21世紀へのメッセージ 2005/1/1〜第7エッセイ集(トップページへ戻る)(2005年8月16日更新)
[天動説がふたたび力を得る時代]
400年前にガリレオ・ガリレイが世界初の自作望遠鏡で天体観測をして、コペルニクスの地動説が正しいことを実証した時に、時のローマ法王は彼を召還し地動説の破棄を迫りました。悩んだ彼は表面的には膝を屈しましたが、じつは裏で実験データを記録した紙を伝書鳩に付けてイタリアからオランダに飛ばして、自分の研究を残しました。このガリレオの行為がなければ、彼の主著『星界の報告』は後世に残らず、ひょっとしたら地動説をめぐる歴史も後退していたかもしれません。このガリレオの選択は、ある信念や学問が権力から弾圧を受けたときに許される「転向」があり得るという評価を生み出し、ドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトは戯曲『ガイレオ・ガリレイの生涯』でガリレオの屈服を評価する第1稿を書きました。ところがブレヒトは、第2次大戦での広島・長崎への原爆投下を聞き、第1稿を改変しガリレオの態度を間違いとする現在の脚本に書き換えました。ここにはある決定的な選択を迫られる局面での決定的判断を問いかける重い問題があります。そして現代の選択は、生か処刑かーというかってのハードで野蛮なかたちではなく、真綿で首を絞めるようなソフトな形で進んでいます。自らの行為が自覚的な「転向」と気がつくないままに、気がついたら取り返しのつかないところにきているというように。
さて日本では、地動説と地球が球体であるという事実すら中学3年まで学習することはありません。天体の学習は小学校3,4年生で少し登場しあとは中学3年までありません。太陽が地球を回っているという天動説を信じている小学生が40%に達し、日没方向が西であることを答えられない小学生が30%いるという実態は、都市部の子供の日常体験では日の出と日没をみる機会が失われていることを示していますが、カリキュラムで教えることをしなければ、かっての数百年前の中世教会と同じように天動説を素朴に信じるでしょう。天皇が神であると素朴に信じ、そのために命を投げ出すという擬画的な悲劇がたった60年前の日本であったように。平然と見下ろすマッカーサーの傍らで直立不動の昭和天皇が並んでいる写真を見て、敗戦当時の日本人は衝撃を受けました。それはまさに天動説から地動説へのコペルニクス的転換といえるものでした。
ところで日本の小泉とかいう首相は、郵政民営化を地動説になぞらえ、自分をガリレオのように奮闘する人物と云っています。この人の頭は本当に変人といわれる異常な頭脳をしているようです。自分の考えを強制的に相手に押しつける態度は、ガリレオを弾圧したローマ法王よりも独裁的な天動説信奉者と同じものです。これでは地下のガリレオが顔を真っ赤にして侮辱するな!と怒っているに違いありません。さらに彼は、自分をハリウッド映画の名作『真昼の決闘(ハイヌーン)』(1952年)の孤立無援で悪漢と戦う保安官(ゲーリー・クーパー)に重ねて自己陶酔しています。これは彼が現代史の事実を全く知らない無知蒙昧な人であることを露骨に示しています。シナリオを書いたカール・フォアマンは、あのマッカーシズムの犠牲となって、米下院非米活動委員会の赤狩りにあって自らの良心を捨てず、孤独のうちに職場を追われた脚本家です。映画のラストでは、町のために必死で戦う保安官を見捨てた町民をみて、悪漢を倒した後にバッジを投げ捨てて町を去っていく保安官を描きます。ゲーリー・クーパーはこのシナリオに感動してフォアマンを擁護し、右翼のスター俳優であるジョン・ウエインはこのシーンに激怒しました。この保安官に自分を重ねる日本の首相はほんとうに頭がおかしいとしかいいようがありません。リバタリアニズムの大合唱のなかにある今の日本で、ソフトなレッドパージが実は深く静かに進行しています。ライオンヘアーに媚びへつらって、保安官を見捨てる世論形成が進んでいまませんか。こころのなかで地動説が正しいと想っている人も、大勢に順応して天動説に賛成し、地動説を唱える人を孤立させ排除するような雰囲気がじょじょに醸し出されてきてはいませんか。
外から日本を見ている人はより冷静な判断を加えています。「日本の兵士の勇気をたたえる映画や小説、コミックがあふれ、日本の戦争の残酷さを打ち消していく教科書が使われ、東京裁判を勝利者の復讐として、日本の戦争による犠牲者の声を聞かず、武力行使を禁じた憲法を書き直し、軍国主義の反省を撤回しようとしている」(インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙15日付け)。小泉とか云う首相が、偏奇した信念体系で日本を奈落の底の地獄へと引っ張っていっています。多くの国民は心の中に不安を抱えつつも、その勢いに押されて大勢順応して自分だけは助かろうとする気持ちになって、小泉とか云う首相の後を影に押されるように突っ走っていこうとしています。巨大なネズミの大群が一方向になだれを打って走り始め、最後は全員が集団自殺するかのように。(2005/8/16
10:41)
[PC環境の再出発ー私の戦後60周年8月15日]
残暑お見舞い申し上げます。皆さまお盆はいかがお過ごしでしょうか。35度を超える猛暑のなかで我がPCはシステムが破壊されてしまいました。重たくなったなーと打ち込んでいましたら、ハードデイスクがガタガタと音を立てたと思ったら遂に初期画面から作動しなくなってしまいました。買い換える時期かなと考えていましたが、このシステムダウンで買い換えを決意することとなりました。ちょうど息子が帰省していましたので、名古屋は栄のマナハウスにあるDELLから名古屋駅のビッグカメラ、コンプマートと回って新たな機種を購入しました。本体はSOTEC、デイスプレーはMITSUBISHI液晶19インチで揃えましたが、この構成で我が人生の最後を締めくくるという気持ちです。購入に約3時間をかけました。帰宅して初期設定からソフトの再インストール、インターネットの再設定まで約6時間がかかりましたが、いまやっと復帰してメッセージにうちこんでいるところです。一番困ったことはパスワードをひかえている場所を忘れてしまい、あちこちと探しまくったことです。皆さまも日頃からパスワードの管理には充分にお気をつけください。液晶の大きい画面はとても落ち着いて、快適に作業ができます。精神的な負担がかなり違うということを実感しています。
思えば今日の8月15日は「敗戦記念日」でした。メデイアはどこをみても、戦争体験と靖国の話題を報道していますが、今年はハッキリと戦後史のターニングポイントになるのではないかという実感があります。ひょっとしたら取り返しのつかない選択をする年になるのではないかと思います。世は郵政の民営化をあげて騒いでいますが、実は社会保障や年金を含めて社会権的基本権が崩壊していく年、そして教育基本法から憲法改正へと雪崩を打って進む分岐点になる予感がします。パフォーマンスとポピュリズムがこれほどの威力を持って流れをつくり、流れの支持を得た独裁というマス・デモクラシーの危機が迫りつつあるような気がします。日本文化の体制順応主義の悪がこれほどのもとは想像もできないような時代です。60数年前に私は母を戦争で失いましたが、私は幼い子を残してこの世から去っていった母の無念を想うと、ライオンヘアーの狂気の非対称性に信じられない隔絶を覚えます。改めて考えなければならないことは、自由と独裁が奇妙に合体するシステムがどうして生まれるかということを解明することです。規制緩和というスローガンで市場の自由な活動に任せればいいという勢力が、同時に社会生活では特定の歌を歌い特定の旗に敬礼せよと強制し、歴史の真実を否定するナショナリズムの陥穽に堕していくのかーこの論理を解き明かし、カウンター戦略を打ち立てていくことに失敗すれば、本当に日本は沈没するでしょう。そしてNHKの靖国討論番組をみて、改めて戦後60年で日本はきわめてシステムダウンの局面にあると実感いたしました。靖国参拝肯定論の市民を登場させる形式的公平の立場にNHKが陥っていることです。韓国や中国留学生が同席しているなかで恥ずかしげもなく参拝肯定論を唱える若者が登場し、あげくは君たちは苗日本語がそんなに上手なのか、と軽蔑的に言い放っています。櫻井某という女性評論家は驚くべきことに、東条を賛美する発言までおこなっています。ここまで日本の右傾化が進んでいることに唖然とし、空恐ろしくなってきます。もはやメデイアも歴史修正主義に乗っ取られているようです。日本は戦後史のもっとも大事なことについて、継承と構築に失敗しつつあるのではないか。もはや戦争を直接体験した世代は姿を消そうとしています。私たちは間接的な言葉と映像による追体験しかできなくなりつつあります。いま65歳以上の方々は、自分の洗脳の直接体験を語らなければならないと想います。それ以下の方々は、自分で努力して聞かなければならないと想います。そのようなサイトとしてささやかな役割を果たし得ればと、心ひそかに念じております。こうした日本に嫌気がさして海外に移住する人が増えてきています。私もフランスやイタリアに住んでみたいなーと思うこともありますが、それはしないしできません。全世界で戦後60周年の特別記念式典を行っていないたった一つの国が日本です。ライオンヘアーは狂気のように日本改造計画の虚妄に突き進んでいます。かっての北一輝の計画は、天皇制と社会主義をドッキングさせる漫画チックなものでしたが、今推進されている改造計画は弱肉強食のジャングルの掟が支配する地獄の阿鼻叫喚の世界です。そこでは高笑いするごく一部の勝者がせせら笑って、痛みと絶望の満ちあふれる国が理想として描かれています。自分さえよければいい、我が亡き後に洪水は来たれーと叫ぶ人のみがメデイアに登場しつつあります。ライオンヘアーは、ブッシュ親分の顔色をうかがいながらこびへつらって、この国を星条旗に売り渡そうとしているようにみえます。「小泉首相が総選挙の賭に勝利することを望む。郵政民営化で預貯金が市場原理に基づいて配分されれば、日本経済の効率性を高めることとなり、ほかの構造改革も容易になる。民主党政権が誕生すれば、自衛隊がイラクから撤退し米国はやっかいなことになる」(ワシントン・ポスト15日付け)などと米国は傲慢に他国の選挙に内政干渉していますが、ここにライオンへアーが何を期待されているかが露骨に現れています。
真実とは何か、ジャステイスとは何か、自分自身の頭で本当に考え、他者に対する想像力を培うことなしに、虚妄を見破ることが難しい状況になりつつあります。1年間に3万人を超える自殺者を作り出している国です。戦後60周年のこの日に、PCも我が志も新たにして再出発しなければと念じています。(2005/8/15
20:27)
[日本の赤ちゃんは笑わなくなった]
最近の赤ちゃんは、眉間に皺を寄せ不機嫌な顔をしてシブイ表情をして笑わなくなったと小児科医が云っています。月1回実施される乳児健診で、○○ちゃんと声をかけても知らんふりで表情を変えない。お母さんに「いつものように赤ちゃんをあやしてみて」と言うと、「!?・・・・・」身ぎれいにした母親はキョトンとして、「イヤだ、恥ずかしい」と身をくねらしたり、魔女のように伸びた爪の指二本でゆすったり、リカちゃんごっこのような猫なで声で激しく揺するなどするそうです。赤ちゃんは順調に育つと、生後3−4ヶ月で人生で最も素晴らしい天使のような笑みを浮かべるが、今はまるで考え事をしているような無反応の赤ちゃんが増えてきているという。なぜなのだろうか。
要するに若い母親はあやすと云うことを知らないのである。かってはおじいちゃんやおばあちゃんがいて、赤ちゃんがぐずると、「おお、よしよしどうしたの、いい子だいい子だ」と抱き上げてあやしているのを見て自然に覚えたのですが、今は誰も手本を示す人はいないのです。赤ちゃんに話しかけても言葉の反応はないので、授乳やオムツ換えの時も無言のままでする母親が多くなっているそうです。
母親の胎内にいたときから、子宮の羊水に浮かんで母親の心音と話し言葉を一番聞いて全幅の信頼感をもって生まれてきた赤ちゃんは、誰の声よりも母親の声に反応します。すでに母親との情緒的な絆はうまれた瞬間に形成されているのです。出産後の子宮の居心地の良さは母親の腕に抱かれるタッチングであり、赤ちゃんはまず最初に母親とのやり取りで言葉を獲得し、母親の笑顔に笑顔で応え、3−4ヶ月で赤ちゃんはお母さんの口をジッと見ていて、自分の口を大きく開けて一生懸命声を出そうとして、「アーアー、ウーウー」という言葉が出る前のクーイングという音声を発し、お母さんが嬉しくなって「ああ、上手上手、そうそうお話ししようね」と言うと、赤ちゃんは「アーアー、ウーウー」とほんとうに嬉しそうに発声します。これが人間のインターコミュニケーションの最初の原生的な荘厳な瞬間です。ここにその子の生涯における友情や恋愛の絆の基礎が形成されていきます。赤ちゃんが直接経験する能動的なタッチングは、乳房への吸せつであり、母親へのサインは泣くことと微笑みですが、ここに崩壊の危険が生じてきたのです。
いま児童虐待の60%は実母によるものであり、赤ちゃんが虐待の対象となっているという悲劇が生じています。母親自身が自分の小さい頃に優しさをいっぱいに身に受けて育てられなかった場合に虐待が生じています。少子化時代で母親になるまで赤ちゃんに触れたことがない女性が多くなり、育児を相談する母親は遠く住んでおり、夫は長時間残業で孤立無援な状態の母親が増えています。母親の母性愛を活性化し、マザーリングの効果を高めることなしに児童虐待はなくなりません。虐待を受けなくても、微笑みを知らないで成長した子どもが将来どのような大人として生きていくのでしょうか。
いま日本の中で競争に明け暮れて他者を敵とみなす文化が横行しています。赤ちゃんのみならず、少年や青年、大人たちもこころから朗らかに笑い合っている風景はほんとうに少なくなりました。他者の笑顔を見て苦々しく感じたり、嫉妬したりする感情があります。お金では買えないものがあるということをよく分かって大事にすることをいつの間にか忘れてしまった日本は、あどけない赤ちゃんの世界に悲劇が忍び寄っているいることに気づいてハットしますが、明日また会社に出れば業績評価に我を忘れて他者を蹴飛ばす文化に否応なく入り込んでいきます。いまそれを主導している団塊の世代という大人は、いわば母親の愛情を受けて成長することのできた最後の世代ではないでしょうか。彼らは学生時代の学生反乱の時に、自分たちの母親がキャラメルをもってなだめに来た世代なのです。いささか母子関係至上主義に陥ったかもしれませんが、ほんとうに人間の一番大事な原生的な愛情関係が静かに足元から崩れていっているような不安に襲われます。その元凶は云うまでもなく、竹中氏が領導するシカゴ学派新古典派市場原理にあるのですが、その仕組みはまた日を改めて考えたいと思います。小林美智子氏の論考(別冊『環』10)参照。(2005/8/7
13:45)
[アホで間抜けな、救いがたいアメリカ人は地獄に堕ちよー媚びへつらう日本とは一体なんだ]
広島と長崎への原爆投下に関する米ギャラップ調査(5日発表 全米18歳以上1010人対象)は、アメリカ人の戦後60周年の学習水準の低劣さを浮き彫りにした。
@広島・長崎への原爆投下を支持するか 支持する57% 支持しない38%
A原爆投下が戦争終結を早め米国人の命を救ったと思うか 救った80% 救わなかった16%
B原爆投下は日本人の命を救ったか、日本人の犠牲者を増やしたか 救った41% 犠牲者を増やした47%
C原爆投下支持者の男女比 男性73% 女性42%
D支持政党別原爆投下支持者 共和党73% 民主党47%
この驚くべき米国人の意識をあなたはどう思うか。60年を経て米国人の学習は全く進んでいないこと、世界の反核平和運動の訴えがまったく米国人に届いていないこと。ギャラップ社がこうした質問をすること自体の犯罪性を全く自覚していないこと。原爆投下の意義自体を問うことが戦争犯罪であることはすでに戦後世界の常識になっているにもかかわらず、ギャラップ社は脳天気な調査をして恥じない。要するにアメリカ人の意識の軽蔑すべき低さがそのまま今の米国政府の政策に反映し、大量破壊兵器のないイラクを侵略して占領をしていることをそのまま認める要因となっている。国際法で核兵器とその使用が「人道に対する罪」となっていることを知らない無知をさらけ出し、しかも核先制攻撃を公言してはばからない米国の知的水準の無残な低劣性を示している。アメリカ市民よ、あなた方にとってベトナム戦争のトラウマは何であったのか、イラクで罪もない幼子が死んでいる事態をどう思うのか、アメリカはもはや古代ローマ帝国の崩壊の如く音を立てて崩れいくであろう。星条旗をみてはひざまずく東アジアのジュニア・パートナーも地獄への道行きをともにしている。
毎年印象深いことは、8月6日の広島原爆記念式典での日本首相の挨拶の美辞麗句の質の低さに較べて、広島市長の平和宣言の恐ろしいまでの告発型矜持の高貴さと精神の貴族性だ。そこで秋葉忠利市長は次のように云っている。「世界の市民が、地球の未来はあたかも自分一人の肩に懸かっているかのような危機感を持って自らの責任に目覚め、新たな決意で核廃絶をめざして行動するための具体的な指針」をつくろうと。被爆者がますます安らかに眠ることができない時代を私たちがつくってきたことを痛烈に告発し、核廃絶の崇高な使命を呼びかけている。
そしてなお私は広島市長に呼びかけたい。慟哭の幽明の境を超えてあの日を振り返る私たちは、同時に我が祖国が犯した戦争犯罪の犠牲者に哀切の追悼の誠を捧げなければならないのではないか。2000万人のアジア人を虐殺したこの国の恥ずべき戦争犯罪に対して土下座して詫びなければならないのではないか。広島が全世界に核の悪を訴えるときに、同時に祖父たちが犯した残酷な罪責への悔い改めを示すべきではないか。ここにこそ類い希なる気高い響きを持った日本語である広島市長平和宣言の唯一の欠陥がある。(2005/8/6
18:18)
[Denkmal der ermorderen Juden Europasと靖国論争]
ペーター・アイゼンマン設計によるホロコースト記念碑がドイツ敗戦60周年記念日の5月8日の翌々日10日に完成し公開された。第3帝国時代のナチ政治機構の中枢であったブランデンブルグ門に近接する約1万uの敷地に、2700基の石柱が整然と並んでいる。墓標の事績やレリーフは一切なく、文字の説明版はただここで日光浴をするなとか自転車を立てかけるな等の注意がドイツ語で記してあるに過ぎない。いわゆる記念碑は荘厳な形式でメッセージを伝える垂直的な権威を持っているが、この記念碑はそのようなものはない。高さの違う石柱が整然と並んでおり、訪れるものを戸惑わせ不安にさせる。ただ地下室には5つの展示空間によって、ホロコーストやシンテイ・ロマなどの迫害の資料が陳列され、全欧の虐殺記念館のデータベースとなっている。記念碑は完全にオープンであり、無防備であるからいつでもネオナチが襲撃することができる。アイゼンマンの設計思想はコンペで第1位を獲得し連邦議会の可決を経て国家意志として建設された。
1999年の記念碑建設決定から17年間に亘って記念碑論争が展開され、ユダヤ人に限定するのはおかしい、ユダヤ人以外の犠牲者を悼むべきだとか、ドレスデン大空襲に見られるドイツ人犠牲者も悼むべきだという歴史修正主義など激しい論争が展開された。さらにアイゼマン構想もベルリンの中心に建てることで僻地の記念所が疎外されるなど多様な議論が展開された。
しかし私たちが認めなければならないのは、ホロコースト犠牲者の多数がほぼこの世を去りつつある60年を経た現在に、ドイツ国民が自覚的に犯罪と罪を認め、忘却を防ぐ記憶の装置を首都の中心部の広大な敷地に建てたことである。日本で云えば、千代田区の皇居前広場をすべてつぶして戦争責任を謝罪する記念碑を建てたことに等しい。「Erinnerungskultur想起の文化」の日本とドイツの目眩くような差異を目の前に突きつけられて呆然となる。一方は、侵略と抑圧の犯罪をすべて認め悔い改めるために、首相が大地にひざまずいて接吻して赦しを請う文化であり、他方は他国の犠牲者への悔い改めを放擲して最高責任者を神と扱い自国の死者を英霊として慰霊する文化である。
靖国論争がどのような進展をたどろうとも、あくまで自国民の犠牲者を弔うウルトラナショナルな心情によるものに過ぎない。侵略と植民地支配という言葉すら歴史から抹殺する国会決議を挙げて恥じない国がこの国の実態ではある。他人の家に攻め込んで虐殺したり、その家の言葉や生命を奪って変えさせたりした家があったら、その家はどうなるか小学生でも分かる最も恥ずべき恐ろしい犯罪ではないか。千代田区の皇居の真ん中に、侵略と南京大虐殺を初めとする東アジアの犠牲者を弔う施設ができるまで、日本の戦後は終わらない。薄汚れた政治屋が小泉とか安倍を名乗って媚びへつらうポピュリズムに浮かれている限り、そのような時代が来るのは遙かに遠い。『未来』05年8月号参照。(2005/8/5
17:34)
[天皇陵は実証史学の成果を排除するのかー外池昇『事典 陸墓参考地』(吉川弘文館)]
宮内庁が管理する陸墓(天皇・皇族の墓地)と陸墓候補地(その可能性のある墓)のうち、陸墓の治定(指定)は確定済みとされているが、うち9天皇陵(応神・反正・充恭・雄略・顕宗・武烈・桓武・光孝・仲恭)は疑問符が打たれ参考値にその候補が記載され、確定済みの天皇陵に宮内庁自身が疑念を抱いていたことが明らかとなった。1949年10月に宮内庁書陵部が作成した『陸墓参考地一覧』という1次資料の発見によってだ。そこではそれぞれの参考地の所在地と指定年月日、想定被葬者名をあげ、その確度を3段階で分流している。東山本町陸墓参考地の被葬者として仲恭天皇を挙げ、現稜よりも確かだと記載がある。稜とは天皇・皇后などの墓所であり、その他の皇族の墓所は墓と呼ばれ、その可能性のあるものを陸墓参考地とし、その他天皇の文骨所、火葬塚、灰塚など全国に896カ所ある。臨時陸墓調査会(1935−44年)資料では、今城塚古墳が真の継体天皇陵であり、太田茶臼山古墳は疑問だとの記載もあり、宮内庁内部では一定の実証と検討がなされていたことが分かる。
天皇陵は幕末から明治憲法制定時に指定されたが、その大部分は墓誌がなく古墳の年代決定も困難で8世紀頃には被葬者は不明となっていた。架空の神武天皇から古墳期までの42代天皇に限定しても、確定的なものは天武・持統・天智の2基であり、他は根拠がないことが明らかであったにもかかわらず、宮内庁は学会と研究者の立入を拒否し、聖地として非公開としてきた。倒幕後の新たな天皇制権力を創出するための無理があった。
天皇家は式年祭としての祖先崇拝をおこない、毎年陸墓に勅使を派遣して慰霊をおこなってきたが、その対象が実証的に否定されたものであるという根元的な矛盾に直面しているにもかかわらず、聖域として固執してきた。宮内庁管理の陸墓は240基の古墳を含み、古代史と国家形成史の研究に不可欠の文化財であるのも関わらず、私的に秘匿されてきた。むしろこれは天皇制の側から見ても不幸なことではないか。陸墓が国指定の史跡となり、政府による調査・保存対象として公的に位置づけ、公開を保障した上で天皇家としての私的な祖先祭祀を営むべきではないか。王政が継続されている世界の国のなかで、古代の王墓を王家が私的に秘匿して公開しない異常な事態が続いている。一方で政府予算を投下する宮内庁財政から祭祀費を賄うという実態は、宮内庁陸墓行政の基本的な在り方を問い直すことになろう。(2005/8/5
8:10)
[ウワー! 東京の教師は陸上自衛隊で研修するのか]
東京都教委は都内公立学校の10年経験者研修を新たに陸上自衛隊基地でおこなうそうだ。自衛隊での公的な教師研修は戦後史上初めての事態ではないだろうか。「陸上自衛隊広報センターや朝霞駐屯地を見学し、国民生活を守るための自衛隊の役割や意義について学ぶ。基本教練(着替えなくてもできる基本的な動作訓練)や給食も体験する)」(都教委HP)としている。自衛隊はあきらかに国家暴力部隊として人殺しの技術を独占している組織であり、憲法9条との整合性をめぐり、国民の意見は分かれ最終的な司法判断も出ていない。10年経験者研修は義務研修であり、勤務と同じ扱いであり、その内容は評価対象となる。教育基本法を遵守しなければならない義務を負う教育公務員が、、軍隊組織の殺人技術の研修をすること自体が矛盾であるにもかかわらず、こうした研修を命令するとは・・・・・。「見学だけで一緒に動作をすることはない」と説明しているが、本質的にどういう意味を持っているのか理解していないのだろうか。
今でも学校によっては運動会などで軍隊式の分列行進をおこない、本部席前でナチス型敬礼をおこなわせている。何も知らない子どもたちが凛々しくナチス型敬礼を真剣にしているのを見ていると、胸が痛む。東京オリンピックの開会式で、日本選手団がメーンスタジアムに向かっておこない全世界に衝撃を与えたことを思い出す。ラッパが鳴り渡り、旗が翻るとき、人間は考えることを止めてしまうーという言葉があったが、教育の世界に軍隊が入ったときにその国はかなり末期症状にあるということを示しているサインだと思った方がいい。アフリカの内戦で発生している多くの子ども兵のつぶらな瞳を見ると、その無残な姿に言葉を失う。
東京都の教師たちは、軍隊へ一日入隊して軍事訓練を受けて学校へ帰り、翩翻とひるがえる日の丸のもとで大声で君が代を歌うのか。その最大の被害者は、信頼する教師のその姿を見て、一生懸命にその真似をして精一杯に身体を動かそうとするあどけない子どもたちそのものだ。子どもたちは誇らしく軍人をたたえ、自分の将来像を結ぶ。これは60年前の日本の姿そのものではないか。東京都教委は、憲法・教育基本法・学校教育法の教育の中立性原則を蹂躙した容疑で逮捕され裁かれなければならない。都教委のメンバーは総辞職し、再び戦争には加担しない教師をメンバーとして刷新されなければならない。歴史の法廷は、厳然としてその虚妄を裁き、歴史の藻くずとして葬り去るであろう。(2005/8/4
7:23)
[脳死3ヶ月で女児出産ー脳死ははたして死か]
米バージニア州リッチモンドで、国立保健研究所でワクチンの研究をしていたスーザン・トーレス(26)は5月7日に悪性黒色腫が脳に転移して脳卒中となり、脳死と判定されたが、妊娠17週目で家族が無事出産できるまで3ヶ月間にわたって生命維持装置が付けられていた。医師は32週まで待って出産させる意向であったが、24週が過ぎた段階で帝王切開で女児スーザン・アン・キャサリンがうまれた。脳死状態の延命措置は通常は数日から1週間であるが、1年以上生存したり、100日以上たって出産した例もある。さて私たちは脳死の法的な基準をどう考えたらいいのであろうか。
脳死者は健常者と同じく触ると温かく脈を打ち、ラザロ徴候という両手を合わせて祈る動作もでき、臓器移植のために執刀すると血圧や脈拍が急上昇した後にのたうち回るので、麻酔や筋肉弛緩剤を投与して動けなくする。子どもの脳死者が21年も生き延びて、大人の体躯と同じように成長し、第2次性徴を迎えた例もある。
厚労省は多額の資金を投入して高校生向けの脳死移植普及の副読本を作成し、臓器移植法改定案は臓器移植可能年齢を現行15歳から12歳に引き下げる移植教育の充実を謳っている。脳死の段階で法的に死者となった人が出産し、子どもは正常に生育する。脳死とは早期移植のための合法殺人と言える側面を明らかに持っている。日本移植学会によれば(『移植』最新号)、死の新たな概念を導入すべきだという。それは「死」・「殺」と「与死」という概念だ。与死とは「社会の規律によって与えられる死を本人が受容する死」のことだという。脳死者は与死の対象であり、脳死者に対する『殺意』を非論理的として排除しないという。
脳死推進論者はあきらかに生者への殺害の意志を持っていることが分かる。新たな生命の再生とか麗しい貢献だとかさまざまの美辞麗句を用いながらも、やはりそれは殺人なのだという原生的な生命の論理がある。脳死による不可逆的な死が確定していたとしても、やはりそれは人為的な生命の短縮としての殺害行為なのだ。脳死移植を推進する人たちは、どこかに強者の論理がある。「社会から与えられる死」という発想は明らかにソフトな死の強制のイメージがある。妊娠中の脳死者から臓器を摘出しても原理的には許されるのだ。こうした生命の人工的な操作の発想は、どこかナチス優生思想と結んでいるような気がする。効率と自己利益を生存原理とする英国功利思想の罪は深い。(2005/8/3
19:19)
[猛暑のなかの大掃除]
私の自宅の大掃除は年末1回という暗黙の了解があるようなのですが、年末の旅行などでそれすらなくなることがあり、薄汚れたゴミが散らかっています。今年は盆前後も年末も旅行の予定を入れたため、この猛暑のなかで思い切って大掃除を行いました。朝の涼しいうちから始めて昼の2時ぐらいまで2日間かけておこないました。まず天上の上から始めて、各部屋に満載となっている書籍の整理と本棚の掃除を行い、床に掃除機をかけてワックスを塗り、一つ一つの部屋をつぶしていくというのがわが家のやり方です。
朝でもすぐに全身から汗が噴き出して首にタオルを掛けて汗を拭いながら、せっせとおこないます。古いとても思い出が詰まったノートや書籍も、なぜか最近は惜しげもなく廃棄する方へ回します。小物の収集品もあれだけ情熱をかけて集めたにもかかわらず、アッサリと処分されます。部屋は見事に空間が拡がり、せせこましく見えた部屋が一時でもなにかオープンな感じになるとこころの中まで開いていくような感じです。机の上がきれいになって、雑巾をかけると汚れていたものが白くかがやき始めてある快感が湧き起こってきます。滴り落ちる汗を拭っていると、まさに身体をいじめる疲労感とともに何かをやり遂げる達成感に包まれます。
妻はもっぱら台所とリビング中心に厨房器具をセッセと掃除しています。汗が滲んで紅潮した顔はなにか生きているという実感が湧き起こってきます。ワックスを掛けた後にすべての家具を元の位置に戻すと、また前の狭い空間に戻りますが、なにか新しい生活が始まるような充実感があります。一息ついて冷たいお茶を飲むときの快感も忘れられません。ちょうど昼時となり、冷やしラーメンを食べます。ここで缶ビールがあればいいのですが、残念ながら切らしてしまいました。その後の一服のタバコがまた堪えられません。妻は厳格な禁煙主義者のため、私に痛罵を浴びせますが、私は素知らぬふりをして別の部屋に行ってゆっくりと煙を味わいます。しかし私の部屋は煙害でいろんなものが黄ばんでおり、家具やパソコンや窓ガラスを拭くと黄色い汚れで雑巾が使い物にならなくなります。私の肺も同じなのかと想像するとこの時ばかりはゾーッとする気持に襲われます。一切が終わった後に、風呂に入り一汗かいて冷水を浴びます。なにかすべてを成し遂げた後の救いのような瞬間です。こうしてはじめて勇気をふるって夏の猛暑のなかで決行した大掃除の様子を記していると、ふとあの有名な国鉄労働者・濱口国雄の「便所掃除」という詩が浮かんできました。全霊込めて遂行する掃除はじつは祈りにも似た祝福と至福の時でもあるかのようです。私がこの詩をはじめて知ったのは、真壁仁『詩の中に目覚める日本』(岩波新書)でした。学生にこの詩を読んでやると、一部で失笑が起こり困ってしまったことも思い出します。真壁さんはもう亡くなったのでしょうか。こうした詩を編纂する詩人のこころに打たれたことを想い起こします。以上熱い暑い夏の日の大掃除でした。そうしてはるかイラクでは摂氏50度を超えて水も電気もない家の中で多くの子どもたちが死にむいています。(2005/8/3
15:44)
[ネット社会における自由の精神]
ソフトの設計図であるソースコードをインターネット上で公開し、コピーを無制限に認めるものをフリーソフトというが、その中には有料ソフトと組み合わせたり、必ずしも無料ではないのもあり、無制限に利用できるものを「自由なソフト」ともいう。「自由なソフト」は誰でも修正可能で、改良版の公開も自由であり、より高品質で安全なものになる。その象徴がリナックスというOSでありいまやウインドウズの牙城に迫りつつある。フランスは02年に学校・教育機関2万8000以上の公共機関でリナックスの採用を決め、自由なソフトの公共利用を進めている。
ソースコードを非公開とするOSは、重大な欠陥の見落としやメーカーによる悪用など特定の私企業による利益優先の危険がある。ウインドウズはこうしたOSの独占による世界制覇を果たし、全世界は米国の僕となった。自由ソフトは、初期投資のみでPCを増やすたびに支払うライセンス料もない。少数精鋭で企業がつくり出すソフトは必ずしもセキュリテイーの最善を意味しない。こうしてフランスは世界最大のリナックス利用国となった。
先進国でインターネットの導入が最も遅れた国はフランスだ。いうまでもなくウインドウズの英語を嫌悪し、マイクロソフトの欧州支配に抵抗したからだ。以来フランスでは、自由ソフトの開発が進み、人事管理や会計ソフトに至るまでネット上で公開され自由に利用することができる。ネット・デモクラシーやネテイズンの思想が日常生活に浸透している。市民は私企業の秘匿された高水準のソフトよりも、ネット上で吟味された自由ソフトへの信頼度が高い。
こうしたフランス・ネット社会は、基底に1789年のフランス革命の輝かしい自由と平等の理念があることは容易に想像される。マイクロソフトの世界帝国に果敢に挑戦するフランスと、ウインドウズに屈従しながらひたすら米国型情報社会をめざす日本の文化的な質の差を思い知らされる。かく言う私もウインドウズの最新版を追ってあたふたしている。(2005/8/2
20:23)
[もしイエスが再臨したならば・・・・・・堀田善衛『路上の人』(新潮社)]
1000年はローマ法王庁挙げての大混乱の年であった。なぜならイエス処刑後千年を経てイエスは再び地上に姿を現し、1001年に千年王国をつくるという予言があったからだ。ローマ法王庁は自らの施政が聖書とは似ても似つかぬ汚濁のものであることを恐れ、再臨イエスが民衆に山上の垂訓を修正したり追加したりするとまさに大混乱になるとして、各地で出現した自称再臨イエスを悉く逮捕して火刑に処した。ローマ法王庁を批判するすべての言説を異端として虐殺した。13世紀西欧にようやく町や都市が形成され、王権と教権が拮抗し合いながら血なまぐさい戦闘を繰り広げた。この小説には、聖職者や密使、騎士、尼僧、乞食、異端派などが入り乱れて登場し、中世の光と影を浮かび上がらせる。
わたしが注目したのは、ローマ教会から独立して、原始キリスト教の清貧に帰るフランチェスコ教団とドミニコ教団が公認されて以降、堕落を極め、フランチェスコ派は免罪符を売りまくって巨大な金を集め、ドミニコ派は異端審問の先頭に立って教皇の座を独占するに至ったのに対し、カタリ派は現世利益をすべて棄てて原始イエスを守る最大の異端として徹底的な弾圧を受けるに至ったことだ。ローマ法王庁は血なまぐさい弾圧をカタリ派に加えて葬り去った。ローマ教会内部の神学論争も熾烈を極めアリストテレス派は徹底的な弾圧を受けた。異端審問官の審問内容の一部は次のようなものだ。
@イエスは笑ったことがあるかないか 正解は?
A天使は男か女か 正解は?
Bイエスは再臨するか否か 正解は?
Cユダも神が使わした人間か?
要するに正解はないのである。どう答えても異端の結論が出るような質問を用意して容赦なく火刑にしたのだ。教会は金銀財宝を独占し、「教会に金銀が入り込むと神は出ていく」とか「金ぴかのキリスト受難像は毒入りの葡萄酒に同じ」という堕落した世俗権力となった。誰もQuo
Vadis,Domine?と問いかけることはしなかった。中世キリスト教は原始イエスを否定して、暴行から略奪、戦争などあらゆる権謀術数をめぐらす悪魔の使徒となった。みずからをカソリック(普遍)と称して。
私は2つのことを思う。1つはあらゆる教義やイデーの創始者の思想が民衆をとらえるや、後継の次世代指導者はその権力を堕落させ民衆支配に転化するのではないか。マルクスーレーニンースターリン・毛沢東、親鸞ー蓮如などなど。カタリ派は日本で云えば日蓮宗不受不施派ではないか。第2は本質的に思想と権力は表裏一体であり、思想の実現のために反対派を弾圧するのではないか。さらにはイエス自身のうちに思想の権力性はないか。
少なくともブッシュのユニラテラリズムの背後にあるキリスト教原理主義は、原始キリスト教ではなく中世キリスト教の論理によって行動している。ブッシュは、予防戦争と核先制攻撃を聖戦の名において認めようとしている。中世キリスト教の目を覆う残虐さとブッシュ米軍の残虐さは本質的に同じだ。(2005/8/1
23:00)
[猛暑のなかを単独行動主義に立ち向かうダヴィテはいないか?!]
米・豪・日・中・印・韓の6ヶ国が新たな地球温暖化協定の「クリーンな開発と気候に関するアジア・大平洋パートナーシップ」計画を発表した。6ヶ国の温室効果ガス排出量が世界の48%を占めるに至っているとし、京都議定書を補完するとしている。この計画は、経済発展の枠組みのなかでクリーンエネルギー技術開発に中心を置き、数値目標規制を課さないという点で、京都議定書の戦略とは全く異なる。豪州環境相は「京都議定書は世界の要求にふさわしくないのは明白だ」とし、米国に追随して京都議定書から離脱し、今次計画が米豪主導で推進されたことは明確だ。京都議定書は、08−12年までに先進国全体で90年比5%削減を決め、日本6%、EU8%と国別目標を決め、現在152ヶ国・地域が批准し、削減対象国は世界排出量の61,6%を占めている。新計画の自主的手段に任された技術協定で排出規制をしない計画は、実質的に温暖化ガス排出を無制限に許容しながら技術開発をおこなうという、京都議定書を失効させる役割を担う。削減義務がない中・インド・韓国の技術開発への善意を肯定したとしても、議長国であり削減義務がある日本が先頭に立って議定書パラダイムに打撃を与える行動を起こすとは、米国単独行動主義への追随も目を覆わしめるものがある。特に豪州の米国追随は極まっており、米国の核先制攻撃戦略について「今や脅威は国境を越えたテロだ。先制攻撃を禁止した国連憲章は改訂すべきだ」(豪ハワード首相)と国連否定論を述べるまでに至っている。6ヶ国の会議は、京都議定書第1回締約国会議が開かれる11月(モントリオール)にわざわざぶつけて豪州で開かれるそうだ。
今年の猛暑も激しく連日40度近い暑さの日が続いている。24時間クーラーをかけっぱなしにして都市気温は急上昇し、日本列島の昆虫を中心とする生命限界は急速に北進し、生態系の異変が進行している。ところが経済界の要求で排出源の削減規制は進まず、せいぜいネクタイをとって冷房を28度に抑える程度でお茶を濁している。政府首脳がネクタイをとれば、庶民満天下に至るまで右ならへするファッシズムが進展し(あるファッション評論家)、21世紀初頭の日本はクール・ヴィズファッシズムという奇妙なファッション独裁があたかも市民自ら受け入れるかのように進んでいる。自ら作成の責任を担った京都議定書のパラダイムを崩す犯罪行為に加担して恥じないまでに、日本政府のレベルは地に堕ちている。
ラデイカルに思考しラデイカルに行動する時代がきた。環境のラデイカルな破壊をものともせず、「我が亡き後に洪水は来たれ」とする単独行動主義がラデイカルになればなるほど、抵抗もラデイカルになるだろう。ラデイカルとは急進的という意味ではなく、根元的という意味だ。もしあなたの子どもや孫が生きていく地球を思えば、私たちは最もラデイカルになることができる。徒手空拳で怪物に立ち向かうダヴィテのように。まだ9時過ぎという朝にもかかわらず、30度を超える暑さでわが家と私の頭脳もカッカとしてくる。(2005/7/29
9:27)
[羽仁五郎『ミケランジェロ』(岩波新書)]
先日のNHKで偶然にフィレンツエを紹介するなkで、この書が取りあげられていた。私は学生時代にこの書を購入したのですがついに読むことなく今に至っていました。羽仁五郎の主著であり、その後のルネサンス研究の必読書となった本書は、現在の研究水準から見るともはやもはや古い点もあるのでしょうが、しかしそこにあるほとばしり出るようなパッションはいまもって輝きを放っているようです。冒頭の部分を紹介しましょう。
ミケランジェロはいま生きている。疑う人はダヴィテをみよ。ダヴィテは少年である。かれが怪物ゴリアを倒す決心をつげたとき、ひとびとはかれをとめた、が、確信を持ったかれは、1本の石投げに石を持っただけで、ゴリアに向かっていった。そして、少年ダヴィデはついに怪物ゴリアを倒した。(中略)身に一糸もつけず、まっしろの大理石のまっぱだかである。そして左手に石投げの革を肩から背にかけ、ゴリアを倒すべき石は右手にしっかりと握っている。左足はまさに動く。見よ、かれの口はかたくとざされ、うつくしい髪の下に理知と力とにふかく刻まれた眉を上げて眼は人類の的を、民衆の敵を凝視する。(中略)失われた歴史をひとびとがどんなに忘れ去ろうとしようと、かればかりはそのかってのたたかいをいまのことのように、いな、将来の希望のように、語ってやまないのである。屈せざる歴史いな人生の希望スペランツアのために。(中略)ダヴィテをながむる人は、現代の人は現代のこころの限りを込めて、この像を見つめることが許される。ミケランジェロを近代的にあまりに近代的に理解すべきでない、などという凡庸歴史家たちに対しては、ミケランジェロ自身が彼の言葉を投げつける、”10世紀も後になって見よ!”と。
羽仁五郎は1901年にうまれ1983年にこの世を去った国会図書館の創立者です。彼は1939年の38歳でこの書を上梓している。39年はノモンハン事件・国民精神総動員法・第2次大戦などを経て41年の真珠湾攻撃に至るファッシズムと戦争体制へ突入する年です。若き羽仁五郎はこの書を残して治安維持法で逮捕されます。怪物ゴリアは当時の軍部ファッシズムの暗喩であり、ダヴィデは抵抗する反戦民主勢力の絶望的なたたかいを象徴しています。しかしその文体にあふれている希望と決意はまるで戦時下を想像させない確たる決意をみなぎらせています。多くの学生・知識人はこの書から羽仁の呼びかけと励ましを感じとったに違いありません。
2005年の今、新たな戦前とも云うべき時代に逢着しているようです。ともすれば諦めかねないような雰囲気がみちみちていますが、羽仁が生きた時代とは比較にならない抵抗の力も厳然とあります。ダヴィテは完全に孤立してなお屹立しましたが、いまなんと多くのダヴィテが日本と世界に「石」をもって立ち向かおうとしているでしょう。60年を経て明らかに私たちは、ダヴィテたりうるか確かめられているようです。羽仁の晩年のふるまいについては疑問を持つ人もいるでしょうが、それでもって『ミケランジェロ』の輝かしい意味を否定することはできません。ダヴィテの「石」は、理知の力こそ最後に勝利することを告げています。(2005/27
11:26)
[光復の思想と戦後日本ー5 BULLETS IN OUR HEARTS]
8月15日は韓国にとって植民地支配からの解放を意味する光復節だ。植民地支配期にもたらされた日常日本語を一掃するデータベースが構築され、ネットで市民に名残の日本語の提供を呼びかけ、重要な指摘は光復節で表彰される。「おでん」・「うどん」・「さくら」などの「日帝残滓用語」が容赦なく清算され追放される。「日本よ、出てこい、と言いたい。言葉だけの謝罪よりも未来に向けた行動を見たい。世界のさまざまな苦しみから逃げるな」とマレーシアの平和NPO「ヒロシマ・マーチ」の主催者は言う。
ロンドン警視庁は新たな「クラトス」作戦を展開し、テロ犯狙撃は胸部を銃撃すると爆発する恐れがあるために下半身ではなく頭を狙うように指示され、無関係のブラジル人の頭部に5発の銃弾を撃ち込んで射殺した。警視庁内に組織されたSO19と呼ばれる約400人の特別武装班は、日常はジーパン姿の私服で行動し、ブラジル人青年は彼らをチンピラと思って逃げたのだという。特別武装班は、相手が有色系外国人だから射撃したのであり、白人だったら射撃しなかったであろう。「クラトス」作戦をイスラエルから学んだ警視総監は「自爆テロの実行を確実に止める方法は1つしかない。脳を即自に完全に破壊することだ」(英紙ニューズ・オブ・ザワールド24日付け)と述べ、「今後も新たな犠牲者が出るかも知れない」とこの方針を継続するとしている。彼らが撃つのは有色人種であり、白人ではない。5
BULLETS IN OUR HEARTSはストックウエル駅前に置かれたブラジル人青年を悼んで置かれた花束にそえられた言葉。
クラトス(権力)はゼウスの僕で、天上の火を人間に与えたプロメテウスを山に縛り付けた。デモクラシーとjはデモス(民衆)のクラトス(権力)が語源だ。しかしクラトスはビア(暴力)という兄弟がおり、いつも互いに惹かれ合っている。現代はクラトスがビアの言うままになって世界を混乱の地獄におとしいれている。
1942年8月29日の阪神甲子園球場は、夏の大会を中止させて文部省が呼びかけた「錬成野球大会」(いわゆる幻の甲子園)が開催された。大会スローガン「戦時下に示さん 日本の底力」のもと、選手宣誓は「戦士答辞」と言い換えられ「必勝不敗の信念を持って皇国次代を双肩に担うべき青年学徒として戦う」と読み上げられ、スコアボードには「聖戦完遂」・「戦い抜こう大東亜戦」と戦意高揚文字が並んだ。試合中のイニングの合間に「軍務公用放送」というアナウンスが流れ、「○○さん、急用ですからご自宅にお戻り下さい」と放送された。それだけで観衆は、ああ召集令状が来たんだな、頑張れと拍手を送った。甲子園で戦った球児たちは次々と戦場に派遣されて二度と帰ってこなかったが、かって天皇のために死ねと命令した指導部はいまキムジョンイルの独裁を嘲り笑っている。それは自分自身の60年前の姿なのだ。
鬼畜米英と怒号して300万人を犠牲にした日本帝国は不思議なことにマッカーサー占領軍を媚びへつらって迎えた。米軍写真班員は次のように言う。「誰もが街を行く僕らを振り返りジッと見つめる。兵隊は陰気に黙り込み、何を考えているのか見当も付かない者もいる。この連中がどうして世界を征服できるなどと思い込んだのだろう」。マッカーサーは厚木飛行場に降りたときに完全に丸腰だった。GHQにあてた日本人の投書は推定で50万通に及び、いつまでも日本の支配者として留まって下さいと願う手紙もあった。外国占領者にこれほど熱烈なファンレターを送った例は世界史上に皆無だ。昭和天皇がもっと占領を続けてくれーとマッカーサーに頼んだナンテいう日記を読むと笑えてくる。いわんやあれほど鬼畜米英を宣揚した指導者が、占領軍に対するテロを実行しないばかりか、姿勢を180度転換させて媚びへつらいの態度を見せた。それは今も続いている。
こうした精神構造を決定的に清算せずズルズルと戦後60年を歩んできた日本は、今度は太平洋戦争は侵略ではなくアジア解放の戦争であったとうそぶきはじめた。強者追随と弱者迫害が同時進行する日本の精神構造を原理的に解明し、大勢追随の没主体という前近代的遺産を歴史の表舞台から退場させるには何が必要か、一度たちどまって静かに沈潜して考えることが必要だ。
のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて 足乳根の母は死にたまふなり
めん鶏ら砂あび居たれひつそりと 剃刀研人は過ぎ行きにけり (斎藤茂吉)
最高指導者は常に屋根の上にいて、民はひっそりといつも死んでいったのだ。めん鶏はギャアギャア云いながらいつも殺されていったのだ。茂吉の歌はこわい。(2005/7/25
23:15)
[史上最も偉大な哲学者がなぜカール・マルクスなのか?]
英国BBCラジオ4「われらの時代」のウエブサイトが6月から人類史を通じて「最も偉大な哲学者」の一般視聴者投票をおこない、3万4千人が投票し、第1位マルクス(27.93%)・第2位デイビッド・ヒューム(12,69%)という結果がでた。歴史学者エリック・ホブズボームは「ソ連崩壊でマルクスは解き放たれ、人々はマルクスの幅広い著作を再発見し、21世紀における経済のグローバル化の性質と事実についての予言に驚かされながらマルクスを読み直している。最大の理由は、多くの人にとって哲学は、物事を考えるだけでなく理解し今の世界を変えることであり、哲学者たちは世界を解釈してきただけであり、大切なことはそれを変えることであるというマルクスの言葉に魅力を感じている」とコメントしている。
いま日本で同じ投票をおこなってもマルクスが上位に出ることは考えられない。マルクスは日本にとっては本来的に輸入思想であり、しかもソ連や北朝鮮の悪しきイメージを伴って地にまみれているからだ。さらに戦前期天皇制の治安維持法によって、身体に反共の偏見が染みついてしまい、企業や職場で激しい排除の対象となっているからだ。マルクスが生きた欧州では、原始キリスト教以来の連綿と続いている社会協同の考えが歴史的に深く刻み込まれた日常意識としてあることをあらためて確認している。イギリス映画を観て驚いたのは、新入社員の紹介で全員が自分の支持政党を堂々と明らかにし、自分はコミュニストだという人に対してもアッケラカンと認め合って仕事を協同で進める職場の雰囲気があったことだ。
日本でマルクスを宣揚していた人々は、ソ連崩壊後にあっというまに潮を退くように姿を隠し、大学の経済学部で「マルクス経済学」という講座はせいぜい「社会経済学」とか「政治経済学」・「批判経済学」などと改称して細々と続いているに過ぎない。市場原理派の計量経済とか数理経済が跋扈する知の似非科学化が進んでいる。日本の学問と知の底の浅さが露呈され、時流に媚びへつらうシカゴ学派が栄華を極めている。欧州の揺るがぬ知の伝統と外来思想に媚びへつらう日本を較べると、溜息が出てきそうだ。(2005/7/23
9:44)
[デイアスポラ(根なし草)の哀しみ]
年老いてなお鋭い感性は衰えず発信を続ける評論家・加藤周一氏をあらためて確かめる文章であった(「夕陽妄語」朝日新聞7月20日付け夕刊)。氏は、都市化に伴う故郷の喪失感がただよう欧州とともに、母語を失って外国語でアイデンテイテイを表現しなければならない在日コリアンの故郷の喪失を問題にし、そうした条件の特殊性への深い執着のなかから、世界に向かって開かれた普遍性が詩的創造として登場するとする。そして想像力のあるすべての人にとってもそうであるとし、申有人(シン・ユイン 1914年生まれ)の詩を紹介する(『在日コリアン詩選集』土曜美術出版)。
コトバのツケ 申有人
わたしの日本語には
だれにも見せたくない
ひとつの恥部が
こころのおくに 影を落とし
(略)
知らぬ間に母のコトバを逐いだし
わたしの「人間」を奪い
わたしの主人になって
命令する日本語
(略)
母のコトバを逐いだした
日本語に黙ってしたがう
わたしは誰だったろう。
思えばロンドン同時多発テロの犯人と推定されている若いイスラム系英国人たちも、またこうしたデイアスポラの哀しみを抱えてアイデンテイテイーを模索したのではないだろうか。彼らが行き着いたのは、復讐を唱道するイスラム原理主義という悲劇的な母胎であった。彼らがリュックサックに爆弾を入れて談笑しながら歩いていく監視カメラの映像を見ると、なにかしらいたたまれない想いが込みあげてくる。世のしがらみを経過しない純潔の精神は、いともあっさりと「殉教者」の栄光を選び地獄へと転落していった。伊藤博文を殺害した安重根(アンジュングン)の精神とは遠く異なる致命的な打撃をイスラムに与え、世界を暴力とテロの連鎖の蟻疑獄へと導いていった。
昨年3月のマドリード列車同時爆破テロに関与したとして逮捕されたモロッコ出身の男性は、このテロで殺害された13歳のモロッコ系少女の義理の父親であることが判明した。男性の妻が前夫との間にもうけた少女は電車で通学中にテロで死亡した。男性は少女を実娘のように愛していたという。テロによって娘が死ぬことをすでに予想していたのであろうか。娘を犠牲にして無辜の市民を虐殺する行動に参加するに至った男性の精神の営みは一体何であったのであろうか。グローバリゼーションとは、多くのデイアスポラを出現させながらすすむ欧米多国籍企業の利益極大化に他ならず、暴力とテロの連鎖を絶つほんとうの標的にほかならない。(2005/7/21
9:43))
[プロボクシングWBCスーパーフライ級タイトルマッチ 徳山ー川嶋戦とチャングムの誓い]
私は力の限界を尽くして戦うボクシングが大好きで上京すると必ず後楽園ホールに行く。18日の徳山昌守ー川嶋勝重の一戦は、まさに両者の白熱した死闘であり、わずかに徳山のテクニックが上回った。川嶋のKO狙いのパンチは空を切ったが実に迫力ある鋭いものだった。川嶋の顔面は傷だらけとなって血が流れ、徳山も最終回にダウンを喫したが何とか持ちこたえた。試合終了のゴングが鳴ると、両者は互いの健闘をたたえ合ってリング上で抱擁し合った。秘術を尽くして闘い合った者同士の連帯感と達成感がそこにあった。こうしたスポーツの美しさは私たちの日常で味わえない感動をもたらす。私が徳山のファンであるのは、彼が北朝鮮国籍であり朝鮮学校での教育を受けて成長し、在日であることの悲哀を味わいながら生きてきたにもかかわらず、そのような雰囲気を越えたさわやかな人格を形成しているからだ。フェアーであることの尊厳は、1:1の死力を尽くした激闘のなかで示される。正義の感覚ジャステイスもまたそうだ。
最近NHKBSの韓国ドラマ『チャングムの誓い』にはまり込んでいる。朝鮮王朝の宮廷料理人から医者へと成長する若い女性の苦難の物語であり、現在の日本では時代離れしたジャステイスの純情を宮廷の陰湿な権力闘争のなかで描き、確かな正義の存在を浮かび上がらせる。妥協と付和雷同に満ちあふれている日本では、漫画のような正義が逆に忘れられたかすかな痛みをともなってよみがえる。王室と宮廷生活への憧れを肯定するものではないが、当時の最高水準の技術と技能の修得と継承が宮廷内での秘伝的なものであったのも事実であろう。そうした時代背景を越えて、人間の生きるジャステイスの感覚が現代韓国に受け入れられ、こうした番組を作成する基盤があることを考えると、いかに日本のメデイアの頽廃が進んでいるかに気づく。せいぜい日本では「水戸黄門」であろうが、そこには権力者の憐憫の正義があるだけで、庶民の内面と苦闘に迫る何ものもなく、せいぜいご老人たちがもったいないと涙を流して喜ぶだけだ。「水戸黄門」の葵の印籠に拍手を送る人々は、容易に石原慎太郎に投票するのではないだろうか。中国や韓国映画がなぜ現代人の胸を打つかを、日本は手遅れにならないうちに知らなければならない。公正と正義の感覚を失って、ジャングルの掟に嵌って互いに他人を誹り合う見苦しい姿に堕しているおのれの姿に気づくだろう。韓国映画を観ると、抑圧された純粋なジャステイスが踏みにじられたジャステイスの「恨」を生きるエネルギーに変えていくテーマが多い。チャングムの誓いの主題曲「オナラ」も、民衆の恨を絶唱するパンソリ歌手をめざす少女たちの3重唱だ。韓国の俳優や歌い手には、日本の俳優に見られるシニシズムが全くなく剛直な直球の感性があふれている。今どきの日本でジャステイスに殉じていのちを捨てても生き抜くなんて云うテーマは冷ややかに一顧だにされないだろう。だからこそ徳山ー川嶋戦は私の胸を打ったのだ。個の尊厳の確立がないままに成熟し爛熟し頽廃している日本に未来はないなあと率直に実感する。おそらく韓国の映画人は、独裁下の民主化抵抗運動に命をかけた体験のなかから、こうしたジャステイスの精神を培ってきたのであろう。(2005/7/20
9:31)
[現代版・治安維持法=共謀罪 こころの中を鷲掴みにする究極のファッシズム]
刑法の大原則は実行行為とその結果を犯罪とするが、その前段階の相談と合意を犯罪とする共謀罪の新設が審議入りしている。共謀罪は「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」(2002年)の批准に伴う国内法整備を目的に導入される。条約では「性質上国際的(越境的)でかつ組織的な犯罪集団」としてテロ集団や麻薬・人身売買組織・マフィアを想定しているが、日本政府案はそうした限定がなく、4年以上の懲役に当たる615種の犯罪がすべて対象となる無限定なものだ。不同意堕胎罪・住民税免脱罪など全く国際性がない犯罪をも対象としている。
さらに組織的犯罪集団などの限定もなく、単に「団体の活動として当該行為を実行する組織によりおこなわれるもの」として、犯罪目的でない団体をもすべて含むものであり、市民団体や宗教団体・労働組合・政党・NPOなどがすべて監視対象となる。最大の問題は、犯罪の「意志」というこころの中を処罰する点にある。日本国憲法19条が保障した「思想及び良心の自由」という絶対的な近代人権の領域を対象とする点にある。しかもそうした「意志の連絡」を処罰するためには、その連絡の手段と方法が捜査対象となり、室内会話・電話・携帯電話・FAX・メールを対象とする無制限の盗聴とスパイ捜査が許されることにある。盗聴器を自由にセットすることになる。犯罪着手前に自首したときは刑が減免されるため、スパイによるでっち上げという戦前型秘密警察が横行する。共謀罪の無罪の立証は、犯罪発生以前に逮捕されるために事実上不可能となる。米国型共謀罪は、犯罪の合意+凶器準備行為など客観的な准犯罪行為を成立要件としているが、日本政府案は「意志」のみを成立要件としている。
政府共謀罪案によって組織犯罪は抑制されるだろうか。あらゆる団体を対象とする捜査方法は、ほんとうに組織犯罪を計画する暴力団やマフィアへの選択と集中を削ぎ、無駄なコストと時間を分散させて効果はない。結果的に日本は国際的な組織犯罪の天国になるだろう。麻薬や人身売買が急増している現状の問題も、政治警察化して公安部門を強化している警察行政に基本的な問題がある。国際連合条約を大義名分に、条約の国内適用によって実は政府批判意見を権力によって封じ込める意図が透けて見える。戦前の治安維持法によって、政府批判派のみならず、学問と思想のすべてが弾圧され暗黒の独裁国家となり、軍部主導のファッシズムで悲惨な末路をたどった戦前の再版である。
日本政府がなぜこのような反民主主義的な治安立法を提出するのであろうか。統治者が将来の長期展望を構想できず、統治能力を喪失しつつあるときに、統治と支配の形態はしだいにソフトな形態からハードな形態へと手法を変える。擬似的な合意と自発が期待できなくなると、不安を煽り立てて恐怖による剥きだしの抑圧に転化する。対外的には東アジアでの国際関係構築の展望を失って台頭する中国・インドへの恐怖感と、対内的には国債濫発による財政崩壊と失業率・自殺率急増によるルサンチマンの蓄積を打開する政策能力を失って崩壊を予測するせっぱつまった限界に直面しつつあるからだ。
ただし私たちは注意しなければならない。断定的な空文句とパフォーマンスによって一定の支持を集め、お笑い・ファッション・グルメなどのメデイアを総動員した頽廃戦略に巻き込まれて、一定の民衆があたかも自ら望んだかのようにファッシズムの道を進んでいく可能性がある。下層民衆のルサンチマンを結集したナチス突撃隊によるユダヤ人を含むマイノリテイーへの攻撃は、満たされない自我の弱者攻撃によるフラストレーションの発散の最大の手段となった。いま会社や学校で続発するイジメや凶暴な暴力を一閃雲を払うかのように処断して解決する凶暴な指導者の到来を待ち望むガーデイアン・エンジェルズの意識が育ちつつある。(2005/7/18
11:43)
[日本女子バレー東北パイオニア監督アリー・セリンジャーの半生は、何を訴えているか]
幼いセリンジャーが乳母車に乗って母親に挽かれている古い写真がある。39年に彼と家族の運命は暗転した。ポーランド・クラクフの資産家セリンジャー家は広大な敷地をドイツ軍に没収され、両親と2歳のセエリンジャーセリンジャーは住むことを許されたが祖父母は遠くの村に追放された。ある時祖父母を訪ねて電車に乗ると、1人の少年が「この2人はユダヤ人だ!」と叫び警官によってセリンジャー母子は引きづり降ろされた。ユダヤ人が電車に乗ることは禁止されていた。その少年はセリンジャー家に新聞を売りに来る少年で、それまでの媚びを売る目が蔑みの目つきに変わっていた。まもなくユダヤ人ゲットーに移され、死の恐怖と飢えに苦しむ20万から30万人が暮らしていた。父親はアウシュヴィッツに送られた。幼いセリンジャーは食糧を入手するために、堀の下に穴を掘り、深夜近くの村に行って宝石と食べものを交換した。監視へに見つかればすぐ射殺され、村人に密告される恐れもあったが、村人に慈悲があるかどうかは雰囲気で分かった。。子ども特有の動物的な勘が働き生き延びた。目の前で何人ものユダヤ人がドイツ兵に殺されたが、泣くことは許されない贅沢だった。銃弾から逃れるために屋根裏の袋の間に10日間隠れた。その後母子はドイツ北部のベルゲン・ベルゼン収容所に家畜用列車に詰め込まれて移送された。すし詰めでしゃがむこともできず、食糧も水もなく発狂して死ぬ人や餓死する人が続出した。収容所に着くと衰弱した人はその場で射殺され、食べものは1日一切れのパンと水のようなスープだけであり、餓死と凍死や病死と銃殺など死は日常となった。火葬場に運ばれる死体を載せたトラックにはまだ動いている人がたくさんいた。骨と皮だけになった母子は2年間を生き延びた。僕が死ぬと母も死ぬと分かっていたので生きる意志だけは失わなかった。知恵を働かせて生死を分ける因果関係を観察した。それは恐怖、寒さなど感情と感覚すべてを殺すことであった。45年4月朝の点呼で数千人の名前のなかに母とセリンジャーの名前が呼ばれた。殺人収容所アウシュヴィッツに送られて、煙突を通って煙になるメンバーだった。
1945年4月7日、ドイツ降伏の1ヶ月前に数千人のユダヤ人を乗せた家畜用列車が出発し、途中故障で突然停車した。ドイツ兵の囁きが聞こえた。「僕も母もドイツ語が理解できた。彼らはユダヤ人全員を朝4時に川に連れて行こうと話していた。何をされるか分からない。逃げ出すなら今だ、僕と母にとっての最後のチャンスでした」深夜にこっそりと列車を抜けだして近くの泥沼に身を伏せた。冷たさで気を失いそうになる意識をたぐり寄せ、ドイツ兵がユダヤ人を整列させているのを見ていた。突然、近くの木々が倒れ、何両もの米軍戦車が姿を現した。この瞬間に2歳半から続いてきた命を繋げる闘いに終止符が打たれ、彼は8歳になっていた。列車のユダヤ人も全員救出されたが、欧州で亡くなったユダヤ人6万人のうち、2万人が解放後1週間以内に死亡した。収容所で極限まで張りつめていた緊張の糸が突然の自由で断ち切れてしまい、急に食べものを口にして消化不良で命を落とす人が続出し、セリンジャーも米兵からもらったチョコレートを食べて身体が拒絶反応を示した。母が烈火のように怒った。母から叱られたのは生まれて初めてであり、母の怒る姿は自由の到来を実感させた。収容所では母が子を叱るというごく当たり前のこともできなかったのだ。リハビリを終えて父を捜すためにドイツに残る母と別れ、多くの孤児たちと一緒にイスラエルに向かった。途中のパリで凱旋門をパレードすると、バスのなかにたくさんのお金が投げ込まれた。「はじめてお金を持ったこどもが真っ先に買うのはお菓子とかオモチャでしょうが、僕が買ったのは護身用ナイフだった」それ以降悲惨な体験は封印され、過酷な体験を生き抜いた身体に関心が向かった。
イスラエルで過ごした少年期に、バレーのセッターとして活躍し、大学で運動生理学を学び、高校教師をしていたときにイスラエル女子代表バレーチームの監督に抜躍され、欧州選手権で初優勝した。その後米国イリノイ大学で医学博士号を取得し、米国バレーボールチーム監督になった。セリンジャーのバレーはすべて理詰めで、バレーという空間ゲームを3次元の世界や感覚を数値化し、例えばスパイクの角度を50度でなく55度で打てば最強というなど、セリンジャー理論は世界に広がった。いま山形県天童市でたった1人で静かに暮らしている。セリンジャーが60年ぶりに辛い記憶の蓋を開けたのはなぜだろうか。以上・朝日新聞日曜版7月23日付け参照。
「ユダヤ人を残らず殺すことは不可能であり、毒殺することも不可能だが、しかし我々は最終的に彼らを絶滅させる処置を執る」(ハンス・フランクポーランド総督)というユダヤ人絶滅作戦は遂行され、セリンジャーは奇跡的な生存者の1人となる。いま日本ではユダヤ人絶滅作戦の初期段階に見られた動きに似た政策が忍び寄ろうとしている。政府を批判するビラを配った者が逮捕され、学校で政治の話をしていると逮捕され、君が代を歌わない教師が処分され、話し合いをするだけで逮捕する共謀罪が準備され、街には自警団が組織されて密告する体制が進行し、沖縄では少女を襲う米兵が横行し、かっての戦争を美化する教科書が採択されている。年に3万人を超える人々が自殺し、若者の失業は過去最高を記録し、不況の深化と国債暴落の恐怖が迫っている。しかし市民は見て見ぬふりをしてマツケンサンバに浮かれている。ナチスが台頭するワイマール末期の爛熟した不安と酷似した時代になりつつある。フランス語は数が数えられない劣等言語と攻撃する知事に投票し、獅子吼するライオンヘアーに縋ろうとする強者依存の幻想に取り込まれながら。ドイツの牧師マルチン・ニーメラーは自らの行いを悔いて次のように言った(正確ではありません)。
共産主義者が迫害されたとき 私は共産主義者ではなかったので黙っていた。
社会民主主義者が攻撃されたときに、私は社会民主主義者ではなかったので見て見ぬふりをしていた。
同性愛者が攻撃されたときに、私は関係ないので何も云わなかった。
ユダヤ人が逮捕されたときに、おかしいと思ったが私は何もしなかった。
ナチは次に教会にやってきた、私は牧師だったのではじめて抵抗を試みた。
しかしその時はもはや遅かった。
そしていま日本は・・・・・。
政府批判のビラを配った人が逮捕されたときに、私は少しおかしいと思ったが何もしなかった。
学校で選挙の話をした人が逮捕されたときに、私は何でと思ったが何もしなかった。
遠くの町で戦争を美化する教科書を子どもに使わせると決めたときに、私は抗議しようと思ったがやめた。
町内会に自警団が作られたときに、自分が悪いコトしなければ大丈夫だと思ってそのままにした。
憲法改正国民投票がおこなわれたときに、私はNONといったがもうその時は遅かった。
そして私のこどもは銃を担いで戦場に行った。なんども私を振り返りながら戦場に行った。いつまで経っても帰ってこなかった。
(2005/7/16
10:55)
[PMC(民間軍事会社)ー血に飢えた狼はマネーを求めて戦場に向かう]
PMCは「戦場で軍事力を提供するか、軍事訓練をおこなうか、後方支援を担うかのいずれかを提供する民間企業」(ピーター・シンガーブルッキングス研究所研究員)と定義され、一般犯罪からの警護やリスク情報収集、地雷の除去などをおこなう「民間警備会社」と区別されるが、その境界は曖昧だ。両者をセットにした市場規模は1千億ドル(約11兆円)で2010年には倍増すると予測されている。90年代に42ヶ国で軍事訓練に当たり、インド3万、ロシア1万、南ア2800社が活動している。米国では1万社が150万人の警備要員を抱え(警官の3倍)、アフリカでは90社以上、アンゴラだけで80社が活動している。
PMC激増の背景には、冷戦後の軍縮のなかで軍が兵站などの後方支援業務を民間委託し、従来型のフルセット型軍隊編成が崩れたところにある。91年の湾岸戦争で米軍と民間の比率は50:1であったが、イラク戦争では10:1になった。さらに冷戦後の内戦や紛争に対する国家の人道的介入に困難が生じたところにある。
イラクでは現在100社・約2万人が活動し米軍に次ぐ規模になっている。軍は移動警戒や尋問業務を担当し、外交施設警護や外出警護、石油・港湾施設警備はPMCが担当する。時には尋問を任せる場合もある。高度の訓練を受けた兵士を警備などの受動的任務に付ける余裕がないからだ。
PMCは幾つかの問題を突きつけている。法的地位が不明確で、軍規や軍法会議の義務はなく、武器使用基準を定める交戦規則も企業任せだ。ジュネーブ条約追加第1議定書では傭兵を戦闘員と区別しているが、これは国家間紛争を前提にしており、国内紛争時の戦闘員か非戦闘員かを区別できない。近代法は「正統な暴力独占は国家のみ」という原則に立つが、PMCの暴力行使の正当性について問うことなく、事実上の私的軍隊が存在している。国際法上の法的地位の明確化、免許制による規制、内規作りなどを主張する人もいるが(コーニシュ英王立国際問題研究所員)、これは現状の追認に他ならない。
問題は戦争や紛争を営利対象とする私的武装集団の企業化に他ならない。重火器まで含めた武装を野放しにしている米国型PMCは明らかに国際法違反であり、すべて解散すべきである。強制力の行使者は唯一信託を受けた国家のみにある。民営化を進める市場原理主義の究極の野蛮な形態がPMCではないか。血に飢えた狼のように世界の紛争地を渡り歩いてはマネーを漁っているこの連中は人間のクズだ。朝日新聞7月14日付け参照。(2005/7/14
17:38)
[日本はアジアからの孤立の道を選び、栃木県・大田原市の中学生は大東亜共栄圏を学ぶ]
栃木県・大田原市教育委員会は来年度市立中学に「新しい歴史教科書をつくる会」の導入を決めた。今年10月に合併する黒羽町・湯津上村含めて12中学・2200名の子どもたちがこの教科書を一生懸命勉強することになる。私は黒羽町教育委員会に電話して、黒羽町教委はこの採択過程にどのように関与しているのかを聞いたが、それらはすべて教育長の判断であるので答えられないと言うことであった。教育長の専決事項となっているのだろうか。東京都教委や神奈川県教委が作成した選定資料では、竹島・尖閣列島、神話の数、拉致問題の記述と数、性差を否定しない男女表現、北方領土、慰安婦、強制連行を数値化したデータを提供して「新しい教科書」へ誘導している。
大田原市の子どもたちは、神話を覚え、15年戦争をアジア解放の戦争と信じ、竹島・尖閣を日本領土と主張し、皇国史観を身につけて成長することになる。ここには歴史的真実をめぐる論争には両論を併記して子ども自身に選択させるという民主主義の最低のモラルさえない。彼らは大東亜共栄圏に○を打たないと試験で合格できないことになる。
栃木県では4年前に下都賀採択協議会(2市8町)が「つくる会」教科書を選定ながら、市町村教委までの期日を開けたために県民の反発を受け、2市8町のすべてが採択せず撤回に追いこまれた。この失敗を受けて自民党国会議員や改憲団体が「教科書をよくする栃木県民の会」を結成し、「同じ轍を踏まないように教育委員会をサポートする」(自民党県会議員 「産経」5月16日)として、県議会と市町村議会に請願・陳情をおこない政治的圧力を加えてきた。今回は採択協議会の翌日の市教委で採択を決めた。ところが市教育委員(5人)のうち1人は海外主張で不在であるのも関わらず強行した(県教委への報告は8月15日である)。
「教育は不当な圧力に屈せず、国民全体に責任を持つ」(教育基本法)を蹂躙して極右の思想を強制する大人によって、純白な子どもたちのこころが汚されることとなった。「日本の育ちゆく世代に、過去の歴史に対する誤った認識を植え付けることにより、不幸な歴史を繰り返すことになり深い憂慮を抱く」(韓国政府外交通商省)、「日本の公立普通中学校で歴史を歪曲した教科書が初めて採択された」(中国新華社通信)などのアジア諸国の声を大田原市教委はどう受けとめるのであろうか。あなた方は地域極右勢力の圧力に屈して、こどもたちのこころを売ってしまったのである。
「新しい歴史教科書をつくる会」の主要メンバーの言辞は偏見と虚偽に満ちたデマーゴーグでしかない。その幾つかの例を挙げてみよう。「韓国の日本大使館前に来ている元従軍慰安婦は、全部北朝鮮の工作員かその系統の人たちだ。つくる会教科書つぶしも韓国の人がやっているようにみえるが、裏で糸を引いているのはやはり北の流れだと私はとらえている。沖縄戦の集団自決強要の記述は消える日が必ず来る。従軍慰安婦の記述が消えたのは私たちの運動の成果だ」(藤岡信勝 4月・6月同会シンポ)。「政府の男女共同参画社会はジェンダーフリーと同じ内容であり、これからはジェンダーフリー攻撃をやめて男女共同参画攻撃に切り替える。死ぬ人が少なくなると生まれる数が減るのが生命の法則だ。育児手当を増やすとか、母親の休暇を増やすとか、育児休暇を父親に与えるのは、自らの生命を長くするという思想によるのでだめだ」(西尾幹二 1月シンポ)。「国連男女差別撤廃条約はアメリカの左翼が国連に入って策動して条約を作らせた」(八木秀次 1月シンポ)。
アジアに対する蔑視と偏見が全身にしみこんだ新たなファッショ確信犯が日本に台頭しつつある。日本は世界で最も特異な歴史観を公定して子どもたちを洗脳する極右勢力に強姦され、犯されようとしている。いよいよ抜き差しならない覚悟を迫られる分岐点にさしかかている。自分の子どもがこうした教科書で教育を受けて成長することを想像すると、親と大人たちの無知と加害は底知れないものがある。しかし汚濁の歴史が亡霊のようによみがえり、ふたたび列島を覆う流れに屈して、真実の女神が頭を垂れることはない。(2005/7/14
11:33)
[三井三池の現在]
戦後史を画した「三井三池」の三井石炭鉱業は1997年に閉山を決め、1200人の労働者を全員解雇した(関連下請含めて3千人)。その時に久保社長は「寒村だった大牟田を中核都市に育て上げたのは三井だ」といったそうだ。いま大牟田のハローワークには毎日1000人の労働者が訪れ、市全体の失業者は5千人に上っている。三井炭坑の全盛期の大牟田市の人口21万人は現在13万人に急減している。閉山後に2つの大手百貨店が倒産し、小売店舗数は5年間で237店舗減少した。しかし閉山後も三井は、市の面積の8%を所有し借地料を支払っている小中学校が複数ある。戦前から三井は、専用水道施設をはりめぐらし、いま70億円での買取を市に要求している。100年以上支配して巨万の富と権力を築き上げた三井は、ほんらい無償で市に譲渡していい施設であるのも係わらず。隣接する水郷で有名な柳川市は、2mも地盤が沈下し南部中心に市の5分の2に及んでいる。1974年から始まった三井石炭有明鉱による海底石炭採掘が原因だ。海底下の採掘跡への地下水流入により水位が低下し地盤が沈下した。さらに一方で地下水流動の終了で地下水の上昇と地盤の隆起現象も始まった。三井は市民の地下水の過剰揚水が地盤沈下の原因として市民に責任を転嫁している。被害者は石炭鉱害等臨時措置法による裁定制度による補償を要求しているが、、三井は債務の不存在を訴える裁判を始めている。
1963年11月9日午後3時12分20秒に発生した死者458人・CO中毒患者839人の大惨事となった三川鉱炭じん大爆発から40年以上経った今日、CO中毒で入院している患者は40人以上に及び、300人以上が深刻な後遺症に悩んでいる。加齢と合併症で症状は年々悪化している。三池労組関係者遺族の受けとった退職金は平均65万円(勤続年数19年)で、会社側の第2組合の退職金98万円の3分の2であり、賃金差別と同時に死後においても差別を受けた。事故を契機に作られた大牟田労災病院を厚労省は05年度に廃止すると通告している。歴史的な三井闘争を担った三井労組も05年4月に解散し、いまや大牟田は三井の残した負の遺産を抱えて苦しみ、地域を貪り尽くして何もなくなったらサッサと見捨てていく企業の論理は、開拓団を見捨てて逃げた関東軍と同じ棄民政策に貫かれている。三井三池鉱山は1889年の創業以来日本のエネルギーを担ってきたが、最初は監獄から鎖で手足を繋がれて歩かされ、構内で鎖を外して12時間労働する囚人労働によってまかなわれた。一時期は総労働者の70%が囚人であり、囚人労働者延べ6万1千人のうち2400人が炭坑で死亡した。囚人労働廃止の後は辺境離島労働者が投入され、台風や基金で苦しむ与論島島民1000人以上を移住させ、地元人夫と賃金を差別し住居は埋め立て地の長屋で、ゴザを敷きカンテラをぶら下げた寝るだけのもので、ヨーロンと蔑称されて働かされた。(2005/7/14
00:19)
[にんげんをかえせ 焼き場の少年]
頭を丸刈りにした少年が、背中に頭を垂れた幼い幼児を背負って屹立して直立不動で立っている。この少年が何のために立っているのか今日まで知らなかったが、はじめてその真実を私は知った。1945年に米軍空爆調査団の公式カメラマンとして長崎に入ったジョー・オダネル氏が撮影した一枚の写真であった。氏の証言を聞こう。
1945年9月に佐世保から長崎に入った私は
小高い丘から下を眺めていました。
10歳ぐらいの歩いて来る少年が目にとまりました。
おんぶ紐をたすき掛けにし
背中に幼児をしょっています。
この焼き場にやってきた強い意志が感じられました。
しかも少年は裸足でした。焼き場のふちに
5分から10分ほど立っていたでしょうか。
おもむろに白いマスクをした男たちが少年に近づき
ゆっくりとおんぶ紐を解き始めました。この時、
私は背中の幼子が死んでいるのに気がつきました。
幼い肉体が火に溶けてジューッと音がしました。
まばゆい炎が舞い上がり、直立不動の少年の
あどけない頬を夕陽のように照らしました。
炎を食い入るように見つめる少年の唇には
血が滲んでいました。
あまりにもきつく唇を噛みしめているので、
唇の血は流れず下唇を赤く染めていました。
炎が鎮まると少年はくるりときびすを返し
沈黙のまま焼き場を去っていきました。
背筋が氷るような光景でした。
ジョーオダネル氏は大統領直属カメラマンとして戦後を生きたが、この占領下日本の写真は検閲を免れるために保管され、50年を経てやっといま現像されて私たちは見ることができる。直立不動で焼かれる弟の遺体を少年はどのような想いで見つめたのであろうか。血が流れるまでに強く咬んだ唇には彼のどのような無念が宿っていたであろうか。無言のままきびすを返して去った少年の胸中には張り裂けるような痛みが漂っていたに違いない。私はこの写真一枚で戦後の、そしてあらゆる虚飾を峻拒して屹立する精神を見ることができる。幼くして地獄を見た少年に、なおかつ乗り越えようとするこの上ない崇高な魂と勇気が存在することを教えてくれる。少年はかくて一滴の涙も見せることなく立ち去ったのである。この少年は戦後をどのように生き抜いたのであろうか。私ははじめて、峠三吉の「にんげんをかえせ」に込められた伝言を少しはともにうたうことができるのではないかと思う。次は横井久美子が謳う「アメイジング・グレイス」に載せた「にんげんをかえせ」です。
にんげんをかえせ 峠三吉
ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ
わたしをかえせ わたしにつながる
にんげんをかえせ
にんげんの にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを
へいわをかえせ
Give me back my people 英訳:早川敦子
Give me back my father
Give me back my mother
Give me back my grandparents
Give me back my children
Give me back my self
Give me back my people
As long as men live in this world
Bring back peace
Eternal peace
こころの底から揺さぶられるようなCDを聴いたのは久しぶりだ。この世には美しい魂が確かにある。すべてを洗い流すようなカタストロフィを味わうでしょう。朗読・歌は横井久美子。みなさんもぜひ聴いてみて下さい。CD申し込みはCD「にんげんをかえせ」事務局(info@cdngk.net)。なおこの写真は日本の中学校3年生の国語教科書に掲載されています。(2005/7/10
19:54)
[自民党・新憲法起草委員会「改憲要綱案」(7日)]
自民党は憲法改正起草委員会小委員会(10)の両論併記問題を諮問会議に付し整理して改憲要綱案を策定し、7月から全国10カ所での党員によるタウンミーテイングを経て9月に条文化作業にはいり、11月に自民党草案を発表する。2006年にでる民主党草案を受けて。自・公・民3党による共同起草委員会が憲法全文の改定案ではなく、複数条項の共同発議案(全文、9条、権利、地方自治、改正要件)の作成に進む。自民党・改憲案要綱のポイントは以下の通り。
○前文
「1前文作成指針A現代及び未来の国際社会における日本の国家目標を高く掲げる」
「2前文に盛り込むべき要素 B国家目標 外に向けては国際協調を旨とし、積極的に世界の平和と諸国民の幸福に貢献する。地球上いずこにおいても圧政や人権侵害を排除するため不断の努力を怠らない C結語 明治憲法と昭和憲法の歴史的意義を踏まえ」
「我々は国民統合の象徴たる天皇とともに歴史を刻んできた」(天皇元首化は明記せず)
○9条
「1,積極的に国際社会の平和に向けて努力するという趣旨を明記」(2項戦力不保持・交戦権否認削除)」
「2,自衛のために自衛軍を保持する。自衛軍は国際の平和と安定に寄与することができる」(集団的自衛権と非常事態規定は明記せず)
○司法
(9条の改正に伴い)「軍事裁判所を設置する」
○国民の権利・義務
「権利には義務が伴い自由には責任が伴う。公共の福祉の概念は曖昧でので、個人の権利を相互に調整する概念として、または生活共同体として国家の安全と社会秩序を維持する概念として明確に記述する」(小委員会要綱案の国防の責務と社会的費用負担の責務、表現の自由と結社の自由の制限等の具体表現を回避)
○憲法改正発議要件 (現行3分の2を)「過半数」とする
[アインシュタインンの篠原正瑛あて書簡]
