映画/芸術批評01 (〜2004年12月17日)

[『海峡を渡るバイオリン』(TVドラマ)]
 ストラデイヴァリウスに魅入られたある在日朝鮮人が独学でバイオリン製作に挑戦し、辛苦の果てに世界的水準のバイオリン制作に到るものづくり生涯を描く。クラフト芸術の極致をリアルに表現する演出は最近のTVドラマにはないまじめさだ。塗料のニスを探しての遍歴は痛ましく、それにキスして歓喜に到るシーンはフェテイシズムそのものだ。クラフト芸術の世界も狂気と裏腹の世界であり、何ごとかを成し遂げるためにすさまじい錯誤を繰り返すのはその通りだろう。
 主人公は実在の陳昌鉉氏(75)であり、1929年韓国に生まれ14歳で教師をめざして明大英文学科に入学したが出身を理由に教師の途を断念し、バイオリン制作を決断して鈴木バイオリンの工場があった木曽福島に行ったが断られ、建設現場の側に掘っ立て小屋を建てて背水の陣を引いて制作に打ち込んだ。木曽の自然のすべての音が名器の音に似ていた。自然界の音は人間の耳には聞こえない倍音が含まれているからだ。倍音とは、元の音の整数倍の振動数を持つ音で超音波を含み、音と音を調和させ音波が気持ちよく人間の耳に入る作用を持つ。彼は、倍音を求めて、セミ・ミミズ・カニの甲羅などを粉末にしてニスに染みこませて10何回も塗りどんな振動にも耐える音版を開発した。
 彼は云う。自然の物体の響く法則を研究し、違う5本の木で5挺のバイオリンをつくっても全部同じ音が出せるようになった。ストラデイバリウスの方程式があるならば20のうち15まで解明できた。石にかじりついてもすべてを解き明かしたい。それができれば最低4億円するストラデイバリウスの価格破壊が起こる。自殺しようと思った人がストラデイバリウスを聴いてもう一度生きてみようと思う人がたくさんいる。名器は人の心を癒す、そこに人生を賭ける意義を感じる。
 その音は、メリハリがハッキリしていてさわやかで、よく響き伸びる。甘美な音も酔っぱらい音も温かい音も出て、楽しさや悲しみ、寂しさなどどんな表現もできる。いろんな楽器とも調和し奥行きが深い。透明で純粋でひずみがない。心にしみて感じがいい。私はこのような名器をつくりたい、できれば超えたいと寝ても覚めてもかんがえ試行錯誤している。夢のなかで心の師匠・ストラデイバリウスに何回もあった。
 まさに芸術の女神か悪魔に囚われた生涯ではある。これを幸せというのかどうか。芸術やクラフトの世界には、無数のチン・チャンヒョン氏がいてその多くは挫折して無名のままこの世を去りそしてごく少数が晴れて世に出る残酷な世界だ。彼らは成功しようが失敗しようが無関係だ。鬼のようにその世界に打ち込んで、おのれの極限に立ち向かえただけで本望であろう。チン・チャンヒョン氏は、途中で生活のためのバイオリン制作をやめ極貧のうちに究極の音を求めて制作に打ち込み、1976年アメリカ制作者コンクールで輝かしい金メダルを得た。時に47歳。こうした生涯をみていると、私の生涯は何であったのかとしばし暗然となる。あなたはどうか。しかし遅いということはない。生ある限り生きて鬼となることは誰にでもできる。ほんの少しの勇気さえあれば。(2004/12/17 19:40)

[Jonathan Foo,Nguyen Phan Quang Binh『SONG OF THE STORK コウノトリの歌』]
 1975年だからもう30年近く経ってしまったんだなあ。私の青春時代に大きな刻印を残したベトナム戦争。その勝利の裏には500万人の犠牲があった。ベトナム民族独立行動隊の歌とか解放戦線の歌を高らかに歌って、銀座の大通りをフランスデモをした日々を想い起こす。ベトナム歌舞団の公演をあんなに熱狂して迎えたときはほんとうに世界はつながっていると信じることができた。私のベトナムへの応援は上滑りであったことがよく分かる。英雄的なレジスタンスとして崇高な畏敬の念を持ってみていたベトナム抵抗兵士は、恋もし家族もいるごく普通の人間だったのだ。そんな普通の人間たちが最強の米軍に立ち向かったからこそ勝利することができたのだ。いまベトナムはドイモイを経て市場経済をまっしぐらに進んでいる。しかしその背後にはまだまだ多くの人が戦争の傷跡を残して生活しているのだ。4年ぐらい前にいわゆるベトナムの傷跡文学と言われる一群の小説を読んだが、独立の英雄と言われる軍隊の内部矛盾をさらけ出してある種の感慨を抱いた覚えがある。
 この映画は映像技術と演出に於いては拙劣な点がある。だけどもハリウッド映画(プラトーン、地獄の黙示録、デイア・ハンター、7月4日に生まれてなど)をはるかに超えた理念と志の高さをくっきりと示している。勝者のおごりや敗者への侮蔑が一切なく、ともに傷を負た者どうしが恩讐を超えて静かなに非戦の意思を滲み通るように訴えている。ハリウッドがアメリカ人だけの傷を描いて自己閉塞していったのに比較してはるかに高次の意志を示している。アメリカがまた第2のベトナムをイラクで繰り返しているのも、本質的にヤンキー至上主義の限界があるからだ。ほんとうにベトナムは詩情漂う美しい国だ。真っ白い羽根をひろげて飛び立つコウノトリはベトナム原産だそうだ。私たちはベトナムから学ぶべきことがいま以てたくさんあるような気がする。名古屋駅裏・シネマスコーレにて。会場満席。(2004/12/11 19:01)

[木村定三コレクションによる熊谷守一展]
 人・生活・伝承、信仰、猫と動物、風景、書、小さな生きもの、花と果実というテーマで分類された個人コレクションの展覧会。熊谷守一はは仏教的な法悦や至福を薄黄色や橙色を基調とする独特の様式美を完成させている。しかし私には何の感慨も与えなかった。だいたい私はこの人工的で官僚的な美術館自体が好きでないのだ。やっぱり大原美術館のような感じでないと、熊谷は生きない。愛知県芸術文化センターにて。(2004/12/3 20:37)

[Julie Bertucelli『Depuis quOtar est parti...やさしい嘘』]
 世も映画も殺伐としてきたなかで、久しぶりに心温まるエスプリあふれる映画を観た。グルジアを舞台にしたフランス映画だ。ソ連崩壊後の体制転換の中で多くの人が戸惑い疲れて生きる目当てを必死に探して、定かでない未来を探求している庶民家族の実相がよく描かれている。こうした素朴な家族の支え合う共同体の感情は、残念だけどとっくに日本では喪われているものだ。僕は自分がはるか昔に捨ててきた田舎の今は過ぎ去ってしまった少年期を想い起こしてしばしノスタルジアに沈んだ。
 いくつか考えなければならない課題が残された。ソ連型社会主義を倒して民主化過程を歩みながら、なおかつスターリン時代への郷愁を捨てない祖母の世代は、スターリンによって歪曲された初期社会主義の民衆的心情を示している。ひょっとしたらソ連型社会主義を倒すことによって何か大事なものも一緒に流してしまったのではないか。民主化に参加した娘の世代が市場化経済の進展に裏切られたと感じていらだっていること。姪はそのような歴史の激動を知らず、祖国の未来への展望を持てず、最後にはフランスへ残ることを決断する。その決断を優しく励ます祖母のまなざし。姪の世代は、明らかに欧米文化への羨望と可能性に自分を賭けようとしている。しかし彼女の未来はおそらく危険なリスクが待ちかまえているだろうことも予想される。祖母と母はやはり祖国グルジアを選んで帰国の道を選ぶ。
 旧ソ連圏の市場経済移行の中でごく普通の庶民の生活がどのような変容を受けているかが少し見えてくる映画であった。この映画はそうした時代の激動の中で翻弄されながらも必死で生きていこうとする或る家族に焦点をあてて、人間の真実を浮き彫りにしようとしている。そしてそれは成功していると思う。
 家族と知人が集まってパーテイーを開き、グルジアのフォークソングを歌いながら踊るシーンにそのメッセージは凝縮されていると思う。そこには日本でじょじょに喪われつつあるコミュニテイの共同性の紐帯への懐かしい復権の指向がある。ラストのタイトルバックでは、人々が歌いざわめく音で終わっている。実に余韻を残す終わり方だ。名古屋市・名演小劇場観客10数名。女子学生っぽい感じの人が多いのには少しびっくりした。(2004/12/2 18:38)

[篠田正浩『少年時代』]
 これほどリアルにリリックに少年時代のシュトルム・ウント・ドランクを描いた映画はないと思う。僕も年を経て少年期の息詰まるようなドキドキした気持ちはとっくに失ってしまったけれど、どうかしてもう一度あの時代に帰りたいとつくづく思わしめるものがある。太平洋戦争末期に小学校高学年を過ごした人にとっては、ほんとうに身に迫るような昔がありありと想起されると思う。クラスのなかの覇権をめぐる少年にとってはすさまじい葛藤と、そのなかで生き抜いて自立して青年前期へと飛び立とうとするドラマが迫真のなかで繰り広げられる。
 戦争の中で自分の振る舞いをどう処するか大人たちの葛藤も淡々と写実して、それだけ深い印象を残していく描写もすごいものがある。これをこそリアリズムというんではないか。特に覇権を奪われて敗北し、勉強はできても家の貧しさで進学を断念する少年のけなげな矜持は美しい。その少年を孤立に追いこんで覇権を奪取していく少年の冷徹なまなざしもすごい。やっぱり勝者と敗者、栄光と汚辱のあいだにそそり立つ非対称性の無惨さは、そのまま大人の世界の反映でもある。その間にあって恐怖のうちに強者に媚びへつらう自分に対する怒りのような気持ちこそ、主人公を堕落と頽廃から救っているものだ。篠田監督のノスタルジアは、未来へのまなざしをはらんでいるからこそ、過去へではなく前方へ歩みでる勇気を鼓舞していると思う。そして人間の弱さを静かに肯定しているところも。NHK・BSにて。(2004/11/24 22:46)

[WALTER SALLES『The Motorcycle Diaries』]
 キューバ革命の著名な指導者でありながら、ボリビアのゲリラに身を投じて39歳で殺害されたエルネスト・ゲバラ・デ・ラ・セルナ(1928−1967)の青年時代の有名な南米大陸縦断オートバイ旅行を描く青春映画の傑作と言えようか。若さゆえの彷徨と探求が今の私にはまぶしく映る。率直に云って私の学生時代のゲバラ・イメージは急進的な冒険主義者であったが、盟友フィデル・アカストロは彼の死を悼んではなむけの言葉を贈ったのを覚えている。30数年後に彼の遺体が発見されてDNA検査で証明され今はハバナに葬られたと聞く。23歳の医学生の単なる冒険旅行が将来の革命家への変貌の契機となっていく過程がヒューマンに描かれる。ラテン系特有のパッションとナイーブさはとっくに東アジアでは失われたものだ。それにしてもともに旅をしたアルベルト・グラナードが83歳でハバナで健在であり、彼を演じたロドリゴ・デ・ラ・セルナがゲバラのはとことは驚いた。
 グローバリゼーションと単独行動主義によって人間同士がいがみ合う現代にあって、永遠の青年・ゲバラが問いかけている意味は依然として大きいばかりか、今は喪われつつある志のようなものを想起させる。決して神格化されたゲバラではなく、人間的な弱点をいっぱい持ってそれを隠すことなくおおらかに表すラテン系人間像の典型であろう。久しぶりにさわやかな気持ちになって映画館を後にした。
 今風に言うと自分探しの旅なんだろうが、内面に自己閉塞していく現代を吹き飛ばすような底抜けの明るさと真剣さがある。現代日本の若者はこの映画をどのように見るだろうか興味がある。それにしても盟友死してなお、革命の事業を営々と築いて35年にわたって米国に命を狙われて健在であるフィデルとその祖国の現代史に想いをめぐらす時に、時代の変容のあまりの落差に慄然とするばかりではある。名古屋市・センチュリーホールにて。観客30数名。(2004/11/22 20:09)

[パク・チャヌク『オールド・ボーイ』]
 度肝を抜く衝撃的な映像の連続で息もつかせない圧倒的な迫力がある。ずっと前に見た『未来世紀ブラジル』以来でスクリーンにのめり込んだ。人間の深奥にある原初的な秘匿されている潜在的な情念を爆発させる。私がもっと若ければ打ちのめされて、映画館を出た後にさまようようなことになったかも知れないが、いまはパッションに血塗られた映像に一歩距離をおいてみる。
 しかし現代韓国映画のパワーが明らかにハリウッドを超えたと実感させる。その秘密は人間への観察力と描写力を踏まえた演出にある。それは『イエス・キリスト』の浅薄な被虐と較べたら一目瞭然だ。ただしテーマ自体は平凡で陳腐なものであり、生き方を考えさせるような狙いはなく、ある意味ではバイオレンツな芸術至上主義と言えよう。日本の漫画を原作に韓国が映画化しカンヌ・グランプリを獲得するという映画史を画期する意味を持った最高のエンタテイメントである。シニカルで眺めるような雰囲気が蔓延している日本社会では決して作れない映画だ。生死を賭けた決死の気持ちがある。名古屋市・ゴールド劇場。(2004/11/19 9:00)

[バフマン・ファルマナーラ『クスノキの匂い ジャスミンの香り』]
 妻を亡くした映画監督が死の影に彷徨しながらふたたび生きようとする再生の物語。どうもこの監督は映画撮影を権力から規制されている立場にあるようだ。イランでの映画監督の地位は結構高そうで住まいは豪邸であり、西欧化した生活でイスラムの文化をむしろ敬遠しているように見える。イスラム原理主義シーア派が権力を握る国で、こうした実存主義的な映画が撮影される問題意識が日本人である私にはいまいち理解できない。ひょっとしたらホメイニ以前の近代化をめざした時代の残映なのだろうか。日本で流布しているマフバルマフ系とはまた違ったイラン映画の存在を知った。西欧近代とイスラム原理主義の狭間である混迷を生きている人たちがいることだ。名古屋市・シネマスコーレにて。観客10人弱。(2004/11/14 19:15)

[キム・ギドク『春夏秋冬そして春』]
 人里はるか離れた深山の湖上に浮かぶ古寺を舞台に、四季移ろう山並みを背景に人間の生の虚しさを描いてしかもその営みに心底からの共感のまなざしを注ぐ。幽玄というべきかその自然の四季の美しさはただひきこまれるような美しさがある。欧州の手入れされた自然も美しいが、この温帯モンスーン地域の四季は静かなたたずまいのなかに湛えられた諦観とも枯淡とも言うべき脱俗の美がある。私が観た韓国の仏教を描いた映画は、今ははるか昔に観た『なぜ達磨は東に行ったか』を覚えているがこれは2作目だ。
 日本でも韓国でも初発的な仏教は山岳にあるのだろうか。しかし日本の仏教は、世俗と結んだ権力性を抜きがたく身につけ、高野山に行けば大企業の墓が林立してして絶望的な気持ちになる。どうして韓国の仏教は原始仏教の面影を今に残しているのであろうか。韓国人の25%はキリスト教で25%が仏教であり、儒教が社会生活に滲み込んでいるらしいが、儒教とキリスト教が世俗権力を握った結果、仏教は厳しく排斥され寺は山奥に追いやられ、僧侶は賎民身分におとされて首都・漢城(ソウル)への立ち入りも禁止されたという韓国仏教史の受難の歴史があるようだ。
 日本で仏教を描いた映画は、教祖の英雄物語になりやすく、現代の苦悩と切り結ぶ原始仏教のようなピュアーな世界はとても描けない。それだけ日本の仏教は頽廃しているといえよう。だからこそ韓国映画を通じて描かれる仏教の世界に、純な郷愁を感じてしまうのだ。幾つかの仏教思想を象徴するシーンが登場するが私には理解能力を超えている(なぜぞ和尚はみずから火を放って焼死するのか?)。
 最後のほうで朗々と歌いあげられる「アリラン」の絶唱は、日本でよく耳にする「本調アリラン」ではなく、江原道地域に伝わるアリランの源流であるそうだ。まさに魂を心底から揺り動かすような詠唱である。歌手は金榮妊(キム・ヨンイム)。名古屋市・シネマスコーレにて。観客8割。追記・どうしてもキム・ヨンイムさんのCDが欲しくなったので電話したら、韓国製造元も製造していなくてたった1枚試聴版が残っているだけであったので奇跡的に入手することができました。こんなこともあるので世の中は楽しい。(2004/11/7 19:09)

[JEAN Becker『Effroyables Gardineピエロの赤い鼻』]
 原作はミシェル・カンの同名小説(扶桑社刊)。ベッケル監督は『クリクリのいた夏』など。フランスらしい庶民のエスプリと滋味ただようシーンは日本人には決して描けないものだとおもう。テーマ自体はナチス支配下のフランスの民衆心理を描くシリアスなものだが、それを笑いに昇華させていく手法でより真実に迫ることを示している。ナチスを人形のような悪者としてではなく、同じ人間としてのヒューマニテイーをもって登場させていることも物語に深みを与えている。
 ひさしぶりにしみじみとした情感を残してくれた一級品の佳作である。フランス文化の成熟は私たちが太刀打ちできないものがあると思い知らされる。ギスギスとつまらない国に堕ちていくこの日本でいささか人間不信に陥っている人は、なにか救われたようなホッとした気持ちになるでしょう。コメデイタッチの中に、ギョッとするような鋭い人間観察のセリフが散りばめられています。
 フランス映画が対ナチ・レジスタンスを描いて素晴らしい映画をいま以て続々とつくり出していることに敬意を表したいと思います。日本映画は戦争を描いてもなにか自閉したじめじめしたものがあるのですが、そこが違うナー。ただし最後に一言。フランス人は、かってのベトナム支配やアルジェリア支配の加害責任、ナチス占領下のユダヤ人弾圧への加担などを仮借なく描かないとホンモノではありませんよ。追伸。イラクで殺害された故・橋田信介氏を追悼する記念事業のために、監督は「赤い鼻募金」を立ち上げています。皆さんぜひご協力下さい。名古屋市・ゴールド劇場にて。観客30数名。(2004/11/6 17:55)

[黒木和雄『父と暮らせば』]
 原作は井上ひさしの同名の作品。黒木和雄監督の戦争レクイエム3部作の最後の作品(『TOMORROW/明日』、『美しい夏キリシマ』)。再び戦争の時代の足音が近づきつつある現代への渾身のメッセージと言えようが、単なる反核映画ではない。親友や家族を火の海で失ってたった一人生き残った娘の救済と希望に到るストーリー。救済への祈りが静かに描かれるが、現実の被爆者に救いは差し伸べられていないことも確かだ。なぜなら戦後60年を経て3万発の核兵器が存在し、アフガンやイラクの子どもたちが劣化ウラン弾を浴びて苦しんでいる地球がある限り、被爆者は救われていない。何とも懐かしい広島弁が温かい雰囲気をかもし出す。私は岡山弁ですがよく似ているので私の少年期が浮かび上がってくるようだった。今使っている名古屋弁は麗しさが全くなく、人間と人間を対立させるような雰囲気で私は好きではない(チョット横道にずれたか)。
 原作が演劇なので、映画も舞台で展開しているようなシーンがあるが、黒木監督の抑えた色調と敗戦直後の街の復元も素晴らしい。黒木監督自身が60年前の米軍の空襲で至近距離10mで11人の級友が即死し、介抱もせず助けもしないで逃げ出した体験を持つ。私は3歳で母を失った。こうした体験が昇華されて一個の芸術表現の域で全世界の普通の人々の目に触れれば、歩みはのろくてもほんものの反戦と反核の意思が滲みるように世界に広がると思う。『DAYS』という写真雑誌で、片足を吹き飛ばされた少女が父親に抱かれている生々しいシーンがあり、しかもその少女が奇跡的に生きのびて松葉杖をついて微笑んでいる写真を見て、暗然として怒りの感情が込みあげてきた。広島の体験がほんとうに共有されて牢固とした記憶に刻まれておれば、世界はもっと違ったものになっていたはずなのに。そしてそのすべての責任は、戦争屋の跋扈を「国益」だといって憚らないライオンヘアーの存在を許している私にある。市井の日常の自分がいるポジションで営々と生活を刻みながらも、どこかで集中して一点突破しないと無意味にこの世を去らざるを得なかった幾多の無辜の犠牲になったいのちに顔向けできないのではないかと思う。墓前にぬかずく前にしなければならない仕事がある。
 1945年 8月6日広島原爆投下 当日死9万人 年内死14万人 その後毎年3千人死 03年死2700人
 2003年 3月〜イラク戦争 イラク人死者10万人(米国研究機関調査) 米兵死者1120人
                             名古屋市・名演小劇場にて。(2004/10/31 16:59)

[山田洋次『隠し剣鬼の爪』]
 原作は藤沢周平、山田監督は藤沢作品による時代劇路線を確立しようとしているのだろうか。幕末の動乱の息き吹きは辺境の小藩にも及び洋式軍隊の編成の訓練風景もあって面白い。下層武士の潘への忠誠と人間的な紐帯の狭間に生きる主人公は、最後には権力者を暗殺し身分を捨てて蝦夷という新たな天地をめざして貧農の娘と旅立つ。山田監督の嘘偽りなき庶民的ヒューマニズムが、ていねいにじっくりと煮込んだ映像によって描き抜かれる。これほどていねいな映画作りは最近は姿を消してしまった。徹底的に抑えた演技とカラーによってより迫真的な下層武士の世界が浮かび上がっている。
 私は藤沢作品を描いて現代の企業社会を正面から見つめようとする山田監督の真摯な視線を感じた。垂直的な権力構造を献身的に支える企業人間が、さまざまの問題にぶつかって企業を選ぶか人間を選ぶかの選択に迫られた場合に、生活の論理から企業を選ぶのはやむを得ざる自然な行為だが、そうした垂直的な権力システムに真っ向から挑戦して敗れる者もいれば、ハッキリと訣別して市井の生活を選ぶ者もいる。企業支配層の腐敗と頽廃は現代でも末期的症状を呈しているが、幕末に於いても同様であったのだろう。
 さてこの作品のテーマは、私流に云えばすべての権力は腐敗するということであり、ヒューマンであろうとすれば敗北を覚悟して戦うか、そのような舞台とは縁を切って自らの生を選ぶかの何れかだ。主人公は縁を切って蝦夷への出発を選ぶが、現代ではそうした辺境またはフロンテイアはもはやない。いま・ここでどうすればいいのかという煩悶がまさに現代の焦眉の課題だ。山田洋次氏はかっての『家族』という作品で、北海道開拓に最後の希望を求め、子牛が誕生するシーンで希望を語って批判を浴びた。藤沢周平の原作を読んでいないので分からないが、この作品も蝦夷への脱出で終わっている。しかし今回は言外にこういう希望にほんとうの未来があるのかとも問いかけているような気がする。それほど現代は希望を語れない時代だ。  
 最後に2つの印象的なシーンを記す。1つは、洋式軍事訓練によって見事に変身していく潘兵の描写であり、これはまさに近代日本のミリタリズムと或いは現代の自衛隊の海外派兵を連想させた。第2は、当時の生活で外出から家に帰って床に上がるときに雑巾で足を拭くシーンだ。今はなくなってしまったが、私の少年期までは確かに大人たちも私も外から帰って家に上がるときに足を拭いていたような気がする。実に精緻でまじめな演出だ。名古屋市・ピカデリー劇場にて。驚いたことに大劇場が中高年で一杯だ。(2004/10/30 18:47)

