◆映画/演劇批評01(2005/1/4〜2013/12/11更新)
◆映画/演劇批評03(2005/1/4〜2013/12/11更新)
[ニキータ・ミハルコフ『遙かなる勝利へ』(2011年、ロシア映画)]
ミハルコフの『太陽に灼かれて』『戦火のナージャ』に続く戦争スペクタクル3部作のヒューマン大叙事詩の最後の作品です。ソ連崩壊後のロシア映画が、こうした長編劇映画に投資するのはひとえに監督の名声によるのでしょうか。ハリウッドの戦争巨編と本質的には同じですが、素朴な民衆の生活感溢れる描写はさすがロシアだと思います。ヒューマニズムが戦争という極限状況でのなかで際立つのは明らかですが、最後の素手による突撃と地雷の場での娘との再会は、やはりエンタテイメントを視野においた演出たっぷりで、ロシア的な英雄崇拝と家族ヒューマニズムの発露であり、作為的な演出がうかがわれます。むしろ、ノンエリートの太っちょの庶民の言説とそれを選ぶ元妻の生き方にこそ、リアルなロシア民衆の生きざまが感じられます。久しぶりの長編巨作で堪能することができました。チマチマした日本映画の貧困が逆に照射されます。名演小劇場にて。(2013/12/11)
[マルガレーテ・フォン・トロッタ『ハンナ・アーレント』(2012年、ドイツ・ルクセンブルグ・フランス映画]
映画館に30分前に着きましたら、観客の長い列ができていたので、驚きました。こんなことははじめてです。なにしろ、世界的に著名な亡命ユダヤ人政治哲学者を主人公とする映画でしたから、関心を集めたのでしょう。焦点は、ナチス逃亡幹部アイヒマンの裁判に対するアーレントの有名な分析「悪の凡庸さ」と、占領地のユダヤ人評議会のナチスへの協力をめぐる熾烈な論争にあります。アーレントは、ドイツ官僚制がもたらした根源悪と、事実としてのユダヤ人指導者のナチス協力を指摘しているのですが、演出そのものは表面的で、なんとか彼女の友人と家庭に於ける人間らしさを浮き彫りにしようとし、思想そのもに迫り得ていません。とくに「私はユダヤ人を愛さない、愛するのは友人と家族だけだ」という近代個人主義的な愛の思想をあらわす台詞こそ、実は彼女の思想を浮き彫りにするのですが、そのあたりの突っ込みは不足しています。さらにナチに協力したハイデッガーへの批判的な考察はほとんどなく、ここにアーレントの致命的な欠陥があるのですが、それは男女関係の不倫のレベルに終わっています。トロッタ『ローザ・ルクセンブルグ』もそうでしたが、著名人物への内面的な迫り方が不足して、個人的才能と時代との葛藤で苦悩する姿を賛美する範囲に終わっています。思考の至高性を説く思想家の描写にしては、映画そのものは思考していません。ヴィスコンテイ『地獄に落ちた勇者ども』のような、迫真的で深層をうがつような演出が望まれます。しかし、こうした主題を正面から取りあげて映画化するドイツ文化の厚みと重さは、日本映画の及ぶところではありません。奇妙な実在感があるのは、実写のアイヒマンであり、キョロキョロと動く視線はドイツ官僚制の問題性が表情の端々ににじみ出ており、これは東京電力の原発部門の技術者と同じです。結局のところ、ナチスの根源悪は、「悪の凡庸さ」というような情緒的な切り口では、実相に迫り得ないのです。それは、アーレントが「このユダヤ女の豚、死ね!」という脅迫状に打ちのめされてしまう姿に象徴されています。600万人のユダヤ人はまさにゴミとして処理されたのですから、アーレントはこんな脅迫状など歯牙にもかけなかったに違いないはずです。ただ、『全体主義の起源』はもういちどきちんと読んでみなければと思いました。いつものように、パンフの評者たちの歯の浮くような讃美のエッセイにはうんざりさせられました。シネマテークにて。観客は補助席まで出して満席。(2013/11/23)
[文学座『殿様と私』(作・マキノノゾミ、演出・西川信廣)]
NYミュージカルの「王様と私」を明治の鹿鳴館時代の日本に置き換えた翻案劇ですが、脚本と演出がしっかりしていて、劇的水準はさすがに文学座だと堪能させます。本質的には、「上からの近代化」をめぐる葛藤と受容というテーマをリアルに描き、今日的な問題とも結びついていますが、西欧近代化を基本的には肯定しており、ここらが文学座の限界となっています。それは第1に、福沢諭吉の批判が登場しますが、近代化以降の脱亜論的なアジア認識の問題がまったく欠落し、とくに米国留学によって人生が開かれるような幻想性への疑問が捨象されているところにあります。第2に、滅びゆく階級へのノスタルジックな共感によって、現代日本の新保守主義への批判的視点がないことです。演出の技術的水準が完成されているのにたいし、脚本の決定的な限界があり、観客は「ああー面白かった」に終わります。名古屋市民会館にて。(2013/11/15)
[ロレーヌ・レヴィ『もうひとりの息子』2012年、フランス]
パレスチナとイスラエルの和解を希求するフランス人の良心がにじみ出るような映画です。中東戦争下のテルアビブで同じ日に出産したパレスチナ人とイスラエル人の赤ん坊が、看護師の手違いで間違って違った親に渡り、それを知らないままに成人した息子たちが、徴兵検査の血液検査で間違いに気づき、敵対民族の憎悪とアイデンテイテイのゆらぎをどう乗りこえていくか、そしてDNAと育ての親の愛情に葛藤する両親の和解を描きます。主人公はあくまでも息子たちの再生にありますが、それは同時に敵対民族の和解の展望を潜在させています。チンピラに襲われて重症を負った息子が、「君の名前は?」と聞かれて、育ての名前を答えるシーンは象徴的です。1時間半の映画にこれだけの重いテーマを注ぎ込むには、少々の無理があり、葛藤を越えてハッピーエンドに到るシナリオは出来過ぎている感じがしますが、パレスチナの日常の悲惨な実態や、相互の憎悪、分離壁に逆らって占領区域に向かう父親などパレスチナの日常意識が描かれて、参考になりました。今日本でヘイトスピーチを繰りひろげている人々は、こうした映画をじっくりと鑑賞する必要があるでしょう。日本でこそ、このような映画をつくることが期待されます。観客はウイークデイにもかかわらず、20数名。伏見・ミリオン座にて。(2013/11/12)
[エルマンノ・オルミ『楽園からの旅人 il villaggio di cartone(段ボールの村)』2011年、イタリア、87分]
ウーン、久しぶりに深い思索性のただよう香り高い映画をみました。アフリカ不法移民と信者がいなくなって解体されるカトリック司祭たちの間で、交わされる宗教的、哲学的な隠喩性に富んだ会話は、深い精神性を潜ませており、観る者は現代が失っていく、なにかもはや取り返しのつかないような喪失の痛みを覚えます。この監督の作品は、はるか昔に『木靴の樹』という映画を観た覚えがありますが、地主制のもとで苦しむ庶民の哀感を描いたように記憶していますが、ストーリーは想い起こせません。その監督が80才を過ぎて、このような希望への思索を込めた映画をつくっていることに、感動と励ましをうけました。同時のこの監督が、カトリックであり、衰退していく現代の信仰を恢復する強い志向の持ち主であり、不法移民や原理主義テロリズムとも対話しようとする複数性に満ちた思想家でもあることが驚きです。パンフではだれも触れていませんが、難民たちがみんな立ち去った後に、唯一人警官の待つ扉を開いて歩んでいく黒人技師の行為にこそ、希望が込められているのでしょうか。私は唯物論者なので、カトリック信仰の現代的な希望のあり方については、よく分かりませんが、思想を越えた希望の在処を求めようとしている点で、ネグリのような現代イタリア・マルクス主義とはまた異なった未来への探求があるようで、そうした点に私は希望を見いだしたような気がします。どうして日本では、こうした深い思索に満ちた映画がつくれないのでしょう。観客は私を入れて3名。名古屋シネマテークにて。(2013/10/22)
[トリーシャ・ジフ『メキシカン・スーツケース ロバート・キャパとスペイン内戦の真実』(2011年、スペイン=メキシコ)]
こうした映画を見ると、欧州の民主主義の歴史的な重みと、現代欧州映画の良心の厚みを感じ、それにひきかえ、日本と日本映画の歴史感覚の貧しさを実感させられます。あまりにも有名な報道写真家キャパが、スペイン内戦に取材した4500枚のネガフィルムがメキシコで発見された経緯を辿り、敗北した人民戦線派が50万人の犠牲者を出す中で、外国へ亡命した多くがなぜメキシコにいるのかが浮かび上がってきます。その生き残りや次世代の人々が、淡々と内戦の記憶を語り、歴史の中での良心の尊厳を静かに訴えます。国内に残留して殺された父祖の遺体を発掘する娘の姿も映しだされ、21世紀の今日にあっても記憶が脈々と継承されていることは、彼我の歴史感覚の違いを思い知らされるようです。名古屋・シネマスコーレにて。こうしたマイナーな映画に10名弱の観客がいるのにはおどろきました。(2013/10/11)
[木山事務所『はだしのゲン』(2013年、名演例会)]
わずか1時間45分という舞台で、コンパクトに内容豊かに、過度に情緒に流されない見事な脚本と演出と演技、舞台装置が凝縮しています。学校演劇としても最高水準にあると言ってもよいでしょうか。ひさしぶりに心が揺さぶられたような感じを受けました。なんといってもなんのてらいもなく、直球勝負で堂々と勝負して完結したという感じです。こうしたテーマでは、告発や犠牲の痛みを過度に強調して同意を調達する演出におちいりやすいですが、どうだ!という感じでまとめられています。マンガの原作をめぐって政治的な動きが報道される中で、それにも答え得る演出であったと思います。長編マンガどのどの部分を切り取って脚本化するかというのは、非常に難しいと思いますが、在日朝鮮人の交流と苦難を描いて、朝鮮舞踊と朝鮮民謡を登場させたり、「いのちみじかし」という歌謡曲を挿入したり、灯籠流しなど日本的感性の良質の部分を動員することに成功しています。たしかに現代的にアレンジした前衛的な演出も可能だとは思いますが、中高年の鑑賞団体には最適の演出であったと思います。温かい共感の拍手が、いつになく、長くつづきました。2013年8月18日。名古屋市民会館にて。
[楠山忠之『陸軍登戸研究所』(2012年)]
細菌戦や風船爆弾から偽札、スパイ戦用具など謀略戦研究の専門機関として設立された研究所の生き残りとその家族をの証言を中心とする3時間の長編ドキュメンタリー映画です。膨大な偽札は占領地で流通され、特務機関の蓄財に向けられました。その象徴は児玉誉士夫の資金となって、戦後は鳩山一郎の政治資金に流れ込み、現代の保守政権の財政基盤を築き上げています。驚くべきことに、所員の多くは戦犯として訴追されることなく、占領米軍に技術を買われて米軍の謀略戦に協力しています。こうした自分の来歴に良心の痛みを覚える人は、ごく一部で、戦時は軍部に協力し、戦後は占領軍に協力するという技術者の倫理問題を問いかけています。名古屋・シネマスコーレというマイナーな映画館ですが、中高年で満席なでした。(2013/8/26)
[アンジェリーナ・ジョリー『最愛の大地』(2012年、米国)]
ウーン、これがあの乳癌を事前に切除したハリウッド・トップ女優アンジェリーナ・ジョリーの脚本・監督作品か? ほんとうに彼女は自分で脚本を書いたのか、疑わせるような(!)本格的な長編ドラマです。ユーゴ社会主義崩壊後のボスニア・ヘルチェゴビナ紛争をめぐるセルビア人青年とムスリム女性の民族紛争の中での悲劇を描いています。紛争の激しい銃撃戦と野獣と化した兵士達の生々しいシーンと男女の愛憎が繰りひろげられ、内戦の虚しさを訴えますが、ユーゴの現代史と民族紛争の背景が深くは描かれていませんので、ユーゴ現代史を知らないと理解は深まりません。ムスリムと云っても、アラブ系のイメージではなく、ヨーロッパ系のイメージですので、よけいに戸惑います。ハリウッド的なドラマづくりなので、その点に限界がありますが、多民族国家ユーゴ現代史と自主管理社会主義への指向と挫折、思想的にはプラクテイス学派などを思い浮かべて興味は深まります。こうした映画をみると、ますます現代日本の排外的なナショナリズムへの浅薄さが恥ずかしくなります。それにしても、この映画の致命的な欠陥は、全編が英語で流されている点であり、なぜ現地の民族語で演じないのか(吹き替えなのでしょうか)、このあたりがハリウッド映画帝国主義の限界です。名古屋・ミリオン座にて。観客20数名。(2013/8/24)
[ウラジミール・ボルトコ『巨匠とマルガリータ』(2005年、DVD)]
原作はブルガーコフの同名の作品で、TVドラマ化された長編です。あるチェーン古書店で1800円(原価5,800円)で買い求め、昼過ぎから観はじめて夜の10時過ぎまで一気に観ました。DVD第1巻が95分、2巻101分、3巻100分、4巻102分、5巻101分、合計499分という8時間を超える長編ドラマです。悪魔のグループによる黒魔術のシュールな悪魔的リアリズムが圧巻であり、SF,ミステリー、演劇などさまざまのジャンルが繰りひろげられる背景の中で、旧ソ連で押しつぶされた作家とその愛人を主人公に、イエスを処刑した総督ピラトの苦悩を作中作とするドストエフスキーのような壮大且つ深遠な世界が展開します。ブルガーコフ(1891−1940)は、革命ロシアの内戦を反革命軍である白軍の従軍医師として生き、内戦終結後はモスクワで作家生活に入り、スターリン批判後に名誉回復され、20世紀最高のロシア語文学とされるこの作品の公開は、1960年代に入ってからです。劇中の部屋に飾られるレーニンとエンゲルスの肖像写真は、作家のソ連社会主義(いやスターリン主義か)への根元的な疑惑を示していますが、ロシア革命そのものへの共感もないようです。体制を越えた人間の実存的な虚構に迫ろうとする作者の人間観は、ドストエフスキーの伝統にあるようです。こうした圧倒的な全体小説(?)は、やはりロシアならではの文化で、狭い四畳半の世界に自閉する日本の文学世界が恥ずかしくなるような迫力に充ち満ちています。(2013/8/6)
[乾弘明『李藝 最初の朝鮮通信使』]
朝鮮通信使の苦闘と足跡を描きますが、手放しの日韓友好に終わっていて、通信使の外交的な意味や国際関係など歴史的な考察がありませんので、まるで観光歴史映画のようです。これは、映画館で入場料を取って見せる映画ではありません。名演小劇場にて。(2013/6/25)
[劇団・民藝『どろんどろん』]
鶴屋南北の「東海道四谷怪談」を上演する歌舞伎俳優と大道具職人の職人のプライドをかけた闘争と最後は大団円に至る予定調和のストーリーです。それぞれの配役が生き生きと配置され、老舗劇団の洗練された演技で、充分堪能できました。しかし、ストーリーが前半の色恋沙汰と後半の歌舞伎上演の2部構成で、切られており、とくに前半の娘の殺害に至る必然性に説得力がありません。それはおいて、第2次福島事故が起ころうとしている黙示録の日本にあって、このような予定調和のおたのしみ演劇を公演する民藝の意図はいったいどうなっているのでしょう。『巨匠』のような作品を期待したいものです。名古屋芸術創造センターにて。若干空席あり。(2013/7/2)
[ベルナルド・ベルトリッチ『革命前夜』]
監督第2作目となる1964年の作品ですから、イタリア左翼運動の高揚期です。上流階級出身の青年の恋愛と、共産党活動への参加を描きますが、出自の感性を克服できないまま、旧体制へともどっていきます。監督自身の忸怩たる想いが語られているようですが、後のラスト・エンペラーなどのオリエンタリズムの限界を突き破れない人間性がはやくも表れています。同じ貴族階級出身のルキノ・ヴィスコンテイの思想性に比べての物足りなさはここにありますが、演出と映像技術はオペラシーンに見られるように非凡なものがあります。名古屋シネマテークにて。観客6名。(2013/6/2)
[加藤健一事務所『モリー先生との火曜日』]
筋萎縮症で闘病する大学教授と、その教え子でメデイアで活躍するジャーナリストの、最後の日々の対話を淡々と描きます。金と名声に明け暮れるアメリカ的生活様式を批判する視点はよいのですが、その背後にあるネオ・リベラリズムへの考察がないため、単に個人の価値観の問題に還元して限界があります。アーサー・ミラーの「あるセールスマンの死」のほうが、まだ社会批判の鋭さがあります。この教授は左翼のようで、教え子にはアンジェラ・デーヴィスのような人物も育っており、そうした社会的な背景を含めたシナリオであれば、更に深みを増したかもしれません。最近の勤労者演劇は、そうした批判の前で中途半端なヒューマニズムをうたうものが多く、またそれが脱会者を招いています。とにかく会場が、中高年女性の独特の嬌声に満ちて、ウンザリです。勤労者演劇は、大劇場中心主義を止めて、小劇場とミックスする多様な企画形態を導入し、若者の関心を取り込まないと、未来はないでしょう。名演例会。名古屋市民会館にて。会場はほぼ満席。(2013/5/22)
[ステイーブン・スピルヴァーグ『リンカーン』(アメリカ、2012年]
南北戦争下の奴隷制度廃止条項を憲法に挿入するリンカーンの苦闘を描きます。ステロタイプの英雄ではなく、家族との葛藤やマキャベリステックな政治的駆け引きにも手を汚す等身大の政治家として描いているところが、従来と異なります。しかし、なぜスピルヴァーグはいまこの映画を作らなければならないのでしょう。イラクやアフガンで醜い戦争に明け暮れる現代のアメリカを批判し、独立と奴隷廃止の時代の理想に立ち返ろうと呼びかけているのでしょうか。残念ながら、この映画はアメリカ民主主義が世界をリードする普遍的な規範であることをナイーブに歌い上げている点で、オリエンタリズムの枠を抜け出ていません。それは、黒人自らが奴隷廃止に立ち向かう姿を一切描いていないからであり、良心派白人の人道主義的な観点にとどまっているからです。奴隷廃止が北部産業資本の労働力政策であり、リンカーン自身が黒人の政治参加を否定していた点など、あるいは奴隷反乱などを描き込めばもっと深みがある映画になったと思います。なぜそれができなかったのでしょうか。そうした描写は、現代アメリカの民主主義の限界を描くことにつながり、ハリウッド資本の規範を超え、またスピルヴァーグ自身の認識の限界によるものです。わずかに急進派議員の主張に、それを超えようとする潮流が見られますが、それもリンカーンの北部資本の民主主義観の枠内に回収されていきます。議会内の審議過程は、演説という言語の力が重視されるアメリカ民主主義の健康さが表れており、ここには日本の言説文化とは異なる個としての民主主義があります。ミッドランド・スクエアーにて。観客20数名。(2013/5/17)
[マルクス・ローゼンミュラー『命のバイオリン』(ドイツ、2011年)]
ウクライナのユダヤ人が第2次大戦で置かれた状況を、2人の音楽に生きる子どもの姿から浮き彫りにします。ウクライナのユダヤ人は、ドイツ人とロシア人の狭間にあって、民族を超えた友情を培っていきます。子の映画の最大の特徴は、ドイツのナチズムも、スターリンの社会主義も同じ全体主義とみなしている点にあります。従来のナチズムを描く映画は、連合国・ソ連をともにナチスと戦ったことで、スターリンを批判的に描くことは避けてきましたが、この映画は、ソ連圏に生きるユダヤ人が、ロシア人からも迫害を受けた状況を描き、さらにドイツ軍に協力するロシア人を描いている点が、注目されます。ユダヤ人がイスラエル建国後に、パレスチナを虐待している現代史を考えれば、ユダヤ人の惨酷な体験を免罪符とすることは出来ないという思うのですが、この映画には、そうした視点はありません。ドラマテイックなリアリズムあふれる演出は、成功していますし、子どもの視点から描いたことがさらに説得力をもたらします。自らの恥部を描くドイツ映画の歴史的な認識に比べ、いつまでも侵略と従軍慰安婦を免罪して恥じない日本の現在が、情けなくなります。名古屋・センチュリーシアターにて。観客20数名。(2013/5/16)
[ウエイ・ダーション『セデック・パレ』(台湾、2011年)]
日本植民地下の台湾原住民の反乱である霧社事件を描くロマンテイシズムあふれる映画です。狩猟と採集を生業とし、家父長的な部族社会の生活がリアルに描かれます。単純な半植民地抵抗を描くのではなく、原住民も日本植民地主義者も、陰影に満ちた矛盾にあり、台湾映画の力量の高さを改めて知ることとなりました。こうした映画は、典型を描くリアリズムの硬直した表現に傾きますが、この映画は、スレスレでそれを逃れており、映像の美しさも優れた描写となっています。台湾のナショナリズムによって、日本人は少々戯画的となっていますが、多くの日本人俳優が出演しており、ステロ・タイプの日本人ではありません。第一部は、蜂起に至る過程を描きますが、部族社会の指導者にある威厳とヒューマニテイは、現代にあってはすでに失われたものであり、それだけに、ある種の魅力があります。第2部は蜂起したゲリラが、日本軍と英雄的に戦い、鎮圧されていく敗北の美学を描きます。彼らの目標は、日本兵がいない状況であり、良心的な日本警察や日本人社会へ同化しようとする原住民、部族の対立のなかで日本軍へ味方する部族など内部矛盾も描かれ、映画に深みを与えています。名古屋・シネマテークにて。観客6名。(2013/5/8)、名古屋シネマスコーレにて。観客17名。(2013/5/9)
[エマヌエーレ・クリアレーゼ『Terraferma(邦題・海と大陸』(イタリア=フランス、2011年)]
イタリア南部の貧しい離島に漂着するアフリカ難民を、政府の政策に逆らって救助する漁師の家族を描く単純そのものの物語ですが、この映画には、イタリアの、そして世界の抱えている大きな物語が凝集しています。数々の物語がさりげない日常のドラマを通して浮き彫りとなり、それと気がつかないうちに映像と隅々にある描写は、この脚本が相当に深く広く練り上げられていることをしめしています。北イタリアの豊かさと貧しい南部という南部問題、西欧をめざして脱出するアフリカの難民、移民労働、政府の難民政策、衰退する漁業と観光開発、中心と周辺、滅びゆく伝統文化と近代化などなど、現代の世界を象徴するテーマが散りばめられていますが、決して告発的なメッセージ映画ではなく、日常のさりげない仕草の中に姿を現しています。このシナリオと演出がすばらしい。本物のリアリズムがあります。
それにもましてすごいのは、反映的なリアリズム映像ではなく、表現主義的なマジック・リアリズム、あるいはシュルに近い映像描写であり、シュールな描写と日常の生活のリルが明確に交代して、展開されるところに、並々ならぬ映像美が醸しだされています。イタリアは、ネオ・リアリスモ以来の伝統を見事に現代化し、世界のテーマを描きだそうとしています。最後に消えていく船は、観客の想像力に未来をゆだねて、感心するような縁でイングとなっています。最後に流れる歌声が、イタリア語であって全く意味が分からないのが残念です。久しぶりに美的な想像力を揺るがされました。名演小劇場にて。観客8名。(2013/5/7)
[キム・グエン『魔女と呼ばれた少女』(カナダ、2012年)]
どうしてカナダがこのような映画を作るのでしょう。監督はベトナム人を父に、カナダ人を母とする混血ですが、ひょっとしたら、そのような出自がこのような映画を作らせたのでしょうか。それにしても実にすさまじいテーマをヒューマンに描いた、現代のアフリカを世界に訴える珠玉の映画となっています。私は、アフリカの部族抗争や原始的な殺しあいが生成する背景を描いてほしいのですが、そうしたテーマはかなり抑制されて、一人の少女の過酷な現実を生き抜くヒューマン・ドラマとなっていますが、やはりそこにはオリエンタリズムのまなざしがあることは否定しがたく、植民地と資源戦争の犠牲をもたらしている白人支配への告発はありません。子どもへとして拉致され、両親や恋人の殺害を命令されて、非情な子ども兵に成長する少女の物語であり、人間性を回復していく希望が込められています。現実にはもっとむごい修羅の世界があるのでしょうが、それは描かれません。今後の首都キンシャサでのオール・ロケは、武装兵に守られながらの撮影だそうで、日本からみると想像を絶する世界です。レア・メタルを巡る血の争闘のおかげで、世界は携帯電話を使用できているのです。先進国の原罪が突きつけられ、あれこれと考え込まされます。同時に半径5mほどの世界に縮こまっている日本映画の貧困を思わざるを得ません。名演小劇場にて。観客10数名。(2013/4/7)
[アオンドレア・セグレ『ある海辺の詩人 小さなヴェニス』(イタリア=フランス、2011年)]
さすがイタリア映画だなーと感じました。イタリア・ネオリアリズムの伝統は現代では、哀感あふれる表現となって生きているのです。このような詩情あふるる庶民の街、ヴェニスのヒューマンな風景と庶民の交歓がすばらしい。やっぱりイタリアは、ヒューマニズムが痛いほどにしみこみ、私が20数年前に訪れたヴェニスは、観光の街しか観ていなかったと思い知らされました。世界をリードするイタリア・ファッションが、外国人労働者による場末の中小企業によって担われていることも伝わって参ります。外国人労働者を排斥するナショナリズムの心性も織り交ぜられ、淡々としたヴェニスの日常に世界が凝縮されています。たとえ国家財政が破綻しようとも、イタリアの庶民は貧しくとも豊かな日常を生きていくだろうとおもいます。人間の互いを思いやる素朴な信頼こそ、なにものにも代えがたい尊い絆であることが、リリックな叙情のなかでささえられています。抑えたタッチのなかで、かえって深い人間的な世界が浮かび上がります。叙情的リアリズムの佳作といえましょう。名演小劇場にて。観客13名。(2013/4/3)
[アミール・ナデル『駆ける少年』(1985年)]
イラン映画はキアロスタミの作品に一時夢中になりましたが、そこにはピュアーな希望と信頼があったように思います。この映画は、イラン革命の時代に生きる孤児の少年のほとばしるエネルギーと明日への希望があふれでるような映画です。港町に流れる音楽はハリウッド系であり、近代化をめざしたパーレヴィの支配が実は欧米文化に浸蝕される過程に他ならなかったことを暗示しているようでした。ストリート・チルドレンたちは、みずからの生を所与の前提として受け容れ、あらゆるダーテイな仕事を仕事をこなしていくのですが、決して屈従し歪んでいくのではなく、精一杯に自分の可能性を必死に切りひらく姿は圧巻ですが、現実にはこうした少年はいないでしょう。ここには監督のイランの未来に対する痛いほどの情熱が噴き出ているようです。それにしても、キアロスタミがハリウッドに去り、ナデルは東京で脚本を書いているようですが、なにか痛ましく哀切な感じが漂います。名古屋・シネマテークにて。観客10数名。(2013/3/27)
[クリステイアン・ムンジウ『汚れなき祈り』(ルーマニア、2012年)]
ウーンなかなかの作品です。孤児院育ちの親友の若い女性2人が修道院に入り、ひとりが心を病んで悪魔憑きとみなされて、悪魔払いをうけて最後は死に到るという、実際にあった事件を映画化していますが、ルーマニア社会の現代の日常にある文化が凝縮されているようで、想像力を喚起します。わたしはこの映画の焦点は、縛られた親友の鎖をほどいて逃亡させる親友の行為で、正気を回復して死に到るところにあると思いますが、パンフには多様な解釈が展開しています。わたしは最近は映画を観ても、パンフは買わなくなったのですが、久しぶりに買い求めました。
チャウシェスク独裁の「社会主義」体制のもとで、どのような社会がつくられたか、独裁崩壊後に教会と修道院が続々と復活し、土俗的な信仰と結んだ信仰活動に人々が救いを求めていった経過は、社会システムの転換のもとでも通奏低音のようにながれる民衆的な心性がうかがわれます。教会を核とする信仰は日常に根づき、容易に無神論的な世界観が日常生活にしみ込むことはありません。それにしても徹底的なリアリズムの描写は、リアリズム芸術論の現代的な有効性を強く示しているともいます。冷めた乾いたまなざしも、ルーマニアの現状を鋭く見ているようです。名演小劇場にt5え。観客26名。(2013/3/26)
[トマス・ヴィンターベア『偽りなき者』(2012年)]
高度な福祉社会を実現しているデンマークにしのびよるネオ・リベラリズムの不安を描いているのでしょうか。無垢な少女の証言によって、濡れ衣を着せられた男が、コミュニテイから激しいバッシングを受け、その和解の後でさえも、自分の息子から銃撃を受けるという救いのない映画です。人間の底知れない不信や疑惑、無垢に潜む偽善や罪という実存的なテーマにも思えますが、スウエーデンのカウリスマキと同じような人間に対する冷ややかなまなざしがあります。なぜ北欧社会の映画では、このような他者を虐める精神的な荒みを描く映画が多いのでしょうか。福祉社会のなかで、むしろ人間にある影の部分が透明な姿をとって表に出てくるのでしょうか。自殺率が高いという意味も考えさせられます。名古屋・ミリオン座にて。(2013/3/18)
[俳優座『樫の木坂 四姉妹』]
俳優座らしい直球勝負の演劇で、ひたすらリアリズムに忠実ですが、脚本が非常によくできています。写真家が第三者として観衆の視点の役割を果たし、観衆の視点を舞台に持ち込みます。過去と現在が交錯する演出は異化効果があり、前の場面の印象によってさらに観衆の思考がうながされる仕掛けです。長崎を舞台に、戦争と原爆のもとでの生活と、生きのこった者の生活と意識が描かれます。日常の生活を断ちきる原爆投下の瞬間の描写は、井上光晴『明日』からとっているようです。本質的には、すべての流れを運命として受容する美学があり、その美によって観衆は感動の余韻を残して会場を去っていくのですが、ホロコーストと同じように、受難の美学に転化する危うさがあります。長女が語り部として生きていく選択をすることで、運命史観から切り離されていますが、被害と犠牲の美学の印象は逃れません。長崎がアジア最大の海軍の拠点であった加害をどう組み込むかが問われています。名古屋市民会館にて。(2013/3/14)
[パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ『塀のなかのジュリアス・シーザー』2012年、イタリア]
ウーンなかなかの傑作です。イタリアの重罪刑務所の囚人たちの演劇が、市民に公開されて喝采を浴びるまでの練習過程を描きます。重罪犯たちの人間性のすべてを傾注するような演技を越えた迫真力が圧倒的です。どのような重罪犯も、奪いがたい尊厳と人格が宿っているということを訴えたいのでしょうか。周到に準備されたシナリオ、モノクロとカラーが絶妙のタイミングで交替する描写、刑務所の無機質な風景と非対称的な囚人たちの人間的な迫力、おそらく相当な編集がなされたのでしょうが、ノン・フィクションを越えたドラマとなっています。やっぱり、イタリア映画の芸術的深さはすごいものがあり、日本の薄っぺらな感性では足元にも及びません。「芸術を知ってから初めて、監獄は牢獄となった」という囚人の述懐が印象的で、まるですべての囚人を解き放てという哲学的なメッセージに聞こえます。それにしてもブルータスを演じた囚人の組織犯罪って、いったい何なんでしょう。名演小劇場にて。観客10数名。(2013/2/19)
[フリッツ・ラング『怪人マブゼ博士』(1932年、ドイツ、DVD)]
1929年の世界大恐慌後のワイマールの末期とナチス台頭が交錯する激動のもとで、どのような精神風景がドイツで浸透していったのか、その一端がうかがえます。狂気による世界の破滅であり、それはヒトラーを象徴するように見えますが、おそらくドイツ全体が破局と終焉を意識する心性に浸潤されていたのではないでしょうか。ナチスにもっとも期待されながら、この映画の上映禁止によって、ラングはアメリカに亡命します。ナチス台頭期のドイツ映画を象徴しているようです。(2013/2/4)
[武重邦男・近藤正典『父をめぐる旅 異才の日本画家 中村正義の生涯』(2012年)]
若くして日展入選、特選をへて審査員になった日本画家が、日展に反旗を翻してアヴァンギャルドの道を歩む生涯を、娘がその足跡をたどるという第1級のドキュメンタリー映画です。ドキュメンタリーとはいえ、かなり演出が凝らされており、作家の実像に迫ろうとしていますが、なおどこかで迫り得ていないもどかしさを感じます。日展の権威と権力を知る者にとっては、反旗を翻すのは、画家生命を絶たれるリスクを負いますが、1960年代から70年代初頭の日本のアヴァンギャルドの潮流のなかで、中村正義は生き残ることができたのです。もどかしさというのは、彼の作品そのものに迫る視点が弱いからであり、明らかにシュールレアリズムや表現主義の影響を受けているのですが、テーマそのものは舞妓や風景、肖像画といった日展の規範の枠内にあり、それを抽象的に解体していくのですが、それは近代的自我の苦悶と爆発のレベルにとどまり、もっとひろい社会的な視野へのまなざしがないからです。日展からの離反の栄光と限界を赤裸々に示しています。名演小劇場。最初に監督の挨拶があったのには驚きました。(2013/2/4)
[クリステイアン・ベッツオルト『東ベルリンから来た女』(ドイツ、2012年)]
スターリン主義の秘密警察(シュタージ)の監視社会のもとでのヒューマンな葛藤を描き、旧東ドイツの内実の一端を赤裸々に告げています。西独への移住を申請して飛ばされた女医と、医療ミスで同じ地方病院に飛ばされた医師との人間的交流と葛藤を描きます。女医は西独への脱出か、医師としての良心かの選択を迫られ、最後は恋人を捨てて東独にとどまるラストとなります。人間に良心か裏切りかの選択を迫るような、東独スターリン主義の無残な姿が浮き彫りとなります。これはもはや、社会主義でもなんでもなく、ハンナ・アーレントの全体主義でしかありません。しかし、最後に東独に踏みとどまって、医師としての義務を遂行する女性の存在に、あらゆる醜いシシテムを越えるヒューマニズムの希望があります。それにしても、秘密警察(シュタージ)の所業は想像を絶する密告社会をつくりだし、医療ミスの医師は密告とひきかえに生存を許され、女医は家宅捜査で屈辱的な身体検査に耐えねばなりません。失敗した社会主義は、ヒューマニズムそのものを裏切っているのですから、その人類史的な傷は相当に深いと云わねばなりません。しかし、最後に言わねばならないのは、勝利した現代ドイツは、こうした東ドイツの恥部をいつまでもえぐり続けて、みずかたの正統化につなげようとするのであれば、歴史はふたたび違った審判を下すでしょう。名演小劇場にて。観客20名弱。(2013/2/3)
[ジャン=ピエール・メルヴィル『モラン神父』(1961年、フランス、DVD)]
じつに知的なエスプリあふれる繊細な、いかにもフランス映画です。第2次大戦中のナチス占領下のフランスの小さな町が舞台です。レジスタンスに参加している女性と、カトリック教会の神父の神と無神論をめぐる論争は、おそらく当時の「神を信じる者も、信じない者も」というレジスタンス参加者の間で起こった知的交流を背景にしていると思われます。フランスにおけるカトリック教会の地域に根づいた布教活動がうかがえ、また宗教から自立する市民的な理性も浮き彫りとなります。神父の信仰の背後にある現実感覚が素晴らしく、容易にフランスで衰えない知的影響力を持っていることを感じさせます。ユダヤ系フランス人への迫害をもっと前面に描けば、深みが増したでしょう。(2013/2/3)
[トム・フーバー『レ・ミゼラブル』(2012年、イギリス)]
いうまでもなく、フランスのヴィクトル・ユーゴーの原作をミュージカル化した映画です。フランス革命後の王政復古の時代の学生革命の挫折のなかでの純愛を描く革命的ロマンテイシズムあふれる映画です。これがなぜ今、大ヒットしているのかを考えると、おそらく市場原理主義下のプレカリアートがあふれる現代と、当時の反乱と革命でゆれる時代が似ているからでしょう。シニシズムあふれる現代と、原始的貧困があふれる19世紀のパリ(この時代考証が素晴らしい)とは、現象的には異なりますが、本質的には同じです。学生主体の街頭のバリケードによる銃撃戦という19世紀の運動形態は、現代からみると素朴に見えますが、当時ではこれがもっとも尖鋭で本格的な運動だったのです。それにしてもイギリス映画監督が、正面から反乱と革命を肯定するのですから、面白いのですが、あくまでドラマにすぎず、おおらかなカタストロフィ効果をもたらして終わります。日本では皇太子が観覧し、フランス料理店では、「レ・ミゼラブル」風のフル・コースを映画を観てから楽しむのだそうです。ずいぶん「革命」も、ポスト・モダン化したとして、ユーゴーもびっくりでしょう。ミリオン座にて。観客10名弱。(2013/1/30)
[フリッツ・ラング『死刑執行人もまた死す』1943年、アメリカ、DVD]
ナチスに追われてアメリカに亡命したラング監督、劇作家ブレヒトの脚本、音楽がハンス・アイスラーという反ナチ映画で、スリルあるサスペンス風につくられています。1943年という第2次大戦真っ最中のハリウッドの反ファッシズムの良心が結晶しています。ナチス占領下のチェコ・プラハでのナチ総督ハイドリッヒ暗殺犯をめぐる史実をドラマ化しています。チェコ市民の反ナチ統一戦線の劇的表現となっていますが、暗殺というテロ行為への制裁が市民への無差別処刑という惨劇はナチスの本質を浮かびあがらせ、抵抗組織の内部矛盾も描き、ところどころにシナリオの乱れもありますが、1943年という段階では許されるものです。想うのは、反ナチ抵抗の統一戦線が戦後の社会主義チェコへ向かうその後の展開に今から振り返ると、無理があったように今さらながら想います。(2013/1/29)
[ロドリゴ・ガルシア『アルバート氏の人生』(2011年、アイルランド)]
こうした映画を観ると、やっぱり映画を観なければという気持が強くなります。それにしても、アイルランド映画ってあまり記憶がありません。19世紀のアイルランドのダブリンの下層階級の女性が、生きのびるために男性として働き、さらに同性愛への自然な愛情を貫こうとして死んでいきます。英国の階級社会のとりすました冷厳さと、そのなかでの貧者の傷つけられた尊厳が溢れでますが、最後の希望はアメリカへの脱出にあります。ホテルのポーターが上流階級の顧客の靴の汚れを落とさせられるシーンは、英国の階級性を浮き彫りにします。スペイン風の監督の名前が、また興味があるのですが、英国映画はケン・ローチのような労働者階級の視点によるリアリズムを通したヒューマニズム讃歌といった作品があり、この作品もその系列に属します。上流階級であれ、貧民街であれ、しっかりと品位のある場面描写がリアリテイを生んでいます。主演女優の表情の抑えた演技のすばらしさは極上のものです。当時のアイルランドは大飢饉で、655万の人口の150万人が死に、20万人が外国へ移住し、世界で19世紀と較べて20世紀の人口が減少した唯一の国だそうですが、その背景には貴族支配と農地の分割相続による零細化があるようです。日本では、こういう映画はつくれないだろうなって感じるのは、山田洋次のような情緒に流れる演出になりやすく、ある種の乾いたリアル表現ができないからです。先日は大島渚の死去に伴う大島賛美が垂れながされていましたが、ほんとうに底の浅い日本映画です。名演小劇場にて。観客10数名。(2013/1/27)
[劇団朋友『真砂女』]
俳人・鈴木真砂女の奔放な生涯を描きますが、それ以上でも以下でもありません。ミニ・与謝野晶子といった感じで、こうした人物が存在した意味はそんなところにあります。この劇団は、いったい何の現代的な意味をこの俳人に認めたのでしょう。大不況と原発の不安におののく現代にあって、こうした演劇を試行する意味に疑問は抱かないのでしょうか。こうした作品を上演する勤労者演劇ってなんの意味があるのでしょう。創造と企画の貧困がきわまっています。名古屋市民会館にて。会場満席。(2013/1/24)
[ソーラヴ・サーランンギ『ビラルの世界』]
インドのコルタカという多民族のコミュニテイがひしめき合う貧困地域の3才の少年の生活を描くドキュメンタリー映画です。この生活すら最貧困そうでないとしたら、インドの最底辺の生活は想像もできません。しかも両親とも盲目であり、コミュニケーションはすべて触覚と口述である世界ですが、日本からみれば原始的貧困のなかで生きる生命力の明るさは、すべて異次元であり、途上国の生活の一端を覗き見るに過ぎません。世界の思想があるとすれば、このような世界と無縁な思想はやはり虚構に過ぎないのだと云うことを思い知らされます。IT経済の開発に脚光を浴びているインド社会の背後にひろがっている貧困にいきるいのちの意味をどのように考えたらいいのか、困惑させられます。イスラム教が割礼をおこなうことはこの映画ではじめて知りました。映画の冒頭と最後に、監督のメッセージ・ヴィデオが入りますので、この監督のヒューマンな繊細さが痛々しいほどの幼さで伝わって参ります。そこには虚構や虚飾、意気高な思想などはありません。ホットするような温かさで終わりますが、果たしてこれでいいのだろうか、という余韻を残します。世界はあまりにすさまじい多様性に満ちています。名古屋・シネマテークにて。(2013/1/17)
[ジャンニ・アメリオ『最初の人間』]
アルベール・カミュの自伝的小説をイタリア人監督が映画化しています。「最初の人間」とは、フランスのアルジェリア入植者の第1世代を指し、ゼロから出発した人間のアレゴリーです。私は青年時代にカミュの作品(「異邦人」、「ペスト」)を読んだことがあるのですが、なにか漠然とした違和感のようなものがただよい、カフカの『変身』を読んだ時のような衝撃はありませんでした。この映画からみえてくるのは、植民地アルジェリア生まれの白人フランス人としてのカミュであり、アラブからもフランスからも受け容れられない「異邦人」として生きなければならない姿です。FLNの独立運動の暴力と、フランス植民地軍の暴力をともに否定する共存の道という立場はカミュの限界です。アルジェリアの黒人医師であったフランツ・ファノンのような苛烈な情況はカミュにはありません。そうした境界線上の苦悩が、おそらくフランス本国の市民の心情をとらえたのでしょう。それは、圧政からの抵抗と革命を大義とするフランス革命の理想が、次第に財産権の自由へと移行し、自由・平等・博愛の理想が植民地主義と矛盾なく成立するフランスの自己矛盾を示しています。
しかし映画自体は、素晴らしい映像美と抑えた演技で最上の文芸作品となって堪能させます。フランス植民者(母親)が次第にアラブ文化に浸透されて、去りがたくなっていくことが、植民地主義の複雑さを浮かびあがらせますが、どこかにオリエンタリズムのまなざしが感じられるのが寂しいところです。名古屋・名演小劇場にて。観客の20名弱。(2013/1/16)
[前進座『赤ひげ』]
山本周五郎原作の黒沢映画作品はかなり前に見たことがあるのですが、今回は前進座版です。演出は泣き所を心得た人情劇として、機をてらわない正攻法の演出です。出来過ぎるくらいのヒューマン・タッチであり、これがよくも悪しくも前進座の特徴です。ストーリーは前もって分かるほどの直線的なものであり、その場で涙と共感を充分に堪能させますが、より深く掘り下げたシナリオではありませんので、観る者を凝然とたたずませる深い感動は残せません。そのような演出は、観る者をしんどくさせますので、現代の日本では無理かも知れません。とにかく、前進座のアイデンテイテイがよくうかがえるものであり、市場原理に流される現在の日本では精一杯よく頑張っていると思います。東電社員には必見の演劇といえましょう。京都・南座にて。(2013/1/9)
[テオ・アンゲロプロス『霧のなかの風景』]
父親はドイツに出稼ぎに行って音信不通となり、母親はどうも夜の商売で忙しい幼い姉弟が、ギリシャから国境を越えてドイツにいるまだ見ぬ父を求めて決死の旅行をする物語です。旅の途中で現実の惨酷さを身に滲みて体験しながら、大人へと歩む姉弟の痛切な物語は、まるで世界と人間の20世紀の生きる姿そのもののようです。しかしよく考えると、ここにはアンゲロプロスの、あるいは現代ギリシャの希望を求めてひたすらに歩んできた思想そのものが映しだされているように思います。それはアンゲロプロスが、希望の証しとした共産主義の理想への探求の挫折の果てに、なおそこに賭けようとする強い意志が示されています。幼い姉妹は、現実を生きる思想そのもののメタファーです。シネマテークにて。(2012/12/18)
[テオ・アンゲロプロス『ユリシーズの瞳』]
バルカン半島の現代史を背景に、人間の希望とは一体なんだろうと問いかけます。では人間の希望とはなんなのでしょう。巨大なレーニンの像がいまや打ち倒された廃棄物となって、船で処分場に運ばれていきます。ドナウ川を下っていくレーニンの顔貌の瞳は、20世紀の希望と絶望を見つめて、哀しみの裏になお強靱な意志を秘めているようです。このうち倒されたレーニン像に対するまなざしは、20世紀を生きた人たちの意識の差異をリアルに照射するでしょう。人間の愚かな行為のはてに、なお希望があるのか、この映画は幻想的な霧のなかで問いかけています。サラエボの霧のなかで演奏される鎮魂曲の実奏は、まるであの世から響いてくるようであり、残されたフィルムの現像に最後の努力を傾ける行為は、芸術に残された希望の力を示しているようです。ユリシーズとは、現代史の渦中を生きる者の最後の希望の痕跡です。あれから数十年を経て、現代ギリシャは金融危機にあって、こうした現代史の苛烈な歴史とは異なるカネまみれの頽廃に落ち込んでいます。アンゲロプロスの時代はもはや去ったのでしょうか。リアリズムがリリカルな表現を得て、ある極北の表現を得た映画といえましょう。アンゲロプロスは、時代と状況を生きる人間を真正面から描き、翻弄される主体がどこで人間の証しを示すかを高らかに告げています。名古屋・シネマテークにて。観客10数名。(2012/125/12)
[テオ・アンゲロプロス『旅芸人の記録』]
堂々4時間に及ぶギリシャ現代史の激動を旅芸人の一座の視点から描く大河ドラマであり、時代に翻弄されたギリシャの実相に迫ります。ナチスによる占領から、英帝国主義と王政派、米軍の支配をへて、左翼が壊滅していく現代史の物語は圧巻です。その底に流れるギリシャ左翼の独立と民主主義を求める運動の苛烈な挫折は、無垢の良心の在処を浮き彫りにしますが、ソ連崩壊以前の社会主義への親和性を良心の証しとする点で、現在ではより悲劇的な残酷さをもたらします。ソ連崩壊後の社会主義の虚妄が赤裸々に暴露されている現在では、ナイーブな社会主義信仰の無残な背理に、より一層の複雑な感慨と哀歓がもたらされます。バルカン半島をめぐる欧米帝国主義と社会主義のせめぎ合いの渦中にあって、無垢な良心を散らしていったギリシャ民衆にある左翼的な良心を代表する映画ですが、いまや金融危機にあって、破局の極限にあるギリシャを目にすると、さらなる感慨を催す映画です。たしかに歴史的限界を指摘する評論は簡単ですが、では日本映画がこうした時代の良心を正面から描いてきたかというと赤面せざるを得ません。拷問で獄死したレジスタンスの弟の埋葬のシーンで、何時までも拍手を送り続ける親族の姿は圧倒的な印象を刻みこみます。かなり前に見た時とは、また違った印象を持ちました。昨年旅行したギリシャは、明るい観光地に過ぎませんでしたが、その背後にある歴史への創造を喚起するものはありませんでした。名古屋・シネマテークにて。会場満席。(2012/12/9)
[アンジェイ・ワイダ『菖蒲』(2011年、ポーランド)]
旧社会主義時代の輝ける民主化運動の旗手であったワイダの最晩年の作品は、「死」をテーマとする行き場のない作品です。癌に冒されて余命幾ばくもない医者と女優夫婦の最後の日常を描きます。老いたる女優の、若い青年とのアヴァンチュールが青年の死を持って終わる作品で出口がありません。前作『カチンの森』までは、ポーランド現代史に真正面から挑戦する社会派ドラマでしたが、一転して個人の「死」に対する内面的な考察に展開しました。率直に言って、老残の身をさらすような残念な作品です。たしかに「死」のテーマは普遍的な意味をもっていますが、この作品にはポーランド社会における死の社会的な様相のなかで、個人の死を見つめる視点はありません。この作品の死はどのような普遍的な意味を発することなく、ただ生を断ちきる不安として描かれています。おそらく社会主義後のポーランド社会が、共同の目標を失って、個人のレベルで漂流する市場の神話に絡めとられている現状を反映しています。ただし日本の死をめぐる映画のように、安易に希望を投げかけて終わる浅薄さはありません。あのワイダがこのような晩年を迎えるのか・・という慨嘆があふれてきます。名演小劇場にて。観客100数名。(2012/11/30)
[マチュー・カソヴィッツ『裏切りの戦場 葬られた誓い』(2011年、フランス)]
フランス領ニューカレドニアの独立運動とフランス軍の対立のはざまにあって、ゲリラの人質となったフランス軍兵士の救出にあたるフランス人を描きます。フランス政府の現地経済開発に反対して、伝統文化を守ろうとするゲリラ活動の背景がまったく描かれず、たんに人質救出に苦悩するフランス兵に焦点を当てますので、物語としては浅薄で共感は喚起されません。フランスの植民地主義を告発する点に焦点を当てるのではなく、フランス兵の個人的なヒューマニズムにしぼっていますので、いかにもフランス的な独りよがりに終わっています。ただし、植民地原住民が、たんなる未開の民ではなく、矜持と文化を備えた尊厳ある人間として描かれていることは評価しなければなりません。こうした映画がつくられることは、フランスの植民地主義がもはや、繕うことができない終焉にあることを示しています。名古屋・109シネマズにて観客5人。(2012/11/27)