哲学者の故・篠原正瑛氏とアインシュタインの文通は篠原氏が科学者の戦争責任の手紙を出した1953年から始まっている。妻・伸子氏が保存する肉筆書簡が公開された。すべてドイツ語。以下はその概要。
「わたしは常に日本への原爆投下を有罪と考えています。しかし、その致命的な決定を阻止するために何もできませんでした。私は絶対的な平和主義者だと申し上げたことはありません。私は確信的平和主義者です。つまり、武力を行使する必要のある局面をあると思っているのです。ナチス・ドイツへの武力行使は必要であり、正当化されると考えています」
私は篠原氏が生前になぜ公開されなかったのかをいぶかしく思う。両者の間で非公開を前提に交わされた私的書簡であればやむを得ないが、核被害国である日本ではアインシュタイン評価に決定的な材料となる書簡であった。むしろこのようなこうした文通を重ねながら、篠原氏がいかなる学問的活動を展開し、業績を挙げたかが問われよう。残された妻・信子氏はすべてを公開する必要がある。(2005/7/7/
16:52)
[68年前の今日、戦争が始まった]
1939年7月7日北京郊外の盧溝橋での日中両軍の交戦はいったん現地で11日に休戦協定が成立したが、近衛内閣は「支那軍の暴戻を膺懲し以て南京政府の反省を促す為今や断固たる措置をとる」(8月政府声明)とし、昭和天皇は「中華民国深く帝国の真意を理解せず濫りに事を構え遂に今次事変を見るに至る、中華民国の反省を促し速に東亜の平和を確立する」(9月)として開戦し、ここから15年に及んで百万の軍隊を中国東北部から全土に展開させ、千数百万人を虐殺する侵略が開始された。私の父も北東進出軍に従軍し大腿部に貫通銃創の傷を受けたが、父は中国人殺害については一切語らないまま此の世を去った。
扶桑社版歴史教科書は「上海で2人の日本人将兵が射殺される事件が起き、これをきっかけに日中間の衝突が拡大した」と中国側の戦争責任を追及している。靖国神社は「日中和平を拒否する中国側の意志があり、日本軍を疲弊させる道を選んだ蒋介石」に責任があるとしている(「靖国神社 遊就館図録」)。事件は首都郊外で日本軍が無通告で夜間軍事演習を強行したことが契機となった(日本軍駐留の根拠は義和団事件最終議定書で、公使館守護と北京・海浜間の自由交通維持のための駐留権であり、それ以上の権限はない)。両軍の兵営距離は300mであり「ここに兵を置いたことが遂に支那事変の直接動機なったと思ひます」(参謀本部「石原莞爾中将回想応答録」とあるように、軍事演習で挑発して交戦に至る卑劣な日本軍の戦術であったのだ。斎藤隆夫衆院議員(民政党)は「日本の大陸発展を以て帝国生存に絶対必要なる条件なりと言はんも、自国の生存のためには他国を侵略することは可なりとする理屈は成り立たない。若し之を正義とするならば斬取強盗は悉く正義である。誰が何と言はうが今回の戦争は日本の軍部が其の原因を作りたるものである。即ち軍部多年の方針である所の支那侵略が其の根本原因であることは今更議論するの余地はない」(「大東亜戦争の原因と目的」1944年2月)と痛烈に自らを含む日本軍部を批判している。防衛研究所すら日中戦争の総括で「依然として武力を背景とした対支政策を生んだ体質に、反省を加えることが必要であろう」(『戦史叢書 支那事変陸軍作戦@』)としている。
明らかに歴史的真実はここにあり、以降の日本と日本人はたとえ汚辱の歴史でアレこの真実にのみ頭を垂れて戦後史を刻んできたはずである。しかしここにきて政府中枢から歴史教科書に至るまで歴史を改竄して恥じない卑劣な言辞が跋扈し、不況下でルサンチマンを貯め込んだ一部の拍手を得つつ、曲学阿世の魑魅魍魎のふるまいに及んでいる。
私の父は中国戦線に従軍し奇跡的に生還したが、父の生還を待ち続けた我が母は病を得て私が3歳の時に既に此の世にはいなかったのだ。私は母を知らない子どもとして成長してきたが、68年前のこの戦争なかりせば我が家族と私の運命もまた違ったコースをたどっていたであろう。しかし私は歴史の真実を改竄して我が父母の生を粉飾することには耐えられない。我が父は侵略軍の兵士として無辜の中国民衆を殺め、敗残兵として打ちひしがれて故国の土を踏んだ。その時に既に我が母はこの世になく、玄関にたどり着いて初めて母の死を知ったのである。私はこうした真実の歴史を一切包み隠すことなく、明らかにして記憶することのみによって父母の魂は真の救いを受けると思う。靖国の思想がある限り我が父母の霊は、そして戦争で散った300万人の霊は永遠に鎮まることはない。靖国神社に行った時に注意することは、、ロッカーに私物を預けないことである。ロッカーはすべて隠しカメラで監視され、靖国神社はロッカーを無断で開けて預けた人の私物をすべて調べるシステムとなっている。
驚いたことに中国残留日本人孤児の損害賠償訴訟で大阪地裁は国の正当性を求めた。日本政府は残留孤児の調査をしないまま、生存している孤児の「戦時死亡宣告」をおこない、調査打ちきりと帰国を遅延させてきたが、判決は「違法な措置ではなく、戦争損害は国民のひとしく受忍しなければならないもの」とした。言うまでもなく政府の第一義的義務は、国民の生命と安全を守ることにある。しかし大阪地裁は、国策として国民を中国に送り込み、戦後は死んだことにして見捨てるという政府の行為を違法ではないとしたのだ。原告団は「帰ってきたのが悪かったと残留孤児は思うしかない。負けたら中国へ帰るという人がいる」と無念を吐露する。彼らは一度目は敗戦時に中国へ残されたことで棄てられ、2度目は戦時死亡宣告制度で死んだとして棄てられ、3度目は帰国後の冷たい政策で棄てられ、4度目に今回の判決で棄てられた期民政策の犠牲者だ。
中国で40−50年間棄てられて過ごした人に、普通の日本人と同じ受忍を求めるとはいったいこの国はどうなっているのであろうか。彼らは国の謝罪・生活保障・新たな給付制度創設・2−3世への自立支援・損害賠償を求めているに過ぎないではないか。
厚労省3月生活実態調査では、72年日中国交正常化以降に永住帰国した残留孤児・家族は2489世帯・9115人で年とともに身元判明は難しく、帰国者は80年代後半をピークに減少している。言葉の壁が不便を感じない人は6人に1人に過ぎず、全く会話ができない人も8,4%いる。帰国の時期が遅いほど日本語の習得は難しく、帰国後5年以内の人では半数以上が日本語を理解できない。本院も配偶者も就業していない世帯が80%で、61,4%の世帯が生活保護を受給している。生活が苦しい・やや苦しいと答えた人は64,6%にのぼっている。彼らは帰国しても日本語が話せないと、中国人だと差別される。孫は日本語しか話せず本人は中国語しか話せないのでコミュニケーションはとれない。
ソ連軍の侵攻で敗走する日本軍は、満蒙開拓団や日本の民間人を救出せず自分たちが最初に逃走し、中国では残留日本人の調査をせず、イラク人質は「自己責任」としてバッシングを加えたのである。ここに連綿と続く政府権力の本質がある。私が最も軽蔑する星条旗帝国すら、自国市民権の所有者の外国での生命と安全のために全力を尽くすのを見ていると、我が政府の水準の低さには形容すべき言葉が見つからない。要するに日本という国は、国としての基礎的な要件を喪失している。日本市民は、いつまで市民を後ろから撃つような行為をする政府を信任しているのであろうか。(2005/7/7
11:05)
[絶対音感の文化]
兼常清佐(音楽心理学)はピアノの音の波形を分析し「一流のピアニストが叩いても、猫が上を歩いても同じ鍵盤からは同じ音しかでない」と主張して論議を呼んだが、確かに単音のみを論ずればそうであるらしい。しかし1分間に500回を超える速度で鍵盤を連打する部分があるピアノ曲は連続音であり、ピアニストによって全く音のイメージが異なる。音をイメージする→腕と指先の運動をプログラムして筋肉に伝える→鍵盤のタッチの感覚と出た音の情報を脳にフィードバックするという作業を切れ目なく繰り返すピアノ演奏の一連の過程から、どうしていい音による感動とそうでない音が生まれるかの分析はいま以て解明されていない。
ある音を聞いてその高さを正確に言い当てる絶対音感能力は世界で最も日本人が優れているらしい。日本の音楽大学の学生とワルシャワ・ショパン音楽アカデミーの学生の絶対音感保有比率を調べた音感テストでは(宮崎謙一)、正解率90%以上の学生が日本30%・ポーランド12%、正解率50%以上は日本50%・ポーランンド30%であり、ポーランド学生の69%は正解率50%未満となった。では日本の学生が優れた音楽能力を持つかというとそうではない。音楽はメロデイーや和音のように音の高さの相関をとらえる相対音感が重要であり、絶対音感能力はその一部に過ぎない。ヤマハ調律師養成所は、調律師に絶対音感は必要ではなく、基準音を決めて他の鍵盤の音を決めていく音の高さの違いを聞き分ける能力が必要で、この能力は訓練で身につくという。いま音楽能力の全体を解明する脳科学アプローチが進み、脳波測定や脳磁図、脳の血流量の変化を画像化するPETスキャンや機能的MRIなどデータ観測ができるようになった。ルービンシュタインやリヒテル、フジコ・ヘミングなどの大脳変化の違いをぜひとも見てみたいものだ。しかし現在の脳科学はリズムやメロデイーなどの音楽要素を認知・識別する大脳の部位がじょじょに分かりつつある段階に過ぎない。以上・朝日新聞7月3日付け参照。
私は脳科学の発達が音楽水準の秘密をすべて解き明かすとは思わない。なぜなら脳科学では、演奏者が成長する過程で全身に浴びてきた文化の差異を解き明かすことの難しさがあり、音楽こそ実はその文化の一部であるからだ。私が今問題にしたいのは絶対音感と相対音感の差異の背後には、文化の差異があるのではないかということだ。日本人が絶対音感に優れ相対音感に劣っている理由を文化の差異から説明できるだろうか。集団性や共同体性によって、他者を気にして周りに合わせる日本的集団主義文化からは、むしろ相対音感が発達するのではないかと思っていたがそうではなかった。なぜかといえば、真の相対とは、独立した個性が互いに共同して生きていく時に、対等の他者を認め合うなかでほんとうの相互認識としての相対性が形成されるのではないか。この独立性がないままに集団や他者と甘え合う日本的関係ではほんとうの相対性と相対音感が形成されにくいのだろうか。
では絶対音感が欧米人よりも発達している理由はなんだろうか。最も説明しやすいのは、微妙繊細に変化する日本の四季のなかで形成された繊細な音感であり、それが短音の高低を繊細に聞き分ける聴覚を発達させてDNAとして定着したという和辻哲郎型の見解である。確かにこの見解は、原色を使わないで微妙繊細な複合色で表現する色彩感覚の日本絵画やファッションを説明するのにぴったりだ。夏と冬が単純に交代する欧米の自然に対し、日本ではその移行にある微妙な春と秋のより洗練された美のなかから、独自の繊細な日本的感性が形成されてきた。しかしこの説明は音感の世界ではうまくゆかない。欧米と同じような都市文明の発達のなかで、微妙繊細な自然の音は失われつつあるからだ。すると和辻哲郎型文化論では日本人の絶対音感の優位性を説明するには限界があることになる。
私が思うに日本的集団主義の感性は連綿として現代都市生活にも、企業や学校という組織のなかに生き残ってきたのではないか。そこでは、自立した尊厳ある個よりも集団の圧力に包摂されてせいぜい<私>の世界が微妙に形成され、独立した個と個の<公>の関係が公共性として形成されず、依然として江戸期のような政府=公という構図が続いているのではないか。閉塞された個の世界が微妙繊細な<私>の世界と錯誤され、そこで一人一人が安らいで自己を恢復している。つまりそうした微妙繊細な<私>の世界を背景に日本人の絶対音感の優位性が継承されているのではないだろうか。
しかも現代の日本は、<私>が<公>の世界に侵入して暴走を始め、強い<私>が<公>を看板としながら、弱い<私>を屈従させていくという悲惨な事態が進行しているかのように見える。そこには独立した尊厳ある<個>を踏みにじって恥じない<私>の暴走があり、絶対音感の優位をかろうじて引きづったまま、相対音感がいつまで経っても形成されない実態が生まれている。すると不幸なことに日本から世界レベルの音楽家は当分は出現しないという結論になる。この結論を避けるためには、現代の日本文化のシステム自体をゆっくりと着実にしかも劇的に変えていくことしかない。(2005/7/3
10:51)
[民族派新右翼・鈴木邦男氏の天皇制擁護論]
朝日新聞6月29日付け夕刊に鈴木邦男氏の天皇制論が掲載されて興味を引いた。鈴木氏は新右翼と称せられるヤルタ・ポツダム体制に反対する点で旧右翼と一線を画する一水会のリーダーである。氏の見解の概要は以下の通り。
冷戦崩壊後左翼という大きな敵がいなくなった現在、愛国尊皇を唱えるグループ内で少しでも考えが違うと互いを罵倒して敵を内部に求めるいやな風潮がある。日本人は昔から天皇を軽んじ、迫害してきた乱心逆賊であり、今の我々も最大の乱心逆賊だ。元首になれ、男の子を産め、女性天皇はダメだ、女性天皇は天皇ではない、いっそ側室を認めろなどなど皇室は権利も自由もなく、義務と重労働だけを強いられている。かって右翼学生のなかで、天皇アナーキストとかスメラギ・アナーキストとか、ゾルレンとしての天皇は守るがザインとしての天皇は殺してもいいなどと不忠不敬の言辞を吐く者もいた。天皇制の論議はいいがそれを天皇に強制することはおかしい。日々神に祈り日本と皇室の将来を真剣に考えているのは天皇であり、政治的な力はなくともただ居て下さるだけでいいのだ。我々が天皇を守っているのではなく、天皇が我々を守っているのだ。今のままでは天皇のほうから我々に愛想尽かしをされるだろう。
フーン 今の新右翼の発想って牧歌的な近代主義があるんだな。かって中野重治がいった人間天皇論や文化天皇制論と酷似しているようだ。戦後天皇制は明らかにかっての美濃部達吉の天皇機関説の現代版であり、天皇は制度的に象徴天皇制度なのだ。鈴木氏は天皇の人間宣言以降の神格化否定の本質をどう位置づけているのだろうか。人間であるにもかかわらず、エアポケットのような存在として崇拝する根拠をどこに置いているのであろうか。制度的に制約を受けない天皇制はもはや王権神授説による絶対王政(君主制)と同じではないか。要するに鈴木氏は新たな装いをもって登場している絶対主義天皇制への復古を唱えるアナクロニズムとほとんど同じではないか。(2005/7/221:28)
[セーリックマン・無力感実験]
身動きできない状態の犬に不規則な電気ショックを与え続けると、初めは逃げだそうともがいた犬はしだいに逃れないことを知り、苦痛をただジット耐えるだけになる。犬には何をやっても無駄だとする無力感に捉えられる。
次に犬を箱に入れて、照明が暗くなると電気ショックが来るという規則性のある状態に置く。その箱の中央に跳び越せる高さの柵が置かれ、柵の反対側に犬が飛び移れば電気ショックを逃れられるという設定にすると、犬は何度か電気ショックを受けているうちに、照明が暗くなると電気ショックが来ることと柵の向こうに移れば電気ショックから逃れられるということを発見し、犬は照明が暗くなると柵の横で身構え電気ショックが来たらパッと反対側に飛び移るようになる。しかし最初の無力感を形成した犬はそうした法則性を発見する気力を失い、ただその箱のなかでうずくまりジッと電気ショックに耐えることを続ける。
この実験は何を示しているのだろうか。人間もまた一度無力感が形成されるとほんらいなら学習可能なことも意欲を失い成り行きに任せてしまうことを示している。
しかしこの実験はその後次のように展開する。電気ショックが来たときに、犬の首輪を人間がつかんで柵の反対側に動かしてやることを続けていると、やがて犬も反対側に行けば電気ショックから逃れることを覚え、自力で柵を跳び越えるようになる。早い犬で25回、遅い犬で100回ほど繰り返すと自力で飛び越えるようになる。一度無気力状態に陥った犬でも、適切な助力があればふたたび学ぶ活力を取り戻すと云うことが分かる。以上は永井洋一氏(スポーツ評論)の論考から。氏は次いで次のように云う。
こどもがプレー中に勇気が出ないときや失敗を恐れているときに、「君ならできる、がんばれ」と励ましたり、プレー後に結果にかかわらず「よくやった」と誉めてやることが大事だ。しかし現実には、「何やってんだ」「何度云ったら分かるんだ」「ばかやろう」「やめちまえ」という汚い暴言で叱咤する指導者が多い。これらの暴言の背後には、実は指導者の不適切な指導内容や指導の繰り返しがあり、冷静で適切な指示が出せない無能があるという。子どもを罵倒する指導は、指導力のなさと責任を子どもに転嫁するものだという。、
第2の実験は小学生にバラバラの文字を使って言葉をつくる課題を与える。課題は言葉を3つ使うものから6つ使うものまで4段階ある。始める前に子どもはすべての課題を一通り経験し課題のそれぞれの難易度を体験する。本番に入る前に子どもたちは、「単なるゲームだから」と告げられるグループと、「正答の数で評価する」と告げられるグループに分けられる。3−6字の課題のどれを選ぶかは子ども自身の選択に委ねられる。単なるゲームと告げられたグループは、できるだけ難易度の高い課題に挑戦し平均5文字の課題を選んだ。評価すると告げられたグループは、平均4文字の課題を選んだ。このグループは評価を意識して失敗しないように低いレベルの課題を選んだ。評価という心理的負担があると挑戦意欲が薄れることを示している。
スポーツの世界でミスすると、怒鳴られる、なじられる、暴力を振るわれるという結果が待っている場合は、よほどタフな神経でない限り初めから指導者の顔をうかがいミスしないように無難なプレーを選び、失敗の可能性を含んだチャレンジするプレーを避けるようになる。特にサッカーやバスケットのシュートの決断が弱くなる。大人から見れば未熟で不充分なプレーも、子どもの判断と決断を尊重し、「なるほど君はそう考えたのか、こうすればもっとよくなるよ、君ならキットできるようになるよ」と勇気づけた場合は、子どもは「頑張ればミスしても認めてくれる」と思うようになり失敗を恐れずにプレーするようになる。
確かにスポーツに限らず罵倒で人を指導する方法が横行している面がある。会社や一部の学校でこうした恐怖による指導は、非指導者の自尊心を奪い尽くすことによって、なんでも命令に従う従順な人間をつくり出し、ある次元で効率を最大化することに成功する。甲子園出場校のなかにはそのような指導者もいるし、JR西日本の日勤教育もそうであった。日本のスポーツが国際レベルで徐々に勝てなくなってきた要因でもある。
しかし一方では不正や甘えに対すするほんとうの「怒りの爆発」(マカレンコ)もまた同時に姿を消していることがある。罵詈雑言で日常が過ぎると、ほんとうの怒りと区別が付かなくなって、双方が言葉自体の意味に無感覚となり、面従腹背することが常態となる。すると外部や外界からの強烈な衝撃がないと、実態を把握し打開する姿勢が出てこないという地獄に陥る。靖国参拝への批判を受けても本気で考えられない層が一定あり、大惨事を出さないと日勤教育を是正できないJR経営陣、ナベツネが復帰するとやたら頑張るようになる巨人球団などなど。これらに本質的に共通していることは、自分自身の頭で本質を考えようとするのでなく、強い他者や世間という者の視線でしか自分の行動を決められないことにある。要するにいま日本全体が、無力感におちいり電気ショックにジッと耐えて我慢するニヒルな状態に陥り、積極的なニヒルは他者攻撃に消極的なニヒルは自己攻撃に転化して、互いに協同する希望を見いだせなくなっているのではないか。(2005/7/2
9:10)
[東京方面を「上り」という大東亜共栄圏型中央集権思想]
JRは1872年の新橋ー横浜間の鉄道開通以来、東京に近い方へ行く便を「上り」とし、東京から遠い方へ行く便を「下り」と称し私鉄もこれに倣っている。戦前期には、日本が植民地化した地域のすべての鐵道もこれに合わせ、東京へ近い方へ行く便を「上り」とした。朝鮮や台湾、樺太、満州国を含むすべての東アジアの鉄道網は東京を基準にした。大東亜共栄圏の首都は東京であったのだ。韓国の京釜線は首都・京城(ソウル)と半島の南の釜山を結んだが、戦前期は釜山行きを「上り」と称したが独立後韓国政府は首都・ソウル行きを「上り」に改称している。ただ一つこれに抵抗している私鉄がある。関西・近鉄は大阪を中心に考えて、東京に近い名古屋行きを「下り」としている。事故を起こしたJR福知山線と競合する京阪電鉄は、本社は大阪だが京都行きを「上り」としている。近鉄に反骨精神があるのかどうか分からないが、チョット評価してもいいのかなとおもう。しかしプロ野球ではオリックスに球団をたたき売ってしまう醜態を演じたが。
ことほどさように日本の中央集権思想は大東亜共栄圏型東アジアの構築をめざしてかますびしい。新しい歴史教科書をつくる会の検定合格本の叙述をみてみよう。
○2001年旧版本「韓国併合の後日本は植民地にした朝鮮で鐵道・灌漑の施設を整えるなどの開発を行い、土地調査を開始した」
○2005年申請本「韓国併合の後於かれた朝鮮総督府は、鐵道・灌漑の施設を整えるなどの開発を行い、土地調査を開始し近代化に努めた」
○2005年見本本「韓国併合の後置かれた朝鮮総督府は植民地政策の一環として、鐵道・灌漑の施設を整えるなどの開発を行い、土地調査事業を開始した」(下線部はすべて筆者)
執筆者は朝鮮植民地を否認したい意図が明らかだが、文科省の修正意見によって「植民地」という語句を入れざるを得なかったことが分かる。鐵道・灌漑は日本軍の輸送と日本国内の食料調達のためであり、土地調査事業で日本語を知らない朝鮮人地主は大半の土地をタダで略奪された。これを近代化というならば、世界史上に植民地は存在せず、すべての独立運動は誤っていたことになる。恐るべきショービニズムに侵された歴史認識だ。福沢諭吉の脱亜入欧から連綿として、黄色人種を軽蔑し白色人種に媚びへつらう日本の致命的な国際認識が現在に至るも続いている。「上り」列車に乗って「上京」し、宮城前広場で土下座してぬかずき、戦争の最高責任者に許しを乞うた人たちの末裔が亡霊のようにさまよっている。最高責任者はマーッカーサーに詫びを入れて謝罪し、もっと長く沖縄を占領してくれと頼み、広島・長崎は「そういう文学方面のことはよく分からない」と嘯き、その息子はサイパンに行って犠牲者の追悼をおこなうという。せめて独・ヴァイツゼッカー大統領のふるまいから学ぶべきであろう。いま日本では、企業から町内会、PTAに至るまで、本当のことを云うと孤立するんではないかという不安から、世間の目を気にして何も云わないでじっと我慢している大勢順応という日本の最も汚い部分が社会を覆いつくそうとしてはいないか。
日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも 塚本邦雄(*2005年6月9日 呼吸不全で死去享年84歳) 合掌
(2005/6/27
14:08)
[けなげでいたいけな少年たちーNHKドキュメンタリー『少年院 250日の記録』]
罪を犯した3人の少年たちの少年院での生活に密着した記録です。場所は愛知万博の会場となっている瀬戸市にある瀬戸少年院を舞台にしています。暴走族の抗争で暴行を加えたリーダー少年、仲間との金銭トラブルでリンチを加えた少年、16歳で少女を妊娠させ出産した赤ん坊を殺害して埋めた少年。出所の日を待ちわびて懸命に自省し罪を見つめる少年たちの苦悩と真摯な姿勢に圧倒される。密閉された矯正施設での集団生活は、立ち直るシンボルとしての委員選挙がある。みんなの模範として失敗を乗り越えて進もうとする姿は痛ましいほどの自己省察の過程を繰り返す。しかし出所後2割ほどの少年は再犯をおかし、また再び帰ってくる。それにしても法務省矯正局はなぜこのような取材を許可したのであろうか、と思われるほど少年たちと教官たちの生々しいやり取りの過程が赤裸々に描写される。被写体も全くカメラを意識していないかのようだ。顔をモザイクで消しているがプライバシーは確実に侵害されている。少年たちは取材が全国放映されることをよく知らされた上でのことだったのだろうか。それほど危ういドキュメンタリーだ。
少年院送致処分を受ける少年たちは、かなりの粗暴犯だと思われるが、院での表情は驚くほど幼く従順だ。食事の姿勢を注意されたその夜にベルトで自殺を図った少年は委員活動がうまくいかないことに悩んでいた。この繊細な少年が粗暴な暴行に及んだとはとても想像できない。おなじく責任感が強くて漢字書き取り大会をうまく終了できなかった少年は、トイレでストレスを発散させて放水し独居室にはいる。この暴走族のリーダーであった少年は、暴走族の集会は互いを慰め合う状態で、最後まで自分に付いてきた仲間はたった5人だったと寂しげに云っていた。子どもを殺害した少年は、殺害の動機と過程と反省の気持をうまく教官に伝えられず、最後には「自分はこれからも生きていていいのだろうか」とつぶやく。面会に来た両親に、殺害の経過と気持をすべて伝えるように教官から云われて追い詰められる。おのおのが自己の良心の深淵をえぐられて、私からみれば神の前の子羊のような素直な心情に変わっていく。
3人の教官が登場するが、それぞれの教導への姿勢の違いが浮き彫りになっていた。最も若い眼鏡をかけた教官は、接し方自身がおどおどして自信がなさそうだ。出所を遅らせるという脅迫をかけて自らの絶対権力をさりげなく示す。少年はこの教官には心を開かない。眼帯をした教官は、ある自分の理想の鋳型に少年をはめ込んでいこうとするかのようだ。中年の教官は、教導のあるべき姿を身を以て示している。窯業室で少年の創った作品の素晴らしさを誉めて、さりげなく少年の心の深いところに迫ろうとしたり、自分を裏切った少年を本気で怒鳴るように怒り、若い教官が少年の心にギリギリと食い込もうとするのに歯止めをかける成熟した教育技術を身につけている。出所する少年がこの教官に「ここに入る前に先生に会っていたら、私はよかった」と挨拶したときに、教官の両目からこぼれる涙は確かにほんものだ。院内で発生するトラブルを少年たちのミーテングで話し合いをさせて打開する様子も印象的だ。
冷ややかに見る人は、少年院の鋳型に少年たちをはめ込んで従順な人格改造をおこなうソフトな収容所と云う人もいるだろう。確かに保護者会で両親を前に読み上げる決意文は真情に溢れているが、事前に作為された綺麗事の作文のような印象もある。確かにかなり前に観た少年院をテーマにした『サード』という映画では汚い部分が赤裸々に描かれていた。このドキュメンタリーも多くの部分を編集で落としているのでしょう。しかし生まれ落ちてから「信頼」し合うことの体験を持たないで非行に走った多くの少年が、素朴な「信頼」を体験し恢復していく過程に嘘はないと感じさせるものがある。そしてこうした「改心」を果たした上で出ていく社会の現実は余りにも非対称的で冷たいことも事実だ。院の外はコミュニテイが崩壊し利己心と不信と競争が支配する社会であり、特に日本は失敗した者の再挑戦を認める文化が欠落した「前科」者排斥の傾向が強い。彼らは自ら犯した罪責と社会の冷たい視線のなかを十字架を背負って石で打たれながら生きていくことになる。
英米アングロサクソン諸国は、犯罪の出所者を地域に公開し、足にICチップを埋め込んで移動を24時間監視する社会だ。犯罪発生率と凶悪犯罪率が低下ないし横ばいの日本も、逆に少年法の改正を積み重ねて厳罰主義に転換し、街では住民が互いを監視し合う安全運動を町内会で組織するようになった。審議が始まった共謀罪は、密告と盗聴によって一般市民の集いを取り締まる究極の監視社会に転換させようとしている。共謀罪の対象範囲は、殺人罪から傷害罪、消費税法から相続税法、道交法から水道法まで約560種の犯罪について、それが遂行されなくても話し合っただけで処罰する。容疑者を共謀罪に問うには共謀の事実を立証するために、録音するか誰かの証言を必要とし、録音とは電話やファックス、メールなどの通信手段を盗聴することになり、自首した者の刑を軽減する規定を盛り込んで密告を奨励する。捜査当局の捜査・監視の裁量権が拡大し、市民は常にビクビクして生活することになり、冗談一つ云えなくなる。
米国国防総省は16−18歳の高校生と、すべての大学生のデータベースを民間会社のビーナウ社と共同で作成する計画を進めている。データは誕生日・社会保障年金番号・学業成績・人種・専攻分野などの個人情報が蓄積される。すでに高校生の個人情報を国防総省に提供する連邦新教育改革法(2002年1月)によって生徒名簿提出を拒否する学校はなくなっており、この個人情報との連動で米国軍部はほとんどの米国市民のあらゆる個人情報を管理することになる。目的は兵役に就く年齢と学業資格に達している個人ファイルにより、新兵徴募の円滑化にある。イラク戦争後米国軍隊への従軍が忌避され6割程度しか定員が充たされていないという現状がある。しかし米国愛国者法による思想調査と個人ファイルが連動し、FBIやCIAとのネットワークによって米国社会はオーウエル型の一望監視社会になるだろう。米国の自由と民主主義はもはや過去のものとなった。自由の女神の両目からは大粒の涙が滴り落ちている。日本国憲法改正によって国防の義務が課せられれば日本も遠からず同じような社会が来る。すでに自衛官募集にデータを提供している学校もある。少し飛躍があるかも知れませんが、こうした傾向に真っ向から疑問を投げかける意味をこのドキュメンタリーは持っている。ドキュメンタリーの迫真性は凡百のドラマを遙かに超えることを示している。(2005/6/25
10:58)
[日本は第2次日韓協約(乙巳条約))をいま以て有効としているのか]
第2次日韓協約(乙巳ウルサ条約)は、1905年の日露戦争勝利後に日本が大韓帝国皇帝・高宗に迫って外交権を剥奪して保護国化した条約であり、その後の韓国併合条約による植民地化のもとになった条約だ。ソウルで24日におこなわれた南北閣僚級会談で韓国と北朝鮮はその無効性を確認した。1965年の日韓基本条約では1910年以前の日韓協約の有効性を曖昧にしたまま結ばれたが、日本政府はいま以て国際法上の有効性を主張しているという。日露戦争自体が朝鮮の支配権をめぐる朝鮮半島での日本とロシアの戦争であり、日露戦争自体が他国の領土で戦う違法戦争であり、しかも戦勝国日本が形式的な国際条約で韓国を植民地化していったのも国際法違反である。先日おこなわれた日韓歴史共同研究で日本側の歴史学者が韓国併合までの過程を国際法上位有効と主張したことにも耳を疑ったが、他国を植民地化することへの初歩的な認識が完全に欠落している。日本の近現代史認識は政府のみならず、一部学会をも含めて致命的な反国際法の誤りにおちいっている。「上からの近代化」によって血を流して人権や平和を獲得した経験のない国では、決定的に他者の人権への認識力が欠落しているのだ。おそらく将来の日本は、現在の日米安保条約を違憲・違法な条約として歴史的に規定するだろうが、それをしも形式的な政府間交渉で署名した国際法上の有効性を持つとみなすのだろうか。形式的権力が一般法と国際法に違反する形式的署名は無効だというのが国際法の常識ではないか。平気で国際法違反の過去の条約の形式的正当性を口にする形式政府は、国内でも形式的多数決による違憲・違法行為を繰り返して恥じないのだ。(2005/6/24
17:33)
[ナチ親衛隊10人に終身刑判決を下す欧州と戦犯を慰霊する日本]
1944年8月14日の早朝にイタリア中部トスカーナ地方のサンタンナ・デイ・スタツエーマ村の560人が、ナチ親衛隊によって虐殺された。対独レジスタンスへの攻撃としたが犠牲者のほとんどは女性とこどもであり、生後20日の乳児もいた。当時6歳であったエニオ・マンチーニさんは銃殺隊の前に並ばされたが奇跡的に生還した。イタリア・ラスペッチア軍事裁判所は22日に元ナチ親衛隊10人に終身刑判決を言い渡した。被告は全員が80歳を超えて現在ドイツに住んでいるが、引き渡される可能性はない。戦後60年に及んでなおナチ犯罪の追求は時効を廃止して進んでいる。かって私たちの父祖は同じような虐殺行為を全アジアで展開したが、責めを負うことなく生きてきた。ナチの行為を白日の下にさらすことがドイツの未来へのカギだーとするドイツ政府と、過去の事実の存在と罪責を否定し逆に英霊として讃える日本政府の間にあるおそるべき非対称性に声を失う。
この非対称性を生む要因をめぐって多くの見解がある。罪に対する罰と責任を追及する西欧に対して、水に流してケガレのミソギで許すという日本文化の違いだとか、一神教の神を信仰する文化と多神教の文化の違いとか、欧州経済圏でのドイツ経済の発展と日米経済関係の差異等々・・・・。しかし日本のモラルハザードはそうした文化・経済を超えた信じがたいレベルで居直りつつある。罰の回避から罪の否定へ、加害を被害へと逆転させ、「こんなに云っているのにまだ責めるのか、いいかげんにしろ」というヤクザのレベルに転落しつつ。しかも市場原理による弱肉強食のなかで敗者のルサンチマンを組織して、排外的な攻撃の熱狂に動員するポピュリズムの手法に少なくない人が巻き込まれつつある。
驚いたことにA級戦犯の筆頭である東条英機の孫娘がメデイアに登場して堂々と太平洋戦争は自衛戦争であり、アヘン戦争以来の欧米に対するアジア解放戦争であり、東京裁判は勝者の一方的な不正裁判であると攻撃している。東条由布子氏に聞きたい、日本軍が殺害した2000万人のアジア人も解放のための行為であったのか。もしドイツでヒトラーの末裔が登場してニュールンベルグ裁判を否定し、ヒトラーの無罪を主張したら即自に裁かれるでしょうが、こうした非対称性についてあなたはどう説明しますか。あなたは環境問題NPOで活動しているそうですが、戦争こそ最悪の環境破壊であることについてどう考えますか。個人的心情のレベルであなたの態度を評価する人もいますが、人間の生命の尊厳を踏みにじる客観的な虐殺行為を動機の純粋性で弁護することは、すでに人間的堕落と頽廃の極地を示しています。
なぜ日本はイエロージャップとしてアメリカに軽蔑されているのでしょうか。それはかっては鬼畜米英を唱えて対米戦争をおこなった最高指導者が、いざ敗北すると手の平を返したように米国に屈従し媚びへつらって政権に復帰するという岸信介のような矜持を棄てた態度を示し、いまは忠犬ポチ公と呼ばれて喜んでいる首相が米国モデルを必死に自国に適用しようとする哀れな政策をおこなっているからです。これほど米国から軽蔑されている国は世界にありません。
いま中南米諸国が次々と対米自立的な政権に移行し、米国モデルを批判しています。米国の裏庭と呼ばれていた国々はいま人間的な誇りと矜持を以て、星条旗に相対しようとしています。米国の市場原理主義を推進する機関に堕した世界銀行と国際通貨基金(IMF)が中南米諸国に強制した民営化、貿易自由化、直接投資受け入れ、規制緩和によって中南米経済は混乱し破壊され、やっとアメリカン・スタンダードの虚妄を体験によって自覚するに至ったのです。同じ政策によって国の姿が崩壊の縁に直面し、弱肉強食の阿鼻叫喚のなかでのたうち回っている国が東アジアにあります。膨大な赤字国債の発行によって国債の暴落が迫りつつあるにもかかわらず、逆に市民生活を犠牲にする社会保障システムを削減して国民購買力を奪い、海外輸出でのみ国を維持しようとする政策は破綻に直面しています。こうした破綻の危機を軍事と独裁で乗り切るために、市民のルサンチマンを動員するポピュリズムの潮流が強まっています。東条由布子さん、あなたの個人的振る舞いはこうした現代日本の危機の構造に絡みとられ、利用されているに過ぎないのです。無知はある人々にとってはもっとも恥ずべき悪です。(2005/6/24
11:46)
[日本社会全体が巨大な日勤教育の場となりつつある]
JR西日本の企業ガバナンスが崩壊して莫大な犠牲者を出してから注目された日勤教育のシステムは、いまや日本社会全体を覆いつつある。JR西日本の企業体質の実態とその原因をえぐり出すことは、今あなたや私のいる学校と職場の体質を結界することとほとんど同じ意味を持つ。JR西日本の安全担当責任者が、電車区の区長に異常がないか聞いても、「何もありません」と答え、一方で少数派の組合が要望や異議を唱えても会社は冷酷に無視する。些細なミスもみんなの前で見せしめにする日勤教育で晒し者にして辱めを与える。恐怖に戦く従業員は事実を隠し、歪曲して報告して日勤教育を逃れようとする。JR西日本は2000年の給与改定から、職場長の5段階評価によって昇給額を決める制度へ移行し、運転士の評価項目にツアーの販売実績も加味した。運転士は運転以外の営業努力もしなければ給与に響く仕組みになった。評価を上げるためにますますミスを隠す虚偽報告が横行するようになった。本社の会議で上司が出した方針に質問は一切なく、議論はないまま決まっていく。「何を言っても変わらない」というアキラメ気分が蔓延し、上司に率直な意見を言う姿勢はない。株式上場した1996年頃から、投資計画を決定する総合企画本部の権限が強まり、本体の技術者集団である鐵道本部の地位は低下した。鐵道本部がATS設置を求めても利益と効率最優先の総合企画本部はすべて無視してきた。夜間保守用の車両は鉄道信号に反応しないので、手信号で自分の位置を伝え、列車無線が一部エリアで不通話となる状態が放置されてきた。要するにJR西日本のCSRは崩壊しているのだ。他人の身体と生命を空間移動させることによって対価を得る鉄道事業の公共性は消し飛んで、一般財を売る民間企業と同じレベルに転落してしまった。国鉄民営化による市場の失敗を補完する公的介入も全く制度化されていない。
国鉄の分割民営化によって、9万3000人がリストラされて大量の技術者が分散、流出し新規採用が抑制されて技術力の低下と技術の断層が生じ、いま大量の団塊世代の退職時期を迎えて技術の維持と継承は危機に陥っている。JR東日本は、01年に「設備部門におけるメンテナンス体制の再構築」を実施し、数値管理可能な検査業務と施行業務の全てを協力会社に移管して3300人の要員を削減し、うち2500人が出向した。ほとんんどの施行業務を請け負った協力会社の人手不足と技術不足で事故が続発している。JR東日本は、01年度から中期経営構想「ニューフロンテイア21計画」を実施し、4年間で17000人を削減し、さらに08年度までに8000人を削減する。国鉄時代は新規採用者は検査係と一緒に作業しながらOJTで技術を習得し、新人は2年間の見習い期間を経て、6年の検査業務を経験し、職場長が技量を認めれば検査係の試験を始めて受けられるというシステムがあったが、JR移行後は見習い期間は3ヶ月で業務に従事する体制となった。京浜東北線はデジタルATCによって、曲線・ポイントでの制限速度が毎時5kmアップして通過時に、軽量化された車体の激しいゆれが起こり、209系電車のドア故障が多発し、いつ事故が起きても不思議ではないという実態におちいっている。郵便局民営化の将来がはっきりと目の前にある。
JR西日本の前近代的経営方針が作られた過程をみてみよう。旧国鉄は民営化(87)前後の86年から88年までの3年間に亘って、
私鉄最大手の禁手値に幹部候補生を派遣し、経営・服務規律・採用・教育・勤務規則・賃金制度・職場管理・労使関係コンピュータ・安全管理などのすべての分野のノウハウを修得させ、A4版116頁に及ぶ報告書を作成している。阪急・東急などに較べ立地条件の悪い線区が多い悪条件を克服してなぜ日本1になっているかを分析している。JRが学んだのは、近鉄の最も前近代的な命令と服従の専制的でものも自由に云えない企業体質であった。オーバーランは40日、あくびしただけで30日、社長が謝る事態は6ヶ月、何もしないで一日中座らせるという屈辱的教育がJRに持ち込まれ、近鉄に輪をかけた奴隷職場に転落した。結局の所、民営化とは労働基本権の剥奪による奴隷労働の導入であったのだ。
いよいよ鉄道の安全問題の本質を明らかにしなければならない。本質は、国鉄の民営化に伴って鉄道事業法か改訂され、公共性と安全性を阻却する規制緩和が著しく進んだことにある。鉄道会社は鉄道業務の基幹部門を次々と分社化・子会社化するアウトソーシングとフレクシブル雇用によって、本体の社員数を激減させ人件費コスト削減に狂奔した。以下その事例を会社別に見てみよう。
○南海:車両検査部門の下請化、最長5年間の運転士契約制(雇用条件は正社員より低く、2−3年目で正社員登用制)
○阪急:駅業務を子会社の「阪急レールウエイサービス」に移管し、駅の高度利用によるレストラン・コンビニを展開(正社員の出向に伴う新たな人は子会社の労働条件で採用する)、乗降客の少ない駅の1人対応化、運転士契約制導入検討
○近鉄:駅業務を分社化して「近鉄ステーションサービス」を設立し、レストラン・コンビニを展開する。契約制で2年目に車掌への道を開き、車掌になると親会社の近鉄に出向し、3年目に運転士への途を開く
○東急:駅業務と営業一体化(駅舎と売店の隣接と両業務兼務)
○京急:駅業務と営業一体化(同上)
○東京メトロ:駅業務と営業一体化(同上)
○阪神::乗降客の少ない駅の無人化・自動改札
○京阪:運転士契約制で1年更新(2年目から車掌になり、その後運転手になれるが雇用年数期限は未定)
このように各社争ってアウトソーシングと契約制運転手を導入している。契約期間中に労働者の正式採用への適否を業務能力や会社への忠誠度で判断し、しかも賃金は20−30%安く退職金もないので、コスト削減による経営効率上昇を期待できるからだ。車両の整備から運転手まで正社員から外して、本体業務は秒を争うダイヤ作成に特化しているのが現在の鉄道会社の実態だ。職場は、物言わぬ社員が蔓延し、人参競争で煽られて日勤教育に戦々恐々としている。鉄道に夢と志を抱いて自らの人生を賭けようとする従業員ははかなくも地獄の労働環境に陥れられている。
あなたの学校や職場で、高率と利益を至上目的にほんらいの仕事が犠牲になっていることはないか。学校で云えば、ほんらいの授業ではなく受験補習に熱中する教師のように。上司の評価によって給与が決められる人参競争に転落して、同僚のミスを期待している雰囲気はないか。会議が沈黙の内に進み、たとえ採決してもかってに上司がひっくりがえすような事態はないか。上司に媚びへつらって同僚を互いを尊敬し合う雰囲気を失っている状態はないか。そして多くの人が乾いた雑巾を絞るように働き、不要になったらサッサとリストラされて此の世から消えていく。
いま名古屋市動物愛護センターには飼い主が放置した犬や猫が大量に保護されている。多くがペットであったために、人に慣れて性格もおとなしいい高級種だ。2002年度には成犬1479頭を保護したが、エサ代がかかるために新しい飼い主が見つからなければ処分される。02年度は1479頭のうち譲渡されたのは312頭に過ぎず、残りの1000頭以上は薬殺された。人間も企業に献身して不要になれば再就職は難しく自ら薬殺されていくのが日本社会だ。
靖国神社には天皇の命令で死んだ旧軍人が祀られている。遺族の多くは命令した軍人と普通の兵士を一緒にしていることに恨みを持っている。自分の責任と判断で戦場に行ったのではない者と、他人を戦場に行かせた者を同列に祀ることに無念を覚える。そればかりか他人に命令した高級軍人ほど祀られる神の地位は高く処遇されている。生き残って国に戻った兵士の多くは、敗残兵として冷ややかな視線を浴び、またなぜ自分だけ生き残ったのかという負い目を感じて戦後を生きてきた。彼らは沈黙して語らず、多くの者が黙って此の世を去っていく。多くの兵士は何を言っても無駄だ、考えてもしょうがないという運命論者になって戦場に行き、そして最後まであきらめつつ此の世を去った。あれだけの犠牲者を出したJR西日本社長は、業務上過失致死を問われず相変わらず社長の座に君臨して平気な顔をしている。
いよいよ最後の結論に至った。何を言ってもしょうがないと諦める日本の姿は、連綿として太平洋戦争から現代に至るまで続いている。そして諦めた瞬間に本当の敗者になるという事実もそのまま続いている。以上・朝日新聞6月22日各記事参照。
凍土を噛む 今野大力
おれたちは千里のこなたに凍土を噛む
故国はおれたちをバンザイと見送りはしたが
ほんとうに喜んで見送った奴は
俺達の仲間ではない
(2005/6/22
9:44)
[手製爆弾を教室に投げ込んで報復する日本の姿]
山口県の高校で自分を侮辱した級友へ報復するために手製爆弾を投げ込んで多数の負傷者が出た。1999年にコロラド州・コロンバイン高校で起こった銃撃事件を想い起こす。自殺した犯人はイジメへの報復として銃で多数の級友を射殺した。全米の学校は「ゼロ・トレランス(非寛容)」をスローガンに徹底した暴力追放運動を展開し、金属探知器と身体検査が導入された。そして輪ゴムを級友に飛ばした小学生(9歳)は即停学となり、精神鑑定をしないと復学させないという処置がとられ、警察は深夜に自宅を捜索して事件の証拠を集めた。加害少年は黒人だった。フロリダ州では手首に輪ゴムを巻き付けることを禁止し、教師の机に輪ゴムを飛ばした高校生が危険行為で10日間の停学となった。いま全米は極度の暴力規制が進み、ちょっとしたイタズラにも繊細になっている。
国内で暴力規制運動を展開する米国は同時に、国外では先制攻撃や劣化ウラン弾を打ち込んで拘束者を虐待する野蛮な暴力を行使している。「スパイダーマン」の主人公・ピーターパーカーは高校時代に激しいイジメにあった被害者という想定だが、正義の味方として弱者を守る。ニュージャージー州の「反いじめ法」から全米に広がったイジメ撲滅運動の特徴は、匿名での告発を奨励していることだ。匿名告発+証拠で教育委員会は介入する。米国青少年暴力防止資料センターの報告では、全米で88%の子どもがイジメを目撃し、加害者も被害者も傍観者も互いに自尊心が崩壊したり罪悪寒で心理的な傷を負っているという。米国のイジメは日本よりかなり遅れて2000年代から急速に拡がり始めた。日本のイジメは、1980年代のバブル期に拝金主義と親の労働時間の延長による不在や共通テストによる学歴競争がプレッシャーとなった時代に始まり、1990年代のバブル崩壊後にいっそう深刻化した。米国は2000年のITバブル崩壊後に貧富の差が激しくなりテロや戦争で不安社会となって子どもの世界にイジメが急速に増大した。
子どものイジメを密告させて警察で解決するというアメリカ的手法を日本に適用すれば日本は崩壊する。なぜなら日本のイジメは大人のイジメ反映であるからだ。全国児童相談所(182カ所)が2004年度に処理した児童虐待相談件数は、03年度より24%増加して過去最高の3万2979件に(速報値)に達し、1990年の1101件の30倍という驚くべき数値である。2004年10月の改正児童虐待防止法の施行で確かな証拠がなくても通告義務が定められたことによって急増したのであろうか。そうではない。明らかに1990年から右肩上がりで急伸し、99年に11,631件を突破してから01年に23,274件へそして04年度に遂に3万件を遙かに超えたのである。児童福祉司はわずかに2003人であり、週当たり平均担当件数は32,4件で最も多い相談所では103,2件に達して児童相談所の機能は崩壊している。親が最愛の我が子を虐待する究極のイジメは今後増大の一途をたどる。
手製爆弾を投げ込む事件はこうした日本の地域の共同性が崩壊したジャングル社会への弱者の絶望的な復讐なのだ。私の家の近くから少女の泣き叫ぶ絶叫の声が今しも聞こえてくる。相変わらず隣人は冷ややかに眉をひそめて聞き耳を立てている。3万人を超える人々が自殺し、同じ数の子どもたちが親から激しい虐待を受けている社会とはいったいなんだろうか。もはや爆弾でなければ解決できないほどこの日本行き詰まっているいるのだろうか。虐待の経験者は同じことを我が子に繰り返す確率が高い。21世紀の日本を根底からやり直すには、もはや「爆弾」に匹敵する衝撃的な治療法を加える段階にきているのであろうか。こうした庶民の世界で繰り広げられる惨めで悲惨な事態を霞ヶ関の高みから冷ややかにせせら笑っているグループがいる。ここにこそ真の元凶がいるにもかかわらず、庶民は互いを攻撃し合う蟻地獄のような社会になろうとしている。(2005/6/21
17:15)
[私たちの父祖は60年前に沖縄で何をしたのか?
私たちは記憶を失ってさまようピアノマンなのか!]
60年前に国内最大の地上戦となった沖縄戦は、国家総動員システムのもとで軍民一体の戦闘態勢を構築するために、スパイを摘発する苛烈な民族純化作戦がおこなわれた。日本軍の内情に通じる沖縄方言を使う沖縄住民が「不振なるふるまい」によってスパイとして虐殺された。大城政英(87)は、3kmに迫った上陸米軍から家族を安全な場所に避難させるために、数キロ離れた壕に入ろうとした瞬間に、「誰だ!貴様はスパイだ」と数人の日本兵に後ろ手に縛られ、ビンタを浴びた。彼は沖縄県で年に2人しかなれない近衛騎兵隊員に選ばれて4年の任務を終えて帰還したばかりだ。軍隊手帳を見せると「死んだヤツからいくらでも盗める」と日本兵は冷たく言い放った。「お前たちはなぜ沖縄人を誰でもスパイ扱いするのか」と叫んだら、「沖縄人はどうせスパイだから皆殺しにしろと上から指示が出ている」と言った。偶然に顔見知りの兵長に救われたが、帰り際に背後でスパイ容疑の沖縄青年が問答無用で銃殺された。家に戻り家族を連れて避難している時に、顔なじみの男が艦砲射撃の犠牲になって死ぬ間際に、「てんのうへいか、ばんざい・・・」とかすれ声で言った。兵隊ですら死ぬときは「お母さん」と言い残すなかで、民間人の彼はそう云った。自分なら絶対に云わなかった言葉だ。でも彼を哀れとも無知だとも思わなかった。むしろ「すごい」と率直に思った。その理由は今もって説明できない。あの時に人間は人間でなくなっていたのだ・・・そうさせた戦争の恐怖を語るしかない。以上・朝日新聞6月20日夕刊。
沖縄戦で米軍占領地域での日本軍の警察官への極秘指示文書が米軍軍政司令部の「情報報告書」にある(45年6月29日付け 米国陸公文書館)。
@民間人と共に警察官も緊急事態では、自らの命を国家に捧げることを偉大な義務と認識しなければならない。
A遊撃戦での協力
a、変装警察官と民間人から選抜された密偵は敵占領区域に潜入し、偵察せよ。
b、敵の掌中にある者は敵幹部を暗殺し、敵兵舎を破壊して混乱に陥れよ。
c、敵占領区域にいる者は秘密裏に捜査をおこなえ。敵への協力者は殺すかしかるべき措置をせよ。
G兵士だけが命を捧げるのではなく、すべての日本人が命をかけて皇土を防衛すべし。
日本軍は45年3月に住民を組織した秘密特務機関「国土隊」を設置し、住民をスパイとみなして摘発に住民を利用し虐殺した。沖縄県警察部は45年2月に平常業務を停止し、戦時警備に従事する警察警備隊に再編され、警備と防諜が主業務となって日本軍に協力した。以上・朝日新聞6月25日付け夕刊参照。
沖縄戦の実相を私ははじめて知った。天皇制を護持するために降伏を遅らせたなかで、沖縄は日本の捨て石に過ぎず、天皇に忠誠を尽くした沖縄人は最初から見捨てられていたばかりか、敵性人として処断されていたのだ。日米同盟のために70%の米軍基地を集中させている首相は、沖縄戦慰霊祭にどのような気持で参拝するのだろうか。これほどの偽善があるだろうか、無意識の偽善であればもはや彼に首相の資格はない。アンコンシャス・ヒポクラシーほど罪深いものはない。
記憶を喪失して海岸に佇んでいた「ピアノマン」のニュースが全世界を駆けめぐって、いまはすっかり過去の人になろうとしている。私たちは60年前の惨事の記憶をすっかり忘れて佇んでいる東アジアのピアノマンではないだろうか。直接に戦争を体験した人の記憶すら歪められて後世に伝えるという野蛮な歪曲行為が作為的につくられている。自国の恥部を嘘でかためて英雄伝説に仕立て上げて、犠牲者の悲痛を横目に参拝して恥じない首相を選挙で信任する国なんだよ、この国は! 恐るべき頽廃に堕していながら日常の平穏にアクセクと流されて、万博にいそしんでいる脳天気な国! 欧米が戦後60周年を厳粛に営んでいるときに遊びまくっているこの国!、恥ずかしくてとても世界に国籍を名乗れないこの国! もはや自国民以外に存続を望まないこの国! イデーを失って星条旗に奴隷のように媚びへつらいながら互いにイジメあっている情けないこの国! あなたは本当にこの国に住みたいですか?
ほんとうはどこかへ行ってしまいたいたくはありませんか? 私はそれができる余裕がないので仕方なく住んでいるのかもしれません。この国の記憶を失いつつあるピアノマンはもはやピアノの演奏すらできない存在に転落してはいませんか。どのような美しい演奏をしようと偽善に包まれて見破られる恐怖があるから。美しい四季が繊細に変化するこの列島は、東アジアモンスーン地域で孤立していこうとしています。(2005/6/21
21:08)
[現代における「希望」について]
東京大学社会科学研究所の「希望学」プロジェクトは、現代における希望と社会の関係を、経済・歴史、思想・制度、社会調査などの多面的な視点から明らかにしようという興味ある試みだ。5月に実施された全国20−40歳代対象のネット調査では次のような結果がでている(朝日新聞 6月18日号参照)。
将来に実現させたい希望はあるか ある 75%
その希望は実現するか 実現する 80%
希望の内容は何か(多い順) @仕事A家族B遊びC健康
希望を持っている人の特徴
個人の性格的には 好奇心・独立心が強い、ねばり強い、決断力や柔軟性がある
友達の多い人
子どもの頃に家族から何かを期待された記憶を持つ人
子どもの頃になりたい職業の具体的なイメージを持っていた人
過去に挫折体験がある人
*経済的な豊かさや年齢は希望とは余り関係がない
未来は何色だと思うか
全体で最も多のは 水色、黄色
希望がある人 オレンジ色
希望がない人 白色、灰色
詳細はこれからですがけっこう面白い。20−40歳代に絞った理由が分かりませんが、青年・壮年前期の日本の意識が浮かび上がります。私が気づくことは、希望の内容が個人的・私的なものへ傾斜し、世界や地球という「大きな物語」と自分が結びつかなくなっていること、希望がない人と希望が実現しないと思っている人の合計が40%に達していることー等ですが、ところであなたにとって未来は何色ですか?
「希望」という言葉は「希な望み」とあり、ほんらい実現可能性がない期待というのが本旨ですが現在では「望み」とほぼ同意化されています。Hopeの訳語は「希望。望み。期待。見込」(研究社LUMINOUS)となっており、「希望」の英訳は「Hope.Wish.Reqest.Expectation.Dream.Want」(研究社LIGHTHOUSE)となっていますが、日本語の希望はDream(夢)よりHopeでありやはり一定の目標意識が伴うイメージあります。魯迅は植民地中国の未来を問われて有名な「絶望が虚妄であるのは、まさに希望と同じだ」(ハンガリー抒情詩人ペテーフィ)と言いましたが、私が想い起こすのは凶弾に倒れた米国黒人解放運動の指導者であるマーチン・ルーサー・キング牧師がワシントン大行進の大群衆を前におこなった歴史上の名演説と言われる「I
have a Dream・・・・」です。私の結論は、「夢Dream」と結んでいない「希望Hope」は意味があまりないのではないかということです。「夢Dream
」と「希望Hope」を結ぶ言葉は「志し」ではないかというのが私の考えですが、「志し」を和英で引くと「Will.Intention,Resolution,Aim.Ambition」がありどうも日本語の「志し」のイメージとしっくりきません。
クラーク博士は札幌農学校を去るときに見送りにきた学生に、有名な”Boy's
be Ambitious!”という言葉を贈りましたが、日本の学生は間違って「少年よ 大志を抱け」と訳してしまいました。クラークは西部開拓の苦難に向かってあくまで挑戦する開拓精神を伝えようと”少年よ 冒険をせよ”と云いたかったのですが、当時の「大志」は立身出世教育のなかで権力への階段を意味してしまいました。ここから日本の近代化は大きく狂ってしまったのです。Ambitiousは確かに大志とか野心という意味ですが、残念ながら言葉は時代の影響を受けてしまいます。
ところで私のホームページのメッセージはバラ色の希望はなく、むしろニヒルな感じが漂っているという印象をお持ちの方が多いでしょう。私の主意は希望的な観測や絶望的な失意でもなく、楽観と悲観を超えた「志し」を持ちたいと云うところにあるのですが。言い換えれば「夢」と「希望」を媒介する「展望」(展開する望み)をこの手にしかと握りたいということでもあります。故郷は志しを果たしていつの日にか帰るところであり、錦を飾るところではありません。(2005/6/19
10:55)
[米国・愛国者法の一部無効決議ーアメリカの光と影を凝視して何を考えるべきだろうか]
米国下院は6月15日に愛国者法の一部無効決議を賛成238、反対187で可決し、今後上院審議に移り大統領の拒否権発動が注目される。愛国者法(正式名:テロリズムを摘発し阻止するため適切な手段を提供し、米国を団結させ強化する法律)は、2001年の9.11同時多発テロ事件後の恐怖と報復感情の嵐になかで、たった1ヶ月の審議で10月26日に成立した。テロ関係者と見なす外国人を司法手続きなく7日間拘留し、容疑者の電話・携帯・Eメールの盗聴と傍聴を可能とし、図書館での特定書籍の閲覧記録と書店での購入記録を秘密裁判所の承認で差し押さえ、ホテル滞在記録・アパート賃貸契約やクレジットカード利用記録の調査など広範な思想調査と広範なプライバシー調査をおこなうことができる。現にワシントン州公共図書館でビンラデインの伝記を借りだした利用者全員のリストの提供をFBIが要求した(USAトウデイ紙報道)1950年代のマッカーシズム以来の事態が起こっている。
愛国者法の全体の10分の1にあたる条項は05年末までの時限法であり、大統領は時限法の無期限延長と裁判官の許可なく郵便などの資料摘出命令権など捜査権限拡大を求めていたが、下院は否決した。書籍閲覧・購入記録差し押さえやホテル滞在とアパート賃貸契約、クレジットカード利用記録の強制的押収はできなくなる。
米国ではブッシュ型の強権的専制と人権擁護派の激しいせめぎ合いがあるようだ。私は187名の議員が無効決議に反対したことに注目する。米国人権派の弱点は、人権が白人系市民権取得者に限定され、外国人と有色人種の人権については関心を払わないことは、キューバ・グアンタナモ基地でのアフガン人捕虜を見れば明らかだ。
米国の歴史はアングロ・サクソン系開拓者による先住民と有色人種に対する恥ずべき排除と暴力、テロの歴史でもあった。第2次大戦期に日系米国市民へ加えられた財産没収と強制収容所隔離というテロ行為をあなたは覚えているだろうか。先住民と日系市民への謝罪をおこなった米国は、アフリカ系米国市民へのリンチは公然とおこなってきた。司法手続きを経ないで集団暴行を加えるリンチが公然とアフリカ系米市民に加えられ、犯人の99%が逃れてきた。犠牲者は西部開拓期と同じように首に縄をかけられて木に吊される絞首刑であり、ジャズ歌手のビリー・ホリデーは”南部の木には奇妙な果実がなる”と歌で告発した(1939年)。リンチ禁止法が初めて提案された1882年から、アフリカ系米市民差別禁止が可決された1968年に至るまで、少なくとも57142人がリンチの犠牲となり、全米50州でリンチの記録がないのはわずか4州であった。リンチはカーニバル行事となり、リンチ場行きの特別列車が仕立てられ、学校と職場は休みとなってみんなが参加できるようにし、新聞は場所と時間を知らせる広告を出し、白人市民は軽食を食べながら拍手喝采して観覧した。白色系米国市民に良心はなかったのか。そうではなく、20世紀の前半に約200の反リンチ法が提出され、7人の大統領がリンチ行為の禁止を議会に提案し、1920年ー40年の間に下院は3回リンチ禁止法を可決したが、南部出身議員の強力な抵抗で上院がすべて阻止してきた。今年6月13日に米国上院ははじめてリンチ禁止法を制定せず多大の犠牲を出したことにたいする謝罪決議をおこなった。今回の上院の決議は投票を行わず、議員個人の賛否の記録を残さず、100人の上院議員の内80人の共同提案という形式をとった。20人が共同提案を拒否し、最もリンチがひどかったミシシッピー州選出の2名は出席を拒否している。南部を中心にして米国の底流には隠然たる人種差別リンチ容認派がいることを示している。以上・ワシントンポスト6月13日号参照。
ブッシュ氏が南部出身者であり、人種差別主義者をバックに当選を重ねてきたことはいうまでもない。だから彼は愛国者法の恒久化を求めて恥じない。米国で「愛国」とはアングロサクソン系白人の優越的地位を守れという意味なのだ。あなたは米国南部へのホームステイや留学に不安はありませんか。日常生活の端々にイエロージャップに対する偏見と差別を感じるでしょう。特に女性はレイプの対象となりやすい。
現代米国は、市場原理による弱肉強食が貫徹し、市民生活から排除される貧困層が白人を含めて急増している。彼らの不満とルサンチマンが、反テロを怒号するブッシュ戦略に吸収されて捌け口をより下位の弱い層や有色系外国人に向かいつつある。国内で失職したり進学できない白人貧困層が軍隊に志願して戦地に派遣され、最前線でテロ行為を働いていることは、女性兵士によるアブグレイブ刑務所での虐待行為で明らかだ。今目の前にキューバ・グアンタナモ基地で、目かくしされて米兵に土下座している捕虜の写真がある。この兵士は米国内での自己の不遇とルサンチマンを捕虜に向けて発散しているのではないか。この意識こそ攻撃的ニヒリズムであり、ファッシズムの温床なのだ。私は白人系米国市民たちが、1970年までみんなでお祭り騒ぎをしながらアフリカ系アメリカ人の首を吊ってきたDNAを凝視する。
しかし問題は日本だ。犯罪率は減少・横ばいしているにもかかわらず、意識的にテロ不安が煽られ、監視と自警団が全国に組織されつつある。3万人超えて史上最高の自殺率が推移し、400万人を超える若者がニートに転落している日本では、若者と中高年を中心に不安とルサンチマンがマグマのように沈殿し、一部権力者は拝外主義的なアジア蔑視論を怒号している。9.11のような何かのきっかけがあれば、雪崩を打って一気に警察国家が支配するファッシズムに転落するのではないかと不安になる。その基底にあるアメリカ型弱肉強食のシステムがはてしない頽廃を日本にもたらしていることを見抜けないままに、蟻地獄のように底へ底へと転げ落ちている。そしてなんとか大過なく過ぎていく日常の安逸に私たちは油断してはいないか。(2005/6/17
10:12)
[W杯出場を決めたジーコ監督の指導理念]
日本型伝統スポーツの指導理念は、「型から入って型を出よ」と言われますが、肝心の「型を出る」前につぶれてしまうのが現状です。最も個性的な集団スポーツであるサッカーの場合も例外ではありません。少年期から監督・コーチの強権的指導によって、機械のように画一的な訓練が身に染みこんでしまい、家畜のように管理されてプロ化していきます。前トルシエ監督の独裁的な指導はその最たるものでした。ジーコ監督の選手同士で意見を出し合い相互のコンビネーションを高める方法に選手は戸惑い、明確な方向性を提起しないやり方に一時批判が巻き起こりましたが、そのコンセプトは次第に浸透しアジア予選を勝ち抜くまでに至りました。無限に変化する実戦のプレーでは、型に嵌った指示待ち的プレーは通用しないのです。中田選手や宮本選手が激しいデイスカッションを展開して練習をしているのを見て、マスコミの一部はチーム内の不協和音を伝えましたが、その内実は選手自身によるフレクシブルな戦闘力の醸成にあったのです。
しかし短絡的な勝利と結果主義を迫られる経営の論理は、安易な管理スポーツによる戦闘力を要求します。自由な人間の身体表現としてのスポーツの本来的な姿が経営の論理の前に敗北し、勝利の結果のみで評価される商業スポーツに堕落していきます。ところが管理スポーツではほんとうの戦闘力は育っていませんから、指導者の独裁が衰弱すると選手も判断を失って敗北に転化していきます。スポーツ大国日本がなぜ世界レベルでかくも弱いのかという理由がここにあります。
ジーコ監督の勝利はそうした日本的スポーツ観に衝撃を与える意味があります。そういえばパリーグで首位を独走するロッテ・バレンタイン監督の指導もジーコ監督と似ているようなところがあります。一部の有力レギュラー選手を優遇するのではなく、日替わりで出場させて全員で戦う責任意識を醸成し、選手の対等なミーテイングを重視するなかでロッテ選手には明るさがみなぎっています。かって星野監督は、ベンチで選手を殴ったり打たれる投手を晒し者にして交代させないなどの強権的恐怖指導で優勝を手にしましたが、その栄光は単年度で終わってしまいました。
現在の日本は一体どちらの流れを行っているのでしょうか。一見したところ規制緩和による自由の展開は、まばゆいばかりの個人の主体性を発揮するかに見えます。ホリエモンのようなサクセウスストリーも生み出しています。しかしよく実態を見ると、弱肉強食の激しいジャングルになってしまい、敗者は自殺する自由か、フリーターになる自由か、ニートになる自由しかないのではありませんか。業績主義賃金で人参をぶら下げられた競争のなかで、人を蹴落とさないと自分は生き残れないという恐怖が支配してはいませんか。これは管理を自覚させない究極の管理であって、互いに励まし合って協同して切磋琢磨して伸びていく人間のほんらいの姿を失わせますから、おそらくこのまま行けば日本は想像を絶するような失敗国家になっていくでしょう。同時にそのような失敗の危険を見抜いて、別の道をたどろうとする流れも必然的に起こってきます。いまそうした分岐点に逢着しつつあるような気がします。(2005/6/16
8:05)
[今日・6月12日は「児童労働に反対する世界の日」です]
児童労働撲滅国際計画(IPEC)は2億5千万人のこどもたちがアフリカやアジア、ラテンアメリカで悲惨な児童労働を強いられているとしています。国際労働機関(ILO)は世界の小規模鉱山で100万人の子どもたちが危険な状態で奴隷労働に重視していると伝えています。こうした鉱山は規制が及ばない遠隔地に多く、狭く換気のないトンネルで長時間の無償労働に従事し、崩落や爆発の危険のなかで重い荷物やウランなどの有害物質を運搬しています。かって日本の警察はオーム教団の捜査でカナリアを先頭に施設に踏み込みましたが、強制労働の子どもたちはカナリアの役割を果たしているような気がします。ILOの推計で世界の15歳未満の子どもの内1億8600万人(6人に1人 16,7%)が工場や農園で働いているとされています。
私たちの身の回りには児童労働なしに手に入らない商品が満ちあふれています。チョコレートの原料となるカカオ豆は西アフリカの農園で栽培され、最大の輸出国コートジボアールの農園で豆を摘んでいるのは、奴隷として売られてきた少年たちが早朝から深夜まで棒で殴られながらであり、チョコレートはカカオ豆を炒って砂糖と牛乳を加えてつくりますが、そこにはアフリカの子どもたちの汗と血と涙が滲みこんでいます。木綿の原料となる綿花の大栽培地である南インドでは、10代前半の少女たちが綿花の受粉と綿摘みの作業に従事し、私たちの着ている木綿のシャツには少女たちの血が染みこんでいます。サッカーワールドカップの公認試合球をつくっている米国の有名スポーツメーカーは、インドの子どもたちにボールを安上がりで縫わせています。
児童労働でつくられた原料や製品を買わない運動が米国でおこっていますが、日本でもボイコット運動を繰り広げていく必要があります。しかし世界に展開する児童労働を搾取する多国籍企業やアグリビジネスの権益を守るために米国政府は、4550億ドルの軍事費を使っています。これは全世界の軍事費1兆400億ドル(111兆円)の47%を占め、兵器産業を含めた軍需産業トップ100社の売上高は、世界の貧困国61ヶ国のGDP合計1兆1010億ドルとほぼ同じです。国連はミレニアム開発目標で、世界の軍事費の6分の1で2015年までに貧困と飢餓人口を半減することができるとしていますが、貧困・飢餓(→児童労働)→テロ→軍事費膨張→貧困・飢餓の悪魔のサイクルはとどまりません。
先進国の豊かさを享受している私は、何の気もなく食べている嗜好の品々、ファッションを競って着ている衣服の一つ一つに隠されている世界と子どもたちの哀しみを想像する力がありません。(2005/6/12
8:35)
[この国は、互いに疑心暗鬼となって監視し合う頽廃国家に転落しつつある]
要塞化した防犯モデル都市である愛知県犬山市を紹介しよう。犬山市の分譲住宅地「もえぎケ丘」には瀟洒な一戸建てが並んで公園では子どもたちの声が響いている。しかし分譲地への進入路と公園には合計8台のドーム型監視カメラが設置され、常時家庭のパソコンと接続しモニターされているセキュリテイータウンである。販売店の名鉄不動産は2−30歳代の夫婦が多く入居しているという。設置費用の200万円は販売価格に上乗せされ、各世帯は毎月100円の維持費を支払い、将来は町内会がカメラを運営する。監視カメラ付き住宅が全国に拡がり、積水ハウスが02年に売り出した大阪府「リフレ岬」に始まって全国に展開中だ。北海道警が03年におこなった意識調査では、犯罪被害の不安は52,8%の自宅が最も多く、駐車場は40%台前半となっている。こうして住民が費用を出し合って警備員を雇い24時間態勢で警備し、マンション敷地への不審者侵入を防ぐセンサー設置など枚挙にいとまがない。分譲住宅地の道路や公園、マンション周辺の敷地は公共空間であるが、実質的に外来者の立入を拒む要塞地帯となっている。
いま住民が地域を見張る自警団が急増し、警察庁では04年現在で全国8000団体にのぼっている。急増の理由は自治体が定めた「生活安全条例」で多くの条例で住民が防犯活動に参加することを「責務」と定めているからだ。自警団の先駆は全国に28支部を置く日本ガーデイアン・エンゼルスである。自警団のパトカーは警察とそっくりの白・黒塗装で、団員は白いヘルメットに青色制服を着用し、胸には階級章を示すバッジがあり、警察手帳そっくりの黒手帳を携帯し、無線機が警察に直結している例もある(宇都宮自警団)。巡回が犯人捜しと脅かしによる威圧効果を持ち、一歩間違えると検問や摘発に転化する不安を醸しだしている(GE理事長)。
札幌市内の中学校では現職刑事が出向して教壇に立っている。教委生活指導担当と警察少年課が非行生徒情報を交流する試みは全国28都道府県で実施され、北海道だけで警察と協定を結んでいる自治体は77市町村に上る。97年と02年に文科省は学警連携強化を求める通達を出し、校長と署長の定期会合や生活指導担当教師の交番訪問などを推奨した。教師が学校で生徒を監視し、何かあれば直ちに警察に通報するというシステムが急速に浸透している。教え子を警察に委ねないーという学校教育の理念で培われてきた信頼関係は一気に崩壊しようとしている。
日本防犯設備協会によれば、監視カメラなどの映像監視装置は防犯設備関連の売上の20%を占め、00年以降は毎年20%以上の伸びで売れている。耐用年数を考慮すると概算で年間100万台の監視カメラが毎年日本全国にセットされ、国内で数百万台が作動して市民を監視している。各自治体では個人情報保護条例に従って録画映像保存期間を決め(多くは2週間)、設置場所の公開と第3者への記録提供などの規定を設けているが、これは自治体が管理する監視カメラ対象であり、民間業者が街頭や施設に設置する民間カメラは事実上の野放しであった。個人情報保護法施行で民間業者は対応に追われ、特にコンビニは対策を急いでいる。最大の問題は捜査協力とプライバシー保護の関係だ。02年に事件とは無関係の映像を提供したコンビニ訴訟では、コンビニ内での犯罪とは関係ない映像提供は個人情報の目的外提供で肖像権と・プライバシー権の侵害に当たると示唆しながら、任意捜査への協力行為であれば違法ではないとする判決となった(05年3月)。セブンイレブンは店舗と無関係の任意の要請は断るとしている。現在のコンビニのカメラはアナログ映像をテープで数日間残す仕組みであり、これがインターネット技術を使った常時集中管理へ移行すると予測されている。
街頭撮影は1969年の最高裁判決で、@実際に犯罪が行われたと認められる場合A証拠保全の必要性があるB手段の相当性がある場合以外は監視カメラによる容貌の撮影は憲法13条違反であるとした。東京・歌舞伎町では高性能カメラ50台が24時間で市民を監視している。近い将来はネットワークカメラが普及し、携帯電話や感知器がカメラと連動して警備会社や警察に通報するシステムに移行する。スーパー防犯灯というネットワーク監視カメラはすでに全国40地区以上に設置されている。
防犯設備関連市場は1兆円を超える規模となり、特に生体認証技術は90億円から300億円以上に膨らんでいる。カメラで顔を撮影し登録済みの顔写真と照合して本人確認を行うシステムで、指紋や静脈・瞳という身体特徴を識別する。システムを開発したNECの入退室システムは東京電機大学で唯一採用されている。02年に成田空港の税関エリアは顔認証付きの監視カメラのシステムを導入し年間1100万人の入国者を監視している。
顔認証システムの特徴は特定人物をリアルタイムで事後でも識別でき、人間の目による常時監視を必要とする従来型の限界を超えた点にあり、高精細の容貌が省力化で入手可能となる。日本で最初に導入したのは、01年に愛知県警がコンビニと警察をオンラインで結ぶ実験をはじめ、03年に大阪府警と福岡県警が画像記録付きの顔画像識別システムを導入した。参議院・個人情報特別委員会で捜査のためにすべての国民の顔をスキャンすることが許されるのかーと問題になり、愛知県警は技術導入を見送ってはじめて公になった。
従業員に分からない場所に監視カメラを設置して、社員の勤務状態を役員室で把握する会社が急増している。社員には業務チェックと商品の盗難防止用と説明する会社もあるが、多くは目的と録画の説明はなく、役員室にはDVDの再生装置と小型TVが静かに作動している。女子社員の着替えのシーンも映っている。多くのメーカーは平気で「接客態度をチェックできます」「スタッフ教育に役立ちます」と社員監視をうたい文句にした宣伝を行っている。コンビニオーナーは、コンビニカメラで万引き以外にも従業員を監視している。JR東海は組合活動対策として監視カメラを労組掲示板の真上にセットし掲示物を剥がしたとして大阪地方労働委員会から指導を受けた。
全国の高速道路や主要幹線道路に1986年からすべての通過車両のナンバーを記録する自動車ナンバー自動読み取り装置(Nシステム)が設置されているが、その場所はすべて公開されていない。ある調査では全国800カ所である。カメラは車両前部のナンバープレートを撮影し、その文字情報を都道府県警が蓄積し、手配車両の瞬時感知と通過履歴で広域捜査を行う。しかしNシステムは犯罪捜査以外にも利用されている。県警の裏金づくりで内部告発をしていた元警部補大河原氏は自家用車の移動を監視され、恐怖からナンバーを読み取れない細工を行って違法行為として逮捕された。政治家の動静把握に利用したり特定人物の行動監視に利用されている。さらにNシステムはナンバーだけでなく前部に座る人の顔写真をも撮影可能だ。以上は北海道新聞特集参照。
かって60年前の日本は全国に隣組制度は張りめぐらされ、互いに住民を監視し、密告する制度をつくって戦争を推進した。関東大震災で組織された自警団は、警視総監のデマ情報で在日朝鮮人の大虐殺を自警団がおこなった。いま安全神話が崩壊し、激増する凶悪犯罪への自衛の動きが急ピッチだ。しかし日本の治安の悪化はほんとうに根拠があるのだろうか。刑法犯罪数の認知件数は警察活動の統計であり、警察庁は各警察本部に犯罪相談や通報への積極対応を求める通達を桶川ストーカー事件を契機に出した。2000年の刑法犯認知件数は326万件(前年比+26%)に急増し、逆に検挙率はー10,2ポイント下降し、01年犯罪白書は「増加する犯罪」を指摘し、マスコミは争って殺人報道を強化した。しかし現実には、凶悪犯罪は減少傾向にあり殺人認知は横ばいで推移している。
社会安全研究財団の02年世論調査では、自分の住んでいる地域で治安が悪化したとした者は10%であり、日本全国で治安が悪化したとした者が60%であり、04年内閣府調査では国民の不安の情報は90%がTVと新聞によるとしている。要するに国民の大多数は、自宅周辺では治安の悪化はないがTV等で全国はひどい状態になっているという感覚を抱いている。外国人犯罪も犯罪全体に占める割合は数%に過ぎないが、母数が小さいために少し増えただけで比率は激増する。少年犯罪や殺人件数も増大はしていない。
いま刑務所は凶悪犯罪者ではなく、高齢者や身体・知的障害者などの社会的弱者の収容者が激増している。治安の悪化ではなく、社会的弱者に対する冷遇政策がこの国を滅亡に追いこんでいるのが真相だ。競争を煽り自己責任がすべてだとする社会の流れに、どこかおかしいぞと感じながら巻き込まれているー取り返しがつかない弱者迫害社会へと日本は転落している。断末魔の悲鳴が聞こえているにもかかわらず、相互監視にいそしんで密告し合う惨めな状態に転落しつつある。それを上から見下ろしてせせら笑って冷笑しているごく少数の人がいる。次々と自分の下に見下ろせる人をつくり出しながら、みんなが互いに怯えながら全滅への途を歩んでいる国ではないか。(2005/6/9
10:01)
[ある老人と若者の語らいから]
スポーツクラブで泳いだ後にサウナに入っていると、隣の若者と老人が話をしていた。
老人「わしは北支に補給兵でいって、末期に輸送船で日本に帰り首都防衛に当たった。輸送船に乗るときは爆沈して死ぬことを覚悟していたよ」
若者「フーン大変でしたね」(笑いながら)
老人「よくあんなに広い国に攻めていったもんだと思うよ。重慶まで爆撃したが、あの爆撃は効果がなかった。爆弾をばらまいたが工場は打撃を受けなかった」
若者「ほおーそうでしたか」
老人「戦争は本当に悲惨だよ。徴兵制ってまた出てくるのかな」
若者「・・・・」
老人「だけど他の国が攻めてきたら守らにゃいかんからな。そこなんだよな、難しいのは」
若者「若い人に気合いを入れるためにいいかもしれませんね」(笑いながら)
なにか今の日本に流れている雰囲気の一端をうかがわせる会話で私は興味をそそられた。若者が気軽に若い人に気合いを入れる徴兵制を笑いながら認めているのには暗然とした。9条改正が日程に上って巷も話題がそこに向かっているようだ。私の父も同じく北支戦線に従軍したが、生前に戦争の体験を語ったことは一度としてなかった。老人がいった「戦争は悲惨だよ」という声のトーンは確かに実感がこもっていた。私はたとえ情緒的なレベルであっても、戦争体験が何気なく伝えられていく伝承も過去の記憶に重要な役割を果たしていると思った。そして老人が戸惑いつつも徴兵制を肯定する姿勢に世論の帰趨を決する重要な環があるように思われる。
町村とか云う外務大臣は明らかに特別公務員の資格がないようだ。「日中友好派が中国に行ってごまをするからおかしくなる。日本がODA援助で支援しているのに中国は反日教育をやっている。ODAはもう打ち切ってもいいのではないか。どちらかというと日本の教科書は左がかった人が書いている。そうでなければ日教組が採択しない」ーこのネオナチ的な極右思想の持ち主が外務省を指揮しているとは少なくとも日本の外交には未来がない。中国は第2次大戦の戦争賠償を受けとらず、日本の対中ODAは有償で中国は利子を付けて返還している。しかも中国でつくるダムや北京の地下鉄は、日本企業が受注し資金は日本へUターンしている。無償の人道援助でないのが日本のODAの特徴だ。ODAに群がる日本企業の汚い行為をこそ責められるものだ。このようなことを知っていながらヌケヌケという外相の神経の野蛮さは目を覆わしめるものがある。黙って聞いている外務省官僚はいったいどういう気持なんだろう。こうした国際法を蹂躙して恥じない人が、抗議を受けて辞職に追いこまれないというレベルにまで日本は頽廃に瀕している。脂ぎった表情で傲慢に言い放つ彼の顔を見ていると、洗練されたフランス外交官と比較して恥ずかしくなるような無教養と非人間性をさらけ出している。靖国参拝を批判するならばODAを切るぞと脅かす外相の振る舞いは全世界から軽蔑されている。
侵略戦争を英雄戦争として宣揚している靖国イズムのアナクロニズムは20世紀旧大日本帝国の亡霊が現れている。「大東亜戦争は、空前のスケールを持った民族体験であり、世界史上においても前例のない数々の遺産を残した。その積極的役割を謳い上げる」戦争記念館として靖国はあるそうだ。「大東亜戦争は国史の総動員ー神武創業の甦り」であり「欧米の植民地勢力に対するアジアを代表する日本の抵抗」だそうだ。しかし次の文章をみれば歴史学のイロハも理解しないデマゴーグでしかないことがよく分かる。「日本はアジア諸国を植民地にしたというが、台湾と朝鮮は植民地ではなく日本領であった。日本と同じレベルに高めるべく同化政策を推進した。当時の台湾人や朝鮮人は進んで大東亜戦争に志願した。・・・・そして双方で計5万人の戦死者を出して靖国神社に合祀されている」ー何なんだ!これは!他国の領土を侵略して併合しておきながら植民地ではないという。もはや小学生でも分かることを誤魔化そうとしている。こうした思考の基底には、脱亜入欧の浅はかなコンプレックスの裏返しがある。白人へのコンプレックスを有色への攻撃でカバーするというなんとも形容しがたい人間性の欠如がある。スキンヘッドのネオ・ナチの野蛮な無知蒙昧以下のレベルだ。ここへ一国の首相が税金を使って礼拝に行くというのだ。彼は明らかに現代のA級戦犯と言えよう。(2005/6/7
16:59)
[あなたの住んでいる国はいまどうなっていますか?]
