と向き合う日本の姿勢が最高の利益であることは明白だ。」(民主党議員 ホロコースト生存者)などとする日本政府への厳しい意見が続出しました。
ただ単に中国・韓国の批判に留まらず、アメリカや欧州からの日本批判は、日本政府の歴史感覚が常軌を逸した歴史健忘症的な歴史修正主義に陥っていることを示しています。「歴史修正主義」という言葉は、欧米においては最も恥ずべき歴史への冒涜を意味する言葉であり、日本政府の歴史認識の異常性がいかに突出したものであるかを示しています。ドイツではナチス追悼や礼讃の行為は刑法上の犯罪であり、特に公的立場にある者は訴追の対象となります。つまり日本は世界で犯罪的な歴史認識を持つ国家として遇され、戦後の国際価値と秩序を根底から否定する国家とみなされています。
米連邦外交委員会は、米国の「良心」が日本批判のというかたちで明確に姿を現していますが、一方では明らかな二重基準にあることも示しています。明確な国際法違反であるイラク侵略やテロ容疑者の逮捕と拘留に対しても同じような批判の刃を向けなければなりませんが、果たしてそのような議論と決議がおこなわれているでしょうか。星条旗の単独行動主義を批判することはないのです。このことは日米同盟の危うい本質を浮き彫りにしています。侵略と人権侵犯を繰り返す米政府と歴史を偽造する日本政府は、国連憲章違反において同根であり、国際連合の名において指弾されるべき者であるからです。
この両国はなぜ似たような国家戦略をとらざるを得ないのでしょうか。それは市場原理によって分裂した国内を統合する原理として「愛国」(パトリオテイズム)しか依存すべきシンボルがないからです。米上院老人対策特別委員会の公聴会は、高齢者の自殺をめぐって次のような議論をしています。米国の03年の自殺者は3万1484人に上り、うち65歳以上が4453人で特に85歳以上の比率が上昇していると指摘しています。この背景には病気の苦痛、配偶者の喪失による孤独感、金銭的苦境、そして高齢者を包むコミュニテイの崩壊がありますが、日本でも同じような事態が進行しています。いや日本は若者と中高年の自殺が急増している点で量質ともにはるかに深刻です。総務省は雇用保険と就業基本調査統計から厚生年金の加入漏れを試算し、対象従業員数3516万人のうち267万人(7,6%)が未加入であり、将来年金を受けとれないと発表しました。事業所数では30%に上る63万ー70万が未加入となっているとしています。この人たちと、派遣や偽装請負の未加入者がいわゆるワーキング・プア層をなし、その多くは中小零細企業であると思われます。驚くべきことに所管庁である社会保険庁自身に未加入者を把握するシステムがなく、未加入事業所への指導を放棄しています。リストラの嵐に翻弄される中高年、大学を出ても非正規就業しかない若者たち、貧富の差が拡大して荒涼として痛んだ日本の生活は先進国の中でもっとも自殺者を出現させています。、
こうして世界でもっとも国内が痛み、貧困と暴力と自殺者が出現している国が米国と日本であり、この両国は国内の分裂をカバーする統合的なシンボルへの包摂なしに体制が維持できない情態となっています。もし放置すれば、蓄積するルサンチマンがマグマのように堆積し、かってのロスアンゼルス暴動のような破局を迎える恐れがあります。こうして米国は反テロの大義による星条旗への結集へ国民を動員し、日本はカリスマ性を持つ独裁への支持を結集して幻想の的な統合を図ろうとしていますが、それは失敗に終わるでしょう。いずれもが幻想であることは、自分自身の日々の生活の痛みの中から身をもって知ることになるからです。願わくばその過程でできるだけ無辜の犠牲者を極小化する認識の成熟とシステム転換が求められます。(2006/9/16
11:08)
[うぜーんだよ てめえは]
北海道稚内市内の高校1年生(16)は友人に30万円で母親の殺害を依頼し、奈良県田原町の同じく高校1年生(16)は自宅に放火して全焼させ母子3人を焼死させました。少年が主犯となる刑事事件で実父母を対象とする殺人・殺人未遂事件は05年で17件と倍増しています。少年による刑法犯検挙数が減少傾向にある中で親殺し件数だけが増加しています。少年たちが親にぶつける言葉はきまって「うぜー」とか「うっとうしい」です。学校の教師でこの言葉を子どもから投げつけられて気が滅入る人も多いでしょう。
「うざい」はいわゆる若者言葉で、広辞苑には1998年・第5版から「うざったい」=うざうざ(小さいものが多数集まってうごめく)から派生し、不快感を伴ってしつこいという意味で使われているとしています。「かったるい」という類似語は自分に感じる表現であり、「うざい」は他者に感じる表現であるそうです。英語に訳すとLousy(シラミがうごめくうっとうしさ)がピッタリだそうですが、端的にFucked
offという最高級の粗暴表現が実態に近いのではないでしょうか(若者言葉英訳語彙集参照)。刑法犯少年の心理の流れを若者言葉で表すと、「うぜー(しつこくうるさい)」→「ムカつく(吐き気を催すほど不快)」→「頭にくる(怒りがおさまらない)」→「キレる(理性を失って一気に凶暴化)」と不安定な心理状態が次第にコントロールを失って暴発する過程だと思われます。親殺しに到った少年のこころも似たような過程を劇的にたどったのではないでしょうか。自分の親を殺害に到る過程の最後には煮えたぎるような憎悪の感情が愛情の深さに正比例して沈積したのでしょう。もはや存在自体をリセットしなければ、自分自身の存在を維持できないほどに追いつめられた切迫感情があったものと推測されます。この憎悪は、いままでは直接的な親へのドメステイック暴力として沈潜し、最後の一線を越えるような暴発は抑えられていたような気がします。しかし最近の事態はその限界線がなくなり、しかもある計画性があるような気がします。いったい少年たちのこころに何が起こっているのでしょうか。日頃子どもとうまくいっていない親たちは、ひょっとしたら自分もいつかという不安に駆られる人もいるのではないでしょうか。
こうした事態をうけていろいろな評論やアドヴァイスがくり広げられています。安倍某とかいう次期首相候補は「子どもが親を尊敬しなくなったのは、戦後教育の失敗にある。教育基本法を改正して親や国を愛するこころを育てる必要がある」と言っていますが、これはこどもにとってますます「うざい」ことになってしまうのではないでしょうか。子どもにとってかけがえのない親を殺害するまでに追いつめたものはなにかーをなんとかして明らかにする必要があります。幾つかの事例から考えてみたいともいます。
いま父親をターゲットとした子育て月刊誌が刊行され、『プレジデントファミリー』24万部、『アエラウイズキッズ』8万部、『日経キッズプラス』6万部と驚異的な売れ行きを示し、受験に勝つ親子のスケジュールや親子の勉強法が満載され、自分の子を負け組にしたくない父親が家で子どもの勉強をみる風景が激増しています。よかれと思う親の愛情が、中学や高校になっても自宅で子どもを怒鳴りながら勉強させるという度を超した姿となって表れています。こうした父親を責めることはできません。親たちは職場で成果主義賃金の競争の渦中で勝ち組、負け組の悲喜を味わい、大卒の若者と雖も非正規就業が激増し、失業の憂き身を毎日目にしています。自分の子どもだけは決して負け組にはしたくないーという父親は愛情が深ければ深いほど目の前にいる子どもの学力が気になります。特に勝ち組と称せられる父親ほどこの不安は強いのです。日頃受験競争を批判しているわたしも例外ではありませんでした。塾に行くのを直接勧めるのは気が引けたので、ソッと予備校のパンフを机の上にさりげなく置いたことを思い出します。(以上・尾木直樹氏エッセイ参照)
青年期は特に息子は、プライドが高まり父親を乗り越える対象として父子間の葛藤が誘発される時ですが、そうした年齢になっても父親がしたり顔で部屋に入ってきてアレコレと勉強の指示をし、父親の権力を行使して子どもの学力を批判する風景は子ども自身にどのように写るでしょうか。子どもは青年期になっても自立へのチャンスを奪われ、自分がいつまでもコントロールの対象として扱われます。親が言う将来への展望と危機は、親に言われなくてもとっくに子ども自身が分かり切っていることであり、分かり切っている正統性を追求されている自分への自噴が沈積していきます。こうしたいらだたしさの感性を細やかに理解するには、親の感性はあまりにすり切れています。親の主観的愛情の方向と子どもの実態の背理が深く進行して、ついに愛情の逆転が起こり「うぜー」から「キレる」に展開するのも不思議ではありません。
親も子もじつは「過度に競争的な日本の教育システム」(国際連合人権委員会の日本政府への勧告)の痛ましい犠牲者であり、安倍某氏のような「親を愛するこころ」を学校で叩き込んでも、子どもたちはその偽善に不信を蓄積させ、ますます「キレる」ようになることは明らかです。すでに「自分の国に愛情を感じない」子どもの比率が先進国トップにある日本の現状がそれを物語っています。
子どもたちはシステムへの疑問を直感的に感じていても、教師への異議申し立てはただちに内申点の下落という見せしめ刑の報復をうけます。少年法の罰則強化は隠然たる恐怖感を子どもたちに浸透させ、登下校の全過程は子ども見守り隊の監視下にあります。日本では原理的に子どもの意見表明権の回路は奪われています。こうした子どもたちにとって、ナイーブなこころで過ごせる唯一の場所は相対的に愛情による生活が営まれている家庭であり、そこでの子ども部屋の生活です。この唯一の解放空間である子ども部屋に父親がズカズカと入りこんできているのです。
結論的に言えば、市場原理的な労働市場に規制を掛け、過度に競争的な教育システムを相互支援的な協働のシステムに替えるというマクロの問題と、親の想いを優先しないで子どもの人生は子どものものだというサポーターに徹するミクロな親のあり方を同時にクロスさせていかなければ、子どもたちの発達は保障されないということです。すべての子どもたちを自分自身の子どもとしてみるようなあり方は夢想に過ぎないのでしょうか。(2006/9/10
12:00)
[まごうかたなき極右政権誕生の向こうに荒涼たる日本の風景がひろがる]
極右をここでは超国家主義とみなしましょう。超国家主義とは国家を越えるという意味ではなく、国家を至上の価値とする政治思想の体系とします。そのシンボルは「血」(民族)と「土」(祖国)というナチスのスローガンで有名ですが、日本では天皇を至上とする単一民族国家をめざす運動でした。この価値体系は1945年8月15日を以て終焉を迎え、それを唱える者は大音響を上げて街頭を走る装甲車の旭日旗にみられるごく一部の特異な集団でしかありませんでした。しかし彼らには致命的な弱点がありました。それは皇国のためにいのちを散らした、ほかならぬ敵国の国旗である星条旗を日の丸と並べて翻していたからです。もし彼らに思想的正統性を云う資格があるとすれば、アルカイダと同じように星条旗を永遠の敵としなければならなかったのです。だから彼らは街頭ではね回るアクロヴァテックな集団として、しばらくは治安の対象でしかありませんでした。一部には新右翼と称する思想的極右集団もいましたが、彼らは三島由紀夫の漫画のような蜂起事件で運動としては雲散霧消しました。しかしこの三島由紀夫事件の時のメデイアに私は強い違和感を感じました。彼らの行動は許されるものではないが、内面にある改革の純情な誠実さを誉め讃えたのです。三島の行動は指弾されましたが、彼の心情や精神にはある「共感」が捧げられたのです。特に新左翼と称する若者の一部は三島の行動を羨望の目を以て評価し同じようなテロ活動が誘発されていきました。こうした自らのいのちを捨ててなんらかの「大義」に殉じる行動自体を、その目的や思想と切り離して讃える心情がありました。当時の若者の一部には、東映のヤクザ映画で高倉健が死ぬと分かっていながら殴り込みをかけ凄惨な死を遂げる姿に恍惚となったのです。しかしこれらの現象はあくまで、風俗的な心情の一部であり、いつのまにか雲散霧消して若者たちは企業戦士としてエコノミック・アニマルの道を歩みました。テロを羨望するような若者のエネルギー自体を企業も大歓迎したのです。こうしてしばらくは戦後民主主義の枠内で、日本は経済の論理が日常を支配し、現世の生活の豊かさを手につかむ華々しい成長をとげました。この軌跡をくっきりと示したのが、吉本隆明という在野の思想家で「擬制の終焉」を唱道して華やかな極左スタイルで登場した彼は、いつのまにかフランスの高級ブランドCMの先頭に立つ風俗評論家となりました。吉本の影響を受けてヘルメットとゲバ棒で武装した当時の青年たちはいまどうしているのでしょう。
幾つかの時代が戦争もなく過ぎて日本はついに世界経済の先端をになうフロント・ランナーになったともて囃されましたが、それもつかの間のバブルのような時代でしかありませんでした。台頭する東アジア諸国の雁行型発展によって日本は気がついたら一周遅れのランナーとなり、もはやアメリカのジュニア・パートナーとなって忠誠を尽くすしかグローバル世界を生き抜く力はありませんでした。じつはここで東アジアのメンバーに回帰してEU型の対米自立の道を歩むチャンスがありましたが、ショウーザフラッグと脅かしの一声を浴びて、アメリカと運命をともにする道を選びました。もし9.11がなければ、あるいは9,11の時に冷静であれば日本は戦争国家の選択を避け得たはずなのです。
東アジアと世界への未来構想力を失ってしまった日本は、あてどもなく漂流するのを避けるにはとめどない日米同盟の奴隷の道しかなくなりました。もはや日本は東アジアで中国との連携なしに生き残ることはできない状態になっているにもかかわらず。創造的な未来構想を自力で切り開けない想像力の貧困は、ひたすらアメリカ・モデルを直輸入して最後の可能性を追求してきました。なぜなら旧ソ連圏が崩壊し、アメリカのみが世界帝国となり地球の唯一の統括者になったかのように写ったからです。
こうして日本は冷静に見れば、世界最悪のならず者国家の従僕と化してしまったのです。全世界から蔑みの視線を浴びる日本は、ますます内向きとなって過去の幻影にすがるしかアイデンテテイを保つことはできなくなりました。強者に媚びへつらい、そのルサンチマンを弱者を苛めることによって発散する醜い抑圧の連鎖の構造が蔓延していきました。市民が互いに監視し合い、密告し合うことによってしかセキュリテイを保持し得ない異様な社会が出現しています。
そしてついに大音響を上げて街を走る極右の装甲車が政権中枢を浸蝕し、メデイアのつくりあげたポピュリズム扇動家が内閣を組織するに至り、日本はモラル・ハザードの地獄へと転落し始めています。防衛庁の国防省化→教育基本法廃絶→憲法改訂→軍事力による威嚇という野蛮な暴力の道が開かれようとしています。この異常でファナテックナな歴史修正主義は、主人の米国ですら危惧を抱く破廉恥な様相を呈しています。両極分解する中間階級と若者の不安は逆に独裁の強力に不安の解消を求め、幻想の支持を演出していますが、所詮ははかない砂上の楼閣に過ぎません。
いま日本の社会の隅々に抑圧の管理と暴力の脅迫がしのびより、元政府高官の自宅すら焼き討ちされるテロの兆候が現れています。批判者の家族のいのちは脅かされ、沈黙するしか安全を保てないという恐怖による支配が押しよせています。他者を恣意的に操り、抵抗者を抑圧して抹殺するファッシズムの前期の姿があります。ファシストの本質は、自らの怨念を暴力によって発散し支配の快楽を味わうサデイズムにあります。彼らは自らの知的水準の貧困を隠蔽するために、異常な清潔さや健康、偽善的な芸術志向、ビヘイビアの品位に依存しつつ、裏では醜悪な頽廃的私生活に転落します。真っ白な手袋をして嗜虐的な鞭をふるうのがファッシストのスタイルです。未来構想力を冷静に描く想像力を持たない彼らは、瞬間的な熱情と快楽の中でしか充足感を得られません。彼らはチクロンBを噴霧する阿鼻叫喚の後に、ローエングリンに涙を流すのです。自らの汚れと頽廃にのたうつ者こそ逆に、「美しい国」とか「品格」という言葉で自らを慰撫するのです。正常な神経の持ち主は、そうした言葉を他者に強制するのは赤面するのです。
ファッシストの頽廃を示す事例が日本の権力上層部に露骨に現れてきました。○○チルドレンと称せられる政府与党の初当選組は、今や次期首相の青年親衛隊を名乗って夜な夜な銀座の軍歌酒場に繰り出し、軍用迷彩服を着込んでモデルガンを振りかざして軍歌を放吟しているそうです。稲田某とかいう議員は、「憲法改正に伴って亡くなる人をどこで慰霊するのか議論すべきだ」とか「靖国は不戦の誓いをするところではなく、祖国に何かあれば後に続きますと誓うところだ」とか述べ、赤池某は「日本歴史に戦前・戦後はない。靖国に反対する国とは付き合う必要はなく、中国は軍事力で封じ込めるべきだ」(月刊『WiLL』9月号)などとネオナチですら赤面する言辞を垂れ流しています。いま政府与党内部は、極右派1割、良識派3割、思考停止派6割だそうですが、極右派が党内を引き回し席巻しつつあるそうです(山崎拓『論座』8月号)。かって近衛文麿が圧倒的な人気に乗って首相の座に就いた時に、若手官僚は雪崩を打って総力戦体制の理論にのめり込み、逆に一気に軍事経済による軍部ファッシズムへの露払いを演じました。市場原理主義のネオリベラリズムのもとで、軍事体制への旋回を狙う現在の勢威とあまりにも似ているではありませんか。いよいよ沈黙が共犯者となる時代が近づいてきているようです。いま多くの選挙で棄権しているサイレント・マジョリテイーが日本の動向を決定します。世の中は攻撃する者と、攻撃される者、それを観ている者の3者に分かれると言います。日本はそのどれに入ろうとしているのでしょうか。わたしは、最低2世代、いや3世代後の日本の姿を考えて自分の態度を決めたいと思います。外科医が患者にメスをふるう時のような冷静かつ冷酷な目でこの世の姿をしかと観察しなければなりません。そこでは旧ソ連に次いでアメリカ帝国が音を立てて崩れ去っているのではないでしょうか。その時に日本は運命をともにしているのでしょうか。(2006/9/9
21:01)
追記)安倍某とかいう与党総裁候補の頭脳回路の恐るべき歪んだ構造が明らかとなっています。彼の言う「戦後レジームからの脱却」は彼自身の無知をさらけだしていますが、無知であるがゆえにあまりにも危険な内容が垂れ流されています。「改憲には5年のスパンがかかるだろう。それ以前に日米同盟の双務性を高める集団的自衛権の発動を解釈によって可能とする必要がある。中国が戦争指導者と日本国民を分けていることは、階級史観ではないか」等と滑稽きわまりない極右思想を公言しています。第9条からみた自衛隊の違憲性は憲法学界の定説であり、ましてや集団的自衛権の解釈根拠などどこにもないことは小学生でも分かることです。重大なことは戦後日中関係の基礎にある軍国主義指導者と一般国民分化論は、対日損害賠償請求権を放棄した原理的認識でした。この天文学的な賠償金の支払い義務を免れた日本は、戦後復興と高度成長の原資を手にすることができたのでした。安倍某氏が自説をつらぬくならば、あらためて戦争被害への膨大な賠償責任を果たさなければなりません。「戦後レジームからの脱却」とは、じつは戦前レジーム(大東亜共栄圏)への復帰を日米同盟のもとで実現しようとする幼稚なアナクロニズムそのものです。「戦後レージーム」とは常に日米同盟システムが憲法体系を浸蝕してきた歴史であり、安倍某の係留が主権を米国に売ってきた売国奴の歴史なのです。
どうして安倍某のような歪んだ子どもっぽい神経が育ち、しかも確信犯のように恥じることなく振る舞っているのでしょうか。私は戦後極右思想運動史を本格的に分析する必要に迫られてきたようです。(2006/9/12
9:55)
[近頃の若者は・・・・・またぞろの世代論]
近頃の若者は礼儀正しく、大人しい、文章を書くことがうまい、人を蹴落としてまで這い上がろうとしない、一言で言えば上品で優しい。作文能力は格段に向上した。ただし内容的には以前の方がむちゃくちゃなのに面白かった。いまはこじんまりとまとまった当たり前のことを、みんなが同じように書く。動作も緩慢になったような気がする。非常に品がよく、慌てない、こそこそしない、どぎまぎしない、人前で上がったりもしない、日本が豊かになった証拠なのだろうか。
彼らの欠点はものごとを抽象的に捉える能力の欠如だ。いきなり具体的に思考する。何故だろう?人生の夢を訪ねると、ビックリするほど具体的に語る。映像化された過去の誰かの具体例が引用されているのだろう。豊かな社会になってぼんやり考える機会を失ったのだ。あまりに具体的に考えるために、ほんのちょっと自分の理想と現実がずれているとそっぽを向く子も多い。すぐに仕事を辞めてしまう若者もいる。顔が見える相手から感謝される、といった具体的報酬がなければ働けない。メデイアに囚われず、本質を見極めて欲しい。以上は作家・森博嗣氏のエッセイ(朝日新聞9月7日夕刊)から。
いつの時代にもこのような「今どきの若者」論が垂れ流され、僕の若い頃はもっと○○だったという詠嘆で終わる。確かに森氏が指摘するような現象はあるだろう。しかしこうした若者観の特徴は、先行世代の青年期モデルをア・プリオリに前提として現行世代を裁断するというステロ・タイプにある。森氏は若者の背景にある情報、ゲームなどのサービス過剰によるイメージの衰弱を指摘しているが、抽象的イメージングのちからを喚起する方途については語らない。若者は一方的に批評されて放擲され対話は絶たれる。つまり森氏のような評論型の議論はとっくに有効性を喪っているのだ。こうしていつの時代にもあるように、非生産的な世代間の応酬のなかで世代交代が進んでいく。未来に向かって開かれているような感覚がある時代では、世代間の応酬は緊張感をもった相互批判となって放っていても時代は動いたがいまは違う。
問題はなんだろう。古くさい言葉で言えば、「夢」や「希望」の質が違ってきたのだ。かっては時代や国境を越えた「夢」や「希望」があり、今は等身大の現状肯定のリアルなものへと変質している。なぜこうした変質がもたらされてきたのだろうか。それは若者の思考過程への大人たちの支配が真綿で首を絞めるように浸透してきたからだ。かっては現人神と祖国への献身を強制する野蛮でハードな形態をとったが、いまや微笑むようなソフトなだからこそ抗いがたい形態をとって深く若者の思考過程を支配している。
若者たちの生育過程を見てみよう。学校の成績評価に「態度」や「特別活動」など学力以外の内申点基準が入ってから、入試を突破するために子どもたちはつねに先生の視線をうかがって行動するようになり、「こころ」のありかたが5段階評価の対象となる生育過程が日常化した。これはいまある・既成の価値観と秩序のなかに自分が馳化されていくことを意味する。大人への異議申し立ては、直裁に自分の生活と人生を損壊するものとなり、批判的理性の形成は疎外される。教師も反抗されるよりは、おとなしく云うことを聞いてくれる子どもが楽だから、互いに慰撫し合う関係ができあがった。表面的には「美しい」情景が教室の中に満ちるが、裏では実は醜いイジメの関係が沈潜していった。業績主義競争で煽られる教師は、マクロな夢や希望を子どもたちに語る冒険的な授業を回避し子どものテストの成績を上げることに傾斜した。こどもたちは、「態度」評価権をもつ教師に表面的に服従しなければならないストレッサーとまわりの仲間からのイジメをうけないような演技で神経をすり減らしていく。
これがいまの若者たちの生育過程で起こっている日常の姿だ。おとなも子どもも「正義」や「理性」の行為は突出した異常とみなされ排除の対象となる。現在の若者たちはおそらく、日本の歴史史上もっとも神経的に生きにくい状態を生き抜いてきたのだ。おとなへの反抗やこども相互の争闘はかってはこどもの失敗として「反省」して再び迎え入れられたが、いまは厳罰少年法によっておとなと同じ制裁を受けるようになった。登下校の安全を保障するという名目の監視活動が生活の隅々に浸透し、子どもたちは生まれながらにして大人たちを不信と警戒の視線で見なければならなくなった。
こうして現代の若者たちは学校を卒業していかなければならない。しかしその先には業績主義に煽られるすさまじい競争の世界がひろがっている。しかもその入口で生活権を剥奪される非正規就業の世界がある。これが現代の若者のライフサイクルだ。彼らに向かって、もっと抽象的に考えよ、大きな夢や希望を持てーと説教を垂れるおとなの脳天気さは目を覆わしめるものがある。
ドイツの若者たちは大人たちの戦争責任の回避を鋭く批判して、現代ドイツの過去史清算のスタンダードをつくり、フランスの若者たちは日本と同じような非正規労働を許容する労働法改正に抗議する大運動を展開し政府を追いつめてついに撤回にいたらしめた。日本の若者たちは「礼儀正しく上品にふるまい、おとなしく」受容しているように見える。ドイツやフランスの若者と日本の若者は違うのか。それは誰の責任か。若者をしたり顔で上から批評し批判しているおとなは(森氏のような)、安定権力に胡座をかいている傍観者であり、むしろ逆に自らの抽象的想像力の貧しさを露呈している。若者たちに蔓延している「おとなしい」現象は、生き抜いていくための声にならない悲鳴なのだ。それは「夢」と「理想」を失って徘徊する大人たちの鏡像であり、ささやかな私的希望に埋没しなければ家族を守れない大人たちのため息の反映なのだ。
結論が近づいてきた。おとなたちが若者を詠嘆的に批判しても、若者たの胸に響くことはない。若者たちはおとなの偽善を見抜きつつ、なお自分もその世界に包摂されなければ生きていけない諦観をいだきつつある。おとなたちと若者たちは実は同じ負の質を共有する犠牲者なのだ。ニンジンをぶら下げられて必死に自転車を漕ぐ競争のただ中に投げ入れられた犠牲者なのだ。ニンジンをぶら下げた者がいる。彼は大人たちと若者が互いに非難するのを上からニタニタと見下ろしている。彼はニンジンの驚くべき効果に薄ら笑いを浮かべて、ポケットの財布が膨らんでいくのをベッドで計算しては至福を味わっている。誰なのか、ニンジンをぶら下げた者は? 最初に自転車競争の醜い仕組みに気づいた者は大人たちと若者に真相を伝える。ニンジンをぶら下げた者はその暴露を恐れて、必死に対立を煽り自分に刃が向くのを避けようとする。或いはニンジンの質と量を次々と変化させ自転車も新しいものに替えて新たな競争のステージに載せようとする。いま日本にそのせめぎ合いが確かに起こりつつある。
深く静かに矛盾が蓄積し、次第に飽和点に近づいていく。その限界に達した時に剥きだしの変化が起きる。凝縮したこの瞬間に何が起こるだろうか。力尽きて自転車から降りるもはや取り返しのつかないメルトダウンか、或いは自転車競争そのものの廃絶か? あくまでニンジンを追い求めて他国にまで手を伸ばすか、或いはニンジンは与えられるものではなく自らの手で栽培し育て分かち合おうという新たなシステムか? いずれにしろバベルの塔の崩壊を目の前にして、ノアの箱船は自分たち自身で準備しなければならない。(2006/9/8
10:42)
[世界はアメリカ帝国とともに破滅に向かうのか?]
米政府が対テロ戦争の主戦場と位置づけたイラクはもはや内戦状態になり、米兵死者2650人以上、イラク民間人死者4万6000人((いずれも公表数字)であり、傷病者は数10倍に達するという地獄のような状態に陥っています。ブッシュ・ドクトリンは破綻し、テロの応酬という悪魔のような蟻地獄に転落しています。アメリカ帝国への怨嗟の声が世界に満ちあふれ、イスラム系の若者が続々と「ジハード」の呼びかけに身を投じています。追いつめられたブッシュ氏はついに国家戦略を西欧キリスト教圏とイスラム圏の「思想の戦い」とする文明間戦争の次元へ歪める最悪の戦略に踏み切りました。5日に発表された「テロとの戦いに関する国家戦略・改訂版」(03年度版の修正)の恐るべき内容をみてみましょう。
1)われわれはアルカイダの副官を殺害し、拘束し拠点壊滅などアルカイダ・ネットワークの弱体化を推進した
2)米国は以前より安全となったが、まだほんとうではなく、深刻な挑戦に直面している
3)敵は攻撃の調整を計っており、われわれは変化する脅威に戦略を洗い直す必要がある
4)宗教の名を借りた過激な思想と世界規模のテロ運動と対決しなければならない
5)対テロ戦争の勝利のために
(1)民主主義の促進
(2)無法国家・テロ支援国家の大量破壊兵器獲得阻止
(3)テロリストの国家支配阻止
6)現在のテロリスト・ネットワークは分散化し、小さなセル(細胞)に依存して中央指令は少なくなった
7)シリア、イランはテロ支援を続けている
8)対テロ戦争は長い戦争となる。われわれは冷戦期に反共の国内的、国際的に永続的なパートナーシップの組織を構築して勝利したが、現在対テロ戦争を戦う同じような構造組織を構築する必要がある。
まるで電子ゲームのように幼稚な善悪二元論ですが、この最悪のシナリオから具体的に何が誘発されるでしょうか。シリア、イランへの侵攻→北朝鮮への侵攻→反米政権国家の打倒(パレスチナ、キューバ、ベネズエラなど)を想定した有志連合の再構築であり、英国に替わって日本がその有力な一翼を担うことになるでしょう。こうした対外構想は国内でのイスラム系市民と反戦系市民への統制を一段と強化します。すでに米国内ではイスラム系アメリカ人への迫害が始まり、空港での超法規的な拘束や留置場収容が相次いでいます。モスクへの投石事件は02年の602件が05年には1972件と急増しています(米イスラム関係評議会調査)。米市民の39%が「イスラム教徒には特別の身分証明書をもたせるべきだ」と言っています(ギャラップ調査06年7月)。日本人も例外ではありません。アメリカ入国時には指紋と写真撮影が義務づけられ、過去の入国データにもとづいて強制退去させられる事例が相次いでいます。作家・星川淳氏は不法入国として手錠を掛けられ刑務所に収容されました(『みすず』9月号)。いまアメリカでは市民が互いに疑心暗鬼となって通報し合い、、FBIはスパイになれば釈放するとイスレム系市民を脅かしています。おそらく同じような事態が近い将来に日本に波及するでしょう。こうした米政府の戦略に対する絶望的なルサンチマンが沈殿し、さらなるテロを誘発する危険性が高まるでしょう。これが新ブッシュ・ドクトリンの近未来像に他なりません。
さて日本国以内はどうでしょうか。ポスト小泉政権の有力候補は、冷戦型日米同盟の軍事国家構築をめざしています。不思議なことに、世界中で米国が嫌われている時に、対米好感度イメージが10年前より上昇しているのは日本と東欧の一部だけです。日本でもネオコンのような急進保守が威勢を強め、もはや国連中心の平和国家のイメージはどこかへ吹き飛んでしまい、米国の隷属国家の道を歩んでアジアから孤立しています。米国と同じように日本国内でも在日朝鮮・韓国人へのバッシングが陰に日に激しくなっています。
おりしも日米同盟を象徴する文書が公開されました。米政府国防次官補室「核兵器取り決め(草案)」(1968年10月8日)という米軍の核兵器持ち込みに関する22カ国との取り決め作業文書です(米ナショナル・セキュリテイ・アーカイブ(NSA)8月末発表)。この日本部分には恐ろしい密約が記載されています。
「核兵器の日本への陸上配備(イントロダクション)や核兵器基地の建設は事前協議の対象となるが、米国艦船に搭載された核兵器が日本の領海や港湾に進入する(エンターリング)場合は事前協議は適用されないーとの共通理解が存在する。この取り決めにもとづき、実際には米国艦船は定期的に核兵器を搭載したまま日本の港湾に入港してきた(港湾名は削除)。戦闘艦船以外の弾薬補給艦や潜水艦母艦などの海軍補給艦船も核兵器を積載して日本への入港を繰り返してきた。」
1960年の日米安保条約改訂時の「米軍配置と装備の重要な変更」に関する「事前協議」を決めた岸・ハーター交換公文は全くのまやかしであったことはすでに明白な事実ですが、今回の公表文書は米国務省自身が日本への核兵器持ち込みの事実を認めています。非核3原則という日本のベーシック・ドクトリンを蹂躙して秘密裏に主権を外国に売り渡している日本政府の醜い姿が露呈されています。もはや日本は主権国家の最低条件を失って米国のサーバントの道を歩んでいるのです。広島・長崎の原爆投下記念日の首相の追悼のことばのなんと白々しいことでしょう。
ところが逆に韓国のノムヒョン政権は韓国軍の戦時軍事統制権を米軍から韓国軍に移管する主権回復を推進し、09年にも実現する可能性が高まっています。これは同時に米軍の世界的な配置の再編成をもたらし、在韓米軍は陸軍中心に30%が削減されることになります。そして日本の座間基地に移転する米第1軍団司令部が在韓米軍を含む統合司令部となるということを意味します。日本はグアム基地建設負担に3兆円を負担し、さらに巨額の負担を強いられますが、日本列島が米軍のアジア展開の司令基地として戦火に包まれる巨大なリスクを抱え込むことになります。全世界で孤立するアメリカ帝国の黄昏とともに運命をともにする日本列島は、沈みゆく太陽の残影のなかで阿鼻叫喚の沈没を味わうことになるでしょう。
以上が新ブッシュ・ドクトリンとポスト小泉政権が描いている近未来のかなり確率の高い戦略ですが、これに対抗する別のシナリオはあるでしょうか。かなりの高い確率であります。アメリカ帝国の危険な軍事戦略は膨大な財政リスクによってドル危機を誘発するでしょう。EUその他の欧州諸国はアメリカ型文明間戦争を容認せず国連による対話外交を対置し、ドルに替わるユーロ経済圏をさらに強化するでしょう。中南米で進む反グローバリズム政権の誕生は、対ドル自立経済圏による対米自立の道を強めるでしょう。アジアでは東アジア経済圏と独自の共通通貨を展望する共同体への試行が発展していくでしょう。こうしてアメリカは対テロ戦争による世界支配という狙いとは逆に、全世界を相手に戦わざるを得なくなりますが、同時に米国内の良心派は本来の自由と民主主義の再生をめざすとりくみを強め、ブッシュ・ドクトリンは国内でも孤立するでしょう。
こうした2つのシナリオを前に、日本では王族の男子誕生に沸き返っています。とくに朝日新聞のフィーバーぶりには痛ましいほどの媚びへつらいを感じます。ひとりの生命が新たに地球に誕生することを私は無条件に祝福しますが、しかしこの喧噪の裏には不安とルサンチマンの影に覆われているような気がします。私たちは2つのシナリオのどちらを選択すべきでしょうか。日本は決定的な選択の時期にあるような気がしてなりません。(2006/9/7
11:48)
追記)9.11 5周年演説(米国大統領)
「戦いは終わっていない。我々か過激主義者か、、いずれかが勝利するまでそれは終わらない。我々はこの新しい世紀の行くき末を決める戦争のさなかにある。この戦いに勝つには団結した国家の決然とした努力が必要だ。敵は過激なイスラム帝国を築くことを目的としている。もし今打ち負かさなければ、我々の子孫は、テロ国家や核兵器で武装した独裁者たちが荒らし回る中東と直面することになる。この戦いは文明の衝突とされてきたが、実際は文明のための戦いだ。」
ここには覇権主義プロパガンダの幾つかのレトリックがあります。第1はゾロアスター的な光と闇の二元的闘争という単純化の論理であり、第2は自分が100%正しく、相手は100%間違っているという独我論、第3は相手への恐怖を煽り立てるオオカミの脅迫論、第4は自らのメシア的使命感の強調という権力闘争のステロタイプ化した論理です。しかしこの演説には従来になかった質的な飛躍が見られます。従来の反テロを越えた「文明のための戦い」という位置づけです。根底にはキリスト教文明以外を非文明とみなすキリスト教原理主義があります。追いつめられた米国大統領は、このようにヒステリックな悲壮感に訴えるしかないという権力者の最後の姿を露呈しています。いま世界は、巨大なならず者テロ国家が反テロを大義に、非キリスト教文化圏を攻撃しているという構図です。つまり米国大統領は、テロ・グループの存在なしに自分自身の存在もあり得ないという根元的な矛盾を生きています。彼にとっては永久テロ戦争の時代なのです。しかし米国市民はは彼のデマゴギー的な煽動演説の虚偽をとっくに見抜いています。弱い犬ほどよく吼えるのです。そして犬は吼えてもキャラバンは進むのです。(2006/9/13
8:18)
[利己的な遺伝子について]
英国の進化生物学者リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』が出版されて30年が過ぎ、1970年代前半まで有力であった、種全体にとって有利な資質が進化するとされた進化生物学のパラダイムに衝撃を与えるパラダイム・チェインジが起こった。集団と個の利益は必ずしも一致せず、、集団全体にとって有利な性質は進化しにくく、逆に利己的な遺伝子がひろまるとされたからだ。進化生物学での「利己的」とは、他者の繁殖可能性に負の影響を及ぼしても自己の繁殖可能性をあげる性質を言い、「利他的」とは自己の繁殖可能性に負の影響を及ぼしても他者の繁殖可能性を上げる性質を言い、必ずしも人間の利己行動とか利他行動とはイコールではない。利己的な遺伝子が利他的な行動を引き起こしたり、利他的な遺伝子が進化していく場合もあり、ほんらい利己的な性質を持つ遺伝子がどのような回路を経て固体行動を起こすかの仮説であった。以上・長谷川真理子氏論考参照。
しかしこの生物学上の仮説が短絡的に人間世界に適用されて恐ろしいことになってしまった。ドーキンス理論は、アダム・スミス以来のイギリス功利主義の人間観の科学的証明ともて囃され、すべての人間は自己利益を最大化するように行動するのであり、従って理性による経済行動のコントロールよりも、市場における競争行動に委ねてしまうのが人間の自然的姿だとするシカゴ学派のネオ・リベラリズムの隆盛をもたらした。それは国家統制経済によって自滅したソ連型計画経済の失敗をうけて地球全域を覆い尽くすモデルとなり、アメリカ型市場原理モデルがグローバルスタンダードとなって全世界を席巻していった。もはやすべての利他的行動は、人間的自然に反する作為的な強制とみなされ、「人の心も金で買える」(ホリエモン)というまでに頽廃していった。ドーキンス理論は、利己的な遺伝子と利他的な遺伝子は敵対的ではなく、むしろ利己的であるがゆえに利他行動を選択する個体のメカニズムに迫ろうとしたのだから、ドーキンス自身は自分の理論の影響を目を白黒させてみているだろう。
進化生物学での本能的な遺伝子決定論を機械的に人間行動に当てはめることはできない。なぜなら生物世界では「利(益)」=とは繁殖可能性がすべてであり、それ以外の利益行動は存在しない。しかし人間世界では、遺伝子的に決定される行動を越えて、環境や文化或いは人間主体によって規定される行動がはるかに多く、また先天的な遺伝子決定行動を規制するさまざまの装置を人工的に創出してきたからである。つまり単なる繁殖利益ではない、多様な「価値」を生きているのが人間であり、またそうすることによってのみ人間は本能的生物世界から抜け出すことに成功したのだ。それは近親相姦をタブーとしたことをみれば一目瞭然だ。
だから他者の繁殖可能性に負の影響を与えても自己の繁殖可能性を追求する行動が人間世界に目立ち始めたのは、「利己的な遺伝子」の優位による遺伝的決定ではなく、理性の攪乱と衰弱による文化変容がもたらしたものだ。それはマネーを至上価値とする市場原理主義の浸透によって誘発された。その痛ましい事例が世界にひろがっている。欠陥商品を垂れ流す日本の企業と公金を裏金化する公務員のモラルハザードは利己的遺伝子そのものといえるかもしれないが、それは制度の失敗なのだ。。
協働と私的所有の廃止をめざす気高い「利他行動」の膨大な犠牲によって、アメリカ帝国からの独立を実現したベトナムも例外ではない。協働による平等をめざすベトナムに市場システムが導入されてから信じがたい腐敗が蔓延している。ベトナムでは住民の居住地には準所有権が認められ、国有である農地は耕作権が農民に認められている。この法的制度の間隙を地方政府の幹部が利用して、公的プロジェクトの名目で農地を半強制的に接収し、幹部間で分配する不正行為が横行している。収用された農民には再定住用の土地を保証し、転職のための職業訓練の機会を与えなければならないが、補償土地すら幹部が転売し私腹を肥やしている。06年前半期にあった7千254人の申立の60%が土地紛争であった。
よく考えてみると、現在の地方政府幹部の多くは、30数年前のベトナム戦争を青年時代に戦って「利他行動」に献身したがゆえに幹部となった者が多いはずだ。或いは従軍体験を持たず、戦後の教育システムの中で上昇した者もいるかも知れないが、いずれも「利他」(人民への献身)という理念を評価された者たちであろう。彼らが市場システムの浸透のなかで「利己的な遺伝子」に犯されるようになったのだろうか。農民たちの生存を踏みにじっても、みずからの物質的繁栄を優先する選択行動は、「利己的な遺伝子」のせいなのだろうか。そのような短絡的評価は浅ましい遺伝子決定論に過ぎない。むしろこうした頽廃現象は、システム転換によって誘発された環境と文化変容のなかで、マネーを至上とする価値感情が誘発され、本来めざしたはずの協働システムの内部コントロールが整備されていなかった制度の失敗にあるとみなすべきだろう。私はシカゴ学派のネオ・リベラリズムによる市場原理主義の恐るべき破壊力を示すとともに、市場の失敗を克服する理性のちからが試練を迎えている局面だと思う。(2006/9/5
14:05)
[東京五輪は日本沈没の前奏曲となるだろう、そこではイマジンの絶唱はない]
アテネ五輪のオープニング・セレモニーでオノ・ヨーコが登場し、亡夫ジョン・レノンのイマジンを詠唱するシーンがありました。オリンピックが掲げる”諸国民の相互理解を増進し、世界平和と国際親善医貢献する”という目標を象徴した演出だと思いました。なぜならイマジンは米国のイラク侵攻下で米国内では放送禁止になった歌であり、それをあえて採用したギリシャ五輪組織委員会のけだかい意志を感じたからです。さてよく分からない選出過程を経て東京都が2016年の立候補都市に決まったそうです。東京都はこれから55億円の予算を組んではなやかな招致活動を展開するそうですが、はたして成算はあるのでしょうか。残念ながら期待は裏切られるでしょう。なぜならプレゼンテーションの先頭に立つ石原某とかいう都知事の破廉恥な民族ショーヴィニズムが際だっているからです。このような都知事の下で必死に招致活動に取り組む都職員の姿はいかにも哀れです。石原某の言行録をみてみましょう。
フランスに対して「きみフランスほどいいかげんな国はないよ。フランス語は国際語としては脱落だ」と誹謗し、中国へは「中国人はもともと犯罪を起こす民族的DNAがあるんだ。これが日本へ浸透すると大変なことになるよ」と遺伝的差別発言を行い、国内犯罪を不法三国人とする差別発言を平気で繰り返しています。或いは「生殖能力を喪ったババアは、存在自体が罪だ」などと高齢女性を侮辱し、福岡五輪の応援をしたカン・ソンジュ東大教授を「怪しげな外国人が。生意気だ、あいつは」と侮辱発言をおこなっています。彼は英語版Wikipediaでは世界のDiscrimination(差別)の象徴として紹介され、とくに”I hate Mickey Mouse,He has nothing like
the Unique Sencibility that Japanis”という発言が大問題となっています。彼はレイシスト人種差別主義者として世界で余りにも有名になっているのです。
少なくともIOCは、なぜこのような人物が主導する東京がオリンピックに立候補してきたかをいぶかり、投票でアジア諸国とフランスは東京への支持を拒否することは明らかです。東京が当選する最低条件は、石原某とかいう都知事が辞任することでしょう。
石原某とかいう都知事は「五輪を梃子に都市と社会を変革し、東京湾大開発と大型幹線道路網による首都大改造をすすめる」とし、IOC基準である「巨大化を抑制し、多様な国や都市の五輪開催への意欲を挫くことがないようにする」に真っ向から逆らうゼネコン五輪を公言しています。「開催概要計画」(東京都)は、競技会場設定、選手村配置、交通・輸送整備で国際基準を満たさないずさんなものでした。誘致外来型巨大開発戦略がとっくに歴史的に破産し社会資本インフラを破滅させることが実証されている今日ではアナクロニズムも極まっています。33:22という福岡との11票差の苦戦はそれを物語っています。東京が滑り込んだのは、国立選手強化施設の土地を無償提供するというニンジンにJOCが食いついたからです。
では財政危機にある福岡市の立候補をどう見ればよいのでしょうか。カンサンジュ氏が応援演説した理由は、日頃の東アジア共同体構想の中核都市としての福岡市を展望したものでしょうが、取り返しのつかない財政破綻の危険を冒してまで実現するプロジェクトとして位置づけることに私は違和感をもちます。いずれにしろ五輪候補選出狂想曲は終わりました。もしこのまま東京五輪が実現すれば、国家資本が東京に集中投下されて超巨大都市が出現するでしょうが、逆に犠牲となる地方の疲弊は深化し東京の社会インフラも崩壊に瀕するでしょう。
名古屋五輪誘致に対して、名古屋市民が環境保護を掲げて旺盛な市民運動を起こし、IOCが環境破壊五輪を厳しく指摘して一敗地にまみれたように、東京都民は環境と生活権を守る運動をくり広げるでしょう。なによりも人種差別を宣揚する人物が主導する五輪は全世界から孤立します。(2006/9/4
9:39)
資料)東京五輪関連投資(試算)
首都高速中央環状品川線 4000億円
圏央道 3900億円
外郭環状道路 1兆3500億円
外郭環状地上部道路 6000億円
放射5号・7号・新滝山道 700億円
高速多摩・新宿線 2兆2000億円
羽田・筑地間地下道路 1兆円
会場アクセス地下鉄 2000億円
会場施設整備費 5000億円
会場施設土地購入費 7000億円
総計 7兆4100億円
[「美しい国」には血塗られたファッシストの陶酔がある]
昨日公園を散歩していたら、ベンチで若い男女2人がロックの強烈な音を流してキャッキャと笑いながら、なにか漫画をのぞき込んでいた。若い男はスキンヘッドで上腕にタトウーを入れ、女はヘアーカラーで真っ赤に染めた髪を振り乱している。よくみると、その漫画の題名は「ゴーマニズム宣言」とあった。私にはそれが醜く写り、どうしても「美しい国」の風景には見えなかった。
安倍某とかいう人物が与党総裁選に「美しい国」を掲げて登場した。かってイタリア・ファッションンの美の革命を掲げて登場したムッソリーニや日本的伝統美への回帰を歌いあげた保田輿重郎の日本浪漫派をなぜか想い起こした。彼らの究極の美は、祖国のために身を捧げて散華する戦場での崇高な犠牲死にあった。しかし現実の戦場は惨たらしい餓死に過ぎなかったという痛ましい体験を経て、彼らの掲げた「美」の虚妄を知った時にはすでに屍体の山が築かれていた。こうしてアジアでは2300万人を超える無辜の民があり得たはずの希望の生活を遮断されて、あの世への行軍を強いられた。血塗られた「美」の虚妄を骨身に沁みて味わってから、60数年を経てまた帝国の亡霊がさまよい出ようとしている。安倍某の登場は、或る一国の歴史の記憶と市民の語り伝えがいかに危ういものかを示してあまりあるものだ。
彼の政権公約を要約するすれば、「強い個人が伝統文化と家族の絆に依拠しつつ、規律ある自由な活動をくり広げながら、強力な国際規範を構築する道をあゆむ」というものだ。強い個人を除けば、かっての天皇制ファッシズムの大東亜共栄圏思想を世界大に拡大した超国家主義そのものだ。彼はしきりに「開かれたリーダーシップ」を宣揚するが、これこそかたちを変えた八紘一宇の日米覇権国家版にほかならない。なぜこうした人物が世の一定の人気を得て華々しく君臨しつつあるのだろうか。
自宅を右翼テロリストに焼き討ちされた元幹事長は、「市場原理主義が根っこを失って漂流する大量の個人を生産し、それが戦うナショナリズムの風に流されている」と評したが、かなり正鵠を得ていると思う。ちょうどナチス・ヒトラーが没落する中間層の不安と焦燥をアーリア至上主義に煽動し、爆発しそうなトラウマとルサンチマンを組織して独裁による統治の美へと誘導した雰囲気とよく似ている。企業が欠陥商品を平気で垂れ流し、県庁ぐるみで公金の裏金を操って遊興する日本のモラル・ハザードは極まっている。こうした巨悪を一掃する強力な指導者の登場への期待がある。しかし旗が翻り、ラッパが鳴り渡ると人々は考えることをやめ、異様な情感の昂揚のなかにのめり込んで忘我の境地となって献身を誓う。かってひとりの参拝者もなく閑散としていた8月15日の靖国神社に、今年は25万人が参拝し、その3割は若者であったという。愛国系の若者が増えているのは、非正規労働の不安に怯えながらあてどもなく工場を渡り歩く現在の若者の追いつめられた心情を反映している。
安倍某が統治する日本の姿を彼自身の言葉を借りて具体的に描いてみよう。これがかなりの確率で実現する将来の日本だ。
1、元首となった天皇
「私は祖父が、天皇中心の一体となった日本断固として信じていたことに強い感銘を覚えた。日本国民は天皇とともに歴史と自然を紡いできた。その中心に一本通っている糸はやはり天皇だと思う」(『安倍晋三対論集』 *祖父とはA級戦犯・岸信介)
2,教育勅語の復活
「自虐的な偏向教育を是正し、国を愛する気持ちを育てる。学校を管理する国の監察官を置き、問題校は教職員の入れ替えや民営移管を命じる」(『美しい国へ』)
3,戦争憲法の制定
「次の内閣は憲法改正を仕上げる初めての内閣となるでしょう。現行憲法は、敗戦国の詫び証文であり、占領時代の残滓です。戦争責任は歴史家が判断することだ。海外戦争は現憲法でも可能ですが、改正によってよりクリアーになっていきます。こうして戦後レジームから脱却する。軍事同盟とは血の同盟であり、日米安保をより持続可能なものにしより双務性を高めることは、具体的には集団的自衛権の行使だ」(『この国を守る決意』、『安倍晋三対論集』)
4,格差が深化する社会
「構造改革が進んで格差が現れてきたのはある意味で自然なことだと思う。社会福祉は社会主義的な政策であり、構造改革はこれまでやや社会主義的だった仕組みをより市場経済性の高いものにした」(『美しい国へ』『安倍晋三対論集』)
アナクロニズムにあふれた異様な戦略で論評にも値しない唾棄すべき言辞だ。この異様性がいかに際だっているかは欧米の論評が示している。
「米政府と緊密な関係を持つタカ派の安倍氏が出馬を表明した」(英・ロイター通信 9月1日)
「安倍氏は政界では小泉純一郎に次いで目立つ政治家であり、北朝鮮と中国には強硬な姿勢をとる保守派だ」(独・DPA通信 9月1日)
「安倍氏は小泉純一郎と同様に日米同盟強化を望んでいるほか北朝鮮に強硬な態度をとっている。同氏の就任で日本の政策が大きく変わることはない。小泉政権下で日中、日韓関係は著しく悪化し、安倍氏は一部の外交問題については小泉氏よりもよりもタカ派的とみられ、関係がさらに悪化する恐れがある」(英・BBC放送電子版 9月1日)
「安倍氏が小泉と異なるのは明白な戦犯である将軍たちにその烙印を押そうとせず、日本による中国、朝鮮の侵略を認めない点だ。東京裁判は歴史家の判断が必要だとする安倍氏の歴史修正志向は、ホロコーストの専門家による調査が必要だとしてナチスによるユダヤ人迫害を否定したイランのアハマデイネジャド大統領とよく似ている。日本が孤立から抜け出せるのは靖国神社を参拝するかどうかを厳しく監視している。小泉の靖国参拝の時代錯誤を世界は理解できない。首相の愛国主義的姿勢によって日本のナショナリズムは突然復活した。安倍の祖父の岸信介元首相は商工大臣として戦時経済をにない、日本のシュペーア(ナチス軍需相)だった」(独誌・シュピーゲル 9月4日)
「安倍氏は小泉氏よりさらに強硬な路線をとるかも知れない。安倍氏は日本が世界で強い役割を果たし、日米同盟をさらに強化することwよびかけた前任者よりタカ派であることを立証するかも知れない。安倍氏は戦犯の責任について述べることを拒み、将来の歴史家によってのみ判断される。安倍氏の第2次大戦の認識は小泉氏より保守的であり、中国・韓国と適切に対応するのは容易ではない」(シンガポール ストレーツ・タイムズ 9月2日)
この人物の基本的な欠陥は、Variety多様性・多元性の感覚が欠落していることだ(みんな違って みんないい)。垂直にそそり立つ求心的シンボルのもと、秩序を保って同じ方向へ行進する規律ある集団を理想モデルとしているように見える。しかも国境内に閉塞された単一民族集団として。こうした感性はDemocracy民主主義にはフィットせず、むしろその対極にあるAutocracy独裁に共感する。なぜならDemocracyとは、DEMOS(民衆)のKRATS(力)であり、おそらく彼は自分を民衆のひとりとは思っていないからだ。Autocracyは求心的なラデイカリズムをともなってFascism棍棒主義に転化する。彼の胸の奥には棍棒がつまっている。「戦後レージームからの脱却」を宣揚する彼は、明らかに戦後民主主義への嫌悪を抱いている。要するに歴史についての基礎学力が欠落している。
ひょっとしたら日本は決定的な転換の時期を迎えつつある。星条旗を第2国旗としてあてどもなく漂流するテロ国家へと急カーブを描いて曲がり角に入りつつある。自分の意見は言わないで、多数の大勢を気にしながら身を任せてきた大勢順応の日本的集団主義の残滓が、急進的右翼ラデイカリズムの方向へ誘導されるならば、彼は勝利する。あたかもヒトラーがニュルンベルグ党大会で劇的にデビューしたように、彼も右手に日の丸を左手に星条旗を掲げてメシアのように登場し、ニッポン チャチャチャの熱い歓呼を浴びるだろう。いよいよ日本は正念場にさしかかってきたようだ。このささやかなサイトもまた試練の時を迎えている。
少し秋の気配が漂い始めた街には、心地よい暑さが残り、遠くから工事の音がひびいてくる。すべて世はなに事もなきかのように平穏に過ぎていくかに見える。その背後に何が忍びよっているか、鋭く見抜く判断は自らの頭を回転させることでしか生まれない。このサイトもそうした判断力批判をになう理性の一翼でありたい。(2006/9/2
12:24)
[ある右翼活動家の哀しみ]
与党元幹事長の実家と事務所を全焼させて自殺を図った右翼幹部(65)の経過を見ると、現在の右翼活動家のもの悲しい姿が浮かび上がってくるようだ。元幹事長のホームページや報道で明らかになった経過を整理してみよう。
8月13日 山形県天童市内ホテルに投宿
8月14日 レンタカーで鶴岡市へ向かう(下見?) その後鶴岡市を離れる
8月15日 ふたたび鶴岡市へ向かう
16:00頃 事務所近くの小さな食堂で天丼(1300円 その食堂では最も豪華メニュー)注文
17:20頃 食堂を出て事務所に向かう(所持金はポケットに500円残る)
17:30頃 実家玄関から侵入し揮発性油をまき放火 刃渡り20cmの刺身包丁で割腹自殺はかる その後入院
8月18日 山形県警右翼団体事務所2カ所家宅捜索
8月29日 逮捕
8月31日 山形県警 容疑者の身柄を山形地検鶴岡支部に送検
(供述内容)「所属団体で閑職となり死にたいと思った。借金もあった。当時発言が目立っていた加藤氏の自宅で死ねば、右翼らしいと思った。」
彼は中学時代まで山形県河北町で育ち、そのご東京へ出て任侠系右翼団体・大日本同胞社に所属して活動していた。かれが右翼活動へ参加していった経緯については分からない。少年時代は物静かで同窓会に出ても騒ぐことはなくまじめな性格であり、右翼の街宣でも自分でマイクを握ることはなく、右翼内部での論争にも積極的に参加することはなかったという。その後同社の相談役を経て、上部団体「忠孝塾愛国連盟」の常任参与に転じたが、役職の実態はなく組織内では評価を受けることなく孤立していった。ここから借金生活が始まったようにみえる。
現在の右翼活動は政府の右傾化に伴って活発化し、そこでは組織力とカネを集めるマネイジメント能力が問われるようになった。彼のようなマジメで一生懸命の地道な活動は注目もあびず評価もされない。自らの一生を捧げて65歳に達した彼の胸中に由来し始めたものはなんだろうか。孤独のうちに生を終えようとしている自分の姿の惨めさから最後に注目されたいという気持ちが起こったのであろうか。彼はどのような思いで1300円の天丼を食べ、どのような思いで事務所に向かったのであろうか。
マジメ一筋に組織に忠誠を尽くし冷遇されて、うまく立ち回れない人物はどのような組織にもいる。時代の流れに乗って華やかに立ち回る同志を横目で見ながら、ルサンチマンを充満させつつなおも組織にすがっていこうとする哀切ただよう人物もいる。あらゆる組織に起こるこうした現象の一部に過ぎなかったのであろうか。彼の属した右翼団体関係者は今回の行動を冷ややかに見つめ、「もの悲しさを覚える」とも言っている。新撰組で言えば誰にあたるだろうか。
知り得た範囲で彼の行動分析を試みたが、しかし彼の最後の選択が卑怯で恥ずべきテロであったことは許されるものではない。このような愚かなテロ行為の影響は、無意識のうちにじわじわと浸透し、次第に自由な言論を自己規制するようになる。これが彼の果たした客観的効果だ。しかしこの事件を契機に鮮明に浮かぶあがったことは、日頃から対テロ戦争を掲げて軍事国家を怒号しつつある政府が一切無視したことだ。同僚議員に対する卑劣なテロ行為を客観的には放置し、やっと2週間たっておざなりのコメントを出した。哀しいことにどうも元与党幹事長も、この右翼活動家と似たような組織の冷遇をうけているようだ。政府の対テロ戦争の言辞がいかに浅薄なものであるかが明らかとなった。いま政府の行為を批判する言動が自己抑制される時代が忍びよっていることは間違いない。ちなみに被害者の元与党幹事長は、事件直後の外国特派員協会での講演で、「小泉・竹中流の市場原理主義は根っこを失って浮遊する個人を大量生産し、それが闘争するナショナリズムの風に流されると取り返しのつかないことになる。戦後日本で総括が終わっていない問題として、日本の戦争責任と社会主義体制の崩壊の2つの問題がある。日本がほんらいの姿を取り戻すためには、経済のグローバル化と距離を置く必要がある」と述べている(8月29日)。この意見に私は基本的に賛成だ。(2006/9/1
9:06)
[指揮者ダニエル・バレンボイムを讃える]
指揮者のダニエル・バレンボイムとパレスチナ人思想家エドワード・サイードが1999年からはじめた「ウエスト・イースタン・デイヴァン・オーケストラ」は、イスラエルとアラブ諸国の若い音楽家で組織され、音楽を通して対立を越えようとする試みだ。イスラエル軍のレバノン攻撃に対して、バレンボイムとサイード未亡人のいかなる軍事行動にも反対するという声明の提案をめぐって楽団は激しく衝突した。6人のイスラエル人と1人のエジプト人が反対し激論となったが、最終的には原案通り承認された。今次の侵攻でレバノン人とシリア人の音楽家たちが欠席し、参加したイスラエル人の音楽家も家族との連絡が途絶えたという。バレンボイムはBBCのインタビューで「人々は私を世間知らずの音楽家というかも知れないが、爆弾を落としたりロケットを発射したりすることで解決すると信じている人々のほうがもっと世間知らずではないか?」と言っている。
芸術家は一般的に政治現象に介入せず、ひたすら芸術活動に没入する傾向があり、私はそれを苦々しく思うのですが、バレンボイムのストレートなアンガジュマンに無条件の敬意を覚える。彼はイスラエル国籍のユダヤ人であり、次世代カリスマ指導者として注目され、イスラエルでワーグナーを最初に上演して現地のの反発を買ったりしたが、演奏の主舞台はイスラエル占領下のパレスチナであり、パレスチナに同情的な立場をとってきた。音楽もまた政治から自由であり得ないとするならば、彼のように積極的な関与を通じてくり広げる芸術活動は評価されなければならない(もちろんその方向性が問題だが)。
なぜなら最近の音楽活動で印象に残っているのは、米軍のイラク占領直後にイラク国立交響楽団がカーネギーホールで公演したという耳を疑うようなことがあったからだ。自分の祖国を壊滅させている敵国の地で何を訴えるのか、この交響楽団は明らかにCIAの文化工作に屈服したのだ。或いはプロ級の腕前を持つという米国務長官アミン・ライスは、外交官交流会で陰鬱なブラームスを演奏して、、中東でうまくゆかない米政策の憂鬱さを表したという。おそらくライスは技術的にはすぐれているが、芸術と戦争が本質的に敵対するという自然的感性が欠落している。たしかにホロコーストのむごたらしい姿を見たあとで、ナチス親衛隊員はワインを飲みながら美しいドイツ音楽に耳を傾けた。その時まさに彼らは悪魔の美と手を結んだのであり、ワーグナーの崇高な美しさに酔いしれながら他方で冷酷にショアーを推進したヒトラーの感性をともにしたのだ。
日本人の音楽家は総じて特に非政治的でありたいと願う。戦争期には戦意昂揚曲を作曲して軍部に協力し、敗戦後は平和音頭をつくって恥じないあまたの音楽家を目にすると、私は哀しみと怒りが交錯する。彼らは日本の子どもたちが歌う名曲といわれる数々の唱歌を作ってきた。私は彼らの経歴をみるにつけ、じょじょに戸惑いを覚えるようになった。信時潔の「海ゆかば」の荘重な調べはこころをうつが、特攻の若者はこの歌を唇にのせて悲壮感にあふれて敵艦に突入していった。そして信時は戦後何をしたのか。ジョン・レノンの「イマジン」が、9.11以降全米の音楽番組から追放されたあとに、アテネ五輪のオープニング・セレモニーでオノ・ヨーコによって歌われた時に、日本のTV局の解説者は明らかに戸惑っていた。彼にはなぜアテネ五輪で「イマジン」が歌われるのか、まったく理解できなかったのだ。アテネ五輪を反戦のメッセージで始めたイタリア五輪委員会はさすがだと思ったが、今回のダニエル・バレンボイムのメッセージにも同じように深くうたれるものがあった。
すでにアメリカは全世界で孤立し、英国ももはやアメリカへの無条件支持をやめる中で、世界でいつまでも米国に媚びへつらって追従している国は他ならない我が日本だ。日本歴史史上でもっとも恥ずべきふるまいを演じているこの国の無知はあまりにも惨めだ。2001年9月11日を契機にアメリカが異常な愛国ムードに包まれると同時に、日本も地下鉄サリン事件を契機に一変した。反テロですべてを操作する軍事国家へと転換しつつある。日本でもっとも恐ろしいのは、民間パトロール隊が組織され、市民が市民を監視することに地域を守る義務感を覚える草の根監視システムが登場しつつあることだ。こうした歪んだ市民意識が公共部門の民営化に暴走する政府を支持する基盤となっっている。自らの国がどんなに痛み歪んでも、極右のメッセージを簡潔明瞭に断定調で言い切るヒトラー型政治家に人気が集まるという奇怪な雰囲気がただよい始めた。ここではもはや知性による自律的な判断が喪われつつある。
米国の知的水準がいかに貧しいかを示すのが、スーザン・バック=モース『テロルを考える』(みすず書房)だ。彼女は9.11の映像に衝撃を受け、もはや政治に無関係に自分の学問を続けることはできないとして、米国の恥部の分析と良心的イスラム派の評価を旺盛に展開している。いささか女性的な感情過多にのめり込んでいる彼女は、どんな暴力も否定するグローバル公共圏を主張して米国を批判しつつ、現実の平和運動を世俗的左翼と揶揄しつつ、いまさらのように米国の悪を告発している。しかし米国こそ悪の帝国であり、ならず者のテロ国家であったことは、戦後世界史をほんのちょっとひもとけば分かることだ。米国がベトナムで何をしたか、チリで何をしたかをみれば、9.11を待たずともいつアメリカがテロ攻撃を受けても不思議ではないことが分かる。やっといまになって気づいたかのように、米国批判を展開する米国知識人の知的水準の貧しさを改めて確認した。彼女は「理想のアメリカ合衆国に骨の髄まで忠誠を誓う。この美しい母国のためにいのちを捧げてもよい」とまで言い切っている。理想のアメリカが幻想にしか過ぎないことを彼女は知らない。これではまるで海兵隊員の星条旗への誓いと変わらないではないか。米国はいまや知的興味と関心と学習の対象ではない。本質的に功利主義的なプラグマテイズムの国だ。
にもかかわらず米国のもっとも知的レベルの頽廃を象徴するシカゴ学派の亜流が日本を席巻し、戦争と金儲けの道を歩み始めたかに見える現状がある。この潮流は、日本のもっとも良質の共同体の残滓を破壊し尽くして、どう猛なジャングルの世界に変えてしまった。日本の若い市民は、餌をぶら下げられたラットの醜い自転車競争の地獄にきりもみ状態で転落しつつある。誰も互いの痛みと良心を見つめ合わず、街中からホームレスの姿を強制的にリセットし、きらびやかな高層ビル群の影で屋上から投身する若者が続出する世界最大の自殺大国となった。ピコピコと鳴る指動作の通信手段に沈潜し、けたたましい騒音音楽に神経系を全開し、娘たちは臀部を見せながら街を闊歩し、カラスのようなスーツ姿のサラリーマンが足早にうつむいて歩いていく。どこに向かって? 未来へ向かって? いや現在のただ中に我を忘れて・・・・ダニエル・バレンボイムはいま日本でこそ演奏しなければならない。(2006/8/29
12:45)
[トヨタ自動車の不買運動が起こるだろう]
日本経団連前会長である奥田碩トヨタ自動車相談役が名古屋市でおこなわれた講演会で耳を疑うようなことを述べた(23日)。
「小泉政権下で進んだ経済格差拡大は、社会の活性化につながる限りむしろ望ましい。格差是正を求める主張は、国民所得の底上げや安全網があれば、問題にする必要はない。金儲けこそ活力の源泉であり、成功者を嫉妬しないで賞賛することが経済的繁栄に不可欠だ」
聞くも汚らわしい発言だ。営々と汗して働く市民へのこの侮辱的発言をわたしは決して許さないだろう。資本のホンネがかくまであらわに公言されるとは! 彼は自分の会社の自動車の売れ行きが気にならないのだろうか。私人とはいえ企業は社会的存在として公共性をもっていることへの自覚などどこ吹く風だ。彼は、米国トヨタ社長のセクハラで莫大な慰謝料を支払い、偽装請負がRV車中心に膨大なリコールを発生させた自らの経営責任(奥田社長時代)とコンプライアンスへの裏切りにつゆほどの責任も感じていないのだろうか。金儲けが自分の生き甲斐なのは勝手だが、それを全国民のモデルにするなどの非人間性をさらけだして恥ずかしくはないのだろうか。資本はまさに全身から血をしたたり落としながら利潤を求めてうごめくーというまるで19世紀の野蛮な原始的蓄積の時代を思わせるような言辞だ。格差=差別があるがゆえに、誰しもはい上ろうとするというジャングルの掟は動物の世界でこそあれ、人間はそうした本能を克服してきたからこそ人間になれ得たのだという人類史のイロハさえ知らない。彼はシエィクスピアの「ヴェニスの商人」での拝金亡者であるシャイロック以上の存在だ。なぜなら動物でさえ同じ種では闘争本能をコントロールして種族保存をはかり、ユダヤ人のシャイロックはありとあらゆる差別を一身にうけたが故の追いつめられた行為だからだ。
競争原理が蔓延してから日本企業は荒廃して社員のモチベーションは痛みきってしまった。最初に導入した富士通では、社員の飛び降り自殺が相次いでビルの屋上が閉鎖されている。NECでもいま半年以上の長期精神疾患休業者が72人に達し(公表数字)、本社ビルからの飛び降り自殺が起きている。日立では日立病といわれる精神疾患が多発している。学校や病院の仕事は、子どもの成長や患者の治癒を喜ぶとするチームワークで成り立つが、無理矢理にお金目当てで仕事をするように切り替えられている。すでに崩壊してしまった競争原理で企業経営は壊滅的な打撃を受けているが、総人件費抑制に突っ走る企業の暴走は地獄へきりもみ状態となって転落している。金を目の前にぶら下げれば走り出すほど人間は単純ではないのだ。
卑しい功利主義的人間観に犯された経営者が蔓延しているのはなぜだろうか。なぜ財界のトップがこのような愚かな発言をしてはばからないような国に堕落してしまったのだろうか。彼のみならず政界にも平然とこうした言辞を吐く人物がいる。「努力して差がつかなきゃ、努力する人の数は減り、社会から活力が失われます」(麻生太郎ホームページ)などと経営者失格の発想をしている。ほんとうに有能で努力している人は、実は他人を蹴落として優越することを恥ずかしいこととして軽蔑する。しかも金にまみれて一生を終わる虚しさを知っている。政財界のトップの恐るべき頽廃をみれば、かって現代経済の特徴を国家独占資本主義という枠組みで分析し、企業と政府が一体となって搾取と収奪のシステムをつくる構造を明らかにしたが、いまほどその事実が赤裸々に露わになっている時代はない。もはや日本は暴走する資本主義のコントロール機能を喪失しているのであろうか。
しかも奥田氏には基本的な事実誤認がある。成功者を嫉妬しているのは同じ他の経営者であって、一般の市民はモラルなき拝金行為を軽蔑し冷笑している。なぜなら不正や虚偽の経営で手に入れたサクセス・ストーリーには誰しも胸が痛み、頽廃の螺旋にはまり込んでいく哀れな存在でしかないからだ。もっともモラルの欠落した人たちがモラルを口にする偽善、金儲けしか考えない人が怒号する愛国の偽善を市民は見抜いている。哀しいほどに貧しい奥田氏の恥ずべき無知と無自覚がある。その精神的貧しさは目を覆わしめる。
いまトヨタは戦略車レクサスの売れ行き不振にあえぎ、他車種の売れ行きで経営をカバーしているが、遠からずその矛盾は顕在化しトヨタはついに崩壊に到るだろう。いやいままさに終わりの始まりが始まっている。彼らはGMと同じように市場から撤退するか、M&Aの対象になるだろう。すでに社外からトヨタ車に対する不買運動がはじまっているが、問題は社内から奥田氏のような無能極まる経営陣を追放する運動が起こるかどうかである。それは下請にリスクを転化して、本社のみが利潤の極大化を図るトヨタ・システムの崩壊を意味する。それは同時にトヨタに象徴される日本の経済システムの終焉をもたらす。その時に非正規労働者は正当な評価を受け、社会的公共性が劇的に再生され、日本歴史が新たな時代に向かう画期となるだろう。なぜならそれは傷つけられた人間の尊厳が蘇る日となるからだ。
資料1)トヨタ自動車純利益・コストダウン・リコール数推移
コストダウン(原価低減) 2001年:2600億円 2005年:」1300億円
リコール台数 2001年:6万台 2005年:188万台 2006年8月まで:110万台
連結純利益 2001年:6158億円 2006年:1兆3000億円(見通し)
資料2)2006年度トヨタ・リコール台数(8月迄 *改善対策は保安基準不適合ではないが放置できないもの)
1月19日 RAV4L、RAV4J 18,257台
2月23日 ラクテイス 2WD車 25,847台
3月28日 セルシオ、クラウンなど6車種 67台
4月 4日 救急車、グランビア、レジアスなど10車種 76,248台
5月16日 ランドクルーザープラド 107,767台
5月30日 ウイッシュ、アイシスなど9車種 565,756台
7月 4日 ハイエース、レジアスエース4WD車 24,236台
7月18日 コースター、ダイナ、トヨエース(改善対策車) 4,545台
7月18日 ダイナ、トヨエース4WAd車 570台
7月18日 ヴィッツ、カローラなど12車種 268,570台
8月22日 ダイナ、トヨエース 9069台
(2006/8/24
19:40)
[増える愛国系の若者はなにを考えているのか?]
1955年8月15日正午の靖国神社には誰一人参拝に訪れる者はいなかったが、今年の参拝者は25万人を超え、30歳代以下の若者が3人に1人を占めたという。資生堂のシャンプー「TSUBAKI]がたった4ヶ月で2千万本を売り上げる大ヒット商品となったのは、「日本の女性は、美しい」というコピーにあるという。シャンプー界の女王である「ラックス」のCMは、ハリウッド女優をやめて初めての日本人モデル・富永愛を採用した。藤原正彦『国家の品格』は英語より国語、民主主義より武士道を説いて214万部を売り上げている。安倍晋三『美しい日本へ』は、憲法前文を「敗戦国として連合国に対する詫び証文のような宣言であり、妙にへりくだったいじましい文言」と攻撃し、特攻の若者を賛美して売上げを伸ばしている。いずれも購読者の中心は30−40歳代だ。SMAPの木村拓哉がもっとも好きな日本人は白州次郎だという(GHQと対抗した人物)。サッカー日本代表・オシム監督の「日本代表を日本化させる」はいま圧倒的な共感を呼んでいる。福井県生活学習館はジェンダー関連図書150冊を自民党議員の圧力を受けて「家族関係を軽視」していると撤去した。安倍晋三は政権公約として、憲法全面改正、教育基本法改正とバウチャー制度、国家安全保障会議(NSC)設置というこれまでどの首相も公約に掲げなかった極右路線を打ち出した。「習慣やしきたりに従うのは当然、地域の出来事に関心がある」とする回答者が増えている(博報堂生活総合研究所・生活定点観測2006速報)。いまTVドラマの主人公は、逸脱するヒーロー的なキャラが多く、説教っぽい番組では、自分と関係ない他人が諭されるのをみて視聴者に優越感を抱かせる番組が増えている。
自国民であることに誇りを感じるという人は、日本人は57,4%にすぎないが、世界平均は80%を超えている(電通・世界価値観調査59カ国対象)。にもかかわらず若者を中心にナショナリズムへの傾斜が急速に進んでいるように見える。こうした現象に大人たちは戸惑いを覚えているようだ。幾つかのコメントを記してみよう。
「自分のアイデンテテイと居場所を求めて、必死にブイに手を伸ばすように、日本的な伝統へ回帰している」(野田宣男)、「どんな時代でも人とつながりたい。なのに家族や会社は夢がなくなり孤独になって、2チャンネルのような匿名の世界でつながるが、せいぜい共通点は日本人だということ如かなく、現実の世界も2チャンネル化している」(武田徹)、「保守化すれば安心感はあるが、でもほんとうの面白さは先が見えない不安定さの中にあるのでは」(宮沢章夫)、「若い人は他者とのぶつかり合いなしに育って感情が空白化し、それでも感情移入しやすいものを探すと安定した過去なら傷つくこともない。刹那的で希薄だ』(藤原新也)、「愛国に走る若者たちは、まじめで社会に何らかの違和感をもっている人たちだ。切実に帰属感を求める愛国系の若者が増えておりネットを通じて発散している』(雨宮処凛)、「大した競争もなく高収入を得ている層と、過酷な競争社会を生きる層との分化が進んでいる。後者の抱える先行き不透明感は、ナショナリズムと同調しやすい。問題は若年層の不安感が中韓やメデイアの見えやすい敵を探していることだ。ほんとうの問題と関係ないところで、うさばらしをしている。歴史問題が舞台になっているだけで、ナショナリズムでも愛国心でもない。中韓の若者の反日遊びとそっくりだ」(高橋基彰)、「いま起きている事態は、無定型で可変性の高い都市住民によるナショナリズム・シンドロームだ。確固とした核はなく、ネットなどの媒介で共鳴しあい、戦前型ナショナリズムとは違う。近代の100年で経験したことがないことが起こりつつある。冷戦崩壊後に情報化や都市化が進み、家族や地域、職域などの集団が解体され個人が原子化している。新自由主義による格差拡大で、流動化への戸惑いと不安を抱える若年層をナショナリズムがとらえている。若者にとって戦後民主主義は旧体制であり、否定すべきものに見え、知的能力のある層も非正規雇用とワーキング・プアが増え未来を閉ざされた世代が生まれている。誰かが自分たちを代表しているという実感が持てない層が共鳴板を求めている。アジアではパワーシフトが起き、中韓は日本が60年前に経験したナショナリズムをいま経験している。日本にとってはそれが脅威に感じられる。日中韓が互いのナショナリズムを刺激し合うパトリオット・ゲームをくり広げている。楽観はできない。政治が感情的にナショナリズムを煽り、自らも翻弄される自家発電ともいうべき現象が起きている。いまの状況は一国では解決できない。政治主導で多国間の枠組みをつくり、重層的な対話を積み重ねていくし道はない」((カンサンジュン)、「極論すれば中国の学生が抱く日本へのイメージは、日本鬼子か経済動物の2つだけであり、日本の政治家の言動が加わって現代日本をどう見たらいいか、多くの若者は混乱している」(紀廷副)
では日中韓の若者の生の声を聞いてみよう。
「独島を自分のものと言い張っている。韓国がまだ外交力が弱いことをいいことして、日本人は弱みにつけ込んでいるのではないか。靖国神社に首相が参拝するなんて。ドイツと違って日本人は戦争をまったく反省していないとしか思えない」(韓国 27歳 男性 就職活動中)
「日本のように侵略した過去をもつ国の愛国と、私たち郷土を奪われた弱小国家の愛国とはまったく違うんです」(韓国 26歳 男性)
「愛国という言葉を使うのは自分に自信がないからだと思う。ぼくがこの国が好き愛国はいらない」(韓国 29歳 男性 パンクバンド)
「小日本人は骨から中国人を見下している。そうじゃなきゃ靖国参拝などするはずがない。中華民族は優秀だからすぐに日本を追い越す。そうしたら日本はもう追いつけやしない」(中国 25歳 男性 金融会社勤務)
「日本では街中で反中デモをくり広げて、中国指導者の写真や人形を踏んだりしているじゃあないか。台湾独立だって支持しているんだろう。過去の侵略を認めない日本人が増えているという。日本は軍国主義に戻ろうしているのか」(中国 25歳 男性 会社員)
「国のために命をなげうった人に敬意を示すのは国民の責務です。生まれた国を大切にするのは当然でしょう。いまの日本が乱れているのは戦後教育のせいだ。中韓は内政に対する不満をごまかすために、反日をはけ口にしているだけ。ありもしない事実をもとに、日本に謝罪を求めるのはやめてほしい。中国経済はあと数年で破綻しますよ」(日本 22歳 大学生)
「自分を嫌いな人は他人を信頼するようにはなれないわ」(新世紀エヴァンゲリオン ヒロイン)
靖国や知覧特攻記念館に集まる若者たちは、特攻隊員の遺書をみてそのピュアーな心情に感動を覚える。彼らの遺書を美しいとして賛美するか、無残として痛みを感じるか、決定的な感性の違いがある。一方で60数年前の戦争に一人の兵士として参加し死んでいった若者は後生に次のような詩を遺している。竹内浩三の詩を紹介しよう。愛国系の若者はこの詩を読んでどう感じるのだろうか。
無題 竹内浩三
腹切りということが
この日本の土では
月のように澄んだこと
かの捕虜となって
しぶとく煙草吸うこと
われらの祖先よりこのかた
地獄に堕ちるよりも
我が祖国は忌み嫌った
日本が見えない 竹内浩三
この空気
この音
オレは日本に帰ってきた
でも
オレには日本が見えない
空気がサクレツしていた
軍靴がテントウしていた
その時
オレの目の前で大地がわれた
(中略)日本よ
オレの国よ
オレにはお前が見えない
愚の旗 竹内浩三
彼の国が戦争をはじめたので 彼も兵隊になった
彼の愛国心は 決して人後におちるものではなかった
彼は 非愛国者を人一倍憎んだ
自分が兵隊になってから なおさら憎んだ
彼は 実は 国よりも 愛国ということばを愛した
旧日本軍幹部である河辺虎四郎中将参謀次長等は1950年2月に@毒ガス隊A機関銃隊B戦車隊からなる警察軍構想をGHQのもとで推進し、51年には宇垣一成を最高司令官、河辺を参謀総長とする地下政府の決定がなされた。地下政府は、宇垣一成、若槻礼次郎、岡田啓介、大川周明などが組織した。なんとおどろおどろしい名前ではないか。河辺は敗戦後にGHQ歴史課に勤務し、反共秘密情報機関「河辺機関」を率いて新日本軍創設計画を立案し、吉田茂もこの活動を認知していた。アジア人2000万人、日本人310mann万人を虐殺した最高責任者が星条旗に媚びへつらって軍隊再建に動いたという醜悪な歴史の暗部が暴露された(米国立公文書館 8月20日)。これら戦前日本の最高指導者は、A級戦犯として逮捕されながら釈放されて、一転して星条旗への忠誠を誓い転身を遂げて政界に復帰している。
「愛国」という言葉が死語になって、街頭を走る右翼の宣伝カーの専売用語として見向きもされない60数年が過ぎてから、いままたなにか新鮮なイメージをもって登場し始めたのはなぜだろうか。しかも河辺のような軍国老人ではなく、若者たちの結集軸となってきたのはなぜだろうか。この問題の答案に失敗するならば、日本は60数年前の致命的な悲劇をかたちをかえて繰り返すだろうと断言できる。だから本気になって考えてみたいのだ。
資料)日中韓生徒意識調査(01年実施 2000人対象 遠藤誉帝京大教授)
@将来への希望がある 日本29% 中国91% 韓国46%
A自国への誇りがある 日本24% 中国92% 韓国71%
(2006/8/23
22:08)
[信州の赤ひげ 若月俊一氏逝く 合掌]
若月俊一氏は東大医学部時代に社会医学に関心を抱いて、セツルメント活動で治安維持法で検挙の後、信州の無医村に飛び込み、農村医学のメッカと言われる佐久総合病院の創生期をにない、いまや世界的に注目されるモデルをつくった。いままでの都市中心の医療に対して、一生医者にかかることもなく死んでいく農民の側に立った医療活動を展開した。アルバート・シュヴァイツアーのアフリカ医療を想起するが2人には根本的な違いがあるような気がする。シュヴァイツアーのキリスト教的な博愛主義による献身的医療活動は、黒人を未開としてとらえ彼らの内発的な力への信頼はなかったのに対し、若月俊一氏の場合は農民自身による健康活動を中心においていた。彼が始めた健康台帳による全村健康診断システムは、長野県が有数の長寿県となり、その後の老人保健や在宅介護の政府政策や国連開発計画のモデルとなった。氏が捧げた50有余年の農村医療は、日本の医療の原始的貧困を克服する貴重な活動であった。「一番大事なのは金や名誉ではない。健康です。助け合って生きる社会をこの山の中でつくっていきましょう」という彼の言葉は、月並みのようにひびくが、ほんとうに大切なことを単純にいっていると思う。このような人物が日本にいることにわたしは救いを覚える。
若月俊一氏の視点で現代の日本を見たらどうなるだろうか。
いま日本では「こころの病」が30歳代の若者に急増し、1ヶ月以上休んでいる社員のいる企業が7割を超え、その多くの企業が職場のコミュニケーションや助け合いが減ったと答えている。原因はハッキリしている。いまの30歳代前半が仕事を覚え化ければならない20歳代の頃に、日本の企業は争って成果主義賃金を導入し、自分のことで精一杯で仕事を教えたり教えられたりする助け合いの雰囲気が衰弱していったからだ。IT企業の中間管理職の年代が40歳代から30歳代に若返り、精神科やカウンセラーを訪れる患者は、40,50歳代から30歳代に移っている。裁量労働制と成果主義がミックスすると、深夜12時を過ぎてもオフィスでデイスプレーを見つめて会社にいる社員が当たり前となっている。30歳代前半はゲーム世代とも重なり、気分転換の中心がゲームとなり、就寝時間が削られ睡眠障害やこころの病が増える。以上・社会経済生産性本部メンタル・ヘルス研究所上場企業218社対象調査から。
日本の生産性運動の中心をになう社会経済生産性本部がこんな調査をおこなうことに笑えてくるが、いまや経営の論理からみても若い労働力の保全は緊急の課題となっていることを示している。対策として成果主義を個人単位ではなく、チーム単位でおこなえーといった程度のことしか提案できないのが彼らの致命的な弱点だ。問題は資本と労働力の等価交換が崩れて、剰余労働の過剰搾取が横行しているところにある。成果主義と裁量労働制を根元的に再検討し、人間的労働力の再生産にふさわしい生活給のナショナル・ミニマムを導入し、競争主義の暴走をやめることにある。経営側が総人件費を極限まで絞り込んで史上最高の利益率を稼いでいながら、動物のようなラット競争に弄ばれて労働力が摩滅するという、恐るべき非対称性をなくすことが求められる。
しかし以上の実態は大企業の正規社員の状況に他ならないが、もっと恐ろしいのは一生の見通しがつかないままに毎日を不安に過ごしている圧倒的多数の若年非正規労働者たちだ。彼らは健康保険手帳すらもたない層が多く、自己負担率が重くなって病院に行く余裕すらない。若月俊一氏が戦った農村部の原始的貧困は基本的に姿を消したように見えるが、いまかたちを変えて大企業の工場から工場を渡り歩く派遣や請負労働者となってふたたび現れている。若月氏の時代は、まだ地域や企業の共同体が助け合いの相互扶助によって救われていたが、いまや都市も農村も互いを監視し合う砂漠のような生活となって個人はバラバラになった。四畳半のアパートで誰にも気づかれることなく、ひっそりと死んでいく若者が多くなった。ひょっとしたら飢えや寒さに苦しんだ信州農村部の生活よりも、現代日本の労働生活は非人間的になっているのではないだろうか。若月俊一氏が提起し自ら生きた課題は未完であり、より一層残された者に問いかけられているような気がする。(2006/8/23
8:45)
[VITAL SIGNS(バイタルサイン)は世界最悪となった]
VITAL SIGNSとは、人間の脈拍、体温、呼吸、血圧などの生命維持に必要な身体指数をいう。05年の世界の総生産高は59兆6000万ドルと最高を記録し、特に鋼鉄・アルミ・自動車生産(4560万台)は過去最高となって、世界エネルギーの80%を占める石油、石炭、天然ガス使用量は爆発的に増えた。逆に環境指標も過去最悪となり、大気中の二酸化炭素は前年比0,6%増と記録的に上昇し、この5年間で世界森林面積の1%が消滅し、25年間でマングローブ林の20%が破壊された。
世界の経済活動による環境負荷は、すでに地球の環境能力を超え、先進国の平均生活水準がこのままで推移すれば、地球が持続的に支えられる地球人口は18億人に過ぎない。ところが地球人口は65億人を超えて100億人に迫ろうとしている。途上国の人口爆発に責任があるのではなく、途上国の資源を食い潰して浪費している先進国に問題があることはいうまでもない。特に世界第2位の経済力を持つ日本は、自動車生産と木材輸入の環境悪化要因で世界トップとなり、逆にバイオ系燃料の開発は世界でもっとも遅れている。日本は持続不可能な地球をつくりだしている最悪の国に転落した。以上はワールドウオッチ研究所報告(7月12日)より引用。
経済成長と軍事国家に向かってひた走りつつある日本は、いまや世界からみると異様で異常な特殊な国家に写っているようだ。しかしその日本はいま静かに消滅への道を歩んでいる。日本人口の長期変動推移をみると、このままの条件では2005年1億2000万人→2050年9,047万人→2060年5,900万人→2100年4,349万人→2170年1,600万人→2500年13万人(!)と最後は地方小都市規模の人口に転落する。以上小林陽太郎『人口減少と総合国力』(2004年)参照。
先進国の中で日本だけが人口減少に歯止めがかからず、急激な人口減少を続けている。なぜか? 為政者は靖国参拝で頭がいっぱいで後は野となれ、山となれと無関心だからである。一般的に多産多死型から医療と福祉の進歩で多産多死へ移行すると人口爆発(人口革命)が起こり、次第に少産少死へ落ち着く(人口置換水準出生率2,1)。しかし多くの先進国が置換水準を割り込む出生率となっているが、日本だけが人口減少を伴う異常な状態なのだ。その要因は、未婚化・晩婚化・離婚率上昇による第2の人口転換と言われる現象が特に日本で急激に起こっているからだ。なぜ日本だけに異常な未婚化・晩婚化・離婚率上昇が起こっているのだろうか。
率直に言って日本はもっとも子どもを大切にしない国に転落したからだ。幾つかの少子化施策には3つのPが欠けている。3つのPとは、プラスPLUSで子どもの最善の利益を尊重すること、プロセスPROCESSで育児の責任を公的に見るということであり、プランPLANは具体策を意味します。政府の子育て支援費は先進国中下位4位であり、非正規労働蔓延による家庭の破綻、保育と教育の市場への丸投げというナショナルミニマムの放棄などなど、まさに子どもを生まなくなった国民に問題があるという施策をみれば、3つのPの政府の失敗があきらかです。なぜこうした政府の失敗が誘発されたのでしょうか。
それはつねに株価を気にして利益率上昇に狂奔する企業の論理に巻き込まれ、政府の公共政策が放棄されてきたからです。子育てや教育などの当期利益を生まない分野はいち早く切り捨てられ、我が亡き後に洪水は来たれとする施策によって子育て分野が無視されてきたのです。私たちの街からは子どもの歓声とざわめきは消えました。あたかもレイチェル・カーソンの『沈黙の春』で小鳥のさえずりが消えて荒涼として枯れた森が残ったように。日本列島はリタイアーした老人たちがうごめく奇怪な島国と化しつつあります。世界最大の木材伐採を繰り返し、列島中に自動車を走り回らせて、自動車会社が空前の利益を上げ、子供をつくらせない社会のなかで、明日なき生活を楽しんでいるのが日本なのです。(2006/8/19
12:18)
[米国民主主義の源流にはネイテイブ・アメリカンの共同体があったのか!?]
初めて知ったのですが、アメリカ国内にはイロコイ連邦という独立国家があって、アメリカ合衆国と1794年に対等平等の相互不可侵条約を結び、国連も認めた独立自治領として、独自のパスポートを発行しFBIの捜査権も及ばないそうです。6つの民族(部族)からなるこの連邦国家は、ニューヨーク州北部のオンタリオ湖南岸にあるそうですが、なぜか日本政府は承認していません。
注目するのは、アメリカ北部13州が独立する時に、イロコイ連邦が協力して大統領制によるアメリカ合衆国憲法制定会議に参加し、憲法制定に貢献し、フランクリンやジェファーソンに影響を与えたそうです。アメリカ合衆国の国章である白頭鷲はイロコイ連邦のシンボルからきており、言論の自由・信教の自由・選挙制・弾劾制を含む連邦制はイロコイから継承し、世界史上初の女性参政権もイロコイ連邦のものであったそうです。歴代米国大統領は就任にたたって、イロコイ連邦を表敬訪問する慣習がジョンソン大統領まで続いていました。実際には多くの先住民が合衆国の迫害を受けてカナダに逃亡し、カナダでも差別をうけているそうですが。
さて問題はイロコイ連邦ではすべての武器が廃棄され、各部族の代表者からなる会議で決定し、重要事項は全員参加の大会議で決めました。あたかもスイスの直接民主制のようです。このような部族自治を基礎とする夢のような連邦制民主主義がなぜ成立し得たのでしょうか。しかもコロンブスがアメリカ大陸を発見する数百年前に。
長い間部族紛争を繰り返してきたネイテイブ・アメリカンは、理性と対話によって争いを解決しようと説得する精神的指導者であるハイアウサの呼びかけにこたえて、すべての武器をホワイトパンの樹下に穴を掘って埋めてしまい協議による解決を選んだのです。ハイアワサはピースメーカーと呼ばれて尊敬されています。現代のアメリカ合衆国とその連邦制民主主義は、実は征服したはずの先住民の民主主義なしには成立しなかったのです。ただひとつ武器の廃棄を除いて。
残念なことに悠久の日本歴史をひもといてもこのような非戦と民主主義の歴史はありません。あるのは醜い天皇家内の権力闘争と(壬申の乱)と貴族・武士相互の流血の戦闘の歴史でした。わずかに中世末期の堺を中心にした商人民主主義と真宗門徒教団の自治制、自由民権のつかのまの民主主義が光芒を放って消えていきました。よく振り返ると日本歴史ほど民主主義の体験を持たない歴史はないのです。いわば日本は世界でまれにみる特殊で奇怪な国なのです。部族や宗派間闘争がいかに無意味であるかは、現代のアフガニスタンとイラクをみればよく分かります。米軍の侵攻にあっけなく崩壊したのは、米軍の軍事力もさることながら、部族と宗派間葛藤を止揚できない主体的な原因があることは否定できません。
西部劇映画ではアメリカ先住民は羽根飾りを頭につけ、弓矢を以て攻撃する野蛮な武装集団のように描かれていますが、あれはハリウッドの作為的なイメージでしかありません。ネイテブ・アメリカンははるかに知性を備えた威厳ある精神生活を営んでいたようです。ではなぜ彼らは白人移住者に敗れたのでしょうか。これはわたしの推測ですが、彼らは近代文明を越えたエコロジー生活に価値観をおいていたからだと思います。大自然とともに生きていく生活を選び、一緒に武器を捨てて平和の生活を営んできた彼らは、対立を殺し合いによって解決する方法を長い間忘れていたのです。そこに彼らの叡智があったのだと思います。
地球を数回全滅させる核兵器がダモクレスの剣のように頭上にぶら下がっている現代の人類には、おとぎ話のような夢の話に思えますが、でも私たちは理想の家族のイメージを彼らのように描いています。みんなで一緒にセーノ!と言って武器を投げ捨てることを想像することはもはやできないのでしょうか。少なくとも人をたくさん殺した人を表彰するような醜いスタイルはやめて欲しいものです。最後にオノンダーガ族のオレン・ライオンズさんの言葉を紹介します。
私たちの生き方では、政治の決めごとはいつも7世代先の人々のことを念頭に置きながらおこなわれる。
これからやってくる人々、まだ生まれていない世代の人々が、私たちよりも悪い世界でくらしたりすることのないように、
できればもっとよい世界に生まれてこられるように心を配るのが、私たちの仕事なのだ。
私たちが母なる大地を歩くときに、いつも慎重に一歩一歩進むのは、これから生まれてくる世代の人々が
地面の下から私たちのことを見上げているからだ。私たちはそのことを、かたときたりとも忘れない。
(2006/8/16 20:37)
[いつまで日本は世界から冷笑を浴び続けるのか?]
毎日新聞世論調査(無作為抽出1000人対象電話調査 15,16日実施)
首相の8月15日の靖国神社参拝を評価しますか
評価する 50%(男49 女50)
評価しない 46%(男48 女45)
読売新聞世論調査(無作為抽出1832人 有効回答1104人(60,3%) 15,16日実施)
首相の8月15日の靖国神社参拝を支持しますか
支持する 42,(%
どちらかといえば支持する 9,8%
どちらかといえば支持しない 6,0%
支持しない 33,1%
答えない 8,3%
調査内容はほかにも多くの質問があるのですが、この質問に絞れば半数ないし過半数の人が、「評価」「支持」しています。率直に言ってこれほどの評価、支持者がいるとは思いませんでした。詳しい分析はおこないませんが、いまの日本にある意識の実態を改めて確認したいと思います。アジアと欧米からみれば半数を超える日本人が戦争犯罪者を鎮魂する行為を評価、支持しているとみることは確かでしょう。ここにみる意識の落差がどのように大きいものか、日本が海外から客観的にどう見られているかを欧州のメデイアでみてみましょう。
仏紙・リベラシオン(16日)
修正主義的挑発(*見出し) 小泉首相とオウストリア自由党ハイダーに共通するウルトラ自由主義と懐古趣味的郷愁の混合に、人類に対する犯罪を前後する傾向がつきまとっている *フランス語の歴史修正主義はナチズム擁護者への最大級の批判用語
仏紙・フィガロ(16日)
日本首相、北京とソウルの怒りを誘発 小泉首相は中韓両国が靖国問題をプロパガンダに利用していると主張するが、日本の死者を弔う祭礼を利用しているのは実は靖国神社だ。同神社の唖然とする20世紀日本史観に首相が保証を与え、或いは少なくとも弁護しようとしているのは悔い改めようとしない愛国史観だ
仏紙・ル・モンド(16日)
コイズミ氏の靖国訪問は北京とソウルへの挑戦だ
英紙・インデイペンデント(16日)
小泉首相の靖国参拝は彼のメデイア劇場を演じる名人技をしめしたものの、その政治的歌舞伎は中韓との関係悪化など日本に高い代償を払わせた。靖国神社の遊就館は、中国と韓国への侵略を防衛的行為とし戦争の歴史を厚顔無恥に書き換えている。靖国神社はアジア人にとって、中国人、朝鮮人その他の市民数百万人を殺した帝国主義者の戦争に日本が悔恨を欠き、十分に歴史を理解していないことを象徴的に示している。
英紙・フィナンシャル・タイムズ(16日)
日本の犯罪を名誉としアジアへの日本の侵略を無視するこの記念碑(靖国神社)を小泉首相がしつこく参拝したことにはアジアでの日本のリーダーシップの望を傷つけ、国連安保常任理事国への支持を失わさせた。次期首相は@遊就館の展示を根本的に変更するなど靖国神社を改革しA東京裁判の正当性に疑念があるなら、日本自ら戦争の行為と責任を反省することが求められる。
英紙・タイムズ(16日)
靖国神社は20世紀初めの軍国主義と結びついている。小泉首相はこれを知った上で強引に参拝した。遊就館は真珠湾攻撃を戦略的必要と叙述したり、ルーズベルト大統領を日本を戦争へ引き入れたとしている。日本の歴史の書き換えは他者への配慮を欠き卑劣である。日本は戦死者追悼の意見の一致をみるまで参拝の一時停止を宣言するのがもっともよい。
英紙・デーリー・テレグラフ(16日)
遊就館は日本が第2次大戦への参戦を強いられたとして残虐行為をぼかし、戦死やとりわけ神風特攻隊員を美化している。
英紙・ガーデイアン(16日)
靖国に隣接する遊就館は、日本は西側帝国主義からアジアを救うために戦争をおこなったとする信念を広めている。1937年の南京大虐殺(レイプ・オブ・ナンキン)など日本の戦時中の残虐行為には言及がない。
独紙・ターゲスシュピーゲル(16日)
小泉首相の靖国参拝が中国と韓国の激しい抗議を呼び起こした。中国と韓国は日本ファッシズムの下、第2次大戦で苦しんだ。南京大虐殺だけで日本の兵士は10万人から30万人の市民を虐殺し、朝鮮中国、他のアジア諸国の数万人の女性をレイプし慰安婦にした。日本人軍医が中国人を人体実験に使用して殺した。
独紙・シュピーゲル(15日 電子版)
戦争犯罪人を祀ってある靖国神社への小泉首相の参拝は、中国、韓国からの批判ばかりでなく、日本国内からも批判が出ている。次期首相の有力な安倍氏はコイズミ氏の靖国参拝を擁護しており、同氏が首相になっても議論の多い靖国参拝の伝統は続けるだろう。
独紙・南ドイツ新聞(16日)
小泉首相は靖国神社参拝という反抗的で愚かな行為を最後に国際政治の舞台から去ることになった。日中関係の悪化の原因は首相の靖国参拝にある。今回の参拝で小泉政権の外交は無分別の極みに達した。日本には確固とした道犠牲と先見の明を持ち、歴史の重さを認識できる政治指導者が必要だ。日本はかって植民地にした国々と友好関係を築いていない。小泉首相は周辺諸国との関係をより複雑化させた。
独紙・フランクフルター・アルゲマイネ(16日)
小泉首相は終戦記念日に参拝することによって海外からどんな反応があるかずっと前から知っていたはずだ。それでも参拝を断行したということは彼が海外の反応に無関心だということだ。
米紙・ワシントン・ポスト(17日 ジョン・アイケンベリープリンストン大教授)
小泉首相の靖国神社参拝は日本がアジア地域で指導力を発揮するのを妨げてきた。日本が抱える地政学的な問題は日増しに米国の問題ともなっている。根本問題は中韓両国が抱く日本軍国主義の過去への疑念を日本が払拭し切れていないということだ。ドイツが第2次大戦後に近隣国と積極的に協力して歴史問題を克服したことを手本にすべきだ。日本の歴史問題のもっとも目に見える兆候が小泉首相の靖国参拝であり、米国が日本に普通の国になるよう促していることが事態を複雑にしている。アーミテージ報告のように、ワシントンの戦略家が日本を米国の東の英国、米国と肩を組んで世界中に展開できる軍事的能力を持った同盟国にすることを展望してきた。普通の国になることと歴史的和解は相反して機能している。なぜなら普通の国は憲法改正で新たな軍事的能力を持つことを必要とする一方で、歴史的和解は謝罪の象徴的な態度表明及び自制と平和を志向する取組の倍加が必要だからだ。小泉首相の退任は日米が政策を再考すべき幾何となるだろう。首相が靖国神社に参拝しない名誉ある道を日本自身が見つけなくてはならない。今後の日米同盟が世界中に軍事力を展開することを想定した米英同盟型を志向すれば、アジア地域の対立を激化させるだろう。米政府は日中韓などによるアジアの新秩序形成を支援しなければならない。
シンガポール・聯合早報(16日)
シンガポールも日本軍国主義の被害者だが、日本との関係は前向きな態度で発展させてきた。しかしそれはわれわれが踏みにじられてきた過去を忘れたり、日本の政治家が歴史を改竄するのを許すという意味ではない。日本は周辺諸国から尊重されてこそアジアでの国際上の政治的地位を高めることができる。
英誌・エコノミスト(19−25日号)
小泉の靖国参拝は、日本が将来指導的な役割を果たしたいと願うのであれば可来ぬ向き合わなければならないことを示している。靖国参拝は中韓が首脳会談を拒否したことに留まらず、領土紛争の解決を困難にしたこと、アジア地域での日本の国連安保常任理事国入り反対につながった。小泉の後継者の安倍晋太郎は全くの国粋主義者として知られており、同氏の首相就任で混乱が増すことが予想される。安倍は必要のない挑発を避けるとともに、長期間実現できなかった日本の戦争責任についての国民的な議論を開始しなければならない。
米紙・ワシントン・ポスト(20日 ジョージ・ウイル)
日本は歴史に取り憑かれた国だ。東京の中心にある浸透の神社のお陰で、第2次大戦が未だに政治論の材料になっている。遊就館の展示は、日本が米国に廻船を要求されたとみっともないまやかしの説明をしている。靖国・遊就館の主張は、米国の南北戦争で敗北した南部連合旗の掲揚と同じであり、米国人は歴史や戦死者の追悼についてよく理解しており、日本の靖国論争に欺かれることはない。昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を示し、それ以来参拝しなかったようだが、次期首相候補の安倍氏も参拝しないことが有益だろう。
英誌・フィナンシャル・タイムズ(25日)
靖国神社当局が同神社の軍事博物館、遊就館展示の対米開戦に至る経過で米国を批判した部分の削除に合意し、さらに展示内容の変更を協議している。同神社は外国からの圧力を受けて、遊就館展示の変更について自衛隊顧問の保守的歴史学者rとの会合を予定している。削除されるのは、日本を故意に第2次大戦に追い込んだrと米国を批判した展示であり、中国や東南アジアへの日本による侵略についてのより議論が多い展示については変更されそうにない。遊就館の今回の展示変更の動きは、外国からの圧力に敏感であることを示している。遊就館は2002年に改葬された時に、多くの人々が日本の歴史の書き換えだと考える史観を反映したものとなり、有罪判決をうけた戦争犯罪者を含む戦死者を祀った靖国神社に隣接している。
中国と韓国のメデイアの報道は引用しませんがいうまでもなく真っ向からの抗議と非難にあふれています。注目するのは、日本とかって同盟関係にあったドイツが激しい批判を展開していることです。なぜならもし、ドイツの公人がヒトラーを鎮魂すればただちに処罰されるという厳格なナチズム規制法を規定しているからです。日本とドイツのあいだにある、このめくるめくような戦争認識の非対称性にあらためて慄然とします。しばらくの間は日本は世界の孤児となって漂流を続けることは間違いありません。与党リベラル派の議員の自宅が右翼の放火によって全焼しましたが、なにか戦前のうす気味悪いファッシズムの臭いがただよってきました。無知ゆえの恐ろしさが忍びよってきます。最高権力者の一挙手一頭足に行為に振りまわされてあたふたしなければならない惨めな国にいつの間に転落したのでしょう。いつまでも大騒ぎを繰り返して終戦記念日を迎えている日本は世界から冷笑を浴び続けなければならないでしょう。
ではいったい靖国問題をどう処理したらいいのでしょうか。特に遺族の方にとっては胸痛むと思いますが、韓国大統領官邸の問題提起を紹介して参考資料の一つとしたいと思います。
靖国神社にある戦争博物館である遊就館がそのまま存在し、侵略戦争を正当化する日本の政治指導者の歴史観も変わってはいない。日本ではA級戦犯の分祀が論議されてており、これが韓国内のメデイアで報道され、まるでA級戦犯が分祀されれば問題が解決されるかのようになっているが、韓国政府の公式の立場はそうではない。靖国神社は第2次大戦以外にも日本帝国主義の侵略戦争、特に韓国併合の過程に係わった人物をあがめている。一方で侵略戦争に動員された2万1千人に達する韓国人犠牲者が合祀されているが、これは国民情緒、感情、から容認することはできない。(韓国大統領官邸鄭泰浩報道官17日)
日本の戦後史を野球でいえば、9回裏まで圧倒的に靖国軍をリードしていた民主軍がツーアウト満塁までこぎ着けてあと1人をアウトにすればいい場面で、大逆転の雰囲気が観客席の過半数を制し始めたような気がします。その場面でわたしはピッチャーでありたいのか、バッターでありたいのか、すべての人に問いかけられているような気がします。おそらく情けないことに、日本は米国政府にたしなめられて靖国参拝をやめるというのが現実的可能性としてあるようです。
小さな遺書 中桐雅夫
わが子よ、わたしが死んだときには微笑んでくれ
わたしの肉体は夢のなかでしか眠れなかった
わたしは死ぬまで存在しなかったのだから
わたしの屍体は影の短い土地に運んで天日にさらし
飢えて死んだ兵士のように骨だけを光らせてくれ
筆者の責で一部改作しました。(2006/8/16
14:00)
[敗戦60年をへて靖国思想をとりあげねばならない哀しさ]
真っ青に抜けるような青空がひろがって、最後のいのちを歌いあげるセミのこえが響き渡る今朝は61年目の8月15日を迎えています。61年前の今日も青空がひろがって列島は寂として声なく、無条件降伏を告げる天皇の玉音放送がながれました。2000万人をこえるアジア人を虐殺し、310万人の同胞を犠牲にしたアジア・太平洋戦争の終わりの日となったのです。3歳であったわたしにかすかな戦争の記憶しかありませんが、母は窮迫のなかで病死し、父は北部中国戦線で右脚通銃創の重傷を負い、奇跡的に命をとりとめて生還しました。家にたどり着いて門の前に立った父は、はじめてそこで自らの妻の死を知ったのです。おそらくほとんどの日本人がこうした体験をへたうえで戦後の生活の刻み始め、戦争を賛美した靖国思想は血にまみれて二度と姿を現すことはないだろうと思い、私自身も靖国への関心はほとんどありませんでした。ところが驚いたことにまたぞろ靖国思想の亡霊が最高指導者によって語られるようになりました。
「特攻作戦に散った若者たちは、何を思いなんと言って散っていったのか・・・・愛しき者のため・・・私もそう思う。だが、自らの死を意味あるものにし、自らの生を永遠のものにしようとする意志もあった。それを可能にするのが大義に殉じることではなかったか。彼らは日本という国の悠久の歴史が続くことを願った」(安倍晋三『美しい国へ』)
「小泉首相が参拝した意義は大きい。判断を気にせず今後も参拝して欲しい。いのちを捧げた人のために(靖国に)お参りするのは当然のことであり、責務だ。次の首相もその次の首相も当然お参りして欲しい。A級戦犯を含めた先の大戦の評価は歴史家に委ねたい。東京裁判は我が国が主体的に裁いたわけではない。A級戦犯が犯罪人かといえばそうではない。」(安倍晋三 01年8月13日 04年4月8日 05年5月28日)
若者のいのちを強制的に奪った、世界軍事史上最低といわれる無謀な戦術によって自殺兵器となった犠牲死を、まるで英雄叙事詩のように描く醜いアナクロニズムがあからさまにあらわれています。特攻作戦の命令を下した最高指導層は、いち早く戦場から逃亡し自分の命だけは救いました。「生きて虜囚の辱めをうけることなかれ」(『戦陣訓』)として自決を強要した最高指導部は、BC級戦犯が次々と処刑される中で、自らは捕虜となって星条旗に土下座して命乞いをし、戦後はかっての敵国に媚びへつらって復活し、CIAのエージェントとなって軍事基地を野放しに提供してきました。特攻作戦に散った若者たちは、二重に裏切られた無念に地下から怨嗟の恨みを挙げているでしょう。わたしの尊敬する先輩の兄君は、陸軍士官学校卒業後に沖縄米軍艦隊に突入する特攻作戦で「散華」し、いまは靖国神社の遊就館に陸軍中尉の軍服が展示されています。この軍服をみるたびに、わたしは彼の無念の胸中を思い慚愧の涙が流れます。こうした風景は歴史のかなたに清算されて、二度と愚かな行為はないだろうとして戦後60年が過ぎてきましたが、信じられないことにまたも亡霊となって息を吹き返してきました。しかも次期首相の座を約束されている人物の声を通して。もしドイツ人であればただちに憲法違反として逮捕され裁判に掛けられるような発言です。ドイツで誰がヒトラーの慰霊にお参りするでしょう。イタリアで誰がムッソリーニの墓前にいくでしょう。おそらくこの人物は、日本史と世界史の成績は赤点で追試にも不合格で単位不認定だあったと推定されますが、同時に次期首相として人気投票ナンバーワンを誇っているという奇怪な雰囲気に日本はなっています。今日は彼の思想の背後にある靖国神社の展示を紹介して、靖国型思想運動の真実にアプローチしたいと思います。
「満州事変は満州における排日運動と関東軍の軋轢で起こり、満州国の建設となった。関東軍は軍事行動を慎み、外交交渉での解決をめざしましたが、しかし堪忍袋の緒が切れる時がきました」(関東軍の鉄道爆破の謀略であった1931年柳条湖事件への評価 遊就館展示及ぶ同館映画「私たちは忘れない」より)
「廬溝橋の小さな事件が中国正規軍による日本軍への不法攻撃、そして日本軍の反撃で北支那全域を戦場とする北支事変となったのは、、日中和平を拒否する中国側の意志があった」(日本軍の挑発による1937年廬溝橋事件への評価 遊就館展示より)
「日米開戦を阻止するには日独伊にソ連を加えた4カ国同盟で枢軸国に有利な戦力バランスを作為する以外にないと判断して締結された」(1940年日独伊三国軍事同盟締結の評価 『遊就館図録』より)
「早くから大戦の勃発を予期していたルーズヴェルトは資源に乏しい日本を禁輸で追いつめて開戦を強要した」(1941年真珠湾攻撃の評価 『遊就館図録』より)
「戦争をいかに終結させるかは開戦を決断する時期に検討されるべき問題である。しかし米国には早期和平の意志はなく、ポツダム宣言まで交渉の機会が訪れることはなかった」(1945年無条件降伏の評価 『遊就館図録』より)
「アジア民族の独立が現実になったのは大東亜戦争緒戦の日本軍の輝かしい勝利の後であった。日本軍の占領下で一度燃え上がった炎は日本が敗れても消え去ることはなく、独立戦争などを経て民族国家が次々と誕生した」(アジア・太平洋戦争への評価 『遊就館図録』より)
以上は靖国思想のエッセンスを靖国神社自身の資料からみたものですが、みなさまはどう思われるでしょうか。ゴーマニズム漫画家の思想と瓜二つですが、高校生の方であれば、手元にある高校の世界史と日本史の文科省検定済教科書を開いて較べてみてください。反論するのもバカバカしい歴史の偽造と自己合理化の嘘にまみれた発想です。戦場で無残に散った兵士の死を鎮魂する資格はありません。戦死した兵士は自らの遺体を虚偽の作為された思想の旗に包まれて埋葬されることを拒否するでしょう。彼らは自らの死の背後にある真実のみ明らかにして、たとえそれが虚偽の無残なものであったとしても、こうした作為による犠牲を二度と繰り返すな−と遺族に叫ぶでしょう。しかも日本政府は戦死した200万人に上る兵士の半数に近い遺骨を回収することなく野晒しにして放置してきました。
大日本帝国が2000万人に上るアジア人を虐殺し得たのはなぜでしょうか。黄色人種である日本人は白色人種へのコンプレックスを同じ黄色人種に向ける抑圧の移譲の螺旋に陥ってしまったからです。米軍が原爆を日本に投下し得たのは、私たちが黄色いモンキーであったからです。ルサンチマンのスパイラルにおちこんでいったその果てに、想像を絶する悲劇が生まれました。ごく普通の家族に優しい父親たちが戦場で鬼と化していきました。かって私たちの父祖は、中国への全面戦争を決定した近衛文麿をニューリーダーとして歓呼の声を挙げて幻想的に支持し破滅の道を選択しました。いまわたしたちは同じように虚栄のニューリーダーを拍手で迎えるチルドレンと化そうとしています。わたしは母の墓標の前に立つ時に、いまのわたしを取り巻いている世の姿を報告するに哀しみを覚えます。またふたたび母のように惨めに生を閉じる時代をつくりだしているのではないかと。
この暑さでしょうか、水槽で飼っていた金魚2匹があっけなく死んでしまいました。しずかに水槽の中で身を横たえて流されています。わたしはいのちのあっけなさにいうに言われない哀切を覚えましたが、はるか遠くのパレスチナで毎日消えている無辜の幼い子どもたちのいのちにはそれほどの悲哀を覚えないのです。彼らは金魚一匹にも如かないのでしょうか。わたしの想像力はこの程度なのかと思います。この落差にこそ実はふたたび戦火を繰り返すような愚かな行為の基盤があるような気がします。最後に靖国神社の外国語訳は、英語圏ではNational War Shrine(国立戦争寺院)とされていることを確認したいと思います。(2006/8/15
10:35)
[暑い夏には真実が暴露される]
このサイトのをご覧の皆さまにこころから暑中のお見舞いを申し上げます。お盆はどのようにお過ごしでしょうか。連日35度を超えるような猛暑のなかでぜひお体を大切になさって下さい。米国が京都議定書を離脱して二酸化炭素を撒き散らし始めてから、地球の気候は極端におかしくなってきました。わたしは手術のために数日入院して快適な冷房生活を味わい、退院後の猛暑が一層こたえています。地上が40度になる中で富士山には雹が降ってつもるという異様な事態です。この暑さの向こうに見える米国のユニラテラリズムの野蛮にわたしのこころは震えます。しかし同時に強者の勝利は危うく真実は必ず明らかにされるという歴史の法則が現れるのも、暑い夏ではないでしょうか。暑さは人間の曖昧さを許さない神経活動を昂揚させるかのようです。幾つかの事例を紹介しましょう。
その1:ギュンター・グラスの告白
ドイツ現代文学を代表するノーベル賞作家であるギュンター・グラス(78)が新聞のインタビューで告白した。「15歳の時に潜水艦Uボートの乗組員に志願したが、拒否され、17歳で親衛隊に入り戦車師団に配属された。その動機は親から逃げたかったからだ。いま告白するのは、いまこそ話さなければならないと思った」。いうまでもなくナチス親衛隊はヒトラー直属の軍隊としてナチスの侵略の戦争犯罪を主導し、戦後そのメンバーは戦争犯罪者として追放された。わたしが彼を知ったのは、子どもの視点からファッシズムを赤裸々に描いた映画「ブリキの太鼓」をみた時であり、彼が反戦・反ファッシズムの代表的作家だと知りました。ノーベル賞選考委員会は旧親衛隊出身者に授賞させたのです。彼が出身を隠して作家活動に励んだことは糾弾されなければなりませんが、それにしても晩年の現在にいたってなぜ告白するするにいたったのか報道ではよく分かりません。でも敗戦後60数年を経て自分の戦争責任の過去を自ら暴くという姿勢には考えさせられるものがあります。なぜなら日本の著名人で過去の罪責をこの時点で告白する人は一人もいないばかりか、過去の罪責を否定する潮流に沈黙しているからです。それにしてもナチス・ドイツの従軍年齢は15歳とか17歳であったのは驚きです。
その2:米軍第20航空軍第509混成軍団「作戦任務報告書」(広島平和記念資料館情報資料室)
報告書は1945年7月20日から8月14日までの作戦任務が記載され解禁後そのコピーが資料室にある。「(広島を原爆投下目標に設定したのは)広島は日本本土内でB−29の焼夷弾攻撃をうけずに残っている(京都を除く)最大の都市であり、・・・このことは原子爆弾が与える被害を正確に評価するために必要であった。・・・市街地がひろがる都市の大きさも重要な選定要因であり、原爆が及ぼす被害が半径2,3qというデータから、広島の中心点への投下で広島のほとんど全域が網羅されるからだ」。報告書の冷酷な記述は、あきらかに原爆投下が人口密集地での被害を把握する実験目的であったことを示している。米国の戦争が新鋭兵器の実験であることは今でも変わっていない。アフガン・イラク戦争でのバンカーバスター弾、劣化ウラン弾などの大量投下は明らかに実験目的であり、米国がジュネーブ条約に違反する無差別実験攻撃を躊躇なくおこなうことを示している。
その3:米政府「ノンコンプライアンス・レコード 日本向け米国食肉処理施設におけるBSE違反記録」(合同出版)
米国でBSE感染牛が発見された2003年末以降、04年1月から05年3月に発生した違反件数は829件に上り、うち特定危険部位除去違反が276件、月齢判定違反が86件に達している。要するに米国ではどのような安全審査プログラムを策定しても遵守されていないのだ。なぜなら1日数千頭を秒単位で処理する巨大システム工場で操業を一時的に停止すれば一瞬にして巨額の損失が発生し、企業と移民労働者は回復不可能な打撃を受けるから、会社と食肉検査官は共謀してコンプライアンス違反を犯す。それにしても他国の人のいのちを犠牲にして利益を追求する米国の感覚と、この米政府報告書を無視して輸入再開に踏み切った内閣府・食品安全衛生委員会の感性には理解しがたいものがある。ここで日本の食品企業24社の米産牛肉販売への姿勢をみておきます。
使わない:7社 どん(ファミレス)、ロイヤルホスト、日本マグドナルド、モスフードサービス、すき家(牛丼)
当面は使わない:2社 イトーヨーカ堂 オリジン東秀(弁当)
積極的に使う:1社 吉野家
状況によって使う:5社 安楽亭(焼き肉)、焼肉屋さかい、日本ハム、丸大食品、ピザーラ(ピザ) *安全認知が高まってから
ここには日本の食品メーカーのいのちへの価値観がくっきりと表れているように見えます。わたしはどの社のものを推薦するとは言いませんが、熟慮が必要ですね。しかし吉野家の顧客をインタビューして輸入再開をしきりに煽ったTV局の姿勢はなんなんでしょうね。
その4:戦時作戦統制権の韓国返還は米軍の世界再編の一環だったのか(韓国日報11日付け)
朝鮮戦争以降韓国軍の戦時作戦統制権は、米韓合同司令部(在韓米軍司令官が兼務)が把握しており、実質的に韓国軍は米軍の統制下にあった。ノムヒョン政権が、統制権の韓国返還を求めて交渉するのをみてさすが自立を志向する韓国政府だとわたしは思っていた。しかし・・・・。米国防総省は「統制権の韓国への早期移譲は世界的な米軍再編と関係がある。北東アジアさらには世界的な米軍時戦略の要素の一部であり、在韓米軍の戦略的柔軟性は、米韓合同司令部の解体によって在韓米軍の行動の幅は広くなる。世界的米軍再編計画は、日本との合意は2012年までに履行し、韓国との合意は09年から12年に大きな変化がある」としている。
米国防総省のシナリオは、在韓米軍が米韓合同司令部の下にあれば米軍の行動が制約され、特に半島外への作戦展開ができない限界を打破して自由に出撃する関係にするところにある。北朝鮮や中国への作戦展開が韓国政府との協議なく、単独で遂行できることになる。
暑い夏の日射しのなかで世界では私たちと地球の行く末を決める決定がなされています。ブッシュ氏はテキサスでの1ヶ月の避暑に入っているということですが、歴史をつくるのは彼らなのでしょうか、それともわたしたちなのでしょうか? (2006/8/13
10:23)
[脳科学によるこころの人工的改造と近代理性のゆらぎ]
米国で精神障害で訴訟に耐えられない被告へ、裁判所が強制的な治療を命令し、被告が拒否した。米国最高裁は「理性を取り戻せると分かっていても本人が治療を拒否するならば、強制治療はすべきでない」として被告の自己決定権を認めたが、政府の強制治療そのものは認めた(03年)。米国の「認知的自由と倫理のためのセンター」は、脳科学や薬物によって自分のこころと理性を改造する自由を主張している。「理性を失ったり、回復する自由はあるか」−理性を人工的に操作することが可能となった脳科学や薬物療法の進展は、近代人の前提となる「理性的主体」という原理をゆるがせている。これは「理性」が先験的に神によって付与されているとする理神論的な観念論と、人間が進化の過程で生得的に獲得したとする唯物論的人間論の対立に決着をつけたといえよう。たとえば、観念論者の大脳神経系の一部を手術すればたちどころに唯物論者に転換することが可能であれば、脳科学は唯物論の勝利を告げているだろう。わたしが、唯物論の正当性を確信したのは、近しい知人が脳動脈瘤で開頭手術を受け、その生々しい脳内映像を見てからだ。医者が「ここの神経を傷つければ感情が大きく変わるので注意したい」と手術前の説明で語った時に、わたしは脳科学の前で認識論的哲学論争は敗北したと感じた。
しかし脳科学の進歩は、じつは唯物論的人間観自身にも痛撃を与えた。近代思想が前提とした人間理性の生得的平等付与による人間の自由・平等は、再審を迫られている。資本主義は自己利益極大化を求める自由意志による商品交換をおこなう理性的個人を前提とするが、そのような個人は存在しない。或いは刑法上の責任能力は、他行為可能性(ほかに正しい行為が選択できたか)による理性的判断力の所有を前提に裁く。従って心身喪失・心身衰弱は無罪か減刑の対象となり、精神障害者は裁判自体を免除されている。彼らは「理性」がないか一時的に失っているために近代モデルの「人間」でないと排除されている。或いは、近代憲法原理は公権力の暴走を制約する理性的市民を前提に構築され、同じように精神障害者を排除している。こうした理性的人間による社会編成という近代モデルが、脳科学の進展によって人工的に理性が操作できることによって根底からゆらぎ始めた。刑事被告人の理性を操作して刑法上の責任を問おうとした米国下級裁判所の判断はまさにそうだった。逆に裁判を逃れるために理性を失う操作や、有罪にするために理性能力を高める操作も可能となる。すると「理性」を操作することを誰が「理性的」に決められるのか、その決定者自身の「理性」ははたして「理性的」かなど問題はさらに錯綜していく。
ただしこうした近代の理性的人間モデルをめぐる問題は日本ではさらにゆがんでくる。日本では自律した「理性的人間」による近代社会が成立していないからだ。刑法での起訴便宜主義(起訴かどうかは検事が決める)や殺人罪の罪刑の多様性(執行猶予から死刑)をみるまでもなく、日本では前近代的な「世間」の評価が実質的に意味を持つ。可罰的違法性は「世間をお騒がせした」程度によって決まる。その「世間」には精神障害者や外国人は含まれていない。こうした前近代的な共同体原理が隠然として古層に沈積し、それがアメリカ的超モダンと直接に接合して日本は奇怪な社会になってきた。「仲よきことは美しい」として個人の主張を封殺してきた日本は、個人がバラバラになって「大勢順応」しながらアメリカ型競争モデルに飲みこまれつつある。誰しも承認しなければならない普遍的な理性という欧州的なモデルが吹っ飛んでしまい、「競争」に勝つために理性を操作するアメリカ・モデルに席巻されつつある。アメリカは競争に勝つために脳科学や薬を使うのは当然だという発想があるが、最近の日本の健康薬品ブームや身体加工をみると明らかにアメリカ的発想が浸透しつつある。すべてを理性の強弱による自己選択と自己責任に流し込み、無残な動物的本能が跋扈しつつsる。誰しも生得的にあるはずの理性を実質化するのが社会の責務だとする欧州モデルの感覚が著しく衰弱している。
アメリカ・モデルの危険なことはすべての生命の生存権思想が切り捨てられることだ。医学で救済不可能な障害を持つ障害者は人為的に処理するという断種法が30州で規定されている。障害者は自己決定の名の下で保険証を剥奪され、脱施設化運動によって施設から退去させられ応益負担を強いられる。重度障害児の新生児の安楽死が認められている。例えば障害者キャンプに参加する障害者の申込書に添付された診断書には「保険証なし、救命措置の必要なし」という恐ろしい言葉が記載されている。アメリカでは障害者は人間としての生存権を剥奪されている。
日本でも同じような寒々としたアメリカ化がすすんでいる。例えば解雇自由の非正規労働の解禁が野放しとなって、普遍的理性の実現を犠牲にして利己的個人の本能を解き放ち、A級戦犯や泰国参拝を普遍的理性で判断するのではなく個人の「こころ」の自由で判断する首相の存在が許され、岐阜県庁のように公金を裏金として流用し現金500万円を焼却して証拠隠滅を計る公務員、障害者自立支援法は脱施設と地域生活移行を掲げて応能負担による施設対処を迫っているなどなど・・・・。自由権的な「理性的人間」に基礎をおいた近代人モデルを、社会権的理性に基礎を置くモデルに発展させ、障害者や外国人を問わず普遍的に実現する歩みはまだまだ遠い。以上・朝日新聞8月9日付け夕刊参照。(2006/8/12
10:29)
[丸山真男氏が投げかけたもの]
丸山氏の主著『現代政治の思想と行動』の復刊に際しての幾人かの発言を整理し、丸山思想の意味を考えたい。『未来』8月号、『思想』8月号参照。
その1:石田雄
既成事実への屈服という現実の所与性は、唯一の覇権国家への服従が不可避の選択として、予防的先制攻撃論に追随する傾向を生んでいる。米軍再編から日米同盟強化路線は既成事実の先取りであり、現実の可能的多元性は冷戦崩壊後の一極支配の力の前に価値ニヒリズムとシニシズムという一次元性をもたらした。現在の日本では、政府政策以外の選択肢がみえにくくなり、メデイア戦略と相まってポピュリズム的動員を遂行している。現実の対抗戦略は、NGOとボランテイアネットワークにある。
その2:筑紫哲也
『現代政治の思想と行動』で分析されたかっての日本人の「思想と行動」と、今の日本人は恐ろしいほどに変わっていない。若者たちの現実肯定が強まっている。現実はつくりだされるものではなく、すでにつくりだされれているもの、どこからか起こってきたものという感覚だ。はたして近代日本は自前の思想をもったことがあるのか。
その3:安丸良夫
近代市民革命は普遍的人権を高らかに宣言したが、その内実は利己的人間の解放であり、その実体と国民国家への自己犠牲を要求する原理的な矛盾をマルクスはついている。丸山戦後近代主義はどう答えるのだろうか。
その4:趙景達
丸山のアジアへの関心は低い。朝鮮は停滞論的認識でり、自主的発展のない国という他律性史観がある、丸山は抑圧された側の苦闘や論理にさしたる関心を示さなかった。彼は民衆運動やその思想が独自のものであることを理解しなかった。朝鮮民衆や知識人の思想的営為に積極的関心を向けることはなかった。彼の天皇制との格闘は、民衆の下からの視点ではなく上からおこなわれた。丸山の近代主義的手法は、脱植民地化を課題とした朝鮮の思想を解析する万能薬とはなりえない。丸山は現実の西欧ではなく理念型化された西欧を問題にしている。虐げられる側の問題を扱おうとしなかった丸山は国民主義と呼ぶにふさわしい。上からの視座から歴史を見て、国民国家の周縁を見ようとしない。
その5:管孝行
(この論者の心情的エッセイは論評に値しないので削除)
その6:市村弘正
思想はその到達した結果と言うよりも、その初発点に孕まれている、どこに行くか分からない恐怖にある。皇統学派につながる闇斎学派についての論文を書いている時に、丸山は吐き気に襲われて救急車を呼んで入院した。丸山の思考は戦時下の集団の圧力に身体的反応を示した。
その7:山之内靖
第2次大戦期の丸山の学問的英は戦争への抵抗ではなく、むしろ戦争への協力であった。1937年の国家総動員法の施行を契機にマルクス主義の影響から離れ、結局は総力戦体制を支持する観点に移行した。戦時統制の非効率性を批判する議論は、もっとも積極的な権力への奉仕を意味した。丸山の基本にある国民主義の分析視角は、戦時にあっては総力戦への加担であり、戦後にあっては日本の前近代性の克服であrち、ともに日本の植民地支配の問題を忘却に導いた。それは社会科学が客観科学としてとして存立し得ないシステム社会の問題であり、知識人の言説もその時代の関数であり、人間はその社会を支配している言語体系から外部にでることは困難であることを示している。
石田氏の論考の結論はいただけない。市民レベルの運動のみが対抗戦略の主体ではなく、欧州の社会的連帯モデルや、中南米の自立戦略、韓国の過去史清算運動、東アジア共同体への展望など広範なマルテイチュードを視野に入れる必要がある。日本の現状分析も一面的でありアルな全体性がない。筑紫氏の論考は問題点の指摘に留まり、問題はその背後に何があるのか、なぜそうなっていいるのかを解き明かすことだ。安丸氏と趙氏、山之内氏は本質的に丸山批判で通底している、趙氏の批判内容を私は高く評価する。趙氏の言う「上からの視点」は鋭い。私は丸山氏の戦争責任論に政治的ロジックの無知をみる。彼は反戦抵抗運動の側の戦争を阻止し得なかった責任を追及する。抵抗を組織し得なかった主体責任を問うが、力及ばずして敗れ去った者を背後から撃つような行為ではないか。自らは軍服を纏って侵略の加担者となった主体をおいて徴兵拒否者の弱さを責めるという発想に矛盾を覚える。「超国家主義者の論理と心理」にみる丸山政治学の日本分析の鋭さには敬意を表するが、日本が未完の近代を引きずったままにモダンの道を歩んでいる錯綜した構造の解明は残された課題だ。リベラリズムが市場の自由を宣揚しつつ、社会的諸関係を閉塞的に統制しつつある現代のリベラル原理主義の歪んだ構造があるからだ。
大阪のある私立幼稚園は昨年10月から年長組に教育勅語を暗唱させている。「チンオモウニ ワガコウソコウソウ クニヲハジムルコトコウエンニ」・・・朝、畳の間で先生が読む一節一節を正座して復唱する23人の園児の声が響く。園長(53)は「今の社会は国に奉じるという意識が欠けている。勅語によって再認識させなければならない」と言い、園児の母親(42)は「親を敬い夫婦仲良く。いいことが書いてあるじゃないですか」という。鹿児島県川辺町教委は、04年に家庭用教材「名文集」に勅語全文を掲載しのちに回収した。大阪市のある中学の新校舎完成式で自民党市議が祝辞で勅語を暗唱した。山梨県立日川高校の校歌第3番では「すめらみことのみこともち 勲立てむ時ぞ今」とあり、修正しようとした校長は同窓会の反発を浴びて頓挫した。「生徒は歌詞の意味を理解していない。単なるフレーズとして歌っている」と現校長は言う。いうまでもなく教育勅語は軍人勅諭と並んで戦前の軍国主義の柱となり、1948年の国会の排除・失効決議で歴史的に封殺された。再び亡霊のように蘇ってさしたる議論もなく全国津々浦々でしずかにヒタヒタと浸透しつつある。その先導者たちはほとんど戦争体験を持たない前期中年世代だ。まだまだ丸山真男が投げかけた問題はリアルな意味を失っていない。右翼は街頭のラウドスピーカーだけでなく、草の根から忍びよりつつある。(2006/8/8
9:18)
[小さないのち 犠牲にして伝えたかったこと 瑛梨香ちゃんと子ども兵士たち]
プール事故で亡くなった戸丸瑛梨香ちゃん(7)の通夜で読みあげられた母裕子さんの手紙は、この家族のあふれるような幸福がつたわって、小さないのちが犠牲になった悲哀をいっそうきわだたせています。「瑛梨香はお手紙や折り紙が大好きで、毎日のようにパパとママにプレゼントしてくれたよね。そこにはいつも「パパ大好き、ママ大好き」と書いてあって、パパとママはそれをもらうと、とってもハッピーな気持ちになりました。・・・・想い出が引き出しからあふれて、パパもママも瑛梨香のことを話したら、ずーと話せるくらいです。小さないのちを犠牲にしてまで、伝えたかったこと、なんだったのか。パパもママもこれから考えるよ。瑛梨香。私たちの子どもとして生まれてきて、ほんとうにありがとう。愛しているよ、これからも、ずっと」・・・・全文を紹介できないのが残念ですが、夢や希望が瞬時にして絶たれた7歳の我が子への想いがにじみ出て、近年まれに見る印象的な追悼の文章です。
瑛梨香ちゃんが小さいいのちを犠牲にして、伝えたかったことの意味を私なりに考えなければなりません。単なる偶然的な事故の被害として悲しみの情に流されては、瑛梨香ちゃんは救われないと思います。この事故の背後には住民の福祉業務を次々とアウトソーシングする行政の民営化があります。公立病院やゴミ処理や交通安全、図書館、給食事業など住民生活に密着した生活関連の行政事務が指定管理者制度として民間企業に丸投げされ利潤の対象と化していることを象徴する事故なのです。瑛梨香ちゃんを死に至らしめて市営プールは、競争入札で管理運営会社が談合し、「親」といわれる落札会社が落選会社に丸投げし、安全基準の管理が放置されてしまったのです。こうしたアウトソーシングがなければ、効率とコストよりも生命を重視した管理がおこなわれたはずです。プールの監視員は安全教育と救助訓練の研修を一切受けていないアルバイトでした。兵庫県相生市の市営プールでは4人の監視員がいるにもかかわらず、3歳の乳児が水深40cmの幼児用プールの底に沈んで発見されています(5日)。監視員の男性は68歳のアルバイトです。総点検に入った全国のプールの多くで不備が発覚しています。いずれも人件費をギリギリまで切りつめる民間会社の経営コスト優先に原因があります。こうした事実はいま日本で吹き荒れる市場原理の嵐によって公共性が吹き飛んでいる本質を示しています。瑛梨香ちゃんを殺した真の犯人は、コイズミ=タケナカだといえるかもしれません。公共施設の無軌道な民営化の再検討なしに瑛梨香ちゃんの冥福はありません。
大人たちの失敗がもっとも凝集して現れる被害は、体力や知識と経験がなく大人たちに依存しなければ生きていけない子どもたちに集中します。ところが瑛梨香ちゃんの死をめぐる原因と対策に大きな努力が払われている一方で、いとも簡単にゴミのように消されていく子どもたちがいます。7歳の瑛梨香ちゃんと同じ年代の子どもたちが武装した殺し合いを強いられています。いま世界の196の国と地域で30万人を超える子ども兵士が戦っています。ある15歳の子どもは「しかたがないんだ。殺した後でぼくたちはその子の血を腕に塗らされる。これで逃げることはなくなるっていわれた」と証言しています(P・W・シンガー『子ども兵の戦争』NHK出版)。
内戦や紛争のもとで子どもたちは拉致されたり、自発的に兵士になります。武装勢力は食料と着るものをくれ給与も出るからです。両親を失った子どもにとっては自分を養ってくれる存在なのです。或いは洗脳されたり、武器によって他人を服従させる快感を得ます。AK47カラシニコフのように小型で軽量化して子どもでも扱える武器が発達し、戦場で充分に戦えるようになったからです。
子ども兵士は成人兵と同じ訓練を受け、下働きや運搬業務に従事し、暴力や麻薬とアルコールで支配され、少女兵士は給食業務と性的な奉仕に従事します。家族と離別し暴力に明け暮れる子ども兵士を受け入れる地域社会はもはやないのです。肉体も精神も深く傷ついてトラウマを抱えた子どもたちはルサンチマンを敵にぶちまけて、戦うことを生業とし殺すことに快感を覚えるようになります。
こうした子ども兵の背後には、政府が破綻して内戦が蔓延し(アフリカ、中南米)、或いは侵略を受けて子どもですら武器を取らざるを得ない状況(パレスチナ)がありますが、わたしがもっとも酷いと思うのは米国とロシアを中心にした武器企業が小型武器の最大の市場として売り込んでいることです。特に米国の武器企業は兵士を雇用し戦争を請け負う民営化を推進して利潤を上げていることです。彼らにとっては内戦や紛争が最大の市場になり、最大の公共事業であったはずの戦争を民営化して市場に参入しています。今年の6月に開かれた国連小型武器会議で小型武器規制プログラムに唯一反対したのが米国であり、小型武器の取引は野放しとなっています。
いま全世界で徴兵年齢を規定してる国は100カ国程度に過ぎません(国際赤十字1994年調査)。驚いたことにジュネーブ条約や子どもの権利条約などの国際法ですら、徴兵と武力紛争参加の最低年齢を15歳と決め、15歳からの子ども兵士を国際基準としています。15歳から武器を持って人を殺してもよいとしています。
プールで事故死した瑛梨香ちゃんのいのちと、武器を持たされて死んでいく子ども兵のいのちは、いのちの尊さにおいて同じなのでしょうか。先進国と紛争地では明らかに大きな尊厳の落差があります。たしかに神は高価ないのちと安いいのちを世界に生み分けたのです。この点で私は神が不在であることを確信します。しかしよく見て考えれば、瑛梨香ちゃんの死と子ども兵の死は本質的に共通した意味を持たされています。公務行政を民間に丸投げする民営化と、戦争を民間企業に下請けさせる戦争の民営化といずれもいのちをカネ儲けの手段とする利潤の論理に弄ばれた無辜の犠牲であったということです。東アジアの先進国のプールで水死する少女と、荒廃した戦場で撃たれて死ぬ子ども兵を、高みからほくそ笑んで冷笑しながら札束を数えている人たちがいます。いたいけな子どもたちの死を悼み、冥福をほんとうに祈る行為とはなんでしょうか。いましも晴れわたった青空の下で甲子園の高校野球が始まり少年たちの歓声がこだましています。彼らは8月15日の正午を期して試合を止め、一斉に黙祷を捧げます。この黙祷の背後にひろがる無数の無辜のいのちの死を想起しなければなりません。(2006/8/6
12:19)
[全世界は手足を切断して物乞いをさせられているのか]
インドの大都会を歩いた経験のある人はよく知っているでしょうが、道ばたで物乞いをする路上生活者があまりに多いことに衝撃を受けます。路上生活者の数は首都ニューデリーだけで10万人を越え、うち4−5%はマフィアの管理下にあるといわれます。この人たちの多くは両手両足がありません。生まれながらの欠損と思っていましたがそれは大きな認識不足でした。通行人の同情をかって金銭を恵む確率を高めるために、人為的に切断手術をしているのです。そのカネの多くは管理するマフィアへ環流され資金稼ぎの手段となっているのです。CNN−IBNTVが囮をつかってその過程を撮影し、インド社会に衝撃を与えました。
TVクルーはウッタルプラデシュ州の公立病院に勤務する整形外科医にマフィアを装って近づき、医師は「手足切断の料金は薬代込みで1万ルピー(2万6000円)だ」と要求して前金を受け取った上で、囮の路上生活者に「足のどの部分から切るかね」などと問いかけ、手術前の血液検査をしています。そして診断書の偽造方法を話しながら手術に入ります。マフィアは2万6000円の手術代を立て替えて物乞いの一生をしばり、物乞いは最低生活をしながら上がりをマフィアが巻き上げるという構造に医者が加担しています。同TVはほかにも2人の医師に同じ疑惑があるとしていますが、いずれの医師も警察の聴取に事実を否定しています。
インドの華やかなハイテク関連産業の急成長の陰に、何とも形容し難い原始的な貧困がひろがり、その貧困を食い物にしながらカネを巻き上げる醜い構造が浮かび上がってきます。ある知人がインド旅行で、そびえ立つ崖の頂から滝壺に真っ逆さまに飛び込んで観光客からカネを集めるのをみて、今もあのドボーンという音が耳を離れないといっていましたが、インドの貧困は私たちの想像を絶するものがあるようです。自分の手足を切断して物乞いしなければ生きていけない、死を覚悟して滝壺に飛び込んでその日の糧を稼ぐ芸人はそのごく一部の姿に過ぎないでしょう。
おそらくこのような貧困にまみれて生活する人々は、アンタッチャブル(不可蝕賎民)と呼ばれるカースト制度の最下層に属する人々ではないでしょうか。彼らは一生ゴミを拾ったり、物乞いしたりして生きることを身分的な生業として親から子へと世代を超えてこの世を生きていくのです。一方では知能によって下層カーストを脱出し、IT企業で夢のような生活を実現しているごく少数の成功者もいますが、これはほんとうに特殊なケースであり、こんなところにインドの未来はないことをつくづくと実感します。
連日40度近い猛暑が続き、フランスでは03年の1万5千人の死亡に次ぐすでに112人が死亡し、欧州南部は熱波に覆われ、米国でも8人が死亡しニューヨークでは冷房用電力がパンクして数万人の市民が冷房の使用が遮断されています。わたしはもともとクーラーは合わないので我慢していましたが、ついに今日は午前中からクーラーをかけ、その温度は25度にセットされて快適な冷気が部屋を包んでいます。世界でもっとも熱いインドの路上で、手足を切って物乞いしている人の一生と、快適なクーラーでこの文章をしたためている私のおそるべき非対称性に、私の神経は愚鈍となってもはや痛みを覚えません。それはブッシュ氏が1ヶ月の長い避暑休暇を別荘で楽しんでいるのと本質的に変わりません。ブッシュ氏は自分の国の会社が損をするからといって、いったん結んだ国際条約である京都議定書から離脱して、自分の国の二酸化炭素排出を自由にしてしまいました。全世界の排出量の大半を占める米国が野放しになったのですから、これからますます熱波による異常高温は激しくなっていくでしょう。全世界で高齢者の熱波による死亡が激増し、インドでは両手足を切断した物乞いが増え、米国へ異議申し立てをする批判者への有無を言わさぬ無差別爆撃が続くでしょう。
日本はついに人口がゼロになる途を踏み出しました。総務省の統計では(4日)、総人口が初めて減少し、老年人口が初めて20%を突破し、出生者数が過去最低を記録し、死亡者数が過去最高を記録して初の自然減が始まりました。この狭い列島に1億をはるかに超える人口がいるのがもともと異常なのだから、しばらく減少して適正値に落ち着くだろうという楽観論もありますが、事態の真相はそうではありません。増加死亡者数2万1199人は、ほぼ自殺者数と一致しています。出生者数の減少3万8529人は婚姻率と出産率の低下を反映しています。結婚して子ども生むことに希望を感じなくなった若い世代が激増し、中高年は生きていることに疲れ果てて自死しています。それは精神の手足を切断しても物乞いをして企業に貢献せよという弱肉強食のジャングルの法則の産物です。
人口爆発下のインドは想像を絶する貧困のなかで、両手足を切断してもそれでもなお生きていたいと思い、日本ではGDP第2位の豊かさの貧困で生きる目当てを喪失して生きること自体を放棄しています。このめくるめく貧困の非対称性は本質的におなじです。人間の尊厳を奪うやり方が違うだけで、どこかで冷ややかに薄笑いを浮かべながら最大限利潤を実現しているごく少数のセレヴリテイがいるという構造は同じなのです。全世界が熱波と物乞いに包まれても、自分だけは涼しいクーラーを効かせたオフィスで金を稼ぐマフィアと企業が高笑いを浮かべています。(2006/8/5
11:41)
[汝れ知るや テロリストのかなしき心を−反テロ戦争の欺瞞]
Teroor, Terrorism=テロ、テロリズム、テロルの語源は、フランス大革命末期のロベスピエール恐怖政治(regime
de la Terreurテロール)であり、権力者による政敵の暴力的抹殺と恐怖による支配方法をさしたが、しだいに反体制の武装抵抗をテロと呼ぶようになった。レオン・トロッキーはテロの本質を報復感情に求め、暗殺や見せしめ刑として現れるが、政治的抵抗としてのラッダイトやゼネラル・ストライキなどのテロ行為の有効性を擁護した。テロは一般に、政治的主張や理想を達成するために暴力による心理的恐怖を主要な手段とする。日本政府はテロを定義して「広く恐怖又は不安を抱かせることによりその目的を達成することを意図しておこなわれる政治上その他の主義主張に基づく暴力主義的破壊活動をいう」としているが、テロの国際法上の定義は未確定であり、さまざまな恣意的解釈が為されている。
かってアジアでは陳凱歌『始皇帝暗殺』で描かれた殺し屋・荊軻による秦の始皇帝暗殺未遂テロ事件が有名です。彼が旅立つ前に詠ったといわれる詩を私は高校の漢文の教科書で知りました。よく知らない私はこの詩に何ともいえないロマンを感じましたが、中国では義侠の士として人気があるようです。しかし現代では彼はオサマ・ヴィン・ラデインに匹敵する最大のテロリストとされるでしょう。荊軻がそれまでいっさい剣をとらなかったのは、かって刀匠一家を皆殺しにした時に、最後にたった一人生き残った盲目の少女が自害するのを目にして、人を殺すことの哀しみと恐怖を知ったからですが、しかし彼は生きて帰れないことが分かっている最後の暗殺に向かったのです。
風蕭々として 易水寒し 壮士ひとたび去ってふたたび還らず
日本では石川啄木がテロリストの心性をうたいあげて「時代閉塞の現状」を告発している。啄木自身がテロへの共感を抱いていたかのようだ。それは天皇暗殺を企てたという幸徳秋水グループの大逆事件の直後であり、私的には極貧の生活のなかで妻に去られ、63歳の老母が吐血死し自身も1ヶ月後に26歳で病死する直前の追いつめられたなかで彼は詠っている。現代ではテロ扇動者として捜査対象になっても不思議ではありません。
どんよりとくもれる空を見てゐしに 人を殺したくなりにけるかな
やや遠きものに思ひしテロリストの 悲しき心も近づく日のあり
誰そ我にピストルにても撃てよかし 伊藤のごとく死にて見せなむ
はてしなき議論の後の
冷めたるココアのひと匙を啜りて
その薄苦き舌触りに
われは知る テロリストの
かなしき かなしき心を
ここには暴虐な国家暴力に対抗する手段を奪われた抵抗者が、最後の手段として自らの生命を犠牲にして報復に訴えるある種の「聖性」への憧れと、そうした「犯罪的」暴力を行使するしかない自分への哀惜があるような気がする。たしかに私は、アラブの女子高校生が自分の体に爆弾を巻いてエルサレムで自爆したのをみて、暗澹たる哀しみを覚えるが、テロを文学的感性で括ることはできないとも思う。アラブでは旧日本の特攻作戦を賛美するらしいが、私は無辜の若者に死を強制した侵略軍の痛ましい犠牲者でしかなく、アラブの女子高校生の自爆とは本質的に違うように思う。伊藤博文をハルピン駅頭で暗殺した韓国の安重根が国民的英雄として歴史教科書に描かれているように、こうしたテロリズムの背後にある、追いつめられた者の最後の抵抗権の行使としての本質は、ゲリラやパルチザンの暴力と通底するものがあると思う。
しかし9・11同時多発テロ以降、「反テロ」はユニバーサルな正義を象徴する言葉となってしまい、秩序と安全が至高価値となって、デモやストすらテロ行為とされるに到ったかのように見える。逆に「反テロ」の大義において遂行される国家による戦争が許容され免罪されるようになり、「テロ支援国家」の指定を受ければすべての国際法と人道法の対象外になって当然のような国際行為が蔓延しつつある。アフガン・イラク・レバノンの一連の過程をみれば、明らかにイラン・北朝鮮への国際戦争が準備されていることが分かる。なぜ「反テロ戦争」という名の「新しい戦争」が、国際法と国際連合の枠を越えてグローバルな野放し状態になったのだろうか。
その理由は、冷戦崩壊後唯一の覇権国家となったアメリカがテロの定義を独占し、世界に強要したことにある。世界で唯一自国の領土が戦場とならず焦土となった経験をもたないこの帝国は、9・11で茫然自失してすべての抵抗形態をテロと規定し、同時に抵抗を抑圧する国家テロの発情を無制限に認め、帝国へのどのような批判も許さない世界秩序の再構築を始めた。
帝国の大統領はキューバ・カストロ議長の手術入院を受けて、「われわれは民主主義を約束するキューバの移行政権を樹立する努力を支持する。キューバ国民に対し同国の民主主義的変革のためにに努力するよう強く求める。すべての民主主義国家に対しキューバ国民が自国の民主主義の将来を決める権利を支持するよう促す」とする声明を発した(3日)。敵対国の国家元首の病気を利用して政権転覆を呼び掛けるという驚くべき主権侵害であり、同盟国にも転覆活動に参加せよと呼び掛けている。すでに国連総会は毎年米国への非難決議を採択しているが、ここに帝国のむきだしの国家テロリズムがある。
「反テロ」は反対派を弾圧する大義名分として恣意的に濫用され、過剰暴力や非合法の転覆活動をが正当化され、独立国家の主権をいとも簡単に蹂躙して恥じない行為が横行し始めた。世界を「独裁:デモクラシー」のゾロアスター的な善悪二元論で裁断し、自らを光の神=十字軍として位置づけ、自国の政治システムに屈従させるために国家暴力を最大限動員してはばからないようになった。しかし冷静に見ると、帝国の裏側には冷酷な戦略が働いている。石油資源の独占的支配権の包摂と、軍需企業の死の商人のために需要を確保することに他ならない。帝国がフセインを打倒したのは、原油のドル決済をユーロ決済に切り替えるイラクの決定を葬るためであり、デモクラシーの移植はその方便に過ぎない。同時に冷戦崩壊後巨大な市場が喪失して苦況にあえぐ軍事企業の新たな兵器需要を実現する、いわば軍事ケインズ主義が採用された。
しかし帝国が逆上すればするほど自らの手で崩壊への序曲を奏でている。イスラエルのレバノン空爆を受けて開かれた国連人種差別撤廃委員会は、「無差別爆撃は国際人道法違反であり、アラブ人への人種差別・劣等意識がなければ殺すことはできない」としてイスラエルの空爆を国家テロと批判するなかで、帝国は完全に孤立した(注)。帝国の忠実な従僕は日本と英国というわずか2カ国に転落し、イスラム諸国・EU・東アジア・中南米に嵐のような反米政権が成立し、帝国は史上最悪の孤立状態に陥っている。経済の論理と帝国への幻想にまみれてなお面従腹背する国はあるが、それは過渡期の現象に過ぎない。膨大な軍事予算の支出にあえぐ帝国の財政は破綻に瀕し、ドルが基軸通貨の危うい地位を失う日が近づいている。帝国の斜陽を支えているのは、唯一つ日本が膨大な国債を買い支えているからに過ぎない。日本も次第に軍事ケインズ主義に傾斜し、本格的な戦争需要を人為的に創出しなければ再生産軌道を維持できないまでに追いつめられつつある。帝国は破局への崩壊の途をたどりつつあるが、決して自動崩壊はしない。私はすこやかで誠実な判断力を持つ米国の市民が、帝国の欺瞞を見抜きかっての伸びやかなデモクラシーへの再転換を実現すると信じる根拠がある。ネオコン勢力は遠からず自らを恥じ赤面して退場するだろう。その時にこそこの地上から帝国を対象とするテロリズムの基盤が失われ、彼らは自らの家族と村に帰還して田園を耕し始めるだろう。もしそうでなければ帝国の暴力で命を落とした中東の無辜の子どもたちの意味はない。ホロコーストの悲嘆を体験した民族が、おなじことを異民族におこなうイスラエルのレバノンへの全土空爆のニュースを聞きながら。
注:英国NGO「セーブ・ザ・チルドレン」報告・イスラエルのレバノン空爆の被害状況(3日)
死者数 615人 うち子ども45%
負傷者数 3225人 うち子ども33%
難民数 100万人近く うち子ども45%(ユニセフ推計) (2006/8/4
18:00)
[君は見たか ナチスの前を裸体で走っていくユダヤ人女性の姿を]
ナチスの兵士がニタニタ笑うなかを全裸で走り抜けていくユダヤ人女性の姿が写った写真を食いるように見つめたことを思い出す。あれはどの本に載っていた写真だろうか。その側には可愛いユダヤ人の少年が両手を掲げて降伏の意志を示す写真もあったように思う。率直に言うと、わたしのその時の気持ちは異様であった。全裸で走る抜けるユダヤ人女性の痛ましい姿に、こうした行為を強いるナチスに軽蔑と怒りの念を抱いたと同時に、一切の尊厳を奪われた女性の姿になにか嗜虐的な快感を抱いたのです。これがこの写真を初めてみた時のわたしの偽らざる感情だった。そしてこの嗜虐感情がわたしを苦しめ、わたし自身もナチスと同じサデイステックな感情を持っているんだということに気づかされた。
01年にパリで開けれたナチス収容所とイメージも関係を扱った展覧会≪収容所の記憶≫をめぐって、はげしい論争が巻き起こったそうだ。先の写真を含む数点の展示に、いっさい映像資料を含まない証言のみで構成された『ショアー』を製作したクロード・ランズマンが異議申し立てをしたという。ユダヤ人のホロコーストは表象不可能なものであり、イメージそのものが存在せず、存在してはならず、それは人間の想像力をはるかに超えたものなのだと彼は云う。実は先の写真は、収容所内の非合法組織が外部の支援を受けて秘密裏に撮影したものだ。4枚の写真があり、あと2枚は溝のなかに折り重なった大量の焼却屍体であり4枚目は分からない。展示会の主催者は、ナチスは一切の証拠が残らないように大量殺戮を計画し、こうした奇跡的な記録写真を批判するのはナチスの擁護につながると反論している。わたしはこうした残存写真の公開すら批判する主張に、この程度の写真では表し得ないホロコーストの地獄があったことを想像する。そしてあの裸体で走る写真に異様な嗜虐感を覚えたわたしの感性に戦慄する。わたし自身もナチスであり得、南京大虐殺の日本兵であり得たのだと実感する。誤解を恐れずに云えば、非ユダヤ人はそうでありえたのではないかと云う気持ちさえ浮かんでくる。しかしまた、強制収容所の囚人に秘かにカメラを提供したポーランド・レジスタンスがあり、極限にあっても野獣とならず、ヒューマンであり得た人がいたことを私は知ることができる。
わたしはあらゆる独裁と抑圧を拒否したいと思う。独裁への加担者となる日常の営みをていねいに排除していきたいと思う。抑圧の風潮が強まりつつある日本の片隅で痛みを感じつつも流されていく自分をどこかでくい止めたいと思う。独裁と抑圧の最初の段階で矜持的でありうる繊細なアンテナをめぐらせておく緊張が必要だ。なぜなら抑圧者は微笑を振りまきつつ、選挙で圧倒的な信任を経て登場している。歴史は、これ以上は我慢できないという段階で初めて抵抗が試みられ、そしてその時はすでに手遅れだったという体験が繰り返されてきた。
かって社会主義下の自由をめざした「プラハの春」という輝かしい時代があり、スターリニズムの暴虐のもとに葬り去られた。このチェコスロバキアには有名な「おお牧場はみどり」という民謡がありますが、チェコの自由化がソ連軍戦車に蹂躙された時に、この替え歌である無署名の「おお広場は戦車」がつくられました(林光『私の戦後音楽史』平凡社)。いま世界を蹂躙している戦車の頭上には星条旗が翻り、緑なすレバノンの牧場には子どもたちの鮮血が流れています。そして日本では軍旗がたなびきはじめ、非正規の若者たちが奴隷のように命令を受けて、世界に思いをめぐらす時さえ奪われ、疲れ切った身体を引きずりながら工場のなかでたたずんでいます。「おお世界は戦車」! 私たちはいま気づかないうちに、星条旗の前を裸体で走らされているのではないでしょうか。
おお広場は 戦車
自由の声 ふさごうと
親分の命令一下
よくあつまったものだ ホイ
きのうの友は 今日の敵
弾丸をこめ 照準定める
君たちは ぼくたちの
なにがそんなに こわいのか ホイ
おおぼくたちは もう
あともどりする気はない
意志が口をひらいたら
もう閉じることはない ホイ
みざるきかざる いわざるの
ふかふかぶとんに しがみつく
君たちの 指導者に
伝えてやれ このことを
おお目を開けて よく見ろ
世界でなにが 起こっているか
しいたげるのは だれで
しいたげられるのは だれか ホイ
君たちのその武器は
だれを助けるためにあるのか
君たちは使う相手を
まちがえてやしないか ホイ (1968年『AGORA』第1号 所載) (2006/8/3
9:21)
[日本人は戦争を契機に酒を飲むようになったのか!]