[矢口史靖『スイングガールス』]
 前作『ウオーターボーイズ』がヒットした柳の下に2匹目のドジョウはいたようだ。はじけるような若さの女子高校生の生態がよく描かれている。笑いと感動の青春物語を地でいく。うまくいきすぎてヤラセのような部分もあるが、若いエネルギーをもてあましている少々不良っぽい女子高校生グループがジャズバンドを結成してハッピイエンドに終わる。こうした明るさ満点の映画も時にはいい。名古屋市・ゴールド劇場。観客20名弱。(2004/10/28)

[Mike Tollin『Radio』]
 知的障害を持つ青年が、地域の偏見の中で高校の運動部の名物コーチとなる、いわゆる「美談」に近いスト−リーですが、私はむしろサウスカロライナ州アンダーソンという人口2万人規模の小さな田舎町のコミュニテイがよく分かって面白かった。私立高校でありながら街と学校が溶け合うように、運動部の試合に街全体が一喜一憂する。地域のボス的な人物もいて、理髪店が集会場のような雰囲気で町の人が集まって街のニュースについてアレコレ語り合う。知的障害者を支援する教師を排斥するための集会が、黒人女性校長も出席して理髪店で開かれる。これは今も生きているタウンミーテイングの風景なのであろうか。
 アメリカ映画には時として障害者のピュアネスを主題とする映画がある。例えば『レインマン』(86年)や『レナードの朝』(90年)など。障害者が尊厳ある人間として、同情の視線ではなくむしろ健常者を励ますという描き方で共通している。激烈な競争社会の裏で、大人の歪みを無意識に撃つイノセンスに打たれるのであろうか。
 アフガンやイラクで無辜の子どもたちを虐殺しながら、、いっぽうでこのような映画をつくって「楽しんでいる」米国っていったいなんだろうって思うのだ。イノセンスの美しさの裏には無知ゆえの残酷さが潜んでいるのでは・・・とも云ってみたくなる。名古屋市・国際シネマにて。観客10名ほど。(2004/10/24 17:19)

[エルフリーデ・イエリネクのノーベル文学賞受賞について]
 代表作は『ピアニスト』(83年)『情欲』(89年 邦題は『したい気分』)『家を出た後のノラ』(77/78 デビュー作)『ブルク劇場』(82年)『杖、竿、棒』(95/97)『雲。家』(88年)など。受賞理由は「硬直した社会や抑圧的な権力機構が生み出す不条理を情熱的な言葉で暴き出した」というもので、ドイツ語圏では99年のギュンター・グラスに次ぐ受賞だ。
 彼女は1946年にオーストラリアの東部の小都市で生まれウイーンで育った、父親がチェコ系ユダヤ人であり、68年世代に属し、74−91年までオーストリア共産党員として社会運動に参加し、自らの文学的基盤を「ユダヤ文花」「オーストリアの言説」「マルクス主義思想」の3つに置く。
 私の彼女に対する知見は、01年カンヌ映画祭グランプリをとった映画「ピアニスト」を観たことと、『その後のノラ』という読んだことのない小説だけであった。ノーベル文学賞の受賞者が全体として、左翼思想の洗礼を受けた社会派作家に多いと云うことと、日本のいわゆる文壇の落差に暗然とする。大江を除いて、多くの芥川賞作家は日常の私生活主義に埋没し、風俗の奇抜さを競う頽廃世界を描いているに過ぎない。背後には日本と欧州の文化の深さと厚みの違いがある。
些細な日常の意味のない行為に戯れて自己閉塞している日本の現状は、イエルネクからみれば逆に格好のテーマとなり、「倫理意識」のマヒを鋭く告発するだろうと予測される。95年にオーストリア・ブルゲンラントで起きた爆弾テロによるロマ殺人事件(ジプシーはロマの蔑称)で、「ロマはインドへ帰れ」という落書きや外国人排斥に激怒した作品を書いた彼女のことだから。こうした世界文学の状況に照らして、日本の小説の志のなさは惨めすぎる。(2004/10/22 10:05)

[侯孝賢『珈琲時光』]
 台湾の私の最も好きな監督の作品『非情恋市』・『童年往事』。彼が日本人俳優で東京を舞台に、小津安二郎生誕100周年と銘打つったので見る前から期待した。確かにローアングルからの淡々と流れる日常の風景は小津のものだ。高円寺の都丸書店と学生時代に家庭教師をした日暮里の風景は懐かしく、お茶の水周辺の光景も華やかな東京とは違う市井を見せた。侯監督がかなり東京を観察したことがうかがわれる。しかし淡々と流れる日常の描写は、小津作品とは違うんだな。小津には慈しみとか哀しみがジンワリと滲み通るようにあるんだが、その点がない。それは人間観察の深さの違いだろうか。名古屋市・シネマテーク。満席。旧友の小川先生とばったり出くわした。(2004/10/21 20:29)

[ハミッド・ダバシ『闇からの光芒 マフマルバス 半生を語る』(作品社 2004年)]
 イラン映画で最も著名な監督であるモフセン・マフマルバフ(代表作『サイクリスト』『パンと植木鉢』)へのハミッド・ダバシ(コロンビア大学)が試みたマフマルバフの思想を問うインタビュー記録。マフマルバフは、1957年にテヘランの貧しい下町に生まれ、10代半ばで王制打倒をめざす地下活動で17歳から21歳まで獄中生活を送り、79年のイスラム革命で解放され、暴力革命を捨てて文化運動に参加したという経歴だ。獄中の拷問で歩行は不自由となり、足の裏の形は原形をとどめていない。椎間板は損傷していまも寝返りを打ちながら数時間まどろむだけで眠ることはできない。彼を拷問した者は、政治亡命で米国で暮らしている。
 彼の母は、12歳で複数の妻を持つ父と結婚し、6日間の結婚生活を経て離婚した。その6日間で彼は生まれた。彼には156人の従兄弟がいる。両者の行き詰まるような緊迫した対話から彼の発言を紹介する。

 一切れの食物のために自分の体を売らねばならない者に対して、社会正義を謳う映画を作れるか?その映画を観た後で彼は何をするのか? 隣に座っている男を殺すのか?・・・・誰かの代わりに私についてこようとする人たちには、盲目的に私についてこないようにするために、私は自分で考えることを教える。私は追随者は持ちたくない。

 私の希望は1時間半私の映画を観た後に、その人がふだん吸っているのとは違う空気を吸って欲しいことだ。自分自身に世界の責任を課してきた者は皆、最後には世界を駄目にするしかなかった。私の云うことに触発されて誰かが人を殺したりしないように望んでいる。私の映画を観た後に、その人がほんの少し幸せになり、世界にほんの少し優しく振る舞ってくれることだけを望んでいる。私は、何か理想を表現するのではなく、一人の生身の人間でありたい。子どもの時はモスクに行って人類を救いたいと思い、少し年をとると自分の国を救いたいと思い、いま私は自分自身を救うために映画をつくっている。映画によって、「私はどこまできたのか?」と問うことができる。

 素晴らしい寓話がある。真実は鏡で、神の手から落ちたときに割れてしまった。みんながその破片を拾い、破片に写った自分の姿を見ながら、自分が信じるものこそ真実だと思いこんでいる。実際は真実は砕けた破片のなかでバラバラになってしまったのだと云うことに人々は気がつかない。・・・・私は誰に対しても、自分の後に従えとは云いたくない。他人の時間を自分の考えで無意味にしたくない。ある聖職者は知識の時間を無駄にし、ある詩人たちは言葉の時間を無駄にし、革命家たちは人々の時間を無駄にしているのかもしれない。人々は自分自身の時間を生きている。・・・人生は皿を洗うようなものだ。

 アフガンではこの20年で250万人が死に、650万人が難民となった。全人口の10%が失われたが、世界は何の注意も払わず無関心だった。これが私が映画を撮り始めた最初の動機だ。自分が映画をつくっているという気がしなかった。私は悲劇を世界に伝えるための手段として映画を使った。1日に7人から10人が地雷原を歩いて足を失う国は、ツインタワーが崩壊して初めて世界の注目を集めたに過ぎない。3000人と900万人の数字に違いはないのか? どちらも悲劇だが、一方には沈黙し一方には無実の人々への報復が許されるのはなぜだ。世界はブッシュよりもガンジーを必要としている。爆弾は飢餓を充たすことは決してなく、識字率を改善することはできない。

 サウジでは女性はブルカを着ていないか? サウジでは泥棒の手が切られていないか? 石油のあるところは別の方法が採られ、貧しく弱い自分の身を守れないところに、突如して世界は非難を集中しているのはなぜか?
 9歳の少女が知らない男の前で名前を云ったりベールをとったりすれば地獄に堕ちると信じ込まされているというのに、爆撃することで彼女を変えることができるか? 彼女には教育が必要だ。そうしなければ彼女は年取ったアフガン人のハーレムに入り、受け身的な性行為の対象である以外に女性として何もできないまま、一生を終えることになる。

 ヘラートにロケハンに行き、2万人が飢えて死んでゆくのを見たときに、自分がつくってきた映画は飢えて死んでいく人を誰一人として助けられなかったということに気づいた。私の映画は、この見捨てられた人々の頭上に落ちる爆弾を、一つたりとも止めることはできないのだ。・・・・私は海辺にゆったりと座って日没を絵に描いている画家のようなものだ。海では多くの人が溺れ助けを求めているのに。


 こうしたギリギリの限界状況で生きている人の言葉は、一切の評論を受け付けない事実自身が語る絶対的な力がある。先進国の安逸に浸る自分を振り返って頭を垂れる言い方も、その嘘が見抜かれてしまう。しかしこうした事実自身から目を背けず、我が事として見ていくためにはどうすればいいのだろうか。先進国の別の形の痛みを提示して、中和するようなこともできはしない。すくなくとも共犯者、加担者になることだけは避けたい。自分自身のみならず、公民権を持つ自分の国がそのような振る舞いをしているならば、やめさせてガンジーの道を選ぶようにしたい。これだけしか云えません。
(2004/10/20 16:11)

[アルームルワッス劇団名古屋公演 イラクから、船乗りたちのメッセージ]
 初めてイスラム圏の演劇を観た。オープニングは、琵琶やギターの先祖であるウートの演奏で甘い調べが流れる。第1部は、イラクのフォークロアによる、数千年前から(!)伝わる音楽、リズムと踊り。明るく健康的で楽しい。第2部は、一転して現代イラクの閉塞状況を描くパントマイム。この劇団は、イラク・バスラ地方に伝わるフォークダンスを基礎に現代的に再生する試みを展開し、地域に根ざした新しい同時代演劇の創造をめざして活動中。オリエンタリズムあふれる舞台であった。
 私はこの公演を観て1970年代に名古屋公演を行ったベトナム歌舞団の金山体育館(現名古屋市文化会館)の熱狂的な雰囲気を想い起こした。当時はベトナム戦争の渦中で、日本中に反戦のムードがあふれ、歌舞団との無条件の共感と米軍の侵略に抵抗する無条件の連帯感があった。何本かの竹を挟んで打ち鳴らしその間で踊るベトナムの少女の美しいアオザイ姿はいまでもくっきりとよみがえる。彼女たちの大半は、爆撃で死亡したという悲しいニュースを聞いて落涙したことを思い出す。
 ひるがえって今回のイラク劇団の公演は、小劇場で空席が多い中での公演であり、いままさにレジスタンスを展開しているイラクとの同時代を生きている者としては、何とも昔日の思いがする寂しいものであった。(2004/10/20 00:10)

[神山征二郎『草の乱』]
 日本近代黎明期の自由民権運動左派の武装蜂起として有名な秩父事件を正面から描いた力作。製作資金はすべて浄財によっている。神山氏の現代日本に対する怒りが沸々と滾っている。イギリス革命が人頭税を契機に、米国独立革命がボストン茶会事件を契機に、フランス革命も同じく蜂起の直接の契機は税金を契機として起こっているように、秩父事件も暴落する生糸相場と庶民重税につけ込んだ高利貸資本に対する襲撃から起こっている。現実は戦略と戦術の未熟、指導部隊たる自由党の内部崩壊から敗北を約束された戦いであったが、はじめて人民主権を掲げた闘争として画期的な意味を持っている。映画の諸処に歴史的背景が描き込まれるが、主役は在村の名望家と小作人たちの共同にある。秩父事件を正面から描き出して、現代日本の虚妄を照射する問題意識は高く評価したい。
 ただし歴史的事件の意味とその渦中を生きた人間をどのように映像芸術として形象するかはまた別問題である。神山監督の前作『郡上一揆』と較べて、はるかに人間そのものを描こうとする姿勢は感じられたが、依然として類型化された人間像に終わっている。事件をそのものを描くことに焦点が置かれ、善玉と悪玉が対決し悪玉の勝利に終わるというパターン化された歴史物の印象が強い。プロパガンダの直前で危うくとどまっている。支配権力者への鋭い人間観察や、レジスタンス内部の生き生きした個性的な群像をもっと精緻に描くとより深いメッセージ性を持ったと思う。3時間から4時間の大作でないとそれは描けないのかも知れない。しかしもし日本に神山監督がいなければ、だれも民衆運動そのものを正面から描く映像作家はいないと云うことを考えれば、ここは神山監督の力投を称賛すべきかも知れない。ヴィスコンテイや山本薩夫氏が逝ってから、骨太の歴史劇は日本には神山氏しかいない。名古屋市・シネマスコーレ。中高年20数名。後ろのおばさん3人が上映中も私語をするので興ざめした。(2004/10/18 19:00)

[Andrey Zvyagintsev『VOZVRASHCHENIE帰還』]
 アンドレイ・ズビヤギンツェフ監督の第1回作品でタルコフスキーの再来と絶賛された作品で前評判は高い。確かに深い思索をめぐらして、何かを探求しようとする思索を感じせしめる。幾つかのシーンがなんの答えもないままに観客に投げ出され、自己省察を迫る。邦題は「父帰る」であり西欧文化圏では父PaPaとは、「父なる神」というように神の尊称語であり、その後はローマ法王にのみ用いられた(現在では一般人称代名詞となって日本の皇室でもPaPaと呼んでいる)。問題はこの映画の父とは何の寓意であろうかということだ。例によって評論家たちは幾つかの分析を披露してなるほどと思わせるものもある。曰く父=ソ連社会主義、スターリン、大いなるロシアなどなど・・・・。それはそれで面白いのだが、なぜ絶賛に近い称賛に終わるのだろうか。散りばめられたイエスと聖書の物語の寓話的表現は、むしろソ連崩壊後のロシア知識人の混迷した精神状況と探求の跡を示して、けっきょくのところ希望にたどり着いていない。ソルジェニーツインがロシア正教に回帰して無惨な晩年に終わったように、この30数歳の若き監督も何かを求めて探しつつ、遂にはギリシャ正教へ回帰していくように見える。その模索が真摯であるところにこの映画の人の心を捉えて撃つものがあるといえよう。こうした思索の深さが日本とそのモデルである米国にはおそらく永久にないものではなかろうか。北欧から東欧に到る重々しいトーンの思索は久しぶりだった。市場経済がマフィア経済を意味する現代ロシアのゆらぎを示している。私たちは失って初めてその意味を自分のものにするのではないかーこれが私がこの映画から汲み取ったものだ。名古屋市・名演小劇場にて。観客30数名。(2004/10/16 17:23)  

[森康行『こんばんは』]
 この映画は教育のほんらいの姿や学ぶことの意味をごく自然に伝えてくれる。それは生きていくための、人間らしくなっていくための必要不可欠の空気と同じようなものだ。ルポルタージュ『こんばんは』は東京都墨田区立文花中学夜間学級が舞台で(山田洋次『学校』に登場した)、戦争や病気、貧困で学校教育を受けられなかった老人や海外帰国子女、難民、外国人や不登校児が通う。字が書けない、読めない人を対象とする識字学校に近い。最高齢は91歳のお爺さんで平均年齢は60数歳だ。夕方5時から9時まで授業がある。学ぶことそのものが喜びであり、学校は走っていく楽しいところであり、生徒と先生が冗談を交わしつつ真剣にほんものの知の交流が自然に豊かに流れる。見城先生が田所冬吉「菊の花」を教材に使って展開する国語の授業は、ほんとうに授業の真髄を示していた。在日朝鮮人のおばさんが戦時期の辛い体験を語ると、見城先生が「私たち日本人は幾ら償っても償えないよね」と落涙するシーンは真実の心情をかいま見せた。見城先生はおそらくコミュニストと想像されたが、コミュニストが同時にヒューマニストであることを伝える映像であった。見城先生は吉川英治賞を受賞しこの映画はそれを資金の一部としてつくられた。いったいわたしの数十年にわたる教師生活は何だったのかーと問いかけられた。
 日本の教育の全体が、こうした夜間中学の姿をベースに再構築されたら、美しい日本ができるだろうと思う。こうしたヒューマンな関係がささやかながら、市井の片隅に残っていることに励まされる。日本を汚してしまおうとしている強い勢力に対してふつふつと怒りが湧き起こってくる。生き方そのものをも問い直す普遍性を持った静かなメッセージ映画でもある。アフガンやイラクの人々にぜひみて欲しい映画だ。なにも発話しない、一緒に給食を食べれない不登校の少年が、次第に明るい表情を取り戻し、ボソボソと教科書を朗読した後に、母親への手紙で「今日は初めて学校で声を出して気持ちがよかった」という(確かそんなセリフ)までの成長は、教育がもつ力をはっきりと示していた。まだまだ日本と人間は信頼するに値するゾ・・・久々に心のなかを温かいものが流れるようなカタストロフィックな気持ちを味わった。音楽監督が、中学時代の同級生の弟に当たる小六禮次郎氏であったのにも驚いた。名古屋駅裏・シネマスコーレにて。観客10名弱。(2004/10/15 16:34)

[ビャンバスレン・ダバー、ルイジ・ファルロニ「らくだの涙」]
 ミュンヘン映像大学の学生の卒業制作ドキュメンタリー。学生映画のレベルをはるかに超えた水準にある。こうした製作費用を学生がどのようにして集めたのかにも興味がある。モンゴル・ゴビ砂漠でらくだと羊を育てる遊牧民一家の生活が淡々と描かれる。初産のらくだがいのちを削って生んだ子らくだに乳を与える余裕すらない。馬頭琴の演奏で母らくだが涙を流して乳を与える愛情の恢復のシーンは美しい。映画評のすべてはそのシーンを褒め称えている。
 モンゴル遊牧民の一生はこうして動物とともにたんたんと過ぎていくのだ。そこには世界の激しい転変には何の関係も持たない自己完結した生がある。彼らはそのような生に何の疑問も抱かないかのように、満ち足りた表情で日々を過ごしていく。わずかに都会へ買い物に行った息子を通して、TV画像に目を輝かせるシーンがあって、近代化の波が寄せていることをうかがわせるが、その息子たちも親の後を継いで遊牧の一生を送りこの世を去るのだろう。無辜の無名の生活に至上の幸福をみるのは、山田洋次の世界ですが、このドキュメンタリーにもおなじような質があります。山田洋次の場合は、モダンの頽廃との対比でそれを描きますが、このドキュメンタリーはあくまで遊牧世界の中でのみそれを描きます。しかしなぜかその人たちの表情には尊厳があふれているのです。それはネイテブ・アメイリカンの表情とよく似ています。私はこうしたプレ・モダンの尊厳ある表情の秘密がまだよく分かりません。一生篤農家で大地を耕して百姓として生を終えた私の祖父を想い起こします。祖父は東から登り来る太陽に向かって毎朝頭を垂れて祈りを捧げていました。少年の私はよく分からない神々しさをその後ろ姿に覚えたものでした。祖父は誰からも注目される仕事をしたわけでもなく、唯ひたすらに大地を耕してこの世を去りました。この映画を観てフイトそのような私の昔の物語を想い起こしました。名古屋市・国際シネマにて。観客10名。(2004/10/12 7:30)

[張藝謀『十面埋伏 LOVERS』]
 唐代末期の腐敗に抵抗する民衆反乱といっても秘密結社の若い男女の愛の相克を描く武侠映画。評論家・石子順氏は、ハリウッドの攻勢から中国映画を防衛し、観客を映画館に戻すための映画づくりと激賞しているが、率直に云ってチャン・イーモウ監督の洗練された商業映画への転落ではないか。確かに映像の様式美は目を見張るような迫力と繊細さがあるが、別に中国でなくてもいいわけで、第一級エンタテイメント映画ではあるが、かってのチャン・イーモウはどこへ行ってしまったのだろう。初期黒澤明が最後にはエンタテイメント巨編『影武者』に至る過程と少し似ているが、はるかに黒澤の人間認識に深みがある。
 ただしこの映画が、中国の現体制権力へのある問題意識を内包しているとすれば、それは凄いと思う。「結局私たちは駒に過ぎんのだよ」というセリフが、支配権力と抵抗組織のいずれに殉じても無意味なんだーというメッセージであるとすれば、明らかに現中国である革命的な意味を内在していることになる。確かにすべての組織から訣別して挫折し敗北していく若い男女を正面から肯定的に描いた中国映画はない。開放経済下で、個の意識が成長しつつあることを示しているが、世界の普遍性を獲得するレベルではない。一極帝国が君臨し、その支配と本質的に同じ論理で成長しつつある中華帝国の在り方を根元的に問い直すーということは現中国のなかで映画製作を続ける限り無理なことであろう。
 度肝を抜くような映像美の華やかさの裏でチャン・イーモウの模索が透けて見える。いま世界映画を人間的にリードする力は、中東アジアではないかということを改めて思い浮かべることとなった。名古屋市・ピカデリー劇場にて。パンフを買おうかどうか迷って結局買わなかった。(2004/9/30 19:20)