イタリア中部のシエナの市庁舎「平和の間」には、トスカーナ中心に14世紀前半に活躍した画家・アンブロジオ・ロレンツエッテイの壁画「よき善政の効果・悪しき政府の効果」があり、良き政府の下では農民は農耕に精を出し、職人は織物生産に励み、女たちは円舞し若者は学校で学んでいるが、悪しき政府の下では殺された人が道に横たわり、兵士が我が物顔で歩き、汚職のカネがやりとりされている。ここは「ノーベ」と呼ばれた9人の執政官の執務室で、彼らは2ヶ月毎の交代制で、任官中は外界との接触を一切禁止されたという。今の日本はどちらの壁画に近いかすでにお分かりであろう。他者を見て仲間だと思うのか、敵だと思うのかという市民感覚の違いが表現されている。今の日本はすでに人を見て敵ではないかという疑心暗鬼が街中に溢れてセキュリテイー・ビジネスが全盛を極め、イラクまでいって命を落とす事態となっている。9.11以降の米国は空港の入国検査で指紋を採り、靴を脱がせている。その厳戒態勢をぬって3倍の料金をふんだくる白タクが横行している。
ブロードバンドによる高度情報化社会をめざす日本は、全世帯の7%(全国345万世帯)が導入不可能の環境にあり、1世帯も利用できない環境にある自治体数が全国3123市区町村のうち207に達し、特に鹿児島・岩手県の全世帯の20%以上は利用不可能な環境にある(総務省調査)。このようなデジタルデバイドを放置する情報化社会とは一体なんだろう。
戦争の罪責に世界史的なモデル構築してきたドイツもまたパーフェクトではない。ZDF・ウエルトが実施した世論調査は次のような結果を示した(3月実施 18歳以上ドイツ人1087人対象面接調査)。
質問1:ホロコーストとは何か(正解はユダヤ人大虐殺)
正解率 60歳以上86% 50歳代93% 40歳代87% 30歳代80% 29−25歳68% 24歳以下51%
質問2:ドイツはどの国を最初に攻撃したか(正解はポーランド)
正解率 60歳以上69% 50歳代67% 29−25歳60% 24歳以下49%
質問3:33年1月に起きた事件は(正解はヒトラーを首相に任命)
正解率 60歳代以上58% 50歳代43% 24歳以下36%
24歳以下の青年層では第2次大戦の事実が基礎知識として半数しかないことが分かる。調査社は驚くべき歴史認識の欠如と風化を警告しているが、日本で同じような調査をしたならば惨憺たる結果がでることは間違いない。おそらく日本ではこのような調査をするメデイア自体が右翼を恐れてないだろう。省みて戦後60年の日本は末期的な社会の逢着しつつある。街を歩く飾り立てた少女は美しいが、その裏には恐るべき無知と頽廃が潜んでいる。責任を回避し続けてきた国の無残な姿が目の前にある。網の目のように張りめぐらされた監視のまなざしのなかで人々は明るく疲れ切っている。このような国に未来はない。
自殺掲示板のあるサイトには1週間に5千件のアクセスがある。自殺志願者がネットに思いを書くと、相手に気兼ねして思いとどまるよう云う勇気がでなくなってしまうそうだ。日本人は頑張る必要のないところで頑張ってしまう悲しいところがある。自殺サイトは志願者を救うチャンスでもあるが、「救済」を前面に出すとアクセス数が低下するのだそうだ。自殺を推奨してサイトへのアクセス数を確保する運営者の感性って一体どうなっているんだろう。この機会に私もチョット覗いてみたが、ほんとうに痛々しいすこし触れると壊れそうなこころがある。どうか今一度たちどまってほしいと願わざるを得ない。
21世紀のメッセージを発する筈のこのサイトもなにか暗い調子になってきている。はっきり言って私は希望のメッセージを発することができないのだ。魯迅のいう「希望の虚妄なることは、絶望の虚妄なることに等しい」という最後のリアルな一線で、私は告発型のメッセージを投げかけざるを得ないのだ。その告発のエネルギーの残影にかすかな希望の宿ることを願う。(2005/6/6
21:06)
[長生きを望まない人が41%にも及ぶ国があるー国立長寿医療センター調査(04年8−9月実施]
全国の20−70歳代の男女2224人対象 2025人回答。
高齢者になることに不安があるか かなり+やや=83%
何が不安か
寝たきり・認知症による介護 78%
自分の病気 72%
退職による定期的収入の消滅 68%
心配な病気は何か
ガン 77%
認知症 70%
長生きしたいと思うか 余り思わない+まったく思わない=41%
長生きしたいと思わない理由は何か
寝たきりや認知症になりたくない 83%
高齢者になることは希望と不安のどちらが大きいか
不安が大きい 20−39歳 40−54歳で70%近い (以上朝日新聞6月4日夕刊)
この統計だけでは精確なことはいえないが、若い世代が老後に対する展望を失っていることに注目したい。若い世代は現在に対する希望を持っているのだろうか。その統計はどこかにあるだろうが余り期待はできない。いま日本に来る外国人が最も驚くことは、日本の子どもたちの目が死んでいることだそうだ。確かに地域で遊び戯れる子どもたちの姿を見ない。これは一体何としたことか。塾通いで忙しいのか。一人で個室でゲームを楽しんでいるのか。そのゲームも殺人ゲームではないのか。若者たちが一緒に喫茶店に入ったときや友達の家に来て、一人一人が会話を交わすことなく漫画を読みふけっている風景に驚いたのは数十年前のことだ。あれから子どもの笑顔やかがやく瞳を見たことがない。特にこの名古屋では。私が最も驚いたことは、日本の赤ちゃんの表情が死んだ表情をしているそうだ。それは母親が死んだ表情をしているからだ。母親がかがやくような愛情を注げば赤ちゃんは反応するに違いない。
子どもや若者が未来への希望を失っているのか。現在への希望も失っているのか。TVを見れば下劣な笑いと温泉と食べることに熱中する動物的本能丸出しの番組のオンパレードだ。大人たちはいったいどのような希望社会を子どもたちに提供しているのだろうか。貧しい国の子どもたちの生き生きとかがやく瞳はいったいなぜであろうか。マネーゲームに熱中して勝ち組と負け組を争うゲーム社会はもう生きる意味がないのだ。そうした惨めな現在をリアルに凝視しながら、希望を探して歩み続けようとしている若者がいることも確かだ。おーい 希望よ 青い鳥はどこにいるんだ 希望の青い鳥は自分自身が生み出すものだといわれて久しい。そしてやっぱりそうなんだろうと思う。青い鳥とはなんだろうかーと考える人は必ずや同じ探索をしている人と出会いながら、希望へのエクソダスの途を見いだすだろう。(2005/6/4
22:53)
[恥辱の歴史を自裁する国と居直る国]
韓国政府は日本による植民地支配に協力した歴史を究明する大統領直属の「親日反民族行為真相究明委員会」を発足させ、日露戦争開戦時(1904年)から独立(1945年8月15日)の期間で、@独立運動の弾圧をおこなった者A日本軍人(少尉以上)として侵略戦争に加担した者B司法・行政高官として活動した者を究明し全容を整理し、正しい歴史教育を通じて未来に備えると発表した(5月31日)。報復的刑罰を科すものではない。ノ・ムヒョン大統領は「日本が誤った歴史を繰り返さないように説得するために、我々自らが公正でなければならず、真実に基づいた歴史の整理が大事だ。北東アジアの均衡者として北東アジアの地域協力の架け橋の役割を果たす。過去を直視しつつ未来に向けて日本とともに進む」としている。カン委員長は「解放60周年の今日まで植民地支配期をまともに整理できず、恥辱の歴史として残っている。過去のあら探しではなく、過ちを反省し民族の歴史を新たにつくる契機とする」と述べている。
実に品位ある真摯な歴史へのアプローチであり、省みて恥ずかしくなるような日本の現状だ。第2次大戦終結60周年を前にして日本の最高指導者は、日清戦争以来の「英霊」の業績を讃え加害の責任を放擲したまま「罪を憎んで人を憎まず」と称して慰霊の行為を恥ずかしげもなく続けている。日本はなぜこのような無残な虚栄史観に呪縛されて世界の嘲笑と怒りを浴びるような国に転落してしまったのだろうか。行為の責任をとらない・とれないという人間的な最悪のモラルの崩壊を無自覚に確信犯として振る舞うような態度は、最も軽蔑と唾棄の対象となる。隣国から「日本が誤った歴史を繰り返さないように説得」を受けなければ私たちは自力で真摯な歴史観を持つことができない国に成り下がったのだ。もし旧日本による侵略と植民地行為がなかったならば、いま韓国政府のこうした自国の恥辱を暴くような作業はうまれなかった。かっては「鬼畜米英」と怒号して反抗した星条旗国に、いまは媚びへつらってポチ公と呼ばれて喜んでいる態度はもはや誰から見ても下劣な品性を丸出しにしたヴェニスの商人に他ならない。
どうしたら自力で過去の罪責を率直に自覚して謝罪するフェアープレーの国に転換できるだろうか。小さくは今生きている日常の職場や学園の生活の中で人間の尊厳を壊す振る舞いを敢然と糾弾し、過てる行為にキッパリと責任をとる文化を営々と築いていくことだ。常に外からの強い指摘を受けて不正を正してきた慣習を絶ち、莫大な犠牲者を出さないと安全運転ができない鐵道会社の文化ではなく、自分自身の内部に牢固としてゆるがないた正義のセンスをうち立てることだ。同時に過去の罪責の真実を自ら解明し、歴史の真実を復元して二度と再現することなきように未来世代に伝えることだ。さらに過去の罪責への加担を拒否して弾圧された人々の存在に光を当て、充分な償いと名誉回復の措置をとることだ。水に流して責任をとらない文化に終止符を打ち、「罪を憎んで人を憎まず」というのであれば徹底的に「罪」を究明して「罰」を受ける文化を再建しなければならない。
韓国が過去の恥辱の歴史を自裁するに至った経過はそれ自体苦しみに満ちている。1949年に韓国国会は、逮捕・起訴権を持つ「反民族行為特別調査委委員会」を設置して221人を起訴したが、当時の李承晩成権は政府内部の日本協力者を守るために、委員会所属議員13人を「北朝鮮スパイ」として逮捕・投獄し委員会を解散に追いこんだ痛恨の歴史を持つ。今回の委員会設置も国内世論を分裂させる危険を冒して毅然として踏み切った。こうした痛苦の歴史を経てなお自国の暗部を暴いて断罪しようとする行為の崇高性を日本政府高官は学ばねばならない。こうした委員会設置が一番必要な国は日本そのものに他ならない。(2005/6/2
9:05)
[ブルーマンデー(憂鬱な月曜日)症候群]
月曜の朝が来ると・・あーまた仕事か(学校か)・・と憂鬱になる症状が増えています。厚労省によれば03年の自殺者は約3万2千人であり、曜日毎の1日平均では、月曜日男性約81人で、曜日が進むと減少し土曜日は約54人となり、女性も同じ傾向を示しています。潮の満ち引きと関係しているというデータもあり、犯罪発生件数も曜日の特徴が現れています。サラリーマンで月曜日を迎えてガッツとエンルギーが湧いてくるという人は少ないでしょう。なぜ月曜日なのでしょうか。例えば107人の死亡者を出したJR福知山線脱線事故が起こった4月25日は月曜日であったのです。なぜでしょうか。
JR西日本で毎朝おこなわれる点呼では、JRの経営方針を全員で唱和した後に、前日の収入を係長が読み上げて実績と目標値の違いを明らかにして叱咤します。次いで一人一人の社員を呼び捨てで点呼し、一人一人の決意を聞きます。何度もミスを繰り返して追い詰められていた運転手は前日の日曜日を束の間の開放感で過ごした後に、月曜日の朝の点呼にどのような気持で臨んだかは想像するまでもないでしょう。運転手のほとんどは、直線を130キロで走り5秒単位の定時運転に恐怖を抱き、「いつ事故が起きても不思議ではない。家を出るときには妻に『これが最後かもしれない』と云って出ます。130キロ運転は恐い」と云っています。通過駅に群がる客を目にしながら130キロの速度でホームを走り抜け、踏切を渡っている人を目の前にして130キロで突っ込んでいく恐怖は想像を上回るものがあります。
月曜日は心筋梗塞と脳梗塞の発生率が最も高くなる曜日です。47施設・10万4729例を解析した米国の研究では、心筋梗塞の発生は1日では朝、1ヶ月では第1週、1年では冬に多発し、曜日では日曜が最も少なく月曜日が最も多いとなっています。脳梗塞。気管支喘息も周期性を持ち、早朝から午前中に多発し、胃潰瘍の穿孔は午後3時頃に多発しています。
朝の目覚めで身体活動量は増え、自律神経系は夜の休息時の副交感神経から昼の活動的な交感神経系に切り替わり、血圧と心拍数の増大や臓器の活性化と酸素消費量を増やします。この切り替え時に急激な変化が起こり心臓に過重な負担をもたらします。さらに朝は血液の粘りが増して血栓ができやすくなり、血管を詰まらせて心筋梗塞や脳梗塞の引き金となります。
地方都市住民135人(男女、平均年齢56,6歳)に携帯式血圧計を1週間連続して着けた実験では、月曜の血圧値132,5mmhgで最も高く、最も低いのは日曜の127,3mmhgであり、月曜の朝は平均より+19,7mmhg、日曜の朝は13,7mmhgと収縮期血圧の傾向があり、正常な血圧であっても夜と昼の変動が激しい場合に危険となります。以上『米国高血圧学会誌』04年12月号参照。
魔の月曜日の背景には生体リズムによる朝の血圧上昇という生理学的な原因がありますが、問題は血圧上昇を高める精神的なストレッサーにあります。例えば同じ規模の地震で発生した心筋梗塞発生率を見ると、早朝4時31分に発生したロスアンゼルス地震は、夕方5時4分に発生したサンフランシスコ地震に較べて心筋梗塞発生率が2倍となっています。とりあえず私たちは、月曜日の朝を余裕をもって起き、朝食をきちんととって余裕を持って出勤し、仕事の疲れを溜めないで早めに休養し、1日の生体リズムを安定させることに注意しなければなりませんが、JRの運転手にそんな余裕はありません。
神経をすり減らすような利潤追求の競争の地獄となっている労働の現場を、人間らしいヒューマンな励まし合う協同の場に切り替え、8時間労働が守られて身体の休息が保証される場へと切り替えなければ基本的な解決はありません。労働そのものが自己実現の歓びに包まれるほんらいの姿を恢復しなければなりません。かってマルクスは疎外された労働と云い、いまやそれは死語と化したような感じですが、いまの時代ほど労働の疎外現象が人間の疎外へと及んでいる時代はないでしょう。ブルーマンデー症候群はストレス心理学のレベルだけでは解消されません。
参考)厚生労働省「2004年度人口動態統計(日本国籍を持つ日本人対象)」(6月1日)
死亡原因第1位 ガン 32万315人(前年比+1万800人 人口10万比死亡率253,9 全体の31,1%)
第2位 心疾患 15万9490人(死亡率126,4)
第3位 脳血管疾患 12万9009人(死亡率102,2)
ガン部位別数 男性第1位肺4万3910人 女性第1位大腸1万8206人
自殺数 3万227人(前年比ー1900人) 男性20−40歳前半の第1位 人口10万当たり死亡率は50歳代が第1位
女性は年齢に比例して自殺率上昇
警察庁「2004年度自殺統計(外国人を含む)」(6月2日)
自殺者総数 3万2325人(前年比=2102人)
動機別分類
経済・社会問題 7947人(負債4338人、生活苦1237人、事業不振912人、失業556人、就職失敗192人、倒産79人)
健康問題 1万4786人
家庭問題 992人
勤務問題 1772人
男女問題 773人
学校問題 214人
人口10万人当たり自殺者数(自殺率) 25,3人(前年比ー1,7人)
年齢別自殺者数 60歳以上1万994人 50歳代7772人 40歳代5102人 30歳代4333人 20歳代3247人
小中学生 80人(前年比ー13人) 高校生204人(前年比ー21人)
(2005/5/29
9:46)
[靖国に詣る心情の底にあるもの]
私が初めて靖国神社に行ったのははるか10数年前の8月15日であった。終戦記念日の追悼集会で戦闘服を着たスキンヘッドの青年達が集まって気勢を上げている中を、私は遊就館に向かい日清戦争から太平洋戦争に至る展示を見て回った。すべてが大日本帝国と天皇のために生命を捧げた英霊を讃美する基調でさまざまの武器や軍事品が敬虔な雰囲気の中で飾られていた。零式戦闘機がオモチャのような代物であったことを思い出す。しかし私が最も驚いたのは、私の尊敬する同僚であるK先生の兄君の軍服(陸軍中尉)があったことである。K中尉は戦運傾くなかで知覧基地から飛びたって沖縄米軍に特攻作戦で突入し大空に散華したのである。私はしばし粛然たる気持になってその軍服に見入り続けた。K中尉は陸軍士官学校卒業直後に特攻に志願したのであり、おそらく彼の胸中は祖国防衛の最後の礎となって果てる至高の純情そのものであったろう。そうであるが故に高度成長で沸き立つ当時の日本との余りの落差に私は戸惑ったのである。同時に彼を英霊として讃える靖国の場で、彼が晒し者になっているかのような無残な気持も覚えたのである。彼に特攻を命令した司令官はおめおめと生きて老醜をさらし、命を散らした若き青年になんの責任もとらなかったことを彼は知らないままでいることに、私はたまらない違和感を覚えたのである。青年の至上の純情は無残にも利用され尽くされて、最高責任者は責任をとらず「そういう文学方面のことは分かりません」と宣うてこの世を去った。
靖国神社の発行する『遊就館図録』では、「極東の小国・日本が、大国を相手に立ち上がった大東亜戦争、これは国家と民族の生存を賭け、1億国民が悲壮な決意で戦った、自存自衛の戦争であった」とし、アジア解放のための避けられない戦争であり、正義の戦争に命を捧げた英雄を慰霊する施設であるとしている。
「今日英霊の御心は国家に同胞に聞き届けられていないばかりか、その罪の一端まで背負わされているのです。日本政府を代表する内閣総理大臣の靖国参拝は中断されています。なぜなのでしょう。日本が侵略戦争をしたからですか。日本軍が残虐な行為をしたからですか。英霊に尽くす感謝の心はないのですか。・・・・(中略)日本軍は家族のため、愛する人のために少しでも米軍の本土上陸を遅らせるために屍を築いたのです。この日本軍将兵にあなたがたは悪いことをしたと云えますか。日本は今独立国です。その誇りと自負があるならば日本政府が大東亜戦争で亡くなられた方々に心からの哀悼を捧げるべきではないでしょうか。内閣総理大臣並びに全閣僚、3権の長、そして天皇陛下がご参拝になられて英霊の御霊は鎮まり全国のご遺族のお気持ちは安まるのです」(遊就館・映像ホールドキュメント「私たちは忘れない」ナレーションより)」
ポツダム宣言とサンフランシスコ講和条約第11条で日本が国際的に誓約した戦争犯罪者の処罰と刑の執行という国際法の精神は微塵もないばかりか、A級戦争犯罪者(戦争の最高責任者24人)を軍神として祀り慰霊している靖国神社はもはや宗教施設のレベルを超えた日本の超国家主義運動の拠点と化したかのようだ。しかし靖国神社のこのナレーションは致命的な欠陥がある。司令部の幼稚な戦闘指導による大量の兵士の犠牲死を美化して指揮責任を免罪している。最大の問題は天皇への参拝呼びかけを最後に回すという最も非礼な行為をしていることだ。「英霊」は天皇の命令に殉じて屍となったからには、真っ先に参拝して慰霊しなければならないのは天皇ではないか。さらに米英軍と死闘を演じた「英霊」は、いま米英に媚びへつらっている小泉首相から完全に裏切られ、米英軍との決戦による死が何の意味もなかったとして扱われている。「英霊」たちは米英に屈従する小泉首相によって恥辱の苦しみを味わっている。小泉首相自身も米英に屈従するおのれの振る舞いが、「米英からアジア解放をめざした」A級戦犯からは恥ずべきおこないと軽蔑されていることに気がつかない。こうした恐るべき逆転の構図に靖国神社のナレーションはおちいっている。
靖国神社は1869年(明治2年)に戊辰戦争で旧幕府軍との戦争で死んだ新政府兵士を合祀するためにつくられた「東京招魂社」から出発し、1879年に靖国神社と改称した。最初は内務省・陸軍省・海軍省所管であったが、1887年から第2次対戦終了まで陸・海軍省が所管して、内務省管轄の一般神社と区別し、神職の任免権や神職最高位の宮司は陸軍大将、賽銭はすべて軍に納入された。天皇のために忠誠を尽くして死んだ者のみに合祀資格があり、戦死者合祀には天皇が陸海軍大元帥の軍服姿で出席した。戦後は一宗教法人となり、現在の合祀総数は246万6千余であるが、旧幕軍や西郷隆盛などの反乱軍と第2次大戦の一般民間人犠牲者は含まれていない。1978年に靖国神社はA級戦犯14人を「昭和殉難者」として合祀し、「形ばかりの裁判によって一方的に戦争犯罪人のぬれぎぬを着せられ、むざんにも生命を絶たれた」と説明している。その14人とは、東条英機・広田弘毅・松井石根・土肥原賢二・板垣征四郎・木村兵太郎・武藤章・梅津美治郎・小磯国昭・平沼騏一郎・・東郷茂徳・白鳥敏夫・松岡洋右・永野終身である。『遊就館図録』は靖国神社の使命を「英霊の武勲、御威徳を顕彰し、英霊が歩まれた近代史の真実を明らかにする」と真っ向から、ポツダム宣言と東京裁判・サンフランシスコ条約を否定し、大東亜戦争史観によって2000万人のアジア人死者を冒涜している。侵略を美化する極右の宣伝センターとなっている。マレー作戦の頭蓋骨をデザインした髑髏旗を展示して敗北の怨念の復讐を煽っている。
M政務官は「戦争は一つの政治形態であり、日本は国際法のルールによって戦争をした。A級戦犯は罪人ではない。戦争に勝った方が正義で負けた方が悪いということはない」として全面的に太平洋戦争肯定論を展開している(26日)。時代錯誤のアナクロニズムとして一蹴してはならない。大日本帝国の植民地政策と戦争によって犠牲となった2000万人のアジア人を前にして、そして戦争システムの犠牲になった300万人の日本人の死者を前にして、冒涜して恥じない精神構造がいま力を持って蔓延しつつある。どこかで国際交流をめざして繰り広がれている万国博覧会の狂騒と、こうした言辞がパラレルに進行しているおそるべき非対称性のなかに私たちはいる。日本はもはや超国家主義的言辞を繰り返す政府高官を罷免することすらしない恐るべきモラルの崩壊の過程を進んでいる。日本はいま決定的な分岐点に立っているような気がする。
亡きK中尉の魂をほんとうに慰霊する道は、彼を英霊として讃えることではなく、至高の純な精神をかくも無残に戦争に動員した靖国から切り離し、犠牲者として再安置して手厚く葬るメモリアル施設をつくることである。それは同時に罪をキッパリと謝罪する贖罪の施設でなければならない。軍服を纏って人を殺しに行くシステムを全廃する中でしか彼の魂は永遠に眠れずまた救済されない。(2005/5/27
9:06)
[卍印をみて何を連想しますか]
卍印はもともと「徳の集まり」を意味する吉祥印で左卍と右卍があり、日本の寺院などでは一般に左卍が使用されるが、右卍を用いる場合もある(例 善光寺など)。日本やアジアの伝統的武道ではシンボルマークとして卍を団体マークと使用してきた例が多い。ところが少林寺拳法団体が40年以上も使用してきた団印としての卍マークを廃止し、新たな団印に切り替えるそうだ。卍がナチスの鉤十字(逆卍)を連想させて、鉤十字を禁止している西欧での商標登録が認められないからだそうだ。日本の朝日新聞社の社旗はかっての海軍の旭日旗をそのまま使用し、アジアから軍国主義の復活として厳しい批判を浴びている。敗戦時に戦争協力報道を自己批判して有名な「国民とともに立たん」という社説を発表した朝日新聞すらこういう体質が残っている。私自身も朝日新聞のあの海軍旗をひらめかせて走る車を見ていると何か違和感が起こってくるのだ。
ナチスは1920年に党章として鉤十字(逆卍)を採用した。ヒトラーが『我が闘争』のなかで、党旗のデザインを支持者のコンテストで決めることを提案し、歯科医であるフリードリッヒ・クローンが応募した鉤十字が採用された。ナチス自身も逆鉤十字を使用したと云うこともあり、西欧では卍と逆卍はイメージが重なっているのだ。日本の卍と鉤十字は本来的には無関係だが歴史の中で形成されたイメージは、我々の意識を超えて定着している。日本のラーメン店ではかってラーメンを「支那そば」と表記していたが、「支那」という語はかって日本が中国を蔑視した呼称であり、戦後には「支那」という語は社会的に姿を消していった。
いま「靖国」という語と印をめぐって日本と中国は決定的な対立状態におちいっている。アジアの人々にとって「靖国」とは、ナチスの鉤十字に近いイメージだ。それは2000万人を超える同胞を殺害した第2次大戦の最高戦争犯罪者を慰霊する施設であり、それに敬意を表することはまさに殺人者を肯定していることに他ならないからだ。日本の首相は「罪を憎んで、人を憎まず、他国がアレコレ云うのは内政干渉だ」と逆なでする挑発的な言辞を弄している。彼はほんとうに「罪を憎んで」いるのであろうか。もしそうであれば第2次大戦をアジア解放戦争と肯定するような歴史教科書の編纂を認めるはずがない。日本の首相はつい数年前に、A級戦犯を靖国から切り離した独自の国立慰霊施設をつくると韓国政府に約束したが、この約束を履行していないのはモラル・ハザードの最たるものではないか。もしドイツの首相がヒトラーの慰霊碑に敬意を表したらどうなるかを考えれば、いかに日本の首相が国際的に非常識な蛮行をおこなっているかが分かるだろう。
しかし日本の首相に対する支持率は安定的に推移している。勝ち組と負け組の両極分解の中で、不安を抱えて生活している中間層が強力なリーダーに幻想を抱くという構造はかってのナチスと酷似している。にもかかわらず、日本の中では中国の反発を国内統治力の衰弱に求めたり、内政干渉論に内心引きずられている潮流があることも否定できない。暴支鷹懲論など裏返しのルサンチマンの発散もある。ここまで品性下劣でモラルハザードの頻発する国にしてしまったのは誰か、私が云わなくてもお分かりであろう。(2005/5/25
9:59)
[子守唄はよみがえるか]
子もりうた 松永伍一
かあさんのいのちの暗い湖から
光を求めてこの世に生まれ出たあなた
かけがえのないわたしの天使
苦しみぬいて「かあさん」になった瞬間
一粒の真珠の涙がこぼれました
「ありがとう」だけのつぶやきは
メロデイにはまだ遠い夜明けの契りうた
あなたがむずがって眠らぬ夜に
あなたを抱いた温もりのなかで
あなたに流れ星を教えたあとに
うたいながら
かあさんと二人で織り上げる人生模様
それが子もりうた
記憶のなかに咲きつづける祈りの楽譜です
「愛」という言葉は要りません
なんとも懐かしくあたたかいものが込みあげてくる清らかで美しい詩です。松永伍一という詩人は名前だけで読んだことがありませんでしたが、こういう詩を書くんですねえ。人間のいのちといのちの原初が触れ合う荘厳な瞬間は、広島の詩人による”産ましめんかな”でも劇的に表現されていますが、こうした普遍のいのちとしてうたわれると美しいものです。
暮らしと生活のなかから伝承によってしか伝えられなかった子守唄が、いまやひっそりと日本から失われ、胎教に忙しい母は産まれる前からモーツワルトを聞かせることにいそしんでいます。明治以降の近代化のなかで貧しいひなびたイメージの子守唄は唱歌から排除されてきました。それは同時に日本から常民が連綿として受け継いできた魂の豊かさをも奪ってきた過程と重なるようです。
子守唄は日本のかっての貧しい農漁村を舞台とする貧困と汚辱のなかからいつのまにか誕生した哀しい歴史をも秘めています。子守唄を歌ったのは母親だったのでしょうか。そうではなく貧しい農家の娘が子守奉公しながら歌ったのでしょうか。寺山修司によれば余りにも残酷で悲劇的なものが隠されています。でも子どもを眠らせる歌は全世界で普遍であり、そのメロデイと抑揚が幼児期の神経系にたゆたうような影響を与えたのは間違いありません。いまの日本には子守唄を聴いて育った子どもはいないのではないでしょうか。
かって米軍基地の拡張に反対する運動に集まった人たちは、弾圧のなかで自然に湧き起こった”赤とんぼ”を澎湃と歌って抵抗したということが鮮やかに甦ってきます。すべての人の心の故郷である子守唄を復権できないような国はおそらくみずから滅んでいくのではないでしょうか。
いたいけないのちの誕生をもたらしたけなげな母の苦しみとつぶらな子のかがやく瞳は、無限の信頼が確かにこの世に存在することを証明しています。幼くして母を喪った私は、見果てぬ憧憬を込めて子守唄に聴き入ることがあります。それは決して手に入れることのない絆の世界を想像させます。母よ、いまは亡き母よ、子は成長してはるか古稀をのぞむ歳とはなりましたが、あなたの幻影はいまも私を励ましてくれるのです。ゆえなく母を奪われていく多くの子どものいのちを世界に見て、わたしの心は激しくゆれ動いています。すべての日本の母よ、産み育てる母よ、いまこの瞬間に消えていく幾多の幼いいのちに涙し、我が子とともにかけがえのない二度とは帰り来ぬいのちを思い、私は母なき子と子なき母という存在をいっさいこの地上からなくしていきたいと思うのです。「子守唄よ 蘇れ」(『機』No160)参照。(2005/5/23 15:39)
[全世界のプカレアート 団結せよ! 君たちは鉄鎖のほか失うべきなにものもない。君たちは全世界を獲得する!!]
プロレタリアート(労働者階級)ではなく、プカレアート(無安定階級)という言葉をはじめて知った(ロナルド・ドーア『働くということ』中公新書)。04年10月にローマで発生したスーパー略奪事件は、全世界で急増するネオ階級社会の貧困階層であるプカレアートの反乱を象徴する事件であったそうだ。私も昨日来た国民健康保険の保険料61万円の支払い請求に驚いたところだ。このような高額保険料の支払ができない人が30%を超えてシステム破産に陥っている事態を初めて実感した。強者が最低限の公正さを放棄して弱者を支配する非道がグローバリゼーションの内実であることがますます露わとなっている。
日本のプカレアートの象徴は、若者を中心とする請負・派遣労働というモノ扱いの使い捨て労働である。彼らは時給1000円程度で寮費・TV・洗濯機・布団のリース料を差し引かれ僅かな手取りの「タコ部屋」で実質的な監禁労働を迫られ、電気・自動車生産現場の80−90%を占め、業務請負企業は1万社・百万人・年2兆円産業へと急成長している。請負の大半は違法な偽装請負であり、東京都労働局調査では請負の80%が違反で改善命令が必要な取引件数は約3万8千件に及んでいる。人たるに値しない労働条件契約と、人貸しの労働者供給事業(職業安定法第44条違反)を繰り返している(請負元も発注企業も1年以下の懲役か百万円以下の罰金となる)。1年以上勤務し正社員と同じ労働をおこないながら請負社員として使い捨てするのである。交代制で昼夜長時間働き、工場をたらい回しし、病休を認めない非人間的奴隷労働である。請負大手の日研総業のパンフは「コストダウン等利益構造の改革につながります」とあけすけに売り込み、企業の社会的責任もコンプライアンスもない(日本経団連・企業行動憲章「安全で働きやすい環境を確保し、ゆとりと豊かさを実現する・同実行の手引き「均等待遇原則の徹底」の絵空事!)。
ニコン・派遣社員過労自殺裁判で東京は、型式は請負でも実態は派遣であり、ニコンに使用者責任があると明確に認めた。
こうした力の支配の頂点に立つのが星条旗帝国であり、かれらは京都議定書を足蹴にして温暖化防止をボイコットしながらマネーゲームに狂奔し、星条旗に反抗する国に出かけていっては民衆を殺しまくっている。いまイラクで清潔な水を利用できる世帯は54%、停電の被害は85%、150万戸の住宅が不足し、生後半年から5歳までの子どもの25%が慢性的栄養失調、妊産婦死亡は出生10万人当たり93人、失業率約50%(80年代は3%、経済制裁下の90年代は13%)、不完全就業者33%、学卒未就職者37%という悲惨な状態にある。ブッシュの決断によって恐るべき地獄がつくり出されている。以上は国連開発計画(UNDP)とイラク計画省によるイラク人生活実態調査(18州21700世帯対象 12日発表)から。ブッシュ大統領夫人が、テキサスのマイ牧場でチェーンソーを振るう夫・ブッシュをからかい「大統領もチェイニーもラムズフェルドも、なんで皆こういうタイプなの?」とスピーチして大ウケしたそうだが、その帝国に媚びへつらっている東アジアのライオンヘアー子分の根性は見るも浅ましい。奴隷労働におとしいれられたこの国の鐵道会社の大惨事は、人々の破滅的未来を暗示している。どこかオカシイ?なにかチガウゾ?と不安を感じれば感じるほど影に怯えて突っ走っている姿は、まさにユング精神分析の云う影の暴走に他ならない。
12歳の中学生・岡崎沙耶さん(岐阜県可児市)の意見は素晴らしい。「愛知万博で弁当持ち込みが小泉首相の指示でできるようになったのはよかった。でも同じことを一般の人が云っても聞き入れなかったのに、なぜ首相のひと言で対応が変わるのか、おかしいと思います。誰が云ったかではなく、内容で決めるべきだと思います。そうでないと、いつも特定の人の意見ばかりが通ってしまい、その人の間違いに気づいても誰も止められないようになってしまいそうです」(朝日新聞5月15日「声」)。わたしは最近これほど感動した言葉はない。ナイーブで真摯な目で見れば、今の日本がいかに歪んでいるかという本質を鋭く突いている。沙耶さんのまっすぐなまなざしがこれからも大きく成長して欲しいと願う。貴女にこのような国しか残せない大人の1人として私は恥じ入るばかりです。でも貴女と同じような考えを持っている大人が少なからずいることも確かです。
日本は1400兆円の個人金融資産がある世界で最も豊かな国ですが、その国のあちこちにいま漠たる不安が忍び寄っています(まるで自死する直前の芥川龍之介のような)。日本の5世帯に1世帯が貯蓄50万円未満の無貯蓄状態であり、失業や病気で一気に困窮するレベルにある。最後のセイフテイネットである生活保護受給世帯が昨年初めて100万世帯を超え、困窮状態でも保護対象にならない世帯が給付世帯の2−3倍にのぼる。貯蓄や子からの支援がない独居高齢者が月6万円の国民年金だけで暮らすことは不可能で、生活保護世帯の半数は高齢者世帯だ。以上は日本経済研究センター調査から。一方で大企業収益は過去最高の収益率を計上し、マネーゲームにいそしんでいる。自らは何も製造せずに他人のマネーを操って転がすだけで大もうけしている楽天やライブドアなどという虚業が栄えて、もはや公共性原理は崩壊している。
米国内で流通する食糧のうち、収穫から流通と食卓を通じて40−50%が無駄に廃棄され、その経済損失は約1千億ドル(10兆7千億円)にのぼる。4人家族の一般家庭では1日約580gの食糧が棄てられ、賞味期限切れのパック、肉、缶詰、乳製品のゴミを調べると、野菜27%・穀類20%・果物16%・肉類11%を占めている。ゴミとなる食料は1年に212kg(約590j)であり、全米の家庭に換算すると約430億千万j(4兆6千億円)になる。流通段階のコンビニでは食料の26,33%、ファーストフード店で9,55%、レストランで3,11%、スーアーで0,76%が棄てられている。以上はアリゾナ大学応用人類研究所調査結果から。農水省の04年度食品ロス統計調査では、日本国内の食堂とレストランで食事の3,3%が食べ残され、家庭を含めると約11兆円の食べ残しがある。世界人口の半分が飢餓状態で苦しんでいる原因がどこにあるか一目瞭然だ。飽食国家・米日帝国は途上国の食料を吸い上げて溝に棄てて楽しんでいる。
日本の自殺・心中率が上昇している。中高年のリストラや過労死、企業倒産、青年層の希望喪失が主要な要因だ。日本の自殺の特徴は親が子を道連れにする心中という形態をとることだ。欧米では子どもは公共のものという感覚が強く、行政が子どもの安全のために親から引き離す例が多い。親子と家族の結合の独自な強さは、他面で個人を拘束する場合がありその拘束から解放を求めて衝動的に家族を殺害する「リセット型」(中津川事件)、連帯責任で家族を巻き込む「シャットダウン型」(知多事件)等々日本にしかない事例だ。私が最も哀しいのは、学校などで平気で「死ね」と軽々しく云うことだ。核家族化で近親の死を直接体験する機会が減り、バーチャルな殺人ゲームが横行する中で死の実感が希薄になってしまったのだろうか。若い米軍兵士は電子機器でミサイルを発射し、バーチャル感覚で戦場にいき、そこで初めてむごたらしいリアルな死に直面して大量のPTSDを発症している。
米国は、国連核不拡散条約(NPT)で決められた核保有国の「核兵器廃棄への努力」義務を平然と放擲して戦域・戦術核兵器の開発を急ピッチで推進している。地中貫通型核兵器(RNEP)は、地中深くある標的を破壊し周辺住民への被害が少ない使いやすい核兵器といわれる。しかしイランのイスファハン核貯蔵施設と北朝鮮の寧辺(ヨンビョン)にあるプルトニウム製造施設にRNEPを投下した場合、イスファハンで投下後48時間で300万人以上が死亡し、放射性物質はイランからアフガニスタン全域からパキスタン・インドに広がると推定し、寧辺では50万人が即死し放射性物質は日本列島にまで到達して約500万人が被曝すると予測される。
RNEPは@放射性物質を大気中にばらまかないほど地中深くミサイルを到達させることは物理的に不可能でありA爆発力と熱戦の影響は地上でも巨大でありB核爆発による放射性物質や攻撃対象の生物・化学兵器を地中に封じ込めることは不可能だからだ。以上は核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の米国加盟組織「社会的責任のための医師」調査結果から。広島・長崎への核攻撃を、戦争終結を早め日米両軍の死者を減らし、真珠湾への復讐であるとしていまでも肯定している米国は核戦争の悲惨に無知である。寧辺へのRNEP攻撃で日本は500万人の被爆者が出現する。悪魔の兵器を操って世界を恫喝する米国はまさに悪の帝国に他ならない。
星条旗帝国は先制攻撃戦争に向けた米軍の「変革(トランスフォーメーション)」を地球規模で再編成し、アジア最大の子分である日本と「テロ・大量破壊兵器」への対抗を日米世界共通戦略目標とした。日米共同基地使用による共同作戦、米海軍「艦隊即応計画」(30日以内に5−6の空母打撃群(空母機動部隊を改名)を送り込み、90日以内に1−2を追加する)に横須賀空母キテイホークを参加させるために、横須賀恒久基地化・佐世保空母基地化・岩国空母艦載機宿舎、原子力空母配備を推進している。3海兵遠征軍からなる米海兵隊で唯一海外前方展開しているのが沖縄・岩国の第3海兵遠征軍であり、特殊能力を持つ7海兵遠征隊(MEU)のうち海外前進配備しているのが沖縄第31海兵遠征隊(31MEU)である。31MEUは昨年8月にイラクに出撃しファルージャ住民虐殺の最前線に参加した。このMEUと揚陸艦部隊を統合した遠征打撃群を編成し、上陸侵攻能力に加えて巡航ミサイル対地攻撃能力を付加した。
米空軍は10航空宇宙遠征軍(AFP)を地球規模で常時展開体制に置き、三沢・嘉手納F16・15戦闘機はイラク空爆に参加した。横田第5空軍司令部は航空自衛隊司令部と一体化した共同作戦をおこなう。
米陸軍は「ストライカー旅団」という最新鋭戦闘装甲車(より軽量で6時間以内に全世界空輸可能)を装備した柔軟展開部隊を創設し、イラク最前線にある。このストライカー旅団などの緊急展開部隊を指揮する陸軍司令部(UEX)がキャンプ座間に配備され、従来の後方支援型在日米軍は前線殴り込み軍へと基本的に変貌した。座間UEXは、陸軍以外の部隊や多国籍軍を含む統合司令部となる。日本は地球規模での米軍殴り込み戦略の前線基地国家となる。以上は今年6月策定予定の日米共同作戦計画策定案の骨子。
私はぼやぼやしているうちにここまで日米作戦が進んでいるとは知らなかった。無知の責任は大きい。東アジア諸国の嵐のような日本への抗議の根拠はここにある。日本は恥ずべき奴隷国家に成り下がっている。とてもこんな日本を未来の子どもたちには恥ずかしくて渡すことはできない。国内で進む改憲の動きは加速され、首相は必ず靖国に参拝するだろうとも思う。このような物量で威圧し威嚇するチェンソー国家に未来はあるだろうか。表面的には力にひれ伏す現象もあるだろうが、このような軍事力を維持する莫大な軍事費の調達は、返す当てのない米国長期国債の強制販売に依存しているのだから、必ずドルへの不安から暴落が始まり、ユーロへの乗り換えが起こるだろう。イラクのフセインが原油決済をユーロに切り替えようとしたのが米国のイラク攻撃の真の理由であった。世界で最も米国の長期国債を買い込んでドルを支えている日本は致命的な打撃を受ける。星条旗帝国とともに日本は地獄への途を転げ落ちていこうとしている。
家の前を女の子がかわいい声で歌を歌いながら駆けだしていった。あの子たちの将来はいったいどうなるのだろうか。わたしの半生はいったいなんのためにあったのであろうか。私の希望は無数の岡崎沙耶さんがいることだ。(2005/5/15
10:46)
[地球はアメリカ帝国とともに滅亡するのか!?]
米国統合参謀本部「統合核兵器作戦ドクトリン第2次最終調整版(3月15日付け)」は当面の核兵器運用指針を明らかにし、8月完成をめざしている。核兵器使用権限は米国大統領が把握し、地域統合軍司令官が大統領に戦域核兵器の使用許可を申請できるのはどのような場合かを8つのケースで規定している。
@敵の生物兵器の攻撃が差し迫っており核兵器だけが破壊する効果を挙げられる
A大量破壊兵器を使用する意図を持つ敵に対する攻撃
B米国などを大量破壊壁で攻撃するための敵の施設の攻撃
C移動標的を含む敵の圧倒的な通常戦力への対処
D米国に有利な条件での戦争の急速な終結
E敵側の大量破壊兵器使用を抑制するするために米国が核兵器を使用する意図と能力を持つこと示す
F米軍と多国籍軍の作戦の成功の確保
G敵の代理人による大量破壊兵器使用に対処する
同時に効果的な抑止にとって核兵器を使うという米国の国家的意志が不可欠だとして、国際法は武力紛争で核兵器の使用を禁止していない、予測できない不条理な紛争は起きるというのが軍事史の明確な教訓だと述べて、ほぼすべての戦争での核兵器使用を想定している。この指針は権威あるもので陸海空各軍の指針と多国籍軍の指針に優先するとも述べている。要するに無制限核兵器戦略を公言している(第2次大戦期のドイツの無制限潜水艦作戦を思い浮かべる)。
また91年から海外から引き揚げるとした海洋発射核巡航ミサイルを「危機にあって必要な場合は使用可能な状態で保存されている」としている。これは日本に寄港する攻撃型原潜に核巡航ミサイルが搭載されていることに他ならない。最も恐ろしいのは、核兵器を使用する「意図を持つ」だけで米国が核先制攻撃をおこなうとしていることであり、さらに「多国籍軍との作戦成功の確保」にも使用するとしている点であり、自衛隊は核攻撃に参加することになる。「意図」とは外的行動に表れない推測段階の概念であり、国連憲章第51条に明確に違反している。今後日本自衛隊は米軍の核攻撃の共犯者として行動することになる可能性が高い。
私はここまで米国の知性が頽廃していることに今さら驚かない。それはイラク攻撃で証明されているからだ。しかし核攻撃は単なる局地戦ではなく、地球という惑星そのものを破壊する最終戦争となる。ヤクザかマフィアのように暴力の脅しで世界を支配しようとする米国の知性はもはや地に堕ちている。(2005/5/13
19:52)
[いま世界に1230万人の奴隷がいるーILO『強制労働と人身売買に関する報告書』(11日)]
ILO報告の概要は次の通り。
世界強制労働従事者数 1230万人
うち人身売買被害者数 240万人(20%)
人身売買による利益 320億ドル(年)
うち性産業関連利益 280億ドル(年)
地域別強制労働従事者数
アジア 950万人
中南米 130万人
サハラ以南南アフリカ 66万人
中東・北アフリカ 26万人(うち人身売買による者75%)
先進工業諸国 36万人(うち人身売買による者75%)
東欧諸国 21万人
産業別強制労働
男性 農業・建設業
女性 性的商業搾取
年齢別強制労働従事者数 18歳未満 40−50%
強制労働形態の特質:途上国では古典的な強制労働から、負債による連鎖的な貧困のなかで奴隷化される。多くは労働行政の監視が届かない遠隔地で強制されている。移民や不法移民労働者が転落する場合もある。
*コメント:これがグローバリゼーションの陰の部分であり、きらびやかな経済の世界化は1230万人に上る人々の人権と尊厳を奪いながら原始的貧困を蓄積しながら展開している。しかしこの統計は特にサハラ以南南アフリカでは精確ではなく、実質はこれぬ数倍する奴隷状態の人が存在している。さらに合法的に奴隷労働を強制されている人を含めると天文学的数字に上るだろう。マネー・キャピタリズムによるアメリカン・スタンダードのパラダイム転換が緊急に求められる。
EU議会は労働時間新指令(EU法)案の現行洲8時間労働制の超過容認事項を撤廃する修正案を可決した。EU域内の法定労働時間48時間は、個々の労働者の合意で上限週65時間の超過労働を可能としていたが、新指令案はこの適用除外(オプトアウト)規制を強化し、個々の労働者でなく団体協約による事前合意を必要条件としたが、EU議会は適用除外自体を廃止したのだ。EU議会は指令案の共同決定権を持つが、指令案成立は首脳による欧州理事会の合意が必要となる。
先進欧州工業国で進む「社会的欧州モデル」の労働権重視の流れは、明らかにアメリカン・スタンダードに抗しながら推進されている。このながれがスタンダードになって対極にある奴隷労働を消滅させる巨大な潮流になる可能性があるのか、それとも逆に温存させていくのかの分岐の主導権はアジア地域が握っている。なぜなら世界の奴隷の90%はアジアに集中しているからだ。
奴隷労働によって栽培された食糧農産物を輸入して食卓を飾り、買春観光ツアーに大挙して押しかける浅ましい日本に奴隷を廃止するイニシアテイブが取れないとすれば世界は暗い。(2005/5/13
8:04)
[”我々は長い戦後史の終焉に立ち会っている”ー日独戦後認識の目眩くような差異をどう克服すればいいのか]
独・シュレーダー首相は第2次大戦終結60周年記念論文を南ドイツ新聞に寄稿している(7日付け)。全文は独政府ホームページで御覧いただくとしてここではその概要を紹介する。
ーほとんどのドイツ人は終戦をすぐ解放とは受けとめず、ナチス戦争犯罪を世紀の犯罪と理解したわけではなく、最初の対応は排除と現実逃避だった。60年代と70年代の学生運動の主張でナチズムの過去と最悪の汚辱の時代に対する批判的な切り結びが進み、ゆっくりと苦しい過程、世代間対立という形をとった。過去を元に戻すことはできないし、克服することもできない。しかし歴史から学ぶことはできるし、ドイツ人はそれをおこなってきた。我々は歴史的責任を知っているし真剣に受けとめる。ナチズムの時代と戦争と虐殺と犯罪を胸に刻むことは国民の礎の一つとなっている。それは永続的な道徳的義務であり、相対化・忘却という決着は決してない。年を経るとともに記憶が無関心に席を譲ると考える者は裏切られるだろう。歴史の解釈を変えナチズムの罪と責任を否認しようとする策動に繰り返し直面している。犯罪とドイツが受けた苦難を相殺し、犯人と犠牲者をすり替え、ナチズムの犯罪を相対化する動きには断固として立ち向かう。45年の破局を胸に刻むことなしにEUの歴史的意義を掴むことはできない。大きな悲しみを以て欧州の戦場を想起するとともに、欧州統一の奇跡に感謝する。異なる考え、信仰を持つ人々への寛容、多様性の承認こそ欧州文化統合の文化的基礎がある。
ある気高さと真摯さに貫かれた品位が感じられる。犯罪を犯した者がいかに悔い改めるかのモデルがあるようだ。日本と同じように、かってのドイツも一部戦争指導者に責任を負わせ、ドイツ人全体がナチスと共謀してきた事実を回避しようとしたことが分かる。日本はどうしてドイツ型の自責と後悔の過去を精査し生かし続ける道を選べないのだろうか。ドイツは60年代以降40年間にわたって熱い討論を繰り返し合意に達した。その経過を見てみよう。
反ナチ抵抗運動の象徴であったハンス・ショル、ゾフィー・ショル兄妹による白バラ通信は、6人の処刑を出して終わったが、戦後はナチ時代の政治裁判・民族裁判所の判決は有効とされたため、実刑を受けた学生たちは復学を許されず「祖国の裏切り者」と非難されてきた。ところが1963年に西独ヘッセン州検察が、アウシュヴィッツ収容所副官ロベルト・ムルカなど親衛隊24人を起訴し、22人が有罪となった裁判で収容所生存者300人がおこなったホロコーストの証言を契機に雰囲気が変わり、85年にレーガン米大統領がナチ親衛隊の墓地があるヴィットブルグ墓地参拝が大問題となり、逆に反ナチ抵抗者の墓地や祈念碑がないことが浮き彫りとなった。82年の映画「白バラは死なず」(ミハエル・フェルヘーベン監督)が抵抗運動家の有罪判決がいまだ有効であることを告発して、95年に遂に判決は無効とされた。実にドイツは反ナチの正当性が国民的合意を得るまでに50年を要し、その間の第2次大戦をめぐる祖国の評価の分岐に終止符を打つのに半世紀を要したのだ。
東アジアの新たな経済統合が探求されつつある今、日本はドイツの戦後過程に学ばなければならないのではないか。町村とか云う外相は、ドイツは全部責任をナチスのせいにし、日本のアジア侵略は被害者数と性格に根本的な違いがあると云ってドイツを攻撃し自己免罪する恥ずべき言辞を垂れ流している。日本の歴史教科書は戦争犯罪を回避する叙述に傾き、小泉とか云う首相はアジアの神経を逆なでするような戦争最高責任者の慰霊を靖国神社でおこない、中国や韓国の日本批判の責任を反日教育にあるといって居直る恥ずべき自己倒錯に陥っている。もしドイツ首相がアドルフ・ヒトラーの慰霊祭に参加したら、その瞬間に逮捕され重罰を科せられるだろう。ドイツの戦争責任認識が進んだのは、学生運動の高揚した1968年に若い世代が親たちにドイツの戦争犯罪の説明を要求したことが一つの契機となったそうだが、日本の学生運動はこのような戦後責任の認識を持たなかったのはなぜだろうか。丸山真男の云うところの「無責任の体系」は戦後も克服されることなく、「あいまいなまま」(大江健三郎)連綿として現在に至っているばかりか、ますます増幅されて星条旗の庇護を受けながら逆に居直り始めるという下劣なレベルに転落している。それはイラクで捕虜になったボランテイアに「お前の自己責任だ」と攻撃を浴びせ、他方では戦争ビジネスで金儲けに狂奔するガードマンの捕虜には必死になって救出の手を差し伸べていることに露骨に顕れてはいないか。日本のモラルハザードは権力上層に蔓延し、しだいに庶民レベルに波及している。JR西日本の事故責任は基本的に政府交通政策の公共性の放擲にあるにもかかわらず、職員の行為をあばいては喜んでいる。戦後史の終焉に立ち会えない、もはや救いがたい地点に来ているこの国の醜い姿を直視して、転換への方途を探る最後の瞬間が近づきつつあるような気がする。(2005/5/12
8:25)
[哀れな日本的バッシングーJR西日本職員の女性運転手を線路に突き落とそうとした君へ]
JR西日本・福知山線の事故から職員のモラルハザードが次々と暴かれている。事故電車に乗り合わせたJR職員が救助を放棄して出勤した、事故を知りながら飲食会やボーリング大会をおこなっていた等々数え上げればきりがないほど職員の弛緩した行動が浮かび上がっている。マスメデイア挙げてのJR職員へのバッシングはしかし本質的な問題を隠蔽しつつある。それは国鉄解体から民営化に至る過程で安全性を実質的に犠牲にした利潤極大化原理が組織全体を覆いつくしているということだ。それはJR支局長の今年度目標のトップに”稼げ”が掲げられていることで既に明らかとなっている。こうしたJR西日本の公共性を放擲した経営姿勢そのものに原理的な問題があるにもかかわらず、メデイアは職員の勤務モラルの現象的な批判に批判を集中している。もちろん職員の姿勢そのものは罪万死に値するが、そのような頽廃的企業文化をつくりだした原理的な問題へのアプローチはない。ここにきて経営責任よりも現場責任が際だって浮き彫りとなっていることは否定できない。
残念ながら恐れていたことが頻発している。JR運転手を罵倒したり、足で蹴り上げたり、罵声を浴びせる嫌がらせが沿線で頻発している。職員達はジットそれに耐えてひたすら謝罪を繰り返し、経営陣もしばらくは嵐が過ぎ去るのをジット耐えて我慢せよといっている。しかし、交代の女性運転手をホームから蹴飛ばして線路に突き落とそうとするような行為に至っては、もはやそれは批判のレベルを超えた卑劣で暴力的な犯罪行為でしかない。
いったん周囲から拒否されて攻撃されている人に対して、輪を掛けたような危険な攻撃行動に出る人の心情はもはやこどものイジメと同じ論理が発現している。無抵抗の人に対して優越した暴力を行使して自らのストレスを集中的に発散する行為は、下劣な弱者攻撃に他ならない。攻撃する人たちは、真の攻撃対象を見抜けない判断力の衰弱と頽廃した感性を全身に刻印している。こうした蟻地獄のような直接行動を上から見てせせら笑って見下しているA級戦犯がいることを気づいていながら、あえて弱い層へ攻撃を転化する動物的な心情が日本に蔓延している。それはナチス突撃隊員の意識と同じく実はファッシズムそのものなのだ。
JR西日本の職員は経営戦略の犠牲者でもある。彼らの本当の贖罪は、公共性を喪失したJR最高経営層への鋭い批判の刃を放ち組織そのものの再構築を果たしていくなかにある。市民はJRの利潤最大化原理を覆し、ふたたび公共交通への復帰を求めていくところにある。いま日本のあちこちで社会の存立を根底から蝕んでいるかのような事態が起こっている。ライオンヘアーの競争市場主義がどこまで日本を蝕んでいるかーどこまでいったら日本は転落する地獄の縁で立ち止まるのか、目覚めよと呼ぶ声が響けども耳を傾ける人がいないとすれば、日本はほんとうに地獄の底で佇むことになるだろう。(20005/5/10
19:46)
[”未完に咲く花”韓国KBS番組「日本軍従軍慰安婦」ー日本・スカパー331chKNTV4月16日放映から]
慰安婦・李玉仙さんの話ー「軍人が列をなしているんですね、たくさん来て・・・・15歳の少女に1日50名を受け入れろと・・・ここにお座りの方はお分かりでしょう。15歳の少女になにができましょうか・・・性根がなっていないと、刀でこんな風に斬りつける。斬りつけて屈服しなけば殺してしまう・・・」
李さんはこう語りながら膝の長い切り傷をみんなに見せた。「少女を引っ張っていって病人にしておいて、今になって自分で行ったなどと嘘をついて、これがどれほど腹が立つか、この恨をどう晴らすか・・・・」
彼女たちはいままで恥ずかしくおぞましい過去を家族にも隠し完全に沈黙してきた。彼女たちが重い口を開いたのは1990年の日本の国会での労働省局長の発言でしたー「従軍慰安婦なる者につきましては・・・やはり民間業者が軍都ともに連れて歩いた状況で、その実態を調査し結論を出すことはできかねます」(参院予算委員会)。
「その話を聞いて胸がふさがり、その場でひとりで泣きました。・・・・こんな事があっていいのか、なぜ過去をこうも知らずにいるのか。生きている自分が証言できるのに。そんなことなかったと話すので、ほんとうに涙が出て胸がいっぱいになり・・・・それで名乗り出ました。16歳そこそこで強制的に引っ張られ、やられまいと泣きながら逃げ回るのを放してくれない、日本の奴らがつかまえて放してくれない。どうすることもできなくて、泣きながらやられた。日本政府はこんなふうにしてやられた人を知らない、いないとか・・・胸が仕えてことばがでない・・・・死ぬ前に、目を閉じる前に一度だけ恨を晴らし、必ず言葉だけでも恨を晴らし・・・・」。50年の沈黙を破った金ハクスンさんの証言は衝撃をもたらし、民間による挺身隊申告電話に名乗り出る人が続いた。日本政府は「慰安婦は民間業者がやったもので、政府は無関係」とする公式見解を出した(加藤紘一官房長官)。この談話に反発する東アジアに驚いた政府は、公式見解を修正し「(従軍慰安婦の)このような歴史の真実を回避することなく、歴史研究・歴史教育を通じて永く記憶に留める固い決意」を表明した(河野洋平官房長官)。
中国侵略を展開する日本軍司令部が困ったことは、中国人の反日感情を極度に刺激する強姦の蔓延であり、戦力を半減させる性病の蔓延であった。戦闘能力を維持し、解放感を与える慰安施設が1932年に初めて上海に建設され日本人の売春婦が集められ、次いで中国全土に朝鮮総督府による民間業者の選定と人身売買や拉致による慰安婦が集められて日本軍によって管理された。慰安所では、軍の慰安所規定が作られ、利用時間・料金・部隊利用日・避妊具「さくら」着用などが定められ、料金は業者に支払われたが慰安婦に渡ることはなかった。慰安婦の性病検査は週1回実施されたが、慰安婦の多数はむしろ性病にかかることを望んだ。1日に何十人も相手にするより休めるからである。朝鮮総督府の御用新聞である毎日申報には「徴用と違う 行こう女子挺身隊」「内鮮一体 挺身隊で技術と労力の交流」「出でよ 半島女性たち」「白衣天使募集」と美辞麗句を煽って少女達に奉仕を呼びかける活字が踊った。
金学順さんたちは謝罪と補償を求めて東京地裁に提訴したが、被害者が特定できないという理由で受理されなかった。韓国の仏教系団体が安心して暮らせるように「ナヌムの家」を用意し、その入り口には金学順さんが描いた「未完に咲く花」をモデルにした少女の銅像が立っている。「自分は生まれ変わるなら男に生まれて軍人になりたい。軍人としてこの国を守りたい。奪われて踏みにじられたのが余りにも悔しく、痛恨に耐えない」と金学順さんは云う。彼女は昨年この世を去った。
日本政府は1965年の日韓条約で請求権はすべて消滅したと主張し、慰安婦への法的責任はないとし、一切謝罪することなく民間による償い金を支給した。金学順さんの最後の言葉は「日本政府から謝罪を受けなければならない。はっきっりと。日本が起こした戦争だ。謝罪がなくてなるものか。こんなに人生をめちゃめちゃにして、なぜ謝罪をしないのだ!」と言い残してこの世を去った。慰安婦の人たちは、韓国で215名が名乗り出て、うちすでに91名が亡くなった。
日本政府は91年末に本格的調査を開始し、政府の内部資料や93年ソウルでのヒアリングの結果を踏まえて、▽国内、中国、フィリピンなどアジア各地に慰安所が存在した▽日本軍が慰安所の設置と管理に直接関与した▽慰安婦の募集は「本人達の意向に反したケースが数多く」官憲が直接加担するケースもあったという事実を認定した(内閣官房外政審議室報告)。にもかかわらず政府中枢の恥ずべき下劣な言辞が後を絶たない。
「従軍慰安婦とか強制連行とかそういう言葉が教科書から減ってきて本当によかった」(中山文科相 04年11月)
「兵隊も命を賭けるわけですから・・・何も楽しみがなくて死ねとは言えないわけです。この程度のことは・・・戦争だったわけですから当然のこと。この程度のことを外国に向けて本当にそんなに誤らなきゃあいかんのか」(小林興起議員 97年)
そして最新の中学歴史教科書(8冊)のすべてから慰安婦の用語が消えてしまい、逆に戦争を肯定する扶桑社版が検定を通過したのである。こうした日本の動向を見て東アジアの人たちが怒り心頭に発するのはごく当然の反応であり、それをしも「反日」といって日本政府は東アジアの教科書の調査に入るそうだ。
コメント:これは私の父祖達が犯した取り返しがつかない戦争犯罪である。父祖達の犯罪行為は戦争は人間を狂気に陥れると云うことを理由に免罪はされない。私の父も北支戦線に従軍し生還した。父は自らの戦争体験を一切口にしないで鬼籍に入った。私は当時生まれたばかりで直接の責任はない。しかし被害者が生き残り、その贖罪を果たしていない日本の現在には私の責任が問われる。少なくとも、生存している124名の慰安婦の人たちには謝罪と補償をしなければならない責務がある。いま中国と韓国の「反日教育」を声高に言い募って批判する人がいる。自ら受けた被害の歴史を未来世代にきちんと伝えることは、現在の世代の最大の義務ではないか。こうした韓国・中国への見苦しい攻撃を繰り返す醜い日本の姿を私は見るに忍びない。これ以上のモラルの頽廃はない。選挙で彼らを選んできた私たちも共犯者として位置づけられる。韓国と中国の恨は永遠に癒されることなく、あの世においても救われない魂がさまよっているだろう。そして日本は永遠に東アジアから受け入れられることなく孤立の道を歩んでいくだろう。欧州では第2次大戦終結を記念して、過去の記憶と罪責を謝罪する60周年記念行事が国家的規模で繰り広げられている。日本の60周年記念を8月15日にどのような形で営んだらいいのだろうか。(2005/5/2
10:08)
[町村とか云う外相に恥じらいはないのか]
町村外相はニューヨークで、台湾が日米安保条約の極東条項の範囲に含まれているーと述べた。日米安保条約の極東条項は、日本及びその近海を対象とすることは締結時点での厳密な規定であり、日本以外の如何なる他国の領土をも含むものではないということは歴然たる事実ではないか。約束ごとを平気で踏みにじって事が過ぎていく恐るべきモラルハザードが進行し、日本はもはやジャステイスが根底からマヒし崩壊状態にある。こうした感覚の無能者が外相に留まっている日本の姿は、顧みてかってなかった頽廃の極地にある。町村外相はヒョットしたら本気で日中開戦を念頭に置いた戦略を内心では考えているのではないか。なんでこんな子どものような幼稚な発想しかできない者が外務を担当しているのであろうか。
驚いたことに日本の戦争責任について、「ドイツの政治リーダーよりはるかに何度もたくさんお詫びしている」とも述べている。ほとんど人間的条件を欠落させた動物以下の発言でしかない。率直に云ってここまで日本の権力層の頽廃が進んでいるとは驚きを通り越して顔が赤らむほどだ。ドイツでは直ちに辞任して公職を追放され、裁判に付されるような発言を平気でおこない、それを咎められない事態が日本で進んでいる。町村外相の父親は、戦時期に特高警察の責任者として日本の民主主義に血の弾圧を加えた。コモンセンスがあれば、自らの父親の犯罪を恥じて息子は同じ政治の舞台には立たないであろう。ナチスの戦争犯罪者の時効を停止して今もなお戦争犯罪者を探しだして裁判に掛けているドイツと、戦犯が政界に再登場して振る舞っている日本のめくるめくような非対称の世界は地獄としか形容できない。世界の市民に心から詫びなければならない。こうした政府しか選べない日本国民の1人として私には糾弾さるべき致命的な弱さがある。30日ニューヨーク発ニュースを聞いて。(2005/4/30
22:05)
[JR福知山線事故の葬儀で崩れ落ちる母親を見た]
JR福知山線事故の葬儀で、出棺の時に遺影を持った美しい母親が父親の挨拶の終了時に身体がゆらいで崩れ落ち、娘さんが必死で支えていた。まったく予期せぬ息子の死によって彼女は激しいショックを受け、出棺という別れの最後に持ちこたえられなくなったのだ。このような悲哀の深さは誰も共有できなおい絶対的なものがある。激しく損傷した我が子の遺体を見た瞬間の母親の受けた心性は誰も想像ができないほどの衝撃であったろう。彼女は息子の死を認めること自体ができなく、強烈なパニックと急性心神喪失で自らを維持できないところに追い詰められた。最愛の者を喪った母親はおそらく事実の否認とふたたびの帰還を願う奇跡をかすかに信じていたかも知れない。出棺から火葬に至る冷厳な事実の進行は、いよいよ最愛の息子の身体が地上から消失するという物理的な事実に直面して、もはや耐えるだけの身体維持力を一気に失ったのである。「気丈に振る舞う」という姿勢を称賛する向きもあるが、それは偽善だ。死者とその遺体を前にした断絶と喪失の深さは他者の介入を許さない峻厳なものがある。
検視による遺体の認知と公的手続きに振りまわされた遺族の疲弊は、徹夜の通夜と告別式で頂点に達し、もはや自己制御力はない。悲嘆に打ちひしがれて葬儀自体から離れてしまいたい衝動をも湧き起こったに違いない、。「お別れ」の時に棺に取りすがって身を投げて泣き崩れたであろう。父親は泣き崩れるような悲嘆の表出を抑制しているだけ、実は悲嘆が深く沈積して立ち直りは難しい。
若い女性の遺族が激しくJR西日本を罵っているシーンがあった。遺族の深い被害者感情は加害者への痛烈な告発こそが、今は亡き犠牲者への共感の表出なのだ。「恐かったろう、痛かったろう」という痛切な遺体への想いが加害者に跳ね返っていく。
永遠に失われた者との訣別や「もはや戻ってこない」という痛切な喪失感は数ヶ月から数年に渡って持続し、失意と絶望が交錯するなかで、遺族自身が後を追ったり病に伏したりする神経免疫の変化が起こる。むしろ葬儀後の長期に渡るケアが重要な意味を持つ。「自分はもっとしてあげることがあったのではないか」「なんであの時に・・・」という悔恨の情に襲われている人もあるだろう。故人がどうしてこうなったのか、その死を受けて自分はどのような状態にあるか、故人の死に最も報いる道は何か等々これから始まる長い道程をクリアーして再び立ち直って行こうとする試練が待ち受けている。106名の死者と400名を超える負傷者に連なっている数倍の遺族と家族の現在と行く末を思えば、いま私たちに何ができるだろうか。JR西日本社長と安全課長の淡々と冷静な記者会見の表情を見ながら、火葬の煙が殷々と立ちこめるなかで私は何かをせざるを得ない焦燥が胸にせり上がってくる。(2005/4/30
10:53)
[崩壊するネオ・リベラリズムー巨人・JR西日本の背後にあるもの]
今年度目標のトップに”稼げ”を置いたJR西日本は、安全という公共性を放擲して1秒のダイヤに狂奔し106名のいのちを犠牲にした。これは民営化の当然の帰結であって、原理的には小泉=竹中・市場原理主義モデルの誤謬にある。JR西日本社長が記者会見で「事故の原因は線路の置き石にある」として自己責任を回避したり、「運転手が死んだことによって証言が得られなくなり残念だ」等と涼しい顔をして云っているのを聞くと背筋が寒くなる。金に目が眩んで競争地獄に転落している人がいかに人間性を喪失しているかを示している。運転手がなぜ時速100kmを超える無謀運転を強いられたかの自己省察が全くない。犠牲者の1人にJR西日本の安全運行ソフト開発を請け負っていたシステム・エンジニアがいる。彼は身を以て警告を発したのだ。
さて金にあかせて選手をかき集める巨人球団の無残さも本質的に同じ問題を持っている。要するにこうした利潤原理でしか動かない球団はチームスピリットを喪う。27日の試合の8回のピンチで、阿波野投手コーチがマウンドに行こうとしたが、上原投手はそれを冷酷に拒絶し大逆転を食らった。26日の試合後にはローズが首脳陣を攻撃し「巨人なんて大嫌い」と絶叫した。自分自身が金に目が眩んで巨人に入団したのに今更何を言うかと言う気もするが、要するに巨人はベンチと選手が切れてしまい組織としての共同性が崩壊しているのだ。
ことほど左様に現在の市場原理型モデルはもはや根底から社会自体の存立の条件を掘り崩して、自ら奈落の底へ転落しようとしている。ボランテイアが人質となって生命の危機に瀕しているときに、ひややかに「自己責任だ、死んでもしょうがない」と切り捨てた政府は全世界で日本のみだ。あの言辞こそ現代日本の政府と国民の関係をクッキリと突きつけたことはない。国民の生命と安全に責任を持つ第1義的な義務がある政府が、イザと言うときには冷酷に見捨ててかえりみないということを国民は身に滲みて知ったはずだ。その同じ舌で「お前たちは愛国心が足りない」として憲法改正を宣揚するという喜劇を演じている。いま60%を超える人が将来に不安を感じる国に日本は転落してしまい、忍び寄る不安な心性は強力な独裁にすがろうとする心理を生んで、ライオンヘアーへの幻想的な支持をもたらしている。不安を抱えながらもなにかに向かって突進している向こうには、全滅が待っているにもかかわらず。106名のいのちを真に追悼するには、いまきちんとたちどまって市場原理モデルを冷静に見抜いて、第3の道を探る思考の転換が必要だ。(2005/4/29
8:33)
[世界の少女兵士12万人ー英国団体セーブ・ザ・チルドレン報告書『忘れ去られた戦争の犠牲者』]
現在アジアやアフリカの紛争で戦闘に参加している少年兵の推定数は約30万人で、うち40%・12万人は18歳未満の少女である。最低は8歳で誘拐されて戦闘地域に拉致され、実戦に投入されたり、性的搾取の対象として兵士の妻となることを強要されている。かって第2次対戦終了直後の嵐のような民族独立のなかでアジア・アフリカ・ラテンアメリカは世界の理想を担う輝かしい燭光を放ったが、政治的独立と引き替えに新植民地主義の底知れぬ頽廃の泥沼に落ち込んでしまったかにみえる。原始的な部族主義の理念なき紛争の陰で、最も被害が集中しているのは女性であり子どもたちだ。部族対立を操作し利用してきた西欧の国々は、秩序自体を崩壊に追いこんで今や手をこまねいて傍観するかのようだ。モノカルチャー経済に依存して開発を進める経済戦略に根元的な原因があり、そこから最大限利潤を搾りあげてきたアグリビジネスが1人秘かにほくそ笑んでいる。先進国市民はそこからの輸入品を飲み食いしながら享楽的ライフスタイルを築きあげて、成熟の頽廃に落ち込んで明日なき快楽を貪っている。東アジアのある国の鐵道会社は、殺人的なスケジュールで電車を走らせて何回も転覆事故を起こし乗客を大量に殺して、「あれは誰かが線路に石を置いたのだ」とうそぶいている。南北問題の最大の犠牲者として、北ではサラリーマンと若者が、南では12万人を超える少女兵士は人殺しの先頭に立たされている。
世界銀行と国際通貨基金は2015年までの世界の貧困、飢餓、疾病を削減する「ミレニアム開発目標」は、今すぐ行動を起こさなければ手遅れだとする「グローバルモニタリング・レポート2005」を発表して富裕国からの支援強化を呼びかけた。サハラ以南の南アフリカはどの目標も達成不可能な危機にあるとしている。毎週5歳未満の子ども20万人が病死し、毎週1万人の妊産婦が死亡し、サハラ以南南アフリカだけで今年エイズで200万人が死亡し、11万5千人の子どもが通学できないでいる。貧困と飢餓を半減するとする目標を達成できないのは、サハラ以南南アフリカのみとなった。教師、医師、看護婦、保健師を今後15年までに3倍の約100万人に増加させないとこの地域の保健・教育は致命的な危機に陥るとしてしている。そうしてこの地域こそ30万人を超える少年兵たちが互いに殺し合っているのである。この報告の内容は多分事実であろう。しかしモノカルチャー経済を主導する中心的役割を果たした世界銀行と国際通貨基金が恥じらいもなくこうした支援を訴える頽廃にこそ最大の問題がある。(2005/4/27
22:03)
◆古田敦也選手(39)は日本の市民がめざす一つのモデルではないか
ヤクルトの古田敦也選手は24日の対広島戦で(於 松山球場)遂に2000本安打を達成した。彼を見ていると眼鏡をかけているせいでもあるが他のプロ野球選手にはない知性を感じる。夫人の中井美穂さんが「常に新しいものを受け入れる柔軟な思考や好奇心、探求心に満ちた彼の姿勢にはいつも驚かされます」と語っているが、その知的で真摯な姿勢は日本型スポーツの現代化に大きく貢献していると思う。決して眼鏡を外さず、キャッチャーミットを縦に構えるのが主流であった時代に合理性を追求して横に構え、球界で初めて代理人交渉を球団に申し入れた当時は異端として少数派であったが、今では眼鏡への偏見はなくなり、捕手はミットを横に構えるのが主流となり、代理人交渉は普通のこととなった。
こうした創造的なことを先駆的にやりとげてそれをスタンダードにしていったところがすごいのだ。独自の仕事や業績を確実に積み上げながら、労働組合委員長として毅然とした矜持ある態度で自らの権利を追求し、疲弊するプロ野球の未来を切り開いている。展望を失って漂流する日本と、成果主義賃金で地獄の競争に喘いでいる企業のなかで、未来を着実に切り開く一つのライフスタイルを示しているように思う。端的に言えば、技術に裏付けられたデモクラットとしての専門人たるべき市民のあるモデルを提示しているように思う。ある分野の仕事でエキスパートでありながら、なおかつ民主主義市民である類い希な職業人のパターンから学ぶべきものは多い。おそらく引退後は国会議員への立候補要請が殺到するであろうが、そうした汚れた世界と彼は無関係であろう。プロ野球改革に向けた生涯をまっとうして欲しい。
古田選手は2000本安打の記念ボールをスタンドに投げ込んだ。そのボールを拾ったファンが「他にあげたい人がいるのでは」と返しに来た。古田選手は「大事にして下さい」とそのままプレゼントした。米国では記念ボールはネットオークションで取引されるが、古田選手とファンはそのようなことはしない。。実にいい話だ。(2005/4/25
8:10)
◆韓国政府「強制動員被害真相究明委員会」被害申立申告数11万2772件に
日本政府の「国民徴用令」(1939年)による台湾・朝鮮半島からの強制連行は、戦前日本政府政府資料で150万人であり、韓国国会資料では794万人(04年3月)とされ、93年官房長官談話で強制連行の事実を認めた。韓国政府の真相究明特別法による今年2月1日からの被害者本人と遺族からの被害申告受付で、調査対象は柳条湖事件(1931年)から45年8月15日までの時期で被害の内訳は以下のようになっている。内9人を被害者として認定した。申告締切は6月30日。
軍人 20142人
軍属 14156人
慰安婦 195人
強制労働77292人
半島内連行13292人
半島外連行98780人
韓国政府は更に、ハンセン病患者の強制労働、広島・長崎での原爆被害、サハリン強制連行を調査対象に含める。1965年の日韓国交正常化時の請求権協定で朴軍事政権は経済協力資金をもとに、8500人の遺族に1人約30万ウオン(現在の600万ウオン=60万円)を支給し補償を終えたとしている。
ドイツ政府はナチス被害者に対して合計約7兆円の補償をおこない、ナチス犯罪の時効を廃止して今でも裁きを続けている。日本政府が恥ずかしげもなく、上海の総領事館のガラスの破損に対して「謝罪と補償」を要求する漫画チックで下劣な態度は21世紀の最も下品な振る舞いとして記憶に残るだろう。最低の品位なき政府に他を責める資格などありはしない。こうした政府を選んでいる国民は誰あろう私たち自身に他ならない。
「私の経験では日露戦役では今度のような虐殺や暴行事件は実に少なかった。全くなかったとは言わないが、こんなに不詳事件を大量に起こした歴史はなかった。軍隊自身がずいぶん堕落していたわけだ」(旧支那派遣軍総司令官・畑俊六)
「(蒋介石の「暴に報えるに暴を以てすべからず」を聞いて)中国に戦争でも道義でも完全に負けたと痛感した」(石原莞爾中将)
(2005/4/20
21:29)
◆報道によると日本の皇太子妃・雅子は自殺を考えていたードイツ紙Die
Welt(4月13日付け)
ドイツの新聞Die Weltに次のような報道があったのでその内容を抄訳でお知らせする。評価は皆さまに委ねる。詳細はDie Weltのサイト参照。
報道によると日本の皇太子妃・雅子は自殺を考えていた。
この41歳の女性は公にされた発表に従えば1年半ほど適応障害に苦しんでいるとされる
東京:報道によれば日本の皇太子妃・雅子は、昨年自殺する危険がしばしばあったと伝えられた。東京のARDラジオ放送スタジオが、この情報を皇室近辺からつかんだ。(中略)背景は皇室内における世代間の軋轢である。この件について、皇太子は既に昨年語っていた。(中略)天皇夫妻ならびに皇室関係者らが、雅子を適切な日本女性とみなさなかったのは、彼女が主に海外で育ったことがその理由である、とARDは伝えた。雅子は皇位継承者を生むことに集中すべきであり、例えば彼女が望んだように、皇位継承に不利な子ども(注:愛子)の面倒を見るべきではないと言われた。これを契機に、雅子は自国に対して貢献する機会をもはや見いだすことができなくなったといわれている。しかしこの自国への貢献こそが、彼女が外交官への道を選んだ動機であり、この目的を持って皇室へ入ったのであった。彼女は天皇夫妻から受け容れられず、彼女の人格とキャリアは否定されたと感じたとされる。それゆえ彼女は病気になった。以下略。(2005/4/17
23:02)
◆中国・日本批判運動と日本の現代史感覚
中国での青年を中心とする日本批判運動が拡大し一部では暴力的な形態を見せ始めている。中国首相はこの行動を日本に対する警告として基本的に肯定していると同時に、日本側はその暴力的形態に焦点を当てた抗議と謝罪を要求するという短絡的外交を展開している。原理的な問題は何であり、現象の背後に何があるのかをつかまなければ表層的な対応に終わって、両国の真の協力のシステムは構築できない。日本の21世紀が東アジア共同体の形成の中にしかないとすれば、日本の未来も危うい。ひょっとすれば現代の日本は取り返しのつかない途を再びたどりつつあるのではないかという漠然たる不安を覚える。中国の若者の行動を内政に対する不満を日本へ発散させる捌け口にしているという冷ややかな評論があるが、同じように日本の対応が国内での行き詰まりを外側へ向かって発散するショービニズムがあるとすれば、両国の不幸は悲劇となろう。従ってまず事実認識から入りたい。
中国の抗議行動が学生を中心とするインターネット上のメール発信から始まった今回の事態をみるために、そのメール原文を読んでみよう。以下は抵日連盟(日本商品抵抗連盟)の日本商品ボイコット運動のメール原文である。
全国人民への提案書
5月1日から6月1日までの間、日本商品を買わないよう、すべての中国人に願いたい。なぜ、1カ月後に定めるかというと、この通告を気骨あるもっと多くの中国人に知らせたいから。国産商品に興味がなく、日本商品に愛着強い人々に対しても、5月の間だけ、そのような愛着を抑えて、日本商品抵抗連盟の日本商品抵抗運動に協力するよう強烈にお願いしたい。
いま現在の状況からみればすべての人々に徹底的に日本商品をボイコットしてもらうことは無理だろう。しかし、ある程度の期間中に、すべての中国人が完全に、かつ徹底的に日本商品を拒絶することが実現可能だと思われる。だからこそ、今に行動をして、まわりの更に多くの親戚、友人、同学、同僚にこの知らせをしよう。全世界の中国人のパワーを集合させて、醜い日本に厳しい一撃を与えよう。日本商品ボイコットが一つの戦争だと思えば、5月は1つの戦役となるだろう。行動を移せば勝利は納められる。
日本の松下という会社のある重役が「我々が靖国神社に行かなくても、韓国人は我々の商品を買ってくれない。しかし我々が如何に靖国神社に参拝しても中国人は我々の商品を買ってくれる」と言っていた。これはまさしく、中国人たちを寂しくさせるひと言である。
100元の日本商品を買ったら、日本政府に5元の利益を提供することになり、日本の自衛隊に10個の銃弾を多く製造させ、反中の教科書を8ページ、より多く印刷させることになる。・・・以下数行文字化け。この通告を20人に送って頂こう。中国を支持し、日本商品をボイコットしよう。利益が戻らなくてもこれは貴方の義務でもあるじゃあないか! 中国人であれば、この次の人に知らせておくれ!感謝している。
このメールを見る限り中国の若者の怒りは、靖国神社参拝・自衛隊・歴史教科書にあることが分かる。このメールを送信してきた人たちは、中国のマスコミ関係者(TV局プロデユーサー、新聞社編集長、重役)であり彼らはデモには参加しないがメールの趣旨には賛同しているようだ。つまり今次の「反日運動」は一部の若者の暴走ではなく、一定の基盤があることを示している。さて原理的な問題は、靖国参拝・自衛隊の海外派兵・歴史教科書に対する評価にある。単純に言えば靖国参拝の廃止・自衛隊海外派兵の廃止・歴史教科書の撤廃という結論を日本側が示さなければ、中国の日本批判活動は形は変わっても継続されると言うことだ。過去は問わず未来志向でいくという中国内「新思考」派はもはや指導性を喪失している。日本側は靖国・自衛隊・歴史教科書を内政干渉として拒絶することはできない。それは過去と現在の日中を含む国際関係の真実と真理の所在を争う原理的な問題であるからだ。憂慮する国連は、「中国での抗議デモは安保理拡大に対する不安を示している。常任理事国ポストを報復に使うのではないかという危惧がある。日本は地域の声を聞かなければならない。地域への説明責任を果たす義務がある」と強く日本政府に警告している(ブラウン国連事務総長首席補佐官 「フィナンシャル・タイムズ」13日)。
盧韓国大統領は戦後初めてのドイツ訪問で「ドイツは恥ずかしい過去を率直に認め、真に反省しうる良心と勇気、それにふさわしい実践を通して隣国の信頼を得た。自ら真実を明らかにして謝罪、補償してEUの主力となった。私はドイツの過去事清算方式を尊敬する。戦争が終わってから60年経つ今も被害者への賠償を続けており歴史教科書も隣国との協議を通して編纂している。東北アジアに平和と繁栄の秩序をつくっていかなければならない私たちにとっては誠にうらやましい限りだ。ドイツが過去を克服したのは驚くべき力量であり、過去に対する謝罪を示さない日本の態度は人類社会がが追求する普遍的価値と合わない。中国の反日デモはその過程で生じてしまったできごとだ」と述べ、シュレーダー独首相は「歴史のとらえ方は各国で深く考えなければならない。ドイツの経験で言えば、相手の気持ちを真剣に考えて歴史を扱っていれば、友達も得ることができる」と答え暗黙の裡に日本批判に同調している(13日韓独首脳会談)。
さて以上のような事実は、国連レベルでも国際レベルでも日本の孤立が浮き彫りとなっていることを示している。アジア人2000万人を殺害した戦争責任者を英霊(英雄)として讃える行為や、その戦争をアジア解放の戦争であり日本支配によって近代化したとする明らかに虚偽の教科書をパスさせる行為が、被害当事者にどう映るかの想像力が決定的に欠落している。犯罪を犯せば潔く罪に服し、謝罪して許しを乞うーという当然の行為を避けて隠蔽し取り繕う下品な態度を示していると受けとられてもやむを得ない。いま日本は恥辱の裡に崩れ落ちていこうとしているのではないか。私たちがなぜドイツ型の途をたどれなかったのかーすべての感性と知性を動員して自己検討する最後のチャンスに逢着しているような気がする。
日中経済関係は深く広い相互に不可欠のネットワーク構造に組み込まれ、21世紀は明らかに東アジア共同体の世紀となる。この構造が垂直的な支配関係にないこともまた明かであり、特に日本経済は中国市場なくして存立不可能な構造にある。こうした日中経済関係の水平的なネットワーク構築の最大の障害物としてポリテイクス問題が登場している。その障害物を除去するのは、私たち日本市民の主権者以外になく、それに失敗すれば再び恥ずべき排外主義の悪夢に眠ることなき日々を過ごすことになる。(2005/4/13
9:54)
日本・外務省の歴史観が依然として大東亜共栄圏思想に侵されていることを如実に示す発言が相次いでいる。「単純にドイツと比較するのはいかがなものか。ドイツはユダヤ民族を抹殺するという大犯罪行為であり、日本が戦前にやったことは人数や性格に差がある。彼らはナチスをドイツ人とは別の種類の人たちだったといわんばかりに全部ナチスのせいにすることができた。そういう分類は日本ではなかなかできない」(盧大統領発言へのコメント 町村外相 14日参院)」、「靖国も教科書も内政問題だ。しかし戦争責任に関しては日本はドイツと違う。ドイツはユダヤ人を大量虐殺した。ナチスが悪かったんだということでドイツは免罪された。日本の植民地支配はマイナス面もあったが、プラス面もあった。アジア諸国の欧米諸国からの植民地独立運動に少なからず貢献している面があるわけです。そういう言うべきことを主張していかなきゃならない」(福島外務政務官 14日)。植民地支配と戦争犯罪を免罪することを異常と自覚できない、恐るべき歴史への冒涜といえよう。ドイツ政府に対する侮辱的な言辞を外務省高官が発して恥じない。戦争責任を厳然と裁けなかった日本の致命的な欠陥が最も大事な局面で噴き出している、恥ずべき愚劣な言動の数々、地に呪われたる日本の現状、彼らと言動をともにする日本は地獄へのみちに墜ちようとしている。
しかし最も卑怯で破廉恥な愚論は(苅谷剛彦氏など)、どっちもどっちで自己の歴史観に固執して柔軟な思考を失っている、複眼的な歴史観を養うために両者を並べて議論せよというシニカルでニヒルな歴史相対主義の主張である。歴史的価値観は自由であるが、犯罪があったかなかったかは価値の問題ではなく、事実の問題なのである。原理的な事実すら主観によって解釈できるというのでは、生存の前提すら認めない子どもの我が儘でしかない。かって支配し侵略し殺したのは、日本であって東アジアではないという事実すら消し飛ばす役割を果たしているのに気が付かない。苅谷氏は学者としての基本的な資質が欠落している。彼はすべてをゲーム論で捉えている。(2005/4/14
8:44)
過去の罪責を1つだけ紹介しよう。1945年8月6日と9日の広島と長崎で原爆により被爆した韓国人被爆者は、7万名から10万名に及ぶ。全被爆者の10分の1にあたる韓国人が、治療をまともに受けれないで生き残った韓国人被爆者4万5千名あまりが帰国の途を選んだ。後遺症で苦しむ在韓被爆者に日本の被爆者援護法は適用されず、その2世3世もまた最少で2300名が後遺症で苦しんでいる。彼らがどうして日本にいて被爆したのか、被爆後どのような生活をおくってきたのか、日本政府は冷ややかに遺棄してかえりみない。彼らの日本批判運動に抗議する日本・外務省は人道に反する恥ずべき犯罪者ではないか。
私は「反日」の言説に媚びへつらって政府批判を展開する不満分子のように受けとる人もいるかもしれない。世界の思潮がどこにあるかを英紙フィナンシャルタイムズ(アジア版)12日付けからみてみよう。
「日本が1930年代から40年代にかけてアジアにおける残酷な帝国主義について真剣に謝罪しようとしないのに対し、ドイツが欧州でのナチの残虐行為を全面的に認めてきたのは極めて対照的だ。戦後の和解には加害者の反省と同時に犠牲者からの許しも必要だ。中国の指導者たちは暴力的な反日デモを大目にみた。中国の歴史教科書は、自らの指導者が引き起こした飢餓や流血、混乱についてほとんど無視している。日本は過去を正直に認め、全面的に謝罪すべきだ。中国も不満を繰り返す述べるのではなく、和解の手を差し伸べる用意が必要だ」
さらにインドネシアのジャカルタ・ポスト紙8日付けから。
「日本は世界の平和と繁栄に引き続き貢献していくためにも、歴史の真実を若者たちに教えるべきだ。ドイツの首相がアウシュヴィッツ収容所で誤った行為を認め過去から学ぶと述べたことに注目すべきだ。なぜなら我々は、日本の若者たちと話すときに、彼らの歴史、特に日本が戦争で果たした役割についての知識は、多くの人々が期待するほど完全ではないことがすぐ分かるからだ。日本は過去の自らの役割についての判断を、充分誠実に下しているだろうか?日本の指導者たちの自国の戦争の歴史についての言動が、いつまでも自己弁護的なものである限り、発言者にはねかえってくる弾は絶えないだろう」
◆自民党憲法起草委員会・憲法「改正」試案はどのような21世紀をもたらすか?
4月4日に発表された「改正」試案は「日本史上初めて国民自ら主体的に定める」「現行憲法の修正ではなく全面的な書き換え」だそうですが、この案を考えるときに次のような視点が必要だと思います。
第1に主権者である国民の改正への期待に添うものであるかどうか
第2は自分たちの運命を決められることになる憲法改正国民投票の資格を持たない20歳未満の人たちにとってどういう意味があるか?
第3に過ぐる戦争で亡くなった300万人余の人たちにとってどういう意味を持つだろうか?
第4に過ぐる戦争で犠牲となった2000万人を超えるアジア人にとってどのような意味を持つだろうか?
第5に国際連合を中心にした世界の人たちにとってどのような意味を持ち、東アジア共同体を展望する21世紀にとってどのような意味を持つだろうか?