わたしは毎晩缶ビール1本と焼酎のオンザロック2杯を飲んでいます。夕食時酒なしではどうも寂しいのです。若い時は毎晩浴びるように飲んで、ついに肝炎を発症してその時は酒を見るのも嫌でしたが、肝炎が治癒するとまた飲酒が再開されました。妻は分解酵素がすくないのかほとんど酒はのまないので、わたしの飲酒を苦々しげに見ています。いったい日本人の飲酒の習慣はいつ頃から始まったのでしょうか。
日本人が日常的に酒を飲むようになったのは、明治以降で特に日清・日露戦争を契機にしてのようです。徴兵制が整備されて全国の成年男性が、戦場に向かう出兵や凱旋の時に、村では一族郎党が集まって盛大な宴会を催し、戦場でも士気を高めるために酒をあおり、帰還兵の歓迎や帰休・退役時に記念の酒盃が配られるようになったようです。それ以前には、1877年(明治10年)の西南戦争終結を記念する凱旋行事から、毎年各地の招魂祭や祝賀行事で振舞酒が配られました。つまり日本人の日常的な飲酒習慣は、戦争を勝ち抜くために軍部主導で形成されていったのです。特攻隊が出撃する前に、特攻兵の一人一人の盃に司令官が酒をついでまわるシーンは、まさに飲酒が別れの決意を象徴する行為として悲壮感がただよっていました。
こうした大量の飲酒セレモニー現象の条件は、日本酒の大量生産体制と大量流通を実現する交通網の発達があり、日本酒を容れる一升瓶のガラス瓶の安価な量産が実現したことにあります。ガラス瓶は軽量で徳利より割れにくく、中身が見えて衛生的であったからです。ガラス瓶は第1次大戦でワイン生産の中心であったドイツとフランスが戦場となって、ワイン容器の生産が打撃を受け、ガラス瓶製造技法が日本に輸入されて日本での製造が始まったことがあります。
明治以前の酒は、正月や祝賀行事などのハレの日にお神酒を上げて、そのお下がりとして庶民に振る舞われる一種の神聖な意味を持っていました。明治までは日本の日常的飲酒の習慣がなかったことはなぜ分かるのでしょうか。古代・中世の遺跡発掘から銚子や徳利などの酒用専用容器はほとんど発見されず、江戸後期になって貧乏徳利や貸し徳利などの陶器壺が都市部で発掘されます。江戸・大坂・京都などの大都市で清酒が流通し、量り売りで酒屋から貸し出された徳利に入れられて次第に庶民の飲酒が始まったようです。しかし庶民の飲酒は都会から普及して次第に地方へひろがったのではなく、明治以降の軍事行事の中で普及していきました。あたかもコカコーラが米軍の兵士を中心に庶民に普及していったように。明治中期には蔵元といわれる醸造所と酒屋が爆発的に開業し、名前と電話番号を記した徳利が全国的に普及していきました。わたしは少年期に父親に命令されて、一升瓶を持って酒を買いに酒屋に行って、2合ほど計って買わされてきた体験を想い出します。
酒が好きな人はお分かりでしょうが、酩酊すれば理性的な自己規制から解き放たれて、それぞれの本然の心性が表面に姿を現します。自分を縛っていたしがらみや枠組みから一瞬なりとも解き放たれて自由に飛翔する自分を覚えて、ますますのめり込んでいくのです。こうしたアルコールの幻覚作用が日本では軍部の主導によって、戦争への自己犠牲を美化する手法の一つとして最大限に利用されたのです。これが明治以降だとすれば、明治以前の日本は飲酒による酩酊状態に汚染された歴史の自己展開をある程度回避してきたことになります。飲酒が及ぼした歴史展開への影響というテーマは魅惑的ですらあります。今わたしは幾ばくかの酩酊状態でこの文章を刻んでいますが、奔流のように湧き出る発想の数々はより一層の酩酊に引きずり込まれていくかのようです。酩酊は敵との対立を決定的に高めるか、逆に予想だにし得ない握手に及ぶか、ほんの少しの偶然が決定します。あまりにも多くの歴史が酒席で決定されてきた経過を忘れてはいけません。特に日本的集団主義文化にとっての酒席の意義は、あまりにも無残といえる影響を歴史に与えてきました。
欧米での酒席のシーンが羨ましくなります。かれらは自然に合唱し、男女が手をつないでダンスに興じます。日本ではジメジメした悲憤慷慨かつまらぬ喧嘩が誘発されて終わります。四畳半で酌み交わす酒はいまも料亭政治として残り、敵対者が握手する格好の陰謀の場となっています。そこにあるのは、解放された西欧の個の素朴な連帯と、酒の力を借りて妥協を見いだす日本的文化の非対称性です。
私たちは、軍部の政策によって飲酒の日常的習慣を身につけてきましたが、そんな伝統を引きずっていたら酒に飲まれることはあっても、酒を主体的に飲むことはないでしょう。これは左翼でも右翼でも同じなのです。つまり酒の飲み方は、すぐれて日本の変革のスタイルに係わっていると云うことを確認して、さあもう一杯飲みましょう! 以上・西川寿勝氏論考参照。(2006/8/1
19:01)
[信じがたいNHKの公共性感覚]
NHKは25日に、トヨタ自動車専務取締役(渉外・広報本部長)が9月1日付けでNHK理事に就任すると発表した。理事の任期は2年で、全国の視聴者の声を受けつける視聴者センター担当の視聴者総局副総局長に就任する。NHK理事は8人全員(定数71人)がNHK出身で、旧郵政省OBが就任したケースはあるが、民間起用は1970年以来36年ぶりの5人目となり、経営委員会の同意を得てNHK会長が任命する。理事会はNHKの経営権を握る最高執行機関であり、各界代表からなる経営委員会の助言と承認を経て執行するが、経営委員会の実質的機能がマヒしていることは番組剽窃事件で露わになった。経営委員会はなんの異議も挟まずこの人事を承認するだろう。
国民の視聴料で運営される公共放送は当然に企業を含むステイクホルダーから組織的に自立していることが前提となる。やむをえず企業人を起用するとしても、コンプライアンスに問題を抱える企業出身者はその資格がないのが当然だ。なぜなら公共放送という公共性の本質は、国家や企業の論理から独立した情報発信にあるからだ。企業や政府の意向を意識的、無意識的に配慮すれば、最悪の場合は戦前のような大本営発表を繰り返す奴隷機関に堕してしまう。そうした歴史を繰り返さないために放送法があり、国民の知る権利と情報公開権や批判権がもし奪われるならば、戦前型ファッシズムの再版となる。
トヨタは世界第1位に躍り出ようとしている世界的な自動車企業であるが、そのコンプライアンスは地に堕ちている。トヨタアメリカ社長はセクハラ事件で巨額の損害賠償を請求され、国内でのリコール車を隠蔽し放置してきた問題企業であり、トヨタ本社はこれらの事件に対する国民への説明責任を果たす記者会見すら開いていない。ちょうど同時期に発生したパロマ・瞬間湯沸かし器事件で、マスメデイアはいっせいにパロマの企業犯罪を追求したが、すでに製品安全部長が逮捕されているトヨタ事件についてはなぜか報道をひかえているように見える。トヨタは逮捕された製品安全部長を擁護し、逆に警察を批判している。三菱自動車のリコール隠しであれほど批判を展開したメデイアは、トヨタについてはなぜ真実の情報を国民に提供しようとしないのだろうか。トヨタは現時点で三菱と同じリコール隠しについていっさい国民に謝罪していない。コンプライアンスを重視する欧米市場でトヨタの格付けは下降し、国内市場でリコール隠しとレクサスの失敗で経営不振の兆しが出はじめている。
NHKは経営効率化と顧客対応にノウハウを持つトヨタからの人材招聘によって、番組剽窃事件からの改革姿勢をアピールするとしているが、この恐るべき非対称性にまったく無感覚であるのだろうか。トヨタ生産システムによる経営効率化がNHKに何をもたらすだろうか。NHKにはカンバンがひるがえり、アウトソーシングと下請へのジャスト納入が要求され、秒刻みのライン生産的情報発信が進むのだろうか。おそらく視聴率至上主義が極限まで進み、国民の知る権利と情報公開はどこかに吹き飛んでしまうだろう。特に大企業と政府に批判的なNHK内の「良識派」職員は左遷され、民放型娯楽・ショー番組と大本営報道が横行するようになるだろう。NHK自らが放送法を逸脱し蹂躙することに無感覚となるだろう。英国BBCはNHKと同じく「国営」に近い公共放送であるが、政府権力からの高い独立性を堅持する矜持を持っている。NHKは逆に番組の事前審査を政府に依頼し、その助言によって番組内容を修正する政府系機関となって、ジャーナリズムの本質は失われている。
NHKの公共性の説明責任を果たす最も重要なセクションが視聴者センターであるとすれば、その責任者にトヨタ幹部が就任するという恥ずべき人事はNHKの自己崩壊が始まっていることを示すといえよう。わたしはかって視聴者センターに電話して、番組剽窃事件について聞いたところ、担当者は「朝日新聞ではなく、産経新聞を読んでもらえば真実が分かる」と言われ、唖然とした経験がある。もはやNHKはかなりの右翼思想の持ち主が職員の大半を占めつつあるのだろうかと実感した。放置すれば視聴料納入拒否・保留者がふえ、ついに義務化しなければ経営が崩壊するまでに到るだろう。NHKを視聴することが国民の義務となる日が来るだろう。あたかも北朝鮮で、各家庭のラジオのスイッチが自由に操作できず、国民は政府放送を一定時間強制的に聞かされるシステムになっているように。(2006/7/30
9:24)
[Luom hanh phuc,Rieiig thay va cac ban NI
con va gia dinh Con Nguven Duc]
ぼくは結婚することを決めました。相手の女性はトウエンTuyenさんというベトナム女性です。24歳の専門学校生です。性格は温和で勤勉な人です。自営業の実家を手伝う合間に勉強を続けています。ツーズー病院やトウエンさんの両親も私たちの結婚を心から祝福してくれています。藤本先生をはじめ日本の皆さんに報告するとともに、ベトナムでの結婚式にきていただき、私たちの門出を祝福していただきたいと思います。 グエン・ドク
忘れかけていた名前が蘇ってきました。ベト君とドク君はベトナム戦争下で米軍の枯葉作戦によって、1981年2月25日に二重結合双生児として生まれ、1988年に日本の三重赤十字病院で分離手術に成功し、兄ベト君は重症児、弟ドク君は片足ながら元気でツーズー病院職員として元気に働いている。お二人はもう25歳になったんだ。兄ベト君の症状は思わしくないと聞いて心配していましたが、忙しさにかまけて両君のことはもう忘れかけていました。病室で写っている婚約者と3人で並んでいる写真は、腰から下のないベト君も元気のように見えます。弟のドク君はしっかりした知性的な顔をし、兄のベト君は茶目っ気たっぷりに弟を見ています。そうかあれからもう25年が流れたんだ。藤本さんは2人の発達を願う会の代表として、特性の車椅子などの支援を21年間にわたって続け、95年からは枯葉剤被害二世、三世の現地調査をおこなってきた人だ。結婚式は12月16日におこなわれ、ドク君は生まれて初めて病院を出て地域に新居を構え、新たな人生を踏み出す。
お二人はベトナム戦争の悲劇を象徴する存在として全世界の注目を浴びてきましたが、わたしはむしろお二人がごく普通の市民として自立する能力を身につけ、平凡なベトナム市民としての生活を営んでいることに感動する。多くの人の支援があり、語り得ない苦しみや哀しみを経て、普通の人間として成長していった彼らは、普通でありえることの奇跡を証していると思う。こころからおめでとうと祝福したいと思う。この世の辛いことばかりを書き連ねれきたわたしのエセーにひさしぶりに、この世に希望が確かにあることをあらためて信じさせてくれたニュースだった。
それにしても毎日の報道を見ると、戦火のなかで泣き叫ぶいたいけなおさなごの痛んだ瞳が胸を刺す。無辜であるがゆえにもっとも被害を受けるという痛ましい事実が積み重なって、自分自身が痛みを感じなくなってマヒしていくようだ。いったいこのおさなごたちが、この世に生を受けた意味はなんだったんだろうと尋ねたくなる。ベト君とドク君が不安げなまなざしで日本に上陸した時の幼い姿が二重写しになって浮かんでくる。
おさなごたちを平然と痛めつける大人たちが権勢をふるっている一方で、黙々と支援活動に献身する人たちが確かにいることを知って、わたしは生きていくのも悪くないぞ−と秘かに思うのだ。(2006/7/29
9:48)
[天皇族の起源と日本の主体性]
わたしは日本の民俗学には興味はあったのですが、柳田国男を読んでも埋もれていく日本の風俗や習慣の採集にいそしんで、ほとんど理論らしきものがなく、深入りすることはありませんでした。また丸山真男の通奏低音とか古層論も面白いと思うのですが、固定的な印象があって深く考えることはしませんでした。ところが今年の韓国の済州島から光州の旅をして、韓国の近現代史のドラマテイックな民衆の動きを目の前にして、日本の歴史があまりに権力史であり民衆の主体的な参加が少なく、そして明治以降の産業近代化がかくも急展開したのはなぜなのか疑問を持つようになりました。また日本の選挙では半数以上が棄権し、世論調査の回答率も43%が回答を拒否している(朝日 靖国参拝問題 7月)などの実態を目にすると、こうした無関心の態度が時代的なミーイズムだけでなく、もっと歴史的な背景があるのではないかと思うようになりました。さらに民族を破滅に追い込むような致命的な戦争を領導した人たちが、敗戦後は簡単に態度を変えて旧敵国に媚びへつらっていくありさまを見ると、その責任や矜持のなさに唖然とするのです。ひょっとしたら日本の歴史は、「主体」という感覚とその血肉化がなされないような独自の特殊性があったのだろうかとさえ考えるようになりました。1960−70年代の学生運動の用語でしきりに「主体性」が宣揚され、鋭い権力批判の根拠となり、しだいに社会階層の編成そのものへの異議申し立ての用語となっていきましたが、その学生たちは就職して企業マンとなると「モーレツ」とか「企業人間」と化して、日本の高度成長の先兵となり、いまや中間管理職として過労死を先導してます。若い時にマルクスにいかれない奴はアホで、大人になってまだマルクスを云っている奴はもっとアホだ−としたり顔で課長が説教する裏にある主体の貧困はどこからきているのでしょうか。或いは葵の印籠で悪人を征伐する「水戸黄門」というTV番組が、ギネスに載る最長編連続ドラマとしてもて囃されています。そこでは民衆が自ら立ち上がって悪人を倒すシーンは一切ないのですが、わたしの祖母は最後の印籠のでるシーンを涙してみています。
かって講座派や近代主義派は、明治変革の絶対主義の限界に求め、再度の民主革命の必然性を説き、わたしもそれに賛成してきました。しかし韓国や欧州旅行を経て、どうも日本歴史は古代以来、民衆が参加して時代を動かす体験が非常に浅かった積み重ねがあるのではないかと考えるようになりました。すると日本歴史を創生期にさかのぼって再点検してみなければと思い始めた時に、なにげなく手にしたのが『岡正雄論文集 異人その他』(岩波文庫)でした。古本屋の100円コーナーにあったものです。話し言葉に近い表現で日本民族文化の形成について理論的に語っていました。柳田民俗学とはかなり異なるイメージでつい引き込まれてしまいました。網野史学の源流がここにあるような強い印象も受けました。岡民俗学がいま学会でどのような評価を受けているのかは知りませんが、現代日本の源流はどうなっていたのかを知る上で貴重な知見になると思います。特に天皇制と日本文化の特殊性について気になることを云っています(彼は昭和天皇の御前講義もおこなっています)。以下概要を紹介します。
日本民族は原日本人の自生的な発展ではなく、幾つかの外来種族の渡来による混合と接触のなかから形成された。
日本神話はアマテラスを最高神とする天皇ではなく、高皇産霊(タカミムスビ)が最高人格神としてあった。
天皇家は、タカミムスビを主神とする皇室族が日本列島に帰来し、アマテラスを主神とする先住の母系制種族と通婚して生まれた。この際に先住族の母系制訪問婚に従って、子女は母方で育ち、母方種族の神話と文化が皇室に流入し、タカミムスビではなくあたかもアマテラスが皇室の主神であったかのような皇室神話がつくられ、皇室族のタカミムスビは後退した。
日本の基礎的な社会構造の形態と文化は3つに類型化される。
A)家父長的単系親族集団
国家権力の進展と土地所有関係の強化によって生まれた本家・分家・主従上下関係を形成。遊牧民を源流とする種族は軍隊的に組織され職業団と奴隷制などの氏族職階制によって日本古代国家を形成し、高天原・天神崇拝・父系英雄神話、言語的にはアルタイ語系で古墳文化をつくる
B)双系的男性年齢階梯制集団(上下の家柄・主従よりも年齢の順序が上下関係を規定する)
板張り船漁労法と水稲文化を江南地域からもたらし、弥生文化を形成、海幸・山幸神話とイザナギ・イザナミ神話で弥生文化をつtくる
C)母系制集団(栽培農耕種族の同母血縁集団)
最初に陸稲耕作・タロ芋栽培をおこなう 東南アジアから帰来 アマテラス神話で縄文式文化をつくる
日本民族は西暦零年前後に東北中国にた天皇種族(高句麗又は扶余族)が移動し、朝鮮半島を短期間に南下し、3−4世紀頃に日本列島に上陸して、先住稲作・乾燥農耕・漁労種族を征服してヤマト国を建てた。被支配種族は独立を失って階層化して農漁民となり、次第に同質化して日本民族が形成された。天皇種族は政治的組織力には優れていたが文化的には貧しく、被征服農耕民は文化的には豊かであるが政治的に弱く、騎馬遊牧民的支配文化と先住農耕民民的文化が混住して多様で矛盾的な日本文化が多元的・累積的に形成された。
自分の属する社会以外の者を異人視して多様な呼称を与え、畏敬と侮蔑の混合した心態をもって表象し、接触する
岡正雄氏の天皇起源説は当時にあっては危険理論であり、彼は論文をドイツ語で書き日本語への翻訳はしなかった。江上波夫の騎馬民族説の先駆ともなった天皇外来種族説はいまでは有力定説となった。本居宣長的な日本単一民族国家論の誤謬も白日の下にさらされた今になって、天皇制国家に回収される愛国心を宣揚するアナクロニズムの無知性は覆いがたいものがある。あたかもすべての日本人が天皇制種族であるかの主張はすでにその虚偽性が露わとなっている。岡正雄氏の所説によってわたしは、日本民族の多元性を知ったが、残念ながら主体形成の特殊性については示唆を受けるところはなかった。彼は内発的な変革性の問題を語ってはいないからである。彼の説では家父長的単系親族集団の原理が現代でも強力な影響力を持っていることになる。(2006/7/28
23:31)
[ニートという欺瞞が若者を苛んでいる]
90年代半ばから00年初頭にかけて若者の労働市場に激変が起こった。最初はフリーター現象として、次いで04年頃からニート現象として。フリーターは最初は自由に企業を選ぶ若者の自己実現行動としてもて囃されたが、実は非正規雇用の代名詞でしかないことが白日の下にさらされて幻想は崩れ去った。これに対しニートは英国生まれの輸入語であり、NEET=Not
in Education,Employment or Training(働いておらず教育や訓練中でもない16−18才のの若者)が原語だ。しかし日本では定義が大きく変わり、年齢層が15−34才までに拡大し、英国では求職者を含むのに日本では除外してしまった。
この定義のずれはなぜ生じたのか。日本では早くから15−34歳層の若年失業者やフリーター研究の蓄積があり、次第に同年齢層のなかの失業者や非フリーター層に注目が集まって、英国出自のニートを誤用したからだ。日本語のニートは対象年齢が広く量が莫大になるために、求職者を除外した「仕事を探す意欲を持たない」という層を過大に評価して社会問題視されるに到った。ニートという語を採用した論者は、それ以前から存在し始めていた「ひきこもり」という青年心理現象とニートを重ねてみるようになり、その結果ニートという言葉の印象は、消極的で自信のない若者というネガテイブなイメージが支配的になった。さらに派生してニート主婦、社会人ニート、恋愛ニートなどの周辺用語が誘発され、もはやニートは能力もなく努力もしない駄目な奴を揶揄して冷笑する言葉に転落してしまった。
同時にこうした若者を生み出した原因が追及され始め、放置して勝手放題をさせた親の責任だとか、愛国心がないからそうなったんだ、幼少期に残虐ゲームに夢中になったからだなどという恣意的で意図的なステロタイプの評論が噴出し始めた。こうしたニート評論と並行して、「人間力」と称するポジテイブなイメージが宣揚され始め、いま日本は[ニート:人間力]を両極とする評価軸が蔓延し始め、多くの日本人がこの評価軸にはまり込んで他者を評価・選別・排除するという事態が生まれている。こうした評価軸の決定的な問題は、すべてを個人の能力と意欲に還元する「自己責任」の論理で貫かれてしまい、システムの制度的側面が完全に捨象されてしまうところにある。正規社員になれないのは「人間力を育てなかったお前の責任だ」と非正規やニートを攻撃し、さらに正社員に対しては「お前は人間力があるはずだからもっとがんばれ」と叱咤する。ここでは学校での正当な職業教育の実施、非正規雇用や派遣・請負の無制限の導入と競争的成果主義賃金などの制度的問題は吹き飛んでしまう。
しかしニートがニート化したのは、グローバル競争を生き残ると狂奔する企業の論理と、公共事業による財政破綻を社会保障削減で突破する政府の野蛮な論理がむきだしになってストレートに、若者や中高年、高齢者を直撃したからではないのか。マネーロンダリングを駆使して株価を操る少数の勝ち組と大多数の負け組に分裂させ、3万人を超す自殺者と150万人に迫る生活保護受給者を生み出し、子どもを産むことが恐くなって出生率1,25に激減させたのは、個人の「人間力」の欠如ではなく、希望を奪ってしまった市場原理という制度の失敗にある。英国政府はニートを政府の責任として職業訓練支援を強化しているが、日本政府はニートを人間力の欠如とみなして愛国心教育を強化しようとしている。つまり感情を変えればニートはなくなるというのだ。
ヘーゲルは愛情は生命の二重化だと云った。いま一つの生命を、自分の生命の流出だと感じるからこそ、その生命の発展について自分に対すると同じく厳しい関心が向けられるのだ。感情の最高形態である愛情の本質が生命の流出であるとしたら、ニート現象の無残を我が生命の無残とする想像力が誘発されるに違いない。意欲がなく努力もしない他者の生命を我が生命の流出だと感じ得たら、他者への感情教育で意欲が生まれるとする錯誤が許されるはずがない。つまり愛国心を唱道する政府自身に愛国心が欠落しているのであり、感情教育を受けなければならないのは政府自身だということになる。もし政府が嫌だというのならば、その政府を取り替えて新しい政府に置き換えるという、ジョン・ロック以降の抵抗権・革命権という生得的な自然権を行使するのが市民の当然の行為に他ならない。
フランスの若者たちはこの抵抗権の感覚が染みついている。彼らは仮採用という名の非正規雇用という労働法改正法を、全国的なデモとストライキで政府を追いつめて撤回させた。驚くべきことに、朝日新聞の欧州特派員はこのフランスを街頭民主主義と揶揄して批判した。あたかも代議制議会が民主主義の成熟だというように。この記者は民主主義のイロハを知らない。DemocracyとはDemos(民衆)のKratos(ちから)が原義であり、全員参加の直接民主制が原則であり、代議制の間接民主制はやむを得ない方法として採用されているに過ぎないということを。
ニートと揶揄されて尊厳を汚されてきた若者たちは、尊厳を奪われたままに座視してはいないだろう。「自己責任」とは実体として保障されている可能性や権利を自ら放擲する場合に問われる批判の言葉であり、身に覚えのない若者たちはついにはニートの欺瞞性を見抜いて告発に転じるだろう。ワーキングプアという言葉ほど自己矛盾した言葉はない。「働かざる者喰うべからず」とは、ワークすればプアにはならないという近代国家の前提を意味するはずだった。同じようにニートとは、将来働くための教育や訓練を受けていない16−18歳の若者という本来の定義に立ち返るシステム転換の運動が起こるだろう。以上・本田由紀氏(東大)論考及び宮本顕治『獄中からの手紙』(新日本出版社)参照。(2006/7/26
13:30)
[ワーキング・プア−現代によみがえる石川啄木]
23日のNHKドキュメンタリー「ワーキング・プア(働く貧困層)」をみました。元エリート中年男性がリストラで失職し、50才を超えて正規採用の途はなく、離婚後に2人の小学生の男の子を抱えてアルバイトを掛け持ちしながら必死で生活している。過疎地域で生きている大家族農家の人、奥さんが寝たきりで食費もない75才の仕立屋さん、親に見捨てられた施設の子どもたち、ゴミを拾いながらホームレス生活を営む青年・・・・・。この青年は1冊50円で買い取ってもらえる漫画雑誌をコンビニ前の容器から8冊集めて、これで今日の食費が手に入ったとホッとした顔をしていた。彼はインスタントのラーメンを口にかき込んでいた。
いま中流の下層化が進み、パート派遣、フリーターといった正規社員でない30才以下の若者が同世代の30%(!)を占め、働いても働いても年収が200万円にならない人たちが400万世帯(!)に達する。彼らは結婚もできずこの世を去っていかざるを得ない。彼らはロストジェネレーション(失われた世代)として、貧困層の世代間継承が固定化されて層として社会に沈積し、人間労働の再生産機能が遮断されて日本社会全体が衰弱し、荒涼として痛々しい世界がひろがっている。政府関係者すら「おそらくこの人たちは、一生浮かび上がれないまま固定化するだろう」(労働局幹部)と言い、大都会の高層ビル群や緑したたる田園風景の背後に、目に見えない貧困の堆積が着実に進んでいる。
彼らは自己責任の思想で隠蔽されている。自分で努力しないからだ、意欲がないからだという言辞で冷酷に切り捨てられている。デイレクターは今回の取材で意欲がない人は一人もいなかったと云っていた。幾つかのアルバイトを渡り歩く中年男性の表情は、追いつめられてなお、2人の子どもの学資を稼ぐ覚悟の表情を無念のうちに見せていた。親に見捨てられて施設で暮らす少年少女は、七夕の歌をうたいながら願い事を短冊に書いてくくりつけていた。七夕の歌がこんなに哀しみの調べに聞こえてきたことはない。
しかしこの番組の致命的欠陥は、現状の悲惨を露骨に提示して終わり、なぜGDP世界第2位のこの国が貧困率世界第2位になったのかという原因を一切追求しないことだ。この番組を見た人の多くは、あんなに惨めな状態でもよく頑張っているな、わたしも甘えないで精一杯努力しよう−と思って終わるのではないか。なぜこんな想像もできない19世紀のような事態が日本にひろがっているのか。まるで河上肇『貧乏物語』や『女工哀史』、エンゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態』の資本主義初期の原始的貧困の世界ではないか。現代のワーキング・プアは、自己責任の思想に飲み込まれて、自分が悪い、自分が努力しないから、自分に能力がないからと思いこんで、信じられないほどに異議申し立てと抗議の意志を喪失しているかに見える。救貧法から始まって人類史が到達した社会権の思想がどこかへ吹っ飛んでしまったかのようだ。人間の尊厳がこれほどにも踏みにじられて、誇りを奪われた自らに怒りは内向し、もはや生きていく資格すらないとして、3万人を超える人たちが命を絶っている。
働けど働けど なほわが暮らし楽にならざり じっと手をみる 石川啄木
19世紀いらい営々として積み重ねられてきた社会権(平等に生きる権利)や労働権(労働者の基本権)が根こそぎ奪われはじめたのは、いうまでもなく「規制緩和」という名の権利剥奪の構造改革路線だ。この路線が提起された時に、残念ながら「自由」の果実が自分にも手にはいるのではないかという幻想に多くの市民が囚われて、とめどない権利剥奪が進んだ。製造業での派遣・請負が全面自由化し、たとえばソニーのように80%が非正規で占められるようになった(大分工場)。彼らは時給1000円という名目で募集されるが、手取は月額12万円に過ぎないばかりか、社会保険や年金保険料を引かれると9万円という生活保護基準以下となる。過労による労災申請数は脳・心臓疾患・精神障害合わせて1525人に上り、うち483人が死亡といういずれも過去最悪を記録している。規制緩和論者は、規制を許せば国際競争力に負ける、財政破綻で社会保障の財源はないと言う。しかし企業基盤整備型の公共投資と軍事費は膨張を続け、米軍のグアム移転のために3兆円(!)をプレゼントするという。たとえ日米安保条約を認めようとも外国の基地造成の費用を負担する根拠はない。規制緩和論者の最大のミスは過酷な労働が企業経営そのものを崩壊に導いていることに気づかない短絡的な思考にある。国産車をみると、04年度で過去最高の707万台のリコールが発生し、いまや10台に1台が欠陥車という実態に落ち込んでいる。
かって『資本論』は資本主義下での貧困化法則を明らかにし、労働者の絶対的貧困化を論証しようとした。ワイマール憲法以降の社会権はこの貧困化を規制し、現代の貧困は社会的欲望水準の高度化による相対的貧困化が説かれるようになり、特に先進国では衣・食・住の絶対的貧困はなくなり、生活水準の上昇による相対的貧困(格差)が問題とされるようになった。平均所得値の1/2を貧困ラインとして算出する貧困率で日本は世界第2位に転落したというように。竹中とか称する規制緩和論者が、格差が生じるのは当然だ、問題は最下層の絶対的貧困レベルが低くなっていないからいいのだと−公言した。では絶対的貧困は低くなっていないのか。絶対的貧困のメルクマールを生活保護基準に求めると、生活保護受給者数は96年:88万7000人から05年:148万4000人へと急上昇している。頭にきた厚労省は「社会保障が最大の歳出となり、社会保障分野で改革の手がついてないのが生活保護だ」(社会・援護局長 5月全国福祉事務所長会議)と受給審査基準を厳しくし、申請さえ認めない事態が誘発され、門前払いされた北九州市の独居の高齢者が餓死し、次いで申請を拒否された秋田市の男性(37)が福祉事務所前で抗議自殺する事態となっている。秋田市保護1課は「却下判断は適正だった」としている。
この男性は睡眠障害で5年間ほど定職に就けず、約2年間の車上生活を送り、国民健康保険証を持てず、部屋で寝たい、治療して働きたいと念願していた。秋田市福祉事務所は、「能力を活用していない」として申請を2度にわたって拒否した。男性は福祉課の目の前を選び、練炭と七輪を用意して車を目張りしていた。友人に「駐車を注意されない日曜日しかない。俺みたいな人間はいっぱいいる俺の犠牲で福祉がよくなって欲しい」と話していた。
認知症の母親と心中を図り承諾殺人の罪に問われた京都の男性に対する判決は、「裁かれているのは承諾殺人だけではない。日本の介護制度や生活保護行政のあり方が問われている」と痛烈に国を批判する異例の内容となっている。少なくとも生活保護申請を受理しておれば、この餓死と殺人と自殺はくい止められていたはずだ。
しかし政府は霞ヶ関の高層ビルから冷ややかに冷笑して平然としている。先進国クラブのOECDすら「日本の貧困率は世界第二位となって異常であり、早急に是正されなければならない」と日本政府に勧告したにもかかわらず、竹中とかいうシカゴ学派のエピゴーネンは、このような無残な実態に対する想像力が決定的に欠落して「格差があるのは当然だ。景気がよくなればそのうち何とかなるよ」と言い放っている。いまほど『資本論』の貧困化法則の現代化が問われている時代はないと思う。それは労働力商品化による剰余価値生産過程を資本主義廃絶以前に規制できる可能性が生まれつつあることだ(デイーセント・ワーク運動)。
おそらく放置すれば、日本の貧困の実態はこのまま10年は続いていくのではないかと予測される。大量の非正規の青年が結婚して次世代を育てる時に、彼らの子どもたちは親の貧困を一身に背負ってさらに貧困を拡大させ、いっそう沈積していくと推定される。そうした貧困の抑圧に耐えられる限界がきたときに、どのような事態が起こるだろうか。抑圧への抗議形態の歴史は、最初はいたずら書き(トイレなど)から始まり、耐えざる陰口や揶揄を経て、次第に表面は従っても陰ではサボるなど次第に高度化し、ついにはサボタージュ・ストライキ・テロ・暴動へと発展し、「血の日曜日」による革命という最高の段階を迎えた。
しかしこの歴史的な形態は、どの形態もまだ自分の外部に対して異議申し立てをおこなうというものだった。現代の日本は、異議申し立てや抗議が自分自身の内部に向かう自閉や自死という内向的な形をとり、また外部に向かうと同じ仲間をいじめ合う陰惨な攻撃の形をとっている。ここには一切未来はない。ナチス強制収容所は自力では解放されなかったのだ。攻撃の内向性と相互攻撃の回路を遮断して、真なるエネミーに向かう可能性はどこにあるだろうか。わたしたちが巨大な強制収容所のなかに封じ込められつつあるという事実を知ること以外に可能性はない。強制収容所で自分だけ助かるという可能性は絶対にない−という冷厳な事実を知ることだ。それに失敗すれば、高みから嘲笑っている少数者の蔑視を浴びながら、自滅と崩壊の途をたどることになる。最後にわたしは60数年前を想起したい。強制収容所の支配者は、最後には全滅した。自滅し崩壊したのは囚人ではなく彼らだった。最後に笑ったのは囚人たちだった。それは私たちが、動物ではなく、まごうかたなき人間であったからだ。(2006/7/24
20:09)
[”宗教がない世界を想像してごらん”−イマジンはなぜ禁止されたか]
英国南西部エクスターのセント・レナーズ小学校のこどもたちが、学期末コンサートに向けてジョン・レノン「イマジン」の練習をしていたところ、学校側がこの歌をうたうことを禁止して別の歌に差し替えた。いうまでもなく「イマジン」は平和を訴えた名曲であり、トリノ五輪の開会式でもオノ・ヨーコが朗読して歌われた。学校側はなぜ禁止したのか。英国国教会系のこの学校は、「宗教がない世界を想像してごらん」という歌詞が反宗教的で教会にふさわしくないとした。この歌は信教の自由を否定したものではなく、信仰の違いを理由に迫害したり戦うことをやめようと呼び掛けたものだ。もし音楽をこうした理由で禁止すれば、地球から多くの名曲が姿を消すだろう。ひょとしたら英国でも宗教原理主義が世俗の世界に浸透しつつあるのだろうか。
しかしもし地球が”宗教がない世界”であったならば、なんと多くの無辜の生命が無残に死ぬことなく一生を全うしたであろうとも思う。信仰の違いを理由になんと多くの生命が抹殺されていったであろう。この人間の歩んできた世界史は、宗教が世俗を支配した時代にはそれもやむを得なかった、避けることはできなかった−といえるかもしれないが、信教の自由を実現したはずの現代世界にあっても凄惨な殺し合いが今この瞬間にも続いている。今日生まれたいたいけな赤子の命が無残に踏みにじられている世界で、私は肥満を気にしてジムに行こうかどうかと迷っているような、考えてみればめくるめくような非対称性がある。ニーチェは人間を奴隷化する神を攻撃して、”神は死んだ”と死刑宣告を下したが、ひょっとしたら神はもともといなかったのではないか、もし神がいるならばその神の名を掲げて無差別殺戮をするような地上の姿を許しておくはずがない−と誰しも思わないだろうか。
ユダヤ人たちが、ナチスの凄惨なショアーを目にして「神はどこだ。どこにおられるのだ。いったいどこにおられるのだ」と問いかけた時に、「どこだって? ここにおられる。−ここに、この絞首台に吊されておられる」とラビたちは呻いた。その呻きを聞いたあるユダヤ人が「私はもう呻くことはしない。それどころか私は前よりも強くなった。私は原告であった。そして被告は−神。私はもはや灰燼以外の何者でもないが、いまや私は自分の方が神よりも強いと感じていた」とつぶやいた(エリ・ヴィーゼル『夜・夜明け・昼』序文より)。あの形容しがたい地獄を我が身に体験したユダヤ人のつぶやきが、いまふたたび闇の世界から聞こえてくる。
しかしなんたる無残であろうか。惨憺たるホロコーストを生き延びたユダヤ人たちが、60数年を経た今、同じような刃と鞭をパレスチナで繰り広げている。彼らのイスラエルは、隣国レバノンに無差別爆撃を加え、数十万人が難民となって流浪し水と医療を求めて阿鼻叫喚の叫びをあげている。イスラエルは軍事予算の20%を米国の支援に仰ぎ、そのカネで米国軍需産業の武器を買いまくり、その武器をパレスチナやレバノンの戦場で大量に消費しまくるという軍事ケインズ主義で経済を維持し、米国軍事企業は最大の利益を稼いでいる。米国とイスラエルは戦争なしに国が維持できないスパイラルに落ち込んでいる。レバノン首相が「私たちを見捨てないでほしい」と悲痛に訴え、ユニセフが救急車と医療セットの人道援助を求めているなかで、世界は沈黙したままだ。神もまた沈黙しているのか。イスラエル空軍戦闘機が超音速でガザ上空を飛び回り、ソニック・ブームといわれる衝撃波の凄まじい爆音が地表を襲っている。爆撃かと身をすくめても炎も煙も上がらないが、子どもたちは怯えてしまい、親にしがみついたり吐き気をもよおし、PTSD障害がひろがっている(朝日新聞7月21日付け)。強大な軍事力をこれ見よがしに行使して嫌がらせをおこなうイスラエルに、ホロコーストの痛みへの想像力はもはやない。ユダヤ人たちはダヴィデの星に替えてハーケンクロイツを身につけて異教徒を迫害し始めたのか。
米政府はイスラエル軍に1週間の爆撃継続期間を認め、致命的打撃を与えてから調停に乗り出すそうだ。「米国は停戦要求に応じる前に、イスラエルにたいし敵に最大限の打撃を与えるための1週間の猶予を与えた」と報じられている(英紙ガーデイアン、米紙ニューヨークタイムズ19日付け)。いったいこの1週間という時間は何を意味するのだろうか。この数日で200人を超える死亡者と550人以上の負傷が出ているから(ユニセフ声明)、さらなる1週間で1000人近い死傷者がでると予測される。米国大統領はみずからの意志で死傷者数をゲームのように操作して楽しそうにホワイトハウスで会食している。あたかも昭和天皇が沖縄戦で降伏しておれば、その後の広島・長崎はなかった1週間のように。神はこの1週間をどう過ごすのだろうか。
では百歩譲ってイスラエルとアメリカに正義はあるのか。ない。イスラエルはみずから仕掛けた中東戦争(67年)でパレスチナだけではなく、シリアのゴラン高原からレバノン南部に侵攻し、いまはレバノン・スバ農場(45万平方q)を占領し、アメリカはそれを背後から支援してきた。この占領軍への抗議をテロと非難し、無差別空爆を加えているのが真実の事態であり、もはやテロの規模をはるかに超える国家テロとしての戦争犯罪に他ならない。ユダヤの神は決してこのような愚かしい蛮行を許さないだろう。ヤ−ウエは最後の審判において、自らの名前を掲げて異教徒への蛮行を犯した罪を追求し背教の厳罰を下すだろう。もしそうでなければ神は自らの資格を失う。かってあなたがたは、キブツという共産主義的な共同農場をつくり、異教徒と平穏に共存しながら理想郷の建設をめざしてきた。ショアーの自責を覚える欧州諸国はあなた方を支援してきた。あの1948年の国連決議の時代にたちもどって、アラブとの共存の道を選ぶことこそ神への最後の信仰の証しではないか。
神の解釈のほんの少しの違いをめぐって痛ましい殺し合いの泥沼に落ち込んでいるイラクの凄まじさは想像を超える。宗教政党が支配し無宗教を許さず、宗派の違いを許さないイラクは、血なまぐさい内戦状態におちいっている。奇妙なことに米占領軍への自爆攻撃が姿を消し、宗派間のせめぎ合いに移っているようだ。いつ果てるともない暴力の応酬が憎悪のスパイラルを呼び、もはや永遠に続いていくかのようだ。銃を置いて握手する日がどのようにして訪れるかを想像するのが気の遠くなるような修羅だ。中世の暗黒の宗教戦争を思いおこすデスパレートな時代がこのまま続いていくのだろうか。しかしよくみてみよう。この悲惨な内戦は十字軍を僭称した米占領軍なしには起こりえなかった。それまでは摩擦はあっても、宗派を越えて平穏に暮らす日常生活があり、暴力に訴えるシーンはなかった。米占領軍への抵抗のあり方をめぐって分裂が生じ、主敵を横に置いた内部抗争へと発展した。もし米占領軍が姿を消せば、痛みきった大地を修復する共同の営みが細々とでも始まっていくに違いない。米占領軍は挑発者であり仕掛け人であった。最古の文明を開いたチグリス・ユーフラテイスの岸辺に神はただ黙って佇んでいるのだろうか。
神がいるかいないかという論争は何の意味もない。神がいないかのような世界の姿が問題なのだ。もし神がこの世にいないとすれば、私たち自身が神となって神の歩みを刻んでいかなければならない。もし神がいたとしても私たち自身で一歩を歩んでいかねばならない。最後の背教者を罰するために。いまや星条旗の翻るところに鮮血が流れ、幼い無辜のいのちが砂粒のように吹き飛んでいく。麻薬中毒で全身を侵された世界警察の長官を自称する帝国は、全身から血を滴らせて偽りの祈りに跪きながら、やおら立ち上がると地球儀に「悪の枢軸」の印をつけて十字軍の使命感に酔っている。全身を蝕まれた麻薬中毒患者をただちに隔離し、治療を施さなければならない。めくるめく陶酔の境地が幻想にしか過ぎないことを白日の下にさらさなければならない。
もしイエスが再臨すれば、己れの教えのあまりの無残な結果に驚愕し、人類の罪を背負うために自分をもういちど十字架の磔刑に処して欲しいと、哀しみの涙を込めて神に乞うであろう。ムハンマドはジハードの痛ましい現実に絶望して再び西遷を試み、釈迦は平安な入滅を恥じてもう一度断食のために菩提樹の下を去るだろう。世界の宗教者は、おのれの教祖の神々しい姿を見て自らの信仰に再審を加えるだろう。はたしてほんとうの原告は誰か、ほんとうの被告は誰なのかと・・・・・・・。(2006/7/21
15:15)
[昭和天皇のA級戦犯合祀観]
昭和天皇が死去前年の1988年にA級戦犯合祀について発言したメモ(富田朝彦宮内庁長官 88年4月28日付)の原文ママ(7月20日報道)。
私は 或る時に、A級が合祀され その上松岡、白鳥までもが、
筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と
松平は 平和に強い考があったと思うのに
親の心子知らずと思っている
だから私あれ以来、参拝していない、それが私の心だ
*筆者注 松岡:松岡洋右元外相(日独伊三国軍事同盟推進者)
白鳥:白鳥敏夫元駐伊大使
筑波:筑波藤麿靖国神社宮司(66年に旧厚生省からA級戦犯祭神名票を受け取り合祀せず)
松平:松平慶民(敗戦当時の区内大臣) 松平永芳(慶民の長男 靖国神社宮司 A級戦犯合祀決定)
A級戦犯:侵略戦争を計画・実行した「平和に対する罪」「人道に対する罪」に問われた28人、7人死刑、16人終身刑
戦犯の靖国合祀は59年からBC級戦犯(戦闘法規違反・捕虜虐待罪)
A級は処刑7人・獄中死7人合計14人が74年に合祀
靖国神社はA級戦犯を「一方的に戦争犯罪人のぬれぎぬを着せられ、無残にも命を絶たれた昭和殉難者」と呼ぶ
(経過)
1945年 8月 敗戦
11月 昭和天皇 靖国神社参拝 その後数年おきに計8回参拝
12月 GHQ「神道指令」 以後昭和天皇は占領終了まで参拝せず
1946年 4月 国際検察局A級戦犯容疑者28人を起訴、 松岡洋右病死
1948年11月 極東国際軍事裁判A級戦犯絞首刑判決
1951年 吉田茂主要・閣僚初めての公式参拝
1952年10月 昭和天皇参拝再開
1956年 4月 旧厚生省「祭神名票」送付による合祀事務への協力を都道府県に通知
1966年 旧厚生省A級戦犯祭神名票を靖国神社に送付
1975年 8月 三木首相現職首相として初めて敗戦記念日に参拝(参拝4原則)
11月 私人として昭和天皇(政府答弁)が最後の参拝
1978年10月 靖国神社A級戦犯14人を「昭和殉難者」として合祀
1985年 8月 中曽根首相公式参拝 アジア諸国の批判を受けて翌年から中止
1995年 8月 村山首相談話「植民地支配と侵略に対する反省とお詫び」
徳川義寛元侍従長証言「昭和天皇は靖国神社と護国神社参拝はA級戦犯合祀以降行わないとの意志」
1998年11月 三笠宮(90歳 昭和天皇の弟) 江沢民中国国家主席に謝罪(26日宮中晩餐会で)
2001年 8月 小泉首相13日に参拝 以後毎年参拝
2005年 6月 小泉首相「A級戦犯は戦争犯罪人と認識」答弁
(徳川元侍従長証言 95年 朝日新聞記者に)
●「筑波藤麿元宮司は慎重に保留していたが、松平永芳宮司に交代してすぐに合祀を決めた。こちらからは『軍人で死刑になった人はともかく、松岡洋右さんのように軍人でもなく、死刑にならなかった人も合祀するのはおかしいのじゃないか』と云ったが、押し切られた。靖国神社は元来、国を安らかにするつもりで亡くなった人を祀るはずなのであって、国を危うきに至らしめた人も合祀するのでは、異論も出るでしょう」
●「合祀は翌年春に報道されるまでは騒ぎにもなっていなかったが、陛下は合祀を聞くと即座に『今後は参拝しない』との意向を示された。陛下がお怒りになったために参拝がなくなった。合祀を決断した人は大馬鹿者だ」
(『昭和天皇独白録』より)
●「昭和天皇は日独伊三国同盟を推進した松岡洋右外相について『別人のように非常な独逸びいきになった。恐らくはヒトラーに買収されたのではないか』と思われている」
(江沢民『世界をさらに美しくするために』06年7月刊行)
●「(三笠宮は宮中晩餐会で私に歩み寄り)旧陸軍軍官として南京に駐在し、自分の目で日本軍の暴行を見た。今に至るまで深く気が咎めている。。中国の人々に謝罪したい。歴史の真相を始めから終わりまで若い世代の皇族に伝え、日中両国民の世代を超えた友好実現のために努力しなければならない−と述べた」
*注:三笠宮は1937年の南京大虐殺後の43−44年に参謀として南京総司令部に勤務、手記『我が思いでの記』で「罪もない中国の人民に対し犯したいまわしい暴虐の数々は、いまさらここにあげるまでもない」としている。
(コメント)A級戦犯は、国民に対して「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪過の汚名を残すこと勿れ」(東条英機陸軍大臣『戦陣訓』1941年)と全兵士に死を強制し、戦死者は英雄であるが、捕虜になることは死に勝る屈辱であると説き、生きて捕虜となった場合には「非国民」とみなし、300万人の兵士と国民が死を選ばされた。しかし最高の軍人道徳を説いた当の本人たちが、みずから生き延びて逮捕され捕虜の道を選んだのである。ここにA級戦犯の本質がある。昭和天皇はA級戦犯の合祀に激怒して参拝を一切やめた。天皇に絶対忠誠を尽くして戦争指導をした戦犯はもはや神とはみなされなかったのだ。A級戦犯たちは、地下でこの天皇の言葉をどのような想いで受けとめているのだろうか。A級戦犯の遺族は、「なぜ昔のことを大騒ぎするのか。ほんとうに天皇陛下の発言か。私は信じられない。陛下のお気持ちを信じています」(板垣正元参院議員 板垣征四郎元陸軍大将の長男)と驚愕の気持ちを述べている。政治問題化したA級戦犯合祀を打開する分祀を打診された白菊遺族会(戦犯者遺族の会)で、合祀取り下げに強硬に反対したのは東条英機元首相の長男であり、その理由は東京裁判に同調できないという理由であったという(板垣正『靖国公式参拝の総括』)。一方で兄が24歳で戦病死した西川重即(平和遺族会会長)は「A級戦犯合祀を不快に思うのなら、なぜ自分の戦争責任について何も発言しなかったのか」と言う。私はこの一連の経過の現象に深入りすることはしない。ただ一言云いたいことは、60年をへてこんな論争をしているこの国の哀れさに涙し、天皇や皇族の言葉を借りなければ戦争犯罪を追求できず、天皇の発言に一喜一憂するファナテックな神権政治に弄ばれてこの世を去った300万人の無念を再び繰り返そうとする猛々しい威勢を許してはならないと思うことだ。なぜなら3歳の私を残して、敗戦を待たずこの世を去った母の慟哭のまなざしがつねにふりそそいでいるから。
徴兵はいのちかけてもはばむべし 母祖母翁牢に満つるとも (2006/7/20 21:51)
(追記)朝日新聞社の靖国参拝に関する全国世論調査(22,23日電話調査実施
有効回答1898人 回答率57%)の結果は以下のようになっています。
問)次期首相の靖国参拝
06年1月 06年7月 (毎日調査) (日経調査)
参拝する方がよい 28% 20% 47%→33% 28%
参拝しない方がよい 46% 60% 47%→54% 53%
その他・答えない 26% 20%
6%→13% 19%
問)昭和天皇の発言(7月)
参拝賛成 参拝反対 その他・答えない
大いに重視する 24% 10% 82% 8%
ある程度重視する 39% 18% 65% 17%
あまり重視しない 21% 29%
45% 26%
まったく重視しない 12% 32%
35% 33%
参拝賛成が8%減少し、参拝反対が14%増加した背景に天皇発言があるとすれば、国家の基本問題について天皇の考えの影響を受ける人が8−14%の範囲内で存在していることが推測できる。天皇発言を重大視しながら参拝賛成を表明する強固な天皇制靖国派は、24%×1/10=2,4%だ。天皇と無関係に参拝に賛成する純粋靖国派(?)は12%×32/100=3,84%となり、両者を合計した靖国原理派(?)が2,4%+3,84%=6,24%になる。それに対し反靖国・反天皇原理派(?)は、天皇発言を重視しない12%×35/100=4,2%となるが、果たしてこのような分析が成り立つだろうか。それにしても回答率57%ということは、43%の人が調査自体を拒否していることになる。これを無関心層とすればかなり危ない。天皇に関心を持たないで且つ答えない層は12%×33/100=3,96%であり、43%+3,96%=46,96%が無関心原理派(?)とみなされようか。おそらくこの層が選挙での棄権層と重なっていると推定される。つまり日本では、代議制民主主義そのものが機能マヒの崩壊状態にあることが分かる。(2006/7/24
10:43 8月11日追加))
[差別を考える前に]
NHKのBSドキュメンタリーで、インド・カースト制下で生き抜く若者の姿を取材しながら、カン・ソンジュと記者が語っていた。最下層の生活の惨めな暮らしからの脱出を求めて、必死に勉強しながら大学進学をめざす若者のまなざしはとっくに日本から失われたきらめくような真剣さがあふれている。この塾の経営者は、天才的な数学の能力でケンブリッジに入学を許されながら渡航費用がなくて断念した無念を次世代の若者の発掘に費やしている人であった。すし詰めの大教室で食い入るように黒板を見つめる若者は、自らの能力だけに賭けて未来を切りひらこうとする真剣さに満ちている。寄宿舎の部屋はまるでホームレスの雑居に近く、机がなく汚い簡易式ベッドの上でひたすら問題集を解いている。圧巻は雨がしたたる教室で、傘を差しながら授業を聴いている姿であり、彼らはそれが当然のように自然な姿勢で授業を受けていた。この塾に入学するにも40倍の倍率を突破したのであり、貧しい彼らにとっては勉強できること自体が天国のような充実感を覚えているのだ。彼らはインドのハイ・エリートが集うインド工科大学への入学をめざす。
インド政府は大学入試でアファーマテイブ・アクションを導入し、入学定員の50%を下層カーストに割り振っている。実力で入学する学生が80点で入学するとしたら、下層カースト出身の受験生は40点程度で合格できる。しかしこの塾の若者は、カースト枠での入学を忌避して、40人合格者のうちカースト枠で合格した者は2人に過ぎない。この新たなカースト枠入学制度に学生の猛反対が起き、とくに医学部の学生を中心にストライキが起きている。女子医学生はあっけらかんと、私たちはカーストなんか意識したことはない、学力低下で医療水準の低下が問題なのだ−とカメラに向かって主張していた。インド政府は、カースト差別克服の手法としてカースト枠を導入したと云っているが、単なる選挙目当てに過ぎないと非難していた。さらにインド政府は従来からある政府機関・国営企業の採用枠優遇措置(49,5%)を民間企業へ拡大する検討を始め、経済界は人材を制限し国際競争力を弱めると激しく反対している。
番組では、カースト差別を乗り越える可能性がIT社会の進展にあると解説していた。いわば数学的論理分析力という能力によって、下層カーストからストローのようにエリートの世界に上昇していくチャンスが開かれたのだという。私は、スッキリしないものを感じた。前近代的な身分差別に替えて近代的な能力差別が登場するのではないかと考えた。しかもこのチャンスに恵まれる低位カーストは天文学的な少数者であろうと。しかし、目を輝かせながら勉学に励む貧しい若者をみると、とてもそんなことを云うことはできない。あたかも明治期の福沢諭吉『学問のススメ』そのものの世界を現代インドに見た思いだ。明治期の若者は、士農工商の身分制を廃止して職業選択の自由を得て、自分の能力と努力だけで評価されるというチャンスに同じように目を輝かせた。彼らは明治の政官財の指導層に進出して故郷に錦を飾った。インドは厳然として強固な身分制度が存在し、それを突破する唯一の方法が学力であるという−その一点に希望を託す若者を批判する資格を誰が持つであろう。
日本でもかって同じような入学特別枠を求めるアファーマテイブ・アクション運動が、大阪を中心とする部落解放運動によって進められたが、何か日本では違うような気がする。部落差別の実態をよく知らない私が云う資格はないかも知れないが。日本の場合は、インドとは違う差別の多様で流動的な様相があり、一律・機械的な優先入学制度は逆に差別を固定化させていく効果をもたらすのではないだろうか。むしろ生活の基礎的な基盤から差別による格差を解消していくことのほうが重要ではないのだろうか。或いは学歴格差を制度的に禁止するような施策こそが求められるのではないだろうか。
もっと重要なことは、近代的な人権が一定制度的に浸透している日本では、前近代的な差別とともに現代的な非制度的な差別が蔓延しつつあることの方が問題ではないだろうか。その主要な結節点が能力主義幻想にあると思う。私も含めて「あの人は頭が良い」「あの人は○○大卒だ」という能力意識がからだに染みついている。非正規やフリーターやニートを見るまなざしにどうしてもこの能力主義の意識が介在する。或いは努力しないからだ−という自己責任を追及する意識におちいる。さらに恐いことには、自分自身がうまくゆかないのは自分のせいだと考えて自閉してしまう。仮採用期間の延長に対して、フランスの若者たちが大運動を起こして法案を葬ってしまったのに、日本の若者たちは声一つあげないのは、差別と格差を自分自身で受け入れているからではないだろうか。
自分の痛みに自閉して抗議しないのは、他者の痛みにも鈍感であるような気がする。1970年代に欧州でも日本でも、華々しい学生の大人社会に対する抗議運動が爆発して社会全体を揺るがせたが、日本と欧州の学生には決定的な違いがあった。欧州の学生が大人たちに対して、「お父さんはなぜ戦争に反対しなかったの?なぜユダヤ人への迫害を見て見ぬふりをしたの?」という加害責任を追及したのに対し、日本の学生は過去の罪責への追求をすることはほとんどなかった。日本の学生は、授業料を上げるな、大学運営に参加させよ−という運動に終始したように思う。私も含めて、強制労働や従軍慰安婦の罪責を追求する意識はなかったように思う。この差異が21世紀に入って、始末に負えないような課題として日本に降りかかってきているのではないだろうか。浸透する格差と差別の蔓延にほとんどジャステイスの直観が働かない現状の背景にあるのではないか。逆に欧州は、70年代の学生の告発によって社会全体が過去の罪責と向き合い、他者の痛みを共有できるコモンセンスが生活感覚となっていったように思える。
私がもっとも考えるのは、日本の企業や学校に成果主義(能力主義)評価がいともあっさりと浸透し制覇したのはなぜかということです。日本的集団主義(義理と人情)は、よかれあしかれ他人を蹴落として自分だけが勝ち残る−という考えを無意識のうちに軽蔑する感覚であったような気がしますが、いまや自己責任論によっていかに負け組にならないかで悪戦苦闘しているような感じです。確かに昔から勉強ができる者を無条件に評価する傾向はありましたが、それでも人を蹴落とすガリ勉は軽蔑されていたように思います。私も大学受験の時には、もし不合格になれば人生から脱落するという恐怖に襲われてひたすら勉強し、合格後はある種のエリート意識を持ちました。それを今でもほんとうに克服してはいません。但し欧州を見聞して、多様な個性を充分に楽しんで発揮しながら、他人の視線を気にせずに、互いを認め合って生きている文化を見ておのれの狭さを実感しました(欧州では階級文化が明確にあるということもありますが)。
いま日本で浸透しつつある「格差」という差別は、かっての身分というような粗野で暴力的な姿ではなく、「能力(努力)」というモダンな基準で人を垂直に分かつがゆえに、なかなかに克服するのはしんどいものです。しかしほんとうに能力のある人や努力する者は、ニンジンや見返りを期待してそうするでしょうか。むしろ称讃のまなざしによる相互承認こそ、自分への報酬として認めるのではないでしょうか。いわんや人を蹴落としてつかんだ栄光に何の誇りがあるだろうと思うのではないでしょうか。すると能力(努力)評価を貨幣価値のみに還元する現在のありかたは、ほんとうの能力者を含めて人間らしさを奪われているということになります。だとすれば、貨幣を至上とする価値社会のありかたを問い直し、相互の能力と努力をたたえ合いながら互いに精一杯個性的に生きる社会への転換こそが問われるでしょうし、能力主義評価の痛苦の負の体験を経て私たちは違う道へと進み出ることを私は信じたいと思います。(2006/7/19
22:05)
[カウボーイ外交は終焉したか?]
米誌『タイム』最新号の表題は「カウボーイ外交の終焉」となっています。同誌は、国際反テロ戦争を掲げてグローバルな覇権を求めるブッシュの先制攻撃戦略が完全に破綻し、取り返しのつかない大失態を演じているとして、世界は暴力と憎悪の応酬で泥沼に陥り、この3年数が月の世界史的意味は重いとする。大統領の側近さえも、イラク戦争で米政府への国民と世界の信頼はメチャメチャになり、「イラク戦争は完全に仕組まれた戦争」(米中央軍司令官)と批判し始めた。確かに、イラク占領下の凄惨な自爆テロの応酬やパレスチナの復讐戦は、もしブッシュがいなければ誘発されなかったいえるでしょう。
ブッシュの浅薄なパーソナリテイを赤裸々に示したのが、G8サミットの食事会で電源が入ったままのマイクに気づかないで、ブレア首相に話した言葉です。
「(ヒズボラを下品な言葉で非難し)、皮肉だよな。やつらの攻撃をやめさせるためにシリアに働きかけるなんて。アナンの提案はどうも気に入らねえ。彼の態度は停戦さえすれば何とかなるというものだろう。アサドに電話してなんとかしろとコフィ(アナン事務総長)に言いたいよ。こっちはイスラエルもレバノン政府も非難していないんだから」
さすがにブレア首相は紳士的に応対していましたが、内心はブッシュの低劣ぶりに呆れ果てていたのではないでしょうか。これが世界制覇をめざす帝国のトップに君臨している男の品性なのです。まるで西部劇映画に登場する悪漢の台詞です。おそらく青年期の麻薬常習で神経系の一部が破損しているのでしょう。このブッシュとフォークダンスを踊って仲良しぶりを示そうとした東アジアの首相の幼稚性にも驚かされますが。
ブッシュが北朝鮮とインドのミサイル発射に対して、日本政府と同じような強硬な態度をとらなかった理由は何でしょうか。彼は就任演説で、イラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と規定し、02年の「核態勢見直し」報告でイランへの先制核攻撃を明らかにし、イラクに次ぐ第2の標的をイランに定めました。第1段階は、イランと国境を接するパキスタン、トルコ、クウエート、バーレーン、カタール、オマーンに大量の米軍を駐留させ、アフガンとイラクを占領状態に置いて、イラン封じ込め体制を完成させました。そして第2段階に入って、すでに米特殊部隊がイラン国内で秘密作戦を展開しています。いま最後の第3段階を迎えつつあり、200発の核爆弾を所有するイスラエルをけしかけて戦端を開かせ、核開発を理由にイラン政権を倒す米軍侵攻という最終目的を実現しようとしています。いまブッシュにとって北朝鮮との第2戦線を開くことはできないのです。これが『真昼の決闘』を気取ったカウボーイの当面の世界覇権戦略なのですが、それは早くも破綻しつつあります。国連事務総長と腹心の部下であるはずの英国が国連軍のレバノン駐留で合意したり、国連総会がイスラエルとイランの核放棄による中東非核地帯構想を採択したからです。
問題は日本がブッシュの世界戦略に包摂されて三下ヤクザの役割を果たそうとしていることです。G8でゲスト招待の中国国家主席がただ一人会談しなかった人がいます。云うまでもなく小泉首相であり、彼はブッシュとフォークダンスをして終わっただけです。最近ではアジアの首脳で日本との会談を申し込んだり、訪日する者は皆無であり、日本は世界で(特にアジアで)惨めな孤立状態におちいっています。どうして日本はかくも醜いふるまいを演じるようになったのでしょうか。それは日本政府や政党、メデイアの中枢に多くのCIAエージェントが食い込んでいることです。米国務省は、ジョンソン政権下(1964−68年)の対日外交文書史料集『合衆国の外交(FRUS)』第29巻第2部を18日に刊行しました(機密解除期間30年経過)。そこには驚くべきことが記されています。複数の自民党幹部と野党内の穏健派を対象にしたCIAの秘密支援作戦(資金援助)が、50年代後半から64年まで存在したとしています。作戦は「米政府はCIAに対し、日本の政治に影響を与えるための秘密作戦4件を承認していた。主要な親米政治家への支援と、左派野党内から穏健派を分裂させることを目的とし」、65年以降は政治家への資金援助ではなく、共産主義の影響を排除するための社会・広報宣伝の秘密計画を68年まで続けたとしています。最初の1件は、アイゼンハワー政権が野党勢力が58年5月の衆院選挙で伸びることを警戒し、米国の日本政治への影響力を強めるために「受け取る側の候補者は、米国のビジネス界からの援助とだけ説明された」とし、主要政治家に対する「大きくない金額の資金援助」は60年代に入ってからの数回の選挙で実施され、他の1件はより親米的で「責任ある立場」の野党をを誕生させる、という期待感から59年に別の資金援助をアイゼンハワー政権がCIAに許可し、この援助額は60年に1年分で7万5千ドル(2700万円)と限定的だったという。マッカーサー駐日大使は「次の日本の総選挙に米国の死活的な利益が過かっちえる。選挙前に支援するのが可能な場合、選挙結果に影響を与えるように行動するのが最も重要だ」との秘密電報を国務省に送っている。64年に資金援助が停止されたのは、日本の政治状況が安定し、暴露された場合のリスクに見合わないとの判断からだ。米国の秘密情報機関であるCIAのマネーをポケットに入れて、米国の利益を日本で実現してきた恥ずべき売国奴であった日本人スパイは一体誰なのでしょうか?
ニューヨーク・タイムズ(94年10月)によれば、元駐日大使が米国務省に送った秘密書簡で、「岸(首相)の弟の佐藤栄作が共産主義者との戦いでわれわれに財政援助をせがんでいる」と述べ、岸首相も「安保条約の改定に成功したとしてもさらに憲法を変えなければならない。国会を解散し憲法を改定し共産党を非合法化するすrしかない」として資金援助を要請していますが、50年代後半以降の日本現代史の各分野をひもとけば、明らかに反共思想をばらまきながら、政党を分裂させたり(民社党?)、雑誌を発行したりしてきた人物を思いうかべることができます。明らかに米国はカネで日本の主権を侵害し、国内ではカネをもらって国家主権を売った売国奴がいたのです。この史料集は30年の機密解除期間に限定されていますが、それ以降から現在に至るCIAの秘密工作が日本で営々と展開されてきたことも確かでしょう。この恐らくはフルブライト留学生を中心とするCIAのエージェントたちが、各界に触手を伸ばしもはや否定しがたい地歩を占めているのではないでしょうか。カウボーイが登場してから、それに従う忠犬ポチ公が急に増えて、ワンワンとやかましく吼えたてているような気がします。この闇の部分を白日の下にさらけだして、戦後日本現代史の教科書を正しく記述しなければ、日本の未来はないでしょう。カウボーイ外交は少なくとも日本では現象的に勝利を収めつつあります。以上・朝日新聞7月19日朝夕刊参照。未完。(2006/7/19
13:15)
(追記)
米国務省公表『合衆国の外交』は140点の機密文書を収録している。外交文書編集委員会が公表用文書原案を作成し、米政府首脳が最終決定して公刊するが、この過程で非公表として削除された文書が多数存在する。ジョンソン政権時の西欧編では原案349文書のうち3文書が全面削除され(削除率0,8%)、中南米編では2,2%が削除されているに過ぎないが、日本編は140文書中18文書が削除されている(削除率13%)。削除された日本文書には米軍の日本への核兵器配置関連文書と対日諜報活動文書の全文が含まれている。明らかに非核三原則を審判する米軍核兵器の日本持ち込みと、CIAを中心とする汚いスパイ活動の記録が隠蔽している。しかも全35巻中日本編は34番目で、日本編の編纂を意図的に遅らせている。最後編は独立直後の初代コンゴ大統領・ルムンバ暗殺への大統領指示文書である。戦後日本史におけるCIAによる攪乱活動と日本側のスパイ協力の実相は闇に閉ざされたままとなっている。(2006/7/31
8:24)
[三下ヤクザのプードル犬は、弱い者ほど目をつける]
北朝鮮ミサイル発射に対する日本の態度は常軌を逸したファナテックな様相を呈しています。私は、平和共存をめざす東アジア共同体の方向に逆行する北朝鮮のミサイル実験を認めませんが、それにしてもナチス突撃隊のような攻撃を加える日本政府の感覚は、意識的に外部に敵を作って集中攻撃を加えて大衆の支持を集めるヒトラーの手法に酷似していると思います。英紙タイムズ(7月6日)は日本の異常を批判して次のように述べています。
「東京の首相官邸に設置された非常事態タスクフォースは、右往左往して危機と恐怖を訴えているが、主権国家がミサイル実験をすることは当然だ。世界の軍隊がルーテインでやっている軍事演習をあんなに激怒するのはどうしてだろうか*。北朝鮮は破局的な危機を経て和解の一歩手前まできていたが、ブッシュ当選によって終焉を迎えた。ブッシュは02年の就任演説でイラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と決めつけて、実際にフセインが崩壊させられる事態を北朝鮮は目のあたりにした。次いで米国はドル紙幣偽造を理由にマカオ銀行の北朝鮮口座を閉鎖した。しかし経済が破綻しつつある国に経済制裁をおこなう意味はない」
*確かに北朝鮮のミサイル発射直後に、インドも同じ長距離ミサイル発射実験をおこないましたが、全世界で一カ国もインドに抗議した国はありません(筆者注)
信じがたいことに日本政府は、「やられるまえにやれ」という先制攻撃論による全面戦争を主張し始めました。この国連憲章にすら違反する主張を公然と述べてはばからない状況が蔓延し始めています。この主張は、侵略能力を持つ他国攻撃型兵器を日本が装備して威嚇による支配力を構築したいという極右の願いが背後にあり、それは「北朝鮮のミサイル発射は日本へのおおきなプレゼント」と言ったところにあらわれています。この論理は究極的には日本の核武装を想定しています。米中核戦略によるアジア支配という時代錯誤的な戦争の論理を選択しつつあり、その絶好のターゲットとしてもっとも脆弱な北朝鮮を集中攻撃の対象としています。
なにかいま、日本は危なかしい後戻りできない決定的な一線を越えていっているような気がします。後から振り返ると、あの時が取り返しのつかない分岐点であったというような瞬間を私たちは目にしているのではないでしょうか。なぜこのようなおかしな国に転落しつつあるのでしょうか、私なりに考えてみたいと思います。
第1に、日本の中枢は平和で持続可能な21世紀アジアのあり方を構想する能力がありません。ジャパン・アズ・ナンバーワンの過去の幻影から脱皮できず、台頭する中国・韓国と衰退する日本を対立的にとらえ、最強の米帝国のジュニア・パートナーの地位に甘んじてアジアの支配力を維持しようとする、成算のない袋小路に嵌りこんでいます。世界でもっとも嫌われている米国に媚びへつらう忠犬ポチ公として軽蔑と嘲笑を浴びる道を選んでいます。
第2は、日本国内が市場原理モデルで痛んでしまい、希望を失った瓦解状態にあります。他人を蹴落とさなければ生きていけない惨憺たる状況に陥り、3万人を超える自殺大国となり、もはや子どもを産むことが恐くなって劇的に出生率が低下し、人口が統計的にゼロになる時代が近づいています。老人たちがミイラと化して孤独死していく事態が広がっています。TVでお笑いと料理番組が増えるのは、背後に不安とルサンチマンが沈殿しているからであり、おとなしい日本人が「血の日曜日事件」をいつ起こしても不思議ではない状態にあります。こうしたトラウマとルサンチマンを発散させるもっとも効果的な方法が、国外に敵をつくって憎悪を集中させるやり方です。クラウゼヴィッツは「対内的危機を対外的危機に転化せよ」(『戦争論』)と言いましたが、未来構想力を失って行きづまった政権が誘惑される最悪の手段です。
第3は、抑圧の移譲による弱者の発見と攻撃に陥りやすい日本の集団文化の陥穽があります。独自の主張や個性を毛嫌いし異端を排除する構造は、イジメ件数が世界で最も多い日本を生んでいます。それを同心円的に拡大すると、異民族イジメの感性です。脱亜入欧の福沢史観以来、日本は欧米白色文化に劣等意識をもって媚びへつらい、同じ黄色アジアを軽蔑するという非対称性が根強く培われてきました。その絶好のターゲットとして、かってもいまも朝鮮民族が選ばれています。
第4は、残念ながら現在の政府中枢を慶応大学出身者が実権を握っていることです。慶応出身者をひとしなみに批判するつもりはありませんが、同大学は福沢創立の本質を連綿として継承し、日本の奇形的な近代化を主導してきました。慶応学派にある社会的共同の思想を欠落させた狭隘で短絡的な学的伝統は、日本で最も早くシカゴ学派の市場原理主義を輸入し、その走狗となってきました。しかもこの大学は、OB優先推薦入学制度を維持して伝統の拡大再生産に努めてきました。
さて異常な北朝鮮先制攻撃論の背後にある日本的条件を考えてきましたが、国連制裁決議を経てどのような事態が進展するでしょうか。日本は世界の先頭を切って北朝鮮制裁に踏み切り、北朝鮮政府員の訪日禁止と万景峰号の6ヶ月入港禁止に加えて平壌への送金停止を発表しました。次いで国内の財産差し押さえに進むかどうかは不明ですが、官民挙げての制裁バッシングの嵐が巻き起こる可能性があります。すでに、北朝鮮の一般貨客船の荷揚げを拒否する港湾業者が続出し、民間貿易が実質的に遮断され、極右都知事から始まって朝鮮総連施設への課税優遇措置が撤回されています。
しかしもっとも恐ろしいことは、子どもたちへのバッシングが始まっていることです。在日本朝鮮人教職員同盟によれば、ミサイルが発射された5日から13日迄の9日間に朝鮮学校の児童と生徒に対する暴行や嫌がらせが112件に達しました。暴行は4件で、立川市の西東京第1初中級学校の中級部2年男子生徒が電車内で男に胸ぐらを掴まれて暴行を受け、愛知県豊明市の愛知朝鮮中高級学校の中級部2年男子生徒が、男に「朝鮮人死ね」と言われて殴られました。「ミサイル飛ばすな」「高校生を5人殺す」という学校への脅迫電話が25件、「火炎瓶を投げる」などの脅迫電話が9件、無言電話が55件に達しています。学校は、集団下校や教職員の警戒活動、私服登校を指導していますが、何とも痛ましい事態です。日本の一部にある歪んだルサンチマンを無垢で無抵抗の子どもたちに向けるというもっとも卑劣で卑怯な行為が誘発されています。日本政府の先制攻撃論が許されれば、朝鮮学校の子どもたちが先制攻撃する正当防衛権を行使することになり、凄惨な暴力のスパイラルの地獄となっても決して不思議ではありません。
これから日本国内では、在日朝鮮人に対するテロ防止を名目とする国民生活保護法による市民を動員した監視活動が強化されるでしょう。昨日のTVでは、北朝鮮ミサイルを日本の標的に誘導する電波発信装置を日本の主要施設にセットする工作員の姿を報道していましたが、もう事態はここまできているのかと戦慄を覚えました。日本のメデイアも政府の先制攻撃論に煽動されて、大本営発表のような謀略報道を平気でおこなうまでに頽廃しています。私は幾人かの朝鮮・韓国人の友人がいますが、彼らの胸中を思うと忸怩たる哀しみが込みあげてきます。国中に蔓延するファナテックなバッシングの光景は、ナチス突撃隊のユダヤ人迫害を想起させます。ナチス突撃隊は、ユダヤ人の住宅へ深夜秘かにダヴィデの星のマークを書き殴り、次いでユダヤ人の商店を打ち壊し始め、さらにユダヤ人を襲撃する「水晶の夜」という蛮行を加えました。非ユダヤ系ドイツ人市民は、この愚かしい行為をカーテンの影から見て見ぬふりをして我が身の安全を守りました。もし蛮行を非難すれば、自分自身が殺される恐怖感に襲われたからです(クラウス・コルドン『ベルリン1933』参照)。
いずれにしろ日本は、抜き差しならないある選択の時点に接近しています。すべての市民がジャステイスの側に立つのか、それとも見て見ぬふりをするのか、それぞれがいやおうなく問われる選択の瞬間です。迫害を加える側に立つのかどうか、試練の時の乗り越えていく曇りなきまなざしとほんの少しの勇気が試されます。60数年前に私たちの父祖は、この選択に失敗し大きな痛手を受け2度とは繰り返すまいと誓いましたが、また歴史は繰り返されるのでしょうか。一度目は悲劇として、二度目は喜劇としてではなく、二度目はさらなる悲劇として。(2006/7/17
11:21)
[ジネデイーヌ・ジダンは、誰に向かって頭突きを加えたのか]
サッカーW杯決勝でイタリア選手に頭突きを加えて退場となったフランス代表主将ジダン選手の行為は、何を意味するのだろうか。最初に報道から事実の確認をしてみよう。
「とても個人的なことだ。母と姉を傷つける酷い言葉が繰り返された。1度耳にしただけなら、その場を離れようとするだろうし、私もそうした。1度や2度ならともなく、、3度になると我慢できなかった。言葉はしばしば、(暴力)行為よりきつい。それは、私をもっとも深く傷つける言葉だった。20億人、30億人が見守るなかでの私の行為は赦されないもので、特にTVを観ていた子どもたちに謝りたい。しかし後悔はしていない。後悔すれば彼の言葉を認めることになるから。私はFIFAの調査に協力する。挑発がなければ反発はあり得ない。ほんとうに悪い方を罰すべきだ。悪いのは挑発した方だ。W杯決勝の、しかもサッカー人生の終了10分前に面白半分であんな行為をすると思いますか。反移民を掲げるイタリア政党の幹部(上院副議長)が『イタリア代表が黒人とイスラム教徒、共産主義者で構成されているフランスを負かした』と発言しているが、私の行為よりも悪質ではないか」
「お前が売春婦テロリストのせがれであることはみんなが知っているぜ−とマテラッテイが言ったのは事実か」
「(少しためらいを見せながら)そうだ」(以上は仏TV局との12日インタビューから)
「決勝前に、マテラッテイ選手はジダン選手にユニフォームを譲って欲しいと頼み、OKの返事をもらった。延長戦の途中、マテラッテイ選手が体を押すのでジダン選手は不満を口にした。それに対して失礼な発言をされたジダン選手がジョークで終わらせようとし、『シャツをやると云っただろう。でも、試合の後だよ』と言った。マテラッテイ選手は『試合後、あんたの姉をよこせ』と言った」(伊紙レプブリカ 12日付け)
「シラク大統領とアルジェリア大統領に発言をお詫びしたい。マテラッテイは『お前の姉は売春婦で、汚いアラブ人でテロリストだ』と言った」(伊コシガ元大統領 12日)
「お前はアルキの息子だ」(ジダンの従兄弟の証言 *アルキはアルジェリア独立戦争で仏軍側で戦ったアルジェリア人)
「私はジダンに人種差別、宗教、政治に関することは何も言っていない。彼はずっと伝説的な人だ。とてもあこがれている。ジダンの母親についても何も言っていない。私は15歳の時に自分の母を亡くしており、いまだに母について話すことほどつらいものはない」(伊ガゼッタ・デロ・スポルト紙電子版 12日付け)
両者の主張は真っ向から食い違っていますが、FIFAの調査でより真実が明らかになるでしょう。問題はW杯ドイツ大会のテーマが反人種差別であり、こうした差別的挑発行為が日常的にピッチで常態化していることです。特に黒人選手やアラブ系移民選手への誹謗と中傷は、サポーターを含めて目を覆わしめるものがあります。足を引っかけたり、ひじ打ちをしたり、わざと侮辱発言をして退場に追い込むアンフェアーな選手の行為が充満しています。今回のW杯は史上最多の退場者と警告者を出して終わりました。ドイツ大会の各会場には、反人種差別のプレートが設置され、試合前に両国選手は観客に反人種差別のメッセージを述べました。ジダンも堂々と反人種差別の呼びかけをおこないましたが、しかしドイツ大会のめざした理念は哀しいことに壊されてしまったのです。
なぜサッカーというスポーツは、こうした劇的なパフォーマンスを生むのでしょうか。サッカーは、たった1個のボールで集団競技ができるもっとも簡素で民衆的なスポーツです。しかも観客動員数は最も多く、興行的にプロスポーツとして華やかに成り立っています。高価な競技道具を必要とせず、まさに自らの努力と才能だけで栄光を得るチャンスがありますから、特に途上国では多くの若者が貧困からの脱出を求めて参入します。しかも国別対抗戦は、民族や国家の威信と名誉を賭けた対決という様相を帯び、民族の連帯感や愛国心をもっとも昂揚させ、スタジアムは異様な興奮状態となって、互いに原始的な闘争本能を剥き出しにして選手もサポーターもファナテックな感情を爆発させます。だから良い意味でも悪い意味でも、民衆の心性がストレートに表出され、目を潤ませるような感動的なフェアープレーと交流が生まれるとともに、人間の汚い醜い部分も赤裸々に流出させます。ヒトラーはアーリア至上主義の発揚として、サッカーを最大限に利用し、ドイツ民族精神の結集体として動員しましたが、ドイツ・チームが敗戦を重ねると見向きもしませんでした。こうした政治への「包摂」とともに、民衆のなかにある差別や偏見の潜在意識が爆発的に顕在化します。
さらに現代では市場原理の勝利至上主義が蔓延するのと並行して、サッカー文化の抱える負の側面がより表に出るようになりました。特に欧州では、多くの人種や民族が混在し、侵略や内戦と紛争が日常茶飯事であり、戦後の移民の増加によって複雑な社会関係が日常生活に入り組んでいます。日常に沈殿しているトラウマとルサンチマンの絶好の発散場所と化していく潜在的な条件があります。この典型が破壊的な暴動を起こす極右スキンヘッドのフーリガンたちであり、彼らは社会の底辺層を構成する非正規労働者や失業者によって占められています。
さてジダンは「移民社会の星」として、アラブ系移民にとっての希望の象徴であり、同時に貧しい白人層からみれば自らの生存を脅かす移民の象徴として憎悪の対象であり、「ジダン」はもはや欧州社会の抱える人種・民族・移民問題の象徴的な存在なのです。特に有色人種と移民排斥を声高に主張する極右の台頭は、ジダンを絶好のターゲットとし、彼に対するフーリガンたちの攻撃は限界に達していました。ジダンは、ひょっとしたらチームの勝利を犠牲にしてでも、抗議しなければならない使命感を持った確信犯ではなかったでしょうか。「やられたらやり返せ」という暴力の連鎖は絶対に許されませんが、彼の行為の背後にある欧州社会の問題そのものにメスを入れなければ、第2,第3のジダンが出ることになるでしょう。
さて日本は対岸の火事として評論できるでしょうか。実は欧州プロリーグで活躍する日本人選手も、黄色の有色人種として激しい罵声を浴びながらプレーしていますが、逆に日本は韓国や北朝鮮の選手に汚い罵声を浴びせています。野球の第1回W杯で敗北した日本チームのイチロー選手の対韓国チームへの発言(無意識であれ)は、韓国内で激しい怒りを誘発しました。なにしろかって、韓国を植民地にした日本の支配当局は、韓国の国花である無窮花(永遠の花)を独立運動のシンボルとして、朝鮮全土の無窮花を根絶やしにしようと引き抜いてまわった国だ。ジダンの頭突きは、差別と偏見によって侵された尊厳を守ろうとする激しい憤怒に満ちた抗議であったのでないでしょうか。彼は欧州社会の持つ問題の根元へ頭突きを加えたのです。元イタリア大統領が、一サッカー選手の行為を、相手国の大統領に謝罪するということが、それを示しています。ジダンもマテラッテイは、実は私自身でありあなた自身であり、全世界なのです。退場処分を受けてピッチを去っていくジダンの後ろ姿は、肩を落としてなにか寂しげで哀しいものでした。差別や偏見は、被害者も加害者をも深く傷つけてしまうのです。しかし無窮花は大地から引き抜かれても、なお可憐に心のなかで枯れることはなかったのです、永遠に。(この項未完)。(2006/7/14
10:43)
[時代閉塞の現状と忍びよる極右の足音−いま米軍は極右ネオナチの訓練所と化している]
時代が行きづまって生活苦が襲い、人生設計に希望が失われていくなかで、抑圧されたトラウマがルサンチマンとなって噴出し、一部に激烈なパッションに身を委ねて、異端的弱者に攻撃を集中して不安を解消するムーブメントに熱狂する人々が出現する。彼らの拠り所は、「血と土」つまり民族と愛国のシンボルによる他者排斥であり、旗が翻りラッパが鳴ると、考えることをやめてしまい踊り狂うように前進する。坩堝のように煮えたぎる集団の熱狂の渦中に身を置けば、心が溶け出すように集団との一体的酩酊感がしみわたり、冷静な理性的思考は簡単にリセットされる。すでに人類は20世紀前半に、イタリアの黒シャツ隊やナチス突撃隊からはじまって、未曾有の悲惨を体験したが、ファッシズムの持つ妖しい心理的魅力は連綿として底流に流れ(映画『愛の嵐』を見よ)、時代の危機の局面でモグラのように息を吹き返す。
国全体がW杯サッカーで沸き立つドイツで、衝撃的な示威運動が起こった。東エルベ祖国聯合と称するネオ・ナチ極右グループが、ザクセン・アンハルト州プレッツエン村で、約100人が参加する集会を開き、米国旗を燃やし、禁止されているナチス讃歌を合唱するなかで、20歳代の男3人が、「アンネを火あぶりの刑に処す」と叫びながら、『アンネの日記』に火をつけて燃やした。高原直泰選手が所属するユダヤ人選手が多いアイントラハト・フランクフルトでは、ユースチームが「ユダヤ少年」と罵声を浴び、リーグ4部のザクセン・ライプチッヒの黒人選手が、極右サポーターから唾を吐きかけられ、猿の鳴き真似をされるという侮辱を受けた。巷では外国人襲撃事件が連続して起きている。これらの事件は、経済が停滞して失業率が高い旧東ドイツ地域で頻発している。旧社会主義の抑圧と西ドイツ統合への希望を裏切られたルサンチマンが、外国人とユダヤ人に攻撃を集中するネオナチの心情へとなだれ込んでいる。ドイツ政府当局は毅然としてネオナチに対処し、焚書事件の3人は人種的憎悪を煽る容疑で拘留され、サポーターは競技場への入場を禁止された。ここが日本との大きな違いだ。日本では、人種的・民族的憎悪を煽る行為は犯罪ではないから、北朝鮮のミサイル発車を契機とした民族学校の子どもたちへの脅迫と暴力が野放し状態になっている。見て見ぬふりをしている日本がある。
イラク戦争の長期化で新兵不足に悩む米軍は、ついに極右グループの若者を受け入れ始めた。1995年に陸軍入隊中に極右思想に感化された兵士が、オクラホマシテイの連邦ビルを爆破してから、国防総省は米軍からネオナチを排除する方針を決めたが、最近ではイラク派兵の兵士不足に悩む新兵募集担当者や基地司令官が、ネオナチの入隊を傍観するようになった。ワシントン州フォートルイス陸軍基地の国防総省担当官は、05年に320人を極右組織構成員と認定したが、除隊処分は2人のみにとどまった。極右兵士たちは、陸軍グリーンベレーや海軍SEALなどの特殊部隊を志望し、市街地戦闘や広範囲の偵察活動、爆破などのコマンド(奇襲)訓練を受けて軍事技術をマスターし、イラクでの残虐行為をおこなっている。除隊した彼らは、市民生活に復帰して極右破壊活動を活発化させている。バグダッドでは、アーリアンネーションズ(ネオナチ系極右組織)の落書きが街にある。市場競争原理主義の下で、行き場を失ったアメリカ人青年が極右の基盤となっている。以上・米国NPO「南部貧困法律センター」報告参照。
(補足)米国防総省は新兵募集目標達成のために適性試験の基準を大幅に下げている。英語・数学の99点満点の試験で、15点から30点の入隊者が4%に増大し(今までは2%におさえた)、英語を使えない若者の入隊を促進している。この結果、04年では新入隊者の13%が中南米系で、さらに今年最初の4ヶ月で軽犯罪経歴や薬物中毒依存症のものが15,5%に上っている。市民社会でドロップアウトした資質が軍隊で歓迎され、攻撃的性格の若者が海兵隊の下士官として歓迎されている。以上・サンフランシスコ・クロニクル(11日付け)。
日本の特異性は、大音響をたてて街を宣伝カーで走り回る街頭の行動右翼ではなく、政府などの上層権力の中枢が極右によって占められつつあることだ。欧州で言えば、ヒトラーやムソリーニを慰霊する施設を日本の首相が鎮魂に訪れ、学校では君が代を歌わない教師が処分され、公務員の市民的政治活動が公安警察の監視と刑罰の対象となっているように、デモクラシーを擁護すべき政府が上から市民に極右思想を強制するという−驚くべき歪んだ実態を呈している。北朝鮮のミサイル発射が絶好の根拠となって、国中に戦争前夜のようなファナテックな雰囲気がただよってきた。TV番組では、公然と北朝鮮への軍事攻撃を求めて、「MDでは全部のミサイルを撃ち落とせないから、ほんとうに日本を守るなら、敵のミサイル基地そのものを破壊するしかない。これは専守防衛に反しない」(枝野民主党憲法調査会長)とか、「明らかに相手に攻撃の意志がある場合には、その基地を叩くことは自衛権の範囲内だ」(世耕自民党参院議員)など、先制攻撃による戦争を平然と主張し始めた。
構造改革と規制緩和、成果主義賃金で壊れてしまった日本は、3万人を越える自殺者をうみ、もはや子どもを産むのが恐くて出生率が1.25を割って、国の存続自体が危うくなっている。底知れぬ不安社会が生み出すトラウマとルサンチマンは、出口を求めてマグマのように沈殿し、その発火点は限界に近づきつつある。日本のファッシズムが、欧州型の下からの民衆運動ではなく、政府・軍部主導の上からの運動として組織されてきた歴史が、またも繰り返されようとしているかに見える。幻想的な期待を一身に担う強力なリーダーを求めて、彷徨う心理が醸成されている。こうした対内的危機を対外的危機に転化して突破するという支配の論理は、国民的な不安心理を結集しやすい。北朝鮮のミサイル発射のほんとうの怖さは、外部の敵に不安を集中して攻撃することにより、国内システムを極右が掌握する衆愚制ファッシズムが出現することだ。大勢順応の状況追随主義が全線を覆い、理性の光が少数派として孤立し、雪崩を打ってファッシズムが多数を制する可能性がないとはいえない。
たしかに忍びよるファッシズムの軍靴の音がじょじょにひびいてきている。その音を聞き分けて判別するのはそう簡単ではない。外部には威嚇を、内部には微笑を持って近づいてくるからだ。威勢のよさと単純で分かりやすいメッセージ、断固として言い切るパフォーマンスは、大衆心理を掴む。しかし結果の悲惨と残酷さを体験すれば、パンとサーカスの虚妄であったことが暴露される。ライオンヘアーの改革煽動は、選挙の絶対多数を制したが、その後に目にしたのは荒涼として痛みきった国の姿だ。こんなはずではなかった!と悔やんでも、まだ取り返しのつく範囲内にある。東アジアがイラクの惨状の二の舞になる前に、くい止めるムーブメントが台頭する可能性がもう一つの選択肢として確かにある。このサイトにアクセスしていただいた11万人を越える方々の想像力と選択力をわたしは疑わない。(2006/6/9
11:37)
[自立した個と組織のネットワークの問題−W杯サッカーの惨敗を受けて]
結論的に云うと日本代表の惨敗の主要な要因は、選手の自主判断で戦う自立した個の未成熟にあった。体力差を克服する組織プレー重視の限界を突破する個人的力量が育たないままに、個人プレー重視の戦術を採用したからである。これは日本のすべてのチームスポーツに共通する課題であり、ラグビー日本代表は太平洋5カ国対抗で4戦全敗の大敗を喫し、フットボール日本代表も同じ状況に陥っている。
では成熟すべき個人的力量とは何だろうか。後半に入っても当たり負けしない走れる体力、高水準の個人技、諦めない強靱な闘争精神、そして全体を見る広く鋭い状況判断力である。それらを備えた選手が、司令塔によって有機的にネットワークをつくって組織として動かなければ、勝利は実現されない。選手の個人力量に依存するブラジルサッカーと、監督の意のままに操られてきた旧日本サッカーの両極を統合しなければ、世界レベルでの勝利はない。その意味ではドイツ大会は過渡期における失敗であったと言えよう。
日本選手の個人力量が育たない要因は何だろうか。云うまでもなく連綿として形成されてきた日本型集団主義文化が、牢固としてスポーツ界を呪縛してきたからである。少年期に指導者は、型にはめた目前の勝利にこだわる組織プレーの習熟を強制し、前頭野聯合の判断を停止させる猛練習を課し、従順な絶対服従を美徳とする指導者専制によって隷従的な姿勢を醸成してきた。選手も成長するに従って、組織幻想が強まり、自己犠牲の美しさに惑わされる。こうした環境では、個人のリスクを張った冒険的な決断力は育たない。できるだけミスを避け、自分を際だたせない態度が常習化して、果敢なプレーを忌避し、時にはシュートを打つことすら目立つとしてパスに依存する風土をつくった。個人と組織の高い次元での融合が要求されるサッカーでは、他のスポーツに較べて比較的早く、、既成の集団スポーツ文化から脱却する個人が現れてはいるが、世界水準から見ればその差は歴然としている。
前近代性がもっとも強く残っている相撲界を見れば、日本のスポーツ文化の異常性が際だつ。相撲選手の自主組織である力士会は、ほんらいは力士の意見や要望を集約し、協会に反映させる場であるが、実態は「土俵に水をまいて滑らないようにして欲しい」程度の要望しか提出していない。横綱朝青龍が、モンゴル巡業を求めて署名活動をおこなったところ、北の湖理事長がストップをかけて叱責した。力士たちは、目立ったことをすると圧力があるので要求を出すこと自体を恐れている。力士会が組織的に要望を出したのは、大鵬会長の時に部屋別総当たり制導入反対の嘆願書を出し、理事会が拒否した時だけだ。部屋制度のもとで、力士は親方や兄弟子に絶対服従を強いられ、挨拶しないだけで殴られたり、言いたいことがあるなら強くなれ−と言われて萎縮してしまう。外国人力士が増えて国際化への転換期にある相撲界の組織文化は、旧態依然とした前近代性をひきずっている。
しかし問題は個を抑圧する前近代的組織文化が、モダンなはずの日本社会の隅々に浸透しつつあることだ。ほんらいは個人能力の発揮をめざした成果主義賃金制は、常に上司の顔色を窺う社員を増やし、企業組織のチームとしての連携を壊し、結果的に欠陥製品を供給して恥じないモラルハザードを生み出している。学校では、会議での採決が禁止され、意見表明の機会すら自主規制されるようになった。社会の全線にわたって監視活動が強化され、異論を言う目立つ人や違った人を取り締まり、市民が市民を監視する恐るべき監視社会となって、すでに日本では子どもを産むことすら恐くなった社会が現出している。今やカネと権力がある一部の人のみに、自由な自己表現が赦され、大多数は沈黙を強いられて、その日その日をかろうじて生きているに過ぎない。こうした社会システムの中で、多様な個性が豊かに育つはずがない。W杯ドイツ大会は、こうした現代日本社会の全貌をさらけだして終わったのである。(2006/7/8
9:45)
[アラビアン・ナイトの街を荒廃の泥沼に陥れたのは誰か]
アラビアン・ナイトは、死を覚悟した王妃が身を挺して狂気の王を諫めるために、毎夜物語を語り、その物語がついえた時に殺害されるアラブ世界最高の国民文学だ。そこには、アリババや船乗りシンドバッドなどの胸躍るようなワクワクするストリーが繰り広げられる。妻に裏切られた王は、新妻との初夜を終えると翌朝にその妻を殺害することを繰り返す。千夜一夜の物語の面白さに引き入れられた王は、物語の終焉まで殺害を延期する。千夜一夜の最後の物語は、その王の不幸を描く内容で、深くこころを打たれた王は、自らの罪を恥じて懺悔する。
しかし現代の王は、バグダッドではなくワシントンのホワイトハウスに君臨し、自分を裏切る者はいないかと偵察衛星を飛ばして世界を監視している。先日は、東アジアのある国が自らに挑戦するかのようにミサイルを発射して脅迫に出たので、彼の胸は怒りに震えている。その前には、公然と反抗するバグダッドの王を急襲し、わずか数日間で征服して逮捕し、自分に忠実な部下を王座につけたが、当初の狙いは完全にはずれて治安は悪化の泥沼をたどっている。残念ながらワシントンの王に、身を挺して諫言する部下は一人もいないばかりか、東アジアのライオンヘアーと呼ばれる部下は、「ラブミーテンダー」と媚びへつらい失笑を買っているありさまだ。
アラビアン・ナイトの首都はこうして惨憺たる暴力の地獄となってしまた。ワシントンの王にひれ伏す買弁政府と抵抗勢力の武闘や、宗派間の近親憎悪が暴力のスパイラルを招き、際限なくエスカレートする無法地帯と化した。首都での6月の他殺体は2775体、首都中央遺体安置所の6月登録他殺体は、市内3病院を含めて2418体であり、5月の1398体を大幅に上回った。デヤラ州では357体が収容され、うち42体は頭部が切断され、他は両眼を潰される拷問を受けていた。遺体が100体を超す日は、バグダッドだけで12日にのぼり、デイアラ州では1日最高235体に達する。しかしこれらは政府発表であり、6月28日では全土で死者9人と伝えられたが、実際の他殺体は99体であった。さらに殺害を上回る拉致が頻発し、21日の中部タジでは64人の工場労働者が拉致され、うちシーア派の11人が殺害された。バグダッドの川には、毎日遺体が流れ、民間人ボランテイアが収容している。
輝かしいアラビアン・ナイトの聖地は、いまや血なまぐさい殺し合いの修羅となって、この世の終わりの惨状を呈している。奇跡的な和解が達成されたとしても、沈積するルサンチマンとトラウマの修復は、おそらく数世代を要するであろう。東アジアのライオンヘアーの国は、石油さえ入手できればよいとして、こうした修羅場には何の関心も持たず、ただひたすらワシントンの王に忠誠を尽くし、大衆歌謡の歌手の邸宅で王と一緒にダンスを楽しんでいる。身を賭して千夜一夜物語を語る現代の王妃はいない。これがいまあなたが生きている世界だ。(2006/7/6
9:24)
(補足)9日にバグダッド西部でシーア派とみられる武装集団がスンニ派市民を無差別に射殺する事件があり、50遺体が収容された。この日のイラク全土の死者は90人に上った。ジハード地区では、警官の制服を着た男たちが、検問を偽装して停車させ、身分証を確認し、スンニ派特有の名前を見つけると拘束し、目隠しした上で路上で殺害した。(2006/7/10)
[「お帰りなさい、アメリカへ」「ラブミーテンダー(やさしく愛して)」]
これは日米首脳間のプレスリーのヒット曲による会話ですが、記者会見場では冷笑が起こったようです。なぜならプレスリーは、米国では麻薬中毒で身を滅ぼしたもっとも軽蔑される大衆歌謡の象徴であるからです。私は日本の首相のふるまいをみていると、かっての李承晩韓国大統領を思いおこします。李氏は米国の操り人形として戦後初の韓国大統領となり、軍事統帥権を米軍に売り渡し、朝鮮半島の分裂をもたらして国土を荒廃させました。米国に媚びへつらいながらひたすら反共の血の雨を降らせました。李承晩の場合は、それでも民族の生存を賭けた奴隷になっても生きようという追いつめられた者の切迫感がありますが、日本の首相の媚びへつらいは無知故の視野狭窄と喪ってしまった矜持への哀れな無自覚があります。これでは米軍の攻撃を受けて亡くなった300万人の「英霊」たちの魂は裏切られた思いで歯ぎしりしているでしょう。
日本の首相は、「アイ・ウオント・ユー、アイ・ニード・ユー、アイ・ラブ・ユー 何があってもあなたの味方よ、あなたがでかけていく地球のどこにでも付いていくわ、だからラブミーテンダー」とまるで娼婦のように感涙にむせび、主人は「すばらしいぞ君は、君の(娼婦の)仕事ぶりは称賛に値する。いつまでも私とともにイラクにいてくれ。私の許可があるまで空自を引き上げてはいかんよ。君と私は世界史上例のない愛情で満ちているんだ」と優しく娼婦を抱きしめているーといった構図でしょうか。こんなおふざけ調の軽いノリで、21世紀の国際システムが語られているとすれば、日米両国市民の運命は痛ましい。その約束は、日本国憲法体制へのクーデター宣言に等しいシビアーな問題を含んでいるからです。日本の首相はさらにテネシー州メンフィスにあるプレスリー邸にでかけて、猿まねの踊りを演じて軽蔑と嘲笑をあびました。米保守派メデイアのワシントン・ポストすら日本の首相を愚か者と揶揄しています。
If Wise men say only fools rush in, then
on this day,at least,President Bush heeded
the wise men(もし賢者が、愚か者のみがことを急ぐと言うなら、この日は少なくともブッシュ大統領は賢者の言うことに耳を傾けていた)
この記事はプレスリーのヒット曲「Can't Help
Falling In Love(愛さずにはいられない)の冒頭をもじった引用ですが、要するに「コイズミはしぐ昂奮する愚か者だが、ブッシュは冷静だった」と日本の首相を嘲笑っていますが、日本の首相のパフォーマンスがいかに低劣なものであるかを全世界に曝しています。私は、あの猿のような顔をした、もと麻薬中毒患者であった米国大統領が賢明だとは露ほども思いませんが、所詮2人は同じ穴の狢なのです。
米国の大統領は1週間前のEU首脳会議で、「君の国の人権は一体どうなっているんだ。君はジュネーブ協定に違反してかってに捕虜収容所をつくってはいかんよ」とたしなめられ、彼は真っ赤になってしどろもどろになり、嘲笑を浴びました。米国最高裁は「テロ容疑者を特別軍事法廷で裁くのはジュネーブ協定違反」として米国政府を裁く判決を言い渡しました。日米(正確に言うとブッシュ氏とその忠実なプードル犬)は、抱き合えば抱き合うほど逆に世界から浮き上がり孤立しているばかりか、世界法廷の前に共同被告として立とうとしています。
こうして日本の首相がプードル犬として娼婦のような恥ずべきふるまいを演じているなかで、日本はついに世界でもっとも恐ろしい国に転落しました。総務省「05年国勢調査抽出速報集計」(30日)では、65歳以上の老年人口2682万人(総人口比21,0%)で世界最高を記録し、逆に15歳未満の年少人口1740万人(総人口比13,6%)と世界最低を記録しました。15歳以上の未婚率は、男性30,9%・女性22,7%で、男性30−34歳未婚率47,7%、女性25−29歳未婚率59,9%となっています。
これはほとんど国と民族の将来が絶滅していくことを暗示しています。出産は自己決定の世界ですが、その内実は「生まれてくる子どもは幸せにならない」「産みたくても産めない」という悲惨な実態があります。かって1970年代に「こんにちわ赤ちゃん」という赤ちゃんを祝福する明るい雰囲気の歌がありましたが、いまこの歌を楽しく歌えるような雰囲気はありません。そればかりか産婦人科が続々と姿を消して、妊娠しても産む場所がなくなりつつあります。高齢者の孤独死も悲惨ですが、若者たちも「ひとり」を好んで若者全体の引きこもり現象がすすんでいます。私はいままでたくさんの死に出会ってきましたが、これからの日本は「生きること」も「死ぬこと」にも出会うことのない、荒涼とした砂漠のような風景が広がっていくかのようです。これがプードル犬がワシントンで主人に尻尾を振って土下座している背後で広がっている光景なのです。
米政府はプードル犬に次のような要求を突きつけました(06年投資イニシアテブ協議・第5回規制改革競争政策イニシアテブ協議報告書 29日)。これはすごい内容です。日本の企業や医療現場がどうなるかを暗示しています。その概要は以下のとおりです。
・解雇の金銭解決(解雇無効判決が出ても使用者は金を払えば解雇できる)
・ホワイトカラーエグゼンプション(残業代を支払わなくてもよい)
・労働者派遣業規制緩和
・混合診療(保険のきかない診療拡大)
・株式会社の病院経営
・医師以外の医療行為承認
プードル犬はいままで、米政府の要求書(イニシアテイブ)を忠実に日本の国内政策として実現してきましたが、そのおかげて「お帰りなさい、アメリカへ」と優しく抱きとめられたのです。しかしプードル犬は偉大です。彼は初めて、「国を売る」売国奴の行為を具体的に、よく分かるように示した初めての犬なのですから。そこで私は、彼を讃える歌を作りました。
我が亡き後に洪水は来たれ 霧深き荒野を後に 君はゆく
優しき主人の胸のなか 使命を果たして眠るがごとく (2006/7/1
9:31)
[確かに補聴器がないと国民の声が聞こえない為政者が増えている]
一度米軍基地周辺を早朝又は深夜に歩いてみてください。米軍機がエンジンを全開して猛烈な爆音を上げながら、緊急離着陸訓練を繰り返しています。その爆音は、リベット打ち込み時の110デシベル、ガード下の電車通過時の100デシベルに匹敵する騒音であり、赤ちゃんや高齢者にとっては致命的な命に関わる被害をもたらしています。横田・厚木・嘉手納基地周辺住民は、夜間・早朝の飛行差し止めを求める訴訟を提起し、いずれの判決もそれまでの爆音被害に対する国家賠償支払いを命じました。それは以下の通りです。
総額 27億6600万円 政府支払総額 34億4200万円(遅延金含む)
横田訴訟賠償命令 11億1700万円 政府支払額 15億4600万円
厚木訴訟賠償命令 2億7600万円 政府支払額 3億5600万円
嘉手納訴訟賠償命令 13億7300万円 政府支払額 15億4000万円
すごい額だとおもわれますか。それとも60年間の被害に較べれば何と低額だと思われますか。しかしよく見ると、全額を日本政府(日本国民の税金)で支払っているではありませんか。なんのことはない、横田・厚木・嘉手納基地周辺住民は、米軍機による被害を自分たちと国民の税金から自己負担したと云うことになっています。米軍基地が存在する国で、米軍による被害を自国民が補償するという国は日本だけです。こうした契約が日米間で結ばれているのでしょうか。そんなバカなことはありません。
米軍の日本内での行動のルールを決めている「日米地位協定」第18条は、「公務執行中の米軍の作為若しくは不作為が与えた損害」についての米軍補償義務を謳い、さらに「合衆国のみが責任を有する場合は、裁判所により決定された額の75%を米国が支払い、25%を日本が支払う」と規定しています。米軍機の離着陸訓練に伴う騒音は、まぎれもなく米国のみが責任を持つ事例にあたります。この騒音訴訟に米政府は、応訴拒否をおこない、「日本政府のみが責任を持つ」という口上書を裁判所に提出しています。日本政府は、何らの抗議もおこなわず、しずしずと米政府に変わって日本国民から集めた税金を使っています。日本の裁判所は、2国間条約に基づく賠償命令をなぜ米国政府対象に発しないのでしょうか。
かって明治政府は江戸幕府が結んだ治外法権の不平等条約改定に必死の努力を傾けて、鹿鳴館外交というような屈辱外交までおこなって平等条約に切り替えました。しかし現代日本は、外国人の犯罪を日本人が裁けない明治期に逆転しているようです。沖縄で少女を暴行した米兵は今どこにいるのでしょうか。沖縄大学の校舎を破壊した兵士はどこにいるのでしょうか。横須賀で主婦を殺害した米兵はどこにいるのでしょうか。グアムの米軍基地のために3兆円を脅迫されて差し出す日本政府の奴隷のような姿は全世界の嘲笑を浴びています。外国本土の基地のために莫大なカネを捧げた例は世界史上かってないからです。この3兆円を負担するために、政府は今後5年間の社会保障予算を1兆6千億円カットします(与党歳出改革プロジェクトチーム試案)。その概要を見てみましょう。
○保険免責制度導入
医療費の一定額までを保険対象外とする。例えば外来受診1回1000円までを保険対象外とすると、1000円までは患者自己負担、超過分は3割負担となり、3000円の医療費では1600円が自己負担となります。さらに市販薬と類似する医薬品(風邪クスリ、湿布薬、うがい薬)などを保険対象外とします。こうして診察を受けないで売薬で済まそうとする人が激増します。命を削ってグアム基地建設に金を出せと、政府は国民に要求しているのです。
○介護サービス自己負担率2倍化
介護サービス利用者の自己負担を現行1割から2割にします。介護サービスの現状は、保健利用上限(支給限度額)の4−5割に留まっており、重い利用料負担に耐えられない高齢者が激増しています。自己負担が倍加すれば介護サービスを受けられない高齢者が激増し、ひっそりと餓死・孤独死するお年寄りが激増するでしょう。なんの付加価値も生まない高齢者を養うカネはムダであり、そのカネはグアム基地造成に向けねばなりません。
○生活保護基準切り下げ
現行の地域別6段階認定基準を、物価特性を考慮した地域基準と多人数世帯・単身世帯基準の引き下げ、母子加算を廃止します。居住用不動産を担保として生活資金を貸し付けるリバースモーゲージ制度を導入し、生活保護適用を打ち切ります。さらに生活保護費の50%以上を占める医療扶助を国民健保に繰り入れ、国保制度そのものを揺るがそうとしています。
○雇用保険・失業給付国庫負担引き下げ
現行25%国庫負担率を切り下げて、失業給付を従来通り維持するとなると、当然に労働者の保険料負担が増大します。
要するに日本では、病者・老人・貧者・失業者は何の役にも立たないよけい者だから、彼らのために税金を使うことはないという露骨な弱者排除の思想があります。或いはハンデイある者は、自分の責任でそうなったのだから自己責任でやれと云うことです。なるほどこう考えれば、グアム基地建設費3兆円を貢ぐのはいとも簡単なことです。ラムズフェルド国防長官に脅迫されて、真っ青な顔をして3兆円を貢ぐと約束した防衛庁長官は、あたかも主人に脅されて屈従するあわれな奴隷のようです。ダヴィンチ・コードをはじめとするハリウッド映画は、巨額の宣伝費を投下して観客を動員し、莫大な利益を上げてロスアンゼルスに持ち帰っています。日本映画は斜陽化し、政府賛美の映画をつくって支援を受けるしかない惨憺たる状況に陥っています(『亡国のイージス』『男たちのヤマト』『海猫』などなど)。ひょっとしたら、21世紀初頭に、世界史上希な奴隷国家が誕生したと、世界史の教科書に記されるのではないでしょうか。
全世界で初めて日本政府は、米原子力空母の横須賀基地母港化を認めます。これから米原子力空母は一時的に日本へ立ち寄るのではなく、恒久的に日本を出撃基地とします。艦船搭載の原子炉は一般原子炉にくらべてはるかに危険性が高く、すでに原潜ウイルソンの炉心融解直前事故や巡洋艦ロングビーチの1次冷却水漏れ、空母エンタープライズの放射能冷却水漏れ・原子炉火災、空母ステニスの冷却水取水口目詰まりによる原子炉緊急停止などの重大事故が頻発している。配備予定のニミッツ級原子力空母の電気出力40kw,熱出力換算120万KWの原子炉は、放射能流出核事故によって、60km圏内で急性放射能障害を発生させ、風向きによっては首都圏3000万人が甚大な被害を受けます。米軍は2基の原子炉構造と電気出力、燃料棒格納装置、耐圧強度情報をすべて軍事機密として秘匿し、日本側による安全確認と検証を拒否しています。にもかかわらず日本外務省は安全だと主張して横須賀市に受入を強要しています。いったい何なんでしょうね、これは。もはや日本政府は国民の生命に責任は持たないのです。しかも米艦船は核爆弾を搭載していることは間違いありません。
ところが弱者を排除し、米軍基地に3兆円を貢いで国を売り、原子力戦闘艦を招聘して恥ずべき奴隷の道を歩んでいる為政者が、他方では「国を愛せよ」と国民に強制する「珍妙な」事態が起こっています。おそらく欧州であれば、一夜にして国民の大デモンストレーションが誘発され、政府は瓦解するでしょう。日本国民の知的レベルはこうした矜持のないペテンを赦さないでしょう。近い将来に蓄積したトラウマが爆発する瞬間が来るでしょう。すでにそれは始まっています。アメリカの事例を見てみましょう。
米軍の新兵募集センターに行って、若者に替わって入隊を志願する「おばあちゃんの平和旅団」というとてもユニークな活動をおこなっている人々がいます。91歳のマリー・ラニヨンさんの抱腹絶倒の言葉を聞いてみましょう。私は近年こんな痛快なアネクドートを聞いたことはありません。ひょっとしたら21世紀初頭の最高のアイロニーではないでしょうか。おばあちゃんたちは、イラク戦争反対を訴えて、6月24日にニューヨーク・タイムズスクエアを出発し、7月4日(独立記念日)にワシントン・ホワイトハウスに着きます。
「ワシントンのあのお方がいったいおいくつか存じませんが、確かに耳が遠いようなので、私たちが補聴器になってあげましょう」
(2006/6/26
10:32)
[驚いたな 日本の大企業のほとんどは外資系になっているのか]
いま日本企業の投資部門別外国法人・個人の株式保有率が急増し、96年11,9%→05年26,7%と10年間で2,24倍になっている。外資は中小企業を相手にしないから、このほとんどは大企業株とみると、日本の大企業はM&Aという形態をとらずとも、実質的に軒並み外資に買収されている実態だ。以下外国人持株比率の上位企業を上げてみよう(全国証券取引所「04年度株式分布状況調査」単位%)。
@ボーダフォン 96,28 A栃木富士産業 90,03 B日本オラクル 77,21 C中外製薬 75,62 D昭和シェル石油 65,10 E日産自動車 63,99 Fトレンドマイクロ 63,86 Gボッシュオート 61,05 Hデンセイ 60,02 I山水電気 59,49 Jオリックス 57,33 KHOYA 55,61 Lヤマダ電機 55,55 Mケネデイ・ジャパン 53,10 Nクレデイセゾン 51,99 Oキャノン 51,73 P旭テック 50,66 Qスズキ 50,47 R西友 50,06 Sメイテック 49,74 21日東電工 49,52 22アサツーデイ 48,79 23富士写真フイルム 48,77 24ローム 48,74 25ドンキホーテ 48,51 26武富士 48,47 27ソニー48,24 28イーアクセス 48,09 29花王 47,61 30日本たばこ産業 47,33
驚くべき実態ではありませんか。これらの企業の製品を買っている人や働いている社員は、せっせと外国投機資本家の懐を稼がせていることになるんだなー。しかもこれに輪を掛けた事態が誘発されている。日本では外国人や外国法人による政党への政治献金や寄付を原則的に禁止し、日本の政治が外国の影響を受けることを排除し、株式では外国が過半数の株を保有する企業からの献金を禁止している。ところが日本経団連会長にキヤノン社長が就いたことで矛盾が生じた。日本経団連は財界要求を実現した政党評価制による企業団体献金を推進し、財界要求を法制化する成果を上げてきたが、そのトップが51,73%外資のキャノンだから献金禁止の対象企業となる。さっそくこの規制を撤廃する政治資金規正法改正案が提出された。上記の@ーRまでの大企業の献金が解禁されると、日本政治は外資の要求を自動的に受け入れる法案作成に入り、日本国民の参政権は大きく疎外されるだろう。野党の民主党も80%を政党助成金に依存しており、企業献金の拡大をめざしているから、この法案は可決される。日本のGDPはとんでもない奇形的な構造となる。日本GDPの高さは、表面だけであって私たちはせっせと外国株主のために、経営し労働しているのだ。日本の国内政治も外交も外資の意志が決めていくことになる。外資と癒着した汚職や腐敗がとめどなく進行するだろう。ひょっとしたらシンドラー・エレベーターもそうではないのか。外資は日本の社会保障には何の関心もないだろうから、外資が受注できる公共事業や医療分野に参入できる規制緩和がますます進むだろう。日本はもはや自分自身で自分を制御できない、外資が跳梁跋扈する最新鋭のマネーゲーム型植民地経済に転落するだろう。
そしてこの外資の大半は、米国系投資ファンドであり、米国は日本経済の中枢を資本支配している。すでに国際競争力を失いつつある米国企業は、株式投資による所得収入でしか経営できない虚栄経済に転落しつつある。しかし株とか投資は直接に価値を生産せず、価値の分配をめぐる争奪に過ぎないから、人為的にバブルに向かわざるを得ない。日本企業と経済は取り返しのつかない綱渡りの破局とすれすれの道を歩んでいくだろう。こうした虚栄経済は、極小の巨大富裕層と大多数の貧困層に社会を両極分解させるから、必然的に不安社会を極大化させる。国境を越えて国際的にも富裕多国籍企業と民衆の貧困化の非対称性が極大化する。紛争と治安の悪化は深化し、米系多国籍企業への抵抗が激化する。いま日米同盟のグローバルな軍事化が予想外の速度で進展し、一部の仮想敵国を作為的に煽って憎悪の感情を醸成しているのは、分裂する国民の統合を維持しなければならないからだ。
私はこうしたシナリオが直線的に進むとは思わない。全世界で激しい抵抗に直面し、日米同盟による軍事的形態で解決する先制的な極地攻撃が準備される場合もあるだろう。しかしすでEUは、ドル経済圏から自立したユーロ経済圏を構築し、アラブ原油取引の決済をドルからユーロに切り替えようとした。それに応じようとしたイラク・フセインに危機感を抱いた米国は、虚偽の大義をでっち上げてイラク先制攻撃を行い、中東原油のドル決済を維持しようとした。アラブ諸国の反米意識はいま最高度のレベルに達し、米系企業の安全なマーケッテイング活動は武装米軍なしには不可能となった。中南米では、反米政権が続々と誕生し、一部では米系多国籍企業の撤退がはじまっている。
しかも自由とヒューマニズムある米国市民は、自らの国のふるまいに疑問を呈し始めた。一人の勇気ある米軍現役将校が出現した。エーレン・ワタダ米陸軍中尉は、現役将校としてはじめてイラク従軍を拒否した。「イラク戦争は道徳的に誤りであるばかりでなく、米国法を侵害している。恐れて沈黙するべきではない。私たちには歴史の流れを変える力がある」と記者会見で表明し、軍法会議の道を選んだ。ワタダ氏を支援する行動が全米に拡がり、27日には全米行動が予定されている。軍隊で無届けで持ち場を離れることをAWOLといい、30日を越えると「脱走兵」ともなされる。いまイラク戦争派遣を拒否している米兵は8000人に上り、うち数百人がカナダに逃亡している。AWOLリストを常備する米国国境警察は、カナダからの帰国者を逮捕している。カナダ政府は従軍拒否を理由とする亡命を認めていないので、カナダ在住の逃亡兵の身分は不安定だ。米軍司令部は米国に残留している逃亡兵の家族から医療保険をとりあげるなどの脅迫を加えている。従軍拒否米兵は、米国でもっとも崇高な愛国的行為を自己犠牲を覚悟して選んだ人たちだと思う。私は彼らの存在によって米国の良心を信頼することができる。
国連人権高等弁務官は、グアンタナモ収容所の無法拘束と拷問を激しく非難した。460人の収容者の17%が精神障害に落ち込んでいるが、これは米国内刑務所の罹患率の3倍の水準に達するとした(ベルギー紙ソワール 22日付け)。おそらく良心的で賢明なな日本自衛官のなかにも、「人道支援」から「米軍支援」に転換するイラクでの航空自衛隊の作戦に多くの疑問が生じているだろう。米国がこれほどの怨嗟と憎悪の対象となった時代は、世界史上かってなく、米国がもっとも危険な国となったと欧州諸国は考えている。いまや星条旗がはためく地域では、無辜市民の大量の犠牲者が発生する戦場となっているか、または米系投資ファンドによって多くの企業が買収されている。後者の象徴的事例がわが日本である。闇が深ければ深いほど、夜明けはほんとうに近いか。闇を昼と勘違いして星条旗とともに地獄に疾走している国がある。その国はどこか。
その国はかって細菌・毒物の生体実験をした。その実験を主導した731部隊(関東軍防疫給水部 石井中将)の日本研究拠点であった東京都新宿区戸山で、頭蓋骨100体以上の人骨が旧陸軍軍医学校に埋められている可能性が出てきた。同地区ではすでに89年に国立予防衛生研究所建設中に、頭蓋骨と大腿骨100体以上が発見されているが、今回は陸軍軍医学校勤務の石井十世さん(89歳)が戦死体とみられる遺体解剖や人体標本を保管し、米占領軍の発見を恐れて敷地に埋めたたことを23日に厚労相に証言した。日本人ではない人骨や、ドリルや鋸の加工の跡があるという。731部隊の医官は、戦後自らの罪責を逃れて米軍に研究データを引き渡し、戦後医学界の中枢を占めた。恥ずべきかな日本よ、かって鬼畜米英を煽動して300万人を死に至らしめた指導層は、敗戦と同時に星条旗に媚びへつらい、日本列島を米軍機の蹂躙にゆだね、いまは企業の株券を売却して恥じない。3兆円という巨額の資産を米本土の米軍基地建設に貢ぐのだという。自らは靖国の「英霊」に頭を下げながら、英霊を殺害した米軍に土下座している醜い姿はいったい何なんだ。(2006/6/24
11:12)
[なぜいま中南米は、劇的に変貌しているのだろうか]
いま中南米では怒濤のように反米政権の樹立が進んでいる。世界で日本のみが米国を主人とあがめる異常な事態となっている。いったい中南米で何が起こっているのだろうか。メキシコとボリビアの場合からみてみよう。
北米自由貿易協定(NAFTA)が1994年に発効してから、米国とカナダは農産物非関税輸入割当を増やし、割当超過部分の関税を削減し、メキシコ市場への農産物輸出を急増させ、メキシコの食料輸入率は15%から40%になり、中小規模農民と農業関連労働者200万人が離職に追い込まれて、農業と農村の荒廃がもたらされたた。離職者の多くは不法移民となって米国に流入し、さまざまの国境紛争が誘発されている。08年には主食のトウモロコシ・フリホール豆など基本穀物の例外措置も撤廃される。メキシコ政府は、基礎穀物からより収益性のある競争力を持つ輸出農産物への転作を推進する技術援助をおこなうという。03年に農民の強硬な抗議に押されて、NAFTA農業条項見直しを含む「農業国民協定」を農民団体と締結したが、米政府に拒否された。農民団体は、基本作物の国内生産状況に対応する関税調整による食料主権の補完措置を求めて厳しく対峙している。
ボリビアは第2次大戦後、親米モデル国家として民主化と市場原理主義の道を歩み、93年以降石油・天然ガス、電信電話・航空などの国営企業を次々と民営化した。政府の持ち株を市場に放出する日本型ではなく、証券市場が未発達のため入札による直接売却をおこなった結果、国内資本が充分でなく落札はほとんど外資系となり、国有財産のほとんどが外資の手に落ちた。世界銀行は融資の条件に民営化を強制し、ついには水道事業も米国ベクテル社が買い取り、水道料金の急激な値上げで貧困家計は直撃を受け、激しい抗議運動の中でベクテル社は撤退した。中南米での公益事業の民営化は、競争による価格低下をもたらしたのではなく、国営を上回る自然独占による国民生活の危機を誘発した。中南米は第2次大戦中の第1次産品輸出で外貨を稼ぎ、今まで外資が握っていた資源とインフラを国有化することに成功したが、国営企業と国家財政の赤字を取引条件として、外資は奪われた資源とインフラの再奪取に動き、IMFや世界銀行が融資の条件として民営化を強制した。しかし民営化収入は一部高級官僚や親米政治家に独占され、民営化によって失業した国民との貧富の差が極大化した。ボリビア左翼政権は、米国型市場原理モデルを否定し、天然ガス国有化など反市場原理型政策を推進し、NAFTAからの自立政策を推進している。
米国の裏庭と呼ばれた中南米地域が、米国支配から離脱し、EUと並ぶ独自の経済共同体を形成する動きは、紆余曲折をたどりながらも、着実に多数派を形成し、遠からずアンデス共同体が結成されるだろう。アジアでも日本を例外として、米国モデルから自立する動きが加速され、東アジア共同体の結成が着実に日程に上り始めている。こうした動向からの日本の孤立を象徴しているのが、日米首脳会談への土産としての米国産牛肉の輸入再開だ。日本政府は米企業の食肉処理施設の事前査察を要求しているが、05年12月の査察は、米農務省の認証を受けた日本向け牛肉品質管理プログラム(QSA)が、大手企業カーギル、タイソン、ナショナル・ビーフ社から「社外秘」と拒否され、報告書概要も黒く塗りつぶされて非公開となる屈辱的な査察に終わっている。東アジア諸国のすべてが、米国の脅迫を蹴って米国産牛肉輸入を「国民の健康を考慮して」輸入再開を拒否している中で、日本政府のみが早々と何の担保もなく輸入を再開しようとしている。あなたとならばどこまでも、たとえ火のなか水の中、地獄の果てのどこまでも・・・♪とコイズミ氏は口笛を吹きつつワシントン詣でにでかけようとしている。私はコイズミ氏の国籍を疑う。ほんとうに彼は日本国籍の所有者なのだろうか。そうではない。かれは米国籍がメインであり、日本国籍を従とする二重国籍取得者なのだ。コイズミ氏は、エボ・モラレスの爪の垢を煎じて飲んでも、みずからの恥ずべき裏切り行為には気がつかないだろう。(2006/6/21
11:22)
[日本スポーツの国際水準はなぜ惨憺たる実態に落ち込んだのか?]