[生誕125年信時潔とその系譜(2012年12月23日、津田ホール)]
戦前期の日本のクラシック音楽会を領導した信時潔の生誕125周年を記念するコンサートでした。いうまでもなく戦争期の第2国歌といわれた≪海ゆかば≫の作曲者であり、戦後はそれを恥じて第1線から身を引いたのですが、このコンサートがどのように彼の音楽を評価するのか、朝日新聞の紹介記事で興味を持って息子夫婦とともに行って参りました。彼の生涯の紹介では、あたかも戦争が彼自身の音楽活動とは無関係にすり抜けていったかのような紹介で、彼はひたすら時代精神ともむすびながら作曲にはげんだとしています。戦争に真っ向から加担した戦争犯罪の側面はみごとにリセットされています。たしかに近現代の日本の古典音楽が、西欧の伝統とどのように融合していくかという音楽史に限定して評価するという視点は意味がないとは言えませんが、音楽家がみごとに戦争シシテムに包摂されていった悲劇的な側面を浮き彫りにしなければ、信時自身の心情にもフィットしないでしょう。もし、現代ドイツでナチス音楽を、純粋音楽として評価して現代によみがえらせれば、それはドイツでは犯罪的な意味を持ちます。この恐るべき非対称性は、日本の戦争責任そのものが未完であることを示しています。美術界でのレオナルド藤田の再評価と並んで、音楽会でも同じような再評価が進んでいるとすれば、日本はまた来た道をふたたびたどろうとしています。(2012/11/24)
[青年劇場『普天間』]
「現実変革をめざすリアリズム」を追求する青年劇場の沖縄基地問題をとりあげた直球勝負の舞台ですが、沖縄問題の解説的なメッセージが満載された事実認識のレベルにとどまっています。たしかに、ヤマトンチュウの沖縄認識の弱さを撃ち、沖縄の本土に対する根深い不信感が伝わってきますが、ブレヒトのような「異化」効果によって、観る者をゆり動かすような劇的な効果はありません。戦前期のプロレタリア演劇の伝統を引き継いでいるように見えますが、現代のリアリズム表現の方向としては、限界があります。演劇的に昇華する表現を通して、観る者を根底からゆさぶるような表現が求められます。とりあえず、セリフから、教条的な表現を取りのぞかねばなりません。しかしこうした劇団が、日本の市場原理主義の混迷のなかで、志をもって生きていこうとしているのは、高く評価されます。名古屋アートピアホールにて。(2012/11/21)
[劇団NLT『宴会泥棒』(名古屋演劇鑑賞会例会)]
いかにもユーモアとペーソスあふれる喜劇ドラマであり、最後には民衆の矜持をのぞかせる。原作は、ジュリオ・スカルニッチ&レンゾ・タラブージですが、いかにもイタリア仕立ての民衆コメデイであり、浮き世のよしなし事を忘れて楽しめばいいのです。残念ながらこうした喜劇風土は、日本にはありませんので、観客との間で一定の背理が生じますが、さすがに山田洋次以上のコメデイ・センスが漂います。NLTという劇団は、こうした方向で一貫しているようですが、癒しを求める現在の日本にはフィットするでしょう。福島の悲劇を横に置いて、こうしたコメデイを楽しんでいる自分に、ある苦さをも覚えますが、それがNLTの狙いであれば感服の他ありません。名古屋市民会館にて。満席。(2012/11/14)
[ロバート・レッドフォード『声をかくす人』(2011年、米国)]
リンカーン大統領暗殺に関わって、アメリカ史上初めて女性で処刑された人物と、その弁護士の裁判過程がドラマテックに進行します。重厚な描写で、いわば民主党リベラルの人権感覚が描かれます。当時の時代的な雰囲気も、時代考証とCG技術でよく描かれています。こうした真摯なアメリカ映画は、しかしWASPの限界があり、南部州の北部に対する憎悪や、奴隷解放の意味などがもっと突っ込んで描かれると、映画史に残る映画となるでしょうが、それはアメリカ民主主義の限界を示しています。あくまで、白か黒かの二項対立のなかで、雄弁術を駆使しながら、自力で世界を切りひらくという個人原理が称賛されます。ただし、新興資本のリードする北部政府の限界を描いたという点で、少しの意味はあります。大勢の観客の前で縛り首にする公式処刑は、リベラリズムの野蛮さを示しており、現代でも州によっては関係者が見守る前で絞首刑が執行されています。名古屋・ミリオン座にて。観客10数名。(2012/11/13)
[チャン・フン『高地戦 The Front
Line』(2011年、韓国)]
朝鮮戦争末期の前線の無意味な戦争に翻弄される若者たちを描いています。『高地戦』と和訳していますが、原題に忠実に『前線』でよかったと思います。時代考証はしっかりしていますから、おそらく当時の前線は肉弾相撃つすさまじい戦闘が再現されているのでしょうが、現在から見ると、実感が湧かないほどの修羅場です。分断国家にもかかわらず、敵・味方のある種の交感がただよう描写は、朝鮮民族にある情感の深さに裏打ちされて、代理戦争の虚しさを浮き彫りになります。とくに韓国軍の内部の上官や味方を射殺する描写は、韓国軍内部の問題を大胆に露出させています。もっとも印象的なシーンは、戦争で片腕を喪った少女が「私の腕は生えてくるの?」という哀しい問いかけに、冷ややかにノーという場面と、「北朝鮮」軍の将校が、最後に戦争の大義なんか忘れてしまったという場面であり、ここにこの映画のメッセージがうかがわれます。それにしても、いまなぜこうした映画をつくるのでしょう? あるいはなぜ巨費を投じて製作できるのでしょう。ここには分断を克服しようという痛切な韓国映画人の願いが込められているような気がします。ひるがえって、現代の日本は過去の戦争の記憶にどう向きあっているのでしょう・・・もはや記憶の彼方にあって、戦争を美化しようとする雰囲気さえただようなかで、現代日本の異常さが浮き彫りとなります。いつものように、パンフレットの解説は歴史観の貧困を際だたせており、もう日本の映画批評は駄目ではないかとさえ思われるような惨状を呈しています。朝鮮特需で奇跡的な経済復興を遂げた痛みはありません。名古屋・センチュリー劇場。観客20数名。(2012/11/10)
[デイヴィッド・クローネンバーグ『危険なメソッド』(2011年)]
フロイドとユングがこのような親しい師弟関係にあったとは知りませんでしたが、また当時の精神分析医療が際どい医療の権力関係のなかで展開されていることがうかがえます。また、彼らが活動したスイスの精神医療機関が上流階級の患者を対象とすることも分かります。物語は、フロイトの対話療法を実践するユングの女性患者との愛憎が、幼少期の父親コンプレックスに起因することを描きますが、当時の精神分析医療の手探りの状況もうかがわれ、一定の興味をそそられます。ユダヤ人が置かれた社会的状況も間接的に浮かびあがりますが、焦点が精神分析にあるのか、患者との愛憎関係にいたるユングの葛藤にあるのか、絞り込めていないので映画としては成功しているとは云えません。精神分析の世界を描くことが、本来的に困難であることを示しています。ユングとフロイトの訣別が、ユングの神秘主義への傾斜とフロイトの科学主義にあったことも初めて知りました。最後の字幕で、フロイトはユダヤ人としてスイスから追放され、ユダヤ人の女性患者はナチスによって銃殺され、ユングはアーリア人として名声を得たとあり、はじめて欧州におけるユダヤ人の存在が浮かびあがります。フロイトが劇中で、アーリア人に警戒せよと言う忠告の意味が浮かびあがってきます。ともあれ、商業ベースを無視したこのような映画の制作が実現する欧州映画の文化主義には、一定の敬意を表さなければなりません。この映画の限界は、社会的諸関係との関連抜きに精神分析学を描こうとした点にあります。名古屋・ミリオン座にて。観客15,6名。久しぶりの映画鑑賞でした。(2012/10/29)
[ベニチオ・デル・トロ他『セブン・デイズ・イン・ハバナ』(フランス・スペイン、2012年)]
数年前に訪問したキューバの風景とほとんど変わっていず、懐かしく思いだされました。崩れかけたようなスペイン風の民家と年代物のアメリカ車が走りまわり、観光客向けのホテルのみが豪華である光景は同じです。月曜日から日曜日までのキューバ人の日常生活がオムニバス風にくりひろがられますが、この物語からは、キューバの現状を肯定しながらラテン風の生活を楽しむ中高年の潮流と、若い世代を中心とする脱出志向の潮流が浮かびあがりますが、男娼や同性愛志向など反社会主義的モラルへの嗜好もうかがえます。同性愛の娘を呪術師が直すシーンには少々驚かされました。いずれにしろ、ソ連東欧型の暗い全体主義の雰囲気がいっさいなく、底抜けの明るさとカストロの長時間演説が同居しているキューバ独特の庶民的社会主義の生活が示されます。ここで米国の経済封鎖に苦しむキューバの「ほんとうの幸福」の問題が浮かびあがるのですが、最後の物語でカソリック教会の再建へ住民が共同する姿は、社会主義にかわる信仰の復権を意味しているのでしょうか。この国がどういう歩みを続けていくのか、大変注目を集めるところです。ナゴヤ・名演小劇場にて。観客6名ほど。(2012/9/23)
[劇団民藝『白バラの祈り』]
ナチスに対する抵抗運動を組識したミュンヘン大学の白バラ・グループのショル兄妹の妹のゾフィー・ショルの逮捕後の尋問シーンをめぐる応酬の舞台劇です。ゾフィーの良心に従った気高さが浮き彫りとなりますが、むしろゲシュタポの尋問官の内面的な葛藤に焦点をあて、独裁権力に追随して生きのびようとする小市民的なプチブルが独裁を支えるというメッセージが込められているようです。おそらく現代日本の大勢順応の市民的潮流に警告を発する意味を込めているのでしょうが、残念ながら舞台からは、良心と死を賭けた選択の緊迫した状況の鋭さは伝わってきません。劇的な迫真性を創造する脚本と演技そのものに、限界があります。ナチスを熱狂的に支持していったのも中間層であり、大学生のレジスタンスもほとんどなかったナチス・ドイツの下からのファッシズムの心性の怖さを前面に出すならば、現代の大阪現象とつながって緊迫の舞台となったのではないでしょうか。もはや21世紀の現代では、反戦とレジスタンスの定番的な描写は限界があり、ショル兄妹の人間的な葛藤をも描き込んだ重層的な脚本にしなければなりませんでした。ただゲシュタポの下士官が、秘かなレジスタンスであったことが最後のどんでん返しで分かりますが、こうした配置を深めればもっと面白いもにになったに違いありません。名古屋市民会館にて。(2012/9/13)
[アンナ・ジャステイス『あの日 あの時 愛の記憶』(2011年 ドイツ)]
アウシュヴィッツ強制収容所の相思相愛のポーランド人政治犯の男とユダヤ人の女性が奇跡的な方法で収容所を脱走し、逃亡生活のなかで互いに相手を死んだものとして、戦後を生きるなかで、相手が生きていることを偶然に知り、数十年を経て再会するまで過程を描きます。再会で映画は終わるのですが、その後の両者の会話はどうであるのかは観客の想像に委ねられます。実話をもとに描いたそうですが、このようなレアーなケースがあったことそのものが驚きです。ホロコーストを背景として、男女の純愛と生存者としての生に絞り込んでいます。こうした奇跡的なケースの背後にある多くの無残な死と別れを想像させますが、如何せんそのような普遍的な意味への展開は閉ざされ、あくまでも男女2人の問題に収斂します。ホロコースト映画がいまもって多様な描写の対象となるのは、惨劇の対極にあるヒューマニズムが浮き彫りとなるテーマ性の素材として、ホロコーストがいまもって歴史を超えた普遍的な意味をもつからです。この映画の独自性は、ナチスとソ連赤軍をほぼ同列に描き、ポーランド国内軍のレジスタンスの歴史(ワイダ『灰とダイヤモンド』)を消去しようとした戦後ポーランド史と、ポーランド人自身にあった反ユダヤ主義を告発的に描いているところにあります。こうした描写はソ連崩壊後の価値転換をうかがわせますが、そうした問題点は置いても、戦犯国ドイツがいまにいたっても、こうした反ナチ映画を自己批判的につくることが驚きです。日本では自虐史観とか、南京事件や従軍慰安婦に対する改竄の歴史修正主義が横行していることの異常性を反証します。日本の戦後責任は未決のまま過ぎていくのだろうか、そうした思いを抱いて映画館を後にしました。名演小劇場にて。会場8割の入り。(2012/9/4)
[梁英姫ヤン・ヨンヒ『かぞくのくに』(2011年)]
ウーン、北朝鮮を祖国として生きる総連系在日朝鮮人のいまを描く出色のドラマといえましょう。原理系の朝鮮国籍者からみれば、これほどによくできた反共映画もまたないでしょう。両親を総連幹部に持ち、朝鮮大学校から朝鮮高校教師を経て、映像作家として生きるヤン・ヨンヒは在日の現代史のなかでみずからの生を生きぬく表現の可能性を実現している点で、また大きな可能性を感じさせます。一連の作品で、北にいる監督の帰国した兄3人の運命はどうなるのだろうか、とも危惧いたします。それにしても、かってあれほどに理想のイメージとらえられ、文字どおり幾多の命が無私の献身を捧げた国が、いまこうしてみるも無惨な人間的な疎外を生みだしている歴史の残酷さになんとも言えない哀切を感じます。北系の在日を描く監督は、祖国への往来も禁止され、韓国への渡航することもできない限界の情況のなかで、あくなき表現を追求する選択と決断をしています。もっとも崇高な革命の理念を実現した国が、防衛を強いられていくなかで革命権力が自己目的化し、全体主義とほとんど変わらない醜悪な姿に堕していくのは、歴史の冷酷な負の弁証法に他なりません。理想に殉じてきた父親の苦悩の内面に焦点を当てれば、さらに深い現実に迫ることができたのではないでしょうか。あまりにも痛々しい物語が、なにか戯画的な嬌笑を生みだす直前で抑制されています。、そして、ある才能に恵まれた北系の人間がなお自己表現の場を確保できるのに較べ、文字どおり無名のままで北の理想に殉じてこの世を去った多くの人々が歴史の闇に埋もれていくところに、いったい誰が光をあてればいいのでしょうか。おそらく北系の組織は、この映画に関係した在日にある抑圧をくわえるかも知れませんが、批判の自由を反革命と短絡する権力操作の時代はいつか過ぎていることを把握する一歩を生みだしてほしいと思います。そして、朝鮮半島の複雑極まる時代の揺れ動きに翻弄される歴史をつくりだしたのが、他ならぬ日本帝国主義であった事実と歴史への責任を最も重く背負っているのが日本であることに思いを致す必要があります。現代にいたる朝鮮半島の苦悩をつくりだしたのは、日本であるのです。その責任を果たさないままに、北の惨状を評価する現代の過ぎていく戦後責任は遠からず痛烈なしっぺ返しを受けるでしょう。平日にもかかわらず会場はほぼ満席。名古屋シネマテークにて。(2012/8/17)
[岩佐寿弥『オロ』]
6歳でチベットからインドへ亡命した少年の3カ年の生活を描くドキュメンタリー映画です。第2次大戦終了とともにチベットは、中国革命政府の支配下に入り、ダライ・ラマを法主とするラマ教は大弾圧を受けて亡命します。少年の亡命の動機は、小学校でチベット語ではなく、中国語の授業でなにも分からなかったということのみが語られますが、その背後には漢民族のチベット族に対する迫害があります。中国革命政府がなぜこのような異民族に対する抑圧政策を採ったのか、それは日本の戦前期の植民地政策と本質的に変わりはないように思います。映画は少年の演技も自然で、初々しく、しかも淡々として、この少年の才能を感じさせます。演出はメルヘンチックで、政治的メッセージは抑制され、この監督の政治的熟成とチベットに対する愛情を感じさせます。じつは私は、18日からチベット旅行に行きますので、この映画を是非ともみてみようと思ったのです。お盆にもかかわらず、このようなマイナー(?)な映画に多くの観客が来ていることに驚きました。名古屋シネマテークにて。(2012/8/13)
[アグネシュカ・ホランド『ソハの地下水道(原題:IN
DARKNESS)』(2011年、ドイツ・ポーランド合作)]
1943年のナチス占領下のポーランドのある街で、地下水道に隠れるユダヤ人と、それを支援するポーランド人の映画であり、徹底したリアリズムの手法で描かれます。極限状況下において、人間の良心というものがあるなら、それは普通の市井に生きる市民のなかに生きているというということが分かります。定番のナチスの抑圧に抵抗する英雄物語ではなく、気高さと汚濁の入りまじる人間の実相を描いたドラマ性あふれる希有の作品となっています。地下水道の生活のなかで、赤ん坊を出産し、その泣き声から発覚することを恐れて窒息死させ、その後に支援者から子供ひきとってもいいと告げられ、赤ん坊の父親の死を知らされる出産シーンの母親の内面は、実存的なドラマそのものです。主人公は解放者であるソ連軍の軍用車の暴走で亡くなったと最後のクレジットで出ますが、それもまた哀しい痛みを喚起します。
ナチス関連の映画は洪水のように生産されますが、そのなかではこの作品は、人間の実相の深奥に迫るリアリズム芸術の勝利といえますが、なお私は、普通のドイツ人がナチスに加担していった過程や、現代イスラエルのアラブに対する野蛮を射ぬくようなホロコースト映画がないことを残念に思います。ヴィスコンテイ『地獄に堕ちた勇者ども』は、ドイツの支配階級のナチスへの加担の頽廃を鋭く描きましたが、ハイネの国の人々がナチスに熱狂していく変貌の過程を鋭く描く作品を期待したいのです。大阪のナントカという知事に熱狂するポピュリズムと同じものがあるのではないかと思うのです。監督はユダヤ系の女性のようですが、なぜ彼女はポーランドを去ってフランスへ移住したのでしょう。欧州ではそれほどに国境は越えられる存在なのでしょうか。それにしても、ドイツ・ポーランド合作映画ということは、ドイツの過去の克服のとりくみが尋常ではないことを示しています。脚本家は、英語の作品を要請したようですが、ここにハリウッドで生きている決定的な限界があります。日本では決して制作できないような作品であり、この作品は、日本の映画水準の頽廃を警告しているようで、胸が痛みます。名古屋試写室にて。(2012/7/25)
[パク・ジョンボム『ムサン日記〜白い犬』(2010年、韓国)]
飢えで喧嘩をして友人を殺めた主人公は、北朝鮮を脱北して韓国で生活しています。脱北仲間は、住民登録の125という番号で就業は困難を極め、3K労働か、反共教育の講師として日銭を稼いでいます。高度成長できらびやかな首都ソウルの対極にひろがるデイアスポラの脱北者の繊細な心性と良心が、しだいに歪んでいく痛々しい荒涼たる風景は、なにか現代韓国の縁辺にあるものを象徴しているようにみえます。この映画が成功しているのは、いっさいBGMを使わない徹底した冷徹なリアリズムの手法にあり、安易な共感と同情を峻拒する孤絶した生と、非対称的な韓国キリスト教の救済主義のパラドックスを際だたせて、カフカのような実存と冷酷な事実を共存させているところにあります。脱北者とは、主人公のみならず、韓国民衆そのものの暗喩であり、日本を含むワーキング・プアーの象徴となっています。
安アパートとカラオケ喫茶、再開発地区の荒廃した現場、夜のきらびやかな歓楽街と、ほとんど撮影資金がない限界で、どういう映画がつくれるか、圧倒的な演出の勝利といえましょう。救いは、教会で出会う娘と白い捨て犬の無垢にあり、白い犬は自らの良心と誠実の象徴であり、それさえもあっけなく殺害される絶望の契機に過ぎません。救いのない果てに、一切の希望を告げないで映画は終わりますが、それはネオ・リベラリズムの闇にあって彷徨する汚れきった日本と世界の姿を写しだしています。ムサンは中国と国境を接する北朝鮮の街であり、2万人を超える脱北者の拠点です。モデルは監督の友人で実際に脱北したスンチョル氏ですが、すでに亡くなっています。聖歌隊のアメイジング・グレイスが、これほどに痛々しいイメージで響いたことはありません。『自転車泥棒』のようなイタリア・ネオリアリズモの緊迫した哀しみの再来を感じました。名古屋・シネマテークにて。会場満席。(2012/7/21)
[前進座『山椒大夫』]
あまりに有名な日本の古典作品を、いかにも前進座風の情感を前面に出して演出しています。舞台美術と演出に工夫が見られ、単なる古典を抜けだす努力が見られますが、拷問や処刑のグロテスクな演出は、即物的でいただけません。テーマそのものの前近代的な家族の心性と、身分制下のステロタイプの勧善懲悪は、その限りで観客の嗜好をひきつけますが、こうしたリアリズム演出は、リアリズムそのものの深みを奪うものとなります。古典がどう現代の問題性と結んでいくか、前進座は困難な課題に真っ向から挑戦しなければならず、演出の技術にのみ依存することから抜けださねばなりません。前進座は、基本的にTVドラマ「水戸黄門」と同じレベルの思想性にあり、決して民衆がみずからの手で変革に踏みだすことはありません。名古屋市民会館にて。大ホールは天童よしみのショーで、老若男女でごった返していました。(2012/7/20)
[『マックス・エルンスト展』(愛知県美術館)]
シュルレアリズムを代表する画家の展覧会で期待をもって出かけました。フランスのシュルレアリズム作家との挿絵のコラボレーションや洋画が数多くテーマごとに整理され、技量の高さとキュービズムやシュールレアリズムの先駆性を実感しました。しかし展示の趣旨が、フィギア(形象)とスケープ(空間)という形式美学であるため、戦前期の不安な時代の社会的心性の掘り下げがまったくありません。とくにエリュアール(のちにコミュニズムへ合流)とのコラボは、重要な意味があるのですが、それも技術論的な説明だけで終わっています。残念ながら、この美術館のキュレーターの美学思想の限界がさらけだされ、エルンストの本質に迫るものとはなっていません。最も問題作といわれるものも、デカダンスで片づけられています。美術館の展示思想とは切り離してみると、当時の美的感覚が浮かびあがってきます。(2012/7/20)
[アンジェイ・ムンク『パサジェルカ』(ポーランド、1963年)]
かって学生時代に日本で放映され、注目された作品を見逃して、やっと今回観ることができました。アウシュヴィッツ強制収容所のナチス親衛隊の女性看守と、ユダヤ人政治犯の女性の葛藤が、戦後に偶然に二人が同じ船で出会い、看守の回想という形で展開します。ただし、監督が制作途中で自動車事故でなくなり、未完成のフィルムを助監督たちが編集していますので、作品自体は中途で終わり、生きのこった二人の将来も分かりません。
この作品の特徴は、看守と囚人という絶対的な垂直の支配関係に、2人の女性の人格を賭けた葛藤という水平的な関係をもちこみ、人間の誇りと尊厳をより深い視点から描きだそうとしている点にあります。こうした視点は、男性看守と女性の「異常な」愛情関係を描いたリリアーナ・カヴァーニ『愛の嵐』にもありますが、ユダヤ系の出自であるムンク監督の深い人間への洞察への志向がうかがわれます。たとえ、強制収容所という極限状況であれ、そうした状況の中でなお、人間的であろうとする「個」の尊厳をある種の崇高なレベルで問い直す思想性の深さがあります。
しかしやはり疑問に思うのは、強制収容所とは、絶対的な殺人工場であり、こうした人間論的な関係の成立する余地はなかったということです。絶対的な悪であるナチズムの局部に存在するヒューマニテイに、いったい何の意味があるのかという冷厳な視点がなければならないと思います。この点にポーランド文化の問題を感じます。かすかな人間性を浮き彫りにすることで、かえって収容所の絶対悪を浮き彫りにする方法は、どこまで有効なのかという問題を私たちに突きつけて参ります。60年代の映画の水準の高さをあらためて感じます。DVD版(紀伊國屋書店)。(2012/7/8)
[アグステイ・ビジャロンガ『ブラック・ブレッド』(2010年、スペイン・フランス)]
ブラック・ブレッド(黒いパン)とは、戦前期のスペインではパンの色は階級別、都市・地方という地域別に分けられ、”貧者のパン”と呼ばれたそうですが、フランコ独裁下の苦しむ民衆を象徴しています。全編がカタロニア語という抑圧された言語で繰りひろげられるカタロニアの民衆の生活が、ある少年の視点からミステリアスにマジック・リアリズムの手法で描かれます。カタロニアは、左翼の強力な地域でしたから、内戦終結後にフランコの抑圧をもっとも強く受けています。スペイン内戦というのは、単なる政治闘争の次元をはるかに超えた生活と仕事、人間の情念までを含む全体戦争であったことが分かります。カソリックの隠然たる影響力もうかがえます。ラテン芸術にある深く刻みこまれた情念の物語は、人間の存在の実存に迫るような骨太の展開を示します。内戦が、善玉・悪玉という現象的な描写に終わらず、ピュアーな純情と理想を無残に砕く容赦のない選択の連続であることを思い知らせます。評者によっては。少年の性の覚醒と大人たちの虚偽をテーマとする方向違いのコメントもみられますが、少年の大人への転換の無残は、痛烈なフランコ独裁への批判となっています。この映画は、醜い裏切りや攻撃の負の側面を通じて、なお残る人間の生きる意味と理想のあり方を告げているようです。
こうした映画を観ると、いつものことですが、ラテン系の人間の凄さ(特に女性の強さ)と、人間の成長の複雑系を思い知らされ、日本の薄っぺらさが浮き彫りとなって、打ちのめされてしまいます。久しぶりに本格的な劇映画を観ました。名古屋・名演小劇場にて。会場は中高年で8割の入り。(2012/7/7)
[ロベール・ゲデイギャン『キリマンジャロの雪』]
ウーン、フランス労働者階級の文化がにじみ出すような映画です。予定調和の甘っちょろいヒューマニズム映画と感じた人は、フランス社会に埋めこまれた協働の文化にあまりに無知と云えるでしょう。ここには、フランス革命以降のフランス労働者階級のエスプリが、ちょっとしたスナップを通じて散りばめられています。最初のシーンに登場する労働総同盟(CGT)は、フランスの左翼労働運動の拠点であり、ジャン・ジョレスへの讃歌はフランス労働者国家への期待と希望のオマージュです。1970年代の社共共同政府綱領が登場するのも、左翼政権への高揚期を生きた過去の栄光をしのばせています。
しかし現代は、新自由主義の合理化とリストラが横行する反動期であり、この映画はリストラされる労働者の誇りを日常的な生活の風景のなかに、淡々と描きます。強盗に入った青年は、おそらく現代フランスで支持を拡大している急進左翼運動の論理を体現しているように思います。この映画は、かっての変革運動をになった輝かしい左翼の文化が、現代においてどのように継承されていくかを考えさせるシナリオとなっています。シナリオは、ヴィクトル・ユゴーの原作を現代的に翻案していますが、監督の左翼の再生に込められた熱い情熱を感じます。こうした映画は、残念ながら日本ではつくられません。こうした労働の文化の蓄積がないからです。こうした映画が、メジャーとなって配給ルートに乗るフランス映画の厚みを実感させます。ウイークデイにもかかわらず、中高年で満席でした。名古屋・名演小劇場にて。(2012/7/4)
[エミリオ・エステヴェス『星の旅人たち』(2010年、アメリカ=スペイン映画)]
原題は『The Way』ですが、なんとも洒落た邦題にしたものです。聖ヤコブが葬られているスペインの聖地サンテイアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の旅を画いています。それぞれの痛みを抱えながら、たがいに人間的な交流と絆を深める4人の姿は、現代の社会でそれぞれの傷を受けた癒しの時間を共有し、人間が互いに信頼し合える関係にあるということを見いだす恢復の旅でもあります。人間的な姿は、あくまでも、キリスト教の信仰とともにあり、ある意味ではモダンなキリスト教讃歌となっており、欧米におけるキリスト教の埋めこまれた文化の厚みをあらためて実感します。舞台はスペインですから、スペイン現代史が顔を出しても良いのですが、人民戦線や虐げられたユダヤ教のシーンはなく、バスクの問題とジプシーの尊厳の問題が顔を出しています。ジプシーはPC用語となって、現在はロマになっているはずなのに、少なくとも翻訳はジプシーのままなので、これは日本側の問題なのかも知れません。市場原理のもとで人間がたがいに歪んでいくなかで、原初的なヒューマニテイを歌いあげる欧米の映画は、社会的欧州の基盤にある民衆の心性を感じさせます。スペインの美しい農村風景と中世の雰囲気を残した地方小都市の味わいを満喫できるロード・ムーヴィでもあります。ナゴヤ・名演小劇場。観客30数名か。(2012/6/17)
[アレクサンドル・ソクーロフ『ファウスト』]
ロシアの鬼才といわれる監督の最新作で、2011年度ヴェニス映画祭金獅子賞を受賞しています。いつ見てもロシア映画は、芸術精神あふれる本格劇が多いのですが、この作品のゲーテの原作をもとに、悪魔メフイトフェレスを高利貸しに替えただけで、後は堂々たる迫力ある画面が展開します。19世紀のドイツの下街の光景が精彩に描かれ、生々しい人間の姿がリアルに展開します。帰還兵や学生の姿や当時の居酒屋の風景など、それだけで堪能できます。
しかし現代ロシアの問題意識と重なるような作品ではなく、どうもロシア映画は古典主義の重厚なものが多く、私は現代ロシアのリアルな人間像を反映させてもよかったのではないかと思います。現代の日本映画は、こうした正面から芸術に立ちむかう本格的な力作はなく、狭い日常に閉塞して哀しく感じます。それにしても、なぜヴェニスはこうした作品に最優秀賞を与えるのでしょう。会場は映画マニアでほぼ満席でした。名古屋・シネマテークにて。(2012/6/9)
[民藝『後ろ姿のしぐれてゆくか』]
息子夫婦と3人で、当日券で観劇しました。会場は中高年で満席です。自滅的な放蕩生活を送ったアウトサーダー的な俳人の山頭火の生涯を描いています。ファッシズムの重苦しい抑圧のなかで、自由を求める姿は、このような放浪の生活となるのでしょうか? 閉塞感漂う現代日本に通底するメッセージを発したいのでしょうが、いまいち、こうした演劇を発する意味が伝わってきません。芸術と狂気の問題とも云えますが、所詮エゴイストの自由に過ぎないような印象を受けます。劇団・民藝は、どうも現代的な問題意識が不鮮明となっているようです。こうした演目は、中高年の自己慰安に終わり、若者を巻き込むことはできません。主役の大滝秀治に期待したのですが、病気で降板して代役でした。紀伊国屋サザンシアターにて。(2012/6/3)
[ケン・ローチ『ルート・アイリッシュ』]
映画が終わって、出口に行く高齢者の夫婦が、「期待したのに、前評判とは違って、希望がない映画だったわ」「そうだねえ」なんて云う会話を交わしていました。たしかに、英国を代表する社会派監督としては、観客の胸を打つような感動をあたえるのではなく、寒々とした印象を残して終わりました。それはテーマそのものに無理があったのです。イラク戦争で前線警備をになう民間警備会社に雇用された戦闘員が、戦場で無辜の子どもたちを虐殺し、そうした行為に良心の呵責を覚える戦闘員が消され、生きのこった友人が経営者を爆殺して自分も自殺するという物語で、なんのことはない戦争ビジネスの裏を描いているに過ぎません。いわば戦争ビジネスの内部崩壊を描いているにすぎない限界があります。だからこの映画には、観客は自分を感情移入するような登場人物が誰もいないのです。ケン・ローチは、戦争ビジネスの醜悪な実態を描きだそうとしたのでしょうが、サスペンス風の展開も演出不足で、映画としては失敗作です。それにしても、民営軍事企業はアメリカだけと思っていましたが、イギリスもそうだったのですね。戦争ビジネスの経営にのめりこみ、そうしたところに生活の糧を求めていくイギリス下層階級の視点を入れれば面白くなり、またイラク民衆の視点をもっと入れれば、重層的な物語になったと思います。観客はウイークデイにもかかわらず、7割のぐらいの入りで驚きました。名演小劇場にて。(2012/5/24)
[文学座『長崎ぶらぶら節』]
誕生と同時に親に捨てられ、芸者となっていきる女性が郷土史家と出会い、長崎の埋もれた民謡を掘りおこすことに生きがいを見いだし、また同じ境遇の生い立ちの少女を救うことで、自分の生涯を閉じる物語です。けなげに生き抜く女性の姿は、世俗にあっても聖女のような美を放ち、日本的な情緒が溢れる麗しい失われた共同体の物語であり、原作はなかにし礼で直木賞を受賞している。こうした物語は市場原理の荒んだ現代にあっては、もはや二度と手にすることができない情愛の世界のノスタルジアを呼び起こしますが、よく考えると、こうした庶民の哀歓が入りまじる日本的共同体の世界は、天皇制支配をみごとに包み込む支配の美学に包摂されています。ワシントン海軍軍縮条約に悲憤する海軍将校の宴席で、横綱土俵入りを演じながら慰める演出は、こうした日本的情緒の裏にある権力の美学を無自覚のうちに投影しています。哀しいことですが、この演劇は天皇制美学に包摂された日本的共同体へのノスタルジックな回顧であり、現実への抵抗の断念をていねいに肯定する効果をもたらすみごとな作品ですが、彼らはけっして救われることはなく、永遠に循環しながら諦観の世界を生きていくことになるでしょう。あるいはジェンダーの視点をもった女性は、席を立って出ていくでしょう。新劇の一方の雄である文学座が、このような作品でしか、現代を表現できないところに、現代日本の閉塞状況があります。驚いたことに、文学座ですら会場は空席がめだち、寒々とした光景が広がっています。勤労者演劇運動はずるずると後退を重ねていくのでしょうか。(2012/5/18)
[アスガー・ファルハデイ『別離』]
いままでのイラン映画のイメージを根底からくつがえすような映画です。私が辛うじて知っているのは、キアロスタミの子どもの世界を通したヒューマン・タッチの映画しか印象になく、しかも検閲をくぐり抜ける隠されたメッセージを読みとるような観方でしたが、この映画はイラン社会の複雑な実相に触れた感じです。ホメイニ革命以降のイスラム神権国家というイメージはまったくなく、イスラムの規範を残しつつも、これほどに近代化がすすんでいるのかと驚きの連続でした。たしかに殺人罪は自動的に死刑になるというあたりは、イスラム刑法がうかがえ、裁判はオフィスのような部屋で、原告と被告が判事の前でやり合うという、およそ近代司法では考えられない光景であり、やはりイスラム司法の伝統が生きているのでしょう。しかし夫婦の離婚や、高齢者の介護、ハイ・ソサエテイと下町の格差構造、中産階級と貧困層、伝統的信仰と近代生活などは世界的な普遍性をもったテーマであり、ようするにイランはブッシュが云うような「ならず者国家」ではなく、ふつうの庶民の軋轢と哀歓が交錯する近代社会への移行期にあることが分かります。ただしこの監督は、英語教師や英語学習をそれとなく宣揚していますから、検閲をくぐり抜けるためのアメリカ志向がうかがえます。
シナリオの展開と心理的な描写の緻密さがすばらしく、欧米の水準に匹敵しています。なぜかというと、よけいな頽廃的な描写がいっさいなく、演者は大人役から子ども役に至るまで、いかにも演技しているという媚びがなく、ピュアーで全身をうちこんでいる演技をくりひろげ、シェイクスピア劇のような心理ドラマとサスペンスがあたかもドキュメンタリーのような感じで展開します。演者のまなざしが澄んでいてリアルなのも、欧米や日本とまったく違います。ひょっとしたら、21世紀の文明を切りひらくのは、イスラムではないかとさえ思わされますが、これは韓流ドラマとも通底しています。
しかしアラーとコーランの呪縛はあくまで重く、人間生活の良心を根元から規定しています。この規定された良心こそ、反転してブッシュに立ちむかう原点にあるように思います。パンフには脚本家や映画評論家が登場しますが、残念ながら異文化認識の限界が目立ち、しかも無自覚のオリエンタリズムを垂れながし、日本の映画批評の水準の貧困をいつにまして残念に思わされました。この映画は、全世界の映画祭の賞を総なめしていますが、イスラム国家への批判が抑制され、イラン国内で上映されて記録的な動員を示したそうですから、イラン国内の検閲と表現の自由のレベルがうかがわれます。こうした映画は、イランをめぐる政治的緊張を超えて、異文化の共通の基礎をつくりだしていく有力なツールとなるでしょう。名演小劇場にて。ウイークデイにもかかわらず、かなりの入りでした。(2012/5/16)
[アキ・カウリスマキ『ル・アーヴルの靴磨き』]
ウーン・・・やっぱりカウリスマキの雰囲気がただよう、ちょっとシニカルなヒューマン・ドラマですが、今回は予定調和のハッピーエンドに終わる。零落した芸術家が靴磨きをして、都市郊外の貧民街で暮らしながら、小さな幸せな生活を営んでいます。不法移民の子どもを助けて、フランスからロンドンへ送りだす物語ですが、フランスの底辺民衆の哀歓のただよう連帯の物語です。フランス社会にある大都市郊外のプロレタリアの集住地と移民という現代の大きなテーマが、淡々と描かれます。なぜフランスの大都市郊外で暴動が起きるのか、極右のルペン派が一定の支持を集め、また左翼も根強い支持基盤を持っているのか、フランス社会の今日的な状況が日常生活のなかで浮かびあがってきます。そうしたフランスの現代がカウリスマキらしい、シニカルな描写のなかで描きあげられます。これは現代のプロレタリア・ヒューマニズムの映画といっていいでしょう。連休さなかで満員。(2012/5/3)
[アルベルト・ネグリン『アンネの記憶』]
モロッコ出身の監督によるイタリア映画で、アンネの親友で収容所から生還した女性の原作を映画化している。それにしても、ナチスやホロコースト関連の映画が繰りかえしてつくられる欧州の欧州の文化をどう考えたらいいのだろうか? 日本のように歴史修正的な映画ではなく、過去の記憶にかくも拘泥する文化とはなんだろうか? ナチス映画は、日本の忠臣蔵のような一定の視聴率が稼げる定番作品なのだろうか? ただし最近では、ナチス加担の恥部に迫る映画と被害の惨状を「美しく」描く映画に分岐しているようにみえる。この映画は残念ながら、後者に属する。しかも、犠牲の美学をうたいあげながら、ゲシュタポの良心をも人間的に描き、パレスチナに帰還してイスラエルを無条件に肯定するこの映画は、素朴なヒューマニズムの陰に隠れたイスラエル擁護の意図がかいま見える。ホロコーストの惨劇は無条件に糾弾されなければならないが、21世紀の現代ではナチズムそのものの本質に迫る映画的想像力がもとめられ、単なる犠牲の迫真的な描写にとどまってはならないと考えます。私は、かくも無残な体験をしたユダヤ民族が、パレスチナで同じような迫害をアラブ人に加えているパラドクスを鋭く描く映画、或いはなぜナチスがかくも冷酷な絶滅という行為に至ったのかを暴く映画を期待します。それほどに21世紀の現代は、過去の罪責の短絡的な自省ではなく、ホロコストの悲劇を繰りかえさない原理的な思想とシステム構築を求めていると思うのです。名古屋・センチュリー・シネマにて。観客はGWのなかで10名弱。(2012/4/29)
[ジャン・ピエール&リュック・ダルデンヌ『少年と自転車』]
ベルギー出身のこの3才違いの兄弟監督というのが、なにかうらやましいのは人間的な感性の豊かさに共通した基盤を持っているからです。ベルギーの文化はほとんど知りませんが、この兄弟の感性から見る限り、非常にピュアーでヒューマンなものを感じます。この映画はイタリア戦後映画のネオ・リアリスモの遠い伝統を受けついでいるようで、『自転車泥棒』や日本では篠田正浩『少年時代』のような少年心理の微妙かつ鋭敏な内実に迫る哀しみのような情感があります。ストーリーは至って単純でシビアーなものです。父に捨てられて孤児院に入り、少年ギャング・グループにも接近し、犯罪にいたる少年の痛々しい物語です。欧州のプロレタリア階級の日常や、移民の風景が描かれ、必死で生きる少年が大人の善意によって希望を回復していきますが、ほんとうはなんの救いにも与らない無数の転落者がいることを想像すると、また別の感慨がこみあげてまいります。なぜ欧州で移民を排斥する極右が民衆の支持を得るのか、逆に移民と共生しつつ希望を求める左翼が強力な基盤を持つのか、想像は膨らみます。少年を操って犯罪にいたらしめるギャング少年のリーダーは極右を象徴し、少年に寄り添って引き取ろうとする女性は左翼を象徴しているようです。むしろ救いにいたらないギャング少年のリーダーのほうに、リアルな実相があるように思います。おそらく世界史のうえで、子どもたちがこれほどに生きにくい時代はないでしょう。
日本ではなぜこのようなヒューマン・ドラマがつくられないのでしょうか? ダルデンヌ兄弟のような監督が現れないのでしょうか? こうした映画がもはや撮影できない日本映画の頽廃を感じさせます。それほどに日本は人間的な交流が失われて、乾いた砂漠のような荒涼たる風景がひろがっています。ナゴヤ・ミリオン座にて。観客は30数名でほとんど女性でした。(2010/4/26)
[テイム・ブレイク・ネルソン『灰の記憶』]
2003年に全国公開されたアウシュヴィッツ強制収容所の暴動を描いた作品です。ガス室で殺害した囚人を焼却する特別囚人部隊であるゾンダーコマンドは、秘密保持のために4ヶ月交替で自分たちのガス室に入るのです。ガス室で奇跡的に生き残った少女を救うことが、囚人の最後の希望となり、それと同時に進行する焼却炉の爆破計画がスリリングに展開し、限界状況のなかでの人間の追いつめられた心理が緊迫したなかでえがかれます。映像は収容所の雰囲気をただよわせる色調であり、積みかさなる屍体の姿は息を飲みます。私は昨年にアウシュヴィッツを訪問したのですが、綺麗に整備された廃虚から、どうしても当時の実態を想像できず、自分の感受性が貧しいのかと打ちのめされましたが、この映像は収容所の真実の一部を浮かびあがらせています。暴動は鎮圧され、少女は殺害されますが、そこには人間の最後の尊厳が残された火のような光を放って、現代に響きます。なぜこのような工業化された大量殺戮が、なんの感情もなくフォーデイズムのようなシステムで展開されたのか、あらためてドイツの世紀末文化の地獄を考えさせられます。それは啓蒙の弁証法の悲劇なのでしょうか、それとも未完の近代の悲劇なのでしょうか? ひょっとしたら、現代の日本は強制収容所のガス室の姿に似ているような気がします。ガス室で殺害されているのは、ひっそりと死んでいる孤独死であり、福祉職員はゾンダーコマンドのように焼却炉に遺体を運んでいるのでいるのではないでしょうか? DVDにて。(2012/4/24)
[ダニエル・ブスタマンテ『瞳は静かに(原題:アンドレはシェスタしない』]
ウーン、なかなかのシリアスなドラマでした。1976−82年のアルゼンチン軍事独裁政権下の庶民の1年間を小学生の子どものまなざしから、描くリアリズム映画です。情報機関が庶民の日常を監視し、反体制派を秘密裡の抹殺していくカフカ的な世界が、人びとの日常意識を恐怖と不安におとしいれ、無垢な子どものこころが残酷に蝕まれていきます。しかし表面の日常は、いかにもラテン的な明るい雰囲気で営まれ、軍事政権下でも軍人や警官の制服は一切登場しません。互いに監視しながら密告し合う世界が、日常の淡々とした光景のなかで、あたかも何ごともなく過ぎていくような、全体主義のほんとうの怖さが忍びよってきます。原題のシェスタとは、昼寝のことで、おそらく大人も子どもも重労働で昼に眠る時間をとることによってカバーする民族的な風習であったのでしょうが、ここでは不安な社会は子どもでも昼寝はできないで緊張していなければならないことの意味でしょう。主人公の子どもは、最後に叔母を殺害して終わるのでしょうか。見て見ぬふりをする市民こそが、最大の共犯者であることを、子どもは鋭く見ぬき、自分の精神も歪んでいくのです。
これは中進途上国アルゼンチンの話ですが、先進国(?)の日本でも同じような相互の無関心と密告社会がひろがっていることは、大企業の小数派労働運動をみればあきらかです。年間3万人の自裁者がでる日本の背後には、非正規雇用の若者と子どもたちの世界に陰惨なイジメがひろがり、多くは自分は安全でいたいとして、見て見ぬふりをする共犯者となっています。頽廃する民主制と軍事独裁政権のもとでの日常生活に大した違いはありません。その最大の犠牲者が無垢のあどけない子どもたちのこころです。シネマテークにて。ウイークデイの午前中にもかかわらず、会場はほぼ満席。(2010/4/12)
[森達也他『311』]
日本の著名なドキュメンタリー映画監督他数名が、東北大震災と福島原発事故の現場をめぐる映像からなっています。福島はそうそうに引き揚げて、大震災の現場をめぐります。なによりもこのドキュメンタリー映画から感じたことは、第4の権力としてのメデイアの映像によりかかっている疎外された心性にほかなりません。メンバーは、取材が終わると居酒屋に行って、酒を飲み交わします。そこでなにが語られているのかは、放映されませんが、要するに「視る」立場から震災地をめぐっているのであり、本質的には物見遊山にほかなりません。大震災の現場を視ながら、なぜ酒を飲みかわせるのでしょう! さらに子供を喪った親の内面に無神経に踏み込んで質問する森達也の荒廃した神経です。なぜ彼は頭を垂れて、無言で寄り添えないのでしょう。ヅケヅケと質問しながら誘導していく心性は、大都会でドキュメンタリを撮る「眺める」ものの特権性が露呈しています。とくに許せないのは、溺死した遺体の顔を撮影し、遺族から抗議を受けても反論する森達也の無神経極まるふるまいです。彼は、自分が撮影する暴力的な特権性について、なんの疑問も抱いていないかのようです。この映画は、「視る者」と「視られる者」の非対称的な権力関係を露呈していて、観た意味はそこにしかありませんでした。なんたる荒涼とした風景でしょう! 名古屋名古屋・シネマテークにて。ウイークデイにもかかわらず、会場満席でおどろきました。(2012/4/6)
[タル・ベーラ『ニーチェの馬』(ハンガリー)]
ウーン!凄まじい実存映画だ。ニーチェがイタリア旅行で鞭打たれる馬をみて、発狂に至ったいう事実に触発されて、ハンガリーの寒村の駄馬を唯一の生活の糧として生きる農民の父娘の困窮そのものの生活を冷徹に描いています。ニーチェ的な永劫回帰の姿を深々とした映像に刻みこむ精神風景は圧倒的な迫力を持っています。東欧系の独特の思索の深さは、ハイデガーの存在論的な世界観のようでもあり、こうした映画をつくるハンガリー文化の内実には芸術精神の極致があらわれているようでもあります。それにしても社会主義崩壊後の、ハンガリー文化の底深い混迷を一方では感じます。名古屋シネマテークにて。開場満席。(2012/3/26)
[ロベルト・ベニーニ『人生は奇跡の詩』]
『ライフ イズ ビューテイフル』で極限における生の意味を歌い上げたベニーニの最新作。ストーリーは荒唐無稽。イタリア人の別居状態の夫婦が、米軍侵攻下のバクダッドで再開し愛を恢復するというものだ。イタリアらしい陽気さ、ユーモアとペーソスが全編に溢れるヒューマニテイは相変わらずの演出だが、なぜイラクなのかは全く意味不明である。イラク人からみればなにか侮辱されたような感じを味わうかも知れない。そうしたリアルな矛盾をも包み込んで人間の人間らしい生活の味がにじみ出るようなイタリアン喜劇である。世界はそれほど愉快ではないから、逆にイタリア人の開けっぴろげさが浮き彫りとなる。まあこうした映画はこうしたものであって、それ以上の何かを求めても野暮というものだろう。名古屋・名演小劇場にて。観客10名弱。(2006/12/28
19:00)
[Ken Loach『The Wind That Shakes
The Barley 麦の穂を揺らす風』]
実に700年間にわたって英国の植民地下にあったアイルランドの独立闘争を描く。1919年にシン・フェイン党が独立宣言をおこない、アイルランド共和軍(IRA)が結成され、1920年に首都からはじまった蜂起を経て1921年の停戦、大英帝国の自治領としての条約をめぐって内戦に入るまでだ。兄弟肉親が相い食む凄惨な内戦が展開される。条件独立派と完全独立派の裏には、アイルランド内部における地主ー農奴関係と芽吹きはじめた資本家と労働者の階級関係が反映している。ローチの視点はその社会主義的な視点にある。最後に敗北していく社会主義・完全独立派に自らを託しつつ、内部分裂の悲劇への究明は観客に委ねる。その描写はリアリズム以外の何ものでもない。ローチが巨匠とか名匠と評価される英国文化の伝統が直線的に提起されている。こうした映画をつくれる基盤と条件がある英国は捨てたものではない。英国人監督が自国近代史の恥部の部分を大胆に告発するのだ。日本で言えば、日本帝国主義に対する朝鮮独立運動の過程をその内部矛盾にまで掘り下げて、日本人の映画監督が描くことを意味する。過去の日本を根底から告発する映画をつくる監督と条件がほとんどないことが、日本の現状の惨めさをしめしている。拉致問題を利用して朝鮮バッシングに狂奔する狂気の国・日本よ! あなたはいまどこへ流れていこうとしているのか?
