21世紀へのメッセージ・・徒然に綴りし新世紀のことども(2001年8月14日〜2002年4月27日)

[中国人強制連行・強制労働に対する画期的な判決か]
 26日福岡地裁は、第2次大戦中に中国から強制連行されて福岡県の鉱山で強制労働を強いられた中国人13人に対する34500万円の損害賠償を命ずる判決を三井鉱山に下した。日本政府と日本企業の戦後補償を問う画期的な判決である。しかし、「国家無答責」(国の違法行為は民事上の責任を問われない)によって日本政府を免責している点で基本的な欠陥がある。第2次大戦中、日本政府の決定によって約4万人の中国人が日本に強制連行され、探鉱・港湾など全国135カ所の日本企業の事業所で強制労働が強いられ、帰国前に約7000名が異境の地で死亡した。
 原告13人は、当時14歳から23歳で1943年頃に中国北部農村から日本に連行され、三池・田川炭坑で終戦まで1日の休日もなく、まんじゅう1個の食事で重労働に従事した。道端の野菜クズを拾って食べると、全裸にされて殴られた。一家5人で農業をしていた張さんは、16歳の時に村役人から父親に飛行場をつくるからと言われて、他の中国人数百人と一緒に酒工場に集められ、駅から2人1組で腕を縛られて高圧電流の流れる収容所に入れられた後、門司まで石炭船の船に詰め込まれて三池に来た。三池で半月の研修を受け、ケーブルのギアの補修を担当させられ、朝4時起床・夕方5時に宿舎にもどる毎日だった。日本人からは「208番」と呼ばれ、3年間働いたら返すといわれたが、賃金の説明は一切無かった。
 21世紀が東アジア共同体の一員としてしか生きる道がない日本が、過去の罪責を償う絶好の機会が来たが(余りにも遅く)、驚いたことに三井鉱山は控訴すると表明し、日本政府は既に解決済みとしている。欧州共同体に参加する戦後ドイツが、ナチスの戦争犯罪と罪責をきっぱりと謝罪し、ドイツ企業が補償をおこなっているのに比べて、この差異は恥辱ではないか。原告の方々はすでに80歳前後の高齢者であり、晴れて無念を濯ぐ機会を手に入れて、また顔に唾を吐きかけようとする非人間的行為に他ならない。他民族に対して非道な行為を働く民族は、それ自体内なる抑圧に晒されるという歴史の法則と訣別する最大のチャンスであるにもかかわらず。いま中国映画「紅いコーリャン」の映画監督の2作目「鬼が来た!」が封切られている。日本人は現在でも「鬼」なのである。(2002/4/27 8:15)

[石川さゆり オッペケペ節を歌う]
 石川さゆりは、昨年11月に「日本演歌の源流を綴る」と題して、幕開けにオッペケペ節を歌った。現代の演歌の酒・涙・女ではなく、自由と民権の歌を高らかに歌い上げた。「演歌」という言葉自体が、明治期の自由民権運動期の「演説の歌」が源流となっている。彼女は、平成版オッペケペ節として次の曲を歌った。

 ♪議員先生の言うことにゃ
 テロは天下の極悪人
 戦争は正義の人殺し
 日本もこの際支援しろ
 ・・・・・・・・・
 いやな昔を思い出す
 いやな昔を思い出す
 オッペケペー オッペケペー
 ・・・・・・・・・・

 政治と全く無関係な現代演歌の世界で、敢えてこのような歌をオープニングで取り上げた石川さゆりまたは彼女のマネージャーは、それなりの覚悟があったに違いない。9.11以降世界が軍事一色に覆われ、日本もひたすら軍事国家の道を歩んでいる中で、演歌ファンにはこのような流れから身を引いているか肯定する人が多いと推定されるからだ。かって戦時中に軍部に抗してきらびやかな服装で恋愛歌を歌って、軍部からにらまれた淡谷のり子という歌手がいたが、石川さゆりは果たしてそのような道を歩むのであろうか。
 遂に審議が始まった武力攻撃事態法案など有事3法案の出発点は、米国の非対称性戦争戦略への日本の参加を求めたアーミテイージ国務副長官レポートにあり、日本側の自発的な立法ではなく米国政府に屈従した外発的なものであり、このような他国の戦争に対する参戦義務を規定して自国民の運命を左右する立法は、世界史上始めてだ。この法案は実質的にすでに起動している。フィリピン軍のテロ掃討作戦を支援する米軍が沖縄米軍基地から出動して、日本がテロ対象国になる危険が一気に高まってきたことに対して、マイヤーズ米統合本部議長は「我々は皆対テロ戦下にいる。それを日本も傍観はできない」と日米運命共同体を強調した(24日記者会見)。
 かって日本の教師達は、自ら責任を負った青年の命を戦場に散らす戦争賛美の教育をおこなって、多くの青年を戦場に送った。かって日本の教師達は、そのような自らの戦争責任を恥じて再び罪責を繰り返さないと痛恨の想いを込めてこころに誓った。

 送らじな この身裂くとも 教え子を 理(ことわり)もなき いくさの庭に(高知県教師 竹本源治) 

 この法案の提出責任者である小泉なる首相の祖父である小泉又次郎は、1929年の浜口雄幸内閣の逓信大臣を務め、自由民権運動の影響を受けて普通選挙の実現をめざした普選運動と反軍運動の闘士であり、浜口首相はテロに倒れた。輝かしい日本のリベラル民主運動の潮流に属した小泉ファミリーの家系に泥を塗る孫に対して、祖父はどのような想いで草葉の陰から見つめているのであろうか。『男子の本懐』で小泉又次郎を高く評価した作家城山三郎氏は、小泉純一郎首相に対して「ただひとつお聞きしたい。治安維持法の下で言論の自由はあったと思うか」という手紙を送ったが、返事はない。(2002/4/27 7:34)

[エレガントな劇的宇宙観の展開に想う]
 最先端宇宙論を構成する基礎理論は一般相対性理論と量子力学にあるが、実はこの両理論は不調和であり、この2つの理論を融合させる可能性を開示したのが1980年代に出現した超ひも理論だ。超ひも理論は、全ての根本は非常に短いひもであって素粒子はその振動だとする。超とは、物質構成粒子であるクオーク・電子と力を伝える粒子である光子やグルオンとの間に超対称性と呼ばれる対称性があるということによる。この理論は、時間1次元・宇宙9次元の10次元空間でないと成立しないので、空間の6次元は小さくくるまると縮まり、通常の観測にはかからないと仮定される。さらに超ひも理論の直接的検証は、太陽系に匹敵する大きさの加速器が必要であり、超ひも理論は物理学のカテゴリーを逸脱しているとも評価された。
 この状況は1995年に劇的に変わり、5種類の可能な超ひも理論をそれぞれ一部分とするような大きな理論が存在することが明らかになり、超ひもは2次元以上のブレーンと呼ばれる構造物とともに11次元の時空のなかに存在することが分かってきた。常識は崩壊したのである。初期宇宙は、全ての次元が小さく縮まり、そのなかの4次元だけが膨張を始めて、我々はそこに住んでいるということが明らかとなった。
 このような超理論に触れるとめくるめくようなファンタステックな臨場感と興奮が沸き上がる。今ここで生きている些細な日常がいかにもあさましく取るに足りない哀れな虚しい存在に思え、原理と超理論への無条件の憧憬が浮かび上がる。しかし逆に言えば、生活の日常を越えて宇宙論的な生活を送っている人の方がカリカチュアーに見えてきたりもするのである。
 しかし私は確信する。世俗の中で権勢の興亡に弄ばれて生きている人々も、根底にはこのような超宇宙空間でのチリのような存在に過ぎないのだ。パスカルはそれを認識しているのが唯一人葦のような人間の尊厳と喝破したが、宇宙論の思惟は人間の尊厳と卑小性をこれほど実感することもない。最後に想起するのは、近代認識論の最高峰であるあのイマニエル・カントの言葉。「我が心をいよよ高ぶらせるものは、天にあっては星、地にあっては我が心のなかの道徳律」。ブライアン・グリーン『エレガントな宇宙』(草思社)参照。(2002/4/26 21:10)

[極右の時代が迫りつつあるのか!?]
 22日に行われたフランス大統領選挙第1回投票の結果は全世界に衝撃を与えた。以下はその最終結果である。

 シラク大統領        561万6440票(19.88%)
 ルペン国民戦線党首   480万5307票(16.86%)
 ジョスパン首相(社会党) 461万 749票(16.18%)
 ラギエトロツキスト諸派             (10. 5%)

 極右ルペン候補が奇跡の得票を得た要因を分析すると、第1に左翼候補が8人も乱立して左翼票が分散した選挙戦術の問題、第2にシラク候補が繰り広げた犯罪増加を左翼政権の責任とする左翼攻撃、第3は「左翼政権も資本家の政府」として左翼攻撃によって労働者票を獲得した極左、第4にルペン候補の失業・犯罪問題を移民とEU自由化政策によるリストラにあるとする攻撃、エリートと財界が支配する保革連合政権に対抗して自らを「フランス労働者の党」とするマヌーバーなどが考えられる。ルペン候補が第1位となった35県(全100県)は、隣国と接触する東部国境地帯や失業率が高い北部工業地帯や移民が多い地中海沿岸に集中している。
 しかしこれらの原因は、選挙戦渦中の部分的な原因に過ぎない。真の原因は、1990年代から欧州で相次いで誕生した社会民主主義政権の失業や雇用を解決できない統治の失敗にあり、それに対する失望から全欧州で右派保守政権が返り咲き、オーストリア(ハイダー自由党党首の政権参加)・イタリア(ファッシスト国民同盟の政権参加)・デンマーク(極右人民党の政権参加)・ポルトガル(極右民衆党の政権参加)と続き、今回のフランスの事態となった。これらに共通する要因は、移民流入に対する底辺労働層の反発と急速に進む欧州統合がもたらした民族国家アイデンテイテイーのゆらぎがある。加えて社民政権に左翼が参加して保守とも連携するなかで政治的緊張が希薄化し、シラケとアキラメの気分が醸成して大量の棄権票が誘発されたことにある。特に左翼は、独自の改革メッセージを提起し得ず妥協的態度を重ねた結果、自らの支持基盤が極右と極左に分解して惨敗に至った。こうしたなかで極右ルペン候補は、民衆の反権力的な劣情を組織することに成功したのである。
 ルペン氏の支持は男性21%・女性13%で、所得水準が低いほど多く、本来は左派支持層の失業者の38%がルペン氏に投票した。フランスには、1000万人の移民が流入し、イスラム教とが人口の10%を占める。社会党・共産党支持者の7%、極左支持者の13%がルペン氏に投票した。国民戦線から離脱した共和国民主連合の極右メグレ党首と合わせると極右の全国得票率は19.2%でトップのシラク氏(19.88%)とほとんど同じである。
 私は今回の結果を見て、ヴェルサイユ体制に反対するドイツ民衆がファッシスト・ヒットラーの欺瞞的戦略に熱狂して自ら進んで独裁者をつくりだしていった1930年代の悪夢を想起する。危機の時代にあっては、伝統的な既成の秩序に果敢に挑戦する「革命的」な破壊的イメージをもって登場するいわばカリスマ的人物に一挙に支持が集中するという法則性があり、この法則が今戦争体験世代が激減しつつある先進国を覆いつつあるかに見える。混迷の極みにある現代日本では、ライオンヘアーの首相が秩序破壊のメッセージをもって登場して驚異的な国民的支持を集め、それがハリコの虎であることが露わとなると、今度は極右東京都知事が新党結成を本格化しつつある。日本の若者の意外とまじめな層に、『ゴーマニズム宣言』がベストセラーとなっている。4月23日付け朝日新聞によると、警察官の発砲による相次ぐ射殺事件に関して、国家公安委員長は23日の記者会見で「違法、不法、不適切な行動をとると、警察官に撃たれる可能性があるということは、治安に対する抑止力になると信じる」と発言した。正当防衛以外に使用できない銃が使用基準緩和によって、威嚇のために使用できるようになってから、逃亡する窃盗犯も射殺されるようになった。有事立法やメデイア3法によって着々と軍事警察国家が完成に向かいつつある。危機の時代を真に指導できる統治能力を持った民主派の存在が原理的に問われる時代となった。第2次大戦の痛苦の記憶を想起し、営々と蓄積されてきたファッシズム研究の社会科学の到達点が試練に直面している。(2002/4/24 22:06)

[純白の喪服の復権を訴える]
 喪服に関する最も古い記述は、『日本書紀』の仁徳天皇が「素服」を着たとあり、素服は朝鮮半島や中国で着られた白い喪服を指す。『隋書倭国伝』では、死者の妻子や兄弟が白い布製の喪服を着たと記しているように、古代日本では喪服は白色が一般的であった。ところが718年の養老喪葬令で天皇は直系2親等以上の喪に錫色、黒染めの「錫じょ」を着ると定め、天皇の喪服を薄墨の鈍色に改めた。これは中国の唐の皇帝が喪服として錫衰を着たとある『唐書』をモデルとした。しかし錫衰は、金属のスズではなく灰汁処理した目の細かい麻布のことで唐の喪服も白色だった。ここで致命的な誤解が生じたわけで、スズを誤解して喪服が黒色に変更されてしまったのだ。この錫じょの鈍色は、平安期の貴族階級に広まり、「すみぞめの きみがたもとは雲なれや たえず涙の雨とのみふる」(古今和歌集)と詠まれているように、9世紀末には喪服が黒染めになっていたことが分かる。薄墨・鈍色だった色合いも次第に濃くなり、平安後期には黒と記されている。ところが室町期になぜか白色が復活する。15世紀の「海人藻屑」には、「俗人之服衣者、白直垂也」「鎌倉ニハ白布ニ墨ヲチト入レテ薄墨ニ染也」と記され、鎌倉期には薄墨に染められていたが室町期は白が一般的になったと云うことが分かる。この白色の喪服は江戸期まで継承され、明治維新を契機に英国の喪服制度を導入して公式の喪服は再び黒に変わり現代に至る。西欧の喪服は基本的に黒色であるからだ。
 以上は公家や武家の公式の喪服の歴史であり、古代から中世に至る庶民の喪服は一貫して白色であったと推定される。江戸期の庶民の喪服は白色であり、棺を担ぐ人、喪主、被葬者の頭には白い三角の布を付けることが多かった。鎌倉期の「北野天神縁起」の図版では棺を担ぐ2人の頭に白い三角布がある。日本の公式の喪服が室町期に白色に復帰した理由は、禅宗の影響も考えられるが、古来日本人の色彩感の基礎には神聖な白色に対する潜在的な畏敬のイメージがあるからだ。奈良期に黒色にし、明治期に黒色に戻したのも、中国と英国の外来ファッションへの屈従である。外国の模倣をしてアッサリと制度を変える日本的文化の問題がある。以上は、増田美子氏(学習院女子大)の服飾研究史を参照した。
 さてここで私は、外来思想に無条件に屈従してきた悪しき日本の振る舞いに対し、民族の尊厳を守ってきた潜在的な伏流に想いを致す。福沢諭吉の脱亜入欧論を持ち出すまでもなく、卑屈な外国崇拝思想の伝統は古代以来抜きがたい日本民族の致命的な欠陥であり、その象徴として日本の喪服の歴史的変遷がある。中国や韓国・朝鮮の葬儀を見れば明らかに純白の無垢の喪服が着用されている。私は、ここですべての心ある日本の方々に提案する。東アジアの本来的な伝統に立ち返り、日本の喪服を真っ白な無垢の白色に戻すべきである。何世代かかろうとも私たちは、外国崇拝モデルから脱却するために、すべからく喪服の屈辱的な黒を超克して純白の喪服を恢復することを呼びかける。(2002/4/24 21:40)

[構造改革批判の存在形態について]
 二宮厚美氏(神戸大)に代表される構造改革批判論のパラダイムは、@)戦後体制の総決算をめざす新自由主義的構造改革派 A)伝統的保守のケインズ主義型土建国家派 B)憲法を新たに生かす護憲型新福祉国家派の三つ巴の激しいせめぎ合いとして現代日本をみる。@)の新自由主義の背景には、輸出主導型経済から多国籍企業型経済への転換が要請する戦後企業社会と土建国家・未熟な福祉国家の解体がある。この戦後システムの解体によってもたらされる膨大な弱者の蓄積が逆に、福祉需要を爆発させて新福祉国家形成の条件を成熟させていくのだという見事な弁証法的客観主義の分析がある。
 二宮型新福祉国家構想の基軸には、マルクスのいわゆる「資本の文明化作用」の強力的必然性の論理がある。この論理の基本的な特質は、敵対する論理の必然性を承認した上で敗者の量的な蓄積が飽和点に達したときに弁証法的な質の飛躍が誘発されるという、かっての窮乏化革命論の受動主義的なパラダイムにある。この論理の本質は、原理的に被抑圧者の全面発達論という既に歴史的に破産した主体形成論にある。しかしこの論理の本質的な欠陥は、敵対する論理の勝利的な必然性を受容的に承認した上で、潜伏する潜在的な潜勢力の蓄積を待つという待機主義な変革論に連動するところにある。つまり、新自由主義批判の陥穽は、個の自発的な能動性や決断と飛躍、リスクを賭けた挑戦といった論理を包摂する論理を対置できないところにあり、従って批判は、超越主義的な普遍的人権や制度(憲法)に依拠した外在的な性格を帯びてしまい、個の自発的な内在性から構築されるカウンター・プランを提示できない。実は新自由主義の秘密は、資源の最適配分が市場原理以外によっては実現されないとする主張にあり、ここにこそ原理的に切り込み、別の最適配分論を提示しなければ、市民多数派を獲得するリアルな有効性を持てないのだ。新福祉国家論の問題点は、第1に旧福祉国家論との差異を鮮明に提示し得ないこと、第2に「福祉」概念に付きまとう弱者救済的なイメージが一般的市民概念と調和し得ない限界を持っていること、例えば自尊心によって生活保護を拒否する心理を薄弱な権利意識で片づける傾向があるということだ。このような尊厳の心理を組み込め得ない批判は市民多数派を包摂し得ない。
 結論的に云うと、新自由主義の市場原理至上主義によって実現する競争主義的な強者の論理に対して、弱者救済的な保護主義的平等論を対置する構造は、実はメダルの表裏にしか過ぎなく、問題はそのようなメダルの構造を越えた共生・共存が激しく潔い競争原理と並び立っている社会システムの構想にある。そのようなシステムは、「新福祉国家」概念ではカバーできず「新民主主義国家」とも云うべきものではないか。(2002/4/22 21:39)

[米国文化の分裂について]
 米国文化を2分する潮流として、文化一元主義(主流である欧州文化に溶け込む西欧文化中心主義)を主張する保守派と、多様な文化の混在から新たな米国文化を創造する文化多元主義がある。文化一元主義の前衛は、キリスト教右派と呼ばれる原理主義集団であり、彼らは独立戦争前に神権政治を実現しようとしたピューリタンを源流とし、ナサニエル・ホーソンの「緋文字」が描いているところだ。
 欧州での新旧両教徒の血みどろの宗教戦争の記憶から、ジェファーソンら建国の指導者は神権政治を危険視し、信教の自由と宗教の多元化によって民主共和制による政教分離を実現した。逆にプロテスタント多数派は、分裂を重ねて弱体化し、このような状況のなかで蓄積された怨念がプロテスタント原理主義となって復権し、現代アメリカの深部を揺るがしてきた。プロテスタント原理主義は、ケーブルTVを駆使した説教師達の演出によって共和党への政治的結集を実現し、レーガン政権を誕生させた。プロテスタント原理主義は、1970年代に台頭した新右翼世俗勢力との連携を強め、妊娠中絶・福祉・フェミニズム・公民権運動・労働運動などの左派的な主張に対する総攻撃を冷戦終結後に開始したことによって、遂に米国は南北戦争以来の世論の大分裂に直面し、「米国文化戦争」と呼ばれる時代が始まったのだ。
 文化多元主義は160有余の民族集団の文化を尊重しつつ、移民文化をこそ米国文化の主流に位置づける政策を展開している。しかし実は文化多元主義の内部は、母国文化尊重派と社会主流化尊重派に分裂し、左翼や知識人は主として後者を主張している。文化多元主義の基盤は、非差別民族集団や宗教集団の社会的認知と受容のダイナミズムにあったが、9.11同時多発テロ以降はキリスト教とイスラム教の文明の衝突と和解・共存の問題といった新たな問題に直面している。以上越智道雄論文(日本経済新聞4月21日付け朝刊)参照。
 越智論文は米国の文化的分裂の状況を宗教的な視角から分析しているが、残念ながらそれは表層的な分析に過ぎない。宗教的な形態の裏にある深部の階層的な分裂を基礎条件とする伝統と革新の闘争の問題まで掘り下げて理解しなければ、米国文化の分裂を本質的に分析することは出来ない。いわばラルフ・ネーダーに代表される環境派と左翼の潮流と、米国資本主義の市場原理主義的な恩恵を受けている上層市民の相克の問題として把握しなければ、その本質に迫ることはできない。かってのブラック・パワーとして象徴化された社会的経済の闘争が、現在は現象的には一元主義と多元主義の文化闘争として展開されつつあるのだ。ニューデイール政策をめぐる対立が真珠湾によって一挙に統合され、9.11同時多発テロによってまた星条旗に再統合されたように、米国文化の分裂の回避は常に外部からの衝撃的な刺激的事件によってしか統合できない底の浅い統合形態であり、その統合は真の本格的な未来創造的な統合ではない。こうして米国文化をめぐる分裂と闘争は、ますます進行する退廃的な現象への堕落か、又は対外的な緊張政策による国民動員体制の推進によってしか贖われることはないであろう。(2002/4/21 19:40)

[スタンダード=標準とは何か]
 「標準」を『広辞苑』で牽くと「@判断のよりどころ。比較の基準。めあて。めじるし。Aあるべきかたち手本。規格。」とある。標準の社会化は、Aの語義に近い。標準化の歴史は、制度による標準化=デジューレ・スタンダードとして出発し、近代軍が兵器の修理の効率化を求めて兵器部品の規格を統一したり、言語文化の統一を求める標準語の設定(日本語標準は、東京の中流階級の使う東京方言をもとにつくられたー『広辞苑』)など、近代国家形成期における開発独裁政策の中で遂行された。近代化による社会的成熟が進み、大量生産・大量消費時代には、市場による標準化の時代が来る。例えば、タイプライターのキー配列は左上から横に最も非効率的なQWERTYの順に並んでいるが、この理由は敢えて早く打てないようにして故障を防ぐトップメーカー・レミントン社(伊)の苦心の操作だった。同社製品が世界の市場を席巻し、他社は効率的なキー配列で対抗したが、慣れてしまったユーザーはレミントン配列を使った。このキー配列は、コンピューターのキーボードにも採用され、非効率な入力操作は何時までも続くこととなった。ヴィデオにおける品質上優れたベータと市場支配力が強いVHSの熾烈な戦いもVHSの勝利に終わった。これが、市場による標準化がもたらした「事実上の」=デファクト・スタンダードであり、本来効率性と代替可能性を求めて追究された標準化は、逆の弊害をもたらした場合もある。自社規格を業界標準とする熾烈な企業間競争は、企業の製品開発力とブランド・イメージを高めるが、社会と消費者の真の利益を実現しない場合もある。
 コンピュータ基本ソフト(OS)の世界標準=グローバルスタンダードとなっているWINDOWsによって、情報通信の世界は米語文化が支配する事実上のアメリカン・スタンダードになり、これが経済・社会・政治の世界にも影響した世界システム全体のアメリカン・スタンダードが制覇している。これに果敢に挑戦するLinexがオープンソースという画期的な理念で挑戦しているが、それも蟷螂の斧だ。
 さて標準化によるマニュアル志向型行動は、開発期の社会にとっては有効だが、成熟期の社会にとっては逆に桎梏となる。21世紀日本のシステム転換を図るいわゆる「規制緩和」戦略が現在混迷状態にあるのは、主体である人間行動が規制緩和という別の標準化マニュアル行動に走り、マニュアル化行動自体を否定する自己の主体的な自立性が獲得されていないからだ。あなたの属する職場や学園をみると、結局上司がどう動くかを盗み見ながら自分の行動を決めるパターンが横行しているだろう。大事なことは、自分自身の頭で未来を洞察する力が育っているかどうかにある。
 このような標準化を演劇の世界で嬌笑するのが、スクリ−ブの笑いだ。スクリーブとは、19世紀のヴォードビル作家のことを云うが、歌や踊りを入れた風俗劇を指し、そこに風刺が込められる。例えば井上ひさい風の現代劇で云うと次のようなシナリオが出来る。「赤坂の料亭の雪隠の前の廊下で、田中真紀子前外相・鈴木宗男議員・福田官房長官・野上前事務次官の4人がばったり顔を合わせた。売り言葉に買い言葉、口から泡の大口論をしたあげく、氷川きよしの”やだねったら、やだね”の四重唱をしながらヤケ踊りを踊る」といったヴォードビルである。以外とこのような発想の中から標準化の未来が見えてくるのではないか・・・・・・・とクスクス笑った瞬間に目が覚めた。一夜の夢であったのだ。(2002/4/21 8:53)

[NHK『真剣10代しゃべり場』は若者を駄目にする]
 NHK教育TVの土曜日夜に1時間を使った若者のデイスカッション番組がある。若者の日常生活のなかでぶつかっている生々しいテーマについて、本音をぶつけ合いながら若者の実相を考え合う内容だ。出場する若者のファッションがまた面白く、特に女子の化粧はスゴイものがあり、そこらの風俗嬢とたいして変わりはない。メンバーの個性も独特でドロップアウトしそうな奴も結構いるが、この番組を見ているとほとんどの若者が激しいイジメの被害者であり、現代の若者世界の想像を絶する哀しいまで息苦しさがうかがわれる。学園で表面的には楽しく過ごしている裏には、このような激しい葛藤の世界があることに驚く。世界第2位の経済力を持つ先進国日本の青年社会が、かくも未来志向性を失っているのかと暗然たる気持ちになる。最初は本音をストレートにぶつけ合う姿に、久しぶりの興奮を味わい、しっかりと自己主張する若者の出現に驚きもしたが、回を重ねて観るうちに、この番組は決定的な欠陥を持っているのではないかと思うようになった。
 第1に、テーマがごく狭い学校や友達の範囲に留まって自己閉塞していることである。この閉ざされた空間の中で感受性鋭い若者達が煩悶している、本人達にとってはしんどい閉鎖的な循環の堂々めぐりに終わり、出口がみえてこない。
 第2に、その理由はテーマ設定の自己閉塞をうち破ろうとするTV局の姿勢が全く見えてこないことだ。それは自らを取り巻いている広い社会空間との接点を広げるテーマを絶対に設定しないところにある。戦争・環境・人権・差別・高齢化などなど時代が直面し、将来若者の双肩にかかってくるテーマのなかで自らの青春をどう位置づけるかというような発想がないことにある。だから、個人の心がけ主義のレベルでせいぜい心がけるあり方の差異を論じるに過ぎないという非生産的なものに終わっている。若者とはいえ、いかにも日本的な集団主義のなかで留まっている点は、大人社会の忠実な反映にしか過ぎない。
 第3に、友人関係や他者関係に悩む若者の深刻さは浮かび上がるが、そのような範囲での感受性の際どい壁を突き破るような異質な他者を導入しないところにある。例えば、アジアや欧米の留学生を入れて違う視点を導入するとかといった試みは採用されない。18歳で自爆テロを敢行しなければ生きていけないパレスチナの女子高校生は、現代世界では決して特殊なケースではなく、地球上ではゴロゴロしている状況だ。この番組では、そのような世界との接点を少しでも繋げる可能性は見あたらない。
 悩んでいる若者達に対しては可哀想な言い方だが、先進国の成熟した社会での極微の世界で立ち回っているしかない世界だ。そうではない広い世界と何らかの形でつながろうとし、また現に繋がっている別の若者達が大勢いるにもかかわらず、焦点を当てようとはしない。はじめてTV電波を若者に開放しようとする真剣な番組ではあり、退廃したお笑い番組が支配している現状に挑もうとする姿勢は評価するが、やはりNHKの限界が露呈されている。この番組を見ている若者は、せいぜい自分と同じ悩みを持っている若者が多いことにホットするだろうが、若者の特権である未来志向性は獲得されることはない。(2002/4/20 23:00)

[人間の楯・・・・・現代戦における非戦ヒューマニズムの極地か]
 パレスチナ自治政府のアラファト議長への攻撃を身を以て守るために、現在200〜300人のパレスチナ人と25人の外国人平和活動家が議長府に立てこもっている。アメリカ人アダムは、包囲が始まった翌日に救急車に助手として乗り込み、医者と共に議長府に突入し、その翌日50人の人間の楯がイスラエル軍の意表を突いて突入を敢行してアダムと合流した。51人のうち34人が残り、その後9人が病気で議長府を離れ国外追放となり、現在は25人が立てこもっている。米国のメデイアは、アダムを裏切り者・テロリストと避難し、ニューヨークタイムスはユダヤ系タリバンと命名した。その直後からアダムの実家には、抗議と脅迫が殺到し両親と弟は身を隠し、今はFBIによって守られている。アダムは、パレスチナで子ども達を世話するセツルメントのボランテイア活動に従事し、イスラエル軍の侵略に怒りを覚えて、ガンジーやマーテイン・ルーサー・キングの非暴力思想から平和運動に入った。
 アダムは、戒厳令下の街の中を立ちふさがる戦車や装甲車に向かって、防弾チョッキを着けて白旗を掲げて進み、イスラエル兵士を説得しながら、薬を届け病人を救急車に運ぶ。市内のライフラインはイスラエル軍によって切断されているから、病人がいても通話は不可能だからだ。感動したアメリカ人女性のフェイダが、同じように路上生活をしている怯えきったパレスチナ少年を励まし、食料と水を配っている。本来なら赤十字がやる行動を彼らは身を捨てて行なっている。
 こうした人間の楯となった人たちの行為によって、イスラエル軍が議長府突入に踏み切れないでいるといった甘い状況ではないだろうが、しかし云うべき言葉を失う献身的なヒューマニズムではないか。数多の政治的議論に隠れてこのような無名の人々の行動が無数にあるに違いない。イスラエルを支持する政府を持った国の国民の1人である私は、ただ黙っているしかないのだ。浅見靖仁(一橋大)レポート参照。(2002/4/20 17:50)

[Giovanni Pico della Mirandola "De hominis dignitate" ジョバンニ・ピコ・デッラ・ミランドラ『人間の尊厳について』]
 ≪彼(神)は、人間を世界の中央に置き、次のように話しかけた。アダムよ、われらはお前に定まった席も、固有な相貌も、特有な贈り物も与えなかったが、それはいかなる席、いかなる相貌、いかなる贈り物をお前自身が望んだとしても、お前の望み通りにお前の考えに従って、お前がそれを手に入れ所有するためである。他の者どもの限定された本性は、われらが予め定めたもろもろも法の範囲内に制限されている。お前は、いかなる束縛によっても制限されず、私がお前をその手中に委ねたお前の自由意志に従ってお前の本性を決定すべきである。私は、お前を世界の中心に置いたが、それは、世界の中に存在するいかなるものも、お前が中心からうまく見回し得るためである。我らは、お前を天上的な者としても、地上的なものとしても、死すべきものとしても、不死なるものとしても造らなかったが、それはお前自身のいわば「自由意志を備えた名誉ある造形者・形成者」として、お前が選び取る形をお前自身が作り出すためである。お前は、下位のものどもである野獣へと退化することもできるだろうし、また上位のものどもである神的なものへと、お前の決心によって生まれ変わることもできるだろう≫(国文社版 一部筆者改訳)。

 ルネサンスの人間解放思想を高らかに華やかに歌い上げたミランドラの白眉である。最高存在である神から垂直的に編成される生命存在の最高に位置する人間の本質をあくまで伸びやかに主張している。現代のポスト・モダン派やエコロジー思想から云えば、明らかな人間中心の近代思想の先駆として、その限界を容赦なく批判するであろう。しかし、『存在と無』におけるサルトル型実存主義はまさに、「人間は何の目的も与えられないまま放り出された無の存在である。彼は自ら成っていくところのそういう人間に成っていくのだ」と述べて、決断と選択による主体性を主張した。ミランドラにあっては、未だ「神」の名によって人間の無限の自由が与えられているが、現代実存主義との本質的な差異はない。
 不透明なままにソフトな息苦しい管理が究極まで進み、公然たる殺し合いや陰湿なイジメが横溢する現代社会の最中にあって、フト立ち止まれば、ミランドラの中世教会の支配をのり越えようとする輝かしい人間的自由を希求する白熱の言葉が、生き生きと精彩を帯びて聞こえてこないか。それはあくまで素朴で単純な自由への憧れを語る自信に溢れた言葉の花束である。現代の自由論は、政治・経済・社会関係の網の目を精緻に織り込んだ高等数学の観がある。そのような水も漏らさぬ自由論にはない、直裁で簡明な人間の原始的な自由への意志を表明するメッセージが伝わってくる。(2002/4/20 16:35)

[若者の奇食について]
 カップ麺に牛乳、ビール茶漬け、マヨネーズ入りカレー等々・・・・若者の間に常識を通り越したメニューが拡がっているらしい。美味追求型から組み合わせ探求型まで通常では考えにくい多様な奇食がある。かっては、ケレーうどんやあんパンも奇食に近い食べ物だったが、現在の奇食はもっと文明的な危機があるような気がする。すでに奇食は市場化され、百種類を越えるメニューが商品化され、インターネットで売り出されている。この奇食についてさまざまの評論がなされているが、その代表的なものをとりあげて分析する。
 「情報が氾濫し、食べ物についても情報が記号化されている。若い人は、何と何を組み合わせたら面白いと考えるのではないか」(博報堂生活総合研究所林主席研究員)、「味覚には生物として生存するための意味がある。奇食は、食文化が発達したことの証拠ではあるが、遊びとしての食を受け入れている人はこうした基本が狂い始めているのではないか」(『栄養と料理』佐藤達夫編集長)、「今はどんなジャンルのものも手に入る。ファッションや音楽もジャンルにこだわらずごちゃ混ぜ。それが逆にオリジナリテイ−と考える傾向が強まっている。食についてもそうした意識が働いているのでは」(ライター井口啓子)などが代表的な評価であり、食文化拡大論から食意識歪み論まで評価は分かれている。
 私は食評論家の認識水準が余りにも表層的なのに驚き、次のようなことを指摘したい。第1に、食事は生物的生存を確保する条件ではあるが、動物的な本能食ではなく、人間はオイシク・タノシク・ウツクシク食べるという食文化を作り出した。ただ栄養素を胃に入れればいいと云うことではないのだ。食文化論からみれば、奇食は人間の想像力の拡大という質的な側面がある。食材から調理・配膳・食卓・照明まで高度の食文化を作り出した果てに、メニューのコンテンツを所与の与えられたものではなく、自主的に創造していくという画期的な側面がある。しかし第2に指摘したいことは、現在の奇食はカップ麺やスナック菓子などの加工食品と、マヨネーズやケチャップなどの調味料を組み合わせたものが中心であり、その奇食内容は飽食の中でいかにも貧しい。つまり全体としての食生活水準の衰弱の中で、かろうじて入手できるバリエーションでしかない。ここに哀れにも近い哀しみを感じる。第3に、異様な食生活への嗜好は、実は生きること自体の動的なエネルギーが衰弱し、より本能的な領域での自己確認と満足の自足ではないか。ここには食道楽の通人とは基本的に異なる生の萎縮が感じられる。第4に、現代の奇食は食行動以外の他のさまざまの行動が歪んで奇形化し、本来の自然で健康なスタイルを失っていることの反映ではないか。若者で云えば、学習やスポーツ・芸術への没入による自己表現の達成感を味わえない現状を食に向かって発散している側面があるのではないか。
 結論的に云うと、現代の奇食は食文化の人間的・創造的な表現ではなく、過食・拒食と並ぶ奇形化した食文化なのだ。(2002/4/18 20:35)

[幸せはどこにあるのか]
 Uber den Bergen,
 weit zu wandern,sagen die Leute,
 wohnt das Gluck.
 Ach,und ich ging,
 im Schwarme der andern,
 kam mit verweinten Augen zuruek.
 Uber den Bergen.
 weit,weit,druben,sagen die Leute,
 wohnt das Gluck.

        Karl,Busse

 山のあなたの空遠く
 幸い住むと人のいふ
 噫、われひとと尋めゆきて、
 涙さしぐみ、かえりきぬ。
 山のあなたになほ遠く、
 幸住むと人のいふ。

        上田 敏

 敗戦後の荒廃した大地の上で、日本の学生はこの上田の名訳を愛唱したのである。ここには日本人の幸せ感覚を惹きつけてやまないロマンがある。幸せは、ここにはなく遙か遠くのどこかにあり、私たちは憧れと希求を込めて、見晴るかすはるか向こうを見ようとするのである。このような感性は、仏教が日本的心性を捉えて、西方浄土はるか永遠の彼方に極楽を見いだした時に始まったのである。戦後の飢餓と貧困の中で、この心性は克己のエネルギーとなり、華やかな高度成長を生んだ。しかし、手に入れた幸せは何であったか。それは24時間働き抜いて通勤時間が2時間を超える郊外での白い3LDKに過ぎなかったのだ。育て上げた子どもは、家庭内暴力で親に向かって突進するか、髪を真っ赤に染めて個室に引きこもってしまった。苛立つ親たちは、逆に激しい虐待をいたいけな子どもに加え、会社でのストレスの抑圧の移譲を試みている。山のあなたに求めたはずの幸せは、こうして幻想に過ぎなかったことを身に沁みて味わうこととなった。幸せは、依然として遙かかなたの山の向こうに遠ざかってしまったままだ。今や涙さしぐみ帰ることすらできない、取り返しの付かない悔恨の世となった。(2002/4/18 21:38)

[ナチスのユダヤ人虐殺論の諸類型]
 第2次大戦時のナチスによるユダヤ人大虐殺をどう考えるかをめぐる分析理論は、単純化して云えば以下の3類型になる。
 (1)主体論的分析
 ナチス及びドイツ人の中に歴史的に蓄積されている主観的な反ユダヤ主義的迫害意識に焦点を当てる。主体的な責任追及論としては鋭く個人責任追及の強力な論理であるが、虐殺の客観的な必然性の条件の分析が弱い。例として、カール・ヤスパースの罪責論やヴァツゼッカー大統領演説など。
 (2)客観論的分析
 第2次対戦の開始、労働力不足、敗戦濃厚の情勢など虐殺が発生した客観情勢に焦点を当てる。主体的な責任論理を曖昧にする危険性がある。いわゆる歴史修正主義、日本で云えばABCD包囲ライン説などに傾斜しやすい。
 (3)西欧近代主義論的分析
 特殊ドイツ的問題ではなく、西欧的思想・文化の合理主義的近代的科学技術文明の抑圧主義に焦点を当てる。ポスト・モダン派の世界認識に多く、文化論的・文明論的な原理分析として重要だが、政策論が弱い。

 これらの虐殺分析論の諸類型は、歴史的なすべての迫害行為を分析する理論に共有される一般理論でもある。現代の民族・宗教の迫害から、企業・学園におけるイジメに至るあらゆる迫害行為をこの理論によって分析できる。大事なことは被害者の個の尊厳から目を離さず、一人一人の断末魔の状況と切り結びながら、しかも丁寧に全体の中にそれを位置づける個と全体を統合した作業スタイルを忘れないことだ。(2002/4/16 22:36)

[再就職先はアジアか!?]
 日本の会社をリストラされた中高年が、中国や台湾で再就職する例が増えている背景には、日本の製造業が空洞化しているのに比例してアジアでの設備投資が増大し、管理職クラスを求める現地の需要があるからだ。香港の人材紹介業パヒューマアジアは、昨年1年間で約500人の人材を日本からアジアに送り出した。40%が工場管理者・専門技術者で30歳代後半から50歳代である。この会社は、中高年の海外就職を積極的に支援する計画で、今年はアジアで就労する中高年が600人に達する。
 この背景には、日本の企業がコスト削減のために日本からの駐在員派遣を減らし、現地法人雇用に切り替えて現地の給与体系で同じ日本人を従来と同じ技術者や管理職に据えるという狙いがある。これによって、年収は約50%ダウンし、平均450万円となる。何というか、余りにもあざといリストラではないか。長年献身的に働いてきた社員に対してこのような冷酷な仕打ちができる日本企業とは一体何なのか。コーポレイト・ガバナンスは崩壊しモラル・ハザードは極限まで進んでいる。日本経済新聞はこれをあたかも常識的な必然性として報道している。4月15日朝刊。
 会社側の冷酷非情な非人間的な処遇に対して、唯々諾々と家族を日本に残して単身赴任する中高年の無惨な姿を見ていると、一体人間の尊厳はどこに行ったのか、あなたのプライドって何なのか、と問いかけたくなる。しかし冷静に見れば、グローバリゼーションにおける東アジア国際分業といった時の実態はこのようなものであるかもしれない。国際経済学で利益最大化をめざす最適立地とか資源の最適配分とかナッシュ均衡とかの最適戦略の理論の基礎にある人間的な実相はまさにこのようなものであるかもしれないが、このような経済システムに未来はないであろう。(2002/4/15 21:16)

[ワーカーズ・コレクテイブとはなにか]
 働き手が対等な立場で出資・運営するすることを理念とした非営利の組織であり、日本では法的規定がないため特定非営利法人(NPO)の範疇で設立し、外部との契約をクリアーしているが、あくまで全員運営を基本として地域密着型の活動を展開している。この2年間で100団体以上・会員数約15000名に急拡大している背景には、担い手のほとんどが主婦である高齢者介護・子育て支援の高まりがあり、介護保険の導入による介護ニーズの顕在化・保育園の待機児童の増大がある。保育分野では、自治体が施設をつくり民間が運営する公設民営化をワーカーズが担う場合が多い。定年や年齢制限が無いので自らの経験を積極的に生かそうという参加者が多い。ただし現行法で規定がないため、社会的認知が弱くオフィスひとつ確保するにも問題が多く、メンバーの収入も低く財政運営が逼迫している。支えているのは、地域サービスを担っているという自負であるが、その構造を逆手に取った非効率的な分野をワーカーズに担わせるというマイナス的な風潮もある。経営基盤を強化する動きもあり、整理統合によって規模を拡大して経営を効率化し、教育や研修システムを強化しようとしたり、小規模であっても小回りが利くデイサービス事業を推進する動きもある。「家事・介護・育児など女性の無償労働を有償労働化し、主婦の経験を生かしながら一般労働市場への参入が厳しい層の受け皿ともなった。家計補助的な労働で充分という女性が30歳代以下で急減している。必要な社会保障を提供できないワーカーズは長期的には担い手を失う」(上野千鶴子)のであり、地域密着型のコミュニテイービジネスの需要を吸収する新規事業の開拓とそれを保障する経営基盤の強化が課題となっている。(2002/4/13 20:16)

[男の黒服とは何か]
 男=黒、女=白が衣装の主流の色となったのは西欧19世紀である。中世貴族の金・赤・白の多彩なファッションに対し、黒服は無差別で「民主的」(ボードレール)であり匿名性と厳粛性を象徴する色となった。その後伊達男ブランメルは、生地・仕立て・小物などの微細な差異化によって黒服を団でイズムに変える。その背景には、ピューリタン倫理が世俗化し、楽しみを忘れた自己保存のシステムになり、焦燥感と嫉妬心の悪意がねじれてくっつき、黒色は厳粛性を失い弔いの色となり、20世紀のマフイアや暴力団・ヤクザの定番の制服となっては何か得体の知れない秘密の世界を象徴する色となった。20世紀後半のモードの帝王イヴ・サンローランは初めて女性用の黒のタキシードルックをデザインし、女性の社会的進出を表現した。21世紀の初頭驚いたことに、日本のサラリーマンの制服は一斉に暗色・黒系が主流となり、これは不況と失望と服従を全的に表現する色となった。黒は、本質的に抑圧・非抑圧的な色調であり、裏返せば世界が解放されていないことの証明に過ぎない。(2002/4/13 19:34)

[虫の発育の有効積算温度から人間の成長を考える]
 多くの虫の発育可能な最低温度は5度であり、それより低いと発育はしない。虫たちの成長にとって有意味な温度は、発育の限界温度である5度を上回った温度でありこれを有効温度という。例えば、気温8度の日は、8度−5度=3度が成長の有効温度である。虫たちは、この有効温度とその日数を掛け合わせた合計である有効積算温度によって成長する。例えば、気温6度の日が3日、7度の日が2日、その後温かくなって10度の日が3日続き、また寒さが来て3度の日が2日あったとすると、1×3+2×2+5×3+0×2=22日度となる。寒い冬の日は、有効積算温度が0度であり、冬眠生活を続けている。発育限界温度5度は、平均であり、冬眠が卵か幼虫かサナギかまた風土によっても少し変動する。
 春が近づくと有効積算温度は上昇し、平均120度日〜150度日の値を超えると変態が起こり、孵化したりチョウになったりする。では発育限界温度に達しない寒い冬の冬眠は無意味なのかというとそうではない。寒い冬の冬眠期間が一定時間以上経過しないと、いくら限界温度を超えても冬眠から醒められないのである。冬眠している虫は、身体の栄養分が分解しておりそれが寒さを媒介にして徐々に復元する、だから暖冬の日が続いて冬眠から醒めきれないまま春になってしまうと、有効積算温度がいかに貯まっても虫たちに春は来ない。結論的に云うと、厳しい冬の寒さなしに声明の花開く春は来ないのだ。以上は日高敏隆「早い桜に思うこと」(日本経済新聞4月14日朝刊)参照。
 私は、ここに人間の成長のリズムを暗示するモデルがあるように思う。人間も将来の開花に向けて、ジッと知識や体力を蓄え、社会的な有効積算水準を超えたときにその人の社会的な活動が始まる。いわば青春期とは、虫たちの冬眠期に値し、その青春期を卵で過ごしているのか、幼虫で過ごしているのか、サナギで過ごしているのか、孵化した成人期が大きく異なるのではないか。しかし人間と虫の違いは、人間は本能固定ではなく自ら成長を意志的に統御できる力があると言うことだ。青春期を不良やヤクザとして逸脱しても、逆にそれをバネに飛躍できる可能性があると言うことだ。逆に言うと取り返しの付かない逸脱の場合は、将来は閉ざされるというリスクもある。青春期は、児童期に蓄えた栄養分が徐々に分解して新しい栄養分に再編成する質的な飛躍を迎えるための吸収期だともいえる。だから、成人期のモデルを機械的に強制したり、無理矢理或る枠組みにはめ込もうとするのは、本質的に人間の成長のリズムと法則を攪乱していることになる。従って大人は、孵化するに必要な栄養分を注入するのではなく、青年自身が自らどのような栄養分を摂取するかの選択能力と判断力を養成するということが仕事になる。虫は本能的に決定された栄養分のマニュアルがあり、それを機械的に注入すれば孵化するが、人間はそうはいかない。
 以上が日高生物学を人間に適用した私の人間的成長の分析であるが、おそらくこのような理論に猛烈な批判が出るはずだ。それは、人間の成長を児童期→少年期→青年期→成人期という機械的な順次進行モデルで構築するのは間違いであり、人間はそれぞれの期間を独自の価値をもって完結するという独自完結型モデルが正しいという主張だ。後者のモデルでは、青春期は成人期への準備としてのトレーニング期間として位置づけるのではなく、独自の価値と目標を持つ期間として位置づける。近代青年思想はまさにそうであった。この2つのモデルを教育に適用すれば、前者のモデルからはどとらかというと管理統制型教育が、後者のモデルからは自由教育が導かれる。私は、両者を折衷するのではなく、真に統合した教育理論を構築したいが、そのような統合理論はどのようにして可能であろうか。(K,Araki.2002/4/13 8:27)

[漱石・鴎外の消えた国語教科書・・・・日本文化の衰弱か!?]
 文芸誌『文学界』が「漱石・鴎外の消えた国語教科書」という批判特集を組んでいる。「採用された作品は、香山リカ・俵万智・辻仁成・中島みゆきなどの有象無象が並ぶ何と薄っぺらい教科書だ」(浅田彰)、「驚き入った低俗ぶり、戦争や貧困、差別を述べた作品がない(「黒い雨」のみ)。TVの視聴率と連動したバラエテイー・ショーのバリエーションだ」(加賀乙彦)といった痛烈な批判が並んでいる。斉藤孝(『声に出して読みたい日本語』の著者)は対談で、「今の教育は下を向いている、教師が生徒のほうばかり見るのでなく、教師が本気になっているところを見ると子どもは盛り上がる、教師がその文章を本気ですごいと思って教えると子どもも憧れる」といった教師批判もおこなっている。
 確かにこれらの批判には正当な部分があり、傾聴して自己分析の必要もある。私も参加しした一ツ橋版の現社・政経の教科書では、出版社編集部から上から理論を注入するような既成の型はできれば遠慮して欲しいと要望してきた。私は、フランスやイギリスの公民教科書を例に、国民的な基礎教養は時代がどんなに変わろうとも断固として要求する文化の世界があると言って、強く反論した覚えがある。
 しかし長年現場で若者と接していると、その意識の変貌は著しく、いわゆる権威と言われる文化とは隔絶した若者独特の浮遊する文化世界が作り出され、コミュニケーションそのものが成立困難な状況に直面している毎日だ。若者の感性の変容は、実はTVや携帯などの情報メデイアがつくりだした虚構の世界であり、本当に生きる力は育つはずがない・・・と言っても、彼らのこころを惹きつけコミュニケーションを成立させていくには、教材を彼らの意識に合わせていくのも避けがたい方法ではないか。漱石・鴎外が消えた軽チャー教科書は、そのような両極に引き裂かれた日本の現状を反映して、若者文化に引きずられて媚びへつらう危険もあるが、今まで通りの既成の権威的文化を提供するだけでは何の解決にもならない。
 さて一方で、このような現状に一石を投じる現象が日本で起こっている。そう阪神変身フィーバー現象だ。選手はほとんど同じメンバーなのに、監督が替わっただけでこれほど変わるものなのか。野村前監督は、確かに下ばかり向いて高水準の技術とプレーを教えたが、肝心の何としてもペナントを取りに行くという本気になったパッションは感じられなかった。そればかりかスキャンダルにまみれて信頼を喪失してしまった。星野監督のスタイルは、或る意味でプロとしてのアイデンテイテイーを鋭く問いかけ選手に逃れようのない決断を迫ったのではないか。ここに教育の世界にも共通する普遍性があるとも云える。何を云うか、たかが野球ではないか、教師は教師のプロとして我が道を行けばよい・・・という反論もあるだろうが。(K,Araki.2002/4/13 9:17)

[棚瀬美幸さん(26 中村高校卒業生)劇作家・演出家デビュー 第7回劇作家協会新人戯曲賞受賞]
 棚瀬さんは、中村高校時代から演劇部で活動し、大阪教育大在学中の96年に劇団「南船北馬一団」を結成し、97年以来オリジナル作品の作・演出を手がけ、2001年12月「かえりたいうちに」で劇作家登竜門の劇作家協会新人戯曲賞を受賞した。老人性痴呆症のホームを舞台に、人間にとっての家族の存在の重さを鮮やかに描き切って絶賛を浴びた。審査員の劇作家永井愛氏は、「痴呆を誰しも抱える心の迷路と重ねて見せる飛躍力を持っている」と評している。「南船北馬一団」は今や関西有数の最も注目されるプロ劇団へ成長しつつある。
 彼女は受賞の言葉で、「現実がつらいから楽しめる芝居がいいという人もいますが、私たちが振り回されているこの現実や社会に、芝居の中でこそ向かい合ってほしい。・・・・芝居を作る中で傷ついたり傷つけられたりすることが多いですが、それはお互いに一生懸命だから、ポジテイブで肯定的な関係です。そういう関係が持てるのがうれしい。演劇の力を信じたいと思っています。演劇を見る人もやる人もまだ少ないと思いますが、演劇人口を増やし、関西演劇の地位も上げたい」と語っている。
 棚瀬さんは、高校まで自宅が私の家のごく近くで、私の息子と城山中学の同級生であったので小さい頃からよく知っていた。中村高校では、1年生の現社と3年生の政経の授業で出会ったが、普通の明るい少し内向的な素直な娘という感じで、そんなに目立つほどではなかった。もう1人早大文学部に在学中、日本児童文学新人賞を得た子がいた。この子の高校時代の才能のヒラメキは素晴らしく、私は学年会での情報交換で彼女の現社レポートを絶賛したら担任の広林卓先生(現 黄郷野高校校長)は冷たく無視した。彼女と比べて棚瀬さんは、高校在学中はそれほどの冴えは感じられなかったが、それは私の認識力が不足していたのであろう。
 棚瀬さんは、成長の過程で家庭的な悩みを持ち、また長じて自身の祖母が痴呆状態で各地の施設を転々とする介護の苦しみを味わっている。おそらく受賞作は、この自らの体験をふまえているに違いない。それにしても卒業生が才能を開花させて、次々と世にデビューするのを目の当たりにすると我がことのように嬉しくなり、また一抹の寂しさも覚えるのである。どうも大阪は、映画「萌えの朱雀」の女性監督といい、少し硬派の芸術世界では若い女性が活躍できる風土があるようだ。(K.Araki 2002/4/12 24:05)

[右翼少年の氾濫・・・・・増大する10代のネオ・ナチ]
  ロシアン・ネオナチストと自称する10代の若者が増大し、モスクワだけで14〜20歳のネオ・ナチが約1万人、都市部から地方にも拡大しさまざまの分派を合わせて250団体に上る。カギ十次の刺繍をした黒ジャンパーで頭はスキンヘッドにした少年達が、アジア人・アフリカ人・ユダヤ系を標的に襲撃し、2002年ですでに27件の襲撃と3人の殺人が発生した。外国文化を好む市民も襲撃対象となり、アフリカ系音楽のコンサート会場に乱入し集団暴行を働くという事態が発生し凶悪化している。第2次大戦のヒトラー軍隊の侵略で2千万人が死亡したソ連の悲劇的体験は継承されていない。これらの若者は91年のソ連崩壊前後の大混乱の中で学校生活を過ごした世代だ。90年代には毎年400校が財政難で閉鎖され、まともな教育は受けず、10代の非識字者は100万人を越えている。彼らは、昨日まではマルクス・レーニン主義を叩き込まれ、ある日突然に突然に手の平を返すように資本主義美化教育に転換した。かっての敗戦期日本で教師が天皇愛国から民主主義へとアッサリ転換したのと同じような大人への不信を刻みつけられたのだ。
 しかし問題は、21世紀の初頭の日本でもドラステイックな構造改革という体制転換を迎えて、一定の若者が漫画家小林某などの主張に取り込まれ、歴史修正主義へと傾斜している。共通しているのは、歴史の転換期に既成の価値観が音を立てて崩壊し、未来が不透明な中で強力な指導力を持った独裁的リーダーによってさまざまの矛盾を一気に訣解しようとする衝動に身を委ねることだ。異端の排除と弱者への攻撃によって、危うく自らのアイデンテイテイーを確保しようとする幻想が生まれる。これこそかっての悪夢のファッシズムが新しい粉飾を凝らして復活しようとする基盤が形成されている。小泉某は若干ソフトな形で、石原某は野蛮な形で彼らの心を把握しつつある。恐慌への不気味な足音が聞こえてくる日本の現状は、このようなファッシズムの基盤が確実に育ちつつある。理性と民主主義は、彼らにとってはいかにもまどろかしく、幼稚なゲームであるかのように映りつつあり、一刀両断に暗雲をはらす村雨の妖刀が欲しいのだ。さて私たちは何をすべきか。何をしてはならないか。あなたとあなたの子どものために、取り返しのつかない事態にならないように。(2002/4/12 20:58)

[計算機によるヒラメキ思考はどこまで可能か!?]
 科学的思考は、膨大なデータをもとに仮説を立て検証を経て未知の法則を発見することにある。このような過程を電子計算機がかなりら代替しつつある。その背景には、IT革命の進展があり、1秒間に10兆回以上演算できる計算速度の上昇、切手ほどの大きさに千億ビット(書籍1万冊分)の情報を記憶できる記憶容量の向上がある。問題は、一見すると観測間違いではないかという変則的なデータを観測ミスとしないでその原因を追及する人間の思考の電子化である。ケプラーは惑星軌道の楕円性に注目して惑星運動の法則を発見し(1619年)、ファラデーは閉じた回路で磁石を動かすと電流が流れる電磁誘導を発見し(1831年)、プランクは全ての電磁波を吸収する国体の放熱が非連続的であることから量子論を提唱し(1900年)、白川英樹は触媒の量を間違えて異常なデータから導電性プラスチックを発見した。このような勘とかコツのファジーな思考回路をプログラミング回路に組み入れる試行が急速に進んでいる。いわばデータ→仮説→検証の仮説設定過程を電子計算機が代替する時代が来たのだ。
 例えば、マーケッテイング(販売店データから売れ筋商品の陳列場所を工夫したり、ヒット商品を創造する)、国文学(和歌が詠まれた年代と作者を推定する)、バイオテクノロジー(塩基配列データを解析し、遺伝子を推定する)、経済学(株価の上昇・下降の転換点などを予測)、物理学(活断層の危険度予測、太陽風による磁気嵐の予報)などなど高い確率で予測が可能となった。問題は、人間的な意志や心理に関わる領域にあり、報いられることのない無私の献身とか自爆テロの決意、アナウンス効果等々の決意にかかわる電子的な機械判断がどこまで可能かという点だ。
 認識論で云えば、対象の量的レベルでの精緻な判断は無限に機械に代替できるが、質の領域でどこまで可能かという原理的な問題がある。幾多の経済予測がほとんどはずれていることはこの証左だ。現在のあらゆるシュミレーションは、その限りで或る限界を当然持っている。認識ー仮説ー決断ー行動ー検証という一連の人間行動の過程は、人間の行動モデルの無数のバリエーションがあり、それをどこまで電子化可能か大きな未知の領域だ。だいたいシミュレーションどおりに行動するのは面白くないから、意識的に逸脱してやれといった予測不可能な行動を選択できるのが人間だ。日本経済新聞4月7日付けSunday Nikkei参照。(2002/4/10 21:06)

[ハワード・ジン教授からの手紙]
 氏は米国を代表する歴史学者であり作家である(ボストン大学名誉教授)。日本の有事立法に対して送られてきた氏からの手紙を紹介し諸賢の議論を仰ぎたい。
 
 The Japanese Constitution,ever since World War 2 ,has been a rare beacon of hope in a world of continuing war and violence.Its renunciation of war stands as a model of what all countries should be striving for.My visits to Japan in past years have led me to admire the commitment to a peaceful world which I found so strong among the japanese people.Therefore it is with sadness and alarm that I see a proposal,called Yuji rippou,an Emergency Law,which creates the possibility of war.I urge everyone in Japan to oppose this law,and I believe that peace-loving people all over the world are opposed to it.We want Japan to be a leader,a model for a world without war.

                                              Howard Zinn
                                              Professor Emeritus,Boston University 


[小泉構造改革1年の総括と日本の将来]
 擬似的な革命的メッセージを以て登場するポピュリズムがもたらす取り返しのつかない結果は、それに席巻され踊らされた被主体者の側を被害者とのみ位置づけられない歴史の事実がある。このようなポピュリズムの欺瞞による痛苦の体験はかっての太平洋戦争期における莫大な犠牲を捧げて血で贖ったはずであった。そのような痛切な歴史的体験は時間とともに風化してしまったのであろうか。かって近衛文麿という華族にしてインテリ政治家の登場に最後の望みを託した私たちの父祖は、史上に並ぶべきものなき悲惨な民族的破滅の奈落の底に落ちた。彼は自殺し私たちは生き残った。今またポピュリズムの幻影は、はかなき庶民の期待を担って登場し、惨憺たる結果を以てまさに終わろうとしている。小泉構造改革がスタートして1年を過ぎようとしているなかで、日本経済の現況はどのような実態にあるだろうか、冷徹な事実の究明が求められる。
 GDP国内総生産(国内で生産された財とサービスの総計)を、名目から物価変動分を引いた実質でみると、3期連続してマイナス成長であり、デフレ圧力の下で経済規模の縮小がかってなく進んだ。完全失業率(季節調整値)は、内閣発足前の4.7%から5.5%へと上昇し、完全失業者数は357万人(2月)で雇用不安は頂点に達している。内閣府の調査では「自分または家族が失業する不安がある」は史上最高の73.8%に達している。企業の海外移転による空洞化とリストラ促進政策がもたらした最悪の状況だ。昨年4月から今年2月までの企業倒産(負債額1000万円以上)は、18、264件で戦後最高だった1984年度(20、363件)に迫っている。金融機関への膨大な公的資金投入にもかかわらず、貸し渋りが一層深化し、構造改革戦略の最大課題である不良債権早期最終処理政策によって爆発的な中小企業倒産が誘発された。GDPの50%を越える個人消費支出も3.2%減と恐るべき低迷状態にある。国際格付け機関が争って日本企業の評価と日本株のランクを下げ、株価も低迷している。経済政策の中枢を担う政治権力の中枢部分での汚職と退廃・スキャンダルが頻発し、最高権力層の統治能力の腐敗・堕落が白日の下にさらけ出しつつあり、それがあたかもブラウン管の上で劇場型民主主義が展開され、TV番組の水戸黄門のように、かって権勢を誇った権力者が一朝にして転落するドラマに溜飲を下げる思いで見つめている。
 果たして出口はあるのか。出口は2つある。第1は、水戸黄門の葵の印籠に依存するような抜きがたい体質を越えて、庶民自らがカウンタープランを用意してパラダイムの転換を試行する道であり、 第2は超越的な強力な独裁的権力によって一気呵成に権威主義的な空を切り裂くような断固たる政策の実行である。この2つの道の選択の瞬間が、否応なく音もなく静かに近づきつつある予感がしませんか。石原慎太郎という或る具体的な個人名をもって。(2002/4/9 21:03)

[百姓とは何か・・・・戦略産業・先端産業論の陥穽とパラダイム転換]
 再び網野善彦氏の近世産業史研究から。百姓=農民は間違いで、百姓の真の意味は唯単に多くの名字を持った人という意味だ。漆器で有名な輪島では、650軒の家があり、71%が水呑(頭振とも云う)で29%が百姓だ。水呑とは唯単に土地を持たないという意味で、実は多くの富裕な商人や職人が含まれていた。こうして百姓=農民、水呑=貧農(小作人)という近世身分の既成パラダイムは崩壊した。この根底には、近世までの日本を農業社会=稲作農耕と把握していた産業構造論がある。信長・秀吉以来の兵農分離・商農分離で、都市に武士・商人が集住し農村に米作り自給自足の農民が集住したというかってのパラダイムは崩壊したのである。中世の年貢は米であったというのは完全に間違いで、年貢を米で納めたのは全国平均30%に過ぎない。70%は鉄・塩・紙・馬・牛・材木・絹・布等々多様な年貢の形態がある。従って百姓とは、稲作農耕民を含む多様な地場産品の生産者を指したのであり、それらの人にとっては農業は副業に過ぎなかったのだ。
 中世の年貢会計は在地末端権力である代官(地頭)が執行する。彼は田地・山畠・里畠の耕作を請け負っている百姓ごとに、その年に作物が採れた得田と収穫がなかった損田を確定し、米の収入を計算しそこから必要経費を落とし、残りを市で売却して収支決算書を作成する。非稲作農家は米以外の現物を売却した収入か現物そのもので年貢を納める。さらにすごいことには、現金の替わりに割符(為替手形)で京都の寺社に送金するシステムが確立され、信用経済の商業ネットワークが形成されていたことである。つまりこの時代の代官(地頭)は、市庭相場の上下を見ながら現物を売り、百姓とは年貢納めの酒宴を交わし、国司が来ると接待を繰り返して帰還願うといった地方官僚の行政スタイルを確立していた。このスタイルは江戸期にも継承され、代官は在地ではなくなったが同じようなマニュアルの納税システムが継承されていた。搾取された貧しい農民といった既成観念は間違いで、百姓は在地における行政能力を構築していたことが分かる。こうして百姓というカテゴリーは、実に多様な生業を持つクラフト的な世界でもあったのだ。
 稲作農業を頂点とした垂直的な産業構造を支える多様な非農耕民の世界なしに日本の歴史はなかったのだ。「稲作農耕を頂点とした」ということすら疑わしい水平的な産業構造であったかもしれない。このような網野産業史論のパラダイムは、現代でどのような意味を持つであろうか。産業構造論では、農業→繊維産業→重化学・機械産業→電子・電機産業→サービス・情報産業といった産業構造の変容を「高度化」と規定してきた産業構造論パラダイムの擬制を示しているのではないか。或る産業史の段階での戦略産業があり、次の段階を担う先端産業が姿を現し、かっての戦略産業は斜陽産業となるという赤松雁行型発展論が鋭く問い返される時代となった。
 次々と次世代先端産業を求めて移行していくという既成産業パラダイム論に換えて、すべての産業を調和のとれた水平的なネットワーク構造に置き直すという新しい産業構造論を本格的に考察する必要がある。(2002/4/7 19:45)

[修羅場の仕事・・・・「規制改革推進3カ年計画2001-2003」での近未来の労働]
 職場では3種類の労働者が居る。正規社員(雇用期間の定めがない)・有期雇用(1〜3年の契約)・派遣社員(1年)だ。計画は「就業形態の多様化」によって、派遣業の「物の製造」業務を解禁・期間1年制限を撤廃と3年派遣の業務拡大、有期雇用は上限3年を5年に延長し、不安定就業が強化される。正規社員は、整理解雇4要件(企業が倒産危機にある)を撤廃し事前予測可能性を高め、裁量労働(労働時間・深夜業の規制除外)を企業業務型に変える。すでに米国では全労働者の25%が非正規雇用に転換し、95年の平均賃金は50年代後半の水準に下がった。日本でも27.5%になっている。米国モデルの機械的適用によって、技術の継承性が衰弱し物づくり基盤がゆらぎ逆に競争陵を喪失しつつあり、非正規雇用の増大は国内購買力を低下させて不況を深化させている。ヒト・モノ・カネの3要素のなかで日本の競争力の最大の条件であったヒトが崩れつつある。欧州では、解雇規制法を強化し、正規社員と有期雇用の均等待遇原則が進み、社会的市場経済が逆に強化されつつある。日本のシステム矛盾が究極まで進展し、破局に至る危険性が増大している。続く。(2002/4/7/ 9:14)

[春の世の嵐のように私の心の中を過ぎ去っていった青春の日の不幸・・・・・]
 これは或るロシア文学者の詩の一節であり、2度と帰り来ぬ青春の哀切を痛みを持って歌い上げている。唐代の詩人干武陵の「勧酒」と題する五言絶句も秀逸である。金色の大杯になみなみと酒をついで友に勧める。風雨にあって花が散る定めのように、人生には別離が待っている。花が散らない裡に別れが来ない裡に大いに飲み交わそうではないかという意だ。

       勧酒       干武陵

     君に勧む 金屈邑
     満酒 辞するを須ひず
     花発けば 風雨多し
     人生 別離足


 驚いたことに井伏鱒二は詩集『厄除け詩集』で次のように訳している。

     コノサカヅキヲ受ケテクレ
     ドウゾナミナミツガシテオクレ
     ハナニアラシノタトヘモアルゾ
     「サヨナラ」ダケガ人生ダ


 最後の二行は作者名も忘れて人口に膾炙している。中国のおおらかな別れの酒宴の雰囲気はなく、桜が散っていく日本的な哀愁の美がにじみ出ている。桜は日本的な滅びの美学の象徴であるようで、”桜の花の満開の下には累々と死体が埋まっている”といったおどろおどろしい世界もある。今日は朝から雨が降り、例年になく早く咲き狂った桜の花々も最後の命を散らしていった。日本経済新聞4月7日付け 高橋順子「うたはめぐる」参照。(2002/4/7 8:15)

[日本国はいつ成立したか? 私たちは国名を変えることができるか?]
 網野善彦『よみがえる歴史』(作陽ブックレット01 1998年)を読んで私の歴史観は大きな刺激を受けた。私は、「日本」を所与の民族・国家名として疑うことなく前提としてすべてを考えてきたが、この小著はそのような既成観念をうち砕き、日本を相対化しまた東アジアとの相関の中で把握しなければ、この列島の真の姿は浮かび上がらないと確信した。網野史学の革命的な意義を実感するものとなった。
 日本は周囲から孤立した島国ではない。「環日本海諸国図」(富山県作成)をみると、日本列島は東アジアの南と北を結ぶ回廊のような架け橋の位置にあることがわかる。日頃見る太平洋をバックにみる日本列島とは全く異なるイメージだ。縄文文化を支えたのは、サハリンと朝鮮半島だということが一目瞭然だ。人類学者植原和郎氏の研究では、弥生から古墳期までの1000年では約100万人が渡来してきたと推定し、日本列島西部人は朝鮮半島人と、関東以北はサハリン人との遺伝的共通性が強い。
 日本という国名が正式に決定されたのは、689年の飛鳥浄御原律令であり、それ以前には日本も日本人もなかった。対外的に初めて使用したのは、702年に周の則天武后に面会した使者が「我は日本の使者」と云ったのが最初であり、国号は倭から日本へ変わったが、倭人以外に蝦夷や隼人という非日本人が混住する他民族部族国家であり倭人=日本人ではなかった。聖徳太子は、「倭王の使者」を派遣したのであり、彼自身は日本人と云える時代ではなかった。日本国のリーダーは、最初の侵略を蝦夷に対して行い、次いで隼人を侵略して統合国家を形成した。「関東」とは京都朝廷が不破関(足柄関)から東を呼ぶ言葉であり(板東とも云う)、後に鎌倉幕府が京都を指して「関西」と言うようになった。
 結論的に云うと、「日本」は鼎立する王権の一つに過ぎない京都朝廷派が中国に対抗して勝手に名乗った国号であり、決して日本列島人の全体を代表する国名や民族名ではなかったのだ。国名は世界史に見るごとく、時代の画期において柔軟に変更してきたものであり、「日本」だけが日本を象徴する国名ではないのだ。国民主権の下でいかようにも好きな国名に変えることができる。以上が網野氏の所説である。
 正直言って私は、いままで何となく重苦しい「日本」の名称に表現できない不一致の感覚があったが、網野説で気が楽になったような感じがする。大いに自由闊達にリベラルな議論を展開して、国名を相対化して考えることが可能となった。日本の将来イメージの再構築の中で、国名論を話し合うのもいいのではないか。既成の民族国家パラダイムの呪縛から解放される契機となるかもしれない。(2002/4/6 22:01)

[生きていく証しの幾つかの断片]
 俳優村田雄浩は映画デビューまではエキストラと深夜アルバイトの日々であった。映画「トラック野郎」では菅原文太と愛川欣也の喧嘩のシーンの野次馬役で最もカメラ映りのいい場所に立ったものの、本番でいきなり隣にいた俳優に腹を殴られうずくまってしまい全く映らなかった。これが彼の原点だ。
 正式な文章や手紙の折りは必ず万年筆の縦書きで。黒インクは事務用だからブルーを使うこと。ボールペンは事務用筆記具であるから絶対に使ってはならない。日本語の作法が廃れつつある中でブルー文字の美しい日本語が復権しつつある。斯く云う私も私も全く今日の今日まで知らなかった作法だ。さっそくモンブランの万年筆をブルーインクに詰め替えねばと思う。
 イスラエル軍が4日夕刻ヨルダン川西岸パレスチナ自治区に侵攻を開始し、事実上の再占領状態に置いた。ベツレヘムでは、イエスが生まれたとされる聖誕教会で30年以上鐘を鳴らす仕事をしてきた男性が4日午前、教会に向かう途中の路上で射殺された。イスラム圏におけるキリスト教会の存在の特別な意味が分かっているはずのイスラエル軍の行動によって彼はこの世を去った。教会の鐘を一生鳴らし続けた彼の意味を誰しも畏敬を持って見つめ、神は真っ先に天国に召したであろう。なぜか「汚れなき悪戯」を思い浮かべる。死を覚悟して最後の鐘を突くために彼は、己のいのちをかけて途を歩み教会に向かったのだ。黙して冥福を祈るのみだ。(2002/4/5 20:23)

[現代で人と人が手をつなぐとはいかなる意味か]
 家族や地域・祖国といった共同体は、郷土愛や同胞愛・家族愛などの情念レベルの素朴で一元的な帰属意識における生活の共同性の安らぎである。私たちが他者の家族との交流の中で、入っていけない家族の感情の交流を目の当たりにしてある排除感覚を味わう場合があるのが、この共同性だ。これに対し公共性は、異質な価値観の複数性を前提にした共通の関心事をめぐる多様な存在を肯定する共同性の空間に成立する。共同性は、共同体的共同性と公共的共同性に分岐する。両者は、共同体を基礎として公共性へと展開する関係にあり、共同=公共といったかってのの家族国家論・ナチス「血と土」や、社会主義公民論にみるような擬制的な(倒錯的な)関係に堕する場合もある。”ONE FOR ALL ALL FOR ONE”の美しい内実をめぐって凄惨な死闘が展開する歴史もあった。アーリア至上主義におけるユダヤ人迫害他ナチスによる犠牲者2500万人、スターリン主義による犠牲者約2000万人、中国での犠牲者6500万人など全世界で1億人を超えるとみられる価値独占と強制による痛ましい大量のジェノサイドが生まれた。これらの惨憺たる歴史的体験によって、友情・信頼・ふれあいが基礎に欠如している場合には、自治は統治へ・組織は官僚へ・ゲモニーは強制へと易々と転化することを学んだのが20世紀の人類だった。
 こうしたヘーゲル的な世界観システムのパースペクテイブから個と集団を考えるパラダイムを乗り越えようとする潮流が堰を切って生まれたが、現代では共同<個を全面展開する新自由主義やアソシエーション型コミュニズムからハーバーマスのサロン的社交性等々めまぐるしいカウンターシップがある。しかし、現代のインターネット・携帯型コミュニケーションにおいては、共同性と公共性はどのような特質を持っているのであろうか。駅という公共空間でホームから転落する人を見て飛び込むか放置するかのトッサの判断に凝縮される判断の差異はどのように生まれるのか。それは愛情や友愛が閉ざされた共同性の範囲で成立しているのか、他者への開かれた関係に伸びているのかの問題を示している。グラムシ的に云えば、機動戦から陣地戦へそして情報戦への共同の質の変化がまぎれもなく急速に進展している。私流に言い換えれば、独立や革命といった単線的目標に合流可能な「大きな物語」の時代が終わり、「小さな物語」によるサロン的な友情の交歓の時代が始まったとも云える。ゴミや介護・食の安全といった身近な日常に係わる多様で素朴ないのちの交流である。ここにはかっての崇高な自己犠牲や献身に伴うめくるめくような夢と絶望や痛みといったドラステイックな感情の揺れはなく、快適と不快のレベルでのトラブル感覚が主要な感情生活となる(藤田省三は安逸への全体主義と批判したが)。ほんとうに「小さな物語」の世界で完結しているのだろうか。イジメの横行、浮浪者攻撃、食品の虚偽販売などなど底深い退廃と堕落が覆っている。
, 一方では世界と自分の生を否応なく重ね合わせなければ生存が不可能な途上国のシステム矛盾も爆発している。飢餓と貧困・エイズや内戦と民族紛争のただ中にあって、無辜の命がリセットされ大量の自爆テロと殉教者が命を捧げている。洗練されたソフトな矛盾をサロン的に解決する先進国と、20世紀の野蛮な(?)争闘を繰り広げる非対称性の世界がこれほど明確に共存している時代はない。おそらく社会学者は、第1次的貧困(原始的貧困)と第2次的貧困(現代的貧困)の差異だと分析するだろう。
 問題はこのような両極の世界をどのようにしたら架橋し、統合的な問題解決のアプローチができるだろうか? 少なくとも「飢えている人が一人でもいれば私の幸せはない」(宮沢賢治)とか「芸術は、飢えて死んでいく子どもにとっての料理の本であってはならない」(サルトル)とかの古典的な異議申し立ては有効性を失っている。厳しく云えば、ここには自分自身は「飢えていない」という前提での憐憫的な「施し」の罪の意識が隠されている。私は途上国ボランテイアに献身する人々をみて、率直に言うとうらやましく思う傍ら同時に悪の世界システムをオリーブでくるむ役割になっている危惧を感じるのだ。南北問題のシステム悪に対して、現象的には異なる形態であっても問題構造を共有しているというリアルな認識による批判とシステム転換が求められるのではないか。(2002/4/5 12:12)

[『戦争プロパガンダ10の法則』(アンヌ・モレリ 草思社)とパックス・アメリカーナ]
 ベルギーの歴史学者が宣伝による戦争動員の法則を次のように整理している。( )内は筆者の考える具体例。
 
 1.我々は戦争をしたくない
 2.しかし敵側が一方的に戦争を望んだ(ABCD包囲ライン、クウエート侵攻、9.11テロ、パレスチナ自爆テロ)
 3.敵の指導者は悪魔のような人間だ(鬼畜米英、悪の枢軸)
 4.我々は領土や覇権のためでなく、偉大な使命のために戦う(八紘一宇、大東亜共栄圏、自由と民主主義、人道支援、社会主義祖国)
 5.我々も誤って犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為に及んでいる(ピンポイント爆撃、原油にまみれた水鳥、自爆テロ、無差別爆撃)
 6.敵は卑劣な兵器や戦略を用いる(真珠湾、炭疽菌、ハッカー)
 7.我々の受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大(大本営発表)
 8.芸術家や知識人も正義の戦いを支持している(戦争協力芸術、ハリウッド戦争映画、高村光太郎)
 9.我々の大義は神聖なものである(無限の正義、天誅、殉教者、聖戦ジハード)
10.この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である(反革命、祖国の敵、卑怯者、脱落者、アカ)

 ブッシュ大統領がイラン・イラク・北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んだもともとの草案は、悪の枢軸axis of evilではなく、憎悪の枢軸axis of hatredであっtがなぜか変更された。変更したのはホワイトハウス主任スピーチライターのマイケル・ガーソンとデイビッド・フラムであると伝えられたが、辞任したフラムは「実は大統領だった」と述べたが事実はどうであったのだろうか。
 なぜなぜ憎悪の枢軸は悪の枢軸になったのか。まず音節でいうと、悪の枢軸はaxisとevilが何れも2つの音節からできていて韻律が見事に揃う。なぜならブッシュ大統領は、1音節の単語だと飛ばして発音することが多く、ひどくぎこちないスピーチになる。しかし真の理由は別にある。憎悪の枢軸は、悪の枢軸に比べて相対的に穏健であり、非暴力的方法による抑制の可能性があるが、悪は絶対的な敵そのものであり妥協の余地はない。枢軸そのものがムッソリーニが最初に使用した日独伊三国軍事同盟を指した言葉であり、明らかにブッシュ大統領は第2次大戦のパラダイムを想起したのだ。正義は一方的に米国にあり、現代の三国同盟は打倒される「ファッシズム」だというブッシュ大統領のまさに憎悪の枢軸が露呈された。どのような言語を使用するかは、その人の状況認識の深さと水準を示す最大の手段であるが、パックス・アメリカーナに酔っている現代の指導者は、悪の帝王か憎悪の帝王に等しい知的水準の堕落がある。MSNジャーナル3月4日付けテイモシーノア参照。(2002/4/5 9:24)

[日本上空に極秘衛星!?]
 小惑星や彗星の衝突から地球を守るために設立された日本スペースガード協会が、日本を見下ろす高度約3万6千キロの静止軌道上に直径約50mの巨大物体があるのを発見した。同物体は、継続的に軌道制御を行っており運用中の人工衛星であることは間違いない。地球を回る人工衛星は、米空軍が観測し、米軍事衛星を除き軌道リストを公開しているが、この物体は記載がない。米国が通信傍受のために1970年代から静止軌道に極秘に配置しているパラボナアンテナ型の電子偵察衛星は、通信電波やレーダー波を傍受し、軍事や外交情報を収集する世界的通信傍受計画「エシュロン」に組み込まれて、傍受した通信は国家安全保障局(NSA)や中央情報局(CIA)が解析している。
 世界人権宣言第19条(1948年)は「すべて人は、意見及び表現の自由に対する権利を有する。この権利は、干渉を受けることなく自己の意見を持つ自由並びにあらゆる手段により、また、国境を越えると否とにかかわりなく、情報及び思想を求め、受け、及び伝える自由を含む」と規定し、国際人権規約第19条(1979年)は「国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由」を規定している。この背景には、第2次大戦中の主として国家による情報統制に対する深い反省があり、個人の情報伝達の自由を実現するという方向がみられる。
 しかし戦後の驚異的な情報技術の発達は、先進国による情報流通手段の独占を生み、ユネスコは1978年のマス・メデイア宣言で「平和と国際理解の強化、人権の促進、ならびに人種差別主義、アパルトヘイト、及び戦争の煽動に対抗する上でのマス・メデアイの貢献に関する基本原則」を採択し、情報流通の自由が強者の自由であることを規制した。このような規制に対して、最も強く抵抗したのが米国であり、保護主義的な情報流通政策を否定し、自由な市場原理に任せるべきだと主張してきた。デイズニーやハリウッドの無秩序な進出を規制する欧州に対して、情報の自由を対置した。現在の国際基準は、国際電気通信連合の国際電気通信連合の無線通信規則やインターネット規則が作られている。
 米国の秘密国際通信傍受システム「エシュロン」は、このような国際情報の民主主義を原理的に蹂躙している。宇宙空間における情報の民主主義が鋭く問われる事態となった。(2002/4/4 22:34)

[アメリカ企業はコミュニテイーと化したのか!?]
 ILO国際労働機構の最新統計によれば、米国の労働時間は韓国・チェコに次ぐ世界第3位の長時間労働国であり、2000年の労働時間は平均1979時間で10年前と比べて36時間増えた。富と繁栄の中で時短が促進され自由時間が増大するという定説は否定されている。労働が新たな宗教として登場した背景には、職場自身が家庭よりもフレンドリーでホットな落ち着ける居場所となっている。特にニューエコノミー大企業(マイクロソフト、オラクル、シスコ、アップル、アマゾンなど)の人事管理のポイントは、従業員の物理的・心理的・感情的な欲求を満たすことにある。
 本社はキャンパスと呼ばれ、若々しく肩の凝らない社風を打ち出し、クリーニング・郵便局・休憩室・花屋・劇場チケット売場を引き受けるコンシェルジュまでが完備している。今や働きやすい会社とは、かっての給与・福利厚生・キャリアプラン・終身雇用ではなく、リラックスした楽しい職場にある。その必要条件は、@使命感AハートをつかむリーダーBキャンパスの充実の3つである。この3条件は、新興宗教の@献身Aカリスマ教祖Bコミュニテイーからの隔離に照応する。有能な社員がこのようなキャンペーンに巻き込まれるのは、素晴らしい大冒険(未来と世界の建設)、聖戦意識(ライバル打倒、政府打倒、旧弊打破)であり、報酬アップはその付属物に過ぎない。ここから勤務時間の超越と報酬のストップオプション化が誘発される。逆も真だ。
 こうした献身は、ボス(カリスマ)への崇拝によって加速される。彼らにとって、ステーブジョブズ(アップル)・ビルゲイツ(マイクロソフト)・ラリーエルソン(オラクル)・ジャックウエルチ(G・E)・ハーブケレハー(サウスウエスト航空)は神のごとき畏敬の対象であり、社員はもはやキャンパスを離れる理由が無く、外界との接触の必要もない。彼らは電子のひも(磁気カード・監視カメラ・携帯メール・携帯電話・電子メール)によって24時間捕捉可能な状態に置かれている。シスコ人事部長は、仕事と家庭はバランス問題ではなくインテグレーション(融合)の問題であり、サウスウエストでは、821組もの社内カップルがあり独身者クラブが設置されている。
 新興宗教と同じく、研修セミナー・修養会・ミーテイングなどの恒常的教化による価値観の注入と批判精神の衰弱がある。社訓が教理問答化され、軍隊的スローガンが熱狂的に叫ばれ、会社のロゴ入りスーツなど会社への献身が日常化する。ナイキでは、有名なロゴを踝にタトウーすることがグッドセンスとされ、コーチと名乗るものが「自分自身でいること」の方法を伝授し、従業員は自分の心の秘密を打ち明ける。社内では、抱擁hugsの重要性が説かれ、11時間の抱擁セミナーの受講が義務づけられている。人事部長は、人間には1日8〜9回少なくとも4回の抱擁が必要だ・・・と説く。ただしセクハラの誤解を避けるために、あらかじめ許可を得ること・魅力的な相手だけに限定しないという条件がある。
 過重労働のもう一つの要因は、人事革命にあり、個人の自由と個性の発揮が極端に強調され、低所得者も「心理的な所得増大」を獲得することができ、低所得を補って余りある肩書きが陳列される。自主的に・勤務時間外で・経費は自己負担で! 流通大手ウオルマートでは、大半が法廷最低賃金しかないにも関わらず、全社員は「アソシエート(共同事業者)」の称号を持ち、年金基金でわずかな持ち分を保有している。バンク・オブ・アメリカは、自動現金預入払出機(ATM)との養子縁組をおこない、自主的に・勤務時間外に・自己負担で毎週世話するという制度を敷いている。カリフォルニア州労働局は、清掃費用と園芸用品費用の会社支給を勧告したが、BOAは仲間意識として拒否している。
 一部ベンチャーでは、意欲的な若者がオフィスで寝ることを誇りとし、愉快でにぎやかな職場は24時間でも苦にしない。あらゆることがパーテイーの材料となり飲み会に繰り出す。ハイテク株が暴落した後には、冒険感覚は衰えたがそれを煽り立てた精神は健在である。

 驚いた! こうした米国企業のコミュニテイー現象は、かっての高度成長を支えた日本型企業社会のモデルそのものではないか。但し決定的に違うのは家族と地域を巻き込んでいないことであり、終身雇用ではなく一瞬のうちに解雇されるダモクレスの剣の下で展開されていることである。日本型企業社会は、終身雇用と家族福祉も企業が保障した点で大きな違いがあるが、その献身性の動員手法はほとんど同じである。こうした企業への動員システムの本質的な共通性を分析する必要がある。(2002/4/2 20:36)

[卵子売買・デザイナーベイビー・クローン人間について]
 池内了氏(名古屋大宇宙物理)によれば、米国の大学新聞のクラシファイド広告欄には、数年前から「エッグの提供者求む」という広告が多く載るようになった。「不妊で悩む夫婦の夢を実現するために貴女の協力を」と記され、「18歳から30歳までの、身長5.7インチから10インチの間、ブロンド髪、ブルーかグリーンの眼、やせ形、教育適性検査1300以上、共通総合得点3.5以上、運動好き、積極的で美人であること」などの詳細な条件が付き、価格は1万ドルから2万ドルが相場のようで、卵子を売って学資を稼ごうとする女子学生を標的としている。ここには婚姻対象の女性のあるモデル像が浮かび上がる。
 このように完全に市場化した卵子売買は、不妊だけではなくヒトクローン胚の作成にある。卵子の核から遺伝物質を取り除き、そこに患者の体細胞を移植してヒトクローン胚を作る。それがうまく分裂・成長すればそこから幹細胞を取り出して培養する。幹細胞は全能細胞だから、筋肉・神経などお望みの生体組織へ自在に分化し、それを患者に移植すれば有力な再生治療(クローン・セラピー)となる。このクローン胚作成実験には、多数の卵子が使われ、研究目的に共鳴する女性達以外に不妊治療のための提供卵子が横流しされる。こうした生命操作が利潤対象として市場化している分けだ。クローン人間創造は確実に近づいている。生命倫理(バイオエシックス)の制度化が大きく現実に立ち遅れ、生命そのものが新自由主義的市場原理に弄ばれている。以上朝日新聞4月2日付け夕刊参照。
 アラブの大富豪がイタリア人医師の力を借りて妊娠させたクローン人間が年内にも誕生する。クローン人間を望む思いは、永遠の生か愛する人の喪失を避けたいとかいろいろある。クローン動物は、英国の羊「ドーリー」→マウス→牛→ヤギ→豚と家畜を中心に進み、量産技術によって日本でも約300頭のクローン牛が誕生している。これらのクローンは、基本的に肉や乳の品質と量産が目的で研究費は政府などの公的機関が支出した。しかし、米国テキサス州A&M大学で昨年暮れ、三毛猫の赤ちゃんがトラ猫の代理母から生まれ、「CC(カーボンコピー)」という名前をもらったが、その姿は「レインボー」という雌の三毛猫のクローンで遺伝子は同じである。CCは、米国の資産家が死んだ愛犬を甦らせるために多額の資金を大学に提供した。愛するペットを失って精神に変調を来すペットロス症候群になったからだ。クローンの目的はここでははっきりと、愛する者の再生に転換した。CCの誕生はクローン人間の誕生を告知するものとなった。私たちは、床に落ちた髪の毛に付着した細胞から知らない間に自分のクローンが作り出されるという悪夢の時代を迎えている。戦争は、大量に生産された優秀なクローン兵によって戦われるだろう。イタリア人医師は直ちに妊娠中のクローン人間を中絶すべきである。クローン人間はほとんどの先進国が禁止し、国連も禁止条約を準備中であるが、アラブ諸国は規制されていない。

 付記)デザイナーベイビーとは、体外受精で受精卵を作り遺伝子診断を行って親が期待する子どものみを自由に出産するというシステムであり、生命の選別という生命倫理の基本に関わる問題を含んでいる。日本人夫婦が、自らの有するガン遺伝子p53の変異を継がない子供を産むために、シカゴ生殖遺伝学研究所で着床前遺伝子診断を受け出産したという。日本では重症の治療法がない遺伝性の疾患に限って認めており、個別審議に委ねられているが国内で実施した例はない。この研究所では、60以上の病気を対象としすでに300人のデザイナーベビーを誕生させ、その中には病気の姉に骨髄を提供する目的で誕生させた弟も含まれている。体外受精と診断費用は100万円を超えるが、費用を賄う保険会社も出現し、同様の医療機関は米国に約20機関ありすべて民間だ。知能や運動能力に関係する遺伝子が解明されたとき、より高い能力を発揮する遺伝子を持った受精卵を選び、他は抹殺する権利が果たして親にあり、またそれを実施する権利が医者にあるか、という本質的な問題が提起されている。朝日新聞4月3日付朝刊参照。以下続報予定。(2002/4/2 19:10)
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[エイプリル・フール(4月馬鹿)の退場]
 朝日新聞4月1日夕刊の藤水名子氏のコラムは秀逸である。4月1日は、子どもの頃には年に一度この日が来ることにが楽しみだった。嘘つきは泥棒の始まりと言い聞かされて育つ子どもにとって、それは蠱惑的な一日であった(この蠱惑という言葉は初めて知った・・・・筆者)。どんな嘘を付いてやろうかと数日前から懸命に考えた。長じるに及んで平気で嘘が付けるようになると、この日の効力が次第に色あせていった。そのうちうそをつくことが仕事になってしまい、私にとってエイプリルフールの有り難みは半減した。同じ紙面で出久根達郎氏が次のように描いている。政界といい、牛肉豚肉問題といい今や世の中はウソに満ちている。笑ってすまされない重大な嘘ばかりの世にあると、どうでもよい嘘でも疎ましく腹が立つ。江戸時代のある藩校では、4月1日を4月利口と称し利口になるための志学の日と称した。エイプリルフールではなく、エイプリルクレバー、嘘の負かされぬ術を学んだ。
 ご両人の4月1日に当たってのエッセイはエイプリルフールの時代変容を明確に示している。他ならぬこの私も4月1日はなにかドキドキするような気持ちで迎え、許される嘘の快感を味わったことを想い起こす。そして私が年老いたのか、そのようなリリカルな感覚は衰えてしまったが、実は時代全体が「真実〔真理)」に対する厳粛な矜持を忘れてしまい、嘘をつくことに対する心の痛みの摩耗が深々と進んでしまった。逆に「真実一路」等というのはダサイとして排斥し孤立化させられる。フト立ち止まって反省すれば、実は恐るべき感性の摩滅と自己崩壊が進んでいる。このような認識を少しでも共有する人は、時代の衰弱に対して昂然と眦を挙げて、孤立を恐れざる位置を確保すべきであろう。全き孤立の中でなおかつ真実の味方であろうとする姿勢こそ本物であろう。少しの勇気と決断があれば可能な筈のこのような行為が、実はソフトな管理化が進むなかで不自然に歪められているという現状がある。このような姿のままで墓場まで行くのか。(2002/4/1 21:41).