サッカーW杯1次リーグの結果を待つまでもなく、日本スポーツの国際レベルの落ち込みは深刻だ。国際大会が終わるごとに競技団体の責任者は謝罪しているが、その真の原因に迫ってはいない。では一体真の要因はどこにあり、果たして展望はあるのだろうか考えてみたい。今年2月に開催されたトリノ冬季五輪の日中韓比較は以下のようになる。数字はメダル総数・金・銀・銅・順位を示す。
98長野大会 02ソルトレーク大会 06トリノ大会
韓国 3・1・2・6(14位) 4・2・2・0(14位) 11・6・3・2( 9位)
中国 8・0・6・2(11位) 8・2・2・4(10位) 11・2・4・5( 9位)
日本10・5・1・4( 9位) 2・0・1・1(19位) 1・1・0・0(21位)
メダル獲得数に限定すると、東アジアでの日本の落ち込みがいかに劇的かがお分かりであろう(日本のトリノメダル目標は5であった)。JOCは「総括」で、敗因を@実力把握の失敗A次世代選手育成の失敗B選手選考の失敗をあげ、今後の戦略を「少数精鋭方針」とするとしたが、ここにはなぜ傾向的に地盤沈下が進んでいるかの究明がない。文科省「スポーツ振興基本計画」(2000年)では、五輪メダル獲得数・獲得率目標を「96年1,7%の最低数を76年モントリオール3,5%レベルにのばす」としている(獲得率=獲得メダル数/全種目メダル数×100)。政府機関が政策目標としてメダル獲得率を上げるほどに日本は落ち込んだのだ。これを受けてJOCは、政府計画に連動した「ゴールド・プラン(国際競技力向上戦略)」を打ち出して文科省に報告した。JOCは独立機関だからなぜ文科省に報告するのかもよく分からない。しかもこれらはすべて夏季五輪目標であり、冬季五輪は長野大会のメダル数が破天荒な数値であったので気がゆるんでいたのかも知れない。
トリノ冬季五輪の惨敗がいかに深刻であるかは、以下のメダル以下の数字を見れば分かる。
8位まで入賞数 長野33 ソルトレーク27 トリノ21
初出場入賞選手数 5
31位以下種目数 35(23,5%)
予選落ち・棄権・失格による記録なし数 長野15(9,3%) ソルトレーク18(10,8%) トリノ25(16,8%)
ではトリノ冬季五輪の惨敗の要因を考察してみましょう。
(1)競技の技術革新、マシーン開発が急展開し、競技ルールと審判方法の改訂などの世界動向の把握に失敗したこと(01年発足の国立スポーツ技術センターJISSが機能していない)
(2)合併・倒産・リストラによる企業チームの解散で、企業支援基盤が崩壊し、選手の競技生活が維持できなくなったこと(有名選手はプロ的に企業と個人契約するが、それでも荒川選手の年間諸経費が1600万円であるように、莫大な個人負担を迫られる)。これに対し文科省は「スポーツ支援企業の社会的評価を高め」「競技団体が企業支援を導入する積極的なマーケッテング活動をおこなう」など他人事のようにいい、スポーツ支援企業への政府の制度的政策を打ち出してはいない。フランス企業法は、「年間会社収益の5%をスポーツ振興に当てる」「企業は所属選手の身分を保障する」などの企業の責任を法的に規定している。
(3)競技施設・設備の貧困が放置されている。スケートリンクの40以上が閉鎖され(維持費最低月100万円)、94屋内リンクで通年開業しているのは25施設(26,6%)に過ぎなく、自治体直営はゼロだ。400m公認トラック場は17カ所で長野以南にはない(うち屋内は長野のみ)。1980年代のリゾート開発で乱立したスキー場は、閉鎖・倒産が相次ぎ、大型スキー場は外国資本が買収している。リフト索道収入は最高時の年1510億円(93年)が04年には810億円と半減した。冬季施設は莫大な維持管理コストがかかり、一企業や自治体では手に負えないが、政府財政支援はない。小泉構造改革は、すべての公的支援を放棄して民間に丸投げして、メダル獲得目標だけを叱咤激励するという異常な無責任システムとなっている。韓国と中国の躍進は、ナショナル・トレーニングセンターによる政府直営の活動拠点を設立してからだが日本は逆の道を行っている。
(4)競技団体のタイイクカイケイ官僚主義運営による私物化が進んでいる。トリノ大会でも、選手団をはるかに上回る役員団を派遣し、往復の飛行機も選手は一般席で役員はビジネスシートであり、選手強化費の私的流用や選手選考をめぐる不透明さなど競技団体自体の腐敗が進んでいる。運営の透明性と強力な第3者機関による監査システムを導入しなければならない。
(5)これが最も重要な点だが、民間企業の成果主義システムがそのままスポーツ界に導入され、少数精鋭主義が蔓延し、多くの潜在的能力を持つ選手が諸葉の内に摘み取られて姿を消していることだ。さらに選手相互に足を引っ張り合い、誰かを蹴落として自分だけ生き残ろうとする醜い競争主義が蔓延している。失敗を恐れて挑戦することを避け、無難なプレーにまとめようとする傾向が強くなった。監督やコーチに媚びへつらい、公正なフェアープレーのスピリットが衰弱している。これは集団スポーツの沈滞に決定的な影響を与えている。日本サッカーではFWが絶対に育たないと云われるのはなぜか?ここに原因がある。
(6)基底にある日本スポーツの決定的限界は、スポーツと一般職業を切り離し、スポーツ選手は奇形的な単純能力に特化されてしまう。体育系学校か体育大学に進み、他の教養から隔絶されてスポーツしかしらないという選手が大量に排出される。しかもスポーツの世界で生活を確保するのはごく一部であり、大多数は使い捨てられて労働集約的な職業を選ばざるを得ない。米国選手のように確固とした職業人でありながら、しかもスポーツに情熱を傾けるというスタイルが日本にはない。
さて幾つかの要因が摘出されたが、根本には小泉構造改革の企業利潤市場主義があることは云うまでもない。いま日本で文化や芸術活動やスポーツに専念することは、とても危険なことだ。ごく少数の成功者と大多数の敗者が生まれるのは、やむを得ない世界であり、それだけの覚悟がいるが、最初から潜在的能力のある有能な人たちがこうした世界への参入をためらわざるを得なくなっている。こうして富士山のように裾野が広がるはずの文化芸術・スポーツの世界は、企業の金儲け市場主義に圧倒されて、無惨に崩壊しつつある。広畑成志「日本の冬季競技 再生への課題」(『経済』130所収)参照。(2006/6/20
16:55)
[餓死・孤独死が多発する北九州市から日本の未来が見える]
北九州市で餓死と孤独死が多発する異常な現象が起きている。同市では05年度に7300人が生活保護相談に訪れたが、保護申請が認められたのは947人(12,8%)に過ぎず、水道停止世帯1676件(7日現在)、05年度変死者1200人、65歳以上の孤独死209人(!)に上っている(警察庁発表)。最近では5月末に門司区の市営住宅に住む独居男性(56)が餓死遺体となって発見された。多くの死者は生活保護の申請を拒否されて行きづまった結果だ。全国の政令都市のパーミル(人口100人当たり生活保護人員比率)をみると、いずれの都市も1997年以降右肩上がりで急増しているが、唯一つ北九州市のみが14,0弱の横ばいで推移している。他の政令都市では軒並み受給者が増大している中で、北九州市のみが361人も減少し、同市の生活保護費は300億円前後で推移し、05年に到っては290億800万円の予算で支出しなかった不用額が1億9000万円に上っている。
餓死した56歳の男性との門司区保護課の面接記録には以下のような記載がある(○○は黒塗り)。
05年9月30日「光熱水は停止状態。食料は○○が日持ちするものを差し入れている。ペットボトル有り。男性の口から生活保護を申請したい旨の発言があった」
05年12月6日「二男から食事の援助が○○途切れる。○○身体も弱っており、保護をお願いしたいとして相談」
生々しい困窮の実態が伝わってくる。男性はひとり暮らしで身体障害4級の手帳を受け、05年8月に失業して無収入となり、月300円の町内会費も支払い不能となり、9月14日に水道、ガス、電気のすべてがストップされ、時折二男が差し入れるパンやペットボトルで飢えをしのいできた。時折パンの移動販売車に窓から手を振って、パンを1つ買っていた。足は骨と皮でやせ細り、自力で外を歩けなかったからだ。男性は生活保護相談に行っても、事前審査で追い返される指導を受けた。門司区のこの地域は高齢者集住地域で、生活保護希望者が多いが、多くの人が申請書の交付を拒否されて泣き寝入りしている。しかも北九州市は、居住地がなく、稼働能力があることのみをもって申請書の交付を拒否している。門司区の福祉事務所は、生活保護法に違反する事前審査として、給与支払い明細書・預貯金通牒・主治医の就労に関する意見・交通事故示談書・扶養義務続柄など43項目ものチェックリスト持参を要求している。生活保護支給の数値目標管理を最優先させて受給者削減をめざしてきた。
北九州市の事例は、厚労省が主導する現代日本の福祉サービスの現状と未来を浮き彫りにしている。
第1に大型開発による地方財政の危機は、社会福祉部門を直撃し、行財政改革による経費削減と効率行政が推進され、自治体の生活関連公共部門の衰弱が著しく進んでいる。福祉分野で財政効果を上げるためには、サービスを切りつめるか応益負担を増やすしかない。自治体職員は成果主義人事評価で、経費削減と収入増をはかる目標を強制され、点数にならない福祉分野がもっとも打撃を受けている。生活保護受給者数を減らすために、申請を受けつけない事前審査が横行し、上司の目に見えにくい訪問活動などは評価されないから軽視され、市民ではなく上司に目が向き上司にごまをする職員が急増している。
第2は小泉構造改革により公団住宅制度が廃止され、新規住宅建設はおこなわず、家賃は近傍同種家賃(近くの民間家賃)に近づける政策によって、3年ごとに家賃値上げがおこなわれ、管理運営も民間委託され、公共住宅は廃止されている。この結果公団・公営住宅の荒廃(立て替え対象団地は修繕しない)と入居者の高齢化が進んだ。いま全国の公団住宅では、世帯主が60歳以上55,3%に達し、79%の世帯が年収589万円未満という低所得化が進み、空き住宅が増加して相互の見守り機能も著しく衰弱している(公団自治協アンケート 10万4750戸回収)。
第3は障害者自立支援法の応益負担原則により、障害福祉サービスは原則10%負担、通所施設原則無料が一気に1万ー3万円(給食代を含む)の支払を強制されるようになり、工賃収入を大幅に上回る利用者負担に耐えられない障害者が激増している。利用者が減少すると連動して施設への報酬が激減し、施設経営も危機に瀕し始めている。
独居・障害者・無収入というこの56歳の男性の孤独餓死の背景には、こうした日本の自己責任型構造改革の影が凝縮している。これが日本で生活する低所得層の現在の姿であり、将来はさらに悲惨な孤独餓死現象が急増するだろう。私も高校時代まで住んでいた市営住宅を何十年ぶりかに訪れたら、何の修繕もされず朽ち果てているのをみて暗然とした。
いうまでもなく憲法25条は「健康で文化的な最低限度の生活を営む」生存権を決め、生活保護法は生活困窮者にその程度に応じた生活保障と自立支援を義務化し、生活保護法第7条(申請保護原則)はすべての国民に生活保護の申請権を認めている。しかし北九州市保健福祉局保護課『面接業務手引き書』には以下のような面接手順が記載されている。
▽資産、能力を最低限度の生活のために活用する
▽扶養義務は保護に優先することを説明する
▽求職活動を熱心にやっているか
▽母子世帯には前夫から不要を受けられないか
▽指導を繰り返し、保護要件があると判断した場合、本人の保護申請があって初めて申請書を交付する
保護を受けたい意志があるものには無条件に申請書を渡すべきなのに、面接員が判断して決めるという北九州市のマニュアルは、生活保護を受けさせないという前提でつくられている。少なくとも北九州市ではセイフテイネットの最後の防波堤がいま、自己責任原則の荒波を受けて崩壊に瀕している。北九州市は、1979年から各苦福祉事務所別に保護世帯削減目標を設定し、月ごとの報告制をとり、82年からは相談業務の面接主査制度(昇進試験をパスした専門相談職員)を導入し、98年から課長職以上に「業績目標管理制度」(管理職間でで一時金をプールし、削減成績のよい課長に配分する)で業績競争を煽り、ケースワーカーは年間5件の削減目標がノルマとなった。これを主導したのが、厚生省から派遣された部長である。彼らは、生活保護を生存権による政府義務ではなく、不正受給による怠け者とみなすという前近代的な社会福祉観を貫いたのだ。81年に厚生省は、生活保護申請時に資産保有状況・収入状況調査を一括合意させる文書提出を明記さする123号通知をだし、さらに検診命令を強要する手引き書を出して、削減に努めている。一方では生活扶助比の政府負担分を3/4→1/2に削減する提案を行い、自治体から激しい抗議を受けている。
いま日本全国で毎日80人を超える人が自らの命を絶っている。その多くは経済生活問題だ。ホームレス数は2万数千人を超えている。一方で日銀総裁は、村上ファンドに1000万円を投資し、3年で2倍、6年で5倍となる数千万円の利益をインサイダー情報で稼ぎ、「たいした儲けではない」と嘯いて、ゼロ金利政策を推進してきた。日銀のゼロ金利政策により、庶民預金は300兆円の利子が奪われている。300兆円損した庶民の対極に、誰かが300兆円儲けていることになる。同じく村上ファンドに45%の創業資金を支援したオリックス会長は、政府会議議長として混合診療の拡大と民営化を推進してきた。首相ー日銀総裁ー規制改革会議議長のトライアングル構造によって、一部輸出系製造業と投資ファンドの政官財関係者がのみが巨額の利益をあげ、日本全体は惨憺たる状況に陥っている。
では世界で最初に生活保護制度を導入したイギリスの現状はどうか。イギリスでは生活保護の申請書は、郵便局に置いてあり、住所・氏名・過去2週間の収入を記入して、ポストに投函すると、すぐにケースワーカーが訪問してくる。これがイギリスのインアカムサポート(労働時間16時間未満、または無職者を対象)であり、その予算規模は日本の2倍であり、捕捉率(貧困世帯に占める生活保護需給世帯)はイギリス83%に対し、日本は20%に過ぎない。生活保護・失業手当を厚くして自立生活者を増やすことが結果として納税者を増やし社会を安定させるという発想がある。
寂れていく市営住宅の一角で、誰に看取られることなく孤独の内にひっそりと飢えて死んでいった男性の遺体は、何を私たちに訴えているのだろうか。煌々とまたたく電飾の夜にそそり立つ六本木ヒルズと、深い闇の片隅に腹這う壊れかけた市営住宅の極限の非対称性・・・・こうした日本をそのままにして次世代の子どもたちに渡そうとしている私たちは、遠からず審判の座に引き据えられて糺されるだろう。”我が亡き後に洪水は来たれ”と云う時代にあなたはどうふるまったのか!?と。(2006/6/19
10:01)
[ブラック・アフリカと日本の問題]
アフリカからのニュースは、血なまぐさい内戦や部族間争闘の陰惨で目を覆わしめるものだ。その背後に、冷然崩壊後の武器産業の余剰のはけ口として、死の商人が暗躍していることを推測させる。或いはエイズの爆発的流行によって健やかな成長と未来を奪われたこどもたちの虚ろな瞳が映し出される惨状がある。しかし戦後のアフリカ大陸は、輝かしい民族解放運動に象徴される希望の大陸のイメージがあった。ガーナのエンクルマや、コンゴのルムンバをそうした新生アフリカ大陸を象徴する、ほんとんど神格化された畏敬の念ををもって眺めた覚えがある。しかしルムンバ虐殺の映像は、解放されたアフリカのイメージを根底から打ち砕くに充分な迫真性に満ちたものであった。その後いつしかアフリカの印象は薄れ、アメリカに素手で立ち向かうベトナムの民衆に戦後パラダイム転換の希望は託され、彼らは勝利した。その間アフリカは沈黙していた。唯一つ南アフリカ共和国の民主化のけなげな戦いが唯一つ、黒人が主人公となるべきアフリカの未来を代表していた。ネルソン・マンデラはアフリカの未来を代表する象徴的代名詞となった。
そしていずれの例も所期の目的を達成して、自力で新たなくにづくりを植民地の負の遺産の中から模索しなければならない困難に直面した。独立と民主化の輝かしい戦いの過程では、すべての自己犠牲の崇高なふるまいが身をもって示されたが、初期の目標を達した後にほんとうの「苦難の行軍」が始まった。ベトナムは市場型社会主義の道を切りひらいて、汚職の蔓延をかかえつつも生活の糧を確実に手に入れつつあるようだ。中南米は新自由主義の痛手を越えて、新たな共同の生活に踏み出しつつあるようだ。唯一つ「北朝鮮」のみが帝国のあらゆる封鎖的攻撃に悪戦苦闘して、半ば強制された「奇形」的なふるまいの中でしか自己の存在を守り得ない、ギリギリの綱渡りを演じている。イスラム原理主義諸国は、帝国に正面から立ち向かう宗教的信念による堅固な要塞を構築して、勝敗の現象は置いて激しい外部の侵略に抵抗しつつある。
しかしアフリカ大陸だけは、こうした表現が赦されれば、なにか原始的なレベルに逆転して生存の初期条件を奪い尽くす陰惨な内戦を演じつつあるのはなぜだろうか。
植民地の野蛮な支配をもっとも強烈に受けてきたのが背景にあることは間違いない。彼らの人口移動は、もっとも野蛮な黒人奴隷貿易の対象として、人身売買で全世界に展開させられた。ひょっとしたら21世紀の地球は、アフリカ問題を解くことなしに未来はないのではなかろうか。日本からはるか離れたこの大陸に日本は真剣な関心を注ぐことなく20世紀までを過ごしてきた。私が知っているのは、野口英世、シュバイツアー、そして先記した輝かしい独立運動指導者数人に過ぎない。
私ははじめて本格的なアフリカ思想文献にふれた。エメ・セザール『帰郷ノート・植民地主義論』(平凡社)とフランツ・ファノン『黒い皮膚・白い仮面 血に呪われたる』(みすず書房)の2書だ。2人とも西インド諸島のフランス領のマルテイニック島に生まれ、若くしてパリに出てフランス最高学府に学んだ黒人だ。彼らは最良の知的レベルに生活した黒人でありながら、黒人の存在証明を呪詛を込めて歌いあげる奔流のようにほとばしる情念の詩や文章を結晶させている。植民地主義の支配の階段を被支配者の側から駆け上ったがゆえに、彼らの知性は反転して植民地同化主義を真っ向から批判する武器となった。そこには虐げられた者の感性と心情をモデル化する情念のほとばしりがある。一体黒人のアイデンテイテイとは何なのか、欧州文明の偽善を白日の下にさらす身を賭した告発がある。彼らはフランス本土への留学時点では、身も踊るような自由の歓喜を味わったが、パリで味わされた砂を噛むような屈辱は私の想像を絶するものがある。
しかし彼らの独立後の軌跡は、自らの出生地での権力の座であり、植民地本国との調整機能に過ぎなかったというのは、またあまりに輪を掛けた惨めさではないか。ここに私は現代アフリカの原始的貧困の要因の一つがあると思う。セゼールとファノンは感性的告発の究極形態を表現したが、自らの出自の民衆とつながる生活の表現を獲得することができなかった。非植民地民衆のもっとも最良の知性が、植民地本国への参入のを成し遂げて、挫折した呪いのような感性の爆発はあるが、冷厳な生活の設計と社会システムの再編成の道を提示する社会科学的な探求において欠落していた。素朴な旧ソ連モデルへの期待を抱きつつ、前近代的社会構造と部族社会の限界を超えていくリアルな未来アフリカ社会構想を提示し得なかった。私は以上のようなことをいう資格も学力もないことが分かっていながら、あえて申し上げる。
なぜならファノンやセゼールを賛美してアフリカ研究をおこなう日本人が、自らの原罪や日本の状況にほとんど無関心で絶望的な気持ちになるからだ。なぜなら現代日本には、アパルトヘイトや黒人大陸の見捨てられた状況が、形を変えて蠢いているからだ。私たちが黄色い肌をしていなければ、原爆を投下されることはなかったというのは真実だろうか。ジャップとは黄色人種の別名ではないのか。なぜ米軍基地がおのれが大地を蹂躙しているにもかかわらず、私たちは黙っているのか。米兵の犯罪が横行しているのも係わらず、なぜ私たちは裁けないのか。これをしもセゼールやファノンが呪いを込めて告発した植民地民衆の奴隷的な心情ではないか。(2006/6/18
19:25)
[日本はW杯初戦でなぜ惨敗したのか?]
敗戦の原因をめぐっていろんな意見が飛び交っていますが、スポーツ評論家の永井洋一氏の興味ある指摘を紹介しましょう。それは決定的な追加点のチャンスを生かせなかったのはなぜかという点です。シュートはもっともエクサイテイングなプレーですが、最近の日本のサッカー界では(特に少年サッカーでは)最後のシュートをためらう風潮が蔓延しているという。最後の仕上げをする当事者に自分がなることを避け、逆によいパスを出してシュートのお膳立てをするプレーにまわる選手が増えてきている。シューターというもっとも責任の重い矢面に立つ仕事を避けて、間接的な支援にまわる方を選ぶ雰囲気がある。どうしてこのような傾向が強くなってきたのでしょうか。
一つは、指導者がシュートミスを厳しく叱りるので、積極果敢なプレーよりも無難なパスプレーを選ぶ傾向があるというのですが、これは指導環境の問題ですから指導者研修などで改善できます。しかしほんとうの原因は、今の日本に蔓延し始めている文化や教育にあるといいます。みんなの前で一人だけ目立つことを避けたがる感覚が以前にも増して強くなっているのではないか。何か意見はありますか?と聞かれても発言しない、バスの降車ボタンを誰も押そうとしない、食事で大皿に残った最後の一つを誰も食べようとしない、などなど日常の生活で自分が出ることを避ける傾向が強くなった。そうした環境になじんでいくと、積極的にミスを恐れず、チャレンジしてシュートする気迫よりも、ミスして自分が目立つことを避ける行動が無意識のうちに選択されるようになる。ミスしてもそれは恥ずかしいことではなく、むしろ勇気ある行動として称讃される欧米の雰囲気とは逆になっているのではないか。サッカーというスポーツは、集団の共同と個人の決断が劇的に絡まる典型的なスポーツであり、その国のライフスタイルがもっともよく反映され、私たちが何気なくおこなっているふだんの行動が代表選手に集約されているのだ。
以上が永井氏の主張ですが、かなり共感できるところがあります。確かに日本チームの作戦は、相手の激しい攻撃をしのいで、隙を見て逆襲するカウンター攻撃が中心のようであり、特に先取点をとるとそのスタイルが多くなり、追加点を奪えずに逆転されるというパターンがあります。トルシエ前監督が細かい作戦マニュアルで選手を動かしたのに対し、ジーコ監督が選手の個性的判断を優先させるスタイルに転換させたのは日本サッカーの課題に正面から挑戦した正しい方向だと思いますが、それを受けとめる主体が成熟していないからでしょうか。だとすればドイツW杯の1次リーグ突破はかなり難しいと云うことになります。
すると問題は、日本代表選手をアレコレ云う前に、今の日本で日頃生活している私たち自身のスタイルを問うてみるということになります。これはなかなか厄介な問題です。ただでさえ日本は集団主義の文化が色濃く、まわりの行動に合わせて判断するとうまくゆく社会でした。自分の頭で考えて判断するよりも、世間や上の人の指示に従うという習慣が身についていました。そこから逸脱して独自の判断や行動をとると、仲間はずれにされたりする傾向がありました。こうした半ば封建的な傾向は、じょじょに払拭されてきたように思うのですが、それは経済界の一部だけだったのでしょうか。ハイリスク・ハイリターンで華やかに成功した人が、一夜にして転落するシーンを見ると、たじろぐ人も多いでしょう。
しかし私がもっとも心配するのは、個人の判断や決断を封殺したり、集団の自由闊達な議論を抑制するような雰囲気がより強くなっているのではないかということです。力の強い人の顔色を窺いながら生きていく雰囲気が強まってはいませんか。最近の漫画のような出来事は、小中学校の愛国心通知表の撤回です。地方教育委員会は学習指導要領を忠実に実行して愛国心通知表を作成してきましたが、国会で首相が「そんな評価は疑問だ」と答弁すると一斉にそれに従って引っ込めるようになりました。自分の教育的良心にもとづいてそうしたのなら、一首相のコメントに行政の介入だとなぜ非難しないのでしょうか。
最近気になっていることがあります。我が家にもいろんな営業マンがきて勧誘するのですが、価格交渉などをすると、「では上の者に聞いてみます」と答える人が極端に増えたような気がします。「上」とは上司を指すのでしょうが、私はなぜか封建的な感性を感じて嫌になるのです。皆さんはそんなことはありませんか?
規制緩和で自由にすれば、みんなが生き生きと活動して経済活動は活発になるという触れ込みで構造改革が進みましたが、結果はトヨタと一部大銀行、証券業界の一人勝ちに終わりました。なにかみんなが萎縮してしまって、その日その日をなんとかしのいでいるという雰囲気です。日本は世界経済でまれに見る位置を占めて先取点をとりましたが、それから行き詰まって自分でモデルをつくるのではなく、ただひたすらアメリカ・モデルに追随して方向を見失っているような気がします。弱者をいじめてトラウマを発散するみじめな現象も頻発しています。日本の自由は、富裕者の金儲けの自由であり、それ以外の自由はだんだん息苦しくなってはいませんか。
W杯から話がかなりそれてきているようですが、第2戦に向けて日本選手は必死の激闘を見せるでしょう。彼らはよくも悪しくも日本の光と影を一身に体現して、最後の死闘を演じます。彼らの姿に、私は自分自身を見いだすのです。クロアチア戦は、だから追いつめられた日本のスポーツと社会のすべてを映し出す象徴的な戦いになります。(2006/6/15
8:57)
[君が代斉唱の声量を評価する久留米市教委は、21世紀のモデルである]
福岡県久留米市教委は、04年に市内40小中学校の卒業式と入学式の君が代斉唱時の子どもたちの声を、「大」・「中」・「小」の3段階で評価し、校長に電話で聴取調査をおこなって市議会に報告した。卒業式では大18,中16、小6校であり、入学式では大16,中19、小5であり、市教委は小と答えた学校を口頭注意した。なぜ市教委が声量を調査する必要があるのか、子どもたちの愛国心を声量によって評価するのか、声が小さいとなぜ指導するのか、子どもの心に介入するのか、囂々たる抗議の中で市教委は1年でこの調査を打ち切った。
市教委は、式典における君が代斉唱指導の計画と実施状況を詳細に報告させている。斉唱指導の日時、指導内容、実施時限、日の丸掲揚位置、掲揚本数、市町・議長式辞、来賓席順等々・・・・・ああ事態はここまで来ているのか! 学校の現場にここまで行政が介入するとは!? 教育は時の権力の動態から自立して営まれる普遍的な営為の領域に土足で踏み入っている教育犯罪に誰か検察官であり得るのか。
日中戦争が始まった中学1年生は、文部省『国体の本義』ですべての自由主義・個人主義・民主主義を欧米輸入の極悪思想と決めつけて、学校は兵営と化し、<一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ>(教育勅語)、<死ハ鴻毛ヨリモ軽シト覚悟セヨ>(軍人勅諭)とごく普通の市民を狂気に至らしめてアジア2000万人を殺害する結果となった。アジア民衆への加害は、異常者ではなく、ごく普通の善良な市民がおこなったのだ。そして祖国は300万人の命を失って、焼け野原と瓦礫の列島と化した。その根元にある君が代の声量を評価して指導を加える教育者とは一体何なんだ! 敗戦後の東久邇宮内閣は、国民に一億総懺悔を説いたが、最高司令官は自らの責任をとることなく占領軍司令官を訪問して頭を垂れた。国民は自主的判断を放棄して権力に追随したが、判断力を奪ったのは教師であった。これが君が代をめぐる真実の歴史だ。
いまもっとも危険なことは、子ども内面を蹂躙する権力操作に学校が屈服して、親(国民)から負託されている教育権の独立を自ら放擲する現状に、黙認・追随・加担していることだ。こどもの心を操作する権力発動に身をもって抵抗している教師は、見せしめの弾圧を受けている。この黒幕にいるのは、あの東条内閣の商工大臣を務めた戦犯である岸信介の孫の安倍晋三氏に他ならない。彼は次期首相になる確率が高い。彼とともに日本は滅びの道を歩んでいくのだろうか。安倍氏は、5月13日に開催された、反共オカルト教団である世界基督教統一神霊協会の日韓男女2500組の合同結婚式に祝電を送った。合同集団結婚式は、教祖・文鮮明との性交によって現在を清算する(血わけ)という秘儀で、実際には祝福感謝献金の募金が主目的になっている。霊感商法対策弁護士連絡会の調査では、05年の被害相談件数1900件、総額28億2600万円であり、「献金・浄財」被害が11億円に達している。すでに統一協会の伝道方法も霊感商法も裁判で違法判決が下されている。吾が日本政府の内閣官房長官は霊感商法のカルト教団に激励の祝電を送って恥じない共犯者に頽廃している。
自由と人権を掲げながら、他方で陰惨な抑圧を行使するスタイルは、親分である米国の羞悪なふるまいに酷似している。米国は、02年にキューバ・グアンタナモに収容所をつくり、アルカイダやタリバン容疑者460人を容疑も示さず、裁判手続きもなく無期限に拘束して虐待的な拷問をおこなってきた。すでに4年以上拘束され、23人がのべ41回にわたって自殺を試みたが、ついに6月10日にサウジアラビア人2名とイエメン人1名が自殺した。彼らはベッドのシーツや衣類を使って首をつった。拘束された時点で死と同じ絶望の状況に置かれ、虐待の4年間の果てに選んだ最後の自由と言えよう。こうした自由と人権のめくるめくような非対称性に何らの痛みを感じないのが、米政府の感覚であり、自らに服従する者のみに自由と人権を与えるのが、星条旗の民主主義だ。
では自由と人権の星条旗の足下はどうなっているのか。米国では、19−29歳の青年成人層の医療保険無保険者が、00−04年の5年間で250万人増えてついに1370万人となった。米国では公的国民皆保険制度がなく、19歳か高校卒業時に個人として民間保険に加入しなければならない。メデイケイド(貧困者向け公的保険)や州の公的児童健康保険を受給していても19歳で対象外となるからだ。18歳以下の無保険者率が12%であるのに、19−29歳の無保険者は31%(!)に達し、高卒後進学しないか、医療補助のない会社に就職した低所得青年層は悲惨な実態におちいる。全日制学生の無保険者率が20%であるのに対し、非正規雇用の学生でない19−23歳の40%が無保険者となっている。大学教育を受けれない青年は、非正規か臨時雇いで企業保険がほとんどなく、19−29歳の時給10ドル未満の労働者の43%が無保険者となっている。以上・コモンウエルス・ファンド報告『通過儀礼?−若年成人はなぜ無保険に』(5月)参照。これが米国の人権の実相なのだ。要するに自由と人権にはマネーがあるかないかが条件となるのだ。
しかし米国の若者は政府とは別の行動をとっている。カリフォルニア大学バークレー校の学生たちが、sweat
shop(苦汗労働、中国語では血汗工廠)商品である大学のロゴ入りアパレルのボイコット運動をおこなっている。そのスタイルは、女子学生が透明のレインコートを羽織る等の裸体で抗議するユニークなものだが、それを揶揄する論調がある。ニューヨークタイムスは、sweat
shopは相場より高賃金で働くので、企業と現地のどちらにも利益があるから、むしろより多く買う方がよいと主張している。ポール・クルーグマンは、もし途上国の労働者に先進国並みの賃金を提供すれば、企業は投資を引き揚げて雇用は消滅すると説く。日本の梶谷とか言う人は、ボイコット運動をやる人はほんとうに現地の実態を知らない、現地の労働者はきつい労働に希望をもって挑戦していると主張している。これらの批判者はsweat
shopの実態の無知を恥じらいなく示している。彼らはsweat
shopを合法と非合法に分けて、合法的sweat shopを擁護するが、sweat
shopとは文字通り苦汗工場であり、学校へ行けない少年少女を集めて奴隷的な労働で酷使している不等価交換による絶対的剰余価値の実態を云うのだ。例えばインドのナイキ工場をみれば一目瞭然だ。ドイツW杯サッカーの公式認定球は、少女たちの血と汗が滲んでいる。こうした野蛮な植民地的奴隷労働を雇用創出と美化するクルーグマンの経済学の水準は、もはやアダム・スミス以下のアンモラルにある。(以上朝日新聞6月13日付け夕刊参照)
日本も親分のモデルに従って同じ道をたどろうとしている。日本では高齢者を「うば捨て山」に捨てる75歳以上の後期高齢者医療制度としてはじまっている。1300万人の全高齢者からの保険料を年金から天引き徴収し、滞納者からの保険証取り上げ、後期高齢者対象の新たな診療報酬体系をつくるという。要するに高度医療を必要とする後期高齢者を医療からはじき出して、総医療費を削減するということだ。これが半生を一生懸命に働いて病に伏した高齢者への”感謝”の政策なのだ。
日本はかって太平洋戦争期に軍事思想として最低の特攻作戦をおこなった。帰りの燃料を支給しないで敵艦に体当たりさせる作戦で、ほとんどは途中で撃墜されるか沈没した。この特攻隊員は、形式的には自主的な志願制であった。彼らはなぜ自らの意志で志願したのであろうか。城丸彰夫氏の証言によれば(『経済』130号)、第1に命令されて死ぬのは嫌だ、自分の意志で死にたかったからであり、第2は俺たちのような技量未熟な者を出撃させることはこの戦争の敗北を示し、戦争を終わらせる為に俺は死ぬんだ、第3は特攻を志願しない奴が監視・監督する偽善者であることを逆に示すのだというのが本当の気持ちであり、天皇のために死ぬんだなどとはだれも思っていなかったという。エンジン故障で途中から引き返して生き残った特攻隊員は隔離され、激しい蔑視を受けた。これが検閲された「遺言」の「聞けわだつみの声」の裏にある真実だという。特攻作戦を命令し指導した参謀は、責任をとらず戦後は米軍の手先となっている。靖国神社・遊就館は特攻隊員を祖国に「散華」した英霊として祀っている。彼らの魂はこのままでは永遠に救われない。日本のモラルがいかに頽廃していたかを示す事象は、戦後も隠然と継承されてきたばかりか、現在は大手を振って闊歩し始めたように思う。成功の可能性が前もってないと知っておきながら、南米の荒野に開拓農民を送り出して悲惨な運命をたどらせた日本政府は一切支援の政策をとらない、沖縄作戦で日本軍は現地沖縄県民を見捨てて敗走した、満州開拓民を見捨てて真っ先に逃亡したのが関東軍であった。命令した者は絶対に責任をとらないというのが、日本現代史の鉄則だ。彼らの末裔がいま子どもたちに愛国心を権力で強制使用としている構図は、ほとんど漫画にもならないカリカチュアだ。それほど日本のモラルハザードと無責任の体系は深い。その根底に最高司令官を免罪した戦後がある。私たちはもう一度さかのぼって、最高司令官をしかるべき法廷の場で裁かねばならない。さもなくば私たちの日本は、永久に戦争の責任にケリをつけられないままに、これからも過ぎていく。(2006/6/14
00:51)
[今やルック・コリアの時代なのか ノ・ムヒョン韓国大統領の政策は日本を震撼させる]
在日米軍再編で日本が米軍世界戦略の中心拠点となるなかで、在韓米軍の再編は全く違った方向へ進んでいるように見える。ノ・ムヒョンン韓国大統領は、青瓦台でおこなわれた6月抗争関係者(独裁政権への抵抗運動)との夕食会で、「ソウルは今や外国軍隊が駐留しない時代に確実に向かっており、5年ほどで戦時作戦統制権を自ら行使することになる。問題の締めくくりには時間がかかるが、自分の在任中に終止符をうつ」と述べたそうだ。韓国国防部は、その方向での協議で2015年頃には、移譲が完了するとしている。私は耳を疑った。在韓米軍の再編成とは、軍事統制権の米軍から韓国軍への移管と、将来の在韓米軍撤退を意味しているのだ。ここまで韓国の太陽政策と南北対話のレベルが進んでいることに衝撃を受けた。
昨日のNHK・TVの討論番組「米軍基地をどうするか」では、沖縄からの参加者が怒りの声を防衛庁長官にぶつけていたが、米軍基地の日本内でのたらい回しと太平洋米軍の最高司令部である第1軍団司令部の横田基地移転と自衛隊司令部の統合は、日本が米国の植民地軍として再編されることを明白に示していた。おまけに防衛庁を防衛省に昇格させて、日本を軍事国家に転換させる法案が提出された。教育基本法での愛国心の強制から憲法改正まで、なにか常軌を逸した右傾化が日本で進んでいるさまは、少したちどまって考えると恐ろしい事態だ。
ノ・ムヒョン政権が推進する「過去史清算」は、私にとってさらに大きな衝撃だ。それは単なる巨大な民主運動ではなく、「真実・和解のための過去史整理基本法」という国家意志として過去100年間の韓国近現代史を洗い直す取り組みだ。日本で云えば、明治維新に遡って歴史的責任を個人レベルで(!)で問い直すという壮大な作業だ。@日本植民地時代の強制連行・慰安婦犯罪への加担者を裁き、A植民地支配への加担者「親日派」を裁き、B解放後の済州島4・3事件や韓国軍のベトナム戦争加担を裁き、C民主化運動弾圧を裁くというタブーとされてきた歴史を白日の下に明らかにし清算するという、おそらく世界史上かってなかった歴史への審判だ。私は、韓国内で激しい抵抗を受けて、内部的な紛争を激発するに違いない政策を実践に移した韓国の、悲愴とも云うべき並々ならぬ決意を感じる。日本で云えば、自由民権運動への弾圧者を裁き、大逆事件の加担者を裁き、小作争議の弾圧者を裁き、大正デモクラシー運動への抑圧者を断罪し、治安維持法弾圧者を再審し、レッドパージ加担者を裁くことに等しい。おそらく日本では、収拾のつかない大混乱が誘発され、血なまぐさい争闘が起こるだろう。しかし韓国ではその究明が現実に進行している。韓国は、アジアの民主主義のフロントランナーに踊り出ているような気がするが、一方で激しい抵抗を受けて頓挫するのではないかという危惧をも覚える。
しかし、ノ・ムヒョン政権の推進する過去史究明を冷ややかにみるまなざしがあるのもさらに驚きだ。韓国・ハンギョレ新聞((04年8月26日付け)では、「一層深化した過去史究明のための意味ある進展が期待されるが、それは簡単なことだろうか。・・・(中略)大韓民国は我々にとってどのみちそこで生きていく外はない宿命だけれども、そのルーツは栄光に満ちてもいず、健康でもない。大韓民国は米軍政と親米派と親日派と政商どもが建てた国だった。ほんとうの過去史の真相究明は、この簡単な歴史的事実の確認へと結びつかざるを得ないし、この事実に到達することができない真相究明はすべてインチキだ。けれどもここまで遡っていくことができれば、これからの大韓民国はほんとうに偉大な国の班別にのぼることができる。果たしてノ・ムヒョン政権の過去史究明の意志はどこまで行き着けるだろうか」と述べ、大韓民国の成立根拠それ自体を揺るがす問題提起をおこなっている。
韓国政府は国家の文化政策の基本となる「文化憲章」を5月21日に発表した。前文は「文化は人間が人間らしく生きていくrための基礎である」と謳い、第1条で「文化的権利は市民の基本的権利である。すべての市民は不当な検閲、監視、脅威に苦しめられない権利、思想と表現の自由を積極的に実現する権利、この土の上のいかなる場所でも品位ある生を営む権利を有する」としている。時あたかもユネスコは、「文化表現の多様性の擁護と推進」条約を採択し(05年10月)、消滅の危機に瀕している伝統文化や消滅の危機に瀕している少数民族の文化の救済、米国型大衆文化の浸透から自国の文化産業を守ろうとしているが、米国は賛成せず日本政府は批准していない。青木保氏はこの動向を評価しつつ、日本は「文化の自由」が東アジアで最高水準にあるという。ほんとうにそうか。青木氏は君が代斉唱の自由に関して、弾圧がおこなわれている現状をどう思うのか。日本も韓国モデルの「文化憲章」が喫緊の課題となっている。すでに日本は、文化や思想の自由の領域で韓国モデルとのめくるめくような非対称性の国家に転落しつつある。
今日は韓国の統一支援組織である三千里鉄道という団体が主催する6・15南北共同声明6周年を記念する集会での姜尚中氏(東大)の講演を聴きに行った。三千里鉄道がどういう性格の団体かよく知らないが、姜氏の韓国の現状認識を知りたいというのが私の理由だ。氏は現代の日本でもっとも誠実に現代政治を考究している学問的営為を試行している人だと思っているからだ。私は生まれて初めて、在日系の集会に出たが、雰囲気は日本の集会とほとんど変わらない。中高年が多いが日本の集会と違い、意外と若い人もいるのに驚いた。姜氏は同胞の集会ということで、日本人の集会とは異なって、相当の思い入れと情熱を込めて朝鮮半島の未来展望を語った。韓国がいま東北アジアのプロモーターとして、平和と民主主義のフロントランナーになっており、東アジア共同体への展望を熱っぽく語った。100年間の韓国の変貌を語る時に、胸迫って絶句したのが印象的だった。彼が祖国への愛おしみを深く湛える誠実な人であることがにじみ出ていた。いったい日本の知識人で日本へのピュアーな愛情を素朴にもっている人がどれほどいるかを考えると、日本はほんとうにニヒルな国になってしまっていることを改めて実感した。最後の質問で、フロアーからある日本人が立ち上がり、自分が犯した朝鮮人への迫害を謝罪すると、温かい拍手に包まれた。私は、拍手に込められた願いを想って胸が熱くなったが、日本人が過去の行為をアッサリと謝罪する姿勢にはなにか違和感を覚えた。そんなに簡単に口頭で謝罪して許されるはずもない重い罪をほんとうに自覚しているならば、あんなに簡単に謝罪の言葉を吐けるはずがないーというのが私の実感だ。それは日本の右傾化の現状を、70年代韓国朴軍事独裁政権下の対北ムードとほとんど同じだと指摘し、拉致問題後の日本の現状に恐怖を覚えるという姜氏の意識に、ほとんど寄り添えていない。ひょっとしたら現在の日本は、過去の罪責を再び犯す破廉恥道をたどりつつあるのではないか。但し姜氏の主張に疑問を覚えたのは、地域主義(リージョナリズム)の強調と中曽根型東アジア共同体構想への評価、韓米FTA協定への肯定的評価とアメリカ内のデモクラット知識人に対する手放しの評価だ。問題は米国モデルのグローバリズムに対抗する反グローバリゼーションの世界的潮流を視野に入れていないことだ。これらの点についての氏の考究に注目したい。
さて日本と韓国に、棘のように刺さって抜けない問題として、歴史問題と拉致、竹島(独島)がある。歴史問題はいうまでもなく、日本の植民地支配の贖罪と補償をめぐる問題だ。私は今春に、初めて韓国の済州島・光州・釜山を旅行して、旧植民地支配と日本軍の残した傷跡をみた。韓国TVドラマ『チャングムの誓い』のロケ地となった美しい海岸には、遠くの崖に人間魚雷を格納する大きな穴が残っており、いまは韓国人さえ知らないのだとガイドが説明した。内陸には、同じく日本の飛行場の格納庫がそのまま残っており、韓国の農民がその横で畑を耕していた。独立記念館では、日本憲兵の拷問に耐える絶叫が響きわたっていた。戦争の記憶がせいぜい靖国・就遊館でしか展示していない日本と、韓国の間にそそり立つ過去の記憶の恐るべき非対称性に、私は暗然として黙り込まざるを得なかった。強制連行や慰安婦への償いを避け続けて、その生き残りがこの世を去るのを待っているかのようなふるまいに、東アジアのどの人が赦しを与えるだろう。ついに日本の歴史教科書のほとんどから、事実は抹殺され日本の未来を担う子どもたちが無知の責任を背負っていかざるを得ないように育て上げようとしている。
娘を拉致された親の悲哀を最大限に利用し、敵対を煽っているあの官房長官は、一方では過去の罪責に何の痛みも感じていない。南北離散家族1000万人の一人一人の慟哭と同列にとらえて、恥じない心性はもはや普通の人格ではない。「対話と圧力」を強調する本人こそがその対象になっているのに気づかない想像力の貧困。では竹島問題をどう考えたらいいのだろうか。竹島は歴史的に居住民がいない無人島であり、住民の文化的・民族的なつながりを根拠に領土権を主張する資格は、日韓いずれにもない。例えば、対馬藩主が江戸期には徳川幕府の家臣であり、同時に朝鮮王の臣下であったように、、封建期の辺境は国境線は異質の文化や民族が混在する独特の共同体を形成してきたのだ。だからコンパスと定規で線を引いて外交会談で国境線を確定し合う近代国家のパラダイムとは基本的に異なる。近代民族主義の勃興の中で、互いに排除し合う敵対関係と衝突が誘発されたに過ぎない。双方が史料的根拠を提示しあって領土権を主張したり、国旗を掲げて上陸し占拠しようとしたりして国家間の緊張関係をつくりだす。それぞれの内部に、排外主義的な民族ショービニズムの雰囲気が醸成され、対話は不可能となって軍事的な解決に到ったのが、近代の悲劇だ。辺境は辺境のままに独自の空間として、共同管理の対象にすべきだというのが私の主張だ。なぜなら遠からず、東北アジアもEU型の地域共同体を参考にした新たな再編成が不可避になると思うからだ。国境線は消えないとしても、人・物・カネ・文化の交流が想像を超えた密度で展開していけば、辺境の領有権そのものの意味がゆらぎ、相互の財産として自然に共同管理のシステムが国際法化していくのではないだろうか。(2006/6/11)
[ルポ 死んだように眠る若者たちー大企業の派遣・業務請負]
□松下電器尼崎工場
05年9月に世界最大のプラズマTV・パネル製造工場として操業開始。派遣最大手クリスタル系コラボレートが労働者を派遣している。9:15−21:15、21:15−9:15迄の2交替制(12時間拘束、実働10時間30分)。ドイツW杯前の薄型TV需要層で24時間のフル操業。労働者は、1ヶ月単位の変形労働時間制で、2日働いて2日休み、日給は1万2600円(時給換算1200円)で月額19万チョットだ。Yさん(31)は、大阪の高校卒業後、新聞折り込み広告でクリスタル系請負会社に入社し、契約期間は3ヶ月、休日出勤をして月に32万円、いつ契約が切られるか不安を抱えて働く。松下は、プラズマTVの世界シェア30数%のトップで、将来50%をめざす戦略商品と位置づける。06年3月決算で純利益は前期の2倍の1544億円を超えた。01年に1万3000人の希望退職を募り、中高年に工場のゴミ拾いをさせて正社員2万人を退職に追い込んだ。生産現場は6−7割が請負と化し、新規採用は大卒750人のみで高卒はゼロ。日本政策投資銀行は、松下尼崎工場の関西経済誘発効果を1600億円と試算しているが、雇用創出力は非正規労働だけが伸びるとしている。
□シャープ亀山工場
液晶TVトップのシャープの最新鋭亀山工場は、「亀山産」というブランド名で店頭に液晶TVをズラリ並べている。小泉首相は昨年同工場を視察し、「水族館のように美しい画面」と絶賛した。A君(26)は、この3年間埼玉から北海道、石川をへて、いま亀山にいる。きつい仕事で多くの人は1ヶ月で辞めていくとつぶやく。請負会社フリーペーパーは、「TV,冷蔵庫、洗濯機完備の新築ワンルームマンション寮!憧れの1人暮らし!! カップルの応募OK」と宣伝を打つ。カップルOKとは、山の中の孤独な暮らしに耐えきれず辞める人を防ぐ宣伝文句だ。
ハローワーク鈴鹿の求人には、「2ヶ月ごとの契約更新」というのがあり、請負会社が厚生年金を掛けなくてもいい求人をおこなっている。社会保険料も、普通は労使折半だが、厚生年金を掛けなければ会社は10%程度負担が軽くなる。亀山工場の3300人の労働者のうち2016人が請負労働者だ。三重県と亀山市は、シャープ誘致のためにそれぞれ90億円、45億円という税金を投入した。年間400億円の工業出荷と1万2000人の雇用があると議会で説明したが、新卒の地元採用は4年間で225人、うち地元の亀山の採用は4分の1くらいだ。ほとんどが、全国を渡り歩く請負労働者が占めている。いま各自治体は争って企業誘致にのりだし、補助金を次々とつり上げている。岡山県、岐阜県が5億円から70億円へ、和歌山県は100億円、兵庫県は90億円を投入する。しかし地元雇用は誘発されることなく、請負大手企業が請負料を稼ぎまくっている。
□トヨタ系光陽シーリングテクノ
テクノは変速機の潤滑油が外に漏れないようにするオイルシールをトヨタに納品している。金環という10数aの丸い金属とゴムをプレス機で接合する。夏の職場は40度を超え、全身から汗が溢れる過酷な労働だ。勤務は7:00ー14:51分迄の昼勤、14:39ー22:30迄の夜勤の2交替制で、400人の正社員とコラボレート、マイオールの請負労働者100人がいる。派遣労働者の時給は1100円、年収は2百数十万円、契約期間は3ヶ月で、テクノは直接に命令する偽装請負を続けてきた。正社員は時給2591円+保険・年金・退職金=3401円であり、請負労働者は時給1100円+健保・年金(600円)=1700円だから、テクノは、コラボレートのマージン(利益・経費)を含めても正社員の半分で同じ労働をさせることができる。
3つの現場工場の実態は、いかに請負・派遣現場労働者が、過酷な低賃金・長時間労働で生産の現場をになっているかを示している。クリスタルの05年度請負・派遣労働者数は、キャノン大分2工場で1407人、929人、栃木2工場で1195人、294人、福島工場359人など合計4269人、日産自動車は2730人、松下電器は2313人、日立製作所は1280人となっている。キャノンの正社員は2万1000人だから、いかに非正規が多いかが分かる。キャノンの05年純利益は3800億円の6期連続増収・増益をうみだして、社長は次期日本経団連会長の座を手に入れた。コラボレートのダイテックの1ヶ月1000万円以上の取引先一覧をみると、三菱電機2億2655万円、セイコーエプソン1億8900万円、ジャトコ1億8831万円などズラリ大企業が並ぶ。
クリスタル系請負会社の「管理報告」という内部資料では、北海道から鹿児島までの工場ごとの請負労働者数と売上額が記載されている。売上額とは、大企業がクリスタルに支払う請負料であり、労働者数で割ると1人当たり平均請負料が月額26万円となるが、クリスタルのマージンは28−15%で請負労働者の手取は18−22万円となる。残りはクリスタルの経費や利益で、月7万2000円ー3万9000円となる(これはピンハネ額だ)。
クリスタルは、1974年に京都市で創業し、日産車体の清掃を請負い、その後に急成長し05年度売上高は5000億円を超えているが、未上場のため実態は不明だ。スタッフサービスやパソナの派遣会社の1000−3000億円と較べていかにビッグかお分かりであろう。クリスタル「参謀本部」の内部資料には、「大競争に生きのこり業界トップになるためには、プロは規制規制の違法行為が許される。境界線で勝負する」と「第3者に迷惑をかけない違法、嘘は許される」などのおどろおどろしい言葉が並んでいる。ある幹部職員は、「クリスタルグループのために365日出勤します」という誓約書をオーナー社長に提出させられ、実際に出勤したかどうか確認の電話があったという。
クリスタルは、派遣事業免許もとってホワイトカラーの職場にも参入している。例えば時給をみると、KDDI(一般事務)1680円、イトーヨーカドー(一般事務)2000円、プロミス(営業事務)1800円、損保ジャパン(営業事務)1600円、共栄海上火災(受付)2000円等々。同じ損保でも時給が違うのは、大企業ほど買い叩かれるので中堅企業からその分を取り返すのだ。
皆さんはこうした請負・派遣の実態をどう思われますか。日本は、労働者の賃金をピンハネしたり、タコ部屋に入れる「口入屋」、鉄鋼・造船の「組請負制度」等の労働者供給事業を人身売買として厳しく禁止してきたが、1985年の労働者派遣法の成立によって、一気に解禁された。薄型TVやデジカメは3ヶ月で開発・生産する短サイクル製品競争が激化し、世界同時垂直生産・販売システムでむしろ国内生産回帰の流れとなっている。こうして3ヶ月程度の短期雇用が反復される請負・派遣労働が、東アジアの安価な低賃金に等しい労働力として生産を支えるようになった。いま請負・派遣労働者の過労死や過労自殺が相次いでいるが、労災が起きても企業は使用者責任がない。しかも請負なのに、直接命令する偽装請負が横行している。偽装請負は派遣になるので、同一職場で1年以上働いている場合は派遣先企業は直接正規雇用しなければならない。
私は、日本が奴隷制時代に逆転している実態を紹介した。私は敢えて現代奴隷制という。奴隷とは、人格を喪失して道具と化した人間が、主人の専制的命令に無条件に服従する状態を云う。請負・派遣はその内実に於いてかっての奴隷労働とほとんど変わるところはない。主人は常に云う、”働け、働け、お前たちは死んだら天国に行けるぞ!”と。以上・『経済』130号参照。(2006/6/10
20:26)
[かっての夢の団地は、今や廃虚と化しているのか]
1960年代の日本の高度成長期に、太平洋ベルト地帯への大規模な人口移動が進み、2DKの公団住宅が近代生活のモデルとして憧れの対象になりました。この時代を描いた映画として、大阪万博をバックにした山田洋次『家族』がありますが、すでに都市生活の光と影が鮮やかに浮き彫りになっています。松戸市の常盤平団地は、3000世帯が入る日本有数のモデル団地としてスタートしましたが、いまは1800世帯しかいません。かっては子どもが溢れ、住民は一緒に夏祭りなどをやったりしていましたが、子どもが巣立ち住民の高齢化が進んで、今は4割は空き室になっています。最近40歳代後半から50歳代の中年男性の孤独死が続発しています。高齢者の孤独死は分かりますが、なぜ中年男性なのでしょう。彼らはリストラや病気が原因となって離婚し、独りになって誰にも看取られることなく、死んでいっているのです。東京・高島平団地も同じようなことだそうです。昨年帰郷した時に、私が高校時代まで生活した市営住宅を通りましたら、なんと数十年前と同じ姿で立て替えることなく、朽ち果てた姿を無惨にさらしていて胸が締めつけられるようでした。
フランスで昨年に起こった暴動は、荒廃した郊外団地に住む移民の2世や3世が中心でした。フランスの都市中心市街地は、文化遺産も豊かで白い肌、青い目のフランス人がアパルトマンで快適な生活を営んでいますが、移民の住む郊外は排除されてルサンチマンが爆発したのです。アメリカは逆に、上層市民は郊外の要塞都市に住み、都心部は貧しい住民が取り残されて都心が荒廃しています。日本ではこうした荒廃が、団地中心の進んでいるのではないでしょうか。移民やマイノリテイではなく、非正規中高年労働者や独居高齢者、無年金高齢者、或いは若年のワーキング・プア(働く貧困者)が大規模団地を中心に集住しているような気がします。
日本の貧困率(世帯所得が平均の半分以下)は、メキシコ・アメリカ・トルコ・アイルランドに次ぐ世界5位に躍進し(? 00年)、年収300万円以下が男性の20%、女性の65,5%に達し(給与所得者 04年)、格差が極端に拡がっています。貧しさは所得だけでなく、教育や人間関係を奪う社会的排除(social
exclusion)となって最後に孤独死に到るのです。或いは毎日100人が自死する先進国第1位の自殺大国となっています。
こうした実態を救済するために、ほんとうに困っている「真の弱者」に支援を限り、遊んで暮らしているような生活保護を摘発せよーという議論があります。この考えは何を意味するでしょうか。日本がモデルとするアメリカは、上位10%の富裕層が富の33,9%を独占し、日本でも年収2000万円を超える19万6000人(0,4%)の層に富が集中し始め、彼らは主として有価証券取引で10億や20億円を一夜で儲ける生活をしています。格差の基本は富がどんどん上層に吸い上げられる仕組みにありますが、いま悲惨なことは中下層での格差探しが横行し、お互いを摘発するような動きがあることです。下へ下へと格差を探していく、醜い争いが起こってはいませんか。公務員は民間より高いのはけしからん、同じ公務員でも何で教員だけ高いのか、などなど身近なところに格差を見つけて攻撃するふるまいです。こうして頂点に君臨する最富裕層が高みから冷ややかに見下して嘲笑う構造になっています。これは心理学でいう「抑圧の移譲」という心理であり、弱者同士が罵り合う醜い構造をもたらしています。先日の新聞で、正社員に就職できた大学卒業生が、ニートの若者を「彼らは真剣に生きていない、まじめに努力していない」と批判していましたが、こうした気持ちこそが格差を肯定する根元にあります。
「努力した人が報われるのが正しい」として、競争と格差を進歩のための必要悪だとする考えはほんとうに正しいでしょうか。この議論の前提は「機会の平等」ですが、いま機会の平等は形式的には少しありますが、実質的にはありません。ほとんどの人はいまどんなに努力しても報われる可能性はありません。正規と非正規の人が同じ努力をして平等に報われることはありません。成果主義賃金は、みんなが血の出るような努力をしても、大半の人は(特に中高年)は賃金が下がるシステムになっています。JTBは1億円以上の預金がある人のためのスイス銀行預金ツアーを企画しましたが、ゼロ金利にあえぐ庶民の預金が富裕層に集まるような富裕層ビジネスが横行していることは、努力しないでも報われる少数の富裕層のために銀行があることを示しています。
私の主張に対して、必ず「自ら努力して成功した人を引きずり降ろすのはよくない」とか「報われないのは努力が足りないからだ」、「努力しない人の言い訳だ」、最後は「成功者をねたむのはよくない」(奥田日経連会長)等という反論が返ってきます。こうした人の考えの基本には、自分さえよければいいーというエゴイズムが根底にあり、「善悪は儲かるか儲からないか」(堀江貴文)という”我が亡き後に洪水は来たれ!”という金権亡者の醜い姿があります。この思想は19世紀にすでに否定されたのですが、米国モデルのグローバル化の中でまたぞろ息を吹き返してきました。現実は、もはや子どもを産み育てる希望すらなくなり(合計特殊出生率1,25)、毎日100人が自死するという惨憺たる状況に落ち込んでいますが、彼らにとってはどこ吹く風です。
では君は厳しい国際競争をどうすればいいというのかーと問われます。私は米国モデル以外に、多様なモデルが世界にあり、それらをしっかり観て、独自の日本モデルをつくっていけばいいと思います。フィンランドは競争をなくした助け合い教育でなぜ世界第1位の学力を持ち得ているのでしょうか。少なくともここには、日本が参考にできる別のモデルがあるような気がします。(未完 2006/6/10 12:31)
[競争の影に怯えて暴走エレベーターと化そうとしている国]
1人の高校生を死に至らしめたシンドラー社のエレベーターは、現在の日本を象徴するかのように制御機能を失っていた。ひと1人の命がまるで木の葉のように散って消えていった。人のいのちの尊厳がかくももろくも扱われている時代はおそらく戦時期を除いてない。かく云う私も昨日、シートベルトをしないで走行していたら、物陰から若い警官が飛び出してきて、さも嬉しそうに「すみません、すみません」と繰り返しながら切符を渡された。悪いのは私なのに、なぜ警官が謝るのかと思ったが、おそらく彼は今日のノルマを必死に遂行したのだろう。少し気分が滅入ったところに、村上ファンド代表の逮捕のニュースが飛び込んできた。逮捕直前の記者会見で喋りまくる姿を見ていると、なにかエイリアンのような感じがした。「皆さんは大儲けしている私を嫌いになったでしょう。なぜ金を儲けることが悪いのですか」などと繰り返している。マネーゲームの泥沼でコモンセンスを喪ってしまった人間の異様な姿が映し出されているように思えた。ホリエモンから村上という現代の寵児が瞬時に没落する姿を目にして、ルサンチマンが流されていくカタストロフィックな快感を味わう人も多いかもしれない。あのそそり立つ六本木ヒルズの最上階から地上へ墜落していく姿を見るような。次は楽天の三木谷氏を期待して秘かに楽しんでいる人もいるだろう。それこそ劇場型デモクラシーが醸成してきた頽廃の劣情であって、その感性は小泉チルドレンに群がった投票用紙とさして変わるところはない。検察は正義の月光仮面として、あたかも大岡越前や水戸黄門のようなまなざしを浴びているが、一方で彼らは冷酷に市民の電話を盗聴し、ビラ配布者を逮捕し、君が代不起立者を有罪に追い込んでもいる。庶民は決して主人公になることなく、権力が巧妙に書いたシナリオ劇を楽しんでいるかのようだ。庶民をいじめぬいた悪代官を葵の印籠一発で成敗して夕陽のかなたに去っていく水戸黄門を、涙を流して土下座しながら見送る江戸時代の庶民のように。こうして江戸幕府はときどきスケープゴードをつくっては庶民の鬱憤を晴らし、生かさぬように殺さぬように年貢を集め続けることに成功した。つまりコイズミ・タケナカ的構造改革のモデル・パーソンとしてのホリエモンやムラカミの本質を知れば、検察がほんとうに逮捕しなければならないのは誰かが分かるはずだ。ではムラカミの「犯罪」はいったい何であったのかを少し詳しく整理してみよう。
ムラカミは、大量の株を秘かに買い占めた後に、適当な買収者をさそっては株を買わせ、売り抜けて儲ける「仕手筋」であり、他方では大量の株を買い占めて企業を脅迫して高値で買い取らせるグリーン・メラーの2つの汚い顔を持つ。彼は、TBS株7,45%の買い占めが終わった時に、楽天社長をけしかけてTBS株を買わせ、高騰した時に売り抜けて150億円を儲けた。投資ファンドは5%以上の大量株を取得しても、報告は3ヶ月後でよく、事業を行う楽天は5日以内という仕組みを利用して、3ヶ月間静かに買い進め、株価をつり上げた後に一気に売り抜けたのだ。ライブドアによるニッポン放送の経営権取得というインサイダー情報をもとに、ニッポン放送株を買い進め、高騰した時に一気に売り抜けて100億円を手にした。
さらにムラカミは、タイガース優勝騒ぎを利用して阪神電鉄株を秘密裏に買い進め、47%になったところで経営権譲渡を迫った。これに全く気が付かなかった阪神経営者の無能は覆いがたく、追いつめられた阪神電鉄は阪急に救いを求め、阪急はホワイトナイトとして救援にはせ参じた。ムラカミは、1株690円で買った株を阪急のTOB(公開買い付け)に応じて930円で売り渡すので、1200円の価値があると信じた株主を裏切って470億円を儲けたことになる。阪神株は通常500円で買えるから、それを930円で買う阪急経営陣も責任を問われる。こうして実にムラカミは、TBS株で150億円、ニッポン放送株で100億円、阪神電鉄株で470億円、合計720億円を一夜にして手にした。まさに「善悪は儲かるか儲からないかで決まる」(堀江貴文『稼ぐが勝ち』)を地でいったわけだ。
ムラカミの行動は(そしてホリエモンも)、明らかに株を買い占めては脅迫して高値で買い取らせるグリーンメラーというもっとも汚い仕手戦であった。しかしほんとうの黒幕は、彼に創業資金を提供して全面バックアップした宮内義彦氏(オリックス)であり、証券取引市場を野放しにする構造改革を進めたコイズミ・タケナカに他ならない。検察が逮捕しなければならないのは誰かお分かりであろう。ホリエモンやムラカミはスケープゴードに過ぎないが、この一連の事件はコイズミ型アメリカ型マネーゲームの競争原理がついに終焉を迎えたことを意味している。江戸期の庶民が、ほんとうに倒さなければならないのが大岡越前や水戸黄門であったように、現代の市民は誰に刃を向けるべきかすでにしてうすうすと見抜いているいるにも係わらず、そうした方向に向かわないのはなぜだろうか。恐怖に駆られる企業は、外食産業大手のスカイラークのように、創業者一族が全株を買収して非公開として、会社を証券市場から隔離する動きも出てきた。なぜ市場そのものが否定されるようになったのだろうか。
社会の隅々までシカゴ学派の市場原理主義が染み込んで、市民の多くも競争に埋め込まれていきつつある。ほんらいの「自由」な競争は、互いに切磋琢磨する生き生きとしたエネルギーがほとばしり出るはずだが、実態は自由闊達な行動を排斥して、異端を排除する閉塞した異常な社会がつくりだされてしまった。なぜだろうか? それはニンジンを目の前にぶら下げて競わせるラット競争に巻き込まれてしまったからだ。企業は、単年度純利益を最大化する「成果」とか「業績」のみで社員を評価し、学校はそのテストの「点数」だけで子どもを評価して、狭い「学力」を競わせる予備校と化している。こうして互いが互いにオオカミとなるジャングルの掟が日常生活の隅々に万延していった。東京都の小中学校は、恐ろしいまでに頽廃した学校の実態を示している。ぜひ荒川区や足立区の公式ホームページを開いてみてほしい。
荒川区は全国トップを切って区立小中校の全学年に、4−5教科の独自の一斉学力テストを実施し、足立区は小1を除く全小中学年に導入している。足立区は都の一斉テストで23区中の最下位となってから、すさまじいテスト競争を導入した。ホームページをみると、学校名入りで全教科の平均点が並んでいる。一瞬私は目を疑った。全世界になぜ実名入りで学校の教科別ランキングを発表しなければならないのだろうか。足立区はいま、テストを欠席するように一部の子どもを指導し、小学低学年では腹痛や吐き気に襲われるこどもが続出している。足立区と荒川区の独自テストは、ベネッセに外注され(荒川区1500万円、足立区5000万円)、1民間企業であるベネッセは全生徒・児童の学力情報を個人名まで把握し、教材会社が親に順位を教えるまでになっている。
もっとも悲惨で深刻なことは、他区の学校との対外試合でバカにされて罵声を浴びたり、学校選択の自由化とセットになって入学生がゼロとなったり、極端に新入生が減る学校が出現していることだ。自分の学校に誰も入学してこない実態を目にして、上級生はどのような気持ちになるだろうか。入学式がない新学期にどのような気持ちで登校するだろうか。砂を噛むような挫折感と失望感を、すでに小学校で味わうのだ。人気校は子どもの数が増えて教室が足りなくなり、大人数編成で丁寧な教育はできない。彼らの救いはわずかな優越感だけだ。もはやこれは学校ではない。競争システムがない教え合いのフィンランド・モデルが世界学力テストで第1位になり、日本が沈没しつつあるのは東京都に最大の責任がある。教育学部を卒業した教育理論のプロである教師は、こうした排他的競争システムの罪をどこまで自覚しているのであろうか。もし東京五輪が開かれるとすれば、世界の人たちは東京の子どもたちの輝きのない死んだようなうつろな瞳を見てギョッとするだろう。
こうした頽廃した競争を煽る企業を象徴しているのが、1993年に日本企業で最初に成果主義賃金を導入したFUJITSUだ。恣意的な成果主義賃金システムの無惨な姿が暴露されて業績が低迷するFUJITSUは、昨年度から評価基準を個人単位から組織単位に切り替え、成果報酬は部に与え、配分は現場部長の裁量に委ねる方式に移行した。評価の基準をいままでの目標の達成度から、プロセスと実現した成果そのもので測る方法に変え、最高評価を受けた社員名を公表するシステムに転換した。結果はどうか。
チームワークの乱れと士気の低下がより深刻となり、管理職の監視がますます厳しくなった。更迭を恐れる課長や部長は戦々恐々として、部下を不信のまなざしで見るようになった。月2回の課題発表会では、かっては喧々囂々と議論が繰り広げられたが、いまは無言で反応もなく、ただ発表して終わるだけになった。頭に来た専務が「意見を言ってくれ、部長が必ずしも正しいとは限らん」と自閉する社員を叱咤している。同僚の仕事に関心を示さず、ひたすら自分の成果につながる仕事しかせず、目先の成果に追われて失敗を恐れてチャレンジしない雰囲気が職場に蔓延している。01年、02年と1000億円を超える巨額の赤字を計上してから、大規模なリストラで少し回復しているが、本質は実に倒産寸前の危機的な状況にある。「業績が悪いのは社員が働かないからだ」(01年10月)と吼える社長はもはや裸の王様に過ぎない。
同社の目標管理制度は、半期ごとに社員が目標シートを提出し、期末に上司と面談して達成度を評価され賃金が決まる。しかしいまこの目標シートを提出しない職場が激増し、システムエンジニア部門では締切の4月を過ぎたのに誰も提出していない。上司はあわてて評価を乱発し、今ではSAとAが6割以上を占め始め、評価のインフレが誘発されている。上司との面談は、上司の愚痴を聞く場と化し、数十人に上る部下の目標と成果を正確に設定し評価などできないとノイローゼになる上司が出現している。部下が目標を達成できないと、管理職の評価もダウンするので、最初から低い目標に設定させるなど、実態は社員の評価は予め決まっており成果シートが全く無意味となって形骸化している。こうしてFUJITSUは事項崩壊の道をたどりつつある。
FUJITSUに輪をかけた成果主義で業務停止処分を受けた損保ジャパン(社員1万5000人)の場合をみてみよう。同社社長は恫喝と脅迫でもって支店長にノルマ達成の圧力をかけ、追いつめられた営業部員は、立て替え払い(年俸がダウンするくらいなら保険料を立て替えて保険に加入させる)が431件(280人 金融庁調査)にのぼり、保険金の支払い漏れを黙認したり、顧客の印鑑を保有して無断で契約継続処理をするなどの違反行為を繰り返していた。なぜこのような違法行為に及んだのだろうか。同社の成果表は基本年俸・役割年俸・業績年俸表の3区分に分かれ、業績年俸表はS・A3・A2+・A2・A2-・A1・B・Cの8ランクあり、トップのSは534万円でCの84万円まで実に6,4倍の格差になっている。年間営業目標を上司に提出し、成果評価シートでランクが決まる。個別目標ごとに目標レベルとその重要度が評価されパーセント数値が算出される。年間数百万円の年収差によって社員は血まなこになって目標オーバーをめざすことになる。損保ジャパン本社には53億円で購入したゴッホの「ひまわり」がかざられ、ひまわり生命保険は同社のブランド商品だ。その原点にある「ひとりは万人のために、万人はひとりのために」という理念は泥にまみれて地に落ちた。損保ジャパンの副社長は社保庁長官に就任し、国民年金保険料の詐欺的な免除手続きをおこなった。無謀なノルマを所員に課して「手足を縛って泳げ」と叱咤したという。これが成果主義の悲惨な末路だ。
東京都の小中学校とFUJITSU、損保ジャパンは排他的競争主義の末路を象徴している。いま日本全国でこのモデルを後追いして、心のなかでは違和感を覚えながら追随している心理は何であろうか。あなたの職場や学校でも、おそらく似たような動向がヒタヒタと忍びよっているだろう。取り返しのつかないメルト・ダウンが誘発される前に、一歩留まって振り返り、2度とはないそれぞれの尊厳ある生を恢復する胎動の芽生えに与すべきではないか。もしあなたに、生を分けたいのちがあるとすれば、狂乱の足立区や荒川区に住まわせる気持ちは起こらないだろう。振り返ればかっての日本は、ごく自然なフィンランド型の社会であったような気がする。たしかに出世志向の輩もいたが、暗黙の内に軽蔑されてはいなかったか。成果や業績を上げた人は尊敬のうちに遇されて、決して勝者への羨望と劣情の対象ではなかったように思う。いま日本は、大きな負の傷を刻んで、ジッと沈黙のうちに耐えているように見える。たった1回しかないこの生を、惨めな競争に費やす無惨を多くの人が痛みとともに、心のなかで悔恨の想いで迎えつつある。人間はそれほど愚かではない。システムの複雑性によって紆余曲折をたどりつつも、人間は手をつなぐ存在であることを原初的に知っている。遠からず近い将来に、おのおのが主人公となる新たなシステムを再構築するに違いない。(2006/6/9
19:20)
[見過ごせない片隅の記事]
翻訳家で評論家の清水真砂子氏の小さいエッセイは見過ごせない(朝日新聞6月5日夕刊)。
求められて自分のプロフィールを「1941年 北朝鮮生まれ」と書くと、拉致された6人が帰国した頃から、土地の名が意図的に消されて掲載されるようになった。なぜ消したのかと問うと、大手通信社の若い記者は「だって印象が悪くなるでしょう」と答えた。ある講座のパンフでは、他の10人近い講師の紹介にはすべて出生地が載っているのに、清水氏のだけが記載されていない。主催者の気遣いがさせたことだった。つい最近も「北」の1文字が消されていたそうだ。私は清水氏が韓国・朝鮮籍かどうかは知らないが、おそらく日本人で戦中期に北朝鮮で生まれたものと思われる。私と同じ年ということになる。
そのことについて清水氏が記している感性が素晴らしい。彼女はこう云っている。
「私は消されるたびに、在日の人々がこの日本でさらされている恐怖の一端にふれる想いがし、関係者には抗議し、削除された文字の復活を求めてきた。みんな善意だったのだ。私の抗議には一様に、せっかく配慮したのにと云いたいような表情を見せた。もちろん「配慮」自体が悪いのではない。だが、「配慮」を生み出さずにはおかない空気とは、いったい何なのだろう。「善意」による「配慮」は結果としてその空気をいっそう強めることに加担することにはならないか。この「配慮」を生み出す空気に怯え、辛い思いをしている人々がいるかぎり、私は出生地を勝手に消さないで、と言い続けようと思う。過去の歴史を忘れないでいるためにも。
これこそまさに無意識の偽善とか、無知の悪という、最も実は悪質な行為だ。清水氏のようなごく普通のまっとうな感性が、今の日本では少数派におちいっていくファナテックなバッシングの雰囲気が蔓延している。ただでさえ偏見と差別のまなざしに侵された日本は、拉致の首謀者と民衆を区別することなく、偏狭な迫害を加えつつある。「北朝鮮」という地理的な空間概念そのものが、いまや悪の象徴として記号化されている。国内の統治がうまくゆかない時や矛盾が深化した時に、虚栄の統治者がよく用いる排外主義的ショービニズムの手法の一つだ。「キャツは敵だ!キャツを消せ!」というヤクザの論理が公的な政治システムに浸透する。もっとも哀しいことは、国内で痛めつけられた下層の弱者が、自分のルサンチマンのはけ口として、自分よりさらに弱い状況にある少数派や外国人に向けて、卑しい手法でトラウマを発散することだ。そうしてそれを高みから冷ややかに嘲笑っている少数の統治者が権力の座を安定させてほくそ笑んでいる。なにか日本全体が、反撃されないで攻撃しやすい弱者を求めてうろつきまわる陰惨な社会になっていくような気がする。「嫌韓流」等という見えすいた政治性の次元ばかりでなく、いま日本では幼子に対する攻撃が目立って増えているような気がする。サラ金で行き詰まった挙げ句に、幼子を殺めるという事件は、想像を絶している。しかしほんとうにいかがわしいのは、ここまで日本を頽廃させた一部統治者の為政であり、彼らにとっては、いたいけな我が子を殺害する母親の行為は、実は自分たちの統治にとっての最大の手段に転化する。安全と治安に向けて権力を肥大化させることができる。すでに批判精神を失っているマス・メデイアは、深層に迫る報道は避けて視聴率や販売部数に狂奔する劇場型報道をこれからも進めるだろう。権力の頽廃をあからさまに見せたのは、イラクで人質になったボランテイアへの自己責任バッシングであり、政府とメデイアは一斉に人質を攻撃した。おそらく次回の選挙でも、北朝鮮関連の事件を誘発させて一気に雰囲気を煽り、大勝に導くシナリオがすでに準備されているであろう。清水真砂子氏の片隅の小さなエッセイは、現代日本の本質的な問題に実は触れているのだ。(2006/6/5
21:54)
[ウイニーで流出した日米共同戦争計画シナリオ]
海上自衛隊佐世保基地海曹長のパソコンから海上自衛隊作成の日米共同演習・作戦計画が、ウイニーによって流出した。以下はその概要。
△作戦日時 2003年11月7日ー11日
△作戦概要
(第1段階)
茶国(北朝鮮)が緑国(米国)の経済制裁を受けて深刻な経済危機におちいる。
緑国(米国)は黄国(中国)市場からホットマネーを引き揚げる金融操作をおこない、株式市場が大暴落する。
茶国は対抗措置として、新型弾道弾の発射準備や工作船の潜入・搬入訓練を活発化する。
黄国はS諸島(尖閣列島)の領有権を主張し、漁船の領海侵犯や青国巡視船への体当たりなどの挑発行為をおこなう。
(第2段階)
茶国は黄国と共同して、緑国の後方支援部隊や米軍に抵抗、茶国軍が紫国(韓国)に侵攻し交戦状態となる。
(第3段階)
周辺事態が日本有事に発展し、海上自衛艦隊は朝鮮半島での作戦行動に向かう米空母などHVU(緑国艦艇の護衛と、父島を南西諸島にある島と設想した陸上自衛隊の揚陸訓練を開始する。茶国は内部崩壊へ到る。
(海上自衛隊の作戦行動)
@海上自衛隊は対馬海峡から九州西方を重点海域とした警戒警備行動に入り、緑国軍への兵站支援活動を並行しておこなう
Aこの時点での日米作戦担当地域は、米軍=朝鮮半島〜日本海〜黄海、自衛隊=日本周辺海域
B自衛隊は情勢に応じて、対馬海峡で封鎖による対潜通峡阻止活動を実施する
C自衛隊は日本領海内と国際水域での機雷掃海を実施し、緑国海軍が実施する国際水域及び紫・茶国領水内での機雷除去活動を支援する
D朝鮮半島の作戦行動に向かう米海軍の護衛活動に入り、陸上自衛隊は父島での揚陸訓練を開始する
E朝鮮半島からの邦人等の輸送活動をおこなう
(コメント)
集団的自衛権行使に相当する違憲計画であり(潜水艦の通峡阻止や船舶検査、攻撃的機雷除去)、経済制裁と金融操作による米軍先制攻撃への加担は周辺事態法にすら違反している。中国を仮想敵国とする作戦計画立案は日中平和条約違反であり、韓国内での米軍支援活動支援は日韓条約に違反している。かっての関東軍の独走を想起させるような軍事シナリオだ。現在ではシビリアン・コントロールが一定機能していると考えれば、この作戦は首相官邸も了解しているのであり、ある意味では戦前よりも日米軍の行動は聖域化されたアンタッチャブルな領域となっている。それにしても自衛隊は米軍を守るためだけの植民地軍に等しい惨めで奴隷的な存在だ。こんな参謀部に振り回せれて命を賭けなければならない前線の自衛官ほど哀れな存在はない。いったい日本国は独立主権国家なのであろうか。こうした司令部には前線自衛官からも信頼されないであろう。彼らは祖国・日本のために命を捨てるのであり、決して米兵のために命を捧げているのではないから。(2006/6/5
13:45)
[密告社会の臭いを感じませんかー民間による違法駐車取り締まり]
私も違法駐車で罰金を支払った経験があるのですが、6月1日施行の民間監視員による駐車違反摘発は、何か薄ら寒い密告社会の到来を感じます。1日施行の改正道路交通法は、駐車時間に無関係に違法駐車確認がおこなわれ、所有者に違反金納付書が送付され、納付しない場合は車検拒否・預金差し押さえ・繰り返した場合の車両使用制限と罰則が強化されますが、問題は摘発活動に民間委託が導入されたことです。受託した74法人の駐車監視員1600人が、全国270警察署管内で活動を開始し、地域は102市町と都内12区の駅前・繁華街・幹線道路で監視活動に入ります。
いま問題となっているのは、委託先が警察の天下り先となる官民癒着と、運転手の複数配置ができない中小企業の営業車両ですが、私はもっと恐ろしい監視社会の到来を感じるのです。駐車違反という犯罪行為を摘発し、犯罪を成立させる行為は、明らかに警察権という公権力のみが国民からの負託をうけておこなう権能であり、一般市民が参画することは一切できないものです。民間人による摘発は、明らかに市民が国家権力の一部を行使して、他の市民の生活を監視し、犯罪を成立させることを意味します。まるで江戸期の5人組や戦時期の隣組制度と同じく、市民同士が互いに監視しあって違反者を権力に密告するシステムとよく似ているような気がします。江戸期の与力といわれた警察官が、岡っ引きという民間捜査員を雇って犯罪摘発活動を遂行した制度ともよく似ているような気がします。だから私は、銭形平次というTVドラマがあまり好きではないのです。そこには権力の犬となって、市民生活を嗅ぎまわる醜い姿があるように思うのです。
いまさまざまの公共分野の仕事が民間委託されて私企業の利潤追求の対象となっていますが、犯罪摘発という最も公共性が高い国家の専権行為を民間に開放することは、近代国家の本質を侵犯する原理的な問題を孕んでいるのではないでしょうか。それがたとえ駐車違反という軽微な犯罪であったとしても、本質は同じです。いま米国では多発する犯罪防止に、民間警備会社や市民パトロール隊(○○エンゼル)が武装して摘発活動をおこなっていますが、もはや武器を携帯し武装する権利が民間に開放されています。
同じようなことが学校に導入された場合を想像してみてください。一部の子どもが校則違反摘発活動を学校から委託され、同じ子どもを見張って違反があれば先生に告発するシステムが導入されたとしたら、学校共同体は互いを不信のまなざしで見つめ合い、最も大切な信頼財が崩壊するでしょう。違反摘発数を競い合うような表彰制度とともに、もはや学校は不信が渦巻く修羅場と化すでしょう。
私が最も哀しく思うのは、こうした摘発活動を使命感を持って生き生きと取り組む市民が出現し、権力をカサに市民を摘発して快感を味わうような精神の頽廃が誘発されることです。それは国民生活保護法という名の国民相互監視活動と連動し、日本は息苦しい管理の網の目に包摂された監視社会の国民的心性を意味します。恐るべき勢いで広がっている格差社会で蓄積されていくルサンチマン(恨情)が確実に健やかな信頼関係を蝕み、他者攻撃によって快感を味わう心情をつくりだしています。
駐車違反現象の根底にあるクルマ社会化の交通政策は、公共交通システムを破産させて自動車を街中に氾濫させています。トヨタ自動車は、06年3月期連結決算で売上高21兆円を記録し、政府予算の4分の1である社会保障関係費に匹敵する業績を上げ、3期連続で1兆円を超す純利益を稼いでいます。氾濫する自動車の外部不経済をすべて社会に転嫁し、税金で処理させて外部経済を極大化しています。交通関連のリスク負担にトヨタ自動車が何らの自己負担をしないという奇妙な実態があります。民間による駐車違反摘発システムをすでに導入している韓国や英国では、相次ぐトラブルで機能がマヒ状態に陥っています。日本は権力に媚びへつらう傾向が強まっているから、そうした心配はないとでも云うのでしょうか。(2006/6/1
9:23)
*6月1日駐禁民間委託監視活動初日の実態
活動数 264署管内1593人
監視員による違反標章貼り付け件数 965件(東京181,大阪168,神奈川105,愛知81,千葉68、岩手・静岡・島根・沖縄0)
警察官貼り付け件数との合計 4744件
委託署管内監視員活動時間外に警察官が貼り付けた件数 1924件
非委託署管内警察官貼り付け件数 1855件
[林真理子氏にみる愛国の感性]
作家・林真理子氏(52)が朝日のインタビューで教基法改正に答えている。売れっ子作家であるらしいが、私は彼女の作品を読んだことがないので、文学史に残る作品かどうかは分からない。しかしここに現代の流行女性作家のある感性が表れているようで興味を持った。彼女は云う。
「五輪で日の丸が揚がり君が代が流れると素直に感動する。学校の式典で起立せず君が代を歌わないのをみると、マナー知らずと不愉快になるが、強制も嫌だ。中韓の日の丸を燃やす映像を見ると、ムッとする。でもストレートにむかつく感情をだす若者をみるとどうかと思うが、国を愛し、歴史・伝統を大切に思う気持ちは大事で改正案はバランスがとれている。天皇陛下も「強制はいけない」っておっしゃてますよね。愛国心を語るに雄弁はいらないが、寡黙に教える方法がないか探って欲しい」
彼女の年齢からすると、学生時代に大学紛争の渦中にあった世代だと思うが、同時に実は「なんとなくクリスタル」のような冷めた感性がでてきた時代だ。政治的なものとの接触を忌避して、自分の内面や男女の機微の世界に閉塞してさまよう感じだ(「神田川」、「傘がない」)。さらにポスト冷戦後の大きな物語の終焉のなかで、一層この傾向は深化し、行き場のない若者のもがきを描く小説が流行した。そうした時代に彼女はデビューしたように思う。
でもよく見ると、彼女が守ろうとする素直な感性は、実はある時代思潮の中で培われてきた権威的な感性から無自覚の内に浸蝕を受けている。五輪の表彰式に素直に感動し、不起立を不愉快に感じ、日の丸のを燃やすシーンにムッとする感覚は、錬磨をくぐらないで日本型大衆社会で醸成された平均的庶民の感覚だ。
おそらく彼女は、メキシコ五輪表彰式で真っ黒な手袋をして星条旗に腕を突き上げた米国黒人陸上チームの姿の背景を理解できない。内村鑑三以来の教育勅語の過酷を知らない。彼女は表現者として、日本の加害の事実とそれを引きずって生きている人の実相に関心がない。明治期以降の日本の近代文学の主流であった私小説の伝統を現代的に継承しているのだろうと思う。それは彼女の成長期が、ちょうど戦争の記憶を横に置いて、高度成長によるエゴと葛藤が意識の多くを占める時代だからだ。「大きな物語」との真剣な格闘体験がない世代は、私的な日常の個がいとも簡単に常識で流布している権威的な社会観と結びついてしまい、反省的な省察抜きに別の「大きな物語」に明るく吸収されていく。だからアッサリと教育基本法の改正に賛成する自分の社会的影響に想像力が及ばない。君が代不起立がマナーの問題の次元で処理されてしまい、教師たちが職をかけてなぜ抵抗するのかという意味への考察の前に、自分の感覚レベルで処理してしまう。
韓国系のTVドラマにある緊迫したモラリテイーの感覚や、今年のカンヌ映画祭での「傾向映画」のオンパレード、ハリウッドのリアル映画にみられるいわゆる社会派の流行に彼女は戸惑うのではないか。かっての私小説作家は、過度に鋭敏な神経を内面に向けて人間の実相を描いたが、ノン・ポリテックスの徹底が権威迎合の役割(菊池寛を例外として)を果たさなかったばかりか、逆に政治的権威を冷笑したように思う(山田風太郎)。林真理子氏のアッケラカンとした陽性のナショナリズムの心性こそ、じつは思いがけぬポリテイーク効果を誘発し、楽しく・生き生きと戦場に向かう若者を創造する思いがけない役割を果たすのではないか。その象徴が天皇への最大限の敬語の使用であり、こうした敬語表現をなんの違和感もなく使える表現者は、もはや作家精神の基礎条件を喪失した頽廃にあるといえよう。そこには、王も奴隷も神の前では対等であり、「I」と「YOU」で相手を呼び合う欧州の近代原理すらない。以上・朝日新聞5月29日付け夕刊参照。(2006/5/31
11:13)
[音の世界はこんなに違うものか・・・・あるアマチュア・オーデイオファンのつぶやき]
私がオーデイオの世界に興味をいだいたのは20数年前だろうか。小学生の時に、NHKラジオの第1と第2放送の2つの電波を使って、毎週日曜日の朝に最初のステレオ音楽放送が始まり、私は家にあったボロの真空管ラジオを2つ離して並べて聞き入ったことを想い出す。今から思えばあんな音質でよく聞いていたものだと思うけれど、当時は実に真剣に聞き入った覚えがあり、今は自分のけなげさを誉めたくなるような懐かしい思い出だ。学生時代には、安っぽいスピーカーのついたプレーヤーを買い、ピアノ曲を聴いた。この時に聴いたショパンの美しさは今でも脳裏に残っている。思えばこの頃の方が、音楽の美にピュアーに向き合えていたような気がする。就職してからも貧しい私は、コロンビアのステレオ・コンポを大枚はたいて買い求めレコードを聴いた。この頃まではCDはなく、すべてLPレコードの雑音のする音を楽しんでいた。
結婚して数年たち、すこし余裕が生まれてから、何のきっかけかオーデイオの世界に初めて足を踏み入れた。オーデイオ専門店に行って、そこの主人にいろいろ話を聞いたり、『レコード芸術』(?)とかいう雑誌でアレコレ調べた。そのアレコレと調べる過程がまた何とも云えない高揚感であり、オーデイオ専門店の主人の助言に従って欧州メーカーでセットを組んだ。CDプレーヤーがRebox、アナログプレーヤーが前からのコロンビア
、スピーカーがRogers,アンプがQUADという私にとっては、清水の舞台から飛び降りるような決断であった。あれから20数年が過ぎた。CDプレーヤーがよく故障を起こし、数年おきに高い修理代をとられた。ついに最近CDのトレイが動かなくなったので修理に出したら、代金8万円を請求されたので頭に来た。日本ではすでに部品がなく、修理そのものがもう無理な機種だという。家にもう一つあった安物のMARANZのプレーヤーで代用したが、なんとも音が我慢できないのでついにCDプレーヤーを買い換えることにした。いろいろ調べると、すでにCDはSACDへ移行しつつあり、音質が全く違うらしい。私は、機種をMARANZとDENON、アキュフェイズの3つに絞って比較したたら、私の好みはどうもDENONのようだという結論を出した。
インターネットの価格比較サイトをのぞいて、全国の通販を比較すると驚いたことに価格に最大4万円の開きがあった。そしてついに最も値引率の高い店を発見した。購入の決断に到る時間は比較的短かった。インターネット通販はたしかに安いが、リアル店のほうがはるかに安かったのだ。こうして私は、DENONのSACD対応DCDーSA11を手にしていま聴いている。たしかにいままで聞こえていなかったような音や雰囲気が生き生きと再現されているような感じだ。率直に言って音の世界がこんなに違うものなのかと思うくらいだ。SACD対応のCDソフトはないので、いままでのCDをかけているが、それでもかなり違う。ゆっくりと音の世界に浸って飽きないような感じだ。CDは鮫島有美子の歌唱。まあ失敗した買い物ではなかったと一安心だ。商品の宣伝ではないので念のため。私が死ぬまでにもう二度とオーデイオ製品を買うことはないだろう。
それにしてもオーデイオ製品の価格が店によってこんなに違うものとは知らなかった。インターネット通販の最低価格よりもまだ3万円ほど安いこの店は名古屋市内にある。店名を知りたい方は、このサイトのメールから聞いてください。オーデイオ製品の流通機構はどうなっているのだろうか。そうとうに荒れているような気がする。なにか値段の話ばかりになりましたが、やっぱりオーデイオの世界はできるだけ高級機を1回限りにして購入するのが正しいのかなと思わされます。私にはそんな財力はありませんが。こう云ったわけで、しばらく私は、音の世界を堪能することになりそうです。(2006/5/28
14:24)
[卍(まんじ)がハーケンクロイツになろうとしている国]
卍は、もともとヒンドウー教のヴィシュヌ神の胸の旋毛とか、釈迦の足跡などの諸説があり、中国の仏教書で「万(萬)」の意味で使われ、日本の地図では寺院の所在地を示している。左旋回の卍は「和」、右旋回のまんじ(フォントなし)は「ちから」の源を意味するそうだ。欧州の卍は、十字架の表記方法の一つであり、ナチスは、1920年の党大会で卍を裏返した鈎十字(ハーケンクロイツ)をアーリア至上主義の象徴として党章に採用し、政権獲得後には国の紋章とした。赤字の上の白円の中に黒の鈎十字が入るデザインとなっている。赤は社会主義、白は国家主義、鈎十字はアーリアの勝利のために戦う使命を象徴している。つまりナチス(国家社会主義ドイツ労働党)の象徴なのだ。ナチスのハーケンクロイツは、右旋回のものとその鏡像の2種類あるが、右旋回の45度回転したものが普及した。恐怖の象徴として欧州ではタブーとなり、現在のドイツでは学術研究以外の鍵十字の公的な使用は法律で処罰される。マイクロソフトは、フォントから鈎十字を削除した。
日本での卍は、戦国期の津軽氏が旗印に用い、現在では弘前市の市章となっており、また少林寺拳法の団章であり、アントニオ猪木はみずからの必殺技を卍固めといった。少林寺拳法は世界普及にあたって、卍が鈎十字を連想させるとして廃止している。サッカーWカップに協賛する徳島阿波踊りは、浴衣にあしらう卍マークを外して交流するそうだ。阿波踊りの原点は、蜂須賀氏が徳島に築城した時の祝いから始まり、徳島藩主・蜂須賀家の家紋が卍だったからだ。
日本に来る外国人がもっとも驚くことは、日本の地図に鈎十字の逆転卍が印字されてギョッとする。阿波踊りを見る外国人もその卍マークに驚く。ハーケンクロイツとは無関係だが、逆に日本人の鈎十字に対する意識も弱い。かっての東京オリンピックの選手団入場行進で、日本選手団はメーンスタンドで右手を斜め上方にかざすナチス型敬礼を用いて全世界を驚愕させ、JOCは囂々たる非難を浴びたが、いまでも学校の運動会の行進でナチス型敬礼を子どもにさせている学校がある。
特に最近は卍がハーケンクロイツになっていくかのような感じがする。昨日26日に東京都教育委員会は、今年4月の入学式で君が代斉唱時に起立しなかった都立高校教職員5人に、戒告・減給10分の1,1ヶ月の懲戒処分を発令した。03年から合計350人の教職員が処分されたことになる。国歌と規定された君が代を歌うか歌わないかは、それぞれの内面の自由の尊厳であり、何人と雖もそれを強制することはできないという近代人権の初歩的な原理がいとも簡単に蹂躙されている。そしてこれに抗議したりり、逆に発令者を処分すべきだという声は報道されない。国家権力に逆らう者は、磔獄門のような見せしめ刑を受け、多くの者が面従腹背して屈従していくかのようだ。このちからで従わせる論理こそ、まぎれもなくかってのナチスのものであった。国家の権力が土足で人の心のなかに踏み込んでくるのを合法化する教育基本法改正案が、こんなにいとも易々と上程される雰囲気は、ヒトッラーへの全権委任法を可決してワイマール憲法を葬り去ったナチス・ドイツの動きとよく似ている。旗が翻ってラッパが鳴り渡るときに、人々は考えることをやめてしまうファナテックな熱狂は、まさにファッシズムの心性であり、時に人は独裁の魅力に酔ってしまうのだろうか。
いま欧州では、ハーケンクロイツを声高に掲げたり、入れ墨を彫り込んだりするネオ・ナチの極右の若者が増え、政権に参加したり、選挙で10%以上得票する躍進を示している国がある。そうした地域は共通した特徴がある。失業率が高く雇用不安にあえぎ、移民労働者が増大し治安が悪化しているところだ。ベルギーの18歳の少年が、公園のベンチで本を読んでいたトルコ系の女性(46)と、ベビーシッターの黒人女性(24)と手を引かれていた白人のこども(2)を拳銃で死傷させて欧州に衝撃を与えている。少年は「外国人を殺害しようと思って探していた」と供述したそうだ。この極右少年の攻撃対象は、女性と乳児というもっとも弱い層に向けられているという点で卑劣だ。
おそらく日本でも失業率が高く、なおかつ外国人居住率が高い地域で似たような現象が起きるだろう。いま各地で発生している子どもに対する犯罪の実相をよく見れば、欧州の極右と似たような心情があるのではないだろうか。日本ではこれから学校教育で「愛国心」が5段階評価されて、成績を競うことになるとすれば、それに従おうとしない外国籍の子どもに対して、愛国心で武装した日本の子どもたちが攻撃を加えるのではないだろうか。それはおそらく、極大化する格差の底辺にあえぐ家庭環境にあって、自らの学力を実現できないトラウマを抱え、将来への希望を失いつつある少年少女が、ルサンチマンを発散する絶好の手段となるだろう。
日本の卍はもはやハーケンクロイツとしてイメージされつつある。教育基本法改正案を提案した与党議員は、委員会審議で「教育勅語は自由で寛容、平等主義的で謙虚だ。教育勅語を参考にして新しい道徳規律を創設して欲しい。戦前はモラルという面で非常に水準が高かった。戦前のことを参考にして現在の教育に生かして欲しい」と主張している。日本では、底辺の極右層が台頭する前にすでに、権力の上層が極右化している。戦前でさえ、人の心の内面に介入する教育目標を政府が制定することはできないとして、天皇の勅令として教育目標が神の声として下された。そのような限界さえも、今では打ち捨てられようとしている。日本の教育基本法をモデルにして学校教育をつくりあげたフィンランドが、世界学力調査のトップにあることを、いま冷静に評価すべきではないだろうか。
街の中を大音響を上げて、極右の装甲車が日の丸をなびかせて、君が代を歌いながら、我が物顔に疾駆していく。近い将来には、無辜の子どもたちが、大声で君が代を歌い、日の丸をうち振って、歓声を挙げながら、あの宣伝カーの後を追いかけて走っていくであろう。そして子どもたちは、君が代を歌わず、日の丸を掲揚しない親を密告しては、5段階評価を上げようとするだろう。(20065/27
8:44)
[痛めつけられる若者と子どもたちにとって、公共とは何か]
今年3月の失業率が4,1%、有効求人倍率(求人数/求職者数)が1,01倍と雇用は改善傾向にあり、正社員求人数も少し増えています。ところが中身をみると実態はシビアーだ。ハローワークで受けつけている求人の30%は請負や派遣の非正規雇用であり、かって専門的スキルを対象として時給2000円ぐらいが普通であった派遣は、対象が製造業に拡大されて時給1000円程度が普通となっている。正社員の求人でハローワークを利用するのは、ほとんど中小零細企業であり、下請単価と納期を締めつけられて、手取り15万円をこえる給与はほとんどない。東京で独身が1人暮らしをして15万円で生活できるだろか。
1,01という有効求人倍率は実態を反映しているだろうか。業務請負の大半は、あるハローワークの営業所で受託すると、全国の営業所がおなじ内容を最寄りの営業所に提出するから、実際受託数×提供営業所数という重複求人が水ぶくれのように膨れあがっている。さらに公開求人のなかで、薬剤師や看護師は慢性的な人手不足でほとんど応募者がいないという求人と求職のミスマッチが慢性的に固定化している。こうした事情によって求人数が上昇しているのであり、たまにある「経験不問」求人には応募者が殺到している。このような実態は、正規でやり甲斐のある仕事を求める青年層に打撃が集中し、若年失業率(15−24歳)は95年6,1%→05年8,7%と全体のほぼ倍になっている。こうして多くの若者がフリーターにならざるを得ず、ほとんどの求人が「経験者」という条件を付けているなかで、求人に応募できずフリーターを繰り返すという固定化状況が起こっている。
私は東京で朝食を摂ろうと、早朝に24時間営業のレストランに行ったら、シートのあちこちで若い男女が頭を伏して寝ている光景を見た。それは大都会の荒涼たる風景の一部であった。私は、なんだこの連中は、夜遊び回ってこんなところで寝るなんて、恥ずかしくないのか、もっとまじめに生きることを考えたらどうだと、こちらが惨めな気持ちになった。でも今考えてみると私の考えが間違っていたのだ。彼らは時給1000円を切る派遣かフリータ生活で、アパートを借りられず、友だちの家や終夜営業の店を転々としながら生活しているのだ。こうして多くの若者が浮浪者のようになって街をうごめき、未来へのかすかな希望を喪って放浪し始めている。少女はカラス族の甘い誘いに乗ってキャバクラで幻想の小金を手に入れてその日をとりあえずしのいでいる。
そうして最も悲惨なことは、多くの若者たちがKOIZUMI改革に幻想を抱き、ホリエモンをヒーローのように賛美して雪崩を打って投票所に向かったことだ。自分を惨めなジャングルに叩き込んだ元凶に投票するという、あまりに無惨な行動に追い込んだ者は誰か。場末にのたうつ若者を高見から見下ろして冷笑しているのは誰か。若者たちはいつの日かに、自分の無力に責任があるのではなく、そのような状況にいたらしめた者の真実を暴き、責任を問いかけるだろう。こうした無惨の原因は、若者たちが愛国心を無くし、公共を尊ぶ心を無くしたからだと声高に説く人々がいる。なんたる惨憺たる世になってしまったのか。キリストが支配するのはわずか1000年に過ぎない。その後はアンチ・キリストの支配が1000年続くというヨハネ黙示録の予言は、いままさに日本に顕現している。
他者に対して公共を説く側の公共がいかに頽廃しているかを示すのが、若者の愛国心がどの程度かを心の中を覗いて5段階評価をしている公教育が示している。福岡市市立149校のうち、69校が愛国心を3段階で評価する通知票を作成して子どもに渡していた。その概要は以下の通りだ。
社会科評価欄4項目の最上段に、「我が国の歴史や伝統を大切にし国を愛する心情を持つとともに、平和を願う世界の中の日本人としての自覚を持とうとする」とあって、A・B・C3段階評価を加える。通知票はほんらいは各学校で独自に作成するが、校長会が作成したモデルを使えば印刷代は無料で安上がりだ。「国を愛する心情」とか「日本人としての自覚」を客観的に評価することは原理的に不可能であり、むしろ地球温暖化や核危機などのグローバルな心情を培った子どもたちはおそらくこの評価は最低となる。在日韓国・朝鮮人保護者から強硬な抗議が起き、福岡弁護士会が違憲の疑いが濃いと指摘して、削除を求める勧告を行った。東京都では、君が代に起立しない教師や、伴奏をしない教師に身分上の弾圧を加えた。米国でさえ、星条旗への敬礼義務は違憲として強制すれば犯罪となっているなかでだ。教育基本法改正案は、「国を愛する態度」を最高法規に盛り込むという。日本はもはや近代国家としての初期条件を喪失しつつあるのではないか。もともとそういうものはなかったのかもしれない。
永井愛さんの「歌わせたい男たち」は、この君が代斉唱問題を扱った演劇ですが、この芝居をロンドンで上映しようとしたら、、ロンドンの劇場監督が「ロンドン市民には理解できない」と断られたという。芸術監督は、どうして全国の教師たちはストライキをしないのか、保護者たちはなぜ抗議しないのか、一般市民はなぜ黙っているのか、理解できないという。英国の近代と日本の近代にどれほどの恐るべき差異があるかを象徴している恐ろしいまでの事態が日本に進行中だ。私たちは、自分では抵抗できない無力な子どもたちを公共権力からほんとうに守っているのだろうか。若者の就業を最悪の状態にして、とりあえず現世代の幸福だけを楽しもうとしている私生活主義の地獄に落ち込んでいるのではないか。公共の内実をめぐって鋭い亀裂が生じている。(2006/5/25
17:52)
[ヤーウエとは何者なのか? 旧約聖書『ヨブ記』から]
私はクリスチャンではないので、キリスト教のことを真剣に考えたことはないのですが、幾つかのことには関心を持っていました。その一つは、今でも分からないのですが、十字架上で最後にイエスが絶叫した「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(我が神、我が神、なぜ私をお見捨てになるのですか)」という恨みに近い言葉の意味です。第2は、一点の曇りもない忠実な神の僕であるヨブが、なぜこの世で最も悲惨な状況に陥れられるのかということと、『ヨハネ黙示録』の終末思想でした。ずっと気になったままで本気で勉強してこなかったのですが、偶然に古本屋で目にしたユング『ヨブへの答え』(みすず書房)を求めて読んでいるうちに、俄然興味が湧いてきました。ユングは、彼の心理学理論である集合的無意識と元形論で、このヨブへの答えを涜神とも云える大胆な解釈を施しています。彼の云うには、聖書の記述はそれぞれの記された時代の集合的無意識が反映した神のイメージがあるとし、ヨブの勝利を結論づけています。こうした反教会的な分析を加えるユングの姿勢にも驚きましたが、『ヨブ記』そのものを読んでみる必要があると思い、『聖書』(日本聖書教会 1955年改訳)を手にしました。697頁から749頁までのわずか52頁の短編なのですぐ読めましたが、そのドラマテックなストーリーは、まさに中世の異端を裁く宗教裁判所のような緊迫感に富むハラハラドキドキするようなものでした。以下はそのあらすじです。
[第1幕]ヨブはもっとも敬虔な信仰者として幸せな生活を送っていた。ある日サタンが、ヤーウエに、ヨブの信仰心が本物かどうか試してみたらどうかと挑戦し、ヤ−ウエはでは試してみよ!とサタンの挑戦にのってしまいます。サタンは、ヨブの飼育する家畜を全滅させ、従者を殺し、さらに大風でヨブの息子と娘や兄弟の命を奪います。その時ヨブは神を呪いませんでした。次いでサタンは、ヨブの全身に「腫れ物」を植え付けました(おそらくハンセン病ではないのでしょうか)。こうして不孝のどん底に落ちたヨブに、妻が「神を呪って死になさい」と言いますが、ヨブは「我々は神から幸せも受けるが、災いも受けるのだ」といって神を呪うことはしなかった。
[第2幕]ヨブの3人の友人が見舞いに来て、苦しむヨブに向かって、「罪なき者が苦しむことはない」と述べたところから、友人たちとヨブの壮絶な論争が始まる。ここでヨブはいままで心のなかに溜まっていたトラウマをすべてぶちまけ、「私は絶望だ。しかしなお私は私の道を守る。私は死ぬまで自らの潔白を主張してやめない」」と称しながら、自分がなぜこうなったかの説明を神に求める。友人の3人は、ヨブの激しい告白と詰問に、ついに反論を諦めて敗北し、この長時間の論争は終わる。ヨブが神より正しいと主張して終わったかに見えたところで、論争を聞いていた若者が正義感に駆られて、激しい口調でヨブを攻撃する。
[第3幕]この一連の過程をみていたヤーウエが遂に姿を現して、ヨブに激烈な言葉を浴びせる。創造神たるわたしがおこなったこの世の姿をおまえはすべてみたことがあるか、おまえにそれができるかと激しく追求する。時には怪獣の姿を見せてヨブを恐怖に陥れる。最後にヤーウエは「おまえは全能者と争おうとするのか」と迫り、ヨブは大混乱に陥って、「私は卑しい者だ。ただ手を口に当てるだけだ。二度と云うことはしません」と答える。さらにヤーウエは自分の全能を証明する数々の事例を挙げたてて、ヨブに迫る。ついにヨブは「あなたは全能だ。私が全部間違っていた。私は自分を恨んでちり灰のなかで悔います」と全面的に非を認める。
[第4幕]勝ち誇った(?)ヤ−ウエは、論争で敗北した3人の友人に怒りを向けてヨブに謝れ(?)という。かくしてヨブは、前にも増して繁栄する幸せな生活を手にして、140年間生きてその生を閉じた。
私の要約に間違っているところもあるでしょうが、神と人間が直接全面対決していくこのドラマは、凡百の小説を越えた迫真力を持っています。ユングは、倫理的な勝利者はヨブであり、痛手を負った神は自分の姿を人間に変えて(キリスト)、自分のいたらなさを詫びるというーまたローマ法王が真っ赤になって怒るような恐ろしい解釈を施しています。
私なりに注目した点を並記して今後の考察の材料としたい。
@当時の古代の幸福が、莫大な奴隷と家畜を所有することにあること
Aたとえ奴隷と主人であろうが、神の前では一個の独立した人格として徹底的に自己の主張を強烈に主張し、曖昧さを許さない決着をつける論争の文化がある
B全能の神も、悪魔に騙されたり、不用意な忠誠の実験をして人間を不孝に至らしめ、しかも反省することなく自己の権力を誇示して屈服させる(これは当時の古代王の典型的なふるまいではなかったのか)
C全能にして創造者たる神が、人間的な感情を爆発させてふるまっていること(しかも怒りの感情が主体となっている)
こうしたヤ−ウエの行動形態をみていると、管理教育下の教師の行動を思いうかべる。絶対的な正義の代弁者と思いこんでいる教師が、非行少年に自白を迫るために、退学処分をちらつかせて追い込んでいくような感じだ。或いは現代のアメリカ帝国を連想する。「自由の大義」を振りかざして、大義名分なき虚偽の理由で異教徒イラクを攻撃して支配し、帝国に屈従する者たちを支配者の座につけて、従わぬ者へはちからの恐怖を浴びせ、媚びへつらう者へは報償を与えるというやり方はよく似ているのではないか。私の浅薄で間違った理解であるとすれば、現代のキリスト教神学は『ヨブ記』の神のふるまいをどう説明しているのであろうかーこれも勉強したくなってきました。最も誠実で無辜の者が、最も惨めで悲惨な状況にあるというヨブ現象は、現代でも連綿と続いていることに教会はどう答えるのでしょうか。解放の神学はどう答えているのでしょうか。(2006/5/23
11:03)
[21世紀の希望 総連と民団の握手]
韓国を支持する民団と北朝鮮を支持する総連が握手した。私は日本人だが、戦後日本史の画期となる感慨を覚えた。冷戦終結後の南北和解の急進展に、日本が如何に遅れているかを痛感させられた。民団は、植民地期に日本に渡って団結から外れた存在として本国から冷視され、総連は北朝鮮の伝声管か送金機関として遇されてきた。朝鮮学校の運営に韓国が公的援助を検討したということ自体が驚きだ。在日の地方参政権付与や朝鮮籍の訪韓に展望が拓かれる。思えば戦後直後期に、在日は日本の革命政党に包摂されて、その最前線で活動した。あれから幾星霜が流れて、遂に敵対する両者はともに希望を語たる合流点に到ったのだ。かって観た映画『パッチギ』で流れる「イムジン河」という主題歌は、日本では放送禁止対象となっていたことを想い出す。いまでも放送禁止なのだろうか。
しかし在日の著名人の冷静かつ冷ややかな反応には驚かされる。「在日は、組織離れや高齢化が進み、先が見えない。日本社会との共生に在日の組織が分断している枠組みでは先が見えないからだ」(カンサンジュン)という客観的な評価に対し、「在日の若者を育て来なかった組織に将来を騙る資格はない。互いの政治的思惑だ」(ヤンソギル)というニヒルな評価もある。両者ともなぜ前進的に評価しないのであろうか。それは両者とも、組織に依存せず自力で日本社会に自らの地歩を築き上げてきた経歴にある。
しかし歴史の巨大な流れは、このようにして進んでいくのではないか。過去にどのような痛苦の体験や痛ましい経験があるのかについては、私は推測するしかないが、私は東北アジアで極右的潮流が進む日本にあっては、巨大なデモクラシーの歴史的前進を実感する。少なくと朝鮮学校に対する東京都の卑劣な攻撃に対しては、民族の矜持をもって対する橋頭堡を築く拠点となる宣言だと思う。分断の民族が同じような生活圏にあって、政治的空間の狭間に対峙し、憎悪の歴史を繰り広げてきた50数年間に終止符が打たれるとすれば、その巨大な歴史的意味は表現を絶するものがある。そして同時に日本にとっては、北朝鮮を仮想敵としてファナテックに軍事帝国主義を煽るKOIZUMI政権の歴史的誤謬を冷徹に告げている。
私は多くの在日の知人がいる。彼らがどのような想いを持って受けとめているか、気になるが、私は少なくとも歴史が巨大な頁の1頁をめくったと思う。哀しいことに、我が日本では、こうした歴史の共生の流れに逆らって、狭隘なナショナリズムが雄叫びを上げている。
(歴史的経過の概観)
戦前期 日本の植民地支配による日本への移住者・強制動員者数
1945年 230万人 祖国解放後半数が帰国し半年後に65万人
在日本朝鮮人連盟結成(帰国事業、生活擁護運動をおこなう)
1946年 在日本朝鮮人居留民団結成(現在日本大韓民國居留民団)
1948年 在日本朝鮮人総連合会結成
2000年 南北共同声明(金大中・金正日→離散家族再会、経済協力))
2003年 南北縦断道路(非武装地帯ー金剛山)
2004年 開城工業団地稼働(南北共同事業)
2006年 南北縦断鉄道試験走行
金大中前大統領特使として訪朝
民団新団長に改革派・河氏当選
民団・総連共同声明(5月17日)
(共同声明概要)
@和解と和合による在日同胞の民族的団結
A6,15民族統一大祝典参加(光州)
B8,15記念祝祭共同開催
C在日同胞社会の民族性希薄化、新しい世代の教育・民族文化振興
D同胞社会の高齢化、少子化対策、福祉、権益擁護
(2005/5/17
19:54)
[アメリカ経済はどこに向かうか デュメニール・レヴィ論考から]
新自由主義は、資本主義における特定の権力構造としての金融資本の覇権のイデオロギーである。米ソ冷戦期のケインズ的妥協や「混合経済」のなかで地位を低落させた資本所有者が冷戦崩壊後に巻き返しに出た潮流を意味する(米国の最富裕層1%の家計が国富の30%を占めていた1970年代初頭に比べ、22%に低落)。帝国主義の資本輸出は、貿易と投資の国境障壁を打破する経済的暴力(WTO)とともに、伝統的な戦争による支配という暴力の形態をとってきた。新自由主義のフロントランナーであるアメリカ戦後経済史をみてみよう。
1980年代以降のマクロ経済指標をみると、労働生産性の平均増加率は1,6%で横ばいかなだらかに上昇しているが(*日本だけは例外ではないか)、資本生産性は84年を契機に急激な上昇に転じている。この2つの変数を組み合わせると、(T)1945−64年、(U)1965−83年、(V)1983年以降という3つの時期に区分できる。第T期は戦後直後の復興期と冷戦期で活況を呈したが、第U期で落ち込み、第3期以降に資本生産性が上昇する新自由主義の時代に入った。第3期に平均利潤率が上昇に転じたのは、情報通信技術革命による資本生産性の上昇と、過密労働による労働コストの鈍化があった。
新自由主義は、79年以降の長期実質金利の大幅な上昇で証券所有者を中心とする高所得層に巨額の収入をもたらしたが、同時に周辺債務国と債務者に重い負担をもたらした。00年には企業利潤の100%が配当として支払われ、株式市場は急上昇した。逆に非金融業(製造業)の資本蓄積率は低迷し、金利と配当による利潤が非金融業への投資に向かわなかったことを示している。証券金融業が繁栄する一方で、実体経済は低迷し、金融は寄生的な役割しか果たしていない。
アメリカは海外に4兆2630億ドルを投資し、4120億ドルという9,7%に上る巨額の収益率を上げている。しかし国内企業活動の利潤総額は6030億ドルに過ぎず、海外利潤の国内利潤に対する比率は実に80%に達している。逆に海外諸国もアメリカに投資してきたが、その利回りは4%もアメリカの利潤率が高く、アメリカ有利の格差構造になっている。では海外諸国はなぜこうまでしてアメリカに不利な投資をするのであろうか(*日本はなぜ米国債を買い続けるのだろうか)。
@依然としてウオール街が世界の金融センターになっている、A米国に巨大企業の本社が集中している、B米国が最先端技術を独占している、C他国に比して政治的安定性が高いなどから、海外諸国はアメリカ投資が最もリスクが少なく、自分の財産を保護できると考えているからだ。
しかしアメリカの貿易赤字はすでにGDP比5%に達しているのもかかわらず、なお赤字で維持できているいるのだろうか。それは貿易赤字で流出するドルが、外貨に転換されず、またアメリカ国内に再投資されているからだ。アメリカの対外資産残高は、外国の対米資産残高の1/2しかない。アメリカへの外国人資産をみると、債務部分は半分で他は株と直接投資であり、アメリカへの投資誘因は高利潤率や高利子率ではなく、リスクヘッジにある。こうしてアメリカ内での外国人保有資産額は、アメリカ人の海外資産保有額の2倍あるが、利回りは半分であるから、アメリカの海外への支払額と、海外のアメリカへの支払額はちょうど釣り合っているのでアメリカは破産しない。こうした均衡状態はいつまで続くだろうか。
さてアメリカの家計貯蓄率は急激に低下している。1つは最富裕層が貯蓄するよりも株を買って儲けまくろうとし、中下層は非耐久財とサービス購入に借金を重ねて支出している(可処分所得に対する負債比率は60%→100%超)。最富裕層への富の集中と比例して、一般市民はローン漬けで生活を維持している。こうした金融資本の制覇と最富裕層への富の集中という新自由主義がいつまで維持できるだろうか。
予測@家計と政府での非生産的需要(生活基盤)が崩れる可能性がある(*ハリケーン・カトリーナに象徴される9
予測A企業はいつまでも高配当を続けられない
予測B他国への自由化強制と自国の保護主義の矛盾
予測Cユーロ・円に対するドル安はいつかドルへの信頼をゆるがす
こうした危機をアメリカが克服して、なおパックス・アメリカーナを維持する可能性はあるだろうか。
予測@アメリカの技術革新の優位性が続く場合(*アメリカの技術独占はすでに限界にあるのではないか)
予測A帝国主義の強化(原材料・エネルギー支配の強化→*これがイラク戦争の根本原因でありより凶暴になるのではないか)
予測B最富裕層が消費から蓄積に行動を変える(*米国最富裕層にマクロ倫理観があるとは思われない)
とすれば当面のシナリオは次のようになる。アメリカの世論を左右する中流階級が、株価と金利低下の不安から証券取引を引き上げて新自由主義と訣別するかどうか。さらに国際要因として、アメリカ型グローヴァリゼーションに海外諸国が忍耐点を超えて反旗を翻すことだ。EUの動向や中南米諸国の反米政権の誕生、東アジア共同体の行方など独自の対ドル自立経済圏形成の胎動がある。日本のみがジュニア・パートナーとして一周遅れのランナーの道を歩んでいるようだ。以上・『経済理論』43−1参照。(2006/5/16
11:15)
[隠れて社会に出るとはどういうことか?]