最後にこれから生まれてくる未来世代にとってどのような意味を持つだろうかー等の諸点です。
さて改憲案の主要なねらいは憲法第9条の改廃によって自衛隊の海外派兵を正当化する戦争システムを合法化することと、構造改革によって痛んできた深刻な矛盾を国家主義に包摂することにあるようです。第9条改正論はいままで3つのタイプがありました。1つは国連決議または集団的自衛権行使による海外派兵案であり、第2は国連決議のみで海外派兵する案であり、第3が国際貢献に寄与するとして細部は安全保障基本法に委ねるアイマイ案ですが、試案はアイマイ案を採用しています。そして戦争国家にふさわしい国家システムをつくるために@信教の自由の制限→儀礼と習俗による宗教活動参加承認A国民の国防の責務B軍事裁判所C非常事態権と国民の協力責務などです(これらは明治憲法に接近しています)。改憲派の最大の根拠は自衛隊合憲論が国民多数であると云うことですが、国民の自衛隊賛成論の中味は災害出動部隊の必要にあって海外派兵には70%が反対しています。ここに最大のジレンマがあります。試案は堂々と人殺しができるように国民も人殺しを助ける義務があるかのようです。
第2の構造改革を遂行する治安体制の整備は、@情報・出版の制限A暴力的破壊活動の結社制限B家庭保護義務C地域社会秩序維持義務D天皇元首化の検討など構造改革に抵抗する運動への抑圧装置を整備しています。いままで改憲派は新しい人権を書き込んで9条改正反対を抑え込もうとしてきましたが、人権尊重は逆に反対派の武器を拡大するジレンマとなって、今回の試案は人権の制限と義務の拡大を大幅に増大させています。国民世論の多数はテロ対策の強化を望んでいますが、そのために人権を制限して義務を増やすことをほんとうに望んでいる人は少数です。構造改革で痛みつつある日本への不安を利用する治安システムは根拠がありません。
憲法はほんらい国家・政府権力が勝手に恣意的な権力行使ができないように、国民が国家活動の自由を制限するという本質的な性格がありますが、この試案を起草した人たちは上に立つ強者が自由に活動するために国民を統制するという印象が強いようです。だから本来自主的なプライベイトな部分である家族や地域まで協力・奉仕を義務づける封建的な儒教価値観がでています。離婚は憲法違反の犯罪になるでしょう。
今次試案は全体として明治憲法の原理を現代型に粉飾して再生する印象があります。2300万人の戦争犠牲者からみれば怒髪天を突く憤怒となって呪うかのような内容となっています。踏み越えてはならない非戦の原理を改正するという点で、現行憲法が禁止している内容です。静かに来し方と行き末を想い、未だ生まれ来ぬ未来世代の生命の在り方を考えて、判断をくだす必要があります。(2005/4/11
13:29)
◆抗ガン剤イレッサの恐怖
また厚生労働省と薬剤メーカーの癒着が露わとなってきた。肺ガン用抗ガン剤ゲフィチヌブ(商品名イレッサ)について厚労省検討会が臨床使用継続の意見をまとめたからだ。販売から2年足らずで588人もの副作用による死者が発生している試験薬である。イレッサの副作用による間質性肺炎(肺胞の壁である間質に炎症が起きる)でベッドに横たわって眠ることもできずもがき苦しんで死んでいった治験者588名の生命の意味はどこにあったのか。検討会は使用継続の根拠を、イレッサは東洋人に延命効果があるというデータが出たからだという。ところが治験に参加した東洋人はフィリピンや台湾人で、日本人は含まれていない。東洋人に効くということがなぜ同時に日本人を含むのか全く説明されていない。さらに治験者となった東洋人の多数は初期肺ガン患者であり、欧米人の被験者は初期肺ガン患者が少なかったにもかかわらずこうした結論が出されている。
驚いたことに最終検討会でイレッサ投与推定患者数が、今まで発表されてきた8万6800人から4万2千人へと半分以下に修正された。分析のための母集団の大幅な変更自体が統計的に重大な意味を孕んでいるのも係わらず基本的な再検討を行っていない。メーカー自体が厳密な治験者数を把握しないまま厚労省に報告している実態がある。イレッサを何人に投与し、何人が副作用をおこし、何人が死亡したのかという基礎的データの信憑性に疑問を残したまま検討会は結論を出した。
患者たちは一縷の希望を託してイレッサ治験に参加して自分の生命を犠牲にしたことになる。薬害エイズ問題からBSEに到り、又今回のイレッサ投与継続で甚大な犠牲者が放置される。日本では多数の患者を対象にした第3相臨床試験が終了していないにもかかわらず、政府は安全性を認証し自己責任で投与せよーという新たな薬害発生の道を選んだ。イレッサをどうしても使いたい患者にはインフォームド・コンセントによる無料臨床試験剤として投与すべきだという意見は無視された。なぜこのような薬事行政が野放しで繰り広げられるのであろうか。
薬剤メーカーは企業経営を賭けて莫大な新薬開発資金を投入し、その開発薬剤が市場化されなければ致命的な損失を負う。特に抗ガン剤開発は激烈な企業競争が展開されその敗北は企業の消滅を意味する。そのような企業状況を熟知している検討委員は、意識的か無意識か患者の安全よりも企業経営を優先する発想を選ぶ。生命の安全と科学を犠牲にして薬剤企業を繁栄させてきたのが日本の薬事行政だ。病気を抱えた人は藁をもすがる想いで治療薬を探し求める。そのような悲痛な気持を弄んで恥じない厚労省には天の裁きが下るだろう。(2005/4/10
21:50)
◆伊藤千代子(1905年ー29年)ー歴史の法廷は彼女の名を刻み記憶するだろう
伊藤千代子は長野県諏訪市で生まれ、諏訪高等女学校を卒業して東京女子大在学中から反戦平和運動に参加し、1928年3月15日に治安維持法違反で逮捕され、特高警察による激しい拷問の中で拘禁精神病を発病し1929年9月24日に肺炎で誰にも看取られることなく24歳の生を閉じた。彼女の悲劇は、同志であり最愛の夫である浅野晃(詩人 1990年89歳で死去)が20日遅れて逮捕された後に水野成夫(戦後フジ・サンケイグループ創設)とともに転向し、思想検事は夫の転向文書を使って彼女の転向を鋭く迫ったが、彼女は毅然として屈せず遂に発狂に至ったことである。諏訪高女時代の恩師であった歌人・土屋文明は教え子の死を悼んで、言論統制の厳しい1935年に次のような歌をおくっている。
まをとめのただ素直にて生きにしを 囚えられ獄に死にき5年がほどに
こころざしつつ たふれし少女よ 新しき光の中に置きて思はむ
高き世をただめざすをとめらここに見れば 伊藤千代子がことぞかなしき
暗闇の全き孤立の裡にたった独りで横たわっている彼女の遺体に一筋の光が降り注いでいるかのような情景がありありと目に浮かんでくるかのようだ。ドイツのショル兄妹はナチスへの最後の抵抗を訴える白バラ通信を大学内で配布して処刑の道の道を選んだ。ショル兄妹は戦後ドイツで最大の敬意を以て遇せられ、記念館や映画が作られて子どもたちは教科書で学んでいる。伊藤千代子は孤独の中に此の世を去り、彼女の名前を覚えている人たちはもはや数少なく、況や政府の手による追悼行事などは行われない。しかしわたしの胸の内では、信ずべき何ごとかを成し遂げようとして夭折したこの少女の名前がジャンヌ・ダルクのように浮かび上がってくる。歴史の法廷は必ずやいつの日か、彼女の名前を正当に位置づけて刻印するだろう。発狂前の彼女が1929年5月8日から7月29日にかけて、浅野晃の母と妹に当てた手紙がいま苫小牧市立中央図書館で公開されている。以下はその一部である。心震えるような繊細な少女の魂の精一杯の持続するこころざしがくっきりと浮かんでいるではないか。
「朝露にぬれた麦畑や大根畑のひろびろとつづいた野方町からあの岡から谷の辺りはどんなに気持ちいいだろうと私も時々思い出していました。ここではね今地しばりの花ざかりです。高い煉瓦の塀に沿ってまるい黄色な頭を春風にユラユラゆすぶっています。淑ちゃんは地しばりを御存じですか、強情な大変力のある面白い花ですよ。ダリアの畑へでも菊へでもおかまいなしにずんずん押し込んでいって肥料を横取りにしてしまいます。田舎では野菜や桑を荒らすのでお百姓は目の仇にしていじめています。命あるものはみんなあらん限りに生きようとしているのですね。生きようとするからこそ、その大切な命をも投げ出すのですね。(略)」
ここまで彼女の手紙を書き写してきて、ハッと気がつきました。これは通り一遍の家族への手紙ではなく、検閲を乗り越えて家族への励ましと夫と自らの決意と希望を伝えようとしている鮮烈な獄中書簡ではないだろうかと。彼女を発狂と死に至らしめた者は報いを受けなければならない。正当な歴史の法廷で裁きを受けなければならない。判事は貴方であり私ではないだろうか。(2005/4/7
8:27)
◆君が代のアナリーゼ分析
楽曲分析法アナリーゼを駆使した君が代分析をはじめて知った(ヴァイオリニスト 松野迅氏)。以下はその概要。
まず「八千代に」の部分はレ〜シ〜ラ〜ソと音が下降するが、多くの人がレ〜ド〜ラ〜ソと歌うのはなぜか。日本の伝統的な「陽旋法(わらべ歌旋法)」に馴染んでいる人は無意識に直して歌うのだ。君が代は明治期に雅楽奏者・林広守が中国伝来の「壱超調・律旋法」を用いて作曲し、これが歌いにくさの原因となっている。普通小節数が偶数だと収まりがよいが、君が代は11小節という字足らずな感じで終わる。
和声はドイツ人の軍楽隊教師エッケルトが”迷編曲”を施し、冒頭と最後は斉奏、途中はドイツ的な和声が付けられている。和声付けに窮した苦肉の策が斉奏部分に表れ、和声部との異種交配感を生成している。和声付けされた第8小節(なりて)から第9小節(こけの)にかけて、機能和声学で禁則とされている進行がある。五の和音(ソ・レ・シ)から四の和音(ファ・ラ・ド)という逆行は禁じ手であり、音楽が逆流して不気味さを醸しだしている。
「千代に八千代に」「さざれ石の」の2カ所はメロデイラインに断層があり、言葉が真ん中で分断され、さらに歌詞と音の数のバランスが崩壊し、1つの言葉に2つ以上の音を当てはめるメリスマという技法がうまく処理されていないので「君が用は」のように聞こえてしまう。「強引にヨーロッパの調味料をふりかけて誤魔化してしまった。不見識も甚だしいし、これではデタラメであります・・・・音楽の体裁さえ満足に備えているとは云えません・・・・今やこのような音楽をありがたがって聴くことこそ、まさに未開の象徴と云えるでしょう」(芥川也寸志『私の音楽談義』)。松野氏は最後に次のように云っています。君が代の下に行使された先の侵略戦争。すべてを押し流す慟哭と軍靴のリズムを変奏曲に持つ「君が代」の出番が再びあってはならない。僕にとっては南方戦線から還らなかった叔父への「酷歌」である。
東京都教育委員会は31日に卒業式で「君が代」の起立斉唱を求めた職務命令への服従を拒否したとして、都内公立学校教員52名を処分した。小学校3人、中学校1人、高等学校44人、障害児学校4人でありいずれも斉唱時の不起立を処分理由としている。処分内容は「複数回以上の職務命令違反」を理由に4人が減給10分の1(6ヶ月)、減給10分の1(1ヶ月)が10人、戒告38人となっている。
日本語の「皇国臣民」という造語をはじめて編み出したのは、朝鮮総督府学務局長・塩原時三郎であった。日中戦争開始時の翌1938年に総督府は、徴兵制を展望する「朝鮮人陸軍志願兵制度」の導入に踏み切った。総督府内部には「朝鮮人は皇国の軍人たり得るか(彼らに武器を持たせてよいのか)」という不安があったが、この不安を打ち消したのが学務局長・塩原時三郎であった。彼は日本軍が強いのは、武器がいいのでも身体が大きいのでもなく、軍隊組織が純一無雑であり、全員が天皇陛下の赤子と自覚しているからであるとし、朝鮮人をこの純一無雑性に徹底して日本人化すれば徴兵制は可能だと主張した。彼は「皇国臣民」という造語を作って教育再編を強行し、朝鮮教育令改正(38年3月)・皇国臣民の誓詞(38年10月)・教師再教育の教学研修所設置(39年4月)等を次々と展開し、朝鮮民衆の民族的人間性を根底から剥奪していった。
植民地教育政策を担う学務官僚が、志願兵=徴兵制度創設に決定的な役割を果たしたのである。戦後60年を経て教育官僚の皇国臣民思想と手法は現代に甦ってはいないだろうか。(2005/4/1
9:09)
◆エスペラントのユニバーサリズム
エスペラントは1887年にポーランドの眼科医・ザメンホフが開発した国際人工語である。エスペラントは”希望する者”という意味で、国際共通語によって民族的な対立を克服しようという「人類人主義」を理念としている。日本では1906年にエスペラント協会が設立され(19年にエスペラント学会に改称)、大正デモクラシー運動の高揚の中で学生・知識人中心に急速に浸透し、23年には会員数2440人に達した。おそらく白樺派的な人道主義と国際主義が結びつく魅力があったのであろう。
第1次大戦からの世界的な反戦・ソーシャリズムの展開の中で、エスペラント運動内部に、労働運動と連携した反戦に向かう実践的なグループと、言語運動に限定するグループの分化が生まれてくる。当時の政府治安機関は、反戦グループを治安維持法で抑圧し、言語主義グループには戦時協力を強制し37年にはエスペラント報国同盟も結成された。反戦グループは、31年1月に作家・村山知義(上落合)のアトリエで「日本プロレタリア・エスペラント同盟(ポエウ)」を結成し(参加者約30名)、秋田雨雀を委員長に「エスペラントで外国の兄弟と手を握れ」などの標語を決め、32年にコップ(日本プロレタリア文化連盟)に加盟し、機関誌『カマラード』(最盛時2500部)を発刊してエスペラント反戦運動を展開した。31年の柳条湖事件以降に反戦運動に対する大弾圧が開始され、34年秋にポエウは壊滅、特高警察の拷問によって宝木寛・佐藤時郎・中塚吉次・斎藤秀一等が釈放後に死亡した。その他、台湾で「飢えたるロシアを救え」という宣伝をおこなって23歳で命を落とした山口小夜、佐々城松栄とクララ会、学生エスペラント組織「アクボメローメ」、『種播く人』(第2次)の佐々木孝丸、中国から日本兵向け反戦放送をした長谷川テル(1912ー47)などがいる。エスペラントの理念が文化運動を捉えていたことは、コップやナップ(全日本無産者芸術団体協議会)がエスペラント語の頭文字を組み合わせた略称であったことが示している。
現代のエスペラント運動がどのような内容で展開されているのかはよく分からない。エスペラントは言語運動によって民族と国境を越えようという極めて理念的な特徴があるが、そこに流れているある種の人道的理想主義は現代においても脈々と継承されているに違いない。
(2005/3/31 8:16)
◆嘆きの占領地ーイスラエル兵士の告白
占領地での任務の回数と頭のイカレ具合は、明らかに関係がある。占領地の任務が半年ならばそいつはまだ初心者だ。何の面白みもない警護の仕事に回される。そこで苦々しい怒りをじょじょに増幅させるんだ。よく感覚がマヒすると云われるけど、俺はそうは思わない。反対に酒に酔ったみたいなハイな気分になるんだ。占領地の任務はマヒでなく、高揚させる。ただしネガテイブな方向へ。いつも疲れて腹が減り、死ぬのを恐れながらも、テロリストを探している。眠るときもそうだ。だからよく眠れない。ヘブロンでは一度も熟視できなかった。俺はまるで猛獣だった。いつも他の動物を狙おうとしていたんだ。
6歳ぐらいのユダヤ人の子どもが、検問所で立っている俺の横を通り過ぎるとき「兵隊さん、怒らないでね。これからアラブ人を殺しに行くけど、僕を止めないでね」と云った。おれはどう考えたらいいかはっきり言って分からなかった。その子は「まず食料品店へ棒アイスを買いに行くよ」と続け、「それからアラブ人を殺しに行くんだ」・・・・俺は何も言えなかったよ。完全にポカンとしていた。普通そんな時は、誰しも教え諭そうとするだろう。でも俺はできなかった。何の言葉も見つからなかった。
ヘブロンでのこと。50歳か60歳代の男が、数人の女性と小さな子どもを連れてやってきた。「外出禁止中だ。家へ帰れ」と止め、押し問答が始まった。彼はひるまず強かった。おれはその熱意で通してやってもいいという気持になった。言い合いは続いた。やがて将校が切れた。俺はスーツ姿で被り物を被った威厳のあるこの男の側にいたが、なにか始まるのではないかと恐くなって、とっさに銃を引き寄せて身を守った。それほど雰囲気は緊迫していたんだ。彼がぐっと胸を反らせてこぶしを握りしめたので、俺は銃の安全装置を外した。が、目に飛び込んできたのは彼のこぼれ落ちる涙だった。彼はアラビア語で何か云い、くるりと後ろを向いて去っていった。彼の一族もこれに続いた。なんでこの出来事が今でも記憶に焼き付いているのか分からない。でも、彼に高貴さを感じ、自分自身を地球上のクズだと感じたんだ。ここで俺は何をしているんだろうと。以上・『DAYS
JAPAN』4月号所収特集「占領地のユダヤ人」より。
正義なき占領地で軍務に従事する一兵卒のかすかな良心の疼きが伝わってくる。兵士はこうした葛藤の果てに敵をいたぶる歓びを味わうようになり、遂におは帰還してもそのトラウマに襲われるPTSD症状を呈する。歴史の上で正義なき軍隊の命令に従った兵士の共通した現象だ。こうしたリアルな真実を味わい尽くしたはずの人類は、その記憶をとどめることに失敗し、愚かな軍事力のマシンとなって同じ行為を繰り返している。戦場に兵士を送りだす家族は、この恐るべき真実から目を遠ざけ称賛のうちに息子を死地に送る誤謬を犯している。あの語るべき言葉を持たないホロコーストの悲劇を一心に浴びたユダヤ人が、いま同じ行為を占領地でおこなっている。涙を出して笑い転げるような究極の喜劇ではないか。しばし待て、その国を恥じらいもなく援助して憚らない国が東アジアにある。非情の援助をおこない、なおかつ大義なき占領に浮き浮きと馳せ参じている国が東アジアにある。この国は、天を仰いで一点の恥じなき非戦のふるまいに生きようという決意をいままさに捨てなんとしつつある。この国が60数年前に全身血にまみれながら、2000万人の隣人を殺害し、自ら300万人の死者を生贄に捧げた記憶はどこへ飛んでしまったのか。
ARABS TO THE GAS CHAMBERS(アラブ人をガス室に送れ)!と殴り書きされた壁の側で、ユダヤ人入植者の子どもがパレスチナ人の女性を足蹴にし、女性のヴェールを掴んで剥がそうとしている。この写真はファナテイックな狂気に突き落とされている現代の抑圧の問題を象徴している。パレスチナ人を足蹴にし、ヴェールを剥がしている手の先を支援しているのは東アジアの私の属する国である。(2005/3/23
19:24)
◆シモーヌ・ヴエイユ『自由と社会的抑圧』(岩波文庫)
いままで独特のイメージを放って興味を抱いていたが読んだことのなかったヴエイユの文庫版が出たので手にした。彼女は1909年に生まれ、43年に亡くなったフランスの孤高の女性思想家と言えようか。左翼から最後にはキリスト教神秘主義に向かうという独特の歩みを遂げている。33年には、亡命のトロツキーを自宅に泊めロシア社会主義をめぐる大論争をおこなっている。パリ高等師範学校卒業後に肉体労働に従事する傍ら思索を営むというーそのスタイルに私を惹きつける魅力がある。この書は、初期の代表作であり、マルクス主義とファッシズムを並べて批判しながら、自由な社会の在り方を根元的なスタイルで探求している。
なにか必死のけなげさが、鋭い直感的考察の背後に漂っていて、思想家が「考える」という姿を味わうことができる。なにか追い詰められたような真摯さと、ペシミズムがあるのも後期の彼女をすでにうかがわせる。この著述には、一切他の思想家の文章の引用がなく、自分の頭脳の展開だけを記している。他者の文章によって思索する私の日頃の惰性的習慣に一撃を加えられた。
彼女は思考を人間の至高の条件とみなし、それを犯すいかなる社会システムも容赦なく批判する。そして現代では、システム化された社会的メカニズムと、機械化された技術によって人間はその本質を喪っているとする。それは実存主義のテーゼとよく似ているが、その決定的な違いは協同的労働による友愛と決断的理性による新たな自由の構想にある。サルトルとも異なる独自の実存思想があるように思う。しかしこうした輝くような思考を展開できる個人の歴史的な条件はどうして可能なのかーはどうも分からない。最後は自覚した個の決断主義的決定に委ねられているように思う。
このような労働しつつ思索するという思想家の在り方は、アメリカの沖仲仕の哲学者といわれるエリック・ホッファー(主著『波止場日記』)とよく似ているが、ホッファーの場合は諦観的な静かな思索という感じがある。ひょっとしたら晩期のヴエイユも同じような傾向を示したのだろうか。私は、この書を通じて「考える」という行為の自律した美しさを味わった。それは彼女の国の先達であるパスカルに通じるだろうか。この書が1934年という、ヒトラーが政権を握り、スターリンが全権を把握し、スペイン内戦が迫りつつあるという激動期の渦中で書かれていることも驚きだ。(2005/3/23
19:48)
◆いのちを弄ぶ米国の無残
米国・フロリダ州在住のテリー・シャボさん(41)は、90年に心臓発作を起こし、一時的な血流停止に伴う酸欠で脳が傷ついた。目を開けて自発呼吸はあるが、明確な意思表示はなく、栄養と水分を管で補給されて延命している。夫のマイケルさんは、「妻は延命治療を求めていなかった」として栄養補給菅の取り外しによる尊厳死を求めた。しかしテリーさんの意志を示す文書はなく、テリーさんの両親は「栄養補給の停止は殺人だ。彼は娘の財産を相続したいだけだ」として7年間の裁判が続いた。フロリダ州裁判所は、2月の判決で3月18日に栄養補給の停止を認め、この判決に従って彼女の栄養補給菅は18日に外された。
米国共和党は「彼女には生きる憲法上の権利がある」として、フロリダ州判決の再検討を連邦裁判所に求める緊急法案を提出し、議会は週末返上の議論を経て、20日夜に上院が全会一致、下院も21日未明に203:58で可決した。大統領は、3権分立の司法判断に議会がはじめて介入するこの法案に、「重大な疑問がある場合、社会や法律、裁判所は人命を最優先すべきだ」として署名した。女性は18日の栄養補給停止により2週間以内に死亡するとみられているが、連邦裁判所は栄養補給の再開を命じる可能性が高い。
全世界で人間の生命を木の葉のように蹂躙している米国は、自国民の生命への関心は異常に強く、その落差は驚くばかりだ。大量破壊兵器のない国を総攻撃して、劣化ウラン弾を投下する残虐行為を恥じない国は自国内でも生命を弄んで恥じない。テリー・シャボさんは、植物状態で自分の命を国家によって弄ばれている。かってのユダヤ人虐殺をおこなったナチス将校には異常な清潔潔癖症が多かったという事実を想起させる。背後に台頭する宗教右派を中心とする米国保守主義の潮流がある。しかしここでは、尊厳死問題に限定して考えてみよう。
尊厳死は、患者の自己決定により無意味な延命治療を打ちきり、人間的尊厳を保って自然死を選ぶことをいう。延命治療技術の発達は、生命の単純な延命から生命の質(QOL=クオリテイ・オブ・ライフ)による非人間的な治療の継続を自ら拒否することを認める方向へ向かっている。カリフォルニア州「自然死法」は、事前のリビング・ウイル(生者の遺言)を作成し、昏睡状態での延命治療の中止を医師に命令することを認め、全米各州がこれに追随した。本人の意思表示が不可欠の条件であり、本人意志が不明のまま医師がおこなう慈悲死(mercy
killing)は犯罪である。
彼女の場合は、日本の消極的安楽死(人工呼吸や薬物投与による治療行為の中止)で、本人の意志又は家族の意思表示による推定的意見があれば可能とされている場合にあたる(1995年横浜地裁・東海大安楽死事件判決)。おそらくフロリダ州判決は、両親の意志よりも夫の意思表示を尊重して治療を放棄したのであろう。家族ないし親族の意志が違っている場合に夫の意志を優先する判断は正しいかという問題がある。これは尊厳死をめぐる自己決定権という生命倫理の問題だ。
ところが今回は、米国の州自治権と3権分立の制度問題がからんでいる。フロリダ州の司法権は侵害され、連邦裁も立法・行政から強制的な介入を受けたのである。生命倫理問題が権力分立の基本を揺るがしたと云うところに問題の複雑さがある。現時点で私は、生命倫理をめぐる米国内の基準が大きくゆらぎ、生命の最終決定を州自治権にゆだねる米国憲法上の矛盾をさらけ出していると思う。根底にあるキリスト教原理主義を中心とする米国宗教右派による生命の政治問題化とはハッキリと訣別する真摯な議論が求められる。(2005/3/22
9:44)
追記:尊厳死の妥当性を連邦最高裁が再検討することを可能にする新法が21日に成立して、テリーさんの両親は栄養補給の再開を連邦地裁に求めたが、22日に却下され両親はすぐに控訴した。23日に連邦高裁は「栄養補給の再開がテイr−さんの利益になることを証明できない」として両親の控訴を判事2:1で棄却し、両親は12人の判事全員による再審査を求めたが。10:2で却下した。テリー・ブッシュフロリダ州知事は、「脳神経の専門医が治療記録を検討した結果、植物状態ではなく最小限の意識しかない状態であり、彼女の植物状態は誤診だった可能性がある。栄養補給を止めることは虐待に当たる」として州児童家庭局による身柄保護をおこなうという強硬手段を執ると発表した。いよいよ政治と宗教原理主義が司法判断を超えて、1人の人間の生命を弄び始めた。(2005/3/24
19:09)
◆モテ系ファッションの若い女性に
モテ系といわれるファッションやメイクが女性雑誌に満載され、世はモテ・ブームが蔓延しているかのようだ。街にはエビちゃん系のコートを纏った若い女性が歩いている。このモテ・ブームの背後にあるものは何であり、日本のファッション史上にどのような意味を持っているのであろうか。
モテとは、主として男にもてる、男が喜びそうな衣装をすること、自分のオシャレで男を喜ばせるという女性の願望が含意されているとしたら、女性のファッション感覚がある種の後退過程にあることを示している。言い換えると、女性の自己表現と自己主張のツールとしてのファッションではなく、異性のために纏う他者指向型ファッションへの退行現象とも云える。<自分が着たい>のではなく、異性のために着ると云うことは、現在の若い女性に「自分が着たい」という意識すらが衰弱した主体の喪失を意味しているのであろうか。しかも男性一般にモテる服を着ると云うことは、<あの人の喜ぶ>という特定の理想化された男性像を喪失し、男性一般に適応して放浪している姿を意味しているのであろうか。女性雑誌の『Can
Cam』や『ViVi』をめくると、そこにはモテる技術が満載され、ひと言で言うと本当の自分ではなく装った自分でいかに男性を惹きつけるかというアドバイスが書き連ねられている。私の周囲にいる女性は、結構自己主張が強く男に媚びへつらうといった雰囲気はなく、こちらがタジタジするほどだ。世はジェンダー・フェミニズムによる女性参加が一気に進んでいるにもかかわらず、若い女性のファッション感覚が一見して逆の「退行」現象を示しているのはなぜだろうか。
もともとファッションは、1次的な身体の表面を装飾して、2次的な自己を創りだす表現であり、<こうありたい自己>の方へ<現実の自己>を接近させる有力なツールであったし今もそうである。<こうありたい自己>のイメージは時代とともに変容し、男性支配社会では男性優位の「男が喜ぶ女」を精一杯に演じ、じょじょに女性が1人の人間としての個性を表示する内容へと変わってきた。時には、男性支配に反発して男装したり、一切の化粧を拒否したりするアウトサイダー・ファッションも出現したが、現在のモテ系はかっての男性支配型ファッションへの回帰を意味しているのであろうか。例えば、『オズマガジン』の恋愛相談コーナーでは、彼氏の浮気に悩む女性に対し、「浮気心を理解すれば見えてくるハッピーな恋愛」としておおらかに認めてやりなさいーというアドバイスがある。男の私には、いかにもおいしい話だが、そんな男はアッサリ捨てていく矜持ある女性の方にむしろ私は魅力を感じる。
こうした男性優位型社会への退行現象の背後には、現在の若者が置かれた生活条件の変動とそこから生まれている女性と男性自身の意識変化があるように思われる。いま若い男女はフルタイムの正規就業への道は険しく、特に女性の半数は非正規の不安定就業であり、1人の人間として正規に社会に参加していく入口はますます狭まっている。男性の就業環境も厳しく競争的人事考課で追い詰められている。かって女性は職場の華として、事務系OLがはなばなしく活動しアフターファイブを満喫するファッション・リーダーであったが、今や黒系のビジネス・ファッションに身を固めて、少なくなった男性正規社員の目を引こうとしてもその成功確率は少ない。若い正規男性社員も、深夜残業に明け暮れてアフターファイブを楽しむなんて云うことはとんでもないことだ。
こうした状況の中で、若い女性が自分の存在のアピールをどこに求めるようになったのかを分析する必要がある。80年代までは、仕事がダメなら条件の良い男性と結婚して専業主婦になるというコースがあったが、男性正規社員自体が極小化していく中でそれはかなり難しい。すると残された道は、自分のセクシュアリテイーの固有価値を上昇させて評価を受けるということになる。いまモテ系ファッションにエネルギーを費やしている女性は、特定男性との共同を実現しているというよりも、男性一般を対象に一生懸命に自分の社会的意味をアピールしているのではなかろうか。ここには自分の存在意義の社会的承認を求める激しく自然な感情があるが、その手がかりをセクシュアリテイーに求めるという哀しい選択でもある。少なくとも若い女性のモテ系ファッションの奥には、自分の価値を実現しようとする真摯なこころが伏在していることは間違いない。問題はそれが豊かな男女関係への可能性を秘めているかどうかだ。
最も問題なのは、モテ系ファッションを男性への媚びへつらいと受け取る若い男性が優越感を味わい、男性優位社会への退行の道を無自覚に進んでいくことだ。せっかく築かれつつあるオープンで水平的な男女関係の揺りもどしが起きる可能性がある。一方では、モテ系のような商業主義的戦略に嫌悪を覚えて、「モテなんて気にしない」という女性たちが交流圏から排除され孤立していくことも想像される。もしそうならばこのモテ系ファッションの未来は暗い。いよいよ結論にたどり着いた。それはごく簡単なことだ。現在の競争的社会システムを修正し、若い男女がフラットな関係性を持てるような水平型社会システムに切り替えることだ。特に非正規就業形態と使い捨て労働市場を廃棄して、若者たちが生き生きと仕事をして自己実現をめざし、アフターファイブを満喫できるようなモデルへと切り替える中で、モテ系ファッションの退行性も克服されるだろう。女性のセクシュアリテイーが、女性自身が一個の人間として主体的に生きようとして精一杯努力している生活の中から輝いてくるという本来の女性ファッション美が創造されていくだろう。そうしたなかからこそ、男女の自己実現をはげます相互支援的な温かい水平関係が生まれてくるだろう。(2005/3/21
9:02)
◆内閣府「少年非行に関する世論調査」(3月19日発表 05年1月実施 20歳以上男女3千人対象 有効回答数2047人(68,2%)
内閣府が発表した少年非行に関する世論調査の結果は次のようになっている(括弧内は01年調査との比較)。
○見知らぬ少年が喫煙していたり、深夜に公園などに集まっているのを見た場合どうしますか
注意する 11,5%(ー4,8%)
注意したいが見て見ぬふりをする 54,0%(+4,2%)
注意するほどではないので放っておく 11,0%(ー4,7%)
警察官に連絡する 14,2%(+9,3%)
学校に連絡する 4,0%(ー3,0%)
○見て見ぬふりをする理由は何ですか
暴力を振るわれる恐れがある 78,8%
注意しても聞き入れないと思う 14,3%
○少年による重大な事件が増えていると思うか
かなり増えている 66,1%(+7,2%)
ある程度増えている 27,0%
○少年非行に結びつく環境は何か
コンビニやカラオケの深夜営業 50,6%
インターネットによる情報入手 50,1%(+32%)
この10年間の社会意識の変容がうかがわれる。まず少年非行を直接注意するような関係が衰弱し、警察官に通告する率が増えている。地域のネイバーフッドが衰弱し、警察の介入への拒否感が薄くなっている。少年法の更生主義から厳罰主義への転換とも連動している意識がある。少年非行の要因では、この10年間のコンビニと情報化の進展を反映しているし、この事実認識は正しいが、コンビニやカラオケと連動して進む地域社会の崩壊や学校の問題を把握している層は少ない。
しかし問題は、04年度刑法犯少年検挙数は前年比7%減の13万5千人と減少し、凶悪犯・粗暴犯も減少しているにもかかわらず、ほとんどの人が少年重大犯罪の増加を指摘していることである。もし警察の捜査能力が衰弱し、発生率に対する検挙率の低下を招いているのであれば、この回答率はかなり意味があるが、おそらくそうではないだろう。警察活動の主力が政治的治安活動に傾斜している中で、検挙率自体が著しく低下しているなかで、発生率の上昇を答えているのは、地下鉄サリンと9.11以降の反テロ治安政策の浸透がうかがわれる。「深夜に少年のグループが公園などに集まる」こと自体を一律に非行とみなす(正確には虞犯性のある深夜徘徊とみなす)設問自体に、恐るべき治安思想が顔を出している。
最も恐れることは、こうした警察主導の少年非行戦略が社会的に定着することによって、少年たちの封殺されたエネルギーが、弱者攻撃やいじめなどの集団内に隠蔽されたより陰惨な形態に向かい、或いは自閉した自傷行為に内向したりすることである。むしろ現象的に表面化しない非行や、盛り場徘徊や援助交際、薬物依存など生きること自体を汚していく行為こそ問題であろう。地域や学校共同体の崩壊による個人化と希望喪失社会をもたらしているシステム要因を阻却して、警察権力による封殺をはじめても何の効果もない。非行の反対語は、希望なのだ。(2005/3/20
8:32)
◆いま世界で最も観客が殺到する画家は誰かーN・エニック『ゴッホはなぜゴッホになったか』(藤原書店)
いまゴッホの回顧展は、膨大な数の観客が殺到し、ゴッホ終焉の地では聖遺物崇拝に近い感情が湧き起こっているのはなぜか? 日本でも絵画展の最高入場者記録はゴッホ展である。エニックは、フランス国立科学研究センターの芸術社会学者であり、ブルヂューの批判社会学の方法を駆使して、西欧における芸術がどのような社会的・制度的条件で存在し、受容されたかという視点からゴッホ神話を全面的に分析する。生前無名で死没後に批評家に認められ、その後にはゴッホ自身の生涯が無視された聖人としての伝説に変化し、聖なる犠牲者・偉大なる単独舎として讃美の対象になる。ゴッホの聖人化のプロセスは逸脱(迫害)→刷新→再評価→崇拝と巡礼と変容する聖人伝説の黄金伝説パターンと同じだという。そのパラダイム転換は、共同体規範の崩壊から個人の独自性宣揚へと向かう近代芸術の転換にあるという。偉大なる犠牲者は、大衆の罪障感を誘発し、芸術が擬似宗教として変容する近代特有の文化現象に他ならない。
ゴッホの狂気を誘発した共犯者として時代が位置づけられ、その贖罪の意識は天文学的な高額の価格で彼の絵を購入し(金銭による償い)、展覧会で作品を目にする行為に参入し(まなざしによる償い)、終焉の地への遺体への行列(身体による)を生み出すことによって贖罪の証しを示すことに熱狂する。なるほど、この聖人化課程は、かっては共同体への自己犠牲を讃美する犠牲者の祈念碑や追悼というかたちでみられたが、現代では時代と個人という関係でも同じ手法が自主的な賛同として行為されている。神を失った西欧人が、新たな神を求めていると云うことなのであろうか。
日本の場合は、最近は金子みすずであろうか。この薄倖の童謡詩人は、ピュアーな癒やしが求められる現代にあってあたかも救済のメッセージを放つ汚れなき女神として受容されつつある。時代の社会的・制度的条件を取り払った上で、芸術家を純粋に評価することはもともと原理的に出来ないことなのだと云うことを問いかけている。では時代を超えた芸術の普遍的な美は果たしてあるのか、いったい美とは人間の認識の世界でどう位置づけるのか? 問はいよいよ深まっていく。 かって学生時代に読んだフィンケルシュタイン『芸術にとっての美とは何か』という唯物論的分析が懐かしく思い出される。(2005/3/199:37)
[旅立ちの日にー若者は祝福されなければならない]
クルマのなかでFMをかけていると、唱歌と童謡がメドレーで流れ、芹洋子の”何時のことだか思い出してごらん あんなことこんなことあったでしょー♪”と澄んだ声が聞こえてきた。最後は少年少女合唱団による”蛍の光”と”仰げば尊し”で締めくくられた。あ〜そうなんだ、今は卒業式シーズンなんだと気がついた。”蛍の光”を聞くと来し方の想い出がよみがえり、ジーンとくる。”仰げば尊し”は日本の近代化の時代を担う立身出世主義の歌詞であまり好きではないのですが、でもメロデイを聞いていると別れの実感が胸にあふれてくるのです。思えば明治以降全国の学校でこの2つの歌が歌われ、日本の若者は未来へ旅立っていったのです。ほんとうに卒業にふさわしい名曲中の名曲だと思うのです。
ところが驚いたことに、この2つの歌を上回る卒業式ソングの定番があるんですね。元中学校長の小嶋登さん(74)が定年を前に作詞して、同じ中学の音楽教師である坂本浩美さんが作曲した”旅立ちの日に”という歌だそうです。初めて歌ったのは1991年の春に秩父市立影森中学だそうですが、いまや日本全国で卒業式の歌としてトップに立っているそうです。小嶋さんは、夢や希望、憧れを歌った若山牧水をもとにたった一晩で完成したそうですが、この歌の背後には教育基本法の理念を踏まえた音楽による人間の再生という願いが込められていると云います。ぜひ聞いてみたいと思うのですが、とりあえず歌詞だけ紹介しておきましょう。私は今のアレコレ云われる若者たちの琴線に触れる素朴でストレートな人間讃歌があるような気がします。
1,白い光の中に 山なみは萌えて
遙かな空の果てまでも 君は飛び立つ
限りなく青い空に 心ふるわせ 自由を駆ける鳥よ
振り返ることもせず 勇気を翼に込めて希望の風に乗り
この広いに夢を託して
2,懐かしい友の声 ふとよみがえる
いみないいさかいに 泣いたあの時
心かよったうれしさに 抱き合った日よ
みんな過ぎたけれど
思い出強く抱いて 勇気を翼に込めて希望の風に乗り
この広い大空に夢を託して
いま別れの時 飛びたとう未来を信じて
弾む若い力信じて
このひろい このひろい大空に
74歳にならんとする小嶋さんのヒューマンなまなざしにはウソ偽りがありませんね。こうした歌を心から合唱して卒業していく若者の胸に刻み込まれた想いと日本の未来をわたしは信じることができるのです。それにしても権力が監視する中で強制される君が代を歌った後で、この「旅立ちの日に」をうたうめくるめくような非対称性に愕然となります。ほんとうの式典歌は民衆の中でいつの間にか歌われはじめて定着していくものだとつくづくと思います。(2005/3/17
17:46)
[ラリー・サマーズ(ハーバード大学長)発言にみる米国女性観]
帝国が全世界に誇る民主主義モデルの内実は、遺伝的決定論の致命的な限界に支えられている。ラリー・サマーズ氏は講演で「自然科学研究部門に女性研究者が少ないのは、社会的偏見とともに本来備わった生得的な男女の性差にある」として囂々たる非難を浴びて陳謝した。世界の人権問題告発の先頭に立って制裁を試みている帝国の頂点に立つ知識人の発言として注目したい。
帝国は、国連男女差別撤廃条約・子どもも権利に関する条約・ILO100号条約(同一価値労働についての男女同一報酬)・同156号条約(家族的責任を有する男女労働者の機会と待遇の均等)の批准をすべて拒否している。その理由は、女性に対する差別のみを扱い、いずれかの性を特別に保護するのは合衆国憲法の平等原則に反するという厳格な平等原則にある。帝国では、出産休暇はなく健康状態を理由とする医療休暇扱いで給与保証はない。では人種や少数民族を対象とするアファーマテイブ・アクションはどう位置づけるのかと問いたくもなるが、厳格な形式的平等原則によって実態としてのジェンダーの非対称性が温存されているのが帝国の民主主義の姿だ。サマーズ発言の根底にはこうした平等感があり、さらにはその基底に抜きがたい社会的ダーウイニズムがある。
帝国では、語学・文学分野の博士号取得者の半数以上を女性が占めるが、数学・物理化学は8分の7が男性によって占められている。女性は生得的に自然科学に向かないのであろうか。男女共学教育の内部で事実上の男女別領域が設定され、教授階層の上層から女性は排除され、授業負担が重い低層に女性が採用されている。女性を特定の研究分野に誘導するような社会的・文化的圧力が隠然として存在する。妊娠と出産が決定的な影響を研究者のライフコースにもたらし、女性は究極の所家庭を優先する社会的システムが構築されている。サマーズ発言はこうしたジェンダーの実態に無知であることを率直に披瀝した点で、実は偉大な功績を果たしたと云えるかも知れない。
ただし私がサマーズ氏を弁護するとすれば、しばしば女性自らが女性独自の「直観」とか「感性」に関する比較優位性を語ることにある。だとすれば女性自身のうちに、女性=文系ということを認める言辞を展開していることになる。ここが女性自身の、しかもかなり知的な女性の一部に見られる欠点だ。女性自身も無意識のうちにジェンダー差異を受け容れている面があるとはいえないだろうか。それを逆手にとって声高にラジカル・フェミニズムを唱道する男性敵論に至っては、甘えの裏返しとも云えよう。反転して男性の側にも、フェミニズムに屈服して媚びへつらい称揚する傾向があるのは実は蔑視の裏返しなのだ。大事なことは、性を区別として意識しつつ人間としてイコール・パートナーであるという感覚が成熟しなければ、ジェンダー差異は解消していかないことだ。
英国首相が自分を支持する女性たちから鋭い批判を浴びた。
「あなたは(大量破壊兵器で)45分間で世界は終わりになると言ったが真実ではなかった」
「何千人もの人々が死んだ。どうしてあなたがそこに座っていられるのか分からない」
「誤りを犯したと謙虚に云えるか。そうするなら選挙で再度あなたに投票するでしょう」
英・ITVの視聴者討論番組のスタジオ風景である。NHKでは絶対につくれず放映できないようなシーンだ。英国民主主義の対内的な底力を示している。日本で与党に投票した女性の何人が、こうした率直な批判をするだろうか。すでに英国は、イタリア軍のイラク撤退決定を受けて、英軍撤退の検討に入ったという。自分の支持基盤の女性たちから批判されればもはや明日はないのである。こうした民主主義は、日本にもなくまた米国にもない。ハーバード大学教職員会議は、サマーズ学長の「リーダーシップを信頼しない」とする不信任決議を218:185で可決した。決議に反対した教職員が185人もいるとは、いったいハーバードはどうなっているのか。同決議は解任などの効力はないが、不信任決議が可決されたのは36年の大学創設以来初めてだ(2005/3/17
00:13)
[イスラエルの高校生たちよ あなた方は地の塩である!]
イスラエル全土の高校の最上級生約250人が、パレスチナ占領継続を理由に、兵役を拒否するか、占領地での作戦に参加しないという手紙をシャロン首相に送った。彼らは次のように訴えている。
「兵役を控えているすべての若者と、軍に仕えている人々に対し、自らの身を危険にさらすことや、抑圧と破壊に加わることを再考するよう呼びかける。イスラエルは占領継続と占領地での抑圧に資源を浪費して生きた。多数のイスラエル人がひどい貧困の中で生活している。占領は過去40年間にわたって続いてきたが、何ももたらさなかった。ガザ撤退計画は支持するが、必要なのは占領を完全に終わらせることだ」
呼びかけ人の1人であるテルアビブ在住のアレックス・コーンさん(18)は、「兵役拒否は人間としての義務の一部です。私は占領地に行き、分離壁を見ました。傍観者でいることはできません」と語っている。以上イスラエル各紙14日付けから。*付記:イスラエルは18歳以上の国民に対し、男性は3年、女性は1年9ヶ月の兵役の義務がある。
イスラエルの若者の勇気に敬服する。彼らは徴兵拒否の場合に降りかかる逮捕と入獄、それに続く進学や就職の機会の剥奪を覚悟して敢えて良心の声に従ったのである。彼らをしてそのような行動に追いこむイスラエル政府の非道な政策こそ犯罪であり、彼らを罪に問うてはならない。私ははるか東アジアから彼らに最大の敬意を込めた挨拶を贈る。
同じ13日にイスラエル政府は、東エルサレム東方数キロのマアレ・アドミム入植地の併合を決め、ベツレヘムを分割する分離壁の建設ルートを決定した。この入植地には約3万人のユダヤ人が居住しているが、ここに住むパレスチナ人は永久に追放されることになる。全長700kmに及ぶ分離壁の完成によって、ヨルダン川西岸の入植地の約80%ががイスラエル領土に編入される。さらに02年3月以前に建てられた違法入植地80カ所の撤去については無視する決定をおこなった。こうして暴力によってパレスチナ人の土地と財産が奪われようとしている。イスラエル高校生は、どのようなリスクを負うてもこのような犯罪行為への加担を拒否したのである。
日本の高校生たちよ、想像力を少し働かせてはるかイスラエルの高校生たちの選択について考えようではないか。彼らの決断とは違う質の決断を日本の高校生も迫られているのではないか。しかし私には少し気がかりな点もある。次は日本青少年研究所が日・米・中の高校生3649人を対象に04年9−12月に実施した生活比較調査だ。日本は公私立11校1320人が参加している。
▽学校以外で平日何時間勉強するか(一番多い回答)
米国30分ぐらい(24,6%) 中国2時間ぐらい(19,1%) 日本ほとんどしない(45,0%)
ほとんどしないは米国15,4% 中国8,1%
▽友人とほぼ毎日電話やメールをする
米国30,6% 中国6,3% 日本52,0%
▽就寝時間は何時か
午後10時〜11時 米国・中国ともに約40%
午前零時以降 日本約60% 米・中は約10%
▽無断外泊は絶対にしてはならない
YES 米国43,5% 中国64,5% 日本23,5%
要するに平均的な日本高校生は、無断外泊して深夜過ぎまで電話やメールをしながら毎日を過ごしていることになる。わずか1300人程度で全体を測れるわけではないが、もし全体の傾向がそうだとすれば、私は少し悲しくなる。そこにはガキのようにじゃれ合っている薄っぺらい青春が写し出されているではないか。なにかに本気で打ち込んでいればそうした生活はないはずだ。でも私は、日本の若者を信じたい。洪水のような情報の中でいまは流されている面があるとしても、すこし回り道をしているだけだ。何は置いても、大人たちが未来を担うことはできないことは分かっている。どんな未来かは若者たちが決めるのだ。私が忠告したいのは、イスラエルの高校生たちが兵役に直面して悩んでいる同じことが、日本にも確実に迫りつつあると云うことだ。いま大人たちの一部がそのような未来をつくろうとしている。日本の高校生たちがそれを黙って見過ごすはずはないと私は確信している。(2005/3/16
21:00)
[現代のスピルチュアリテイー:希望喪失社会は人々をどこへいざなうのか]
写真には、両手を掲げてなにか瞑想しているような若い女性の一団のサークルが写っている。ダンスをしながら身体と精神のつながりを探る癒やしのセッションだ。2月20日に東京は浜松町・産業貿易センターのフロアー一杯にブースを並べたスピルチャル・コンベンションの風景だ。霊視、タロット、瞑想、気功、、ヨガ、整体・・・・さまざまの癒やしやセラピーの手法を駆使する見本市だ。アロママッサージ700円、占星術20分3千円、癒し絵1枚6千円・・・意外と安いではないか。1日入場者約2千人の大半は20〜40歳代の女性だ。主催者はインターネット・プロバイダーの経営者で、このスピルチャル・コンベンションをほぼ隔月で全国を巡回する。
オウムで精神世界の取り組みは打撃を受けた。でも心の安らぎを求める人は多い。脅かさない・加入を強制しないという条件でブースへの出店を認める。仕事先が倒産してお金もなくビジョンが描けない女性(35歳)は、自分を認め見つめ直せーと云われて参考になったという。パワーストーンを手にして、何か安心感が生まれるとも云う。
スピルチュアリテイーとは、霊性とか精神性と訳され、伝統的宗教の衰弱に比例して参加者を伸ばしている。宗教団体への所属率は10%、信仰を持つ人の比率は30%前後で推移している日本で、帰属なき人の個人を尊重するスピルチュアリテイーの伸長は著しい。伝統仏教の僧侶の間にもクロスオーバーの動きがある。横浜市緑区の3DKマンションの一室にある「准正寺」は6畳の居間と5畳のダイニングが本堂に、仏壇と神棚とマリア像が並んで設けられている。住職は臨済・真言の修業を積んで独立した。3月5日にあった瞑想会では、20〜40歳代の8人の女性が集まり、せせらぎの音と鳥のさえずりが流れ、やわらかい香りが漂うなかで、光のトンネルをイメージし、幼い日に戻ったりの瞑想を約40分おこなう。住職は6次元の旅と云うが、参加者は口々に気持ちよかったと言う。
インターネットとグローバリズムの中で極楽往生を説く伝統宗教がリアリテイーを失い、何が宗教かというモデルが崩壊した(井上順孝氏)。匿名性のネットによってスピリチュアリテイーの世界は爆発的に増大しているが、精神世界を対象とするビジネスが蔓延しリスクも増大している。アイデンテイテイーが拡散し脆弱な自我が、自分の負の部分に耐えられず他者攻撃に向かう「呪い」サイトも激増し90万件がヒットする。争・老・病・死という古典的な宗教への誘導要因が変容し、セキュリテイーが崩壊した不安社会の中で「自分探し」の偽影がひたひたと忍び寄っている。オウムを生んだ時代状況は一段と深化している。以上朝日新聞3月15日付け夕刊参照。(2005/3/15
17:32)
白い装束の男女が轟音とともに流れ落ちる水温3度の滝に打たれて一心に般若心経を唱えている。。時間は約2分ほど。大阪府泉佐野市にある真言宗犬鳴派大本山七宝瀧寺が初心者向けに開催する一日修験道体験だ。春から秋に毎月一回開き、全国から20数人が集まる。小学生から70歳まで幅広いが、20〜30歳代の女性が多く、90年代半ばから増えている。フリーターの38歳の男性は「時間に追われる現代人は、心を失い、多くの悩みを抱えている。私も人生を変えるきっかけにしたい」と言う。オウムのようにしつこい勧誘や脅かしもなく、会社のように集団や束縛を押しつけることもない。東京港区の曹洞宗・青松寺は、「獅子吠サンガ」と称する座禅会や講演会を開く。中高年から茶髪・ピアスの若者が訪れる。リストラされた50歳代の男性が「和尚さんの前でしか泣けない」とボロボロと涙をこぼしている。こうした参加者に共通する思いは、「精神的に強くなりたい」「自分を高めたい」としてなにか生々しい修業に触れて身体でホンモノを実感しようとしているかに見える。
いま新たな仏教ブームと言われて、五木寛之・瀬戸内寂聴・梅原猛などの仏教本がベストセラーになり、さまざまの体験会に参加する人が増えている。多分そうした現象はあるだろう。宗教学者はいろんな解釈を施している。高度成長期に経済成長の豊かさを追求することが支えとなって個別に生きる意味を問うことがなかったが、大不況下に入って虚しさや生きる意味の喪失が広がっている。伝統仏教の布教力が衰弱し、システム化された強制感のある既成の信仰スタイルとは違う新たな信心が求められ始めた。自分を保証してくれた既成秩序が崩壊し人々は途方に暮れているーこういった解釈が一般的に流布されている。
私はこう考える。参加者の特徴を見ると、女性とリストラされた男性やフリーターが多い。彼らは自分がうまくいかないことの原因を誠実に自分自身の弱さに求め、精神的に自分を変えることによってむなしい心境を脱却しようとしている。しかしそこには全てを捨ててオウム真理教のような厳しい修行の階段を上って、神秘体験を悟りとして手に入れようとするほどの打ち込みはない。つまり彼らは、オーダーメイドの修業を通じて一定の宗教体験を経て、また現実世界に立ち戻っていこうというパターンがある。関心は、あくまで自分自身の「むなしさ」や精神的な弱さであり、リストラやフリーターが制度的につくられている現実そのものを問題にすることはない。そこには誠実に自己に向かおうとするピュアーな心情はあるが、自己閉塞的な世界でとどまっており、他者や外界や制度に切り込もうとする方向での探求はない。宗教者の側も、顧客志向と顧客満足型のフレクシブルな修業形態を提供し、決して飢えからの支持や強制で心理操作を強制することはしない。洗練されたソフトな形態であるが、本質的には争・老・病・死の古典的な宗教スタイルと同じである。率直にいって私は、このような求道の方向では、本人もこの世全体も変わることはなく、変えることもできないと思う。リアルな現実を離れて、幻想の純粋空間に参入して、一時的な解脱感を手に入れても、帰っていく世界は前の姿のままである。
大事なことは、参加する側も布教する側も、現代の意識にフィットするような方法と形態を採用していることであり、そこに現代の本質的な特徴が表れていることである。賛否はおいてこの点を深く分析しなければならないと思う。以上・朝日新聞3月16日付け夕刊参照。/3/16
21:55)
現代のスピルチャリテイーの経験の質は、原始宗教以来の現実離脱の多様な形態と本質的に変わっているわけではない。リアル世界と隔絶した空間に自らを於いて、非日常的な特殊な刺激を連続して神経活動に加え、感覚反応に質的な変容を誘発させることによってリアル世界を超えた異世界をみる(という幻想)ことにある。こうした非日常的な感覚刺激は、そのレベルの強度を次々と高めていくことによって感覚変容を深化させていくことになる。100度に近い温熱修業やカルマ落としで手の甲を焼いたり、睡眠を遮断して麻薬を使ったりする強度の高い修業に至った末に、遂には国家による死の迫害の恐怖を扇動して、究極の修業としてサリンによる無差別攻撃で国家転覆をめざしたオウム真理教が典型的である。マインドコントロールでありながら、信徒は自らの意志でそのような行為を選択しているという擬似自発性の確信があるから、リアル世界からの離脱はますます進行し、内部閉塞が深化していく悪循環の精神構造となる。オウム脱会者が自己喪失感に苦しみ、容易にリアル世界に回帰できない理由はここにある。現代はリアル世界の自己閉塞感が深まって、たとえ脱会者が回帰してきたとしても受容する余地は少なく、オウムはアレフと改称して今でも占いによる勧誘活動を行い、死の恐怖を煽って外界情報を遮断しグルへの帰依を推進している。
一方現実世界の方はどうか。警察庁は信教と内面の自由の原則を次々と超えていく捜査手法に転換し、03年の白ずくめ集団「パナウエーブ研究所」のメンバーを逮捕し、明覺寺や法の華三法教など次々と宗教法人の摘発を推進していくことと並行し、街路に監視カメラを設置して市民の行動の監視活動を始めている。東京・中野駅北口一番街商店街の200mの路地にあるスナックや居酒屋の街灯には、7台の監視カメラがセットされて静かに人並みを捕らえ、警察の要請に応えて映像が提供されている。地下鉄サリン事件当時は1カ所であった都内の監視カメラは、現在54カ所にふくれあがった。市民参加型という密告を奨励する生活安全条例という名の5人組制度が各地で着々と規定されている。警察公権力が主導して住民が監視役になり、個人情報が住民によって警察に集中する警察国家が構築されつつある。警察庁は6月から、違法駐車の監視活動を市民に委託し、摘発権を市民に与えるという。現代のスピルチャリテイーに参加する人たちのピュアーな心情に無限の共感を寄せるが、恐るべき人格破壊の果てに犯罪集団に転落する危険があり、それはリアル世界のコミュニケーション合理性を根底から破壊する相互監視・不信社会をもたらす危険性があるとすれば、体験至上主義の宗教ビジネスを冷厳にみる理性の復権に今一度渾身の努力を傾けて欲しいと願わざるを得ない。リアル世界の協働を再建する可能性に目を閉じて欲しくない。少なくとも草の根のファッシズムに加担する頽廃は回避していただきたい。以上・朝日新聞3月17日付け朝刊参照。(2005/3/17
10/12)
葬儀形態の革命的な変化が起こっている。遺体を火葬する以外の一切の儀式をしない「直葬」が激増し、04年は40%を占めた。病院からの遺体を自宅でも葬儀場でもない所で火葬まで預かるサービスも拡大している。このサービスを請け負う霊柩車会社は、遺体保管の冷蔵庫が置ける土地さえあればいくらでも増やしたいという。新しい葬儀スタイルの背景には何があるのだろうか。
たった2〜3日で300万円以上する葬儀料について、僧侶も葬儀社もいっさい説明責任を果たしていない葬儀ビジネスのモラル・ハザードもあるが、根底には死生観の個人化がある。核家族の進展と地域共同体の崩壊や企業の家族主義経営の焼失によって、葬儀を担う共同性の契機が喪失し、死者への処遇は個人化していった。葬送の伝統的民俗はその基盤を喪失したのだ。死者への追悼と遺族の痛みを引き受ける共同主体がなくなってしまって、ビジネス化した既成宗教への不信感もひろがっている。、
死が個人化し救いを求める宗教も形骸化しているなかで、人々はどこへ向かうのか。葬送の姿が変容しても残された遺族の悲しみを掬いとる場がなければならない。NPO法人「生と死を考える会」(東京・信濃町)は大切な人を喪った悲しみを抱えた人が集い語り合う。自分のつらさを分かってくれる相手を探していけば、このような小集団かネットのやりとりになる。阪神淡路大震災の犠牲者を追悼するモニュメント230カ所以上のほとんどは住民の自発的な意志で設置されている。それらをめぐるウオークが年々盛んになり、現代の巡礼とも云える新しいつながりが育っている。死者への追慕の念やいのちへの素朴な想いという人間の原初的心性は、伝統的な共同体の崩壊の後に、個人が自分の頭で考えて」創りだしていく新たな宗教的心性を生み出している。
朝日新聞は1970年代に第3の宗教ブームといわれる新・新宗教ブームを取材する大特集を組んだ。今回の特集はわずか3回だが30年前と較べて大きな違いがあるし、朝日記者の分析水準の衰弱を感じるが、70年代の特徴は、共同体の崩壊が温かい手触りの漂う小集団主義に向かったが、21世紀の初頭は個人化を前提にしたネットワークに向かっている。私はこの個人化というタームを疑う。そこにはほんとうに自立した個の死生観があるのだろうか。個人化ではなく原子化といった方がより実態に近いのではないか。自立した個は、水平的な対等のネットワークによる死者への追悼や癒やしを組織するだろうが、事態はもっと深刻で他死に対する無関心が生まれているのではないか。もっと云えば、死者とその遺体に対する追悼と追慕の感性すら喪失した空漠たる無関心が広がっているのではないか。路傍に行き倒れているホームレスの姿をチラッと横目で見て通り過ぎていく風景は、いったい私たちの共同心性がどこまでゆらいでいるかをゾットするような恐ろしさで示しているのではないか。シニカルな荒涼たる風景の中で、人は死者をひっそりと火葬し、誰にも看取られることなくこの世を去っていくのだろうか。(2005/3/17
20:01)
[実効主権論という新たな帝国の論理ーラムズフェルドの暴走と日本の末路]
米国防総省の新軍事ドクトリンは実効主権の理論と言われる。険しい山岳地帯や密林などその国の政府だけでは制圧できない地域には、能力がある国が自国の安全のために介入する権利があり、テロや麻薬などの21世紀の脅威は国境を越えて一国だけでは解決できないから、地域多国籍軍編成による介入が必要だとする。かって100年前にセオドア・ルーズヴェルトが「文明国は野蛮な未開地域に警察力を行使する権利がある」として中米・カリブ海地域に軍事介入した時の「裏庭」理論の現代的な再版である。それから米国はCIAによる暗殺作戦とクーデター扇動によって、中南米に親米政権を樹立して「裏庭」戦略を推進してきた。今この戦略を支える実効主権論がことごとく破産に直面していることは、コロンビアを除いた中南米諸国が米戦略を拒否したことに現れている。その国の問題はその国の国民が解決する、国軍の目的は領土保全にある、その国の法秩序と国際法に従い解決する、自国の安全と国防はその国自身が決めるーなど極く当然の近代主権論によって米国は敗れ去り、ラムズフェルド理論は失敗した。何のことはない、お前らは無能だから俺の好きなようにやらせろと赤の他人の行動に口を挟むことではないか。それだけのことで、理論と言える代物ではない。
国際法と国際連合を無視する米国のユニラテラリズムの新たな理論は、みずからの足元で挫折しつつある。荒れた学校を再建するときには、警察権力を導入して一時的には収束するが学校そのもの機能は衰弱する。荒れた学校の再建は、荒れている子どもたち自身とのオープンなつながりが前提であり、子どものことはこどもに聞くしかないのである。時間はかかるがそれしか方法はないのである。こんな分かり切ったことを帝国はいとも簡単に強力な暴力で制圧しようとして混迷状態に陥れて恥じない。イラクの現状はすでに宗派間争闘の泥沼に陥りつつあり、政府の失敗を政府ではなく民衆が犠牲を払って償いつつある。ラムズフェルドの失敗は、世界史の教科書に「無知の傲慢による支配の悲劇」として記載されるだろう。付記:ユーゴへの空爆の根拠となった人道的介入論については別記したい。
ひるがえって帝国の内部は、世界最高の殺人件数を誇る歴史上最大の犯罪が蔓延する犯罪国家となっている。帝国の腐敗した警察はもはや治安機能を著しく衰退させ、セキュリテイーは金ある者が民間警備会社と契約して守るという惨憺たる状態に陥っている。まわりに塀をめぐらしてガードマンが24時間警備する高級住宅街はもはや、現代のゲットーである。ラムズフェルド理論は、こうした互いにゲットーを作ってにらみ合う悲惨な状態を、海外に輸出し国際化することに他ならない。帝国内部の麻薬の蔓延は、輸出国に原因があると言うよりも、そのような需要を生んでいる帝国内部の希望喪失社会にある。他者を犠牲にしなければ生きていけないアメリカ的生活様式そのものにある。
アフガニスタン・バグラム収容所で、米兵が収容アフガン人2人を殺害した。立ったままの姿勢で2人を縛り殴打する拷問を加えた米兵は、驚くべきことにイラク・アブグレイブ刑務所で尋問を担当した第519情報大隊所属ではないか。米軍は当初2人を自然死としたが、批判を受けて28人の加担者のうち2人の訴追を決めたに過ぎない。以上ヒューマン・ライツ・ウオッチ調査報告書(3月12日発表)参照。キューバ・グアンタナモ基地に拉致されたアルカイダ容疑者は、「敵性分子」として戦時国際法の保護を受けることなく、いま持って実質的な奴隷状態で尋問を受けている。たとえ犯罪者と言えども、判決が下るまでは人権保護の対象となる刑法の前提を蹂躙して恥じない帝国はもはや契約国家の条件を喪失している。東アジアの日本で、少女を暴行した米兵はいまどのような制裁を受けているのであろうか。いま帝国が行くところ、地球上に累々たる屍が横たわっている。帝国は世界史上最大の犯罪国家として、世界史の教科書に記載されるだろう。
英紙サンデー・タイムズ(13日付け)は、イスラエル政府のイラン核施設攻撃計画の初期的な許可を与えたと報じている。この攻撃は、地中貫通兵器を搭載したF15戦闘機とシャルダダ奇襲部隊による空陸作戦で、すでにテヘラン南方のナタンツウラン濃縮工場の実物模型をつくって攻撃シュミレーションをおこなっている。この計画は米軍当局との協議の上で決定された。もしイラン核施設攻撃による核爆弾開発阻止を正当化するならば、帝国はイスラエル自身の核状況を解明して核爆弾を廃棄させ、日本のプルトニウム抽出施設である「もんじゅ」原発をも攻撃対象とすべきであろう。帝国はイスラエルをパシリとしてアゴでこき使う史上最大のテロ国家に転落している。
さて最後に帝国に対する対抗モデルを考えるために、欧州の事例を紹介しよう。アウシュヴィッツ収容所がソ連軍によって解放された1945年1月27日から60周年の日に、欧州最大のショア(ホロコースト)資料センターがパリに開館した。フランスから強制連行された7万6千人のユダヤ人の名前が刻まれた石の壁の記念碑が入り口にあり、その前にはいくつもの小さな花束が添えられている。5千平方bのセンター内に、百万点の遺品と資料、5万枚以上の写真が展示され、3時間を掛けて見学を終えると出口の休憩室で多くの人が、ボーッとして腰を下ろしている。60周年記念式典でシラク大統領は「フランス市民はこの惨劇に責任がある」と語り、アウシュヴィッツ生還者であるシモーヌ・ヴェイユ(元厚相)は「私たちは次の世代に記憶を伝えていく責務がある」として歴史の忌まわしい事実に真摯に向き合うことを宣言した。ここに帝国とは異なる道を行く社会的欧州の毅然たる姿がある。
日本の首都・東京に侵略資料センターを大規模な国立施設としてつくる日はくるだろうか。そこには台湾・朝鮮支配の事実を示す展示から、関東大震災の朝鮮人虐殺、従軍慰安婦、強制連行、重慶無差別爆撃、南京大虐殺、フィリピン人大虐殺、ベトナム200万人餓死、パターン死の行進などなど日本帝国によって行われた膨大な悲惨な国際犯罪の資料と写真が並べられている。同時に米帝国による在米日本人の強制収容、都市無差別攻撃、広島・長崎の核攻撃などの資料館が併設されている。日本はこうした資料館の建設によって、自ら犯した近現代史の罪責の記憶を定着させ次世代に伝えることができ、歴史の審判に耐えて隣人の許しを求めることができる。隣人たちはすでに「許しはするが、忘れはしない」と云っているのである。
しかし哀しいかな日本の政府は欧州のネオ・ナチ極右に等しい者が独占し、歴史の歯車を逆回転させることに必死になっている。憲法擁護義務を負う首相が改憲を公然と唱え、戦争に参加する前代未聞の行動に出た。暴力がもたらす死の恐怖にこれほど鈍感な首相ははじめてだ。日本の状況はすでに憲法原理を転覆させる合法クーデターの局面を呈してきた。彼は「偏った歴史観やジェンダーフリーに偏重した教科書については、その内容の適正化を求める」と言い、取り巻きは「歴史教科書から従軍慰安婦や強制連行という言葉が減って良かった」(中山文科相 04年11月)とか「教科書採択をおこなう教育委員会を非公開とせよ」などと恥ずべき歴史修正主義を声高に主張している。ここにはナチスを讃美し外国人を迫害する低劣なネオ・ナチと同質の知的貧困がある。歴史の罪責の事実を隠蔽して、ふたたびアジアの盟主として君臨しようとする漫画チックな時代錯誤は、全世界から冷ややかな冷笑と蔑視を浴びているにもかかわらず、無知ゆえに最大の野蛮なおこないに恥を知らない。彼らは、教育勅語へ頭を垂れず不敬罪で学校を追われた内村鑑三をもう一度裁こうとしているのだ。
問題は未来を生きざるを得ない若者たちが、こうした日本のクライシスに自分の意見を言おうとしない状況があることだ。残念ながら歴史の罪責の体験が継承されず、就職や企業内で熾烈なジャングル競争を煽られて閉塞し、お笑いとファッションと料理の情景が蔓延するTVを見てその日その日を生き延びている状況がある。ホリエモンとか云う人物が旧世代に挑戦して金儲けにうつつを抜かしているが、彼にはせいぜいエンタテイメント番組の電子情報化を推進するに過ぎない平板な理念しかない。
こうした阿鼻叫喚と不安の交錯する現代で、自分のピュアーなこころを大事にしようとする若者たちはニートを強いられる。人を蹴落とさなければ生きていけない社会では、彼らはヒューマンなこころを自閉せざるを得ない。意気地のない者もいるだろうが、彼らを適応不全として嘲笑う者にはでは君の理想と希望は何かと聞いてみよう。ニートは疲弊する現代のあらゆる意味での生き証人といえよう。
けれどもなお時代閉塞の現状に、なんらかの意思表示をしようとする少なくない若者がいることも確かだ。彼らが多くの若者から相手にされず、細々と活動している姿を見ると涙がこぼれてくる。残念なことに、旗を立てて集団行進する大人の古典的な異議申し立てのスタイルに若者は違和感を覚えて逡巡している。すぐにデモ行進をして政府に要求をするフランスの高校生をみると、日本の若者の姿は哀しい。若者たちにとって大江健三郎氏などは過去の人であり、偉大な権威ある「文化人」が垂直的に上方から牽引する運動スタイルはもはや現代の若者の感性を掴むことはできない。欧州で知識人が尊敬の対象として重い位置を占めているのをみると、日本の文化の衰弱を覚える。フランス大統領は哲学者デリダの葬儀に弔辞を贈ったが、日本の首相が哲学者の葬儀に参加したことがあるだろうか。しかし日本は日本の現実から出発するしかないのである。若者のことは若者に聞け・・・・若者世界に大人の側からアクセスして、水平的に協同するネットワークのような新たな形態が希求されている。闇が深いとつい諦める気持が働くが、実は闇の裏側に次の光が照明をあてようと待ちかまえているのだ。どのような未来を次世代にプレゼントするかの決定は、他ならない私たち現世代だけがおこなう。未来からの呼びかけを静かに耳を澄まして聞こうとする意志があれば、現在のあらゆる状況にもかかわらず、良心に基づいた正しい自己決定をすることができる。小さな渦が起こらなければ、巨大な奔流にはならない。若者と協同する技術開発をめざしながら、さまざまの応酬を繰り返していく最初の一歩を踏み出すならば、すでに歴史はほんの少し前に進んでいるのである。すでにある参考にすべきモデルは目の前に与えられている。欧州から中南米に広がっている社会的モデル=社会的市場経済モデルは、いま世界に滲み通るように広がろうとしており、帝国モデルから訣別した東アジア共同体の胎動が芽生え始めている。「希望」はもともとが「希な望み」なのであり、「希れ」でないものは「希望」の意味がないのである。人類の歴史を繙くならば、「希な望み」が必ず実現してきたことを冷厳に示している。いまあたかも制覇の嬌声を挙げている側にこそ、歴史は厳しい審判を下すのだ。(2005/3/15
10:32)
[米国のウイーン領事条約選択議定書離脱について]
領事条約選択議定書は、外国にいる自国民の援助や保護を担当する領事の権限について定めた領事関係に関するウイーン条約(1963年)に附属する選択議定書で、国内で拘束した他国民が自国領事との連絡を求めた場合の許諾を義務づけている。03年に米国で死刑判決を受けた51人のメキシコ人についてメキシコ政府が国際司法裁判所に提訴し、米国が敗訴して再審しなければならなくなった。米国内では逮捕された外国人の領事面会をすべて通知していない議定書違反が横行している。敗訴した米国政府は、ウイーン条約議定書そのものからの脱退を国連に通告した。
これによって米国内で逮捕された外国人は一切の自国からの支援は受けられない。逆にアメリカ国籍の人が外国で逮捕されても米国政府からの支援は受けられない。地球上での米国人が関連する犯罪が激増して、国際法に従っていては米国人の安全が保障されない事態となった。それほど米国政府と米国人の国際犯罪は凶悪になっている。
米国は地球温暖化防止京都議定書から脱退し、国際刑事裁判所から離脱し、次いでウイーン選択議定書からも脱退してユニラテラリズムを強めている。まるで世界最強の軍隊があれば、国際法と国際機構は邪魔だといっているようだ。かっての日本帝国の満州侵略時の国際連盟に対する態度に等しい。追い詰められた巨像は倒れる前に最後のあがきを繰り返している。(2005/3/12 8:31)
[人身売買天国・日本に人権を語る資格はあるか?]
人身売買とは、売春強要・強制労働・臓器提供などのために人を売買したり外国に送ったりすることをいい、被害者や家族の同意の有無を問わない犯罪である。1949年に国連は人身売買禁止条約を成立させているが、日本は野放しの人身売買天国として注目を浴びてきた。ILO(国際労働機関)駐日事務所は、人身取引を現代の奴隷制として日本での外国人女性の売買に強く警告を発し、国連は「国際組織犯罪防止条約を補完する人身売買、特に女性とこどもの人身売買の防止・禁止・処罰に関する議定書」(03年発効)の批准を強く日本に迫まり、国連女性差別撤廃委員会は日本政府に対して対策強化を勧告している。アメリカ国務省は日本を人権侵犯が横行する第2監視国に指定している。以下は日本で発生したアジア諸国の人身取引被害女性出身国別件数を見てみよう。これは警視庁調査による氷山の一角に過ぎない。日本政府は意図的に被害統計を隠そうとしているという批判をあびている。
タイ コロンビア フィリピン 台湾 ロシア 中国 インドネシア 韓国 カンボジア 合計
2000年 73 1 4 3 12 7 3 1
104
2001 39 3 12
7 4 65
2002 40 6 2 3 4
55
2003 21 43 12 0 2 3 2
83
合計 173 53 18
25 12 13 10 1 2 307
日本政府は04年12月に「人身取引対策行動計画」を発表し、@人身売買加害者を刑事罰の対象とする刑法改正、A被害者を保護の対象とし在留資格を認める入管法改正をおこない、IOM(国際移住機構)を通じた被害者の帰国支援を強化するが、被害者を保護する具体策はシェルターの充実のみで専門スタッフの配置などは盛り込んでいない。
ところが国内人権を擁護するという」名目で提出されようとしている人権擁護法案は、言論と表現活動そのものを行政機関である人権委員会が差別かどうかを判断するという戦前型の治安立法の性格が強い。国際的な人権救済法規は、規制対象を差別的行為に限定し、言論や表現活動そのものを対象とする例はほとんど存在しない。何が差別かを行政が裁断する法規定は、人権を自ら国家権力が拘束する治安立法に近い。メデイア規制の凍結という小手先の修正という姑息な手段で成立を図る提案者の動向は、日本の人権意識の貧困を露呈している。
領収書偽造を内部告発した警察官を差別して左遷し、逆に偽装に協力した警官を優良警察官として表彰して昇進させている警察組織、思想の自由を行使する社員をガラスの檻に閉じこめる企業を擁護する労働行政、君が代斉唱をしない教師を処分するとして脅迫する教育行政などなど国家権力自他が人権侵害を推進している日本政府の存在そのものが人権侵犯者として裁かれなくてはならない。(2005/3/11
9:15)
[横浜事件再審開始・東京高裁判決]
横浜事件とは、1942年7月に富山県内の旅館で中央公論社と改造社の編集者が「共産党再建の謀議」をおこなったとする治安維持法違反事件で、42−45年に神奈川県警察特高課により、60−70名が検挙された事件で、4人が獄死した。元被告や遺族が86年に第1次、94年に第2次の再審請求を起こしたが、裁判記録が消却されて残っていないとして却下された。第3次訴訟は、ポツダム宣言受託で治安維持法は失効したとして、横浜地裁は事実誤認ではなく法令適用の誤りを理由に再審開始を認め、今次東京高裁は拷問による自白の無罪を認めた。被告等は45年8月14日に日本が御前会議でポツダム宣言受託を決めてから、治安維持法が勅令で廃止された10月15日までの間に有罪判決を受けた。
今次東京高裁判決は、治安維持法失効にとどまらず、取り調べ警官が拷問を認定されて特別公務員暴行傷害罪の有罪判決が確定していることを重視し、拷問による虚偽の自白による事件であったと認定している点である。被告の故・木村亨氏(享年82歳)は、43年5月に逮捕され、終戦直後の9月に懲役2年の有罪判決を受けた。「約2年間、竹刀や木刀で叩かれるなどの拷問を受けて自白を強要された」と妻に語った。今までの記録を消却したという物理的理由で被告の名誉回復を妨害してきた司法の画期的な転換がある。91歳の森川金寿弁護士(懐かしい名前だ!)は杖をつきながら高裁の玄関を昇った。
捨てし身の 裁きにひろう いのち哉(木村 亨)
小田中聡樹氏はコメントで「特高警察の拷問に目を向けた勇気ある判決だ」(朝日新聞10日付け夕刊)と述べて評価している。拷問を認めることに何の勇気が要るのだろうか、裁判官は法と自己の良心以外に従ってはならないはずだ。警察を批判するのに勇気が要るとは、日本の裁判も中世の暗黒時代並みではないか。
いま韓国では、戦前期の日本帝国主義に協力した前歴を洗い出して再審しようとしている。過去の罪責に対する仮借なき追求がやっと60年を経て始まろうとしている。東京高検は、今次高裁判決に異議申し立てをする声明を発している。治安維持法という内面の自由を剥奪する世界史上最悪の法律を前提にいま以て固執する前時代的な発想に唖然とする他はない。治安維持法によって弾圧され迫害されたすべての人の名誉が回復され、遡って十全の謝罪と補償がおこなわれなくてはならない。現代を生きる民主主義者を自称する人の試金石だ。(2005/3/10
19:35)
[フランス高校生の第2のウエーブ]
政府の教育改革に反対するフランス高校生の第2回目の全国ウエーブが展開され、約150市で20万人の高校生が参加した。呼びかけは独立民主高校生連盟(FIDL)と全国高校生連合(UNL)であり、フランス政府の教育改革案である高校進学率80%・大学進学率50%目標達成に向けた、小学校2年生からの外国語授業、教員養成改革、成績優秀生徒への奨学金優待制度、進路指導の強化など広範な現行教育制度改革が、生徒間と学校間の格差を拡大すると批判している。生徒数の減少と財政難による教員削減に反対し全国9万人の教員採用増を逆に主張し、企業要請に応える選別教育に反対している。スローガンは以下の通り。
自由主義の学校=不平等な学校!
教育を企業に売り渡すな!
フィヨン教育相は辞任せよ!
2月10日におこなわれた第1波行動によってバカロレア改革は先送りされたが、今次改革法案は国民議会の審議に入った。フランス高校生の意識水準ははるかに日本の高校生を抜いている。その人権感覚の鋭さ、特に平等に対する規範意識の高さは学ぶべきものがある。さらに高校生が全国組織を持ち自立した行動を展開していることだ。フランス民主主義の国民的な成熟を実感する。日本ではなぜ起きないか。それは大人社会の民主主義の成熟度をそのまま示している。規範としての平等を打ち捨てて、、ジャングルの自由競争に走ることを「自由」と受けとめて動物に堕してしまった日本の哀れな状況を照らし出している。
世界はいま、アメリカンモデルか欧州モデルかという対立軸をめぐって激しくきしんでいるようだ。日本の権力層の理念と知性なき哀れな金亡者の表情を見ていると、つくづくと溜息がもれてくる。パリ市内での行進の最前列には生き生きとした表情の女子高校生が横断幕を掲げて立っている。閉塞した日本の若者の表情に較べて感嘆せざるを得ない。未来は明らかに欧州モデルにあることを予感させる。(20052/3/10
9:02)
[夢の原子炉「もんじゅ(文殊)」は、自らを恥じて落涙し崩れ落ちようとしている]
高速増殖炉「もんじゅ」は、発電しながらウランをプルトニウムに変換し、消費した以上のプルトニウムをつくるとされ、ウラン資源効率が100倍以上という夢の原子炉(03年度・原子力白書)と鳴り物入りで開発が推進されたが、現実にはプルトニウム2倍増殖に46年間もかかることが分かり、冷却剤にナトリウムを使用する危険から逃れられないことが判明した。ナトリウムは空気と水に激しく反応し、プルトニウムはウランよりも桁違いに強い放射能毒性を持ち核兵器への転用が可能で、プルトニウムを取り出す再処理も強い放射能を持つ使用済み核燃料を融解させる危険がある。日本より研究を先行させた米国、英国、フランス、ドイツはナトリウムの取扱の困難とコストから開発をやめてしまった。
95年12月に起こったナトリウム漏れと火災事故で運転は中止され、03年の名古屋高裁金沢支部判決は「もんじゅ」の設置自体を無効とした。ナトリウム漏れ、蒸気発生器破損、炉心崩壊の審査に重大な瑕疵があり、審査のやり直しを命令し、改造にも限界があるとした。政府は上告して最高裁で審理が続いているが、核燃料サイクル開発機構は、07年度中の再開をめざし温度計の交換などの改造工事を始めた。温度計の改造程度で再開に踏み切る非常識は信じがたい。
「もんじゅ」開発費は、今までに8千億円(関連経費を入れて1兆8千億円)を投入し、今次改造費179億円、運転再開後の維持費が10年で2千億円、研究開発費全体で1兆円を投入する壮大な規模に昇る。この巨額の金が税金から電力会社と関連企業に投資される。直下型巨大地震が迫りつつあるなかで、このような巨大な愚行に固執する発想の非人間性に唖然とするほかはない。まさに死に向かう破滅型研究開発投資と言えよう。政府はいつの日かの核武装を想定して開発を放棄しないのであろう。
「もんじゅ」の語源はあの文殊菩薩である。文殊菩薩は、智慧に清純で執着のない幼子を意味し、釈迦の脇にいる脇侍として信仰を集めてきた。政府の原子力政策によって、文殊菩薩のイメージは地に堕ち、地獄に向かって突き進む日本を見て、菩薩の両目からは涙がこぼれ落ちている。日本仏教史上でここまで仏を侮辱した歴史があるだろうか。(2005/3/9
9:14)
[現代のプリミテイブな野蛮について]
パキスタンのムクタラン・マイさん(30)は、2002年に村議会の命令によって集団レイプされた。弟がマストイ族の女性と関係を持ったと疑われ、その報復として姉である彼女へのレイプが命令された。マイさんの弟も誘拐され、マストイ族の男から陵辱を受けた。パキスタンの農村部では、集団レイプや家族の名誉が毀損された場合には、名誉殺人としての報復が一般的な風習としてある。ほとんどの場合警察権力は介入せず、加害者は釈放される。パキスタン人権委員会は、04年は10月までの間に320人がレイプされ、350人が集団レイプされたと報告している。マイさんの場合は、下級審では有罪判決を下したがパキスタン中部のムルタン市高等裁判所が覆して暴行犯男5人に証拠不充分で無罪判決を言い渡し、残りの1人を死刑から無期懲役に減刑した。
「私にさまざまな危険が迫っている。彼らは私を殺すだろう。家族も脅威に晒されている」として最高裁への控訴をおこなう。おそらく血なまぐさい血の報復が何代にもわたって続き、部族どうしの争闘に発展するだろう。まるで先日観たブラジル映画『ビハインド ザ サン』のアジア版である。イスラム教義さえ浸透していない中世の部族社会がグローバルな現代に残存していることに驚く。村議会が行政命令を発して集団レイプをおこなわせる風土は私たちの常識を越えている。こうしたプレモダンの文化とも共存していかなければならないのがグローバァライゼーションだ。
しかしひるがえって考えてみよう。9.11で崩れ落ちた世界貿易センタービルで名誉を傷つけられた星条旗帝国は、アフガニスタンとイラクに対して、史上最大規模の軍事行動による国家的な集団レイプを加え、無辜の民衆に対する血の報復をおこなっているではないか。それにいそいそと媚びへつらって加担している東アジアの国の一員である私に、パキスタンのレイプを嘲笑う資格はない。プリミテイブな野蛮という点では両者は本質的に同じだ。つまり星条旗帝国とその衛星国の論理は、中世的な部族社会の論理そのものなのだ。(2005/3/8
9:05)
[米軍は意図的に殺害しようとしたのか!?]