[アメリカン・リベラリズムの底力を示した・・・・アカデミー賞授賞式から]
 私は常々ハリウッド映画の芸能性を軽蔑し、この授賞式も派手なショーに過ぎないと思っていたが、昨年あたりからどうも違った印象を持ってきた。特に今年は、9.11以降の国粋主義のパレードではないかと予測したが全く違った。生涯表彰で登場したアーサー・ヒラー、シドニー・ポワチエ、ロバート・レッドフォードといったスター俳優達は、ハリウッドの良心を代表したものだ。昨年だったかエリア・カザンに冷笑を浴びせた観客も、今年は畏敬の拍手を送っていた。ポアチエへの特別表彰は、過去半世紀に渡る黒人俳優の辛酸と栄光を回顧するなかでの、テロ以降の米国に対する一種の異議申し立てに近い。テロ後のハリウッドが戦争映画で儲けまくり、FBIに研究協力して信頼を失墜した現状をみると、アメリカン・リベラリズムの底力を示していると思う。
 主演男優賞デンゼル・ワシントン、主演女優賞ハル・ベリーという黒人俳優の受賞は、その意味でかなり政治的なメッセージを持っていると思われる。作品賞の『ビューテイフル・マインド』に対する選考過程でのナガテイブキャンペーンを乗り越えての受賞は、選考委員会の良心を示した。ここには、米軍と諜報活動への静かなノーの表明があり、統合失調症(精神分裂病)に対する社会的認知という困難な問題がある。
 おそらく日本であれば、ただちに集団主義的な心情が働いて、孤立した正義を易々と押し流す力学が働くに違いないが、米国にはユニラテラリズム的な正義と一人でも挑戦する正義の2種類があり、前者は星条旗の前で直ぐに涙を流すが、後者は孤立のなかで正義に向かう行動を賞賛する。日本の不幸なのは、いずれの正義もなくただ大勢の流れに順応する右顧左眄の心情があるのみだ。NHKBSアカデミー賞授賞式をみて。(2002/3/31 20:45)

[18歳女子高校生の自爆テロについて]
 3月29日にエルサレム南西部のスーパーマーケットで自爆テロを決行したパレスチナ人は、今年夏に結婚を控え卒業試験の準備をしていた18歳の女子高校生アヤート・アクラスという名前の女性であった。テロ決行前夜に自宅で婚約者の男性と、これから受ける試験について相談していた。自爆テロをほのめかすような言動は一切無かったため、残された遺族や友人は衝撃を受けた。しかしテロ決行直前にCNNTVが放映したビデオ映像で彼女は、「眠れるアラブ兵士に替わって戦う」との決意表明を行っていた。以上朝日新聞31日付け朝刊。
 かってフランスからのアルジェリア独立戦争を描いた『アルジェの戦い』という感動的な映画では、明るい地中海性気候の商店街で、自転車の買い物籠に時限爆弾を密かにセットするゲリラを肯定的に描いて印象深いものがあったが、当時は彼らをテロリストとは見なさない世界的な雰囲気があった。パレスチナでは、自爆テロは殉教者と称えられ町中に彼らの顔写真と最後の言葉が記され、遺族は祝福され厳かな追悼と葬儀が営まれ、遺族には事実上の報奨金が支給され、若者に後に続けと呼びかけている。先日のTV番組に登場した母親は、自分の息子が早く成長して殉教者になることを望んでいると真剣に語っていた。自らの生存権を蹂躙された最後の瞬間に、テロはやむを得ざる抵抗手段として許されるのかどうか。ツアーリ支配下のロシアで皇帝を暗殺するデカブりスト達の行動は、革命の方法は誤っているが、目的自体は尊いものと見なされ、レーニンの兄もテロ犯として流刑・処刑された。絶対王制下における抵抗として、テロのような暴力的形態が採用されるのは歴史の条件から来たものだ。しかし民衆の政治参加が制度的に保障される現代的な条件の下では、テロは無条件に否定される。パレスチナ人の自爆攻撃をテロとするならば、イスラエル軍隊による占領と報復攻撃は組織テロと見なさなければならない。こうして続くテロと報復の悪循環から何が生み出されるのか。しかし無惨なことには、「自爆テロをやったら家族の面倒はみてやる」とか「自己破産したお前に残された道は自爆テロで借金帳消しにすることだ」という自爆テロ手配師が陰で操っていると云うことだ。これは、イスラエル非合法占領地へ入植しているのは、ヘブライ語も英語も理解が不十分な旧ソ連圏からの移民一世が多く、こうしたイスラエル内の社会的弱者が最も危険な最前線を生活の拠点としパレスチナ弱者を迫害しているという哀しい構図となっている。
 占領や貧困・抑圧のなかでも、無差別テロを否定して自分の生き方に誇りを持って生きている多くの人がいる。私たちは、テロを単純に憎悪したり、逆に許したりする偽善的な態度のどちらも拒否すべきだ。このように云う日本人としての私は、残念ながらアレコレと評論する資格はないかもしれない。なぜならかっての南アフリカ共和国の黒人差別に対して、日本人は「第2白人」の称号を受けて差別政策を肯定し、また現在シスラエル政府への支持政策を隠さないからだ。
 パレスチナ女子高校生は、自爆テロをユダヤ教の過ぎ越しの祭の最中に決行した。その祭り(パスオーバー)は、かってエジプトで捕囚生活を強いられたユダヤ人の祖先が、モーゼという男の指導によって誇りに目覚め、神の罰がエジプトに下されるという予言を信じ、ユダヤの民のみが明かりを消して断食を行いその災禍を「過ぎ越し」たというのが始まりだ。イエスは、ユダヤ人の過ぎ越しの祭りが終わるのを待って十字架の処刑を受けた。だからその週は木曜日の過ぎ越しの祭、その翌日の金曜日がイエスの処刑を想起する「聖金曜日グッド・フライデー」、そして日曜日の復活祭へと続くゴールデンウイークなのだ。復活祭は、月の満ち欠けの関係で太陽暦の上では3週間の幅があり、毎年異なった週に開催される。モーゼから発した戒律と一神教の思想はムハムマドのイスラム教にも影響を与え、モーゼの預言した救世主はムハムマド(預言者)でもあった。パレスチナ問題は、決して宗教戦争ではないにも関わらず、それを利用した聖戦と殉教をもって思想動員している指導者の問題がある。神を同じくする異民族が殺し合う悲惨な現実は、必ず具体的でリアルな世俗的原因が源流にあって、それが宗教的な粉飾を帯びる。この構造を見抜くまで理性が成長するならばパレスチナ問題の問題性は消滅する。私は自分に問いかける。18歳の女子高校生の自爆テロは、捨て石か犬死にか殉教かそれとも哀しい死か、惨めな死かそれらの全てか。

   マッチ擦るつかのま海に霧深し 身捨つるほどの祖国はありや(寺山修司)

                                                (2002/3/31 17:24)

[姦通した女は、石打で処刑されるのだ]
 ナイジェリアのSafiya Husseini Tungar-Tuduさんは、婚姻外の出産を理由に石打による死刑宣告を受け、3月18日の控訴審から近く判決が出る。その執行方法は、受刑者の胸まで地中に埋めてから、死ぬまで石を投げつけられるという陰惨なものだ。この過酷なイスラム刑法は、連邦国家ナイジェリアの北部諸州で昨年から始められ、この地域を支配するイスラム原理派と連邦大統領は厳しい対立関係にある。
 近代刑法から云えば、姦通罪そのものが否定され(自由恋愛)、たとえあったとしても既婚女性が強姦されると被害者と加害者双方が有罪となったり、離婚した女性が再婚しないうちに妊娠すると有罪となるといった要件は基本的に否定される。さらにイスラムでは、男性は4人まで妻を持てるが、未婚女性を強姦しても妻にすれば許されるとか、また姦通罪の刑罰が死刑というのも(死刑を求めたとしても)問題だ。さらに死刑の方法が死ぬまで石をぶつけるという形態も、また近代人権を逸脱している。
 WHOが女子割礼を国際的に禁止したように、国連国際人権規約によってこのようなイスラム刑法は弾劾されるべきではないか。グローバリズムのなかで、逆に文化多元主義や文化相対主義が強調されるなかで、本質的に非人間的な文化体系を原理主義的に世俗化しようとする潮流が強まっている。タリバン(アルカイダ)型原理主義は、決して特異なものではなく、特にイスラム圏のこうした異常な文化アイデンテイテイーの保守化は無視できないものがある。以上ニューヨークタイムズ3月18日号参照。(2002/3/31 13:20)

[女性ホームレスはなぜ少ないか?]
 端的に言うとレイプを含む迫害が最も弱い女性に集中するからであり、女性はホームレスの自由すらないのである。ところが途上国では少女のホームレスが多い。彼女らは、レイプされて妊娠・出産したり、自宅で父や兄から暴行を受けたり、売春婦として労働を強制されたりした人が多い。とくにカトリックでは中絶が禁止されているから、激しい罪の意識を乗り越えて中絶する者は少ない。妊娠・出産したら女性労働力としての機能を失う。絶望した彼女たちは、ドラッグで体を蝕むか自殺の道しか残されていない。最後の選択がホームレスであり、ストリートは愛に飢えた者にとっての最後の人間的なぬくもりを与える場所だ。ここで得るかすかな存在への実感が、命の灯火をつないでいる。望まないで出産した子どもを育てるシングルマザーはまた自分の子どもを同じような環境に入れ、貧困の悪循環が繰り返される。ごく少数の少女が、自分を母親として依存してくる我が子を慈しみ、自分自身が生き抜いていく希望の力となっている。私みたいな駄目な人間でも、この子は私を愛し頼りにしてくれる。子供がどう産まれたかに関係なく、みんな生きていく権利があると素朴に信じることができるようになる。
 総務省が発表した2月労働力調査結果によると、完全失業率は5.3%(男性5.4%・女性5.2%)・356万人であり高水準に推移している。特に女性は過去最悪となった。その背景には、@企業のリストラが低年齢化し、25−34歳層の失業が増加したこと、A夫の失業により職探しを始めた女性(26万人)の就業機会が少ないことなどがある。356万人の完全失業数のうち、非自発的失業者が115万人・自発的失業者113万人であり、不況型失業が増大している。雇用就業者数5272万人の内訳をみると、中小企業での雇用者はむしろ増大し、500人以上の大企業の雇用者が10ヶ月連続して減少し、自営・家族従業者の25ヶ月連続の減少であり、不況型失業がどこで発生しているかが分かる。
 一方厚生労働省が発表した有効求人倍率は、サービス業を除いて全ての産業で減少して0.01ポイント悪化し、0.50倍となった。0.50倍とは求職者2人に対し1人分しか求人がないということである。『女性労働白書2001年版』によれば、失業率の高水準の推移のなかで唯一増大しているのが女性パート労働者数である。女性雇用労働者数は2168万人(40.4%)であるが、そのうちパート労働者数(非農林業・酬5時間未満)は829万人(39.3%)となっている。パートを除く女性一般労働者の平均給与額は23万5100円であり、男性100に対して63.5である。ところが女性パートの1時間当たり平均給与は889円で女性一般労働者の66.9%に過ぎない。既婚女性のうち第1子出産前に仕事に就いていた人は56.1%、そのうち出産でやめた人は72.8%にのぼる。再就職時の就業形態の70%がパートである。就業女性の育児を含む平均家事時間は、3時間8分であり、5年前と比べ10分減少し、男性の家事時間は4分増えて36分となった。男性の20歳後半から40歳代の長時間労働が最も多く、子育て期にある20歳代が最も労働時間が長く23%が60時間以上働いている。
 さてこれが高度成長により世界第2位の経済大国となった日本の現状である。容赦なく失業をつくりだし、就業は低賃金でおこなわせ、最も大事な未来世代を育てることは女性の犠牲の上に成り立っている。少子高齢化社会を目前に日本の未来はあるか。結論的には明確にないと言い切れる。私の半生はこのようなシステムを創り出すためにあったのか。ライオンリーダーによる「改革」は、この地獄をますます拡大し、日本の中にはホームレスが街に氾濫するのを後目に、企業東京本社は海外生産で莫大な利潤を挙げるという末期的な症状を呈するだろう。自己選択・自己責任原理が女性に集中し、女性ホームレスが男性ホームレスを上回る途上国型景観がまもなく実現するだろう。このような近未来のシナリオを目前にして誰が若者に未来を語れるか? そもそも若者に未来はあるか? 若者自身も自己責任で推移するのだ。あなた自身の未来を含めて原理的なシステム転換が緊急に求められている。(2002/3/30 9:10)

[性同一性障害者の社会的認知]
 心と体の性が一致しないで苦しむ性同一性障害は、かっては偏見と排除のなかで自らの病を秘匿して生きてきたが、近年治療や手術を受けるようになった。モーターボートのプロ選手である安藤千夏さん(39歳)は、小学校時代から悩み、診断と治療を受け昨年には胸部手術を行い身体的に男性への転換をめざしている。主治医は「男性と生きていくことが望ましい」と診断し、連合会は男子選手への登録変更を認めた。モーターボート競技は、最低体重が男子50Kg・女子45Kg以外の規定はなく、競技は男女混合で行われると云うルール上の利点もある。こうして戸籍上は女性だが登録は男子選手という、プロスポーツ界最初の性転換者が出現したのである。安藤大将と改名した彼女(彼?)は、「男子選手として走る道を与えてくれて感謝の気持ちで一杯だ。同じ病気で苦しむ人たちの励みになってくれれば。小さいときからずっと隠し続けてきましたが、この病気に立ち向かうために、公表して活動する決心をしました。皆さんの戸惑いも大きいと思いますが、これから一生懸命頑張ります」と述べている。
 かってナチスは性同一障害者を去勢や強制離婚・強制収容所での殺害などによって、社会的に抹殺しようとし、日本社会的でも文明の秩序を混乱させる異端者として冷遇されてきたが、性的同一性障害者の婚姻を認める国が現れ、ここにきてこのような性的マイノリテイーの人権がスポーツの世界で認知されたことは、日本のジェンダーをめぐる民主主義が着実に根付いていることを証明している。朝日新聞3月29日付け朝刊参照。(2002/3/29 9:18)

[ユニバーサル・スタジオへ行った!! アメリカン・カルチャーの威力を見た!!]
 知人から招待券をもらったので気は進まなかったが、妻と友人3人で朝早くから出かけたが、既に超満員であり入場に1時間かかった。このようなテーマパークは倉敷チボリ公園しか経験がないのだがその壮大な規模に驚いた。1つのショーを観るのに短くて1時間待ち、ジョーンズは予約4時間後となったのでウオーター何とかだけを観て私は退散した。ハリウッドビジネスのすごさを実感した。文字どおり底抜けにオモシロイのだ。ハラハラドキドキのショーは観ていて飽きない。こどもは夢中になるだろう。しかし大阪湾のこれだけの敷地を占有し、巨大なエンタテイメント施設をつくるハリウッド資本のちからとそれを支援する大阪府の姿勢を思い知らされた。アメリカ的文化が文字どおり日本の庶民の心を掴むだろうことを確信した。日本の遊園地を巨大化した施設に過ぎないが、同時にアット驚かせるショーマンシップには脱帽する。 しかしよく考えると、フランスがデイズニーランドとマグドナルドの進出に大反対したのがあながち分からないでもない気がする。なにか日本の遊び文化のアイデンテイテイーを吹き飛ばしてしまうような迫力があるのだ。私は人混みの喧噪で疲れてしまって早々に退散した。
 梅田駅に行き古書の街を散策した。大阪は商業と商人のイメージが強いのだが、古書の街を散策するとかなり文化の香りがする高水準の古書店が揃っている。神田古本屋街には及ばないが、名古屋をはるかに凌駕する文化の蓄積を感じる。私は日頃から、その町の文化水準を知ろうと思えば、古本屋を覗けば一発で分かるという持論を持っているが、やはり名古屋は製造業の街だ。大阪は戦国時代以降、天下の台所として日本の流通を支配したが、その商人資本が育てた文化の蓄積はなかなか大したものだ。古本屋にも独自の上方文化を主張するようなものが陳列されているので結構楽しかった。1万円少々の買い物をして帰途についた。最も注目していた梁山泊という古書店は、何処もそうだが硬派書籍の沈滞でなにか寂しそうな雰囲気になっていた。梅田駅の近くで面白そうな民芸風居酒屋があったので覗いた。ビールと酒、つまみその他で2500円少々、いい気持ちのなって新大阪駅に向かい、丁度新大阪始発の新幹線があり喫煙可の自由席でのんびりと家路についた。大阪地域の各駅の行き先案内表示は、すべて日本語・ハングル・中国語・英語の4カ国語表示なっていた。名古屋圏の表示は日本語と英語のみであり、ここに文化の国際性と閉鎖性を如実に感じた。ともあれ非日常的な時空を充分に堪能した一日であった。大阪は沈滞しているとは云われるが、名古屋に比べるとやはりはるかに活気にあふれている街だ。名古屋がなぜこんなに沈滞しているかと云えば、本質的には戦国期以来の小生産者の基盤があり、明治期以降は製造業を中心とした職人(職工)中心に都市形成を行い、抜きがたい中産者意識によって大過なく過ぎゆく風土が形成されたからである。その結果大都市にしては大学が最も少なく、従って若い青年学生が街を支配することもない。夜8時になれば繁華街も閉店するのである。最悪の都市計画は、広大な地下街を張り巡らせて人間を地下の土竜のような生活に追い込み、地上は100m道路が貫通する非人間的な機械中心の都市計画を戦後形成したからである。文化や障害者施設は豪華な一点集中主義で、生活の身近に設置することはしない。要するに明治期の中央集権システムを地方で最も典型的に実現したのが名古屋なのだ。名古屋からは日本歴史は変わらない。これは厳然たる事実であるから、名古屋圏で成長している青年層は決して井戸の中の蛙とならないように警告する。ユニバーサルスタジオから話がずれてしまったが、以上が私の名古屋文化論である。(2002/3/28 23:10)

[ビッグプロジェクト・誘致外来型地域開発の破綻−中部国際空港の思想について]
 常滑市沖に建設中の中部国際空港「前島」に巨大カジノを建設する構想が打ち出された。すでに常滑市には競艇場もあり、それに巨大カジノを上載せしたら、飛行機の騒音公害の下で巨大なギャンブル化した歓楽地帯が出現する。これが常滑市の活性化を誘発するというあまりにも貧しいすでに20世紀で破綻した地域開発思想が恥ずかしげもなく示されている。逆に日本を代表する焼き物である「常滑焼」を中心とする陶器産業を主体とした内発型地域活性化戦略が対置されている。愛知県と中部財界の思想は、膨大な財政赤字の元凶となる巨大プロジェクト戦略というすでに有効性を喪失した地域活性化戦略に拘泥し、時代を先駆的に領導する戦略思想を失っている。愛知万博は確実に失敗し、痕には累々たる県財政の破綻が残るだろう。なぜこのようなプレモダンな状況に陥ったのだろうか。
 本質的にこの地域には、下からの内発的なデモクラシーが根付いていない。右翼であれ左翼であれ、つねに主流派システムのなかで主体的な思考を失い、大勢順応と事なかれが骨身に染みついている歴史的に形成された特質がある。戦国期以降、安定した農業生産力を基盤として国家権力の中枢と連結するなかで自らの成長路線を構築し、時代の激動期には常に先端に位置することを避け、リスクを回避しながら小市民的な保証を得るシステムを追究してきた如何とも抜きがたい保守的な地域性が形成された。牢固としたムラ社会、異質多元的な他者性に対する排除、貨幣に関心が集中する非文化性などなど未来志向性が基本的に欠落した集団的行動形態が定着した。このような地域風土性を最大の条件として形成され、安定的な経営を構築したトヨタシステムこそこの地域風土性をを象徴する企業システムだ。このような思考形態が地域政治権力の中枢を把握している場合、経済循環が右肩上がりの時代にはそれなりの有効性を発揮するが、いったん原理的な方向転換を迫られる革命的なパラダイム転換の時代に直面すると、大胆な創造性にあふれたチャレンジ精神は枯渇しているから、混迷状態におちいり一気に崩壊する危険性がある。朝日新聞27日付け夕刊 主婦苅部美恵「中部空港にカジノ構想はやめて」を読んで。(2002/3/27 20:10)

[エンロン破綻にみるアメリカン・スタンダードの崩壊]
 エンロン・ビジネスモデルは、資産を最小化し卸売取り引き(トレーデイング)で鞘取りを行うものだ。エンロンは、1985年にガスパイプライン企業として発足し、ガス・電力の自由化を利用して急成長し、1999年に立ち上げたエンロン・オンラインで商品数を拡大し、たった3年で売上高200億円を全米7位の1008億円に伸ばし従業員21000人を誇る巨大企業になったが、2001年12月に負債総額400億ドル(約5兆3000億円)を抱えて米国史上最大規模の倒産となった。
 エンロンはエネルギー企業でありながら、発電所はなく電力売買による差額で利潤を挙げる。価格変動リスクを回避するためのIT取引を開発し急成長した。それまでの電力会社が発電から供給の全過程を内製化していたシステムから、各段階を分離してそれぞれに市場取引を導入するという新自由主義的市場システムへの転換を最大限に利用した。
 さてなぜエンロン・モデルは破綻したのか。エンロンの致命的な欠陥は、コーポレイト・ガバナンスの3条件である@独立した外部重役の存在、A透明性の高い会計開示制度、B格付け会社による市場規律の維持のすべてで失敗したところにある。利益が相反する最高経営責任者と外部重役、会計監査法人、格付け会社が相互に癒着してしまい、3条件が崩れてしまったのだ。エンロン会計帳簿を管理していた世界最高水準の監査法人といわれたアーサー・アンダーセン自体が、4年間に及ぶ10億ドル(1300億円)の利益過大申告という粉飾決算を見逃し、莫大な監査料とコンサルタント料を得ながら、発覚後その資料を葬るというモラルハザードに陥り、エンロン経営者は破綻直前に自株を売り抜いていたのである。
 エンロン破綻は同社の特殊なガバナンスの欠陥ではなく、実はアメリカ型ビジネスモデルそのものの基本的な問題を典型的に示している。米国経済は、1980年代以降経営目的を株主利益に集中する株主資本主義へ移行した。その背景には、機関投資家が株価をつり上げて短期的な利益最大化を実現する証券資本主義がある。デリバテイブなどの架空株取引とIT(ニューエコノミー)が結合して、株価を無限に上昇させなければ経営が破綻するというなかで、粉飾決算という会計犯罪を犯してまで株価をつり上げなければならなくなる。最大の被害者は全く情報開示を受けないで、自社株に投資して確定拠出型年金401Kを追究した従業員である。
 ここに実体経済と無関係に虚業の利益を追究する経済システムの本質的な問題性があり、アメリカン・ドリームの虚栄と破綻が象徴的に現れている。新自由主義型市場原理システムを無制限に野放しにする帰結の地獄が露わとなった。公正な規制による市場コントロールをめざす欧州型社会的市場経済システムと対比しながら、アメリカン・スタンダードを基本的に再検討することは、他ならない日本にとっても緊要の課題となってきた。
。(2002//27 10:30)
 付記)その後アンダーセンの世界統括組織アンダーセンワールドワイドはKPMGとの共同声明で、「米国外の拠点は個別に事業統合の可能性を探る」と発表し、アンダーセンは事実上の解体が決定した。日本の朝日監査法人も海外の提携先をKPMGに変更する方針だったが、一括統合が流れたため見直す方向だ。日本経済新聞4月3日夕刊。

[ある社民党女性国会議員の辞職について]
 彼女は早稲田大学生時代に「ピースポート」という民衆派国際交流団体を立ち上たNGO活動の先駆的な存在であり、衆議院当選後歯切れのよい攻撃的な質問で圧倒的な人気を集めた。議員秘書の歳費流用の詐欺罪と政治資金規制法違反で会見内容が2転3転した。「誰の心にも自分の過去を弁護し修正しようと云う傾向はあるから、意識せずに先ず自らを欺き、そして人を欺くことがある」(森鴎外『長谷川辰之助』)ということになってしまった。この件に関するコメントで私が注目したのは、人材コンサルタント辛淑玉氏の「彼女はいつでも一人で闘ってきた。今回も一人で闘い決断した。定期券で国会に通い、寝る間も惜しんで働いた国会議員に財政面の支援をどれだけしたか、私も含めて問われる。権力と闘う人間に美しさや潔白さだけを求めるのは幻想だ」というものである(朝日新聞夕刊25日付け)。
 恐らく実態はそうであったに違いない。辛氏はしかし彼女を支持した庶民を責めている。それは間違いだ。議員は財政的基盤を百も承知で立候補し、活動しているはずであり、議員を含む組織政党の運営水準の未熟を恥じるべきだ。「美しさと潔白さ」を財政的にも汚さない周到な組織活動のレベルが特に批判政党に要求されることを示したわけだ。去るにあたって彼女は、「私、悔しくて悔しくて」と記者に漏らしているが、それが自らの組織的運営能力の未熟さの問題であるならば、彼女は潔く自己批判していることになり、カムバックの機会が与えられよう。そうでなければ、ムネオとかカトウコウイチと同じ穴のムジナで「ブルータスお前もか!」ということになってしまう。願わくばこれら一連の事態が堕落した報復の連鎖にならないようなシステムそのものの変革へと向かうことを願うばかりだ。
 ところが驚いたことに彼女は、25日今夜の筑紫哲也のニュース番組にゲスト出演し自らの進退について語った。最大の問題の一つは、自らの態度を公式記者会見ではなく、一民放の番組で行ったと云うことであり、ここには明らかなメデイアを利用した自己宣伝がある。主権者に対する公式表明がショーとして行われた点で最も背信的な行為である。彼女はそのような主権者に対する責任感覚が決定的に欠落している。さらに驚いたことは、自らの主体的な責任をシステム問題に転化して客観的には回避しようとしたことである。かってナチスの戦争責任者はシステム問題に置き換えて自己免責を図ったが、本質的には同質の行動であり、彼女には民主制下における個の責任意識の非代替性の感覚がない。システム責任と個人責任の区別と連関がまったく理解されていない。今や国会意志の最高決定機関に在籍する成員の恐るべきモラルハザードの実態が白日の下にさらけ出された。彼女のTV番組出演は、自らのミス(正確には犯罪行為)を二重に湖塗する喜劇に近い侮蔑を誘うものとなった。但し付言すれば、同席したコメンテーター達の水に落ちた犬は叩けと言わんばかりの冷酷無情の視線は寒々としたものではあった。
 彼女は率直に言って、未熟で若過ぎた被選挙権者だ。彼女がNGO活動で比類無き指導性を発揮し、未知の分野に果敢に挑戦する行動的な姿勢は誰しも認める。歯に衣を着せぬコミュニケーションのスタイルもなかなかのものだ。しかし最高の厳粛な正義の場における(無意識の)欺瞞と虚偽はそれだけで自らをリセットするに値するという責任があることに無感覚であるという点は、資格そのものが残念ながら無いということだ。
 おそらく彼女は、権力からの謀略的な報復の犠牲者であるだろう。そのような闇の勢力が薄ら笑いを浮かべて、生け贄の喘ぎを見ているだろうことも容易に推測できる。だからこそ一点曇り無き尊厳ある選択を満天下に向かって示さなければならなかったのだ。彼女は詐欺罪で獄中に下っても、自ら進んで甘受するだろう。しかし問題の根元は、嬌笑して一時的な報復の勝利感に酔っている巨悪の勢力だ。このような政治世界のモラルハザードと低次元の報復の連鎖、没落をドキドキして楽しんでいるショー化した政治世界全般に対する不信・・・これこそ実は強力な独裁の登場を待ち望むファッシズムの心情そのものだ。ここが最も恐い。(2002/3/25 18:00 24:29加筆)

[ホームレスの経済学]
 いま全国に3万人いると推定されるホームレス(路上生活者・野宿生活者)は、現代日本の社会・経済システムの問題状況の集中的表現である。この問題に対する多様なアプローチがあるが、本稿では経済学的な考察を加える。
 大阪市大の約700人を対象とした4年間にわたる面接調査によれば、ホームレスの多くは高度成長を支えた建設・製造業の労働者であり、もともと不安定な就業構造のなかでバブル崩壊後の90年代から大量解雇の対象となった人たちであり、その背景には肉体労働者に対する労働力需要が低減させる産業構造の変化にあるとしているが、近年は構造改革のなかで進むリストラや倒産によって新規参入者が加速し、誰しもホームレスになる可能性がある。
 大手新聞の集計では、01年8月から02年3月までに国内削減人員数は24万6.709人、02年4月以降に予定されている国内削減人員数は29万9.243人であり、総計60万3702人である。これまでは製造業中心の削減であったがこれからは非製造業中心の削減に向かう。。筆者の弟も昨年末大手エネルギー企業本社勤務を解かれ、青森県下北半島の子会社への出向命令を受けた。電機大手6社の削減数は、国内9万3.700人、海外子会社を含めると12万3000人に及んでいる。電気春闘で賃下げの逆提案が行われたが、その計算根拠は「ビッグ・バス(大きな風呂)方式」であり、将来のリストラに伴う退職割増金・工場閉鎖費用1兆6千800億円を前倒しして営業損益の赤字を最大限に増幅させる企業危機を作為的に創りだしたものだ。日本最大の企業・NTTは、事実上の50歳定年制(高年齢者雇用安定法違反)によって50歳以上の社員を全員退職させ子会社に30%賃金カットして再雇用する11万人という膨大なリストラを推進している。ところが子会社には「墓地の清掃」とか「弁当配達」などの労働集約的な底辺労働が多く、実質的な退職選択に他ならない。残留社員は、調整人員として残酷配転やガラス研修を受けることになる。NTTが強調する連結最終損益の赤字の中身をみると、内部留保8兆8800億円・経常利益は6千650億円の黒字決算(3月期)を計上し、赤字の原因は海外投資の失敗(7千607億円)とリストラ経費(1830億円)に他ならない。NTTは、株式の46%を政府が所有する準国営の公共企業体である。国連社会権規約委員会は、明確な人権侵害として「元の給与水準と雇用の安定を維持する」よう日本政府に勧告を出すに至っている。
 従来の日本型経営は、正社員の正規雇用は保障して不況対応は主として膨大な下請関係に転化することで企業社会を維持してきたが、ここにきて大企業本体の雇用流動化に踏み込む大転換が進んでいる。少数の正規社員と大多数の不安定雇用(派遣・アルバイト)という労働力市場の両極分解と新たな二重構造が再編されようとしている。ここにホームレスの現代的形態(大手企業元社員、倒産中小企業社長、現役作家などの参入)が生まれる基盤があり、労働能力がありながら非自発的路上生活を営まざる得ない実態がある。このようなホームレスを含む膨大な社会的弱者を派生する社会的・経済的システムとそれに対するカウンター・プランが鮮明を提起することが緊急の課題となってきた。

 社会的弱者に対する社会政策は、16世紀英国ヘンリー8世や1601年のエリザベス救貧法に始まる。資本主義の原始的蓄積過程で土地を失った農民が浮浪者となって流浪し、犯罪者や一揆・暴動に発展するのを回避するものとして創り出された。浮浪民の体に焼印を押し、反抗すれば耳の切断や絞首刑などの脅迫によって労役場での強制的な賃労働を迫り、労働能力が失われている者には権利制限を伴う生計費補助を行った。
その後、救貧税を財源として、労働能力のある者の就業強制と無い人への救済事業へと移行した。日本でも「恤救規則」(1874年)によって労働能力が無く極貧で扶養者がいない人に50日以内の少額の現金を支給し、「救護法」(1929年)では労働能力のある貧困者への公的扶助の義務がはじめて謳われた。現行憲法では、憲法25条の生存権規定と社会保障増進義務が規定され、助け憐れむ政策から権利へと移行した。しかし依然としてホームレスへの偏見は強く、生活保護を受けることに対する恥じらいが残っている。こうした社会的弱者に対する問題を政策的にどう構想したらよいのであろうか。

 Well-being福祉(福沢諭吉訳語)は、人の生活が良い状態にあるという意味だ。「よい」の意味は、厚生経済学の伝統(アーサー・ピグー)では「欲求の満足感の充足」という主観的で個人間の比較不可能な効用原則で考えたが、それを乗り越えたのがアマルテイア・セン(01年ノーベル経済学賞)の潜在能力論だ。慈愛に満ちた主人の下で幸福感を味わう奴隷は効用理論では認められるが、社会システムとしての奴隷制度は否定される。センははじめて経済学に効用を越えた権利の問題(潜在能力の発現)を導入した。仮に自転車があっても(財の所有)、それを乗りこなす能力(潜在能力)がなければその人の効用は実現されないとする。このような潜在能力を実現する客観化された条件の開発(例えば国連の貧困水準指数・生活水準指数・人間開発指数などローレンツ曲線とジニ係数による不平等の測定)が問題なのだ。
 こうしたセンの福祉経済学を倫理的に支えているのがロールズ正義論であり、彼は社会で最も不遇な人の境遇を改善するのが最適の政策だという格差原理を提唱する。しかもその過程での手続きの民主主義性が重視される。独裁者によってもたらされる繁栄(例えばヒットラーによるアウトバーンの建設と雇用保障)は、真の正義ではなく社会の幸福は最大化されないと云った意味だ。
 こうして雇用や所得を重視してきた従来の福祉概念に替わる新たな福祉概念が登場し、経済発展とはGNPの成長ではなく人間の自由の拡大過程を意味する新しい福祉概念が登場してきた。言い換えれば、ホームレスを競争の敗者とみなすような弱肉強食の競争概念ではなく、自己実現の過程とみなす新しい競争概念の登場でもある。つまり現代の市場経済をベースにした福祉は、公正な競争と退出した人への再参入の機会を実質的に保障するサブシステムとして、公平な競争ルール・市場の失敗への対処・社会保障が求められる。
 この政策的な保障がソーシャルセイフテイーネットだ。退職・病気・失業の非自発的事故の被害を最小化し、失敗を恐れないで果敢に挑戦する行動がとれるようにする。この保障制度は努力を放棄した怠惰を生むモラル・ハザードの危険があり、ホームレスへの偏見はこの怠惰論に依拠している。生活保護を受けていた人が少し働きだして収入があると保護がうち切られて逆に貧困になるのでごまかしても保護を受け続けようとするウエルフェア・フロード(貧困のわな)、貧困の烙印を恐れて自尊心を守るために保護を受けないウエルフェア・ステイグマをどう乗り越えるかが最大の問題だ。自分の責任ではない原因(非自発的な事故)による不幸のみを救済し、決して結果のみの保障ではないプロセス重視の政策を採用すれば、再チャレンジの機会を生かすも殺すも自分自身の覚悟だとして自尊心を維持することができる。

 さて福祉に対する批判は、膨大な国家財政負担の税への転化と効率性を阻害するという2点にある。果たして効率と公平はトレードオフのデイレンマ関係にあるのか。全員が勝者となる競争があり得ず、また敗者を全て自己責任で処理し一切救済しないというシステムでは誰が競争に参加するだろうか。小学校の運動会でスタートラインをずらして全員が同時にゴールインするルールがあるが、これは真の公平な競争のルールであるだろうか。逆にカール・ルイスと私が100m競争をして私が敗者となる競争は、真の公正な競争といえるだろうか。ルイスと私のどちらも自尊心は失われている。問題は、自己の比較優位(ルイスは陸上競技、私は経済学研究)の自己実現に向けた多面的な競争機会が公平に保障されているルールを整備した上で、ある具体的な競争の敗者に対する再挑戦の機会を保障するルールを載せなければならない。

 次に高齢者や障害者の人たちにとっての公正な競争のルールとは何だろうか。現在の政府の高齢者政策は、国家と若い世代に対する膨大な負担を伴う高齢化社会での社会保障のリスクは危機的であるから、豊かな高齢期の実現は若いうちに自分の自己責任原則で処理せよというものである。例外なく全ての人が迎える高齢期と障害者は、公平な競争機会を基本的に剥奪されるのであるから、このような問題を市場競争原理に委ねることができないのは明らかであるにもかかわらず。幾多の老人がポックリ寺院を訪れて、後継世代にリスクを負わさない死を願って祈っている現代の姨捨伝説があるであろうか。後継世代を慈しみ育て上げた果てに、このような惨めな処遇を受けて頭を垂れてこの世を去っていくような社会システムは、まさに動物世界のレベルに堕している。かってナチスの安楽死法は、社会に何の利益ももたらさない障害者と人工的に葬り去る恐るべき淘汰を強制した。ここではソーシャルセイフテイーネットを越えた社会システムと政府の存在意義そのものに関わる普遍的な問題がある。
 現在の経済学では、将来補助される権利を世代間の契約によって保障する相互扶助という重複世代間モデルによって処理しようとしている。しかしこのモデルでは、相互扶助システムを切断する政策が採用された場合は、高齢者は扶養請求権を失う。現在進行中の年金支給年齢の遅延などがまさにそれを示している。重複世代モデルは社会的効率性の原理であり、世代間衡平性の問題を捨象している。
 さらに豊かな老後とは何であろうか。かって日本の老人ホームのイメージは、白い部屋とベットで静かに横たわっている生活が理想であったが、現在は老人の残された潜在能力を最大限に引き出し、新たな自己実現の場へと変わろうとしている。センの潜在能力としての福祉経済学の普遍性が見事に示されている。急速に進むバリアフリー政策はこの典型だ。こうして高齢者と障害者政策をめぐる市場原理と相互扶助のシステム間闘争が繰り広げられ、それは日本の社会システムそのものの帰趨を決する象徴的場面になっている。

 さてセンの福祉理論ですべてがカバーされるであろうか。センは、1933年にインド・ベンガル州で生まれ1943年の死者3000万人といわれる「ベンガル大飢饉」を目にして自然科学から経済学へ専攻を変えた。彼の主要な関心は、貧困・飢餓・不平等の原因と評価の分析にある。しかし、セン理論では、階級・階層理論や民族理論、共同体理論は登場しない。このような分析ツールを駆使しなければ解が不可能な諸現象がある。同時多発テロとアフガン戦争に象徴されるように、政治・軍事と経済現象が重層的に絡み合いながら、経済現象が展開しているなかでは限界があるのではないか。本稿ではこのようなトータルな考察は対置できないしする能力もないが、少なくとも哲学を含む政治経済学の新しい発展が求められると思う。最後に、新自由主義的市場原理が跋扈している世界のなかで、マルクス的分析に依拠せず唯1人近代経済学派から批判に立ち上がったセンの勇気と理論に最大の敬意を捧げる。以上『NFU日本福祉大学評論誌』54号(2000年)所収、鈴村輿太郎「現代福祉の思想と行動」参照。付記:東京、大阪、神戸の監察医事務所(原因不明の死者の検死をおこない死因を究明する)の調査では、この5年間で栄養失調死(餓死)は289人であり、東京都監察院の調査では東京23区内の91年以降10年間の餓死者は192人である。大半が50歳以上で、滞納によってライフラインの電気・ガス水道を遮断されている。失業などによって生活が一つ狂いだすとドミノ式に進み、最後はゲームオーバーという状態になる。(2002/3/25 12:18)

[ハンセン病謝罪広告(3月23日)について]
 3月23日は日本の医療政策ないし政府と議会の失敗を回復する歴史の中で、特筆すべき記念の日となるだろう。日本の歴史で、政府や議会の失敗によって派生した被害に対する謝罪広告がはじめて出された。国家権力の作為または不作為を国民に対して公然と謝罪する関係がはじめて開かれたのだ。謝罪は、作為の罪として厚生労働大臣・総理大臣が、不作為の罪として衆議院・参議院の3通の広告が掲載されている。このなかでもっともみっともないのが総理大臣談話である。彼は、熊本地裁判決での立法行為不作為の判断を批判し、本来は控訴すべきであったが諸般の事情により断念したと述べている。立法行為不作為に対する最終判断は、当の衆議院・参議院が行う問題であるにも関わらず、行政府の長が判決批判を行うという権力分立の基本に関わる問題を含んでいる越権的性格を持つことに彼は気が付いていないのであろうか。そのような限界を持つにも関わらず、この謝罪広告が日本歴史に占める意義は大きい。上からの権威主義的システムな支配システムとそのもとで醸成されてきた国民意識にはじめて近代的な意識を持ち込んだような気がする。デモスがはじめて自らのクラトスによって、国家を謝罪せしめたデモクラシーの成果ではないだろうか。数千人の血であがなわれた歴史の到達点を象徴的に示す謝罪広告である。
 しかし私は、この謝罪広告によってハンセン病者の名誉が回復されたとは思わない。名誉回復はどんな場合も、極めて不完全なものだ。失われた命、失われた年月は還ってくることはない。犠牲者に対する損害賠償や名誉回復によって回復されるのは、その当の国家の名誉だけだ。被害者の名誉は取り返しのつかない消失の彼方へと既に過ぎ去った過去の時間にに封印されてしまっているのだ。国家の失敗は、どのようにして償えるかといえば、それはまさに2度と繰り返さないとことでしかない。その保障は、一に懸かって主権者意識の成熟度に懸かっている。(2002/3/24 16:13)

[Viktor Emil Frankl『・・・Trotzdem Ja zum Leben sagenそれでも人生にイエスと言う』(春秋社)]
 本書は『強制収容所における一心理学者の体験』(邦訳『夜と霧』みすず書房刊)であまりのも有名な実存分析の創始者であるフランクルが、ナチス強制収容所から解放された翌年にウイーン市民大学でおこなった3つの講演である。解放直後に自らの生々しい体験を精神的混乱のさ中にある市民に向けて情熱的に語りかけたこの講演は、生と死の極限を実体験した者のみが語りうる迫真的な内容に満ちており、しかも彼自身が自らの体験を短時間で思想的に整理し、他者に語りうる表現にまとめ上げていることに驚愕する。彼の最後の言葉は、「困窮と死にもかかわらず、絶望的な病にもかかわらず、強制収容所の運命の下にあっても、人間はあらゆる状況にかかわらず、人生にイエスと言うことができる」で結ばれている。「それでも人生にイエスと言おう」とは、ブーヘンワルド収容所の囚人達がみずから作曲し皆で合唱した歌の中の言葉である。最初に第3講演から見てみよう。

 [第3講演 『それでも人生にイエスと言う』]
 彼はダッハウ収容所の119104という自らの囚人番号を示し、あたかもフランクルと言う名の自分を他人のように位置づけて、強制収容所の心理学を説明する。強制収容所の心理学は3段階に区別でき、第1段階は収容時の入所ショックである。この段階で丸裸、丸坊主にされ95%はすぐにガス室に、5%が消毒漕に行く。それまでの全人生を喪失した虚無と自殺願望が起こる。幾人かは強圧電流が通っている鉄線に飛び込んで死を選んだが、多くの者は自殺の決意が消える。なぜなら自殺するまでもなく、ガス室での死が待っていることが分かるからだ。こうして自分の生に対する無関心・無感動・無感覚が進行する。はじめの2,3日はあらゆるおぞましい環境に恐怖や吐き気という激情が起こるが、それも徐々に姿を消し情緒そのものが衰滅する。これが第2段階の開始だ。外界の全てのことに心を閉ざし、1日を何とか生き延びようとして全力を注ぐようになる。関心は自分にしかない。心理科学では退行という現象で、内面的な水準がどんどん下がり、原始的本能がむき出しとなる。隊列行進では5列の真ん中を確保して歩哨の靴で蹴られることから何とか逃れようとし、毎夜夢に見るのはパンとコーヒー、暖かい風呂のみであり、目覚めて絶望的な現実に驚愕し、そのような夢しか見ない自分にますます恥じらいを覚える。ここから囚人のなかに、無感動といらだちを行ったり来たりする分裂型の行動と、歓喜と絶望の両極を循環する行動の2つのタイプが生まれる。しかし少数の人は、収容初体験の中で逆に人間的により成長し内面的に前進する。収容所内で崇高な行動を示したり、最後まで生きのびて解放された人は、決して強靱な肉体の持ち主ではなく、このような成長の跡を示した人々だ。その最大の条件は、「心の支え」があるかないかであり、それは収容所の外での将来に対する何らかの責務や希望を持つことができた人か、または宗教的な永遠を信じて将来の解放を必要としない自己超越した人の2種類しかない。処刑される囚人に替わって身代わりとなって処刑されたマクシミリアン・コルベ神父はまさに後者のタイプであったろう。ここで重要なことは、フランクルは全てのタイプを肯定し、どのタイプを選ぶかこそ人間に残された最後の内面の自由の証明だとしていることだ。彼は、動物的退行や自殺を選んだ人を決して責めたりはしない。
 第3段階は、解放された囚人の心理だ。私が最も驚いたのは、解放の歓喜を味わうのはずっと遅れるということだ。なぜなら収容所の中で生きながらすでに死んでいた、無を見たのではなく無そのものであった人たちが、人間的な感情をすぐに回復することはできなかったからだ。帰還者は2つの事態に直面する。所内で思い描いていた解放後の生活のあこがれがそのまま実現し(会いたい人に会う、歓迎される)幸せの絶頂を味わう人がいる。もう一つは、それが裏切られて絶望的な失望感を味わう人だ(恋人が結婚していた等)。しかしこのような絶望は所内で味わい尽くしたが故に、彼にとっては大したことではない。彼は、もう一度収容所の生活にもどることにあこがれる。なぜなら、すくなくともどんなにわずかな希望であっても、いつかはまた幸せになれるというかすかな希望を抱くことができた頃のことを痛切に思い起こすからだ。
 このような解放後の絶望と悲哀を味わった人は、謙虚と勇気によって再び人間らしさを回復する。それはそのような絶望さえ体験できなかった死者に対する生き残った者の罪と恩寵の意識であり、すべての個人的な幸福を越えた本質的な自分への生まれ変わりだ。それははるかに高い自己実現の欲求に発展する。彼は神以外は何も恐れない、何も恐いものはないという試練を経た後の真実の勇気を手に入れる。彼の日常は、透明なものとなり日常の一瞬が永遠の指示に等しくなる。もはや彼にとって、「責任」は重い負担ではなく、解放後の新しい生と可能性を意味づける喜びに満ちたものとなる。はじめて彼は、「それでも人生にイエスと言おう」と心から語ることができる。

 以上がフランクルの第3講演の要旨である。私は、人間の実相の深奥を鮮烈に伝える彼の言葉を聞いて、全身に震えがくるような衝撃を覚えた。そして現代の青年期に想いをめぐらせ、強制収容所の直接的な暴力とは異なるもっともっとソフトなかたちで、緩慢な死が蔓延し進行しているのではないか、そして3段階の収容所心理の論理と同じような筋道を通ってよみがえりの可能性があるのではないかと思った。正確には言えないが、この論理を明らかにすることが、後継世代である私たちの責務ではないかとも思った。「思った」という言葉は、あまりに軽薄でかつなお無責任だが。
 さらにしかし私は、解放されたユダヤ民族の多数がパレスチナに世界から結集して建国したイスラエルのアラブ民族に対する行動を説明できない。あれほどの悲惨を経た後の民族の行動がなぜアラブに対してあのような態度をとるのか。フランクル自身の考えはどうか聞きたい。かくまでも人間の実相の深奥は矛盾に富んだものなのか。 

 [第1講演『人生に生きる意味があるか』]
 強制収容所では、「スープをやる値うちもない」と言われて、土木工事の後価値のない囚人たちは、この身に余る施しを受けるために、スープをもらうときに帽子を脱いで敬意を表した。収容所では、全ての人間的価値が喪失した。健康、幸福、権力、名声、虚栄、野心、縁故等々本質的でない全てのものは溶解し、残ったのは裸の人間の実存に過ぎなかった。囚人は固有名詞を失い、匿名に物体と化した囚人番号に過ぎなくなった。ある女性が自殺した。その女性が横たわっていたソファーの上には、きちんと額に入った「運命に揺るがず耐える勇気は、運命より強力である」という格言が掲げられており、この格言の下で彼女は自らの命を絶った。『タルムード』というユダヤ教の聖典は、世界が存続できるかどうかは36人の本当に正しい人間がいるかどうかに懸かっていると言い切っている。全人類の数からみれば消え入りそうな少ない数に人類の運命が懸かっている。しかし、これは言い換えれば、地球の運命は全ての一人一人の人間に懸かっているということでもある。私たちは36人を探しに行くことはできないとすれば、自分が36人の1人であり得るかもしれない確率に賭けてみることしかできない。
 自殺には4つのケースがある。第1は身体的な理由による情緒不安定、第2は復讐のための自殺、第3はとにかく生きることに疲れた場合、第4は生きる意味が全く信じられない決算自殺である。収容所の自殺は第4である。人生に期待できないという男女がいた。男は学問上の著作が未完のままであり、女は自分を待っている子どもがいた。生きる意味のコペルニクス的な転換が始まった。「人生に何を期待できるかではなく、人生は私に何を期待しているか」だ。ある理想のために命を捧げても無駄だ・・・と云う人には、たとえ無意味に思えても命を捧げるような人がいるうちは、この世はまだ生きる意味があると答える。私たちは必ずいつか死ぬ存在だ。その限界があるからこそ、何かに挑戦したり可能性を求める意味がある。もし不死であれば無限の時間があるから、今まさに没頭する事は必要ない無限の怠惰な日々が続くだろう。「あたかも、2度目の人生を送っていて、一度目は、ちょうどいま君がしようとしているようにすべて間違ったことをしたかのように、生きよ」・・・一回きりしかないこの一瞬一瞬をどう生きるかは君の自由だ。このような一回性によってのみ人は自分が自分であることを示すことができる。
 闇の中で計器飛行するパイロットは、どうやって目的地に着けるか。管制塔からパイロットへ送られてくる扇状のモールス信号が、操縦士の耳に入るのは、2つの扇型の接線の交差した点を飛んでいる時だけだ。操縦士は、この連続音を逃さないように飛べば飛行場に行くことができる。人間もまたこのようなモールス信号の接線の上を生きていく道を自ら選んでいるのではないか。一度きりのたった一つの道、君しか選べないたった一つの道・・・を。
 第1講演を聞いて、実はNHKの『真剣10代しゃべり場』に登場した15歳のゲームオタクの少年を思い起こした。彼は小学生の時に激しいイジメに遭い、中学生になったときも自分の親友に裏切られて不良に売られ、また激しいイジメを受けた。彼の救いはプログラム通りに動くゲームの世界であり、この世界で全てを忘れて自分を保ってきた。少年に対して、人生そのものが不条理であるからこそ意味があり、プログラム通りに動く人生は意味がないという高校生のミュージッシャンがいたが、彼は不条理の苦悩を本当に理解していない。実は中学生のほうが不条理の世界そのものを生きたのであり、ゲームはまさに彼にとって世界を超越する神であったのだ。その彼にゲームを捨てろと云うのは神を捨てろと云うに等しい。少年自身が自らの選択として神(ゲーム)を捨てる時が来るという温かいまなざしがなければならない。多くの青年が自らの生を虚構の「ゲーム」の世界に求めている実態があり、それも無自覚に翻弄されている現状がある。私もある意味で同じだ。私たちが翻弄されて過ごしている虚偽の世界から脱出する可能性は、この瞬間の絶対性に気づき打ちのめされる瞬間だ。フランクルは、それを実存とは一言も言っていないが、まさに実存の瞬間だ。
 私はもう一つの事実を思い起こす。日本の代表的な仏教である天台宗の最高位である貫主となったある高僧が、自分が癌であることを知って自殺に近い死を選んだのである。このニュースを聞いたときに私は、この世に悟りを開いたはずの坊さんも庶民と同じではないかと軽蔑した。しかしフランクルの第1講演を聞いた後では、この最高位を極めた高僧の死は別の意味を持ってきた。高僧であれ誰であれ、最後の瞬間に直面してどのように振る舞うか・・・・その選択の尊厳は全ての人にとって平等に与えられているというヒューマンなものだ。或いは彼はそのような振る舞いを通してしか、あの世への旅立ちを選択できなかったのかもしれない。しかし仏が慈雨のごとく全ての人に憐れみを施すならば、この高僧も例外ではなかろう。高僧は決して阿弥陀仏を裏切ってはいないのだ。(2002/3/23 23:15)

[新自由主義ー市場万能主義の論理的帰結]
 米英のアングロ・サクソン型資本主義モデルは、経済発展の原動力を「個人と市場」に求め、企業の経営目標の基本は株主利益を最優先することにあり、必然的に短期的な利潤最大化の行動をとる。これが米英を中心とする金融資本のグローバル化を生みだし、全世界を駆け回って企業の敵対的買収M&Aや低賃金労働力を駆使する海外生産による高利潤が資本と物の英米環流を生み株式市場の高騰をもたらしている。米英が世界に市場開放、自由化、規制緩和を迫っているのはこうした自国株主優先のユニラテラリズムがある。
 逆にこのネオ・リベラリズムは、国民経済を拡大し技術と生産システムを発展させる長期的な観点から真に効率的な労働と生産のシステムを構築する戦略には致命的な欠陥があるから、国内経済の循環システムと生産能力や労働組織の資源形成には破壊的な作用を与える。特に自由競争至上原理は、強者が弱者を酷使する最適の状態をもたらし、階層間格差の拡大や社会システムのゆらぎを惹起させ、階層間衝突を激化させる。こうして喪失していくする国民統合のアイデンテイテイーを再統合する戦略として登場するのが、永続的に祖国の敵を仮想した政治的・軍事的緊張による愛国心の動員である。米国政権は、一方で怒濤のようなグローバル経済を展開しながら、同時に「ならず者国家」や「テロ国家」を指定し、永続的な戦争状態を創出している。
 このような英米アングロサクソン型資本主義モデルに対して、大陸型資本主義モデル(欧州・スカンジナビア諸国)は、「国家による税と社会政策」を経済発展の原動力とし、技術訓練と社会保障による高度福祉国家をめざす「社会的市場システム」が歴史的に形成されてきた。特にドイツでは、マイスター制度に象徴されるにような職業と技術に対する社会的認知の制度が定着し、労働と利潤と公共性の価値観が統合されている。EU再編による欧州統合の過程で、英国型ネオリベラルと社会政策重視派の激しい衝突が誘発され、この帰趨は世界史上の最大のシステム実験となろうとしている。
 さて日本は、独自の技術と労働力をフルに動員する日本型生産システム(企業主義とも集団主義とも云われる)によって、労働力を最大限動員しながら世界2位の経済力へと驚異的な成長を示し、一定の社会的安定と均衡を構築してきた。戦後日本は、いわば開発型キャッチアップ戦略による社会的経済的誘導政策が、光と陰を伴いつつもある成功を納めてきたと云える。しかしフロント・ランナーに躍り出たここにきて、新たな戦略方向の構築失敗して、アングロサクソン型資本主義モデルを機械的に導入し、従来の蓄積された社会的安定と均衡を一気に流してしまおうとしている。この背景には敗戦期以降の原理的な米国従属システムにある。しかし現状を見れば、新自由主義的構造改革路線はもはや取り返しのつかない痛手を日本の社会と経済にもたらし、失敗が白日の下に明らかとなった。眼を覆うような企業のリストラと労働力破壊が進行し、製品詐欺や虚偽表示という究極のモラル・ハザードが深化し、政治では驚くべき腐敗が跋扈している。今や経済運営においても政治指導においても誰も統治能力を喪失しているという最悪の状態となった。このようなメルトダウンを前にして突破口はあるのだろうか。少なくとももう一つのモデルである欧州型「社会的市場経済」モデル=福祉国家モデルを精査し、日本への適用可能性を考えるか、またはそのような一切の外発的なモデルの機械的な導入と訣別した新しい未知の日本型モデルを再構築するのか、最後の選択の時期が近づきつつある。(2002/3/23 8:45)

[中国人郵便配達問題ーコンピュータサイエンス最大の問題]
 コンピュータの驚異的な発展にもかかわらず、日本語文の理解や雑踏のなかで知人の顔を発見するなどいわゆるファジーな部分については、コンピュータの判断は決定的に劣る。この原因は、コンピュータのアーキテクチャーやアルゴリズムが人間の脳の動きと決定的に異なっていることにある。さらに原理的に解くことが可能な問題であっても、天文学的な時間を要する「計算時間の爆発」が起こる。たとえば、非常に桁数が大きい正数の因数分解や、「巡回セールスマン問題」などがある。「巡回セールスマン問題」は、世界を股に掛けたセールスマンが、世界各国の5000の都市を1回ずつ訪問し出発点に戻るときの、最短の順路を求める問題である。同じ都市を2回以上通過してはならない条件がある。最短路を総当たり法で探すと、5000の階乗という途方もない可能性について調べることになり、最高速のスーパーコンピュータを使っても数千年かかり、その頃は人類が絶滅しているかもしれない。このような計算時間の爆発を起こす問題を「NP完全問題」という。
 「中国人郵便配達問題」は、手紙を配達するときに、できるだけ短い距離で出発点の郵便局に戻る経路を求める問題である。配達員は、担当区域の全ての道を1回は通るが、必要があれば同じ道を2回以上通ってもよい。もちろん同じ道はすくない方がよい。この問題は、担当区域内に一方通行の道と両方向通行の道が混在しているとNP完全問題となるが、一方通行の道しかないと道の乗数の2.5乗の手間で解け、両方向通行の道しかないと道の乗数の1.5乗の手間で解ける。この問題を考えついたのは、中国文化大革命の下放政策で郵便局に配属された管梅谷という数学者だ。彼は、実際に郵便配達夫を自転車で追いかけながらこの問題を発想したという。
 天才フォン・ノイマンが創り上げたコンピュータの原型は、たった50年で現在は第5世代や第6世代という超高速時代を迎えているが、しかし200桁の整数の因数分解を行うと、数十億年かかるという絶対的な限界がある。さてあなたは「派閥問題」を解けるか? 派閥問題とは、組織内の知り合い関係を表すグラフと、3以上の整数kが与えられたときに、その組織内にk人のメンバーからなる派閥が存在するか否かを論ぜよ・・・である。
 このような計算時間の爆発を求める問題の解決は、ノイマン型コンピュータを乗り越える全く新しい量子コンピュータや脳型コンピュータと呼ばれる夢のコンピュータの開発を求める。この研究はすでにして試作段階に入っている。人工知能の最前線は、私たちの予想を超える驚異的な進歩を遂げている。(2002/3/21 19:53)

[哀しい日本の労働・・・21世紀の若者はどうなるのか]
 総合規制会議第1次答申(2001年12月)は、「労働」の項目で「就職から就職から定年退職まで一企業で雇用を保障するのではなく、労働市場を通じて雇用を保障する体制に移行する」という労働力の流動化・多様化政策を打ち出し、@解雇が容易なルール、A有期雇用の制限撤廃を求めている。歴史的に形成された労働契約の基本は、「期間の定めのない雇用」であり、民法はこの原則によって解雇の乱用を規定し、解雇4要件(解雇しなければ企業が倒産する場合)と厳しく解雇を規制している。この要件を突破するのが有期雇用であり、改訂労基法(99年)では60歳以上・高度な専門知識の持ち主の制限を設け、公認会計士・医師などに対して「上限3年の有期雇用」を認め、さらに大臣告示(02年)では年収575万円の条件でシステムエンジニアなど6業種に拡大した。575万円という年収基準は、中堅労働者のほとんどが該当し、大幅な解雇が可能となった。さらに進んで経団連は、労基法を削除して有期雇用期間上限5年という基準で全労働者に拡大すると主張している。もしこれが実現するならば、使用者は新規採用を有期雇用契約で結び、期間がくると雇用契約を破棄し簡単に解雇できるシステムとなる。まさにトヨタ・かんばんシステムを労働力市場に適用するスクラップ・アンド・ビルド以外の何ものでもない。
 経営者側は、すでに国内市場を見切って海外で物を売ればよいとし、国民経済は基本的に破壊される。生産が社会化され、私的な利潤の対象とは云えない公共性を持つにもかかわらず、”我が亡き後に洪水は来たれ”として社会的生産と生活に何らの責任感もない。経済と社会のシステムをめぐる原理的な矛盾が蓄積し、いつか噴火してシステム・ダウンすることは確実だ。このような苛烈な場に、青年達は送り出される。願わくばこの戦場で、我1人のみ生き残るレースに巻き込まれるのではなく、冷徹に新しい社会システムへの転換を探求する思考を蓄えた青年達を大量に育てたい。危機の時代に、打開の課題を担えるのはつねに青年達であった。(2002/3/21 11:02)

[ヤシの木は圧力の下で育つ・・・・ノーベル賞100周年フォーラムから]
 3月18・17日東大安田講堂で開かれたフォーラムは、ノベル賞受賞者5人が出席して「創造性の秘密」について活発な議論が展開された。それぞれが考えさせられる珠玉のような意味を持っている。
 「確立した理論に挑戦する勇気と粘り強さ。他分野の知識も生かして物事を新しい角度で見ること」(スバンテ・リンクビストノーベル館長)
 「セレンデイピテイー(予想外の幸運な発見)は、備えのある者にのみ訪れる」(同上氏)
 「常に何かあたらしいこと、ほかと違うことを見つけようとする姿勢が重要。日本には『出る杭は打たれる』ということわざがあるが、そのような雰囲気では創造性は生まれない」(シャーウッド・ローランド95年化学賞受賞)
 「米国の奴隷制について、米国の先生は『なぜ廃止されたか』という何通もの答えがある質問を出すが、日本の先生は『西暦何年に廃止されたか』と聴く。自分で考えることにチャレンジさせる質問が必要だ」(利根川進87年医学生理学賞)
 「自分自身が創造的であれば、第一人者の下で研究する必要はない。最も大事なのは、これだ、と思うテーマを見つけることだ」(ハンス・ヨンバル選考委員会事務局長)
 彼らは日本の教育に関連して発言しているわけではないが、日本の学校教育とくに受験教育で最も歪められている点を鋭く問うている感じがする。このような指摘は、青年のみならず特に偉そうに説教を垂れている日本の大人たちの意識を撃っている。日本型経営が最高だと云えば、ハイハイと賛成し、規制緩和だと言えばソウダソウダと右ならえする日本型集団主義と大勢順応主義はなんら変わっていない。それは、米国と日本の教師の発問の違いに象徴的に表れている。このような情緒的な社会関係がそのまま続けば、日本の社会そのものが崩壊するだろう。創造性というテーマは、日本の社会システムと真っ向から衝突するタームではある。(2002/3/20 20:56)

[18歳の決断 イスラエル高校生の兵役拒否]
 イスラエルの兵役は、男子3年間・女子1年9ヶ月間で、毎年4万8千人が徴兵され、その後は予備役となり、年間30日の軍務(訓練)召集に応じなければならない。徴兵検査は、高校2年生で心理検査、健康診断などの準備手続きからはじまり、予備役は国民皆兵の民兵であり自宅に小銃などの武器を持ち帰ることができる。良心的兵役拒否や代替奉仕は認められないが、女子だけは宗教上の信念で認められる。イスラエル・パレスチナ内戦のなかで全ての若者は良心の決断を迫られている。
 18歳の高校生ヤヒール・ヒロは、インターネットを通じて仲間68人と兵役を拒否宣言を行うが、父親の猛反対を受ける。兵役拒否宣言は、「私たちはイスラエルで生まれ、育ち、間もなく軍の兵役召集を受ける若者です。私たちは、イスラエルの人権侵害に反対します。土地の強制収容、家屋の破壊、パレスチナ自治区の封鎖、拷問、病院に行くことの妨害など、イスラエルは国際人権法を犯しています。これは市民の安全確保という国家目標の達成にもなりません。安全はパレスチナ人との公正な和平によってのみ達成されます。良心に従い、パレスチナ民衆の抑圧に関わるのを拒否します」。ヤヒールは兵役拒否をしたことにより、右派から裏切り者と攻撃され、市民からは臆病者と批判され、多くの友達を失い不動産業を営む父親も孤立した。父親は、5歳の時に両親とシリアから移住し、中東戦争に従軍し国民の義務を果たした。父親は軍事力による祖国防衛を、息子ヤヒールは平和共存を主張する。軍への出頭を翌日に控え、ヤヒールは裁判にかけられ4週間の刑務所服役に入り、さらに拒否して1年間の服役に延長され、その後の公務員就職の資格を失った。
 政府の占領政策に抗議する5千人の集会と兵役拒否の若者に、駆け寄った老婆が激励した。服役中のヤヒールは作業中に火傷をおい、一時帰宅が許されたが、父親に各国から獄中に寄せられた150通の激励の手紙を見せて、あくまで拒否を貫く。その後、予備役兵の軍務拒否運動が始まり、賛同者は330人を越え佐官クラスの高級軍人もいる。自宅にいるヤヒールは、その後憲兵隊に逮捕され、徴兵委員会の査問を受けた後、軍刑務所に収容された。ヤヒール君は、ユダヤ人国家のシオニズム自体に疑問を持ち、アラブ人との混成共存国家を希望している。
 同じく兵役拒否をしたアミル・マレンキ君(18歳)は、ユダヤ人国家とパレスチナ人国家の平和共存を追究しすべての軍隊を認めない絶対平和主義の考えに立つ。彼は、軍の良心委員会の聴取を受け、委員会は武器も制服もない軍の仕事を提案したが拒否した。後日兵役拒否は認められず、収監を待っている。同じくタミール・ソレック氏は、「私たちは社会の不正や矛盾を倒すだけの力をいつも持っているわけではありませんが、それに対して抗議する力だけは失ってはならないと思います。”私1人が立ち上がっても何も変わらない”と思う前に、立ち上がることそのものが社会に対する任務だと確信したときに、勇気を持つことができる」と言っている。
 イスラエルは宗教的にも文化的にも歴史や伝統を重んじ、家族やコミュニテイーの絆が非常に強い国であり、徴兵拒否は家族や宗教コミュニテイーから即座に縁を切られ、残された家族も孤立する。日露戦争や太平洋戦争期の日本では、極く少数の兵役拒否者がいたが、彼らは非国民と誹られて家族全体が孤立のなかで迫害を受けた。歴史は、彼らこそ真の愛国者であったことを証明した。しかしその渦中にいれば誰が家族を犠牲にして徴兵を拒否できようか。徴兵に応じる人々を誰が非難できようか。彼らをしてそのような地獄に追い込んでいる死の商人にこそ、刃を向けるべきである。ヤヒールやアミル君など105名の高校生はこの世の地の塩である。彼等を聖人の席に列すべきである。このような極限状況のなかで、彼らは自らの良心を裏切る右顧左眄を敢然と拒否している。
 さて現代の日本の日常は、姿を変えたソフトなかたちで徴兵制が実質的に静かに進行している。企業や学園で、みずからの良心を犯すさまざまの矢が放たれつつある。公然とそれに異議を申し立てる人に対する冷笑と無視が浴びせられている。そのようなソフトな抑圧が着実に進行しつつあるとき、最初の一歩でノーと云わなければ、なしくずしの取り返しのつかない結果に至ると分かっているにもかかわらず、人々は沈黙している。大勢順応の恐いのは、その時点では自らの安全を保ち得ても必ず破局が待っていると云うことにある。15年戦争で痛いほど身に沁みたこの経験は、しかし今や国民の3割にしか満たなくなったのだ。若者達は、最初の標的が自分たちであるにもかかわらず、そのような差し迫った情報から遮断され、現在と未来を沈思する機会を奪われて放浪している。危機とは、まさに危機とはこのような状況を云わずしてなにを危機というのか。以上NHK番組及び3/28付け朝日新聞朝刊を参照。(2002/3/18 22:06。3/23 6:45加筆)

[社会の構成原理をめぐる闘争ーポランニーの議論から]
 カール・ポランニーは、どのような小さな社会も大きな社会も突き詰めれば、@互酬原理(社会)、A再配分原理(政治)、B市場交換原理(経済)の3つの要素から成り立っているという。互酬原理は、互いに助け合う社会的経済(NPOやNGO)の原理であり、西欧に強い。再配分原理は、国家や行政による政策であり、日本型にみられる。市場原理は、企業主体でありアメリカ型にみられる。今後の日本が、再配分原理から互酬か市場のどちらに向かうのかが決定的だ。小泉構造改革は明らかにアメリカ型市場原理をめざしているが、学園や職場では互酬と市場原理のシステム間闘争が激しくなっている。市場の世界は、実体経済(ものづくり)と形式経済(投機)の両面から成り立っているが、もし米国型市場原理が制覇すれば投機経済が横行する。世界の貿易取引額は年間3兆ドルであり、為替取引などの投機取引は1兆3000億ドルであり、これが世界経済を混乱させる異常な投機経済の跋扈をもたらしている。投機経済を規制する方法として、ATTCが提案する投機取引への0.1%課税というトービン課税が打ち出されている。”我が亡き後に洪水は来たれ”という破局を避けたければ、投機経済に対する統制にすぐ着手する必要がある。しかし弱肉強食の「自己決定・自己責任」の競争原理が投機を推進し、間違いなく世界経済は破局に向かっている。
 学園においても、このような自己決定・自己責任原理による競争を刺激して学力の伸張を図る政策がもたらされようとしているが、学校は本来,
互酬原理が作動する共同体であるから、市場原理にはなじまないから、競争による勝敗のもたらす結果は共同体の悲惨な破壊を誘発する。学力は、あくまで互酬原理を基礎にした共に伸びようというインセンテイブによって、確かな学びのちからが身に付くのであり、投機的な市場原理とは相容れない性格のものだ。確かにそこでの学力競争のインセンテイブも大きな刺激を与えるが、スポーツの世界に見られるように互いの健闘を称えながらよりレベルの高い競争へと移行する相互支援と励まし合いの構造にある。市場競争における敗者は直ちに撤退しなければならないが、学校という共同体での敗北は青年の自尊心を破壊し、非行やイジメを誘発するという最悪の事態となる。いわんや学力の差異を相対評価して集団における垂直的な位置の差異を競わせるという方法は、学力自体の上昇ではなく集団内の位置関係に焦点を合わせる最も堕落した競争形態に転落する。(2002/3/17 11:10)

[NGOとはなにか]
 NGO(Non Governmental Organaization)は、公式には「政府ないし政府間協定によって設置された団体ではない組織」とされ、非政府組織と訳されている。1945年の国際連合創設時に公式に規定されたが、その背景には国際政治に労組などの民間団体の意思と能力を反映させる流れがあった。国連憲章71条の国連経済社会理事会「権限内にある事項に関係ある非政府組織と協議するための取り決めを行うことができる」とされた。NGOは、投票権は持たないが協議を通じて重要な構成要素となった。経済社会理事会に参加する1500以上のNGOが、政府とは独立に提案や意見書の提出を行っている。その他、国連広報局(DPI)、国際労働機関(ILO)、世界保健機関(WHO)、国連教育科学文化機関(UNESCO)などの専門機関も独自の提携関係にある。代表的なNGOとして、世界自然保護基金(WWF 470万人)やアムネステイー・インターナショナル(100万人)・グリーンピースなどがあり、農業・食料・生物多様性・気候変動・核兵器・宇宙兵器・紛争・難民・エイズ・人口・家族計画・子ども・麻薬など多岐に渡る活動が展開されている。NGOの役割が初めて注目されたのは、1992年のリオデジャネイロ国際環境開発会議(地球サミット)であり、2001年の第7回気候変動枠組み条約締結国会議(モロッコ マラケシュ)での前進となった。その後、1998年に成立した対人地雷禁止条約は、750団体のNGOが結成した国際地雷禁止キャンペーン(ICBL)のオタワ・プロセスや、1999年に成立した核不拡散条約(NPT)検討会議での「自国核兵器の完全な廃絶を達成する明確な約束」の誓約を実現した原動力となった。
 日本のNGOは、1957年の国連加盟によってはじまり、北京世界婦人会議(1995年)や国連人口開発会議(1994年)などに旺盛に参加し、現在経済社会理事会登録16団体、国連広報局23団体などが活動している。ただしアフガン復興国際会議へのジャパン・プラットフォーム(難民支援団体の連合体)の参加拒否に見られるように、日本政府はNGOを下請け機関化している現状がある。
 こうして国家や国際関係への市民の自主的・自立的なアクセスが公認され、従来の権力観に大きな変化が起こっている。垂直的な国家統合システムや巨大国家が主導する国際秩序にかわる地球市民の登場である。ここでは、権力の有無に関わらず一個の市民として水平的なネットワーク構造が形成され、旧秩序をコントロールする力が示されている。ここにこそ本来のグローバリゼーションの姿がある。この新しい市民が主導する秩序形成運動が本物かどうかは、市民一人ひとりが生活している学園や職場での垂直的な指揮系統に替わる水平的なネットワーク構造が形成されているかどうかにある。私が最も心配するのは、日本型企業社会でつくられた垂直統合型の運営システムがもはや時代遅れとなっているにも拘わらず、いわゆる構造改革の名の下で権威的な垂直支配が一層進んでいるのではないかということだ。より基本的には、全ての権威に盲目的に服従せず自らの頭でプランニングする能力が育っているかどうかにある。周囲を気にし集団からの孤立を避ける集団主義的な行動様式にどっぷり浸かって、ジャンプする勇気と意欲を失わせるような日本のメルト・ダウンが進んでいないだろうか。(2002/3/17 9:26)

[ワークシェアリングをめぐる社会的経済の闘争]
 本来のワークシェアリングは、労働時間の短縮による仕事の分かち合いによって雇用を拡大するという意味であり、利潤極大型企業論理に対抗する共生型人間の論理を雇用において追究する本来は極めてヒューマンな政策だと思う。ところが厚生労働省は、「雇用機会・労働時間・賃金の3要素の組み合わせを変化させることによる、雇用量をより多くの労働者の間で分かち合うことを意味する」と定義して、以下の4類型に分けているが、本来の趣旨からいえば(3)ないし(4)の類型に該当するはずだ。
(1)雇用維持型(緊急避難型):一時的な景況悪化を乗り越えるために、緊急避難措置として従業員一人当たりの所定内労働時間を短縮し、社内雇用を維持する。
(2)雇用維持型(中高年対策型):中高年従業員の一人当たり所定内労働時間を短縮し、社内中高年層の雇用を維持する。
(3)雇用創出型:失業者に新たな就業機会を提供することを目的に、国または企業単位で労働時間を短縮し、より多くの労働者に雇用機会を与える。
(4)多様就業対応型:正社員について、短時間勤務を導入するなど勤務形態を多様化し、女性や高齢者を始めとし、より多くの労働者に雇用機会を与える。正社員とパートの均等待遇を原則とするオランダ型がモデルとなる。
 しかし日本の大企業が導入しようとしている日本型ワークシェアリングは、日経連の主導による「雇用形態の多様化・柔軟な」形態の「時短による雇用維持を、賃金・賞与などの総人件費縮減」とか、雇用形態の多様化による正社員の縮減という極めて歪められた形態となっており、ドイツ型の賃金カットなしの時短、フランス型の賃下げなしの雇用拡大という雇用創出型のワークシェアリングからみると、極めて異常なものである。つまり、短時間就業者雇用による人件費抑制や、雇用形態の差異による処遇格差等は、本来のワークシェアリング=分かち合い原理から基本的に逸脱している。ここには時間当たり賃金の平等概念が決定的に欠落しており、雇用の形態による賃金決定という虚偽の賃金論の致命的な間違いを犯している。欧米型の労働概念や賃金概念からみた、あまりにも異常な日本資本主義の特質が露わとなっている。このような異常性を側面から補完しているのが大企業体制内労働組合の貴族化した労働官僚に他ならない。(2002/3/14 21:58)

[反物質とは何か]
 電子と陽電子のように、質量や電荷の大きさは同じで、電荷のプラス・マイナスが逆の関係にあるのが、粒子と反粒子だ。粒子と反粒子が合体すると双方が消滅してエネルギーが発生する。逆に高エネルギー状態から粒子と反粒子の対が生成され、反粒子で構成されるのが反物質だ。宇宙が誕生したときは、物質と反物質が同量存在したとされるが現在の宇宙には反物質がほとんどゼロだ。なぜ宇宙から反物質が消滅したのかーを解明する実験で、文部科学省エネルギー加速器研究所は「CP対称性の直接的な破れ」と呼ばれる新たな素粒子現象を確認した。
 Bファクトリーと呼ぶ大型加速器で、B中間子と反B中間子を創りだし、それが崩壊する現象を観測して、各々の振る舞いの違いから反物質が消滅した原因を調べている。この振る舞いの差異が「CP非対称性の破れ」と云われる。B中間子と反B中間子が独立に2つのパイ中間子に崩壊するときに起きる現象だ。昨年末までに集約されたデータでは、B中間子と反B中間子4500万件の崩壊現象でのうち74件で確認され、同現象の正しいことが確認された。
 この自然の根元にある論理を、物質の最高の発展段階である人間界に適用するとどうなるであろうか。人間界で形成されている社会システムの変容は、現システムとそれを克服して新たなシステムに移行しようとする反システムの矛盾の過程にあるとする理論から云えば、現代の世界システムは、巨大な一極帝国が世界システムを支配し、それに対抗する反システム運動は展望なきテロという無惨な形態をとって実質的な反システムは消滅してしまったかにみえる。当然暴力の世界でもシステムを支配する一極帝国の実力は、衛星武器を使用して世界をくまなく支配できるはるかに強力なシステムを構築しいるから、反システムは消滅しているといえる。
 では日本の社会システムはどうか。この国のシステム支配者は、世界の一極帝国と兄弟の盃を交わしたグループであり、親分の営むシステムの忠実な継承者であり、しかも最もその汚い部分を継承しているから、現在はシステムの全線で羞悪なモラルハザードが進んでいる。かって一極帝国に対抗しようとして挫折した北方の帝国に奪われている領土返還運動を食い物にする政治屋が暴露され、一方では食糧の供給システムを偽造して利潤を挙げようとする企業によって食料の安全は自給自足でしか守れない悲惨な実態になっている。しかし、このような実態を打開する反システム運動は、あたかも反物質が消滅したかのように姿を消している。人間世界で起こっている「CP非対称性の直接的な破れ」による反物質の崩壊は、世界自体が崩壊に直面する危機的な状態になっている。さてこのようなアナロジーは真実の一面を突いているだろうか。(2002/3/12 4:56).朝日新聞3月11日夕刊参照。(2002/3/11 21:49)

[早春の息吹きを越えて]
 春の到来を想わせる暖かな陽光のなかで、午前中は米国核戦略の大転換について考え、午後からホームセンターに行きパソコl「・ンのプリンターラックを1700円(木製)で買い求め、次いで古本屋真理イマジン(植田)にいって店内を渉猟した。この古本屋は、硬派の書籍がよく揃っており久しぶりの訪問とはなった。不況と価格破壊の影響か古本の値段も格安となり、岩波版漱石全集のバラ売りが1冊300円で出ていたので10冊ほど買い求めた。他には、岩波版鴎外全集全38巻(2巻欠落)が8000円、岩波版芥川全集7000円と信じられない値段で出ていたが手元不如意につき断念した。またの日に来てそのままあれば買い求めようと想う。単行本は、セルジュ・ダネー『不屈の精神』、ペーター・バイス『亡命のトロッキー』、フランクル『それでも人生にイエスという』、ユング『人間と象徴』、吉田光邦『日本の職人』などを買い求め、割引券を使用して締めて4600円の買い物となった。私は大いに満足して帰途についたが、古本で掘り出し物を見つけて買いまくるのは、私の人生のなかで最大の垂涎の喜びであり、至福の感情に包まれる。自宅に帰って、価格をゴム消しで消すときに味わう感覚もまた格別だ。途中で厚生年金会館のアスレチックで汗を流して帰宅した。今日一日は、大いに満足したエネルギー充填の一日となった。ガルシア・マルケス原作の映画『血の記憶』がシネマテークで上映中であり、見逃さないで観なければならない。(2002/3/10 19:45)

[米国観の基本的再検討が、いま直ぐに求められている]
 Los Angeles Tims Latimes' Times Saturday,March 9,2002
  The NATION
  U.SWorks Up Plan for Using NuclerArms
  Military:Administration,in a secret report,calls for a strategy against at least seven nations:China,Russia,Iraq,Iran,Northkorea,Libya and     Syria.

 Secret Plan Outlines the Unthinkable By WILLIAM M.ARAKIN 
 WASHINGTON-THE Bush administration,in a secret policy review completed early this year,has ordered the Pentagon to draft contingency plans for the use of nuclear weapons against at least seven countries,naming not only Russia and the"axis of evil"-Irag,Iran,and      NorthKorea-but also China,Libya and Syria.
In additionnthe U.S.Defense Department has been told to prepare for the the possibilty that nuclear weapons may be required in some future Arab-Israeli crisis.And,it is to develop plans for using nuclear weapons to retaliate against chemical or biological attacks,as well as"surprising military developments"of an unspecified nature.
These and a host of other directives,including calls dor developing bunker-busting mini-nukes and nuclear weapons that reduce collateral damage,are contained in a still-classified document called the Nuclear Posture Review(NPR),which was delivered to Congress on Jan.8.