かってギリシャ期に「隠れて生きよ」と説いて、樽の中で生活した哲人がいた。現代でそれを実践している人がいる。ハンセン病隔離政策を違憲とした熊本地裁判決を受けて、19歳の中修一さんは療養所を出た。スーパー店員、辞書のセールスなど病歴を隠して働き、9回転居した。必死で過去を隠し、怯えた毎日の後に神経痛が悪化し、28歳で療養所に戻った。大半の人は病歴を隠し、ひっそりと暮らす。「勇気を出そう、自分が変わらなきゃあ、社会も変わらない。変えられない」と呼びかける。70歳代の男性は、指の曲がった手でテーブルを叩きながら、「何も変わっとらん。何もね」・・・・2人で暮らす妻にも病気のことは打ち明けていない。30代後半で病名を医者から告げられた時から、40年間周囲にリュウマチと偽ってきrた。隔離政策の過ちを認めたニュースが流れると、「自分の病気もばれるのではないか」という不安が込みあげ、「おじさん、何の病気?」と聞かれる度に胸が痛くなった。妻は薄々気づいているかも知れない、と思う。でも面と向かって聞いてはこず、自分も云わない。「法律が変わって国が謝っても、社会は変わらん。棺桶の蓋が閉まるまで、一人で十字架を背負う」という。
日本の社会は、冷酷な差別のまなざしに囚われて、二重の迫害をくわえてきた。どのような良識の人であれ、我が娘のハンセン病者との婚姻には反対したであろう。「もう時間がない、いやな足音が聞こえてくる、新たな戦前が始まった」という恐怖感を持って、黒木和雄は4月12日に脳梗塞で75歳の生涯を閉じた。「父と暮らせば」、「美しい夏キシシマ」は戦後日本映画の最後を飾る絶唱であった。そこでは被害の痛ましい清冽な痛みはあったが、加害の罪責へのまなざしは果たしてどうであったか。
「義によって助太刀いたす」と本多啓吉は、大地からすっと立つ名木のような威厳を備えて、水俣病を告発してきた。プラムデイア・アナンタ・トウル氏は、アジアで最もノーベル賞に近い作家といわれて、3度の投獄体験を経て、「勇気」ということばを死の直前に残して、この世を去った。あの青臭い大江健三郎には到底及ばない過酷な体験を経て、彼の文学はある。
日本が鞭をふるって強制的に戦場や過酷な労働の場に追い立てた背後には、それを援助する韓国政府の援護体制があった。日本の歴史研究は、加害者意識が強すぎて、90年代以降の歴史修正主義に有効な反論ができなかった想像力の貧困がある。靖国=植民地の象徴、朝鮮人志願兵=親日派=裏切り者という攻撃を前に、どちらの国からも見放されて顕彰されることなく散った父祖を靖国に慰霊する韓国人の息子のアンビヴァレンツな心情にどこまで共感できるか。日本帝国に身を捧げて犠牲となった韓国・朝鮮人に、私たちは何を持って報いたか。謝罪表明をしたか。
米国議会下院外交委員長が、日本の首相の靖国参拝は、米国にとっての侮辱であり、米議会での演説は許されないという趣旨の書簡を議長に送付した。さっそく日本の首相は怒っているが、彼は歴史の客観的罪責の問題が全く分かっていない。社会に出るとはどういう意味であろうか。父祖が積み重ねてきたプラスとマイナスの両極を鋭くかぎ分け、マイナスの点についてきっぱりと訣別し、批判する能力を息子たちは持つべきではないだろうか。
1998年に前年比8500人近く急増し、自殺者が3万人を超えてからその水準は衰えないままに推移している。ほとんどは中高年男性だ。政府は06年度予算に自殺総合対策費を計上し、自殺予防総合対策センターを設置して、今までタブー化されてきた自殺原因の個別調査に踏み出した。
@実態分析(遺族・知人からの聞き取り)
Aカウンセラー制度充実
B未遂者のケア
C遺族のケア
D自殺率20%減少、未遂者再企画率30%減少の対応方法を5年以内に確立する
何なんだこれは! 80%迄の自殺と70%までの再企画は許容するという発想には恐れ入る。要するに彼らにとっては、自殺はデータに過ぎないのだ。自殺は最後の人間の尊厳の発露であるという生命の尊厳への畏怖感が恐ろしいまでに欠落している。実態分析と対応は探るが、自殺現象の背後にあるジャングルの市場競争の問題に想像力は働いていない。私たちは、人の死をデータとして弄ぶ政府のもとに生きていることを肝に銘じなければならない。まるで日本のすべての市民が、ハンセン病棟に閉じこめられた収容所生活を強いられているが如くに。その政府を選んだのは、間違いなくあなたであり、私なのだ。(2006/5/15
20:17)
[毎日50人の遺体が放置され、ハイエナが群がっている]
バクダッド中央遺体安置所には、2月22日のシーア派聖廟爆破事件以降、5月11日までに身元不明の遺体が毎日50体の計3863体が収用され、大半は路上やゴミ捨て場や砂漠に放置され、頭部が切断されているものもある。宗派間の憎悪というパンドラの箱が開けられ、互いに「死の部隊」を繰り出しながら、拉致や拷問と暗殺が繰り広げられている。政府警察がみずから暗殺を加えて治安は崩壊し、隣近所の家3,4軒で1人の自警団を組織し、午後10時以降に入口に近づく車はすべて銃撃している。イラクはもはや果てしない泥沼の蟻地獄におちいった無法地帯と化している。
虚偽の理由で侵略し、宗派間の憎悪を煽りながら占領を続ける米英軍の罪を誰が裁くのだろうか。パンドラの箱を開けたのは誰か。どのようにしたらもう一度、飛び立った悪魔を封印して蓋を閉めることができるだろうか。占領軍の巨大な物量の力に絶望して、自らの同胞に刃を向ける内部分裂の痛ましい姿は、おのれの醜悪な殺し合いの姿を晒して、最後のメッセージを全世界に贈っているかのようだ。世界は米英軍にひれ伏して、のたうつ犠牲者を遠巻きにしながらサデイストの微笑を浮かべている。
阿鼻叫喚の地獄を冷ややかに見つめる死の商人がうごめいている。イラク復興支援事業として07年までに330億ドル(3兆6千億円)が投下され、日本も米国に次ぐ50億ドルを提供しているが、それでも世界銀行が見積もっている550億ドルにはほど遠い。この事業にはイラク侵攻に反対した諸国は参入を認められない。ヨルダンのアンマンで拓かれている見本市には、50カ国1000社が受注を求めて殺到した。初参加の日本は7企業が出展し、イラク人バイヤーとの交渉に入っている。各国政府が出資して、企業に莫大な利益をもたらし、石油権益を確保するという戦争の本質が浮き彫りとなっている。工作機械や自動車などの商材が所狭しと並んだ見本市の会場を、活発に飛び回っているバイヤーたちの顔は輝いている。戦争ほど素敵な商売はないーとばかりに死の商人はビジネスライクに生き生きと活動している。彼らにとっては宗派間の殺し合いすら、おいしい利潤の対象となる。チェイニー米副大統領の会社は経費を水増しして金を政府に請求するというあくどい商売をやっている。もはや米国は戦争なしに生きていけないパラノイアのような国に堕して、東アジアの子分に軍事網を再編するから3兆円を出せ(これでも少ないぞ!)と平然と要求している。
今この瞬間に頭部を切断されて遺体を野晒しにされる50人のイラク人がその生命を閉じているが、そんなことをいちいち心配していては生活が暗くなる先進国市民は、見て見ぬふりをして次第に想像力をすり減らしていく。この私も例外ではなく、ダイエットを気にしながらブランデーの香りを楽しんでいる。
来日しているポーランド生まれのピアニスト、クリスチャン・ツイメルマン(49)は18歳の最年少でショパン・コンクール優勝の輝かしいスタートを切った。しかし彼は優勝時には誰もアドバイスしてくれる人が身近にいなくて、孤独感に苛まされたという。「イラク戦争の記憶が日々薄れつつある。でも世界の在処を知りたがっている20歳の娘から、父の世代が戦争をストップさせるために何をしたのかと聞かれ、答えに戸惑った。もっとすべき事があったのではないか。日本がイラク戦争に参加していることをほんとうに残念に思う」と語っている。演奏の地でその国を批判する彼の姿は、「戦場のピアニスト」が蘇って警告を発しているかのようだ。
なぜ戦争をストップできないばかりか、それに加担する行為をこの国は選んだのだろうか。ツイメルマン氏が若い演奏家に発した言葉にヒントがあるような気がする。「各地のコンクールで15歳の子どもたちが、成熟したベートーベンを演奏することに怖さを感じる。CD等で簡単に他人の演奏が聴け、50年以上かけて培った他人の演奏技術をすぐコピーできる状況に怖さを感じる。感情や魂が成長したのではなく、他人の演奏が埋め込まれたもので、将来自分の音楽を提供することができない。15歳が自然に成長した成熟度でいいんです。その人なりの成熟をしてほしい。私たちが方向性を示していければと思います」・・・・。誰かをモデルにしてそこに到達しようとする修練は不可欠だが、その過程で自分自身の主体を失って、あたかも高度な自動演奏家になる危険を指摘している。オリジナリテイーなき芸術はもはや技術にしか過ぎない。フジコ・ヘミングの演奏の技術性を非難する人たちが、彼女の苦悩を経た音の思想を理解できないように。
さて人を殺すことへの痛みの摩滅と、被害者への想像がじょじょに及ばなくなっていっている背景には、あたえられたモデルに倒錯して、いつの間にか埋め込まれた感性をあたかも自らの感性であるかの如く思いこみ、オリジナリテイーを喪失している現状があるように思われる。世界にそそり立つ米国モデルへ接近するアチーブメント・テストを繰り返して習熟するうちに、いつのまにか自分がそのジュニアモデルになっているのではないか日本は。米国モデルのすばらしさを認めつつ、なおそれを乗りこえて新たなモデルを探求しようとするちからが私たちには潜在的にあるはずだ。
とくに世界で最も高度化された軍事機能を持つ最前線基地となっている沖縄の帰趨は、私たちの感性の在処をはかるリトマス試験紙だ。沖縄の市長と知事がみずからの信条を翻して、日本政府に屈従していく姿ほど哀しいものはない。よってたかって本土が星条旗の命令を受けて沖縄を強姦しているかのようだ。イラクに死の商人が群がっているように、米軍再編で巨大な利益を手にする本土の死のビジネスマンが沖縄にうごめいている。かって沖縄の民俗学者・伊波普猷は自らの出自である沖縄への万感の想いを込めて云った。
深く掘れ 己の胸中の泉 与所(よそ)たよて(頼って) 水や汲まぬごとに
あなたのこころの奥深くにあるほんとうの希望を探そう それは他人に依存してはうまれないものだーという意味だろうか。あたかも「汝の足下を深く掘れ。そこから泉が湧き出すだろう」というニーチェの言葉を彷彿とさせる。グッバイ アメリカ! いつの日にか私は、下僕ではなく永遠の友人としてあなたと再会するでしょう。(2006/5/13
8:57)
[哀しい近代主義の歴史認識]
韓国歴史学会でニューライトと称せられる潮流がある。朴枝香(ソウル大)など米国留学経歴のある研究者だ。彼らは、自分は右でも左でもなく、偏狭なナショナリズムとも無縁なバランスある思考を追求するという。植民地朝鮮を「客観的に評価する」ともいう。朝鮮近代化に果たした日本の役割を評価し、帝国主義は時代の流れで列強に追いつこうとした日本の必要を評価する。90年代の朴独裁政権下の高度成長も評価の対象に入れる。歴史の清算を進めるノムヒョン大統領の路線をナショナリズムと批判し、実証主義による解明をめざす。ソウル大学にこのような無国籍派の近代化論が登場しているとは驚きだ。学問的な粉飾を如何に重ねようとも、植民地を評価する近代化論は、どこかで出自の尊厳に対する致命的なニヒリズムとコスモポリタニズムがある。日韓会談で日本側主席代表が述べた「日本の植民地になって韓国は近代化したではないか」という侮辱的な言明をみずから支える言説でしかない。
この議論は無知蒙昧な大衆を上から啓蒙的に領導する歴史の段階が不可避であり、従って強制的な開発独裁の有効性を認める絶対主義開発論を肯定し、結果的に奴隷の被支配の歓びを歌い上げる。すでにこうした開発独裁の過渡期としての意義は有効性の失っているにもかかわらず、ロストウ理論が韓国で反響を呼んでいるとは驚きだ。致命的なことは、米国留学がいまやなんの先駆的な意味を祖国にもたらさないという冷厳な現実から目をふさいで、米国型進歩主義のモデルを適用しようとする矜持の喪失にある。
いまNHKラジオから教育相談の生々しいやりとりが流れてくる。驚くべきことにほとんどが不登校児を抱える親の相談だ。学校で先生から厳しく注意された子どもが不登校になり、どうしたらいいかと相談している。相談員は近隣の不登校サークルにいって同じ悩みを持つ人と話し合えと云っている。こんな回答なら誰でもできることであって、専門の力量の問題ではない。要するに学校で、教師の恣意的な権力が強まり、業績評価に追われる教師が異端児童を排除する哀しい現実の蔓延を、回答者は全く指摘することはない。いたいけな親はかすかにすがれる回答を涙を流さんばかりに受容し、自分の頭で必死に格闘しようとする主体性はない。相談活動の権力性がみごとに現れている。相談している母親の背後で、子どものヒステリックな声が泣き渡り、事態の深刻性を伝えているが、回答者は平然と啓蒙的な回答に終始している。もはや日本は子どもがナイーブに成長するのは困難な社会になっていると痛感した。
おそらく植民地期朝鮮においても、本質的に同じような権力関係がもっとハードな形であったに違いない。植民地の枠を越えようとする近代化志向は、厳しく抑圧され凄惨な弾圧を受けた。私はそうした血にまみれた歴史を冷ややかに客観視する朴氏のような研究は、所詮高等遊民の遊びでしかないと思う。歴史の闇に消えていった慟哭の叫びに耳を傾けられない者が、歴史を語る能力と資格が果たしてあるだろうか。
残念ながら日本も韓国もインテレクチャルは、自らの状況超越的な位置に充足してリアルな介入に超然たり得る条件と社会的な位置を保証されて安住している。リアルな事態への介入の真摯な姿勢をいつのまにか喪失し、安住のやすらぎにおちいっている。これはアカデミズムの本質的な権力的限界を意味しているが、成熟国家では尚かつその地位は保証され、良心の痛みを幻想的に回避できる可能性がある。しかし朴氏には、こうした権力関係のシビアーな対峙を経験したことがない、ある種のお目出度さが感じられる。おそらく彼女は表層的な歴史解釈学者として、創造への責任を喪失したまま安住の生涯を送るのであろう。以上・朝日新聞「連続インタビュー韓国編A」参照。(2006/5/11
20:27)
[混迷する保守のいらだち]
宮崎哲弥とかいう評論家が保守の現状を憂える告発的な文章を書いている(朝日新聞5月9日夕刊)。結論から言うと保守内部での主導権争いの一方を論難しているに過ぎないが、保守派の現状を窺うことができそうなので一瞥してみたい。彼の主張の概要は以下の通りだ。
日本は保守言説が広範に浸透して、日本の政治危機軸は右にシフトしたが、その思想的内実は空疎化している。保守はある危機にある。保守は、「既得権益を持ったエスタブリッシュメントの感覚」でしかなく、名状しがたい情緒や情念で、理想論や理性に過剰な信頼を置く社会設計主義(*社会主義のこと)へのアンチの役割を果たしてきたが(反共、反進歩、反リベラル)、冷戦終結と9.11以降の左翼理念の失墜の中で敵がなくなってしまった。同時に保守の無規定性を克服して、自立的保守思想をつくろうとする西部邁や佐伯啓思等は、左翼に対する関係概念としての保守思想の再編をめざしたが、支持を得られていない。
他方で左翼の衰退によって草の根保守派が、自律的指導理念を欠いたまま、場当たり的な敵をつくりだして(ジェンダーフリー、マイノリテイ、女系天皇、媚中派、)、その都度対象に逆規定される運動に散乱していった。こうした思想実践は細分化と惰性化を免れ得ない。小泉改革で保守の物質的基盤は失われたが、英米的保守の私有財産階級形成も肯定できない。性教育攻撃にある純潔思想は、平和を唱えれば実現するとする空想的平和論者と同じだ。現在の保守主流には、自省の契機、熟慮もないただ断片的な反応しかなく、それは保守主義とも無縁な憎悪でしかない。
要するに彼は、保守の現象的隆盛は自らの思想で獲得したのではなく、冷戦崩壊という外部がもたらしたものに過ぎないと保守思想の無思想性を批判する。その限りでは彼の分析は面白いが、では自律的な保守主義の内実について彼は語らない。伝統や慣習の反省的な再定義を云うが、その具体的な内容はなく、その有効性は確かめようがない。要するにもともと、保守主義に時代を切り拓くような意味を期待すること自体が無意味なのだ。保守とは文字通り「保守」であって、既成秩序を原理的に保守するという絶対的な限界がある。特に日本の保守思想は、結局「カネ」と「権力」に集約されてきた。
彼は左翼の失墜を云うが、ほんとうに左翼の思想は無意味となったのかについての真摯な検討がない。欧州の社会的連帯モデルや中南米のアンチ・ネオリベラルの潮流について彼は真剣な検討を加えたことがあるのだろうか。小泉政権の改革政策を評価しながら、荒廃していく日本の現状に対する危機分析もない。結論的にいうと、宮崎なる評論家の根底には、抜きがたい反共意識があり、自らも自律した構想を打ち出し得ないいらだちとコンプレックスが、保守内部にある頽廃を批判して延命しようとして、横手から変化球を投げたに過ぎないと云えよう。彼は、民主主義のついて一切言及しないという特徴を持つ。欧米保守主義の根底にある民主主義について理解しない限り、日本の保守思想の未来はないだろう。いずれにしろ、こうした保守内部の論争をみると、保守主義の本質的な限界が露わになって、その点では参考になる。それにしても、こうした評論家を登場させる朝日新聞の編集方針はいったいどうなっているのだろうか。(2006/5/9
21:14)
少し違った観点から分析するのが草の根保守を研究対象とする小熊英二であり、彼はポピュリズムの視点から日本型ナショナリズムを考える(朝日新聞5月11日付け)。戦前日本の超国家主義は農村や小工業の中間共同体のボスが引っ張り、中間共同体が壊れてアトム化した大衆がナチスを支持したのとは異なる。戦後日本は、企業・労組・商工会などの中間共同体による日本型経営の経済ナショナリズムで発展したが、90年代以降にそれらもさびれ孤立感が広がって、大衆社会型のナショナリズムの基盤ができた。新しい歴史教科書を作る会のメンバーは、無党派が自発的に集まっておりもとからの右翼思想の持ち主ではない。中間共同体に基盤を置く政治は薄れ、風が吹く浮動票で選挙が左右されるようになった。日本の右派や保守には、思想的基盤がなくアンチ左翼で結びついているだけであり、思いこみの幻想が多い。欧米の保守は自由主義や貴族階級の生活様式という思想の核があるが、下級武士が起こした明治維新で政府主導で近代化を始めた日本には保守の核が生まれなかった。思想の核くとしてあったはずの天皇制も戦後派には支持されず、サヨク批判や伝統・武士道など勝手に日本らしさをバラバラに湛えている。要するに現代のナショナリズムは、不安を抱えた人が群れるポピュリズムであって、大きな政治運動にはなれないが、一時的には影響力を持つ。
彼の分析は、中間団体論に依拠する社会学的な分析であり、欠落していることは、「グローバル」競争で競う金融独占資本の社会基盤破壊の分析だ。企業の論理が社会の隅々に浸透して、競争のロジックに市民が巻き込まれて共同の契機が喪失していった過程こそ、ポピュリズムの基盤がある。厚い中間団体が強固な基盤を持っている欧米に比して、日本の中間団体がなぜ衰弱しつつあるのかの分析がない。それは日本の中間団体が垂直的な中央集権のもとで、癒着した下請機関でしかなかったからだ。独立市民が公共性を自らの手で構築する歴史的な経験が弱かったからだ。彼はポピュリズムを軽蔑するが、ルサンチマンを抱えた情念がうごめいて爆発する可能性にもっと注意を向けるべきだ。ポピュリズムの金融独占大資本の結合というシナリオに、日本の恐ろしい危機があるという認識がない。(2006/5/11
9:48)\006/5/11 9:48)
[きらめく星空にミサイルが飛びかうのか]
少年期に庭から見上げた星空は、星くずたちがまるでダイヤのようにきらめいて、うっとりと吸い込まれる魔力を覚え、いつまでも眺めていた覚えがあります。キラキラと輝く星たちはまるで降ってくるような神秘的なちからがあり、はじめてわたしはなにか崇高なものへの畏敬の念を感じて、よく文部省唱歌の「冬の星座」を口ずさみました。でも今、どんな山奥に行っても、あの幼い日々の満点に輝く星空を見ることはなくなりました。誰が、なにが、人間から星空を奪ったのでしょうか。
自民党宇宙開発特別委員会は「宇宙基本法」制定に向けて連休明けから作業を本格化するそうです。日本では1969年の宇宙開発事業団設置の際に、「我が国における宇宙の開発及び利用の基本に関する決議」で宇宙開発を、非軍事の平和利用に限定しました。その後政府は「利用が一般化している衛星」の自衛隊利用をみとめる一般化理論によって、情報収集型軍事偵察衛星を打ち上げてきましたが、軍事用高解像度衛星は制限しました。この平和利用原則を、「非軍事」」から「非侵略的・防衛」へ大転換し、自衛権の範囲内での軍事利用を認めるのが新法の趣旨です。こうして高性能偵察衛星や弾道ミサイル探知早期警戒衛星を打ち上げる道が開かれます。
星々の輝く宇宙空間は、いまや宇宙を制することによって世界を最終的に支配する米国の軍事覇権主義の一翼を担おうとしています。膨大な予算を伴う宇宙の軍事開発に、宇宙産業が群がって利潤の極大化をめざしています。日本経団連宇宙開発利用推進会議は「防衛目的での宇宙利用は、有効な国際安全保障として平和利用原則を再定義する必要がある」(04年)と提言し、三菱電機宇宙開発担当部長は「非軍事ではなく、非侵略の検討を開始せよ」と要望しています(同会議会報『宇宙』42号)。すでに今までの情報衛星関連予算は5000億円を超え、諫早湾干拓工事の2倍に上る巨額の事業費が宇宙関連企業に投下され、衛星の寿命に伴う開発・打ち上げ研究費用に毎年数百億円が投下されています。
国連宇宙開発原則では「公開」が義務づけられていますが、情報収集衛星は原則非公開であり、「機密」・「極秘」・「秘」の防衛庁情報管理基準に従って管理され、情報の遺漏は民間企業の社員にも懲役を含む罰則が科せられます。衛星の軌道や解像度は闇に封印され、防災用衛星写真すら非公開となって、三菱電機は事業報告書で情報収集衛星の受注すら記載していません。予算の細目は国会議員もアクセス不可で、まるでスター・ウオーズを地でいく宇宙兵器の開発が進んでいます。
有人宇宙飛行で中国に先行され、韓国にも抜かれてしまうとし、テロを宇宙で食いとめるという脅威論を煽りながら、宇宙産業の利潤極大化をめざす戦略は、地上での米軍再編に巨大な予算を投下して米国軍事産業を支援する政策と一体化して進行しています。
私は宇宙の科学的解明をめざす宇宙科学は大いに推進して欲しいと思います。時あたかも、日本人宇宙飛行士土井隆雄氏(51)が、07年末にスペースシャトルに搭乗し、国際宇宙ステーション(ISS)計画の日本実験棟の建設作業に従事することが決まりました。2つの実験施設と2つの保管部、ロボットアームからなり、最大4人が搭乗可能な実験棟は総重量26dで、経費は3300億円です。「きぼう」と名づけられた施設は、まさに宇宙への夢とロマンをかき立てるビッグ・プロジェクトであり、少しくらい生活が苦しくなっても、やむを得ない支出かなとも思います。しかしISSの希望を利用して、秘かに軍事利用を進める政策は、宇宙そのものを戦場とする危険で汚らわしいものではないでしょうか。
今眺める夜の星空には、スターウオーズに狂奔する帝国の軍事衛星が飛び交っていると思うと、つい暗澹たる気持ちになります。
冬の星座
木枯らし途絶えて さゆる空より
地上に降りしく 奇しき光よ
ものみないこえる しじまの中に
きらめき揺れつつ 星座はめぐる
ほのぼ明かりて 流るる銀河
オリオン舞い立ち スバルはさざめく
無窮をゆびさす 北斗の針と
きらめき揺れつつ 星座はめぐる
作詞堀内敬三 作曲 ヘイス
私は夜空の美しさをかくもロマンに満ちてうたいあげた堀内敬三氏の感性にこころを打たれます。想えばロケットなど飛ばさないで、地上に伏して営々と大地を耕していた頃の人間の方が、こころも美しかったように思います。「見上げてごらん夜の星を」と歌いながら、人間は遂に「さらば スバルよ」と訣別の言葉を発して、夜の星の瞬きをいつか忘れ去ってしまったのでしょうか。(2006/5/7
8:33)
[泥棒が法律を変えて空き巣を合法化し、徳川幕府の御法度のように市民を支配したいのか]
違憲の軍隊をイラクまで派遣した泥棒のような人たちが、憲法を変えて空き巣を合法化し、市民が国民を縛るはずの憲法を変えて葵の印籠が支配する江戸期にタイムスリップするかのような憲法改正論がうごめいています。このまま進めば間違いなく徴兵制と核武装の国になるでしょう(加藤周一講演 5月3日金沢市)。
父母が頭かきなで幸く在れていひし
言葉ぞ忘れかねつる 丈部 稲麿(『万葉集』巻21 防人歌)
国境警備のために徴兵された東国農民は、九州へ出発する前に遺言状を徴兵官に提出した。大友家持は徴兵官を統率して、これらの歌を『万葉集』に掲載した。丈部は駿河出身の少年兵で、父母が私の頭を撫でで無事であれ、といった言葉が忘れられない・・・と歌って故郷を後にした。おそらくイラクへ派兵された自衛官と家族の方々は、万感の想いを込めてこの歌を読むだろう。憲法9の条2の項を改正して、自衛軍(国防省)を設置すれば、国民の国防の義務が課され、現在の志願兵制から徴兵制へ移行する。現在の20歳以上の方々は真っ先に徴兵制の対象となり、無事で行ってこいと両親から送り出されて戦場に向かうだろう。
この連休を利用して、奥飛騨は石徹臼(いとしろ)を漫遊した。まるで上高地のような美しいせせらぎの流れる緑したたる風景が静かに春を迎えようとしていた。今年の雪は深く、まだスキー場はざわめいて若者たちが歓声を挙げて滑っていた。山の頂上の「満点の湯」というお気に入りの温泉で、雪をいただく遠くの山並みをみながら、ゆっくりと温泉につかっていると、下界の喧噪がウソのようだ。しかしこの村々も60数年前には、多くの満州入植者をだし、娘たちは野麦峠を越えて製糸工場へ行き、若者たちは歓呼の声に送られて戦場へ向かって、2度と戻らなかった。60数年前の戦争の傷跡を深く湛えて、山村はふたたび忍びよるいくさの足音など聞こえないかのように、静まりかえっている。子どもの姿は見えず、年老いた村人が営々と田畑を耕している。
街へ帰れば、ネット右翼が我が物顔で掲示板を荒らし、プログは炎上して制御不能に陥り、自分のルサンチマンをぶちまけるかのような百鬼夜行の様相を呈している。現代のオオカミは巧妙に羊を装って、メデイア劇場をコントロールして拍手喝采を受けている。まっとうな人こそ、自分がいつの間にか少数派になってしまい、やがて狂人・国賊扱いを受けるのではないだろうかという不安がよぎりつつある。オオカミ(ファッシズム)は、いまや微笑しながら若者を囲い込み、自分から進んで騙されていたいという奴隷の感性が醸しだされつつある。行き場を失ったトラウマは、自分はカミングアウトすることなく、匿名の陰に隠れて、弱者とみれば牙を抜いて襲いかかっている。テンションを上げることに熱中して明日への不安をかき消そうとしている。
しかし現在をよくみれば、5月5日のこどもの日は全身傷だらけとなって、この国から子どもが姿を消していく。総人口に占める子どもの数は、1950年に35,4%を占めてから、いまや先進国最低の13,7%にまで激減してしまった。子どもがいない国を目の前にして、何の希望を語ることができるだろうか。いま自宅や車中で出産する事例が急増し、医者は冬場の出産をやめるように助言し、車中で産み落としてしまった場合の緊急措置を教えている。破水するまで自宅にいて、1時間を超える距離を自動車で運ぶケースは例外ではない。産婦人科のいない地域が急増し、少子化対策を云う政府は何の対応もせずに、米軍再編に3兆円を使うと云っている。
犯罪発生件数は年々減少し、日本の治安はさらによくなっているにもかかわらず、政府はテロ対策の恐怖を煽り、全国の駅や街に「テロ警戒中」のキャンペーンが展開されている。私が漫遊した奥飛騨の山村でも、ダムの側にテロ警戒の大看板があったのには驚いた。東京ー大阪間を新幹線で往復して、駅や街中で「テロ警戒中」の掲示や放送を数えると232回に達したという(小森陽一氏)。
「国中が森閑として声一つない静寂のなかで、歴史はゆっくりとその頁をめくった」(宮本百合子『播州平野』)は、戦後日本の民主革命を印象深く描いているが、いま日本はめくられた頁をもう一度ゆっくりとめくり直して元に戻しているのではないか。終末を考慮して発端で抵抗せよーと呼びかけたドイツの告白は、独裁のなかでなお自由を感じた痛苦の体験からほとばしった言葉だ。今この時こそ、まさに静かに気がつかないで、何ごとかが進行している、ひょっとしたら後世の教科書に記載される歴史的な大転換期ではないだろうか。黄金週間の最後の日を迎えつつ。(2006/5/6
17:45)
[晴れた5月の青空に・・・・今日は最後の憲法記念日になるのか]
抜けるような青空か輝くような陽光がふりそそぎ、さわやかな5月の風が緑したたる木々をわたっていきます。小鳥はさえずり、大地のいのちが一斉に息吹き、すべての生きとし生けるものが祝福を受けているような5月3日はあまりに美しくあります。子どもたちのさんざめくこえが路地裏に響いて、部屋のなかにいるのが口惜しく想えるような五月晴れの佳き日にわたしは何をしているのだろうか。あなたは何をなさっていますか。こうして黄金週間の朝はあけて、時よとまれ!と抱きしめたくなるような時が流れていきます。何もかもが許されてあり、誰もが自分自身であり得て、すべてのものが自らの場所にあって、手をさしのべ合いながら、しかも自分であることができる・・・・5月とはまたなぜにかくも美しい季節であるのでしょう。
丘をこえ ゆこうよ
口笛吹きつつ
空は晴れ 青空
牧場を指して
ゆこうよ ほがらに
ともに 手を取り ランララランラ ランララランラ
かって60数年前の焼け果てた荒野のなかから、フェニックスのようにはためいて飛翔した宝石の文章があった。当時の我らが父祖は、廃虚のなかにあってこの文章を両の腕に受けとめて、呆然と自失しました。それは神の如く玉座に戴いた天子さまが頭を垂れて、本日より汝ら民こそが主人であるぞ−と厳かに告げていました。校舎は焼けて青空の教室で、おさなごたちは民主主義という初めての日本語に胸を躍らせ、大人たちは焼け跡闇市の喧噪のなかで生きていくのに必死でした。哀しみのいくさを終えて、誰しもが生きていてよかったと、こころに溢れてくる希望を知りました。All
for One One for Allと学生たちは高らかに叫び手を握って街を行進しました。長く暗い冬のいくさの時は終わり、もうあのような惨めとはきっぱりと別れを告げ、2度と繰り返さないという誓いの心が国中に溢れ、それを疑う者ははなはだしく異端でありました。
君は生きているか でっかい広場とでっかい空を下さい 何でも自分でできた時に母さんの待っている家に帰るんだ
おお君は生きていたか 素晴らしい明日は待っていたってこない 素晴らしい明日は出かけてって探そう
もううつむいて歩くことはない 僕らの夢が潰されないような空がほしい ブランコがゆれる 僕の夢乗せて
たからかにうたごえはこだまして、生きていくのが辛くなっても、分けもなく思い詰めても、なくしたくないこの燃え上がる熱い焔を、どこまでも遠くまで行こう、どんな花よりも野に咲くタンポポをあなたに送りましょう、嵐の空を見つめ続けるあなたの胸の思いのように、バラよりもタンポポの花を贈ろうと決意した時代がたしかにあった。
そして幾星霜が過ぎ、時は流れ、またいくさがしたいという声が聞こえてきた 不思議な声だ たしか遠い昔にいくさがあったような気がする
でも忘れはしない私は あのいくさこそわたしの母をわたしの手から永遠に奪い去った使者であったことを
消しゴムで消し去ったあの使者がまた姿を変えてわたしの前に現れたというのか
なぜ使者はわたしの前にふたたび現れたのか
わたしは自分自身のこの手で消しゴムを持ってあの使者を消さなかったのだ 罪つくりの私よ
使者は告げる 働け 働け 我慢せえ 死んだらあの世で幸せになれるぞ
こんなはずじゃあなかったんだ ほんとうにこんなはずじゃあなかったんだ
でもひとりでしょぼくれていたって なんにもはじまらないってことは わたしだって知っている
目を閉じてよく考えてみよう 野原は見えるだろうか 咲きいでたタンポポはもう枯れてしまったんだろうか
わたしが子どもたちに残すことができるのは そうなんだ
あのいまは亡き 父よ 母よ
あなた方がわたしに残した 60数年前の廃虚のなかから生まれ落ちた
宝石のようなふみのくさぐさを しっかと手渡して この世を去ることなんだ
60数年前に天子さまは厳かに告げた 本日より主人は汝ら民であるぞ
我ら民はふさわしく主人としてふるまう時が遂にきたのだ
たとえ驥尾にふして歩もうとも 偽りの使者のことばは美しく化粧し汚れている
ケ セラ ケ セラ ケ セラ ぼくたちの人生は
傷つけられた自由を ふたたびそのふさわしい玉座につけねばならないぞ
晴れ渡る5月3日の街に
We shall overcome someday
We are not afraid
僕らは木を切る
君たちは 草刈りに
仕事が済んだら
みんなで楽しく歌いましょ 上を向いて歩こう 涙がこぼれないよう にじんだ星を数えて 憲法施行59周年の5月3日に(2006/5/3
15:35)
[恥ずべき「慰安」の心性]
「慰安」の意味を国語辞典で引くと、「なぐさめて安らかな気持ちにさせること。気晴らしをさせること」(旺文社)とあった。私も時々は、CDを聞いたり、映画を観たりして、気晴らしの「慰安」をしている。しかし戦時下での「慰安」は、独特で強烈な意味を持っていたようだ。男性兵士の性欲を満足するために女性が強制的に動員され、彼女たちは「従軍慰安婦」と呼ばれた。旧日本軍兵士の「慰安」のために大量の朝鮮人少女を強制連行し、日本人女性を南方アジアへ「からゆきさん」として動員した。日本政府は、いまもって彼女らは自主的に立候補したとか、自由意思による契約であったとか、金儲けの動機であったなどと戦時性暴力を免罪して、国連人権委員会の勧告に反抗している。こうした被害者を支援する活動の一部に、憐れみや同情の意識があるが、それは自ら被害を逃れた「良家の子女」の意識の裏返しのような気がして胸が痛む。「慰安」の犠牲者は、植民地の無辜の少女であるか、国内で生活困窮する貧困層の少女に他ならなかった。
日本政府は、敗戦後の米占領軍兵士から「良家の子女」を守るために、敗戦3日後(!)の45年8月18日に、「外国軍駐屯地における慰安施設の設置に関する内務省警保局長通牒『外国駐屯軍慰安施設等整備要綱』」を無電で都道府県に発し、各県警は大あわてで慰安施設を創設した。「性的慰安施設、飲食施設、娯楽場を設置」(通牒3項)し、「営業に必要な婦女子は、芸妓、公私娼妓、女給、酌婦、常習密売淫犯者を優先的に充足するものとする」(通牒4項)をみればは、当時の政府の恥ずべき奴隷感覚と女性蔑視が浮き彫りとなっている。こうした国家命令をなんの屈辱感もなく発せられるのは、戦時期に自らが同じ行為をおこなった野獣のような心性があるからだ。『北海道県警史2昭和編』は、「昭和12年には1052名を数えていた本道の娼妓も終戦時にはわずか450名に過ぎなかった。この人員では、2万名に及ぶ進駐軍将兵に接するには、不十分であり従って、経験ある婦女子の確保が警察官の大きな課題であった。警察官自身も農村漁村を訪ね、毛布、足袋、砂糖を贈って説得し、協力を求めた。本道の特殊慰安婦は総勢770名に増強された」と、政府命令を総力を挙げて実行した業績を讃えている。『広島県警の歴史』は、「全警察官が慰安婦募集に、慰安所は押すな押すなの盛況、まことに残念なことであるが、占領軍人にたいする性的慰安施設を設営するという幇間まがいの仕事を警察がしなければならなかったのである」と少し悔しがっているが、戦後警察の最初のプロジェクトは、米軍兵士のために自国の娘たちの身体を提供することであったのだ。戦後直後の飢餓状態の中で、多くの無辜の娘たちが家族の命を救うために、売春行為に応じたのだ。政府が自ら売春を国家事業として展開した国は世界にない。民族の娘たちを合法的な強姦の蹂躙に任せたのが政府であり、そこから莫大な税金を稼いだのだ。こうして戦後日本は政府自ら先頭に立って米軍の強姦に身を任せる恥ずべき政策を採った。
女性を兵士の動物的欲望の人身御供にしてきた政府は、戦時期と同じように、自ら志願したとか自由契約制だたとしてすべてを女性の責任に転化している。こうしたおどろおどろしい「慰安」の心性ほど、おぞましい反人間的な頽廃はない。沖縄ではいまもって、米兵から陵辱され強姦されている少女がいても、日本政府は何らの抗議もせず薄ら笑いを浮かべて無視している。「米軍の移転のための持参金を相談しに、のこのこと米国に出かけていく防衛庁長官に独立国の矜持はない。滑走路が1本だとか2本だとか、まるでバナナの叩き売りのように米国にすり寄って屈従し、国民は蚊帳の外において何らの相談もすることなく巨額の協力費を提供しようとしている」(野中広務氏 朝日新聞29日付け)という正統保守派の怒りは、現政府主流の異常性を際だたせている。ここには、民族の娘を犠牲にし、米国に媚びへつらって巨大なお金をプレゼントして恥じない「売国奴」の姿がある。
みずから国と国民を売り払って他国の陵辱に任せている人が、あろうことか、子どもたちに「国と郷土を愛する態度を養う」とする教育基本法改正案を国会に提出した。みずから国を売って米国を「慰安」して恥じない人が、全国民に「国と郷土を愛する」ように強制するという、信じがたい頽廃をさらしている。戦後の「ねじれ」を正していく正統な作業だと評価する研究者もいるが(加藤典洋)、「ねじれ」ているのは政府のふるまいであり、教育基本法がねじれているのではない。今後の展開を予測すれば恐ろしい事態が学校で誘発されるだろう。特に幼気なお子さんをお持ちの両親は、すぐに我が子の変貌に直面して驚くだろう。
「君の家では旗日の昨日に、日の丸を玄関に掲げましたか」
「正しい姿勢で大声で君が代を歌いましたか」
「あなたは国家のために喜んで戦場に行きますか」
「あなたは政府の政策をよくない点があると思っていませんか」
こうした質問が教師から子どもに浴びせられ、教師を信じる純粋な子どもは、家で「何で日の丸を玄関に揚げないの?」と聞く。教師は子どもの「愛国心」を5段階で評価して通知表を子どもに渡す。愛国心が3以下の内申書を持つ子供の進学は不利となる。子どもたちは必死で努力して「愛国心」を身につけて評価を高めようとする。これが近未来の姿だ。評価が低い子どもは、国から認められない自分自身を恥ずかしく思って自信を失うだろう。
かって「愛国心は無頼漢の最後の逃げ場所」として、旗が翻り大声で行進すると、人々は考えることをやめてしまい、他国に行って人を殺すことを崇高な使命と思いこむようになった。私は、”うさぎ追いしかの山、こぶな釣りしかの川”を聞くと、幼い頃の故郷を想い起こしてつい涙がにじんでくる。Countryとしての国はすべての人が愛しているが、Nationとしての国を愛するかどうかは、100%こころの自由に属する。「くに」を鋭く峻別して見抜くことが問われている。政府原案では「国と郷土を愛する」となっているが、これを英訳すれば「Love for Nation and Country」であり、明らかに国家権力を愛せよーと言う意味だ。
メキシコ五輪の陸上400mリレーで優勝した米国黒人チームは、表彰式でベトナムを侵略する米軍の星条旗に向かって、真っ黒い手袋をして腕を突き上げて抗議し、メダルを剥奪された。モハメッド・アリはベトナムへの徴兵を拒否して、プロ・ボクシング世界ヘビー級チャンピオンのベルトを奪われて投獄された。いまどちらが真の「Patriot愛国者」であったかはあまりにも明白だ。私は汚らわしい「慰安」の心性にくるまれた愛国とは無縁でありたい。(2006/4/29
11:41)
[「終末を考慮して、発端に抵抗せよ。わたしは独裁のもとで自由だと思っていた」−マルテイン・ニーメラーの告白]
マルテイン・ニーメラー(1892−1984年)は、第1次大戦末期にUボート艦長として従軍し、敗戦後はルター派協会の牧師であった。1933年ヒトラーは首相になって、すべてのキリスト教会を第3帝国教会に一元化してナチズムへの協力機関化する政策と、ユダヤ系牧師を排除するアーリア条項を導入した。ニーメラーは牧師緊急同盟を結成して抵抗運動に立ち上がって、37年7月に逮捕され、ザクセンハウゼン(後にダッハウ)強制収容所に収用され、第2次大戦終結とともに解放された。彼はドイツ・キリスト教会の良心を象徴する存在として戦後ドイツの尊敬を集め、戦後は西ドイツの再軍備と核兵器廃止運動に参加してきた。彼は弾圧の被害者でありながら、自らの罪責をもっとも深く自覚した宗教者であったと評価されている。彼のことばを記載した言語学者は次のようにいっている(ミルトン・マイヤー『彼らは自由だと思っていた−元ナチ党員10人の思想と行動』未来社)。
「『発端に抵抗せよ』と『終末を考慮せよ』というあの一対の有名な格言を私は何度も考えてきました。でも発端に抵抗するためには、そ
れが発端だと分かるためには、終末が見越せなければならないのです。ニーメラー牧師は(ご自分についてはあまりにも謙虚に)何千何
万という私たちのような人間を代弁して、こう語られました。
ナチ党が共産主義者を攻撃した時に、私は自分が多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。
ついでナチ党は社会主義者を攻撃した。私は前よりも不安だったが、社会主義者でなかったから何もしなかった。
ついで学校が、新聞が、ユダヤ人などが攻撃された。私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。
ナチ党はついに教会を攻撃した。私は牧師だったから行動した−しかし、それは遅すぎた−と」
敗戦直後の45年秋に妻とともにダッハウを訪れたニーメラーは、「ここで33年から45年までに238756名の人間が殺された」と記された掲示をみてこう云った。
「自分はもう他人の罪について云々することはできないと感じた」
46年ゲッチンゲン説教で彼は次のように語っている。
「私には罪がある。なぜなら私は1933年になってもヒトラーに投票したし、正式な裁判なしに多くの共産党員が逮捕され投獄されても、
沈黙を守っていた。そうです。私は強制収容所においても罪を犯しました。なぜなら、多くの人が火葬場に引きずられて行った時に、私は
抗議の声をあげませんでした」
ニーメラーと並んで称讃される抵抗の宗教者にボンヘッファーがいる。今年生誕百周年を迎えたボンヘッファーは、天才的神学者として将来を嘱望されながら、戦争が目前に迫った1939年ニューヨークに渡ったが、またドイツに引き返し、ヒトラー暗殺計画に加担して、終戦直前に処刑された。多くのドイツ人キリスト者は、彼を過去の人として扱うのでなく、「いま、他者とどう係わるか」という時のモデルとして想起している。「教会は、他者のために存在する時にのみ教会である」という「他者のための教会」を身をもって実践するために、死を賭してドイツに帰還し悲劇的な死を遂げた彼は、ドイツへ帰還する時に次のように云った。カソリック神学の探求者は、ついに独裁者の殺害を決意するに到ったのだ。
「車に轢かれた犠牲者に包帯をしてやるだけでなく、車そのものを停めることが必要だ」
過去の罪責を記憶し、償いを続ける戦後ドイツの精神の基礎には、こうした犠牲となった気高い生涯があるように思う。彼らが果たそうとして敗れ去った無念の経験は、後世に確かに引き継がれて初めて彼らの死の意味は現代に生き返る。彼らのような痛ましい犠牲者を2度と繰り返さない記憶の作業が問われる。特に加害の側にある後継世代の記憶は、その後の歴史の進行に重大な影響を与える。なぜなら加害の側の記憶は、忘却による痛みの消去への誘惑につねにさらされるからだ。それは外部を迫害したのみならず、内部抵抗の少数者の正義を抑圧した振り返りたくない傷となって、自己否定を迫る。幾多の犠牲を伴いつつ加害を加えた者は、自分たちの被害が眼前にあり、真の被害ははるか遠方にある。いま日本で過去の記憶を「自虐史観」と攻撃し、教科書から消し去ろうとする動きは、忘却の最も醜悪な姿だ。平然と歴史を偽造し、他方で「未来志向で冷静にいこう」と呼びかける厚顔無恥に、被害の側が抗議をしても、それを「情緒に流れやすい国民性」と冷ややかに言う想像力の欠落は目を覆わしめるものがある。集団的心情に染め上げられやすいのは、むしろ日本であって、「終末を考慮して、発端で抵抗」することなど思いもよらない、劇場型の観客民主主義による意識操作が進められている。いま「終末を考慮する」とは何だろうか。共謀罪の新設→教育基本法の改正→憲法改正と進むシナリオの先に、何が待ちかまえているかを洞察することか。
イラク戦争を批判するビラを配った人が逮捕された。私はおかしいなと思ったが、黙ってみていた。
君が代で起立しなかった人が処分された。私は前よりもおかしいなと思ったが、教師ではなかったので黙ってみていた。
『嫌韓流』というマンガが、本屋でベストセラーになった。私は何かおかしいなと思ったが、黙ってみていた。
学校の職員会議での採決が禁止された。私はなんだこれは−と思ったが、まだ黙ってみていた。
ついで共謀罪が設けられた。私はずっと不安になったが、テロリストではないのでまだなにもしなかった。
憲法改正の国民投票がおこなわれた。私は急いで投票所へ行って、NOに○をうった−しかしそれは遅すぎた。(2006/4/27
15:36)
[春の日の嵐の闇に陶酔するナルシズムの虚妄]
暗い闇が白昼の街を包み、とどろく雷鳴のなかから、雨が若葉を散らした。昨日の都心は嵐の様相を呈し、黄砂が降りしきった。
きらめく季節に たれがあの帆を歌ったか つかのままの僕に 過ぎていく (−寺山修司『われに5月を』序詞)
サッカーやアイドルにしか関心がない少年少女が、高校生になると貧困や人種、宗教などの現実に一気に放り込まれて、急に政治に関心を持ち始める。政府が決めた若者の雇用政策に敏感に反応した高校生たちは、授業を放棄して街頭での抗議運動を展開してついに撤回に追い込んだ。顔にスローガンをペイントし合い、シュプレヒコールの練習をして、デモに出発する。地下鉄で修学旅行のように騒ぐ若者たちに、車掌は「みんな早くデモに行きたいよな。じゃ行儀よく乗り降りしようぜ」と車内放送で呼びかけ、他の乗客たちも大喝采を送る。政治に限らず、若者や子どもが理不尽に殺される事件があると、必ず追悼デモが起こり、被害者の痛みへの共感と犯罪を許さない決意を示す。これがフランスの若者たちだ。ここにはハビトウス(習慣)として染みわたっている社会的連帯と共感のネットワークがある。朝日の記者はこうした文化を街頭民主主義と揶揄するが、市民が街頭で自分の意志を示しても報道すらしない東アジアのどこかの主権者意識とは大きな違いがある。
1960年代の日本にも似たような雰囲気があった。学園ではしょっちゅう授業放棄がおこなわれ、若者たちは熱い議論を交わして、時代の先端の渦中に生きている実感をからだ全身で表現していた。街に出れば、ビラやポスターが飛びかい、電車の車体にはスローガンが書き殴られ、デモに参加する人たちを無賃乗車させる駅員がいた。両手をつなぎあって煌々と電飾の輝く夜の街を、フランス・デモの大群が練り歩いていった。20世紀を過ぎて日本からこうした風景は消えた。いま学園に行けば多くの大人は驚くだろう。散らばったビラの一枚もなく、貼られたポスターもなく、綺麗に整備されて塵一つないキャンパスが広がっている。教授陣を対等の研究者として議論が沸騰するゼミも絶えて久しい。羊のようにおとなしくなった学生は、ひたすら評価を気にしてまじめに勉強に励んでいるか、アルバイトに明け暮れている。フランスをはるかに上回る労働法制の崩壊が進み、その犠牲が若者に集中しているにもかかわらず、若者たちは従順に従っているように見える。あたかも、悪いのは自分だ、自分に力がないからだと、誠実を胸に刻むかのように。
ライオンヘアー政権の5年間(01−06年)で日本はどうなったのだろうか。その実相を示す数字を上げてみよう。
勤労者世帯月額実収入 55万1160円→52万4585円↓
年収200万円以下低所得世帯24%↑ 年収2千万円以上高所得世帯30%↑
正規労働者数395万人↓ 非正規労働者数593万人↑(年収150万円以下80%)
完全失業率 4,8%→4,1%↑(若年失業率8%)
生活保護世帯数 80万5169世帯→105万3709世帯↑
自殺者数 3万1042人→3万2325人
ニート60万人 フリーター200万人
中小企業 470万社↓430万社↓
製造業個人企業 25万8000社→22万2000社↓(15%)
小売業個人企業 75万4000社→64万1000社↓(15%)
格差と貧困の痛々しい姿が浮かび上がってくる数字だ。失業率は改善されているように見えるが、それは非正規雇用が増えた結果に過ぎない。全体の3人に1人が、特に若者と女性の2人に1人が非正規という毎日が解雇の不安にさらされる耐え難い姿がある。ライオンヘアー首相は、最初は「言われているほどに格差はない」と言い、次いで「格差が出るのは悪いことではない」と開き直り、最後には「経済がよくなれば解決される」とナルシズム丸だしの政策無責任を呈している。人材派遣大手トップのクリスタルグループの社長は、「大競争を生きのこってナンバーワンになるためには違法行為も許される。第3者に迷惑をかけない違法、ウソは許される」(同社経営方針)とうそぶき、若者たちを雑巾のように使い捨てている(法令違反事業所 派遣事業81,2% 請負事業76,5% 東京労働局調査)。「資本は、社会によって強制されるのでなければ、労働者の健康と寿命に対し、何らの顧慮も払わない」(マルクス『資本論』)という窮乏化法則がまさに貫徹されているかのようだ。この集中的な被害を全身に浴びているのが若者たちであり、彼らの多くは自己責任を受け入れ「悪いのは自分だ」と思いこまされているかのようだ。真っ黒いスーツで街を行く青年社員の姿を見ると、凄まじい競争で身体も心もむしばまれて、荒野を行く浮浪者のように見えないか。荒廃する学校では、「おぼれかけている生徒を右の手で救い、さらに左の手で救い、そして背中に背負って、最後には自分が沈んでしまう」ような教師たちの苦闘がある。破壊されたこころのメンタルヘルスによる損失は1兆円に上り、健康ビジネス市場が隆盛を極め、広告業界の最大の顧客はサプリを売りまくる健康ビジネス業であり、巨大広告が新聞を飾っている。勝ち組と負け組の格差が拡がっていることは疑いえない。しかし勝ち組ははたして幸福なのか。勝ち組は熾烈な競争で没落の危機につねに不安に駆られてリストラに励み、負け組はどんなに努力しても先は知れているというニヒルな状態におちいっている。他者の痛みへの想像力を決定的に欠いているライオンヘアーの統治は惨憺たる現状にある。
しかし、しかしだ。いたいけで誠実な若者たちは、にもかかわらずライオンヘアーへの支持を変えない。その実相を示す数字を上げてみよう(朝日新聞世論調査 無作為3段抽出法 1947人有効回答 回答率55% 4月22日実施)。
この5年間で暮らし向きはよくなったか?
全体 YES18% NO42% その他40%
20歳代 YES30% NO27% その他43%
暮らし向きがよくなったのは小泉内閣の政策の結果か?
YES29% NO64%
小泉内閣を評価するか?
全体 YES46% NO21% どちらでもない32%
20歳代 YES53% NO18% どちらでもない29%
この世論調査の興味深い点は、痛みを集中的に受けている若者層が他のすべての世代を上回って、生活の上昇感が高く、小泉内閣を評価していることだ。日本の若者たちは、フランスの高校生たちとまったく逆の傾向を示しているかのように見える。日本の中高年層は『冬のソナタ』にのめりこんで涙を流し、若者たちは『嫌韓流』に嬉々としてプチ・ナショナリズムに巻き込まれているようだ。憲法改正国民投票の投票年齢を18歳に下げれば、明らかに改憲が多数を制するかもしれない。大学の授業で批判的な言辞を言うと、「先生は少しひねくれているよ」と云われる。フランスの若者は両手を高々と組んで、街を行進し、自分たちのちからで社会を変えれるという実に昂揚した体験をし、日本の若者たちは街頭のサウンド・デモを冷ややかに見下すシニシズムにおちいっているようにみえる。但し注意すべき点は、生活上昇感(全体18%)は内閣の政策よりも自己努力としているかのような点にある。
小泉首相の魅力は?
話が分かりやすい 男18% 女26%
ぶれがない 男19% 女12%
親しみやすい 男14% 女23%
清潔 男 6% 女 6%
見た目がよい 男 8% 女 4%
特にない 男33% 女28%
この結果はちょっと恐い。何らかの魅力を感じている人が、男67%、女72%に達している。個人的魅力なら嗜好の問題だが、情緒的なイメージで権力を支持するならばその末路は悲惨だ。確信犯のように明確に断言して共感を獲得するパフォーマーは、多くの場合自らのナルシズムに陶酔している。かってこうした人物を熱狂的に支持して命運を託した国があった。云うまでもなくヒトラーナチスだ。ヒトラーを支持したのは、没落する中間階級のルサンチマンと青年層の不安がもたらした激情であった。もし同じような心情が今の日本にあるとすれば、その危機は深い。
いつの世にも若者は、大人たちから批判され貶められてきた。70年代以降は無関心・無感動・無節操の三無主義と嘲られ、80年代以降はミーイズムと非難され、90年代以降は異議申し立てをしない保守化を指摘された。しかしよくみると若者が小泉内閣を支持したのは、実は急進主義の心情ではなかったのか。牢固として大人が築き上げてきた官僚制を破壊するというメッセージに共感を覚えたのではなかろうか。ホリエモンやミキタニなどの勝ち組は、大人社会に挑戦して勝利するヒーローに見えたのではなかったか。つまり保守が急進イメージで華やかに登場し、負け組を嫌悪、蔑視してあくまで自己努力でガンバロウとする若者特有の潔癖感が働いたのではないか。
しかし劇場型パフォーマンスが幻想に過ぎなかったという実態が露わになって、若者の希望が裏切られたいまでは、若者のこころはもっと複雑な様相を呈しているはずだ。ホリエモンやミキタニ幻想は急速に崩壊し、2級市民と化していくルサンチマンがより弱い層へと抑圧を移譲させる可能性がある。いま街を一人で歩いている少女に攻撃の欲求を覚える心理が誘発されていないか。少年少女をめぐる痛ましい事件は過大報道の面もあるが、子どもがトラウマの発散のターゲットになっている感じがする。フランスではすぐに追悼の抗議行動が起こる事件でも、日本では自分でなくてよかった−という保身的心情が働く。おそらくデモクラシーの体験をリアルに味わう機会がなくなって、家族でさえも低強度の戦争状態にあるような寒々とした日常が広がっている。
わたしが今最も困っている若者ことばは、「ウザイ」という少女のことばだ。国語辞典を引いてもまだ記載されていない。『現代用語の基礎知識』では、「うざったい、うざい、うざっこい、うざっこしい」が例示され、「じゃまな。めんどうな。うっとうしい」という意味が記されている。いまの自分をそのまま肯定し、このままでいてなにが悪い−という感覚がどうもあるようだ。タテマエや正義で注意されることに嫌悪感を覚え、好きなようにしたいという気持ちなのだろうか。人に迷惑をかける分けでもないのだから、援交してなにが悪いと堂々と言う。果ては「人を殺してはなぜいけないのか」という本まで表れて若者を説得しようとしている。電車の中で化粧に没頭する自閉した意識とどこかでつながっている。こうした感覚は、いつまでも日本の責任を執拗に問う中韓への嫌韓流とフィットし、毅然と対抗するライオンヘアーへの共感を培っているのではないか。その日その日を快感を求めて漂流する「自分勝手な」意識は、いつのまにか扇動政治家のポピュリズムに取り込まれて、ルサンチマンを発散させていく構図ができつつあるとすれば、「ウザイ」ことがほんとうに「ウザイ」時代を誘発して、取り返しがつかないことになる。それは今日のクスリを求めて金を稼ぐ援交少女の惨めな末路に表れている。まことに、”権力は腐敗する そして弱者も腐敗する”(エリック・ホーフアー)のだろうか。
私たちはこうした日本の荒涼とした現実から目をそむけることはできない。こうした事実を隠蔽し、他の幻想に仮託して日常をごまかすことはできない。こうした実態以外に出発する場所はない。負の側面の裏に同時に隠されている希望の契機にしか託するものはない。「ウザイ」と言い放つ少女は、どこかで他者観察の鋭いまなざしの刃を修得している。それは、自分なりのまっとうさを求めて試行している意識であり、その現象形態はさまざまだ。かってビートルズは不良の典型であったが、独特の平和メッセージを発していまはクラシックの仲間入りをしている。わたしは、若者に「ウザイ」と罵られて見放されても、「右手で救い、さらに左手で救い、そして背中に背負って、最後には自分も沈んでいく」ような人に敬意を表したい。テオ・アンゲロプロスは『シテール島への脱出』で、解放した小作地をめぐって争う家族の醜い姿を見て絶望し、妻と2人で故郷を静かに去っていく革命家を描いたが、歴史はたしかにそのように進んでいく面があると思う。(2006/4/26
12:23)
[遂に核兵器開発まで民営化かー米国死の商人の高笑い]
米国の軍事技術開発の民営化は最後の段階を迎えています。従来は核兵器開発の核心以外を軍需会社にアウトソーシングしてきました。サンデイア国立研究所は、核爆弾の非核部品の開発と製造をロッキード・マーチンに委ね、ネバダ核実験場の管理運営はベクテル社が請け負ってきました。ところが05年末に、核兵器開発の中心を担っているロスアラモス国立研究所の運営が民間入札され、ベクテル社=カリフォルニア大学とロッキード・マーチン社=テキサス大学の2大軍産学協同グループが熾烈な競争を展開し、過去60年以上にわたって単独管理にあたってきた前者が勝利しました。かって広島・長崎原爆開発の拠点であったロスアラモス国立研究所は、これからベクテル社グループが中心となって核兵器開発の中核を担うことになります。
ロッキード・マーチン社は世界最大の軍需企業として米国の国防政策を把握し、ベクテル社は最大手ゼネコン軍需会社として国防長官がCEOを務めていました。イラク開戦後の軍事需要の多くを請負い、巨大な利潤を上げている死の商人たちは、いよいよ米国核兵器開発技術の中核部分に参入することになります。米軍事会社=国防総省=大学という戦争のトライアングルが形成され、もはや戦争こそ市場経済の利潤極大化の最大の対象になっています。特にベクテル社は、イラクや中南米で親米独裁政権を支援し、政権転覆やクーデター計画を主導し、内戦や紛争を煽動した札付きの死の商人です。
日本でも同様の構図が推進され、M重工やI重工を先頭とする軍事会社が防衛予算に群がり、在日米軍再編と自衛隊再編の巨大な需要による利潤極大化を実現しようとしています。軍事研究を担当する大学講座や共同研究プロジェクトが設置されて、大規模な研究予算が投下されています。シカゴ学派の市場原理による民営化は、ついに最高の公共部門である軍事部門をも浸透しつつあります。しかし軍事部門の民営化は、市場原理派が否定する軍事ケインズ政策に他なりません。なぜなら巨大な財政出動による人為的な需要創造であり、民間需要とは本質的に異なるからです。生産物が購買され消費されなければ投資の回収が不可能である資本主義では、軍事投資の回収は必然的に戦場での消費を準備することになります。いま米国は軍事ケインズ主義の悪魔の循環に陥って、無制限の戦争政策を採用せざるを得ないのです。すでにイランや北朝鮮への先制核攻撃が検討されていますが、これは米国軍事経済構造の必然的論理です。
国内民間需要を衰弱させつつある日米成熟資本主義は、ケインズ政策による人為的な軍事需要に依存せざるを得ません。日本経団連が強硬に9条改正を求める根拠はここにあります。産業連関の軍事的構造が強まり、もはや戦争をしなければ再生産軌道が維持できない奇形的な経済構造が出現します。幾多の無辜の若者の命が、戦場で無意味な犠牲になろうとも、我が会社の株価を維持する方が至上命令となります。行き所を失った金融資産は軍事会社への投資に偏倚していきます。アメリカは国内地域経済の沈滞のなかで、若者の失業率が上昇し、多くの高校卒の就職先が海兵隊に向かっています。日本でも同じような袋小路の状況が出現しつつあります。ひょっとしたら私たちの様相を超えるスピードで戦争経済が進み、戦争への選択肢が高まっているのではないでしょうか。意識的に緊張を煽る嫌韓流や嫌中流のマンガがベストセラーとなり、プチ・ナショナリズムの心情が若者を捉えつつあります。かっての戦争の悲惨を知る世代が姿を消しつつあるのとパラレルに、戦争ゲームを楽しむ若者が増えてはいませんか。『亡国のイージス』や『男たちのヤマト』に昂奮しつつある若者を、冷ややかに冷笑してほくそ笑んでいる死の商人たちがいます。彼らのシナリオは、教育基本法改正による愛国教育の宣揚と、憲法改正による自衛隊単独海外出動にあります。こうして日本の軍事生産は海外の戦場で莫大な消費を実現し投資の回収が可能となります。同時にしかし、ここにこそ戦争経済の最大のジレンマがあります。殺し合いを回避しようとする平和の壁に激突し、つねに軍事再生産が破綻するリスク(恐慌)を抱えているからです。死の商人と最高司令官は自ら戦場で死ぬことはありません。いのちをさらす市民たちがもはや真摯なまなざしで見れば、米国型軍事経済モデルは、ジャングルの殺し合いにしか写りません。誰が自分の息子や娘のいのちを彼らに捧げるでしょうか。
最後に私の懐かしい故郷である岡山弁版・日本国憲法第9条を紹介します(岡山県9条の会作成)。
日本国憲法第9条
わしら日本国民はなあ、道理にかのうたことを大事いしてなあ、安気に暮らせる世の中あつくりてえと心底願うとりますんじゃ。
せえじゃけえなあ戦争はせんいう3つの約束う決めたんじゃ。
1つめあ、国と国とが意見が違うたり、ゴタゴタが起こってもなあ、鉄砲やミサイル、核兵器やこうで、おどしたりやせん。
2つめあ、せえじゃけえ、軍隊や武器あ一切持たん。
3つめにゃあ、わしらの政府が戦争をやるいうこたあ、どねんなことがあってもなあ認めん。
(2006/4/25
9:07)
[あなたは、古川苟(しげる)を知っていますか]
ナチス独裁に抵抗して散った「白バラグループ」は戦後ドイツで広く知られ、ナチ裁判下の有罪判決はすべて取り消されて名誉を回復し、ナチ抵抗運動犠牲者への損害賠償がおこなわれた。次々と「白バラ」を顕彰する映画がつくられて、日本でも上映されている。日本でも白バラとおなじように軍部独裁に抵抗し、治安維持法違反で有罪判決を受けて処刑や獄中生活を送った人が20数万人を越えている。しかし戦後日本では今以て、名誉回復はおこなわれず、失効した過去の法律による犠牲の再審は拒否されてきた(横浜事件など)。こうして軍部独裁と戦争に反対した多くの人は、闇に葬られて正当な尊厳を回復しないまま消えていった。その1人に古川苟がいる。彼の略歴と生涯を記して追悼の意を表す。
古川苟は1906年(明治39年)に小樽で生まれ、山形高校時代に亀井勝一郎等と山形社会思想研究会を結成し、東京帝大に進んで新人会に入り、1929年から反ファッショ地下抵抗運動に参加し、東京下町地域で活動した。「とても普通の生活はできないから」と結婚の世話も断って、地下活動は続けられた。治安維持法で逮捕後、黙秘とハンストを続け、重病となって1935年12月15日、29歳でこの世を去った。たった6年間の青春を捧げた抵抗運動であった。いま古川家は絶家となり、彼と両親の墓を守る親族はいない。彼のわずかな血縁は姉妹の子どもたちのみとなった。
治安維持法の犠牲者たちの多くは、記憶されず歴史の中に埋もれている。小林多喜二や伊藤千代子など手厚く顕彰されている人もいるが、多くの抵抗者はひっそりと埋葬され、その行為と名前は誰に知られることもなく、朽ち果てている。時は流れてもはやそのような時代と行為があったことすら、知らない人が多数となり、数少ない親戚縁者がかすかに慰霊しているに過ぎない。
歴史は尊厳ある行為によって自らを犠牲にした人たちに、忘却でもって報いるのだろうか。古川苟はやっと没後70年を迎えた今年に、地元の有志が掘り起こしを進め、3月15日に偲ぶ会が開かれ、7月に生誕100年の集いが予定されている。彼と思想を同じくする人たちが、もう一度彼の行為を振り返ろうとする希有の事例だ。しかし戦後日本は、白バラほどには過去の罪責を悔い改め、尊厳ある犠牲に対する不当な処遇を反省してはこなかった。このまま一部の人のこころに封印されたままに終わるとすれば、現代日本史は致命的な罪を抱えたままに、偽りの時間を過ごしていくのではないだろうか。
おそらく日本のあまねく地域に、無数の古川苟が打ち捨てられたままに朽ち果てようとしているに違いない。こうした何の痕跡も残すことなく散っていった、多くの無名の抵抗者の亡骸を、もう一度敬意を込めて埋葬し直す最後の時間が近づいているのではないか。彼らを正当に復権させ、歴史の光をあてて鄭重に遇し、記憶の中に留める作業が求められている(以上・西沢亨子氏論考参照)。土屋文明氏は教え子である伊藤千代子の獄死を知って、次のような歌を1935年に送っている。ついに日本に「新しい光」は射しこむことはないのだろうか。(2006/4/21
8:38)
こころざしつつたふれし少女よ 新しき光のなかにおきて思はむ (1935年『アララギ』)
[独立リベラルは、2項対立を越えられるか]
すべての言論を右派と左派の対立図式に還元し、その双方とも虚妄として独立リベラルを標榜する人たちがいる。彼らは、現状を源氏と平氏のような陣営に属する「所属」の論理によってパブロフ犬のような愚かな論議を繰り広げると論難する。例えば、日頃は人権が嫌いな右派が北朝鮮拉致の被害者人権を強調し、逆に人権派を自認する左派がそれを無視するという不思議な状況があり、少年犯罪では右派が厳罰主義を、左派が保護主義主張して、公論パブリック・エリアを「われわれとやつら」という論理で独占してきたという。この両派のどちらもが間違っている場合に、選択肢を奪われている市民は災厄に見舞われるとする。左派と右派のいずれにも与しない主張は、参入の機会と影響力を奪われて干されてしまうという。政治的右派は中国の一党独裁制を攻撃しつつ大日本帝国を擁護し、左派は大日本帝国を憎みつつ中国の一党制をやむを得ないと擁護する。こうした図式に抗して、すべての一党制独裁そのものを批判するリベラルは、経済と人権が相乗する多元的なシステムを追求しようとする。いまこそ、独立リベラルという第3極の形成が急務であると主張する(内藤朝雄氏など)。
かって戦前期に同じような主張があった気がする。右も左も越える論理としての自由リベラルの思潮が一定の影響を持ち、一部は右翼軍部に抵抗しつつも、全体としては右派の主張に取り込まれて、大アジア主義を補完する役割を果たす結果に終わった(満鉄調査部グループなど)。こうした2項対立図式を超克すると自称する潮流は現在でも一定の位置を占めている。特に冷戦崩壊後に、従来の<保守ー革新>のパラダイムが崩壊したとする多元的決定論が隆盛を極めている。彼らは独立したリベラル第3極の形成を主張するが、その実相はどうであろうか。
リベラル(自由主義)は、かっての反封建の歴史的役割を終えたはずなのに、いまや市場原理主義と握手して結果的に市場の失敗と暴走を誘発しながら、政治的には極右ともいうべき主張と結んで、力の論理によって世界を制覇しつつあるようにみえる。「自由」を高らかに宣揚した主体は、すべての抑圧(規制)から市民を解き放つと称して、「自由」を求める主体を分裂させ、逆に他者の自由を抑圧するという逆説的な結果を招いた。自由を求めて葛藤する主体間の調整機能を見いだすことができず、結局のところ権力による調整に委ねてきた。こうしてリベラルであろうとすればするほど、逆に他者の自由を奪うというパラドクシカルな状況が生まれ、そうした二律背反を解決する能力がないことを自己暴露してきた。
こうしたリベラルに内在する自己否定の陥穽は、階級・階層論による国家論に対する冷笑にある。しかしなお独立リベラルの有効性を主張する人たちの根拠は、おそらく都市上層市民の自立した個の幻想にあるように思われる。彼らは自立した個の選択としてふるまっているが、実際には浮遊する無党派としてイメージ戦略に煽られ、流動するマスとしてふるまわざるを得ない実態にある。その内実は、伝統的な右派と左派が時代の変容に自らを対応させ、多数派形成の争奪を追求しようとしているところにある。もはや右派=独裁・非人権・厳罰主義、左派=民主・人権・保護主義というような伝統的パラダイムでは、現実を処理できなくなっているのだ。
独立リベラルという一見魅力的な戦略は、実は社会的紐帯を破壊しつつある市場原理主義のはてに出現しつつある都市上層という個人財で生存可能な階層にフィットする幻想に他ならない。フリーターという自由な労働幻想が崩壊したと同じように、独立リベラルは空虚な第3極として現実と切り結んだ時に右往左往して、判断の基軸軸を喪失している。言い換えれば、公正と共同性という基礎条件なしに、実は「独立リベラル」としてのリベラルが成立する可能性がなくなったということでもある。従って右派・左派・独立リベラルという3項図式も幻想であり、問題の真の焦点は市場原理か社会連帯原理かという対峙関係にある。少なくとも現在の日本では、右派ー左派という構図で処理できる領域は極めて限定的であり、イメージ的に貧困となっている。
しかしそれは2項対立関係が消失したということではなく、両者は互いに浸透しあいながら決定的な亀裂を極限化させ、最後の止揚の道を探り合っているのだ。2項対立は状況の変容に対応して機敏な形態転換を遂げているが、対立自体が消滅したわけではない。伝統的な左ー右の2項対立に依存しているのは、実は独立リベラルという第3極幻想であって、彼らはあたかも風車に立ち向かうドン・キホーテのように、変容する第1−2極に突進している。なぜ独立リベラルが成立する根拠が失われたのか。公と私の峻別と分化が未成熟であった日本では、市場原理の急速な浸透によって、<個>の尊厳の領域に<私>が侵入して暴走を始め、強い<私=個>があたかも<公>であるかのようにふるまい、弱い<個>を屈従させて野蛮な支配を蔓延させ、ほんらいの尊厳ある独立した<個>の関係を破壊し尽くしたからだ。独立リベラルは、失われた<個>の尊厳を恢復する幻想を求めて彷徨するノスタルジーに過ぎない。
独立リベラル派の具体的な事例を9条改憲論争にみてみよう。
T)大沼保昭、ステイーブン・ボーゲルの限定改憲論
両者は大要において、解釈改憲による歯止めなき軍事膨張は、日本から法と規範に対するシニシズムやニヒリズムを蔓延するから、国際平和維持活動に限定した武力行使を認める新たな9条を制定し、平和主義原理を擁護するための明文改憲に踏み切るべきだという。この主張は、改正後の解釈改憲の可能性を無視し、実質的に積極改憲派と同じ結論を導出するという無責任さを持つことに気がつかない(天木直人も近い)。
U)今井一の国民投票・直接民主制論
彼は、国民投票を拒否する護憲派を批判し、国家意思の決定への主権者の参加を排除して、蔓延する観客民主主義を助長するものだとする。護憲派は堂々と国民投票を受けて立ち、勝利すればいいではないかという。この議論は一見直接民主制の意義を宣揚しているように見えるが、実は改憲派にとって国民投票は手段に過ぎず、公正に民意を問う姿勢などないことは、国民投票法案でのメデイア規制を見れば分かる。リアルでシビアーな政治状況の中で、国民投票を宣揚することは、自らの理念に酔いしれて、積極改憲派の露払いの役割を演じていることに気がつかない、おめでたい議論に過ぎない。国民投票がポピュリズムに堕落する危険をこそリアルに見るべきではないか。ナチスはワイマール民主制の下で、合法的に独裁を実現したのだ。
V)井上達夫の9条2項廃止論
この議論は最もおめでたい。9条があるからこそ軍事膨張に歯止めをかけてきたという護憲派の主張は、現実の実態を事実上認め、安保の便益を享受するタダノリだと痛烈に批判する。そうでなければ護憲派は、自ら9条の原理主義的改憲を提起せよと迫る。従って第9条2項は、護憲派と改憲派の双方を欺瞞的退廃に導く効果しかなかった。9条は守るのでもなく、改正するのでもなく、削除して、軍事問題をすべて直接民主制に委ねるべきだという。意表をついた議論に見えるが、実はこれこそ客観的には改憲派のホンネであり、9条そのものを廃棄して自由に軍事力を駆使したい改憲派へのエールを送っているに過ぎない。
以上のように独立リベラル派は、既成の<保守ー革新>や<改憲ー護憲>という2項対立のパラダイムを越えて、自由な発想から第3の道を打ち出しているようにふるまっているが、その名実は積極改憲への加担という無惨な結果に終わっている。自由闊達に議論をおこない、新たな提起を豊かに展開することは歓迎されるが、もしそれが独立リベラルのサロン的な論議に堕すとすれば、積極改憲派が推進するシビアーでリアルな歴史操作に加担し、日本の最も重要で尊厳ある決定過程を汚す無責任に転落することを示していると云えよう。(2006/4/20
13:46)
付記)2項対立を批判する新たな論考があらわれた。杉田敦「二分法を越えて」(朝日新聞4月25日付け夕刊)である。彼は言う。友か敵かで閉塞する空間をこえる新たな道の探求が求められる。保守は特定の考えを絶対化する硬直した思考で本来的な保守主義から逸脱し、左派は社会主義圏の人権に鈍感になる二重基準に陥り、護憲派は一方的な被支配者論で国民主権論と矛盾し、立憲主義的改憲派は現実に迎合して規範を放棄する現実追随主義に陥っていると批判する。現実的対立が露わな局面になって二者択一を迫られると、必ず調和的な融合を探る第3の道派が登場する。彼らのコンセプトはほどよいバランスである。これは小市民的安定に安らいできた居心地のよい場所が揺らいだ時に誘発される自己安定化の補償機能に過ぎない。要するに第3の道派は、原理的な思考を回避してきた自らの営みが危機に直面していることの直感的な反射行動を示しているに過ぎない。政治局面での妥協戦略とは異なって、学的思考の原理性を逃れようとする講壇アカデミズムによくみられる現象であり、市民生活のリアルでシビアーな実態とは無関係の戯言に過ぎない。(2006/4/25
21:36)
[法政一高の生徒たちよ]
4月18日早朝7時30分頃から法政一高の生徒約450名が校庭に座り込んだ。創立70周年をひかえた今年から、茶髪やピアスの禁止、高校生らしい服装(新入生から制服強制)が、説明なしに導入されたことを不服としての行動だ。生徒は授業開始の8時半には全員教室に入った。生徒会長は、「多くの言われた指導に従い、服装も改めてきた。それでもまだ指導される。何の話もなく校則が厳しくなり、自由な校風が失われる前になにか行動を起こしたかった」と語る(東京新聞 19日)。
たかが高校生がなにを言うかーというのが一般的な世の風情であろう。しかしここには今の日本の流れに巻き込まれている学校当局の経営論に迫られた右翼再編の怯懦があるような気がする。しかも70年代であれば、ごく普通の学園紛争であった行動が、いまはメジャーの新聞の報道対象となっている。わたしが60年代末に赴任した学校でも、長髪の許可を求めた授業放棄があり、運動場への座り込みがおこなわれ、職員会議は徹夜となった。あの頃はしょっちゅう職員会議が深夜に及び、夜食や宿舎の手配がおこなわれて、議論が沸騰していたことを想い起こす。今回の法政一高の生徒の行動は、数十年前の学園風景を鮮やかに想起する契機となった。
法政一高の生徒は、一杯地にまみれて降伏するだろうか。当局の懐柔に抱き込まれて愛校心の妥協を選ぶのだろうか。今や異例とも云える彼らの行動は、高校生の偶発的な抗議行動とみなされて闇に消えていくのだろうか。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。ひょっとしたら、フランスの高校生が初期労働契約をつぶした大運動に通底する意味を持っているのだろうか。
新聞報道の写真には、整然と隊形をつくって運動場に座り込んでいる生徒の姿が写っている。そこには理不尽なことに原初的な反発を覚えるピュアーな正義感があるような気がする。ほとんどの高校生がなんらの問題意識をいだくこともなく、唯々諾々と服従していく現世にあって、君たちの意識ははるかに青春の尊厳を原生的に主張し得ているように思う。基本的な人権であるはずのストライキ権すらがまともに行使し得ない状況に陥っている日本への、無意識のアピールを君たちは身をもって示しているように思う。
若者が時には大人の常識を越えて或る反発や抗議を示すことは、むしろ時代の健康度を測るバロメーターではないか。いま大学のキャンパスを訪れて、そのあまりの清らかさにたじろぐ。そこには立て看板の一枚もなく、散乱するビラの1枚もない。かって左翼の牙城であった立命館すら、いまはその面影はない。東大本郷にもその残滓はない。いったい若者が抗議者として登場しないで、大人に媚びへつらうに近いふるまいに閉塞している奇っ怪な時代が現前にある。殺伐とした日本は何処に行こうとしているのだろうか、という潜在的な疑問に法政一高の生徒は素朴でまっとうな問題意識を投じていると思う。(2006/4/18
21:07)
[市場原理主義の野蛮は何処へ行きつくかーNY全公立中高で武器検査実施]
NY市の全公立中高で4月から、銃や武器の抜き打ち検査を毎日無作為に選ぶ市内10校対象に実施する。空港で使用されている金属探知器で全生徒の所持品をチェックする。すでに約5分の1の中・高で治安が崩壊し武器検査が定期的に実施され、約10万人の生徒が毎日検査を受けているが、それを全校に拡大するというものだ。中学生までもを対象とするのは想像を絶するものがある。実態は、昨秋から市内の中・高で押収された武器が307点に上り、20丁の銃も含まれていたという無惨なものであり、こうした方法で治安を維持しなければならないほどに、NYや全米の学校は荒廃している。全生徒を対象とする抜き打ちの私物検査など、日本で実施したら人権侵害として大問題になり学校は責任を追求されるだろう。抜き打ち検査に怯える学校当局は、生徒を猜疑の目で見る指導を毎日加えるだろう。米国の学校が想像を超えた悲惨な実態にあることを示しており、コロンバイン高校での銃乱射事件は例外的な現象ではなかったことが分かる。子どもたちや教師は、いつ自分が撃たれるか分からない恐怖のなかで授業をしているのだ。殺られる前に殺れーとなっても不思議ではない。
こうした有無を言わさぬ方法は、当座の危機を防止する効果があるにすぎない。銃や武器を手にする生徒は、あらゆる浅知恵をめぐらして探知機をすり抜ける方法を編み出し、無辜の子どもたちは強制的に私物を検査される屈辱によって、学校当局と警察への拭いがたい不信感を深めるだろう。学校で最も保持されなければならない信頼財が喪失して、疑心暗鬼が教室全体を覆うだろう。いったいNY市長は、コロンバイン高校の悲劇からなにを学んだのだろうか。コロンバインの犯人は、疲弊する地域経済のなかで、就職先は海兵隊しかないという将来へ失望し、追いつめられた絶望の果てに凶暴な怒りを無差別に爆発させて乱射に及んだのだ。多民族が入り乱れて住み、激烈な競争社会で勝者と敗者が人生の初期に決定される大都会NYは、勝利の快感と敗北の怨念が交錯する地獄のような街だ。きらびやかな高層ビルの裏には、荒涼としたスラム街が拡がっている。アメリカン・ドリームということばが、幻想に過ぎないことは子どもでも知っている。幼くして未来を奪われ、ただ動物的な生存を求めて彷徨する幾多の子どもたちがいる世界最大の犯罪都市だ。
銃で自衛するアメリカ型セキュリテイーの思想は、西部開拓期のフロンテイア・スピリットのなかから生まれた。努力すれば報われるという輝かしい未来が確かな実感としてあった当時では、犯罪はごく一部のアウトサイダーであり、銃による正当防衛は市民社会防衛の当然の権利とされた。この自衛思想は、階級構造が固定化した現在にまで継承され、アメリカ人は銃による自衛を基本としてきた。人間の間に派生する葛藤の解決が、銃に求められるようになり、銃規制は弱々しい弱者のため息とみなされた。人種や民族の入り乱れるNYでは、こうしたジャングルの生存が歯どめなく進んで常態化した。ドロップアウトしたアウトサイダーは銃信仰のマフィア型暴力支配に走り、NY市警の警官は肌が黒いだけで容赦なく射殺しても無罪となる。こうした大人の世界が子どもたちの日常に浸透してくることは、ごく自然のことであって、大人の社会の現況を放置して、子どもの銃規制をしてもなんの効果もない。NY市長の採るべき方策は、ただちに大人を含めた銃規制条例を成立させて銃管理を進めることだ。そして同時に銃使用の基盤にあるジャングルのような動物的闘争を煽る希望喪失社会というシステムを転換させることだ。
市場原理で未来への希望を失いつつある米国の高校生は、学校へ銃を持ち込んで友だちを威嚇している。同時にフランスの高校生たちは、自分たちの就業を不安定化させる法律に抗議して全国で大運動を展開し、遂に政府を追いつめて撤回に追い込んだ。この非対称性の背後には子どもたちが成長していく文化の著しい違いがあるとは思いませんか。クラスメートと手をつなぎ、肩を組んで街頭を行進する連帯の感情を実体験し、自分たち自身の手で歴史を動かすことを実現したフランスの高校生こそ、みんなで頑張れば未来は開けるという確信を得たのではないでしょうか。
驚いたことに日本の一部に、フランスを街頭民主主義として非難し、米国の教育モデルを賛美してバウチャー制度などの学校選択制を先駆的施策として、日本への導入をめざしている人たちがいる。彼らは、学校間競争原理と学校選択制を学習者主権という美名で推進する。この学校選択制の下で、NYなどの公立校では、全体が崩壊するなかで一部の学校の教育機能を必死で保持しようとして、教育機能を喪失している学校を廃校に追いやり、もはや「公共」としての性格を放擲しつつある。見捨てられた自分の学校に誇りをもてない子どもたちが大量に発生し、自分の学校が廃校になるという不安と荒んでいく子どもたちは、学校への自己破壊的な攻撃行動によってトラウマを発散しようとしている。
最も痛ましいことは日本の子どもたちに同じような心性が誘発されつつあることだ。今年の小学校新入生に、「どうせアホやから」とか「ぼくは生まれてこんかったらよかった」などとつぶやく子どもたちが増えているという。皆さんも自分の小学校新入生の頃を想い出してください。みんなが「自分が一番早く走れる」とか「自分が一番賢い」とか生き生きとかわいく言い合ったことはありませんか。いますでに7歳にしてあきらめと断念をこころに刻み込む子どもたちが増えています。神戸須磨事件の少年は、「ぼくを背中におんぶしてくれたばあちゃんの背中の温もりを、親からは感じることはできなかった」と言っていますが、過労死するほどの仕事とリストラの不安に怯える親たちは、無私の愛情を子どもに注ぎ込む機会を奪われているのです。「どんな時にお父さんやお母さんの子どもでよかったと思う?」と聞くと、多くの子どもはどこかへ連れて行ってくれた、何か買ってくれた時とか、塾へ行かせてくれたことなどとは答えません。一緒に遊んでくれた時、病気の時に優しくしてくれた時、寝る前に本を読んでくれた時、おいしいごはんを造ってくれた時、にこっと笑ってくれた時、遅く帰った時に心配してくれた時などとほとんどの子どもが答えます。現実は逆で、自分が大切にされ、愛されていると感じられない子どもが増えているのです。なんとも痛ましい現状ではありませんか。自分が他者から何らかの形で認められたいと願う子どもたちは、時に異常な暴力やいじめ等の他者攻撃行動や自傷行動の逸脱に走って承認を実現しようとする場合があります。いま日本の子どもたちに、ひきこもりや人との接触がうまくできない子供が増えていますが、これは承認を得られなくてもがいている繊細な子どもたちの姿です(大阪市立加賀屋小学校 土佐いく子氏報告参照)。
秀吉の刀狩り以降一切の武器を所持することを禁止された日本は、民衆が武器を所有する感覚を喪失し、現在でも厳しい銃保持禁止規制の中で、学校での銃乱射などは起こりませんが、逆に陰湿な攻撃行動が蔓延しています。7歳にしてすでにあきらめ感がただよう子どもたちは、激烈な米国型競争モデルが覆う世の中で、何処へ向かうのでしょうか。いたいけな未来財である子どもたちを、これ以上米国型市場原理に陥れて競争させ、優越と劣等を植え付ける仕組みに未来はありません。なぜなら優越感は、自分を勝手に人より上に上げていい気になり、劣等感は自分を人より下に下げて勝手に悲しむ心情であり、いずれも自分自身を正しく把握できない虚偽意識であって、自分の成長にとってクソの役にも立たないからです。(2006/4/18
9:06)
[おんあぼぎゃ べいろしゃのう まかぼだらまにはんどまじんばら・・・・・・]
遠い幼い日々の記憶がうっすらと蘇ってくる。私の少年期にお盆や法事などで、祖父がこの呪文のようなことばを唱えると、家族と親族が一斉にそれを唱える。意味がまったく分からない少年の私は、それでもみんなが唱和する独特のリズムが醸しだす雰囲気に、なにかこの世あらぬ厳粛さを覚えた。その呪文は確か次のように繰り返されていたように思う。
おんあぼぎゃ べいろしゃのう まかぼだらまにはんどばじんばら はらばりだやうんおう おんあまぎゃ べいろしゃのう・・・・と無限に繰り返されていくのである。他にも幾つかのお経が唱和されていたと思うが、この部分が最も記憶に残っている。
これは真言・天台で礼拝時によく唱えられる「光明真言」というのだそうで、大意は「帰命 不空なる光明遍照大印相(=大日如来)よ、宝珠蓮華焔光の大徳をもってわれらを菩提心に転ぜよ」だそうだ。この定型化されて無限とも思えるリフレーンは、あたかも言霊のように少年のこころに確かに食い込んできた。少年の僕は、なにか人間を越えた世界があり、その世界に伏して何かを願おうとする人間の弱さと畏敬の念を覚えたような気がする。成長した私は、唯物論者となって宗教的なものを客観的に分析するようになったが、幼少期のこころに刻み込まれたイメージは今でも鮮やかに想い起こすことが出来る。
今から思えば、あの祖父を先頭にした読経は、家族の紐帯をより強める確かな効果を持ち、またおのおののこころの日常の汚れを洗い落して清浄に立ち返る作用をもたらしたように思う。汗と泥にまみれた農業労働の厳しくもきつい日常が、つかの間の遮断を受けて、家族や親族うち揃って始まる宴もまた、幼年の私を昂奮させるに充分であった。
祖父は起床とともに、東の山の端の日の出に向かい、ジッと立ち尽くして何かを祈っていた。今思えば、あのミレーの「晩鐘」の姿が朝焼けにあった。その後ろ姿をみている私は、なにか邪魔してはならない敬虔とも云うようなまなざしで見つめていた。午前中の労働を終えて昼飯を食べた祖父は、大きな鼾をたてて昼寝をしていた。精一杯働いた肉体の波打つ呼吸を見て、私はなにか圧迫されるような気持ちを抱いた。幼少の私は、このようなかたちで労働の尊厳を教えられていたのだろうか。祖母が畑から帰ってくると、その背中は汗が一杯に滲んでいた。その汗の臭いが私には、なぜか貴いもののように映り、精一杯働いて家事を遂行する祖母を好きで好きでたまらなかったのである。
祖父と祖母はよく言われる篤農家の百姓として、教育は受けず一生を終えた。時折り、祖父母の一生はいったい何であったのだろうか、と私はその規定に苦しんだ。大地や自然と一体化した百姓という仕事に、何の疑問も感じないでこの世を去っていったかに見える生涯に、いったい何の意味があったのだろうか・・・・・といまでもふと思うのだ。
ある時祖母が結核で入院し、何度か見舞いに行くと、祖母はすぐに財布を出して小遣いをくれた。私はそれが嬉しくて、また病院に行った。祖母はすぐに健康を回復し、家にいる時よりもみごとに太って退院した。そして家に帰り、また畑仕事に精を出して痩せ始めた。私はこのあまりの変化に労働のしみわたるような苦を実感した。祖父は何の病気だったのか、床に伏せて寝るようになった。自分で立ち上がって便所に行こうとするのだが、ままならず少年の私は肩を貸して祖父を便所に連れて行った。私は初めて、強き者のやがて訪れる弱さの哀しみを知った。意識がじょじょに衰えていく祖父になにもできない私は、ある日自分で氷水のアイスクリームを買って、祖父の口に含ませると、祖父はうっすらと微笑みを浮かべたような気がした。私はその顔を見て、人間の末期の哀しみと救いのようなものを感じた。
90歳を超えて衰えた祖母は、家の近くの小川に落ちて死んだ。なぜ祖母が家を出て自分でどこかへ歩んでいこうとしたのか、今でも分からない。ひょっとしたら自分で飛び込んだのではないかという想いが込みあげてくる。祖父の死の時には泣かなかった私は、祖母の遺体をみてさめざめと泣いた。
あれから幾星霜が過ぎたのであろうか。いま自分が祖父母の年齢に近づくに従って、ようやく祖父母の汗まみれの生の意味のごく1部が、ぼんやりと分かりそうな気持ちになってくる。ある時代のある状況に生を受けて、そのなかでどう精一杯生ききるかーということでは同じなのではないか。祖父母は自分が育った狭い土地の空間から、広い世界を見ることもなく営々と田畑を耕して終わった。その子であるわたしの父は、高等師範へ進み教師となって、高等女学校卒の母を娶った。このようにして近代日本の知識階級は出自したのだ。祖父母の孫であるわたしは、はるかに広い世界の刺激を受けて、ああでもない、こうでもないと何かを考えようとしている。しかしその知は、大地とともに生きた祖父母の知に比べて、いったいなにほどのことがあるのだろうかとも思う。時代と状況が異なっているに過ぎないのではないか。人は死してなにを残すのかを思うと、やり残したことや果たせなかったことがあまりに多い。それを無念とも思わなくなった自分の感性が悲しい。でもわたしは、呪文のようなことばの世界には行かないだろう。それはわたしを遠い世界に送り出してくれた祖父母の願いとは違うだろうと思う。故郷の家が廃虚となって朽ち果てようとしているいま、ますますわたしは何ごとかを成し遂げたわたしでなければならないと秘かに思うのだ。そのようなわたしを、今は30歳になるわたしの息子はいったいどのようなまなざしで見つめているのだろうか。このようにして世代は交代していくのだろう。(2006/4/17
19:46)
[リベラリズムとファッシズムの醜い野合 犬は吼えても歴史は進むー東京都職員会議採決禁止令]
東京都教育庁が職員会議での「挙手」「採決」による教職員の意思確認という運営を禁止する「学校経営の適正化」という通達を都立263校に出したそうだ。00年の学校教育法施行規則が職員会議は校長の補助機関と明文化したのを受けて、01年に都は「校長が決める事項を職員会議が制約する運営で意思決定してはならない」とする通知を出して以降、なお10数校が職員会議での挙手や採決で決めている実態を踏まえてのものという。なにかギョッとするような血迷った発想だ。。教師は学校教育法28条6項で教育の専門職としての地位を保障され、学校運営の合意形成をはかる不可欠の機関として全員参加制の職員会議が定着してきた(これは大学の教授会に準じる意思形成機関だ)。東京都ではそうした職員会議の歴史的経過を否定し、校長・副校長・主幹で構成される企画調整会議を中枢機関として位置づけ、また外部者を導入する学校経営支援センターを設置して、当事者たる教職員の全体意思形成の場を剥奪してきたが、採決禁止はその最後のゴールであるようだ。職員会議の採決結果が校長を無条件に拘束するのであれば問題も派生するだろうが、採決や挙手を禁止して校長は教師の意見の分布や合意形成の機会をどう実現するのだろうか。教師の意見を反映しない前提で誰が発言するだろうか。発言しない場で誰が考えるだろうか。考えないで奴隷のように従う教師が理想とされるのか。
かって文部省は次のように云った。「学校経営において、校長や2,3の職員の独り決めで事を運ばないこと、すべての職員が参加して、自由に充分に意見を述べ、協議した上で事を決めること、そして全職員がこの共同の決定に従い、各々の受け持つ責任を進んで果たすこと」(1946年『新教育指針』)。ここにはごく普通のデモクラシーの常識があり、戦後教育が明るく生き生きと精彩を放った理由がある。
最も痛ましい犠牲者はおそらく教室にいるこどもたちであろう。学級会などでクラスの合意を図る話し合いで、意見が分かれて合意できない場合に、やむを得ない手段として多数決で決めるという民主制の原理を学び、日々実践しているが、それを体現している教師自身が多数決を敵視して学校を運営していると知れば、子どもたちははやくも人生の入り口でダブルスタンダードの醜さを体感するだろう。教師集団はトップダウンの命令によってロボットのように動き、自由闊達な意見表明の気力を失って荒廃していくだろう。東京都では早期退職と管理職試験の辞退者が激増しているという。主体的な参加の場を奪われて、なんの人間的教育の豊かさが保障されるだろうか。奴隷のように生きている教師を見て、子どもたちは自らの将来の姿をそこに見いだすだろう。
なぜ東京都はこのような学校の荒廃と自滅の道をたどり、公教育の崩壊の過程を歩んでいるのだろうか。その基底には、ニュー・リベラリズムの思想がある。公的なルールを解体して市場の競争に委ねれば、企業間競争が激化し、消費者の便益は最大化するというシカゴ学派・ハイエクの主張だ。すべての個人は、自己選択・自己決定・自己責任の自立した強い個人になっていき、社会は生き生きと活性化するという発想だ。これは企業経営の論理として導入されたが、すでに建築偽造に見られるように企業倫理は崩壊し、市場自体が激しい痛みを受けているなかで破産した論理だ。にもかかわらず東京都は、先駆的にニュー・リベラル市場原理を公教育に適用し、教員の業績評価による成果主義賃金システムと学区自由選択制を導入して激しい競争を煽っている。教師集団は誰かを叩き落とさなければ自分の業績と給与は上昇しないのだから、疑心暗鬼の醜い争闘が誘発され、自由学区選択制によって幾つかの学校は廃校に追いやられている。こうした特定の市場教育観を強制する方法として、挙手・採決禁止令が出されたのだ。地域と学校の文化的生活の紐帯は断ち切られ、地域共同体が学校を支えるという古きよき日本的伝統は衰滅しつつある。
問題はこうしたニューリベラル市場原理は、必然的に公正・協同原理派と激突し、市場原理派が権力で「自由」を強制するというパラドクシカルな暗転が誘発されることだ。これは、ニューリベラル市場原理派が強者として強権をふるい、異論を封殺するファッシズムと双頭の関係にあることを証明している。君が代不起立者への大弾圧は、まさにファッシズムを象徴する事例だ。
しかしここにこそ実は、ニューリベラル市場原理派の致命的な自己矛盾がある。「自由」の極大化を主張すればするほど、他者の「自由」が封殺され独裁が強化されていく悪循環におちいる。自ら宣揚する「自由」の虚妄が露わとなり、強者に媚びへつらう二重人格者が大量に出現し、自由を求めて生き生きと活動する個人は姿を消し、社会そのものに沈滞が蔓延する希望喪失社会となる。東京都は死臭ただよう荒涼たる荒野にさまよいながら、一人吼えているオオカミとなって学校を威嚇するという無惨な姿を晒している。このような学校にわが子を通わす親はいるだろうか。教師同士が醜い奴隷状態で競争し、自由闊達な雰囲気が消失した学園はもはやジャングルの牢獄ではないか。こうして雪崩を打って、いま東京の子どもたちは私学に殺到している。
ニューリベラル市場原理派は、人格を育てる教育の本質と利潤を追求する経済の論理が原理的に背反するという悲惨な実態を前にして、自らの取り返しのつかない失敗におののき、少しは胸にある良心の痛みを覚えているからこそ、批判派に対してどう猛な攻撃を繰り返している。それは自らの不正義を指摘された者が敗者に転落するのを恐れ、サデイステックな攻撃行動によって自己の安定を保持しようとする弱者のふるまいに酷似している。弱い犬こそもっともよく吼えるのだ。
東京都はいまたちどまって我が足元を見るべき時である。静かに自らを省みて黙って考える時である。取り返しのつかない犯罪を犯しているのではないか。人類史にあってはならないふるまいをしているのではないか。子どもたちを悪魔の蹂躙に放擲して未来を傷つけているのではないか。音を立てて崩壊しつつあるあやうい校舎を前に、都庁高層にいる自分はなにをすべきだろうか。しかし彼らは確信犯である。みずから退くことなく吼え続けるだろう。そうして犬が吼えても歴史は進むーという真理が、東京都で証明されるだろう。多くの痛ましい犠牲者の累々たる屍を越えて。(2006/4/16
10:12)
[日本最古の民衆デモンストレーション]
平安中期の天慶8年(945年)に日本最古の民衆デモが起こった。いったいこの時代はなにがあったのか。平将門の乱(939年)・藤原純友の乱(936−941年)を鎮圧した中央政府は、律令制・班伝収授制(公地公民)の農民奴隷制を復活強化し、農民的小土地所有を剥奪しようとした。筑紫の国から出発した農民デモ隊は「村送り」で京都をめざし、3台の神輿を担いで、御幣を振り、手拍子を叩いて踊りながら前進した。「しだら神」を信じ、「農作業に精出せば豊かな富がやってくる」と歌いながら。デモの先頭を行く神輿には、菅原道真の霊を示す「文江自在天神」の額が掲げられていた。
デモは摂津の国に入って膨張し、水無瀬(大阪府島本町)で頂点に達し、西国街道は数千万の農民の群れに満ちたという(『本朝世紀』)。デモが京の都に突入することを恐れた政府は、群衆の中に女間者を潜入させて、「我は石清水に参る」との神のご託宣があったとデマを飛ばし、それを信じたデモ隊は一斉に淀川を渡って石清水八幡宮に入ってデモは遂に終息を迎えた。政府官僚は首都への侵入を食いとめて安堵し、京都北野に天満宮を建立し、道真の鎮魂と祟り封じをおこなった。このデモによって律令制の再編強化は頓挫しデモ隊は目的を達した。いま北野天満宮は、受験合格祈願でごった返し、受験生の寄進によって繁栄を極めているが、ほんらいは古代最大の大衆デモンストレーション「しだら神」の祈念碑的な建立物だったのである。
まことに土地所有をめぐる権力と農民の熾烈な緊張関係は歴史とともに古い。大化の改新以降の古代日本の国家土地所有は、人民が一定年齢に達すると、一定面積の土地を口分田として給付し、土地の売買と兼併は禁止され、農民は租庸調の物納税と雑徭(労役)、兵役義務を課せられる国家奴隷であった。しかし次第に貴族所有の荘園制が拡大し、同時に農民の開墾した小土地所有が拡大し、班田制の崩壊に直面した中央政府が最後の反撃に出たのが、902年荘園整理令と土地独占禁止令であった。それから領国制を経て明治期の地主的土地所有制に展開し、戦後農地改革によって農民的土地所有制が確立した。
国家土地所有制による班田収授とは、なぜか社会主義的土地所有制を想起させる。国家が農民に土地使用権を付与して租税を徴収するシステムは、現代中国の土地所有制とどう違うのか。古代的土地所有制では、耕作義務制としての土地を農民に分与し、奴隷的な貢納義務を課したのであり、現代中国は土地使用権を国家から付与されて自営的な営農をおこなう点で本質的に違う。
古代のデモンストレーションは、神輿を担ぐという神権的な形態であり、その行進は舞踏という非日常的なハレの形態をとる。これが決死の覚悟を表現する古代的な集団行動であったのだ。古代の変革期ではその1年前に必ず狂乱の集団舞踏が起こっている。江戸末期にもあの「ええじゃないか」という集団舞踏の爆発が起こっている。舞踏という身体行動は、歴史的にかくもポリテイークなメッセージ性をもっていたのだ。今に残る全国の夏祭りの踊りの背後に、無念のうちに散っていった農民の恨のようなものがあるのではないか。田植えと収穫の祝祭としての踊りがあるとともに、集団舞踏という形態をとった反権力抵抗運動の踊りもまた、私たちは踊っているに違いない。以上・林直道氏論考(『経済』126号)参照して考察。(2006/4/14
20:25)。
[米国はナチスと同じなのかー英空軍マルコム・ケンダルスミス大尉(軍医)の証言]
同大尉は05年6月に、イラクのバスラへの派遣命令拒否・訓練任務拒否など5つの軍紀違反で起訴され、英南部オールダーショット軍法会議で禁固8月の判決を受け、公判で次のように述べた。
「私は04年初めには、米国のペルシャ湾沿岸地域での行動はナチス・ドイツと同じだと見ていた。イラク戦争は非合法であり、イラク派遣命令も違法だ」」
(検察側 「米国は第3帝国と道徳的に同じだと主張するのか」
「そうだ」
ニュルンベルグ裁判は、人道上の罪に反する上官命令を拒否することが正しいとして、ナチス軍人に有罪判決を下したが、マルコム大尉の行動は身をもってそれを実践している。米英軍のイラク侵攻は、先制攻撃を禁じている国際法に違反し、大量破壊兵器とアルカイダとのつながりという戦争目的も虚偽であったことが明らかになった今では、明らかに同大尉の側に法の正義がある。おそらく歴史は、大尉への有罪判決を撤回し、英政府は将来謝罪と補償をおこなうだろう。英国の良心と正義の存在を大尉は身をもって示している。米英軍には大量の従軍拒否と攻撃命令を拒否したり、逃亡する兵士が続出している。米英軍の内部崩壊がじょじょに進んでいる。我が自衛隊員の中にも同じような信条を抱えつつ、命令に服従している幾人かの人がいるだろう。
一方米国では軍部指導層内部での国防長官批判がひろがっている。
「国防総省はあらたな出発が必要だ。チームをどう作りあげるのかを理解し、下の者を脅かすことなしにそうできる指導者が必要だ」」(バテイス陸軍第1歩兵師団元司令官 4月12日CNN)
「イラク占領には数十万人の兵員が必要だ」(シンセキ陸軍参謀総長 米議会公聴会で)
「過去の過ちを認めず、正当化ばかりしていてどうやって前進できるのか。米軍上層部の忠誠心は非常に大切だが、それより上回るのは人間としての高潔さだ。忠実だけなら、私の犬でも務まる。国防長官は戦略・作戦・戦術的に無能だ」(ジニ元中央軍司令官・海兵隊大将 4月12日ワシントン講演会・ニューヨークタイムズ3月19日)
「国防長官はイラク戦争で絶対的失敗を犯した」(スワナック陸軍第82空挺師団司令官・陸軍中将 4月13日 CNN・TV)
「国防長官は傲慢だ」(リズ退役陸軍大将 4月13日 ナショナル・パブリック・ラジオ)
「イラク戦争は必要ではなかった」(ニューボルド統合本部作戦部長・海兵隊中将 『タイムズ』)
他にもイートンイラク治安部隊責任者・陸軍少将などが国防長官のイラク戦争指導を批判している。これらの高級軍人は必ずしもイラク戦争そのものを批判しているわけではなく、失敗した戦争の現場責任を回避する意図もあるだろうが、米軍指導層の内部対立が激化しているのは、根底にイラク戦争がナチス型侵略であったという本質的な問題が伏在している。最も哀れな犠牲者は、指導層の誤った決定の犠牲となって無意味な命をイラクに捨てたアメリカの若者たちであり、数万に上るイラク民間人犠牲者たちだ。ベトナム戦争末期のような混乱が米軍内部で誘発され、惨めな撤退をする可能性もある。その時に東アジアで忠犬ポチ公として米国に媚びへつらったライオンヘアー首相は責任をどうとるのだろうか。(2006/4/14
17:04)
[リストカットするこころ]
いじめなどの被害を被っている人が、「悪いのは自分の方だ」「自分が弱く汚い心を持っているからだ」と自分で自分を追いつめて、リストカットがおこなわれる場合がある。それを見た加害者は「なにを当てつけているんだ」と、そういう行為に出る方が問題だとさらに攻撃を加える。さらには被害者が問題を外に訴えること自体を理不尽として「あなた自身にも問題があるんじゃない」と非難する助言者すら出現する。追いつめられた被害者は、恨みを深く内向しながら自閉を深め、思い切って理不尽を訴える反撃に出ても、日頃の友人から「私たちはジッと耐えて我慢しているのに」と理不尽を訴える人を後ろから引っ張るようなことを云われると、ついには自分の無力に打ちのめされて自死に至る場合もある。
かなり極端な例をあげたようですが、今の日本の社会の隅々にこうした抑圧の移譲と被害の内向化が進んでいるのではないでしょうか。非正規雇用の修羅に直面し、フリーターやニートに転落する不安に怯えている若者たちにも、似たような心理が誘発されているような気がします。相互扶助や支援がきれいごとに思え、誰も自分のことを真から思ってくれる人はいないという砂を噛むような心情がひろがってはいませんか。内向的でやさしくまじめな人ほど、生きにくい世の中になっているように思いませんか。こうした雰囲気が蔓延していった背景にはなにがあるのでしょうか。
2000年に21世紀日本の構想懇談会(河合隼雄)が出した報告は、「たくましくしなやかな自立した個」という自己責任の思想をうちだしました。他者に責任を転嫁する哀願調の社会運動は、実は自分の責任を回避する卑怯な考えであって、社会の原点は自立した個の自己選択ー自己決定ー自己責任にあり、弱者や格差の是正は自己努力の放棄を生むというものです。こうして自己責任原理は、自己責任を果たせない弱者を劣等人とみなし、自立できない人間は他者の統制を受けて強制的に調教されてもやむを得ない存在に転落させます。
競争をおこなうルールや規則の形式を平等にして、後はすべて個人の自由に委ねる社会は、具体的にはどのようなイメージなのでしょうか。例えばスタートラインは同じで、カール・ルイスと私が100m競争をする社会です。明らかに私が負けるわけですが、それはすべて私の自己責任なのです。或いは援助交際について云えば、「私の身体をどうしようと私の勝手だろ」として、援助交際を強制的に禁止するのはおかしいという社会です。カール・ルイスとの競争を選択せざるを得ない社会、援助交際を選ぶ成長を歩まされた少女の背後にあるものは消し飛んでしまいます。
ところがリアルな社会では、自由に競争に参加できる力を持っている人とそうでない人に分かれています。同じ力があっても、自己責任だけではカバーできない人を、ひとしなみに同じ舞台で競争させても、それは競争ではありません。例えば競馬で云えば、馬体重の軽い馬は砂袋を背負って体重に負荷をかけて競争させます。つまりほんとうの自由競争は、競争する個人の内容の公平と公正がともなっている場合にのみ豊かで刺激的なものであり、ジャングルの動物的な弱肉強食の競争とは決定的に異なるものなのです。
内向的で優しい人ほど生きにくくなっている理由が、じょじょに明らかになってきました。競争の形式的な平等のルールを決めても、参加する段階で初期条件に競争を左右するような違いがある場合には競争は意味をなさないから、少なくとも初期条件を公正にしようーというのが、人類史が長い時間をかけて到達した20世紀の結論でした。すべての人間が「たくましくしなやかな」個人ではなく、それぞれのハンデイを負荷されて競争に参加しているのだから、その結果のすべてを自己責任で処理するシステムは、逆に卑劣な勝者を跋扈させる退行現象を生むのです。内向的で優しい人ほど、鋭くこうした醜さを見抜きますから、競争そのものを嫌悪し、別の価値を試行しようとしてドロップ・アウトするか、競争への情熱を衰弱させます。ところが「たくましくしなやかな」強い個人たちは、こうした態度を敗北の合理化として非難し、無理矢理に競争の舞台に誘導しようとしますが、もはやそこにはほんらいの競争の持つさわやかな刺激はありません。こうして自由な競争を煽れば煽るほど、実際の競争はすでに結果が決まっている出来レースになってしまいます。ここに実は、自己責任原理者のパラドクシカルな陥穽があり、良心的な自己責任論者ほどそれを恐れます。なぜなら、元気のない無表情の荒涼たる世界が拡がって、競争が価値をもたらさず、ドキドキするような快感が失われて、残酷な死が残るからです。
そろそろ結論に近づいてきました。競争原理はほんとうに自由な自己実現を生まないということです。西部開拓のパイオニア精神は、無一文の移住者が幌馬車を仕立ててミシシッピーの岸辺に集合し、一斉にスタートして未知の荒野をめざしました。そこには強者も弱者もなく、自分の努力次第で果敢に挑戦すれば、必ず明るい未来が開けるだろうという希望が溢れていました。手を携えて危機に立ち向かい、協力して難局を切りひらこうとする協同が自然のうちに醸し出されました。他者を蹴落として自分だけ生きのころうとする者は軽蔑され排除されました。ここにパイオニア・スピリットとアメリカン・ドリームの原点があるのですが、現代の米国は熾烈な蹴落とし競争に頽廃して、かっての輝かしい開拓精神はノスタルジアに過ぎなくなってしまいました。いま日本でそれを探せば、学校でのクラス対抗競技にそのイメージがかすかに残っています。強者も弱者も協力しながら、クラスの勝利をめざす協同の雰囲気が生き生きとクラスを活性化させ、学力の上昇にも波及します。勝敗を越えた互いの健闘をたたえるエールが交歓されます。結論はこうです。自由な自己選択ー自己決定ー自己責任は、協同のステージでこそ最も爽やかな自己実現をもたらし、個人も全体も水準を高めていくのです。その合い言葉は”ALL FOR ONE ONE FOR ALL(万人は一人のために 一人は万人のために)”です(今は死語となっていますが)。
もう一つのタイプはフランス型個人主義です。郊外の暴動や最近の大規模な街頭行動は、アメリカ型市場原理の導入に対する底深いフランス文化の反発を示しています。フランス人は徹底した自己選択ー自己決定ー自己責任の個人の尊厳を尊重しますが、自由な個人を支え得ている初期条件の平等を侵犯することを許しません。その平等の基盤に立って、個の自由を最大限に尊重し、豊かな文化を生み出しています。パリ市内には一戸建て住宅は、大統領官邸を除いてありません。全員がアパルトマンに住み、個人の住環境は徹底して平等です。街中で自由に議論し、云いたいことを声高に言い合い、ネットでホンネを云うようなヒマはありません(フランスのネット社会の普及が遅れている理由の一つです)。
最後になりましたが、リストカットのこころとは、弱者を迫害して快感を覚えるサデイストがもたらした犠牲者のこころではないでしょうか。日本では競争の強者たちが気づかないうちに歪んだサデイズムに侵されつつあります。囚人のジレンマに捕らわれて、果てしない蹴落とし競争の蟻地獄に転落する前に、この蹴落とし競争の質を変えて、互いに健闘をたたえ合う爽やかな競争に転換させなければなりません。中西新太郎氏論考(『前夜』7号)参照して考察。(2006/4/13
16:14)
[CPEを撤回に追い込んだフランスを街頭民主主義と批判する朝日新聞の”ことばの力”とはいったい何か]
フランス政府の新雇用政策である「初期雇用政策(CPE)」を撤回に追い込んだフランス労組・学生・高校生の大運動を、朝日新聞は途上国型の「街頭民主主義」と非難しています。先進国民主主義は代表制議会による代議制民主主義が成熟して、最適な政策が決定され国内混乱は起こらないが、議会制が機能しない途上国ではデモやストが頻発して秩序が不安定化する。政策の是非を街頭の行動で決めるようなフランスのやり方は、途上国に似た民主主義の未成熟を示しているのだと云います。
朝日新聞はいまTV・CMでしきりに、「ことばの力を信じる」というジャーナリスト宣言なるものを流していますが、フランスの行動を街頭民主主義と揶揄する論説には、朝日の民主主義認識の限界が露呈しています。もともと代議制は直接民主制を補うためのやむを得ない制度であり、国民(人民)主権のもとでは国民の総意によって政策が決められるのが民主制の原理です。だからこそ最も重要な政策について多くの国は、国民投票やレファレンダムを導入しています。選挙ですべての決定を議会に委任したのではない国民が自らの意志を表明する方法として、デモンストレーションやストライキをおこなうのは、当然の意見表明権であり、むしろそれがほんらいの姿なのです。日本ではデモやストライキは姿を消してしまって、正常な民主主義の機能が失われている現状こそ、実は民主主義の深い危機があります。岩国基地住民投票は、議会では機能しない住民の意思表明を象徴的に示しました。おそらく朝日の記者は、デモやストの経験を持たない世代に育っている間接民主制の神話化された秩序幻想を持っているのでしょう。おそらく彼は怒濤のようなデモの波を目の当たりにして困惑したのではないでしょうか。或いは、彼はもともと多様な国民運動自体を高みから蔑視する松下政経塾的な愚民民主主義観を持っているのかも知れません。
CPEは、26歳未満の青年を2年間の見習い期間中に、経営者が理由なく解雇できる権限を与えて雇用拡大を促進するものですが、人を奴隷のように扱うこの非人間的な制度に多くのフランス市民は尊厳を傷つけられたのです。だからこそ圧倒的多数で信任した首相に、NON!を突きつけたのです。いったい理由なき「首切り権」などILO国際基準を適用する世界のどこに存在するでしょうか。あたかもかっての封建領主が、新郎より先に花嫁とベッドを共にする「初夜権」ではありませんか。フィガロは叫びます。「あたかも奴隷的債務のように、最初の何より甘美な役割を要求するなど、なんたる野蛮な専制主義か!」(ボーマルシェ『フィガロの結婚』)と。
フランスが街頭民主主義であれば、日本の民主主義は成熟した民主主義がはたして機能しているのでしょうか。実は日本で同じような性格の法律が1999年に制定されています。産業再生法(産業活力再生特別措置法)は、分社化・債務の株式化などの事業再編、ベンチャー支援に税制優遇措置を講じるものです。ところがこの制度の適用を受けるためには、企業はリストラ計画を経済産業省に提出し、その認定を受けることを義務づけています。会社のために必死に働いている社員を首切りする計画を政府が税金からお金を出して応援する法律です。日本では、政府が進んで首切りを義務づけるというフランスをはるかに上回る反国民的な法律を議会で成立させているのです。議会多数を握る与党は圧倒的多数で可決しました。デモもストライキも起こらなかったばかりか、刺客騒動で圧倒的信任を与えたのです。国民の命と生活を守るべき第一義的な義務を持つ政府が、進んで国民の首切り政策を推進して、ILO国際基準を蹂躙しているにもかかわらず、日本の国民は謙虚に街頭民主主義を回避する成熟した民主主義国民として振る舞ったのです。
ところがいま厚労省は、CPEとまったく同じ「試行契約制度」という労働契約法制を審議しており、労働基準法の大改訂をめざしています。人間の尊厳をとことん傷つけられても、おとなしく議会の決定に従うのでしょうか、アジアで最初の民主主義へ踏み出したというこの国は。シコシコと携帯メールに励んでいる若者たちの背後に何が忍びよっているかーそれは微笑みながら近づいてくるファッシズムの幻影なのでしょうか。世界の成熟した民主主義国の憲法は、すべて国民の抵抗権((革命権)を規定し、政府が国民の信託に背反した場合には、国民は直接行動で政府を入れ替える権利があります。朝日の記者は、民主主義のイロハから勉強し直し、特に抵抗権の意義を理解して報道にあたらなければ、ジャーナリズムの自己否定を自ら招くでしょう。(2006/4/12
9:30)
追記)作家の平野啓一郎氏(最近作『顔のない裸体たち』新潮社)が、パリに1年間滞在してチョット耳に痛い、面白いことを云っていますので紹介します。「リアルな世界を変えなきゃと思っていた人たちが、リアルな世界にシニカルな態度をとり、ネット世界で自分の欲望を吐き出せばいいという使い分けが起こって、現実は変わらないというシニシズム(冷笑主義)に陥っています。社会を変える欲求が収斂されない感じがします。フランス人は思うことをストレートに云い、ネットに書くことはないという感じです。仕事の時とプライベートな時の顔が変わらないのです。日本の場合休憩時間に友だちと「○○でエ〜」と話していた子が、レジに立った瞬間に「いらっしゃいませ、コンニチワ」という匿名の存在に一変します。日本では公の顔とネットの顔が使い分かられている感じがします。でもネットの世界でお母さんの毒殺計画を練っている人が現実に切り離せない事態が起こってもいます。リアルな世界でも、面と向かって人に伝える努力をしていかない限り、自分が認められることは無理だと思います」
なんともはや私のHP活動をズバリ指摘しているようで、チクリと胸が痛みます。私は特に自己弁護はしません、アクセスする皆さまの評価に委ねたいと思います。ただ私は、マスメデイアには登場しない、リアルな世界へのコメントを打ち出して真実を探ろうとしているに過ぎません。しかしシニシズムに傾斜する危険は大いに自戒したいと思います。平野氏に云いたいことは、なぜ日本では「社会を変える欲求が収斂されない」状況が生まれているのかを制度的に分析する必要があることです。若者の内面が変わったのではなく、非正規雇用の競争のもとで生の自分を公の場で表現することは、即生活の剥奪につながるというフランスとはまったく違う状況がつくりだされて、せめてネット上での匿名のコミュニケーションに閉塞されていっているのです。「面と向かって人に伝える」ことが至難な制度的状況こそ問われなければなりません。それは代議制のもとで大人たちがつくりだしたものなのです。
[伊勢佐木町に35年間一人で立ち続けた70歳の娼婦]
白塗りの顔に白いドレスと赤い靴で、横浜の繁華街・伊勢佐木町に35年間たち続けた娼婦・メリーさんは、昨年に故郷の中国地方の老人ホームでひっそりとその生を閉じた。終戦後の神戸で米兵相手に働き、恋人となった米将校と東京へ出た後、別れて横須賀、横浜へと移った。年老いたメリーさんに客はつかず、お金もないのでビルの廊下を寝場所にした。椅子を二つ向かい合わせ、器用に手足を揃えて寝た。近くのクリーニング店がクローゼット代わりとなり、ドレスを預けて、その時々に着るものを「第2イブニングを出して」などと言って着た。70歳を超えて故郷へ引き上げる95年の冬に、はじめて「私のお父ぎみが亡くなり、この世界に入りました」と身の上話をクリーニング店の店主にした。35年間、目を引く姿で1人たち続けた彼女の生涯はいったい何であったのか。彼女は可愛らしい、ごく普通のお婆ちゃんだった、彼女の存在は戦後の横浜を写し出した鏡そのものであったーと中村高寛(映画『ヨコハマメリー』監督)は云う。新聞の写真には、どぎつい化粧をしてドレスを着たメリーさんの全身写真が載っている。それは横浜の伝説の娼婦と言われた彼女の晴れ姿だ。いったい何人の男たちが彼女の肉体を通り過ぎていったのであろうか。70歳を超えて街の片隅に立ち続けて、男を誘った彼女の生涯はいったい何であったのだろうか。最後の10数年の老人ホームの生活は、彼女にとって何であったのだろうか。メリーさんを中学生の頃から見てきた中村高寛(31)は、5年間で撮ったドキュメンタリーを映画化して公開している(テアトル新宿 15日〜)。
彼女は畜生道に堕ちた獣欲の化身なのか、自らの身体を代償にして生きる他なかった哀れな犠牲者だったのか、まさにそれは「肉体の門」を生きた神々しいジェンダーであったのか、健やかな市民は眉をひそめて見て見ぬふりをしながら、彼女の生を闇に葬り去って定常を保とうとするだろう。ごく少数のアウトサイダーが、彼女をこそ「蟻の街のマリア」として聖女崇拝の祭壇に奉るだろう。しかしいずれもそれは、自らの関与を回避するスケープゴードにしているに過ぎない。明らかに彼女は、戦後米占領軍に対する娼婦提供政策を推進して、大和撫子の処女の純潔を擁護しようとした厚生省の公認売笑政策の犠牲者に他ならない。身をもってその政策の前線に立った彼女は、時が過ぎても生活の糧として同じ道を歩まざるを得なかったのではないか。
想えば我が日本国は、戦後60数年を経た現在も、一貫して米国の娼婦として生きてきた国だ。自らの肉体を米軍基地に捧げ、米兵士に3DK住宅を提供し、娘の純潔を米兵士の蹂躙に任せてきた。我が日本は国家を挙げての娼婦として、自らの肉体を米軍にささげてきたのであり、ミス・メリーは我が日本そのものの姿であったのだ。自ら強姦されているにもかかわらず、強姦を知らないかのように振る舞い、争って進んで身体を提供しようとしている政府首相を先頭にした振る舞いは、いままさに全世界から軽蔑のまなざしを浴びている。ミス・メリーはそうした戦後日本のすべてを、自らの過酷な経験を以て、無意識のうちに訴えかけている。
なぜにしてこのような惨めな国に朽ち果てようとしているのか。この国は真の矜持を知らないのか。矜持を得て自らを犠牲にした人を顕彰するこころざしが朽ち果てて、大勢の赴くままに自らを委ねて順応するに恥じない。おそらくミス・メリーも哀しい同行者であったのか。日本は「猿」ではないのか。「猿」とは、小賢しい、小利口な者への軽蔑の言葉だ。「猿の尻笑い」という言葉がある。猿が自分の尻の赤いのを知らず、他の猿の赤い尻を嘲笑うことから、「自分の欠点を顧みず他人を笑うこと」を云う。しかしこれは猿が怒るだろう。笑うのは人間であって猿は笑わないのだから。我が日本国は、まさに今「猿の尻笑い」を中韓に加えて悦に入っている。自らを省みて他を論ぜよーという素晴らしい文化を持っていたこの国は、いまはどこへ行ったのか。声高に満座の前で他者の人格を冷ややかに批判して、決して自らを省みぬこの国に何の未来があるだろうか。
そうなのだ。ミス・メリーは私たち自身なのだ。日本国のすべてが、厚化粧をして繁華街の街頭に立って、米軍兵士に媚びを売ってその日その日の糧を稼いでいる大文字の娼婦なのだ。私がミス・メリーであり、娼婦なのだ。あなたはどうなのかーとみんなが問われているのだ。私たちは、高度成熟の市民社会を生きているように思いこみながら、じつは娼婦の生活を営んでいる内実ではないのか。
私はここまでで我が日本国への攻撃をやめる。なぜなら一人高みでほくそ笑んでいる星条旗が見えるからだ。この旗は21世紀を蹂躙しているにもかかわらず、己の権勢に驕り高ぶって世界を跋扈しているかに見える。しかしほんとうに強い者は牙を隠すのだ。星条旗は、牙を剥き出しにして恐怖の支配を貫こうとしているが、人間の尊厳は最後の痛みに耐えて反撃に出るだろう。自ら恐怖を覚えるものこそ、攻撃の姿勢によって威嚇するしかないのだ。星条旗は黄昏の虚栄にかすかな最後の希望を託そうとしている。我が日本国の娘たちの純潔を、これ以上星条旗に捧げるわけにはいかない。我が娘の純潔を他者に捧げて生き延びようとする親があるだろうか。ミス・メリーよ!貴女の80有余年の娼婦の生涯は我が日本国の「聖なる」傷跡であった。以上・朝日新聞4月11日付け夕刊記事参照。(2006/4/11
19:59)
[阿鼻叫喚の地獄に堕ちるのは誰か]
いま東京国立博物館で開催されている「最澄と天台の国宝」展は、天台開宗1200年を記念して、全国天台寺院に伝わる国宝級の宝物を一挙展示する壮大な展覧会です。とくに秘仏である寛永寺「薬師如来立像」と聖衆来迎寺「六道絵」全15幅は初めての寺外公開です。天台浄土教は、阿弥陀堂と源信『往生要集』で、阿弥陀如来が往生者を迎えに来る来迎図が描かれ、それを拒否して極楽往生できなかった者たちが墜ちる六道(地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天)を描いた凄惨な「六道絵」は、圧倒的な迫力があります。「地獄」では、生前の悪行の報いとして業火に焼かれ、身体を切り刻まれる8大地獄が描かれ、最下層の阿鼻地獄では、柱に縛られた罪人の口から舌を引き出して拡げ、百本の鉄釘が射抜かれるというサデイズムの極地があります。当時の貴族や民衆はこの地獄絵をみて、震え上がり浄土念仏への喜捨を争っておこなったのでしょう。
私はこうした原始天台にあった現世での罪への激しい批判と救済への希求が、いつのまにか現世利益の貴族仏教へ転落した天台宗の頽廃を想い、さらに原始天台を再生しようとした法然・親鸞浄土教もまた現政権力と結んでいく悲劇を想いますが、創生期天台が象徴する罪責に対する仮借なき可罰性の背後にある「奢れる者は必ず打たれる」というブローバック(しっぺ返し チャルマーズ・ジョンソン)という報復思想の根強さに気づかされます。報復の思想は歴史とともに古く、ギリシャ神話の女神・ネメシスは、人間の思い上がりを憤り、これに容赦のない報復の罰を加えます。
さてチャルマーズ・ジョンソンは『アメリカ帝国への復讐』で9.11を予告しましたが、10年前に米兵少女暴行事件直後の沖縄を訪問して、かっての大英帝国のインド統治の悪臭を嗅いだと云っています。轟音と犯罪の阿鼻叫喚の地獄に沖縄を叩き込んだ元凶者たちは、まさに六道とネメシスの報復を受けて阿鼻地獄に転落するでしょう。宜野湾市の住宅街のど真ん中にある普天間飛行場を、絶滅生物ジュゴンの棲む名護市沖に移転し半永久的な米軍基地を新たにつくるそうです。ここには他者の痛みへの想像力の決定的欠落と、外国軍基地に自国の土地を平気で提供して恥じない亡国性があります。
ところが権力を監視すべきはずの全国新聞が、沖縄市民へ我慢しなさいという説教を垂れる驚くべき頽廃が起こっています。「早期移設に着実に作業を進めよ」(読売)「知事は合意に協力せよ」(日経)「沖縄県も現実対応探れ」(産経)「名護市の決断重く受けとめよ」(毎日)などなど、住民の傷の痛みに塩を塗るような論説を展開しています。彼らは、浄土往生を願う人々に六道に墜ちるぞと脅迫をかけているかのようです。
いま国中にあふれている「悪者」のふるまいは、原始天台の時代では必ず地獄・餓鬼・畜生・阿修羅などの六道へ転落し、自らの舌を引っ張られて百本の鉄釘を打ち抜かれて阿鼻叫喚の叫びをあげるでしょう。「悪者」とは誰でしょうか。少女を米兵に蹂躙させて恥じない首相、彼を擁護する大手メデイア、非正規の奴隷労働をさせて1兆円の利益をあげている自動車会社社長、ジャングル競争を煽ってこの国を破産に導いているシカゴ学派の閣僚、君が代不起立者を解雇している都教委官僚、ゼロ金利で莫大な利益をあげて世界4位のメガバンクに成長したM銀行などなど最下層の阿鼻地獄に堕ちる有資格者たちが死屍紛々たる死臭を放っています。
窓の外から大音響をあげて軍歌を流していく街宣車の轟音が響いてきます。いったいこの国はどこへ行こうとしているのでしょうか。蕭々と降りしきる春の雨に打たれて、はやくも遅桜が散り始めています。かって軍国期に政府は日本全土にソメイヨシノを植え広めて、若者を戦場に散華させました。私の母も幼い私を残してこの世を去りました。日本列島に充ち満ちる「恨ハン」は、散りゆく桜の花によって洗い流されることはないでしょう。いったいこころから桜の下で花見見物を楽しんだ人は何人いるでしょうか。ハラハラと散りゆく薄桜花を身にまといながら、秘かにある近未来が立ちのぼって参ります。故なき哀しみに打ちひしがれる者に幸いがもたらされる日が確かに準備されていることの証しであると。あらゆる逆流に抗して、ひるまず前に進む多くの人がいることを。(2006/4/11
9:42)
[進化生物学からみる殺人行動分析]
進化生物学や行動生態学は、動物の行動を周囲の環境因子との関連で解明する自然科学ですが、これを人間行動の分析に適用する研究が進んでいます。人間を含めてすべての生物を歴史的進化の産物とみなし、日々の生活のなかでなにを感じているか、なにを欲しているかという情動や動機付けの脳メカニズムに焦点を当て、意識しなくても意思決定がおこなわれるメカニズムとその形成過程を解明します。
例えば人間の殺人行動を犯罪統計や裁判記録から分析し、人と人の社会的葛藤の究極的現象としての殺人を歴史的な進化行動として明らかにする。葛藤の解決形態は、交渉や逃亡、回避など幾つかの選択肢がある中で、最も強度の高い殺人形態が選択される意思決定が歴史的にどのように特殊化されるかをみる。日本では1955年以降から殺人率が下降し、すべての年齢で殺人による解決を選択しなくなったのはなぜか。一般的に人は、10歳代後半から20歳代前半の若年男性の殺人率が高いが、日本ではこの若年男性の殺人率が劇的に低下したのはなぜか。幾つかの要因が考えられますが、戦後日本社会の劇的変化が一つの要因です。経済的格差の縮小や終身雇用・年功序列等の日本的労働慣行が将来への一定の見通しをつくりだし、目先のリスクを回避する大脳メカニズムと性格を形成したからです。
殺人の最も残酷な形態である虐殺現象を、進化生物的手法で考えることができます。世界史での典型的虐殺行動であるナチス、南京、カンボジア、ウガンダ、ポルポト等々を分析すると、虐殺はどのような心理状態で誘発されるか、他者への共感能力という人間固有の脳メカニズムが遮断される過程はどうなっているか等が浮き彫りとなってきます。もしこうした殺人や虐殺の大脳メカニズムを解明できれば、殺人行動を回避する別の回路へ誘導する新たな社会を構想できる可能性があります。従来の人文・社会科学系の人間観は、生得的な理性に重心を置いて、人間の無限の発展可能性を所与のものとするか(システム論・マルクス主義)、逆に自己利益極大化の欲望アプローチ(市場原理主義)の両極に分岐していますが、大脳メカニズムの歴史的進化を解明する進化生物学はより豊かな人間観と社会観を提起する可能性を秘めているようです。しかし同時にすべての人間行動を大脳に還元する唯脳論やDNA決定論、遺伝子決定論(遺伝子の川)、人間本性論などの理性的要素を捨象する傾向もあります。
戦後日本の青年男性層の殺人率低下が殺人率全体を低下させ、別の葛藤回避回路を実現してきた経過をよくみるならば、現在の市場原理主義による競争一元論が生み出している青年男性層への異常な葛藤がなにを誘発するかが、見えてくるようです。財貨をめぐる激しい葛藤を生んでいるジャングル資本主義が、進化生物学が明らかにする人間進化過程からの決定的逸脱ではないかと思えます。なによりも進化生物学は、超越論的な決定論(神学、理神論、理性崇拝)から訣別した実証による提起に説得力を持ちうるようです。以上・長谷川真理子氏(総合研究大学院大学)論考参照。(2006/4/3 8:27)
[6月にラスベガスは核爆弾で壊滅し、小泉政権は崩壊する!・・・・・]
今日はエイプリルフールで、1年に1度だけうそをついて人をかついでもいい日ですね。みなさんもうそをついて楽しんでください。ユーモアは現実から離れて楽になる効用がありますよ。私は職業を尋ねられると、よく「路上生活者」と答えるのですが、聞いた人はみんなけげんな顔をします。それがまた面白いのです。表題は私のエイプリルフールですが、これはあながちうそではありませんよ。なぜか考えてみましょう。
ところで朝日新聞がエイプリルフールの微笑ましい調査をやっていましたので紹介します(モニター3098人回答 4月1日付け)。
問1)あなたはエイプリルフールにうそをついたことは?
ある 40%
ない 60%
問)どんなうそを?(複数回答)
宝くじに当たった 229人
転職・転勤 114人
有名人にあった 101人
結婚・離婚 50人
事故にあった 45人
愛の告白 41人
病の告白 23人
問)エイプリルフールの習慣は好きですか?
はい 20%
いいえ 30%
どちらでもない 50%
問)(「いいえ」のひとに)なぜですか?
許される範囲が分からない 423人
日本では理解されない 378人
冗談が通じるか不安 251人
良心に反する 174人
面倒 161人
気分を害する 132人
その他 100人
欧米ではけっこううそを楽しむ風土がありますが、日本ではエイプリルフールのうそにもちょっとした抵抗感があって面白いですね。たしかに今の日本をみるとうそを楽しむような雰囲気ではありませんよね。ただでさえうそと建前だらけで、連日信じられないような事件が多発して、ほとんど毎日がエイプリルフールのような日本では、せめて4月1日ぐらいはうそのない日にしたいという笑えない実情ですからね。建築偽造、ホリエモン、ガセナタメール、日歯連1億円献金、沖縄密約など連日の報道をみると、日本の社会はうそで偽装されているような惨憺たる状況で、微笑ましいうそを楽しむなんて心境にはなりませんよね。
でも日本はうそを楽しむ風土がどうも本来的に弱いような気がします。いつも他人を気にして、人間関係を重視する集団文化の日本では、個人が集団に包まれて解放されない風土があり、つねにこころをかたい殻でおおっているこわばった雰囲気があります。ホンネと建前の狭間でいかにうまく泳ぐかに腐心して神経をすり減らす人もいます。それは「いいえ」と答えた人の理由によく表れています。
欧米でも相当な嘘つきがいますよ。米国防総省は地中貫通型核兵器の開発をめざして、6月2日に大規模な爆発実験をネバダ州でおこないます(30日付けワシントンポスト)。この実験は通常型爆薬700トンを爆発させて破壊力を測定しますが、上空に巨大なキノコ雲が立ち上がり粉塵や汚染物質が広範囲に飛散します。この実験場は北西100kmに観光地のラスベガスがあるために、地上核実験は1963年から停止されていました。ところが米国は一方で、イランのウラン濃縮をやめさせる制裁を加えて罰する権利があると言っています。核拡散防止条約は核保有国の核兵器全廃とひきかえに、新たな核保有国を許さない条約ですから、米国の二重基準はエイプリルフールをはるかに超えた巨大なうそに満ちています。
米国食肉輸出連合会会長がまた凄いことを云っています(食肉業界誌『ミート・アンド・ポウルトリ』3月号)。
「BSE問題で日本が輸入を再開しないのは、国内で政治論争の種にされているためだ。小泉政権が崩壊することになれば、我々の利益にはならない。小泉政権の支持はこの2ヶ月で15%下落したことを目のあたりにしている。我々が慎重にしないと、政権が崩壊する可能性がある。それは我々の利益にならない。小泉首相はイラクに地上軍を送った人物だ。米国産牛肉は安全であり、我々の産業はスケープゴードにされている」
臆面もなく凄いうそを平気でつけるものです。約束した最低の検査もさぼって危険部位を輸出し、その後もBSE感染牛が発生していながら、よく平然といえますね。明らかにこの背後には有色人種に対する蔑視があります。なぜなら白人国家には輸出していないのですから。最近は香港でも輸出禁止の骨部位が見つかり、輸入禁止となりました。それにしても小泉政権が誰の利益を考えているか、逆に証明されているので、このうそも凍りつくような「面白さ」があります。こうした巨悪のエイプリルフールは、嗤うべき対象でしょう。
「四月一日(わたぬき)」という苗字があるそうです。旧暦の4月一日は、衣替えの日で冬の綿入れの衣を脱ぎ、春を迎える気分一新の新しい季節を迎える日を意味します。世界が巨大なうその衣を脱いで、微笑ましいエイプリルフールを楽しむ日はいつ来るのでしょうね。ではみなさん、そうした日の遠くないことを願って、今日の一日を微笑ましいうそをついて楽しんでください。(2006/4/1
10:35)
[福島県・中絶希望者里親案内制度は、産むことへの権力介入か?]