思えばどの国も独立か革命の祖国の”大きな物語”を持ち、自己の生命と引き替えに何かを得ようとした経験がある。おそらくその点で日本は世界で類い希なる特殊で異常な国だ。それは支配階級内部の内戦(関ヶ原、明治維新)の経験はあるが、後は侵略の犯罪行為の中でしか歴史を刻んだ来なかった唯一の国だ。日本は血を流して王を倒した経験はない、日本は血を流して支配者を倒した経験はない、日本は血を流して侵略と戦った経験はない、あるのは侵略の過程での飢え死と他民族の虐殺、空襲と原爆による被害をしか経験したことがない国だ。このことについて私は深く考えたことがなかった。日本は誰かの支配の歴史はあったが、自分自身の歴史は記されたことがないのだ。いま日本全国で同じ民族どうしが下らない低次元のことで、いじめ合い怒鳴りあい、つまらぬ日常を送っている背景にはこのような歴史があるに違いない。名古屋・シネマテークにて。月曜にもかかわらず、会場は満席で若者が多いのに驚いた。(2006/12/25
18:37)
[奥田瑛二『長い散歩』]
『The Long Walk長い散歩』は奥田瑛二自身が企画し桃山さくら(彼の家族のペンネーム)などとシナリオを書いたらしい。奥田の意図はもっぱら緒形拳を主役とする映画づくりにあったらしいが、わたしはむしろ疲弊し歪み痛みきっていく現代日本の日常を浮き彫りにしていると思う。いままでの生き方をすべて否定されて希望を失った退職老人と、隣室で親からの凄まじい虐待を受けて心を閉ざしてしまった少女、引きこもりとなって放浪する青年の交流を切なく描く。青年は自殺し、老人は誘拐犯として獄に下り、少女の将来にはなんの保障もない。老人と少女は秋の北アルプスの山並みと吸い込まれるような青い空と雲に再び生き直す蘇りの希望を手にれたかに思うが、決してハッピーエンドではない。登場人物たちは、表現は味気ないけれどKOIZUMI構造改革の犠牲者たちそのものである。社会の片隅でひっそりとたたずんで生きていかなければならない人達の物語である。KOIZUMIは冷ややかに弱者の自己責任を冷笑するだろう。少女を虐待する母親は自らも虐待を受け、男に裏切られてなかば人生を降りているような女である。その敗残の姿もやるせないが、いたいけな無垢な少女が無条件にその犠牲となってDVを繰りかえし受けざるを得ないのが、現在の日本の荒んだ姿である。映画館を出る時には日本の惨憺たる実情を突きつけられて暗然たらざるを得ないだろう。ところどころに描き足りないところがあるけれど、時間の制約でやむを得ないのだろう。最後のタイトルバックに井上陽水(?)の「傘がない」(?)が流れるけれど、あれはやめた方がよい。あの私的で自閉した歌でせっかくの映画が壊れてしまった。名古屋・ミリオン座にて。中高年女性多し。(2006/12/20
15:48)
[アニエスカ・ホランド『敬愛なるベートヴェン』]
私はこの監督はまったく知らない。作曲家を主人公とする音楽映画は、彼が生きた時代をできる限り再現しようとしている点で興味がある。ベートーヴェンが生活していたアパート、ウイーンの街並み、劇場のなかなど、浴室がなく水瓶で入浴する生活、パトロンが支える音楽家の生活・・・。音楽と作曲そのものよりこうした情景に興味が湧く。写譜師という専門職があり、交響曲のパート別の音符が彼によって清書され演奏家に渡される。第九番「合唱」はわずか3日前に楽譜が楽団メンバーに渡っている。写譜師は男性の専業で女性は就けなかったようだ。ベートーヴェンを影から支援した女性写譜師との交流を芸術に憑かれた同志として描く。彼女の恋人が建築家をめざす学生で、当時の建築はすでにコンペ方式で設計がおこなわれていたというのも面白かった。まあベートーヴェン・ファンは観ても損しないでしょう。名古屋・名演小劇場にて。(2006/12/19
18:40)
[クリント・イーストウッド『硫黄島からの手紙』]
ほとんどの日本の映画評論家が今年度優秀作品の第1位に置いているように、脚本も演出も演技も映像も素晴らしいコレぞ本格派ハリウッド(さすがスピルバーグ)といえる映画だ。原作は『玉砕指揮官の絵手紙』(小学館)だそうだ。確かにアメリカ人がここまで日本軍の精神と葛藤に迫り得ているのには驚いた。今までのハリウッドに登場する日本軍は、ほとんどサルに近い矮小な人物として描かれていたからだ。部分的に違和感があるシーンがあるが(パン屋の夫が妻を抱く抱き方や、憲兵が民家を取り締まるなど)、それは問題ではない。日本人の映画監督でも描き得なかったような日本軍の本質の一面に、なぜ米国人監督が迫り得たのか? 或いは現在の日本人監督でこうした日本軍の描き方はできないだろう・・などいろいろな思いがよぎる。
さて最大の問題は栗林司令官を中心とする日本軍人を祖国愛に殉じた気高い軍人として美化している点にある。いかにもアメリカン・マインドに満ちた祖国への忠誠心をそのまま日本軍人に適用しているかにみえる。そこに歯止めをかけているのが、パン屋出身の一兵卒(二宮和也 好演)と良心的であるがゆえに憲兵を追放された兵卒だ。いわば彼らのみが戦争を冷ややかに見つめる視点を持ち、個人的生命を国家から切り離す行動をとり、この映画が単純な殉死の美学になることをくい止めているが、しかし司令官への人間的共感によって栗林中将はよりいっそう美化される効果を持つ。この作品は危ういところで靖国史観の手前でとどまっているが、よりソフトで手の込んだ現代日米同盟への讃歌になる恐れもある。思いをめぐらせばいろいろとでてくるけれど、非戦へのメッセージは込められていると思う。日本軍が侵略軍であったという歴史的本質からみれば、この映画は決定的な限界を持っている。そこに踏みこむ責務は日本映画人にこそあるだろう。いまだもって軍人恩給を階級別に差別化して支給する日本政府の政策を許している日本を描かなければならない。シネマズ・名古屋。観客30数名。(2006/12/12
19:05)
[イ・ジュニク『王の男』]
原作はキム・テウン。朝鮮王朝・燕山君時代の絶対王権の虚栄と虚偽を、最底辺身分である白丁・男寺党の遊芸人が徹底的に嬌笑する。権力闘争と陰謀の渦に頽廃する王権の対極に、嬌笑する民衆の姿がある。同性愛や少年愛の妖しい魅惑を散りばめながら、根底にあるのは階級に裏打ちされた恐怖と怨念、それを乗り越えるアイデンテイテイだ。こうした破天荒なエネルギーの描写力はもはや日本映画にはない。あたかもシェイクスピア悲劇を思わせるようなドラマテックな展開は、現代韓国文化の蓄積しているマグマのような炎と燃えたぎる情念の世界だ。先に私は、山田洋次の『武士の一分』を宣揚したけれど、やはりそこには成熟した晩期資本主義の諦念のような感性がある。
私は「嬌笑」という言葉を想起する。それは「嘲笑」や「冷笑」ではない未来エネルギーがあるような気がする。「嬌笑」は未来を先取りしたがゆえに現世から拒否された者の悲哀の爆発ではないか。現代日本はシニカルな「冷笑」にあふれているが、権力を笑い飛ばして図太く生き抜いて明日を切りひらく「嬌笑」がない。韓国にはそれがある。この違いはいったい何なのだ!どこから来ているのか! 私の未熟な理解では他人の血を吸って生きてきた民族と、他人に血を吸い取られてなお血を捧げてきた民族の違いがあるように思う。こうした映画を見ると、もはや日本は未来形成力を喪っているのではないかーと暗然とするのだ。名古屋・伏見ミリオン座。中高年でほぼ満席。(2006/12/9
18:33)
[山本起也『ツヒノスミカ』]
90歳を超えた1人暮らしの老婆の家が立て替えのためにとりこわされる過程を淡々と描く。それは自分が生きてきた証のようなものの一つ一つを喪っていく過程でもある。たしかに家はある人の生の営みを刻印した人生そのものであり、人間と同じようにいつかは朽ち果てていくものなのだ。「故郷の廃家」とは誰しもにとっての、自分が捨てたことによって朽ち果てる哀しみの家だ。特に日本のような木造家屋や建売住宅の無残さは哀しみが深い。それは次第に荒廃していく自分自身の姿を見ているようだ。高度成長を経て自分の生まれた家を廃屋にしてしまった慚愧を抱えて都会で生きている無数の人がいる。私もそのひとりだ。
映画上映後に監督が登場して製作の過程を語った。会場からの質問は高年女性3人で温かい郷愁のような雰囲気があった。若い監督にしてこうした感性があることに驚かさされる。それにしてもこうした映画をどこで皆さん知ったのだろう。名古屋シネマスコーレにて。観客は中高年ばかり20数名。(2006/12/2
15:30)
[山田洋次『武士の一分』]
本分とか名分は聞いたことがあるが、一分(いちぶん)は初めてなので広辞苑で引くと、@10に分けたものの1Aひとりの分際。一身の面目、または職責B一様、同様とある。ここではA一身も面目つまり名誉という意味だろうか。山田洋次の時代劇三部作の最後の作品になるらしい。すべて藤沢周平の海坂藩下級武士の哀感を描く。時代劇も久しぶりだが、こんなに丁寧に大向こうを張らずに撮った作品も久方ぶりだ。山本周五郎が町人や百姓の庶民のペーソスを描いたのに対し、藤沢周平は下級武士の世界を描いたのだろうか(私は藤沢の原作を読んだことがない)。しかしこれは時代劇を借りた現代批判の、或いは階級批判の「傾向」映画であり、フリーターや偽装請負で呻吟している現代人は身につまされるものがあろう。それは次第に摩滅していくジャステイスの感覚を呼び覚ますだろう。奪われていく誇りの最後の一線を守ろうとするジャステイスの感覚は、他の商業映画では決して登場しない山田洋次の婉曲表現に込められている。
キムタクとか称せられる木村拓哉なんていうタレントは鼻から無視していた私は、少々彼の演技には驚かされた。しかし絶品は中間を演じる笹野高史の演技だ。決して目立ってはならない脇役を画面に溶け込むように演じていた笹野の風貌と演技は素晴らしい。その他の俳優もしっかりとそれぞれの個性をもって作品全体を構成しており、山田時代劇3部作で最高の作品だと思う。もし日本に山田洋次がいなければと想像すると彼の存在の大きさを改めて実感する。山田作品の最後はすべてハッピーエンドなのだ。新作の上映はいつも土曜日スタートなのだが、本作はなぜか金曜スタートだった。シネマズ名古屋にて。観客50数名。(2006/12/1
21:35)。
[ルキノ・ヴィスコンテイ『ヴェニスに死す』]
同じ映画も年齢とともに印象がかなり異なるなということを知る。学生時代に観た時には、監督の名声が先行して重厚な滅びの美学に感嘆したような覚えがありますが、今回は少し距離を置いて観ました。今回はNHK・BSで観たのですが、やっぱり映画はTVでは上映してはダメだなとも思いました。人物と風景にのめり込んで想像力をめぐらす映画は特に暗い映画館でひとりで向き合うしかないのです。学生時代に観た時には老いた指揮者の少年へのまなざしと表情の痛ましさに集中しましたが、今回は不思議なことに少年のまなざしと表情に引きこまれていきました。妖しくも神秘的な美しさを漂わせる少年は、自分自身ではそのことを自覚せず、なぜ自分が他者から見つめられるのか戸惑っているようです。少年がほかの少年と喧嘩して敗れるシーンはまたなにか残酷な美しさがありました。
こうした映画を観るといったい「美」とはなんだろうかと考えさせられます。少年美に引きこまれる老人の無残な死は見果てぬ美の世界への憧憬と断念を象徴しているのでしょうか。こうした耽美の世界に沈潜したヴィスコンテイは幸せな人だなと思います。膨大な資本と時間と人間を動員して、自分の希求する美の世界を何の妥協もなく描き、しかもそれを商業ベースに載せることができた生涯でしたから。欧州貴族上流階級の滅びゆく美の世界の極地であり、未来世界を断念した階級の美の世界です。NHK・BS。(2006/11/29
19:59)
[生野慈朗『手紙』]
東野圭吾原作の映画化。犯罪加害者の家族への差別と偏見の問題をえがく。ストリーにはほころびが目立つ。弟の進学資金のための強盗は荒唐無稽であるし、大企業専務の娘との婚姻も幻想でしかなく、大手コンピュータ・メーカーの会長が1社員を励ましにくるなんてこともあり得ないが、それはおいて、差別や偏見のトラウマを個人的な心境の深化によって克服していく涙ぐましい過程に観客は同一化して感情移入し、最後にはハッピーエンドで救われる癒し効果を持つ。映画館を出る時には、ヨシ!私もガンバロウと元気をもらう若者も多いだろう。これが東野圭吾の世界だとすれば、すこしおめでたい。虐められる主体の主観は強く生き抜く人格に深化しているが、周りや社会そのものは何ら変わっていないからだ。しかしそれ以上深く社会へ切り込んでいくようであれば、映画は作れず公開もされないし、東野氏も直木賞をとることはできない。要するに現代の日本は、本気になって社会に切り込み、社会の根元に迫る解析はできないようなソフトな抑圧構造になっていることをこの映画は示している。或いは直木賞の限界であるかも知れない。しかしそれは、黒沢明『生きる』が激しく追求しようとしたかっての社会的構造とほとんど変わっていないことを示す。但し黒沢は批判的に描き、生野はあきらめの表情で描いている。ここに本質的な違いがある。要するに現代の虐め社会から逃げないで、迷いながらも強く生き抜く人格をつくりましょう−ということなのだ。
映画館の観客は5名。近いところに座ったおじさんが、アルコールを飲みながら独り言をこぼすので集中できず閉口した。席を替わろうかと思ったが、今の日本の孤独な中年男の実相を垣間見ることができるのではと思いそのままにした。お陰で今日は映画とリアルな中年男の世界を同時進行で味わうことができた希有の体験をした。シネマズ名古屋。(2006/11/24
16:35)
[ルキノ・ヴィスコンテイ『白夜』]
NHK・BSではじまったヴィスコンテイ特集で上映された。かなり前に観た記憶がじょじょにもどってきた。GooGleサイトで「白夜」を検索したら、驚いたことに韓国映画や東野圭吾関連のオンパレードで、ヴィスコンテイやドストエフスキーは1件しかヒットしなかった。時代はそんなものかなとまさに「ヴェニスに死す」の美の喪失のような感じを味わった。確かにシナリオと演出は現代の感覚では古めかしい。盲目の祖母にスカートをピンで結ばれて、自由を束縛されている娘の状態は、原作ではおそらくツアーリ支配下の前近代的農奴制支配を象徴しているのだろうか。半封建的な遺制から解き放つ契機としての純愛が重要な位置を占めることは歴史の示すとおりだ(『野菊の墓』)。純愛と失恋が交錯しているこの映画のテーマは、「ピュアーな純情」が輝きを放っていた時代のものであり、現代ではほとんど漫画チックにみえる。初期ヴィスコンテイのモノフィルムによる映像は美しい(やや作為的な感じがあるが)。なぜか『東京物語』の哀感を思い浮かべる。(2006/11/23
9:20)
[劇団俳優座『きょうの雨 あしたの風』]
原作・藤沢周平 脚本・吉永仁郎 演出・安川修一。藤沢ワールドが小気味よくくり広げられる演出が秀逸だ。ここぞというところで三味線が入るほかは効果音はない。江戸期の庶民の哀感を描いて現代の干涸らびた世相を逆に映し出す。俳優座がこのような作品を上演するとは思わなかったし、役者もそれぞれよく演じていた。松竹新喜劇の人情ものの手前でストップする点がいい。上演時間2時間25分。名古屋演劇鑑賞会例会。名古屋市民会館中ホール。会場中高年で満席。(2006/11/17
18:57)
[シネマ歌舞伎『鷺娘』『日高川入相花王』]
いずれも坂東玉三郎の代表作だそうだ。このような女形による日本舞踊は観たことがないので引きこまれた。妖艶な女性美を男性俳優が踊るというだけで、女性は参ってしまうのではないか。日高川は人形浄瑠璃の娘道成寺を人形振りで見せる趣向であり、嫉妬と怨念に狂う清姫の夜叉への変身が面白かったが、人形遣いの尾上菊之助のほうが凛々しい表情をしていた。鷺娘は確かにすごいと思う。雪がしんしんと降る水辺で白鷺の精が舞う姿をイメージしているのだそうだが、こういう世界はまさに耽美の世界或いはこの世のものとも思われぬ形而上的な美の世界であり、日本的美意識の極地であろうか。最後に倒れ伏して死んでいく白鷺の哀れさは滅びの美学であろうか。とにかく効率とマネーに明け暮れる世俗の対極にある世界が現前されるが、じつはこの舞踏的歌舞伎の世界もマネーに浸かっているのかも知れない。名古屋・ミリオン座にて。中高年女性がほとんど。ぺちゃくちゃおしゃべりしてうるさいことこの上ない。(2006/11/15
16:07)
[伊藤俊也『映画監督って何だ』]
名だたる日本映画の監督がそろい踏みして何をやるんだろうと思いきや、映画の著作権を制作会社から映画監督へ移せと主張する宣伝映画だった。確かに芸術創造の第一義的責任は監督にあり、とうぜん作品の著作権も監督に属するとは思う。しかしこういう職能団体の特定の主張を宣伝する映画を、2000円近くものカネをとって市民に見せるっていったいどういう神経をしているんだろう。途中から腹立たしくなった。映画監督協会に抗議する。モラルハザードも際だっている、どうもあちこちで日本はおかしくなっている! これをしも表現の自由というのか! ただ一つ根岸吉太郎監督はこんなに若い監督だったのか! 彼はインタビューで「どんなに大げさに訴えても人間は動かない場合もあり、たった一本の風のそよぎで人間が根本から変わる場合もある。僕はそういうところを描きたいんだ」と言っていた、スゴイ!名古屋シネマスコーレにて。(2006/11/6
16:54)
[クリント・イーストウッド『父親たちの星条旗』]
太平洋戦争末期の硫黄島攻防戦で山の頂上に星条旗をかかげる兵士たちの有名な写真の裏側を描いて鋭く戦争の偽善と虚しさを静かに告発する。戦争を高みから操っている者と戦場にいる兵士の非対称性をテーマとする映画は数多く制作された。しかしこれはアメリカの対外戦争で唯一の大義ある太平洋戦争での米兵の犠牲を描いているところに意味がある。星条旗を頂上に立てる6人の米兵のうち3人は戦死し、残った3人は英雄として帰還し、軍司令部や政府高官の国債集めのセレモニーに動員され、虚栄の役割を演じさせられる。確かに私でさえ高校の世界史の教科書で初めて見た時に感動したあの写真は、当時のアメリカ市民の愛国心を奮い立たせたに違いない。英雄の役割をうまく演じる兵士もいれば、虚栄に絶えられなくトラウマを抱えて荒んでいく兵士もいる。
こうした映画をつくるハリウッドの奥の深さを知らされる。日本でつくられる戦争映画は、侵略の本質を覆ったまま、悲惨な死を遂げる若者を美化した鎮魂に終わる。日本映画は戦争犯罪者を裁けない決定的な限界を持っている。やはりこの日米の違いは共和制民主主義の問題がある。しかし第2部の日本側から硫黄島戦を描いた作品は予告編を見る限り、祖国のために散った兵士を美化しているように見える。単なる犬死にに過ぎなかったのに。
もう一つのテーマは、戦場体験がもたらすトラウマとPTSDの問題だ。インデアン出身の硫黄島の英雄は、レストランの入場を拒否されたり、記念撮影でカネを恵まれたりする体験を通して、しだいに自分を見失いアル中となって野垂れ死にする。この映画は明らかに、アフガンからイラクに到る現在の戦争を告発している。それにしてもハリウッド映画は、アジア系の敵兵をまるで人形のように死んでいく存在として描くのは、いつまでたっても変わらない。演出と演技はいまいちだ。シネマズ名古屋にて。観客40数名か。(2006/11/1
15:35)
[パク・クアンヒヨン『トンマッコルへようこそ』]
05年に韓国歴代動員記録第5位にランクされる超ヒット作品だ。韓国の6人に1人が観たというまでにヒットした理由はどこにあるのだろうか。おそらく日本人には分からない朝鮮戦争と南北分断の痛みを越えたいという熱い思いに触れたからであろう。それにしても朝鮮戦争をコメデイタッチのファンタジイー作品として描くということは、朝鮮戦争と南北分断を客観的に突き放して描写できる成熟した時代がきたということを示しているように見える。この映画のテーマは、じつは恐ろしく危険な思想を含んでいる。北と南が連合して米軍と戦うというメッセージなのだ。これはオブラートにくるまれているので製作できたかも知れないが、それにしても韓国映画界は凄いなと云うことを実感させる。日本はほんとうに貧しい映画しか作れないような貧しい感性の国に頽廃しているということも感じる。
トンマッコルとは「こどものような純粋さ」という意味だそうだが、これはおそらくユートピア共産村というかたちで社会主義をイメージしていると思われる。監督の世代は独裁に抗して民主化を実現した世代なのだ。私は映画を観た後に、ほとんどパンフを購入するのですが、そこに登場する映画評論の社会意識のレベルがどんどん衰弱していることを実感します。この映画を戦争の虚しさを訴える作品とステロタイプで受け取っていますが、この映画はじつは究極の抵抗権としての暴力を肯定しているのです。肯定しているばかりか主張しているのです。問題は誰が誰に対してですが、南北連合軍が米軍に対してなのです。要するにこの映画は、南北分断の解決と統一は、米軍の撤退なしにあり得ないという主張を込めたメッセージ映画なのです。それにしても統率力の秘密を聞かれた村長が「腹いっぱい食わせてやることだよ」と言ったのは、なんだか北朝鮮への痛烈な皮肉のように聞こえた。観客30数名。シネマズ名古屋にて。(2006/10/29
15:50)
[BENNETT MILLER『CAPOTE カポーテイ』 ]
映画を見始めてから50数年を過ぎて初めての体験をした。予定された映画とは別の映画の上映が始まったのだ。私は最初よく分からなくて、さすがこういう映画のなのかなと思ったら、途中で間違いだから最初からやり直すと係員が謝罪した。というわけですこしハプニングがあったが、なかなかのシリアス映画であった。20世紀アメリカ文学を代表するだろうトルーマン・カポーテイの『冷血』の同時進行ドラマだ。凡百の評論家がいろいろと言っているが、アメリカの終末的な頽廃がそのまま浮き彫りとなっている。要するに「希望」はない。どのようなかたちであれ「希望」を伝え得ない小説はやめた方がいい。逆に言えばアメリカほど「希望」がない国はないのだと云っている点でこの映画は意味がある。壊れてしまったアメリカに何の挽歌が必要であろうか。彼らは全世界に不幸を振りまいて世紀末を生きている。カポーテイもそのあだ花に過ぎない。私は、カポーテイの作品を読んだことはない。この映画をみて読もうという気も起こらない。それほどに現代アメリカの頽廃は底知れぬ地獄にある。名古屋・ミリオン座。観客5名。(2006/10/24
18:16)
[Christian Johnston『SEPTEMBER TAPES』]
米軍によるアフガン攻撃直後にアフガンに入り現地撮影をおこなったドキュメンタリータッチの映画だが、実際には事前にシナリオが準備されていたドキュメンタリードラマだ。緊迫した検問や銃撃戦などリアルに展開されるが、それ以上でも以下でもない。完全に無法地帯と化したアフガンでのリスキーな映像が連続するだけで、撮影目的はそこにあったのかとさえ思わしめる。ここには戦場はあるが戦争はない。宗派、部族、原理主義などが入り乱れたアフガンの荒廃はうかがわれるが、それだけだ。刺激の極大化を追求するハリウッドの頽廃さえ感じる。名古屋市・名演小劇場にて。観客6名。(2006/10/18
15:10)
[佐藤 真『エドワード・サイード OUT OF PLACE』]
故パレスチナ出身の思想家E・サイードの記憶と痕跡をたどる長編ドキュメンタリー。サイード自身は少年期の記録フィルムが登場するだけで、彼の友人たちが印象を語る。サイードがどのような過程を経て思想家へと変貌し、彼の思想の独自性がどこにあるのかは判然とはしない。むしろ現在のレバノンのパレスチナ人キャンプと、イスラエルのキブツの描写に注目した。キャンプとはいえ、検問で閉鎖された街空間でありテントのようなものではない。この映像は最近のイスラエル侵攻前のものだから、いまはかなり破壊されて廃虚となっているのだろう。部屋にはヒズボラの指導者の写真が飾ってあり、ヒズボラの浸透をうかがわさせた。避難民のルサンチマンは深く、到底生半可な妥協はないだろうと思わせる。ハマスやヒズボラが圧倒的支持を受ける理由が分かるような気がする。イスラエルのキブツの映像は初めて見た。ナチスのホロコーストを逃れたユダヤ人が新天地を求めて荒れ野を開き、いまは緑したたる農園になっている。養殖のキャビアの輸出先は日本だと聞いて驚いた。キャンプとキブツを架橋する時がいつどのようにしてくるのか想像もできない。パレスチナ人はイスラエルからの迫害を受け、アラブ世界からも全的には受容されないデイアスポラ漂流の民であり、サイードの思想的根拠もここにあるのだろう。サイードが大江健三郎と朝日紙上で往復書簡を交わしていたが、大江は結局リアルにサイードを理解できなかったのではないか。それほどにパレスチナ人の運命は過酷であったのだ。ユダヤ人も同様に。最後にユダヤ人指揮者ダニエル・バレンボイムが演奏するピアノ曲は胸にしみいるような哀しみがあった。あれはシューベルトなんだろうか。名古屋・シネマテークにて。観客5名。(2006/10/10
15:12)
[梁英姫『Dear Pyongyangデイア・ピョンヤン』]
久しぶりに映画館に足を運んだ。おそらく在日と思われる人たちが列を作って並んでいた。映画が終わると、2,3人のパラパラという拍手が起こった。映画が終わっての拍手を聞いたのは何十年ぶりだろうか。民族を越えてヒューマンなまなざしは何か打つものがある。
済州島から日本へきて猪飼野に住み朝鮮総連の幹部として生きた父親は、北朝鮮への帰国事業を推進し自らの息子3人を新潟港から北へ送った。ただひとり残された娘は成長し次第に両親の思想に疑問を持ちながらも、温かいまなざしで父親を見つめる。戦後の激動を生き抜いた総連系在日の日常が、大阪と平壌をバックに鮮やかに映し出される。平壌で再会した息子たちには父親に会ったほとばしるような笑顔はない。父親は最後に息子たちを北に送ったのは間違いだったと苦衷の表情で述べる。息子たちの生活は中の上で月3万円だという。父親は娘に「韓国籍に移していいよ」という。全人生を社会主義祖国に捧げた人生の晩年にこのような結論を出さざるを得ない父親のこころには何があるのだろうか。しかしなお彼は平壌の集会で、「全人生を将軍に捧げたい。息子や娘を立派な革命家に育てたい」とスピーチする。私は率直に言って金日成までの「個人崇拝」はやむをえない抗日独立運動の歴史的な必然があると思う。それ以降にどう建設を進めるか、戦略の確定に歴史の審判は下ると思う。父親の楽天性は革命的組織者としての忠誠を示して余りある。しかし彼は確実に在日朝鮮人運動史の暗部に係わり、すべてを知りうる立場にあったはずだ。ほかに言いたいことはたくさんある。しかしすべてを検閲済みのフィルムの編集でかくまで在日の世界の描いたのは初めてだ。新しい世代が確実に成長していることをうかがわせる。でも最後に私は梁氏に言いたい。おすぎ等という日本人映画評論家に媚びへつらうのはやめて欲しい。あなたは在日の大道を歩んでほしい。あまりに多くの在日が総連批判によって日本への参入を図ろうとする惨めな姿を見る。そうした姿勢は憐れみの裏返しによる報酬しかもたらさない。そしてこのような批判を述べるような資格のない日本の現状の貧しさを痛感する。名古屋・シネマスコーレにて。小雨降る初秋に。(2006/10/1
18:56)
[小林政弘『バッシング』]
あれは04年だったのか。イラクでボランテイア活動をしていた高遠菜穂子さんなど日本人が人質になって猛烈なバッシングを浴びたのは。身代金や飛行機代を税金から出すなんてとんでもない、みんなに迷惑をかけたくせに!自己責任だ!!とメデイアも政府も挙げて彼女を攻撃したことを思い出す。小泉首相はもう一度イラクに戻りたいという高遠さんに激怒し「寝食を忘れて救出活動をしたのに、よくもそんなことが言えるもんだ」と怒鳴った。ノイローゼになった彼女は暫く人前に姿を現さなかった。パウエル米国務長官(当時)が「若い人がしている献身的な活動を攻撃するのではなく励ますべきだ」としごくマジメなコメントを出したことを思い出す。いまから思えば異様な雰囲気だったが、いまやその政府が先頭になって、ボランテイア活動を学校教育の必修にし、企業ではボランテイア活動を業績賃金に繰り込むようになった。しかし2年前もいまも日本社会の異物排除とイジメの構造は変わらないばかりか、さらに深化しているのは、日本の自殺率が急増していることで分かる。
なぜ献身的な博愛行為が攻撃の対象になるのだろうか。おそらくネオリベラリズムの「自己決定・自己責任」の激しい市場原理主義の競争に飲みこまれてしまった私たちのこころの片隅に、なにか棘のように痛む良心のかけらが残っているからだ。高遠さんのような行為は、そうした無垢の良心的行為を自然のうちにフルに露出するがゆえに、かえって自己利益を追求している自分の姿の醜さを露わにされ、自分の居心地が悪くなるのだ。自分は戦争のない成熟した市民社会に生きていて、戦火にさらされている子どもに憐憫を覚えながらも、毎日の業績競争に明け暮れているマイホームの幸せの虚妄が浮かび上がるからだ。しかも日本の成果主義賃金や非正規労働の惨めさを最も全身に受けている若者たちが高遠さんを攻撃した。若者にとっておそらく売名的な偽善にみえて許せないのかも知れない。ただし高遠さんを攻撃した若者たちは、同時に靖国神社に参拝しているのだろうとも思う。なぜこんな日本になってしまったのだろうか。
それは日本のボランテイア活動そのものが偽善的性格を帯びてきたからだ。子どもたちは成績を上げるために、会社員は給与と地位を上げるためにボランテイアをしなければならない現状は、日本のボランテイアの偽善性を白日の下にさらしている。しかし高遠さんのようなボランテイアは、なんの報わられることのない、ごく自然で素直な無意識の献身だ。そこには、カネや地位や名誉などの世俗的価値とは無縁な世界がひろがっている。だからこそ日本では共感的に実感されない異物か異端のように写るのだ。しかもそうした美的行為の尻ぬぐいをさせられるのはたまったものではない。ネオリベラリズムの市場原理主義は利己利益の極大化を追求する人間をモデルにし、そうではない人間を想定せず逆に排除する。こうして社会的連帯の強い欧州映画祭では、この映画を理解できない人が多かったようだ。
この作品は高遠さんの事件をモデルにはしているが、登場人物とストーリーは無関係だと断っている。小さい頃から駄目人間の彼女は日本に居場所がない。唯一救われるのがイラクの子どもたちの笑顔であり、彼女がイラクに行くのは日本を脱出して自分を救うという高度な自己利益志向ともいえる。こうした人物を形象化することは否定しないが、残念ながら日本の痛んでしまったイジメ社会は変えようがなく投げだされて救いがない。コンビニでのおでんの注文は追いつめられた彼女の精一杯の漫画チックな復讐のように見え、決して許されるものではない。コンビニを追い払われた彼女は、マグドナルドでハンバーガーを買うが、マグドナルドがイラク人にとってアメリカ帝国の象徴であるという問題意識もまったくない。自死にいたらしめた父親への原罪意識も希薄そのものだ。この映画は日本のイジメ社会の陰惨をえぐるが、しかし彼女自身もバラバラになって浮遊する若者と実は同じなのだ。非正規労働で工場を渡り歩いている若者の惨めさと、イラクへふたたび渡って希望を求めようとする傷ついた彼女にそう大した違いはない。
寒々とした苫小牧のコンビナートやアパートの荒涼たるすがたは、そのまま日本と彼女と彼女をいじめる若者の心象風景となっている。この映画はそうした荒廃の果てにある日本の姿を映してそのまま観客に放り出している。それはおそらく小林という監督自身の「甘え」の心象にある。「甘え」という言語は日本語にしかなく、翻訳できない。「甘え」という日本の文化はイジメと表裏一体の関係にある。だからこの映画を観た人は、その世界を再確認して明日からまた荒涼たる日常へ諦観を抱いて何ごともなかったかのように無表情でもどっていくか、日本社会と文化の異様性を超克する道を探求しようとするどちらかに分かれるだろう。いずれにしろ日本は国際化の意味をはき違えてアメリカ化と受けとめてしまったところに致命的なミスがある。ちょうど昨日から始まった我が家の隣家の工事の現場労働者はほとんどブラジル系が作業している。彼らは私の視線を浴びても黙々と働いている。欧州ではごく普通の姿が、日本で日常化するのはまだまだ遠いような気がする。荒涼たる日本の矛盾にけなげに挑もうとしている若者が少なからず存在している。監督にはそうした若者の群像は視野に入っていないが、私は日本の未来を信じたいと思う。さて実際の高遠菜穂子さんは、またイラクに立ち戻って忙しく働いているようだ。彼女の選択をあたたかく見守ろうではないか。私は私で日本でしなければならない仕事があるのだ。名古屋・シネマテークにて。観客3人。あくまでマイナーな映画なのか。(2006/9/4
16:01)
[Marco Bellocchio『Buongiorno, Notte夜よこんにちは』]
1978年におこったイタリア極左集団の「赤い旅団」によるキリスト教民主党党首アルド・モロ首相誘拐から殺害に到る55日間を描く。ベロッキオ監督がなぜ21世紀の現代でこの映画を撮影したのかがいまいち分からない。21世紀初頭のテロと反テロの泥沼の連鎖を超克する道を探そうとしたのか。こうした映画を観ると、イタリアのレジスタンスを主導した左翼が日常生活の隅々に浸透していることが分かる。墓参りか結婚式のパーテイで高らかに合唱されるのは、レジスタンスの抵抗歌であり、老いも若きも声を張り上げて合唱するのだ。おもえば日本の日常生活で合唱する風景はいつのまにか死に絶えてしまった。
それにしてもどこの国でも同じだが、学生出身の極左集団の幼稚なお目出度さは目を覆わしめるものがある。少しかじった革命理論を振りかざして、人を殺害するに到る漫画チックなあり方は滑稽そのものだが、その恐るべき影響は計りがたいほどに大きい。おそらくイタリア左翼は、こうした極左の行動でかなりの打撃を受けたであろう。プロレタリアの前衛を自称するのとは逆に労働者は1人も登場しないのだ。一般市民をプチブルと軽蔑する彼ら自身がプチブル急進主義を代表している。
この作品では徹底的にローマ・カソリックの権威が揶揄されている。しかし極左集団が十字を切って食事する風景は、イタリア社会でのカソリックの巨大な影響力を象徴している。極左集団の女性メンバーのヒューマンな葛藤に描いてテロ超克の希望を探ろうとする監督の志向は、逆にテロへの共感を生む余地があるが、大勢と権威に真っ向から反逆する批判精神あふれる映画ではある。日本ではこういう監督が巨匠の地位を得ることはない。名古屋・シネマテークにて。観客10数名。(2006/9/2
17:55)
[Aleksandr Sokurov『The Sun太陽』]
太平洋戦争末期の無条件降伏を決める御前会議から、マッカーサーとの会見を経て人間宣言に到る昭和天皇・ヒロヒトをひとりの人間として描く。ここまで等身大の天皇の私生活を描いた描いた作品は初めてだ。あまりにカリカチユャライズされた天皇のイメージはひ弱で、怒り狂った右翼のテロの対象となりそうな作品だ。イッセー尾形や桃井かおり、佐野史郎その他の日本人俳優は出演にそうとうの勇気を必要としたのではないか。それにしてもソクーロフはかなり天皇とその私生活について調査をしている。皇居が焼けて待避壕で生活する姿はまるでヒトラーの最期の地下参謀本部を思わせる。時代考証に参加したスタッフと、吉田裕氏の努力は大変なものがあったろう。
私が天皇を身近に感じたのは、敗戦後の全国巡行で教師であった父の授業参観をしたことで父が熱烈な天皇主義者になったこと、そして確か高校時代に岡山駅で美智子妃を人だかりのさなかで見たことぐらいだ。祖父母の田舎の家の和室には、天皇・皇后の並んでいる写真が飾ってあった。私が歳を経るに従って天皇に関心を持つようになったのは、2000万人のアジア人と310万人の日本人を死に至らしめた最高司令官・大元帥としての天皇以上でも以下でもない。昭和天皇はA級戦犯合祀以降の靖国神社への参拝を拒否し、現皇族たちもそれを踏襲している。ここに昭和天皇のある決意を感じるが、広島・長崎の悲劇について質問された時に、「そういう文学方面のことはよく分からない」と答えたのを聞いて愕然としたことを思い出す。ソクーロフにはそうした問題意識はない。「戦争という悪夢の中で引き裂かれる、ひとりの人間の苦悩と孤独、彼の愛する家族」(パンフより)を描いたというソクーロフは、人間宣言以降の大衆天皇制とピッタリ一致する。
しかし神格天皇制の意識がじょじょに強まっていく現代日本では、日本人映画監督の誰も描き得ないタブーの領域に踏み込み、天皇を徹底的にひとりの人間として描いた手法は衝撃を与えるだろう。敗戦直後に強かった天皇処刑論(米国世論調査)や退位論(側近グループの一部)の方向で歴史が進んだならば、現代の日本は違った道を行ったであろうと思うと歴史の戯れの恐ろしい力を感じる。
天皇が敗戦国の象徴であることを生々しく描くシーンは、マッカーサーとの会見と会食でひたすら英語を駆使して対話し、マッカーサーが天皇の話をやめさせて中途退室するシーンと、チャールズ・チャプリンと言われながら米人カメラマンに愛想よくポーズをとるシーン、そして人間宣言の録音を担当した日本人が自決したということを知った時の天皇の凝然たる表情とそれを鋭く見つめる皇后の視線だ。そしてふたりはあたふたと手を繋いで何ごともなかったかのように息子たちに会いに行く。まさにソクーロフという外国人監督だからゆえに描けたシーンだ。天皇制の呪縛が一切ない外部の視線から描いた芸術映画といえよう。現代の日本で天皇と天皇制の真実を描くことは相当の覚悟を求められる。もはや深沢七郎は二度と現れないだろう。そうした現代日本の状況をどう考えたらいいのか、これ以上は言いません(言えません)。名古屋市・シネマスコーレにて。会場超満員で補助席で見ることとなった。(2006/9/1
14:40)
追記)この批評を書いた後で、インターネットで『太陽』を検索して宮台真二氏の評論を見た。驚いたことに天皇に生物学を進講した学者は宮台氏の祖父だという。さらに驚いたのは、祖父の影響という個人史もあるかも知れないが、氏は天皇制と天皇の戦争責任を擁護し免罪する主張をアレコレと展開していることです。簡単に言うとその根拠は「君側の奸」という超国家主義者の論理とそっくりなのですが、さらにさらに大日本帝国憲法を現憲法より評価していることでした。彼は社会科学的な「責任」の論理が欠落しているばかりか、極右思想に接近しているようで、その言い方は石原慎太郎にそっくりです。(2006/9/1
15:30)
[溝口健二『山椒太夫』]
BS2で「雨月物語」に次いでこれを観た。原作は森鴎外。私は原作を読んでいないのでどのようにシナリオで再編されているのかは分からない。しかしどうも原作とはかなり違うようだ。韓国の「恨」の世界のような描写さがある。日本もこのような感性の時代があったんだと今更ながら戦後の激変に驚く(この作品は1954年)。この映画は実に多くの多面的な視点で見られる。律令制がゆらいで荘園制の私的土地所有が拡大し、国司という政府権力と地方豪族の対抗関係が露わになり、荘園領主のガードマンに過ぎなかった武士階級が台頭する予感をうかがわせる。統治の性格をめぐる内部闘争が激化し、ハードな支配とソフトな支配をめぐる権力闘争も激化する。追放された貴族の妻子はいわば貴種流離譚として涙を誘う仕掛けとなっている。奴卑の解放とは、おそらく古代奴隷制から農奴制への移行を示している。柵に囲い込まれた荘園内部での手工業の発達も描かれている。荘園支配者への抵抗は、国家高級官僚への転身によってなされる。奴卑の解放がおなじ国家官僚によってなされるのは、北一輝的な天皇制社会主義のイメージだ。虐待された民衆がみずからの手で解放をつかむことはない。解放の瞬間は舞踏の乱舞となって屋敷に火を放つかたちで終わる。現代の若者には、このようなステロタイプの感性はかなり奇異に映るだろう。しかしやはり日本映画史上の名作だと思う。そこには虐げられた者への哀しみと怒りという基調となるモチーフがある。このあまりにまじめなピュアーさが現代日本映画にはないのだ。溝口美学というのがあるそうだが、それはよく分からなかった。(2006/8/30
23:15)
[張揚『胡同のひまわり』]
手術入院してとんと映画館から遠ざかっていると、いつのまにか映画をみたいという意欲もすこし衰えていましたが、退院してから数日たつとまた観たくなって選んだのがこの作品です。現代中国の急激な変動を実感しました。舞台は首都北京ですが、林立する高層ビル群はニューヨークか東京のようであり、残念ながらわたしは少々ガッカリしました。元の都から形成されてきた胡同という街角が北京五輪をひかえて次々と再開発で姿を消し、住民たちは高層アパートへの入居に憧れを抱いて次々と転居していきます。まるで東京のような都市再開発の手法です。欧州のような重厚でしっとりとした街並み景観をつくるのではなく、機能一辺倒の高層ビル群に作り替える手法は、ほんとうに残念です。胡同の一部は歴史建築として保存されるようですが、大部分は破壊されています。おそらく中国は米国モデルの都市計画と都市工学をストレートに輸入しているのでしょう。ほんとうに残念なことです。
主人公の恋人の出産シーンも圧巻でした、性描写や出産描写がここまでリアルの描かれる中国の表現の自由について考えさせられます。日本やアメリカと違うのは、それが生活の一部として淡々と描かれるところです。主人公が妻の出産シーンをDVDに収めて感動する姿も驚きでした。
さてこの映画の本筋は、中国社会の激動を背景に生きる家族の父と子の愛憎入り交じる葛藤を描いています。どんなに現代化しようと、中国の家族意識や父子関係の絆の強さを覚えました。あまりにも父の権威性が強いので違和感がありますが、高層アパートのよそよそしい関係の中で喪われていく家族へのオマージュのようなものがただよいます。しかし開発が急激に進む都市部では、明らかに家族の崩壊が進むことを予感させます。息子の妻はアッサリと堕胎手術を受けますが、あの一人っ子政策の中で堕胎手術が公然と公立病院でできるのでしょうか。わたしはますます現代中国が分からなくなりました。
息子は新進画家としてデビューしますが、そこで使われている絵は、張暁剛というメジャーな現代画家のものだそうです。「全家福」といわれる流行した家族写真の変遷を抽象画化したなかなかの作品でした。中国絵画界も西欧絵画の影響をうけて大きく変貌しているのも驚きでした。というわけで私はこの映画の本来のテーマよりも変貌する中国民衆の意識と文化の激変をみることができたのです。パンフには、プロ野球の松井秀喜氏の父親のコメントが掲載されていて面白く思いました。名古屋市・名演小劇場にて。観客8割。
[池谷薫『蟻の兵隊』]
旧日本兵の一部が紅軍の一員として戦った事実は知っていたが、逆に国民党軍のメンバーとして戦った事実があったことを初めて知った。旧日本の無条件降伏後に中国派遣軍の一部が、現地日本軍司令官の密命を受けて残留し国民党軍閥軍の一翼として紅軍との国境内戦を熾烈に戦い、多大の犠牲を出ししながら、帰還兵は離脱兵として軍籍を剥奪されていっさいの旧軍人援護を拒否されていたという事実だ。真相は日本軍司令官と国民党軍司令官の密約で、日本軍司令官はA級戦犯指定を免れるかわりに、2600人の日本兵を国民党軍に提供し、自らは日本に逃げ帰ったのだ。80歳を超えて政府を相手に戦う奥村和一が、真相究明を求めてかっての戦地を訪問し、自分自身の戦争犯罪と向き合う。このドキュメンタリーは、戦後処理は未完のままであり、戦争責任を放擲してひたすらGDP路線をひた走る戦後日本の姿を痛撃する。印象的なシーンが幾つかある。
支那派遣軍総司令部作戦主任参謀であった宮崎舜一中佐は、戦後陸上自衛隊北部方面総監を務め、いまは脳梗塞で意識がなく寝たきりだ。彼は在留邦人の引き揚げ事務を統括し、残置日本軍処置に強硬な異議を申し立て司令官に裏切られている。奥村が見舞う病室で事件の真相を聞かされ、意識がない彼が「ウオーウオー」と叫ぶ声を上げる姿は鬼気迫るものがあった。宮崎氏は撮影時97歳。奥村氏が初年兵教育で中国人を銃剣で刺殺する訓練を告白する過程も圧巻だった。中国山西省の検事局で見つけた旧日本兵の蛮行を告白した文章を示されて、80歳を超える奥村の同僚たちがほとんどその記憶をもたず、こんなこともあったかもしれんな、日常茶飯事だったから・・・とつぶやくところも暗然たる思いに駆られた。中国側の証言者は淡々として証言し、奥村さんをむしろ励ましているかのように感じた。
私の亡き父も奥村さんと同じ頃に北部中国戦線に従軍した。父はいっさい語らなかったが、右足には貫通銃創の跡がある。一緒に風呂に入った時に私はギョッとしたが、何も聞けなかった。初年兵は全員刺突訓練をやらされたから、父も例外ではなかったろう。こうした戦場体験を持った人が沈黙のうちに価値観の転倒した戦後を生き、繁栄を築いてきたのだ。「ゆきゆきて神軍」のように暴力と威嚇で口を開かせる行為を私は嫌悪し否定するが、曖昧に自分の行為を隠蔽してきた多くの日本兵の戦後にも疑問を持つ。ましてや靖国に参拝して戦争の最高責任者を慰霊することは許せない。映画では小野田寛郎が登場して侵略を美化し「私は二度と戦争には負けないと誓うために靖国に来る」と演説していた。それを聞いていた奥村さんが小野田に「あなたは侵略戦争を美化するのか」と聞くと、小野田は血相を変えて奥村氏に詰め寄っていた。小野田がここまで洗脳された自分をいまも固持しているとは知らなかった。ほんとうに教育は恐ろしい。
60数年前の戦争を日本は総括し得ないままに、いま同じような発想を繰り返していることをこれほど実感したことはない。残置日本兵は日本は米国には敗れたが中国には敗れていないと思って現地で戦ったのだ。この発想は今でも引きずっている。敗れた米国には媚びへつらい、中国を反日教育として攻撃する行為が、いかに悪魔的な非人間的行為であるかを赤裸々に示している。
いまでも日本政府を相手に戦う80歳を超えた老人たちがおり、こうしたドキュメンタリー映画がつくられ公開されるということに救いを感じないわけではないが、いつまで日本は戦争責任を回避していくのか、被害者の救済を時効扱いで切って捨てるなどの行為を続けていくのか。こうした被害者を切り捨てていく裁判官の心情が想像できない。かれらは戦時中には平然と反戦運動者に死刑を言い渡したのであろう。戦後思想を語る人たちは、このあまりにも初歩的な無責任を横に置いて気ままに論じることは許されない。宮崎元中佐の吠えるような絶叫が今も耳に残る。名古屋・シネマスコーレにて。会場は中高年で満席。(2006/8/7
17:40)
[山田洋次『遥かなる山の呼び声』]
殺人犯で逃亡者の中年男が北海道の開拓村に住み込んで、農場を一人で切り盛りする女性とその息子との淡い交歓を描く。題名は、西部劇『シェーン』の主題歌である”The
Call of the Fareway Hills”からきている。『シェーン』もよく似たストリーでしたが、さすがに山田洋次・朝間義隆の脚本は素晴らしい。カメラの高羽哲夫も素晴らしい。山田作品はこの3人で成り立っていることがよく分かる。倍賞智恵子のけなげさと高倉健の寡黙な男は、この2人の演技なしにありえない。しかし女性はマドンナ、つまりマ・ドンナ(私の女性)またはノートル・ダム(私たちの女性)であり、聖母マリアであるから男は決して触れることはできないのだ。こうした中年男と女性のピュアーな愛情は、騎士の宮廷愛に源流があり、日本的には『無法松の一生』に通底している。運動会ではしゃぐ息子の姿を見て、「あんなに笑っているのを見るのは久しぶりだわ」と母親が云うが、この台詞は『無法松の一生』の未亡人が漏らす台詞と同じだ。つまり女性はこの台詞を通して男への愛情を告白しているのだ。
なによりもこのピュアーな愛情は、男の力を不可欠とする酪農の厳しい労働のただなかで醸しだされていくところに嘘偽りのない自然な発露がある。だから私にとっては、情報労働によって希薄となっている労働の本然的な尊厳を描いているとも思う。キラキラと滴りおちる汗にまみれて、だれの命令も受けず自らの意志で身体を酷使して働いた後に訪れるつかの間の安らぎという全過程にこそ労働の本質があるのではないか。カジノ資本主義によってカネの虚妄に弄ばれている現代の労働を鋭く告発するものとなっている(山田氏の意図があるかどうかは別にして)。山田作品は失われていくよき日本へのノスタルジアのように見える人もいるだろうが、それは違う。自らを見失って放浪する現代日本への鋭い反省を強いていると思う。人間は互いに信頼し得る存在だよ−そうありたいなという山田氏のヒューマンな心性がにじみ出ている。次回は『幸福の黄色いハンカチ』だそうだがまた観ることになるだろう。ひょっとしたら日本は、山田作品のピュアーな美しい世界がこの世離れして実感が湧かないまでに歪んできているのではないだろうか。おそらくコイズミやタケナカとかいう名の人たちにとっては、こうした世界は理解不可能であろう。NHK・BSにて。(2006/8/2)
[山田洋次『息子』]
ふとNHK・BSチャンネルを回したらこの映画を再放送していた。東北の雪深い農村部の3世代家族が近代化の波に洗われて、共同体的な家族関係が崩れていくさまをリアルに描いている。山田洋次の必死に生き抜いていく人へのまなざしが痛切な哀しみをこめてつたわってくる。長男は大卒で東京の大会社社員として核家族を形成し、近郊の高層マンションに棲む。はるか眼下に広がる荒涼としたビル群は、果たしてこれが人間の住むところかと訴えている。弟は職を転々としながら肉体労働にはげみ、聾唖者の娘を娶ろうとしている。次男の婚約を祝うかのような父親の「お富さん」の独唱は愛情がにじみ出ている。長男の自宅を訪ねた老いた父親に孫娘たちは田舎モノとして冷ややかだ。弟が生きる中小企業者たちの描写もリアルで、日本の痛んだ格差が浮かび上がる。老いた父親は息子たちへの無言の愛情をしのばせつつ、自分は息子との共同生活を選べないことをつくづくと覚る。古里を捨てて都会へ向かった、おそらく70年代の家族の実相であろう。多くの人が我がことのようにこの映像に見入るのではないだろうか。
必死で働いて育て上げた息子たちが次々と古里を去り、もはや父親は失われていく家族の紐帯に無限の哀惜を覚えながら、自らの生きてきた時代を後ろ姿で無言のうちに告発しているようだ。東京の息子たちを訪ねて古里の家に帰り着いた父親は、明るい囲炉裏のまわりで3世代の大家族がたのしく夕食をとっている幻想を見る。それは若かりし自分が出稼ぎから帰ってお土産を家族に配るシーンだ。家族の喜ぶ顔を見て顔をほころばす自分自身の姿を目を輝かせて見入る。この部分が圧巻だ。フト気がつくと暗い部屋の中に独りぼっちでいる自分を見いだし、奥深い寂寥に包まれる。ジッと一人でたたずんでいる父親を映して映画は終わる。
はるかとっくの昔に失われてしまった日本の原風景の壊れゆくさまに、山田洋次はこのような日本でよいのか!と静かに問いかけているようだ。私たちは失ってはならないものを失いつつあり、それはもはや取り返しのつかないところに至りつつあるのだ。ひょっとしたらわたしの老いの将来の姿かもしれない−と身に迫るものがある。わたしの古里ももはや廃屋となって朽ち果てようとしている。古里を捨てたものはそれ相応の報いを受けるのだ。廃屋の前に立つと何ともいえない哀しみが込みあげて、キリリと胸が痛む。山田洋次のヒューマンな世界は、リアル世界と切り結びながら、思想や哲学などの言葉では表現し得ない静かに感性に訴えるちからをもっている。もはや日本には、こうした監督はいないばかりか、こういう映画もつくることもできなくなっていることに気づかされる。山田洋次・朝間義隆という名コンビは、もはや文化遺産ともいえるような日本映画史に残る素晴らしい脚本を残した。しかし恐いのは、現代日本は山田洋次が描くような世界に共感する感性がすでに失われてしまい、前時代的な遺物のようにみるのではないかということだ。NHK・BSにて。(2006/8/1
11:03)
[Filip Rencフィリップ・レンチ『REBELOVEプラハ』]
原題はチェコ語で「反抗」という意味なのだろうか。わたしはチェコ映画をみた記憶がないので、これが初めてのチェコ映画だと云うことになる。時代はドプチェク体制のもとでくり広げられた「プラハの春」と言われる社会主義下での民主化を経て、ソ連軍による弾圧までを背景に、高校卒業をひかえたまぶしいばかりの青春と自由を求めて米国へ脱出し、一方では逮捕されて獄中に生きる青年群像が描かれる。ポーランドとは違って、歌い騒ぎ羽目を外す若者たちの生活は西側の若者と変わりはない。スターリン体制下の自由への渇望が、そのままアメリカを偶像化するのはやむを得ないのだろう。共産党やレーニンが茶化され、プロパガンダへの反発が自由奔放に表現される。主人公の父親が魚釣りをしながら、ボイス・オブ・アメリカをラジオで聞いているのも当時の雰囲気を表しているのだろう。かって東欧と言われていた諸国は冷戦崩壊後、東欧と言われるのを嫌って中欧と自称しているらしいが、もともと西欧圏に属する文化であってソ連圏に封じ込めることができなかったのだ。
フランス・キュビズムの影響を受けた建築やファッション、ハリウッドの影響を受けたダンスなど60年代民主化期の雰囲気はこんなものであったのかと思わされた。自由とは米国か西独への脱出と同義語だったのだ。これが逆にソ連介入を誘発する一つの要因であったも知れない。プラハの春が崩壊してから、冷戦終結までの20年間はまたスターリニズムのもとで生活していく。映画はそれを暗示して終わる。
面白い発見があった。軍隊を脱走して米国への脱出をめざす青年たちが修繕工と誤解されていた。おそらく教会建築などの修繕を専門におこなう渡り職人が、広範に存在していたのであろう。チェコの高校生活は比較的自由で、飲酒や異性交遊が伸びやかに展開されていたことだ。さらにカトリック教会が、自由化の砦でもあったことが窺われる。
この映画は2001年につくられている。西欧の自由に憧れて市場経済のみちを進む旧東欧圏は、しかしその自由化の幻想に裏切られつつあり、旧体制の社会保障をへのノスタルジアが誘発されつつある。しかしこの映画にはそうした問題意識はない。日本語版のパンフも、観光案内的な映画紹介であってチェコの歴史と文化への洞察による映画分析はない。率直に言って日本の映画評論の世界では、なにか空恐ろしいような文化の世代間断絶が生じつつあるのではないだろうか。ナチズムからの解放の前衛をになったコミュニズムへの錯綜したアプローチなどほとんど登場しない。それにしてもだ、青春期は無条件に肯定できる輝かしい希望と挫折の時代といえる、これこそは時代と国境を越えての真実だ。名古屋・名演小劇場にて。観客10名弱。
[Heinz Butler『Henri Cartier-Bresson the Impassioned
Eye瞬間の記憶』]
ブレッソンは、ロバート・キャパらと写真家集団『マグナム・フォト』を設立し、20世紀写真を領導したあまりにも有名な写真家だ。このドキュメンタリーは彼自身が95才で亡くなる寸前に自分の写真の撮影の瞬間を語っている。一切の演技を排した被写体の本質がストレートにでているような、フランス的なエスプリ溢れる作品が次々と登場する。彼は1940年から3年間独逸軍の捕虜収容所で生活し、なんども脱走を試みた果てに、3度目に成功しレジスタンス運動に参加している。ニューヨーク近代美術館は彼の戦死の誤報で追悼展を開催し、自身で協力している。彼の写真思想の背景にこのような原体験があるのだろう。それにしても全世界を渡り歩きながら、各地で決定的瞬間の写真を撮影し得た幸福は羨ましい。名古屋・シネマテークにて。観客5人。(2006/7/24
16:00)
[MARCO TULLIO GIORDANA『Once youre Born(邦題 13歳の夏に僕は生まれた』]
ルソーの有名な青年期の定義である「第2の誕生」(人は2度生まれる。1度目は存在するために、2度目は生きるために)を、現代イタリアの移民問題をテーマに3人の少年少女を交錯させてヴィヴィッドに描く。最初の導入が衝撃的なので、その後の展開がどうなるのか引き込まれていくが、最後は残酷な現実の辛酸を提示して答えはすべて観客に投げかけられる。イタリアン・ネオリアリスモの伝統が生き生きと受け継がれていることに改めて感動する。映画が終わっても、エンデイングの文字を見ながらしばらく考え込ませる。ありとあらゆる多国籍の不法移民がこんなに大挙してイタリアに押しかけているとは知らなかった。イタリア中流階級の恵まれた家庭に育った少年が、移民との出会いを通じて社会の生の現実と出会い、呆然としながらもかすかな歩みへと踏み出していくと予想させる。日本映画では、小栗康平『泥の川』とどこか似ているような印象を受けたが、小栗の世界はもっと繊細な情感があるが、ジョルダーノの世界は生々しいリアリズムである。
イタリアは1970年代までは移民排出国で3000万人が海外へ出たが、1980年代以降A・A・LAからの移民が増えて、現在は合法移民が100万人を超え、毎年20万人が入国する劇的な転換を遂げた。彼らは中小企業の労働集約的部門かサービス部門に進出し、イタリア下層市民の失業を誘発し、粗暴な移民排斥運動も激化している。この映画は、少年と移民少女の交流を描きながら、移民社会の共生の方途を探ろうとしているが、事態はそれほど単純ではない。かってイタリア旅行で訪れたミラノが登場したが、ミラノにこんな地区があるとは知らなかった。移民排斥を主張する北部同盟がなぜ強いのかが少し分かったような気がする。最後に娼婦に身を落としてけばけばしい化粧で現れる少女と少年が夜の道で腰掛けて、佇むシーンには救いはない。名古屋・名演小劇場。会場満席。(2006/7/16
17:18)
[関西芸術座(原作 妹尾河童)『少年H』]
原作は読んだことがなかったのですが、この上演を通じて妹尾河童の世界の一端に触れたような感じだ。太平洋戦争前夜を生きる神戸の洋服仕立業の家族と、その一員である少年の旧制中学生活を神戸大空襲を背景に描く。軍国主義に染められていく日本のなかで、クリスチャン信仰が抑圧され、精一杯に抵抗するリベラリズムの感性が、かなりモダンな演出でテンポよく展開する。廃墟と化した神戸の瓦礫のなかから希望を持って立ち上がるラストも救いがある。ただその根拠として、自分以外の他にモデルを求めない自立した個という理念が訴えられるが、ファッシズムへの抵抗線としての意味はあり得ても、その後の現代史をみると自立した個は新たな創造の根拠となり得なかった。高度成長期の私生活主義や現在の市場原理主義に反転する側面を持っていたからだ。
或いは被害と抑圧の視点から批判し得ても、それは犠牲への異議申し立ててあり、加害と抑圧の共犯者としての視点が欠落している。原作はもっと複雑であるのだろうけれど、反戦をいうときの日本的限界は、いままでの作品の質を超えていない、極めて古典的なものだ。これは関西芸術座の限界なのだろうか、或いは妹尾河童の限界なのだろうか。名古屋市民会館中ホール。中高年女性で満員。名古屋演劇鑑賞会企画。(2006/7/14
17:23)
[ミシェル・クレイフィ、エイアル・シバン『ルート181 パレスチナ・イスラエル 旅の断章』]
4時間30分に及ぶ長編力作のドキュメンタリー。『ルート181』は、パレスチナ人とユダヤ人の作家が共同して、1947年の国連分割決議181号のイスラエル・アラブ分割線を北上する記録映画だ。この決議によってイスラエル国家が樹立され、拒否したアラブ諸国との間の第1次中東戦争が勃発し、パレスチナ人の多くが追放され、さらに67年の西岸・ガザ占領でパレスチナ全土がイスラエルに併合され、現代に到る過酷な紛争が繰り広げられている。
私は、迫害を受けパレスチナ帰還運動を主導したシオニズムの現場の一端に触れた気がする。それは、初期は社会主義ユダヤ人のキブツ(共同農場)として、ロシアやモロッコ系の移住から始まった時には、アラブ人との共生のなかで進められたが、第2次大戦後に至って性格が一変し、アラブ人の住む村への強制入植運動に発展し、暴力の応酬という悲惨な方向へ進んだということだ。ナチスのホロコーストの犠牲者たちが、同じような迫害をアラブ人に加えていく姿は、人間の底知れない悪を感じさせる。しかし若い世代は。いまや自分が住んでいるところが、アラブ人の村であったという歴史すら知らない、アッケラカンとした明るさでアラブ人への蔑視を語る。
有刺鉄線の製造業者が、開発した身体に鋭く食い込む特許で急成長した過程を自慢げに語る姿や、延々と続く分離壁は痛ましい。もしかしたら、国家はこうした人工的暴力によって形成される本質的な性格を持っているのではないか、イスラエルはその国家の本質をもっとも露わに示しているのではないか−と思う。閉鎖されて通行止めとなった街で、逮捕覚悟で盛大な結婚式を挙げるアラブ人家族に、奪われた者の誇りを感じた。机上の理論や思想がいかに現実に無力であるかを実感させられる。H・アーレントの「悪の陳腐さ」について語るイスラエル兵士の脳天気さが際だつ。本作品は、山形国際映画祭の出品作品で、上映は1回のみだった。名古屋市・伏見ミリオン座にて。観客10名弱。途中で猛烈な腹痛に襲われて参った。(2006/7/13
8:44)
[Ousmane Sembeneウスマン・センベーヌ『Moolaade母たちの村』]
53カ国あるアフリカの国で女子割礼(正規用語はより暴力性を明確にするFGM女性性器切除)は、ブラック・アフリカにおける男性支配と家父長的一夫多妻制(1夫4妻まで)を正当化する因習として、現在でも38カ国でおこなわれ,1億3000万人の女性や女児が施術されている。施術は、女性外性器の一部ないし全体の切除、もっとも過酷なものが縫合であり、排泄や性交時に激しい痛みを伴い、分娩時に出口(膣口)が硬質化したり縫合で閉鎖され赤ん坊が外に出られず窒息死するか、帝王切開するが、妊婦が大量出血で死亡する場合がある。一夫多妻の妻たちは「共妻(僚妻)」として別々の家に棲み共同生活を送っている。
この映画は、アフリカ映画の父と云われるセンベーヌ(82)が、アフリカの未来とアイデンテイテイを探る3部作の第2作目としてつくられた、女子割礼因習に立ち向かう母親群像を描いている。欧米人が描いたアフリカ映画は数多く観たtが、アフリカ人が描いたアフリカ映画は初めてだ。民族人類学ではとっくに常識である幾つかのアフリカ民俗が非常に興味深かった。女子割礼以外の印象に残った事象は、アフリカにはイスラム教がかなり浸透していること、部族長が支配する家父長制社会であること、無文字文化で連絡や通達的コミュニケーションが太鼓打音の陰陽で伝えられているtこと、長老の側に語り部が付き添い見事に長老の言葉をみんなに伝えたり相づちを打つこと、女性は必ず地に伏して男性を迎えること、モーラーデという駆け込み寺のようなアジール(聖地)の因習、ラジオやTVなどの音響映像文化(言語はフランス語)が伝統的因習を融解させて矛盾をうんでいること、女性たちのファッションに絞り染めがあること、かなり緑したたる大地が広がっていること等々である。
映画は完全に洗練された欧州映画の表現技術で成熟した水準にあり(監督はモスクワ映画大学出身)、監督の知的レベルがうかがわれる。部族内戦の痛ましい情報しか伝わってこない日本では、もう一つの未来を指向するアフリカを目の前にすることができる。シナリオも流れるように展開され、俳優も個性的な魅力に満ちている。アフリカ映画の水準がこんなに高いとは驚きだ。
アフリカの現代思想としては、フランツ・ファノンやエメ・セゼールの血を吐くような激しいルサンチマンに満ちた反欧州思想しか知らない私は、センベーヌの映画を観て、自らの手でアイデンテイテイを求めるアフリカの「明るい?」一面をみた思いがする。
ただ「割礼」という儀礼については本格的に考えたことはないので、非常に刺激を受けた。なぜこのような行為が部族全体の慣習となったのであろうか、考えてみたい。ユダヤ教では、『創世記17:9−14』では、アブラハムと神の永遠の契約として、男子生誕後8日目に割礼をおこなうとされる。イスラム教ハデイーズでは、生後7日目から10−12歳まで幅がある。米国では衛生上の理由と子どもの自慰行為を防ぐ目的で19世紀末からおこなわれている。1990年代までは男児の全員が出生直後に割礼手術を受けているが、21世紀には割礼を受ける男児は全米で60%に減少した(自己決定権、身体統一性)。泌尿器科の医師は、割礼をしていない陰茎は亀頭包皮炎になると断言しているが、統計的には3%にすぎない。但し割礼を受けた男性のHIV陽性率は低く、エイズ羅感率が低い(包皮を除去してウイルス・ポケットばなくなる)。イスラム圏であり西アフリカのHIV羅患率が南部アフリカより低いのは割礼男性比に要因がある。女性割礼は、陰核、陰核包皮、小陰唇、大陰唇の切除と陰部封鎖がある。
センベーヌが描きかったのは、部族社会の因習的行事の象徴としての割礼を告発して、アフリカ社会全体の無意味な慣習の克服を訴えている。我が日本にも「割礼」に比すべき悪しき因習がある。それは「大勢順応主義」という悪弊だ。いつでも周りを見て損得なきところに自己決定する態度だ。我が日本に引きよせてこそ、この映画の告発は生きると思う。名古屋・名演小劇場にて。観客10数名。(2006/7/3
20:11)
[文学座『アラビアン・ナイト』(名古屋演劇鑑賞会6月例会)]
かろやかな歌と踊りのアンサンブルで繰り広がられる千夜一夜の夢の世界。日常の憂さを忘れて楽しめるファンタジックな世界です。照明と音響にもう少し工夫があれば・・・・と思いますが、12人編成では精一杯の演出でしょうか。私は、千夜一夜物語を読んだことがないので、フーン ストリーはこのようなものかと初めて知りました。王制下のアラブ世界での王から官僚、庶民のそれのぞれの欲望や哀しみが浮き彫りになっているような気がします。こうした前近代の世界にうずまいている人間の世界は、イスラム文化とは異なる人間独自の生活世界があったようです。この物語の成立は、16世紀カイロだそうですが、当時のアラビア商人が世界貿易の中枢となって活躍した時代のダイナミックでドラマチックな世界が窺われます。名古屋市民会館中ーホールにて。観客9割。昼の部は中高年おばさんで満員。(2006/6/29
8:21)
[ルー・チューアン『KEKEXIL:MOUNTAINPATROL
ココシリ』]
脳天をぶち抜かれるような映画を久しぶりに観た。このような映画は、クルド族の少年を描いた『酔っぱらった馬の時間』以来だ。ココシリとは、チベット語で「青い山々」、モンゴル語で「美しい娘」を意味する海抜4700mの高原だ。ここには最高級毛織物「シャトウーシュ」の原糸となるチベットカモシカが生息する気温零下20℃という想像を絶する世界だ。このような高地で生きることがいかに過酷かは、私も北アルプス登山を何回か試みたので少しは分かる。国際市場で高値で取引されるチベットカモシカの密漁が横行し、かって100万頭いたがいまや1万頭に激減した。この映画は、神と祖先から引き継いだカモシカを守るために、自力で密猟者に立ち向かう男たちの凄惨な闘いを描く。過酷な自然は同時にあまりに美しい自然であり、降るような夜空の星は悲愴とも云える美しさだ。しかし密猟者たちも、砂漠化の中で放牧の糧を喪った農民たちであり、チベット族の追いつめられた生活の糧だ。印象に残ったシーンは、鳥葬と砂地獄だ。鳥葬は、遺体を鉈で切り刻んで禿鷹に喰わせ、砂地獄は全身が砂に埋もれて死んでいく。この映画は、高山地帯で生きる苛烈な生を描いているが、私は先進文明の手触りのない、ぬるま湯のようなのっぺらぼうの生を正面から告発しているように思えた。自然の脅威と真正面から対峙して、死と生が隣り合わせにある極限が日常となっているからこそ、逆に生きぬくことの実相がある。先進文明は、さまざまに生きること意味を解釈して泥沼に入り、生きるということの単純明確な意味を喪っているということを突きつけられる。人間の持つ誇りや矜持のピュアーな姿がありありと浮かび上がる。
逆に言えば、先進成熟文明の頽廃を生きる私たちが、いかに多様な汚れを意識することなく身に纏っているかと云うことだ。シンプルでピュアーな美しさをこれほど再発見させてくれた映画はない。私はチベットを美化しようとは思わないが、先進といわれる文明がいかに多くのヒューマンなものをすでに喪っているかに気づかされる。そしてそれがもはや取り返しのつかないものであるということも。汚濁のただ中にあって、なおシンプルかつピュアーであり得るかという重大な問題があるように思う。チベットやネパールの中国との政治的緊張関係は一切描かれない点が唯一の欠点だと云えようが、それは中国人映画監督の責任ではない。名古屋・シネマスコーレにて。観客6人。(2006/6/26
21:55)
[Daniel Gordon『A State of mind ヒョンスンの放課後』]