 3月5日付けワシントン・ポスト紙によると、米国政府はテロ・グループによる核兵器使用に対処する放射性物質探知センサーを首都周辺の道路に敷設した。3月9日付けロサンゼルス・タイムス紙は、ブッシュ政権が世界7カ国を対象とする核攻撃のシナリオ策定と限定核攻撃用の小型戦術核兵器の開発をめざす「核兵器の使用計画策定命令」を国防総省に指示したと報じた。7カ国とは、ロシア・中国・北朝鮮・イラク・イラン・リビア・シリアであり、核使用の想定ケースとして@通常兵器では破壊できない標的、A生物化学兵器を含む大量破壊兵器攻撃への報復、B突発的な軍事上の展開の3事態を挙げている。それ以外にもアラブ・イスラエル紛争、中国・台湾戦争、第2次朝鮮戦争の場合の核使用を指示している。これらは、国防総省が1月8日に議会に提出した極秘扱いの「核態勢見直し報告(NPR)」に盛り込まれたが、核研究者ウイリアム・アーキン氏が入手し、新聞紙上で分析した。核攻撃の潜在目標を明示し先制攻撃を許容したのは初めてだ。報道が真実だとすれば、米国の世界戦略は米国のみが生き残る抜き差しならない最終段階を想定していることになる。
 冷戦期の従来の米国の核戦略は、先制核攻撃はしないという抑止戦略であり、そのなかで核実験停止・核軍縮が曲がりなりにも推進されてきたが、削減した核弾道を再配備可能な状態に温存するというCTBT核拡散防止条約を無視した行為に出た後、遂に先制核攻撃という大転換がもたらされ、さらに、抑止兵器から日常的に使用できる小型核兵器の開発に向けた地下核実験の再開をも目指している。米国の核戦略の大転換によって、核戦争の日常化とその帰結としての地球終末核戦争の危機が、文字どおり現実のものとなった。
 自由と民主主義とチャンスに溢れた国という従来の米国観は根底から崩壊した。9.11テロ以降全世界を席巻した米国の単独行動主義ユニラテラリズムは、まだしも反テロの大義をかざしたやむを得ざる強攻策として許容する要素があったが、ここにきてその意図が露呈されてしまった。結論的に云うと、”我が亡き後に洪水は来たれ”=たとえ地球が滅びてもアメリカは生き残るゾという究極のパックス・アメリカーナとしての21世紀世界システムを構築しようとしているのだ。
 米国政府の世界戦略の背後にある意識を見事に示しているのが、9.11テロとアフガン報復戦争の犠牲者への補償金だ。9.11テロ犠牲者約3000人(うち日本人24人)は、一生を楽に暮らせる額である平均2億4千万円を支給される。政府の根拠は、米国人の平均月収が約36万円であるが、訴訟社会米国でハイジャック防止を怠った航空会社が告訴されると即座に倒産するから、2500万円を上積みしたという。投資家や弁護士の犠牲者は、総額4億円を超える補償金が遺族に支払われる。一方アフガンで米軍が誤爆して殺害したアフガン人遺族には、推定13万円が慰謝料として既に支払われている。アフガンでは月2万円で家族が生活でき、13万円は半年分の生活費になるが、9.11テロ犠牲者の2000分の1に過ぎない。真新しい100ドル札10枚をCIAから手にしたアフガン人は、米軍の謝罪を嬉々として喜んでいる。1999年のコソボ紛争で誤爆された中国大使館の犠牲者3人には、1人1億9500万円が支払われ、1998年のイタリアで起こった米軍機によるロープウエイ切断事故の犠牲者20人は一律1億9500万円が支払われた。日本の水産高校練習船沈没事故犠牲者には今もって支払われていない。このような命の値段の恐るべき非対称性の背景には一体何があるのか。
 私たちが持続可能な21世紀の地球を願うならば、そのキーワードは米国をどうするかということに懸かってきたといえる。考えなければならないことは、第1にパックス・アメリカーナに賛成か反対か、第2に米国の行動の背景には米国の国内要因として何があるか、第3に、日米関係の現状に賛成か反対か、第4にではどのような対案を緊急に出すのか、老いも若きもこの問いに対する回答を出すように追いつめられている。教師は授業を中断し、画家は一時絵を描くことをやめ、スポーツマンは一時走ることをあきらめ、会社員は一時仕事を脇に置くような差し迫った平和の危機が目の前にある。(2002/3/10 10:34)
 続報:「核態勢見直しNPR」の詳細が明らかとなった。既成核戦略の限界を克服する新たな3方針は、@核・非核両面での攻撃システム、Aミサイル防衛を含む防衛力、B緊急展開能力であり、戦略核については新型大陸間弾道弾ICBMが2020年、新型潜水艦発射弾道ミサイルSLBMが2030年、新型戦略爆撃機が2040年というものであり、21世紀も巨大な破壊力を持つ戦略核兵器が保有され、さらに核戦争を生き残る「超極高周波AEHF宇宙機3機に2008年に初期的能力をもたらす」という核戦争開戦期の指令能力を確保する方策を計画中だ。(2002/3/16 20:55)

[インターネット・デモクラシーは可能か]
 最初にインフラレベルでみると、地球上でパソコンを持っている人は1%に満たず、デジタルデバイドの問題や、ブロードバンドの遅れで日本のコストは高い。世界用語となった日本のケータイは、ネット上での議論は困難で、逆に迷惑メールや出会い系サイトの犯罪利用が多発し、刹那的で感性的なチャットによる紛争が目立つ。私の掲示板も荒らしを自己目的とした掲載が頻発する。現在IT技術を駆使しているのは、先進国の中上流の自由時間の比較的とれる市民であり、また特殊日本的には青少年の疎外されたコミュニケーションの裏返しのような実態がある。従ってITデモクラシーは現時点では狭い範囲に留まっている。ただし参加市民の間でのインターネットによる情報水準は急上昇し、活字文化を遙かに上回わって時空の限界を超え、ITデモクラシーは、国家や企業とNGOやNPO、政府と市民のせめぎ合いの新しいステージをつくりだした。だからこそ、米国や日本ではテロ対策と個人被害を理由とする情報統制が強まっている。ネット上で加熱する顔の見えない匿名チャットが過熱し、多くのホームページの掲示板が2チャンネル化する投稿被害が拡大した。ホワイトハウスや首相官邸の偽物サイトも現れ、個人情報の流出や名誉毀損と著作権侵害が後を絶たない。一切の権力的な強制から遮断された自由なコミュニケーション空間であるが故に、それはまさに両刃の刃となっている。
 一方OSやソフトの世界ではマイクロソフトの独占による世界標準化が進み、サイバー空間でのコード規制や英語の世界語化が進展している。こうしてデジタル世界での米国一極覇権主義は実体上すでに完成したといってもよい。かってイタリアのグラムシは、20世紀の政治を軍事戦略の変化になぞらえて、ロシア革命型の機動戦から西欧民主主義型の陣地戦への変化と解釈したが、21世紀は情報戦の時代となろうとしていると言っても過言ではない。幾つかのテロ・グループはHP上で聖戦を主張し、衛星電話と電子メールによる世界的なネットワークを形成している。米国国防総省は、グローバルな通信傍受システムであるエシュロンを駆使して、9.11テロ情報を入手し日本政府にも警告を発していた。情報戦は、情報操作と情報統制を必然化し、諜報戦も常態化している。
 さてこのような現状でITデモクラシーは可能であろうか。日本でも、公職選挙法の改正によりインターネット選挙運動や電子投票はすでに導入段階に入った。韓国での電子上での落選運動はあまりにも有名となている。ただし私は、アナログ的な選挙運動の未成熟と棄権率の高さの背景にある無関心が電子技術の進化によって解決されるとは思わない。なによりも市民社会の未成熟からきているアナログ的なコミュニケーションの水準こそ基本的な問題があると思われる。電子的市民=ネットシテイズンのエチケット=ネチケットすら危うい状況では、電子民主主義の将来は遠い。ネテイズンの自治水準とルール形成が市民の大きな課題であり、また米国による電子的一極支配システムを越えるグローバルなネット・ガバナンスの構築も急がれる。ITデモクラシーを可能とするインフラからルールづくりの基底には、リアルな場面における市民社会の成熟とデバイドの克服という課題がある。(2002/6/9 14:39)

[日本の知的権威は地に落ちたのか]
 米誌『ニューズウイーク3月6日号に「世界があきれる真紀子危機」と題する日本政治批判が載っている。「経済危機そっちのけで真紀子と宗男のバトルに熱中する脳天気」と喝破し、鈴木氏の後を200cmを越えるムルアカ私設秘書が、ヘイコラして追いかけている戯画的な構図を黒人問題に引っかけてその偏見を突いている。白人にヘイコラする日本人が、黒人を従えて優越感に浸っているというのだ。米国出身の日本への黒人留学生の、「夜11時を過ぎるとタクシーが止まってくれない。コンビニでは店員が後をつけてくる。電車でも隣が空席でも座らない。」という言葉を紹介して、今でも日本は有色人種に対する差別と偏見の意識を持っているのではないかと云う。
 確かに鈴木宗男に象徴される政治と経済・文化のモラルハザードは、救いがたい極限的な状況に至っている。牛肉から豚肉・鶏肉に至る虚偽表示による利益最大化戦略は、完全自給自足でしか食生活の安全が護り得ないことを示し、北方領土返還に至っては鈴木宗男による土地取得が先行しているという驚くべき実態がある。日本社会全体を覆うシステムのメルト・ダウンの根元はどこにあるのだろうか。それは実は、ニューズウイークのお膝元である米国から発信されている新自由主義の動物的な弱肉強食の適者生存論理にある。ニューズウイークの日本批判の鋭さは、そのままブーメランのように自国に跳ね返り、京都議定書の破棄・CTBT破棄・臨海前核実験・鉄鋼セーフガード発動という単独行動主義批判に連なるが、ニューズウイークはそのような自国批判は行わない。
 はたして希望はないのだろうか。希望はある。なぜなら人間は動物的な本能から脱却して初めて人間になり得た存在であるからだ。メルト・ダウンによるモラルハザードが深化すればするほど、それは本来の根元的な人間的原理との矛盾と衝突を誘発し、それを回復するためのシステム運動がおこるだろう。問題は、それが自然発生的には進まないと云う点だ。最初は、愚痴や不平として、次は揶揄や皮肉として、さらに少数者の公然たる異議申し立てへと進み、最後には転覆が実現する。問題が提起されたときには、すでにその解決が内在している・・・とは20世紀の巨人思想家の言葉だが、まさにそれが今この瞬間に潜在的に進行中だ。文学的に云えば、夜明け前が最も暗いとも云う。このような歴史の論理を既に知的には理解しているが、一歩踏み出せない多くの人がいるはずだ。歴史の論理は、1人で100歩進んだ時代は終わり、100人で1歩進む時代が来たことも告げている。そのような100人はどこにいるか? まさにあなたであり私である。ソルトレーク・パラリンピックの障害者スポーツをみながら、つくづくそのように思う。(2002/3/9 8:32)

[画家の戦争責任について]
 風景や花々を華やかに描くことは素晴らしいが、社会性あるテーマは描けない画家川島理一郎のこと。太平洋戦争期に画家は競って戦争賛美の絵を描き、その先頭に立った藤田嗣治は敗戦後「画家は、真の自由の愛好者であって・・・・国民的義務を遂行したに過ぎない」と自己弁護し、戦後たった2ヶ月で占領軍に媚びを売る作品を発表した。川島は、戦争期にアジアで咲くランの花を描き、10年をかけてランを育てるように「新東亜」を育てて欲しいと願って、タイ国王や満州国皇帝に献上した。彼の絵は直接的に戦意高揚を訴えるものでhないが、彼自身は自分に描ける限界で戦意高揚を主観的に描いたのだ。ファッシズムは、このような画家に対しても自ら自発的に描かしめた戦争思想が、奥深い芸術表現を犯したのである。
 現代の企業や学園においても、状況の最前線に立たなくても一種純粋な個性を保持しながら、流れのなかで無自覚な裡に自らの専門を加害者の立場に立たせることがある。社会的な対立の前線で右であれ左であれ自覚的に自己を投入していく人と、あまりにも純粋であるが故に、その渦中に入れず客観的には何れかに加担していかざるを得ない人の痛ましい状況がある。画家川島は、まさにそのような自然画の世界でしか生きていけない人であったが故に、より一層悲劇的な生涯を送ったのである。自らの価値観や思想を声高に語るには、あまりにも謙虚であり含羞があるが故にある種の醜い「知恵」を使う行為である。このような人は、最悪の場合は誰からも快く思われたいがために、愛想を振りまきながら表面的には友好的に受け入れられつつも、実は軽蔑されている生き方を選ぶ。現代社会のソフトな管理が進行すればするほど、このような人は増加する。私は、むしろスッキリとした右翼や左翼が好ましいとも思いたくなるが、そこまでは踏み切れない。なぜならそのような人間の弱さは、私自身も共有しているからだ。この弱さこそ実は共同の契機となる可能性を持っているにもかかわらず、時代が後退期に向かうと互いに足を引っ張り合う無限地獄に堕していく。このような無限地獄では、常に周りの多数派を見渡し、とりあえず自らが孤立しない安堵の道を選ぶ小市民中層の最も唾棄すべき傾向となって現れる。画家川島は、藤田と運命を共にしたが、藤田のような権力迎合の態度は一切とらなかった・・・ここに最後の救いがある。(2002/3/8 21:16)

[注目すべき提言なのかー民主国債について]
 小室暁生氏が次のような特異(?)な提案をしている。この提案が注目すべきものか、はたまた国家財政のイロハを知らない素人の戯言なのか諸子の判断を求める。

 問題:不況と財政赤字の下で、持続可能な景気対策は可能か?
 提案:民主国債システム

 概要:発行日××年/mm/dd
     公共事業ID xxx-xx-xx-xxxx
     公共事業名称○○○の建設
     公共事業納期yyyy/mm/dd

       民主国債100000円

     評価日に事業に対する国民投票を行い、償還額を決定する
     賛成多数の場合、額面の(100−N)%
     賛否同数の場合、額面の100%
      反対多数の場合、額面の(100+N)%
                              発行元:政府

 民主国債の運営システム

1.国は公共事業を計画・公表し、必要な資金を調達するために上記の国債を発行する。ただし、Nは0より大きい値。事業の計画段階で想定される最悪の赤字額に応じて決定。
2.出資者は発行された国債を引き受ける。もし引受先がない場合は、事業計画に対する合意が得られなかったものとみなし、計画段階で事業を中止する。
3.資金が調達できた場合、国は事業を実行する。
4.国は事業納期に進捗状況に関わらず、各事業ID毎に国民投票を行う。賛成多数の場合、額面の(100−N)%・同数の場合額面の100%・反対多数の場合額面の(100+N)%
5.出資者は決定された額の償還を受け取る。

 民主国債のねらい

1.経済の低成長期に景気対策を実現する。公共事業を景気対策として用いる場合、従来の固定利子の国債で資金調達を行うと、将来の増税を招く。低成長期においては、事業の赤字補填を行う余力はなく、国債残高が累積して財政悪化を招き持続可能でない。民主国債は、事業内容が民意に添ったものであることを条件に国債を元本割れさせることができるので、税金の損失補填をすることなく持続可能である。
2.事業内容が民意に反した場合に備えて保険をかけること。民主国債は、民意に合致した公共事業を国民の利益、民意に反したものを国民の損失ととらえ、後者の場合国債償還にあてる国家予算を増額させることで国の行動力を低減させ(権益の縮小)、国民への補償を行う。加えて出資者は、金銭的な補償として高金利の国債償還を受ける。
3.出資者の批判と国の対応を通じて情報公開を進める。民主国債は、利率の決定をめぐり出資者と国の利害が対立する。そのため出資者に事業のデメリットを、国に事業のメリットを「利率の決定者である国民にアピールする」ように動機づけることができ、善悪両面から公共事業の内容を透明化する効果が期待できる。

 以上の提案に対する活発な応酬を期待する。(2002/3/7 21:40)   

[新たな戦後論について]
 朝日新聞3月6日付け夕刊に入江昭(ハーバード大教授)の意表を突く戦争論が載っていた。丸山真男は太平洋戦争期にE・H・カーの『平和の条件』をたまたま読み、戦後の世界が平和であるために戦勝国はどのような準備をしておくべきかについての考察を読み、敵側知識人の冷静な考察を見て、既に日本は負けたと思った。現在進行中のアフガン戦争の次はイラクだとかいう米国政府は、テロ戦争後の明確なビジョンを持たないまま戦争を継続していると警告する。永続する反テロ戦争の論理は、共産主義が抹殺されるまでは冷戦が続くといった冷戦期の論理と全く同じであり、まだしも冷戦期には自由な言論と経済・社会の結合した社会というイメージがあったが、現在の反テロ戦争にはそれがない。だから米国以外の国際機関やNGOなどがそれを創り上げていく必要があるという趣旨だ。
 入江氏の論理は、一見的を射ているようであるが実は巧妙な米国弁護論に終わっている。。なぜならアフガン戦争やイラク攻撃の大義名分である米軍の反テロの威嚇や暴力行使の戦時状態はそのまま容認するのであり、戦争自体を原則的に否定する論理が全く欠落し、19世紀的な正戦論の論理の範疇でしか考えていないことだ。もし入江氏の云うような理想化された戦後の構想がすでにあるならば、今次反テロ戦争は戦争という形態を採らなかったはずだ。入江氏の主張は、巧妙な米国政府弁護論に他ならない。それを象徴的に示しているのが、「仮にイラクなどの戦争が波及したとしても、その主力を担う米国によるイニシアテイブを待つまでもなく、何らかの戦後理念を作り上げる必要がある」という言葉であり、もし入江氏が平和の文化の普遍性を説くならば、イラク攻撃を事前に身を以て止めるための全世界の反戦のイニシアテイブを示さなければならない。現在進行中の米軍の行動を避け得ない所与の事実として受容していることが、実は戦後の理念や構想に対する後追いの事後的な提案に他ならず、それは今まさに死んでいこうとしている無辜の民衆に対する恐るべき無関心を示している。(2002/3/6 23:06)

[土と人間と戸塚ヨットスクール]
 疫学者平山雄氏の研究によれば、日本国内で胃ガンの発生率が高い河川の流域には、例外なく亜鉛鉱山が存在する。しかし亜鉛鉱山がある河川の流域のすべてにガンの発生率が高いわけではない。結論的には、亜鉛鉱山が上流に位置する火山灰土地帯のガン発生率が高いということだ。火山灰土は強い酸性を示し、亜鉛が水に溶けやすく野菜に大量に吸収されるためだ。
 栄養学者の五明紀春氏の研究では、三価クロムが欠乏すると糖尿病になりやすい。米国のある地方である時期を境に糖尿病の発生率が大きく高まる。その時期に精製糖(白砂糖)が普及したことによる。その地域のクロム含有量は低く、作物からのクロム摂取は低かったが、粗製糖(黒砂糖)の使用で補われていたわけだ。
 現代日本の農地では、、窒素・リン酸・カリウム・カルシウムの過剰投入により微量要素とのバランスが崩れ、これらの要素欠乏症が作物に広がり、鉄・銅欠乏で貧血が、マンガン欠乏で発育遅延が、亜鉛欠乏で味覚の低下と免疫異常が誘発されている。日本の平均的なキュウリ畑の微量要素の欠乏状況は、マンガン78%、鉄65%、銅80%、亜鉛80%といずれも100%を切っている。このように農耕地の化学肥料の大量投下による土質の変化がガンやその他の疾病の要因となっている。耕地のバランスを回復するための肥料投下の再構築が緊急の課題となっている。こうした食生活の変化が、神経活動にも影響を及ぼし自閉症やその他の神経的な病の遠因となっている。
 18歳の小川真人君は水泳と体力づくりのために82年12月に戸塚ヨットスクールに入学した。戸塚宏校長とコーチの暴力によって全身傷だらけで息を引き取った。コーチの1人は、衰弱した真人君に対して「犬みたいに鳴け」と怒鳴り続けた。体罰による暴力的な訓練によって自閉症を治すという戸塚方式は、明らかな刑事犯教育に関わらず一定の親を惹きつけた。はっきり言うと、この親たちの神経系も土質の変化による判断力の歪みがあったに違いない。だとすれば、この国に生きる大半の人類は何らかの形で、土質の変化による野菜類の影響を体内に抱え込んでいるということになる。(2002/3/5 21:10)

[戦争の考古学]
 佐原真氏によれば、1940〜50年代の人類学はレイモンド・クラークの「ヒトは誕生以来最初から狩りをし食べ合い戦ってきた」とする闘争本能説が強力であったが、その後の人類学・考古学の成果はこれを否定し、ヒトはほんらい抑止する力と理性を持っている存在とする定説が確立された。動物行動学者コンラッド・ローレンツは、弓矢の発明がヒトの抑止力を喪失させ狩りによる動物の肉の味を覚えた時から始まったと主張した。現時点で証拠が残る最古の集団暴力は、アフリカのヌビア・ジェベルサハバの墓地であり、58人のうち24人の人骨の殺傷痕と凶器の石器で1万4千年ないし1万2千年前だ。人類がチンパンジーから分離したのが約600万年前だから人の歴史を6mとすると戦争の歴史は1cm強に過ぎない。戦争の歴史は、600万年の人類史の極くわずかな歴史に過ぎない。佐原氏は、石の矢尻の形と重さを分析し日本の集団と集団の戦争は農耕が開始された弥生時代から始まったとする定説を育て上げた。しかし最近高知県土佐市の2500年前の居徳遺跡で発見された人骨の多くに幾つかの傷跡が見つかった。斧で打たれた痕や鏃が貫通した穴が残っている。これを縄文期の人骨とみなしたら縄文人も戦闘をしたとなり、単なる暴力だと考えると戦争は弥生期からだとなる。移住生活の縄文人の殺傷人骨が突発的な暴力沙汰ではなく、戦争であったとするには未だ証拠が揃わない。

 米国の文化人類学者R・B・ファーガソンは、ヒトが移住生活をしていた頃は集団間の緊張を移住で解決したが、定住が衝突の一つの要因となった。北米北西海岸の食料採集民は、産卵をさかのぼるシャケを保存食料として複雑な社会をつくり、上・中・下の階層に分かれた奴隷を入手する戦争が繰り返された。農耕社会に移行すると、水と土地をめぐる衝突が生じ、徐々に社会的統合が進んで国家が誕生すると衝突は本格的になった。考古学ではどのような状態を戦争と呼ぶかというと、@壕や土を盛り上げた防衛装置の存在、A武器の存在、B殺傷された遺体、C武器の形をした祭器、D武器を持つ人や戦いを描いた絵や彫刻ー等の証拠によって集団間の衝突と殺傷が認められる場合である。
 フランス戦争学研究所(!)によれば、1740年から1979年までの240年間で起こった主な武力紛争は377件である。国家間戦争は159件、革命・内戦は218件で戦死者合計は8500万人である。この蓄積の上で闘争本能説と正戦論・聖戦論は否定され、戦争違法論が国際法となってきたのだ。 それ以前の日常の生活用品や道具を凶器とした場合は、戦争と云わない。本格的な武器を使用した恒常的な戦争は、西欧・西アジアでは5000〜6000年前、中国では4000年〜5000年前に始まった。

 ところが今や人類は、高度武器体系を作り上げボタン一つで大量殺戮を可能とし、人類を数回絶滅させる核兵器を貯蔵し、遙か宇宙から地球を攻撃できるシステムを作り上げた。ベトナム戦争期におけるニクソン大統領の発言が2月28日に公開された(米国立公文書館録音テープ 72年4月25日)。
 ニクソン「私は核兵器を使いたいのだが」 
 キッシンジャー「」それはちょっと行き過ぎだと思います」
 ニクソン「核兵器。気になるかね。君には物事を大きく考えてほしい。君は民間人のことをえらく心配しているが、私は気にしない。問題ない」
 ここでは広島・長崎に次ぐ第3の大規模な被爆を一顧だにしない米国の傲慢さが如実に現れている。
 トルストイは、1894年の冬ロシア留学中の小西増太郎とともに、老子『道徳経』のロシア語訳に没頭し、佳兵篇で「夫れ兵を佳みする者は不祥なり、兵は不祥の器にして、君子の器にあらず」と小西の訳を読んで3000年前の老子の非戦論に感銘したが、続いて「己むをえずして之を用うるも・・・」と小西が続けると間髪を入れず「老子ともあろう者がこんな妥協を許すはずがない。これは後人の加筆であろう」として削除を命じた。日本でトルストイの非戦思想が紹介されたのは、1904年の日露戦争最中であり、ロシアで発禁となった全文がロンドン・タイムズに掲載され、日本の週刊「平民新聞」に「反省せよ」と題されて紹介された。トルストイは、ロシア政府の戦争政策を殺人の励行・貧困・精神的荒廃を招くと正面から批判した。1910年にトルストイは逝去し、よく1911年には幸徳秋水等12名が処刑される大逆事件が起こった。それを知った徳富蘆花は『謀叛論』と題する講演を第1高等学校で行い刑死者とその思想を悼んだ。
 戦争の考古学は我々に告げる。「悪の枢軸」を攻撃する闘争本能に訴えて世界を脅迫する一極帝国の野蛮に対する、理性の側の脈々たる知的歴史の伝統があり、近い将来において一切の戦争を根絶する人類の英知が結実することを。(2002/3/3 18:23。3/13追加)

[卒業とは何か・・・2002年3月1日卒業式に出席して]
 人の生涯のなかである学程を終えて次の新しいステップに進む切断の儀式として卒業式はある。自らの歩み来たりし足跡を肯定か慚愧かさまざまの心情で振り返りつつ、2度と帰り来ぬ過ぎ去った日々を回想し、そこで出会った体験と新たな出発へのおののきを秘めながら去っていくのである。卒業式はまた時代の子である。かっては戦場への出陣の決意を固めた益荒男の晴れ舞台であり、また権力からの強制に対する抵抗の最後の瞬間でもあった。これらに共通しているのは、体制であれ反体制であれ、自己や家族を越えた大きな物語の世界に対するコミットメントの意思表示であり、何らかの形で世界に対する青年の認識を表明していた。その大きな物語の時代が去り、価値の多様化と展望の透明性が喪われてから、一種の茶化しやパフォーマンスによる瞬間的な享楽の時期があり、そして此処に来てもはや大きな物語を横に置いたミクロコスモスのセレモニーの時代となった。
 青年は、自らを育んだ両親と教師に対して最大限の感謝の言辞を捧げ、自らが過ごした共同体への溢れるばかりの共感と自己肯定を披瀝して、後輩に対しても疑うことなくこの途を歩めと呼びかける。ただし、そこには残念ながら家族や学校共同体を越えたマクロコスモスの世界への想像力はない。例えばアフガンの子どもが寒風吹きさらす砂漠のなかで飢えてこの世を去っているこの瞬間の悲劇は視野に入らない。彼らは、君が代をおおらかに歌い、日の丸に最敬礼する。しかし、ミクロ共同体の世界を美しく歌い上げるビジュアルな演出効果は満場を圧して、共感と涙の高揚を創出する。実は何を隠そう私も最も涙した1人なのだ。問題は、このような共同体回帰の心情の背景に何があるかということだ。
 出発する青年の前方には、失業率5%を越えた世界恐慌時に匹敵する経済状況がある。しかもなお1929年次にはケインジアン的な相互扶助のシステムが稼働し、失業者を温かく包み込む社会的連帯が曲がりなりにも機能していた。しかし現代の恐慌は、新自由主義の自己責任原則の下で容赦のない優勝劣敗・弱肉強食の世界が広がっていることを青年達は既に知っているのだ。そしてこのような自己責任原則が、営々と積み上げてきた人類史の到達点を破壊するおよそ反人間的なシステムであることも薄々と感じているのだ。このような競争の修羅場に直面して、青年達が依拠する場面として、基本的に競争原理が作動しない家族と学校という共同体を思い浮かべるしかできないということだ。結論的に云うと、青年達のメッセージは新自由主義路線に対する無意識の原理的な異議申し立てにある。その限りにおいて、競争を勝ち抜いた勝者の宣言や将来の支配への論理と心情は全くないばかりか、留年した学生に光を当て自らの学園生活を語らせるという類い希な演出をおこなった。
 さて私は最後に云う。青年達は、学舎共同体における幾多の経験の蓄積を、時代閉塞をうち破る光ある希望の道へと展開させる可能性を秘めている。しかし、この共同体への自己閉塞の熱い心情は、自己保存をめざす全く逆の異文化共同体への攻撃に転化する可能性もある。なぜなら彼らの賛歌は、家族と学校への無条件の礼賛に捧げられ、崩壊した家族・飢えていく世界に対する開かれた想像が欠落していたからだ。この点にとくに社会科学を教授した教授陣の真価が問われる厳しい時代となった。帰する所問題は、学びの質にこそ有ると云わねばならない。私が十数年在籍したこの学校共同体で最も感動的な卒業式であったが故に、敢えて思うところを記した次第である。(2002/3/1 20:04)

[不安な人 太宰治・・・・彼はBPD症候群だったのか]

    

  暗い夜の海で1人で泳いでいた

  岸に向かって必死に助かろうと近づくと

  灯台の光が見えたので、そこに向かって懸命に泳ぎ

  やっとその灯台にたどり着く

  そして灯台守の家の中を窓からそっと見ると、一家が食事をしていて

  それを見たとき

  ああ、自分は駄目だ

  と思った

  自分はどうしてもそのような雰囲気に馴染めない人間

  見捨てられている人間だと気づき

  行くあてもなく再びそっとその灯台を離れた・・・・・


 太宰のこの詩は、他人とつながれない孤独と絶望を感じる。周りの人は、その感情の揺れに翻弄されて傷つき次第に憎しみに転化するが、当人は逆に見捨てられる恐怖におののき必死にあがく。こうして当人と関わった人々がともに苦しむ悲劇が何度も繰り返されてきた。なぜ彼はそのよう行動をとるのか。それは子ども時代に受けた深い心の傷(トラウマ=心的外傷)にあるという臨床心理的説明が最近強力に登場してきた。このような説明にとって太宰の詩は(彼の最後の自殺も含めて)、格好の題材となっている。例えば、米国で作成された米国精神医学会精神疾患診断マニュアル「DSMーIV」では、診断項目の人格障害に、アイデンテイテイー感覚の不確定性、感情の起伏が激しい「境界性人格障害(BPD)」に次のような基準を設けている。
 @人に見捨てられる不安が極めて強い
 A対人関係が理想化と過小評価に揺れて安定しない
 Bアイデンテイテイーが揺れて一貫した自分のイメージが持てない
 C衝動性が高く、衝動買い・セックス・薬物・過食などの衝動性が見られる
 D自殺行為や自殺を示唆する傾向が再三みられる
 E感情が極めて不安定で特に抑うつと不安が激しい
 F慢性的な虚無感に見まわれる
 G度を超えた強い怒りを持ち、コントロールできない
 H一過性ストレスに関係した妄想観念や強い乖離性障害がみられる
 BPDの背景には、幼児期の性的・身体的な虐待があるといわれるが、問題は攻撃のみならず独善的な溺愛も幼児虐待にあたると云うことである。このような症状は、ベトナム帰還兵や阪神淡路大震災で注目された心的外傷後ストレス障害PTSDとも共通するところがあり、強烈なショックに起因すると云われる。とくに子どもは、心身ともに無力で愛情を求める存在であり、この時期にうけた虐待は雪が降り積もるように滞留していく累積性を持つ。学校においても、無視や仲間はずれ・いじめによる精神的苦痛や孤独感は、感受性の強い子どもには戦争時のゲリラ戦に匹敵する恐ろしい体験なのだ。心から安心できる場所・心を許せる人がいない子どもは必死の自己防衛に走り心を閉ざしてしまうしかない。その歪みは、トラウマを思い出したくない記憶として無意識の世界に閉じこめるか、激しい自傷行為(自殺)か他者攻撃か錯乱かといった多様な反応となる。
 さて私は、このような心的障害を心理的な適応過程の次元でのみ説明する限界を指摘したい。なぜなら所与の生活条件を前提として、適応の失敗とする対症療法しか生み出されないからだ。そこには、なぜ児童虐待が起こるのか、なぜイジメが起こるのかという初発的な条件に対する基本的な問いかけがない。そのような人間的尊厳の破損を誘発する社会的な諸関係の背後に潜むシステム自体を対象化する真摯な問いかけがない。私は、臨床心理学の対症療法的なアプローチの限界を指摘するが、その限界故に全面否定するのではない。システムを基本的に問いかけながら、なおかつ個々のクライアントとの個別・具体的な解放の過程が求められていると思う。(2002/2/28 21:34)

[新保守主義的心情の基盤はどこにあるのだろうか]
 或る大学での講演会で、従軍慰安婦を描いた日本映画と元従軍慰安婦の韓国ドキュメンタリーを併映し、他者や他国への想像力の限界を自覚し、その想像力を拡張する意義を述べた講師に対して、複数の学生から「従軍慰安婦の証言は信頼できない。日本軍の行為をなぜ全面否定するのか。日本軍はアジアの平和のために戦ったのだ」と主張が現れて、講師を驚かせた。これらの学生の背後には、小林よしのり『ゴーマニズム宣言』・『戦争論』の影響があることは容易に想像できる。本屋に行けば彼の本が山積みとなっているのだから、それも当然だろう。小林よしのりのタッチは、小泉首相と似たア・プリオリな強調的な断定で語り、そこへ犠牲者の無念の心情をまぶせることによって若い読者を吸引する。
 与えられた戦後思想を疑い自力で価値観を構築しようとする或る意味ではまじめな青年が小林史観に共鳴している。平和と民主を核とする戦後思想は、逆の戦争と独裁を核とした戦争期の裏返しであり、その基盤には痛苦の戦争体験があった。残念ながらヴァイツゼッカー独大統領のいうように、戦後を遠く隔てて戦争体験の風化のなかで無条件の聖域であった平和と民主を支える戦争世代が少数派になったことがある。国民の70%はもはや戦争を知らない世代なのだ。現代日本の羅針盤の不透明性と明示された将来イメージが描けないなかで、誠実さを偽装した歴史認識が登場する条件が熟している。
 しかし青年達に告ぐ。先験的なテーゼに対する疑問を究明し、新たなテーゼを創出しようとするならば、別のカリスマに依存するのではなく、最後まで自己の頭脳による理性的思考に徹してはどうか。思想の内容がどうであれ、結局主人持ちの思想は自らを奴隷に陥れる可能性がある。リアルな事実認識の冷厳な究明のみに依拠して、自らの価値観を追求すべきではないか。(2002/2/27 20:23)

[現代の宣言『世界社会フォーラム声明−新自由主義・戦争と軍国主義に抗し平和と社会正義を求めて』(抄訳)]
 我々は多様である。女性と男性、壮年と青年、原住民、多様な信条・皮膚の色・性的志向の人たちからなる。この多様性は我々の強さであり同時に統一の前提である。我々は、富の集中と貧困・不平等の拡大、地球の破壊に対して闘う決意のもとに団結したグローバルな連帯運動である。我々は、オルタナテイブな体制をつくり促進するための創造的な方法を実践している。我々は、資本と家父長制の利益を特権化している暴力と人種や性差別に対する巨大な同盟を築きつつある。
 現在の体制は、女性・子ども・高齢者の飢えや医療の欠如・災害による生命の迫害をもたらし、多くの家族が戦争・大規模開発・土地開発・環境破壊失業・公共サービスと地域共同体の破壊の被害者となっている。南と北の両方で生命の尊厳を賭けた抵抗が高揚している。反テロ戦争は、米国政府とその同盟者の支配を確立するグローバルな恒久戦争の開始であり、新自由主義の隠された野蛮な顔をさらけだした。この戦争に対する反対は、我々の運動の核心となった。
 米国政府は、地球温暖化防止京都議定書、弾道ミサイル協定、生物多様性条約、国連レイシズム不寛容決議、武器供給削減から脱退するという傲慢な態度をとっている。米国のユニラテラリズムによってグローバルな諸問題の多国間解決は一層困難になった。これらのすべての事柄の背景には、世界的な不況をもたらした新自由主義の経済モデルがあり、いまや新自由主義による成長と繁栄の約束は虚妄であることが明らかとなった。
 社会的公正を求めるグローバルな連帯運動は、大きな試練に直面している。平和と集団的な安全の実現は、同時に貧困・差別・支配に対する戦いであり、かつ持続可能なオルタナテイブ社会の形成に向けた取り組みを意味する。我々は以下の要求のために力を尽くす。
 @民主主義−人々は政府の決定に関して知り、批判する権利を持つ。政府は人々に説明する責任がある。我々は、参加民主主義の実現を追求し、国家と社会の民主化、独裁との戦いを強調する。
 A債務の廃止
 B投機活動の規制−我々はトービン税のような移動資本課税、租税回避地帯の廃止を求める。
 C情報への権利
 D女性の権利、暴力・貧困・搾取からの解放
 E反戦・反軍国主義、基地や内政干渉、暴力の構造的連鎖への戦い。我々は紛争の非暴力的交渉による解決を求める。すべての人は、市民社会の独立センターが参加する国際的仲裁を求める権利を持つ。
 F青年の権利、無料の公共教育へのアクセス、社会的自立を実現する権利、徴兵制の廃止。
 Gすべての人民の自決権、とりわけ先住民の権利。


 これは先進国サミットとフォーラムに批判的な世界の人々が集まって発せられた声明の抄訳である。いささか羅列的で整然とした論理性に欠けているが、21世紀初頭における世界の民主主義の到達点を示す歴史的な文書だと思う。21世の世界の変革の課題が奈辺にあるかを明確にしている。日本の民主派はこの文書の内容をいかに特殊日本的に具体化するかが問われる。その際に大事なしかし困難なことは、先進国日本が糾弾されている、逃れられない部分があるということだ。(2002/2/26 21:52)

[猪木武徳・神野直彦の不況論]
 バブル崩壊によって生み出された株価と地価の下落による不良債権処理がデフレ脱却のステップではない。企業のバランスシート構造の悪化が不況の最大の要因であり、不良債権処理は個別企業のミクロ的な価値上昇にはつながるがマクロ経済全体にマクロ的なデフレ圧力をかける。不良債権処理は、消費と投資の有効需要を減退させ、生産縮小と雇用削減をもたらし緊縮的な心理効果を生む。フェルドシュタイン・ハーバード大教授の主張する消費税減税をドラステックにおこなえば、住宅・耐久消費財の需要は増大する。これによって生じる財政赤字、円安容認による輸出増大、人口比でみた公務労働の低水準をカバーする公的分野での雇用創出などによって不況脱却の可能性が誘発される。構造改革のスローガンだけに頼る幻想の時は過ぎた。
 近経派とみられていた猪木氏の主張は、明らかに現在のデフレ・スパイラルに対する危機感があり、社会的経済派の主張に接近するスタンスを取り始めた。氏の主張の最大の欠陥は、景気回復後の20%台への消費税高率化による赤字解消という基本的には矛盾した主張にあり、ここから社会的経済派との決定的な分岐が生まれる。猪木氏の主張は明らかな新自由主義派による軌道修正・方針転換を示す点で注目される。氏はもう一歩進んで、宮本憲一氏のいうような社会保障・社会福祉を中心とした社会基盤整備型のケインズ政策による経済誘発効果を云うべきであった。本質的に猪木氏は、反小泉抵抗勢力の理論的エピゴーネンなのだ。(以上朝日新聞2月26日夕刊参照)。
 神野直彦氏は、官から民への合い言葉が官=財政、民=市場経済と短絡した構造改革路線を批判し、財政機能を縮小させて市場競争を神聖化したのが間違いであと主張する。財政は、封建領主の私的家計を国民が支配する公的会計に改める社会構成員の共同経済が本来の意味であり、財政を官から公へ移すことが真の構造改革であるという。小さな政府の負担は、市場競争で勝利した富者が負担するのが正しいのであり、消費税減免・累進課税強化という税制改革を主張する。このように従来のケインズ型近経派が息を吹き返しつつある。ガキのような顔をした慶応学派の退場が近いことを予感させる。
 真実とウソが一緒くたになってうごめいている世の中で、真実を見抜き捉える究極の本質洞察トランスビューが求められる。この世の誰がいったいウソのことを知りたいがために必死で考えたりしようか。経済の本質を見抜くために考える・・・構造改革といった人を惑わす言葉ではなく、考え抜いて現象の背後にある本質を見抜き、冷徹に管理する理性の力が今ほど問われているときはない。(2002/2/26 20:45)

[悪の帝国が主催したソルトレーク・オリンピックの醜悪な姿]
 21世紀最初のソルトレーク・オリンピックは、まさに悪の帝国が主催したにふさわしい大会となった。IOC委員に100万ドルの献金をおこない、師弟の就職の世話までして米国に誘致した大会は、ブッシュ大統領のヒットラーも口にしなかった開会演説に始まり、独占放映したNBCが晴れがましい表情で入場するイラン選手団に対して「悪の枢軸国からの唯一の参加です」と侮辱的なナレーションをかぶせ、、行進を不機嫌そうに見るブッシュ大統領の表情をアップで写した。「米国の悪意を感じる。崇高な五輪精神を踏みにじる無法の五輪だ」(ロシア政府報道官)、「米国がまだ冷戦を続けているいたことを五輪で思い知らされた」(ロシア映画監督ニキータ・ミハルコフ)、「アメリカのアメリカによるアメリカのための五輪」(韓国TV)。異なる文化と宗教を見下し、富を独占し、意に添わない国を恫喝する横暴な国と見られていたことに愕然とし、過信と独裁を反省しないとまた憎悪の矛先を向けられるという危機感は、USA!!の大合唱の前に消し飛んでしまった。「五輪停戦」を決議した国連の権威は、米軍の空爆続行とイスラエルのパレスチナ自治区攻撃によって無視された。競技は、あたかも国家間戦争であるかのような異様な雰囲気に包まれて米国優位の判定が横行した。「競技は個人間の競争である」という五輪憲章の原則は無視され、米国のパトリオテイズムが横行した。残念ながら日本のマスコミは、批判力を喪失しこれらの異常な五輪の姿を全く報道せず自らのレベルの低さを露呈してしまった。
 さて米国は勝利したのであろうか? 米国女子滑降ピカボ・ストリートは云う。「世界各地に遠征して、他国がどんなに欠乏に苦しみ、米国がいかに恵まれすぎているか痛感した。アメリカ人は世界のことを知らなさすぎる」。ここに健康なアメリカ人の理性がある。米国主催の愛国五輪は実は敗れ去ったのだ。近い将来に米国は、そして星条旗は一敗地にまみれるだろう。なぜならスポーツの尊厳は、政治から自立し、平和を至上の価値とするなかでしか存在しないからだ。今次ソルトレークは、かってのナチスが主催したベルリン大会にもまさる政治ショーとして五輪史に記録される。
 ひるがえって我が日本の惨憺たる成績の真の原因は何か。それははっきりしている。いまだもってナショナルトレーニングセンターがなく、ナショナルコーチ制度がない国は、先進国では日本だけだというスポーツ貧困国だということだ。3月7日から開始されるパラリンピックは、このような五輪史上最悪の経験を生かした、友好と平和の祭典になることを期待するのみだ。(2002/2/25 21:28)

[アメリカ/フランスの教育改革について]
 米国主流派の教育改革は、新自由主義派の競争的個人主義(所有欲の強い個人)と新保守主義((国家主導型規範主義教育)の葛藤にあって、日本でいえば1980年代臨教審審議における首相官邸派(画一主義から脱皮した個性重視)と文部省派(国家主義的共通教育)の軋轢と軌を一にしている。米国新自由主義派の中心課題は、学校選択制による競争的教育による質の向上である。学校選択制は7つのパターンがあり、@私立学校制、Aホームスクーリング、B私立学校バウチャー制、C学区内公立学校選択制、D学区間公立学校選択制、Eチャータースクール、F居住地選択による公立学校選択制等がある。バウチャー制は、教委ががすべての子どもに授業料に相当する教育証券を与え、子どもはすべての学校を自由に選択する。チャータースクールは、教師が教委と契約し、自分たちで教育内容をつくり生徒を集め一定期間に一定の実績を上げれば、さらに契約は更新されるシステムである。これらの実験は既に自治権の強い幾つかの州で実践中であり、訴訟問題も起きている。
 これら新自由主義のめざす教育システムの実験は、教育を市場における私的な商品=生産物とみなし、親は消費者としてスーパーで商品を買うように学校を買うのである。このようなシステムの最大の効果は、人種や階級・ジェンダーといった社会的階層性を一切反映しないというところにあるが、そのような選択の自由の享受者は上層市民である。なぜなら毎日車で送り迎えできない階層にとっては事実上選択の自由はないからであるが、そのような自由の獲得は自己責任とみなされる。結論的に言うと、新自由主義の教育システムは、すべての教育は競争市場における自己利益を極大化するための人生の自己選択水準を上昇させる私的なものであり、教育の公共性は放擲されるのである。
 新自由主義的教育改革の基準は、@選択の自由性(親の子供に対する価値観を実現する教育を選択する自由)、A効率性(教育資源の配分と成果の効率的実現)、B公正(強制的に学校を指定して可能性を封殺するのはおかしい)、C社会的連帯(共通の社会的目標は競争的学校でこそ実現する)という恣意的な解釈にある。
 新保守主義の教育論は、多文化教育による一般教養教育の危機を説き、国家の文化的統合の復権と共通文化の推進を主張し、その中心政策は全米共通テストの推進であるが、1990年代以降新自由主義に押されて最近は活動的ではない。この両者が矛盾を抱えつつも統合した目標として、チャータースクール制が両勢力の陣地を相互に保障するものとして登場しつつある。
 私はこのいずれにも懐疑的である。なぜなら両者はいずれも、選択と公正を対立的にとらえ、公正な選択の可能性について考察していないことにある。人種や階級、ジェンダーをめぐる格差構造が拡大しつつあるなかで、選択の絶対化は格差をより深化させ、公正の絶対化は逆に格差を配慮しない形式的平等による格差固定を誘発するからだ。現代日本で推進されている教育改革は、明らかに米国新自由主義型路線を選択し、米国WASPと同じく上層市民(大企業正規労働者)の自己利益極大化をめざすものに他ならない。

 これに対し日本と類似した集権的・官僚的な公教育制度が支配的であるフランスの教育改革のほうが、日本にとって示唆的であると考えられる。フランスでは、1968年の5月革命以降自主管理と地方分権が進んだが、教育課程の全国基準と教員人事(国家公務員)に関する公教育の国家専管は堅持された。集団の利益のための経済収益性に囚われない「公役務」=公共性に対するフランス革命以来の国民的な合意は揺るがなかった。フランス公教育の史上目標は、あるべき社会秩序と市民=国民の形成を国家が教育を媒介に創出するというところにある。しかしその創出は、徹底した参加民主主義と教師の教育の自由を条件としている。国や地方の各レベルでの教育審議会には、高校生の参加も認められ(1991年)、学校教育は参加による合議制によって運営される。さらに学習指導要領のの国家基準性を保持しつつも、教師の教科書使用義務や教科書検定制度は一切なく教師の専門性が保障されている。
 ミッテラン政権が成立させた新教育基本法(1989年)では、「教育は、生徒・学生を基点として組織され、機会の平等に貢献する」とされ、80%の者がバカロレア資格水準に到達すると規定した。その成果は、国家経済目標ではなく、子どもの多様性に応じた確かな学力という子ども中心主義にある。それを実現する「学校教育計画」は子どもも参加する「教育共同体」の合意によって立案されると明文化された。
 ところが1990年代に入り、国民教育の現代化が称揚され学校教育の効率性原理が導入された。これは一見新自由主義的な政策であるかにみえるが実はそうではない。急速に変動する環境に既成の国家主導型官僚制が機能不全に陥り、改革者精神を持った現代的行動が要請されたからである。多様性と平等原則を統合した個々の子どもの「成功」を実現するためのイニシアテイブを国家官僚から子どもと教師を主体に移行するシステムであり、上からの一元的な改革ではない。そして学校運営の立案ー実践ー評価のサイクルを学校自身でおこなう組織マネイジメントの手法を導入したのである。こうして子どもの進路決定は、従来の学校側の一方的な指示から家庭と子ども自身による決定へと移行した。つまりフランスの「効率性」基準は、米国的な財政効率といった狭い意味ではなく国民の要求に対応するサービスというアカウンタビリテイーの観点であることが分かる。教育委員会は、従来の権威的な管理行動や事前コントロールではなく、学校の自治能力とモチベーション・イニシアテイブと決定行為を支援する立場に移行した。中央視学官の役割は、従来の国家管理の監督任務ではなく、評価へと移行した。
 このようなフランス教育改革の戦略の背景には、教育における質・サービスの受容者の意向を積極的に反映することなしに有効性を持てない時代に突入したということがあり、学校が責任主体として民衆統制(教育共同体)を受けて教育機能を最大限に発揮するという要請に応えた点にある。平等と均質原則に傾斜した既成の公教育に多様性と質を導入した新たな段階の平等へと転換させるフランス型改革は、市場原理への特殊フランス型改革とも言われる。しかし、フランスの学校の最高意志決定機関は、合議制の学校管理委員会にあり、経営と教育は分離され、教員の職務職階制は厳然としてある。このような教育改革と、現実の学校内にある階層的分業制が親和的であるかないか、ここにこそ学校総体の協働性が問われる環があると考えられる。日本の教育改革が、個性と自由を唱導しながらより一層官僚性を強めているなかで、フランスの教育改革には学ぶべきものが確かにある。(2002/2/24 17:06)

[ヴァイツゼッカー大統領「荒れ野の40年」(1985年5月)と現代日本・・・愛語よく回転の力有ることを学すべきなり]
 ドイツ降伏の記念日におこなわれたあまりにも有名な演説。敗戦40周年を迎えたドイツでは、ナチズムの評価や降伏を解放とみなすかどうかをめぐる「歴史家論争」で国内が揺れていた。「罪の有無、老若いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けなければなりません。全員が過去からの帰結に関わり合っており、過去に対する責任を負わされているのです。問題は過去を克服することではない。そんなことはできない。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはいかない。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となる。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすい。・・・・独裁下において自由な精神が迫害されたことを熟慮するなら、いかなる思想、いかなる批判であれ、そして、たとえそれがわれわれ自身に厳しい矢を放つものであったとしても、その思想、批判の自由を擁護するでありましょう」。荒れ野の40年とは、戦後40年を指すが、旧約でイスラエルの民が約束の地に入って新しい歴史を迎えるまでの40年間、荒れ地に留まったことを指している。彼は、人間の記憶は40年で転換期を向かえ、忘れ去ることの危険が発生する重大な時期だという。人間は何をしかねないのか、これからも人間はこの危険に脅かされ続ける。
 
 ヴァイツゼッカーは、外交官でナチ党員であった父の戦犯裁判で、父がフランス在住約6000人のユダヤ人のアウシュビッツ移送命令書にサインした事実に苦しみ青年期の思想形成をおこない、成長して保守派キリスト教民主同盟の幹部となった。私はドイツにおける保守派を含めた良心に誠実であることの文化的な深みを文字どおり実感する。或いは貴族的なノブレス・オブリージュ(高貴なるものの義務といった西欧的なキリスト教文明の最も良質な部分を実感する。彼の行動指針は、@基本見解におけるコンセンサス形成、Aアイデンテイテイーの保持、B日々の課題を越えた基本的な方向付け、の3点にあったというが、この点こそ東アジアの島国で最も欠けているものだ。新約の「始めに言葉ありき」の「言葉」が、言の端ではなく、ロゴス(行為、ちから)であることを強烈に証明する演説であり、政治屋ではなく政治家の確かな存在を明らかにするメッセージだ。ひるがえって東アジアの島国で繰り広げられている惨めな言論の猿芝居の卑小性をこれほど痛感させるものはない。ひるがえってこの国の指導者と私自身のあまりの卑小さに慄然とするばかりだ。(2002/2/23 21:29)

[鏑矢はなぜ贈られたか]
 やじりの根元に鏑と呼ばれる球状の器具を付けた矢を鏑矢という。鏑の内部は空洞で表面に数個の穴があり、矢が飛ぶと空気が入って音を出す。中世の戦争では開戦の合図に、敵味方が相互に矢を射合わせてから戦闘に移る時に使用された(『平家物語』参照)。日本の首相は、中世の戦闘武器が大好きで、昨年10月の上海で開かれたアジア太平洋経済協力会議で米国大統領に鏑矢を献上し、また今次訪日では流鏑馬を2人で見学するという中世武家の伝統を紹介した。米国の「悪の枢軸」を対象とする臨戦体制に無条件に協力するという象徴的なメッセージが込められ、鏑矢は開戦を促す意味が込められている。
 第2次大戦後ただ1人の外国人兵士をも殺さないできた平和国家日本のアイデンテイテイーを、ユニラテラリズムを専横する国に示す象徴的なプレゼントはまさしく「千羽鶴」であったろうに。時を同じくして、広島平和公園の千羽鶴は心なき者の放火によって無惨にも焼けただれてしまった。千羽鶴が姿を消して鏑矢が登場する、ここに戦後日本の転換がみごとに象徴されている。私はしかし、人類史が幾多の犠牲を払いながら私たちに証明したことは、千羽鶴がフェニックスのように甦って鏑矢を戦争記念館のケースに閉じこめてしまう時がくるに違いないということだと思う。(2002/2/23 9:29)

[抱きしめる・・・・朴慶南氏のエッセイから]
 石川県の養護学校の山元加津子先生が出張で上京した電車内で、強面のヤクザが高校生ぐらいの男の子を殴っているのに遭遇した。車内の空気は恐怖のなかで凍りついた雰囲気であった。少女のようなきゃしゃな先生は、暴力を振るっているヤクザに近づくと、「怖くないからね、大丈夫よ」と言いながら、そのヤクザを優しく抱きしめた。すると思いがけないことにヤクザは両目から涙を流しながら殴打をやめた。互いにうち解けた2人は、今でもいいお友達だそうだ。
 山元先生がそのような「抱きしめる」という行為をとっさにしたのは、養護学校の生徒で、不安や悲しいことがあると暴れてしまう女の子がいて、そういう時温かく抱きしめてあげると落ち着いたのだ。先生はとっさにその子のことが頭に浮かんできて、気がついたら同じような行為をしていたのだ。朴慶南氏は、「抱きしめる」という行為による心のナイーブな交流を語っているが、私は山元先生は現代のマリアではないかと思う。ヤクザを「抱きしめる」という行為は、常識的に考えれば逆の反発を買い、自分自身が大きな痛手を受ける可能性もあり、多くの人は我関せずの見て見ぬ振りをするだろう。特に東京といった大都市砂漠では自己保全が優先する。山元先生のような行為は、彼女が養護学校で勤めてきたなかで培われた弱者に対する自然で無意識の人間的行為に他ならない。汚れてしまった私には、到底及びもつかない行為だ。線路に落ちた赤の他人を助けるために飛び込んで犠牲になる瞬間的な判断と同質の何の報いも期待しない計算なき気高い行為である。このような無名の人垣が存在する限り、私はこの世に生きていく勇気を少し手に入れることができる。しかし私は生きてきた50有余年の間に唯の1回もこのような行為を無意識の自然として選んだことはなかった。(2002/2/22 20:31)

[フランスのエスプリには参った・・・ソルトレーク冬季五輪から]
 ソルトレーク五輪アイスダンスで優勝したフランスペアの演技のBGMで使用されたのは、なんと米国黒人解放運動の指導者、故マ−チン・ルーサー・キング牧師の演説であった。1963年の100万人ワシントン大行進でおこなわれた米国史上最も名高い演説で、彼は「Freedom! I have a Dream!」と語りかけ、翌年の1964年に画期的な公民権法が成立し一切の黒人差別は公的には姿を消す契機となった。ところが演説の後も黒人に対する襲撃は続き、キング牧師自身も凶弾に倒れた。彼は云う。「自由への渇きを癒すために憎しみや恨みの杯を飲んではならない」と非暴力抵抗運動を呼びかけながら、ベトナム戦争に対しては「殺人の、あらゆる新兵器の砲火を彼らの上にあびせかけておきながら、どうして彼らの暴力の罪を責めることができるでしょうか」と言って米国政府を厳しく批判している。当時はマルコムXを指導者とする反差別実力闘争も大きな影響力を持ったが、今から振り返ると両者が客観的には同伴的な行動をとっていたようにみえる。
 そして50年後の現在、米国の「自由」はユニラテラリズムに占有され、反テロの名の下に全世界を米国支配の秩序に再編成する脅迫的な政策が横行している。ここでは、輝かしいヒューマニズムに溢れた米国独立宣言の「自由」の普遍性は喪われ、強者による支配のための「自由」に転落している。いまや世界は「新自由主義」という妖怪がはいずりまわり、抵抗する者に容赦なく攻撃を加えようとしている。しかし、喪われた「自由」の復権を求める世界の真実の声は、近い将来必ずこのユニラテラリズムを倒すだろう。
 そこに今回のフランスペアのアイスダンスだ。このBGMを導入したフランスコーチの決断は称賛に値する。反テロ一色に包まれている世界を平和な共存に戻す最高の舞台であるオリンピックで、キング牧師の演説を使った演出は満場を圧して優勝に導いた。私は、フランスという国の星条旗に媚びへつらわない文化的なアイデンテイテイーの深みを実感した。日本ではほとんど想像できないことだ。ただしフィギアでのフランスの審判の不正疑惑を考えると、独特の愛国心もあり結構複雑な心性を持っているとも云える。(2002/2/22 10:17)

[何ひとつ変わらなかった・・・・・ヴィスワヴァ・シンボルスカ(1996年ノーベル文学賞 ポーランド詩人)]

      「拷問」
 何ひとつ変わらなかった。
 川の流れる方向と
 森と海岸と砂漠と氷河地帯の線を除いて。
 それらの風景の間を精神はさまよい
 消え、戻り、近づき、遠のき
 自らをよそ者、捉えがたいと感じ
 自分の存在を時に確かとも時に不確かとも思う
 その間肉体は存在し 存在し、存在し続け
 そして身を置くべき場所もない

 この詩がなぜ拷問なのか? 私の想像力は貧困だ。加藤周一氏の解説を借りてわずかに分かる。「人々が自らの自由意志により狂気に従ったマニ教的な情熱の時代」(チェスワフ・ミウオシュ 1980年ノーベル文学賞)において、死刑と戦争と拷問は途切れることはなかった。無数の死者の目には、死の迫りくる瞬間の連鎖のなかで世界はこのように映るのだろうか。「いつ来るか分からぬ死に脅かされた人間の目になお価値を失わないものでなければ、それは詩でも芸術でもない」(ミウオシュ)とすれば、私もその徒である学問もそうだろう。同じように、「飢えて死ぬ人にとって、1枚の絵画に何の意味があるか」(サルトル)、「私たちの芸術は、飢えている人にとっての料理の本であってはならない」(小林多喜二)ともある。しかし、めくるめくような多くの詩や芸術や学問がその名のもとで、無数の死の共犯者となったのも事実だ。まことにこの詩は、私たちの過ぎゆく時代の本質的な核心をとらえている。
 
 それだけで満足しない人たちもいる。
 彼らは耳に雨脚の音さえ聞き取り
 肩や背に沁み入る滴の冷たさを覚え
 橋と人々を眺めて
 そこに自らの姿を見るように思い
 行きつく先のないこの駆け足の
 終わりのない道を、いついつまでもと
 そしてその思い上がりのなかで思いこむ
 これがそのまま現実であると。

 現代はこのような直截な肉体への攻撃から、緩慢な摩滅に至る多様な死の諸相が蔓延し、想像力亡くして人間性を保ち得ないような真綿で締め付けるような管理がシャワーのように降り注いでいる。しかしそれは現象の差異であって、本質的にはすべての人が状況の囚われ人となっている。「人間的現実は歴史の中にあるとともに、歴史の外に、時間を超えるところに、一瞬に凝縮された経験の密度の裡にある」と加藤周一は云うが、ここに彼自身の超越的な冷酷に凝視する視線の本質がある。歴史の苛烈な渦中においてのみ、その中にしか歴史を操作する可能性がないにもかかわらず、彼のスタンスは最後の一線において観照的となる。その一線の前まで私と彼とは堅く結ばれた同伴者である。さらに付け加えれば、芸術や学問の本質を余りにリゴリステイックに政治と関連させるが故に、伸びやかな芸術の可能性を奪う可能性があることを指摘したい。
 加藤周一氏は、現代文芸の些末主義を批判するために迫害されたポーランド詩を登場させて、久方ぶりに本格的な感性と思索の深みを私の目の前に展開して見せた。このポーランド詩の背後には、現代日本のポスト・モダニズムの皮相な薄弱性を圧倒する欧米文化の深みというべきか、重厚な歴史の重みといったものが確かにある。これは確かに日本文化が及びがたいものだ。加藤周一「夕陽妄語」(2月21日付け)を読んで。(2002/2/21 20:57)

[イスラエル・パレスチナ戦争について]
 両国の2000年9月の衝突以来、すでに1100人以上が死亡し、その多くはパレスチナ人だ。テロと暴力の連鎖は泥沼状態に入り、理性の衰弱が著しく進んでいる。アフガン報復戦争に対してあれだけの反戦の声を挙げた世界も、なぜパレスチナ問題に対してはかくも沈黙を続けているのだろうか。しかし救いはある。約50人のイスラエル予備役兵の呼びかけた兵役拒否運動もすでに賛同者は250人を越えた。現状では、イスラエル国民自身も混迷に陥り、展望を見いだせないままシャロンを支持しているが暗殺を支持しているわけでもない。基本的な問題は、イスラエルがオスロ合意を無視して占領地域から撤退しないことにあるが、相互のテロと報復の連鎖は9.11テロ以降の米国反テロ政策によって増幅され、イスラエル政府の暗殺政策を誘発し、それはまたパレスチナの自爆テロを誘発した。シャロン・イスラエル政権が、パレスチナ・アラファト政権をテロ組織と規定したのは、実にブッシュ米政権の反テロ戦略に触発されたものだ。暴力の連鎖は、恐らくイスラエルの存続自体を問う究極の悲劇的な結果をもたらす可能性もある。
 さて遙か離れた東アジアの世界GDP2位の大国は、専ら超大国の反テロ戦略に追従し、パレスチナ問題への積極的な関与を拒否し他山の石を決め込んでいる。東アジアのこの大国は、自分自身の国内経済問題に目を奪われて、国際問題については主体的な自己判断力を放棄し、専ら奴隷のごとく星条旗の後をすごすご追いまくるという下劣な態度をとって矜持を捨て去り、全世界の軽蔑を買っている。この国には、もはや理性とヒューマニテイーはなく、有るのは他者の犠牲に対して見て見ぬ振りをする最も軽蔑すべき非人間的な自己利益追求の浅はかな行動が蔓延している。
 君の足下を見よ。そこには権力に媚びへつらう奴隷の浅ましさが蔓延していないか。正義を主張するものに対するルサンチマンに満ちた冷ややかな孤立状況を蔓延させていないか。自らを安全地帯に置いて冷ややかに他者を見る恐るべき退廃が蔓延していないか。弱者や非権力者に対する云われなきストレスの発散をおこなっていないか。自らの良心の痛みよりも、安定した小市民的な私生活を優先させていないか。常に周りを見、多数がどちらにあるかをのぞきながら、自らの良心を捨てても孤立を避けようとしていないか。周りに媚びへつらいながら太鼓持ちに成り下がって自らの矜持を既に捨ててしまう無感覚に堕してはいないか。教授するものの立場にありながら、学ぶ者を軽蔑し、学ぶ者の欠陥をあげつらいながら、教授する力の衰弱を湖塗するという学問にとって最も恥ずべき態度をとっていないか。なぜ君はたった1人で立たたないのか。そのようにして手に入れた安穏に何の意味があるのか。君に友情や連帯を語る資格は何処にあるのか。こうしてこの世に生きる人の一人一人は、最も大事な決定的な局面において致命的な生き抜くめあてを喪い、大勢に委ねながら自らの尊厳を失い歴史の後退局面を自ら創り出していく。自らが最もつらい時こそ、実は力ある者が最も追い込まれている時でもあるのだ。以上述べたことは誹謗中傷であるか。ならば怒れ。その怒りを君の本当の憎しみの対象に向けよ。人をして最も汚濁にまみれた疎外の状況に追い込んだ本当の対象に全身をかけて向けよ。それは私自身であるか、またあなた自身であるか、否実はそのような自己への内向的な攻撃と仲間争いをほくそ笑んで見つめている超越した力そのものだ。(2002/2/20 20:28)

[ゲーム理論の陥穽]
 ゲーム理論はハンガリー生まれの天才数学者フォン・ノイマンによって創始され、相手が得すれば自分が損するというゼロサム・ゲームが展開される。ゲーム理論は政治学・経済学・生物学等の分野にも適用され、とりわけ経済学分野では純粋ゲーム理論として3人が、応用ゲーム理論として3人がノーベル賞を得ている。交渉の場においてはもっと複雑になり、強引と妥協が企業間に繰り広げられ、伝統的な市場原理に対する受動的な対応ではなくなる。生物学でも鳥や猿の食料争いでは、譲るタイプ強引にいくタイプがあったり、時には序列が構成されて下克上が誘発されたりする。
 ゲーム理論は、人間関係をその核に据えるために相手に対する打倒か救済かの選択で自分の成功を得る複雑なゲームとなる。このようなゲーム理論は、原理的には取引と交渉における自己利益最大化の行動分析には役立つが、人間行動をそのような利益原理に短絡することができるかどうかが問われる。集団への無私の献身とか自己犠牲、他者に対する利益を越えた行為または個人ではなく協同的な行為といったハイレベルの人間行動をゲーム理論は説明できるだろうか。効用学派のプラグマテイズムをより精緻に展開する理論に過ぎないのではないか。或る政策を実行する場合と実行しない場合の社会的総利益を測定する比較考量説の現代版ではないだろうか。(2002/2/19 19:16)

[100人の日本村]
 童話作家吉田浩氏が、『100人の地球村』のパロデイーである『日本村100人の仲間達』(日本文芸社)をだした。吉田氏と私は若干の思想的な違いがあるが、結構面白いので引用させていただく。途中と最後の部分は筆者の責任で改作しました。たくさんの人の手でより充実したものになればと思い公開させていただきます。(2002/2/18 21:00)

 私たちは人口約1億3000万人の日本国住んでいます。
 もし日本が100人の小さな村だっらどうなるでしょう?
 村の外には約4700人が生活しています。
 韓国村37人、中国村989人、アメリカ村213人等です。
 日本村に住む100人中男性49人、女性51人です。
 子どもは14人、若い人や働き盛りの人は68人。
 高齢者は18人。

 村のサラリーマンは35人です。
 1000万円以上の年収がある人がたった2人です。
 700万〜1000万円稼いでいる人が4人だけ。
 300万〜700万円の人が一番多くて17人。
 300万円以下の人が12人います。
 他の村では「人生を楽しむ」ためにお金を稼ぎますが、
 日本村では「貯める」ためにお金を稼ぎます。

 日本村の借金は666兆円で世界最高です。
 1万円札を横に並べるとアロハ村まで届き、
 積み上げると富士山の1800倍の高さです。
 その重さは象の1万4000頭分になります。
 本当に返す積もりがあるのかないのか
 借金を返すためにまた借金をしています。

 バブルがはじけてから村は不景気になりました。
 村の会社のうち7割が赤字です。
 村では3人が失業中です。
 明日会社に行って自分の机があるかどうか
 心配しているサラリーマンが35人中13人もいます。
 今一番増えている職業は、ホームレスです。
 仕事は何にもしないこと、家のローンは要らないし税金も要らない。

 村を救うためにライオンの髪型をした人が当選し、
 村人の8割は彼が大好きですが、最近は彼女をふったため
 人気が一気に落ちました。
 村の有力者は村長の云うことをちっとも聞きません。

 村の女性の出産ストによって子どもの数がどんどん減り
 産まれる子供数は1.34人になり、
 このままでは2100年には村の人口は半分の53人になります。
 隣のウーロン村では人口が増えすぎて困ってしまい、
 2人目から罰金を取ることにしました。
 子どもが減り老人が18人から15年後に25人、45年後に32人になり、
 お年寄りが乗った御輿を4人が担いでいますが、将来は2人で担ぎます。

 困ったことに学校へ行かない「不登校」や「中退」「ひきこもり」になる子どもが
 1人います。

 村の約半分の人が結婚していますが、満足している人は37人です。
 5年に3組が結婚し、5年に1組が分かれています。
 一番喧嘩が多いのは沖縄集落で、一番夫婦仲がいいのは新潟集落です。
 最近はセックスレスも多く、3割以上の人が悩んでいます。

 村人の病気はかなり重症で、6人が高血圧、2人が糖尿病、1人がガン。
 1人は心臓が悪く1人は脳の血管に障害があります。最近は、呆けてしまう
 人も多くその8割は、外出すると自分の家が分からなくなります。

 村では必要な食べ物の4割しかつくらず、6割を外の村から運んでいます。
 農家の数は半分に減り、農業をやる人は4分に1に減りました。
 ご飯の替わりにハンバーガーを1年に1人10個以上も食べ、
 その1個で約5平方メートルの熱帯雨林が消えています。

 このような状態に頭に来た村長さんが「村の構造を変える。痛いが我慢せよ」
 といっていますが、痛みだけがあって余計に悪くなっています。

 この村では「どうも」という言葉だけで何でも通用します。
 朝、昼、晩、挨拶は「どうも」。
 失敗して謝るときも「どうも」。
 相手に感謝するときも「どうも」。
 どうもひとつで何とか暮らしていけます。

 村人の76人が仏教徒ですがでも・・・・。
 クリスマスには急にクリスチャンになってケーキを食べ、
 大晦日には仏教徒に戻って除夜の鐘をつき、
 一夜明けると元旦に神道の氏子になって神社に行き初詣をします。
 日本の宗教は時と場所によってクルクル変わるので万華教といいます。

 村人は行列が大好きです。
 多数決に自信がないとき周りを見渡して、多数の側につきたがり、
 少数だと不安でしょうがないのです。
 中学生のうち6割が友達と一緒にトイレに行き、
 4割が流行を手に入れたがり、2割がイヤなことでも、
 友達から誘われればやってしまいます。
 なぜって友達と違うことをすると、いじめられるからです。

 世界でも恵まれているこの村では、若い人の自殺が急増しています。
 25〜39歳の死因のトップは自殺で、遂に世界で7番目の自殺の多い村になりました。
 自殺が一番少ない村は北極のイヌイット村で0人でしたが、文明が入ったとたんに自殺する人が出ました。

 今から数千年前の縄文時代に、村の人口は0人に近かったのですが、
 弥生時代になってチラホラ人の姿が現れました。
 奈良時代にはやっと5人で、江戸時代に10人になり、明治時代に30人、そして20世紀に100人になりました。

 100人のこの村の将来を本気で心配するのは、あなた1人ではありません。
 あなたが声を挙げれば、耳を貸してくれる人が1人は出るかもしれません。
 すると、2人のなかで何かが変わるのです。
 100分の1から2へとひろがり、あなたの声はついに100人に届きます。
 あなたの声が100人に届けば、村の外にいる4700人の人にだって
 届かないはずはありません。

[エンロン型破産の示すもの]
 さる1月25日米国ヒューストンの高級住宅街で新車のベンツのなかでエンロン副社長クリフォード・バクスターは、頭に銃弾を撃ち込まれた死体となって発見され、手には38口径拳銃が握られていたが、警察は不正嫌疑に耐えきれず自殺と発表した。彼は辞任前のストックオプションで3500万ドルを手にしていた。彼は死の前から「ボデイーガードが必要だ」と漏らしており、残された家族も自殺ではないと言っている。議会の証人喚問を直前にしてまじめな彼が自社の不正をすべて話すのではないかという観測も流れていた。頭を撃って自殺した場合は、銃弾発射の反動で拳銃は手から離れているはずだという疑惑もある。車は中央分離帯近くの切れ目に駐車してあり、自殺の場所として不自然だともいわれている。
 エンロンの最大の利潤は、石油・天然ガス・電力の先物販売であり、数ヶ月先の値段で売るjことを契約して現金をもらう先物ビジネスで利益を出し、さらにその先物契約の権利を売買する市場をつくり、自ら売買して増殖した。株や債券の先物取引市場は、厳しく監視され不正防止策が採られたが、エネルギー先物市場はブッシュ政権への政治献金により不正防止策が遅らされた。しかし景気後退と原油価格の低落によって、損失が膨らみ隠せない状態となった。利益が出ている間は、株価が上がり社員の給与ストックオプションで現金支給を減らすことができたが、赤字経営になるとそれも不可能となった。経営陣は必死の粉飾決算で逃れようとしたが、その犯罪的行為も限界に来た。
 エンロンの破産は、株式投資、ストックオプション、会計事務所などのグローバルスタンダードとなっている経済システム自体の限界を示した。エンロン株はそのなかで最も優良株とされ、エンロン株を組み入れた投資信託や年金基金という人々の生活に不可欠な資金が愛国的行為として投資された。ところが長優良株のはずが実は八百長で株価をつり上げ、粉飾決算で黒字を計上していたのだから、政府や財界を信頼して生活資金を託した人々の信頼は完全に裏切られていたのだ。
 さらにストックオプションによる会社経営のコスト削減政策が、株価が下がる景気後退期には会社に大打撃を与えると云うことが白日の下に晒されることとなった。ストックオプションは右肩上がりの時にしか有効ではないということが明白となった。もっといえばストックオプション自体が現金を払わないある種の粉飾決算にあたるということだ。
 次に世界最高水準の会計公開を誇った米国会計基準が揺らいでいることだ。エンロン会計を請け負った米国最大のアーサー・アンダーセン会計事務所は、損失を子会社に付け替える「積極型会計」を指導し、発覚後は関係資料をすべて廃棄するよう指導したことも分かった。会計事務所は、企業の不正会計を監視するのが職務であるにもかかわらず、逆のことをやっていたのだ。
 しかし最大の被害者は、同社の確定拠出年金401kによって、従業員が給与から年金の掛け金を出し会社がこれに上乗せして運用するが、運用先は自社株に限定された結果、多額の年金と退職金が雲散霧消した従業員の被害にある。
 エンロン倒産に対応するブッシュ政権の選択肢は、@再発防止策を立案するA景気を上向かせてこれ以上の不正暴露を防ぐB国民の関心を外にそらすの3つだが、現時点ではBの方策である反テロ重視政策をとっている。米国は、東アジアの経済システムを「コネ重視資本主義」と批判して規制緩和を強力に迫っているが、実は自分自身が癒着の権化となっているのだ。遠くない将来にこのような欺瞞的政策が破綻することは間違いない。(2002/2/16 21:53)

[涙は女の最大の武器か]
 外務省官僚に木っ端みじんに粉砕された田中真紀子なる外務大臣の悔し涙に、首相が「涙は女の最大の武器」と答え、「女性蔑視だ」と批判された。川口なる人物は、「素晴らしい男性の前で涙を流して、涙は女性の武器だと一度云われてみたい」と答えて、満場の失笑を買った。このような男性迎合の甘えに無自覚な女性が次期外務大臣とはまたこれは驚きだ。川口氏の発言は、女性全体を侮辱していると同時に、実は女性を蔑視するような生き方を選択している男性をも侮辱しているのだが、双方ともそのようなジェンダーによる人間喪失を全く分かっていないーと言う意味で最も不幸な人たちではある。
 男性の涙が見られなくなったのは、明治以降の近代軍隊の内務班教育のなかからで、涙を見せる男性はそれだけで敗者の宣告を受けるようになり、男は黙って・・・・するという美徳が形成された。それまでは、男女を問わず奔放に涙を流してきたのが日本の歴史であった(源氏物語、平家物語を見よ)。そこには男女を越えた感性の自然で豊かな発露としての涙があったのだ。ところが、明治以降の軍事国家形成の過程で形成された男尊女卑の家族制度のなかで、涙は依存し甘える女性の独占物となり、男性も自然な感性の発露としての涙を喪失して「男らしさ」を体現していった。こうして最大の被害者は、悲喜こもごもの表現としての本来の涙が歪められてその本質を喪失したところにある。従って、涙も女も男も本来のナイーブさを疎外されるように追い込んだジェンダーシステムにこそ、最大の問題があったのだ。
 最大の被害者は女性であり、彼女たちは人間である前に女性であるように幼少期からトレーニングを受け、自らもそれを信じてしまう究極の疎外がもたらされた。女性解放やジェンダー問題にとりくむ女性の間にもこのような疎外は痛ましく継承されている。その最も象徴的な実例は、婚姻関係にある反体制運動家である。権力の弾圧は最初に男性(夫)の側に集中し、先に男性が転向すると不思議なことに女性(妻)も追随していく現象が頻発した。反体制運動でなくとも、あらゆる社会的な現場で男性(夫)が生き方を変えると女性(妻)も追随するという現象が見られる。私の知人は、「男は頭で考え、女は子宮で考える」という恐るべき差別的表現をしたが、実は一部の男性にとってはこれが本音ではないだろうか。
 いささか話がづれたが、私は映画館でよく涙を流す。周りを見るとそんなに泣いている人もいないので、なぜなのか不思議に思うことがある。確かに、涙は情緒を高揚させ、思考の深さを奪うことは確かだと思う。しかし私は涙が止まらないのだ。ただ私の涙は、誰かにもたれかかった涙ではない。涙の文化は、いずれにしてもジェンダーの置かれた社会的システムの複雑な反映ではある。(2002/2/15 22:45)

[真継伸彦『無明』(河出書房新社 昭和45年)を読む]
 応仁の乱の直後から始まる天正年間(1573−1591)の一向一揆の歴史を描く5部作の第2作。第1作『鮫』は一揆が加賀を攻める長享の乱(1488)までの時代を扱い、この第2作『無明』は一揆の精神的指導者であった蓮如が逝去するまでの時代を描いている。一向一揆とは、親鸞が開祖である浄土真宗の宗徒が起こした反体制運動の宗教的形態を採った民衆運動である。中世封建社会の反権力闘争が誰によって担われ、その指導層は誰であったか、闘争主体がなぜ宗教的形態をとったか・・・などの興味あるテーマを個人の内面の葛藤に焦点を当て正面から描いた本格的な歴史小説である。付言すればこの本は古本屋のバーゲンコーナーで200円で求めたものであり、真継の現代での市場評価を露骨に示している。
 私が最も注目したのは、第1に浄土真宗門徒の社会的基盤が、非人や土民という百姓層以下の最底辺の抑圧された民衆であったこと、第2に浄土真宗の宗教的指導者が現実には最底辺の民衆の犠牲の上に権力構造を構築し、権謀術数のなかで一揆を指導したこと、第3に宗教的ファナテイシズムとも云うべき精神動員システムが形成され、一揆が主として農閑期における収穫物争奪戦であったこと。最後に、宗教原理運動の初期における純粋性が後継世代のなかで次第に世俗性を帯び、最後には民衆を権力維持の手段に貶めてしまうこと。さらにこのような時代の規定を受けた宗教的原理主義があらゆる退廃にも関わらず、なお教義原典の究極の価値を維持し続けること。
 作品構成の評価としては、真継自身が真宗信徒かどうかは知らないが、このような壮大なテーマを対象とする小説の構成の困難性を痛感した。第1に宗教的真情に対する主観的な思い入れの深さ、第2に宗教的形態を採った民衆運動の基盤の社会的究明が難しいこと、第3に最後の大団円の部分の宗教的真情の露出が失敗していること。なぜこれらの描写が失敗に終わっているかを考えると、主観的な情緒表現を使いすぎていると云うことにある。或る具体的な行動の具体的な描写を通してリアルに語らしめる表現の技術がないことだ。しかし、最底辺の民衆のルサンチマンを体現したはずの真宗が、最も否定すべき権力構造に自ら転化していくという実相はすでにして恐ろしいものがある。(2002/2/14 20:28)

[恥ずかしがり屋の物書きー大江健三郎のサイード宛書簡を読んで] 
 2月13日付け朝日新聞夕刊に大江健三郎からサイード宛書簡について。氏は、現代を雑種的で異種混交的で国境を横断して、細かく差異化された文化の時代だという。グローバルな文化交流のなかで民族文化が喪失し、主流となった文化のなかで部分的な差異が生まれているに過ぎないといった意味か。米国文化と米国の暴力がなぜ世界を支配しているかーというサイードの問いかけに大江は答えられない。米国への一元的服従に歩む日本を批判するなかで憲法の抵抗力は喪われたと嘆く。そうして自分が作家活動を断念したことを赤裸々に告白しつつ、サイードに救いを求める。一見して氏の誠実さが吐露されているようであるが、『沖縄ノート』以来実践的な行動提起を良心的におこなってきた氏の経歴から云えば、なにか女々しい自己弁解に過ぎない情緒的な自己責任の放棄に思える。大江の結論は、若い異議申し立てをおこなう草の根青年知識人の存在に救いがあるということだが、なぜ現存している公認知識人としての自らの歴史的責任への厳然としたリゴリズムがないのだろうか。率直に言って、恥ずかしがり屋の良心派の甘えがうかがえる。この背景には、日本の論断状況では未だ生命の危険を冒して何ほどかの言辞を公開する危機的な状況ではないソフトな状況と氏の社会的な認知の権威性があるからだ。日本の知識人は、なぜもっと直截に大胆にストレートな思想の発信を行わないのであろうか。
 いま米国で最も孤立した知識人であるサイードは、大学教職の辞任を迫られる危険を冒して世界に向かって明確なメッセージを発しているに違いない。このような国家や社会との間にあるリアルな緊張関係のなかで、サイードのメッセージは迫力を持ってくる。大江のもはや敗北したかのごときペシミズムあふれる言辞は、、彼が期待する若者を吸引するどころか逆に敗者の遠吠えに受け取られるだろう。日本の良心的知識人の高峰にある者が達しているレベルはこの程度のものなのだ。ノブレスオブリージュ(高貴なる者の責務)といった矜持が日本の知識人にはないばかりか、庶民の生きる学園や職場においては常に周りの雰囲気に追従する右顧左眄の場となっている。だからこそ少し目立つリーダーが出るとヒーローのような驚異的支持率による他者依存の傾向が出るのだ。この書簡は往復書簡であるから、次は厳しい大江批判を込めた礼儀あるサイードの返信が掲載されるに違いない。(2002/2/13 21:35)

[YWCA主催2.11集会 渡辺治「日本の軍事大国化と天皇制」を聴いて]
 YWCAの左翼性はどこからきているのかよく分からないが、2,11紀元節反対集会はいつも硬派のテーマで開催される。渡辺氏は、現代政治史専攻の左翼学者であり、YWCAが彼を招待したのはよほどの現情勢への危機感があるのだろうか。渡辺氏は、戦後改憲論の系譜をたどりながら、なぜ現在全面的な改憲路線が登場してきたのかという視点から歴史的分析を加えた。@日本企業のグローバル展開A日本社会の構造改革が遂に解釈改憲では対応できない現憲法の枠組みと正面衝突する局面に達し、擬似「自立帝国主義」戦略に踏み出したところにあるとする。
 日本の反体制派の基本的な弱点は、歴史の後追い的な評価と分析は非常に鋭いが、それに対抗する別の選択肢の可能性や提示になると問題提起に終わってしまうところにある。本日の渡辺氏の講演も歴史的評価と分析に終わり、反体制派は独自のオルタナテイブを提示して行くべきだと述べるが、その内容については打ち出さなかった。右派や構造改革派は、その内容の当否はおいて大胆に実践的な方針を示し、かつ血を流しながら実践する。もちろんここには権力の所有者という社会的位置の違いはあるが、では反体制派に権力が渡った場合にすさまじい権力闘争の渦中にあってどのように政策的優位を実現していくかーという政治的力量に不安を覚えその不安は村山政権によって現実のものとなった。対抗戦略としての新福祉国家構想と戦略が文字どおり実践の火花のなかで試されるときが近い。(2002/2/11 19:31)

[米国リベラル知識人は日本をどうみているかーチャルマス・ジョンソン氏インタビューから]
 氏は2000年に刊行した『ブローバック』で9.11テロを予告したが当時は無視された。ブローバックとは、外国に流した謀略デマが本国に逆輸入されて意図しない結果をもたらすことを云う。テロは米国の対外政策の結果起こった必然的なものだという。1937年の南京虐殺を知らず、1941年に中国で起こったことを日本人は理解できず、中国人の反日感情を理解できなかった^と同じことだ。現在の米軍は完全志願制で国民と遊離し、退役軍人の経営する民間企業と契約して、軍隊自体の民営化が進んでいる。宇宙から中国を標的にしたミサイル網を整備して、ローマ帝国型の世界支配を試みている。ソ連崩壊の原因は、@国内経済矛盾A帝国的抑圧のための軍事費B改革の無能力にあったが、現在の米国は同じ条件で長期の崩壊過程をたどっている。
 日本は東アジアのアルゼンチンといえる。米国との衛星関係で南米で最も豊かとなったアルゼンチンは、その条件が理由で崩壊した。日本は安全保障と対米貿易をトレードオフに繁栄の途を歩んだが、現在笑っているのはトヨタと三菱重工だけだ。1980年代に日本が世界最大の債権国になったときが、住宅や病院・学校の改善に投資する最大のチャンスだったが、日本はプラザ合意の途を選んでより過剰生産をおこなって現在の不況を招いた。日本の大学は、欧米型研究大学ではなく中世の訓練施設のようだ。
 私が驚くのは、韓国人記者に「韓国はアメリカの衛星国だ」と言うと顔を真っ赤にして起こるのに、日本人記者は「」もちろん」と答える。いつまでもアメリカに寄り添って漂流していると、日本は崩壊する。(2000/2/11 9:31)

[スポーツの至高性とは何かーソルトレークオリンピック開会式から]
 9日に開会された冬季オリンピック開会式は本質的にスポーツが政治から自由ではあり得ないことを示しているのか。戦前のベルリン五輪はナチス賛歌の演出となり、1940年の東京五輪は戦争で返上され、戦後のモスクワ五輪は米国圏が参加をボイコットし、ソウル五輪はソ連圏がボイコットした。今回のソルトレークは、戦争中の国家元首が開会を宣言する初めての五輪となった。政治的な対決を越えた平和の祭典であり、国家行事ではなく都市が開催権を持つ五輪憲章の理想はまたも地にまみれたのか。
 問題は開催国の軍隊が依然として空爆継続中であり、現地アフガンは惨憺たる状況に陥っていることである。飢饉の極限にあって、子ども達は木の根を食らい、たった100キロの小麦と交換するために10歳の少女が売られ、2歳の息子が約30ドル(4千円)で売られている。平和の一点で結集する最高のスポーツの祭典期間中では、少なくとも空爆を一時凍結すべきではなかったか。死者と飢えを目の前にして1秒速く走ることに何の意味があるのか。
 ブッシュ大統領は、開会宣言で五輪憲章で定められた宣言文の前に、「誇り高く優雅なこの国を代表して」というナショナリックな内容を加え、IOC会長によって強く批判された。さらにWTCテロで焼けた葬儀用の星条旗を米国選手に持たせ行進させた。ここに米国主導下の反テロ運動に全世界を巻き込もうとする米国のユニラテラリズムのあけすけな演出がある。米国の国歌が流れたときに、IOC会長だけは胸に手を当てる最敬礼を拒否し最後の抵抗を試みた。しかし、観衆は星条旗をうち振って「USA!」と連呼し、聖火の最終点火者としてソ連を撃破して奇跡的な優勝を遂げた80年の米国アイスホッケー選手が入場すると観衆は興奮状態となった。「悪の枢軸」と名指しされたイラン選手団の入場は冷たい視線で迎えられ拍手は少なかった。米国に在住する大半が民主主義と自由を受け入れているムスリム約700万人に対する迫害が急増し、テロから今年1月下旬までに10人が殺害され、284人が襲撃され、311人に脅迫状が送られた。
 こうしてブッシュ大統領は、米国の世界戦略に愛国心を動員するイベント戦略に成功したのだ。かってモスクワ・オリンピックの開会式では、ボイコットを悲しむ熊のミーシャが落涙するシーンが演出され、五輪精神の至高性に配慮しようとするかのような演出がなされたが、今次ソルトレークはパックス・アメリカーナを誇示する祭典となった。
 もし私が開会式演出の責任者であったら、全世界の飢えと迫害に苦しむ人々に焦点を当て、WTCテロもそれら共通の被害として悲しむ普遍性を持った平和の演出を試みたに違いない。そうしてこそ、米国の発するメッセージは世界的な尊敬と支持を獲得し、21世紀の地球が大きく戦争から平和へと舵を切る契機となるチャンスとなったはずだ。残念ながら今次五輪の開会式は、憎悪と報復のための狭いショービニズムを誘発する低次元の退廃した米国右派の祭典に過ぎなかった。米国の真の「誇り高く優雅」な姿は、米国独立宣言の気高い文にこそあるのだ。(2002/2/10 9:06)

[イスラム女性とチャドルを考える]
 映像を通して流れるアフガン女性のブルカ姿は、全世界に衝撃を与えたが、私はその彫りの深い素顔に男性もそうであるが、何か哲学者の風貌を見る思いであった。イスラム圏におけるベールの制度化は、男女のジェンダー的差異に関わる本質的な問題をはらんでいる。イスラムのベールは、女性は私的生活の領域でのみ生活を許され男性が支配する公的領域では、男性の目から遮断されなければならないというイスラムの象徴である。マホメットが創教した頃は、アラブ世界が母系制(母権制ではない)から父系制へ移行する転換期であり、イスラム信仰の至高性を説くためにセクシュアリテイーは隠蔽しなければならなかった。イスラムでは、人間は弱い存在とされ、男性の女性の対する欲望は抗しがたいものであり、男女隔離とベール着用はイスラム支配の必要条件となった。レイプ被害者でも不名誉であり、名誉回復のためには加害者を殺害するか、被害女性を殺害するしかなかった。近代化のなかで憲法、刑法、労働法などの近代化は進んだが、唯一家族法のみは聖域として遵守され、男性は4人まで妻を持つことができる。これは戦争で大量の孤児と寡婦が発生する時代での一種の救済措置であった。
 問題は政治闘争のなかで、女性政策が権力闘争の象徴となり、近代派は女性政策の近代化を志向し(ベール禁止令)、原理主義派は女性の隔離をめざすということになった。ここでは、ベールは唯単なる着衣ではなく、高度に政治化されたシンボルとなった。さらに、複雑なことには、女性自身からみたベールは、貧富の差と階層性を覆い隠す「制服」の役割を果たし、擬似的「自由」を獲得する手段となった。つまりイスラム女性は、心理的にはベールによって「自由」の心境を手に入れたのである。こうしてイスラム原理主義運動のなかで、ベール着用はイスラム革命成功の必須条件となり、女子学生の奨学金受給の条件とされるまでになった。
 さらに複雑なことには、ベールを脱ぐ一部エリート階級の女性に対する下層階級男女のルサンチマンの表現としてベールを主体的に身につけるという階級意識が誘発され、欧米崇拝に対する反発と重層化された原理主義的回帰が生まれることとなった。ところがいまや原理主義派のなかから急進的なフェミニズムが逆説的に発生し、イスラム再定義運動が起ころうとしている。ここにこそイスラムの21世紀的未来の可能性が秘められている。(2002/2/10 19:15)

[構造改革とは何か]
 構造転換とは、@低賃金加工貿易方式による輸出主導型大企業体制から多国籍企業型への転換、A財政危機による公共事業依存型産業構造の限界である。ここから新自由主義型構造改革か土建国家型ケインズ主義かの対抗の構図が浮上する。新自由主義型構造改革の破壊対象は、@平和国家A福祉国家B土建国家である。土建国家を破壊する理由は、@公共事業の肥大化による財政赤字A多国籍化する大企業体制国内の土建型公共事業は不要になったB公共事業依存型産業の過剰化である。土建国家の破壊は、@利益誘導型権力基盤を揺るがすA公共事業依存型内需の後退による過剰生産恐慌(不良債権)B企業社会の崩壊による企業内福祉の破壊と福祉国家需要の誘発をもたらす。ここから利益誘導型保守派と福祉国家革新派の2つの抵抗勢力が浮上するが、利益誘導型保守派が主要な抵抗勢力と映る限り、構造改革派は革新的イメージを与える。福祉国家の破壊は、既成の福祉国家システムを破壊するが、逆に国民の福祉ニーズを増大させるから、構造改革派は新たな福祉システムへの創造的破壊戦略を採用する。
 現時点のシナリオは、[構造改革の進行→不況の深化→財政危機の深化→土建・福祉国家に対する財政圧力→戦後システムの新自由主義型破壊]である。最初の3段階を阻止しなければ日本の未来はないとすれば、土建型抵抗勢力と福祉国家型抵抗勢力の一致点が需要サイド重視で生まれる。ところが多国籍化の進展によって土建型需要は衰退するとすれば、需要は民間消費主導型国民生活と福祉を重視するなかでしかあり得ない。従って真の対抗関係は、新自由主義型構造改革と新福祉国家型構造改革にある。土建型需要をめざす抵抗勢力が、新福祉国家型抵抗勢力に合流する可能性も考えられる。
 さて現在進行中の構造改革は、失業率の急増をもたらし5%(330万人)を越えたが、潜在失業者420万を加えれば10.4%(750万)という恐るべき数字に達する。40人のクラスでは最低2人の親が、最高では4人を越える親が失業していることになる。今後の不良債権処理によって20%台に突入し5人に1人が失業人口になり、1929年大恐慌時の失業率25%に近づく。この失業率は全年齢平均であり、15−25歳の若年失業率はすでに10%を越え、女性就業者の非正規雇用が激増している(48%)。大企業正規労働者の80%弱は男性によって占められている。さらに従来の単身者賃金から男性世帯主賃金へ移行する年功型賃金が崩壊し職能資格給成果主義役割等級制へと移行するなかで、賃金の社会的ベースは単身者賃金を基準にすると予測される。
 日本の中学・高校生は、「21世紀は希望に満ちているか」に62%が否と答え(他国は65−80%)、「努力すれば報われるか」に30%しかイエスと答えないという惨憺たる状況となっている(日本青少年研究所2000年調査)。パラサイトやフリーターはいやおうなく追いつめられた側面がある。ひきこもりや児童虐待はこのような希望なき社会でのライフコース・ギャップに他ならず、小子化は20歳代女性の出産ストライキに他ならない。
 いま法的な最低賃金は東京では698円であり(最低は沖縄595円)、月収に換算すると10万1400円である(京都)。これは生活保護基準の81.3%にしか過ぎない。これを稼ぎ出す労働時間は2800−3000時間であり、すべての就業者は過労死が発生するという3000時間を超えて働かざるを得ないということになる。構造改革が実現する21世紀は、非正規就業者が中心となる年収200万円時代が到来する。すでにマックの正規雇用は5000人、アルバイトは10万人であり、これがすべての企業の常態となるだろう。するとシングルではとても家族の生活は維持できないから、1億総共働きとなるが、じつは現在妻が就業者で夫が扶養者であるという家庭が急増している(1994年77万世帯→2000年101万世帯)。従って複数のパート先で就業するダブルジョバーやトリプルジョバーなどのムーンライターにならざるを得ない。
 ではこのようななかでの未来生活をデッサンしてみると、100円ショップでモノをかき集め、ユニクロで最も安い服を買い、マグドナルドハンバーガーを昼食とし、深夜遅く自宅に倒れるようにたどり着くという生活が大半となり、いままさにそれは進行しつつある。ただし一部の多国籍企業の上層精神労働者であるシンボリック・アナリストは、年収1000万円を超えたプロ選手的な感覚を持って自己実現を図るだろう。
 このなかで学校教育は、500校の中高一貫教育校を経てトップテンの学部に進学し、大学院大学やロースクールにいく少数コースと、大半は狭く特化した技能しか持てない自己実現を放棄した大衆教育コースに分かれる。労働集約的技能は中国に転移する。介護保険に見られるごとく、最低の公的保障はおこなうが後は自己責任で豊かな介護を手に入れなさいーというシステムとなる。つまり、従来の一定機会の平等を保障した上で、ついてこれない者を振り落としていくという競争原理から、すぐれた人間を邪魔しない階層化された競争原理に転換する。つまり21世紀の日本は、二極化された階層社会・ツーネーション、欧米の「奴らと我ら」に近い少数新中間層群と大量の非正規ブルーカラー群から構成される実質的な2つの国家となる。
 では競争の敗者はどうなるか。いままでは落ちこぼれたくないという競争であったが、これからは生活ができるか否かの競争になり、敗者の怒りは競争自体に向かわず、負けたのは自分のせいだ、自分がダメだという無力感となる。「努力すれば成功するチャンスはあるか」という問いに、日本の中高生の30%は「努力してもチャンスはない」と答えている(先記調査)。シングルに主体的な価値を求めるのではない、自分は結婚できそうにない、別に結婚しなくてもいい、家族を持たなくてもいい、年収240万円で適当に暮らそう・・・・という意識が若者にじょじょに浸透している。
 以上が構造改革が描く未来のシナリオである。このようなシナリオが無条件で推進されるほど、日本の民主主義的伝統と感覚は衰弱していない。確実にカウンタープランが構築され、地下水のように深く静かに蓄積して、奔流のように吹き出すだろう。ではそのカウンタープランとは何か。次回はそれを私なりに考えてみたい。(2002/2/8 23:38)

[超絶短詩]
 ふだんなにげなく使っている言葉を分解し、一つの言葉を広義の感動詞(擬態語・擬声語を含む)と、もう一つの言葉に分解することによって生じる史上最短の詩型が現れた。京都大学教授篠原資明氏が提唱し静かなブームとなっている。たとえば、ネットワークは「ねっ」「戸は開く」となる。「ねっ」という感動詞と「戸は開く」の2つの部分に分解され、もとの言葉と分解後の言葉の音は同じである。思考を支える言葉は、決まり切った言葉によってものの考え方を縛ってしまう。こわばった言葉のかたまりを割ってしまうことにより、心を解放し頭をほぐすことができる。
 「荒れる ぎい」(アレルギー)・「絵 どきりこ」(江戸切子)・「差 くら」(桜)・「脅威 苦」(教育)・「ふん 触」(粉飾)・「お 沖縄」(沖縄)・「あ 我」(あはれ)・「ち 義理」(ちぎり)・「優雅 お」(夕顔)・「えい 言う」(英雄)・・・・等々。面白い。言葉が叫びを挙げている感じがする。最も厳密な言語を駆使しなければならない哲学者が発案したところが面白い。(2002/2/8 21:15)

[ステイーブンソン『瓶の妖鬼』を読む 岩井克人(朝日新聞2/6夕刊)を評す]
 『宝島』の作者ステイーブンソンは、『南海千夜一夜物語』のなかに短編の『瓶の妖鬼』を収録しているが、この話は現代貨幣論の象徴として面白い。ハワイ人Kは、まだ独身の時に50ドルで小瓶を買った。その中に住む恐ろしい鬼は、持ち主の願うことは永遠の命以外はすべてかなえる。Kは王宮のような家を夢見たがすぐ50ドルで実現した。但しこの瓶は呪われており、それを所有したまま死ぬと持ち主の魂は地獄に転落する、それを逃れるためには、生きている間に買値より安く売らなければならない。タダで譲ってもそれは無効となる。瓶の最初の所有者である王様は、悪魔に数百万ドルを支払ったが、その後売買の間に価格が大幅に下がり、Kは50ドルで買った。そしてKは、その瓶を友人に売り払った。ある日Kは、Rという名前の娘を好きになるが、すでにその時にはKは不治の病に冒されいた。病を取り去ってもらうためにKは、売り払った瓶を探し求め、瓶を最後に買った人はなんと2セントで入手したということを突き止めた。Kは泣く泣く1セントで買い取り地獄へ堕ちる決心をした。なぜならハワイでは1セント以下の硬貨はなく死ぬまで誰にも売り渡せないからだ。
 Rは幸福な結婚にも関わらず、Kが沈んでいる理由を知ると、タヒチでは1セントより少額の1サンチーム硬貨があると知って、移住する。しかしタヒチでは、だれも瓶を買ってくれない。そこでRは、Kに内緒で人を介して瓶を買い取ってしまう。だがKはそれを知り、今度はKがRに内緒で瓶を買い取る決心をする。こうして2人は互いに相手のために自分を犠牲にして、相手を救おうとする行為に出たのである。ここにはもはや貨幣の交換を超えた、何者にも交換し得ない絶対的な価値を持つ自分の生命を相手に与えるという至純の「愛」の交換が生まれた。
 瓶が象徴する貨幣を持てばすべての商品が手に入り、どのような願いも叶えてくれる万能のものに見える。しかし、貨幣の実態は、なんの価値もない紙切れや金属片に過ぎない。それが価値を持つのはすべての人がそれを価値あるものとして受け取ってくれる不思議な信頼感があるからだ。ひとたび誰も貨幣を受け取らなくなれば、貨幣の価値は失われ最終的に本来の実体である紙や金属に戻る。これがハイパーインフレだ。貨幣を所有する人間は、他人はすべて自分のための手段にしか過ぎない。自分の持つ紙や金属片を価値ある貨幣として受け取ってくれさえすれば、その人の人格はどうでもいいのである。こうしたすべての人が互いに相手を手段としてのみ位置づける社会は、実は地獄以外の何ものでもない。貨幣の持ち主にとって、すべての他人は自分を地獄に堕とさないための手段でしかなく、逆に誰かを地獄に落とさなければ自分が地獄に堕ちてしまうのだ。この話では、最後に貨幣の世界の論理を逆転させる愛の奇跡が登場する。互いに相手を自分の手段とするのではなく、逆に自分を相手の手段とする極限の魂の交換が成立するからだ。以上が、岩井氏の貨幣論である。
 ここでは貨幣の物神崇拝による人間の究極の疎外の世界が描かれるが、それは貨幣が私的所有の形態の下で存在していることから生じている幻想の共同体に過ぎないという指摘が全くない。貨幣が文字どおり交換の手段として、それ以上の何の価値をも生まない社会関係であるならば、このような物神崇拝は生じることはない。岩井氏の立論の致命的な欠陥は、貨幣を共同幻想として主意主義的に描くことに終始して、交換手段としての貨幣の奥に潜む剰余価値の構造に焦点を当てなかったところにある。確かに神のような力を持つ貨幣の論理におぼれるカジノ資本主義の退廃に対する岩井氏の批判は鋭いが、貨幣が文字どおり単純な交換手段の形態として素朴な姿を現すための社会システムまたは貨幣そのものの消滅の問題として把握できないのが、岩井氏の限界ではある。(2002/2/6 21:49)

[野蛮と尊厳の間ー揺れる愛国心]
 献身的で賞賛されるパトリオテイズムと好戦的なジンゴイズムの2つの愛国心がある。米国はジンゴイジム傾向が強く「血と怒りと破壊」が中心となる。過日のスーパーボウルでは、会場一杯にテロ犠牲者の名前が大写しにされ、観客が国旗を振るなかで、アフガンで闘う米兵の姿が中継され観客は沸き立った。ソルトレーク・オリンピックでこのような演出がなされるならば、それはもはや第2次大戦前のベルリン・オリンピックをヒトラー礼賛に利用したナチズム・リーフェンシュタールと同じことになる。「旗が翻りラッパが鳴り渡ると人は考えることをやめる」のであり、「川向こうとこちら側では正義は異なる」といった偏狭な拝外主義的な愛国心に堕してしまい、「悪の枢軸」といった悪罵を投げつけて自己満足するようになる。
 一方イスラエルでは、予備役兵士50人が占領地区での軍務を拒否する「拒否の手紙」を新聞紙上に発表し、賛同者が激増して170人に達した。「パレスチナ人全体を支配、追放、窮乏、侮辱するための戦いは続けるべきでない。・・・・占領はイスラエル軍の人間性を損ない、イスラム社会全体の腐敗を招く。・・・占領と抑圧のための任務は、イスラエル国防の任務とは関係ない」よ宣言し、パレスチナ人の住居を破壊したり、検問で通行を拒否して流産にするのは本来の国防の義務ではないと言う。驚いたことにイスラエル軍規では「命令が違法だと判断したら、従うべきではない」という条項があり、この軍規はアラブの村人50人を虐殺したときの軍法会議で「命令であっても兵士は良心の声に従わなければならない」として有罪判決が出たことが契機となっている。祖国防衛が最大の国是となっているイスラエルにおけるこのような良心的兵役拒否の制度化は評価されるべきである。重要なことは、良心的兵役拒否の思想を徹底すれば、戦争自体を拒否する可能性を秘めていることだ。
 ここには愛国心の野蛮な形態と尊厳ある形態の2種類がある。日本の自衛隊法と現在準備されている有事法制のなかには、良心的兵役拒否の規定は全くない。ここで拒否は反国家的犯罪とみなされている。いずれが真の愛国心であるだろうか? 或いは愛国心と言ったフレーム自体がもはや有効性を喪った概念だろうか。日本の近い将来にこのような問いが、迫真性を以て投げかける時代がくるだろう。(2002/2/5 6:59)