人口減に悩む福島県は、中絶希望者へ里親案内をおこなって中絶希望者に産んでもらい、一般家庭で育てる制度を4月から発足させる。その方法は、産婦人科医に依頼し、出産を迷う妊婦の希望者に里親制度のパンフを配布し、児童相談所に配置された里親コーデイネイターと心理嘱託員がくわしく説明し、出産後に里親を紹介して原則18歳まで育てるというものだ。里親コーデイネイターは親と里親をとりもち、心理嘱託員は紹介後も継続してこころのケアをおこなう。新年度当初予算は2000万円でコーデイネイターと心理嘱託員4人を配置する。
いま日本の20歳未満の人工妊娠中絶件数は3万4745件(うち15歳未満は456件 04年度)にのぼり、特に福島県の中絶率は15.8件で全国平均の10.6件を大きく上回り、15−19歳の中絶率は17,7件とさらに高率となっている(人口千人あたり件数)。同時に福島県人口は209万人(06年1月1日推計)で、97年の213万人をピークに激減傾向にある。福島県の制度は、虐待などで親との同居が難しい子どもを引き取る制度である里親制度の本来の趣旨を出産前まで拡充して、人口減と中絶件数を減らすねらいがある。
この制度に対する批判の最大の根拠は、産む・産まないは個人の自由にあるとするリプロダクツ・ヘルスの思想にありますが、福島県の制度が現実にどう機能するかをみてみましょう。出産前に里親契約を結んだ場合になにが予測されるでしょうか。重度障害児が産まれて里親が契約を履行しない場合に、実母は二重の衝撃を受けるでしょう。妊娠中に愛情が膨らんで実母が契約を拒否する場合はどうするのでしょうか。さらに成長した子どもは、自分がほんらい中絶される立場にあり、かろうじて里親制度で出生し成長したことを知ったときに、どのような心境になるでしょうか。
さらに実際に里親制度を利用して中絶を避ける女性は、自分の属する地域や集団からどのようなまなざしを浴びるでしょうか。例えば妊娠中の女子高校生を温かく通学させる高校や、就業させる企業はあるでしょうか。日本の高校では妊娠=退学を意味するのが実態ではないでしょうか。自分で育てない子どもを産もうとする女性をどう見るでしょうか。激しいバッシングを浴びるのではないでしょうか。
こうした批判に対する反論として、中絶は妊娠への社会的支援が皆無で、出産後の育児の条件がない女性に多く、里親制度はそれを補完する支援だという意見があります。福島県は「妊娠中絶を考えている人に、『産む』という選択肢を提示した上で、できるだけ産んでもらい、社会で子どもを育てようというのが狙いだ。倫理的な問題を指摘する声があるかもしれないが、出生率の低さや中絶の問題は深刻だ」としている(副知事))。しかし中絶を選ぶ女性は、他人が介入できない理由や理解を超えた状況に置かれている人もいます(望まない妊娠など)。これらの問題をどう考えているのでしょうか。
いったい日本は中絶をどう位置づけているのか原点に返ってみましょう。
人工妊娠中絶は人工的手段(手術、薬品)による意図的な妊娠の中絶をいい、法的には「堕胎」とされています。実施時期の基準は妊娠満22週未満です。中絶としての堕胎が許されるのは母体保護法第14条の場合のみです。
第1項第1号 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害する恐れがある者
第2号 暴行若しくは脅迫によって又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠した者
この2つの事例の場合のみに、本人と配偶者の同意を得て医師は中絶することができます(配偶者不明、死亡、意思表明不能の場合は本人同意のみで可)。以前は優生保護法第14条で、本人・配偶者・4親等以内の血族に精神病・精神薄弱・精神病質・遺伝性疾患・遺伝性奇形・らい疾患(ハンセン病)がいる場合を認めていましたが、現在は禁止されています。要するに現在の中絶条件は、母胎の生命・健康に限定され、胎児の様態(先天異常など)は排除されています。この規定に反する中絶は業務上堕胎罪として、3ヶ月以上5年以下の懲役に処せられます。
福島県条例は、中絶を出産に誘導するソフトな人口政策なのですが、中絶そのものを人道的に悪であるとする発想や行政手段によって操作できるものとする発想が根底にあるような気がします。福島県の妊娠女性は、こうした社会的まなざしを浴びて産むことを強制されるような心情におちいる可能性があります。里親パンフをみる中絶希望女性は深いところでトラウマを発症するのではないでしょうか。おそらくコーデイネイターは使命感と制度維持が絡んで、熱心に出産を推奨し、中絶希望の女性はますます追い込まれるでしょう。さらに里親制度は、制度の助けによって生を受け成長する子どもを人口構成の一分子とみなし、子ども自身のの尊厳と幸福を捨象しているような気がします。
つまりなぜ中絶が誘発されているのかーそこにある環境条件にこそ行政は切り込まなければならないのではないでしょうか。それは望まない妊娠を回避する避妊支援政策と家族計画支援制度の充実であり、また出産・育児をめぐる労働環境と子育て環境の整備でしょう。福島県条例は、産むことを妊婦に迫るソフトな心理的強制につながる可能性があります。
しかし私は、一部のフェミニズム運動にみられるリ急進的なリプロダクツ・ヘルス・ライツ(性と生殖の自己決定)には疑問を感じます。すべてを女性のプライベートな自己決定権に委ねることは、胎児を母親の胎内に帰属する低次の生命(物体)とみなし、人間としての基本的な人権を剥奪する危険性があるからです。出生前診断技術の進歩によって、男女生み分けや先天性異常胎児の中絶、多胎妊娠の場合の減数手術など生命の選択と操作を許容する可能性がうまれます。逆に一切の中絶を悪として許さないキリスト教原理主義的な発想も、母体に対する権力的介入であり、女性の生存権を侵犯するものだと思います。
産む・産まないという選択が原理的に個人に委ねられるとするならば、産みたいときに産めるような環境条件の整備と望まない妊娠を回避する支援制度の充実という社会的条件の整備こそ少子化を克服する基本だと思います。自分の子を産めない女性に、第3者を紹介して産ませるという政策の背後には、あたかも中絶そのものが社会的に好ましいものではないかのように位置づけて、母子個人の尊厳の領域に行政が踏み込んで特定の価値観を強要しているような気がします。こうした政策で出生率を操作しても無意味であるばかりか、逆効果となるのではないでしょうか。以上・朝日新聞3月31日付け北村邦夫氏論考参照。(2006/3/31
11:08)
[イスラムは改宗者を処刑するのか]
アフガン出身のアブドウル・ラフマン氏(41)は、内戦を避けてパキスタンで難民生活を送った1980年にキリスト教に改宗し、その後ドイツに渡った。カブール在住の両親を訪ねた今年の3月に、改宗を知った家族が激怒して警察に通報し(我が子を通報するのか!)、拘束された。アフガン憲法は、法律の範囲内での信教の自由を認めているが、法律自体は「聖なるイスラム教の教義」に反してはならないと規定している。彼はイスラム法を厳格に適用されれば死刑になる。
ブッシュ大統領は「アフガン政府が世界普遍の自由の原則に敬意を払うことを期待する」と述べ(22日)、豪外相も「言論や表現の自由、信教の自由を強く信じる」とし、ドイツやカナダからも憂慮の声が出ているが、アフガン最高裁判事は「司法への介入」として強く反発している。欧米ではイスラム教からの改宗者はかなりあるが、多くのイスラム国家はイスラム法を厳密には適用していない。アフガン大統領は国際関係を考慮して死刑執行を認めない可能性もある。日本人から見れば理解を超える宗教教義をどう理解したらいいだろうか。
97年に自動車事故でなくなったダイアナ妃は、実は英国情報機関によって殺害されたのだという謀殺説がある。ダイアナ妃は、恋人であるイスラム教徒のエジプト人・アルファイド氏と結婚するためには、イスラム教に改宗する必要があった。なぜならイスラム教では、男性はキリスト教とユダヤ教の女性との婚姻は許されているが、その場合相手の女性のイスラム教への改宗が強くのぞまれるからだ(女性は異教徒との結婚は許されない)。こうしてダイアナ妃はイスラム教への改宗を選択した。ところがイギリス王室から見れば、ダイアナ妃の改宗は将来のイギリス国王の実母がイスラム教徒であることになり、追いつめられた英国はついに殺害に至ったというものだ。この謀略説の背景には、中世以来のスペイン侵攻から十字軍を経て現代のパレスチナ紛争に至る血なまぐさい宗教戦争の歴史がある。かってのキリスト教も改宗と異教徒に対する激しい迫害をおこなったが、近代以降は宗教と世俗を分離して異教徒間婚姻は自由となっている。
マレーシアやインドネシアなどのイスラム国家は、現代でもイスラム改宗政策を推進し、政治社会機構がイスラム法を基準に再編成されていくなかで、多くの人がイスラム教へ改宗していっている。もしあなたがインドネシア人と国際結婚するとどうなるだろうか。相手がイスラム教徒で現地で結婚する場合は、相手が属するイスラム教宗教事務所に行って婚姻手続きをおこない婚姻証明書をもらうが、宗派によっては改宗しなければならない。改宗はモスクに行って申請書類と写真を提出し、誓いの言葉を述べればよく、特別の書類は必要ではない。女性のイスラム教徒は異教徒との婚姻を禁止されているから、男性は必ず改宗しなければならない。
かってアメリカ国籍のボクシング世界ヘビー級チャンピオンであったカシアス・クレイは、ベトナム戦争の徴兵を拒否してベルトを剥奪され、黒人差別を糾弾してイスラム教に改宗して、モハメッド・アリと名前を変えた。当時は、イスラム教への改宗は反帝国主義と反差別の象徴的意味を持っていた。
こうした改宗や婚姻をめぐる厳格な宗教文化に多くの日本人は違和感を持つだろう。それは異教文化を多様に日常生活で取り込んでいる日本人からはほど遠いものだ。特にジハードの名によるテロや、公開処刑、激しい女性差別を宗旨とするイスラム原理主義の教義は理解を絶するものがある。しかし単純に普遍的な自由権をふりかざして批判を加えるならば、それは逆に信仰の自由を侵犯することになる。少なくともアフガン改宗男性への死刑判決を批判する資格が、ブッシュ氏にあるとは思われない。なぜなら彼は大義なくイスラム国を一方的に攻撃して、政権を倒し、幾多の生命を奪った自らの行為を自己批判していないからだ。適用されるべきは、「人道に反する罪」を根拠とする国際連合の勧告であるが、いずれにしろイスラム教世界での世俗化がどのように進んでいくかは、イスラム諸国自身の主体的な営為に委ねられねばならない。その上にたったアフガン最高裁の人道的な判決がのぞまれる。(2006/3/24
12:37)
[携帯が日本人の脳を攪乱しているのかー電磁波が飛びかう日本列島の恐怖]
携帯電話の普及に伴う電磁波が健康を破壊し、すでにWHO(世界保健機関)は電磁波対策の「環境保健基準」(原案)による予防措置を各国政府に勧告しました。現時点では断定はできませんが、いま世界で携帯電磁波による巨大な人体実験が同時進行中なのです。英国政府は、携帯電磁波によるガン、脳腫瘍、白内障の危険を警告して16歳以下の携帯電話使用を制限していますが、日本政府はなんの措置もとっていません。
ここでは最強力電磁波であるXバンドレーダーについて考えてみます。Xバンドレーダーは「X」と呼ばれる8〜12,5ギガヘルツの周波数帯の電波を放射し、最も強力で加熱作用を持つ「巨大な電子レンジ」といわれます。防衛庁は米軍の「ミサイル防衛計画(MD)」システムによるXバンドレーダーの航空自衛隊基地配備を06年1台、07年2台おこなうと表明しました。「前方展開移動型(FBX−T)」というアンテナ、電源装置、冷却装置を車両や航空機に搭載して移動し、敵の弾道ミサイルを発射段階から探知します。ブッシュ政権の「国家安全保障戦略」(16日)による宇宙覇権と先制核攻撃戦略は主要仮想敵国を北朝鮮に置き、米ミサイル防衛庁もXバンドレーダーの配備を対北朝鮮に想定しています(同庁07年度予算計画)。このXバンドレーダーは航空自衛隊早期警戒レーダー「FPS−XX」と米海軍イージス艦、パトリオットPAC3迎撃システムと連動して、米軍MDシステムを完成させます。しかし米軍はXバンドレーダーの出力と照射範囲を機密扱いとしています。
Xバンドの致命的な欠陥は大気中の水分の影響を受け、天候によって障害が発生することです。Xバンドに近い周波数であるBS,CS放送が雪で映像が途絶えることと同じです。「Xバンドレーダーは1時間に50mm以上の激しい雨が降れば性能が著しく低下する」(米軍事誌『デイフェンス・ニュース』01年8月)ので、雪の多い日本の冬季はトラブルが避けられません。天候の影響をクリアーするためには出力強度を上げるしかありませんから、冬季の日本列島には想像を絶する強力な電磁波が飛びかうことになります。軍事要員は電磁波防御装置を着衣していますが、一般市民はまさに全身を電磁波にさらすということになります。
青森県・Xバンドレーダー検討会報告書では、「周波数が高いXバンドレーダーは目標の追尾速度が高く、識別・類別能力が高い」と激賞していますがほんとうにそうでしょうか。Xバンドレーダーは、もともと戦域高高度地域防衛(THAAD)という弾道ミサイル迎撃システムとして、90年代から開発されましたが、性能に問題があり実用化に至らず、持てあまして日本に導入されたものです。弾道ミサイルの種類や、おとり爆弾は識別できず、その迎撃実験も行われていないという欠陥製品なのです。
米政府の宇宙覇権をめざす先制核攻撃戦略は、日本列島を核兵器で武装し、米軍司令部の判断で日本からの核攻撃を想定しています。先制攻撃のチャンスをめざして、Xバンドレーダーの強力な電磁波が日本列島全体に入り乱れて放射されます。Xバンドレーダー導入から戦争に至るシュミレーションは以下のようになります(日本国憲法第9条改正又は政府解釈変更によるによる集団的自衛権保有を前提とする)。
日米GSOMIA(軍事情報保護一般協定)締結
↓
日本・総合軍事機密法整備・国民保護計画策定
↓
[米MDシステム](日米連動整備)
FBX−T(前方展開移動型Xバンドレーダー)=FPS−XX(空自早期警戒レーダー)
=PAC3迎撃システム=イージス艦
↓
(北東アジア緊張激化)米軍再編完了→×←北朝鮮弾道ミサイル開発
↓
米軍先制攻撃軍事行動作戦発動→×←北朝鮮報復措置発動
↓ ↓
★首都平壌・軍事施設 ★対ハワイ・グアム米軍基地弾道ミサイル攻撃
核攻撃
↓
↓
Xバンドレーダー機能開始←・・・・・・・・・・・←
↓
空自FPS−XXシステム連動
↓
↓
★日本自衛隊「防衛」作戦発動→×←★在日米軍基地・自衛隊基地弾道ミサイル攻撃
*このシュミレーションでは米韓相互防衛援助条約の発動を含んでいません
さて問題は米MDシステムの「目的」は「米本土、同盟国米軍基地を守る」とし、本土と在外基地を一体として把握しており、「同盟国基地防衛」とは記していません。米軍単独の先制攻撃戦略に日本が一方的・相互補完的に包摂されることになります。何れにしろ日本列島は、強力な電磁波を浴びつつ、米軍の戦争に自動的に参戦していくことになります。これが迫りつつある近未来の最悪のシュミレーションです。(2006/3/23
11:43)
[なんと無惨で哀れな日本の姿よ]
3月におこなわれたある都立高校定時制卒業式で、卒業生30人のうち4人に副校長が「君が代」斉唱の起立を強制する指導を加えたという。その一連の過程を卒業生・石川弘太郎氏(64歳 会社社長)の証言から再現してみよう。
(3月初旬 電話で)
副校長「卒業式では起立して歌わないのですか。都教委から指導するように言われているので従ってほしい」
石川氏「歌うか歌わないかは自由であり、憲法でも保障されています」
副校長「理解して欲しい(何度も繰り返す)
(リハーサル当日)
副校長「起立だけでもお願いできないか」
石川氏「戦後私は、小中の先生から、日の丸を振って君が代を歌い、教え子を戦場へ送ってしまった。もう二度
と繰り返してはいけませんーと教わりました。私の心情は変わりません」
(卒業式当日)
司会「ご起立願います・・・・ご起立願います」
最前列中央の石川氏起立せず歌わず
(石川氏談)「ここまでやるのかと戦慄を覚えました。内心に踏み込まれ、パニック状態になったくらいです。これ
が10代の生徒ならおかしくなってしまうかもしれません。若い人たちには絶対体験させたくない。うれしいはずの
卒業式が気が重いものになってしまいました」(石川氏は4年前の入学式でも起立せず、今年の2月上旬に副校
長から入学式の不起立を指摘され、「自分の思想・心情がチェックされていたことを知ってショックだった」)
私はここで日の丸・君が代の評価を争わない。評価をめぐる思想と信条は憲法を持ち出すまでもなく、人間のこころを誰も強制できないという生まれながらにしての自由に属すると思う。都教委と現場管理者の行為に、生徒のこころのなかを統制する悪名高いナチス型特別権力関係論の最も醜悪な姿を見る。特別権力関係とは、軍隊内での上官命令に対する部下の無条件の服従を意味するが、いまや日本では軍隊のみならず普通の市民生活の領域にこの悪魔の理論がよみがえっているのであろうか。国家・国旗法成立時にも政府すらが「強制するものではない」としたのは、この理論が近代人権の前提を崩し社会そのものを崩壊させるものだからだ。教師自身が教育されなければならないーというマカレンコの言葉が脳裏をよぎる。内村鑑三の教育勅語奉読事件を想起するアナクロニズムの事態が東京で繰り広げられている。子どもの成長をともに確認し、喜び合う卒業式という最高の人生の結節点に、権力が泥靴で踏みいって子どもたちのこころを引き裂いている。良心ある教育者の名に値する教師は、近代抵抗権の主体者でもあるはずだ。日の丸・君が代推進論者のなかにも、全員に強制はおかしいとして、従わない人もいるという。ここにこそ今の日本の良心の最後の分水嶺がある。日本の暗闇は首都・東京から始まっているのか。
加藤周一氏は「愛国心について」というエセーで、おそらくこの卒業式問題を念頭に次のように述べている(「夕陽妄語」」朝日新聞3月22日付け)。
「国の場合に限らず、その対象が何であれ、神でも、人でも、樫の木でも、菩提樹でも、すみれでも野バラでも、愛は外から強制されないものであり、計画され、訓練され、教育されるものでさえない。(中略)愛はこころのなかにおのずから起こる私的な情念であり、公権力が介入すべき領域に属さない。愛国心も例外ではない。それを国家が殊更に喚起しようとするのは、権力の濫用であり、個人の内心の自由の侵害であり、愛の概念の便宜主義的で軽薄な理解に過ぎないであろう。(中略)自国の過去と現状を批判するためには、相当の犠牲が必要である。ゆえにどこの国のいつの時代にも御用私人、御用学者がいる。ハイネがあえてその道を行かず、信念を貫いたのは、彼が愛国者であったにもかかわらずではなく、愛国者であったがゆえにである。(中略)もし路傍の花を愛すれば、その花を踏みにじる暴力に抵抗するするのは当然であろう」(ハイネ「昔ぼくには美しい祖国があった Ich
hatte einst ein schones Vaterland」を引いて)
私は、石川氏の信条の評価はおいて、かれが自らのこころの自由を貫いた態度にこそ、真の愛国者の姿を見る。「その国の未来に関心がなければ、個人的な損失を忍んでも、、わざわざ国の現状と過去を検討して直言しないだろう」(加藤周一 同上)とは、まさに強制に従わなかった教師と生徒の行為を讃えているのである。私は、現場の管理者の良心を脅迫し簒奪してロボットとしている都教委の犯罪を指摘したい。
さて日本の学園でナチス的な暴虐の嵐が吹きすさんでいる裏で、日米政府間の軍事機密協定が合意されつつある。「軍事情報保護一般協定(GSOMIA=ジーソミア)」は、武器・装備、米軍戦争計画、戦術データ、暗号情報、弾道ミサイル情報、コンピュータ通信など軍事情報すべての分野に渡り、米軍の全情報を機密扱いするとしている。
「どのような形であれ、文書、口頭、視覚情報を含む秘密情報」「その物理的形状或いは概観にかかわらずあらゆるものを含み、書類、手書き文書、武器、装備、機会、機器、装置、模型、写真、録音、複製、メモ、写生、図解、原型、デザイン、電算装置、地図及び所管並びにその他の情報が導かれる製品、物資もしくは品目に限定されない」(協定第3条)
GSOMIAは、戦争技術が進化し、コンピュータが作戦計画のカギをにぎり、従来の個別兵器・装備の情報保護では不十分で、コンピュータ軍事システム全体を保護する必要から浮上した。現在の軍事情報保護法規は、米軍が日本に提供した武器・装備に関し「不当な方法で防衛秘密を探知し又は収集する者は10年以下の懲役に付す」日米相互防衛援助協定に伴う秘密保護法と、「合衆国軍隊の機密について、不当な方法で探知し、又は収集する者は10年以下の懲役」とする日米地位協定の実施にともなう刑事特別法があるが、GSOMIAは米軍に関する国民の知る権利とメデイアの取材権をすべて奪う可能性がある。戦前の軍機保護法(1898年)は民間人の軍事施設の「測量、撮影、模写、複写、複製」を禁じ、違反者を容赦なく投獄した。小学生が写生会で通過する軍用列車を書くことさえも禁止された。非核3原則の遵守を検証したり、米軍の訓練を観察したり、米軍情報へのアクセス自体が犯罪となる軍事暗黒国家が出現するだろう。これは日本政府自身が戦前型暗黒国家への逆転を危惧して公式には締結の意志を示さなかったところに表れている。米軍再編によって、米空軍と航空自衛隊の合同司令部が横田基地に設けられ、明らかに米政府は従来の日米安保条約の枠を越えて、米軍戦争へ日本を同盟参加させる条件を整備しつつある。いよいよ日本は平和な国から戦争国家へ転換する分水嶺が近づきつつある。学校でも基地でも、そして私たちが住む町内でも。(2006/3/22
22:33)
[奇妙で欺瞞的な朝日新聞のTV・CMーイラク開戦3周年記念日にあたって]
わたしは朝日新聞を購読しています。相対的に他紙と比べて事実を批判的に報道しているという伝統的なイメージがあるからです。特に映画や演劇、学術などの文化欄は参考にできる記事が多いと思います。しかし最近TVから奇妙なCMが流れて違和感を感じています。このCMは電車や街頭でもコピーとして使われています。
言葉は
身勝手で
感情的で
残酷で
ときに無力だ
それでも
私たちは信じている
言葉のちからを
ジャーナリスト宣言 朝日新聞
なかなかインパクトのあるCMであり、さすが朝日らしい格調の高さがあるという人もいますが、そして確かにジャーナリズムの原点に回帰しようと言う姿勢は見えますが、どうも朝日の報道実態との落差を感じるのです。ジャーナリズムの頽廃をすでにアキラメている市民から見れば、或る期待を抱かせる同時に、朝日自身の実態との乖離を覚えて、いっそう暗澹たる気持ちになります。
このメッセージがいかに欺瞞に満ちたものかは、日本の大手ジャーナリズムの歴史を見れば一目瞭然です。「言葉」や映像が「無力」ではないばかりか、逆に日本を操作するほどの強力な武器になってきたことは、戦前期の大本営発表を垂れ流して戦争動員へファナテックに誘導した戦争報道や最近の刺客報道を煽って選挙を一方的に誘導したことを見れば明らかです(朝日新聞も共犯者であった)。「言葉」そのものではなく、それを表現手段として使うメデイアの思想そのものが問われているにもかかわらず、「言葉」の責任にしようとするこのCMの裏には特権的なプロ意識の虚栄があるように思われます。
一方朝日は右翼的保守から集中攻撃を浴び、サヨク偏向新聞として攻撃されていますが、右翼に反撃し「公正・中立」を守る宣言として読めば、一定の評価をすることも可能でしょう。確かに朝日の「声」欄は、新聞本体が主張できないような批判的な投書が採用され、ここに「良心」の残滓があるかに見えます。しかし残念ながら日本の大手メデイアは、流れに棹ささない大勢順応の枠内でしか報道できない限界をますます露わにしています。販売部数が決定的である資本主義商品として生き抜いていく本質的な限界があるからです。だからその限界を踏み越えるような「ジャーナリズム」は本来的にあり得ないにもかかわらず、恥じらいもなく「ジャーナリスト」宣言をおこなうというところに奇妙で欺瞞的な違和感が誘発されるのです。
イラク戦争は21世紀の世界システムを決める世界史的な意味を持っています。在日米軍の再編は21世紀の日本を決める歴史的な意味を持っています。岩国住民投票の結果は報道されましたが、焦点となる沖縄の市民の基地再編への抵抗はほとんど報道されません。さて本日3月20日はブッシュ政権によるイラク戦争開戦3周年の日にあたります。19日に全世界でイラク戦争を批判するさまざまの行動が展開されましたが、朝日を含めすべての大手紙は報道していません。世界の集会の事例を挙げてみましょう。この歴史的事実は報道に値する価値がないのでしょうか。ジャーナリズムの本質は、人間の生命の尊厳を擁護する事実の報道にあり、それを脅かす事実に対する決然とした批判にあります。日本でも独立した市民の尊厳を報道する強力なインデペンデント紙が求められています。
▽アメリカ
サンデイゴ(海軍基地) 1200人 「ブッシュは全世界に不孝をもたらした」
ニューオーリンズ(ハリケーン被災地) 4000人「平和の正義のための行進」(ルイ・アームストロング公園) 「爆弾ではなく堤防を作れ」
シカゴ 7000人
ニューヨーク 1000人 タイムズスクエアから国連本部に行進
ワシントン 300人 チェイニー副大統領公邸前
サンフランシスコ 数千人行進
コンコード(ニュウハンプシャー州都) 300人行進
ボストン 数百人行進
▽イスタンブール 3000人行進
▽ブダペスト 4000人 英雄広場で松明人文字「平和」
▽ストックフォルム 2000人 米大使館前
▽コペンハーゲン 2000人 米大使館前
▽アテネ 2000人
▽バルセロナ 4000人 「世界を虐待収容所にするな」
▽サンパウロ 2000人行進
▽カナダ トロント モントリオール オタワ合計2000人
▽ロンドン 100000人(警察発表15000人) 国会前からトラファルガー広場まで行進
▽ベルリン 1000人 その他ミュンヘン、フランクフルトなど20都市
▽マニラ 300人 米国大使館前
▽クアラルンプール 1000人 米国大使館前
▽ソウル 1000人 ソウル駅前広場
▽日本
東京 3000人 日比谷野外音楽堂から銀座行進
大阪 4000人 扇町公園 GO HOMEと虹色旗の人絵文字
岩国 800人 岩国基地パレード 「世界が一地方都市に注目している」
座間 350人
札幌 1000人 札幌大通り公園からパレード
名古屋4000人 白川公園からパレード
千葉 3600人 千葉公園
松江 70人 天満宮前から松江駅前までパレード
金沢 250人 中央公園
富山 50人
岐阜 100人 金公園
高山 60人 高山駅前広場
(2006/3/20
9:31)
[病い膏肓に入る]
春秋時代に晋の景公が重病となり、名医を呼ぶが、その名医が到着する前に景公は夢を見る。病気の神が「今度来るのは名医だそうだから、俺たちやられるかな」「なあに、盲(横隔膜の上)の上、膏(心臓の下部)の下に逃げ込めば手が出せまい」と話している。やがて医者が来て診察したが、「病気が肓の上、膏の下あたりにあるので薬も針も届きません」と匙を投げた。治療方法がないほどに重い症状に進むことをいう。
現代の予防医学はこの病い膏肓に入る前に、手だてを尽くして病因を追跡し健康の恢復をめざす技術と体制を整えようとするが、実は日本の医療現場はいま崩壊の足音が音をたてている。その要因はアメリカ型医療システムを至上のモデルとして導入しているからだ。公的医療システムの肥大化によって、医療サービスの質が低落し膨大な医療財政の赤字を誘発し、医療の効率性を阻害しつつあるある。だからムダな公的医療サービスをやめて、医療を市場原理に委ねれば競争によってユーザーの福利は最大化するという。医療ユーザーは自己責任原則によって自由に医療サービスの極大化をめざすべきだとする。
しかし医療市場化が最も進んでいる米国では、公的医療保険と民間保険にも何れにも入れない無保険者が4560万人(!)に上り、医療費を払えないことによる自己破産が、個人破産原因の第2位になっている。公的医療サービスの削減を狙って、民間保険会社による医療ビジネス参入が混合医療を推進し、最大限利潤を追求している。アメリカ旅行をした人はすでにご存じのように、民間保険加入なしに安心して旅行することはできません。加入民間保険のレベルによって、救急車の派遣から救急病院の体制が異なっています。
日本は米国モデルに追随して公的医療費を抑制し、膨大な入院待機者と診察の待ち時間を増大させていますが、医療報酬の減額によって医者の海外流出が激増し、医療現場が惨憺たる状況になっている英国を後追いしようとしています。日本の医師数は26万人で、OECD基準から12万人も少ない実態となっています。急性期医療の世界標準は患者1:看護1であるが、日本は4:1である。特に煩瑣な割に診療報酬が少ない産婦人科と小児科は敬遠され、すでに産婦人科がいない自治体が出現しています。医療委事故の多発化と医師不足は病床数と受診数のの激増に質の確保が対応できない現状を示している。卒後臨床研修の必修化、地域と診療科の偏在、女性医師の増加、専門職資格の遅れ等とからまって日本の医療の崩壊はすでに始まっているのです。以下続く。(2006/3/19
19:00)
医療提供体制の国際比較(厚労省資料より)
人口千人あたり 病床百床あたり 人口千人あたり 病床百床あたり 人口千人あたり 平均在院日数
病床数 医師数 医師数 看護職員数 看護職員数
日本 14,3 13,7 2.0 54,0 7,8 36,4 (2002年)
米国 3,3 66,8 2,3 233,0 7,9 6,5
英国 4,2 49,7 2,2 224,0 9,7 7,6
フランス 7,7 42,5 3,4
91,1 7,3 13,4
人口あたり医師・看護職員数はほぼ世界標準に近いが、病床あたり数では数分の1であり、日本の医療が医療関係者の犠牲的努力で維持されている現状が分かる。激増する病床数(入院患者数)に対応する深刻な人的体制の不足はもはや限界に来ており、過重労働による疲弊と医療ミスが頻発する事態を誘発しており、もはや医療関係者の献身的自己犠牲ではカバーできない構造的な問題となっている。医療サービスの低下は患者の不満を極大化させている。
日本の医療は、WHO「ヘルスシステム達成度評価」(00年)で世界第1位であるが、OECD「健康自己評価」(05年)では最下位という奇妙な特徴がある。日本の世論調査では医療不満は(1)親切さ(2)素早さ(3)安全さに集中し、日本の医療がハード中心でソフトの人的資源に問題があることを浮き彫りにしているが、これが国民の健康自己評価を世界最下位にしている。労働集約型産業の医療では、病床数を増やしてハード・インフラを強化する偏向に無理が生じているのだ。
しかし現実は在院日数短縮化による病床利用率低下と紹介率を要件とする加算点数廃止で減収が確実となる医療政策が展開されている。しかも公的医療保険制度の削減による民間保険依存の進展は、病者の医療アクセス格差を誘発し、混合医療の導入と並行して、病因は富裕者のみが受診し病院経営は高額負担に耐えられる富裕者専用になるだろう。その結果病院に行けない大量の無保険者が在宅し、ヘルスシステムの後退と健康自己評価の両極分界が起こるだろう。米国型医療モデルの導入を北欧型医療システムに切り替え、国内で言えば健康自己評価が最も高く平均寿命が最も長く在院日数が短い長野モデルを参照する必要がある。(2006/3/20
8:00)
[WBC米国チームの惨敗はなにを象徴しているか?]
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)2次リーグ予選で、米国がメキシコに敗れ、日本の奇跡的な準決勝進出がきまりました。なぜ総年俸額98億円の世界最強軍団である米国は敗退したのでしょうか。それは米国審判ボブ・デービットソンに象徴されるスポーツの公正を蹂躙する恥ずべき単独行動主義です。彼は日本ー米国戦で球審として日本の犠打による得点を取り消し、米国ーメキシコ戦では1塁塁審として右翼ポールを直撃した本塁打を2塁打とする、誰がみても意図的な判定をおこなって、米国を勝利に導こうとしました。これが逆に対戦チームの闘志に火を付けてしまったのです。
しかし米国代表30選手のうち半数以上がオールスター経験者であるドリームチームが敗退した要因は、現在のメジャーそのものに原因があります。米大リーグは90年代以降、球団拡張のなかで外国人選手の獲得が急増し、米国出身以外が25%を占め、マイナーリーグでは50%を越えています。アメリカ人の野球離れが進展し、サッカー少年(6歳以上12歳未満)は野球少年を250万人も上回るようになっています(米国スポーツメーカー調査)。底辺の縮小によって米国籍選手の基礎が失われつつあり、焦ったMLB(大リーグ機構)は海外市場拡大をめざしてWBCを強硬に企画したのです。この大会を契機にMLBは欧州TV局NASNと今後5年間の大リーグ中継の契約に成功した。
今回の第1回WBC大会は、最初から米国の優勝をめざすMLBの単独行動主義の意図的な運営があからさまに仕組まれています。
@試合日程を米国内スポーツ日程に合わせた(*日本は選手調整が十分でない春季ではなく、7月か11月を主張したが、7月はオールスター、11月は全米プロバスケットがあるという理由で拒否)
A事実上のベスト4と云われる中南米(プエルトリコ、ベネズエラ、ドミニカ、キューバ)を同じ2次リーグ2組にしてつぶし合いをさせる
B1組と2組のたすきがけで戦う準決勝戦を変えて、同じ組の1位と2位が対戦するようにして、米国が中南米チームと戦わないようにした
(お陰で日本は韓国と3度も対戦することになってしまった)
C審判をすべてMLB所属で編成し、米国の試合も米国人が審判をするようにした(*日本は参加地域から審判を均等に出し、球審は当該国以外が務めるとの提案をおこなっていた)
D米国の予選通過順位によって、TV放映時間に合わせるように2次リーグの試合時間を変更した
E投手力豊富で打撃力優位の米国に有利になるように投手の投球数を制限した
F試合前の国歌斉唱では、米国戦でないのに米国国歌を演奏させる
Gホワイトハウスの政治的妨害と手を組んでキューバ・チームの入国を阻止しようとし、キューバ応援団の入国は禁止した。WBC分配金のキューバ配分は拒否され、ハリケーン・カトリーナの救援資金に寄付させる
HWBC興行収益分配率は、MLBと米国選手会が35%であり、日本などは7%という不公平分配となっている
こうしたWLBの単独行動主義の運営は、すでに最初から破綻の兆しが表れていました。米国チームは、虚像に満ちた国際試合を敬遠する大量の出場辞退選手が相次ぎ、練習さえ満足にできずチーム作りに失敗したのです。日本の選手会も当初は非協力的な姿勢を見せ、チームづくりが遅れて苦戦を強いられています。しかし米国のアンフェアーな大会運営は、みごとに失敗しました。なによりもフェアーなスポーツマンシップにあふれた選手たち自身がこのような壁を突破したのです。投球数制限は米国に裏目に出てしまい、先発が打ち込まれて黄金のリリーフ陣の出番はついにありませんでした。優勝の最有力候補であったベネズエラの敗退は残念ですが、米国チームの敗退は自ら招いたものなのです。おそらく優勝は、ドミニカと韓国のいずれかというのが私の予測です。いずれも大リーグを代表するメジャー・リーガーで選手を編成したドリーム・チームであり、ナショナル・フラッグを背負って戦う戦闘意欲があふれているからです。特に韓国の投手リレーはすばらしく、猫の目のように交代させてつけいる隙を与えません。日本の善戦も期待されますが、チームの基盤が違います。
結論的に申し上げますと、私はスポーツや文化は、そのくに全体の情熱水準を反映していると思います。くに全体に未来への希望がダイナミックに存在するくにでは、すべての人間活動の領域で力がみなぎり、前進的な生き方が生まれてきます。冬季五輪で韓国と中国が東アジアで抜きんでた躍進を示し、日本が沈没したのは、今の日本の出口のない閉塞状況を反映したものでした。おそらくWBCも同じであり、日米はすでにして沈みゆく斜陽のくになのです。
それにしてもイチロー選手が、韓国チームのウイニング・ランをみて「不愉快だ!」というコメントをしていたのには、メジャー・リーガーとして違和感を覚えました。でも私は当然にして日本を応援します。いずれにしろ明日19日の日韓戦はドキドキするようで目が離せません。
話はガラリと変わって、米国の単独行動主義の野蛮を日本の事例でみてみましょう。米空母「キテイホーク」の一等航空兵リース・ジュニア・ウイリアム・オリバー(21)による日本人佐藤好重さん(56)に対する強盗殺人事件が横浜地裁で始まりました(17日)。検察側冒頭陳述は以下のようになっています。
被告は06年1月3日午前5時過ぎに、横須賀基地近くの路上を歩いていた際に、付近のバーで前夜から飲み明かし無計画に金を浪費したことへの後悔から「自由になる余分な金が欲しい」と、通りすがりの女性から現金を奪うことを決意し、同6時半頃、通勤中だった佐藤さんに道を尋ねるふりをして「すいませんでーす」と声をかけ、佐藤さんのバックを手で奪い取ろうとした。抵抗した佐藤さんに対し、同被告は手で顔面を殴打し、ビル1階の通路に引きずり込んでさらに馬乗りになって強打を繰り返し、泣き叫ぶ佐藤さんに「シャラップ!」と怒鳴って暴行を加えた。佐藤さんが「助けて!」「やめて!」と何度も泣き叫んだりうめき声を出したため、同被告は「周囲に騒ぎを聞きつけられる」と殺害を決意し、佐藤さんの襟首を両手で掴んで抱え上げ、コンクリート壁の角に力任せに振り下ろすように投げつけ、転倒した佐藤さんの顔面や腹部を何度も踏みつけるなどの暴行を続け、腎臓と肝臓の破裂などで失血死させた。同6時40分頃、同被告は佐藤さんのバックを持って逃走し、近くの駐車場で定期入れに入った現金1万5千円を抜き取った。奪った現金は同日中に、風俗店での遊興や飲酒に使った。
法廷では防犯ヴィデオが公開され、佐藤さんの絶叫やうめき声が流れ、原形をとどめない凄惨な顔が映し出されました。もしこれが米国内で外国人がアメリカ人に加えた犯行であったら、おそらく犯人はリンチを受けて殺害されるでしょう。
さらに東京・八王子で信号無視で小学生3人をひき逃げして重傷を負わせた米兵は「公務中」という理由で釈放され、米司令官は軍法会議にもかけず「減給処分」(!)をおこないました。彼はほんとうに公務中だったのでしょうか。米国内法では公務中の過失致傷罪は「減給」処分で終わるのでしょうか。もしこれが日本の自衛官であれば、逮捕・起訴され免職の上、過失致傷罪で投獄されるでしょう。日本外務省は「日本の繁栄と人権確保のために、米軍の駐留は必要だ。公務中の米兵犯罪の裁判権が日本にない日米地位協定を変える気はない」としています。激増する米兵犯罪のなかで米兵の「公務中」の事件・事故で死亡した517人の日本人に対し、懲戒処分を受けた米兵は318人に過ぎません。米犯罪兵の「公務中」を理由に日本警察は即座に釈放し、米国本土にサッサと送り返してしまうのです。「日本の繁栄と人権確保」の欺瞞性がこれほど露わになっていることはないでしょう。明治政府の治外法権に対する血の滲むような努力は、いまやどこかに消し飛んでいます。米国の単独行動主義は、もはや野球にとどまらず、自国民の犯罪行為を隠蔽し免罪する迄になっています。(2006/3/18
9:38)
[帝国の傲慢と黄昏]
米国家安全保障会議(NSC)「米国の国家安全保障戦略報告」(16日発表)をご一読ください。世界帝国の命令者としての傲慢さと類い希なる覇権意識にあふれています。この文書は最強権力を把握した者が、その支配を貫徹するためになにを考えているかを分析する格好の材料となります。その特質は、自らのイデオロギーを至上とみなす高みから、異なる辺境システムへの内在的な考究を媒介とせず、断定的な負の規定を恣意的に下すところにあります。それは偽装されたデモクラシーの名によるファッシズムといえましょう。その表現は、リアルな現実を彩なす修辞で隠蔽する頽廃的で自己閉塞的な言葉の乱舞となっています。以下青字部分が「報告」原文であり、逐条的に批判を加えたいと思います。
「人間の尊厳の追求]我々は民主主義への転換が確実となるまでその国を見捨てない。未熟な民主主義国はテロの草刈り場となる。北朝鮮、イラン、シリア、キュー バ、ベラルーシ、ミャンマー、ジンバブエなどに住む人は圧政のなんたるかを知っている」
平気で他国の名前を挙げて圧政国家と名指しする神経がすでに異常です。たとえこの諸国が反米路線をとっていようと、民族自決権による独立国としてアメリカと対等な国家です。米国批判をする自由をすべての国が持っているのであって、批判国家=敵性国家とみなす狭隘なショービニズム以外の何ものでもありません。特に独裁を打倒して民主革命の道を歩むキューバへの攻撃は、逆に米国の浅ましい独裁擁護を証明する恥ずべき規定です。指導者意識丸だしの恥ずべき低劣な文章です。
「テを打破する同盟の強化]テロとの戦いは長期的には思想との戦いだ。テロリストの思想の嘘に対処する道は、彼らが食い物にしたがっているイスラムの敬虔な信者 を支援することだ」
ここには恐ろしい思想があります。テロという外的行為にとどまらず、思想そのものを抹殺する全体主義があります。ひょっとしたらこの文章は米国務省の勇み足ではないでしょうか。米政府はテロの防止にとどまらず、イスラム原理主義の思想そのものを地球から抹殺すると宣言しています。近代の思想の自由は、どのような反人間的思想であれ、思想の次元で処罰することを絶対の禁ずるところにあります。私は米政権中枢のネオコン=キリスト教原理主義思想の究極の排他性を実感します。
「自国と友邦に対する敵の脅威の阻止]我々にとってイラン以上の挑戦国家はない。北朝鮮も深刻な脅威だ。必要なら先制して軍事力を行使することも辞さない」
ここに米国の類い希なる傲慢な覇権思想があります。これでは自分こそが世界最大のテロ国家であることをみずから宣言しているに他なりません。国際法においてはいかなる理由であれ、先制攻撃が違法であることを自明の合意として国際社会は成り立ってきたのです。なぜならすべての侵略行為は、悪の事前防止を理由におこなわれてきたからです。少なくとも公然と先に叩くという脅迫的言辞は自ら恥ずべきものとして、ヒトラーや東条さえ云うのをはばかったことです。まるで映画の『スター・ウオーズ ジュダイの復讐』で語られるようなマンガの言葉であり、私はブッシュ政権の知的貧困とみすぼらしさを覚えるしかありません。
「世界規模の経済成長をとげる欧州や日本とともに構造改革を進め、市場開放と金融安定化、世界経済の統合を推進してきた。中国に対しては市場経済にもとづく柔 軟な為替相場制への移行を促した」
驚くべき評価です。しかし米国はこんな認識で自国経済が維持できると思っているのでしょうか。いま全世界で多国籍企業のネオ・リベラリズムによる貧富の格差が拡大し、米国型グローバリゼーションへの嵐のような抵抗が起こっていることに気がついていないのでしょうか。米国の裏庭といわれた中南米諸国の多くが、星条旗に反旗を翻している現実を認めたくないのでしょうか。米国型経済戦略に媚びへつらっているのは、もはや東アジアの或る島国しかないという現実をどうみるのでしょうか。
ユニラテラリズム(単独行動主義)の破産に行き詰まった米国は、同盟パートナー戦略に重心を移しつつも、執拗に先制攻撃戦略を継承しようとしています。従来のハード戦略の挫折の痛手と大統領支持率激減をカバーする少しソフトな戦略への転換に他なりません。どのように表面的な糊塗を加えようとも、アメリカ・モデルによる世界覇権の野望の本質は変わらないようです。しかし長いスパンでみれば、民族自決権を基軸においた国際連携の波涛の前に、もろくも崩れ去る虚栄の道から訣別する以外に、アメリカの未来はないことを逆証明している文書です。(2006/3/17
20:43)
[帝国の頽廃と野蛮]
米捜査当局は15日に、米、カナダ、英国、豪州の27人をインターネット・チャットを利用した子どもへの性暴力の実況中継をした疑いで逮捕した。被害者は7人まで判明し、18ヶ月未満の乳児も含まれている。メンバーは、子どもを使ったポルノ映像を配信し、自分で子どもに暴行を加える映像を撮影して公開していた。米国での児童ポルノの氾濫はなにを意味するのか。希望を喪ったアメリカ社会の底知れぬ頽廃の姿だ。もはや彼らは無抵抗の弱者への嗜虐的なサデイズムによってしか、自らのレーゾンデートルを実感し得ない地獄のような疎外態にある。悪無限の競争のなかで、行き場を失ったモンスターのような悪魔的人間が日常の空間に徘徊している。
オクラホマ州上院は、子どもへの性的暴行やレイプを2回以上繰り返した者への死刑適用を、40:7で可決した(3月9日)。米国では40年間、殺人を伴わない犯罪での死刑はなく、77年には連邦最高裁が「残酷、通常でない刑罰」としてレイプ事件での死刑を差し戻しているが、ルイジアナ州では12歳未満の子どもに対するレイプへの死刑を適用する州法を可決し、子どもへの性犯罪に対する厳罰化が怒濤のように進んでいる。ある子どもへの暴行犯は「極端な重罪は、性犯罪者に口封じに子どもを殺害する可能性がむしろ増える」と云っている。アメリカ社会は、凶悪犯罪の激増→刑罰強化→さらなる凶悪犯罪の激増という地獄のスパイラルに転落している。犯罪の根元にある誘因に対する分析と対応を欠落させて、脅迫と恐怖による秩序維持に追いつめられた米国の病的症状の深化を改めて思い知らされる。この国はもはや救いがたい悪のスパイラルに陥っている。この国にはもはやヒューマニズムは育たない。ハリウッドの社会派ドラマは腐朽する米国の最後の希望の残照に過ぎない。
イラク駐留米軍は、バグダット北100kmにあるイシャキで、民家を攻撃し子ども5人を含む市民11人を殺害した。米兵は、民家の屋根から家の中にいた人々を射撃し、この家で暮らしていた11人を殺害して民家を爆破した。地域の遺体安置所には、子ども5人と女性4人、男性2人の射殺体が運び込まれた。米軍はテロ支援情報を得て民家を攻撃したと弁明している。皆さんはもはやこうしたニュースは日常茶飯事で、特に取り立ててコメントするまでもないと思われるだろう。それは当然の心情だ。しかし考えてもみよ。自国内では、児童虐待2回の性犯罪者を処刑する国が、海外でいともあっさりと子ども5人を撃ち殺しているのだ。これは無差別殺人ではないのか?なぜアメリカ人はこうもアッサリと子どもを撃つことができるのか?
私たちは知っている。イラク駐留米兵の70%がもはやイラクにいる意味はないと考えて撤退を望んでいることを。帰還兵の多くがトラウマに侵されて神経症を病んでいることを。自殺率の異常な高さを。それでもなぜ彼らは志願してイラクへ行き、無辜のイラク人を殺害するのか? 米国本土で追いつめられた若き青年は、就業先がなく、大学進学の学資がなく、奨学金を保障される海兵隊入隊の道を選ばざるを得なかったのだ。さらには星条旗優越主義によって、劣等民族であるイラク人殺害に快感をさえ覚えるのだ。彼らは”星条旗よ 永遠なれ”を歌っては、自らを慰めて合理化する貧しい精神に頽落している。ヒューマンな米兵ほどトラウマを抱え込んで傷ついた心を故郷に運ぶ。誰も英雄として帰還を讃えてくれないのは、ベトナム戦争の時と同じだ。彼らは麻薬やアル中にはまり込んで悪夢にうなされる夜を送っている。そんなトラウマが反転して、逆上する心情が憎悪を募らせて、無辜のイラク市民への攻撃に転化する。日本へ帰還した米兵は、日本の娘を襲撃して快感に身を委ねる。もはや断末魔の果てしない泥沼に陥って、のたうつ心と身体は行き場を喪って、より凶暴なサイボーグと化している。これがイラク派兵米兵の実相だ。
いま世界で最も哀しいくにアメリカ! 自由の幻想に打ちひしがれたくにアメリカ!
迫りくる崩壊と終末の不安にうち震えるくにアメリカ!
審判も単独行動主義を行使する野球のくにアメリカ!
子どもを襲撃してトラウマを発散するしかないくにアメリカ!
すべての希望を喪い苦悶する哀れなくにアメリカ!
もしこの地球から星条旗がなくなったらと願われるくにアメリカ!
マネーに目が眩んでカネのために喜んでオオカミとなるくにアメリカ!
唯一の生存条件であるドルが紙切れとなる日が近づいているくにアメリカ!
ひとの国の空を傍若無人に飛び回って、娘たちを陵辱して恥じないくにアメリカ!
ひとの国にBSEを輸出することに血まなこになっているくにアメリカ!
ひとの国に理由もなく出かけていって爆弾を落としては無辜の民を殺すくにアメリカ!
もはや夢のひとかけらも語れなくなっってしまったくにアメリカ!
巨像の倒れるように轟音をたてて大地に崩れ落ちようとしているくにアメリカ!
すべての友人を失って孤独のうちにのたうちよろめくように歩んでいるくにアメリカ!
自分のくにのなかでやたらと銃を撃ち殺人ゲームを楽しんでいるくにアメリカ!
自ら死刑を宣告しても誰も執行さえしてくれないくにアメリカ!
急病になっても金持ちしか救急車を呼べないくにアメリカ!
有利鉄線で囲まれ武装ガードマンが巡回する要塞都市に閉じこめられたくにアメリカ!
白人の行方不明者は捜査し黒人の行方不明者は歯牙にもかけないくにアメリカ!
神に見放され呪われたくに 悪魔に魅入られ 醜いモンスターが徘徊するくにアメリカ!
最後の帝国アメリカに幸いあれ! 黄昏せまり沈みゆく帝国に憐れみの涙の一滴を!
汝が亡き後に洪水はなく 汝が亡き後に光が射し込むであろう
ーアメリカ帝国崩壊記念日にあたって贈る筆者祝辞 (2006/3/16
19:42)
[表層批評の今・・・安全地帯に身を置いて]
現代ほど互いに孤立しながら、しかも他者を求めて彷徨している時代はない。生のリアルな接近による相互作用のしんどさを忌避して、自己の安定を保持しつつなお、相互承認を求める希求が共存しうる空間として電子ネットが深く日常意識をとらえ、時にはスピルチャルな様相を帯びてくる。煩雑で退嬰するリアル空間を忌避して、自らの望みを託する仮想の空間は、かっては教会という物理的建築物に防御された宗教空間であった。しかし超越的であるはずの空間も、教義や儀礼に組織された地上の裏返しとしての虚妄を晒してから、自己と超越世界が直接に交感し合うスピルチャル世界への転換が始まった。しかしそこにも、ある教祖的存在を求心力とするリアル空間の幻影が投影されていることに気づいた若者が、いまネット電子空間の交感サイトに向かっている。絶え間なく垂れ流される出会い系サイトの氾濫は、日本中があたかもパートナーを求めて苦吟している無数の存在を確信させるがごとくだ。一節では数百万人が参加しているという人もいるが、それは虚影であり、本気で出会い系による出会いを希求している人は少ない。
遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子どもの声聞けば
我が身さへこそ動がるれ (後白河法皇『梁塵秘抄』)
ネット上で飛びかうネット交感はしょせん子どもの遊びに過ぎない。都合よく互いのイメージを描き、匿名に保護されているがゆえに本音を告白し、しかし決して自己の日常の私的空間を浸蝕されない壁を前提にあたかも純粋な魂の交流と錯覚して、顔も知らない他者との親密圏を構築する。バーチャルな空間でこそほんとうの自分の素顔をさらけだす倒錯した世界が構築され、交流と交感のリアルな契機の喪失と比例して、電子空間でのコミュニケーションは深化する。遠藤周作『私が捨てた女』は、大学生と少女の雑誌上のペンフレンドが出会って別れていく物語だが、ネット恋愛はアナログ的な文通が電子化したものに他ならない。仮想空間において幻想化された他者の虚像は、リアルな媒介を経て破砕されるがその破砕は取り返しがつかない致命傷となる場合もある。この仮想の虚像は、リアル空間の営みがネット化される日常と相乗化されて、境界が消滅して偽装されたリアル感が深まる。特別な超越的存在とのつながりを想起する生き方は、世界とのつながりを絶った自己の存在を許容し、ついには現実からの痛烈なしっぺ返しと報復を実体験する。
超越が天上的なものであろうとネット空間であろうと、「こうありたい」自己を投影した幻想のため息に他ならない。煩雑で退嬰的なリアル空間の実相から目を背けずに向き合い、そこにあるかすかな希望の印を掘り当てて、あたかもシジフォスの神話のようなめくるめく労働を積み重ね、あるべき自分を自ら構築していくことをあきらめないーそういう自分を捨てるべきではない。天上やネットへの飛躍はまごうかたなき逃走に他ならない。ネット空間では、自分は試練を受けない、確かめられない、せっぱ詰まって追いつめられた自分を体験することはない・・・・いつでもリセットできる安全地帯に身を置いて、他者との真の交感ができると思うのは、とんでもない傲慢かつ卑劣なふるまいだ。
リアル空間での苦闘を回避するふるまいは、リアル空間の壁を物理的手段に依存して乗りこえようとする態度に頽落する。オリンピック選手が薬物に頼ったり、神経症者が向精神薬による性格改造を試みたり、バイオテクノロジーを人体改造に用いるポスト・ヒューマンが誘発される。もはやここには「生まれながらの」自然を根拠とする人間観はなく、人間の前提を否定する操作主義の功利のみが支配し、功利を実現する貨幣と能力が支配するジャングルのオオカミ世界が出現する。いずれも「かくあるべき」本質主義的な人間観が制覇し、そこからこぼれ落ちたマイノリテイ(障害者、末期患者など)は処理対象とみなされる(ナチ優勢思想を見よ!)。逆に言えば、マイノリテイこそが人間的自然のヒュマニテイを体現する者として逆照射される危うい世界である。彼らに世の光を!という憐憫から、彼らこそ世の光という逆転が起こる。こうしてリアル空間から逃れて仮想ネットに行く人と、能力のenhancemen増強を求めて先端医療技術にのめり込む人は、いずれも人間的自然から乖離するアンチ・ヒューマンの逸脱現象を示している。(2006/3/15
21:07)
[吾れ十有五にして学に志し・・・・・・]
子曰
吾十有五而志干学
三十而立
四十而不惑
五十而知天命
六十而耳順
七十而従心所欲 不踰矩
俺は15歳で徹底的に勉強しようと思ったんだ
30歳でやっと独り立ちできた
40歳で迷うことがなくなり
50歳で自分のいくべき道はこれだと分かったんだ
60歳でやっと人の話を素直に聞くことができるようになった
70歳で道理を破らず好きなように生きていくやり方が分かったんだ(筆者独自訳)
儒教の始祖・孔子はBC551年頃生まれ、幼くして父を亡くし、恕(思いやり)を最高の価値として生き、BC479年(享年73歳)でこの世を去った。50代で宰相の権力を得て政治改革を志すが、失脚して失意のうちに放浪の旅に出て自らの生を閉じた。恕とは、垂直的な人間の関係で上位者から下位者降り注ぐ愛情といえようが、彼の構築した支配のソフト理論は、東アジアの社会システムのモデル理論となった。私にとっては批判すべき対象であるが、このアイデンテイテイの年齢階梯モデルには注目せざるを得ない。
私なりに解釈すると、14歳までの彼は上からの押しつけられた学習をおこない、15歳で独自の理論作業を開始し、15年間の格闘を経て30歳で独自の理論体系を確立し、10年間の試行錯誤を経て40歳で信念体系を完成させ、それを現実に実験する舞台を得るために10年間求職活動をおこない、50歳で始めて権力を獲得して実験に着手したがみごとに挫折し、失意のうちに放浪の旅に出て60歳で自己の信念体系とは異なる異説をも包摂するような理論的発展をなし遂げて、10年間の理論再構築作業の後に、ついに70歳であらゆる現象を説明できる普遍総合理論を完成させたーということになる。
紀元前というには類い希なる長寿という身体的健康と頑強さがそれを支えたと云えよう。2500年後の現代にこの年齢階梯を単純に適用することはできないが、彼の理論構築のパターンからは学ぶべきものがある。独自理論構築の発意→独自理論構築→実験のための条件の獲得→現場実験→失敗と挫折→理論再構築のための異種理論包摂→普遍理論完成という道筋だ。ヘーゲル的に云えば、現象→本質をテーゼ化しアンチテーゼの定立を媒介にジンテーゼに至る弁証法的展開だ。
なるほどこうしてみれば、孔子は単にプラグマテックに模索したのではなく、生き方そのものに一本のある赤い糸のような論理が貫徹していたのだ。ただしその普遍理論は封建社会構造の普遍的永続性を宣揚する時代の限界を象徴したものであり、「恕」(愛情)の水平的なパートナーシップという本質には接近し得なかった。しかし結論が誤謬であれ、その真摯な探求の主体的な論理は私もまた同じくありたいと思わせる。しかし彼の最大の探求課題が「従心所欲」という自由な欲望の発露にあり、封建体制の抑圧的秩序と自由の調整に苦悩したことは感動的だ。
私は50歳で徹底的に勉強しようとやっと思い、やっと異種理論を排斥することなく包摂することができるような段階に入りつつあると思う。平均寿命が格段に伸びてモラトリアム期間の長い現代では、日暮れてあまりに道遠しとなるのだろうか。(2006/3/15
16:57)
[日米同盟効果のシミュレーション]
新古典派の費用便益効果モデルを使って、日米同盟存続効果のシミュレーションをおこなってみたい。日米同盟存続の場合の対費用効果と廃止して非軍事の友好条約に転換した場合の対費用効果を確かめてみたい。数値シミュレーション(模擬実験)によって日米同盟の将来予測がどう出るか非常に興味がある。その前提条件は以下の3つである。
@現象に合致する式(モデル構築)ができるか
A精確な初期条件を入力できるか
B精確な境界値を与えることができるか
物理・科学的現象と異なり、価値観を含む政治・経済・社会現象のモデル構築は至難である。しかも個人の主観が大きく条件を変えるシステムにはモデル自体の限界がある。小さなモデルから始めて次第にマクロ・モデルに至る積み上げでのぞむしかないが、秘匿された非公開情報が多い政治・経済領域では、投入値自体がかなりの誤差を含んでいる。或いは、自国に有利な恣意的なデータの操作と参入もあるだろう。姉歯の耐震設計偽造に見られるブラックボックスもあるだろう。以上の限界を覚悟して日米同盟効果のシミュレーション・モデルを考えてみよう。その際に米軍基地撤去経験国の事例データを考慮する。
係数設定T:在日米軍基地
(1)存続の場合の投入要素
@米軍兵士構成数・家族数 提供土地面積(公有 私有) 地主補償 部隊庁舎数・面積 兵士用宿舎 水道光熱 道路整備
A振興交付金 基地関連産業構成 雇用日本人 基地関連業務最低賃金
B米兵関連犯罪推定件数 推定犯罪構成 基準補償費
C騒音水準 騒音対策事業内容 推定補償費
D地域移入経済構成 地域移出経済構成 人口動態推定
Eセキュリテイ代替費推定
F自衛隊共同訓練・共同作戦費推定・戦地被害補償
G米軍存置に伴う外交活動費 貿易関連変動
H日米多国籍軍参加による国際環境変動に伴う要素(攻撃可能性 外交断絶 経済封鎖 IMF 国連)
(2)廃止の場合の投入要素(撤退の性格による変動を考慮する)
@基地復元 地主返還補償費
A振興交付金 基地収入減による自治体財政変動
B米軍犯罪・騒音公害消滅と犯罪公害対策費の変動
C基地関連産業の転換費 解雇日本人の再就業斡旋
D地域移入経済構成 地域移出経済構成 地域経済再編費 人口動態
E自立セキュリテイ費 自衛隊再編成費(米共同戦費に替わる自己負担)
F米軍撤退・移転負担費
G米軍撤退に伴う外交活動費 貿易関連変動
H自衛隊再編成費
I米軍撤退による国際環境変動に伴う要素(攻撃可能性 外交断絶 経済封鎖 IMF 国連)
ア、東アジア平和共同体による防衛費 東アジア経済圏
イ、自主防衛路線選択による防衛費 非共同経済圏
以上・未完 継続作成(2006/3/15
14:23)
[地方をいたぶって恥じない中央政府ー岩国住民投票を受けて]
厚木基地の空母艦載機の岩国基地移転計画の賛否を問う住民投票開票結果(12日投票)と関係者コメントをみてみよう。
賛成 5369票(10,8%)
反対 43433票(87,4%)
無効 879票( 1,8%)
投票資格者数 84659人
投票総数 49681票
投票率 58,68%
実質反対率(名簿登録した永住外国人を含む投票資格者数) 51,3%
*朝日新聞出口調査
投票総数に占める自民党支持率 38% うち反対票 86%
岩国市長「これからどうするかで頭はいっぱい。責任の重さを改めて感じている。50%をクリアしたことは岩国市民の
意思を明らかにできるということ。ホッとしている。岩国市民の意識の高さ、民主主義のレベルを示すことがで
きた。市民が岩国の未来を選択するかけがえのない機会ということを理解してその意志を示してくれた。市民
の士気の高さだ。住民の安心安全について国に地元の声を届けることは大きな意味があるし、それが私の責
任だ・(国に)移転計画の撤回を求める。国と取引して受け入れるようなことはしない」(12日)
岩国市議会議長「住民投票は税金のムダ使いだったという考えは変わらない。反対多数になれば国に宣戦布告する
ようなもので振興策の協議は進まない。白紙撤回は無理なのは市長も分かっているはずだ。新岩国市は大借
金を抱えて出発する。地域振興策を含めて議論すべきだ」(12日)
岩国商工会議所会頭「私は投票に行かなかった。騒音や米兵犯罪のマイナス面ばかり強調され、滑走路の軍民共用
化や地域振興策のメリットもPRすべきだった。今後も断固として受け入れに向けて活動する」(13日)
山口県知事「岩国市の判断を踏まえ、周辺の自治体の意向も(取り入れて)どういう形でまとめるか、これから整理した
い。 艦載機移転後も基地周辺の生活環境が現状より悪化するとは云えない」(12日)
山口県幹部「反対を貫いた方が県民に利益があると考えたら、そっちの選択肢を選ぶが、見極めが大事だ。反対しても
見返りがなければ市民にとって不孝だ」(13日)
防衛庁幹部「負担増は最小限に留めるとの説明が市民に理解されなかった。岩国市と丁寧に話をして理解してもらう。
一自治体の意向によって全体のスケジュールは変えない」(13日)
与党参院幹事長「安全保障や防衛は国に責任があり、住民投票にかけるのは適当ではない。一種の地域エゴイズ
ムだ」(12日)
与党幹事長「まことに遺憾な結果だ。安全保障の問題に地域の論理を優先しようという風潮が拡がることを懸念してい
る」(13日)
官房長官「住民投票の結果に関係なく、米軍再編は日米の交渉としてこれからも進める」(10日)
防衛庁長官「防衛は国の専管事項であり、住民投票の意味はない。日本の安全保障の面からぜひとも実現しなければ
ならない」(11日) *以上朝日新聞報道から引用
この計画は厚木基地から空母艦載機FA18ホーネット57機・兵士1600人を岩国に移すもので、現在の57機と合わせて114機に倍増する米軍機と5000人を超える兵士が岩国に常駐することになり、世界最大の航空基地が出現する。騒音でTV音声が途絶えたり、乳幼児が恐怖で泣き出す現状はさらに深刻となる。しかし最大の問題は基地依存経済がますます深化して、21世紀の岩国が軍事都市として恒久化することだ。
岩国の歴史を振り返ると、もとは幕藩体制期の苦難のもとに干拓して造成した農地と宅地の平和な農漁村であった。戦前に日本海軍が航空基地として強制収用し、住民は国策に協力して土地を提供した。戦後45年に米海兵隊が接収し、46年に英連邦軍と米空軍が占領し、50年の朝鮮戦争を契機に滑走路工事がおこなわれ、58年から米海兵隊航空基地となって、ベトナム戦争・湾岸戦争・イラク戦争の出撃拠点となってきた。戦場で荒廃した帰還米兵が、橋から市民を河に突き落としたり、ゲリラナイフで基地従業員を刺殺したりする凶悪犯罪が頻発したが、基地経済に組み込まれて反基地の主張は異端視された。岩国市民は積年の痛苦の体験を経て、ついに国の施策にノーを突きつけたのである。
上記のコメントからなにが分かるだろうか。
まず政府・与党関係者の恐るべき強権的発想である。まるで「民は依らしむべし、知らしむべからず」という江戸期の封建的支配思想に等しい。地方自治法に規定されている「住民の理解を得て」という意見表明権保障を蹂躙して恥じない独裁の感覚である。住民投票を「地域エゴイズム」といって憚らない言辞は、惨めで貧しい精神を象徴している。これが「地方分権」の実相なのだ。「お上の言うことに逆らうのか、カネはださんぞ、それでもいいのか」と脅迫まがいの脅しでなんとでもなると思っている浅ましい精神がある。
岩国財界と市議会議長はカネで故郷を売り渡す奴隷根性に満ちている。基地経済の悲惨はすでに沖縄で証明されているにもかかわらず、基地と引き替えのタカリの構造を説いて恥じない。爆音に泣き叫ぶ乳幼児の声よりも、カネに目が眩んでいる。特に反対決議をしている議会の代表である市議会議長が、投票をボイコットせよと呼びかけたり、議会意志に反するコメントを出しているのは、免職に値する反議会的行為だ。ことほど左様に、中央から地方に至る権力層の腐敗とレベルの低下は覆いがたい。中央政府はありとあらゆる権謀術数を駆使しながら懐柔にはいるだろう。この目でシカと見極める必要がある。米国政府と米軍の忠実な僕として媚びへつらって、日本国民の福利を犠牲にして恥じないふるまいがますます進行するだろう。(2006/3/13
22:15)
問題は日本最大の野党が、住民意思に対してなんらの尊重の意志を示さず、いわゆる「思いやり予算」という日米特別協定の2年間延長に賛成していることにある。「岩国住民投票の結果は政府が説得の努力を続けてこなかった結果であり、政府のミスであり、大変残念だ。日米同盟はいまや日米両国のみならず、アジア、世界各国共有の重要なインフラだ。日米防衛協力のあり方は、これまで基地提供と経費負担が中心だったが、イラク派兵に見られるように軍事的な人的協力が拡大している。同盟の質的変化をしっかりと見据え、思いやり予算のあり方について国民的な本質的議論が必要だ。カネだけではなく自衛隊の海外派兵という支援を進める上での歴史的意義を深く理解する」(津村民主党議員)という驚くべき賛成演説をおこなって、軍事同盟を世界大に拡大する米国の軍事戦略を手放しで宣揚している。
「沖縄海兵隊のグアム移転に伴う移転費用100億ドル(1兆1100億円)の75%を負担せよ。日本が負担しなければ海兵隊はこのまま沖縄に残らざるを得ない」と米政府は日本に迫っている。グアム基地での整備費用は、部隊庁舎・住宅・厚生施設・道路・水道などのインフラだ。米国内の軍事基地を日本が造成するということになる。しかも米政府は25%の自国負担分の一部を日本側の融資とするよう要求している。これがいったい「対等な」軍事同盟なのだろうか。
すでにネオコン主導の米国世界戦略が破綻していることは当事者自身が証明している。ネオコンの代表的理論家であったフランシス・フクヤマ氏が離反したのだ。フクヤマ氏は皆さんご存じのように、91年のソ連崩壊を受けた『歴史の終わり』という著書で、ソ連・東欧の崩壊で資本主義と社会主義の対立は終わり、永遠に資本主義が続くと宣揚し、唯一の超大国として残った米国は、その地位を永続的に維持するために、次の新たな脅威が台頭しないように、米国を唯一の覇権者とする国際環境を整備すべきであり、米国は高い道義性に基づいた「情け深い覇権国家」路線を進むべきだーと主張した。ところが中東民主化を掲げるイラク戦争後、世界の大多数が「逆上したような」反米主義に結束して挫折した。ネオコンは政治的象徴としても思想団体としても、私がもはや支持できないものに変わり果てた。ネオコンの時代はすでに去ったのだ(『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』2月19日)とネオコンから離脱した。フクヤマ氏は「歴史の終わり」ではなく「ネオコンの終わり」を見たのだ。ここには歴史の推移に応じて理論を次々と変えるフクヤマ氏の理論水準が暴露されているが、とにもかくにもネオコンの理論的リーダーはいま雪崩を打って離脱しつつある。米国主導の世界戦略路線の破綻が明確となって孤立している今、ピエロのようにまだ媚びへつらおうとしている国が日本だ。否、ピエロさえも嘲笑うだろう矜持なきふるまいに狂奔している国だ。
追記)海外報道から
「岩国住民投票は日本政府にとって大きな打撃とダメージを与えた。日本政府は安保同盟で米国と結託し、地方の要望を無視する政府としばしばみなされている・沖縄を始め米軍再編に関係する他の地域で抗議の波を引き起こす引き金となりうる」(英紙フィナンシャル・タイムス」14日付け)
「圧倒的多数が米空母艦載機部隊の岩国増派に反対し、さらに大きな事故をを招きかねず飛行機の夜間飛行訓練も大きな騒音を出すことから、この案は市民から断固反対された」(中国・新華社通信13日)
「岩国住民投票の結果は、日出る国に駐留する5万人近くの米軍再配置計画に暗い影を落とした。岩国市民は騒音や社会問題の不安から米軍増強を否定した。軍事機材による騒音公害、基地への財政支出、女性や未成年者への暴力や強奪などの刑法犯罪の危険が主な理由となっている。この結果は他の地方に同様の反応が拡がることを東京とワシントンは恐れさせている。日本政府は投票結果にかかわらず計画を進めることを言明した。岩国米軍配置は、地球的規模での米軍の機動性を高めることを目的とするアジア太平洋の米軍再配置計画の一部である」(ベトナム国営TVチャンネル1 13日)
「今回の投票に勇気づけられた基地移転候補地の住民によって、基地移転賛否をめぐる投票が相次ぐ可能性がある。米軍再編が容易でないことが明らかとなった」(韓国・文化日報 韓国日報13日付け) (2006/3/15
8:59)
[ハンセン病「胎児標本」は私たちになにを問いかけているか]
あるTV報道番組をみていたら、薄暗い倉庫の汚れた棚の片隅に、事務用品の横に並んで、ホルマリンで瓶詰めされた胎児の標本が映っています。映像は暗くてよく見えませんが、胎児の身体が大きすぎて蓋が閉められないものもあります。体重2200gを越える正常な発育を示している胎児もいます。何なんだろうか・・・これは!物体なんだろうか!沈黙してなにも語らない胎児の標本が無言の圧力となって、何かを訴えているような気がしました。だいたい胎児をホルマリン漬けにして、倉庫の片隅に標本として放置するというようなことが、なぜ許されているのだろうか。私は日本の無惨なハンセン病政策の誤謬を象徴しているように思えました。私の無知を正面から告発するすさまじい圧力を覚えました。私に生きる権利はなかったの? 私は人間ではないの? 私の尊厳はどうなったの? 哀しい胎児の悲鳴が聞こえてくるようでした。そして我が子を闇から闇へ消されたり、標本になって陳列された両親の心の痛みを覚えて慄然としました。
いったい胎児標本は、何のために誰が作成したのでしょうか。新生児も含まれているとすれば、それは殺人罪にあたるのではないでしょうか。多くの胎児標本の身元はなぜ判明していないのでしょうか。胎児をとりだして標本化するときに、親の気持ちはどうだったのでしょうか。そしてなぜ今まで倉庫の片隅にゴミのように放置してあるのでしょうか。05年11月に厚労省は、(1)胎児標本を今年中に焼却する(2)標本の存否を1ヶ月でおこなう(3)異常死と検視はおこなわないという通達を療養所に送り、患者会は騒然となっています。
胎児標本は、光田健輔が主導した日本のハンセン病政策の基本にある隔離と抹殺にあります。その政策は感染力が弱く特効薬で完治することが分かってからも、ずっと続きました。患者は隔離され、断種手術を強制されて次世代を絶滅される政策を強制されました。光田健輔は、収容所において「生殖」の自由を剥奪した「性」の自由を与えました。収容所は、断種・中絶・嬰児殺しと引き替えに、所内婚姻の自由を与えるという汚らわしい処遇をおこないました。光田健輔の主張は神をも恐れぬ背徳な汚らわしさに満ちていました。
「絶望的な人間がその日だけを生きていこうとする刹那的な享楽を求めることは当然であろうが、その享楽といっても院内では賭博と姦淫くらいで、それは初期の療養所では悪いと分かっていても手のつけられない状態であった。(中略)ここに道徳の無政府状態があらわれ、生まれるはずのない赤ん坊が毎年十数人づつ生まれてきた。
少女たちが入院してくると、男たちが集まって夜も眠れないことになる。可哀想なので、職員が詰めている事務室の前の舎を少女舎としたが、すきをみて男が入りこむので、アヒルを少女たちに飼わせて侵入を防ごうとしたが、結果は反対になって、アヒルの性活動がかえって少女たちを刺激して、かえって少女のほうが積極的になって失敗したこともあった」(光田健輔『回春病室』朝日新聞社 1950年 P46−47)。
光田は、ハンセン病者の性行動を「刹那的享楽」とか「姦淫』と表現し、追いつめられたハンセン病者の異常行動としています。これが医者の文章とはとても思えません。自らの政策によって強制隔離され、明日なき命が自らの存在を確認する最後の行為を、あたかも動物的な本能として把握する光田の表現は、自分自身が穢れきった抑圧者のサデイズム的な快感に満ちています。私は、患者たちの性行動を追いつめられた者の最後にして最も高貴でかつ痛ましいなヒューマンな行為とみなします。被虐された者への共感を持ち得ない侮辱的な言辞を弄する光田は地獄へ堕ちるでしょう。
では胎児を標本化する法的根拠はどこにあるのでしょうか。一般に「死体」を「標本」化する行為は、「生前の本人の意志」と「遺された遺族の意志」という2つの条件を満足している場合にのみ認められます。「胎児」については、厚労省令で「妊娠12週以後の中絶胎児を死産」とみなし、墓地・埋葬法で中絶胎児は死体として埋葬しなければならないが、「妊娠12週未満の中絶胎児は廃棄物」として処理されます。「胎児」の「死体」を標本とするには、前記2条件による「研究資料」・「医療資源」という目的に利用する場合にのみ許されます。ところが厚労省・ハンセン病問題に関する検証会議『最終報告書』は、「標本として残される遺族の承諾書はどの施設にも存在していない。胎児標本作製の目的自体が不明確である」としており、先記した条件をいずれも満足せず、療養所が恣意的におこなったことが明らかとなっています。つまり結論的に言えば、強制中絶と堕胎・嬰児殺という犯罪行為の結果として標本が残ったのです。
では胎児標本はどのように処遇されるべきでしょうか。検証会議最終報告書は次のように述べています。
(1)胎児標本のうち新産児は検視申し出か異常死体の届出をする
(2)4ヶ月以上の死亡胎児は供養・焼却し、4ヶ月未満の死亡胎児は医療用廃棄物として処理する
(3)病理用標本は10年以上経過したものは処理する
確かに現行法の法理論はこの通りでしょう。しかし法は通常の胎児を前提に規定しているに過ぎません。強制的な堕胎・中絶・嬰児殺という異常な脱法状況にある胎児標本には適用できません。厚労省すら、(1)の検視申し出と異常死体届出を「事件として立件できる見込みがない」として拒否しています。ではどのような処遇をすべきでしょうか。第1に女性患者の意思を最優先すべきです。彼女に胎児の説明をするときに「標本」という言葉を用いてはなりません。女性が供養したいと言えば無条件に従い、身元確認を忌避する女性はそれを無条件に尊重し、選択を迫るような問いかけをしてはなりません。第2に男性親への最大限の配慮を尽くすべきです。胎児の身元確認を求める行為すら慎重でなければなりません。そして私はあらゆる批判を覚悟して患者の方々にお願いしたい。厚労省の要求する一方的な焼却処分を拒否し、胎児標本の処遇は患者自身の意志に委ねられるべきであることを。そして身元不明の胎児標本は、何らかの尊厳あるかたちで永久に保存すべきではないか。ここまで言い切るにはほんとうに勇気が要ったのですが、どうかしてハンセン病政策による痛ましい被害の事実を後世に伝えるべきではないでしょうか。少なくとも患者の皆さまの何らかの合意ができるまで、厚労省の強制的・一方的焼却処分は拒否して、真実の解明を尽くすべきではないかと願う次第です。82006/3/10
20:21)
[歴史の事実を明らかにして未来へ向かう方法の非対称性について]
韓国政府「日帝強占下強制動員被害真相究明委員会」が昨年から受けつけている被害申告数は、21万余件に達し、うち国外動員は2万3千余件となった(受付は6月末で締切)。韓国大統領は04年12月の日韓首脳会談で、戦前期朝鮮半島出身者の遺骨返還問題を提起し、日本政府は全国の寺院・自治体への調査を始めたが、東京都の回答はゼロであった。公文書『東京大空襲・戦災誌』にはあきらかに朝鮮籍と分かる50人の名簿が記載されているのも関わらず、調査をしないで政府に回答した。韓国政府は日帝支配(1910−45年)下で国外強制連行された被害者への慰労金支払い支援策を決めた(8日)。05年に日韓国交正常化(65年)関係文書が公開され、植民地支配被害の補償に関する日韓請求権協定交渉で、韓国政府の被害者支援の規定があることが明らかとなったことによる措置だ。韓国政府は、75年に死亡被害者の遺族に30万ウオン(現在の234万ウオン=28万円)を支給しているが、今回の対象は負傷者・行方不明者・帰国船沈没死者・強制連行先での未払い賃金に拡大される。死亡者遺族慰労金2千万ウオン(240万円)、負傷者は負傷程度によって1千万ー2千万ウオン、無事帰国者には医療と教育支援をおこなう。支援額は88−95年に日本政府が台湾被害者に支払った額を参考にしている。未払い賃金は当時の1円を現在の1200円に換算して支払うが、根拠となる資料がない被害者は日本政府に当時の供託金名簿の引き渡しを求めている。従軍慰安婦など反人道的不法行為の保障は日本政府の責任を追及する。サハリン残留朝鮮人と朝鮮人被爆者の補償は日本政府との協議を通じて支援範囲を拡大する。
韓国政府は支援の根拠を「道義的責任と人道主義原則にある。遅ればせながら植民地下で一般国民が経験した以上の特別の被害を受けた方々を慰労し、支援することは、国民を保護すべき国家の当然の義務だ」としている。しかしこの被害の主要な責任は明らかに旧日本政府にある。請求権問題を日韓条約で解決済みとして個人補償を回避する日本政府と日本裁判所、日本企業の態度は、明らかに国際人道法に背いている。自分が支払わなければならない補償を、被害国政府におこなわせて、痛みを感じない日本の態度は顔向けできないほどに恥ずべきものだ。被害者は高齢化して次々とこの世を去っているなかで、追いつめられた韓国政府が実施する支援政策を傍観している日本政府の態度は、もはや人間のものではない。遺骨収集調査に協力しない東京都の態度は、反人間的な最悪の破廉恥行為に等しい。少なくとも強制徴用で賃金を支払っていない日本企業は、当時の国内法規にすら違反している。2004年「東学農民革命軍の名誉回復にに関する特別法」は、従来の「東学党の乱」という「乱民」規定を否定し、各地で東学農民軍の記念事業が進行している。
さらに韓国法務省は、『親日反民族行為者財産の国家帰属特別法」にもとづいて、李完用ら19世紀末から20世紀初頭の政治家3人の子孫が所有する土地10カ所(5277u)の土地売却と賃貸を禁止する仮処分を裁判所に申請した(9日)。李完用(1858−1926)は、05年の第2次日韓協約(外交権日本譲渡)に閣僚として賛成し、1910年の日韓併合条約に首相として署名した「五族」と呼ばれる親日派売国政治家5人の代表格であり、現在も怨嗟の的となっている。上記の法は、大統領直属機関である財産調査委員会が親日派財産と認定した土地の没収と国有化を規定し、正式認定前の売却を防止するために今回の措置がとられた。韓国では、親日派分子が植民地期に取得した土地の所有権確認訴訟が続発し、かなりの土地を親日派子孫が取り戻したことに対する激しい怒りが起こっている。日本支配に協力した裏切り分子に対する韓国の許しは今でもないのだ。
次いで韓国法務省は国家犯罪に時効はないとするソウル高裁判決を受け入れた(10日)。金大中政権下で設置された「疑問死真相究明委員会」は朴正熈独裁政権下で韓国中央情報部(KCIA)がおこなったソウル大法学部崔鍾吉教授に対する拷問による殺害を認めた。教授は73年10月にKCIA庁舎内で死亡したが、政府は「スパイ容疑を認めて飛び降り自殺した」と発表していた。ソウル高裁判決は「国家組織が文書を捏造して組織的に事実を隠蔽した事件で、国家が賠償請求の消滅時効を主張することは『信義誠実の原則』に反する」とした。韓国民法は国家機関・公務員による不法行為に対する損害賠償の時効を、事件発生から10年、事件による損害を知ってから3年以内としている。反人権的国家犯罪の公訴時効は廃止されることとなった。
逆に日本はどうか。第2次大戦中に中国から強制連行され、1944年5月から7月に駆けて3700人の中国人が水力発電所で強制労働を強要され、260人が死亡した遺族の損害賠償訴訟を長野地裁は棄却した。強制連行・強制労働の不法行為の事実を認めながら、戦前の国家権力の不法行為への損害賠償はできないとする「国家無答責」及び賠償請求権はすでに消滅したとする「除籍期間」によって、国家間外交による政治解決を求めている。「正義・公平に対する国家の不作為」責任を問うているのも関わらず裁判所は逃げた。こうして鹿島建設・熊谷組・大成建設・飛島建設の4社は、3700人のただ働きと260人の命を奪って、何の謝罪も賠償もしないということになった。ニュルンベルグから東京裁判を経て確立された「人道に反する罪」はすでに国際法上のスタンダードとなって、米政府は日本人強制収容者に謝罪して賠償金を支払った。ドイツも旧ナチ政権下の強制労働に対し、加害企業が基金を創設して賠償をしている。日本のみが過去の罪責に対して言い逃れをしてきた。
私は、彼我の歴史の真実に対するアプローチの違いを実感している。100年以上に遡って歴史上の国家犯罪を糾明し、その子孫の財産権を剥奪するというシビアーさに驚く。日本で言えば明治期までに遡って裁くということになる。この論理を日本に適用するれば、伊藤博文を含む歴代朝鮮総督府長官の歴史的加害責任を断罪し、侵略戦争の責任者を裁判にかけて処罰することにとどまらず、現存する子孫の財産権を剥奪することになる。日本弁護士連合会は、戦前の治安維持法による国家犯罪への日本政府の正式謝罪と補償を勧告しているが、政府は拒否している。中央公論社を弾圧した横浜事件の再審判決は、治安維持法の消滅による免訴を言い渡した。日本では『信義誠実の原則』は存在しないのである。横浜事件の被告たちは、「小林多喜二がどうして死んだか知っているか。小林のようにしてやる。天皇に逆らう者はこうなるんだ」と激しい拷問を受け、『私は共産主義者である』と書かれた紙に拇印を無理矢理押させられた。これが人間の尊厳への冒涜でなくてなんであろうか。
私は罪に対する罰の違いを深く考えざるを得ない。日本では罪はケガレであり、潔くオハライをしてキヨめれば、すべて水に流してもとの姿に立ち返るという旧神道思想の影響が今でも強く、戦争犯罪者ををカミとして祀りその魂を慰霊するという文化が蔓延している。あなたも土下座して涙を流して謝れば、許してやるというシーンに出くわしたことはありませんか。犯した行為そのものよりも、そうした行為をしたこころが問題なのだから、こころを入れ替えて謝罪すればよいのだという考えだ。こうした心情の倫理は、子どもを対象とする教育の世界では許されるが、大人の犯罪では結果的に無答責と無責任を蔓延させる危険がある。汚職や犯罪を犯した議員が辞職後に再当選する状況が生まれるばかりか、日本ではA級戦犯が政府首脳に返り咲くという恥ずべき事態が誘発されてきた。日本には十字架の思想はないのだ。
日本の特異性は罪に対する罰が時間で解決されるというところにもある。いつまで過去のことをアレコレいうのか、もう済んだことではないか、いつまでもガタガタ言うなーという言葉が日本では意外と説得力を持つ。2月12日のニューヨーク・タイムズスは、「In
Japan,Justice Is Not Only Blind,It Holds
a Stopwatch(日本の正義は不平等なだけでなく、ストップウオッチまで備えている」と題して、日本の時効制度を批判する記事を掲載している。以下はその概要です。
札幌市西区の信金職員生井宇恵さん(24)が90年12月22日に刺殺された遺体で見つかり、容疑者の男(37)が全国指名手配されたが、15年を過ぎて05年12月に時効が成立した。米英には殺人事件の時効制度はないが、日本では時効が過ぎた殺人犯が普通の生活を送っている。日本はほんとうに法治国家なのか?
米国連邦法は凶悪殺人など死刑該当犯罪は時効がないと規定し、英国は犯罪の罪種にかかわらず時効そのものがない。いったい凶悪殺人の15年時効制度という日本の刑法規定はなにを意味するのだろうか。法務省は、刑法時効の根拠を(1)事実状態の尊重(2)犯罪の社会的影響の減少(3)証拠の散逸と説明しているyが、(2)の「社会的影響の減少」というのが日本的特異性である。犯罪発生時には「世間を騒がせた」となるが、いつのまにか印象が薄らいで忘れてしまうから、捜査の意味がなくなると言うことを意味している。忘れるということによって、犯罪の事実そのものがなかったことになるのだ。犯罪加害者は客観的な贖罪から逃れて一市民に立ち返って、すべてを水に流してまた仲良くやっていこうということなのか。私は時効制度の意味について深く考えたことはないので、これ以上の言及はひかえるが、やはりそこには日本文化の特性があるように思える。ナチスの犯罪者をいまでも探し出しては処刑している欧米から見れば、日本の戦争犯罪への追及は、謝罪と補償の清算がない限り、永遠に続くのはごく普通の自然な行為なのだ。これを内政干渉だとか、こころの内面への介入として抗議する日本政府首脳は、想像を絶する異様で特殊なものだと映っているだろう。いつまでも日本的文化の特異性を鼓吹して歴史を隠蔽し、固執する右翼思想はきっぱりと清算されなければならない。
罪を徹底して追求し裁くという文化を持たない日本の無責任の体系(丸山真男)は、同時に国内的な無責任の体系を伴っている。罪に対する罰と責任の回避は、日本国内の国家と企業犯罪を隠蔽してきた。水俣病被害者の訴訟は今も続く。ハンセン病者への謝罪と補償に何十年を費やしたか。犯罪被害者支援法の成立に何年を費やしたか。在日米軍犯罪の裁判権はいまもって確立していない。沖縄返還密約の当事者は逮捕されず裁かれない。震災被害者と偽造建築被害者への補償法は成立していない。偽造建築提供者はいまだ逮捕されていない。獄中から立候補した犯罪者が議会へ登場している。冤罪で逮捕し拷問をおこなった警察官は裁かれていない。幾多の思想犯を虐殺した思想検事と特高警察はいまだ裁かれていない。欠陥車を売りまくった自動車会社は裁かれていない。談合責任者は逮捕されず、裁かれない。野放しの地下でうごめく膨大なヤミ金業。ガセネタを掴まされて他人の名誉を毀損して辞職しない国会議員。・・・・・かくて無責任の体系はつづく。この体系の頂点に君臨する最高の無責任者はひそかに笑いを浮かべている。(2006/3/10
11:11)
追記)韓国「真実・和解のための過去史整理委員会」(05年12月1日発足 日本による植民地支配直前から軍事独裁政権直後までの100年間の、独立運動弾圧、暴力事件、人権侵害を調査する)への調査申請が2019件に達し、うち朝鮮戦争前後の軍・警察による住民虐殺が1564件に達した(9日現在)。住民虐殺の大部分が「国民保導同盟」関連者という理由で殺害された事件とされる。国民保導同盟は李承晩政権が49年に左翼転向者中心に結成した事件で、30万人を超える加入者が反共産主義運動を展開し、朝鮮戦争開始と共に、潜在的左翼とみなされた保導連盟員や住民が軍・警察によって各地で20万人以上が集団虐殺された。
それにしても朝日新聞3月13日付け社説には驚いたともに、日本の認識の浅ましい水準を暴露して哀しくなる。社説は、韓国政府の救済措置をよくやったと激賞し、日本政府も支援していると褒め称えている。すべてを日韓条約による決着済みとして、過去の罪責などなかったような口ぶりだ。条約の欠陥が露わになってきたことに、日本政府と企業は誠実に個人補償に対応しなければならないにもかかわらず、企業犯罪を免罪しようとしている。朝日は最近のTVCMで「言葉は時に無力だ。しかし私たちは言葉に賭ける」などと大仰な宣伝を繰り返しているが、問題は言葉の裏にある思想だ。(2006/3/13
20:06)
[暴走する企業の管理は可能か?]
成長主義に呪縛された企業のモラルハザードは、欠陥建築物を市民に提供して恥じない究極の崩壊状態にあり、政府統制を含めてコントロールがきかない暴走を始めている。現代企業は、生産と従業員管理にとどまらず、企業外部や市民生活に巨大な権力を行使しつつある。大店法緩和によって、地域商店街を壊滅に導いた大型店は、採算がとれないと見るやサッサと撤退する焼き畑耕作の手法を展開している。広場や路上といった市民の空間は、あっというまに高層ビルに奪われて、寒々とした企業空間に変貌している。かっては文化的空間の拠点をなした大学やスポーツ空間と病の癒しであった医療空間は、都市中心部から郊外へと移転し、中心市街地は空洞化しつつある。人々が自由に出会い、市民のコミュニケーションを実現した都市空間は、企業のビルが林立する昼間人口地帯となり、市民は郊外へと追いやられ、都市市民空間は妖しげな遊興地域のみが残った。
企業のモラル・ハザードは組織犯罪の性格を帯びている。企業の組織犯罪は、@情報の隠蔽A不正看過B失敗不学習C組織硬直性によってもたらされから、企業犯罪の克服は、@情報共有・公開A信賞必罰の正義B失敗学習Cフレクシビル組織の実現にある。このなかで決定的なことは@情報共有・公開であり、その隠蔽の度合いに応じて、@病的な症状(内紛が続く現在のJAL)A官僚制(いわゆる体育系文化に侵されたJOC)B活力性といった企業の雰囲気(企業文化)が固定する。企業の持続可能性は、企業文化に規定される。失敗した組織は、第1に経営者更迭による企業文化再構築が不可欠であり、状況を糊塗する打開は失敗の文化を払拭できず、ふたたび失敗を繰り返す。持続可能な企業の本質的条件は、私的利益を越えた社会的公共性の認識が全社に浸透するかどうかにある。これがにコーポレオト・ガヴァナンスの基礎条件となる。
しかしどのように洗練された企業統治を実現しようとも、利潤なしに企業はあり得ないとすれば、最大原利潤の実現と背反するヒューマニテイーは排斥され、企業内におけるあるレベルの共同性がその限界を露わにする。ヒューマニテイに拘泥する個は、企業と個の間において、選択を迫られるが、いま無視しがたい人々がニートという原始的反発を示しつつある。02年「就業構造調査」によれば、15−34歳の年齢層でフリーター人口209万人を上回る213万人の「無業者」が存在する。そのうち就業希望を表明している171,1万人(求職型128,5万人、非求職型42,6万人)、さらには就業希望すら表明していない非希望型42,1万人がいる。つまり非求職型と非希望型を合わせた84,7万人がニートと呼ばれる。UFJ総研によれば、2021年に35歳以上の中高年フリーターが200万人を超え(01年の4,3倍)、GDP成長率を1,2%下降させるとしている。正規キャリアがないままに中高年齢化して正規への移行がより困難となるA年齢階層別収入の格差が開く中高年では、中高年フリーターの所得格差はより拡大し、社会保険料徴収で1兆900億円、可処分所得で5兆8000億円の減少が誘発され、高齢化社会の担い手層の崩壊が始まるという。いまニートの激増は、若者の意識に問題があるとする自立支援政策が展開されつつあるが、実はそうではなく、新規学卒層を正社員として雇用しなくなった企業の労働力政策にある。若者に職業訓練と意識改革を施そうとも、企業が非正規雇用政策が放置されている限り、問題は解決しない。ニートやフリーターは貧困世帯の出身層が占めており、@本人の低学歴A出身世帯の低所得B就業に必要なコミュニケーション能力の弱さという階層化社会の特徴が反映している。この法則的特徴は、次世代に波及し、貧困の再生産と階級的固定化をもたらす。
いま世界では、企業と個人の関係をめぐる次の4類型の何れかを選択している。
T)企業でも生活でも個人価値を優先する(アメリカ型自己決定・自己責任)
U)生活は集団で守るが、個人は自由だ(欧州型社会的経済)
V)企業でも生活でも集団価値を優先する(協同組合主義)
W)企業では集団を、生活は個人で守る(日本的企業主義)
いま日本は急速にW)→T)へ向かって流動化しつつあるり、U)やV)の道から遠ざかりつつある。あなたはどのパターンを選びますか。
労働者は都市中心部の企業空間での長時間労働に閉塞され、子どもたちは塾へ収納され、老人はホームへ隔離され、家族はそれぞれの機能別に「ひきこもって」生活は分断されている。郊外はまさにベッドタウンであって、睡眠時間のみを共有するベッドが主要な家具として配置されている。女性は生殖的制約によって労働市場に老いて非正規化され、家庭内では無償の家事労働を提供してきたが、いまや女性の縁辺労働力なしに成り立たない第3次産業へ包摂されて、かろうじて維持されてきた家族愛の共同関係も希薄化しつつある。ジェンダー差別を伝統的家父長制家族の継承とみたり(二宮厚美)、前近代的社会慣行とみなす(ロバート・アルブリトン)外的要因論は、市場主義の浸透に対抗できない。女性の生理的属性をすら利用する資本の論理と、ジェンダー・イクイテイーは本源的な矛盾関係にある。
生命保険会社のTV・CM時間が自動車CMを抜いて1位となった(ビデオ・リサーチ調査)。セコム損保のガン保険漫画パンフを見てみよう。
医師「最善の治療となると自由診療になる」
患者「何ですかそりゃあ?」
医師「保険がきかない自費の診療です」
アリコの新聞全面広告は、保険外負担を「影の治療費」と呼んで、「のしかかる自己負担に、公的保険適用外の治療費に備えよう!」と推奨している。肺ガンで3週間入院し、重粒子線治療を受けると、397万円の費用は全額自己負担となる。医療法改正による混合診療(保険適用診療と保険外診療の組み合わせ)による年間保険市場は3兆8181億円になる(日本経済研究センター試算)。患者は、この治療なら命は助かるが高額となり、これは助かるかどうか分からないが安い、どちらを選びますかと迫られる。日本は、誰もが一定の負担で高度治療を平等に受けられる国民皆保険制度を実現してきたが、これが一気に崩壊する。現在の混合診療は、心臓移植・遺伝子診断・差額ベッドなどの一部の特定療養制度があるが、それをすべて解禁する。従来は高度医療を次々と保険適用にしてきたが(人工透析、腎臓移植、白内障レンズなど)、これからは新技術や新薬は保険適用とはならない。要するに保険適用範囲を狭めて、国庫と企業負担を軽減し、民間保険市場を拡大するねらいがある。
富裕層は最先端医療を受け、貧困層は最底辺医療で我慢するというアメリカ型医療システムへ移行する。救急車も保健によってくる場合と、こない場合がある。憲法24条の「健康で文化的な最低生活を営む権利」は実質的に空文化する。受益者負担原則という大義名分をいうが、病人は受益者なのか? 病は自己責任なのか?
暴走する企業の論理は、当面の最大原利潤を実現しつつ、実は同時に社会全体のハーモニックな発展を阻害し、結果として企業そのものの存在の墓葬を準備している。”我が亡き後に洪水はきたれ”という言葉の内容が、誰しも否定できないリアルな様相を呈しつつある。
市場と企業の暴走の悲惨な実態は、しかし逆にオルタナテイブの契機となり、市場で分断されている市民の再結合を呼び起こし、土地の市民的空間への希求を呼び起こし、さらに家族の共同的紐帯の再生を喚起し、女性が主体的な市民へと変貌する条件と可能性を準備するだろう。これらの諸現象の抽象は、市民的公共性の原理による資本のコントロールのさまざまの形態をつくりだす。影と負の場から、光と正の知が立ち上がり、管理の水準を高度化させるだろう。グローバルシンキングとローカルアクションを統合した有機的知性が成長するだろう。そのまえにすでに破綻が準備されているとすれば、それはもはやハルマゲドンの終末にに等しく、Apocaiypse(黙示)による地球滅亡によってrapture(昇天の歓喜)にすがるキリスト教原理主義の信徒に過ぎない。(2006/3/9
12:12)
[もう一つのグローバリゼーションは可能か?]
国際競争に負けるなーという合い言葉でスタートしたコイズミ構造改革路線が、いかに世界のなかで歪んだものとなっているかを、最低賃金制をめぐる議論で見てみましょう。
WTO体制下のグローバル化は、全世界での所得格差を極大化しました。国連開発計画(UNDP)報告は、世界の最高所得者20%の所得総額の最低所得者20%邇対する比率は、70年32倍→80年45倍→90年60倍→97年70倍→00年80倍と拡大していると指摘し、IMFの競争的構造調整による失業と労働条件の下方圧力が原因だとしています。ILOを中心とする国際機関は、こうした多国籍企業主体のグローバル化に警告を発しました。
1944年 ILO『フィラデルフィア宣言』:「労働は商品でhない」
1970年 ILO「最低賃金決定制度勧告」
2002年 ILO第90回総会『協同組合の振興に関する法律』:「あらゆる場所における労働者のためのデイーセント・ワークが第一義的目的」
2004年 ILO世界委員会報告書『公正なグローバル化ーすべての人に機会を』:「政府介入でなく、地域コミュニテイのエンパワメント」
2005年 EU最低賃金制度政策国際会議『欧州最低賃金制に関するテーゼ』
厚労省『最賃制のありかたに関する研究会報告』
こうしてグローバル化による生活の下方圧力を打開する社会保護と所得保障システムの構築が課題となっています。「社会保護social
protection」は、社会保障・社会福祉の基礎的概念で、国連人間の安全保障委員会は、基本的経済保障、健康、教育、シェルター、身体の安全、清潔な空気と水、ジェンダー平等を含む広汎な不可欠の最低限度の自由を意味するものとしています。ILOの「中核的労働基準」は、労働の世界的の最低基準を規定し、それに基づいてILO第26号条約(最低賃金制度)・第99号条約(農業)・第131号条約(途上国)があります。最低賃金制度のナショナル・ミニマム実現の課題は以下の5つです。
(1)各国の単身世帯を基本とする標準生計費による全国一律最低賃金額の法制化
(2)この目標を下回る地域、業種、年少者の暫定目標設定
(3)全国一律最低賃金と連動する社会保障・社会福祉最低限給付額策定と課税最低限規制
(4)全国一律最低賃金と連動する農漁業、自営、中小企業者の労働報酬最低限を策定
(5)国別格差の下方上昇のための市場経済規制
こうした課題に挑戦する主要な政策は、軍事費の開発への再配分であり、01年世界軍事費8390億ドルのうち、最大支出国15カ国の5%300億ドルをODAに転化すればよいのです。第2には全国一律最賃制であり、EU25カ国のうちすでに18カ国が法定全国一律最賃制を採用しており、ドイツでは産業別労働協約による最低賃金以上の支払が義務づけられています。05年EUテーゼは、全国一律最賃基準を自国平均賃金の60%とする目標を規定し、短期暫定目標を50%としました。しかしEU各国の最賃格差は余りにも大きく、決して平坦ではありません。
こうした世界的潮流のなかで厚労省報告は、日本経団連の要望を受けて、産業別最賃制を廃止して地域別最賃制へ統合するという世界の潮流に逆行する方向を打ち出しました。こうした非対称性の背後になにがあるのでしょうか。アメリカ型ネオ・リベラリズムモデルと欧州型社会的経済モデルの対抗に他なりません。日本では、デイーセント・ワーク(尊厳ある労働)の理念が決定的に立ち後れています。以上・黒川俊雄「もう一つのグローバル化をめざして」(『経済』4月号所収)参照。
[闇金業と頽廃する日本の地下経済]
61歳の女性に1万5千円を貸し付けた闇金業者は、43日間で出資法の上限法定利息(年29,2%)の270倍の13万5千円の利息を徴収し、その後さらに別の業者が1万8千円を貸し付けて、17日間で法定利息の134倍の3万2千円を徴収し、行き詰まった夫婦と妻の兄はJR関西線八尾市の線路で電車に飛び込み自殺した(03年6月14日)。取り立ての脅迫電話の概要は以下の通り(録音されたもの)。
男「自分で借りた金だから支払え。殺すぞ、殺すぞ! とにかく支払え!」(女性の自宅電話 1日約10回)
男「お前が保証人になっている。(金を借りている)女性を呼べ!」(近所の住民、勤務先弁当屋に)
夫婦は自殺する直前に八尾署に3回相談していたが、警察は闇金業者に警告を出しただけだった。夫婦は市長宛に「毎晩毎晩デンワに怯えています。悪徳業者のために、悔しいですが、死にます」という遺書を残した。この闇金業者は心中事件後も全国規模で営業を続け、04年6月までに180の返済口座に430人から2億2千万円が振り込まれており、全体の利益は50億円に上る。被害者の救済システムが整備されていないこともあるが、警察が民事不介入原則で「警告」に留めたところに問題がある。闇金融対策法(改正貸金業規制法・改正出資法)によって、無登録業者への罰金強化が図られたが、その後も被害は続発している。
市場原理主義が蔓延してマネー物神が深化する日本では、株売り抜けのライブドア型と闇金型の2つの地下経済が深く静かに進行しつつある。自営業や中小業者の手形決済をひかえての調達ができない、生活費が枯渇して明日の食費がないなどのせっぱ詰まった神経系の状況を理解することはなかなか難しい。悪徳だと分かっていながら、つい手を出してしまう行為を批判する前に、弱者を食い物にする「悪」の存在を指弾すべきであろう。この「悪」の組織構造は極めて現代的な垂直分業システムとなっている。
社長(39)→センター(幹部組織)=顧客名簿管理→・・・・・・→営業部隊 1G10名
・メンバーは互いを仮名で呼ぶ
Mグループ(幹部組織)=出入金管理・従業員給与支払 (参加業者)・営業拠点は数ヶ月で移動(監視カメラ設置)
↑ ↓ ・貸し付け条件「2の3・5」(2万円で3万5千円返済)
返済金振り込み口座(口座屋から買った他人名義) 取り立て
原則:担当1人、1週間に最低1万円利息徴収
↑ ↓ 形態:脅迫(電話、消防署通報、葬儀手配等)
←・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・←借金者(借金申し込みは携帯)
会社経営におけるCEO方式による上部への管理と情報集中、前線部隊の徹底した秘密保持と秘匿というゲリラ戦、威嚇と恐怖による心理戦争など、近現代組織の先端理念を適用した極めて高度な組織形態である。警察の通常操作では歯が立たない情報戦段階に入っている。マネーに全脳が浸蝕されて、人間的感性を破壊された人間が次々と誕生していることを物語っている。心中事件後も営業を続けた容疑者はゲーム店員であるという。マネーに弄ばれる悲喜劇は終わりなき日常を生きるしかないのだろうか。
なぜこうした闇金被害が激増しているのだろうか。それは登録金融業者が堂々とTV等に登場したり、公共施設に看板を出したり、スポーツクラブを経営したりしてほぼ社会的公認を得たからである。彼らは上限金利一杯の年利29,2%すれすれの高金利で貸し出しては莫大な利益をあげている。TVでチワワのCMで一気に浮上したA社などは、闇金業者に近い取り立てをおこなっている。さらにはもっとスマートな形態がある。
投資事業組合という匿名の法人格を持たない組織を使って、株式を売り抜けて莫大な利益をあげたライブドアは、政府が把握できないので徴税できない盲点を最大限に利用したスマートでソフトな方法ではあるが、地下経済という本質では同じであった。いま獄中にあるホリエモンは一体なにを考えているのだろうか。頭を丸めて謝罪の行脚をしようと思っているだろうか、それとも捲土重来を期して復活を狙っているのであろうか。いうまでもなく彼は自分は合法的であって、なにも悪いことはしていないとする確信犯であるから謝罪はしない(有価証券報告書は別として)。それは闇金業者のCEOもまた同じである。日本のマネーによる頽廃現象はもはや地獄の入り口を開けかかっている。以上・朝日新聞3月8日号参照。(2006/3/8
13:42)
[歴史の審判にたじろぐ帝国の末路]
イラクはシーア派とスンニ派の宗派間の内戦という地獄の門が開けられようとしている。もし本格的な内戦となれば国は瓦解し取り返しのつかない深刻な痛手を被るだろう。イラクに民主主義をもたらすという米英のプランは木っ端微塵に吹き飛んで、みずからのふるまいの惨憺たる状況を目の前にしてなすすべもなく怖じ気づいている。追いつめられた英首相は、「(英軍参戦は)信念を持っていれば、他の人々によって審判がなされる。もしも神を信じるならば、審判は神によってもなされる」(民放TV 4日)と述べ、英国では禁句の神の名によるイラク参戦の正当化をおこなった。英国内では、「イラクでの全戦略が失敗したことから逃れるために、神を利用する憎むべき行為だ」(息子が戦死した母親)、「善良なクリスチャンは戦争を支持しない。ほんとうに嫌悪させられるコメントだ」(同)などと兵士の遺族が強く反発している。野党は「戦争は信仰にもとづくものではなく、その合法性、成功の確実性、犠牲者数、長期的な帰結の厳密な分析が求められ、軍事行動は誤りだった」(自由民主党党首)と批判した。BBC(電子版)は、@キリスト教の聖戦論による宗教戦争Aキリスト教は戦争と民間人の死を容認しないB恥ずべき宗教利用だと指摘し、英首相は孤立状態となった。
ブッシュ政権は01年9・11以降、解禁公文書をふたたび機密扱いし始めた。25年を経過した政府公文書を公開する原則によって、95年にクリントン大統領令で99年までの早期公開を指令し、米公文書館(メリーランド州カレッジパーク)は公開に応じてきた。ところがそのうち9500件、5万5500頁がふたたび機密扱いにされるという事態が起こっている。クリントン指令では「諜報限、暗号、進行中の戦争計画」が公開の対象外とされているが、この規定を利用して大幅な再機密化がすすんでいる。「国家安全保障公文書館」(民間組織)報告書は、CIA,国防総省、司法省など6政府機関が関わっていると指摘している(2月21日)。そのなかには、米国務省『米国の外交』に掲載された8文書も再機密化されるという不可思議な現象もある。「諜報評価」(1951年4月27日)の朝鮮戦争評価で、中国参戦は1950年内にはないーとするCIAの誤った評価文書などだ。これは過去の誤謬を単に隠蔽するものでしかない。「米公文書館」は政府機関に監査終了までの解禁文書再機密化を中止する勧告を出し、精査を始めた。歴史の動かざる真実を、介入によって歴史の闇に封じ込めるという冒涜行為をおこなうというまでに追いつめられたブッシュ政権の末期的症状だ。
神の名を借りたり、歴史を偽造して恥じない行為は、すでに統治を担う者の正常な神経ではない。他の国を内戦状態に貶める行為の責任から逃れ出る浅ましい行為に他ならない。ひるがえってわが日本はどうか。この米政府の00年公開文書で沖縄返還協定の秘密文書が明らかとなった。返還時の土地原状回復補償費400億ドルを日本側が負担する密約があり、02年には密約を証明する別の公文書が見つかり、密約の存在はもはや否定しがたいものとなったにもかかわらず、日本政府はそれを認めていない。協定締結時に外務省秘密電報を暴露した西山太吉氏(毎日新聞記者)は国家公務員法違反で有罪となり、毎日新聞は経営危機に陥ったが、実は日本政府のほうが有罪であったのだ。
さらに驚いたことに当時対米交渉にあたった外務省アメリカ局長・吉野文六氏が、「返還時に米国に支払った3億2千万ドルには原状回復費400万ドルが含まれている。00年の米公文書公開時に、河野洋平外相(現衆院議長)から電話で密約否定の了解を電話で求められた」と証言した(06年2月)。西山裁判でみずから密約の存在を否定して有罪に追い込んだのが吉野氏本人であったから、彼はみずから偽証罪と国家公務員法違反を認めたのだ。吉野氏は政策研究大学院大学のオーラルヒストリー・プロジェクトの聞き取りでも、「はたと困った。一体、どうやって、そんなものを協定に盛り込むか。それでひた隠しに隠そうということになった。これを公開するようなことがあれば、相手と交渉できなくなる。従って国会に対しても否定する。嘘を言うんだ」と話している(同大学報告書)。さらには、沖縄返還協定外で、1億8700万ドルの基地改善費も日本が負担していることが明らかとなった。この基地改善費はその後の米軍駐留経費負担(思いやり予算)となって、05年には総額2378億円に膨張している。国民の財産の用途をすべて国会での承認なしに執行したら、財産横領罪であり国家公務員法違反に他ならない。
誰かが嘘をついている。米国公文書が偽造なのか、吉野氏証言が偽証なのか、河野洋平氏が隠しているのか。ここには「知る権利」とい説明責任の意識がまったくない。公文書が偽造であるなら米政府の責任が問われるが、真相究明の作業はいっさい行っていない。西山氏の名誉回復もおこなわれていない。河野洋平氏は衆院議長という国権の最高機関の長を恥じらうことなく続けている。国会で承認された協定に反する密約を結び、嘘をつき続ける政府が責任を問われない国の民主主義とはいったい何なのだろうか。非核3原則があるのも関わらず、日本政府は日本への核兵器持ち込みを容認する密約をおこなっている。この責任者が誰あろう、ノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作元首相であったのだ。彼は欺瞞的な政治を行いながら、どのような顔をして授賞式に出席したのであろうか。これが奴隷国家・日本の実態なのだ。(2006/3/6
12:29)
[ヘテロファニー化するアメリカのジュニア・パートナーは誰か]
ヘテロファニー(異音性)とはハーモニー(調和性)と対称的に使われる音楽用語で、長調と短調を同時に鳴らしたりする溶接の音楽など既成の音感イメージを攪乱することを言う。西欧伝統音楽では絶対に使ってはならない未整理で未開の音楽として排除されてきた。聞く人は「何じゃ、この音は?」と違和感を覚え、生理的な嫌悪感を催してしまう。しかし最近は、ヘテロファニーは芸術やファッションの世界で大胆に駆使され、絵画や彫刻では金属などを用いたオブジェや和楽器と洋楽器を組み合わせた作曲などの表現技法が華やかに展開されている。音楽ではワザと音をヅラしたりぶつけて感情にゆさぶりをかけたりする。ようするに人間の既成の神経反射系へ攪乱刺激を与えて、より深い印象と認識をもたらそうとするものだ。特にファッション業界は、まさにこのヘテロファニー全盛であり、世界的コレクションでも日常生活では着用できないような奇抜な衣装が発表されてもてはやされる。
ヘテロファニーの技法は、強烈な存在感とインパクトを与えるから、人間の深奥にひそむ本性を呼び覚ます芸術表現の創造的な契機となるが、同時に刹那的なニヒリズムと結びついて人間破壊を誘発する場合もある。例えば一部のハード・ロックのように。都市景観で言えば、あの新宿にそそり立つ巨大な東京都庁だ。丹下健三設計のこの作品は、西欧ゴシック教会をモデルにしているが、市民が地方自治に参加するという住民自治の本質を失った権威主義イメージで近寄りがたい君主のようなイメージだ。さらに入り組んだ壁面によって、通常のビル清掃と修理が困難となり、すでに雨漏りも始まって年間数億円の莫大な修理費を費やさなければ維持できない壮大な墓場と化しつつある。首都東京の崩壊を先取りしたかのような先駆的なヘテロファニー建築思想は、さすがに丹下健三ではある。こうしたハーモニーを破壊するヘテロファニー型都市づくりはアメリカが先行し、日本が10年遅れて追随している。
アメリカの大都市郊外を旅行した人は、高いフェンスで囲まれてガードマンが常駐する検問ゲートを通らないと入れないゲーテッッド・コミュニテイといわれる高級住宅街をご存じであろう。ゲートの内側はすべて私道で、警備員が巡回し、住民と訪問者以外は立ち入り不可能となっている。1980年代には2千ほどであったが、現在では全米で5万を超え、95年に400万人だった居住人口はすでに2千万人を超えている。退職者向け、富裕層向け、中流層向けの3類型があるが、最近では労働者向けの物件も増加している(カリフォルニア州では新規計画住宅の40%以上がゲーテッドとなっている)。この街では、学校やレク施設、公園、道路、銀行すべてが住宅所有者組合等の私的管理組織が維持運営管理のルールを決め、周辺地域から分離・独立した亜自治体と化して、税の独自徴収をおこなっている街もある。この街ではもはや自治体は不要なのだ。彼らはリスクに満ちた外部の世俗世界から閉ざされた空間や関係性を構築してセキュリテイーを実現している。暴力や犯罪、麻薬、性的刺激、テロなどの危険から免れた地上のユートピアである。ゲーテッド・コミュニテイーは、エキザーブ(準郊外)という郊外のさらに外部に拡がるフロンテイア住宅地に立地している。例えば、ロサンゼルス南方100kmの郊外にある全米最大のゲーテッド・コミュニテイは、東京ドームの400倍、東京都港区に等しい面積があり、1万3千人の住民の85%が白人、平均年齢は35歳、5人に1人が大学院卒、子どもが居る世帯の平均年収は20万ドル(2300万円)、1戸建て価格は100万ドルをはるかに超えている。
ゲーテッド・コミュニテイーの住民は、急成長を遂げている100のカウンテイ(郡)の97%を占めて、ブッシュ当選の主力部隊となった。彼らは市場制約による平等を重視したニューデイール・リベラリズム(修正資本主義)から公立競争を重視するネオリベラリズム(新自由主義)への転換の勝ち組であり、体現者なのだ。小さな政府による規制緩和と民営化、自己責任という市場原理主義によって、富裕層上位1%が全米資産40%以上を独占する超格差社会のフロント・ランナーなのだ。政府や自治体の地域居住政策が衰弱していくなかで、彼らは地域の連携や行政への信頼によるハーモニー型コミュニテイーを嫌悪し、自力でセキュリテイーを実現する居住空間を構築してきた。黒人やマイノリテーとは一緒に住みたくない!
こうして米国は、「パブリック(公共)」とはゲーテッドに入れない「貧困」を意味するものとなり、社会や地域全体のウエルフェアを意味するものではなくなった。米国では、もはや「公園」といった無差別・平等のパークは敵視され、パークが欲しければ「私園」をつくれという国なのだ。ハリケーン・カトリーナの襲来を受けたニューオーリンズ市はその象徴的なスラム都市だ。弱肉強食の野蛮な動物的なジャングルの掟が貫いて、マネーが神となった米国では、人間的理性は衰滅しダーウイン的な競争本能が支配する異様な分裂国家と化している。
一方欧州では移民社会が都市郊外にゲットー化したスラム街を形成し、居住区間の排他性が進み、希望を失ったイスラム系青年を中心とする都市暴動が爆発している。しかし欧州社会は、排他的居住空間を地域連帯で乗り越えようとする社会連帯モデルが基調にあり、ゲーテッド・コミュニテイをつくる発想は軽蔑されるので、コンフリクトは局部かつ一時的なものにとどまるが、冷酷な自己責任モデルの米国では必ず貧困下層の手のつけられない暴動が誘発されるだろう。貧困層は当面は白人が応募しない軍隊への志願によって、窮境を打開して最低生活を維持しようとしているが、大半の帰還兵はトラウマを抱え神経症を併発し自殺願望が激増している。星条旗を攻撃する者への敵意を煽る拝外主義的愛国はすでに限界に来ている。
日本は米国型の忠実なジュニア・パートナーとなって、ほぼ10年のタイムラグで米国の後をひたすら追いかけている。子どもへの残虐な攻撃事件から10年遅れて池田小事件が起こり、エンロン事件から10年遅れてライブドア事件が起こり、ゲーテッド・コミュニテイーづくりから10年遅れて町内セキュリテー運動が始まった。いま米国のCEO(最高経営責任者)の平均収入は一般社員の500倍を超える。あと数年で日本も同じ格差が生まれるだろう。無知で野蛮な者が議員に当選して頽廃した議会がようやく日本でも繰り広げられるようになった。
芸術世界でのヘテロファニーは、美の深層に迫る創造活動のチャンスを提供しているが、社会システムにおける野蛮な競争原理というヘテロファニーは、生存そのものを根底から脅かす反ヒューマニズムを身体化し、文字通り剥き出しの暴力で殺し合う市民相互の内戦を誘発するだろう。いま日本で高視聴率を稼ぎ始めたK−1などの暴力的格闘技は、競争と格差にあえぐ下層市民のルサンチマンのはけ口となってはいないか。しかも日本はもっと陰惨な暴力の連鎖のスパイラルに転落していくのではないだろうか。歪みの極限に至ったヘテロファニーは、偽造された虚飾の唯一の調停者である君主制ハーモニーへの幻想的な願望を誘発し、異端化されたヘテロファニーへの攻撃と、無限の弱者へのイジメと攻撃という垂直的な下方への暴動となるのではないか。すでにそれは、大人世界では君が代を歌わない者への迫害、子ども世界では気に入らない者への苛め、大人を警戒する安全教育という姿で静かに進行している。私たちはつい60数年前に震災のトラウマを朝鮮人虐殺へ発散した父祖を持っている。日本では貧者が富者に媚びへつらって自らもみ手をして協力し、正義を貫こうとする異端者狩りを始める可能性のほうが高い。日本は米国よりはるかに歪んだ陰惨な社会となるのではないか。なぜなら最近のハリウッドに見られる社会派ドラマのように、米国型権力モデルを正面から批判して否定する強力な個の自立に裏打ちされた批判精神が健在である米国に対し、日本には自らの足では立とうとしない大勢順応の知性しかないからだ。(2006/3/6
10:37)
[ある書痴の大掃除]
家中に本があふれるようになって妻の小言が多くなった。私自身も迫りくる東海地震に少しづつ恐怖を覚えるようになった。何しろ築数十年を経て家が傷み始め、2階の書斎から階段の両側に至るまで、ぎっしり積み上げられた本は音をたてて倒壊するのは間違いない。何でこんなに本が増えたのだろうか。もともと私の性癖のように本の購入に大枚をはたいてきたからだが、それに輪をかけたのが古本価格の猛烈な値下がりだ。新古本を半額で売る大手チェーン店を含めて、少し工夫をすれば新本に近い本を半額かそれ以下で入手することができる。するとそのうちに買うこと自体に快楽を覚え、高価な専門書を格安で買い込んで机に積むと、眺めているだけで百科全書派になったような至福の時が訪れる。購入の瞬間には読むことを前提に買うのだが、そのうち本棚に並べるといつのまにか読むこともできずに溜まっていく。さらに次々と購入し(ほとんど古本)、さらに溜まっていくという悪循環に落ち込んでしまった。最悪は、すでに買って家にあることを忘れてしまって、また同じ本を買い求める行為だ。家で2冊の同じ本が見つかった瞬間に、クソッと思うのだが、同じ間違いを繰り返すようになってから、その悔しい気持ちも萎えてきてしまった。私はもはや読書家ではなく、単なる書痴になってしまったのだろうか。
思えば学生時代に、アルバイトの給料日に胸をわくわくと躍らせて、神田の古本屋街に向かったことを想い出す。あの頃は一冊一冊が真剣で、貧乏学生の身には数十円の安さを求めて、同じ本を比較して安い古本屋を渡り歩いた。神田の古本屋街よりも、場末の汚い風情の古本屋のほうが安いから、地図を頼りに探し歩いた。或いは東京よりも、地方のほうが安いから旅行の旅に各地の古本屋に立ち寄った。岩波文庫の絶版を地方の古本屋で、馬鹿みたいに安い値段で探すのが趣味になったりした。あの頃は一冊一冊が貴重で、むさぼるように読んだが、中年以降になるとそうしたある本への没入も薄らいで、徐々に奇観本とか貴重本などに目がいくようになった。いまでも時々、神田の古本屋街を丸一日かけて歩き、地方にはない古本を買い占めては宅急便で家に送る。
しかし最近は、古本屋を歩いても学生の姿を目にすることは少なくなった。古本屋の経営も難しくなり、ネット販売や古本市など工夫はしているが、店をたたむのが多くなった。一部の大手全国チェーン店は若者も多いが、漫画本やハウツー本ばかりで専門書はほとんどない。なんでこんなに専門書の活字文化が衰退してきたのであろうか。全精力を投入した研究書が、ゾッキ本コーナーで叩き売られているのをみると、ほんとうに哀しくなる。専門書もその質によっては価格が下落しないものもあり、研究水準が古本市場の淘汰を受けていることがわかるが、大半は定価を大きく切っている。専門書が売れないと、出版社は定価を高くし、高い定価でますます売れないようになっていく悪循環にある。特にソ連崩壊以降の、マルクス学関係の専門書の凋落はひどい。かって戦後直後に、西田幾太郎を求めて岩波書店のまわりを徹夜で並んだ時代が懐かしい。
といったような感慨にふけりながら、私は今日の温かい春のような日に、書斎の雑然と積まれて崩れかかっている書籍の整理に汗を流した。どう整理するかというと、これもリサイクルショップで格安で買ったロッカーを庭の壁に並べて、そこへ本を収納していくのだ。私の思い出がつまった本を、情け容赦のなくロッカーに積んでいくと、なにか本を裏切っていくような後ろめたさが込みあげてくる。そんな心の痛みと葛藤しながら、本を部屋から出すと、いかに本の重量があるかということに気がつく。お陰で腰が痛くなって、風呂に入って暖めて直そうとしたが効果はない。
一番心配することは、私の次の世代に私の本を引き継ぐ者がいないのではないかという不安だ。図書館や学校への寄贈を考えたこともあるが、今すぐにはできない。あれこれよしなしごとを思いながら、じょじょに夕方が近づいてきた。窓から西日が傾いていくのを見ながら、私自身の人生もこのようにしてじょじょに黄昏に向かうのだろうかとフト思った。私の人生は、本なしにはありえなかった。本のない人生を考えることはできない、今も。そしてそれでよいのだーと深く感じている。何冊かの自著も出版したが、マイナーな専門書なので世間で注目されることはない。しかしおそらく私以外の誰もなしえなかった、なにほどかの刻印をこの世になしたことに、私は深く納得するのだ。本日の本の整理は半分しか進まなかった。明日は残りをやり直そうとすこし気を入れて、冷たいビールを飲みほした。(2006/3/5
17:18)
[ライト兄弟よりも先に空を飛んだ男 表具師幸吉]
人力による飛行を日本で初めて試みたのは、備前の表具師幸吉であったといわれる(管茶山『筆のすさび』日本随筆大成所収)。幸吉は江戸中期の人で、備前児島郡八浜(現玉野市八浜)の櫻屋清兵衛の次男に生まれ、後に岡山の京橋に移って表具を習う。彼の飛行理論は「さまざまの鳥の羽と胴体の長さを計測して、その割合をみちびきだし、自分の身体に当てはめて翼をつくれば、人間も同じように空を飛べるのではないか」というものだ。表具師の熟練技術で翼をつくった幸吉は、岡山城外の最も高い京橋という橋を実験場所に選んで実験した。1785年(天明5)というライト兄弟の飛行の110年前のことであった。何度かの実験で飛行し失敗した彼は、夕涼みで河原にいる群衆のなかに落ちてしまう。まさか空から人間が落ちてくるとは思わなかった人々は河原を逃げまどい、大騒ぎになったという。備前藩は「人のせぬことをするとは、なぐさみといえども一罪なり」として所払いの刑を科す。一度故郷の児島に帰るが、すぐに駿府国へ居を移し、手先の器用さを生かして時計の修繕や入れ歯師として生計を立て、備考斎と称して知られるようになった。飛行への夢を捨てきれない彼は静岡の地でもなんどか飛行を試みたらしいが、没年と没地は不明である。岡山市の京橋に彼の大きな顕彰碑が建って、「青少年よ夢をもて」と刻まれている。以上・岡山人物往来参照。
いやー京橋って懐かしい名前が出てきたな。なにを隠そう私は高校3年生まで近くの桜橋と言うところの県営住宅に住んでいたからだ。京橋は旭川という岡山県有数の河に架かっている古い橋だが、近くに後楽園という備前池田藩主の庭園があり、今は水戸の偕楽園・金沢の兼六園とならぶ天下の3名園と言われている。すぐそばに私の通学する朝日高校という高校があったので、私は自転車でよく京橋をとおった。まさか幸吉の碑があるとは知らなかった。それは京橋という橋の一帯は、岡山の遊郭があり、なにやら妖しげな雰囲気で高校生の私はおっかなくて近寄れなかったからだ。いま訪れると、高校時代にはあれほど広い印象があった道路が、ほんとうに狭い道でびっくりした。近くはホテルや旅館が林立する街に変わっていたが、京橋一帯の街並みは昔の風情を残したままだった。私の居た県営住宅は、立て替えることもなくバラックのような朽ち果てたアパートでまだ人がいるようだった。
幸吉はライト兄弟よりも先に空を飛んだ先駆的な発明家として、戦前の小学校の国定国語教科書にも載ったそうだが、それはパイオニア・スピリットを宣揚する愛国的な文脈であった。この京橋から少し行った県庁通りに、私もよく通った古本屋があったが、今は名前も忘れてしまった。この息子が演劇関係者はよくご存じの脚本家・内田栄一であり、彼は『表具師幸吉』を1962年(昭和37年)に俳優座劇場で上演している。私が通った岡山大学付属小学校がこの幸吉を授業教材として活用している。
もし彼が江戸期封建社会でなかったら、彼の才能は開花して世界の科学史上にその名を留めたに違いない。才能と時代がフィットしない象徴的な事例であろう。幸吉は腐敗した藩政への批判と誤解されて逮捕され追放処分を受けたが、そのことが逆に市井の人々をはげまし、勇気をふるって新しい大きな仕事に挑戦していくきっかけとなった。また人々の挑戦が幸吉をさらなる冒険へと誘い、駿府の地で大きな飛躍をなしていったのだ。「男のロマン」に意気を感じて爽やかに生き抜いた人物が江戸期にいたのだ。私のエッセイにはなにかニヒルな感じを覚える人もいるだろうが、私の出身地はこうした開拓者精神にあふれている。失敗してもいいではないか、挑戦する前に諦める方がおかしいぞ、閉塞する時代状況をワッハッハと笑い飛ばしながら、精一杯に生ききってやろうではないかー表具師幸吉の碑の前で私は秘やかにこう思ったのです。飯嶋和一『空飛ぶ表具師』(小学館)参照。(2006/3/3
17:12)
[下記の文のどこに墨を塗ったらよいでしょうか?]