イラク武装勢力に拉致されて1ヶ月ぶりに解放されたイタリア人女性記者ジュリアナ・ズグレナさん(57)は、「交渉で人質が解放されるのを米軍は望んでいない。私が彼らの標的だったことを否定すべき理由はない。車は通常の50kmの速度で走っており、誤解を生む可能性はなかった。3つの検問所を通過した後に、突如サーチライトに照らされて数百発の弾丸を浴びた」と語り、彼女の夫も「妻は米軍のファルージャ総攻撃による避難民のルポを準備中だった。米軍は彼女が生きて脱出することを望まなかった」とし、重傷を負った同乗のイタリア情報部員は「彼女の空港行きは事前に米軍に連絡されていた」と語っている。米軍側は「検問所で警告に応ぜず突っ走ったので射撃した」と云っている。報道された情報は以上であり、この範囲で意図的な殺害かどうかは結論は下せない。しかし
少なくとも、警告を無視しただけで殺害する米軍の行動は明らかに戦時国際法違反である。或いはテロ攻撃に怯える前線兵士がパニックに陥っているとすれば、米軍のコントロール水準はかなり劣化していることになる。
アメリカン・スタンダードが暴力的に世界に蔓延してから、世界はドンドンおかしくなっている。日本のおかしさはその先端を行っている。国が勝手なことをしないように国を縛るのが近代法の原則であるはずなのに、なにか最近は法律が江戸期のお触れのような感じで国民を縛り始めたような気がしませんか。民間にできることは民間にーと言うのであれば、国民生活にできるだけ干渉しないはずが逆にアレシロコレシロ、アレスルナコレスルナと国民を呪縛する印象が強まっています。君が代斉唱の指導要綱を見ると、情けなくなるような強制がこまごまとあり、最後に従わなければ処分となっています。君が代の賛否はおいて、強制的に起立させて口を開かせて歌っている音声の大きさまで教委が調べるというに到っては、奴隷制の水準でしかありません。強制権力に媚びへつらって、自信のない大人たちがコロコロと姿勢を変えて一番迷惑しているのは子どもたちです。たった2年間で「総合学習」をやめるとは朝令暮改も甚だしいもので提起した文科省は誰1人責任は取りません。
民間でできることは民間でーと言う本旨は政府に頼るなという意味ではなく、政府は当てにならないよという意味なのです。政府が当てにならないから遂に最近は”民間”が自主的にお札を印刷して流通させるようになりました。1万円札から始まって500円玉も作るようになり、少年少女が一生懸命に協力しています。通貨発行権さえ民間に移行していく時代は、まさにこれは国家権力の転覆である革命そのものではないでしょうか。こうしていま日本では、劇的な形ではなく、いつのまにかじわりじわりと政府の崩壊が進んでいます。この奇妙な日本に適応し馴れきっている大人たちが、ある日ハット気づくときが来るでしょう。それは戦争か革命かという日本の最後を決める瞬間です。その最初のステップはおそらく2007年であり、日本中が沸き立っているに違いありません。それは日本が初めて憲法に関する国民投票を実施する年です。(2005/3/7
9:24)
[究極の唯物論ー私たちは遺体をどう扱っているか(メアリー・ローチ『死体は生きている』)]
日本には死後の自分の遺体を医学研究に捧げる献体の制度があり、白菊会などが献体を進めています。私の叔父の1人も献体の登録をおこないました。私はその時に何とも説明しがたい違和感が漂いました。その崇高な行為に敬意を抱かなければと思いつつも、他方で遺体が操作されるシーンを想像してなんとも言えない気持になりました。日本では本人の意志に基づく医学解剖実習に献体の目的を限定していますが、米国ではして欲しいことを意思表示でき、して欲しくないことは指定できない制度になっています。米国では結果的に献体後の遺体を関係者が自由に道具として操作できるのです。米国では遺体を駆使した究極の実験が蔓延しています。
自動車の衝突実験、軍隊の弾道研究、土葬や火葬に代わる死体処理方法の開発、犯罪科学のための腐っていく遺体を段階的に採取する研究などなど枚挙に暇がない。提供された遺体は、例えばUM006などの番号が付され、ただ単なるモノと化して代名詞「コレ」と呼ばれる。ここでは献体者の生きてきた人生や残された遺族の心情は一切無関係となる。あきらかに欧米と日本の死と遺体の感覚は根本的に違っています。具体的な衝突実験の場面を紹介しましょう。
顔面を白い木綿フードで覆われ、車輪付きの担架で運ばれたUM006は、物体と化してどのような恐怖と痛みにも耐え得る「素晴らしい超能力」を獲得した人間の最後の姿だ。UM006は車の座席を想定した衝突装置の席に運ばれ、運転手の姿勢を取らされ、ガムテープでぐるぐる巻きにさせられ、準備が終わると圧縮空気で発射されるピストンがUM006の身体を側面から直撃した。車のドアに他の車が衝突した時の人体への影響を調べ、より安全な車を開発する。米国で死体を使った自動車事故の実験で車の安全性はより高まり、衝突事故の死亡が激減している。こうした欧米の遺体研究は、仮説ー実験ー検証という徹底した科学的方法で人間の身体の物理・化学反応の世界の解明する科学の論理が貫徹している。恐ろしいまでの近代科学主義である。
こうした欧米の死に対する観念と遺体道具觀は、生きている身体への操作主義に連動する。遺伝子操作と臓器移植や出生児診断など機械を操作するように生命を操作する流れが欧米では歯止めがかからない。遺体にある精神性を認め、いつまでも戦場に遺骨収集に行く、精神と身体を切り離しがたい日本の文化からみれば、唖然として近づきがたい嫌悪感を覚えるだろう。日本の献体率は圧倒的に低いのである。欧米の身体觀は、他者の遺体を切り刻むのを拒まない残虐性に転化する危険があるともいえる。死者を厚く弔うとは何だろうか、遺体による社会貢献とは何だろうかをギョッとするような衝撃を以て考え込ませられるレポートだ。(2005/3/6
9:59)
[女性国会議員数国際比較ー列国議会同盟((IPU)・国連女性の地位向上部3日発表]
00−05年間世界女性国会議員比率 13,4%→15,7%(+17%)
アラブ諸国女性国会議員比率 3,5%→6,5%
世界女性下院議員比率順位(184ヶ国 05年2月調査)
第 1位ルワンダ 48,8%
第 2位スウエーデン45,3%
第59位米国 15,0%
第98位日本 7,1%
この数値が何を示しているかあらためて語る必要はありません。日本は先進国中で最悪の数値を示しています。(2005/3/5
9:44)
米マスターカード・インターナショナル社「アジア太平洋地域の女性の社会進出比較」(13ヶ国対象 7日発表)
雇用市場への参加・学歴・管理職割合・平均収入の4項目を男女比較(完全平等を100とする)
タイ 92,3
マレーシア 86,2
中国 68,4
日本 54,5(11位) (2005/3/9追加)
[アメリカン・スタンダードの黄昏]
イラク戦争米兵犠牲者数(03年3月開戦時から)
死亡者総計 1502人
イラク民間人犠牲者数 18443人(イラク・ボデイ・カウント推計)
米陸軍新兵補充数(国防総省報道官 3月3日記者会見)
05年会計度新兵確保目標(04年10月開始) 80000人
2月中旬達成率 18,4%(昨年同期の半分)
入隊時報奨金8千ドルから1万ドルへの引き上げ、担当者960人(+20%)増員
地中貫通型地下壕破壊用爆弾(バンカーバスター)製造停止(オクラホマ州マカレスター軍弾薬工場報道担当者 ロイター通信)
2月血液検査 従業員17人に血中酸素濃度低下(TNT火薬への接触による)
04年8月に34人の貧血確認後製造停止し、新換気装置導入も効果なし
中国国務院新聞弁公室『2004年米国の人権記録』(3日)
米国人権の二重基準と人権問題による主権侵犯と国際法無視(生命・自由、政治的権利、経済・社会・文化、民族、女性・児童)
ニューヨークタイムス・CBSTV合同世論調査(3日発表 2月24日ー28日実施 全米1111人対象電話調査))
北朝鮮核保有宣言信じる 81%
米国への深刻な脅威となっている 70%
対北朝鮮攻撃 賛成33%・反対59%(03年2月 賛成52%・反対36%)
イラクより北朝鮮を優先させるべきだった 42%
イラク優先は正しかった 45%
6カ国協議など多国間対応が必要 48%
2国間直接対話 43%
BSE(牛海綿状脳症)輸入上院決議(7日)
米議会上院カナダ産生体牛安全性に疑問表明し輸入再開禁止決議可決(52:46)
ベーカー駐日大使米国産牛肉の早期輸入再開を日本政府に要求(04年12月)、米下院対日制裁決議圧力(05年2月)
注)米国のBSE検査は検査率1%未満でほぼ全牛が無検査で通過、異常プリオン蓄積危険部位除去は
30ヶ月齢以上の牛に限定、月齢を判別する生産履歴システムは存在しないので、肉質評価基準で月齢
を判断している(肉価格を付ける基準と月齢は正確には一致しない)
以上は3月5日付けの朝刊から米国関連記事をピックアップしましたが、米国の内部矛盾と対外的な二重基準が浮かび上がってきます。斜陽化する帝国は崩れ落ちる直前に嬌声を発しているようです。(2005/3/5
9:29)
[中国人の対米意識調査ー人民日報社国際問題専門誌「環球時報」(2日 北京、上海、広州、武漢、重慶1175人対象)]
対米関係満足度
非常に満足 1%
満足 18%
まあ満足 52%
不満 23%
非常に不満 2%
不満の理由
台湾への武器売却、イラク戦争、日本との軍事関係
米国をどう見ているか
競争相手 50%
パートナー 26%
学ぶべき手本12%
友好国 10%
米国は現在中国を封じ込めようとしているか
YES 57%
No 20%
米国が中国の人権問題を取り上げていることは
中国の安定を破壊するため 44%
中国の状況を理解していない10%
中国の民主主義建設を促進する16%
中米関係の将来に影響すること
台湾問題 60%
人権問題 18%
貿易摩擦 11%
▽コメント:中国開放改革経済の恩恵を受けている大都市部対象で一般化はできないが、強硬な反米派が20%前後、親米派が20%前後で伯仲しているようだ。誰しもが中米競争・協調時代の到来を予測しているようだ。このフレームに日本は入っていないようだ。聯想がIBMのパソコン部門を04年12月に買収したことが象徴的だ。(2005/3/4
8:25)
[メリル・ストリープの日本告発と韓国の戸主制廃止]
米国アカデミー賞受賞女優のメリル・ストリープが、国連女性の地位委員会(CSW)のNGO集会で米NGO「イクオリテイ・ナウ」のパネルデイスカッションの進行役を務め、95年世界女性会議(北京)行動綱領で189ヶ国の政府が女性差別立法を05年までに撤廃するとの国際公約が果たされてなく、45ヶ国調査で32ヶ国で差別立法が撤廃されていないことを指摘し、日本の民法の女性差別を鋭く告発した。「日本の民法は女性の結婚できる年齢は16歳、男性は18歳と差を付け、離婚後6ヶ月間の再婚禁止期間を女性に設けている」とした。これは夫に従わないと、その間は扶養される権利を差し止められる法律があるスーダン、名誉の名で妻を殺害することができるハイチ・シリア、矯正の目的で妻を殴打するナイジェリアとともに女性差別立法と批判した。
女優がNGO代表として社会的発言をすることは日本ではほとんどない。米国の女性俳優の社会的位置を再確認せざるを得ない。日本の俳優はまだまだ河原乞食なのだ。加山雄三に至っては、原子力発電を推進するCMに出演して何ら恥じないという底なしの低レベルだ。しかしメリル・ストリープの問題提起は、ずっと以前から日本の中で指摘されていたことだ。こういう外電を通してしか注目されないところに、またまた日本の内発的な貧しさを覚える。
文化人類学の巨匠・クロード・レヴィ==ストロースが『悲しき熱帯』のブラジル・サンパウロを訪問し、「まったく別の国になってしまっていてショックを受けた。(今後の予定は?の質問に)そんなこと聞くもんじゃない。私はもう現代社会の一員ではないのだから。(近年の開発と人口増加について)私が愛した世界は人口15億人の世界であり、60億人が暮らすいまの世界はもはや私とは無縁だ」と語った。ストリープはジェンダーの視点から、ストロースは文明の視点から日本を告発している。
一方韓国国会は、戸主制を廃止する民法改正案を可決した(2日)。儒教文化を反映している現民法は、日本の植民地支配期に日本政府が日本の「家」制度を強制し、「一家の系統を継承した者、一家を創立したり復興した者」を戸主と定義し家長である戸主は父から息子、男孫を経て継承する男系優先主義を採用した。韓国は夫婦別姓であるが、それは男女平等ではなく女性はあくまでよそ者であるという発想が根底にある。すでに韓国憲法裁判所が「子が父家に入籍する、妻が夫の家に入籍する」戸籍制度は男女差別だと判示している(2月3日)。改姓によって子どもは夫婦で合意すれば母の姓を継ぐことも可能とし、「女性を生殖の道具とみなした」離婚後6ヶ月間の再婚禁止も削除され、「同姓でその姓の発祥地が同じ同姓同本の男女」を近親婚とみなす条項も削除された。こうして先進国で戸籍制度が残る国は日本のみとなった。戦争責任を自虐と言い、外国人の永住権取得を制限し、女性差別を続ける日本は、いまや国際スタンダードからみて異常な国になっている。気がつかないのは国内で安穏な生活をしている日本国民だけである。(2005/3/3
19:31)
[アメリカの希望ーバーモント州タウンミーテイング始まる]
米国のタウンミーテイングは、町の住民が年1回開催される住民の全員集会で町の基本事項を決める開拓時代以降継続されている最高自治機関だ。ニューイングランドのバーモント州の約250の町のうち、50を超える町で、イラクからの撤退を求める決議が議題となっている。決議案提出は5%以上の住民の賛成が必要とされている。イラクに動員された兵士を住民1万人当たりに換算すると、第1位はハワイ州26,0人、第2位がバーモント州22,5人で、犠牲者数は人口比で全米1の高率となっている。タウンミーテイング決議は象徴的な意味しかないが、曖昧な戦争に多大の犠牲者を出している米国市民の草の根の反戦意識を表明する有力な手段である。ブッシュ政権にとっては、ボデイブローのように利いてくるだろう。1日に実施された住民投票で、39町が決議を採択し、1町が賛否同数で3町が否決した。3町は決議に関する審理のみをおこなった同様の決議案の住民投票は、マサチュセッツ州の1町でも予定され、パンシルバニア州でも今後提起される。(2005/3/2
9:36)
[想像力が羽ばたくとき、希望は飛び立つだろうか]
昨年暮れに出版された琉球弧を記録する会『シマクトウバで語る戦世ー100人の記憶』は、沖縄方言<シマクトウバ>による戦争証言記録である。シマクトウバは、シマ(沖縄の集落)の原生的な生活語という意味だ。沖縄戦の記録は、標準語に翻訳されて本土で記録されてきたが、それが「あれはママゴトであり、戦世(イクサユ)はシマ言葉でしか語れない。戦やちゃっさ何りちん、当たーとねーんしがー分からんど」(戦争は体験したものしか分からない)というウチナーンチュ(沖縄出身者)のリアリテイを実は奪ってきた。大和の沖縄民俗研究者は、常民文化という概念で沖縄を調査地として対象化し、シマ言葉を標準語に翻訳して沖縄文化を本土文化に包摂した。近年のエイサーや三線ブームも、本来は集落の祖先崇拝祭祀儀礼であったが、芸能的な踊りとして沖縄の若者たちをも包摂してしまった。沖縄は薩摩による支配から琉球処分を経て、戦後の基地経済に至る近現代史の中で、シマ空間とシマクトウバを失いつつあるが、逆にそうした沖縄のアイデンテイテイ喪失と本土化に対する戸惑いと危機感も深めてきている。沖縄史を日本地方史の一部として編纂させない取り組みが現代のウチナーンチュの間に広がりつつある。沖縄の文化と体験を1次元的に共有することができない本土の側は、独自の沖縄の個的な尊厳に対する想像力を極限まで作動させるしかない。「ひと殺ち良い事お無んりちよ(ちゅくるち良いくとねーんりちよ)」と「人を殺して良いことはないよ」という表現の間に超えることができない溝があるという結論からは、戦世を2度と招かないという強い結合は生まれない。相互の想像力がゆたかにその溝を超えていくまでに羽ばたかなくてはならない。
3・1独立運動86周年記念式典で、韓国ノムヒョン大統領は次のように述べて「日本の知性へ」訴えた。
た。
「過去の真実を究明し、真に謝罪、反省し、賠償すべきことは賠償して和解すべきだ。それが世界の歴史清算の普遍的方式だ。韓国政府は、国民の怒りと憎悪を煽らないよう自制してきたが、我々の一方的努力だけでは解決しない。日本政府と国民の真の努力が必要だ。(日本人拉致問題に対する)日本国民の怒りは十分に理解できる。日本も強制徴用から慰安婦問題まで日本支配時代に、数千、数万倍の苦痛を受けた我が国民の怒りを理解しなければならない。日本の知性のみなさんにもう一度訴えます。真の自己反省がなければ、傷口が癒えるように先頭に立って下さい。ドイツはそれだけのことをしました。そしてそれだけの待遇を受けています。彼らは自ら真実を明らかにして謝罪し補償するという道徳的な決断を通じてEUの主役に躍りでることができたのです。いくら経済力や軍事力を強化しても隣人の信頼は得られない。韓日協定と過去補償問題については、韓国政府にも不充分な点があった。被害者としては、国家が国民個々の請求権を一方的に処分したことは納得がいかないだろう。日本も法的問題の以前に人類社会の普遍的倫理、隣国間の信頼問題との認識を持ち積極姿勢を示さなければならない。・・・3・1独立運動の精神を反芻しながら、先烈たちが夢見た先進韓国の未来に向かって精一杯頑張りましょう。日帝の銃剣に立ち向かった先烈たちの勇気と、すべてを超えて一つになった大同団結の精神は我々の未来を導いてくれるものです」
実に堂々たる尊厳と矜持に充ちた謙虚にして誠実な問題提起を込めた歴史的な名演説である。演説原稿は秘書団が作成し大統領が激怒して手を入れたたものだ。国民の苦難と政府の失敗、他国への忠告などこうした気高い演説は日本政府にはできない。そうした深い見識と思想を刻み込んだ政治家は少なくとも政府にはいないからだ。彼らは誠実かつ謙虚な反省のことを自虐史観と呼ぶ憐れで貧しい心根の持ち主だ。日韓基本条約を締結した日本側代表は、日本の植民地政策によって朝鮮は近代化したとー言い放ったことを想い起こして欲しい。私は韓国民主主義の若々しい未来挑戦性に較べて、日本のあまりのレベルの低さに暗然たる気持になる。驚いたことに日本側の反応は過去の罪責に関する無知に満ちている。「大統領は国内事情を考えて発言した」(小泉首相)とか「解決済みの話を蒸し返すような発言は極めて遺憾だ」(読売新聞3日付け社説)、「自国の歴史見直しを政権の実績にしようとしているさなかの国内向けの演説」(朝日新聞2日付け社説)などなど歴史観の貧困を露呈して恥じ入らないものだ。
さて話は変わって身近な生命倫理の問題に移る。生殖の自己決定権と遺伝子操作の先端技術が結合した最前線で何が行われているか。ある遺伝的難病の子を持つ夫婦は、その子の病を治すには遺伝子が適合した骨髄移植と臓器移植しかない。そこで夫婦は、着床前診断によって受精卵を選別し、健康な2人目の子どもを産む決意をした。その子の任務は、成長した後に、長男のドナー(臓器提供者)となる運命を背負ってこの世に生まれ出ることにある。
別の夫婦は、どちらも聾者だ。そこで彼らは同じ方法で、自分たちと同じ障害を持つ子を産む決断をした。特定の能力や個性の選別が許されるのなら、私たちの希みだって不当ではないはずだ。障害も個性なのだから。この2組の夫婦は、堂々と実名を名乗り素顔でTV番組に登場している。彼らの生まれくる子どもたちは、自らの出生の秘密と条件を知ってどう思うだろうか。この子どもたち自身の自己決定権を親がすべて誕生前に代行することが許されるのだろうか。
「もしも私たちと同じ立場で、しかもそれが可能である場合に、あなたはそれをどうして選択しないのか?」と問われて、あなたはどのように答えますか? この夫婦の体験を共有できない私たちは、想像力を極限まで駆使した上で、何と答えるべきでしょうか? それをしも自己決定権の範囲にあると肯定するのでしょうか? それとも途方に暮れて沈黙するのでしょうか? 想像力の極限まで彼らと意識を共有した果てに、何を以てYESまたはNOと言うのでしょうか?
アメリカのカルト的カリスマ或いは伝説と言われたジャーナリストであるハンター・S・トンプソン(67)が、2月20日の夜コロラド州アスペンの自宅で、自ら銃で頭を撃ち抜いて自殺した。28歳で発表したデビュー作『ヘルズ・エンジェルズ』は、自らモーターサイクル集団(暴走族)に身分を伏せて潜入し、取材不能とされた全米最凶の暴力オートバイ集団の内部と人間を、自らフリーウエイのセンターラインを超えて爆走するなかで鮮烈に描いたドキュメンタリーであった。71年に発表した『ラスベガスをやっつけろ!』は、ラリったような俗語で書き殴り、敗北するヒッピーカウンターカルチャーとベトナム戦争の苦悩にのたうつ米国を描いて時代の記録と言われた。自分を主体にギリギリまで対象の至近に接近する「ゴンゾージャーナリズム」(荒くれジャーナリズム)というパターンを創造した。70年代以降、大統領を中心に政治家を罵倒してきた彼は自ら銃で頭を撃って生を閉じた。ここに想像力の極限の1つの形態がある。或いは想像力をすら乗り越えて、対象に内在して対象と一致する接近の姿がある。そこにはもはや自分はない。全てを捨てて、後に残るものが自分だという捨て身の姿勢だ。沖縄の記憶、韓国の記憶、生命の自己決定などの同時代を貫く想像力の証しの一つのモデルがある。以上・朝日新聞3月1日付け夕刊参照。(2005/3/1
20:48)
[第25回ゴールデン・ラズベリー賞(26日発表 ロスアンゼルス)]
最悪男優賞 ブッシュ大統領(マイケル・ムーア『華氏911』)
最悪助演男優賞 ラムズフェルド国防長官
最悪助演女優賞 コンドリーナ・ライス国務長官
最悪共演賞 ブッシュ大統領・ライス国務長官
受賞理由 「自然体のまま醜態をさらした」(映画評論家・ファン約700人の選考による)
選考委員の公正な選考過程に敬意を表する。ただし米国内俳優に限定せず、海外俳優を対象にしないと一生懸命に演技して名演技を披露している俳優が可哀想だ。例えば主演男優に涙ぐましい献身的な協力を捧げて頑張っている助演男優を排除することになる。いうまでもなく、ブレア英国首相と小泉日本国首相の2人を助演男優賞から落とすわけにはいかないでしょう。今次ゴールデン・ラズベリー賞の唯一の欠陥がそこにある。このお二人は選考結果に直ちに異議申し立てをする資格を充分に持っています。(2005/2/28
19:10)
[世界で最初に大量破壊・残虐兵器で手を汚した国は・・・・いま]
米軍はベトナム戦争の1962年から71年までの約10年間に、推定2000万ガロン(7500万g)の枯れ葉剤を散布する枯葉作戦をおこなった。枯れ葉剤に含まれる猛毒のダイオキシンが長期にわたっていまも水中と土中に残留し、発ガン、先天性障害、機能障害をひきおこしている。米軍に枯れ葉剤を提供したダウケミカルやモンサント社など30に上る化学企業は莫大な利潤をあげた。そしていま300万人に上る枯れ葉剤被害者の救済は、ベトナム政府によって12の平和村(治療施設)と500の診療所で細々と行われているに過ぎない。
ベトナム人被害者100人が、損害賠償と汚染土壌の除去を求めて30社を告発し、28日からニューヨークで裁判が始まった。すでに、1984年にダウケミカル社とモンサント社は退役米軍人に対して、総額1億8千万ドルの支払を合意しているから、法理論的には当然ベトナム人被害者にも補償が行われることになるはずだが、米政府は補償問題を一貫して拒否している。自国の被害者には莫大な補償金を支払うが、当事国の被害者は無視するという米政府の二重基準が際だっている。この枯れ葉剤補償裁判は、直感的に被爆補償問題を想起させる。
米国は広島・長崎への原爆投下の2年前に放射能兵器の開発を推進していた。マンハッタン計画責任者・グローズ中将は43年5月12日に「放射性有害物質小委員会」を発足させ、同委は8月6日に「放射性物質の軍事利用と防護組織」報告書を作成した。そのレポートでは「放射能の兵器利用」の目的を「負傷を与えること、兵員の士気を落とすこと、地域を汚染すること、敵を脅かすこと」とし、その特徴を「簡単には検出されず、ゆっくりと効果を現す、極めて分解されにくく何カ所も地域を汚染しうる、即刻の汚染除去は人員の犠牲に於いてのみ行われる」と記されいる(広島平和研究所・高橋博子研究員が米公文書館で入手)。
1944年には▽核兵器の空中爆発は火球が空高く上昇する▽きのこ雲と上昇気流が核分裂生成物を成層圏に運ぶ▽従って放射性物質は広く薄まるため人体と環境への影響は少ないとするー放射能影響否定論が創造された。マンハッタン計画副責任者・ファーレル准将は被爆直後の9月の広島で「広島・長崎では死ぬべき者は死んでしまい、9月上旬現在で放射能で苦しんでいる者は皆無だ」と被爆者に声明した。これらの米軍の2次放射能無害論がそのまま原爆症認定に採用され、認定却下の根拠となってきた。死の灰と黒い雨に代表される放射性降下物が大量に放射する「残留放射線」(爆発直後1分以内に発する放射線)による被爆被害は無視されたのである。米軍は被爆の医学データを陸軍病理学研究所が一元管理し、ABCC(47年設立の原爆傷害調査委員会 現・放射線影響研究所)が独占したデータはすべて陸軍病理学研究所に集中され、現在の米軍の核兵器研究を支えている。その後核爆弾は飛躍的な発展を遂げ、地中貫通型核兵器・小型核兵器・中性子爆弾(人間のみを殺害し建造物は残る)など第2世代核兵器の開発が進み、通常兵器と区別せず先制核攻撃をおこなうまでに至っている。自国の核を必死に保持して高度化しながら、他国の開発には暴力で攻撃を加えるというヤクザの論理によってホワイトハウスは世界で最も危険な平和と人道に反する中枢基地となっている。
いまも流産したり奇形出産が続いているベトナム、後遺症に苦しむ広島・長崎に少しでもこころ惹かれるならば、いまなすべきことは自ずから明らかだ。桜の国で夕凪の街を2度とつくらないように、世界に警告しうるチャンスを持っている唯一の国が東アジアにある。少なくとABCCが保有する日本人の被爆データの全面公開を求めることが、被爆死した人々の霊に対するその国の義務ではないか。しかし300万人を殺害されたその国は、いま殺人国家にひれ伏して土下座しながら媚びへつらっている。(2005/2/27
10:24)
[CMの感性情報分析ー長田典子氏(関西学院大)による]
TV・CMの音楽や映像の内容とイメージが業種によって明確な差異があることを明らかにした分析。横軸に<活動的ー落ち着いている>を、縦軸に<親しみやすいー高級感がある>の4象限に分類する。変数は、音楽はテンポ・音量、映像は登場人物・背景など9項目・71ポイントで、03年の6月ー12月に放映された170本を対象に分析した。
横軸は、音楽のテンポの速さと音量の大きいものが右に、登場人物の行動が目立つものほど、右で、説明調は左へふれる。縦軸は、家の周辺で家族が登場するものは上に、公共の場で外国人が登場するものは下に振れる。すると、消費者金融と自動車は対照的で、保険業は落ち着いて高級感がある傾向が見られ、飲料・通信・製菓業は活動的傾向が強く出る。つまり業種が伝えたいイメージが音楽と映像の内容を規定していると結論している。
このような研究は別に目新しくはない。ベンヤミンの「複製芸術の時代」以来あまた指摘されてきたことだ。問題は、そうしたCMによって消費者意識がどのように操作され、購買行動に変化を与えているかの問題だ。電子情報通信の世界に、感性
情報学という分野があることをはじめて知ったが、すでに感性を情報工学的に分析する感性工学や感性哲学という先端研究が進んでいる。宣伝・扇動の心理学はナチスのゲッペルスによって開発・実践され、第2次大戦後にマーケッテイング戦略に導入された。感性情報分析は、そうした社会心理操作の問題としてより精緻に展開されることようになれば面白いだろう。以上・朝日新聞26日付け夕刊参照。
わたしはむしろ感性情報というアプローチを権力論に導入し、政治的見解とイメージの間にどのような乖離が誘発され、世論形成におけるイメージ戦略の波及力を分析すると面白いと思う。さらに日本のような集団意識が強く、「勢い」に追随する文化が強い国では、イメージ戦略がどのような影響力を持つかなど。すでに社会心理学分野で考察され尽くした感のある領域に、工学的なアプローチが新しい知の分野を開拓するかもしれない。(2005/2/26
19:05)
[日独・歴史教育比較から何が見えてくるかー地下鉄サリン事件10周年を迎えて]
ドイツの歴史教育のカリキュラムの中心は、ナチスホロコーストに置かれている。連邦制ドイツでは、教育権は州の管轄に属し、各州の文化相で構成する会議が基本を決めて、教科書検定は州単位で行われる。ナチスホロコーストは州を超えた必須の対象となっている。州単位の教科書検定は、州政府から独立した専門家委員会(3人)が各教科書の意見を州政府に勧告し、検定合格はユダヤ人協会など多様な民間団体の意見を聴取して決定される。
ナチス独裁下の市民生活が詳細に記載され、ヒトラーの演説やユダヤ人迫害の命令書、普通の主婦の考えなどの手記が、写真、ポスター、地図や図解入りで証言中心に盛り込まれている。基本はワイマール時代からなぜファッシズムが台頭してきたのか、ナチスが何をしたのかを史料に依拠する実証的な内容となっている。レジスタンスもコミュニストの抵抗も含めて記されている。『CHINA:Kaiserreich
und Moderne(皇帝の時代と現在の中国)』という補助教材は、南京のドイツ企業代表であったジョン・ラーベの目を通した南京大虐殺の証言も入っている。
ベルリンの小学校では、ナチス人種理論による排外主義を批判する「少数者への寛容」が社会科の大きなテーマだ。中学校・国語(ドイツ語)では、ナチス期にベルリンで当局の弾圧を逃れて暮らしたユダヤ人青年の手記が読まれ、9・10年生(15−17歳)の社会科と12年生(18−19歳)の「政治教育」では週4時間(!)使ってナチス時代の現代史を学ぶ。
ドイツでナチスの責任を問う授業が行われるのは、1969年のブラント政権以降だ。それまでは高校教師に元ナチの人が多く、特にベルリンの高級住宅街ツエーレンドルフでは祖父母や父母がナチスの幹部や高級将校だった家庭が多く、授業でナチスの戦争責任をすると、「あの教師は共産主義者だ」という非難が相次いだ。国際社会の要求だけでなく国内からの要求で授業内容が徐々に変わっていった。生徒の中にも「はっきり言って私たち若い世代に罪はないのだから、もうこんなに勉強しなくていいのでは」という声もある。そういう生徒が変わるのが、実際にアウシュヴィッツやザクセンハウゼンの強制収容所跡を学習旅行し、その凄惨な傷跡を目で見ることだ。
このドイツという言葉を日本に置き換えてみましょう。「新しい歴史教科書」派が目をむいて怒り出す自虐史観の左翼偏向教育ではありませんか。日本では、アジア解放の戦争であったとか、植民地支配が文明化を進めたとか、南京大虐殺は虚偽のでっち上げであるとか、従軍慰安婦は自主的な意志による合法売春であったなどの歴史修正主義が叫声を挙げて歴史教育を再構築しようとしています。あの被爆地の広島県教委は、新しい歴史教科書の資料を教科書採択委員に配布して実質的に推薦しています。どうしてこのような欧州と日本の違いが際だってきたのでしょうか。私見によれば、その原因は責任倫理の内実にあると思います。戦争責任をキッパリと裁いて再出発した国と、アイマイに謝罪もしないで通り過ぎようとした国の違いにあります。社会的公共性(侵してはならない他者の人間的尊厳を踏まえた秩序)に対する責任という文化が疲弊している日本では、強者の私的なちからの論理が蔓延し、人を見るに地位と財産があるかないかで判断する人間観の衰弱が著しくなっています。あなたの周りでも、地位と財産に媚びへつらっている人はいませんか。名刺を見てその肩書きで人格を判断している人はいませんか。つまり日本は、一人一人の人間が自分の足で大地に立ち切らず、人の足の流れを見ながらそれに合わせて、自分のスタイルを決めて安心するという態度決定が埋め込まれています。3万人を超える自殺者を見て冷笑する首相、若者を雑巾のように使い捨てする企業経営者、勝ったか負けたかで人を振り落とす社会システムなどおよそ社会的公共性のスタンダードはゴム箱に捨て去られています。知識人は欧米の研究動向に必死に追随し、2〜3年で見向きもされなくなる無意味な研究論文を積み上げて自己満足しています。国内での社会的公共性の衰弱が、国境を越えて他の国に対するグローバルな公共性を踏みにじって恥じません。親分の星条旗は、自分の国だけが豊かになるために京都議定書を守らんぞと云って恥じ入るところがありません。いつのまにか日本も親分のモラルに犯されて、”我が亡き後に洪水は来たれ”とうジャングルのゲームに我を忘れ、他者を弄んで憚らないというふうに社会的公共のモラルが消滅していっています。
他者を競争の相手としかみなさず、自分が得しなければ損するというゼロサム・ゲームの社会は、必ず他者を敵とみなして互いにつき合う不信と不安社会に転落します。私が驚いたのは、岐阜の山奥にテロの危険を訴える大看板が張りめぐらされていたことです。確かに子どもや教師という最も防備に弱い弱者を攻撃する事件が発生していますが、国家そのものを攻撃するテロ行為はオームだけでした。全体として日本は世界で最も治安が保たれた安心国家でしたが、ここにきてそれもゆらぐ不安が蔓延し、セキュリテイ産業が繁栄しています。地下鉄サリン事件10周年の今年を迎えて、朝日新聞は特集で3人の人に語らせています。以下はその概要です。
▽宮台真司「問題は後期近代の成熟社会の「つまらなさ」にあり、かっての貧・病・争のつらさや革命による変革は姿を消した。地域と家族の流動による個人の浮遊は、別の世界を夢見る軽薄な神秘体験に吸引されるか、軽々と生きる「ブルセラ・援助交際」を生んだ。テロは原理主義ではなく近代が蓄積した怨念にある。救いは近代の成熟期をシステムに関係なく、「面白そうに生きる」人々にある」
*コメント:宮台氏の致命的弱点は、晩期資本主義のシステムが新古典派自由主義による19世紀的な野蛮な競争への退嬰という基礎にあるシステム変動に目を向けない点にある。彼の分析は、社会システムの変動との関係で社会心理を読むのではなく、ただ単に社会風俗の新奇な現象を追い回しながら、チョッと味を付けて学的に粉飾するという特徴がある。云っていることは、モノが溢れてココロが貧しくなったという平板な極右の論理と本質的には同じなのだ。
▽江川紹子「カルトは、兵器などの物理的な危険と心を呪縛する精神的危険の2つがあり、物理的危険は減ったが精神的危険は依然として続いている。自分の人生の目標を探しあぐねているごく普通の若者に大人がどう答えるかが大事だ。文科省はカルト対策教育にもっと力を注ぐべきだ」
*江川氏の主張はもっとも通俗的なもので、時代の危機にに鋭敏に反応しているとは思われない。若者の目標喪失がどうしてもたらされたかーの分析抜きに何を言おうと無意味だ。しかもシステム攪乱者である大人が若者になにかを語る資格があると思っているー脳天気さは救いがたい。
▽森達也「犯人が捕まってもほんとうの動機が見えてこず、不安と恐怖を昇華できないままに危機管理意識を発動し、9.11と絡んでさまざまの規制立法が一斉につくられた。他者への想像力を失わせ、理解できない他者を憎み排斥する過剰な自己防衛が社会を蝕んでいる。さまざまな他者が混在する共同体の機能が失われ、憎悪の連鎖が止まらない。加害者への想像力を回復しなければならない」
*森氏の意見が最も事態の深刻さをリアルに捉えている。文字数限定のなかで、オーム集団を擁護するかのような客観的な効果があることだ。なぜそうなるか。社会経済システム全体の信頼関係が崩壊する中で、オーム集団の特性分析を行わないで、カルト集団の被害に限定しているからだ。全体として宮台氏は高踏的なシニカル批評で未来可能性がなく、江川氏は伝統的道徳論に終わり、ひとり森氏のみが危機感に満ちてリアルに現代を捉えようとしている。
最後に私は次のような風景をどう考えるか、みなさんにお聞きしたい。私の家の隣にある豪壮な隣家は、警備会社の警報装置で家全体が警備され、毎年クリスマス前後には電飾が張りめぐらされて煌々と辺りに輝きを放っています。この家の持ち主の意識構造をどう思いますか。(2005/2/25
10:18)
[三菱重工のCSR(社会的責任)はどうなっているのだろうかー朝鮮女子勤労挺身隊賠償訴訟・名古屋地裁判決を受けて(2月24日)]
太平洋戦争期の末期に朝鮮半島から名古屋市内の三菱重工航空機工場へ女子勤労低新隊員として強制動員された韓国人女性6人(73〜75歳)と遺族1人が未払い賃金などの損害賠償と謝罪を求めた裁判の判決は、日韓請求権協定を理由とする請求棄却となりました。1944年に13〜15歳で来日した少女たちは、女学校への通学と賃金支払いの約束を裏切られ、三菱重工で強制労働させられました。工場では飛行機の塗装を、マスクもなくシンナーの臭いで何度も倒れそうになりました。明らかに強制連行・強制労働という戦時国際法違反であり、また労働の安全配慮義務違反でした。
政府側の主張は、国家賠償法施行前の国家無問責と20年経過による損害賠償請求権消滅(除斥)というものであり、三菱重工の主張は、当時の会社と現在の会社は異なる別会社論という白々しいものです。確かに1965年に締結された日韓基本条約では、無償3億ドルと有償2億ドルの賠償金ですべて解決するというものでしたが、国家請求権と個人の外交保護権の他に個人請求権規定については不明確でした。ところが今年1月の韓国政府の交渉記録開示によって、個人請求権は韓国政府が全面的に責任を持つという交渉内容が明らかとなり、日韓両政府は個人請求権について60年間に亘って秘匿してきたことが暴露されました。当時の韓国独裁政権は、明らかに開発独裁の資金を得るために自国民の個人請求権を放棄して肩代わりしていたのです。
では当時の日本はどうでしたでしょうか。実は学生であった私は、日韓条約に反対する学生運動に参加して連日激しい抗議行動を行いましたが、その時の主な理由は分断された一方の韓国を唯一の国家と認め北朝鮮を否定することに対する異議申し立てでした。今思い浮かべても韓国・朝鮮の個人請求権と戦争責任の謝罪という本質的な視点は、ほんとうに弱かったと思います。それにもまして、戦争の被害による非戦論で、アジアへの加害責任という意識はほとんどなかったと思います。このような犠牲者の訴えがあって初めて私たちは自らの放棄してきた責任を自覚することになったのです。
原告の人たちは、1人は44年の東南海地震で14歳で死亡し、1人は4年前に判決を聞くことなくこの世を去り、1人は工場で人差し指を切断しいま以て感覚が戻っていません。
しかし国家無問責(除斥)と時効は、日本の予防接種禍訴訟で「正義と公平の原則に照らして適用しない場合がある」としてから(98年)、三井鉱山強制連行訴訟福岡地裁判決、毒ガス遺棄第1次訴訟東京地裁判決、中国人強制連行新潟地裁判決などは、時効と除斥を否定して国と企業の有罪を宣告し、日韓協定による個人賠償請求権成立広島地裁判決など国際基準に対応した判決の事例が相次いですでにスタンダードになっているのです。
名古屋地裁判決は、強制連行と強制労働自体の事実は認めた上で、法理論上は崩壊した冷酷な形式法定主義を保持するという無残で無理な判決です。私たち日本は、またしても戦争責任を忌避する道を選び全世界に宣言したのです。特に民間企業の三菱は、国家を利用して連行させ、不払い労働を強制して利潤をあげたことになんの恥じらいもないのでしょうか。三菱はもはやCSRの初歩的な条件を失っています。韓流ブームとかに狂って東アジア経済共同体構想を提起しながら、一方では不正義を平然と行うこの国の実態にあらためて恥じ入るばかりです。申し訳ありません。原告の哀しみの叫びを胸に刻まなければなりません。私たちは許しを乞うチャンスを失ったのです。
「アポジー、申し訳ない。小さい子どもを動物と同じように扱って、嘘をついた三菱は泥棒だ。少女たちをだまして連れてきて働かせた。これは間違いのないこと。責任を逃れようとするのはとんでもない話だ。1銭でも、2銭でも、仕事をした給料をもらいたい。そしたら、私の怨は海に流して、残りの人生をにこにこ笑って暮らせるのに。お金のためでなく、日本人の良心が生きているかを確認しに来た。日本の子どもたちが韓国にたくさん来ているけど、韓国の大学生たちには日本人とつき合うな、と言わなくはならない」
私にできることと云えば、永遠に三菱の自動車を買わないことを呼びかけるぐらいでしょうか。誰一人として三菱の車を買わなければそれは大きな意味を持つことになるかもしれません。(2005/2/24
23:28)
[遺伝子組み換え輸入ナタネが静かに日本を侵している]
日本のナタネ輸入量は約200万トンでその80%はカナダ産です。カナダのナタネの60%は遺伝子組み換えが占めています。ナタネは近縁種との交雑が容易で、カナダのバイオ開発企業「モンサント社」の除草剤耐性を持つナタネがまわりの雑草と自然交配して、強力な除草剤に強い雑草が日本全国に拡大しています。遺伝子組み換え植物の栽培と使用は、▽野生化・雑草化による交雑で遺伝子が拡散し▽周辺の植物や微生物と昆虫などが組み替え植物に対抗して深化し耐性を持ち始め▽駆除目的の害虫以外の生き物に影響を与え遂に人間の生命を攪乱する生態系全体が崩壊する危機を誘発します。輸入セイヨウナタネが運搬中にこぼれ、すでに横浜、名古屋、四日市、神戸、博多、清水など日本の主要な港町で自生しはじめています。
「生物多様性カルタヘナ議定書」(00年1月)は、遺伝子組み換え生物の使用による生物多様性への悪影響を防止決め、日本では「遺伝子組み換え生物等の規則による生物の多様性の確保に関する法律」(04年2月)が施行されていますが、ナタネに関しては手遅れの状況があります。遺伝子組み換え生物は生態系にとっての新規生物であり、遺伝特性を人為的に操作した人工的な特殊生命ですから、使用直後に影響が出なくてもジワリジワリと生態系を破壊していく効果を持ちます。詳細な全国調査を直ちに開始し、組み替え種子の攪乱をストップし、汚染植物の駆除を直ちに始めないと、人間生命の危機が深化していきます。すでに薬品や組み換え食品の摂取による人体の遺伝子異常と奇形児発生率が急上昇しています。
さらに生態系を破壊する侵略的な特定外来生物が急速に日本に入り込んできています。「特定外来生物による生態系等の被害の防止に関する法律」は、「予防的アプローチ」による特定外来生物の選定を義務づけていますが、シナダレガヤ(外来牧草)が植生を攪乱し、セイヨウオオハルハナバチが在来のマルハナバチと花の共生関係を破壊し、オオクチバスが水生昆虫を攪乱しているなかで、予防的リストに載ったのはオオクチバスのみでした。環境と科学は市場原理の前に敗北し、遺伝子組み換えバイオ企業の利潤が最優先されて日本は次々と浸蝕されています。以上・鷲谷いずみ東大農学生命科学教室から。”我が亡き後に洪水は来たれ”という資本の亡者は確実に日本の未来の子どもたちの生存を奪いつつ、バベルの塔を必死で築いていますが、音を立てて崩壊するときはみんなが揃って地獄へ行くのです。環境ホルモンを含む複合汚染による日本の奇形発生率の推移をぜひ見て下さい。1年間に生まれる230万人の新しい生命のうち、じつに100万人の赤ちゃんが流産、死産、奇形性を持って産まれているのです。(2005/2/23
9:05)
[1936年2月26日を契機に日本はどうなっていったのでしょうか? そして2005年の今は?]
36年の青年将校によるクーデター2.26事件が起きたときに、日本はどんな雰囲気だったのでしょうか。「日常の生活に大きな変化はなかった。衣食は足り、電車は動いていた。小学校から大学まで、どこの学校も開いていた。6大学野球のリーグ戦もあり、映画館では欧米の映画が上映され、大学の研究室では欧米の雑誌を読むことさえできた。その時何が変わろうとしていたのか。変わりつつあったのは、ラジオや新聞が用いる日本語の語彙であり、総合雑誌に載せる論文の表題や著者の名前である。その背景の見えないところで、どういう圧力や取引や「自己規制」が言論機関に作用していたかは、学生の一人であった当時の私には知る由もなかった。しかし報道言論の表面に表れた変化、一見おだやかな、なしくずしの変化に、特定の方向のあることだけは、私にも見誤りようがなかった。言論の自由は、そしてあらゆる批判精神は、指の間から漏れる白砂のように、静かに、音もなく、しかし確実に、失われつつあったのである。その結果がどこへ行き着いたかは、いうまでもない」(加藤周一「夕陽妄語 報道3題」2月22日朝日新聞夕刊)。
政治が公共放送の内容に干渉し、放送もそれを恥じないばかりか自分から受容している昨今の姿は、いつか来た道をたどり始めた日本の今を象徴している。この道はいつか来た道、あーあそうだよ70年前の戦争への道だよーこう口ずさんでもあまり違和感がないような気がしませんか。そしてまた世界史を勉強した人は、第1次大戦後のドイツの歩みに今の日本を重ねることも可能でしょう。内容はかなり違いますが、カリスマ的な指導者の下で軍事路線へ大きくカーブを切る有様はどうも似ているような気がします。まず報道からいかれてしまうのですね。そうして安穏な平和のうちに気がつかないままに引きずられて行ってしまうのですね。
英国ではBBCと主要新聞が一緒になって政府と正面からたたかい、米国ではすべての新聞が大統領府を批判するなかで、我が日本の報道だけが孤立するA紙を高みの見物でみています。どうしたんでしょうかね、日本は。もういきつくところまで いくんでしょうかね。忍び寄る不安と不況のなかで、どうしていいか分からない人たちがとりあえず一生懸命首にならないように悪戦苦闘し、世の中全体が何かおかしいなーと思いつつ、その日その日をなんとか無事に終えようとしています。TVではお笑い番組があふれているのに、街で朗らかに笑っている人はいるでしょうか。みんな苦虫をかみつぶしたような暗い表情で歩いてはいませんか。こんな時には、一気に不安を振り払うような直線的な行動が出てくるような気がします。ひょっとしたら自衛隊の一部に本気でクーデターを考えているグループがいたとしても、それほど不思議ではないような気がします。2.26が姿を変えてもう一度起こるんじゃないかと思いませんか。こんな時に気をつけることは、断固たる調子で断定的な言葉を吐く人物の登場です。しかも現代の独裁はかっこよく笑顔を振りまいて現れます。不満をより弱い層へ集中して犠牲者をつくりだし、じょじょに犠牲の対象を拡大していきます。ナチスの突撃隊は抑圧されていたアウトサイダーの若者のルサンチマンをつかんだのです。(2005/2/23
00:19)
[認知神経科学からみた「自由」と「責任」]
潜在認知が行動を規定するメカニズムについて認知神経科学は多大の貢献をしている。独創性の背後には客観的に論理化できない暗黙知があるとか、米国市民の潜在意識によって米国大統領選が左右されたこと、古くはフロイト的無意識の領域まで、日本では養老猛司氏の唯脳論まで社会事象を脳のメタファーで語る傾向が流行している。オウムのカルト行動や宣伝・扇動の高度技術によるマインドコントロールや洗脳などの威力を証明して、行為責任を免罪しようとする免責理論も研究されている。軍部や政治家の情報操作による戦争責任の免罪論や、トラウマ体験によるPTSDや幼児虐待による非行免罪論などが法廷で展開されるようになった。こうした脳科学の進化を背景にした免罪論は近代的責任倫理を揺るがす要素を持っている。
近代的責任倫理とそれに依拠する秩序論は、自立した自由な主体が自主判断によって犯した行為は当事者の責任に属するという近代の制度体系を生みだし、私たちの社会システムの根底を支えている。しかし洗脳や意識操作に抗えない被害者であるならば原理的に責任を問えないことになる。果たして自由意志は脳内物質の変容過程として科学的に解明できるのだろうか。おそらく解明できるだろう。しかし解明しきることと、当人の行為を脳内意識過程の必然的な外部化として責任を問わないという間には本質的な質の違いがある。なぜなら自分の意識過程を意識する別の意識が人間には働いているからだ。殺意を抱く過程と、その行為には無限の断絶がある。その超えてはならない溝をなぜ超えたかーここに「自由」意志による作為があり、行為に至らない選択を選ぶこともありえたはずだ。近代の規範は、意志と行為を峻別し、結果行為を裁くという大原則がある。もし脳内物質過程の必然的行為として、個人の行為を免罪するならば、あらゆる犯罪行為は免罪されるだろう。つまり認知神経科学が、社会的価値の領域に触手を伸ばして、あらゆる価値行為を脳内に還元する唯脳論に堕すれば、それはもっとも新しい人間機械論に他ならない。
認知神経科学が解明しなければならない真の問題は、なぜ人は自己を犠牲にして他者に貢献するのか、なぜ人は全き孤立のなかで敢えて信念を貫くのか、なぜ人間は独裁に抗して獄死を選ぶのか、なぜ人間はホームから落ちた人間を助けようとして自らのいのちを落とすのか、なぜコルベ神父は身代わりとなって処刑の道を選ぶのか等々人間の尊厳に関する行為を解明すべきだろう。以上・下條信輔氏の論考(朝日新聞2月21日夕刊)参照。
下條氏の論考に欠落しているのは、文化に埋め込まれた人間の行為の問題である。狭くは成長のなかで身につける家庭の文化、地域や民俗・宗教の文化広くは時代の文化まで身体的に習慣化した思考と行動が埋め込まれ、時代と文化を越えた自由意志を持つことは原理的に不可能に近い。ソクラテスもアリストテレスも奴隷制を疑うことはできなかったのだ。自爆テロを崇高な行為と讃える文化としての行為を、単純に否定できないのはそのためだ。自爆テロの殉教を選ばなければ、天国に行けないとか共同体から排除されるのだ。そうした埋め込まれた文化的行為の限界と虚偽性、文化による意識の非操作性の危険を自覚的に捉え返す学習と知の深化こそ現代の情報化時代を生き抜くリテラシーではないだろうか。
ブッシュ大統領はおそらく本気で米国型自由の世界化を真剣に自分の義務として命がけで推進している。その彼の大脳は、明らかにキリスト教原理主義の洗脳を受けている。彼の大脳の神経反射過程は、パブロフの条件反射のようにアンチ・キリストに対する憎悪の信念が脳内物質の変容に取り込まれているに違いない。しかし彼はそのような自己を反省的に凝視する充分な学習チャンスと最低限の知的判断力を持っている。もしそうでなく大脳神経活動の単なる奴隷であるとすれば、彼はただちに大統領の資格を失う。ここには確かに文化に埋め込まれた判断力の問題があるが、それを理由に彼の殺戮行為が免罪されることはない。なぜなら彼を尊厳ある人間として対象化すれば、かえって彼の責任を問うて裁きの椅子に掛けることが彼を人間として処遇していることになるからだ。「意識の自由」と「表現の自由」と「行為の自由」との間には超えてはならない万里の長城がある。心神喪失(耗弱)による責任能力とは原理的に意味が異なるのだ。
無知でナイーブな人殺しを嫌がる米国の若者を恐るべき殺人マシーンに変えていく米軍の心理教育カリキュラムがある。敵の残虐シーンを次々とVTRで浴びせかけ、憎悪を限界まで煽りながら敵意を極限化し、次いで敵を倒す正義の行為を次々と見せてヒロイズムを宣揚する。戦場で殺すこと自体に快感を覚えるまでに大脳神経活動を高揚させて、現実の戦闘のただ中に放り込んだとき、無垢の兵士は捕虜をいたぶって快感を味わう殺人マシンとなる。アブグレイブ収容所の女性兵士を見ればお分かりであろう。突撃の前には精神興奮剤を服用させている。にもかかわらず、兵士を洗脳した米軍の教育課程を告発することによって、兵士のハーグ協定違反が免罪されることはない。あらゆる意味で「にもかかわらず」冷徹に個人責任はある。
こうした非人道的行為が蔓延しているのは、軍隊のみならず日常の市民生活にも見られる。普通のおとなしい人が、異常な集団心理の渦に巻き込まれて、想像できないような残酷な行為に至ることがイジメの世界にある。やってしまえ!という絶叫で一気に信じられない残酷な行為が繰り広げられる。ソロモン・アッシュ実験では、学生たちは教授の命令で親友である被験者が絶叫していても、高圧電流の電圧を次々と上げていったのだ。人類はこうした非人間的行為がどのようなメカニズムで発生してきたかを充分に学習してきたはずだ。けれども残虐行為が後を絶たないのは、にもかかわらず学習効果は依然として弱いのはなぜだ。それは人間の本能か? 潜在認知行動の歪曲か? 神の命令としての殉教か? こうした決定論的な思弁は人間を果てしないあきらめと頽廃に追いこむ効果しかない。あらゆる状況にもかかわらず、なぜNON!と言う人が出てくるのかーそのような奇跡の行為のメカニズムの解明にこそ科学の力が注がれなければならない。(2005/2/21
20:09)
[写真集『子どもたちの昭和史』(大月書店 1984年)をジッと見ながら]
哺乳類の中で人間だけが早産なのだ。他の動物は母胎の中でほぼ成長し出産後は自分ですぐ歩き始め、早くから自立生活に入れるが、人間だけは少なくとも3年間は(或いはもっと)親の庇護の下で生きていかなければならない。高度な文明に入っていくための最低の教育期間が9年であることを考えれば、人間の子どもは親と社会の厚いセイフテイネットのなかでしか大人として自立した生活に入れない。この9年間が子どもに及ぼす決定的な影響力を思うと、その巨大な意味に戦慄を覚える。みなさんが成長してきた子ども時代を思い浮かべれば、なにがしかの懐かしさと忸怩たるものがあるでしょう。親の存在自体がないという事実の下で成長しなければならなかった子どももいるでしょう。或いは激しい迫害を受けた人もいるでしょう。親から売り飛ばされた体験を一生引きずっている子どももいるでしょう。ひとりひとりの子どもの諸相は個別ですが、それを括って時代全体が流れてきたことも事実です。
この写真集は、日本の子どもたちがどのように生きてきたかを、満州事変前の1918年から現代に至る実相を鮮やかに描き出しています。5部編成で嵐の前のこどもたち→軍歌を歌う子どもたち→戦火の中の子どもたち→焼け跡の子どもたち→明日に向かう子どもたちとなっています。見終えて思うことは、どの時代の子どもたちも親が作り出している時代のシステムに必死に適応又はあらがおうとしているけなげさがあることです。子どもは時代を映す鏡だということがよくわかり、たとえ悪さをする子どもがいてもやっぱり大人が創りだしたシステムの犠牲者なのだと云うことがよく分かります。
満州事変前の子どもたちはよく笑っています。貧しいけれども大正デモクラシー期の希望を全身に受けていたようです。日中戦争期の子どもたちは、一転してハチマキ姿で軍事訓練に励みフンドシ一枚で集団体操に精を出して、立派な小さな兵隊さんをめざしています。太平洋戦争期の子どもたちは、弟や妹を背負い重いリュックを下げながらハダシで空襲のなかを避難しています。黒こげになった母と子の写真があります。母の背中だけは子どもを背負った部分が白く残っています。真っ黒に焼けて灰となったこどもが仰向けに倒れています。ルーズヴェルトとチャーチルの似顔絵を木刀で叩く訓練が運動場で行われています。農作業している少女は、体力をつけるために上半身裸でふっくらとした乳房をさらけ出して微笑んでいます。終戦を告げる天皇の放送を聞いて土下座して泣いている子どもがいます。焼け跡の子どもたちは、また笑顔が戻っています。不思議ですね。子どもの笑顔が久しぶりに登場しました。戦争孤児の不敵な表情が印象的です。貧しいけれど希望があふれた表情で、学校の校舎を自分たちで修繕し立て直しています。
明日に向かう子どもたちという終章は、米軍のトラックに轢き殺されたあどけない少女が真っ白いパンツをさらけ出して路上に横たわっています。まわりを4人の米兵と日本人が困ったような表情をして見下ろしています。自衛隊の基地で自衛官と戯れて銃を発射している子どもたちは真剣そのものです。最後は輝く瞳をまっすぐに上方へ向けた子どもたちの顔で終わっています。1980年の初頭に刊行されたこの写真集は希望で終わっています、それから20数年が流れました。子どもは時代を映す被規定的な存在であるということをまざまざと伝えてくれた写真集の意図と現代史は大きく乖離してしまいました。当時の子どもが書いた1つの詩を紹介しましょう。
しごとのにおい 小二 滝川正彦
おかあちゃんのにおいは
もんぺをはいたるときは 土のにおい
おとうちゃんは ガソリンのにおい
おばあちゃんは ごえいかのにおい
ぼくは べん強ようけやって
べんきょうのにおいが
たっぷりするように しよう
あとつぎで
ぼくは おやくしょうになる(ママ)
土ケ畑の人は においがする
それは土のにおいだ
ゆうこちゃんのおかあさんは
ろうのにおい
上のおばあちゃんは 山のにおいがする
ぼくは ぜったいに
においのする人間になるぞ
この希望を持って百姓になった滝川君がいまどうなっているかを思うと暗然とした気持になります。においは生活からにじみ出ている大人たちのアイデンテイテイです。自然に世代間の継承が流れ、子どもたちは確かな目標を持って自分を位置づけていました。まずしいけれでもなにか人間的な尊厳がただよっているようです。いま親や大人たちからどのようなにおいが子どもの世界に流れてきているのでしょうか。にほいは、子どもたちにとって大人の文化と生きる目当てなのではないでしょうか。もはやおとなたちからにおいは流れてきません。疲れ切って深夜に帰宅する父親は真っ白いワイシャツで武装されています。子どもたちは深夜の学習塾の疲れをコンビニで束の間の安らぎを覚えています。イジメから逃れる精一杯の演技をしなければ毎日を安心して生存できません。
「就学時に遺伝子検査をして、できない子にはそれなりの教育をすればいい」と江崎玲於奈氏は云い、「お国のためにいのちを投げ出してもかまわない日本人をうみだす。お国のためにいのちを捧げた人があって、いまここに祖国があるということを子どもたちに教える」と西村議員は言い切っています。熾烈に競争しながらイザというときに喜んで死ぬという教育を受けている子どもたちを想像すると、この国の大人たちのあまりの無残に気を失うかのようです。これらの大人たちは、学習効果が全く欠落しています。昭和史の60数年間を通して学んだことは、こどもは子どもの世界があり大人たちがアレコレといじり回してはならないのだということです。大人の手段として子どもたちを絶対に扱ってはならないということです。大人の恣意的なシステム運動によって弄ばれた子どもの悲劇を、昭和史の子どもたちは身を以て訴えています。大人たちは自分の価値の強制をグッと我慢して、子どもたちが安心して振る舞えるような自由空間の条件を提供することに力を尽くすーこれがすべてではないでしょうか。そうしてこの過去の子どもたちの歴史の記憶だけはしっかりと次世代に伝え、後はどのような時代をつくるかは君たちの自由だよーと信託のメッセージを発しなければなりません。そのような空間でこそじつは子どもたちが驚くべき成長を遂げることを大正デモクラシー期の歴史が証明しています。狭い狭い日本といういち国家の枠を超えて展開する生命が躍動するに違いありません。とりあえず大人たちの責任は、江崎玲於奈氏とか西村氏などの歴史科の学科試験に落第している人々に追試験を課し、単位をもう一度とるように勧めなければなりません。(2005/2/21
10:25)
[よみがえる超国家主義の亡霊]
日本の国家主義は、西欧の国家有機体説とは異なり、神の子孫である天皇が統率する神国論という国粋主義の傾向が強く、大和民族が世界で最も優秀だとする八紘一宇の思想によってアジアと世界の盟主にあることをめざした奇形的なナショナリズムでした。この思想による国民総動員をめざす支柱となったのが、「教育に関する勅語(教育勅語」に他なりません。1890年に出されたこの勅語は、天皇を神としすべての道徳の根元として絶対崇拝し、戦時には命を賭けた無限の献身と忠誠を強制する公民教育のバイブルとなりました。そこには「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ」として天皇のために死ねと記されていました。
驚いたことにこれが21世紀の現代によみがえったのです。04年2月に設立された教育基本法改正推進委員会総会で、民主党議員が「お国のために命を投げ出してもかまわない日本人を生み出す。お国のために命を捧げた人があって、今ここに祖国があるということを子どもたちに教える。これに尽きる」とまさに戦時期のファナテックな出陣学徒壮行会のことばを繰り返したのです。グローバルでボーダレスな21世紀の現代にあっておよそこうしたアナクロニズムがフォーマルな席で云われたのに驚きました。いのちの尊厳を一方で奏でながら、他方では国のために死ねーと要求するこの議員の頭脳構造はどうなっているのでしょうか。国家にこそ最高の価値があるという国家主義が声高に叫ばれるときこそ、実はもっとも警戒しなければなりません。その国家はNATIONであり、COUNTRYではなく、自分の愛する故郷や家族のために死ぬのではありません。中曽根元首相は、「勝っても国家、負けても国家、勝利の栄光と敗北の汚辱をともにするのが国家だ」と云いましたが、ここに国家の偽善が象徴的に表れています。
2000万人のアジア人を殺し、300万人の同胞を犠牲にしてやっと私たちはその嘘を見抜き、ふたたび国家による人間の支配を許さないという意志を持って再出発して60年を経て、また亡霊が姿を現したのです。60年前にきっぱりと偽善を裁かなかったツケがいま廻ってきているようです。では「教育勅語」は神の言葉だったのでしょうか。
「緩急アレバ」の緩急は、ゆるやかなこととせわしいことという意味ですが、後者に重点が置かれて緊急・変事という意味に使われます。「一旦緩急アレバ」という漢文訓読調の文語は、正確には「アレバ」は「あったので」という過去表現ですから、正しくは「一旦緩急アラバ」と表現するのが文法的に正しいのです。教育勅語起草者は文法の基礎知識が不足していたようです。さて「一旦緩急アラバ」という表現の始発は、2千年以上前に書かれた『史記』袁央列伝にあります。漢の時代に、ある国の大臣を務めていた袁央という男が、有名なヤクザと仲良くなったので、友人が「なぜあんなヤクザとつき合うのか」と聞くと、袁央は「人はいつ緩急に遭うか分からぬ。君は数人の護衛を従えているが、いざ変事の時になんの頼りになるか」と答えました。つまり”一旦緩急アラバ、寧ゾ恃ムニアランヤ”なのです。すると教育勅語はまるで国民にヤクザのようにいのちを投げ出せーと言っていることになります。ここにも教育勅語起草者の知的レベルの低劣さが表れています。それを金科玉条のように持ち出した現代の議員の知的貧困をもさらけ出しています。とにもかくにも現代の教育基本法改正論者の頭脳は、インテリジェンスの欠落した野蛮な情熱しかないようです。日本の精神的貧困はとどまるところを知りません。以上・一海知義「帰休閑話124 緩急」(『機』2月号所収)参照。
国民はヤクザの三下となって死ぬのだということを推進派の言葉から拾ってみましょう。
「限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養ってもらえればいい」(三浦主門教育課程審議会元会長)
「就学時に遺伝子検査をして、できない子にはそれなりの教育をすればいい」(教育改革国民会議江崎玲於奈座長)
ここに超国家主義をはるかに超えたナチス人種理論がはばかることなく主張されています。ドイツではすぐに反ナチス法違反で逮捕されるような知性の堕落が表れています。(2005/2/18
20:07)
[いま先進国でエイズ患者が増大しているのは日本だけだ]
1981年に初めてエイズ(後天性免疫不全症候群)患者がアメリカで確認されてから、今年で24年になります。UNAIDS(国連合同エイズ計画)の推計によると、HIV感染者は世界で3940万人、04年の新規感染者は490万人、死者は310万人で過去最悪となりました。地域別ではサハラ以南のアフリカで推定感染者数2540万人、年間死者数230万人で成人の20−40%が感染している。世界のエイズ患者のうち600万人が治療なしに1−2年以内で死亡する。アジアの推定陽性者数は820万人でなかでも中国と日本での激増が著しい。中国保健省報告では、推定感染者数84万人(成人陽性率0,1%未満)であるが、有効な対策がなければ2010年に1000満員を突破するという。日本では血友病患者の1427人以上が感染し、562人が死亡する薬害エイズからはじまって、現在はHIV陽性者数が6527人、エイズ患者数が3257人で性感染による低年齢化が進んでいます。以上は厚労省「エイズ動向委員会報告」参照。
なぜ先進国で日本だけが激増しているのでしょうか。米国を含め他の先進国では、エイズ患者と市民の教師が進み、早期発見と早期治療による患者発生数が減少しているのですが、日本ではそうではありません。アフリカや中国では衛生と医療技術の問題が大きいのですが、日本では偏見と差別による孤立と秘匿が問題となっています。発症して初めて感染を知る人が激増しています。恐怖と悲劇イメージが蔓延し、現実と冷静に向き合う検査を忌避することによって多くのいのちが失われています。
衝撃的な映像や写真が流れ、事実をステレオタイプ化して現実を加工して、いかにも真実を伝えるかの報道によって、真実をエンタテイメントとして商品化するなかで、エイズの負のイメージが再生産され偏見の泥沼に陥っています。薬害エイズからはじまった日本は、元凶である医学界が反省しないで、血友病専門の医者が一斉にエイズ専門医に転身進して、医学的業績の対象として患者を扱っています。偏見・恐怖・嫌悪の対象となった患者は、エイズ専門医の狭い治療室に閉塞され、闇から闇へと姿を消していっています。日本社会の根底を揺り動かす病原菌が蔓延し、人間の尊厳そのものが問われているのも関わらず、患者と医者の間に閉じこめられてこの世を去っています。より悲惨なことは、HIV陽性を告知された人が、偏見を自らに取り込んで差別の矛先を自分自身に向けて怯えながら世を呪い自分を責めていることです。
川田龍平氏が95年にはじめて実名を名乗って登場してから、10年が経とうとしていますが、日本の偏見の状況は変わっていません。彼はいま週1−2回インターフェロンを自分で腹部に注射し、発熱と悪寒に苦しみながらエイズ発症を抑制しています。彼の顔は苦痛に歪んで絶望的な表情をしています。ぜひ「DAYS
LAPAN」3月号をごらん下さい。(2005/2/18 11:36)
[中部国際空港は破綻するか]
中部国際空港は、国・愛知県・民間企業が出資者となって常滑沖の470haを埋立造成し、民間主導で建設された3500m滑走路を備える24時間空港としてはなばなしくスタートした。空港島と対岸部にある前島は、愛知県企業庁が総事業費2277億円を投入しナゴヤードム48個分に相当する面積230haの企業分譲地である。04年度第1期分譲契約・内定状況は1社のみで、8,5haのうちわずか0,4ha(5%)の成約率である。常滑商工会議所が実施した空港によるビジネス・アンケート(市内1120事業所 04年2月)で、ビジネスチャンスを求めて行動した事業所のうち、「利益なし・成果なし」が61%に昇った。トヨタ・システムによって請負工事の殆どの受注は市外業者へ流れ常滑市は通過点に過ぎなかったわけだ。名古屋ー空港間の私鉄・快速特急は常滑駅に停車せず素通りする。空港による地元経済誘発効果は予想以上に暗い。
常滑市が都市再生機構と共同開発した空港関係者のための「常滑地区ニュータウン計画」は、総額180億円、71,3ha、1600戸、人口5000人を想定する地方自治体にとっては大団地計画であるが、ついに開港には間に合わなかった。宅地が売れ残った場合は、常滑市が処分単価で取得するという協定があり、開発失敗のリスクはすべて市民税で負うことになっている。常滑市は、愛知県企業庁の空港島と前島の企業誘致の成功を前提に、ニュータウン完売によって2015年度には70億円の増収を想定しているが、初期投資180億円の回収も困難となった。
旧名古屋空港は、愛知県直営空港となって小型機専用空港となったが、現在の乗り入れ航空会社は1社のみで民間機の着陸料のみで10数億円の管理を超える収入の見込みはない。そこで愛知県は全国ではじめて自衛隊機の着陸料徴収を始め、05年度の収入見込み9億4900万円のうち7億円(70%)を自衛隊に依存することとなった。小牧基地にはC130輸送機が配備されてイラクへの出撃拠点となっているが、06年度には空中給油機が配備される。、
1月14日に国交省・愛知県・防衛庁の間で締結された県営名古屋空港利用協定では、「防衛庁は民間航空機の円滑な運用に配慮する」として、1958年時の覚書「運輸省は民間航空機の運航上支障となる防衛庁の計画の変更を求めることができる」という県と国の変更権限を放棄している。空港の設置管理者が航空機運航の変更を求めることができないという事実上の軍事空港となった。
以上が華やかな開港セレモニーの裏側で進んでいる恐るべき実態だ。05年度は万博需要によって乗り切れるが、万博が終わったあとに愛知県と常滑市の市民に誘発されるだろう大不況を想像すると目を覆わしめるものがある。名古屋市の巨大プロジェクトによる在世破綻の実態をみてみよう。
徳山ダム 建設費20億円→この水は名古屋市には必要ない
なごやサイエンスパーク 関連事業含めて700億円(89年開始の産学連携事業)→守山区9,8ha 2月現在立地企業5件のみで90%空き地、さらに千種・鶴舞地区産官学連携バイオベンチャー
愛知万博 新交通システム「」リニモ」1075億円→万博後の採算見通しなし
堀川納屋橋地区「屋台村」 90坪の空地買収額21億7千万円(坪2340万円)
誘致企業補助制度 10億円
大型店出店 生鮮食料品店半減(この10年)
ポスト万博後の名古屋市内失業予測数 6万人 (2005/2/18
9:01)
[ノーマ・フィールドはなぜ今小林多喜二を語るのか]
戦前期の代表的なプロレタリア作家であった小林多喜二(1903−1933年)は、72年前の2月20日に逮捕されて6時間後に築地警察署で29歳のいのちを拷問によって絶たれた。でも今の若い人の何人が彼の名前を知っているでしょうか。プロレタリアートも無産者も階級闘争も死語と化して冷笑を浴びる中で、小林の作品を読む人もほとんどいなくなりました。そんななかでむしろ海外で、しかもアメリカで急速に小林に対する関心が高まり、その中心にノーマ・フィールド(シカゴ大 『天皇が逝く国で』)がいます。彼女はなぜ多喜二研究を進めるのでしょうか。
彼女の最大の関心は、「いかにして人間は自らを抑圧する者に対して立ちあがるのか」という問題にある。限界まで追い詰められていたたまれなくなって立ち上がるという窮乏革命論のようなロマンチックなシナリオを好む傾向があるがそれは違うという。公民権運動が火を噴くきっかけとなった黒人女性ローザ・パークスがバスの白人席に腰を下ろして追い出されたときに、彼女は疲れ切っていて黒人席に歩むことができなかったという神話があるがそれは嘘で、彼女は運動の中で日常的な訓練(オルグ)を受けており、それはすでにある憤怒と絶望に対して働きかける内発性を持っていたからだという。内発的な勇気と情熱は、外発的な作為と訓練と分かちがたく結びついているのだという。さらに自分の苦しみに対する認識の深化は、他者の苦しみに対する共感と連帯を育て、個人と集団が分かちがたく結びつくともいう。60年代の政治の季節が去って、純粋な感情は個人(文学)で、集団(組織)はそれを圧迫するものとみなして閉塞する現状は、多くの大切なものを人間から喪わさせている。こうして戦争を放棄した第9条を守るに必要な連帯が成立しぬくくなってきている。個人の戦争体験が集団と深く結びついていた時代では、非戦の力が自然に共感できたが、現代では直接体験の共有ではなく、イラクの人々やいじめられる若者、逼塞する老人のそれぞれに対し、どこまで想像力を駆使し連帯できるかが問われている。それは個人の地を這うような地味な努力と組織化にこそあるーここにこそ現代に小林多喜二が読まれる意味があるのだ、と彼女はいう。
深い洞察だと思う。日本人の中でこのように正面から問題を提起し、恐れることなく真実に接近しようとする姿勢を示すことは難しい。過労死が横行し、自殺者が3万人を超え、君が代を歌わないと首にするぞ!と脅迫されて疲弊しきっている現状に正面から異議申し立てを行うには、生活と地位を失う勇気が要る。小林多喜二を取り上げれば、それだけで日本の論壇から排除される現状に、誰しも尻込みせざるを得ない。いたたまれなくなって立ち上がるというのは幻想で、そのようなときにはむしろ自分から進んで協力するシステムが完成しているのだ(これがナチスや東条の教訓であった)。小林多喜二が虐殺されたときに、誰もが怒る気力はなかったのだ。ただ涙を流して逮捕を覚悟しつつ、葬儀すらおこなえなかったのだ。
こうした国家犯罪は治安維持法という外見的法律主義によって実行された。政府統計では治安維持法による送検者は7,5681人、起訴は5162人であり、逮捕者を含めて数十万人の犠牲者が出た。小林多喜二が殺害された築地等の警察署では、全部で80人が虐殺され、拷問による獄死が114人、病気による獄死が1503人に上った。この殺害は戦前の法規でも殺人罪であり、現在の法規では特別公務員暴行陵辱罪が付加されるが、加害者の特高警察官には何の処断もなく謝罪もおこなわれていない。対独協力者に苛烈な戦犯追及を行ったフランスとイタリアとのなんたる対比であろう! 小林多喜二虐殺の主犯である警視庁特高部長・安倍源基(33年に最多の19人を殺害)は、戦後に右翼団体・新日本協議会を児玉誉士夫と結成CIAのエージェントして生き延びた。小林を直接殺害した毛利特高課長は、勲五等旭日章をもらい埼玉県警察部長として東久滋内閣から功績顕著の特別表彰を受けた。同じ中川成夫警部は、高輪警察署長・筑地所長を経て東京滝野川区長を務め、その後東映取締役興行部長として『警視庁物語』シリーズを全国上映したあと、64年に東京北区教育委員長になった。岩田義道も虐殺した山縣為三警部は、43年に東京府議会議員となり戦後は丸の内署長時代に知り合ったビフテキ屋「スエヒロ」社長から暖簾をもらって「スエヒロ」を開業し74歳で死亡するまで経営を続けた。以上が戦前期の殺人者たちの経歴である。
私は日本の現代史にひろがっている闇の世界が、いまでも深く広く世を覆っているという状況を見て暗然とした気持におちいる。どのような悲劇的な結果を個人にもたらしても、一切の責任を問われずのうのうと生きていける社会とは何であろうか。公民権運動まで奴隷として搾取されてきたアフリカ系アメリカンを上回るような残酷な虐待を受けて、その下手人が君臨していける社会とは一体何であろうか。小林が命を賭けて告発した当時の日本の残酷はハードからソフトな形態で連続し、想像力なくしては見抜けないまでに浸透させた後に、いよいよ憲法改正というハードな手法を正面から繰り出そうとしている。何か言えば孤立する雰囲気を蔓延させて、息もできず窒息していくかのような現状がありませんか。TVをつければ、お笑いと料理をウマイウマイと食べる画面を垂れ流して、ほんとうに大事なことへの想像力を削り落としていく風潮が蔓延していませんか。
しかし私は敢えてなお確かに云えることを確認しなければなりません。このような抑圧の蔓延はじつは支配の危機がそれだけ深化し、支配者が支配される恐怖に戦いているからこそ、ハードなちからを使わざるを得ないという事実こそ背後にあるということです。支配の調達がゆらいでいるからこそ、支配の論理は野蛮なかたちをとるのです。そして恐ろしいことは、支配も被支配も頽廃を共有して、ともに地獄への途を駆け落ちるように転がっていくことです。ソクラテスを殺害した「無知の知」を想い起こします。
ではどうしたらいいのでしょうか。自分なりの想像力をつくりあげながら、自分のポジションで自分ができそうな対抗を刻んでいくことではないでしょうか。さまざまの抑圧と支配の表れの具体に対して、そのひとつひとつをつぶしていく営為の集積のなかにこそ、ほんものの未来形成力が培われていくように思います。一方的に、またかなりの主観を込めて記してきましたが、是非とも皆さまのご批判を受けたいと思います。(2005/2/17
9:26)
[日米ミーイズム同盟によって地球はどうなるのだろうかー地球温暖化防止京都議定書16日発効]
米航空宇宙局ゴーダード宇宙研究所の発表によれば、05年度の世界平均気温は98年の約15度を超えて観測史上最高気温となる。97年12月に京都で開催された気候変動枠組み条約第3回締約国会議OP3)で、08年ー12年の第1約束期間に先進28ヶ国の温室効果ガス排出量を90年比でー5%削減を義務づけ、国別目標も決めた。ところが世界の排出量の24%を占める米国は01年に「米国経済の足かせ」として一方的に離脱したが、04年10月にロシアの批准により先進国全体の55%以上という発効基準が満たされてついに今日発効に至った。
8%削減目標のEUは、02年で2,5%すでに削減し、8%のドイツは18,5%、同じく英国は14,5%という超過達成を行っている。英国は01年に使用量に応じた気候変動税を企業に課税し、ドイツは企業との協定で12年までに35%削減を決めた。EUは13年度以降の第2約束期間の削減目標の検討に入り、産業革命前の平均気温比で上昇を2度に抑える目標を再確認し、海運・航空業界も対象に入れ、途上国の参加を促す戦略を採択した。ひとり米国は削減目標値設定自体に反対して、温室効果ガスを垂れ流している。国連加盟国191ヶ国のうち4分の3の139ヶ国・地域が議定書を批准している中でだ。
京都会議議長国である日本はどうか。親分の米国の横暴に追随して、削減の先頭を切るべき議長国責任を放棄し、排出量を逆に8%(条約事務局推計では12,1%)も増大させるという恥ずべきふるまいに至っている。排出量の80%を占める企業と公共施設部門が全く協力しないからである。国際公約である6%削減と増加分8%を合わせた14%削減を義務づけられることになる。とkろが政府は、CO2削減目標を減らし、日本経団連の自主努力と海外からの排出権取引を中核行動にして、自国内の削減努力を放棄している。核融合と宇宙太陽光発電の技術開発まで垂れ流すといっている。ブッシュ政権が主張するGDP単位の排出量に切り替えるという方針に追随し、削減年度も20年ー30年に先延ばししようとしている。GDP比率ではGDPが増大すれば排出量も増大するのだから、全く無意味な方式に過ぎない。或いは中国・インドを規制せよと途上国に八つ当たりしている。産業革命以後の温暖化に主要な責任があるのは先進国であるにもかかわらず。
日本経団連意見書「企業の活力をそぐ施策は講じるべきではない。97年に業界団体が決めた環境自主行動計画の政府計画化と政府の削減目標への関与は、産業構造の変化を阻害し硬直化させかねない」(15日)
経済産業省「環境税導入が温暖化防止のためにどういう効果があるか理解できない」(15日大臣記者会見)
02年にまとめた政府の温暖化対策推進大綱は、産業・運輸・民生(エネルギー起源)のCO2削減分は0%(!)であり、80%を占める産業部門と火力発電など大口排出源対策が欠落し、原発技術向上によるわずか2%に過ぎず、目標値6%の60%にあたる3,9%分が森林整備費として机上で計算されているが、林野庁試算では2,6%しかできないとされ、排出ガス取引による1,6%削減のみ通しはゼロである(環境庁試算)。京都議定書は第1次目標未達成国に対する次の排出削減目標1,3倍化するペナルテイーがある。いま日本政府が動いているのは、京都議定書のクリーン開発メカニズム(CDM)で、中国と温室効果ガス削減プロジェクトを実施し、削減分の一部を日本の削減分に充当する仕組みを利用した中国での風力発電とゴミ処理、砂漠地帯での植林プロジェクトである。また日本政府・三井・三菱・トヨタ・出光などがロシア極東の発電所更新を支援しロシアの排出枠を受け取る20事業にのぼる計画である。何のことはない、自国の排出は減らさないで他国のプロジェクトで利益を得ながらクリアーしようとするあざとい戦略に他ならない。
国立環境研究所試算では、今世紀末までに真夏日の日数が最大120日(現在50日)に達し、温暖化で梅雨前線が停滞して年間降水量が最大19%上昇して浸水被害が激化するとしている。100年間に気温は1,5度ー5,8度上昇し、海面は2100年に9−88cm上昇すると予測されている。その防止には温室効果ガス排出量の50−80%という恐るべき目標となる。米国コロンビア大学の研究チームは、ニューヨークの3地区の妊婦60人に測定器をつけ、自動車や暖房機器の排ガスに含まれる多環式芳香族炭化水素(PAH)という化学物質を浴びている量を量った。出産後に臍帯血の白血球を調べると、PAHが平均以下の女性の赤ちゃんでは白血球1千個あたり4,7の染色体異常が見つかったが、平均を超えた女性の赤ちゃんは7,2にのぼった。白血病などガンの下地となる以上が目立った。環境汚染物質が胎児染色体に悪影響を及ぼすことを実証した最初の研究だ。大気汚染の激しい都市圏でなぜ白血病のリスクが高まるが、そのメカニズムの解明が今後の課題だ。日米ミーイズム同盟は、”我が亡き後に洪水は来たれ”という破廉恥な時代遅れの成長至上主義で地球が破滅しても現在の豊かさがあればいいというおそるべきモラル・ハザードに陥っている。
循環型エネルギーによる持続可能な社会システムへの転換が問われている。公共交通による自動車利用の削減、自然エネルギーと省エネ、リサイクルによる廃棄物削減は、環境のみならず地域システムを変革する。公共交通システムの導入は、中心市街地の再生に貢献し、循環型社会は新たな環境ビジネスを創造し、自然エネの利用は集権型から分散型へのエネルギー選択機会を拡大する。経済か環境かの二元的選択はもはや時代遅れで、環境優先による経済システムの再構築ーつまり環境が埋め込まれた市場システムが問われる。ニューヨーク州の呼びかけで東部10州は共同で排出権取引制度の導入を検討し、カリフォルニア州は自動車のCO2排出を30%削減する規制を09年モデルから適用する。トヨタ、フォード、GMなど7社の反対を押し切って実行する。人類価値という公共原理が市場原理を圧倒して時代は進んでいかざるを得ない。(2005/2/16
9:28)
[日本は1910年(明治45年)時代からほとんど進歩していないのだ]
与謝野晶子は鉄幹との激しい恋愛やほとんど1年おきの出産など、女性性を極限まで爆発させながら時代を疾走しました。同時に政治社会への鋭い感性も併せ持つ、日本人として先駆的な反戦論を主張する当時としては破天荒の女性でした。明治45年に彼女は当時の日本を次のように痛罵しています。
或る国 与謝野晶子(明治45年3月)
堅苦しく うはべの律義のみを喜ぶ国
しかも かるはずみなる移り気の国
支那人ほどの根気なくて
浅く利己主義なる国
亜米利加の富なくて
亜米利加化する国
疑惑と戦慄とを感ぜざる国
男みな背を屈めて宿命論者となりゆく国
めでたく うら若く
万万歳の国 (*支那人という差別用語が用いられていますがここではママ。)
もちろん明治期の日本と現代の日本は、精神的にも物質的にも一変していますが、現象の底にあるメンタリテーはなんと似ていることでしょうか。たった一つ変わっている点があるようです。それは「うはべの律義のみを喜ぶ」ということすらが姿を消して、自己利益であればどんな破廉恥なこともできるようになってしまっていることです。国民に平気で痛みを押しつけて自殺者3万人を超えても、それは自己責任だといって恥じない首相を見れば分かります。
「かるはずみなる移り気なる国」を見事に証明しているのが、最近の女帝容認論です。皇位継承については、明治期までルールはなく血なまぐさい争闘が展開され一時期は南北朝のような内乱状態となりましたが、明治の皇室典範によって「男系の男子」と規定されました。ところが115代桜町天皇から大正天皇まですべて天皇の生母は側室(妾、内妻、権妻の宮廷用語)であり、しかも孝明天皇の子どもで成長した男子は明治天皇のみで、明治天皇の子ども15人で成人した男子は大正天皇のみでした。新憲法制定時に改訂された皇室典範は、「男系の男子」という規定を維持した結果、現在の継承断絶への危機がもたらされたのです。新典範制定時に、昭和天皇に3人の弟と2人の男子がいてその心配はなかったからです。
そこで家父長制・血統至上主義の天皇制の原点を覆して、女性天皇を容認し当面の危機を乗り越えようとする安易な女帝論が登場してきたのです。家父長制の絶対不可侵をいとも軽々と捨ててしまう「かるはずみなる移り気」には目を覆わしめるものがあります。天皇制の原理的な諸問題には目をつむり、当面の延命に汲々とする「めでたくうら若き国」に転落していることに気がつかない脳天気な状況が蔓延しています。
アテネ五輪でレスリング女子55キロ級で優勝した吉田沙保里さん(22)は、小学校時代から竹刀を持った父親から「レスリングのためやったら勉強せんでもええ!」と恐怖のしごきを受けたことを感謝しています。慈愛と力に満ちた偉大なる父のイメージこそが天皇のイメージなのです。「疑惑と戦慄とを感ぜざる国」に頽廃しつつあるこの国の象徴が女帝論をめぐる論議なのです。あなたの身近にもまじめな話を避けたり、ほんとうのことが云えないような雰囲気で表面だけ調子を合わせていることはありませんか。「うはべの律義」さえ失って漂流している国はとっても恐いのです。「おまえ国歌歌わんのか!」と権力が恫喝したときに、薄ら笑いを浮かべて「男みな背を屈めて」追随していく状態に転落してしまいます。ヒョットしたらもうそうなってしまっているかも知れません。
天皇制存続の公式はアインシュタインのE=mc²で表されれます。存続エネルギーEは血統×継承速度の自乗なのです。日本は古代のヤマトのビッグバンという大爆発によって統一国家となり、Eエネルギーの諸形態を歴史的に変容させながら連綿として現代に至っているのです。地球文明の4大エネルギーの可採年数は、もはや石油40年、石炭200年、天然ガス60年、ウラン60年という1世代分しかない末期的限界に来ています。日本の王位継承Eもまた同じようなクライシスに直面しているのでしょうか。
ROBERT CAPA『IMAGES OF WAR』(ダヴィッド社 1974年)を古本屋で2400円で買いました。素晴らしい装丁の本です。御存じのようにスペイン内戦で共和国政府軍兵士が丘の上で撃たれた瞬間を撮ったあの一枚で有名になった世界的な報道写真家です。モノクロの戦場と戦時生活を切りとった写真集は、戦争の真実を余すところなくつたえています。彼がはじめて写真を世に問うたのは、1931年のレオン・トロッキーの演説の写真であり、1954年のインンドシナ戦線で41歳の命を落とすまで世界の真実を写真を通じて表現しました。彼が世を去ってから50余年が過ぎようとしている今も、彼が全霊を込めて訴えたことは未解決のままなのです。
瓦礫の上にうつ伏せで倒れている少年の姿がありますー”そして、民衆の輝かしい希望が、たいていこのように終わるのである。あるパイロットから罵声が浴びせられた”写真屋!どんな気持ちで写真が撮れるんだ!”ー私はカメラを閉じた。私は自分を嫌悪し、この職業を憎んだ。私は葬儀屋だけにはなりたくない。私は葬儀のときに参列者の側にあることを心に誓った”(キャパ)
私はこうした戦場写真を見ていると、死体を見ながら特ダネに熱中する写真家の特権性にヘドを吐きそうになりますが、しかしこの写真の一枚が戦争の無残さを世界に告発する意味を考えるとまた暗然たる気持になるのです。遺体の足がはみ出している柩を肩にして運ぶ葬列があります、少年兵の身体は子供用の柩に入りきれないのです・・・Dデイ(ノルマンデイー上陸作戦)の渦中で撮った106枚で現像に成功したのはたった8枚でした。興奮した助手が温度を間違えて過熱したからです。
私の目を射抜いた2枚の写真があります。1枚は、両手を頭の後ろに組んで行進するドイツ兵捕虜の隊列の最後に、フランス人女性の売春婦が一緒に歩いていっている。何とも云えない無残なものです。次は私も年末に訪問したシャルトルの街で、頭を剃られた対独協力の女性が赤ん坊を抱えて歩いているのを、群衆がよってたかって嘲笑している写真です。赤ん坊を見つめる女性の顔は苦しそうに歪んでいます。そばの警官の笑顔がまた晴れやかです。こうしてフランス人は対独協力者を嘲笑して復讐したのです。”私は戦死する最後の瞬間の男の写真を撮った。最も勇敢な者がなおも死んでいくであろう。しかし生き残っていく者は、死んでゆく彼らをすぐ忘れ去るのであろうか。私は自分の人生の終わりの日まで戦争写真家として失業のままいたいと願った”(キャパ)
キャパの最後の写真は、ベトナムの少年ゲリラ兵が仰向けに道ばたに転んで死んでいるそばを、無関心で行進していくフランス兵の姿を撮ったものでした、同時に数時間後に自分自身が左足を吹き飛ばされてもしっかりと左手にカメラを握りしめた死体となったのです。時に1954年5月25日午後2時50分でした。
与謝野晶子からはじまって、天皇制からキャパまでとりとめもなく記してきたかも知れません。しかし3者には共通点があります。一方は最高司令官としてアジア・太平洋戦争を戦い、一方は同じ戦争を批判する非戦歌人として、そして第2次大戦を戦場で過ごした写真家として、戦争の渦中を生きてきたのです。一方は最高責任者として、他方は戦争告発者として・・・・。人類史はいずれに頭を垂れるのでしょうか。(2005/2/12
19:53)
[幻の国歌「われら愛す」という歌があったのか!]
敗戦後の日本の占領政策をきめる極東委員会で、フィリピン代表が「日本の国歌は、天皇よりもむしろ民衆政府を讃える国歌に直されるべきである」と主張したが、アメリカ代表の天皇利用政策によって無視された。46年の新憲法制定と同時に、国民主権にふさわしい新国歌制定運動が澎湃と起こり、驚くべきかあの読売新聞でさえ「君が代は国家主義であるから、国民に新しい歌をつくるべきだ」と主張している(48年1月社説)。このなかで教師たちがつくったのが「みどりの山河」であり、私もよく集会で歌った。
緑の山河 作詩 原泰子 作曲 小杉誠治
戦争超えて たちあがる
緑の山河 雲晴れて
いまよみがえる 民族の
わかい血潮に たぎるもの
自由の翼 空を往く
世紀の朝に 栄あれ
私はこの詩も曲も好きなので大きな声で歌いましたが、教員の歌というイメージが強くて国民みんなに広がることにはならなかった。ところが私が全く知らなかった「新国民歌 われら愛す」という幻の国歌があってこちらは当時かなり普及して日本全国で歌われ、宝塚などでもミュージカルになっていたそうだ。いまこの歌が甦ろうとしているきっかけになったのは、朝日歌壇に投稿された大阪府の高校教師である高橋貞雄さんの次の短歌である。
離任式は最後の授業 幻の国歌「われら愛す」説きて歌いつ
この歌を目にして感慨を覚えるのは、おそらく歳が65歳以上のご老人たちであろう。彼らの少年期に日本全国の学校で、「君が代」に代わる式典歌として明るく高らかに歌われたのである。今でも学校行事で歌い続けている学校がかなりあると知って私は感動を覚えた。当時の日本に、戦争の廃墟の中から力強く再建しようとする自由と平和の歌声が響き渡たり、それが今も継承されているのである。私は2番の方が好きなので2番の歌詞を紹介しよう。
新国民歌「われら愛す」 作詩 芳賀秀次郎 作曲 西崎嘉太郎
2,われら歌ふ
かなしみの ふかければこそ
この国の
とほき青春
詩ありき雲白かりき
愛ありきひと直かりき
われら歌ふ
おさなごのごと
この国の高きロマンを
作詩応募総数50832篇、作曲応募総数3000篇というなかから選ばれたものだ。興味があるのは、作曲応募の職業別があらゆる職業を網羅し、サンドイッチマンとかサーカス団員、紙芝居業、パチンコ屋などというのがあることだ。主催者がサントリーという企業であるのも面白い。佐治敬三は、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」が民衆が歌い始めて自然に国歌となったように、日本も国民自身の手で国歌をつくろうと情熱を込めて呼びかけている。
先日のサッカーワールドカップ予選の日本対北朝鮮戦で両国国歌が演奏されたときに、君が代を最も厳粛に声をあげて歌っていたのは日本人選手ではなく、あの帰化した外国人選手ではなかったか。どのように君が代を強制しようとも、歌詞もメロデイも選手の決意をとらえてはいないのだ。東京都教育委員で将棋のプロ棋士である米長邦雄氏が皇居の園遊会で「私の仕事は日本全国に日の丸がひるがえり、君が代が歌われるようにすることです」と述べたときに、天皇は「あまり強制に渡らないように」と叱責した。
いま「われら愛す」を新しい国歌にしようという運動が起こっていますが、どうでしょうか。敗戦直後の新しい希望の息吹が伝わってくるようで、私も新鮮な印象をうけますが、敗戦60年を経ての歴史的な経験を踏まえた内容の国歌がむしろ求められるのではないでしょうか。しかしどこの国の国歌も、革命や大転換を契機として生まれていることを考えれば、「われら愛す」も充分な資格があるとも思います。要するに国民自身の手で国歌をつくること自体に決定的な意味があります。今回の「われら愛す」の復興運動はそういう刺激を与えてくれます。(2005/2/15
01:36)
[こうの史代『夕凪の街 桜の国』(双葉社) こんなやさしいきもちの若者がいるのか!]