[アメと鞭とは何か]
 プロシャのビスマルクは、皇帝権力に抵抗する国民に対する分断政策として、一方では世界最初の社会保険法による社会保障制度を、他方では社会主義取締法を出して国民を見事に分断し相互に闘い合わせることを誘導して皇帝権力の維持に成功した。日本では戦前期の加藤高明内閣が、一方では普通選挙法を他方では治安維持法をだして同じようなアメと鞭の政策によって国民の分断に成功した。 
 現代の日本でおなじような2面政策が打ち出され、企業や学園での分断が図られ恐らく彼らの意図は当面成功を収めるだろう。特に学園でのこの政策は着々と推進され、人参をぶら下げられた場面で人間の尊厳や協同をものかわすさまじい勢いで、戦後民主主義の蓄積物が奪い去られよとしている。このよう局面で最も重要なことは、当面の情勢の中に埋没し必死で延命を計ろうとする条件闘争の次元に堕落することをいかに避けるかである。原理が問われている場面では、条件は介在できないのである。権威主義的支配は、自らのソフトな温情主義的な支配形態では限界に直面しているが故にこのような2面的な支配形態を採用するのであり、統治の展望と能力を喪失しつつあるが故の強硬な力の行使であり、それは彼らの支配の弱まりの逆表現であり、人格的な説得力を失ったが故の動物的な支配論理に依存せざるを得ない弱さの現れであることを見抜くかどうかが問われている。アメと鞭の論理は、いずれの形態であろうと人間的な尊厳と正面から対決する必然性があり、愚弄と相互の破産を結果する致命的な結末をもたらす。どのような人間にも矜持と尊厳の自覚はあるが故に、また人参に食らいつく同僚に対する憐憫の情があるが故に、アメと鞭は決定的な政策的限界を持つ。
 さてこのような局面で敗れ去るのは少数者であり、声なき多数者の支持をめぐる倫理的ヘゲモニーの獲得が帰趨を決することは、グラムシの陣地戦論を引用するまでもない。旧国鉄の無惨な結末はこのことを如実に示している。しかし敗れ去る少数者がどのような道を通って敗れ去るか、その破れ方が後継世代の共感をあり方を決めるのである。血生臭い争闘の中に陥れることが確実な結果を前にして、いかに振る舞うかが問われている。支配の論理に媚びへつらえば、支配は余裕と憐憫を以てその支配を容易に貫徹する。2面政策を見抜いた少数者は、条件闘争の無意味性を知っている。彼らは媚びへつらわない。なぜなら未来は支配にはなく、少数者にあるからだ。未来なき支配は、ますます現在の力を誇示した権威主義的な形態を駆使するだろう。彼らにとっての脅威は、毅然たる身を捨てた正義の感覚での異議申し立てにある。そこにはじめて支配の側がたじろぐ決定的な瞬間が訪れる。(2002/2/4 23:13)

[モフセン・マフマルバフ『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない。恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』(現代企画社)]
 まだ心が石になっていなかった唯一の人は、あのバーミヤンの仏像だった。あれほどの威厳を保ちながら、この悲劇の壮絶さに自分の身の卑小さを感じ、恥じて崩れ落ちたのだ。仏陀の清貧と安寧の哲学は、パンを求める国民の前に恥じ入り、力尽き砕け散ったのだ。仏陀は世界に、このすべての貧困、無知、、抑圧、大量死を伝えるために崩れ落ちた。しかし怠惰な人類は、仏像が崩れ落ちたということしか耳に入らない。こんな中国のことわざがある。「あなたが月を指させば、愚か者はその指を見ている」。誰も崩れ落ちた仏像が指さしていた、死に瀕している国民を見なかった。・・・・・・『カンダハール』の製作を終えた今、私は自分の仕事の無力さを感じている。私は、レポートや映画という小さな知識の炎で、人類の無知の深い海を照らすことができるなどと信じてはいない。今後50年間にわたって、ばらまかれた地雷によって人々が手足を失うことが定められている国を、19歳のNGOの英国人少女が救えるなどとは信じていない。ではなぜ彼女はアフガニスタンに行くのか。なぜ私は、あんな映画を撮ったのか?そしてなぜこんなレポートを書いているのか。
 マフマルバフは、1957年にテヘランの貧しい家に生まれ、15歳で当時のパーレビ王制打倒をめざす地下組織に身を投じ、2年後警官の銃を奪おうとして失敗、4年半の獄中生活を送った。1979年のイスラム革命によって出所し、一転して文化運動に転じた。革命後の社会を見て失望し、政治では人々を救うことができないと悟った彼は、文化による内面からの変革を試み、作家としてイランのスタインベックと称せられるようになり、1982年から映画に転じ、1989年の『サイクリスト』・1990年の『パンと植木鉢』『ギャベ』『キシュ島の物語』などで世界的な注目を浴びた。娘のサミラは『ブラックボード』の監督である。
 私は指摘したい。先進国の知識人は、絶対にこのような「恥辱のあまり崩れ落ちた」というような表現をなしうる感性を持たないということだ。ここには先進国知識人が、知的成熟のなかで喪失していったプレ・モダンの素朴で生き生きしたモラルへの誠実さがある。路傍における飢餓をも記号化して論じるポスト・モダン派にとっては、さぞかし意表を突かれる言説ではあろう。しかしここにはどのように文明化が進もうと私たちが喪ってはならない原初的な人間への直截なシンパシーがある。(2002/2/4 20:47)

[戦後型青年期の解体と再編]
 1960年代以降に定着した青年の最終学校卒業期における就職内定→4月1日一斉入社という就業構造は解体した。学卒後の無業・フリーターなどの非正規雇用・専修学校再入学などの過渡形態が介在する傾向が著しく進展している。この現象を青年自身の職業観の未成熟や家庭の放任主義に求める主意主義的な分析が横行している。果たして正しいか。
 1960年代の青年教育学は、青年期を高校進学者を対象とするモラトリアム期間として位置づける層と、義務教育卒業後直ちに就業する層との二重構造として把握し、二重性を克服する総合性高校を展望したが、この展望は底辺層の私学への進学・中層以上の公立高校への進学として実現された。ここでは原理的に学卒→新規就職のシステムが前提とされていた。ところが1990年代以降事態は一変し、新規学卒就業率の低下と学卒無業者・フリーターの増大によって戦後型青年期は崩壊し、大量の青年が大人への移行期に当たって複雑な流動期に入った。
 この主要因は、青年の就業意識の変容という主意主義的なものではなく、企業サイドの新規学卒採用の抑制と正規雇用の激減にある。しかも日本型就業構造においては、青年期の公的な就業支援システムが未整備でほとんど終業後の企業内OJTに依存していたことによって、青年は労働力販売において決定的な弱者の立場に立たされていたのだ。従って、青年の就業機会は、個人の能力と家族環境に規定され、学校ランク・学業成績・親の学歴などの階層的要因によって左右される構造が誘発された。つまり青年期就業の揺らぎは、主として企業側の雇用システムの変容によって誘発されたものであり、青年期の延長といった青年意識の問題では必ずしもないのだ。
 当面する青年期教育の政策的課題は、正規雇用の安定化によって青年が社会から期待されているという相互承認関係の強化であり、社会参加に対する自己肯定感を育む制度的な整備にある。それは職業教育によるスキルの獲得を公共政策として具体的に準備することでもある。次に非正規雇用を選択せざるを得ない青年層に対するセイフテイー・ネットの整備にあり、そのような若者が相互交流をおこなうことができるコミュニテーの形成にある。多様かつ多層的に流動化する青年期を、かってのような卒業→就職といった単純モデルで裁断し、フリーターを逸脱的な進路選択と規定して青年を責めることはもはやできない。青年の将来に対する展望と社会参加への自己肯定感をどのように提供しうるか、ここに恐らく日本の青年期の将来がかかっているのではないか。(2002/2/3 21:31)

[極限のモラル・ハザード・・・・雪印食品の強制捜査]
 警視庁と県警合同捜査本部は、狂牛病の国産牛買い取り制度を利用した1億9600万円の詐欺罪で雪印食品への強制捜査を開始した。全社あげて輸入牛を国産と偽装して補助金を略取する詐欺罪と、北海道産を九州産にレベルを張り替える食品衛生法違反(虚偽表示)容疑である。捜査本部は「雪印食品だけとは考えていない、他社もやっている」とも語っている。このような偽装工作は、販売業者・倉庫業者・荷主・納入業者など会社ぐるみの共謀がなければできない。かって食糧庁は、超人気の「魚沼産コシヒカリ」の流通量調査で、生産量の約30倍に達するという実態を把握した。これらの問題は何を突きつけているのだろうか。
 食品流通チャネルの複雑性、原産地表示の不確実性、農水省の管理システムの欠陥などがある。牛肉の全流通量からみて国産牛の買い取り申請量に明らかな増量があったにもかかわらず、農水省は検査に入らなかった。出荷段階から買い取り申請に至る初段階で、単純な偽装工作ができるチャンスが容易にある流通の不透明性。詐欺罪は特定個人を処罰するに終わり、雪印食品本体を処罰し得ないこと。しかし最大の問題は、生命に直結する食品の安全性を無視して、税金を詐欺するモラル・ハザードとコーポレイト・ガバナンスの崩壊である。さらにいえば、食品業界に限らず日本の社会全体が信頼性原理を喪失して自己利益追求に走る恐るべき退廃が進んでいるのではないかと云うことだ。なぜなら疑問を感じつつ上司の垂直的な命令をそのまま実行する社員の意識構造があったからだ。なぜこのようなモラル・ハザードが進行したのだろうか。
 第1に、バブル期に本業を放擲して不動産投機に励んだ虚業による利潤追求と闇の地下経済の横行のなかで、企業倫理が崩壊したこと。第2は、根底に「自己決定・自己責任」原則で生存をかけた激しい競争を「痛み」を伴いつつ押し進める新自由主義型経済原理が、フェアーな「公正」原理を破壊してしまったこと。第3に、最も恐ろしいことは、経済のみならず社会全体に自己利益と強者崇拝を追求するシステムがすすみ、人間の原理自体が喪失しつつあるのではないかと云うことだ。なんの罪なき外相を権力維持のために更迭する最高権力、人参をぶら下げて競争させる企業の成果主義賃金、トップテンのみに大学予算を配分する高等教育財政、教育内容を査定して教師の競争を煽る査定制度、最弱者のホームレスを襲撃して暴力の強度を競う少年達・・・・社会全線で羞悪なモラルの衰退がみられる。こうした諸現象は、渦中にあるメンバーは視野が限定されて必死に目前の成果を追求する狭窄した行動をもたらし、自己反省と自己改革の契機は衰弱するから、事態は蟻地獄のように悪無限が誘発され、最悪の結果をもたらす。かってのアウシュビッツを見よ。今次雪印事件は、こうした社会システム全体のメルト・ダウンを象徴する典型的事件なのだ。
 希望はあるのか。希望はある。これらの現象の基本的な原因は、日本型の垂直的なタテの権力構造を放置したまま、アメリカ型競争原理を持ち込んだシステム矛盾にある。少なくとも、機会の平等と競争の公正を確保する水平的な関係に置き換えて、セイフテイーネットを整備した競争環境を実現すれば、悪の諸現象は社会全体から非難され排除される可能性がある。少なくとも2世でないと成功者になれないような競争システムでは、とても公正な競争が展開されているとは云えない。
 さらにいえば、人間そのものが動物的な生存競争原理を克服した理性的な存在であり、本来的に協同と友愛の関係を求める存在であるからだ。本能的な利己的行動を軽蔑する高次の文化を持った存在であるからだ。駅のホームに落ちた人を反射的に助けようとして自ら犠牲になる存在でもあるのだ。いまのところこのような本来の人間の関係は、家族という狭い共同体のなかでしか実現されていないように見えるが、決してそうではない。日本と世界の隅々で地道に営々と営まれている小さな協同と友愛の蓄積が、巨大な奔流となって流れを制するだろうし、歴史がまさにそれを証明している。今回の雪印事件がどのように裁かれるか、日本の社会システムの今後を計る分水嶺となるのではないか。(2002/2/3 5:30)

[パックス・アメリカーナの焦燥]
 29日のブッシュ大統領の一般教書演説には、次のような言辞がみられる。「1.我が国は戦争状態にあり、経済はリセッションに入っている。文明世界は前例のない危険に直面している。・・・1.対テロ戦争が終わるどころか、始まったばかりであることを示している。1.一部の国はテロに怯えるだろう。彼らが行動しないなら米国が行動する。・・・・1.(北朝鮮、イラン、イラクは)悪の枢軸を形成し、世界の平和を脅かそうとして武装している。1.国防費は過去20年間で最大の増額となった。」などなど。ここにはかってのアドルフ・ヒトラーのアーリア至上主義か東条英機の八紘一宇といったファッシズム言語と本質的に共通した権力に対するナルシズムの傾向がある。思考方法として、あれかこれかの善悪二元論と世界を垂直的な支配関係で把握する単純な機械論的思考があり、自己省察を交えて世界を認識する相対論理が一切なく、米国が正義の独占者・審判者として世界の頂点に君臨して判断を下す驚くべき傲慢さがある。国家理性は、イマヌエル・カント以降積み重ねられた国際平和思想とあの気高い米国独立宣言の思想に自ら泥を塗る下劣な品性しかない。この惑星を米国一極にひれ伏させるあたかもハリウッド映画を見るような帝国の思想そのものだ。イラン・イラク・北朝鮮を「悪の枢軸」と規定し、この戦いに後込みする軟弱国家に代わって米国が攻撃すると宣っている。このような権威主義的な脅迫にひれ伏す国がまさkあると思っているのだろうか。ブッシュ大統領は米国に追随しない欧州諸国を非難し、ただ一カ国米国に服従する日本を称揚している。
 私は解明しなければならない3つの問題に直面した。第1は、西部開拓以来形成されてきた健康なリベラリズムを持つ民主主義ととらえてきたアメリカン・デモクラシー(これによって多くの亡命者やマイノリテイーを受け入れて多民族国家を形成してきた)とは全く異質の現代アメリカ思想があるということ。このような思想は、おそらく米国思想のなかに胚胎されてきた負の部分であろうが、ここに焦点を当てた研究は少なく、米国思想の権威主義的要素を歴史的に分析しなければならないこと。そして現在どうしてこのような思想が前面に躍り出ているのかを究明しなければならないと云うこと。第2は、米国の抑圧的な国際行動を誘発させている冷戦崩壊後の米国経済の特徴と危機の実態だ。第3は、このようなブッシュ戦略に対する米国民の意識と対応がどのように分岐しているか、リベラル・デモクラシーによる再構築を指向する勢力のありようだ。
 朝日新聞の天声人語は、米国の底力と空恐ろしさを感じた・・・と言っているが、ここに天声人語の限界がある。つまり、ブッシュ政権に対する最大の献金者であったエネルギー最大手企業エンロンの倒産に象徴される規制緩和経済政策の破産による高失業と生活不安、献金疑惑解明に向かう会計検査院によるホワイトハウス提訴(政府自体を提訴するなんてスゴイ!)などの米国の国内情勢の危機に追いつめられた政権が、強者のイメージを対外的に振りまくことによって、国民の正義感を外側に逸らしているという側面があり、実は弱者ほど強く振る舞うというという実態をみていない。追いつめられた負け犬ほど鳴き声は大きい。米国は、アフガン戦争で毎月10億ドル以上、1日当たり3000万ドル以上を使い、国防費を最高に膨張させた。この原資は、政府の債券に依存せざるを得ず、国家債務はますます膨らんでいる。
 さて日本のトップリーダーはこの米国の危うい戦略に追随しながら、自らの国で同じような権威主義的政策を実行し、毎日100人の自殺者を出してなお「改革は進んでいる。痛みは我慢せよ」といっているが、すでに政権中枢は目を覆わしめる退廃と堕落が進んで迷走状態に入った。これら2頭の巨像が音を立てて崩れる予感が漂い、全国民を巻き込んだメルト・ダウンが迫っているような気がする。我が亡き後に洪水は来たれ、その時国民すべてが地獄への途を共有することになる。
 米国独立戦争以来の草の根リベラリズムの潮流は、今は未だ確たる勢力として表面には浮上していないが、米国の危機に直面して必ず復元し、アメリカン・デモクラシーの健康な側面をふたたび輝かせる可能性、日本歴史にある脈々と流れている民主主義の蓄積が再生する可能性を現実化する確かなカウンター・プランがいまほど求められているときはない。(2002/2/1 22:52)

[9.11がなければ・・・・についての考察]
 アフガン復興会議議長・元国連難民高等弁務官緒方貞子氏は、「9月11日のテロがなければアフガニスタンはあのままだったのではないか」と述べた。もしテロがなければ米国の攻撃によるタリバン政権の崩壊もなく、国際社会はアフガンの悲惨な状況を放置したと云うことだ。東京会議の表面的な成功の陰には,このような不条理の発想が隠されていたのだ。緒方氏は自らの高等弁務官としての非力に恥じ入ることはないのか。結論的に緒方氏の発想は底辺国の惨憺たる状況に対して、救済者の側からのはっきり言えば憐憫の思想に過ぎない。しかしでは、9.11後の米軍によるタリバン政権崩壊に替わるどのようなシナリオが想定されるのかという問いにどのように答えればいいのか。
 あるシステム転換が誘発される飽和点は、、内発的に準備し得るのか、それとも外発的な強制力もやむを得ないのか・・・という21世紀の国際関係論の基本問題が登場する。この問題は、ユーゴ内戦時にNATOの「人道的介入」論の評価につながる21世紀システムの根本に関わってくる。私は、タリバン政権が表面的に長期政権になろうとも、アフガン国家の帰趨はアフガン人自身の自決に委ねられるべきであると考える。テロの温床としてのアフガンの状況をつくりだした旧ソ連や米国・パキスタン自身の責任が、まず以て指弾されるべきだと思う。にもかかわらず彼らはその責務を放棄しタリバン政権の蹂躙に任せてきたのだ。人道的介入論が機能するのは、その該当国が無政府状態で統治能力を喪失し、非人間的な限界状況に放置されている場合にのみ、国際連合とNGOを中心とする市民レベルの秩序回復運動に限定して肯定されるべき問題と考える。そして最も大事なことは、そのような人道的介入に至る前に非人間的な限界状況を阻止する責務を課すべきである。
 私は次のような提案をおこなう。最悪の事態に対する外発的な介入を試みる国は、その後の復興過程に全責任を負うシステムを国際法的に義務づけること。そしてそのような介入の根拠は、介入国家の主観的な判断ではなく、国際連合または安全保障理事会の決議によること、及びその決議は国際司法裁判所の裁定を経ること・・・・以上である。(2002/1/29 23:09)

[中学2年生のホームレス殺人をどう考えるか]
 マスコミには犯罪心理学者や少年補導官が登場して、さまざまの言辞を撒き散らしているが、中学生がこのような行動に及ぶシステム的な過程を本格的に論評した者は少ない。その背景にある専門研究者の社会構造自体が分析対象として重要な意味を持つが、ここでは分析官は客観的な他者批評としてシェーレのパラダイムで論じているからに過ぎないということを指摘して、今時事件についての具体的な究明を試みたい。まず事実関係を朝日新聞から確認する。

 ○1月24日15:00頃 東村山市立富士見図書館に3人の少年が来て携帯電話や大声で話し、館長と鈴木氏から注意を受ける。17:00 閉館し外に出るが、少年たちと鈴木氏がもめる。館長が注意したら少年たちは自転車で立ち去るが、近くの路上で取っ組み合いして、館長に連絡される。鈴木氏は左目じりから出血の状態。少年の1人がゲームセンターの会員カードを落とす。
 ○1月25日12:00過 少年は現場近くで偶然鈴木氏と出会い後を付けゲートボール場での寝泊まりを確認する。18:00頃 少年たちはコンビニに集合してゲートボール場に行き鈴木氏を襲撃するが抵抗を受ける。19:30頃 少年たちが再度鈴木氏を襲撃する。4人はその後携帯で連絡を取り合い他にも数人を呼び出した。21:20 ゲートボール場の小屋で寝ていた鈴木氏を少年たちが連れだし、約1時間30分にわたり、角材で殴り蹴り外傷性ショックを与える。顔・胸・背中など全身にあざがある状態。加勢した数人は4人より年上に見えた。
 ○1月26日00:00過 鈴木氏死亡。夕刻から深夜 少年たちが保護者に付き添われて出頭、「許してください」と涙を流す.14歳の3人逮捕、13歳1人児童相相談所通告。
 ○1月28日 9:00 中学校全校集会

 以上から分かる最低限の事実は、@少年たちが図書館で騒ぎ秩序を破壊したこと、A館長と共に鈴木氏が注意をしたこと、B少年たちは鈴木氏が近くに住むホームレスだと確認したこと、C少年たちが鈴木氏に数回にわたり報復を試み、集団暴行を加えて死に至らしめたこと等である。中学校を取り巻いたマスコミは、自転車で信号待ちしている低学年らしい男子生徒2人に取材した。「4人とも親しくはないけど知っている。でも彼らのことを人に話すと友達がひどい目に遭うかもしれない」と云う。1人が話していると、「言うなっ」ともう1人が口をはさんで中断させた。二人とも気まずい表情で学校へ向かった。以上朝日新聞28日夕刊。
 次に少年によるホームレス襲撃の事件史年表を確認する。これは死亡事件であり多くの暴行障害があると推定される。

○1995年10月 17歳の無職少年3人が東京都北区路上で69歳の無職男性を10分間にわたって暴行し死亡。
○1996年 5月 16〜17歳の少年6人が渋谷区代々木公園のベンチで寝ていた46歳の男性を暴行し死亡。
○1996年 7月 15〜16歳の少年5人が東京都北区口演で2歳の男性を暴行重体翌月死亡。「ゴミみたいで汚い」という。
○1997年 1月 中学校2年生男子13人大阪府寝屋川市河川敷の男性にエアガン1万発射撃。
○1998年11月 14〜16歳の少年3人が兵庫県加古川市公園で男性をエアガンで撃ち殴打し死亡。「いじめてやろうと思った」
○2000年 6月 18歳の3人が東京都墨田区で68歳の男性を暴行し死亡。

 私はとりあえず次のような分析を加え、諸賢の批判を仰ぎたいと思う。少年たちは中学の学校内では少し逸脱した行動はあるが、教師に真っ向から反抗するといった態度には出ていない。夜間の進学塾に行くために襲撃を一端止めてもいる。しかし彼らの内面には渦を巻くようなフラストレーションの蓄積があったのではないか。内申に怯えて教師に対する屈従、シカトを恐れる友人関係への気遣い、進学に対する不安などなど。こうしたストレッサーの蓄積が校外での発散→図書館での秩序破壊となり、大人からの注意に感情的にムカツク心理が形成されていた。その出口は図書館館長という権力に向かわず、卑怯にも最底辺の弱者に向かう。彼らはホームレスに自分自身の将来を見る怯懦があったのではないか。または、ゲームをやるような攻撃快感が生まれたのではないか。集団ヒステリー現象の中で暴力の強度を競い合う雰囲気も生まれたに違いない。こうした抑圧の委譲のシステムは古来から厳然としてあった。上から受けた抑圧を次々と自分より弱い者に振り向ける構造の中でしか自分の安定を保てないような全体の雰囲気が形成される。イジメに直面して最低の良心は少なくとも加害者とならず黙ってみていることだという悲惨な実態が生み出される。私が攻撃される側であったら、怒りの対象は傍観者に向かう。
 コメントを出している中学校長は、人権教育をやっているのに理解できないと述べているが、それはウソだ。彼は中学校に充満している矛盾の数々をすべて知っているし、その共犯者としての自分を知っている。今回の悲惨な事件は氷山の一角であり、どのような健常な子どもも加害者となる可能性を持っている。ただし、私はホームに落ちた人を救うために飛び込み自らの命を犠牲にする若者がいることを当然知っている。さらに私は私生活を犠牲にして誠実に苦闘している教師の群像がいること、そして希望と友情を育てている多くの学校を知っている。そのうえでなおかつ部分的とは言い切れない少年犯罪の多発を冷静に究明し、システム自体を問い直す限界状況に直面していることを指摘せざるを得ない。問題は、このようなシステム矛盾の渦中を生きるときの息苦しさとそれが無益なシステムであるということを見抜き、敢えて孤高の孤立の途を選び取る教師の勇気があるか否かの問題であり、私も含めて弱いということだ。その弱さによる連帯と協同にしか救いの途はない。そして最後に云いたいことは、このようなシステムの頂上で軽蔑しながら薄ら笑いを浮かべている支配的な権力があることだ。(2002/1/29 20:18)

[谺雄二氏講演から・・・最も底辺に沈んだ者の神々しさ]
 27日(日)に名古屋市近郊の甚目寺町民会館で元ハンセン病患者谺雄二氏の講演を聞いた。会場は愛知県各地からの参加者で溢れていたが、なぜ名古屋市内ではなく甚目寺町で催されたのか疑問であったがその理由が分かった。実はハンセン病隔離政策に最後まで反対した唯一の医学者であり日本の医学会で完全に孤立した小笠原登(京都帝大医学部助教授)は甚目寺町に育ち、3高を経て京都帝大医学部に進んだ真宗大谷派園周寺(甚目寺町)の僧侶でもあったのだ。本日の会は彼の名誉回復と復権を讃える会でもあり、谺氏は午前中に彼の墓に詣でたそうだ。甚目寺が選ばれた第2の理由は、ハンセン病発生数が全国第3位であった愛知県(これは排斥されて乞食として流浪するハンセン病患者が東海3県から愛知県に流入。松本清張『砂の器』参照)で特に甚目寺町で熱く持てなされたという歴史があったからだ。最も愛知県はその後、無ライ県運動の先頭をきって容赦なく患者を強制収容して厚生省から表彰状を受けたが。甚目寺町は、、鎌倉期に追放された一遍を隠まい、江戸期には脱獄した高野長英を隠まうという歴史的伝統の地だ。第3は熊本地裁において国側証人として立ちながら、政府の強制隔離政策の過ちを認め謝罪した元厚生省医務局長大谷藤郎氏(小笠原助教授の薫陶を受け、ハンセン病改革のために自ら厚生省に入省、公衆衛生のノーベル賞といわれるレオン・ベルナール賞を93年に受賞)の御母堂の実家が甚目寺町であったということもある。
 ハンセン病は、遺伝病ではなく弱度の感染力を持つハンセン菌によって発症する結核と同じような病気だが、結核のような感染力はなく、プロミンその他の特効薬で完全治癒する病気であり、本来隔離する病気ではない。谺氏は7歳で感染した。彼を産んだ母親が出産直後に感染し直ちに強制隔離されたが、彼の父親が療養所に面会に行ったときに父親は自分の妻のあまりにも悲惨な実態を見た。当時の政策は、強制隔離→強制労働→反抗者は監獄→結婚は断種を前提とする→妊娠は強制中絶で、収容所の所長はすべて警察官上がりであった。父親は自分の妻を収容所から脱走させ、東京北区から足立区へ住所を変え自宅にかくまった。母親は子どもへの感染を極度に恐れて絶対に子どもを抱かなかった。6歳を越えると感染しないそうだが、まだ乳児であった谺氏とすぐ上の兄は感染した(11人兄弟)。感染を知った母親はその日初めて自分の息子を抱き、泣き崩れて翌日に服毒自殺を図った。彼はその時はじめて母親に抱かれ、その何とも云えない暖かさに打たれて、その時はほんとうに病気になってよかったと思ったそうだ。こうして母子3人が多摩全生園に強制的に収容されたのだ。園では、看護は軽度の患者が重度の患者を看るというシステムで、スタッフは絶対に患者に接触せず、強制労働の監視のみをおこなう事実上の無期囚対象の監獄であった。多摩全生園は東京を空襲する米軍B29の通過ルートであり、空襲の度にスタッフは患者を放置して防空壕へ避難する。食糧を与えられない彼の母親はそのなかで餓死した。戦後プロミンの投薬が始まる1年前に重症の兄が死んだ。こうして彼は17歳で、家族からも見捨てられ、園内の唯一の肉親も失い、天涯孤独となった。
 彼は自分の生きる意味を求めて煩悶し、最初は内村鑑三の無教会派クリスチャンとなり必死で聖書を読んだが、救われなかった。次に哲学書を読みあさり、実存主義に最も惹かれたが、そこにもハンセン病者たる自分の生きる意味を最終的には見つけることができなかった。あらゆる学校教育から排除された彼の語りが、驚くべき知的レベルと洞察力に富んでいる理由は、この17歳時点での読書にあったことが分かる。彼は最後に自分がこのような状況に置かれたシステムを構造的に明らかにし、すべての患者を解放することによって自分も解放されるという冷徹な社会科学的視点に到達したのだ。
 今は完全に治癒しているが、彼の顔はハンセン病の後遺症で醜くゆがみ唇は垂れている。頭は黒いベレー帽をかぶり、眼を黒メガネで覆いながら、しかしその全身から発する神々しいまでのヒューマニズム溢れたオーラは、人生のすべての奪われた地獄の苦しみの中から生還し得た者の誇りと愛情に溢れている。
 彼はたったひとりで国家賠償訴訟にとりくみ、数人の仲間を得て遂に政府を追い込み謝罪させた。「原告団には普通は多くの家族会がつくられて励ましの中で勇気を持つことができるが、ハンセン病原告団には家族会がありません。エイズの川田隆平君は大勢の支援者に守られ、母親は国会議員になった。ハンセン病患者を支援する会は、私にとっての家族だ。私は初めて人を信じることを学んだ」と云った時に、彼の尊厳の極地をかけた悲痛な決意が伝わってきた。勝訴になって彼は「私は、はじめて人間を回復できたのです。決して人間性を回復できたのではありません。いいですか私は人間を回復したのであって、人間性を回復したのではありません」と重ねて云い、「しかし人間を信じることができるようになった。はじめて私たちを人間として扱ってくれた小笠原先生を希望の星としてきましたが、今はじめて人間は信じるに値するものだとしみじみ感じています」と微笑しながら述べた。勝訴の後、患者の多数は依然として、家族と故郷の元へは帰れない。「醜くゆがんだ私たちを自然に抱擁してくれる社会にならないと、私たちは今も園を出られないのです。やっと終わりの始まりなのです。すべての偏見を克服した国民的なハーモニーこそが私たちの求めるものです」と最後の言葉は結ばれた。
 ハンセン病判決を受けて、いま宗教界は深刻な教義の自己検討に迫られている。なぜなら仏教界は、「業病」の名の下にハンセン病者の隔離に貢献してきたからだ。つまり先祖の犯した罪によって罰を受けるという業の思想そのものが間違いではないか・・・という重大な問題に直面しているからだ。キリスト教会では、新約聖書に登場する「ライ病」患者がイエスに触れて完治するという奇跡の描写に対して、「ライ病」と日本語に翻訳したのは間違いではなかったのか・・・という新約聖書の再検討が始まっている。それにしても100年にわたって患者を強制隔離する政策の先頭に立った長島愛生園長光田健輔と彼に文化勲章を与えた政府の責任はあまりにも重い。
 真理と問題の真相を根底から指摘し、告発する最大の有資格者として彼は今日のトークに臨んでいるが、彼は淡々とリアルに語り、決して告発調ではない。だから一層彼の静かな衝撃的な訴えは満場を圧し、実は逆に聴衆に苦しくとも生きていこうという勇気を与える内容となった。発言内容は筆者責。100年間で2万数千名の患者が死亡し、その遺骨の大多数は引き取られていない。中絶された胎児の数は3千数百名であり、現在4千数百名が完治後も園内生活を送っている。甚目寺町町民会館にて、13:30〜16:10。付記:谺雄二は、本名ではなく園名である。患者は家族へどうしても手紙を出したいので園名を名乗った。本名だと郵便配達員からバレて家族が社会的に孤立するからである。(2002/1/27 19:06)

[日韓共催W杯サッカー公式ボールは誰がつくっているか]

 サッカーの国際試合で使用されるボールの大半は、インドとパキスタンで製造されている。今年のW杯で使用される公式認定ボールはインド北部パンジャブ州の農村であるジャランダール県で生産されている。同州では1万人以上の子どもたちが、学校に行かず劣悪な賃金と長時間労働で幼児期からボールを縫い続けている。1998年に国際サッカー連盟(FIFA)は児童労働でつくられたボールの使用禁止を規定したが、現地では子ども自身が「児童労働不使用」というワッペンを縫いつけている。国際労働機関(ILO)は、開会を4ヶ月後に控えた1月にボールの不使用と調査の徹底を勧告した。
 ここには現在の垂直的な南北経済の関係が浮き彫りとなっている。先進国の巨大スポーツメーカーが現地請負業者と契約し、現地業者が児童労働によって生産し、最大原利潤を実現するという委託生産構造であり、現地の子どもたちは貧しい家計を救うために進んでこの労働をおこなう。インドはアメリカと並ぶIT技術者を供給しながら、農村部では児童労働力を供給するという奇形的な輸出志向型開発経済戦略を展開している。
 1998年に締結された子どもの権利条約では「すべての国、特に発展途上国における子どもの生活条件改善のための国際協力」を義務化したが、現時点でこの条約を締結していない国が2カ国ある。それはアメリカとソマリアである。絶対貧困国のソマリアはおいて、世界で最も豊かな国であるアメリカの経済が何によって成り立っているかを示す典型的な例である。包括的核実験停止条約の批准を拒否し、弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの脱退を決め、京都議定書からの離脱を決めたアメリカの単独行動主義の世界戦略をどう評価するかというテーマが全世界の良心に問われているのではないだろうか。(2002/1/27 8:49)

[中国はどこへ行くのか]
 中国革命から50有余年にWTOに加盟した中国社会主義はどこへ向かうのか。すでに1988年の憲法改正によって私企業の営業の自由が認められれて以降、大量の国債と外資導入によって市場経済化が急速に進展している。これが資本主義システムへの転換であるとすれば、現在の中国共産党の独裁システムはブルジョアジーによる権威主義的開発独裁ということになる。WTO加盟条件は全面的な市場経済を前提にするから、その限りでは中国は国際的に資本主義システムを宣言したことになる。問題は、社会主義市場システムといった新たなシステムがあり得るのかどうかという問題だ。中国は、土地は公有制で所有権はない。多国籍企業もすべて借地料を払って占有権((土地使用権)を得ているから、生産手段の私的所有はないと言い切れるのであろうか。
 異常な低賃金による労働力の比較優位に依存したアジアの工場化によって、じつは多国籍企業の蹂躙の対象になるのではないかという危惧が生まれている。自動車産業はすべて外資と提携し純粋な国産車は姿を消し、家庭用品も外資が独占し、洗剤は花王とP&Gが市場を独占し、国産洗剤は姿を消した。フィルムは富士とコダックが独占した。ユニクロは大量発注による低価格生産で日本市場を制覇しているが、将来はすべての産業のユニクロ化が進むと予測される。今中国は、機械・部品・素材を日本から輸入し、組立加工して米国と日本に輸出するというトライアングル経済を展開している。WTO加盟による国営企業3000万人の失業、農村余剰労働力2億人という予測がある。失業手当制度が実質的に機能していない中国でのこの膨大な失業の発生は何をもたらすだろうか。高速道路を疾駆するベンツの横を牛馬の荷車がパカパカと行く。ここから予測されることは、大規模な共産党独裁体制への批判と反抗による政治システムの混乱である。他方において日本の空洞化は決定的に進む。世界の工場は、19世紀のイギリス→1980年代の日本→21世紀の中国と転換していく。13億人の人口を抱える中国の帰趨は、21世紀の東アジアの将来に決定的な影響を与える。中国経済が東アジア経済の基軸となる東アジア共同体や東アジア経済圏の形成に向かうだろうか(中川信義大阪市大)。その構想は、中国大陸が新幹線網で結ばれ、首都は基地を撤去した沖縄に置くというものである。一方ではWTO加盟によって中国は崩壊するという議論もある。先記した農村部失業と国有企業倒産である。こうして中国のWTO加盟問題は、実は日本自身の21世紀システムの問題ともなっている。(2002/1/26 23:01)

[トランスフォルミズム(変異主義)について]
 イタリアの思想家グラムシの造語であり、多数派を形成するために反対派を漸進的に吸収し、立場を転換させることを意味する。日本でいう大勢順応主義の裏返しであろうか。ムッソリーニのファッシズム運動に反対する民主運動が高揚期を迎えると、知識人は民衆の側に移るが沈滞期に向かうと自分の専門部署に戻り沈黙するといった現象が起こった。イタリア有数の歴史家クローチェは、1925年に反ファッシスト知識人宣言を発し40名が署名したが、ムッソリーニが強力になるとクローチェはナポリの書斎に閉じこもり、署名者の多くは大学教授の資格を剥奪され、流刑にも処せられた。クローチェは沈黙した。そのなかで思想家ポッピオは、ムッソリーニに嘆願書を書きファッシズムへの忠誠を誓い釈放された。このような著名な学者が激動の時代に良心を守れなかったことに驚く。
 日本でも太平洋戦争期に大量の「転向」現象が起こり、大日本帝国の天皇制への忠誠を誓う左翼知識人が続出した。現在でも大勢の流れを見ながら沈黙したり、力関係の中でうまく泳ごうとする浅薄な現象が見られる。このような現象を苦々しく思う人たちの一部に原理主義信仰が生まれるのも自然であるかもしれない。しかし西欧と日本では決定的な違いがある。戦後のファッシズム協力者に対する断罪が、西欧では罪責を容赦なくあばき受責させたが、日本では水に流したのである。西欧映画によく登場するようにナチス軍人に連れ添った女性は頭を刈られて公衆の面前にさらされたのであり、日本では泣いて土下座すればまた仲良く握手したのである。
 問題は、いったん退潮期にはいると、職場や学園という狭い生活空間では、まじめな思考が揶揄されたり、些細なことで個人的な反目が起こったりして、無意味な争闘が繰り返され、生活文化が貧しくなり低次元の奈落の底へと感性が退廃していくところにある。良心の汚れを逃れようとする人々は、このような現場から身を引き私生活にひきこもるか沈黙する態度をとる。それも自然なことである。怖いのは、その頂点にいる支配者の論理はよりやすやすと浸透するようになり、上から下までモラルハザードが進み取り返しのつかないシステム全体の破局がくることである。このような歴史的経験は何回も体験しているから、こころのなjかでは理解していても、いざそのようなアリ地獄に置かれると、ここで踏みとどまろうとする決意がにぶるのである。
 大事なことは、自分の狭い体験による憎悪や哀惜といった個人の心情のレベルで煩悶するのではなく、冷徹な知的認識をもとにしたシステムへの批判的な考察である。21世紀の初頭はこのような試練に試練に直面しているのではないだろうか。この試練に対してどのように立ち向かうかは、特に教師にとっては重大な意味を持つ。それは、その帰趨が直接に子どもにはねかえり子どもの心に決定的な影響を与え、子どもの世界そのものが大人の亜世界と化すからだ。(2002/1/26 9:48)

[あどけない少女の笑い]
 先日TVのニュース23を見ていたら、作家の辺見庸氏のアフガン・レポートがあり、そこにはあどけなく微笑む少女の姿が映っていた。少女は、米軍の爆撃で精神に変調を来し、誰をみてもただただ笑っているのだ。そこには何の恐怖も怒りも悲しみもなく、ただおだやかに微笑む少女の笑顔がある。少女を抱いている姉は、「まだ6歳なの。以前は歩けたし、しゃべれたの」と説明している。少女は血も心も凍るような恐怖の限界を味わったに違いない。この6歳の少女の楽しそうな笑顔は、人類の蛮行に対する最後の抗議ではないか。私は、アフガン空爆のなかで本当はなにが起こっているかを知らなかった。爆弾を落とすのをみて少しは痛みを感じたが、本当の想像力はなかった。辺見氏は「そこには根元的な人間への差別があるのではないか」と云っている。その通りだ。あの少女はこれからもずっと笑いながら生きていくのだろうか。
 タリバン政権が崩壊して人々が解放されたという報道に私はとりあえず安堵した。ところが「欲望がむき出しにされた哀しい風景ですよ。すべて破壊されて、人が自分の持っているものをなんでも売ってその日の糧を得ようとしているわけですから。それを解放一色で伝えた日本の報道の性質を疑わざるを得ないのです」と辺見氏は伝える。
 静まり返った深夜の暖かい部屋で、私はなんの爆撃の不安なくこれを書いている。あのあどけない少女は、安らかな眠りに落ちているのではなく、おそらく零下20度のテントの中で寒さに震えているに違いない。この恐るべき非対称性の極地。かって或る西欧知識人が「アウシュビッツ以降すべて詩を書く行為は犯罪である」と云ったが、それ以降もさまざまの詩が垂れ流されてきた。私もその1人だ。あの少女のけがれなき笑顔にどのように向き合えばいいのか、私には分からない。(2002/1/26 02:14)

[現代日本の産業政策における金融と女性労働]
 ある中小企業社長の遺書に「自分もできるだけのことをやったつもりでしたが、限界でした。あと3ヶ月時間があったらもう少し別な方法がとれたかもしれませんが、これしか会社と社員を救う道はなかったのです。卑怯かと思われるかもしれませんが、自分としては、責任をとることを含めて最善だと思っています。まだまだやり残したことがあると思っていますが・・・・。宜しく頼みます」とある。これは、銀行の強引な資金回収に直面した或る中小企業社長が、死亡時の保険金で下請けへの返済金にあててほしいといって自殺した時にしたためた遺書の最後の言葉である。
 1998年に政府が公的資金の注入によって大手銀行の救済を図った時の最大の理由は、中小企業融資を増加させるというものであった。公的資金を受けた銀行は、政府へ中小企業融資増加計画を達成目標として作成し提出することを条件とした。ところが小泉内閣の不良債権最終処理方針で、銀行は中小企業金融の回収を強め、貸し渋りと貸しはがしを強化し、前記会社に対しては社長の生命保険に対する質権を設定したのである。このような中小企業金融は主として信用金庫と信用組合によって担われている。
 芝信用金庫の昇進システムは、学科試験30%・人事考課50%・論文20%という試験制度であり、合格率10%であり、女性の合格者はゼロであった。その結果、男性と年収で何百万円の格差が付いた。女性差別を訴えた裁判で会社側は、試験に合格しないのだから仕方がない、差別ではないと主張した。女性の原告は、仕事を与えず研修も受けさせず、明らかに人事考課で男性を優先したと訴えた。東京高裁は、日本裁判史上初めて使用者の男女平等待遇の義務をうたう判決を出し、女性の課長職への資格付与を認めた。従来の判決は、差別に対する損害賠償というもので直接昇進の平等を認めたものではなかった。労基法3条均等待遇と4条男女同一賃金原則をめぐる司法判断は現在最高裁に持ち込まれている。
 中小企業に対する融資差別をする金融機関内部には、実は同じ人格を有する女性に対する差別が内包されている。このような差別政策が実は、企業の経営を不健全化して企業利益を損ねる結果となるのであり、グローバル・スタンダードからみて国際競争力を衰退させる要因となる悪循環を生む構造なのだ。日本の競争は、フリーではあるがフェアーではないという致命的な欠陥がある。機会の不平等の下での競争は堕落して、雪印に見るまでもなくさまざまのモラル・ハザードをもたらす。(2002/1/26 00:11)

[ドイツの反省から何を学ぶか]
 1月20日はナチス・ドイツがワンゼー湖畔でユダヤ人絶滅計画「夜と霧」を決めてから60周年を迎えた。日本とドイツは第2次大戦で同じような残虐な戦争犯罪をおこなってきたが、この60年間で両国がおこなってきた戦後処理の違いが浮き彫りとなtる。ベルリンのドイツ歴史博物館は記念行事として「ナチスジェノサイドとその回想のモチーフ」の展示会を開き、戦前の部分で強制収容所の模型や写真、ローザ・ルクセンブルグ、ルドルフ・ヒルファーデイング、アルベルト・アインシュタインなどの著名ユダヤ人の活動を紹介している。戦後の部では、戦犯の告発と裁判、ユダヤ人犠牲者の追悼碑、犠牲者賠償法、強制労働犠牲者補償法などの賠償過程とブラント首相のポーランド訪問でのユダヤ人犠牲者の碑での地面にぬかずいて謝罪したことを説明している。さらに戦後の極右によるユダヤ人排撃の蛮行を指摘し警告を発している。シュレーダー首相の声明は、「私たちは当時から時間がたつほど、この非人間的犯罪をありのままに新しい世代に伝えていく責任を負っています。いま欧州の国となったドイツは、なによりもこの犯罪からの教訓を学び、『2度と再び』との言葉を繰り返すことを怠ってはなりません」と述べて謝罪した。
 私は2つのことを考える。1つは、日本の小泉首相は第1級戦犯を祀ってある靖国神社に東アジア諸国の猛反対を押し切って公式参拝し、戦争責任者の霊を慰めたのだ。この驚くべき非対称性について冷厳な判断を下し、このような差異が生じる根元を切開しなければ日本の未来はなく、再び国民総懺悔のまやかしを繰り返すことになる。第2にシュレーダー首相に告ぐ。あなたの国の贖罪が本物かどうかは、ユダヤ人国家イスラエルのパレスチナ占領支配に対する国際批判の先頭に立つかどうかにある。ユダヤ人迫害に対する贖罪意識が対イスラエル批判を逡巡させているのであれば、それはあなた方の国の贖罪意識が本物ではないということを示しているばかりか、第2のユダヤ人迫害をパレスチナにおいて繰り返していることになる。日本国籍が持つ私がいう資格者でないとすれば、あえて平和の名において問う。(2002/1/24 21:50)

[救貧思想の現代版・・・・アフガン復興会議の尊厳]
 カルザイ議長の思想の客観的な評価はおいて、彼が会議で示した堂々たる矜持溢れる態度、虚飾なき救援の訴えはみるべきものがあった。彼の真情溢れる祖国復興への熱意は誰しも疑わないだろう。しかし、同民族であるタリバン敗残兵は今、遙か異国のキューバの強制収容所で手足を拘束され目隠しをされてひざまづかされるという屈辱的な扱いを受けている。祖国を空爆し致命的な犠牲を与えた米国に対してカルザイ氏はどう考えているのであろうか。米国の助けを借りて政敵を打倒した自らの行動に何らの恥じるところはないのだろうか。国際的な支援を受けてどのような復興過程を歩むか彼の責任は極めて重大である。アフガン空爆に加担した国の1人である私が、このようなことをいう資格はないかもしれないが、ただ一つ恥ずかしく思ったのが、この国の首相小泉氏の主張である。
 小泉首相は会議でカルザイ氏に対して、「武器ではなく農具を持って国づくりに励んでもらいたい」と侮辱的な言辞を吐いた。すべての国が対等の立場で出席している国際会議で決して口にしてはならない優越的な指導者意識を露骨に示した。アフガン代表が最も自覚していることを、上から説教をたれるように訓示した。19世紀の同情と哀れみの救貧思想と同じ論理だ。このような国際感覚のない優越意識丸出しの首相をいただいているこの国の悲惨さを改めて示し、世界から軽蔑された。アフガン人が武器を手にしたのは、ソ連侵攻に対抗するためにタリバンを養成し、最大限の武器援助をおこなったのは米国自身ではないか。この国に爆弾と地雷の雨を降らしたのは米国ではないか。農具を持ちたいと願っていた農民に武器を持たせたのは誰か。カルザイ議長は決然と「テロの温床になった原因は戦争と外国の干渉だ」と反撃した。
 さらに日本政府は、全世界から東京に集まったアフガン支援の前線で活動しているNGO団体の国際会議参加を拒否して、世界のNGO団体の怒りを買い、日本のNGO2団体には最初から出席を拒否された。NGOとの協同なくしてどのような支援活動もあり得ないことを全く分かっていない悲しむべき実態がある。有力国会議員から脅迫されて唯々諾々と実行した外務省の知的レベルの低さが暴露された恥ずべき実態がある。日本の国家システムはあらゆるところで狂ってしまった。雪印は集団食中毒事件の反省も終わらないまま、今度は国産牛肉の国家買い上げ制度を利用して、外国牛肉を国産とごまかして税金をせしめるという犯罪行為をおこなった。日本の全線でモラル・ハザードが進んでいる。(2002/1/23 22:44)

[それぞれの矜持の風景・・・・アフガンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ]
 21日に開始されたアフガン復興会議でのカイザル議長の演説の知性に溢れた矜持には打たれるものがあった。「荒廃、戦争、野蛮、貧困、剥奪以外に何もない国の市民として、今日私はここに立っている。ここにいるアフガニスタンの代表団はアフガンの本当の姿ではない。子どもを学校にやれず、治療を受けることもできない何百万もの人々がアフガンにいることを忘れないでほしい。私が、これから読み上げるこの書類より、実態はずっとひどいことを分かってほしい。過去23年間、我々は戦火や人権侵害に見まわれてきた」。彼が提起した目標は「発達した市民社会」「人材をつくることが大きな仕事だ。すべての女性に復興に参加してほしい」であり、モデルを西欧近代民主主義においていることが分かるが、「効率的で競争力のある民間部門」の育成という新自由主義的な開発戦略は、彼がアフガン王党派としてどのような構想を抱いているかがうかがわれる。カルザイ議長は全身全霊を傾けて自らの祖国の救済を尊厳を持って訴えた。おそらく彼は欧米留学体験を持つアフガン第1級の知識人であるだろう。しかし、イスラム原理主義との矛盾が誘発される内容であり、また新自由主義的開発路線は国内の貧富の差を激化させるであろう。かっての暗殺された朴韓国大統領の威厳に満ちたスタイルの下で、韓国の開発独裁の成功と引き替えに幾多の民主を求める若者が犠牲になったことを思い出す。カルザイ氏が2度とこの轍を踏まないことを祈るや切である。それにしても続いて演説に立ったパウエル米国国務長官が、自国による空爆の被害に一切言及しなかったのが印象的であった。

 1昨年5月全世界を震撼させた「I LOVE YOU」ウイルスは、活動開始後6時間で20カ国の4500万台のPCに被害を与え、米国国防総省や英国議会のサーバーを停止させた。この発信者オネル・デグスマン氏(24)はマニラのショッピングセンターの携帯電話サービス係として今働いている。当時のフィリピンにPC犯罪を裁く法律はなく彼は無罪放免された。実家は貧しい島の漁師で4人兄弟の末っ子であり、ネット使用料を払う余裕はなく、他人のパスワード盗用は彼の唯一の生活源だった。「金のない人にもネットを使う権利がある。貧しさは障害にならない」と本当は訴えたかったが怖くてできなかった。事件後世界の情報企業から雇用の依頼が来たが休養を優先させた。黒いサングラスをかけ強烈な自負をのぞかせながら自信にあふれた態度であった。ここに途上国の矜持の一形態が確かにある。

    ひとり        木村信子

  ひとりがすきなわたし
  ひとりがきらいなわたし
  ひとりになりたいわたし

  みんなすきなわたし
  みんなきらいなわたし
  みんなにすかれたいわたし
  ひとりになれないわたし
  みんなのなかでひとりのわたし
 
  口笛吹いている

 ここには成熟先進国の少女の矜持がある。アフガンとは全く違った状況における、いたいけな大切なこころがある。アフガンでは子どもは飢えるが自殺する子どもは皆無だ。先進国では飢える子どもはいないが自殺する子どもは多い。このめくるめくような非対称性の死の根元には同じ問題がある。それは尊厳と矜持を傷つけられた累々と積み重なっている屍だ。


 次期カンタベリー大司教に就任予定のウエールズ大司教ローマン・ウイリアムズ博士は、軍事施設を破壊することとクラスター爆弾のような対人兵器を使うことは全く違うとして、「両者を結合させて戦争を長期に続けることは、道徳的な退廃であり堕落である。テロリズムと同次元に堕落し道徳的な信頼性が問われている」と米英による報復戦争を痛烈に批判した。同じ頃、米国では大統領がTVのアメリカン・フットボールの試合の中継を、菓子を食いながら観戦中、のどに詰まらせて失神していた。

 新潟県立三条高校の創立100周年記念講演会の講師に依頼したノーベル賞作家大江健三郎氏に対して、校長は「教育活動は政治的に中立であることが要請される」として政治的な話題を避けるように手紙で依頼した。演題は「自立した人間(アプスタンドマン)ということ」であった。笠原なる校長の知的退廃と矜持のなさが浮き彫りとなる。世界的な知識人に侮辱的な言動を働いたこのような校長をいただく教師は何をしているのか。最大の被害者は生徒だ。昔この県からは田中という人物が首相となり、いまはその娘が外務大臣をやっている。むべなるかな。

 この瞬間にも世界と日本のあちこちに尊厳と矜持をめぐるそれぞれの姿がある。21世紀の初頭は、それぞれがこのテーマに対する分水嶺を問われる。最悪の場合は、破壊ではなく、みずから恥辱のあまり崩れ落ちることが求められる。(2002/1/21 23:37)

[縛られた遺書・・・・]
 「ああ、でもこの心持を字であらわすことは大変困難です。体でしかあらわせない。私たちを貫く智慧のよろこび,意志の共力の限りなき柔軟さ。横溢して新鮮な燃える意見。愛の動作は何と単純でしかも無限に雄弁でしょう。互いの忘我の中に何と多くの語りつくせぬことが語られているでしょう。」(宮本百合子獄中の夫宛遺書。1937年8月29日)
 戦時期の迫害され隔離された妻の夫にあてた遺書の一節であり実際には投函されなかったらしい。戦時下の規制のもとで、象徴的な表現で愛情の深さを伝えている。清冽でリリシズム溢れる言葉の持つ迫真的な力が伝わってくる。言葉と実体のあいだにづれがなく、シリアスな状況下での緊張した精神のみずみずしさがある。私は、3つのことを云いたい。1つは、現代の観念が現実から離れて一人歩きするときに生じる退廃が全くないこと。第2に、規制された表現の自由の下で、駆使された象徴表現の迫真性である。現代では、何の規制がないにも関わらず、象徴表現を自己目的とする傾向がある。しかし、本当の象徴表現は、背後に冷酷な現実をかかえていることを鋭く伝える逆表現でもあることが分かる。昨今のイラン映画の美しさは、イスラム原理主義の規制を受けた中で逆に昇華された象徴表現の極限から生まれたものであり、それが観衆のこころをとらえるのだ。第3は、本当の愛情の深さは、時代を共にし時代と正面から向き合うなかで育まれている理性や知性による信頼のなかにあることだ。(2002/14/20 9:23)

[座標軸・・・・・を再点検する時代]
 或る時代に生きている人々の表層にあるものの見方や考え方が、静かに或いは劇的に変わっていくときに、各人の中にある座標軸が試される。いま大きく変容しているテーマが「戦争」であり、かっては素朴な共通感覚となっていた「平和」がいまや「ぼけ」といわれて揶揄されている。このような平和観の変化は、第1次大戦後の「西欧の没落」時代と第2次大戦後のつかのまの平和期がむしろはるか遠くにかすんでしまったかのような印象を与える。確かにパックス西欧からの独立戦争期には、絶対平和主義は批判される弱点があったが、いま戦争肯定への潮流の中で「絶対平和主義」が新しい意味を持って登場している。こうして私たちの座標軸は、微調整を加えつつも次元を移動させてはならない再点検の試練に直面している。この作業は、かってのようなハードな形ではなく、メデイアが総動員されたソフトな形でおこなわれ、より一層同意の調達の深度は深い。
 作家辺見庸氏は、精密兵器による空爆報道がリアリテイーを欠落させ人間の身体を捨象した空虚な報道になっていると指摘し、米軍の非人道性を問い直すために、発言の後退は1ミリとも許されないという決意で書くと云っている。辺見氏がアフガンで見たものは、大型爆弾によってショック死した老人の転がった死体と睡眠中の人の心臓マヒの死体であった。作家は当然これらを事前に想像できる力があるはずだが、私にはなかったと云っている。彼は「私はブッシュの敵である」と声明し、ショウ・ザ・フラッグに対してはっきりと「平和の旗」を掲げると云っている。私たちはいま、社会構造も国家構造も「戦時」「戦中」のなかにいる。かって大人に対して、なぜあなた方は戦争に反対しなかったのですかと追求した世代が、同じ問いを自分自身に突きつける時代がやってきた。しかし明らかに時代の条件が違う。辺見氏や私はこのような表現によって逮捕されず、拷問にかけられない。問題は、どちらの側が同意の調達に成功するかにかかっている。座標軸の再点検の時代だ。(2002/1/19 8:58)

[暗がりを呪うよりも、一つの蝋燭を灯しなさい]
 イランのことわざである。イランの映画監督モフセン・マフマルバフのアフガンを描いた映画「カンダハール」で云ったメッセージである。「もしも過去の25年間、権力が人々の頭上に降らせたのがミサイルでなく書物であったら・・・」「もしも人々の足下に埋められたのが地雷でなく小麦の種であっtなら・・・」その状態を変えるために爆弾を落とすことがいいことなのか?と彼は問う。

 「青春の微妙なおもしろさは、その真っ只中にいるときは誰しもそれを、後で想い出のなかでまとめるような形でははっきり自覚しないまま、刻々を精一杯によろこび、悲しみながら生きていくところにあるのではないだろうか」(宮本百合子「青春」(『婦人朝日』1940年3月号))。あまりにも痛ましく青春の本質を突いている。或る人にとっては取り返しのつかない悔恨を意味し、或る人にとっては2度と思い出したくない苦い体験であり、或る人にとっては爆発的なエネルギーを無我夢中で投下した爆弾の時であり、或る人にとっては耐えられぬ孤独のうちに引きこもった時であり、或る人にとっては順風満帆の快適な時代である。そうなのだ。その無自覚な嵐と波騒ぐ時代を全的に承認し、我が身に引き受けてその後の人生を刻んでいくのだ。大事なことは、青春期以降の自覚的な歩みが始まる時の羅針盤と構図なのだ。

 フランスの現代思想家レジス・ドブレは云う。「20世紀は経済の生産過程のどこに自分がいるかが重視された時代だった。21世紀は自分がいる文化、信じている神、話している言語が決定的に重要になる。世界を理解するには、国境のような水平的、地理的な区分ではなく、垂直的、時間的な座標軸が必要になる。すべての人が歴史家になるのだ。ニューヨークの高層ビルの崩壊は、予言者のような恐ろしく古風なものと超近代的なテクノロジーが結びついた新しい時代の透視図だ。グローバリゼーションは勝利したが、文化的な差異を消滅する点では完全に失敗し、過去の伝統や文化にアイデンテイテイーを求める不安定な世界となった。あらゆる変革の思想はある時期にテロと結びついている。19世紀のアナーキストは絵入り新聞時代のテロリストであり、アルジェリア独立運動のテロはラジオ時代のテロリストであり、今度はインターネットで結ばれたデジタル時代のテロだ。21世紀はメデイアが歴史を創造する時代であり、視覚的なイメージをめぐる戦争の時代だ。その時代に生きる知識人の意味は、偏見と幻想から人々を解き放つ孤独な仕事にある。貧困や抑圧の記録者の役割がある」(朝日新聞18日付夕刊)。 
 青年期にゲバラと活動をともにして投獄され、チリ社会主義政権の顧問を務め、獄中からフランス政府によって救出され、フランス大統領顧問を務めた人物の21世紀論である。人間の存在原理が経済から文化や信仰、言語に移ったという分析はあまりに表層的だ。それは違う。むしろ経済の生産過程の国際化が、文化や信仰、言語との衝突を起こしつつ推進されているとみるべきだ。次に歴史的思考が優位に立つという認識も間違いだ。むしろ空間的な位置を死守する勢力に対する世界空間の圧力が強圧的に推進され、超大国が歴史を独占支配しようとする過程とみるべきだ。そのような超大国の一極支配に対する抵抗は、世界的な統一戦線という形ではなく、それぞれの地域が独自の文化や信仰・言語を生きる証とした各個別々のゆるやかな表面的には孤立した形態で闘われる。大事なことは、それが意識的な統一戦線という形ではなく、結果として統一しているという形になる。抵抗する個々の主体は現象的には孤立した現象となるが、そこには深い連携があるというイメージだ。それぞれが、暗がりを呪うより一つの蝋燭を灯す時代が始まった。その蝋燭は次々とその地域の子どもたちに受け継がれて決して消えることはない。(2002/1/18 21:16)

[ジャン・ボードリアールの21世紀認識について]
 「メデイアの情報はあふれているが、かなりの情報は隠され操作され検閲されいる。アフガンの部族や徒党が支配する現地の状況は誰も精確に伝え得ず、情報の不在は相変わらず続いている。テロとの戦いで敵が消滅することはない。米国が勝利宣言してもそれは見せかけの擬似的な勝利だ。テロは何かを消滅させる力しかない。消滅によって世界は空虚のうちに投げ出され、未来への展望や予見はさらに難しくなる。世界は無秩序な時代に入った。冷戦期には、敵の姿が互いに見えたが今度は敵対者と正面から向き合い得ない。奇妙な不安の時代だ。グローバリゼーションの上昇過程は終わり、これからは下降に向かうかもしれない。一つの言葉が盛んに使われ、その現象が目に見えるようになると衰退の始まりだ。グローバリゼーションは、逆に現象が退潮期に入ったことを示す。グローバル化は、世界を普遍的な文化で覆い尽くそうとし、その結果多様な文化の間の矛盾や葛藤を消し去る。矛盾や葛藤のない文明は生命力を失う。生物界で天敵をなくした種が絶滅の危機にさらされるのと同じだ。貧しい国の人々の憎悪は、搾取だけでなく屈辱感によるものだ。テロを生み出すエネルギーは貧困よりも屈辱が大きい。世界の動きが加速化する中で、先を見通すのは難しい。加速の中で窒息状態になり、突然変異的な出来事が起きる可能性もあるがそれが何か分からない。すべてが見られすべてを見ることができる世界は、恐怖を呼び起こす。目に見えるものだけが重視される世界では、人間の行動も見せ物になる」。以上朝日新聞17日付インタビュー(一部筆者省略)。
 以上がフランスを代表する現代思想家である社会学者ボードリアールのアフガン戦争後の21世紀論だ。かれのメデイアによる情報操作による情報の不在論は正しい。ただし目に見えないテロによる不安の時代というのはリアルでない。テロリスト個人は目に見えないが、そのメンバー総体の目的は見える。それは米国一極支配システムへの反抗であり、具体的にはサウジ米軍駐留とパレスチナ問題だ。彼は具体的状況の具体的認識論がない。ここに社会学者特有のリアルな現実を観念で粉飾する限界が表れており、観念で解釈不能な領域を不安な時代と逃げてしまう。次にグローバリゼーションへのリアルな認識がこれも欠落し、これからの米国主導の力による制覇が強力的に進む新たな危機を理解していない。従って、貧困の解決は限界があり屈辱感を払拭する尊厳の付与といった別の次元の問題を持ち出すことになる。最後に、情報は不在だといいながら、すべたが見え・見られると人間もピエロと化すといったニヒルな情報化社会論の結論に至る。結論的に云うと、ポスト・モダニズムの寒々しい外在的な冷ややかな観相的な評論からは、なにか理解できたような気にはなるが、いまここにある現場で一歩踏み出すリアルな前進の政策的課題につながる糧にはならないということだ。ところが民衆にとって最も大事なことは、いまここにある自分自身の確かな一歩そのものなのだ。(2002/1/17 19:19)

[声が出なくなった・・・・・・]
 ジャズ歌手綾戸智絵は、ある日声が出なくなった。95年の神戸のライブで「すんません。歌えません。お金お返しします」とステージで土下座した。クラブのコンパニオンをしたり学校給食を作ったりしなが歌っていた「兼業主婦」が大ブレイクし全国に知られるようになった。喉の痛みを逃れようとして無理のない発声法を手に入れた。そうやって歌い続けることが、赤く腫れた喉を健康なそれ故に強い喉に帰ることができた。ここには、ある世界で勝負するためには、自分の独自の個性をどのようにコントロールするかの問題がある。勝利を即座に入手したいがために、自分の個性とは異なる典型に飛び移ることに何の意味もないことが示されている。あるレベルに達しようと本気で決意したら、現在の自分のレベルを冷酷につかまえ、それに対する安易な希望も絶望も抱かず、それを上回るレベルへのキャッチアップを文字どおり冷酷にやりきること、これ以外にない。そこで初めて自分のレベルの想像できないような飛躍がもたらされるのではないか。つまり量の蓄積が思いも寄らぬある瞬間に質の飛躍をもたらす弁証法の論理を体現できることになる。すべての学問や芸術・スポーツはそうではないか。その飛躍の目に見えない直前が、当人にとっては最も苦しい時であり、その時をどう乗り越えるかでその後のすべてが決定されるような気がする。

 今途上国対する法制度支援プロジェクトが進んでいる。これまで日本の法学は欧米法を中心に研究し、東アジアでも中国法をのぞいては研究対象となってはいなかった。ところが東アジアの体制移行に伴う法制度支援作業の中で、単なる援助ではなく、地域が歴史的に形成してきた民俗的な慣習法によって、国家が制定する法とは何なのか、共同体の決まりとは何なのかを逆照射する契機となっている。ここでも安易な近代法の外部からの強制的移植の問題性が問われている。独自の個性をベースにした、しかもある飛躍を伴う発展の論理が、個人のレベルでも国家のレベルでも問われている普遍的な意味を持っていることが分かる。

 小泉首相の東南アジアは冷酷な反応で迎えられた。小泉首相の示した親米・軍事路線に対する反発が、アジア軽視・無理解と受け止められた。「テロ以前に日米関係従事を打ち出したことで、アジアを見捨てた感じがあった」(ジャカルタ・ポスト11日)「日本には国の経済力にふさわしく自衛隊を昇格させようとする欲求がある」(タイ・ネーション11日)「日本は中国の攻勢的な動きに対し、アセアンでの日本の立場を強化しようとしている」(同11日)「成長する中国経済とWTO加盟にみられる世界経済への統合は、東南アジアにおける日本経済の指導権の挑戦になりかねない」(ニュー・ストレーツ・タイムズ7日)などの論評を掲げ、小泉首相のアジア戦略に懐疑を表明している。小泉首相は、年明け国会での有事法制立法を提案するが、米軍のアジア行動を無条件に支援し、そのために日本国内の国民の私有財産や私権の制限を罰則付きで国民を徴用する戦時立法だ。このような立法が東アジア諸国から最大限の警戒を持って受け止められている。東アジア共同体構想を進める上での最大の障害物は小泉構想だ。ここでも自らの個性を他者との連携においてしか組み立てられない貧困がある。独自の個性を維持しつつ対等のパートナーとして矜持を持って進むこと、これなしに国際的な信頼は得られないのだ。

 ベトナム・ニャンザン元編集長ホアン・トウン氏は語る。「ベトナムは帝国主義や侵略勢力のテロの被害を受けてきた。私自身もフランスや米国のテロをみてきた。彼らは独立を求める人を容赦なく逮捕し、投獄し、殺してきた。侵略戦争では数百万人が死傷した。人口の10人に1人がテロの被害を受けた。米国を支援した沖縄、韓国、フィリピン、タイの出撃基地に反撃する権利があったが、私たちはそうはしなかった。テロで報復することもしなかった。反テロを云う米国が実は世界のテロ組織を育成してきた。米国にテロ戦争の指揮権を与えるなら、米国は国連や人類の名において、自国が攻撃したい国を攻撃する。米国が敵を作るからテロを受けるのであって、さらに敵を作るということになり、テロは根絶できない。テロに対するテロは富める国と貧しい国の2極世界の裏返しであり、人類の発展は失われる。人類の購買力を制限したままで、新しいテクノロジーの生産力が極めてすすむという経済の2極構造が今日の不況の最大の原因だ。平等な関係の中ではじめて新しいテクノロジーも産業も新しい文明も本来の発展ができる。グローバル化は産業の要求であって、特定の国の意のままになることではない」。すばらしい論評だ。日本の評論でこのようにテロとテクノロジーと世界秩序の相関を論じた者はいない。簡潔な言葉で本質を突くベトナム知識人の戦渦の中で到達した理論水準の高さをこれほど感じたことはない。社会主義市場経済化を推進するベトナムの指導者の思想がこのようなレベルであれば、ベトナムの未来は明るい。(2002/1/16 21:02)

[タリバーンは動物をも虐待した]
 カブール動物園は95年以降のアフガン内戦の最前線となり、穴だらけの金網と弾痕の残る雑草だらけの猿山、空き家だらけの獣舎が残り今や動物は19種しかいない。ライオン「マルジョーン」は手投げ弾を投げられて顔に大怪我をし、盲目となった。熊の「サンブー」は鼻に棒を突き刺され手当を受けることができず、鼻を檻にぶつけていまも怪我は治らない。内戦とタリバーン支配は、アフガンの民衆と動物を斯くまで傷つけていた。動物保護団体がカブールに入り、ようやく動物病院が開設され新しい園の開設の動きが始まった。
 戦争は人間の破壊からはじまり、動物の破壊に終わる。太平洋戦争期に薬殺された名古屋東山動物園の象の話は記憶に新しい。子どもたちが真っ先に行くのは動物園であり、動物園は平和の象徴でありまた未来そのものだ。逆に言えば、狂気の最初の標的は動物であり、狂気に駆られたタリバーン兵士が最初に攻撃したのは動物だ。したがって動物園は平和とヒューマニズムの象徴なのだ。以上朝日新聞1月15日付け夕刊参照。(2002/1/15 23:19)

[坂本龍一『非戦』の現代的意味について]
 ニューヨーク在住日本人ミュジーシャンによるアフガン報復戦争批判のアンソロジーが出版されて、ベストセラーになっている。報復戦争を血の連鎖、殺戮の悪循環として無条件に殺すことに対する異議申し立てをおこなっている。音楽家による戦争批判はベトナム戦争で頂点に達したが、アフガン報復戦争で日本人ミュージッシャンが先頭を切ったことに意味がある。彼らは「反戦」といわず「非戦」とよんでいる。なぜ反戦ではないのか?かって日露戦争時に非戦論を主張した平民新聞のグループは、反戦がイコール反政府を意味し弾圧される恐れがあるから、より穏健な非戦という言葉を使った。それに対し現代の非戦は、戦争自体が悪でありあらゆる戦争を批判する積極的な意味を持ってきたように思う。米国下院でただ一人報復戦争に反対したバーバラ・リー議員は、「いつも日本の平和憲法に敬意を抱いて参りました。地球全体の平和と公正のためにともにちからを尽くしましょう」というメッセージを寄せている。正戦論から非戦論への戦争論の歴史的な発展が確かにうかがわれ、21世紀も捨てたものではない。反戦は積極的な行動参加を迫るイメージがあるが、非戦はより草の根型の庶民が広範に参加するイメージがある。坂本のメッセージの意味はまさにここにある。
 昨年12月にオランダ・ハーグで女性国際戦犯法廷の最終判決が出され、日本軍従軍慰安婦についての責任が裁かれた。戦時暴力に関する国際刑事法の未成熟と国際公的司法の限界を民衆の立場から補完する画期的な判決であり、国際法を民衆の立場から問いかける歴史的な意味を持って閉廷した。坂本の提案と国際民衆法廷は、戦争と平和の決定権が最終的に国家や政府にゆだねられているシステムを草の根から問い直すという共通点があり、職場や学園でこのような民衆の立場からするさまざまの声が広範に沸き起こる近未来を予測させる。
 ただしこれらの動向はやむを得ざる限界をはらんでいる。それは戦争の真の責任ある構造を切開できない。それは戦争さえなくなればいいのかという点だ。たとえば米国アフガン特使に任命されたザルマイ・ハリルザドはアフガンにおける石油パイプライン建設を目指す米国石油企業ユノカルの相談役として、天然ガスパイプライン敷設のためにタリバーンやムジャヒデインに対する政治工作と武器援助を展開してきた人物だ。米国の対アフガン軍事戦略の割合がカスピ海石油権益の占有率を決定するという資源戦略に今回の報復戦争の真の意味があったとすれば、たとえ平和になったとしてもそれは米国石油企業が中東を支配するための平和に過ぎないと云うことになる。21世紀の反戦や非戦論の射程は、このような領域までを睨んでいなければ本当の有効性持たない時代に入ったとも云える。武器なき、武力なき、交戦なき経済的戦争の次元をどのように反戦・非戦に結びつけていくかが問われる新しい時代が到来している。(2002/1/15 22:21)

[ジェンダー・イクイテイーとは何か]
 女性スポーツ選手が華やかにもてはやされている。彼女たちは、スポーツ選手として評価されているのか、女性というバイアスがかかった女性選手として評価されているのか。日本女性で初めてオリンピックに出場した人見絹枝選手は、女子800Mで銀メダルをとったが、「女性が脚を露わにして走ることに反発する」時代であり、世界陸連は以後の大会で女性には過酷だとして女子800m競争を禁止した。水泳の前畑選手は、ベルリンオリンピックで金メダルをとったが、負けたときに「帰りの船から飛び込む可能性がある」として護衛が付けられた。両選手とも結婚を犠牲にして国家のために選手生活を継続した。それから70有余年過ぎたシドニーで、高橋尚子選手や田村亮子選手はアッケラカンとして金メダルをとった。スポーツの世界での女性の活躍は男女差別を解決したかのようだ。しかしなぜ高橋選手は記者会見で洋服のブランド名を説明しなければならないのか。今もってジェンダーという社会的性差別の問題は継承されている。ここではジェンダーの問題についての経済学的な分析を試みたい。
 ジェンダー論のフレームワークは、片働き家族の形成→夫(父)による家族賃金の取得→妻と子の夫への従属→女性の家事労働分担→家事労働に対する男の支配と家父長制の形成→女性の家計補助型労働化→保育・介護その他社会全体の性別役割分担と男性支配社会の成立という論理である。問題は、ジェンダー差別は歴史の単線的な発展の中で自動的に解消されない独自の問題性を持つというジェンダー論者の提起にどう対応するかにある。既成の社会科学は、壮年男性主体の市民社会をベースに構築され、女性や老人子ども・障害者は周辺と位置づけてきたところに強烈な批判を加えたのがジェンダー論だ。
 さて家父長制と資本主義の関係をどう見るか。資本主義は必然的に片働き家族と家族賃金を形成し、家父長制を生み出すとみるのがマルクス主義フェミニズムだ。そうではなく家父長制は経済システムを越えた超歴史的なシステムとして、相互浸透関係にあるという考えもある。資本主義は、労働力自体の動員の極大化が究極の要因であって、男女・人種の差異はその歴史的な形態によってその都度採用されるのだ。従って資本主義→家父長制という単純な一元的規定性は持たない。家父長制のもとでの家族賃金制は、男性熟練労働が制覇していた時代の労働力動員システムとして形成され、現代は技術による熟練の解体によって男女を問わず労働力を動員するシステムに移行しようとしている。すでに、生活給・世帯給制は崩壊し、女性保護も撤廃されてシングル単位の業績給に移行している。この動きは、資本による労働力動員の新たな」先進的形態であり、形式的な男女平等は進んでも、低位に合わせる歴史逆行的な方向に過ぎない。家族の生活保障という視点から見れば、家族給段階では家族賃金を上昇させる取り組みが必要であり、シングル給では人間的水準にふさわしい上昇という条件でシングル給への移行を承認する取り組みとなるのは当然だ。
 従って問題は、ジェンダー・イクイテイーの最大の問題は、形式的平等ではなく男女が人間的な生活を同等に実現できる実質的平等のレベルに移行できるかどうかにある。現代の女性差別は、技術による質的な支配の強化、能力主義による階層化という性を越えた動員の中でより一層精緻なものなってきている。ここから女性自身の中に、男性との熾烈な競争のなかでの勝利を求めようというタイプと、既成の伝統的な男性依存のなかで安住したいというタイプとの分裂が生まれている。前者は男性を敵対視し、後者は男性を利用者とみるが、いずれも、かってのような女性の男性への一方的な従属関係は崩壊しその限りでは歴史は進んでいる。しかし、男女の本当の人間的なパートナーとしての関係は構築されていない。ここに21世紀が逢着している課題があり、その解決はジェンダーの領域だけでは不可能であり、障害者や社会的弱者全体の人権水準の上昇の中に相関的に位置づけなければならないと思う。(2002/1/14 21:51)
 
[文部省唱歌のかくれたブームに想う]
 いま唱歌や童謡が隠れたブームになっているそうだ。不安社会での癒し効果か。明治初期に誕生した唱歌が、明治14年の最初の音楽教科書「小学唱歌集初編」に登場してから太平洋戦争敗戦によって消滅する歴史を、東アジアの音楽教育から見れば、日本の音楽の強制と受容と定着の歴史に他ならない。韓国や台湾・中国など東アジア地域では日本の歌と知らずに自分の国の歌として歌い継がれてきている。戦後日本の歌を一切禁止してきた韓国では、わらべうたからあそび歌を含む数百曲の日本の歌が今でも歌われている。植民地朝鮮では、朝鮮総督府がそれまでの韓国唱歌と大衆歌謡を不良歌として禁止し、日本の唱歌や歌曲・軍歌を強制し、純粋な子どもたちは疑問を持たず心の中に染み込ませた。
 「むすんでひらいて」「鉄道唱歌」(♪汽笛一声新橋を〜」等が歌詞を変えて歌われ、「軍艦マーチ」(♪守るも攻めるもくろがねの〜)は抗日反戦歌として、「蛍の光」(♪ほたるのひかり まどのゆき〜」は臨時政府の国歌として歌われてきた。そのほか、「婦人従軍歌」(♪火筒の響き遠ざかる〜)「勇敢なる水兵」(♪煙もみえず雲もなく〜)「七里ケ浜の哀歌」(♪真白き富士のね〜)は韓国大衆歌謡として今も親しまれている。私は、かってみた台湾映画での小学校卒業式の風景が日本と全く同じで、オルガン伴奏で現地語で流れる蛍の光斉唱のうちに涙していた台湾の子どもをみて、一瞬驚き何とも云えぬ複雑な気持ちになったことを思い出す。
 日本人のメンタリテイーをとらえ郷愁を呼び起こしてきた日本の歌が、おなじような心情を持って東アジアの人の心に受容されているのをどう考えたらいいのだろうか。歌は国境を越えて人種や民族を越えて歌い継がれていく普遍性を持つと単純に云っていいのだろうか。日本の歌にも賛美歌や外国民謡などが定着しているが、これらは少なくとも強制によってではなくソフトな形で受容されてきた。植民地日本では、母国語を禁止し、個人のアイデンテイテイーである氏名を日本名にし、祖国の歌を禁止して力で伝播させたのだ。
 いまカルチャルスタデイーズとかポストコロニアリズムといった先端現代思想が出現し、文化の伝播や受容を通して遂行された無意識の心の植民地化の問題がクローズアップされている。サイードなどを中心とするこの学派は、白人西欧キリスト教文明が第三世界をどのように文化的に包摂してきたかを明らかにしようとしている。このような作業が東アジアでの日本文化の移植としても解明される必要がある。アフガン報復戦争に対する文明論的な評価は、実はこのような丁寧な作業の積み重ねを必要とするのではないか。「放送レポート」2002年1月号参照。(2002/1/014 9:25) 

[ノーマライゼーションと北欧システムについて]
 すべてに人が平等に参加できる社会が民主主義社会の条件の1つだという立場を障害者に実現するのが、北欧から開始されたノーマライゼーションの考えであり、すでにグローバルスタンダードになりつつある。このノーマライゼーションを障害者を対象とした特別法ではなく全国民を対象とする一般法のなかで確立するのが法制的なノーマライゼーションだ。WHO国際障害分類第2版が策定され、「障害者権利条約」が2002年の国際連合総会で提案されるなかで、障害者政策は地域支援システムと脱施設化に向かって大きく踏み出し、日本も転換期を迎える。
 日本の障害者政策は、家族の扶養義務に依拠してその不足を施設入所で対応してきたが、次いで地域在宅福祉へ移行し、この地域在宅福祉制の評価をめぐる分岐が生じている。スウエーデンは、1997年に障害者施設の解体法を制定し、1999年にすべての障害者施設を解体した。デンマークでは、脱施設化=施設解体ではなくよりよい居住形態の発展として地域を位置づけ、施設を残しつつ自由選択としている。両国とも初期には、施設から在宅サービスへの移行を財政効率化の視点から導入したが、費用対効果は逆であり、負担はより拡大した。にもかかわらずノーマライゼーションの思想は、弱者が対等に扱われない社会は全体が対等に扱われないという常識を生みだし、負担が増えても障害者が標準的な市民生活を送れるようなシステムを採用したのだ。問題は、障害者自身が選べるパーソナラルアシスタントが無料で制度化できるかどうかにある。
 さて北欧と日本では施設と地域概念が異なる。北欧の施設は、日本のような隔離ではなく、共同生活をする多様な開かれた空間であり原則は個室である。日本の地域概念は、民法87条の扶養義務規定による自助努力を求める在宅という意味だが、北欧の地域概念は住宅・通信・移動・年金・人的支援をを用意した地域であり在宅とは異なる。従って日本で現在展開されている「施設か地域(在宅)か」論争は、北欧ではとっくに超克されている。日本は、当面施設にしろ在宅にしろ従来の貧困なレベルを超えた多様な居住空間の自由選択制を保障する福祉システムの創出として構想されなければならない。
 生活の豊かに楽しむスタイルが一部の人ではなく、全体に行き渡っている北欧システムの形成過程から学ばなければならない課題は多い。ストックフォルム人口180万人で20万艘のヨットがあるという市民生活とは一体なんだろうか。(2002/1/13 22:40)

[信用金庫・信用組合の続発する破産]
 これらの倒産の最大の要因は、金融庁の不良債権の早期最終処理によって、国際活動をおこなう都市銀行と同じ金融検査マニュアルを適用した検査をおこなってきたことにある。国際基準は自己資本率8%以上などのBIS規制があるが、地域金融を主体とする信用金庫法は「国民大衆のために金融の円滑化を図り」、中小企業等協同組合法は「公正な経済活動の機会を保障し、・・その自主的な経済活動を促進し、且つ、その経済的地位の向上を図るlこと」を義務づけている地域金融機関に国際基準を機械的に適用できないことは明らかだ。経営赤字や返済条件緩和によって即時に「要注意先(回収に問題)」としたり、「破綻懸念先(回収できない危険)」に指定したりする方法は、地域と企業の経営努力を阻害する。さらに借り手のリスクに対応する貸し倒れ引当金を積むことを義務づけるから、地域金融機関の負担は増大する。信金・信組の融資政策は、担保主義・延滞厳禁・運転資金回避などの防衛策に転換し、逆に投機的な債券投資に追い込むことにある。破綻可能企業を直ちに整理回収機構(RCC)に送るのではなく、回収指針である「人間の尊厳」原則を最大限尊重する必要がある。一部の国際競争に参画可能な企業創出の背後に、累々とつながる中小企業の退出と地域経済の衰弱をもたらしても、国民経済の循環は根底から喪失する。
 中小企業金融が制度的に誕生したのはドイツであり、「信用ないものが何人集まろうと信用は生じないと主張するラッサールに対し、ヘルマン・シュルツエ・デーリッツが「取るに足りない多数が集合して相互補完すれば信用は形成される。国家はそれを実現する環境を準備してやる」ことが必要として自主自立による相互責任・無限責任の協同組合形式の前貸組合が1852年につくられ、反政府系結社として急速に成長したが。慈善性が強く挫折した。フランスやイタリアにおいても国営銀行の零細業者への融資制度が前進したが、保障が困難である職人は同業組合による手形保障をおこなう融資の道が開かれ、今日のEU諸国の中小企業金融モデルの基礎がつくられた。イタリアで最初に中小企業金融を提案したルイジ・ルツアッチは「信用は、太陽のように照らすが、この太陽は頂上の上しか照らさず、警告はいまだその光を受けていない」として協同組合組織による金融機関の創設を提起した。19世紀金融の最大の特徴は、貸付における保証人という絶対的な条件にあった。
 日本の中小企業金融は、明治24年(1891年)の信用組合法(内務大臣品川弥二郎提案)による前貸組合設立によって始まったが、農業重視の産業政策によって中小農家が対象とされ、本来の信用組合は大正6年(1917年)の市街地信用組合の誕生で始まった。初期に信用供与の基準は人物評価が組み込まれているという特徴があった。昭和恐慌を転機に、融資審査基準が人物本位から物的担保主義に移行したが、この状況は現代と酷似している。信用供与の主要部分は、問屋卸業と個人金融という担保を必要としない形態であった。昭和6年の工業組合、昭和7年の商業組合を通じる組合金融を政府は認めたが、組合員拠出金による供給基金が過小であるという限界を持った。こうした取り組みの結果、昭和11年商工中央金庫・昭和12年東京信用保証協会などの政府系中小企業声援制度が発足した。
 戦後の中小企業金融政策を図式化すると次のようになる。
 昭和24年 中小企業等協同組合法・国民金融公庫創設
 昭和26年 信用金庫創設
 昭和28年 中小企業金融公庫設置
 昭和33年 中小企業信用保険公庫創設

 高度成長期における大企業設備投資融資の優先は、中小企業にとっては信用保障制度拡充問題と歩積み・両建て問題が最大の課題となった。バブル崩壊後の中小企業金融の転換は信用格付け制度であった。信用格付け基準は、@財務的定量判断A経営実態的定性判断B取引条件の返済能力の3つがある。信金・農協は@判断を優先したが、急速に全体的に@判断傾向が強まった。儲かる企業への融資がますます強化され、A・B判断は後景に退いた。さて最後に指摘したいのは、米国CRA特別貸出にみられる金利軽減・返済期間延長・弾力的融資などの優遇措置がなぜ日本で履行されないかと云うことだ。米国スタンダードといいながらこの問題での対称性は甚だしい。(2002/1/13 9:08)

[日経連『労働問題研究委員会報告2002版』を読む]
 『報告』は、日本の長期不況を高コスト構造に求め、基本戦略を賃金削減とリストラに置きつつ、他方では高コスト構造の是正が「デフレを促進し、さらに本格的な不況に陥る危険がある」とも述べ、昨年の報告で強調された成果主義賃金を削除し、「従業員のモラルを低下させ、企業経営に必要な人的資源までも喪失する恐れがある」として「安易な雇用調整は許されるべきではありません」と述べている。賃金問題についての明確な戦略展望を打ち出し得ないと云う実態を示している。
 失業率5.5%という最悪の雇用問題に関しては、総人件費抑制・賃金削減をやむを得ないとしている。問題は雇用対策だ。「雇用形態の多様化、柔軟なワークシェアリングの導入」を総人件費抑制と両立する緊急避難型雇用対策として打ち出している。具体的には、「時間当たり給与」という考えによって、労働の短縮や一時帰休は「ノーワーク・ノーペイ」原則を適用し、派遣・アルバイト・契約制などの雇用形態の多様化による「経営効率の向上と雇用コスト削減」の同時実現を主張している。これは、必要な時に必要な部品を必要な数だけ揃えるというトヨタ型ジャストインタイム方式の労働力版に他ならない。問題は、企業経営のモラルハザード・サービス残業・年休取得を前提としない生産計画などの是正にある。この2つを比較衡量すれば明らかに後者に経済誘発効果がある。
 さて日本の高コスト構造について、日本100:米国79:ドイツ90:フランス66という名目賃金を為替レートに換算したデータを示しているが、同じ商品を購入する単価を比較した購買力平価でみると、米国143:ドイツ173:フランス128:日本100となり日本の賃金水準は低い。国際競争力も労働生産性の国際比較では、製造業について日本は米国に次ぐ第2位だ。
 さらに現行の最低賃金制の地域別最低賃金をベースに一定条件を満たす産業別最低賃金の2層制を批判し、産業別最賃制を廃止すべきだと主張している。地域最賃は時間で東京708円〜沖縄604円という生活保護基準をカバーし得ない低額であり、平均は日額5256円となっているが、産別最賃は日額5989円で10%強の差に過ぎない。
 こうした人的資源に対するマイナス戦略は、企業と労働者のモラル・ハザードを同時に拡大し、デフレ・スパイラルの悪循環を誘発する可能性を秘めている。企業ガバナンスと人的資源の効果を最大化する第3の道の探求が緊急に求められている。(2002/1/12 21:24)

[日本の死刑を考える]
 年末の27日という議会休会中に、東京拘置所の66歳の死刑囚と名古屋拘置所の死刑囚2名の死刑が執行された。名古屋の死刑囚は、被害者遺族が法務大臣に面会し助命嘆願をしていた当人であった。死刑廃止議連によれば、執行前に家族には連絡されず遺体引き取りの通知が行っただけだそうだ。遺体は執行後も生きていて、髭が伸びおかんのなかで髭を剃って葬儀をおこなった。
 すでに国際連合は死刑廃止条約を決め、各国に批准を迫っているが日本は拒否している。1998年11月に国連人権規約委員会は日本政府に死刑廃止勧告を行い、2001年2月にEU(欧州連合)は日本の死刑執行に抗議をおこない、6月にはCOE(欧州評議会)が2003年までの死刑廃止を要求した。
 問題は2つある。第1は死刑廃止それ自体についての評価であり、存続論と廃止論の応酬が冷静に展開される必要がある。そこで問われるのは、同じ犯罪をおこなっても日本だけがなぜ死刑を執行されるのかということだ。第2は、死刑廃止に関するグローバルスタンダードがすでに確立し、死刑存知国に対する厳しい勧告がなされている現状にどう対応するかということだ。私は、欧州の日本批判がここまで鋭いものだとは知らなかった。正直に言って年末の死刑執行を聞いたときも、年末の大掃除を控えて忙しく本気で気にとめることはなかった。命や人権についての言動が上滑りし、具体的な状況に具体的に対処できないマヒした状態にある。欧州の死刑廃止にある命や人権に対する成熟した感覚に対して、日本の人権感覚の後進性を実感する。それともアメリカン・スタンダードで米国の死刑廃止をまって日本も追随するつもりなのだろうか。それにしても死刑執行抗議集会のパネラーに有力な右派議員の亀井静香氏が名を連ねているのには少々驚いた。法務大臣に抗議をおこなった国会議員は、亀井静香・保坂展人・木島日出夫・大島令子・山花郁夫の各氏だ。(2002/1012 20:31)

[柔らかな身体について]
 ベネッセ教育研究所の首都圏女子中学生大笑967人調査では、10kg以上やせたい16.6%、ダイエット経験は何回もある12.4%、食べたものを吐く2.7%で70%以上が痩せたいという希望を持っている。初潮の低年齢化が進み12歳で50%が初潮を迎えたが現在は小学4年生で始まる子どもがいる。この時期に体重を減らす脳の中枢にある下垂体の働きが崩れ大人になる土台が崩壊する。この時期のダイエットは骨そしょう症という惨めな将来をつくる。他人の目が気になる、他人の目が気になる、自分に自信がないという子どもほどダイエットに走る。スリムなタレントや心をくすぐる雑誌の洪水の中で自分を見失っている。ほとんどはダイエットが必要ないのになぜここまで異常なゆがんだ指向が誘発されているのか。
 若い女性にある摂食障害とは何か。スリムでないといけない、という思いこみで身体が金縛りとなり、生理の根っこまでダメージを受けている。観念が身体をガチガチにしばっている。この背景には、ありのままの自分を自然に肯定的に受け入れられないセルフ・イメージの喪失がある。かってのように家族関係の中で自分の身体の型と自己肯定感が形成される前に、メデイアからの情報がシャワーのように降り注ぐ。写真家の藤原新也さんは、学校になじめない悩んでいる少女の写真を撮ったとき、目はキョロキョロ、首は座らずという状態だった。撮影中は体の向きから視線の置き所、指先まで細かく指示していった。徹底して型にはめるなかで、少女の姿勢や表情がはっきりと変化し、背筋がすっと伸びていった。彼女は自分が無条件に見つめられた経験がなかったのではないか。ストレートに見つめられることにより、自分が初めて認知されたのではないかと藤原さんはとらえた。
 「3秒間深く息を吸って、2秒間息を保つ。それから15秒間かけて息を吐く。それを6回、2分間。」この呼吸法は身体をほぐし、同時に身体の中心に意識を集中させる、最も基本的な方法だ。騒がしい小学生が、嘘のように静まり返り、穏やかな息づかいが聞こえる。九九や自転車と同じように一度身につけたら忘れられなくなる。朝日新聞1月11日夕刊参照。
 確かに試してみると不思議な落ち着きが訪れる。現代人は日頃の喧噪のなかで、身体の自然なリズムを奪われ、それに気づかないで生きているのではないかとつい考える。私は、いままでこのような身体論に関心がなく、むしろ社会的な要因を個人の身体に還元する、ある種のいかがわしいものとみてきたが、どうもそうではないらしい。もし受験生の人がいれば、受験場に臨んでこのような呼吸法を試みてみたらどうであろうか。身体と文化の関係はある無視できない意味を持っていると考えるようになった。(2002/1/11 20:45)