敗戦直後の教科書から、軍国主義や国家主義を助長する部分を削除するために、文科省は子どもたちに該当の箇所を墨で塗りつぶさせました。70歳代のお年寄りの方はよく覚えておいでのことと思います。では戦前最後の国定教科書『初等科国語』巻8(6年生用)の「国語の力」の一部を紹介しますので、当時の文部省はどこに墨を塗らせたか、自分がふさわしくないと思うところを鉛筆で黒く消してください。
ねんねんころりよ
おころりよ
坊やはよい子だ
ねんねしな
このやさしい歌に歌われてゐることばこそ、わがなつかしい国語である。
君が代は千代に八千代に
さざれ石のいわおとなりて
こけのむすまで
この国歌を奉唱するとき、われわれ日本人は思わず襟を正して、栄えます
わが皇室の万歳を心から祈り奉る。この国家に歌われてゐることばも、また
わが国語にほかならない。
さて文科省はどこに墨を塗らせたでしょうか。正解はどこも塗らせなかったのです。墨塗りはGHQの指導を受けて文科省が指示しましたが、この部分はそのまま残され削除されなかったのです。こうして国民主権の戦後になっても、天皇制信仰はそのまま続いていったのです。これは現代にまで及んでいます。
在ドイツ日本大使館のホームページに「君が代」のローマ字表示に続いて、次のようなドイツ語訳が掲載されて、日本の国歌をドイツに紹介しています(括弧内は日本語への忠実な反訳)。
Gebieter,Eure Herrschaft soll dauern(君主よ、汝の支配は続く)
eintausend Jahre,abertausend Jahre (千年、幾千年もの歳月にわたって)
bis der Stein (石が)
zum Felsen wird und
(岩となり)
Moose seine Seiten bedeckt (苔が覆うまで)
「君が代」の定められた外国語訳は規定されていませんので、在独日本大使館は独自にこのようなドイツ語訳を公開したのです。おそらく外交官は、必死に考えて正しい原語の意味をドイツ人に伝えようとしたに違いありません。「君」とは、一般的には「君主(皇帝、王)」を指すか、「あなた」という二人称を指す人称代名詞です。「あなた」というドイツ語訳では原語の意味が失われますので、正確にドイツ語の「君主」を用い、「支配」が続くと訳すのはもっとも忠実なドイツ語訳だと思われます。しかしこうした訳を公開する日本の外交官の意識はどうなっているのでしょうか。
ところが野党からこのドイツ語訳の問題性を指摘された外務省は、あわてて訂正を指示し、「君が代」のドイツ語訳そのものを削除し、講談社インターナショナルの君が代解説部分に入れ替えてしまいました。政府は国会で「君が代」の「君」とは、君主ではなく「天皇をいただく国民」のことで日本の繁栄と平和が続くことを願ったものだと説明しました。しかしどう考えても、在独日本大使館のドイツ語訳のほうが正しい訳ですね。「君が代」がほんらいは紀貫之編集のラブ・ソング和歌であった時代は、「君」は恋人である「あなた」を意味したのですが、文部省が1893年に小学校の祝日に歌う歌に指定し、それ以降国家行事ですべて歌われてきた戦前では、先記した教科書のように「栄えますわが皇室の万歳を心から祈り奉る」歌であったのですから。
ある歌の歌詞の内容を権力が恣意的に解釈することは、和歌という芸術に対する冒涜です。「恋人」→「天皇」→「天皇をいただく国民」と言い換えるような姑息なやり方は、まるで言葉狩りの言い換え集の裏返しです。だから政府解釈によって揺れ動く「君が代」は、どんな外国語にも訳せない歌なのです。天皇主権から国民主権という革命に匹敵する大転換をした1945年に、新たな国歌を制定すべきでした(国歌など要らないと言う人もいるでしょうが)。サッカーの中田英選手が、「君が代」を試合前に歌ってもぜんぜん元気にならないーといって猛烈なバッシングを受けましたが、彼は君が代への問題意識はなかったとしても、とても誇りを持ってこの「国歌」のもとで戦おうという気持ちが直感的に湧き起こらないのです。世界各国の国歌をみると、ほとんどが王政を倒した革命や外国からの独立を成し遂げた時などの時代の大転換期に血を流した国民への敬意と輝かしい未来への希望を表すものとなっています。そこには自分たちの国の歌は、自分たち国民自身が作詞・作曲したんだという強烈な自負があります。
少なくともアジア系の外国籍の子どもたちが、「祖父母のことを思うと立って歌えません。それは私の意志です」と言い、それを問答無用と弾圧して歌うことを強制する「国歌」にだれが誇りを持つでしょうか。立って歌わざるを得なかった人が、強制に屈して良心を裏切ったという気持ちを持つような国歌の強制に誰が誇りを持つでしょうか。外国語に訳せないような歌を国歌にしている国はありません。このHPを御覧いただいている皆さまのなかには、君が代が大好きだという方もいらっしゃるでしょうが、そうではない人を処分してまで口を開かせて歌わせるという現状にはどなたも疑問を持たれるでしょう。国民を分裂させて相争わせるような歌そのものに問題があるとはお考えになりませんか。去る3月1日は全国の高校で卒業式がもたれ、若者たちが希望と不安を胸に母校から巣立っていきました。彼らはどのような気持ちで、強制される国歌を歌ったのでしょうか。(20063/3
9:16)
[子どもを監視し牢獄に閉じこめ,首相が精神の自由を独占する日本]
奈良県警が議会に提出した「少年補導に関する条例(案)」は、明らかに現代刑法体系と日本国憲法、国連子どもの権利条約違反の驚くべき内容となっている。以下その概要をみてみよう。
18歳以下の少年の補導対象となる「不良行為」が28項目にわたって詳細に規定されている。「不良行為」とは「刑罰法令に触れないが健全育成に障害を及ぼす恐れのある行為」という意味だ。
(1)のオ 放置すれば暴行、脅迫、器物破損その他の刑罰法令に触れる暴力行為に発展する恐れのある粗暴な言動
(1)のケ みだりに異性の身体に触れ、又は異性につきまとい、その他の他人に性的な不安を覚えさせるような行為
(3)のス 正当な理由がなく、義務教育書学校を欠席し、又は早退し、若しくは遅刻して、徘徊をし、又は生活の本拠を離れて遊技若しくは遊興をする行為
(県民の責務)
第4条 県民(少年を除く)は、不良行為少年を発見したときには、当該少年にその行為をやめさせるために必要な注意、助言又は指導をおこなうと共に、必要に応じて保護者、学校管理者又は職員、警察職員その他少年の保護に関する職務を行う者に通報するよう努めるものとする。
(警察職員による補導)
「注意」、「危険物品の一時保管」、「警察施設での一時保護」
さて具体的ケースを考えてみよう。深夜コンビニに子どもがいる場合では、コンビニに買い物に来た県民やコンビニ従業員は、通報する義務が発生し、警官は注意するか又は警察署に連行し、所内に留めることになる。通報しなければ条例違反として自分が逮捕される。隣の家の小学生が、朝寝坊で学校に遅刻する姿を見た隣人は直ちに注意、通報しなければならない。公園で手をつないで散歩している少年少女をみたら、「みだりに異性の身体に触れ、つきまとう」状態かどうかを確認し、注意・通報しなければならない。
いずれも現行刑法や少年法で家裁の対象ともならない非犯罪的行為に、警察が捜査権を行使し、留置場に「一時保護」するという驚くべきものだ。奈良県弁護士会はただちに「少年の保護育成は権力的規制ではなく、学校や児童相談所をはじめとする福祉機関、地域社会などによる囲い込みなどを手段とするのが世界的潮流だ」とする会長声明を出して反対を表明した。それ以上にこの条例は、現行憲法体系の根幹にある「親権(子どもの養育・教育権の帰属)」、「移動の自由」、「思想・表現の自由」という公権力が介入できない不可侵の市民権を剥奪しているのではないか。
特に私は教育関係者にお聞きしたい。子どもの「欠席、早退、遅刻」はその子どもが発する人格的メッセージの現象であって、その子どもの成長過程でのある躓きを見いだすチャンスであり、子どもとの内面的コミュニケーションを深化する教育的契機ではないか。主として教師が責任を持つべき分野を、いとも簡単に警察権力に委ねて良いのか。それは学校の教育的機能の敗北を意味しないのかーとい問いたい。
さらに警察が非行防止の補導の前面にでる有効性についての検証がまったくなされていないことだ。警察という武器を所持した権力が少年を追いかけ回すというシステムは、逆に暴力非行を誘発し、非行の悪無限の循環が起こることは確実であり、だからこそ国際連合は禁止しているのではないか。被差別問題で一定のレベルにあると思っていた奈良県の人権感覚の水準はどうなっているのであろうか。
東京都教委の日の丸・君が代に関する10.23通達では、「国旗は舞台正面の左、都旗は右。教職員は国旗に向かって起立し、斉唱する」とし、校長の職務命令に従わなかった教職員の処分は408人となった。しかし驚いたことに、今年は「生徒を適切に指導し、生徒が起立しない場合の教職員の責任を問う」とする新たな方針を出した。国旗・国歌法制定時の「生徒の内面には立ち入らない」という政府答弁もどこかわ、担任教師の処分を脅迫して生徒への強制をはじめたのだ。生徒がみずからの内面の自由と思想・表現の自由にもとづいて、起立しない道を選べば、自分の担任の先生が処分を受けるという卑怯かつ野蛮極まる方針だ。特に多国籍の生徒がいる都立国際高校の苦悶は凄まじいものとなる。憲法19条「思想・良心の自由」、教育基本法第10条「不当な支配」は東京都の学校には適用されない無法地帯となった。東京都教委は明らかな違法・脱法行為を強制する公務員職権乱用罪でただちに逮捕されるだろう。米国でさえ「星条旗」への敬礼義務を憲法違反として、教室から追放した事例を知るべきではないか。
思想や内面という「こころの自由」を剥奪しているなかで、ただひとり「こころの自由」を満喫し、行使している人物がいる。自らの靖国参拝について「こころの問題に外国政府が介入していいのか」と居直っている日本の首相だ。彼の一連の発言を記してみよう。
「こころの問題は大事だ。憲法19条も『思想及び良心の自由は、これを侵してはならない』としている」(06年2月8日 衆院予算委)
「小泉純一郎も1人の人間だ。こころの問題、精神の自由はこれを侵してはならないというのは日本国憲法も認めている」(06年1月25日 参院本会議)
「精神の自由に、政治が関与することを嫌う知識人や言論人が批判することも理解できない。まして外国政府がこころの問題にまで介入し、外交問題にしようとする姿勢も理解できない。こころの問題は誰も侵すことができない憲法に保障されたものだ」(06年1月4日 年頭会見)
これは実に不思議な言葉だ。同じ言葉を東京都立学校の子どもたちが言ったらどうなるかを、日本の首相は知っているのであろうか。最高権力者のみが「精神の自由」を享受し、子どもたちは「精神の自由」を脅迫まがいの手段で奪われているこの恐るべき非対称をどう考えたらいいだろうか。樋口陽一氏は権力者がこころのままに行動する「公の私化」が進んでいると指摘しているが(朝日新聞3月2日)、私は「私の公化」という逆の強制も進んでいると考える。恐るべき私化が進展する「公」に、ほんらい自立しているはずの「私」が強制的に動員されていく構図だ。
憲法という立憲システムは、封建期の王政が絶対権力をもって自分のこころの赴くままに徴税したり徴兵するような、王(政府)が国民を縛るシステムを廃棄し、政府が勝手なことができないように国民が政府を縛るためにつくりだされた近代の原理だ。『憲法概論』の勉強不足によって日本の首相は、自由気ままに「精神の自由」を享受して宗教的行為をおこない、日本の子どもたちは「君が代」を歌わないと処分するぞと権力で強制している自らの醜い姿に恥じらいは感じないのだろうか。彼は学校の『公民』とか『現代社会』、『政治・経済』の試験に落第して追試さえ受けられない状態だ。頭に来た彼は、それでは俺の思うような憲法に変えようではないかーと自分のこころにふさわしい新憲法を作る準備を始めた。しかし彼は他者の声に謙虚に耳を傾け、もともと誠実に学ぶ姿勢が欠落しているので、永遠に追試に合格することはない。いま日本は、近代の契約システムという不可侵の原理が、選挙という擬制を通して、プレ・モダンの帝国憲法システムへと回帰しつつある。もはやそこには「個人の自由」はなくなり、権力が勝手気ままに振る舞う王による恐怖の支配がひろがる荒涼とした世界が残っているだけだ。自由を権力が独占する形態はファッシズム(全体主義)といわれるが、ヒトラーのように選挙で多数を握り民主主義がファッシズムをつくりだす場合もある。(2005/3/2
10:7)
[頽廃の極地に穢れきった日本の議会と忍びよるファッシズムの危機]
野党議員がイエローペ-パーの新聞記者にガセネタをつかまされて、与党幹事長を攻撃して功名を挙げようとしてみずから墓穴を掘った。逆こうした与党は、メールの証拠性の根拠を追求して野党はそれが偽情報であったことを認めるという醜態をさらした。国権の最高機関で「カネでこころを売った」と責められた与党は反撃に転じ、野党は右往左往の無能集団であることを自己暴露した。議会で他者の名誉を毀損した野党議員は、「すみませんでした」と謝罪して当座を切り抜けて議員の座を死守しようとしている。これが日本の統治状況の醜悪な姿だ。明らかな刑法の名誉毀損と誣告罪という犯罪行為に、議員は入院といういつもの手段で逃避し、自己責任を回避しようとしている。これが日本の最高機関のおめでたい姿だ。ショーにしてもバカバカしくて誰もが出演を辞退する三文喜劇だ。
なぜこうした無惨な状況に転落したのだろうか。このような頽廃は小選挙区制が導入された時にすでに予測されたものであった。理念と思想なき議員が大量に当選していくモラル・ハザードはもはや絶望的な状況だ。頽廃する政党による統治の無能が社会を覆い尽くして、不信の念は極点に達している。1930年代のファッシズム台頭期の状況と酷似してきている。二大政党が権力闘争に明け暮れて覇権を競い、大不況と農村部の疲弊は青年将校の反政府クーデターを生み、軍部ファッシズムの権力獲得へと転回したあの時代だ。頽廃する大政党、封殺される少数政党、焦燥感高まる軍部という三極構造が形を変えて現代によみがえっている。
おそらく現代日本の軍隊の青年将校中心に、閉塞状況をゲバルトで突破しようとする地下秘密組織の形成が進展していると推測される。もしそうでなければ、日本の軍隊の質もある意味では頽廃していると云えるだろう。軍隊は命を賭けて祖国の防衛に向かうのだから、自分たちにいのちを捨てよと命令する文民司令層が頽廃の極地にあることは、許すことができないはずだ。防衛大学を卒業した知的レベルにある青年将校の責任感の水準は、頽廃司令部を許せないレベルにはあるだろう。
しかし現代の日本の意識情況は圧倒的に多くの人が、自分が日本という国に関与し介入する機会を与えられていないと実感している。上層の頽廃は、中層から下層へと伝播し、まじめに誠実に振る舞うことのばかばかしさと虚しさを骨身に沁みて知り尽くしている。自己の無力感への自覚がこれほど社会を覆っている時代は、経験したことがないほどの異常な時代となっている。互いに冷ややかに他者を評論しあい、マネーが最高の価値を持って物神崇拝の玉座に君臨している。中間層は没落し、富は局限された一部階層に集中し、互いに罵り合うみじめな事態が誘発されている。
希望の喪失と未来への虚しさが漂う無辜の市民の行きつく先は、強力な指導者への幻想的待望だ。強力な指導者は知性と理性で振る舞うよりも。暗い雲を振り払う劇的なメッセージと簡潔で断定的な用語の反復にある。「改革をとめるな!」と連呼すればいいだけのことだ。強力な指導者への幻想は、コイズミとかイシハラという人称名詞に託されたが、いまその幻想も墜落しつつある。幻想を求める市民達は、次々と新たな指導者を求めてさまようだろう。こうした悪無限のサイクルの果てには、取り返しのつかない地獄が待っている。60有余年前に痛恨の体験で知った指導者幻想の虚偽は、その体験世代が世を去ると共に失われ、またいつか来た道が反復されようとしている。
今回の電子メールをめぐる三文役者の乱舞は、実は私たちの予想をはるかに超える歴史の危機への契機となる危険性をはらんでいる。政府に逆らう者は結局痛い目に遭うというニヒリズムが蔓延し、ニヒリズムの極地のはてに、反転するファッシズムの到来を告げる序曲となるだろうクライシスが前奏されているということだ。野党への幻想を破砕された多くの市民は、砂のような大衆として孤立し、蟻地獄のような閉塞のなかで、抜け出せる方途を見失っていくだろう。ファッシズムがいまついに絶好の出番を迎えかのように魑魅魍魎が蠢めきはじめるだろう。対内的危機の突破は、法則的に対外的危機に転化するしかないという歴史法則は、敵を外部につくりだしてルサンチマンを外部の敵に集中する戦略がすでにセットされはじめている。この最悪のシナリオは、気がつかないうちにあっという間にその第1幕をあげるだろう。日本の軍隊はついに邦人保護の名目で東アジアに出動し、国内はファナテックな報復の熱狂に巻き込まれて、「男たちのヤマト」幻想に我を忘れ、虚妄のアイデンテイテイを手にするだろう。
私は21世紀初頭の日本の最悪のシナリオを書いた。もうひとつのシナリオがある。知性と理性を手放さない市民が、幻想の熱狂の前で冷静であり、怒号する指導者の言説の虚偽を冷ややかに見透かし、グローバルな視野でローカルに行動する可能性が成熟している。彼らは歴史の本流を見逃さずに確固とした歩みを刻み、決してゆらぐことがないだろう。彼らは冷たい頭脳を熱い心臓で包み、自らの頭で考え決して付和雷同することなく前へと進んでいくだろう。彼らは水戸黄門の葵の印籠にすがることなく、自らの問題を自らの手で解決するだろう。時は満ちたのであり、危機の裏にはチャンスという言葉が書かれている。私は日本の知性と理性のちからを疑わない。(2006/2/28
20:34)
[子どもの意見表明権ー子どもの権利条約実施状況第3回政府報告書提出を前に]
国連子どもの権利委員会は、子どもの意見表明権を基本的人権とみなし、乳幼児も権利の保持者としています(「乳幼児の権利に関する一般的注釈」2005年)。言語を獲得する前の乳児が「泣いたり、ぐずったり」する行為は自分の感情や願いを大人に発信しているのであり、大人は適切に対応する義務があるということになります。意見表明とは必ずしも公的な場での公的表明ではありません。児童会や生徒会での表明、首相へ手紙を出すなどのスタイル以外の、日常的な「ねえ聞いて、聞いて」というような発話におとなが「なあに」と応答する関係を広汎に含んでいます。現状は「餓鬼のくせに」「子どもの言うことだから」と無視し、聞き流したりします。或いは子どもの自己決定を尊重するようにして、結果は自己責任を求めることもあります。特に日本では集団文化の束縛で、周りを見ながら言ったり、孤立を避ける配慮が無言の圧力となって働きます。大人の社会で異端的な意見は、公然、非公然の嫌がらせや圧力を受け、排除される傾向があります。だから子どもの意見をほんとうに尊重する社会は、大人自身の社会を変えていくことと不可分です。例えば、君が代斉唱を強制する学校は、同時に茶髪の生徒にスプレーをかけることが自然におこなわれます。おとなが子どもの意見にゆったりと耳を傾けられる社会は、大人自身の社会で互いの意見が尊重されている社会です。文科省は破産した「ゆとり」教育に替わって、言語教育を重視する新たな指導要領をつくるそうですが、「ゆとり」が破産した理由はおとな社会が競争の泥沼に入り、家庭での自由時間が失われ、子どもも競争システムで自分の意見を言えば損すると体感したからです。制度の例をみれば、意見表明のポイントは18歳選挙権に象徴されますが、先進国で20歳選挙権を維持しているのは日本だけとなっています。
先進国での子どもの意見表明水準は、おそらく日本が最低のレベルになっています。経済レベルで進む「自由化」とは逆に、こどもと学校のレベルでは規制と抑圧が強まっています。学級写真で最前列中央に座っているのは教師であり、遠足の行き先を決めているのは教師であり、スカートや髪型を細かく規検査不合格の者を教室に入れないのは教師であり、卒業式の式次第を決めるのは教師であり、はては学級の座席を成績順にしている学校さえあります。フランスでは、子どもたちがデモ行進して市長に面会して学校への要望を出していますが、留学した子どもたちは驚いています。美帆シボというフランス在住の平和活動家は、フランス人の集まりで「黙っていて発言しない者は、存在している者とはみなされない」と言われてショックを受けたと言っています。競争の泥沼に叩き込まれて、あえいでいる日本の子どもたちは、容易にほんとうの自分を出さなくなります。素朴に大人を信じれば拉致されたり、殺されれたりするのですから。まず人を疑う安全教育が徹底し、幼稚園では見知らぬ人からの声かけに対応するトレーニングとして、寝っ転がってイヤだイヤだとい叫ばせる授業がおこなわれています。日本の大学のキャンパスに行けば、学生の立て看板やビラがほとんどない綺麗な姿に驚くでしょう。教授は学問の前では対等の研究者ではなく、まるで「神さま」のような存在になっています。
日本全体が少数の強者が君臨し、弱い者へとストレスを発散させていく垂直的な構造ができあがりつつあります。一番弱い子どもたちへ犠牲が集中する構造となっています。こうした生々しい日常を生き抜く技術を本能的に求める子どもたちは、非日常的なゲームや漫画の世界に没入したり、非合理的なオカルトやエセ科学の世界に吸引されたりします。現実から身を引いて閉じこもっていくニート予備軍が大量に生まれ、コミュニケーションが歪んでいきます。驚いた文科省は、今度は「ゆとり」ではなく、「言語」学習に切り替えてコミュニケーション力を強めると言っていますが、対話力衰弱の基本原因は放置されたままです。オカルトやエセ科学になびいていくこどもや若者をふたたびおとな社会へ取り戻すために、ついに大人たちはそれを利用し始めました。
警察庁は交通事故の血液型傾向を分析し、B型は月曜の朝に注意しましょうーなんて呼びかけています。
ある会社の営業部は血液型A型のみでチームを編成しています。
ある保育園はAB型のみしか保育士を採用しません。(*さすがにこの2つは違法として廃止されました)
いま学校で流行している授業は、「水に『ありがとう』と優しく声をかければ、キレイな水の結晶が得られる」というものです。
これは理科の授業を利用した道徳の授業ですが、「美しい」こころをエセ科学を利用して育むというねらいです(「教育技術法則化運動」HP参照)。
子どもの意見表明を尊重できる基盤が失われつつある社会システム自身の転換が求められます。無惨な競争のるつぼに子どもたちを巻き込んで、競争の「子ども兵士」を大量に生み出し、残酷な殺し合いのゲームのプレーヤーにしていく現在のシステムは、社会そのものを崩壊に導くでしょう。意見を表明することは、実現の可能性が少しはある場合であって、そうでない現在では虚しい叫びでしかありません。戦後60年を経て私たちは、子どもたちがもっとも不孝な存在であるような社会をつくり出してきたのです。若い新婚さんは、子どもを産みたくても産めないとともに、もともと産みたい気持ちがなくなったのです。(2006/2/28
10:59)
[ある国家の崩壊ーハンス・モドロウ『ドイツ、統一された祖国 旧東独首相モドロウ回想録』]
ベルリンの壁崩壊によるなだれを打ったドイツ統一にいたるドラマテックな展開には、目を見張るものがありましたが、もう10数年が過ぎて歴史上の過去になりつつあります。権威主義的国家が自壊に等しい苦悶のうちに、倒壊して他国に吸収されていく過程に、その内側ではどのように事態が進行したのだろうか。この書はその渦中にあって東独首相として自壊と統合の全過程を指導的立場でみたモドロウ氏の回想録です。最高権力者でなければ語り得ない歴史のドラマの内実が赤裸々に語られています。さまざまの要素が入り乱れてめくるめくような大混乱のなかで、終末に向かう流れが不可避の抗しがたいちからで進行します。いくつかの要素をあげてみましょう。
@西独ないしCIAによる転覆活動と東独国内で形成される反政府勢力の台頭、東独右翼形成
Aシュタージ(国家秘密警察)と内務治安部門への東ドイツ市民の怨念の噴出
Bドイツ社会主義統一党の権威崩壊と内部闘争激化 最高指導層の統治能力の衰弱
C民主化市民運動による街頭行動の進展と内戦の危機
D民主化グループの公認による政府対話組織
E西側自由イメージへの憧憬と怒濤のような移住
F偶然のひとことによるベルリンの壁への殺到と国境警備能力の喪失
G東独政府のドイツ統一への決断と統一への漸進的構想、東独社会的諸権利の維持努力
H西独コール政権の西独併合型統一の戦略
I統一後の東独社会的諸権利の剥奪と経済・社会崩壊、大量失業の発生
J東独地域における統一への失望、挫折感醸成と旧左翼への支持回帰
Kドイツ統一過程における西側NATOと旧ソ連の関与と介入 (モドロウが海部首相に電話で支持を求めていたとは!)
私たちにとっては、このドイツ統一は絶好の参考書になります。それは朝鮮半島で進む南北朝鮮の統一への歩みは、東アジア情勢のコペルニクス的転換となり、日本も大きな影響を受けるでしょう。南北朝鮮の分断の主犯は日本でもあり、大きな責任を担っているからです。嫌韓流などという本がベストセラーになっている日本で、どのようにその責任を担うかが問われています。ハンス・モドロウ『モドロウ回想録 ドイツ、統一された祖国』(八朔社)参照。 (2006/2/27
16:47)
[検証・トリノ冬季五輪の光と影]
荒川静香選手の日本フイギア史上初の金メダルによって、日本はなんとかメダル・ゼロを免れましたが、最低5個の目標からははるかに遠く不振を極めました。日本選手団長は「序盤戦で勢いがつくかと思ったが、自分が描いたシナリオとは違う」と言っていますが、最高責任者である当人がこの程度の認識ですから、日本スポーツ界の危機はほんとうに深刻です。なぜ選手育成の長期プランを持つ女子フィギアは成功し、他の競技は壊滅したのか、危機の原因は2月19日付けエッセイで詳しく分析しましたのでそちらを御覧になってください。今日はトリノ五輪の全体を振り返ってみたいと思います。
最初に米国スピードスケート男子1000m金メダリストであるジャニー・デービス選手(23)をみてみたいと思います。彼は黒人選手として史上最初の冬季五輪個人種目金メダリストとなったのです。みなさんお分かりのように、冬季五輪に黒人選手の姿はほとんどありません。黒人の居住地域が地球上では雪に関係ないという地域が多いこともあるでしょうが、冬季スポーツであるスキーやアイススケートがもともとはブルジョアの貴族スポーツであり、最近の大衆化のなかでやっと黒人も参入できるようになったからです。米国ではスキー場やスケートリンクに黒人が入ることすら禁止され、デービス選手もリンクでは奇異のまなざしに囲まれてスケートを始めました。選手になってからも黒人を蔑視する汚いヤジを浴びつつ闘ったのです。シカゴの母子家庭育ちで経済的に苦しく、用具や遠征費にも事欠き、家賃を費用に充てた時代もありました。彼は、黒人初の大リーガーであるジャッキー・ロビンソンと初の本塁打王ハンク・アーロンの写真を見ては辛い時代を乗り越えました。
優勝後のウイニングランで彼は星条旗ではなく、熊のぬいぐるみを掲げて周回し、Tシャツには「誇りと尊厳」という文字が書かれています。インタビューでは黒人の子どもたちに向けて、「険しい道のりでもあきらめるな。自分を信じて懸命に続ければ、きっと何かを達成できる」と呼びかけていましたが、これが月並みなメッセージでないことは彼自身の全身から示されています。星条旗を敢えて掲げないということに米国の厳しい現実が浮き彫りとなった瞬間でした。かってのメキシコ五輪の陸上リレーで優勝した米国チームの黒人選手が、真っ黒い手袋をして星条旗に右手を挙げて抗議の姿勢を示し、全世界を驚かせました。彼らは金メダルを剥奪されました。いまでもわたしはあの映像をありありと思いうかべることができます。米国の黒人選手は、人種差別と貧困というもう一つの壁を、自分の実力だけで乗り越えなければならないのです。187cmの巨体を駆って豪快なフォームで滑るデービス選手をみていると、まるで差別に向かって挑戦するパイオニア・スピリットが身体化しているようです。
次に開会式の中継で驚いたことに、オノ・ヨーコが登場していまは亡き夫であるジョン・レノンの詩を読み上げ、「イマジン」の独唱が高らかに響いたことです。そして五輪旗を持って入場する旗手がイタリアを代表する反戦系の俳優たちであったことです。そこにはあの映画女優であるソフィア・ローレンの姿もありました。点火と同時になぜハトを飛ばしたのか、ほんとうにメッセージを込めた意味ある演出でした。開会式は、反戦と平和と友好をベースにした気品あふれた美しいものでした。オペラ歌手によるアリアの絶唱にも圧倒されました。イタリア政府は米軍の同盟軍としてイラクに派兵しているのですから、明らかに反米・反政府の演出でした。ここにイタリア五輪委員会の誇り高い矜持を覚え、我がJOCの理念的な貧しさを思い知らされました。さすがイタリアです。選手団のファッションも含めて、イタリア文化の質の高さに脱帽しました(フランスのシックさも凄かった)。ことほどさように、私は米国市場原理文化から毅然として屹立している欧州文化の重みを感じ、願わくば日本もこのようでありたいと思いました。
しかし開催市トリノは幾つかの問題を抱えています。テロを警戒して1万5千人の軍隊が駐留する軍事五輪となりました。五輪スタジアムの周辺は、70年代の市民運動で開放された公園となり、樹木や芝生や池がある憩いの場でしたが、いまコンクリートで覆われ緑はなくなりました。山を削って5台のジャンプ台がつくられましたが、3台は終了後に撤去され、新設したボブスレーのコースは5人しか選手がいないイタリアでは関係ありません。山を越えたすぐ隣にアルベールビル(仏)があるのに、建設業界のためにわざわざつくったのです。1万2千人収容のアイスホッケー場は年間240日満員でやっと採算がとれますが、そんなイベントはできません。トリノ市は数10億円の赤字を抱えて施設の維持管理を迫られます。ちょうど長野五輪が西武とコクドのゼネコンが高速道路と新幹線、プリンスホテルの建設によって莫大な利益をあげ、いま長野市が施設の維持管理の財政赤字で苦悶しているのと同じです。
次に日本の五輪報道をみてみましょう。NHKと民放がIOCに支払った放映権料は00年以降の5大会で632億円に達しています。すると特に民放は放映権料に見合う視聴率を達成するために、メダル至上主義と芸能タレントを総動員した報道体制をとりました。浜田雅功(フジ)、中居正広(TBS)、藤井隆・真鍋かおり(TV東京)などの芸能人キャスターがスタジオでコメントを加えますが、彼らの低水準のコメントはスポーツを侮辱するような恥ずべきものです。開会式の平和イメージの演出をコメントできるタレントは誰1人としていませんでした。男子フィギアスケート選手を「無類の女好き」と紹介したり、他国選手が転倒すると「次も転んでくれないかなあ」と叫んだり、およそスポーツ中継ではありません。たしかにミーハー族には受けるかも知れませんが、視聴者がほんとうに知りたい競技の解説や選手の気持ちなどスポーツの面白さの肝心なところは伝わってきません。芸能人によるショーとして日本の五輪報道はスポーツを卑しめ汚しています。世界で最初に60年代初頭にスポーツ中継をショー化した米国ABCのルーン・アーリッジは、「スポーツをショー化しすぎたと自省しています。TVがスポーツの魅力を広めたとしても、そこにはけじめが必要です」と晩年に語っています。とくにあの中居正広についてはなんとかしてもらえませんかね。競技前にはあれほど褒めそやされた安藤美姫は、いまや見向きもされない存在になっているではないですか。所詮ホリエモンと同じなのですね。選手は商品として扱われているのです。
IOCはオーストリア選手へのドーピング検査を18日に抜き打ちで検査し、イタリア警察は宿舎の捜索で注射器と薬品を押収した。幾人かの選手が陽性反応を示しましたが、これは尿検査であったので逃れる選手が多く、次いで同じく抜き打ちの血液検査を実施するそうです。華々しいオーストリア選手の活躍の背後にある汚い行為の存在は、スポーツそのものを冒涜するものであって、ただちに国外退去と選手資格の永久剥奪を実施すべきでしょう。
冬季五輪の入場行進をみて感じることは、夏季五輪にもましてはなはだしい地球の南北間格差です。選手1人と付添1人で行進する国が珍しくない一方で、巨大な選手団を擁して行進する国もあります。大国が自己顕示するためのビッグ・イベントにますます堕落してきているような気がします。かって第2次大戦前のナチス・ファッショが主催する五輪に対抗して、世界人民オリンピックが開催され、一流選手がバルセロナに集まりましたが、スペイン内戦で結局中止となり選手は銃をとってファッシズムと戦って命を落としました。私は年末のスペイン旅行でそのモニュメントをみて、深い感慨に打たれました。五輪はゼネコンとホテル観光産業とメデイア産業のための巨大ビジネスとなり、五輪精神の原点はどこかへ吹っ飛んでしまったようですが、トリノはイタリア文化の底深い重厚なちからで、五輪の商業主義に一定の抵抗を示しているようでした。
最後に日・中・韓の選手団・役員・獲得メダル数を比較してみましょう(現時点での把握で必ずしも精確ではありません)。
[日本]選手112名・役員126名・金1銀0銅0
[韓国]選手 40名・役員 29名・金6銀3銅2
[中国]選手 76名・役員 76名・金2銀4銅5
韓国紙・中央日報は大見出しで「笑顔の韓国、期待以下の中国、衝撃の日本」と銘打っています。日本は選手より役員の数が多いのはなぜなのでしょうか。航空機の座席は選手はエコノミー、役員はビジネスだそうです。荒川静香選手の記者会見では、真ん中に役員が座り、荒川選手は隅っこから「自分が練習してきたスケートリンクが閉鎖されます。なんとか練習場所が確保できるようにお願いしたい」と必死で言い、和やかな雰囲気が一変しました。トリノの地で日本スポーツ界の貧困を鋭く批判したからです。荒川選手が所属していた仙台市のクラブは、小学生を含めて一斉に名古屋などへ移住するそうです。それにしても日本の史上最悪の惨敗と荒川選手の悲痛な声に応えようとする報道はほとんどありませんね。哀しい実態です。ひょっとしたらこれはスポーツに限らず、日本そのものの没落を象徴しているのではないでしょうか。あなたはどうお考えになりますか。(2006/2/26
12:55)
[一片の排他性も持たないinclusiveな翻訳によって、聖書の差別性を払拭していいのか?]
1995年に米国の聖書学者が共同して、差別語を言い換える『The
New Testament and Psalms:An Inclusive Version』(Oxford
University Press)を刊行し、その日本語訳が荒井献氏を中心にして『聖書から差別表現をなくす試行版 新約聖書(英語・日本語)』(DHC)として出ています。聖書にある性、人種、身体などの差別語の言い換え例とその理由(*)をみてみましょう。
「父Fatherなる神」→「父母Father-Motherなる神」 *神=父=男性という父権性イメージ
「主Lordイエス・キリスト」→「○○(代用語)イエス・キリスト」 *主=ご主人様=所有者という管理的イメージ
「神の息子Sonイエス」→「神の子Childイエス」 *父なる神の男性性の延長としてイエスの男性性イメージではなく、
イエスの非男性性(日本訳は従来から子を用いている)
「神の王国Kingdom」→「神の国Dominion」 *王国の家父長的男性中心主義イメージ
「王King」→「統治者/支配者ruler」 *同上
「盲人the blind」→「目が見えない人a person
with blind」 *障害で全人格を決めるのを避ける
「足なえthe lame」→「足が不自由な人a person
lame」 *同上
「らい病人the lepers」→「重い皮膚病を患う人a
person with leprosy」 *同上
「奴隷たちSlave」→「奴隷にされた人々enslaved
people」 *奴隷で全人格を決めるのを避ける
「ユダヤ人」→「権威者、権力者」 *ユダヤ人が神に対立する意味の場合のみ言い換える
「割礼を受けた者」→「律法のもとにいる人」
*割礼を受けた者=ユダヤ人のイメージ
「妻は夫に服従せよbe submissive to」→「妻は夫に耳を傾けよheeding」 *家父長制のイメージ
「父から懲らしめられないchastening息子があるだろうか」→「父から鍛えられないdispline 導かれないguide子があるだろうか」 *虐待の正当化イメージ
「右手right hand」→「近く」 *右手は力のイメージを与える
この他にも膨大な言い換えがあるのですが、御覧のように神経がピリピリするような慎重極まる痛々しいほどの配慮をおこなっています。こうした言い換え翻訳に努力を注ぐ米国の人権意識の深化を感じますが、違和感をも覚えます。言い換えたことによって意味そのものが失われているものもあるからです(「らい病」→「重い皮膚病」など)。米国のグループは翻訳の理由を、言語自体が変化し、古い写本の発見で研究が深化し、また英語自体が変化しているからだと言っています(例えば消防夫firemen→消防士firefighters、看護婦→看護士のように)。しかし最大の理由は聖書にある差別語と差別思想を可能な限り除いて、イエスの本来の平等思想を徹底することにあります。こうした聖書の言い換え翻訳をどう評価したらいいでしょうか。私はクリスチャンではありませんので、非信仰的立場から考えてみたいと思います。
問題は2つあります。第1は差別語という言語表現への規制の問題であり、第2は聖書という聖典に対する現代的介の問題です。一般的な差別用語の問題のみを考えれれば、そうした表現の使用は回避すべきです。ただしそうした言語回避を絶対化し、実質的に差別思想を隠蔽したりする偽装や言葉狩りは、陰湿な潜在的差別であり、より犯罪的だと思います。聖書で言えば差別語をすべてカットしても、そこにある差別思想そのものを消去することはできません。問題は聖典のような古典的原典の言語を現代的に言い換えたり、読みかえたりしていいのかという所にあります。現代的な平等思想から見れば、聖書が2000年前の時代的限界があることは当然です。むしろ聖書の時代的被規定性を通して表れているイエスの平等思想にその時代を突破しようとするイエスの普遍的先駆性が浮き彫りとなるのではないでしょうか。しかも聖書はイエスを媒介とする神の言葉だとすれば、後世の人間が恣意的に変更することは原則として許されないことだと思います。もし恣意的な変更が許されるならば、イエスが男性であること自体も性差別として否定することになります。ローマ法王をPaPaと呼ぶことも禁止されます。人権水準が高度化すればするほど、聖書の現代語訳の改訂が次々と求められ、原典そのものの意味が失われます。この試行版新約聖書は、米国の人権意識の現状といささか機械的な対応を聖書解釈の領域に適用した失敗例だと思います。私は差別論について本格的に考究していませんので、今日はこの程度でやめておきますが、みなさまの活発な議論を期待します。(2006/2/24
00:26)
[闇の歴史に光をあてる韓国と隠蔽・偽造する日本]
韓国大統領は、柳寛順記念館でおこなわれた05年の3・1節記念辞で、次のように述べています。
「我々韓国国民は、韓国と日本がほんとうの隣人として生まれ変わり、フランスとドイツが握手したように日
本と一緒にやっていきたいと願っている。日本は過去の真実を究明してこころから謝罪し、賠償することがあ
れば賠償し傷を癒さなければならない。それが全世界がしている過去清算の普遍的方法だ。拉致問題への
日本国民の怒りを充分に理解するが、日本も相手の立場に立って未来を見なければならない。強制徴用か
ら慰安婦にいたる日帝36年の間、数千、数万倍の痛苦を体験したわが国民の憤怒を理解しなければならな
い。日本の知性にもう一度訴えます。真実の自己反省の土台の上にに立って、韓日間の感情なしこりを取り
除き、傷を癒す先頭に立って欲しい。ドイツはそれをしました。そしてそれだけの待遇を受けています。彼らは
自ら真実を明らかにして謝罪し補償するという道徳的な決断を通じて、EUの主役に乗り出すことができたので
す。
韓日協定と被害補償についてわが国政府にも足りない面があったが、国交正常化自体はやむをえないことだ
った。被害者は国家が国民一人一人の請求権を一方的に放棄したことを納得はできないだろう。遅くなったが
今からでも、政府はこの問題の解決に積極的に努力する。請求権以外の他の埋もれている真実を明らかにし
て、遺骨を返還する事業に積極的に出る。日本は法的問題以前の人類の普遍的倫理、隣人間の信頼という認
識を持つべきだ」(「Korea News Now」2001/03/01)
ワンフレーズしか繰り返さない日本の首相に比べて、はるかに内容がある格調高い演説ですね。現在の日韓両国の政治的な品位のレベルの違いが際だっています。この演説にもとづいて、韓国政府は「過去事件の真実究明を通じた発展委員会」を設置して調査活動を開始しました。この政府の政策に対し、権力者による歴史の書き換えであるとか親日派あぶり出しで国内は混乱するという批判もあるようです(朝鮮日報社説など参照)。韓国政府は日本植民地下(1910−45年)で日本企業と日本軍に徴用された100万人を超える韓国人のうち、死亡・負傷した人とその遺族に個人補償することを決定しました。対象者は約10万人で、日本企業の未払い賃金を2億3000万円と推定し、日本側に要求するのではなく韓国の国費で対応するそうです。日本政府に被害者特定のための未払い賃金供託金名簿などの資料提供を求めています。65年の日韓条約で、朴軍事政権は財産・請求権を放棄して無償3億ドル・有償2億ドルという決着をおこないました。その時に韓国政府は徴用被害者103万人、損害額3億円というデータを示し、75−77年に徴用者85000人の遺族に30万ウオン(3万7000円!)を支払いました。納得しない被害者が、90年代に入って日本政府と企業を被告とする賠償や未払い賃金返還訴訟が起こしましたが、すべて日本の裁判所は日韓条約による決着を理由に認めませんでした(以上朝日新聞2月23日付け朝刊参照)。こうして旧政権による屈辱的な条約の経過と、次々とこの世を去る被害者を前についに韓国政府は自力による補償に踏み切ったのです。これによってもし日本政府が安堵したのであれば、それは恥の上塗りでしかありません。日本はこれによって過去の罪責を償うチャンスを失ったのですから。
韓国政府は同時に親日真相究明法による過去史究明委員会で、歴史の争点となっている問題を包括的に究明する作業を国家事業として進めています。究明すべき15の歴史が列挙されています。東学農民革命、親日行為、済州島4・3事件、居昌事件(韓国戦争中の市民虐殺)、5・18光州民主化運動、老斥里事件(50年の米軍による市民300人虐殺)、三清教育隊事件(全斗煥政権による軍隊内疑問死)などです。私の関心は日本軍、日本行政への協力者の親日行為にあります。
私はこうした韓国が推進する歴史的真実の解明と日本のギャップに驚くのです。植民地から独立と内戦を経て分断国家となっている複雑な歴史の究明なしに、もはや韓国が独立した国家として本格的にスタートできないという段階に来たのでしょうか。一部には政敵に対する権力闘争という浅薄な観方もありますが、私は廬大統領の並々ならぬ決意を感じます。小さな政府を批判して市場原理主義とは訣別するという戦略とあいまって、東アジアの正当な未来を本格的に探求しようという迫力を感じます。韓国は中国と並んで東アジアの未来を代表するモデルとなる予感がします。
さてひるがえって日本をみると、その歴史に対する責任と矜持の落差に唖然とします。戦前期に日本の総合雑誌『改造』をコミュニストとして弾圧した冤罪事件である横浜事件の再審判決は、「免訴」として実質的に棄却し、戦前期の権力犯罪は闇に葬られようとしています。戦前期に反戦運動を弾圧した司法関係者の責任は明らかにされることなく、罪に問われないままに歴史のなかに消えていくのでしょうか。関係者が続々とこの世を去っていくなかで、日本は歴史の真実を明らかにできないまま、歪められた歴史を生きていくのでしょうか。
戦前期に市民の自由を剥奪したシステムは、治安維持法を頂点とする法体系とそれを執行する特高(特別高等警察)でしたが、検事と判事も共犯者として手を汚しました。検事は捜査段階から警察を指揮する権限を持ち、特高の非道は同時に検事の非道でした。彼らの主要な尋問手段は拷問と脅迫でした。日本の拷問の歴史を振り返ってみましょう。徳川幕府法令「拷問法」で多様な拷問手段が駆使されましたが、明治政府はそれを手直しして継承しました。近代警察への転換をめざす自白絶対主義を証拠主義に転換し、1879年10月の太政官布告「拷問無用、右に関する法令はすべて削除」として、刑法での拷問は禁止されましたが、実態は拷問による尋問が主要な方法として用いられました。戦前期の治安維持法による逮捕者は数十万人、検事による送検者は7万5681人、特高による虐殺・拷問による獄死は194人、獄中病死は1503人にのぼります(治安維持法国家賠償要求同盟調査)。その中には小林多喜二や岩田義道が含まれます。多喜二の遺体は追求を恐れて解剖を妨害され、岩田は殺人罪で告訴した父母を検事局が脅迫して告訴を取り下げさせました。治安維持法違反者への拷問は、初期の自白強要から虐殺自体を目的に変質しました。拷問虐殺の当事者が起訴されて有罪判決を受けた例は戦前期では1件のみです。35年4月5日、京都・西陣署での鰐淵清寅(21歳)の虐殺で警部補が「特別公務員暴行致死罪」で懲役2年(執行猶予2年)ぼ判決を受けた事例のみです。国会での拷問追求は、戦前29年2月8日の山本宣治議員とと戦後の76年1月30日の不破哲三議員の2回ですが、政府の答弁は「承知していない」(秋田内務次官)とか「答弁いたしたくない」(稲葉法相)というものでした。稲葉法相の答弁は実質的に拷問の非道を認めていると思います。
GHQは45年10月の「人権指令」によって「一切の秘密警察組織の解消」を命令し、特高警察は解体され、5000人が公職追放となりましたが、特高官僚は求職扱いで多くが復権しました。検察はわずか34人の検事が追放されただけでした。検事と警察に迎合して有罪判決を書き続けた判事は誰1人公職追放となりませんでした。治安維持法システムを担った思想検事、判事、予防拘禁所、司法省刑事局、刑政局は無傷のまま温存され、現在の司法組織に引き継がれています。特高警察は公安警察に姿を変えて引き継がれました。拷問・脅迫による尋問は「公務員による拷問及び残虐な刑罰は絶対これを禁じる」(日本国憲法36条)と規定したにもかかわらず、代用監獄や自白強要の形を変えた拷問(不眠・絶食・殴打・長時間調べ)が隠然として続いています。
戦前の司法ファッシズムの戦後への継承の典型例を見てみましょう。私は個人名を挙げるのはできるだけ避けたいのですが、以下の個人名詞は歴史に対する重大な個人責任があります。
▽長尾信 戦前期に生活綴り方の北方教育運動の村山俊太郎に有罪判決を下した予審判事
戦後は松川事件第1審判決で死刑5人、無期懲役5人という冤罪判決を下した
(注:本人は精神疾患で後名古屋高裁判事に転任 衆議院第12回国会議事録参照)
▽池田克 戦前期の京都学連事件以降多数の弾圧に関わった思想検事、戦後最高裁判事として
団体等規制令合憲少数意見、公務員スト権違法判決「3・15判決」を下す
▽石田和外 戦前期にナウカ社社長弾圧などの予審判事
▽岸盛一 戦前期に朝鮮人弾圧事件に関与した判事、戦後最高裁事務総長
▽飯盛重任 戦前期に満州国高等法院判事として中国人弾圧に関わる 戦後鹿児島地裁所長
(注:石田・岸・飯盛3判事は戦後の青年法律家協会批判運動の中心となる)
▽吉河光貞 戦前期に土方与志を起訴しゾルゲ事件を担当した思想検事、戦後は初代公安調査庁
長官として共産党中央委員追放をおこなう
▽井本台吉 1938年の労農派学者グループ検挙の担当検事、戦後は最高検検事総長、68年の
日通事件で東京地検が捜査中の池田正之輔議員と会食
しかしさらに驚くべきことには、極東軍事裁判法廷からA級戦争犯罪人指定を受けた人たちが、釈放されて戦後の政財界の中枢を把握していることです。以下幾つかの典型例を挙げてみましょう。
▽重光葵 戦前東条内閣外相 戦後鳩山内閣外相
▽賀屋興宣 戦前東条内閣蔵相 戦後池田内閣法相
▽岸信介 戦前東条内閣商工相 戦後首相
▽正力松太郎 戦前警視庁警務部長を経て小磯内閣顧問 戦後読売新聞・日本TV社長
▽児玉誉士夫 戦前外務省スパイ、海軍航空本部嘱託 戦後フィクサーとして鳩山自由党結党資金提供
▽笹川良一 戦前右翼活動 戦後日本船舶振興会会長、国際勝共連合名誉会長
まるでこれはヒットラー内閣のリッペントロップ外相やゲッペルス宣伝相、ゲーリングが戦後にドイツ政府中枢に返り咲くのと同じです。欧米では決して許されない戦争犯罪への挑戦として多くの国はドイツとの国交を絶つでしょう。日本はこのような恥ずべき破廉恥なふるまいをする国として戦後を形成してきたのです。いま以て絶えることない汚職や談合、欺瞞、不正事件の背後には、こうした無責任の体系(丸山真男「超国家主義の論理と心理」)があります。手のひらを返すようにホリエモンのバッシングを始めた政府の根底にある態度です。過去の国家犯罪を100年を経た今日に至っても、厳然とした裁こうとする韓国モデルとのめくるめくような非対称性をみると、発すべき言葉もありません。私たちはこのような無惨な恥部ともいうべきシステムを子どもたちの未来へ引き継いでいくのでしょうか。
戦後に国会議員となった元特高官僚54人は以下の通りです。
増田甲子七((啓保局図書課)・大村清一(啓保局長)・西村直巳(静岡県特高警部)・町村金五(啓保局長)・丹羽喬四郎(京都府特高課長)・山崎巌(啓保局長)・広瀬久忠(内務次官)・灘尾弘吉(内務次官)・古井喜実(啓保局長)・大達茂雄(内務相)・安井誠一郎(神奈川県外事課長)・古屋亮(岩手県特高課長)・原文兵衛(鹿児島県特高課長)・増原恵吉(和歌山県特高課長)・奥野誠亮(鹿児島県特高課長)・唐沢俊樹(警保局長)・今松治郎(警保局長)・大久保留次郎(警視庁特高課長)・松浦栄(秋田県特高課長)・鈴木直人(広島県特高課長)・青柳一郎(熊本県特高課長)・中村清(京都府特高課長)・館哲二(内務次官)・池田清(警視総監)・大麻唯男(警保局外事課長)・岡本茂(新潟県特高課長)・管太郎(福井県特高課長)・田子一民(警保局保安課長)・岡田喜久冶(警視庁特高課長)・鈴木幹雄(警視庁外事課長)・岡田忠彦(警保局長)・今松治郎(警保局長)・河原田稼吉(内相)・薄田美朝(警視総監)・館林三喜男(警保局活動写真検閲係主任)・富田健治(警保局長)・相川勝六(警保局保安課長)・伊能芳雄(警視庁特高課長)・後藤文夫(警保局長)・岡崎英城(警視庁特高部長)・纐纈弥三(警視庁特高課長)・川崎未五郎(警保局図書課長)・吉江勝保(滋賀県特高課長)・雪沢千代治(兵庫県外事課長)・保岡武久(大阪府特高課長)・寺本広作(青森県特高課長)・大坪保雄(警保局図書課長)・亀山孝一(山口県特高課長)・高村坂彦(鳥取県特高課長)・重成核(警保局検閲課長)・桜井三郎(警保局ローマ駐在官)・湯沢三千男(内相)・金井元彦(警保局検閲課長)・川井武(長野県特高課長)
これらのなかで内務相警保局長(全国特高の最高指揮官)だった7人(敗戦時まで11人中)の在任中の弾圧事件をみてみましょう(括弧内は戦後の役職)。
唐沢俊樹(岸内閣法相) 労農救援会・エスペラント同盟・プロレタリア科学同盟・大本教・日本労働組合全国協議会弾圧、
美濃部達吉著書発禁、35年時に政治犯1772名逮捕
大村清一(鳩山内閣防衛庁長官) 日本政治経済研究所・ひとにみち教団弾圧
山崎巌(池田内閣自治相) 人形劇団プーク・生活綴り方・京大俳句弾圧、春日正一・酒井定吉・岡部隆司投獄
橋本清吉(衆院議員) 治安維持法改悪、雑誌『機械工の知識』・俳句漫画グループ・御国教弾圧、企画院事件(勝間田清
一・正木千冬・岡倉古志郎・川崎巳三郎投獄)
今松治郎(衆院議員) ゾルゲ事件・松尾鉱山朝鮮人労働者・短歌グループ等太平洋戦争開戦に伴う非常措置弾圧
町村金五(田中内閣自治相) 創価学会・第7日基督再臨団弾圧、横浜事件(『改造』『中央公論』廃刊)
古井喜実(池田内閣厚相) 高倉テル・松本正雄・美作太郎・三木清・塩谷アイ投獄
この驚くべき戦犯と秘密警察出身者の多さに愕然とする人も多いでしょう。あらためてこのリストをみると、ため息が出てくるような無惨な責任追及の欠落を覚えます。私はここに記載された人物の名称を永遠に記憶に留めたいと思います。ソ連・東欧の崩壊のような体制転換の時に、真っ先に粛清の対象となるのは秘密警察です。ゲシュタポ(ナチ)、KGB(旧ソ連),シュタージ(旧東独)、KCIA(韓国)等々の秘密警察高官は根こそぎ粛清・告発されて2度と復権することはありませんでしたが、こんなにうち揃って戦後の要職に返り咲いた日本は、世界史では希にみる特異な国です。しかも現在の政界には、これらの人物の子弟が続々と登場しています(町村信孝前外相の父は町村金五です)。日本は世界史上希に見る驚くべき無責任システムの国家なのです。ここに靖国参拝問題の根元が横たわっています。対外的にも対内的にも加害の責任を免罪してきた情けない国家として、日本は世界史の教科書に特記されるでしょう。日本の「責任」システムと日本型官僚制の致命的欠陥は、世界の政治行政学の格好の研究対象となるでしょう。
いよいよ結論が明らかとなってきました。むしろ過去史究明委員会を組織して、本格的に加害と弾圧の歴史を究明し、被害者への謝罪と名誉回復・補償をして和解をめざすべきは日本政府です。日本政府の無責任の典型的事例を挙げてみましょう。95年に北海道文学部で新聞紙に包まれ、段ボール箱に入れて放置されている6体の頭骨が発見された。その頭蓋骨に記された墨書と1枚の書き付けは次のようになっていました。
「韓国東学党首魁ノ首級ナリト云フ 佐藤政次郎氏ヨリ」(墨書)
「髑髏(明治39年9月20日 珍島ニテ)右ハ明治27年韓国東学党蜂起スル有リ、全羅南道珍島ハ彼ガ最モ猖獗ヲ極メタル所ナリシガ、コレガ平定ニ帰スルニ際シ、ソノ主唱者数百名ヲ殺シ、死屍道ニ横タワルニ至リ、首魁者ハコレヲ梟セルガ、右ハソノ一ナリシガ、該島視察ニ際シ採集セルモノナリ。佐藤政次郎」(書き付け)
佐藤政次郎は札幌農学校出身の農業技師で、韓国統監部勧業模範木浦出張所に勤務し、珍島での綿花栽培採種圃でおこなわれた小作人奨励金支給式に出席し、1km離れた山裾にあった日本軍が遺棄した東学農民戦争兵士の遺骨を「採集」したものと推定される。他国の人の遺骨を野山に晒し、「採集」して日本に持ってかえったのです。遺体陵辱罪にあたる冒涜的な行為以外の何ものでもありません。北大は韓国政府の「東学農民革命軍指導者遺骸奉還委員会」の求めに応じて、奉還をおこないましたが、日本厚労省は何らの調査もおこなっていません。なぜ政府自身が責任ある調査と返還をおこなわず、民間の善意に任せて平然としているのでしょうか。1905年日本が強制した保護条約に反対する東学党農民戦争は、日本に対する反植民地戦争でした。日本はその抵抗軍の最後の拠点となった珍島で大虐殺をおこなったのです。私たちは「過去に目を閉ざして未来を失う」(ヴァイツゼッカー独大統領)国に生きています。
しかしドイツも最初から過去の歴史と向き合ったわけではありません。「ほとんどのドイツ人は、戦争終結をすぐに解放と受けとめたわけではなかった。彼らはナチズム、ヒトラーの戦争、そして欧州のユダヤ人の工業的に組織された壊滅についても、世紀の犯罪であり文明破壊であると理解したわけではなかった。自国の完全な政治的・道徳的破局に対する彼らの反応は、排除と現実逃避だった。解放の気持ちは後からやってきた」(独・シュレーダー首相第2次大戦終結60周年記念演説)。1986年・ヴァイツゼッカー大統領演説『荒れ野の40年』、1995年・ヘルツオーク大統領演説を経て、ナチス・ドイツの犯罪はドイツ国民全体がその責任を胸に深く刻む必要があるという認識に達するのに40年を費やしたのです。そして2000年7月からナチ支配下の奴隷労働・強制労働の犠牲者に対する個人補償を始めたのです。日本が同じ道をたどるに何年を費やすか、いかに先延ばししようと必ず歴史はそれを求めてきます。私たちは過去の罪責から逃れることはできないのです。(2006/2/23
11:25)
[世の中は学生と老人でほんとうに変わるのでしょうか?ー加藤周一説への疑問]
誰の人生も幼年期で始まる。母語の習得から日常周辺世界の理解まで。これが個人の社会化過程の第1段階。出来合いの答えを知らない子どもは、すべてを自分の眼でみて時には根本的な問いを発して大人をたじろがせる。天使のような天真爛漫の時期であるが、次第に家庭やメデイアや学校の習慣で処理するようになる。私たちは意外に大人びた子どもを見てギョッとすることがある。幼少年期を経て短い学生期、そして中年期を経て定年後の老年期を迎える。これが人生の3期だ。学生期・中年期・老年期を区分する便利なやり方が、共通の時代経験を共有する「世代」論だ。しかし世代の共有経験は反復不可能な一回性であり、その世代はただ過ぎ去っていくだけだ。
個人が社会に包摂されていく社会化過程は、一定の文化のなかで時期に応じた特定の型を示す。社会化が全面的な速度をもつ幼少年期、多面的でゆるやかな学生期、強力な集団圧力を受ける中年期、そして脱社会化の傾向を示す退職後の老年期等々。日本的伝統では集団指向性が強く、幼年期では「家庭」、中年では「職場」の集団圧力を受容する。幼少年期は所属集団の受容へ向かい(「良い子」)、中年は過剰な社会化による大勢順応に向かう(企業人間)。従って幼少年期と中年期における市民的独立の精神は成立し難い。逆に就職以前の学生期と退職後の老年期は集団圧力が弱くなり、自由な志向が展開できる可能性が増す。ここに批判精神の生まれる契機がある。学生と老人と女性、ここから何かが変わり始めるのではないか。以上・加藤周一「夕陽妄語」(朝日新聞2月22日夕刊)参照。
取り立てて新しいことを言っている分けではない。要するに学生と老人は比較的に自由だから、他の人よりも自分の意志を表現するよーということだ。しかし加藤氏は進んで、世の中を変えるのはこの年代だよとも言う。率直に言って加藤周一老いたるかなと思う。少なくともモラトリアム期にある現代学生を覆っている保守主義と馴化された行動様式は哀しいほどにみじめな状況だ。これは大学を少し覗いてみればすぐ分かる。彼らは教授を「○○先生」と呼んで一切批判しない。社会的アッピールを訴えるビラや立て看板はない。早々とリクルートルックに身を包んで、ひたすらエントリーシートをのぞき込む。ゼミナールで矜持をもって自己主張することはない。加藤氏の学生待望論はリアルな現実の前に無力だ。しかし老人期期待論は一部正しい。団塊前後の前老人は、ボランテイアや市民運動の主役に躍り出て、いまや社会運動は老人なしに成り立たない。
加藤氏が早々と見限ってしまった30−50歳代の中年期にある不気味な沈黙をこそ注視しなければならない。この年代は無意識の保守的無党派層を形成し、企業内業績競争に埋没しているが、彼らは企業集団に依存しつつ、集団機能を推進している主役だ。この主役がどう振る舞うかが世の中を規定しているのであって、学生と老人ではない。世の中の生産点と家族の生活点を掌握する管制高地には彼らが座っている。この中年期の時代精神を精細に分析し、可能性を明らかにしない限り、世の変革はない。学生が変革勢力となる後進国型変革パターンはもはや過去のものとなっているのだ。
ではこの中年期の変革可能性はあるか? 表層においてはない。彼らは企業内で業績競争に勤しみ、社会的関心を著しく劣化させている。かって労働の社会化論という変革理論は、生産現場での労働力の自主的結合による統治能力の発展という展望を述べたが、実態はバラバラになって競争するアトム的な企業人間が出現する結果となった。では可能性はないのか。私は長いスパンで考えたいと思う。加藤周一氏は1968年の学生運動を評価しているが、68年も60年も含めて実際には広汎な中年層の高揚が基盤にあったという歴史的事実を忘れている。高揚と沈滞を繰り返す中年期にこそ、変革の主力があることは明らかだ。学生と老人にしか期待できない社会はそれ自体存立の条件を失っている。
より基本的なことは、こうした世代や年代論による差異論は、相互の架橋性を閉ざして、互いの対立と冷視を誘発する悪しき結果をもたらすことだ。特に高齢社会に突入して、若者の負担を唱えて年代間分裂を煽動する政府戦略にあっという間に取り込まれている現実はそれを証明している。世代と年代の差異を超えた、協同の契機を探求することにこそ時代をほんとうに前に進める意味がある。(2006/2/22
19:48)
[50年を経て続く水俣病は日本の恥部を晒している]
04年10月の最高裁判決は、水俣病の感覚障害・運動失調など複数の症状の併存という行政認定基準を否定し、感覚障害のみによる認定を認めて国と熊本県の行政責任を追求する画期的な判断を示した。これを契機に潜在被害者による認定申請数は3600人を超え、95年の救済策(医療費全額と一時金支給)と同じ救済を求めたが、環境省が05年4月に規定した新救済策は、「新保健手帳」による医療費全額支給にとどまり認定基準の見直しも拒否した。申請者1000人は05年から熊本県・国・チッソを相手に1人当たり850万円の損害賠償訴訟を起こした。その中心は司法救済制度の導入にある。
現行認定制度は、公害健康被害補償法にもとづいて設置された熊本・鹿児島県認定審査会(現在休止中)が審査をおこない、いままで2200人が認定されたが、棄却者数は実に1万4000人に上っている。複数症状の組み合わせという基準がネックとなったのだ。現行認定制度の基本的な欠陥は、加害者である行政が被害認定をするという行政認定制度によって公正性が担保されないところにある。この行政認定制度をやめて、被害者認定を司法が判断する司法認定制度への転換が不可欠だとする。
原告690人と認定申請者の実態からなにが浮かび上がってくるか?
原告性別内訳 男性347人 女性343人
原告地域内訳 熊本県485人(70,3%) うち天草270人(39,1%) 水俣市44人(6,4%)
原告年齢別 30−50歳代 40% 40歳代以下10%強 最年少1970年生まれ
05年末認定申請者 天草480人 水俣市334人
地域別で見ると天草地域が圧倒的に多く、水俣地域が少ない。天草地域は養殖中心の漁業を営む離島・御所裏町の住民であり、汚染実態があっても主張を抑える漁村特有の風土によって潜在被害者が放置されてきた。水俣市内の申請数はかなり多いのに、提訴者数が少ないのは、明らかにチッソ関係者が多く申請はしても提訴に踏み切ることができないからだ。さらに公式確認から50年を経て若い世代が急増しているのは、偏見による結婚・就職差別を恐れて隠し、加齢とともに症状が悪化してきた人もいるが、胎児期や乳幼児期・小児期に汚染された世代は、成人後に汚染された患者と違い、四肢の感覚障害が発症しない場合が多く、救済基準から漏れるところに最大の要因がある。
家に水俣病患者がいると、まわりから後ろ指を指され、とても漁村の閉鎖的共同体では生きていけないから、隠れるようにして半生を過ごし、地域ではその人がいることすら知らない人が多い。小学校は行けず、外出は墓参り程度で、親の葬儀も参列者が帰った後に焼香する。旅行はおろか買い物にもいっさい出ず、1日の大半は部屋の中でひっそりと過ごす。過疎化する地域では患者の介護をする者がどんどん減って、自分を世話してくれる人がいない孤独患者が多くなる。山崎和秋さん(57歳)はこのようにして生きてきた。彼は網元の家に生まれ、毎日のように魚を食べて育った。家族全員が手足のしびれなど水俣病特有の症状があらわれたが、差別と孤立を恐れて誰も認定申請せず、この世を去っていった。いま彼の両手の指と手首は内側によじれ、足と背も曲がり、歩みはおぼつかない。相手の話を理解はできるが、言葉は声に出せない。7歳で身体障害者1級手帳をもらったが、水俣病の診断は下されなかった。05年についに医師は水俣病と診断した。すでに彼は、四肢の重度感覚障害、視野狭窄、聴力障害など行政認定基準のすべてに該当する症状を呈していたのだ。彼は05年11月にはじめて認定申請を出した。
荒川速男さん(76歳)は、元チッソ従業員で現役時代から視野狭窄と手足のしびれを覚えていたが、自分の会社を敵に回し、また加害企業の後ろめたさから申請しなかった。酢酸原料のアセトアルデヒドの製造工場に配置され、その工程で生じるメチル水銀を含んだ蒸気を浴びて働いてきた。街で「あんたの会社のせいで、こげな身体に・・・・」と罵声を浴びてもジッと我慢した。会社は莫大な被害を代償に最大限利潤を挙げ、自分はそれで生活してきた。強い会社への愛着を抱きつつも、05年に認定申請に踏み切った。以上・朝日新聞2月22日朝刊参照。
50年を経て最終解決できない水俣病問題からなにが浮かんでくるだろうか。被害者を嗜虐して孤立させる日本的集団社会の闇の構造ではないか。チッソによる被害だと公認されて以降も、地域共同体と企業は被害者を迫害した。和解一時金を手にした被害者に「ようけいカネが入ってうらやましいわ」と平然とうそぶくルサンチマンの背後にはなにがあるのだろうか? 日本のまわりを見渡すと同じようなことがいっぱいある。いじめられる被害者にも責任があると言い、レイプ被害者には挑発するお前が悪いとあざ笑い、ハンセン病者を閉じこめては不妊手術を施し、非人という身分を置いて攻撃し、震災が起こると朝鮮人をよってたかって虐殺してきた私たちだ。他人の何かの異端の要素を探し出しては孤立させて排除し、集中攻撃を加えて嗜虐の快感を味わう構造は抜きがたく続いてきた。こうした地上での醜い諍いを、聖なる天上に君臨して見下ろしている汚れなき存在が対極にある。私たちは、ついに「水戸黄門」を脱却し得ていない。誰かを異端として排除することによって共同体の安寧を保とうとするが、自分自身が攻撃されたときには「葵の印籠」が現れて一気呵成に雲を払うかのように解決してくれる幻想から抜け出していない。私の祖母はTVで「水戸黄門」を見ていつも終了3分前のシーンがくるといつも涙を流して喜んでいる。私たちは歴史上一度も、自分で立ち上がって正義をめざす行為の成功体験を持たない民族だ。なぜなら排除の構造の力は抜きがたいほどに強く、正義を主張すれば秩序破壊者として逆に攻撃され孤立したからだ。聖なる天上の存在は、依然として君臨し続け、継承者の性別をめぐって醜い争いを続けているが。こうしてようやくにして或る結論を得るに至った。<聖>と<賎>の垂直的なヒエラルヒーが牢固としてそそりたっている間は、私たちの国では差別と偏見はかたちを変えて永遠に続いていくだろう。「葵の印籠」を捨てて自分の足で立つ日はいつ来るだろうか。(2006/2/22
11:20)
[過去の罪責に対する容赦なき追求ーあなたはドイツ刑法130条第3項を知っていますか?]
オーストリアの首都ウイーン州裁判所は、英国の歴史学者デヴィッド・アービング(67歳)のホロコースト否定発言に対して禁固3年の判決を言い渡した。同氏は89年にオーストリアでおこなった講演で「アウシュヴィッツにガス室は存在しなかった」と述べて逮捕状が執行され、05年11月に同国を再訪問した際に逮捕された。同被告は「ガス室否定発言は間違いだった」と主張したが、判事は「被告の言葉はほんとうに考えが変わったとは認められない」と判決理由を述べた(以上・朝日新聞2月21日付け夕刊)。
こういうニュースが飛ぶ込んでくると私は、ドキッとするような息苦しさを瞬間的には感じますが、とても自分のこととはうけとめられません。はるかかなたの消えていく記憶神経を刺激されたような気分です。日本では、政府高官が歴史修正主語の世迷い言が発しても、何ごともなかったかのように過ぎていき、いつまで過去のことをほじくり出しているんだーと逆に怒鳴られそうな日常です。でも少し立ちどまって考えると、こういうニュースは日本はほんとうに大事なことを置き忘れたままに、時を経ているのではないだろうかと思わされます。21世紀を過ぎてなおナチス犯罪を忘れずに追求し断罪している欧米と、そんな歴史があったことさえ知らない日本の違いをどう説明していいのか困ってしまいます。しかし同じ犯罪国であったドイツと日本の過ぎ去った過去に対する態度の違いは、いつの日か取り返しのつかないような事態の誘発を予測させて暗然としてきます。
日本で南京大虐殺は幻だったと言って刑罰を科せられるでしょうか?
日本で強制連行はなかったと言って刑罰を科せられるでしょうか?
ホロコーストはナチス・ドイツが第2次大戦中におこなった主としてユダヤ人に対する絶滅計画による虐殺を指します。この作戦は「夜と霧」作戦と呼ばれました。holosu全部+kaustos焼くに由来するholokaustonを語源とし、「丸焼きの供物」を意味します。ヘブライ語では大虐殺ショアーと言いますが、英語ではジェノサイドを用い、いずれも同じ意味です。1943年7月から始まった絶滅はチクロンBという毒ガスや一酸化炭素・排気ガスを噴射するガス室で約600万人のユダヤ人が処刑されました。その作戦指揮官は、国家保安部長ラインハルト・ハイドリッヒと第4局B4課長アドルフ・アイヒマン中佐でした。42年のベルリン郊外ヴァンぜー会議で「欧州におけるユダヤ人問題の全面的解決」が決定され、欧州全土11,000,000人の絶滅計画が確認されました。出身地別犠牲者数は以下のようになっています(BENZ,Wolfgang,Der
Holocaust.C.H>Beck 1995)。
ドイツ 165,000人
オーストリア 65,000人
フランス・ベルギー 32,000人
オランダ 10,000人
ギリシャ 60,000人
ユーゴスラヴィア 60,000人
チェコスロヴァキア 140,000人
ハンガリー 500,000人
ソ連 2,200,000人
ポーランド 2,700,000人
シンテイ・ロマ 250,000人
同性愛者 10,000〜25,000人
精神障害者 20,000〜30,000人
戦後にホロコーストをすべて否定したり、規模への疑惑を主張する歴史修正主義がはじまり、1948年にポ−ル・ラッシニエ『passage
de Ligne』で生存者の証言を疑問視し、「ホロコースト修正主義の父」と呼ばれている。しかし「ナチ犯罪の否定・矮小化」への刑事罰適用がドイツ・オーストリア・フランスで規定され、人種差別禁止法によって刑罰を科す国もある。国際人権規約批准国は、B規約第20条2項「国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は法律で禁止する」ということを根拠に表現の自由を規制している。04年にイスラエル「ホロコースト否定禁止法」は、ホロコースト犠牲者数は1,000,000人に満たないという博士論文を書いたホロコースト否定論者であるPLOアッバス議長を標的に制定された。05年にはイラン・アフマデイネジャド大統領がホロコースト否定発言をおこない国際的批判を浴びた。1994年からドイツでは、ホロコースト否定を刑法130条第3項で禁止し、オーストラリアも同じ法律を規定した。
ホロコーストの立証責任をめぐる論争の具体事例を紹介しよう。実にアレコレの事実をあげつらっている。人間1人の死体を焼却して跡に残る灰は靴箱1杯程度の量だ。連合軍のアウシュヴィッツ偵察飛行は、44年4月4日、5月31日、6月26日、8月25日、9月13日の5回しか行われていない。ゾンダーコマンドと呼ばれるユダヤ人労働者がガスマスクを着けて死体運搬をおこなった。シンドラーをはじめとする財界は、「ただで使える労働力」としてユダヤ人に注目した。身元不明の戦没者の葬儀を一律におこなうのは、イスラエルかアラブのような単一宗教国家、社会主義国家、またはクリスマスと正月と仏式葬儀に矛盾を感じない日本だけだ。杉浦千畝はなぜ咎められたのか。以上・電子百科Wikipedia参照。
同じように南京大虐殺は幻だった、強制連行はなかったー等といくつかの反証を挙げて証明にいそしむゴーマニストなる者がいる。彼らは学術論文にふさわしいデータを提示しない歴史的事実は認めないというのであろうか。現にそこに犠牲となった生還者がおり、証言者がいても、その証言に謙虚に耳を傾けようとしない自らの恥ずべき心性に思い至らないのだろうか。
アンネ・フランクはなぜ死ななければならなかったのか! この素朴な問いにまず答えるべきだ。
こうしてようやく私たちが忘れていたことが明らかとなってきた。日本は15年戦争の戦争犯罪を否定したり、矮小化する言動に刑事罰を適用すべきである。こうしてはじめて私たちは過去の罪責への悔い改めの第1歩を踏み出すことができる。(2006/2/21
20:22)
[現代日本におけるJusticeの問題]
姉歯建築士はどうなっているのか? いったい偽造建築関係者の犯罪責任はどうなっているのか? 大山鳴動ネズミ一匹か? BSE牛輸入を許した人はいまどうなっているのか? 日本の全線でいまJusticeの感覚が劣化していないか? 「正義」なんて言葉を使うことに顔が赤らむようなありさまがいま蔓延していませんか? フランスのララン・ブロサは自分がしたことを条件反射的に相対化して逃れようとする論理を、ミメテイスムmimetisme(仕返し主義)という概念で説明する。フランス語のmimer(模倣する)が語源でほんらいは生物学の「擬態」という敵を誤魔かす方法だ。子供のケンカで先生が「どっちが先に手を出した?」と聞くと、同時に「あっちです、先生!」と答えるような態度で、「植民地を始めたのは白人なのに、何で日本人だけが悪者にされるんだ」などと日本の政治家が使う。特に日本は単一民族国家の幻想が強く、しかも国境が他国と陸で連続せず自己完結しやすいから逆に自閉的な他者攻撃性が誘発されやすい。日本の学校では「自分だけではない、みんなもやっている、何で私だけを怒るの?」という弁明がよく聞かれる。ここには自分であろうと、他人であろうと「悪いことは悪い」というJustice正義の感覚の貧困がある。欧州ではこうしたミメテイスムは、2度にわたる世界戦争の悲惨な体験を通じて何の意味を持たないという痛切な反省を刻んだが、日本は15年戦争で致命的な反省を強いられず(又は自ら逃れて)、甘えの構造が温存されてきた。「甘え」という日本語は外国語に訳せない日本独特の集団文化の用語だ。ミメテイスムの虚妄を刻んだ文化は、暴力と憎悪の連鎖を断ち切る可能性を手に入れている。残念ながら日本はそうではない。
こうしたミメテイスムをめぐる具体的事例を考えてみよう。
ドイツ大手銀行ドレスナー銀行は、ナチ政権時(1931−45年)の戦争犯罪に加担した過去の罪責を160万ユーロを投じて独立機関に調査を委託した(ある取締役「どのような痛みを伴うものであっても、真実は受け入れる」)。委託された独歴史研究者グループは、8年の歳月をかけて、10カ国以上、80の資料館を精査した2374頁にのぼる調査報告書を発表した(2月17日)。ドレスナー銀行は、ナチ突撃隊へ4700万ライヒス・マルクの資金を提供し、オウストリア併合とチェコ侵攻を一攫千金のチャンスとしてナチ政権に喰いこみ、強制収容所とゲットーに閉じこめられたユダヤ人の年金を横領してナチに渡した(『第3帝国のドレスナー銀行』全4巻 近日刊行)。同銀行の調査の契機は、米国集団強制労働保障訴訟がある。要するに米政府は、太平洋戦争期に強制収容した在米日系人に賠償金を支払ったのだ。
ドイツは1960年代に若者たちが、「父親はなにをしたのか?」という問いかけでミメテイスムと訣別し、ドイツ人全体の名において第3帝国の戦争犯罪の責任を引き受ける転換をおこなった。同じ60年代に日本の若者は反体制運動を繰り広げたが、過去の加害責任を問題にすることはなかった。この違いは一体なんだろう?
米国の全米キリスト教組織である「WCC全米会議」はブッシュ政権に次のような公開書簡を送り痛烈に批判した(2月18日)。
「イラク戦争は、ごまかしであり、正義の世界的規範の侵犯、人権侵害のもとに開始されたものであって、我々は特別の苦痛を以てこの戦争を嘆き悲しむ。ブッシュ政権は、米国と世界の教会指導者の声に耳を貸さず、自国の国益のためとして支配と統制の帝国主義的な計画に突入した。その結果、か弱い地球上の隣人達がテロにさらされ、人類家族は危機に陥っている。わが国の指導者が先制攻撃の道を進むのを抑えるために、大きな声を一貫して上げる点で不十分だった。さらにブッシュ政権は地球温暖化防止の国際協定に背を向け、自国の富に固執して世界の貧困問題に真剣に取り組まず、国内の人種差別にも無頓着である」
公開書簡は全米のクリスチャンを代表してブッシュ政権との訣別を宣言している。ただし、イラク開戦時は教会が先頭に立って戦争勝利の祈祷を捧げた行為への自己批判がない点に大いなる失望を覚えるが、しかし正義の原点に立ち返っていることに重要な意味がある。ここにはやはりゆるぎないJustice正義の感覚がある。
日本と同じくアフリカを植民地化して支配したフランスは、2005年2月に「旧植民地からの帰還者援護法」を制定したが、その第4条の「現地教育に植民地政策は寄与した」とする美化規定に対して、アフリカの旧植民地国出身者から強い批判が起こり、シラク大統領は憲法評議会に第4条の削除を要請した。日本の外相が台湾に対して同じ趣旨の発言をし強い抗議を受けていますが、彼は再三繰り返して恥じらいなく、メデイアも批判報道をしていません。何なんだろう?これは。
日本企業は強制労働に対し調査活動を開始し補償しているか? No!
日本宗教界は団体を挙げて戦争を批判しているか? No!
日本政府は旧植民地美化を撤回しているか? No!
世界の常識は日本の非常識、日本の常識は世界の非常識、「常識common
sense」とは「一般の人々が共通に持っている、または持っているとされるべき知識や判断力」(『旺文社 国語辞典』)という意味です。日本からJustice正義のCommon
senceが失われて姿を消しつつある時代はかってなかったように思います。そうは思いませんか? (2006/2/20
20:20)
[日本のSovereigntyはどこへいく・・・はるか海越えてワシントンまでか?]
Sovereigntyは@主権、統治権 A独立(主権)国家を意味し、その形容詞sovereignは@最高の、至上の A独立の、自主のーとなっています(『ルミナス英和辞典』研究社)。「主権」を『広辞苑』は次のように定義しています。
@その国家自身の意志によるほか、他の意志に支配されない国家統治の権力。国家構成の要素で、最高・独立・絶対の権利
A国家の政治のありかたを最終的に決める権利
@は対外的な国家独立権を云い、Aは対内的な国家決定権の帰属を意味しているようです。いずれも「権(権利)」の考えが基礎のあります。「権(権利)」は、英語のrights、ドイツ語のRechtの訳語ですが、明治期には「通義」とか「権義」「人権(債権)」などの訳もあり、最終的に「権利」に定着する紆余曲折があったようです。問題は、日本的「権利」が奪うことのない自然権ではなく、、奪うことのできる臣民権としてスタートし、民衆が自らの手で獲得した権利ではなかったことです。だから「主権」も神聖不可侵な独立というよりも「お恵み」として付与されてきました。明治政府が欧米に媚びへつらって実現した不平等条約改正も、裏を返せば台湾・朝鮮の「主権」を奪うことになんの恥じらいの感覚もなかったのです。市民革命を成し遂げた欧州「主権」国家も資格は白人のものであり、有色人種国家を平然と支配しました。もし日本が白人国家であれば米国は原爆は落とせなかったし、イラクに侵攻することもなかったでしょう。ところが世界でたった一つ、同じ有色人種国家でありながら他の有色人種国家を支配したのが日本です。日本という有色人種国家は、あたかも自らを亜白人国家とみなし(福沢諭吉「脱亜入欧」)、アジア諸国の「主権」を奪い尽くし、敗戦によってはじめてやめました。
韓国で朴正熈がクーデターで政権を握ったときに(1961年6月19日)、ケネデイは彼の左翼運動の前歴を嫌って忌避した。日本の池田勇人首相はワシントンに飛んで、「歴史的に韓国は、大国主命以来日本と密着し、寧ろ中国より重要な国だった」と説得し(『戦後日本外交史』三省堂)、皇孫邇邇藝命に国土・出雲国を献上した国譲りの大国主命に比喩して、満州国軍中尉朴正熈が国土を皇孫に献上するであろうとみなしていた。吉田松陰が久坂玄瑞に「琉球を収め朝鮮を取り、神功のいまだ果たざりしを遂げ・・・・」と手紙に書き、岡倉天心が「神功皇后が征伐の軍を進めた3世紀より8世紀に至るまで朝鮮は日本の属領であった。日本が朝鮮を植民地として支配するにしても、これは固有の属州を回復したまでのことであって侵略ではない」(『日本の目醒め』)とした。『出雲風土記』の「国引き」神話では、八束水臣津野命が新羅まで出かけ、その国の島に網をかけて、「国来、国来」の掛け声とともに出雲の国に引きよせたとある。日本は古代から朝鮮半島に対する異常な執着心を持つのは、皇孫邇邇藝命(ニニギノミコト)が日向の高千穂の峯に天降る前の、古代神々の棲家である高天原が朝鮮であったということにある。かくして日本は神話を動員して、必死になって朝鮮半島を支配するイデオロギーをつくりあげた。以上・鄭敬謀「日本の神話と朝鮮」(『機』168所収)参照。
「権利」が「臣民の権利」ではなく、奪われることのない「自然権(基本的人権)」に転換したのは、米占領軍による強制でした。それから60有余年を経た現在にあっても、「主権」の歪んだ構造は続き、いま以て米国には主権を譲り、アジアからは奪って恥じない意識が残っています。日本軍隊が戦後初めて出兵したのは、有色人種国家である中東でした。相手の肌が白いか白くないかで、主権を考えるのが日本です。日本は自分が受けた主権侵害を他国に転嫁することによって生きのびてきました。いまさらに日本の主権の歪みきった二重性が露わとなっています。
米国農務省は米国産牛のBSE病原体を蓄積する脊柱が混入された経過報告書を日本に提出し、「脊柱混入は米政府のBSE政策ではなく、一部業者の例外的なミスだ。脊柱混入は日米合意に反しているが、日本国民の健康を害するものではない。日本の消費者の理解を経て早期の輸入再開を求める」としています。米国農務省監査局報告は、歩行困難牛29頭が食肉処理されたことに関しても、「これは歩行途中に転んで脚を捻挫したもので問題ない」としています。追い込まれた日本政府は、しきりに米国の責任を云っていますが、米国圧力に迎合して査察もしないで安全宣言をした自らの責任を回避しています。日本政府は米国圧力を受けて、BSE検査を全頭から21ヶ月以上に変えましたが(05年7月)、日本のすべての自治体は全頭検査を続け、その結果国内22頭目のBSE感染牛に肉骨粉含入を発見して原因究明にやっと近づいているその時に、米国産牛輸入再開に踏み切りました。メデイアは「早く吉野家の牛丼が食べたい」という声を意識的に流して雰囲気を煽り、吉野家は「米国産牛は安全だ」とする大宣伝を繰り広げましたが、いまは素知らぬ顔で沈黙しています。
欧州には決して輸出しない(できない)米国産牛の受け入れを執拗に迫る米国と、再開を急ぐ日本政府の背景には、米国の拭いがたいレイシズムによるダブル・スタンダードと、それに迎合して媚びへつらう日本政府の歪んだ「主権」意識があります。私は人種主義を煽るつもりはありませんが、米国の行動には明らかにレイシズムがあると思います。
もう一つの事例をあげましょう。横須賀港は全世界で唯一の米原子力空母の母港基地となり(日米政府合意「在日米軍再編計画」05年10月)、原子力空母ジョージ・ワシントンが08年に配備されます。この空母の原子炉は美浜原発1号炉に匹敵する出力を持ち、横須賀滞在日数は約210日(7ヶ月)です。原子力安全委員会の査察は、軍事秘密と国内法規制の対象外で原子炉システムと異常事態の把握、緊急時の対策を立てることは一切できません。原発事故による人体被害は最低半径10km・70万人(横須賀、横浜、逗子、鎌倉、三浦)と推定されますが(朝日新聞05年11月18日)、チェルノブイリでは半径30kmに避難命令が出ました。3000万人が密集する大都市圏に原子炉が設置されている国はありません。米国すら人口密集地での訓練は実施していません。横須賀は世界最大の米第7艦隊のミサイル司令部なり、全世界に展開する原潜艦隊司令部となります。
原子力空母は陸上原発をはるかに上回る危険性をはらんでいます。狭い船内に設置するため炉心設計と放射能防護構造に余裕がなく、航行による振動と衝撃で堪えず炉心が影響を受け、軍事作戦による煩瑣な出力調整を繰り返し、高性能爆薬(核兵器を含む)の危険物と同居しているからです(原子力空母を考える市民の会HP参照)。なぜ日本だけが世界で初めてこのような原子力空母を受け入れ、半永久的な母港化を許すのでしょうか。私はここにも、日本の歪んだ二重性を持つ「主権」の構造があると思います。
日本の米軍駐留経費負担額は他の米国同盟国26カ国分の合計を上回っています(米国防相総省『共同防衛に対する貢献報告04年度版』)。
▽米軍駐留経費負担総額・米兵1人当たり負担額及び割合(02年度分 1ドル=122円)
日本 44億1134万ドル(5382億円) 10万6000ドル(1293万円) 74,5%
スペイン 1億2727万ドル( 155億円) ー
57,9%
イタリア 3億6655億ドル( 447億円)
2万8000ドル( 341万円) 41,0%
韓 国 8億4311万ドル(1029億円)
2万1800ドル( 266万円) 40,0%
ドイツ 15億6392万ドル(1908億円) 2万1700ドル( 265万円) 32,6%
英 国 2億3846万ドル( 291億円) ー 27,1%
日本の米軍駐留経費負担額は、ドイツの2,8倍、韓国の5,2倍、イタリアの12倍、英国の18,5倍であり、日本を除く26カ国負担総額39億8582万ドルをはるかに超えています。米兵1人あたり負担額は、イタリアの3,8倍、韓国・ドイツの4,9倍であり、負担割合は74,5%というほぼ自国軍隊の並みの維持費を提供しています。
米軍駐留経費負担の内訳は次のようになっています。
▽直接支援額(施設建設費、従業員労務費、光熱水費、民有地借り上げ料、基地周辺対策費) 32億2843万ドル(3939億円)
▽間接支援額(国有地提供、税金免除) 11億8292万ドル(1443億円)
日本の負担絶対額の大きさとともに、直接支援費が群を抜いて大きく、韓国4億8661億ドルの6,6倍、ドイツ2870万ドルの112倍に達しています。日米地位協定という国際条約の義務にも規定がない施設建設費、従業員労務費、光熱水料、訓練費をサービスしています。施設建設費は、基地にとどまらず、豪華な米兵家族住宅やレク施設をはじめ、耐爆シェルターや格納庫等の建設費を無償サービスしています。一度米軍基地周辺の米兵住宅を見てください。広大な敷地にプール付きの一戸建てやマンションが展開しています。この無償サービス提供は1978年度以降予算化され、その総額は12兆9600億円!に達し義務経費とほぼ拮抗するレベルに達しています(外務省北米局資料。
もっとも驚いたのは沖縄米海兵隊7千人のグアム移転経費76億ドル(8132億円)の半分ないし4分の3を日本側が負担するということです。他国の軍隊の他国領土基地増強に日本は税金を投入して支援するというわけです。海外基地から本国に引き揚げる経費を受け入れ国が負担した例は歴史上ありません。フィリピン政府は米軍基地をすべて引き払わせましたが、ビタ一文負担はしていません。この無償サービス予算を「思いやり予算」というそうですが、まるでヤクザのみかじめ料か上納金ではありませんか。暴力団の子分は多額の上納金負担を市民への麻薬販売や窃盗、恐喝、詐欺で暴力的に工面しますが、日本政府も法人税減免と所得税定率減税廃止や消費税アップという恐喝や詐欺まがいの手法で国民に転嫁しています。日米安保体制を肯定する人もこのような植民地型サービスを認めることはできないでしょう。
BSEといい、原子力空母といい、基地負担といい、ここまで侮辱され舐められ辱められている国は日本しかありません。率直に言いましょう。日本国は、もはや『広辞苑』の定義する「主権」をレイプされても媚びへつらって服従する娼婦国家になっているのです。いやそれは自ら労働して対価を得る娼婦すら侮辱するものです。それをしも尚日本は独立国だというならば、「その国自身の意志によるほか、他の意志に支配されない国家」であることを証明してください。少なくとも「男たちのヤマト」のメンバーには独立への矜持がありました。戦艦大和で米軍と戦い殉死した少年兵たちは、手のひらを返したように米軍に媚びへつらっている日本政府をどのような想いで見ているでしょうか。いま日本に来訪する外国首脳はほとんどないことに気がつきませんか? 少しばかりのカネを蓄えて米国に媚びへつらって喜んでいる国にわざわざ行く必要はないのです。主人であり親分である米国にいって話をつけた方が早いからです。「政府もし誓約を破るならば、国民立って新たな政府をつくる権利がある」とする米国独立宣言の輝かしい理念は、いま地に投げ捨てられて苦悶しています。(2006/2/19
13:26)
[トリノ冬季五輪にみる日本スポーツ界の崩壊]
メダル5個を最低目標にトリノに乗り込んだ日本選手団の低迷は目を覆わしめる惨状で、大会前から大騒ぎして幻想をふりまいたメデイアも視聴率下落に真っ青となっている。この惨状の原因はなんでしょうか。一言で言えば、転落した堤義明を頂点にしたJOCの垂直的な支配構造と、TOTO籤に象徴されるスポーツ市場原理主義にある。具体的にみてみましょう。
TOTO籤に依存して政府スポーツ予算は、長野五輪年の1998年363億円から06年度215億円と6割近くに激減し、TOTO籤の破産によって支援金分配システムも崩壊し、スポーツ環境のインフラが最悪の状態に転落している。TOTO売上げは643億円から150億円(05年度)に激減し、初期投資350億円のうち220億円が未払いで、なお百数十億円の新たな借金を重ねる。売上げアップ策として、コンビニ販売と電子販売・携帯販売という未成年販売禁止として禁止されていた手法を導入し、243分の1というギャンブル性を高める確率の籤を発売するという姑息な手段を国会報告なくおこなっている。
企業メセナで企業PRのために運動部を設立してきた企業が次々と撤退し、企業スポーツが根底からゆらいでいる。スキー・ジャンプでみると葛西紀明の地崎工業やマイカルが閉部し、スケートでは堀学の王子製紙、今井祐介のメッツも姿を消し、残っている実業団もほとんど新人を採用していない。頭に来た清水宏保などは自分でスポンサーを探す不安定な状況でタイムは不振を極めている。世代交代は遅れ、ジャンプの主力は、原田雅彦=37歳、岡部孝信=35歳、葛西紀明=33歳など長野5輪世代の昔の名前で占められている。市場原理的スポーツ経営論によって、即座に結果をも求める風潮が満ちて若い世代を系統的に育てる中長期モデルを持たない。ソルトレーク五輪とW杯以降、中長期ヴィジョンがないままに選手団編成がなされて今次の最悪の実態をもたらした。転落した堤義明の忠実な子分である遅塚研一選手団団長は、どのような顔をしてそのポストを引き受けたのであろうか。いさぎよく親分の転落に連座して身を引くべきとは思わなかったのだろうか。
積年のこうした問題を打破できない原因はいくつかある。
第1は競技団体の組織的前近代性だ。競技団体の理事層の平均年齢が70歳を超えて、志向と判断のフレクシビリテイが失われ、いつまでもポストに固執して君臨し、現場との隔絶が誘発されている。市場原理を導入しながら、組織体質は相も変わらぬ<体育系>なのだ。スポーツ関係者の上司に対する媚びへつらいと後輩に対する威張り方はまるで江戸期の身分制度をみているようだ。ちなみに米国競技団体会長の平均年齢は40歳代だ。組織のフレクシビリテイの喪失は、的確な情報収集に基づく現状分析と判断を決定的に劣化させる。スノーボードのハーフパイプやモーグルの惨敗は、競争国や採点基準の情報収集力の欠落を象徴している。
第2は政府を含むスポーツ財政だ。TOTOに依存する財政構造によって練習環境の貧困ははなはだしい。スピードスケートで大躍進している米国、ロシア、中国、韓国は通年練習できる室内リンクと冬季競技専用ナショナルセンターを整備して、系統的な選手育成をはかっている。日本の長野Mウエーブやスパイラルの使用期間はわずか10−3月までであり、夏場は莫大な自己負担で海外練習にいくが、収入の少ない選手は海外練習を断念せざるうぃえない。長野市はナショナルトレーニングセンターとしての助成金を政府に求めたがにべなく拒否され、年間改修費がMウエーブ4−5億円、スパイラル1,8億円という過重な地元負担を強いられている。TOTO依存から脱却して、98年レベルに政府予算を戻すだけでこれらの問題は解決できる。ナショナル・スポーツの管理運営が自治体に任されている国はない。
第3は企業スポーツ依存だ。右肩上がりの成長経済期では、企業はPRを狙って実業団育成に投資して最大限利潤を回収するが、経済停滞期ではあっさりと企業収益を優先して切り捨てる。選手の地位は常に不安定で、企業の広告塔となる一流選手はかろうじて保障されるが、それ以外は十分な評価を受けず選手層は極端に薄くなる。コーチも失職を恐れて、勝敗を最優先する選手起用と育成をおこない、選手全体のモチベーションは地に落ちてしまう。このまま競技を続けるメリットを見いだせない有望選手が次々とやめていく。トッププレーヤーすら「日本の選手層が薄いのは、このまま競技を続けても見通しがないからではないか」(清水宏保)という実態だ。
企業スポーツは、メデイアの視聴率至上主義と結びついて放映権料を期待し、メデイアは競技全体に目を向けることなく、一部のトッププレーヤーのみに焦点を当てて競争を煽る。企業とコーチとメデイアからトライアングル的に監視される選手の精神は、失敗を恐れて弱気になったり、疲労を蓄積して身体をこわす。
結論的に云うと、日本スポーツ界の問題は、市場原理と体育会系がセットになった怪獣のような構造に帰着する。その根底には、スポーツを公共文化財として位置づけるのではなく、利潤を生む私財とみなし、競争原理の自己責任にゆだねる市場スポーツ戦略がある。しかもその市場原理競争の推進組織は、身分的なヒエラルヒーがそそりたつ<体育会系>という前近代原理によって運営されているという、怪獣ガメラのような歪んだ構造となっている。
このような怪獣に囲まれて、必死に努力して惨敗している選手は犠牲者だ。欧米の選手が、スポーツと他の専業的職業を統合させて追求しているのをみると、日本のスポーツ選手の貧困が浮かび上がる。引退したらボランテイア、医者、学者、政治家などをめざすと堂々と語る欧米選手をみているとうらやましくなる。GDP世界第2位にしてこれほど貧困なスポーツ国はない。世界は日本の失敗から多くのことを学ぶことができる。(2006/2/19
10:28)
[智慧はここにあり、心ある者は獣の数を算えよ。その数字は666なり]
新約聖書巻末『ヨハネ黙示録』第13章にある言葉です。『ヨハネ黙示録』はイエスの12使徒のヨハネが記した、人知では知り得ない神自ら示した言葉という意味で、現存キリスト教最古の文献とされています(異説あり)。そこでは強大で邪悪な権力を持つ野獣と信徒の戦いが描かれています。野獣は信徒を迫害し虐殺しますが、この世の終わりを告げる最後の決戦(ハルマゲドン)で野獣は敗北し、殉教した信徒たちはエルサレムの天国でよみがえり、永遠のいのちの水を汲むことを許されるというストーリーです。この最後の決戦後の千年王国が約束されています。このハルマゲドンがさまざまの解釈による邪教を誘発してきました。問題は野獣を表す言葉が「666」という神秘的な数字であり、この真の意味は解明されないままできたのです。1836年にベルリン大教授フェルデイナンド・ベナリが初めて解読に成功し、生命の合計数値を出して占うgematriah(ゲマトリア)であることが明らかとなりました。「666」はヘブライ語でローマ皇帝ネロを表していたのです。nヌン=50、レシュ=200、ワウoの代わりのw=6,ヌン=50,カフk=60、サメクs=100、レシュ=200,合計が666であったのです(ギリシャ語ではNeron
kaisar)。弾圧された地下信仰を営む信徒へのメッセージとして、秘密の数字暗号が用いられたのです。皇帝・暴君ネロは自らローマに火を放ち、その犯人をキリスト教徒とデッチあげて逮捕し、飢えたライオンに喰い殺させる見せ物を演じて市民を熱狂させました。『ヨハネ黙示録』は、暴君ネロに抵抗するキリスト教を励ますものでした(エンゲルス『原始キリスト教によせて』1894年)。『ヨハネ黙示録』は、ドストエフスキー『大審問官』などを含めて終末論的神秘主義で恣意的に解釈され扱われてきましたが、実は青年イエスの対ローマ抵抗・独立運動の思想が色濃く反映されている原始キリスト教思想のエッセンスであり白眉であったのです。
現代キリスト教でこのピュアーな原始キリスト教の精神を継承し再生しようとしているのが、中南米・アジアを中心とするカソリック解放神学です。解放神学の創始者であるレオナルド・ボフ神父(フランシスコ修道院)は次のように云います。
「マルクスは資本と搾取過程の論理を理解するのに我々に役に立ちました。マルクス主義は人類の未来に真に人間的・精神的に開花
しうる、搾取なき世界での親和な世界を展望している点で、マルクスと聖書は類似しています。哀れな者と富める美食家が兄弟として
同じ食卓に座る理想郷の実現、すなわち搾取と抑圧が打破され、貧しい人々の社会的解放が達成されたあとに、搾取者と被搾取者と
の和解、これが悩める人々の救済、神の愛による蘇りです」
明らかに解放の神学は聖書的未来の現実的展望をマルクス未来社会論に求めているようです。カソリック・キリスト教ローマ法王は、中世期に免罪符の販売で巨万の富を取得し、近代前期に農民戦争を弾圧し、十字軍戦争でイスラムを攻撃し、現代ではナチ政権に協力してユダヤ人虐殺の共犯者となりました。前法王ヨハネ・パウロ2世は解放神学をマルクス主義とみなして禁止措置をとりましたが、途中から容認に転じ、米軍のイラク侵攻を批判するに至っています。こうしてカソリック教会中心に「第2の宗教改革」と呼ばれる革新運動が起こっています。
日本でも浄土真宗大谷派を中心に、過去の戦争への加担を断罪する厳しい批判があり、平和を希求する教団活動が展開されています。戦前期では妹尾義郎を中心とする日蓮系反戦運動が展開されましたが、彼らは痛ましい弾圧を受けました(妹尾義郎『仏陀を背負いて街頭へ』岩波新書)。現在は藤井日達師による日本山妙法寺にその系流は引き継がれているようにみえます(藤井日達『わが非暴力』春秋社)。太鼓を打ち鳴らしながら行進している黄色い僧服の僧侶をみたことはありませんか。
ピュアーな宗教者ほど、現代の悲惨な状況から目をそらすことなく、始祖の教義とリアルな現実をむすぶ回路を見いだす苦闘を続けているようです。リアルな現実から目を背けて癒しの世界を推奨するに至った作家・五木寛之の無惨な姿や、占いやカルト、或いは戦争を賛美する靖国神官等とはまったく異なる宗教の原初的な姿を認めてこころ安らぐ信仰者は多いのではないでしょうか。以上・林直道「ヨハネ黙示録と解放の神学」(『経済』126号所収)参照。(2006/2/18
21:00)
[あなたは、次の小学校2年生の作文をどう思いますか?]
「兄さんの入営」 石川栄厚
私の兄さんは今年明治大学2年生です。この前兵隊さんになる検査をしました。私の家ではみんな兄さんが検査に通れば
どんなにいいだろうかと朝飯のときにいいあいました。検査が終わったある日、兄さんはうれしそうな顔でかへってきました。
わたしは「兄さんとおったの?」とききました。すると兄さんは、
「ぶじにとおった」とおっしゃいました。わたしはさっそくおかあさんのところへとんでいきました。
「おかあさん、兄さんが兵隊さんになる検査にとおったそうよ」と申し上げました。
おかあさんはさもうれしそうに、すぐにしごとをやめて、「それはそれは」いひながら、えんがわへでていらっしゃいました。
兄さんが「おかあさん、ぶじにとおりました」といひますと、
「栄一、よくやったね、いくらごほうこうしようとおもっても、こんどの検査にとおらなければだめだからね」
とにこにこしながらおっしゃいました。
1月20日ころは、いよいよ入営なので、おかさんはいろいろとよういをなさっています。
「その時はお正月の餅米をのこしてお餅をこしらえて、お別れのお祝いをしよう」とお父さんが一番先にいはれましたので、
家中さんせいしました。
兄さんが出発するときには、本町のひとびともみな旗をもって見送りをなさるそうです。わたしもその時旗をもって兄さんの
あとについていきます。
「兄さん、しっかり米英を一日もはやくうちやぶってください」と大声でいふつもりです。私もはやく大きくなって、兵隊さんに
なっていきたいなあと思います。
これは1944年12月に発表されたある小学校2年生の男の子の作文です。1944年といえばサイパン島が陥落し、翌年の東京大空襲から広島・長崎原爆投下を経て無条件降伏にいたる、日本の敗戦が決定的となりつつある時期です。この子の兄さんは学徒動員令で大学生として戦場へいきました。小学校(当時は国民学校)2年生の国に殉じる兄を讃える美しくて、ピュアーな気持ちが切ないほどに滲んでいるではありませんか。この作文は優秀な作文として他のものと一緒に出版されました。この作文がほんとうに石川家の心情を表しているかどうかはおいて、当時では模範的な作文であったのでしょう。程度の差はあれ、当時の小学校2年生は米英撃滅と日本の必勝を純粋に信じて、自分を国のためにささげようという気持ちになっていたのです。軍国教育のおそろしい浸透ぶりをうかがわせます。
ところがこの出版社を見ると、緑旗連盟編『徴兵の兄さんへ』(興亜文化出版 1944年12月)とあり、「石川栄厚」ちゃんは全州相生公立国民学校2年生となっているではありませんか。私はてっきり日本の小学生と思っていましたが、実は朝鮮半島の子どもだったのです。おそらく「石川栄厚』は朝鮮人の創氏改名であり、それ以前は朝鮮名であったのです(ワープロ「一太郎」では創氏がありません)。1940年2月に創氏改名の強制が始まりますから、2歳のこの子は最初から自分の名前は日本名しかなかったのかもしれません。
植民地朝鮮では1943年8月1日に兵役法を施行し、44年4月から7月にかけて徴兵検査をおこない、「栄厚」ちゃんの兄さんはこの対象となったのです。43年7月までは志願兵制であり、朝鮮半島住民に徴兵の義務は課せられませんでした。「内鮮一体」「一視同仁」をいいながら、皇軍の兵士として信頼はしなかったのです。日本兵の死者が増えて兵士不足から徴兵に踏み切ったのです。
するとこうした作文を日本人教師によって書かされなければならなかった、いたいけな子どもの無惨さが浮き彫りとなってきます。「にこにこしながら」息子を兵隊に出す朝鮮人の母親がいるはずはなく、心のなかは「アイゴヤア!」と悲痛な哀しみにあふれていたでしょう。「兄さん」や「母さん」や「父さんは」は、ほんとうは哀しげにものを云い、涙ながらに入営の日の別れを迎えたでしょう。家のなかは重苦しい雰囲気に包まれていたはずです。では「栄厚」」ちゃんはなぜこのようなみごとな日本語で反対のことを書いたのでしょうか。
ほんとうのことを書けば、学校の日本人教師から厳しく叱責され、さらには日本人特高が家族を調べるだろうということを「栄厚」」ちゃんはすでに知っていたからでしょうか。或いは、こうした表現をすれば学校で高得点の評価をもらえ、誉められると思っていたのでしょうか。或いは、ほんとうに先生の云うことをよく聞き、勉強し、努力して立派な「日本人」になろうと本気で考えていたのでしょうか。降旗康男監督の『ホタル』という映画を見た人は、「朝鮮人の誇りを示すために特攻で突っ込むんだ」という日本兵以上に忠誠心を持った朝鮮人軍人を思いおこしてください。「栄厚」」ちゃんの本当の気持ちは分かりませんが、そうした背景を考えれば、この「栄厚」ちゃんのすばらしい日本語表現は、実に哀しく痛ましいイメージがあります。現実とは逆の反対表現によって、むしろほんとうの真実が迫ってくるような感じがします。「栄厚」ちゃんがそのような反対表現を意識して用いたとすれば、またそれはすごいことです。
私たちの父祖がかってどのような罪を犯したか、この「栄厚」ちゃんの作文は子どもの視線をもって私たちに伝えています。ひとの国の土地を支配するばかりではなく、そのこころまでを支配し支配者のためにいのちを捨てようとまで意識を変えていきました。成長した「栄厚」君は決して日本人を許さないでしょう。こうした罪責は何万回の謝罪や賠償で償えるものではありません。生まれてもいなかった過去のことに、何で責任があるんだーという考えに私も一部共鳴してきましたが、私たちの父祖の罪責が残り、その被害がいまも続いている限り、私たちは罪責を免れえません。いわんや、日本の植民地政策は進歩をもたらしたなどという外相をいま選んでいる私たちは共犯者でしかありません。過去の罪責を罪責として認め、共犯者としての自分ときっぱり訣別するときにはじめて、私たちは「拉致」を批判する資格者となるでしょう。いま在日系の組織の施設をめぐって猛烈なバッシングが加えられていますが、裏にはこれからも多くの「栄厚」ちゃんをつくりだしたいという本音が見え隠れはしませんか? 私たちは駅のプラットフォームでチマチョゴリの少女を汚している日本人を見て見ぬふりをしてきました。以上・川村湊「海をわたった作文」(『文学史を読みかえる4 戦時下の文学』インパクト出版会 所収)参照。(2006/2/18
11:57)
[あなたの卒業写真を見てみてくださいー教師はどこに座っていますか?(卒業写真に見る教育思想の変遷)]
卒業写真についての次の問題に気軽に答えてください。
問題1:ある大都市の公立小学校史誌から、1907ー1918年の卒業写真を調べました(1学校で2クラス以上あるものは1枚と数える)。
これらの卒業写真のうちで、教師が児童の後ろや横に立っているものは(校長や担任教師が中央に座らない)、なん%くらいあると
思いますか?
A)80%以上 B)50%程度 C)%に近い D)学校と・年度によってバラバラ
問題2:同じ大都市の1930年代から終戦にいたる卒業写真は、なん%くらいでしょうか?
A)80%以上 B)0%に近い C)学校と年度によってバラバラ
問題3:同じ大都市の明治40年卒業以前の古い卒業写真は、なん%くらいでしょうか?
A)100%近い B)0%に近い C)学校と年度によってバラバラ
問題4:同じ大都市の戦後から現在に至る卒業写真は、なん%くらいでしょうか?
A)100%近い B)0%に近い C)学校と年度によってバラバラ
さてそれでは各問の正解を考えるヒントとして探るために、明治〜大正〜昭和を経て現在に至る日本の学校の歴史を探ってみましょう。
1872年(明治5)の学制制定によって義務教育が始まりますが、就学率が50%を超えたのは明治25年ぐらいからであり、子どもの半数は卒業していません。そこで卒業生が少なかった明治30−40年ぐらいは卒業記念の要素が強かったようです。その後小学校卒が普通になると、臣民化教育が強まりました。ところが大正デモクラシー期になると、教育の主役は子どもであり教師ではないという児童中心思想が大きな影響をあたえました。ところが昭和期に入って軍国主義が強まり、学校は皇国臣民化運動の中心となっていきました。そして敗戦後の民主化は戦前期の教育を否定し、教育基本法によるデモクラシー教育が中心になっていきました。
そこで正解は次のようになります・
問題1:A) 大正デモクラシー期で子どもが中心と考えられた
問題2:B) 学校は教師中心と考えられた
問題3:A) 卒業生それ自体が少なく卒業「記念」の要素が強かった
問題4:B) この理由はなんでしょうか?
教師が中心に座る卒業写真は教師中心の教育を象徴し、児童中心の卒業写真は子ども中心の教育を象徴しているとする仮説を立てると、1930年代以降の軍国主義時代はおいて、現代の卒業写真はなぜ教師が中心に座ったままなのでしょうか(一部1970年代初頭の写真では教師が後ろにいるものが少数ありますが。これは60−70年代の大学紛争を経験した教師が大量に就職したからかもしれません)。
戦後教育で民主化を追求した教師達は、卒業写真の座り方に疑問を感じなかったのでしょうか? それとも座席など大したことではないと「思っていたのでしょうか? 教師が一番目立つところに座るのは「ごく自然な」ふるまいになっているのでしょうか? しかし卒業写真の歴史を振り返ると、明らかにそこには教育観のちがいが映し出されています。すると現代の教師は、無意識のうちに「教師中心」と思っているかも知れません。或いはこの学級を経営し指導したのは、教師だと思っているのかも知れません。
ただし修学旅行や遠足のクラス写真を見ると、戦前期は教師が中央にいるのが多いのに対して、戦後は後ろや横にいるのが多くなっています。修学旅行や遠足は明らかに子ども中心という意識があらわれています。ところが入学写真と卒業写真はほとんど教師が中央にいます。すると修学旅行や遠足の写真はみごとに学校の雰囲気を象徴していることになります。ある経済学者が1940年代体制論を唱え、日本の経済システムは敗戦によっても総動員型システムがそのまま続いて高度成長をもたらしたと主張していますが、ひょっとしたら教育の理念は変わっても学校現場の意識は戦前期から継承されているのではないかなーとも思います。また小ー中学ー高校ー大学によって違いがあるのか、地域による違いはあるのかなど興味がありますがここではデータがありません。また最近の東京都に見られるような、卒業式細則を厳しく規定して学校に強制するようになって、卒業写真に変化が生まれているかどうかも興味があります。この機会にあなたの学校の卒業写真や入学写真を見てみてください。ひょっとしたらビックリするような写真があるかも知れませんよ。以上『楽しい授業』(仮説社 1996年2月号)参照。(2006/2/18
9:38)
[あめあめ ふれふれ かあさんが・・・・]
北原白秋作詞・中山晋平作曲「あめふり」(大正14年)を聞いていると、いつしか懐かしい子どもの頃を想い出します。私の母は私が3歳の時に結核でこの世を去りましたから、私にとって母の記憶はありません。母の愛情を一身に受けて育っていく子どものこころを感じて、私はこの童謡を聴いていると哀しみが込みあげてくるのです。幼い子を残してこの世を去って行かざるを得なかった母の心情を思うとまた熱いものが込みあげてくるのです。はたして私は母が期待したような人間に育ったのかと、いつも慚愧の想いに駆られます。
「あめふり」
あめあめ ふれふれ かあさんが
じゃのめで おむかい うれしいな
ピッチピッチ チャップチャップ
ランランラン
かけましょ かばんを かあさんの
あとから ゆこゆこ かねがなる
ピッチピッチ チャップチャップ
ランランラン
あらあら あのこは ずぶぬれだ
やなぎの ねかたで ないている
ピッチピッチチャップチャップ
ランランラン
かあさん ぼくのを かしましょか
きみきみ このかさ さしたまえ
ピッチピッチ チャップチャップ
ランランラン
ぼくなら いいんだ かあさんの
おおきな じゃのめに はいってく
ピッチピッチ チャップチャップ
ランランラン
母親は学校から帰る息子が雨で濡れないように、迎えにいったのですね。大正期は野良仕事で忙しい母も、学校へ子どもを迎えに行くことができたのでしょうか。共働きの多い現代ではとてもありえない風景ですね。でもそこには母と子の透明な結びつきが感じられます。雨が降っているからと自然に迎えにいく母親がいまどのくらいいるんでしょうか。働いていない母親は、「冬のソナタ」かなんかにおぼれて子どものことを忘れているんじゃないでしょうか。
もっとこころを打たれるのは、傘がなくて雨に打たれて泣いている子どもに傘を貸してあげようと、自然に思う子どものこころです。ここには他者の痛みを我がことと感じる自然なこころの動きがありますね。現代では学校で雨降り用の傘を用意するべきではないかーなどとPTAがケンケンガクガクと話し合いをするんじゃないでしょうかね。近代の合理主義がすすんで、かえってわたしたちは自生的にあった素朴な協同のこころをどこかに捨ててきたんじゃないでしょうか。One
for All Aii for Oneとはなにも難しいことではなく、「きみきみ このかさ さしたまえ」「ぼくならいいんだ・・・」という言葉を交わし合っているこどもたちのようなものですよ。でももっと考えれば、雨が降っても迎えに来てくれる母がいない子と、傘を持ってきてくれる母を持つ子の背後にひろがる非対称性を描いているとすれば、この童謡は実は残酷なものがありますね。「シャボン玉のうた」の残酷さは寺山修司さんが指摘したところですが、童謡の裏には日本の暗い闇がひそんでもいるようです。
今日わたしがなんでこんなことを書いたかというと、滋賀県長浜市の幼稚園で、3人の近所の子どもを車に乗せて送っていた母親が、友だちの2人をナイフで刺して殺めたというニュースを見たからです。いま国中で登下校の子どもたちの安全を守るに必死になって、親によるグループ登校をしていますが、こうした対策はもはやなんの安全も保障しないということを告げています。なんと悲惨で残酷なことでしょう。犯人の32歳の母親(中国籍)は、放心状態で逮捕されたそうですが、一体この母親になにがあったのでしょうか。明日からメデイアは、視聴率を稼ぐためにこのニュースを大々的に取り上げて、この犯人の母親の環境と性格や日頃の言動を分析して垂れ流すでしょう。そうしてまた安全対策を強化する取り組みが進むでしょう。そしていつのまにかこの事件は忘れられて、埋もれていくでしょう。
もう一度「あめあめ ふれふれ」を歌ってみてください。親や教師が教えるまでもない素朴な他者へのいたわりとやさしさが伝わってはきませんか。いま日本はこうした自然にある素朴なつながりの意識がなくなって、自分さえよければ・・・自分の子どもさえよければ・・という気持ちが自然に身についてしまっているのではないでしょうか。世のなか全体をおおう競争原理は、いつの間にか他者へのいたわりの気持ちを吹っ飛ばしてしまったのではないでしょうか。だとすれば、いたいけな子どもを殺めた32歳の母親はいくつかの回路を通って、競争原理によって自分でもコントロールできない屈折したこころを持つようになったのだと思います。ここまで掘り下げて考えないと、子どもたちの悲惨な犠牲を絶つことはできないとは思いませんか? (2006/2/17
18:01)
付記)長浜市の女児殺害事件犯人の中国籍女性についての或る情報(未確認)。彼女は満州の中国籍朝鮮人であり、おそらく日本の植民地期に日本によって、開拓村に動員された世代の孫娘ではないか。いま貧しい村の娘たちは、結婚斡旋ブローカーに200万円ほど支払ってヴィザを取得し、日本に行って日本人と結婚する人がいる。彼女もその1人ではないか。彼女は日本に来て日本人と結婚し、先妻の子どもを一生懸命に育てていたのだ。これがグローヴァリゼーションによる人口移動の闇の部分であり、東アジア共同体の美しい物語の影にある犠牲者ではないか。祖父母の世代に遡れば、日本の侵略と植民地の被害を背負う家系の現代にいたる重荷を背負った1人だ。ここにも日本の償わざる責任の一端がある。(2006/2/25
23:44)
[韓国モデルは21世紀東アジアの未来を切りひらくだろうかー韓国政府の「両極化解消戦略]
韓国大統領府HP「奇跡と絶望、2つの大韓民国」は次のように云っています。
「1997年の経済危機によって国際通貨基金(IMF)の緊急融資の新自由主義政策は、緊縮財政・国内産業構造調整・市場開放という融資条件を課し、労働者の失業、内外投資家の投機、貧富の格差による二極化を誘発した。韓国資本主義はIMF事態を契機に、抱えていた経済・社会矛盾を一挙に吐き出し、韓国社会が20:80(富裕層20、その他80)という2つの大韓民国に分かれてしまった。このままいけば、朝鮮半島は3つのコリア、つまり貧富に分裂した大韓民国と北朝鮮に分かれるかもしれない」
韓国統計庁・2005年度調査は次のような統計を発表しています(2月7日)。
5段階所得水準による最上位20%と最下位20%の格差 都市労働者5,43倍 全国7,56倍
都市労働者所得格差
1997年:4,4倍→4,96倍
2003年:5,22倍
2004年:5,41倍
廬大統領は次のような転換戦略を提起している(1月18日新年演説)。
「@雇用創出 A正規・非正規賃金格差縮小 B福祉セイフテイネット拡充を推進し、雇用創出では「公共サービス関わる公務員の増員で、小さな政府ばかり主張するのでなく、この分野で安定した雇用をつくりだし、国民サービスの質と生活の質をともに高める。セイフテイネット拡充は、韓国国家予算はGDP比27,3%に過ぎず、日本37%、英国44%、スウエーデン57%に比べて低すぎる。福祉予算は先進国は予算の半分以上だが韓国は25%に過ぎない」
韓国政府が新自由主義からの転換に踏み切ったことに注目したい。日本で推進されている方向を大きく修正する決意があふれています。日本の韓流ブームで私たちが目にしている韓国中流生活はまやかしであったことが分かります。韓国中流は2極分解し飛散していたのです。韓国政府が先に始めた旧日本に協力した人物を洗い出す過去清算事業と、これから始める両極化解消戦略は実は車の両輪なのです。社会と経済の分裂を放置せず、政府が積極的に介入する方向を選んだのです。両極化解消戦略は、内外経済界の抵抗を受けつつも、確実に進むでしょう。この新たな韓国社会的連帯モデルは、21世紀の東アジアの将来を左右する巨大な意味を持っています。おそらく、このままいけば市場競争原理で痛みきった分裂国家・日本と、社会的連帯を実現した韓国がみごとに浮き彫りとなって対比され、多くの東アジア諸国は韓国モデルを選択するでしょう。中国も単純な開発成長モデルを修正して農業・農村・農民の3農戦略を重視し始めました。明らかに東アジアは変貌しつつあります。こうした転換の潮流のなかで、日本はいつまでも米国モデルを追っていけば、果てしない沈没の泥沼に陥っていくでしょう。それを食いとめるための時間はそんなに残されてはいません。(2006/2/17
8:56)
[One for All All for One 一人は万人のために 万人は一人のために]
戦後日本の民主化運動の合い言葉であり、いまでは懐かしいイメージの死語として、かろうじて生き残っているのは団体スポーツや保険業界や協同組合分野ぐらいでしょうか。学校での学級活動の合い言葉になっているところもありますが、多くは競争原理で吹っ飛んでいるでしょう。One
for One Each for Eeachという野蛮なジャングルが支配する日本では、首相はこの言葉を使うことはなく、また知ることすらないでしょう。今では死臭がただよっているかにみえるこの言葉は、欧州では依然として健在であり、社会の基礎に据えられています。この言葉の源流と歴史をあらためて振り返ってみることは、現代日本を考える上で決して無意味ではないでしょう。いや逆に光を浴びて新しい意味を持って再生してくる可能性すら感じます。
この言葉の源流は古代ゲルマン人の昔からの古い言い伝えであり、航海する船の乗組員の助け合いに由来するとも云われています。文献の初出は、アレクサンドル・ヂュマ『三銃士』(1844年)に銃士達の友情を表すモットーとして登場していますが、すでに1823年の英国ラグビー校ではじまったラグビー精神を象徴する言葉として使われています。18世紀末からの産業革命の悲惨な現実を打開する社会思想に使われ始め、フランスのユートピア思想家であるカベ『イカリア旅行記』第3版(1845年)の表紙と扉の両方に、「万人は各人のために、各人は万人のために」の標語が掲げられ、これをきっかけに流布されていきました。ドイツ農協運動の父とされるライファイゼン『信用組合論』第2版序文(1872年)に使われてから、協同組合運動全体の標語になっていきました。英国協同組合卸連合会『人民年鑑』(1930年版)では「ひとりひとりはみんなのために、みんなはひとりひとりのために
Each for All and All for Each」と記載され、『Each』か『One』かの概念はこの段階では不鮮明でしたが、現代では、同義とされています。
団体スポーツや保険業界、協同組合の分野では比較的受容されている言葉ですが、他の領域では原理的に背反するシステムが蔓延しとてもフィットするイメージはありません。家族という親密共同体ですら、このイメージが薄らいでいます。日本で自殺率がもっとも低い沖縄の村では、この言葉はなくても実態はこの言葉のイメージになっています。先日観た『単騎千里を走る』という映画の中国内陸部雲南省の村の雰囲気もまさにこの言葉のようでした。するとこの言葉は、前近代的な村落共同体を思いうかべるようですが、歴史的にはそうではありません。資本の恣意的な利潤極大化に翻弄させる下層市民達が、相互扶助と連帯のスピリットを掲げて生活の協同を求めたのです。近代市民革命が形式的には「自由、平等」を実現したのに、実際には資本が生活を支配し、労働が蹂躙されていくことに対するヒューマンな対抗運動のスローガンとしてこの言葉は使われたのです。しかし社会主義の失敗のなかでこの言葉は、みるみる精彩を失ってしまい地にうち捨てられてきました。
シカゴ学派市場原理が蔓延して、自己責任に放置される日本の現状で、ふたたび失われたヒューマニテイーを恢復する言葉として脚光を浴びてくる可能性があります。この言葉のイメージがこころの片隅にあれば、おそらく姉歯もないし、ホリエモンもないし、BSEもないし、老人の孤独死もないし、1日90人の自殺もないし、靖国もないし、自爆テロもないし、いじめもないし、過労死もなく、シャッター街もないでしょう。なにか現実の自分を見ると、気恥ずかしくて気後れするような感じがありますが、欧州では日常に染みついた常識用語なのです。(2006/2/16
9:13)
[向人不下公然涙]
向人不下公然涙(人に向かっては下さず 公然の涙を)
覧物何堪暗地悲(物を覧ては何ぞ堪えん 暗地に悲しむを)
ー斉藤拙堂『月瀬記勝』
天保15年に20余年連れ添った妻が死んだ津藩教学學頭・拙堂は、人前で涙を流すことは赦されなかった。ところが妻の愛用していた遺愛の品々を見るごとに、込みあげてくる哀しみを抑えることはできなかった。表だって人に見せたくない悲嘆を韻文で吐露することを心声という。なんと無惨な封建的抑制であろうか。だからこそその悲嘆は私たちの胸を撃つのである。幕末に高名な文章家として名をはせた津藩の斉藤拙堂の詩である。あの封建抑圧下においても、如何ともしがたい喪失感の吐露がある。私たちはいま、ほんとうに大切なものを喪失していても、それに気づかないで(或いは自ら抑制して)、本然の声を挙げられないでいるのではないか。
職場の労組集会が昨日開かれ、業績は上向いているが先行き不透明として、賃上げ要求は見送られた。その場で20歳〜30歳代の若者から、「上に逆らわない方がいい」、「労組や賃上げなどという時代ではありません」等という発言が相次いだ。「自分で頑張って業績を上げ、給料上げるしかないでしょう」と中高年は諭された。そういえば自宅を訪れる若い社員はいつも、「上からこう云われて・・・・」とか「上に一度聞いてみます・・・」等という言葉をよく使う。これが顧客に対していかに非礼であるかが分かっていない。社内の垂直的ヒエラルヒーの権威を、顧客に適用してその場をクリアーしようとしている浅ましい自分に気づいていない。若者の一定部分に垂直的構造をそのまま受容し、なんの疑問も抱かず階段を上昇しようとする意識がまといついている。ここには自分という主体の存在への尊厳の意識が剥奪され、実質的に封建期の主従関係と錯誤される構造が蔓延している。外部からの覚醒した意識が、どのような外部批判を注入しようとも、響くことはない。或いは内部での違和感も、最近の若者は困ったものだというつぶやきのなかで流されていく。「これは流れなんだ」という冷めた反応が相い呼応して、ずるずると大勢に順応する雰囲気が蔓延している。
要するに若者の現状は絶望的なのだ。警視庁は無職少年3人(18歳)を動物愛護法違反で逮捕した。少年たちは、江東区の小学校で飼育されているウサギ1匹を盗み、公園でボール代わりに蹴ってサッカーをして遊んだという。公園内のすり鉢状のローラースケート場で、這い上がってくるウサギを交代で蹴ったという。発覚を恐れてウサギの死体を重しと一緒に袋に入れて運河に捨てた。小学校は命の尊さを学ぶためにウサギを飼育し、児童は「ゆきのすけ」と命名して可愛がっていた。ウサギを蹴って遊んだ3人の少年の荒涼たるこころの内を想像できるか。這い上がってくる真っ白なウサギを蹴りつける快感とは一体なんだ!
しかしひるがえってこの少年を断罪できる資格をもつ大人はいるだろうか。たかが企業業績の上昇のために、今まで会社のために必死で貢献してきた中高年社員を、あっという間にリストラしているのは誰か。新卒の大学生を非正規社員として顎でこき使って嗜虐の快感を味わっているのは誰か。ウサギを蹴って憂さを晴らしている少年たちとどこが違うというのか。
小中高の公立学校で教育を塾や予備校に外注するアウトソーシングが拡がっている。東京都港区立中学は、土曜特別講座を早稲田アカデミーに依頼し英数国授業を展開し、港区は30週2千コマの授業に2200万円の予算を計上している。江東区立小学校は、高学年算数の正規授業を塾の先生が教える。代々木ゼミが講師を派遣している高校は180校に上り、その60%は公立だ。駿台も40件ほど請け負い、河合塾は100校に上り20校は東海3県、進路説明会の派遣は200校に上る。公立でさえこうなのだから、私立高校はすでに授業計画の立案に参入している。公的教師免許を取得して教壇に立っている教師は、ここまで尊厳を侵されて恥じないのでろうか。市民の税金を投入して塾を儲けさせる行政に怒りは感じないのであろうか。予備校と塾が支配権を握った教育は、もはや公教育とはいえない。これほど無惨に市場原理が公教育を侵犯しているとは、私の予想を超えている! こうしたシステムで成長した子どもたちが運営する日本の将来の姿は想像を絶する惨めさがある。ひたひたと崩壊と滅亡への助走がはじまっているようだ。こうした教育の倒錯に胸が痛まないとすれば、もはや日本は終わりだ。これ以上申し上げることはない。犠牲となっていく、いたいけな子どもたちの行く末を思うと哀しみ極まって、叫び出したくなるような想いに駆られる。上には逆らわない方がいいーという青年社員、予備校に教育を委ねる学校、ウサギをサッカーボールの代用として蹴る少年・・・・・これが近未来をを象徴する日本の姿だ。(2006/2/15
20:209
◆私は私であるのかー「象徴的貧困」(ベルナール・ステイグレール)と「発達保障理論」(田中昌人)
メデイアからあふれる情報も3人の顔に象徴されている。いわく小泉純一郎、ホリエモン、みのもんたの顔が流れないTV局はない。どのメデイアでも同じ人物と話題に求心されている。メデイアの表層における多様化は、ある凝集された情報の差異に戯れに他ならない。昨日は時代を切りひらくヒーローとされた人物が、今日は嵐のようなバッシングを浴びて、劇場での場面転換のようなヴァーチャル空間がくりひろげられている。過剰な情報とイメージを消化しきれない人々は、もはや主体的な判断力を奪われて、メデイアが操る方向へ不安を抱えながら付いていかざるを得ないような状況がある。情報の選択と価値判断を自分以外の誰かに委ねることによってしか、安心できないような他者指向型コミュニケーションが蔓延している。
自分と他者を区別する境界があいまいとなり、自分の考えであるのかどうか分からなくなってしまい、あげくには自分自身がどこにいるのか、果たして自分は存在しているのかという空虚な喪失感を抱えて漂流している。自分と他者の境界が融解しているような感じは、かけがえのない自分という尊厳の感覚を喪失して、無表情で能面のような顔になっている。夕方のニュースでゲームにはまり込んだ小学生を描いていたが、彼の表情は能面のようでほとんど感情の起伏がなく、しかしきちんと質問に答えていた。まるでロボットのようで薄ら寒くなった。子どもたちはものごころついた頃から、大量の人工的イメージに囲まれ、1次的な身体反応を伴わないヴァーチャルな世界にどっぷりと浸ってきた。子どもたちの脳神経系は明らかに特異な成長を刻み込まれているのではなかろうか。精神文化世界をビジネスに囲い込んだ文化産業が、ひょっとしたら取り返しがつかないまでに人間の意識と精神を実質的にコントロールし、支配しているのではないだろうか。この子どもの母親は、危機感を抱いて伝統的な遊びを普及するサークルに入れて、公園でけん玉などの伝統遊技に触れさせていたが、そこで初めて子どもの顔に笑いの表情が浮かんだのには驚いた。
メデイアの多様化による過剰な情報が個々人の意識の隅々に浸透し、人々の意識は逆に画一化されてきた。ホリエモン=ヒーローと言えばザーッとそちらに流れ、ひとたび逮捕されればバッシングの冷ややかな視線に流れ込んでいく。かってインターネットは、個人の自由な主体空間を創造し、送り手と受け手が水平的な対等関係になって、画期的なコミュニケーション革命をもたらすともてはやされたが、このサイトを含めてそれは幻想であることが分かってきた。情報へのアクセスチャネルは拡大したが、自己同調的な傾向が強まり、同じ趣味と関心による同質的な自閉的空間を深化させたに過ぎない。かえって自分の興味や関心とは異なる異質なものを忌避し、無関心である得る可能性を広げて、異質的なコミュニケーションは逆に貧しくなっていった。確かにグローバルに飛びかう情報空間の可能性は驚異的に広がったが、それは自分の趣味や関心と一致した同質空間の世界化であり、異なるものとの接触の可能性は剥奪されてきた。
サイト管理者はネットでのアクセス履歴を自動的に読み取り、同質のサイトや情報を提供してくれるまでに至った。こうして特定の趣味や関心を持つ人は、ますます限定された分野にのめり込んでいくような構造となっている。自分で探索する努力をしなくても、自分にとって快適な空間がセットされ、それぞれがたこ壺のなかに自閉し、けっこう満足して楽しい日常を送っているようだ。オルダス・ハックスリー『すばらしい世界』は、機械文明の発達によって、人間が強制的に満足と充足を味わう近未来の空想社会を描いたが、いまやそれは強制ではなく、あたかも自分で選び取ったかのような真実感をもって受けとめることができる。
夕方のニュースでは、英軍によるイラク人少年の虐待シーンが放映され、撮影者自身の「死ね!死ね!」という昂奮した音声も入っていたが、日頃から殺人ゲームに熱中している少年にとっては、別にどうってことはないのではないか。おそらく自分の脳神経をほとんど刺激することのない、むしろ陳腐な光景ではないのだろうか。少年達の大脳神経系はいま無惨なほどの歪みを刻印されているのではないだろうか。
これが先進情報化社会に誘発されている人間疎外の状況だ。ここでは侵された大脳神経系は、もはやイラクの子どもへの虐待に共感能力を持たない。いわんやムハンマドの風刺漫画のどこがおかしいのかも分からない。そうした遠い海外の事態はおろか、身近な所の隣人にも関心は持たない。個室のデイスプレー上の映像に神経は集中するが、それはもはやコントロールされ操作された無意識の空間であり、彼はもはや彼ではない。プログラムされたソフトと彼の脳神経の間に繰り広げられる人工的な反射反応に他ならない。では彼はいないのか? YES、彼はいない。人格としての彼はいないのだ。リアル世界にたとえ回帰しても、彼は無表情に刺激に反応するバーチャルな人格としてふるまうだろう。しかし自分に対する1次元的な刺激に対する拒否は異常に鋭敏となり、ネットでは回避されてきた不快情報を今度はリアルに拒否しなければならなくなる。ここからさまざまの社会的コンフリクトや異常行動が誘発される。インターネットはあくまでもコミュニケーションのツールにしか過ぎないという、初発の大前提に立ち返ってネテイズン・シップを培うことによってしか、彼は疎外から解放されない。朝日新聞2月14日夕刊参照。
かって光り輝くバラ色の未来を描いた情報化社会論は、逆に自閉的なコミュニケーションの閉鎖空間をつくりだして破綻した。リアルな生の人間とのコミュニケーションはたたれ、デイスプレーと現実の境界線を行きつ戻りつする危うい個人は、確かな生の感覚を失って漂流している。外界をもみれば、紛争や災害、BSEや鳥インフルエンザなどの得体の知れない疫病が忍びより、偽装設計で自分の住むマンションも怪しくなって、闇のような未来感覚と偶然に翻弄されている儚い自分が浮かび上がってくる。不安神経は、必然的に何ものかへの依存心を誘発させ、細木数子や大泉の母、新宿の母などの占いやスプルチャル・カウンセラーが大流行を極めている。社会は自らの手で変えられるものだという実感と体験がますます希薄化し、偶然の戯れに弄ばれる自分を虚しく受け入れざるを得ない。ライブドアの株が昨年の年末に一気に上昇した。25日:450円→26日:470円→27日:475円と上昇した理由は、23日のフジTVで細木数子占い師がホリエモンと対談し、「22日の最新の株価は427円よね。5倍にはなるわよ」というご託宣を下したことを契機とする。フジTVはすでに第3社割り当て増資による1億3千万株を取得しており、フジTVは細木数子と組んで株価急上昇を演出した。細木のご託宣によって、オカルト的に大量の株を買い込んだ個人投資家は、いま巨大な損失を抱えて青くなっている。いま全国の県警が、ホームページで「交通事故と正座の関係」や「交通事故と血液型」を掲載し、正座や血液型などの非合理的要素を煽り立てて利用しているが、占いへの依存真理を利用した公的機関による冒涜といえよう。以上・安斉育郎氏エッセイ参照。
こうして蔓延する象徴的貧困の空間は、日本社会の存立を根こそぎ崩していくような浸蝕力をもって私たちの日常を蝕んでいる。不安を生み出す構造を解明し、その原因を除去して克服していく実践的な主体形成が問われている。人間は胎生期から成人期にいたる階層的な発達過程にある。それぞれの発達段階と課題にふさわしい保障が提供されないと、発達に歪みが生じる。占いやオカルトへの傾斜は、競争原理が発達過程に誘発した発達障害に他ならない。細木数子の占いなどにのめり込んで株を買った人たちは、カルト資本主義に翻弄された心理障害を持つ犠牲者なのだ。(2006/2/14
21:00)
◆自殺は人間の最後の自由か? ひと1人のいのちはほんとうに地球よりも重いか(最高裁判決)?