ヒロシマ原爆を描いた漫画は「ハダシのゲン」が有名ですが、ヒバクシャのこころの中をここまで描ききった漫画ははじめてです。こころにしみいるような深い、深い洞察と救いがあるように想います。情感に流れることなく、たちどまって考えなければならない状態に追いこまれます。ヒバクシャとその末裔のこころと生活の底にある痛みのようなものがけっして語られることなく、いま歴史のかなたへと跡形もなく消え去ろうとしている現実に気がつかされてハッとします。作者は68年生まれですから、30歳の後半という若さですが、このような震えるような感性を持って沈黙の現実に切り込んでいく想像力と描写に降伏します。日常に流れていろんなことに鈍感になっているなかに、メルヘンのようなタッチの描画が鋭く迫ってきます。
「夕凪の街」は、ピカで生き残った少女が淡い恋の果てに原爆症であっけなくこの世を去るというものです。なんで自分だけ生き残ったのかーという気持ちをここまで表した作品は漫画以外でもなかったと思いますが、この作品はここだけでは終わりません。04年の現代まで、3代に渡って被曝のゆえに引き裂かれる男女を描きます。被曝の遺伝子を地上から消し去ろうとするちからがいまもってあることを静かにあばいている。しかしこの作品のほんとうにすごいところは、そうしたリスクを知りつつもなお愛するという現代の若きヒバクシャの姿を描くところにある。
ヒロシマの風化を超えて語り継ごうというメッセージは、実は嘘なのだ。数世代を経ても、被曝遺伝子を持って怯えながら生きていく人にとっての希望はあるのか、終わりなきヒロシマをともに生きようというすぐれて現代的なテーマがある。「夕凪の街」の主人公である皆美が死の瞬間にうめいた言葉を記しておきます。
10年経ったけど
原爆を落とした人はわたしを見て
「やった! またひとり殺せた」
とちゃんと思うてくれとる?
「ちゃんと思うてくれとる?」・・・・このことばが一瞬わたしには理解できませんでした。いまでもよく分かりません。彼女にとって、ヒバクシャであるという自分の存在すらもはや世の中から忘れられている。自分が被曝して死んでいくんだという事実をちゃんと覚えていてほしいーということを自分の死を通じてしか自分の生存を痕跡を残せないという、悲痛なさけびのような気がします。そしてわたしは、もし私の愛する人がヒバクシャであったと分かってからもわたしはなお愛し続けられますか?と問われて、本当のところ分からないのです。それはわたしがほんとうの愛ということを知らないし、知ろうとしていないという日常があるからです。日常のつまらないアレコレに一憂している自分がいかにもみすぼらしく見えてくるのです。アウシュヴィッツは記憶の対象ですが、ヒロシマ・ナガサキは目の前にある現実の事実としてあるのです。敗戦60周年記念のこの年に、日本は記念碑的な漫画作品を誕生させたと思います。(2005/2/14
23:10)
「夕凪の街 桜の国」が訴えていることと、世界の現実のあまりの乖離に私は戦慄します。ブッシュ政権は06年会計年度(05年10−06年9月)予算教書で、地中貫通型核兵器の模擬爆弾の実験計画を含む研究予算を計上しました。この核兵器は、核弾道を硬い先の尖った容器に収納し、地下数10から100mの深さで爆発させ、その衝撃で全世界にある1400カ所の地下軍事施設を破壊するというものです。地表型核兵器と同じ損傷で少ない放射能降下物だから「使いやすい核兵器」として先制核攻撃ができるとしています。先制攻撃自体に大問題がありますが、手軽に使用できるとして核兵器を通常兵器とみなすところに決定的な嘘があります。地中で核兵器を爆発させると、火球が地表に噴出し、放射能に汚染された土壌が降下する範囲は、地表や空中爆発よりはるかに広範囲に及ぶのです。ヒロシマ・ナガサキをはるかに超える無差別殺戮と何代にも渡る核被害者が大量に発生します。以上はサンデイア国立研究所報告(03年12月11日付け 米議会調査局報告書)参照。被爆国日本の首相はこの研究計画に「私は結構だと思っています」(03年12月15日衆院テロ対策特別委)と賛成しています。「夕凪の街 桜の国」のみささん、ほんとうに申し訳ありません。世界と日本がふたたびあなたがたの願いに背いている残酷な現実があります。あなたがたの作品に、核兵器禁止アピールの署名を行っているそばを、主人公の少女が黙って通り過ぎていく場面がありました。そこに現実との恐ろしい距離を表現するヒバクシャのこころを見たのですが・・・・・。(2005/2/15
10:32追加)
[”愛し合うものは互いにイメージをつくり合う”(ベルトルト・ブレヒト『転換の書 メ・テイ』(績文堂)]
「メ・テイは云った。多くの人々にとって、友人たちのつくり出す自分についてのイメージには、なかなか満足できるものではない。かれらの虚栄心が、ひとを愛する者は新しいものを創りだすということを見逃してしまう。自分についてよいイメージを描いてくれるような人とつきあうのがよい。そうすれば、人はそのイメージに応えようとつとめながら、いっそうよくなっていくだろう。応えられないイメージを我慢するのは好ましくない。というのも愛する人は、イメージ化した相手が期待に応えないと、そのイメージにではなく、当の本人に報復するからである」(P33〜34)
いうまでもなくブレヒトは20世紀を代表するドイツの劇作家で、ファッシズム下で亡命し戦後は東ドイツで活動した現代リアリズム演劇の一つの峰を切り開きました。この書は、『墨子』の擬書というかたちをとりながら、彼の20世紀の体験が凝縮された箴言集です。メ・テイとは墨子のことです。上記のことばはすでにみなさんお分かりでしょう。簡単に言えば、「あばたもえくぼ」です。私たちは、こうありたい自分と現実の自分、こうあってほしい誰かと現実の誰か、の相克を経験します。良いイメージを期待されればそれに応える力が生まれ、人間は成長していきますが、限界以上のイメージを抱かれた場合は付き合いはやめた方がいいというのです。こうあって欲しい誰かのイメージが崩れたときに、私たちは激しい絶望と怒りを抱き関係は崩れてしまうのです。出会いと別れはこのようなドラマテイックなイメージの衝突の構造にあります。ということは自分が自分自身に抱くイメージも同じなのです。こうありたい自分をつねにイメージ化して、それに向かって限界まで挑戦していくスタイルは、当人に目を見張るような成長をもたらすでしょう。
人間の間のイメージの応酬ほど面白く、また危険に富んだものはありません。限界まで挑戦しきってなおかつ挫折していったとしても、当人は深い肯定感を持って受け入れるでしょう。これは国と国の場合も同じ構造があるようです。ある国にいだいたイメージが、確実にその国を拘束し呪縛されてとんでもない方向に突っ走ることがあります。「鬼畜米英」から現代の北朝鮮バッシングはその構造を見事に示しています。日本の政府はまるで恋人のように日米同盟を讃えていますが、そのイメージが反転して日本を呪縛し、世界から孤立していく途を歩ませているとしたら、恐ろしいことです。恋人の場合に、あの人に騙されても本望だとか、親鸞が法然に騙されてもついていくというのは、個人のことだからいいでしょうが、国の場合は取り返しがつかない悲劇と犠牲をもたらします。いま日本はあるイメージに煽り立てられたヒステリックな途に入りつつあるような気がします。(2005/2/14
9:16)
[般若心経の超現代語訳ーひろさちや、柳澤桂子氏による]
ひろさちや訳
曰く
あなたには ものがあるがままに見えますか
どうすれば ありのままにものを見ることができますか
ゆがんだものは ゆがんだままで見えるのがあたりまえです
苦しみから逃れようとすれば なお苦しみは追いかけてくるのです
突っぱっているあなたよ
あなたは あなた以外の何者でもありません
あなたは あなたの人生を生きるだけなのです (*一部筆者の責で意訳)
柳澤桂子訳
お聞きなさい
あなたも宇宙のなかの粒子でできているのです
宇宙のなかのほかの粒子とひと続きなのです
ですから宇宙も空なのです
あなたという実体はだからないのです
あなたと宇宙は一体なのです
宇宙はひと続きですから
生じたということもなく なくなることもありません
きれいだとかきたないということもありません
増えることも減ることもありません
空にはそうしたとるに足りないことはないのです
だから お聞きなさい
空という状態は
形もなく 感覚もなく 意志も知識もありません
眼もなく 耳もなく 鼻もなく
舌もなく 身体もなく 心もなく
かたちもなく声もなく 香りもなく
あなたが触れるものもなく
あなたの想う対象もありません
わたしたちは あらゆるものを
空にするために 削りとり
削りとることさえも
削りとるときに
わたしたちは 深い理性を身につけ
空なる智慧を身につけることができるのです
真理を求める人は
まちがった考えと無理な要求をもちません
無情のなかで暮らしていきながら
楽園を見いだし
永遠のいのちに目覚めるのです
永遠のいのちに目覚めた人は
苦のなかにいて 苦のままで
幸せに生きることができるのです
深い理性の智慧のおかげで
無情のほとけのこころ
ほとけのいのちが
すべての人の胸に宿っていることを見いだすことができるのです (*一部筆者の責で意訳)
柳澤氏はながい闘病生活を経て、先日ETV特集「こころの時代」に登場し、般若心経の心訳について語りました。彼女のような自然科学者にして病の苦悩に打ち克つ途を宗教と信仰に求めたのです。死や失恋といった限界状況に直面したときに、そこからの脱出を求めて形而上の世界に向かう人がいます。何らかの救いを手中にして安心の境地に至るスタイルを私は批判するものではありません。徹底した科学的な原因究明と対策の果てになお及びがたい領域があることを、こうした方法で乗り切ろうとする行為は人間の尊厳の崇高さを示していると想います。ただし私は柳澤氏のようなスタイルは採りません。私は地上でやり残したワークを最期の一瞬までやり遂げようとする自分でありたいと思っています。
しかし般若心経をそうした限界状況とは切り離してじっくりと読み通すと、そこにはあるリアルな世界と人間への凝視のまなざしがあるような気がします。世界と人間の存在の根元へといざなう不思議な魅力に満ちています。せまくちっぽけな自分という個体が、広く大きな宇宙と根元的に連続している生態系的な発想があります。ここにこそ実は仏教思想の本質があるような気がします。そうしてこの仏教的な世界観は、決して現実を超越したり現実から逃避したりするものではなく、現実の深層と深く切り結んで真実にまっすぐ迫っていく恐ろしいちからを秘めているような気がします。かって戦時期に妹尾義郎という反戦仏教徒が「仏陀を背負いて街頭へ」と叫んでリアルな実践的行為を行いましたが、現代においてこそそのような実践的な仏教が求められているような気がします。(2005/2/14
01:26)
[”あの少女は白人の奴隷に過ぎない”ージンバブエ・ムガベ大統領のライス批判について]
ムガベ氏は、同国を「圧政の拠点」と名指しして侮辱的な攻撃を加えたライス米国務長官を嘲弄する批判を加えた。「白人の御主人様の言葉を繰り返す奴隷に過ぎない。黒人奴隷を先祖に持つあの少女は、奴隷の歴史や米国内で黒人が置かれる状況から、あの白人がわれわれの友人でないと理解すべきだ。我が国を圧政の拠点と評価したのは、あの白人は奴隷であるライス氏の御主人様であり、彼女は御主人様の言葉を繰り返すしかないのだ。RICEをLICE(シラミ)と呼びそうになった」。
イヤ何とも、反ライス派にとっては胸のすくような凄まじい痛烈な批判だ。ムガベ政権は17年間の政権把握の中で、白人農園を強制収容して黒人に再配分する土地改革と他方では政権批判に対する強烈な報道規制を加える典型的な開発独裁政権であると推測される。彼には開発独裁による近代化推進という途上国のパラドックスを一身に担っている象徴的な姿があるように思われる。明治維新という絶対主義の開発独裁による近代化を経験した私たちは、途上国の開発独裁戦略に対する評価に戸惑うところがある。昨今の韓国国内を見ても、暴虐と圧政を繰り返した朴正熈政権に対するノスタルジアが強く残っていることを思い浮かべると複雑な心境になる。今はなきフセイン政権もある種の開発独裁政権であったのであろう。開発独裁政権は上からの近代化を強行に推進するためにハードな内政をとるが、同時に対外的には強烈なナショナリズムをとる。一時的な過渡期の政権として必然的な形態なのかどうか私もよく分からない。ところが帝国にとっては、開発独裁の強烈なナショナリズムによる反植民地政策が気に入らないのだ。
ライス氏は帝国の政権の中枢にあって単独行動主義を推進してきた最高レベルの人物だ。ライス氏は、明らかに出自からして最も抑圧されたアフリカ系アメリカ人として成長し、見事に自分を抑圧してきた支配者の側に参入して初めての有色系女性国務長官として外交のトップに上り詰めた。彼女の頭脳構造には大いに興味と関心がある。高水準のテクニックでピアノ演奏をおこなう彼女を見ていると、もはやそこには黒い肌をした白人女性がいるかのような錯覚に陥る。私は、彼女が血の滲むような努力の果てに階段を上昇してきたことを疑わない。彼女のキッと前を見据える視線と表情には、ゆずらぬ決意と意志力がある。だからこそあの類い希なる才能が、人類の歴史と運命に間違って発揮されていることを痛ましく思う。自らの出自であるアフリカの大統領から、最大の侮辱を浴びてもなお、彼女は冷酷に自らの道を歩むに違いない。そうしたスタイルにある種の魅力を覚える人もいるかも知れないが、長いスパンで見るとやっぱり彼女はアフリカ系アメリカ人の歴史を踏み外し、世界史を混乱におとしいれた人物として歴史の藻くずとなって消え去ることも確かだ。ムガベ氏とライス氏は、白人支配者の手のひらで互いを痛めつけ合っている哀れなプロレス試合の選手ではないかとも思う。(2005/2/13
9:16)
[ハッブルと井真成]
西安市郊外(かっての唐の都・長安)で昨年10月に発見された井真成という墓誌は、その経歴と死亡年紀から716年8月任命の第9次遣唐使総員557名のうちの一人であったことを告げる。この使節団には吉備真備・阿倍仲麻呂・請益生(大和長岡)などの著名人がいる。墓誌は「贈尚衣奉御井公墓誌文井序」ではじまる5千点を超える唐代墓誌様式であり、井真成墓誌は一辺が39,5cmの正方形であり、石材は規格品で、墓誌本文は正書(楷書)、蓋石の表題は篆書で刻まれている。本墓誌の序に、「堅偶移船 隙ニ奔馴ニ遭エリ」とあるのは『荘子』に典拠がある正当墓誌であることを示す。井は井上か葛井かという両説があるが、円仁『入唐求法巡礼行記』にも揚州で死亡した遣唐船使・佐伯金成の従者に井求替という人物がおり、この井は葛井の氏名の唐風読みとされている。葛井氏の姓は白猪氏で、大唐学生の白猪宝然など遣唐少録や遣新羅使などの対外交渉関連の人材が輩出され、720年に葛井と改姓し、改姓後も唐古楽頭やや遣新羅使となっている。井真成は翌年1月に36歳で急逝したが生存しておれば歴史上の人物になったに違いない。
当時の日本にとって大唐帝国は現代の米国に匹敵する最先端の世界帝国であり、日本は続々と留学生を送り彼らが帰国して日本朝廷の中枢的位置に就いたのは現代とよく似ている。しかし若い留学生は、萌えるような知的探求心があり決して立身のためばかりではなかった。なぜなら交通は未発達でいつ命を落としても不思議ではなかったからである。たしかにパイオニア精神が輝いていたのである。いつの世にあってもこうしたスピリットなくして時代は切り開かれない。以上・佐伯有清氏論考参照。
さて宇宙の彼方にはじめて光を与えたハッブル望遠鏡がその命運を終えようとしている。天文学者ハッブルは、世界的なボクシング選手であり、父の後を継いだ法律家でもあり、そして宇宙の魅力にとりつかれた天文学へのみちを選んだ破天荒な人物であった。彼は銀河系宇宙以外に多くの宇宙が存在することを初めて解明し、宇宙膨張を1929年に発見した。宇宙膨張の流れを究明するために、1990年に米国が打ち上げた宇宙天体望遠鏡をハッブル望遠鏡という。ハッブルは猫の目星雲や130億光年の彼方の宇宙の渦巻き星雲を発見し宇宙像を次々と刷新した。この望遠鏡があと2−3年で姿を消す。06年に延命修復事業が予定されていたが、ブッシュが予算不足でスペースシャトル発射代金をカットしたからだ。44兆円の軍事をつぎ込みながら涙金の宇宙開発資金を削減する。もし遣唐使が派遣されなかったら、もしハッブル望遠鏡が打ち上げられなかったら、日本と世界はどうなっていたであろう。現代のパイオニア精神の回復が希求されるや切ではないか。(2005/2/12
9:56)
[平和とは、どこかで進行している戦争を知らずにいられる、つかのまの優雅な無知だ(エドナ・ビンセント・ミレー)]
太平洋戦争末期に日本を空爆した爆撃機B29が上空から撒いたビラに次のような傑作がありました。
日本よい国花の国
5月6月灰の国
7月8月よその国
大日本帝国が崩壊し占領下に入ることを予告したモノですが、事実はそのように推移したのです。空襲を逃げまどう民衆は、このビラを信じないでいつまでも戦う幻想を抱き、空襲の惨劇を見回りに来た馬上の天皇に向かって、涙を流して謝っていたのです。鬼畜米英が無残に敗北し、今度は米軍を歓呼して迎える態度豹変に直面しました。ところが実は、この歌は敗戦直前の5月頃から憲兵の愚弄を嘲笑って街路で小声で歌われていたのです(宮本百合子『播州平野』)。「歴史がゆっくりとその巨大な頁をめくろうとする」時にこの歌は歌われていたのです。
この瞬間に全ての日本人は、平和の実存的な姿をこの身に滲みて味わい尽くし、非戦が心底からの願いとなりました。いつのまにか時は流れて、ブラウン管かデイスプレー上でバーチャルな戦場が映り始めるとともに、平和は戦場とは無関係の優雅な無知に変質してしまいました。政界では争って戦争国家への憲法改訂案が出されて滑稽な議論を繰り広げるという漫画の世界か漫才の世界が表れています。若者は友達とまじめな話をすると嫌われるということで、その日その日を無事に過ごすちっぽけな快感に埋没しています。いい加減なオトナが蔓延すれば若者がアホらしくなってバカバカしい喧噪で気を紛らわすのも当然です。しかしこのムードは、考えることを止めてしまうので、一部の為政者には絶好の独裁に向かうチャンスなのです。曇天を一気に振り払うような強烈なメッセージを投げかければアイドル・スターにもなれるからです。一時スターになりそうだったライオンヘアーといわれるこの国の首相が毎年参拝に訪れる靖国神社の記念館の館内で上映されている映画「私たちは忘れない」のナレーションが如何に世界の人道を嘲笑うアナクロニズムに満ちたものかを知れば、日本が異常な状態にあることがお分かりでしょう。
「・・・・極東の小国・日本が大国を相手に立ち上がった『大東亜戦争』。それは国家と民族の生存をかけ、一億国民が悲壮な決意でたたかった自存自衛の戦争だったのです・・・・・」。館内の第2次大戦後の展示では、「アジア民族の独立が現実となったのは、大東亜戦争緒戦の日本軍の輝かしい勝利の後であった・・・・。もしいま現在においても、日本が侵略戦争をしたと主張するのならば、日本人の名誉、誇りと尊厳に対する罪ではないでしょうか!」で締めくくられています。ここには2000万人のアジア人を虐殺した戦争を美化し、300万人の日本人が殺害された戦争への一片の反省もありません。とても戦争記念館として外国人の客を案内できるような所ではありません。おそらく戦争犯罪者として裁判に掛けられるような建造物でしかありません。ここに日本の首相が深く頭を垂れてぬかずいているのです。
日本よい国花の国
5月6月灰の国
7月8月よその国・・・・・
そうなのです。日本は60年前によその国のモノになってから、ずーと60年間そのままできてしまいました。自分の国の同胞のいたいけな少女が米兵に強姦されても、何にも云わずにカラオケに行く国民なのです。日本軍に強姦された女性が補償を求めてきても、冷たく門前払いしながらフィットネスクラブで汗を流しているのです。不安の中でつかの間の楽しみを味わってその日を過ごそうとする生活が蔓延しています。それを安逸のファッシズムという人もいますが、逆に自分の首を自分で絞めている、或いは互いに締め合っている・・・というミゼラブルな実態がないでしょうか。企業の競争で3万人以上が自殺している国は全世界でどこにもありません。つかの間の優雅な無知は、地獄への道でありその道は善意の花がひきつめられています。以上・アーサー・ビナード氏論考参照。
フランスの高校生が10万人以上の大デモで大学入試の政府案をつぶしてしまいました。フランスでは、高校3年生が受験するバカロレア8大学入学共通資格試験)は高卒資格と同時に原則として希望大学に無試験で入れ、就職の必須条件ともなっている人生の帰趨を決定する重要な試験です。仏国民教育省は、12ある筆記試験科目を6科目に減らし、平常点と実習成績による総合評価制をおこなうというものです。高校生たちは、点数という客観的基準以外の主観的評価が入り、高校間格差を拡大する危険があるとしています。驚いたことに原案を作成する「改革作業グループ」には、教員組合、父母会、生徒の全国組織の代表が参加して議論していているのです。政府お抱えの御用学者が審議会に参加している日本と大きく違います。こんなところに、日本の高校生が或いは教師が、共通一次試験からセンター試験制度に一度も反対して行動を起こさない理由があるようです。はるかにフランス高校生の方が自律した意見表明の意志にあふれている理由です。しかしなぜ日本の若者からナイーブな反抗が失われてしまったのでしょうか。教室の中で弱そうな教師と級友には暴力を振るったり、いじめたりするいじましい攻撃を加えますが、堂々とシステムに対して正面から異議申し立てをすると級友から逆に攻撃を浴び孤立して登校できなくなることが目に見えています。日本はほんとうに異常な国になってしまっているのです。7月8月よその国・・・・・になってから。(2005/2/12
10:28)
[仙波敏郎巡査部長(愛媛県警生活安全部地域課鉄道警察隊 55)の告発証言(1月20日記者会見)から]
「ー73年から95年まで7署で年平均2回、毎回3人分の偽領収書作りの依頼を受けたが断った。電話帳から抜粋した住所氏名を書いたメモを会計課長から渡され、その通りに領収書を書き直すよう求められた。同じ筆跡のものが多数あると疑われるので1回につき3枚がめどとされていた。架空の捜査協力者をでっちあげたものであるから、捜査協力者への実際の支出は皆無だ。裏金はほとんど管理職の飲み食いなどプライベートに使われる。カラ出張でも裏金をつくった。偽造領収書の作成は警察官が昇進する際の踏み絵として半ば強制されており、これを書かない限り上級へは昇進できない仕組みだ。志を持って警察学校へ入っても裏金問題でグラッと揺れる。現実を見るんです。50歳を過ぎてニセ領収書を書かないのは愛媛県下で2人しかいないんです。1月20日の記者会見は、「おまえが会見したら県警は1年間立ち上がれない」と幹部から説得された。私が裏金の件で一番残念に思うのは、正しい知識と能力のある者が幹部にいないことです。裏金が横行するとまともな能力のある者が芽を摘まれてしまう。(告発後も県警に残るのか)いのち続く限り信念を通す。辞めるときは死ぬときだ」
「80歳を過ぎた母親から毎日「生きているか」という電話をもらう。今は通信使令室で電話もない。仕事もない。朝8時半から1日、松山城をじっと見ている。仕事の話をする者は誰もいない。普通の警察官ならもたん。神経がもたん。聞こえよがしにどこから給料もらっとるんかと言われることもある。しびれを切らして辞めていくのを待っていると実感する日々ですが、どんなことがあっても辞めるなーどんなことがあっても自死するなと励まされる。私は32年間巡査部長、全国でいちばん長い、退職まで後4年でこの記録は絶対に破れない、私の誇りです。良識のある現場の人は苦しんでいる。私文書偽造をやって自責の念にかられてやっている。南予の或る警察署の会計課長が定年で辞めるときに涙を流しながら署長に云われてつくった裏金の帳簿を燃やしていた。私はそれを見た。その警察署で1年間に捜査協力費だけで、1200万円。うち400万円は署員の親睦に使われ残りの800万円は署長が全額持って行った。大きな事件で捜査本部を設けると、署から本部へ費用を請求する。本部は請求金額のだいたい7割くらいを実際に下ろして、そのなかから本部へバックさせる。すべて裏金だ。それが当たり前。だから今回裏金作りの証拠ですという書類も新たに送られてきた。現場ではなく幹部にものをいってほしい」
04年6月にTV愛媛への告発で発覚した裏金作りに対する県警の内部調査結果(9月17日)は、大洲警察署での捜査費不正支出を認め飲食店の領収書偽造(99年度から03年度まで107件、37万7593円)を確認し、捜査費執行の実態から個人的利得を疑う事実は認められないーとした。県議会は警察の信頼回復決議をあげ、知事は県警への特別監査を要求した。そのなかで仙波氏の告発があり内部調査が完全に虚偽であったことが暴露されたのである。4日後の1月24日に仙波氏に通信司令室への移動命令が出され、人事委への不服申し立てと損害賠償請求の訴えを起こす。仙波氏は10年前から一切偽領収書を書かず、昇進試験を受けても筆記試験は皆通るが最終選考でいつも落とされる。「君は通らないよ。書いてないだろう。君は組織の敵か味方か。交際費がないじゃあないか。だからどうしてもお金がいるんだ。どうしても書け」と上司から云われた。仙波氏は偽造領収書を拒否し続け、成績優秀でも承認できず30歳前に一生巡査部長でいいと心に決めました。正義感にあふれた若い警察官が段々堕落していくのを見たくないという。彼の新ポストは告発直後に用意されたもので確かな見せしめです。彼は今、拳銃を取り上げられ窓際で何の仕事も与えられず一日を過ごしている。
「絶対的権力は絶対的に腐敗する」(アクトン 英国歴史学者)の言葉は時代を超えて真理ですね。権力への市民的統制がない場合にはそれ自身権力は暴走を始めます。だから権力の腐敗度は市民と権力の力関係を映し出す鏡です。警察の場合は公安委員会という監視機関があり、NHKには経営委員会がありますが実質的な機能を果たしていないことが白日の下に露わになっています。市民の審判を経た独立機関の性格が薄いために監視機能が衰弱しています。だからいずれも誠実な職業倫理をもつ職員の内部告発によって真実の一端が明らかとなっていくという共通した特徴があります。この内部告発が最近連続して起きているのは、告発者保護制度がつくられたという要因もありますが、実は組織上層の組織を私物化したり自己目的化する腐敗構造が蔓延し、自己統制がマヒしているからです。(2005/2/8
20:52)
公務員の虚偽文書作成・行使は、虚偽公文書作成同行使罪が成立し、また犯罪を知った公務員は告発する義務があるという規定は、パブリック・サーヴァントとしての当然の義務であるにもかかわらず、内部告発者を昇進させず、報復人事をおこなう異常体質が蔓延している。仙波氏は23日に配置転換を報復人事として愛媛県人事委員会に不服申し立てを行った。人事委員会の存在意義が問われる局面となった。
同じ23日に内部告発者を救済する画期的な判決が富山地裁であった。大手運輸会社・トナミ運輸(高岡市)が大手運輸業者と結んだヤミカルテルと違法運賃収受を02年に社内告発し、同時に公正取引委員会に告発した串岡弘昭さん(58)は、直後に教育研修所へ移動となり30年近く昇格・昇給が止められ隔離状態となった。報復として雑務しか与えられず見せしめ状態に置かれた。串岡人権訴訟と呼ばれ、04年に成立した公益通報者保護法に先駆ける告発のパイオニアとして注目され、ついに主張のすべてが認められた。会社は不法行為責任、債務不履行責任を問われる犯罪者と規定されたのである。串岡氏は、組織倫理を正義に優先する日本型集団主義の悪弊を白日の下に曝す先駆的な犠牲をはらって、内部告発の正当性と公共性を身を以て実現したのである。彼らは地の塩であり、現代の英雄である。こうした英雄が二度と出現する必要がなくなるまで日本の組織倫理は成熟していくだろう。
串岡さんが内部告発をしたのは28歳の時であり、「人生経験も少なかったから会社は自分の主張を聞いてくれると信じていた。告発でこんなにひどい報復をするとは思わなかった。妻が非難めいた言葉を一言も言わなかったのが救いだった」と言う。教育研修所での仕事は、草むしりや布団の整理で一日が暮れ、時には暴力団を使った脅迫もあった。若い暴力団が自宅に来て退職届を書くよう脅迫した。会社を辞めなければ交通事故で轢き殺されると言った。取締役の1人が、退職を強要して朝の4時まで自宅にいたこともあった。この時は家族全員が辞職という意見になって追い詰められた。自民党の綿貫民輔(トナミ運輸会長)の名前を出して、市役所に勤める兄が辞職になると言う脅しもあった。兄は弟を守ると断言した。内部告発してから30年間彼の生き方は正義の一点にあった。(2005/2/24
9:13追加)
[恩寵主義的な徳目立法の蔓延について]
最近市民の嗜好や日常生活や信条などの個人の内面と行動の自由を規制する徳目の領域に土足で指示する立法が蔓延している。幾つかの例を挙げてみましょう。
▽「安心して子ども生み、育てることができる社会の実現に努める責務を負う」(少子化対策基本法)
▽「(賢い消費者になるよう)努めなければならない」(消費者基本法)
▽「生涯にわたって健康の増進に努めなければならない」(健康増進法)
▽「生涯にわたり健全な食生活の実現に自ら努めることは国民の責務である」(食育基本法案)
御覧のように市民の日常的私生活の領域にある価値観を(たとえ正しいとしても)、市民の努力義務として権力的に強制する内容が満載されています。とくに食育基本法案は、「健全な食生活を実践することができる人間を育てる」ために「食育を知育、徳育、体育の基礎として位置づけ、国民運動として取り組む」とうたう。確かに私の息子も朝食を食べないで夜10時頃までの残業に励んでいるのを見るとついつい心配になり、個食や孤食の増大による食生活の貧困化や有害食品の状況を見ると日本の食生活が危機に瀕していることは確かです。ですがこれらの現象は、個人の主体的な努力義務によって解決できる問題でしょうか。不安定就業や強度の長時間にわたる過重労働の蔓延こそが、個人の家庭と食生活に重大な変容を誘発しているのではないでしょうか。8時間労働し、8時間自由に過ごし、8時間睡眠するという人間のオーソドックスな3領域の生活リズムを狂わしているシステムの方こそ問われなければなりません。誰でも、おいしく楽しい栄養のある食生活を望んでおり、好んで孤食や個食やファーストフードを食べているのではありません。そのような食生活に追いこんでいる勤労生活そのものの在り方が問われているのです。これは子育てが困難であり、経済的に負担が重いことによって生まれている少子化現象でも同じことなのです。おまえの心がけが悪いから、食生活や子どもを産まないんだということではありません。
さらに食育基本法の原理的な問題は、食生活のモデルへの強制的誘導という、近代法の権力乱用の規制による市民権の擁護という原理ではなく、権力が市民の私的生活に介入するという前近代原理を内包していることです。市民生活相互の調整としての領域もありますが、個人の嗜好や信条の領域に踏み込んではなりません。価値目標としての正当性を権力的に法規制するということは極めて限定的でなければなりません。和田ひろ子氏(民主党)は「これでは歩くときに右足から踏み出せという『右足基本法』や子どもを産む子作りに励む『夫婦生活基本法』だってでてきて不思議ではありません」と怒っていますがその通りなのです。
戦時期に軍事国家に献身する同種の法規が続々と生産され、、市民は考えることを止め盲目的に服従していく生活スタイルがつくり出され、結局は最悪の悲劇に至りました。市民をある価値観にちからで馴致するシステムは、実のところファッシズムの心理的基盤をつくり出すのです。以上・根本清樹氏論考(朝日新聞2月8日付け朝刊)参照。(2005/2/8
11:06)
[米中央情報局(CIA)と独ゲーレン機関ー米・国家安全保障公文書館発表(4日)]
第2次大戦中に東部戦線で活動した旧独軍情報機関の最高幹部であるラインハルト・ゲーレン(ゲーレン機関)は、現独諜報機関・BNDの前身である。02年に公開された「情報パートナーシップの構築ーCIAと独連邦情報局(BND)の起源 1945−49年」と題する機密文書は、99年にCIAが半世紀の協力関係を記念して独情報機関に贈った歴史資料集である。序文には「CIAが冷戦を背景に49年以来ゲーレン機関と緊密な関係を維持してきた。我々は先駆者たちに多くを負っている。ゲーレンとその仲間たちへ」と謝意を表している。
米政府が99年に設置した「ナチ戦犯記録作成グループ」はCIAがゲーレンの関係を認めたが(00年)、CIAがナチ戦犯に関する秘密資料の全面開示を義務づけたナチ戦争犯罪情報公開法律を無視して「数十万ページにわたる文書の作業グループへの引き渡しを拒んでいる」(ニューヨークタイムズ1月30日付け)と発表し、引き渡された文書でも、米国CIAとナチ戦犯の関係が「従来考えられた以上に緊密であったことが示されている。ホロコーストの実行責任者であるアイヒマンの共犯者のうち少なくとも5人がCIA要員となっている」としている。さらに「ゲーレン機関の100人を超える要員が元ナチ親衛隊保衛部(SD)やゲシュタポだった」としている。
CIAは拷問のアウトソーシングをおこなっている。欧州やアフリカ、アジア、中東のテロ容疑者が覆面をした米CIAに拉致され、エジプト、モロッコ、シリア、ヨルダンなど拷問による取り調べが可能な国に極秘に搬送し、拷問にかけている。CIAのテロ容疑者の扱いは制御不能となっている。米国内法では拷問のおこなわれている国への個人の身柄引き渡しを禁止しているが、01年以降150人に上る容疑者が移送された。以上・ノースカロライナ州審問会での米陸軍イングランド上等兵を含むCIA元対テロ要員の証言から(「ニューヨーカー」2月7日号)。(2005/2/8
10:14)
[国連障害者権利条約採択へ]
01年国連総会で障害者の権利を守る包括条約の締結の決議を受けて、第5回特別委員会が主要事項の合意に至った。
▽障害者の生きる権利
▽法のもとの平等
▽暴力・虐待・拷問からの自由
▽表現の自由、情報アクセス、プライバシーの保護
障害者権利条約に100を超える国が賛成を表明したが、米国など一部は各国の独自問題と主張した。(2005/2/8
10:30)
[ハンナ・アレントから学ぶべきもの(はあるか?)]
ハンナ・アレントは、典型的なユダヤ人知識人でナチス専制下の社会主義者を両親に持ち、ハイデガー・ブルトマン・ヤスパース・フッサールという20世紀を代表するキラ星のようなドイツ哲学者のもとで学び、1928年に「アウグステイヌスにおける愛の概念」という学位論文を書いた後、33年にパリへ亡命してユダヤ人をパレスチナに送るシオニズム運動に参加し、ナチスのパリ侵攻で逮捕され強制収容所へ送られ、ナチス敗戦とともに解放され、共産党員であった夫をスターリン粛正で失った後に、米国に移住して著作活動に入る。アレントは自らの収容所体験については沈黙して語らない。おそらく惨めな屈辱と恐怖を味わったに違いない。彼女はそのような抑圧と恐怖を突破する思想の構築に向かって次々と著作を世に問うた。彼女は師ハイデッガーとのプライベイトな交流がある。ナチ党員証によってハイデルベルグ大学総長のポストにを手に入れ同僚のヤスパースを弁護しなかったハイデッガーを批判せずに戦後に再会するという行動と、シオニズム運動に加担したという経歴から左翼からは冷酷に扱われた。その彼女が20世紀末に急速に注目を浴びてきたのはなぜだろうか。それはやはり、ナチズムと並んでスターリニズムの残虐が暴露され、最後には現代コミュニズムの拠点であったソ連社会主義が崩壊したことがあるだろう。ナチズムとスターリニズムの全体主義の本質を反共プロパガンダではなく、思想的本質に於いて原理的に究明しようとした彼女の思索にある。
彼女の思想の中心は、「世界の危機をいかに救うか」ということにある(『人間の条件』)。世界の危機とは何か。
(1)戦争・革命・独裁・ファッシズムという政治の危機
(2)他人指向型の言動をする大衆社会の危機
(3)何もかも捨てていく消費文化の危機
(4)世界を深く理解しようとしない疎外の危機
(5)人間としてなにをつくりだすのか、何を考えるのかが分からなくなった危機 (注:松岡正剛「千夜一夜物語」参照)
(1)から(4)は彼女に限らず多くの思想家が提起してきたもはや定番となっている問題群であり、オリジナリテイーがある提起ではないが、(5)は明らかに彼女に属するオリジナルなものだ。彼女の思想の吸引力は、おそらく20世紀ドイツのもっとも本格的な思想家の薫陶を受け、なおかつユダヤ強制収容所からの帰還者という条件から発せられる深く内在的な思想の真剣でラデイカルな展開にあるだろう。ここには外国思想家の紹介を垂れ流して解釈で自己完結している日本の「思想家」にはありえない、何か命がけの格闘を感じる。
しかし私は彼女の目眩くような叙述の展開と、現実の対応の落差にどうしても落差を覚えるのだ。何かある高みから現象を見下ろすような分析のスタイルにドイツ的なヒエラルキー的な知性を感じるのだ。例えばアイヒマン裁判を傍聴した時の即時的な怒りを昇華した分析ではなく、なにかアイヒマンの個的人格を論じるかのような叙述。例えばナチに加担したハイデッガーが「自分はユダヤ人虐殺を知らなかった」というのを批判するのではなく、逆に客観的には弁護しているような私的関係。或いは、「数百万人のユダヤ人たちが反抗もせずに毒ガスによって死に送り出された。彼らはパブロフの犬と同様にふるまうあの操り人形であり、これこそ死のシステムの最大の勝利である」(『全体主義の起源』日本版 P258)とシニカルに自分の民族を冷ややかに描写していることなどなど。自らが同じ強制収容所体験者でありながら同胞をこのように視ることは余りに無惨ではないか。なぜ反抗しなかったのか。そんな者とはもはやともにいられないというニヒリズムがあるような気がする。
彼女は希望を自立した市民の「公共空間の回復」に求める。自立した市民という抽象的な存在は現実には存在しない。彼らは企業内に於いて搾取されている日常があり、ジェンダーの抑圧を受けた日常があり、不等価交換に収奪される第3世界の労働者という現実的な存在そのものであり、開かれた公共空間に抽象的な自立した人格関係に入ることは幻想なのだ。形式的には何人も一票の選挙権しか行使できないが、その1票の背後には無数に入り組んだ社会的諸関係がある被規定的な存在だ。(2005/2/6
00:23)
[警察庁少年犯罪統計(2月3日)]
警察庁の04年度の少年犯罪関連統計は以下の通り。
刑法犯検挙少年数(14−20歳) 13万4847人(前年比ー6,6%)
詐欺検挙少年数 1077人(同+60,2%)
凶悪犯少年数 1584人(同ー28,2%)
街頭犯罪少年数 ー14,1%
全検挙者数に占める少年割合 61,9%(過去10年で最低)
刑法犯被害少年事件数 35万6675件(同ー7,5%)
性犯罪被害少年被害事件数 6491件(同ー12,0%)
児童虐待検挙件数 229件(同+45,9% 99年以降最悪)
児童虐待検挙人数 253人(同+38,3% 99年以降最悪)
児童虐待被害児童数 239人(同43,9% 99年以降最悪)
御覧のように少年犯罪関連では、刑法犯検挙人数、凶悪犯数、街頭犯罪数、全検挙者数占拠率など加害数と、被害件数すべての指数で少年犯罪は減少しているが、詐欺犯罪と児童虐待のみが激増している。オレオレ詐欺等の詐欺犯罪が増大し、いままで表面化しなかった虐待被害を受ける児童数が激増している。触法少年に対する警察の捜査権を拡大する少年法改正が当面の課題ではないことを示している。保護モデルから応報モデルへの転換を進める警察庁の方針の欺瞞性が証明されていると云えないだろうか。
国内犯罪件数は、95年・178万2944件→04年・256万2767件へ1.43倍へ激増した。バブル崩壊後の不況下で窃盗犯が毎年20万件規模で増加しているのが主因だが、強姦・強制猥褻・略取誘拐などの性犯罪も95年・5384件→04年・1万1680件と2.2倍化している。うち未成年の被害者は、95年・3218人→04年・6743人でともに60%にのぼり弱者である子どもが対象になっている。未成年の被害者は、強姦で95年・606人→00年・1000人→04年・986人と1.6倍化し、強制猥褻は95年・2424人→04年・5505人と2.3倍化した。通学路や公園からの略取・誘拐は毎年200人前後で推移している。
加害者の検挙率は劇的に低下を続け、強姦では98年・90%→99年・73.7%→04年・64.5%と落ち込み、強制猥褻は95年・88.7%→04年・39.8%へと急減している。性犯罪者で同じ罪名で実刑判決を受けた人の再犯率は、03年・で強姦・8.9%、強制猥褻・11.5%で、同じ凶悪犯罪である殺人・3.8%、強盗・6.7%、放火・5,7%の倍近い。問題の焦点のひとつは検挙立件率の異常な低下にある。その主要な要因は、警察機能が公安機能に偏倚し人材も予算も集中的に投下されているからだ。要するに対国家治安は重視するが対弱者犯罪は軽視している警察行政に基本的な問題がある。
ここにきて民間の防犯ビジネスが急拡大している。子どもの安全が防犯業界にとって注目の利潤対象となってきた。セコムは01年に子どもの位置を全地球測位システム(GPS)で把握する「ココセコム」を発売した。名刺大の小箱を持たせ、上空約万キロの衛星から信号を感知し所持した人の居場所を知らせるシステムで、22万件の契約を獲得するヒット商品となった。業界2位の綜合警備保障も2年後にGPSの「あんしんメイト」を発売し、防犯業界は防犯カメラなどの設備と施工費を含めて市場規模は1兆2千億円(03年度)と4年間で1.5倍に膨張した。ハイテク型防犯システムの競争は始まったばかりで小型化と軽量化をめざす競争が激化している。GPS搭載のランドセル、特殊繊維使用防刃服、防犯ブザー付き携帯電話など個人向け商品の開発が著しい。福岡県の警備会社「マードレ」は子ども対象の専門警備サービスを1回4330円で始め、登下校時のスタッフの付き添いに月20万円を払う家庭もある。総務省の地域安全情報虚友システム(20市町 04年12月試験運用)は、親の携帯電話やパソコンに自治体が災害や不審者の情報を発信し、警察・消防・学校と結んで電子情報をリアルタイムで交換する。このソフトは住基ネットを動かすシステムを開発した地方自治情報センターが開発し、総務省は05年度から希望自治体に無料で渡す。以上・朝日新聞2月5日付け参照。(2005/2/5 9:48)
[節分の鬼追いの対象は山窩であったのか]
山窩(以下サンカと表記)は、近世まで里山を住処として竹細工や農作業の手伝いをしながら流浪生活を送る戸籍を持たない、いわゆる「山の民」と呼ばれるアウトロー集団であった。一条天皇の正暦年間(990−995)に関白・藤原正隆が賤女(しずめ)に生ませた隠し子を、丹波の山へ捨てた貴種流離譚の道宗(みちむね)を初とするそうだ。日本国の裏社会で、ウラヤスという独自の組織網を構築し、裁判も教育も丹波のお頭が執行し、組織のネットワークを西行(さいぎょう)という職がつないだ。サンカは、百姓をオオミタカラとして、農具の一つである箕の竹細工を提供し全国を流浪した。
平穏な日常生活にある村民にとっては、共同体の生活様式とは異なるスタイルを時には不気味な異人とみなし、村境に塞の神や道祖神を祀って、村への疫病や魔物の侵入を防いだ。サンカは村民がふだんは立ち入らない村境の岩窟に集住してテントを張り、箕つくりをおこなう姿は、ある意味で恐ろしい未体験の、従って忌むべき異界からの訪問者として鬼とみなされることもあった。
節分に鬼追いをしない村が、静岡県の無限原(現在の朝霧高原 実はオーム教本部のあった上九一色村に近い?)にある。340年前の万治4年(1661年)に鬼とされたサンカが殺害される鬼橋事件が起こってから鬼追いの慣習はない。事件の起きる7年前に橋の造営を禁じられていた富士川に、幕府は朝鮮通信使を往来させるために舟橋を架けたが、6度目の通信使(団長・趙衍)4,500名が舟橋を渡って江戸に向かうとき、その舟橋は藤づる2300束を助郷人夫250人と600人の人足でつくられ、使節団が渡河した後に直ちに撤去された。幕府のやり方に絶望した西伊豆・栄源寺出身の船大工・応は、サンカの箕つくり集団に身を投じた。彼らは村民から鬼とされ無限原で小正月に集まった時に虐殺されたのである。彼らが撃たれた橋が鬼橋である。無限原には、鬼橋を始め鬼に関連する史跡がいまだに残っている。無限原の村民が節分に鬼追いをしなくなったのはこういう背景がある。
ところが大正12年(1923)に大分県別府港の外的ケ浜でサンカ集団が警察の焼き討ちにあって虐殺された。大分市で開催される愛国婦人会大会への閑院宮妃の行啓にあたって、サンカ乞食集団の巣窟を一掃する焼き払い令が出た。聖体保持のために不浄を禁忌するという天皇制下のタブー創出の結果であった。江戸期の鬼橋事件から300年後に体制あげての惨殺の迫害が加えられた。以上は山田盟子氏の論考参照。
人間は安穏で平穏な日常生活の関係と空間を維持するために、肌の色や出自・職業、身体の特殊性から信条にいたるあらゆる特性を基準に少数派を創出して異端化し、平時には憐憫と同情による自己満足を、非常時には弾圧と迫害を加えることによって、支配システムを維持する手法を編み出して、民衆の底深い心情に堆積させていった。こうして合理的理由がないのに差別し、次いで迫害する歴史が連綿として受け継がれ現代にまで至っている。ナチスのユダヤ人絶滅作戦から子どものイジメに至るまで、牢固として抜きがたい差別の構造が定着してきた。このシステムの基本は、聖賎二元の垂直構造にあり、頂点にある聖なる存在への無限の接近の欲望と、最下層にある賎なる存在への無限の侮蔑の心情が連鎖的な階層性をもってつくられている。私は、ある高名な左翼ヘーゲル学者が退職にあたって叙勲を申請したことを知り暗澹たる気持ちになった。こうした差別心情は抜きがたく私自身のうちに内在し、そうした行為を無意識のうちに披瀝する他者を見て何とも云えない怒りに似た気持ちになる。右翼でアレ左翼でアレ、地位や財産によて他者の価値規定をおこなう慣習に呪縛されて、人が本来的に有する共同体の心性をはげしく衰弱させているのが現代の状況ではないか。(2005/2/4
11:32)
[「夢の国アメリカが朽ち果てるとき・見捨てられるアメリカ・NHKは世界の非常識」(米誌『Newsweek日本版』2月2日号)]
『ニューズウイーク』は『タイム』と並ぶアメリカの代表的な世界的週刊誌ですが、最近駅頭で手にしたら激しいブッシュとNHK批判のオンパレードでした。日本では左翼機関紙と見まごうばかりの論調が満載されています。今週号は「ブッシュは自由の拡大を唱えたが、もう世界は自由の国アメリカに憧れていない。アメリカ凋落の新たな証拠を各分野で検証した」というCover
Storyです。そこに引用されている先進国データの一部を紹介します(なおデータの出所及び算定根拠は直接本誌を御覧下さい)。
▽アメリカが署名や批准を拒否している主な条約
女子差別撤廃条約・子どもの権利条約・経済社会文化権利条約・京都議定書・包括的核実験禁止条約・弾道弾迎撃ミサイル制限条約・生物兵器禁止条約・化学兵器禁止条約・対人地雷禁止条約・国際刑事裁判所規程(*ほとんどの国際人道法上の国際法を拒否しているユニラテラリズム!)
▽平均投票率
ギリシャ89.0% アイスランド86,2% イタリア84.9% ベルギー83.2% スペイン73.8% アメリカ46.6%
▽子どもの貧困率(1日1ドル以下で生活する者)
スウエーデン2.6% ノルウエー3.9% フィンランド4.3% ベルギー4.4% デンマーク5.1% アメリカ22.4%
▽所得格差(ジニ係数)
デンマーク0.247 日本0.249 チェコ0.254 フィンランド0.256 ノルウエー0.258 アメリカ0.408
イラクのファルージャ攻撃を指揮した米海兵隊第1海兵師団指揮官のマテイス中将が、2日にカリフォルニア州サンデイエゴの講演会で、「実は戦闘はとても楽しい。なにしろ、ひどい連中がいて、あいつらを撃つのは楽しい。みなさんにははっきり言うが、私はケンカが好きだ」と述べ、会場から笑い声や拍手が起きた。ヘイギー海兵隊司令官は、「彼が戦争の不幸で厳しい現実を振り返るつもりだったことも分かる」と擁護した。ここに米国高校生の将来の破廉恥なイメージが形象化されている。
未来学者・ジェレミーリフキン『ヨーロピアン・ドリーム』は、世界の政治・経済・社会モデルを3つに分け、手厚い社会福祉を維持し外交では多様性と国際法を重んじるEUモデルと、国家主導の資本主義で成長するアジアモデルを21世紀の成長モデルとし、自由競争による弱肉強食を是認しビスマルク的軍事主義を基調とするアメリカ・モデルは崩壊するとしている。世界中で米国モデルが敬遠されている中で、たった一ヶ国例外がある。国中に米国モデルが宣揚されている日本は、少し頭を冷やして冷静に世界をみたほうがよさそうだ。(2005/2/4
8:46)
[米国高校生の自由観は危機に瀕しているーナイト財団調査から]
米国のジャーナリズム専門機関であるナイト財団が実施した世論調査結果(全米544高校の生徒約10万人、教師約8千人、校長約5百人対象)から。
▽米国憲法修正第1条(表現、報道、信教、集会の自由)
高校生では 知らない37% 気にかけない36%
▽同修正第1条を朗読した後に
高校生では 権利をはるかに保障しすぎている35%
報道の自由を支持する 高校生51% 教師97% 校長99%
政府がインターネット上の好ましくない文書を合法的に削除できる 高校生49%
米国の喧伝する自由観の内実が象徴的に示されている。それは普遍的な権利を前提にした自由ではなく、おそらく支配と抑圧の自由へ容易に転落する。リベラリズムの自由観さえ失われている危険な「自由社会」に頽廃しつつある米国の実相が表れている。自由の基礎知識すら持たない若い世代の激増が米国社会の崩壊をもたらす危険な徴候ではないだろうか。(2005/2/
3 9:19)
[近代型武士道の陥穽]
古典的な武士道のキーワードは、「私」「戦闘者」「共同体」からなり、古代律令制国家の軍事力時代が終わり、10世紀に私的な戦闘集団としての武士団が形成される。これが700年間にわたって明治維新まで続いた武士道の源流にある。私兵であるがゆえに、徹底した私情に貫かれ、自己の自立を賭けて自分の実力のみに依拠して闘う明確な目的を持った暴力だ。その目的は、自分と、そしてその一部である妻子の安寧、さらに主人である主君の家共同体のために献身する。
新渡戸稲造『武士道』(1898年 米国で出版)に表れる武士道は、古典的な武士の精神とは本質的に関係のない明治武士道に過ぎない。新渡戸はキリスト教思想としての西欧普遍主義思想と日本を繋ぐものとして、明治武士道を作為したに過ぎない。そして1882年(明治15)年に発布された「軍人勅諭」は、近代国家の軍隊の統制原理として、武士道を光明に包摂しながら実は骨抜きにした。草創期帝国軍隊の創設者は、古典的武士道の「私情」に根ざした部分を排除し「大和心」を抽出した。武士道は明治維新によって断絶したのであり、もし古典的武士道が継承されていたならば太平洋戦争の壊滅的な敗北はなかった。単純に散華する美学ではなく、戦争を終焉させる知恵が含まれていた。現代の靖国神社は、生きている私たちが戦没者を利用する慰霊行為によって、実は
現代の「公」を取り上げようとしているのだ。以上・菅野覺明『』武士道の逆襲』(講談社現代叢書)より。フーム、「私情」を排除して共同体の戦闘者という意味に再編したのが明治武士道なのか。個でなく私というのが面白い。騎士道とはどう違うか。「道」とは何か。『葉隠』の思想と新渡戸の思想はどう違うのか・・・などなど。(2005/2/2 19:00))
[日本は米軍の世界展開の中枢基地になるのか]
米軍の世界的な軍事再編による海外基地の役割と機能が4つに分類される。
@「戦略展開軸基地(PPH)」大規模な部隊と装備を恒常的に配備し、世界各地に投入する司令部機能を持つ中軸基地
A「主要作戦基地(MOB)」PPHに次いで中枢を担う常設の基地
B「前進作戦拠点(FOS)」装備が事前集積され、部隊の交代配備と演習をする
C「協力的安保地点(CSL)」部隊は置かないが有事に利用する
日本は@の戦略展開中軸基地を担う。その再編の中心が、ワシントン州の米陸軍第1軍団司令部のキャンプ座間移転プランだ。日本にはすでに第3海兵隊遠征軍司令部、第7艦隊司令部、第5空軍司令部があり、大平洋・インド洋への緊急展開を任務とする第1軍団司令部の移転によって、陸・海・空・海兵隊の米4軍の前線作戦司令部が集中する。4軍の司令部を統合した統合司令部(司令官=大将)のもとに、中東・アジア太平洋全域をカバーすることになる。
グローバルな即応展開能力と同時に駐留地域戦闘能力を強化する。「朝鮮半島のような伝統的な懸念や台湾海峡をまたぐ突発事態の可能性に対し、日韓との強力な抑制態勢を維持する」(米大平洋軍司令官04年9月23日議会証言)。「アジアで将来的に恐るべき資源的基盤を持った軍事的競争者が現れる可能性があり、ベンガル湾から日本海に至る東アジアの沿岸はとりわけ挑戦的な地域である」(米国防総省「4年ごと国防見直し(QDR)」01年9月)。
この戦略に対応して日本政府は、「新防衛計画大綱」によって自衛隊の海外展開を「本来任務」化する。新大綱は、「侵略」に次ぐ「新たな脅威」として「国際テロ」と「大量破壊兵器」を挙げ、その「対処」方針を「抑止力」から「対処力」へ重点を移し、日米同盟軍による紛争未然防止型先制攻撃戦略への転換する。米軍と自衛隊の「合同の変革(コンバインド・トランス・フォーメーション)」は、「日米両軍がともに戦術を発展させ、ともに訓練し、合同作戦をおこなえるようにする」(米国防次官 04年11月15日)。
日米軍需企業が交流する「日米技術フォーラム」(第15回 04年5月)は、日本の武器輸出禁輸原則の解禁を提言し、12月に日本政府は「新防衛計画大綱」でミサイル防衛関連の日米共同開発・生産条件について武器輸出禁輸原則の例外を決めた。同フォーラムは、単なるBMO(弾道ミサイル)の輸出のみでなく全般的な共同開発をさらに推進するとしている。三菱重工会長は「防衛関連技術の発展を通じて技術創造立国としての水準の引き上げが可能」(『月刊・経済トレンド』1月号)と軍需経済の推進を宣言している。(*技術フォーラム参加企業は、日本側が三菱重工、富士重工、石川島播磨、川崎重工、東芝、日立、富士通、NEC,三菱商事、ジェトロであり、米国側はレイセオン、ボーイング、ノースロップ、ロッキード、国防総省である)
日米同盟軍による先制攻撃型世界戦略は克服できない基本矛盾を抱えている。第2次大戦の悲劇を踏まえていま東アジアには、地域平和協力機構への滔々とした流れが起こっている。東南アジア友好協力機構(TAC)は、東南アジア諸国連合(ASEAN)のほか日、韓、中、印、露、パキスタンが参加し世界人口の半数以上を含む友好協力機構となり、紛争の平和解決と武力行使の放棄の基本原則を高く掲げ、長期的なスパンではEU型「東アジア共同体」を展望している。この共同体への潮流と日米同盟軍による軍事戦略は原理的には背反している。同時に日米共同ミサイル防衛システムは、米国武器生産の部品作りの下請生産であり軍事技術の中枢は機密扱いとなる。
2008年に米原子力空母が横須賀に配備される。原子力空母は原発の原子炉1基分にあたる巨大原子炉を持ち、これが世界最大の人口密集地である首都圏に配置される。米空母艦隊は、原子力空母10隻、通常型空母2隻の12隻態勢だが、米軍事予算削減に伴って06年に通常型ジョン・Fケネデイが退役し、08年にキテイホーク(横須賀)が退役して11隻態勢へ移行する。
米国防総省予算計画書から(米海軍準機関紙「ネイビー・タイムス」1月5日付け)。
Carrier Program
・Reytire one conventionally powerew aircraft
carrier in FY2006,resulting in a carrier
force of 11 vice 12 ships.
NAVY - +134,3 ー157,3 ー288,3 ー276,4 ー304,3 ー306,5
(2005/2/2
10:29)
[児童・生徒の「生と死」イメージ調査(長崎県教委 県内 小4:1196名 小6:1241名 中3:1174名回答 04年11月実施)]
長崎県教委のサイトを見ると標記のような調査結果が掲載されていた。例の長崎小学校女児殺人事件に衝撃を受けた県教委が、何らかの対応に迫られておこなったものだろう。学級担任が特別に時間を設定して、必要に応じて補足説明をして各教室で実施したとある。3500名に及ぶ生と死に絞った意識調査は、歴史上初めてではないだろうか。私が教師であればおそらく反対しただろう。なぜなら現在の児童・生徒の自殺率から云って、少なくない子どもが「自殺」を意識ないし考えていることは明らかであり、このアンケートを契機に最悪の事態が誘発されはしないかと不安になるからだ。こうした調査を安易に実施する教育行政とそれに従う教師の姿勢を疑わざるを得ない。ということを念頭に置いた上で調査結果を見てみよう。
問3:死んだ人は生き返ると思うか 小4:14,7% 小6:13,1% 中3:18,5% 全体:15,4%
(中学生が高率になるのは予想外、離島部より都市部が多い)
▽生き返ると答えた理由(503名)
小4 小6 中3 全体
@TV・映画で観たから 28,6 26,7 32,0 29,2
A生き返る話を聞いたから 46,7 56,2 46,3 49,3
Bゲームでリセットできるから 11,0 3,4 6,3 7,2
死のイメージがメデイア情報から形成され、仮想と現実の境界がゆらいでいる。現実の出産や葬儀などの直接的な生と死の体験が減少していることが背景にある。身近な人の出産の喜びや、死の悲しみを感じた経験がないという子どもが、生の喜び26,5%、死の悲しみ18,7%存在し、学年が上がるに連れてその割合は高くなるという予想に反して、むしろ低下する傾向にあるーと県教委はコメントし、学校教育で飼育や栽培などの体験活動を重視し、家庭と地域での命の尊さの語りとともに考えることが求められるとしている。この程度の分析と方針しか出せないのであれば、調査自体が無意味である。死の教育デス・エデユケーションが日本で忌避されてきたことの証左だ。死を汚く忌み嫌う日本文化の伝統とも関連あるだろう。私自身も自信がないのだ。(2005/1/31
22:15)
[マルセ太郎『記憶は弱者にあり』(明石書店 1999年)]
在日2世のマルセ太郎は、軽薄な日本のコメデイアンとはひと味もふた味も違うボードビリアンとして、さっぱり売れませんでしたが、やっと50歳でデビューし01年に肝臓癌でこの世を去りました。彼の笑いに凄みがあるのは、笑いの本質は反体制であるーという彼の哲学からきています。実に痛快な言説のオンパレードです。寸鉄石をうがつというか歯に衣着せない言葉の背後には、辛酸をなめた在日の感性とほんもの知性があるような気がします。非抑圧者が逆に抑圧者を圧倒するような自由人になるドラマをみているようです。日本の中にいて鋭く日本の真実をうがつことができるのは或る距離による冷徹な視線のせいでしょうか。何ものかに呪縛されて流されていきそうな日本に痛打を浴びせます。日本の芸能の世界で生きていかねばならないリスクを覚悟し、その負荷を嘲笑するような絶壁に屹立する潔さがあります。それが聞いている日本人にあるカタストロフィーをもたらすのではないでしょうか。以下は印象に残った彼の語録から。
関東大震災の時に、田山花袋は自分の屋敷に逃げ込んできた朝鮮人が床下に入ったのを引きづり出して、俺は柔道2段だから背負い投げで投げ飛ばしてやった、ハハハ・・・と笑っている。あの志賀直哉さえ敗戦直後に暴れた特攻隊崩れをひとまとめにして教育し直せ、もう一回あの厳しい天皇教育をやれと云ってるんだよ。
インパール作戦を指揮した牟田口廉也は、ノモンハン事件で兵士を大量に死なせてもう一回チャンスをくれと云って、無謀な作戦で飢え死にを出した。それに対しほとんどの遺族は怒っていない。
(従軍慰安婦について)日本の女たちは平気なのね。他人が強姦されるのが。軍隊がやったことじゃあなくても、近所で誰かが強姦されたときに、どんな言い方をすると思いますか。「あの子って、ふだんからこんなミニスカートはいてね、あれじゃあやられるわよ」って。こんなことを女が云うんだもの。見事なまでの想像力のなさ・・・こういうのを僕は憎む。
日本のインテリの多くがそうなんですが、考え方の違いによって別れたりはしないんですよ。左翼の人たちもそうなんですよ。ただ感情で別れるんです。だからこじれる。欧州ではこういう知識人はフェアーでないから軽蔑される。日本の知識人っておかしいね。体制を擁護する意見を平気で云う。欧州では体制を擁護するのは官僚で知識人はそんなことすると軽蔑される。
憲法を押しつけられたって云う人がいるけどそれはある意味で正しいよ。ありゃ押しつけだよ、日本人にあんなものをつくる力はないよ。憲法を変えたいという連中は押しつけられたと云うが、農地改革の押しつけには文句を言わない。日本人が自分で農地解放をやろうとしたら、30年ぐらいは内戦みたいに殺し合っていただろう。おまえらにあんなものをつくれる頭あるのか?あの戦争が終わったときに、もしアメリカが好きなように国をつくっていいよっていったら、一体どんな憲法を作ったと思う?
、
「バカヤロー、人は殺しても侮るな」って韓国の親父が息子を怒鳴った。個人、おまえだよ、問題は。おまえはどうする。そんなことを問いつめられているんじゃないかな日本人は。こんなに過去をさっささっさと、季節が変わるように脱いでいく民族も珍しいよ。
幸福とは個性的である。個性的とは流行を追わないことである。単純に云えば、へそ曲がりになれってこと。いいんだよ。へそ曲がりで。そしておまえさんの存在は価値あるんだから、おまえさんの目でものを見ろよ。それが幸福へ近づく道だ。
人前を歩くときにいちいち謝って歩く、「ごめんなさい、狭いところを恐れ入ります。すいません」・・・これどこの国にもなくて日本だけなんですよ。異常なんです、こういうのを猿人間って云うんです。
韓国も日本のように長く鎖国状態できたんですが、支配者はぜんぶ文人です。インテリなんですよ。皇帝を中心に日本は教養のない侍が天下を取ったでしょう。武田信玄しかり、織田信長、徳川家康しかり、豊臣秀吉なんて字が読めなかったでしょう。
韓国で僕は10回地下鉄に乗りましたが、1回も立ったことないんですよ。ドアが開くとポーンと若者が立つ。しぶしぶじゃあなくて爽やかにですよ。日本の若者はひどいですね。こんなこと云うと右翼が喜ぶんですが。・・・ほとんど日本人は希望と欲望をごちゃまぜにしてしまった。・・・・日本人でいちばん欠けていることは人格者を尊敬しないってことですよ。自分のまわりに誰か尊敬できる人がいれば、それはあなた自身が幸福なんですよ。地位や財産を尊敬するが人間を尊敬しないのは恥ずかしいことですよね。
日本ではやっているのはみんな翻訳ではないですか。ついちょっと前まで口を開けば、マルクーゼ、マルクーゼと云っていたのが今は云わない。コロコロ衣を脱ぎ捨てていく日本のインテリは、古いと云われるのが恐いんですよ。ほんとうの教養がないっていうのはそういうことですよ。・・・いま世界で後ろに下がっているのは、先進国のなかで日本だけだもの。・・・ようするにみんなが行きたがるところにずるずると行くんですよ。
中国残留孤児の話しょっちゅうありますよね。あの人たちの親に幹部社員はいないんですよね。上の連中からわれ先に逃げて、その情報を下の者には知らせずに自分たちだけで日本に逃げ帰ってきたわけですよ。昔からそういうことなの、日本人は。道徳教育やってなにかいいことありましたか。一つでもあったら教えてほしいよ。道徳・修身教育受けた人間が中国人を虐殺したんだよ。結局、モラルだのなんなのって云ったところで、すべて嘘だったということを日本人は歴史から学んでいない。
ある人が「この頃うちの息子も小林よしのりのものを読んでいる」って云うんですよ。で、僕はずばり、「あんたが悪いんじゃないの。あんた、そんなこと云ってる場合じゃあないよ。なんでそんな風になったの。あんた、外では勇ましいこと云ってても、家の中ではまるでダメなんじゃないの」って云ったんですよ。みんなそんなふうなんですよ。頭だけで体が伴っていない。僕の子どもが小林よしのりのものを熱心に読んでいたらね、ぼく自身がもう偽物ですよ。
(2005/1/28
21:12)
[法と経済の陥穽]
法律のありかたを経済学の方法を用いて考えようという「法と経済」の議論が盛んだ。以下は松村敏弘氏(東大)の議論を参考にして考えてみよう(日本経済新聞1月24、25日付け論考参照)。氏は次のような議論を展開する。
従来は公共的な法規制を緩和するための保守イデオロギーの傾向が強かったが、現在では法をより科学的に掘り下げる方法として考えられている。これに対し、法と経済を相対的に分離して独自に考えようと云う棲み分けを主張する潮流がある。法学は個別の紛争を事後的に司法裁定する規範の研究であり、経済は目的合理的な事前の社会システムの設計という違いがあり、法律は法律家による議論の積み重ねで構築されるという考えだ。しかし法の蓄積は、次の社会生活の目的とルールの条件を提出するから事前的な性格を持ち、法も設計的な性質を持たざるを得ない。例えば、死刑制度の存否に経済的な判断を加えることもあながち不可能ではない。こうした原理的なテーマ以前に、財産法、商法、独占禁止法、環境法、知的財産権法、税法などの領域では経済的なアプローチが強く関連する。
第2の法と経済分離の考えは、経済は効率性基準だが、法は公平ないし正義が規範的基準であり、相互に排除し合う性格があるという主張だ。経済は自由契約と市場競争による資源の効率的配分の最適化を主張し、法は分配の社会的な公平を主張するという理由だ。経済は自由取引を前提にして、公平を財産権の分配に収斂させ、富の再配分をおこなう最適課税論として考えるが、法は、公平を優先する自由取引の規制を規範的な原理と考えて経済と対立する。
自由取引による効率的な資源配分という定理は、取引費用の不在と人間行動の完全合理性を前提にしなければ実現しない。しかしほとんどの取引は、完全合理的ではなくさまざまの非合理的条件によって攪乱されている(詐欺・脅迫、未成年・高齢者、消費者など)。すると不完全合理性を救済する領域で法と経済の協力が成立する。実証経済、行動経済、実験経済などの最先端経済がその分野に挑戦している。
ただし法は、経済現象以前の生存権を含む基本的人権という人間存在を前提とする正義と公正を前提とするから、効率を前提とする経済が介入できない分野がある。例えば、喫煙による事故の問題を考えてみよう。
Aが混雑した公共空間で喫煙し、その灰が近くの子どもBの目に入り失明した場合を想定する。予見不可能な結果に対しては賠償責任がないとする従来のルールであれば被害者Bは泣き寝入りし、ルールを変更して無過失責任を認める場合は被害者Bは救済され加害者Aは全財産を失うことも予想される。事後の問題だけで考えれば、ルールの変更はAからBへのゼロサム的な財の転移であり、その基準は効率性ではなく公正と正義である。しかしルール変更が広く知られると、喫煙者の賠償責任が浸透すると公共空間での喫煙を回避する行動変化が誘発されるだろう。この行動変化の評価は事前の問題だ。このルールの変更は喫煙者には苦痛をもたらすが、無神経な喫煙者の減少による子どもの事故は社会全体にとってプラスサムである。ここでは効率性が意味をなしている。
次に民放90条(公序良俗)の事例を考えよう。合法的な人身売買の手段は「金銭消費貸借契約」と「雇用契約」である。AがBから借金し、Aの子どもがBの店で働き、その労働の対価で借金を返済する契約をしたとする。これは労働契約と借金の形をとった人身売買であり、正義の観点からは赦されない。少なくとも労働契約部分は無効であるが、借金部分はどうか。従来のルールは借金部分は有効であり、AはBにへんさい義務があるとしたが、1955年の最高裁判決で借金契約も無効とされた。すると事後的には、子を売るが得をして、買うBが損をするルールは正義にかなうかという議論が起こった。このルールの変更による結果を事前に予測すれば、買い手がリスクを冒して子を買う行為は忌避され人身売買が減少する正義が実現するだろうということになる。
このように氏は法の分野に経済の論理をを導入すべきだとする。氏の立論の基礎は新古典派ミクロ経済であり、それは原理的には合理的経済人を前提とする経済の考察である。個人はつねに自己利益を極大化し不利益を回避する利益原理によって行動するという近代的個人である。個人間の利益の衝突は、利益の総和の計算によって利益が大きい方を採用するという社会契約がおこなわれる。これはいうまでもなく、「最大多数の最大幸福」という快楽の計量計算というベンサムの考えであり、実は近代前期の古典的な人間観に基づいている。現代ではこの議論の有効性が限定されていることは、生態系・環境危機問題や自然災害、生命倫理、障害者、高齢者問題に対応できないことで示されている。死刑を効率性原理で解明することは原理的に人間の尊厳を毀損する冒涜的な行為なのだ。或いは障害者を効率原理で考えれば抹殺するしかない。氏が提示する事例である禁煙問題は効率性原理で登場しているのはなく、効率性に逆らった生命倫理という正義から登場している。人身売買もその当事者は効率性で行動しているが、その背後には貧困と南北問題があり、人身売買禁止は効率性ではなく人間の尊厳という非経済原理から問われているのだ。つまり氏は経済=効率を無条件に前提としているが、厚生経済(セン)や進化経済など人間開発と発達の視点を組み入れた法と経済の相関を分析するしか方法的な有効性はない時代に逢着している。
第2に氏は経済行為を個的行為の連鎖ととらえるが、現代は経済行為は集団ないし地域または階級などの構造としてとらえなければ、貧困と南北問題を解決する開発経済は解けない。氏のミクロ分析はこの領域をカバーできない。さらに氏の致命的な初歩的ミスは、人身売買の事例であり、借金返済の労働契約自体が無効であり、また親の借金を返済する子の行為も無効であるという近代の労働法制の初歩的原則に対して無知であるということだ。法と経済の相関科学は、氏のミクロ分析を超えた多角的なマクロレベルから再構築されなければならない。それは議論の初発で、ミクロレベルとマクロレベルを分離するという方法的欠陥を克服しなければならない。(2005/1/28
10:40)
[日本は危険な火遊びを始めたー英誌『エコノミスト』1月22日号より]
「(自民党大会は)人間がつくり出し、より多くの死と破壊をもたらした大惨事を無視するための会議だ。かっての教育勅語にはじまる愛国を歌う教育改革で日本の20世紀は軍国主義に突入した教訓を汲みとっていない。近隣諸国に敵意を抱かせ、これらの諸国の内面の深い傷を再び開ける危険を覚悟でやっている。歴史の修正だけでなく、愛国主義教育を導入しようとしている。このような火遊びは近隣諸国から孤立するだけだ」
「自民党大会は運動方針で、党員に対して靖国神社参拝を引き続きおこなうよう求めている。小泉首相の靖国参拝が中国はじめアジア諸国から強い抗議を呼び起こしている」(ロイター通信「ワールドダイアリー」18日)
ロイターの記事では、自民党大会で小泉首相が両手に日の丸を掲げて嬉しそうに笑っている顔が配信されている。イラク戦争を支持する代表的な保守系誌である『エコノミスト』からみても、日本の教育基本法改正と改憲の動向は異常に写っている。
みなさんはカエルの実験を知っていますか。ぬるま湯にカエルを入れてじょじょに温めていくと、沸騰してもカエルは飛び出すことなく茹だって死んでしまいますが、最初から沸騰した熱湯に入れるとカエルは衝撃を受けて飛び出してしまいます。なじんで慣れきってしまうと、そこから抜けだすことができなくなり取り返しがつかない事態になるのです。人間もある環境になじんでしまうと、それになじんでしまい冷静に自分を見つめることができなくなり、疑うことなくそれに追随していくのです。戦前期におこなわれた強烈な軍国主義教育は天皇を神としてそのためには死んでもいいとするこころを育て、子どもたちはそれを疑うこともなく300万人が死んでしまいました。この痛恨の体験を踏まえて憲法と教育基本法がつくられたのですが、戦争体験が風化していくなかで軍隊が海外に行き、規制緩和と改憲の大合唱が似たような雰囲気をもたらしています。もともと流れに従う大勢順応の傾向が強い日本のカエル文化のなかで、立ち止まって考えることが苦手な日本の風潮が、返しのつかない事態を招くでしょう。欧州の言論は、冷ややかに日本の事態の進展を見ているのです。2005年は21世紀の日本を決定する画期とります。将来の子どもたちの運命を決める年にどう行動したらいいかそれぞれが問われる年です。
今後の改憲日程は次のようになっています。
1月 自民党新憲法推進本部起草委員会初会合
2月 自民党起草委10小委員会意見集約作業開始
3月 10小委員会報告書作成
4月 起草委委員長試案作成
衆院憲法調査会最終報告書提出
5月 国会法改正?
6月 国民投票法?
11月 自民党大会憲法改正草案発表
(2005/1/28 8:39)
[名古屋市交通局の地下鉄エスカレーター追い越し規制は、名古屋文化の象徴だ]
みなさんは地下鉄のエスカレーターの片側に立ち止まっている人の列があり、空いた片側を急ぎ足で追い越す風景を見慣れているでしょう。以前の大都市の市営地下鉄では、「お急ぎの方は右側通行」とか「お急ぎの方のために右側を空けて」(京都市交通局)という掲示を出して急ぐ人を優先するマナーを奨励した。その結果現在では、混んでいなくても立ち止まる人は左により、急ぐ人がその右側を通るという慣習が定着している。
しかしこの習慣は、子ども連れや高齢者、身体が不自由な人にとってはとても迷惑で危険でもあるのだ。またエスカレーターの構造は歩いたり走ったりすることを想定した構造ではなく、走る衝撃で緊急停止することもあるのだ(日本エレベーター協会)。そこで現在は「駆け上がらないでください」という掲示や放送に切り替えるようになったが(京都市交通局)、いったん定着した慣習はなかなか改めることは難しく、結果的に社会的弱者は我慢している実態だ。つまり地下鉄エスカレーターのユニバーサルサービスは事実上放置されてきた。
ところが名古屋市交通局は17日から「エスカレーターの上を歩いたり、走ったりしないで、必ず手すりにつかまってご利用頂きますよう、ご協力お願いします」という掲示板や標識入りのポスターを貼りだし、ラッシュ時には放送で呼びかけることを始めた。名古屋市の試みは全国の地下鉄関係者の注目を集めているのだ。
私はこの事例には実は大変に大事な問題が含まれているような気がします。第1は高度成長期には効率優先が社会を支配し、急ぐ人は駆けても当然だという意識があり、走る人を優先し、ユニバーサルサービスが浸透してくるとやっと弱者の存在に気づいた行政当局の姿勢です。だから走るのをやめさせるマナー運動はその限りで正しいと思います。できれば企業や学校を含むすべての社会システムが弱者に配慮して「みんなでともに歩んでいく」共生のシステムに転換して欲しいものです。
ところがここにはもっと重大な問題があるのです。それは社会的マナーを行政が上から常に指示をおこない、市民もその指示を受けて従うというスタイルです。特に名古屋はその傾向が強く、電車内では至れり尽くせりの注意放送が流れ、とても静かに読書するという雰囲気ではありません。「次は○○駅です。お忘れ物のないように注意してください。ドアの付近は空けてください」などはいい方でほんとに名古屋の地下鉄はうるさいほどの注意の呼びかけが多いのです。東京では次の駅名を云うぐらいであり、一部の私鉄では駅名さえ云わない路線もあります。フランスを旅行すれば分かりますが、地下鉄の放送は一切ありませんし、道路の交通標識も最低限の簡便なものです。市民が自分で判断して他者と共存する最善の行為を自分で選んでいくのです。
名古屋の「注意文化」は、小中学校時代からすでに始まり、細かい規則で”アレやれコレやるな”と在校時間のほとんどが教師からの指示で行動するシステムが蔓延しています。こうして誰かから、上から、行政から云われて行動する規則文化が無意識のうちに浸透し、あたかも空気のようになじんで当たり前になっています。自分の頭で主体的に考え、他者と共生していく自主的な文化が育たないところに、進んで未来を自力できり拓く創造的な精神と文化は育たないでしょう。
クラーク博士がいた明治期の札幌農学校の校則は、「Be
Gentleman(紳士たれ)!」というたった1箇条しかありませんでした。それだけで学校の秩序は保たれ、学生たちは安心して信頼しあいながら勉学に励んだのです。名古屋市交通局が必死になってお願いのメッセージを出している背景には、実はこうした名古屋文化の克服すべき問題が潜んでいるのです。(2005/1/27
22:38)
[胎児を標本にして眺めていたハンセン病診療所は、アウシュヴィッツと同じではないか]
最初に事実を確認したいと思います。ハンセン病問題検証会議(熊本地裁判決を受けて隔離政策の原因と実態や社会的背景と処遇を検証する第3者機関)は、6ハンセン病診療所に人工流産・人口早産による胎児・新生児の114体の標本遺体を確認した。患者の隔離と絶滅を基本に出産を認めない療養所は3千件以上の人工中絶をおこなった(熊本地裁判決)。標本遺体の存在状況は以下の通り。
松丘保養園(青森) 1
多摩全生園(東京) 35
駿河療養所(静岡) 10
邑久光明園(岡山) 49
星塚敬愛園(鹿児島)17
国立感染症研究所 2
合 計 114体(男児52 女児51 不明11)
死亡後解剖入所者標本 2000体
標本作製年次 1924(大正13)〜1956(昭和31)57体 他の作成年次は不明
推測胎児年齢 妊娠8ヶ月(32週)以降 29体 うち9ヶ月以降16体 (*旧優生保護法による中絶基準は8ヶ月未満)
研究・実験の足跡と「記録がないがもの 約80%
断種手術被害実態(国立療養所758人 2私立療養所9人 退所者69人 家族5人対象調査)
国立療養所入所中に「子どもを産まなかった」「子供を産めなかった」626人
その理由 断種された・不妊手術を受けた・堕胎手術を受けた 49%
検証会議報告書は「承諾のない強制的中絶で実質的に違法。少なく見積もって25%以上は人口早産させられたか、正常に産まれた可能性がある。標本のビンが並ぶことが研究している証しであると考えていた医療従事者も多かった。(ほとんどは放置され)胎児の尊厳を冒涜するものだ。産まれた後に職員によって殺害された等の証言もあり、入所者らの意見を踏まえた上で死産か新生児殺人かを調べる司法の検視が必要だ」としている。
標本作製が戦後の1956年(昭和31年)まで続いていたことが衝撃的である。戦後民主主義の洗礼がいかに虚妄であったかを如実に示している。この時に私は中学生で何も知らなかったーと免罪できるだろうか。旧厚生省と医学界の責任は罪万死に値するが、薄々知っていて何もしなかった者の罪責もまた大きい。障害者とマイノリテイーの絶滅をめざしたナチス断種法の思想とおなじものが、私たち日本にも流れている。異端排除の思想と民衆レベルでの受容は、現在に至るまでコミュニストや在日韓国・朝鮮人、従軍慰安婦、企業内ガラスの檻そして学校でのイジメなどなど連綿としてある。ハンセン病者への隔離と絶滅政策は形を変えていまでも異端排除の信条となって流れている。114名の標本胎児(特に8ヶ月以降の29体)、2000名の解剖標本はただちにその尊厳を回復し、殺人と死体冒涜に手を下した者を裁きの場に引きださなければならない。そうしてその根元には、300万の日本人の死と2000万のアジア人の死に至る戦争命令を発した最高司令官の罪責に手を触れることができなかった日本の罪責倫理の決定的な弱さがある。
隔離政策を断罪した熊本地裁判決(01年5月)以降、全国13の療養所にいる約3500人の入所者の平均年齢は77歳を超えた。彼らのなかで、家族や親族と連絡が取れた元患者はわずかであり、今もって本名を名乗れず故郷へ帰ることはできない。17体の遺体標本がある星塚敬愛園(鹿児島県鹿屋市)で暮らす玉城シゲさん(86)の場合をみてみよう。
1939年に20歳で入所し、2年後に入所者同士で結婚すると、12畳の部屋に夫婦4組が「犬猫以下の」共同生活をした。妊娠すると先輩の女性が云った。「気をつけなさいよ。医局に引っ張られるから」、次第に大きくなるお腹を必死で隠し、7ヶ月を迎えた頃、夫の不在を狙って呼び出された。冷たい手術台の上に乗せられ、ブルブル震えていると、医師と看護婦長が押さえつけた。麻酔も使わず、器具で赤ん坊を引っ張り出して、彼女は気を失った。頬を叩かれて目を覚ますと、看護婦が盆に載せた赤ん坊を見せた。黒い髪が光、キューピー人形のようなまん丸い顔の女の子が、手足をわずかに動かしていた。看護婦は赤ん坊の口に厚いガーゼを押しつけて連れて行った。水が欲しいと頼むと、「国の厄介になっておきながら、妊娠なんかして恥ずかしくないのか」と怒鳴られた。医師と看護婦がいなくなったすきに赤ん坊を彼女に見せた看護婦の声はいまも耳に残っている。「あんまり可愛かったから、あんたにひと目見せてあげたかったんよ。ごめんなさいねえ、恨まないでねえ」と言う看護婦のそばで、赤ん坊は手足をバタバタさせていた。堕胎のことは死ぬまで誰にも話すまいと思った。だけど「これを話さなければ、人間扱いされなかった私たちの悔しさは伝わらない。ひと目見たあの子の姿が私の背中を押してくれました。私たちは人として扱ってもらえなかった。子どもたちもそうです。なぜこんなことが起こったのか、そこを明らかにしてほしいんですよ。そうでなければ、苦しんで苦しんで死んでいった人たちが浮かばれません」と彼女は第1次訴訟の原告になった。
同じ園の田中民市さん(86)は、妻の堕胎に付き添い自分も断種された。「17体の標本のなかに、自分の子がおるのか、気になって知りたくてならない、我が子がいるなら会わせてほしい、申し訳なかったとこどもに謝りたいのです。隔離政策のせいで殺されてしまった。いま生きていれば60歳を超えているはずです。私たちには時間がない。この課題は5年後の話ではなく、明日の話です」・・・判決後、急速にハンセン病のニュースはマスコミから姿を消した。あたかも患者たちが早くこの世から姿を消すのを待っているかのように、政府は沈黙している。少なくとも、玉城シゲさんと田中民市の妻の堕胎手術を行った医師と補助した看護婦は、直ちに殺人罪と死体遺棄罪及び特別公務員暴行陵辱罪で逮捕し、裁きの場に引きださなければならない。それを指示した旧・厚生省も同罪だ。厚労省は、標本と希望者との対面の機会を保障し、手厚く葬らなければならない。それにしても114の遺体標本は、いまもって温度調節機能もない倉庫に放置されている! なんたる悪魔の所業か!