[アフガン捕虜はキューバ基地に行くのか]
 アルカイダやタリバーンの捕虜が、キューバの東部にあるグアンタナモ米軍基地に収容される。今週中に約50人が、他の捕虜も数週間以内に収容される。米軍は収容所建設と管理のために660人の兵士を派遣し、2700人の米兵が常駐する。すでに独房100室が完成し、さらに220室をつくる。快適とはいえないが、人道的な施設だそうだ。キューバ政府は基地の収容所としての使用には反対はしていない。このニュースはマスコミによって事実のみが報道されているが、それに対する何らかの評価を加えているのは皆無だ。このニュースを聞いたときに私の背中に走った何か得体の知れない違和感を今でも覚えているが、いまここでそれをきちんと把握しなければならないと思う。
 第1に彼らはアフガン正規兵であり、国際法上正当な捕虜としての待遇を受ける権利があるが、米軍が勝手にはるか離れた異国の地に連行するのは国際法上どう位置づけられるのか。第2にアフガンに発足した暫定評議会こそ一義的に捕虜を管理する権利と責務があるのではないか。敵軍の捕虜とはいえ同じ国籍を持った同国人をこのように扱うことに対する国家主権の問題はないのか。第3に米国の捕虜に対する軍事裁判の根拠はあるのか。最後に最も違和感を覚えるのは、米国と正面から対決してきたキューバの国内に拉致して独房に閉じこめる意味だ。ここに驕り高ぶる者の弱者に対する見せしめの形容しがたい侮辱と脅迫を覚える。米国の自由と民主主義の浅薄さと度し難い高慢さが表れている。この数百人の捕虜の背後にいる家族や友人のルサンチマンは、想像しがたいものであろう。 米国の本当の理由は、米国内に収容した場合に予測される再度のテロ攻撃に対する恐怖であり、米国と対立するキューバにその矛先を向けさせようと云うことであろう。なんとも薄汚い卑怯な理由だ。戦場における捕虜は、国際機関による正当な国際裁判による公正な裁判を受ける権利があるはずだ。米国の態度は残念ながら、暴力団の抗争かやくざの論理と酷似した最低の許し難い卑劣な軽蔑すべき行動だ。米国の人道水準が地に落ちていると言われても仕方がない。勝者の論理に酔うべきではなく、冷静で尊厳ある裁きの場で堂々と敗者を裁いてこそ米国のモラルは世界的に評価されることが分からないのだろうか。 
 驕り高ぶる米国の態度は、全世界から実は密かにこころのなかで軽蔑され嘲笑されているが、いまのところドルの支配におののいて正面から異議申し立てをしないだけである。しかしこのようなルサンチマンの集積は、遠からずマグマの噴流となって爆発することは間違いない。(2002/1/10 21:15)
 1月10日カンダハルから20人の捕虜が第1陣として出発し、合計445人が移送される。ラムズフェルド国防長官は、戦時捕虜をの待遇を規定したジュネーブ条約は適用されず、新聞も「拘束兵」と呼んでいる。20人全員が手錠を付けられ、1人は移送中に鎮静剤を打たれた。自らが「新しい戦争」と呼んで始めた戦争にもかかわらず、敵兵を捕虜とみなさいという国際法無視ははじめからこの戦争自体が国際法上の根拠を持たなかったことを示している。(追記 2002/1/12 20:09)

[自己陶酔の世界とポピュリズム]
 政治家が短歌を作らないのは、短歌が主情的な世界であるからで、徹底した冷徹なリアリズムで決断と切り捨てを選ぶ政治の世界とは両立しないからだ。政治家が短歌を作るのは、暗殺を覚悟するときや辞世の句として後世に残す時である。ところが小泉首相は昨年9月に次のような不思議な詩を詠んだ。 
 「柔肌の熱き血潮を断ち切りて 仕事ひとすじわれは非情か」
 いうまでもなく与謝野晶子が政治に熱中する夫鉄幹にあてたものであり、当時の明星派歌人を燃え上がらせた恋愛歌のパロデイーである。本人はいたってまじめな自己陶酔の心情があふれてはいる。しかし、こうした小泉語録に具象化された大衆心理にストレートに訴える言葉の数々は、決して侮れないものがある。少なくともかっての成熟した政治言語であるアーウーというような、あいまい言葉を払拭した単純素朴な歯切れの良さがある。しかし、これは裏返せば情緒に訴える感情言語であり、後からよく考えると具体的な意味内容がない非理性的な言葉の羅列でしかない。だから小泉語録の現実的な意味は、耐えきれない痛みの蓄積の果てに初めて肉体で理解されるが、その時にはもう遅いのだ。東大全共闘は「連帯を求めて孤立を恐れず」と云い、よど号犯人は「我々はあさってのジョーになる」と云って歴史の擬画に終わってしまったが、小泉語録も本質的には同じである。
 このような情緒言語によって作為的に作り出された情緒共同体にのめり込んで、我を忘れる共感世界を求めていくのは、まさに1930年代のナチス時代に見られた追いつめられる中間層の大衆心理に他ならない。大衆に対する叱咤と大仰な激励のメッセージは、大衆心理のマゾヒズムと共感し、依存心理による異常な英雄崇拝を生みだして、最後にはファナテックな排外的な集団心理が現れる。知性と理性による判断は、冷静な回り道のある時間をかけたものとなるから、眼前にある危機と不安を即座に解決する強力なメッセージは大いなる即効性に満ちたものと錯覚される。ただし、小泉語録が1930年代のファッシズムの心理が新たな装いを持って現代に登場している虚妄の心理世界にしか過ぎないことを鋭く見抜く力が深く広く育っていることは間違いない。以上毎日新聞1月8日付け 関川夏央氏「コイズミ語の聞き方」参照。(2002/1/9 21:25)

[ためらうとはなにか]
 直線的に進んだ20世紀では、優柔不断は低くみられ、世界全体の歯切れが悪くなった21世紀では、「ためらう」ことは知的動詞の代表となった。「未来用語の基礎知識2099版」から。本当にそうか。確かに20世紀末では「ゆらぎ」とか「複雑系」とかのあいまいな言葉が一世を風靡した感があったが、現在はむしろ強い言葉と「確固たる」単純な言い切り言葉が制覇しつつある。「正義か悪か」「テロ側につくのか米国につくのか」(ブッシュ大統領)「改革か抵抗か」(小泉首相)などの有無を云わさぬ選択を迫る強制力を持った言葉が飛びかい、結論に至る試行錯誤と結果責任を考えて躊躇する誠実な思考はむしろ軽蔑され無視される。この典型が「朝まで生テレビ」の速射砲のような討論スタイルだ。こうしたコミュニケーションの特徴をもたらした要因は何だろうか。
 基本には、市場原理による競争のなかで2者択一を迫る経済行動のスタイル、それによって露わとなる優勝劣敗の即時的な結果のなかで躊躇せず決断する「強い個人」による自己選択・自己決定原理の行動がある。コミュニケーションレベルで云えば、YESとNO側に分かれて戦うデイベートの大流行がある。デイベートは、あいまいな日本的コミュニケーションの限界を突くプラス面をもたらしたが、逆に正しいかどうかではなく勝てばいいのだという力の論理をも誘発したことは間違いない。民主派の一部がデイベートを過大評価した重大な間違いもあった。さらに不透明で危機な時代では、直線的で単純な力あるメッセージへの依存心が高まる。英雄とか革命家はこのような時代の雰囲気を最大限利用した。それが正しいかどうかではなく、力に満ちているかどうかが問題であった。
 「ためらい」は、或る事柄に対する価値判断に誠実に責任を持つ限り自らの判断の相対性の前におののき、選択の熟慮と選択後の反省までを射程に入れた認識過程の科学性の身体的な表現である。コミュニケーションにおける沈黙や逡巡の深い意味を再確認し、逃げや無責任に終わらない本当の深い「ためらい」が実は復権され、新たに再登場する時代でもある。(2002/1/8 21:40)

[子どもの化粧とは何か]
 子どもの化粧は、玩具メーカー・タカラが小学校低学年からの口紅やマニキュアを売り出した1993年頃から注目されはじめたが、この頃はまだ大人のまねをするゴッコ遊びの延長だったが次第に本格的になっていった。カネボウコスメット「イエイ!」(1999年)、タカラ「スイートバンビーニ」(2001年)などがデパートの子どもコーナーに大人並の品揃えで並び、メーク教室は母娘であふれるようになった。東京と埼玉の小4〜6の女子の化粧品所有率はマニキュア63.1%、口紅28.7%である(ベネッセ01年調査)。この背景には何があるか。
 「ピチレモン」(学研)副編集長にくる読者電話相談の80%は友人関係で、かっての恋からひとりぼっち・シカトが大半となってきた。他人からどう思われているか気になる女の子は55.8%で、友達に気を使うが44.4%である(ベネッセ)。このような友達関係のストレスを感じている子どもほど、化粧や服装、髪型に気を使う傾向があるという。ここから、他人を圧迫しない、警戒心を与えない、敵ではないとして自分も攻撃されない存在にならなければならない。そこで派手で目立ちすぎや暗いおとなしさは仲間と同調できない。ここで登場するのが、透明マスカラで目元を少しだけパッチリさせ、グロスで唇をちょっぴりつややかに見せる少女の化粧が登場する。これが「かわいい」ということの内実なのだ。化粧はいじめの闇の世界を生き抜く手段なのだ。以上朝日新聞1月7日付け参照。
 
 ここにはいくつかの特徴がある。第1に顔を中心とする身体的な特徴に関心を抱く年頃である思春期に、それが友人関係の中心に座るという一種異常な子どもの世界がつくられていること。第2に娘の化粧は主として異性を対象に自己表現を図るという既成のイメージではなく、男女を越えた教室内の人間関係の調和のなかで孤立しないためのほとんど唯一の方法となっている感があること。第3に小学生の娘の化粧教室に通う母親の存在である。ここにはかっての高級ペットとして我が子を飾り立てた母親とは違うものがあるように思われる。それは少女の化粧の流行現象の中に、我が娘を孤立させないための哀しい逸脱した母性愛があるのではないか。第4に化粧品メーカーの営業戦略にからめ取られていることである。成人の化粧品市場が頭打ちで、むしろ化粧をしない成人とブランドに走る女性の両極分解が進んでいるなかで新たな市場ターゲットとして少女を標的にしているに過ぎない。

 さて私は少女の化粧を表現の自由としておおらかに認めるのは、少々単純だと思う。基本的な問題は、大人の世界で広がる新自由主義的な競争原理のなかで、大人自身が自己保身のための「強い個人」要求されるなかで、集団の中での生き残りを図る哀しい自己表現が主としてスキル中心に進んでいることが、形を変えて少女の世界に浸透しているような気がする。子どもの世界では、スキルは学力とか運動能力とか目に見える形で現れ、それが各自の将来にある分岐をもたらすのではないかという漠然とした確信がある。能力の差異をおおらかに認め、自分の能力をさぐり、限界まで挑戦する姿を互いに認め合う協同的な世界が衰弱していることの反映ではないか。化粧する少女は、実は自己肯定と不安を自分の身体を通して表現しているのであり、それがしかも他者にあやつられた行為であることにほとんど無自覚である。現在の自分に対する自己肯定感が薄らいでいく中で、表面的な演技でもって自分を隠さざるをえないというのは、あまりにも惨めでもはや精神的には老いた老人ではないか。飢えの中で目を輝かしている途上国の少女と、飽食の中で化粧しまくる日本の少女の驚くべき対比。先進国で化粧している少女がいるのは日本だけだ。

 さてどうすればいいのか。校則で禁止するか。事実と真実を鋭く自分の頭で考える少女期をどう準備するか。内申書と競争によって、おおらかな子どもの世界を容赦なく崩してきた大人たちの論理にもかかわらず、そのような論理と無意識に対決するこどもの内発的な世界があり、最後にはそのような世界が間違いなくくる。そうした世界をたぐり寄せる本当の学力をいまここでひそかに養うこと。ナンバーワンではなくオンリーワンの自分の尊厳を誇りを持って語れるそういう自分と仲間をつくる。これだ。(2002/1/7 20:11)

[ドル秩序に対抗する萌芽]
 欧州ユーロへの転換はスムーズにいっているようだ。欧州が通貨統合によってドルに対抗する大きな地域経済圏を形成することは間違いない。もっと大事なことは2つの大戦で致命的な打撃を受けた欧州文明への懐疑が不戦を誓ってから60年を経て遂に金融的に戦争ができないような通貨システムをつくりだしたところに意味がある。
 イスラム金融はコーランにより全く利子を取らず、リースや割賦販売により利益配分をはかり、宗教的な結びつきによってイスラム金融の活性化を目指す動きもある。300兆といわれる世界をめぐるドルの制覇に対する2つの大きな動きだ。
 滋賀県草津市中心でおこなわれている「おうみ」という地域通貨は、ボランテイアやNPOが支える200人が参加する。地元のタクシーや映画館でも通用する。支払先の会社の書類整理などを手伝って回収される。地元商店街300店を支援し、環境に配慮した商品を優先的に買い、牛乳パック再生品、簡易包装品、有機野菜が扱われる。近江商人の伝統を受け継いだ地域活性化の波が芽生えている。地域通貨は、いまや50とも100ともいわれる静かな浸透を示している。国家通貨による地域経済の破壊を食い止める力があるかどうか、即断はできないが、地域を自らの手で復興させる静かな地殻変動の可能性をはらんでいる。欧州で展開されている地域協同組合運動とも連動するような響きを感じないか。変革の思想としてのコミュニズムの破産から、地域に視点を置いたこのような取り組みを、単純に褒め称えることはできないが、なにか人間らしい臭いがかすかにしかし確かに聞こえてくるような気がする。地域通貨とかエコマネーは必ずしも国家通貨と対抗するために導入しているのではないが、通貨に翻弄されない本来の姿がかいま見えてくる。
 ユーロとイスラム金融と地域通貨とそれぞれレベルが違うが、ドル支配に対する静かな可能性が準備されているような希望がある。(2002/1/6 12:25)

[新年会を楽しむ]
 4日は従兄弟のところで新年会をおこなった。それぞれ結婚した息子夫婦も集まり、90歳に近づいたおばさんも元気な姿を見せ自叙伝を出版するといっていた。従兄弟の息子は上は東大卒業後三重大学生物資源学部の助手で林学をやり、下は横国大卒業後ゼネコンで三重の廃棄物発電のプロジェクトの現場監督をやっている。2人とも私の勤務する学校の卒業生で、エネルギ^ーのある連中だ。このような青年によって将来の日本はなんとかあやまりなく進んでいくのではないかと少々安心した。私の息子は、ある情報産業の東京勤務で帰ってくるなり、私のWin95は時代遅れだからとパソコンを買い換えることになった。XP搭載の75000円の本体を買った。それから1日かけてコンテンツをすべて移し替えまあまあ快適な環境で動くようになったが、息子は私のデバイドを批判し、情報化について少し考えさせられた。つまりコンテンツや発信内容と操作技術のスキルの関係である。もちろんスキルは必要だが、もっと大事なことはPCを操作する主体の思想の問題だということだ。息子は3日に帰郷しあわただしく5日に上京した。かくして私の新年初頭の日々は過ぎたが、どうも今年の初頭はいまいちぴりっとしたものがない。私の半生の転換期になる予感がするのに、それに対する緊張が足りない。 
 本日は前任校時代の旧友10名ほどが集まり我が家で新年会をおこなう。妻は前日から合宿でいない。前日に焼肉の準備はしてくれたがその他は私が全部しなければならない。朝からあれやこれやと大忙しだ。まあ全部男だから気楽にやればよいが。どうなることか楽しみだ。それぞれが自己の軌跡を語り合うなかで、ほとんど自分のアイデンテイテイーを継承し、楽しい飲み会となった。それにしても自分の家族(妻)に対する配慮の仕方にこのような違いがあることは、正直言って驚いた。みなさん新しい年においてもそれぞれの部署でがんばってください。そのような余韻が残る新年会であった。(2002/1/6 20:49)

[奴隷の言葉について]
 次の言葉は、戦時下1940年12月に記された宮本百合子「女性の現実」と題するエッセイの一部である。
 「社会のために勤労の力を尽くしている数百万の婦人にとっては、男と同じように働くということばかりに希望がつながれているのではなくて、妻であり母であるという女性独特の天賦の事情を、社会的な勤労の条件そのもののなかに認められることが痛切に念願されている」

 戦争動員で壮年男子労働力が不足し、急速に女性の工場進出が進んだなかで書かれている。これを母性保護の立場から記されたとする評論があるが(澤田章子)、私は違う。まさにこれは女性の自己実現に向けた女性労働力の社会的認知に向けたアピールではないか。苛烈な戦時体制の中でなおかつ女性の人間的な労働を呼びかけている緊張感に満ちた文章だ。なぜなら宮本百合子は反体制文学者として特高警察の要注意人物であり、夫は指導者として獄中にあるのだ。彼女が戦時下のこの条件で書く表現は、或る種のギリギリの奴隷の言葉に近い表現で、女性的抵抗への呼びかけをおこなっているとも受け取れるような文章だ。
 戦後の表現の自由の中で無数の変革のメッセージがあったが、それらは泡のように消えていく浅薄な生命力が感じられないものであった。むしろ宮本のような文体のなかに権力との緊張感に満ちた実体のある、思考を迫る訴えをみることができるのではないか。(2002/1/5 20:27)

[ダグラス・ラミス「ガラクタ経済から脱却を」を補完する]
 ラミス氏は、不況脱出のための消費喚起を批判し、必要品をほとんど手に入れている日本で消費を喚起することは、ガラクタ経済を推進することであり、それは一層の環境破壊と長時間労働による過労死を勧める文化への破壊的な結果をもたらすという。そしてより質素な消費文化になっても崩れない経済制度は可能か、質素ではあっても貧乏ではない消費はあるかと問いかけている。日本経済の不況は危機でもあるが、大いなるチャンスでもある。発展が止まったのではなく、対抗発展が始まったと考えるべきだ。
 前半部は大枠で賛成するが、後半部の対抗発展の具体性がない。環境や分配の先進国中心のシステムが続くはずのないことは確かだ。つくられた欲望の創造による消費の無限発展という神話から解放された、自己制御された尊厳ある質素さとは何だろうか。そのような違う価値観を持った人が出現し、孤立したユートピア共同体をつくったとしてもそれは虚妄だ。ラミス氏の現実批判が厳しければ厳しいほど、オルタナテイブのあり方の現実的な可能性の問題を突きつける。しかもパックス・アメリカーナは21世紀の初頭を確実に支配するだろう。ラミス氏は一歩突っ込んでこの問題に答え氏自身のプランを提起する必要がある。私もこの問いに対する解答用紙をつくらなければならない。(2002/1/5 19:10)

[大人はどこに消えたのか]
 かっては子供と大人を分かつ通過儀礼イニシエーションがあり、ある扉を開ければ大人への世界が開けた。親は子供に着るための言葉や知識や技術を主として背中を媒介に渡し、子供は先行ランナーとしての親や大人を目の前にみてきた。その成長の刻みを大人から承認するイニシエーションが確固たる意味を持っていた。しかし現代にはそのような扉はない。縦横に取り巻くメデイア環境による膨大な情報が大人にも子供にも降り注ぎ、互いにその情報を勝手に判断し取捨選択しているよく言えばパートナーとなっている。私たちはそのような切れ目のない一つの連続した文化のなかにあり、いつまでも漫画を読む大人と同じく世代感覚が様変わりした。このような関係を作り出した大人は自信がないのに、または自信がないからこそ自分の望む人間像づくりを考え、同じ人間のクローンを作ろうとして、ある鋳型のなかに子供の明日を描いたり、自らの亡き後を託するという決然たる後継者構想と希望を描けないまま放任におちいる。これほど子供が育ち、子供を育てる過程が複雑になった時代はない。
 現代のアメリカがテロという他力によって星条旗への国民的なまとまりを作り出しているのは、まさにそのようなまとまりが決定的に失われている現状を逆に照射している。強力な競争原理の中で、最後の安定を対外的なユニラテラリズム、対内的な家族主義に求める哀しい自己欺瞞は共同体のつながりがそれだけ衰弱していることを示している。DBや幼児虐待は明らかに家族至上主義の挫折を示している。問題は、常に仮想的を用意しなければまとまりを作れないようなシステムと訣別し、世界に開かれた思考と協同の関係をめざすシステムへの転換が準備されていることを認識できるかどうかにある。そのような力は、子供自身の中に内発的な潜在力としてあることを、おおきな度量を持って認めていく大人の側にある。誕生したばかりの嬰児の顔を見ていると、しみじみと子供がのびのびとすこやかに成長していく条件を準備するのは大人の責任だと思う。朝日新聞1/5朝刊特集記事参照。(2002/1/5 18:42)

[小倉千加子の告発型フェミニズムを嗤う]
 本日の朝日新聞に小倉の戦後女性政策に関する評論が載っていた。以下はその概略。
 高度成長期に、一家に一台の専業主婦が大衆の欲望となり、75年には専業主婦率が最高となった。79年に共通一次が始まると子どもの偏差値上昇に向けた条件付き愛情が義務となり、経済成長が鈍化すると女性はパート労働力として低身分労働力に駆り出された。行政主導フェミニズムは女も家事と仕事をといって女性の自立を説き、専業主婦のパートと家事への苦闘を迫った。偏差値による序列化は、女の子からも学習意欲と労働の喜びを奪い、結婚願望の女性達は学力偏差値に替えて女性偏差値を上げるメークとファッション学習に走った。3C(高賃金・高学歴・家事協力)男を求める世界一の晩婚化という専業主婦システムの皮肉な結末となった。今になって国家は専業主婦は迷惑だという。女性は、働く必要のない有閑専業主婦と嫌々働く主婦と少数のキャリア女性に分断され、総合職やシロガネーゼになれなくても、コマダムにはなれた女性は今は許されない。結婚はユートピアではなくデイストピアとなる時代が来た。
 小倉が云っているのは、年収130万未満のサラリーマンの扶養妻、いわゆる年金保険料を払わない3号被保険者に対する政府の攻撃を批判してのことだ。確かに専業主婦は、恋愛ロマンスによって女性を動員し、家庭という私的領域に閉じこめ、男性労働力のメンテナンスと将来の労働力の再生産と廃棄労働力の介護を愛の名によって無償労働に従事させる国家の家族政策によって生まれた。問題は、このような女性の存在構造が女性自身によって積極的に受容されてきたことにある。男性と同様の高学力を入手した女性もこのようなシステムに巻き込まれている。小倉の視点には、こうした女性自身にある問題構造を切開する切り込みが全くなく、相変わらずの被害者による告発追求型の批判に終わっている。なぜこうなったか。それは小倉が現実の女性運動とのリアルな関係を持てず、女性である小倉自身が観照するような方法を採っている点にある。彼女には自己実現型共働き女性の痛みが視野に入ってこない。従って小倉的な批判は、冷ややかな外在的な批判に終止し、どのような脱出の展望があるのか、それを実現する女性の主体はどのように構築されるのかといった最も大事な戦略展望は生まれない。
 小泉内閣は、税制と社会保障を「専業主婦」モデルから「共働き」モデルへ転換する方針を打ち出したが、朝日新聞の年収130万円未満の妻たちに対する意識調査は、「理想は専業主婦。でも夫の失業が心配。充実感のある仕事はしたいがたぶんパートで。だから娘には専業主婦にはなって欲しくない」という現代主婦の困惑した在り方を浮かび上がらせている。このようにいつまでたっても女性政策に対して受け身でしか考えられない女性が大量に生み出されていることに対する鋭く緊張感に満ちた問題提起をしないことには、現代フェミニズムの旗手もおそらく歴史の藻屑となって消え去るだろう。(2002/1/3 15:00)

[エスニシテイーの陥穽と21世紀の希望]
 中学生の息子に携帯の機種を替えろと頼まれた或る在日朝鮮人がAUショップに行ったときの会話から。学割手続きから家族割引に進んだときに、家族の証明書に戸籍謄本を出せと言われた。もともと戸籍がない在日外国人に戸籍を求める行為は違法ではないかというと・・・それからの会話。
 「あなたは外国人登録証をもっていますか」
 「私は持っていませんよ。私は日本人ですから」
 「私は朝鮮人だから登録証がある。あなたには戸籍があるように私には登録証がある。戸籍がない私に
戸籍抄本を出せと言われてもだせない。家族証明ができないで困るのは私ですか、あなたの会社ですか」
 「私も困ると言えば困りますので、会社に相談してみます」
 「私も本社に相談してみます」
 「正月ということでさわやかにいきたいですね」
 「そうします。ハイ正月ですもんね」 
 奇妙な会話である。携帯の店の社員は在日外国人への対応マニュアルを持っているであろうが、戸籍がない国の人に戸籍を求めるという初歩的なミスを犯している。米国人に対しても同じ対応をとるのであろうか。日本の民衆の心性にあるこのような特徴を抜きにしてエスニシテイーを語ることはできない。

 米国占領軍GHQシーボルトに対して、宮内庁御用係寺崎英成は昭和天皇の意向として次のように伝えた。「沖縄に対する米軍の占領はソ連の脅威に供えるとともに、日本国内の治安維持のためにも必要で、日米双方の利益にある。琉球列島の軍事占領方法は主権は日本に残し、、25年から50年或いはそれ以上の期間を米国が租借することが望ましい」。寺崎は日米ハーフ「マリコ」の父親で、GHQの友人フェラーズ准将と協力して天皇の戦犯措置をくいとめようと奔走した人物である。
 自らの地位の維持と責任回避の最大の手段として、赤子と称した民族の一部を他国に売り渡そうとしたのかどうか、その真実は闇の中にあるが、ここに表明された意向の本質は連綿として現在も継続中であることは確かである。他者のエスニシテイーを論じる前に、私たちは自らの民族の現実をリアルに見据える必要がある。ベトナムの人にとっては今も、沖縄という語は恐怖のイメージがある。

 東村山市にあるハンセン病国立療養所多摩全生園患者森元美恵子さん(55)は、誕生以来5つの名前を持った。その変遷は以下の通りです。
 1946年 川崎美恵子(日本人軍属川崎善吉とジャワ島人エフィの長女として誕生。父は捕虜収容所か
               ら帰国したが母子は残留)
 1948年 ミーク・マカダダ(母は再婚し、インドネシア風に改名、義父から虐待を受け祖父母に引き取ら
               れる。高校生の時に初めて実父の話を聞く、大学で留学生として父と対面)
 1968年 川上エミコ(ハンセン病発症、本名を隠され改名。父との面会禁止)
 1974年 森元エミコ(8歳年上の患者仲間と結婚し、社会復帰をめざしたが失明)
 1996年 森元美恵子(ライ予防法廃止を契機に本名にもどる)
 ここにここに現代日本のエスニックの典型がある。彼女は、戦争によって混血児として生まれ自らのアイデンテイテイを模索し、さらにハンセン病という究極の社会的な排除を受けて、生涯を二重の辺境のうちに生きてきた。いまでも療養所では「エミちゃん」と呼ばれる。「いいよ、どっちでも。いいんじゃない」時代にもてあそばれた人生であった彼女は、「名前」を越えた人間の修羅場を見てきたのだ。園で野菜作りにいそしむ彼女の表情は少なくとも写真で見る限り明るくはあるが。(朝日新聞2002/1/3朝刊参照)

 米国同時多発テロ犯の多くは、外国留学経験を持つ最も知的な階層であり、将来は祖国のエリート層になったと思われる青年が多い。彼らを米国人の多数は邪悪で残忍な悪魔と呼んでいるが、果たしてそうであろうか。たしかに彼らの米国に対するルサンチマンは底深いものがあっただろうが、それをテロという形で実行に移すような特殊な歪んだ攻撃的性格の持ち主であったのだろうか。このことを考える材料として、有名なスタンレーミルグラム実験がある。エール大学心理学教室でおこなわれたこの実験では、権威ある教授の命令によって、誤答をする学生に対してその度に高圧電流を流すという実験だ。もがき苦しむ学生(実は演技)をみながらどこまで電流を流すボタンを押し続けるかが試される。被験者は権威或る教授の命令を拒否する良心を取るか、それとも学生を犠牲にして権威への服従を選ぶかの選択を迫られる。被験者は多様な階層から募集され、大多数が従順な服従を選ぶという実験結果が出た。必ずしも知的階層が良心に忠実だということでもなかった。
 ハンナ・アーレントの『エルサレムのアイヒマン』(1963年)は、強制収容所所長のアイヒマンは机の前で職務を果たした平凡な官吏だったといってユダヤ人の嘲笑を浴びたが、ミルグラム実験ではまさにそれが証明されている。アイヒマンは、大量の犠牲に涙しながらも冷静に机の前に座ったのである。強制収容所のナチス兵士は、ベートーベンに感動しながら同時に毒ガスのボタンを押したのだ。
 アラブテロリストとナチスを同列に論じることは許されないが、権威による刷り込みによってか恐怖への服従からかはおいて、ごく普通の平凡な市民が非道な悪を容赦なく実行するという点で共通性がある。彼らを動員する大きな要因の一つが、異文化・異民族の排除や攻撃によるアイデンテイテイーの肯定にあった。つまりエスニシテイーの問題だ。

 私のつたない経験からいえば、私自身も決定的瞬間においてどこまで良心と尊厳に忠実であるかは自信がない。今から思えば小さな保身や誉れのために裏切り、良心を売ったことがある。良心や尊厳への裏切りは、事柄の大小に関係なくその人格を貶め悪無限の退廃と堕落を生み出し、最後には無自覚の人間喪失の究極の醜さをもたらす。わたしは、エスニック問題の裏に潜んでいる問題が歴史を見れば見るほどたやすいものではないと実感する。しかし、なおかつ私はマクシミリアン・コルベ神父はなぜありえたのか、線路に落ちた人を助けるために飛び込む人はなぜありえるのか・・・つまり希望について語らねばならない。
 昨夜から降り始めた雪が27年ぶりの大雪となり、窓の外は一面の純白の世界でいまも深々と静かに降り注いでいる。窓からの風景が純白になればなるほど、私の心のなかも洗い流されていくようだ。私は決して神の世界にはいかない。この世の善と悪について、命を削るような格闘を未だなしえていない私が、神に面会を求めても簡単に許すようであれば神はいらない。背後にはアダージョが流れている。誰しも新たな年が始まりふたたび出会う人と、嬰児のような汚れなきスタイルで係わりたいと願っているに違いない。(2002/1/3 11:37) 

[文化論の陥穽とユーロの発足]
 タイ辺境の少数民族であるカレン族の女性は、5〜6歳で金属の輪を首にはめられ、無理矢理首を長くされる。首が長いほど魅力的で女性らしいとされているからだ。その結果首輪がないと、自分で自分の頭を支えることができず、結婚後夫の意に添わないと、鍛冶屋が呼ばれて首輪をはずされ、頭が垂れ下がり四肢がマヒするという風習がある。この風習について「おしゃれ」とか「民族のアイデンテイテイー」という紹介記事(朝日新聞 1988年)が書かれたことを契機に異文化理解をめぐる論争が起こっている。
 1つは、伝統や慣習を近代合理主義の立場から一方的に前近代的だと批判するのでなく、異文化理解に重心を置き、共生をめざすのが大事だという論理であり、特に途上国でのボランテイア活動をする人たちがその国の伝統的慣習を批判しないで目的を実現することが大事だという主張だる。それに対して、習慣や伝統の尊重の名の下で現実の差別や貧困を肯定すべきではないとする論理がある。
 この論争は、生まれながらの自然権や基本的な人権という欧米から派生した近代民主主義の普遍性の問題をを問いかけている。私はこの問題を考える視点として、第1に民族文化の一部のみに焦点を当てるのではなく、経済・社会のしくみと関係で総体的に理解する必要があると考える。女性に首輪をはめる文化が、一方ではホロコーストや強制収容所などの絶滅政策を絶対におこなわない穏和な関係をつくっているということもある。第2は、西欧文明を進歩とする単線的な発展史観からは異文化批判をしないということである。私たちは、イスラム文化の一夫多妻制を単純な女性奴隷化ととみなせないように、、カレン族の女性の首輪がはずされるような内発的なちからを中心に置くべきである。第3は、だからといってずべての文化を平面に並べる文化相対主義の立場はとるべきではない。そこには、存在するものはすべて肯定され、価値相対主義とニヒリズムがある。
 さて1月1日からユーロ通貨統合がはじまり、西欧文化圏の経済的な統合がゴールに近づいた。ヨーロッパは第2次大戦の葛藤を乗りこえて大規模な経済共同体を実現しつつある。ユーロ発足によって、米国主導型の世界経済システムに対峙する自立経済圏が出現するだろうか。ユーロの背景には、歴史と共に古く形成されてきた西欧の文化的な共通基盤があることは疑い得ない。他方で東アジアでは、同じような文化的な基盤を共有しながらこのような経済圏への胎動は起こらない。この違いは何か? デイズニーやマグドナルドに徹底した嫌悪感を抱く自国文化への尊厳を持つ西欧と、ヤンキー文化に媚びへつらう日本の違いがあることは間違いない。私は決してウルトラ・ナショナリズムを言っているのではなく、異文化共生を言う人の一部にある一方的な米国文化の侵入に無批判な傾向を指摘しているのだ。
 政府は年末の31日に「安全保障基本法」の上程を決め、戦争システムの構築をめざしている。この仮想敵国は明らかに中国と「北朝鮮」にあり、日本の将来がかかっている東アジア経済共同体構想への道を自ら閉ざした。なぜこうなったのであろうか? 明治以来の脱亜入歐戦略が転換期に直面し、反動的な自立路線として挑戦した対米戦争に敗北したあと、脱亜入米戦略を採用する先進強者への服従という尊厳なき道を歩んでいるからだ。こうして欧米からも米国自身からも軽蔑されるような生き方が選ばれている。
 恐ろしいのはこうした力ある者への服従という心性が、次第に国民的な心性をも犯し、歴史上かってないリストラクチャリングや青年の失業、農業の衰亡、中小企業の破壊、いじめといった自分より弱い者への抑圧の移譲という構造をつくりだしていることだ。
 希望はあるだろうか? 一方における富の蓄積は他方における膨大な貧困の蓄積を生むーという法則が必然的な変革主体形成をもたらすというかってのテーゼは単純にはあてはまらない。阪神・淡路大震災に全国から駆けつけた青年達、追いつめられたハンセン病患者達の奇跡のような勝利和解、全国で進む環境運動などなど私たちの身の回りは決して弱肉強食の動物的な本能では動いていない。希望のイメージが鮮やかに描かれ、それに接近する確かなプランがつくられるならば、別の道を確かに選択することができるはずだ。線路に落ちた人を見て、助けるためにとっさに飛び込む人がいることを私は信じる。(2002/1/2 11:52)

[2002年のために・・・最後の証の年に]
 新しい年の希望に捧ぐる鐘の音が夜空に百八つに流れていく。いよいよ2002年の朝焼けを迎えようとするこの時に、わたしの胸は再びの船出に臨んで高まる。わたしの出航の準備はできているか。羅針盤は用意できているか。航図はただしく描かれているか。
 宴のときは去り、すべての虚飾を去って、おのれの真実が試されるときがきた。自らのこころを空しゆうして審判に服するときがきた。蛍の光が終わったときに、新たな旅立ちのときがはじまる。2度と帰りこぬ青春のために、過ぐる年に意味なくして犠牲となったすべての人のために祈るのはやめよう。窮められた力を出しつくしたあとに初めて祈ろう。
 慚愧にたえぬ無惨な生といえども、そこにはかけがえのない珠玉のいのちがある。すべての人は、この世を遍路として白衣のままに托鉢して歩いていく運命にある。願わくば、人を食らわずしてその生を閉じるように終焉を迎えたい。人を誹らずしてこの世を去る終焉でありたい。
 わたしはもう一度だけ、自らを清める洗礼を受けてこの世に臨みたいと思う。よしやうらぶれて路端にうち捨てられようと神々しく起ち上がり、歴史の照覧にふさわしい立ち居振る舞いを試みたい。わたしの残された待ち時間はもはやないに等しく、悔いの残る猶予時間も許されていない。
 わたしは冷ややかに己の姿を見開いて、あたかも自動人形のように厳密に進んでいく歳相応の狡知は手に入れている。わたしはいままで大体において惜しみなく奪ってきた。わたしは本当に惜しみなく与えることができるだろうか。わたしは自らのテーマをできるかぎり限定し、その一点に集中した生活を理想と夢見たが、もはやそれがみずから裏切る夢には終われない猶予時間の限界がきた。与えることと絞りきったテーマへの集中−これがわたしの2002年の抜き差しならない課題だ。具体に生きよう!これが2002年の最初のメッセージだ。
 TVのいく年くる年で全国の新年の情景が流れていく。沖縄では数十人の親戚が集まって、幼子の誕生の披露目の宴が開かれていた。都市部では遙か昔に姿を消してしまった懐かしい共同体の姿があった。スヤスヤと眠りに落ちている幼子の表情は、けがれのないあどけなさそのものであった。このような表情のまま賢くヒューマンな大人に成長するように、何をしなければならないか、そのための2002年は何でなければならないか、粛然と考えさせる寝顔であった。(2002/1/1 0:17)


[2001年よさらば・・・大晦日のしじまのなかで]
 最初の21世紀も残り数時間となりました。想えばこの年の始めに開設いたしましたこのつたないホームページに御訪問いただきました多くのみなさまに心より熱く御礼申し上げます。私にとっては初々しい処女のような心持ちで発信を致して参りましたが、如何せんリテラシーに欠けたるところ数々あり、みなさまにはご迷惑ばかりお掛けしましたところ、こころよりお詫び申し上げます。わたくしにとりましては、何の公的な束縛からも開放された類い希なる自由な空間でありましたが、みなさまにとりましてはなんたる傲慢不遜なメッセージの羅列ではなかったかと危惧しております。
 わたくしはできうるかぎり、事実と真実のみにもとづいて自らの想うところを赤裸々に発信してきたつもりですが、ややもすれば主張の押しつけに終わってしまい、本当の説得的な発信にはほど遠かったようなところも多々ありました。特に掲示板においては、相手に有無を言わさないようなコミュニケーションの作法となってしまい、もっとおおらかで自由闊達な公共空間を心がけるべきだあったと少々の悔いを残しております。
 わたくしの生の続くかぎり、このホームページをかけがえのない第2の命と位置づけて、新年もとりくんでいきたいと秘やかに想っております。大晦日はしじまのうちに過ぎゆき、紅白の歌声がなにかうらさびしく聞こえてくる年齢となりました。わたくしは、この夜のシンと静まり返ったしじまの時が大好きです。わたくしは、そしてみなさまがたも過ぎ去りしこの年をふりかえり何ほどのことができたかを確かめ、ヨシッと自らを誉めているか慚愧の涙をたたえているか、いずれにしろ暮れゆく年の必要にして不可欠の時間であります。
 さようならわたくしのこころになんの傷跡も残さず、春の夜の嵐のように過ぎ去っていった2001年の日々、ふたたびめぐりこぬ青春の日の痛み、さようなら桜の園、さようなら2度とめぐりあえぬ人・・・・わたくしは残されたちからをふりしぼってもう一度たちあがりたいと想う。(2001/12/31 20:47)

 
[金ではなく鉄として 中坊公平] 
 鉄は金を失うという意味なのか。長い間堪能してきた中坊公平氏の弁護士生活半生記の連載が最終回を迎えた(朝日新聞31日)。彼は森永砒素ミルク事件の弁護団長として無報酬の献身的な働きによって実質勝訴の和解に導いた後、預金債権機構の責任者として金融倒産の解決にあたり、現在首相にしたい人物のトップになったりしている骨太の弁護士だ。
 最終回では、裁判の終盤を迎えた和解か継続かをめぐる被害者団と弁護団の分裂を描き、その苦衷を吐露している。被害者団による弁護団解任に衝撃を受けた彼が、茫然自失し電車のホームでうつろな状態でたたずむ。「なんのためにこれまで。すでに病的な状態に陥っていた心に、短刀を突っ込まれたようだった。さっきから、体がすすーっとホームの淵に引き寄せられそうだった。こういう時は悲壮な覚悟で、恐怖を振り切って最後の一歩を踏み出すのかと思っていたが、むしろ、吸い込まれそうな感覚にふわふわと包まれていた。どのようにあの場から逃れたのか、記憶は朦朧としている」。こうして彼は被害者団の意志を尊重し裁判を取り下げた。それは被害者団も深く傷つき命がけの瀬戸際に来ていたからであった。私はこの裁判の終結をどう評価するのかは分からないが、最後にして内部の修羅場をよく乗り越えたと思う。
 中坊氏の練り上げられた時にハット思わせる文章は、このような断崖絶壁の現場で勝負した者のみが実体験を通じて体得した生き方そのものがにじみでている。万巻の倫理学の書は彼に勝てない。
 「人が人生の軌跡を描いていく原点を模索するのが青春であるなら、森永裁判は私の青春だった。(中略)今は多難な世ではあります。苦しいときにあっても、幸せは身近な暮らしの中に、ときには日に何度も、私たちを訪れているのではありませんか。さあ、新しい年へ、ともに歩んで参りましょう」(朝日新聞12月31日朝刊)。(2001/12/31 8:41)

[米国ユニラテラリズム(単独行動主義)・エクセプショナリズム(例外主義)の人事的基盤]
 ブッシュ大統領の就任演説では「自由と我々に立ち向かう敵は、思い違いをすべきではない。米国は自由のために力の均衡を形成しながら世界の問題に関与し続ける。攻撃と邪悪な考えには断固たる決意と力で挑む」(1月20日)との恫喝的な軍事戦略が打ち出された。それを実現するホワイトハウスの人事戦略をみてみたい。
  
 コリン・パウエル国務長官(元統合参謀本部議長・湾岸戦争最高司令官・ならず者国家発案者)
 リチャード・アーミテージ国務副長官(元国際安全保障担当国務次官補)
 デイック・チェイニー副大統領(元父ブッシュ政権国防長官 石油業界出身)
 ドナルド・ラムズフェルド国防長官(元フォード政権国防長官 ミサイル防衛提唱者)
 コンドリーザ・ライス国家安全保障担当補佐官(典型的バランスオブパワー論者 石油業界出身)
 ポール・ウルフォウイッツ国防総省副長官(元東アジア担当国務次官補)
 ハワード・ベーカー駐日大使(元上院院内総務・レーガン政権大統領首席補佐官)
 ポール・オニール財務長官(アルミ最王手アルコア社会長)
 ドン・エバンズ商務長官(石油天然ガス会社トム・ブラウン社社長)
 アン・ベネマン農務長官(バイオテク企業カルジーン社取締役)
 ゲール・ノートン内務長官(石油業界出身)


 第1の特徴は、国防総省出身の軍人が政権中枢を握ったことであり、第2はアジア政策を重視する色彩が濃いいことであり、21世紀が東アジア(中国・北朝鮮)中心に激動することが予測される。第3は軍需産業と並ぶエネルギー産業出身者が多数を占めていることである。少なくとも人事政策から推定すれば、米国の核ミサイル防衛を中心とする強硬な軍事戦略と石油利権を確立する中東政策及び東アジアにおける覇権闘争が激化すると予測される。その最初の凝集点がアフガン報復戦争であった。(2001/12/30 11:16)

[狂牛病(牛海綿状脳症 BSE)とはなにか]
 BSEの原因は、異常プリオンというタンパク質で牛の特定臓器(脳、眼球、脊髄、回腸下部)にあり、そこからつくった肉骨粉に異常プリオンが含まれているため、牛がこれを食べると2〜8年の潜伏期間でBSEが発症する。BSE牛の特定臓器を肉骨粉にして飼料としたために健康な牛に感染していった。では最初のBSEはどこから来たのか。
 第1の可能性は牛の遺伝子の突然変異であり、第2は、羊の異常プリオンが原因の「スクレーピー」という病気だ。羊の間で感染していたスクレーピー羊からは人間に感染することはなかった。これは異なる種の動物間では感染しにくい「種の壁」によるが、この壁は完全ではなくBSE牛の特定臓器を鶏や豚に食べさせても感染しないが、鼠には感染する。ここからスクレーピー羊からつくられた肉骨粉を牛が食べて発症したという仮説が成立する。BSEの原因は完全に解明されていない。
 
 1986年にイギリスで初めて発見されたBSE牛は、年間37000頭に達しこれまで17万頭が見つかり、英国政府は90年に肉骨粉を全面禁止した結果、感染牛は完全になくなった。ところが異常プリオンが原因の老人性ヤコブ病が、青年層に発症する新型ヤコブ病が見つかり、彼らは89年の特定臓器の食用禁止以前に特定臓器を食べていたから潜伏期間を経て発症したのではないかと考えられた。新型ヤコブ病患者数は増え続け2001年11月現在で111名だが、今後200人から10万人の範囲で発症すると推定されている。英国は新型ヤコブ病とBSEの疫学的な蓋然性を認め96年から対策に踏み切った。

 日本政府は応酬からの警告を無視して肉骨粉の全面禁止を遅らせ、96年に行政指導で禁止しただけで安全宣言を行い、今日の事態を招いた。BSEの発生が確認されてからはじめて法律にる肉骨粉の全面禁止・全頭検査に踏み切った。現時点では未確認のBSE牛がいることは確実だが、その肉の供給はない。仮に食べても異常プリオンはないから被害はないが、たとえあっても少量過ぎて病気にはならない。「牛肉安全宣言」は、世界で最も厳格なBSE検査体制により、BSE牛が何頭いようと牛肉から新型ヤコブ病に感染する危険はないという意味であり、BSE牛がいないという意味ではない。

 BSE問題を通じて私たちは、文明と政策の日本型システムの深層に迫ることができる。
 第1は大量生産・大量販売システムにより、牛の飼料に同種の牛を食べさせるという動物の生命倫理にかかわる問題である。人間の世界で早く成長させるために人間の肉を食べるということはありえない。食料生産の市場システムが文明を侵しつつある。食物連鎖の中で、どのような種も同一の種を食料とすることは本能的に厳禁されている。人間の文明がはじめてこの戒律を破ったのだ。
 第2は、サリドマイド・森永砒素ミルク・薬害エイズなどの戦後の厚生政策の致命的欠陥であった人命よりも利潤を優先する構造が本質的に解決されていないことが顕わとなったことだ。最悪の被害が迫って初めて対策に乗り出すという恐るべき構造だ。責任者がTVの前で笑いながら牛肉を食べて安全を印象づけるといった嗤うべき対策がとられる。第3に行き着くところ、日本の人権レベルがいまだ貧困な途上国であり、全ての分野で同じような事態が発症していることだ。「水戸黄門」が示すように何時の日か葵の印籠が出現するのを待っている人権意識を問い直さない限り問題の解決はない。(2001/12/30 9:24)

[新年は何のためにあるのか]

   或る代議士の葬儀    中桐雅夫(新聞記者 1919〜1983)

 新年は何のためにあるのか
 心優しい者が先に死ぬのはなぜか、
 おのれだけが生き残っているのはなぜかと問うためだ

 黙祷。静かな1分間の長さ。人の死がこんなに悲しくないものとは
 今が今まで気がつかなかった

 第2次大戦における日本兵士の
 戦士、行方不明は256万5898名、
 一般市民は約60万、そしてここに今、
 行われているのは1人の代議士の葬儀


 同時多発テロ、アフガン誤爆、えひめ丸、池田小学校児童・・・余りに多くの人間が人為的な原因で無造作で粗雑な数々のやりきれない死を選ばされた。ここでは人間は、情報の死者数として「個人」ではなく算術的な「数」として扱われる。しかしこの数の一つ一つには、それぞれのかけがえのない人生があり生きがいも働きがいもあったはずだ。彼には恋人がいた、彼女は結婚式を控えていた、彼は来年から商船の乗組員になる予定だった、彼女は明日からの運動会の練習に燃えていた・・・・これらの希望は何者にも代え難い。
 そしてある者は星条旗の覆われて荘厳なアメイジンググレイスの響くなかで丁重に埋葬され、ある者は砂嵐の路端にうち捨てられて禿鷹の餌食となり、ある者は冷たい深海の底で鮫に食い千切られている。こうしてそれぞれがそれぞれの姿でこの世を去っていった。これだけは云える。誰しもどの一人の命も尊厳の名において同等であったはずだ。このような2001年をつくったのは誰か。私でないと云えるか。あなたでないと云えるか。新年を迎えようとしている今宵に、人間の愚かさと希望を想う。(2001/12/29 20:23)

[アフガン戦争総括(4)ー新マーシャル・プランと現代の希望について]
 英国政府が呼びかけた最貧国の安定と開発援助を最優先課題とする呼びかけに、米政府は「援助より経済成長だ」(テーラー財務副長官)と否定した。米国はODA援助を減少させ続け、GNP比で0.1%と先進工業国中最下位となっている。昨年の米国のODA援助額は7500万$はB52爆撃機1機の10分の1に過ぎず、一方でコロンビア軍に13億$もの軍事援助をしている。米国の世界政策は途上国の支援ではなく、反テロ戦争を契機とする経済覇権の支配権の確立にある。戦略予算アセスメントセンターは、アフガン戦争での米軍戦費を毎月5〜10億$と推計したが、1発100〜200万$の巡航ミサイルやレーザー誘導型爆弾1初2万5000$、1時間5000$の燃料費がその内訳だ。
 いま地球で1日1$以下で生活している人は12億人、8億人が慢性的な栄養不良状態にあり、5歳未満の子どもが毎年1200万人死亡しているなかで誰が見ても無条件の援助が求められていることは明らかだ(『2001世界人口白書』)。ローマ法王は25日のクリスマスメッセージで「神の神聖な名が憎しみの名で決して使われることのないように! 神の名が不寛容や暴力の言い訳に使われることが決してないように」と訴え、子どもたちが大人の起こす残酷な紛争の犠牲になっているとし救済の必要を訴えた。。
 米国の世界政策の背景にあるのは、約11年ぶりのリセッション(景気後退)のなかでIT不況やテロ不況による嵐のような300万人のリストラによって、失業率が5.7%に急上昇しGNPの3分の2を占める個人消費が大きく落ち込み、さらに民間設備投資が8.5%減と落ち込んだところにある。今後個人消費と民間設備投資の伸びが期待される要素はなく、そのままでは米国民の政府に対する不信任感が強まる。国内の内部矛盾を対外的な矛盾に転化することによる権力の維持という戦略は歴史のなかで何度も試みられた。対テロに対する星条旗への団結という感情の組織化によって米国政府権力の当面の維持が図られることとなり、それは一定の成功を収めている。
 ひるがえって米国と運命共同体の同盟関係にある東アジアの島国の状況は、客観的に米国と同じ状況にある。株価を異常に重視し株主偏重に大きく舵を切ったこの国の株価資本主義への転換は、激しいリストラをもたらし、雇用を社会的責務と考えない企業のモラル・ハザードが進み、大量のリストラを行うフランス人経営者が英雄視されている。彼の祖国では反対に、雇用関係強化法が成立し「今後企業は、株主と同様に労働者を尊重しなければならない」とする解雇規制強化が義務づけられた。
 希望はあるだろうか? 私はこの国で最終的に承認されたハンセン病患者の主張に歴史の可能性を見いだす。ハンセン病とは旧名らい病であり、病名の変更を1952年に求めた患者の要求に、政府は1984年迄変更を拒否してきた。病名変更に掛けた年月は32年であった。「らい」は、「やまいだれ」に「頼」ると書くが、患者は必要ないのに無駄な救済を受ける「濫救惰民」であるとの罪人思想を象徴する言葉であった。しかし彼らは孤立無援の中で、明日を信じて自らの力で人間の尊厳を回復し、名誉回復を果たしたのだ。このような絶望の淵まで追いつめられたなかで、なおかつ人間が何をなし得るかを示した類い希なる確かなあかしがある。これは現代で最後に私たちに与えられたかすかな希望ではないか。
 25日に金沢あいさん(81歳)は、母校の卒業式に出席し女学校の卒業証書を得た。いままで金沢駅で他人の出迎えを受けたことがなかった彼女にとって、歓迎は生まれて初めての経験だ。私が家を出たとき、「あいこは15歳で亡くなったことにしよう」と両親は決め、母は私の衣類と学用品と写真をすべて裏庭で焼いた。金沢医大では実験材料となり、青色のインクを注射され真っ青に変色した私の顔を見て姉の顔色は蒼白となった。帰り道でみんなが私をじろじろ見たので、姉に「私はこの道を行くから姉さんはよそに行って」と言うと、姉は余計に私の腕を引っ張って家へ駆け込むと、母の膝で泣いていた。姉は嫁ぎ先を離縁され、下の姉は職場を解雇された。私は「自分がいるから不幸になる」と一生懸命考え、療養所の行くと言ったら父が「行ってくれるな」と泣きました。私は、突然熱病で盲目となり、悲しみと悔しさで自分の体が地面の底に引き吊り込まれるようでした。金沢を去るとき姉が、「療養所では、俳句か短歌か文学を勉強しなければならない」と行ったのを想い出し生き返りました。短歌に懸命に自分の気持ちを詠い込み、そのお陰で生きて来れました。これからの余生をどう生きていくのか・・・・。81歳の私にどれだけの余生があるか分からないけど、精一杯生きていこうという思いです。とにかくもう一度勉強して、体を達者にして、いま第3作目の歌集を準備していてなかなか忙しいんです。
 彼らは十字架を背負って漆黒の闇に満ちた道なき道を歩んできた地の塩であり、世の希望であり彼らの言葉は現代の黙示録である。どのような人にも、生きていこうという勇気を与えるメシアである。(2001/12/26 20:02)

[アフガン戦争総括について(3) カエルと王様ーイソップ物語より]
 ある時、カエルたちが神様に「私たちに王様をください」と頼みました。神様は「では」と言って一本の棒切れをカエルたちに与えました。ところが、棒切れはそこにいるだけでカエルたちの思ったような役にはたちません。そこでカエルたちはまた王様に頼みました。「もっと強い王様をください」神様は、今度はコウノトリをカエルたちに与えました。コウノトリは大きくてかっこよくて強そうだったのでカエルたちは大喜びです。ところが、やってきたコウノトリはカエルたちを見ると、パクパクと彼らを食べてしまいましたとさ。

 クリントンからブッシュ大統領への、森から小泉首相に至る、青島から石原都知事に至る庶民の選択は、実はカエルたちの虚妄の願望と似ているのではないか。混迷の時代には、革命的なメッセージを持った指導者が彗星のように登場するか、または時空を越えた古典的教義への回帰を呼びかける原理主義が登場する。両者の共通点は、自らの惨めな弱さに打ちひしがれた民衆の超人間的な力に対する空しい願望にある。歴史をひもとけば、双方とも莫大な犠牲と後退をもたらした後に、苦い反省と2度と繰り返さないという誓いがたてられ、弱くても誰かに依存しないで協力して自力で生きて行かざるを得ないんだーという新たな希望の時代が始まったことが分かる。
 そうしてそれらの体験世代がこの世を去り、またある種の混迷の時期が来ると同じような英雄待望論が生まれてくる。歴史はこのような永劫回帰の循環でしかないのかどうか、いまがそのきわどい選択の理性が問われている時代ではないのか。(2001/12/26 9:36)

[アフガン空爆一般市民犠牲者推計について]
 マーク・ヘロルドニューハンピシャー大学教授が算出したアフガン空爆による一般市民犠牲者数の推計によると、10月7日〜12月10日で3767人に上るとされている。この数字は9.11テロの死者数3234人を500人以上上回っているが、負傷後の死者や10日以降の死者、飢えで死んだ死者数、1万人以上とされる軍関係の死者数は含まれていない。一般市民の犠牲者は、、軍事施設以外の発電所、電話局、TV局や農村などの攻撃によって生まれた。米国政府に打撃を与える目的のWTCへのテロと米軍による空爆テロは本質的に反ヒューマニズムという点で共通している。
 ブッシュ大統領の年末演説によると、2002年は戦争の年となるそうである。その可能性の大半を彼は握っているが、それは自分の墓を自分で掘っているようなものだ。彼は戦争と革命の世紀であった20世紀の到達点であった環境と共生の21世紀への認識がほとんど欠落している。悪魔とかならず者という言葉はまさに彼のためにある。いま世界で、いまアジアで、いま日本で、いま企業で、いま学園で、権力がありちからがある者に対する媚びへつらいが横行している。民主主義とは、もっとも言いにくい者に対してもっとも言いにくいことを言う自由にあるのではなかったか。私は、いま・ここでもっとも言いにくい者に対してもっとも言いにくいことを言っているかを、言ってきたかを厳しく問い返してみて、私は私の信条を自ら裏切ってこなかったことを秘かに誇りに思う。年末にあたり、全ての無辜の犠牲者の死を悼み、私が一体あなた方の死に対してなすべきことの幾ばくをなしえてきたかを深く自壊する。(2001/12/26 18:27)

[米国統合参謀本部イラク攻撃計画の概要(『ニューズウイーク』12月24日号)]
 米国統合参謀本部は対テロ報復戦争拡大の次の標的をイラクに絞った計画を策定した。その計画では、イラクの南部と北部から各5万人の部隊が同時に首都バクダードに侵攻し、最終目標はフセイン大統領の排除にある。イラク攻撃を行うかどうかではなく、いつおこなうかが焦点だ。1991年の砂漠の嵐作戦で展開した16万9千人の部隊と同水準の規模が必要ではないかとの意見もあり、内部調整が進行中だ。アフガン報復戦争では、空軍・特殊部隊・大隊規模の海兵隊であったが、今次は大規模地上部隊の投入となる。ところがイラクは大石油産出国であり、その流通を仲介しているフランスとロシアの反対によって、イラク攻撃に替えてソマリア攻撃に向かっているようだ。
 米国は12月8日に隣国エチオピアの支援を受けるソマリア反政府ゲリラ組織へ秘密代表団を派遣した。米国は、エチオピア軍が地上軍を侵攻し、米軍がケニアの空軍基地からソマリアを空爆するという「アフガン北部同盟型」の代理戦争計画が作成し、「アルカイダネットワークの次の攻撃目標としてソマリアへの軍事攻撃への協力をイギリスに要請した」。ソマリア現政権は内戦状態を乗り越えて民主的国家再建を進めており、その方向が米国の利益と衝突するからだ。現政権は「我々はアルカイダとは無関係だ。米国が代表団を派遣してくれるなら、喜んで全ての疑問に答える」と伝えたが米国は無視している。ソマリアは、過去100年以上欧米諸国や旧ソ連と周辺諸国の介入を受け続け、地方部族が割拠するするなかで泥沼の内戦状態に陥ったイスラム国であり、客観的な状況はアフガニスタンと酷似している。(ソマリアの歴史と現状については日を改めて詳述する予定)
 
 このような米国の強硬な国際主権を無視する覇権作戦の背景には、恐慌寸前の米国経済を戦争経済による軍需産業の活性化という最も破廉恥な政策に求めざるを得ないというところにある。さらにアフガン報復の過程で「実はビンラデインとCIAは裏で内通している」「炭疽菌テロは米軍の組織犯罪ではないか」といった疑惑が生まれており、ブッシュ大統領は徐々に追いつめられようとしていることがある。マスコミ統制下にある米国では未だ表面化していないアフガン報復戦争の真実が姿を現そうとしている。米国は表面的には最強の帝国に見えるが、実は地獄の断末魔にあえぐ恐竜の最後の姿に過ぎない。このような虚像の力に連動している追従国家群も憐れむべき末路をたどり、おびただしい犠牲を出して共倒れするだろう。破局へと進む小さなこの惑星から一切の武器を廃止し、全てのちからを環境と貧困の解決に注ぐべき最後の瞬間が近づきつつある。(2001/12/25 20:21)

[昨夜の夢から・・・・]
 昨夜は筑紫哲也のニュース番組を見ていたら深夜2時を過ぎてしまい、その後の睡眠中に久しぶりに夢を見た。それは学生との修学旅行の夢であり、行き先を再検討するという課題を背負いながらアチコチ旅行していた。長いこと広島方面でマンネリになってきたのではないかということで、変更先を考えながらの旅行であった。私は、ヒロシマは世界遺産にも指定され、21世紀の課題を考えるためには最適の地であるから、このまま広島に行こうと呼びかけていた。
 ところが驚いたことに最終日は、進軍する自衛隊の後について道路を行進していた。いよいよ目的地に近づいたときに、自衛隊の行軍は反対車線に出て行進を始めた。修学旅行の隊列は乱れ、その後に続く学生と本来の車線を守ろうとする学生に別れて混乱状態に陥った。最後は、みんなが反対車線に出て自衛隊の後に付いていったような気がするが、よく覚えていない。ここで目が覚めた。
 私の深層心理の夢分析をおこなうならばどうなるのであろうか。(2001/12/25 9:16)

[アフガン戦争総括について(2)・・・筑紫哲也のメッセージから]
 本日の筑紫のニュース番組は、米国、パレスチナ、アフガニスタン、パキスタンの現地取材を織り交ぜながらの相当の迫力を持った内容であった。あどけない無知の米国人は、なぜ米国に対する攻撃が為されたのか全く知識と思索がなく、子どもから大人に至るまで脳天気な米国賛美に終わり、力ある者は往々にして正義と想像力がないということを如実に示していた。
 「どうしてアメリカは攻撃をされたのか?」「世界でもっとも豊かな国に対する嫉妬に満ちた邪悪な悪魔がいる。そのような人の理由をいちいち考えなければならないのか。そういう質問は失礼ではないか」(母親)「どうしたら平和になるか?」「どんどん貧しい国に対して食料を投下すればいい」(女子中学生)。恐らく彼らは、沖縄で何人もの日本女性を強姦した米国軍人の犯罪については全く知らないであろう。
 パキスタンのイスラム神学校で学ぶ子どもたちの姿には、哀しいまでのいたいけさとイスラム原理主義の刷り込みの現場を見せつけられ、米国の子どもたちの裏返しの悲惨な無知を実感させた。しかしこのような貧民対象の神学校にも通えぬ子どもが、朝4時前から夕方まで焼きレンガの労働に従事している姿には、慄然とするような究極の貧困があった。
 私が最も衝撃を受けたのは、アフガン難民の焼きレンガの労働に従事している少年が、米国や日本の子どもたちも同じような仕事に従事していると思いこみ、「こんな労働から早く解放されるように」というメッセージを吐いたことだ。彼は「最も憎むものは?」という問に、「焼きレンガの仕事」と答えた。彼は10歳であった。日本の子どもたちは、インタビューにどことなし自信なげで常に隣の友人の顔色をうかがいながら、卑近な日常生活のことを話していた。米国やアフガンやその他の国の子供は、その内容の当否はおいて一人でしっかり答えていた。21世紀の誰よりも早く沈没する国は日本ではないかと思った。アフガンの子どもたちが、最も希望し幸せに思うことは「学校に行くこと」であり、日本の子どもたちはその学校でいじめまくり逃亡しようとしている。その現象こそ異なれ互いに惨めであることは質的に共通している。
 9月11日以降世界は、暴力とテロの連鎖の時代に入った。憎しみの連鎖は、暴力の連鎖となって21世紀の初頭を覆うだろうという確信を持った。私たちはいよいよ本格的な武装の時代に入った。借り物でない、流されない、自分の責任に溢れた、事実と知識にしっかり根を張った、ホンモノの、くだらない日常のどうでもよい状況を越えた、時代の真実を見抜く、与えられた虚妄の言説ではなく、全てを疑った後に残る、自分自身でつくりだした言葉と思想に裏打ちされた行動を、足元から一歩その一歩を刻んでいく精神の武器を手に入れていくかどうか試されている。私は、孤立するチョムスキー・坂本龍一の側に立ちたい。人類史の、現代日本史のおびただしい犠牲の意味は何であったのか? アウシュビッツは? ヒロシマ・ナガサキは? シベリヤ強制収容所は? 南京は? ソエトは何であったのか? この無数の無辜の民の無惨な経験のうえに私たちは出発したはずではなかったのか。(2001/12/25 1:25)

[坂本龍一「非戦」の訴えをどう受けとめるか]
 坂本龍一氏は、19日に都内で記者会見を開き、背後に「NO WAR」と書いた大きな白旗を掲げて『非戦』(幻冬社)のメッセージを訴えた。「敵か味方かという極端な選択以外の道を考えたかった」「なぜこんなテロが起きたのかが分からなければ、今後の生きる指針が見つからないと感じた」。彼はニューヨークのテロ現場から1マイル(約1.6km)に住み、恐怖の中で生き残るために戦いをやめて欲しいと思った。
 「テロリストがいるからという理由で、その国を空爆し無実の市民を殺していいのか。米国や日本にもテロリストがいたら空爆していいのか」という気持ちから”WAR IS OVER! IF YOU WANT IT”(みんなが望めば戦争は終わる)と訴えた。彼とともに参加しているのは、GLAYのTAKURO,Mr.Childrenの桜井和樹、佐野元春、大貫妙子などの音楽家の他に、星川淳、宮内勝典、村上龍、辺見庸、梁石日などの作家も参加している。
 かって1967年(昭和42年)73歳のエスペランテイストである由比忠之進は、首相官邸前の路上でガソリンを全身に浴びて焼身自殺を決行して、佐藤栄作首相のベトナム戦争協力に死を以て抗議した。歴史は皮肉にも佐藤首相へのノーベル平和賞受賞という結果をもたらし由比氏は裏切られた。
 「ベトナム民衆の困苦を救う道はまず北爆を開始した米国がこれを無条件に停止する以外にないのだ。ジョンソン大統領ならびに米軍部に圧力をかける力を持っているのはアジアでは日本だけだが、その日本の首相は圧力をかけるどころか北爆を支持する首相に深い憤りを覚えるものである。私は本日公邸前で焼身死をもって佐藤首相に抗議する。戦争当事国、すなわちベトナムおよび米国の人民でもない第3国人の私が焼身することはあるいはもの笑いの種かもしれないが、真の世界平和とベトナム問題の早期解決を念願する方々が私の死を無駄にしないことを確信する。昭和42年11月11日 由比忠之進」(『文芸春秋』2002年1月号より終末部分抜粋)。  
 あれから40年が過ぎようとしている現在、戦争の性格は違うが反戦の思想と行動は日本からみるみる姿を消してしまったかに見える。坂本氏の行動は、このような時代の動向に明確な異議申し立てを行う少数者の異端行動である。反戦活動の海外音楽家が身柄拘束を受ける中で、「次はサカモトだ」と言われる音楽家の孤立した行動は、心あるものの共感を呼ぶだろう。
 私は最後に坂本氏に期待したい。冷戦後の世界秩序の覇権を握った米国の新たな帝国主義段階の本質を見抜き、あなたがなぜなおもアメリカに留まるのか、自らの音楽を通してこそあなたの思想は実現され、21世紀の惑星の希望にふさわしい作曲活動を展開することを。(2001/12/24 14:04)

[有事法制・・・軍事国家システムの構築]
 政府は21世紀の2年目の1月通常国会で有事法制の成立をめざしている。自衛隊法103条「防衛出動」の動員を強制する内容は以下の通りとなっている。
 @病院、診療所など施設管理 A土地、家屋、物資使用 B物資の生産、集荷、販売、配給、保管、輸送に従事する業者に対する保管命令、収容 C医療、土木建築工事、輸送業者への従事命令
 これらの戦争動員対象者は、@医師、歯科医師、薬剤師 A保健婦、助産婦、看護婦 B土木・建築技術者 C大工、左官、とび職 D土木・建築業者 E鉄道業者 F軌道経営者 G自動車運送業者 H船舶運送業者 I港湾送業者など医療・建設・ロジステックスなどの全線にわたり、私有地工作物撤去や命令違反者への罰則規定が盛り込まれる。作戦行動の特例措置として、移動の道路補修、陣地構築、火薬の民間船積み込みなどがある。住民の疎開、灯火管制、運行統制などの国民生活の全般的な戦時統制という内容であり、さらに戦争報道や言論に対する統制も実施される。
 これらの有事法制の基礎資料となったのは、1938年(昭和13年)以降の国家総動員法→国民徴用令などの戦前期国家総動員体制に他ならない。日本の戦争システムが憲法改正以前に実質的に完成しようとしている。この背景には、反テロ戦争を契機に米国が新しい帝国主義段階に入ったことと照応していることは間違いない。海外軍事基地の拡大、高々度からの空爆力・ミサイル防衛(MD)によって、米国は自国軍の犠牲なしに世界の全ての地上施設を破壊する能力を入手し、いかなることをも世界に強制しうる覇権力を実現した。弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約の破棄や外国人を標的とする反テロ措置法、国際戦犯法廷で訴追される米軍人の救出と訴追国への制裁をおこなう米軍人保護法など米国のユニラテラリズムは究極の振る舞いに及んでいる。
 さてこのような有事法制は、「日本が外部から直接、武力攻撃を受けた場合」に対応しているが、東アジアの現状で日本に対する直接の武力攻撃の可能性を想定しないことは、政府の国会答弁からも明らかである。つまり有事法制の真の目的は、米国のアジアにおける戦争に日本が本格的に参戦するところにある。
 21世紀の初頭の惑星がこのような血に飢えた覇権システムで席巻されようとは想像だにできなかった。戦後50有余年に渡る平和システムの模索とオルタナテイブのありかたをじっくりと再検討し、来るべき新年に備えるために年末の思索は捧げられなければならない。(2001/12/24 9:18)

[
年の終わりに 喪われた風景]

 仲間         石垣りん

 行きたい所のある人、
 行くあてのある人、
 行かなければならない所のある人。
 それはしあわせです。

 たとえ親のお通夜にかけつける人がいたとしても、
 旅立つ人、
 一枚の切符を手にした人はしあわせです。
 
 明日は新年がくる
 という晩、
 しあわせは数珠つなぎとなり
 冷たい風も吹きぬける東京駅の通路に、 
 新聞紙など敷き
 横になったり 腰をおろしたりして
 長い列をつくりました。

 この国では、
 今よりもっと遠くへ行こうとする人たちが
 そうして待たされました。

 でも行く所のある人
 何かを待ち 何かに待たれる人はとにかくしあわせ。

                          (一部筆者略)

 かって私は生まれて初めて東海道本線を利用して岡山から満員の夜行列車で上京し受験した。車中には九州から同じく受験のために上京する受験生がおり、彼と私は深夜を席を交代しながら立ったり座ったりしながらようやく朝焼けの東京駅に着いた。何か熱い無条件の連帯があったような気がする。あの凛々しい少年は今どうしているであろうか。かくして私の東京での目眩くような4年間の学生生活が始まった。年末になり、同じような行程をたどって帰郷するとき故郷の灯が見えてくるなかで、何か狂おしいような懐かしさがこみあげて眼鏡が曇った。
 人間の感情はある種の時間の蓄積のなかで重厚な発露を示すということが、最近の何の痕跡も残さない新幹線速度の旅行とともに実感する。速度によって何か重々しい手触りのある移動の感覚の深さが喪失していった気がする。
 故郷への帰還を果たす度に、故郷はますます私から離れていく、その喪失の哀しみに私は慣れてしまい、今は見も知らぬ第3者と同じような感覚で朽ち果てていく故郷の廃屋を眺める。夜汽車を共にした人々は、なにか日本の運命を共にしていたような感じが確かにあったと思う。(2001/12/23 18:56)

[アフガン戦争総括について(1)]
 現代戦の最先端の武器を駆使する覇権国家の殲滅戦に対して、80%が文盲で組織された原始的な宗教的原理主義のゲリラ部隊は藻屑のように蹴散らされた。この戦争を文明の衝突ではないとする善意の意見もあったが、敢えて文明ないし文化の闘争としてみるならば、今次戦争の本質が見えてくるだろうか。
 アメリカ大陸の西部開拓時代における先住民の駆逐と征服の過程にみられた絶望的なテロと報復の循環は、まさにアフガン戦争と同じ論理ではなかったか。西部開拓の裏面にあった先住民に対する白人至上主義によるアメとムチは、アラブ民族に対する人種的偏見ではなかったか。西欧文明の有色イスラム文明への優越意識がなかったか。そうでないとすれば、なぜ米国軍隊はクラスター爆弾やデージーカッター爆弾を使えたのか。なぜ爆弾を投下しつつ他方で食料を投下するという偽善をなしえたのか。なぜ無辜の幼児に対する残虐な攻撃が可能であったのか。米国は道義的戦争においてはベトナムに継ぐ恥ずべき敗者に終わったのではないか。米国の白いワイシャツは真っ赤な返り血を心の内に浴びているのではないか。そのような自覚がないままに一層救いがたい地獄への途を善意で掃き清めているのではないか。
 パワーの威力は完膚なきまでに勝利したが、その余韻に酔いしれている間に自滅への道が確実に踏み固められつつあるのではないか。取り返しのつかない知性と良心の摩滅が進行して全身を浸食しつつあるのではないか。
 リアルにみれば歴史上最強の帝国が君臨する惑星が出現し、この流れは誰も押しとどめることはできないかのように見える。東アジアの海上に浮かぶ小さな国も、あたふたと右顧左眄しながら親分に付き従う子分の役割を演じて、実は全世界の冷笑を裏で浴びていることすら知らない。世界史の到達点はかくも無惨なものであったという冷酷な現実を見据え、たじろがずふたたび希望を再構築する責務が汚された良心者と知性者にはある。私も残されたちからのなにほどかの一端に連なり、新たな世紀の2年目を或る覚悟とともに迎えねばならない。(2001/12/21 21:17)

[皇太子妃出産祝賀について]
 過日帰宅途中に名古屋市内の今池を通過中に異様な集団を見た。中高年の男性中心に手に手に提灯を手にしながら長い隊列で行進している。一瞬教科書中にある戦中期の提灯行列を思い起こした。愛知厚生年金会館での集会後街に繰り出したらしい。この日を待ち望んでいたご誕生奉祝行事は、皇居前広場の国民の集いをはじめ全国的に行われた。奉祝行事は、かの「日本会議」が提唱する国民行事の大きな柱であり、10月同会議百人委員会は、憲法改正のための国民運動、教育基本法の改正や新しい教科書採択などの教育に関する国民運動の当面の重要課題として、「皇太子殿下御子御誕生奉祝運動」を位置づけ、御誕生直後の提灯行列の実施を決めていた(以上「神社新報」11月5日)。かって1933年12月26日にも反戦運動の結果獄中にいた人たちも同様に、皇太子の誕生を祝う提灯行列の大きな声を聞いた。
 しかし2001年では、民放各局が放映した特別番組の視聴率が伸び悩み、TV東京の当初の予定番組であった料理情報番組が同時間帯で最高の視聴率となった。ここに歴史を経た明らかな国民意識の差異がみられ、リストラで苦しむ国民の皇室の慶事に冷ややかとなっている実態がある。連綿と続く天皇制の歴史的な意味と国民意識の変容を正確に捉え、君主制を正面から検討する時期が来ていると痛感した。                                               (2001/12/19 21:18)

[ビンラデイン氏発言(米政府13日発表)から]
 イスラム過激原理主義最高指導者の会談は、このような宗教的な形式と重苦しい観念的な内容で繰り広げられるのか? そこにはイスラム原理信仰(啓示・ジハード・殉教)の観念世界とリアルな世界が無媒介に直結し、観念の絶対的な威力で現実を裁断するという宗教世界特有の世界認識がある。認識の相対性や多元的な世界観を許容する政策科学の方法は一切排除され、自己の信仰の観念世界に自己閉塞している。ただ一カ所生々しいのが、ビンラデイン氏(もと建築工学専攻)によるビル倒壊の負傷者数と死者の数の事前予測である。アフガンに凝縮されてきた中東世界と先進諸国の介入によって重層的に蓄積された諸矛盾がマグマのように原理主義の反抗形態をとって吹き出したかにみえる。参考として彼が最後に暗唱した詩を紹介する。同時多発テロの犯人と並んで彼もイスラム知識人の一人であったことが分かる。

  我は見る
  彼らが鋭い刃に立ち向かい困難にあって団結するのを
  暗闇が我らを襲い、鋭い歯で噛むとき我は告げる
  「我らの国は血にひたり、暴君が思うままにさまよう」
  戦場から消えたのは輝く剣と馬
  泣き叫ぶ声の向こうから我らは太鼓の響きと旋律を聞く
  彼らは暴君の砦を襲い叫ぶ
  「お前達が我らの土地を解き放つまで、我らは攻撃をやめない」と

 激しい怨念と復讐の詩であり、恐らくイスラム世界の民衆の心に訴えかける力を持っているだろう。このような滾りたつような暗い情熱の高ぶりと、現実の計画が直線的に結合したファナテイックな英雄行動は、戦前期日本での青年将校の一部にも見られた。ビンラデイン氏は、圧倒的な財力とと原理信仰により無垢の青年を組織したその意味では「類い希な」オルガナイザーではある。

 作家池澤夏樹氏の「現時点での幾つかの疑問」から一部紹介する。 
 (1)事件は米国、準備は米国と独、犯人はサウジ人。なぜ爆弾がアフガンに降り注がなければならない
   のか。アフガン民衆になんの責任があったのか。 
 (2)事件を予知していた米国政府の責任は。イスラエルのモサドは事前にWTCに行くなと警告した。
 (3)ビンラデイン氏を殺害すると公言した米国政府は、テロ又はリンチではないのか。
 (4)米軍が投下した爆弾の不発弾5000発は誰が回収するのか。
 (5)米国は武力さえあればすべて思い通りに行くという教訓を得たか。世界に恐れるものはないと考え
   ているか。
 (6)米国政府の言う正義とは、結局米国の国益のことではないか。
 (7)21世紀は言葉よりも武力がものをいう、今まで以上に住み難い時代になるのではないのか。
 池澤氏の提起は、多少悲観的なトーンがあるが、今次報復戦争の本質を突いた鋭いものがあり、十分検討の対象になると思われる。本エッセイにおいても本格的な考察を加えたいと考える。(2001/12/16 21:35)

[「尾張國郡司百姓等解」文における支配の論理]
 平安時代の半ば10世紀後半から11世紀中期の80年間は、諸国の郡司やや百姓が京に行き国司の苛政を朝廷に告訴する事件(愁訴)が頻発した。その具体的な内容をリアルに伝えるのが表記の文である。988年11月8日付けのこの史料では、国司藤原元命の非行31箇条を挙げて罷免を訴えている。その結果彼は罷免されたが、これは単純な百姓の勝利ではない。
 この時期は、国司を媒介に地方の富を中央貴族に環流させるシステムを構築する新たな国家体制の編成期であり、地方長官としての国司は国内の余剰生産物を収奪し上納することと引き替えに国内支配権を安定させようとした。解文では@増税に暴力的収奪B国内支出の削減C行政怠慢などが指摘されているが、この裏にあるのは地方土着の事務官僚である雑色人と称せられた郡司や地域有力者の頭越しに中央から派遣された国司官僚群が支配を強行する支配層内部の矛盾があった。国司も中央貴族の覇権闘争の中で、摂関家との結合関係によって人事権が左右され、元命はたった2年で退位した花山天皇系の貴族であり、彼の失脚は主として中央貴族層内部の権力闘争の敗北を意味していた。尾張國は全国的に最も豊かな余剰生産物を産出する地域であり、就任希望者の競争が最も激しく人事権を把握する中央貴族官僚の激しい政治力学が働いた。
 逆に地方事務官僚である郡司層は、このような中央の内部矛盾を利用しながら地方権益を守るチャンスが生まれた。平安期の国司苛政上訴は、尾張・丹波・筑後という最も豊かな国で頻発していることを見れば明らかである。国司の在任中の功過定(勤務評定)は、次期ポストへのステップを左右するから激しい競争原理が支配したに違いない。
 ここには連綿として歴史に続いている日本型官僚制の悪しき伝統の原型がある。コネや賄賂による公務員の垂直的な上昇システムと、相互の競争を組織しながらメリットは上層に集中されるという中央集権システムだ。この被害は、最下層の民衆に転化され、中間搾取者としての地方公務員は中央に媚びへつらいながら時には徒党を組んで既得権益を中央から防衛するという現代日本型官僚制の実態と共通している。何れにしろ汗を流して貴重な富を生産した民衆のパイの配分をめぐる羞悪な闘争に過ぎない。
 日本の最も長寿のTV番組である『水戸黄門』は、終了3分前に必ず「この葵の印籠が眼にはいらんか、もったいなくもここにお居すは先の天下の副将軍である水戸の光圀公なるぞ、頭が高い」という台詞が入って、悪人が土下座して終わるということになっている。私の祖母は、このシーンが来ると涙を流して感激していた。日本の哀しい庶民は、終ぞ自ら立ち上がって権力を倒すという行為から最も遠かった人たちだ。現代でも自らが行き詰まると、何かヒーローの登場に期待している傾向はありはしないか。庶民の酒として爆発的に売れている発泡酒を増税するという政府案が登場することなどいかにも日本型伝統が顕わに示されている。このような日本歴史の伝統によって乗り切れないような事態が、21世紀に忍び寄っているような実感を覚えるのは私だけではないだろう。(2001/12/16 16:18)

{アメリカの中小企業政策]
 アメリカは世界で最も早く大企業の海外展開と産業空洞化が進んだ。1980年代、1990年代に空洞化に伴う大規模なリストラが起こり、現在ITバブルの崩壊後第3回のリストラが進行中である。1980年代には、膨大な失業者とホームレス、雇用不安が広がり、昼も夜も働くムーンライター(夜間副業従事者)が出現し1990年代には企業の合併買収がを含む激しいリストラが続出した。
 このなかで国内経済を再構築する原動力としての中小企業政策が登場し、1997年の中小企業法の改正が行われた。「中小企業の現実的・潜在的能力が奨励され、発展されることによってのみ」米国の経済的繁栄が実現されると記され、中小企業育成政策が一段と強化された。商務省の国際貿易交渉には、中小企業庁への協力が義務づけられた。1998年の中小企業庁報告では、公正競争の実現のために大企業の独占的利潤を極小化すると宣言された。1990年代の全米各州で制定された「利害関係者法」では、従業員・取引業者・住民・地域に大企業としての社会的責任を果たさせることで、大企業の撤退と工場閉鎖にブレーキを掛けた。こうして米国中小零細企業は、新規開業数年間80万軒以上で、米国には2350万軒を抱える先進国中最大の中小企業王国となった。
 日本の中小企業政策はこれとは全く反対の方向を行っている。中小企業基本法の改正によって、自助努力と自己責任が強調され、競争原理による淘汰を前提とした政策が打ち出された。日本の新規開業率は先進国中最下位であり、しかも倒産率は最も高い。米国中小企業政策を全面的に肯定するわけではないが、少なくともIT産業とナノテクノロジーにしか将来展望を見いだし得ない政府の産業政策では、日本の未来はないことは確かだ。スモール イズ  ビューテイフル!!(2001/12/14 21:10)

[女・子どもの思想を嗤う]
 石原慎太郎東京都知事は、長命の女性を「女性が生殖能力を失って生きてるってのは無駄な罪であり、そんな人間がきんさん、ぎんさんの年まで生きているのは地球にとって非常に悪しき弊害だ」と週刊誌上で述べ世の怒りをかっている。小金井市議会は、「心の東京革命」をうたい男女平等参画基本条例を制定するリーダーの資質を批判する決議を挙げた。彼は、人口爆発による地球の滅亡の最後の瞬間が近づいているという、日本に不法入国する中国人を犯罪者と呼んでいる。12月11日の都議会で質問に答えて、「深沢七郎の『楢山節考』は、年取ったあばあさんをその部落の貧困故に、敢えて生きている人間を捨てに行くという、これは非常に、年取った女の人が、他の動物の生存の仕方に較べれば、かなり横暴な存在であるということのじつは逆説的な表現でありまして」などと答弁した。『楢山節考』のおりん婆さんは、深沢の母であるとじさんがモデルだ。とじさんは、深沢が35歳の時肝臓ガンで72歳で亡くなった。その時深沢はジミー川上という芸名のギター弾きであった。死を前にした母親を背負って菜種の花を見せに行った。「私の背中は火を負ぶっているように熱かった。おっかさん苦しくないけといって帰ろうとすると、母は背のほうから私の目の前に見せるように手を出して、前へ前へと手を振った。楢山節考で山へ行ったおりんがものも言わず前へ前へと手を振る所はあのときのおっかさんと同じだ」(深沢七郎「思いで多き女おっかさん」より一部省略)」。ここには原始的貧困の中での溢れるような母への愛情がある。これを証拠に現代の姨捨伝説を正当化する日本の右翼の思想の底の浅さを露呈した嗤うべき言辞であり、真面目な論評の対象にはならない。これほどのことを言われて笑って支持している都民の恐るべき退廃もあるが、まず以て可哀想なのは石原自身である。憐れむべき石原の反ヒューマンな感性を再教育する必要がある。
 人間の物理的な肉体の経済的価値は、体重70kgの人の成分表で水分40g、炭素20`、アンモニア4g、その他20以上の元素から成り、金額にすると4000円である(笠巻勝利『仕事がいやになったときに読む本』)。わずか4000円の物質が生命活動を創造し、地球より重い尊厳をつくりだしている驚異の世界だ。現実には、この生命に値段を付け生命の差別化を行っている。米国のアフガン爆撃は人間を4000円の物体とみている。
 人口60億人を越えた地球では、1年370$以下の貧困線を下回ってる極貧層が圧倒的に多く、他方少数の飽食層が地球資源をむさぼり食っている。1967年から5年間に渡る研究では、分配が公正になされるならば350億人から450億人の人々をさせる生産力があると計算されている。
 国連児童基金(ユニセフ)は、全世界で数百万人の子どもが性産業に従事し、地球規模での対策が必要だと訴えている。売春に従事している児童数は、インド40万人、米国24万〜3万人、タイ20万人、台湾10万人、ブラジル10万人と推計している。子どもの性的搾取の原因は、貧困や組織犯罪、男女差別の複合的な要因にあるとして、子どもの権利に向けた法整備、違反者への刑事罰を求めている。
 石原の発言とユニセフの報告は、女性蔑視の表裏一体にあり、彼は老婆はドンドン捨てて若い需要のある少女を性産業の市場に調達すべきだと言うであろう。一方では老婆、他方では少女という生命の再生産に直接関係ない世代は、男性社会から捨てるか快楽の対象にすべきだというのが彼の主張である。21世紀の初頭でこのような言辞が許されて通っている実態こそ、実は男性自身が自らの人間性を失い、市場原理に魂を売り渡している証左ではある。
 内閣府が15日に実施した調査では、「働く目的は何か」という問に、「お金を得るため」49,5%(前回比15,8ポイント増)でトップとなり、前回トップの「生きがいを見つけるため」24,4%(同10,9ポイント減)となり、遂に逆転した。この背景には長期不況による不安(65%)があることは間違いない。現在の経済政策がこのようなところまで人間を追い込んでいる。このような人間の生命活動と生産活動への誇りを失わしめる政策への怨念はマグマのように蓄積し、遠からず奔流となって爆発的に吹き出すだろう。(2001/12/13 21:28)

[ノーベル賞について]
 百周年にあたる今年は、ノーベル賞自体を再検討する時期だ。平和賞を受賞したどこかの国の首相は、軍拡の先頭を切った人物であり、経済学賞を受賞したデリバテイブ研究者の会社は倒産した。アルフレッド・ノーベルの遺言では、受賞者は「前年の実績に対して贈る、人類のために最大の貢献をした人、文学賞は理想主義的な作品の書き手、平和賞は国家間の友好と軍隊の廃止または削減、平和会議の開催や推進者であること。国籍は一切考慮されてはならない」と求めている。最初の受賞者は、レントゲン(X線発見で物理学賞)とデユナン(赤十字創設者で平和賞)であった。
 50年で30人というナショナリステックな目標を出したどこかの国の政府に対し、「受賞が恥ずかしい」と述べたアナン国連事務総長の矜持は評価に値する。特にノーベル家の遺族の一部から経済学賞の選考基準に根本的な異議申し立てが起きているのをみても、ノーベル賞再検討の時期が来ていると思う。(2001/12/12 22:32)

[幸徳秋水 辞世の句]
 1910年(明治43年)に明治天皇暗殺計画で26名が大逆罪で起訴され、24名に死刑宣告、翌年に12名が処刑された大逆事件の首謀者とされるが、本人は無実であった。幸徳の辞世の句が、今井ツヤ『夫今井正』(単純素朴な回想記で一層今井監督の人間が浮かび上がる)の中に出ていたので引用する。

 区々成敗旦休
 論千古惟正意
 気存如是而生
 如是死罪人又
 覚布衣之尊
     死刑宣告之日便成
        秋水

     成功や失敗、そんなちいさなことは問題にするな。
     大切なのは古今を貫く意志を養うことだ。
     人は生まれるから死ぬのであり、死ぬから死ぬまでだ。
     獄中にあっても、民衆の一人としてあることに誇りを持つ。(拙訳)

 現代の知識人の軽薄な言動に較べて、明治期知識人の骨太い志の確かさを感じる。右顧左眄してマキャベリステックにこの世を過ごすことに血道を上げている現代日本人の将来は暗い。幸徳のような劇的な死よりも、緩慢な死を死につつある現代人の皮相さをどやしつけているような迫力がある。久しぶりに後から背中をドンと押されたような気がする。このような先達を得た日本近代史を誇りに思う。(2001/12/11 21:40)

[現代サッカーの現代思想分析]
 現代スポーツの思想分析としては、中村敏雄氏(東教大卒 日体大教授)の『オフサイドの思想』(三省堂)が秀逸であるが、本日はサッカーを対象とした現代思想による哲学的分析を試みたい。
 [実存主義的関係論] 
 ボールを持ったときに自分のプレーを意識しつつ他者を認識できるかどうか。優れた選手はゲームの全体性の中で、自分の為すべきことや時間帯における自己のプレーの転換を常に考える。デニウソン(ブラジル)やデラペーナヤ(スペイン)のような個人技重視型の選手は、自己自身への意識性が弱く、組織サッカーである現代では活躍できない。自分と同時に存在している他者に対する「顧慮的な気遣い」(ハイデガー『存在と時間』)が欠落し、他のプレーヤーを使うことで逆に自分が生きたり、マークが2人以上の場合はパスを優先するという関係認識がなく、華麗に抜くことしか頭にない。
 [認識論的切断]
 科学的精神が客観的知識に到達するためには、ある「認識論的切断」が求められる(ガシュトン・パシュラール『火の精神分析』)。激しく相手とぶつかったときに脳震盪を起こし、意識が回復してもその瞬間を思い出せないということがある。勝利するためには、激しいプレッシャーを恐れない精神の力が必要だ。このちからは、試合ではなく毎日の練習で認識論的切断を恐れない凝縮した練習が必要だ。
 [役割理論] 
 初期サッカーは役割理論が重視され、デイフェンダーは守備、ミッドフィルダーは組み立て、フォワードはシュートに特化し個々の自由なプレーは限界があった。これをうち破ったのがベッケンバウアー(独)であり、デイフェンダーでありながら果敢に攻撃に参加する「リベロ」概念を導入した。現代サッカーは、偏狭な役割理論を否定し、フォワードが相手デイフェンダーに圧力を掛ける(フォアチェック)、サイドバックがセンタリングまでもっていく(オーバーラップは今や常識となった。逆にこれが行きすぎると、アチルソン(ブラジル)やカルロスのように攻撃参加は素晴らしいが本来の守備は不安があるということになる。トルシエ日本が、ユーテイリテイープレーヤーである服部を重視するのもこの考えからだ。
 [脱構築]
 戦術重視の現代サッカーでは、監督の戦術を理解し試合中もそれをフルに発揮しなければならない。スター選手を集めたチームが戦術が弱く勝てない(ミラン、インテル)、逆にスター不在でも戦術で勝つ場合がある。ただし、選手は戦術を重視すると共に戦術を無視する力が必要だ。加茂日本は、ゾーンプレスの過剰な戦術を固執し、ロボットのような単調な攻撃でボールを支配しても得点にはならない。相手から見ると、いつも同じパターンで攻めてくるので予測が簡単でデイフェンスしやすい。指示通りの行動と自己の判断を両立させるレベルが「脱構築」だ。特にミッドフィルダーとフォワードに要求される。中盤の選手は、攻撃と守備の両面を担い、戦術を重視しながら個人のイマジネーション溢れる判断ををしなければならない。ストライカーは、ボールを受けるまではシステム・プレーに徹し、一旦パスを受けたらペナルテイーエリア内でほぼ全て個人の技術と判断によって、自己選択・自己決定・自己責任のシュートに全精力を傾ける。
 [美的経験]
 強烈なフリーキックやミドルシュートを決めた選手が、大きくうなずいてフィールドを歩いたり、自分を指さして胸を張ったりするのは、選手がチームの名誉や貢献というインセンテイブを越えた自己自身への陶酔や至福の感覚がある。こういう瞬間こそサッカーの美的経験の醍醐味である。マラソンの有吉選手の「自分で自分を誉めてやりたい」というのと同じ感覚である。ただし、筋肉増強剤の使用による異常な精神活動の高揚もあるので注意が必要だ。かってマラドーナは、ゴールを決めた94年ワールドカップで野獣のような形相でカメラに近づいたが、試合後ドーピングで失格となった。
 [システム理論] 
 11人で戦う集団スポーツであるサッカーでは、人間関係の摩擦が起こりやすい。監督の戦術や起用法をめぐる信頼関係が崩壊したらチームも崩壊する。選手同士の個性の違いや、性格に問題がある選手がいても団結は崩れる。かってのロマーリオとエジムンドなど。世代交代期のベテランと若手の確執、負けが込んだ場合のフロントやサポーターとのトラブル、女性関係(柳沢選手は梨花との深夜デートで代表をはずされた)。しかし基本的には選手の自覚がないのであり、うまくいかないのを他者の責任にするのはやめるべきだ。試合の敗因を単一の表面化した要因で説明すると、自己責任は回避できるが、本当はチームの全体のシステム要因を徹底して探らなければならない。阪神球団の最大の問題もここにある。
 [呪われた部分]
 本来は限定経済を批判するバタイユ(仏)が導入した概念で、サッカーで言えば試合中にチーム全体の集中力が極度に低下する時間帯がある。後半開始15分あたりの時間帯に集中し、不用意なファール、マークの受け渡しミス、セットプレーでの安易な失点などの集中力を欠く状況が生まれる。問題は体力だけではない。「ドーハの悲劇」では、追いつかれたとたんに攻めがちぐはぐでバランスが崩れるという致命的な状況に陥った。最近の研究では、戦前期の大日本帝国の玉砕戦術がギリギリの精神状態で戦う選手に到来するのではないかという分析がある。玉砕は肝心なところで冷静沈着さを失い、エイヤッと自分を捨てる自己放棄の精神である。(2001/12/10 22:35)