[Handan ipekci『Hejar』]
 家族と親戚を目の前で虐殺された少女ヘジャルをふとしたきっかけで世話をする退職判事の老人。少女と老人の間には、抑圧されるクルド人差別の壁が日常生活のすみずみに顔を出し、二人の交流は遅々としして進まない。リベラルな老人は次第にクルドへの共感を抱き、少女を養女にする決心をする。少女も最後には自分のお爺さんのような愛情を抱いていくが、やはり少女は自民族クルドを選び老人のもとを去る。老人もそれを認め哀しいまなざしで去っていく少女を見つめる。振り返る少女のまなざしも愛情にあふれている。
 少女は抑圧され分裂に喘ぐ少数民族を象徴している。去っていく少女の小さな後ろ姿は、これからの過酷な苦難の運命を想像させて痛ましい。愛くるしい少女の黒い瞳と、幼い振る舞いは、やはり民族の尊厳を無意識のうちに演じている。老人と少女は、和解できない民族対立を乗り越える微かな可能性と希望を象徴している。トルコ都会社会の見事な西欧現代と辺境に打ち捨てられたクルドスラム街が鮮やかに対称的に浮かぶ上がる。そのめくるめくような非対称性の世界は、現代の地球の姿そのものだ。私たちが先進国と云って安逸な生活の中で忍び寄るファッシズムの刃は明らかに辺境少数民族の犠牲の上に築かれた虚妄のバベルの砂の塔に過ぎないのではないかとも予感される。それは同時に美しく成長した少女が、自らの身体に爆薬を巻き付けて自爆する必然性を確信させるからだ。
 ハンダン・イペクチという名の女性監督は、この作品で逮捕され国内では上映禁止措置を受けた。この映画の国内公開は、トルコのEU加盟を控えての人権抑圧批判にあった。この映画はトルコ民主化を切り開いた画期的な意義を持ったのだ。クルドを描いた映画には『酔っぱらった馬の時間』で過酷な少年の生と希望を描いた感動的な作品を思い起こすが、こうした作品は頽廃が進む先進国では絶対につくることはできない。しかし人間的な希望はどちらにあるかといえば、私たちにはない。「ママに会いたい」と泣いて訴える少女の叫びは、全クルドないし全ての抑圧された人びとの世界への絶叫だ。
 この映画は私たち日本人にとっても無縁ではない。トルコ人がクルド人を抑圧し、クルド語を禁圧したように、私たちはつい60年前まで朝鮮人、台湾人、沖縄人を抑圧し日本語(標準語)以外を禁圧したのである。あらゆる無知は犯罪であるのだ。無知故に幾多の犯罪がなされてきたのだ。在日朝鮮人が本名を隠して日本名を名乗らざるを得ない社会を私たちは築いてきたのだ。
 少女の名前ヘジャルは”虐げられた”という意味である。映画の原題は、Big Man,Little Love(大きな人 小さな愛)である。名古屋市・シネマスコーレにて。観客20名弱。(2004/9/23 17:30)

[ERROL MORRIS『THE FOG OF WAR』ー人は善をなさんとして悪をなすとはほんとうか?]
 この映画をどの視点から見るかはあなたの自由だ。帝国アメリカの20世紀戦略、指導者論、戦争指導論、大量殺戮論、戦争責任論、決定的瞬間に於ける判断の問題、歴史に於ける偶然と後知恵、米国民主主義の限界論などなど。私にとっては、私の青年期のベトナム反戦運動の渦中にいた体験と、米国最高責任者の戦争指導決定の関係として、めくるめくような垂直関係の乖離を感じるのみだ。
 いうまでもなくマクナマラは、米国的な知性の最も優れた部分を代表する人物だ。数千人の学生の中でたった3人の奨学生に選ばれてのハーバード進学→史上最年少でのハーバード大学助教授→ルメイ将軍に乞われての第2次大戦中の日本空爆計画策定→フォード再建とフォード一族外の最初の社長就任→ケネデイ大統領に乞われての国防長官就任→キューバ危機からベトナム戦争での最高戦争計画立案→ジョンソン大統領との訣別と世界銀行総裁とまさにハーヴェイロードのど真ん中を突っ走った人物だ。インタビューから彼の人間的な魅力もうかがえるが、歴史的存在としての彼はもっと冷厳な評価に曝されなければならないだろう。結論的に云って彼は20世紀最大の第1級戦争犯罪者の1人である。以下それについて述べる。

 @太平洋戦争に於いて、たった一夜で10数万人を虐殺した東京大空襲他の大都市空爆の計画作成者である。戦時国際法では無辜の市民に対する無差別の攻撃は全面的に禁止されている。彼はB29による低空からの焼夷弾爆撃計画を作成した。専門の統計管理論理論を駆使した「損耗率」「ボデイカウント」概念による対費用効果という現代戦争の合理的管理論を導入した。その結果が無辜の市民の大量殺戮なのである。
 Aベトナム戦争における民族絶滅作戦=ジェノサイドの実行。彼の開発した「特殊戦争戦略」は、高度な政治工作活動能力を持った特殊部隊によるゲリラ殲滅作戦は、グリーベレー部隊を発足させ、全世界に軍事顧問団を送り込んで秘密作戦を担った。ベトナムでの「戦略村」作戦は住民全体を捕虜にするかのような占領作戦であり、結局失敗に帰した後にベトナムの森林地帯に枯葉作戦という除草剤をまいて消滅させるもので、大量の遺伝子異常と奇形児を発生させた。皆さんもベトちゃんとドクちゃんという二重胎児を御存じであろうが、あの作戦の責任はマクナマラにあった。
 B14年間の世界銀行総裁時には、農村の貧困開発、教育、保健衛生に取り組み、ベイシック・ヒューマン・ニーズ(BSE)という開発概念を提起して大きな影響を与えた。私はこの概念の開発者が彼であったことをはじめて知った。しかし世界銀行は、本質的に冷戦下のドルによる世界支配の道具として機能したのであり、この映画ではこの部分のインタビューはなかったが、じつはここにもかれの戦後責任がある。

 戦争終結後20年を経て、かってのベトナム解放戦線の指導者との会談の席で、「独立のためには最後の1人になっても戦う」というベトナム元外相の言葉を聞いて衝撃を受けるところにマクナマラの世界認識の本質がある。彼は結局のところ、アメリカ帝国の世界支配の最も有能な戦略作 戦家であり、それ以上ではなかったということである。ここに現:代米国の優秀な知能の本質的な限界があり、不幸がある。イラク戦争を戦っている米国の最高知能もまた同じであろう(無能ブッシュは除いて)。彼はアメリカ帝国型の善をなそうとして、人類的悪をなした。まことに「地獄への道は善意で掃き清められている」(ダンテ『神曲』)のである。ただし歴史とそこでの自らの参加について、、潔く冷静に再検討を加えるという米国型の知性の在り方は、少なくとも戦犯を慰霊して首相が参拝する日本にはないものだ。名古屋市・今池シネマテークにて。観客19人。(2004/9/21 19:35)

 付記)この文を記してから、ちょうどNHKBでオリーバー・ストーンの『JFK』が放映されていたので観た。ジョン・フレデリック・ケネデイ大統領の暗殺の背後にある謀略の真相を追求するある検事を描いたなかなか迫真的な映画だ。軍産複合体が政府権力を握り、戦争経済による繁栄を追求する死の商人が軍部や情報機関と共謀して遂行した陰謀説に基づいている。マクナマラはこの暗殺事件の渦中を生きた国防長官でもあったから、政府内部の熾烈な権力闘争をも知り抜いた立場であった。『フォッグ・オブ・ウオー』と『JFK』を一緒に観ると、現代米国最高権力の一端を見ることができるかも知れない。「政治は時に悪魔とも手を結ばねばならない」とすれば、マクナマラの素顔の裏に何が隠されているのか想像をめぐらすことも面白い。ケネデイ暗殺事件の政府関係書類が公開されるのは、2027年であるそうだから私もギリギリ間に合うかも知れない(!?)。(2004/9/21 23:54)

[このような硬派の詩壇があったのか]
 世を挙げてポスト・モダンのデラシネ詩が蔓延している中で、久しぶりに骨太のまっとうな詩に出会いました。この詩が日本人詩人によっていることにも感銘を受けました。世の表層がどのように洗練または野蛮であろうと、こうした感性にこそ歴史の通奏低音があります。

 朝鮮鮒  渋谷卓男 『朝鮮鮒(ジャックション・ハーベスト)』(第6回小野十三郎賞)より

 鱗が少しざらざらだった。
 尻尾が「く」の字に分かれていなかった。
 尻尾の真ん中が出っ張っていて、
 そこが少し、赤かった。

  チョウセンブナ、と
  町場の者はそう呼んだ。

 日が暮れると子どもたちは
 魚籠の底のそれを殺した。
 そうしないと日本の鮒が喰われると、
 子どもたちは皆信じていた。


[王敏氏は日本の深層にある現代日本文学の地下水脈を探らねばならない]
 かっての日本による中国侵略によって中国民衆が受けた言語に絶する悲劇の歴史を離れて、表層的な日本文学をいじくり回しても生産性はないことを氏は知っているのでしょうか? そしてそして少なくない日本人文学者が侵略に抵抗して命を落とした事実を御存じでしょうか。こうした埋もれた部分にこそ、日中間の将来を再構築するほんとうの灯台があるのではないでしょうか。ここでは2人の文学者を紹介します。
 一人は戦争に反対し治安維持法違反で懲役2年を受け、赤痢に感染して29歳で獄死した川柳作家・鶴彬(石川県高松町生まれ 本名 喜多一二きたかつじ 1909〜38年)です。21歳で金沢歩兵第7連隊に入隊し反戦活動によって逮捕され、謝れば釈放されるのに拒否して、日中戦争が激化した38年9月14日に命を落としました。痛ましい、しかし見事な生涯ではあった。彼の逮捕理由となった幾つかの川柳を紹介します。  

 暴風と海との恋を見ましたか
(*少年期の作品 筆者注)
 暁を抱いて闇にいる蕾
 手と足をもいだ丸太にしてかへし
 万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た
 (37年作)
 高梁の実りへ戦車と靴の鋲
 屍のいないニュース映画で勇ましい
 胎内の動き知るころ骨がつき
 枯れ芝よ!団結をして春を待つ


 かって戦前期日本に東北を中心に北方教育運動という、農村に生きる現実をリアルに見つめ、理想を生き生きと表現する生活綴り方教育があり、その指導者である寒川道夫(1909−77年)と教え子・大関松三郎の『山芋』はその運動の記念碑的な作品でした。寒川は、太平洋戦争直前の41年に治安維持法違反で逮捕・拷問され、少年詩人・大関松三郎は44年に魚雷攻撃を受けた船で死亡した。彼の代表作品である「虫けら」を紹介します。

 虫けら     大関松三郎

 一くわ
 どっしんとおろして ひっくりかえした土の中から
 もぞもぞと いろんな虫けらがでてくる
 土の中にかくれていて
 あんきにくらしていた虫けらが
 おれの一くわで たちまち大さわぎだ
 おまえは くそ虫といわれ
 おまえは みみずといわれ
 おまえは へっこき虫といわれ
 おまえは げじげじといわれ
 おまえは ありごといわれ
 おまえらは 虫けらといわれ
 おれは 人間といわれ
 おれは 百姓といわれ
 おれは くわをもって 土をたがやさねばならん
 おれは おまえたちのうちをこわさねばならん
 おれは おまえたちの 大将でもないし 敵でもないが
 おれは おまえたちを けちらしたり ころしたりする
 おれは こまった
 おれは くわをたてて考える

 だが虫けらよ
 やっぱりおれは土をたがやさねばならんでや
 おまえらを けちらしていかねばならんでや
 なあ
 虫けらや 虫けらや


 戦前期の労働集約的な農業と、現代の機械化された化学肥料を投下する農業では、まったくイメージが異なりこの詩への想いも違うでしょうが、人間と自然を結ぶ労働の本源的な関係に彼は踏み入っています。王敏氏が宣揚する作家群には、こうした感性はありません。大都会の薄汚れたバーの片隅でグラスを傾けながらつぶやいている小説に未来はありません。(2004/9/9 9:57)

 8月28・29日に開催された小林多喜二国際シンポ(白樺文学館主催)で注目すべき2本の報告があった。ジャステイン・ジェステイー氏(シカゴ大学 『1928年3月15日』翻訳中)は、小林の小説を「抽象的でつかみづらい不正義を、切迫した生々しい力として示し、人びとの目を覚まさせる」暴力描写に政治的な意義があるとし、黒人公民権運動に火を付けたエミット・テイル事件(14歳黒人少年が暴行を受け殺害された)を紹介した。母のエミット・テイルは、発見された遺体を埋葬する州当局に抵抗し、無惨な遺体を教会に運んで公開し、60万人が遺体を見て黒人向け新聞は写真を掲載した。『3月15日』に描かれる拷問のテイルの母親と同じ呼びかけを発している、留置場の壁に残された「3月15日を忘れるな」という落書きは、「テイルを忘れるな」という写真と同じく、地域と歴史を超えて永遠に拡がるとする。
 私が連想したのは、最近発刊された『Days』という写真雑誌であり、第3世界中心に暴力とテロの連鎖で犠牲になっているおびただしい人間の生々しい現場写真である。一般メデイアでは決して掲載しない惨状があり、安逸な日常をおくっている私自身をどう考えて良いか分からない困惑におちいらせる。

 ガリーナ・ドウートキナ氏(ロシア作家)は、スターリン弾圧が激化した30年代で、多喜二の作品は「翻訳者たちにとって、自国の専制に対する隠れた抗議の意味を持っていた、(ソ連共産党の意志に反して)読者の反権力的自覚の形成に影響を与えた」とし、混迷を深める現代ロシアで多喜二の理想は形を変えてよみがえっていると指摘した。
 正直言って私は、現代米国で小林多喜二が研究対象となり翻訳が進行中とは知らなかった。バグダッド刑務所で凄惨な拷問を加えている米軍兵士がいるとともに、こうした米国の現在と未来を真摯に考えて日本文学研究が行われているとは、米国というものの底の深さを実感した。ロシアにおいての反専制レジスタンス文学として、多喜二が読まれているということも驚きだ。ソ連を革命の祖国と位置づけて、その擁護のために拷問に耐えて自白を拒否して自らのいのちを捧げた多喜二とのこの目も眩むようなパラッドックス。作品は作者の意図を離れて普遍的な意味を持って独自に受容されていくのだと改めて教えられた。いまこうした多角的な視点から日本文学を再検討する作業が問われている。王敏氏の国境を越えた研究活動のスタンスの全貌は知りませんが、是非ともこうした分野での研究成果を吸収して欲しいと願う。(2004/9/10 12:11)

[混迷する現代中国の日本文学研究]
 王敏氏(法大教授 中国の宮沢賢治研究の第1人者)による現代中国の日本文学研究の現況報告がある(朝日新聞9月7日付け夕刊)。現代中国の本格的な日本研究は、64年の日本研究機関設置とともに始まり、文革10年の停滞期を経て、72年の国交正常化で再開して改革開放後急展開して現在に至っているそうだ。郭来順氏(深せん大)は日本の時代精神を背景に、前現代前衛青年生態小説(石原慎太郎『太陽の季節)』)→現代前衛青年生態小説(村上龍『限りなく透明に近いブルー』)→前衛青年生態小説(綿矢りさ『蹴りたい背中』、金原ひとみ『蛇にピアス』)という段階論的規定をおこなっている。これはただ単に芥川賞を並べただけに過ぎないではないか。確かにこれらの小説群は、発表当時の青年の生態の一部を鋭く切り取ってはいるが、それは風俗現象の表層を際どく写し出した一種キワモノ表現であり、こうしなければ芥川賞を獲得することができない日本の商業文壇的背景をご存じないらしい。
 これらの小説群を「前衛」として日本文学が発展してきたというのは、とんでもない間違いであり、逆に日本文学が方向を失って混迷する袋小路に陥っていったメルクマールに過ぎない。「前衛」の真の意味を、未来の意味と課題を先駆的に自覚した頭脳が現在の状況に果敢に挑戦して提示する人間像とするならば、これらの作家群は頽廃を極める現実の一部にのめり込んで得意げに、或いはあたかも悲劇の主人公のように、自己暴露をして見せて他者を驚愕させたに過ぎない。
 王敏氏はこうした現代日本文学の潮流と現代中国の青年意識に共通性があると指摘する。モノが日常に普及し経済文化と商品文化が心の深層に浸透するのを無抵抗に受容している若い世代の存在があり、中流意識の存在が高度の精神文明を渇望し(? 疑問符筆者)、洗練された都市生活の様式を知り孤独の中で自由を楽しむ在り方を学んだからだという。氏によれば、こうした若者の新思考と日本の相乗作用によって研究は隆盛に向かうそうだ。そしてここに「反日」を超えた共生の志向が生まれるそうだ。確かに開発が急展開する沿岸部中国青年の一部に方向を失ってさまよい歩く意識が醸成されているだろう。そのような青年を描く中国映画を観たこともある。しかし私を感動させた中国映画は、辺境で取り残された人びとの哀感を描いたものだ。王敏氏もまた現代中国の表層の一部を切り取っているだけで、全体の深部に於ける質をみようとする問題意識を欠落させている。
 なぜこうした日本礼賛に終始するのであろうか。いま世界で最も末世的な頽廃が深く人間を痛めつけている日本で静かに進行している人間の喪失の実相をまったくご存じないようだ。毎年3万人を超える自殺者が出ている国の姿を真っ正面から凝視すべきではないか。そうした反人間的な現状と拮抗して新たな人間像を模索する作品群が澎湃と起こっている事実について注意を向けるべきではないか。氏が宮沢賢治研究者であれば、賢治の視点から澄んだ瞳で現代日本の現実をリアルにつかむ努力を傾けるべきではないか。
 思えばいま、怒濤のような日本留学熱が巻き起こり、帰国した中国人学生は日本の表層をあたかも後追い型近代化(かっての日本)のように褒め称えている現状は、中国現代の課題から見れば嘆かわしく、また昔日の思いがする。(2004/9/8 8:45)

[11代目市川海老蔵襲名披露 吉例顔見世『源氏物語』]
 久しぶりに歌舞伎を観た。豪華絢爛たる王朝絵巻その内実は近親相姦を含む不倫のオンパレード。中高年が多い観客はウットリして魅入っている。ときどき「成駒屋!」とか「成田屋!」とか贔屓筋の声がかかるが、私には誰のことだか分からん。ギリシャ悲劇の悲劇性との共通性があるにもかかわらず、鬼気迫るような人間の深層を表現はしない。あくまで美しく散っていくような散華の美学だ。
 世界がこんなに混迷している中で、こうした伝統芸術に何の意味があるのかともつい思ってしまう。要するに今日の昼の部公演は、宝塚少女歌劇の中高年版だ。かってこうした歌舞伎の伝統世界に反旗を翻して脱退した俳優が、前進座を結成して現在も活動しているが、あの時に提起された問題はいまも続いている。人間の深奥とは切り離された様式美の伝統の現代化というテーマだ。こういうことを言うのは野暮で、ようするに楽しめばいいというのでは歌舞伎の未来はない。ただし東儀秀樹氏が担当した音楽は充分に堪能できた。名古屋市・御園座にて。中高年満席。午前11時開演、午後3時終了。外に出たら猛烈な雷雨で全身ずぶぬれになって家に着いた。(2004/9/5 16:35)

[マーク・ジョナサン・ハリス『ホロコースト:救出された子供たち』、マルセロ・シャプセス『チェ・ゲバラ 人びとのために』]
 最近は面白そうな映画がないので、ビデオ2作品を観た。『救出された子どもたち』は、150万人の子供を虐殺したナチス・ホロコーストのなかで奇跡的に救出されて英国に移送された子供の成人した人たちの回想を中心に、当時に記録フィルムを編集したドキュメンタリーで00年度アカデミー賞を得た作品だ。アウシュビッツの後に詩を作るのは犯罪だーとは誰の言葉であったか、文明の野蛮を凝縮したホロコーストの深層の一端を垣間見ることができる。しかしあの恐怖の時代から幾ばくもなく、戦争は絶えず繰り返されている。もはや人間の原罪ではないかとも思われるニヒルがが押し寄せる。昨日はロシアで数百人の子供を人質とする絶望的なテロが起こっている。なによりもホロコースト犠牲者のユダヤ人がイスラエル建国の後に、パレスチナ人に対して同じような仕打ちをしているこの形容しがたい恐るべき罪である。これは一体人間の何を示しているのだろうか。
 『チェ・ゲバラ』は云うまでもなくカストロと並ぶキューバ革命の英雄で、革命後は政府の工業相を務めて革命建設に献身しながら、すべてを投げ捨てて南米・ボリビアの革命ゲリラに身を投じて虐殺されたゲバラの記憶を、活動をともにした今は年老いて年金生活を送っている友人たちが回想しているものである。理想とは?無私の献身とは?革命の非情さを描いて忘れかけていた、なにか大切なものを思い起こさせた。
 たった50数年のうちに、市場と競争が支配する世の中に地球と人間がかくも変わり果ててしまうことを誰が想像し得たであろうか。(2004/9/3 23:00)

[是枝裕和『誰も知らない』]
 1988年に実際に起こった西巣鴨子ども4人置き去り事件をもとに、是枝氏が15年間あたためた作品であり、02年秋から2年間をかけて撮影した。とにかく子役が素晴らしく、演技をまったく感じさせないまるでドキュメンタリーのような感じである。一般的な批評としては、逆境をけなげに生き抜くこどもたちの成長物語としているが、リアルに見るとこんな陰惨な映画はない。それを明るいタッチ(?)で描くことによって、素朴なリアリズムを超えた共感と哀しみの感情を
呼び起こす。
 しかし私は率直に云って、日本は壊れかけているという事実の前に途方に暮れてしまう。ラストシーンは、事故で亡くなった妹の遺体を羽田空港の側に埋葬し、残された兄弟がコンビニで弁当を買い、みんな揃ってアパートへの坂道を歩むところで終わる。明日からまた同じように「誰も知らない」生活が始まり、世の中から忘れられた存在として生きていくことを暗示してこの映画は終わる。救いはないのである。待っているのは餓死である。妹の遺体の死臭を「臭くて気持ち悪かった」という長男の心情はもはや枯れているのである。館内で若い少女の観客のすすり泣きの声が漏れてきたが、街に溢れるブルーテントを見てなんの感慨も起こらぬほど私たちの感性はすり減っているのである。それは、子どもの出生届も出さず、養育放棄をして男を渡り歩いて恥じない若い母親をなにか現代風の女性の一風俗として描く監督の視線にも表れている。
 是枝氏の主観的意図がどうであれ、この作品はいまの日本で打ち捨てられ忘れ去れれようとしている人たちの存在を精一杯に顕示しようとするのだ。自分の葬式のイジメで登校できなくなった子どもたち、心身すり減らして働いてリストラされる中高年社員(私の弟も青森の地に単身赴任した)、何百回も就職試験を受けても拒否される新卒の青年、DVに泣く妻たち、ガラスの檻に入れられて仕事を与えられない異端社員などなど「誰も知らない」(ほんとうは、知っていて知らないフリをする)多くの日本人が眼差しを注がれないでいままさに生きているのである。
 しかしコンビニの余った弁当をひそかに少年に手渡す若い店員、捨てられた子どもたちを支援する女子高校生は、かすかな救いの微光をを伝えている。遠からず、弱者を縁辺に打ち捨てて恥じないシステムが音を立てて崩壊する時がくるだろう。長い人類史をひもとけば、何が真実であるか、どこに正道があるかはくっきりと浮かび上がってくるにもかかわらず、今日明日の糧に狂奔しなければならない人間の哀しむべき姿がある。主演俳優・柳楽優弥君に史上最年少の主演男優賞を与えたカンヌ映画祭審査委員長クエンテイン・タランテイーノ氏に称賛の拍手を送りたい。名古屋市・名演小劇場にて。会場満席。(2004/8/25 17:00)