延べ400万人が参加する北朝鮮最大のイベントであるマス・ゲームに出場する2人の女子中学生を通じて、北朝鮮・中流平壌市民の生活が浮き彫りとなる。原題は「心の国」なんだろうが、それを「ヒョンスンの放課後」とした日本配給会社の感性が面白い。マス・ゲームは金日成や金正日の誕生日が国民の祝日となっておこなわれる、体操・音楽・バックの人文字の3要素からなる社会主義集団性を体現化するもので第1回は1946年(!)だそうだ。その壮大な人工的集団美学は少々ステロ・タイプがかった形式美だが、背景には米国との戦争状態が続く北朝鮮の体制維持の哀しいまでの美しい迫力が感じられる。しかし演技を終わって家路を急ぐ庶民の表情は、なにか晴れ晴れしたものではなく虚脱したような感じがあった。この国では「将軍様」への絶対的畏敬の感情が、骨肉に染みわたり、見つめている私もいつの間にか違和感がなくなっていくのが不思議だ。マインドコントロールの極地と評価する人は、苛烈な北朝鮮現代史を感性レベルで認識できていないと云えよう。虚栄や汚れを知らない、あたかも新興宗教に心酔しているピュアーな心性は、なにか驚くべき純粋さがある。
北朝鮮では、ラジオは自宅にスイッチがなく、つけっぱなしで必ず聞かねばならない。TVは1局のみの1日5時間、首都平壌でも停電がある。この英国人監督は、赦される範囲で実態に接近しありふれたプロパガンダ映画になっていないところが面白い。どのような国家システムの国でも、子どもたちは生き生きとしている・・・これが素晴らしいし、ホッとして救われた気持ちになる。拉致問題以降、日本政府は北朝鮮を仮想敵国として日米同盟の道を歩み、内部崩壊を期待する政策をとりつつある。
さて冷静にみてみよう。こうしたマス・ゲームによる集団感情の醸成は、ひょっとしたら植民地日本帝国が朝鮮半島に持ち込んだものではないのだろうか。それは私たちが小中学校時代にグランドで繰り広げたマス・ゲームを巨大化したもののように思えたからだ。或いは、私たちが天皇制賛美のために開発したプロパガンダ技術が、形を変えていま北朝鮮にあるのではないか。そうした歴史分析を突き抜けるかのように、少女の表情はどこの国の少女とも同じピュアーさがただよう。拉致は許せないが、北朝鮮が歩んできた想像を絶する戦後史と植民地日本の痕跡を想起すると、胸が痛む。名古屋シネマスコーレにて。観客4人。(2006/6/23
17:35)
[ロシア天才少年少女来日コンサート]
10歳から18歳の少年少女によるジョイント・リサイタル。ソプラノが10歳の少女、バイオリンが12,3歳の少年、ピアノとドムラが18歳の少女だ。技量的には抜きんでた才能の持ち主なのだろうが、年齢ゆえに深みとインパクトがないのは致し方ない。あどけない少年少女のけなげな演奏に拍手を贈りたい。それにしても10歳の少女をソプラノ歌手として海外演奏させるとは驚いたし、少々残酷な感じもした。ドムラというマンドリンのような楽器は初めて聞いた。電気文化会館にて。(2006/6/21
22:14)
[キム・ドンウオン(金東元)『送還日記REPATRIATION』]
思想に殉じたヒロイックな生涯なのか、それとも洗脳されて戯画的に硬直した魂なのか? 解釈は極北に分かれるだろう。南北冷戦期に「北朝鮮」(今は誰も朝鮮民主主義人民共和国とは呼ばなくなった)から工作員として南朝鮮に潜入し、国家保安法・スパイとしてめくるめくような拷問の獄中生活を送った人たちが、南北対話の中で北へ帰るまでを描く迫真的なドキュメンタリーだ。洗脳であれ、自覚的な信条であれ、あらゆる拷問に耐えて自らの尊厳を守り通した人とはいったいどんな表情をしているのであろうか。そこにはすべての解釈を越えた崇高なペルソナがあるのではないかと凝視したが、意表をついて表れたのは私たちと同じ普通の庶民の顔であったのがまず驚きである。だからこそ私は、彼らに対する一層のいとおしさが込みあげてきたのだ。彼らを韓国政府は「未転向長期囚」と云い、「非転向囚」とは呼ばない。遠からず罪を恥じて悔いるだろうというKCIAの命名だ。あらゆる残酷な拷問に耐えた力の源泉はどこにあったのだろうか。彼らのひとりは云う、「こうした下劣な連中の暴力に屈するのは自分の恥だ」という、なにか人間の初歩的な誇りであり、そこにはもはや大言壮語する思想の擁護ということではない。拷問の苦痛の中で気を失って朦朧とした意識の中で、転向誓約書に署名した人が流す「涙」はまた痛ましいものがある。彼らは今、転向撤回声明によって北への送還を求めている。
「未転向長期囚」の存在が、韓国反独裁民主化運動に励ましを与えたという下りにも驚いた。私の大学時代の知人である徐勝君(現立命大)の救援運動に係わった私は、映画に登場する弟・徐俊埴氏(現 韓国在住)の証言に引きよせられた。率直に言って、私は釈放後の未転向長期囚を受容して支援する人たちが韓国内にいることにも驚いた。心ならずもの転向によって出獄した人が逆に悲惨な生活を営んでいることにも胸痛むものがあった。
日本では治安維持法によって獄中に沈んだ人々は、意外とアッサリと転向して天皇制賛美に走った。ごく少数の非転向者がGHQ命令で釈放されたが、その後の日本思想界での恥ずべき言説を私は絶対に忘れない。非転向者は硬直した思考に支配されて、柔軟な戦いの形態を選択し得なかった教条主義者と批判する人たち(吉本隆明など)がいることであり、そうした潮流が日本ではむしろもて囃されている恥ずべき実態である。
いささか映画批評とは離れてきたが、もっともタブーとなっている韓国現代史の暗部を真正面から描いたドキュメンタリーには無条件に頭を垂れる。最後は北朝鮮に帰還した長期囚の表面的には充足した生活が描かれるが、監督はむしろもっと突き放して冷静に見ている。こうした南北朝鮮半島をめぐる悲劇の原点は、日本の植民地支配に起因し、日本の責は免れない。あらゆる汚濁のなかで呻吟する半島の中でこそ、むしろ人間の尊厳が極限の中から浮かび上がってくる構図は、泥沼の中で尊厳を喪ってせせら笑っている日本の浅薄さを照射する。
私は北朝鮮思想犯を無条件に賛美するものではない。むしろ逆だ。自分の全人生を賭けて守護した思想であるからこそ、異思想に向かう時の教条的な姿勢には未熟性を覚える。これは彼らの責任ではなく、時代の限界なのだろう。いま韓国がルック・コリアと言われる東アジアのデモクラシー・モデルを構築しつつある背景の一端を見たような気がする。ヤスクニを叫んで恥じない日本には、もはや未来はないと言うことも痛感する。名古屋・シネマスコーレにて。観客5人。この5人の方々に非常に興味をいだいた。(2006/6/19
19:44)
[シャオ・チアン(小江)『玲玲の電影日記』]
1972年生まれの新鋭女性監督のデビュー作。中国版『ニュー・シネマ・パラダイス』と評されているように、中国内陸部の鉱山地帯で映画が最大の娯楽であった時代を背景に、映画を愛する家族の葛藤、離散と再会を描く。広場に野外スクリーンがセットされて、村人たちが夜に集まってのめりこむように観いる姿は素朴そのものだ。上映される映画は文革期のプロパガンダ映画に過ぎないが、そんなことは関係なくスクリーンを楽しんでいる。かって私も小学校時代に、村の広場で映画が上映され、引き込まれるように凝視した覚えがある。あれはたしかハリウッドの列車が驀進する画面であり、もう一つは日本のいわゆる傾向映画であった。捕り方に囲まれた浪人が最後の抵抗を試みながら縄を打たれるシーンに息苦しくなるような圧迫感を覚えた記憶はいまも残っている。あの映画は一体何だったんだろうと、成長してあの映画を探したが、おそらく『雄呂血』という日本映画の傑作ではなかったのかと、今では思っている。
中国でも同じであったんだと知った。次第にTVが入って映画が斜陽化していくことも。この映画は、庶民を結ぶ絆であったメデイアとしての映画に対するオマージュであり、また家族間葛藤の中で繊細な心を育んでいく少女の成長物語でもある。最後に予定調和的な再会というシナリオはもう少し工夫が必要であったと思う。しかしこうした過去へのノスタルジアを描き始めた中国映画は、改革開放後のめまぐるしい生活の変貌の中で、日本の高度成長と同じく、なにかほのぼとした紐帯が喪われていく現実へのメッセージなのだろう。韓国の骨太のパッション映画とは異なる静けさがある。名古屋シネマスコーレ。観客5人。(2006/6/9/10
10:50)
[ロン・ハワード『ダ・ヴィンチ・コード』]
鳴り物入りで宣伝された映画であまり気が進まなかったのですが、どんなものか見るだけ見ておこうと重い腰を上げました。想像通り大作巨編でしたが、意図がシャープでなく詰め込みすぎの駄作でガッカリでした。映画館へ観客を動員するための宣伝を大規模に展開し、制作費を回収する戦略だけが目立って、作品そのものは、シナリオも編集も失敗でした。物語はキリスト教の異端文書の真相をめぐって、秘密結社が現代でも暗躍し、ヴァチカンの権威に深刻な疑問を呈するものですが、アメリカ人のキリスト教認識がいかに薄っぺらであるかが分かります。エーコの『バラの名前』のほうがはるかに、信仰世界の実相に迫っていました。
唯一の取り柄は、観光ではみられないルーブル美術館やカンタベリー大聖堂の内部をうかがえたことでしょうか。これでは別にヴァチカンが無視しても、カソリック権力は微動だにしないでしょう。シネマズ名古屋にて。観客20数名。(2006/6/6
20:00)
[川本喜八郎『死者の署』]
フーン、川本喜八郎の人形の世界とはこのようなものであったのか。古代日本の政権内闘争で敗北した大津皇子の怨霊が蘇り、藤原家の美女の祈りによって浄福されていくという折口信夫の原作である。宮廷内の貴族から庶民にいたるそれぞれの人物が、リアルな表情で個性を浮きだたせている。神道の怨霊思想と仏教の救済観がまだ入り交じっていた古代日本の民俗がうかがえて面白い。佐藤忠男は雅の世界と評しているが、私はむしろ当時の民衆生活のほうが興味が持てた。特に蓮の茎から原糸をつくりだしていく過程や、その糸で追っていく機織りはよく描かれていたと思う。東大寺の大仏がどのような方法で鋳込まれていったのかなどを描くともっと面白かったと思う。
身分やんごとなき貴い人が、迫害されたり、流離する物語を日本は好んできたが、むしろ川本は民衆生活を人形世界に同時に描き抜くことで、人形の美の世界を創造できたのではないか。館内中高年女性で満員。名古屋シネマスコーレにて。(2006/6/3
17:46)
[加藤健一事務所公演『THE WOODEN DISH』]
原作はエドマンド・モリス。舞台は米国テキサス州の底辺庶民の老人介護をめぐる家族間葛藤。78歳の父親の介護をめぐる息子兄弟や孫娘が、愛憎を交えてついには老親を老人ホームに強制収容する。裏切られた想いの老人はけなげに家を出て行くが、孫娘の母親に言い放つ言葉が冷酷無惨である。惚けて皿を割る父親は、木の皿でしか食事を与えられない。木の皿とは、まさに老いた人間の孤独の象徴だ。米国の市場原理型社会のなかで、老後の生活がいかに尊厳を奪われるかを示しているが、今の日本も確実にアメリカ型の老後世界を迎えようとしている。尊厳と他者からの尊敬を喪った老後の惨めさは、この日本にもひたひたと押し寄せてきている。まさに私の未来の残酷な結末を目の前で見せてくれているようだ。
この演劇には一切の救いはない。おなじことを世代が反復していくというラストで終わっている。それほどに現実はシリアスであることを示そうとしているが、じつはこれが加藤健一の限界だ。彼の演劇は状況のなかであらがう真摯な姿を描写はするが、問題の根元と変革の曙光を示さない。もともと加藤健一には、問題提起型であって変革の領域には禁欲的であるように見える。名古屋市民会館中ホール。会場は空席があって席の横詰めがおこなわれた。(2006/5/24
22:59)
[アレクサンドル・ロゴシュキン『Kukushka』]
私ははじめてラップランドを舞台とする映画をみた。ラップランドは、フィンランド最北端の北極圏内に位置する白夜とオーロラの映るトナカイと漁労で生活するサーミ人の地だそうだが、いまはリゾートと避暑地になっているそうだ。サンタクロースの故郷といえばお分かりだろうか。時代は第2次大戦期のフィンランドと旧ソ連の戦争をバックに、両軍から離脱した兵士2人とサーミ人女性の交流を描く。監督はロシア人であり、ロシア映画の健在を告げている。欧州映画のぶ厚い文化性と、ハリウッドの華やかさの対極にある淡々とした描写に、ロシア文化の「教養」の奥深さを実感させる。心が洗われるようなカタストロフィーを久しぶりに味わった。暗い色調が基調となる北欧映画とも異なる。
監督のメッセージは、敵同士の兵士が偶然に出会い、戦争の虚しさを言葉の壁を越えて訴える平和にあるのだろうが、私はむしろ原初的な生命の営みの尊さを覚えた。言い換えれば知に囚われる以前にあった人間の生命の循環ということだ。撃たれて死に瀕する兵士を救うために、シャーマンのような呪術を駆使する女性の姿は、人工的な機械文明に浸蝕されて喪った人間の原生的なちからを感じた。キクーシュカとは、カッッコーという意味で劇中では多義的に使われている。
それにしても登場する少年たちの無表情は、ほんとうに北欧的なイメージがある。こうした描写を含めて、よく知らない北欧の神秘性に吸引されるような感じを覚えた。ハリウッドがいかに虚飾に満ちた映画づくりをしているかを実感させる作品だ。名古屋・シネマテークにて。観客10数名。こうした映画を見に来る人はかなり玄人筋なのだろう。女性客が意外と多い。(2006/5/23
19:27)
[古居みずえ『GHADA パレスチナの詩』]
日本人の女性ジャーナリストが、パレスチナのガザ地区に移り住み、知り合ったガーダ・アギールというパレスチナ人の女性の23歳から35歳までの12年間のドキュメンタリー映画だ。こうした占領下パレスチナのリアルな実態を、イスラム女性の日常生活の視点から活写している。ムスリム信仰の家父長的な男性原理も赤裸々に廟刺され、イスラム圏での通常の上映は無理だといわれる。
インテフィーダで素手とパチンコでイスラエル兵に立ち向かう少年たちの姿や、日常生活で飛ぶ交う銃弾の乾いた音が、戦争と生活が一致している実態を生々しく伝える。ハマスがなぜ総選挙で圧勝したのかという理由もなんとなく分かるような気がする。ここでは、安易にテロとかテロリズムという概念を使うことは許されない。それは追いつめられた者の最後の生存権の行使といえるのかも知れない。日本では、テロやテロリストが何の疑問もなく好戦的な悪としてイメージされるが、ここでは輝かしくも哀しい殉教者なのだ。
青年時代にみた『アルジェの戦い』という映画を想い起こす。独立運動家が、繁華街の自転車の買い物籠に爆弾を仕掛けて立ち去るシーンは今でもありありと想い起こす。あの時代では、彼らはテロリストと非難されることはなく、むしろその行為は支配される者の崇高な抵抗として視られていたような気がする。現代では、ブッシュのような国家テロは何の断罪もされず、捨て身の殉教的攻撃をテロとして無限定に犯罪とみなす集団的無意識が世界を覆っているようだ。
この映画は、パレスチナの生活を女性の視点から描いた画期的なドキュメンタリーといえよう。ガーダは、大学の政治学博士号をめざす知的女性であり、彼女なりの生きる希望を見いだしているようだが、無名の庶民のパレスチナ人女性にとっては、語るべき未来や希望はない。それでも必死に哀しみに耐えて生き抜こうとする姿は、逆に富裕化した頽廃で閉塞している先進国市民に、なにか希望を与えているような気がする。多くの良心的な先進国市民が、苛烈な極限状況を生きる地に命がけて出かけていって、素晴らしい映像を撮って日本で上映する作業は評価しなければならないが、この日本で深く傷つきながらも必死で生き抜こうとしている無名の人々に、なぜもっと澄んだまなざしを向けないのだろうかとフト思うのだ。名古屋・シネマテークにて。観客5人程度ですべて女性。(2006/5/22
16:35)
[ジョージ・クルーニー『グッドナイト&グッドラック』]
アメリカの1953年は、ジョセフ・マッカーシー上院議員による”赤狩り”の恐怖が全米を覆ったマッカーシズムが暗い影を落とし始めた頃だ。同時にTVが黎明期を迎え、連邦通信委員会はTV局に6時間おきにニュースを流すことを義務づけた。「報道のCBS」といわれる基礎をつくった番組が、『シー・イット・ナウ』というエド・マローがキャスターを務める番組であり、彼はそこで米国報道史上伝説となった番組を54年3月9日に放映する。それはマッカシー議員の非米活動委員会を批判して、米国憲法の人権を守ろうというものだ。空軍司令部の放映前の圧力、僚友への卑劣な攻撃、そしてマッカシー議員の悪意に満ちた反論を越えて、この番組はアメリカ市民の70%を越える支持を得て、逆にマッカシーは転落する。同時にTVの大衆化とスポンサーの圧力で、この番組は脇へ追いやられてスタッフは四散していくというストーリーだ。最後のアイゼンハワー大統領の演説は、米国の人権を讃えて終わるが、それがまた米国の人権の偽善性を逆に印象づけている。
全編モノクロでBGMは一切なく、サスペンス・タッチで展開するためにアッという間に2時間が過ぎる。監督の意図は明らかに、9,11以降の愛国者法によって危機に瀕しているアメリカ人権状況への強烈なメッセージにあるのだろうと思う。米国へ入国する世界の市民は、顔写真と指紋押捺を強制され、アメリカの1億人を超える電話の通話記録は傍聴され、政府がすべてを握っている。
黎明期のTVがまだ視聴率をよりも、ジャーナリズム・スピリットの矜持を持っていたことが分かる。キャスターは、日本のように視聴者に媚びへつらう微笑をばらまくことはない。あくまで冷厳に事実を伝え、真実に迫ろうとする権力の監視人という意味を体現している。首相官邸へノコノコ出向いて番組の説明をし、怒られたら内容を修正するNHKの頽廃が恥ずかしくなるほどだ。同時に商業主義の大衆化路線にじょじょに侵されていく状況も活写している。情感を抑えたリアリズムの極地をいく演出もみごとだ。
それにしてもハリウッドはよく分からない。なんでこのような権力の悪を正面から告発する映画製作が実現するのか。そういえば、赤狩りに屈して仲間を売った人物にアカデミー賞を与えた時に、表彰式会場で起立して拍手を贈らずブーイングの嵐を浴びせた授賞式シーンを想い出す。アメリカはほんとうに多様だ。しかし赤狩りの犠牲者の名誉回復はなされず、またもやベトナム戦争になだれ込んでいくのだ、アメリカは。名古屋・伏見ミリオン座にて。観客20名弱。(2006/5/16
17:24)
[フェルナンド・メイレレス『The Constant Gardener(律儀な庭師)ナイロビの蜂』]
原作は、ジョン・ル・カレの小説で舞台となったケニアでは発禁になっており、英国外交団も批判していたが、撮影には非常に協力的であったそうだ。英国人外交官と女性ジャーナリストの恋愛を横糸に、巨大製薬会社が進めるアフリカ人対象の新薬開発と政府との癒着を暴く過程が縦糸となって、サスペンス風に展開する。とにかくアフリカ最大といわれる人口80万人を超える600エーカーのスラム街・キベラの雑踏と鳥瞰がすごい。上下水道も電気もなく、1500万人が1日90円で生活し、40円のバス代が払えないために、丸一昼夜かけて病院に行って死産する黒人少女の姿は痛ましい。国連世界食糧計画の人道支援の裏側に何があるのか、国連の投下する援助資金に群がる政府と企業の癒着だ。こうした事実は初めて知ったが、別に驚くこともない腐敗だという印象は、私自身が相当に頽廃していることを示しているのだろうか。地球上の同じ生命にかくも無惨な格差があることに、もはや痛みを感じなくなってしまっている私を発見する。
正義感に溢れる女主人公は、製薬会社を告発しようとして暗殺される。残された外交官も妻の跡を調査しようとして暗殺される。陰謀の張本人である政府高官が、2人への追悼のメッセージを贈るが、その後に自己の犯罪を暴露されて地位を追われる。最後はチョット甘く、冷酷にメッセージを贈ったシーンで切ってしまえば、権力の底知れない闇の世界への告発のちからを示しただろう。
こうした巨大企業を正面から告発する映画がつくられることに驚嘆する。日本での企業告発映画は、マイナーな独立プロでしかない。監督がブラジル人であることも驚きだ。最後に云っておきたい。英国人の第3世界に対するまなざしは、サイードのいうオリエンタリズムの枠から抜けることは、こんな良心的な映画でも難しいのだーということをつくづくと感じる。本質的に「慈善」の視線があることは否定できない。それは原作の限界ではなく、英国人の物語ではどんな映画でも同じだ。それにしても部族対立を繰り返すアフリカは、米占領下のイラクの宗派間闘争に似て痛ましい。武器を売る死の商人たちもまたうごめいている。シネマズなごやにて。観客10名弱。(2006/5/15
17:22)
[Christian Carion『JOYEUX NOEL 戦場のアリア』]
2005年につくられた仏・独・英合作映画。第1次大戦の独・仏戦線の塹壕戦が美しい交流に生まれ変わる奇跡のような映像だが、はたしていまイラクで泥沼状態に陥っている宗派はどのようなまなざしでこの映画をみるだろうか。正直に言って私は、第1次大戦の最前線でこうした敵・味方の交流があったという歴史的事実を知らなかった。薄汚れた現代世界では、このような美しい物語はにわかに信じられない。泥沼の塹壕で追いつめられた兵士に、こうしたヒューマンな感性がまだ残っていたとは!
いま私は巨大な米軍の覇権を目の前にして、ちっぽけな自分の無力に打ちのめされる。思えば世界史上初めて、兵士と民間人が区別なく戦う総力戦として残虐な大量殺戮が行われたのが第1次大戦であり、世界ははじめて現代戦争を経験した。独・仏の塹壕戦は、レマルクの『西部戦線異状なし』があまりに有名で、月光が冴え渡る塹壕で、照らし出された百合の花に手を伸ばして撃たれるドイツ青年兵の痛ましさは反戦文学の白眉となった。
同じこの時に独・仏・英軍の間で、かくも美しい交歓があったとは! この映画が単なる美談を越えて迫真的な意味を持ってくるのは、9.11以降の世界があまりに無惨で痛ましい地獄のような惨状を呈しているからだ。映画が無力感に打ちひしがれている現代の状況に、どこまで立ち向かえるか、監督は詩のような映像で必死に答えようとしている。シナリオは単純明確なメッセージを発している。
@芸術は剣に立ち向かえるか、武器の修羅場に芸術の意味はあるか?
A歌手は誰のために歌うのか、王のためか? 明日なき兵のためか?
B祖国のために命を捧げることに意味はあるか?
C戦う兵は手を握り会えるか、同胞を殺した敵を許し得るか?
Dヒューマンな意味のために命令を無視できるか?
E愛のために国を捨てられるか?
現代よりもはるかにナイーブな愛国の情熱があった時代で、このような問いに身をもって答えた兵士と牧師は、自らの行為によってさらに過酷な状況におちいる。最後に私はチョットだけ云っておきたい。キリスト教文化のよくも悪しくもこの映画は示している。カンタベリー司教は、兵士に「我は平和をもたらしに来たのではない。かえって剣をもたらしに来たのだ(マタイ伝)。君たちは善い人も悪い人もすべて殺しなさい。二度とこうした行為をしないがために」と説教し戦場に送る。英国国教会の罪を暴きながら、戦場では司祭が敵・味方分かたずミサを行って祝福を与える。キリスト教会の偽善と真実がみごとに対比されている。
最後に云っておきたいこと。日本でこのような美しい反戦映画がつくられないのはなぜか。日本では被害の傷跡を癒す映画がたまにつくられたり、「男たちのヤマト」のようなクセ球の戦争賛美映画はつくられるが、決して戦争を正面から告発する映画はつくられない。率直に言って、現代日本は世界に意味を付加する文化をすでにして喪っているのではないか。
追記)この映画の撮影にフランス軍部の協力はなく、ためにポーランドで撮影されたそうだ。戦場を歩く猫を最後の射殺するシーンに、スタッフが抵抗して出演辞退する抗議があって、監督は断念したという。名古屋市・伏見ミリオン座。観客30数名。長い梅雨のような日が続くこの頃、久しぶりに映画をみた。(2006/5/13
18:04)
[カルロス・サウラ『IBERIA 魂のフラメンコ』]
スペインのフラメンコ映画を初めて観た。アルベニス『イベリア』作曲100周年を記念してつくられたそうだ。フラメンコから現代舞踏、ジャズまでをアレンジした幻想的なシーンが圧巻だ。アイーダ・ゴメスやサラ・バラス、アントニオ・カレーラスといったメジャーな彫りの深い美男・美女の舞踏家が、フラメンコの深奥を競うように乱舞する。スペインはまさに情熱とプライドの文化であり、美も誇りに支えられているような感じだ。昨年のスペイン旅行で、熱を出して公演をキャンセルしてホテルで寝ていたときの無念さを想い出した。名古屋・名演小劇場にて。(2006/4/21
16:33)
[萩上直子『かもめ食堂』]
フィンランドで日本食堂を営む中年女性たちの日常の哀感を描く。日本で疲れた、なにかいわくありげの女性がたどり着いたヘルシンキでの生活は、スローライフと癒しの文化に包まれる。何気ない台詞の中にハッとするような問いかけが用意されている。あくせくと速度の生活が過ぎていく現代日本の競争社会から、一歩距離を置いてみる視点を与えられる。北欧で形成されている文化は、米国や日本の対極にある。でもここにあるのは、世界の凝集された問題から隔離されれ条件が成立するライフスタイルの静謐ではないかとの疑問が生まれる。
成熟といわれる先進国の生活パターンに、競争を価値とは認めない素朴で人間らしい落ち着きが染みついている北欧の文化がある意味を持っていると確かに訴えるものがある。でもなんだか世界の諸矛盾と切れている自閉的なニュアンスも感じるのだが。北欧生活スタイルの評価は難しい。名古屋・名演小劇場にて。中高年で混み合っていた。(2006/4/19
19:43)
[トミー・リー・ジョーンズ『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』]
正直に言ってこの映画を観たのは、何かいわくありげな題名に惹かれたからです。アメリカとメキシコ国境地帯を舞台に、倦怠感ただよう南部アメリカと、密入国するメキシコ人のあいだに生まれる葛藤を描いている。例によって白人アメリカ人は単純素朴なヤンキーとして登場し、メキシコ系を射殺しても保安官は闇に葬ろうとする。尊厳を極端に尊重するメキシコ系移民は復讐し、亡骸を国境を越えてメキシコの故郷に葬るというものですが、シナリオはなかなか手が込んでいて、米国の希望喪失社会を浮き彫りにしている。救いの地を求めてすべてが幻のうちに終わる。西欧とは異質のラテン系の濃密な感性が全編に満ちて、異文化に接触する時のめまいのような感覚を覚える。ひょっとしたら、アメリカ的なものに疲れて救いを原初的な異文化に求めようとする現代アメリカの一面が描かれているのかも知れない。こういう題名に惹かれるのか、会場はかなりの入りだった。名古屋シネマテークにて。(2006/4/16
15:00)
[キム・ドンウオン『送還日記』ー非転向ではなく未転向なのか]
私はまだこの映画を観ていない。でも私はこの映画について語りたい。この映画は、北朝鮮でスパイ教育を受けて南朝鮮に潜入して、国家保安法・反共法違反で逮捕され、最長45年間というギネスに記載される獄中生活を強いられ、悲惨な拷問と転向を迫られた長期非転向囚のドキュメンタリーだ。なぜ私が関心を持ったかというと、実は大学時代の級友に徐勝氏(現立命館大学)という在日2世がいて、日本の大学を卒業後にソウル大学に留学して、1971年に学園スパイ団事件で弟の徐俊殖氏とともに陸軍保安本部に逮捕され、1審で死刑、控訴審で無期懲役となり19年間の獄中生活を送った知人がいるからだ。彼は激しい拷問に耐えかねて、焼身自殺を図り、今でも顔は残酷なケロイドを残している(詳しくは『徐兄弟 獄中からの手紙』岩波新書を参照されたい)。KCIAによる拷問死の犠牲者は100人を超えているという。
長期非転向囚の事実が韓国内で知れたのは、徐俊殖氏が釈放された時にその存在を暴露した1989年だから、彼らはそれまで誰にも知られることなく、獄中で凄惨な生活を送ってきたのだ。彼らが命を賭けてまで守ろうとしたものは、いったい何であったのか(金日成への忠誠か)。彼らが肉体の苦痛に耐えて転向を拒否して獄中で過ごした40数年の生涯はいったい何であったのか。彼らは刑期が満了しても、再犯可能者を逮捕する社会安全法によって、そのまま獄中につながれたのだ。そして軍事独裁政権打倒後の民主化で、1993年から北朝鮮への送還が始まる。彼らは出獄後に「英雄の戦士」として北朝鮮へ帰還し、そこで見た体制の現実をどう受けとめたのであろうか。
しかし多くの者は迫害に耐えかねて転向した。彼らは傷を抱えて長い沈黙に陥っているか、傷を理解してくれない非転向者への憎しみへ転化したか、或いは優雅に合理化しているか、逆に反共の闘志になっているか・・・・いずれも殺伐とした虚妄の生を強いられている(これは治安維持法下の日本と同じだ)。75歳を超えて出獄した息子に、100歳近い母親が面会して、「お前は大人の云うことを聞かないから」と叱りつけるシーンがあるらしいが、これほど痛ましいものはない。
ある理想を選び、その実現に命を捧げ、誰に看取られることもなくこの世を去った幾多の人生がある。裏切っては別の過酷な生を送った人もいる。韓国では、長期非転向囚を民主化に貢献した人として国家が公認したという。それに対して激しく反発する人は、未転向囚と呼ぶという。何とも痛ましい南北分断の悲劇の交錯ではないか。ひるがえって我が日本はどうか。過ぐる戦争へ抵抗したあまたの犠牲者の名誉は回復されず、加害者は処断されないばかりか、復活して権勢の栄門を昇っている。韓国と日本の非対称性は、ことばを失うばかりに深い。そしてふたたびこの国では、いくさと愛国の強力が席巻し始めている。若き時に抱いた想いを密かに投げ捨ててしまうソフトな転向が確実に進行している。70年代に角棒とヘルメットで武装した人はいまどこにいるのか。確かに非転向は硬直した頑迷さとつながっている場合もある。普遍なき理想に殉じる場合がそうだ。しかし私たちに思想の頑迷を冷笑する資格があるだろうか。日本ほど思想への誠実をいともアッサリと打ち捨てて恥じないモラリテイの欠落した国はない。鬼畜米英を言いつのった人は、いとも簡単にいま日米同盟を唱えて、大地を米軍に売り渡している。先日に訪問した済州島4.3記念館と光州共同墓地を想い起こしながら記す。以上・『シネ・フロント』343号、『前夜』7号参照。(2006/4/12
21:02)
ひとびとは
怒りの火薬をしめらせてはならない
まことに自己の名において立つ日のために 茨木のり子
[クアク・キョンテク『タイフーン』]
ハードボイルドが劇的なドラマと結んだストーリーが展開される。こうした濃密なストリーがつくれる条件は日本にはない。なぜ韓国にはあるのか。それは地球上に残された唯一の分断国家であり、権威主義的社会主義国家・北と模索する資本主義国家・南という世界史上希にみる相克を生きているからだ。しかもこの映画は、どちらの体制からも捨てられ疎外された青年テロリストを主人公にしている。描写がオーバーであり、もっと抑えた筆致であればその苦悩は圧倒的な迫力を持ったであろう。この映画が韓国で史上最高の動員を記録していることは、ひょっとしたら北にも南にも自らを託せない人たちが多くいるのではないかと思わせる。
ラストシーンの脱北が成功したシーンがなぜ登場するのか分からない。そこにはアメリカ人を予想させる支援者が、あたかも地上の幸福をもたらすかのように描かれているのも解せない。シナリオのほころびがいくつかあるが、エンタテイメント性に溢れた劇的ストリーの迫力は久しぶりであった。これからいったい韓国と朝鮮半島はどのような歴史を刻んでいくのだろうかと思うと、日本のはてしない凋落に寒々としたものを覚える。シネマズなごやにて。観客10数名。(2006/4/10
17:19)
[ユン・イノ『僕が9歳だったころ』]
原作はウイ・ギチョル『9歳の人生』で韓国出版界の異例といわれるベストセラー小説。9歳の少年が都会からきた転校生の美少女との淡い恋愛を描いた児童劇映画ということになるが、内容は染みいるようなピュアーさと生々しい子どもの葛藤が織りなすドラマ性に満ちている。頽廃する日本映画界の現状では決して対抗できないだろう韓国映画の比類なき底深さを思い知らされた。私が世界映画ベストテン・トップに置く『泥の河』や、キアロスタミ『運動靴と赤い金魚』を思いうかべた。
朝鮮戦争を経て高度成長期を迎えつつある韓国の1970年代は、軍事独裁政権を倒す民衆革命が近づきつつある時代のある農村部の小学校が舞台だ。戦乱の果てに都会に流入した人たちは、郊外の山に「山の町」と呼ばれるスラム街をつくり、世の偏見のまなざしに晒された。少年はここに住み、少女は都会の大邸宅に住む。韓国小学校の校舎や教室の風景を見ると、いかに日本の植民地主義が根強く影響を与えているかがよく分かる。正面の黒板、その側にある教師用の机、教壇の配置、50人近い子どもたちの机の配列、黒板の上の壁にある表彰状(軍人大統領の額入り肖像写真もある)、後ろの壁に張りめぐらされた子どもたちの絵、全員でおこなう大掃除、ランドセル・・・・などなど日本の小学校とほとんど同じなのだ。日本よりも儒教文化の影響が強く、常に子どもが大人たちにお辞儀をして挨拶するのは戦前期の日本に等しい。こうした植民地日本の残滓がみえて、私は痛々しい気持ちに襲われる(これは台湾映画も同じだ)。
担任の体罰がごく自然におこなわれ、子どもたちもそれに当然のように従う風景は、現代日本から見ると違和感があるだろうが、かっての日本も同じだった。担任はおそらく軍事独裁を象徴していると思われるが、子どもたちの明るさやひたむきさ、子ども集団の内部闘争などなど実は民主化への希求が子どもの世界にも反映している。それぞれの家族が持つ傷や痛みを全身に受けて、しかもそれを表面に出さずけなげに生きて成長していく姿は、文句なく感動的だ。篠田正浩『少年時代』のような残酷な葛藤はそれほどないために、この映画はピュアーな印象を残して終わるが、原作はもっとリアルであるようだ。
だれしもこうした少年・少女期をノスタルジックに想起する機会は少ないが、この映画は誰もが輝いていて、かつ残酷であったあの夢中で生きた時を振り返っては、大人になった現在の自分との歴程を懐かしく、或いは苦々しく思いおこすだろう。「あの時ああしておれば・・・」「あの時ああ言わなければ」「あの時別の選択をしておれば」・・・・等々無限の取り返しがつかない悔恨の連鎖として、人の生はあるかも知れないから。
男の子をめぐって争う2人の少女の一方が、嫉妬に打ちひしがれて泣き叫ぶ姿は迫真的で胸が締めつけられるようだった。こうした汚れなきピュアーな心の激しいぶつかり合いはもはや日本にはない。正々堂々の1:1の「大将」の座をめぐる決闘に近いケンカも消えふせた。いじましい陰湿なイジメと乾いたこころが充満しているような今の日本だ。しかし現代の韓国も似たような状況にはあるだろう。少年の片眼の見えない母親が運動靴を買いに行くと、その店の主人はその母親をたたき出す。韓国では、店に来た最初の客によってその日の売れ行きが左右されるといわれているからだ。至る所に韓国の痛ましい姿が露呈される。
なぜ韓国現代映画は、これほどまでに衝撃力を持っているのだろうか。これは日を改めてじっくりと考えてみたい。今は一言しか言えない。それは「孤高」と「情け」の美学が社会的シンパシーを持つからだと思う。ひょっと脳裏に浮かんだ詩を最後に記して閉じる。名古屋市・シネマテークにて。観客5人。
汚れちまった悲しみに・・・・・中原中也『山羊の歌』より
汚れちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる
汚れちまった悲しみは
たとへば狐の革衣
汚れちまった悲しみは
小雪のかかってちぢこまる
汚れちまった悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れちまった悲しみは
倦怠のうちに死を夢む
汚れちまった悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れちまった悲しみに
なすところもなく日は暮れる
[わらび座『銀河鉄道の夜』]
宮沢賢治の原作のミュージカル化。わらび座独特の素直な演出ではあるが、舞台照明や音楽、振り付けが平板であり、もう一歩工夫が必要である。賢治の思想の掘り下げも弱い。その他特にコメントなし。名古屋市民会館中ホール。(2006/3/14
22:53)
[Marc Rothemund『SOPHIE SCHOLL−DIE LERZTEN TAGE』]
最初にゾフィー・ショル(21)が生きた最後の時を時系列でみよう。
1942年 6月 「白バラ」ビラ第1ー4号がミュンヘン周辺の人々に郵送される(〜7月)
8月 父ロベルト・ショル ヒトラーへの批判発言を会計事務所の事務員に密告され陰謀罪で禁固4ヶ月
1943年 1月 「ドイツ抵抗運動のビラ」(ハンス起草 ミュンヘン大学フーバー教授校閲)印刷始まる(13日)
ミュンヘン大学開学式典でナチ党幹部演説「女子学生は総統のために子どもを1人でも多く産め」に学生騒乱
2月 3日 スターリングラード作戦敗北・撤退開始(30万人独軍戦死)
2月18日 ハンス・ゾフィーショル兄妹 ミュンヘン大学本部棟廊下にビラ配布 用務員シュミートに発見され逮捕
ゲシュタポ尋問官ロベルト・モーアの尋問開始
2月19日 原稿起草者クリストフ・プロープスト逮捕
2月21日 起訴状作成
弁護士接見「公開絞首刑か、斬首かいずれかだ」と述べる
2月22日 ローラント・フライスラー裁判長指揮下の人民法廷開廷(裁判長は元共産党幹部)
午後0時45分 大逆罪で死刑判決
両親と面会
午後5時 ギロチン処刑(3名 処刑場入室から8秒で執行 執行人ライヒャート)
2月27日 ミュンヘン大学特別全学集会で国家と総統への忠誠と反逆者への怒り表明
4月19日 白バラ第2次裁判 3被告死刑判決
7月13日 白バラ第3次裁判
10月12日 グラーフ処刑 ルードヴィッヒ・マキシミリアン大学学生6人処刑
1945年 2月 3日 フライスラー判事 ベルリン空爆で死去(42−45年間で2295名処刑)
戦後 アデナウアー政権ナチ高官受け入れ開始
1965年までに将校100人、検事・判事828人、高級官僚21人、高級警察官僚297人復職
1963年 アウシュヴィッツ裁判開始
1968年12月 ハンス・ヨハヒム・レーゼ無罪判決(国民裁判所(ナチス政治裁判所)の判事としての職務を
法と良心に基づいて正常に果たした)
この頃過去の罪責を追求する学生運動高揚
1969年 ブラント(元レジスタンス闘士)首相に当選
1980年代 レジスタンス活動家への補償金支給
1982年 映画『白バラは散らず』公開
1985年 1月25日 ドイツ連邦議会 人民法廷否定声明全会一致可決
1990年 東西ドイツ統一 白バラ関係のゲシュタポ尋問調書公開開始
1995年 白バラ判決無効決定
2001年 ヒトラー個人秘書T・ユンゲ<第3帝国の終焉>証言
2005年 ベルリン映画祭で『ヒトラー 最後の12日間』上映
いま欧州特にドイツを中心に第2次大戦の罪責の真実を究明し、抵抗者に光をあてて名誉を回復する映画が続々とつくられている。日本では、戦争の被害を悼む映画はつくられるが、加害の罪責を明らかにする映画は少ない。戦争抵抗者の真実を究明して名誉を回復する映画は皆無に近い。日本の治安維持法犠牲者は名誉回復されていない。この恐るべき非対称性の原因は何だろうか。それは敗戦後における戦争犯罪の解明と戦争責任の糾明のあり方に起因する。欧州では戦争の最高責任者は、処刑又は自殺(ヒトラー)によって処断された。日本では最高責任者が見逃され、その命令を執行した下部官僚が処断されたに過ぎない。A級戦犯が復権して戦後内閣を組織するという致命的な無責任が横行した。その結果責任感覚がマヒし、過去の罪責を徹底的に糾明することに尻込みし、外国の戦争被害者から告発を受けても、時効だといって言い逃れをしてきた。日本では肝心の罪に対して罰は下されなかった。
この映画は公開されたゲシュタポの尋問調書記録に忠実に依拠して、若き学生抵抗者の死刑に至る最後の5日間を劇的に描いている。私が印象深かったのは、敗色の雰囲気が迫るミュンヘン市内の冷たい街路と、大学と裁判所の石造りの威圧的な建築が、寒々としたナチ独裁の荒廃を感じさせた。元共産党幹部の裁判長が、猛り狂った憎悪で抵抗者に死刑を乱発するシーンは、自分の良心を捨てて敵側に寝返った転向者の典型的な心理が表れている。ゾフィーと同房となる共産党員女囚が、偽装転向を進めること、そして死刑がギロチンという方法で執行されたことです。ギロチンが現代まで残っていたのはフランスだけだと思っていたのは間違いだった。処刑室入場から執行までの時間をストップウオッチで計る執行官のドイツ的事務官僚制にも驚いた。死刑判決を下した判事の1人が60年代まで現役判事であったそうだが、西ドイツも部分的にはナチ加担責任を見逃していたのだ。
白バラ抵抗運動は、ナチ政権末期の数少ないドイツの良心を示した記念碑的な行為であった。無垢で純粋な非暴力抵抗として、その手法の若さ故の限界も「もう一つのドイツ」として讃えられる。20歳前後の若者が恐怖にナチ支配に素手で立ち向かうけなげさと気高さには、無条件に打たれるものがある。ある日本の大新聞は「時に言葉の無力を感じる」とかいうCMを流しているが、ここには言葉だけで6人がギロチン処刑を受けた事実がある。
問題はなぜ抵抗勢力が完璧に孤立したかだ。処刑後にミュンヘン大学は全校集会で彼らを攻撃したのだ。ほんらいの反ナチ主力部隊であるはずの労働者が雪崩を打ってヒトラーに敬礼し、行進したのは単なる恐怖だけではない。「人民法廷」という名称に表れる擬似革新性や、「神なぞいない!」と叫ぶゲシュタポ尋問官の言葉に、闇に拡がる被虐者のルサンチマンを感じた。国家社会主義(!)に吸引されていったこのトラウマの心情を捉えなければ、反ナチは成功し得なかったのだ。当時では選良に等しい国立大学生のまっとうな正義感のみが残された最後の抵抗者となった。
独裁と戦争は地獄の悲惨を必ずもたらすという、たった60数年前の痛苦の体験を決して風化させてはならないと強く思った。いま日本は、世界で最も荒涼として寂寥感の漂う疲弊した雰囲気となりつつある。過去の罪責を公然と否定してはばからない言辞が横行して、メデイアが批判すらできない時代になっている。競争に煽られて必死に生き残りを図ろうとするジャングルの掟に巻き込まれて、人間的ななにか大切なものが失なわれつつある。いまゾフィー・ショルの抵抗がいま形を変えて問われているような気がする。学校では君が代斉唱に着席するのか否か、企業では朝の出勤時に机がなくなった同僚に味方するのかどうか、いじめられている友人の側に立つのかどうか・・・・。この映画の表現技術ついて云々するのはやめる。人間の良心が日常の積み重ねのなかで試されているとつくづく思うのです。名古屋・名演小劇場にて。観客5人。(2006/3/13
17:03)
追記)私の映画評を覆すような評論を目にした(クリステーヌ・フェレ「民族の名のもとに−ドイツの曖昧さについて」 『季刊前夜』9号)。フェレについてはまったく知らないが、その述べるところは以下の通り。この映画はショルの自己犠牲を描いて、ドイツ人の日常的なナチ協力、残虐行為、ヒトラーへの崇拝を免罪している。あたかも多くのドイツ人の気持ちをショルが代表したかの如く。ブルーノ・ガンツが演じたヒトラーのように、共感や同一化を呼ぶ人間の悲劇としてのファッシズムを描くように。悲しみよさようなら、当事者の合意だけで成り立つ情けない道徳秩序でいっぱいのポスト・ヒストリーへようこそ。この映画は歴史と政治関与への認識を無視し、宗教的共感とセンチメンタリズムに訴える偏った作品である。フェレはドイツで展開されている過去の罪責への悔い改めを、欧州統合への仲間入りをめざす表層的な懺悔に過ぎないという。
確かに西ドイツのレジスタンス評価はヒトラー暗殺計画に偏り、コミュニストやユダヤ人のレジスタンスは無視されてきた。そして東ドイツのレジスタンス評価は逆にコミュニストに焦点を当て、それ以外の行動を無視してきた。こうしてレジスタンスは政治的に利用され、ドイツの過去の総括は歪められてきた。しかし私はフェレ氏に言いたい。ドイツの過去の罪責への懺悔は時代的な限界を伴いつつも、全的懺悔への道を歩んでいるのではないか。ここが重要だ。東アジアの旧同盟国は過去の罪責への懺悔とは逆に、その栄光を復権させるというアナクロニズムが制覇しつつある。この差異にこそ本質的な意味があるのではないか。(2006/10/9
10:10)
[こまつ座第79回公演『兄おとうと』]
こまつ座の舞台を見たのは何年ぶりだろうか。日本的な情緒にくるみながら、井上は自分の憲法観を吉野作造に託して語っている。こんなに吉野作造を神格化するのもどうかと思われるが、現在の憲法状況を見れば、井上の健闘はみごとと云えよう。縦糸に憲法、横糸に兄弟と姉妹間の情愛を描くエンタテイメント作品となっている。それにしても井上は、大正期の時代と吉野作造をとりまく状況をよく調べ上げていると感心した。井上は吉野作造の君主制民主主義の限界と、吉野を乗りこえようとした時代潮流をほとんど取り上げていないが、大正リベラルを精一杯に称揚することに、現代の憲法状況への危機意識を浮き彫りにしているといえよう。
文句なく面白かった舞台なので、よけいに注文が付けたくなるのだ。要するに吉野と吉野を乗りこえようとした歴史的潮流を統合した新しいライターの登場が望まれると言うことだ。吉野作造と小林多喜二を架橋するような作品を私は求める。名古屋市民会館にて。会場は中高年女性で満席。(2006/3/9
21:16)
[PAUL HAGGIS『crash』]
触れあいだよ
どんな街でも、歩けば人と身体が触れたり、ぶつかったりする
でもロスじゃ、触れあいは皆無
人々は金属やガラスの後ろに隠れている
みんな触れあいたいのさ
衝突し合い、何かを実感したいんだーPAUL HAGGIS
僕たちは前へ進んでいく
僕たちはともに歩いていく
そしてばらばらに壊れていく
僕たちは答えを探し続けている
米アカデミー賞作品賞受賞作品ということで少しは興味があったのですが、そのうち見にいこうと思っていたら、3月10日で上映打ちきりとなっていたので、あわてて見にいった次第です。米国の人種差別の深層に迫り、葛藤と絶望のなかから、かすかな希望をひろいあげようとする痛々しい哀しみが伝わってきました。人種問題を描いた作品のなかでも、絶望と希望の交錯する内面をえぐった作品としては出色のものです。私の映画批評は、どこかに欠点を見つけてけなそうとしますが、この作品はそうした阿諛を拒絶するけなげな希望の探求があります。そこにあるかすかな希望は、おそらくアメリカの分岐点となる最後のヒューマニテイではないだしょうか。そして私の結論は、残念ながら差別を乗りこえようとするかすかな希望も押しながしてしまう巨大なちからを思って、デスパレートになります。それほど米国の生々しい現実は、救いがたい終末が近づきつつあるような気がするのです。だからこそこの作品は、決定された絶望の終末へあらがおうとする呻きのようにみえるのです。救いへの願いがかえって終末をリアルに実感させるのです。
なぜ私はこの映画をデスパレートな心情で彩るのでしょうか。それは現実と願望を冷厳に峻別しなければならない米国の冷厳なファクトがあるからです。たった1%の人々が、全米の全資産の40%以上を抑え、有利鉄線で武装されたゲーテッド・コミュニテイという閉鎖された準郊外の超高級住宅街に棲み、私的な自治体をつくって、もはや米国の国民国家性は喪失しているからです。残された99%の貧困白人やマイノリテイは都市中心と周辺にスラム街をつくって、互いに言葉を交わす必要もなく断崖のように隔絶された棲み分け空間を形成しているからです。この映画の舞台であるロスアンジェルスは、郊外白人高級住宅街と都心部マイノリテイの棲み分けが劇的に進んでいる典型的な大都会です。高級住宅街で黒人を見て恐怖感を覚える白人女性は、その実態をよく示しています。
クラッシュとは、自動車の衝突事故を意味しますが、同時にこの作品では、人種間衝突を意味しています。要するに現代アメリカは、人と人が交わる契機は、もはや自動車衝突と人種・民族衝突でしかないのです。9.11以降の対テロ戦争の論理が国内にも適用されて、異文化コミュニケーションは壊れてしまい、不信と猜疑なしに生きていけない深い神経症に冒されています。「僕たちは恐怖社会で暮らし、大統領はそれを巧みに利用して人を操っている。人間はみんな自分が定義されるのはイヤだが、他人を定義することに何の矛盾も感じない。自分が定義を下した他人のほんとうの姿を見て驚かされるんだ」と監督が演出意図を言っていますが、もはやアメリカはオオカミ社会のジャングルの掟を生きざるを得ないのです。殺られる前に殺れ!これが掟です。
この映画にハリウッド資本は誰も出資せず、共感を持った人たちが自主的に支援して製作されたいわゆるインデペンデント映画です。限られた上映館から、口コミで全米に広がり、ついにはアカデミー賞作品賞を獲得するという、いわば”アメリカン・ドリーム”を地でいった映画ですが、ここにアメリカの希望が残っていると言えるかも知れません。この映画は、ステロタイプの人種差別告発映画ではなく、登場人物が善と悪のあいだを重層的に苦悩する人格を描いている点で、人種差別を超えた普遍性を獲得しています。日本に生きる私たち自身を見るのであり、同時に米国モデルに追随する明日の日本を予告しています。
21世紀半ばに米国の有色人種人口は白人より多くなり、4人に1人がヒスパニックという状況が来ます。ロスはすでに白人が少数派です。白人が少数派に転落する多民族社会がどうなるのだろうか、私は固唾を飲んでみています。おそらくその過渡期に、没落する白人は己の支配を維持するためにあがき、悲惨な衝突を繰り返すでしょう。現在支配権力を握っているキリスト教右派とネオコンの内面には、迫りくる没落への漠然たる不安と危機意識があります。だからこそブッシュは、外部に敵をつくって他者を攻撃することによって、かろうじて星条旗への団結と自己権力を維持し得ているのです。この映画では、公民権運動の成果としてのアファーマテブ・アクション(マイノリテイ優遇)で没落した白人経営者が登場しますが、こうした白人底辺層のルサンチマンがより一層人種差別のクラッシュを誘発させるでしょう。生計が立てられない青年層は海兵隊へ入隊し、日本の基地に駐留しながら、日本女性をレイプし陵辱して自分のトラウマを発散させるでしょう。
ロスアンジェルスという多民族のるつぼとなった大都会を生き抜く群像の32時間を描いて、苦悶するアメリカの真の姿が浮き彫りとなっているようです。06年度上半期の推奨作品です。お見逃しにならないよう、ぜひとも御覧ください。アメリカは世界史上最大の多民族共生の実験国家です。その近未来を考えれば、日本の将来を予測することができます。失敗から学ばなければ明日の日本もこうなることを。名古屋・ゴールド劇場にて。観客30数名。(2006/3/7
18:25)
[STEPHEN GAGHAN『SYRIANA』]
原作は元CIA海外工作員ロバート・ベア『SEE
NO EVIL』(邦題 CIAはなにをしたか 新潮社)。中東の石油資源をめぐる米国石油資本、アラブ王室、CIA工作員、法律事務所弁護士、出稼ぎ労働者、イスラム原理主義テロリスト等々が織りなすドラマテックな群像劇である。湾岸戦争やイラク戦争の背後にある米国の石油戦略の陰謀が赤裸々に活写される。あまりに複雑に入り組んだストr−リー展開でついていけなくなるが、一切の虚飾を排したリアリズムに徹する。アラブ人を不可思議のムスリムと描くようなオリエンタリズムの残滓もない冷酷な描写が続く。SYRINAとは、米国のシンクタンクのjargon(業界用語)で、米国の利益に合う中東の仮想国を意味する。
率直に言ってハリウッド映画資本がよくこうした米国の暗部をえぐる映画を製作できるなと思う。日本では独立プロが貧しい自費を集めてつくる真相告発映画に近い(熊井啓『日本列島』など)。でき得ればホワイトハウスとのつながりも描くべきだと思ったが、マイケル・ムーアのドラマ版のようであり、冷酷非情なリアルな映像には文字通り脱帽したのでアレコレの評論はやめる。是非一度御覧いただきたい。シネマズ名古屋にて。観客30数名。(2006/3/4
20:56)
[NHK・BS世界のドキュメンタリー『移民社会フランスの課題』]
ウーンなかなか凄いドキュメンタリーだ。フランスでのイスラム系移民の実相に迫る映像を初めて見た。こうした迫真的なドキュメンタリーは日本ではつくれないだろう。こうした映像を電波に乗せるNHKはまだ良心的なジャーナリストが少しはいるんだなとも思う。貧しい移民たちは、学校からも就職からも排除され、行き場を失って徘徊している実態が浮き彫りとなっている。フランスの裁判の驚くべき公開性には参った。弁護士と容疑者の打ち合わせの過程から、裁判の情景がリアルに写される。判事・検事・弁護士・被告が対等にテーブルに向かい合って座り、日本のような判事が上座に権威的に君臨する光景ではな。判事は全員女性であった。検事は日本と同じように冷ややかに、弁護士は正義感あふれた弁論を展開する。被告は無賃乗車で改札係と衝突した薇犯だが、即座に刑務所に収監するという判決には驚いた。
夜の街でイスラム系の若者たちと警官が衝突するシーンも生々しい。リヨンというフランス第2の大都会の郊外の荒廃が活写される。フランス国籍を持つイスラム系は墓地がないそうだ。高台の公園にある地図からは郊外の街はカットされている。その公園でイスラム系の若者が白人フランス人女性とやり合うシーンでは、イスラム系への差別意識を露骨に持つのが下層白人であることを象徴しているようだ。極右政党の伸張の基盤になにがあるかが分かる。刑務所の内部の取材も自由なのか、囚人の絶望の言葉が次々と流される。驚いたのは、首をつって自殺を試みる場面が放映され、精神安定剤をくれ!と哀しそうに叫ぶ囚人の痛々しい声が響きわたった。大量に移民を受け入れる外交的なスタイルと、内部の実相に大きな落差があることを実感した。これでは暴動が起きても不思議ではないと感じた。安易な異文化共生なんて絵空事だ。
しかしこのベルギー人監督の姿勢は何だろうか。ルワンダのフツ族とツチ族の大虐殺を演出し、煽ったのは自国のベルギー植民地主義であり、フランスまで出かけていってフランスの移民差別を告発するドキュメンタリーをつくる神経が分からない。こうした疑問を除けば、欧州のジャーナリズム精神が日本よりはるかに深く健在であることを示している。私はフランス、イタリア、スペインと旅行したが、結局「観光」に過ぎなかったことを痛感させられた。パリの地下鉄に乗ったときに、アラブ系の若者が車内でバンド演奏を始め、乗客からカネを集めていたが、あの青年たちもおそらくは郊外の住人だったのだろうか。(2006/3/1
22:37)
[この映画を見てなお神の存在を信じられる人はいないだろう テリー・ジョージ『HOTEL RWANDA』]
1994年のルワンダで起こった100日間で100万人ものジェノサイドを描いたハリウッド映画。著名スターを出演させないこの映画にハリウッド資本は出資をためらい、最後に社会派のA・キットマン・ホー(『JFK』『7月4日に生まれて』『プラトーン』など)が担当した。日本会社も有名スターが出ないこの映画の公開を断ったが、20歳代の若者がインターネットで呼びかけて1億円の公開費用を集めたそうだ。
フツ族によるツチ族虐殺から1200人を守り抜いたベルギー系ホテル支配人が主人公であり、ホロコーストの過程が生々しく描かれる。100万人のなかに入らなかった1200人にどういう意味があるのかと思う人もあるかも知れないが、ではあの現場にいてなにができるのかと聞かれれば答えることはできないでしょう。ルワンダの悲劇は、国連平和維持軍の限界と失敗を象徴していますが、全土が内戦状態でどこまでサラエボ型「人道的介入」が可能かと反問されるとまた答えに窮します。ただ私は幾つかの点を指摘したいと思います。
政府軍の将軍も(終結後死刑)、ホテル支配人の主人公も、一流大学をでて欧州で教育を受けたエリート層であり、ルワンダの最上流階級のメンバーであるということです。ゲリラが襲撃対象としない外資系超高級ホテルに避難できない無名の罪なき人々は、虐殺された1000万人の側に包摂されたのであり、「シンドラーのリスト」に譬えてヒーロー視するやり方には疑問を持ちます。またアメリカスタイルの家族風に描いていますので、ほんとうのルワンダは見えていないのではとも思われます。あまりにも映像が狂気のように展開しますので、部族の少しの違いを理由とする虐殺が起こる真の理由を観客は知ることができません。その原因は、欧米帝国主義の支配のなかで意識的に操作された部族対立にあります。映画ではそこに焦点を当てることは避けていますが、PKO将校が主人公に「君が信じている西側超大国は、君らはゴミで、救う値打ちなどないと思っている。君は有能だがこのホテルのオーナーにはなれない。黒人だからだ。君らはニガー以下のアフリカンだ。だから国連は虐殺をとめることはしない」と言います。この言葉で初めて主人公は、白人の文化を信じてきた自分の愚かさに気づくのです。私は米国籍黒人へのニガーという差別語は知っていましたが、アフリカ黒人がニガー以下の黒人であるという差別意識を初めて知り、私自身の無知に気づきました。私がほとんどアフリカ史を知らないと言うことも。最後に流れるエンデイング・テーマも欧米先進国を鋭く告発する歌です。そのバックで流れる子どもたちの合唱が、韓国のパンソリによく似ていることにも驚きました。でき得ればハリウッドではなく、アフリカ黒人監督による作品をみたくなりました。第2次大戦後の輝かしい民族独立運動期のアフリカが、今や世界最貧困地域、エイズ最多地帯、内戦地域となったアフリカの歴史構造を究明しなければならないと思います。虐殺の狂気を非難する資格は、関東大震災時に朝鮮人大虐殺を遂行した日本にはありません。権力による分裂統治に嵌ってしまったのは、私たちの父祖も例外ではなかったのです。最後にルワンダ近現代史の概要を記しておきます。
伝統的に多民族居住地で、農耕・牧畜生業集団が形成される
18世紀 王権の拡大でフツ族・ツチ族等の民族意識が形成される
1860年 ルワブギリ王朝(ツチ族)期に階級分化進展 ツチ族支配権
1894年 ドイツ人入植
1895年 ルワブギリ死去 王朝混乱しドイツに保護を依頼
1897年 ドイツ総督部による間接統治開始
1917年 第1大戦後国際連盟は支配権をベルギーに移譲
ベルギーの部族分裂統治政策開始
1933年 部族ごとの人種を記載するIDカード強制
1950年代 国連の圧力によるルワンダ民主改革開始
1959年 ベルギー フツ族反乱を支援しツチ族追放
1962年 総選挙 フツ族支配によるベルギーからの独立
1973年 ジュヴェナル・ハビャリマナ将軍(フツ族)の軍事クーデター・軍事独裁開始
1990年 国連圧力による軍事独裁終了
国外亡命のツチ族によるルワンダ愛国戦線(RPF)結成 ウガンダから侵攻し内戦開始
1992年 ハビャリマナ大統領 RPFとの和平交渉開始
1994年 ハバyリマナ大統領暗殺 政権内ツチ族とフツ族穏健派への弾圧開始
国連平和維持軍司令官は大虐殺の情報をコフィイ・アナンPKO責任者(当時 現国連事務総長)に送るが拒絶される
フツ族民兵「インテラハムエ=共に戦う者」による国内大殺戮開始 100万人虐殺 300万人難民化
国連平和維持軍2500人を270人に削減
RPF首都キガリ制圧による大虐殺終了 フツ族指導者ザイール(現コンゴ民主共和国)へ逃亡
西側諸国の救援活動開始
1997年 難民ルワンダ帰還
2000年 ポール・カガメ大統領(RPF指導者) 挙国一致政府組織
2003年 最初の普通選挙でカガメ正式大統領就任
国連ルワンダ国際刑事裁判所設置 国外逃亡重要戦犯の裁判開始
ガチャチャ(民衆裁判)による虐殺加担フツ族8万人の裁判開始
民族別証明を排除した改革・教育プログラム開始 フツ・ツチ族を差別言語として使用禁止
その後復興途上にあるが人口は94年当時に戻らず 汚職と近隣国内戦で貧困水準はアフリカ最上位
*実は昨日映画館に行ったら満席で入場できませんでした。なぜこの映画に殺到しているのかよく分かりません。名古屋市・名演小劇場にて。会場入り8割。(2006/2/27
16:03)
[李恢成Lee Hoesung『地上生活者』(講談社 2005年)]
李恢成は35年生まれの在日朝鮮人作家で私がもっとも注目していた人でしたが、最近はあまり読んでいませんでした。李恢成は早稲田露文化を卒業し、朝鮮総連の専従活動家として活動しますが、路線問題で組織を離れ文筆に専念して今日に至っています。軍事独裁下の韓国を密かに訪問したり、国籍を韓国に変えたたことが在日世界で批判を浴びているようです。彼の作品は小栗康平が映画化しているので観た人もいるでしょう。丸善の古書展で上下2巻2000円と安かったので買い求めました。冷戦期にはなばなしく活躍した彼が、激変する朝鮮半島の姿にいまどのような姿勢を示しているのか興味を持ちました。
この作品は彼の高校生活までの生い立ちがビビッドに描写される自伝的青春小説であり、在日少年の視点によるもう一つの戦後日本観が滲んでいます。札幌N校(西校のことでしょうか)の高校生活が生々しく描かれ、国籍を隠して生きる主人公を取り巻く、在日の家族と地域社会、日本人高校生・教師との交流、冷戦期に向かう時代との接触を通しての自己探求が疾風怒濤のように展開します。高校生自治活動の創生期で、私の高校時代よりはるかにレベルの高い思考と議論が交わされているのでホントカイなとも思いました。高校進学率自体が低い当時では、公立普通校は貧しくとも知的探求心に満ちた高校生であったのでしょう。五木寛之『青春の門』を思いうかべますが、ほぼ時代的には同じなのですが内容はまったく違います。日本人高校生も初々しい悩みの渦中をそれぞれ個性的に生きますが、在日高校生の独自の立場ははるかに複雑で錯綜し、身に受ける圧倒的な重力に打ちのめされていきます。日本で生まれ落ちた在日の少年が日本社会のなかでどのように成長していくのか、リアルに活写されます。在日の主人公の潔癖さと謙虚な苦悩はさまよえる魂そのものです。70歳になるだろうこの人の作家精神のみずみずしい新鮮さにも驚かされます。1000頁を越える長編です。
幾つかの印象的なシーンがありますが、2つだけ挙げておきます。中学校の弁論大会で、ある日本人中学生の「僕の『面白い学校』」という演題の弁論です。宮沢賢治のようなイメージを想像させる自由闊達な学校です。長いので関心がある人は、第1部P411から読んでみてください。もう一つは、札幌N校で上履きを強制する学校に対抗して開催される臨時生徒総会の場面が圧巻です。保守派と民主派が入り乱れた興奮状態のなかで、議長を務める主人公は、会場の隅から発せられた「朝鮮人め!」という憎しみを込めたヤジに混乱状態となり、自制を失います。ここが印象的でした。幾つかのめくるめくような体験を経て、彼は卒業し、てっきり早稲田に入学するのかと思ったら、最後は衝撃的なラストです。
「これからぼくが考えていること。笑いたい人間は笑えばいい。
ぼくは元来の左手で井戸の蓋を外した。ずっと前からぼんやりと考えていたことをいまは実行するときだった。
この井戸の深さをぼくは知っている。どんなにあがいてもはいあがることはできないはずだ。鉄分のういた井戸水がぼくを誘惑していた。
いったん背中をみせたあと、ぼくはくるりと向き直るなり、井戸のなかに飛び込んだ」
李恢成自身は上京したのに、彼はなぜ自分の分身をこのようなラストに持っていったのでしょうか。このようなラストに在日の普遍性はあるのでしょうか。私は彼の、日本の戦後は結局、民族問題をほんとうに主体の意識として自覚化できなかったのではないか、左翼も右翼もそれは同じではないか、どちらも朝鮮民族への意識を主体化することはなかったのではないかーという戦後日本への問いかけがあるような気がします。(2006/2/22
16:44)
[神さま、ぼくは戦わなければならないのですか? Luis
mandoki『Voces inocentes』]
映画の範疇を越えた中南米のリアルな内戦の悲劇を生々しく伝えるドキュメンタリー・タッチの映画です。あまりにも苛烈な内戦の現実は、先進国の頽廃を生きている私たちには想像を超えた衝撃であり、実感が伴いません。面積が九州の半分ほどで人口676万人の小国であるエルサルバドルという国の内戦を生き抜く少年達を描いています。極右独裁軍事政権に対する左翼のFMLN(ファラブンド=マルテイ民族解放戦線)のゲリラ戦争が、村々を中心に繰り広げられ、政府軍は12歳以上の少年たちを子ども狩りのように拉致して少年兵に仕立て上げます。私はいままでいくつかの内戦を描いた映画を見てきましたが、これほど映像技術に秀でた作品を観たことはありません。特に中南米の内戦を描いた映画は初めてです。メキシコ人のハリウッド監督ならではの美しく苛烈な映像が展開します。
血なまぐさい内戦と、子どもたちが夜空に放つ風船の灯火の幻想的な美しさとダイヤのようにまたたく星を数えるシーンが、対比されて内戦の悲劇を浮き彫りにします。無垢な少年と少女の初々しい初恋もまたつかの間の別世界を象徴しています。ついに少年は12歳に達し、政府軍とゲリラ軍の選択を迫られ、ゲリラへ身を投じますが、すぐに逮捕され、親友3人と川辺に座らされて政府軍兵士に次々と射殺されていく、あの銃の無慈悲な音はいまでも脳裏に残っています。奇跡的に助かった少年は、徐々に12歳の少年から大人への変貌を遂げて小銃を手にします。しかし彼は政府軍兵士を射撃できないまま、銃をおいて立ち去ってしまいます。つまり政府軍兵も同じ小学校で席をともにした少年兵であるのです。少年は家族の全財産を処分したお金で米国へ亡命し、いまはハリウッドで俳優として生きています。
ハリウッドが描いた中南米内戦だという限界を踏まえても、軍事独裁政権への批判は鋭いものがあります。米軍事顧問団への正面切った批判はありませんが、米兵にチューインガムをねだって口にする少年に、女性が鋭いまなざしで米兵を見つめ、少年の口からガムを吐き出させるシーンは、おそらく中南米の民衆の対米国観を象徴しているのでしょう。私は少年の米国脱出を以て終わるという描写には、納得できないものを感じましたが、12年間の内戦の死者が7万5千人、政治的失踪者8千人(大部分が政府軍の「死の部隊」の拉致による)、他国への亡命者100万人(実に6人に1人!)という事実を考えれば、米国脱出もその通りでしょう。
中南米ではカソリック教会が住民共同体の拠点となっていることが分かります。過去の教会がほとんど大地主と独裁を支持する姿勢を示しましたが、この映画に登場する神父はゲリラを支持して、「もはや祈るだけでは足りません」と説教し、政府軍に逮捕され殺害されます。カソリックでの解放の神学への転換と、内戦開始の契機となった死の部隊によってミサのさなかに暗殺されたロメロ大司教を象徴しているのでしょう。
この映画は、成熟先進国の頽廃にどっぷり漬かって、いたいけな子どもを殺めている先進国退廃市民を直撃しますが、日本にとって忘れてならないのは、日本が内戦の主要な責任の一端を担っているということです。日本企業は軍事独裁と結んで、1960年代以降輸出作物である綿花を栽培し、現地に織布繊維工場を設置し、農村部の貧困な余剰労働力を酷使して、最大限利潤をあげてきました。太平洋岸にあるアタミという保養地と国際空港建設は日本資本のためになされたのです。従業員数最大を誇る2つの会社はすべて日系企業なのです。軍事独裁政権は日本企業から莫大な賄賂を獲得し、現地労働者の抵抗から日本企業を守ってきました。日本は内戦の主要な要因をつくり、政府軍を援助した犯罪的加担者なのです。だからこそゲリラは、日系インシカ(社)の松本社長を誘拐し、日本大使館は閉鎖に追い込まれたのです。この映画が日本で上映される特別の意味があるのです。
いま世界で確認されている子ども兵士は約30万人います。1986年から内戦が続くウガンダでは、約2万人の子どもたちが反政府ゲリラ「神の抵抗軍IRA」に誘拐されて兵士となっています。ある12歳の少年は、IRAに誘拐されて訓練を受けた後、司令官に生まれた村に連れて行かれ、母親の腕を切り落とすように命令されました。少年は今でも「おかあさんと一緒に暮らせない」とトラウマに苦しんでいます。子どもが兵士になる大きな理由の一つは、カラシニコフ(AK−47)のうような軽くて、修理の必要がなく簡単に扱える小型武器が大量に普及しているからです。小型武器による年間殺傷数は約50万人で、1分間に1人の生命が奪われています。犠牲者の70%は女性や子どもたちです。小型兵器の輸出国は、米国、英国、フランス、中国、ロシアといった国連常任理事国です。これらの国は常任理事会で平和維持を叫びながら、一方では大量の通常兵器を売りまくり、武器取引を規制する武器貿易条約の締結に反対しています。
最後に些細な日常の戯れを描いて自己閉塞している日本映画の貧困を蹴飛ばして、どやしつけるような映像力をもった映画だと云うことを指摘したいと思います。私たち日本人は、ほんとうに生きているのだろうか? 私たちはこのエルサルバドルの原始的な貧困と苛烈な現実を他人事として見ていていいのだろうか? しかし貧困と内戦はかたちこそ違え、日本の中でもすでに展開されようとしているのではないか? 深く浸蝕していく格差社会、過労死、自殺、痛めつけられる若者、大人から殺害される子どもたち、いじめ合う子どもたち・・・・・本質では同じことのちがった現象に過ぎないのではなかろうか? 汝自らを知れ!