[過ぎてゆく日常のなかで・・・・]
 近藤富江氏(80歳 作家)は昭和18年4月(私の生まれた年!)に東京女子大の学生で、京都奈良への美術旅行に参加した。。折しもガダルカナル撤退で日本の後退戦が始まっていた。その時の日記から。「沈黙の仏たちから私の学んだものは、ふれればこちらの身体が溶解してしまいそうな美の凝集であった。私はその美のしずくをぽったり胸に落とされて、それ以前の私とは違うものに変えられてしまった。百済観音の永遠の美は日が経てば経つほど骨身に染み渡り、竜安寺の庭のさびは心のおちつき場所のような慈愛を感じる。中宮寺や広隆寺の仏、月光菩薩、桂離宮、心の隅々まで行き渡った美の飛沫は私の細胞分解作業をを始めた」。少女の日記としてはかなりの感性と表現力だ。氏は今平安期の和紙による石山切という継ぎ紙という料紙装飾の世界に没頭し、12世紀の手技の復興に夢中になっている。以上朝日新聞12月10日夕刊参照。
 浅井力三さん(78歳 東山動物園飼育係)がなくなった。動物との信頼関係を築く姿は、神業、天才と呼ばれた。世界で最初に芸をするゴリラ・ショーを実現させた。いま剥製として残るゴン太である。次女の直子さんが余りに帰りが遅いので心配になって園に行くと、ゴリラに添い寝している父が「やっと寝付いたところなのに」と怒った。浅井さんはゴリラと寝食を共にして、自分自身がゴリラになり信頼を掴んだのだ。戦時中の軍による象の射殺命令を無視して、2頭の象を助けた。これが敗戦直後の全国の子どもに夢を与えたゾウ列車の始まりである。ゴリラは怪我をすると、自分の弱点を人に見せないが、浅井さんには患部を指しだし、治療の痛みにも耐えた。ここに私にはできない愛とか信頼の実相を見る。
 根来良子さん(80歳 パン屋さんのかたわら童話を書く)の第13回アンデルセン大賞受賞作品から「むこえらび」。「村の長者夫婦の娘、妙姫のむこ探しには、国中から男たちが名乗りを上げてきました。長者は、財産目当てではなく、心から妙姫を愛する男を探すため、家宝の金の釜で湯を沸かしました。この釜は、正直で心の美しい人が前に立たないと、グワーンと鳴り続けます。美男子や力持ち、剣の達人が立っても鳴りやみません。長者屋敷の下男で働き者の茂助が立つと、ピタっとやみました。茂助はかって、長者の屋敷の前で行き倒れになり、妙姫に看病されたことがあり、その日から茂助を慕っていた妙姫は、おむこさんが茂助に決まり、頬をポッと桃色に染めました」。ストーリー自体にはさまざまの批判があるだろう。私が言いたいのは、童話の世界のこころ洗われるようなそのリズムである。思わず童話を書いてみたくなるような気持ちになりませんか。以上朝日新聞12月10日夕刊参照。(2001/12/10 20:50)

[詩のボクシング]
 NHKBS2で詩のボクシング全国大会の放映を見た。二人が対決するトーナメント方式だ。最後に並み居る大人を撃破して優勝したのは、17歳の高校生池田真理子さんであった。全試合が満票に近い圧勝であった。言葉が追いつかないような溢れ出るイメージの奔流は、少女の世界に対するおののきのような微細な感受性を伝えて、痛々しいような凝縮された空間をつくりあげていた。他の大人達のプロとしての技量は、この少女の無垢な魂の乱舞のうちに吹き飛ばされてしまった。思わず抱きしめたくなるようないたいけなさと張りつめた緊張を湛えた感性に、私の世俗にまみれた心を洗い流すようなカタルシスを味わせた。恐るべき天才少女の出現であるが、この少女がこれから汚れた世界を生きて成長していく中でどのように変貌していくのか幾ばくの不安を抱いた。彼女のような繊細な神経の持ち主には最も生きにくい世の中が待ちかまえているからだ。やはり才能というのはあるんだ。特に詩の世界には、どのような作為も許さないような厳然たる感性の才能の世界があるんだ。
 もう一人注目したのは中年の女性であり、自らの生きてきた全人生の重みを懸けたようなメーッセージ性に依拠する詩であり、安易な妥協を峻拒する厳しさに満ちていた。短い言葉の中に言い知れぬおもさを湛えた詩であった。しかしこの中年女性も、17歳の高校生の豊倖なイメージの世界には勝てない。
 朗読の詩にこそホンモノの詩の世界があることを実感した、充実した3時間有余を堪能した。かなり前に谷川俊太郎とねじめ正一の詩のバトルがあり、谷川の感性のすばらしさを味わったが、今回も同様であった。(2001/12/7 22:26)

[飛行機から見る風景]
 19歳の少女が33歳の自称指揮者とドナウ川で心中自殺をした。留学先であるルーマニアで出会ってから6ヶ月の間だった。人と人が出会い恋をして、若く熱い恋はまるでテロルのように、激しく容赦なく何もかも奪い去っていく。将棋の村山聖は名人を夢見て29歳で生涯を閉じた。彼の死のベッドには、どんな姿勢からも時間が判るように4つの時計が配置されていた。末期ガンの苦痛の中で生きる証としてその時計はあった。今その時計は、村山家の居間に飾られ、正確に時を刻んでいる。命とは何か。自分の時は止められても残された者達の時間は絶えることなく続いていく。
 先進国の人々の死は、かくも丁重な追憶の中にある。しかし同じ生命が虫けらのように扱われている途上国に、したり顔をして多くの欧米人が救援の名の下に、政治的調整のためにやってくる。しかし結局彼らは深く関わることなく、いつも最後には去っていく。飛行機から去りゆく風景を見下ろしながら。逆に途上国から自らの祖国を捨てて離別の哀しみと祖国を捨てた罪責感のなかで、自らの育った故郷を見下ろして先進国へ向かう人もいる。ボーダレスとか越境とか言う言葉を吐ける人は、結局の所、そのような特権を手に入れた人の言葉でしかない。
 日本の民衆が高度成長期に向都離村に走って、自らを育てた故郷を捨てた時の心情もまさにこのような感覚であった。少なくとも私はそうであった。数十年の時を経て廃村の廃屋に出会うとき、胸に走る鋭い痛みは誰しも感得したものであろう。
 しかしそれは大きな時代の流れに規定された無意識の行為であり、また自ら選び取った廃棄の行為に恥じらいで懺悔の涙を流すのは二重の裏切りであり、故郷はそれを許さないであろう。裏切った者は、2度と舞い戻ってはならないのだ。たとえ敗残兵となっても自らの姿を故郷に晒してはならないのだ。一端飛び乗った飛行機の窓から2度と再び帰り来ぬ慚愧の思いと共に封印しなければならないのだ。故郷は遠くにありて想うものであって、再び帰ってはならないものなのだ。この世を去って初めて自らの骨灰を振りまいて散らす場所なのだ。以上朝日新聞夕刊12月7日付け松平頼暁・川本三郎両氏の文を参照して記す遙かな故郷への讃歌と自責の念を込めて。(2001/12/7 19:30)

[高校生就職内定率54,2%]
 「高校生の就職内定実態調査」(日高教・全国私教連10月実施 30都道府県387校)は、昨年同期の62,8%から大きく低下し、北海道・東北では39%と大きく低迷している。求人票が来ないため1度不合格になると2回目の受験機会はほとんどない。大手企業が採用を控えている。大量に未内定者がフリーターになるだろう。もともとフリーターになる希望を持った生徒少なく、求人もなく進学もできなければフリーターにならざるを得ない。特に事務・販売を中心とする女子高校生の求人が低下している。企業は、正社員は大卒で、高卒はパートの分野でと雇用形態を変化させつつある。普通科からの就職希望は絶望的となっている。九州や北海道という遠隔地からの大都市求人は今年で終わりと明言されている。企業のリストラ計画に対する規制や高卒者の雇用対策がないと就職指導は限界があるとの現場の教師の煩悶がある。こうしたなかで未来への希望を失って自暴自棄となる高校生が激増している。
 痛みを伴う構造改革の帰結がますます顕わとなってきている。その犠牲は中高年と青年層に集中している。これでは後期中等教育の職業課程の存在意義は公教育として否定されていることを意味する。21世紀の日本の構造改革構想が破産している現状をこれほどリアルに示している例はない。私たちはどこまで痛みを甘受すればいいのか、これほど人生を否定されて尚かつ黙っている人々の苦衷の胸の内を思うとき、対抗戦略自身の責任が問われる時代となった。(2001/12/6 20:47)

[米国リベラリズムの虚妄]
 米国ウエストバージニア州で戦争反対を訴えるTシャツを着て登校し、反戦クラブ設立を呼びかけ停学3日間の処分を受けた郡立高校生ケイテイ・シェラさん(15)が同校を退学した。数人の生徒がエイミーさんの車に唾を吐きかけ、友人の両親は学校帰りに車に乗せることを拒否。パナマ生まれの彼女に「国へ帰れ」と嫌がらせを書いたTシャツを着る生徒まで現れ、このTシャツに多くの生徒が署名したという。ケイテイさんは州地方裁判所に「表現の自由を犯された」停学処分の不当を訴えたが却下され、州最高裁も27日に訴えを退けた。母親のエイミーさんは、脅かしや中傷、嫌がらせによる娘の身を不安に感じて退学を決めたという。
 第1に、米国独立宣言と合衆国憲法が全く機能していないアメリカン・デモクラシーの虚妄が見事に露呈している。第2に、彼女を退学処分にした高校当局はあらゆる迫害から彼女を防衛する義務があった。ここに米国司法と教育の底浅い大勢追随がある。結論的にいえば、私たちはアメリカン・デモクラシーから学ぶべきものは何もないということと、リベラリズムが原理的に強者の論理であり迫害に転化するということだ。他民族を抑圧する者は自ら自由であり得ないという真理が見事に発現している。
 サマーズ・ハーバード大学長は、「国家が戦争努力をしているときに、ハーバードはこれを支持する義務がある。大学人は愛国心を再検討してもらいたい。ベトナム以降の社会の主流の価値と周辺の価値の裂け目は非常に興味があるテーマだが、コストの伴う問題だ。現在の戦争は、ベトナム戦争のような道徳的曖昧さはない。ハーバードは死ぬ覚悟のできている公務員を支持する責任がある。200を越える大学で中東出身の学生の情報提供が求められているが、大学は法に従うべきである」と述べて、大学の自治と学問・思想の自由を自ら放擲する講演を行った。以上ハバード大学新聞『ザ・ハーバード・クリムゾン』11月16日付け。米国最高知識人の恐るべき退廃と堕落が示されている。
 クリントン前米国大統領は母校ジョージタウン大学の講演で、「米国は、奴隷を使用したうえに、しばしば罪のない奴隷達を殺した。先住の米国人を人間以下の存在と考え、殺害したり、土地を没収したりした。我々は今日、その代価を払わされている」と述べ(11月7日)、これを受けて戦略国際問題研究所(CSIS)の提言『勝つために』は、「テロが根付き増大する条件」が米国政策にあったことを認め、途上国援助や中東政策などの米国外交政策を根本的に再検討することを提案した。これらの民主派リベラルの主張に対し、保守派は自虐史観として猛烈な攻撃を開始した。スタンフォード大学フーバー研究所のソーウエル上級研究員は「世界に奴隷制がなかった国などあるか人類全体の罪を米国にかぶせようとするのは暴論」だと激しくクリントン講演を攻撃した。このような応酬には冷静でアカデミックな相互批判のかけらもない。米国最高水準のシンクタンクの水準はこの程度であったのだ。
 米国のリベラル派の拠点であるプリンストン大学に圧力を加える目的で送り込まれたチェイニー副大統領夫人は、「大学における愛国心教育について」と題する講演を行い、全学の失笑を買った。米国で確かに進行してるのは、米国上層エリートと少数民族エリートが愛国心を競い、そのはざまで中間層がニヒルなストレスをため込んで、炭疽菌テロの心情的土壌が形成されているということだ。アメリカはますます病んだ国となって漂流し、ブッシュ政権の一見強硬な政策が展望もなく展開されている構造がある。この巨像は近い将来音をたてて自壊するのではないかと感じる。(2001/12/5 21:32)

[ハリウッドの戦争協力]
 ブッシュ大統領は10月7日にアフガン報復戦争を開始した数日後、映画・テレビ関係者をホワイトハウスに招待し、非公開で戦争への協力を要請した。11月初旬には大統領政治顧問がハリウッドのビバリーヒルズに乗り込み、大手映画製作関係者40名と会談し、「忍耐・勇気・愛国心」を鼓舞する映画を期待すると表明しハリウッド側も了承した。ハリウッドは、同時多発テロ以降刺激的な戦争映画の公開を避けてきたが、一転して戦争映画の前倒し公開を始めた。来年公開予定の「ブラック・ホーク・ダウン」(ソマリア紛争)を12月28日へ、「われらは兵士だった」(ベトナム戦争)と「敵の前線背後にて」を11月30日へと前倒し公開する。
 全米が戦争フィーバーの渦中にある今が最高のビジネスチャンスとするハリウッドの経営戦略が、露骨に表れている。商売は正義とは無関係なのだ。我が亡き後に洪水は来垂れ。ハリウッド芸術が政治の前にいかに無力であるかを示し、米国映画の底の浅さを無条件に示した点でむしろ私は歓迎する。マッカーシズムの中で仲間を売ったエリア・カザンがふたたび登場するのも不思議ではない。それにしてもスピルバーグのみはこの騒ぎの乗らないとしたらさすがだ。(2001/12/4 21:48)

[結婚退職制に抗して−坂井幹子さんの場合]
 坂井さんは1961年に北海道から上京し、早稲田大学に入学後渋谷109に近い大勢堂書店に寮があるだけの理由で学生の身分を隠して入社した(私が上京して学生となった同じ年ではないか)。労組委員長となった坂井さんが結婚式を終えて出社した時、「ビルの入り口扉に<右の者は当社規定による退職者につき出入りを禁ず>と張り紙がありました」。退職させられた坂井さんは、朝渋谷ハチ公前で支援者と集合し、ゾロゾロ行進。会社の前では職制が10人ほど木刀を手に並んで、「入るな」。「結婚しただけでなぜ首になるのか。認めていないから働く権利がある」と言っても相手は無言。木刀で妨害する相手に体当たりして、タイムカードと同形の紙をレコーダーに突っ込み、ロッカーで非番の人の制服を借りて店に出た。「売場でも追い回されましたが、お客がいるから乱暴はできない。働きました。大声でキャーキャーと抗議しながら」。労組は切り崩され5人になってしまったが戦い続け、遂に会社は解雇を撤回、結婚退職制を廃止した。その後約10年間この書店で勤務した。苦い反省もある。「就労闘争の中で妊娠しましたが、運動に集中するために子どもは中絶しました。それに付いていけないと去っていった女性もいる。その苦い経験から、復帰後の組合活動では生理休暇や出産・育児休暇に力を入れました」。未熟で心に傷を負ったが、若さに任せて不正義に体でぶつかった青春。「人生で一番輝いていたし、誇りに思っている」。
 私は女工哀史の時代のことを言っているのではない。ほんの少し前の母の時代の証言だ。今の時代で結婚退職制を残している会社は皆無であるが、形を変えてソフトなスタイルで娘達は結婚ないし出産退職を選ばされている。原始的な男女差別の遺産は消えても、依然としてエセ自発的な派遣制やフリーターという形で、現代の結婚・出産退職制は続く。若い青年男女は、このような歴史の積み重ねの上に現代の自分が確実にあることに思いを致すべきだ。何のために歴史を学ぶのかもう一度心に刻むべきだ。次の世代に何を手渡すべきかが見えてくるはずだ。(2001/12/4 21:04)

[米国炭疽菌テロと731部隊]
 米国籍中国人作家伊州(集?)欽氏(米国旧日本軍細菌戦罪行調査委員会会長)は、11月27日CNNテレビの要請で浙江省金華市に入った。金華市は第2次大戦時の細菌戦被害の高い地区。旧日本軍の731部隊は、大量の炭疽菌を培養し、生きた人間を人体実験に使った。731部隊の第3遠征隊は、1942年に江西戦役に参加し、旧日本軍1644部隊と共に飛行機を使用して炭疽菌など130kgの病原菌を水源地や湖沼、住宅地に散布し、大量の疫病を発生させ死亡させた。米国炭疽菌テロのAmesと呼ばれる炭疽菌は、旧日本軍731部隊の細菌研究専門家が開発を担当した。第2次大戦後に彼らは、米国メリーランド州Fort Detrickの生物兵器実験室で20年(1948〜1968年)余りに渡って研究を継続した。Amesはこの研究の成果であり、極めて大きな危険性を持つ新種である。以上「人民網」11月30日。

[リゴベルタ・メンチュ(42歳 92年ノーベル平和賞 女性)は語る]
 「中南米で横行したテロは、民主化を求める民衆に対する国家テロであった。私の住むグアテマラでは軍と私兵集団によって20万人が虐殺され、チリではピノチェト独裁クーデターにより左翼系市民が大量虐殺された。こうした国家テロを支援したのが米国政府(CIA)であり、米国がテロを非難する資格はない。一つの国家が裁判官になることはできず、国際法による裁きのみが正当だ。米国は救世主ではなく干渉主義者だ」。1980年代の祖国での先住民迫害に抗して戦った彼女の迫力ある言葉だ。
 全米経済研究所(NBER)報告書は、失業率(昨年12月4,0%→今年10月5,4%)、GDP実質成長率マイナス0,4%(7−9月速報値)、最上位富裕層(5段階)が総家計収入の49,7%を占め、最下位貧困層3,6%で格差は11,7倍(1986年)から13,8倍に拡大した。米国経済の止めを知らない不況から恐慌への流れから誘発される対政府不信が、今次のシャニムの報復戦争の背景にある。21世紀は恐慌と戦争の悪循環の過程に入ったのだ。(2001/12/3 21:12)

[皇族出産フィーバーについて]
 雅子皇太子妃の娘出産についての報道がかますびしい。すべての新しい生命の誕生はそれ自身で祝福すべきものであるが、国民主権の60年間の蓄積はどこにいったのか。国民己が自じの家庭における誕生の象徴的意味を持つのであろうか。不透明な日本の明るさの人工的な作為なのであろうか。辻本清美氏(社民党)は、「出産に対する報道はフェアーではない。例えば私が出産したとしてマスコミは今回と同様の取り上げ方をするだろうか。今後は女性のための政党としてこのような不当な差別に抗するべく、天皇制について定められた憲法1条から8条までの削除を党内一致団結して追求していく」(1日付け産経新聞)と述べている。中野重治の天皇制論に言うがごとく、天皇と皇族が人間の一人として正統な尊厳と人権とを平等に享受するなかにこそ、真の祝福が期待できるだろう。(2001/12/3 20:40)

[テロ予告歌手 リカルド・アルホナを追跡せよ]
 先日学生から面白い情報を得た。中米はグアテマラの人気ラテン歌手リカルド・アルホナが、今年初めにリリースしたアルバム中の1曲「メシアス(救世主)が、9月11日の同時多発テロを予告しているという。以下はその直訳歌詞。

 Mesiasメシアス

 救世主がニューヨークに生まれた         判らないように手に手術を施した
 防弾装備をした車に乗っている           天からの死者はマンハッタンにいる
 ローマ法王も退職させられるのを恐れている  今回は違う約束をする
 
 クリスチャン・デイオールを着て           日本とアフガンにパートナーを持っている
 ヒゲも剃り、流行に合わせる            毎日、毎日神とインターネットで連絡する
 ユダヤ人は遂に来たという              この世を変えると言ったので敵がいる

 マンハッタンにペントハウスを持ち、        CNNはすでに買い自分の話を放送している
 ハーバードの学士号を持ち、            ベールを取り払い、目を開け
 女優とのロマンスもある               地球全体がパニック状態になる

 ビル・ゲイツとも一緒に酒を飲み          教会は悪魔だという
 ジャズを聴くのも好きだ                ペンタゴンはテロリストだという
 ウオール街と教会に投資する            カミソリのようなきわどさ

 セントラルパークでジョギングする         彼が来た男だ
 チャイナタウンで少林寺拳法を学ぶ
 誰も日にちを知らないが、              ビッグアップルで権力者が死んだ
 攻撃を計画している                  ニューヨークタイムズの一面に載る
 武装したイスラエルの護衛、             雲が太陽をさえぎる
 常に45口径を持っている

 前に来たことがある
 そして再び帰ってくると誓った

 
 以上はテレビ朝日『Sma STATION!!』で11月24日に放映されたそうで、12月1日に続映があったらしいが、どなたか正確な情報があれば教えて欲しい。(2001/12/2 9:57)

[石原都知事暴言の背後にある思想]
 「”文明がもたらした最も悪しき有害なものはババア”なんだそうだ。”女性が生殖能力を失っても生きているって言うのは、無駄で罪だ”。男は80,90歳でも生殖能力があるけれど、女性は閉経してしまったら子どもを産む力がない。そんな人間が、きんさん、ぎんさんの年まで生きるのは、地球にとって非情に悪しき弊害だって」(『週刊女性』11月6日)。「本質的に余剰なるものはつまり存在の使命を失ったものが、生命体、しかも人間であるということだけでいろんな消費を許され、収奪を許される。あれが実は地球の文明なるものの基本的な矛盾を表象している事例だな」(『都政新報』10月26日)。
 憲法改正と靖国参拝を公言してはばからない新保守主義者石原の女性観や老後感が暴露されており、全世界で軽蔑と嘲笑の的となっている。個人の思想の自由はあるだろうが、東京都男女平等参画基本条例策定の責任者である彼が、このような発言を行う無神経さと傲慢さは計り知れないダメージを日本に与える。不透明な時代に過激なパフォーマンスで登場し、大衆の人気を集めるファッシストによくみられる扇動政治家のパターンだ。ポスト・モダンの切れっ端を散らつかせる石原の近代市民原理に対する無知と勉強不足、彼自身の野蛮な人間性をさらけだしている。論評に値しない軽蔑すべき言辞ではある。このような人物こそ歴史の藻屑の中に汚点を残して消え去っていくだろう。(2001/12/2 8:36)

[同時多発テロ実行犯モハメッド・アタ容疑者(33)の「遺書」]
 米国連邦捜査局(FBI)はボストン空港での遺留品のスーツケースを押収し、「テロ指示書」と「遺書」を
発見した。何れもアラビア語で書かれ(未公開)、英訳版を入手した独誌シュピーゲルが発表後、ポートラ
ンド地裁がFBIの宣誓供述書の封鎖を解除し、公式に確認された(朝日新聞朝刊11月30日)。以下はそ
の英訳版要旨である。

 私の死後、次のことが執りおこなわれることを望む。
   1,私の埋葬の準備をする者は、良きイスラム教徒であるように。
   2,私の遺体を棺に入れる者は、私の目を閉じさせ、私が天に昇るよう祈るように。
   3,誰も泣いてはならない。
   4,かって私とうまくいかなかった者が、死後も私を訪ねたり、キスしたり、別れを告げたりすることを
   私は望まない。
   5,妊婦や不浄な人間が私に別れを告げることを望まない。
   6,女性が私の家に来て私の死を悼むことを望まない。
   7,通夜を執り行う者は神を思い、私が天使と共にあることを祈りなさい。
   8,私の遺体を清める者は、良きイスラム教徒であるように。
   9,私の性器を清める者は直接触れないよう、手袋をしなければならない。
  10,死に装束は3枚の白い布であるように。
  11,女性が葬儀に出たり、墓参りに来ることは望まない。  
  12,葬式は静かに執り行うように。コーランを読むとき、埋葬のときひざまずき祈るとき、この3つの時
   には静寂であることを好むと神は語ったから。
  13,私は良きイスラム教徒たちとともに、メッカに顔を向けて埋葬されるように。
  14,体の右側を下にして埋葬されるように。「お前は土から生まれ、土となり、土に帰る。土からまた新
   しい人間が生まれる」と唱えながら、私の体の上に土を3回かけるように。
  15,参列する者は私が共に楽しめるように私の墓で1時間過ごしなさい。
  16,40日ごとに、あるいは1年に1回、死を追悼するしきたりがあるが私は好まない。
  17,葬式で追悼の辞を紙に書いて、かばんの中に入れておくのは迷信だ。
  18,私が残すお金は、イスラムの教えに従い、分かち与えられるように。
  この遺書の指示に従わなければ、信仰に背く者は、最後にその責任を負うことになるであろう。
  これは1996年4月11日、イスラム歴の1416年に書かれた。
  筆者はモハメド・モハメド・エルアミール・アワド・エルサイド
      証人 アブデルガニ・ムズワデイ(署名)
      証人 アル・モタサデク・ムニール(署名)


 証人の一人は逮捕され、他は失踪した。フランスの分析官は、「オウム真理教に似たカルト的性格が強い」「文末に証人の署名があるのは、必ずしも本人が自発的に書いたものではないことを示す。遺書的な文章は秘密結社の入会時の儀式だ。日付は彼がアルカイダのメンバーとなった日と推定される」などと語っている。この分析が正しいかどうか詳細な検討が必要だが、私自身は別の感想を持った。
 それは、イスラム(原理主義)教の死生観の特徴がよく表れているのではないかということだ。18項目に渡る詳細な自己の死の規定には、その評価はおいて圧倒的な迫力がある。これは現代日本の葬儀屋が人工的にエスカレーターのようにおこなう葬儀とは異なり、まさに死が本人と他者にとって絶対的な意味と尊厳を持っている証だ。平均寿命40数歳の貧困途上国では虫けらのような死があると思っていたのは間違いだ。そのような国ほど死は、生者との別れと邂逅の荘厳な事実として扱われるのだ。私が中学時代に土葬に付される祖父の遺体を見て初めて味わった、あの無言の絶対的な威圧感はまさにこのような遺書の感覚であった。赤々と燃えさかる劫火のなかで祖父の肉体は熔けて灰となり、土に還っていった。
 私もいつかこのようなこの世に別れを告げる瞬間が来る。それは、病院の白いベッドの上で、呼吸器とチューブが全身にはりめぐらされた、もはや人間とは呼べない死であるかもしれない。私の父がそうであったように。私の周りで妻や息子が泣いているだろうか。テロ容疑者の遺書は、はからずも現代日本の人工化された死を、私自身の最後の瞬間の在り方を思いめぐらせるものとなった。今宵もアメイジング・グレイスを聞きながら、この文を綴った。テロを根元的に憎みつつ、このような侮蔑すべき状況に自らを追い込み、27歳にしてこのような遺書をしたためたアタ容疑者に信仰を越えて聞かせてやりたい心境になった。
(2001/12/1 22:30)

[アフガン問題再々考]
 米国政府は、テロ組織掃討に役立つ情報を提供した人物に対する「米国滞在ビザや市民権を発給する」という新政策「責任ある協力者計画」を発表した。裏切り者や内通者を煽るという暗い陰惨なこの計画は、米国の「自由」がまるで西部劇の「お尋ね者」という発想であり、強者の傲慢さが剥き出しである。米国のヒューマニズムの底知れぬ退廃と無惨な底の浅さを露呈している。米国とその敵は、真っ向から対立する価値観によって、互いに命を懸けて戦ったのであり、その敗者には最大限の敬意を以て報いるべきである。喩えそれがテロリストであればあるほど、真正面からの刑法でもって裁くという市民感覚による正統な方法で対処すべきだ。一方米政府は、テロ組織に関係した容疑で中東系外国人600人以上を別件逮捕し、5000人以上の留学生に「自主的な協力」を強要した事情聴取を行っている。アラブ系団体は、米国への信頼を一挙に損ねる文化的な無神経さに一斉に反発している。米国文化の底の浅さが浮き彫りとなっている。
 ベトナム戦争を批判した米国法学者リチャ−ド・フォーク氏の「テロに対する米国のアフガン戦争は、第2次大戦以来初の真に正義の戦争だ」という賛美論に対し、友人であるハワード・ジン(『民衆のアメリカ史』著者)は「テロを増殖させる戦争にがなぜ正義か」と痛烈に批判し、フォーク氏も「米国のアフガン戦争は不正義だ。非軍事的手段でやると言ったブッシュ政権にミスリードされた」と告白している。以上は『ザ・ネーション』(南北戦争後創刊の政府批判傾向の強い雑誌)での論争。揺れ動く米国が見える。
 米国政府は、アフガン後の攻撃目標を、イラク・ソマリア・イエメン・スーダン・フィリピン・北朝鮮などの「テロ支援国家」などを対象とすると発表した。米国のユニラテラリズムもここに極まった。世界正義は、米国一国で決めるつもりだろうか。大量破壊兵器を自ら独占しながら他国に査察を迫り、生物・化学兵器の査察を自らは拒否しながら他国には強制する・・・・この神経は一体なんだろうか?
 大沼保昭氏の主張(朝日新聞夕刊11月30日)は、「テロとの戦いを文明の衝突にするな」という言説自体が、強者の非対称的な性格を持ち、テロを支持したり共感を覚えた50億人の貧しい人にとっては、すでに文明は衝突しているのだと言う。私自身を含めた先進国の無意識の似非ヒューマニズムを撃つ根底的な問題提起が含まれている。感性的レベルでは共感するものがありはしないか。
 米国国際問題研究所(CSIS)は、従来の「米国を攻撃した国を倒す」という事後戦略から、航空機テロと炭疽菌テロを契機に「米国に対する攻撃の可能性があると判断した国を倒す」という先制攻撃戦略への転換を主張する報告書を発表した。先記したユニラテラリズムの理論的根拠を提案しようとしているが、第2次大戦後の平和学研究の成果をまったく無視したものであり、米国の世界的孤立が今後進むだろう。
日本政府はこれについての参加を検討中と述べた。いよいよ平和に関する国連の真価が問われる時代となった。国連分担金の未払い分をいそいそと支払った米国の偽善を鋭く世界の民衆は見抜いているに違いない。(2001/12/1 21:06)

[閑話休題・・・・鳥羽釣り旅行]
 学生諸君には定期考査中で申し訳ないが、29日からY・E両先生と一泊で鳥羽に釣り旅行とは相成った。29日は答志島での夜釣り、夕食後午後10時まで、私は一匹も釣れず無念の敗退。Y先生は長年の蘊蓄を傾けて早速数匹ゲット。10時私は疲れ果てすぐ就寝。両氏は30日早朝4時から6時まで挑戦するが、小生は風邪気味で頭痛がし、7時前まで民宿で寝る。
 鳥羽に帰り、E氏推薦の釣り堀に向かう。途中の餌屋で忘れ物をしたY氏の往復で30分遅れたが、鳥羽湾内での釣り堀を9:30〜14:00までおこなう。折しも雨はやみ、絶好の釣り日和とはなった。Y・E両氏は日頃の蓄積からエビやアジによる一本針にて挑戦したが、小生はなんとなくサビキ釣りを試みる。驚いたことに小生の方は入れ食い状態で、大物のカンパチなど8匹(30cm級)があがる。こんな大物はかって経験がなかったので大いに満足して帰途につく。E氏は不満げであったが、Y氏は悠々淡々としてこんな時もあるわさという感じであった。しかし両氏とも秘かにリベンジを誓っているようではあった。
 鳥羽湾は箱庭のように美しく、山は紅葉の真っ最中で、浮き世の日常を離れた開放感を味わったが、鳥羽の美しさはやはり人工的な感じがちょっぴり漂い、リゾート観光地の不況下の斜陽の匂いを感じた。鳥羽と名古屋はほぼ高速道を一本で結ばれ、、2時間余りで行くことができ、こんなに近くなったとは知らなかった。本日の釣果が予想外であったので、これからたまには全てを忘れて釣り三昧もいいもんだ感得した次第である。私の釣りは、8年ぶりぐらい前でよく息子といっていたが息子が家を離れてから一切止めていたので本当に久しぶりであった。Y・E両氏の支援にたいし心から感謝する次第である。(2001/11/30 19:45)

[アフガン問題の問題性について・・・・中村哲医師の証言から]
 ペシャワール会の中村哲医師は、半生をアフガン難民治療に費やしてきた。彼の証言は、数多の言辞を圧倒するリアルな意味を持っている。以下はその証言からの抜粋(11月17日 東京公演)。

 「アフガン8カ所・パキスタン2カ所の診療所を運営し、年間20万人の治療を行っている。雨量は日本の約1/200、冬は氷が張り、夏は40度を超える。蟻が歩くような感じで診療圏を拡げてきたが、一番近いところで馬で1週間かかり普通の人間は4日かかる。どんな田舎でもイスラム寺院があり、隣組が権力を持った組織と思えばよい。三権を集めたものだが、慣習法が力を持ち警察がない。殺人は処刑、婦女暴行も処刑で住民が執行するから警察は要らない。地域によっては貨幣経済がなく信頼関係がなくては一切成り立たない。マラリアは200円出せば直るがそれがない。医者は、胸を明けて聴診器を当てれば殺害される。女性は厳しく隔離されており、だから性感染症はない。ソ連侵攻で2400万人の国民の半数が死ぬか難民となった。
 ゲリラは部族社会で、部族長が全てを決める。どんな田舎でも日本人には友好的な態度をとる。欧米人は殺されても日本人は助けられた例が、一杯あった。どう頑張っても診療できる人間は300人が精一杯で、診療できない場合は、機関銃・ライフル・ロケット砲で脅かされ、医師2名が死亡した。現地では、2人殺されると2人殺し返すので、私が撃つなというと皆ビックリした。アメリカ人の死を悼んでも、誤爆で死んだアフガン人を悼まない。私たちの治療は、それで絶対的な信頼を得た。
 みんなが行かないから我々が行くんだというポリシーで活動している。みんなが殺到している地域には、我々は行かない。誰も行かないところ、誰もがいやがるところで我々は活動している。アフガンは、大干魃に見舞われ、飲料水の不足から感染症の若い母親で溢れている。外来で待っている間に体が冷えて死んでいるという例が激増している」。

 言うべき言葉を失う。中村氏を誇りに思い、このような支援を民間に任せて軍隊を送る日本政府のアナクロニズムを軽蔑する。私は、中村氏のような行為はできない。ただ日本の国内にある加害の部分をなくしていくのみだ。しかし敢えて言えば、中村氏はアフガンの社会構造を分析し、このような悲惨な状況をもたらした構造的要因と基本的な解決の展望を語るべきだ。献身的な生命を懸けた崇高な支援活動と、マクロな活動の両輪が必要だ。こうした指摘そのものが評論的なイメージに堕するのが哀しい。
 かって「密林の聖者」といわれ最高のパイプオルガン奏者といわれ、少年期の私も憧れたアルベルト・シュバイツアーなる人物がいた。かれは、欧米植民地文化を移植する偽善的な役割を果たした。中村氏はまったく違う。彼にこそノーベル賞を授与すべきだ。(2001/11/28 20:19)

[自爆テロ再考]
 朝日新聞夕刊「こころ」欄は、朝日が設けた宗教欄であり、遂に朝日も宗教欄を設ける経営戦略を採ったのかと思っていたが、なかなか客観的な宗教時評であり、読み応えがある。今回の特集「自爆テロ」は宗教を越えた普遍的なメッセージに溢れている(2001年11月26日付け)。米軍の殲滅作戦によって、藻屑のように敗北を重ね、ゴミのように捨て去れようとしているアフガン民衆の怨念の深さを思い、この一文を記す。私が属する国は、一極帝国への無惨な加担者となって、世界史に汚れた一頁を記しつつあるこの今の瞬間に安逸を貪りつつある。私もその例外ではない。

 「同時多発テロについての国内の反響は、許せない、恐ろしいといった、余りにも無邪気な反応だ。航空機を使う自爆攻撃を史上初めて実行し、その若者を英霊と讃えたのは他ならぬ日本人ではないか。今回のテロに最初に感じたのは、内なる記憶のやましさだ。あのような行為を排除できない心の底にわだかまる記憶だ。あのような行為から真に無縁になるには、たくさんの痛みを伴う」(71歳男性)。
 「自爆を志願した若者の純粋さは疑う余地がない。だからこそ、それを実行させた者の罪は重い。自分が死ぬことで世の中は変わる、というのはある種の誘惑だが、そんな簡単なものではないという厳しい現実を大人は若者に教える義務がある」(46歳主婦)。
 「聖戦と信じて散っていった同期生諸君よ。私はいまなお、あなた達を弔う言葉を知らない。権力の傀儡に過ぎなかった天皇の姿に今度のテロをだぶらせてみると、権力が宗教を操作する恐ろしさが理解できる」(78歳男性)。
 「米軍の都市爆撃で、日本は今回のニューヨークの百倍もの無念さを経験している。その他の国でも、米国は同じような無防備の市民を殺戮してきたが、その謝罪や償いはない。そんな時、被害者が一矢報いたい、という気持ちにならないだろうか。自爆は、弱者の哀しい報復である」(71歳男性)。
 「アフガン問題は、貧富の格差という不条理と、一国が我が物顔で全世界を力で支配する不条理に対する鬱積の爆発だと考えます。男は極限に立つと、愛する者のために、信仰のために、主義のために命を捨てます。そういう美学を内に持っているのです」(81歳男性)。
 「今回のテロは、単なる狂気ではない。米国に対する限りなき復讐意識である。イスラエル建国以来の反発が鬱積し、世界一極支配の閉塞を打破するため、犯人は自らを捨てたのだ。犯人の背後にある憤懣や憎悪のマグマが解消されない限り、21世紀は安閑としては済まない」(80歳男性)。
 「自爆には、天に替わって不義を討つという狭い視野からの自負がある。自分の信じる者、愛する者に生命を捧げるという錯覚がある。現世への絶望や怨念が潜んでいることもある。その狂信が讃えられるのは、その時代が戦争という悪に惑わされているからだ。従軍した亡夫は終生、亡き戦友に自分の生還をわびつつ、なお自分の長寿を願った。この哀しみと願いこそが、人間本来の姿ではないか」(80歳女性)。

 朝日新聞がよく採用したと思われるような重いメッセージが並んでいる。テロを肯定する寸前で立ち止まっている危うい心情が見て取れる。しかし、この老人達は本音の所では拍手喝采しているのではないか。それほど太平洋戦争の体験は重たく深いトラウマをいま以て残していると痛感した。下手をすれば、このような庶民のルサンチマンが溶岩のように吹き出る瞬間が来るように思えてならない。私の救いは、最後の80歳の老婆の言葉であり、彼女はテロに共感しつつもその虚偽を冷静に突き放してみているし、人間の醜い面も含めた全的な肯定の中から、確かな未来を探り出そうとしている。戦後60年にして初めて、私は戦争体験世代のあがらえない深層を垣間見た思いがする。
 しかし私はこれらの老人に組みするわけにはいかない。戦後民主主義の中で営々と築き上げてきたもう1つの貴い平和とそれに至る眼に見えない地下水のような蓄積がある。それは自爆テロのような短絡した異議申し立てではなく、無数の無名の民の毎日の汗にまみれた積み重ねられたケルンの足跡だ。歴史が本当に動くのはこのような力の平行四辺形の積分だ。私も齢50を越えてその程度の歴史認識は手に入れてきた積もりだ。どんなに状況が困難であろうとも、これ以外に進む道はないと確かに信じることができる。
 ”自爆テロの自爆のこころ日本に学びしといふ 日本恐ろし”(小島ゆかり『短歌現代』11月号)
                                                 (2001/11/27 21:07)

[衆議院憲法調査会名古屋地方公聴会に出席して]
 11月26日13時より名古屋キャッスルホテルで開催された公聴会に出席した。午後1時に開会し午後5時に終了した。公聴会の国会議員メンバーは、中山太郎(座長)・鳩山邦夫(自民)・島聡(民主)・斎藤鉄夫(公明)・都築譲(自由)・春名真章(共産)・金子哲夫(社民)・宇田川芳雄(21クラブ)の各氏であった。意見陳述者は、田口富久治(名古屋大名誉教授)・西英子(主婦)・野原清嗣(岐阜県高校教諭)・川端博昭(名古屋大)・古井戸康雄(弁護士)・加藤征憲(名古屋大)の諸氏であった。
 意見陳述のポイントは、同時多発テロと報復戦争に伴う自衛隊派遣と9条の関係であった。田口氏は、報復攻撃の国際法違反と非軍事的貢献を主張したが、外国法学者の名前に依存するアカデミックな権威主義丸出しであり、氏自身の思想を披瀝する点で今一歩であった。西氏は、テロの背後にある貧困の解決を主張し、女性らしい反戦論を展開したが、政策的なリアル感に欠けた。野原氏は、新右翼の発想丸出しの憲法改正論を述べたがこれについては後述する。川端氏は、ペルー大使館勤務中のテロと暴力の生々しい悪循環を供述し、実体験からの非暴力主義の主張はリアルな迫力と説得力があった。古井戸氏は、どうやら勉強不足で脳天気な9条廃止論を述べた。加藤氏は、日本の常任理事国入りと首相公選論を述べたが、質問にはしどろもどろで学生の意識水準が如何に低下しているかを如実に示した。
 途中傍聴席の過激派らしき学生が数人運営に抗議する発言を行い、座長から退場命令が出されたが全体としては平穏に終わった。私が最も注目したのは、積極的改憲論であり、それが現場の高校教師である野原氏から出されたことである。但し野原氏は、あなたは授業で広島・長崎の悲惨な体験と9条についてどのような授業を行っているか、それに対する生徒の反応はどうか?という質問に答えられず失笑を買ったが。以下野原氏の改憲論の陳述概要を整理する。

 「ハイジャックされた航空機に乗っていた乗客が携帯電話で妻に、”私はテロリストと戦うべきだろうか?”と聞いてきたときに、妻は静かに”あなたは戦うべきだ”と答えた。彼は立派に戦いそして命を落とした。ここにこそ国民のテロを絶対に許さない団結がある。日本人は平和ボケでおかしくなっている。反テロは、日本人自身に突きつけられた平和防衛として主体的に考えなくてはならない。青年犯罪の激増やイジメにみられるように今の子どもはどこかおかしくなっている。青少年白書をみれば、イジメやルール違反で先進国最低の国になっている。なぜこうなったのか? ルールやマナーを教えてこなかった大人の責任だ。大人が断固として子どもに迫る自信がないのは、憲法に問題がある。自国の安全を人任せにして、自分で守る義務感を持たない日本人が子どもを教える資格はない。日本に生まれたことを喜ぶ子どもを育てなければならない。そのためには、美辞麗句の絵に描いた餅になっている憲法前文と第9条をなくして、日本への誇り溢れる前文と自衛権をきちんと謳う必要がある」(文責筆者)。

 私は氏の陳述を聞いていて、あなたは公務員として憲法と教育基本法を遵守する義務があるはずだが・・・と思わずつぶやいた(会場でも失笑とヤジが飛び交ったが)。しかし私は、閉塞感あふれる現代日本で、このような主張はある種の民衆的ルサンチマンを吸収する素地があるのではないかとも思った。氏の陳述は小林ひろしなどの主張の丸写しに過ぎないが、少なくとも現代日本の羞悪な問題状況をとらえ、正面から切り込もうとしている姿勢と情熱そのものは大衆的な心情をつかむだろうと思った。これに正面から対抗する田口氏の陳述は、知識人特有のペダンチズムがあり、その点で庶民的共感を得られないのではないか。
 最後に国会議員からの質問があり、「国連が国際警察軍を編成したときに、日本の自衛隊は参加すべきかどうか」と問われて、陳述人は3:3の同数となった。政党で言えば、自民・民主・公明が何らかの改憲論を主張し、共産・社民・21クラブが護憲論を述べた。それにしても公明の変貌はスゴイものだ。こうして公聴会は終わりを遂げたが、なにか改憲への道がソフトな形で着々と進行しているようだ。教育基本法の改正(日本の伝統的価値を最大限に挿入する)とならんで、国家システムの本格的な再編成がはじまっている。(2001/11/26 21:34)

[選択的夫婦別姓について]
 総理府世論調査では、別姓賛成が過半数に迫っているが、依然として強固な同姓派が約30%いるという現状が分かる(数字は%)。
  
 別姓のために法改正してもかまわない            男性40,9 女性43,2
 結婚前の性を通称として使うための法改正はかまわない 男性20,9 女性24,9 
 夫婦は同じ姓を名乗るべきで法改正の必要はない     男性33,7 女性28,5   
 わからない

 年齢別にれば30歳代が最も高く、次いで20歳代、そして年齢が進むに連れて同姓の支持率が過半数を超える。私は2つのことを指摘したい。1つは20歳代での保守化傾向であり、2つは50歳・60歳代という戦後民主主義の洗礼を受けた世代の支持率がなぜ低いのかということである。戦後民主主義とは、実は健康な成人男性を標準型としたモデルではなかったのか。青年期において日本の高度成長を担ったこの世代は、いまや氷解する年功序列制の下で最も悲惨なターゲットとなっている。逆に言えば、自らの夫を企業人間として支えてきた女性の問題でもある。50〜60歳代の人々に問いかける、あなたがたにとって、戦後民主主義の輝かしい男女平等とはなんであったのか?(2001/11/25 19:18)

[世界貿易センター犠牲者数の予測変更]
 ニューヨーク市当局は21日、世界貿易センタービル崩壊の犠牲者総数を3899人と確認し、当初7000人弱とされた数が、行方不明者の安全確認と二重参入者の訂正で大幅に減少した。現時点での死亡確認者は624人、行方不明者は3275人にのぼり、うち家族からの申し立てによって法的に死亡が確認されたのは1941人である。21日付ニューヨーク・タイムズは確認作業の進展で、犠牲者総数は3000人を切る可能性があると指摘している。(以上共同通信)
 無差別テロの犠牲者には、その数の多寡にかかわらず心からの哀悼の意を表する。私が気にかかるのは先進国市民の命については、至上の検証と篤い哀悼を込めた儀式が繰り広げられるのに対して、途上国の無辜の民衆や子どもの死は顧みられないのか。私はここに、決定的な先進国の帝国主義市民の無知と傲慢と恥ずべき統計の虚偽をみるばかりだ。先進国市民は道徳的には敗北しているのではないか。
                          (2001/11/25 9:29)

[さまよえる言語と民族文化・・・もう一つのアフガン問題]
 中央アジアにおける民族復興に向けたロシアからの政治的自立をめざすための言語の変更が進んでいるタタルスタン共和国は、2001年9月からタタール語表記をロシア文字(キリル文字)からラテン文字に変更する取り組みが2011年完了をめざして本格的に始まった。チュルク語(トルコ語)系のタタール語は、カザフ語、ウズベク語などの中央アジア語との共通点が多く、1917年ロシア革命までは事実上の公用語となっていた。タタール語はもともとアラビア文字を基礎とした文字を使用していたが、1917年ロシア革命後にラテン文字に、さらに1939年にスターリンの命令でロシア文字にし、70年間で3度使用文字を変更している。ウズベキスタン、トルクメニスタン、アゼルバイジャン、モルトバなどの各国はすでに旧ソ連からの独立後、ロシア文字からラテン文字へ変更している。
 さてロシア文字採用後60数年を過ぎて、現実にはロシア文字が定着しロシア語の使用が浸透し、、世代間の使用文字を変えることによる社会の分断や識字率低下の危険があり、民族文化の再興との間に大きな軋轢が予想される。文化と民族の十字路と言われた中央アジアは、つねに大国の覇権の渦中にあり、民族言語文化自体ももてあそばれてきたのだ。
 民族の定義が「文化や言語の共通性」にあるとするならば、スターリン言語政策の過ちが大きな傷跡となって現代に浮上し、「言語は独自の自立性を持つ上部構造である」としたスターリン言語学と言語政策の再検討が求められている。これは、戦前期日本がおこなった植民地文化の言語絶滅政策(日本語強制、創氏改名)とも関連し、現代の在日の民族文化の継承の問題ともかかわっている私たち日本人自身の問題でもある。例)タタル:TATAP(ロシア)→Tatar(ラテン)。(2001/11/25 7:36) 

[テロリストとは誰か]
 テロ遺伝子などというものはなく、今後も見つからないから、生まれながらのテロリストはいない。だから、テロリストにも希望ある人生もあったし、市井の普通の幸福への希みもあったはずだ。では彼らはなぜテロリストなのか? 彼らは何者かからの苛烈な抑圧によって、優しさや愛情をいだく普通の人間から、憎悪による殺人をおこなう自暴自棄の人間へと変容した。誰が彼らをしてそう貶めたのか? 21世紀は「テロの世紀」として始まり、テロ技術の高度化は、極く単純なナイフとカッターだけで武装した一握りの自爆テロによる極大化した効果を生み、近代国家の機動戦は意味を失った。私たちが生き残る可能性は、テロの根本にある誘因を蕨解していく他に確率はない。一時的な殲滅戦は局時的な効果をもたらして終わるだけで何の希望ももたらさない。。
 テロリストの豊かな土壌は、文明から切り捨てられて朽ち果てていく難民キャンプなどの人間が屑のように廃棄される場所のなかにある。彼らのなかの知的武装者や蛮勇を持った者が、屈服を強いられてきた階層を代表すると称して、絶滅していく民衆の救済者として恐るべき残虐性をもって最後の反撃に出たのだ。
 このようなテロリストの悲壮かつ戯画的な反撃に対して、報復の殲滅戦は無限地獄の殺戮を誘発する悪魔のサイクルでしかない。石器時代に帰ってしまったかのようなアフガンのうえに爆弾をまき散らした一極帝国に対する怨念はすさまじいばかりに集積している。人間という種の絶滅に向かって一斉に走り出している脊髄反射行動を、ギリギリの頭脳と理性によって制御し得るか否か、何十億年の人類史の到達点から生み出された進化のホンモノの成果が試される21世紀となった。
 東アジアの片隅に浮かぶ島国は、親分に媚びへつらうヤクザの子分のように忠勤を励み、そこは一片の哲学も思想もない哀れな機会主義者によって支配されている。インペラリズム化した市民は、日常の安逸を維持することに汲々としてプラグマテックな毎日を消費文化に浸かって費やしているかにみえる。しかし、親分に忠勤を励む子分は、同時に自らに忠誠を尽くした仲間を次々と放逐して組の財産を必死で守ろうとしている。
 テロリストを生みだした土壌と本質的には同じ成分を持った土壌が、この島国の隅々に播かれつつあり、それは今のところ忍従か孤立、または大量の自死となって蓄積している。この集積が飽和点に達した時にいかなる形を採るか、いまほど頭脳と理性の制御の力が問われている時はない。(2001/11/23 19:29)

[「拘束より殺害を」・・・あっけらかんと語れるこの感覚!]
 ラムズフェルド米国防長官の21日、CBSTVインタビューでの発言概要は次の通り。
  記者「ビンラデイン氏を捕まえた場合、死亡していた方がいいか、生きていた方がいいか」
  長官「政治的な見地から見て、どう答えたらいいか分からないが、私自身は前者(死亡)が望ましい」
  長官「彼の死亡を確認したいか」
  長官「そうだ」

 長官は、特殊部隊のメンバーを前に同じような「殺害」を示唆する訓辞を行い、称賛の拍手をあびていた。私は、何か表現しがたい嫌悪感を覚えた。ブッシュ大統領は、すでに逮捕後の米国における軍事裁判命令を発しているのもかかわらず、このような発言を行う米軍首脳のホンネを聞いた思いだ。数千発のクラスター爆弾やバンカーバスター爆弾を投下し、無辜の民を焦土と化す無差別爆撃を躊躇なくおこなう米国の曰く言い難い傲慢な発想がある。
 加藤周一氏は、「テロ実行犯、アル・カイダ、タリバンの間にどのような具体的な関係があるのか、事件の主な責任はどこにあるのか、ビン・ラデイン氏が首謀者である根拠は何か、そういうことについて一般の市民は何一つ分からない。(中略)なぜかくも世界中に広く、さまざまの形で反米感情が拡がってきたのか。インドの女性作家アルンダテイ・ロイ氏は、アフガン爆撃開始時の大統領演説「我々は平和な国民である」、英国首相演説「我々は平和な人民である」という言葉について、「これでよく分かった。豚は馬である。少女は少年である。戦争は平和である」と言っている。その一節を読みながら、誰がマクベス冒頭の魔女の台詞「きれいはきたな、きたなはきれいを思いおこさないだろうか」と複雑怪奇と題して述べている。(朝日新聞11月22日夕刊)。
 恐らく米国はビン・ラデイン氏を逮捕して裁判にかけても、公判を維持し有罪に持ち込むだけの証拠を提示できないのであろうが、だからといって殺人を示唆する扇動を行う国防長官は、明確な殺人教唆罪にあたるのではないか。テロ実行犯に対しては最も厳しい制裁を科さなければならないが、それは歴史が積み上げてきた近代刑法に即して行わなければならない。問題は、このような「力が正義である」という脳天気な確信を持つに至った米国の歴史感覚と思想を再検討することだ。(2001/11/23 9:29)

[中国のWTO加盟について(朝日新聞11月22日夕刊 「経済気象台」)]
 コラム欄「経済気象台」は、新自由主義的な経済理論に立った現状分析をおこなう、朝日新聞には珍しい連載コーナーだ。今回も中国のWTOO加盟について、絶賛する評論を掲載している。世界の貧富の差は、世界GNP30兆ドルの80%を先進国が占め、一人当たり所得は貧困国の100倍だ。それに対し、ODAは、年500億ドル強であり、先進国GDPの0.2%強に過ぎず、国内所得税率の100分の1程度に過ぎない。従って援助を10倍増やしても貧富の差は縮まらず、結局年6兆ドルを超える世界貿易で途上国の生産物を如何に売るかに懸かっており、そのために先進国と途上国の互いの保護貿易主義を撤廃しなければならない。援助は条件整備に限るべきだ。以上が「経済気象台」の論旨だ。
 この論者は開発経済学のイロハを知らない。南北格差の原因は、多国籍企業による不等価交換とモノカルチャーの強制からもたらされ、途上国の産業が破壊されてきた結果に他ならないことを。一国の経済的な基礎は、国内循環の再生産構造が健康に回転していることにあること。WTOが国際的な収奪を合法的に行う機関車の役割を果たしてきた明確な事実を。中国のWTO加盟の意義を否定するものではないが、その前提には多国籍企業の無秩序な活動を規制する新たな枠組み作りが必要だ。(2001/11/23
00:07)

[夜の戒厳令] 
 子どもでなくても田舎の人にとっては、、夜の10時というのはほとんど戒厳令下。何も銃を構えた兵士が見回っているのではないが、外灯すらほとんどない真っ暗な夜道には少なくとも悪い狸や狐が待ちかまえていた。時計が夜11時や12時を指しているのが、幼い私には空恐ろしくさえあった。あの頃の私には、時計が11時や12時を指しているのは、幼い私には空恐ろしくさえあったあの頃の私には、夜の10時以降という世界は、まさに暗夜の中にあり、いわばこの世に存在しない時間帯だったのだ。今東京に住む私は、子どもの頃「どこにあるんだろう」と夢想した夜の時間を手に入れてしまった。だが、今は逆に、あのあっけらかんと晴れ渡った朝という時間はどこに行ってしまったのか、と想いを馳せる。(岩井志摩子 作家 朝日新聞11月22日夕刊 筆者一部略)。
 同郷である作家の幼児体験の共有がまざまざと浮かび上がる。私たちは夜の偽りの輝きのなかでなにか取り返しのつかない大切なものを手放した喪失感である。私自身がもう一つ思い浮かべるのは、漆黒の夜空からダイヤのようにキラキラと降るように瞬き光っている無数の輝ける星くずだ。帰郷するたびに、高速道路の轟音がこだますなかで、朽ち果てていく故郷の廃屋を前に、私は佇むばかりだ。このような原体験と感慨はおそらく現在の青年には理解しがたいと思う。華やかな大都会の光り輝くネオンを得て、私たちは失ってはならないなにか大切なものを自ら捨ててきたのではないか。かっては拒否と脱出の対象であったその場所を、今は苦い想いと回帰の願望を持って振り返りつつある。しかし、やはり私はきっぱりと故郷への悔恨を拒絶する。私が、はるかな希みと決意を以て振り捨ててきた、私を育て慈しんでくれた揺籃の地を、この私の汚れたこの手て触れるのは、私を培った聖なる地を冒涜することではないかと思う。
 ”古里は遠きにありて想うもの、いざやうらぶれて帰るところにあるまじき”(2001/11/22 20:46)

[「どうしたらいいのかまったく分からない」・・・・・!?]
 ベトナム戦争時のジョンソン米国大統領が妻に語った言葉である。トンキン湾事件をめぐる米国最高首脳会議での会話では、大統領「勝利へのプランがない。軍事的にも外交的にも。ただ祈り、あえいでモンスーンを持ちこたえる。そうすれば敵は屈服するのではというばかりだ。私は彼らが屈服するとは信じられない。ベトナム情勢は日々悪くなっている。大きな犠牲を覚悟して一歩踏み込むか、或いは不名誉の撤退か。まるで飛行機の乗っていて、飛行機を破壊するか、飛び降りるかの選択を迫られているようだ。私にはパラシュートはないのに」(M・ベシュロス)。無能な大統領であったが、彼の決定により無数のベトナム青年と米国青年の無意味な死が集積された。トンキン湾事件は、米軍が北爆を開始する契機となり、それ以降ベトナム全土に渡る殲滅戦が開始され、第2次大戦をはるかに上回る爆弾が投下された。ちょうど私の学生時代であった。私も、ベトナム僧侶の衝撃的な焼身自殺の映像を見て、青春期のエネルギーの一端をベトナム反戦運動の渦中に投じたが、後から見聞きするベトナム戦争と戦場の惨劇ははるかに私の想像を超えた目を覆わしめるものがあった。
 このような無意味で残酷な死闘が、たった一人の無能な大統領の何の正義もない決断からもたらされたとすれば、何十万の両国青年の生命は何のために戦場で散ったのか? 
 いまイケイケドンドンでやっているアフガン報復も実は、このような展望なき国家エゴイズムでしかない。
ジョンソン大統領は確実に地獄に堕ちているが、その後をヨタヨタと付いていくのが、同じく「無能だが政治屋」(サイード)のブッシュ大統領に他ならない。

 アフガン報復戦争に反対して断食をおこなった瀬戸内寂聴氏のメッセージから。

 「この度の私の報復戦争停止・テロと爆撃による犠牲者冥福の断食祈願に際しまして、ご親切な陣中お励ましをいただきありがとうございました。御陰様で3日間、前日と翌日の分を合わせ、86時間の完全断食を無事完了することができました。26日から28日までの寂庵での祈願中は、全国から馳せ参じてくださいました同じ気持ちの人々が、ともに写経をして祈ってくださいました。皆様の平和への熱いパワーを受け、私も不思議な体力をいただきました。
 10年前の湾岸戦争の断食の時は、7日目にぶっ倒れて入院いたしましたが、今度数え80歳の断食中は、朝8時から夕方5時まで道場にこもりっぱなしで写経し、皆さんにお話しし、読経しても、足がふらつく程度でした。まだできると思いますが、周りから必死に止められたので、予定通りで止めました。老いの一念の平和への願いがどうかとどきますようにと願う一方、いっこうにとまらない爆撃やアメリカ一辺倒になって戦争の道へと雪崩れ込んでいく日本の現状を見ていると、つくづく自分の非力を感じます。
 それでも今度の断食で私と同じ想いの人々がどんなに多いかということも寄せられたお手紙や電話やメールで知りました。戦争はすべて悪だと、たとえ殺されても言い続けます。どうもありがとうございました。

                                           2001年10月31日 瀬戸内寂聴 」

 ここに権力者とそうでない市井の人との見事な戦争観の対比がある。(2001/11/21 21:56)

[同時多発テロ実行犯は、コーランのいう天国に行けたのか?]
 航空機テロを行った犯人は、手術で直腸に強力プラステイック爆弾を埋め込んで、ホログラフィー利用の最新型身体画像スキャナーをくぐり抜けた。起爆装置は、探知機に検出されない非金属性部品か、地上から操作可能な無線起爆装置であったと推定される。テロリストは数年間前から動物に装着した爆発実験の訓練を行ってきた。自爆テロ犯が使用した爆弾は、米国製プラステイック爆弾「C−4」であり、この爆弾は直径4cm、長さ18〜20cmで、約500gのダイナマイトに匹敵する爆発力を持つ。膣に1,5kg、肛門に500gを隠すことができる。パンアメリカン航空103便を爆発・墜落させたセムテックスは2kg弱であった。以上ハービー・カシュナー『米国におけるテロとテロの将来−新世紀の暴力』より。

 テロ実行犯の一人とされるネワフ・アルハズミが決行直前に書いたメモには、「あなたは天国に行くのだ。至上の幸福と永遠の命を得るのである」とあった。聖典コーランでは、自殺と無実の人の命を奪うことは厳しく禁止されているが、テロ実行犯は天国への道を確信していた。コーラン第55・56章には「天国は、豊かな果物がいつまでも味わえ、綿の織物を敷いた寝床の上に向かい合ってよりかかり、永遠の若さの少年が高杯や輝く水差し、盃を捧げ、種々の鳥の肉が好みのまま運んで、いくら飲んでも泥酔することはない。(中略)。永遠に汚れない、しかも同年輩の処女がいて、大きく輝くまなざしは秘蔵の真珠のように美しい」とある。
 興味深いのは、コーランが地上で禁止しているアルコール、フリーセックス、贅沢な調度品などが全て満たされていることであり、先進国の一部ではすでにこのような「天国」は地上で実現されていることだ。つまりイスラム教では、地上における貧困と禁欲の裏返しとしての天国がイメージされているが、その内実は何とも人間臭く、しかも男性的だ。ベールで全身を覆い、教育や職業から排除された女性達の天国は描かれていない。上野千鶴子といった現代のフェミニストは、顔を真っ赤にしてアラーに怒鳴り込むのではないか。

 しかしテロ実行犯は多くの無実の人を殺害したから、自分が天国ではなく地獄に行くことも知っていた。ではなぜ彼らは、家族や友人との永遠の別れを決意して自爆テロに走ったのだろうか。ここで登場するのがイスラム独特の聖戦ジハードの思想であり、アラーを冒涜する者に対する攻撃は、一般市民を巻き添えにする不幸はあるが、ジハードの大義に殉じて命を捧げる者が最も天国に近いとされる。

 このような思想を身体中に滲み込ませたのが、マドラサ(神学校)で学んだアフガン難民の少年達であり、成長したゲリラたちだ。マドラサの教科は、コーランだけであり、社会科も外国語も国際情勢も一切学ばない。冷暖房は一切ない部屋の硬い床で寝起きしながら、ボロボロの衣服をまとい、一切れのパンが与えられる。TV映像で、演説している少年神学生は、理知的な顔に情熱をたぎらせながらアラーを冒涜する者に対するジハードを静かに冷静に説いていた。このような才能溢れた少年がもし先進国で生まれていたら・・・と何とも云えない複雑な気持になった。彼らの辛酸に満ちた地上の生活は、コーランを通してまっすぐに天国へつながっていると信じても不思議ではないと思った。しかし、このような純粋無垢の少年の精神は、泥にまみれて羞悪なテロリズムへと突き進み、行き着く果ては「灼熱の風と煮え立つ湯、漆黒の煙のなかで生きる」(コーラン第56章)地獄に他ならないのも確かだ。この目も眩むようなイスラム世界の真実に対して、安易に人道支援を口にすることは少年達への冒涜だ。少年達の存在それ自体が、全霊を込めて先進国の安逸を鋭く告発しているかのようだ。(2001/11/20 20:28) 

[21世紀は世界的飢餓の時代・・・国連人口基金(UNFPA)『2001年版世界人口白書』から]
 61億人に達した世界人口は、AALA中心に、毎年7700万人増大しており、2025年には80億人、2050年には93億人となる。増加の50%は、インド、中国、パキスタン、バングラデイシュ、インドネシア、ナイジェリアの6カ国で占められている。これに対し、世界穀物生産は、1990年から97年で年約1%伸びたにもかかわらず、途上国の人口増加率1,6%よりも低い。
 途上国中心に食肉需要が増大して人間用の穀物が餌に転用されることが予想され、中国では所得増と生活変化で今後の20年間で食肉消費が2倍となると推定される。世界人口1人当たりの穀物耕地面積は、1950年には0,23fだったのが、96年には0,12fに半減し、2030年には0,08fに激減する。土壌浸食や砂漠化、浸水、塩類集積などの水問題が深刻な国は、2000年で31カ国・5億8千万人であったが、2025年には48カ国・30億人に急増する。この結果、世界の農業生産者は、2020年に現存の農地で1999年の40%以上増産しなければならない。
 従って2025年の80億人の人口を養うためには、食料生産を現在の2倍に上昇させる必要がある。途上国の飢餓と先進国の飽食が同時進行し、20億人が食糧不足状態にあり、うち8億人が慢性的な食糧危機にある。こうした飢餓対策は、世界大での責任ある統治、食料生産の管理、適正価格による備蓄が不可欠だと警告している。
 日本は工業製品輸出と引き替えに食料輸入の自由化を展開し、食糧自給率は先進国最低水準に落ち込んでいる。中国からの農産物輸入の急増は、国内産地を顧みない日本の商社の「開発輸入」戦略にあるが、中国自身の13億人の食生活水準の上昇による国内消費の伸びや内陸部の砂漠化、干ばつの発生を想定すると、到底日本に輸出する余裕はなくなる。金満国家日本は、食料を買いたくても買えない時代が必ず来る。その時歴史上初めて先進国での飢餓が発生する。(2001/11/19 21:55)

[米国における新マッカーシズムの台頭・・・『ハリー・ポッター』禁書リストに]
 米国図書館協会(ALA)は「禁止本リスト」の上位に、『ハリー・ポッター』を記載し、キリスト教原理主義団体は学校からの回収運動を開始し、ペンシルバニ州の教会では今年2月に焚書をおこない、フロリダ州では批判ビデオを制作し24ドル95セントで販売を行っている。
 『ハリー・ポッター』は、少し頼りない少年が魔法魔術学校に入学されてから経験する冒険物語である。キリスト教原理主義派は、魔術を美化して幼い読者をオカルトへ誘惑することを意図した悪魔の手引き書と非難し、反キリスト教の本だとして「善と悪に中間はない。邪悪の精神をちょっとでもかじり始めたら、危険のもとだ家や自分自身を悪魔からのあらゆる攻撃にさらす」見栄えよく包装された魔術本に他ならないと非難している。
 このような禁書運動に対して、米国憲法修正第1条の権利による反検閲運動が巻き起こっている。米国におけるキリスト教原理主義の隠然たる影響力がうかがわれ、それが公共図書館や公教育を巻き込んでいることには驚いた。一方映画化された作品は、全米映画史上最高の収入を挙げている。
 私の評価は、未来への不透明な感覚や生活の不安が、既成の理論体系への原理主義的な解釈によって救いと安心を得ようとする世界的な潮流の一環であるということだ。欧米ではキリスト教原理主義、イスラム圏ではイスラム原理主義、日本では神道原理主義というかたちで自分のアイデンテイテイーを模索している非理性的な思考が浮かび上がってくる。(2001/11/19 20:47)

[「情けは人のためならず」の正解率は47.2%の意味するもの・・・文化庁国語世論調査2001年実施から考える]
 下記のことわざの意味でいずれか正しいものをえらべ。
@「情けは人のためならず」
 ア、人に情けをかけておくと、巡り巡って結局は自分のためになる
 イ、人に情けをかけて助けることは、結局はその人のためにならない
A「一姫二太郎」
 ア、一人目は女、二人目は男の子どもが理想だ
 イ、子どもは女一人、男二人が理想的だ
B「かわいい子どもには旅をさせよ」
 ア、子どもが希望すれば旅をさせてやるのがよい
 イ、子ども手元に置いて甘えさせず、世間に出して苦労させた方がよい

 さて結果は@ア47.2%(○)、イ48.7% Aア60.9%(○)、イ33.7% Bア7.8% イ90.8%(○))であり、特に@の正解率が極端に低い。この背景には何があるか。皆さんは、「転石苔むさず A rolling stone gathers no moss」は、ア「転職ばかりしていると成功しない」、イ「常に活動している人は新鮮で沈滞しない」のどちらだと思いますか?(全国16歳以上男女3000人対象 正解は文末)。終身雇用制が崩壊している現状からどちらの答が増えているか想像してください。

 さて@の正解率が低い理由を経済的に分析する。最初に相互互酬モデルで分析すると、ア、イとも共通しているのは利他的行為ではないという点だ。なぜなら「情けをかける」という相手に対する経済的損失ということの見返りに寛大で慈悲深いといった人格的資本を獲得し、それはしばしば経済的損失以上の利益をもたらす(ア)。情けをかけられた方は経済的利益とともに人格的自由を売り渡し(負い目、頭が上がらない)、平然としていてもいつかは手痛い仕打ちを味わうからだ(イ)。従って何れにしても、情けをかけることは相手を考えた利他的行為ではなく、利己的戦略ということになる。
 再分配モデルで云えば、経済的弱者に仕事や補助金を与えて所得再分配を行えば、有効需要が増大し、経済全体が活性化するから、結果的に経済的強者の利益にもなる(ケインズ的福祉国家論的ア解釈)。これに対し、経済的弱者への支援は、援助されることによって構造的にかえって弱者を固定化させることになるから逆効果だ(市場原理主義論的イ解釈)。
 さて現在の先進国経済は、市場原理による自助自立の競争によって活性化するという新自由主義経済モデルが制覇しているから、「情けはけっきょく人のためにならないから、情けをかけてはならない」という新解釈が登場しているのだ。このことわざの解釈の違いは、現代社会の構想をめぐる基本的なシステム間闘争を象徴する問題であり、学力の成長を「競争」に置くかどうかという教育の基本問題にも係わって私たちにも無縁ではない。さらにアフガン政策における軍事制裁戦略か人道的支援政策かにも連動している。正解ア。(2001/11/18 8:51)

[イスラム女性はなぜベールで全身を覆われたか!?]
 アフガンの映像から頭からつま先まで全身を覆われた女性の姿が映しだされ、女性は学校や職場から追放され、外出も男性同伴でなければならず、身寄りのない女性は餓死を覚悟するといった前時代的な光景が浮かび上がる。しかし、タリバンの女性政策はなぜ一定の支持を得たのだろうか。
 イスラム史の危機の時代に、カリフ(指導者)は常に女性禁足令と禁酒令を公布して、混乱を鎮圧し秩序を回復するという手法を用いてきた。イスラム男性が味わうか弱き女性を庇護するというある種の優越感は、イスラム男性の不満やストレスを解消する効果をもたらした。
 では、モダン化した現代でなぜベール回帰現象が起こったのだろうか。第2次大戦後の独立のなかで女性の社会進出が劇的に進み、1980年代以降の女性大学教員率は、エジプト28%、アルジェリア24%、パキスタン25%と驚異的な指標を示した(当時の日本は10%に過ぎない)。ベールを脱いだ女性の社会進出は、競合する若い男性との激しい競合を誘発し、イスラム守旧派の反発を招いた。その後の石油価格暴落以降の中東経済の悪化、パレスチナ問題、湾岸戦争などを通じた米国覇権主義のエスカレーションが続くなかで、イスラム世界は西欧に屈服する深い屈辱感を味わい、欧米に追随するイスラム特権権力層への憎悪をも蓄積させていった。
 このようなイスラム社会の危機の時代にあって、正当イスラム国家の再建を叫ぶ原理主義の主張が青年の心情に浸透し、イラン・イスラム革命の狼煙(1979年)を契機に澎湃として起こった「西欧キリスト教文明への拒否」と「イスラム自己主張」への回帰の象徴として、再び女性のベール着用が始まったのだ。多くの青年女性達が、原理主義に賛同して進んで自らベールを着用する行動を開始したのだ。しかし、ベールの下でも女性の社会進出は進み、彼女たちは女医や女教師という資格部門の職業へと進出した。こうして女性達をベールで覆い、メデイアから欧米文化を排除し、団結を固めたイスラムは、いよいよ西欧文明への正面からの攻撃を始めたのだ。このなかでアフガン原理主義は、反動的な復古主義という極端な女性隔離政策を採用して支持を失っていった。まさにイスラム女性のベールは、反西欧のイスラム主体性とアナクロニズム、イスラム教と近代の融合過程をめぐる矛盾と軋轢の象徴的な表現となったのだ。
 私たちが確認できるのは、宗教文化の原理と世俗生活の分離という最も困難な課題に直面し、彼の地では生死を賭けた壮大な争闘の悲惨な場となっているということだ。確かに「文明の衝突」(ハンチントン)という側面があると思う。批判、反論を期待する。(2001/11/16 20:46)

[ハンセン病患者浅井あいさん(81歳)の証言から]
 私は、1920年(大正9年)に金沢市で生まれ、小学校卒業後、学校の先生になりたくて県立女子師範附属尋常高等小学校に入学し、2年生の夏休みにハンセン病を発病しました。金沢医大の皮膚科に参りましたらその場で退学を申し渡されました。私は14歳で何も分からず、「警察に云うな。そのうち療養所に入れてあげる」といわれてその後2年間新薬の実験台にされてきました。1936年(昭和11年)12月に栗生楽泉園に16歳で入りました。
 その時に国から支給されたのは、敷布団と掛布団2枚で、食事は刑務所と同じく貧しいもので小遣いはありませんでした。仕方なく私は所内作業で日給8銭をもらいました。療養所は、冬には氷点下20度の日が珍しくなく、冬の間天秤棒で24人分の食事を吊して歩いて配りました。私の両手はカチンカチンに凍って、何の感覚もなくなっていました。40年頃(昭和15年)ごろ微熱があったのですが、私の小さな顔に赤い斑点が出て、40度の高熱が2,3日続き、斑点は全部化膿しました。それでも私は、所内作業を止めることができなかったのです。月に2円40銭という生活費をどうしても稼がなければならなかったのです。
 新薬プロミンが来たのは50年でした。プロミンの注射が始まると、私は両眼にひどい神経痛を病んで、失明してしまいました。一人で歩けるようになるまで一生懸命訓練しました。両親が面会に来たのは40年で、それから何回か来ましたが57年(昭和32年)で途絶えました。母は、最後に内科病院のベットで、「自分にはいま一人子どもがいる。その子はまだ生きているはずだ」と泣きながら亡くなりました。
 熊本地裁の判決で私ははじめて人間として認められました。この判決で私は幼い時に入った女子師範附属尋常高等小学校の卒業証書をもらえるようになりました。夢のような喜びでした。いま私は、81歳で、難聴で盲人です。私は平和を守り行動していかなければと、今しみじみと感じています。

 浅井さんは、70年間の生涯を隔離収容所に閉じこめられて80歳を過ぎて、はじめて人間としての尊厳を、最後の生の時に回復した。隔離政策を進めた国は、患者をあぶり出すために恐ろしい伝染病という恐怖心を植えつけ、患者自身も「自分は人から恐れられる病気だ」という先入観を持ち、「ひたすら過去を隠し、片隅でひっそり生きる」生き地獄を絶望のうちに過ごし、「親が死んでも、本当かといって退所許可は出されず、脱走するしかありませんでした」。厚生大臣は、彼女に謝罪し幾つかの改善の約束をしたが、その大半はいまだ果たされていない。判決後、患者達はふたたび屈辱を強いられている。浅井さんの少女期は、当時の時代で云えば、女子師範ー女子高等師範という知的女性が歩むことのできる最も輝かしい将来が約束されていたに違いない。国際ハンセン病学会の治療基準が勧告通り実施されていたならば、彼女の才能は豊かに開花していたに違いない。『ハンセン病療養所』を上梓した肝臓ガンと闘う冬敏之氏の次の言葉はもはや言葉を遠く越えた体験の闇を浮かびあがらせている。「ハンセン病療養所は私にとって偉大な教師であり、立派な大学であった」。

私の手元には、インターネットで配信されたアフガン爆撃で犠牲になったむごたらしいこどもの画像がある。つぶらな瞳は焼けただれ、内臓が無惨に飛び出している。「未成年者は見るのを避けよ」と但し書きがある。このいたいけな幼子の画像と表現不能の歪んだ浅井あいさんの写真が重なって見える。浅井さんが母親と最後の面会をした頃、私は受験勉強にいそしんでいた。浅井あいさんと同じく今も療養所を出れない、数千人のハンセン病患者、石ころのように無辜の生まれいでたばかりの生を閉じるアフガンの子ども・・・・私は自らの無力に頭を垂れるばかりだ。(2001/11/15 21:55)

[100人の地球村再考]
 いま全国の学校で使われている「100人の地球村」の原典は、実はDonella H.Meadows(ローマ・クラブ『成長の限界』を30歳で書き、2001年2月に59歳で脳膜炎で逝去したメドウズ氏の配偶者)であったとは驚きであり、原作では1000人の地球村であった(以上は目良誠二郎氏のHPから)。ここで再度「100人の地球村」を正確にとりあげて再考したい。

 もし現在の人類統計をきちんと盛り込んで、
 全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。
 その村には・・・・

 57人のアジア人
 21人のヨーロッパ人
 14人の南北アジア人
 8人のアフリカ人がいます

 52人が女性です
 48人が男性です

 70人が有色人種で
 30人が白人です

 70人がキリスト教以外の人で
 30人がキリスト教
 
 89人が異性愛者で
 11人が同性愛者

 6人が全世界の富の59%を所有し、
 その6人ともがアメリカ国籍

 80人が標準以下の居住環境に住み
 70人は文字が読めません
 50人が栄養失調に苦しみ
 1人が瀕死の状態にあり
 1人は今、生まれようとしています
 1人は(そうたった1人)大学教育を受け
 そしてたった1人だけがコンピュータを所有しています

 もしこのように、
 縮小された全体図から私たちの世界を見るならば、
 相手をあるがままに受け入れること、
 自分と違う人を理解すること、そして、
 そういう事実を知るための勉強がいかに必要かは
 火を見るより明らかです。

 もし、あなたが今朝、目覚めたときに、
 病気でなく健康だなと感じることができたなら・・・・
 あなたは今この時に生き残ることができないであろう
 100万人の人たちより恵まれています。

 もしあなたが戦いの危険や、
 投獄される孤独や苦悩、
 あるいは飢えの悲痛を
 一度も体験したことがないのなら・・・・
 あなたは世界の5億人の人たちより恵まれています。

 もしあなたが執拗に苦しめられることや、
 逮捕、拷問や死の恐怖を感じることなしに
 教会のミサに行くことができるなら・・・・
 あなたは世界の30億人の人たちより恵まれています。

 もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、
 頭の上に屋根があり、寝る場所があるのなら・・・・
 あなたは世界の75%の人たちより裕福で恵まれています。
 
 もし銀行に預金があり、財布にお金があり、
 家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら・・・・
 あなたはこの世界で
 もっとも裕福な上位8%のうちのひとりです。

 もしあなたの両親がともに健在で、
 そして2人がまだ一緒なら・・・・
 それはとても稀なことです。

 もしあなたがこのめっせーじを読むことができるなら、
 あなたはこの瞬間に2倍の幸福を味わうでしょう。
 なぜならあなたのことを思って、これを伝える誰かがいて、
 そのうえにあなたはまったく字が読めない
 世界の20億の人々よりずっと恵まれているからです。

 昔の人がこう言いました。
 我が身から出る者は何れわが身に返ってくる、と。

 マネーのためではなく喜びのために働きましょう。
 かって一度も傷ついたことがないかのように
 人を愛しましょう。
 誰も見ていないかのように自由に踊りましょう。
 誰も聞いていないかのように伸びやかに歌いましょう。
 あたかもここが地上の天国であるかのように
 生きていきましょう。


 このメッセージが日本に伝わった経過は、Donella Meadows氏(ローマ・クラブ『成長の限界』執筆者の未亡人)→Leipold氏(世界銀行人口統計勤務)→世界銀行の友人→中野裕弓(世界銀行人事カウンセラー)翻訳→インターネット発信・「天声人語」である。このメッセージへの絶賛が日本国内に拡がるなかで、「もしあなたが・・・」以降の言葉を”偽善的”とする強烈な批判も起こっている。自分本位の博愛主義、憐憫の裏にある優越。「貧しいものは、あなたが善行を施すためにいる」といったキリスト教の偽善。
 私は次のような情景を想い出した。ある日の夕飯時に息子が食べ残したときに、「世界では飢えて死んでいる子どもがいるのに、お前は残すのか」と叱責したときに、私の息子がすごくいやな表情をしたことだ。言っている私も実は「こんなことを言うのはどこかおかしい」と内心忸怩たる思いがあったことを。つまり後半のメッセージには、なにか優越者の押しつけがあるのだ。私たちは、自分では善意そのものから発した言葉であっても、受け取る側の尊厳を傷つけている場合がある。かって『一杯のかけそば』というベストセラーになにかいかがわしさを感じたこととも共通している。
 しかし敢えて私は、冷厳な植民地南北問題の事実を共感的に訴えるデモグラフィー(凝縮のリアル感)の優れた教材だと思う。このような問題を人間の優劣の一般的な問題に解消しないで、第3世界の貧困の上に築かれている先進国の豊かさを自己分析し得る契機としたい。いま全国の日本の学校でこのメッセージが使われている。「私たちはまだ幸せなんだ」「日本に生まれて良かった」といったいった結論に終わらせない開発教育の問題を突きつけている。餓死寸前の無辜の民衆に何千万円もする爆弾を投下し、片方で食料の投下を行う偽善者だけにはならないように。(2001/11/12 21:46)

[原理主義の神話と自由に関する考察(V)]
 いまこの瞬間に飢えて死んでいるアフガンの子どもにとって「自由」とは何か。飢えるという存在のみが許されている子どもにとって一切の自由はない。自由は、彼にとっての存在可能性の選択肢の広がりの度合いに規定されているからだ。では、先進国の子どもに自由はあるか? 多様な食事のメニューから何かを選択したり、着る服の自由はなるほど保障はされている。では、なぜアフガンの子どもの自殺率は無限に零に近く、先進国の子どもの自殺率はなぜかくも高いのか? ここから「自由」が生活の「内実」と「意味」に大いに関係していることが分かる。つまり、アフガンの子どもの飢死と先進国の子どもの自殺は、「絶望」という共通項を持っている。
 とすれば自由が存在する条件は、実は「希望」の現実的な可能性にあると考えられる。しかし「希望」が単なる空想や願望でないとすれば、「希望」とは未来の先駆的な実現可能性への過程に他ならない。アフガンの子どもたちは、そのような希望の仮定的な現実性を食糧の廃絶という1次的な場で剥奪され、先進国の子どもたちは2次的な場で剥奪されている。2次的とは、目も眩むような選択肢の広がりを前にして身がすくんでしまい選択自体が不能となるか、選択にふさわしくない幻想的な選択を強いられているかのいずれかという意味だ。餓死していく子どもたちの映像をみて、「私たちはまだ幸せだ」という先進国の人は、このような幻想的な自由にとどまっている。NPOの一抹の胡散臭さはここにある。
 従ってアフガンと先進国の子どもたちにこのような状況をもたらした要因に本質的な共通性があるとすれば、その共通性の真の秘密を解き明かすことによって、両者は「希望」に向かってしっかりと手を結ぶことができる。一方は今日の食糧の獲得のために、他方は今日を生きる意味の発見のために。「自由」が「希望」の多様性に他ならないということが明らかとなった今、地上から「希望」を奪い取っている真の「敵」に向かうことができるようになる。では真の「敵」とはなにか。先進国の衣食の選択の自由は、アフガンの飢えていく子どもたちから剥ぎ取って手に入れている構造だ。より仮説的にいえば、イスラム原理主義と近代原理の双方に宿っている「力への意志」だ。(2001/11/11 21:16)

[原理主義の神話と自由に関する考察(U)]
 今回は、イスラム原理主義と近代原理の衝突の現象論的に例証する。かって『悪魔の詩』の著者サルマン・ラシデイーは、1989年にアラーを侮辱したとしてホメイニ師から死刑宣告を受け英国に亡命し、それを邦訳した筑波大助教授は大学構内で殺害された。イランでは、1994年に言論の自由を求めて作家協会を結成した134人の作家のうち、5人が殺害され、翌年アルメニアで開催された国際詩人大会に出席しようとした詩人30人が乗ったバスの運転手が、突然窓から飛び降り、バスを山道から転落させようとした。近くにいた乗客がとっさにハンドルを握り転落は回避された。イラン情報省は1998年に民主活動を続ける作家夫妻を自宅で殺害し、宗教警察青年部隊は米国実業家の乗ったバスを襲撃した。ネクタイとサングラスは欧米文化の象徴として排斥され、スキーウエアーはチャドルでなければならない。こうした事例は枚挙にいとまがない。イスラムを国教化している国では、宗教警察が設置され、コーランの教条から逸脱した行動を監視し、レストランで歓談する人や、街中で談笑する男女を取り締まる。
 ここでは、イスラム原理主義と近代原理の世俗主義が正面から衝突し、政教一体の政府権力による厳格な統制によって処理されている。もし自由と平等の近代原理が、生まれながらの自然権による自然法として何人にも不可侵であるならば、あきらかにイスラム原理主義は近代原理を冒涜している。近代原理からイスラム原理主義を裁断するのは簡単だ。問題は、イスラム教は本質的に反近代であり、近代民主主義とイスラム教は基本的に背反しているのか、それとも両立し得る可能性を持っているのかにある。果たして、それは『コーラン』の教義解釈によって操作可能な問題であるのだろうか、イスラム圏の人に是非うかがいたい。(2001/11/11 9:21)

[原理主義の神話と自由に関する考察(T)]
 世界にはギリシャ神話、北欧神話、インド神話、エジプト神話など古代神々の世界があり、原始・古代の文化と思潮を探る貴重な民族文化の宝庫となっている。金星ビーナス、火星マーズ、木星ジュピターはギリシャローマ神話の神々の名前であり、星座にも多い。6月ジュノーは女神、火曜日チューズデイは北欧神話戦いの神チュール、水曜日ウエンズデイは主神ウオーデイーンと火曜日から土曜日まで神の名前がついている。このように古代神話を個々の時間や空間に命名する文化があり、これが歴史的に刻印されて現代にいたり、私たちはそれを日常言語として受け入れている。
 さてこのような神話原理が、現代の政治や社会生活の基準として機能し、権力統制の根拠として作動している場合をどう考えたらよいであろうか。日本神話の建国記念日化という日本現代史の問題もあるが、神話原理が全ての社会的統制原理となっているのが、イスラム教に他ならない。特にイスラム原理主義における刑法制裁法(盗みは手を切断するタリバン)や、女性の教育と就労を禁止するなどの宗教統制を、非イスラムや近代原理は多文化共生の視点からどう捉えればいいのだろうか。ラマダンを拒否する自由がイスラム教徒になければ、彼らは思想・表現の自由を奪われているのであろうか? イスラム原理主義が制度的に国教化された場合、個人の自由はどうなるのか?
 文明の衝突として今のアフガン戦争を描くことには異議がある。しかし、現にある戦争への態度如何に関わらず、イスラム教と近代原理の基本的な矛盾をどう解いたらいいのかが問われている。本日は問題提起に終わる。(2001/11/11 5:22)

[峠 真壁仁 考]
 私たちはどこへ行こうとしているのか(クオ・ヴァデイス)? 人類史の歴史とともに古く問いかけられてきた。イエスも弟子から問いかけられて「苦しむ無辜の民衆のなかへ」と答え、十字架の処刑に自らの身体をゆだねた。しかしイエスは神の世界へ回帰し、自らのアイデンテイテイーを全うし得たのだ。彼は自らを捨てて全世界を選んだのだ。私は、何処へ行こうとしているのか? いまどこへいかなければならないのか? アフガンへか? いや日本にある無数のアフガンへだ。
 私は旅立とうとしているか? いや私の旅はもはや朽ち果てたのではないか? 私の旅は、ほんとうの旅はない。私はここに留まり、ここですでに旅を閉じたのだ。しかし、最後にもう一回だけ旅立ちのドキドキする瞬間に身を置きたいとも思う。故郷を捨てて昂然と出発したあの日の朝のなかで、ジット立ち尽くして振り返らない私をいつまでも見送ったあの人の面前に立って、いま私は何をご覧いただけるだろうか?
 いままさに旅立とうとしている青春者に告ぐ。旅を敢行しうるちからのたくわえがあるうちに、思い切って旅立て! いまここにある自分にあまんじるな。君の旅立ちを無理矢理に止めようとするちからが、そのうち目に見えないかたちで君をとりかこみ、おそらくは君自身がそれになれてしまう喪失の時期が必ずくる。その前にしっかりした羅針盤と透徹した設計図をもって、一艘の舟をこぎ出せ。君を育てた人、君を愛した人との甘いやすらぎとキッパリ訣別せよ。

    峠              真壁 仁

 峠は決定をしいるところだ
 峠には訣別のためのあかるい憂愁がながれている
 峠路をのぼりつめたものは
 のしかかってくる天碧に身をさらし
 やがてそれを背にする
 風景はそこで綴じあって
 ひとつをうしなうことなしに
 別個の風景に入ってゆけない。
 大きな喪失にたえてのみ
 新しい世界がひらける。
 峠にたつとき
 すぎきしみちはなつかしく
 ひらけくるみちはたのしい。
 みちはこたえない。
 みちはかぎりなくさそうばかりだ。
 峠のうえの空はあこがれのようにあまい。
 たとえ行く手がきまっていても
 ひとはそこで
 ひとつの世界にわかれねばならぬ。
 そのおもいをうずめるため
 たびびとはゆっくり小便をしたり
 摘みくさをしたり
 たばこをくゆらしたりして
 見えるかぎりの風景を眼におさめる。

 障害児教育に従事している三浦千賀子さんは、中学生久君との3年間を淡々と綴り、卒業を控えた最後の授業でこの教材をとりあげた。卒業後養護学校へ進む不安と熱い期待を込めて故郷に別れを告げようとしている久君の自然な解釈が胸を打つ。障害児教育の世界では、なぜこのような透明な人間の関係が成立するのだろうか。先生も生徒もなぜかおだやかな明るい物腰がみえる。私の答は次の通りだ。人間と人間に権力の関係がないからだ。しかし、このような透明な世界の背後には、ハンデイーを乗り越えてきた眼に見えない苦界がひろがっているにちがいない。『未来』422号参照。(2001/11/10 11:32)