[MICHAEL MOORE『FAHREBNHEIT911』]
 華氏911度は、米国のSF作家『華氏451度』が描いた高度管理国家の焚書で書籍が燃え出す温度を指すところから採られている。徹底して自国の大統領と取り巻きを、嘲笑いコケにするドキュメンタリー映画である。ブッシュがパパブッシュとともになぜイラク侵攻したかを、石油資源とアラブ大富豪との投資関係をリアルに暴露する。こうした映像を通した告発の効果が最大限に発揮されている。見れば見るほど、ブッシュはアホで間抜けな人間に見えてくる。キョロキョロとまるで周囲を見回す視線は、自信のないガキのようだ。権力を揶揄するトリックスターとしてムアーは登場し、権力に対する批判手段としての風刺技術を駆使する。経済空洞化で荒廃した地方米国の惨状を突きつけて、イラク作戦の虚妄を浮かび上がらせる。911度とは、自由が焚刑に処せられる温度なのだ。
 残念ながら日本の現状では、こうした権力に対する鋭い批判はない。例えば田原総一郎氏は攻撃的な批判を加えるが、よくみるとそれは少数派や異端派に向けられて、権力中枢には媚びへつらっていることを鋭い視聴者は見抜いているであろう。田原氏自身が第3の権力として振る舞っていることが透けてみる。
 こうした健康な批判精神が健在であり、しかも社会的認知を受けるアメリカン・デモクラシーの良質の面を最大限評価しつつ、なおかつそこにムーア監督の限界が露呈されていることを指摘せざるを得ない。ブッシュ共和党批判の受け皿は民主党にあることを寸分も疑わない彼の政治的認識の水準だ。ルーズベルト、トルーマン、ケネデイという名だたる民主党大統領の歴史的な評価は、アメリカという帝国の支配を貫徹させるという大枠では変わらないということだ。その手法がソフトかハードかのチョットした違いにあるに過ぎないという経験を後数世代重ねないと、アメリカンデモクラシーの正当な第3勢力は登場しないだろう。ムアー氏の真価がまさにその時に問われることになる。名古屋市・ゴールド劇場。会場満席。途中でフィルムが切れて上映が中断したお詫びに、招待券が全員に配られてちょっと得した気になった。(2004/8/24 20:00)

[ハナ・マフマルバフ『ハナのアフガンノート』]
 ただアフガンに取材したというに過ぎないつまらない映画。名匠である父親のモフセン・マフマルバフの15歳の末娘であり、世界最年少監督として売り込んでいるが、率直にいってこんなガキにアフガンが描けるはずがない。父親のモフセンにこそ最大の責任がある。これ以上コメントすることはない。名古屋市・シネマテークにて。(2004/8/20 19:49)

[サミラ・マフマルバフ『午後の5時』]
 タリバン政権崩壊後のアフガンを女性の視点から描く。率直に云って希望はない。これからも長く続く苦しみを予感させて終わる。タリバンによって労働と教育の機会を奪われた少女たちが学校へ行き、それぞれ自分たちの将来について希望を込めて論争するシーンが痛々しくも微笑ましい。最も才能豊かに見える少女が地雷で一瞬のうちに命を落とすシーンは、あまりにも悲しい。
 幾つかのアフガンの現状を伝えて印象に残ることがあった。女性を見た男性が神に許しを乞うというイスラム原理主義的な戒律の慣習、新大統領に対するある種の信頼、ビンラデインの逮捕を食い止めようとする老人、タリバンへの恩讐、米国を侵略者としていること等々監督の思想性が表れている。
 アフガンは、劇的事件が過ぎると世界から忘れられた存在になるという歴史がいままた繰り返されているように思う。こうした限界状況にある原始的貧困に、無条件の援助が必要だということがひしひしと伝わるが、現実には石油と天然ガスをめぐる復興ビジネスが跋扈している現実を見ると、自らの無力を覚える。アフガンほど希望と絶望が文字通り無機質に剥きだしになっている国はないだろう。監督はイランの名匠モフセン・マフバルバフの娘である。名古屋市・シネマテークにて。観客10名弱。冷房が弱くて少し暑かった。(2004/8/17 20:57)

[演劇 幹の会+リリック『オイデイプス王』]
 平幹二朗演出・主演。イオカステ・鳳蘭。舞台をニューヨーク・ハーレムの路地裏の旅芸人一座に翻案した現代的オイデイプス。ゴスペルをバックに楽劇風のエンタテイメント的演出で、原作のシリアスな悲劇性がより一層浮かび上がるように思えた。久しぶりに堪能した舞台だ。ソフォクレスの原作はBC400年頃に書かれている。その頃日本は縄文時代で狩猟採集生活を営み、国家形成はなされていなかった。西欧文明の歴史性と先駆性を今にして深く思う。個の苦悩と悲劇をかくも芸術に昇華し得たギリシャ人とはいったいなんだ。そうなんだ、ソクラテスが最後の弁明を試みていた頃、我が日本民族は未だ穴蔵生活を送っていたのだ。
 まあそれはおいて、オイデイプス悲劇は、ギリシャに於ける単婚家族形成過程に幾多の近親婚タブーの勝利を背景に創られた創作であろう。或いは王政の頽廃と崩壊を描いた作品であろうか。しかし現代では、おのれの崩壊の危機を覚悟して、なお真実のみに忠実であろうとする生き方の荘厳な悲劇というところであろうか。私は、母子相姦で生まれた2人の娘のその後に注目したいのですが、誰かすでに描いているのであろうか。名古屋演劇鑑賞会7月例会。(2004/7/28 22:15)

[マノエル・オリベイラ『永遠の語らい』]
 監督は世界最高齢95歳だそうだが、オリエンタリズム丸出しの西欧的価値観を信じ切っているかの失敗作というより、残念ながら年齢の限界は覆いがたい。俳優は豪華で、レオノール・シルベイカ、カトリーヌ・ドヌーブ、ステファニア・サンドレッリ、ジョン・マルコビッチなど錚々たるメンバーであるが故に意味もない演技をやらされている。地中海文明文明の観光旅行と割り切れば我慢できるか。名古屋市・今池・シネマテークにて。観客は意外と多い。(2004/7/26 17:56)

[鮮于W『火花』(白帝社)]
 久しぶりに韓国の小説を読んだ。作者は22年生まれのジャーナリストから作家に転じた。作品は日本植民地期から朝鮮戦争期の民族の受難を生きる市井の人を活写している。私が今まで読んだハングル文学は、多くが社会主義との何らかの親和圏を生きた人びとを対象としていたが、一個の人間としての尊厳を政治的立場に優先させる群像を描いた作品は初めてだ。この作品は、民族の尊厳に於いて日本帝国主義を痛撃するリアルな迫力があるが、米軍に対する批判的視点はない。さらに韓国クリスチャンの世界が描かれているのにも興味を抱いた。朝鮮戦争期の北朝鮮人民軍批判は鋭いが、私は余り共感しない。私が最も注目したのは、日帝支配下で日本軍士官学校へ入学し、日本軍の幹部として生き抜く朝鮮人が、日本軍から脱走し独立運動へ参加していく過程を描いた作品だ。逮捕されて特赦の条件となる「間違っていました」という一言が言えないで死んでいく人(「馬徳昌大人」)。内鮮一体化の講演で、突然言葉を失いそれ以降、聾者を装って一生を終える詩人。これらの作品群は、朝鮮も日本も一個の人間の視点からその美醜をリアルに見つめるヒューマニズムが溢れている。少々の反共を超えてその点に普遍性を得る水準がある。
 想うに東アジアで最も受難の道を歩んだ民族は朝鮮民族であろう。日本人たる私は、知識としては理解できても、ほんとうに我が事として理解できるのは至難だ。この小説群は、人間の生の歴史的な刻印の重さと深さを思い知らせてくれる。(2004/7/25 22:25)

[Marcel Schupbach『ベジャール、バレエ、リュミエール』]
 私がベジャールを知ったのは、クロード・ルルーシュ『愛と哀しみのボレロ』でおどるジョルジュ・ダンの圧倒的なバレエを観て、はじめて振付師で20世紀バレエ団の主催者を知ってからでした。この映画は今は70数歳に達するベジャールの新作『リュミエール』の創作過程を追っています。鍛え抜かれた、特に男性ダンサーの美しさには同性でアレ感嘆します。ベジャールが、古典バレエの枠組みに革命的な衝撃を与えた天才といわれる振付師であることは、うすうすとは知っていましたが、こうした現代バレエはいまや今や巷に溢れています。ベジャールは自らの革命的現代バレエをスペクタクルに発展させようとしているかに見えますが、私はその名声の故にある限界に直面しているような気がします。それは現代の古典バレエという枠組みではないでしょうか。日本の劇団で云えば「四季」のような感じです。あるシーンは流石だと思いました。絶壁に驚く仕草で、両手を上げるのですが、ベジャールの仕草とダンサーの仕草は明らかに違っていました。いつかは生の公演を観てみたくなりました。名古屋市・名演小劇場にて。観客20名弱。(2004/7/24 17:05) 

[野澤和之『HARUKO』]
 在日朝鮮人女性1世のすさまじい半生を描く。14歳で来日し、放蕩する夫との間に7人の子どもをもうけ、極貧の生活をパチンコ景品買いで支え、37回の逮捕歴を持つ。北朝鮮・金日成政権を崇拝し、何台ものトラックと多額の献金をおこなう。新宿のバラック街から始まり、今も新宿で暮らす。朝鮮総連の活動家となった息子が1950年代からそうした母の姿を撮影し、その記録フィルムから構成されたドキュメンタリー。母子ともにいまは韓国籍に切り替えた。
 日本の中間階級の底の浅さを吹き飛ばすような迫力に充ちている。日本語も分からない、ハングルも書けない少女が日本の裏社会で生きてきたその事実の圧倒的な力。
 上映終了後に、フジTVプロデユーサーの挨拶があったが、会場の在日女性が「あのような生活は在日1世は誰でも経験してきたごく普通のことです」という発言に改めて歴史の重みを感じた。名古屋市・シネマスコーレにて。観客6割くらいか。(2004/7/18 9:51)

[Audrey Wells『Under the Tuscan Sun トスカーナの休日』]
 文句なく佳作というか傑作。こういう映画を観た後に記す批評は胸おどる至福の時間だ。要するに殺伐とした競争ゲームを生きる現代人を”チョット待てよ あんたそれでいいの?”と問いかけているようなヒューマンな滋味溢れる映画だ。アメリカ人女性監督で主演も米人女優、原作も米人女性作家というのはチョット気に入らないが、でもアメリカ人も実はこういう世界に惹きつけられるんだ。
 マア一言で言うと世界でもっとも幸福な豊かさの生活を満喫しているのは、やっぱりイタリア人ではないかナアとつくづく思うんだ。仕事と生活と家族を精一杯に愛して楽しむ・・・・そう文化の厚みを感じるんだ。競争社会に疲れて、チョット今のままでイイノカナーって思っている人には、とってもお勧めの作品だ。
 やっぱり大人のセンスって云うか、信じ合うって云うか、求め合うって云うか、観た後に映画館を出て街が違った印象で映る映画ってそうないぞ。何を隠そう、この私もこの今の日本は面白くなくって腹立たしいことおびただしい。スーパーのあるレジ係の人に言わせると、お客の半分は何か不満顔の人だそうだ。世の中ぜんたいになにか殺伐とした雰囲気が漂っていると感じるのは私だけではないだろう。でもこの映画は私たちが失いつつある何かを甦らせてくれるインパクトがある。そしてはるか昔に旅したイタリア旅行の感動をを懐かしく思いおこさせてくれた。
 でもこの作品は単なる癒し映画ではない。ファッシスト!なんて云う強烈な言葉が飛び出すし、差別されるポーランド系移民をちゃんと見据えている。何を隠そう・・・・みどり豊かなトスカーナ地方は、イタリアでは有名な「赤の三角地帯」であり、労働運動と共産主義の伝統がしっかりと根づいている。この映画にはそうしたシーンはほとんど登場しないが、私はそうした伝統と生活文化は切っても切り離せないと思う。毎日路傍の花を替えに訪れる老人は、人生の全てをかけて淡々と花を替えているが、その意味は分からない。私は多分レジスタンスで死んだ息子か恋人を悼んでいると断言する。それほどトスカーナはイタリア現代史の渦中を生きたんだ。
 何で私がこんなにトスカーナを讃えるかというと、トスカーナを舞台にした映画を列挙すればお分かりだろう。『熊座の淡き星影』(65年 ヴィスコンテイ)・『わが青春のフローレンス』(70年 ボロニーニ)・『サン・ロレンツオの夜』(82年 タヴィアーニ兄弟)・『ライフ・イズ・ビューテイフル』(98年)など私の青春を彩った映画を上げれば一目瞭然であろう。皆さんはこの映画でトスカーナ観光旅行をした贅沢を味わうことができる。私もあのような恋愛の自由を謳歌したいもんだ。イタリアには無条件に自由がある。イタリア映画に万歳三唱! 名古屋市・・ゴールド劇場にて。観客20数名。(2004/7/16 18:02)

[フィリップ・ミュイル『パピヨンの贈りもの』]
 しあわせって
 どこにあるんだろう?
 どんな形をしているんだろう?
 幻の蝶という
 おじいさんの夢に
 女の子は自分の夢を重ねた
 チルチルミチルがしあわせの青い鳥を探して
 たどり着いたのはどこだったか

 フランス・ヴェルコールの美しい山並みのなかでこの物語は紡がれていく。しあわせの頂に向かう二人は、もはや年齢の違いを超えて無垢な関係である。ほのぼのと人間はたがいに信頼し合う関係にあるという素朴な姿が映し出される。見終わってホッとする映画であり、世俗のけがれから解放される至福の時間を持つことができる。それにしてもフランスは美しい山河を残しているものだ。時計職人といえども、文化の厚みを漂わせるものがある。洗い流すような温かみのある映画だ。しかし決して現実の重みから逃れてはいない。名古屋市・シルバー劇場にて。観客10数名。(2004/7/14 20:00)

[フー・メイ(胡攻)『愛にかける橋 ON THE OTHER SIDE THE BRIDGE』]
 或るオーストリア人女性(モデルはワグナー夫人)が中国人留学生と恋愛し、戦前から戦後の80数年の生涯を中国で終える。外国籍を捨てて中国籍を得た数少い女性の中国現代史を背景とした文化接触でもある。映画としては物足りない。シナリオから検討し直した方がよい。私は、トンヤシー(童養娘)という貧家の少女を買い、赤ん坊の世話をさせ、将来は妻にする売買婚に注目した(『紅いコーリャン』『菊豆』『黄色い大地の』の女主人公と同じ)。名古屋市・シネマスコーレにて。観客3名。(2004/7/13 20:21)

[リー・チーシアン(李継賢)『思い出の夏(王首先的夏天 HIGH SKY SUMMER)』]
 現代中国の開発経済過程で生じている沿岸部成長と内陸部停滞の矛盾が、、子ども世界のヴィヴィッドな生活を通して活写される。2年に一度しか見られない移動映画に昂奮を覚える村の子どもにとって、憧憬とはイコール=都会生活である。その村を舞台に映画撮影が行われ、偶然に出演した少年は遂に「村に残りたい」というセリフが言えなくて出演を断られる。農村の貧困を見ない甘いヒューマニズムが痛烈に迫撃される、痛々しいシーンである。
 現代中国の市場社会主義型開発経済戦略の光と影を、村と少年の視点から淡々と描く。最後のシーンは、都市と農村の握手を描いたような非現実的な結論ではあるが、システム的な矛盾の中でなおかつ共感と連帯の手を差し伸べ合おうとする庶民真情の哀切な表出がある。市場が引き裂く共同体の結びつきを背後に背負いつつ、経済の論理は驀進するのだろう。では別の道はあるのか? 「先進国」と呼ばれる私たちは実はそれに答える資格を持っていない。代表的なオルタナテイブである内発型開発戦略の虚妄性をも実は鋭く問いかける。近代化の歩みを受容せざるを得ない村人の悲哀のような通奏低音が聞こえないような音で、避けることができない必然として流れている。名古屋市・シネマスコーレにて。観客は中高年3名。(2004/7/12 21:25)

[ETV特集「海峡を越えた歌姫・在日コリアン声楽家の20年」]
 久しぶりに堪能した番組でした。NHKにもこうした番組を創る思想と能力がまだ残っていることにも、或る感慨を覚えました。実に90分の時間を費やすに足る濃い内容を持った番組でした。私が在日ソプラノ歌手・田月仙の名前を知ったのは、10数年前でしたでしょうか。小さなCDが或る新聞に紹介されて、それを買い求めました。掲載されている歌は、たしか「アリラン」「高麗山脈 我が祖国への愛」の2曲しかありませんでしたが、その甘いロマンテイックなメロデイが印象に残っている程度でした。しかし今日の番組を観て、彼女が万感の思いを込めてこれらの歌を歌っていることを知りました。
 彼女は在日コリアン2世として日本で生まれ、父親の兄弟4人は帰還事業で北朝鮮に行き、そこで迫害を受けて残っている叔父は一人です。朝鮮籍で成長し、朝鮮学校で学び、声楽家への道を目指して日本の音楽大学を受験しましたが、国公立はすべて願書の段階で資格がないと拒否され、たった一つ桐朋音楽大学だけが彼女の才能を評価し受け入れました。そこで才能を開花させた彼女は、卒業後二期会に所属してプロ声楽家の道に入りました。
 日本で成功した声楽家を北朝鮮が招待し、金日成の前で彼女は、日本帝国主義に抵抗する朝鮮独立運動の歌を熱唱しました。北朝鮮系の人たちにとっては世界的な芸術家の輝ける星となったのです。そこで彼女はたった一人生存している叔父と再会したのですが、盗聴を恐れてヒソヒソと小声で近況を語り合いました。その時の叔父のまなざしは、口には云えない何かを必死で伝えようとする食い入るような眼差しであったそうです。
 日韓条約締結後彼女は、朝鮮籍では海外公演が複雑な手続きがいるので韓国籍を取得し、韓国公演に招待されました。その時の韓国マスコミは、全面に転向歌手という大宣伝を掲載しました。彼女は自分が政治的に利用されていることに大きな戸惑いを感じました。その後の日本文化開放政策によって、日本語の歌を歌えるようになり、彼女は日本の歌を3曲選んで歌おうと渡韓しましたが、韓国政府は「夜明けの歌」(岩谷時子)を大衆歌謡として拒絶しました。そこで彼女はスゴイ抵抗を試みました。なんと「夜明けの歌」のメロデイを逆転させ後ろから歌ったのです。歌い終わった後に、おそらく政府系の人物から激しい非難を浴びて落涙している表情がアップで流れました。なぜ「夜明けの歌」は大衆歌謡で禁止されるのか? 田さんも私自身もよく分かりませんでしたが、映像は韓国植民地時代の韓国の歌を追跡し、日本の歌が植民地朝鮮人の心の中まで染みこんでいることを浮かび上がらせました。日本帝国軍隊への徴兵を扇動する歌は、感動的な日本の歌であり、また鉄道唱歌が朝鮮では「学徒歌」に変えられ皇軍兵士として死ぬ名誉を母親に送るという内容になっていました。これらの歌は当時の著名な朝鮮作詞家によってつくられ、その作詞家は解放後家族を捨てて北朝鮮に行きました。残されて今は年老いた娘さんを片田舎に訪ねる田さんを前に、娘さんは父親のつくった或る歌を歌います。「落花流水」という甘いメロデイの歌ですが、実は落花=日本帝国主義の敗北を、流水=日本支配の終焉という隠れた意味を持っていたと説明します。私が驚いたのは、その娘さんが田さんに「あなたには申し訳ないが」というのです。つまり韓国の人は、在日=日本人とみているのではないかということです。
 最後は彼女の声楽20周年記念リサイタルの最後の歌で番組は閉じられます。その歌は、山手線のホームから転落した人を助けようとして、自分の命を落とした在日と日本人の2人を追悼し、国家に翻弄されて命を落とした無数の無名の魂に捧げる歌でした。彼女は日本の悪口を言わず、自分を育ててくれた国として感謝していることも印象的でした。
 いまの日本でこうした歴史の重みを背負った歌を歌える日本人歌手はいるのでしょうか。朝鮮や韓国での田月仙さんへの評価がどうなのかは詳しく知りませんが、まさに私は国家の狭間で生きる鮮烈な芸術家の生き方の一つのモデルではないかと思いました。台湾系映画を観ると、日本の戦争期の音楽が小学校で流れるシーンをみて、一種異様な感じを受けるのですが、大日本帝国は東アジアの人びとの心の中までを支配しようとしたことが分かります。そうした侵略の傷跡は加害国である日本人には実感できないのです。だから靖国や教科書でにぶくなり、はてに憲法や教育基本法改正に痛みを感じなくなっています。日本の芸術もこうした点にほんとうに切り込む感性を育てないと、ホンモノとは云えません。ヨン様に群がる日本人をみて、実は朝鮮の人たちは心の中で苦々しく軽蔑しているのではないでしょうか。(2004/ 7/11 00:41)

[彪小漣(ポン・シャオレン)『暇装没感覚 Shanghai Women 上海家族』]
 80年代の改革開放経済への転換で急速に変貌する大都会・上海で必死に生き抜く、自立への志向を苦闘する女性群像が描かれる。もはやここには市場「社会主義」の一言もない。ただ自力で生活を切り開かなければならない母と娘の近代的自我の格闘である。儒教的な家父長制と近代化が背反しつつ、経済成長路線をひた走るなかでの普通の市民の実態があふれている。もはや共同や社会的連帯といった社会主義のかけらもない。住宅は公共サービスではなく、私的な蓄財で入手しなければならない。そうした現代中国の市井に生きる家族と隣人間の心理的葛藤の風景が浮かび上がる。もはやいかなる幻想も中国には要らない。日本の現代状況とさしたる差異はない。
 大状況としての上海ではなく、ミクロな家族と個人の日常的な心理や感情が細やかに描かれる。ただしここには現代日本の頽廃はない、みんなが真剣に必死に生きている、そうした真情の迫力はとっくに日本が失ってしまったものだ。
私が最も印象に残ったのは、新品の運動靴を父親に奪われてボロ靴を友だちの前で履き替えさせられる少年の屈辱の涙だ。こうした抑えられた辱めに耐える泣きは、いつかとっくに日本から失われたものだ。あなたの周りで、ほんとうに泣いている人を見たことがあるか。日本はこうした最後の感情表現としての泣きの真実も失ってしまった。中国はいったいどこへ向かっているのだろうか、市場社会主義と人間というテーマがくっきりと浮かび上がる。それにしてもパンフの佐藤忠男の批評はかっての生彩がない。名古屋・名演小劇場にて。観客5人。(2004/7/9 22:19) 