手を下した者と命令した者は悪魔とともに地獄に堕ちよ! この私も無知の罪がゆえに同罪だ。(2005/1/27
20:05)
[グアンタナモ基地収容者23人自殺抗議(ロイター発)]
米軍がアフガン戦争でアルカイダ組織容疑者として、キューバのグアンタナモ基地に幽閉されている23人が03年8月18日から23火にかけて、自ら首を絞める行為で抗議行動をおこなった。米軍は単純な自殺行為として公表しなかった。米南方軍司令部は21人は自殺ではなく自傷行為だったと説明した。同司令部によれば02年の収容所開設から抗議の自殺行為が34件発生している。英国人5人が04年3月に送還され、4人は今年1月25日に送還され、対テロ法違反容疑でノーソルト英軍基地で逮捕されロンドンしないの警察署に留置されている。
グアンタナモの囚人は、アフガン戦争の戦争捕虜でもなく、刑事犯でもなく、超法規的に米軍が拉致して幽閉しているに過ぎない。彼らがたとえアルカイダメンバーであったとしても、いっさい司法によらず米軍の私的支配によって身体の自由を奪われ、拘束され、おそらく残酷な拷問を受けているにもかかわらず、世界から放置されてもはや3年が経過しようとしていることは驚きだ。この地上に、一切の国際法と国内法による処断によらないで、拉致され自由を剥奪されている事態をどう見たらいいのだろうか。(2005/1/27
13:48)
[戦艦「武蔵」の最後の生き残り元海軍一等水兵・柴田庫治(82)の証言]
戦艦「武蔵」は、排水量6万9100トン、全長263mで「大和」と並ぶ史上最大の戦艦であり、1944年10月24日にレイテ島に向かう途中で米軍機の猛攻を受けシブヤン海で撃沈、乗組員2399人中、復員したのは430人。柴田庫治は、1922年秋田県羽後町に生まれ、43年に徴兵され横須賀砲術学校を経て「武蔵」へ乗務し、マリアナ沖、レイテ沖海鮮に従事し、戦後は郷里で養豚や稲作を営む。青年劇場団友・富田祐一の一人語り「戦艦武蔵の最後」のモデル。
「20本の魚雷と17発以上の直撃弾を浴びて横転した戦艦から海に投げ出された私たち兵士は、気化する重油で意識がもうろうとし、必死に海上の漂流物にしがみつきました。一本の丸太に30人ほどいたでしょうか。力尽きた者から一人、また一人と沈んでいくとき、私は「これでまだしばらく浮いておられる」と思いました。戦友の犠牲の上に私は生き残ったのです。このこころの傷はいまでも消えることはありません。だからこそ憲法9条を見たときに、強く思ったのです。戦争で死んだ幾百万の同胞と幾千万のアジアの人々の遺志が、この憲法を生ませたのだと。9条は日本のみならず、世界の人々に対しての、不戦を誓う日本の約束なのです。これなくしては戦没者に顔向けできません。・・・(中略)日中戦争も貧しい中国の民を救うという美辞麗句からはじまりました。当時に似た空気を感じます。・・・戦争を知らない若い世代が改憲を進めることに危機感を覚えます。・・・・しかし私は絶望していません。・・・80歳を過ぎ、人生もそろそろ・・・と思っていました。しかし戦争体験を風化させるわけにはいかない。自分の体験を少しでも憲法のために生かさなくてはと思っています」
ここには戦争と戦場の渦中を生きた日本人の魂の叫びがあります。そしてその体験をどのように次の世代に伝えるかという、もっとも美しい姿があります。私は昨夜のNHK「その時歴史は動いた」という恐ろしい番組を見て衝撃を受けました。日露戦争の日本海海戦の連合艦隊参謀・秋山真之の作戦を詳細に説明し、彼を優れた作戦家として英雄のように讃える内容でした。おそらく帝国軍人の優秀性を宣揚する番組は今回が初めてではないでしょうか。「その時歴史は動いた」という中味は、朝鮮半島の支配からアジア・太平洋戦争に至る侵略の歴史を意味するはずですが、単純な戦闘技術に歴史を収斂しそこに英雄のイメージを求めるNHKの企画精神がここまで頽廃しているとは思いませんでした。朝鮮半島の支配権をめぐる日露戦争は明白な国際法違反の戦争であり、戦後の戦争違法論から責任を負うべき日本が、公共放送でその戦闘を讃美するとはNHKの堕落も極まったと云えましょう。
戦後60周年を迎えて過去の罪責を徹底して記憶し残そうとしている欧州に対して、過去の戦争の戦闘を讃美している日本のこの哀しいまでの非対称性!
(2005/1/27 11:20)
[買い物依存症候群はなぜ女性に多いのか]
昭和大学医学部調査(2000年)は、女性の10%が感情のママに不必要な買い物を爆発的に反復する買い物依存症状にあると報告しています。職場でのストレスや夫婦と家族間の不満から誘発され、家庭内での孤独感や職場のストレスが手っ取り早いショッピング行動による瞬間的発散を常習化し、多重債務に陥るとする。確かに日常的に定着している女性の購買行動は、予算制約による抑制傾向が強くそれ自体が欲求不満足を蓄積させている。一方デパートに行けばきらびやかな商品が並び、またTVや雑誌を通した欲望創造型のマーケッテイング技術はより高度化し、購買感情と抑制感情のあいだを微妙にコントロールしながら毎日を生きざるを得ない。そこに家庭や職場のストレッサーが爆発的な購買による快感の達成に転化して泥沼にはまり込んでいく心理メカニズムはよく理解できる。
かって私の同僚女性が末期癌を宣告されて、200万円を持ってデパートをまわりあらゆる高額商品を買いまくって、数日後にこの世を去った女性がいた。この末期ガンの心理と似ているところがないだろうか。果たせなかった欲望の達成感と限界状況に追い詰められた自己のつかの間のはかない達成感・・・・・。或る買い物依存症の女性の行動をみてみよう。
彼女(38)は、上司との折り合いが悪く、夫に相談しても「無理して働くかなくてもいいじゃないか」と云い、同居の姑からも嫌みを言われる。ある日デパートに行くと、ブランドショップのガラス越しに最新デザインの洋服や靴が・・・・眺めているうちに「明日になれば誰かに買われて無くなるかも」という焦りに襲われ、初めてクレジットカードで数十万円の商品を衝動買いし、渇いた心が何とも云えぬ幸福感で充たされた。店員が女王さまに接するようにかしずいてくれた。「私は注目されている、認められている」と何とも云えぬ自己肯定感に充たされた。それからはあっという間に、気づいたときには消費者金融に600万円の負債を抱えていた。自宅のクロゼットには値札を付けたままの洋服と包装箱が散乱していた。覚悟を決めて夫に告白して返済を肩代わりしてもらい、いまはカウンセリングに通っている。
このケースを彼女の自己責任で終わらせることはできるだろうか。女性の社会進出と機会均等が進んでいるが、職場での格差と差別は隠然として残り、家事と育児の負担を引き受けて、女性たちの負荷が限界を超えている現状がありはしないか。衝動買いと買い物依存症は圧倒的に女性に多く、摂食障害も圧倒的に女性に多い。
さて男性に多いのはアルコール依存症やギャンブル依存症であり、男性の買い物依存症は聞かない。女性の買い物依存症との間にどのような差異があるのだろうか。男は常に激しい競争のなかでの勝利と敗北意識が交錯し、敗北の蓄積がストレスとなって瞬間的な勝利の快感を味わうギャンブルにのめり込む。女性の買い物依存症は、常に被抑圧的な抑制状態にある女性が瞬間的に「女王さま」となる主人意識を味わうからだ。以上中間的考察。日本経済新聞1月24日付け朝刊参照。(2005/1/25
19:13)
[ファッシズムと文化]
ムッソリーニは1926年の文化行事「ノヴェチェント展」に出席して、「政治は芸術だ。もちろん科学ではない。だから芸術なのだ」という「政治=芸術」論(政治は芸術に奉仕する)を展開し、それを受け容れる芸術家は「芸術=政治」論(芸術は政治に奉仕する)へと展開してファッシズム讃美の途へ走った。歌劇「カヴァレリア・ルステイカーナ」で有名な作曲家マスカーニは、1923年の政権獲得直後のムソリーニに、オペラは国家が支援すべきだと提言し、政府は音楽家に「見返りとしてプロパガンダ活動を含め絶対的な服従」を求めた。マスカーニは、政府に最後の歌劇「ネローネ」を作曲して「ムソリーニへの感謝の意」を表し、政府も「ファッシズムの威光を放つオペラ」として宣伝したが、この歌劇は音楽史から姿を消した。一方指揮者トスカニーニは、コンサート開演前のファッシスト党歌演奏を拒否し続け、31年にボローニャでファッシストに暴行を受けてその後米国へ亡命した。
現在のNHK番組改竄をめぐる問題は、権力と報道文化の際どい関係の分岐点にある。マスカーニかトスカニーニか、芸術の自立性を生命を賭けて問われる局面に入った。NHK問題は、日本の文化と芸術の基本の流れを決定するだろう。(2005/1/25
10:10)
[モテ・ブームとエビちゃんモデルの感性]
女性誌をほとんど見たことがないので知りませんでしたが、モ顔テ、モテ服、モテ肌、モテメークなど「モテ」という言葉が氾濫しています。例えば・・・・
『non・no』(12月20日号) 恋が始まる勝負ヘアメイクのすべて 「モテ目力」バイブル
『ar』(1月号) なんてたってモテ可愛ヘア 濡れ目 高湿度の肌で男を骨抜き! 彼を惑わせる吸引まなざしメイク
『CanCam』(1月号) エビちゃんOL VS
優OL冬のおしゃれ頂上対決 激モテ・イベントヘア・メークネイル完全バイブル
『JI』(12月号) カルテイエが愛しているのサイン、欲しいクリスマスプレゼントNo1はジュエリー、今年彼にリクエストする愛の証しはどれ?聖夜のおねだリスト
すごいですね、男性のこころをどうつかむかの秘訣が満載ですね、男性の視線をひきつける涙ぐましいマニュアルがあふれています。とくにそのシンボルとみられるエビちゃん系(蛯原友里)は白、ピンク、ベージュを基調とし、理屈抜きでカワイくやさしい感じでメチャもてするファッションであるようです。
青年前期の女性ファッション雑誌を通してみる若い女性の意識は、どうしたら男から愛されるか、チヤホヤされるかという企画に表れているようです。その要素は、本来の自分を変身させる技術テクニークにあるようです。モテる技術は、チワワ目、ウルウルリップ、髪にカール、笑顔の相づち、家事がうまい、よく気がつく、何気ない男の身体への接触などなどにまとめられるようです。そのポイントは男に守ってあげたいと思わせるようなふるまいにあるようです。逆に云うと、思ったことを率直に言ったり、知っていることをすぐ言ったりしたり、つまり男の優越を崩すようなふるまいは避けなければならないようです。
青年前期の若い女性の将来イメージは、どうも「男に尽くす専業主婦」という数世代前のモデルに先祖返りしているかのようです。こうしたエビちゃん系イメージの情報の氾濫に翻弄されて、周囲の目を気にして振りまわされ自然な自分をどう加工するかに血道を上げているのをみると、少し滑稽を通り越して哀れにも見えてきます。編集部が打ち出す基準に外れた自分に傷ついて悲しんでいる人も大勢いるのではないでしょうか。
他方エビちゃんモデルに対して、山田優をモデルとした黒と茶を基調とする優ちゃん系はどうも残業もこなすキャリア志向型であるようです。つまりエビちゃん系はアフター5を楽しむ腰掛けOLのモデルであり、優ちゃん系はフルタイムの総合職女性と分けることができるようです。この二極モデル化したファッションは、少数正規労働者と大量非正規労働者という今の日本の労働市場政策にマッチしています。男性から自立して自己実現する総合職女性と、男性の自己実現に奉仕して家事労働に献身する一般職女性という女性の2極分解です。私は少なくとも女性の皆さんに申し上げたいですね。人為的に操作されたファッションに弄ばれるのではなく、やっぱり自分のオリジナリテイに依拠するオンリーワンであって欲しいですね。エビちゃん系に近寄ってくる男には大した男はいませんよ。やっぱり知性に裏打ちされたオリジナルな感性の美しさにホンモノがあるような気がするのですが。ただし就職大不況下で総合職への道を閉ざされてしまった若い女性たちが、将来の幸せを総合職男性へ依存せざるを得ない状況のなかで、女性の最後の武器を飾り立てる気持ちもよく分かりますが、なんか哀しいですね。
付言すればこうしたファッション戦略をいつまでも続ける日本は、いつまでたってもミラノやパリ・コレを抜くことはできないですよね。利潤の極大化をねらう感性産業のターゲットになって搾りあげられる構造は、世の中全体が大勢順応型に傾きつつあるなかで、ファッション感覚をもそういう流れに乗せようとしているんじゃあないですかね。それはヒョットするとソフトなファッシズムであるかも知れませんよ。なぜならあたかも自分で選んだかのように選ばせて意識を操作しているのですから。(2005/1/24
9:37)
[フーコー型一望監視社会の到来かー共謀罪の恐怖]
00年11月の国連総会でテロ、麻薬、武器取引を防止する国連国際組織犯罪条約が採択されて署名した日本政府は、国内法整備に向けて「共謀罪」の創設を提案しています。現刑法では、犯罪を実行する準備段階の予備行為を処罰する規定は殺人・強盗などの重大犯罪に限定している。予備行為よりも前の段階の共謀(複数で相談し合意する)を犯罪として罰しようとする共謀罪は、国連条約が規定する国際組織犯罪行為をおこなう国際犯罪組織だけでなく、一般団体の557の犯罪行為を対象としています。例えば、不同意堕胎、免税罪、万引き、喧嘩、対企業抗議行動、マンション建設反対運動、団体交渉などなど。
戦前の治安維持法下で1928年につくられた目的遂行罪は、協議罪・扇動罪に留まらず研究・言論・教義・信条にまで思想それ自体まで処罰しましたが、それは協議罪は現実に複数集まらないと成立しないので政府批判関係書籍が自宅に置いてあるだけで処罰できるようにしたのです。協議罪の復活をめざすのが今回の共謀罪です。さらに実行以前に自首すれば刑の軽減と免除があり、スパイと密告行為を奨励しています。意識的に内部に挑発者を送り込んでメンバーを検挙することができます。
刑事訴訟法は犯罪発生後の強制捜査に限定していますが、共謀の把握は事前の動向を把握しなければならないため、盗聴と内部通告が不可欠です。1999年の通信傍受法は発生後であり、令状が特定事件を対象とするために共謀をつかめません。そこで特定人物を対象とする米国型に切り替え、盗聴器になどによる口頭会話盗聴を合法化することになります。
なぜ共謀罪は危険なのでしょうか。近代の国家刑罰権は、行為に対してのみ発動できるという絶対的な限界を設けています。こころや考えや思いの段階には絶対に介入できません(内面の自由)。それは中世の異端審問や日本の治安維持法のような思想と・信条の自由を奪うからです。さらに現実に発生した行為をすべて罰するのではなく、生命・身体・財産など社会を毀損する行為に限定しています。被害の未遂罪は「差し迫った危険」のみに限定しています。窃盗未遂罪は、家に入った段階やタンスに近づいた段階ではなく、引き出しを明ける物色行為があって初めて成立します。共謀罪は被害の発生、差し迫った危険は必要なく、心の中で思った段階まで対象をひろげる危険があります。
もし共謀罪が成立すれば、盗聴とスパイによる闇の捜査が拡大し、警察が24時間国民を監視できる恐るべき警察国家が出現するでしょう。互いに他人を監視し合う陰湿な人間不信の社会が実現します。だからこそG8諸国は国連条約の批准に至っていないのです。日本では他人を密告する行為を「チクル」といって軽蔑する雰囲気があり、この雰囲気が内部告発を認めないという負の効果を生んできた反面、他方で「チクル」行為は他人を権力に売り渡す卑劣な行為という側面も持っていました。共謀罪は国民に卑劣な行為を奨励する効果を持ちます。私たちは戦前期日本の治安維持法下の目的遂行罪や協議罪による一望監視システム(フーコー)の悲劇をもう一度想い起こさなければなりません。私は、HP上でこうしたことを書くこと自体にいま一抹の不安を感じています。そこまで日本は際どい状況が到来しつつあるのでしょうか。(2005/1/22
13:15)
[現代歴史学の再構築ーエリック・ホブズボーム(Eric
Hobsbawm)の英国学士院セミナー(04年11月)スピーチから]
1880年代以降マルクス主義歴史学は変革運動と結んでいままで関心を向けなかった民衆史と労働者史の分野に接近したが、1890年代を過ぎると変革とマルクス主義を捨てた。1917年のロシア革命を契機とする公式マルクス主義史観が誕生し、とファッシズム期において反体制運動を基盤とするマルクス主義歴史学が強力となった。先進国では50年代以降弱くなったが、大学教育の普及と学生運動を背景に60年代になると再び変革と結ぶ歴史学が大学の中心に生み出された。彼らはラデイカルではあったが正統派マルクス主義ではなかった。この動きは70年代に頂点を迎えるが、その直後に政治的理由による反マルクス主義の大きな潮流が再び生じた。この最大の影響は、人間社会を組織化する特定の方法の成功を歴史分析によって予言できるという目的論的思考が葬り去られたことにある(一部のネオリベラリストを除けば)。以上が変革の視点から見た現代歴史学の流れである。
歴史を解釈するという視点から現代歴史学を見ると、反ランケ主義の勃興がある。マルクス主義が反ランケ主義の潮流に果たした役割は2つある。第1は現実の客観的構造は明白であるとする実証主義への批判であり、客観的事実の記述としての歴史学ではなく、歴史学のパラダイムや概念の違いがなぜ生じるかという「問題意識」に出発点を置いた。第2は、歴史学を諸社会科学と架橋した総合学として人間社会の変容を説明することをめざした点である。
マルクス主義にかけられた無批判な客観主義という汚名は正しくない。マルクスは知識社会学の父とみなすことができ、1890年代から顕著になり1950年代と60年代に頂点を迎える歴史における経済的・社会的ファクターの重視は全般的な歴史学運動となった。マルクス主義歴史学が重要な影響を及ぼしたのは、第3世界の経済史の分野であったが、ここでも下部構造そのもというより上部構造と関係論に関心があり、厳密な意味でマルクス主義は常に少数派だった。社会人類学といった他の分野やウエーバーなどマルクスを補完しようとする思想家によってマルクス主義歴史学は発展した。例えば、フランスの人文地理学、デユルケム社会学、アナールとラブルース、ドイツの歴史社会学であり、英国のマルクス主義歴史学は英国歴史学の近代化の担い手となった。
政治的・イデオロギー的な違いはあっても歴史学の保守主義に対抗する抵抗戦線の仲間であるという相互承認が形成され、進歩のための同盟がつくられた(1952年『過去と現在』誌の創刊)。この進歩のための共同は、第2次大戦から70年代にかけて進展し、歴史の量分析、ミクロ分析、語りの分析、文化主題分析などへの変化が生じる1985年の危機まで続いた。1985年以降共同戦線は守勢にまわり、逆にマルクス主義歴史学が主体的な対抗軸を主張する状況がもたらされた。
この最大の問題は、客観的な現実の存在を否定する反普遍主義である。歴史は観察者の目的によって構築されるという歴史構築主義であり、世界を記述する唯一の手段である概念(言語)の限界に縛られているという言語による論理実証主義である。これらの思考は、歴史の意味や図式、規則の存在という問い自体を葬り去る。或いは、過去は偶然の産物であり一般化は不可能だとする反普遍主義である。この観点は、高度の意思決定者の裁量や歴史を超えた観念、過去への自己移入に還元される。
今日の歴史学の主要な政治的危険性は、真実にとっての事実は各人で異なるという反普遍主義にある。何が起きたかでなく、自分にとってどういう意味があるかという歴史観は、他者に対抗するかたちで自己定義する共同体(宗教、エスニシテイ、国民、性、生活様式など)にとって魅惑的である。こうして歴史に関する虚偽と神話が捏造され、一部では宗教原理主義を伴う新たなナショナリズムを登場させた(ヒンズー至上主義のインド、宗教右派の米国、ベルルスコーニのイタリアなど)。
こうした減少は、特定集団(ナショナリスト、フェミニスト、ゲイ、黒人など)の歴史のごく一部に際限なき虚言を生んだが、他方ではカルチャル・スタデイなど歴史の記憶という新たな展開をもたらした。
いま歴史学は相対主義とポスト・モダニズムの偏向に抗する共同戦線を構築すべきにある。ブローデル以降のアナール学派や構造機能主義的社会人類学が戦線から離脱した現在、マルクス主義アプローチの意義がさらに高まっている。歴史の意味論的進化を解明する自然科学の進歩がある。第1はDNA解析であり、文字史料が出現する以前の歴史の解明、獲得形質の伝達の文化的メカニズムを実証した進化生物学は、歴史が科学かどうかという論争に終止符を打ち、ネオ・ダーウイニズム社会生物学の遺伝子還元論を埋葬した。進化生物学によって、人類と環境の相互作用の様式、人類による環境制御というマルクス的アプローチが再登場している。生産技術、コミュニケーション、社会の組織化、生産様式などが人類進化の核心にあり、人類のすべての活動が分かちがたく交錯する全体の歴史が問われることとなった。
人類の歴史的発展は2つの力のせめぎ合いである。ホモ・サピエンスを変容させるちからと、人間集団と社会の再生産と安定性を保つちからであり、今日では人間の制御力を超えた不均衡が決定的に一方の側に傾いている。20世紀に於いて洞察が及ばなかったマルクス主義歴史学は、自らの経験を糧としてそれを説明しなければならない。以上『デイプロマテイプ・プログラマテーク』04/12電子版(一部筆者意訳)参照。
コメント:文明の衝突から社会的危機、実存的不安から帰属集団への対抗などの現代の諸現象は歴史学の再構築を求めている。政治的勢力と結ぶ相対主義を打ち破る理性の共同戦線による新たな歴史観の創造を、進化生物学を含む自然科学の画期的方法に求めるホブズボームのスピーチは、現代の歴史学宣言と言えよう。現代日本の経済から文化に至るすべての退嬰現象には、反普遍主義的な相対主義としてのネオ・リベラリズムがある。社会的公共と相互了解による社会と自然の制御という人類的な共通価値を破壊する市場原理主義の暴走が政治的国家主義と醜悪な同盟を結んで、「我が亡き後に洪水は来たれ」という刹那主義的な独断と決断主義を手段に地球システムの平衡系を滅びの途に追いこもうとしている。英国の著名なマルクス主義歴史家であるホヴズボーム氏は、そうした現代の状況に対する理性の回復と共同を呼びかけている。
氏のメッセージでは、近代的理性を超えた新たな共同理性の内容や、制御方法としてのマルクス主義的手法の具体的なイメージに触れていない点で物足りないが、冷戦崩壊後雪崩を打ってマルクス主義から逃走した日本の左翼とは基本的に異なる思想の誠実な格闘があるように思う。(2005/1/22
11:15)
[イスラエル公立学校における軍事教育]
イスラエル教育省は、”すべての生徒のための大佐”とう新たなプログラムを導入し、すべての高校に軍の大佐1人を配置し、高校生にイスラエル国防軍(IDF)の精神を伝えて軍への入隊意欲を高めようとしている。いままでにすでに制服姿の青年教師として勤務し、IDFの部門編成津関する授業と号令と敬礼の軍事訓練を施す”若者たちの案内人”というプログラムがあり、さらに「青年大隊訓練週間」で軍隊での基本訓練のシュミレーションが実施されてきた。イスラエル教育省は、批判精神に富んだ平和精神を育てる教育と軍事教育の背反する二重基準に苦しんでいる。
軍事教育に反対する学生たちは、批判のビラを撒いたり、ポスターを貼ったり、校門に身体を縛り付けて軍人の訪問を拒否するアピールなど多様な抵抗をおこない、非軍事化プロセスを支援するカリキュラムを導入しようとしている。寡聞にして私は、イスラエルの国内状況や教育状況をまったく知らないが、戦争直下にあるイスラエルが戦前期日本の軍事教育と酷似した状況にあることをはじめて知った。この最大の違いは軍事教育への批判者が弾圧されることはないという点にあるようだ。それはイスラエル内の非戦勢力が一定の基盤を持っていることを示しているだろう。問題はイスラエル公立学校に通学するアラブ系パレスチナ人の子どもたちだ。彼らはアラブの歴史とイスラム文化を学ぶ機会を保障されているのだろうか。それは戦前期の日本でおこなわれた在日朝鮮人に対する皇民教育になっていないだろうか。(2005/1/22
9:55)
[爆発するカーニバルの底には300年間に蓄積されたルサンチマンがある]
1年間をそのために働き生きるーと言われるブラジルのカーニバルは、日常のすべてを賭けてエネルギーを爆発させ、観る者を圧倒する華やかな解放感が充満している。民族衣装を晴れやかに纏った青年男女が、トランス状態に陥った忘我の表情で生命そのものとなったかのように晴れやかに行進する。それはまさに救済の瞬間の姿に他ならない。なぜ南米のカーニバルは死者をも出す祭りと化すのだろうか。
それはアフリカ大陸から拉致された1000万に上る黒人たちの末裔が、差別と偏見を払拭し自らの存在の証しを示すたった一つの瞬間であるからだ。16世紀の大航海時代から300年間にわたって、2000万人とも5000万人とも云われる黒人奴隷が、かっては「奴隷海岸」と呼ばれたナイジェリアから奴隷船に乗せられて西欧や南北アメリカに「輸出」され、その半数は目的地に着かず船中で命を落とした。奴隷の大半は30歳代の男性であったが、女性も含まれていた。出産すればタダで奴隷が手に入るからだ。こうして豊かな繁栄にあったアフリカ大陸は壊滅的な打撃を受け、その後の植民地支配によって「暗黒大陸」となり、そそ傷跡は現代にまで及んでいる。およそ1000万人がポルトガル支配下のブラジルに拉致され、ブラジルの黒人奴隷が解放されたのは世界で最も遅く1888年であった。私たちは、西欧キリスト教文明が異人種に対しておこなった恐るべき蛮行を記憶に甦らせ、こころに刻まなければならない。神は白人であったのだ!
アフリカ系のグループがはじめてカーニバルに登場したのは1949年であり、「フィーリョス・ガンジー(ガンジーの息子たち)」というたった数十人のグループであり白人たちから激しい侮蔑の視線を浴びた。しかし彼らは、始祖の地であるアフリカの文化をしっかりとブラジルに継承し、神聖な色である白色の衣を全身に纏ってアフリカのリズムで堂々と行進し、今では1万人を超える大パレードが周囲を圧する。写真で見る彼らの歓喜の表情は、ブラジルの最底辺で生きるアフリカ系の尊厳を放射している。1年間の辛い生活で呻吟してきた生命力をいまこの瞬間に爆発させる我が人生の最高の時であるかのように。
私が生まれ育った村の夏祭りがまさにそうであった。真夏の暑さを乗り越えた農作業の総決算としてのハレの時が訪れる。時空を超えて時間がとまったかのような晴れやかな喜びにあふれていたあの夜を今でも忘れることはできない。子どもたちは何週間も前から踊りの稽古を始めてその日に備え、子ども踊りからはじまって青年男女は若い情熱を爆発させて忘我のトランスを味わいながら踊りに没頭する。賑やかな夜店の電灯の明かりのもとで喧噪がいつ果てることもなく続きついに朝を迎える。そうなのだ!生きる喜びをそれと知ることなく身体に染みこんで味わったのがあの夜だったのだ。すべてが終わった後の虚脱感も身体に滲みいるように味わった。
いまアフリカ大陸には、かって「黄金海岸」とか「象牙海岸」とか「奴隷海岸」などの輸出品を象徴する植民地名は一切姿を消した。西欧キリスト教文明が恥ずべき汚濁にまみれたものであったことを忘れ去ったかのように、いまアフリカ大陸は世界から忘れ去られた辺境の最貧混地域として放置されている。血なまぐさい部族間闘争と内戦のなかで社会の存立自体が喪われようとしている。私たちはそこからうまいコーヒや商品作物を仕入れて、豊かな日常生活を送っている。ブラックはほんとうにビューテイフルなのか? ブラックはほんとうに人間なのか? ホワイトがビューテイフルな人間であるという定義のなかで私たちは生きてきたのではないか。イエローという第2白人待遇で。こうしてみると年末に訪れたパリの華やかな夜の歓楽の背後に、忘れ去られた植民地の生贄があることを想い起こして粛然たらざるをえないのだ。以上・板垣真理子「奴隷末裔のカーニバル」(『DAYS
JAPAN』No.11)参照。(2005/1/22 00:42)
[アメリカ化するある国ー与謝野晶子から]
或国 与謝野晶子
堅苦しく うはべの律儀のみを喜ぶ国
しかも かるはずみなる移り気の国
支那人ほどの根気なくて
浅く利己主義なる国
亜米利加の富なくて
亜米利加化する国
疑惑と戦慄とを感ぜざる国
男みな背を屈めて宿命論者となりゆく国
めでたく うら安く 万万歳の国 (*支那人は差別用語ですがそのまま記載します)
なんとこれは与謝野晶子が大正初期の日本国家を痛烈に批判した詩です。かるはずみに米国に追随する当時の日本帝国を揶揄していますが、帝国のマインドは現代の今でもそのままあてはまるではありませんか。ライオンヘアー首相は自らポチ公と呼ばれたいと媚びへつらっているのです。パウエル国務長官を追放して第2次ブッシュ政権の国務長官に就任するアフリカ系アメリカ人のコンドリーナ・ライス氏は、1期目の外交戦略の基軸であった「悪の枢軸」(イラン、イラク、北朝鮮)に代えて「圧政の拠点」(アウトポスト・オブ・チラニー)として、キューバ、ミャンマー、北朝鮮、イラン、ベルラーシ、ジンバブエの6ヶ国に対する「人権・民主化」戦略を提起しました。その基準は「街の広場の試金石(タウン・スクエア・テスト)」という、広場で逮捕や投獄を恐れずに意見を表明できるかどうかにあるそうです(初発はナタン・シャランスキーの言葉)。ライス氏はこれらの恐怖社会に住む全員が自由を手にするまで行動するそうだ。その手法はユニラテラリズムの軍事力だ。
たとえこれらの国が独裁や一党制による権威主義体制にあったとしても、経済的・軍事的強制による政権転覆という自決権侵害が国連憲章違反に当たるという国際法認識すら彼女にはありません。暴力による自由の強制ほど自己矛盾に満ちた欺瞞はありません。その国の統治形態の決定権は当該国市民にあることは云うまでもないことですから。「大量破壊兵器を所有するテロリスト支援国家」という大義名分すら根底から虚偽であったイラク侵略に対する一片の自己検討するありません。もはやアメリカこそが主要な「圧政の拠点」という恐怖国家に堕落しているという客観的事実への想像力はありません。米国内で熾烈な差別に喘いできたアフリカ系の出自であり、公民権運動によってアフリカ系女性として初めて政権中枢に参加したとは到底思えない第3世界に対する想像力の欠如は、もはや対話によっては如何ともし難いレベルに達しています。知性に欠ける大統領を理論的にリードしてきたと云われるには、その国際法認識の水準は貧しすぎます。同じ独裁制で反体制派を弾圧しているサウジアラビアや軍政パキスタンは米国の同盟国であるがゆえに免罪するという露骨な二重基準を露わにしています。カウボーイのようなサル顔をしたヤンキー大統領を手玉にとって快感を味わう彼女の顔はあまりにも卑しい印象をただよわせています。全世界から孤立している暴力団帝国にアジアでただ一つ媚びへつらおうとしている国の首相も段々と主人の顔つきに似てきているようです。そして恐ろしいことにその国では、「みな背を屈めて宿命論者」のように放送のお伺いを立てる放送局があって親分の情報を国民に垂れ流しています。これが自由の深層なのです。アングロサクソの自由の本質は、オーナーシップ・ソサエテイー(所有者社会)という持てる者の自由を意味しています。所有から排除された敗者を冷酷に排除する自由を意味しています。国民はそうした自由の虚妄を鋭く見抜き、「背を屈めて」いることを遠からずやめてすっくと立ち上がって問うでしょう、「主権者は誰か?」と。(2005/1/21
20:41)
[日本の幼児対象・性犯罪の増大は何を示しているのだろうか]
0−12歳の性犯罪被害者数は、95年約1400件→03年約2400件に激増している。これは警察庁犯罪統計書に載った立件数だから実態ははるかに多いと推定される。奈良女児誘拐殺人事権を契機に性犯罪者の出所情報を地域住民に公開する米国型メーガン法の適用を求める声が増大している。
危険な性犯罪者数は、米国で50万人、英国で30万人(小児性愛者だけで11万人)と推定され、米国では家庭内性暴力中心に、女の子の3人に1人が18歳までに性犯罪の被害者になり、男の子も7人に1人が性被害にあっている。米国の1人の性犯罪少年は生涯で380人の被害者を発生させている。これに対し日本の犯罪者を100とすると刑務所に服役するのは6人であり、残る94人は地域住民に知られることなくほとんどが再犯に至らない。
米国・メーガン法は7歳の女児メーガンちゃんが近所の男に暴行・殺害された事件を契機にニュージャージー州で94年に成立し、96年に連邦法となり全50州に適用された。メーガン法は、受刑者の氏名・住所・犯歴を登録して州のホームページで公開し、地域住民が性犯罪者の再発を監視し、犯罪者も抑制意識によって再犯率が低下することを狙っている。94年以降に米国の性犯罪は約10%減少した。しかし犯罪全体がこの10年で20−30%減少しているなかでの減少でありメーガン効果かどうかは確定できない。出所後の警察登録制度を導入した英国と韓国を含め、地域の事態をみると、出所後の性犯罪者への襲撃と排斥運動が誘発され、プライバシーを侵害する差別が常態化している。性犯罪者は服役と差別という二重処罰を受けている。メーガン法は桁違いの犯罪発生率をもつ国で追い詰められた社会秩序の維持のために、矯正による復帰モデルから応報モデルへの転換を意味している。米国はメーガン法に留まらず、遂には「薬物去勢」という治療法で、性犯罪者の能力を奪うという究極の反人権的な方法も導入されている。
英国では91年に刑務所の性犯罪処遇プログラムを策定し、92年から全国実施している(ルーツはカナダ、日本は川越少年刑務所の10数時間がある)。最初は年80数時間で現在は170時間の教程で効果を検証しながら推進する。4年以上の実刑を受けた性犯罪者が希望制で参加し、仮釈放の重要な条件となる。相手がいやがっていなかったーという認知の歪みを正し性衝動をコントロールすることを学び、子どもをターゲットとする加害者は非社会的な人が多いのでコミュニケーション・スキルの訓練を施す。03年報告では、2年以内の性犯罪と暴力犯罪の再犯率は、再犯リスクが中程度と評価された受講者のうち3−6%であり、非受講者は13−14%という統計的な有意差さを示したが、高リスク群では差がなかった。英国は97年に性犯罪者の出所時に名前と住所の警察への登録を義務づ、常習者をGPSで監視する性犯罪法を成立させたが、犯罪傾向の進んだ者ほど罰則覚悟で届け出ていない。
韓国では18歳以下の性犯罪者の氏名・住所・犯歴を官報に掲載し半年間ホームページで公開する。カナダは性犯罪者全員の氏名・住所を警察に登録し、一部の州ではホームパージで公開している。
再犯防止の主要な方法を、教育に置くのか(矯正原則)それとも法的威嚇に置く(応報原則)のかが」鋭く問われてきた。どのように考えたらいいのだろうか。 性犯罪は性の逸脱行動が嗜癖となることによって誘発される。幼児わいせつ犯は通常はおとなしく気の弱いいじめられっ子に多く、大人の社会でやっていけないルサンチマンを子どもに集中する。米国では、14歳くらいから5歳以上離れた年下の子どもを相手にし出し、問題化して治療を受け始めるのが30歳くらいである。少年期ののぞきから性器露出、下着泥棒という初期形態からはじまり、適切な教育がなければ、1人の性犯罪少年は生涯で380人の被害者を発生させている。性犯罪は、加害者は性的快感とともに被害者を暴力で自由に操るという快感を得る。被害者の感情に対する想像力はなくただ単なる「モノ」に過ぎない。被害者を恐怖に追い込み、「抵抗しないから同意した」とみなし、抵抗すると「思うとおりにならないのが悪い」とさらに激しい暴行を加える。性犯罪者の異常な要求水準はのぞき→さわりと高まり、さらに残酷な強姦→殺害→死体嗜虐に至る。
性犯罪行為の全過程は、@性的ファンタジー(空想)→Aファンタジーによる自慰行為→B悲劇的な現実行為の爆発という経過を辿る。この過程は10歳前半にはじまる場合もあり、長い時間を経て逮捕に至る行為をもたらす。性的衝動=襲撃行為は稀で準備に時間をかけ、特に幼児わいせつの場合は誘い出し方や誘う場所の選定に時間と巧妙を極める。
日本では性犯罪被害者の自己責任を問い(あなたにも挑発するような雰囲気がある等)、被害者を社会的に冷遇する傾向が強いので公表性犯罪数は氷山の一角だ。特に兄弟や父親からの被害はほとんど表面化しない。欧米では夫婦間や恋人間のセックスの無理強いも強姦罪が成立する。日本では少年期の性犯罪は、単なる悪戯であり、気にしなくても自然に収まるとする傾向も強く、少年期の嗜癖が放置されて悪化している。表沙汰になれば被害者が傷物呼ばわりされ、被害者の行動が非難された。60年代の刑事裁判記録では強姦事件の加害者を被害者と結婚させて解決した例がある。日本の性犯罪観が変化したのは、95年9月に発生した米兵3人による小学生少女暴行であり、1審は懲役7−6年6ヶ月(求刑10年)で当時としては重かったが、米国では30年が普通であり日本の性犯罪軽視が際だった。当時は強姦罪が懲役2年以上、強盗罪が5年以上とされ、強姦の有罪判決は懲役2−3年で実刑は3分の1に過ぎなかった。99年に児童買春・児童ポルノ禁止法、00年に犯罪被害者保護法が成立し、法定内での被害者保護が明文化され性犯罪の告訴期間も撤廃された。04年の刑法改正で強姦罪の法定刑が3年以上に引き上げられた。
日本の監獄法には矯正規定がなく刑務作業中心であり、被害も加害も直視させる機会はない。日本の刑務所は川越刑務所がはじめて性犯罪矯正プログラムを導入し、現在は全国74行刑施設のうち13が導入しているに過ぎない。03年度の性犯罪矯正プログラムの受講者は性犯罪受刑者の4%(125人)に過ぎない。一般的な刑務作業と規則生活のみであり、性犯罪者は犯情が悪く仮釈放もほとんどない。刑務所でただ静かに過ごして満期で退所する。仮釈放なら保護観察が付いて保護の対象となるが、満期出所は誰も顧みないで放置される。
私は名古屋市の大高で発生した女児集団強姦事件を想い起こす。不良グループの少年が、仲間から妹を差し出せと脅迫されて、自分の妹をだまして提供し集団強姦に至った事件だ。この痛ましさには言葉がない。自分の妹を売って犠牲にした兄の少年の無惨な行為、兄を信じて裏切られ一生消えないトラウマを背負い込んだ妹の心情を思うと暗澹たる気持ちになる。
法制審議会少年法部会は14歳未満の触法少年への警察による強制捜査に準じる調査権限の適用と家裁判断による少年院送致を可能とする少年法改訂要綱をまとめた。14歳未満で刑罰に触れる行為をした少年は刑法上の「刑事未成年者」とされ「14歳に満たない者の行為は罰しない」とする刑法41条によって、児童福祉法による児童相談所措置と相談所判断による家裁審判に委ねていた従来の規程を基本的に変え、14歳以上の少年と同等の警察による調査活動、強制捜査(押収・捜索)権が付与され、家裁の少年院送致の年齢制限を撤廃し、保護観察による更生が難しいと判断した場合の少年院送致の途を開いた。14歳未満の少年犯罪対処の原理は、保護モデルから応報モデルへ根本的に切り替わる。
さて異常な性犯罪の激増に対する分析に欠落しているものがないだろうか。なぜこのような異常な嗜癖をもつ人格が発生しているのかという根元的な分析がない。米国型の応報原理による威嚇による鎮圧戦略が、日本で果たして有効なのかという根元的な分析もない。最悪の場合は、遺伝的決定論によるナチス断種法に酷似した薬物去勢法を導入した米国の手法に接近する恐れがある。私は性犯罪発生率と自殺率の相関のなかに事態の本質を見抜くカギがあると思う。弱者を対象とする外向的な嗜虐行為と、自分自身に対する内向的な攻撃としてのカッテイングから自殺に至る行為は、根底において本質的な共通性がある。市場原理主義による弱肉強食のジャングルと化した社会システムのなかで、他者を敵とみなし「モノ」とみなす異常な歪みが誘発され、ヒューマンな心情が剥ぎ取られる日常生活のなかで本能が文化的琢磨を受ける機会を喪失して、異常な肥大を遂げていくのではないか。
こうしたマクロな本質還元論は、被害当事者とのこされた遺族にとってはたまらな発想であろう。私は個別の加害者の自己責任を真っ向から問うことを回避する免罪を主張しているのではない。かって戦前期に「何が彼女をそうさせたか」という戯曲があって、犯罪の社会的背景を鋭く問うたが、刑務所での矯正プログラムを全面的に導入し自己責任を全的にとらせると同時に、基礎にある犯罪発生要因を除去する戦略なしに対症的手法を極大化しても、ほんとうに被害者と遺族を救うことにはならないのではないか。
私はかって青年期に神のような心をみたことがある。無免許運転の学生が少女の片腕を奪う人身事故を起こして、強硬な退学論が起こったときに、被害少女の両親が加害青年には前途があるから退学は避けてほしいと申し出たことを今でもアリアリと想い起こす。その時に私は、自分ではけっしてできない神の行為だと深く思った。性的嗜癖から犯罪に陥る全過程を明らかにし、自分の異常に気づいて立ち直ろうとする人が、刑務所に入る手遅れの状況にいたる前に、どのような回生の方法があれば救われるか徹底的に究明したうえで、応報原則を俎上に載せるべきではないか。特に少年期の性犯罪については、犯罪心理学を駆使した手法が望まれる。性犯罪者の一律処遇は無意味であり、嗜癖性を帯びた再犯傾向の強い常習犯への対応が独自に図らなければならない。以下は川上東京医歯大教授の提案であるが、私の評価は保留して示す。
@量刑の検討:強制猥褻法定刑の上限10年を再犯過重による延長の問題がある。
A矯正教育プログラム:精神療法、認知行動療法、薬物療法による自覚的な性衝動抑制制御
B保護観察制度も活用:再犯率の高い性犯罪者の保護観察、必要に応じた通院治療、行動制限、行動観察の導入(2005/1/21
10:46)
[薬事行政の頽廃ーイレッサ副作用死588人の示すもの]
肺ガン用抗ガン剤・イレッサ(一般名はゲフィチニブ)は、ガンの増殖に係わる特定の因子を狙う分子標的薬と呼ばれる新しいタイプの抗ガン剤で、劇的な腫瘍縮小効果があるとする報告がある一方で、間質性肺炎など副作用による死亡例が報告されてきたが、世界に先駆けて02年に日本で承認され03年に米国が承認した。今年に入って、製造元の英国製薬大手アストラゼナカは世界規模の臨床実験で延命効果が確認できなかったとする報告を発表し、この1月4日に欧州での承認申請を取り下げることを明らかにした。同社の臨床試験は28ヶ国(日本含まず)1692人を対象にしたもので、統計的に明確な延命効果は得られなかったが、マレーシア・フィリピンなどの東洋人342人は生存期間の延長があったとし、ガンの増殖に係わるEGFRという蛋白質の遺伝子変異を持つ人に効果があるとしていしている。この変異は日本人に多いとの報告もある。アストロゼカ社は28ヶ国で、他の抗ガン剤が効かない末期肺ガン患者1692人に偽薬との比較試験を実施し、イレッサを飲んだグループと飲まなかったグループの優位さはなかったとしている。米国食品医薬局(FDA)は04年12月にイレッサの市場からの回収を検討することを決めた。
厚労省はイレッサを服用する国内患者数を8万6800人とし、04年12月28日までの間質性肺炎発症患者1473人でうち死亡者が588人に上ったことを明らかにした。製薬元企業が承認取り消しを求め、実にたった2年で600人を超える死者を出したこの薬の承認取り消しをださない厚労省の薬事行政とはいったいなんだろうか。サリドマイド事件の教訓がまったく生きていない。厚労省がこうした殺人行為の元凶となる背景には、安全よりも利益を重視する製薬企業とそこに天下りしている厚労省官僚及び製薬企業と結ぶ医療界の恥ずべき癒着のトライアングル構造がある。8万6000人の患者の生命を危機に曝して恥じない厚労省とは一体何であろうか。イレッサの副作用で命を落とした患者の遺族は、国と製造元を相手に損害賠償請求訴訟を起こしている。以上・朝日新聞1月20日付け夕刊及び21日付け朝刊参照。(2005/1/20
20:25 1/21 8:28追加)
[いま非戦・民主は後退しているのか・・・]
私が最近最も驚いたことは、NHKの番組介入問題でNHK広報局に質問したときに、広報部職員が「わたしの個人的見解ですが、あの番組は最初から編集方針が間違っていたと思う。産経と読売の報道をよく読んでください」と云ったことだ。産経と読売は、従軍慰安婦と強制連行の事実を否定する歴史修正主義を社論とし、憲法と教基法改正に世論動員をしていることは御存じでしょうが、今次の番組介入に対して「番組内容自身に問題がありNHkの編集方針自体が問われている」とキャンペーンをおこない、番組介入を結果的に認める役割を果たしている。NHKの最前線にいる広報部職員が、そうした個人的見解を臆せず市民に云う雰囲気が局内に確実にあるのだと云うことを実感した。ここには権力から自立した報道の自由というジャーナリズムの原点を喪失し、生存している慰安婦の叫びに対する想像力の貧しさと無知ゆえの罪がある。無知の罪ゆえにその効果は倍化する。そのような局面に日本の民主主義は逢着しているのだと、まざまざと教えられた。つまり私たちは、一人ひとりがいやおうなく長井暁プロデユーサーたり得るかを問われる時代に入ったのだ。真実か生活を天秤にかける選択を問われているのだ。
私たちは負け、権力が薄ら笑いを浮かべながらみずからの力を誇示するだろうか。一定の生活基盤を実現している専門職自由業の人たちは声を挙げて逆流に立ち向かっているが、家族の生活を抱えて逡巡している市民たちの選択にこそ日本の未来が懸かっているともいえるだろう。その点で長井暁氏の行動は歴史的意味を持つのだ。なぜならNHK上層部は長井氏の処分に踏み切れないからだ(今後閑職への配転が予想されるが)。彼が内部通報制度を利用して内部告発を組織内で行使した段階では、彼に対する組織的処分は公益通報者保護法によってできないが、対外的に公表して批判に転じた段階でNHKは長井氏を名誉毀損と混乱の職務規定違反で処分できる充分な根拠があるはずだ。これは民主とファッシズムが際どいせめぎ合いの状況にあることを示している。
さて非戦・民主勢力に展望はあるだろうか。後退する状況は敗北への確率を暗示しているかのようだ。依拠することができるのは、歴史のなかで誘発されたせめぎ合い状況で最終的な解決はどのようであったかを検証し、あるモデルを想定することだ。ここでは大正期の米騒動研究の新段階をみてみよう。青年期に学んだ米騒動の研究(井上清・渡辺徹『米騒動の研究』)からは想像できない新研究があらわれている。米騒動を世界的視野でとらえ、騒乱主体の労働者性を発掘し、食糧危機を基軸とする戦後日本史までつなげる斬新な視角が登場している。以下は井本三夫『図説 米騒動と民主主義の発展』(民衆社)から。
北方植民地向けコメ移出地帯の東部富山湾沿岸の都市群からはじまる米騒動の初発は、東水橋町(現・富山市内)の7月上旬だ(教科書では魚津町7月18日、20日となっている)。中小都市の市街地に囲まれた漁業区から起こったが、漁村の漁民と単純には云えない。北洋労働者、海上労働者の妻たち(娘時代は製糸・紡績女工)が多く参加し、東水橋町や最も激化した滑川町では女性陸仲仕の集団が襲撃を主導した(沖仲仕は間違い)。第1次大戦による輸出景気で増加するコメ消費量に前近代的地主生産が追いつけず、小作米の高額販売をもくろむ地主層の画策でコメ輸入を減らす関税がかけられ、大戦による産業破壊で世界的な食料価格の高騰と食糧騒乱が誘発された。1917年に米価が倍化した日本も翌年からのシベリア出兵宣言を契機に食糧騒乱となり、朝鮮・中国を経て東南アジアに米価高騰と米騒動が拡大し、朝鮮の31独立運動に結びついた。
日本の米騒動は、治安警察法で団結権を奪われたなかで組織と武器を持たないまま闘われ、30余人が射殺され2人の被差別部落住民が処刑され、多くの者が長期刑を受けて敗北した。しかし民主主義勃興期の市民戦争は食糧騒乱といういうかたちで、組織的な労働運動を誘発し日本の民主主義への展開の端緒を切り開いた。世界的な食糧騒乱と市民戦争は、第1次大戦の主要参戦国であった独、露、襖、土の帝政を崩壊させて共和制を実現させたが、日本帝国のみが帝政を維持しその矛盾は第2次大戦後のコメ寄こせ運動と食糧メーデーという食糧騒乱を経て爆発し、戦後民主主義革命を切り開いた。
いま日本の非戦・民主主義はこうした近現代史の潮流からみると、明らかな逆流の局面にある。しかし生活問題のインセンテイブと統治主体の民主性に背反する潮流は自らのうちに敗北の契機を抱えるなかでしか作動できないと云うことがよく分かる。いま世の表舞台で権力を誇示している勢力の基層には、自ら自己統治できない虚偽を潜ませているからこそ、危機を力の誇示によってしか乗り切ることができないという致命的な弱点がある。抑圧と脅迫は弱さの裏返しであり、統治能力の衰弱を証明しているに過ぎない。権力はそれに権力を感じる人が自分で生み出している幻想による効果が大きい。「王様は裸だ!」と誰かが叫び出せば、音を立てて崩れ落ちる危ういシステムだ。このシステムの構造を見抜く力はいま一見して少数派にみえるが、実はそうではない。それはシステム自身が経済的に膨大な赤字を抱え倒産寸前にあり、戦争による軍需経済でしか乗り越えられない限界に来ているからだ。(2005/1/20
11:10)
[なぜいまキリスト教原理主義か?ーアメリカの宗教右派に未来はあるか]
米国有権者の20%を占めるキリスト教原理主義の投票行動が大統領選を決定するまでに到った背景を考えよう。
「米国人の人生における宗教の意義」(02年 ギャラップ社調査)
非情に重要 61%
まずまず重要 27%
重要でない 11%
回答なし 1%
「妊娠中絶に対する態度」(03年 ギャラップ社調査)
擁護する 48%
反対する 45%
わからない 7%
フロリダ州のある公園内のホスピスでベッドに横たわるテリー・シャボさん(41歳)は心臓発作の後遺症の脳障害で15年間意識が戻らないままだ。植物人間の生命を終わらせる夫の訴えを地裁が認め栄養と水分補給のチューブが4年前に外されたが、両親が控訴し2日後に再挿入され、地裁の再裁定によって再びチューブが外された。人為的な死は神の意志に背くとする宗教右派はジェブ・ブッシュ州知事に働きかけ、共和党は知事の停止命令権法案を州議会で可決し、チューブは元に戻された。テリーさんは2度の死を生き延びた現代の受難者として生命の尊厳のシンボルとなり、聖母像を掲げて徒歩で彼女のホスピスをめざす巡礼者が現れた。リベラル派も個人の生死に州知事と議会が介入する政教一致の危機を訴えて反撃した。ブッシュ大統領は再選に向けて、中絶擁護団体への支出禁止、中絶制限連邦法など宗教保守に沿う政策を展開しフロリダ州での圧倒的再選票を勝ち取った。難病治療のための胎児幹細胞研究資金への支出を禁止した。
現在の米国には、処女懐胎を信じている人が70%に達し(クリスチャン人口比では85%)、南部州ではダーウイン進化論は禁止され、人口の半分以上は悪魔の存在を信じている。宗教右派はハルマゲドンを信じて世界が滅亡しても自分たち善人は神の救済の対象となるとしむしろハルマゲドンが起こることを熱烈に期待している。以上・朝日新聞1月19日よりの連載記事参照。(2005/1/19
10:32)
公立学校での進化論論争は現在は創造説優位に傾いている。
1980年 モンキー裁判(テネシー州で進化論を教えた高校教師が創造主に対する冒涜として有罪判決を受ける)
1999年 カンザス州教委が進化論を教育課程から削除
2001年 同教委 進化論復活決定
2002年 ジョージア州コブ郡教委が生物教科書に「進化論は仮説であり事実ではない」とのシール貼り付け決定
2004年 オハイオ州教委 創造説による授業を許可
アンサーズ・インジェネシス(AIG)は聖書の語句を神の言葉として重視する福音派(ブッシュ大統領も属す)が主導する団体で、スマトラ沖大地震とノアの方舟を同一視し、地殻変動の周期を数百万年ではなく数週間であるとする。なぜなら神が6千年前に6日間で世界を創造したという「真実」が崩壊するからだ。AIGはケンタッキー州で46億年の地球史を6千年に圧縮する巨大な天地創造博物館を建設中ですでに25億円の寄付が集まり、展示責任者はキング・コングやジョーンズの展示をユニバーサル・スタジオで担当した有名デザイナーである。アリゾナ州グランドキャニオン国立公園は、大峡谷がノアの方舟の洪水でつくられたとする地質学書を出版し大ベストセラーとなっている。ニューヨークタイムズが04年に実施した人類誕生に関する米国人の見解は次のようになっている。
神が創造した 55%
神が関与した 27%
進化による 13%
分からない 5%
いまやヴァチカンでさえ否定している天地創造説を82%のアメリカ人が信じているところにこの国の異常性がある。以上・朝日新聞1月21日付け朝刊参照。(2005/1/21
8:54追加)
移民国家・米国は、多文化主義の「政治的公正(ポリテイカル・コレクトネス=PC)」を尊重して、キリスト教色を薄める風潮を強めた。メリークリスマス→ハッピーホリデイズ、クリスマスツリー→コミュニテイツリー、クリスマスパーテイ→ホリデイパーテイと言い換えられ、公共施設からキリスト生誕の絵は撤去され、学校では「きよしこの夜」は歌わないようになった。ところが最近では、宗教派を中心とするキリスト教色を排した店の不買運動が広がり、1万4千の認可ラジオ局のうち2千を宗教右派が経営し、1ヶ月の延べ視聴者は141億人に達した。「わが友にしてキリストの兄弟、ブッシュ氏を大統領に戴くことによって、米国は神の祝福を受ける」と宣伝している。米国宗教人口の内訳は以下の通り(ピュー・リサーチセンター 02,03年調査)。
プロテスタント 56%
カトリック 25%
ユダヤ教 2%
その他宗教 8%
無宗教 9%
以上・朝日新聞1月25日付け朝刊参照。(2005/1/25
8:29)
[あなたは、新憲法普及歌「われらの日本」を知っていますか]
1946年11月3日に公布され、47年5月3日に施行された日本国憲法を普及するために当時の政府は大々的なキャンペーンを実施しました。旧文部省が教科書『新しい憲法のはなし』は、いま読んでも生き生きとした精彩ある筆致で子どもたちに非戦を呼びかけています。おそらく廃墟から立ち上がる希望の礎であったに違いありません。このキャンペーンのひとつに憲法普及会(芦田均首相が会長)が新憲法を広める目的でつくった「われらの日本」という歌があるのをはじめて知りました。この歌の一部を紹介します。
♪平和のひかり
天に満ち
正義のちから
地に湧くや
われら自由の民として
新たなる日を望みつつ
世界の前に今ぞ立つ (作詩・土岐善麿 作曲・信時潔)
いかにも未来への希望に満ちた決意の歌ではありませんか。ところが私は最後の括弧の内をみて暗澹たる気持ちに襲われました。そこには、作詩・土岐善麿 作曲・信時潔)とあるではありませんか。作曲家の信時潔氏は戦時期にかの有名な「君が代」にもまして歌われたと云われる「海ゆかば」を作曲し、国民精神総動員運動に協力しておおぜいの若者を戦場に送り、戦後は靖国神社を奉賛する歌を作曲してきたのです。土岐氏も信時氏と協力して軍歌を作詞したようですがここでは問いません。「海ゆかば」は初期は勇壮な行進曲として歌われ、その後静かに消えゆくように歌われましたが、荘重なトーンに満ちたメロデイーはいま以て粛然と胸を打つものがあり、おそらく戦時の若者の心情に食い込んで潔く死のうという決意と戦場で逝った兵士への鎮魂を刻み込ませたに違いありません。それほど信時氏の音楽的感性と表現力は優れていたのです。思えば芸術家が戦争をどう生き抜いたかはそれ自身一つのドラマですが、同時に戦争讃美の活動をおこなった芸術家の戦争責任も鋭く問われなければなりません。高山光太郎は自らを恥じて東北の寒村に蟄居しましたが、信時潔氏はなんと非戦の憲法を讃美する歌を作りながら、他方では靖国神社の奉賛歌をつくってきたのです。
なぜこうしたことを書いたのかと云いますと、この「われらの日本」を発掘して普及し憲法9条を守る運動につなげようという市民運動が東北にあることです。320万人の犠牲を出した戦争を賛美した「海ゆかば」の作曲家が、戦後一転して非戦の憲法歌を作曲するという芸術家の二律背反的な精神構造を究明することは別にして、過去の罪責を抜きにして信時氏の歌を発掘・普及し、みんなで大きな声を出して歌おうとする市民の平和意識の内実も問われているのではないでしょうか。地獄への途は善意によってひきつめられていたーという残酷な結果にならないためにも。(2005/1/17
9:25)
[日本の少子化は、断崖絶壁の正念場に直面している]
合計特殊出生率(Total Fertility Rate)の低下が止まらない。1970年・2.13→2000年・1.36→2003年・1.29と急降下している。合計特殊出生率は「1人の女性が一生の間に産む子どもの数」という定義は不正確で、正確には「15歳ー49歳までの女性の年齢別出生率の合計」だ。合計特殊出生率は@平均初婚年齢A生涯未婚率B生涯完結出生児数の3要因で決まる。今までの将来出生数の過小評価は主たる原因を晩婚化に求めて危機を先延ばしにしてきた。現在は晩婚化と生涯未婚化が同時進行するという最悪の事態にある。日本の静止人口(人口増減ゼロ)を保障する置換水準は2,07だから恐るべき危機に直面している。
しかも長寿化(04年男78,36年 女85,33年)による超高齢化社会とパラレルに進行している。国連は65歳以上の高齢化率が7%以上を高齢化が進行している高齢化社会(aging
society)とし、14%を超えた社会を高齢社会(aged
society)としているが、日本は1995年に高齢化率15%を超えて高齢社会となり、03年10月1日現在の高齢化率は19、0%である。現在の傾向が続くとすると、14年に高齢化率25,3%となり、4人に1人が高齢者となる(02年1月推計)。これを世帯でみると、65歳以上のみ又は18歳以下が加わった高齢者世帯は、02年・718万世帯→03年・725万世帯となり、6軒に1軒が高齢者世帯である。うち65歳以上のみの一人暮らし世帯は341万1000世帯で、77,3%が女性である。
1995年にスタートしたエンゼルプランが失敗し、99年からの新エンゼルプランで04年度だけで1兆6千億円を投下しているのも関わらずなぜ少子化の歯止めがかからないのだろうか。サービスの中心を働く母親の保育サービスに置き(それさえも出産退職を食い止められなかった)、家庭の子育てや不妊治療支援など多角的な援助が採られなかったこともあるが、根本的な原因は政府の人口政策の戦略理念が定まらないところにある。人口政策の歴史をみると、1941年に閣議決定された人口政策確立要綱は「我が国人口の永続的なる発展増殖と資質の向上を図ること喫緊の要務なり」として産めよ殖やせよ(夫婦5人子ども目標)という軍事的人口政策を展開したが、一転して1948年の優生保護法で人工妊娠中絶を解禁し、1949年には産児制限政策に転換し「我が国の人口は著しく過剰であり、生活水準の向上は望まれない」(衆院決議)とした。これを契機に出産ブームはピタリと止まり、国民は奨励と抑制の両極を揺れ動く混迷に陥った。
ひるがえって世界の人口政策の現状を見てみよう。米国の合計特殊出生率は2,01(白人1,83)で2億9千万人の人口が2050年には4億人になってインド・中国に次ぐ人口大国となる。フランスは1.6台の出生率を1.9まで上昇させている。米国は出産と育児を社会全体で支え、次世代は必ず豊かにするという社会的価値観が定着している。大学院を修了する女性が男性の1,4倍に達する米国では、育児支援環境を整備しない会社には人材が集まらない。託児所と在宅勤務などの支援をおこなう企業が70%を超えている。コンピュータ・アソシエイツ本社では、毎朝400人の子どもが親と一緒に出社し、100人を超える保育士が室内温水プールを持つ託児所(1200万ドル投入)で手厚い保育をおこなう。ヒューレット・パッカード社は、在宅勤務、フレックスタイム、ジョブシェアリングなどの育児支援労働形態を整備している。
欧州は主として政府による直接支援制度が中心だ。フランス政府は24種類の子ども手当を整備して3歳以下向けだけで年2兆円の手当を支給し、北欧は出産後の休業補償が中心でスウエーデンは480日分の有給休暇を両親に与える「親保険」制度をとる。英国は選挙でマミフェスト(母親公約)を掲げないと当選が難しい。スウエーデンは出産後に70%を超える母親が1年以上の育児休業を取得するが、日本では出産を契機に70%近くが退職する。オーストラリアは04年に新生児に24万円を支給し(04年から)、ノルウエーは保育園を使わず家庭で1−3歳の子どもを育てる親に月額6万円を超える手当を支給している。
日本の平均出産費用は約40万円だが、公的健康保険の対象とはならない(出産は病気ではないー厚労省見解)。乳幼児を育てる親の調査(兵庫県 5200人対象)では、4人に1人の母親が子どもに遊ぶ仲間がいない、親にも相談相手がいないと答えている。こうして日本は1950年に世界第5位の人口大国(8300万人)であったが、2000年に第9位になり(1億2700万人)、2050年には第15位(1億900万人)に転落しようとしている。
厚労省『少子高齢化白書』は2010年までの5年間が少子化対策のラストチャンスとした。約800万人に上る第2次ベビーブーム世代(1971−74年生まれ)が30代後半になる2010年に、25−34歳の女性人口が800万人を切るからだ。これらの青年男女が出産適齢期に出産するかどうかで日本の将来は決まる。04年に成立した少子化対策基本法と05年から開始される新新エンゼルプランは果たして有効に働くだろうか。
結論的に云うと懐疑的である。いまほど希望がない世の中で誰が子どもを産むだろうか。いまほどこどもをめぐる悲惨な事件が相次いでいるなかで誰が子どもを産むだろうか。いまほど大人自身が不安にある時代に誰が子どもを産むだろうか。こうした不安社会の原状を基礎から再編成し、親の次の世代には必ず今よりも「豊か」になるという希望が持てる社会を再構築しない限り少子化問題を解決することはできない。おそらく政府自身もそれを知っていながら、権力維持のために敢えて壁の上を歩かせるような政策を採っているのだ。その壁とは、弱肉強食のジャングル競争を強いる竹中ネオリベラリズムのことである。(2005/1/16
22:15)
[自由民主党・憲法調査会憲法改正プロジェクトチーム「論点整理」(04年6月)は、なぜ憲法24条「両性の平等」原則を改変するのか]
論点整理は憲法24条(@両性合意による婚姻と夫婦平等 A個人の尊厳と両性の本質的平等)について、「婚姻・家族における両性平等の規定は、家族や共同体の価値を重視する観点から見直すべきである。個人主義が利己主義に変質した結果、家族や共同体の破壊につながった。家族・共同体における責務を明確にする方向で新憲法を変えていく」とし、公共の責務(義務)とは「@社会連帯・共助の観点からの公共的な責務、A家族を扶助する義務、B国の防衛及び非常事態における国民の協力義務」であるとしている。
自由民主党のめざす家族イメージは、男が家族の中心となって非常時における国防の義務を果たし、女は男を助けて育児・介護を担うという性別役割分業によるアナクロニックで前近代的な19世紀の男性優位家族である。現行の男女平等家族では、国のために戦う「男らしさ」とそれを下から支える「女らしさ」が育たないとする。24条の夫婦同等原則はDV防止法という家族内暴力否定の根拠となり、9条における国家暴力の否定と並ぶ非暴力規定の両輪である。
自由民主党の憲法観は、個人を基礎とする社会(13条個人の尊重、24条家族生活での個人尊重)ではなく、家族を基礎とする前近代社会への転換をめざすアナクロニズムがある。個人は家族内役割分担として存在し、女性は人間である前に母、妻、嫁、娘であり、男性は人間である前に父、夫、息子であらねばならない。個人が自由に自らの意思を表明することは抑圧され、家族と社会から付与されたポジションを優先させなければならない。24条の家族規定の改変は、深いところで9条改変につながっている。言うなれば男の暴力を肯定し讃美するシステムへの再編だ。しかし現実はこのようなアナクロニズムを超えてはるかに前に進んでいる。
いままで専業主婦を対象としていた国民年金第3号被保険者に占める男性(専業主夫)が、03年度約8万人と7年前から倍増している。一方女性の第3号被保険者は約1100万人と90万人減少している。背景にはリストラによる失業男性の激増と、夫が妻のキャリア形成を支援する専業主夫への移行がある。壮年男性正規社員を基軸に構築されてきた戦後年功序列賃金システムが崩壊して、非正規社員への移行と成果主義賃金システムへの転換は、ハイレベルの職業的に安定した妻の出現を誘発し夫が生活の最適化のために主夫を選択するのは必然的な流れである。全自動食器洗い機などの高機能家電製品の開発で男が家事をすることは困難ではない。夫婦が伝統的な性別役割分業を超えて柔軟に仕事と家事を分担するのだ。ただし主夫選択に対する社会的視線は厳しく、妻の再就職市場は未整備で主夫の選択はかなりの個人的決断を伴う。日本経済新聞1月9日参照。
こうした家族関係の変容が男社会で自己形成を遂げた自由民主党のメンバーには理解不能なのだ。国によっては軍隊でさえ性別を超えた兵士募集と女性対応型軍隊の再編成に向かいつつある。私は軍隊を否定するが、軍隊=男という前近代的軍事イメージは崩壊し、ハイテク兵器を駆使する現代戦では性別は問わないのだ。こうした軍事技術的観点から見ても、自由民主党の家族観の時代的な有効性はない。家族と共同体の部分的な崩壊現象は、個人の尊厳に依拠する家族制度によってもたらされているのではなく、家族が依拠していた企業と学校が野蛮な競争原理に頽廃し、裏切られた人々のルサンチマンが抑圧の移譲によってより弱い層へ向けられているからに他ならない。「個人主義が利己主義に変質した」のは、両性平等原則そのものではなく、その実現を常に阻止してきた保守ネオ・リベラリズムにある。79年国連・男女差別撤廃条約をを受けて法制審議会が96年に答申した選択的夫婦別姓に関すいる民法改正要綱にもとづく民法改正案の成立を流産させたのは自由民主党である。家父長制家族への逆転は、男女関係を規定する国際連合を含む国際標準に真っ向から対峙するものだ。今次「論点整理」はまさに自ら天に向かって唾するものであり、憲法学習が決定的に不足していることを自己暴露している。自ら恥じて追試験を受けるべきであろう。結論的に今次「論点整理」は近代原理である平等原則への基本否定をめざすものだ。戦後史はジェンダーによる女性抑圧からの解放史でもある。
1966年 結婚退職制違憲判決
1969年 男性55歳・女性30歳差別定年制違憲判決
1971年 出産解雇制違憲判決
1973年 男性55歳・女性50歳の差別定年制違憲判決
1975年 子ども2人以上いることを理由とする解雇違憲判決
1975年 男女賃金差別違憲判決
1985年 男女雇用機会均等法
1996年 法制審議会・選択的夫婦別姓民法改正要綱答申
(2005/1/14
20:03)
[欧州における過去の記憶]
今年対ナチス抵抗勝利・第2次大戦終了60周年を迎える欧州は国を挙げての壮大な記念式典が目白押しだ。そのポイントは過去の記憶と罪責の告白と責任にある。すでに1970年にドイツとポーランド国交正常化を祝うワルシャワゲットー記念碑前式典で、ドイツ・ブラント首相は大地にひざまずいて赦しを乞うて祈った。1985年にドイツ・ワイツゼッカー大統領は「過去に目を閉ざすものは現在にも盲目となる。歴史の真実を直視しよう」という歴史的な演説を行い、ドイツの戦後史は過去の罪責にキッパリと責任をとってきた。
2004年6月6日のノルマンデイー上陸作戦(Dデー)60周年記念式典でドイツ・シュレーダー首相は、”我々ドイツ人は誰が罪を犯したかを知っている。我々は歴史の前に責任を自覚し真剣に考える。我々はオラドウールで虐殺された村民の犠牲者のことを決して忘れない”と述べた。
2004年8月1日のワルシャワ蜂起60周年記念式典で同じくドイツ・シュレーダー首相は、”恥ずかしさで身がこごむ思いだ。ポーランドの誇りとドイツの恥辱の場で和解と平和を希望する。(戦後追放されたドイツ人財産返還について)戦争を始めたのはドイツであり、原状回復の余地はなく、財産返還問題は独・ポーランド両政府の交渉テーマにはならない”と述べて戦争補償責任を明らかにした。
2005年1月24日に国連はアウシュヴィッツ強制収容所解放60周年記念特別総会を開催し、「人間の尊厳を守り、惨劇が再び起きないようあらゆる努力を傾ける」とする事務総長声明を出した。1月27日に行われるナチス解放60年記念式典(ポーランド・オシフェンチム(旧アウシュヴィッツ)は、午後2時30分に汽車の到着音で始まり、元収容者1万人(ユダヤ人、ロマ、旧連合国捕虜)及びロシア、イスラエル、フランス、ドイツ、ポーランド大統領が出席する。ドイツ国内では同じ日にドレスデン、ドルトムント、ニュルンベルグで追悼集会が開催される。以下次のような記念行事が目白押しだ。
2005年4月 6日 ブーヘンワルト強制収容所解放60年記念式典
5月 1日 ダッハウ強制収容所解放60年記念式典
5月 8日 マウトハウゼン強制収容所解放60年記念式典
5月 9日 ロシア・大祖国戦争勝利記念式典(モスクワ 欧米各国元首出席 バルト3国の出席は不明)
5月10日 ベルリン・ホロコーストメモリアル完成式典(ブランデンブルグ門近く2751の石碑が1万9千平方mに設置)
イタリアは2000年の法律で1月27日を「記憶の日」に制定し、「ショア、人種法、イタリアにおけるユダヤ人迫害の事実と、絶滅計画に反対し生命を賭けて他人の生命を助け迫害された人を守った人々を想い起こし、悲劇と暗黒の時代の記憶をイタリアの未来にとどめるために、反省の機会を設ける」としている。各地の学校でフォーラムやセミナー、展示、映画上映などが繰り広げられる。
スウエーデンでは、ストックフォルムのシナゴーグで大戦中ブダペストに駐在し数千人のユダヤ人の亡命を助けた外交官を顕彰する儀式があり、各地の学校や図書館で討論会、展示、記録映画の上映がおこなわれる。
フィンランドのヘルシンキ大学ではユダヤ人虐殺を追悼する記念行事でバンハネン首相が演説し、デンマークでは8大学で「ジェノサイドの日」と銘打つ講演会と討論会が開かれる。
1936年のスペイン内戦の犠牲者は約50万人、国外へ約40万人が逃れた。内戦初期での右派と聖職者への虐殺、内戦後期の反乱軍による共和派虐殺は熾烈を極めた。フランコ独裁政権時に右派犠牲者の遺体は埋葬し直され、名誉回復もなされたが、共和派の犠牲者は独裁終了時の75年以降も放置されてきた。内戦がもたらした国民の分断の古傷と恐怖によって沈黙が続いた。独裁後に生まれた世代が中心となって、01年に「歴史の記憶を取り戻す会(ARMH)」を立ち上げ、全国に埋められていると推定される3万体の遺体を遺族の記憶と証言で探索し現時点で400人の遺体を探し出して再埋葬した。「歴史から目を背け、民主主義を求めていのちを落とした人たちの遺体を放置することは道義的に許されないことだ。報復や避難が目的ではない」という趣旨だ。スペイン政府も内戦と独裁時に殺害されたり行方不明となった犠牲者の名誉回復を検討する委員会を設置し、遺骨探し・記念碑建立への資金支援や亡命者への年金支給の検討を開始した。スペイン内戦については、ヘミングウエイ『誰がために鐘は鳴る』等の作品、キャパの戦争写真、ピカソ『ゲルニカ』などを御覧下さい。
欧州にも歴史修正主義の逆流はある。フランス国民戦線(FN)・ルペン党首の「ナチスのフランス占領は、格別非人道的ではなかった。55万平方kmの国でやりすぎも避けられなかった。もしドイツ人が各地で大量処刑をやっていたら、政治的流刑者の強制収容所は必要なかっただろう。ナチスのゲシュタポはフランス国民を保護した面もある」(極右週刊誌『リバロル』1月7日発売)という発言に、法相が「人道に対する犯罪の否定」を理由に予審調査を命令した。フランスでは、第2次大戦中のユダヤ人虐殺を否定することは犯罪であり、最高1年の刑と4万5千ユーロ(約600万円)の罰金の対象となる。歴史の証言者がいなくなり、歴史的事実よりも自らの思想をより重視する歴史家やえせ歴史家による歴史操作がおこなわれ、FNが安定的に15%前後の得票率を得るなかで、過去の犯罪行為の被害者の苦しみを忘れ歴史を偽造してはならないという強固な国民的合意が依然としてある。1月23日にパリ東部マレ地区にユダヤ人犠牲者7万6千人(うちこども1万1千人)の名前を刻んだ壁の除幕式が行われ、25日には同じ場所でナチス大量虐殺記念館の開所式が行われシラク大統領が出席する。フランスのゲソー法は1881年から存在する「報道自由法」に組み込まれ、第4章「報道その他の手段を通じた犯罪」は、公共の場で不特定多数を対象に、出自・民族・宗教を理由として特定人物を差別・憎悪を煽ることを禁止している。ゲソー法は第24条2項として「人道に対する罪の存在を否定する」行為を禁止している。人道に対する罪はニュルンベルグ裁判所条例で規定された主としてユダヤ人対象の大量虐殺を指す。この禁止規定は、歴史研究と見解発表の自由を制限するものではなく、ナチスによるユダヤ人虐殺などの事実そのものを否定することを禁止している。人道に対する津もの存在自体を否定することは、表現の自由には入らないとみなす。この違法行為は、最高1年間の禁固と45000ユーロ(600万円)の罰金となる。1990年に成立したこの法律は、筆頭提案者のジャンクロード・ゲソー氏(仏共産党)の名を取ってゲソー法と呼ばれる。
ドイツ東部ドレスデン州議会で21日におこなわれたナチス犠牲者への黙祷に対し、ドイツ国家民主党(NPD)議員12人が黙祷を拒否して退席した。同党は「第2次大戦中に連合軍の空爆を受けたドイツ各都市の犠牲者をこそ悼むべきだ」と主張し、ドレスデン空襲とホロコーストを同一視した。ドイツ政府は4年前に外国人排斥を掲げる同党の非合法化を憲法裁判所に申請したが審理は中断し同党は公然と活動中で、04年9月の州議会選9%の得票率で議席を獲得した。ドイツ外相は同党の行為を「我が国の恥であり民主主義への攻撃」という非難声明を発し、検察は国民扇動罪で捜査に乗り出した。
英国ではハリー王子(20)がなんと仮装パーテイーでナチス兵士の制服を着てはしゃいだことが暴露され、烈火の如く怒った父のチャールズ皇太子がアウシュヴィッツの見学と映画『シンドラーのリスト』鑑賞を命令したそうだ。BBCが昨年12月のおこなったホロコースト調査(16歳以上の4千人対象)では、アウシュヴィッツの名前を知らない人が45%に上り、35歳未満では60%を超えたとしている。ここに英国が米国に媚びへつらって、イラク攻撃と占領という恥ずべき行為をしている理由の一つがあるようだ。欧州議会に対して、カギ十字やナチの服装ハイル・ヒトラー式敬礼などナチスのシンボルをすべて禁止するドイツの反ファッシズム法を全欧州に規定すべきだという提案がなされ、「ドイツ政府は欧州の友人である英国政府に歴史の授業でナチス時代からのドイツの歴史に重点を置くように求めるべきだ」(キリスト教社会同盟幹事長)としている。フランス・シラク大統領は、フランス中部のチュール市での強制収容所解放60年に触れて「歴史の最も暗い1ページを閉じたものであり、記憶にとどめるという不可欠の義務がある」とルペン党首を批判する演説をおこなった(15日)。
いま日本で8月15日をめざしてどのような60周年記念行事が展開中かはあまり聞かない。アジア諸国の記念式典への企画と参加も報道されない。大地にひれ伏して接吻して赦しを乞うたドイツ首相と、靖国参拝に固執し他方では戦争責任TV番組を検閲している日本政府の驚くべき非対称性をどう考えたらいいのだろうか。昨年末に訪問したフランスで、ナチスによって村全体が虐殺されたオラドウール村の原状保存された跡が鮮やかによみがえってくる。日本政府は、従軍慰安婦などの人道犯罪の補償を一切行わず、治安維持法による犠牲者の名誉回復と支援措置をいっさいおこなっていない。かって日本兵から陵辱された女性たちは救いを受けることなくこの世を去り、戦争に反対し民主主義を求めて犠牲になった人々は闇の世界にさまよっているままだ。一方戦争を推進した最高責任者であるA級戦犯者は手厚く遇されている。できましたら戦犯を合祀している靖国神社に隣接した遊就館を、日本と欧州の戦争責任を対比して考える必見の戦争記念館として是非とも訪問してください。歴史の証言者がいなくなって事実よりも自己の思想で歴史を操作する動きがますます進む日本で、今は一歩立ち止まって深く事実の前に頭を垂れるときではないでしょうか。(地下鉄九段下下車)。(2005/1/13
9:35)
以下は大森典子氏(中国人慰安婦訴訟弁護団団長 6人の中国人女性の謝罪と賠償訴訟)のNHK番組へのコメントから。
原告たちは山西省の山間の村に住んでいる。日本軍は広大な中国を支配するために、10−30人編成の前線拠点をつくり傀儡軍を組織して地域占領をおこなった。13−20歳の中国人少女が銃剣を突きつけられ拉致され監禁され、慰安所ではなく住民を追い出した民家の中で兵士によって輪姦された。家族は家畜を含む財産を多額の身代金として支払い、娘を引き取った。娘たちは戦後も強烈なPTSDに苦しみ、ヒアリングを始めたら突然ワーッと泣き出し手の先からみりみる硬直していき、フラッシュバックに見舞われた。悪夢に襲われ夜でも外に飛び出したり、村の中をわめきながら走り回り、失神する人もいる。結婚して子供をつくったひとは、発作的に幼い子どもを失神するまで殴り、血だらけになっても平手打ちをやめられない。ハッと我に返ると激しい自責に苛まれるということを繰り返している。思い出したくもない、つらい記憶を取り出すという過酷な過程を経てようやく口を開いた被害者の証言を無惨にカットしたことの罪は重い。中山成彬文部科学大臣は「従軍慰安婦や強制連行などの言葉が教科書から減って良かった」と恥ずべき言辞を弄している。(2005/1/20
9:59追加)
元従軍慰安婦への償い基金事業を行ってきた「女性のためのアジア平和国民基金」が07年末で基金を解散する。原資が民間募金であり政府の公式謝罪でないとして受け取りを拒否した人もいたが、フィリピン、韓国、台湾の元慰安婦に5億7千万円を支払った。オランダには政府予算から2億5500万円を支払、インドネシアには政府予算から3億8千万円を支払い、07年3月ですべてを終了するとしている。逆流のなかで政府予算を支出することに対する極右からの攻勢に屈した恥ずべき撤退である。高齢慰安婦の方々が生存中に打ち切るとは何というご都合主義であろう。以上・日本経済新聞1月25日付け朝刊参照。(2005/1/25
18:41追加)
アウシュヴィッツ解放60周年記念国連特別総会(1月24日)での韓・中国連大使演説から。
▽韓国・金三勲大使
「第二次大戦中の残虐行為は欧州に限ったことではなく、大規模な人権侵害を被り蛮行を強制された地域がある。歴史に学び、教育と寛容を促すことでそうした悲劇を二度と繰り返さないようにすることは、人類全体が共同で果たすべき責務だ」
▽王光亜中国大使
「中国では南京大虐殺で30数万人が殺された。60年後の今ナチズムと軍国主義の幽霊はなくなっていない。いまなお一部の極右勢力が歴史を歪曲して罪悪の歴史を否定し、人類の良心に挑戦しようとしている。中国には『過去のことを忘れず将来のいさめとする』『歴史をかがみとして恥を悟ってこそ後の勇気につながる』という言葉がある」
▽アウシュヴィッツ解放60周年記念式典(25日 ベルリン)での独・シュレーダー首相の演説
「ナチスの犯罪は悪魔のようなヒトラーの演説のせいだけではなく、人々が自ら望み、自らおこなったことだ。私自身の責任だ。過去は清算できない。過去の痕跡と教訓は現在に至るものだ。こりもせずナチスの犯罪を正当化しようとするたくらみと断固対決することはすべての民主主義者の義務だ。民主主義と寛容さの敵に寛大であってはならない。今日生きている圧倒的多数のドイツ人に罪はないが、特別の責任がある。ナチスの戦争犯罪と民族大虐殺をこころに刻むことはどいつじんであるかどうかという問題だ」。
▽ショア記念館開所式での仏・シラク大統領の演説(パリ・マレ地区 25日)
「ナチスのユダヤ人狩りは、フランスとフランス国家によって補佐されたことを忘れない。フランスは自らの責任を認める義務を負っている。歴史修正主義は真実に対する犯罪だ。科学が歴史修正主義を正当化するために途をはずれること、すなわち真実に対する犯罪を犯すことを容認しない。歴史を修正する者は法によって厳しく追及され、断罪される。記憶することは伝えることでもある。常に歴史は語られなければならない。その連鎖を断ち切ってはならない。子どもたちが見、理解し、忘れないよう全国の教員は生徒を引率して記念館を見学しよう」
*ショア記念館は、5千平方bの敷地に、ユダヤ人虐殺の文献資料100万点、写真5万5千枚を集めた欧州最大の展示資料館であり、フランスから強制移送されたユダヤ人7万6千人の名前を刻む壁が設置されている。
▽アウシュヴィッツ収容所勤務独親衛隊員オスカー・グレーニング氏(83)の証言(独誌ビルト電子版 25日付け)
「ガス室に閉じこめられた数百人の人々の断末魔の叫びが今も耳にこびりついて離れない。私は42年秋から44年までアウシュヴィッツ収容所に勤務し、送り込まれてくるユダヤ人の所持している金銀、ダイヤ、毛皮などの貴重品をもれなく搬送する任務に就いていました。ユダヤ人がガス室で殺される現場に立ち会ったのは43年1月の或る夜で、数百人の裸の人々がガス室に追い立てられる後景を目撃しました。ガス室の扉が閉じられると、恐怖に駆られた人々の叫び声が上がり、ガスマスクを装着した親衛隊員が通気口から毒ガスを注入するのが見えました。その後、叫び声はますます大きくなり、やがて恐ろしい静けさが支配しました。直接ユダヤ人の殺害に手を染めていないものの、私は数百万人の無実の人々を殺害した絶滅装置の歯車だった。そのことを今でも恥ずかしく思っている」(時事通信)
▽「アウシュヴィッツから日本を思う」(中国解放軍報 1月31日付け)
「ドイツ政府がアウジュヴィッツ解放60周年を機会に侵略戦争の被害者と被害国に対して、罪を認め歴史の再現を赦さないと誓っている。ところが侵略戦争を引きおこしたもう一つの国である日本は、自らの犯罪行為とアジア諸国にもたらした苦難に対して、明らかに異なる態度をとっている。ドイツが実際の行動で戦争の発動国から正常な国への転換を成し遂げ、他の欧州諸国や国際社会から理解されているのに対し、日本はドイツのように侵略の歴史を直視し、戦争を引きおこし他国の人民を傷つけたことを深く反省するのではなく、侵略の歴史を否定し軍国主義を免罪している。政権党の自民党は戦後60周年の最大の政治課題を平和憲法の改定に置いている。日本政府はドイツに倣い、戦争責任を正しく認識し、勇気を持ってその責任を負うことによってのみ、日本のイメージを改善しアジア諸国との関係発展の最大の障害を除去することができる」
▽ケーラー・ドイツ大統領のイスラエル国会(クネスト)演説(2月2日 時事発)
「ホロコーストの責任はドイツのアイデンテイテイを形づくるものだ。ホロコーストのため恥じて頭を垂れる。犠牲者たちの顔を忘れてはならない。次世代に教訓を伝えていかなければならない」(ドイツ語による国会演説に反対の声があり、ヘブライ語とドイツ語を混ぜて演説ーシャロン・イスラエル首相の答礼演説「ナチスによる欧州のユダヤ民俗に対する行為への許しや償いはあり得ない。欧州は反ユダヤ主義に対する終わりなき闘いを続ける」)
27日に吹雪のなか開催されたアウシュヴィッツ解放60周年記念式典で粛々と各国代表の挨拶が進んでいる時に、収容所生存者1千人のなかから突然一人の女性が演壇に歩み寄り興奮した口調で語り始めた。
「私はここに立っていた。丸裸にされて。私は16歳だった。家族は全員殺された。(コートを脱いでセーターの腕をまくって、ナチスに入れ墨された囚人番号を参列者に見せ)私は名前を奪われ、番号で呼ばれた。なぜ私の愛する人々を焼いたのか」・・・女性はイスラエル在住のユダヤ人、メルカー・シェバと名乗った。数分間のハプニングにだれも止めなかった。他の元収容者はメデイアに対して、「参列した各国代表は、アウシュヴィッツで何が起こったかを理解するには若すぎる。大統領や首相が何人来ても、大勢には影響ない」と語った。政治レベルで進む過去の罪責の共有と原体験を持つ個の間はおそらく永遠の断絶があるだろう。
私は考える。後の世代が原体験を共有することはできないのだ。後継世代はただ想像力で接近できるだけで、過去の罪責を拭うことは原理的にできない。ただ2度と繰り返さないと誓うだけだ。ただし私は敢えて16歳だったユダヤ人女性に問いたい。あなた方はかって受けた悲劇をパレスチナ人に加えているのではないか・・・・と。私にこうした問いを発する資格があるかどうかと問われれば逡巡する。しかし私は敢えて問う。ショアーとホロコーストの悲劇を身に受けた人が、なぜ同じ行為をパレスチナ人に加えるのかと。以上・朝日新聞1月28日付け夕刊参照。
[なぜNHK・紅白歌合戦は姿を消していくのかー権力の恫喝に屈して番組改竄に至る卑屈]
第55回NHK・紅白歌合戦はついに39,3%(関東地区番組後半)という史上最低の視聴率を記録した。かっては視聴率80%を誇った国民的年末行事であった紅白歌合戦は、多メデイア、多チャンネル化の時代で凋落の一途をたどっている。戦後日本の復興期にスタートして、年の終わりに家族が茶の間に会して共同体の1年の区切りを刻む記念すべき国民的行事となり、歌手にとってはメジャーとして公認されるハードルであり、紅白いずれが勝つか手に汗を握った時代は終わった。この凋落の原因は、プロデユーサーの制作費詐欺事件に象徴されるNHKの体質が頽廃の極致に達していることばかりではなく、国民的な価値観の変容にある。