[そんなに旗を立てたいか]
 日本人フリージャーナリスト柳田大元の釈放を求める日本に対して、タリバン大使は「日本の自衛隊が攻撃してくるとの情報を聞いたときに、(柳田さんが)アフガンに入ってきたために、スパイかと思った」と答えている。武力行使なき後方支援という自衛隊出動が、アフガン政府にどう受け止められているかを明確に示している。日本は、報復戦争で敵国とみなされ、タリバンの軍事力によっては日本が攻撃を受けても戦時国際法上なんの問題もない戦争状態にある。日本は宣戦布告したのか?
 私が注目するジャーナリスト辺見庸氏は、米国に対する世界認識の現状を鋭く批判している。
 「目を凝らせば凝らすほど、硝煙弾雨の奥に見えてくるのは、絶望的なまでに非対称的な、人間世界の構図である」
 「(ビンラデインの背後にあるのは)億を越えるであろう貧者たちの米国に対するすさまじい怨念である」
 「(ブッシュ大統領が背負っているのは)同時多発テロへの復讐心ばかりでなく、富者たちの途方もない傲慢である」
 「建国以来、200回以上もの対外出兵を繰り返し、原爆投下を含む、ほとんどの戦闘行動に国家的反省というものをしたことのないこの戦争超大国に、世界の裁定権を、こうまでゆだねていいものだろうか」(朝日新聞10月9日)。
 米国内では、反戦メッセージを構内で訴えた女子高校生が停学処分を受け、報復戦争批判を行っているサイード、チョムスキーといった著名な学者が脅迫や大学からの追放処分に直面している。ニューヨーク州立大、テキサス大、マサチュセッツ工科大、ノースキャロライナ大など。連邦政府は各大学に反戦学生の情報提供を要請し、議会では海外学生のビザ発行制限が提案された(以上はインターネット情報による)。「他民族を抑圧するものは、自らの自由も剥奪される」という法則が起動をはじめ、新たなマッカーシズムが跋扈し始めている。
 炭疽菌によるバイオテロの恐怖のただ中にある米国自身は、生物兵器禁止問題に対して否定的な態度をとり続けた。1975年発効の生物兵器禁止条約の実効性を高める国際査察(強制検証)議定書締結に唯一米国が反対し、7月に交渉を挫折に追い込んだ。米国国防総省とCIAがネバダ核実験場で炭疽菌強化を含む細菌兵器の研究を実施又は計画していた(ニューヨーク・タイムズ9月初旬)。9月11日にこの事実を認めた米国政府に対して、「生物兵器を真に防ぐ道は、公開性の実現と国際査察の実行しかない」との警告が行われた(ミルトン・ライテンバーグメリーランド大教授)。その直後9月11日に同時多発テロが起き、炭疽菌事件へとつらなった。急に態度を変えた米国政府は、生物兵器禁止条約強化を訴えたが、肝心の国際査察は無視している。現在ばらまかれている炭疽菌の胞子構造は、ネバダで開発された胞子構造と一致している。

 米軍高官は、アフガン後の戦略として全てのテロ容認国家への攻撃、最初にイラクへの攻撃戦略があることを示唆した。一端選び取った悪魔との握手は、無限地獄への途をまっしぐらに進んでいく。このような一極世界帝国と地獄への道連れを共にすることをいともアッサリと選択して国が、東アジアの片隅にある。彼らは、60年前に無差別都市戦略爆撃と2発の原爆によって世界史上最悪の焦土と化した地獄を見た。彼らはいま、紅葉がすすむ山里に殺到してのんびりと狩りを楽しんでいる。その紅葉のはるか彼方の中央アジアの最貧国が60年前と同じ焦土と化そうとしている事実を知りつつも、その共犯者の立場に転落した我が祖国の事実を知りつつも、彼の痛みを我が痛みとして受け止める想像力は、あまりに遠い空間的距離を超えなければならない。(2001/11/10 9:52)。

[現状を鋭く切り取る視点が提示されている・・・・杉田敦氏の「決断症候群」論考]
 杉田敦「思考停止を招く決断症候群」(朝日新聞11月9日付き夕刊)は、日本の現状を覆う思考方法の特徴を鋭く分析している。同時多発テロ後の日本の権力中枢に蔓延している思考方法の特徴を決断症候群と命名している(自衛隊派遣、治安対策、有事立法)。「何をすべきかはわかっている。そんなものは常識だ。後は実行あるのみ」という声高な態度を云う。これまでいろいろと悩んできたが、全てはどうでもよいことであり物事は極めて単純で、自分はずっと前から結論を知っていたのだという気になり、気分がひじょうに軽やかになる(K首相の確信に満ちた表情を見よ)。そのような決断症候群の特徴は3点ある。
 @「勢いに乗る」 やっかいな問題を、なにかの事件をきっかけに、勢いに乗って結論に飛びつくやり方。
 多くの困難にも係わらず試みられてきたプロジェクトを充分な論議もなく一気に乗り越えようとする。
 A「リーダー任せ」 単方向的な結論に向かって、出口がみえない混迷と不安を打開する強力なリーダ
 ーの求心力へ依存する。
 B「ニヒリズム」 シュンペーター的デモクラシー論(誰に任せるかを決めたら、横から文句を言うべきで
 ない)によって、人々の政治参加の主体意識が挫け、「何も決定されないよりは、どんな内容でも決定す
 るべきだ」という価値ニヒリズムが蔓延し、とりかえしのつかない決定がなされる恐れがある。
 テロリズムこそこうした思考停止の決断症候群の極地に他ならないが、それに対抗しようとする側が同じような決断症候群に陥れば、考えることは何もないという知的退廃が社会を覆い、ここから本当の危機が始まる・・・・・としている。(筆者一部加筆修正)。

 杉田氏の論考は、反テロリズムにある2潮流の多数派論理(軍事殲滅戦略)の思考方法の退廃を鋭く指摘しているが、少数派論理(司法措置と人道支援戦略)の困難性と展望については語っていない(字数の関係であるが)。彼のような冷静な知的分析者が、マスコミ論壇に登場すること自体は、未だ日本のメデイアに部分的な批判精神が残っていることをかろうじて示している。
 杉田氏が指摘している決断症候群の3つの特徴は、実は丸山真男のいう「つぎつぎとなりゆく」日本的論理の特徴(『日本の思想』)と、決断主義による指導者統制というファッシズムの論理に他ならない。杉田氏はさすがにファッシズムという用語は避けているが、本当はそれを云いたかったに違いない。
 そこで問題は、1930年代の日本を制した熱病のようなイケイケドンドンの日本型思考方法と、ナチス型ファッシズムがなぜ21世紀の初頭に復活しつつあるかということにある。大量生産型フォーデイズム時代のファッシズムではなく、フレクシブル生産型ポスト・フォーデズム時代の新たなファッシズムが登場しつつある。指導者と大衆を熱狂的に一体化させる共同体ファッシズム(ゲルマン共同体、天皇制家族共同体)を生み出す条件はすでに崩壊し、バラバラになった個人のグローバルな市場競争原理を維持する秩序統制としての権力を求める、いわば新自由主義型ファッシズムといえるのではないか。
 この新自由主義型ファッシズムは、平時においては権力と大衆は分離し、権力は後景にあって経済効率の極大化による熾烈な競争を展開し、勝者が正義として称賛されるが、ひとたび競争システム自体への反逆がおこれば強力な権力が登場して一点集中型の殲滅戦によって反逆者を処理する。
 軍隊が経済を領導する1930年代型古典ファッシズムは、生死をともにする共同体を柱とする総動員体制を構築するために、何らかの「公共性原理」を媒介にするが、経済が軍隊を領導する新自由主義型ファッシズムでは「公共性原理」は放擲されて、剥き出しの「個」の競争原理と権力が無媒介に一体化している。(2001/11/10 7:32)

[黄昏の調べ・・・・西欧音楽の臨界]
 西欧音楽史を概観すれば、17・18世紀の教会音楽から宮廷音楽、市民音楽を経て、20世紀の表現の自由の獲得の中で、全ての人が無制限の独創性を追求できる段階に達している。にもかかわらず、現代音楽は独創性の追求という点で臨界点に達し、いかに自分の独自性を作品に刻印できるか混迷に陥っている。あらゆる伝統的手法を越えた新たな手法を切り開く模索の渦中にある。西欧音楽は今や「神々の黄昏」の時代に入っている。
 ここで非西欧的な音楽世界の価値観に新たな胎動が見られ、アジアやアフリカ音楽の中に行き詰まりを打破する契機を求めようとする動きもある。私は、このような異文化接触の中から21世紀の斬新な音楽世界が開かれる可能性があることを疑わないが、そこで問われるのは従来のオリエンタリズムに見られた単なる神秘的な異境感覚や、非西欧文化の西欧文化への吸収という視角ではないパートナー関係が問われていると思う。以上大久保賢「黄昏の調べー芸術音楽のゆくえ」(『春秋』10月号参照)。(2001/11/8 23:21)

[米軍BLU82爆弾2発投下]

 米軍発表によれば、通常兵器中最大で核兵器に次ぐ威力を持つ気化爆弾2発をアフガンに投下した。BLU82は、液体燃料を詰め、着弾直前に燃料を空気中に放出、点火し、爆発させる最大級の燃料気化爆弾であり、C130などの大型輸送機から投下し、パラシュートが開いて落下し、長く突き出た信管が地面に接触すると同時に爆発する。大きさは小型乗用車ほどの重さ約6.8トンで、危害範囲は6kmに及ぶ。
 使用目的は「殺人」で「軽い防衛体制にある部隊に極めて有効」とされ、1970年のベトナム戦争で密林の中にヘリコプター基地を作るためにはじめて投下され、1991年の湾岸戦争でイラク軍敷設の地雷除去と恐怖心を与えるために投下された。ベトナムのジャングルでの効果には限界があったが、砂地の山岳地帯では極めて有効とされる。戦時国際法の禁止対象に含むよう要求されている爆弾だ。
 米軍の空爆は、武器の高度化による戦時の絶対的な比較優位を構築するためのあらゆる先端爆弾の壮大な実験場となっており、戦時における残虐兵器を禁止した戦時国際法の精神は微塵もない。
 ベトナム戦争の映像でバーツと円形状に拡がる爆発映像をときたま目にすることがあったが、あれがBLU82だとは知らなかった。毒ガス弾、ダムダム弾、クラスター(葡萄)爆弾などありとあらゆる残虐兵器を駆使した米軍は、アメリカ史上初めての敗北を喫して撤退した。米国は、無辜の民衆の悲劇的な死体をまき散らして、神の最後の審判の前で恐れ戦く最低限の人道性を喪失している。(2001/11/8 6:48)

[私と小鳥と鈴と  金子みすづ]


  私が両手をひろげても、 
  お空はちっとも飛べないが、
  飛べる小鳥は私のように、
  地面を速くは走れない。

  私がからだをゆすっても、
  きれいな音は出ないけど、
  あの鳴る鈴は私のように、
  たくさんな唄は知らないよ。

  鈴と、小鳥と、それから私、
  みんなちがって、みんないい。


 金子みすづは、1903年(明治43年)!、山口県長門市の漁港先崎に生まれ、20歳で童謡雑誌に投稿して西條八十に将来を嘱望されたが、幼い娘を残して1930年(昭和5年)に26歳の若さでこの世を去った。戦後に童謡詩人矢崎節夫によって遺稿集が発見され現代に蘇った幻の詩人である。
 大正期にこのような個の多様性と共生を自然に表現しうる不思議な感性を持つ女流詩人がいたことに驚く。展覧会が11/11(日)〜30(金)名駅ギャラリー大地にて開かれる。(2001/11/6 22:15)

[卵子凍結保存・・・・究極の生命操作]

 朝日新聞は、白血病や卵巣ガンなどの未婚女性が将来妊娠できるように、卵子を凍結保存している施設が日本国内に約10施設あると報じた(11月5日夕刊)。放射線治療で卵巣がダメージを受けるため、事前に卵子を摘出し、結婚後体外受精で妊娠・出産させるという。日本産科婦人学会のガイドラインでは、卵子凍結は不妊治療が必要な夫婦に限定しているが、患者の将来を考えて敢えて違反治療をした。「加藤レデイイスクリニック」は、7月から卵子バンクを開設し、15〜35歳の白血病とリンパ腫の未婚患者27人から約50個の卵子を採取し、凍結保存している。従来の不妊治療は、体外受精後の受精卵を凍結保存してきたが、未婚女性は精子がなく細胞膜が弱い卵子は凍結保存が困難であった。
 卵子単独の冷凍保存は、理論的には摘出者の死後や数世代置いての受精が可能となり、人類の世代性は根底から崩壊する。卵子バンクという利潤のための産業化した医療が誘発される危険性もある。このような先端技術医療が国民的合意なしに進行している事態に驚き、また生命倫理の法的規制の危うさが露呈されている。(2001/11/5 23:16)

[カール・ヤスパースの平和テーゼについて
]
 カール・ヤスパース(1883−1969)『真理、自由、平和』における平和テーゼから。
 1)外的平和は内的平和のみによって実現される。世界平和は一国内平和の実現なしにあり得ない。一
  国内平和は家庭や個人の内面的平和なしにあり得ない。
 2)平和は自由によってのみ可能である。自由なくして民主主義も平和もない。
 3)自由は真理によってのみ可能である。真理を望まない態度や欺瞞、虚偽的態度を維持する限り、自 
  由は決して実現されない。
 4)従って自由は平和に優先し、真理は自由に優先する。


 1)のテーゼは賛同できない。外的平和が実現しても個人的な内的平和は永遠に続く。外的と内的の異
 質な次元を機械的に結合している。
 2)のテーゼは賛成する。奴隷の平和は虚偽であるから。
 3)のテーゼは保留する。真理に至る道筋は多様であり、その過程における平和が最も重要と考える。

 このテーゼをアフガンに適用すれば、以下のようになる。
 1)世界平和はアフガンの平和なしにあり得ない。
 2)アフガンの平和は、アフガン民衆の自由なしにありえない。
 3)アフガン民衆の自由は、アフガン民衆の多様性の共存によって実現する。
 4)アフガンの真理は、アフガンの民族自決によって実現する。

 ヤスパースのテーゼは、平和とは一時的な停戦状態、暴力の停止に過ぎず、平和に最高の価値を置くことは、必ずしも自由や権利、民主主義や真理への意志を保障するものではないという西欧的な認識があるように思われる。第3,4テーゼは、西欧的理性が抑圧に転化する危険性を内包している。真理=理性による統御が実はナチスやスターリニズムの権威主義を招来した歴史のパラドックスを鋭く見抜くべきである。あの根元的とも云うべき戦争責任論を提起したヤスパースにもこのような限界があったというべきか。(2001/11/5 22:27)

[農業機能の経済誘発効果と狂牛病]
 日本学術会議の答申(11月1日)によると、農業の多面的機能(水田による洪水防止効果=ダム代替効果+食糧安全保障+生態系保存+国土保全)の貨幣価値は5兆円を超えると試算されている。例えば水田や畑の貯水能力による洪水防止効果は、現在建設中の治水ダムの建設費3兆4千9百億円に該当すると積算されている。生態系保全や食糧安保、国土保全の経済誘発効果の貨幣的価値への換算は困難であり、これらの価値を考えると実際価値はさらに含まれると予測される。
 現在の農業政策は、消費者利益の美名による新自由主義的な国際分業戦略が推進され、食糧自給率は先進国で最低に落ち込んだ。食糧安保を含んだ国土保全システムとしての農業機能の回復を長期のスパンに位置づける農業政策の転換が求められる。
 狂牛病は、中核農家による近代機械化農法の競争原理の導入によって、牛乳や牛肉を大量生産・大量販売するために、草食動物としての放牧経営から成長速度を重視する共食い肉骨粉へ転換させた人為的な文明病である。原理的には、人間が人間を食って一部の者を成長させる競争的カニバリズムに文明を貶める恐るべき究極の退廃につながる。

[マッチ売りの少女はなぜ死んだのか?]
 シュレーデインガーは、生物は体内で増大するエントロピーを体外に捨てることで熱力学的な平衡状態である死(熱的死)へ向かうのを遅らせると主張し(『生命とは何か』1944年)、エントロピーを外部に捨てることができなくなるとき、生物や文明などの開放定常系は死ぬとした。これに対し、「マッチ売りの少女が凍え死んだのは、熱エントロピーを捨てることができなかったからではなく、熱エントロピーを捨てすぎたからだ」という反論が登場し、エントロピー派とエネルギー派の10年に渡る論争が展開された。
 生体反応で生じる廃熱を捨てることができなければ、生命は熱的死を迎えるが、全ての死が熱的死ではない。マッチ売りの少女が死んだのは、彼女が熱エントロピーを捨てたからではなく、空腹で酸化原料となる低エントロピー資源が不足したことと低温で循環器系が機能を停止し、呼吸によって生じる物エントロピーを捨てることができなくなったためだ。激しく変化する外部環境に対して、内部環境のホメオスタシス(温度や浸透圧、血糖量の恒常性)を維持している大脳神経系は、運動系を媒介にして、不確定性という情報エントロピーを捨てることができなくなると、代謝が正常に機能しなくなり、その結果マッチ売りの少女は死ぬ。
 人の死を脳死とするか、心臓死とするかは、人間を情報系とみなすか物質システムとみなすかの違いである。心臓の血液循環は、食物と酸素という低エントロピー資源を摂取し、それを異化する過程で生じる熱エントロピー(廃熱)や物エントロピー(二酸化炭素やアンモニア)を排出する重要な機能を果たしている。こうしたネゲントロピー機能は原始的生物や機械システムにもあるが、人間特有の機能は、こうした循環を実現する条件を自発的に維持している大脳神経系の情報システムにある。マッチ売りの少女は、本人の努力では不可能な限界状況に置かれており、彼女の大脳神経系は苦痛というネガテイブなフィードバックでエントロピーを捨てる代わりに、幸福な幻想で苦痛を和らげる情報システムを極限まで作動させた。<マッチを擦ると部屋の中にいた鵞鳥が壁を通って少女の所に歩み寄り、もう一本擦ると優しいおばあさんが少女を抱きしめ、2人は輝く光と喜びに包まれて、高く、とても高く飛んで、やがて寒さもなく空腹もない、心配のないところへ−神様のみもとへ行ったのです>(アンデルセン)。
 人々の生命が不確実性に晒されるとき、社会システムのエントロピーは増大し、社会システムの死が近づく。このような社会的危機のエントロピーを減らすことができるのは、社会システムの変革か、またはセイフテイーネットと社会保障制度によるエントロピーを減らすメタレベルの情報系の機能だけである。
 ある学校システムの不確実性が上昇してエントロピーが増大したときには、学校という環境のホメオスタシスを維持する代謝機能が正常に作動しなくなり、不確定性という情報エントロピーを捨てることができなくなって学校は死ぬ。従って学校の大脳神経系による情報システムは、学校システム自体の再編成という長期的な情報系の変革を展望しつつ、現に今ここにいる学生に対するセイフテイーネットを機能させてエントロピーを減少させることをおこなうしかない。そのような学校システムにおける大脳神経系の情報システムの機能に支配的な影響力を駆使できるのは、教師集団と学生の共働に他ならない。(2001/11/4 24:02)

[米国女子高校生の停学処分のダブル・スタンダード]

 ウエストバージニア州チャールストンにあるシソンビル高校の女子生徒ケイテイ・シエラさん(15歳)は、10月中旬から「アフガンで死んでいく子どもたちをTV見て、国家安全保障の新しい意味に気づいた」と手書きしたTシャツを着て登校し、戦争中止を求める「無政府主義クラブ」を結成しようとビラ配布し、20人の賛同者を集めた。校長は、「この難局下に反政府主義を標榜するのは、真珠湾攻撃の直後の米国で日の丸を振りかざすようなモノだ」と3日間の停学処分にし、教育委員会も全面的に支持した。30日に「学校に表現の自由を侵害された」と提訴し、審理で「米国がアフガンの人々に対して今やっていることは、テロリストが米国民に対してしたことと同じだ。どちらも間違い。戦争中止のメッセージを学校の仲間に伝えたかった」と原告陳述をおこなった。11月1日に言い渡された判決は、「学校教育を混乱させる」という理由で、反戦Tシャツの着用と、無政府主義クラブを旗揚げする事の両方を禁じた。以上asahi.comより。

 合衆国憲法で実現された世界史上先駆的な意義を持つ思想・表現・結社の自由は、米国独立革命で血を流して英国から獲得したものであり、戦後日本国憲法にも適用され、「自由の国アメリカ」の世界的なイメージを定着させてきた。これらの人権は、原則的に一切の制限を加えてはならず、国家非常事態においても同様であることは、冷戦下のマッカーシズムの残酷な体験から骨身に滲みて感じていたはずだ。学校の対応は、異なる主張を相互に検討し合う場を保障し、より高く深い世界認識に進むような機会を提供するという教育本来の機能を発揮させるべきであった。米国の報復フィーバーが小さなファッシズムを生んでいる。ちなみにシエラさんの家庭は、祖父がベトナム戦争、叔父が湾岸戦争に従軍した最も星条旗に忠実な家庭である。(2001/11/3 20:37)

[神への挑戦・・・障害児の出生はなぜ激減したか]
 生命科学の診断技術が「福祉」として、優生政策と同じ効果をもたらしている。優生政策は、ゲルマン至上主義を掲げるナチスによる障害者の断種手術や強制的な婚姻政策という差別と淘汰として禁止されているにもかかわらず。
 英国では、2分脊椎症(脊椎が背骨の外にはみ出し手足がマヒする先天異常で、250分の1という高率で発生する)を、胎児診断(妊婦の血液中のタンパク質濃度で胎児異常を推定する母体血清マーカーテスト法)が公費で実施され、超音波胎児診断も無料であり、異常胎児の中絶も無料となっている。この結果、1968年に3702人生まれた2分脊椎症児は、1999年に265人に激減した。
 フランスでも1997年から羊水検査(胎児細胞でダウン症を識別する)を希望する妊婦は、政府が検査費用を全額負担することとなった。中国では、1995年の「母嬰保健法」で婚前男女の遺伝性疾患の調査を義務づけ、重大な病気を持つ人は長期的避妊による結婚しかできないこととしたが、先進国の批判により1998年に婚姻制限制は撤廃された。この背景には、一人っ子政策で少しでも健康な子供を持ちたいという願いがあった。
 日本では、旧優生保護法(「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」)により、約50年間で1万6000人以上が断種手術を強制されたが、1996年の母体保護法への移行により、優生目的は削除され、出生前診断は全て自己負担で政府は一切関与していない。
 英・仏・日とも共通しているのは、胎児診断と中絶を個人の選択としている点で、断種強制のナチス型優生政策とは異なるが、実際には政府が福祉コストを抑制するために検査を無料化し、中絶への誘導を行っていることにある。表面的に、自主的な選択というソフトなかたちで実質的には優生政策がおこなわれている。この背景には、新自由主義経済思想による、コストを主要な評価基準とする比較衡量アプローチがある。私たちは、驚異的な生命科学の進歩と、それに対応する生命倫理の問題を鋭く問われている。その座標は、人間の「尊厳」に淘汰されるべき限界条件を置くことが許されるのかどうかにある。「生命の質」とナチス型優生思想が、非権威主義的に浸透している。(2001/11/2 22:09)

[米軍アフガン爆撃中間総括]
 米英軍による10月7日に開始された連日100機前後の軍用機によるアフガン爆撃で投下されたミサイルは3000発以上にのぼり、米国国防長官の発言では、「最も楽観的な推計で米軍の爆弾の命中率は、85%」というから、15%の450発は誤爆となり多数の無関係の犠牲者がでている。これまで報道された民間人の犠牲者統計は以下のようになる(主な報道による29日まで分を集計)。

 10月  9日(火)国連非政府事務所スタッフ4人、カブールサダル病院患者60人死亡
     11日(木)カブール空港近郊村12歳子ども死亡
     13日(土)カブール住宅地1人死亡、4人負傷
     16日(火)カブール赤十字国際委員会警備員1人負傷
     17日(水)国連アフガニスタン事務所、カブール小学校爆撃
     19日(金)カンダハル市場7人死亡、15人負傷
     21日(日)カブール民家2軒18人死亡、23人負傷
     22日(月)ヘラート軍病院100人以上死亡
      23日(火)タンクローリー車列爆撃5人死亡、10人負傷、カブール高齢者ホーム爆撃
            チャコルカリズ村93人死亡
     24日(水)国連アフガン調整官事務所、ヘラート郊外シャカララ村8人死亡、子爆弾で1人死亡
            テイリンコット郊外荷台に乗った町民20人死亡、チャコリカリズ村遊牧民52人死亡
            カンダハルバス乗客40人直撃
     26日(金)カブール赤十字国際委員会倉庫5つのうち4つ壊滅
     27日(土)カブール国連地雷捜索犬センター爆撃捜索犬2匹死亡、北部同盟支配村民間人10
            人以上死亡
     28日(土)カブール空爆子ども9人を含む15人死亡

 米軍は湾岸戦争後ピンポイント(精密照準)精度を向上させたが、誤爆はなぜ生まれるか? @入力ミスA入力情報自体の間違いB投下時期判断ミスC垂直安定板のゆるみD誘導システムへの露の付着E天候不順による落下コースの狂いFレーザー光線の歪みなどの技術的な問題もある。しかし最大の問題は、「意図しない被害はある」(国防長官)とか「私の心の中では9月11日にテロリストに意図的に殺された5000人以上という数字だ」(統合参謀本部議長)という報復を自己目的とする「未必の故意」にあり、国連憲章第51条自衛権行使の範囲を完全に超えたところにある。真相を云えば、米国人にとっての有色人種は白人とは違うという人種的偏見であり、なぜ黄色人種である日本に開発直後の残虐兵器である原爆を2発投下できたか−という問題と本質的には同じなのだ。
 空爆の死者総数は1000人を超えたが(タリバン発表)、米軍からみればまだ世界貿易センターの死亡者数に及ばないから当然の数なのだ。パキスタンへの難民は1日平均2000人に上り、この冬季の子どもの餓死と凍死の予測は推定40万人にのぼる。
 ソ連侵攻ですでにパキスタンへ200万人、イランへ150万人が難民として流出し、世界食糧計画(WFP)の推計では、今次空爆でさらに150万人が難民として脱出しようとしている。空爆前の10月4日では750万人が食糧危機にあり、2億5千700万ドルの緊急食料援助が必要だと世界に呼びかけている。10月17日時点で食糧備蓄は2週間分しか残っていないという。ユニセフ・アフガン事務所は、アフガン人口の25%にあたる650万人が飢餓線上にあり、その5分の1は5歳以下の子どもだという。いままで毎年30万人の子どもが死亡しているが、この冬季には10万人の子どもが死亡するという。水不足で致死性のエボラ出血熱などの疫病の流行が始まった。このまま爆撃が継続され、地上戦が本格化するならば、最悪の事態が誘発され、アフガン民族自体がこの地上から姿を消すことになるだろう。
 これが「汝の敵を愛せよ」と教会の日曜礼拝で祈っているキリスト教国の行いなのだ。そして東アジアの片隅にあるGNP世界2位の国は、原爆を投下されてもなお忠実な番犬のように服従しているのだ。一部の人々は、"No more HIROSIMA,No more NAGASAKI"といいつつ、今宵も暖かい我が家をめざして足早に帰っていく。この私も例外ではない。(2001/10/31 21:23)

[全世界を100人に縮小すると・・・・方法論批判について]

 私の引用した朝日新聞天声人語の100人に縮小した地球の実態についての批判が幾つか寄せられたので、それらの論旨を検討したい。第1の批判は、このような抽象化された視点は、光と影の側面があり、60億の人間を100人に置き換えたとき、かけがえのない「60億分の1人である私」はどこにいってしまうのか、一人のキリストや釈迦はどうなるのか?という批判であり、逆に言えば全世界の人間が「私」のなかにいるという視点も必要ではないか?というものである(宮沢賢治「全てが私の中のみんなであるようにみんなのおのおののなかのすべてですから」)。これこそまさにキイルケゴールの「悩んでいるのは私であり、誰も私に替わって私の悩みを悩むことはできないのだ」という絶対的な実存としての個の立場である。
 第2の批判は、自分と異なる状況と自分を比較する方法を単純に駆使すると、優越・劣等、権力欲、似非人道主義を不用意に刺激するから、他者との比較を安易におこなうのは子どもにとって危険であるという批判である。
 さて第1の批判である「かけがえのない個」とはなんであろうか。「かけがえのない個」の前提となるような存立条件そのものが奪われ、飢えや迫害・差別という外的な条件との軋轢の中で全生命が費やされている人にとって、どのような個の尊厳があり得るだろうか。「飢えて死んでいく者にとって、君の描く一枚の絵は何の意味があるか?」(サルトル)ということこそ依然として解かれなければならない課題ではないか。飢えて死んでいこうとしている「個」にとって、「かけがえのない」という意味は何なのか? 飢えや迫害・差別の極限に貶められている人は、もはや人間ではなく「モノ」=物体として扱われている。つまり問題は。全ての人が例外なく「かけがえのない個」を自覚しうる1次的な生存条件が満たされていないときに、その人を目の前において、「かけがえのない個」の尊厳を対比するのは、究極の無自覚な利己主義の惨めな形態に過ぎないのではないか。
 次に第2の批判である比較認識の危険性があることは認める。確かに戦争の悲惨な事実を提示すれば、「日本は平和で良かった」という単純な自己肯定に陥る傾向がある。問題は、このような想像力の貧困がどのような回路で起こってくるのかを解明し、他者の悲しみを我が悲しみとする共感の契機がどこにあるのかを探求することが求められているのではないか。比較認識の危険性から逃れるために、比較そのものを拒否するのは、見て見ぬ振りをする最悪の虚偽の認識に堕落する。このような人は、その人自身が自覚なき加害者であり、「自らの汚れた手を何度洗っても血が落ちない」と叫ぶマクベスに過ぎない。

 ただし私は、世界人口を100人にする象徴的方法を無条件に肯定しているのではない。地球の歴史を1年や1日に凝縮して比喩的に語る一般システム論の方法は、確かに危険な側面を含んでいる。次のような問題がある。今までの10倍以上の速度で移動する機械が発明され、1時間かかっていた所が6分で移動できる画期的な発明であるが、この機械を使用するとその度に1万人の命が犠牲となる。あなたはこの機械を使うかという問題である。
 私は、一般システム論の凝集法にある光と影の両面を押さえつつ、地球の現実を象徴的な比喩を通して、より自らに惹きつけて感性的に認識できる可能性を100人村プランは持っていると思う。問題は、これを60億にもどしてさらにリアルな理性的認識のレベルに高め、相互の共生のチャンスとする可能性をどのように切り拓くかにある。(2001/10/29 21:50)

[平和の優越性について]
 丸山真男は平和について次のように云っている。「戦争は一人、せいぜい少数の人間がボタンひとつ押すことで一瞬にして起こせる。平和は無数の人間の辛抱強い努力なしに建設できない。ここにこそ、平和の道徳的優越性がある」(『自己内対話』)。平和を戦争のない状態として定義した20世紀の平和論は有効性を失った。平和を人間の尊厳と繋いでこそ、つまり武力(=暴力)ではなく法と理性による衝突の解決にこそ本当の平和がある。武力と権威主義による平和は、実は潜在的暴力(=戦争)による似非の非戦争状態にしか過ぎない。日本国憲法の先駆的な21世紀的意義がいまや鮮明に光を当てられてきている。莫大な犠牲を費やして遂に発見されたこの真理の有効性は、地球のアチコチの悲惨な暴力の行使のなかでますます輝くだろう。
 現象的には世界史のなかで、戦争と平和の循環的な連鎖の絶望的な展開が見られる。これを人間の闘争本能や神の罰だとかいう理由で説明する人々は、自ら自身が本当に平和を実現する地上の取り組みに精力を注がなかった人の狭い限界意識の反映である。さらにはさまざまの虚偽意識を見抜くリテラシーを入手でき得なかった人々を対象とするデマゴギーの勝利にしか過ぎなかった。次いで大きな物語の中にしか無媒介的に自らのアイデンテイテイーを見いだし得ない人々の空しい自己肯定の悲願としてあったに過ぎない。
 戦争は、戦場とそれに隣接する場における個々の、かけがえのない生命の壮絶な或いは緩慢な崩壊と解体の実相において照らし返されなければならない。2度に渡る悲惨な世界戦争の体験と追体験を経て、私たちはそれにふさわしい認識の水準に到達しているはずだ。「汝の敵を愛せよ」の21世紀的な意義が蘇らなくてはならない。「なんじ」とは、相互連関の共生的な関係における「わたし=あなた」以外の存在ではなくなったグローバルななかで、「敵」とは相互の絶対的な否定の意味を失い、敵=味方関係を越えてしまっているのだ。つまり私=あなた、敵=味方といった二項対立の形態が喪失し、個と全体のハーモライゼーションのネットワークが進んでいる。
 冒頭の冷戦期の丸山の平和論を脱構築し、ネットワークの水平的な相互互酬関係に置き換えなければならない。(2001/10/28 19:15)

[元米国海兵隊員アレン・ネルソン”兵士よ故郷アメリカに帰ろう” 沖縄講演から]
 16歳まで貧しい黒人家庭で育った私は、いつも暴力を振るう父親の元で愚連た少年として育ちました。この境遇から抜け出す唯一の選択肢は、海兵隊に入ることでした。海兵隊は暴力的な軍隊でしたが、家の中で暴力に慣れていた私には、問題ありませんでしたし、ニガー(黒人)でなくなるチャンスが与えられ、みんなからも愛国者として感謝されました。海兵隊が新兵に最初に教えることは、「命令に従うこと」、「疑問を持つことなく命令に従うこと」です。「考えるのはお前の仕事ではない。お前の仕事は、実行し死ぬことだ」と教えられました。次に「殺し方」が教えられます。私は18歳になるまでに25種類の有益で役に立つ殺し方をマスターしました。兵士は、ピースキーパーでもなければソーシャルワーカーでもなく、マーダーなのです。
 私はベトナムに着いたとき、とても興奮し、人を殺すことが得意でした。初めて人を殺したとき、上官は私にナイフを渡し、「お前の勲章を切り取れ!」と云ったので、殺した男の所に行き、耳を切り取ろうとしましたが、臭くてハエがブンブン飛んでいるので止めました。私は、自分のしたことがいいことだったのか、とても変な気になり、胃袋がキューとなり、上官はすぐ慣れると云いましたが、それ以降殺すたびにめまいがするような感じになりました。
 ある時、防空壕に逃げていた16歳ぐらいのベトナム女性を見つけました。今まで老人であれ子どもであれすぐ殺してきましたので、彼女を撃とうとしましたがどうも様子が変でした。彼女は恐怖でおびえながら、必死で何かを押し出そうとしていました。ふと両足の間を見ると、小さな頭のようなものがみえました。私は学校へ行ったことがなかったので、出産のことを何も知りませんでしたが、思わず両手を出して赤ちゃんを受け止めたのです。小さな目は閉じられたまま、小さな手は握りしめられ、へその緒も付いたままでした。彼女はへその緒を口でかみ切ると、私の手から赤ちゃんを奪い自分の着物に包んでから、必死で逃げていきました。目の前で起こったことが余りにも一瞬で、信じられず、私の手に残った真っ赤な血がなければ分かりませんでした。私が身近にいるベトナム人を殺さなかった最初の例でした。
 防空壕から出てきた私は、前の私とは変わっていました。仲間の兵士は、どうかしたのか?と聞いてきましたが、私は気が動転していました。私は初めて気づいたのです。訓練でベトナム人を「GooKs(汚れた者)」「共産主義者には父母がいない」と教えられて信じていましたが、自分がこれまで殺してきたベトナム人も同じ人間で、私の妹と同じ年頃の少女を何人も私は殺してきたのだと。・・・・いたたまれない気持ちになった私は、どうしたらいいか悩みました。狩りをするように獲物を探していた私は、獲物を見つけたくなくなり、どうしても殺さなければならないときだけ殺すようになりました。ジャングルで敵を見つける最善の方法である敵の排泄物を見つけることが得意だった私は、もう排泄物を探すことを止めました。
 この出来事のすぐ後に、或る村を攻めて私は40人ほど殺しました。村長選があるので反対派をなくすことが目的でしたが、仲間も25人死にました。それから30人の兵士と一緒にパトロールに出たのですが、そこで待ち伏せ攻撃に会い、私も重傷を負いました。私は家に帰りたかったので、気が狂ったように見せかけるために、転がっている死体の破片を丘の上からあたりかまわずベトナム兵に投げつけました。ベトナム兵は逃げていき、私は助かりました。海兵隊が数えた敵の死体は全部で565人でした。この丘を去るときに私はかなりイカレテおり、死体の耳をたくさん切り取り持って帰りました。この耳の数で、海軍は私に、これまで3人しかもらっていないシルバースター勲章をくれました。私は、勲章を戦場に捨てて帰りました。
 故郷へ帰った私を見て、母は最初私を識別できませんでした。私の表情が余りにも変わりはてていたからです。毎日が不安で眠れず、怖くてベットに行けず、戦争後遺症に悩みました。私がこうした話が皆さんにできるようになるまで何年も何年もかかりました。夢で上官が命令します。「あの婆あを撃て!あの爺さんを撃て!あの子どもを撃て!」。子どもを撃つのは難しいのです。老人は簡単です。彼らは走れないから。老人を見つけても、まず他の難しい獲物から先にやり、10分後に戻ってきてもまだ間に合います。
 私は、幸いにしてこのような戦争体験を話せるようになりましたが、私と同じような体験を語れる人は多くありません。きちんとした精神的ケアが行われていないからです。
 私が今住んでいるニュージャージー州カムデン市は、米国で最も貧しい町の一つで、高校生の80%が退学し、昨年は67件の銃による殺人があり、被害者の80%は18歳以下で死亡しています。11歳の子どもが銃を持ち、コカインやマリファナを売っています。私はこの最も荒廃した町を選び、ミーテイングハウス(クエーカー教徒の礼拝兼集会所)の教育援助プログラムで、14人のアフロアメリカン、ヒスパニックの若者に、英語と数学を教えています。私はそのために猛烈に勉強しました。私は暴力をなくすトレーニングをし、若者が軍隊以外の仕事に就くようにしたいのです。ただ、教育を受けて大学に行き中産階級になると、この町に戻ってこないかもしれないと心配です。教育を受けたらこの町に留まり、この地域を良くしてもらいたいのです。
 最後にアメリカを武装解除し、世界に武器を輸出しないように訴え、武器の代わりに食糧、教育、若者が旅行できるような国にしたいと思っています。サンキュ−!

 ネルソン氏の語る戦争体験には云うべき言葉もない。戦争と戦場がいかに異なるものであるかを白日の下にさらしている。アフガン地上戦は、復讐に駆られた米特殊部隊によってもっと悲惨な実態となり、多くの米国の若者はネルソン氏のトラウマをふたたび味わうこととなるだろう。そしてまた多くの別のネルソン氏が生まれるだろう。このようにして歴史は繰り返してきたのだ。これが戦争と平和の弁証法であり、莫大な犠牲を費やした飽和点に達したときにいくさが廃絶される時代が来る。私は何をしたらいいのだろうか? 一生懸命授業をやり、ネルソン氏の体験を追体験して我がこころとするような1人の日本の若者が育っていく希みに託すだけだ。背後に流れるアメイジング・グレイスを聞く夜のしじまのなかに、星がまたたくアフガンの夜空は真っ赤に染まっている。(2001/10/27 24:31)

[ラビ、マイケルTIKKUN誌編集長の発言に良質なユダヤ人の発想を見た]


 私たちは、地球上の3人に1人が充分な食事がとれず、10億人が飢餓状態にあることに耳をふさいでいる習慣と、同時多発テロの暴力は無関係だと自分に言い聞かせているのかもしれない。世界史上かってない豊かさに依拠してグローバリゼーションを進めていることと、私たちに向けられる怨念は無関係だと考えて安心しているのかもしれない。難民や飢餓の苦しみは私たちと関係ないと別の話だと、自分に言い聞かせているのかもしれない。けれど私たちは同じ一つの世界に暮らし、つながりはますます緊密になっているし、全ては私たち自身にはね返ってくる。

 他者の痛みを感じるすという能力に欠けていることが、まさにテロリストの精神病理である。こどもの世話をしてくれる人が誰もいない環境、難民キャンプで一生を終える人、蔑まれる集団の一員であることを理由につまらない人間として扱われ、金持ちをほめそやし、端正で美しくない身体の人を自分は駄目な人間だと思わせるマスコミ、誰かの私腹を肥やすだけが目的の仕事に従事し、誰しもナンバーワンをめざす競争に明け暮れ、愛や正義を云う人はうぶな理想家に過ぎないとされ、常に無力に甘んじ、みんなが抑鬱的な怒りで他者を気遣うことができない世界ができあがってしまってはいないか。

 自分のために何をしてくれるのか、自分の利益のために人をどう利用するか、という観点からのみ他者を見ることに慣れきっているために、相手の中の尊厳に反応する仕方を忘れてしまった人々で世界は埋め尽くされた。いまや、他者の運命を気遣うような態度に改めるか、それとも暴力への坂道を転がり落ちるかのいずれかの選択が投げつけられている。

 以上はサンフランシスコにあるシナゴーグ(ユダヤ教会堂)のラビであるマイケル・ラーナーの発言である。ユダヤ人=シオニストではないということを明確に伝え、民族の敵対を越えた発想がうかがえて、融和への勇気をもたらすものだ。(2001/10/27 21:45)

[シミュレーション:2002年10月には世界はどうなっているだろうか?]

 MSNジャーナルによる米国専門家の予測から抜粋した。(   )内は筆者注。

 [ビンラデインはどうなっているか?]逮捕されているか殺害されているが、殉教者として讃えられることはない(殉教者となるのではないか?)。逮捕・殺害できない場合、死んだ者と見せかけている(地下運動をやるのではないか?)。

 [国際テロ活動はどう処理されているか?]アルカイダは一掃され、散発的なテロが継続する。米国民は全員IDカード゙を携帯し、公共の場での安全審査が行われる。アルカイダの多数のメンバーが生き残った場合は、更なるテロ攻撃が続行され、要人暗殺・象徴的建造物爆破・重要インフラ破壊・スーツケース核爆弾使用が起こる。

 [イスラム過激派はどうなっているか?]ビンラデインとアルカイダ壊滅後のイスラム過激派は、テロ行為の非有効性を自覚し、自己分析を行う。逆に全世界の過激派ネットワークが米国への憎悪を増大させ、テロ行為がグローバルに多発する。

 [米国の軍事行動はどう展開しているか?]アフガン型大規模報復行動ではなく、少数特殊部隊によるテロ拠点の個別破壊を行い、テロ撲滅手段が次第に経済・金融・外交手段に移行する。イスラムの反米感情を融和する穏健諸国ための開発援助投資が大規模に展開される。

 [アフガニスタンはどうなっているか?]2002年のアフガンは、米国主導の新政権か、国連保護下にあるが、不安定状況が続く。もしくは、アフガンはタリバン崩壊後、大混乱に陥り、米国のいっそうの権力的な介入か逆の撤退が起こる。

 [米国外交はどのようにすすんでいるか?]対テロで結束したEUとのより緊密な結合が進み、ロシア・中国との関係も強化される。(米国覇権主義が後退する可能性のほうが大きいのではないか?)

 [米国経済はどうなっているか?]アフガン報復の軍需による防衛産業とハイテク産業の業績が回復し、召集された予備役兵士に替わる労働力需要も生まれる。中東の石油採掘が進み、対テロ予防産業等の株価が上昇するなかで、米国経済は緩やかに上昇する。逆に戦争とテロの不安で投資と消費需要がさらに落ち込み、米国経済の不況が深刻化し、日本からEU・アジアへと打撃が広がり、世界同時不況が長期化し、最悪の場合世界恐慌に突入する。

 ここには米国的発想の特徴がよく現れている。驚くのは、第1に報復の裏側で進行している無辜の民衆や子ども女性の犠牲に対する感性が全くないこと、第2に国際連合という人類が遂に発見した平和解決の国際組織が(いろいろ問題はあるが)全く無視されていること、第3に国際平和がパックスアメリカーナの視点からのみ論じられているユニテラリズム、第4に世界の戦争廃絶への熱いこころに全く考慮が払われていないこと・・・などである。
 結論的に云うと、米国スタンダードで展開してきたグローバリゼーションによって、全世界に拡大した深刻な民衆への犠牲という今次テロの根本原因への考察が全くないことである。このようなシミュレーションしか出せない米国知識人の低水準の展望では、米国自身の将来が危ういばかりか人類そのものの崩壊という最悪のシナリオが訪れる可能性もある。

 しかし一方では次のような授業が米国の中学校で行われている。
 
 世界を100人の村に縮小するとどうなるか? その村では「57人のアジア人、21人のヨーロッパ人、14人の南北アメリカ人、8人のアフリカ人がいる。70人が有色人種で、30人が白人。70人が非キリスト教徒で30人がキリスト教徒。89人が異性愛者で11人が同性愛者。6人が全世界の富の59%を所有し、それは全てアメリカ国籍。80人が標準以下の居住環境に住み、50人が栄養失調で苦しみ、1人が瀕死の状態にあり、1人は今生まれようとしている。1人のみが大学教育を受け、一人だけがコンピュータを所有している・・・・あなたは何を考えますか?」(朝日新聞10月27日天声人語 一部筆者修正)。

 このような授業こそ、米国とグローブ・ビレッジの将来を可能とすると思う。さて、いま6人にいじめられたことを理由として、50人のなかのごく少数の者が同時に6人の代表者に暴力的なテロをおこない、怒った6人が同じような暴力で一斉に報復に出ている。私たち日本人は、この100人の村で2人の村人として生活し、この6人の味方をして助けようとしている。一方で、100人全員を代表する村連合があり、村に喧嘩が起こった場合の決まりと行動をちゃんと決めている。6人は、この決まりを無視してしゃにむに反撃している。そこで問題。このなかで100人の村は将来どうなるでしょうか?(2001/10/27 9:57)

[イラン紙『テヘラン・タイムズ』の報道について]
 10月20日付け朝日新聞は、シオニストのサイモン・ヴィーゼンタール・センターが、TV朝日カイロ支局長の川村氏を解雇するようTV局社長に要請したと報道した。川村氏は、シオニストが米国メデイアを支配しているから炭疽菌攻撃の目標になったと語ったからである。共同通信は、NHKTVの上級コメンテイター長谷川浩氏(55)が東京で殺害されたと報じた。この背景には、独立系ジャーナリストがシオニストのメデイア支配を暴露することを抑圧するということがある。これらは、イラン紙『テヘラン・タイムズ』の報道である。この真偽は私には分からない。しかしこのイラン紙は、9月11日の同時多発テロの犯人も実はシオニストではないかともいっているようであり、2件のシオニスト犯行説をそのまま信じるわけにはいかない。
 ただしこれだけはいえる。同時多発テロと報復戦争の裏側で、血で血を洗うような情報戦が展開されていること、そして何れもが部分的な真実を反映していることである。私は、インターネットを通して情報戦の危うい手口の一端をかいま見た思いだ。そしてこのような魑魅魍魎の跋扈のなかで、無辜の民衆が虐殺されていることだけは確かである。高度な情報操作がいかに精緻に展開されようともこの事実は変わらない。
 米国国防総省は、1999年に打ち上げられた民間衛星イコノスが提供するアフガンの地上画像が、アフガン空爆の悲惨な映像を流すのを阻止している。イコノスの解像度は1mなので爆撃の被害者を識別できる。米国法では、戦争下では米国から打ち上げられた衛星情報が敵に流出するのを阻止することができ、今回も米国政府によってこの衛星画像へのアクセスを禁止する措置が、先週木曜日にとられ、米国国防総省は多額のカネでイコノスのアフガン画像を独占的に使用する権利を会社から買い取った。国防総省は、すでに高精度スパイ衛星衛星(解像度10cm)を持っているので、この行為は明らかにメデイアによる知る権利を買収したと言える。
 情報操作によって一時的な世論動員を成功させたとしても、それは結局の所歴史の大道の道筋のなかでは一つのエピソードに過ぎない。このような乱れ飛ぶ情報に右往左往しないリテラシーの必要を感じる。(2001/10/25 20:08)

[炭疽菌テロと知的財産権]

 炭疽菌被爆の危機が全世界に拡がる中で、これを利用した企業の利益極大化戦略が浮上している。炭疽菌治療に使われる抗生物質シプロの特許権を持つドイツ製薬会社バイエルAG社は、炭疽菌被爆テロ対策としてシプロ生産拡大の製薬製造許可の拡大に反対して、特許権開放に抵抗して利益独占を図ろうとしている。バイエルAGは、シプロ錠剤の生産を月産1500万個から6000万個へ急増させているが、そのレベルでも1日20錠を60日間服用することが必要であるため、50万人分子か確保できない。
 さらに薬価が法的に保護されているために、米国内で1ヶ月分のシプロ購入費用は350ドルとなり、この負担に耐える市民層は限られる。このような危機に当たって米国政府は、なぜ国家非常事態宣言による特許権開放を許可しないのか?
 それはアフリカ諸国でのエイズ治療薬ジェネリクス製造許可の特許権開放に連動し、エイズ治療薬の特許権を持つ米国製薬会社の権益を崩壊させるからだ。非常事態にもかかわらず、米国ではビジネスの論理が明確に優先している。(2001/10/23 23:49)

[米国空爆の現代史]

 7千人弱の犠牲者を出した同時多発テロに対抗する米国の報復空爆が続き、多数の民間人犠牲者がでている。米国の無常かつ無差別の非情な爆撃でこの世界が良くなったか? 米国の報復空爆は「顔のないテロリズム」だという批判もある。第2次大戦後の全世界での米国空爆によって数百万人の犠牲者が出ている。次は戦後の米国空爆史である。

 中国     1945−46
 韓国     1950−53
 中国     1950−53
 グアテマラ  1954
 インドネシア 1958
 キューバ   1959−60
 グアテマラ  1960
 コンゴ     1964 
 ペルー     1965
 ラオス     1964−73
 ベトナム    1961−73
 カンボジア  1969−70
 グアテマラ  1967−69
 グラナダ   1983
 リビア     1986
 エルサドバドル1980年代
 ニカラグア   1980年代
 パナマ     1989
 イラク      1991−99
 ボスニア    1995
 スーダン    1998
 アフガニスタン1998
 ユーゴスラビア1999
 アフガニスタン2001

[イスラム原理主義とは何か、日本の難民政策について]
 イスラムは旧約聖書に連なるユダヤ教・キリスト教の同樹の一神教であり、マホメットによって7世紀に創始された。15世紀以降西欧近代文明に従属してきたが、19世紀後半にエジプトでアフガニーがイスラム復興運動を提唱後、民族運動と結合し、ワッハーブ派がオスマン朝の堕落したイスラムを批判し、徐々に西欧文明に対する対抗アイデンテイテイーを獲得する。
 1920年代以降反西欧独立運動はイスラムとは別個の世俗主義の2つの潮流が起こる。1つは、西欧近代をモデルにすることで近代化を遂行しようとするムスタファ=ケマルのトルコ革命であり、第2はアラブ民族主義と社会主義が結合した民族解放運動(ナセル、アルジェyリア、カダフィ、パレスチナ)であり、この時期はイスラム原理主義の影響力は喪失する。1980年代以降この2つの潮流は経済的に破綻したり、米国との協調路線に転換して退廃していく。このなかで再び中東民衆のアイデンテイテイーとしてイスラム原理主義が再生してきた。1979年のイラン革命で聖職者による統治体制が成立後原理主義の影響は全アラブに波及し、アフガン、トルコ、スーダン、アルジェリアなどにイスラム運動が起こる。初期原理主義は西欧帝国主義に対抗するアンチテーゼとしての役割を担ったが、権力把握後の統治は反体制派に対する弾圧と反近代的な権威主義的傾向を強め、その内実は民主主義と背離する傾向を強めた。
 こうしてイスラム原理主義権力の抑圧を逃れる難民が世界に溢れ、日本にも多くの難民申請が行われてきた。難民制度の制度化は、1951年の難民条約と難民議定書によって基本的な枠組みができたが、そこでの難民の定義は次のようになっていた。
  @人種、民族、宗教、特定の社会集団、政治的意見を理由として
  A迫害の危険が充分にある恐怖を持ち
  B国籍国の外部にいる者であって、国籍国の保護を受けることができない者又は保護を望まない者
 国連はこうした難民を保護する目的で「」国連難民高等弁務官事務所」を設置して救援を行い、欧米では積極的に難民受け入れを実施してきた。日本は、1978年にインドシナ難民(8000人)を受け入れ、1981年に難民条約・難民議定書の締約国となり国内法の整備を進めた。ところが日本の出入国管理法による難民認定は厳しく、インドシナ以降の受け入れはわずか49名に過ぎない。イタリアの150名にも及ばないG7最低の実績である。日本の難民受け入れ規定の問題性は、@60日ルール(60日以内に申請しなかった場合は認めない、A在留資格がない、B法的資格が与えられず在留資格がない外国人とみなされる、などなど。こうして現在日本にきているアフガン難民は不認定となり強制収容されているという排外的な難民政策が継承されている。(2001/10/22 19:44)

[然るべき事柄について、然るべき人に対して、さらに然るべき仕方において・然るべき時に・然るべき間だけ怒る人は称賛される。かかる人は『穏やかな』ひとといえよう(アリストテレス)]
 アリストテレス『ニコマコス倫理学』の主要テーマである「徳は中庸にある」を、私はどちらかといえば中間の折衷的な意味で理解してきたが、そんな浅薄な意味ではないことがよく分かる。真の「怒り」は、無感動と激情の中間にあると云った意味か?
 現代の若者には、「やさしさ」が最高の価値基準となり、それはひとを傷つけないことやできるだけ対立を避ける傾向を生んだ。もちろん対立や傷つけ合うことがないほうがよいが、問題は「対立」自体を回避し、不正義や納得できないことも表面的にやり過ごすような方向に流れている傾向がありはしないか。一方では、些細なことで「プッツン」したり、「キレる」という単純で過剰な怒りの爆発もある。本当に怒るときに怒り、愛するときに愛しないという動物調教的な感性が蔓延してはいないか。
 「今日、愛については誰も語っている。誰が怒りについて真剣に語ろうとするのであるか。怒りの意味を忘れてただ愛についてのみ語るということは、今日の人間が無性格である(主体的でない−筆者注)ということのしるしである。・・・・真の怒りは正義の蹂躙されたときに現れる」(三木清『人生論ノート』)。
 現代の私たちの状況は、古代ギリシャや1930年代日本の状況と比較しても、真の「怒りと愛」の姿を見切った日常にあるのかどうか・・・・本当に問われているのではないか。アフガン報復の地上戦開始のニュースに接して。(2001/10/21 20:58)
 
[石堂清倫研究会について]
 本日は昼から名古屋大学法学部で開催された現代と文学を語る会主催による石堂清倫の研究会に参加した。報告者は、鈴木正名経大教授であったが、何とも漫談風のエッセイに近いもので、日本現代思想史における石堂の客観的な意味と把握にはほど遠いもので、実に拍子抜けした。これでは石堂が全生涯をかけた日本の変革思想の評価に対して無意味であり、エッセイ風の観想に終わり、石堂自身に対して礼を失する学問的処遇であった。日本におけるME全集編纂の責任者であり、グラムシ思想の先駆的な紹介者である石堂はさぞやこのようなカリカチュア化された会には、微苦笑を浮かべまたは怒っているであろう。付随して質問した田口富久治氏や後房雄氏などもアジテーションやデマゴギーの罵詈雑言に終わり、かれらの学問的な堕落ぶりが際だった。理論的な対立から組織的な背反に発展したとしても、学的な規範を厳然と厳守し、あくまで内在的な論理による厳密科学としての批判を行うのが、社会科学者としてのモラリテイーではないか。得るところなき全く空しい研究会であり、研究自体の名前を関することすら恥ずかしさを覚える会議であった。参加者のほとんどは、エピゴーネンで追従の笑いを発するのを耳にしてヒューマニテイーの資格すら疑われた。
 さてここにある基本的な問題は何だろうか? 事実にのみ依拠し、論理的証明のみによって、回転する学問の世界にも、日本的な共同体とムラ意識の抜きがたい残滓が連綿としてあるということに過ぎない。おそらくこのような構造は未来への展開に何らの契機ともならず、歴史の一時期に自己満足的に存在したという過去形でしか語られない、歴史の藻屑にしか過ぎないと云うべきであろう。(2001/10/21 19:07)

[久しぶりの旧友との再会から]
 昨夜は前任校で同僚であった4人と久しぶりに名古屋駅前で痛飲した。今は東三河で勤務するYの来名を受けて囲んだ。Yは、今や2人の子の父であり、相変わらず素朴でおおらかでありながらどこか一徹で、ワークに誠実である姿勢を失っていなかったが、完全な家族庇護者となっていた。Tは、近隣校で勤務する中堅職員となり、ぼやきながらまじめにワークしている風であり、娘の小言を云いながらなにか愉快に友達関係のような幸福そうな家族愛を充満させていた。Fは、すこし頭が薄くなってきたが、その情熱と人情の厚さはかわらず、転勤1年目で頑張っているようであった。相変わらずYが弟のように好きなのだろう。Hは、前から物事を達観して客観的にみる傾向があり、ときどき鋭い他己評価を行っていたが、それも相変わらずであり、実に淡々とマイペースでワークするスタイルは健在であった。
 この連中と飲むと、私の少壮年期に全力を傾注した実践の時代が鮮やかによみがえってくる。このような連中と一つの学校を経営したら面白いと思うのだが、現実には無理なことだ。
 それぞれが与えられた場所で、自らの知性と情熱を失わず生を刻んでいることを再確認し、大いに元気づけられた。私は、実は第二の情熱に向かって大きな転換をしなければならない模索期にあるが、この帰結がどうなるか選んだ以上突き進むしかない。(2001/10/21 9:34)
  

[或る女子学生からの質問]
 本日の3年生の授業は定期考査の答案返却の後、アフガン報復戦争の特別授業として「アフガニスタンの歴史と現状」と題する自作資料をもとにした講義を行い、そのあとCDで韓国映画「シュリ」の主題歌「When I Dream」と米国黒人霊歌「AMAZING GRACE」を聴いた。教室の中が静まり返り、なにか息苦しいほどの曲への集中があった。日頃冗談を飛ばす男子学生もいつになくシビアーな表情で聴いていた。このような雰囲気はホントニ久しぶりだ。このクラスは教師と生徒が融解するようなアトモスフィアーが漂い、授業の後に交流の至福の感情に包まれる。我が校はまだまだ健在だ。答案の採点間違いの訂正の後、或る女子学生が私に「先生は、テロ対策特別法案や自衛隊法改正案に対してどのような意見を持っていますか? そしてそのためにどのような行動をしようとしていますか?」とこちらがドキッとするような質問をしてきた。私はとっさに、「私は授業を一生懸命やるだけだ。後はインターネットで発信している。校外での市民運動はやっていません」と答えた(答えるしかなかった)。彼女は微笑して、そのまま終わったが、この質問は、日頃の私の授業内容に、私自身の行動が伴っているかどうかを問いかける、私にとっては実に厳しい質問であった。但し、「行動力ある若者よ、君たちは何をしているのか? 大人に頼らず自ら発信せよ!」・・・と実は云うべきだっか。何れにしろこのような若者、しかも少女がいる限り、私は我が校と日本の未来に希望を持てると確信し、感動した次第であった。(2001/10/19 19:58)

[中間総括−米多発テロ・報復戦争・第2次テロ・自衛隊出動]

 現象の背後を貫く本質、偶然の連鎖のなかにある必然を見抜くこと・・・これが真実に接近する方法だ

1)同時多発テロと米国報復攻撃の本質的意味
 同時多発テロは、冷戦終結後の米国の一国覇権システムと世界市場秩序の警察官という役割の帰結である。米国を中心とした多国籍企業が途上国経済を強力的に組み込み、全世界を米国経済圏に編入していった帰結だ。グローバリゼーションは世界を平等にするのではなく、先進国基準に合わせた画一経済であり、途上国の既存経済を容赦なく破壊し、先進国国内の地場産業や農業などの国内産業にも致命的な打撃を与えた。こうしたグローバリゼーションは、先進国経済・文化の侵入と拡大する貧困により途上国民衆の生活に打撃を与え、繁栄が集中するニューヨークと軍事中枢のペンタゴンに対する反発を誘発した。今回の同時多発テロは、その反発をイスラム原理主義という形態での最も極限的な、しかし最も許し難い犯罪なのである。テロの基底的要因がここにあることから出発しない限り、全てのテロ対策は有効性がない。

2)日本の参戦について
 日本が経済的に米国に次ぐ世界2位の経済大国でありながら、軍事的・政治的には憲法の制約下で大国として振る舞えないことが最も屈辱的だと考える層がある。このギャップを一気に乗り越えて「普通の国」として現代世界に登場する千載一遇のチャンスとして今回の報復戦争が位置づけられている。
 このような日本の戦争路線の推進の背後には、1980年代後半からの急速な日本企業の東アジア展開が、予想される紛争多発に対して全くの裸でおこなわれたことがある。ここから日本の多国籍企業の権益を実力で守る護衛官としての自衛隊海外出動の欲望が誘発されてきた。しかし日本の東アジアへの出動に対しては、過去の侵略の体験から来る根強い抵抗がある。この壁を突破する絶好のチャンスとして、今回のアフガン参戦が位置づけられた。日本の首相は、直ちに中国・韓国を訪問して、過去の侵略を糊塗しつつ、参戦への合意を得ようとしたのである。
 ただしこれを推進する思想は、戦前型天皇制ナショナリズム(世界に冠たる日本民族)ではなく、国際貢献・国際責任論(日本が協力しなければ世界の孤児になる)というインターナショナリズムである。しかし、「世界のために死ね」と説いても自衛隊員は納得しないし、「日の丸のために死ね」と云っても納得しない。つまり、この2つを結んだ星条旗(国際貢献)と日の丸(日本の国益)を結合した形で、晴れて日本が国際進出していく新しいインターナショナリズム=ナショナリズムが登場してきた。今回の報復戦争は、何らの人道目的ではなく冷静でしかもファナテイックな日本の戦争路線の本格的な始動と考えるべきだ。

3)日本の市民にとっての報復戦争とは
 さて最も問題なのは、日本の市民にとって、日本の報復戦争への参加は自らは直接関わらない対岸の火事ではなく、日本の社会構造そのものを変える契機となることである。日本経済の多国籍化と空洞化、社会全体の競争主義への傾斜は、いままでの社会的な統合を崩し、素朴な一体感が喪失されつつあり、貧富の差は拡大し社会の分裂がかってなく進行している。これは、児童虐待、ドメステックバイオレンス、家庭崩壊、学級崩壊、援助交際など、いままでの日本社会では考えられなかった現象として蔓延している。高度成長期には「経済」でまとまり生活水準向上をめざしてまとまりを作ってきたが、いまはそうはいかない。「経済」に替わる日本社会の再結合は、当面は共同体や伝統による再結合しかない。小林よしのり氏は、戦後憲法と私民主義のエゴイズムで日本社会が崩れたとファナテックに主張し、「公」の回復を怒号して一定の支持を得ている。こうして日本国際的な強国の進展は、同時に国内的な権威主義の強化と重なる可能性を持つ。

4)ではどうすればいいのか?
 国際的強国論と国内権威主義の致命的な弱点は、強者追随主義であり、決定的に民主主義を欠落させている点にある。国際的な民主主義の潮流は、ビンラデインの漫画的で卑劣な抵抗形態の致命的な失敗と打撃を乗り越えて何時の日か再生するだろうし、国内的には日本市民は民主主義を否定した社会統合を受け入れるほど馬鹿ではない。いよいよ長いスパンで現代史を見る力が求められてきた。本日は、私の報復戦争渦中における内外認識の中間総括として提出したのでご意見・御批判をお寄せいただきたい。参照 渡辺治「派兵時代のネオ・ナショナリズム」(図書新聞10月20日号所収)。(2001/10/18 20:15)

[米軍「恐怖の攻撃機」投入(朝日新聞10月17日夕刊)]
 米軍は、17日未明に地上兵にとって「恐怖の攻撃機」と云われる対地攻撃機AC130攻撃機を2機投入し、空爆は士気低下と離反を狙う心理戦へと転換した。恐怖の攻撃機とは何だろうか?
 ○AC130スペクター
    型式名:ロッキードAC130スペクター
    特徴:速度性能:−2
        運動性能:−3
        索敵性能:−3
 ロッキード社の超有名輸送機C130の対地攻撃仕様。胴体左舷に対地攻撃用の武装を集中装備している。通称ハーキュリーズ・ガンシップ。105mmのマウザー砲、40mm回転機関砲×2、25mm回転機関砲を搭載し、一斉発射が可能。地上軍から見ると、悪魔のような機体に見え」恐怖を与える。戦闘機部隊から見ると、所詮は輸送機の改良型の鈍重な機体であるから、格好の標的となるので、完全な味方の制空権下で最高の効果を発揮する。米軍は完全に制空権を制し、対空砲火の意味も失っていることが分かる。固定武装:25mmガトリング砲×1、40mmガトリング砲×2、105mmりゅう弾砲×1。
 アフガン報復戦争は、米軍にとって最適のありとあらゆる最新鋭の武器が投入される、あたかも実験場と化してしまった。米軍は、この報復戦争を契機に、湾岸戦争にも増して山岳戦での軍事技術と軍事思想の水準を飛躍的に上昇させ、21世紀の世界の軍事的覇権を一気に確立しつつある。さらにこれらの最高度兵器を提供している米国軍需企業は最高の需要が誘発され、アフガンの死傷者数に正比例して利益を極大化している。「正義」の戦争目的の裏には必ず死の商人がウキウキと振る舞っている。この背後には、ブッ
シュ政権の基盤となっている石油大企業と兵器産業の利権があることも確かだ。
                                                    (2001/10/17 21:35)

[小泉首相の中国・韓国訪問について]
 最初に韓国マスコミの評価から紹介する。「首相は反省とお詫びをいいながら、歴史教科書と靖国参拝について全く触れなかった。これは、謝罪路線と参拝路線を機会主義的に使い分けるに過ぎなく、本質的に首相が反省していないことの宣言にしか過ぎない」(朝鮮日報電子版10/16付)、「首相の訪韓は、『結者解之』(結んだ者がそれを解くべきだ=自分の過ちは自分で解決する)の姿勢で両国関係の回復を願ってきた我々の期待を裏切った。首相は、テロ戦争という新たな国際状況を利用して、就任以来の足かせとなってきた近隣外交の負担から抜け出し、自衛隊の海外派遣を既成事実化する一挙両得の効果を狙ったものではないかという疑念を抱かずにはいられない」(中央日報電子版10/16日付)、「互いに反省しつつ、2度と苦難の道を歩まないように協力していく・・・・日本から一方的に被害を被った韓国も、日本とともに反省しなければならないという意味だとしたら、それは歴史の完全な歪曲である」(東亜日報10/16日付)。
 私は日本人の一人として、、首相のあわただしい日帰りの中国・韓国訪問の意味が今ひとつ分からなかったが、ここにある韓国マスコミの評価から敢えて外部の目を通して自らの国の首相の行動の客観的な意味の一端を掴むことができたように思う。敢えて云えば、日本の政治水準の貧しさとキッパリと責任をとらないまま推移する「次々となりゆく論理」(丸山真男)以外の何者でもない。私たちは、日本の未来に一体何を残し、伝えているのであろうか。(2001/10/17 20:25)

[バイオテロリズム 生物化学(BC)兵器とはなにか]
 人の殺傷を目的に最近やウイルスなどの病原体を用いる生物兵器、有害な化学剤や致死性ガスを用いるのが化学兵器であり、国際条約で製造と使用が禁止されているが、中東諸国の一部で未加盟国もある。代表的なものは以下の通り。

 <生物兵器>
 炭疽菌:低温、低栄養状態で芽胞という殻に囲まれ、持ち運びが容易。潜伏期は1〜6日。熱や咳の
     後呼吸困難、肺感染は死亡率100%。ワクチンあり。
 コレラ菌:潜伏期2〜3日。死亡率50%。発熱、嘔吐、下痢、脱水症状。ショック死あり。ワクチンあり。
 ペスト菌:潜伏期2〜3日。高熱、悪寒、呼吸不全。伝染性あり。肺感染死亡率100%。
 天然痘:潜伏期12日。伝染性。だるさ、発熱、皮膚発疹。死亡率高い。ワクチンあり。
 出血熱:エボラ出血熱、黄熱病、ラッサ熱など。伝染性。エボラ死亡率50〜90%、他は5〜20%。
 ボツリヌス菌:細菌が出す毒素。潜伏期1〜5日。全身脱力、呼吸困難。死亡率高いが、呼吸補助で
         5%以下。
 <化学兵器>
 サリン:神経に作用。無色無臭で気化しやすい。青酸カリの数十倍の毒性。
 VX:神経ガス。皮膚から吸収され、サリンと同等以上の毒性。
 イペリット:マスタードガスとも云われるカラシ臭、皮膚火傷症状。吸引で肺や気管が爛れ死亡。

 米国ではすでに1990年代からバイオテロ対策が始まり、FBIや疾病対策センターの連携で、4200万人分の天然痘ワクチンの備蓄が完成している。1999年の日米防衛首脳会議でコーエン国防長官は日本側に脅威と対策を警告している。防衛庁は今年度予算に28億円を計上しているが、地下鉄サリン事件以降充分な体制はできていない。以上asahi.com参照。(2001/10/16 22:38)

[サミュエル・ハンチントン(『文明の衝突』の著者)の恐るべき限界]
 今回の米国同時多発テロについてのハンチントン氏のインタビュウーから彼の文明論の本質がよく分かる(『ツアイト』2001/66号掲載 一部略筆者責)。

 問)ニューヨークでの虐殺はあなたの「文明の衝突」の開始を告げるものか?
 答)この襲撃は、卑属で野蛮な人々が世界の文明化された社会を、文明そのもを攻撃したものだ。世   界のまともな人はすべて攻撃者を激しく非難している。問題の鍵はテロに対するイスラム政府と民衆  の姿勢だが、多くのイスラム諸国は米国に対する同情と嫌悪の複雑な感情を示している。町中では攻  撃に有頂天になり、歓迎している。

 問)テロリストは、ひとつの国を攻撃したのか、文明を攻撃したのか?
 答)両方だ。テロリストは米国を西洋文明を代表し、地球最強国家と考えて攻撃したのだ。

 問)テロリストとどう戦うのか?
 答)所在を突き止め遮断するのだ。彼らは広く分散して住んでいるので、このことは困難だ。まったく新  しい種類の戦争の遂行が必要だ。

 問)米国は単独で勝ち抜くことができるか? 
 答)無理だ。イスラム諸国を含めた同盟国の援助と連合が必要だ。もしイスラム諸国が犯罪と連帯すれ ば、文明と悪との力の対決ではなく、ほんとうの文明の衝突になる。
 
 社会科学者としては失格の分析である。最大の間違いは、白人キリスト教文明のみを文明とみなし、多文化共生の21世紀的課題に対する想像力がない。第2に、テロリズムの背景にある抑圧された第3世界の南北問題や民族自決の根元的な分析がない。その反発と抵抗がイスラム原理主義のテロという許し難い形態をとったという国際関係論的な認識が全くない。第4に米国が戦後世界で展開してきたあらゆる形のテロと虐殺、クーデターに対する自己認識がない。さらには核兵器先制攻撃を許容し、京都議定書を踏みにじり、細菌兵器禁止に反対してきた米国政府の一国主義に対する批判的分析が全くない。おめでたい脳天気な似非学者の曲学阿世の幼稚な自己主張に終わっている。米国国防総省の戦略立案者もここまで底が浅くはない。(2001/10/16 20:38)

[宇多田ヒカル 報復攻撃を語る−Message from Hikki 10/9付け]
 一人の子どもが深く傷ついて、泣いているのを見ると、なんだか「人類」ってものが全部泣いているような気がするのね。そして全人類でその子を守ってあげなきゃいけないような気がするの。守ってくれるはずだった人に裏切られたときだって、世界の者すべてに裏切られたような感じ、するじゃない? だから9月11日に起きた突然のテロ攻撃をアメリカだけでなく、「全人類に対する攻撃」だって言うアメリカ政府の気持ちってちょっと分かる。でもね、今この瞬間にも行われているアメリカによる報復の爆撃も、「テロに対する戦争」だって言ってるけど、どうしてもそれもまた全人類に対する攻撃のようにしか思えないの。だって、どこかでその子がもっと泣いているような気がするんだもん。21世紀が泣いている・・・・・・
 
 こっち側にこういう正当な理由があると、あっち側にはこういう歴史があるとか、報復すべきか、どっちの方がより多くの被害を受けているのか、自分はどういう見解を持てばいいのか、そのスタンスをどう周りに表明すべきなのか、って世界中の政治家も国民も議論しているところだけど、なんか私はみんなに怒りでいっぱい。戦争というものがいかに政治と経済の問題であるかってこと改めて実感してます。国民の怒りをあおる政府もメデイアも、身近にいる外国人に仕返しする人たちも、テロ撲滅に参加するって言っている政治家も、5ドルのちっちゃなアメリカの旗を自分の車に飾っているアメリカ人も、電車で隣の席にアラブっぽい人が少しでも「やだな」って思う日本人も、みんな自分を痛めつけているだけで、すごく悲しい。ニューヨークはどこにいっても、星条旗だらけなんだ。タバコ屋のレジにも、5番街のカルバン・クラインのショーウインドウにも、走りすぎていく車のアンテナにも、メジャーリーグのヘルメットにも、今までは暖かく見えていたアパートや一軒家の窓にも。一つ国の国旗を振りかざしてる時じゃないとおもうんだけどなあ・・・・。私はとりあえず、音楽を歌い続けてます。


 若くしてシンガーとして歌っている彼女のハートが、素朴な健やかさに溢れていることを感じるし、あくまで自分の感性と言葉で語っているところが、妙に説得的で魅力がある。米国における報復ファッシズム現象に対する少女の反発がうかがえる。しかし、私は敢えて彼女に次のメッセージを贈る。「いま世界で飢えている人を目の前にして、君の描く1枚の絵に何の意味があるのか」(サルトル)。敢えてサルトルに託して云えば、宇多田はいい線まで進んでけなげに訴えているのだが、あと一歩踏み出さなければならない・・・・と痛切に思う。(2001/10/16 19:53)

[中田英寿 報復攻撃を語る]

 サッカーのイタリアプロリーグ・セリエAのパルマでプレーする日本代表中田英寿選手(24)は、イタリアスポーツ紙「ガゼッタ・デロ・スポルト」のインタビューに答え、「唯一の解決法は話し合いだ。僕は無宗教だから、宗教や人種が1番目に来るとは思っていないけれど、大切なのは皆が地球の住人だと考えることだ。現在起こっていることは、平和に生きるためにまだたくさん学ばなければならないことがあることを示している。米国もアフガニスタンもビンラデインも、一般の関係ない人を殺すという点で間違っている・・・・・・復讐は正当なことではないということを忘れてはならない。米国は話し合いより爆撃を選んだ。相手が僕の同国人を殺したから相手の国の人を殺す−そんなことをやっていたら一体どうなってしまうのだろう。ミサイルや銃弾より言葉を役立たせねば、戦争に終わりはなくなる。権力者が話し合って解決策を見つけなければならないと思う。」と云っている。中田は、テロ翌日の12日には、「No ARMY」の刺繍入りのTシャツを着て練習に現れ、テロに無言の抗議をした。同じくパルマの主将ファビオ・カンナバーロ選手(イタリア代表)は、「爆弾よりパンの詰まった袋を投げて欲しい」と云っている。
 私は両選手の発言に全面的に賛成するわけではないが、この両者の発言の背景には、フェアープレーで勝負するスポーツマンの健康な判断力と、イタリア社会のスポーツマンも市民として政治参加する成熟性がある。日本のスポーツ記者が今まで、政治的なテーマについてスポーツ選手にインタビューし、それをスポーツ紙の一面に飾ったことがあるだろうか? 日本でのスポーツマンの扱いはあくまでスポーツ職人であり、選手として褒め称えても決して市民的レベルでの発言を対等に遇したことはなかった。かって巨人の長嶋監督は総選挙間近の記者会見で、「社会主義になると野球ができなくなる」と答えて全国の失笑を買ったが、中田選手の回答の評価はさておいて、この辺りに西欧の市民文化の成熟を感じた次第であり、それはスポーツ選手自身の主体性にも係わる問題でをはらんでいる。つまりその背景には、実はスポーツ選手がスポーツのみに没入して、広く市民的な生活から隔離されると云う日本のスポーツ界の最大の問題が潜んでいるのだが、この論議は機会があれば展開したい。興味がある方は、とりあえず中村敏雄氏(日体大教授)の諸論考を参照されたい。(2001/10/15 18:39)

[火刑に処せられたサンタクロース]
 1951年12月24日、フランス・デイジョン大聖堂前で、教会財産を横領した異端者としてサンタクロースが鉄格子に吊された後、大勢の大人や250名の子どもの前で火刑に処せられ、男は煙の中で意識を失った。この事件について、レヴィ=ストロースは『サンタクロースの秘密』(せりか書房)で次のような分析を行っている。
 フレーザー『金枝篇』では、西欧で広く行われてきたクリスマスというキリスト教の祭りは、元は冬至をはさんで行われてきたゲルマン異教徒の祭りを原型としたものであったことを明らかにしている。冬至は太陽活動が最も弱く、地上に死者の霊が訪れ、この死者の霊に人間は多様な贈り物をして慰霊した。こどもや若者組の暴力行為は(仮面祭、ガラガラ、ハロウインなど)、死者の表象であり、家族は若者や子どもの隊列がくると丁重に要求する贈り物を与えた。そうしなければ来年の豊かな収穫はないし、家族に不幸がくるからである。この日にイエスが生まれたという証拠はないが、イエスの生誕日をこの日に設定し直したのは、グレゴリオ聖歌と同じくキリスト教を大衆に普及するローマ教会の布教戦略であった。
 キリスト教会はこの伝統的な「冬祭り」を教会行事に吸収するために多くの努力を費やしたが、逆に最後の審判を待つ死者がこの世に再登場して生者にプレゼントを求めるという行事は、キリスト教本来の教えと矛盾するから、大きな矛盾を抱え込むこととなった。この段階ではサンタクロースは未だ登場していない。
 サンタクロースというかたちで大規模な贈り物がされるのは、第2次大戦後のアメリカの風習から始まり、第2次大戦後の戦後復興マーシャル・プランというかたちで米国から欧州に流れ込んできた。こうしてクリスマスは大規模な商品の消費の日となり、いまや生者同士が互いの結びつきを確かめる一大消費行事へと転化したのだ。白髭のサンタじいさんが、こどもたちに豊かなアメリカ的商品経済の品物を気前よく分配するハッピーな行事に替わってしまい、欧州のキリスト教会が長年かけて築き上げてきた本来の行事の性格を吹き飛ばし、「異教の神々」が、いまや米国流資本主義の商品の氾濫の中で恐るべき復活を遂げたのだ。子どもたちはもはや、仮面をかぶって家々を廻って「暴力行為」を働かず、暖かい暖炉の家の中でくつろぎながらクリスマス祭を祝うようになった。逆に言えば、子どもは大人の世界に組み込まれて、子どもらしい反抗と自立との契機を失い、大人自身も子どもの形をとった死者の霊(自らに反省を迫るなにものか)と出会うことはなくなってしまった。
 ここからサンタクロース(子どもの守護聖人である聖ニコラウス)は、遠くからやってくる優しい老人となり、かっての教会的なクリスマスの伝統は破壊されたのだ。危機感を抱いたフランス・カトリック教会は、迫り来る米国商業主義に対する追いつめられた最後の抵抗として、サンタクロースを大衆の面前で焼いたのだ。
 私はタリバーンへの報復戦争を展開する米国が、戦後世界で最大級のプレゼントをしながらパックス・アメリカーナを構築してきたサンタクロースに見える。このサンタクロースは常に、右手で頬を叩きながら左手で贈り物をするアメとムチの政策を展開し、自らを神の前で振り返えり、死者の生還におののく恐れを忘れて全世界にクリスマス・プレゼントを投下してきた。その象徴が、アフガンに爆弾を投下しながら一方で食糧を投下するという・・・・・アア〜!何とも偽善的で侮辱的な行為ではないか。このサンタクロースを我が命と奉り、いそいそと忠勤を励んでいる国が東アジアの片隅にある。それがどこの国か、貴方には分かりますか?(2001/10/14 19:50)。
 
[米軍クラスター爆弾を大量投下]

 10日の空爆で米軍は、対人地雷禁止条約で禁止されているクラスター(集束)爆弾CBU89ゲーターを投下した。CBU89は、対人地雷22個と対戦車地雷72個の子爆弾が親弾に内蔵される親子爆弾であり、爆撃機から投下後空中で親弾が破裂すると、子弾の地雷が広域に拡散され、着弾速度は音速の5倍、エネルギーは標的の内部に貫通する。本質的には、ダムダム弾と同じく国際法で禁止された無差別殺傷兵器を大量散布する最新兵器であり、1999年に禁止された。米国は同条約の放棄に向けて署名を拒否している。
 同爆弾を搭載した爆撃機が英国領デイエゴガルシアから発信しているから、条約当事国の英国は同条約違反を犯した。アフガン報復戦争は、2日目に投下したGBU-28/Bバンカーバスター爆弾と並ぶ大量殺戮兵器の実験場と化した。
 現時点での死者総数は200名(?)を超え、大量の死傷者と難民が生じている。国連児童基金(ユニセフ)は11日の記者会見で次のように指摘した。

  子どもの50%が極度の栄養失調
  飲料水を飲めるのは国民の11%
  今後の死者予測 500万人(今後気温が20度低下することによる餓死、凍死を含む)
  
                                                      (2001/10/14)

[OLIVIER BLOCHソルボンヌ大学教授講演から]
 本日は2時から名古屋市立大学で開催されたBLOCH教授の「17世紀リベルタ思想から18世紀唯物論思想への展開:医師ABRAHAM  GAULTIER」と題する1時間半の通訳付き講演を聴いた。参加者は10名程度で少し寂しかったが、フランス中世哲学史研究の奥深さを味わった。18世紀前半のフランス革命前のキリスト教会に反する反宗教的自由思想から啓蒙の唯物論の源流を探ろうとする研究であり、ナントの勅令までの100年間の禁圧された地下文学の論者Gaultierゴーチェの発掘と再評価についての紹介であった。中世末期のフランスで反教会の自由思想は危険な異端であり、無神論から唯物論へ発展するフランス近代思想の源流を探ろうとするものであった。
 折から米国のアフガン地上攻撃が迫る中で、なにか浮世離れした感じもあったが、リアルな現実から一歩離れて、このような本格的で地道で重厚な研究に沈潜するところに、フランス文化の分厚い伝統を感じた。哲学科などの基礎人文科学が大学から次々と姿を消して、ポスト・モダンや効率原理が横行する日本の大学の現状からは、想像しがたい学問の奥深さを実感した。
 本日は、第1に、「リベルタ自由思想」が本来は教会の権威に反逆する危険思想として出発したのであり、現代の「新自由主義」思想とは自由の意味が全く違うことに気づかされ、「自由」概念の歴史的な再検討の必要を改めて自覚した。第2に、日本の現代唯物論研究もこのようなベーシックな基礎研究なしには、現実の後追いに終わる浅いものでしかないことを痛感した。(2001/10/13 20:53)

[米軍バンカーバスター爆弾投下!!]

 アフガン報復戦争で米軍が2日目に投下したバンカーバスター爆弾は、正式名GBU-28/BまたはGBU-24といわれる地中貫徹型誘導爆弾だ。湾岸戦争末期にイラク軍地下司令部を破壊する目的で急遽生産された新型爆弾で終盤に2発投下され、地下30mの目標を破壊した。この時は、弾体に8インチ徹甲弾を改造してレーザー誘導装置をセットし、ペイブウエー3型爆弾の派生型として使用されたが、その後改良が進められ100発ほど実戦配備されるようになった。この爆弾の搭載は空軍F15イーグル戦闘攻撃機か海軍F14攻撃機であり、サウジ空軍基地か空母から発進したと推定される。
 ところがバンカーバスターと同時に、地下強化目標攻撃用のB61−11核爆弾が開発され、着弾すると地中に突き刺さり、遅延信管が約1分後に作動して、地中深くで核爆発が起こる。今回のGBUー28爆発時に、マグニチュード3.3規模の地震が観測されたが、B61−11核爆弾であればマグニチュード4.8の地震が観測されるはずだから、今回は核爆弾ではなっかた。
 湾岸戦争時に、フセインが大量破壊兵器を使用した場合は、米国も核爆弾を投下するとしていた。イラクは大量破壊兵器を米国に使用する能力はなかったが、今回は大量破壊兵器に替わる無差別テロまたは生物化学兵器(炭疽菌?)であり、核使用は米国自身が判断することになり、米国は先制的な核攻撃戦略を掲げている。米国は、第2次大戦の長崎原爆投下時に、パンプキン爆弾という通常爆弾を日本各地に投下し、投下実験と不発弾対策をおこなったうえで、長崎に原爆を投下した。バンカーバスターGBU−28は、B61−11核爆弾を投下するためのパンプキン爆弾の役割を果たしている。米軍の攻撃には、報復攻撃を通した新型爆弾の実験と小型核爆弾使用への軍事戦略のシナリオが確実にあることは否定できないのではないか。(2001/10/13 9:53)

[なぜかシュリの主題歌を聴きたくなった]

 When I Dream(キャロル・キッド)

 I could build a mansion that is higher than the trees
 I could have all the gifts I want
 and never ask please
 I could fly to paris it's at my bedk and call
 why do Ilove my Life alone
 with nothing at all

 But when I dream I dream of you
 maybe someday you will come true
 when I dream I dream of you
 maybe someday you will come true
  
 I can be the singer or the clown in any room
 I can call up someone to take me to the moon
 I can put my makeup on and drive the men insane
 I can go to bed alone and never know his name

 But when I dream I dream of you
 maybe someday you will come true
 but when I dream I dream of you
 maybe someday you will come true

 この歌は、今は去りし夢と恋人を偲んで歌い上げる胸に滲みいるようなバラードである。しかしこれが、韓国映画「シュリ」のラストシーンでテーマ曲として登場したときに、この歌の意味は民族の悲劇を万感の想いを込めて歌い上げるメッセージ・ソングに転化した。その真の調べと深い意味は、分断の朝鮮民族の人にしか分からないと実感した。私にとっては、「アメイジング・グレイス」と並ぶ癒しの曲となってしまった。迫り来るアフガン報復の地上戦のニュースを聞きながら。

 付)AMAZING GRACE
 Amazing grace,how sweet the sun
 That saved a wreck like me
 I once was lost but now I'm found
 Was blind but now I see

 Twas grace that taught my heart to fear
 And grace my fears relieved
 How precious did that grace appear
 The hour I first believed

 身も心も洗い流されて、無垢の汚れなきあの時代に帰れるような。(2001/10/12 22:09)。

[佐野元春の同時多発テロに向けた新曲「光−The light」]
 The night of explosion
 I wrote a song
 This song is not for sale
 This song is for me and my friends

 爆発の夜
 僕は歌を書いた
 売り物用でない歌を
 僕と僕の友人のための歌を

 A Letter from Heartland #134 ハートランドからの手紙

 Dear my friend                親愛なる皆さんへ

 <how?>                     <how?>

 Hate is swelling like a ballon        憎しみが風船のように膨らんでいる
 Must unite the knots of hate       憎しみの連鎖を解き放たなければならない

 There are ones who favor the dispute 争いを好む者もいる
 There are ones who do not        争いを好まない者もいる

 I don't mind if you are either way     きみがどちらでもかまわない
 But be way of all fanaticism         けれど すべての「熱狂」には気をつけて

 Be wary                     気をつけて

 The night of explosin             爆発の夜     
 I wrote a song                 僕は歌を書いた

 This song is not for sale           売り物用でない歌を  
 This song is for me and my friends    僕と僕の友人のための歌を

 Using internet                 インターネットを使って
 I will think out a way for you can listen to it too 君にも聞けるように工夫してみよう

 If you like it Keep it safe somewhere  気に入ったらどこかにしまって置いてくれ
 If you don't like                 気にいらなかったらそばにゴミ箱があるだろう  
 There's a trash can by you,isn't there?

 If it's a kid who is listening to this song この歌を聴いているのが子どもであれば
 Let's sing it together with me       僕と一緒に歌おう

 If it's an adult who is listening to this song この歌を聴いているのが大人であれば
 Please don't let helplessness beat you どうか無力感に打ちひしがれないで欲しい
 For the sake of children           子どもたちのために

 Foolish or wise                 愚かであれ 賢明であれ
 Go towards the way              未来において
 of the choice you think you will not regret in the future 未来において間違った選択ではなかった
                                      と思える方向へ歩め
 Please                       どうか
 Must unite the knots of hate        憎しみの連鎖を解き放たなければならない
 </how?>                     how?