[Patrice LECONTE『L’HOMME DU TRAIN列車に乗った男』]
 人は誰しも黄昏にさしかかると、俺の人生はこうではなかったはずだ、別の人生があったはずだ、取り返しのつかないという悔恨の感覚で己の人生を振り返ることがあるだろう。あの時に違った選択をしていれば・・・・と深い回顧の感情にとらわれるであろう。この映画の主題はまさにそれに尽きる。しかしそれはついに悔恨にて終わるであろう。それが納得できなければ、己の残された余力を振り絞って、あるべきであった己の人生に再挑戦すべきである。しかしそれらの挑戦はおそらく報いのないものに終わるという確率は戦慄的に高いだろう。そして多くの人がこうして歩んできた行路を諦観のうちに受け入れて従容としてこの世界に別れを告げるのだ。
 しかし思え、このように自らの人生を再吟味することができる能力と条件自体がひとつの稀有のものではないか。さらに多くの人は、世俗の中に自らを貶めて反省の機会を奪われて虚しくこの世を去っていくのだ。そうした人には実は虚しさはなく、ある主観的な肯定観に包まれて自らの振り返りによるアウフェーベンはない。爆弾で吹き飛ぶイラクの無辜の子どもにとっての人生とはいったい何か。
 結論的に云うと、アンジッヒな肯定のうちに消えていく人の意味はどこにあるのか。フュールジッヒな強制のうちに無慈悲に奪われる生の意味は何か。棺を閉じてはじめてその人の評価が定まると云うのは、実は浅はかな嘘だ。時代の有為転変はその人の墓までをあばいて、再び改編された評価を加えてきたではないか。墓すらこの世に記憶として刻まれない生が無数にあるではないか。
 そして数々の恥ずべきこと、失敗をすべて自らの選択として受け入れ、”人生とはかくたる者であったか、よし!さらば今一度!”(ニーチェ『ゾロアスターはかくかく語りき』)という全的肯定のうちに永遠の別れを告げる人は、まさに幸いである。思えば無数の生のかたちがあり、その織りなしたアンサンブルとして連綿たる人類史があった。この無名のうちに消えていった生に思いを致すならば、”天にあっては輝く星、地にあっては我が心の中の道徳律”(カント『実践理性批判』)の意味が宇宙の彼方に砕け散ってしまうではないか。星をながめ、自らの心を振り返る時すら付与されることなく、一片のパンを求めて生涯を閉じるのが、むしろ多くの人間の姿ではないか。名演小劇場・観客8割。(2004/7/8 19:21)

[マイケル・ムーア『華氏911』にみるアメリカン・デモクラシーの明るい批判精神]
 ブッシュ政権のイラク戦争を痛烈に批判するドキュメンタリーは、カンヌ映画祭で最高賞・パルムドール賞を受賞した後に、デイズニーの妨害を蹴って全米公開され、興行収入は最初の1週間で65億4千万円と過去最高記録を更新中である。アホでマヌケなブッシュを大統領にしたアホでマヌケな米国を鋭く告発している。ムーア監督は7月6日の海外新聞記者との会見で、痛烈に日本政府を批判し次のように述べている。
 「イラクでの日本人人質事件は小泉首相が米国のイラク政策に追随した結果起こったものだ。この映画では日本人の人質がイラクの武装グループに銃を突きつけられる生々しい映像も使用し、戦争の泥沼化を描いた。このシーンは、日本が受けた恥について触れたものだ。日本は、ヒロシマ・ナガサキに原爆を投下されていらい、戦後50年以上に渡ってあらゆる武力を放棄してきた国だったのに、日本人がああいう形で戦争に巻き込まれたからだ。日本政府の米国追随は、日本にとってはほんとうに不幸なことだった。日本人の多数がイラク戦争に反対しているのであれば、自国の議会に必要なことを次の選挙でやらなければならない。参院選では反戦勢力を支持することが必要だ。」

 こうしたムーア氏の意見には次のような原体験がある。
 「・・・子どもの時僕は兵隊ごっこで旗を振り回すのが好きだった。・・・がベトナム戦争ですべてが変わった。高校の上級生が9人遺体となって帰ってきたからだ。ばれませんようにと大統領や国会議員が国旗を身体に巻き付けてついた嘘で、国のためでなく上級生は命を失った。それ以来僕は、旗をふりかざすのをやめたのだ。・・人びとが星条旗を見て我々が平和を世界にもたらしたと、また皆によい給料を支払い、清い水が飲めるようにしたと考えるようになった時に、希望と誇りを持って大きな旗を振ってパレードを指揮しよう・・・」(ロスアンジェルス・タイムス7月4日付)

 ムーア氏の発言と行動をみると、米国型民主主義の個人の尊厳に立脚した良質の側面を実感する。日本では、大勢の流れをみながら自分の行動を合わせて、楽観したり悲観したりして、「次々と成り行く論理」(丸山真男)を肯定する傾向があまりに強い。自己選択・自己決定・自己責任原理には、こうした良質の個人の尊厳に裏打ちされた人権と正義の感覚が根づいているような気がする。ソ連崩壊後、雪崩を打って転向現象が蔓延する日本の知識文化の底の浅さを感じる。『華氏911』の8月日本公開が楽しみだ。(2004/7/8 8:28)

[劇団民藝『巨匠 ジスワフ・スコヴロンスキ「巨匠」に拠る』]
 今日は名古屋演劇鑑賞会例会の期待していた『巨匠』を観た。場所は栄・ナビアパーク11Fの中劇場ではじめてはいった。全席自由席で開演30分前にいったら、最前列から2列目の席に座れた。舞台は薄暗く簡素な小学校の教室。

 ナチス占領下のポーランドは、ワルシャワ蜂起敗北後の沈鬱とした荒寥が漂う街。テロに対する報復のために、、ゲシュタポは5人のポーランド知識人を処刑する。そのなかのしがない旅役者は、お前は知識人ではないと免除されるが、彼は敢えてマクベスの独白シーンを演じて処刑への道を選ぶ。4発の銃声が聞こえて舞台は闇に閉ざされる・・・・・。

 この上演は明らかに帝国によるイラク戦争を意識して再演したと思われる。何を問いかけているのだろうか。人間の尊厳? 決定的瞬間に於ける選択の問題? 芸術家のスピリット? ファッシズム批判? おそらくそれらをすべて含んだ座標軸を失いつつある現代への凝視であろう。
 なぜ知識人を血祭りに上げるのか? ここにナチスの弾圧の本質がある。人間性を奪うことによる抵抗の意志の剥奪ー抵抗の前線に絶つのが知識人であったに違いない。知識人概念は広く、小学校教師から俳優・ピアニストに到る要するに精神労働者という意味であろう。これは逆に現代知識人が権力の番人と化していることへの痛烈な皮肉ともなる。そして旅役者に、シェイクスピアの幾種類かの翻訳を比較しながら、「私は英語を知らない」と云わせているのは、英米帝国文化への無言の批判を込めているのであろう。
 最後に処刑の銃声が響き渡って暗転の後に、再び明るくなった舞台で、演出家が上演の意図を説教するのであるがここはカットした方がよい。もしそうしたメッセージを伝えたければ、あくまで演劇のなかでこそ伝えるべきであった。
 原作はジスコフ・スコヴロンスキ「巨匠」、作・木下順二、演出・守分寿男 主なキャスト:老人・大滝秀治、女教師・南風洋子 それぞれが民族の悲劇の中で自らの尊厳を守るために苦闘しつつある見事な演技であった。(2004/7/1 18:00)

[イ・シミョン『LOST MEMORIES』]
 安重根による伊藤博文暗殺が失敗していたら・・・その後の歴史はーという破天荒の近未来SFアクション・エンタテイメント映画。最近立て続けに韓国映画を観ているので、そのエネルギーには脱帽する。韓国が成熟国家へと脱皮して、かっての忌まわしい帝国日本に対する客観的な視座を確立しつつある自信のようなものを感じ、逆に日本が内向的な自閉症状に落ち込んでいる現代を痛感する。ストーリー自身は荒唐無稽と云ってもいいものですが、ナショナルな価値に毅然として献身するーいまや日本では時代錯誤といえる、こういう純情は日本では漫画チックで嘘っぽくなるでしょう。そう言う点で日本は屈折した成熟の中で未来を喪失している斜陽国家であるとつくづく思います。自分に自信を失ってしまった日本は、いまや同胞同士がいじめ合い、他国に向かって侵略するしかアイデンテイテイーを感じない国になり果ててしまおうとしています。決して韓国を手放しで礼賛するものではありませんが、一度はきちんと立ち止まって流されていく国の有りようを吟味する最後の段階が過ぎつつあるような気がします。最後にあの時そうでなかったら、歴史は違った歩みを踏んでいるのではないかというーこの映画の架空の歴史を記してみましょう。

 1909年 安重根 韓国統監・伊藤博文の暗殺に失敗
 1910年 韓国併合 伊藤博文初代総督に就任
 1921年 井上第2代総督就任
 1936年 日米連合軍 第2次大戦に参戦
 1945年 米国 ベルリンに原爆投下 日米連合軍第2次大戦に勝利 東アジアは大日本帝国に統合 
 1960年 日本 国連常任理事国に選出
 1965年 サクラ1号宇宙衛星打ち上げ成功
 1988年 名古屋オリンピック開催
 2002年 日本サッカーW杯開催 朝鮮系日本人アン・ジョンハン活躍
 2007年 不令鮮人によるテロ事件発生

 かって大日本帝国は、朝鮮独立運動家を「不逞鮮人」と罵倒したが、ハングルでは「不令鮮人」というのか。名古屋・シネマスコーレにて。館内満席。(2004/6/27 18:18)

[カン・ジェギュ『BROTHERHOOD(原題 Tae Guk Gi太極旗を翻して)』]
 今まで幾つかの戦争映画を観たが、戦闘シーンの迫力は群を抜くものがあります。1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争の渦中に巻き込まれたある兄弟の凄惨な物語です。貧しい韓国では、家族の未来は、優秀な息子を全員で高等教育に派遣し出世間の道を模索します。この映画では弟のソウル大学進学をめざして、自らを犠牲にして働く兄を中心に貧しいながらも希望に満ちた家族の紐帯が描かれますが、国家の非情な戦争に巻き込まれた兄弟が血で血を洗う戦いの渦の中で対立しあいながらも、兄弟の絆の尊厳を確認しあいます。
 幾つかの印象に残るテーマを記しますと、一つは韓国社会の家族的な血の結合の強さです。ファミリーのために自分を犠牲にするというのは、日本では少し前近代的なイメージがあるでしょうが、今の日本の家族崩壊現象の方がむしろ人間としては壊れているのではないかと思わされます。第二は、朝鮮戦争は国家にとってはイデオロギーの存立をかけた決戦ですが、個々の民衆生活にとっては動員されたものに過ぎなかったということです。ここにこの映画の中心テーマがあるように思われますが、同時に命をかけて闘う想いに迫り得ていない物足りなさがあります。第三は、現在の北と南は世界で唯一残された民族分断国家であり、38度線は国境線ではなく軍事境界線であり戦争は休戦しているに過ぎないという冷厳な現実に気づかされます。これは日本人には(少なくとも私には)実感できないことです。南北統一と戦争の非情を告発する監督の切情があふれています。
 さて最も問いたいのは、こうした戦争の無惨さを知り尽くしているはずの大韓民国が、ベトナム戦争で米軍を支援する猛虎師団を派遣し米軍以上の残虐な攻撃をベトナム人に加えたことです。こうした疑問を持つ資格が日本にないことを分かったウエで、なおかつ問うてみたいのです。
 しかし「シュリ」「シルミド」「大白山脈」「ブラザーフッド」と続く韓国映画のエネルギッシュな迫力には脱帽せざるを得ません。韓国の4月総選挙で韓国史上初めて社会主義をめざす左派政党・民主労働党が議席を得て、148人の映画人が公然と民労党支持を表明した。せいぜい狭い四畳半でしか映画を作れない日本はもうダメなのではないかとさえ思わされます。かっての黒澤明や山本薩夫の時代は2度と来ないのでしょうか。ただし私は、イランやイラク、アフガン映画のしみ通るようなリアルな映像のほうが、残映力が強いことを告白しておきます。名古屋市・名鉄名宝2にて。会場満席。(2004/6/26 17:34)

[菅原浩志『ほたるの星』]
 山口県の田舎町の小学校に赴任した新任教師が、ホタルを育てて飛ばそうと呼びかけ、さまざまの困難を乗り越えてホタルを飼育し、最後は乱舞するホタルのなかで明日への希望を恢復するという感動作。児童映画のジャンルに入る。こうした予定調和的な映画をけなす人は多いだろうが、子どもの世界にはスムーズに受けとめられると思う。
 しかし視点を変えれば現代的なテーマが一杯詰まっている。正義派の教師が職員会議で孤立し、管理職から退職を迫られる、一般教師はわれ関せずと誰も助けない、自然環境を考えない公共事業、まじめな行為を揶揄する悪ガキ、両親の離婚でひきこもる少女・・・・・等々。原作・宗田理はこうした大人社会を批判するテーマで一貫しているようだ。
 これはさながら現代に於ける社会革新運動の児童版と言ってよいであろう。こうした世界はとっくの昔に日本からは姿を消しているようで、少々寂しい。台風直撃で観客4名。名古屋市・ゴールド劇場。(2004/6/21 16:24)

[Denys Arcand『Les Invasions barbaresみなさん さようなら』]
 さすが『たそがれ清兵衛』を破ってアカデミー賞を受賞したカナダ映画だ! エスプリがあふれている!! 文化とはまさにヒューマニズムだ! いろんな人間がいてどこかで共感し合うものが底に流れているって感じですね。末期ガンで死を迎える老人とその家族のものがたりですが、一人一人の人生の陰影が写し出されて、とても丁寧な映画づくりがはしばしに見えます。一言も台詞がない俳優の存在感もなかなかです。舞台はカナダ・ケベック州フランス系カナダ人です。
 カナダの病院の廊下に患者があふれているシーンには驚きましたが、金持ちのみ優遇される米国の病院とはひと味違います。労働組合の力が非常に強いことも分かりました。麻薬に侵されている人が多いことも。末期ガンの父親は、麻薬で痛みをとるのですが、最後はその麻薬で安楽死します。この映画は安楽死を肯定的に描いたものだとも云えます。ぐずぐず文句ばかり言って行動を起こさない社会主義者の典型としての父をを取り巻く家族の群像も面白い。全編に飛び交う知的でシニカルな会話は、9.11以降の知的世界の苦悩を表している。
 しみじみと自分の人生を振り返り、家族と友人の笑いに見守られてこの世をやすらかに去っていく・・・いろんなことがあってもなお人生にYESを言いたくなる作品です。後に残された人にこれから生きていく勇気と励ましを与える・・・・どう死んだらいいか最後まで苦しんだ父親の顔は安らかなものでした。もう一度観たくなった映画は、『かくも長き不在』・『泥の河』・『酔っぱらった馬の時間』以来久しぶりです。
 原題は驚くなかれ「蛮族の侵入」というものです。この意味が私には今もって分からないのです。誰か教えて下さい。名古屋市・名演小劇場。中高年中心に満席。(2004/6/20 18:28)

[龍川(リョンチョン)チルドレン支援ライブ・ありらんコンサート]
 北朝鮮・列車爆発事故で苦しんでいる子どもたちを支援するために、三味線やそすけ氏の呼びかけで集まった名古屋在住のアーテイストの競演。フォーク、津軽三味線、日本民謡、韓国杖鼓、中国琵琶、尺八、ブルースなど多士済々。名古屋にこれだけ一流のアーテイストがいるとは知らなかったし、ひまわりホール(損保ジャパンビル19F)という小ホールがあることも初めて知った。小ホールでのライブはやはり迫力がある。津軽三味線のはじけるような音、北朝鮮在日歌舞団による無伴奏アリランは絶唱であった。最後は全員合唱。歌詞は以下の通り(「風の丘を超えて」)。

 あふれる愛と深い思いありがとう
 あなたの心が虹をかけます
 (囃し)
 ありありらん すりすりらん
 あらりがなんね
 あ〜りらん・・・・・あらりがなんね♪
    

 サッカーW杯以降韓国は好きだが在日コリアンには無関心、冬のソナタは見るが在日の友人はいないというのが普通の日本人の姿だ。文学でいえば、金達寿・金石範・金時鐘・李恢成から鷺沢萌・金城一紀と流れる在日文学の圧倒的な生命力のエネルギーは、日本の閉塞した状況をアッケラカンと吹き飛ばす。(2004/6/17 17:39)

[佐々部清『チルソクの夏』]
 佐々部監督が、故郷の下関を舞台に撮りあげた青春ドラマ。日韓共同主催の陸上競技大会で出会った日本の女子高校生と韓国の男子高校生の友情と恋を描く。チルソクとは、七夕のハングル語。父母や地域社会に濃厚に残る日韓の差別と対立のなかで純愛は貫かれる。1970年代をバックにしているから、韓国での兵役や夜間外出禁止、過熱化する受験戦争、南北分断といった冷厳な現実もさりげなく登場する。
 この映画は幾つかの先端的な要素を持っている。第1に、若い第3世代はもはや日韓関係の過去の知識もなく、そのしがらみに囚われることのないコミュニケーションが登場していること。第2に、日本人女性と韓国人男性という恋愛関係である。今まで日朝関係に焦点を当ててきた映画監督は小栗康平を代表として、贖罪意識に囚われた暗いイメージが一般的であったように思う。
 話題の韓国映画『冬のソナタ』の日本封切りが続き、新宿を歩けばハングルの看板があふれ、若いニューカマーたちの元気な韓国語がこだまし、日韓の垣根がドンドン低くなっていっている。国交正常化の時は日韓往来は年1万人であったが、いまや1日で1万人だ。羽田ー金浦間を毎日8便のチャーター機が飛ぶ。日本は3月に修学旅行生のビザなし入国を認めた。両国政府は来年を「日韓友情2005年」として雰囲気を盛り上げている。日本側委員の一人である劇作家・平田オリザは「来年は国交40年であり、保護国化100年です」と言う。
 この映画を観ると、日朝・日韓関係史の新たな第3世代とも云うべき時代が登場していることを鮮明に確認させる。過去の忌まわしい歴史とは無縁の新たな若い世代に焦点を当てた初めての映画ではないか。実は私は、いくらかの寂しさを持ってこの映画を観たのである。高校生のみずみずしい世界に対してもそうだが、過去の罪責と苦難の世代からいとも簡単にその壁を乗り越えていく新たな世代の登場に対してである。思うにパレスチナや南アでの和解とはこのような行程をやはり歩んでいくのだろうか。シナリオに稚拙な部分もあるが、それにしてもスポーツの世界っていいもんだなア〜。名古屋市・名演小劇場。観客中高年6名ほど。(2004/6/15 16:49)

[I can forgive,but I cannot forget(-Nelson Mandela)Siddiq Barmak『OSAMAアフガン零年』]
 恐ろしい真実が描かれている。少女の凝視する瞳が脳裏に焼き付く。タリバン支配下でイスラム原理主義が支配する恐怖のカブールの街。家族の男がすべて戦死した後に残された祖母・母・少女の3人は、女性労働禁止によって飢餓に直面する。少女は髪を切り男子の装束をしてオサマと名乗って働きに出る。見つかれば処刑される恐怖の中で、タリバン少年兵の訓練で男子と分かり、裁判にかけられるが命は助けられある老人の妻となるよう命令される。老人の下には数人の未亡人が妻としての生活を送っている。少女は家族との面会も許されぬままに初夜を迎える。涙を湛えた少女の瞳がカメラを凝視して終わる。胸が締めつけられるようでしばらく席を立てない。
 おそらくこの映画を観た人はタリバンのイスラム原理主義の無知蒙昧の野蛮に激しい怒りを抑えきれないだろう。先進国の安逸な生活を省みてその落差にうち震えるだろう。物が溢れちょっとした差異を大げさに取りあげて騒いでいる日本の大衆社会の頽廃に想いを致すだろう。ひょっとしたらイスラム原理主義征伐に出動したわが自衛隊に共感の声を送る人もいるだろう。
 監督は5歳の時に初めて映画を見て魅入られ(『アラビアのロレンス』)、17歳で最初の自作映画を作った。同時に誕生したソ連派政権のモスクワ留学生に選ばれ6年間の留学で、タルコフスキーや黒澤明に学んだ。留学を終えて帰国すると内戦状態で、政府軍に疑問を抱きマスード将軍の北部同盟に参加し、ラバニ政権の映画代表者を務めた後、タリバン政権の樹立とともに難民となってパキスタンに逃亡する。タリバンは一切の映画制作と上映を禁止した。
 ある時に新聞で、女の子の学校への通学を禁止したタリバン政権下で、どうしても学校へ行きたくて髪を切って男の子を装った少女の記事を読んで、映画制作を思い立ちこの映画の原点となった(朝日新聞03年6月14日付報道)。この少女・ザハラちゃんは校長の黙認を得て通学し、現在は12歳で将来はパイロット志望だ。この少女を発見したのは、UNICEFから派遣された日本人教師・篭嶋真理子さんだ。

 次にバルマク監督の言葉を紹介しよう((一部略)。

 アフガン人一人ひとりの人生には
 常に戦争が存在しています。
 私たちアフガン人は戦争が生んだ結果に過ぎないのです。
 私たちは知ってもらいたいのです。
 アフガニスタンの悲劇の深さを
 人びとの胸に秘められた悲しい想いを
 振り返られることのない私たちの心の内を
 この痛みを伝えられるのは
 アフガン人である私たち自身なのです。

 私は主人公の少女を探して
 3,400人の少女達と会いました。
 そしてある日
 路上で一人の物乞いの少女と出会ったのです。
 「お恵みください」
 そう言った少女の目には深い悲しみが宿っていました。
 それがマリナでした。

 最初はこの映画のタイトルは「虹」でした。
 「虹をくぐれば自由になれる」という
 アフガンの昔からの言い伝えからつけたものです
 映画は少女が虹をくぐり
 自由をつかむ場面で終わる予定でした。