私たちにとって死は免れ得ない必然ですが、その最後の瞬間は一様ではありません。あなたは遺体を目の前でみたことはありますか。遺体は物体に還っているにも関わらず、生きている人にものすごい重圧感を与えます。生命の自然な終焉として、或いは自己の意志の反する予期せぬ事故、自己の選択による意志的な終結など多様な形態があります。自らそれを作為的に選ぶ死を自殺(自死)と云いますが、自らの意志に依らない制度的自殺や未熟な児童の自死などを考えると定義そのものが困難です。日本の自殺統計は、厚労省「自殺死亡統計の概況 人口動態統計特殊報告」では「特殊死」という概念を与えられ、警察庁生活安全局地域課「自殺概要資料」、国立保健医療科学院「自殺に関わる保健統計資料の整備」などは安全・保健概念と位置づけています。自殺死亡者数の年次別統計をみると次のようなピークがあります。
1936年(昭和11年) 15,423人
1958年(昭和33年) 23,041人
1998年(平成10年) 31,755人
2003年(平成15年) 32,109人(厚労省調査では32,080人 警察庁調査では34,427人)
自殺死亡者の10倍から20倍に上る既遂者がいると推定され、さらにそのまわりに強い絆をもった5−6人が存在すると考えると、年間200万人近い人が何らかの関わりを持っていることになります。最近はインターネットが自殺に大きな影響を及ぼしています。インターネットによる集団自殺数は以下の通りです。
2003年 12件34名
2004年 19件55名(10歳代7名 20歳代30名 30歳代14名 40歳代4名)
2005年 59名(4月段階)
男女比較では常に男性死亡数が女性を上回り、03年では男性は女性の3,04倍で総数の72,5%を占めています。年齢別では、今までは20歳代前半がピークでしたが、最近は50−64歳の中高年男性の増加が目立ち(76%)、特に00年では55−59歳がピークとなっています。統計によって少し違いますが、1日約90人であり、朝起きたら今日も日本列島から90人が自死していることになります。
さて自殺は歴史的にどのように考えられてきたのでしょうか。
ギリシャ・ローマ期では、自殺は国家への裏切りであり、ミレトスでは女性の自殺死体を全裸で広場に晒し、ローマでは元老院の許可なき自殺は禁止されました。一方では自殺を積極的に肯定し、「自然が人間に与えた至宝は人間が自殺できることだ」(プリニウス)とか、「自殺は人間の特権である」(セネカ)と称揚して自殺の大流行を招きましたが、ソクラテスやプラトンは神の掟に背く国家犯罪だと主張しました。
仏教では、菩薩行や即心仏(仏になる修行やミイラ化による死)は自殺とはみなされません。ベトナム戦争時に仏教僧が「焼身自殺」したのは菩薩行の一種ですが、仏教的輪廻観では自殺は苦の輪廻であり罪とされます。しかし釈迦は、重病患者から自殺したいと訴えられ、死の不可避・耐え難い苦痛・命の執着がないことを確認して黙認し、患者は喉を突いて自死しました。つまり現代的な安楽死(尊厳死)を認めています。仏教はたとえ自殺者であっても死者に鞭打つことはありません。
日本ではいのちは唯一絶対神のものではなく、先祖や親からものと位置づけてきましたから、親への不孝と先祖への不忠として自殺を忌避しました。特に、浄土教隆盛に伴う僧侶の自殺や集団的捨身往生は厳禁されましたが(僧侶令第7規定)、死穢怨霊忌避思想によって、死刑囚の自尽は赦されました(獄令第29)。逆に家や共同体のために自己を捨てる「切腹」や「殉死」、「特攻」は緊急避難的な自己正当化や成就化の手段として、名誉ある自殺が美化されました。江戸期の近松心中ものによる心中の大流行には、吉宗が御定書百箇条で情死者の葬儀禁止、一方生存の場合は殺人罪を問い、両者生存の場合は3日間さらし者にして非人の手下に落とし、武士の心中は御家断絶としました。しかし太平洋戦争期には、「生きて虜囚の辱めを受けず」として捕虜になるよりも自殺を選び(選ばされ)、散華が称讃されました。ただ沖縄・宮古島では自殺者は家族墓に入れず、側墓と称する自分だけの墓に入れられるように、自殺は家族からの追放を意味し、「名誉ある」自殺を除いて、日本は一般的に自殺に否定的で隠そうとします。
日本国刑法には自殺そのものを処罰する規定はありませんが、刑法202条で「人を強唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺したる者は、6ヶ月以上7年以下の懲役又は禁固に処する」として、自殺教唆・自殺幇助・承諾殺人・嘱託殺人を犯罪とし、特に前2者は自殺関与罪として処罰されます。だからインターネット集団自殺では、生き残った者の自殺幇助罪が成立します。つまり生命は本人のみに帰属し、法が関与できない自己決定の世界であるとしています。ここから法的に自殺の権利を認めているという解釈もありますが、それは一定の極限状況(安楽死、尊厳死)の下でのみと解釈されています。
ユダヤ・キリスト教では、自殺は創造神エホヴァに対する反逆として許されません。戦争捕虜はあくまで生きのびて、収容所からの脱走を追求して最後まで戦うのです。第2バチカン公会議・現代世界憲章27は「あらゆる種類の殺人、集団殺害、堕胎、安楽死、自殺などすべて生命に反すること、障害、拷問、強制などすべて人間の完全性を侵すこと・・・・はまことに恥ずべきことであり、創造主に対する冒涜である」としています。かっては自殺者は法的刑罰の対象となり、死体は首を刎ね、手首を切って心臓は杭を打ち込まれて引き回されて冒涜され財産は没収され、埋葬も許されませんでした。カトリック自殺神学を確立したアウグステイヌスは、「自殺は悔い改めの可能性を閉ざし、モーゼの第6戒・汝殺すなかれを犯す犯罪」と規定しました。ダンテ『神曲 地獄篇』では自殺者は樹木となってもだえ苦しみます。しかし日本カトリック司教団は、自殺者への差別的攻撃を謝罪し、葬儀ミサと祈りを呼びかけています。カトリック倫理では末期ガン患者と戦場での重傷者の安楽死を容認してきましたが、現在では長期寝たきり、重度障害者、重度奇形新生児、植物状態患者へ拡大しようとしています。キリスト教圏でもオランダでは年間3000人が安楽死で自殺していますが、教会は耐え難い苦痛を回避する手段として黙認しています。米国オレゴン州でも同じです。一方英国の自殺禁止令は1961年まで自殺は刑法犯罪であり、未遂者を拘留しました。現代キリスト教神学では、カール・バルトは自殺者がカトリックに少なく、プロテスタントに多いことを自己批判し、自殺を罪としつつも赦されない罪はないとし、ボンヘッファーも「自殺への誘惑に負けた人間を神は包み込むだろう」と言っています。
イスラム刑法は現在でも自殺それ自体を犯罪とみなします。「いかなる方法であれ、自殺の実行に着手してこれを遂げなかった者は、1年以下の禁固若しくは罰金又はその併科に処する」(スーダン刑法)としています。自殺は唯一神アッラーから与えられた命への最大の背信であり、人の死はアッラーのみの権限であって、自殺はアッラーへの挑戦に他ならないからです。では自爆テロは大罪ではないのでしょうか。預言者ムハンマドはテロ行為を明確に禁止し、「人を殺したる者、地上で悪を働いたという理由もなく人を殺したる者は、全人類を殺したのと同じである」(『クルアーン』第5章32節)と規定してテロと自爆という自殺行為を神の掟への侵犯として否定しています。しかし例外があるのです。ムスリム共同体を侵す侵略への自衛戦争は義務であり、「聖戦ジハード」の戦闘中での「自爆テロ」は崇高な「殉教」とみなされます。石と肉体しか抵抗手段がないパレスチナ民衆が、最新兵器に立ち向かう手段として自爆攻撃しかないとすれば、それは崇高な殉教とみなされるのです。
近代になると自殺弁護論が登場し、モンテーニュ『エセー』では「死の自由がないとしたら、生きることはむしろ屈辱である」とし、ショーペンハウエル『自殺論』は人間は主体存在であり、自分が生きるか死ぬかは自由意志として自らの決断に委ねられるとして処罰を批判し、カントは特定状況下での自殺を認めました。それは@レイプされようとする女性Aガレー船の漕ぎ手に処せられた者の場合です。現代では、サルトル『自由への道』は自殺を権利として留保しつつも自殺を責任回避とし、カミュ『シジフォスの神話』では生きる意味を喪失した現代人への問いかけとして自殺を問いかけています。
最近は自殺に対する宗教的価値観の無力が指摘されています。宗教者はバイブルや教義から出発し、死ぬほどの気持ちになる苦悩、虚無、絶望へのシンパシーから出発しません。シカゴでビルの窓から飛び降りるとわめいている黒人に、ある牧師が「神は愛である」と説くと、男は「神とは誰か」と叫んで身を投げたといいます。精神医学者フランクルは、真夜中にこれから自殺するという電話をかけてきた女性を説得して思いとどまらせましたが、翌朝来た女性は彼に「先生、なぜ私が自殺をやめたかお分かりでしょうか。先生の説得ではなく、真夜中に一面識もない私の電話に先生が出て話を聞いてくれたからです」と云いました。これは何を意味するのでしょうか。
自殺者の多くは、みずからの「自由意志」で死を選んだというのは大嘘です。多くはなんらかの問題群によって「強制された」匿名の犯人による他殺なのだと思います。匿名の犯人とは、かっては「貧・病・争」であり、現代の犯人も本質的には同じだと思います。自殺者の75%は自殺前の1年以内に身体症状を訴えて精神科以外の診察を受けており、1年以内に再度自殺を試みた未遂者が70%に上っています(読売新聞05年6月26日)。現代の貧・病・争はどのような位相の下にあるのでしょうか。私は2つあると思います。一つは中高年を襲うリストラと過労自殺、老人の孤独であり、もう一つは若者を襲う希望喪失です。日本で最も自殺率の高い秋田県にある人口6000人のA町は、平成6年に11名の自殺者があり、10万人あたり167,7人という高率を示しました。うち8名は65歳以上の高齢者であり、多くは病気の相談相手がいない孤独死です。地域には老人を支えるだけの余力が残っていないのです。
自殺者の大半はうつ病であり、うつ病の15%が自殺にいたるという統計からうつ病対策をやればいいというのが厚労省ですが、しかしうつ病の生涯有病率は7,5%であり、うち男性4,6%、女性9,7%であり女性が2倍ほど多いにもかかわらず、なぜ男性自殺率が2−3倍に上るのかの説明はしません。私は結論的なことを云うだけの充分な材料を持ち合わせていませんが、ただ言えることは、リストラ・過密労働・老齢病の背後にある「自己責任」の競争原理が中高年男性を追いつめ、希望喪失社会が若者を追いつめているという仮説を提示します。ここにこそ問題の根元があると考えます。うつ病を症状としてなくせばいいと云う厚労省的発想は悲しいほどに皮相な発想でしかありません。日本で最も自殺率が低い沖縄県B町は、秋田県A町よりも独居老人が多いのですが、村落全体が水平的で平等なヨコ社会であり、高齢者が共同体のなかで生き生きと生活しています。精神医学者フランクルの経験は何を物語っているのでしょうか。現代的な「貧・病・争」と孤独が結びついたところに自死への誘因が生まれるとすれば、その根底にある原因をなくすマクロ的な取り組みと、一人苦しんでいる魂へのミクロ的な支援を同時におこなわなければならないと考えます。「死にたい」とは思っても、ほんとうに「死のう」と思う人は少ないのです。今日はほんとうに辛く重いことを取りあげましたが、この悲しい事実から目を背けて、楽しい日を過ごすことはできません。多くの方のご助言をお願いします。(2006/2/14
00:07)
◆”醜とサランの思想”ー金時鐘『在日のはざまで』(立風書房)
「大衆のなかにある否定的要素も単純で一つのものではない。正しくはないが決して憎めない要素もあり、
無知ではあるが軽蔑的要素もある。そして、おどおどしているが愛すべき要素もある、垢まみれで汚れて
いるが、芳しく味のある心を見せられる要素もあり、きわめて利己的であるが、たいへん愛すべき要素もあ
る。それでいて総括的には辟易させられる魂」(金芝河)
改めて思うのです。”醜”の思想を生きる金芝河の、仮面のねじれた素顔を。そして、大衆に異郷すると
いうときの「大衆」の厚みを、言葉の海を、溢れんばかりの愛の苛烈さを。醜であるがゆえに人から忌避さ
れ、疎外されるから、無知であらざるを得なかった、積年の恥辱を、降り積もった”恨”を。とうてい降り立て
そうもない己の奈落をのぞき見ながら、私は「金芝河」が打ちつけている”醜”の思想に、私なりに橋桁を渡
みます。
醜を抱えきれない純一性こそ、ファッシズムではないかと思い当たるのです。日本の思想が恐ろしいとす
れば、端正さを貴重がる美の思想のような気がしてなりません。これへの志向がピラミッド状をなして、その
頂点に、天皇があるように思えるのです。端正に仕組まれる美しいものへの糾合は、必ず縦の系列を敷い
ていく習性をもっています。その縦の系列から切れない限りは、”醜”はいつも「美」の壁にさえぎられたまま
でしょう。
日本の詩の伝統が朝鮮の詩に対してひけめを感じることがもしあるとすれば、一篇の詩がよく死に値した
詩人を持たなかったことをあげることができるでしょう。朝鮮には古くから一篇の詩よく死に値する詩をもった
詩人が多くおりました。・・・・愈鎮五という若い詩人の詩と死です。詩人は李承晩という独裁者を据えたアメ
リカに対する論難を、解放直後の朝鮮の状況、実情に照らして、きびしく、誇りをかけて歌い上げたのです。
「だれのために高なる我らの若さか」という詩を国際青年デーの日に朗読しまして、そのまま大観衆が見て
いるところで官憲に引っ立てられて行ったまま消息を絶ちます。聞くところによると、石油をかけられて焼き殺
されたといいます。まだ20歳代の若い詩人でありました。彼が気負ったところもなく平静に石段を一段一段
振り返りながら引き立てられていった光景を、朝鮮人は永く忘れることがないでしょう。・・・・「愛が失われ、
対象に対する関心がなくなり、倦怠があきらめのようにはびこる時、私達はすでに墓場にいるのだ」
なんと朝鮮語に堪能な人を1万人も抱えているのは、自衛隊だそうです。1億からいる日本人の総量のな
かで、私以上に朝鮮語を流暢に話せるのは、かっての特高の刑事達か、情報機関の軍人達であり、今の
外事課の刑事、警官達です。奪い取ったものを圧殺、抹消、廃棄したあげく、彼らの側で逆用したのは、まさ
に、民衆同士の兼ね合いを阻害し、朝鮮人を籠絡するための「朝鮮語」でしかありません。日本の公立高校
で、李君は母国の言葉に出会いながら、その授業に集中することができず、周囲の顔色をうかがっているう
ちに卒業となった。
「私は仕事のせいもあるが酒が好きである。だが本名を名乗らずに生きるということは、酒を飲んでも酔えな
いということだ。私が覚えている朝鮮語は3つある。父アポジ、母オモニ、愛サランということばである」
おそまきながら李君に返してあげたい。在日朝鮮人の若い世代としては、なによりもまず掴むべき言葉を君
は持ったのだと。
ボクシングのTV放送を見るにしても、日本人以外の人と闘う日本人ボクサーに、私は声援を送ったためしが
ありません。それが朝鮮人の不倶戴天の敵である「アメリカ人」ボクサーに対しても、日本人のほうが負けるこ
とを期待している。そういう心情が私にはあるのです。・・・・私はどうすれば、総称体のなかで個体としての自
己を発見してゆくことができるのであろうか? そういうことを解明してゆくことが、私なら私の復元に繋がること
ではないだろうか、そういうふうに私は考えるのです。・・・・朝鮮人だって千数百年にわたって、日本人を蔑視し
てきた事実があります。日本の文化の源流は朝鮮なのだ、という潜在意識は、私達朝鮮人が一貫して持ってき
たものです。ですから、日帝治下の36年という、あの過酷の圧制下で、私達は日本人に対して精神的ひけめを
感じなかったのです。そういう過程を経ながら、君たち日本人はわれわれ朝鮮人を蔑視したではないか、という
のは、少なくともフェアーとは言えない。フェアーではない、とは言えないまでも少なくとも正確さには欠ける。
最初に金時鐘氏に指摘しておきたいことですが、一篇の詩によって死を得た日本の詩人もいるということです。尹東柱氏が福岡刑務所で凄惨な獄死を遂げたときに、おなじ治安維持法の咎によって多くの日本詩人も獄中にいました。残念ながら転向の傷跡を残した人もいましたが。こうした事例は日本の罪責を免罪するために申しているのではありません。私達が手をさしのべ合える一つ条件があるような気がするからです。拉致を契機にバッシングが強まるなかで、金時鐘氏のことばはいよいよ精彩を放っているようです。拉致もバッシングも互いの架橋をはるか彼方へ遠ざけるための陰謀のような気がします。それによって誰が益を得るかを考えれば、そのスパイラルに巻き込まれていく両国の姿はあまりにも痛ましい。真の和解にいたる途を、自分たちではるか彼方へ遠ざけていくかのようです。拉致被害者は無条件に祖国への帰還を保障されなければなりませんし、決して過去の罪責との交換条件としてはなりません。同時に日本は、過去の罪責をなかったものとする(或いは逆に美化する)潮流を放逐し、どんなに時間がかかってもキッパリと清算しなければなりません。それは脱亜入欧から脱亜入米にいたる、すべての「脱亜」思想を克服し、東アジア共同の家の同胞となる資格を得るための巨大な文化革命をともなうでしょう。
時には毅然として声高にふるまって糺すこともあるでしょうが、いま生きている生活の現場で一つ一つ石を積み上げていくことこそ、ゆるぎなき握手の岩盤をつくりだすでしょう。金時鐘氏はみずからの醜なる過去と現在をすべてさらけて、わたしたちにほんとうの握手を求めているようです。それに応えるかどうかが私たちに問われています。生活者の営みのすみずみに広がる「握手」が自然な行為としてなされるありふれたシーンとならねばなりません。
しかし営々と積み上げてきた石に連なる握手を微塵に吹き飛ばす試みがいよよ昂然と日程に上っています。過去の罪責を記した唯一の宣誓書たる文書の第9の条を捨て去ろうとする動きが台頭しています。金時鐘氏の言葉に共感する人も、反発する人も、第9の条の放擲は彼の存在そのものを日本から抹殺するに等しい結果をもたらすことを知っています。それは戦さを認めて義務となし、異論を持つ他者の存在を赦さないものだからです。時には毅然として声高にふるまわなければならない時があるとすれば、今まさにその時を迎えているのではないでしょうか。
よく私たちは「冬きたりなば 春遠からじ」とか「冬の冷たい雪の下には 春の蕾が用意されている」として、いつかくる春を希い求めてきました。たしかに自然はそのようにふるまってきましたが、でも私たちのほんとうの「春」はなかなか遠いものでした。「春」が近いかなと思ったら、また「冬」の吹雪に押し戻されて遠のいた「春」ばかりのような気もします。もともと「希望」とは「希なる望み」なんだとシニカルに云った在日評論家がいますが、彼は次のことを失念しているようです。もともとHOPEは「望み」であって、「希な望み」はa
faint hopeとかa vain hope或いはwishを用います。「HOPE」は「冀望」(今までとは異なる状態を望む)という「あることを成就させようと願い望むこと」(『広辞苑』)であって、無理な実現しないようなことを望む「希な望み」という意味ではないのです。初めてHOPEに「希望」をあてた明治人のの訳語は間違っていたのです。私たちは、いまHOPEを原義通りに復権させねばなりません。人間の冬と春を自然の循環に任せるのではなく、このわが手で作為として動かそうとするときに、ほんとうのHOPEが生まれるでしょう。金時鐘氏はこの日本にあって、内政への踏み込みを自制して、第9の条の営みの来し方、行く末をジッと凝視しているに違いありません。(2006/2/13
9:29)
◆惚れの朱雀
萌えの朱雀ではなく、惚れの朱雀についての考察。
人の意識を司る脳神経は視床下部にあり、本能や性行動の中枢となるいくつかの神経核が備わっており、恋愛機能を司る扁桃体は、好ましい異性に出会うと分界条床核を経て視床下部に感情を送り、性欲を誘発させる。社会心理学実験では、好ましい人を見ると相手の表情や態度などの情報を得ようとして脳が命令を出し、瞳孔が1,2秒で拡大してまなざしに輝くような変化が誘発される。つまり互いに惹きつけられ・惹きつける部位は「目(まなざし)」なのだ。人は好みの異性に会うと、エンドルフィンとフェニルエチルアミン(PEA)という恋愛ホルモンの2種類の神経伝達物質が分泌され、PEAはときめき感を誘発し、過剰に分泌されると食事が喉も通らなくなる症状を誘発する。ハーレクイーンの世界22カ国男女対象の「一目惚れ」調査では、男性の「一目惚れ経験あり」の比率は次のようになっている。、
@中国73% Aメキシコ72% B日本・イタリア68%・・・21英国34% 22米国27%(世界平均54%)
アングロサクソンが世界最下位であり、ラテン系が上位を独占するなかに中国と日本が混じっているのは、比較文化論的に面白い。アングロ・サクソン系は直観よりも経験による生活と発想が浸透して女性を見るときもそうなのであろうか。ラテン系は直感的情緒がストレートに発散されるから、さもありなんと思う。どうもよく分からないのが中国と日本という儒教文化の影響が残る東アジア系が上位にきていることだ。一般的に人間は自分に似た者に好意を抱き、違ったものから遠ざかろうとする同類指向の傾向がある(一部逆もあるが)。ある医師は一目惚れは両親の面影や教育、環境などの他に遺伝的影響もあるといい、日本の男性が惚れやすいのは「不釣り合いな相手を、恋の相手と錯覚する自己認識の甘いタイプが多い」という。
他方で日本人女性の一目惚れ経験者は48%で世界平均よりやや低い。おそらく男性に比べて、結婚、出産、子育てという現実が頭をかすめ、少し身を引くのであろう。かって男性に3高「高収入・高学歴・高身長)を求めた女性達は、バブル崩壊後は2高(高収入・高学歴)だけでいい、ルックスよりも確かな経済基盤を求める傾向が強まっているらしい。しかも収入レベルは年々上昇し、選択の失敗を回避する女性のリアルな主導性が強まっているという。
これは「別れ」を切り出す特徴にも表れている。ある調査では「自分からはっきり別れを告げた」と答えた女性は43%、男性は23%であり、別れの主導権を女性が持つ傾向がある。自我と深く関わった人を喪う対象喪失(Object
Loss)の特徴を見ると、失恋後の男性は発散行動(後悔によるやけ酒など)にでるが、女性は相手への幻滅と相手がいなくなって嬉しいと感じる人が多い。女性は相手の欠点や問題点を意識した上で別れを告げるからだ。お宮が貫一を捨てたのであり逆ではない。男性はかなりの間相手への未練が続き、次の相手も似たような女性を求める傾向が強い。男女のこうした傾向は、親しい者の死の受容過程にもあらわれる。葬儀のふるまいをみると、女性は感情激発的で男性は抑制的であるが、女性は比較的早期に痛手から立ち直って元気になるが、男性は時を経るに従って喪失感が深まり、時には江藤淳のように亡妻の後を追って自死する場合もある。女性が亡夫の後を追って自死するのは少ない。『野菊の墓』の政夫はいつまでもメソメソと民子を想い続けるが、民子は意外と元気にその後を生きたに違いない。
さてこのような男女の差異は先験的に決定されているのであろうか。あまたの評論家の分析はこれ以上進まない。私はこうした男女の差異は歴史的・文化的に規定されてきたものであり、特に女性のそれは原始から奴隷制への転換期に誘発された「女性の世界史的敗北」からはじまったジャンダー・ポリテクスにあると思う。女性に相対的に社会的ステータスを基準とする選択行動が多いのは、女性の生得的なものではなく社会的学習の上で身につけた(つけさせられた)ものだ。このことを最も象徴しているのが小和田雅子氏であり、彼女は大きな喪失と引き替えに「日本の(次期)象徴」を選択する行動を決断した。それが彼女の人間的人生のうえで、「失敗」であったのかどうかは彼女自身の問題だが、おおきなフレームワークのなかに置けば、その選択にどこまで主体性があったかが問われるだろう。
以上のような一般的傾向を学習したうえで、アレコレとアクセスするのもいいかもしればいが、実は私はこうした統計的特徴はどうでもいいのだ。これらの統計に依拠して冷静に相手を観察し始めたら、それは自己の効用を最大化する商品購買行動とほとんど同じであり、或いは遺伝的・文化的にセットされたプログラムによって選択する本能的行動とほとんど変わりはない。要するに雷に打たれ、火花が飛び散るような荘厳な「惚れ」の瞬間は不可避の神託のようなものであり、社会的諸関係への反省と介在を赦さない。同時にそうした荘厳な選択の決断の裏には、実はその2人が出会うに至ったある鉄の必然性がセットされていたのだというパラドクシカルな構造のただ中を生きていく覚悟があるかどうかだ。後から振りかえればかなり大きなリスクをかかえる決断であるが、盲目となった者には気づかない。
つまり「一目惚れ」は、他者排斥と自己閉塞を必然化する大いなるパッションの炸裂の過程である。「世界は2人のためにある」のであって、「2人が世界のためにある」のではない。PEAが最高度に分泌され、もし相手の反応が拒否的であれば自分自身の存在根拠をゆるがす喪失感に打ちのめされる。自分にとって最も大切な者からの拒否は、自分の存在を根底からゆるがせ、世界は闇と化す。
アングロ・サクソンは経験論文化のなかで、こうしたリスクの傷と痛みを学習してきたがゆえに、「一目惚れ」行動が無意識のうちに抑制されている。『ロミオとジュリエット』は実はある種の安全装置の枠内で展開される願望としての幻想的悲愛なのだ。こうしたアングロ・サクソン文化の熟慮された恋愛スタイルは学習してもよい。なぜならば、もしあなたの「一目惚れ」の相手がアングロ・サクソン系であれば、あなたと相手の落差はバカバカしいほどに漫画的になる。例えば日本の首相は、米国モデルへの「一目惚れ」で視野狭窄となり、なりふり構わずBSEを輸入し、軍事基地を提供し、日本の処女の純潔を米兵に捧げ、あげくに米国が忌み嫌うイラクを一緒になって攻撃して、何とかして気に入られようと自己献身の愛をすがるように示している。経験文化で熟達した米国は、すでに次の相手である中国・インドに心変わりし、冷酷に献身してくる日本を見下しながら、いつ捨てようかとチャンスを冷厳に計算して、うわべだけの相思相愛のパフォーマンスを演じている。これが「惚れの朱雀」からみた日米同盟の真相だ。以上・朝日新聞2月12日日曜版参照。(2006/2/12
10:15)
◆毒を盛られた日本の記憶
フランスのル・モンド紙は「毒を盛られた日本の記憶」と題する靖国神社のルポを掲載し、次のように述べています(10日)。
「超国家主義のイデオロギー的支柱であったこの神社は現在も政治的なメッセージを伝えている。首相の参拝が私人的資格であっても、
国際法廷で裁かれた人物を讃え、軍国主義の過去を免罪しているように見え、アジアと日本の一部の憤激を呼び、深刻な関係悪化を引
き起こしている。天皇参拝を示唆した外相の発言は火に油を注いだ。遊就館に展示されている機関車は、現在のタイとミャンマーの間を
走った泰緬鉄道であり、建設には困難を極めたという説明はあるが、タイ人や中国人6万人、戦争捕虜1万5千人を犠牲にしたことには
触れていない。当時の最優秀機とされた零式戦闘機が1940年の重慶爆撃で使われ、民間人2万人の犠牲を出したことは述べられて
いない。日本人自身が戦争責任を検証してこそ、近隣との歴史の障害から解放されるだろう。それは昭和天皇の責任を問うことであり、
また天皇を免罪し日本を反共の砦とするために保守勢力を権力に復活させた米占領軍の責任を明らかにすることでもある」
米国のボストン・グローブ紙は同じ日に次のような社説を掲載している。
「外相をはじめとする日本の右翼政治家は、近隣諸国を攻撃する危険な習慣をつくっている。征服された人々に帝国日本がもたらした恩
恵を称讃し怒りをかっている。この日本の新たな国粋主義達は、日本帝国主義の過去には善行があったという神話を宣伝し、それは日本
に軍国主義の精神を復活させる意図とも結びついている。彼らは、首相の靖国参拝を擁護し、日本軍の虐殺行為を歪曲する教科書づくり
にもかかわっている。外相が台湾の高い教育水準は、日本の植民地時代(1898−1945年)の義務教育のお陰だと愚かにも宣言して
この挑発傾向を例示した。日本と中国の対立の再燃は避けられず、それはアジア全域の安定を危険にさらす。そうした事態を避けるため
に日本の右翼は好戦的手段を転換すべきだ」
同じくニューヨーク・タイムス社説(13日付け)は、日本外相の歴史観について次のように述べている。
「日本の外相が、日本軍国主義と植民地支配、戦争犯罪について扇動的な発言をしているのは、誠実でも賢明でもない。挑戦の若い女性
たちを集団的に拉致して性奴隷にしたことや、中国の都市や捕虜に対する生物兵器実験および南京での何十万の市民に対する虐殺といっ
た公的な論議や学校での現代史教育は、日本ではおこなわれれていない。こうした状況下で、日本外相のぞっとする一連の発言が近隣諸
国を怒らせている。日本の外相は天皇の靖国参拝を求めたり、台湾の教育水準の高さを植民地支配のお陰だと主張したが、その後の下手
な釈明でも発言の影響は変わらない。中国が近年、日本を脅かした記録はないのに、中国の長期的な軍事力増強が日本の重要な脅威だ
と述べたことが、すでに困難な中国との関係に火をつけた。日本の外相の外交感覚は、彼の歴史観と同様に奇妙だ」
まさか戦後60年を経て欧米のメジャー紙からこのような批判を受ける国に日本がなろうとは! いま日本は欧米からみれば、超国家主義の思想を身につけた新しい国粋主義の右翼政治家が好戦的手段を用いて、軍国主義を復活させる国に写っている。そして日本人よ、自分自身で戦争責任を再審し、天皇と米占領軍の責任を問えと迫られている。まさに日本の記憶は毒を盛られてもだえ苦しんでいるといえよう。すでに戦争体験を持たない世代が圧倒的多数になった日本で、過去の罪責をテーブルに載せる作業は困難を極めるだろう。しかもいま私たちは過去の罪責を否定し、戦犯を讃えるという信じられない所業を海外に示している。ほんらい負であるものを、逆の正にすればその犯罪性は二乗化され、傷口を開いてそこに塩を擦り込む作業を繰り返して恥じない行為は、もはや異常な人格破綻者といえよう。このめくるめくような非対称性を背景に、紀元節記念日が迎えられている。今日の靖国神社の境内は、あふれかえった右翼が外国特派員の目の前で、天皇制賛美の歌を大合唱しているだろう。
「わたしがどこかの施設に行くことにいちいち口出しすることは許せない」とまるでヤクザまがいの言葉で「内面の自由」を言う首相は、いわば爆弾を抱えたターバンでムハンマドを風刺して揶揄する漫画のように、他者が最も大切にしている尊厳に泥を塗って喜ぶような表現の自由を行使していることになんの疑問も感じていない。他者の痛みを理解しようとすらしない無神経さはもはや異常心理の者だ。彼らの卑しい心性は、「日本は世界で最も強い番長の手下になることを選んだお陰で栄えたのだ」と公言する外相に示されている。かっての日本は、強い人には媚びへつらい、弱い人を虐めるような人物を心底軽蔑してきたはずだ。いまもそうだろうか。
米議会の有力議員が日本大使と会談し、牛肉輸入の早期再開を求めたという(9日)。
「米議会には不満が溜まっている。強い反発を呼ぶのを避けるためには早期に行動しなければならない。輸入停止が長期化すれば対日経済
制裁の動きが再燃する。今回の違反は技術的なものであり、衛生上の問題はない。全輸入停止は正当ではない。米国の処理施設の安全性
への疑問は事実無根であり、まったく受け入れられない」(グラスリー上院財政委員長、ボーカス民主党筆頭理事)
輸入再開条件を根底から無視して輸出し、1月20日に停止されてからまだ1ヶ月も経っていないのに、はや再開を求める無神経さにはあきれ果ててものも云えない。なぜこうしたことが云えるのか。直言すれば、米国は白人国家にはこうした無礼な振る舞いはしない。大量破壊兵器にしろ、BSEにしろ、海外米軍基地にしろ、相手が白人国家であれば絶対に鄭重にふるまう。日本に対する無礼な振る舞いは、日本が有色人種国家であるからだ。しかし日本の首相は決して抗議しない。たとえBSEを喰わされようと、日本の娘がレイプされようと、膨大な基地移転費を請求されようと決して抗議はしない。中韓から批判されたら血相変えて反論するが、ワシントンの無礼には媚びへつらう笑いを浮かべるだけだ。なぜか。いうまでもなく「番長には絶対服従する」のが三下ヤクザの掟だからだ。こうした恥ずべき振る舞いの源流に、遅れたアジアを脱出し、進んだ欧州に追いつくという福沢諭吉以来の「脱亜入欧」思想がいまも「脱亜入米」に形を変えて徘徊しているところにある。米国を物神化したモデルに、外交ではアジアを蔑視する国粋的なまなざしを向け、国内ではシカゴ学派の市場原理を錦の御旗にする経済学者が経済政策を主導し、若者と弱者を絞り上げて痛みきった傷だらけの社会にしてしまった。負け組のトラウマとルサンチマンはいまや頂点に達し、一部はアジア排斥のデマゴギーに巻き込まれつつある。ここが一番恐い。
あなたの持っている保険証はいよいよ紙切れ同然になる。もともと保険証は「いつでも、どこでも、だれでも」医療を受けられる国民皆保険制度としてスタートした。02年の医療「改革」で健保3割負担、70歳以上1割負担が導入されて、保険証があっても病院には行かない(行けない)人が激増した。公的保険が縮小して不安になり、民間保険やガン保険の契約数が急増してすでに3千万件を超えている。今回の第2次改革は、高齢者の負担を2−3割にアップし、療養入院者のホテルコストを保険適用外にし、74歳以上のすべての人の年金から保険料を天引きするという。さらに入院日数を減らし、高齢者ベットを削減し、保険対象外の医療を導入する。
高齢化社会の財政負担を考えればやむを得ないのか。そうではない。公的保険の保険料負担から逃げたい日本経団連の要請であり、医療をビジネス対象にしたい米国系民間保険会社の要求に従うためだ。要するに病気は自己責任であり、治療費も自己責任だから、公的に救済するのはおかしい、すべて自力で民間保険でまかなえというシカゴ学派の市場原理の発想に他ならない。アメリカ旅行で最も注意することは、病気だ。民間保険に加入していなければ目が飛び出るような莫大な医療費を請求される。民間保険は、救急車が信号無視で高級病院にノンストップで突っ走る最高級ランクから、信号ごとにストップする保険までいくつかのランクがある。
要するに自分の命の安全は自分で守れ、カネがあるものはいい治療、弱者はこの世を去れという発想が根本にある。まず日本は重病・重症患者を狙い撃つところから始めて、最後には救急車がいくつかのランクに分かれるところまでいくだろう。いのちがカネで取引される究極の格差が出現する。
高価な国産牛肉を食べて、救急救命士がいる救急車に乗って信号無視で突っ走って、完全看護の個室に入院する人と、安い米国産BSE牛肉を時たま食べて病気にかかり信号ごとにストップしながらすぐ退院を迫られる病院へ急ぐ人に両極分解するのが近未来の日本の姿だ。
これほど米国に忠勤を尽くしながら、実は米国はすでに日本を見限っている。米国国務省は外交官の配置を見直し、日本勤務のポストを3つ削減し、中国に15ポストを新設する。米国外交官ポストの削減は、ロシア10、ドイツ7,ニホン・ブラジル3であり、逆に増やすのは中国15,インド12、その他インドネシア、ボリビア、ニカラグアも増える(ワシントン・ポスト10日付け)。米国の21世紀の国際戦略は明確に中国とインドにシフトし、日本は意味がなくなったのだ。どうしてか。日本はどんな無理難題を要求しても、忠犬ポチ公のようになんでもワンワンと吼えて素直に従ってくれるので、情報収集と交渉のための外交官はもともと要らないからだ。
いま日本の記憶は毒を盛られようとしている。過去の記憶は毒によって、罪責から恩寵へと変質し、あたかもすべてが美しい物語へと改竄されようとしている。こんな子どもじみたふるまいがなぜ大手をふって街を歩いていけるのでしょうか。罪責をそのままその実相において受容しない(受容を隠し立てしようとした)、すべての欺瞞を見過ごしてきた私であり、あなたにその責は帰せられる。私たちの両手は、父祖たちの流した真っ赤に血によって汚され、その汚れを自分の手で洗い流していない、ばかりかまたふたたび、あってはならないおなじ過ちの途へと踏み出しつつある。もはや二度と贖われることのない地獄を約束された途を。この取り返しのつかない途を避ける方途は、オギンスキのポロネーズ「祖国よさらば」にならって云えば、この日本にサヨナラする他にないのだろうか。「祖国よさらば」・・・・痛ましい調べである。祖国への去りがたい哀惜を込めてオギンスキは鍵盤を叩いている。胸迫るようなこの調べに打たれて、故郷と祖国を捨てていった無数の人がいる。丘を超えれば、しかし静かに響いてくる歌が聞こえるではないか。作者不明・ドンブロフスキのマズルカ ヘ短調(ポーランド国歌「ポーランド未だ滅びず」)が! 私はこのような国歌をもてる人を心の底から嫉妬する。なぜこのような調べが国歌でありうるのか! わが「君が代」の腐臭漂うメロデイを聴くにつけ、わが祖国はどこかでキッパリと過去と切断する醜い決断を迫られている。醜悪であるがゆえに崇高なヨブの行為である。汚らわしい世俗を絶って、ひとり孤高の宿に逃れることも可能であるかもしれない。私はそれはできない。我が亡き後に洪水がくれば、私はどうかしてふたたび生を得て沈みゆく人々と運命をともにしたく思う。ふたたび「祖国よさらば」の調べが静かに流れてくる。去らねばならぬ定めならばいさぎよく去りもしよう。でも最後の選択はわが手に委ねられていてほしい。そして私は去らないだろう。もし破れて汚濁の淵にまみれようとも。私はわが同胞といまわの生をともにしたく思う。でき得れば、そこにショパン:エチュード ハ短調 作品41−2「革命」が流れているように願いながら。以上・遠藤郁子『言霊の詩人 わたしの心のショパン』(藤原書店)を聴きながら。そして遺作となったショパン:ノクターン 嬰ハ短調はまるで天上から降りてきた心が洗われるような神の調べのようだ。(2006/2/11
19:25)
◆戦場での至高の瞬間は現代のヨブを告げているか
1942年12月31日の大晦日、ロシア人音楽家は慰問のために包囲された街を訪ねた。ヴァイオリン奏者ゴールドシュタインは
塹壕に出向いて、兵士のために1人だけのコンサートを催した。彼が奏でるメロデイは拡声器を通してドイツ側の塹壕にも漂い、銃
撃は突如として止む。不気味な静けさの中で、染みいるような音色が流れる。演奏が終われば、深い静けさがロシア兵を支配する。
ドイツ側のもう一つの拡声器から、魔術を解くかのように、静けさを破る声がする。「もっとバッハを弾いてくれ。われわれは撃たない
から」 ゴールドシュタインはヴァイオリンを取りあげ、快活にバッハのガボットを奏ではじめる。(スラヴォイ・ジジェク「シューベルトを
を聴くレーニン」より)
これは第2次大戦の帰趨を決めたスターリングラード攻防戦のある情景を描いたものです。停戦における至高の瞬間であるが、演奏が終われば即座に銃撃は再開される。演奏は銃撃を阻止しないばかりか逆に継続すらさせてしまう。この戦争が無意味であるという普遍的な人間性の経験は、まなざしの単純交換という形式をとって出現しうる。スターリングラード攻防戦そのものが巨大な『冬の旅』(シューベルト)ではなかっただろうか? すべてのドイツ兵は「ここに異邦人として訪れ、異邦人として離れる」神が見捨てた絶望的な状況にあった。
レーニンが、ベートーベンの『熱情』を初めて聞いたときに、彼はまず泣き始め、次いで音楽は敵との容赦なき闘争を放棄させ、代わりに敵の頭を撫でてやるように革命家を気弱にさせるので、革命家はこうした感情に身を委ねている余裕はないと主張した。これをもって冷酷無神経なレーニンを批判する人がいる。強制収容所のホロコーストを立案したラインハルト・ハイドりッヒは、どんなに忙しい一日を過ごした後でもベートヴェンの弦楽四重奏曲を聴く時間だけは捻り出した。ここでは文化と野蛮は問題なく統合される。日本の首相も帰宅してしばしワグナーを聴くそうだ。むしろレーニンは、政治と芸術の抜き差しならない敵対について知り抜いた、むしろ感受性の豊かさの持ち主であったことを証明しているのではないか?
芸術は(特に音楽は)、普遍的な感情へ高めれることに避難し、社会の具体的な敵対からの逃走を赦してくれるイデオロギー機能を持っている。敵対する塹壕を隔てて兵士達がはじめる友愛に満ちた恍惚たる経験をもたらす。それは強制収容所の女囚とえもいわれぬ性的行為をしたナチ将校との交情を忘れ得ぬ女囚が、戦後も彼を求めていく倒錯した愛情をつくりだす(このスゴイ映画の題名を忘れてしまった!)。支配と被支配が残酷な関係であればあるほど、憎しみは高度化するとともに、倒錯した異常愛も生まれる。植民地朝鮮兵が誰よりも日本兵に先んじて特攻作戦に志願し、「天皇陛下万歳!」といって散華したごとく。
時に人は見ず知らずの他人に心の底を打ち明ける方が、親しい人よりも楽だという事実がある。カウンセリングやサイバー空間でのチャットに本音が表れるのは、そうした逆説に依拠している。だからこそ見ず知らずの人が自殺サイトに集まって、自動車に練炭を積み込むことになる。なぜ一夜限りの情熱的な交情に我を忘れ、朝がくればもはや二度と会うこともない別れを淡々と遂行するのかという理由も説明できる(『マデイソン郡の橋』)。後期資本主義は私たちの情熱を取り返しがつかないほどに分裂させ、親しい人とは淡々たる日常を営み、偶然の激情に至福を味わうといった状況を安定的につくりだしている。一夜の交情を結んだ妻は、翌朝には淡々と夫のもとへと帰っていき、決して致命的なリスクをとることはしない。はるか彼方で餓死しているこどもの姿を見て、私たちは適切な距離を置いてお金を寄付する。安全な壁越しに自分の富の残り物を放り投げて他者を助けるという共感は、ほんとうの愛情と云えるだろうか。私もベトナム孤児の少女の里親となって送金しているが、時々心のこもった成長の手紙を受け取って、少し現実に接近するが、日常は少女のことは忘れて生活を楽しんでいる。
被害者に100m以内に接近することを禁じるストーカー防止法や、脚にICチップか発信器を据え付けられて24時間監視に置かれるセクハラ犯罪者は、本質的に隣人に生々しい情熱を直截に降り注ぐことを忌避する現代人の自己防衛規制の外延にあるのではないだろうか。世界史上類い希なナルシストとなった現代人にとっての禁句は、”汝、隣人を愛せよ”という無条件の透明な愛情であるかもしれない。禁煙ファッシズムトも云えるような喫煙バッシングの根拠は、受動喫煙への異常な恐怖にあるが、見えないバクテリアやウイルスに極度の警戒を示すポスト・エイズ時代の清浄な自己を完璧に防衛するナルシズムの極地ではないか? 強制収容所のナチ将校は異常な潔癖主義でつねに白手袋をしていた。私の知人は、電車では絶対に吊革を持たない。逆にハンセン病に冒された人を抱擁するシーンを演じて拍手を浴びる人がいるが、それはむしろナルシズムの裏返しであってほんとうにハンセン病者を隣人のごとく愛せない自分を合理化しているのではないか? 一時的な情熱は愛なき男女が交わすキスよりも高潔ではないかと問うてきた愛人イネッサ・アルマンに対し、レーニンはそれはどちらも同じだと答える。アガペーとエロスは原理的に両立しない。愛は慈愛と自己否定をともなうが、セクシュアリテイは所有と暴力を生むからだ。
こうしたナルシズムの究極の姿は、遺伝子工学を駆使した遺伝子操作だ。子どもがよく勉強するように励ますよりも、勉強する遺伝子を刷り込み、モラルを教えるよりモラルに従う遺伝子を刷り込む方がより効果的だという主張が展開されている(特に米国)。米国では貨幣の所有量によって、遺伝的に操作された優秀種と、在来種という2つの種(階級)が出現し、優秀種は壁に囲まれてガードマンが警備する高級住宅街を形成し、在来種はスラム街を形成している。それはもはや同一種の格差社会ではない。違った別個の人間種が並立する階級社会なのだ。日本もじょじょに格差が進んで問題となっているが、行きつく先は米国型の城壁都市の出現であることは間違いない(このまま放置すれば)。なぜなら若者の半数が非正規雇用であり、20%を超える失業状態でこのままいけば、次世代ははっきりとその格差が固定された階級社会となる。「士農工商」の形式はないけれど、実質的には貨幣量の多寡による身分階級が形成される。日本の城塞都市の内に住む人は多くて3%(自分を上流だと思っている人)であり、城塞の内外を行き来できる人が約30%、残り約60&強がいま青テントで生活しているイメージとなるだろう(朝日新聞世論調査参照)。
かって戦場の塹壕で戦った兵士は、いずれも祖国防衛に身を捧げた「国民」兵であったが、城塞国家ではそのような国民はいない。戦場で奏でるヴァイオリンの音色に聞き入って、銃撃を止める静寂も生まれ得ない。私たちはふだんに殺し合わないと、自分が殺されるという包囲されたコロッセウムで戦う剣闘士となる。これが日本の近未来の姿だ。これをしも惨めで悲惨だと心が痛む人は、いまスパルタカスとならねばならない。或いは勝利するスパルタカスであるべく、知恵と勇気を磨かなければならない。なぜなら城塞の内部に住む3%は、人類遺伝子の最も良質なDNAを捨てすべてを効率遺伝子で武装しているがゆえに、人間進化の歩みから決定的に退化しているからだ。青いテントで生きる60%は惨めで醜い姿をさらすが、奪われた尊厳を回復するために城塞3%をすら憐れみ救済しようとする普遍のDNAを持っている。全身が爛れたもっとも醜い姿をしたヨブこそ、もっとも神に近い美しいこころを持っているのだ。以上スラヴォイ・ジジェク『迫りくる革命』参照。(2006/6/10
18:14)
◆不登校で留年しそうな我が子をどうしたらいいでしょうか?
昼のNHKラジオを聞いていたら、ちょうど教育相談の時間でした。木訥とした声の母親が、留年しそうになっている息子のことを相談していた。高校1年生まではきちんとした生活を送っていたが、高校2年生で学校に行ったり行かなかったり、親にものも云わないようになった。いま息子が外出して家にいないので電話したという。母親は、学校の服装検査が厳しくて髪型が悪く靴下が指定外で、息子は校門から自宅へ帰されるという。息子は直接家に帰らなく友だちの家に遊びに行くようになったという。回答者である東京学芸大の教授は、その高校は第1志望か?部活はどうか?などと聞いて、要するに出席日数が不足して留年が確かになったいまでは、これからどうするか進路を考えることが大事だという。高校1年の単位は修得しているから、他校の2年生への編入とか専門学校への編入など多様な進路が用意されているから、先生に相談されたらどうか等と助言している。しかし母親がほんとうに相談したかったことは、高校の厳しい生活指導に問題あるのではないかということだ。何となく聞きながしていた私は、ここで急に興味を持ち、回答者がどう答えるか注目して聞いた。回答者は次のように云った。「お母さん、いま学校の指導スタイルを問題にしても効果はありませんよ。そうでしょう。留年が確定的ないま、息子さんの4月からをどうするかのほうが優先課題でしょ。いま学校の生活指導を問うても意味はないでしょ」と答え、お母さんは「そうですね。はいよく分かりました。息子とよく話してみます」と答えた。
なんと悲惨なカウンセリングであろうか。母親は息子の不登校の要因を木訥に鋭く指摘したのだ。回答者はそれをみごとにすり替えて、目前の対応に母親を誘導し、教育現場をよく知らない母親は、従蓉としてそれに従った。私は、現在のシステムの既成事実に囲い込んでいくカウンセリングの権力性の実態をかいまみたような思いがした。髪型が校則に合わない生徒を校門で自宅に帰すなどと云うことは、明らかな学習権という人権侵害の犯罪行為であり、文科省すら厳しく禁止しているものだ。この回答者は、そうした問題の本質に共感することなく、現状を受容し適応していく方途を教えただけだった。この回答者は、母親のほんとうの苦悩に答えていない。4月からの息子の在り方はもちろん重要な課題であるが、母親が提起した本質的問題に何らかの打開を助言しない限り、この高校での不登校と留年は減ることはないだろう。もっとも素朴な疑問は、この回答者にそうした人権侵害の教育現場に対する怒りのような人間的感覚が全くないことだ。
夕方のNHKニュースを聞いていたら、横浜事件の被害者家族が登場して、横浜地裁の判決を口々に悔しいと云って批判していた。横浜事件は、中央公論社関係者60人が「共産主義を宣伝した」とする治安維持法第1条・第10条違反容疑で逮捕され、拷問で4人が獄死し、敗戦直後の8−9月に(!)30人が有罪判決を受けて投獄された事件だ。東京高裁は拷問の事実を認定し、自白の信用性に疑いありとして再審が開始された。今日の再審判決公判は、無罪か有罪かを判断しない「免訴」という打ち切り判決であり、「訴訟記録が廃棄され確定判決が残っていない」として再審を拒否した。拷問の事実を認め、自白の信用性を否定したのであれば、当然に無罪判決を言い渡さなければならないのは刑事訴訟法から当然であるのもかかわらず、横浜地裁は一切の謝罪もすることなく、なぜこうした「免訴」判決を言い渡したのであろうか。それは事件が、神奈川県警特高部と思想検事と予審判事という司法と警察が一体となった冤罪であり、それを認めることは司法体系を揺るがすからだ。米軍占領が迫る中であわてて下した判決といい、訴訟記録を焼却処分した司法犯罪が明らかとなるからだ。ここに留年に追い込んだ学校の教育システムに疑問を呈する母親に、そんなことは意味がないと説得して学校の権威を守ろうとするカウンセラーと同じ論理がある。すでに失効した治安維持法下の裁判を問い直しても意味がないということと同じなのだ。こうした既成事実の追認と過去の罪責への無反省の論理は、「正義」が場所と時間によってコロコロと権力によって変わるものだということを示して余りある。
こうした事例の究極の事例を示しましょう。怒りを通り越して笑いが込み上げてくる漫画的なことばです。ムハンマド風刺画でゆれる世界へ、ブッシュ大統領は次のように呼びかけた。「世界は暴力をやめ、寛容さを示し、外交官の生命財産を守るよう求める。吾々は報道の自由を信じているが、自由には他者のことを思いやるという責任が伴うべきだ。この機会を利用して暴力を引き起こしている政府は非難されねばならない」(8日)というものだ。私は一瞬耳を疑った。大量破壊兵器があると言って他国を攻撃し、兵器が存在しないことが証明され不正義の侵略戦争の不正が明らかになった元凶が、他者に向かって人権とヒューマニズムを説いているではないか。ここには自らの巨大な罪責そのものをやり過ごして恥じらわない人格喪失の姿がある。彼は精神鑑定を受けて神経内科の治療を受けた方がいいほど、人格が崩壊している。既成事実の追認によって、無限に自らを合理化していかなければならない神経が如何に人格崩壊を遂げていくかを如実に示しています。(2006/2/9
19:529)
◆橋の思想ー金時鐘「自己復元への希求」(『在日のはざまで』平凡社)
日本で初めて「在日」ということばを使った金時鐘氏のエッセイは、胸にしみいるような痛みがあります。朝鮮の古い言い伝えである「蚊川橋」について彼はこう語っています。
蚊川は慶州のはずれを流れる流れている川ですが、新羅の昔にこの畔に住んでいたうら若い寡婦と幼い子どもたちの物語です。
12歳を頭に7人の子を抱えて夫に死なれた妻は、夜な夜な子どもたちが寝静まるのを待って出かけていく。
母の外出に気づいた兄が夜あとをつけていくと、凍りついた川を薄氷を踏みながら、母が身を切るような流れを向こう岸へ消えていった。
よくよくの事情があるものと思い、子どもたちは母が足を濡らさずに行き来できるように、何日も何日も石を積み上げて橋を渡した。
橋のない川を隔てて、なにかと反目していた村人たちは、突然の橋に驚き、それが子どもたちの積み石であることを恥じた。
行き来が激しくなり、やがて2つの村はちからを出しあって本物の橋をかけた。
しかし母親は二度と向こう岸に渡ることはなかった。
実はその母には川向こうの村に情夫ができていたのだ。
人はこの橋を「孝不孝ばし」と呼んだ。
母に孝であれば死んだ父に不孝だという意味を込めて、融和のうちに秘められていることの相克を言いあてていた。
簡単にこの話の示唆を言うつもりはない。こうもむごく、こうもいまわしく、私と私につながるすべてにまといついて離れない亀裂の渇き
がうずくときに、許されぬこととはいえ、より大きな愛に引き戻されていった女の震えを、確かな生命の息吹のように感じるだけだ。・・・3
8度線という人為的な分断線は、早くから単一民族の思考を差配し、それによって朝鮮人特有の鷹揚な寛容さまでをあらげてきた寒々し
い精神風土を、あまりにも多くの”私”が外圧のせいに押しやっているので、このていの話でも後ろめたく気恥ずかしいのだ。・・・葉を茂ら
す前にぴゅっぴゅっと花弁をふきだす春一番の朝鮮つつじのように、損なわれた自己の復元の希求が、凍てついた空のしじまをついてうご
めくその年を信じ、生きる。春はすでに冬とともにあるのだ。
あまりに美しく残酷であるがゆえに、この古い物語は琴線をうつものがあります。村を和解させた母へのあふれる愛情の結晶の作業が、じつは母の恋人への愛情を奪ったということを知った子どもたちのこころはいかばかりであったでしょう。我が子の愛の行為によって恋人とわかれざるを得なかった母の心中はいかばかりであったでしょう。私はこの物語を聞いて、「崇高なる罪」と「無意識の偽善」という言葉を思いました。おそらく朝鮮近現代史は、同胞のなかに和解を求めて敵対する無数の物語を編んできたのです。その皆元はだれあろう、旧大日本帝国つまり私たちであったのです。しかし金時鐘氏はその怒りを元凶である日本に向けることはありません。逆に彼は汚れ歪んでいった自分たちを恥じらい、この物語を語ることに後ろめたさを感じています。辱められた自分たちが喪われた自らを気高く恢復するなかにこそ、ほんとうの橋をつくることができるんだと呼びかけているようです。
私はこのような気高く崇高な魂に触れたことはありません。こうした姿勢をもって対してくる在日に、私たちは逆に差別と同情という二重の辱めを加えてきました。「日本のお陰で義務教育が実現し発展したんだ。過去は忘れて未来志向で行こう」(日本A外相)等という言辞ほど、傷口に塩をすり込むような救いがたい非人間性を示したものはありません。韓流ブームに浮かれて追っかけをしている中年の日本女性たちが、無意識の偽善に転落しないよう祈るばかりです。
橋の思想として私が思いか浮かべるのは、部落解放運動の指導者・木村京太郎をモデルにした住井すえ『橋のない川』という小説と、フランツ・ファノンの『地に呪われたる者』です。前者は部落差別を克服する象徴的な意味で「橋」が使われていますが、橋のない川の両岸の高さが違ったままで橋を架けてもそれは偽善ではないかという論争が起こりました。ファノンは暴力革命後の建設の問題として、全的に発達した人間の創造として「橋」を考えています。彼のことばを紹介して終わります。ファノンの思想は、まさに金時鐘氏とおなじく、自力で鍛え上げていった思想と社会なしにほんとうの解放はないといっているようです。
ひとつの橋の建設がもしそこに働く人々の意識を豊かにしないならば、橋は建設されぬがよい。市民はいままでどおり、泳ぐが渡し船に乗
るかして、川を渡っていけばよい。橋は空から降って湧くものであってはならない。社会の全景にデウス・エクス・マキーナによって押しつけら
れるものであってはならない。そうではなくて、市民の筋肉と頭脳から生まれるべきものだ。・・・・・・市民は橋をわがものとしなければならな
い。このときはじめて、いっさいが可能となるのである。
(2006/2/9
12:24)
◆子どもをマネーゲームに狂奔させる病んだ国に転落する日本
いま日本証券業協会(日証協)や証券会社による子ども向け投資教育が氾濫している。日証協の子ども向け体験投資プログラムが繰り広げる、「総合的学習」や社会科授業での金融教育支援には全国1351校が参加している(04年度)。生徒は1000万円の架空資金をもとに、上場企業に実際の株価で投資して成果を競うゲームで、ゲームのHPに売買注文をインプットすれば資産合計額による校内順位が表示される仕組みだ。運営費と教材費はすべて日証協が負担する。ネット証券「マネックス」は、「株のがっこう」プログラムの上手な金の殖やし方で、生徒の口座に10万円を渡して投機体験をさせている。3ヶ月間親子で投資を実際に体験しながらレポート提出を求める。この損得は自己責任であるが、10万円の返金は求めない。親権者の同意があれば未成年者でも株売買は法的に可能だとし、保護者同伴であれば未成年者名義で口座の開設もできるという。急速に進む株取引教育の導入経過を見てみよう。
2002年 金融庁 文科省に「学校での金融教育推進」要請(総合学習と教科の金融教育推進)
2004年 金融庁「金融改革プログラム」に金融経済教育拡充謳う
2005年 金融庁「金融経済教育懇談会」
懇談会論点整理「実践的・体験的金融教育の重要性」
これらの会議で主張されている意見をみてみよう。
「汗水垂らして頑張っていくという従来の発想を変え、お金に働いてもらうのが国益だと、初等中等段階から教えていく必要がある」(05年3月 懇談会)
「貯蓄から投資への流れを加速する教育の役割は極めて大きい。証券業界と連携して金融経済教育の充実に努める」(05年9月 金融相)
貯蓄から投資への流れをつくり、証券業界の利潤極大化をねらう政策が、ついにいたいけなこどもたちをターゲットに浸蝕されはじめた。経済の仕組みを知るための経済・金融教育は、市民としての基礎知識であり不可欠だが、株取引の校内順位を競わせるようなマネーゲームの世界で子どもたちはどのように成長していくのだろうか。おそらく「世の中で金で買えないものはない」(ホリエモン)のような金の奴隷となる金権亡者が輩出され、「汗水たらして」労働する人を軽蔑する人生観が育ち、ついには金のためならナンデモやるヴェニスの商人が徘徊するようになるだろう。実体経済の市場取引の交換手段に過ぎないマネーを、あたかも神のごとく崇拝するフェテシズムの蔓延は、最後には一国の経済の基盤をゆるがして破局に導くだろう。こうしたゲームに全国の小中学生が目を輝かせて、デイスプレーにのめり込んでいる姿を想像するとゾッとするものがある。
しかし現実の教室をみると、生活保護や就学援助を受けている子どもたちが急増している(就学援助15% 名古屋市の場合)。実に40人のクラスで6人もの明日の教材費もないような子どもが、10万円の現金をもらい、1000万円の元手で株取引を学習させられるーこの恐るべき風景のなかで、子どものこころは傷つき歪んでいくだろう。「株取引はしていないし、今後もしない」と答えている国民は68%であり、彼らは必死で働いて子どもたちを養っている。子どもたちは、そんな親を観て失望し、負け組として軽蔑するだろう。こうして投機教育はヒューマンな家庭の愛情をも引き裂いていくだろう。
しかしほんとうに賢い小中学生は次のことを発見するだろう。株価が上昇している企業は(特に日本の)、実は売上高が上昇しなくても営業利益を伸ばしている会社であり、その秘密が人件費コストと調達コストをギリギリ切り下げた原価改善にあることを知るだろう。つまり自分の親をリストラした会社の株の架空取引に熱中している自分を発見して、愕然となるだろう。或いは次々と作為的なパフォーマンスで株価を上昇させている会社の内部が実は空っぽであることを発見して驚くだろう。そしてこうした背後にある真相を知りきった上で、冷酷に平然と投機取引をおこなわなければならない自分を発見するだろう。ここで自己嫌悪におちいってマネーゲームから去っていくか、さらにずる賢い株取引に邁進するかは、その子どもがどのような家庭文化の中で育ったかによって決定される。
おそらく政府と証券業界が進めるマネーゲーム教育は挫折するだろう。子どもたちは健やかであり、カネだけで人を評価したり、すべてをカネで観ることを本然的に嫌悪する。もっと美しく楽しい世界があることを知っており、自分のほんとうにしたいことやなりたいものを真剣に探している。もしそうでなければ日本の未来はオワリだ。あれほど喧伝されたサッカーのtotoがいまなぜ破綻しているのか。若者や子どもにとっては、スポーツの世界とギャンブルは原理的に背反しているからだ。ここに救いがある。(2006/2/9
10:52)
◆「植民地教育によって極めて教育水準が高くなった」と云う外相が許される国
日本の外相が、「日本は植民地支配下の台湾の義務教育に力を入れた。いま極めて教育水準が高い国であるがゆえに、いまの時代に追いついている」と日本の台湾植民地支配を美化する発言を得意げにおこないました(4日 福岡市内講演会)。中国外務省と新華社通信は即座に反応して厳しい批判をおこないましたが、台湾当局の反応は聞こえてきません。恥ずかしくて顔向けできないような低劣極まる言葉を聞いて、あたかも日本は戦前に戻りつつあるような感じです。同時にかって観た戦前期台湾を描いた台湾映画の小学校のシーンを鮮やかに思いうかべました。日本とほとんど変わらない校舎で、台湾の子どもたちがオルガンの演奏をバックに、「蛍の光」と「仰げば尊し」を大きな声で歌っていました。それは確か中国語であったと思いますが、日本の懐かしい卒業式の風景が込み上げてくるとともに、胸が締め付けられるような或る感慨を持ちました。あ〜かっての台湾はここまで日本に同化されていたのかーという思いです。あの情緒あふれる文部省唱歌が流れていく美しい台湾の自然のなかで、台湾の子どもたちがあどけいない表情で戯れているのをみて、複雑で形容しがたい気持ちになりました。
ことほど左様に旧日本帝国は、台湾や朝鮮で皇国臣民化教育をおこない、現地の優秀な子どもほど、大きくなったら立派な日本人になって天皇のために死にたいと思うようになりました。祖国の言葉を軽蔑して日本語を習得するのに懸命になり、日本人教師の評価に一喜一憂しました。身も心も日本に捧げる子どもたちがたくさん育っていきました。8月15日を期してすべてが逆転したときに、実は自分が祖国を売るような恥ずべき人間であったと知ったときの子どもたちの無念と恥はいかばかりであったでしょう。自分が実は騙された存在であり、騙した国への献身に何も知らずに熱中していたことを知った子どもたちは、一旦は全否定された自分をどのように恢復していったのでしょうか。こうした体験を経て、いま日本に暮らす在日朝鮮人詩人・金時鐘氏の証言を聞いてみましょう(『わが生と詩』岩波書店)。
「過去を喪失した皇国臣民世代の不幸は、日帝支配下の日々の中にあってさえ、幼い日々が不幸だったところに悲劇があるのではなく、まさしく日帝の時代であったにもかかわらず、すべての時代の幼い日々と同じように幸福だったところにある」(「日本語の石笛」より 一部筆者意訳))
「中学生の頃にお目にかかれた崔先生と農村工作に出かけたときの、震えがとまらないほど込み上げてきた先生の打ち明け話は、30数年を経た今でも生々しくよみがえってきます。先生が愛された女性は、チュマク(酒幕)という居酒屋で、春をひさいでいた私娼だったそうです。官憲に負われて逃げ込み、彼女に契りを迫ったそうですが、彼女は頑として許してくれなかった。日本人にはいつも売っている体なのに。夜も白んだ頃「私は梅毒持ちです」と言って部屋を出て行ったのが、彼女との最後だったそうです。この毒素の体をあなたにはあげられないという意味だったようです。朝までかかって応じなかった好きな女が出て行った夜明けの話をされていた時に、崔先生の横顔にはソーメンのような涙が、筋をひいて流れていました。私はそれいらい女を愛する男ってほんとうに美しいと思っています」
「祖国朝鮮が日本の統治下にあった頃、青年の夢は、面書記、日本流にいうと町村の公務員になることが出世の限りであった。とりわけ統治の権化であった警官になろうものなら、一門の栄達であったことは云うまでもない。ましてや帝国陸軍中尉に任官した岡本実、つまり朴正熈の得意たるや如何ばかりであったろう。天皇に忠誠を誓う血書まで書いて志願し、満州軍官学校へ入学し、教官から”帝国軍人の鑑””特等の日本人”と賞賛された彼の忠誠は、なけなしの特権と引き替えに手に入れた、あのかたくなな植民地人の忠誠となって固持される。・・・平静に云おう。彼、朴正熈も私同様、願ったことのない<解放>に押しやられた半日の韓国人なのだろうか」(「日本語を生きて」より)
かくも異民族を植民地化した宗主国が、言語や名前も奪って自国民化した国が世界史上どこにあったでしょうか。文字通り世界地図から、民族のすべてを剥奪して同一民族化しようとした野蛮国家こそ大日本帝国でした。そうした植民地経営を利用して一気にのし上がった新興財閥の一つが麻生産業であり、強制連行した朝鮮人による炭鉱経営で莫大な利潤をあげたのです。こうした出自をみれば、南北朝鮮政府は麻生の末裔を恨(ハン)をもってみているにもかかわらず、いつのまにか外相のポストを手に入れました。家系の遺針を継いで彼は、東アジアを逆なでするような無礼で恥ずかしい無知極まる言辞を垂れ流しています。欧州であれば、反ナチ法によってすぐに逮捕され投獄されるような言辞を弄している彼を批判する声はありません。「言葉に賭けるジャーナリスト宣言」というCMを垂れ流しているメジャー紙の偽善は目に余るものがあります。
いま日本では戦後世界に誓ったはずの出発点である過去の罪責を否定する罵詈雑言がまかり通っています。首都の知事からはじまって外相にいたる枢要なポジションにいる人たちが憚ることなく、戦前回帰の言辞を弄しています。一体日本はどうなってしまったのでしょうか。この国はいったいどこへ向かって歩み出そうとしているのでしょうか。すでに私たちは悪魔の道を踏み出しているにもかかわらず、それに気づかないままに日常の繁忙に紛れています。「冬きたりなば春遠からじ」と歌える国はほんとうに幸せです。いまこの国は、冬の入り口にあって厳冬の厳しさにおののいています。窓の外を見れば節分をへて春の近さを告げているにもかかわらず。
TVニュースの画面では、千葉県我孫子市にある研究所に向かう秋篠宮に、沿道に並んだ小学生が声を揃えて大きな声で一斉に「おめでとう御座います」と叫んでいます。これはまさに戦前の風景ではないかと!と私は目を疑ったのです。私も小学生の時に、全国巡行の天皇の列車をホームに並んで迎え、日の丸をうち振って大歓迎しました。(2006/2/8
20:52)
◆日本の軍隊はなぜリンチが多いのか
このホ−ムペ−ジにアクセスして頂いている皆さんのなかに自衛官の方もいらっしゃると思いますが、どうか目をそらさずに考えて頂きたいと思います。日本海軍はみずから爆沈した軍艦数が世界最多の5隻に上っている。艦名・事故発生年・場所は以下の通りです。
戦艦 三笠 1905年(明治38年) 佐世保軍港
海防艦 松島 1908年(明治41年) 膨湖島馬公
巡洋艦 筑波 1917年(大正 6年) 横須賀軍港
戦艦 河内 1918年(大正 7年) 徳山湾
戦艦 陸奥 1943年(昭和18年) 瀬戸内海柱島
三笠は日本海海戦の勝利に浮かれた水兵が火薬庫で宴会を開き引火。陸奥は「火薬、砲弾の自然発火を否定し、人為的放火による疑い濃厚と判定」(陸奥査問委員会『相模湾海軍工廠』)。「少なくとも半数は制裁のひどさに対する水兵の道連れ自殺という噂が絶えない」(中井久夫『関与と観察』みすず書房)。04年に海上自衛隊護衛艦「たちかぜ」の2等海曹(34)は、艦内で後輩隊員(20,25)にパンチパーマを強制して拒否され、エアガンを発射して暴行し、別の隊員(19)を脅迫してCD−ROMを17万円で買わせ、さらに後輩隊員6人にエアガンとガス銃を用いたサバイバル・ゲームを強制した。隊員(21)はイジメを絶対許さないと遺書に記して自殺し、2等海曹は懲役2年(執行猶予4年)の判決を受けた。
上官への絶対服従が掟とされる軍隊内では私的制裁が横行し、リンチは教育手段として黙認され、イジメが極点に達したときに被害者は脱走か自殺しかない。上官への反抗は軍法会議の恐れがあるからだ。以上は野間宏『真空地帯』(*陸軍)、浜田知明『初年兵哀歌』参照。現在は軍法会議のような特別裁判所はなく、一般裁判所で裁かれるが、軍隊内被害者が上官を訴えることは至難だ。なぜ私的制裁やリンチ、イジメが横行するのか。丸谷才一氏は、旧軍では徴兵制によって自由を剥奪された鬱憤を晴らすサデイズムであり、志願制である自衛隊でもその伝統は隠然として続いているという。自衛官の00年代の自殺者総数は以下のようになっている(陸・海・航空合計 毎日新聞05年5月19日付け)。
00年度 73人
01年度 59人
02年度 78人
03年度 75人
04年度 94人
04年度に急速に増加してるのはなぜだろうか。イラク参戦以降に訓練のハード化と戦場死の緊張感が高まり、トラウマが蓄積したからだろうか。この表面化した数字の背後には破局をはるかに上回るリンチや脱走があると推定されるが、それは公表されず闇に沈んでいる。丸谷氏は、近代以降の日本人は軍隊という組織を持つに向いていないと言い、それを「国民全体の幼さ」に求め、改憲による再軍備に危惧を表明する。以上は丸谷才一「袖のボタン」(朝日新聞2月7日付け)参照。
私は自衛隊へ志願した人に、祖国の独立と安全を守ろうとするピュアーな精神を持つ優秀な若者を知っている。しかし自衛隊のリアルな現実は、指揮命令権を実質的に米軍に把握された惨めな植民地傭兵軍に等しい。多くの入隊者は、経済的困窮や資格取得指向者であり、祖国防衛の理念とは解離している実体がある。世界の先進国で、唯一市民による革命なしに近代化を遂げた国が日本だ。王制を打倒するために市民が自ら武装して市民軍を編成して血を流した経験のない唯一の国だ。軍隊は常に王権から強制的に徴兵してつくられたきた経験しかない。市民と民衆は、子どもの時から教化されて常に軍隊を非拘束的な強制組織として囲い込まれてきた。天皇を守護する擬制的なイデオロギーによってかろうじて構築された砂上の楼閣だった。「大東亜協栄」に向かった兵士は、現場では容赦なき殺戮と暴行を加え、敗戦では我先に軍需物資を盗んで逃走したのが、大日本帝国軍隊の実相であった。日本軍は歴史とともに、自らの命を捧げて悔いない「理想」的な目的がない「真空地帯」であった。かっての韓国軍が光州事件で民衆に銃を向けて殺戮したように、おそらく自衛隊も決定的瞬間には日本の市民を殺戮することをためらわないだろう。現に60年安保問題の時に自衛隊練馬部隊は出動命令に備えて待機していた。
真正の理念を内発的に備えた軍隊は、垂直的な指揮命令系統にあっても、同志的な水平的連帯によって結びついているがゆえに最強の戦闘力を発揮するが(世界史上初めて米軍を撃破したベトナム人民軍!)、虚偽の理念で武装された軍事組織は実はヤクザの高度化した組織に過ぎない。いやヤクザのほうがむしろ同志的結合がある。理念への疑惑を抱えている軍隊は、必然的に暴力の対象を内部に向けてみずからの規律を作為的に誇示していかざるをえない。米国海兵隊の悲惨な実態はその象徴だ。彼らは日本列島で日本の女性に暴行を加え強姦して、明日なき戦場での死の恐怖のトラウマを解消している。(2006/2/7
21:34)
◆「日本では天皇の風刺画は載らない」(清水勲氏)のはなぜか?
05年9月にデンマーク紙がイスラム教預言者ムハンマドの風刺漫画を掲載し、06年1月にはノルウエー雑誌が転載し、次いでフランスなど欧州各紙が転載したことに対して全世界のイスラム教徒が激しい抗議運動を展開しています。もともと欧州では、英国王室やローマ法王への風刺画も「表現の自由」として掲載されてきました。しかしイスラム法学では、至高の存在である預言者を画にすることや偶像崇拝は神への冒涜として厳禁されています。今回はその預言者を風刺的に漫画化してばらまいたのですから、イスラム信仰の尊厳を根底から破壊する侮辱的行為と受けとめられたのです。こうしたイスラム教をめぐる「文化」衝突の一連の流れをみてみましょう。
1989年 預言者の私生活を描いた小説『悪魔の歌』著者サルマン・ラシュデイ氏に死刑宣告(イラン指導者ホメイニ師)
1991年 『悪魔の歌』の日本版翻訳者である筑波大助教授殺害(注:日本警察はほとんど捜査をおこなわなかったようだ)
2004年 フランス「宗教スカーフ禁止法」施行 信教の自由と政教分離論争 イラクで仏人記者拉致し同法廃止を迫る
オランダでイスラムの女性人権侵害を描いた映画『服従』の監督テオ・バン・ゴッホ氏暗殺(警察はモロッコ系移民2世を逮捕)
2005年 米誌ニューズウイークのグアンタナモ基地での「尋問官がコーランをトイレに流す」報道に世界各地で反米集会 同誌記事全面撤回
2006年 デンマーク紙ムハンマド風刺画掲載 全世界で抗議行動続く
デンマーク紙に掲載された風刺漫画は、爆弾の形をしたターバンを巻いているムハンマド、短剣をかざしているムハンマド、自爆テロが増えて天国では処女が不足すると嘆いているムハンマド(自爆犯は天国で処女と婚姻できるとされる)などの相当の「風刺性」が表れています。こうして事態は、風刺画をめぐる「信仰の尊厳」と「表現の自由」の激突を正面から問いかけていますが、いまや宗教的レベルを超えた欧州とイスラム社会の「異文化闘争」にまで拡大していきそうです。イラク戦争を正面から批判したフランスが「表現の自由」を唱えて漫画を転載し、イラク戦争を開始した米英両国が「信仰の尊厳」に配慮して漫画転載を拒否するという奇妙な対比も起こっています。いったいこの問題をどう考えたらいいのでしょうか。
なぜデンマーク紙が最初に掲載したのでしょうか。人口540万人のデンマークは積極的に亡命者、難民、移民を受入れ、20万人のイスラムがいます。そのごく一部に失業や犯罪、民主主義になじめない層があり、9・11を契機に移民規制を主張する極右・国民党が躍進し、政府は意味の家族呼び寄せ制限、テロ煽動演説の禁止、デンマーク語の習得義務などの規制を強化しました。デンマーク・メデイアは、今まで自主規制してきたイスラム報道に不満をつのらせていました(コメデイアンは聖書を笑いのネタにできるがコーランはできない、子どもの絵本作家がムハンマドを描くイラスト作家を見つけられないなど)。これらの自己規制に一石を投じようとしたのが今回の掲載の背景にあります。掲載後に2人の画家が殺害予告を受けたことを契機に、イスラム批判はさらに拡大しています。
私は基本的人権としての「表現の自由」原理の最大限の尊重を選びます。しかし異文化に対する侮辱的な表現の自由の公的な行使は規制します。デンマーク紙は明らかにムハンマド=テロリストとみなす屈辱的な侮辱を犯しています。日本型憲法で云えば、「公共の福祉」(異文化の信仰の自由)を否定する自由への制約条項が適用されます。自由を毀損する自由はあり得ないし、異文化間の自由の衝突に自国文化の基準を一方的に適用してはなりません。しかしイスラム側が侮辱に対する報復的暴力を行使することは、生命の尊厳の究極の侵犯として厳しく排除されなければなりません。生命の自由はあらゆる自由の根底にある無条件の至高性を持っているからです。聖典『コーラン』そのものが報復暴力を否定して生命の無条件の尊厳を説いています。いま12人のデンマーク人漫画家は暗殺を恐れて一斉に地下に隠れたそうですが、ふたたび暗殺による制裁が繰り返されてはなりません。
付言しますと、フランスの「表現の自由」原理主義は、フランス革命以降の人権思想をア・プリオリに異文化に適用する尊大なオリエンタリズムの臭いを感じます。表現の自由が実質的に衰弱している日本からみれば、そうしたフランス的発想に魅力を感じないでもありませんが、政教分離による世俗化国家の論理を政教一致国家に一方的に適用することは異文化共存を破壊する効果しか持ちません。さらに生命の尊厳の至高性は死刑廃止論争に関連しますが、これは国連死刑廃止条約が或るグローバル・スタンダードを提示しています。
こうした私の主張は、そのまま私の生きる日本国へストレートにはね返り、日本の「表現の自由」をめぐる問題状況を照射します。漫画家の清水勲氏が「今の日本では天皇の風刺画が新聞に載ることはまずない」と言っていますが(朝日新聞2月6日朝刊)、いったいなぜなのでしょうか。日本での表現の自由をめぐるタブー(何らかの事情で表現の対象にするのを避ける事柄)は、有名な菊タブー(天皇、皇室、宮内庁)・鶴タブー(特定宗教法人)・桜タブー(警察)の3大タブーがあります(以下は電子百科『Wikipedia』参照)。菊タブーは、皇室の紋章である菊花紋章に由来し、天皇と皇室への批判は社会的圧力と直接的暴力にさらされ、特に天皇制への批判的言論は極右の攻撃を恐れて自主規制することを指します。宮内庁の意図に反する皇室報道によって宮内庁記者クラブから排除されることもあります。
鶴タブーは日本最大の宗教法人の教団マークに由来し、この宗教法人への批判は団体と信者からバッシングを受け、関連企業の新聞と雑誌から攻撃され、広告を引きあげられるのを恐れて自主規制することを指します。一部の週刊誌メデイアは、このタブーを逆手にとったスキャンダル報道を売りにしているところもありますが。
桜タブーは警察庁マークに由来し、警察批判をすれば警察情報がもらえなくなる等の恐れがあり自主規制することを指します。その他にも同和タブーやスポンサータブーなどがあり、企業問題の報道がスポンサーを配慮して自主規制される場合を指します。
香港TVの討論番組を観ていましたら、4人の論者が風刺画掲載をめぐって激論を戦わせていました。その水準はおいて、その激しい論戦は真摯にこの問題に迫ろうとするアジアの姿勢を示していましたが、いったい国際化と言いながら日本のメデイアでこのような本格討論番組があるでしょうか。吐き気を催すような低劣な偏見が撒き散らされているのが、日本の現状です。なぜそうなるかと云えば、風刺画論争が本格化すれば必ず日本にあるタブーが問題となるからです。それを恐れるメデイアは適当にお茶を濁して他山の石を決め込んでいます。
日本に現存するこうしたタブーがもし事実とすれば、私はフランスの「表現の自由」を批判する資格を失うことになります。タブーの本質は、なんら近代法治原則に基づかない特定の特権の存在を暗黙の了解として例外的に許容し、結果的に特定の人権への迫害を容認する前近代的で反民主主義的な残滓です。「正しいから従う」のはなく、「恐いから従う」という社会はもはや奴隷制といえるでしょう。私たちのまわりに、「あの人は恐いから」とか「あの人の云うことだから」と正邪を超えて無条件に服従する現象があるとすれば、それはもはや奴隷的関係です。今回のムハンマド風刺画問題は、鋭く日本の表現の自由とタブーの存在を問いかけているような気がします。(2006/2/6
11:04)
◆子ども虐待死の増大と格差社会
00年に施行された児童虐待防止法は、「虐待」の定義を明確にしたうえで、児童相談所の立ち入り権を強化し、児童相談所への報告義務を虐待の「可能性がある時」にも広げましたがまったく実効があがっていません。以下はNPO「子どもの虐待防止ネットワーク・あいち」の実態調査結果です(全国24紙報道 95−04年 18歳未満虐待死亡者対象)。
▽虐待の定義 @折檻死(戸外放置、殴打) A無理心中 Bネグレクト(食事・医療不与) C発作的殺人
▽虐待死数推移移 総数1219人 95−99年:563人→00−04年:656人(1,17倍)
▽虐待種別数
無理心中 543人(44,5%)
折檻死 275人(22,6%)
ネグレクト 269人(22,1%)
発作的殺人 121人( 9,9%)
▽加害者内訳
加害者総数 1192人
うち母親 666人(55,9%)
父親 293人(24,6%)
年齢別内訳
21−25歳 193人(16,2%)
26−30歳 244人(20,5%)
31−35歳 240人(20,1%)
▽地域別内訳
愛知 78件
東京 78件
大阪 72件
北海道 61件
あなたは1219人の児童虐待死をみてどう思いますか。公表された新聞報道のみの統計ですから、闇に消された虐待死とその裾野に広がる虐待現象は目を覆うばかりの惨状にあるでしょう。なぜ児童虐待防止法は破産したのでしょうか。立ち入権や報告義務などの緊急処置の発動に傾斜し、親への支援と出産後のきめ細かいケアが中心となっていないからです。この調査にない虐待死児童の年齢や、加害者の年収別内訳などのデータがあれば、その闇の実態にもっと迫ることができるでしょうが、日本は明らかに「子どもを殺す」陰惨な社会になりつつあると云えるでしょう。その深いところに日本社会の劇的な制度変化が潜んでいるような気がします。人一人の命は地球よりも重いーといったのは誰でしょうか。次記の統計を見てください(朝日新聞2月5日付け)。
▽ジニ係数(所得格差を示す 1に近いほど格差大、0に近いほど格差小 当初所得による算出)
72年:0,353→92年:0,498 (所得税最高税率改正70年代:75%→99年37%↓による格差緩和効果72年:4,3%→02年:0,8%↓)
▽生活保護世帯数 72年:69万2378世帯→92年:58万5972世帯→04年:99万8887世帯↑(ほぼ倍増)
▽貯蓄ゼロ世帯割合 72年:3,2%→05年:23,8%↑(7,44倍!)
▽非正規雇用者数 72年:1001万人→05年7−9月:1650万人(165%↑)
▽自殺者数 72年:2万0788人→04年:3万2325人(11、537人↑)
児童虐待数の増加と格差社会指標の上昇は明らかに正比例していますが、ではそこに内在的な相関関係はあるのでしょうか。別の統計から見てみましょう(朝日新聞世論調査05年12月実施)。
▽自分の現在の生活水準は?→10年後は?
上の上 0%→ 1%
上の下 1%→ 2%
中の上 14%→12%
中の中 33%→33%
中の下 28%→26%
下の上 14%→15%
下の下 4%→ 7%
▽日本の格差社会は広がっているか?
広がっている 74%
そうは思わない 18%
▽所得格差の原因は?
個人の能力や努力 46%
それ以外 40%
▽競争は社会の活力を高めるか?(括弧内は20歳代男・女)
高める 59%(74%・60%)
そうは思わない 33%(19%・32%)
▽日本は挽回ができる社会か?
できる社会だ 60%
できない社会だ 33%
▽将来お金に困る不安は?
感じる 81%
感じない 15%
▽あなたは勝ち組と思うか、負け組と思うか?
勝ち組と思う 3%
負け組と思う 21%
どちらでもない72%
▽日本は金万能の世の中になっているか?
なっている 63%→それでよいか? よくない47% よい10%
なっていない28%
今はこの世論調査の詳しい分析はできませんが、少なくとも次のような特徴が指摘できるのではないでしょうか。
@多くの人が格差が拡がっていると思っているが、格差の要因は個人の問題とし、競争社会は活力を高めると考え、個人の力で挽回ができる社会だと思っている。ただし、格差は個人の問題ではない、競争は活力を高めない、日本は挽回ができない社会と考えている人が30−40%いる。いま5人に1人が自分の生活水準を下層とみなし、自分を負け組と考えている。
Aいま多くの人が自分は中流だと思っているが、10年後には下層に転落すると思っている人が少なからずいる。
B多くの人がいまの日本を金万能と思い、80&を超える人が自分の将来のお金に不安を抱いている。
要するに圧倒的多数は格差社会の進展を感じ、将来の生活に不安を抱き、5人に1人が下層の負け組と思っている社会になっているのです。
こうした世の中を演出してきたシナリオ・ライターである日本の首相とスタッフは、この実態をどうみているのでしょうか。
「悪平等を変えて、努力すれば報われる社会にする改革が必要だ」(03年 首相)
「格差の拡大は確認されない」(1月衆院 首相)
「格差が出るのは別に悪いこととは思っていない。成功者をねたむ、能力のある者の足を引っ張る風潮は慎まないと」(2月1日参院予算委 首相)
「負け組も再挑戦しよう、問題は挑戦しない待ち組にある」(首相MLマガジン)
ここでは格差の要因を個人の能力と努力に帰す19世紀型リベラリズムの考えがあり、「人間は互いにオオカミだ」(ホッブス)とする功利主義の考えがあります。首相のブレーンは、この考えをストレートに言っています。所得再配分は「タカリ」であり、生活保護は「施し」という恥ずべき無知をさらけだしています。ここには、欧州で軽蔑され米国でさえ破産したシカゴ学派の市場原理主義(フリードマン)の醜悪なジャングルの称讃があります。
「税制による所得再分配は、貧しい家の子どもが金持ちの子どもからオモチャを取りあげる集団的なタカリのようなものだ。構造改革は、競争社会をつくって弱い者は去り、強い者は生き残るということだ」(竹中平蔵)
「生活保護が増えているのは事実だが、バブルの経験とバブル破綻の以降の政府依存・施しの政治のもとで個人の倫理とモラルが失われた」(石原伸晃)
世の中には、病気の人もいれば、障害を持つ人、交通事故で動けない人、両親がいないこども、倒産で失業している人など本人の責任ではないハンデイを負った人がたくさんいます。企業は正規採用枠を減らして不正規採用を増やし、就職試験の入り口でシャットアウトされる学生が大勢います。その人たちは、対等の競争の初期条件を奪われているのですから、自己責任を問うことはできません。だから初期条件を対等にする社会の支援と政府の政策が不可欠なのです。いま首相とブレーンが進めているのは、あたかも100mスプリント競争で、9秒86の記録を持つカール・ルイスと15秒の記録を持つ私を競争させて、私の敗北を私の自己責任にして私を責めるような野蛮なシステムといえるでしょう。小学校の運動会では、脚の遅い子どもは前からスタートさせてゴールでの白熱した競争を演出しているそうですが、この評価はおいてまさに政府の仕事はこういうところにあります。
さて児童虐待の背景に格差社会があるのかどうか考えてみましょう。「競争は活力を高めるか?」という問に、20歳代の男性74%、女性60%がYESと答えています。若者ほどまだ自分の能力と努力に賭けてみるというパッションがあるのは当然です。これはピュアーで未来志向的である若者のものであって、挫折や失敗を重ねるに従って自分以外に理由を求める傾向が増してきます。しかし多くの人が自分の敗北や失敗を他者に転嫁するのを卑怯と思う真面目さがあります。だから真面目な人ほど、自分の内部に批判の刃を向け自分を責めるようになります。親が最愛の我が子を虐めて殺害に至る過程に、こうした自己責任の思想が重層的に働いています。理想の子育て像と現実のギャップ、公園デビューした後の子どもの落差、企業のストレスをいっぱいに溜め込んで帰宅する夫、全身に降りかかる子育ての責任、祖父母がいない家の中と誰も振り向かない地域・・・これらすべてのトラウマが母親に蓄積していきます。子どもも野蛮な動物のように母親の云うことは聞きません。臨界点に達した母親は、その瞬間に心身消耗状態となってキレてしまい、我が子に抑圧のプレッシャーをすべて吐き出して暴発します。加害者1、192人のうち、677人(56,8%)が35歳以下の若い親であり、多くの子どもは乳幼児で殺害されているのです。
高所得の家庭は子どもの能力上昇のアウトソーシングのために、多くの教育コストを投下できますが、所得の少ない家庭はそれもままならず、固定化する格差はますます拡がって、抑圧のトラウマを重畳的に溜め込んでいきます。たぶん児童虐待は、自分を「負け組」と思っている21%、「日本は挽回できない社会だ」と思っている33%の家庭に多発しています。しかしいま経済が最も元気だと云われている愛知県の児童虐待死が全国トップにあるのは、おそらく活発な企業ほど抑圧も強いからでしょうか、別の分析が必要です。こうして企業内での父の抑圧→帰宅して妻に抑圧の移譲→妻は子どもに抑圧の移譲→子どもは仲間への虐めに移譲→いじめられっ子はペットにという抑圧の移譲のスパイラルが進んでいきます。この抑圧の移譲の悪無限のサイクルが臨界に達する瞬間と場所で、児童虐待死が誘発されます。以上は私の少々粗雑な解釈で飛躍もあるでしょうが、少なくとも市場競争原理をコントロールできないままで、児童虐待死は増えることはあっても減ることはありません。早急に番長に媚びへつらうような米国モデルへの哀れな追随をやめて、本気になって自分自身の頭で自分たちのシステムをつくりださなければ、取り返しのつかない破局に直面するでしょう。(2006/2/5
12:10)
◆石原とかいう都知事の神経は大丈夫ですか?
東京都三宅村は噴火による4年半の島外避難指示を昨年の2月1日に解除した1周年記念式典を開催しました。島民による復旧と復興が進み、火山ガス爆発も起きず基軸となる観光事業も復活しつつあります。ところがこの式典での東京都知事の挨拶は、ヤクザの脅迫に満ちた名誉毀損罪を構成する耳を疑うようなしろものです。地方自治の本質への無知と他者を侮辱して恥じない無神経さがあらわれています。
「(観光客を呼ぶ)アイデアはいくらでもだすが、決めるのはあなた方なんだから。『国・都から金出せ』ってのはだめだ。甘ったれちゃいけない。人を(観光で)連れて行くためにはアトラクションをしなければいけないが、すぐ反対する奴がいる。三宅島は伊豆七島で一番意見がまとまらない島だ。反省した方がいい。せっかく(当時の村長に)頼まれて人を送ったら村議会のばかものが否決した。おれは『お前ら、東京の顔をつぶしたな。そのうちひどい目に遭わせてやる。覚えていろ』と云ったんだ」
都職員を助役に選任する議案を村議会が否決したことに対する鬱憤ですが、まるでチンピラのケンカ言葉であり、彼の下劣な品性がモロにでています。市民とその代表者である議会への公然侮辱として失職に値するものですが、メデイアはほとんど報道しません。そういえば国立市主催の市民講座に上野千鶴子氏を講師として招く計画を、東京都が「ジェンダー・フリー」を用いる者はふさわしくないとクレームをつけて流したそうですが、どうも都庁全体がおかしくなっているようです。三宅村にしろ、国立市にしろ東京都と対等の団体自治権を持っているのですから、毅然として抗議し知事の謝罪を求めるべきでしょう。さらに日本の外相は、天皇の靖国参拝を求めるという戦後の国際平和秩序に正面から挑戦するアナクロ極まる発言をして平然としています。
しかしこのような人権感覚と国際秩序を否定する暴言が続いても、責任を追求するメデイアの動きはありません。「言葉のちからを信じる」というCMを連日流しているメジャー紙の編集局はどう考えているのでしょうか。あまりの低劣な知性のなさに反論するのがバカバカしくなるのでしょうか。多くの人はこんな暴走にかかわるのは大人げないと冷ややかにみてもいます。しかも彼らは一定の権力をバックにしていますから、争って損するのも阿呆らしくなります。しかし次第に暴言がエスカレートすると、これはちゃんと批判しなければいけないと思う人もでてきます。そういう人には見せしめのように公然とした弾圧が加えられます。例えば君が代斉唱を拒否して起立しない人のように。
ところがここでおかしな逆転現象が起こるのです。暴言を正面から批判する正義派に対して、見て見ぬふりをする人たちが冷ややかに見るようになるのです。それはどうしてでしょうか。暴言を批判しないで傍観している自分自身に残っている正義感を刺激して逆なでされるような感じになるからです。こうしていつのまにか暴走する一部の低劣な権力者が君臨し、くに全体を蹂躙する条件が熟していきます。あたかも子どもの世界で蔓延する陰湿なイジメの構造が社会全体を覆います。外相自身が「日本は番長である米国に従っているんだ」と云っています。
実はこのような構造は1930年代以降の日本で現れ、軍部独裁が完成し最後はくに全体が惨めな崩壊に追い込まれました。日本の知性は、最初は軍部の馬鹿な振る舞いを冷ややかに軽蔑していましたが、エスカレートする振る舞いを批判する少数者が弾圧されると、見通しもないのにアホな抵抗をしていると批判するようになりました。いま日本で同じような事態が起こってはいないでしょうか。日本の知性は、自分の狭い専門に逃げ込んで自閉し、世俗の頽廃現象を冷ややかに見て自分だけは違うと思いこもうとし、結果としてずるずると暴言がエスカレートしていくのを黙ってみている現状はありませんか。或いは大勢に順応して権力の番犬としてふるまうという浅ましい現象はありませんか。都知事の罵詈雑言は、現代日本の問題を赤裸々に写しだす躓きの石となっています。(2006/2/5
9:22)
◆ジャパニーズ・ポスタル・システム(JPS)
全国966局の郵便局が集配業務を廃止して窓口業務だけになる。私の住む愛知県では14局が廃止されるというが、特に山間へき地の豪雪地帯などが対象となっており、いま豪雪で苦しんでいる新潟・長野では集配局307局の30%、95局が無集配局となるという。今までの集配屋さんはリストラされるか、遠い拠点集配局に転勤となり、今までに倍する距離を猛烈なスピードで効率的に配達するようになる。集配業務の統廃合は窓口業務の統廃合につながることは目に見えている。
ジャパニーズ・ポスタル・システムという新しい集配システムが導入されるそうだが、この作業方式は3年前からトヨタ社員が郵便局に入ってストプウオッチで作業時間を計測しながら指導している、いわゆるカンバン方式の郵便局版である。必要なモノを必要なカズだけ必要なトキに、一つのムダもなく供給して完成車をつくり出す、あの有名な乾いた雑巾も絞り上げるトヨタ生産方式である。
集配屋さんたちは、昨年の7月頃から配達コースごとに15分で配れる枚数を数値化し、地域をその数値で区分した目印の赤い板を郵便物の間に挟んで、猛烈な勢いで郵便箱に突っ込んでは次に向かうという訓練を繰り返してきた。速度と効率を極限まで追求する配達システムの生けるロボットと化して、遅配のプレッシャーと焦りに耐えて必死で配達する。配達を終えて帰局すれば、上司の時間検査があり、少しでも遅れると猛烈な罵声を浴びる。決められた作業時間に標準仕事量を終えないと、「訓練道場」と呼ばれるコーナーで研修を受けさせられ、査定はマイナスとなり給与は減る。これはカンバン方式と云うより、もっと原始的なフォード・テーラー型管理方式に近い。テーラー・システムは人間を文字通り機械の部品として扱う非人間的な労働を強いて、現場で大量の反乱が起こって挫折してしまったものだ(チャールズ・チャプリンはその凄まじさを『モダン・タイムス』で描いた)。あたかもJR西日本福知山線事故の原因に、見せしめの「日勤教育」の恐怖が運転手を追いつめた背景が暴露されたが、民営化後の郵便局も同じ道をたどろうとしている。
かって私は『山の郵便配達』という中国映画を観たことがある。山深い一軒の人家のために、丸一日を費やして配達する老人の郵便屋さんは、家々で生活している住民と深い繋がりを持ち、生活を分かち合う地域の情報そのものの運び屋さんであり、都会と地域を結ぶ唯一のネットワーカーであった。郵便を配達する父親の仕事を嫌っていた息子は、じょじょにその意味に深く感動して、父の仕事を継ぐという決意をするところで終わる。悠久の美しく険しい自然をバックに繰り広げられるヒューマン・ドラマであった。いま日本の山間へき地をめぐっている郵便屋さんも、郵便以外の年金や福祉の手続きも代行したり、1人暮らしの老人の安全を確認する「山の郵便配達」ではないだろうか。彼らの仕事はまさに公務員が担う公共業務に近い。過疎化する地域のネットワークを維持してきたのは、郵便屋さんであり保健婦さんであった。
いま雪に閉ざされた村々の寂しい山道を、住民には目もくれずアッという間に猛烈なスピードで駆け抜けていく赤いバイクをみていると、あ〜日本の民営化とはこういう意味なのだとあらためて思う。私たちは先人が営々と築き上げてきた貴いものを次々と壊しては、荒れはてた国にしようとしているのではないか。以上・なかむらみのる「豪雪地帯と郵便屋さん」参照。(2006/2/3
9:53)
◆はかなし(儚し)夢にほだされて(絆されて)
夢のごとはかなきものはなかりけり なにとて人にあふと見つらむ(後撰集・恋三・頼)
世の中にふるぞはかなき白雪の かつは消えぬるものと知る知る(拾遺集・哀傷・高光)
朝顔をなにはかなしと思ひけむ 人をも花はさこそ見るらめ(拾遺集・哀傷・道信)
すぐに消えて跡形もなくなるのですよ、恋も人生も命も。すべては夢のまた夢なんです。でもなお愛を求め、夢を求めていく虚しいさを分かっていても、そうせざるを得ないのが人間の哀しさなのです。「はかなし」は平安期文学のキーワードとして一世を風靡し、中世の無常観を準備しましたが、人間は「はかなし」に抵抗してかすかな絆(ほだし)にすがろうとしてきました。
山風の花の香かどふ麓には 春の霞ぞほだしなりける(後撰集・春中・興風)
あはれてふことこそうたて世の中を 思い離れぬほだしなりけれ(古今集・雑下・小町)
ほだし(絆)とは、「情にほだされる」など自由な行動を束縛する障害をいいますが、現代の「絆」はむしろかたい友情や同志愛の結びつきを意味するようです。いまホリエモンは獄中で何を考えているのでしょうか。「オン ザ エッジ(崖っぷち)」という名のベンチャーを起こしてから、「ライブドア(活力門)」に名前を変えてわずか3年で、彼は天国と地獄を見ました。東京タワーが唯一見下ろせる38階の六本木ヒルズで時価総額世界1を夢みた彼は、いま6畳そこそこの牢屋で正座しながら何を考えているのでしょうか。同志であったはずの取り巻きが、次々と自分を裏切る自白を繰り返しているなかで、彼はただ1人罪を認めず孤独な戦いを続けています。全身をマネーの誘惑に取り憑かれてひた走った彼は、いまやさまよえる亡霊となって惨めな孤立のうちに佇んでいるのでしょうか。自分の成功を羨み嫉妬の念に駆られた人々が、これ見よがしに囃したてて没落を嘲る声が獄中に聞こえてくるでしょう。成功者のドラマテイックな没落を堪能できる快楽に酔いしれる連中を傍目で見ながら、「世の中に金で買えないものはない」と豪語したみずからの浅はかさを悔やみ、敗北に打ちのめされているのでしょうか。それともみずからの失敗を供笑しながら、なおしたたかに捲土重来を期しているでしょうか。いっさいの「絆」を失った彼は、文字通り「オンザ エッジ」に直面しています。
しかしそんなことはどうでもいいのです。彼も誰かの手のひらの上で、精一杯の演技を踊った哀しい犠牲者の1人にしか過ぎません。彼の成功も没落もすべて見通したうえで、高みから演出しているほんとうのシナリオライターこそが私の関心の対象です。その脚本家は人間の姿をしてはいませんが、多くの人の心の奥深くへ食い込み、みずから進んで踊るがごとく人を蝕んで踊らせてきました。その脚本家の名前は「○○○○主義」という人間が考えだした幻想なのですが、その幻想は逆にまるごと人間を捉え、ニンジンを争うラット競争に叩き込みました。人間たちは、没落を避けるために必死で自転車を無限に漕ぎつづけるシジフォスと化したのです。○○○○に適語を記入してください。答えは前のエッセイの文中にある4語です。片桐洋二『歌枕・歌ことば辞典増訂版』(笠間書院)参照。(2006/2/1
21:45)
◆小さな政府 大きな失敗
市場原理派の常套句は、小さな政府にして市場に委ねれば、効率性が増して経済が成長し、国民負担も軽減するHappyな国になるということですが、ほんとうにそうでしょうか。現実には市場の失敗が大きなリスクを生んで国民生活は甚大な被害を受けているのではないでしょうか。耐震強度偽造にとって一生一度のマンションを灰燼に帰した住民の心情は如何ばかりでしょう。民間建築確認制度の導入は、「より早くより安く」という効率性で民間検査に殺到させ、建築偽造と虚偽検査によって逆に膨大な修復コストが求められています。総合的な都市環境や景観政策に責任を持つ自治体の能力は著しく衰弱し、偽造建築の横行と都市環境の荒廃が進んでいます。役所OBが検査会社に天下りし、建築確認申請者が検査会社の株主となり(50%まで保有可能)、検査会社は監視委員会メンバーに自社株を持たせるという偽造のトライアングル構造ができあがっています。81年の建築基準法改正による民間参入は、このような惨憺たる史上希にみる状況をもたらしたのです。しかも81年以前の「既存不的確物件」は阪神・関東大震災規模で100万棟以上が倒壊するとされ、なんの事後検査も入らないままに放置されています。このトライアングルの誰に主要な責任があるのか、互いに責任を排斥し合うおそるべき無責任と訴訟合戦が起こっています。かって金融庁は銀行の債権査定偽造を追認し、不正会計も解明しないままに巨額の公的資金(税金)を投入して巨大銀行を救済しましたが、同じ失敗がまたもや繰り返されています。
米国産牛肉の輸入再開を決めてからわずか1ヶ月でふたたび禁輸となりました。プリオン専門委員会は「リスクの科学的評価は困難」としましたが、すぐに「科学的同定性の評価は困難」と剽窃され、米国検査の「危険部位の除去は作業者が目視するだけで」「月齢表示の生産記録は10%にしか過ぎない」というずさんさは、日本側の検査がないままに日本に輸入され、輸入後の監視はほんのごく一部でしかありません。そこで危険部位の放置が発覚したのです。生後20ヶ月齢以下の輸入条件も、日本の調査結果を米国に適用しただけで、世界標準ではありません。しかも米国は30ヶ月齢以下の危険部位は除去しないという杜撰な基準です。さらに原理的に云えば、異常プリオン蛋白質量は、感染力と量的な対応はなく、プリオン説そのものが正常型から異常型への構造転換プロセスを説明し得ていません。しかも病原体が可変的に進化することを考えれば、プリオンが他の種に転移したり、これまで安全とされている部位に増殖可能な変異体が出現する可能性もあるのです。
米国の食肉検査官は現場での直接検査はせず民間業者がおこない、検査官が自由に工場内を行き来することはありません。検査官自身が危険部位の除去基準を知らないという実態です。月齢判断は歯の状態を見ておこなうだけで、生育表示はありません。BSEの感染源である牛肉骨粉や油脂は豚などのエサになるが、袋表示だけで牛用に使われても分からないのです。BSE検査は全と畜数の1%程度であり、フラフラ牛でと畜を拒否された牛もすべて検査されていません。すべての検査は非公開でおこなわれるからです。米国でヤコブ病による死者は年300人に上りますが、BSEによる変異型ヤコブ病かどうかは遺体解剖しないと分からないのに、その解剖費用はすべて親族負担となっています。普通のヤコブ病患者は60歳以上にならないと発症しませんが、14歳の女の子や40歳が発症しているにもかかわらず、政府は調査をしていません(以上は食健連・農民連による現地ヒアリング調査 05年5−6月実施)。輸入再開から1ヶ月で1500トンが輸入手続きをとり、うち730トンが10自治体に流通して市場に流れています。厚労省は脊柱近くの部位575トンの業者届出を要請しているが、買い取りは考えていません。驚いたことに輸入再禁止直語に米農務長官は「何で日本は全部禁止するのか」と脅迫的な言辞を弄しています。
最も重要なことはBSE被害の実際の発生はかなり先であり、静かなる時限爆弾であるアスベストもそうですが、耐震強度偽造も地震で死者が出るまで問題は現実化しないということです。リスク・コミュニケーションが欠落したまま、市場に委ねて効率性を追求する果てに、取り返しのつかない事態が誘発されつつあります。暴走する市場原理は、じつは市場そのものの崩壊をもたらす脅威となっていますが、それまで竹中氏を先頭とするアレコレの市場原理推進者は責任を問われないままにこの世を去っているでしょう。”我が亡き後に洪水は来たれ”とうそぶきながら究極の無責任が蔓延しています。もはや今の日本に生起している問題が、一過性の部分的なものではなく、システムそのものの基本的な欠陥として現れている限り、破局にいたる前に何とかしてくいとめることが未来世代に受け渡す私たちの責務ではないでしょうか。以上・金子勝「自己責任と無責任」(朝日新聞2月1日付け夕刊)参照。(2006/2/1
19:07)
◆頽廃する日本の知性
最近目を引いた2人の人物の発言を取りあげたい。この2人は人文社会科学の分野で一定の知名度をもった研究者である(あった)。
猪口少子化担当相は、「『勝ち組』『負け組』という2項対立的なとらえかたは20世紀的。むしろ負けるのが恐くて待っている『待ち組』がいるのが残念。本当に反省すべきは『待ち組』だ。私からみれば『負け組』の人は立派。少なくとも彼らは戦った。『待ち組』も恐れないで打って出て。そして負けても必ず復活するのが小泉総理がめざした社会ではないか」(31日)と記者会見で述べた。猪口氏は、2項対立批判などのポスト・モダンの言辞を弄して、実は社会科学の初歩的知識の欠落を暴露している。社会科学の基礎は、現実の実証分析から出発する。最近の日本のすべての統計はジニ係数を含めて、階層化社会の進展と拡大・固定化の指標を示している。パート就業が全就業者の31,8%に達し、とくに24歳以下の若年完全失業率は9,9%で学卒就業率が著しく低下している。24歳までの青年就業者の50%は非正規雇用だ。この要因は企業の非正規雇用の拡大と労働力流動化政策にある。若い世代は戦いへ挑戦する機会そのものをすでに入り口で奪われているのであって、彼らが競争に怯えて「待って」いるわけではない。猪口氏はハローワークに1回は足を運んでみるべきだ。或いは「負け組」へのセイフテイネット機能が制度的に破綻していることは、生活保護水準を下回る賃金水準の低落を見れば明らかではないか。
彼女の原理的な問題は、社会を勝負を競う戦場とみなし、「戦え」とけしかけている点にある。これでは「戦って」「負けた」ホリエモンこそヒーローではないか。少子化という社会保障を担当するみずからの公共原理の自覚が致命的に欠落している。日本の労働市場の欠陥が生み出したフリータやニートを「戦う」意欲を捨てた臆病者とみなす社会ダーウニズムの発想からは、まさにジャングルの法則が渦巻く堕落した動物世界しか生まれない。そうした社会で誰が未来世代への希望を持つだろうか。そんな未来のために子どもを産み育てる意欲は生まれないだろう。若者は子どもを「産まない」のではなく、「産めない」のである。最初から彼女は少子化担当相の資格試験に落第している。合計特殊出生率を伸ばしている欧州諸国の発想を少し勉強すべきだと、誰かが早めに助言してあげた方がよい。しかし幼児のような彼女の表情をみていると、そうした助言に謙虚に耳を傾ける姿勢はうかがえない。真っ青なドレスを着て小泉首相の前で踊っている哀れな存在でしかない(実は冒頭の彼女の発言は首相MLマガジンをそのまま繰り返したものでした)。
もう1人の頽廃した知性が山折哲雄氏だ。私はいままで彼の宗教思想研究には大いに啓発されてきたが、研究者がリアルな問題にぶつかったときの対応こそ思想の本質が露呈すると改めて思わされた。ちょうど西田幾多郎が2.26事件を評して「国民は馬鹿だ」と手紙に書いたように。山折哲雄氏は「私と靖国」と題するエッセイで次のように述べている(『論座』2月号所収)。
ー戦死した息子の慰霊に田舎から靖国神社にやってきた母が、「こんな立派なおやしろに 神とまつられ もったいなさよ」と泣いた。「両手あわせてひざまずき おがむはずみの おねんぶつ はっと気づいて うろたえました せがれゆるせよ 田舎者」という戦前軍国歌謡を引いて、「母は神前に両手を合わせて、そして思わず念仏を唱えているのであります。神仏和合の信仰がそこににじみでていたと言っていいでしょう」ー
なんという無惨な分析であろう。靖国で念仏を唱えることを神仏習合だという。おそらく彼の母親は浄土系信者であろうから、戦死した息子は「浄土」に行ったと素朴に信じて「南無阿弥陀仏」が自然に口に出たに違いない。しかし彼女を「うろたえさせ」、息子に「許し」を請わせ、自分を「田舎者」と卑下する精神構造を神仏習合と評価するに至っては、あまりにも無惨な分析だ。当時の天皇制絶対主義政府の国家神道システムは、日本の全国民から信仰の自由を奪い、念仏を唱えることを禁止し、神社崇拝を強制した靖国独裁体制の時代ではないか。その精神的犠牲者である年老いた母の行為を、みずからの宗教研究のフレームに囲い込んで恥ずべき解釈をおこない、他者に向かって唱導する山折氏の行為はもはやデマゴーグでしかない。年老いた母が小さな背を丸めて、戦死した息子へ念仏を唱えて慰霊する行為を自分で「恥ずかしい」と思わせるシステムへの疑問は生まれないのであろうか。ピュアーな信仰をかくも歪めた者への怒りと哀しみの心情は湧いてこないのだろうか。息子である彼は、みずからの年老いた母親をみずからの手で侮辱していることに気がつかないのだろうか。山折氏の宗教研究は直感的な情念分析に傾斜する傾向が強く、理性的分析から遠のいてきた。いま彼の直観は頽落態の様相を呈し始めている。
2人の研究者の言辞を取りあげて、最近の日本的知性の頽廃をみた。こうしたエピゴーネンがあたかも「勝ち組」のように振る舞い、うようよと徘徊をはじめている。知性が権力に屈従し、知の尊厳を地に投げ捨てて漂流をしている。彼らはみずからの頽廃に気づかないという、究極の頽廃の極地にある。1930年代の日本の知性の堕落がまた姿を変えてうごめきはじめた。こうした知性の頽廃は社会そのものの頽廃現象の一部をなしている。私たちの身近に、職場で学園で地域で同じような頽廃が進んではいないか。その小さな現れの一つ一つを見逃さず、審判の対象にして歴史の法廷で裁かなければならない。(2006/12/1
11:57)
◆いま外国人のほうが鋭い日本批判をするのはなぜか
人材育成コンサルタント・辛淑玉(シン・スゴ)さんを初めてみたのは、たしか「朝まで生テレビ」という深夜番組でした。胸のすくように歯切れよい批判が右翼評論家を圧倒していたのを思い出します。いま鋭い日本批判は日本人よりもむしろ外国人によって担われているような感じだ。なにかとしがらみに囚われて、タブーに尻込みする日本の知性はいま戦前のように大勢に流されていっているようだ。なぜか日本の知性は、ゆるぎない知的座標軸の牢固とした堅固さを嘲笑い、時流に従うことを先端と心得る傾向がある。なぜだろうか。いつも欧米文化の動向を気にする明治いらいの営為を抜けでていないからだ。自分の頭で考えぬき、到達した結論を命を賭けても守り抜く矜持を育ててこなかったからだ。とくに戦時期の転向は日本の知性の惨憺たる敗北を露呈した。ただし注意すべきは、みずからの転向を苦渋のうちに客観化しえたか、それともみじめな合理化と居直りを選んだかで、知性の誠実さに巨大な差異が生まれる。
2002年に96歳の生涯を閉じた詩人・伊藤信吉(1906−2002)は、戦前のプロレタリア文学運動から脱落し、戦時期に戦争協力詩を書いた。治安維持法違反で32年に逮捕され、左脚が醤油樽のように膨れあがる拷問を受けて、朝鮮詩人・金龍済を密告して逮捕に追い込んだ。戦争協力詩は「ハワイ真珠湾軍港に炎となって突き入りし勇士たち」と開戦を賛美した「往きて還らぬ」など3編ある。詩人まど・みちお(96)が82歳で全詩集を出したとき、2編の戦争協力詩のお詫びを記したが、伊藤信吉は「わたしは臆病な人間です。また戦争が起こったら同じ失敗を繰り返す気がします。そういう人間なんだという目で、いつも自分を見ていたい」と語った。この2人の詩人はみずからの転向の責任を生命の尽きるまでひきずってきた。以上・朝日新聞1月31日付け夕刊参照。
いま治安維持法はないが、あたかも同じような時代の思潮が押し寄せ、沈黙を守る多くの知性が現れている。沈黙がそのまま加担者を意味する時代の烈しい攻勢は、戦前と違ってソフトなかたちをとっているがゆえに、実践理性はより試練にさらされている。そうした現在にあって、歯に衣着せぬまっすぐ鋭い批判はむしろ外国人によってなされている。彼らは日本人に比べて、リスクは少ないのか、タブーのしがらみから逃れ得ているのか、逆だ。この日本列島を外国籍で生き抜くハンデイは、日本人をはるかに上回る峻厳さがある。では何が違うのか。知性と権力の衝突をくぐり抜けた経験の量が知性の質に変革を加えたのだと思う。最後に辛淑玉氏の最近の言説を紹介する。彼女はいま日本右翼から激しいバッシングを受け、ボデイガードを必要とする生命も危うい状況にありながら、例の明るい決然たる表情で発信している。
「自衛官に金持ちの子はいない。戦争は貧乏人が弾になる」(05年12月横浜市改憲反対集会)
「『愛子さまー』『将軍さまー』も同じ。人の上に人をつくるのが天皇制だ。あらゆる差別構造の象徴だ。天皇制が大義になって、殴られてもいい人間、殺されてもいい人間を生んだ」(天皇誕生日前日 札幌市内講演会)
「日本人外交官のために命を落としたイラク人ドライバーのために一滴の涙も流さない日本人がやるイラク人道支援って何なのか」(12月8日 横浜市内改憲反対集会)
「逆らったらどうなるか、見せしめにされたのが香田証生。誘拐事件は相手の要求を聞いたふりをして、時間をかけて交渉する。なのに彼は即座に死刑宣告された。宣告したのは自衛隊を撤退させないと云った小泉首相です」(同上)
「戦後も日本は戦争をし続けてきた。朝鮮戦争、ベトナム戦争・・・・。アメリカの公共事業である戦争に加担し、甘い汁をずっと吸ってきた。もっと甘い汁を吸うために憲法9条を改正する。憲法は2000万人の民の血の代償として日本人の手に渡った。この憲法を破棄することはアジアへの宣戦布告だと思います」(同上)
「都議選で『あなたの息子が男性を好きだと告白したらどうしますか』と候補者にアンケートしたら、辛い思いをしてきた息子に『話してくれてありがとう』と言った人はたった1人。『あ、そう、ふーん』がほとんどでした」(11月下旬 羽曳野市人権を考える集い)
「阪神大震災で朝鮮総連は『偉大なる指導者同志』を示すビラを援助物資に添えた。人知を越えた状況のなかですら、目先の政治的利害しか考えない愚かさだ」(95年2月 東京新聞)
私は辛淑玉氏の言辞を必ずしも全面的に支持する者ではありませんが、少なくとも退路を断って屹立する知性を感じます。辛淑玉:1959年渋谷区生まれ。在日朝鮮人3世。韓国籍。以上・朝日新聞1月28日付け夕刊参照。(2006/1/31
21:24)
◆究極の遺伝子決定論ー米・仏の小児性犯罪者GPS監視システム
最初に世界の子どもへの性犯罪状況をみてみましょう。
▽世界の子どもの性犯罪被害状況
米国 性犯罪被害者数 20万9880人うち6人に1人が12歳以下(04年米司法省統計)
フランス 捜索願が出された15歳以下の子ども数 1万1215人(04年警察庁統計)
(うち家出95,6% 犯罪488人(男子55人 女子233人)
日本 13歳未満子ども対象性犯罪逮捕者数 466人(4人に1人は性犯罪前科者)
▽性犯罪防止システム
(米国)
1994年 ウエタリング法、メーガン法 重大性犯罪者の出所後登録制 全米登録者数50万人
危険度3段階 レベル1:警察・検察情報共有 レベル3:警察の住民告知
ウエブサイトに顔写真・住所公開し地域ぐるみで監視
学校周辺から居住権うばう制度(自治体)
出獄後の危害の恐れがあれば精神医療施設収容(16州)
2005年 カリフォルニア州 GPS(全地球測位システム)行動監視システム(警察・矯正局・運営会社による監視)
*足首にGPS発信器をつけ1分ごとに位置確認しデータをまとめて10分ごとに発進する
オレンジ郡など5郡で142人対象に開始
フロリダ州「ジェシカ法」 GPS監視システム 凶悪性犯罪最低刑期25年
アリゾナ、ルイジアナ州同法制定 他に10州制定予定
(フランス)
1998年 性犯罪予防法 性犯罪者の出所後の追跡・支援(検査・治療)による監視と社会復帰支援
(出所は判事・福祉職員への接触義務、未成年者に接する職業と活動を禁止)
2001年 仮釈放元受刑者の自宅・勤務先居住確認手段として腕時計型GPS端末導入
(刑務所不足を補う軟禁刑 模範囚対象)
2004年 服役中性犯罪者への性欲抑制ホルモン投与試験開始(当人の同意必要)
2005年 再発予防法 凶悪犯・重大性犯罪者出所時にGPS端末装着(装着期間原則2年 6年まで延長可)
(懲役7年以上受刑者で医師による再犯危険診断、装着は本人同意 拒否者は出所取り消し)
(日本)
2005年 性犯罪者の個人情報の警察・検察共有化
2006年 性犯罪受刑者への処遇プログラム実施(被害ビデオの観覧、被害者への手紙、討論などによる治療)
▽GPS監視システム批判論
@端末装着したまま犯行は可能であり、端末を着けない小児性愛者(ペドフィル)は潜在的に多い(仏・犯罪被害者の親を助ける会会長)
A欲望を煽る情報を放置して、監視と罰則を強化しても限界がある(仏・子ども擁護官事務所顧問)
B本来病気である小児性愛への心理療法専門家の育成が必要(同上)
C戸籍制度がある日本での前歴公開は社会的抹殺となる(藤本哲也中央大教授)
C刑罰強化、治療支援、処遇プログラム、施設収容長期化による隔離のほうが有効だ(同上 ベルギー等フランスを除く欧州の手法)
DGPS装着は刑務所過剰収容対策として導入されたものだ(同上)
先進国では日本をはるかに超える子どもの性犯罪被害が増加していますが、一般犯罪を含む刑法犯罪全体が激増し、刑務所の収容限界をはるかに上回っています。GPS装着を推進する米・仏は刑務所の過剰収容対策として導入されています。ただしフランスは処遇システムによる治療支援と社会復帰を同時に進めていますが、一方ではホルモン注射などによる身体改造もおこなっています。アメリカは最低刑期を25年(!)とするなど、社会的抹殺と監視孤立化政策を基本としています。どうもここには共通点があるようです。それは小児性愛を先天的な遺伝子決定という病理の対象とみなしていることです。ホルモンによる身体改造(仏)や身体的抹殺(米国)などの発想の根底には、遺伝子を消去する優勢思想に発展する危険があるのではないでしょうか。
日本では小児性愛による性犯罪発生件数は、絶対的には少ないものの、最近は残虐な性犯罪が相対的に増えているために注目を集めています。性犯罪者の個人情報公開やGPS端末装着による地域監視システムの導入を求める声が強くなっています。奈良県のように性犯罪情報の告知を市民に義務づける自治体も表れました。町内会(自治会)システムが行き渡っている日本では、こうした住民監視システムの導入は一定の抑止効果を期待できるかもしれませんが、逆に住民同士が互いに監視しあう密告社会になる危険もあります。江戸時代の5人組制度や戦時期の隣組制度は、明らかに市民の相互監視システムの末端機構として機能し、権力の下請となって暴走しました。さらに日本文化は、性善説の傾向が強く、犯罪が遺伝的に決定されているなどの人間機械論には抵抗感が強いのです。こうした日本の地域社会と文化の独自の特徴に依拠した抑止政策がむしろ有効になるでしょう。特に戸籍制度によって住民がすべて把握されているなかでは、GPSシステムは社会的な抹殺をもたらし、二度と立ち直れない状況に追い込みます。被害者感情に十分配慮しつつ、合意形成を追求する必要があるのではないでしょうか。
さらにアメリカのような市場競争原理によってはじき飛ばされて希望を失う犯罪の基盤そのものに切り込む必要があります。バリケードで守られた高級住宅街とスラム街が冷酷に分離され武装して敵対しあう米国型社会では、いかに罰則強化してGPSを装着させても、凶悪犯罪が減ることはありません。もし米国の犯罪が減少に転ずれば、犯罪防止ビジネス企業の倒産が相次ぎ、大量の失業者がでるでしょう。米国は犯罪と犯罪防止ビジネスの悪のスパイラルに陥っており、犯罪なしに成り立たない社会になっているからです。日本は、互いに協同し助け合うシステムによってむしろ凶悪犯罪を減少させている社会的欧州モデルに学ぶべきではないでしょうか。以上・朝日新聞1月31日付け朝刊参照。(2006/1/31
9:25)
◆にいんげえん!
にいんげえん!どうだ、てえしたものじゃねえか!
じっさい豪勢なひびきがするじゃあねえか!
人間は尊敬しなくちゃならねえよ!