名古屋市伏見ミリオン座にて。観客20数名。この映画館は初めて入ったがなかなかしゃれている。(2006/2/20
17:25)
[佐藤純邇『男たちの大和 YAMATO』]
会場はほぼ満席で、中高年が多いが若者のカップルもいる。ところどころからすすり泣きが漏れてくる。実はあまり気が進まなかったのですが、ある程度評判を呼んでいるので、まあひとまず見ておこうと思った次第です。戦後60年を経て、辺見じゅんはなぜこうしたノンフィクションを書き、角川春樹は製作したのだろうか、その意図がいまもって分かりません。
生き残った15歳の海軍特別年少兵が回想する戦艦大和の体験と最後の戦闘が描かれます。日本ではかっての太平洋戦争を描くことはかなり難しい。なぜなら、陸軍兵の死の多くは戦闘死ではなく餓死であり、海軍も初戦の真珠湾を除いてはすべて敗北戦の連続であり、そのあげくに敗戦を迎えて戦争の本質は侵略であったと多くの人は知ったからです。しかも最高戦争責任者は免罪され、戦後は平和イメージに切り替えて天寿を全うし、作戦司令部の無能と無謀な作戦の惨めな失敗が明らかになり、軍隊内部も暴力とイジメが横行し、最前線での敵軍と民衆への残虐行為が白日の下にさらされ、日本と日本人の尊厳と誇りは地に墜ちたからです。要するに日本兵はたった一回の生命をなんの意味もなく、無惨に散らした存在でしかなかったのです。しかし戦った意味を見いださなければ、死者は」救われないという二律背反を迫られたのです。とくにピュアーで汚れなき15歳のいたいけな少年兵の死は痛切なものがありました。では救いの道はあるのでしょうか。
日本の戦争映画を振りかえると、@戦争責任と軍隊内犯罪を告発する(『戦争と人間』『人間の条件』『真空地帯』『軍旗はためく下に』)、A日本の被害を描いて非戦を追求する(『ひめゆりの塔』や一連の原爆もの)、B聖戦を戦って散華した者の追憶と哀悼、C庶民の哀れさをみる(『拝啓 天皇陛下様』『二十四の瞳』) D日本の加害を追求する(『鬼が来た』)など多様な視点があります。この映画は悲劇を描いて非戦を訴えているようにみえますが、実は『聖戦』をピュアーに戦って死んだ者へのオマージュという散華の思想に連なる危うさがあります。特攻作戦の無意味をめぐって艦内で厳しくやりあったり、司令官室で最高司令を「なぜ同乗しないのか」と批判するシーンもありますが、それはあくまで作戦指導の枠内であって、戦争そのものの本質をめぐるものではありません。これらの内部批判は「天皇」の名を出すことによってすぐに沈静化します。しかし戦艦「大和」の特攻作戦は、降伏の前に一花咲かせようという無意味なものでしかありませんでいた。
この作品は悲惨な特攻を死んでいく人間の「美しさ」を印象づけ、おそらく「感激」した人は、疑問なく靖国神社に参拝して追悼するのではないでしょうか。だとしたら、この作品は死者を二度にわたって冒涜しています。生き残って生還した兵士に、死んだ息子の母親が「一人だけおめおめと生き残って!」と痛罵し、帰還兵が土下座して謝まるシーンがあり、その兵士は広島で被爆した恋人を見舞い、その目の前で恋人がこの世を去るという、なんとも痛ましいシーンがありますが、ここで悲哀感は頂点に達して激しい悼みの感情が湧き起こります。そして最後に60年を経て老人となった彼は、自分が生き残った意味を「戦死した友人の純粋な気持ち」を世に伝えることに意味を見いだして終わります。ピュアーな心情であれば、すべて水に流して赦されるとされます。無意味な戦死が美しい戦死へと美化されて、戦争そのものへの告発へは至りません。戦艦「大和」の兵士への鎮魂は、あなた方を強制死させた責任者に謝罪させて裁き、二度と悲惨な死を繰り返さない厳然たる規範をうち立てることによってのみ果たされます。
この作品は、心情的次元で戦争を描き、本質的なアプローチを回避しています。家族と恋人を守るピュアーさを讃えて、実は戦争そのものへの疑問を封殺するという回路へ誘導しています。天皇と国体を守るために死ぬんだと云わないところに、戦後60年の意味があるともいえるでしょうが、それでは東アジアの人々の痛みに応える資格はないでしょう。いまナチ抵抗運動を描いた『白バラの祈り』が上映されていますが、ドイツの戦争映画はいつも反戦と抵抗を描きます。なぜ日本ではそうした作品は少なくなっているのでしょうか? 日本は反戦と抵抗のために命を落とした多くの人を追悼できない国なのでしょうか?
いま戦争は形を変えて、グローバルな国際競争を生き残る戦闘として繰り広げられ、若者は企業内で無能な経営陣に疑問を持ちつつも、会社を防衛するためにピュアーなこころで献身的に仕事に励んで過労死しています。家族と恋人を守るために戦った不沈戦艦「大和」の若い兵士と、同じくビジネス戦争の最前線で戦う企業兵士が二重写しとなり、60年を経て日本はいったい何を学んできたのだろうかと暗然たる気持ちになります。
この作品は、技術的にはCGの拙劣さが際だち、大仰なBGと場面転換で演出水準も低質で、映画史上には残りません。監督が山本薩夫や今井正であればもっと違った深みが出たでしょう。しかし場内ですすり泣きが漏れるように、こうした作品に共感する庶民心情がかなり広汎にあることをきちんと考えねばなりません。名古屋市ピカデリー劇場にて。(2006/2/16
16:36)
[張藝謀(チャン・イーモウ)『Riding Alone
for Thousands of Miles単騎、千里を走る』]
私は張藝謀の最近作である『HERO』や『LOVERS』等のエンターテイメント大作を観て、あの『紅いコーリャン』や『秋菊の物語』、『菊豆』、『初恋のきた道』などのヒューマンタッチの作品をつくった監督の変貌に驚いたが、この作品はまた前期に近く回帰したようだ。しかしこの作品は、意気投合する高倉健に焦点を当てているので、情感込めた演出の割には、テーマの掘り下げは弱い。父子関係の軋轢をどう再生するかという普遍的なテーマを日中共同で描こうとするが、愛憎交錯する父子の人情ものになってしまい、現代的な問題性への問いかけは弱い。
むしろ私は、雲南省という中国内陸部の素朴な自然と共同体に大いなる興味を抱いた。岩がそそりたつような山岳と、古い家並みが残る近代化から取り残された中国だ。沿岸部の驚異的な発展との対比は描かれないが、子どもが村から出て行くときに、村人が総出で送別の会食をする延々と続くテーブルと食の盛りつけは圧巻であった。私は現代化に狂奔する中国とは異なる、もう一つの中国の存在を改めて確認することができた。と言うわけで、張藝棒は高倉健を描くことを中心に据えたために、シナリオで失敗したようだ。名古屋市今池国際劇場。観客8名。(2006/2/15
16:54)
[田隅靖子『アウシュヴィッツ・レクイエム』(UNIVERSAL
UCCS-1078)]
ナチスの強制収容所で犠牲となったユダヤ人作曲家のピアノ曲集。作曲家と演奏曲、略歴を記す。
P.ハース:パストラル(1935)
1943年 テレジン移送(出発前に愛する妻を助けるために離婚)
1944年10月16日 列車でアウシュヴィッツ移送
10月18日 ガス室で死亡
E.シュールホフ:ピアノのための組曲第3番(左手のための)他2曲(作曲年不祥)
1942年 ビュアツブルグ収容所でチフスにより死亡 墓地には「303」という囚人番号のみ
ギデオン・クライン:ピアノ・ソナタ(1943)
1944年10月16日 列車でアウシュヴッツ移送
若かったため炭坑労働に従事 銃殺か死の行進か死の状況は不明
ヴィクトル・ウルマン:ピアノ・ソナタ第7番(1944)
1944年10月16日 列車でアウシュヴィッツ移送
10月18日 ガス室で死亡
チェコのテレジンは、アウシュヴィッツ等への中継収容所として町全体が収容所となり、1941年ー45年の間に14万人が暮らし、8万7000人が絶滅収容所へ移送され、4000人弱が奇跡的に生き残った。ナチスはテレジンを理想収容所と対外的に宣伝するために、芸術活動を許したが、脚のないボロピアノが2台机の上に置かれていた。そのピアノはいつも予約がいっぱいで並んで待った。ナチスはアウシュビヴィッツ移送後たった2日でガス室に入れたのか!
3人の作曲はいずれも逮捕前に名声をはせていたか、神童と呼ばれた才能溢れる作曲家、ピアニストであり、もし戦争や強制収容がなければ現代音楽史に残る作品を残したに違いない。収容所内での音楽活動は、いわばナチスに協力する欺瞞に満ちたものでったかも知れないが、しかしそこには迸るような才能の叫びがある。曲はいのちの極限をさまよう暗いつぶやきのようだ。特殊な極限状況に置かれた特異な作曲家としてみるべきではなく、偶然に弄ばれた才能ある作曲家の痛切な音を聞くべきだ。粛然とした沈黙とともに聴かねばならない。それにしても演奏する田隅靖子氏の胸の裡はどのようなものであろうか。芸術の表現目標は<美>ではなく、<真実>なんだということを身をもって示した作曲家たちは、痛ましい死を遂げて私たちに証言としてのピアノ曲を遺した。(2006/2/13
16:56)
[サム・メンデス『ジャー・ヘッド』]
祖父、父に続いて海兵隊に入隊した青年が、イラクのクウエート侵攻後のサウジアラビアに駐留し、砂漠の嵐作戦に参加して帰国するまでを描く。現代のハリウッドが海兵隊を描くとすればこのあたりが限界なのかなという感じだ。海兵隊の過酷な訓練はいつもの通りですが、そのほとんどのメンバーは犯罪者や奨学金ほしさの志願兵であることがよく分かる。1人だけ米国の石油戦略を批判する兵士がいたが、そのあたりを突っ込んで描くことはない。アメリカ下層市民の知的レベルがよく表れている。驚いたのは、兵士の集会で上映された『地獄の黙示録』の米軍の攻撃シーンを歓声を挙げて、「殺せ!殺しまくれ!」と昂奮して声援していることだ。この作品を最後までみたら、海兵隊が狂気の軍隊であることに唖然としたであろう。つまり現代の米国青年にとって、ベトナム戦争は遠い過去のことであり、なんの歴史的経験にもなっていないことが分かる。
ハリウッドの戦争映画は、敵国の兵士や民衆を擬画化して漫画チックに描くことで共通しており、そのほとんどは有色人種の途上国だ。第2次大戦後に米国海兵隊が手を汚した膨大な死への想像力は全くない。この映画でも殺すことが自己目的となる殺人マシーンになった自分たちの悲惨な姿を凝視して自己分析を加えることはない。ただし殺人マシーンと化した自分だけが残り、また普通の市民生活にもどっていく海兵隊の虚しさについては問いかけている。映像技術が優れているので、海兵隊内部の汚い暴力の実態を照射してドキドキさせるが、それ以上は何もない。米軍が殺害した10万人を超えるイラク市民の犠牲者への想像力を刺激することはまったくないので、アメリカ人が見ても罪の意識は喚起されない。ちょっと手の込んだ戦争映画だが、つまらないから見ない方がよいでしょう。ただ映画館のスクリーンと音響装置は最高水準なので時間だけは過ぎていくでしょう。シネマズ名古屋にて。観客10数名。この映画館の経営はすでに破綻しているのではないだろうか。(2006/2/11
17:14)
[この映画批評を御覧いただいている方々へ]
あなたの映画批評はグダグダとつまらんご託を並べて何なんだーと批評した人がいます。映画を見ている最中にそんなアレでもないコレでもないと考えて観ているのかと述べたてます。要するに映画批評は、面白ければ面白い、面白くなければオモシロクナイそれでいいんだというのです。彼にとっては、映画は金を払って観る娯楽に過ぎず、それ以上の何ものでもないようです。私はこうした発想を哀しく思います。映画は監督が自らのすべての人生を賭けた、世に問いかけるあるアピールであり、だからこそ観る人はそれを真摯に受けとめなければならないと思うのです。私の映画批評をグダグダとした垂れ流がしに過ぎないという人は、私からみればおそらく他者の人生への想像的な共感と生きることへのまなざしに曇りがあります。生きるということをその真相において探求しようという問題意識を問いかけているような映画には、自分の存在を賭けて答えていかねばなりません。私が注目する本格的な映画批評のモデルをあげてみましょう。私が最近注目するスロヴェニア出身の哲学者スラヴォイ・ジジェクのものです(『迫りくる革命』岩波書店 所収)。映画会社に媚びへつらう日本の映画評論家が浅ましくなります。
「ラース・フォン・トリア『ダンス・イン・ザ・ダーク』は、まさにその冒頭から終局にいたる完全なるカタストロフィが透けて見える痛ましい作品の人である。われわれはこの作品を観ている間、この耐え難い終幕を避ける何ごとかが起きてくれればと密かに望んで、或いは信じてさえおり、そうした観客の願望は、逆説的にも最後の衝撃に何等の驚きも間にないといった結果をもたらすことにさえなっている」・・・こうして延々と10頁以上に及ぶ映画批評が展開します。ジジェクは次いでマイク・ハートマンの『ブラス』という炭鉱労働者のブラスバンドを描く映画に移ったうえで、「生活を台無しにした犯罪者に対峙する犠牲者という残酷さは、状況におけるともに犠牲者である友人間の真摯なまでに隠し立てしない共感に満ちた遣り取りで表現され、・・・それは吾々に3人の革命家が仕事に失敗した若い同志を殺害する、例のブレヒトの『処置』の最終幕にいたる尊崇の行為としての政治的粛清を彷彿とさせるからだ」と続け、さらにマーテイン・スコセッシ『タクシー・ドライバー』に移って、「自分自身を自分が根絶やしにしたいと願う荒んだ街のゴミの一部と考え、ブレヒトが革命的暴力に事寄せて語ったように、それを取り除いてしまえば部屋が綺麗になる最後のゴミに彼自身がなりたがっているという点にあるのだ」・・・等々と知と想像の飛翔力を思う存分展開します。私はこの想像力の飛翔と博学な知に痺れてしまうのです。
ことほど左様に私はこれからも私の許される想像力の飛翔を信じて、あくことない映画批評を繰り広げていくでしょう。私にジジェクの才能が少しでもあればと思いますが、しかし私には彼が所有し得ない私にしか属さない独自の経験があり、しかも欧州とは異なる東アジアの文化風土を基盤にしています。だから私はジジェクに臆せず、恥じらいを超えた映画批評をあくことなくこれからも続けていくでしょう。私の映画批評に短絡的な反応は期待しておりません。オモシロイ・オモシロクナイと云った低俗な批評以前のレベルではなく、あくまでも背骨をうがつような本格的な反論をこころから望んでいます。
付言)私はスラヴォイ・ジジェクという哲学者に出会えたことをうれしく思います。問題意識が私と似通っており、観ている映画もほとんど同じであり、映画批評のポイントにも共感を覚えます。しばらくはジジェクの邦訳著作に親しんで、整理した上で私のジジェク評価を述べたいと思います。(2006/2/5
19:46)
[君は知っているかテロリストの哀しみをーステイーブン・スピルバーグ『ミュンヘン』]
スピルバーグの名前に負けて見に行った。1972年のミュンヘン・オリンピックでパレスチナのテロリストに殺害されたイスラエル選手団11人の惨劇は、世界を震撼させパレスチナ問題に関心を集中させたが、あの時代はPLO自体がテロリストのイメージだった。この映画はイスラエル政府が秘密スパイ組織モサドを使って、復讐の殺害を繰り返すものだ。監督の演出技術が優れているので、2時間40分を超える大作でありながら最後まで見せる。どうやら監督のテーマは、国家の悪に翻弄される個人を通じて、テロの連鎖の虚しさを訴えるところにあるようだが、いかにも陰謀史観に陥って結果的にはイスラエル弁護論に終わっているようだ。スパイ組織メンバーに普通の市民生活の幸せを求めるなんて、誰が考えてもあり得ないはずなのに、深刻ぶった大いなる甘えがある。スピルバーグのパレスチナ問題への勉強不足による限界がしめされていて残念だ。
この映画の致命的な欠陥は、民衆の姿が全く登場しないことであり、ユダヤ人迫害やイスラエル建国の爆発的喜びの裏で追放されるパレスチナ人の哀しみや中東戦争の映像などを挟み込めば、より深みが出たであろう。理想を追求する青年テロリストの裏切りと挫折は、すでに『灰とダイヤモンド』が痛切に描いているところであり、単なる国家陰謀の暴露だけに終わってしまったようだ。雑巾のように捨てられるテロリストの哀しみも大仰な演技の割には迫ってこない。この映画を厳しく評価しなければならないのは、パレスチナは現在ただいまのこの瞬間にも哀しい血が流されているからだ。シネマズ名古屋にて。観客50数名。(2006/2/5
17:30)
[ジャン=ジャック・アノー『スターリングラード』]
ノリマンデー上陸作戦と並んで第2次大戦の決定的分岐点となったスターリングラード攻防戦を、狙撃兵という徹底した個の視点から描ききる骨太の人間ドラマ。アノーの作品は、『薔薇の名前』『セブン・イヤーズ イン チベット』で堪能したが、この作品も期待を裏切らない劇的昂奮がある。スターリングラード防衛戦が、旧ソ連にとって大祖国戦争と言われる祖国愛に燃えた若者の命を捧げる戦争であったとともに、スターリンの戦争指導に致命的欠陥があったという両面がよく描かれている。なにしろあのフルッショフが無能な司令官として登場するのだ。ペテルスブルグ(ペテログラード)→レニングラード→スターリングラード→ペテルスブルグと名前を変えてきたこの都市はそのままロシア現代史を象徴する感慨深いものがある。
膨大な消耗戦であったこの巨大な作戦が、農民出身の純朴な天才スナイパーと政治委員と女性兵士のトライアングル関係、独ソのスナイパー対決、二重スパイの役割を演じる少年という徹底した個の立場から描いているところに、この映画の特徴がある。しかも従来のソ連映画にありがちな祖国防衛のヒーローというプロパガンダ映画ではなく、ソ連社会の内部矛盾を冷酷に描いているところも深みを与えている。2人1組で故障した銃を与えられ、独軍に突撃するソ連軍は、それ自体スターリンの戦争指導の誤謬を告発している。特に暗い影を帯びて使命に献身する政治委員は、出自がユダヤ人である。社会主義の理想を夢みて、ユダヤ人を弾圧するスターリンを指導者として仰がなければならない政治委員の苦渋の心がにじみ出ている。かってロシア革命文学と言えば、『静かなるドン』とか『鋼鉄は如何に鍛えられたか』などのモデルがあったが、いまや誰も語る人はいなくなってしまった。この映画は、スターリン独裁の裏にある革命ロシアを支えた複雑な民衆群像を描くことに成功していると言えよう。
実はこの映画が封切られたときに、私は、なんだ、またプロパガンダかと観るのをやめてしまったのですが、実はそうではなかったのですね。それもアノー監督の脚本と演出の冴えであろう。大きな物語が姿を消していく現代にあって、やっぱり長編力作は文句なく堪能できる。しかし累々と横たわる兵士の死骸は、戦争そのものが壮大な無でしかないということを示してもいる。NHK・BS2。(2006/2/2
22:37)
[小泉堯史『博士の愛した数式』]
映画の冒頭は次のような言葉で始まります。
「君の靴のサイズはいくつかね?」
「・・・・24です」
「ほお、実に潔い数字だ。4の階乗だ」
あ〜日本映画も捨てたもんじゃないな、と久しぶりに胸のなかが洗い流されるようなカタストロフィーを覚えました。事故で80分しか記憶がもたない初老の数学者と彼をとりまくやさしさと慈しみがにじみでる一編の美しい詩をみているようでした。数字と数学の世界の幻想的な調和の世界も感じ入りました。高校時代に幾何の補助線を一本発見したときのあの感動を想い起こしました。私はどちらかというと幾何の世界で代数は苦手でしたが、なんで時の過ぎるのを忘れて補助線の発見に夢中になったのか、味わった者にしか分からないだろう、また人に伝えることで感動が薄れるのを恐れるような気持ちでした。ここでは数字の魅惑的な世界を伝える数学の感動的な授業が同時展開しますが、私も高校時代までにあのような授業があったら・・・と悔やまれる思いです。
監督は黒澤明の助監督として育ち、『雨あがる』『阿弥陀堂だより』につづく3作目がこの『博士の愛した数式』になります。このようなリリックでピュアーな魂を持つ監督が、まだ映画界にいること自体がひとつの奇跡のようです。『阿弥陀堂だより』からこの作品まで、小泉監督は西行のような脱俗の世界を求めているかのようです。すさみきったこの世俗的現実を超えた諦念とまではいいませんが、人間への慈愛に満ちた肯定を美しい自然をバックに静かに描写します。あまりに醜く品性を貶める今の世にあって、その対極にある人間への信頼を写しだしています。映画館を出たあとも、しばしなにか温かい温もりに包まれているでしょう。映画館には授業がないのか、幾人かの女子高校生が来ていましたが、彼女たちはどのように受けとめたのでしょうかーなにかとても気になりました。ケータイと萌えの世界とはまったく違う世界があることに驚いたでしょうか。
原作は小川洋子『博士の愛した数式』(新潮社)ですが、原作をかなり改編した脚本家・小泉堯史の手腕もなかなかのものです。
eπi+1=0
このオイラーの公式を数学教師は次のように説明します。「無限の宇宙からね、πがeのもとに舞い降ります。ヒュー・・・・・。そして恥ずかしがり屋のこのiと握手する。彼らは身を寄せ合って、ジッと息をひそめています。eもiもπも決してつながらない。でもね1人の人間がたったひとつだけ足し算をすると、世界は変わります。矛盾するものが統一され、0つまり、無に抱きとめられます」 どうですかすばらしい表現だとは思いませんか。博士は諍いを起こす義姉に、そっとこの公式を紙切れに書いて渡すのです。ほかにも完全数、自然数、友愛数、素数などの美しい説明が繰り広げられます。「素数の素は素直の素、何も加えない、本来の自己という意味。つまり自分と1以外では割り切れない数字。例えば、2,3,5,7,11,17,19・・・・。この素数は夜空に光る星のように無限に存在します。彼らは孤高です」などなど。
こういう映画を見ると現実の世に戻っていくのが厭わしくなるのです。映画を見てその原作を読んでみたいという思いを久しぶりに持ちました。シネマズ名古屋にて。観客50数名。(2006/1/31
17:47)
[ロマン・ポランスキー『オリバーツイスト』]
『戦場のピアニスト』からガラリと題材を変えて、19世紀英国の文豪チャy−ルズ・デイケンズの原作(26歳 1838年)を忠実に描いている。純粋で無垢な魂を持つ孤児が、苦難に翻弄されながら最後に幸せに至るという典型的なサクセス・ストリーだ。19世紀のロンドンの雑踏と孤児院、悪臭芬々たる貧民街がリアルに再現されている点が面白かった。エリザベス救貧法の恩恵としての福祉の現場が、かくもありなんという少年労働力搾取の現場であったこともよく分かる。当時の時代は以下の通り。
16世紀後半 救貧法制定
17世紀 ワークハウス(救貧院)設置
1833年 工場法制定 9歳未満児童雇用禁止
1834年 救貧法改定 生計費補助打ち切り
1845年 エンゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態』刊行
1942年 ヴェバリッジ・プラン「ゆりかごから墓場まで」
監督は、これからの世界を創る人たちに伝えるテーマとしてこの映画を作成したというが、いまいちよく分からない。純粋・無垢であれば誰かから救済の手がさしのべられるとでもいうのであろうか。デイケンズの原作を選んだのが失敗だったと思う。デイケンズの原作は19世紀英国の貴族社会のなかで、最底辺をリアルに描いたからこそ衝撃を与えたのであって、21世紀にそのままもってきても普遍性はない。現代世界はそして今までの世界も、純粋無垢にしたたかさと叡智を加えて、はじめて世界を変革することができる。そのような内容に原作を改編すべきであった。『水の中のナイフ』から『戦場のピアニスト』に至る迫真のドラマに比べて、残念ながら時代を撃ち抜く作品とはならなかった。ハリウッドに行ったポランスキーの限界であろうか。シネマズ名古屋にて。観客10数名。(2006/1/30
15:59)
[劇団彗星ミュージカル『夢があれば』]
日本人2世の女性振付師がミュージカルの夢を求めて悪戦苦闘するサクセス・ストーリーであり、アメリカン・ドリームの本質を賛美する楽しいミュージカル。モデルは中川久美。ミュージカル・ドラマの楽しさにドップリとつかることができる。職場で疲れ果てた後に見ると、また頑張ろうというエネルギーが湧いてくるだろう。日本的大衆演劇か、純情可憐な高校演劇のプロ版であると云ったら、劇団と熱演する俳優に申し訳ないが、終わって家に帰る道すがら冷静に振り返ると、そういう感じになる。劇場は酔いしれた感じの観衆と俳優の熱いエールが交歓されて終わる。夢と希望が無惨に失われていっている日本の現状では、底抜けの松竹・大船か宝塚タッチの現実の煩わしさを忘れさせるカタストロフィー効果を持つ。こうした作品を上演して生きている劇団員のパッションを想像すると、そのけなげなさに心から感心する。ただし演劇の本質はほんとうは、ほんとうはそういう楽しさにあるんかなともも思う。劇中ではアメリカでの人種差別や戦争のトラウマが描かれるが、それは本質ではない。要するに夢は生活と無関係に描かれていているが、やっぱり「夢(希望)」はなんとも吸引力のあるテーマだ。劇中の歌で”夢は希望を道連れにして”となにか意味ある言葉が登場する。こうした演劇を上演するために、営々とアルバイト生活をしながら演劇に打ち込んでいるメンバーはその限りで頭が下がる。名古屋市民会館中ホールにて。会場満席。(2006/1/26
23:35)
[Directed by NIKI CARO『North Country(スタンドアップ)』]
これだからどうもアメリカという国はよく分からん。職場でのセクハラにたった一人で立ち向かい、遂に勝利するシングルマザーという社会派ストーリーはインデペンデイント系でしかつくられないと思いきや、ハリウッドメジャーのワーナー・ブラザースの製作だ。原作はCLARA
BINGHAM and LAIURA LEEDY GANSLER『CLASS ACTION:THE
LANDMARK CASE THAT CHANGED SEXUAL HARASSMENT
LAW(階級行動:セクハラ法の画期的事例)』という勇ましい名前だ。この事件のモデルは、ミネソタ州のエベレス鉱山で起こされた世界初のセクハラ集団訴訟であるルイス・ジョンソン裁判であり、1989年に始まり1998年に会社側敗北で終結し、米国セクハラ法制定の契機となった画期的な行動です。日本ではすでに1986年に男女雇用機会均等法が成立し、日本の女性はバブル末期で海外ブランドに狂っていた時期だ。
ただし米国の労働慣習の特徴を知っていないと、なぜ米国の男性労働者が女性労働者を迫害するのか理解できない。労組が強い現場では、先に就職した労働者が後から就職する者への優先権を持つ先任権がある。男性労働者が退職すれば、男性が入社するという先任権制度のもとで、男女平等の就職は労働慣行を破壊する面があるのだ。
そして離婚社会である米国では訴訟によって女性の人権が日本よりはるかに進んでいるというのは、マンハッタンで働くキャリア・ウーマンに過ぎないことがよく分かる。大半の女性は、白人といえども男性とともに貧しく、男性からの迫害と差別に耐えて生きる忍従の家庭生活が普通であることも分かる。ハリケーン・カトリーナの襲来でこの面は浮き彫りとなったが、相変わらず多くの日本人はアメリカン・ドリームの虚像に弄ばれて米国モデルの導入に狂奔しているのが哀しくなる。
アップテンポでリアルに活写される鉱山町の風景と、生々しいファミリーの描写は、この女性監督の並々ならぬ力量を示しているが、ラストは米国流の逆転ドラマだ。雄弁な弁護士が迫力ある弁論によって、まったき孤立に追い込まれた女性主人公を鮮やかに勝利に導く。いままで彼女を迫害し、非協力を示していた同僚達が次々と支援に廻る法廷シーンはいささか安直であり、いかにもアメリカ的だ。
この映画にもし感動した人がいたら、同じような事態が日本の企業現場に残る「ガラスの檻」を知っているだろうか。特定の思想をもった人を排除し、さらし者にして孤立させ迫害していく陰湿な労務政策がおこなわれていることを。いま日本の各地で思想差別裁判が繰り広げられ、次々と会社側が敗北に追いつめられている。こうした事実はメデイアにはほとんど登場しないし、映画化されることもない。はなやかなIT企業のサクセス・ストーリーの陰にあるヒューマンドラマを日本の大手映画会社は決して描かないだろう。だからどうもアメリカという国はよくわからんのだ。名古屋駅前ピカデリー劇場。この映画館は2回目だが、大画面でゴージャスに映画を楽しむことができる。ただし観客は10数名に過ぎない。(2006/1/18
17:02)
[Jean-Pierre Luc Dardenne『L'Enfant(ある子供)』]
カンヌ国際映画祭のパルムドール2回受賞というダルデンヌ兄弟のドキュメンタリータッチの映画。すべての映画評論は最後のシーンに希望と救いを見いだす絶賛であふれているが、私は逆に寒々としたデスパレートな感情を味わって終わった。あまたの映画評論家は若者の実相をほとんど知らないのではあるまいか。20%を超える若年失業率にあえぐベルギーの多くの若者が、自立して社会的位置を獲得する機会を奪われ、その日その日を漂流していく無惨な姿が描かれている。20歳になっても幼児性そのままに窃盗をしながら生きていかねばならない青年は、恋人に孕ませたこどもをカネのためにアッサリと売り払ってしまう。「赤ん坊なんて、またすぐにできるよ」というセリフが彼の幼児性を浮き彫りにしている。産んだ娘はショックを受けるが、また再びその青年のもとに戻っていかざるをえない。
成熟した先進国でのアイデンテイテイ形成の回路が壊されてしまい、自立の契機を剥奪されて小児的な欲望のままにあてどもなく生きている若者の姿は、そのまま現代日本のものである。渋谷や新宿で徘徊している少年少女、引きこもっている60万人を超える若者の姿と重なり合う。しかし両極分解する青年の下層のゆがみと痛みに焦点を絞って、傷つきながらもなおヒューマンでありたいという本源的な人間の生の姿を迫真的に描いた50歳を超える監督の感性はすばらしい。
いま日本では「荒れる」学校がほとんど恢復不能なまでに全国を覆い、もはやニュース価値さえ持たなくなり、その陰で疲れ果てた教師が早期退職に追いやられていく。名古屋市のある中学校は、もはや書類を職員室から校長室へ避難させるまでになっている。「教えるとはともに未来を語ること、学ぶとはともに希望を胸に刻むこと」(アラゴン)という言葉は、もはや絵空事の綺麗な偽善になってしまった日本の現状をあざやかに照射している。言っておくが、ここには希望はないのだ。青年は頽廃し朽ち果てていくだろう。希望を表層で語ることはむしろ幻想であることがとっくに見抜かれているのだ。さまよう若者たちは冷厳な現実の裁きを身に受けてはじめてみずからの失敗に気づくが、もはやそれは取り返し不可能な脱落を意味するのだ。彼らに再起の可能性をもたらすセイフテイネットはない。そこまで現代の市場原理競争主義は若者を追いつめている。繰り返すが、希望はないのだ。いまのシステムを少しばかり修正したところで、若者の青年前期のライフストリーは変わらない。そこまで成熟先進国社会は、もはやシステム崩壊の危機に逢着している。名古屋市今池・シネマテークにて。観客10数人。(2006/1/12
19:49)
[吉岡逸夫『人質 メデイアは何を伝えたか』]
いまや過去の事件になろうとしているイラク人質事件の郡山総一郎氏と安田純平シ氏へのインタビューを中心に、メデイア報道の在り方を考えようとしたドキュメンタリーである。私はむしろ高遠菜穂子氏と今井紀孝氏を対象として欲しかったが、お二人は辞退したのであろう。特に高校生であった今井氏の人間像に興味を持っていたので残念だ。3人の中で心理的に最も安定して対応したと思われる郡山氏の受け答えは、かなり客観的で冷静に事態を振り返っていた。わかもの言葉で答えているのを見ると、戦場へ行く感性と姿勢に世代的なギャップを覚えた。イラク戦争そのものへの評価は一切ないので、かれらのイラク行きの動機や現地での動態は語られない。焦点はなぜ3人が自己責任のバッシングを受けたかーという日本政府と日本人への批判が浮き彫りとなる。
彼らの分析は、日本人の多くの人が最初は「心配」したが、しだいに「みんなに迷惑をかけて、税金使わして幼稚な振る舞いをして」というように変わっていったと見る。その変化を主導したのが、外務省とメデイアだという。そうしたバッシングに対して、「イラク戦争に日本は初めて参戦した。イラクでの中立の道を放棄した政府の意図的な操作だ」と反論する。確かに或る方向がつくられるとなだれを打って、その方向へ向かう日本人のファナテイックな集団反応をみごとに示した事件だったとは思う。しかし郡山市のあっけらかんとした対応を見ていると、いかにもわかもののそれであり、少々違和感がある。若い戦争ジャーナリストの今日的な特徴なのだろうか。彼らは、「日本人は本当に心配していたのか」と日本人を批判するが、日本人一般ではなく政府とメデイアの国民操作に批判の的を絞るべきではないか。
人質犯人グループののどかでアマチュア的な対応と、民家を転々とする拘束の実態も、イラク民衆の反米感情の高揚からでたものであり、プロのテロ集団ではないことが分かる。彼らを生きて釈放した基礎にあるイラク人の対日信頼感の強さがうかがわれる。対して香田氏の殺害は、アルカイダ系テログループと断定的にいう監督のコメントがあったが、それは言ってはいけないことであろう。
当事者である郡山・安田両氏が登場するので、それなりのドキュメンタリー性はあるが、イラク戦争の本質とバッシングに象徴される日本問題の解明はいま一歩であった。要するにバッシングを加えた心情と小泉劇場で踊った心情は、本質的に通底したものがあり、そこまで突っ込んで欲しかった。名古屋市今池・名古屋シネマテークにて。観客5人。(2006/1/11
16:34)
[アンドリュー・ニコレ『ロード オブ ウオ(戦争の王)』]
新年が開けて初めてみた映画がこれ。どうも失敗だった。なにか中途半端な気持ちで映画館を出た。なぜだろうか。武器ビジネスで巨万の富を稼ぐ男の物語だが、表層を面白くなぞっただけのシナリオの失敗だ。現代の紛争の陰で暗躍する死の商人の背後に広がる闇の世界をもともっと突っ込んで描いたならば、重厚な表現となり得たであろう。ニコラス・ケイジ(『戦場のピアニスト』)の甘いマスクに、まったく凄みがなく、とても戦場を渡り歩いて死線を歩く冷酷な男には見えない。死の商人の残酷非道さへの怒りの感情が湧き起こってこないのだ。ただしイラク戦争を展開する現代米国で、こうした武器ビジネスを告発する映画をつくるところにハリウッド映画資本のしたたかな力がうかがえる。はじめてシネコンなる映画館に入ったが、設備と音響は最高だ。ただし入場者は5人程度で、全体として寒々とした感じ。倒産するんではないか。名古屋駅笹島・シネマズ名古屋にて。(2006/1/5 21:39)
[Jacques AUDIARD『DE BATTRE MON
CCEUR S’ESTARRETE 真夜中のピアニスト』]
ジェイムズ・トバック『マッド・フィンガーズ』(1978年 米国)のフランス版リメイクだという。私はトバック作品は観ていない。文句なく面白い凝ったフランス映画だ。これだからフランス映画はやめられない。薄汚い不動産ブローカーとして生きる若者が、少年期にめざしたピアニストへの道にめざめ、暴力と芸術のアンヴィヴァレンツな世界を生きていく。サスペンスなハードボイルドと、甘美な芸術世界が交錯する。若者は最後はピアニストとして成功して終わるが、私はむしろ果たせぬ夢の挫折として暴力の無惨を際だたせるラストにしたい。久しぶりに面白い映画を見た。パンフの批評欄に女優の美保純のビックリするようなコメントが載っていたので紹介する。彼女がこんな言葉の魔術師とは知らなかった。
背負える闇の量は天井がある。
こころから笑う自分が欲しいときわずかな光をたどる男のイントロが好き。
ファックな残骸に付き合う時間は短いほうがいい・・・・・。
名古屋市・名演小劇場にて。観客10名弱。(2005/12/15
16:09)
[ジャ・ジャンクー『世界』]
中国新世代をになう映画作家だそうだが、私はよく知らなかった。北京電影学院出身の監督は、インデイペンデント系で今までの作品はすべて上映禁止であり、この作品が初めて公式に製作と上映が認められたという。海外で認められてから、国内で許可されていくというパターンだ。改革開放後の奔流のような都市開発を生きる若者たちの心情がリアルに描かれる。ニートやフリーターとなって漂流している日本の若者の空虚な心象風景と酷似しているのには驚いた。「中産階級」(中流)の「白領」(ヤンエグ)たちが「品牌」(ブランド)を求めて、テーマパークに群がっている裏で、農村部から大都会へきた若者が必死に夢を求めて倒れていくさまは、かっての日本(イヤ今も)の若者の時代状況とよく似ている。中国政府は「和諧社会」(調和社会)つくりを呼びかけているが、現実は「走出去」(海外へ行く)を求めるグローバリゼーションの波涛に洗われている。
圧巻は、建設現場で事故死した若者の親が故郷から北京にきて保険金を受け取るシーンだ。冷たく事務的に処理され、サインするときに「字が書けるか」と言われて凝視する表情と、束になっている現金を鷲づかみにして胸元へ容れていく父親と、それをジーッと見つめる母親、市場経済の裏で壊されていく人間の哀しみを冷酷に浮き上がらせている。恋人の裏切りを知った主人公が生きていく最後の拠り所を失って、自分たちの遺体を凍てついた路上にさらすシーンもまた胸を射るような崩壊の感覚がある。
舞台は北京郊外の「世界公園」は世界の主要観光地の1/10ミニチュアを集めたテーマパークであり、そこで働くダンサーとガードマン達だ。胸一杯の夢を抱いて大都会に出てきた若者たちは、夢世界が幻想であったという日常を刻みながら苦い毎日を過ごしていく。きらびやかに輝く高層ビルの華やかさと、自分たちの閉塞された出口がないような日常の垂直にそそりたつ非対称性があざやかに浮かび上がる。客が押し寄せているテーマパークのシーンは一切なく、あたかも巨大な廃虚のようだ。
私が見てきた中国映画は、近代化の傷を一心に受けながらも、ピュアーな健闘で生き抜こうとするけなげな群像をヒューマンに描いたものばかりであったが、新世代の最も若い映画作家達は、現代化の実態に混迷し出口を失って、ボードレールかランボーのような憂鬱を抱えているようだ。迫りくる北京五輪と上海万博によって、一気に中国は現代化の峰を越えていくだろうが、その影では多くのミゼラブルな経験が積み重なっていくのであろう。ちょうどそれは、東京五輪を思い起こさせる。私は東京での学生時代に五輪が催されたが、五輪を肌に感じた記憶がない。日本国中を聖火リレーが走り回り、TV中継に熱狂しているのは表層であって、普通の市民はあくせくと労働に明け暮れ、学生は学校へ淡々と通学していた。なにか自分が取り残されていくような違和感を覚えた。カフカ「変身」に衝撃を感じたのも薄暗い下宿の部屋であった。
中国の社会主義市場経済の「社会主義」とはいったいなんなのか、とくにその上部構造はなんなのか、社会主義ヒューマニテイーとはなんなのか、つくづく考えさせられる。そうした骨太の問題意識をバックにこの映画はつくられてはいない。翻弄され傷を負ってこの世を去っていかざるをえない下層市民の実態を静かに、冷静に描写している。あたかもそれは小津安二郎『東京物語』やバルザックのような世界だ。今日は今年いちばんの寒波の襲来で朝から雪が降り込んだ。寒い映画館には観客4人。名古屋市今池・シネマテークにて。(2005/12/13
15:25)
[木下恵介『二十四の瞳』]
1954年の作品なんだ。戦争の深い傷が残って、なお朝鮮戦争による特需景気に沸き立っていた頃ではないのか。全編のバックに流れる文部省唱歌の滲みいるような幼い歌声にはほんとうに参ってしまう。そうなんだ、かってはほんとうに普通に子どもたちは合唱をしていた。卒業式の「仰げば尊し」は、教師の体験者にとっては胸に迫るものがある。素朴な瀬戸内弁が岡山生まれの私の胸を撃つ。そうなんだ、かっては子どもたちが自然に悲しさや悔しさですすり泣いていた。原始的貧困に希望を断念する子どもたちのけなげさ・・・・。私のなかにあるすべての汚らしいものが洗い流されていくようなピュアーな映画だ。日本もこんな映画をつくっていた時代があったんだ(2時間40分という今では考えられない超大作だ)。修学旅行は子どもたちの家庭の経済を象徴的に示す過酷な行事であったのだ。その旅行に参加するためにある種の覚悟が必要とされた時代だったのだ。ここには悪人はたった一人も登場しない。ささくれだったイヤな人間もいない。子どもと教師のあいだに、なんの媒介もいらない透明な信頼が流れる。私もかってこうした教師をめざしたが、残念ながら私は大石先生にはなれなかった。こうした映画をつくって上映できた時代がうらやましい。いつまでもこうした世界にそのまま包み込まれていたいという甘美なノスタルジアが湧き起こる。
どの人にも生きていく望みがあり、それぞれの希望があり、しかし問題と格闘しながら精一杯のちからを傾けて進んでいこうとする本源的な人間の持っている命のちからをかくも美しく形象化した木下恵介はやはり類い希なる表現力の持ち主だ。誰しも懐いているこころざしと希望を残酷に引き裂いてしまう戦争の無惨を静かに訴えている映像はそれほど多くはない(『軍旗はためく下に』、『拝啓天皇陛下様』、『泥の川』など)。
いまみんなで肩を組んで合唱する風景はあるのだろうか。自然にみんなの唇にのぼる歌はあるのだろうか。いま子どもたちは、哀しみや悔しさで辺りをはばからず、すすり泣くことが許されるだろうか。全編を方言でつらぬく映画はあるのだろうか(沖縄を舞台とする映画は除いて)。60年前の小豆島に象徴される戦争と貧困にもてあそばれた記憶はいまも確かに受け継がれているだろうか。原作者の壺井栄はコミュニストだ。しかし壺井は声わ高な反戦の方法を捨てて、かえって深い反戦を描くことに成功している。ここにはコミュニストが同時にヒューマニストでありえた時代の本源的な表現がある。この美しい映画は、人間の醜い面をすべて捨象している。現実の漁村はもっと荒々しく、大人は朝から酒を飲み散らかし、子どもたちは新米女教師を揶揄しては喜んでいたはずだ。壺井もそんなことは承知のうえで、敢えて人間の美しい面のみを描いた。この映画はそういう意味で実在しない幻想であるかもしれない。情感を煽る見え透いた演出を稚拙だと非難する人も多いだろう。しかし人間の醜さが氾濫している現代の吾等は、自分の醜さがどこまで進行しているかをこの映画で確かめることができる。この映画は「聖書」のような位置にあるともいえよう。靖国神社に参拝して涙を流している人たちに是非とも見てほしいと思う。なにか今の日本からみれば異空間のように見えるが、しかしあの小豆島の悲劇がまたかたちを変えて繰り返される雰囲気がただよいはじめている気もする。いのちがあっけなく砕け散った無惨さをどう追体験するかは、吾等に依然として残された課題ではないか。シナリオへの注文は、「赤」と呼ばれて嫌気がさして教師を辞めていく過程の深い描写がないという点だが、当時にあってはそれこそ精一杯の抵抗であったのかもしれない。
いま小豆島は水島コンビナートによって海は汚れ、オリーブ畑を観光資源とするリゾート地帯と化している。港の一隅にある「二十四の瞳」のモニュメントは戦後60年を迎えて、ひたすら声高に唱えられる改憲の喧噪をどのよう想いで見つめているだろうか。12人の子どもたちのうち生き残ったのは7人であり、たった一人生き残った男は戦争で盲目となっていた。NHK・BS。(2005/12/2
23:44)
[山崎 貴『ALWAYS 3丁目の夕日』]
「もはや戦後ではない」という言葉が市井にうたわれて高度成長に突入していく時代の東京下町の哀感を描いている。テーマ的には『カーテンコール』と本質的に同じ、地域共同体が生きていた時代の日本へのノスタルジックなオマージュ。原作漫画はベストセラーになったらしいが私は読んでいない。悪人は誰一人登場しない。いまだ戦争体験と原始的な貧困が生々しく生活の隅々に残っていたあの頃こそ、実は他人を思いやるヒューマンな関係があったことをまざまざと想起させる。東京タワーの工事が始まり、完成に至る時間と共時的にストーリーが展開する。最後に親子3人が夕日を見つめて、確か次のような会話を交わす。
母「見て あんなに夕日がきれいよ!」
息子「夕日はいつでもきれいだよ」
父「ほんとうにきれいだな 50年後もこんなにきれいであってほしいな」
たしかに私の少年期も西の山に沈んでいく夕陽のあまりの美しさにみとれた覚えがある。いまや夕日の美しさを親子で一緒に見ることはなくなってしまった、いや夕日そのものがなくなってしまったのだ。この日本が60年をかけて営々とつくってきたものは一体なんだろうか?と一瞬立ち止まって考えさせられる。氷入りの冷蔵庫から電機冷蔵庫へ、白黒TVで熱演する力道山・・・等々どっぷりとあの時代へのノスタルジアにひたることができる。
この映画を評して、当時の政治・経済的な背景がまったく描かれていないーという批判を加えていた新聞があったが、そうした直裁な表現を求める感性こそ実は貧しいのだ。かって存在した日本の貧しい中での豊かな共感関係を描くこと自体が、じつは痛切な政治批評となっていることに気がつかない。この映画にしろ『カーテンコール』にしろ60年代の日本を懐古的に描く作品が連続してつくられていることに、今の時代の異常性に耐えられない息苦しさを感じている証であろう。それにしても60年代生まれの若い監督がこうした作品群を創りだしていることに、私はホッとするような時代精神の普遍性をを感じた。ただし最後に云えば、古き良き時代への回顧は現在を照らす意味はあるが、現代の渦中を生きぬいている人たちのヒューマンな姿を描く映画がむしろ求められる。都会を捨てて沖縄や忘れ去られた田舎に行く若者を描いたり、陶器などの伝統工芸の世界に行く若者にヒューマニテイを求めようとする作品はあるが、若者の2人に1人がフリーターや非正規労働に苦闘している都市の現場を描く作品は少ない。名古屋市今池・国際シネマにて。本日は映画1000円デーで中劇場にしては中高年中心によく入っていた。(2005/12/1
17:14)
[佐々部清『カーテンコール』]
懐かしい昭和40年代の映画全盛期から次第に斜陽化していく時代を背景に、熱気と哀しみを描いた日本版『ニューシネマ・パラダイス』。映画が2本立て、3本立ての時代で唯一の大衆娯楽であった時代だ。この映画は、幕間芸人の映画と共に生きた人生を縦軸に、在日朝鮮人の被差別体験を横軸に、予定調和の大団円に向かう。こうした庶民の助け合う哀感が生活に根づいていた素朴な時代が確かにあったように思う。しかしそれは同時に東京オリンピックから大阪万博に向かう高度成長期の光と影の世界でもあった。あまりにもナイーブな感情移入に涙する人も多いだろう。過ぎ去ってしまった過去へのオマージュというかノスタルジーである。ただし日朝関係の橋渡しをするもう一つのドラマは現代につながる重いテーマでもあるが、主人公の女性ジャーナリストがあまりにも幼い感じでミスキャストのような感じがする。この女性が韓国人の家族間葛藤に調停役として登場するという設定も、そぐわない感じがするが、紆余曲折を経ながら日韓関係のイコール・パートナー化が進んでいくのだろう。主人公の父娘関係の描写にはシナリオ上の欠陥がある。佐々部監督の名前は初めて聞いた。名古屋市・名演小劇場にて。観客5名。(2005/11/30
17:10)
[ジャン・リュック・ゴダール『アワーミュジック』]
ポスト冷戦後の悲劇的な内戦と人道的介入という新たな弾圧に打ちひしがれたサラエボをシュールに描いている。このあまりにも高名なフランス・ヌーベルバーグ映画監督の名前を消去して、単純に作品を観るとどういう感想を抱くかのか皆さんに聞きたくなる。蓮実重彦氏などがまた凝った批評を垂れ流すのだろうが、監督名に引きずられた自己満足に終わりそうないつものレトリックを駆使する雰囲気だろう。東欧社会主義崩壊後の血なまぐさい民族紛争の意味をゴダール氏なりに探求しようとしているのであろうが、惨憺たる戦場シーンの羅列は人類史へのニヒルな絶望の表現であるのだろうか。それにしても花々が咲き乱れる広大なゴダール氏の自宅庭園が、高踏文化人の虚栄をみごとに示している(もっとも本人がそれに気づかないところに致命的な悲劇性があるが)。諸処に登場する20世紀知識人の名前の羅列も痛々しい。ハイゼンベルグ、レヴィナス、ハンナ・アレントまだまだいたっけ・・・こうした名称を登場させて彼は現代文化の何を問おうとしているのだろうか。
もっとも惨めなことは、自分の講義によって一人の女子学生をテロリストに転落させて死に至らしめることだ。自らの言葉によって引き起こされる惨憺たる現実に、彼は表情一つ動かさず淡々としている。ここに知識人と文化人の責任の問題があるのもかかわらず。70歳を超えたこの監督は、もはや現実へのリアルな反射神経系を喪失して、表現至上の世界に自閉する精神の頽廃を自己表白しているようだ。
私はゴダール氏を単に否定的に批評しているのではない。現実を観念世界に抽象化して、具体をはるかに超える真実を提示できる可能性を求める表現家としての彼を評価している。或いはこうした表現を文化市場に載せるフランス文化の底深さを讃えている。問題はそうした試みが成功しているかどうかだ。最後に云うが、ゴダール氏のメッセージが何であれ、この作品を観た誰も現実を変革する行動は起こさないだろうということだ。あまたの深読み評論が評論市場をにぎわして賑々しく繰り広げられ、限定された芸術映画市場を少しは活性化させる効果を持つに過ぎない。ただし、高踏的な芸術世界が鋭く現実とぶつかる瞬間がある。その時に例えばナチスの頽廃芸術弾圧のような厳しい緊張関係が生まれる。ゴダール氏がその時にリーフェンシュタールとなるか、それとも収容所に行くかが問われるだろう。しかし70歳を超えた老人にそのような選択を迫ること自体が冒涜的な要求であるかもしれない。本質的にこの映画は私は(或いは世界のマルチチュードとは)無関係だ。名古屋・シネマテークにて。会場8割。(2005/11/27
20:39)
[ジョシュア・マーストン『そして、一粒のひかり』]
南米の近代化の裏で進行する貧困が浮き彫りとなる衝撃的な映像である。コロンビアの貧しい家庭に育った少女が家族の生計費を稼ぐために、コカインの密輸をおこなう。方法は、カプセルに詰めたコカインを飲み込んで胃に貯め(50粒ほど)、飛行機に乗ってNYのマフィアの所へ運ぶというものだ。もし体内でカプセルが破けると本人は死ぬ。4人が一緒に搭乗して、誰かが空港で捕まっても残りが成功すればよい。しかも主人公の少女は妊娠している。NYで体調を崩したもう1人の少女は、マフィアから腹を割かれてコカインを取り出されるという無惨な死に方をする。残った少女2人が金を手に母国へ帰ろうとする。その空港で主人公の少女は、飛行機に乗らないでアメリカにとどまる道を選ぶ。なんとも暗然とする南米の貧困が背後にある。母国への希望を失った少女が毅然としてある決意を秘めた表情で空港を立ち去る姿は痛ましい。米国滞在を選ぶ少女はこの後どのような人生を歩むのだろうか。観光ビザは期限切れとなり、唯一の希望である赤ん坊を出産したあとに待ちかまえる生活は、コロンビアとは又違った厳しく冷酷なものであろう。こうして映画はラテン・アメリカの貧困を鋭くえぐって終わる。希望は・・・・ない。
コロンビアはアメリカ大陸発見者であるクリストファー・コロンブスにちなんだ国で、シモン・ボリバルを指導者とする対スペイン独立戦争を勝ち抜いた。コーヒー(世界第2位)とエメラルド(世界の80%)を算出するモノカルチャー経済で、おそらく大土地所有制が支配する農業国で農民は貧困にあえいでいる。地主を基盤とする政府と、農民を基盤とするコロンビア革命軍(FARC)の内戦状態がいまも続いている。最大の問題は、こうした貧富の差をバックに、コカインが有力な輸出産業として隆盛を極め、FARCの資金源もそこにあることだ。少女が麻薬の運び屋になる条件はそろっている。
この映画ではコロンビア麻薬産業とアメリカ・マフィアの汚い結びつきを衝撃的に描いているが、コロンビアの将来への希望は一切描いていない。描けないのだろう。こうした地球の裏側の苛烈な現実を突きつけられて、しばし呆然とする。原題は「いちばん気高いマリア」であり聖母マリアを象徴しているのだろうか、それを「そして、一粒のひかり」にした日本の配給業者の意図が分からない。NYに希望などあるはずがないのだから。こうした映画をつくるハリウッド(コロンビア映画)の制作意図も分からない。名古屋市・名演小劇場にて。観客20名弱。(2005/11/26
16:43)
[劇団・文化座『遠い花』]
名古屋演劇鑑賞会例会作品。私は来日した西欧人が日本の女性を愛して去るという「蝶々夫人」モデルの純愛物語には、反発を覚える。この『遠い花』も近代日本にきた英国貴族軍人が日本女性を見そめて純愛を貫く話だ。ただし実在した男女とその息子をめぐる話はそう単純ではなく、日露から第1次大戦をへて第2次大戦に至る戦争の世紀と絡み合って、純愛の深さを浮き彫りにし、文字通り声涙下るロマンス劇となっている。シナリオ(八木柊一郎)と演出もこっており、演技もツボを押さえているので会場は吸い込まれるように見入って、あちこちですすり泣きが聞こえる。冷ややかで乾ききった日常を忘れて、忘我の時空に浸る演劇の世界を堪能できる。しかしフト冷静になって、現実に帰ったときには新派の人情ものとそれほどの違いはないことに気づく。これが文化座の持ち味でもあり、また限界でもあるのだ。もし戦争がなければ、或いは英国軍人が日本に帰化していれば、大過なき少し変わった夫婦の予定調和的な純愛ストーリーであったかもしれない。