 撮影が終わって私は何度も考えたのです。
 今のアフガニスタンに自由、そして希望はあるか?
 考えた結果、虹のシーンはカットすることに決めました。
 少女が虹をくぐり自由と希望へ向かうラストシーンは
 今はまだ描けないと思ったのです。

 この映画の少女はアフガニスタンの悲劇そのものなのです。
 そして世界がアフガニスタンを忘れれば
 悲劇は再び繰り返されるのです。


 そうなのだ、マリナはもはや演技をしているのではないのだ、家族を亡くした自分自身の生を再び生きたのだ、だからこそあのように無垢の魂が生き生きとスクリーンに登場することができたのだ。マリナは、自分の父がタリバンの拷問で内蔵が飛び出すのを見た。路上で出会った時のマリナは13歳の物乞いの少女。垢にまみれかさかさになった肌。痛々しいほどの皺だらけの顔。そして深い哀しみを湛えた瞳。読み書きができないマリナは口移しで台詞を覚えた。監督が「笑って」と云っても笑う表情を忘れている少女だ。マリナの家族には半年分の生活費が与えられ、彼女は初めて物乞い以外で収入を得た。映画のラストシーンに予定されていたのは、老人に捕らわれていた女達が脱出を試み、馬車は北に向かう。その時に天に架かる虹・・・・・。この映画はもっとも激しく純粋な感情移入を誘発するが故に、先進国市民にとってはある意味で危険である。それは自らの生の存立基盤を放擲する覚悟を求めるからだ。アフガンの少女は、実は虐待される日本の少女であり、アフガンの殺し合いは日本のイジメそのものだ。

 アフガニスタンの、そして世界の空に虹が架かり、少女がそれをくぐる日は来るのだろうか。(2004/6/14 20:01)

[ミュージカル わらび座『つばめ』(脚本・演出 ジェームス三木)]
 この劇団の予定調和的なメッセージ演劇には多少違和感を持っていたが、今回は面白く見た。徳川期に日本が唯一の正式な「将軍の外交」を結んでいた朝鮮国からの文化使節団(朝鮮通信使)が日本に来る。その目的は、秀吉の文禄・慶長の役によって日本に拉致された4万名の朝鮮人の祖国帰還による国交回復と平和の実現にある。使節団の前で踊る日本舞踏団のなかに副使節の拉致された妻がいるが、その妻はすでに日本の武家の妻として子供を設け幸せな生活を営んでいる。祖国への帰還を迫る先夫と留まることを迫る現在の夫の間で引き裂かれ苦悶する女は遂に自害して果てるという悲劇の物語だ。
 ジャームス三木の時代考証を踏まえた通信使と朝鮮文化の描写は、私が知らなかったこともあり充分に堪能できた。国家の論理と個人の論理が背理した時に死によってしか架橋できないという矛盾は、現代の拉致問題と通底している。率直に云って、秀吉から始まって、朝鮮併合以降の大規模な拉致に対する責任をとらないまま、北朝鮮の拉致を声高に非難することに恥じらいを覚える。プレ・ファッシズム期にある現代日本で、日本歴史の原点にある問題に果敢に挑戦しているわらび座集団の健闘に敬意を表する。名古屋市民会館中ホール。満席。(2004/6/13 17:28)

[映画『武器を捨てた国』]
 中米コスタリカは1948年に軍隊廃棄を宣言した憲法をつくった。この国の現在と沖縄を結んだドキュメンタリー映画。ゆりかごから墓場まですべての医療費、大学までの教育費を無料とする国は日本のGDP1/9でできている。熱帯雨林を保存するエコツーリズムの様子も描かれ、はじめて中南米のデモクラシーに触れた。子どもの生き生きした表情が素晴らしく、日本の子どもを思い浮かべて胸が痛くなる。
 中南米の低開発途上国の開発戦略の一つのモデルではあるのだろう。沖縄の少女暴行事件で訴えた女子高校生が成長してモダン・ダンサーとして登場しているのもある感慨を覚えた。ただしなぜ沖縄とコスタリカなのか、その必然性はこの描写では分からない。思い切ってコスタリカに焦点を絞りきったほうがよかったのではないか。名古屋市博物館にて。(2004/6/13 18:32)

[WOLFGANG PETERSEN『TROY』]
 原作はホメロスのトロヤ戦争を描いた口承叙事詩『イーリアス』(BC8世紀)。エーゲ海と植民活動の覇権をめぐるギリシャ都市国家の闘争が、オリンポス12神という恐ろしく人間的な神々と人間が入り乱れる大叙事詩の映画化。ブラッド・ピッドを中心に欧米の大スターの競演だけで面白い。さすがハリウッド超大作のエンタテイメント映画。3時間を超える大作があっというまに過ぎていく。CGを駆使した戦争シーンも面白く、時代考証がうかがえて興味津々。共同体=個人=自己犠牲=名誉と威厳というかっての部族社会の人間像が生き生きと浮かび上がる。何も考えずただ見ているだけで圧倒されるという典型的ハリウッド映画。ただしアフガン・イラク戦争を意識したかなりの反戦メッセージが込められている娯楽大作。英国の名優ピーター・オトウールがシナリオのお陰で損をしていた。名古屋市・ピカデリー劇場。大劇場での大スクリーンと音響効果にたっぷりと浸れる。観客50数名か。(2004/6/9 18:09)

[故・深作欣二と北野武は自らの罪を恥じて退場すべきではないか]
 恐れていたことが遂に起こった。長崎県佐世保市・大久保小学校で友人を殺めた女児は県警の聴取に次のような戦慄すべきことを云っている。女児はヴァイオレンス映画「バトル・ロワイアル」に関心を持ち、非日常の暴力に影響を受けた。女児は「殺そう」と決意し決行の4日前に、「どうやって殺そうか3通りの方法を考え、特に首を絞める方法は手で締めるか、紐で絞めるか2通り考えた。3通りの方法は身近にあるものでできるやり方を考えた」と言っている。女児が熱中した映画「バトル・ロワイアル」では、同級生を襲う女子生徒が登場し、級友に「好きなの」と云って油断した隙に背後から左手で頭を押さえ、右手に持った鎌で首を斬りつけるシーンが登場する。女児は自分のホームページで「好きなタレント」としてこの女子生徒を演じた女優を挙げている。原作にはアイスピックで級友を刺すシーンもある。以上朝日新聞5月7日付夕刊参照。
 この映画は15歳未満が観るためには親の同席を義務づけていた。こうした処置をめぐって上映当時には激しい論争が起こった。究極的には暴力否定のメッセージがあり、暴力自体を直視する中で暴力を克服する感性が育つとか、エンタテイメントであり現実効果はないなどの媚びへつらう肯定論が目立った。掲示板では「カッコいい」とか「スカッとした」という感想が圧倒的に多い。振り返ればすべて浅はかな議論に過ぎなかった。迫力に充ちたこどもの殺し合い世界を人に見せる映画制作の頽廃がここまですすんでマヒしている現状を見て私は唖然とした。この映画は子どもの世界に殺伐とした憎しみと自己防衛と不信を生み出したに過ぎなかった。私は何も美しい予定調和の世界を描け-と云っているのではない。戦後民主主義の旗手として登場し、途中からヤクザ映画路線に転換し、遂には子ども世界に暴力を賛美する映画を作るに到った深作の頽廃を憐れむのである。
 しかし現実に深作映画に感動して殺人を実行する子どもが出現したのである。この女児を異常心理として精神鑑定にかける動きもあるが、むしろ私はこうした幻想的心情が子ども世界を蝕んでいると思う。深作はすでにこの世になく、北野のみが生き残っているが、北野に問いたい。あなたは自らの罪をどう償うのか。あなたの能面のような冷ややかな中性的表情が、何の感情の高揚もなく無機質に人を殺していく雰囲気をばらまいている。あなたは客観的には殺人教唆の罪を犯しているのだ。
 私がなぜこのような評論を記しているかと云えば、長崎県教育長が校長を集めた会議で、「こころの教育」の必要を力説したからだ。こどもにこころの説教をする前に、大人達が商業主義に乱舞して頽廃的文化を児童に集中している現状をどう考えるのか。君が代を歌わないと言って教師を密告させる指導を子どもに加える反教育的状況をどう考えるのか。そうした自己反省がマヒして、あたかも神の如く子どもに説教を垂れる教師の頽廃を扇動する教育長の権力的偽善の実相を目の前にして、私は私自身を含めた共犯者の告解をしなければならない。加害女児は現代社会システムがもたらした最も悲劇的な被害者という視点を持たなければ、こうした残酷な行為はこれからも無限に続くであろう。(2004/6/7 19:57)

[カン・ウソク「シルミドSILMIDO」 ]
 1968年1月に発生した北朝鮮特殊工作員31名による朴大統領襲撃未遂事件に対抗して、韓国軍事政権が同じ年に北朝鮮・金日成主席暗殺のための秘密部隊684部隊を創設し、仁川沖の実尾島(シルミド)で過酷な訓練をおこなった。集められたメンバーは、死刑囚を中心にした重罪犯達であり暗殺成功後の英雄的待遇を約束されていたが、実は彼らは住民票も抹殺されている完全な幽霊舞台に過ぎなかった。南北融和が進む中で、この秘密部隊の存在は返って危険となり部隊全員の抹殺が命令される。裏切られたコマに過ぎなかったとしたメンバーは、反乱を犯して青瓦台への突入をめざして壮絶に憤死する。
 現実のシルミド事件では死亡者50名以上を出し、生存者が6名で現在も存命中の人もいる。歴史の闇に消されていった事件の深層に迫った骨太な作品だ。韓国映画のパワーを感じる。巨大な資本を投下したハリウッドの大作に優るとも劣らぬ所以は、まさに制作者と俳優の一途な真剣さにあるといえる。こうした映画を観るとまたもチマチマした癒し映画を制作している日本の斜陽を実感する。おそらく日本映画の現状で韓国映画に対抗するパワーと思想性はない。ということは社会全体がそうであり、日本社会が斜陽に向かっていることを切実に感じざるを得ない。
 ただ私はこうしたシルミド事件を通して韓国の本質が描かれるとは思わない。冷酷な軍事対決のなかで仕組まれた謀略でしかない。もっともっと韓国の現代的な問題性を正面から描く作品が登場してもよいと思われる。それを一言で言うと、北の理想に共鳴して命を捧げた無名の人々の生きた意味とは何だったのか、というテーマである。反共法で今もって獄中にあるコミュニストは、北の理想を信じて非転向を貫いている。この恐るべき戯画的なマクベス的悲劇に真実があるのではないか。敢えて云えばこの映画の普遍性は国家に翻弄される個人はどう国家と対峙すべきか-という点にある。名古屋市・ピカデリー劇場。朝一番にもかかわらず、中高年で満席。年金生活者かリストラか失業者か、この映画館の風景は日本がダメになりつつあることの証明だ。かくいう私もその一員であるであるが。(2004/6/7 17:56)

[篠原哲雄『深呼吸の必要』]
 それぞれ問題を抱えた若者たち7人が、沖縄のサトウキビ刈りのアルバイトにくる。酷暑の中で1ヶ月間の過酷な単純労働が始まる。ここにあるテーマは癒やしと再生である。現代の若者たちがどのように自分の挫折と傷を克服していくかに迫る。そのキーワードは、ある共通した目標に向かっての協働である。その協働とは心身ともに全精力を傾注する単純な肉体労働である。一切の虚飾とゴマカシが許されないギリギリの単純肉体労働である。劇中で言う”とことん働いて、飯を食い、ぐっすり眠れば必ず朝が来る”という言葉に象徴されている。こうした労働を正面から描いて、共同労働を契機に人間の信頼と生きる力が恢復するということを、何の衒いもなく素直に描いた映画は、今の日本では希少だ。篠原哲雄監督の人間観を今後も注目したい。パンフでは”潔さ”という言葉で表現しているが、そうかもしれない。人間は信頼できるよ、若者たちも捨てたもんではないよーという熱いメッセージを贈っている。ココまでは定番批評。
 しかし1960年代の青春を経験した世代から見ると、別の感慨が湧いてくるのだ。かって計画経済の下でスタハノフ運動というのがあって、与えられたノルマを献身的に遂行する英雄が描かれた。そこに込められた連帯と自己犠牲のドラマは、かっての青年を熱くさせた。それがある種の新しいヒューマンな人間像として刻印された時代があった。事実は総動員体制のプロパガンダに過ぎなかったことが暴露された後にも、確かにそこにはある理想的なイデーがあったことを苦い想いで回顧する人もいるだろう。篠原監督は無意識のうちにコミュニズムを宣揚しているのかも知れない。そうではなくかっての虚飾にまみれたコミュニズムを歴史的に清算した後に、なお人間を人間たらしめるのは労働だということを証明しているのかも知れない。驚いたことに原作は長田弘『深呼吸の必要』という詩集だ。名古屋市・名演小劇場にて。観客3名。(2004/6/2 17:36)

[GABRIELE SALVATORES『IO NON HO PAURA ぼくは恐くない』]
 ウーンいかにもラテン系の情念あふれる映画だ。こういう濃密な世界を観ると人間を動かすのはパッションだと思う。ガルシア・マルケス『予告された殺人の記憶』を思いおこす。イタリア南部の大平原が広がる荒涼とした農村地帯のこどもたちの世界と大人たちの世界が貧困のなかから交錯してたちあがる。子どもたちにとっての遊びが、実は子どもにとっては闘争と連帯と権力闘争の修羅場なのだ。子どもたち自身はそれに気づかないままに、緊張した日常の高揚を経験する。その世界に子どもの誘拐を決行する大人たちの秘密の世界が荒々しく闖入してくる。細部に到るデイテールを計算した映像がまた美しい。自然と共同体が相互に浸透する独特の時間が流れる。物語そのものは簡易なものであるが、演じている少年・少女の痛々しい姿が胸を撃つ。原作はニコロ・アンマニーテイの同名の作品。
 少年期の痛々しい終焉を描写するのは小栗康平『泥の河』に酷似している。我々大人はいつのまにか無意識のうちに権力者としてこどもたちを迫害しているのである。子どもたちは脅威と迫害の中で無意識のうちにみずからの良心に忠実であろうとする。大人になるということは汚れを身につけてそれにマヒしていくということなのである。しかし子どもの世界自身も麗しく美しいものではなく残酷なものである。そして子どもは大人を殺して乗り越えて、また自分の子どもに乗り越えられる大人になってこの世を去るのである。シュールレアリステックな描写によって少年期の胸躍るような高揚と訣別が見事に描かれています。やっぱり欧米映画ははるかのヤンキー・ハリウッドを抜いている。名古屋市・今池 シネマテークにて。観衆6人。(2004/5/31 19:39)

[犬童一心『死に花』]
 無料招待券が手に入ったので観てきた。豪華な老人ホームで老後を過ごす老人たちが織りなす最後の冒険物語。それぞれがかって抱えた傷が癒されぬままでこの世を去ることに無念を覚えている。仲間が計画したのは銀行強盗。大銀行が象徴する世の偽善に対する抗議の意志か。それにしても入所金1億円、毎月支払金25万円の超高級老人ホームに入所する階層の贅沢な不満ではある。そんな味気ないことを云うより、まあまあストリーは面白い。エンタテイメントでしかない。金を払って観るほどの映画ではない。中高年で会場はほぼ満席、驚いた。名古屋・ピカデリ。(2004/5/19 20:48)

[ピーター・ウエーバー『真珠の耳飾りの少女』]
 僕はこういう映画を観るとヴィスコンテイを思いおこす。なぜか『ヴェニスに死す』を。中世風の押さえた色調のオランダの街と運河、そして田舎の描写が素晴らしい。この映画は17世紀オランダの画家・フェルメールの有名な「真珠の耳飾りの少女」(通称「青いターバンの女」)の絵が誕生していった経過を描いたトレイシー・シュヴァリエのフィクションを原作としている。これはある高名な画家の作品の誕生過程を描いた芸術映画のジャンルに属すのであろうが、僕はむしろこの映画の背景にある芸術家の置かれた社会的諸関係と階級関係から自立しようとする近代的自画の萌芽をみた。
 つまりフェルメールはギルドのマイスターであり数人の使用人を抱えることができる階級であるが、パトロンの支援を失えばすぐに没落する芸術家でもあり、他方少女は敬虔なカルバン派職人階級の娘であり、両者には超えてはならない階級の壁があるが、ある一枚の絵を描くという一点に於いて2人はともに手を携えたのである。その結論は残酷なものである。画家は天才芸術家の名声を手にし、少女は追放されて奈落に沈むのである。パンフの評論家は、ペダンテイックな解説にテクニックを駆使するが、こうした芸術のはらんでいる危険な本質に迫り得ていない。名古屋・パルコセンチュリーホールにて。この映画館のゆったりした椅子と大画面は、映画を芸術として堪能できる。中年女性中心に観客20数名か。(2004/5/18 19:24)

[Vicente Aranda『女王ファナ』]
 中世王家の生活空間が濃密なゴシック的色調で再現されて、それだけで充分堪能できる。数奇でドラマテックな生を生き抜く一人の女性として女王を描ききっているところが面白い。無敵艦隊が大英帝国に敗北を喫して没落していく前の、大航海時代スペイン・イザベル女王の娘にして、将来の神聖ローマ帝国皇帝カール5世の母である女王フェリペは、激しい権力闘争と夫との愛憎の中で46年間を幽閉されて75歳の生涯を閉じる。中世から近代への過渡期のなかで一人の女性が女性であるとともに人間として自立しようとするルネサンス前期を象徴している。宮廷内権力闘争であるから、もちろん民衆はただひざまづく存在としてしか登場しない。それはそれでやむをえないのだが、農民の姿を何らかの形で挿入したらより重層的な深みを与えたであろう。こうした宮廷の人間的描写は、現代においてもある主の王政支持的な心情を生むことは間違いない。名古屋市・シネマテイーク。中年女性多し。(2004/5/15 17:51)

[アンソニー・ミンゲラ『COLD MOUNTAIN]
 南北戦争末期に従軍した青年が脱走兵となって故郷で待つ恋人のもに帰っていくというありふれたストーリーですが、こうした大きなドラマを見ると中身はおいて堪能させてくれます。アメリカ型個人主義の良質の部分が正面切って描かれていますので、イラクで虐待を繰り返している米兵を信じられない気がする人もいるでしょう。その光と闇を抱えた人間の光の部分を描きます。もう少し奴隷制を擁護する南部の葛藤や黒人奴隷に焦点を当てれば、作品の深みは増したでしょう。米国の田園世界の美しさは、インデイオと黒人の犠牲の上に成立しているのですが、そういった自己省察はありませんので、米国型民主主義の白人性の枠内にとどまった純愛物語です。リンチや裏切りや撃ち合いで日常のトラブルを解決するというのは、開拓期以来の米国の本質なのでしょう。
 南部に義勇兵が組織され地域治安部隊として脱走兵を取り締まったり、南部キリスト教会の頽廃が少し登場したりしますが、「地獄の黙示録」のような苦悩はありません。しかし反戦脱走兵を尊厳ある人間として描いているのは、なにか現在のイラク戦争へのメッセージともなってきます。名古屋駅・名鉄東宝2にて。中年おばさんが一杯。(2004/5/
/12 17:42)

[MEL GIBSON『THE PASSION OF THE CHRIST]
 ゲッセマネの祈りから逮捕・裁判を経てゴルゴだの丘での処刑に到るイエスの最後の瞬間の全過程を目を背けたくなるようなリアリズムの極地。神の子イエスではなく、人間としても史的イエスを描く。暴行と虐待の延々と続くシーンは冷静に見れば吐き気を催すが、その被虐の凄まじさが「信」の在り方を自らの肉体を通して伝える。こうした残虐な肉体への嗜虐的な行為はやはり肉食文化ではないのだろうか。イエスの生涯はおそらく生々しい人間の闇と光の入り交じったドラマそのものだ。最も信頼する弟子の裏切り、最後の瞬間の完全な孤立、自ら神を疑うイエス、裏切り者の自殺、統治権力の堕落、犠牲者へ差し出す一杯の水・・・・現代の人間世界の本源的な姿を映し出しているではないか。
 対してアジアの教祖は微笑みながら静かにこの世を去っていく。この農耕民族の集団主義の極地との鮮やかな対比。見終わって数時間たつと、こうして醒めた論評ができるが、どうしても極限的な暴力の世界は付いていけない。イスラムの自爆テロリストの殉教の世界もまさにこうした宗教的高揚の心情であるのだろう。
 しかし紛れもなくイエスは実在して処刑されたのであり、世界宗教の創始者として30数歳の生涯を終えたのである。なぜ世界宗教たり得たのかという問題と、青年イエスの生涯をリアルにつかむ必要がある。しかし映画館には、カソリック修道尼の人も数人にいたが、彼女たちの率直な感想を聞きたかった。
 私が最も感心したのは、イエス生存時の言語である西アラム語を(現在は死語)、ローマ人はラテン語を劇中語として使い、字幕も英語字幕のみを日本語字幕にするという完全に当時の時代を再現しようとした姿勢にある。それにしてもキリスト教もフェミニズムからみると大いに問題がある。男性のイエスに、神も「父」なのだ。名古屋市・名演小劇場にて。雨中にもかかわらず20名弱の入り。(2004/5/10 18:47)

[ビセンテ・アランダ『カルメン』]
 プロスペル・メリメの原作に忠実な映画化がよい。私は原作は読んでいないので、これがあのカルメン・ストーリーかとよく分かった。圧巻はヤハリ自由奔放に生きるカルメンである。フェリペ2世治下の王政スペインの社会状況も生々しいラテンの雰囲気が充溢し、濃密な空間が展開する。マニュファクチュアーの萌芽がうかがえる織物女工としてのカルメン。同じ女工から差別されているジプシーとしてのカルメン。王政に反対する自由主義の叫びも聞こえる。はじき出されたアウトサイダーが盗賊となって王政軍に守られる貴族を襲撃する。王政軍兵士の一員であるホセを軽蔑するカルメン。
 おそらく王政がゆらいで騒然とした時代を背景に、カルメンは生きるのであろう。両親を失いたった12歳で買われて盗賊の首領の愛人となって生きるカルメンは、美貌を武器として男社会の中で女性が自立して尊厳を回復していく当時の典型的な自由を求める底辺女性であったのであろう。ホセはそのようなカルメンに翻弄されて、失敗し挫折した人生を終えるが、それを彼は悔いることなく処刑される。女性を含む開放的な性関係も、これが中世かと思われるような奔放さだ。この映画は男女の狂愛を通して、女性の自立を描いたのであろう。やっぱりスペインは情熱的な魅力がある国だ。平日でも10数名の観客が入っている。退職されたS先生と偶然再会した。週1回は映画を観ているそうで元気そうだった。名古屋市・名演小劇場。(2004/4/26 18:08)