憐れむべきものじゃねえ・・・・
憐れんだりして安っぽくしちゃならねえ・・・・・
尊敬しなくたちゃならねえんだ! マキシム・ゴーリキー『どん底』(中村白葉訳)
20世紀ロシア文学の巨匠マキシム・ゴーリキー『どん底』で唯一の労働者として登場する錠前工サーチンが、第4幕で両手で空間に巨きく人間の像を描くように演じるときに云う台詞です。わたしはちょうど就職したての田舎町から電車で街の大劇場にいき、劇団・民藝の公演でみた舞台を想い起こします。舞台では滝沢修や宇野重吉が重厚な演技を繰り広げていました。終演後のエレベーター内で偶然に女性を連れた滝沢修と一緒になったことも想い起こします。ロシア文学に関心を抱き大学入学で上京した翌日に、胸躍らせて神田の古本屋街を歩いて、大部の露和辞典をドキドキするような気持ちで買い求め、スタートしたのが私の学生生活でした。
そうなんだ、あれからもはや数十年の星霜が流れましたが、このサーチンのセリフの輝きはいよいよ光芒を放っているような気がします。人間がボロ雑巾のように使い捨てられ、偽造マンションを平気で売り、ベンチャーの成功者が金で心もすべて買えるーと言い放つような時代がまさかくるとは思いませんでした。下校途中の子どもたちを襲撃し、親が子どもを殺め、隣人と会っても挨拶も交わさないような地域の崩壊などなど惨憺たる汚濁にまみれた世になろうとしています。だからこそ哀しみのなかから、微かにたちのぼる人間の尊厳への信頼が希求されているのだと思います。さながら泥の池に咲く一輪の睡蓮の花のようです。ゴーリキーが生きた革命前のツアーリ支配下のロシアもまた、現代とは異なる原始的貧困にあえぎながら人間が互いに傷つけあう痛ましい状況にあったのでしょう。そのような「安っぽく憐れむ」ような汚濁の泥のなかからこそ、人間のほんとうの美しさが逆に浮かび上がってきたのではないでしょうか。
『どん底』はいまもなお鋭く21世紀の汚濁を射抜いているようです。私たちは『どん底』のサーチンの台詞へ回帰することにより、人間の傷つけられた尊厳を取り戻すことができるかもしれません。試みにあなたの手元にある和英辞典で「回帰Kaiki」を引いてみてください。私も今まで知りませんでしたが、「回帰」の英語はRevolutionではありませんか。驚いた私は、今度は英和辞典でRevolutionを引きましたら、@革命A大変革B回転(回帰)C公転の4訳語がありました。つまり「回帰」は英語ではRevolutionしかないのです。私はいままで「回帰」はどちらかといえば、回顧につながる後ろ向きのイメージでしたが、実はそうではないのです。現在にあって喪われたものを取り返すための過去への「回帰」は、実は革命的な行為でもあるのです。以上・小宮山量平「映画は≪私の大學≫でした」(『シネ・フロント』341)参照。(2006/1/30
16:40)
◆在日米軍犯罪統計は、私たちに何を問いかけているか
「日米同盟は重大な試練に直面している」(ライト在日米軍司令官 23日)という言葉の背景には、在日米軍兵士による残虐な犯罪の続発によって、日本列島が米軍犯罪の天国となっている実態があるが、なぜかマス・メデイアの米軍犯罪報道はほとんどない。ここではその実態の一部を示して皆さまと意見を交流したい。以下は01年ー06年1月の米兵犯罪事件概要である(検挙数のみ 警察庁資料)。
2001年 1月15日 米兵 北谷町内の飲食店2軒放火全焼
1月20日 同じ米兵 北谷町内の飲食店放火5軒全焼
6月29日 米兵3人 北谷町内の駐車場で女性をボンネットに押しつけ婦女暴行
9月 5日 米兵3人 横須賀市内で共謀してタクシー運転手の顔面殴打強盗致傷
2002年 8月 1日 米兵3人 海老名市内で共謀し男性にモデルガンを突きつけ携帯電話強奪連続強盗傷害
8月11日 米兵 横須賀市内ビル内に侵入し、男性顔面殴打金品強奪暴行致傷
8月12日 米兵2人 藤沢市内路上で信号待ち自動車に乗り込み女性にエアガン突きつけ自動車強奪
11月 2日 米兵 具志川市内で駐車自動車内で婦女暴行未遂
2003年 5月 2日 米兵2人 沖縄市内で共謀して男性に暴行致傷
5月25日 米兵 金武町で婦女暴行致傷
7月 2日 米兵 新宿区内貴金属店で経営者男性にスタンガンで電気ショックを与え、腕時計強奪暴行障害
7月21日 米兵 福生市内のマンションで包丁で男性の右胸部を刺す殺人未遂
8月18日 米兵 佐世保市内のホテル事務所で女性従業員にナイフで強盗致傷
10月23日 米兵3人 宜野湾市内で男性の顔面を殴打 強盗致傷
12月14日 米兵 沖縄市内で運転手の顔面を殴打強盗致傷
2004年 1月17日 米兵 佐世保市内で女性を駐車中の自動車内で暴行
2月10日 米兵 渋谷区内の店で万引き、暴行障害
6月26日 2人の米兵 盛岡市内の駐車場でメリケンサックで男性2人を殺意をもって暴行障害
2005年 5月11日 米兵 沖縄市内で路上停止中のタクシー車内で運転手の背後から首を絞め現金強奪
5月13日 米兵 横浜市、大和市で連続6件強盗
12月22日 空母キテイホーク乗組員 八王子市で小学3年生男児3人ひき逃げ
12月24日 海兵隊員 泥酔して沖縄那覇市でタクシー表示ライトを叩き割る
海兵隊員 泥酔して那覇市内でタクシーの屋根で飛び跳ねる
2006年 1月 3日 空母キテイホーク乗組員 横須賀市で女性社員・佐藤好重さん(56)に暴行 現金1万5千円奪う 内臓破裂で死亡
1月 5日 (米軍 夜間外出禁止令)
1月 7日 佐世保基地強襲揚陸艦エセックス乗組員2等兵曹 佐世保市内で歩行中の女性ひき逃げ
海兵隊キャンプ瑞慶覧内でタクシー運転手をナイフで脅し、売上金5千円奪う
16日 (米海軍作戦部長 日本駐留海軍関係者の綱紀粛正強化声明)
18日 横須賀基地2等兵曹 泥酔し市内中学校に乱入
(第7艦隊司令官・在日米海軍軍司令官 殺人事件謝罪表明「雨降って地固まる。日米同盟のより強化を」)
21日 嘉手納基地空軍兵 泥酔し民家に不法侵入
22日 嘉手納基地空軍兵 泥酔し民家に不法侵入
海軍上等兵 佐世保市で公衆電話で通話中の主婦から手提げ鞄を奪う
23日 (在日米軍司令官「日本語に関する初歩的誤り」陳謝声明)
(米兵刑法犯罪統計 2001年ー2006年1月)
▽年次別発生件数 01年3件→02年4件→03年7件→04年3件→05年5件→05年1月現在7件(5年間で合計28件)
▽犯罪種別
強盗 5件
強盗致傷 7件
婦女暴行 2件
婦女暴行致傷 2件
婦女暴行未遂 1件
放火 2件
殺人未遂 2件
強盗殺人 1件
不法侵入 4件
ひき逃げ 1件
器物破損 2件
▽日本人被害者性別人数
男性 12名
女性 9名
▽月別発生件数
1月9件 2月1件 3月0件 4月0件 5月2件 6月2件 7月2件 8月5件 9月1件 10月1件 11月1件 12月1件
▽米兵犯罪実行状況
単独犯 18件
複数犯 6件(2人3件 3人3件)
年次別発生件数の最大の特徴は06年に入って1月ですでに7件に達し異常な増加を示していることであり、その内容は海軍と海兵隊による飲酒状態での殺人を含む凶悪犯罪がほとんどを占められている。被害者の性別特徴は、男女ともに10件前後であり、男性は主として強盗致傷、女性は暴行被害の対象となっている。月別発生件数は、06年を除けば8月が相対的に多い。米兵の犯罪は単独犯が多いが、複数犯もその3分の1に上っている。
(1952年安保条約発効ー2004年度 米兵刑法犯罪統計 警察庁資料)
▽米軍米兵犯罪・事故総数 21万1000件
▽日本人死者数 1076人(72年沖縄施政権返還前の沖縄分を除く)
(1973年ー2004年度 米兵刑法犯罪統計)
▽米兵刑法犯罪検挙総数 6933件
▽刑法犯罪種別件数
凶悪犯 683件( 9,85% 殺人34件 強盗441件 放火36件 婦女暴行172件)
粗暴犯 1341件(19,3%)
窃盗犯 3505件(50,6%)
知能犯 200件( 2,9%)
風俗犯 124件( 1,8%)
その他 1080件(15,6%)
1952年から2004年の51年間で年平均4137件の犯罪と事故が起こっており、毎日平均11,3件であるから、異常な犯罪発生率である。しかも殺人が31件に上り、1076人の日本人が殺害されているという凶悪・粗暴犯罪発生率30%は異常な高率である。なぜ米軍犯罪は異常な高率を示しているのであろうか。しかも06年1月に入って急増している理由は何であろうか。米国防総省『軍人の品行に関する健康調査報告』(03年10月)では、米軍の飲酒に伴う犯罪件数と薬物使用者数は80年代以降減少してきたが、98年を境に逆転して増加傾向を示し始め、特に海軍と海兵隊による犯罪件数が急増している。99年米軍ユーゴ空爆に始まって、01年アフガン戦争、03年イラク戦争と大義なき戦場へ派遣される米軍作戦の発動と重なっている。
では殺害された日本人1076人に対する米兵の犯罪はどのように裁かれたのであろうか。ほとんどは公務中を理由とする米軍の第1次裁判権、公務外での日本側起訴の前に米兵の海外逃亡など、日本側は逮捕もできず裁くこともできない。なぜこのような状況になったのであろうか。
日米地位協定第17条第3項a「公務中の米兵の第1次裁判権は米国にある」
第3項b「ただし日本国は米国に裁判権の放棄を求めることができる」
第3項c「その場合米国は好意的配慮を払わなければならない」
第5項c「公務外の米兵を日本国が起訴するまでの間、米国は身柄を確保する」
このように公務中の第1次裁判権は米国にあり、日本はその放棄を求めることができるが、いままで日本政府が求めたことは一度もない。たとえ求めても「好意的配慮」で米国の義務はない。95年の沖縄少女暴行事件の容疑者引き渡しを拒否した事件で、日本中に爆発した怒りに押されて、日米政府は「殺人又は強姦という凶悪犯罪」での起訴前引き渡しについて合意したが、ここでも「米国は好意的配慮を払う」となっており、米軍の治外法権特権の本質は続いている。つまり公務内であれ、公務外であれ米兵犯罪は実質的に日本の裁判から逃れることができる。
わたしはできるだけ事実の客観的な提示に留めてきた。これらの事実をどう評価されるか、そしてまたどのような対案を提出されるかは皆さまにお任せしたい。唯一つわたしが言いたいことは、この統計に登場した被害者は自己責任で処理されているということであり、江戸幕府が締結した不平等条約と同じ実態にあるということだ。(2006/1/29
18:45)
◆PTSD(心的外傷後ストレス障害)化する社会
米退役軍人省によると、イラク・アフガン戦争帰還後に医療施設で受診した退役兵士12万人のうち、約4万人(30%)が何らかの対処が必要な「こころの病」と診断され、PTSDは1万9000人に上り、さらにうつ病や薬物・アルコール依存症が確認された帰還兵も同じ程度存在する。彼らは戦地での殺傷・破壊行為の恐怖に繰り返し襲われたり、倦怠感や不眠の症状を呈しているという。PTSDは帰還から長時間経過した後に発症する場合もあり、未受診の現役兵を含めると潜在患者数は大幅に増えると推定され、イラク帰還兵の15−17%を占めるという調査もある(『ニュー・イングランド医学ジャーナル』04年調査)。同じ人間が武器を持って殺し合うことが、本来的にできないように遺伝子固定されている人間の本質に背反する行為がPTSDを発症させて生涯にわたって苦しめるのは不思議ではない。
150億年前に誕生した宇宙から、気の遠くなるような時を経て、地球上に生命が生まれ、生物進化の過程を経てすばらしい能力を獲得してきた人類は、高度な免疫系によって自分の健康を保全してきたが、一方では争いや飢えなどの自傷行為もおこなってきた。こうした全人類史を解明すれば、平和のうちに生存した者のみが希望の遺伝子を後世に伝え、戦争の遺伝子を徐々に駆逐してきた歴史でもある。ところが21世紀初頭に入って、戦争遺伝子を継承した政治指導者がその存続のための最後の戦闘行為に出ようとしている。それは過去の戦争の悲惨な記憶を抹消し、逆に戦争の栄光を讃えるデマゴギーに自己陶酔して、ふたたび若者を戦場に送ろうとする貧困な精神となって表れている。
日本の外相が名古屋市内でおこなった講演は、そうした勢力の無知と破廉恥をさらけだしている。「国民の安全を確保するために、一番ケンカの強い奴と組んだ。世界で一番ケンカの強い番長である国はアメリカであり、いじめられっ子は日本だ。日本はいじめられないように、ケンカの一番強い奴と手を組んだ。それを対米追随というのは現実を見ていない。おかげで日本は軍備に金を使わないでこれた。高齢者はものすごく元気だ。そして金を持っている。貯めるしか趣味がなく、能力もない。貯蓄ではなく投資が必要だ。高齢者をうまいことおだてて使い、誰も文句は言いません。靖国は中国が言えばいうだけ行かざるを得なくなる。タバコを吸うなと言われても吸いたくなるのと同じことだ。英霊からすると、天皇陛下のために万歳といったのであって、首相のために万歳といったのはゼロだ。天皇陛下の参拝が一番だ。何でできなくなったのかといえば、公人、私人の話ですから」(名古屋市内での講演 28日)。
コメントするのも馬鹿馬鹿しくなるレベルの低さだ。日米関係を番長と子分にたとえる低劣ぶりも軽蔑されるが、本質はその通りであるかもしれない。要するに彼にとっての国際関係は、子どもの世界の争いにしかすぎないのだ。しかし日本は常にいじめる側にいたのであり、最後のいじめ作戦に参加した旧日本兵のほとんどは「お母さん!」と言って死んだのであり、その死因の多くは餓死であった。靖国がタバコと同じというのは面白い。要するに彼は靖国が有害嗜好品であることを認めているのだから。高齢者を蔑視して憚らない神経ももはや正常ではない。ことほど左様に、日本の外相の知的レベルの貧困と無能は目を覆わしめるものがあり、小学生でも恥ずかして赤面するような内容だ。本質的に彼は下品だ。一方でこうした講演に動員されて拍手する人たちがいる。つまるところ、国民はみずからのレベルにふさわしい政治家を選ぶということだとすれば、それは哀しい事実であるかもしれない。
PTSDに苦しむ多くのアメリカの若者たち、おだてられて喜んでいる(?)日本の高齢者たち、歴史の負の面を見れば累々と重なる騙しと歪みによるPTSDの被害がある。しかし150億年の生命の遺伝子はこうした負の遺伝子を駆逐しながら進化してきたことを示している。みずからの痛みの体験を経てさらなる進化の方向へ大きくカーブを切る時がくることは疑いない。(2006/1/29
10:06)
◆ハマスを選んだパレスチナ人への手紙
日本の新聞はあなた方を過激派と呼んで、パレスチナ和平の危機をいう論調が盛んです。私も実は初参加のあなた方が単独過半数を得るような躍進を遂げるとは想像していませんでした。あなた方は「パレスチナ全土解放」と「武装抵抗」を放棄しないままで、なぜ市民の多数の支持を得たのでしょうか。
現政権の和平路線であなた方が目にしたことは、ヨルダン川西岸で建設が進む巨大な分離壁の姿です。03年に開始された分離壁建設は、全長700km(!)のうち半分がすでに完成しています。イスラエルは壁建設の理由を「テロリスト侵入阻止」と云っていますが、実際には第1次中東戦争の停戦ラインから、大きく西岸内部に食い込み、大規模ユダヤ人入植地をイスラエル側に併合しています。パレスチナ人の土地と財産を奪うような壁建設に国際司法裁判所は明確に違法判決を下しましたが、イスラエルは無視しています。検問はより強化され、自治区の封鎖は続いています。しかし人工的につくられた政治的な「壁」は、万里の長城からベルリンの壁に至るまで必ず崩壊するということを歴史は教えています。
あなたがたパラスチナは失業率40%、就業人口32万人の半分が外国援助に依存する自治政府職員という惨憺たる状況にありながら、ファタハ政府高官の一部は外国高級車を乗り回す腐敗の極みにあります。ファタハは武装闘争を放棄して、93年オスロ合意で自治政府成立を実現しましたが、ひとたび権力を掌握した抵抗者は頽廃するという法則的な現実を見せつけたのです。
あなた方の組織はエジプトのムスリム同胞団の流れを汲むアフマド・ヤシン師が60年代に社会教育組織をたちあげ、80年代後半の第1次インテフィーダ(反占領闘争)で組織として発足し、武装闘争とセツルメント運動を並行して繰り広げてきました。あなたがたは、学校、幼稚園、孤児施設、スポーツ施設などの草の根ネットワークをつくり、民衆感情を代表する存在にたった20年で成長したのです。あなた方の中心メンバーの多くは、大学教授や学校教師、技師などのテクノクラート集団であり、パレスチナの知性を集めています。イスラム原理主義を掲げながら決して神権政治をめざしてはいません。あなた方は一方で武装闘争を、他方で社会的支援活動をおこなうという抵抗運動のモデルを構築したのです。
いまイスラエルを含む欧米世界は、いっせいにあなたがたを交渉対象としないというコメントを出しています。パレスチナ民衆のほんとうの信頼を誰が集めているかを民主的制度を通じて示したあなたがたは、パレスチナ史に画期的な転換をもたらすのか、それとも自壊していくのか、これからの巨大で困難な課題に挑戦していくことになります。
しかしいま世界を見ると、米国の裏庭といわれた中南米で次々と左翼政権が誕生しています。ボリビア、チリ、ベネズエラ、ウルグアイ、アルゼンチンなどとどまるところを知りません。その背景には、90年代後半の金融危機をのりこえるためのIMF調整政策にあります。新自由主義型調整政策は、緊縮財政によってインフレを抑制し、資源や水道、通信などの国営事業を民営化して外資に解放し、貿易自由化を推進しました。そうしないとIMFは融資をしないと脅かしたのです。この結果、外資が基幹産業を支配し、米国産農産物の大量流入で農村が大打撃を受け、貧富の両極分解が起こりました。05年11月の米州サミットでは、米国が推進する自由貿易交渉をブラジル、アルゼンチン、ベネズエラが拒否してブッシュ大統領は顔面蒼白となって敗北しました。中南米ではこれから、大土地所有制の解体による農地解放と基幹産業の国有化が進むでしょう。民衆生活のもっとも近いところにいる者こそが、国の未来を担うほんとうの力を手にすることができるということを証明している点では、今回のパレスチナ選挙は同じ真理が示されています。さらにEU欧州諸国も紆余曲折を経ながら、米国モデルと訣別した社会的欧州モデルを構築しつつあります。
ひるがえって日本は全世界で唯一、まだ新自由主義競争政策をあくことなく追求し、証券取引市場の大混乱や住宅偽造などモラル・ハザードと市場の失敗が進み、貧富の両極分解が特に若者を襲っています。いまの若者が貧富の階層に別れることは、そのまま20年後30年後の日本社会には、恐るべき眼に見えない「分離壁」が構築されているでしょう。いま日本の民衆生活のもっとも近い部分にあって、この危機を警告している人たちは少数であり、米国のジュニア・パートナーとなって漂流する希望喪失社会が深く民衆生活を傷つけています。こうした痛みの蓄積は近い将来に、あなた方パレスチナ選挙と同じような劇的な変革を誘発するでしょう。
あなたがたパレスチナの動向は、はるかはなれた東アジアにも自国の政策モデルの再検討を迫る衝撃を与えています。あなた方の困難はこれからも続くでしょうが、試行錯誤のなかを必死で手探りで進む誠実でクリーンな姿勢があれは決して支持を失うことはないでしょう。(2006/1/27
11:34)
◆最近のNステーション(古舘伊知郎氏)は少しおかしいのではないか
昨夜のNステで北朝鮮脱北者に対する国境警備隊員の凄惨な取り調べの極秘テープが放映された。私はこうしたシーンを見るのは初めてであり、注目して見た。20歳代後半(?)の女性が中国へ越境し、還ってきたところを逮捕され、尋問を受けるシーンだ。彼女は2人の隊員のまえに土下座させられ、髪をつかんで引っ張られたり、棒で頭を強烈に叩かれて倒れて棒は折れてしまい、足でみぞおちを蹴られ悲鳴をあげてうずくまるシーンが続く。「殺すぞ!、お前はすぐに殺されるぞ」などと脅迫を受けながら泣いている痛々しい情景が繰り広げられる。解説では実は警備隊員が良心の痛みを覚え、海外へ告発するために、自作自演ですべてをヴィデオに録ったものが韓国へ流出したという。古舘氏は一切コメントをしなかったが、生々しい映像は北朝鮮の非人道的な人権侵害の実態を視聴者に深く印象づけるものであった。李英和と称する人の批判的コメントは実態はもっと凄いと云っている。しかし私は、なにか胡散臭い、割り切れないいかがわしさを感じた。
もしテープが北朝鮮の制服を着て演技した謀略者のものであれば、Nステの報道は明らかな他国に対する誹謗と中傷の虚偽報道を犯したことになる。テープの出所と流出ルートについて一定の説明はあったが、真実を証するに値する決定的な内容ではなく、謀略テープの疑いも充分に残るものであった。確かに北朝鮮の人権の実態がこのようなものであったとしても、報道の公正基準から云えば相当に問題があるのではないだろうか。国境を越えた普遍的な人権侵害を告発するという理念から、敢えて放映したとしても、その出所の正当性に充分な根拠と確信がなければならないだろう。いったいNステのデイレクターを含む編集スタッフはどう考えているのであろうか。それともNステの編集方針は、読売の変貌とは逆の北朝鮮バッシングの方向へ切り替わっているのであろうか。
昨年の総選挙報道で、規制緩和に関する「米国年次報告書」に忠実に従う政府の姿勢を批判した野党議員に対して、古舘氏は血相を変えて「そんな馬鹿なことがあるはずがない」と色をなして反論するという、司会者の公平原則を逸脱するシーンがあって唖然としたが、古舘氏が市場原理賛美の偏見と先入観に囚われていることをみごとに示していた。北朝鮮の人権侵害を批判するならば、高校生誤認逮捕、幼児殺人冤罪事件に見られる最近の日本警察の非人権的捜査について、満腔の怒りをもって報道すべきであろう。或いは米国政府CIAが全世界で市民を拉致して拷問にかけている実態を鋭く告発報道すべきであろう。こうした公務員職権乱用罪と違法捜査にメスを入れないで、他国の人権問題を論じる資格はないといえよう。
私は古舘氏の歯切れのよいキャスターぶりを好ましくおもい、かってはよくNステを見ていたが、最近どうも編集方針に批判的な鋭さがなくなり、ホリエモンを天まで持ち上げた報道の在り方を自己検討することもなく、いまはスケープゴードにして視聴率を稼ごうとしているのがみえみえだ。古舘氏とNステ編集部のジャーナリスト水準と社会認識の浅薄ぶりが際だち、もはやNステは日本の深化する危機についての批判的認識力をなくしたようだ。先日の朝日新聞のアンケートでは、もっとも信頼できるキャスターの圧倒的1位に筑紫哲也氏がはいり、古舘氏は最下位のほうに位置していた。一部の週刊誌で筑紫氏を引きずりおろそうとする陰謀めいた情報が流されているが、ひょっとしたらこういう嫌韓流などの謀略グループとNステはどこかでつながっているかのようにみえる。まるで権力政治家に媚びへつらって、ジャーナリストの精神を捨て去ったNHK経営陣と軌を一にしている。古舘氏はもとのお笑い番組の司会をやったほうがよく似合うし、彼の能力も発揮されるだろう。
付言)Nステから追放されて夕方のニュース番組にいった小宮悦子氏のほうが、いまやはるかに面白い。小宮氏に代わって古舘氏の側に座る能面のような顔をした女性キャスターは、無惨なジェンダーの生け贄のようであり、ただ横にいて頷いているだけだ。一方で最近の筑紫哲也氏は、読売新聞会長の渡辺恒男氏を登場させて、現代日本への警鐘的なコメントを流している。反共改憲路線のオピニオン・リーダーであるナベツネ氏の戦争体験と戦後民主主義に対する確箇たる信念のようなものが漂い、けっこう面白かった。じつはそこまで日本の危機が深まっていることを逆に証明しているのであるが。(2006/1/26
9:50)
◆私がもしアメリカ人であれば・・・・・
健康保険を多額の保険料を負担する民間保険に頼らなければならないこの国では、病気になったときのことが心配だ。私は保険料を負担するだけの経済力がない。手っ取り早い方法は軍隊にはいることだ。しかしイラクへ派遣されることも恐い。イラクでのテロ攻撃は、05年は3万4131件で前年の2万1496件を大きく上回ったそうだ。内訳をみると、自動車爆弾873件(2倍)、自動車による自爆411件(3倍)、爆弾を身につけた自爆67件(10倍)、道路の仕掛け爆弾1万953件(2倍)といつ殺されるか分からないので恐い。司令部は被害者はイラク治安部隊が多いと云っているが、それでも不安は強い。イラク人同士を戦わせて、自分は安全地帯にいるというのもなにか気が引ける。
でも妻が妊娠し、どうしても健康保険が必要だ。健康保険が無料で一番完備している海兵隊がいいか。私の国の軍隊は、希望者が激減して新兵募集に必死になっているらしい。00年から始まった入隊時の最高4万ドル(460万円)のボーナスは魅力だ。さらに給料は23%アップし、基地の住宅を改修し、基地外に住む兵士にも大幅な手当てを支給し、初めての住宅購入時の頭金補助など信じられないような厚遇だ。だけど実際には、中途離脱の兵士が02年の8,7%から05年の10,5%へ激増し、10人に1人が途中で辞めてしまうんだ。陸軍では麻薬と覚醒剤による不名誉除隊が実に40%も増えているらしい。
特に私はアルカイダなどの捕虜の監視はやりたくない。自分が麻薬をあおって野獣に転落するような気がするからだ。CIAはかってに容疑者を拉致し、すでに100人以上を不法移送して、拷問を加えているという。もし妻が、残酷な拷問を加えている自分の姿を見れば、卒倒するだろう。ところが大統領は国家安全保障局(NSA)の違法盗聴を私たちを守る合法な行為だと居直っているらしい。外ではイスラムを拷問にかけ、国では市民の盗聴を平気でおこなっているんだ。彼の命令を受けて、戦場で命を捧げる気持ちにはとてもなれない。460万円と健康保険証は喉から手が出るほど欲しいが、どうしても人殺しはできないと、昨日妻とも相談して軍隊へ行くのはやめにした。明日から必死で職探しに行かなければといま強くこころに決めたんだ。
夕方にコンビニに行ったら、新聞にフォードが14工場を閉鎖して08年までに3万人を解雇するというニュースが出ていた。驚いて私が住んでいるアトランタ工場を見ると、やはり閉鎖の対象に入っているではないか。もしアトランタ工場が閉鎖されれば、私が職探しをしている関連工場も危ない。セントルイス、ウイクソン、、バタビア、ウインザーなどが軒並み廃止されるらしい。フォードは純利益が43%と半減し、10億ドルの赤字に転落したそうだ。10年までに60億ドル(6900億円)のコスト削減をめざし、賃金コストを10%削減するという。3万人に3人の家族がいるとすると、ほぼ10万人が路頭に迷い、関連工場の閉鎖でそれに数倍する人の生活がなくなるんだ。いままで長い間フォードで一生懸命働いてきたまじめな人をアッサリと首にするのは、ほんとうに頭にくる。全米自動車労組(UAW)も少しは抗議するだろうが、正社員優先だからポーズに終わるだろう。GMが3万人を首にしたときもそうだった。
こうなったら牛肉解体工場へいくしかないか。この工場は牛を部位ごとに解体し、最終商品に加工して出荷しているが、脊柱などの危険部位が混入しているのを見逃して、日本向けの輸出承認を取り消されかかっているそうだ。どうせジャップが喰うんだから検査官のチェックを適当に扱えばいいいう雰囲気が蔓延していたそうだ。私はこういう現場はどうも気に入らない。
この様子ではとうぶん職にありつくことはますます難しくなりそうだ。なにかいたたまれない気分になって、家に帰ったら妊娠中の妻が青い顔をして、心配そうに「見つかった?」と聞いてきた。私は少々ヤケ気味になって、「やっぱりテロリストの豚どもを血祭りに上げて英雄になるぞ!」と叫んでみようと思ったが、ウイスキーをあおってそのままベッドに倒れ込んだ。
TVからはマンハッタンノの摩天楼が映し出され、忙しく動いているエスタブリッシュがフォードの工場閉鎖にコメントし、この痛みを乗り越えればふたたび景気はよくなるだろうと、したり顔で述べていた。私は、自宅の庭にとめてあるくたびれたフォード車にいって思わずバンパーを蹴り上げた。以上は筆者のノンフィクション創作。(2006/1/25
9:37)
◆歴史の真実とは何かー韓国国家情報院「公安事件に関する報告書」
韓国国家情報院・過去史真実究明による発展委員会は、朴正熈軍事独裁政権(61−79年)下の民青学連事件(74年 日本人2人を含む1000人以上を検挙し8人処刑)、人民革命党事件(64年)、人民革命党再建委事件(74年)の3事件の調査をおこない、時効のうえ強制捜査権がなく、政権交代による公安文書焼却の困難を乗り越えて、6万ページに上る捜査資料と報告書459件を発見し、学生運動で危機に陥った政権が、最も急進的な立場をとった学生を標的にして政権延命をはかったでっちあげ事件だという結論を出した。反国家団体の指定を受けた民青学連は学生たちの連絡網でしかなく、北と直結する地下組織とされた人民革命党は単なるサークルでしかなく、死刑判決から18時間後に8人が処刑された再建委は実は実在しない組織だったとしている。学生たちは悲惨な拷問で自白を強制され、自己に不利益な供述をおこなったのだ。
私がこれらの事件に関心を抱くのは、私の大学時代の知人が死刑判決を受けたからだ。あのときの衝撃はいまでも忘れられない。彼は拷問を逃れようとして灯油に火をつけて体を焼き、両耳が溶けて法廷では眼鏡をひもで結んでいた。いまでも日本の新聞の1面に載ったあの写真をありありと想い起こす。このようにして歴史の真実は長いスパンで自らの姿を現していくんだと改めて思った。
しかし韓国内部では、いまも枢要な地位にいる関係者への政争的な調査だとか、調査こそ捏造だとして委員会の自虐史観を非難し、独自の歴史教科書をつくる動きもあるという。背景には朴政権を、「韓国近代化と経済発展の指導者」とみるか「軍事独裁政権」とみるかの評価の違いがある。これは途上国の開発独裁の評価に関わる決定的な問題だ。その結論がどうであれ、国家権力自らが過去の過ちを追求して公然と認め、民主化のために過去を清算することが必要だする共通認識がある。この歴史への誠実さの水準は、日本よりはるかに高い。日本政府は、いまもって戦前治安維持法下の弾圧を公式に認めず、法治主義原則によって一切被害者への補償をおこなわず、高齢化した被害者は次々と世を去っている。日本現代史の闇の部分は、一部歴史家の著書で示されてはいるが、国家として公式に明らかにすることはない。日本のデモクラシーの水準は、はるかに韓国から遅れてしまった。日本はいま過去を美しく美化したノスタルジックな懐古趣味が、善意の人を巻き込んで起こっているが、歴史の暗部と恥部を凝視して記憶に留めないような国は、過去の真実の記憶を喪失し、欺瞞的な自己肯定に落ち込んで実は自らの未来を失うことを告げている。現在をよりよく生きようとしていない後ろめたさが、美しい過去の幻影を呼び起こし、現在への慰めとするからだ。そういう人が制覇する国には、決して未来をつくっていくちからは生まれないだろう。以上・東京大学・共生のための国際哲学交流センター主催シンポジウム「東アジアの法・歴史・暴力」における韓洪九聖公会大教授報告参照。(2006/1/24
17:44)
◆16歳の少女の心の闇の哀しみに
05年に静岡で高校1年生の少女が母親に薬を投与する薬殺未遂事件が起こりました。メデイアは『グレアム・ヤング 毒殺日記』に影響を受けたマニアックな事件だなどと報じましたが、真相はどうだったのでしょうか。彼女のプログの日記から心の闇の世界を知ることができるでしょうか。
「僕の友人は少ないです。教室でも何時でも孤(独)」が日記を書き始めた6月26日の言葉です。少女は孤独感を紛らわす酔い止め薬を8倍の使用量で飲み始めます。7月8日の日記では、クラスメートからのイジメやからかいを記していますが、同時に自分をいじめるクラスメートに「3年生になるまで彼らだけが僕の話し相手でした」と書いています。たとえイジメでも、自分にかかわってくれる唯一の話し相手だったのでした。彼女は自分のなかにもう一人の自分をつくり、彼女との対話を交わしました。「君と一緒になれてほんとうに良かった。僕らはいつまでも一緒だよね。必要とし必要とされる仲でありながら、一つの体しか僕らには与えられなかった。いま居る僕と隠れた君、ふたりで居られる場所は夢のなかだけなのか」と。これをして彼女を解離性人格障害という病理分析をする人がいますが、そん単純な病理に規定していいのでしょうか。
少女は保育実習で出会った4歳のこどもに「哀しみが慰められた気がします」と記しますが、その次の日には、もう寂しくてたまらないという孤独感に襲われます。そして彼女は薬殺に至るサデイステイックな感覚の世界に入っていったのです。「生き物を殺すということ、なにかナイフを突き立てる瞬間、柔らかな肉を引き裂く感触、なま温かい血の温度。漏れる吐息。すべてが僕を慰めてくれる」(9月3日)と記すようになります。こうして彼女は、ハムスターやみずからの母親に薬を投与していきます。薬を投与することが自分を慰める快感を味わう倒錯の世界に入りこんでいきました。痛々しい16歳の少女の途切れるような繊細な神経を、受け止めてすくいあげる人はついにいなかったのです。
孤独の寂寥は、自分が世界にあって何ものでもないという絶対のちからで自分に迫ってきます。私も誰も友だちがいない修学旅行で、たった一人で宮島を歩いた、あの淋しさを想い出します。この16歳の少女の追いつめられたこころを表す語彙は豊かで、読む者に迫る表現力をもっています。彼女の知的レベルと細やかなうち震えるような感性は、同世代をはるかに超えたものがあります。だからこそ彼女は、周囲の違和を誘いあどけないイジメの対象になったのです。いまの日本はまわりに迎合できない細やかな神経を受け入れる伸びやかなちからはありません。追いつめられた神経は、果てしない寂寥の孤独のスパイラルに落ち込み、遂には叫びによる自己解放か、或いはイジメを逆転する対象を求めるまでに歪んでいきます。彼女がみずからの母親に薬を投与していく過程は、自分の救いを求める幻想の過程でもあったのではないでしょうか。(2006/1/24
19:35)
◆懐かしきかな 白土三平
なんとなくブックオフに入って漫然と棚を見ていたら、四方田犬彦『白土三平論』(作品社)が並んでいたので、定価2400円の半額で買った。夢中で過ぎた学生時代に唯一熱中して読んだ漫画家の懐かしい名前が鮮やかによみがえってきた。村山知義『忍びの者』と並んで、武士が支配する時代を史的唯物論的に底辺から描いて虜になった。特に『忍者武芸帳』『カムイ伝』は、手塚治虫『キリヒト讃歌』と並んで私は日本漫画史上のベストテントップに置くほど感動したことを想い出す。四方田氏のこの書は、白土三平を正面から取りあげた本格的な345ページに及ぶ評論ですが、私はその序章の白土の生い立ちに非常に興味を持った。なんと彼は、日本左翼美術史のリーダーであった岡本唐貴の長男ではないか! 岡本を詳しく知らない私でもその名前は知っている。四方田氏は、観阿弥ー世阿弥、オーギュスト・ルノアールージャン・ルノアール、岡本かのこー岡本太郎などの芸術家の親子関係を例に、芸術家を親に持つ子が幼少期から親の芸術的環境を一身に受けてさらに親を超える芸術家に成長する事例として白土三平をあげている。
岡本唐貴は1903年岡山県倉敷市に生まれ、東京美術学校入学をへてプロレタリア美術家連盟に参加して著名な前衛画家として活動し、村山知義と論争したり19歳の黒澤明の絵画指導をおこなうなどのエピソードがあり、虐殺された小林多喜二のデスマスクも描いている。唐貴は1986年に82歳でソ連崩壊を知らずに、この世を去った。白土三平は1932年に唐貴の長男として生まれ、中学期に戦時疎開で信州・真田村へ行き敗戦まで過ごす。この時の「アカ」の父親を持つ疎開者への排他的な差別体験と、はじめて過ごす大自然の生活が彼の原体験となったと四方田氏は云う。確かに彼の漫画に登場する孤独に凛々しく生きる主人公と、繊細で残酷な自然描写はそれを示しているのかもしれない。
もう一度白土作品を読んでみたくなったが、いま本屋に行っても原作はあるのだろうか。あの真正面から社会的矛盾の渦中を生きる主人公は、60年代の若者の感性にフィットしたが、いまの若者はこうした直球の剛速球をひょっとしたらダサイと思うのではないかとも思う。いま漫画は大状況を描くのは、ゴーマニズムなどの極右勢力の漫画が大勢だから、大状況そのものが胡散臭いと受け止められ、逆にシニカルな私生活の世界に埋没していく傾向がありはしないか。その行きつく先は、方向を失ってあてどもなく漂流するニートの世界と重なっているようにみえる。私は期待したいのです。もう一度民衆の視点から骨太に世界を描く本格的でドラマテックな漫画が登場することを。そうした感性の基軸は、「哀しみ」と噴出する「怒り」であり、それを鋭く真正面から形象化した漫画です。「哀しみ」を「」怒り」に転化し得ない社会は頽廃であり、滅んでいく社会だと思います。歩み出す前にすでにあきらめが漂う青春は美しくありません。自ら自分を辱めるようなみじめな状態に落ち込んでなお、シニカルな笑いでごまかすような感性に、私はホトホト情けなくなるのです。或いは「3丁目の夕日」など過ぎ去りし黄金時代へのノスタルジアにふけって、現在のいまに立ち向かわない姿勢をも疑います。私は白土の世界をノスタルジックに回顧して、現在を嘆いているようですが、そうではありません。白土作品はむしろ現代の混迷期を生きるけなげさを示していると思います。もし私の考えに共鳴できない人がいれは、どうかぜひとも白土作品を一読してみてください。
さらに付言すれば、私が青年期に注目していた小説家に、李恢成という在日朝鮮人作家がいます。ひさしぶりに彼の最近作『地上生活者』という長編が出ました。かって『見果てぬ夢』や『また再びの道』等の作品で、未来のあらたな社会のイメージを求めて必死に格闘する群像を描いた作家のその後の歴程に注目して読み始めましたが、この作品も自らの生い立ちをノスタルジックに回顧し、「売れない作家」を自嘲する言葉が幾度も登場します。まだ読み始めたばかりで結論は出せませんが、いまかってなく回顧姿勢が広がっているような気がします。この回顧姿勢の裏には、未来への本格的な構想力を失わせ、人を蹴落として恥じない動物的な欲望原理主義へのシニカルなあきらめの心情があるのではないでしょうか。
この小稿をしたためている時に、ホリエモン逮捕のニュースが飛び込んできました。ハゲタカ・ファンドのギャンブル資本主義をどう切り替えるか、壊されつつある日本が再生するラスト・チャンスではないかと思います。(2006/1/24
00:14)
◆洗練された差別とmalaise
malaise(マレーズ)とは、社会に広く共有された現状に対する不満足感ないし不快感をいうフランス語だ。加藤周一氏は昨年末のフランスの都市郊外での青少年の暴動をこの感情で説明しようとする。50年代のロンドンの空き室広告にみられる「白人だけ」とか「有色人種お断り」などのハッキリしたオモテの差別に対して、フランスの平等主義に隠された微妙で偽善的なウラの差別は眼に見えないがゆえに、より深い心理的な被差別感を生み、そのmalaiseが今回の暴動の背景にあるという。アメリカでも60年代のオモテの差別は徐々に解消し、同じ乗り物に乗り、同じ場所で働き、同じ場所で食事を取るが、居住区域などの私的空間は明らかに分離し、ウラの差別は隠然と続いている。こうした現代化された複雑な差別体系のなかでは、暴動の原因を特定の差別に探し出すのは難しい。加藤氏はミシェル・フーコーの権力関係細分化論(支配と被支配はあらゆる社会のレベルに細分化され、従来のような階級差別に還元できない)を差別理論に適用し、無数の細分化された差別の集積があり、差別する側もされる側もその体系を破壊するのは困難だから、両者が協力して解消へ取り組むしかないという。そして加藤氏は、日本型差別の特徴は、移民政策や血統主義国籍、亡命の拒否、公務員の国籍主義など欧米からはるかに遅れた後進性にあるという。
私は、フーコーの細分化差別理論は、差別の諸現象をひとしなみに扱い、結果的に差別者と被差別者が網の目のように埋め込まれたシステムへの直截なカウンター行動を容認するように思える。経営者が会社で従業員を差別しながら、自宅で家族から差別されていることが同じレベルで扱われ、差別の社会的質の差異を問わないことになるのではないだろうか。部落差別や朝鮮人差別に於いて、差別者と被差別者が協同して反差別運動をおこなうことなどありえない。だから差別の多様な諸現象を、主要な差別とそうでない差別に分け、局面ごとに反差別の主要なターゲットを絞る必要があると思う。人種、性、宗教、文化、言語、集団、家族、個人などさまざまの社会的レベルでの差別現象を、制度的なもの・慣習的なもの・文化的なものなどの質的差異を明確に見極めて、区別する必要がある。以上・加藤周一氏論考(朝日新聞1月23日夕刊)参照。
差別の解消は、野蛮な制度的な差別の禁止からはじまり、徐々に洗練された慣習・文化的差別の解消に進むだろう。これは慣習・文化的差別を後回しにするということではなく、社会的被差別経験が野蛮な形態から洗練された形態に移行するということだ。つまり差別の本質が、ほんらい協同する関係にある者を分断し敵対させて、誰かが一方的な利益を享受する機能と構造にあるとすれば、その制度的な基盤を廃止する必要があるからだ。例えば封建領主が垂直的身分体系をつくることによって、自らの独占的支配を維持する前近代の野蛮な差別制度は、どのような洗練された差別にも先行して廃止されねばならない。しかし「あいつは虫が好かん」などによる心理的差別(いじめ)は、制度的禁止ではなく、一定の成熟した人格関係の形成によってしか解消されない。フーコー型細分化理論は、システム全体を一挙に破壊する暴動的な反差別運動と結びつきやすいが、それは自動車に放火してルサンチマンを発散する形態に似て、おそらく差別そのものを超克した新たな協同への道を開く可能性はない。洗練された差別者は、いっそう恐怖に怯えてさらに制度的な解消を前進させはするが、こころの底には差別感情をより深く沈潜させていくだろう。
差別問題の困難は、差別者と被差別者の共感不可能な心情の隔離があることだ。「あなたが噛んだ小指が痛い」のは、噛まれた側であり噛んだ側には分からない。加藤周一氏がフランス青少年の暴動の背景にある心理をほんとうは理解できないとつぶやいているのは正直な心情だ。つまり被差別者の痛みを、差別者は根元的に共感することはできないのだ。しかしここから飛躍して、何が差別であり、その差別がどれほどものかの決定権を事実上被差別者が把握する傾向が生まれる。こうした差別の構造は、逆に差別を解決する可能性を無限の彼方に遠ざけてしまう。差別者は自らの罪を学習によって理性的に理解しても、被差別者の心情そのものとの距離を廃することはできない。ここから良心ある差別者は、被差別者に対して無限定の拝伏によって良心の証明を試み、差別の逆転現象が誘発される。被差別者が支配権力に転化し、過去のルサンチマンを単方向的に差別者に放射して慰謝を実現する。こうして逆転した差別のスパイラルは、実は互いの協同の契機を閉ざし、より陰湿な沈黙の差別を再生産する。こうした差別の惨めな下方への悪循環は、臨界点に達すると修復しがたい憎悪を誘発して破局へと至る。或いは被差別者が、差別を付加価値として逆利用して自己利益極大化を図る無惨な頽廃が野放しとなる。しかしもっとも無惨なことは、こうした醜悪な内部抗争を高みから冷ややかに嘲笑して見下している権力があることだ。この天に座す権力こそ真の差別の元凶であることに気づくには相当の時間と犠牲がはらわれる。被差別者は目の前にいる差別者の具体にこそ、憎悪とルサンチマンを直射するからだ。
被差別者の痛々しいmalaiseへの共感能力は、学習と経験交流のなかでしか育たない。被差別者は、差別者の階層的構造を見抜き、どのレベルにまで自らの被差別体験をコミュニケイトするかの範囲を学習しなければならない。うわべを装う差別者の真相を鋭く見抜くちからを学習しなければならない。意図的な差別者と無意識の差別者を判別し、反差別統一戦線に参入する可能線をできるだけ拡げなければならない。その基本戦略は、あらゆる差別が超克される未来社会のイメージへの想像力と、差別者自身の疎外を包み込み吸引する普遍的な構想力を体現することにある。差別者に対する憐れみの感覚を醸成した被差別者が最後の勝利を得る。言い換えれば、全世界を解放することによってしか、自らを解放できない者として自らを位置づける普遍者が最後に笑う者となる。私は反差別運動に共感を寄せている一人に過ぎず、その実体の一部を担っている者ではないが、もし許されて発言できれば上記のような考えを申し述べたい。(2006/18/23
19:00)
◆脳死移植保険適用
厚労省は、4月から心臓、肺、肝臓、膵臓の4臓器の脳死移植に対する保険適用の方向を打ち出した。医療保険が適用されない先端医療のうち、治療費全額自己負担で検査・入院費が特定療養費として保険給付の対象となる「高度先進医療」は、ガン粒子線治療、遺伝子診断など109種類ある。この高度先端医療は、@普及性A技術成熟度B有効性C安全性審査によって全額保険適用の「一般医療」に移行する。脳死移植が今回一般医療に移行する方向となった。日本の臓器移植の流れは以下のように整理される。
1968年 8月 札幌医大和田寿郎の国内初の心臓移植 臓器提供者の脳死判定疑惑で殺人容疑逮捕 不起訴 脳死移植ストップ
1984年 5月 日本人初めて米国で心臓移植を受ける
1985年12月 厚生省研究班脳死判定基準公表 脳死論争激化
1997年10月 脳死移植法施行
1998年 4月 生体部分肝移植保険適用に
1999年 2月 高知市病院日本初の脳死判定 提供臓器移植さる
2001年 4月 脳死心臓移植「高度先進医療」認定
2005年 8月 脳死移植法改正案廃案
2006年 4月 4臓器保険適用提案予定
厚労省によると、現行手術費は心臓移植280万円、肺移植260万円、膵臓移植170万円、肝臓移植90万円であるが、保険適用によって10万ー20万の自己負担になる。しかし肝臓移植可能な全国13病院のうち、許されるのは300床以上で専門スタッフが揃った5病院のみだ。保険適用によって貧富による不公平は解消されるが、地域的不均衡は大きい。しかも臓器提供法の提供条件は厳格で、@本人の書面による意思表示A家族の同意B15歳未満不可となっており、99年ー05年の臓器提供者数は41人、移植者数は171人に過ぎない。本人の意思表示をのぞく臓器提供条件の規制緩和を求める法改正の動きもある。一方では死の一般基準を心臓死から脳死へ移行させるとして反対する声もある。例えば交通事故の救急患者に対し、脳死判定後の医療行為を保険対象外にする危険性を指摘する。移植希望者は保険適用を歓迎し、交通事故遺族の会等は批判的だ。
私は脳死問題と臓器移植をめぐる生命倫理に、私見を述べる段階にはない。ここでは脳死移植の現段階を確認するに留め、皆さんのオープンなデイスカッションを期待する。以上・朝日新聞23日付け朝刊参照。(2006/1/23
9:28)
◆2.26が近づきつつあるいまに
1936年(昭和11年)2月26日の未明、1,483名の歩兵連隊が反乱を起こし、3人の大臣を含む政府高官を殺害するクーデターが起こり、彼らは大不況による農村部困窮と政府の頽廃を天皇親政によって革新しようとする「昭和維新」を唱えたが、天皇の奉勅命令による戒厳令で逮捕され、軍事裁判で17名死刑、69名の有罪判決がおり終息した。この軍隊反乱は国家危機を天皇独裁で打開しようとする青年将校の極右反動クーデターであり、日本現代史が軍部ファッシズムに転回する契機となった。これが2,26事件だ。さて現代日本を覆う不安と混迷はふたたび同じような軍事クーデターの条件を醸成しつつあり、おそらく自衛隊の一部では焦燥感を持つ将校によるクーデター立案計画が準備されていても不思議ではない状況だ。私は、2.26事件勃発直後の日本と世界の反応に注目して、現代の危機を考えてみたい。いくつかの反応を以下のように類型化してみる(『機』167号参照)。*は筆者の分析。
ア)国家危機・恐怖論
○昭和天皇「朕ガ股肱ノ老臣ヲ殺戮ス、此ノ如キ凶暴ノ将校等、其精神ニ於テモ何ノ恕スベキモノアリヤ」(『本庄日記』)
*天皇が首都反乱にいかに恐怖を抱いたかを示す。天皇の直截な反応は彼の基盤があくまで元老と政府最高首脳にあ
ることを赤裸々の感情で告げているが、青年将校の行動分析能力はない
○西田幾多郎「実に神人共に許さざる残忍暴虐だ。フランス革命を想起せしめる。彼らは増長して何をしでかすか分からぬ
まったく国家の破壊だ。これは当事者が彼らを甘やかした結果だ。この際断固たる処置を取らねば国家前途は暗黒だ。
然るに何処からもそういうちからはでない 国民は実に馬鹿だ」(「堀維孝宛書簡」
*あの高名な哲学者に行動の背景と目的を分析する社会科学的能力がないことが分かる。天皇現体制を遵守するステ
ロタイプの感情的反応でしかないのに唖然とする。軍事クーデターとフランス革命を同一視する初歩的無知も無惨だ。
イ)ファッシズム・反暴力論
○三木清「我が国におけるファッシズムの合理化の促進ないし強化である。封建的非合理なものを取り去ることによって、
ファッシズムを資本主義の現在の段階に一層よく適合したイデオロギたらしめることである」(「時間と思想の動向」)
*「革新」と「天皇」の統合による昭和研究会の1940年代体制論を見通したデモクラチックな社会科学的分析
○河合栄治郎「いまや国民は国民の総意か一部の暴力かの分岐点に立ちつつある。暴力は一時世を支配するが暴力自
体の自壊作用によって瓦解する。真理は一時血にまみれようとも、、神の永遠の時は真理のものである」(「2,26事件
の批判」
*当時のクリスチャン的なリベラル・デモクラシーによる暴力批判論 社会科学者であるにもかかわらず事件の基盤自体
の分析はない
○リヒヤルト・ゾルゲ「農村窮乏化と一部資本家の利益を背景とする右翼分子と若手将校の行動、陸軍統制派と皇道派の
権力闘争」(『フランクフルター・ツアイトウング』27日1面速報)
*コミンテルン・スパイとして処刑されたゾルゲは、もっとも精確な社会科学的分析を客観的に加えている
○『大公報』(中国紙)「経済的基礎分析から日本のファッシズムの広汎な影響を指摘 穏健派内閣の内部矛盾を解決して
大陸政策の変更を求める」(27日1面)
*ファッシズム分析と日本の中国大陸進出を警戒している
ウ)対外政策をめぐる軍隊内権力闘争論
○『ル・タン』(仏紙)「リベラル和平路線と対外強硬派の対立が総選挙でのリベラル左派躍進を契機に爆発。中国北部の軍
事衝突と日ソ関係悪化を懸念」(27日速報)
*軍隊内派閥闘と国際関係絵の影響を中心に分析
○『ニューヨークタイムズ』(米紙)「対中政策における軍部内部の対立、直前総選挙結果が引き金、散発的な蜂起ではなく日
露開戦につながる」(26日1,9面速報)
*基本的に仏紙と同じだが、日露対立をより重視している
○『イズヴェスチャ』(露紙)「青年将校のねらいは政権奪取ではなく高橋是清・西園寺公望の穏健派排除が目的。急進的アジ
ア侵略侵略を主張する荒木貞夫等が反動的民族主義政党・政友会と結ぶが総選挙で敗北し反ファッシズム勢力伸長に危機
感を覚えたもの」(27日1面)
*当時の日本の権力闘争を詳細に分析、青年将校の社会分析はない 反ソ強硬路線の分析もない
エ)日本文化論
○デーリーテレグラフ(英紙)「日本には愛国的殺人を許容する風土がある 天皇と元老支配の機能不全の矛盾が軍部台頭を
抑えきれなくなった」(26日15面)
*日本文化の後進性を指摘 欧米的な日本文化特殊論に傾斜している
オ)沈黙派
○河上肇「外部のことはくわしく分かりませぬが、私のような者がもしここに来ていなかったら今頃はどんなに生活しづらく感じて
いることだろうと思はざるをえません。学問に苦労したお陰で、何も意外に思ふようなことはありません」(『獄中日記』)
*河上肇は治安維持法違反で獄中にある。彼は直裁には語らないが、ファッシズムの蔓延を覚悟して自らの敗北を認め、それ
を受け入れているようにみえる。これは限定された獄中にあっての言葉だ。
○庶民(?)
*ここがよく分からない。庶民に暴力批判が起こらなかったのは(河合指摘)、無関心なのか暗黙の支持なのか。少なくとも1週
間程度の占拠で、天皇が戻ってこいと云うと素直に従って降伏した反乱兵の行動は永田町という首都の一部でのちょっとしたハ
プニングであったのか。反乱軍と庶民に何の繋がりもなかったことは確かであり、ここに庶民が政治の舞台に登場し得ない最大
の問題があった。庶民は黙って見過ごして日常生活を営み、陰で軍部独裁が着々と進んだのだ。
平成維新を主張する軍事クーデターが起こっても不思議ではないほど、現代日本の不安と矛盾は深く静かに進行している。いま三島由紀夫を先駆的な殉教者として宣揚する言説が横行し、書店にゴーマニズム宣言が平積みとなっているのをみると、強力な権力による矛盾の解決を求める庶民的心情が醸成されていることを否定できない。小泉氏を圧勝させた背後には国民の変形した「革新」願望があったことは間違いない。こうしたときに2,26事件に対する各界の反応を比較することは、現代を正確に見る視点をつくるために一定の意味があると思う。その後の日本現代史の展開は、三木清とリヒアルト・ゾルゲの分析がもっとも鋭く現状を認識していたことをしめしている。ゾルゲはナチを偽装もしていたから、ナチの科学分析力の水準をも示している。二人の方法論は現代的に再編されてなお充分な有効性をもっていると思う。対して当時の哲学界を風靡した西田幾多郎の言説はあまりに無惨であり、彼の社会科学的素養が疑われる。西田幾多郎の没理論性は、現代での形而上的な抽象理論を展開する研究者の歴史的現実に対する無力を証している。私たちが汲むべき教訓は、庶民レベルでのファッシズム認識の学習レベル上昇と、ファッシズムに抗するリベラリストとデモクラット、コミュニストの当時は実現し得なかった広汎な共同の可能性ではないだろうか。(2006/1/22
10:34)
◆成果主義賃金の無惨さは、孤立無援の告発によって破綻したー富士火災海上保険にみる
富士火災海上保険(株)が00年に導入した成果主義給与体系は、歩合制で営業成績が上がれば翌月に増加手当が支給され、下がれば翌年度の給与から一定額がペナルテイーとして差し引かれ、04年からは家族手当と住宅手当も廃止された。妻と長男、長女がいる男性(53 東京在住)の05年6月の給与は、本給・諸手当が約19万円でペナルテイ分約7万4000円が差し引かれて額面は約11万5000円であり、そこから社会保険料などが引かれて実際の手取給与は2万2632円となった。男性は「これでは死ねと云われるに等しい」として、直前3ヶ月の給与平均額(額面約22万円)の支払を求めて仮処分を東京地裁に申請した。
富士火災側は@6月に臨時給よ手取12万円が支払われており、直ちに生活が脅かされる状況ではないA多数派組合の同意のうえで導入された制度だとして全面的に争う姿勢を示した。係争中の男性は労組からの借り入れと預金の取り崩しでしのいだ。両者の和解条件は@会社は解決金を支払うA営業系社員全員を対象に最低賃金法に定める最低賃金の1,4倍以上を支払うというもので、男性は額面最低14万円程度が支払われる。男性は実質的に勝利したのだ。
まず妻子がいる53歳の東京在住の男性正社員の本給が19万円(!)という低額にもギョッとしたが、家族手当と住宅手当を廃止したことにも驚いた。家族を養うことや住宅へ住むことも自己責任というのであろうか。いったい会社は妻子3人を抱えるこの男性社員が本給19万円で最低生活を営めると思っているのであろうか。
成果主義賃金の残酷な無惨さは、FUJITU元社員の告発本で少しは知っていたが、ここまでみじめな実態になっているとは! 最低賃金法にすら違反する労働協約を平気で締結した多数派組合にいったい労働基本権の認識はあったのだろうか。「努力した者が報われるべきだ」という小泉改革の自己責任原理の悲惨さが日本のあちこちでシステム崩壊をもたらしていることを証明している。それにしても社員の最低生活権を蹂躙してはばからない会社側の経営感覚はどうなっているのだろうか。ニンジンをぶら下げてラット競争を煽れば、会社の利潤が極大化すると思いこんでいるとすれば経営失格に等しい。ラット競争のスパイラルは、社員自身の労働意欲を減退させ、社内全体に陰惨な相互不信の雰囲気を蔓延させ、結果的に会社の業績を悪化させることは、FUJITUの凋落がすでに証明している。勝ち組・負け組の競争を煽る二極分解した組織の致命的な問題は、企業内部の相互信頼と集団プレーを疎外して会社そのものを瓦解に導くことはあまりにも明白だ。成果主義システムは、総人件費の枠内で一部の勝者に給与を集中させて配分するのだから、実は経営者には何の痛みもなく、会社側がひとり高笑いすることは目に見えている。
しかもこの男性は社内では少数派組合に属しているということだから、明らかにみせしめのための恣意的な査定がおこなわれた疑いが濃厚だ。こうした差別的労務政策が会社のコンプライアンスを破壊し、市場からも見放されて経営を破綻に追い込むことは、日本航空の労使紛争やFUJITUの不振に如実に示されている。おそらくこれから富士火災海上の業績は悪化し、経営陣の責任が問われる事態が誘発されるだろう。
総括的に云うと、シカゴ学派の「市場の滴」論という市場原理主義がアメリカを含む全世界で破綻し、社会的連帯を回復する企業内経営と労使関係の再建なしに、実は資本主義システムそのものが破綻に瀕する局面にあるということを告げている。少なくとも欧州大陸型の連帯と福祉国家モデルを参照して、新たな日本モデルを再構築しなければ日本資本主義のメルトダウンは防ぎ得ない。53歳の男性社員が自分に降りかかるあらゆるリスクを覚悟して決意した今回の問題提起は、日本の成果主義賃金体系そのものに痛烈な打撃を与え、一企業を超える普遍的なパラダイム・チャインジを誘発する画期的な意義を持っている。同時に多数派組合がどうであれ、決定的孤立のなかでなお、敢えてリスクを超えて決断する個別的労使紛争の有効性をこれほど示した事例はない。朝日新聞1月21日付け夕刊参照。(2006/1/21
18:59)
◆100歳近いナチス残党を裁くことに意味があるか
意味があるとする人は、やられたことはやりかえせ、罪に見合う報復は当然だと言う。意味がないとする人は、憎しみは何も生まない、過去は忘れて将来を考えようと言う。前者は直接の被害者に多く、後者は加害者に多い。刑法上の時効は、時間が恨みを洗い流し、真相を明らかにする必要は薄まっていくことを前提にしている。しかし時効が禁止された犯罪がある。それがニュルンベルグ裁判で決められた「人道に対する罪」であり、東京裁判もこれを踏襲している。この「人道に対する罪」は、ある個人が別の個人におこなった犯罪ではなく、ある人々が特定の民族や集団へジェノサイド(皆殺し)を加える犯罪を言う。では時効を禁じる犯罪を犯した者を許すことはできるだろうか。それは加害者自身が真摯な謝罪と補償によって許しを求め、被害者自身がそれを受け入れる場合だけだ。子孫を含む第3者が許しを与えることはできない。
しかし、「人道に対する罪」の場合は「許し」が成立したことはない。加害者がみずからの罪を認めることはなく、自分はただ命令に従っただけだ、当時は何も知らず知らされていなかった、或いは犯罪の事実はでっち上げだと抗弁する。被害者自身も亡くなっており、誰も死者に代わって許しを与える資格はない。だから「人道に対する罪」は、時効がないばかりでなく、本質的に永遠に許しのない犯罪なのだ。
ではナチス残党裁判で、弁護士に弁護不可能な弁護を保証する根拠はどこにあるのだろうか。それは過去の事実を記憶に刻み、2度と繰り返さない未来をつくるためであり、還りこぬ死者の尊厳を回復し、その死を無駄にしない絶対のパラダイムをつくるためだ。
ウラジミール・ジャンケレヴィッチ(仏 1903−85)という哲学者は、ユダヤ人として対独レジスタンスに参加して家族のほとんどを強制収容所で失った。彼は戦後、いっさいドイツ音楽を聴くことをやめ、ドイツ哲学を研究することを放棄する決断をして、許しと法の非時効性について徹底的に考え抜いた。彼の言葉を聞こう。
「時間は山を浸蝕するように悲しみを摩耗させる。時は慰めを与え、許しと忘却をうながす。時間は問題を解決し傷口をふさぐ。しかしジェノサイドの事実が風化することは決してない。逆に時間とともにその恐怖はたえずいっそう強まっていく。人道に対する罪には時間は影響を及ぼさない。許し! しかし彼らが私たちに、一度たりとも許しを請うたことがあるか? 許しを得るのに意味があるのは、罪人の苦悩と孤独をおいて他にないが、罪人は逆に肥え太り繁栄を謳歌している時に、許しなど悪い冗談に他ならない。許しは死の強制収容所に一緒に葬られたのだ。なにゆえに生き残った人々が、犠牲者の代わりに遺族の名において許しを与える資格があるだろうか。野獣が楽しみながら手にかけた幼い子どもたちに代わって、誰が許しを与えることができるだろうか。亡くなった子どもたち自身のみが許しを与えることができる。生き残った者は、野獣どもに、こう云わなければならない。子どもたちに自分で許しを請いに行けーと」(『非時効性:許すのか?:栄誉と尊厳の中で』1971年)
しかしハンナ・アレント(独 米国に帰化 1906−75)という哲学者は、ユダヤ人として強制収容所生活を送ったが、アイヒマン裁判に際して次のように云っている。「人道に対する罪の裁判は、今日ではまだ観念的でしかない基準によって裁かれている。前例のない犯罪に講じる施策は、国際法の制定を可能にする有効な前例にならなければ、有効とは云えない。国家理性の名の下におこなわれる国家犯罪は例外的措置とされる。そうした行為は規則の例外とされ、懲罰を科せられない。国家存亡そのものが関わっており、その国家が存続する権利を否定することはできず、またそれが取るべき形を禁じることはできないからだ」(筆者抄訳 『エルサレムのアイヒマン:悪の陳腐さについての報告』1965)。驚くべきことにアレントはアイヒマンの戦争責任を免罪するかのような言辞を記している。この違いについてはいまは触れない。
さてアメリカ議会は1998年にナチ戦争犯罪情報公開法を制定し、次いでほぼ同じ文章の日本帝国政府情報公開法を制定し、戦前日本政府・軍の戦争犯罪に関する機密扱い記録の機密解除と公開を決めた。米国政府は冷戦下の対ソ戦略として旧ナチを大量に受け入れたが、冷戦崩壊後に政策転換してナチ・ハンターを開始し、司法省は旧ナチの迫害行為参加者5万9742名のリストを作成して国籍剥奪と追放処分に踏み切り、99年までに63人の国籍剥奪、52人の追放、150人の上陸を阻止している。次いで米国政府は日本の戦争犯罪に関する資料公開を始めている。つまり米国政府は自国の現代史の暗部を暴露する記録公開に例外を設けず、人道に対する罪の非時効性原則を貫いている。「人種、宗教、民族的出自、もしくは政治的見解を理由に、いかなる人物に対しても人体実験ならびに迫害を命令し、教唆し、幇助」した人物に関する記録」(日本帝国政府情報公開法)の公開によって、日本の戦争犯罪の一端が明らかとなる。「人体実験」とは、731部隊の生体実験や九州帝大医学部の実験を指すと思われるが、それは同時に米軍の恥部をもさらけだすことになる。
要するに欧米ではナチ犯罪の非時効性原則による戦犯追及がいまでも営々と続いているのであり、それは国際基準として厳格に確立している。ひるがえって我が日本の惨状は目を覆うものがある。日本政府は歴史資料の公開に極めて消極的であり、私たちはワシントン経由でしか日本現代史の戦争犯罪資料を入手できないのが現状だ。逆に日本政府首脳は争って戦争最高責任者への慰霊行為を繰り返し、治安維持法の被害者に対する補償を拒否している。私は改めて「記憶の文化」の決定的な落差を覚え、歴史のの審判を絶えず回避してきた日本の現状に愕然とする。このあまりの非対称性のスペクタルはいつの日か取り返しのつかない2度目の悲劇を生むのではないだろうか。
「僕はいつも、僕を侮辱する連中を許してきたけれど、リストはちゃんと取ってある」(サンペ『いくつかの不思議』Denoel,1998)
私たちの父祖が東アジアで犯した戦争犯罪に時効はない。私たちの父祖の一部はちゃんとリストに載せられている。私たちは、犠牲者に対して決して許されない許しを永遠に請い続けねばならない存在なのだ。ミシェル・オンフレ『<反>哲学教科書』(NTT出版)、清水正義「ナチ戦争犯罪情報公開法の成立について」(電子版)参照。
ひるがえって現代における人道に対する罪のを問う民間国際法廷が20日からニューヨークで始まった(主催はブッシュ政権が犯した人道に対する罪を問う国際委員会)。そこでは、@イラク、アフガンに対する侵略と残虐兵器使用、一般市民虐殺A収容所の拷問と無期限拘束B地球環境破壊C健康と生殖に関わる権利攻撃Dハリケーン被災対応の5項目が人道に反する罪として告発され、証言がおこなわれた。かっての戦犯裁判は権力をもつ国際機関が主導したが、現代は権力なき民間機関が主導している。従軍慰安婦犯罪を裁く民間国際法廷はNHKの歪曲報道で政治問題化した。私はここに人類の知的営為の確実な前進を見る。しかしあまりにも多くの裁かれない犯罪者が放置されているが、歴史の法廷は必ず彼らを裁きの場にのせるだろう。(2006/1/21
12:12)
◆子どもとは何か
もし世界が100人の村だったら・・・・・・6人が全世界の富の59%を所有し、その6人はみんなアメリカ人。80人は標準以下の環境に住み、70人は字が読めません。50人は栄養失調で、1人は瀕死の状態にあり、1人は大学教育を受け、1人だけがコンピュータを所有している。日本人は1日平均1万円を使い、子どもの小遣いは500円ですが、アフリカの貧しい家庭は一家5人で1日500円を使うことはなく、子どもは10円をもらう日は少ない。小遣いが500円の子どもと10円の子どもは仲よくできるだろうか。腹が膨らみ、ギョロついた目にハエがたかっている子どもの写真を見て、先進国のチャリテイーは「100円もしない予防注射で彼らは生きのびる」と宣伝されて善意の寄付が寄せらが、それは幾ばくかの良心の呵責を晴らすに過ぎない。インドネシアの独裁者スハルトは、150億ドル(1兆8000億円)を蓄財したが、大統領月給30万円を32年間積み立てても1億円を超えるに過ぎない彼がなぜ途方もない給与外所得を得たのか。いま日本で隆盛を極めつつある100円ショップの背後には、中国農村部のめくるめくような低賃金労働がある。アマルテイア・セン(ノーベル経済学賞)は「開発とは自由になることだ」と言ったが、いま世界で自由なのは六本木ビル38階にいるホリエモンその人に過ぎない(最も彼はいま苦境に立っているが)。
カンボジア農村部では、いまわずか60ドルで娘を売り、先進国のブローカーが臓器を買い漁っている。バングラデイシュの娼婦街・ドウロトデイアには、253軒の宿が軒を連ね、1600人に上る政府公認の娼婦が家族とともに暮らしている。娼婦たちの遺体は埋葬する墓地もなく、川に流されている。少女は12歳頃から娼婦として働き始め、15歳以下の少女の娼婦は100人ほどいる。ILOは99年に18歳未満の労働を最悪の児童労働としたが、娼婦以外に選択肢のない少女にとっては何の意味もない。
1970年に成田国際空港建設に反対する農民の子どもたちは少年行動隊を結成して、おとなと同じようにヘルメットをかぶり竹竿を持った。彼らは小学校を休校して親たちと行動をともにした。小学生から中学生ぐらいの子どもたちが、晴れやかなあどけない顔をして写真に写っている。子どもたちは哀しみを押し殺し、異様に大人びた表情を垣間見せながら、わずかにしか生きてこなかった人生を際だたせる。幼児の背丈と知性しかない14歳の少女は、父親が枯葉剤を浴びて生まれたベトナムの少女だ。17歳でハンセン病を発病した桜井哲夫さんは、50歳を過ぎて詩作を始め、文字のない詩を綴っている。それは見るも無惨に歪んで隔離された自分の身体そのものの表現だ。その隣でにこやかに微笑むキム・チョンミさんの美しい笑顔とのあまりの非対称性に困惑する。
無政府状態が続くソマリアの民兵の多くは20歳過ぎの若者だ。日給は7万5000ソマリア・シリング(600円)という高給であるが、それほど仕事が毎日あるわけではない。「何をしたいか?」と聞くと、左手を失った民兵は「勉強がしたい」と答えた。いま先進国日本の若者で「勉強がしたい」と答える者がいったい何人いるだろうか。カイロの陶工街では学校に行かない子どもたちが毎日12時間働いている。汗と泥にまみれて裸同然で働く子どもの視線は、なにかに必死であがらおうとする鋭い光を放っている。
私たちはいまこの瞬間における世界の子どもたちの姿を見てきた。こうした写真を撮影して雑誌に載せる写真家と称する人の感性を疑いたくなる。彼らは撮る人であり、現場から離脱して芸術の道で称讃を浴びる。被写体となって写された子どもたちには閉ざされた明日しかない。このめくるめくような非対称性の世界に耐えて、なおシャッターを切る写真家の胸の内になにがこだましているのだろうか。そしてかく言う私は明日になると、肥満を警戒してアスレに通い、サウナで汗を流しては冷たいビールに喉をうるおしているに違いない。『DAYS
JAPAN』06年2月号参照。(2006/1/20 20:449
◆我れ汝を喰らう ゆえに我れありー現代の食人行為について
あなたがたは人の肉を食べたことがありますか? 最高裁で死刑が確定した幼児連続殺人犯・宮崎勤は、初公判で殺害した幼児の「両手を食べた。(被害者が)夢に出てきて『ありがとう』と言う」と述べた。人々は衝撃を受け彼の異様な精神を疑ったが、最高裁は責任能力を認めた。「食人」という語句をワープロで打ち込もうとしたら、この語句は登録されていない。現代ではカニバリズム(食人)はタブーなのだ。しかし食人行為は太古の昔からあり、現代でもパラグアイの森に暮らすグアヤキ族は食人行為をおこなっている。現代では食人は見るもおぞましい究極の野蛮なおこないとされ、宮崎勤はその罪を死によって贖うこととなった。
カニバリズム(食人)にはいくつかの類型がある。<儀式としての食人>は、祖先崇拝によって死者の存続と生者の生存を確かなものとし、この世で生命を失った者の体を食することにより、共同体を存続させ死者は永遠の生命を与えられる。死者の体は、細分されて鍋で煮たり炭火で焼かれ、各器官が必要な人に配分される。心臓は勇気を、脳みそは知性を、筋肉はちからを、性器は豊かさをもたらすとされて贈り物にされる。こうして死者は共同体への最後の貢献を成し遂げ、体は死んでも魂は永遠に部族の中で生き続ける(食文化としてはタンパク質の提供でもあるが)。つまりある原始部族にとっては、死者の食人は共同体の最も神聖な儀式なのだ。もし原始部族が現代のエスカレーター式の埋葬で、地中の死骸がミミズや昆虫の食べ物として腐食していくのを見れば、なんたる「野蛮」な行為として驚愕するでしょう。
<供儀としての食人>は、生け贄を捧げることによって憎しみを鎮めるためにおこなわれる。ギリシャ・ローマ文明期に捕虜の頭は切られて、敵の陣営に蹴りこまれた(サッカーの起源)。1978年のフランス革命時に、王政派の役人の一人のはねられた頭はボールとしてゲームで蹴られ、肉はグリルで焼かれて革命派の市長はその心臓を食った。日本でも雨乞いや災害よけ、公共事業で生け贄が捧げられたことは記憶に新しい。
最後に極限状況に追いつめられた<偶発行為としての食人>がある。アンデス山脈の頂上に墜落した航空機から生還した生存者は、亡くなった同乗者の遺骸を食べて生き延びることができた(ローマ法王はこの行為に許しを与えたが)。難破船から奇跡的に生還した船員は、同じ乗組員の体を食べて生き延びた(武田泰惇『ひかりごけ』)。太平洋戦争のフィリピン戦線で飢えてさまよう日本兵は、傍らで死んでいく戦友の肉を食べて生き延びた(大岡昇平『野火』)。
さて現代では食人行為は、殺人罪と遺体放置・陵辱罪でほぼ死刑を宣告される極悪非道の犯罪行為であり、その行為は悪寒をもよおすまでに骨身にしみこんだ文化となっている。大岡昇平は、戦場で死人の肉を食べかけて、「剣をもった右の手首を、左手が握って押さえた。右の手首を握った、その生きた左手が自分のものではないように思われた。そうして暫く力を込めたために突起した拳骨を見凝めているうちに、私がいま真に喰べたいと思っているのは、死人の肉であるのか、それともその左手の肉であるのかを疑った。汝の右手のなすことを、左手をして知らしむること勿かれ、という声が聞こえ、私は別に驚かなかった」と狂気の戦場を語っている。
宮崎勤の食人はいずれの類型にもあてはまらない。幼児嗜虐の快楽を味わうサデイズム的で異常な性愛心理の世界としか言いようがない。いま日本国民と国家を代表して最高裁は宮崎勤を死刑にすることを決めた。それは私たち自身が彼を死刑にすることを決めたことを意味する。しかし問題は宮崎勤は生まれながらにしてのカニバリストではなく、成長するなかで歪みを身につけた社会的な存在であり、この日本社会そのものに人をしてカニバリストに仕立て上げる要因と構造が確かにあるということだ。毎日のTV番組には、ありとあらゆる料理のレシピが紹介され、出演者は「ウワー! オイシイ!!」と感嘆しながら消尽している。コンビニで賞味期限を時間で測り、大量に廃棄されている食材の大部分は、何億もの子どもたちが餓死している第3世界から輸入されている。私たちは、目に見えない間接的な手法で、第3世界の子どもたちのからだを食い尽くしているともいえる。私たちは、第3世界のいたいけな子どもたちの体を、生で、または加熱して食べている存在ではないのか。現代の料理番組は、「料理の鉄人」が精緻に発達した美食術のジャンルを演出し、ありとあらゆるテクニックを駆使した美食料理の精髄を提供し、視聴者の食の欲望水準を最高度に発達させている。残された唯一の食材として禁じられた人肉がある。この最後に残された秘境の誘惑に耐えきれず、あたかもフランケンシュタインのように牙をたてて限界線を越える少数者が出現してもあながち不思議ではない。人肉を食す映像を提供して大儲けしているヴィデオ業界の頽廃は野放し状態で跋扈している。宮崎勤はこうした状況にのめり込んでみずからを喪ったが、それは明日の私たちの姿であるかもしれない。
いま生活保護水準以下で過酷な不安定就業を迫られている若者達が大量に出現している。無制限に近い残業を強いられて過労死している正社員が大量にいる。彼らの体をむさぼり尽くして巨大な利益をあげている経営資本は、みずからの牙で人間を喰らっているわけではないが、その内実はカニバリストとほとんんど変わるところがない。いま、全身から汚れた血をしたたり落としてうごめいている食人カニバリストの構造を暴き出し、「我れ汝を喰らう、ゆえに我あり」と嘲笑しているほんとうの犯罪者が告発されなければならない時にきている。ミシェル・オンフレ『<反>哲学教科書』(NTT出版)、大岡昇平『野火』参照。(2006/1/20
13:48)
◆トヨタ自動車は、子どもの成長をどう考えているのか
トヨタには工場で働く女性技能職が約1000人いる。工場は原則2交代制でローテーションによる早朝出勤や夜勤があり、乳幼児のいる女性の勤務が難しい。豊田市内の2カ所の託児施設の保育時間は午前7時30分から午後6時30分となっているからだ。トヨタは、三好町内の工場敷地に3つ目の託児所開設し、合計3つの定員を140人、生後8週間から小学入学前の乳幼児対象に、保育時間を午前5時30分から午後11時30分まで大幅に延長するという。政府が始めた少子化対策・女子社会参加のために、短時間勤務制度の導入や事業所内育児制度整備などに補助金を出す制度を利用したのだ。厚労相02年度調査では、企業内託児所整備率は0,9%似すぎない。トヨタは、仕事と育児を両立をめざす女性社員を支援し、団塊世代の大量退職後の労働力確保をねらう。私は直感的に朝5時過ぎから深夜12時過ぎまで保育園で暮らす幼い子どもと深夜に自動車を組み立てている母親の姿を想像して絶句した。
たしかに企業内保育システムは最も遅れた分野であり、さすがは世界企業の育児支援政策だと宣揚する向きもあるが、ほんとうにそうか。こうした企業内保育システムを手放しで賞賛できるだろうか。人類の未来をつくる子どもたちの健やかな成長を願う子どもの目線に立つとどうなるか。通勤時間を平均1時間問と仮定すると、まだ薄暗い4時過ぎには起きて保育所に行き、深夜1時過ぎに帰宅するという20時間近くを育所で過ごすこともが出現する。トヨタの子どもたちは生まれ落ちてから、企業の交替制勤務の生活時間帯に合わせて、自分の生活リズムを形成していく。朝4時過ぎに起き、深夜1時過ぎに家に帰るローテーション生活を強制される生後8週間の子どもを想像してみてください。明らかな児童福祉法違反ではないか。企業の論理が子どもの世界にまで侵入し、支配していく姿は、かっての古代的奴隷制下の子どもの姿を思い出させる。すでに豊田市の休日や学校行事などの公共行事は、すべて殿様であるトヨタの企業日程に従属して編成される企業城下町と化しているが、ついにいたいけな乳幼児の世界も企業の論理に取り込むこととなった。
子どもの身体と神経の成長は、1日24時間を3分割するリズムを基礎的な条件とする。8時間=活動、8時間=睡眠、8時間=自由であり、とくに乳幼児は睡眠と自由活動(遊び)の2分割のなかで、健やかにゆっくりと成長していく。この睡眠時間帯は同時に夜の時間帯であり、太陽の輝く昼の時間帯を自由活動に捧げるなかで、豊かな生体リズムが展開する。このトヨタ型保育システムは、乳幼児期から企業の生産時間に合わせる生体リズムを叩き込むことになる。そこで誘発される子どもの成長のゆがみは想像を絶するものがある。乳幼児は母親を中心とする親との豊かなまなざしの交錯のなかで、自信を持って生きていく安心感を手に入れることができるが、親との自由な接触時間は制限される。これらの子どもの成長に不可欠な条件をトヨタ保育システムは剥奪して、歪んだ子育て環境を制度化する。
トヨタは企業内保育システムで日本の先駆的な取り組みをしているが、その方向性に問題がある。女性技能職の2交代制を廃止して昼勤単一勤務制のみに固定化し、保育時間を午前7時30分から午後6時30分とする保育施設の拡充を図るべきだった。こうしてこそ母親は安心して、労働と子育ての両立の道を選択するだろう。
「乾いた雑巾まで絞り上げる」と云われるトヨタ生産システムは、国連児童憲章の「子どもたちは健やかな環境で育てられなければならない」という世界スタンダードなどはどこ吹く風で、利潤極大化に狂奔して遂に子どもの世界を破壊する企業内保育システムを先導している。それにしてもこうしたシステムを無批判に報道して宣揚するメデイアの頽廃も著しい。朝日新聞1月20日付け朝刊参照。(2006/1/20
10:08)
◆そうか 坂本しのぶさんはもう49歳になったのか
わたしがいままで最も強烈な印象を受けた写真のひとつは、薄日がさす浴槽で親に抱かれて入浴する水俣病患者・上村智子さんを撮ったユージン・スミスのモノクロ写真です。4肢が硬直して歪んだ瞳が必死で虚空を見つめる写真を通して、私は水俣病の悲劇の一端に触れた驚愕の思いがいたしました。その6年後に智子さんは21歳で他界した。有機水銀に汚染された魚を母親が食べ、胎内で毒に侵された胎児性水俣病患者は60人以上とされ、生後なかなか首が据わらず、脳性小児マヒと誤診されたこともあるそうです。坂本しのぶさんは、ストックフォルム国連人間環境会議(1972年)に15歳で我が身を晒して水俣病を世界に訴えました。この時代に、いったいどれほどの日本人が水俣病患者に関心を寄せていただろうかと思い起こすと、胸が痛みます。しかし世界は坂本さんの姿と証言に衝撃を受け、一気に環境問題は世界化していったのです。
その後の坂本さんは、障害ゆえに仕事はなく、「補償金のあるけん、働かんでもよかよ」などと陰口を云われ、共同作業所に週3回ほど通って機織りなどを続けましたが、頭痛がひどくなってやめました。自力で歩けるのですが、身体の衰えに不安と焦燥を感じています。「水俣には支援者がいっぱい来たけど、みんな帰ってしまった。あなたはどうするの」と残った支援者に言言いました。01年に坂本さんにとって姉のような存在であった同じ患者女性が自死したときに、「もっと話を聞いてあげればよかった」と悔やみました。年老いた親が亡くなった後の自分を想像すると不安がせり上がってきます。患者の多くは親が命綱となってなんとか生存しており、「死ぬときは親と一緒に」という想いがあります。いま49歳になる坂本さんは、「胎児性患者も障害者だ。連帯しなければ。水俣病は終わっていない」として学校や作業所で被害の実態を話していますが、一方では「水俣病のことを忘れたい」と痛切に想う時もあります。いまも3000人以上の患者が水俣病の認定申請をおこない、そのうち700人近くが損害賠償請求訴訟を起こしていますが、政府は一切認めていません。これも自己責任なのでしょうか。マスメデイアが華やかに報道しているときには関心を寄せても、塩を引くように去って無関心になっていく日本的心性の無惨さを覚えます。
永本賢二さん(46)は、自分がチッソの被害者でありながら、父親はチッソの従業員であり、加害者からの給料で自分も暮らしてきた二重性を持っています。小さいときから、体を左右に揺らす歩き方や、言葉がつまることを幾度となくからかわれました。「補償金で文房具が買えてよかね」という近所の女性の何気ない一言が幼なこころを突き刺し、水俣の外に出ても差別を恐れて、「水俣出身とは言えなかった」のです。84歳の母と二人暮らしの生活は、首や肩のしびれとともに症状が悪化し、老いていく家族に不安を覚えます。「水俣病患者や障害者、高齢者などの区別なく、みんなで仲良く生活したい。それが僕の願いです」と云っています。
こうした水俣病患者を励ますのではなく、逆に揶揄したり虐めたりする哀しい隣人の心性はいったい何でしょうか。それは弱い者がより弱い者へ向けるルサンチマンの放射なのでしょうか。自らを障害にいたらしめた者へ正当な抗議と謝罪を要求し、その証しとして得た補償金に妬みをいだく心情とは一体なんなのでしょうか。こうした民衆の暗部に潜む卑劣な感情から目をそらさずに凝視しなければなりません。ひょっとしたら君が代斉唱を拒否して処分された教師仲間に、冷ややかなまなざしを浴びせている同僚がいるのではないでしょうか。そこには弱者内部で陰惨な諍いを営む荒涼としてすさんだ世界があります。それは子どもの世界でイジメられている友人を、一緒になっていじめるサデイステイックな加害の快楽感情と同じ心性が流れています。他人の失敗を見て嘲笑う心性もまた同じでしょう。正義を主張する者は同時にまわりの人に自分の恥部を自覚させるがゆえに、排斥と攻撃の対象となります。こうして弱者は幾重にも分断され、互いに罵りあいながら、互いを攻撃して自らの不幸を慰めてあきらめと自己了解を刻んでいくのではないでしょうか。そしてその陰で強権ある支配は、被支配者を分断しながら高みから冷笑し蔑視のまなざしをそそぎます。このように歴史は流れてきたし、当分の間も同じように流れていくのだと思うと、思わずハラハラと涙がこぼれてしまいます。以上・朝日新聞夕刊連載「水俣病を生きて」参照。(2006/1/19
17:21)
◆日本人はいつ目を覚ますのか、ホリエモンは「日本国民は馬鹿だから」と5回繰り返した
東京地検特捜部が証券取引法違反で「ライブドア」の家宅捜査に入った。稼ぐが勝ちというボロ儲け商法がはじめて司法の裁きを受け、現代のシンデレラボーイの「想定外」の凋落が始まった。政府・与党は先の総選挙で彼を「改革の旗手」として褒めそやし刺客劇場型選挙で大勝をもたらした。ところが野党もホリエ氏を候補者の対象にし、面会した彼は「社会保障など不要だ。強い者がより強くなる政治が必要だ。国民は馬鹿だから」と5回繰り返して言い放ったという。ホリエ氏は東京タワーを見下ろせる唯一の場所として高さ238mの六本木ヒルズの38階にわざわざ本社を構え、「絶対に天下を取るぞ」と心に期したという(『プロ野球買います!』あ・うん)。
彼が馬鹿にした国民とは誰のことだろうか。劇場型政治に踊って騙された人たちだろうか、株価に一喜一憂して資産を投入しているデイ・トレーダーを指すのだろうか。いずれにしろ彼は「人の心はお金で買える。人間を動かすのは金だ。女は金についてきます」(『稼ぐが勝ち』)というカネ亡者だから、汗水垂らして真面目に勤労している国民はまさに馬鹿の権化に見えるのだろう。「お金はその人間の能力を測る最もフェアな指標だ」(『僕は死なない』)とか「優秀な人間は早期に選抜してエリート教育を施すべきです。それで将来格差が開いたっていいじゃありませんか」(『儲け方入門』)等と言う彼を見ていると、マネーに目がくらんで狂奔するなんでもありのマネー・ゲームに囚われて、人格を歪めていった哀れな姿が浮かび上がる。それは同じ日に最高裁判決で死刑が確定した宮崎勤被告とそっくりだ。宮崎被告は初公判で殺害した幼児の「両手を自分で食べた。(被害者が)夢に出てきて、『ありがとう』と言う」などと述べたが、ホリエ氏もマネーを絞り上げては国民の両手をむさぼり尽くすあこぎな商売をおこないながら、みずからの醜い姿になんの恥じらいも覚えないほどに感覚がマヒしている。「金持ちからたくさん金を取ると、海外へ逃亡します。残された貧乏人は逃げることができないので、貧乏のスパイラルに落ち込むだけです。貧乏人から税金を取るのは当たり前です」、「(年収300万円程度の人は)ハンバーガーと牛丼さえあればそれなりに暮らしせそうじゃあないですか」(『儲け方入門』)等という言辞を見てください。
ホリエ氏は96年にソフト開発会社をたちあげ、M&Aによって04年にライブドアに社名変更し、たった5年で売上げを21倍にのばす急成長を遂げ、05年連結決算の売上高は784億円で「個人資産だけでモンゴルの国家予算に匹敵する」(堀江貴文『儲け方入門』)た。その手法は、高値株を分割して個人投資家を誘導してさらに株価を上げ、自社の時価総額を高騰させて資金調達をおこなう株分割であり、さらに新規株発行を対価に他社株を取得する株式交換でした。いずれにしろ自己資金ゼロで莫大な利潤を挙げる錬金術の手法に他なりません。しかしこの手法は、M&Aの話題づくりによって(プロ野球参入、ニポン放送株買い占めなど)自社株が無限に右肩上がりしていくことなしには成功しませんから、行き詰まったライブドアは企業買収の偽装発表と決算水増しの犯罪をおこなうまでに追いつめられていたのです。
しかし問題はホリエ氏とライブドアの成功を受けて、楽天や村上ファンドなど多くの企業がこうした手法にのめり込み、いまや企業利益の多くを金融利益が占めるギャンブル資本主義に転落していることです。97年に持株会社を解禁し、99年の商法改正で株式交換によるM&Aを認め、現金を準備することなく株を取得することができるようになりました。01年商法改正は、@株分割後の額面総額が資本金額を超えないA株式分割後の1株あたり純資産額が5万円以上であるーという規制を撤廃し、株式数増を取締役会だけで決定できるようにしました。ライブドアの犯罪の舞台となった投資事業組合は、04年の投資事業有限責任組合契約法(ファンド法)で組合員の資格・人数制限が撤廃され、ファンドへの投資そのものを目的とする投資組合設立が自由化され、投資ファンドが自由に莫大な利益を得るチャンスをつくりだしました。
こうした米国モデルの導入による株価操作は、企業の経営実態と解離し、ただ株価のみを追いかけるギャンブラーがネット上で大量にうごめくようになりました。90年代初頭の米国で、「血に飢えた狼」「紙くずを札束に変えた狐」と蔑称されたレバレッジド・バイアウト(LBO)の開発者マイケル・ミルケンの輩が横行し、米国証券市場は危機に瀕した。米国証券取引委員会は厳格な監視によって不正を暴き、エンロンやワールドコムなどの大企業を倒産に追い込みましたが、日本の金融庁はなんの対応もおこないませんでした。東京地検の強制捜査を受けて、外国人投資家は危険なネット・ファンドから一斉に手を引き、これらの企業への投資を引き上げるでしょう。ライブドアや楽天の崩壊と落日が迫りつつあります。
「新しい時代の息吹というか、若い感覚を日本の経営に与えてくれるんじゃないかな。なにか新しい雰囲気を感じますね」(05年8月16日 首相)、「堀江君は将来の日本を背負っていくリーダーになる方だ」(05年8月23日 与党幹事長)と刺客として天まで持ち上げた人たちは、総選挙で圧勝しましたが、いまおのれの胸が少しは痛んでいるでしょうか。いや転落した者は邪魔者として冷酷に切って捨てるでしょう。ホリエモンは5回にわたって国民を馬鹿呼ばわりしたが、裏切られた彼はもっとも馬鹿であったのは実は自分自身であったことに遅まきながら気づくでしょう。華やかな成功者が一夜にして没落する光景を見て、溜飲を下げてルサンチマンを晴らす人もいるでしょうが、最も恐いことはこれらの馬鹿騒ぎを高みから冷ややかに嘲笑っている巨大な外国ファンドがいることです。ホリエモンの凋落は単なるミステークでしかなく、もっとうまく立ち回っているギャンブラーたちは薄笑いを浮かべています。額に汗して営々と勤労する人たちにこそ光が当たるためには、ホリエモンの転落をギャンブル資本主義そのものの終わりの始まりにしなければなりません。(2006/1/18
10:56)
追記)ライブドアショックで売りが殺到した東京証券取引所は、清算システムの約定(取引成立)処理能力件数の限界に達して取引停止に追い込まれ、その余波はニューヨーク株式市場に波及して、ダウ工業株30種平均が0,38%安、ハイテク株の多いナスダック総合指数1%安に下落した。韓国の綜合株価指数は2,64%安、台湾の加権指数は3,16%安、香港のハンセン指数は0,61%安、シンガポールのストレーツ・タイムズ指数は0,74%安、ドイツの株式主要30銘柄指数(DAX)は1%安、フランスのCAC40種指数は1%安、英国のFT百種平均株価指数は3,35%安と軒並み下落した。たかが1企業の粉飾決算疑惑で全世界が影響を受けるのに驚いたが、取引停止する東証システムにも問題がある(システムはあの業績主義評価で有名なFUJITU製)。インターネット専門のマネックス証券がライブドアグループ株を「担保価値ゼロ」としたことを契機にライブドア株は暴落し、ライブドアグループはたった2日間で時価総額3000億円を失い、毎日1000億円の損失を出し続けている。3000億円を喪ったということは、片方にそれだけ濡れ手に泡で儲けた奴がいることを示す。まさに餓鬼地獄のような虚業の世界である。英紙タイムスは一面トップで報道し、伊紙コリエレ・デラ・セラ(電子版)も「ホリエ・スキャンダル」を大きく報道し、「高慢で強欲、非日本的な態度で反感を呼び、米国風の手法で日本の既成権力に挑戦した」とか、「背広ではなくカラフルなTシャツでTV番組に出演し、日本の非常に伝統的な企業文化に挑戦したヒーローだと思われている」等と報じているが、欧米マスコミも日本人と同じようにギャンブル資本主義に踊らされているようだ。果てしなく続くギャンブル資本主義は、いま虚業崩壊への序曲を奏でつつあるのだろうか。(2006/1/19
17:00)
◆フト宮本百合子を手にして(新日本出版社版『宮本百合子全集』第18巻)
古本屋で1000円で買って放っておいた宮本百合子をフト手にした。宮本百合子は戦前期から左翼作家として活動し、戦後も民主と平和をテーマとする作家活動を展開した。第18巻はエッセイ集であり、その中に自作の年譜も収められている。この作家の自然に溢れでる清冽で豊かな感性に感嘆する。お嬢さんがレフテイにふくよかに醸成されていった芳醇なぶどう酒のような文章だ。しかし自筆年譜の1936年(昭和11年)7月には、治安維持法違反で逮捕直後の次のような叙述がある。
保護観察所によって保護観察に付せられた。警視庁の特高課長であった毛利基が主事をしていた。毛利基は宮本(顕治 彼女の夫)の関係した党内スパイ事件のとき、スパイを潜入させその活動を指導するための主役の一人であった。はじめて保護観察に呼ばれたときに、この毛利が煙管を下げて出てきて、「どうだね、悪いことをしたと思うかね」と言った。そのときの感情を私は生涯忘れないだろう。(下線部筆者)
私は下線部の「生涯忘れ得ない」とした感情を理解したいと思った。謀略で夫を逮捕した張本人への憎しみだろうか。自分の信条を逆なでする権力への激しい蔑視だろうか。これから始まるだろう拷問への不安と恐怖だろうか。おそらく全存在をかけた抵抗者の独特の対権力感情であろう。その感情の質を私がほんとうに理解することはできないだろう。もし私が何らかの理由で逮捕され、まったき孤立のうちに強大な権力に直面したときにのみ、その一端に触れることができるだろう。同時に私は、治安維持法の執行最前線に立って、高名な女流作家を取り調べる特高・毛利の心情にも興味を持った。そこには、他者の死命を制する権力を手中にした叩き上げのエリートが持つ卑しい劣等感の裏返しのようなものを感じる。宮本百合子は、「世紀の分別」というエッセイで、戦争抵抗者に対してシニカルな態度を示した当時の日本の知性の弱さを批判している。少々長い文章だが紹介する。というのは特高・毛利の心情とどこか似ているような気がするからだ。
日本の言葉に、「大人げない」という表現がある。誰の目から見ても愚劣な行動の理非を正したりすることを、あえて問題とせず、笑って過ごす態度が知性の聡明さをあらわすポーズとされた。しかしむしろ、大人げなくあるまいとしたポーズそのもののなかに人間性も人間理性も追い込まれて、凍結され、氷が溶けたときには、鮮度を失い冷凍物特有の悲しい臭気を放った現実を私たちは経験してきた。日本のファッシズムが露骨な言論統制を始めたとき、どうせあっちは暴力できている、馬鹿と気違いは相手にすべきものではない、あえて抗せずの態度を大部分の人はとった。当時の日本の知性は、ファッシズムの野蛮さを肉体の痛みとして感じ、その不潔さを嫌悪し、拷問を想像して恐怖した。しかし主観的教養で育ったおびただしい知性は、自分を納得させるために内在的自我の評価やシニシズムにすがって、現実には「大人げない」行動を放棄した。大人げないものと或る嫌悪感でみられたのは、一握りの左翼の人であり、侵略戦争を現実に阻止する力もないのに、独りよがりでじたばたするから、捕まったり虐められたりするのだと思う傾向があった。思慮分別の足りない者の抵抗は、自分を納得させる名目を探しておとなしくなっていった知性を刺激した。日本の知性はファッシズムの本質的な対象に向かわず、それをずらして自分たちを刺激する左翼の行動に変形した憎悪と反発を示した。
この微妙な日本的知性のコンプレックスの特徴は、サソリの知恵を持つファッシストによって今日ふたたび実に巧妙に測定されつつある。戦時中に治安維持法の愚劣と野蛮を分かり切っていた日本の知性が、まともに抵抗しなかった特徴がまたふたたび表れてこようとしている。日本の知性が最も大切な最後の抵抗戦を守るために共同する理性の成長を遂げていないことをファッシストはすでに計算に入れている。少なくとも、戦争期の日本の知性は、個性という近代の呼び名に装われた孤立にみずからを置き、無力で抵抗しない自己を権力に標榜して自己を守ろうとした。この切ない体験、屈辱感を残すばかりの経験から、私たちは何を学んだのだろうか。日本のように、ファッシズムに対抗する人民の自主的結集がなかった国では、おとなしく温和な人々が生活を継承していくためにはレフテイストの存在意義は決して小さくない。ほんとうの個人主義者は、社会的生活の血管を裁断する相違点の強調だけにかがまってはいられない。この世紀の人間的分別の共同防衛のためにも、個人の性癖から飛躍した共同の自主性が求められる。(1948年6月) (*一部筆者責による改編あり 「気違い」という語句はそのままにした)
宮本百合子のこの文章は朝鮮戦争が迫る日本の右旋回のただ中で書かれたものですが、60年を経た今日でも生き生きと精彩を放つ生命力をもって響いてきませんか。君が代を歌わないで牢屋に入れられる教師が出現しても、現代日本の知性はそれほど大声で騒ぎ立てない。靖国参拝を強弁する首相に、ほとんどの日本の知性は軽蔑を覚えても声高には言い立てない姿勢を堅持している。こうした時代の風潮に嫌悪を覚えつつも、みずからのプロパーに専念することで何とかやり過ごそうとするソフトな保身技術に埋没している現実はないか。「内在的主観」の尊厳に依拠しつつ、現実に進行する擬似ファッシズムを見過ごしていこうとする姿はないか。小泉劇場を軽蔑しながら、そうした日本的現実に失望して、わずかばかり残された知性の仕事に閉塞している現実はないか。できるだけ党派性を隠蔽するウエーバー的客観性の世界に逃げ込もうとしている現実はないか。アレコレの部分的知識に依存しながら、専門領域に沈潜して全体を語ることを回避している傾向はないか。ありとあらゆる現代日本の現象が、宮本百合子が60年前に警告した状況と酷似していることに、私は愕然としてしまいます。もっと恐ろしいことに、現代日本の精緻できらびやかな言辞の蔓延が、実は一皮剥けば怯懦を包むオブラートにくるまれたテクニークでしかなく、真実にまっとうに正対しようとした60年前の知的水準から大きく後退しているようにみえることです。これを頽廃と言わず、何を頽廃というのでしょうか。最後に宮本百合子が若者に訴えた気高く珠玉のようなメッセージを紹介します。
若いこころと体がもっているさまざまの新鮮な波。さまざまな光と影とは、何と不思議でつかまえにくくて、そして激しいでしょう。若さは、自分で知らないうちにも昨日の自分の限界をこえていきます。いつの間にかこころと体は動いていって、欲するものをつかまえようとしています。光線のような生活力。ちっとも停滞しないで、汚れてしまわないで、思想さえも感覚として訴えてくるのが青春です。けれども、いまの日本が、若い知性として小器用さばかりかきたてる社会しかもっていないことについて、あなたはどのような抗議をおもちですか。真っ白できれいな小さいカラーのように、若々しさによく似合って清潔などんな正義感を、おもちでしょうか。(1948年6月)
おそらく宮本百合子の言葉は、現代日本の若者の心情にはフィットしない高踏なレベルにあるだろう。いや当時においても大学生レベルを対象とした知的レベルを要求されるものかもしれない。でも私は販売部数と視聴率に狂奔して若者に媚びる現代の若者論もまた歴史の藻くずとなって消えていくと思う。むしろ宮本百合子にある普遍をすくい上げて現代的表現に置き換える仕事が私たちに残されているのではないかと思う。(2006/1/16
22:12)
◆歴史修正主義の恥ずべきふるまい
あなたは「Bataan Death Marchバターン死の行進」を知っていますか。1941年12月に本間雅晴中将指揮する第14軍は、フィリピン・ルソン島に上陸し、マッカーサー率いるバターン半島・コレヒドール要塞を落とし、マッカーサーは「I
Shall Return」という言葉を残して脱出し、米比軍8万人が捕虜となりました。旧日本軍は42年4月9日に米比両軍の捕虜を収容所までの約100kmにわたって炎天下で強制行進させ、列から離れる捕虜を殴ったり、倒れた者は殺害して、約17000人を死に至らしめる捕虜虐待をおこないました。この事件は米国内で日本軍への激しい怒りを巻き起こし、反攻の契機となりました。本間らはマニラ軍事裁判で有罪判決を受け処刑され、フィリピンは4月9日をBataan
Dayバターン・デイの休日としています。この強制行進が捕虜虐待禁止の国際法違反の戦争犯罪であったことは、まぎれもなく確定された歴史的事実です。
ところが日本の大手総合誌『文藝春秋』(2005年12月号)は、女性ジャーナリスト笹幸恵氏の「この距離を歩いただけでは人は死なない」というルポを掲載し、彼女が10月に実際のルートを歩いた経験をもとに、「私でも歩ける距離だ。なるべき目的地まで近い道を選択しており、組織的な虐待の指弾はあたらない。捕虜たちの証言は鵜呑みにできないものも少なくない」として旧日本軍を免罪する議論を展開しました。このルポに対し、「行進」の生存者である元米兵捕虜レスター・テニー氏が同誌に対して公開抗議文を寄せ、行進の実態を次のように証言しています。
@行進の最初の4日間は食料も水も与えられなかった
A捕虜の多くはマラリアや赤痢に罹っていた
B日の出から日没まで歩き、昼食休憩も夕食もなく、寝るときは倉庫に詰め込まれた
同氏は「(このルポは)非常に屈辱的だ。ジャーナリストとして、死の行進の状況についてできるだけ正確に描く責任がある。あなたの記事の読者が、行進は生存者の記憶を酷いものではなかったと誤って考えることを懸念している。誤りを正当化する方法をいつまでも見つけるのはやめよう。たとえ多数の人がそうでないと言ってもだ」と抗議しています。あなたは、どちらの主張が真実だと思いますか。
ここで笹氏のトレース実験を見てみましょう。彼女は、戦闘で疲れ果て、飢えや発熱に苦しむ捕虜と同じ程度の条件で歩いたのでしょうか。それは彼女自身の生命を危機にさらすことですから客観的に不可能なことです。従って彼女の個人的なトレース実験は当時の事実を追体験するなんらの実証性もありません。こうした実験をもとに正常な捕虜への待遇であったと証明することはできないことは、子どもでも分かることです。ではなぜ笹氏はこうした実証実験をしたのでしょうか。それは明らかに彼女が、歴史的事実を歪曲する歴史修正主義の偏見と先入観をもとに旧日本軍の免罪のための資料集めを試みたに過ぎないのです。あらゆる偏見と先入観を排除して、ただ事実のみに肉薄するというジャーナリストの基本的な条件と資格を彼女はすでに失っています。南京虐殺から従軍慰安婦までありとあらゆる旧日本の戦争犯罪を免罪する恥ずべき歴史修正主義のふるまいの一部をになって踊ったに過ぎません。こうした「ジャーナリスト」に対し取材費を提供してルポを書かせたとしたら、文藝春秋編集部の知的頽廃も目を覆わしめるものがあります。
私たちは父祖の犯した行為の光と陰を事実として受容し、その影に対する現役世代としての責任をキッパリとることによってしか、歴史の舞台で正当なポジションを占めることはできません。率直に言って、ここまでジャーナリズムの頽廃が進んでいるとは知りませんでした。笹氏はみずからのルポの虚偽を吟味し、直ちに撤回したうえでレスター氏の名誉を傷つけたことを謝罪すべきでしょう。
繰り返される歴史修正の言辞には、15年戦争をアジア解放戦争として正当化して個々の戦場行為を免罪する普遍的肯定論と、個々の旧日本軍の犯罪行為を否定する作業を通して全体を肯定する局部的免罪論の2つの傾向がありますが、笹氏の作業は局部的免罪論によって全体を正当化する手の込んだ手法であり、世の極右的風潮に媚びながら、論壇に取り入ろうとする亜流ジャーナリズムの典型例に他なりません。歴史はあなたに有罪を宣告するでしょう。
日本ではなぜ相も変わらず、あれこれの歴史修正の言辞が垂れ流されるのでしょうか。価値観や主張の違いを超えた普遍的なまなざしへの畏敬の念が、欧米にくらべて確立せず、他者に対する責任のモラルが成熟せず、自らの主観的欲望を優先させても他者への痛みと恥じらいの感覚が育たないからです。朝に神社に行き、昼に教会で挙式し、夕べに仏壇に礼拝しても何等の違和感をもたない不可思議の行動が許されます。罪は禊ぎをして汚れを洗い落とせば、無かったものとして水に流されます。ここでは過去の記憶に誠実である姿勢はかえって卑しめられ、「いつまでこだわっているんだ」と攻撃されます。過去はなかったものとして遠ざけ、或いは逆に合理化して居直ります。世界のスタンダードに背反しているこうしたモラルは、ともすれば偏狭なナショナリズムやショービニズムと結ぶ攻撃的なニヒリズムを生み、みずからの自己の光と影を他者の視線に晒して、自己の在り方を刻んでいく訓練を拒否する傾向を生みます。
最後に笹氏の唯一の「功績」を指摘しておきましょう。いままでの歴史修正は、韓国や中国などのアジアを対象とするものでしたが、笹氏ははじめて米国を対象とする歴史修正を試みたことです。福沢諭吉以来の脱亜入欧から、日本はアジアを蔑視し欧米に媚びへつらう行動を基調とし、特に米国に異議申し立てすることを忌避してきましたが、笹氏のルポはそのタブーを打ち破っています。だとしたら、日本の娘たちを陵辱して憚らない在日米軍の野蛮とそれを擁護する日本政府の真実を鋭く暴くルポをも試みるべきでしょう。それとも笹氏は反米極右を唱導する「新右翼」の一部なのでしょうか。(2006/1/15
10:08)
◆いのちを摘みとられた1000万人のこどもーインド女児堕胎
過去20年間で女児1千万人が堕胎でこの世に生を受けなかった(英国医学誌『蘭セット』9日付け電子版)。インド政府「特殊出生・死亡調査」(98年 110万世帯対象)分析による論文の概要は以下の通りです。
(概要)対象世帯で97年1年間の出生数 13万4000人
男女比 男児1000人:女児899人
うち第1子女児の第2子 男児1000人:女児759人
第1,2子とも女児の第3子 男児1000人:女児719人
第1子男児の第2子 男児1000人:女児1102人
第1,2子とも男児の第3子 男児1000人:女児1176人
(特徴)一般的に女児が相対的に少なく、第2、3子の均衡比率が崩れている
(背景と要因)
@一般的に家族の跡取りとなり、貴重な労働力源である男児の誕生を望む
A婚姻時に花嫁側から花婿の家に高額のダウリー(婚資)を贈る習慣が重荷となっている
*@、Aから堕胎、嬰児殺しがおこなわれている(人権NGO指摘)
B出生前性別診断による人工妊娠中絶
C超音波診断普及率の高い都市部や、診断受診コストに耐えられる高学歴母親に顕著
(将来)
調査結果を全人口に適用すると、年間50万人の女性胎児が妊娠中絶されている。超音波診断技術の普及したこの20年で1000万人が堕胎され、人口構成比のゆがみが生じる。
インド人口は9億8千万人(1998年)ですでに10億人を超えている中国(12億6千万人)に次ぐ人口大国であり、1951年の第1次5カ年計画で世界最初の家族計画を採用しましたが、毎年1700万人の人口増加を続け、2010年12億人、2025年14億人、2040年16億人と世界最大の人口爆発が起こるとされています(国連将来人口推計)。第1子が男児である親は家族計画を拒否し、第2次インデイラ・ガンデイー政権は強制的断種手術を強行して総選挙で大敗北を喫しました。政府の上からの政策と民衆レベルの伝統的生活文化が衝突しているのです。ただし人口増大は伝統的な土地持ち自営農民が多い北部地域に集中し、工業化が進む南部は賃金労働者比率、平均所得、都市人口、特定カースト比率、医学水準が高く比較的人口抑制が進んでいます。とくに顕著な要因は女子識字率の高さが人口抑制と相関しています。
しかしこの先進地域で闇の女児堕胎という悲劇が誘発されているのです。近代化が進んだ南部地域は比較的少子化傾向にありますが、これが伝統的な家族観念と婚姻慣習と衝突し、少子化のなかでの男児優先のための女子堕胎という悲劇が深く静かに潜行しているのです。こうして南部地域は、男女の自然人口比を破壊した人口抑制地域となっているのです。私たちはこの悲劇を単純な男女平等論から批判することはできません。近代化の進展が男女のパートナーシップのレベルへ波及していくのは、おそらく近代化の成熟段階です。婚姻と出産の伝統と因習を超克するレベルにまで近代化が深化するのは最終段階です。ジェンダーとフェミニズムの問題が開発経済のなかで問い直されていますが、形式的に先進国モデルを適用しても意味はありません。中国の人口政策は比較的成功していると言われますが、その差異が政治的強制力にあるとするば、なにか複雑な気持ちになります。問題の質は異なりますが、日本も企業社会での男性優先を依然として克服できていません。インドの闇に消えていった1000万人の子どもたちのいのちを思うといたたまれなくなりますが、私たちは手出しはできません。(2006/1/14
11:10)
◆交通警察のオカルト汚染
各地の警察があいもかわらず、交通事故を起こした人の生まれ星座、干支、血液型の統計データをホームページに掲載して警告を発している。例えば「交通事故と星座・干支の関係」をホームページに掲載している県警は、石川県警、北海道県警、福井県警、兵庫県警、愛媛県警、徳島県警等々多数に上っている。石川県警のHPは、02年1月1日〜05年11月30日の県下で発生した284件306名の星座別・干支別の特徴が掲載されている。私はさそり座(11月生まれ)なので、さそり座を見ると危険度第5位で、6月と週末の18時ー22時の時間帯で多く、被害事故は8月の木曜日の6−8時の道路横断中に多発しているので注意しましょうとなっている。ところが各県警の事故発生時間帯をみると、牡牛座では、北海道県警=通勤時間帯、福井県警=昼間、兵庫県警=夜、愛媛県警=日没〜0時、徳島県警=2−4時、石川県警=通勤時間帯となっており、星座と無関係に24時間事故が起こっている。要するに星座別事故分析は、星座別日数が18日(蠍座)から32日(双子座)まで長短があり、出生数にも季節変動があり、年によっても星座別人口分布は異なるからなんら根拠のないオカルテイズムに過ぎないのです。また愛知県警も詳細な「血液型と交通事故の関係」をアップしていたが、いまは消えている。血液型性格分類自身が科学的根拠を失い差別を助長するとして批判されてから、ホームページから消去したようだ。
交通事故の特徴を血液型や星座などから分析する作業は、まさにオカルテイズムそのものであり、何ら意味をなさないばかりかオカルトブームを煽る迎合主義に他ならない。こうした作業を公務としておこない、公的資料として公開するのは、おそらくオカルト・ブームを利用した啓発活動であろうが、逆に公的機関がますますオカルトを煽る効果を持つに過ぎない。
確かに交通事故には幾つかのファジーな特徴がある。なぜ春先に初心者運転事故が多いのか、5日と10日や月末金曜日になぜ道路が混むのか、なぜ年末には粗暴運転が多いのか、なぜ土日にサンデードライバーが多いのかなどのファジーな感覚的特徴がある。しかしよく分析すればその背景にある要因が浮かぶあがってくる。むしろ星座などよりこうした要素を強調して、「今日は○○だから気をつけよう」という啓発活動のほうがはるかに役に立つはずだ。或いは、男女差、年齢、免許暦、事故歴、天気、時間、場所、車種などの特徴をクロスし、従属変数と独立変数を明確にした分析のほうがはるかに有効だ。もし警察庁が犯罪統計を星座や血液型で分析発表したら、重大な人権侵犯として告発されるだろう。非合理的なオカルト分析を唱導する交通事故啓発活動の基礎には、交通警察自身の中にいのちを興味本位で扱う人権意識の頽廃がありはしないか。
さて交通安全のお守り札をつけた車は事故発生率が低下しているか。そんなことはありえない。でもなぜか安心する。交通安全祈願に神社に押しかけるドライバーは多い。神社もお祓いとお札を価格別にセットし、人間の非合理的な面に焦点を当てた経営戦略を展開している。社会の頽廃と不安が深化すればするほど、それにつけ込んだ占いやオカルトビジネスが栄え、多くの被害者が発する。漠然とした不安の深化は、自分を弄んでいるような超越的なちからへの依存を強め、理性的な思考を衰弱させる。交通警察のオカルト便乗はますますこうした傾向を強めるだろう。
ことほど左様にオカルトやエセ科学現象が蔓延している。小学校の授業では、「水に優しい言葉をかけると美しい結晶ができる」などが紹介されていることに驚いた日本物理学会は、これまでの無視の姿勢を転換し、エセ科学をテーマとするシンポジウムを3月の学会で設けるという。「水に優しい言葉」をかけると、水の精ウンデイーネが喜んで「美しい結晶ができる」というおとぎ話のレベルを超える社会的な影響が深刻になっているのだ。せめて「優しい言葉を人間にかけると、美しい笑顔が返ってくる」程度のレベルに留めてほしい。(2006/1/13
10:08)
◆ドリット・オルガッド『シュラクーン ぼくのアミーゴ』(すずき出版)
シェラクーンとはアラビア語で「ありがとう」、アミーゴとはスペイン語で「友だち」を意味します。私が児童文学を読んだのは何年ぶりでしょう。しかもイスラエルの児童文学は初めてです。子ども向けの作品は、時に背後にあるおとな社会を鋭くあざやかに浮かび上がらせますが、私はこの作品ではじめてイスラエル社会内部の一端を知ることができたような気がします。
主人公はともにイスラエルで暮らすユダヤ人少年ガブリエルとアラブ人少年ハミッドです。ガブリエル少年は、アルゼンチンでの激しいユダヤ人差別から逃れるために一大決心をして、「理想郷」であるイスラエルへ移住した家族の息子です。スペイン語しかできないガブリエルは落第した小学校6年生であり、周囲のユダヤ人少年からアルゼンチンよりも激しいいじめを受け、孤独で哀しい生活を強いられています。彼の移住家族全体も共同住宅のなかで孤立しています。ガブリエルはフトしたきっかけで出会ったアラブ人少年ハミッドと仲良くなります。両親は息子がアラブ人少年と付き合うのをハラハラ心配しています。イスラエル建国によって国内に残ってイスラエル国籍をもつアラブ人とユダヤ人の交流は一切ありません。向学心の強いハミッドは、小学校を中途退学してユダヤ人の家で働き、家族の生活を支えています。ともに苦境にある二人はしだいに友情を深め、強い絆をきずいていきます。
ところがここでハミッドは劇的な事件に巻き込まれます。ハミッドの兄とそのグループが、バス爆破のテロ計画を試み、ハミッドは兄たちの計画をひそかに知ってしまったのです。ハミッドは、兄を密告して友人のガブリエルを助けるのか、兄の秘密を守って親友を死に至らしめるのかのギリギリの選択を迫られて苦しみます。ハミッドはついにそれを親友ガブリエルに打ち明け、ハミッドは密告が兄をも救うことであることを理解して密告の道を選択し、テログループは逮捕されて無辜の市民の命が救われるというのがあらすじです。
この作品を読み始めたのが夜の11時であり、夢中になって読み終わったのは深夜2時過ぎでした。久しぶりに味わった高揚感ある読書体験でした。幾つかのことが強く印象に残りました。イスラエルという国自身がユダヤ人とパレスチナ人の共存する複合民族国家として緊迫した内部関係にあり、イスラエル国籍を持つパレスチナ人は、兵役の義務を除いて平等な権利を形式的には持っていますが、郊外のスラム街に居住しユダヤ人の命令を受けて働く従属的位置にあるということです。さらに、同じユダヤ人であってもヘブライ語を理解できない移住者に対する陰湿な差別があるということです。こうして生まれる荒んだトラウマとルサンチマンによって、哀しいテロの悪循環が起こっているということです。その軋轢はもっとも無垢にして何も知らない子どもたちの世界に鋭く反映し、いたいけなこころを傷つけていくのです。しかし純である子どもたちはゆがみを一身に受けて弱い者への激しいいじめをおこないもすれば、大人たちがつくりだした壁をアッサリと越える友情関係をもつくりだします。この作品はおとなの憎悪の世界を超えていくきれい事ではないこどもの煩悶を通して、未来への希望を鮮やかに告げています。
ただし違和感を持った点があります。イスラエル・ユダヤ人のパレスチナ人迫害についてはほとんど語らず、一方的にパレスチナ人のテロ行為を断罪していることです。ハミッド少年は兄を密告して報奨金をもらい、将来の進学と医者への道を切り開き、イスラエル・ユダヤ社会への同化という終わり方をしています。イスラエルの小学校で読ませる教材としてはやむを得ない限界なのでしょうか。もしかしたらハミッド少年は、パレスチナ人社会から兄を密告した裏切り者のレッテルを貼られ、兄から怨嗟のまなざしを受け、家族からも追放されるかもしれせん。テロを超えた異文化共存の道があるーという確かなメッセージが込められているようですが、その描き方に工夫が必要だったと思われます。訳者解説にもそうした点には触れていません。がしかし、私にこの作品を批判する資格はありません。なぜなら日本にある同じような在日朝鮮人の人たちへのとりくみを、私はまったくおこなっていないからです。
ドリット・オルガットは1937年にドイツに生まれ、ナチ政権樹立とともに2歳で家族とイスラエルに帰還し、イスラエルの代表的な作家として活躍しています。児童文学がおとなにも充分な感動をあたえることをあらためて知ることができました。すずき出版は、「この地球に生きる子どもたち」というテーマでいくつかの海外児童文学を出版していますが、こうした小さくともキラリと輝く志しある出版活動に敬意を表する次第です。(2006/1/12
9:48)
◆空と風と星と詩・・・・・何を私たちに呼びかけているか
序詩 1941・11・20 尹東柱
死ぬ日まで空を仰ぎ
一点の恥辱なきことを
葉あいにそよぐ風にも
わたしは心痛んだ
星をうたう心で
生きとし生けるものをいとおしまねば
そしてわたしたちに与えられた道を
歩みゆかねば
今宵も星が風にふきさらされる (伊藤郷訳)
朝鮮人詩人・尹東柱は24歳の時に、日本へ渡るために1941年に平沼東柱と創氏した。その11月に彼が書いた詩が「序詩」であり、12月8日に太平洋戦争が勃発した。翌年4月に日本の立教大学に入学した彼は、10月に同志社大学英文科に転じ、43年京都下鴨警察に逮捕され、44年に治安維持法第5条違反(独立運動)で懲役2年の判決を受け、福岡刑務所に投獄される。45年2月に意味不明の注射を打たれて「何の意味か分からぬことを大声で叫びながら絶命した」(日本人看守談)。その6ヶ月後に日本は無条件降伏して朝鮮半島は独立を回復した。詩人・尹が復権したのは戦後になってからであり、1968年に彼の母校・延世大学学生会は、尹が起居した旧寄宿舎前に詩碑を建て、この「序詩」自筆の文字を刻印した。
十字架 1941・5・31
(中略)
苦しんだ男
幸福なイエス・キリストへの
ように
十字架が許されるなら
頸を垂れ
花のように咲き出す血を
たそがれゆく空のもと
静かに流しましょう
そうなのか、彼はすでに日本に渡るまえに自らの受難の運命を或いは予期していたのか。彼の在日はわずか3年であり、ただ単に同胞とわずかな会話を交わしただけで逮捕された。しかし日本の特高はこの接触を見逃さず、苛烈な拷問を加えてかれを獄死に追い込んだ。彼の詩集をよめば、政治的メッセージの対極にあるリリックで静謐な魂が清らかに流れでる叙情詩で満たされていることが分かる。彼のピュアーな叙情精神を無惨な恥辱と崩壊に晒したのが、旧日本帝国であった。現存する元特高、検事、判事のすべてがインタビューで「私は知らない、忘れた」と答えている。
わたしは彼の「序詩」を読むたびに、彼の清冽な魂に打たれ、いまの私の汚れを照射される。おそらく彼は自らをいたぶる日本人に憐れみの涙を流したに違いない。このようなノブレスなこころが存在したことにわたしは驚愕する。今日も私はつまらぬことで知人と諍いみずからを貶めてきた。尹の詩ははるか天上から響いてくる鎮魂歌のようだ。彼を含む幾多の隣人をあやめた責任を放擲してきた日本と私たちの手からは、依然として尽きせぬどす黒い血が滴りおちている。日本は経済のレベルではアジアで抜きんでているが、精神のレベルでははるかに途上の道にあるのではないか。わたしはかれの詩を読みながら、はたしてわたしに彼の詩をうたう資格があるのだろうかと自責する。「雨の降る品川駅」をうたった日本の詩人は、その晩節に傷を負いながらも、尹の詩に応える充分な資格を持っているだろうと思う。そして「間島パルチザンの歌」の詩人もまた。いまわたしたちは再び「雨の降る品川駅」をうたわなければならないような時代に逢着しつつあるのではないだろうか。
なぜか始皇帝暗殺の命を受けた荊軻の「風蕭々として易水寒し 壮士ひとたび去ってた還らず」という漢詩が浮かんできましたが、こうした大時代的な感性こそおそらく私の限界でしょう。なぜなら透徹したリアリズムによってのみ、尹の恨(ハン)は晴らされるのですから。『空と風と星と詩 尹東柱 全詩集』(影書房)参照。(2006/1/11
21:02)
◆143万人の新成人に捧ぐー闇をつらぬいて一歩前へ踏みだそうとしているあなたへ!
そうなんだ、今日は成人式なんだ。おもえばわたしも学生時代にこの日を迎え、市公会堂へ行ったら超満員で政財界のお偉方が次々と挨拶し、なにやらうんざりした気分になって途中で退席したことを思い出します。だけれどあの頃は自分で意識して考えなくても、こころのなかから滾るようなある希望と不安の感情が吹き上がってくるような感じでした。そうなんだ、もはやあれは数十年前の幻想だったんだろうか?
いま20−24歳の青年完全失業率が9,0%に達し、2人に1人は非正規雇用という惨憺たる数字をみれば、夢や希望の入り口ですでにシャッターが下りているような感じです。143万人×9/100=12万8700人という新成人が就職できず、85万人が非正規雇用の状態にあります。若々しいちからとエネルギーをこうした情況に落としめながら、GDP世界第2位を誇っている日本の現状をみて、その責任の一端をになう私は慚愧の想いに駆られてしまいます。誠実な若者ほど「自分の力がないんだ、自分が努力しないから駄目なんだ、悪いのは自分なんだ」と自分を責めているような気がします。数年前の成人式は若者が荒れ狂い、大人たちを揶揄する混乱のシーンが見られましたが、徐々に沈静化して若者の自己表現は姿を消したかに見えます。若者が自己主張できない社会はすでに未来を喪っています。
若者の皆さんにせめてものお願いがあります。忍びよる不安のほんとうの原因を見つめて、どうかして嫌韓流や「戦争は楽しいぞ」(小林よしのり)などのルサンチマンを弱者排斥へぶちまけてスッとするような方向へは決していかないでください。J戦士、なでしこジャパン、或いは戦闘美少女のような純粋な心情で戦闘に邁進する心地よさに騙されないでください。特にドイツ・ワールドカップの夏にはファナテイックな応援風景を演出して日本のナショナリズムを高揚させるシナリオが準備されていますが、ほんとうにスポーツの分野だけに留めてください。東京五輪で優勝した女子バレーを観て、「選手が抱き合って泣くのをみて私の胸に込み上げてくるものがあった。これはスポーツで私が初めて流した涙だ」といった三島由紀夫氏は軍事天皇制を復活させるカリカチュアを演じて自決するに至りましたが、いま日本は三島氏の煽動の後を確実に歩んでいるようです。サッカー予選の中国戦で中国の若者達は日本を攻撃し、攻撃された日本の若者は自分が攻撃されていると居心地が悪くなって、短絡的に反撃する反射行動が起こりました。自分の祖父母を虐殺した人を慰霊する日本の首相と、わたしたち日本人がオーバーラップして写ったのです。いま日本の首相は日本批判に対抗する「勇気ある本音のふるまい」を演じて人気を集めていますが、本当のねらいは日本の若者から就職機会を奪っている自分の政策責任を隠蔽することにあります。若者を勝ち組と負け組に分けるニンジン競争を煽り、負け組を切り捨ててそのトラウマを外国に発散させるという手法は、実はかってのナチス・ヒトラーが、次いで日本の東条英機が用いた典型的手法です。その手法の間違いに気づいたときには、すでに日本は取り返しのつかない300万人を超える犠牲者を出していました。私の母もまたその犠牲者の1人として、私が3歳の時にこの世を去りました。
宝塚少女歌劇「スサノオ」は、スサノオ(ヤマト日本)の侵略に抵抗するアオセトナ(隼人)に対し、「過去のわだかまりを捨てて、手を取り合って未来を築く気はないか」と呼びかけ、今の日本の首相の「未来志向」とピッタリ符合していますが、自分の祖父母を虐殺した人物を慰霊している相手に誰が握手の手を差しのべるでしょうか。自分の家族であったらと想像してみてください。凶悪犯罪の被害者遺族が「憎い。できるならばこの手で殺してやりたい。死刑を望む」というのをよく聞きますが、同じ心情なのです。
「希望」は「希な望み」と書いてあります。「希望」は実現すればもはや「希望」ではありませんが、その実現率が急下降しているときに、なお「希望」を持続する道はあるでしょうか。すくなからずの若者が「もうこの辺でいいや。しょうがない。その日その日を楽しく、適当に」という心情になっていく現状を誰が批判できるでしょうか。日本の首相は若者の「やる気のない面も能力のない面」を攻撃して、仕事に就けない若者の意欲や能力の自己責任だと冷酷に言い放っています。若者の就業の基礎的条件を奪った自らの責任を若者に転化するこの感覚は、もはや正常な人間のものではなく「超変人」です。
しかし現在がどうであれ、必ず大人たちは引退し、今日の新成人以外の誰も日本の未来を担うことはできないのです。あなた方は同じように自分の娘や息子をニンジン競争のるつぼに叩き込んであえぐような生き方を迫るのでしょうか。それともそうしたシステムをキッパリとリセットし、新たな別のシステム構築の道を選ぶのでしょうか。少なくともその選択は、いま我が世の春を謳歌している大人ではなく、あなた方のみに委ねられています。
泣き寝入りせず、声を上げる決断はかなりのリスクを伴います。皆さんの娘や息子の次世代を考えるならば、その決断は鈍るかもしれないし、逆に前に一歩進み出る契機になるかもしれません。こうしたメッセージを発している私自身は、すでに或る程度のリスクを免れる条件を持っており、若者に呼びかける資格がないかもしれません。ですが私は思い起こします。アウシュビッツ強制収容所を生き延びて、奇跡的に生還できた人は必ずしも肉体的に頑強な人ではありませんでした。絶望の淵に沈んでなお、外界への「希望」を持った人々でした。恋人に会いたい、残しているあの仕事を果たさねば、彼にあの借金を返さねば・・・・やせ衰えていく身体のなかから湧き起こってくるかすかな希望こそが最後の生きる力をふりしぼらせたのです。そうではなくドイツ人看守に魂を売ってカポー(裏切り者)となって生き延びようとした醜い選択もありましたが、カポーたちは生きながらにして人間の魂を喪った野獣に転落していきました。少なくとも他者を生け贄として自分の希望を語ることは、自分で自分を卑しめ貶める頽廃の極地であり、生きる力とはなりませんでした。
あなたに希望をもたらすあまたの格言があるでしょう。そうした格言を頼りに自らの生を刻む効果もあるでしょう。私は誰かの格言を贈って自己満足することを好みません。最後に決めるのはあなた自身の頭脳であり、それを支える肉体です。どうかあなたをはげます良き友人を見つけてください。あなた自身が誰かを励ますよき友人になってください。そのためにほんとうによく学んでください。本当に納得するまで小さな疑問を捨てないでください。チクリと胸に走る痛みに敏感であってください。「希望」とは「希な望み」ではありません。それは昨日の自分と明日の自分をつなぐ、唯一の人間的な気高い感情です。ささやかな希望と大きな希望を連結させ、二度と帰り来ぬ今日のひとひを大切に生きてください。これは私自身への自戒の言葉でもあります。143万人の新成人の一人一人の個性が生き生きと輝き、生まれてきてよかったといえるような生活がくることをこころから願っています。晴れやかな冷気漂う厳寒の朝に、ある決然たる秘やかな決意を胸に光のなかに歩みでていってください。(2006/1/9
11:33)
◆闘うデイエゴ・マラドーナ
アルゼンチン・サッカーの英雄マラドーナは、今やドラッグ漬けの大富豪となって醜悪な肉体を晒しているが、同時に彼は反グローバリゼーション運動の先頭に立って闘っている。第4回米州首脳会議(アルゼンチン・マルデルプラタ 05年11月)は、米州自由貿易協定(FTAA)を実現するために米国が提唱して南北アメリカ34カ国首脳が参加しているが、最初からキューバは排除されている。この首脳会議でアルゼンチン・ベネズエラ・ブラジルが痛烈な米国批判を展開し、ブッシュ大統領は孤立した。この首脳会議と並行して、排除されたキューバを含む米州人民サミットが同時期に開催され、直前にハバナでカストロ首相にインタビューしたマラドーナが演壇に登場して激烈な米国批判をおこなった。人口5億人の7割が貧困ラインで喘いでいるラテンアメリカで明らかに劇的な変化が起こりつつある。米国主導のパン・アメリカニズムから自立する中南米共同体が宣言され、かっての米国の裏庭の屈辱からの脱却が始まっている。日本のメデイアは、相も変わらずフジモリ報道に忙殺されて中南米の激変を伝えていない。もはや米国を支えているのは、英国と日本のみという惨憺たる帝国の黄昏がすすんでいる。その先頭に立っているのがラテンアメリカであり、その象徴がデイエゴ・マラドーナに他ならない。米国型リベラル・キャピタリズムによる世界支配がゆらぎはじめ、全世界で対ドル自立経済圏が指向され始めている。日本は孤立する米国と運命をともにして地獄への道を歩むのだろうか。ここではいわゆるアジアを含む「第3世界」に生起している新たな動態のインパクトを考えてみたい。
国連「人種差別撤廃のための国際会議」(01年8月31日ー9月7日)では、ニュルンベルグ裁判の時効なき「人道に対する罪」と「ジェノサイドの罪」を適用したジェノサイド禁止条約を奴隷貿易の犠牲者に適用する主張が初めて展開され、アメリカは「奴隷制の道義的責任は認めるが、補償責任はない」と反論した。しかしこの反論は自己矛盾を免れない。ナチスの残虐行為を裁いておきながら、黒人に対する同じ行為を否認することは、「人道」とは白人のみを意味することになるからだ。かって米国は、ドイツに対してナチス犯罪被害者への補償を要求し、ドイツは50億ドルの基金を創設して強制労働被害者への補償をおこなっているが、最大の黒人奴隷国家であった米国もまたその責任を免れない。唯一フランス上下両院は奴隷制と奴隷貿易を「人道に対する罪」とみなす法律を可決した(01年5月)。
奴隷売買業者はアフリカ人を「積荷」として奴隷船に鎖でつないで米国に輸出するときに、「積荷」の「ゆとり積載」論と「詰め込み」論が激しく論争したそうだ。船底に少し空間を残したほうが死亡率を低く抑えて売却単価も高くなるという主張と、積載量が多く死亡率も高くなるが純益も多くなるという主張が対立した。生存者が虫の息であれば不良品として海中投棄すれば保険の対象となるからだ。上陸した黒人は奴隷市場で売買され、売買が成立した奴隷たちは自分の主人のイニシャルを身体に焼き付けられ、子どものいる女は我が子と引き剥がされた。
欧米諸国が奴隷制の賠償に応じないのは、「法律ナクして犯罪ナシ」(罪刑法定主義)原則であり、現代では「人道に反する罪」であっても当時は合法的行為であり遡及処罰の禁止という論理である。これは旧日本政府が強制連行被害者補償を拒否する論理と本質的に同じではないか。いま日本では、強制連行虚構説や出稼ぎ渡航論、官斡旋自由契約論などの免罪論が喧伝されているが、すでに国際連合は少なくとも道義的責任のレベルでの犯罪行為として認めている。韓国政府は「日帝強占下強制動員被害者真相糾明委員会」を発足させて実態把握と告発の準備を進めている。
「記憶にないことは存在しない。人間の尊厳は<死者の救済>なしに成り立たない」(アリエル・ドルフマン チリ作家)とすれば、加害者のほうにこそ過去の罪責を自ら進んで明らかにし、きっぱりと謝罪=補償をおこなうことが真のパートナーシップ形成への第一義的義務だ。従軍慰安婦への賠償を民間基金ですり抜けようとする日本政府の態度は、二重の侮辱であり尊厳の剥奪であり、学者として推進した和田秀樹氏の歴史的責任は免れない。
さて問題は被迫害者が進んで迫害者へ協力する「精神の植民地化」だ。アンクル・トムは風呂場で必死に石鹸を塗ってゴシゴシと洗い黒い肌を白くしようとした。完璧な支配は、被支配者が自ら進んで支配を受入れ、支配への奉仕を義務ではなく喜びと感ずるまでに精神を改造することだ。生活習慣や文化、言語まですべて同化させてしまう「文化の爆弾」(グギ・ワ・ジオンゴ『精神の非植民地化』)こそ最高にして最強の支配力だ。「教わり、支えてもらわなければ自分たちは何をする能力もないと信じてしまい、自分自身の評価は役に立たず、彼らの評価でなければ有効性がないという考えを持ってしまうこと」(サイード『ペンと剣』)こそ支配の完成形態である。米国モデルに追従し、米軍に女・子どもを殺されても文句を言わない日本の現状は、まさに植民地の典型であり、その先頭に立っているのが言うまでもなくあの小泉劇場の主催者である。「まず自己の疎外を意識せぬ限り、決然と前進することはできない」(フランツ・ファノン『地に呪われたる者』)という言葉は、現代日本にこそ最もよく当てはまる。
あとにのこる息子たちに、もしかしたら二度と会えないかもしれない息子たちに、わたしはいいたいー未来は美しい。わたしは息子たちに、わたしたちの独立と主権を回復する聖なる課題を果たしてくれることを期待する。なぜなら尊厳なしに自由はなく、正義なしに尊厳はなく、独立なしに自由な人間はないからだ。
残酷な仕打ちも、嘲笑も、拷問も、けっしてわたしから謝罪文をとりつけることはできない。なぜならわたしは、自分にとっての神聖な原則を捨て、頭を垂れて生きるよりも、高く頭を上げ、我が祖国の運命に対する不屈の信頼と深い信念とをもちながら死ぬことを望むからである。やがてその日が来て、歴史がかならず審判を下すだろう。私たちは誰かから教わる歴史ではなく、自分たちの独自の歴史を書くだろう。わが妻よ、わたしのことを泣かないでほしい。わたしは苦難多き私たちの国が、おのれの自由と独立を守りぬくことを知っているー以上はコンゴ独立運動の指導者で虐殺されたパトリス・ルムンバの遺書の一節である(『息子よ 未来は美しい』)。ほんとうに誠実に生ききった者のみが書き得る気高い文章である。日本の首相には決して書けないものだ。以上・『前夜』第6号参照。(2006/1/9
00:21)
◆徴兵制はその国のモラル水準を示す
韓国国防相が現行徴兵制に思想・信条による良心的兵役拒否制度を導入する方向で検討すると発表した(6日)。韓国現行法は、兵役期間2年−2年4ヶ月、兵役拒否は3年以下の懲役、逃亡は5年以下の懲役であり、実質的に良心的兵役拒否による刑事処罰か兵役義務の単なる履行という二者択一しかない。この結果、兵役拒否による収監者数1186人、平均量刑懲役1年6ヶ月という拒否者が現れている(04年12月現在)。理由のほとんどは宗教上の教義によるものだが、最近は平和思想による拒否例が増えている。すでに与党有志による法案が提出され、宗教的信念や良心の確信による拒否者は、1,5倍の兵役期間の社会福祉施設でのボランテイアという代替措置を提案している。
冷戦崩壊による朝鮮半島の平和共存の進展が背後にあるが、同時に韓国民主主義の成熟をもしめしていると思われる。かって徴兵制下の米国ではベトナム戦争時に大量の徴兵拒否者が発生し、米国政府は良心的兵役拒否制度導入に踏み切った。プロボクシング・世界ヘビー級チャンピオンであった黒人のカシアス・クレイが、「同じ有色人種に銃を向けることはできない」と徴兵カードを焼き、王座を剥奪されて入獄したことを思い出す。彼は出獄後イスラム風のモハメッド・アリと改名してみごとにチャンピオンに復帰し、引退後にアトランタ五輪の聖火最終ランナーを務めた。こうした経過を経てついに米国は徴兵制を廃止して志願兵制に切り替えたが、その結果は米軍の多数をカネと資格を求める下層貧困層が占め、軍隊のモラル水準は低下の一途をたどって拷問や虐待は日常茶飯事となった。在日米軍は日本の女性や子どもを襲撃する暴徒と化している。
思うに徴兵制の存在とその内容は、その国の人権と民主主義の到達水準を表すメルクマールの一つではある。平和の共存による個人の尊厳を志向するならば、軍隊の存否を考え、次いで軍隊の強制的な徴兵の存否を検討し、最低限は良心的兵役拒否制度を導入するだろう。韓国民主主義はおそらく長いスパンを経て、軍縮と最後的な軍隊の廃棄に進んでいくだろう。それは100年からひょっとしたらもっと長い時間かもしれないが。
ところが東アジアのある洋上国家は、このような流れに真っ向から逆らうバックターンの道を踏み出そうとしている。軍隊を廃棄する世界で最も先端的と言われる憲法を廃止して、国防軍を設置し、国民に国防の義務を課す方向にいよいよ踏み出そうとしている。かってこの洋上国家は卑劣な侵略で2000万人にものぼる隣人を殺害し、その傷跡は世代を超えて現在も連綿と続いているにもかかわらず、またふたたび軍事国家へと変貌しアナクロニックなショービニズムが台頭している。東アジアで進んでいる平和共同体のゆるぎない歩みに、ただ1人逆らう姿はあたかも蟷螂の斧として、21世紀現代史の恥ずべきカリカチュアではある。韓国徴兵制の改編は、新年明けての希望の灯を示すささやかだが鮮やかな閃光となった。(2006/1/8
10:10)
◆新年の抱負ー庶民とくにの哀しき非対称性
朝日新聞が読者対象に実施した「06年に期するものは?」という新年の抱負調査は次のようになっています(2486人回答 1月7日付け)。
ある 64% ない36%
(ある人に)
自分・家族の健康 360
自分・家族の幸せ 343
趣味 256
仕事の拡大・挑戦 168
資格・知識の習得 117
仕事の業績 73
家計 56
家庭円満 48
資産運用 38
国のありかた 31
新年の抱負を持たない人が40%近くあり、その理由はよく分かりませんがなんとなく希望喪失社会の傾向があるようです。抱負の内容は、自分や家族に関連したものが圧倒的で「国のありかた」はわずか31人です。06年の予測は、景気よくなる43%、暮らしよくなる17%、凶悪犯罪減る5%、フリーター減る7%など不安と悲観が交錯しています。朝日新聞モニター登録者8400人のインターネット利用者対象ですから、比較的中層が多いと推定されますが、現在の日本の気分を一定反映しているのではないでしょうか。皆さんはいかがですか。
庶民のささやかな抱負をよそに、日本の首相は年頭記者会見でまたまた依怙地な偏狭ぶりをさらけだしました。「靖国参拝は精神の自由とこころの問題であり、外国政府がけしからんというのは理解できない。日本の知識人が批判することも理解できない」と脅迫的な言辞を弄し、他者の痛みへの想像力の欠落と公的行為への責任感覚のなさを露呈しました。「国及びその機関はいかなる宗教的活動もしてはならない」(憲法20条)という規定から、首相の靖国参拝は違憲という司法判決が確定してしているにもかかわらず、平気で判決を蹂躙する神経はもはや常人の域を超えた「変人」以上の行為です。政府トップが判決に従わないというルール破りの範を示すのですから、違法行為を犯す国民が多発するのも当然です。これが日本の首相の新年にあたっての国民へのメッセージであるのですから、悲しみを通り越してもはやあきれてしまいます。
米空母キテイホークの乗組員が、京浜急行横須賀中央駅近くの商店街裏通りで、朝6時半頃通勤中の女性を襲い、雑居ビルに引き込んで暴行を加え、肝臓破裂で惨殺しました。同じ空母の女性兵士が昨年12月にワゴン車で3人の子どもをひき逃げした事件の直後です。米兵の荒みきった感情のはけ口が、日本の子どもや女性という弱者に向けられたのです。米軍は犯人達を米軍基地に匿い、日本側に引き渡さないまま本土に送り返すでしょう。「被疑者の拘禁は、日本国により公訴が提起されるまで合衆国が引き続きおこなう」(日米地位協定17条)となっていますが、同時に「日本国の当局が特に被疑者の身柄を確保する必要があると認めて要請した場合には、その者の身柄は日本国の当局に引き渡される」(刑事裁判権に関する日米合同委員会合意)とも決められています。ところが日本政府・警察は引き渡しの正式要求をおこないません。日本の首相は「(日米同盟が大事だから)地位協定の改訂を求める気はない」とさっそく米軍に媚びを呈しました。かって明治政府は江戸幕府が締結した外国人犯罪の治外法権を含む不平等条約改定に苦心しましたが、よもやこの現代でこうした屈辱的な協定が生きているとは驚きです。日本の首相は、子どもや女性のいのちを米兵の生け贄に捧げて恥じないまでの売国奴に転落しています。
在日米兵の刑法犯検挙数は、1973年以降で6933件に達し、うち凶悪犯は683件(約10%)です。04年度の統計は以下のようになっています。
[04年度在日米兵刑法犯検挙件数]
刑法犯総数 95件
凶悪犯 4件(殺人1 強盗1 性的暴行2)
粗暴犯 26件
窃盗犯 32件
知能犯 2件
風俗犯 4件
その他 27件
徴兵制廃止後の米軍は、失業者や奨学金めあての貧困層出身で占められ、カネ目的のゴロツキ集団に堕落する傾向が強まっています。戦場の恐怖によって人間性が壊れ、そのトラウマが拷問や虐待へ発散され、在日米兵は日本の子どもや女性に向かい、日本列島は米兵犯罪が横行する世界でも最も悲惨な地域となっています。もはや日本政府は、日本人の生命を守るという第一義的な責務を放棄して米国に媚びへつらう破廉恥な政府へ頽廃しています。だから日本国民も政府への信頼を失い、自分の生活は自分でしか守れないと思い始めているのが、冒頭の新年の抱負のデータが示しているのではないでしょうか。もしこうした内向きのミーイズム的心情がファナテイックな排外主義と結んでいくならば恐怖の帝国となります。互いに相手の首を絞めあいながら、他国への憎しみを増殖させる憎悪のスパイラルが現出します。なんともはや年頭から哀しいエッセイとはなりましたが、必ずや存在するオルタナテイブを希求してちからを尽くしていきたいと願っています。(2006/1/7
9:49)
◆高野山奥の院「昭和受難者法務死追悼碑」
怨親平等思想を持つ仏教のなかでも、最も伝統ある巨大教団・真言宗総本山に連合国戦犯裁判で処刑された人々の追悼碑がある。1993年に前橋陸軍士官学校出身有志が企画し、高野山真言宗管長を導師として開眼されたものだ。刑死934、病死142,事故死23、自決39、死因不明21、合計1159名の海外死者と、巣鴨の刑死7,病死7、合計14名(A級戦犯)となっている。宗務総長・新居祐政の追悼碑文は「・・・連合国礼ナク遂ニ名ヲ戦争犯罪裁判ニ借リテ冤罪ヲ刑場ニ誅セラル・・・」とあり、まさに靖国神社の英霊史観と本質的に同じである。仏教の果たした戦争責任に対する感性は欠落し、戦前期の大東亜共栄圏思想がそのまま現代に継承されている。私もかって高野山に参詣したときに見た日本の巨大企業の林立する企業碑に度肝を抜かれたが(特にM重工のロケット碑!)、戦犯追悼碑は1993年だから比較的新しい。日本の代表的な仏教教団の実態はかくの如きものであったのだ。しかし教団は宗教と信仰の自由を持っているのであるから、こうした戦犯を免罪する慰霊行為をおこなったとしても違法ではないといえるだろうか。
私が注目するのは、慰霊碑の石材が金剛石、黒みかげであり、彫刻と設計を含む一切が中国国営企業の手でなされていることであり、発起人が山東省の会社を訪れて、戦犯慰霊の趣旨を説明し、賛意を得て格安の価格で契約し、怨念を超えた日中の戦犯慰霊協力が実現したというところにある(『紀伊日報』01年5月24日)。この経緯をどう評価するか、ある種の戸惑いを覚える。日本の発起人の依頼は実に厚顔無恥そのものであり、どのような顔をして提供を要請したのであろうか。彼らは恥じらいを知らない。1000万人とも言われる虐殺をおこなった被害国に出かけて、格安で石の提供を求める行為は破廉恥そのものであり、自責の念の欠片もない。はたして中国国営企業へ真実の説明をしたのであろうか。そして中国側はこころよく同意したのであろうか。
真言宗高野山は、日本仏教史を汚す行為を無自覚のうちにおこなっているのではあるまいか。なぜなら靖国神社は国家神道として戦没軍人を慰霊する国営の性格をもっていたが、真言宗はそうした政治性を持たない信仰の世界にあるからだ。それとも始源である平安期の鎮護国家の亡霊を現代に継承しているのであろうか。戦争犯罪を免罪し隠蔽する慰霊は、怨親平等思想のレベルをはるかに逸脱した戦争犯罪への加担であることに気がつかないのであろうか。中国国営企業のほうがはるかに怨親思想に親和的であるといえよう。以上高橋哲哉氏論考(『前夜』第6号所収)参照。(2005/1/6
8:38)
◆新たな年の諸相
米国の冬の挨拶が「メリークリスマス」から「ハッピーホリデイズ」に変わりつつあるという。ブッシュ夫妻のパーテイ招待状も「ハッピーホリデイズ」となり、ウオルマートの従業員も「ハッピーホリデイズ」と挨拶するように指示され、州によっては公共施設のクリスマスツリー設置や賛美歌が禁止された。なぜか。クリスマスと同時期にあるユダヤ教「ハヌカー(神殿清めの祭り)」(25日から1週間)、アフリカ系の「クワンザ」などがあり、他民族・他宗教との共存をめざす措置だ。キリスト教右派は猛烈に反発しているという。右派の支持を受けて当選したブッシュ氏の困惑ぶりがうかがえる。
日本政府・自殺対策関係省庁連絡会議は、3万人を超える自殺者を10年間で2万5千人に減らす自殺予防総合対策を決めた(05年25日)。全都道府県に連絡会議を設置し、職場・学校啓発、予防センター中心に、自殺率20%削減、未遂者の再自殺率30%削減の研究を行うという。これから10年間は2万5千人の自殺者は統計的に許容範囲だというのか。減少目標5千人は政府の政策責任というのだろうか。数値目標設定という発想自体が、経済計画と同じ統計主義という哀しむべき対処であり、競争原理システムそのものを湖塗する浅はかなカウンセリング手法だ。中国最高人員法院は06年度から1審死刑判決の場合の2審をすべて公開審理にするという通知を出した。審理公開による裁判の質の向上と冤罪防止をめざす。中国の刑事裁判は2審制で、最高裁が再審査した死刑判決の22%が執行猶予ないし無期懲役、7%が証拠不十分で差し戻されれている。世界が死刑廃止に向かっている中で、中国の刑事司法の野蛮な前近代性が浮き彫りとなっている。公開処刑はまたおこなわれているのだろうか。いのちの尊厳を奪うソフトとハードの方法上の違いに過ぎない。
米軍統合参謀本部は「統合核作戦ドクトリン」の核兵器使用基本指針の改定を進め、05年3月15の最終草案第3章では、米軍地域統合郡司令官が最高司令官大統領に核兵器使用許可を申請する8基準を規定した。@敵が大量破壊兵器を使用するかその意図を持っている場合 A生物兵器の使用がさし迫り核兵器のみで破壊できる場合 B大量破壊兵器を貯蔵する施設と指揮統制施設を破壊する場合 C圧倒的に強力な通常兵器に対抗する場合 D米国に有利な条件で戦争を迅速に終結させる場合 E作戦を確実に成功させる場合 F米国の意図と能力を誇示する場合 G大量破壊兵器を代理者が使用する場合ーとなっている。なんだこれは!8条件とは、どんな場合でも無制限に使用できると言うことではないか。単なる威嚇や脅迫ではなく、現実に小型核兵器が使用される確率が高まっている。
韓国従軍慰安婦がソウル日本大使館前で続ける水曜デモを取材する日本人記者に言い放った。「あなた方はなにしにきた。15年間私たちは日本のマスメデイアに辛い体験を話し、日本政府の補償を求めると行ってきたが、何も変わらないじゃあないか。真実を伝えるとか、私らの苦しみを日本に伝えるとか言って・・・なにをやってたんだい」。これはすべての日本人に向けられた言葉だ。次々とこの世を去る元慰安婦の最後の1人を待っている日本は、犯した罪の責任を永遠にとれない国家となり、頭を上げる最後のチャンスを逃そうとしている。
ボストン・コンサルテイング・グループ(BCG)は、中国の全家庭3億6500万戸のうちの159万戸(0,4%)が、国民個人資産の8230億ドル(60%)を所有し、10万ドル以上の資産を持ち、うち35万戸は50万ドルを超え、500万ドル以上の個人資産総計比率は16,6%(99年14,3%)となっているとした。中国労働社会保障省はこの格差がこのままであれば2010年に危機的状況になるとしている。中国開発経済の陰の部分が極大化している。開発の意味を根元的に問いかけている。
日本政府は、外国からの攻撃に備える「市町村国民保護モデル計画」素案を作成し(05年12月25日)、各自治体はこれを参考に作成し政府に提出する。ミサイル攻撃の場合は地下施設へ、こどものオモチャを携行して避難し(イスラエル「子どもの不安解消のための玩具類携行」を参考)、ゲリラによる化学攻撃の場合は風上の高台へ、自衛隊による迎撃と避難が同時進行する場合は指揮集約の現地調整所を設置するなどだ。こうしたプランを霞ヶ関の机上で一生懸命作成している公務員を想像すると哀れになる。彼ら自身が、あり得ない仮想と思っていながら、残業に耐えて作成している姿は哀れを超えて漫画チックだ。対外的危機を煽って国民の不安を醸成して支配を維持しようとする戦略がミエミエの計画は、何の未来も生産性もない虚しい作業だ。しかしひとたび決められた計画は、一人歩きして町内会までも巻き込み、協力しない市民を非国民として排除していく動きが強まるだろう。ここに海外戦争を意図する政府の最大のねらいがあり、一部のメデイアはその先兵を務めている。国内に充満するルサンチマンを対外的に発散するかのように、大手雑誌に踊る「牙を剥く中華帝国」「反日国際ネットワークを粉砕せよ」など、かっての極左的言辞をひっくり返したような言辞の氾濫や、『嫌韓流』などという漫画が書店に平積みとなって売れている。
映画『ラストサムライ』や『男たちのヤマト』がもたらした新渡戸稲造『武士道』ブームは、いかにもアジア黄色人種に対する日本の優越意識を隠すイチジクの葉の役割を果たしている。そこでは「いつでも失わぬ他者への哀れみの心」という強者の弱者に対する「武士の情け」や「惻隠の情」が語られ、大国にふさわしい品格を持てという説教がおこなわれている(朝日新聞元旦社説)。ちょうど欧米帝国主義が「ノブレス・オブルージュ高貴な者の義務」を説いてソフトな支配を強めたように。白色人種へのインフイリオリテイ・コンプレックスを裏返してオブラートにくるんだ優越感は、直接暴力以上に他者の内面に食い込んで深い精神的傷を負わすことに気がつかない脳天気がある。中層上流に意外と浸透している天皇制リベラル思想が、剥き出しの超国家主義への対抗軸にはならないことは歴史のすでに示したところだ。
銀河系宇宙は137億年の歴史が流れている。「宇宙から見れば、人類の滅亡は小さな惑星にできた化学物質の泡が消えるだけ」(ホーキング)であり、「永遠の流れのなかにある人間1人の存在は少しも気にかけない」(アインシュタイン)ほどのちっぽけなものだ。アインシュタインはあの美しい<E=mc2>(C=光速、m=質量、E=エネルギー)という公式で、時空は一体であり、時間は伸縮し、空間は歪んでいるという宇宙像の大転換をもたらした一方で、核爆弾の原理を明らかにした。「宇宙がどのようにして始まったかはほぼ解明できたが、なぜ始まったかについては分からない」(ホーキング)。この「なぜ」を解明できないまま、私たちは138億年の最後の時間を過ごしているのだろうか。宇宙の「無限の空間の沈黙は私に恐怖を起こさせる」(パスカル)ほどの圧迫を感じるが、しかし私たちは「考える葦」(パスカル)でもある。せめてなんとか劇場などに惑わされぬ小さな宇宙空間をつくっていきたいものだ。
世界はかって「神の見えざる手」(アダム・スミス)が動かして自動的に予定調和の世界が実現すると言われ、それをまともに再適用した米国と日本は、世界で最も貧困率の高い貧しい国となり(OECD報告)、同時に社会全体に「見えざる壁」が張りめぐらされた。高級住宅を壁で囲いガードマンが警備する「ゲーテッドコミュニテイー」が出現し、その郊外には寒々としたスラム街がひろがり、「文化の分離壁」が築かれている。グローバル化の勝者と敗者の階層分化が深化し、中産階級の上位にいるヤッピーは流行の日本食を楽しみ、普通の人はファーストフードを食べている。国家内部で分断と解体が進展し、アメリカ東西海岸州は民主党の青色に染まり、内陸州は共和党の赤色に染め上げられ、アメリカは今や「ローカルに考え、グローバルに行動する」ナショナリズムが台頭し、日本も異様で偏狭な暴力的国家になってあちこちでモラルの劣化が進んでいる。世界の資本主義モデルは、米国流市場原理派と、中国流権威主義派と、欧州社会派の3極に分かれ、それぞれ自己のモデルに閉塞した自己満足の平穏な日常生活に自閉し、中にいる人はそれに気づきすらしていない(以上はスラヴォク・ジジェク)。フランスの都市郊外に広がる集合住宅街には移民労働者が集住し、移民ゲットーと化して実質的な監獄となっている。こうした空間の壁のみならず、ライフスタイルやコミュニケーションを含む内なる「意識の分離壁」が深く内面を侵し始めている。
こうした分離壁を乗り越える道はあるか。フランス・グルノーブル郊外では暴動が起こらなかった。マンションの住民が隣接する集合住宅との間に壁を築こうとしたが、住民同士の話し合いで公園をつくったのだ。自らの内なる壁を壊し、コミュニケイトすれば壁を乗り越えることができることを示している。
以上は2007年が直面している世界の諸相のごく一部に過ぎない。この基底には、<強ー弱>、<富ー貧>、<知ー無知>、<美ー醜>など垂直的なちからの二元論が横たわっている。せめてこの二元関係を先ずは水平に置き換えて共存し、次いで二元関係自体を克服して協同のパートナー関係へ切り替えていく遠い一歩をどうしたら刻んでいけるだろうか。誰しも自分の幸福が同時に他者の不幸でもあるという関係にキリリと胸が痛まないだろうか。少なくとも家族のなかでは胸が痛むだろう。ではなぜ家族から地域・くに・世界へと広げていけないのだろうか。CMでよく若い男が女に向かって「君を最後まで守る」とか白馬の騎士みたいなことを言って女性もそれを受け入れているようだが、私はこうした若い青年の何げない感覚が嫌いだ。この言葉は、市場競争のジャングルの原理を暗黙の前提にしているような響きがある。「二人のために世界はある」のか、「世界のために二人はある」のか、「世界とともに二人はある」のか、いずれが真実の関係だと思いますか? (2006/1/3
17:18)
◆2006年 年賀状
どうも2006年を安易に祝賀する気分にはなれませんが、新たな年への希望を私なりに考えてみたいと思います。今年はついに日本が第3帝国へのスタートを切る年となるという説があります(武者小路公秀氏)。ドイツ近現代史は、第1帝国=プロシャ帝国、第2帝国=ワイマール共和国、そして第3帝国=ナチス国防軍体制と破局の道を歩んだように、日本も一周遅れて第1帝国=明治憲法体制、第2帝国=日本国憲法体制、第3帝国=日本国防軍体制とナチスのいつか来た道へ踏み出すターンニング・ポイントの年となるというのですが、皆さまはいかがお考えでしょうか。かっての戦争で母を失った私にとっては、どうしてもこうしたシナリオを座視するに耐えられません。
年末のスペイン旅行で訪れたゲルニカという街を思い起こしています。市民戦争の渦中にあってナチ空軍機の猛爆を受けて、教会堂を残して全滅した街は中世のたたずまいのままによみがえり、当時の痕跡はほとんど残っていませんでした。フランコ独裁政権が、スペイン全土から市民戦争のモニュメントを消してしまったからですが、内戦の傷跡を想い出したくない市民の複雑な心境もあるようです。しかしゲルニカの中央に残っている「ゲルニカの木」は、時代を超えて悲劇の記憶を伝えています。この樹は、中世以来バスク地方の村の代表が、角笛を聞いて幾日かかけて歩いて集い、みんなで地域の治世を協議したといいます。隣接する記念館には議事堂が保存され、階段状に配置された座席の机には、村の長が座って投票する小さい箱がセットされ、中世から連綿として形成されてきたバスク民主主義の伝統が偲ばれます。フランコは抵抗の象徴となったバスク民主主義の中心であるゲルニカの殲滅をはかるために、ナチスに空爆を依頼したのです。ピカソはこの悲劇を一気に『ゲルニカ』に描きました。投宿したホテルのフロント係は、「ゲルニカの木はバスクの魂なんだ」と誇らしげに言っていました。フランコ独裁は崩壊し、ゲルニカはふたたび抵抗と民主主義の象徴としてフェニックスのようによみがえり、平和の象徴として現代世界の危機を警告しているようでした。
おもえば日本にも無数に存在する「ゲルニカ」を胸に刻んで、第3帝国とは異なる道を歩もうとする泉のように湧きでる地下水脈が流れていると確信いたします。6年目に入ろうとしているこのささやかなサイトもそのような泉の一滴となるようにちからを尽くしていきたいと思います。どうかご覧いただいている皆さまのご高評を心より願う次第です。では元気に新しい年の出発を告げる角笛を高らかに奏でようではありませんか。(2006/1/1)