日頃の鬱積した煩わしい日常から解き放たれて、数時間の非日常の昂奮を味わうことができるが、また明日からはシビアーな生活が待っていることを思えば、この劇は明日のリアルな日常を変えようとするちからを喚起はしない。それとも演劇そのもののもつ限界的な本質なのであろうか。ただしこうした作品に拘泥して、つつましく真正面からのメッセージを放つ活動をあくまで固守している文化座の姿勢には敬意を表しなければならない。主演の佐々木愛は少々肥満気味で肉体管理に失敗しているようだ。名古屋市民会館中ホール。会場は中年男女で満席。(2005/11/25
18:34)
[Wim Wenders『LAND OF Plenty』]
題名は「豊かな大地」という反語的にアメリカの痛々しい実態とかすかな希望を訴えようとしている。全米最大のスラム街が拡がるロスアンジェルスの下町は、米国に未来への希望がないことをまざまざと示す寒々とした風景がひろがる。9・11以降の米国の屈折した意識が活写される。トラウマを抱えたベトナム帰還兵は、星条旗への素朴な信念から反テロの監視活動を展開し、それが唯一の生き甲斐となっている。民間人が警察と組んで対テロ監視活動をするのには驚いた。ここにはWTCが崩壊する映像から普通のアメリカ人がどのような衝撃を受け、イラク侵略へと向かう心情があらわれている。そして残酷なことは、貧困街にはヨレヨレのちっぽけな星条旗がたくさん翻っているのに、高級住宅街ではほとんど星条旗を掲げている家がないことだ。ベトナム帰還兵は監視活動を通してこの矛盾と真実に気づきはじめ、自分の活動の虚妄を自覚していく瞬間の呆然とした表情が印象的だ。ここに米国の再生の可能性がある。
もう1人の米国へ移住してきた少女は、イスラエルで9・11の映像に歓呼の声をあげる普通の人々から星条旗への憎しみを実感し、なおも米国への希望を模索しようとしている。こうした2人が出会うことによって、米国の果てしない貧困と差別による亀裂を克服するかすかな希望を暗示して映画は終わる。私は、ブッシュとテロリストの二元的衝突を超える方途を見いださねばならないと深く感じさせられた。ヴェンダースはなぜドイツから米国へ移住したのだろうか。私はハリウッドへの屈服ではないかとひそかに推察していたが、決してそうではないことがよく分かった。率直に言って米国こそが世界最大の病めるテロ国家であり、現代の戦争は国家テロとゲリラテロの虚しい出口のない衝突が続いている。しかも両者は、国家テロが貧困層の素朴な支持を浮け、ゲリラテロは宗教的支持を受けているという無惨な構造になっている。デジタルヴィデオカメラでたった16日間でつくられたとは思えない完成度がある。名古屋・シネマテークにて。観客5人。(2005/11/23
8:19)
[フーベルト・ザウパー『ダーウインの悪夢』]
アフリカ中東部ビクトリア湖畔・タンザニアのムワンザに取材したドキュメンタリー。小さな空港に1日500トンのナイルパーチのフィレを輸出する輸送機が飛び立つ。ナイルパーチは1960年代にある科学者が「ダーウインの箱庭」と呼ばれるほど多彩だったビクトリア湖に実験的に放した肉食魚であっという間に他の魚を食い尽くし、今はEUや日本の外食産業用の唯一の輸出品となった。この魚の漁と加工業で1000人の雇用が創出されたが、ビクトリア湖の豊かな恵みで生活してきた人たちは生活基盤が破壊され、女は売春に男は酒に、エイズが蔓延し毎月数十人が死ぬ事態となった。輸出産業の資源の国際基準をクリアーした清潔な工場と、荒廃した生活に沈んだ街が並び立ち、湖畔の人の食料は輸出の後に残されたアンモニア漬けのフィレの頭と皮である。輸送機の多くは、旧ソ連製のイリューシンで、アフリカへの往路は武器を満載し、積荷を空にしてタンザニアに来て魚を欧州へ運んでいる。
タンザニアの人々の名前はキリスト教の洗礼名である。エイズの死を悼む葬儀では身体を揺らして賛美歌を歌う。宣教師は、神は吾等の海に豊かな魚をもたらしたと拡声器でデイスクジョッキー風に説教している。これがグローバリゼーションのアフリカの姿である。山形国際ドキュメンタリー映画祭にて。(2005/11/21)
[Bahman Ghobadi『Turtles can fly Lakposhtha
ham parvaz mikonand 亀も空を飛ぶ』]
妻の長期入院でしばらく映画鑑賞から遠ざかった後に、はじめて見た映画が『亀も空を飛ぶ』です。本日が上映最終日なので飛び込んだ。
クルド人映画監督バフマン・ゴバデイの作品は『酔っぱらった馬の時間』(2000)と『我が故郷の歌』(2002)で鮮烈な印象を受けた。とくに前者の激しいまでに痛々しい少年の生きる姿は強烈なものがあり、私は世界映画史上のベストテンに載せた。予想に違わずこの作品もクルド人キャンプに生きる少年少女の苛烈な生活を描いて、先進国市民の安逸を撃ち抜くものがある。地雷で両腕を失った少年が口で地雷のピンを抜き、それを売っては少々の稼ぎで家族を養う。彼の妹はフセイン軍に陵辱されて出産した幼な子を育て、絶望の果てに幼な子を湖に沈め、自らも絶壁から身を投げ打つ。道をとぼとぼと歩く兄の号泣はこの世のものとは思われない哀しみに満ちている(イタリア映画『道』を想起する)。
キャンプの子どもたちの日常は、埋められた地雷を掘っては仲買人や国連に売り渡す生活であり、回収された地雷はまた正規の地雷に修復されて戦場に埋められるという究極の地獄のスパイラルにあることもよく分かっている上での仕事だ。NGOが業績を上げるために回収地雷を買い集めている。かっての敗戦直後の日本の浮浪児を思い浮かべるが、クルドの子どもたちはイスラムの教えによって人間の尊厳をギリギリ保とうとしている。少年リーダーは、クルドの長老社会から自立して少年集団を統率し、自らのちからで生き抜くクルドの希望を象徴している。
何らの罪なきいたいけなクルド人少年少女は、生まれ落ちてからこの方、戦争と内戦以外の生活を全く知らずに成長して大人の生活に入り、少年期を全く知らないままにこの世を去る。アジア・アフリカに拡がるこうした惨状から目を背けることはできるだろうが、それは自ら加担者の役割を演じることになる。ひるがえっていま日本の子どもたちは、毒薬で母親を殺害する過程をネット送信し、同級生をナイフで殺害して平然と登校している。この少年少女も、実は輝かしい少年期の本質を知らないで生きている点では本質的に同じだ。少年犯罪を重罰化してクリアーする犯罪行政も米軍暴力と異なるところはない。
フセイン独裁からクルド民族を解き放つ解放軍のイメージはすでに米軍にはない。この米軍の描き方は、イラクの現状から見て映画作成を実現するギリギリの抵抗線だろうと想像される。ある時点までは監督も米軍を解放軍とみていたようだが、その後のイラク状況はそうした米軍観を根底から覆すものとなった。民主主義をプレゼントする米軍の本質は、自国の滞留兵器の安価な廃棄場所としてイラクを選んでいるに過ぎないからだ。
あまたの日本の思想家や評論家が、日米同盟の麗しい米軍協力を称賛しているが、彼らの浅薄な感性と知は恥ずべきレベルに頽廃していることが、この映画を見ると瞬時に分かる。ネグリ・ハート『帝国』におけるマグリチュードによる抵抗や、ハンナ・アレントの公共生活論がいかに欧州植民地主義の虚栄の上に咲いた欧州知識人の虚像に過ぎないかもよく分かる。世界は「帝国」ではなく、高度科学技術で武装した「帝国主義」が、大地でひれ伏しながらのたうち廻っている被抑圧者を蹂躙して憚らない、目眩くような両極分解の構図を呈している。「不正義」への「怒り」という感覚をいつの間にか忘れ果てて、日々の安逸にふけっている先進世界が地獄へ堕ちる日は遠くない。名古屋市・シネマスコーレにて。観客20名弱。欧州旅行をともにした知人に再会した。本日は妻の退院をひかえて息子が東京より帰名した。(2005/11/11
20:32)
[Michael Radford『THE MERCHANT OF VENICE ヴェニスの商人』]
数年前に旅行したヴェニスのすばらしい夢のような水上景観と街並みが鮮やかに想い起こされたが、16世紀のヴェニスはキリスト教のブルジョア貴族が支配してマイノリテイーを迫害する退廃的できらびやかな都市国家であったことがよく分かる。ユダヤ人から土地所有権を奪い、赤い帽子を着せて街を歩かせ、ゲットーに追い込んで迫害し、改宗を迫るキリスト教権力が支配していたのだ。シェィクスピアは当時の全欧的な反ユダヤ主義の波に乗って、ユダヤ人の金貸しシャイロックを徹底的に悪役として描き、ユダヤ人を貶める鮮やかな逆転裁判を演出した。私も青年期に高校英語教科書でこの作品を読んだときには、この判決シーンに感激し悪辣なユダヤ商人の敗北に溜飲を下げたが、どこかでシャイロックへの悲哀をかすかに覚えた記憶がある。しかし歴史的実態は明らかにシャイロックの側のものだった。ユダヤ人たちの抑圧された状況と、赤い帽子を着て唾を吐きかけられる屈辱を味わい、娘が父を裏切って逃走し、改宗を迫られる屈辱と苦悩が裁判のクライマックスでリアルに描かれる。シャイロックはここでは挫折した悲劇的なヒーローとしてキリスト教世界を激しく攻撃する。なぜ彼が人肉1ポンドに執着するのかというルサンチマンが胸に迫ってくる。彼は多数者のなかで抑圧されて、孤独な蓄銭生活を生きざるを得ない追いつめられたマイノリテイを典型的に代表するモデルなのだ。
世界史上最も有名な戯曲家・シィクスピアが明らかに人種差別主義者であったことが露呈される。人種差別主義者・シェイクスピア演劇が君臨するのは、マイノリテイ差別の時代的限界を受けつつも、時代を超えた人間のドラマの深奥に迫っているところにあるからだ。日本のシェイクスピア研究にこのような視点から作品分析したものは少ない(小田島雄志氏の浅薄ぶり)。シェィクスピア作品の代表作である『ヴェニスの商人』の映画化がなされなかったのは、21世紀ナチス・ホロコーストのトラウマがこの戯曲の差別性と連動していたからだ。ラドフォードははじめて、シェイクスピアの神話的タブーに挑戦し、原作に忠実でありながら実に見事にマイノリテイの悲劇を芸術的に形象した。彼の作品は、チリの国民的詩人・ネルーダのイタリア亡命生活を描いた『イル・ポステイーノ』(アカデミー賞ノミネイト)を観たのが初めてであるが、いずれも欧州民主主義文化の深い蓄積を感じた。なぜ欧州が米国のイラク戦争を拒否し、日本がいとも簡単にイラク派兵をおこなったのかも、マイノリテイ文化に対する視線の差異からもたらされたのだ。ロンドン上映会でこの映画に最も共感を示したのがイスラム系英国人であったということが心から納得できる。日本でも伝統的な歌舞伎や能、狂言の背後に潜んでいる問題性を現代の視点から大胆にえぐり出す演出が求められるのではないだろうか。ラドフォード監督は日本公開を期に来日中である。(2005/10/24
9:00)
という批評を展開したがどうもひっかるものがある。やはりラドフォードは世界演劇史上のスーパースターであるシェイクスピアに遠慮しているのでないか。シャイロックは屈辱に地底に叩き落とされ、ホロコーストまで引きずられていくユダヤ民族の恥辱の歴史をどう超えるかのメッセージはない。現代でも米国ギャングの世界では、高利貸しを「シャイロッキング」と呼び、理不尽な要求を「それは肉1ポンドではないか」と非難している。そこで提言がある。『ヴェニスの商人』を徹底的に脱構築し、ブルジョア貴族の欺瞞を笑い飛ばし、シャイロックが憐憫を込めてアントニオに救いの手をさしのべながら、冷ややかに法廷を去っていくという演出はどうか。すでにこうした演出は世界のどこかであると推測するが、クリスト教徒が現代においても異教徒を征服しいたぶっている現状をみると、そうしたパラダイム転換が必要ではないかと考える。欧州における反ユダヤ主義は日本における部落差別と本質的に通底している。そこで最後に水平社設立宣言の全文を記してシェイクスピアに捧げよう。
宣言
全国に散在する吾が特殊部落民よ団結せよ。
長い間虐められてきた兄弟よ、過去半世紀間に種々なる方法と、多くの人々によってなされた吾等の為の運動が、何等の有り難い効果を癒らさなかった事実は、夫等
のすべてが吾々によって、又他の人々によって毎に人間を冒涜されてゐた罰であったのだ。そしてこれ等の人間をいたわるかの如き運動は、かへって多くの兄弟を堕落させた事を想へば、此際吾等の中より人間を尊敬する事によって自ら解放せんとする者の集団運動を起こせるは、寧ろ必然である。
兄弟よ、吾々の祖先は自由、平等の渇仰者であり、実行者であった。陋劣なる階級政策の犠牲者であり男らしき産業的殉教者であったのだ。ケモノの皮剥ぐ報酬として、生々しき人間の皮を剥ぎ取られ、ケモノの心臓を裂く代価として、暖かい人間の心臓を引き裂かれ、そこへ下らない嘲笑の唾まで吐きかけられた呪われの夜の悪夢のうちにも、なほ誇り得る人間の血は、涸れずにあった。そうだ、そして吾々は、この血を享けて人間が神にかわろうとする時代にあうたのだ。犠牲者がその烙印を投げ返す時が来たのだ。殉教者が、その棘冠を祝福される時が来たのだ。
吾々がエタである事を誇り得る時代が来たのだ。
吾々は、かならず卑屈なる言葉と怯懦なる行為によって、祖先を辱しめ、人間を冒涜してはならぬ。そうして人の世の冷たさが、何んなに冷たいか、人間をいたはる事が何んであるかをよく知ってゐる吾々は、心から人生の熱と光を願求冷讃するものである。
水平社は、かくして生まれた。
人の世に熱あれ、人間に光りあれ。
大正十一年三月 水平社
注)ほぼ忠実に原文に添うているが一部旧漢字を置換している。この宣言は日本史上最初の人権宣言と呼ばれるが、「兄弟」「男らしき」など女性は排除されて男性のみに呼びかけているのは当時の歴史的限界である。しかしこの宣言がすごいのは、部落解放を呼びかける結びに「人間に光りあれ」と全人類の解放をうたっている普遍性にあると思う。(2005/11/13
17:20)
[キム・ウオンジュン『夢見る者だけがこの世界を手に入れるだろう』]
韓国の若手シンガーソングライターであるキム・ウオンジュンの日本デビューCD(音楽センター)。彼の歌を聴いているとなぜか日本の60年代から70年代の懐かしい歌声が聞こえてくるようだ。静かに抵抗の勇気と統一への希望をリリックなバラード風にうたいあげる。日本の演歌のようなメロデイもある。韓国と日本の音楽的感性は、いわゆる恨(ハン)といわれる似た心性があるようだ。しかしここには、自分が生きていく時代のテーマが鮮明に映しだされて、自分を賭けてもいいと思えるオブジェクトが掴める社会のうたがある。成熟し切った果てに自分に閉じこもって漂流しているか、2人だけの壊れやすい世界しかないような国には決して生まれない歌だ。ちょうど南アフリカの黒人解放の歌のように、どんなに惨めな生であろうと必ず生きていく意味がどこかあるんだーという熱いメッセージが伝わってくる。私たちの国も、新たな希望の歌をつくりださなければと切に思う。フリーターやニートと云われる若者の心に届く歌が。あなたが・・・わたしが・・・・もう商業主義の歌に振りまわされて一生を終えるのはやめよう。彼の歌をいくつかを紹介します(一部筆者責により意訳)。
♪夢見る者だけがこの世界を手に入れるだろう ペク・チャンウ詞 イ・チェジョン曲
君は 何を探し求めてそんなに急いでいくのか
歳月は君の後ろをチクタクチクタクと追っていくが
どんなに美しい日も二度とは来ない
どんなに輝かしい青春も二度とは来ない
夢を抱いて生きていく人生が時に愚かに思えても
夢見る者だけがこの世界を手に入れられるだろう
道が終わるところに道はまたはじまり
高い屋根の彼方に星はあるが
君よ 太陽の光の下で私と私の手をつかんでほしい
生きていく日々がまだ多く残っているじゃないか
どんなに美しい日も二度とは来ない
夢を抱いていく人生がときに寂しくみえても
夢見る者だけがこの世界を手に入れられるだろう
(夢を抱いて生きていくんだ 私の青春
このまま終わってしまう前に 暗闇のどこかに
私の夢の星があがるだろう)
♪この世界に傷のない鳥がどこにいるだろう ペ・ギョンヒ詞・曲
風が激しく吹きすさぶ真っ暗な絶壁の終わりに
こころが弱くて傷を負った鳥がいた
恐ろしい空を飛んでひどく寒い夜が明けて
疲れた羽はちぎれ すべての夢が失われた後に
簡単に壊れてしまうのが夢だと人は云うが
過ぎた日々よりも残された日々が大切じゃあないか
さあ羽を広げて飛んでみよう
青い空を あの青い空を
この世界に傷のない鳥がどこにいるだろうか
あらわになった傷よりは斜めの心が
より強く君を押さえつけているだろう
しかし泣きはするな 諦めもするな
あの山の果てを染めて 日が昇っていくじゃあないか
さあ羽を広げて飛んでみよう
青い空を あの青い空を
この世界に傷のない鳥がどこにいるだろうか
♪今日私がつけた足跡は 西山大師詞 リュ・ヒョンソン曲
雪の降る野原を横切っていくとき
やたら雑に歩いてはいけないだろう
今日私がつけた足跡は
ついに後の人の道となろう
*制作・発売 音楽センター CFD104(東京都新宿区大久保2−16−36)
『歌よ、はばたけ! 韓国の民衆歌謡』(韓国の民衆歌謡編集会議)
このCDは或るメーリングリストの紹介で購入した。韓国の抵抗歌や労働歌を謳うグループであるコッタジを中心に編纂されている。勇ましい労働歌やバラード風の叙情歌まで韓国の民衆の歌をたっぷりと味わうことができる。韓国の民衆歌謡の源流に、日本の歌謡(軍歌を含む)があるような気がして複雑になる。その他西欧の抵抗歌や賛美歌、カントリーソングなどの影響も受けているようだ。明らかに階級の集団的心情が強固な基盤を持っていることが分かる。「希望の歌」の一部は無言で演奏されている。発表当時の公演倫理審議委員会の検閲を受けてうたえなかった部分だ。その歌詞は「あの汚れた者どものを、きれいさっぱり吹き散らして、我等の解放の灯をともせ」というものだ。日本ではアナクロニズムとして若者からは一蹴されるかもしれない。これは日本の社会が進んでいるのではなく、日本がもはや希望の歌を歌えないほどに終末の状態にあることを示していると思う。日本はもはや民衆自らが自分たちの歌をつくれない状況に陥っているのではないか。私は韓国TVドラマ『チャングムの誓い』と『チュルグの剣』にはまっている。そこで少女がうたうパンソリの底深い声調は圧倒的な迫力がある。
喪われる日本よ 荒木 國臣
もはやともに手を握る熱い感触を忘れてしまった日本よ
堅く肩を組んで一つの歌を歌い上げることのない日本よ
希望や夢が汚された泥のような言葉になってしまった日本よ
砂のように吹き飛んで 互いに信じ合う結合を忘れてしまった日本よ
[エレオノール・フォーシェ『Brodeusesクレールの刺繍』]
17歳で妊娠した少女は、匿名出産(母親の身元を隠して出産し子どもはすぐ養子に出す制度で費用は無料)で子どもを産もうとしているが、未来への希望はない。交通事故で息子を亡くした刺繍職人の女性もまた、失意のうちに自殺を図る。この2人がアトリエで出会い、次第に信頼のなかで生きる希望を取り戻していく。フランスの市井に生きる女性の繊細で微妙な息づかいが聞こえてくるが、男の私にはほんとうのところは理解していないのだろう。日本でいえば小津的な世界のフランス女性版といえようか。
私が興味を持ったのは、フランスのファッション業界の業態であり、トップデザイナーのもとにアシスタントがおり、その下に数多くの職人が自宅をアトリエとして織物や刺繍が生産されているという問屋制家内手工業的な産業構造だ。日本ではデザイナーに製品を供給する職人の地位は圧倒的に低劣であるが、フランスは違うようだ。みんなで食事をしているときに、職人修行をしている少女に「あなたは高給で芸術家でうらやましい」と云っているのに驚いた。職人の社会的地位が全く違うのだなーと思った。織元女性が「あなたは資格があるの?」とも云っていたが、フランスにもマイスター制度があるのだろうか。やはりフランスやイタリアのファッションが世界をリードしているのは、こうした職人の独立性を保障し敬意を払う産業システムが歴史のなかで伝統として定着しているからであろう。西陣や鹿の子の世界もこうした方向へ脱皮しなけらばならない。静かで浸み通るような映画だ。こうした映画を作れるフランスがうらやましい。名古屋市・名演小劇場にて。女性客で20名ぐらい。(2005/10/17
16:07)
[加藤健一『審判 by Barry Collins』]
はじめて加藤健一事務所の公演を観た(加藤健一は『審判』を上演するために1980年に劇団をつくった)。彼ってこんなシリアスドラマをやる俳優だったのか、少々驚いた。2時間30分休憩なしでひとりでしゃべりまくる一人芝居である。テーマはあまりにも重い。第2次大戦中の南ポーランド戦線で独軍の捕虜となって地下室に閉じこめられたソ連軍捕虜7人が、水と食糧をいっさい絶たれて友軍の救援を待つしかない極限状況の60日間で起こった見るも無惨な人肉食(カニバリズム)の実態を奇跡的に生存した将校が証言する。生存者は2名で、一人は発狂しており一人がかろうじて正気を保っている。3列目の座席から加藤健一の表情と仕草がリアルに伝わってきて、俳優自身が狂気に至るのではないかと思うほどの迫真性があった。
このストーリーは実際にあった事実であり、生存した2名は2人とも発狂しており、最後にはちゃんとした食事を与えられて銃殺刑に処せられたという。日本でこうしたテーマを描いた代表的作品は、大岡昇平『野火』や武田泰淳『ひかりごけ』があるが、『審判』のような人間の尊厳の視点からリアルな実相に迫ってはいない。『ひかりごけ』は最後には形而上的な宗教的世界に昇華されて、行為自体に対する裁きの結論は放棄している。敗走する旧日本軍の人肉食は日常茶飯事であり、南方方面司令官は「友軍の肉を食うことは厳禁するが、敵兵の肉は罪に問わない」という命令を発している。かって南米の冬の高山に墜落した旅客機から奇跡的に生き残って生還した数人の旅客が告白して許しを請うたのに対して(「アンデスの正餐」)、確かローマ法王は「神は許されるであろう」と述べたという記憶がある。
テーマを普遍化すると、生死の極限状況下において人間はどうなるか、その決定的状況における決定的判断において人間の尊厳は保たれうるか、或いは他者の犠牲の上に生き延びる生命の意味ということだ。この問題は極めて体験即応的なものであり、いくら理性による思弁的な結論を出しても意味がない。なぜなら実際には、どのような高潔で尊厳ある人格の持ち主も、極限の非人間的状況下で人格そのものが破壊に至る。アウシュヴィッツ生存者が、生きのびるために手を染めた醜い行為を語りたがらないのもそこにある。同様に旧日本軍の兵士が自らの戦争体験を語らないのも同じだ。或いはこうした極限状況を強制するメカニズムや最高権力者の責任を追及するという発想もでてくる。さらにこうした行為は、軍事刑法上の犯罪Crimeではなく、もはや形而上の罪Sinnだとして、どのような人間も裁く資格がないとして、神の裁きに委ねるという発想も生まれてくる(『ひかりごけ』)。しかし権力そのものが、民衆の同意の調達によって構築されているとすれば、極限に追いつめられた者の最悪の行為を権力批判に代替して終わっていいのかということもある。
ただしソ連軍事法廷は、軍事刑法のみに依拠して2名を銃殺刑に処すという非情な決定をおこなった。なぜ非情かといえば、捕虜となった将校グループは祖国への献身的精神を体現したモデル軍人であり、相互の団結を保ちながら生きのびて祖国解放の任務を完遂するための最後の方法として全員の合意による冷静な判断であったからだ。劇中では、許されるならば再び戦場にもどり銃を持って戦いたいと懇請している。この劇では裁きをすべて観客に委ねてぐいぐいと迫ってくるので、観客もまた自らのめり込んで対自的な自己省察を求められ、劇の進行と自分の思考の回転が相互浸透してクタクタになる。終幕後に盛大な拍手が起こったが、しばらく私は拍手する気になれなかった。こうした結論を観客に強制する演出に対する少しばかりの反発と、逃れようのない思索の深みに螺旋状に嵌りこんでいくような感覚になったからだ。そうして今も私は結論がだせない。処刑か許しかの中間はない。
最後に。こうしたシリアスドラマは一部のマニアックな人を除いて敬遠されるだろう。或いはゲームの理論で解こうとする人もいるだろう。こうしたギリギリの選択を迫られることを忌避する雰囲気が蔓延している世相にこそむしろ危機がある。君が代斉唱で起立するか座るかに象徴されるような、権力からの選択強制が日常化しているように。名古屋アートピアホールにて。中高年女性で満員。(2005/10/16
21:40)
[PHILF KAUFMAN『The UNBEARABLE LIGHTNESS OF
BEING存在の耐えられない軽さ』]
映画館で見逃してDVDが1500円という安さだったので買った。PCで起動するとどうしても英語字幕版しか映らないので、全編を初めて英語字幕版で観た。我が英語力のなさをつくづくと自覚することになったが、ストーリーはそれなりに追えた。随所に登場する言葉に相当の意味が込められていることが分かるがゆえに悔いが残る。上映時間3時間に及ぶ長編でしたがいつのまにかENDに至った。原作は高名なチェコ出身の亡命作家ミラン・クンデラの同名の小説である(フランス語)。彼はプラハの春の民主化運動の渦中を経て国内での出版が禁止され、フランスへ亡命しフランス語での作家活動を始める。こうした数カ国語を駆使して表現できるのがまた欧州文化の底深いちからだ。日本人で日本語以外の作品表現で勝負している人はおそらくいない(英語が少しいるか)。
さてソ連型スターリン主義システムに秩序づけられた東欧は独特の屈折した文化を形成したと思う。カフカやカミユのような陰影のある実存的な雰囲気が全編に溢れている。社会主義体制下の日常の自由奔放な性行動も驚きだ。アメリカン生活様式と文化を心底から軽蔑する欧州のぶ厚い文化の蓄積を感じさせる。ダニエル・デイ・ルイスと特にジュリエット・ピノシュの妖しいまでの神秘的な美しさに酔ってしまうようだ。映像技術のすばらしさによって、プラハという街とチェコの田舎の重厚な美しさを堪能した。それにしても「存在の耐えられない軽さ」とは何だろうか。生の充足を求めてあがきながら、なお満たされない歪んだ時代への告発なのだろうか。これは映画を観ただけではいまいち分からない。やはり原作を読むしかしょうがない。(2005/10/13
23:45)
[JORGE SANJIMNES『Los Hijos del Ultimo Jardin(最後の庭の息子たち)』]
ボリビアの前衛映画集団ウカマウの最新作。グローヴァリゼーションの進むボリビアは、貧富の差が激化して先住民は貧困のどん底で共同体も崩壊しつつある。都市は荒廃し犯罪と社会不安が蔓延している。汚職政治家の自宅に侵入して強盗を働く青年4人は、盗んだ多額の現金を貧しいアイマラの村に分けるために出かける。村人は、2日間の協議の果てにその受け取り取りを拒否する結論を出す。日本の寄り合いを思わせる共同体の民主主義を彼らはマルカサンチャムパ(人民の力)と呼ぶ。開発と伝統がせめぎ合う独特の陰影が漂う映画は、中南米文化の民衆的側面を浮かび上がらせる。映画そのものの技術は決して高くないが、中南米民主化勢力の底力を感じさせる。私が最も興味を持ったのは、パンフに登場する宮園龍二という人の文章だ。こんな中南米に骨を埋めている人がいることには驚いた。以下は彼の経歴。
ボリビア・サンタクルースで生まれる→東洋系で差別される、反発してボリビア陸軍幼年学校へ入学 2年で退学、ゲリラをめざす左翼運動へ高校卒業後来日→日本になじめずニカラグアへ サンデイニスタ党に失望→メキシコへ移住し現在に至る
何ともすごい放浪ではないか。かっては輝かしい栄光に包まれたサンデイニスタ民族解放戦線の実態を知って暗澹たる気持ちになった。中南米の底知れない情念の世界がある。名古屋・シネマテークにて。観客5名。(2005/10/4
17:46)
[福島泰樹 短歌絶叫コンサート『望郷』〜塚本邦雄よ春日井建よ、寺山修司よ]
まるで1970年代のアジテーションの亡霊がいるようなコンサートでした。福島泰樹氏は私とほとんど同世代で、あの熱い時代のパッションをそのまま引き継いでいるような感じです。狭いライブ会場でピアノ、ヴァイオリン、ギターをバックに初老の老人が想いのたけをぶつけています。
頓挫した歌への意志を
受け継ぐ者
それは私だ。
願わくば寺山修司よ
われらが魂の絶叫を聞いてくれ
さようなら寺山修司かもめ飛ぶ夏 流木の漂う海よ
レオナルド・ダ・ヴィンチ邦雄嬌羞の 誰かゆくべし獅子王の歌
このようなかっての明星派のロマンとみ間違うばかりの短歌が絶叫されます。私がもっと若ければこうした歌にぞっこん惚れ込んだかもかもしれませんが、齢を重ねて幾とせ、単なる爆発的感性ではこころは動かなくなりました。ストレートで直截な表現は歌としては稚拙なのです。福島氏の歌とパフォーマンスは、反権力を怒号するうらにみずからの権力性を感じます。現代短歌を代表する歌人の氏名が連続して登場すると、実は私は辟易とするのです。岡井隆が宮中歌会始めの選者となって恥じない時代となり、誰もそれを批判しないという短歌界とはなっています。福島氏の短歌世界の限界は、三島由紀夫を他の歌人と同列に並べて尊称しているところにあります。思わず啄木の『明星』初入選歌を思い出しました。
血に染めし歌をわが世のなごりにて 幸いここに野に叫ぶ秋
この歌は私の中学時代の国語の時間に教師が黒板に書いたのですが、この歌は今も印象深くこころに残っています。おなじロマンであっても、啄木の方がやはり完成度が高いと思います。福島氏のアングラ演劇のような衝撃力によって、あるカタストロフィーを味わう人はいるでしょうが、私はリリックで絞り出すような歌の世界を求めます。名古屋市今池・TOKUZOにて。意外と若い人がいたのには驚いた。(2005/10/3
22:25)
[『男はつらいよ』の世界ー渥美清が亡くなったからこの映画は終わったのか]
云うまでもなくこの映画は山田洋次監督の作品であり、シリーズものとしてギネスに載る世界最長編劇映画だ。いま全48作品がNHK・BSで連続上映され、時々チャンネルを回すといつも最後までみてしまう。現代の日本がはるか遠くに置き忘れてきたような懐かしい世界があるからだ。かってはこうした庶民的人情の世界を冷笑的に批評する前衛批評家群がいたが、いまは彼らも雲散霧消して商業映画に媚びへつらっている。日本映画史上に最大の動員数を記録して、盆と正月の定番番組であったこの映画は松竹系映画館をいつも満員にした。私の家族も息子がまだ幼い頃の盆と正月に一家総出で映画館に行き、終わった後に家族で会食する習慣がいつの間にか定着していた。東京大学法学部を卒業して権力の階段を極めることもできた山田洋次が、なぜ庶民の哀感の世界を切々と描くことができるのか、未だもってよく分からない。カンヌやヴェニスに持って行っても決して世界的な評価を受けることができない内向きの予定調和の日本的世界であった。でもなぜかひとたびスクリーンを観ると、途中でやめることができない感情移入が誘発される。そこには誰しも否定できない自らの姿を重ねる庶民的なヒューマニズムの世界がある。ほのぼのとした幸福感に包まれて、ヨシ!明日からも一丁がんばるかーという気持ちが湧き起こり、生きていて良かったとも云える共感に包まれて映画館を後にした人は多いだろう。決して映画通や評論家が相手にしなかった無名のしがない庶民の世界の喜怒哀楽が繰り広げられていく。今回はこうした『男はつらいよ』の世界を通底しているいくつかの特徴を考えてみたい。
空間的設定:東京下町柴又帝釈天の門前町商店街を拠点の場所に設定し、フーテンの寅が主人公となって旅する全国の郷愁感あふれる田舎町が重ね合わされて登場する。柴又という不動の生活拠点と放浪する寅の組み合わせは、拠点が存在するという安心感となおかつ放浪してみたいという自由への憧れが二つとも手に入ることによって観客は自らの生活とそこからの脱出願望への代替効果を味わう。
共同体空間:柴又という不動の地域空間は、帝釈天の和尚さん(聖なるもの)が象徴的な秩序維持者として存在し、精神障害者の寺男がトリックスタートして影を演じ、商店街の地域住民が暖かく寅を包み込んでいる。家族は地域零細商店(団子屋)を経営しながら、地域零細印刷業を営む労使一体型経営者から形成されている。ここには大企業の事例は一切登場しない。原理的に競争はなく、日常の端々に至る前近代的な相互扶助のいたわり合いがある。
異文化空間:典型的な幸福家族像から逸脱した、或いは自ら脱出した女性が寅のヒューマニテイーによって自己を恢復し、新たな生活への飛躍をはじめる。庶民階級を代表する寅の感性と、知的に自立しようとする女性の感性は原理的にマッチしないところに、寅と女性主人公との何とも云えない邂逅と別離の哀感が誘発される(ここがこの映画のメインストリームだ)。異文化空間の人間像は、しばしば知識人ないし芸術家として登場し、素朴な知識人信仰が流れている。古典的な教養主義的知識人に対する山田監督のオマージュとも云えるだろう。さらに、特筆すべきは企業の論理がほとんど登場せず、せいぜい隣家の零細印刷会社の社長が登場するに過ぎない。経済と企業の論理を徹底的に軽蔑する山田洋次の思想が貫徹されている。「労働者諸君!」と寅が呼びかけるとき、そこには山田洋次のプロレタリア世界に対する無条件の共感がある。
ジェンダー空間:ジェンダーというには余りにもピンとこないが、女性の自立的試行に対する無限の共感がある。女性の自立形態を象徴するのはリリーであるが、他にも芸術や障害者教育、喫茶店経営などジェンダーの壁を越えて生き抜こうとする女性への賛歌がある。彼女たちは寅のヒューマニテイによって救済されるが、寅との協同の生活はなじまない。
以上この映画に描かれる幾つかの空間的特徴を析出したが、この映画を観る人は誰しも自らを投影して仮託する登場人物を見いだすが故に、どこかで共感してため息と励ましを得ることができるのだ。渥美清の逝去によってこの映画は終了したが、ほんとうにそうか。そうではない。『男がつらいよ』の世界は、企業の論理と人間の論理が激しく対峙しあう激動の時代を背景に描かれたのであり、企業の競争原理が制覇する時代になってもはや観客は素朴なヒューマニズムを信頼することができないまでに傷つけられはじめたのだ。この映画を観て、ヨシ!もう一度がんばろうーという気持ちが心の底から湧き上がるような生やさしい時代ではなくなったのだ。ひょっとしたらこの映画を観た若い人は、異様な人間関係があると思うほどにこの日本の頽廃は深く進行しているのだ。私たちはもう一度新たな『男はつらいよ』を再生することができるだろうか。時代が混迷すればするほどユーモアとペーソスの現代版が求められるだろうに。(2005/10/2
21:16)
[黒土三男『蝉しぐれ』]
ほんとうに丁寧につくられた長編力作の時代劇です。藤沢周平の原作によるシナリオ、映像、音楽がすばらしい。特に映像のすばらしさに俳優は助けられている。テーマ自体は東北の辺境藩の御家騒動の渦中を生き抜く下級武士のラブストーリーという陳腐なものであるが、ここにはとっくの昔に失われてしまった日本の気品ある生き方や、素朴な四季が移りゆく田園風景の自然のなかで生き抜く農村風景がある。同じテーマを山田洋次はもう少しシリアスに描いたが、黒土監督はある諦観をもって描いている。しかしこのように丁寧に描き抜く日本映画の伝統がまだまだ生き残っていることに正直ホッとする。特に田んぼの生育状況tを詳細に調べるシーンや、血のりを吹いた刀では人が斬れず、刀を取っ替えていく殺陣のシーンは実証的であった。配役は主役の少年期を演じた石田卓也が光っている。その他はおしなべて演出で救われている。特に主人公の後半期を演じた市川染五郎はミスキャストだ。辛酸をなめ尽くした下級武士の最後の抵抗戦を戦う演技ではない。思うに彼の出自と生育歴が、こうした境遇への想像力を培う条件がないのだ。この作品はやはり15年間もあたためてきた黒土監督のシナリオの勝利だ。
しかしいま山田洋次から黒土三男を含め、なぜ藤沢周平ブームなのか。藤沢のモチーフは、権力に翻弄される下層武士階級の必死で生き抜く悲哀の描写にある。そこでは権力そのものを打ち倒す正当な抵抗よりも、自らの矜持を守って生を終えようとする諦観にある。しかし垂直的な身分編成の断絶を超えて身分移動する階層の奇跡に対する願望は変わらないのである。身分制度の体系自体を壊してしまう発想と抵抗の志は絶対にない。これはまさに現代の企業社会のなかで、良心の証を守ろうとして最後の抵抗線で苦しんでいる正規労働者の苦悩する魂に一致するのではないか。ここが藤沢周平と山本周五郎の違いなのだ。まあかくしていろいろと考えるところがあるが、久しぶりに日本時代劇の本格的な力作を観た。日本から蝉しぐれが消えて久しい。あえて云えば蝉しぐれの再生なくして日本の未来はないのではないか。名古屋市今池・国際劇場にて。(2005/10/2
18:45)
[名古屋演劇鑑賞会例会『ドライビング ミス デイジー』]
米国南部アトランタを舞台とするユダヤ人女性と黒人運転手の温かい交流を描くヒューマンドラマ。主演は仲代達矢と奈良岡朋子という演劇界大俳優だ。ユダヤ人と黒人差別の残滓がさりげなく登場する。しかしユダヤ人富豪の女性と黒人運転手の壁はほんとうに越えられたのだろうか。無名塾と民芸を代表する両俳優がなぜこれを上演するのかいまいち分からない。1幕ものの流れはアッサリと過ぎていくが、もはや私たちはポスト9・11以降を生きているのだ。そうした迫真性が伝わってこない。ほのぼのとした心の結びつきは伝わってくるが、現代はもっと傷だらけだ。だからこそこういう目に見えぬ日常からの結びつきが大切だと訴えたいのであろうか。会場は中劇場でほぼ満席。現役時代の同僚といくたりか会っての四方山話が楽しかった。(2005/9/28
22:15)
[Marco Tullio Giordana『La meglio gioventu(輝ける青春)』]
途中に30分の休憩をはさむ6時間の長編映画。1970年代から2000年代に至る激動のイタリア現代史をある家族に焦点を当てて骨太に描いた一大叙事詩である。「赤い旅団」を中心とする極左テロリズム、精神病院改革運動、フィアットを中心とする労働運動などなどイタリア現代史を彩る波乱の動態の渦中を生きぬく青年群像の生き生きとした個性の活写がすごい。私はとりわけ2つのことが印象深く残る。第1はイタリアの濃厚な大家族主義の強い情念の結びつきだ。自由奔放な恋愛の末に構築される家族の紐帯の凄さは日本をはるかに上回る。まるでヒューマニテイーが家族愛において結晶しているかのようだ。企業競争に絡みとられて家族の紐帯を喪失している日本の現状からみてため息が出るような結合だ。第2はイタリアのユマニズム教養の底深い伝統だ。大洪水のなかを最初に救済するのは図書館の本だ。しかもラテン語の本だ。そして教師である母親の授業だ。詩が朗読され子どもが堂々とその解釈を誇り高く教師の前でうたいあげる。こうした授業風景は日本にはない文化の底力を感じさせる。私は20年前にイタリアを旅行して、街そのものが美術館か遺跡のようなイタリア文化の重厚さに打ちひしがれた。この映画を見てまたイタリアに行ってみたくなった。米国型の冷たいビルがそそりたつようになった日本は哀しい。
この映画は最初はTV局の長編劇映画としてつくられたが、ベルルスコーニが政権をとってメデイア支配に入ってから放映されず、劇場映画に再編集されて一躍脚光を浴びたそうだ。イタリアにも押し寄せている市場原理主義の影響を感じさせる。イタリアとはほんとうに陰影ある魅力を持った国だ。平日にもかかわらず会場はほぼ8割の入り。現職時代の同僚であるO嬢と久しぶりに再会した。名演小劇場。(2005/9/27
20:22)
◆海南友子『にがい涙の大地から』
環境省内に毒ガス情報センターというものがあり、「旧日本軍の毒ガス弾等に関するお知らせ 「毒ガス弾」を発見したら・・・」というタイトルで、「絶対に手を触れずすぐに警察署や消防署に通報してください」とある。日本政府はむしろこのビラは中国全土に散布しなければならない。推定70万発の毒ガス弾が中国大陸に埋蔵され、現在でもその被害が頻発している。このドキュメンタリー映画は、その被害者の日常と東京での日本政府を告発する裁判を描いている。戦争犯罪の戦後責任を鋭く問いかける日常が淡々と描かれている。激烈な告発の言葉がなければないほど、その訴えは肺腑をえぐるものがある。激しい咳が耐えることなく続く被害者は、夜眠れない。カネがなくて病院を逃げたその日に息を引き取る被害者の遺族・・・。中国の社会保障の貧困を指摘しては決して許されないだろう。戦後責任というものが明らかに逃げることを許されない問題としてある。名古屋YWCAにて。(2005/9/24
17:08)
◆MIKE LEIGH『Vera Drake』
映画館に着いた途端に驚いた。中高年女性で超満員で補助椅子まで出して満員札止めとなった。なんだこれは! そんなに反響を呼んでいる映画なのか!とはじめて知った。しかもウイークデーの午前中・・・・。時代は1950年のロンドンの労働者街。つつましく温かい家庭の主婦が主人公。50年代のロンドンの街とアパートがよく描かれている。やっぱり英国は厳然たる階級社会であり、主婦は上流家庭の家政婦などをしながら生計を立てている。ボランテイアと言うにはあまりにも素朴な人助けのこころに満ちた慈愛溢れる中年女性である。家族の会話や映画館での楽しみ方は、当時の英国下層階級の素朴な共同体がしっかりと根づいていたことが分かる。
しかしこの中年女性は影の闇の仕事を持っていた。中絶が厳しく禁止されていた時代に、不幸な妊娠をした娘たちを堕胎で救う仕事だ。彼女は自らの娘時代の堕胎体験を経て、同じ不幸な娘を救うという気持ちから堕胎をおこなっていた。やがてそれが発覚して逮捕され、幸福な家庭が一挙に混乱の縁に落ちておく。そうして誰もが彼女の行為をやむを得ざる行いとして認めていくというリアリズム映画の典型といえよう。
英国は1861年制定のすべての中絶を3年から無期懲役の有罪とする法律があり、1929年に母体保護をを合法とする改正がおこなわれたが、高額費用で貧しい人は闇の手術をおこなっていた。1967年の再改正まで中絶は原則的に非合法化であった。英国国教会というカソリシズムの厳格な規律があったのだ。残念ながらこの映画は中絶禁止問題を正面から取り上げてはいない。あくまでも貧困にあえぐ労働者階級の助け合いとしての中絶という視点で描いている。そうした描き方に不満を持つ人もあるだろうが(私を含めて)、私は英国下層階級のリアルな姿を知ることができただけで収穫だ。
ひるがえって日本は、年出生数約110万人という人口減少社会だ。一方母体保護法による合法的中絶数が年30万人に上っている。そのなかで夏の火遊びによる中高生の中絶がうなぎ登りに増えている。私たちが生きている日本は、実は想像を絶する異常な生命抹殺社会なのだ。名古屋市・名演小劇場にて。(2005/9/8
16:38)
◆セルジオ・レオーネ『ONCE UPON A TIME IN AMERICA』(DVD)]
1920年代初頭のニューヨークを舞台に、禁酒法の嵐が全米を吹き荒れる中、ユダヤ系ギャングの形成と終焉を描く叙事詩。脚本もすごいが、演出と編集がさえ渡り、演技もすばらしく一気に見させるハリウッド映画の技術が結晶している。特に即物的な素材音を駆使する緊迫シーンや、場面転換の技術がすばらしい。エンリコ・モリコーネの主旋律の通奏低音もよくマッチしている。1920年代のユダヤ人街を再現したセットや屋内のセットも本格的で相当の金をかけていると想像される。
さて問題は内実である。最底辺層のユダヤ系の少年が不良グループから徐々にヤクザ集団に移行し、禁酒法を利用したマフィアへと成長し、遂には政府高官のポストに進出していく。マフィアと結んだ労働運動やユダヤロビーなど、ユダヤ系アメリカ人の裏面史がよく描かれている。イタリア系移民のマフイアを描いた『ゴッド・ファーザー』のユダヤ版だ。こうしたアメリカの裏社会での弱肉強食のジャングルは、本質的におもて社会の市場原理と同じであり、脚本は渦中を生きる人間の犯罪心理を共感を込めて描いている。マフィアの最後の哀れさは決してマフイア批判に向かうことなく閉塞している。米国市民社会が本質的に未来への展望を開き得ない閉塞した争闘社会であることをこの映画は逆に照射している。第1級のエンタテイメントだ。(2005/9/7
7:38)
◆三原光尋『村の写真集』
日本の美しい山里が残る村の四季が息をのむような美しさだ。ダムに沈む村の記念写真集を撮るために、村の写真館の父親が最後のエネルギーを費やし、その父に反発して東京の写真スタジオに勤める息子が、父への反発から共感に至る変化を追う。日本の田園山地の原風景がいまや滅びに直面しているときに、こうした映画を作る監督がいることに私は素直に感動する。今は喪われてしまった日本の山村共同体の素朴な人間像へのオマージュなのだろうか。私の祖母に似たお婆さんが登場し(踊りたことにこの女優は『東京物語』の桜むつ子)、農村共同体のすべてを象徴するようなにこやかな汚れない笑いを浮かべる。こうした農山村風景はもはやない。私の過ごしたかっての輝かしく光溢れた少年期を振り返って、果てしないノスタルジアに包まれる。村の風景を山の上から見下ろす父と息子の感慨は、間違いなく私の者であった。しかし私は息子に何を伝えたであろうか。私も息子と同じく故郷を捨てて上京し輝かしい未来を夢想した。故郷の廃家という歌を歌えないほどに、私は故郷を裏切ってきた。
この映画には農山村共同体の前近代性は描かれていない。すべてが予定調和の麗しい人間関係として処理されている。そうした関係と毎日の停滞した生活に反発し、ルソーにならって「都市は人間を自由にする」というはるかな夢を抱いて多くの若者が故郷を捨てた。ノスタルジアとオマージュの回顧のなかでしか農山村の真実と未来を語り得ないとすれば、それはあまりにも残酷だ。都会を逃れてきて住み着いている画家が登場するが、あのあたりをもう少しつっこめば、或いは現にそこにいる人たちが地域の未来を心の奥深いところでどう構想しているのかー新たないのちをさびれゆく農山村に吹き込まなければ、とも思う。台湾人の女性モデルの恋人を違和感なく受け入れる村人をみると、確かな現代がさりげなく描かれている気もするが。新古典派市場原理を真っ向から批判する(!)懐かしい温もりにみちている。それほど日本の今は、都市と農村のつながりを絶つ不幸な姿になっているんだと云うことを鋭く告発しているようだ。淡々と描く映像が美しくくあればあるほど。名古屋市・シネマスコーレにて。観客10名弱。台風が逸れていった40度を超す残暑のなかで。(2005/8/26
17:16)
◆EMIR KUSTURICA『Life is a miracle』
『パパは出張中』や『アンダーグラウンド』で知られる旧ユーゴのムスリム人監督の最新作。舞台は1992年の内戦勃発直後のボスニア・ヘルチェゴビナ。この内戦の悲劇をよく勉強しないとこの映画はただ単なるロミオとジュリエットになってしまう。線路を走る手こぎの車や、自動車のカバーだけの利用がおもしろい。民族の血なまぐさい悲劇を知り尽くしている者のみが、この映画のユーモアとペーソスの本質を理解することができるだろう。いつもそうだがパンフに載る著名人のコメントの底の浅さに唖然とする。宮本亜門、島田雅彦、浅井信雄などすべて悲劇をくぐり抜けた愛と生命を謳いあげる人間賛歌、おかしくて切ない人間賛歌というような言葉が満載されている。
私たちが見過ごせないことは、チラッと登場する監督の思想を象徴的に表現している(と思う)言葉だ。「知性は大事だ、しかしそれは理論構築に終わる」といった内容だったろうか、この意味がいまでも私にはわからない。そしてヒロシマという単語がたしか3度ほど繰り返されような気がする。監督にとってヒロシマということで何を伝えようとしたのかどう考えても分からない。確かに全編に豊暁な映像とヒューマニズムがあふれているのだが、それは絶望的なニヒリズムをくぐり抜けたものの必死の表現のような気がしてならない。多民族国家ユーゴの崩壊と血なまぐさい民族紛争のなかでの純愛を描いているが、同時に多民族の共存をまがりなりにも維持してきた旧ユーゴへのオマージュもあるような気がする。
付言すればこの映画にはロバや馬、ニワトリなど多くの家畜性動物が登場し、なにやら人間の聖性と悪魔性を象徴しているような行動をする。ミラクルとは実はここにあるのだが、それは見てのお楽しみ。やっぱり欧州映画の重厚さには脱帽する。名古屋市・名演小劇場にて。会場満席。(2005/8/20
17:20)(
◆エルヴィン・ライザー『我が闘争』(DVD)
アドルフ・ヒットラーの出生から破滅に至るまでを、ナチのカメラマンが撮影したフィルムにもとづいてかなり客観的に編集している。ヒトラーがデマゴギーの天才であり、また多くのドイツ人が自分のプライドや報復心をゆだねて信じられない蛮行と悲劇の泥沼に堕ちていった状況がリアルに迫ってくる。監督はドイツからスウエーデンへ亡命している。次の数字を構成している一人一人の生命をどこまで想像できるかが勝負だと思う。
第2次大戦(欧州) 軍人死者数 2500万人 市民死者数 2400万人
強制収容所死者数 900万人 うちユダヤ人死者数 580万人 うち欧州系 72%
この数字はもしこの世にアドルフ・ヒットラーという名前を持った挫折した絵描きが生まれていなければ、なかった数字であるかもしれない。そうだろうか。ヒットラーがいなければ他の名前を持ったヒットラーが登場しただろうことも、このドキュメンタリーを見るとよくわかる。久しぶりにナチの記録映画を見て、何でこんなにリアルな思いを抱いたのであろうか。それは大不況下で生活に苦しむドイツ市民に向かって、激烈なアジテーションをおこない、その熱狂的な支持を得たヒットラーと、60数年後の東アジアの島国に君臨する首相のイメージがあまりにもよく似ているからだ。簡潔で明確な断言型の口調、一つの信念をたじろがず自信を持って言い切る迫力、世の中を変えようと云う革命的メッセージが民衆の心をつかんでいる。7名から出発したナチス・ヒトラーを支持した人々は、最初はヤクザやアウトサイダーのルンペンプロレタリアートであり、次いで転落の危機に脅える中間階級が支持に回り労働者に及んだ後、財界と軍部が支持して独裁が完成した。世界でもっとも進んだワイマール民主主義のもとで、選挙の多数を得て民主主義そのものをを否定する独裁が生み出されるというパラドクスの実相を垣間見ることができる。
長期不況、豊かさの裏で進行する生活不安、政官財の退廃という現象は1930年代のドイツとそっくりだ。一閃雲を払うような強力なリーダーの出現を待望している風潮もありはしないか。ある革命的なメッセージを持って登場している政治家はいないか。「民営化なくして将来なし、改革なくして未来なし! すべてをぶっ壊せ!」と紋切り型で断言する東アジアの首相、「ゲルマンに栄光あれ、ユダヤ人こそ悪の根元だ!」と繰り返し絶叫したヒトラー、どちらもおなじ民主主義のルールに乗って大衆を組織しようとしている。
いまもっとも怖いのは、ドイツがこのような過去の犯罪をきっぱりと謝罪して償いの道を歩んでいるのに対し、同じ罪責を犯した東アジアの国の首相は犯罪の最高責任者を毎年慰霊して讃えていることだ。この目もくらむような非対称性の世界がいま私たちの前にある。なぜこのような信じがたいことが、進行しているのであろうか。それを解く鍵がこのドキュメンタリーにはある。アウシュヴィッツ強制収容者に累々と横たわるユダヤ人たちの遺体と遺品の数々、実験用に生きさせられた子供たちが解放されてよろよろと歩いて出てくる姿・・・・おそらくユダヤ民族は歴史上もっとも表現しがたい過酷な体験を持った民族だ。彼らは民族皆殺し(ホロコースト)とショアーを体験した民族だ。そのユダヤ民族がいまパレスチナの地で、異民族の大地を奪って核兵器で迫害しようとしている現実がある。580万人を収容所で殺害された民族の他者に対する想像力のこの恐るべき欠落を私たちはどのように考えたらいいのであろうか。彼らこそ世界史上に類い希なる知的活動の記録を残している優れた知能を持つ民族だ。(2005/8/18
17:14)
◆山田洋次『家族』・『男はつらいよ 望郷編』
最近のNHK・BSは山田洋次に入れ込んでいるようだ。山田作品が次々とリバイバル上映され、『男はつらいよ』全48作がこれから連続上映される。ふとBSチャンネルを回すと今晩は『家族』をやっていた。30数年前の高度成長と大阪万博をバックとするある家族の物語だ。九州の炭坑の閉山から新天地を求めて北海道開拓地に移動する数日を描いている。大都市や新幹線の喧噪に振りまわされながら、途中で幼子を失い悲嘆にくれつつも、遂に希望の天地にたどり着く、いわば日本のエクソダスと言っていい。