[バフマン・ゴバデイ『わが故郷の歌]
 私が世界映画史上のベストに置く『酔っぱらった馬の時間』に続くゴバデイの第2作目の作品。21世紀に悲劇的に登場してきた忘れられたクルド人の世界を描く点では同じだが、第1作がクルド人少年の密輸を描くあまりに衝撃的な映像であったのに対し、第2作は迫害されてきたクルド社会の内実に迫りながら希望を描き出そうとする。ある明るさで民族の矜持を静かに主張すればするほど、私はクルド人の絶望の深さを覚えざるを得ない。おそらくクルド人の希望はないであろう。流浪するデイアスポラであるクルド人のような存在に、光が当たらない世界は本当の救いはない。
 21世紀初頭の世界の矛盾の焦点となっている中東の内実に接近すればするほど、私は自分自身が属している成熟先進国の爛熟した生活の虚妄を覚える。いったいそこに本当の真剣な生き方はあるのだろうか、TVを観れば料理とお笑いで満ちあふれ、イラクでの人質をいじめまくった上で解放されたら損害賠償を求める醜い日本人の姿。そのなかで少しの不満を抱きながら、結構楽しく暮らしている私。私の国から出撃した海兵隊が無差別虐殺をしているのを横目で観ながら。第3世界の映画は鋭く第1世界の爛熟市民の虚栄を撃つ。髪を染めダイエットにいそしむ日本の少女と、難民キャンプで死んだように眠るクルドの少女の、この絶対的な非対称性の世界。
 パンフの解説では、小山内美江子・佐藤忠男・桜井啓子・長部日出雄・松浦範子・小沼純一と云った人々が、解説を加えているが、どうも女性の解説は情緒に流れる自己陶酔の傾向がある。佐藤忠男氏の解説は最も深いものがある。名古屋市・シネマテイーク。観客8割。中高年女性多し。若者もいる。(2004/4/17 17:14)

[加藤周一氏の渾身の訴えー木下順二『巨匠』再演をめぐって]
 時代の象徴的な空間としての劇場演劇が、外界と反響して異様な演劇空間が出現する時がある。加藤氏にとっては、太平洋戦争開始の1941年12月8日の東京の文楽座引っ越し興行でがら空きの劇場で人形浄瑠璃の魂を揺さぶる声、そして公民権運動高揚期のニューヨークでのジャン・ジュネ『黒人たち』の異様な熱気に包まれた沸騰する雰囲気であった。私は1960年代のベトナム戦争真っ只中でのベトナム歌舞団の名古屋市・金山体育館公演。少女たちが竹竿を飛び交いながら踊るアオザイ姿はいまでも脳裏に焼き付いている。独立戦争を戦うベトナム民衆と日本の民衆の闘う心が溶け合うように燃え上がった。祖国に帰ったベトナム歌舞団の少女が全員空爆で命を落としたことを知って私の胸はキリキリと痛んだ。超満員であった金山体育館は今は取り壊されて、名古屋市民会館となっている。思えば、人の心と心があんなにナイーブに交流し合えた時代であった。いまは他者との冷ややかな関係で互いにたこつぼを掘って、相互にイジメあっているようで哀しい。
 木下順二巨匠』は、1991年の湾岸戦争とソ連崩壊の時代を背景に初演されて、13年を経て再演される。イラク侵略戦争と自衛隊出動、憲法改正という戦争体制に進みつつある今日でこそ、新たな切迫した意味を持って上演される。ワルシャワ近郊の小さな町で、抵抗運動を弾圧するためにナチスの将校が4人の知識人を選んで処刑する。田舎回りの劇団俳優である無名の老人は、市役所の簿記係として身分登録されているために知識人から除外される。しかし彼は敢えて自ら進んでほんとうは俳優であることを申しで、それを証明するために『マクベス』の一場面を将校の前で演じる。演技が静かに終わると、ドイツ人将校はていねいな言葉で「たしかにあなたは俳優です」といって銃殺するメンバーに加える。
 老人には2つの選択肢がある。簿記係として処刑を免れ、平凡な日常に埋没し尊厳を失った生涯を送るか、自ら信じる価値を貫いて尊厳を守る矜持を示して銃殺されるかである。孤立しても体制に抗して死ぬか、妥協して良心を棄てて生きるかー現代の状況に通底するからこそ、この作品は今日的状況に耐えられる意味を持っている。
 加藤氏は、人間の尊厳をめぐる決定的な選択の問題として問いかけ、演劇とは何かという原論的な問い、さらには知識人でもあるドイツ人将校の姿に現代の御用学者を重ね合わせる。貧しい老人は、決断の自由と尊厳においてドイツ人将校を圧倒したのだという。現在の環境で生きるわれわれを勇気づけないはずがあろうかーという言葉で結んでいる。
 現代の精神的状況は、明らかに選択の自由と尊厳の問題を否応なく迫りつつある。そしてあえて、老人の態度を選ぶならば、迫害以前に、冷笑や揶揄そして蔑みの視線が浴びせられようとしている。尊厳ある死を選んだ老人の気高さに対して、現代の選択はみじめな漫画チックな姿をさらすだろう。イラクで人道支援する誘拐された若者に対して、罵詈雑言を浴びせる16万通のメールが家族に殺到したという。ここに現代の問題の深刻さがある。処刑というような剥き出しの暴力ではなく、冷ややかな無視と孤立ー実は私たちはそのような日常的な微笑するファッシズムの方が心理的打撃は大きい。それに耐えて乗り越えるような精神の在り方とふるまいをどのように自分で用意できるか、じつはここにこそポスト・モダンの決定的な生の問題状況があると思う。(2004/4/15 21:25)

[いま日本国憲法の歌を高らかに!]
 いま続々と日本国憲法関連のCDと書籍が出版されている。私が今日買ったのは、きたがわてつ『日本国憲法前文と9条の歌』(あけび書房)と大原穣子『おくにことばで憲法を』(新日本出版社)です。いずれもCDで憲法が歌詞となって音楽と結合した格調高い一つの作品となり、日本各地の方言で憲法第9条が語られる。
 いま憲法改正の論議がかまびすしくおこなわれて、ほんとうに改正に突き進んでいるかのような雰囲気がある。しかしそうか。かって憲法論議は、アカデミックな或いは政治用語として語られてきたが、いまや生活にしっかりと根付いたものとして理念のみならず、みずからの生活用語として語られている。それがオリジナルな歌や方言を通しての表現となって、骨肉に滲みて訴えるちからを得ている。こうした歌や表現を聞いていると、なぜだか勇気が湧いてくるのだ。遠いイラクでこの瞬間に泣き叫んでいる幼子の声が聞こえてくるような気になる。直接現地に行って支援しなくてもよい。イラクの子どもたちを虐殺している米海兵隊の精鋭は、沖縄基地知から出撃しているのだ。だとすれば日本にいる私たちのイラク人道支援の原点が見えてくるのではないか。日本列島からあらゆる兵器と基地をなくし、平和国家として日本が再生することこそ、じつはイラクの民衆にとっての最大の人道支援ではないか。近づきつつある今年の憲法記念日の意味は、戦後史上最大の重さを持っているだろう。強大に見える軍事帝国とそれに追随して戦争国家へのみちを歩むのか、人類の生存をかけた平和国家への道を歩むのか、すべての人が妥協を許されない分岐点に立とうとしている。(2004/4/15 19:19)

[マイケル・ホフマン『卒業の朝』]
 原作はイーサン・ケーイニン『宮殿泥棒』。米国東部エスタブリッシュの師弟を集める高等学校の歴史教師の米国的理想主義の教育賛歌。米国教養主義の伝統と市場経営主義の相克を描くーといえばカテゴリックだが、教育の本来的な姿ー真理の伝達とナマの人間の前提なき交流はそれなりの普遍的な意味を持つだろう。英国型グラマースク−ルの伝統が米国にも継承され、その伝統がしだいに市場経営に敗北していく過程もうかがわれる。日本でいえば旧制中学か旧制高校の背景にあった大正リベラリズム(教養主義)の栄光と挫折とよく似ていると云えるだろうか。
 しかししかしあなたが教師であれば、現象は異なっても、ひたむきな教師と世俗の影響を全身に受けた生徒の超えがたい葛藤の方に興味を持つだろう。青年の純粋性と神話は、じつは虚構のバベルの塔であって、青年の権威への反抗や青年のリアルな世俗的価値観との対決というテーマは、時代を超えて現在にも通底している切実さがある。名古屋市・名演小劇場。観客5名。(2004/4/13 18:44)

[最近の小説は・・・?]
 柳美里「8月の果て」の朝日新聞夕刊連載が中断し、『新潮』5月号に完結部として掲載されたので、私ははじめて『新潮』を買った。なぜ朝日で中断し、また完結しなかったかについては知らない。朝日に理由を確かめてみようと思う。柳「8月の果て」の完結編は、主人公が日本に密航しパチンコ屋を経営することで終わろうとしている。やはり単行本になって刊行したときに、本格的に読んでみたいと思う。950円も出して買った『新潮』掲載の、注目の気鋭による力作と銘打ったなかで、中村文則「悪意の手記」(240枚)というのを読んでみた。
 ストーリーは、難病に冒された少年が世の中全体を恨みつつ、親友を殺害し、そのトラウマを抱えて生きていきながら、最後にはすべてが分かってしまい獄に下るというものだ。お分かりのようにごく単純な物語だが、濃密な心理描写が迫力を持って展開され、ついつい引きずり込まれてしまう。社会関係における自我閉塞的なアイデンテイテイの模索というのか、希望と救いをかすかに求めつつ破滅していく展開は、率直に云ってかなりの筆力であるが、重要な場面展開に失敗がある。詳細は記さないが、もっと重要なことは、ポスト・モダンの現代において、なんでこのような近代的自我の煩悶といった物語が成立するのであろうか。こういう自己閉塞した自我の世界は、いままで掃いて捨てるほど描かれてきたものであって、なにか新しい地平に進み出ているとは思われない。世界の隅々に対する鋭い想像力というものがない。表現は重厚で深刻であるが、行為そのものは極めて幼稚だ。メッセージ性があるようで、結局なにも訴えていない。
 文芸評論家・秋山駿が少女が受賞した芥川賞作品を取り上げて、文学の新しい作品が出てくるときには、やはり新しい命の芽生えといった感じがする-と時勢の流れに媚びへつらう批評をおこなっている。小説は今日の中身を描き、目の前にある社会の変化の、その背後にある時代の流れ、あるいは基本となる生の動向の底流といったものが見えてくる-そうだ。本当にそう思っているのだろうか。確かに時代のある一部を切り取ってはいるが、それが基本となる底流だ等とかれは本当に思っているのだろうか。或る特異な現象の特異な局部を極大化したときに、商品価値を持った(人間的価値ではない)作品が商業ベースでもてはやされるに過ぎない。芥川賞の商業主義への転落を追随的に評価しないと、評論家生命が持たないほど時代は頽廃しているのだ。現代日本文学の注目の新鋭がこんなものとは! おそらくニヒリズム全体が日本を覆っている。政治も文化も芸術も。(2004/4/12 19:38)

[大澤 豊『アイ・ラブ・ピース』]
 地雷によって片足を失ったアフガンの少女に義足を贈るNGO活動を描く。主演の忍足亜希子自身が聾者の女優で瞳の大きな健やかな顔をしている。片足のアフガン少女を演じるアフィファは、自身地雷事故で姉と妹を失い、自らも片足を水なっている。彼女は生まれたてこの方、戦争の中で育ち、平和と云うことの実態を理解できない。地雷の恐怖から解放され、どこでも自由に歩けることが彼女にとっての平和の証しだ。タリバン政権崩壊後のアフガン復興過程には、もはや世界は興味を失い、イラクに耳目が集中している中で、はじめてアフガンの現状をかいま見た。破壊された戦車や戦闘機の残骸がそのまま放置された側で、子どもたちが路上サッカーに興じている姿を見ると痛々しくなる。
 この映画は純粋な人道支援のボランテイア活動を感動的に描いて、ヒューマニズム溢れる作品となっている。人間の善意溢れる作品だ。会場からはすすり泣きが聞こえてくる。私の涙腺も緩む。こういう純粋この上ないボランテイア精神には、賛嘆する以外云うべき言葉はない。こうしたボランテイア活動も確かに存在するだろう。マザー・テレサの精神が体現されている。
 しかし私は敢えて云いたい。なぜタリバンか? なぜアルカイダか? 米軍は一切描かれない。ただ比類なき神の子このような支援活動が描写される。無数に埋められた地雷の上を生きているアフガンの現状。アフガンの問題状況を背景に浮かび上がらせるならば、さらに深いところからボランテイア活動の意味が浮き彫りとなってくるのではないか。名古屋市・シネマスコーレにて。観衆7割。(2004/4/10 20:00)

[日本的抒情の頽廃]
 天皇制を前提とする宮中歌会始に歌人が出席するとはどういうことか。丸谷才一は「日本文学の中心にあるのは和歌で、そのまた中心にあるのは天皇の恋歌である」として宮中恋歌を日本文学の頂上に置く。彼は次のように述べる。「西南戦争の結果、明治政府は軍隊を天皇の軍に、天子を天皇の軍に、天子を大元帥に、しなければならないと考え、そのために軟弱な帝であっては困る。シメシがつかない、武張っていてしかも神々しい感じでなければならないと判断して、恋歌を詠むことを禁じた。そこで帝は題詠でさえ恋歌を作らなくなる。これはわが近代最初の文学的弾圧であり、日本文学史における大変革の一つであったが、この蛮行を批判した人のあることを私は知らない」。
 大岡信が歌会始の召人になったのをーいい人選だなあーという御題・幸による詠進歌を大岡は次のように詠んだ。

 いとけなき目のマドンナの幸ちゃんも 孫三たりとぞeメイル来る

 この歌を丸谷は「言葉の芸もあざやかだし、水際だった機知の遊びだし、といって最大限の賛辞を送っている。何なんだこれは! 中学校の文芸誌でも載っているだけの歌ではないか。

 岡井隆からはじまって大岡信にいたる日本詩歌壇の前衛派とうたわれた人が、雪崩をうって天皇制芸術の世界に膝を屈した。天皇が介在する芸術って一体なんだ! それが恋歌であれば許されるのか? 或る非戦派歌人に問いただしたら、それは個人の信条の自由だといった。その歌人の名前はここでは記さない。私はハッキリと知った、講壇歌人の世界は、本質的に権力との自立した関係を持たないことを。
 敗戦直後に短歌を攻撃する第2芸術論が唱道されて、日本的抒情の二重性を批判したことがあったが、最近の歌壇はまさにその指摘の正当性を裏書きしている。日本的抒情は、権力世界とナイーブに融合し越境する。その背後には、芸術権力の緊張関係にマヒした感性の頽廃が間違いなくある。私も歌を詠むが、短歌的抒情は本質的に理性の裏付けを回避しうる可能性を持った世界なのだ。(2004/4/7 19:26)

[森岡利行『問題のない私たち』]
 原作・牛田麻(執筆時中学生)、漫画・木村文(「別冊マーガレット)だそうです。いわゆるアイドル映画だそうで、私は全く知りませんが、黒川芽衣・沢尻エリカ・美波・森絵梨佳・野波麻帆など現代のぴちぴちギャルが登場します。しかしストーリーは女子中学のあるクラスのイジメと女教師との葛藤をシリアスに描いています。アイドルと云っても演技力はなかなかのものです。イジメの対象を次々と変えていくので、自分がいじめられる側にまわらないために、対象を限定してみんなが必死にいじめる側にまわります。地獄のような悪循環のスパイラルに陥って抜け出すことができなくなります。そうしたイジメを見て見ぬふりをする担任女教師の汚いやり方に、最後は女教師が激しい攻撃の対象になります。  こうした心情のスパイラルは汚らわしい動物性丸出しで、集団の影が無意識のうちに働き、もはや理性的な自己規制力は失われます。そうなのです。本質的に抑圧を弱者に移譲し、集中的に攻撃をかける快感をも生まれてきます。中流家庭の少女たちがこうした状況に陥ってしまう根底的な原因を摘発できないところに、この映画の基本的な欠陥があります。だから謝罪と和解による仲良し関係への回復をもって予定調和的に映画は終わります。おそらく現実のイジメは、もっと陰惨で動物的なものでしょう。この映画はすべての人間は最後に天使であるーというメッセージを放ちますが、だからこそそれでほんとうの救いは感じられません。原作者・牛田さんは、「人間は想像以上に、醜悪で予想以上に美徳を持った生物」といっていますが、それで終わってしまう原因は、広く深い外界の現実に対する視野が狭いからです。牛田さんは今年大学生になるそうですが、世界について旺盛な知的関心を持つことを期待します。
 いじめる側にのみまわって、決していじめる側にまわらない・傍観者でもない女生徒が一人登場しますが、彼女の一見弱そうに見えながら実は恐怖と戦い、かつ加害者をも憐憫でもって処する聖女のような存在となっています。映画はこの彼女に焦点を当てませんが、ここにかすかな希望があるような気がします。吐き気を催した「バトル・ロワイアル」との決定的な違いです。
 少年・少女期がかくも生きにくく、惨めな状況におちいっている本当の原因の解明と克服は、大人たち自身の罪を問いかけるはずです。この私も例外ではありません。しかし現実の少年・少女をみると、大人たちをなめきっている状況も疑いがたく、世代を超えた共感を構築できない成熟先進国・日本の未来を考えざるを得ません。互いにイジメながら、日の丸に最敬礼し君が代を高らかに歌う入学式風景を見ながら。名古屋市・シネマスコーレにて。アイドルを見に来たのか、学生風の若者が多い。(2004/4/7 17:30)

[新藤兼人『ふくろう』]
 率直に云って新藤兼人は老いたのではないか。現代との問題意識のズレが哀しいほどだ。テーマ自体は日本戦時現代の暗部に迫ろうとする鋭いものであるが、21世紀の現代で敢えて取り上げ迫るのであれば、チョット違うぞ!という簡易だ。信州の貧農が満州開拓に動員され、棄民状態で帰国後は開拓村の荒廃に棄民されて村全体が離散してしまう。唯1人残った母子が餓死寸前で売春によって生き延び、男たちを殺めてカネを手にして海外移住の夢を求めるというものだ。
 言葉では国家権力を裏切られた庶民の視点から糾弾しながら、訪れる男たちを国家権力の末端を担う偽善者として次々と殺害していく。描写は喜劇的に展開するので、映画館の中高年女性たちが嬌声をあげて喜んでいる。新藤はいったい何を考えているのであろうか。民衆の戦争責任を追及するつもりだろうか。かって『ゆきゆきて神軍』という激しい戦争責任追及の映画があったが、そこに見られた追求のスタイルー弱い末端戦争責任者に対する仮借なき攻撃とほぼ同じ論理に頽廃している。大竹しのぶが必死の演技をすればするほど、漫画チックになってしまって哀れを催す。
 新藤にとって、A級戦犯が神として祀られ最高権力者が毎年ひれ伏している日本の惨憺たる現状はどのように写っているのであろうか。新藤晩年の最悪の失敗作、アナクロニズムと思想の貧困は覆いがたい。残念ながら新藤も過去の人となった、黒澤がそうであったと同じように。かってあれほど時代と切り結んだリアルな時代感覚は今やどこかへ行ってしまった。老いたるかな!新藤兼人!サヨウナラ、あなたは引き際を知るべきだ。名古屋市・シネマスコーレにて。観客20数名。それにしても中高年女性は何に惹かれて観にきたのであろうか。(20004/4/5 19:10)

[日比野克彦『100の指令』(朝日出版社)]
 何とも不思議な詩集です。大活字で1頁に1行ほどの呼びかけが書いてあるだけです。日常のメモのような、フト気になったような、それでいてなにか深遠な意味があるような、普通ではつまらん言葉のようで、結局よく分からんので少しばかり紹介します。こういうのを異化というのかな。出版社名からみると、シュタイナー的な意識世界のことかな。(2004/4/4 17:15)

 自分の大切なものを
 絶対見つからないところに
 隠そう。

 それを自分も
 1年後まで絶対見ないと
 自分に約束しよう。

 いつもと違う道で家に帰ろう。

 りんごはなぜりんごと言うのか
 いろんな人に聞いてみよう。

 椅子を椅子じゃないものとして
 使ってみよう。

 走りながら
 後ろを振り返ってみよう。

 自分の影と握手してみよう
 自分の影を切り離してみよう。

 一番遠くに見える
 小さなものの中にある
 一番大きなものを想像しよう。

 風が吹いてきたら、
 風と同じスピードで
 走ってみよう。


[イ・チャンドン『オアシス』]
 何でしょうかこの作品は? オウトサイダー的な青年と重症の脳性マヒの少女のラブ・ストーリー。障害者を演じる女優の迫力はすさまじい。しかしその少女は障害者優遇アパートの優先入居のために家族利用され、場末の部屋に監禁状態だ。障害者の異性への関心は健常者と変わらないということはよくわかるが、確かにすさまじい世界だ。日本ではこういう映画は撮影されないだろう。身障者へのリアルな描写は、異形者をさらし者にする寸前にある。韓国での障害者支援システムの現状が浮き彫りとなる。結論的には希望がなく何を描こうとしたのか判然としない。寒々しい感じを残して終わる。監督は韓国政府の官僚と云うことだが、綺麗事ではない障害者の現状を赤裸々に訴えたのかもしれない。名古屋市・ゴールド劇場。観客10人弱。(2004/4/2) 

[ボン・ジュノ『殺人の記憶』]
 ガルシア・マルケス『予告された殺人の記憶』を思い浮かべた。韓国とラテン・アメリカの共同体の土俗性の残滓といった共通性があるような気がします。ストーリーは猟奇殺人事件を捜査する刑事と被疑者の格闘といった日本でもよくある話ですが、日本の薄っぺらな刑事映画と比較して韓国社会のパワーをモロに感じます。成熟した大衆社会日本と混沌とした坩堝のような韓国社会の違いをも覚えて、なにか現代日本の表層的な生き方が哀しくなるような気持ちです。03年東京国際映画祭・アジア賞の受賞に対する審査員の総評と私の感想が近いので、それを転載致します。
−サスペンスでありながら80年代の軍事政権下の韓国社会がはらんだ緊張感・閉塞感・無為の感情を描き、さらにそれが現在世界を覆う新たな戦争の空気の中で人間性を喪失しつつある我々の姿へと直接つながっている。犯人は誰にも代替可能というリアルな恐怖を、極めて緻密かつエンタテイメントとして完璧なものに描きあげた監督の演出手腕を賞賛する」というのが満場一致の受賞理由です。
 しかしこの受賞理由ははるかに監督の意図を超えた深読みもあるようです。在日作家・梁石日の作品とも通底する、韓国の開発独裁による歪みを腐乱死体というイメージで表現している−という梁氏自身の評が正確でしょうが、それにしても救いがないままに観客に放り出している問題を腑分けしてなにか確かな希望を見つけなければならない観客は重い気持ちで映画館を後にします。名古屋市・名演小劇場。観客10名弱。退職した同僚の方と同席となりました。(2004/3/30 17:16)