NHKの制作現場は、事なかれ主義と無気力が蔓延し、経営の編集への介入の常態化などメデイアの水準が極度に衰弱している。宇田多ヒカルが紅白を蹴り松田聖子やSMAPが辞退したように、もはや演歌歌手以外は紅白と訣別している。レコード大賞が業界の論理で受賞者を決めてから凋落の一途をたどり、マツケンサンバがなければ10%を切ったと言われるなかで、紅白のみが生き残れるはずがない。受信料に依拠するNHK番組の最大の根拠が紅白と大河ドラマにあるうちは存続するだろうが、30%を切った時点で紅白は追い詰められ転機を迎えるだろう。
こうしたTV番組の変容の背景には、集団的な画一的価値観が崩壊し、多様な個的価値観の展開がある。産業界では、単一の商品価値を大量生産・大量消費するフォード・システムが終焉して、多品種少量生産とか少品種少量生産という差異・差別化時代に敏感に対応したが、ひとりNHKのみが巨大メデイアの垂直統合性によって柔軟な適応能力を育てることができなかった。NHKのニュース番組のアナウンサーの没個性の能面のような表情を見れば一目瞭然だ。しかもこの凋落現象に経営トップが対応力を喪失し、いつまでも地位に連綿として革命的な戦略転換を遂げることを疎外してきた。その体質は国会議員に恫喝されて縮みあがるところに露呈している。
NHKは国家権力の検閲に屈服するというメデイアとしての自己否定を演じて恥じない。それをしも編集権の自立という。政府高官の番組介入と事前検閲におののいて、番組内容を修正するというジャーナリズムの資格を自ら全否定する哀れな状況に転落している。これは重要な問題なのでまず事実経過を確認したい。
2000年 8月 NHKエンタープライズ21のプロデユーサーがドキュメンタリージャパン(DJ)に
制作依頼
9月 DJ担当デイレクター・坂上香作成の企画書により制作開始
10月 DJがVAWW−NET(戦争と女性への暴力日本ネット)に取材依頼
11月 制作スタッフ打ち合わせ(法廷の記録性を大事にする)
12月 8日 女性戦犯国際法廷開始
12月上旬 編集開始(編集方針は記録性尊重)
12月 中旬 ニュース7で法廷ニュースを流し右翼がNHKに抗議(放映中止を求める右翼
団体の決起集会ビラの回覧が局内ではじまる)
2001年 1月13日 局内試写(NHK教養部メンバーの自宅に右翼の脅迫はじまる)
17日 教養部・NEP21・DJ3者合同試写(異論なく編集作業進む)
19日 スペシャル番組部長・教養部長の試写、「ラデイカルで刺激的」「法廷との距離
が近すぎる」との指摘ありスタッフ修正協議、その後番組制作局長・教養部長
の通告として松井やよりコメント削除、天皇有罪判決ナレーション処理指示
24日 教養部長の試写会、「ボタンを完全に掛け違えた。このまま出せば皆さんとお
別れだ。2度と仕事はしない」と発言しDJは降板。加害兵士の発言削除、高橋
哲哉発言取り直し指示
27日 右翼約50人がNHK放送センターに乱入 高橋哲哉氏スタジオ部分取り直しの
申し出と修正台本完成
28日 右翼が再度押しかけ放送中止要望書提出、修正台本による収録 夜DJを抜い
て上層部の局内試写
29日 安倍晋三、中川昭一がNHK幹部を呼び変更番組中止を指示、幹部らは内容
の一部削除を指示 深夜再編集作業
30日 NHK幹部夕方にさらに番組内容のカットを指示、再編集続く 午後10時放映
2004年12月 9日 長井チーフ・プロデユーサー 内部通報制度による通報
17日 NHkコンプライアンス室から「調査決定」との連絡
2005年 1月13日 NHK長井暁チーフプロデユーサー 都内ホテルで記者会見し内部告発
NHK・ETV2001「戦争をどう裁くか」の第2夜「問われる戦時性暴力」(01年1月30日放送)に対して、01年1月下旬に、NHK総合企画室国会対策担当局長・野島直樹両氏が自民党の中川昭一・安倍晋三両議員に呼び出され議員会館で「一方的な報道はするな」「公平で客観的な報道をするように」「それができないならやめてしまえ」と放送中止を要求された。1月19日の異例の教養番組部長試写がおこなわれ、部長は「法廷との距離が近すぎる。企画と違う。お前らにははめられた。このままではアウトだ」と発言。24日の2回目の部長試写では、「(加害者の証言に)違和感あるな。いろんなところで同じこと云っている。そうだろう。うさんくさいよな。証言はいらないんじゃないの。(DJメンバーに)このまま出したら皆さんとはお別れだ。二度と仕事はしない。(NHKチームに)お前らともだ」と部長から屈辱的な発言がおこなわれた(坂上氏)。
1月29日に野島氏と松尾武放送総局島が中川・安倍氏を議員会館に訪ねたが、両氏は放送について納得しなかった。これを受けて番組改竄が行われ、日本軍慰安婦制度が人道に反する罪で裁かれ、昭和天皇はじめ被告への有罪判決が言い渡され、被害者証言と元日本兵の加害証言、法廷の意義を説く松井やよりのインタビューなどの基本情報がすべて削除され、法廷を評価するコメンテーターの発言などがすべてカットされ、代わりに法廷の意義を否定する秦郁彦氏(日大)のコメントが流された。秦氏のコメントは「時効があります。従ってもう50年以上経っている。そうすると本人の申し立て以外にもう調べる方法がない。慰安婦だった人の証言に証人に立っている人がいないんですね。当時の状況では合法的な、売春は合法的に認められた存在だったわけです。商行為なんですね」だ。制作会社・ドキュメンタリージャパンの関係者は放送直前に「目に見えない巨大な圧力がかかり私たちにはどうすることもできない」というメールを発信した。米山リサ氏(カリフォルニア大)は研究の自由侵害でBRC(放送と人権に関する委員会)へ救済を申し立てた。BRCは「NHKの編集は行き過ぎであり、放送倫理に違反する結果を招いた」とする見解を発表。訴訟になった東京地裁で、被告HHKは外部圧力はなく番組方針の変更もなかったと偽証を繰り返し、判決も編集権の範囲としてNHKを無罪とした。控訴審の東京高裁は第2次判決を延期した。番組改竄に関わった責任者はその後NHK内部で昇進の道を歩んでいる。以上が筆者が把握できた事実の一部である。これらの事実は、憲法21条第1項に規定する言論・出版・表現の自由と第2項の検閲の禁止違反、放送法3条「放送番組は法律の定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され又は規律されることがない」放送の自律侵害、公平と公正、国会議員の地位利用など直ちに解明しなければならない犯罪行為だ。もはや一海老沢会長の辞任のレベルを超えて、表現の自由をめぐる国家とメデイアの関係の総点検と再構築が問われている。英国・BBCとの恐るべき非対称性の姿がある。私は国民と視聴者を代表してNHKを監視している経営委員会のふるまいに注目する。なぜならそこには日本のメデイア学会の権威と言われる堀部氏が参加しているからだ。さらに今次検閲行為が明るみに出たのは、番組担当プロデユーサーの内部告発にある。NHKの内部告発制度とコンプライアンス委員会がどの程度のレベルにあるのか注目したい。同時に中川・安倍両議員が自らの行為を恥じて辞職するかどうかをみたい。以上の結果は日本の民主主義がまだ息をしているのか、すでに死に体なのかを事実として明らかにするだろう。
今次事件の本質は、明らかに極右と国会議員が結託して報道への検閲と介入を行い、報道側が屈服したということだ。NHKは憲法と放送法に従う公共放送なのか、権力の抑圧に従う国営放送なのかという決定的選択の瞬間に直面し、国家権力にひれ伏して受信料を支払う市民を冒涜して恥じないところまで頽廃しきった姿を曝した。巨象はなかなか倒れないが、ひとたび傾きだすと音を立てて崩れ落ちるだろう。さなくばファッシズムが勝利への道を切り開いた日として歴史に記録されるだろう。右翼暴力と右翼とそれと結合した権力の威圧による恐怖感は当事者でないと実感できない。内部告発した番組関係者の生命の危機が迫っている。こうしてナチスは独裁へのみちを着々と切り開いた。マルチン・ニーメラーの述懐を再び繰り返そうとしている。日本も太平洋戦争肯定論を犯罪とする特別法をつくるべきだ。それにしても秦郁彦氏の学者生命はまだ続くのだろうか。(2005/1/12
20:02)
追記1:驚いたことに番組担当デスクであったNHK番組制作局教育番組センターのチーフ・プロデユーサー長井暁氏(42)が、13日午前都内ホテルで内部告発者として実名を明かして記者会見を行った。会見内容は以下の通り。
番組を企画した下請会社の視点が主催団体に近く、戦争を裁くことの困難さと歴史的な位置づけや客観性を強調して現場をとりまとめてきた。事前に右翼団体から放送中止要求があったが、放映2日前に通常の編集作業を終え、ほぼ番組は完成した。01年1月下旬に中川昭一氏がNHK国会担当局長らを呼び番組放送中止を求めた。NHK予算審議前だったこともあり、担当局長は放送前日の午後放送総局長とともに再度中川氏と安倍氏を訪ね番組について説明。放送総局長は「番組内容を変更するので放送させて欲しい」と述べたが了解は得られなかった(赤字部筆者強調)。NHKに戻った松尾・野島両氏は伊藤律子番組制作局長と同日夜にほぼ完成した編集済み番組を試写し、野島氏が3点の改編を長井さんらに対し指示した(@日本国と昭和天皇の責任A米山リサ氏の話数カ所カットB秦郁彦氏のインタビュー大幅追加)。翌日には、松尾放送総局長から放送直前に@元慰安婦の証言部分A元日本軍兵士の証言などのカットが指示され、44分の番組が3分間カットされて40分という異例の形で放送された。番組改編の指示について「これまでの現場の議論とまったく違う内容。現場の以降を無視していた。現場のスタッフ全員が断固カットに反対したが、編集上の意見の違いではなく業務命令でした。しかしこの段階ではまだ慰安婦の方々の証言は残っていた。政治家の圧力を背景にしたものであったことは間違いない。海老沢会長はすべて了承していた。信頼すべき上司によると、担当局長が逐一海老沢会長に報告していた。会長宛に作成された報告書も存在している。海老沢会長の下でさまざまな政治的介入が恒常化し、政府に都合の悪い企画は通らないという、萎縮した雰囲気が蔓延している。末端職員の不正は調べるが上層部がかかわる不正は調査しないということも分かった。私もサラリーマン。家族を路頭に迷わすわけにはいかない。告発するかどうか、この4年間悩んできた。しかしやはり真実を述べる義務があると決断するに至りました(涙声で)」(長井氏 赤線部筆者強調)。
この会見内容に対するNHK広報部のコメントは、「当時の担当者がさまざまな国会議員に対して事業内容等を説明した際に、この番組について話題になったことは事実。しかしこれによって番組の公正と公平が損なわれたということはない。編集責任者が自主的な判断で編集して放送した。コンプライアンス推進室は通常の手続きに従って調査をしている。途中経過については通報者に知らせている」というものだ。コンプライアンス推進室が調査中にもかかわらず、なぜ公正と公平が保持され自主的に再編集が行われたと云えるのだろうか。コンプライアンス推進室は今に至るも関係者の意見聴取もおこなっていない。NHK広報部は責任ある広報活動をおこなう資格も能力もないことがよく分かる。生活を賭けて内部告発者が対外的に公表した以上、NHKは全面的に真実を解明し責任をとり番組制作システムを根本的に再構築することが再出発のための不可欠の条件だ。それにしてもNHKは1国会議員に「放送させてください」と懇願するのだろうか。以上・朝日新聞1月13日付け夕刊参照。(2005/1/13
20:52)
追記2:ロイター通信は東京発で全世界に次のような発信をおこなった。「次期首相の最有力候補とみなされている日本の政治家・安倍晋三が、戦争犯罪責任に関するTV番組に介入していたことを認めた。公共放送NHKに対し、天皇ヒロヒトを人道に対する罪で有罪判決を下した模擬法廷の報道を変更するよう強く求めた。女性国際戦犯法廷は、第2次大戦で日本軍の性奴隷となることを強制された女性たちに補償するよう日本政府に求める人々が組織したもので、主催者は番組への政治介入は憲法が保障する表現・報道の自由への重大な侵害行為だと抗議している」(13日)。以下は海外の反応。
○中国青年報「日本のメデイアが歴史問題の報道審査事件を起こした。NHK番組が関係方面の圧力で改竄された」(14日付け)
○星州日報(マレーシア)「日本で政治家が慰安婦模擬裁判に関する報道でNHKに圧力。日本の与党自民党の安倍晋三幹事長代理は12日、01年NHKに対して日本の非政府組織がおこなった第2次大戦中の慰安婦の模擬裁判の報道について内容変更の圧力をかけたのを認めた。日本の女性の権利擁護組織が00年12月に東京で開いた模擬裁判は、昭和天皇ヒロヒトに対し第2次大戦中に日本軍が被占領国の女性に慰安婦になるよう無理強いするのを放任したとの罪名の判決を下した。NHKは翌年1月、この模擬裁判を特別番組で放送したが、その際日本の戦時中の行為を批判した大部分が削除された。現在50歳の安倍晋三氏は、日本の未来の首相候補者とみなされている。この番組をめぐっては日本の女性団体がNHKと番組制作会社を相手取り、当初の内容が改竄されたとして損害賠償請求の裁判を起こしている」
○ソウル新聞「日本は過去の歴史を隠蔽を中断し今回の事件を自己反省のきっかけとすべきである。政権党が圧力を加え事実報道を妨げたことは、ある程度予想されていたことであり、今も続いているのだろう(韓国挺身隊問題対策協議会会長)。日本の不道徳と両親の欠如をあからさまに示すもの、生存している数少ない被害者のおばあさんたちも怒っている(ナヌムの家関係者)。日本は全世界の女性・人権団体が求めている真相究明と謝罪・補償を無視してはならない(韓国女性団体連合)」(13日付け)
○韓国KBS・TV「日本軍によって被害を受けた女性の問題を扱ったNHK番組が政治家の圧力で変更、放送された事実が明るみになり波紋を拡げている。市民団体などが圧力をかけた政治家と、政界を意識したNHKの双方を批判し真相究明と関係者の責任を問うよう求めている」(12日)
○韓国ケーブルTVYTN「日本の野党は、最も悪質な政治介入だと強く批判し、今月開かれる国会で追及するとしており政治問題化している」(13日) (2005/1/14
10:50)
○英紙ガーデイアン(電子版)「NHKが従軍慰安婦に関するドキュメンタリーで政治圧力に屈したという新たな疑惑に直面した。中立という前提は打撃を受けようとしている。NHKはジャーナリズムの魂を売り渡す異常な行為で罪深い(西野留美子)。視聴者が受信料の納付を拒否するなど、NHKに対して先例のない市民的不服従をおこなっている」(1月14日付け)
○ル・モンド「新経営陣が前会長を顧問に迎える失敗によって、視聴者の不満のほどを測り間違えた。従軍慰安婦のスキャンダルは、政権党と公共放送の緊密かつ恒常的な結びつきをしめすものであってその独立性に疑問が出ている。保守政党内で毒気を増す右派の元で、歴史をめぐる論議が一段ととげとげしくなっていることの徴候であり、信頼性を得ていたメデイアに対する信任の後退をも示している」(1月30日付け)
追記3:私は今回の事態に思い余って、東京のNHKに電話を入れた。コールセンター部長と広報部役員の2人が対応したので、私は事実の確認と評価を問うた。私はがっくりした。報道の自由が根底から問われた今回の事件、職員が生活を賭けて告発している事態に極めて、白々しいと云える冷酷さで放送総局長のコメント以上のことは云えないと述べてそれ以上進まない。広報部員は「私はあの番組は最初から編集方針が間違っていたと思う。あなたは産経と読売の報道記事を読みましたか。朝日とは違う角度から真実を報道しているので読んでください」(私は驚いて)「それはあなたの個人的見解か? 報道総局長の古式見解とは違うぞ」と聞き返したら、彼は「私の個人的見解です」と答えた。私はNHKの感覚が、市民感覚とジャーナリストの問題感覚を喪失してただ単に組織の論理に埋没し、市民からの質問にも責任意識を根底から欠落させていることを身に滲みて思い知った。特に告発した職員を「長井が」と冷酷に呼び捨てるのを耳にして、”アアーこれは駄目だな”と思った。そしてNHK・コールセンターの職員の多数が非正規職員であり、最初に電話口に出た女性は申し訳なさそうに「私たちはNHkから給料をもらっていますが非正規です。視聴料不払いで経営が苦しくなっているのです」と内情を漏らすような説明があり、私はNHK内部の経営合理化の一端を知った。視聴料を支払っている全市民はNHKを被告とする市民法廷を開き、会長以下全役員の本質を究明して満天下に曝す責務jがあると思った。戦後民主主義の決定的な分岐点に直面している。((2005/1/14
19:16 1/19一部追加)
追記4:安倍晋三・中川昭一両氏コメントの時系列的整理
○安倍晋三氏
「偏った報道と知り、中立的な立場で報道されねばならず、反対側の意見も紹介しなければならないし、時間的配分も中立性が必要だと云った。国会議員として云うべき意見を言った。政治的圧力をかけたこととは違う」(「朝日」12日付け)
「裁判官役と検事役はいても弁護側証人はいないなど、明確に偏った内容であることが分かり、私はNHKが取り分け求められている公正中立の立場で報道すべきではないかと指摘した」(12日コメント)
「私が呼びつけたわけではない。29日に予算の説明に来てそのなかで番組の説明があった。ずいぶんひどい内容になっているという話を聞いていたので、ちゃんと公明正大にやってくださいねと話した」(13日放映「報道ステーション」)
○中川昭一氏
「模擬裁判をやるのは勝手だが、それを公共放送がやるのは放送法上公正ではなく当然のことを云った。NHK側があれこれ直すと説明し、それでもやるというから「だめだ」と云った。まあそういう(放送中止)意味だ」(「朝日」12日付け)
「公正中立の立場で放送すべきであることを指摘したもので、政治的圧力をかけて中止を強制したものではない」(12日コメント)
「当方がNHKを呼んだのではない。先方がNHK予算に関して説明に来た際に、この番組についても話が出た。当方の記録では2月2日。放送内容の変更や中止に関しては一切云っていない」(13日記者会見) (2005/1/15
10:18)
追記5:「読売」「産経」の無惨
「読売」は「不可解な制作現場の自由論ー昭和天皇の有罪を言い渡した国際法廷の趣旨に添う番組に問題がある」(15日社説)とし、「産経」は「NHK従軍慰安婦番組内容自体も検証すべきだー女性戦犯国際法廷が慰安婦を戦時暴力の犠牲者ととらえ、昭和天皇などを裁いたことは重大であり、強制連行を事実扱いしていること自体に問題がある」(15日社説及び一面記事)などと今回の問題を番組内容それ自体にすり替えている。今回の問題の本質は、放送法第3条違反の事前検閲と報道の自由への権力介入があったかどうかということであり、内容自体の評価をめぐる争いではない。「読売」「産経」はもはやジャーナリズムの資格を喪った国家権力と結託する言論抑圧機関に成り下がった。(2005/1/16
9:30)
追記6:NHKは政府の犬に成り下がって国民を欺いているのかどうかー真実こそが問われる局面となった
朝日新聞報道を受けて、NHKは放送総局長名で「政治的圧力による番組変更はない」とする抗議文を朝日にだし、内部告発をした長井氏は「コンプライアンス推進室が1ヶ月もかけて調査できなかったことをわずか数時間の調査でどうして断言できるのか。NHKは私を孤立させようと躍起になっている。NHK上層部がここまで腐っていることに深い悲しみを感じる」とするコメントを出した(17日)。森喜朗前首相は「弁護人がいない模擬裁判をどうしてNHKが放送しなきゃいけなかったのか。当時内閣にいたから聞いていたが、(NHKは)馬鹿なことをやるなあと思った」(17日都内の講演で)とコメントし、「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」の古屋圭司、平沢勝榮、下村博文の諸子なども放送前にNHK幹部との面会を認め、「放送前に私を含む議連幹部の多くがNHK幹部に面会を求められ、番組について説明を受けた」(古屋氏)と述べた(17日午後)。安倍晋三氏は名誉毀損で長井氏と朝日新聞に抗議文を送った。朝日新聞は18日朝刊で特集記事を27面全面(名古屋版)を使って組み自社の取材の正当性を詳細に報道して対抗した。NHKをめぐる表現の自由と政治介入をめぐる対峙は緊迫した場面を迎えた。国家権力=NHK上層部と民主主義の全面対決という局面に入った。権力と真実の衝突は紆余曲折があろうが、最後には真実が勝利するだろう。さなくば日本はプレ・ファッシズム段階にはいる。重大なことは、森首相(当時)が番組に対する特定の意見を言い、一連の極右議員が事前に番組の説明を受けていることである。朝日に取材源であるNHK幹部も自ら名乗り出て釈明する必要があろう。
これらの事態の急展開を受けて東京高裁は、17日の結審予定をを変更し審理の続行を決定した。東京地裁判決はVAWW-NETWW-NETジャパンに賠償を命じたが、NHKは「編集の自由の範囲内」として無罪となっていいる。それにしてもNHK経営委員・堀部堀部政男氏はどのような振る舞いをしているのであろうか。堀部氏は自らのジャーナリズム理論の実践的有効性が試される局面であろう。(2005/1/18
20:33)
追記7:安倍晋三氏の事実歪曲を駁す(VAWW-NET
JAPAN)
@「被告の弁護人がいない」→法廷全判事は当時の首相・森喜朗氏に被告側弁護人を依頼したが応答がなく、アミカスキュリエ(英国の制度で弁護人がいない場合市民から弁護人をだす)3名が弁護活動をおこなった
A「模擬裁判」→国際法に準拠した法廷憲章により設置し、国連人権委員会・ILO条約適用専門家委員会に引用され、03年始動した国際刑事裁判所の先駆けとなった。位置づけは東京裁判の延長。
B「最初から結論ありき」→判事は旧ユーゴ国際刑事法廷判事、ロンドン大国際法教授、現国際刑事裁判所判事、ケニア人権委員会委員長など国際法専門家によって編成され事実のみに基づいて審理し判決を下した
C「検事は北朝鮮工作員」→検事は被害国代表によって構成され、首席検事は旧ユーゴ・ルワンダ国際戦犯法廷顧問、国際法律か委員会、南北コリア検事団(韓国5、北朝鮮4 団長は韓国 北朝鮮は被害者委員会事務局長)、中国、台湾、フィリピン、インドネシア、日本である。
C「一事不再理」→慰安婦問題は東京裁判では対象外 以上はVAWW−NETのMLから。(2005/1/18
22:05)
追記8:NHKコンプライアンス推進室報告書(19日発表)
コンプライアンス(法令遵守)とは、企業活動の違法性を監視する第3者を入れた委員会によって企業の社会的責任を実現するもので、三菱欠陥隠し事件以降各企業が導入し、04年の公益通報者保護法による内部告発者保護法によって一気に加速した。NHKも一連の不正経理事件を契機に04年9月7日に発足させ、内部窓口に加え13日に外部通報窓口(丸の内法律事務所)が開設された。NHKこのコンプライアンス推進室の長は海老沢会長であり、担当弁護士のうち3人がNHK番組改竄訴訟のNHK側代理人であり。極めて第3者機関性に問題がある。19日発表の報告書では、「不当な圧力による改変はうかがわれない。2名の幹部が放送前に安倍氏と面談したことは、国会議員に対する予算と事業計画の説明に際して担当局長が役員を同行することは通常おこなわれており、通常業務の範囲にある。事業計画の説明などには付随して今後放送される番組の説明をおこなうことも通常おこなわれており、業務遂行の範囲内だ」となっている。番組内容の事前説明が通常業務になっていること自体になんらの問題意識を感じない劣化し疲弊した精神に驚く。政治的介入による放送の独立を守るという国民から負託された法令遵守の意識がマヒし欠落した精神構造にあることを自己暴露している。長井氏の云うが如く、コンプライアンス推進室はコンプライアンス検証能力をもなたない偽装組織でしかない。ほんらいの正当な第3者性を持つコンプライアンス委員会に再編成するか、独立した監視機関をつくる必要がある。それはNHKが企業体ではなく、公共機関に他ならないからだ。(2005/1/21
19:54追加)
追記9:NHKニュースは恥ずべき一線を越えた
NHK・BSの21日夜のニュースで、中川昭一・安倍晋三両氏が朝日新聞社に対して名誉毀損の謝罪文を載せるよう求める通告書を送付したと両氏の言説を交えながら詳細に報道した。しかし報道ステーションでは、朝日新聞社がこの日に初めて社として公式記者会見を行い、NHKに対する名誉毀損と謝罪を求める通告を発表し10日間の期限を切って訴訟を準備していると報道した。NHKは明らかに公共放送の一線を越えて、対立する一方の見解を詳細に報道し、朝日新聞の記者会見を無視した。1月21日という日は、戦後日本の報道の自由をめぐるNHKの致命的犯罪を刻する画期的な一日となったのではないか。権力と結んで公共電波を私物化した一日として。これほど恥ずべき報道の自由を売り渡して権力と手を結んだNHKの両手は、権力に屈したばかりか積極的にその宣伝をおこなう汚濁の行為に及んで真っ赤に血塗られている。なんとNHKは朝日新聞の取材手法を攻撃して、あたかも虚偽の報道をおこなったかのように偽装しようとしている。本質問題は、放送に対する政治の介入が問われているにも係わらず。自由民主党は21日に朝日新聞の報道を検証するプロジェクトチームの設置を決めた。いよいよ自由民主党・NHk同盟対朝日新聞の全面対決の様相を呈してきたが、本質は報道の自由対統制と抑圧の対決にある。(2005/1/22
01:35)
追記10:世界が笑うNHKの常識
「自尊心のある報道機関が事前に報道内容を政治家に知らせるという発想は、アメリカメデイアにはない。NHKは国民の番犬と云うよりも政府の愛玩犬に等しい」(「ワシントン・ポスト」)(2005/2/4)
[ジェネレーションYとは何か]
ある年代生まれの人の特徴を○○世代として括ってしまい分かったような気にする魔力あるので、わたしは世代論が好きではないが、そこから浮き彫りとなってくるイメージの魅力には吸引力がある。現在のジェネレーションYと称される世代に到る類型をいささか粗暴に整理すると以下のようになるのだろうか。実を云うとこんなことを整理しているとなぜか哀しくなるのだ。
○団塊の世代:1947年ー49年頃の第1次ベビーブームに生まれた世代で人数が多く、戦後日本の漫画やポピュラー音楽などのサブカルチャーを担う消費者として拡大し2007年頃から定年退職がはじまる(堺屋太一命名)。いつまでも一人称「ぼく」を使う世代。
○全共闘世代:46年ー50年生まれで60年代末の学生運動に関わった世代で、オレも若い頃はゲバ棒を持って暴れた等と語る。
○万博世代:55年ー62年頃生まれで、小学生のころに高度成長期の大阪万博があり科学の進歩を根本で疑えない人と、科学を根本的に悪とする両極に分かれる傾向がある。
○新人類:60年ー65年頃に生まれ、最初から家にTVがある環境で育った初めての世代で、アニメ、ポップなどのサブカルチャーとの親和性を持つ。オタク世代とも云われ、他者との間で一定の距離をおく。
○ゼネレーションX:64年ー75年頃生まれでジョニー・デップやブラッド・ピッド、キアス・リーブス等のハリウッド若手俳優を指す。狭義にはブレット・エリス等の米ポストモダン作家を指す。新新人類世代(未知世代)とも云い、行動や考え方がよく分からないのでXと言う。
○団塊ジュニア世代:1971年ー74年頃の第2次ベビーブームに生まれた世代で、過酷な受験競争と就職氷河期(命名は長薗安治)で手本とすべき大人のモデルがなく苦労している。75年ー79年の真正団塊ジュニアは思春期にバブル崩壊を体験して下降する不況下で成長している。政治や市民運動には距離を置きエコロジーやリサイクル運動の担い手となっている。いちご世代(三田誠広『いちご同盟』に由来)とも云う。
○ジェネレーションY:1980年代以降のバブル崩壊後の日本的集団主義と既成の価値観が崩壊した後を生きる。X世代に続く新未知世代で新新新人類である。
さてジェネレーションY世代の特徴(?)を考えてみよう。
最初から不況期を生き好況期を知らない。明るさを知らない。情報が奔流のように流入するなかで座標軸を見失い戸惑っている。ネット社会で翻弄され、生そのものの意味が希薄となり、ネット心中やリスカ(リストカット)で生を実感する。自分が何をしたらいいのか分からない。カウンセラーやお遍路さんへの参加が増える。しかし人前で物怖じしないので大道芸などに打ち込む。
国立大学生の死亡原因の第1位が事故から自殺になったのが96年でY世代の先頭が卒業した頃。03年の未成年者の自殺数は22%増と世代別トップになり、20歳代も11%増えた。99年3月にネットで自殺未遂体験を発信した女子高校生でファンクラブまでできた南条あやは向精神薬の大量服用で世を去った。悩んでいるが悩みを直視しない。何をしていいか分からず居場所を変えるのが恐い。カメレオンのように他者に同化しないとイジメの対象となる。滅びかけた人類の末期を生きるような感じ(俳優・成宮寛貴はそのように云いいながらも夢に向かう)。
ここまで書いてきてホントに哀しくなる。これらの世代イメージは先行する大人たちが(特にメデイア)、かってに若者をいじくり回して規定している。若者の成長過程に全責任があるシステム形成者としての大人の自己責任意識が欠落している。若者のアレコレの部分的な現象を極大化して普遍化する欺瞞的な概念操作に過ぎない。もっとも若者自身がそれを跳ね返し、告発し、反抗するエネルギーが衰弱していることは否定できない。教室での私語と携帯の蔓延、とめどないおしゃべりなどなど。どのように若者を規定しようと、未来は彼らによって創造されるのだから、どのような未来モデルがあるかを主体的に提起できるおとなの側が実は衰弱しているのだ。(2005/1/11
19:50)
[誰がムスリム女性のスカーフを脱がしたのかーフランス・スカーフ論争から日本が汲むべきこと]
年末に美帆シボ氏(フランス在住平和活動家)の案内でフランスを旅したときに、美帆氏に「どうしてフランスはイスラム教徒のスカーフを学校で禁止したのか?」と問うと、彼女は「フランスの公教育は政教分離原則があり、学校で宗教表現の自由を許せば激しい宗派間闘争が起こるからだ」と答えた。私はそうかも知れないと思ってその時は受け容れたが、どこかで納得できないものがあり、より深く追求してみたいと思うようになった。靖国や日の丸・君が代問題など政教矛盾が激化している日本でも本質的に通底する問題であり、小稿はその一端である。でき得れば美帆氏の高評を期待している。
<フランス・スカーフ論争の時系列的経過>
1882年 フランス公教育改革 公立学校の非宗教性(ライシテ)原則を規定(カリキュラム・教室・教員の非宗教性に限定)
1886年 フランス公教育改革 同上の原則確認
1974年 マグレブ地域(モロッコ、チュニジア、アルジェリア)からの移民政策原則停止、しかしアラブ系移民増大し80年代にフランス第2の宗教集団形成(350万人)、その後移民排斥・アイデンテイテイを主張するルペン・国民戦線勢力伸張
1983年 マグレブ系移民2世・3世による「平等のための行進」(10万人参加)、全国組織「SOSラシズム」結成
1989年( 9月) パリ郊外クレイユ市で3人の女子中学生(全校生徒875人)がスカーフ外すのを拒否して退学処分→公教育の非宗教性と差異の権利による寛容派の大論争でジョスパン文相がコンセイユ・デタ(国務院)の法的見解要請(第1次スカーフ論争)
1989年(11月)国務院見解(信教の自由による差別的取扱禁止、強制・扇動・宣教・宣伝以外の標章着用の自由承認)
1995年 アルジェリア内戦によるパリ爆弾テロ事件
1996年 同連続爆弾テロ事件
2002年(10月)パリ郊外で団地少年による女性輪姦焼殺事件
2003年( 9月)新学期スカーフ着用女子生徒125名(学校との対立20件 退学処分4件 第2次スカーフ論争)
(12月)スタジ・レポート
2004年( 3月)宗教シンボル禁止法圧倒的多数で可決(校内と行事での宗教標識・服装の禁止ーイスラム教のスカーフ、ユダヤ教の帽子キッパ、大きすぎる十字架など対象とし、違反者は教室から隔離して校長が説得し、それでも解決しない場合は起立委員会が処分する)
( 9月)新学期スカーフ着用女子生徒639人(学校の説得で538人が脱ぐのに同意、退学処分43人うち3人がシーク教徒)その他は私学に自主転校するか、スカーフが認められているベルギーや英国に転校した)
<ライシテ原則問題の歴史的変遷>
1)初期ライシテ原則(〜1970年代)
第3共和制下で法制化された公教育の非宗教性原則は、カソリック教会から公共領域を自立させ、同時に少数派のプロテスタントとユダヤ教徒の信仰の自由を保障してマイノリテイとの共生をめざす寛容性原理であり、従って非宗教性原則の対象は「カリキュラム・教室・教員」に限定され、生徒自身の宗教的中立性を求めたものではなかった。
2)ライシテ原理主義の台頭(1980年代〜)
1980年代にマグレブ地域からの移民労働者が増大し、西欧出身外国人比率を超えて350万人に達するフランス第2の宗教集団が形成された。昼間は底辺労働者として現場労働に従事し、夜間は郊外のスラム街に帰るという「郊外の植民地主義」(サルトル)に対するフランス社会の視線は、好況期は寛容であったが不況期の雇用不安のなかでブルーカラー中心にムスリム排斥感情が醸成され、底辺労働者問題=ムスリム問題とみなす「社会問題のエスニック化」現象が誘発された。ムスリムの共同体主義による閉鎖性を攻撃する草の根保守が台頭した。犯罪多発地域とムスレム居住地域が重なる傾向が生まれた。失業と犯罪の増大が学校を荒廃させ、対応できない学校がスカーフなどの目に見える宗教標章を排除するという短絡的な事態打開策が採られるようになった。
このなかで急速に勢力を伸ばした極右ルペン・国民戦線は、イスラム脅威論を唱えてナショナルアイデンテイテイの危機を煽り、保守主流派は共和主義(レビュブリカン)の普遍主義理念で対抗した。
3)ライシテ原理主義の定着(1990年代〜)
冷戦崩壊による「文明の衝突」論とアラブにおけるイスラム原理主義の台頭(イラン革命)は、アルジェリア内戦を契機にフランス国内で連続爆破テロ事件を生み、イスラム脅威論は中道左派を巻き込んで特に9.11以降急速に定着していった。こうしたなかで第2次スカーフ論争が起こって、スカーフ禁止法の制定に到ったのである。禁止法に賛成する市民団体の代表的な意見は「スカーフを認めれば次は『プールの男女別』『自然科学は教えるな』など原理主義要求がエスカレートする。自己が確立していない中高生に判断を任せるのは危険だ」(UFAL・テペル代表)など。対する寛容派の主張は「退学生徒は原理派よりも自由意思尊重派が多い。禁止措置は事実上、イスラム教徒しかも女性を狙い撃ち、排除と性差別を助長する」(みんなの学校・ウイリー・ボバレ)などだ。フランス左派は「スカーフは女性の権利抑圧」「個人の自由尊重」と統一した見解はない。
<フランス在住大都市郊外若年ムスリム女性のイスラム回帰現象>
大都市郊外でのムスリム男性による女性支配とセクシズム・暴力支配が、特に荒廃した団地で華やかな服装の女性を売女として排斥する現象を誘発した。貧困地帯のモスルが原理主義の拠点となる傾向がある。フランス社会のなかで、イスラム教の女性抑圧を批判し、西洋化・世俗化するムスリム女性をフランス共和制統合のモデルとして称賛しながら、スカーフ着用女性を宗教的隷属として排斥する雰囲気が醸成された。
イスラム原理主義圏(アフガン、イラン、アルジェリア)では権威主義的国家システムと結合した女性のスカーフ着用が強制され、それを批判するフランス国内の一部マグレブ知識人やフェミニストは、女性解放の視点からスカーフ禁止法を支持する思潮が生まれたが、果たしてフランスのムスリム女性のスカーフ着用は抑圧のシンボルであるのだろうか。
80年代不況がもたらしたムスリム男性の生活の荒廃は、抑圧の移譲の論理によって自らの家族や共同体内部の女性への抑圧転嫁となって表れ、犠牲を一身に受けるムスリム女性は次のような3類型の生活を選択していく。
@経済的自立によって家族共同体から自立し、フランス的生活様式へ参入しようとするタイプ
Aイスラム再発見によって家父長からの抑圧を回避し、同時にフランス社会でアイデンテイテイを示そうとするタイプ
Bイスラム教義の徹底によって男性支配から解放され、フランス社会での抑圧を告発しようとするタイプ
@は70−80年代の好況期では可能であったが、現代の不況期では不可能である(フランス女性の失業率25%、アルジェリア女性の失業率は50%)。特に底辺のムスリム女性は社会福祉政策の後退で家族共同体しか生活基盤がない(A)。
Bはイスラム教義を徹底して、教義に依拠して女性支配を逆に告発し、家父長支配からの一定の自由を獲得しようとする。スカーフ着用による清貧・貞淑スタイルは、外出と行動の自由を得るパフォーマンスだ。この類型のムスリム女性は、フランス社会での2級市民という侮蔑に対する文化的尊厳の回復を求める表現形態として、共和国の聖域である公立学校へ敢えてスカーフ着用で登校する手段を執る。ここではスカーフは、ムスリム女性抑圧のシンボルと云うよりも、むしろマイノリテイのアイデンテイテイ獲得と支配文化に対する抵抗の象徴という意味を持っている。
<イスラム脅威論の陥穽>
イスラム脅威論は二重の意味で倒錯した虚論にしか過ぎない。マグレブ系女性のイスラム化は、いわばフランス内の社会的排除の構造とムスリム・コミュニテイの女性抑圧という重層的な構造から誘発された行動形態だ。イスラム脅威論の宣揚は、フランス社会そのものに内在する階級階層間格差と排除のシステムやフランス家父長制と女性支配を免罪する役割を果たす結果となる。イスラム脅威論によるライシテ原理主義の蔓延は、実は植民地主義フランスの過去の克服という痛みの感情を融和する覚醒剤に過ぎない。
真の問題は、フランス大都市周辺の「郊外の植民地」と社会的排除にあり、ささやかな抵抗に過ぎないスカーフ問題を共和制の原理問題としてを法制的にねじ伏せて強要しても、屈服したムスリムのルサンチマンはより内向的に蓄積し、粗野な暴力原理主義を誘引するだろう。以上・菊池恵介「スカーフ論争ー問われるフランス共和主義」(『前夜』第2号所収)参照。
さてこうしたフランスにおけるスカーフ論争には独自の歴史的経過がある。「フランス近代の政教分離は、神の代理人である絶対王政を打倒したフランス革命を起点とする。国家から神的要素を排除し、国民の人権を宗教から切り離して「生まれながらの自然権」と規定し、ここに人権が「創造者から与えられた」とする米国独立宣言との決定的な違いがある。従って公立学校は、こうした共和主義理念の最も神聖なモデルとなる場所とみなされる。公共から100%宗教を排除し、個人の信教の自由を保障する1905年法で政教分離が確立した。しかし当時はムスリムがほとんどいない時代であり、教会という権力構造を持たない宗教を想定したものではなかった」(高等研究院ジャン・ボベロ名誉総長)という独自の歴史性を踏まえなければならない。
さてひるがえって我が日本はどうであろうか。不況とネオリベラリズムによる競争原理によって、大量に生まれている社会的敗者と弱者は、みずからのルサンチマンを在日外国人へ抑圧の移譲となって転嫁していないか。学校で排除され将来可能性を喪った少年たちが、ホームレスを襲撃してはいないか。拉致問題や靖国問題を契機に、中国や朝鮮に対する異常なバッシングが繰り広げられてはいないか。政府を批判するビラを撒いて表現の自由を行使する集団に対して警察権力の暴圧が繰り広げられてはいないか。生命を賭して人道救援活動に従事する国際ボランテイアの危機を「自己責任」として冷ややかに無視してはいないか。日の丸に敬礼せず、君が代で着席する教師に暴圧は加えられていないか。フランス・マスリムの社会的排除とマイノリテイ問題と通底している現象はないか。出生地主義を採らない日本の国籍法は、良識ある公民たるにふさわしい価値観に同化しない限り、帰化も国籍取得も許されない。靖国に遺族の承諾なく外国軍人を合祀し、外国籍の子弟に日の丸・君が代への敬礼と斉唱を強制している社会は、はたして近代原理のシステムであるか。(2005/1/10
22:12 1/12 9:15朝日新聞記事参照して追加))
付記:英国・ロンドン郊外の学校で、バァングラデイシュ系の女生徒が、イスラム伝統衣装で通学したところ、学校側が登校を禁止した。一審判決は学校側を支持したが、控訴審は信仰の自由を尊重すべきだとして少女の訴えを認めた。05年3月2日。(2005/3/4
8:44)
[米国プロテスタント原理主義と草の根保守の背景に何があるか]
社会変動に直面した人間は、期待を込めて変動を迎える人もいれば、不安に怯える人もいる。変化により権益を得る人と喪う人の差は倍化する。不安と喪失感が宗教と結んで、党派的支持と憎悪を誘発したのが今次米国大統領選挙であった。カンザスシテイ広域都市圏の南部にあるオーバーランド・パークシテイ(人口16万)は「住みやすさ全米1位」や「子どもに優しい町全米1位」となったモデル都市である。こぎれいな分譲住宅が並び、ところどころに高級ショッピングモールが点在する街に影はない。長距離電話会社スプリント社の巨大本社ビルがそびえ、さまざまのオフィスが並び立ち、高速道路の碁盤状の区画整理が行き届いた道路網を形成している。機械的で画一化された東海岸のファミレスとはまるで違う穏やかな雰囲気が漂う。メガチャーチといわれる巨大教会も笑顔でみんなを迎える。このノメガチャーチ「復活教会」は地区人口の10%を信徒して組織し、7000人収容の大礼拝堂を建設中だ。ハミルトン最高司祭は、一人一人の「欠落感=何かが欠けている」という感覚が勧誘の契機となると言う。この街は地上の楽園のような、白人中産階級のハイテク産業による職住近接のコミュニテイに、いったいどのような「欠落感」があるというのだろうか。収入の相当額を献金して毎週日曜日に礼拝に通う白人ミドルに埋められない感覚となんでしょうか。
しかしハイテク・バブル崩壊後の後遺症は確実に地域を疲弊させ、ビジネス街には貸しビルの不動産広告が目立つ。スプリント社がネクステル社と統合し大規模なリストラも予想される。カンザス州ではボーイング社の大リストラによって地域雇用が崩壊していることも背景にあるだろう。貧困層は既成の社会保障システムが働き、組合幹部は権利主張による誇りがあるが、中産起業家層のセイフテイ・ネットはない。この中流の救済は民主党も共和党も関わらない。自分の生誕の地を離れて理想郷をハイテク職住近接に求めた人々は、現実の失職と家族崩壊の危機に直面してつのる不安をどこで支えるのであろうか。
プロテスタント教会は、そのような不安の心情の精神的な救済と経済的な互助組織によって現行の社会システムの危機を補完する機能を果たしている。彼らが宗教へと誘引された「欠落感」がここにあり、その信仰が同性愛やES細胞研究、イラク戦争と結んで保守政党への投票行動を誘発した。復活教会のロビーには、人生の困難に直面したときのハンドブックが懇切丁寧に陳列され、「愛する家族の死に直面したら」とか「家族が刑務所に入れられたら」等々多様な日常問題に答えている。「問題から逃げるな。隠すな。語れ。獄中の家族を信じよ。前向きなことだけを考えよ。神にすがって信仰の力で乗り越えよ」と奮い立たせるメッセージを送っている。
精神的に追い詰められた人にとって、「あなたは悪くない」という癒やしのメッセージは、逆に云うと「誰かが悪い」という転嫁の論理に暗転し集団化した自己正当化を誘発する。このオーバーランドパークは白人だけで、黒人やヒスパニックやアジア系はほとんどいない。教会の信徒も全員が白人で礼拝堂に有色人種はいない。この街から車で20分も行けば、奴隷制から逃れて住み着いた黒人たちの末裔が巨大なコミュニテイを形成しているが、それはまったく隔絶した世界だ。復活教会は、黒人街への炊き出しボランテイアを推奨するが、決して黒人を信徒にしたり混住を考えることはない。だからといって彼らはKKK団のような原理的な差別主義者ではない。しかしリベラルの「偽善」や「自虐史観」には激しく反発する。これがまさに草の根保守の心情の基礎にある。ひとりひとりと付き合えば見事にヒューマンな姿を見せるが、どこかで飛躍して保守に向かう心情を抱えている。
復活教会は決してスマトラ津波への救援を呼びかけることはない。アジアはあまりに遠く実感が湧かないからであろうか。そうではなく、自分たちが没落の不安を抱える被害感情から他者の悲劇への共感が薄いのだ(特に有色人種には)。このブッシュ大統領を当選させた草の根保守の心情がこれからどこに向かうか、他者への共感と想像力を持つデモクラシー形成へ向かうかどうか、21世紀の米国に一定の影響を与える巨大なエネルギーではある。以上・冷泉彰彦氏のML参照。(2005/1/9
20:05)
米国プロテスタント右派は聖書の記述を厳守し伝統的な家族像を重視して積極的な政治関与を求める。米南部のバイブルベルトと云われるキリスト教右派の牙城にあるボブ・ジョーンズ大学は、聖書原理主義教育を貫いてブッシュ再選に貢献した。ブッシュ陣営の参謀カール・ローブは、前回選挙でキリスト教右派1900万人のうち400万人が棄権したと分析し、道徳的価値観戦略を前面に打ち出し、後期妊娠中絶禁止法、同性婚禁止の憲法規定、胚性体細胞(ES細胞)研究制限等を宣伝して投票動員に成功した。学長ボブ・ジョーンズ三世はブッシュ大統領に「もしあなたの周りに聖書の価値観を共有しない弱虫がいるなら、彼らを解雇しなさい」とする書簡を11月に送り、キリスト教右派と対決してきた政権中枢のパウエル国務長官を辞任に追いこむという政権人事への介入を成功させた。以上・日本経済新聞1月12日号参照。
今全米で200万人の子どもたちが、宗教色を薄める公立学校を忌避して自宅で勉強するホームスクールにいる。ここでは、酒と煙草の禁止、うわさ話の流布も禁止、デートは両親の許可制、婚前セックスは禁止され、違反すれば退学処分もある。通学させる両親の30%が子どもに宗教的価値観とモラルを教えるためとしている。99年から28%増え、その中心は7千万人の福音派であり、10年後には信者の3分の1がホームスクーラーになると推計されている。福音派最大組織「南部バプテイスト会議」(信者1700万人、4万2千教会)は04年総会で、「公立学校からの退学」決議案を提出し全米に衝撃を与えた。理由は、同性愛容認の世俗主義が80%の子どもの信仰心を奪っているからだとする。米教育省の調査では、宗教法人立私学校は99年から11%増え5500校に達するという。ブッシュ大統領親任式で「人類は神が創ったものであるがゆえに、尊厳と比類ない価値を持つ。選べれた民は神がその意思で選ぶ」と演説し、ホワイトハウスでは毎日ひざまづいて祈り、伝道師から説話を聞く。ホワイトハウスには全米最大の研修生をホームスクールから受け容れている。ブッシュ氏にとってはアラブやアジア人は神から排除された民族なのだ。以上・朝日新聞1月26日付け朝刊参照。
*資料:宗教を非常に大切とする人口割合(ピューリサーチセンター02年調査)
米国59% 英国33% カナダ30% イタリー 27% ドイツ21% フランス11% 日本12%
[インド南部津波被害は最底辺カーストに集中している]
カースト制度は生まれを同じくする者の集団という意味のインドの身分制度で、50年インド憲法でカースト差別を禁止したが、連綿として現代に残っている。バラモン(司祭)・クシャトリア(王侯・戦士)・バイシャ(商工農)・シュードラ(隷属民)の古代4階級起源から職業別、地域別のサブカーストが無数に入り込み、数千に細分化された職業別カーストは世襲制であり、アンタッチャブル(不可蝕賎民)はカーストにすら入れない非人間的存在である。
インド最大の6000人を超える死者が出た南部タミルナド州ナガパッテイナム地区のある集落は、人口4500人で全世帯が漁業に従事し300人が死亡しその半数は子どもたちだ。チェンナイ州の死者8000人のほとんども漁業関係者とその家族で、パッテイニアバル(海辺の人)という最底辺カーストに属する。この身分は伝統的に漁業を生業とし、他の職への就業は難しく、漁業以外の訓練や教育はなく他の職層社会が受け容れない因習を持つ。アンタッチャブルは舟を押したり漁具の運搬など漁師の補助作業を行う。
インド政府は浜辺の観光開発を推進し、漁民の立ち退かせてマングローブ林を伐採して砂丘を平らにする工事を推進してきた。船や網を流された漁民が新たに買うには20万ルピー(50万円)が必要だが融資をする金融機関はない。海とともに生きるしかなく、社会保障制度もない漁民が生活を再建する見込みはない。何代も続いてきた漁村集落が崩壊し呆然と浜辺に座り込んでいる。州政府や地区当局の救援の動きはカースト最底辺にはにぶく、上級カーストと核施設の救援に注がれている。津波は大量のデイアスポラと棄民を生み出している。スマトラ沖大地震の地震波探知網はなく、核爆発探知器でしか計測できない。地震発生後48時間以内に1500回の余震が記録され、最大は5日のスマトラ沖のM5.4である。再震の不安にうち震え、将来の生活再建の希望を奪われたカーストには伝染病による緩慢な死が待っている。その最初の犠牲者は子どもと老人である。この恐るべき非対称性の世界の現存をどう解するか。以上・朝日新聞1月6日付け朝刊参照。(2005/1/8
12:46)
[麻薬の闇の世界が日本を覆いつつある]
わたしの目の前に一枚の写真がある。夜の歌舞伎町の路上で車座になって座り込み両手を出し合っている少女たち、その腕には赤い斑点が点々としている。身体にタバコを押しつける根性焼きの跡だ。痛みを感じないように多くの者は薬物を廻しあっている。いま10代の子どもたちの5割が身近に薬物について見聞きし、4人に1人が薬物の使用に誘われ、生涯体験率は2.6%に達している。98年に政府が「第3次覚醒剤乱用期」突入宣言をしてからすでに7年を経たが、日本には1年間に40−70トン、末端価格8000億ー1兆4000億円相当の巨大麻薬マーケットが形成され、合成麻薬MADAは100万錠を超える密輸がある。夜の繁華街で遭遇する少年少女は、必ず覚醒剤の入手方法と場所を知っている。3ヶ月の有機溶剤の乱用と5回の覚醒剤乱用で大脳新皮質系の8%が融解して死に至る。薬物乱用の主体は大人から若者へ移行し、集団的な感染症状を呈して麻薬の闇の世界が広がっている。
6年連続で3万人を超える自殺者、失業者300万人、非正規雇用1500万人、フリーター450万人、ニート50万人・・・・明日への夢が早々と絶たれ、勝ち組と負け組の将来が透けて見える日本で、大人になることと希望を失うことが同義語となったこの日本で、この時ただいまを楽しく生きようとする若者が大量に出現することは決して不思議ではない。イヤなことをすべて忘れ、忘我の快感に身を委ねる薬物の世界にのめり込むことはごく自然なことだ。
こうしてよだれが出るようなボロ儲けを生む薬物ビジネスが成立し、低年齢化するほど使用期間が長く、最高のお得意先である若者層を中心とする顧客が右上がりで増加する。いまや東アジアの薬物大国となった日本には、全地球測位システム(GPS)の発信器を使った薬物パックが海を渡って漂着し、組織がそれを拾い集めるという国際的な薬物流通システムが構築されている。世界の違法アヘン生産量の3分の2はアフガニスタンで生産され、現在26万4000世帯のアフガン人がケシ栽培で生計を立てている。1kgのアヘンが120ドルで売れ、1kgのヘロインがパキスタンで2000ドル、トルコで1万ドルで取引される。同量の小麦が0,4ドルにしかならないアフガン人にとっては、もはや必須の収入源だ。残りの3分の1は、ゴールデン・トライアングルと言われるビルマ、ラオス、タイの国境地帯で栽培されている。ビルマのワ人は自衛軍事組織を持つクンサーなどの麻薬王が君臨し、ヤンゴン航空やホテルを経営する巨大産業資本としてビルマ経済を支配し、移動しながら国際的薬物貿易を統括している。アヘンやヘロイン取引が、軍事独裁と紛争地域の支配システムを浮き彫りにしている。歌舞伎町にたむろする少年少女とアジアの闇の経済システムが見事に結びつき、背後に薄ら笑いを浮かべて嬌笑している麻薬商人がいる。四方を海に囲まれた海洋国家・日本が麻薬密輸を根絶することは不可能だ。以上『Days
Japan』06年1月号参照。
結論は何か。無限に痛みを強いる「構造改革」戦略が続く限り、若者に集中する犠牲は雪だるま式に拡大する。それは例外を許さず、すべての階層の子弟を直撃する。それをしも自己責任として処理するシステムが小泉構造改革だ。少年法再改正案が法制審議会少年法部会で審議され法務省作成の要項が可決されようとしている。現行で触法少年(刑法に触れる行為をした14歳未満の少年は罪を問われない)と虞犯少年(罪を犯す恐れのある少年)は刑事事件ではなく福祉問題として児童相談所が調査し、警察の捜査権限を排除する。改正案は触法・虞犯少年事件に広範な警察の調査権限を与え、触法の場合は押収などの強制捜査を可能とするものだ。自立した判断能力が未成熟で暗示や誘導を受けやすい14歳未満の低年齢少年に対して、福祉的知識が全くない治安の維持と検挙を本来責務とする警察職員が福祉を配慮した捜査をすることは不可能だ。社会保障審議会児童部会は、少年法再改正を児童福祉制度の根幹を揺るがすとして重大な疑義を呈している。少年法部会には児童福祉の専門家は存在せず、パブリックコメントを求めてもいない。少なくとも児童相談所の嘱託による補助的活動としての限界を持たせなければ児童福祉法の精神は維持されない。続発する凶悪少年犯罪の対応が、こうした威圧と恐怖による権威主義的な警察国家システムへの移行であれば、少年の心はますます傷つき閉ざされて犯罪解明の真実は遠ざかり、更生はおろか逆に少年犯罪の増大を誘発することは間違いない。それは少年法改正による罰則強化の結果を見れば明らかだ。
警察庁長官は米国型「メーガン法」の導入に向けた協議を開始すると述べた(6日定例会見)。米国では性犯者の住所と犯罪歴を当局が住民に知らせ、住民が相互に監視するシステムがある。奈良市小1女児殺害事件の容疑者の前歴による再犯防止策が制度的にあれば今次事件は未然に防止できたという。警察は服役後の住所地すら把握できない現状を指摘しての発言だ。犯罪前歴者や触法少年への警察権の全面介入など日本の警察国家システムが急速に展開し、自治体の生活安全条例による住民の相互監視システムと連動し、批判ビラを撒く者を逮捕するファッシズムへの灰色の朝が近づきつつある。気が付いたらすべて取り返しがつかない事態が招来するのではないか。(2005/1/6
21:30)
[ファーストフードの影響調査]
米ミネソタ大学研究チームは、15年間に亘る世界で初めての長期調査によるファーストフードの影響調査をおこなった。1985−86年に18−30歳だった白人と黒人の男女3千人について、ファーストフード店での食事の頻度・生活習慣・体重の継続調査結果。
ハンバーガーやピザ、フライドチキンのファーストフード店での食事を15年間で週1回未満の203人に較べて、週2回以上の87人は体重増加量が平均4,5kg多く、インスリン作用の悪さを示す抵抗性上昇も2倍であった。肥満とインスリン作用の低下は糖尿病の要因となる。ファーストフードの不健康性が大規模・長期調査によって初めて証明された(1月5日 英医学誌『ランセット』)。
イタリアのブラという片田舎で1986年にスタートしたスローフード運動は、1989年にスローフード宣言を発表し、世界スローフード協会は7万人を擁する。「私たちはスピードに束縛され、習慣を狂わされ、家庭のプライバシーにまで侵入し、ファーストフードを食べることを強制されるファースト・ライフというウイルスに感染している。ホモ・サピエンスは聡明さを取り戻し、私たちを危機へと追いやるスピードから自らを解放しなければなりません」(カルロ・ペトリーニ会長)。日本でも郷土食や地産の野菜や食材、日本酒を見直す動きが各地で広がっている。効率市場主義に浸蝕された人間的な生活スタイルを回復するシステム運動である。(2005/1/6
11:40)
[日本のデイアスポラとクレオールーマリーズ・コンデに寄せて]
なにげないきっかけでマリーズ・コンデ『越境するクレオール』(岩波書店)を入手した。彼女は1937年にカリブ海西岸西インド諸島のグアドループに生まれ、現在はコロンビア大学でカリブ海文学を講じるクレオール作家で、遠い昔に西アフリカから拉致された奴隷を祖先とし、アンテイールの黒人作家であり、フランスのパスポートを持つフランス語表現の作家である。17歳で故郷を離れ、パリから西アフリカへ、そしてアメリカへと3つの大陸を転々とするデイアスポラ作家である。フランスでは黒い肌であるが故に自分の他者性を自覚し、アフリカではフランス語を駆使する第2白人であり、アメリカではアフロ・アメリカの黒人社会で排除され、アンテールではネグロポリタン(黒い肌の本国人)として敬遠される。つまり彼女は、祖先や肌の色の同一性によるルーツを幾ら求めても幻想と化す本質的なデイアスポラなのだ。彼女のアイデンテイテイーの条件は自分自身以外になにも存在しないのだ。パン・アフリカニズムとネグリチュードの夢を追ってアフリカへの回帰を試みて辛酸をなめ決定的に挫折した生涯である。
日本にもこうした特異な状況を強制されたデイアスポラがいる。わたしがもっとも痛ましく思うのは、かって社会主義建設に夢をかけて祖国帰還運動へ身を投じて北朝鮮への途を選んだ多くの人がいたことである。彼らも日本語を駆使する植民地国家出身者として辛酸を浴びてきたのではないだろうか。04年12月15日に最高裁大法廷で証言した鄭香均さん(管理職選考受験資格確認請求訴訟)は、創氏改名を拒否して日本へきた父と日本人の母を両親として1950年に生まれた。その時に彼女の母の詠んだ歌。
身ひとつを捨つるほどの広さあり 祖国なき人の肩の高みに
彼女は母の国を恨み、韓国人である父を恨み、なぜ結婚したのかと心の中で両親を絶えず攻撃し、自分は絶対に混血のこどもはつくらないと決意し、幾度か自殺を試みた。中学2年の時に日本国憲法前文を読み救われた。侵略戦争の膨大な犠牲者への鎮魂歌であると思った彼女は、はじめて母をそして母の国を許したいと思った。家の前で見張っている人や差別している人はこの憲法を知らないからだと「神さま、彼らは何をしているのか自分で分かっていないのです。彼らをお許し下さい」と祈った。
日本国憲法のGHQ原案には、人種・国籍による差別を禁止する13条と16条があったが、政府案は両方とも削除し、The
Peopleを国民と訳して日本国籍所有者に限定して彼の戦後のデイアスポラははじまった。憲法施行時点で日本国籍者であったにもかかわらず外国人登録証携帯を強制され、サ条約締結後民事局長の一片の行政通達によって家族全員が日本国籍を剥奪された。この時点で外国籍公務員は、国家公務員83名、地方公務員122名おり52名が帰化申請をした。出生国での国籍取得ができない世界的に特異な存在がここからはじまった。彼女は1988年に国籍条項が廃止され、東京都公務員として保健所勤務をしている。
以上は最高裁大法廷で稀有の証言をした彼女の意見陳述の一部である。わたしが深く考えさせられたのは、彼女の日本国憲法前文への原体験である。わたしは日本国憲法を外国人の視点から、そして迫害された外国人の視点からいままで一度も考えたことはなかった。わたしが日本国憲法の普遍的なユニバーサルな意義を初めて教えられた瞬間である。The
People=国民=日本国籍所有者として教えてきたわたしの認識は間違っていた。政府は「国民」と訳すときに、GHQに「国民」とは「あらゆる国籍の人々All
Nationals」と説明したこともはじめて知った。いま日本国憲法の改正をめぐる論議がかますびしく、緊迫した場面を迎えようとしているが、All
Nationalsの視点を踏まえて考えると、実はアジアの人々が息を呑んで日本の改正論議の動向を見つめていることに気づかされる。
そしてその見つめる視線の先には、いうまでもなく第9条の非戦と武装放棄の平和条項がある。9条評価の世界的な現状の一端を見てみよう。
「このようなきわめて偉大な人道的条文は、地球上のすべての人々に深い満足をもたらしている」(04年11月グルジア共和国新聞報道)
「原爆投下を経験した日本は、驚くべき一歩のための十分に道徳的なちからを自らのなかに見いだした」(04年モルドバ共和国新聞報道」
「あらゆる議会は、日本国憲法のような、政府が戦争をおこなうことを禁止する決議を採択すべきだ」(99年世界市民会議宣言)
「各国は、日本の憲法9条のような戦争法規条項を憲法に盛り込むべきだ」(00年国連ミレニアム報告書)
こうした世界的な潮流のなかにあって日本政府も9条に依拠する外交戦略の有効性を自己承認した時期もあった。
「武器輸出を原則的に行っておらず、輸出を前提とする軍需産業もないことから、国際社会をリードできる」(国連小型武器問題政府専門委員会議長国就任をうけて 外務省『日本の軍縮・不拡散外交』95年)
しかし極めつけは憲法制定時の読売新聞の憲法評価から現在への変貌に到る社論の転換である。
「ある程度の戦力保持の必要を漠然と感じる危惧感は、この憲法によって再生しようとする日本国民のヒューマニズムを踏みにじる物でしかない。それえは単なる感傷の域を脱しない小市民的感情であろう」(読売新聞社『新憲法読本』46年)
初心を喪失した者は裏切りの痛みが徐々にマヒして果てしない頽廃へのスパイラルのような惨めな転落に到る。世の盛衰に右顧左眄するばかりかお先棒を担いで恥ずべき世論誘導をおこなうメデイアはジャーナリズムの基本である批判精神を喪失してふたたび加害者の道を歩んでいる。
注)日本国憲法GHQ草案13条「すべての自然人は法の前に平等である。人種、信条、性別、社会的出身、カースト、または出身国により、政治的関係、経済的関係または社会的関係に於いて差別されることを授権しまたは容認してはならない」16条「外国人は法の平等な保護を受ける」
(2005/1/5
11:17)
[スマトラ沖大津波災害救援も米国ユニラテラリズムか!]
米政府が12月27日に1500万ドルの支援を発表した直後に、国連イゲランド人道問題調整官は「富める者はケチだ」と批判し、慌てた米国は翌日に支援額を3500万ドルに引き上げたがそれでも国内の批判は収まらず、31日に3億5千万ドル(360億円)に変更した。ロスアンゼルス・タイムズ(2日)社説は「津波の襲来が欧州であったら大統領が声をあげるのに72時間もかかったであろうか」と批判を続けている。
ところがブッシュ大統領は「日本、インド、オーストラリアによる国際的連合を率いて救援にあたる」とする中核グループ構想を打ち出し(29日記者会見、1日ラジオ演説)、イラク戦争型有志連合による単独行動主義の支援に固執している。この中核グループ諸国はイラク有志連合国と重なっている。EUは米国中心型支援構想に異議を唱え、世界的規模の災害の解決は国連中心の諸国家連携によってのみ可能だと国連中心型災害援助協力を逆提案して米国構想を批判している(29日シュレーダー独首相)。英国もさすがにここではEU支持を示している。
いったい支援の主導権闘争をやっている時であろうか。すでに犠牲者は14万4千人を超え、180万人超が緊急食糧支援を求め、インドネシアだけで10万人以上が避難し、伝染病による2次被害の大量発生が迫っているなかで、大国間で覇権を競っているこの醜い姿は何であろうか。特に米国の単独行動主義は目を覆うばかりの頽廃である。被災国復興は5−10年時間がかかる(アナン国連事務総長)という観測史上最悪の被害(1923年関東大震災14万2千人)に直面して国益を前面に出す米国の姿は醜い。国連人口基金(UNFPA)は被災地に少なくとも15万人の妊娠女性がおり、うち5万人以上が3ヶ月以内に出産すると予測し、精神的ショックによる流産など妊娠合併症の併発を警告している(この地域では通常でも出産女性の15%が合併症発症)。石鹸、ビニールシート、シーツなど300万ドル(3億1千万円)相当の出産用品の配布が必要とされる。産婦人科医師を含む医療システムの崩壊のなかで安全で衛生的な出産環境は壊滅している。国連児童基金(ユニセフ)推定では被災した子どもは1500万人に達し、孤児となった子どもたちは、犯罪集団の標的となり、里親として引き取られ売り飛ばされると警告している。国際移住機構(IOM)の推計では東南アジア地域では毎年25万人の人身売買が行われ、津波被害を契機とする孤児の人身売買事例の発生を確認している(スマトラ島北部ナングロアチェ州メダンはこどもの密輸出の根拠地となっている)。ロイターの発信した写真で救援物資の衣料に手を伸ばして必死の形相で受け取る子どもたちの顔が痛々しく映っている。TVでは呆然と佇み涙を流す12歳の少年の姿が映る。目の前で両親と弟を津波にさらわれた杉本遼平君である。
ゾウを駆使して救援するタイの被災シーンが映し出され、重機が決定的に不足していることを示している。日本政府はイラクにはじまってまたも米国に追随して「人道支援」を後方からおこなうつもりだろうか。日本政府はあくまでも米国と協調して支援をおこなうそうだ(5日官房長官談話)。この奴隷的なパートナーシップを表する言葉もない。政府の態度如何に関わらず、金ある者は金を! 知恵ある者は知恵を! 物ある者は物を! すぐに!(2005/1/5
11:27)
追伸(1)インドでは13基の原子炉が稼働し再処理工場など多数の核施設がある。今回の被災地域の南東76kmにはカルパッカム核コンビナートがあり、加圧水重水炉2基、実験炉1基、再処理工場と建設中の高速増殖炉が面積50平方kmに設置されている。津波が施設を直撃し、高速増殖炉建設作業中の労働者数名が死亡、職員事務所は科学者10名を含む65名が死亡し、原子炉は停止した。原発の被害状況は厳重に情報が秘匿され分からない。高速増殖炉のサイトは海面からわずか3−5,6mであり、そこに12mの津波が襲来した。放射能漏れによる長期に渡る緩慢な核被害が進むと推定される。
追伸(2)インドネシア・アチェの犠牲者数は8万259人となった(社会省発表)。現地からのメッセージの一部を紹介する。
<ボランテイアの皆さん>アチェは観光地ではありません。休むところでもありません。あなたが来ることが迷惑にならないようにしてください。ほんとうに支援するためには、強い動機と目的を持っていることが必要です。遺体を運び、埋葬し、瓦礫を取り除き、病人に薬をあげ、食糧を配る人が。写真を撮って戻ってから「わたしはボランテイアよ」と胸を張るための場所ではないのです。
<メデイアの皆さん>ドラマの舞台にしないで下さい。ほんとうに起きていることを伝えてください。人々を客体としてではなく主体として伝えてください。
<産業界の皆さん>この災害が貧困を生み出さないように、一時ビジネスをやめてください。人々に必需品を売りつけより沈めてはなりません。社長さんたちの訪問は必要ありません。どうか人々がいっそう崩壊しないように施設を準備してください。
[イラク派兵米軍兵士の調達構造]
米英軍によるイラク攻撃のイラク側犠牲者は推定10万人に達し、米兵の死者は1100人を超え派遣米兵の12−13人に1人という高率である。徴兵制から志願制へ切り替えた米軍の勧誘システムはどうなっているか。ブッシュ政権は学校内での入隊勧誘行為を自由化し、父母の勧誘行為拒否権を併記しているが、学校が軍関係者の立ち入りを拒否した場合には連邦予算の学校補助金が削減される可能性があり校長は拒否を渋る。宣伝の主要手段は米国市民権優先付与と無料大学通学プログラムであり、入隊希望者の80%がこの制度を利用しようとする。しかし現実に大学通学を実現できる者はその20%に過ぎない。入隊1年目の給与は月額1000ドル(13万円)であるが、社会保障費・ユニホーム代・クリーニング代を天引きされて手取りは600ドルとなり、進学希望者は月100ドルが進学積立金として強制徴収される。兵士は4年目から任務の空隅で大学通学を許可されるが、その条件は通学試験合格である。3年間の軍隊生活では学習時間はなく多くの受験生は不合格となる。ここで1年間積み立ててきた1200ドルは没収され、2度目の試験挑戦機会は奪われる。たとえ奇跡的に合格しても、大学での専攻は軍隊内適性検査によって多くが建築技師・検査技師に回される。軍が欲しいのは医者や弁護士ではなく戦争に直接役立つ技術者だからであり、職業選択の自由は実質的に奪われている。
死亡米兵1105人(04年10月末現在)のうち340人(30,7%)が21歳以下の若者であり、89人(8%)は米国市民権を持っていない兵士である。消防士・警察官などの公務員は市民権を条件とするが、米軍は市民権を条件としない。ここから中南米系の若者が市民権獲得をめざして入隊する。米軍はベトナム戦争でも有色貧困層の若者を優先的に最前線に配置し、有色兵士の死亡率が異常に高くなったが、イラク戦でも同じ調達構造だ。生き残った兵士も大義なき戦争によって深いトラウマを負い彷徨することとなるだろう。歴史は2度目も悲劇として繰り返されるのだ。
事例1:フェルナンド・ヘスス(18歳)の場合
メキシコ・テイファナで生活していたフェルナンド一家は、祖母が米国生まれで容易に市民権が得られたので、1994年に米国へ移住した。移住の理由は、ヘススが麻薬が蔓延する街で友達が麻薬を誤飲したのをきっかけに「警察官になって麻薬を一掃したい」と願うようになっていたところ、町で新兵募集にきた米軍係官が「海兵隊に入れば1年後には全国麻薬対策局で働ける」と勧誘したからだ。03年2月にヘススは入隊し、ただちにイラク戦線へ派遣され3月27日バグダッド近郊で米軍敷設の地雷で爆死した(20歳4ヶ月)。軍用墓地に埋葬する場合は葬儀費用は全額政府負担となるが、居住地に埋葬したので葬儀費用7000ドルのうち政府補助は4000ドルに過ぎなかったので、友人のカンパで葬儀費用を調達した。
[京都産業大学は大丈夫か]
京都産業大学進路センターの一角に、「あなたはドッチ? 就職派2億9千万円 フリーター派8200万円」という説明パネルとともに大小2つの札束の山が積まれている。大きい束が正社員への就職派の生涯賃金、小さい束がフリーター派の束だ。札束はもちろん偽札で札束に描かれた肖像画は学長で、就職派は笑顔、フリーター派はがっくりした表情で対照的だ。この札束の山は同センターの西田義則就職課長の発案で一昨年秋に設置された。「宝くじの売れ行き不振が話題になったときに、1等の3億円を実際に触らせるキャンペーンをやれば売れるのでは、とラジオで聞き、これやと思いつきました。いまだに企業は新卒採用が中心で、フリーターになった場合のリスクを負うことを知らせたい。世の中カネがすべてではないが、時間の余裕と気持ちの余裕が金のない状況で持てるのかということ。就職がかなわなかったり職種にこだわってフリーターになる学生もおり、一概に駄目だと言っているわけではないが」と言う。京産大の昨年度就職内定率は92%と高く、卒業生全体の就職率は70%であり(都内主要私大は50%)、フリーターになる卒業生は18%と低い。以上・中日新聞12月21日付け夕刊参照。
私が企業求人担当者ならば京産大の学生は敬遠するだろう。現在の労働市場に無批判に追随して、企業指向型人間を大量生産する大学では、おそらくリスクを覚悟して課題に向かう挑戦型人間は育っていないと推測するからだ。さらには大胆に独立起業の途を開拓しようとするフロンテイアスピリットに富む学生も育たないだろう。実は企業からみると、企業自体を敢えて乗り越えて自ら果敢に自己実現を求める人材のほうが企業それ自体にとって有為な存在なのだ。スピンアウトや社内起業など多様な経営形態が模索されていることを京産大の進路責任者はご存じないらしい。7・5・3現象(中卒の7割、高卒の5割、大卒の3割が3年以内に離職する)がなぜ起こっているのかこの大学は労働市場の分析すら行っていないのではないか。学長が自ら笑顔で登場するこの企画は、大学そのものがリベラル・アーツを放棄しているかにみえる。この札束の山を見た学生は「いやー全然違うな。意地でも就職してやろう」、「迫力が違う。フリーターにはなりたくない」と考えてしまうだろう。一回しかない人生だから俺の好きなように生きるーと意気込んでいる学生は、一瞬怯んでしまうだろう。札幌農学校を去る時にクラーク博士が学生に残した「Boy’s Be Ambitoues(少年よ大志を抱け)」がまさに大学が学生に贈る言葉であって、札束を並べて笑顔で煽ることではない(大志を抱けは誤訳であって、ほんとうは冒険をせよという意味であるが)。
ただし私は学生に浅薄なロマンを垂れ流していいとは思わない。確かにフリーターと正社員の生涯賃金は4倍以上の格差があり、この格差は若年層にも拡大し、フリーターは個人住民税の課税強化と大増税時代の到来で新卒時点で勝ち組と負け組(イヤな言葉だ)に分けられる格差拡大社会が到来しつつあるのもリアルな現実だ。就職超氷河期の若者は正社員になれる確率は低い。アルバイトや派遣で働くフリーターは15−34歳の未婚者で417万人存在する(内閣府 01年)。学生と主婦を除くこの年代に占めるフリーターの割合も90年10,4%→01年21,2%に倍増し(総務省調査)、高卒後の生涯賃金はフリーター5200万円で正社員2億1500万円と4倍の格差を生んでいる(UFJ総研調査)。自発的フリーターは10ー30%で大半は企業のコスト削減による正社員枠絞り込みによって大量のフリーターが誕生している。95年から日経連主導ではじまった正規雇用を減らす採用構造の多様化政策にある。
フリーターになるケースは@正社員から転落する場合(90年代後半から教育訓練投資が必要ない即戦力の中途採用と、4−5年で能力を見極めて捨て、少数厳選採用システムで振り落とされる場合) A高大新卒者がフリーターになる場合の2つのケースがあり、かっての自由志向・独立・起業型フリーターは姿を消した。新卒フリーターは全体の半数を超え、20代で正社員経験があれば再就職の途もあるが、30歳代新卒フリーターの再就職は至難だ。30歳代以降は全人生がフリーターで終わる可能性が高い。すると新卒で正社員になったかどうかで恐るべき格差が生まれる。高収入の大企業正社員と年収100万に満たない膨大なフリーター軍の二極化が固定的になる。親の高所得=子弟の高学力=大企業正社員という社会全体の階級化が進み、階層間移動は極小化し20数年後の日本は強固な不平等社会となる。
こうしたニンジンをぶら下げられたラット競争社会の無惨を想像すると、その行き着くところは人間の尊厳をかなぐり捨てたダーウイン的な排他競争への転落でしかない。正月のTVドラマで、上京した幼なじみが冷酷に友人を裏切る悪魔的存在に頽廃していたストーリーがあったが、そんなことはごく普通の日常になるだろう。中高年中心の自殺者が3万人を超える社会が実現している。このようなシステムがいかに異常なものかは、その内部にいては集団感情に巻き込まれて自覚できない。欧州とくにフランスやオランダを少しでも旅すれば日本の異常さに気づくだろう。
京都産業大学が大学の名を冠するとすれば、このようなシステムに学生を扇動するのではなく、冷静に分析して進路を開拓する総合学力を養成すべきであろう。いま日本の大学は生き残りを賭けてニンジン競争に没頭している。正社員でない限り社会保障のメリットも享受できない社会はもはや人間社会とは云えない。わたしはこのような日本をつくるために生まれてきたのではない。(2005/1/2
22:51)
[米国政府はなぜインド洋沿岸の津波警告を現地に出さなかったのか?]
インドネシア海岸沖で発生したM9.0の地震が発生し、ソマリアに到るインド洋沿岸諸国で12万の死者を含む大規模な津波被害をもたらした。これは不可避の自然災害であったのだろうか。
@米国海洋大気管理局(NOAA)は地震発生後に壊滅的な波がインド洋に発生するlことを推測し、即座に米国政府とデイエゴガルシア島の米海軍基地に警報を発したが、現地被災地国には一切警報を発しなかった。英領デイエゴガルシア島は全島を米軍が借り上げ、アフガンとイラク戦争の出撃拠点となっているからだ。
A早期警戒システムが設置されていない。ツナミーターと呼ばれるセンサー装備のブイは、わずかな水圧変化を測定し、米国北西海岸沖に設置された50基以上の地震計と連動して津波発生を予測する装置で、太平洋中央海域に6基設置されハワイとアラスカの国立津波警報センターに自動的に警告を送るようプログラムされている。米国沿岸は完璧な防御システムが構築されている。今次インド洋沿岸津波は2〜3個のツナミーター設置で充分に予知可能であった。一基の設置費用はわずか25万ドルという廉価で技術的にも難しくない。国連政府間海洋委員会の数度に亘る要請にもかかわらず設置されなかった。米政府は1日15億ドルのイラク戦費を支出するかたわら、1基25万ドルのツナミーター設置を拒否してきた。米政府が出した緊急支援額は国連担当官が怒りを込めて抗議したわずか1500万ドルの援助プログラムに過ぎなかった。イラク戦費のわずか1日分に過ぎない。
Bインド洋沿岸諸国の海岸線は、リゾート開発と養殖池設置によって珊瑚礁が壊滅し生態系が破壊されて津波を防波する生態系を喪失していた。この地域は米英による旧植民地で、貧困と社会インフラが欠如し、新植民地主義による商品作物栽培がおこなわれている。津波被害の極大化は、自然災害をより劣化させる社会的災害の性格が強い。津波は悲劇の始まりに過ぎない。飲料水の途絶と未処理の下水や澱んだ水たまりと死体によって、マラリア、コレラ、デング熱などの疫病の発生が重大な脅威となる。医療機関が壊滅し備蓄食糧が途絶え、蚊の異常発生によって最初にマラリアの大流行が誘発される。
以上から導出される結論はやや飛躍すれば帝国の有色人種蔑視と抑圧の構造である。では日本の場合はどうか。津波TUNAMIが国際語となっているように日本の津波対策は世界水準をいく。それは津波による莫大な被害を被ってきた歴史的体験の結晶である。
1792年 島原大変肥後迷惑(普賢岳噴火による火砕流が有明海に達し津波発生 15000人死亡)
1854年 安政東南海地震(大津波)
1896年 三陸沖地震津波災害(死者22000人)
1944年 東南海地震津波
1960年 チリ地震津波被害津波
1983年 日本海中部地震津波
1993年 北海道南西沖地震津波
太平洋沿岸諸国により太平洋津波警報組織国際調整グループ(ICG/ITSU)が結成され、太平洋津波警報センター(ハワイ)から気象庁にリアルタイムでデータが送付され、住民もインターネットで直接視聴できる。太平洋に6基設置されたツナミーターは、海中の異常な圧力変化を読み取り通信衛星で警報センターと結んでいる。日本の最大の問題は、東南海地震の震源域中心部に浜岡原発が設置され、地震と津波と原子力災害が即座に連動する危険性があることだ。1988年7月17日パプアニューギニア沖で発生した地震による津波は2200人の命を奪ったことを契機に防災体制構築が推進されたが、インド洋沿岸については一切支援していない。日本のODAは何のためにあるのか。国際貢献とは何か? イラクに軍隊を派遣する前になすべきことではないか。(2005/2/2
16:31)
[私の根っこが土になった]
私の根っこはバムにある
でも あの寒い冬の朝
母は土になった
父は土になった
私の根っこが土になった
私の根っこはこれからもずっとバムとともにある ーアルフェ・ゴルザリ
(イラン南東部の古都バムを襲った3万1千人を犠牲にした地震から1年。12月21日アルゲジェデイド地区女子学校での追悼式で、朗読されたアレフェ・ゴルザリ」(13)の詩。この学校では220人のうち30人が両親を失った)
東アフリカ最大のリゾート地であるケニア第2の都市モンサバには年間100万人の観光客が訪れる。その主要な目的は10歳代前半の少女買春である。海岸の片隅に少女がたむろし、一緒にいる少年が客を連れてくる。クリステイーナ(14)は、モンサバから800km離れたケニア西部の農村からきて、部屋に閉じこめられ無理矢理客を取らされた。今の暮らしは嫌だけど私には帰るところがない・・・。昼間は海岸で、夜はデイスコで相手を探し一夜の収入は2千シリング(3千円)である。1人当たり平均所得1日100円のケニアではとても高い。客一人に500シリング(700円)だ。年間500人を世話するNGOはその4割が18歳未満だという。これが900万人のこどもが貧困にあえぐケニアの実態である。
背後には、ニューヨーク・フィルによるニューイヤーコンサートの壮麗な音がFMを通して流れてくる。正月2日目は雲一つない快晴で清涼な大気が漂ってくる。家族は夜更かししてまだ深い睡眠のなかにある。11時の時報が鳴って邦楽の時間がはじまった。皆さま明けましておめでとうございます・・・・・(2005/1/2
11:00)
[景観法はまちづくり推進の武器となるか]
「良好な景観」を国民共通の資産として整備・保全する義務を課した景観法は、強力なまちづくり推進の手段となるか。「美しく風格のある国土の形成と潤いのある豊かな生活環境の創造に不可欠」な景観を対象とする。自治体は、景観行政団体として都市計画の地域地区に景観地区を決め、建築物の形態意匠と高さ制限を規定し、自治体の景観計画で建築・建設行為の届出・勧告制などを実施する。歴史的街区保存運動、景観権と景観利益を求める住民運動が景観条例やまちづくり条例を生み出してきた成果の到達点である。
問題@土地・建物などの私有財産規制を伴うゆえに住民の合意形成システムが問われる。情報公開と住民参加による計画が不可欠。
問題A広域まちづくりとの連携(都市計画法、建築基準法、文化財保護法)が住民主体のマスタープラン、条例化が推進できるか。京都のように世界遺産指定寺社地域を景観地区に指定してもその後ろに高層マンションがそびえいる事態が打破できるか。
問題B開発業者の社会的責任が問われる(建築基準法のみクリアーして工事突入などの従来の手法)
問題C巨大開発(道路、鉄道、再開発、」都市計画)に対して景観法の有効性がどこまでか。
欧州を旅行された方は、景観の素晴らしさに感嘆し、文化と伝統の歴史の重さを実感して、日本の米国型建築の氾濫にがっくりする。景観法を市民の武器にしてまちづくりを住民主導で推進する武器となるかどうかは私たち自身にかかっている。(2005/1/1
21:29)
[Happy New Year 2005]
朝
朝焼けの薄明かりを通して
静かに朝の陽がさしのぼり
小鳥のさえずりがこずえに向かう窓辺に
朝ドラがけなげな物語を演じ
街に工事の音が響きはじめる
世はすべてことのなきかのように
すべてのいのちがゆっくりと立ち上がり
わたくしも歯を磨いて顔を洗い
そぞろにそのひと日を始める
昨日よりほんの少し前へ進むために (2005/1/1 元旦 作)
ハッピーかどうかはおいて新年が明けました。歴史をつくるのは誰かほんとうに問われる1年になるでしょう。大晦日は仕方なく紅白歌合戦を観ましたが、時代と真摯に向き合う歌手が激減しているなかで印象に残ったのは、唱歌をアレンジした少女(名前は失念)とさだまさしのオリジナル曲でした。さだまさしの歌は、メデイアが受け容れるかどうかスレスレの線を行く抵抗歌のように響きました。総じて日本のリアルな現状から離れた無意味な歌が氾濫し恥ずかしくなるほどでした。さだまさしのような骨太の企画を打ち出せば、紅白をはるかに超える視聴率番組が生まれると思いました。
2005年は酉年にちなんで羽ばたく年にしたいものです。朝を告げる鶏はどうして朝の訪れを知るのでしょうか。闇の世界の終焉を告げ夜は去ったと高らかに歌う鶏は、邪悪な夜の闇を切り裂いて一声叫ぶのです。このサイトもみなさまの支援をうけて、つねに朝の刻を高らかに告げる姿勢を崩さないで営んでいく所存です。今年一年間よろしくお願い申し上げます。(2005/1/1
18:48)
[尾張藩士経歴データベース]
尾張藩士1万9千人の経歴を入力したデータベース(名古屋市博物館司書・黄木宏行、学芸員・松村冬樹氏が『尾張名寄』をもとに作成)が完成した。藩士の平均寿命、刑罰、人事が検索可能。
平均寿命は、死・没などの用語を検索し生存年数が判明した1500人を分析し、武士階層では60−70歳が多く80−90歳の長寿も多い(幼少期死亡者を除いた1600−1710年代)。年代を経ると平均寿命が下降する傾向にある。妻が先に死去しているケースが多く、女性の平均寿命は40−50歳代。
刑罰は、切腹・追放の重罪以外では、公文書偽造・公金横領・出入り業者便宜供与・博打行為、妻の実家に無法な行いや隠れて芝居見学などの心得・所業不宣が多い。隠居後の処罰もあり、代替わりしても一族で藩から俸禄を受け取り藩の権威を失墜させた。閉門・蟄居(戸や窓をふさいで出入り禁止の謹慎刑)は、記録のある69件のうち隠居後が21件を占め、蟄居と同時に隠居を命じられた12件を含めると全体の半数にある。蟄居より軽い逼塞は229件のうち25%は隠居と同時か隠居後に適用されている。理由は遊興に明け暮れて家に帰らない、自分の知行地に移り住み小作人の無理難題を云うなどである。
歴代役職者名簿で人事の流れを負うと、100−200石取りクラスの複数の藩士が課長級の美濃奉行→尾張奉行→水奉行と同じパターンで順列移動している。合戦に関する役職は高位であり、槍奉行・旗奉行・幕奉行は300石クラス、家老職の1000石クラスは若いときから部長級の寺社奉行に就任している。取水口を管理する入奉行は5石で重要な職務も禄高の低い藩士が担当する部署もある。その際は手当という形で100石並の俸給が給せられた。
前近代日本公務員史の記録として興味深い。
*『藩士名寄』は江戸時代後期の職員録であり、家督相続予定者が藩主に拝謁する初お目見えから、隠居・死亡年齢・職歴・俸禄変遷・賞罰・養子関係などが記録されている。名古屋市遭左文庫所有140冊、徳川林政史研究所45冊(明治5年までの記録)。(2005/1/1)