30数年前の日本の原始的貧困と高度成長の目眩くようなギャップを生き抜く家族の痛々しい姿が浮かび上がる。この時代には今は喪われた必至に生き抜く健気さがあり、逆境ゆえのシニシズムはない。俳優の倍賞千恵子・井川比佐志・笠智衆は3者揃って迫真の演技と言える。演じているという感じがない。想えば時代自体がなにごとにも真剣にぶつかろうとする時代だったのだ。脚本と演出も素晴らしい。当時の映画批評では、最後の北海道での牧畜生活に明るい希望を預けすぎているという批判があったことを思い出す。学生だった私自身も、牧畜を単純に美化して描いたラストに疑問を持ったことを思い出す。北海道の牧畜業のその後はより悲惨な推移をしたのであり、この家族のその後も苦闘に満ちたものであろう。しかし30数年を経た現代では、そのような違和感はない。なぜだろうか。もはや現代はどのような希望すら描けなくなっているのであろうか。どのような希望もすら存在しなくなっているのだろうか。そうではない。人間同士の素朴なつながりがあった30数年前に較べて、現代はジャングルの競争が支配する砂のような乾いた社会になってしまったからだ。人間のつながりのなかで希望を見いだす素地がなくなってしまっている。なるほど物質的な貧困はクリアーしているかに見えるが、もはやその生活は親の遺産を食いつぶしながら確保しているに過ぎない。なぜ高度成長期の自殺率は低く、現代の自殺率が高いのか。
『家族』に描かれたほんらいのぶつかりあいながらも精一杯手を結んで生きる原生的な家族関係ももはやない。家族関係すらある打算のなかでしか位置づけられないとすれば、もはや自己以外に居場所はない。なぜこうなってしまったのか。いうまでもない。シカゴ学派の自己利益極大化原理による社会の強行的な再編成が政府主導で一気に進んだからだ。この映画は現代の日本が如何に痛んでいるかを実は強烈に照射する。これは監督も予期しなかったことだ。大いなる喪失のなかから大いなる再生が準備されるという弁証法すら危うくなってきたかの実態だ。しかし私は希みを絶つことはしない。希望とはもともと希な望みなのだ。そうして人間である限り、やはり「頑張っていきまっしょい!」と人間はつぶやくだろう。
この『家族』の製作と同時進行で作られたのが、山田洋次が再びメガフォンをとった『男はつらいよ 望郷編』だ。テキヤ稼業から足を洗って普通の労働者になろうとする寅さんの苦闘と挫折を描く。脚本がリアルで素晴らしく今見てもあきない。ベースに山田洋次の思想がハッキリと流れている。それは「額に汗して働く」無名の労働の尊厳である。マネーは手段に過ぎず、他者への貢献と人間的な自己実現のための契機となる労働であり、競争して勝者となって虚栄の金を稼ぐ商人資本主義を徹底的に軽蔑するプロテスタンテイズム的な勤労観であり、水平的な結合と豊かな交流を生み出す共同の労働である。随所に労働歌が登場したり、旧ソ連の勤労スタイルが飛び出したりするところに、当時のソ連型社会主義への素朴な期待があった時代の雰囲気を表している。山田洋次は明らかに社会主義的労働に対するオマージュとしてこの作品をつくったのだ。それは時代的な制約の一面を持っていると同時に、現代のギャンブル資本主義を告発するものとなっている。いまや死語となってしまって恥ずかしくて使えないような「ヒューマニズム」という思想をなんの照れもなくうちだし得た時代であった。真面目で堅物の青年が典型的人間像として描かれているのは、シニシズムを覆う茶化し文化が横行する現代ではとても受け入れないであろう。当時の観客は、貧しくとも辛くとも助けあいながら、しっかり頑張って生きようという勇気を得たに違いない。この第4作で『おとこはつらいよ』は大ヒットして劇的な長編へのスタートを切った。こういう人間的な社会をめざす時代があったんだと、いまさらながらその落差に驚く。NHK・BSにて。(2005/8/5
23:00)
◆EGIDIO ERONICO『MY FATHER-Rua Algeum 555』
あのアウシュヴィッツで残虐な人体実験をおこなった”死の天使”と言われた医師ヨゼフ・メンゲレは、戦後逃亡して1985年に白骨死体で発見された。この映画は、息子が生前に父と対面して父との絆に苦しみながら罪を追求し、遂に告発に至らなかった過程を描く伊・ブラジル・ハンガリー合作映画だ。メンゲレは双生児に異常な関心を抱き、残虐な実験によって殺害された双生児は3000人に上るという。メンゲレは劇中で進化論によるナチ優性思想を確信犯的に述べ、自らの過去を一切悔いていない。息子は宿命と良心のはざまで懊悩し、遂に父の告発をおこなわなかった。
こうした映画をなぜつくるのか、監督の意思がよく分からない。おぞましい戦争責任をもつ男を父親に持った息子の苦悩を描くことに何の意味があるのだろうか。父親の手にかかって非道の最期を遂げ、恐怖におののく生存者から見れば、息子の葛藤などとるにたりないエピソードに過ぎないであろう。それとも過去の罪責を認める次世代は、苦悩を越えて許し合えるとでも云うのであろうか。メンゲレ一族は永遠の罪を背負って生きていかなければならないのだ。戦争下における科学者の責任、しかもナチス医学の最高指導者の責任は息子は負いきれるものではない。特異な状況に置かれたある個人の煩悶が歴史的な意味を持つかどうかは別の問題だ。中日本興業試写室にて。会場満席。妻の同僚であるM先生と出会った。(2005/8/2
17:16)
◆Fernando Perez『Luite Habana(永遠のハバナ)』
久しぶりにキューバ映画を観た。首都ハバナに生きる庶民の24時間をセリフなしに淡々と描くドキュメンタリー・タッチの映画だ。監督は「今の世の中で、人類の間の柵や壁や障害を消すことができるのは、芸術と文化だけだ。ハバナの日常生活を描いたこの作品もまた、日本の観客のみなさんが自分自身を確認できるような鏡になれるのではないかと期待している」と言い、マリオ・ビラデラ(ハバナ大学キューバ映画史教授)は「荒廃したこの国で希望を失わずに生きる自分自身の日常をカメラの前で展開している。みんな同じように人生に歪みを感じ、それでも夢を手放さず、自分を再確認しながら、押しつぶされそうな現実を凌ぐ精神力を保とうと闘っている。今や貧困と老朽化に支配されている美しい都市は、終わらない”偉大な夢”の酸に浸蝕された空間であり、そこでは個人のささやかな夢で活路を開くしかない。この映画を観ると誰しもキューバ人は目を潤ませる。でもこころが打ちひしがれることはない。なぜならこの作品には愛と優しさ、それに希望があるからだ」と述べている。
革命以降アメリカの経済封鎖のもとで、キューバが如何に痛んでいるかを実感させる。首都がこうであれば地方は如何ばかりであろう。そのなかで必至に生き抜く市井の民衆のけなげな矜持と尊厳がうかがわれる。公園にあるジョン・レノンの銅像を24時間守り抜こうとする信じられない市民の姿は、もはや見失われようとしている意志を全世界に告げている。偉大な夢とは「社会主義」を指しているが、中南米の絶対的貧困を平等に分かち合おうとしている現実にかすかにその夢は残っているように思われる。そうした大きな夢と一人一人の小さな夢がどのようにつながっているのかーこの映画からは分からなかった。2つの夢をどうつなげるかー私の課題として突きつけられたような気持だ。淡々と小さな日常を凝視しながら、実は大きな物語との関係を問うているような気がする。名古屋市・シネマテークにて。驚いたことに会場は満席。(2005/7/28
16:51)
◆Ken Loach『Ae Fond Kiss(かけがえのない せつないキス)』
この映画は少なくとも、印度・パキスタンの分離独立や英国の移民コミュニテイとアイルランド問題などの英国現代近現代史の理解がなければ、評論はできません。パンフの日本人女性評論家はロミオとジュリエットなみのラブロマンスとして批評していますが、なんと皮相な評論でしょう。最近の日本の映画評論の貧しさがますます進んでいるようで惨めになります。英国を代表する社会派監督がはじめて恋愛をテーマとした英国現代社会を鋭く描いたのですが、評論家は恋愛の方へ焦点をあててしまいました。こうしたこの映画を汚すような評論家は早く姿を消してほしいと思います。ロンドン同時多発テロの背後に何があるかを描いている点で結果的に絶妙のタイミングとして上映されることになっています。
”Ae Fond Kiss”はあの「蛍の光」の原詩の作者である18世紀の詩人ロバート・バーンズの伝承曲のタイトルであり、劇中でしばしば登場します。グラスゴーは19世紀産業革命の中心都市として、アイルランドからはじまりインドやパキスタンに至る多数のアジア系移民を受け入れて工業労働力として使い、そこではゲットーのようなアジアン・コミュニテイーが形成されています。イスラムを中心とするアジア系に対する迫害と差別が日常的に展開され、逆にイスラム原理主義の強固な地盤が形成されていることも分かります。特に01年の9.11以降の激しい迫害は私たちの予想を超えています。
私はこの映画によって2つのことを考えさせられます。1つは混在する異文化が衝突を経てどのように変貌していくのか、文化の世代間継承はどのような道筋をたどるのか、第2はそのような時代の変容のなかで生きていく一人一人の個人は何を覚悟しなければならないのだろうかーということです。残念ながらこの映画は引き裂かれる二人が、互いの純愛を恢復して出発するラストとなりますが、その未来は描かれていません。ケン・ローチも実は描けないほどの苦しみと悲劇が待ち受けている不安があるからでしょう。異文化が衝突を越えて共生に至る途上に、実は無数の先駆的な生活が犠牲となって累々と横たわるでしょう。
そして私たち日本がいかに「単一性」の強い民族国家であるかを想起させ、国際化のなかで流入する外国人(外国!)と文化とどのように折り合いを付けていくかがほんとうに問われる時代に入ってきます。あなたや私の家族がイスラムや黒人と婚姻する時代はすぐそこに来ています。いま日本は「外国モデル」をアメリカン白人文化にゆだねてしまい、マイノリテイー(イスラム)への迫害をワスプとともにしていますが、遠からず痛烈なしっぺ返しを受けるに違いありません。
私は最近、韓国TV映画『チャングムの誓い』にはまり込んでしまい、あの主演女優の追っかけのような存在になってしまいました。けなげに生き抜くアジアンとの共生の道を選ばない限り、日本の未来はないと思い込んでいるこの頃です。名古屋市・シネマテークにて。観客10名弱。(2005/7/27
18:29)
◆小栗康平『埋もれ木』
田舎の小都市で生きるさまざまの人間が織りなす現実からの脱出を指向する希望をファンタジックな映像でさながら絵巻のように綴る。安藤忠雄や山田洋次が絶讃ともいえる賛辞を贈っているがほんとうにそうなのだろうか。たしかに凡百のつまらない映画に較べると、はるかに真面目に日本の現実の一端を切りとろうとしているが、その果てにはシュールな幻想の夢が提示されているに過ぎない。豊かなイマジネーションの僥倖でリアルな現実を超克することはできない。『泥の河』でリアリズムの極北を示した小栗氏はいったいどこへ向かおうとしているのであろうか。9.11以降の羞悪な現実を幻想の希望のイメージで果たして突破できるのであろうか。山田洋次を含めて、汚濁の現実と正面から向き合う矜持と勇気を隠蔽するかのような間接表現の世界に留まって生き残りを図ろうとしているように見える。それは美しい逃避の一形態ではないのか。かっての黒澤明が『どですかでん』に至って自己破産したように、実は日本のもっともヒューマンな部分を表現しようとしてきた表現者が現実とのリアルな格闘を回避して、シュールな表現の世界に回避して正面対決を逃れているように見える。小栗氏のデビュー作である『泥の河』は胸を衝くような痛ましいリアルな映像が深い描写で表現されていた。21世紀初頭の地獄の世界は、ピカソ『ゲルニカ』を求めている。名古屋市・名演小劇場。観客10数名。(2005/7/20
19:24)
◆ジョゼ・パジーシャ『バス174』
2000年にブラジルのリデジャネイロで発生した少年によるバスジャック事件の実写フィルムを再構成した緊迫感あるドキュメンタリー・フィルムだ。犯罪社会学の授業に使えるような犯罪少年の生育歴とブラジル社会の矛盾を容赦なく暴く。家庭崩壊や暴力売春という環境から抜けだすために多くの少年少女がストリート・チルドレンとなって街を徘徊し、彼らを嫌悪する上流階級が「死の部隊」(暗殺を請け負う民間人武装隊)や警官(彼らも貧困層の出身で頽廃している)を雇って攻撃や虐殺を容赦なく加える。視聴率至上主義のTVはそれを延々と実況中継する。この犯人は護送中に警官が絞め殺して、警官は無罪になるのがブラジルの実態なのだ。
サンパウロ市のデータでは、刑務所の囚人6万5千人のうち、5歳以下10,1%、10歳以下42,3%、15歳以下40,1%20−30歳6,2%であり、鑑別所収監待ち数が3万2千人でうち18−24歳が32,4%となっている。5歳以下という年齢に注目しなければならない。この映画を観る限りブラジルは残念ながら近代的人権国家の段階にはなく、そのような「野蛮」が近代的なメデイア技術と結合して、強姦の遺体や性転換中の映像を実況中継して延々と流すといった状態がある。
明らかにこの映画は市場原理主義の経済運営で犠牲となって闇の世界で生きざるを得ない子どもたちの痛烈で反社会的な異議申し立てと、こうした犯罪的暴力の連鎖を招いている実態を告発している。
この映画の評価は、戦後ブラジルの歴史について勉強した上でしか下すことはできない。パンフでは、鳥越俊太郎とか森達也が見当はずれの寝言を言っているが、彼らは中南米の実態をほとんど知らないようだ。解放の神学や武装ゲリラが登場する背景とか、ブラジル経済の破産を乗り越えて左翼政権が誕生している現状の背後には、おそらく国家とか社会の根底での崩壊があるように思う。しかもブラジルはBRICsとして今やもっとも経済成長が注目される国なのだ。
映画『バス・ジャック』は市場原理主義によって社会の最底辺に棄てられた少年のルサンチマンの爆発を描いているが、ロンドン同時多発テロの犯人たちも本質的には同じだ。9.11のモハメッド・アタは高校時代まで非宗教的であったが、ドイツ留学で痛烈な差別感を味わい、事前に逮捕されたモロッコ系フランス人のムサウイはフランスの大学への進学用内申書を拒否されてロンドンの大学に進み、金もなく地下道で過ごし差別に打ちのめされてモスクを訪ねた。イスラム系がいま西欧での差別に苦しみ、憤りを感じつのる憎悪のなかで自爆テロを決行している。イスラエル兵士は検問を通るパレスチナ人に銃を向け、裸にして武器を調べるという。子どもの前でシャツを脱ぐ父親の顔は屈辱に満ちている。いま全英でイスラム系の家のガラスが割られ、モスクに火炎瓶が投げ込まれ、電話の脅迫が1千件を超えている。あちこちで反テロ法違反容疑の不当逮捕が繰り返されている。世界はまさに憎悪の連鎖の渦に巻き込まれようとしている。差別→憎悪→テロ→迫害→憎悪という悪魔のサイクルがある。そして先進国市民は、体重を気にして一生懸命ダイエットに励む安全を求めている。名古屋市・シネマテーク。意外と若い女性が入っているのに驚いた。(2005/7/13
18:28)
◆CHARLES DANCE『LADIES IN LAVENDER』
老いて終わりが近づいている人と、可能性にかがやいた若い生命が交錯し、一瞬の光芒を放ってやがては訪れる残酷な訣別を淡々と描く、いわば夕陽の美しさが溢れている。それは互いに切り離される運命にあることを受け入れ、静かに断念する生の作法である。しかしこれはやはりイギリス独特の階級社会をくっきりと浮かび上がらせているイギリス文化を全身に身につけている人々のそれぞれの尊厳が溢れている。小さな漁村の漁師たちがパブに群れて交歓する光景はまさにプロレタリアのものであり、イギリス労働者文化の片鱗をうかがうことができる。ホールでの古典音楽会は上流階級のものであり、老姉妹と青年は階級の断絶を選択する。静かに音楽会場を後にする老姉妹はここが別世界であることを静かに表現している。にもかかわらず震えるようなヴァイオリンの音色は両者を超えて響きわたる。漁師が弾くヴァイオリンの音と、ポーランドから逃げてきた青年の奏でる音色は明らかに違うのである。その違いを目の前で実感して沈黙する漁師の表情は、否定された尊厳の矜持を全身で表している。しかし私は、喧噪のなかで歌い踊るパブで漁師が奏でる素朴なヴァイオリンもまた音楽の原生的な歓びを表していてうらやましくなる。日本では民衆が互いに素朴に交歓する酒場は既に姿を消してしまった。
老姉妹を演じる女優は王室から位階を受けている名優であるが、それぞれに円熟した演技である。印象に残った言葉は、アメリカを評して「彼らは欧州のクズ人間の集まりだ」と言い放つところに、欧州の米国に対する矜持のようなものが浮き彫りとなっていた。英国映画は、「ブラス」や「コーラス」などのプロレタリア・ヒューマニズムとこの映画を含む上流階級のそれなりのヒューマニズムに二極化しているが、それでも欧州文化の底の深さには真似できないものがあるとしみじみと感じたのである。名古屋市・名演小劇場にて。中高年女性が多い。(2005/7/12
16:46)
◆塞夫・麦麗絲『Heavenly Grassland天上草原』
中国内モンゴル自治区の草原に生きるファミリーの物語。心に傷を負って失語症となった都会出身の漢族少年が、モンゴル遊牧の美しく厳しい大自然の生活のなかで、次第にこころを開いて恢復していく過程を家族間葛藤のなかでドラマテックに描いていく。機械化された都市生活のなかで疲れ果てている現代に、人間の豊かさとは何か・貧しさとは何かを訴えかけてくる。私がモンゴル映画を観たのはこれで確かに2回目ではないかと思うが、映像表現の技術と演出は確かなレベルにあると改めて感じる。
こういう映画を観ると、2つのことを考えさせられる。1つは自然のなかで自然に包まれて生きる人間はほんとうに人間らしい素朴な尊厳を身につけると云うこと。人工の巨大かつ精緻な生活になれて私たちはいかに大切なものを失っていると云うこと。六本木ヒルズに遊ぶことと、遊牧のゲルに住むことの原理的な差異。第2が自然との乖離は同時に人間の共同体との乖離であること。日本の都市で展開する痛ましい心理的な傷つけ合いは、モンゴル共同体ではもっと生命のすべてを賭けるような本質的で直截なものがあること。
北京電映公司がこうした辺境の少数民族の素朴な盛衰を描いて称揚するのは、中国沿岸開発部の近代化の影の部分を救う効果はあるだろうが、ほんとうはモンゴル自治区自身のなかにある予定調和的な世界ではない葛藤と矛盾の世界を覆う効果をも持っているのではないだろうか。モンゴル民族自身が一方で近代化に対する憧れと格差の矛盾に苦しんでいるのはないだろうか。
私はさらにさらにもっと基底的な問題に突き当たる。原生的で素朴な共同体的なヒューマニズムが、近代化の過程でなお継承されていく方法論はあるのだろうか?とうことである。名古屋市・シネマテイークにて。観客10名弱。(2005/7/6
17:37)
◆わらび座ミュージカル『百婆』
原作は村田喜代子『龍秘御天歌』で、1610年代に深海宗伝と妻・百婆仙が一族900人を率いて朝鮮半島から現在の佐賀県に渡来し、陶祖・李参平が開いた有田焼の地で渡来陶工を率いて有田焼の発展を担うストーリーである。1656年に96歳で亡くなり、墓は今も報恩寺境内の「蔓了妙泰道婆之塔」として祀られている。
朝鮮の族系意識の強さと祖霊信仰が連綿として現在まで続いていること、火葬を排除し土葬によって先祖が子孫を守ること、族内での長子系家族の年長者への畏敬の念の強さにも驚いたが、有田焼が渡来工によって創始されたことをはじめて知った。その陶工は朝鮮では白丁という被差別身分であったことも。
最近のわらび座は朝鮮をテーマとするミュージカルが多いのはなぜだろうか。かってのステロタイプの演出はじょじょに現代化されていっているようだ。名古屋市・愛知県勤労会館にて。1F満席。(2005/7/5
22:14)
◆熊澤尚人『ニライカナイからの手紙』
場内のあちこちから女性のすすり泣きが聞こえてきます。純な美しい祖父ー母ー娘のピュアーな愛情が溢れている韓流のような物語です。早世した母が娘の成人まで誕生日に送る手紙を信じて、娘はけなげに成長していきます。それを見守る祖父と村人の温かい視線はいまや日本のどこにもないでしょう。場所は沖縄の竹富島です。澄み切った空と青い海とガジュマルの樹・・・おそらくこのような物語は沖縄を舞台にするしか描かれないでしょう。癒されたい人々がまた沖縄に向かって殺到するでしょう。ニライカナイとは神がやってくる海の彼方の理想郷という意味だそうですが、母を亡くした娘の成長ストーリーを象徴しています。
この映画には1人の悪人も登場しません。すべての登場人物が善意に満ち、助け合う失われてしまった麗しい共同体の人たちです。だけど日本の現実はあまりにも惨めで醜い有様となり、このような理想郷はどこにもありません。では現実離れした空想物語かというとそうではありません。写真家をめざして上京した娘のシリアスな生活を描き、それが沖縄との対比を鮮やかに浮かび上がらせています。そして日本の郵便局制度がかくも日本の隅々の日常に深く沁みこんでいることを伝え、郵政民営化に対する深いアンチテーゼを示しています。
私は110分の上映時間を通じて束の間のヒューマニテイーを味わいますが、この映画に現実を切り開くほんとうの力があるのかと一方では懐疑を抱いて劇場を出るのです。羞悪な現実が一切登場しない予定調和の世界に過ぎないのではないか、哀しいまでに激しい過酷な現実があることーそのなかにこそ私たちの日常があることーそこから逃れることはできないということ。それらを含んだ骨太の愛情物語をつくってほしいと思います。名古屋市・シルバー劇場にて。観客10数名。(2005/6/21
19:53)
◆JUAN PABLOREBELLA&PABLO STOLL『WHISKY』
初めて日本で上映されたウルグアイ映画。中南米ではキューバとブラジル映画ぐらいしか記憶にない。中年男女の淡々と単調に流れる日常と、チョットしたアバンチュールを通して人間の営みを慈しむような描写で、カウリスマキの映画に似ている。中南米の日常文化の一端を垣間見たような感じですっきりこない。でも山田洋次監督の「人間であることの寂しさ、その中での希望を見事に描いている」なんて言葉を聞くと、しっかり観なければナンテ思ってしまう。華やかで情熱的なラテンの裏に実は淡々とした平凡な日常とそこからの脱出を望んでいる営みのありかたは、激しい変化のなかにある日本でも裏にある庶民の生活と実は似ているところがある。逆に云うと日々の時間をどう過ごしているかーという毎日の生を思わず抱きしめたくなるようないとおしさもある。
しかしウルグアイという国と文化をどこまで知っているかでかなり違うんではないか。
ブラジルとアルゼンチンに挟まれた南米1の小国、国土の大半はパンパで牧畜が盛んで牛肉が主産品、観光業を含むサービス業がGDPの70%。ブラジルから独立後1917年憲法で中南米最初の議会民主制を確立、社会福祉国家の道を歩むが一時左翼は弾圧された。英系企業を国有化し国家資本主義による輸入代替工業化で経済は発展し「アメリカのスイス」と言われる。70年代はツパマロスの都市ゲリラを契機に左翼は大弾圧を受けたが、共産党主導の拡大戦線が昨年の大統領選で勝利し、ラテンアメリカでは1970年のチリ人民連合以来の快挙と言われ現在に至っている。
ウーンこうしたウルグアイ現代史を知るとウルグアイ映画がなぜ世界で今注目されているか少し分かる気がするが、この映画にはそうした社会的背景は一切ない。名古屋市・シネマテーク。会場ほぼ満席。(2005/6/19
17:34)
◆行定 勲「北の零年」
明治維新の激動に翻弄されて北海道開拓に挑む旧士族の物語。封建的な特権を剥奪された後に、最初に抱いた志はどのような行方をたどったか。同志を裏切って権力の階段を上る者、身を持ち崩して金持ちに身を売る女性、旧家老職でありながらかっての部下に媚びへつらって給仕を務める者、家臣を棄てて時代の流れに乗る主君、最後まで志に殉じて命を落とす者等々その生き様は多様である。時代の大転換の時にはおそらくかくあったであろうシーンが次々と展開する。北海道開拓の裏面史を描いた、おそらく史実に忠実なストリーであろう。如何せん、演出がステロタイプでご老人方を泣かせる場面はごまんとあるが、すべて綺麗な作り事に見えてしまうのが監督の限界であろう。シリアスなテーマにかくも大企業が出資しているのも不思議だ。大地を耕す聖なる労働と権力にゆらぐ男よりも最後は女性が世を動かすというメッセージ、アイヌ人との交流は決して差別的描かれていないところがまだ救われる。
テーマそれ自体としては、最も真実をうがつ深刻なテーマを打ち出していながら、演出に致命的な欠陥がある。名古屋三越映画劇場。会場は中年女性で満員。(2005/6/16 17:05)
◆ニスス・ミュラー『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』
しがない中年男が仕事を転々としながら最後の家具セールスの世界でも失敗し、家族や肉親から無能・変人扱いされて、最後に飛行機をハイジャックしてホワイトハウス突入をたくらんで自滅に至るというーなんとも出口のないニヒルな映画です。一切の希望はありませんから映画館を出ても辛い気持が続きます。アーサー・ミラーの「あるセールスマンの死」を彷彿とさせますが、この映画は哀れな自爆テロ犯の末路を描きます。マネーゲームが制覇する社会が人間の人格を崩壊させていく現在の米国社会の底知れぬ頽廃が浮かび上がってきますが、人のよい気が弱い人間はゴミのようにはね飛ばされてしまうということが分かります。デイカプリオが製作総指揮をおこなっているのは驚きましたが。ニクソンの理想的な演説が同時進行で展開し、米国の虚しい亀裂を対照的に浮かび上がらせています。
こうした米国の状態を他岸の物語としてみることはできません。米国モデルを直輸入して同じような亀裂が日本社会に生まれつつあるからです。いま日本ではフリーター461万人があふれ、10年後の予測では3人に1人が非正規で収入は4分の1に転落するとされています。ハローワークに行けば、パソコンで求人情報を探す若者たちが閉館30分前でもあふれています。15歳から24歳の完全失業率は10,1%を超えています。ある保育士は徹夜で保育記録を書き、休日は絵本探しで図書館に行き、疲れ果てて「きちんと歩けているか、歩き方まで気になった」というほど追い詰められ、ある朝突然仕事に行けなくなって退職。「仕事が遅い自分が悪いんだ、情けないーと自分を責めた」・・・・。ある就職活動の女子学生は応募した50社中で最終試験にいけたのは1社だけ。履歴書を目の前で破って反応をみる面接試験、訪問販売という押し売りを強制する会社、就職のためには自分の生き方や価値観をねじ曲げなければなりません。就活で自分は悪くないなんて叫んだらそれで終わりです。
あるスイミングスクールのインストラクターは、給料が75分で1150円であり、泳法指導以外の仕事は15分ですることになっている。15分では指導日誌すら書ききれずサービス残業になる。プールで子どもの命を預かって1日10時間以上働いて5月の給料は11万3000円でした。この人たちは負け組なのでしょうか。本当に負けているならばあきらめるでしょう。若者の責任ではありません。負け組と思わせてこき使う一部の大人たちは人間の面をしたオオカミといわれても仕方がありません。ニクソン暗殺を企てたしがない中年男の胸にはトラウマとルサンチマンが沈殿し遂に暴発に至ったのです。この映画には全く希望がありません。気が滅入ってしまうので見ないほうがいいかもしれません。しかし日本でもこのようなテロに走る若者が出てきても不思議ではないような地獄があります。本当の希望を探して彷徨している若者を描かないと、未来は来ないでしょう。名古屋市・ゴールド劇場。観客20数名。(2005/6/12
9:18)
◆クリント・イーストウッド『ミリオンダラー・ベイビー』
家族崩壊から都会でウエイトレスをして生きている女性が、ボクシングの世界に全霊を込めて挑戦し連勝しながら最後は悲劇を迎える。植物状態で病床に伏す彼女の願いを聞いて安楽死(尊厳死)に至らしめる老トレーナーとの信頼関係が素晴らしい。かってのマカロニウエスタンンのヒーローであるイーストウッドがこのような米国のリアルで汚れた世界を描くとは驚きだ。
女性ボクサーがこんなにも軽蔑されている存在とは知らなかった。もはやマネーのために娘の死を願う家族など米国社会の暗部をも描き暗然たるものがある。自由の国で生き抜いていくための無残さをよく練ったシナリオで展開する。ただし尊厳死への希望とそれを認めて自裁に導くトレーナーの行為はいささか浅いものがある。アメリン・ヒューマニズムのよき伝統がまだ残っていることをうかがわせる映画だ。しかし欧州はもっと深みを以て描くだろう。家族が崩壊して、自分の力だけで他人を敵として生きていかなければならない米国社会に未来はないとつくづくと思う。名古屋・ピカデリー劇場にて。広い会場は30数名の入り。会場を出たら偶然かっての同僚のM氏に遭遇した。(2005/6/7
17:19)
◆綿井健陽『Little Birds-イラク 戦火の家族たち』
いまはイラクのニュースも新聞の片隅を占める自爆テロのニュースが小さく載っているだけとなった。戦争とはかくもあっけなく過去へと過ぎ去っていくものなのか、勝敗が決し傀儡政府が軌道に乗りつつある不正義の歴史が公史として定着していくかのような、なんともやりきれないような05年の春が終わろうとしている今、綿井健陽のヴィデオ・ドキュメンタリーを観て私は無意識の忘却の罪を感じる。
このドキュメンタリーはイラク開戦直前から米軍占領に至る迫真的な現地映像であり、米軍の後ろからではないイラク民衆の視線からこの戦争を描いた、おそらく歴史上かってなかった征服される者の側から描いた映像ではないだろうか。私はクラスター爆弾で片眼を傷つけられた少女のあどけない、しかも品位ある美しい恥じらうような微笑と痛みを訴える表情を忘れない。イラクの少女は本当に彫りが深く美しい。米軍とそれに加担する自衛隊は彼女たちに弾丸を雨あられと撃ち込んで無辜のこどもたちを虐殺したのだ。その父親であるアリ・サクバンの振る舞いは哲学者のようだ。全世界の書斎で思索にふけっている哲学者は、己の思索の浅はかさに打ちのめされるだろう。もし冷ややかに観察する者がおればそれはもはや人間の呼称をやめた方がよい。アリ・アクバンは次のように云う。
綿井:墓参りするときにどんな思いでここに来ますか?(こういう質問をする神経を私は疑うが)
サクバン:わたしは子どもたちを失った。私は神に尋ねる。そして神に感謝する。亡くなった子どもたちは次に生まれてくる子どもたちのなかに生きている。亡くなった子どもたちはいつも私のそばにいる。いま、もう一人別の子どもが産まれてこようとしている。それが私の希望だ。
綿井:イラクの将来はどうなると思いますか?
サクバン:子どもたちに希望を託しています。生き残った長女ゴフランには良い将来を迎えて欲しい。それが私自身の幸せだ。そしてこの墓地に眠っているすべての人たちのためにも、彼らは幸せな時代を迎えることなく死んでいったのです。
サクバンが生き残った娘の学校の試験と宿題を気にして、娘にあれこれと助言しているのをみると、私は・・・私は・・・涙が込みあげてくる。私自身が彼の娘を奪った、いま奪いつつある共犯者の国に住んでいるのだ。名古屋市・シネマテーク。会場満席。(2005/6/4
19:45)
◆エレーナ・グレベニューク ソプラノ・リサイタル
ひさしぶりにソプラノ独唱を聴いた。グレベニュークはアゼルバイジャン・バクーに生まれ14歳でウクライナ・キエフに移住し、2001年にウクライナ国立歌劇場のソリストとなり、デビュー後わずか4年だ。声域が広く感嘆するような響きだ。こうしたコンサートで初めて最前列2列目に座ったので、息づかいか表情やステージ衣装が目の前で触れるように観察できた。声そのものに聞き惚れるより舞台動作に注意がいった。深い陰影がただようニュアンスは彼女の出自と祖国での体験から出てくるのだろうか。アンコールでの「浜辺の歌」から彼女の力量がハッキリと分かった。伴奏の高橋周子の演奏もなかなかであった。電気文化会館・コンサートホール伏見にて。聴衆8割。終了後ロゴスキーでの交流会があったが欠礼。(2005/6/2
22:00)
◆HANS WEINGARTNER『DIE FATTEN JAHRE SIND VORBEI(THE
EDUKATORS 邦題 ベルリン、僕らの革命)』
現代ドイツの青年が置かれた状況が、日本と同じような失業率の上昇、年金・保険制度の改悪など階層間格差が増大する鬱積した状況にあり、脱出を求める試行錯誤が繰り広げられていることが分かる。そしてドイツにおいて「革命」が死語ではなく、ある社会的表現として公知されているところが、現代の日本とまったく異なる状況だということも分かる。ルサンチマンを抱えたドイツ青年の脱出口が、コミューン的な共同生活かネオ・ナチズムにあるということもうかがわれる。最大の差異はこうした政治的メッセージ映画がメジャーの一角を占め、全世界供給できるという彼我の差異だ。こうした映画すら作れない現代日本の閉塞状況がどこまで深刻であるかをうかがわせる。あなたはいま「革命」を宣揚する日本の青年を眼にすることができるか。
この映画は1968年のドイツを現代に甦らせようとするノスタルジックな映画だ。ことほど左様に1968年のドイツ学生運動は、ドイツの戦後責任を震撼させたことが分かる。この映画はそのようなドイツ現代史のいまに及ぶ影響を伝えていることに意味はあるが、映画そのものは、そして監督のメッセージは浅薄でなんらの現代的な有効性を持っていない。ただしそのような批判をする資格をいまの日本は持っていない。ナチの戦争犯罪への協力と加担の責任を問うた1968年の運動なかりせば、現代ドイツの国家総体としてのナチス責罪表明はなかったのだ。その同じ時に日本の学生運動は、加害責任を自覚することなく、被害と異議申し立てのレベルでしか問題を提起できなかったのだ。恐るべきことに日本は、抵抗者の戦争阻止の失敗責任を問うという信じられない言説が展開されている(丸山真男)。おそらくこの映画は、ドイツ・緑の党の基盤にある意識を表明しているのであろう。名古屋市・名演小劇場にて。観客6名。(2005/5/26
20:10)
◆IM Chan−sang『THE PRESIDENT'S
BARBER(孝子洞理髪師)』
韓国の戦後現代史の激動の渦中にあって、一般庶民が何を考えどう生活していたかがリアルに描かれている。李承晩独裁から朴正熈軍事独裁を経て全斗煥軍事独裁に至る開発独裁期は、そのまま私の青年期であり、その渦中に身を投じた幾多の学友がいた(徐勝立命館教授など)。この映画を観ると、韓国の開発をリードした主体は高級軍人か学生・知識階級であり、一般庶民の多数は翻弄されて追随していたことがよく分かる。そうした過程を経て遂に民衆が権力から自立していくことが幾つかのシーンで暗示されている。それは拷問されて歩けなくなった息子が奇跡的に歩行し始めること、そして理髪師が大統領専属を辞退して暴行を受けた表情が救われたような微笑を湛えるところである。しかし息子の奇跡は大統領の眼の一部を削ってつくられた秘薬にあるというところに、上からの近代化の二重性を見事に表現している。権力に翻弄される民衆の哀感を描いて、実は権力の虚勢を笑う相対化によって、現代韓国はデモクラシーの成熟に向かいつつあることが確かに分かる。正面から歴史を描く本格劇映画が主流であった韓国映画は、一歩引いた斜めから喜劇的に描くレベルに到達しつつある。日本の韓流ブームがいかに浅はかなものかをも実感させる。
苛烈な現代史を経て韓国民衆は日本よりもはるかに自分の足で立ちつつあるのではないか。大勢に順応して強勢に媚びへつらいながら、勝ち組・負け組競争を演じている現代の日本の哀しい競争社会は人間を根底から破壊しつつことをも逆照射される。名古屋市・ゴールド劇場にて。観客10数名。(2005/5/26
9:00)
◆左手のためのピアノ曲
ラヴェルの「左手のためのピアノ曲」は第1次大戦で右手を失ったピアニストであるパウル・ヴイトゲンシュタインの依頼に応えて書かれ、プロコフィエフも彼のために「ピアノ協奏曲第4番」を作曲しているそうだ。第2次大戦後の時期に、戦争で右手を失ったり、自動車事故その他で障害を持ったり、脳や神経に何らかのダメージを受けた人のためにこうしたピアノ曲が作曲され、特定の人に捧げられている場合が多い。
映画「戦場のピアニスト」で描かれたように戦争は音楽活動を挫折させ、また多くの芸術家の指と脳を毀損した。音を表現媒介とする音楽家にとってはまさに致命的なことだ。しかし聴覚を失ってからのヴェートーベンの凄まじい作曲活動と同じく、残された左手によって音の世界を再現しようとする障害者ピアニストの執念もまた凄まじいものがある。
盲目のピアニストが活躍するように、ここにはある欠陥が逆にその人を飛躍させる可能性が示されているが、やはり五感と四肢がフルセットで発動する時にこそ、音の世界が全的に躍動することは否定できない。しかも人為的な作為によって指や脳を破損する痛ましい打撃は戦争のもたらした回避可能な悲劇であった。おそらく将来性あったはずの多くのピアニストがこうした悲劇の果てに、世に出ることなく去っていったに違いない。館野泉『ひまわりの海』(求龍堂)参照(*館野氏は3年前に病で右手の自由を失い、12月日フィル東京公演でプロコフイエフ「ピアノ協奏曲第4番」を演奏する)。2005/5/24 19:53記す。
◆諏訪正行『Shall We ダンス?』
たまたまTVを見ていたらいつかみた映画をやっていた。諏訪氏の作品は脚本が人情の機微をうまくすくい上げてよくできており、ついつい引き込まれてしまう。庶民の日常の哀感を淡々と描きながら多少のドラマ性も入れて、最後には大団円に至る予定調和の世界は、ほのぼのとした温かいものが流れて癒やしと救いを残して終わる。現実の日常が砂を噛むような競争のなかで疲れているからこそ、なにか忘れていたのものを取り戻したかのようなホッとしたヒューマンな感情が湧き起こってくる。こうした世界は日本的情感だと思っていたが、驚いたことにいまハリウッドのリメイク版が劇場放映されている。主演はケビン・コスナーだ。アメリカ人の日常感覚にもフィットするある種の普遍性があったのだ。市場原理で何が喪われているかを示しているんだろう。要するに山田洋次のワールドを、相撲やダンスなど少し違った観点から描いているのだ。
◆Theo Angelopoulos『TRILOGY:THE WEEPINGMEADOW-ELENI』
私が最も共感し尊敬するアンゲロプロス監督の最新作、予想を裏切らない20世紀の歴史を生き抜く女性へのオマージュである。しかもその芸術的とも云えるシュールな美しさに満ちた映像が素晴らしい。ユリシーズにも匹敵する大河のような映画だ。最後にエレニは愛する者すべてを喪って天を仰いで慟哭するが、まさにあれはイエス処刑の瞬間の”エル エル アバクタニ!”に等しい人類の叫びと言えよう。歴史のただ中を生きる人間の可憐さからまっとうな試練に打ちひしがれてなおも絶望を突き抜けていこうとする姿にこそ、私は味方になりたいと思う。胸を締めつけられるような哀切がある。
20世紀の歴史の現実はアンゲロプロスの想いを裏切り続けているが、なおそのなかで必死に苦闘する者への限りない共感のまなざしがある(私が最も好きなのは『シテール島への船出』だ)。それは弁証法の映像表現とも云える。欧州の中でギリシャは独特の屈折した現代史があるようだ。ほんとうはギリシャ現代史の理解抜きにアンゲロプロスをほんとうに理解することはできないのだろと思う。予定調和の美しい人間世界を描く中国映画でもなく、ハリウッドの影響を受けつつも現代史の苛烈な現実を描く韓国えいがでもない、重厚な欧州映画の代表作となろう。名古屋・シメアテークにて。会場満席。偶然に大学の女性職員と出会った。(2005/4/30
18:37)
◆CHRISTOPHE BARRATIER『LES CHORISTES』
家庭の事情で問題を抱える子どもたちの全寮制の小学校(生徒数30数名)に舎監として赴任した元音楽教師が、荒廃する少年たちのこころを合唱によって甦らせる。痛々しく震えるような子どもたちの表情と格闘する教師の姿は教育の原点を捉えている。校長の管理方針との衝突によって解雇される教師は、おそらく日本にも共通する教育現場の対立構造と本質的に通底している。
フランス映画は学校における階級構造をバックに、こどもと連携する教師が弾圧されるというテーマが多いが、これはフランス学校教育の現代的な問題状況を露わに照射しているのであろうか。権力と対峙するヒューマンな生き方を正面から描く映画は、もはや日本映画資本状況では作れない。欧州の生活に根づいた人間的なデモクラシーの素朴な定着を実感させる。この映画をほんとうに理解するには、フランス教育事情への具体的な知識が必要だろう。それなしには単なるお涙ちょうだい感動映画に終わる。パンフの絶讃記事はそうした分析がなく、底の浅い賛辞でしかない。映画づくりが丁寧でエスプリもきいて、さすがフランスらしい佳作である。要するに私たちはフランスの文化から較べれば、とるに足りない消費文化に過ぎないということをまたも味わって映画館を後にするしかないのだ。名古屋市・ゴールド劇場にて。観客20数名。途中で大雨が降り屋根を激しく打った。(2005/4/27
00:24)
◆JONATHAN DEMME『CRISIS OF AMERICA(原題 The
Manchurian Candidate)』
原作はRCCHARD CONDON。アメリカ大企業によって体内に人工神経チップを埋め込まれた副大統領候補と、その真実を追究するある黒人青年の息詰まるサイコスリラー巨編。こうしたアメリカデモクラシーの危機に正面から挑むハリウッド映画人のスタイルも驚くべきものだ。基底にはただ単に拍手するに過ぎないマス・デモクラシーの頽廃と、財力を駆使して操作する米国財界の権力独占によってアメリカの自由と民主主義がもはや内部から崩壊しつつある状況がある。映画批評はマインドコントロールに焦点を当てているが、それはそれとして面白いが、この映画の真の狙いは米国大統領そのものにある。
思えば多くの政治家が暗殺されて血なまぐさい陰謀のドラマとしてホワイトハウスはある。ケネデイー以来からいったい何人の大統領とその候補が殺害されてきただろうか。その真相は闇に包まれておそらく永遠に明らかになることはないだろう。現大統領・ブッシュがその無能を最大限に軍需企業に利用されて戦争ゲームを熱演している現状を鋭く告発している。
この映画はもはやアメリカン・デモクラシーがなんら世界のモデルではないことを白日の下にさらけ出している。東アジアの大平洋に浮かぶ島国が忠犬ポチ公として媚びへつらっている現状をも二重に写し出している。「帝国」の命脈は尽きて斜陽の中で沈みかけている。そうした実態を描き抜くことによってまた最大の利潤を挙げようとするハリウッド資本のあくなき利潤極大化戦略にも唖然とするほかはない。第1級のエンタテイメントである。
私は久しぶりに名古屋市外の映画館でこの映画を観た。稲沢市の田んぼの中に巨大な大型量販店とシネコンが同居している郊外型複合アミューズメント施設だが、巨大な館内に観客は私を入れて僅か3名。ユニバーサル資本は赤字を抱えておそらく撤退するのではないか。それは日本映画を席巻している米国映画資本の敗北をも意味するだろう。どうかそうあって欲しいと願いつつ映画館を後にして、国府宮神社で開催されている植木祭りに顔を出して帰途についた。(2005/4/21
17:27)
◆霍建起『故郷の香り』
原作はノーベル賞に最も近いと云われる莫言『白い犬とブランコ』(他に『紅い高梁』や『至福の時』など)。監督は『山の郵便配達』『藍色愛情』『ションヤンの酒家』などで知られる。中国農村のえもいわれぬ美しい風景は私が育った岡山へのノスタルジーをかき立てて故郷での生活と遙か昔に失った何か大切なものを想い起こさせて胸を締めつける。昭和初期までの日本の農村の情景が浮かび上がってくる。パンフは絶賛の嵐で満ちていますが、こうした忘れ去られた農村の美しさの裏に実に残酷なものがひそんでいることを指摘している人はいません。現代中国映画は近代化の渦中での都市と農村の離反と対立をある痛みを以て描くものが多いようです。故郷を捨てて都市に向かった者たちのこころの裡にある悔恨のような心情と、そしてなお都市を捨てて農村に回帰することができない痛みのような心情・・・・。
監督も俳優も北京電映学院という日本では想像もできないエリートでありながら、なぜこうした農村風景讃美の映画を撮り続けるのだろうか。おそらく現代化する中国の都市生活が極めて乾いたものに陥っていることの証左であろう。私たちは市場経済化でマネーゲームに励む中国を知っているからこそ、こうした人間の本源的なものへの慈しみに満ちた映像を単純に受けとることができないのだ。そこにおそらく現代中国のジレンマがあるのだ。特に陳凱歌監督の軌跡はなんともはや虚しい虚栄の道に踏み込んだかに見えて私は暗然とする。しかしこの監督は、あくまで視線を現代化の過程に翻弄されて歴史の中に埋もれていく民衆に対する切ないまでの同伴意識がある。しかし彼はやはり同伴者ではないのか。
いずれにしろこの映画は現代化と市場経済化の過程で、いかに怒濤のような変動が農村部に押し寄せ、原始的貧困にある農村部の近代化をどのように切り開いていったらいいのかという視点に踏み込む一歩手前で留まっている。残念ながら・・・・・。名古屋市・シルバー劇場にて。観客20数名。外に出たらかなりの雨が降っている。(2005/4/12
17:24)
◆アリヴァー・ヒルシュピーゲル『ヒトラー 最後の12日間』
ドイツ第3帝国最高司令部崩壊の最後の12日間をリアルに描いた大作と言えようか(上映時間2時間30分)。原作はヒトラーの女性秘書として奇跡的に生き残ったユンゲ『ヒトラー 最後の12日間』(6月岩波書店刊行予定)。すべてを目撃した秘書がヒトラーの自殺に至るまでの事実を赤裸々に描く。5000万人を殺害に至らしめた第2次大戦の最高指導者のあわれな末路。崩壊する最高司令部の阿鼻叫喚。ドラマとしてみれば最高のエンタテイメント(!)であろうが、この映画をめぐっては賛否両論がぶつかるだろう。ヒトラーと側近の人たちの最後の瞬間を極めて人間的に描写しているがゆえに、悲劇的敗者の美学とも見えるし、独国防軍を優れた軍人として描き、ネオ・ナチのルサンチマンと復讐を煽る効果を持つという評価があり、他方では敗北と滅亡の惨劇から戦争の愚かさを実感させるという評価まで。秘書ユングの自己免罪的な発言も織り込まれて、特にユダヤ人の反発は強いのではと想像される。例えば「ドイツはユダヤ人大虐殺の歴史を取り繕い美化している」(エルサレムポスト紙評)や「殺人鬼の人間性を振り返る必要など、どこにあるのだろうか」(ターゲスシュピーゲル紙評)などにみられるように。
率直に云って私も、ヒトラーの最後の瞬間という特定の場面を凝縮して取りあげる現代的な意味がどこにあるのかーよく分からない。ただしドイツが第3帝国と独裁者を客観的に見る視点が確立され、もはや2度とあのようなファナテックな時代を繰り返すことはないだろうと感じられた。それは同じ第2次大戦を描く日本の特に東映系の映画が、最高指導層を美化し死者を英雄化する戦争をいま以てつくっていることとの大きな差異にある。日本では絶対に描けないタブーの領域を冷静大胆に描くドイツの姿勢は、反ブッシュの独自の道を行く現代ドイツの意識をうかがわせる。名古屋・東宝会館試写会場にて。観客4名。名古屋名演小劇場8月上映予定。(2005/3/28
17:44)
◆民藝『火山灰地 第2部』
家族3人でみる。やはりこの演劇は、1943年という戦前新劇の解散直前という緊迫した戦時期での上演への想像力が必要だ。検閲と奴隷の言葉を通した時代批判はこのレベルでさえ権力の弾圧を免れることはできなかったのだ。科学者が家族の崩壊という受難を覚悟して、自らの学問的良心を貫く最後のシーンは圧巻であった。政治・経済・科学の全領域を通して大河的に描かれた戦前期の反ファっシズム演劇の代表作。現代に通じる覚悟のあり方を問う。原作に忠実な再演なので、前半部の北海道弁が飛び交うストーリーは分かりにくい。戦前期に上演された時にフィナーレで、観客が万歳を叫び、場内一斉に唱和したそうだが、そうした緊迫感は現在ではない。劇団・民芸が総力を挙げて日本の現在を撃つ力作である。東京芸術劇場・中ホール。満席。終了後に新大久保の韓国料理屋で鍋物を食べた。偶然歴教協の小出氏と遭遇する。(2005/3/27)
◆JEAN-PIERRE JEUNET『A VERY JONG ENGAGEMFNT』(ジャン=ピエール・ジュネ『ロング・エンゲージメント』)
原作はセバスチャン・ジャプリゾ『Un Long
diamanche de financailles(長い日曜日)』。91年に出版されて全仏ベストセラーになり、ワーナーブラザースが映画化権を取得して35%を出資し、作品の国籍は米国で、フランス国立映画センター(CNC)の女性対象とはなっていないが、生粋のフランス映画だ。ハリウッドが出資するフランス映画ははじめてだ。第1次大戦の戦場で死んだと公告された恋人との奇跡的な再開に至るラブ・ロマンスであるが、その一途な探索の過程に戦争の惨劇がリアルに浮き彫りとなる。特に長期にわたるミゼラブルな塹壕戦の凄まじい陰鬱さは表現しがたい。レマルク『西部戦線異常なし』は独軍側からの描写であり、最後に月光に照らされる百合の花に手を伸ばした主人公が撃たれて終わるラストは戦場の虚しさを伝えて白眉をなすが、この映画の塹壕戦は映像美に満ちている。
戦線から離脱せんがために、妻を孕ませるよう休暇中の戦友に依頼する話を頂点にした、戦争下での人間のそれぞれの追い詰められたふるまいが、戦争の虚妄をあぶり出す。夫を見頃にした上官を殺害してギロチンの処刑を受ける妻のシーンも凄まじい。最後に記憶を喪失して無心に戯れている恋人に再会して見つめる視線は神のような神々しさにあふれている。やっぱり世界はフランス映画の水準を抜くことはできないとつくづく感じさせて溜息が出てくる。フランスを含む欧州文化の重厚さは如何ともし難いものがある。主演女優のオドレイ・トトウを中心とする俳優の演技がまたまた素晴らしい。どうもこの映画の迫真性をこれ以上表現する言葉が見つからないのでこれでやめる。24日付け朝日新聞夕刊の映画批評欄はさすがプロだと感じさせる。名古屋市・ピカデリー劇場にて。観客5名。宣伝に惑わされている日本人はやっぱりこういう映画は観ないのか。日本はますますつまらない国になっていっている。(2005/3/24
20:42)
◆PAUL FEIG『I AM DAVID』
東欧社会主義国・ブルガリアの政治犯強制収容所から脱走した少年が、波瀾万丈のドラマを経て、ギリシャ・イタリア・スイスを経て遙か北方のデンマークにいる母親の元へ帰還するという自由への脱出の物語。東欧の強制収容所を描いた映画ははじめてである。原作は63年に世界的ベストセラーとなったアネ・ホルムの『デビッド』という児童文学。63年という年に注意して欲しい。米ソ冷戦の最中であり、こうしたソ連圏の暗部を描けば反共のレッテルを貼られて作家活動は制限を受けた時代であり、まだソ連など社会主義のイメージに希望を託した人たちが全世界にいた時代である。原作発表時もデンマークでは大きな議論が巻き起こったという。原作では、デンマークを王様がいる自由の国として再三描いている。おそらく原作者も反共的な傾向を持った人であろう。当時上映されていれば、米国よりの反共映画として冷遇されたであろう。原作はいち早く米国で『North
to Freedom』という題名で英訳されアメリカでは特に読まれたという。
スターリン型社会主義が一敗地にまみれて挫折し、その権威主義的構造が赤裸々に明らかになった現在では、ごく自然に抑圧からの自由というテーマを素直に受け取ることが出来る。1952年に国際人権連盟は、中東欧に約400カ所の強制収容所があると発表している。時代は変わったんだということをしみじみと受け取るだろう。オールド・コミュニストにとっては自らの来し方を振り返って砂を噛むような苦さを味わうことになるかも知れない。
ナチズムとスターリニズムは、現代の矛盾が生み出した鬼子として客観的に評価できる時代に入ったからこそ、この映画の自由への憧れに生き生きと共感できるのだ。私たちは作品評価のある基本的な問題にぶつかる。原作者の意図とは無関係に、時代の変化の中で作品それ自体が作者から自立した客観的な対象として規定されるということをどう考えるかということだ。あまたの若い映画評論にはこうした分析視角は露も登場しない。あくまで時代に直面した個人の自由とヒューマニズムの讃歌として手放しで褒めたたえている。
それほどこの作品のシナリオと演出と俳優の演技が素晴らしいのだ。石鹸を盗んで銃殺される少年に替わって、身代わりとして銃殺される囚人の崇高な選択は、あたかもアウシュヴィッツのマクシミリアン・コルベ神父を想い起こさせ、そして少年を脱走させたのが囚人を銃殺した監視官であったということ、少年がさまざまの出会いを通じて人間への本源的な信頼を恢復していく過程は、殺伐とした現代でヒューマンであることの意味を想起させて感動する。すべてブルガリアでのロケだそうだが、この国がこんなに美しい自然を持つ国とは知らなかった。見終わって、アスファルトとコンクリートの殺伐とした非人間的な街が違って見えるだろう。この作品を映画化したハリウッドの意図もそこにあるだろう。しかし事態はもっと複雑だ。こうしたヒューマンな映画をつくるハリウッドは、第3世界への野蛮な暴力をごく自然に行使する帝国のふるまいを批判はしない。自由の錯綜した意味を探求することなにし、この映画への感動を一途に味わうことは実はかなり偽善的なことであるかも知れない。この映画をイラク人はどう見るであろうか。イラクでは劣化ウラン弾の影響で、白血病や小児奇形が7倍に増えている。監督が、実はイラク侵略への批判をも込めているとしたら、ハリウッドは底が深い。真実は分からない。そうした意味でこの映画は、抑圧と自由という普遍的テーマを描いている。国歌を歌わないと処分するぞ!と脅かし始めた東アジアのある国もまた例外ではない。名古屋市・名演小劇場にて。観客は20数人か、意外と多い。(2005/3/19