 '2001.9.13 motoharu Sano          2001.9.13 佐野元春  

[幼気な無垢の子どものこころを動員して・・・・・]
 ブッシュ大統領の攻撃開始演説に小学校4年生の手紙が引用され、「私は、お父さんに戦って欲しくないけれど・・・・でも、その気持ちと同じくあなた(大統領)に父を捧げたい」と書かれていた。報復行動が正義そのものと讃えられている米国の現状では、誠実で真面目な子どもほどこのような心境になるのは痛いほど分かる。太平洋戦争時の鬼畜米英で明け暮れた日本の子どもを思い浮かべれば、声高の大人の言挙げに感情移入する純なこどもの心情は何処も同じだ。
 私が許し難いのは、このようなあどけない子どもの心を利用しながら、自らの正当性の証にしようとする大人の論理だ。この場合、大人がとらなければならない態度は、賛否両論が渦巻く米国国内の主張を平等に提示して、冷静な子どもの自主的な判断のチャンスを保障することではないか。いたいけなこどもをして「(自らの父の生命を)大統領に捧げたい」と言わしめている異常な大衆ヒステリー心理の現象を、子どもの世界から遠ざけ、大人の世界がどうであれ落ち着いて勉強に励める条件を整えることではないか。ブッシュ大統領は、ここではヒットラー・ユーゲントを組織してファッシズムのこども予備軍をつくりだしたアドルフ・ヒットラーとさしたる差異はない人格となっている。
 大統領に父の命を捧げる手紙を書いた少女は、成長していくなかで、飢えと戦乱に苦しむアフガンの少女がのたうちまわって死んでいったこと、父が戦場に行かなくてもテロを根絶する道があることを知って、父を戦場に送って死に至らしめた自らの手紙を取り返しのつかない悔恨の気持ちで振り返り、生涯かけても償い得ない自らの罪を自覚して生きていかなくてはならない。しかも自らの手紙が大統領の攻撃開始演説に使われて、多数のアメリカ青年を戦場に送り込んだ共犯者であったと知って、その煩悶はすさまじいだろう。
 ブッシュ大統領に告ぐ。あなたは児童心理学と国家の危機における児童教育に決定的な欠陥がある。今からでも遅くないから、直ちに攻撃開始演説から少女の手紙は削除すべきだ。(2001/10/9 21:15)

[10月7日午後9時(日本時間午前1時30分) 21世紀はテロと戦争の悪無限に突入した]
 War is not the answer.
 War will not bring our loved ones back.
 Hey Bush don't kill in my name.
 Our enemy  is violence in any form.
 No more eye for an eye.Let's break the cycle of violence.
 Revenge will not heal our grief.End the cycle of violence.
 Evolve from renenge to justice & compassion.We arae all related as citizens of the Earth.
 Thou shalt not kill.Heal not hurt.
 Hate can not drive out hate.Only LOVE can do that.
 Drop food not bombs.
 The greatest threat to democracy comes from the White House and Congress.
 The US is the greatest purveyor of violence in the world.
 The people united stop the war.
  以上は9月29日ワシントンで行われた反戦集会で掲げられたスローガンの一部。次は戦争推進派の反対スローガンの一部。
 6,730 dead.Do you understand? Turn here.
 Traitors and cowards rally.
 Ahame for disturbing a city in mourning.
 Welcome traitors.Seek therapy.
 United we stand.
 米国市民の意見が分裂し、多様な意見表明の自由な機会を保障するシステムが未だ機能していることが分かるが、今日からの報復戦争の進展の中で反戦派に対するさまざまの抑圧が加わるだろう。この戦争は、タリバンが崩壊した後、最後の抵抗を全世界で展開するテロによるおびただしい犠牲者をだしたあと、最後にはベトナム戦争型の破局に直面し、戦争違法論が再び台頭し米軍が撤退して終わる。

  私は現時点で次のようなことを考えている。テロの背景には、ゴアに1票差でもって当選した正当性なきブッシュ政権が焦って全世界で繰り広げたアメリカン・グローバリズム(象徴はイスラエル支援)によって蓄積された第3世界の犠牲と怨念が、イスラム原理主義という宗教的な形を突破口として噴出し、テロという許されざる最悪・最低の抵抗手段を採ったところにある。
 アメリカン・グローバリズムに対する抵抗は、サミットを批判する平和的な反グローバリム運動という形態でホワイトハウスを追いつめつつあったが、今回のイスラム原理主義急進派のテロ行動によって、数十年は回復不可能な打撃を受けた。今日開始されたテロに対する報復戦争は、イスラム民族主義のさらなる怨念を誘発し、21世紀の100年間はこのような悪無限の連鎖の中で過ぎていく最悪の地獄の歴史を刻むこととなり、おびただしい犠牲者を出して、21世紀の末に成熟した民主主義市民の平和への希求が再び全世界で復元する。その時私はもはやこの世にはない。あまりにも無惨な非理性的な歴史の狡知だ。
 次に英国が脱兎のごとく米国との同盟戦争に共同作戦を採っているのは何故かだ。英国首相のヒステリックな演説の裏に、世界史上繰り広げてきたユニオン・ジャックの植民地主義によって培われた英国「紳士」風の懲罰主義と人種的偏見の残滓を感じる。
 さて我が日本は、地球の裏側の異国で展開される戦場からはかけ離れ、今こそ名前を売り出すチャンスとアレコレの評論家が駄弁を弄している。確実に次のようなことが言える。この報復戦争プロジェクトによって政策的に創り出された需要は、米国の軍事産業の一時的な繁栄をもたらすが、このような戦争需要は局部的であり、景気を決める市民消費は決定的に落ち込み、経済全体は取り返しのつかない破局と「世界恐慌」の状態に接近する。この「経済恐慌」は、地域経済圏EUの構築によって、一定の自立性をもった西欧諸国では当面起こらず、アメリカ経済に完全に従属している日本経済から最初に崩壊が始まり、はじめて日本人はパックス・アメリカーナの虚妄に目覚めるだろう。こうした破局と犠牲のなかで、自立した平和的な日本経済への自立に向けた本格的な取り組みが始まる長い長い苦悩の21世紀が始まったとも言える。 
 私の与えられた課題は、自らの専門領域で本格的に新自由主義理論を再検討し、社会的経済理論の現実的な必然性に基づいた再建構想を、嘘偽りなくこの世に遺していくことに他ならない。数多の経済学者の狭い業績主義の羅列とは訣別した、本当の業績が今ほど求められているときはない。これがいまのところ私にできる絶対悪としてのテロリズムに対する私自身の回答であり、報復戦争にかわるテロ根絶の対案だ。(2001/10/8 10:08)

[芝田進午氏を偲ぶ集いに出席して]
 10月6日(土)昼にペアーレ東京(新大久保)で催された哲学者故芝田進午氏を偲ぶ集いに出席した。午前中に早稲田の神社で催された古本市で2万6千円の買い物をし宅急便で送った。掘り出し物は、東京市『東京市細民調査統計』でこれのみで1万6千円払ったが、充分満足するものであった。新大久保駅から徒歩で行くと、街の両側には韓国系を中心にした店が多く、新大久保を中心にした外国人の集住がうかがえ、多文化共生の生活を実感した。第1部は、故人の業績やVTRによる回顧のあと、狭間壮氏の独唱と混声合唱であった。最後に挨拶に立たれた未亡人貞子氏は、声楽家であり合唱団の中から現れて挨拶された。氏への追悼文集に拙文も掲載される予定なので詳細はそちらでご覧頂きたい。偲ぶ会には、今は故人と思想的立場を異にする方々が見受けられ(加藤哲郎・有田芳生氏など)、感慨深いものがあった。第1部で感動的であったのは、故人の親友である上田耕一郎(前参議院議員)の謙虚で鋭く簡潔な追悼の言葉であった。第2部は、佐藤和夫・後藤道夫両氏による故人の学的業績に対する問題提起とデイスカッションであったが、私は東京で勤務する息子との待ち合わせで中途で退席する結果となり、少々心残りであった。
 夕方から後楽園ホールで行われたプロ・ボクシング日本スーパー・バンタム級選手権を観戦した。前座でヘビー級の4回戦が3試合もあり重量級の迫力を楽しんだ。私がボクシングが好きなのは、肉体の限界まで鍛え上げた者が、恐怖におののきながら、KO覚悟で打ち合う極限のスポーツであるからだ。4時間近く熱中して観戦するとこちらもげっそりと疲れたが、敗者に対する暖かい拍手を聞くと救われる。願わくばブッシュ氏とビンラデイン氏もこのようなフェアーな戦いをして欲しいものだ。
 上京していつも感じることは地下鉄の中での静けさであり、一人一人が自分の世界に沈潜しながら、本を読んだりCDを聞いたりしていることである。なにか個の自立を感じるのだ。しかもそこには他者に対する冷ややかな無視が漂っているわけでもない。名古屋に帰って地下鉄に乗ると、騒々しい会話がアチコチで展開してうんざりする。彼らは本当にコミュニケーションしているわけではなく、一人で孤独でいるのが怖いだけではないか、常に他人と持たれ合っていないと不安にあるムラのような人間関係を感じる。こんなに電車の中が騒がしいのは名古屋特有の現象だ。私の誤解だろうか?
 往復の新幹線の車中で、近刊のM,Kガーンデイー『真の独立への道』(岩波文庫)とアート・スピーゲルマン『マウス』(晶文社)を読んだ。前者は、インド独立の父ガンデイーが自らの思想と運動の基本理念を語ったものであり、英国支配の下での近代文明を批判し、魂による真の文明の再建を訴えている。現在のエコロジー思想や内発的発展論に通じる要素を含み、インド独立の戦略をめぐる英国追随派と穏健派、急進派や宗教対立を克服しようとする苦悩の書である。現在の民族独立思想からみればユートピアのようにみえるが、実は彼の思想によって現実のインド独立運動は大河のような流れをつくったのだ。
 後者の『マウス』は、ユダヤ系米国人漫画家のピューリッツアー賞を得たアウシュビッツを生き延びた自らの父親を主人公とする本格的な漫画だ。すべてネズミ社会に置き換えられているが、生々しい人間ドラマが繰り広げられる。アメリカ漫画のなかにこのようなすごいものがあったなんて!(2001/10/7 18:36)
  
[未亡人Amser Amundsonは訴える−「シカゴ・トリビューン」2001/9/25付け]
 私の夫、米陸軍所属のCraig Scott Amundsonは、9月11日世界中が恐怖と信じられない思いで見つめる中、国防総省で執務中に命を落としました。幼い2人の子の父である28歳の夫を失ったことは、悲痛の体験です。彼の死は計り知れない国家の損失の一部です。私はこの深い悲しみを多くの人と共有しているのだと思うことによって慰めとしています。
 私はこの歴史的な悲劇の中でCraigを失ったわけですが、彼の死が他の罪のない犠牲者に対する新しい暴力を正当化するために使われそうだと知って、さらに苦しい思いをしています。私は、国家の多くのリーダーも含めて、強硬な報復と処罰に打って出ようとする怒りに満ちた声のあることを聞きました。
 それらのリーダーに私はハッキリ申し上げます。私たち家族はあなた方の怒りに満ちた言葉では、決して癒されることはありません。罪のない人々にたいして暴力を永続させることによって、あなた方がこのとんでもない蛮行に対して対抗しようとしても、私の夫の正義の名においてそれは絶対に許されません。 あなた方の言葉と報復行為は、ただ私たちの家族の苦しみを増大させるだけであって、思いでの中で彼を誇りにしたいと思う私たちの尊厳を否定し、アメリカは世界のピースメーカーになるべきだと考えていた彼のビジョンをさえ冒涜することになるのです。
 Craigは陸軍に属し、国に尽くすことを誇りに思っていました。彼は愛国的なアメリカ人であると同時に、世界市民でもありました。Craigは軍のシステムで働くことを通して、軍が暴力と戦争を防ぐために、平和維持と戦略プランに力を集中できるように手助けできると信じていました。これまでの2年間、Craigは、自分の車にVisualize World Peace(世界平和を想起せよ)というバンパーステッカーを貼って国防総省に通っていました。これは絵空事や自己矛盾ではなく、彼の夢の一部だったのです。彼は軍での自分の役割が世界に平和を生み出すことにつながると信じていたのです。
 Craigは、自分の死への復讐として、暴力的な報復を望まなかったはずです。そして私も、そんなことからよい結果が出てくるとは思いません。暴力で暴力を解決することはできません。ガンジーは「目には目をは、ただ世界中を盲目にするだけだ」と云いました。復讐と怒りと恐怖で盲目になってしまえば、私たちはもうこれ以上、自由の灯を見ることはないでしょう。
 私は国のリーダーに、さらに憎悪につながる道をとらないようお願いします。それは私の夫の死を、終わり無き殺人の連鎖の一部としてしまうことです。暴力のサイクルを断ち切ることによって、この信じがたい悲劇に対抗する勇気を見いだすことを求めます。この偉大な国の技能と資源を、恐怖と憎悪から解放された世界的な対話のために生かしていくことを求めます。
 私にはどのようにして良い世界を作り始めたらいいのか分かりませんが、それは必ずできることだと信じます。その道を見つけることは、他でもないリーダーの責任です。政府がこの挑戦を受け止めて、国家とわたし個人の今回の悲劇に対し、平和なグローバルな社会への希望を与える新しいスタートでもって答えてくださるようお願いします。

 私はこのテロ遺族のブッシュ大統領にあてた手紙を読んで、3つのことを感じた。第1に、シカゴ・トリビューンが全米の報復フィーバーのなかでこのような手紙を敢えて掲載するアメリカ民主主義のレベルの或る意味での高さ。第2に遺された妻が大統領にこのような手紙を書くという米国の健康な権力構造。第3に彼女と犠牲になった夫は、アメリカ市民の最も良質の部分を代表し、素朴な祖国への愛情と誇りを持っていること。しかし彼女はアメリカ国防総省が戦後全世界で繰り広げてきた汚い闇の部分を知らない。そういった無知によって彼女の星条旗に対する素朴な連帯が培われている。彼女は、アジアの日本という国の片隅にある沖縄というところで、多くの米兵が日本の少女を犯している悲劇に対する知識と想像力はない。彼女の悲劇に心からの哀悼の意を表しつつ、私は彼女がより広い視野を持った道に進み出ることを信じることができる。なぜなら彼女は、ガンジーの非暴力主義の言葉を引いて訴えているからだ。彼女には非白人に対する偏見はない。(2001/10/5 21:13)

[Show the flagは意識的誤訳であったのか!?]

 ア−ミテージ国務次官補が駐米日本大使に”Show the flag”と云い、日本の外務省は「日の丸を立てよ」と訳したが、実は英和辞典によるとShow the flagは、会合にちょっと顔を出すとか、自分の主張を明らかにするという意味の慣用語で「日の丸を立てよ」と訳すのは無理がある。自衛官の非合法出撃を誘導する外務官僚の意識的誤訳であったことが明らかとなった。米国が自衛隊出動を依頼したのは逆で、日本外務省が米国の要請を引き出したというのが真相であった。アエラ最新号参照。
 韓昇殊韓国外交通商相は国連本部で、「世界のほとんどの国は、日本が平和憲法を維持することを望んでいる・・・・・日本が平和的な国であり続けることを望む・・・・憲法を変えようとするいう動きがある」として、日本の自衛隊出動新法と憲法改正の動きを批判した。
 大江健三郎氏は次のように云う。「私が最も恐れるのは、崩壊する世界貿易センターの向こうに、幾つものキノコ雲が見える光景です。最初のそれがアフガンの荒野に立ってしまえば、半世紀持ちこたえてきた禁忌は解かれて、世界の都市への、小さい原爆を携えたテロリスト達の侵入も企てられるでしょう。原発はさらにあからさまなターゲットです。希望的にであれ21世紀を英知と想像力の時とする気分の中で、まず現れたのは邪悪な知恵と破壊力の構造でした。人間の歴史とは何だったのか、とまでは云わぬとして、子どもの顔を見返しづらい日々が続いています。・・・・・いま核兵器の不使用を勧告し、同時にアフガンへの食料援助を励ます政策はあり得るはずです。暗い朝に目覚めている私らが、それを首相に選ばせねばなりません」。(朝日新聞10/4夕刊)
 私はクラウゼヴィッツであったか、国家は「対内的危機を対外的危機に転化する」ことによって、危機を乗り越えようとする−という言葉のリアルな意味をいまほど教えているときはないと思う。このような事態を誘発したテロリストたちの歴史に対する余りもの打撃と無責任に対して、云うべき言葉もない。(2001/10/4 21:20)

[21世紀がテロと戦争の世紀として始まろうとは!?]
 世界銀行は10月1日に、同時多発テロが世界経済に与えた打撃によって、2000年の世界貧困人口(1日1ドル120円以下で生活する人)が約1000万人増大し、5歳未満の子どもの死者は来年2万〜4万人増大すると発表した。テロにより先進国の02年の経済成長率は1,0〜1,5%に低落し、途上国の成長率も3,5〜3,8%に低落するとする。貿易面では、保険費用の高騰、通関手続きの遅れがでる。
 しかし翻って考えれば、米国主導下のグローバリゼーションとは、米国中心の多国籍企業が全世界を市場化して利潤を最大化しようとするアメリカン・スタンダードであり、その影で苦しむ第3世界の窮状はすでに進行し、テロは此に対する決死の抗議であったという側面は否定しがたい。つまり、20世紀が積み残してきた冷戦崩壊後の覇権システムの矛盾が臨界点に達しつつあったと云うことでもある。
 私たちはImajine(J・Lennon)のメッセージを本気でリアルに地球で実現する道しか残されていないことが、ますます明確になってきた。もしあなたが自らの人生においてあなたなりの幸福を求め、またあなたの子どもや未来世代への希望ある時代を手向けようと思うならば、つまり一人の希望と地球の希望がこんなに顕わに直線的につながるという実感を持ちうる世紀ともなったのだ。闇深き地獄とも思える状況の中にこそ、実は対極的に希望が姿を現しつつあるのだ。
 同時多発テロは、仮想と現実の境界を吹っ飛ばし、21世紀型高度ゲリラ戦の在り方を示し、巨大ビルの崩壊はまさに恐竜が自壊していくかのように巨大企業と資本主義経済の倒壊を暗示している。私たちは、近未来の国際的な平和と経済システムを今ほど本気で緊急に構想し、地球市民のアチコチの生活の中でたぐり寄せるその瞬間に直面している。(2001/10/2 20:21)

[1961年ベルリン危機 米国先制核攻撃プラン]
 旧東独によるベルリンの壁構築時に、ケネデイ政権内で対ソ先制核攻撃プランが検討されていた。米国シンクタンクが情報公開法による入手後公表した。壁構築後米国政府内で強硬論が台頭し、国家安全保障会議が大統領顧問に対し、ソ連軍ICBM基地に核兵器による先制第1撃を加える計画を提出し、大統領は軍幹部と協議した。戦略空軍司令官は先制核攻撃を勧告したが、統合参謀本部は消極的対応を示し、ケネデイも効果を疑問視する質問を行い、その後のソ連首相との往復書簡の中で大統領はこの計画を断念した。
 ここに米国軍部最高指導層の軍事思想の極端な権威主義をみることができ、第3次世界戦争が地球破滅の全面核戦争として終わることに対する想像力の絶対的な貧困が露骨に示されている。もしこの戦争が現実化していれば、現在の青年層はほとんど生を受けていないことになる。それにしてもたった一人の大統領の頭脳に全人類の運命が委ねられているリアルな事実にゾッとする思いではある。今まさにアフガン攻撃指令を発する最高指令者であるブッシュ氏の頭脳に全人類の運命が握られている。ホントウに苦々しい至りだ。(2001/10/2 19:44)

[君は婚姻後の姓をどうするか]
 婚姻届を出すときに同じ姓か別姓を選択できるという法案が提出される。在日韓国人の崔昌華さんは、かってNHKニュースで「さいしょうか」と日本語読みしたことに抗議し、「チオエ・チャンフォア」と正確に呼んで欲しいと訴え、最高裁は氏名が個人として尊重される基礎であり、その人の人格の象徴であり、人格権の重要な部分として他人から正確に呼ばれる法律的保護を受けるとした判決を出した(1988年2月16日)。この判決以降報道における民族語読みが定着した。日本の植民地政策のもとで創氏改名を迫られた在日朝鮮人の痛みの告発であったが、氏名が人格権の重要な部分であるという判決は、日本の民法の夫婦同姓規定に大きな影響を与えた。
 民法750条では夫婦同姓を定め、改姓したくない人まで強制されることは人格権の侵害に当たる。夫婦一体性を追求した制度の下でも、離婚は年間25万件を越え、ドメステックバイオレンスも急増しているなかで姓の共通性=夫婦一体性という論理は事実で崩れた。
 国際的には、夫婦同姓・夫婦別姓・夫婦結合姓(相互の姓をつなげる)・自由選択制の4種類があり、何らかの形で別姓を認める国が大多数である。この背景には、男女平等と妻の自立志向があり、日本では男女共同参画社会基本法による性別役割分業の克服が21世紀の重要課題として位置づけられていることがある。遅ればせながら日本家族制度の現代化もやっと先進国レベルに達しようとしているのか。(2001/10/2 19:00)

[アフガニスタンとはなにか?]

 アフガニスタンは、人口の99%がスンニ派イスラム教徒であり、イラン、アラビア海、インドを結ぶ十字路に位置する内陸国という地政学的条件からつねに強国の侵略を受けてきた。1747年のパシュトン人による王朝の成立で初めて国家的自立を果たし、1973年のシャー国王がクーデターで倒れるまで200年以上続いた。1820年代ロシアの南下政策に対抗して,1839年英国による第1次・第2次アフガン戦争によって英国の保護国となり、1907年英露両国の条約により緩衝地帯となった。第1次大戦でアフガン政権は、英国支配下のパキスタンに侵攻して英軍の反撃を受けたが(第3次アフガン戦争)、1919年の講和によって独立を回復した。1973年のクーデターによる共和制移行後内紛が起こり、1979年にソ連の軍事侵攻を受けカイライ政権が誕生した。世界各地からソ連軍侵攻に抵抗するジハード義勇兵35000人が抵抗戦争に参加したが、この過程で米国CIAがウサマ・ビンラデインを最大限利用し、1989年に遂にソ連軍は敗北した。ソ連介入によるアフガン死者総数は100万人、難民500万人で、ソ連軍も数万人が死亡した。1992年にソ連派のナジブラ政権が崩壊し、首都カブールはタジク人とウズベク人部隊によって占領されたが、300年間カブールを支配してきたパシュトウン人が戦闘を開始した。そのなかで1994年に、パシュトウン人を主力とするタリバンが、人口の16%を占めるパキスタンの支援を受け、1998年に全土の支配権を確立した。政権を掌握したタリバンは、「7世紀のアラビア世界の再現」を目的にイスラム原理主義の立場で女性の就労や教育を禁止し、学校は閉鎖され病院も壊滅した。タリバンは厳格なイスラム原理によって、犯罪者は公開処刑、映画などの娯楽禁止、バーミヤン石仏爆破などを次々と実行した。1997年にタリバンに反対する北部同盟が結成され、現在までゲリラ戦争が続いている。
 ウサマ・ビンラデインは、反ソ戦争の中で、その莫大な財産を投下してアラブ志願兵の支援をおこない、その家族の支援センターである「アルカイダ」を設立した。彼はタリバンと同じイスラム教ワッハーブ派に所属し、イラン・イラク戦争後強硬な反米に転換し、強力なテロ支援機構を運営していると云われる。
 民族と宗派闘争の悲しむべき極地があり、強国の侵略にもてあそばれてきた悲劇の国以外の何者でもない。このような修羅場をくぐり抜けてきた民族の悲哀に、したり顔で平和を説くことは無知の極みであり、どのような悲惨な過程をたどろうとも、アフガンはアフガン民族自身の手にその解決を委ねるべきである。
 ただし、ウサマ・ビンラデイン氏に訴える。あなたは或いは無実かもしれないが、ここまでの事態に至った以上、自ら名乗り出て”アフガン攻撃を止めよ!私の命が欲しくば捧げよう!”と身を晒したらどうか!! あなたは第3国の公正な法廷において自らの潔白を証明し、堂々と米国の罪を暴いたらどうか!!! アフガン攻撃を世界支配の手段にしようとしているブッシュ氏への怒りを込めて、あなたに訴える。(2001/10/1 20:00)

[アフガン攻撃準備完了−数日内に開始!?]
 同時多発テロ犠牲者最後の言葉から・・・「ブライアンだ。飛行機がハイジャックされた。・・・愛していることを伝えたかっただけだ。また会えるといいが、もし駄目だったらどうか人生を楽しんでくれ。最善の人生を歩んでくれ」(留守電で妻へ)、「娘を頼む。君が人生でどんな決断をしようと、とにかく幸福でいて欲しい。僕は君の決断をなんであれ尊重する」(携帯で妻へ)、「脱出できそうにない。君は本当にいい友達だった」(貿易センターからEメールで)。最後の言葉は、簡潔にして美しく、しかも残された者の未来に対する自由を約束している点が驚きだ。日本人は肉親の世話を頼んで終わるのが精一杯ではないか。太平洋戦争期では、貞操を守って寡婦として過ごす人が賛美された。私はここに充実した人生を送ってきた最も良質のアメリカ上層市民の心をみる。”Life must go on!立ち止まってはならない”が現在の米国の合い言葉であるそうだ。この健気な心と報復の気持ちを結びつけない理性もある。「もしブッシュ大統領が報復をするなら、アメリカ人に何をするのか分かっていないと云うことです。皆を緊張と不安の下に置き、アメリカ人だけでなくアラブの人たちもたくさん殺すことになるでしょう。彼らにも人生はあるのに」(ニューヨク小学5年生の作文)。以上朝日新聞9/30朝刊参照。
 ハリウッド映画「ランボー3」は、米国の軍人が勇敢なアフガン兵とともに、アフガン山岳地帯でソ連軍に挑戦し、破壊し尽くされた村々を後に、ヒーローとして米国に凱旋するというストーリーで、荒廃したアフガンの再建はまったく視野にはない。こうしてキアロスタミ脚本のイラン映画「白い風船」では、「・・・・・・子どもたちも去り、風船売りのアフガン難民の少年が最後の白い風船を手に、一人、路上に残る」というラストシーンで終わり、故郷を荒廃させ両親を殺した先進国軍隊に対する怨念のみが残った。今にして思えば、米国軍人は米国冷戦政策の象徴であり、勇敢なアフガン兵はビンラデインの象徴であり、風船売りの少年は成長した自爆テロリストの象徴であったのだ。風船売りの少年をして自爆テロリストに成長させていったシステムそのものを根絶しない限り、テロと報復の悪無限は無くならないだろう。以上アレズ・ファクレジャニ東工大大学院生(イラン人)の意見(朝日新聞9/30朝刊)を参照。
 私は今ここに、次の言葉を掲げる。「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、これを永久に放棄する」(日本国憲法第9条)と、「同時多発テロ活動によってもたらされた脅威の除去・・・に努める諸外国・国際機関の活動に対し、主体的に寄与すること」(自衛隊派遣新法「趣旨、目的」)の何れを選択するかが、すべての日本人の選択に委ねられている。"Show me the Flag(日本の旗を見せろ)”(アーミテージ米国務副長官)と恫喝された日本政府が、「調査・研究」のためにインド洋に行き、日の丸をひるがえして、未だ確たる証拠を示せない容疑者に対する報復戦争に参加する。日本やアフガンの若者、子どもの命を犠牲にして何を手に入れるのだろうか?
 今米国では、激しいBacklash(テロに対する反アラブ・反イスラム攻撃)として、在米700万人のムスリム(うちアラブ人は200万人)に対する憎悪の仕返しが起こり、2人が殺害され(一人はシーク教徒)、死のポスターや壁紙が至る所に張られ、米国籍のアラブ人の身分証明書携帯が強制され、FBIによる盗聴が蔓延し、暴行や脅迫、侮辱が頻発する集団ヒステリー現象が起こっている。以上エドワード・サイードの論考参照。私は、ふたたびニューヨークの小学5年生の作文を読み返す。(2001/9/30 8:55)

[Imagine-John Lennon]
 
 Imagine there's no Heaven it's easy if you try
 No hell below us Above us only sky
 Imagine all the people living for today
 Imagine there's no countries It isn't hard to do
 Nothing to kill or die for And no religion too
 Imagine all the people Living life in peace
 You may say I'm a dreamer But I7m not the only one
 I hope someday you'll join us And the world will live as one
 imagine no possessions Iwonder if you can
 No need for greed or hunger A brotherhood of man
 imagine all the people Sharing all the world
 You may say I'm a dreamer But I'm not the only one
 I hope someday you'll join us And the world will be as one

 天国なんてないと思ってごらん。やってみれば簡単なことさ。
 僕らの下には地獄なんてないし、僕らの上には空しかない。
 すべてのひとびとが今日のために生きているんだと思ってごらん。
 国境なんてないと思ってごらん。難しいことなんかじゃない。
 殺し合う理由なんてないし、宗教なんてものもない。
 すべてのひとびとが平和の中で生きていると思ってごらん。
 君は僕のことを夢想家だというかもしれない。でも僕は1人じゃない。
 いつか君も僕の仲間に加わって、世界がひとつなればいいと願っている。

 ブッシュ米国政府は、全米マスコミでもはやクラシックとなっているこの歌の放送を禁止したが、それは無視されている。なぜ米国政府はこの歌を禁止したのだろうか。報復戦争を正面から否定する平和のメッセージのみならず、パックス・アメリカーナを否定するヒューマニズムに対してだろう。故ジョン・レノン夫人であるオノ・ヨーコさんは、この歌の1節を1行だけ白地のページに載せた全面広告を9月25日付のニューヨーク・タイムズ紙に掲載した。「Imagine all the people Sharing all the world」という、わずか8語の詩だけで、スポンサー名や写真は一切なく、強烈な異彩を放った。オノさんは次いで、ニューヨークの繁華街、タイムズスクエアーに同じJohn Lennonの「Give me a Chance(平和にチャンスを)」を引用した屋外広告をモニュメントとして掲げた。日本のアーテイストでこうした行動をとっている者は坂本龍一1人ぐらいではないか。

 米国を訪問した小泉氏は、記者会見での声明を英文でコメントして米国人の心を掴もうとしたが、続くデイベートとデイスカッションは日本語に切り替えた。フランスのシラク大統領は、一切英語を使わず、一国の言葉と自尊心を失わなかった。これが相手に媚びない世界の外交の常識ではある。つまり、英語で始めたら最後まで英語でやる覚悟が必要で、それがだめなら最初から英語を使うべきではなかったのだ。アメリカ国民は欺かれたと感じた。しかも最後の質問で、I have no timeと答えたのには驚いた。テメーなんかとは話している時間はないよ−という侮辱的表現を使った。ここでは、”先約があるので失礼ですが”ぐらいの配慮をしなければならない。
 結果的にブッシュ氏は小泉氏を適当にあしらい丁重にお引き取りを願った。小泉氏の言動は、親分の歓心を引くために仲間を出し抜いて仰々しい土産を持参した三下に酷似している。所詮私たちの国は、いつまでたっても脱亜入歐を抜け出せないで、フランスの尊厳ある文化の厚みには到底及ばないレベルなのか。この点は韓国政府の現在の動きのほうがはるかに優れている。背後から流れるイマジンを聞きながら(2001/9/29 9:54)。

[迫り来る報復戦争のなかで]
 9月26日に米国は自ら調印した包括的核実験禁止条約CTBTに違反する地下300mでの未臨界核実験を実施し、非核保有国が主張する核爆発実験に挑戦し、CTBTを踏みにじった。先に地球温暖化防止条約京都議定書を、細菌兵器禁止条約を踏みにじる国際法無視の行為を繰り返し、これが同時多発テロの誘因ともなった。米国航空、ホテル、自動車販売、小売り業界は軒並み深刻な不況状態にあり、実質成長率はすでにリセッション(景気後退)の局面にあり、失業率は4,5%→4,9%に上昇した。航空業界は10万人の首切りを発表し、米国経済の落ち込みはアジアと欧州経済の不況に連動し、メリルリンチはEUもリセッション状態にはいると発表した。つまり報復戦争を怒号している米国は、自らの足元で崩壊状態にある。
 この経済危機を乗り越える絶好のチャンスとして、今回の同時多発テロが位置づけられ、テロ非難の国際世論を利用しながら、WTOの新ラウンドによる米国主導の世界経済制覇が進みつつある。これは米国の多国籍企業の一人勝ちと、第3世界の極限の飢餓状態をもたらすだろう。このような米国の戦略に無知な恥をさらけ出して、分け前に与ろうとする小泉なる人物が媚びへつらいながら忠勤を励んでいる。実に追いつめられた暴力団の世界にあるよく似た構図ではある。このような構図は私たちの身近な学園という集団圏によく似た形としてある。権力の幻想におびえ、弱者には威圧的に、強者には土下座しながら、全体として集団を腐敗堕落させていく取り返しのつかない悲劇としてだ。
 間宮陽介京大教授は、このような報復戦争大合唱の論理を狂牛病になぞらえ、牛が牛を食らう病理が、人が人を食うカニバリズム(食人習俗)と同じだと喝破する。創世記のバブルの塔の物語では、神は人間の傲慢を憎んで言葉を混乱させ、共通言語を失った人間は相互の理解を失い、無限の殺し合いに入った。テロに対する報復戦争とアメリカに対する同調行動はまさにこのカニバリズムに他ならないとする。このようなカニバリズムの先導者として小泉なる人物が登場し、90%もの支持を与えるというファッシズム現象は、まさにファッシズムが下からの民衆の出口のない怨念の昇華物に過ぎないことを露骨に示している。
 さてここに勇気ある1人の米国下院議員がいる。米軍の報復攻撃に唯1人孤立無援のうちに反対票を投じたバーバラ・リー女性議員だ。彼女は、裏切り者、臆病者、共産主義者という攻撃にもひるまず、「私は戦争開始の権限を大統領に承認する事を支持できなかった。より多くの無実の市民の生命を危険にさらすものと確信します」と述べている。私は、このような絶対の孤立無援の孤独な状況の中でも、敢えて自らの信念に従った彼女の行動を賞賛する。彼女は、今恐らく家族を含めてアレコレの脅迫を受け、危うくすれば自らテロに倒れるかもしれない。しかしこのアジアの一隅でも彼女の後に続く人が、必ず現れることは確かだ。(2001/9/27 21:04)

[イスラム都市編成と欧米権力都市−なぜWTCは攻撃目標となったか?]
 イスラム都市はモスク(礼拝所)を中心に、アーケードのある商店群とキャラバンサライ(通商宿)の施設が集住し、バザールと呼ばれる商業空間を形成している。これはイスラム都市がオープンな国際都市として交易ネットワークの拠点となっていることを示している。西欧都市は、中心に広場を置いた市庁舎やカテドラルが中心にあり、世俗権力を視覚化した都市空間として、中心から整然と道路が配置され、権力構造が空間的ヒエラルヒーとして顕わに示されている。イスラムの商業空間(バザール、スーク)は、ドームやボールトによって人工的に秩序づけられ、環境を人工的に制御するという思想が明確に表れている。イスラム経済の贈与は文化的で、私たちには想像が難しい。西欧ヴェニスでもワクフと同じような社会還元の方法があり、貴族の貧民救済が行われ施設もつくられ、イスラムに似た商業空間がつくられ、その売買計算はイスラム簿記から欧米式複式簿記がつくられてきた。
 イスラムにとって最も重要なのは「知恵」であり、王宮の館の側に「知恵の館」がつくられ、イスラム流の博物館となった。形にして進歩を求めた西欧文化からみれば、イスラムは形以前の「知恵」という見えない形によって表現する進化の方法を採用してきた。美術や建築は、「知恵」のスペースの回路を通して生まれてきたのである。
 世界貿易センターを設計したミノル・ヤマサキは、前に自ら設計したセントルイスのブルート・イゴー団地も犯罪の巣窟となり、市当局によってダイナマイトで爆破された。彼の設計は、等質的な近代建築の同質性という点で共通している。
 私たちは、政治的な権力を首都として中心化し、垂直的な中央集権的国土編成をおこなってきたが、このような欧米近代の垂直的な権力構造を根底から問いかける刺激的な問題を提起していると思いませんか? 建築思想からみた同時多発テロの分析。(2001/9/24 18:41)

[アフガン報復攻撃による被害予測]
 9月21日には米軍の攻撃に備えて食糧の備蓄が始まり、小麦の値段が2日間で30%上昇し、食糧事情が極端に悪化している。WFP世界食糧計画イスラマバード事務所の報告では、一般市民の30%が町を脱出し、その手段としてトラックが使用されている結果、食糧輸送用のトラックが入手困難となった。首都カブールでは、強盗や殺人を警戒して商店がシャッターを閉じた。北部マザリシャリフでは、17日に1`約3万アフガニだった小麦価格が、19日には約4万6000アフガニに急騰した。アフガン全人口の約4分の1にあたる推定500万人が食糧が無く、飢餓線上にある約380万人を最初に救援する予定だったが、情勢緊迫の中で、WFPは13日までに外国人職員80人を全員パキスタンに避難させ、人手とトラックが確保不能に陥り、当面支対象を子どもと寡婦約90万人に絞り込んだ。WFPの予測では、アフガニスタン国内の小麦貯蔵量は約1万5000トンで、数週間で途切れる。在庫が底をつく前に緊急の食糧支援のルートを確保する必要があると訴えている。アフガニスタンでは、4年前から干ばつが続き、民衆は草とイナゴによって飢えをしのいできた。FAO国連食糧農業機関の予測では、報復の軍事行動開始によって数百万人(550万人?)が即座に飢餓に直面する。
 ブッシュよもういいではないか!? 飢えは子どもと老人からすでに始まっている。大富豪であるビンラデインよあなたの富の一部でもいいから供出したらどうか。読売新聞速報[イスラマバード9/21=大内佐紀]参照。(2001/9/24 9:06)

[マドンナはどう歌ったか!!・・・・犠牲者の両親は訴える・・・・私は訴える!]

 アメリカ国旗でつくったスカートを着けた歌手のマドンナが、9月14日のコンサートで「暴力は暴力を生み出すViolence begets violence」と呼びかけ、ブッシュに報復戦争を止めるよう訴えた。聴衆のほとんどは静まり返ったが、黙祷の時間が終わる前に何人かが「America! America!」と叫びだした。すると彼女は、アメリカ国旗を振り回している聴衆に「地方的な規模ではなく世界的な規模で考えよ」と呼びかけた。日本のメジャーな歌手の中で、自らのコンサートに集まったファンにこのようなメッセージと態度を示し得る歌手はいるだろうか。
 ロイター通信によると世論調査会社ギャラップの世界31カ国調査では、米国の武力報復について、欧州や南米では80〜90%が武力行使ではなくテロ容疑者の裁判を求めていることが明らかとなった。報復戦争支持が50%を越えたのは米国(54%)とイスラエル(77%)だけであった。NATO加盟国で比較的支持が高かったのはフランスやオランダの30%弱であった。世界の大勢は報復を批判している。
 世界貿易センターで犠牲となった息子グレッグ・ロドリゲスの両親であるフィリス&オルランド・ロドリゲスはブッシュ大統領に次のような手紙を送った。「私たちの息子の名において戦争をしないで−私たちの息子グレッグは、世界貿易センターへの攻撃の中で行方不明となった多くの人の1人です。私たちは、最初このニュースを聞いたとき以来、悲しみと慰めと希望と絶望と楽しい想い出を語り合ってきました。私たちの心の傷と憤りは、私たちが会ったすべての人々に伝わりました。私たちは、この災害について毎日の情報の流れを追っていることはできませんが、それでも私たちの政府が暴力的な報復に向かっていることは充分に感じることができます。そのような報復によって、遠い地で別の息子達や娘達や友人達が死に、苦しみ、私たちへの憎しみを育んでいくでしょう。それは進むべき道ではありません。それによって私たちの息子の無念が晴らされることはありません。それを私たちの息子の名において行わないでください。私たちの息子は、非人道的なイデオロギーの犠牲になりましたが、私たちの行動が同じ目的に奉仕すべきではありません。一緒に悲しんでください。一緒に考え、祈りましょう。私たちの世界に本当の平和と厚生を実現する理性的な対応について一緒に考えましょう。報復攻撃は、私たちの息子の死を悲しむ心を癒すものではありません。それは私たちに悲しみに追い打ちをかけるものです。報復は、息子への追悼を他の国の子供や親に苦しみを与えるために正当化しているという感情を起こさせます」。私は、かって我が子の死に際して、このような崇高な愛情の発露をみたことがない。日本の母親は太平洋戦争の時にこのような愛情の深さを示したであろうか?
 私の母は、私の父を戦場に送り出すときに、「ダルマになってもいいから還ってきてね」と云って送り出したそうだ(両手両足をもがれても還ってきて・・・という意味)。その母は、当時の不治の病である結核で、私の父の生還を見ることもなく逝ってしまった。その母にして他国の子どもの死を想うことはできなかったのだ。母を汚すのではないが、誰しも哀しい軍国の母であったのだ。父の戦う戦場に母の死は届かず、父は生還の日に家にたどり着いて初めて自分の最愛の妻の死を知ったのだ。母や父の心情は如何ばかりであったろうか。それ以来私は母を知らない子として成長してきた。世界では私がはるかに及ばない苦悩に満ちた児童期を過ごしている子どもがいることを想うと、私の心はキリキリと痛む。ブッシュよ!君も人の子の父であるならば、星条旗の進軍の裏でのたうち回るいたいけな幼な子の痛々しい姿をいま少し想像せよ! 君の貧困な想像力を最大限に放て!
 背後では、FMから私の好きな中島みゆきの歌が流れている、この静かな夜のしじまを衝いてはるか砲撃の轟音がこだます今宵。(2001/9/23 22:05)

[CharlesT.Wolfボストン大学助教授「オーストラリア唯物論−回想の同一理論」]
 名古屋哲学研究会の例会に久しぶりに出た(於名市大)。現代唯物論を認知科学や心身同一理論から生命論に於いて展開する若手研究者で、現在博士論文を上梓しているとのこと。アグネス・ヘラーやアントニオ・ネグリなどのイタリア系社会思想家とも親しく、米国社会思想研究の一端に接し得た。参加者10名で、デイスカッションは全て英語であり、理解するのに苦労した。インド人の研究者がかなり鋭い質問をしており感心した。Wolf氏の主張は要するに、唯物論はギリシャ以来多様であり、中世の心身一元論の発展として現代唯物論があるのだということにあるようだ。午後2時開始の講演は、デイスカッションを含めて夕方6時になり、私は途中で退席した。新自由主義のメッカであるボストン大学にこのような研究者がいることにアメリカの懐の深さを感じた。(2001/9/23 19:39).

[ケイタイの世界について考える]
 世界恐慌と世界戦争が迫っている中で、日本の少年少女はケイタイに浮かれている。電磁波障害で先進国の多くは低年齢者への使用を禁止しているにもかかわらず。大阪女子中学生はケイタイを買って3日後に殺害され、その通話記録で容疑者が逮捕された。Iモードを売り出したNTTドコモは史上空前の利益を上げ、ケイタイによる援助交際の市場規模は、500億円(1990年度)から569億円(1998年度)に急成長している(横浜銀行研究所報告)。
 少女がこのような地獄に巻き込まれてしまっているのは、未知の世界への好奇心? 友達関係? 匿名性?・・・なんだろうか。しかしいずれにせよ、情報産業は利益極大化を求めて群がり、その餌食となっているのが少女達だ。大体出会い系サイトの多くが、男性有料・女性無料という潜在的な売春宿ではないか。ここでは女性は男性の快楽の対象として軽蔑された存在として位置づけられたいる。このようなサイトを運営し、多数の犠牲者を出している情報産業は、全く罪の意識を感じないのであろうか。情報産業の社員の多くは、自分の娘にケイタイを禁止しているという。
 電子技術化によるコミュニケーションの変容というテーマは、人類文化史のなかで重要な位置を占めるが、ビジネスの側面と人格の交流という側面を厳密に分けて考える必要がある。決してケータイをどう使うかは各人の自由だから自己責任で使え、といった現状肯定では終われない問題をはらんでいるのではないか。宮台真司がその分析の先端を走っているが、彼のポスト・モダニズム分析を越えた人間の疎外と全面発達の視点からの本格的な提起が期待される。(2001/9/23 9:10)。 

[全米の子どもに拡がるPTSD(心的外傷後ストレス障害)]
 PTSD(Post traumatic stress disorder)は、通常ひとが経験できる範囲を超えた、恐ろしい出来事を体験した後に起こる、不安の昂進やおびえ、抑鬱、異常興奮や怒りの発作、物事への関心の喪失、睡眠障害などを特徴とする適応障害。体験を想い出すことを回避する傾向がみられるが、逆に悪夢などによって事件が追体験されることも多い。かってのアメリカ帰還兵の精神的トラブルから具体化された疾病概念(『知恵蔵1999年版』P947)。
 今ニューヨークを中心に全米の子どもたちの間に、飛行機突入の瞬間や、炎上するビルから飛び降りる場面を目の当たりにした子どもたちの間に、「夜眠れない」「飛行機が怖い」という不安で、頭痛や腹痛吐き気を訴える子どもが激増している。在米日本人の子どもは「日本へ帰国するときには、飛行機には乗りたくない」と親に訴えている。
 被害は最も弱い層に向かって集中するという暴力の効果が象徴的に表れている。次はアフガンの子どもたちだ。(2001/9/23 8:41)。

[パレスチナの子どもの歓喜の映像はヤラセであったのか!?]

 米国同時テロ直後にCNNが全世界に流したパレスチナ人の子どもの歓喜の映像は、実はイスラエル国防省撮影班がパレスチナの菓子屋に金を払って子供らに菓子を配り撮影していたということである。私も完全に信じさせられた情報操作であったのか!? 以下フランスからの通信。
Faits&Documents-Bulletin mail du 20 septembre 2001-n11

NEWS MONDE
 
 Provoc payee par les Israeliens

 A team sent by the Israel Defense Ministry to film Palestinian children
 rejoicing in East Jerusalem staged the event that was later circulated in
 the US and around the world.
 A member of the team approached the Juhaina Sweets Shop and gave the owner
 200 shekels and asked him to distribute the sweets to the children,
 according to the owner of the shop.
 "A team from the Spokesman's Office of the Israel Defense Forces was sent to
 film the scenes of joy and candy being handed out in East Jerusalem 'for public
 relations purposes'".Benvenisti wrote.(2001/9/22 5::01)

[草の根のアメリカ人に聞く・・・・旧ベトナム帰還兵フレデイー・シャンパーニュ氏]
 「多くのアメリカ人はこの惨劇に対する米国の過度の反応を支持してはいない。この国は、1人の人物を追跡するためだけに、戦争を始め数万人を死に追いやることはできない。・・・米国の多くの人々は、世界各地での米軍の罪悪について教育されていない。多くの学者がマスコミで憎しみと報復を煽る情報をまき散らしている。現在アメリカ人が示している暴力的反応と民族差別に深い悲しみを覚えている。・・・・もし米国が軍事報復をすれば、殺されたテロリストの替わりに、さらに多くのテロリストがつくりだされることになる」。以上ベトナム紙ラオドン9/20付けより筆者一部修正。
 シャンパーニュ氏は1965年から66年迄ベトナム中部ライケで戦い、重傷を負って帰国したその経験から語っている。ジョージタウン大学では「広島を繰り返すな」という学生のダイインがおこなわれ、ワシントンでは数百人の平和集会が開かれ、ブッシュ大統領を「戦争マシーン」と非難した。米国キリスト教会のグループは宗教者1800人の無差別報復反対の署名を集めて提出した。これらの人々は、CIAやFBIによる弾圧を覚悟して行動している。
 一方ブッシュ大統領は、9/21の議会演説で最後通告を突きつけ、「我々は、テロリストの資金を干し上げ、テロリスト同士を敵対させ、避難や休息の場が無くなるまで彼らを追求していく。今や全ての国は決断すべきだ。我々とともにあるのか、テロリストの側に立つのか」とファナテックで扇情的な演説を行っている。第2次大戦後、このような傲慢なヒットラー型の扇動演説を初めて聞いた。前列に座っていたパウエル国務長官の表情は苦々しげであった。なぜなら彼は黒人であり、民族や人種対立を煽り立てるこのような演説の危険性を自らの哀しい差別体験を通して知っているからだ。
 どちらが真のアメリカ人であり、真の愛国者か! どちらが「アメリカ独立宣言」の真の継承者か! 太平洋戦争で被害と加害の究極を体験し、広島・長崎を体験した私たち日本は、どちらのアメリカ人を支持するのか? この選択に失敗するならば世界と日本の21世紀は本当に危うい。(2001/9/22 8:55)

[恐怖権力の支配・・・・犬橇理論について]
 エスキモーの犬橇は、最も安全に疾駆させるために、一番弱くて死んでも惜しくない犬を鞭で打って悲鳴を上げさせ、その恐怖におびえて他の犬に全力を挙げさせる方法である。つまり、最も弱い者に攻撃を集中して、他の者に恐怖を与えて支配する「恐怖権力」(ガルブレイス)の典型的な方法である。
 現在のアメリカ帝国の政府内部で、報復をめぐる激しい意見対立が生じ、強硬派はアフガンと同時にフセイン攻撃を主張しているそうだ。強硬派の背後にはCIAがおり、ビンラデイン主犯説に疑問をなげ、イラクによる国家テロとみなして、一気に全世界を動員してイラクを崩壊に導く戦略だ。これに抵抗しているパウエル国務長官を中心とする穏健派は、外交戦術を重視している。
 しかしこのような内部対立は、所詮コップのなかの嵐であり、全世界がアメリカ帝国に追随するパックス・アメリカーナの実現に向かう強弱のニュアンスの違いに過ぎない。横須賀からインド洋に向けて出発する空母カールビンソンに奴隷のように従う海上自衛隊の護衛艦は、暴力団の親分に媚びへつらう子分に似ているとは思いませんか。21世紀の初頭がこのような構図を描いて始まろうとは想像しなかった。
 但し真相は違う。同時多発テロがあろうがなかろうが、アメリカ帝国は経済恐慌直前にあり、第2次世界恐慌の恐怖の前で全世界が、戦争による恐慌打開をめざしているのが現時点の真実だ。第2次大戦の歴史を再び繰り返そうとしている。1度目は悲劇として、2度目は取り返しのつかない悲喜劇として。(2001/9/22 04:32)

[テロ処罰に関する国際基準に、米国の報復攻撃は合致しているか]
 テロ行為の犯罪類型に対応した国際条約は以下のようになっている。
 @航空機の不法な奪取の防止に関する条約(1970年)
 A民間航空の安全に対する不法な行為の防止に関する条約(1971年)
 B人質をとる行為に関する国際条約(1979年)
 C核物質の防護に関する条約(1980年)
 D海上航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約(1997年)
 これらのテロ防止国際条約の共通点は、容疑者をテロ被害国に引き渡すか、行為者のいる国で裁判にかけるかのいずれかである。テロ被害国の対応は、テロ行為を犯罪行為ではなく武力攻撃とみなし、自衛反撃するという米国・イスラエルの考えは、全て国連で否定され自衛権の発動ではなく犯罪行為と位置づけてきた(1970年代イスラエルのレバノン攻撃、1980年代米国のリビア爆撃)。1970年の国際連合の「国際法の原則に関する宣言」では、「国家は、武力の行使を伴う復仇行為を慎む義務を有する」として、武力報復を禁止した(A)。1988年のリビア人によるパンアメリカン航空機爆破事件の容疑者2人の引き渡しを拒否したリビアに対する国連安保理の引き渡し要求決議とそれに続く経済制裁決議によって、容疑者は第3国オランダでの特設法廷で裁かれ、主犯は終身刑(他は無罪)となった。
 一方、1974年の国連総会決議では、武装集団を雇って他国を砲爆撃したり、航空機を攻撃した場合には、自衛権を発動した反撃ができる侵略行為と規定し、1986年の国際司法裁判所判決でも認められた。ただし、武力反撃は、自衛権を発動しなければ相手の武力攻撃を抑えられない場合に限定され、相手の攻撃に見合う範囲に限られるとされている(B)。
 今回の米国同時多発テロは、国家テロではなく個人テロであるから(A)のケースに該当し、従って米国の報復攻撃の国際法的な根拠はない。いわんや日本の米軍支援の国際法上の根拠はない。(2001/9/19 19:59)

[米国下院武力行使決議に反対した女性議員]
 米国議会は、14日ブッシュ大統領の武力行使を容認する決議を採択したが、カリフォルニア州オークランド・バークレー地域選出のバーバラ・リー氏(民主党)は、唯一反対票を投じた。「どのような困難な評決であっても我々の誰かが抑制しなければならない。我々の行動が悪循環を呼び起こし、コントロ−ルがきかなくならないように、一歩下がってこの評決を考えよう」と訴え、「悪に悪で対抗することのならないように」、「大統領、この恐ろしい力を濫用しては行けない。あなたの決定が米国、多分世界の運命を決める」といった少数の賛成者を得た。
 復讐と制裁のファナテックなムードが全米を覆っているなかで、自らの信念と良心のみによって孤立無援の態度を採る女性議員の行動は、それ自体称賛に値する。長いスパンでみた歴史の評決は、現在孤立した彼女の態度が正当であったことを証明するのではないか。
 パールハーバーのあと在米日本人や日系米国人が強制収容所に隔離されたと同じ現象が、アラブ系に対する迫害として起こっている。非暴力の無辜の市民に対して、制裁と報復を加えるヤクザの論理が横行しつつある。学生時代のブッシュ大統領を教えた或る日本人の教授は、このような無能で知的水準が低い学生が、米国の指導者として最終決断をすることに危惧を述べていたが、全人類の歴史と運命がこのような人物に委ねられている構造自体が、もはや時代遅れのものだ。全世界の非暴力の良心派は、もっと賢明な暴力とテロを根絶する方法を持っている。そのような草の根のグローバル・ネットワークが将来の地球を救うだろう。(2001/9/17 8:34)

[ある経済学研究会からー滋賀大学にて]
 関西を中心とする社会経済学系研究会が、15〜16日の2日間滋賀大学で開催された。滋賀大学は初めての訪問であったが、彦根城に隣接するかっての彦根高商の校舎を彷彿とさせる落ち着いた風情を湛えている。町全体も静かな落ち着きとたたずまいを残した外来者にとっては、ホット落ち着く琵琶湖沿岸に拡がる小都市の良さがあった。しかし夜に入った飲み屋のおっさんの話では、最近活気がなくなり寂れていくと泣き言を言っていた。確かに夕方過ぎにはほとんどの商店が閉店し、土曜の夜の賑わいはなかった。観光地としても不況の影響は免れがたいといったところか。
 さて今回の大会テーマは、「サステイナビリテイーの経済学」であり、価値論と環境論、企業社会と人間発達、アマルテイア・セン、NPMなどの多角的な観点から報告が行われた。私は自由論題として、「オンライン書店と書籍再販制のゆらぎ」という電子販売と公的規制の関係を問題とした発表を行ったが、参加者は少数であった。
 この研究団体は、大西広京大教授の影響下にある研究者が多い。私は大西氏の新自由主義に対するカウンタープランに疑問を持つ。新自由主義的な構造改革と多国籍企業による新国際分業化を歴史的な必然とし、それが裏返しの進歩を伴っているという単線的な発展史観には、弁証法の矛盾としての内的な力関係の争闘の問題が欠落した追認の論理しかない。
 或る歴史的事象が、「資本の文明化作用」という必然性の名において肯定される基礎には、生産力を至上の歴史的動因とみるスターリニズムの裏返しの論理がある。このような研究会の21世紀的な意味とは何だろうか? それは自ら歴史を動かす制御能力の開発と琢磨、人間論的には尊厳の問題に信頼を置けない現状追随がある。戦時期の革新官僚や「反資本主義的」統制経済学派と通底するものがある。客観的には左のポーズをとった非介入主義だ。(2001/9/16 17:42)

[米国同時多発テロについて]
 テロ発生から多くの人のコメントが流されたが、本質的な分析と評価はなく、非難と危機管理強化のキャンペーンに終わっている。イスラム原理主義者(オサマ・ビン・ラデイン)に標的が向いているが、いまだ確たる証拠はない。このような状況においては、認識は根元的・本質的でなければならない。第1にテロとは何か、如何なる状況においてもテロは許されざる行為か、第2にテロ戦術の背後にある極限的な理由は何か、第3に米国の存在は人類史にとって如何なる存在であったか、世界貿易センターはグローバリゼーションの象徴、国防総省は米国軍事中枢機構の象徴を破壊するメッセージはなにか等々。
 このような原理的認識のうえで、目の前にある現象を相互関連において理解しなくてはならない。注目される現象として、第1にパレスチナの子どもたちはなぜ歓喜の表情を浮かべて歓迎しているのか、第2に日本政府の食糧緊急対策ははしなくも日本の食糧自給のいかなる国際関係を象徴しているか、第3に「日本は平和でよい」と胸をなで下ろす平和脳天気多数派の世界認識はなにか、第4にテロを非難する資格を本当に持っている人は一体誰か等々。
 私は米国の象徴に破壊的な打撃を与えた今回のテロは、歴史の進歩を50年から100年の単位で遅らせる致命的な効果をもたらしたと考える。当事者の米国を含めて全世界でテロリストを探索する恐るべき監視システムをもった警察国家が実現し、 非暴力の良心派を一掃するネガテイブキャンペーンが始まる。民主主義は後退し、少数意見が抑圧されるハードな支配が21世紀の初頭を覆うだろう。このような取り返しの付かない歴史的な後退をテロリストはもたらした。私は、このテロによって致命的な打撃を受けたのは米国ではなく、パレスチナであると思う。年老いたアラファトの絶望的な記者会見の光景を見よ。
 同時にテロの背景には、忍び寄る世界経済の大不況もある。この世界不況の負荷を最も受けているのは、第3世界の飢えた民衆だ。経済の力学は、テロの影響を受けて加速度的な独自の法則で、不況から大不況へさらに恐慌へと進む危険性をはらんでいる。これを食い止めるための統制型経済システムを求める声が強まるだろう。
 全ての学問の有効性が真に試される時代がやってきた。社会科学は地球の人間社会の希望のシステムを探求し、自然科学は自然の希望の法則を探求し、人文科学は人間の希望を探らねばならない。
 しかし希望はある。なぜならテロリズムの反歴史性の認識、恐慌に対する乗り越え政策、民主主義の蓄積は、第2次大戦の痛苦を経て、人類の消されざる貴重な遺産として蓄積してきているからだ。最初は悲劇として2回目は喜劇として終わらない人類の英知は確かにある。いまさらの米国の報復戦術の限界は白日の下にさらされ、友愛と連帯への確かな歩みが着実に始まるだろう。殺戮の悪魔のサイクルを絶つだけの理性的な水準を信じることができる。集団ヒステリーの藻屑となって地獄に堕ちるようなことはない。さもなければテロの犠牲者の意味はない。(2001/9/13 20:49)

[波乱に富んだ21世紀の今日も過ぎゆく] 
 台風が洋上に逸れて学園祭の準備も何とか遂行していくなかで、本日は21世紀的なテーマがたくさん飛び込んできた。千葉県で発見された狂牛病に罹患した一匹の牛をめぐり、外食産業の株価の下落が始まり、厚生労働省は「多発すれば人間への影響について検討する」と述べた。狂牛病とは、脳がスポンジ状態となった羊の餌を食べた牛の脳がスポンジ状態となり、その牛から人間へ感染するクロイツフェルト・ヤコブ病である。この背景には、草を食む牧牛から人工飼料を大量投下して牛肉を大量生産する効率最優先の息詰まるような人工牧畜への転換がある。つまりこれは牧歌的な牧畜の自然循環を絶った自然生態系の破壊と自然の復讐なのだ。傲慢な人類への復讐なのだ。
 20世紀の政治は、国民を操作してユ−トピアをつくる社会工学的な方法を試みたが、それらは人間の本性に反する強制であったが故に完全に失敗した(社会主義、ファッシズム)。しかし21世紀は脳科学とバイオテクノロジーの発達により、脳内神経伝達物質の操作や万能細胞(胚性幹細胞)による無制限の寿命が可能となる。すでに全米で他の子より行動が激しい(教室でウロウロするなど)という理由で数百万人の子どもが精神薬を飲んでいる。一方では遺伝子操作で自分の望む子どもが持てるようになる。このような最先端医療には貧富の格差が発生し、貧しき人々のサイエンス享受の反乱が誘発される。以上フランシス・フクヤマ(朝日新聞9/11夕刊)参照。フクヤマは、北欧型福祉社会を全く勉強していないようだ。彼はかって、『歴史の終わり』とか称して資本主義社会の勝利と永遠を賛美したが、一体なんだ此は!自説の敗北を認めてから、つまり学者としての失格を認めてから云え。
 従来の写真は、流れ去る時間をある瞬間で定着させ、その一瞬に時間の流れ全体と本質を凝縮させる決断や決定、自己選択の極めて緊迫した人間的な行為であった。これらがすべてデジタル化されて、映像が静止画の集合であり、あらゆる時間の断片が等質化されて、全ての瞬間は前後の連続性のうちに没してしまい、決定的瞬間の絶対的な意味性は消失する。写真の意味は従って消失していくのだ。黒崎政男(朝日新聞9/11夕刊)参照。果たしてそうか? アナログがデジタル化されて断片の絶対性は、希薄化するのは間違いないが、現象の一回性を定着される瞬間の至上性はむしろますます人間の感性が多様化するなかで輝くのではないか? つまり黒崎氏はハード部分に囚われて、人間の感性が高度化する可能性を視野に入れないが故に、このようなニヒリステックな結論に導かれるのだ。
 アンドロメダ銀河は地球から約250万光年の彼方にある地球銀河系の隣人である。銀河系は相互に相手を飲み込みながら進化し、数十億年で地球銀河系とアンドロメダ銀河は激突する。その時の未来人類はどのような選択をするのだろうか?(2001/9/11 20:14)

[ヴェートーベン『月光ソナタ』についてー或る特攻隊員の最後の演奏について]
 今日のTVのクイズ番組で、太平洋戦争末期の神風特攻隊の問題が出されていた。明日出撃するという上野音楽学校(現東京芸大)出身の特攻隊員2名が、基地から14kmの道を徒歩で或る小学校に行き、そこにあるグランド・ピアノで音楽教師の見守るなか、『月光ソナタ』を最後に演奏して立ち去っていったという話だ。すでにこの話は、「月光」という題名で映画化されて観ていたので、アアあの話だと思っていたら驚いた。映画では出撃した2人の少年は沖縄上空で命を散らしたのだが、事実は違っていた。1人は、戦闘機の数が足りず出撃しないで助かり、もう1人は機の調子が悪く飛び立てなくて生き残った。その1人が、戦後50数年も過ぎた平成2年にピアノの廃棄を知り、名乗り出て思い出のピアノで『月光ソナタ』を再演奏した。65歳になった女教師はその時の譜面を持参した。さらに驚いたのは、もう1人の生き残りは、戦後渡米してジャズミュージシャンになったということである。
 さて私は幾つかのことを考える。生き残りの特攻隊員は、敗戦直後は日本で冷遇され、グレてしまった人が多い。みんな死んだのに何でお前は生きて帰ったのだと指弾された。祖国から非道の仕打ちを2度も受けた彼らは、特攻崩れとして巷を荒らしまわった。あの2人も例外なくそのような無惨な体験があったに違いない。ジャズミュージシャンになった人のココロも理解したいと思う。第2はなぜ映画では特攻死として描いたのであろうか? これは映画監督に直接聞きたい。
 現在グランドピアノは廃棄を免れ、修復されて町の記念館に置かれている。誰でも自由に弾けるそうだ。一度見てみたい。本当はピカピカに磨き上げず、当時の姿のまま保存して欲しかった。廣島の原爆ドームのように(2001/9/7 22:46)

[通信傍受システム「エシュロン」について]

 米国主導下で英、加、濠などが参加する国際通信傍受システム「エシュロン」は、全世界の軍事情報から経済情報・個人情報を傍受している。傍受施設には日本の青森県三沢基地も入っている。無線からインターネットまで全ての通信が傍受されている。このホームページもその対象に入っている。EU議会は、エシュロンを欧州人権条約に反すると9月5日に決議した。すでに欧米の企業では重要な情報は、企業内の電話やインターネットは利用していないそうだ。日本の大企業も。なぜなら、エシュウロンでしかつかめ得ないような企業秘密が事前に漏れ、欧州での取引では米国系企業が勝利する例が相次いでいるからだ。
 私はこのようなシステムをつくる感覚を想像できない。米国覇権主義の全世界を見下す露骨なパックス・アメリカーナの非人間的な疎外状況に唖然とする。しかも日本はその一端を担っているのだ。(2001/9/7 20:36)
 
[イスラエルの高校生「兵役拒否」]

 イスラエルの16歳から18歳の高校生62人が、ヨルダン川西岸とガザのパレスチナ人地区でのイスラエル軍の暴行を批判し、兵役を拒否した。10代の兵役拒否の訴えは更に広がり、インターネットを通じて全世界に訴えられている。62人の高校生は云う、「私たちはイスラエルで生まれ、育ち、まもなく兵役召集を受けようとする若者です。・・・・私たちはイスラエル人の人権侵害に反対します。・・・・イスラエルの犯している土地接収、裁判なしの逮捕、処刑、家屋破壊、自治区封鎖、拷問などのイスラエル軍の行為はイスラエルも批准している国際法に反する。・・・・・私たちは良心に従って、パレスチナ人への抑圧に係わるのを拒否します。その行為はテロ行為と呼ばれてしかるべきものです」。朝日新聞9月6日付け朝刊。
 さてイスラエル高校生の兵役拒否は、当然刑務所へ行くことを覚悟した行為である。彼らは、祖国に対する義務への反逆者であるのか、逆に勇気ある真の愛国者の態度であるのか。祖国への義務は、その内容に係わらず絶対に忠誠でなければならないのか。祖国の政策が間違っているならばそれを拒否するのが正しいのか。この結論はニュールンベルグ裁判ですでに出ている。たとえ特別権力関係にあっても、自らの良心を優先させなければならないのである。
 問題は勇気である。彼らは無条件に勇気ある人である。彼らは投獄される。遠い異国からそれをみている私たち日本人は、なにをするのか。彼らを直接助けるのか。それができる人はそれをやればよい。しかし、無数の形を替えた良心の選択を迫られる問題が、私たちの前に蔓延している。私たちはイジメの傍観者となってはいないか。私たちは沖縄を見殺しにしていないか。私たちはアイヌ人を見殺しにしていないか。そうして、私たちは私たち自身を見殺しにしていないか。日本はイスラエル政府支持の態度をとっている。・・・・・ア〜!情けない!! 私たちの今とるべき行動は明らかである。(2001/9/7 20:20)

[ウ〜ン 歴史の真実はやはり勝利するのか!?]
 ノルウエーのノーベル賞委員会は、平和賞創設100年を記念した出版物で、佐藤栄作元首相への受賞が間違いであったとする内容を発表した。佐藤が受賞した意味は非核3原則にあったが、じつは佐藤は「ベトナム戦争で完全に米国を支持し、日本の非核政策をナンセンスと云っていた」とし、「佐藤受賞に対する日本国内の不信、冷笑、怒りさらにワシントンポストの騙されたという論」等を列挙している。選考委員の1人は、「受賞が決まりながら辞退した北ベトナムのレ・ドク・ト氏が、アジア初の受賞者になるはずだった」と語っている。すごいなあ〜やっぱり真実は暴かれるんだ。歴史を信用していいな・・・と改めて再認識することとなった。確かに佐藤栄作の受賞に際して、殆ど全ての日本人は違和感を抱き、誰しも選考委員会に不信を持ち、祝福しなかったことは事実である。このような真実が放置されず、指弾されるところに欧州民主主義のレベルがある。だとすればいさぎよく誤りを認めて剥奪すべきである。
 朝鮮独立運動の指導者であった金九氏を暗殺した軍人安斗きは、米軍防諜部隊CICメンバー(スパイ)であったことを示す公文書が米国公文書館で発見された。米陸軍情報局のファイルで、暗殺直後に米人情報将校が作成したものだ。金九は、19世紀末の日本人による朝鮮王妃暗殺に憤激して日本軍人を暗殺後、独立運動に参加し、大韓民国臨時政府の最高責任者となり、解放後朝鮮南部のみの政府樹立に反対し、南北統一政府を主張した。米国は、このような他国の内政干渉に対する、また殺人に対する謝罪をすべきである。
 私は今日歴史は結局真実を裏切らないのではないか、いつの日にか必ず真実を明らかにするという微かな希望を抱くことができた。歴史的ニヒリズムに陥りやすいこの頃ではあるが、一筋の光をもたらしたニュースであった。朝日新聞夕刊9/5付け。(2001/9/5 20:47)
 
[ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて(上巻)』(
岩波書店 2001年を読んで]

 アメリカの日本現代史研究者による敗戦期日本の全体研究である。敗戦直前から占領期日本の権力上層から庶民に至る膨大な史料を駆使して敗戦期日本の全体的な実態をイキイキと描写し、敗戦ドイツとの比較分析を行いながら、リアルな分析を加えている。このホームページでも靖国神社参拝をめぐる賛否両論が熾烈に闘わされたが、その前提としての日本の戦争と戦後処理についての「共通認識」の基礎を提供している。このような現代日本史研究が、なぜ日本に刺激を与えるのであろうか? 第1に、外側から見た(学的研究の対象として)日本をみることができる、第2に論争の渦中にある日本から距離を置いて日本を見ることができる、という客観性にあるのだろうか? 
 しかし私はこのような外国人の日本研究に依存してしか、客観的な分析を加え得ない日本の現状を悲しく思う。日本人の現代日本史研究者のほうこそ、はるかに冷徹な分析を加える力と矜持を持っているはずだ。逆に言えば、日本人のアメリカ研究書に耳を傾けるアメリカ人がどの程度いるかは疑わしい。結局の所、最近の反動現象を外国の良心的な研究者の分析に依拠しているに過ぎない。
 さらに言えば、アメリカの研究水準は、リアルな事実に基づく実証的な事実の総和と分析に留まり、概念的に昇華させる力が弱いと率直に指摘しておきたい。ジョン・ダワーの研究の致命的な限界は、米国が奴隷制もとでアメリカ経済の基礎を形成し、第1次大戦以降のパックス・アメリカーナによる世界支配に対する問題意識が弱い点にある。米国教科書にベトナム戦争の加害認識は登場しない。そのような現代認識の限界が、この書の裏にある隠された歴史認識の欠陥ではないか。以上は、上巻を読み進めている途上に抱いた私の率直な感想である。(2001/9/2 17:04)

[鳳晶子『みだれ髪』]
 新学期の学校の帰り道に、古本市に寄った。今回は廉価本の中に面白いのが結構あって、結局2万円少々の買い物をした。そのなかに『みだれ髪』の初版本の復刻が500円であり、つい買い求めた。与謝野晶子と思いきや鳳晶子とあり、与謝野鉄幹と結婚する前の姓であるのか、初めて知ることとなった。 この歌集で最も有名なのは、”柔肌の熱き血潮に触れもせで 寂しからずや道を説く君”であるが、私がそそられるのは”その子二十櫛に流るる黒髪のおごりの春の美しきかな”である。これは晶子自身を歌ったのであろうが、大人が最も眩しく映る少女期の輝けるばかりの昂然たる姿を想像させ、時には嫉妬に似た反感をも呼び起こす。最近は”カワユイ”といわれる幼女のような女が人気があるみたいだが、私は晶子のような妖しいパッションがあふれ出る危うい道を何らの計算も拒否して、突き進んでいく感じが好きだ。このような匂いたちのぼるロマンの世界が消えて久しい。封建的な抑圧から解放されようとしている瞬間のみずみずしい情熱が辺りを覆い、まさに生命が生命の自然の姿をとって現れてくる原初的なイメージがただよう。現代管理社会の抑圧から解放されようとする瞬間のイメージは、もっと違ったものであろうが、それは未だ見いだされず、退廃に飲み込まれている少女の群もある。中学校の国語の時間に先生が、石川啄木の明星初当選歌”血に染めし歌を我が世の名残にて 幸いここに野に叫ぶ秋”を紹介し、いまでも鮮明に想い出す。現代の少年はどうか知らないが、おそらく当時の少年後期の心を掴んで放さないドキドキするような歌群だったと思う。
 救いがたい退廃と泥沼に陥り、のぞみとはげましを喪失している現代文学は、その大部分が文学史に残らないのではないか。晶子の時代の燃え上がるような自由と解放への希求が、現代に姿を変えて現れてくる・・・・・そのような期待を果たして抱けるだろうか。(2001/9/2 12:03)

[バオ・ニン『戦争の悲しみ』(めるくまーる社 1997年)・・・ベトナム・ドイモイ文学の傑作]
 古本屋の100円均一コーナーにこの本があった。私が買ったのは、訳者が井川一久(ベトナム問題ジャーナリスト)であったことと、100円であったことに過ぎない。読み進んでベトナム文学の最前線の一端に触れ、暗然たる気持ちとなった。ベトナム戦争は、私の青年期と同時代で、米国軍と闘うホーチミン指導下の解放戦線は、まさに正義と真実を貫くヒロイックな民衆軍として全世界の良心を凝集しているかの感があった。名古屋の金山体育館(今は名古屋市民会館?)でのベトナム歌舞団の公演は、会場溢るる超満員の熱気に包まれ、ベトナム少女の清らかな歌舞に圧倒された。並べた竹を飛び交う姿と竹の打ちかう音響を今でも想い出すことができ、あの少女達がその後の戦闘で全員戦死したことを知り、私は何とも言えぬ息苦しさを覚えた。確かにあの時代、正義に身を捧げる意味とその神々しさを身を以て示すことができた時代が世界にあった。
 ところがこの小説に描かれたベトナム戦争に従軍した北の若者は、そのような汚れなき英雄とは描かれていない。戦場で煩悶し、恋人を辱められて絶望し、勝利の帰還の後に、トラウマを抱えて酒に紛らわすペシミックな生活を送る姿だ。『地獄の黙示録』『7月4日に生まれて』『デイア・ハンター』などハリウッドが暴いたベトナム戦争のアメリカ青年の悲劇は、実は敵側のベトナム青年の側にこそ、もっと深刻な実態としてあったのだ。
 社会主義リアリズム路線で「典型的状況の典型的人物」を描いてきた既成の文学を遙かに越えるヒューマンな文学が、他ならないベトナムで登場していることに驚愕した。右であれ、左であれ、綺麗事では真実は描かれないということがよく分かった。この小説は、真の意味で戦争を告発する「反戦」小説だ。
 世界史上最強の帝国であるアメリカを、ほととんど素手でうち破ったベトナムの抵抗の歴史的な意味は消え去ることはないが、ドイモイ政策のなかで剥き出しの市場利益追求型の人間が生まれていることも否定できない。あの戦場で命を散らした若者達は死の意味はどこにあったか? 
 私は、抑圧システムへの抵抗過程において顕わに示される最後の極限的なヒューマニズムと、解放の目的を達成した後にやり抜かなければない地道な手探りの設計と創造の過程で生じる反ヒューマニズムの背離と葛藤をどう解決すればいいのか、いまだ答が見つからない。(2001/8/31 20:35)

[哲学者芝田進午氏の逝去について]
 戦後日本の唯物論哲学の一翼を担った芝田進午氏が、3月14日胆管ガンで息を引き取った。私は、学生時代に『人間性と人格の理論』『現代の精神的労働』の体系的な考察に大きな学問的刺激を受けた。彼は東大卒業後法政大から廣島大に移り、生涯を平和と人権、民主主義のために捧げ、アカデミズムの講壇マルクス主義ではなく、実践の最前線に立ってきた。私は、むしろ彼が晩年集中できなかった理論作業の方に興味がある。善くも悪しくも戦後的な枠組みのなかで考察された『人間性と人格の理論』を現在の新たな質のステージに置いて展開し、発展させるのが生きている私の課題ではないか・・・と思う。死に臨んだ最後の言葉は、「よくみえるが、色がない おーい おーい」であったそうだ。10月6日東京で開かれる偲ぶ会には、是非出席したいと思う。(2001/8/30 2428)

[なぜ夏休みは終わってしまうのか・・・・賛嘆の辞]
 大林宣彦(映画監督 作品に『転校生』『さびしんぼう』『青春デンデケデンデケ』など)の感性は、スゴイ。彼は夏休みの終わりについて、「未知の世界に向かって一歩を踏み出すのは恐ろしい。だから子どもたちはいつも世界に向かって緊張している。大人はひと夏の前も後もそんなに変わりはない。夏休みの哀しさを忘れ、生きる意味も忘れる。夏休みの終わりを考えることはだから、この人生において忘れてはならないものだと思う。その哀切は、じつは来るべき明日を創造する力なのだ」と述べている。このような少年期のココロをリリカルに語る60歳を越えた人間を初めてみた。残された3日間の夏を凝縮したなにかを持って終わらせなければならない。朝日新聞8/28夕刊。
 しかし私はこの夏の終わりに、世界が直面している目を背けられない幾つかのことを記す。米国の犯罪服役者が2000年末で過去最高の650万人!となった。内訳は成人32人に1人という割合で、刑務所193万人、仮釈放柱73万人、保護観察中384万人で、1990年から10年で49%増大している。最大はジョージア州で成人の6,8%、テキサス州で5%であり、何れもブッシュ大統領の地盤だ。これは何を意味しているか? 新自由主義自己責任原則のもとで多くの人が未来を失い、自暴自棄で犯罪に走っていることがよく分かる。日本では、ストレスが他者攻撃の外向型よりも自己攻撃の自殺へ向かうが、米国は逆だ。このようなアメリカ・モデルで21世紀に臨んでいる日本の聖域なき構造改革がどんな悲惨なものになるかを暗示している。
 オーストリアの「ウイーン樹木保護法」(1973年)は、幹周り40cm以上のウイーン市内の樹木は、伐採は許可制、伐採しても別の樹木を植える義務制、違反は罰金又は6ヶ月の懲役となっている。自分の庭にある私有財産の樹木も例外ではない。「経済が繁栄しても、生活の質が悪化してはなんのための経済か」という自然との共生思想がある。米国型経済優先主義とオーストリア型エコロジズムの何れに地球の未来はあるか!? 
 「大きな古時計」(H・Cワーク作曲)という歌がある。この歌はなにか哀切が漂う歌だが、米国南部奴隷州の自由を求める哀しみから生まれた。宇多田ヒカルは、ファンであった池田小の犠牲者山下玲奈ちゃんの死を悼む「FINAL DISTANCE」を制作したが、プロデユーサーはこの歌を音楽番組でほとんど採用しない。私はしかし、このような世界にこそ真摯な未来の姿を見る。「これが人生だったのか! ヨシ!さらばいま一度!!」(ニーチェ)と述べて、全ての人がこの世を去りゆくために。(2001/8/28 20:18)

[「モーニング娘」のオーデイションについて]
 昨夜のTVでモーニング娘のオーデイションの過程を放映した番組を見た。このような世界には余り興味がなかったが、ついつい引きずりこまれてしまった。全国から1万人以上が応募し、最終選考に残った8人ほどのメンバーの宿泊オーデイションとスタジオの最終結果発表シーンの放映である。中学生期の少女達の限界状況に直面した真剣さと喜怒哀楽には、なかなかの迫力があり、いずれも甲乙付けがたい音楽的な感性と身体表現の才能を持っているようであった。特に最終結果を発表する瞬間の表情と、発表後の合格発表を聞く表情は圧巻であり、私は敗者の表情にとくに注目した。無表情の裏に隠された無念の想い。或る目標に対する全力投球の過程とそれに対する残酷な結論の瞬間。
 しかし私は、10代の少女が自分の持てる情熱の全てを投入する対象と目的に、いささか暗然たる違和感を覚えた。「I love Newyork!」(いまニューヨークを賛美する歌が少女になんの意味があるのか!?)と歌いながら展開する集団舞踏の余りにも主体性のないロボット性!プロデユーサーに神のごとく服従しながら、虚飾の栄光を掴もうとする操り人形のようにしか見えない。現代日本の少女期は、このような表面的な華やかさと貧しさを見抜けない感性しか育っていないのだろうか! 少女達のあどけない笑いとこぼれ落ちる涙を見れば見るほど、商業主義文化を主導する大人たちの犯罪性を感じる。たった一人スゴイという印象を残した北海道出身の確か小川という名前の少女がいた。自分の激情にジット堪えながら、対象に挑戦するドキドキするような痛々しさとけなげさがほとばしっている。プロデユーサーがこの少女をトップに選んだのはさすがだ。しかしこの少女は、こんな虚妄のグループに身を委ねるのではなく、本格的な音楽か演劇の道を選ぶべきではなかったか。彼女には、ニューヨークのアクターズスタジオのようなホンモノの世界を見る経験を与えるべきだ。逆に言えばこの少女の加入によって、「モーニング娘」は崩壊する妖しい危険性をはらむことになったのではないか。
 いずれにしろこのオーデイションは、「モーニング娘」の延命を図ろうとするプロダクションがTV局と仕組んだよく使われるタレント誕生の戦略であり、所詮少女期大衆文化のワンシーンに過ぎないが、虚妄の自己表現の世界にこのような形でからめとられている少女達の競争世界をうかがえて、面白いといっては失礼だが、現代の大衆少女文化の一端に触れることができた。欧米では決してマスコミには登場しない文化だ。
 本質は日本のエンタテイメント市場のマーケット分析と文化産業の無視できないGDP寄与度にある。SMAPメンバーの逮捕が与えた経済効果は、CFで総計19億5千万円のマイナス効果(逮捕者のみの損失は1億5千万円)、その他のTV番組やグッズ、CD等の売り上げ効果を含めて、約100億円のGDPマイナス効果を生んだ。このような第3次産業によって支えられている日本のGDPは果たして意味があるのか? そのようなマーケットに放り込まれる少女達の人生、それを見て喜んでいる消費者たち・・・日本の社会はどこかおかしくないか?(2001/8/27 11:29) 
 
[大韓民国の日本認識について]
 扶桑社の歴史教科書の採択率が最低に終わったことに、韓国内では実は戸惑いが拡がっている。まさか日本で扶桑社教科書に反対する世論がこれほど強いとは思っていなかったようだ。この理由を韓国マスコミは、日本=侵略者という一面的な反日教育にあると呼びかけている。これはメダルの両面ではないか。日本では侵略を正当化し、韓国では反日教育をするという関係が限界に来たことを示している。欧州で進んでいる侵略国と被侵略国が共通教科書を編集し、歴史の共通認識の形成することが今ほどアジアに求められているときはない。
 一方韓国内部では、自国の歴史教科書の制度と内容の再検討も進んでいる。全国共通の1種類の国定教科書制度を廃止すること、社会主義者の独立運動を正しく評価すること、日本の植民地官僚機構をそのまま継承した韓国政府樹立過程など広範な問題が対象となっている。韓国で同時に進んでいる他国に対する批判活動と、謙虚な自己検討こそ、あるべき国家の自己革新のイメージではないか。
 さらに韓国内で違和感を持って迎えられるのは、日本人の或る個人が韓国に対して「申し訳なかった」と個人的に謝罪する姿だ。韓国の人にとっては、謝罪の主体は日本政府なのであって個人ではない。韓国に個人的に謝罪する人は、実は日本政府に謝罪をせよと鋭く迫るべきではないか・・・・というのだ。或るフランス人は、「私たちにとっては、かってのドイツは侵略者であるが、現在のドイツ人を疑うことはない。多くのフランス人がナチスに協力してきたことを見逃すことはできない」という。先日のBS深夜放送でドイツ大企業の強制労働犠牲者に対する100億マルク(一人60万円)の賠償過程を追跡していたが、ドイツの大企業と政府が協力して戦争責任を引き受ける過程がある程度分かった。その財団の名前は、「記憶・責任・未来」と命名されている。このような歴史に対する真摯な責任感が、私も含めて我が祖国日本には決定的に欠けているのではないか。(2001/8/27 10:56)

[南こうせつ ライブイン仁和寺]
 夕方BSを観ていたら、仁和寺の山門をバックに南こうせつのライブ中継があり、なかなかの風情であった。ゲストの杉田二郎の「イムジン河」はこの時代に勇気のある選曲であり、懐かしく私の青年期を想い起こさせるものであった。中国人女性の古弓と鼓童出身者の和笛も寺院の雰囲気にマッチして、久しぶりの和風コンサートではあった。彼らフォークシンガーも今や齢50歳を越え、時代に迎合せず自らの音楽の世界を構築している。仁和寺の僧侶集団による声明(しょうみょう)もあったが、このほうが日本の歌の源流を感じさせる荘厳な独自の音楽世界を響かせていた。中継を企画したNHKデイレクターに敬意を表したい。同時に名古屋で行われたスマップ公演は、メンバーの一人が逮捕されたかのようで、大観衆の割にはなにか寂しく、このような大衆迎合のアーテイストとも呼べない素人少年のグループは、時代の波の中に洗われて藻屑となって消え去るだろう。フランスの文化予算の10%にも満たない日本の貧しい文化政策の中で、自らの芸術の世界を維持していくのは大変な苦労があるだろう。けなげに苦闘する南こうせつのシャンソンの叙情性を持ったフォークの世界の健闘を祈る。(2001/8/26 19:55)

[障害者スポーツから]
 私の通うスポーツジムに2人連れの視覚障害者がお互いに手をつないでやってくる。一人は弱視で相手は全盲のようだ。二人はトレーナーの助けを受けて、ランニングや筋トレを黙々とこなしている。弱視の人は、常に恥ずかしげに微笑しながらしかも楽しそうに励んでいる。私がビックリしたのは、彼女が今年の北海道100kmマラソンに出場し、サポーターと手を結びながら制限時間内に健常者にひけをとらないタイムで完走したということだ(障害者の平均タイムは健常者の1,5倍と計算される)。
 金山広美さん(45)は、30歳で完全に失明してから登山を始め、今年ヨーロッ・アルプス最高峰モンブラン(4808m)にガイド2人との登頂に成功した。斜度65度(!)、標高差400mの氷壁(!)、壁に張り付くようなわずか15cmのルートにどんな恐怖感が襲うかは、夏登山しかやらない僕にもよく分かる。次はキリマンジャロ(5895m)だそうだ。自分の好きなことを自分のペースでやるのが一番という。テキストデータの音声再生機の開発が夢であるそうだ。
 私は謙虚に彼らの生き方から学びたいと思う。彼らの生き方を見ていると、私も何ほどのことはやれるのではと思う。(2001/8/26 17:36)
 
[ヴェルデイーの歌曲を聴きながら]
 ブロッホについて書きながら、FM放送からヴェルデイーの歌曲が流れてくる。いままであまり歌曲の世界には興味がないままきたが、情熱が怒濤のようにほとばしってくるアリアに引き込まれ、イタリアオペラの圧倒的な底抜けの男性的な明るさにカタルシスのような開放感を味わった。この間の人間のやるせない負の世界を吹き飛ばすようなこの迫力は、無条件に人間を肯定できる1次的で素朴なメッセージがある。つい仕事を放棄してこのようなエッセイをしたためることとはなった。
 蘇ってきたのは高校時代に或る煩悶の中で訪れた禅寺の禅僧との対話である。彼は顔面神経痛で顔の片面が歪み、それをマスクで覆っていたが、一言「ヤア! 楽しく行こうよ」といった。私は、今から思えば取るに足りない悩みがこの一言で一気に流され、なにかホットした救いの感覚を味わった。あのような微妙なココロは今やどこかに消え去り、世俗のなかでかって以上のつまらない悩みの日常を送っている。
 イタリアオペラとは異なる音楽世界で、アメリカニグロスピルチャルが聞きたい。特に「アメイジンググレイス」は私にとって救いの世界だ。奴隷制下でのたうつ黒人達が、イエスの天上世界に希望を懐くしかなかったなかで生まれた呻きとしての霊歌は、宗教曲を越えた普遍の世界だ。あと一週間で新学期が始まり、若者達との生活が再会する。さてこれからヴェルデイーのCDを買いに、今池の中古CD屋に行こう。(2001/8/26 13:30)

[「直立歩行、それは動物との際だった相違点だ。しかし、人間はまだ直立歩行していない(エルンスト・ブロッホ『希望の原理』)のだろうか?]
 ドイツの哲学者ブロッホは、ナチスの迫害を逃れて米国に亡命し、戦後帰国した東ドイツのベルリンの壁を契機に西独への亡命という生涯を絶望のうちに終えた。その彼の主著が『希望の原理』である。彼は、あらゆる夜の絶望のなかで尚かつ希望への探求を捨てなかった。
 彼の生きたファッシズムと戦争のハードな絶望期に較べて、まさるとも劣らぬソフトな絶望がいま私たちの前にあり、それはめくるめくような幼少年期の「イジメ」となっている。昨夜のNHK「しゃべり場」では、中学生から高校生期の少年が、イジメについての赤裸々な体験を語り、救いへの身よじるような話し合いを行っていた。最も夢と希望に溢れている輝かしい青春期が、血みどろの内部葛藤のなかで汚されている。少年達が、そこからの脱出を微笑を浮かべつつ、「イジメのなかでも成長する」「イジメによってなにかを学ぶことができる」とも語り合うのをみていると、その痛々しさとある種の神々しさがある。イジメのなかでもなお、人間への信頼を恢復したいという叫びに近い呼びかけがある。ムンクの『叫び』が生々しく現実の教室に蔓延しているかのようだ。このような青春期をプレゼントしているのは、むろん少年自身ではない、では誰だ? それは垂直的な勝敗社会をつくりだしている私を含む大人だ。私の前半生はこんな青春期を提供するために生きてきたのか? 篠田正浩監督の映画『少年時代』は、田舎へ疎開した小学生の学級内でのドキドキするような権力闘争のなかで繰り広げられる友情や裏切り、憐れみを描き、まさに「毅然として孤立して立って背筋を伸ばして歩く」少年の成長を描いているが、そこにはイジメの快感といった退廃はない。あくまで力と権威の勝負の世界であり、いまのイジメとは違う。
 ブロッホは、「背筋を伸ばして歩け」「まっすぐに毅然として立って歩け」という。確かにそうだ。しかしそれはすでに世界を構想できるちからを備えた知的強者の言辞ではないか。弱者への抑圧の移譲のなかでだれかをスケープゴードにして、そこに攻撃を集中するシステムほど動物的な退嬰のシステムはない。見て見ぬ振りをする傍観者多数のなかに私自身も無意識のうちにいる。
 私は絶対の絶望状況の中で、2万数千人の犠牲の後に、最後に希望に向かって「直立して立ち上がった」ハンセン病患者こそ、「希望」を語る条件を備えていると思う。彼らの存在それ自身が、私にとっては「希望」の姿である。醜く歪んだ相貌をさらけ出しながら、気高い美しさが確かにあるということを身を以て示した人たちこそ、膝を屈して生きていく魔性のような惰性にうちかつ力が人間にはあるんだという確かな可能性をもたらしてくれた。汚濁の真っ只中にある少年たちに、私はあなたがたこそ地の塩だといいたい。それを言う資格があるかどうかを私自身に問いかけなければならない。(2001/8/26 11:45)

[「全世界を流謫の地からかんがえる」・・・ウーン!?]
 12世紀のフランスはセーヌ川左岸につくられたサン=ヴィクトル修道院は、世界で初めて「教養」という学問領域を開拓した。教養Liberal Artsは、直訳すれば「自由な学」ということで、ここで言う「自由」は人間を隷属から解放するという意味で、生活や金儲けなどの世俗的な価値を超えた知の獲得を意味する。サン=ヴィクトル修道院のフーゴーは、「祖国が甘美であると思う人はいまだうぶな人に過ぎない。けれども、全ての地が祖国であると思う人はすでに強い人である。がしかし、全世界が流謫の地であると思う人は完全な人である」(『デイダスカリコン(学習論)』という。自分だけ安全な場に置いてなにかを語るのではなく、罪人が流刑されたと同じ思いで、世界を眺めるときに世界の本当の姿が見えてくる・・・といった意味か。
 このような構えは久しく味わったことがない。いつも日常の生活に流され、目の前の成果を挙げることのみに汲々としてきた自分の在り方をフト留まらせる言葉だ。遙か厳寒のシベリアの監獄から、全世界をみた人にとって、世界はどのように映ったのであろうか。しかし私は、いまココにある流刑の地に自らを置き、もう一度周りをシカと見てみたいと思う。なにか猛烈な知識欲が湧いてきた。権威と呼ばれている全ての人たちには申し訳ないが、あなた方の意見をすべて一旦は保留し、ホントウニ正しいかどうか私自身の頭で考え抜きたいと思う。そしてでき得れば、私が初めて発見した・考えた法則や真理をあなたがに提供したい゙・・・と思う。それができなければわたしがこの世に存在した意味はない。(2001/8/25 21:02)

[精神分裂病の名称変更について]
 日本精神神経学会は、患者団体の要望を受けて「精神分裂病」の名称変更を検討し、@「スキゾフレニア」(ラテン語の読みのカタカナ表記)、A「クレぺリン・ブロイラー症候群」(疾病の概念と診断に功績のあった人名)、B「統合失語症」(原語の翻訳)の3案が浮上している。
 「精神分裂病」は、否定的な印象で患者の社会復帰を阻害し、医者が病名を告知しにくい。本来精神分裂病は、連想の分裂を意味する精神医学用語だったが、精神機能全体の全面的な分裂を意味するようになり、分裂という部分的な症状で病気全体を代表することはできないという医学的な限界もあった。
 私は、ここにハンセン病と共通した偏見と隔離主義を克服する人権と民主主義の成長を実感する。ライ病がハンセン病と言い替えられたように、精神分裂病患者の人権と社会復帰の途を開く新たな用語がどのように決定されるか、その決定過程に大きな関心を抱かざるを得ない。朝日新聞8月24日付け夕刊参照(2001/8/24 20:51)

[過ぎてゆく8月のために]
 エッセイ欄が長文で重たくなり、悪戦苦闘して分割した。これからはエッセイへの寄稿時間も短縮されると思うと嬉しくなる。さて長い8月も1週間を切り、台風一過少し秋の囁きを覚えるこの頃である。夏休み突入期に立てた私の決意はおおかた流産したが、しかしそれほど悔いはない。単行本の校正が終わり、いよいよ上梓を待つばかりとなった。出版社が送ってきた1次校正はさすがプロのものであり、微に入り細にうがって詳細な校正が施されてあった。或る1冊の本の出版に責任を持つという気迫と冷静な理性が伝わってきて、著者自身の姿勢も正されるような迫力を覚えた。校正者は一生他者の原稿に自己の人生を賭けてこの世を去っていくと思うと、なにか粛然と襟を正すものがある。私の著作は決して売れないことは確信できるが、世界の片隅でこの著を手にして何らかのものを手にしてくれる人が、少数といえどもいることは信じることができ、私という人間が存在し何ほどの物を残してこの世を去っていったか、ささやかな記念の証として刻印されれば私は満足だ。(2001/8/24 13:30)

[Yasukuni War Shrine靖国戦争聖堂について]
 靖国神社の公式英語名は靖国戦争聖堂だ。数ある日本神道の神社のなかで、唯一明治政府以降の大日本帝国の側にたってその命をEmperorに捧げた臣民の慰霊をおこなう神道施設だ。従って欧米から見れば、日本の近代戦争すべての最高戦争責任者を含む戦争参加軍人を慰霊する戦争聖堂なのだ。一宗教法人に過ぎない靖国戦争聖堂にかくまでパッションを捧げて拝礼するPrime Ministerの精神構造と彼が象徴的に表現している戦後日本の構造を解析しなければ、このような唾棄すべき行動が二一世紀にいつまでも無駄なエネルギーとして続く.。ただしPrime Minister個人のステーツマンとしての資質、つまり社会科学的な基礎知識(不況をを勧めるシステム改革)とインターナショナルな想像力(米国崇拝とアジア蔑視)のどちらもが決定的に不足し、断定的なトーンと言辞によるポピュリズム大衆扇動家として乗り切らざるを得ないという点もあるだろうが。
 想うに「英霊」と命名された戦争犠牲者は、文字通り誤てる国家意志の犠牲者なのであって、自らが戦争聖堂に収容される二重の裏切りと虚構に呻いているであろう。彼らの魂を戦争聖堂から救い出し、彼らの望みにふさわしい慰霊の場所に移すなかでしか彼らの本当の安らぎはない。
 米国政府は、太平洋戦争時の在米日系人強制収容を謝罪し、1990年に大統領謝罪文と個人補償2万$を約8万人に渡したが、今回米国防総省(!?)が2千万$を支出し、米国民主主義の汚点を記憶するための「民主主義のための殿堂」を04年オープンに向けてつくるそうだ(8月13日朝日夕刊)。日本のPrime Ministerが21世紀にしなればならないのは、アジア諸国の無辜の民に与えた犠牲の罪責をこうした形で示し、戦争責任と戦後処理を文字通りキッパリと遂行することである。
 なぜなら21世紀はあらゆる意味で日米同盟が終わりをつげ東アジア共同体へと移行する世紀だからだ。日本の偏狭なナショナリズムがいかに戯画的なものとなるかは、あの独仏がEUとして欧州共同の家に進んでいるなかで、ますます露わとなってくるだろう。わたしは戦争遺族の一人として、Prime Ministerを哀しく憐れみ、彼とは全く違った慰霊をおこなう。(2001/8/14 10:42)

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