16:40)
◆Imanol Uribe『Carol's Journey』
原作はアンヘル・ガルシア・ロルダン『夜の初めに』。久しぶりのスペイン映画。1938年のスペイン内戦の最中の片田舎で展開される村人たちの葛藤を背景に、成長していくけなげな少女の物語である。まずこの少女の眼差しが素晴らしい。自立への確かな指向をからだ一杯に感じてけっして妥協しないキリッとした表情は魅力溢れるものがある。村は地主階層を基盤とする王党派と貧困層を基盤とする共和派の対峙を反映して、カソリック教会の隠然たる支配力を描きながら、戦場とはならないまでも内戦の不安な状況にある。
『ミツバチの囁き』から『蝶の舌』をへてこの作品へと連なる一連のスペイン映画のピュアーでヒューマンなタッチはいつもこころ温まる佳作を生み出している。フランコ反乱軍の勝利を聞いて、プラトン『共和国』(日本では『国家』と訳されているか)を焼却するシーンは印象的であった。いったい日本の歴史の中で、書籍を焼却処分しなければ生きることが危うくなるという体験があるだろうか。治安維持法下のコミュニズム文献ぐらいであろう。欧州ではある一つの思想を持つことがじつは命がけの行為なのだという体験としての歴史があるのだ。思想や書籍は飾り物や机上の思索物ではなく、自分自身の生活生命そのものとつながっている存在なのだ。
欧州の底深い文化の蓄えの目に見えない重さが伝わってきて、流行思想を追い回す日本の浅薄な文化に恥じらいの感情を持たざるを得ない。つい数十年前は鬼畜米英と言って英語圏文化を攻撃していた日本は、いまやあっというまにニューヨークとハリウッドに追随して媚びへつらっている。
少女の父は、リンカーン大隊に「義勇軍」として参加するアメリカ人であるが、ここにはアメリカ・ヒューマニズムの最も良き伝統が覗いている。アメリカの底の浅いヒューマニズムへの批判をちらりと覗かせながらも。少女の初恋の相手の少年が殺害されて、別れのシーンで幻影として登場するときに、この少女は涙をこぼさないのである。アジア系の映画では絶対にこのような演出はしない。しっとりと濡れたひとみですすり泣く演出をするだろう。卑怯なことや間違ったことを毅然と拒否する少女は、すでに自立したひとりの女性の入り口に立っているのだ。情感あふれる演出で観衆を泣かせるアジア系映画の質を自覚せざるを得ない。この少女の死せる初恋の青年の幻影への微笑は、私たちに映画館を出た後で強く生きようという勇気を与える。
”人生はかくも味わい深く、恐ろしく、魅惑的で、すさまじくもあり、甘美で苦いものだ。そして我々から見て、すべてを兼ね備えている”(アナトール・フランス)という言葉の意味がしみじみと伝わってくる映画ではある。そしてこの映画は、無垢なある少女の成長物語であるが、裏には人間は美しくもあり汚いものだという、人間の天使性と悪魔性の二重性を大人の世界をのぞき見るように教えている。実はこの映画には、スペイン語で最もおぞましい隠語が使われている。Caza(カーサ)は、「狩り」が原意だがここでは共和派を拉致する意味で使われ、paseo(パセオ)は「散歩」が原意だがこの映画では拉致した共和派を闇に紛れて処刑する意味で使っている。少年の父親は、共和派として村人から処刑されたのだ。
スペイン内戦がスペインの現代史に深い傷跡を残したことをこの映画は伝えている。それはフランコ派を糾弾するだけでなく、それに暗黙の支持を与えた広範な民衆がいたことを示している。そのような過去の罪責への記憶が、スペイン軍のイラクからの撤退という選択に至った背後にあることは疑いえない。名古屋市・名演小劇場にて。観客5名。(2005/3/14
20:06)
◆興福寺国宝展(岡崎市立美術博物館)
本日は先ず知立の三河仏壇組合理事長の所へうかがって産地調査の協力をお願いした後に、岡崎に向かい興福寺国宝展を見た。岡崎市立美術博物館は、岡崎市を一望できる郊外の丘陵地の広大な敷地に広がる総合公園の中にある。スポーツ施設や文化施設が一堂に集結した様は圧巻であるが、こうした立地と設計は若者と中年には魅力があるが高齢者にとってはどうなのだろうかと疑問を抱いた。美術博物館も全館ガラス張りの現代建築であって、江戸期以来の岡崎の伝統は全く感じられない。美術博物館は少なくとも、岡崎城近辺の岡崎公園内に立地すべきではなかったか。
興福寺国宝展は、日本美術史と日本史の教科書に必携の作品が陳列され圧倒する力感があった。奈良・南都仏教は力強く、ほとんど宗教的な色彩はない。まるで戦士や格闘家のイメージである。やはり朝廷や貴族階級と結合した権力指向型仏教であったことがよく分かる。ちから弱き悩める普通の民衆の仏教ではない。彼らのほとんどは中国からの渡来者又は中国派遣留学生の出身であり、当時の日本のインテリゲンチャが中国知で武装していたことがうかがえる。まるで現代の米国留学ではないか。彼らが激しく法然や親鸞教を攻撃した理由は、おのれの知的番犬としての地位を脅かす者への恐怖であったろう。(2005/3/12
19:26)
◆フジ子・ヘミング(64)とイ・ヒア(17)は現代の奇跡だろうか
韓国人の女性ピアニストであるイ・ヒアさん(17)の両手には指が2本づつしかなく、足は胴から少しだけ伸びているだけだ。グランドピアノは彼女の足に合わせた特性のペダルが設置されている。彼女の父は、韓国兵としてベトナム戦線に派遣されそこで枯葉剤を浴びて、その傷跡を娘の身体に刻印してこの世を去った。ヒアさんの豊かな音楽的感性は、このハンデイキャップを乗り越えて見事なピアノ演奏を繰り広げる。ふだんの彼女は、4本の指で携帯電話を自由に操り、年頃らしく入念に鏡で顔と衣装のチェックをする笑顔いっぱいの可愛い少女だ。英国の作曲家・エルガーの「愛の挨拶」では、フレーズの変わり目や新しいシーンの登場ごとに共演のバイオリニストと呼吸を合わせるポイントがあるが、そのポイントごとに客席から「オーッ!」という歓声が沸き起こる。呼応する聴衆の反応に刺激を受けた演奏に一段と熱がこもり、最後に近づくとさざなみのような拍手が終演とともに爆発的な喚声と指笛に変わる。ヒアさんはゆっくりと靴を履いてステージの中央に進み、共演者と抱擁して互いを讃え合う。彼女に対する賞賛の拍手がいつまでも続く。
美しい光景ではないか。殺伐としたこの世の傷を全身に刻印された人間が、なお「私は生きる!」と心に期してどこまでのことがやり遂げられるかを示している。彼女に対する拍手はもはや同情ではない。それは他者を圧倒する人間の持つ本来的な尊厳の証しを目の前にしたときの崇高な畏敬の念だ。かってTVで全盲の男性ピアニストが、まるで眼が見えるかのように弾奏しているシーンを見て衝撃を受けたことがあるが、今回の姿ははるかにそのレベルを超えている。「4本指のピアニスト」が贈る「愛の挨拶」は文字通り、神がもたらしたかのようなメッセージとなって観衆の耳を撃つ。以上バイオリニスト・松野迅氏のエッセイ参照。
小学館からたった980円でフジ子・ヘミングのCD付き雑誌が売られていたので購入した。彼女はロシア系スウエーデン人を父に、日本人を母に生まれ、父と生き別れて母の元で無国籍者として育ち、数々の国内コンクール賞を受賞して天才少女と騒がれたが、無国籍ゆえにデビューの機会はなかった。バーンスタインに演奏を評価され、初めてのリサイタルの前夜に風薬で聴覚を失いどん底に落ちた。以後30年間は極貧のうちに難民資格で欧州を流浪し、母の死によって日本に帰国した後、再起をめざして演奏活動を上野奏楽堂で開始し、NHK「フジ子ーあるピアニストの生涯」で99年2月にブレイクする。まるでベートーベンのような劇的な半生であるが、私は彼女のCDを初めて聞いて、今までの演奏とは全く異なる悟りを開いたような気高さを覚えた。まるでピアノの音を通して来世から聞こえてくるような、不思議な音だ。healingといってもいい音がある。リストとショパンを弾くために生まれてきたと云われる彼女の演奏は、プロ批評家から賛否両論が巻き起こっているそうだが、私には評論の声はどうでもいい。そこには、イ・ピアさんと同じく、逆境を撥ね返して生きようとする強靱な意志の力が静かに流れているからだ。彼女たち2人は、荒廃する世にあって沼地に咲く一輪の蓮花ではないか。フジ子・ヘミングは、「追い詰められると神が手を差し伸べてくれる」という。神が手を差し伸べたのは、障害に抗して限界までみずからを捨てなかった者に対してである。ただし美の女神は、自らを讃える者をそのハンデイのあるなしで評価はしないことも確かであろう。(2005/3/11
10:13)
◆フォト・ドキュメンタリー 広川隆一『反テロ戦争の犠牲者たち』(岩波書店)
つい2,3年前まで世界の耳目を集めたアフガニスタンのニュースが流れることはほとんどなくなった。現地では世界最大の麻薬産地が復活し、GDPの大きな位置を占めているという。その程度の情報が伝わってくるが、そこに生きて生活している人たちの姿を眼にすることは絶えて久しい。次いで戦火にまみれたイラクのニュースも徐々に一面には登場しなくなった。相変わらずNHkは自衛隊の献身ぶりを報道している。あらためて世界が注目するのは、現地が戦闘の渦中にある時の阿鼻叫喚であって、ほんとうに営々とは生きている戦前と戦後については情報社会は沈黙するのだということを肌身に滲みて感じる。戦火の真っ只中の即自的な悲しみと次元が異なる葛藤が繰り広げられていても、世界は結局のところ見捨ててかえりみないのではないかとつくづく思う。しかしほんとうにルサンチマンが積もっていく過程は戦時ではなく戦時に到る過程と戦後のなかにこそある。華やかな帝国権力の対極にある、歴史にほとんど生きた証を刻み込めない無数の名もなき人々が、自分の生の意味さえ考えるいとまもなくこの世からあっさりと姿を消していく事実を知れば、あのヨブが真っ向から神に問うた疑いの言葉を思わず漏らさざるを得ない。
爆撃で完全に廃墟と化した瓦礫のうえに、風にあおられて震えている千切れた旗は死者を悼んでいるのか・・・
寒さと飢えにもはや輝きを失ったひとみをまっすぐに向けているこの幼子に明日のいのちはあるのか・・・・
(TVからは新たに開店した三越のしゃれた店に群がる人の嬌声が流れてくる)
爆撃のショックで言葉を失った少年が奇妙な声をあげながら鞭を振りまわしている・・・この少年にとって世界とは何か
ラマダン開けで首飾りを着けている少女の表情は、もはや人を寄せつけない険しさでキッと前方を凝視している・・・・あなたを温かく抱きしめる母親はもうこの世にいないのだ
重武装した米兵はあたかも自分が武器の一部であるかのような無機質な表情で照準を合わせて引き金に手を掛けている・・・・
監獄の針金の窓に自分の衣服をちぎって縛りつけている女は、自分の衣服に家族が気づくのをジッと待っている・・・・
家宅捜索する米兵を母親に抱かれて見つめる女の子の視線はもはや恐怖を超えて、母親と同じような憎悪に満ちている・・・
破壊され尽くした瓦礫に埋もれたわが家を黙って掘り起こしている老人の背後には明るい空が広がっている・・・・
古本屋で半額で手に入れたこの写真集に見入りながら、私はどうしても超えられない溝があることに気づく。それは私がついにして眺める人であり、眺められている人から何かを問われているにもかかわらず、私が無力であることを。そうしてこうした写真を撮影している写真家の目眩くような特権性に。芸術は飢えて死んでいく人にとっての料理の本であってはならない(サルトル)という言葉は、哀しいけれどもまだまだ有効だ。「芸術」という言葉を、自分自身の選んでいる仕事や立場に置き換えて、自問する時代はまだ依然として続いている。(2005/3/9
20:32)
◆安井仲治展・他者へのまなざし「流亡ユダヤ」と「北方のエミグラント」
1930年代の日本の写真家・安井の名前は全く知らなかった。また丹平写真倶楽部も満州写真作家協会も初めて聞いた。安井は関西で前衛的な写真表現を牽引して、ドイツの新即物主義の影響を受け、客観描写を主張する新興写真運動を推進し、記録性と主観の新感覚を込める新たな潮流を創りだしたそうですが、ファッシズム全盛と戦争システムのなかで報国国策の潮流に沿いつつ抗うような作風を展開しています。この写真展は彼らの戦争協力写真は意識的にすべてカットしてあるのではないでしょうか。
あの荒れ狂う軍国主義体制のなかで、このような冷徹なヒューマンな視線が維持されていることに驚きました。欧州から杉原千畝のビザによって逃れてきた流棒のユダヤ人居住区の幼い瞳は痛烈な光を放っています。時の政府はこの写真を敗北する民族の哀れな姿と評したそうですが、写真は抑圧された被虐の民族の表情の真実を切りとっています。満州での白系ロシア人の開拓村の写真も歴史に翻弄される者の生活を切りとっています。私はあの戦時期にあって芸術家がどう身を処するかー今も問われる現代的な問題を写真から受け取りました。名古屋市美術館・展示会最終日の日に。白川公園のホームレスのテントは、綺麗に片づけられ万博に向けて街は化粧を開始している。こういう風景を現代写真家は鋭く写さなければならないと思った。
付言)流亡ユダヤ人たちの神戸での姿を見てその服装に注目する。彼らはほとんど全財産をはたいて出国したにもかかわらず、街を歩く服装はフォーマルな正装に近い。子どもたちの服装も毎日の遊びに近い服装ではなく、きちんとネクタイをしたフォーマル服に近い。おそらく欧米での服装の位置づけが、他者の視線に晒されるときの自己の尊厳の維持として大きな意味を持っているのだと推測する。だからこそ、腕に囚人番号を入れ墨され、横縞の服でいる強制収容所の囚人服は、自己の尊厳をすべて剥奪された者の痛ましい姿ではないだろうか。欧米人にとっての横縞ファッションは、神に逆らった最大の犯罪者として処遇される最も惨めなファッションなのである。(2005/3/6
20:23)
◆[ケヴィン・マクドナルド『TOUCHING THE VOID 運命を分けたザイル』]
原作はジョー・シンプソン『死のクレパス アンデス氷壁の遭難』(岩波現代文庫)です。ペルー最大の未踏壁シウラ・グランデ西壁に挑戦し、初登はんに成功するが、下山途中に遭難。ペアーの1人は相棒と結んだザイルを切断して帰還するが、マグドナルドは滑落後に自力で奇跡的な生還を果たす。このような極限状況での行動は登山教程に詳細に記されているだろうが、相棒のザイルを絶つという行為ができるかどうか。山岳文学の定番的なテーマであるが、その描写は凄まじい。『八甲田山死の彷徨』をはるかに超えるドキュメンタリータッチの映画である。生還後の2人のインタビューを交えながら描かれるので、より迫真性を高めている。私の夏山登山の記憶を懐かしく回想しながらみたが、山男のスピリットは普通人には理解しがたいところがあることは確かだ。名古屋市・シネマテークにて。会場満席。(2005/3/5
19:13)
◆WALTER SALLES『Behaind the Sun』
原作はアルバニアのイスマイル・カダレ『砕かれた4月』をサレス監督が1910年代のブラジルに移して翻案したものだ。いつみてもラテン・アメリカの作品は濃密な情念の人間の原初的な生命のエネルギーを感じる。ガルシア・マルケスの『予告された殺人の記録』を想い起こした。近代理念では説明できない土地と血に呪縛された人間たちが、尊厳を賭けて必死に生き抜いていこうとする悲劇は、日本や米国の浅薄なドラマを吹き飛ばすような圧倒的な迫真力がある。しかしその内実は、大地に刻印された極限の労働を営々と反復しながら、土地とファミリーに唯一の価値を認めて、互いの誇りを貫く虚しく非生産的な殺戮に過ぎない。その虚妄を分かった上で呪縛された精神は復讐の蟻地獄を選択していく。運命を使命に変えて自らの生存の証しを求めるのは、実はギリシャ悲劇の世界に他ならない。
こうした世界の虚妄を冷笑し嘲笑うことは簡単だが、そこに説明できない妖しい魅力と吸引力があるのはなぜだろうか。彫りの深い哲学者と女神のような風貌の俳優と暗く沈んだタッチの映像は、人間の底に潜む情念を照射して剥きだしにする。そこに得も言われぬ魅惑があるのだ。暗い情念が生きる力を与えるラテンが、同時に底抜けに明るいラテンと共存しているところに際だった文化の個性がある。そして現代のブラジルが依然として前近代の共同体の呪縛を抱えて苦しんでいることが分かる。欧州・韓国に次いで自らの文化的出自への矜持を示して、浅薄なハリウッドを圧倒する映像に巡り会えたことが嬉しい。名古屋・シルバー劇場。観客3分の1程度。それにしてもこういう映画を観にくる人がいることに、なぜかホッとする。
追記)この映画を理解するためには、ブラジルの家族間争闘を描いたルイズ・アギアール・コスタ・ピント『ブラジルの家族闘争』(1940年)が必読書のようだ。そこに登場する掟の一部を紹介する。
▽復讐はいかなる時も高貴な人間の義務であり、避けることができない任務である。これに従わない者は永遠に追放される。そして一人の恥辱は家族全体の恥辱である。
(2005/2/27
19:44)
◆『創作喜歌劇・夏の夜の夢〜嗚呼!大正浪漫編〜』
シナリオは黒テント監督・山元清多、演出・斎藤敏明による名古屋発オペレッタ。シェイクスピアの原作を大正浪漫風にアレンジした抱腹絶倒の喜歌劇というところですが、名古屋の客は笑いが少ないですね。私ははじめてオペレッタを見ましたが、こんなに面白いものとは想像しませんでしたし、名古屋のオペラ俳優の技術がこれほど高いものとは思いませんでした。あっというまに2時間半が過ぎました。それにしてもかって70年代を風靡した前衛劇団である黒テントは、いまやこんなメジャーな商業演劇に進出しているのですね。西洋音楽が日本に来て100余年が経とうとする今、日本人によってはじめて書かれた喜歌劇だそうです。
大正浪漫は、大正デモクラシーをバックにはじめて日本で自由が謳歌された時代ですが、それはまた戦争と革命の前の束の間のものでした。いまなぜ大正浪漫か、相当の現代史認識が求められます。オペラの世界もまた鋭い危機意識を持って現代を生きていると知りました。名古屋市芸術創造センターにて。会場満席。(2005/2/25
21:13)
◆伊勢真一『朋あり 林 英哲』
太鼓ソリストとして活躍する林英哲を描いたドキュメンタリー。太鼓を通しての異文化コラボレーションの可能性を探ろうとする彼の求道の姿が伝わってくる。哀しいかな、やはり映画では限界がある。ライブでないと伝わらない部分がある。彼の語りを聞いていると、ナイーブな青年で太鼓一途に取り組んでいる気持は伝わってくる。残念ながらオ−ラのようなものが漂っていない。大自然のなかでのいのち、母の胎内での心臓の音と太鼓の音の同一視などアニミステイックなイメージを追求していることも分かる。
彼がなぜ佐渡・鬼太鼓座を出て鼓童を結成し、さらにソリストになっていくのかーその辺りの葛藤の過程は全く描かれないので、ただ美しい映像と太鼓の音のみが響き、実は深さがない。もっともっと人間・林英哲を描き抜いたならば、この映画は凄みが出ただろうと思う。彼の活躍と並行して鬼太鼓座の姿が消えていったのを私は惜しむ。名古屋市・シネマスコーレにて。観客5人。(2005/2/21
18:59)
◆『木村伊兵衛写真全集 昭和時代 第2巻(昭和20年〜29年)』
大須の古本屋に新しく「人生書房」というのがオープンしたのは最近だろうか。古本屋の連なった通りから少し離れて注意しないと気がつかない。私はどんな店なんだろう、と思って覗いてみたらなかなかの品そろえであった。大須のメジャーな店とは少し違い、何か品のようなものを感じさせる。ひとわたり店内を歩いてひょっとみると、木村伊兵衛の写真集(筑摩書房)が2500円という半額以下であったので購入した。壮年期のまだ写真家としての生活が苦しい時期の木村が、何か醒めた目で敗戦直後の焼跡闇市時代から朝鮮特需に至る戦後日本の日常をリアルに切り取っている。
空襲で建物が崩壊し、視線を上げれば青空しか目にすることができなかった時代の街がある。そこには戦争の抑圧から解放された明るい表情というよりも、食べものと職を求めて生き抜いている笑わない引き締まった表情の庶民の顔・・顔・・・顔・・がある。ビルや建物がないかわりに人間そのものが主人公として地上に噴出してきたような感じだ。しかし立ち上がる民衆といった戦後民主の息吹きは一切なく、あるのは生き抜こうとする民衆の日常だ。ただし靖国神社に向かって最敬礼する国民服とモンペ姿の3人連れを背後から撮った1枚には、英語で”OFF
LIMITS"(立入禁止)と記した看板があり、戦争の記憶と権力の交代を鮮やかに浮かび上がっている。この写真集に登場する子どもたちは私自身だ。ヨレヨレの半ズボンを履いて穴だらけの汚れたシャツに汗を垂らしていたわたしの子どもの時代だ。野原を駆けめぐって遊び、紙芝居をドキドキして見つめ、傷痍軍人の何かもの哀しい軍歌のアコーデオンに見てはならないものを見たような気持ちを抱いたあの時代だ。でも不登校とか陰湿なイジメとか引きこもりとか、そんなものはかけらもなかったように思う。大人たちが価値観が大転換する激動を必死で生きているとも知らず、子どもたちは野山を生き生きと走り回った。それからたった15年で高度成長を迎え、今では仰ぎ見れば人間を威圧するような高層ビルがそそり立ち、街は無表情な顔をした群れが忙しく耳になにかモノをあてて必死で言葉を言い合っている喧噪がある。青空は消えてしまったなかで、私たちは人間ではなくモノを見るようになった。ひょっとしたらこれは60年前の廃墟が形を変えて巨大なB29となって襲来しつつあるのではないか。あの巨大なビル群がいまにも音を立てて崩れ落ちてきそうな気がするなかを私は歩いていく。そして港をみれば、日の丸の旗をうち振りながら戦場へ向かう軍人をみんなして見送っているではないか。なんだろうこれは・・・・? 60年前に我らの父母の世代がやっていたことをまた繰り返しているような気がする。そんなことを思いも知らず考えているわたしの側を、若い男女がさざめき合いながらキスをして嬌声をあげて通り過ぎていった。いったいこの60年間はなんであったんだろう・・・・・。わたしは何をやってきたのだろう・・・・。(2005/2/7
20:42)
◆ヴィスコンテイ『栄光の日々』(1945年)
ヴィスコンテイを含む4人の監督が共同監督したANPI(イタリア全土パルチザン協会)制作の反ナチ・プロパンガダ映画であり、47年にローマで上映されたのを最後に行方不明となり、96年に復元されて、日本では初公開の作品である。イタリアの反ナチ解放を描く。44年3月23日の午後、GAP(愛国行動グループ)がドイツ軍SS部隊を襲撃し33名を殺害。その報復としてケッセルリンク将軍はSS死者1名に10名のイタリア人を24時間以内に処刑せよと命令。翌日にローマ市郊外のアルデアテイーネ洞窟でSS隊は335名のイタリア人を銃殺し、その痕跡を隠すために入り口を爆破。惨劇の犠牲者は、ローマ市警察本部長カルーゾと秘密警察班長コッホ等の対独協力によって集められた。ドイツ敗北後の45年6月4日に開始されたコッホ裁判で、ヴィスコンテイは「コッホの秘密警察に連行され銃殺の脅威にさらされた」と証言し、コッホは即日死刑宣告を受けた。コッホの対独協力でローマで逮捕された抵抗運動家は435名であり、うち29名が洞窟で虐殺された。翌6月5日午後2時に多数の抵抗運動家を銃殺したブラヴェッダ城塞の処刑場に引きだされたコッホは、夏草の茂る土手に後ろ向きに椅子にまたがされ、背中と後頭部を狙って首都防衛隊銃殺班2列17名の銃口が一斉に火を噴いた。
コッホ処刑の前に、逃亡を図った警察本部長カルーゾはパルチザンに正体を見破られローマへ回送された。44年9月18日に開始された裁判で、早朝から裁判所を取り囲んだ群衆が、鉄柵を乗り越えて法廷の中へ乱入し、証人である刑務所長カッレッタに掴みかかり、失神したカッレッタを街路に引きづりだして市電で轢き殺そうとしたが果たせず、怒った群衆はカッレッタをテーヴェレ河に投げ込み、水の中で息を吹き返したカッレッタを何度も沈めて溺死させてしまった。溺死体はレジーナ・チェーリ刑務所の正面脇の鉄格子に吊された。この事件によってカルーゾの裁判は延期され、9月20日に死刑判決が下されて3日後の23日に首都防衛隊銃殺班によって処刑された。カッレッタの殺害シーンは、撮影されなかったのか、復元されなかったのか分からない。有楽町・朝日ホールにて。河島英昭「ヴィスコンテイと抵抗戦線」(『図書』05年2月号)参照。
裏切りに対する凄惨な制裁が展開される。すべて実話である。ムッソリーニは愛人と一緒にローマの広場に逆さに吊されて虐殺された。ヴィスコンテイの映画で、戦争直後に農民が鎌を手に戦争協力者を虐殺するシーンが登場して、私はギョッとした覚えがある。フランス映画でも、対独協力の女性がハサミで髪を切られ泣きながら街を見せ物になって歩かされるシーンが登場する。目には目を!歯には歯を!というイスラム原理は同時に欧州の原理でもあったのだ。責任に対する悽愴な罰の情念は日本文化にはない。涙を流して土下座すれば、すべてを水に流して許してしまう日本文化の方が異様なのだろうか。かっての最高戦争指導者をふたたび首相の座に付けるのが日本だ。罪は永遠に許されることがないという文化と、悔い改めの真情で許してしまう文化の目眩くような非対称性の世界がある。しかし他方で欧州諸国は死刑制度を廃止し、米国と日本は処刑を続けている、この非対称性も驚くべきことだ。日本は神風特攻隊や青年将校のクーデターや三島由紀夫の真情を礼賛して宣揚するテロ文化をも持っている。しかし戦争最高責任者をローマの群衆のように、自らの手で裁いた経験はない。
いま戦争をする国にすべきだとたわいもなく吠えている戦争体験のない連中の名前をしっかりと胸に刻んでおかなければならない。彼らは来るべき戦争で(もし起こるとすれば)戦犯として裁かれるべき者たちである。日本の民衆は自分自身の手で裁ききるという体験をどこかで実践しないと、歴史の罪と罰が永遠に分からない民族としてこれからも歩まざるを得ないのかもしれない。それほどわたしたちは罪を許しすぎてきた民族だ。だからこそ自分の加害責任を追及されると、逆に「まだそんなこと恨んでいるのか、こんなに謝っているのに、いいかげんにしろ」と居直って怒る民族なのだ。従軍慰安婦しかり、南京虐殺しかり・・・・・すべて教科書から抹殺して喜んでいる民族なのだ。(2004/2/4
22:57)
◆わらび座公演『ドクトル長英』
江戸末期の蘭医にして渡辺崋山とともに尚歯会メンバーとして、幕府の鎖国政策を批判して、蕃社の獄で逮捕されたあと脱獄し江戸市中に潜伏して殺害された高野長英の生涯を描く。希望をあふれた蘭学のメッカである長崎・鳴滝塾でのシーボルトのもとでの研鑽を経て、第1級の蘭学者として江戸で活躍。ミュージカル仕立てで楽しい演出であったが、長英自身の内的な描写が浅い(脚本はジェームズ三木)。この劇団は歴史の途上でたおれた先駆的な人物を形象化するが、新派風の演出が基本となり深みがない。勧善懲悪の世界は一定の根強いファンを定着させるだろうが、拡がりに欠けるのではないか。秋田に土着し共同生活を送るわらび座の特性を生かした民俗的な歌舞を観たいものだ。名古屋市民会館中ホールにて。(2005/2/3)
◆ニエ・ダムシェン!(決して屈しないぞ) 奇跡のピアニスト 『音霊の詩人・遠藤郁子』(藤原書店刊)
ポーランドからフランスへ留学し、世界的ピアニストとして活躍してきたる遠藤郁子氏の自伝とCD。ひたすら欧州的文化を身につけて演奏し途中から日本的感性による演奏に切り替えていく求道の過程、45歳で演奏活動を断念した乳ガンから奇跡的復活を遂げていく過程が自伝的に綴られている。手術前の「作品48の1のハ短調のノクターン」は至演といえよう。ショパンの精神的真髄に迫ろうとする血の滲むような探求には圧倒的な迫力がある。ショパンを通して欧州文化の深いところに到達し、ひるがえってアイヌ神謡集の世界に回帰する過程も鮮やかであった。欧州人の胸部中心の演奏から胴長短足の腰部中心の演奏へ切り替えるなど。そして私は改めてショパンが祖国と時代の苦悩に正面から作曲家として格闘した真摯な「革命家」であったことを実感した。”ニム・ダムシェン”はポーランド語で「決して屈しない」という意味で、ポーランド人の魂を表す言葉だそうです。これからショパンの曲が違って聞こえてくるようなきがします。そして日本の音楽家が、時代と切り結ぶ熾烈な感性よりも技術主義に流れている傾向を否定できないのではと残念に思う。
私はさまざまの世界的なコンクールの審査の舞台裏を知ってさらに暗澹たる気持ちになった。おそらく優秀ではあるが係累を持たない若い才能がたくさん埋もれていったであろう歴史を思い、芸術家としてなお熾烈なチャンスをつかむ緊張に満ちた生を生きる実相に感銘を受けた。最後に氏の印象的な言葉を記しておきます。
▽ユダヤ人強制収容所で、麻酔をかけず鈍器で顎を砕いて金歯を抜かれるときの絶叫を消すために、大音響でワーグナーの音楽を流しました。アウシュヴィッツ囚人交響楽団のたった一人の生還者である女性ヴァイオリニストのゾフィア・チコビアク(80)は、家畜用列車が到着した時、強制労働の送迎の時、ガス室へ送り込むときに明るく愉快な曲を高らかに演奏した。収容所では人間を嘲笑うための殺戮の手段として音楽を演奏した。彼女は上手に弾けなければ交代させられて死んでしまうので必死に練習したが、こういう演奏に耐えきれず辞めたいと所長に申し出たら、死んでもいいのか?と聞かれ、敗北しました、あの時辞めるべきだった、わたしの人生に何の意味があるのか? 死んでいった人に対して私は罪がある。無実の死、非業の死でも何か意味がある。そう信じたい。
▽ショパンは肺結核の末に異常に性欲が高まり、医者の忠告を抑えきれず、ジョルジュ・サンドとの交渉によって、病気は急激に悪化し命を落としたのではないか。
▽コンクールは誰が審査したかで?によって決まってしまう。審査の基準がいまだに私には分からない。参加する側から審査する側にまわってみると、なぜ昔あんなに一生懸命に努力したのだろう? と虚しくなる。
▽阪神大震災の激励コンサートで明るい音楽をやっていたが、そんなものでは苦難の当事者は救われない。こころに訴えかけてこない。
▽「住するところなきを、まず花と知るべし」(世阿弥)は私が好きな言葉である。全てを捨てて初めてまた新しい道が見えてくるのだ。ルーヴィンシュタインは90歳の時に18歳の女性と恋愛関係におちいり、ふたたびステージでピアノを弾き始めた。(2005/2/2
9:35)
◆FRANCOIS DUPEYRON『MONSIEUR IBRAHIM ST IES
FLEURS DU CORAN(イブラハムおじさんとコーランの花たち)』
パリの下町の哀感が全編に漂う。娼婦が昼間から客を引く狭い裏通りに生きるユダヤ人の少年と小さな食品店を営むトルコ人移民の心温まる交流の果てに、老人は死に少年は成人して同じ食品店で生きている。私は山本周五郎や小津『東京物語』を思い浮かべるのですが、大きな物語などどこにもなく、喜怒哀楽の市井につましく生きぬく庶民の世界こそ人間の王道があるかのようです。民族や宗派を越えて手をつなぐことができるんだよ、なぜできないんだーという監督のメッセージがジワリと伝わってきますが、映画ではそんなテーマの直接表現はありません。最近のフランス映画は、ナチスか中世王家の物語を描く大きな物語が多いようですが、こういう街の片隅で無名のまま生きてこの世を去っていく無数のピューピルの心情をエスプリ込めて描くところに、実はフランス映画の真髄があるような気がします。
そこには綺麗ごとだけではなく、人間のありのままの姿が剥きだしになっていますが、それをあっさりと肯定的にサラッと描いていくところがいいのです。移民の国フランスでは多民族が入り乱れ、トルコ人はアリメニア人を差別し、ロシア系アリメニア人はトルコ系を差別し、アラブ人はアフリカ系を差別し、アフリカ系はアジア系を差別する入り組んだ喧噪状態ですが、同時に肌の色を超えてキスし合う風景が日常です。15歳の少年が父の蔵書を売り払いながら、娼婦を漁るなどは、形を変えればシリアス・ドラマであるのですが、実に淡々と明るく描くのです。ここらがやはりフランスなのです。娼婦も自力で生き抜いていく一人の自立した女性として描かれています。
私はこの映画ではじめてイスラム教神秘主義のスーフィー派を知りました。イスラムの戒律主義に批判的で、音楽に合わせて円舞することで無我の状態に至るというダンスを見ることができました。いまイスラム原理主義による戦闘的なイメージが強いのですが、イスラムの幅の広さと深さを知りました。
ユダヤ教徒である少年が、ユダヤ教を棄教してムスリムになるということは、実は大変に重大な事態なのですが、この映画ではそのことは触れていません。宗派を超えて結びつくことができるんだーという強い希望が込められています。原作は、エリック=エマニュエル・シュミット『モモの物語』。懐かしいオマー・シャリフ! 端役でイザベル・アジャーニが登場したのは驚いた。名古屋市・名演小劇場にて。観客10数名。今日は日本全土が雪嵐の状況。(2004/2/1
20:22)
◆劇団民芸創立55周年記念公演・久保 栄『火山灰地』
久しぶりに上京して、東京芸術劇場中ホールでの民芸『火山灰地』を観た。前売り券を買っていなかったので1時間前から並んで当日券を買った。それにしても新宿や池袋を含む変貌には衝撃を受けた。高層ビルが林立し学生時代の面影はどこにもない。地下鉄が縦横に走りほとんど理解不能だ。東京一極集中を肌身に滲みて実感した。富が東京へ集中し地方はますます疲弊していく二極化現象が際だっている。しかしその華やかな首都の後景は、実は背後になにか薄気味悪い崩壊の足音が聞こえてくるような虚栄があった。このような現代日本の矛盾の真っ只中で『火山灰地』が上演されるのである。
御存じのように『火山灰地』は戦前に日本において、近代演劇の輝かしい金字塔を印した記念すべき作品であり、私にとってはほとんど神格化されたイメージがある。戦後に青年座と民芸が相次いで60年代に公演したが、その時に見逃した私は、今日の公演に神に近づくような気持ちで臨んだ。第1部だけで3時間の上演時間であり、時間を忘れて見入った。この作品は、戦前期の迫り来る戦争の渦中で、戦争に反対する人たちが独特の行き詰まるような気持ちで観たそうだが、残念ながらその実感は現代では伝わってこない。それほど時代は変容したのだ。にもかかわらず民芸が敢えてなぜいま、この公演を総力を結集してうつのかを考える想像力が必要だろう。3月に催される第2部の上演と合わせて本格的な論評を加えたい。パンフの故・羽仁五郎氏の批評はいまもって強烈な迫力がみなぎっている。こうした精神の力がとみに衰弱していることが如実に分かる。会場中高年で満席。
◆井筒和幸『パッチギ』
なんとしても原案の松本猛、脚本の井筒和幸と羽原大介がすばらしい。俳優の全員がこれほど生き生きしているのも珍しい。時は日本の若者が時代に対するアンチテーゼを恥じらいもなく突きつけた1968年のあの時代。テーマは加藤和彦「イムジン河」に集約されるだろう。京都を舞台に高校生が激しい青春のエネルギーを爆発させて疾走する。私ははじめてこの映画で日本は、韓国の一連の叙事詩映画に匹敵する現代史を生き抜く映画を創り得たのではないかと思う。京都朝鮮高校のヤクザっぽい少年が、日本の極右少年グループと渡り合いながら、祖国・北朝鮮への帰還を決意するシーンが痛ましくも希望を持ち得た時代だ。ルサンチマンを叩きつける恩讐の襲撃とバトルは、観る者には眉を背ける人がいるかも知れないが、私は無条件に肯定したいような逆の爽やかさを覚えるのだ。そこには私自身の学生時代のパッションがある。ここに登場する極左っぽい青年群像は危うい幼稚さを支える純情を抱えて時代に刃向かったと今では認めたくなる。こうした今や古典か化石と化したあの時代の情念を真っ向から受けとめて、しかも在日と日本を架橋しようとする希みを抱いている映画監督が実在していることに、涙がこぼれ落ちるような同志的共感を覚えるのだ。京都市内を流れる川をはさんで対決する日朝高校生グループ、主人公の日本人高校生が川を渡って朝高女子高校生に会うのも、両者を隔てる深い溝を超えようとする象徴的な表現だ。
しかしチョット待て! この映画で現在において未来を代表する形象は在日ではないか。在日の娘と恋愛する日本人高校生は、「あなたは私と結婚して朝鮮人になれますか?」と問われてその意味すらほんとうに理解できないのだ。パッチギとはハングル語で”頭突き”そして”乗り越える”を意味する。時代閉塞の日本の現状に正面からNon!を突きつける井筒氏の志に脱帽!
1970年代を迎えようとしているあの時代と、21世紀初頭の現代を比較するとあまりの落差に慄然とする。あの希望の楽園のイメージに写った38度線の北の国はいまや汚辱にまみれて激しいバッシングを浴びている。あの抵抗のスピリットに満ちていた日本の団塊の青年たちは、企業人間と化してリストラに狂奔する幹部となっているではないか。それでも、それでもなおかつ私は、そして井筒氏は”パッチギ”と叫ぶのだ。パッチギ!パッチギ!と叫ぶのだ・・・
イムジン河 原詩:朴世永 作曲:高宗漢 日本語歌詞:松山猛
イムジン河水清く とうとうと流る
水鳥自由に 群がり 飛び交うよ
我が祖国 南の地 想いははるか
イムジン河水清く とうとうと流る
「いまの日本人は対岸から互いにガーガー言い合っているだけで、ちっとも相手と渡り合っていない。言いたいことはシンプルで、目の前の相手としっかり渡り合え。それに尽きると思うんですね。そのためには自分の物語だけを語るのではなく、相手の物語も知らんとアカンやろ。今の日本って自分の物語ばっかりじゃあないですか。・・・・日本のオトナも、自分たちの物語だけを語っている場合やないぞ! しっかり世界と向き合え、そのうえで自分の人生をパッチギしてくれよ、僕はそう云いたいね」(井筒和幸氏インタビューから)
名古屋駅裏・ゴールド劇場にて。在日の観客が多いのか,あちこちで笑い声が上がる。僕もつられて大いに笑って泣いた。久しぶりにこころが流れ出すようなカタストロフィーを覚えた。付記)この映画は北朝鮮よりの思想を持った日本人にはいいが、そうでない日本人はみる気になれないだろう、日本人が近づく努力はするが向こうは近づくことはしないーとコメントしている映画評論家がいた。なぜ抑圧された者が頭を垂れて理解を乞わねばならないのか。こういう垂直的な支配ー被支配の関係でしか相手をみれない精神の貧困は情けない。こうした輩は非抑圧者の心情を解する想像力に基本的な欠陥がある。しかしこうした感性を育てる土壌が確実に日本にある。偏見でしかみれない貧困な精神構造は歴史のゴミために捨てられるだろう。過去の罪責と記憶を心情レベルで定着させる困難な課題はまだ残されているし、ますます重い課題となっている。(2005/1/21
20:27)
◆雅楽のテンポはなぜ変えられたのか
1300年の歴史を持つ雅楽は、東儀氏の公演か正月の宮城道雄「春の海」の尺八や琴の音ぐらいしか触れる機会がない。雅楽が箏曲古典と同一視されてきたのは近世邦楽からであり、「越天楽」は知られている割には身近なイメージがない。雅楽合奏グループ・怜楽舎の芝佑靖音楽監督によれば、現行の雅楽のゆっくりしたテンポは明治以降の宮中儀式で演奏の主役を担ってから、荘厳さを強調するために意図的に速度を落としたのだという。昔からのテンポは、人間の脈を基調にした「的々拍子」であり、人類共通のテンポと同じであった。明治以降から雅楽が宮内庁楽部に独占された結果、音楽のテンポすら権威主義的に変えられてきたのだ。武満徹「秋庭歌」や宮内庁楽部から離脱して音楽活動を始めた東儀氏や芝氏がどのように日本の伝統音楽の基調を解明するか今後に注目したい。(2005/1/19
9:20)
◆MARC FORSTER『Finfing Neverland』]
原作戯曲はALLAN KNEE『The Man Was Peter
Pan』であり、劇作家サー・ジェームズ・M・バリ(1860−1937)が、デイヴィス家の子どもたちとの出会いのなかから、名作ファンタジー『ピーター・パン』(初演は1904年12月27日)を書き上げていく過程をヒューマンタッチで描いている。大人になりたくない小児愛をピーターパン・シンドロームと云っているが、この映画ではすがすがしい少年の大人への旅立ちとして描く。子どもが主人公でありながら、20世紀初頭の上流社会の男女の葛藤と自立を主旋律の一つとして折込、大人も充分堪能できる。斜陽帝国前の古きよき近代英国の良質の部分が浮き彫りとなっている。バリの友人であるコナン・ドイル(『シャーロック・ホームズ』も登場したりして面白い。しかしデイヴィス家の実在の子どもたちは成長して、長兄ジョージは第1次大戦の塹壕戦で戦死し、作家志望だった次兄マイケルはオックスフォード在学中に溺死し、ピーターパンのモデルとなったピーターは63歳で自死するという悲劇の家族であった。それにしてもハリウッドはいま何でこのような映画をつくるのか、疲れ切ったアメリカの現実から少しでも救いを求めてファンタジーにいくのだろうか。
スクリーンの大画面を上から見下ろして、食事しながらゆったりと鑑賞できる映画館が素晴らしい。名古屋・センチュリーホールにて。観客20数名でガラガラ。(2005/1/18
19:36)
◆BEN SOMBOGAART『Twin Sisters(原題・De
Tweelimg 邦題・アンナとロッテ)』
女性映画の世界を想像していたらどっこい、すごいシリアスな現代欧州の原体験を抉った重い映画だ。またしてもナチス体験をめぐる本格的で重厚な映画に圧倒される。日本と我が身を省みて、日本がどんどん駄目になっていることを痛感させる。牢固として揺るがない反ナチの倫理が現代欧州に根を下ろし、いま以て和解の方途を探る苦闘が続いていることが分かる。原作はテッサ・デ・ロー『双子』であり、ナチスをめぐるドイツ、オランダ、オーストリアの3国の運命を5人の人物に象徴的に形象化している。私ははじめてオランダ映画をみることができた。
偶然性によって翻弄されるなかで必死に生き抜く2人のドイツ人姉妹が、一方はナチス将校の妻(姉)と他方はユダヤ人の妻(妹)としてともに夫を奪われる。一方はロシア戦線で他方はアウシュヴィッツ収容所で。姉妹の再会と決定的な対立と最後の和解の後に姉はこの世を去る。今までのナチスを主題とする無数の映画にはなかった、印象深く現代に問いかけてくる描写をあげてみたい。
ナチスを支えた国民的心情の一端がかいま見えた。知識も教養も奪われたドイツ農民階級のルサンチマンが、解放の虚妄をヒトラーの幻影に求めていくというアンビバレンツな生活感情。同時にそれがユダヤ人と障害者の抹殺へ加担していく意識を生む。ファッシズム対反ファッシズムの短絡的な二項対立に還元できないナチス文化の一端が読み取れた。これがいわゆる下からのファッシズムの心情だ。これは現代日本でも抑圧された下層が外国人を襲撃したり級友をイジメることと共通している。これが第1。
ユダヤ人と結婚しようとする妹が、自分のドイツ人性と格闘し、占領したドイツ軍兵士と歓談して「あの人たちも悪い人ではないわ」と云うシーンは、罪の道を進む祖国と訣別できない痛切な心情をみせている。養父から虚偽の知的障害者にされて断種法の適用を受ける姉が、それでもナチス親衛隊将校の妻となることに問題意識を感じないこと等々。これが第2.
この映画は、ナチ戦争犯罪の民衆レベルにおける責任という重いテーマに正面から取り組んでいる点で、従来の反ナチ映画のレベルを超えている。それは漱石風に云えば、無意識の偽善(アンコンシャス・ヒポクラシー)を赦さないというギリギリの追求の果てに、赦しはどのように可能なのかという問いである。しかしこうした映画をつくるオランダが、いま米軍に協力してイラク占領に参加していることも冷酷な事実として直視しなければならない。
思えば私たちの父祖も、朝鮮支配からはじまる中国戦線で恥ずべき無惨な犯罪をおこなってきたが、彼らは家に帰ればごく普通のよき父親であり、また妻を愛する夫であった。おそらくナチス親衛隊将校(姉の夫)もまたそうであったろう。善良な人がなぜ残酷な行為をおこなうのかという答えを、単に戦争の不条理や矛盾という抽象命題に求めてはならない。戦争に積極的に参加する行為から、いやいやながら参加する行為まですべて含めて、戦争によって人間の非人間的部分がいやおうなく引きだされるという冷酷な戦争メカニズムを追体験した私たちは、戦争を初期の萌芽段階でストップするという責務を歴史から負わされている。この映画が日本で上映される意味は、この映画を観た人がいま繰り広げられているイラク戦争にNo!と云い、9条改正にNo!というかどうかにあるだろう。名古屋市・名演小劇場にて。観客20数名。(20051/16
17:30)
◆PHILLIP NOYCE『The Queit American静かなアメリカ人(映画題名 愛の落日)』
原作はGraham Greene『The Queit American』(邦題『おとなしいアメリカ人』)であり、第1次インドシナ戦争のフランスが敗北しアメリカが介入を始める1952年という転換期のベトナムだ。イギリス人のジャーナリストとアメリカ人のCIAが1人のベトナム娘をめぐって争うことを横軸に、米国の介入がはじまるベトナム現代史を縦軸に描く。この恋愛の3角関係には興味がない。なぜならベトナム美少女は、欧米生活への参入を夢見ているに過ぎない人形であり、ベトナム民族の主体性を喪って時代に翻弄されるエキゾチックな美しさを持つ女性に過ぎないからだ。むしろ英国人の助手を務めるベトナム・コミュニストの存在感に注目した。グリーン自身が第2次大戦中には英国情報部に勤務して諜報活動に従事した経歴があり、原作自身に斜陽の大英帝国へのシニシズムが漂い、この映画もそうしたシニシズムに裏打ちされたオリエンタリズム(エキゾチズム)の限界があるが、米国CIAの冷酷な謀略活動を描いてその点のみがまあまあの面白さであった。名古屋・今池シネマテークにて。満席。(2005/1/15
18:36)
◆Thomas Grube&Enrique Sanchez Lansch『ベルリン・フィルと子どもたち』
まず異色の組み合わせにびっくりした。あのクラシック界の権威ベルリン・フィル(BPO)と移民の子どもたちのダンスのコラボレーションである。BPOはZukunft@BPhil(未来@ベルリンフィル)という21世紀型オーケストラをめざす教育プログラムを立ち上げ、市民参加型への脱皮をはかっている。その先頭に立っているのが、楽団員の直接投票によって常任指揮者に選出されたサイモン・ラトルであり、楽団を財政的に支えているのが従業員の国籍が120ヶ国に及ぶドイツ銀行グループである。このドイツ銀行のメセナ活動の水準の高さと日本企業の貧困についてはここでは触れない。この教育プログラムに基づいて、難民の子弟250人が参加するストラビンスキー『春の祭典』の公演に到る過程をドキュメンタリータッチで描いている。振付師・ロイストン・マルドウームの指導により、さまざまの問題を抱えた子どもたちが目的意識を持つアーテイストに成長していくリアルな描写が素晴らしい。わたしの授業も私語の嵐なので、ここは学校教育の問題とも通底して共感を覚えた。文句なく面白い充実した2時間であった。
若者たちに教えてやりたい。人生は常に何かに挑戦するものだと。じっと受け身でいるのではなく、行動すること。いつも新しいものを探すこと。心をオープンにすれば計画はなくてもいい。ベルリンの街はとてつもない規模で経済が破綻していて、芸術は今後生存を賭けた闘いを強いられる。だが芸術は贅沢品ではなく必需品だ。空気や水と同じように生きるために必要だ。ーサイモン・ラトル
このベルリンを日本(東京)へ置き換え、芸術をあなたの別の目的に置き換えると、私たち日本の状況と似ているではないか。この映画は見終わってほんの少しの勇気をもらえる。名古屋市今池・シネマテークにて。満席。(2005/1/10
18:56)
◆ジャン=ポール・ラプノー『ボン・ヴォヤージュ』
ナチスによるパリ占領下のフランス人のさまざまのエピソードが散りばめられているコメデイ・タッチあふれるいかにもフランス風のエスプリがある映画。年末のフランス旅行でみたパリの町並みを彷彿とさせた。ヴィシー政権の対独協力にあわてふためく官僚群から高級ホテルを舞台にした上流階級の喧噪、ユダヤ人物理学者を助ける女性、下層の人間っぽいヤクザが主人公の女優と小説家志望の青年を囲んで繰り広げる人間模様の活写である。あれもこれも突っ込みすぎでシナリオが破綻しているところもあるが、総じてフランス人の人の良さにあふれた人間味はまあまあ面白い。イザベル・アジャーニの子どもっぽい美しさはフランス女性の美とは少し違うのではないかと思う。
フランス映画はナチスか対独抵抗を背景とする映画のオンパレードである。ナチス期というのはフランス人の本質が浮き彫りとなる葛藤の時代であったからだろう。率直に云ってもういい加減にして欲しいという気持ちもある。つまり帝国主義フランスの加害的側面を本格的に描く映画が求められていると思う(『アルジェの戦い』ぐらいか)。それは日本映画が被爆を描くなかでしかヒューマニズムを表現できない限界と通底している。成熟しきった誇り高い矜持と弱さが入り交じったフランス文化に果たして未来はあるのか。名古屋市・名演小劇場にて。観客100数名。(2005/1/9
18:57)
◆イム・グオンテク(林権澤)『酔画仙』
みなさま明けましておめでとうございます(めでたさも中ぐらいですが)。05年最初の映画批評ですが、本年も力を尽くして映画・芸術批評に励みたいと期しておりますのでよろしくお願い申し上げます。さてイム監督作品で印象深いのは『風の丘を超えて』『太白山脈』であり朝鮮民族の地殻に基礎を置く骨太の描写に圧倒される迫力を覚えました。この作品は朝鮮王朝末期の激動をバックに、賎民出身のチャン・スンオン(張承業 吾園1843−1897)が筆一本で宮廷画家に上り詰め、朝鮮近代絵画の基礎を築いた山水画の巨匠の生涯を描いたものです。芸術表現の可能性が権力のパトロンなしにありえない、しかし権力から自立して自らをどう貫くか、現代にも通底する普遍性を持ったテーマだと思います。芸術が権力に翻弄されながらもどの限界で踏みとどまるかー表現の卓越性で権力を圧倒するしかないという、まさに命がけの闘争であったと思います。芸術に限らずすべての生活の場面で時代の趨勢にどう関わるかー私たちの日常で生活を賭けた選択の日々があるのではないでしょうか。特に企業での自己実現の問題に苦闘しておられる方々は身を切るような切ないテーマであると思います。これがひとつ。さらに朝鮮絵画芸術の世界にわたしははじめて接することができました。墨絵の世界の奥にいかに人間的ななまぐさい争闘が潜んでいるかを知ることができました。その筆遣い一つに、じつは近代朝鮮史の歴史が刻み込まれていることを知りました。
最後に指摘したいこと。パンフを含む本作品への批評はすべて讃美に充ちています。最近の映画批評にはほんとうに表現に対する本質的な分析があるのでしょうか。負の側面の分析が完全に欠落した映画批評の横行は、批評の衰弱を漂わせています。高名な佐藤忠男氏ですら例外ではありません。なぜか。わたしはこの作品の主演男優は失敗だと思います。あのような肥満体の男優では壮絶な芸術の世界の演技はできません。皆さんはそう思われませんか。
しかしひるがえって現代の日本映画で芸術の世界を真正面から描く作品はおそらくはできないでしょう。かっての『本覺坊遺文』『千利休』で本格的な芸術家を対象とする映画は終わったのではないでしょうか。この点に於いて現代韓国映画には脱帽せざるを得ないのです。名古屋駅裏・シネマスコーレにて。中年男女10数名。(2005/1/7
23:49)
◆ステイーブン・スピルバーグ『ターミナル』
実は年末にフランス旅行へ向かうKALの機内で上映された映画だ。ニューヨークのJFK空港に降り立ったあるブルガリア(?)出身の旅行者が、祖国のクーデターで無効となったパスポートのために米国入国を拒否され、紆余曲折を経てニューヨークの町に出るまでをコメデイタッチで描いている。東京国際映画祭のクロージング作品として上映され、日本国内公開の前に機内で見たことになる。おそらく9.11以降の愛国者法によって、米国入国を含む外国人と市民生活に対する厳しい規制を批判的に描写する意図があると思う。面白いのは空港のベンチに手すりの仕切があって横になれないようにしてあることだ。日本の公園でもホームレス対策としてこうしたベンチが増えているのでその対比として面白かった。フランスのドゴール空港には、イランの人が政治亡命で16年間も空港に住み着いている例があるそうだ(強制ではなく自分の意志で)。空港の作業員がほとんんど第3世界の出身者でありその点は興味を持てたが、何のために米国に入国するのか・米国は理想国なのかを問い直す問題意識は全くなく、率直に云ってスピルバーグらしくない駄作である。(2005/1/4)