[フー・ビン『ヘブン・アンド・アース(天地英雄)』]
 壮大な駄作。700年代における中国聖域・シルクロードををめぐる覇権闘争。大唐帝国が中央アジアを制覇する帝国建設の過程がかいま見える。砂漠の中での戦闘がどのように展開されるかもうかがえた点は面白かったが、人物造型と歴史的な深みの描写は全くなく活劇に過ぎなかった。西域の広大な雰囲気に触れたい人はどうぞ。そうでない人はみなくても損しない。三越映画劇場。観客7割。(20004/3/21 19:33)

[アナログ・プレーヤーを買いました!]
 アナログプレーヤーを買いました。前のが壊れてCDプレーヤーで聞いていましたが、どうしてもアナログの音が忘れがたく5年ぶりに求めました。機種はDENONのDP-500Mという中級機種ですが、組み立てはしたのですが針圧の調整が分からなかったので、ままよとかけてみました。やっぱりCDの金属的な音とはかなり違うな−という感じです。音が柔らかく、深くなにか人間的な感じがするのです。特に弦と低音の響きが素晴らしく、心地よい酔いの感覚が迫ってきます。ほんとうに音楽を聴いているという実感が迫って参ります。何なのでしょうか? 人間の認識は本質的にアナログなのであってデジタルはやはりう違うんではないかと思ってしまいます。私の調整が悪いのか、高音部になるとチョットダメなんですが、しかしブツブツというレコードの雑音が聞こえる中で音楽を聴くというのがまた緊張感があります。アンプの性能もかなり影響があるのでしょうか。アンプはQUADで、スピーカーはRogersです。「田園」のホルンが流れてきますが、泣きたくなるような甘い音感です。これはCDでは味わえません。当分はまってしまいそうです。アナログ・レコードの蒐集でまたいくらかの投資を迫られそうです。とにかく必死で演奏しているという楽団員の姿勢がモロに伝わってくるようで大変です。音の世界は嵌りこんだら果てがないような感じがしますので、とにかく手持ちのレベルで精一杯楽しみたいと思います。(2004/3/21 17:28)

[WOLFGANG BECKER『GOOD BYE LENIN!』]
 ドイツ統一の渦中にあって、旧東独に生きた人々の信じた理想がもろくも崩れる過程にあって、ノスタルジックな心情と次世代への継承の希望を歌い込んだコミュニズム賛歌である。旧東ドイツ地域でなおかつ一定の根強い支持をもつ左翼の民衆的な心情の支持基盤を見事に表現した映画である。こうした作品がメジャーとして全世界上映されるというところに、映画芸術の世界で未だ左翼が隠然たる力を持っていることを示している。根底にはマグドナルドとコカコーラに代表される市場競争原理に対する本質的な違和感がある。
 コミュニズムがめざしたイデーと現実のコミュニズムの目眩くような背反の経験を生きた民衆の裏切られた現代史。壮大な未曾有の歴史的実験であったが故に、もろくも崩れ去ってしまった理想へのオマージュがある。注意深い吟味と深い考察、断固として譲らざる理想、取り返しがつかない失敗、しかもなお失いたくない矜持、およそ人間がヒューマンに生きていくときの持続する志といった気高さがどこにあるのかを真摯に追求しようとする真の志向を問いかけようとしている。しかもそうした思想のレベルを超えた人間の人間たる条件を照明しようとする指向が重なっているが故に、思想を超えた普遍的なメッセージとなっている。名古屋市・今池国際シネマ劇場。観客20数名。(2004/3/20 19:29)

[ベルトルト・ブレヒト「こどもの十字軍」(1941年)]

 1939年 ポオランドに
 むごたらしいいくさがあった。
 多くの街や村々が
 いちめん荒れ野原になった。

 妹は兄を 妻は夫を
 軍隊に奪われた。
 劫火と瓦礫の街角で
 こどもは親にはぐれた。

 ポオランドからは手紙一本
 新聞ひとつ届かない。
 けれど 東の国々には
 ふしぎな話がひろまった。

 雪の降るコロ 東の街で
 もっぱらみんながうわさをする。
 −こどもばかりの十字軍が
 ポオランドからくるそうな。

 こどもたちは列をなして
 すき腹かかえ道を下った。
 あとかたもない村々から
 つぎつぎと仲間が加わった。

 いくさから 悪夢から
 こどもたちは逃れたかった。
 そしていつかは平和の地に
 たどりつきたかった。

 小さな指揮官がちゃんといて
 しきりにみんなを励ました。
 ひそかに胸を痛めながら
 −なぜって誰も道を知らなかったんだ。

 11歳になる少女の手に
 4歳の子がすがっていた。
 母さん役なら足りるのに
 平和の地だけはなかったのだ。

 なかにはユダヤ人の子もいた。
 ビロウド襟の服を着て
 白パン育ちだったのに
 がんばった よく我慢して。

 二人兄弟がくわわって
 りっぱな参謀役になった。
 空き家の農家になだれこみ
 雨に降られて撤退した。

 やせてちいさなあおい子が
 仲間はずれで歩いていた。
 恐ろしい罪の負い目がある−
 ナチス大使館の子だったのだ。

 なかには音楽家もいた。
 壊れた店で太鼓を見つけたが
 叩いて鳴らしはしなかった。
 人に知られては恐いので。

 それから犬も一匹いた。
 食べるつもりでつかまえて
 食客になって歩いていた。
 とても殺せはしないもの。

 学校だってなくはない
 授業は文字の書き方だ。
 壊れた戦車を黒板に
 平・・の字までを教わった。

 音楽会も開かれた
 波たつ川のせせらぎに
 太鼓のひびきをまぎらわせ
 これなら人に聞こえない。
 
 愛も ここにはあった。
 少女は12 少年は15
 くずれた農家の庭先で
 少女は少年の髪をすいてやった。

 愛は つづけていけなかった。
 寒さがあまりにひどすぎて−
 雪がこんなに深くては
 どうして若木は花をつけよう?

 たたかいもあった このほかにも
 こどもの群れがあったから。
 でもでも たちまちに終わりだった
 愚かな争いだったから。

 踏切小屋の廃墟では
 争奪戦の真っ最中。
 その時 何と敵方は
 兵糧すでに尽きていた。

 相手はこれを聞き知ると
 軍使をひとり遣わした。
 腹が空いては戦えぬと
 ジャガイモ一俵進呈に

 法廷だってひらかれた。
 ローソク2本灯されて
 きびしい審問科せられて
 判事が罰に処せられた。

 埋葬したこともある。
 ビロウド襟の子が死んで
 ドイツとポオランドの子 二人づつ
 運んでいった お墓まで。

 新教 旧教 ナチス 3人の手で
 死者は大地にゆだねられ
 最後に小さなコミュニストが
 生者の未来について語った。

 信仰も希望も足りなくはない。
 足りないのはただ肉とパンだ。
 咎めるな 一夜の宿さえ許されれば
 こどもらも盗みはしなかった。

 咎めるな その貧しさ故に
 彼らを招き入れなかった人たちを。
 50人もにやれようはずがない
 同情ではない ほんとうのたべものを。

 こどもたちは南をめざした。
 昼の12時きっかりに
 お日さまのあるあたり
 そちらをめざして まっすぐに。

 負傷兵にも出くわした。
 もみの木のまんなかで
 7日もみんなで看病した
 道を教えてもらうため。

 兵士は云った−ビルゴライへ行け!
 よほどの熱で苦しそうだった。
 7日目に とうとう亡くなって
 またもやお葬式だった。

 道標だってなくはない
 けれども雪をかぶっていた。
 どれも役にはたたなくて
 でたらめばかり指していた。

 いたずらのいせいではなく
 軍事上のわけがあったのだ。
 ビルゴライをさがしても
 見つかるはずはなかったのだ。

 立ち往生して 指揮官を囲み
 吹雪の奥に目をこらし
 小さな手で示しつつ
 指揮官は云った きっとあっちだ。

 いちど 夜中に火を見たが
 近づくことはやめにした。
 いちどは戦車3台が
 人を乗っけて通過した。

 いちどは街に近づいて
 ぐるっと迂回することにした。
 すっかり通り過ぎるまで
 夜だけ動くことにした。

 もlとポオランド東南部
 吹雪はげしくすさぶなか
 55人がいたという。
 さいごの人を見かけたとき。
 
 目を閉ざせば おのずと浮かぶ
 さまようこどもたちの姿
 弾痕だらけの農家から
 弾痕だらけの農家へと。

 頭上はるかな雲のうえ
 あらたな行列は引きも切らない。
 寒風のさなか くたびてはてて
 ふるさともなく あてどもなく。

 求めるは 安らぎのくに。
 砲声もなく 銃火もなく
 捨てた土地とは別天地−
 行列はかぎりなくふえていく。

 薄明かりに照らせば
 列はもう別の行列だ。
 顔はとよく見れば
 スペイン フランス そして東洋の顔!

 ポオランドでは その正月
 犬が一匹つかまった。
 痩せこけた首に一枚の
 紙の札がかかっていた。

 助けて下さい!と書いてある。
 ぼくたち道に迷っています
 みんなで55人です
 この犬についてきて下さい

 撃ち殺さないで この犬だけが
 僕たちの居場所を知っています。
 犬が死ねば
 僕たちもお終いです。

 字はこどもの手で書かれていた。
 百姓たちはそれを読んだ。
 1年半も前のこと
 犬は飢え死に寸前だった。

 注)本作品は(株)マガジンハウスより刊行されていますが、ネット上の公開について著作権上の許諾を得ておりません。(2004/3/19 00:21)

[大蔵流・狂言−茂山千之丞]
 久しぶりに古典芸能の世界を見た。場所は名古屋・能楽堂ではじめて行った。なかなか整備されている。音響効果は抜群。名演例会で7割ぐらいしか客席は埋まっていない。これが名古屋文化の限界だ。演目は題名は忘れたが、中間が大名2人をこけにして笑い飛ばす権力揶揄のストーリー。やっぱり狂言は庶民芸術の世界だ。案内にも権力を笑い飛ばして明日の元気を得よう!とあった。一種のカタストロフィーなんだ。やはり能の方がいいga,が、非日常の感覚を味わって少々とまどった。(2004/3/18 20:57)

[岩井俊二『花とアリス』]
 例によって高校生の青春・岩井ワールド。一人の男子高校生をめぐる二人の親友である女子高校生のリリックでせつないドラマ。やっぱり女が強くて生き生きしている。男は死んだような表情でニヒルっぽい。女子高校生にこうした純愛に近い世界もあるんだな。とにかく女が精一杯生きている。しかし消費社会に取り込まれた未来のない青春なんだよな。大人に反抗しない青春ってどこに意味があるんかな。何か綺麗事の甘酸っぱい岩井ワールドでそれはそれでいいんかな。オーデイションの男性審査員は権力の象徴なんだろうけど、若者は媚びへつらうんだよね。唯一高校文化祭で落語を演じるトリックスターの役割を割り当てられた男子高校生のズッコケに、時代を変えようとする情熱を感じたね。まあしかし現代高校生の感性と行動様式の一部はうかがえたか。それにしても家族の崩壊も進んでなにか乾いた感じで受け入れている若者を見ると、生きるって私たちおじさんが想像する以上に難しい時代なんだろうなキット。名古屋市・名演小劇場。8割の入り、中年女性多し。(2004/3/18 20:40)

[フォ・ジェンチイ『シャンヤンの酒家 Life Show』]
 近代的大都会に変貌する内陸部・重慶をバックに、市場経済下で必死に生き抜く美貌の女性。大衆酒場を切り盛りしながら、家族のさまざまの紐帯を一身に担い、我が身の才覚ひとつで生き抜く現代中国女性のひとつのモデルがある。例によってパンフに登場する映画評論の底の浅さは覆いがたい。彼らは現代中国の市場社会主義というシステム転換のもとでの中国民衆の有為転変と喜怒哀楽の深層が全く分かっていない。土地国有と一党独裁を除いて、中国に社会主義はもはや無いのだと云うことをまざまざと実感させる。しかもこの監督は、前作『山の郵便配達』で市場経済に包摂されない民衆心情を示したと思ったのは私の錯覚であったのか。
 日常の描写としては、中国でも麻薬が蔓延し収容所があること、相変わらずのコネ世界が続いていること、恋愛と婚姻に於いては近代的な自我が常識化していること、一人っ子政策の中で家族の紐帯が男児によって象徴化されていること、そして中国・社会主義市場経済が効率性と利潤原理を極大化して漂流していること、しかし悪の一歩手前で踏みとどまる矜持とも云うべき心情が強く自制的に働いていることを知り得ただけでも損はしなかった。いずれにしても、中国・社会主義市場経済は、日本の未来構想にとってモデル的な位置を占めないことがよく分かった。映像技術的には、すばらしい進歩がうかがわれる。雨と霧に薄暮と夜の風景描写が素晴らしい。一体中国はどこへ行っているのであろうか。(2004/3/17 20:17)

[『マスター&コマンダー』]
 19世紀の帆船軍艦による海洋戦。大英帝国のナショナリズムなどいろいろあるだろうが、文句なく面白い第1級エンタテイメント映画。とにかく帆船の時代考証と英国型階級社会がよく分かる。子どもの海軍士官が同乗して、指揮官を任せられるのもスゴイ。しかしなぜ今この映画なのか、ユニオンジャックに対する忠誠なんて今どき何の意味があるのかとも思う。まあそう言うことは云わないで、19世紀の海戦がどんなものか知るのも面白いというとこか。名古屋市・名鉄東宝。だだっ広い映画館と迫力ある大画面とスピーカ音声が素晴らしい。観客は数十名か。駐車料2000円が痛かった。(2004/3/15 19:14)

[『風の舞』]
 ハンセン病詩人・塔和子氏を撮りあげた1時間のドキュメンタリー。氏は小学校3年生で入園してから70数歳の今日まで収容生活を送る。短歌から詩作に入り高見順賞を受ける。評論的な批評は不可能な映画だ。なんとか詩一編をおくる。

 異形の相貌はカメラにさらされて
 すべての批評を峻拒しているかのようだ
 四肢は歪みかろうじて鉛筆はにぎられている
 その手から神の言葉がこぼれてあふれる
 あなたは
 人のおこないのすべてを赦し
 かえって希望のまなざしを贈る
 あなたは
 どのような励ましも笑顔も超えて
 ひとり屹立している
 近代の汚れを一身に受け
 地獄の痛みの底から帰還した者のみが手にする
 神々しく反転された輝きを放っている


        名古屋市・シネマスコーレにて。観客10名弱。(2004/3/14 16:40)

[Jean-Pierre et Luc DARDENNE『Le Fils息子』(邦画名 息子のまなざし)]
 2002年のベルギー映画。息子を殺害された家具職人の父親が、少年院を出た加害少年を徒弟にして、両者に生じる憎しみと和解に到るドキュメンタリータッチの映画。父親の憎しみと復讐に揺れ動く心理、それと知らず更生に到ろうとする少年の無表情の演技が素晴らしい。音楽は一切ない無機質な日常音で構成される。私の感覚が摩耗しているのか、それほど緊迫感がないのが残念。
 1993年のリヴァプールで起きたジェームズ・バルジャー事件(10歳のふたりの少年が2歳の幼児を惨殺)や1997年の神戸連続児童殺傷事件を背景に考えても不思議ではない。「酒鬼薔薇聖斗=少年A」はつい先日少年院を出所し、厚生施設に移って社会復帰に向かいつつある。犯罪の加害者と被害者が対話を通して被害を修復するRestorative justice修復的司法が注目されているなかで、この映画はその手法の可能性と限界を正面から描こうとしている。一方では少年法改正に見る厳罰主義の原則が貫徹している。
 いずれにしても第3者がどんなに想像力を駆使しても、被害ー加害の心理過程の深層に迫るのは困難だが、この映画はそうした課題に正面から挑戦している−非常にテーマ性に富んだ映画だ。観客に見終わった後にも持続する思索を求める。名古屋市・シネマテークにて。観客超満員。中高年が多いのは更生関係の職業人か。(2004/3/13 21:38)

[中野重治『夜明け前のさようなら』(日本図書センター)]
 名古屋・鶴舞の古書店街を散策していたら出会った詩集を半額で入手した。中野は、文学者・詩人が政治の中枢に参画し、無惨に自己解体していった象徴的な存在であろう。中野はしかし日本文学史に刻み込まれる足跡を残したことを否定し得ないだろう。この詩集は、小山書店から現代日本名詩選の1冊として編まれたものの再刊である。印象に残った部分をアトランダムに挙げる。評論はしない。

 豪傑

 むかし豪傑というものがいた
 彼は書物を読み
 嘘をつかず
 みなりを気にせず
 わざを磨くために飯を食わなかった
 後ろ指を指されると
 腹を切った
 恥ずかしい心が生じると腹を切った
 かいしゃくは友だちにして貰った
 彼は銭をためる代わりに溜めるなかった
 つらいという代わりに敵を殺した
 恩を感じると胸のなかにたたんで置いて
 あとでその人のために敵を殺した
 いくらでも殺した
 それからおのれも死んだ
 生きのびたものはみな白髪になった
 白髪はまっしろであった
 しわが深く眉毛がながく
 そして声がとおくまで聞こえた  
 彼は心を鍛えるために自分の心臓をふいごにした
 そして種族の重いひき臼をしずかにまわした
 重いひきお臼をしずかにまわし
 そしてやがて死んだ
 そして人は 死んだ豪傑を 天の星から見分けることができなかった


 二月の雪
 (前半部省略)

 かくて−我は思う−すべての手筈はととのえられたるなり
 あとはただ汝の力による
 問題はただ汝なり
 何ごとが起こるとも
 汝一人としてそれを通り行かねばならず
 そははたの者の全く手出しできざる
 大いなる隔絶せられたる仕事なり
 汝を激励するいかなる言葉もなく
 汝のすがりえるいかなる柱もなしと我は知る
 我は
 息子を法廷に送れる父親のごとく
 時が秒の目盛りもてすぎ行くを感じつつ廊下を動く


 その人たち
(部分のみ)

 やがてそうなるであろう 
 しかしなるであろうか
 しかしなるであろう

 そして息子たちに先立たれさえし 白髪となり
 今は墓のなかへと行ったその人たち
 そして死に行きながらも 子どもたちとその党への愛において不屈であったその人たち
 ああ この登録されなかった人たちのためどんな切子に今夜灯を入れようか

 サヤ豆を育てたことについてかって風が誇らなかったように
 また船を浮かべたことについてかって水が求めなかったように
 その信頼と愛とについて 報いはおろかそれの認められることさえ求めなかった親であった人たち
 この親であった人々の墓にどの水を私たちがそそごうか
 どのクチナシとヒオオギとを切ってこようか


                     (2004/3/12 23:33)

[LARS VON TRIER『DOGVILLE』]
 日本語では『犬の村』とでもいうのか、何とも恐ろしい危険な映画だ。トリアー監督がアメリカの深層にあるコミュニテイーの共同性と排他性、善悪錯綜した人間の偽善のさまを迫真的な演劇的な空間で描く。北欧系の映画を観ると、いつも鬱屈したニヒリズムを感じる。人間の間にある寒々とした溝が、加虐的暴力性に容易に転化し、その復讐もまた血なまぐさい殺戮で終わりを告げる。どのような善意と良心も薄っぺらな偽善としてしまう暗然たる反ヒューマニズムの世界だ。トリアーのアメリカ観が浮き彫りとなる。芥川『羅生門』の近代的自我の衝突を想起もする。私は、ファッシズムの大衆心理のやるせない哀しみをも味あう。
 映像技術は素晴らしい。前衛演劇の舞台空間でドラマは展開し、まるで舞台を観ているような感じだ。最初は違和感を持ってみているが、いつの間にかそれが極く当たり前のドラマ空間であるかのように魅入られていく。場面の転換は次々と思考の転換を迫り、観客自身の自己存在を問いかける緊迫した時間が過ぎていく。最後に流れる1930年代の大恐慌下の民衆の打ちひしがれた姿のスパップの連続は、おそらくトリアー監督の現代アメリカ認識の原点であるだろう。ごく少数のサクセス・ストーリーの背後に打ちのめされた無数の敗者が腹ばっているアメリカの実相を。あまりの問題作であるが故にカンヌで無冠に終わった理由がよく分かる。名古屋市・ゴールド劇場、観客10名弱。(2004/3/3 19:28)

[戦時体制と芸術]

 遺棄死体数百といひ数千といふいのちをふたつもちしものなし 土岐善麿

 自爆せし敵のむくろの若かるを哀れみつつは振り返り見ず 宮 柊二  

 今日一日いとま賜いて麦畑に友らの屍焼くと土掘る 宮 柊二


 土岐の歌は、中国戦線から朝日新聞論説員室へ送られた写真を見ながら、敵味方を超えた若いいのちの痛ましい死を悼んだものだが、敵兵の死を悼むような人物に歌壇の運営する資格はないと囂々たる批判を浴びて、その年末に大日本歌人協会は解散され、翼賛文学報国会へ組み込まれていった。宮の歌はもっと冷酷な戦争言語である。兵の死屍体は、敵は死体であり味方は屍(亡骸)として語彙が使い分けられたことを示している。歌壇のいまは大御所といわれる歌人の無惨な戦争詠はスレスレのところで加担を免れようとしている。復刻された大日本文学報告会の会員名簿を見て見よ。そこには近代日本文学史を刻印するそうそうたる名前が列挙されている。宮本百合子も例外ではない。原稿用紙の最低限の配給を受けるためには名前を記載せざるを得なかったのだ。
 私はここに抵抗線の日本的な形態をみる。転向を拒んだ作家も芸術家もなだれを打って報国会に参加したのだ。吉本隆明のごとく、非転向を貫いた者を硬直した思考者として否定するアホ評論家はおいて、なし崩しに偽装転向を認めていかざるを得なかった日本的思想のスタイルについてほんとうに訣界はなされたのであろうか。養老孟司は靖国神社を鶴岡八幡宮と同じとみなして参拝を肯定せよと説教を垂れるまでになった。思想における誠実と矜持の境界線は融解してしまい、はてしない現実追随主義が跋扈し始めた。戦争責任問題が60年を経てあらたに決済すべき未完の課題であることがますます露わとなってきた。

 かえりみて天地に恥じざる人消えて 硝煙の砲声60年経てこだます 荒木國臣      (2004/2/23 19:42)

[佐々部清『半落ち』]
 いま評判のヒット作ということと株主優待券が手に入ったので見に行ったら予想通り満席に近かった。いつものようにパンフの解説を読みながら反照して批評を始める。なんといってもこの瞬間が至福の時なのです。
 さて館内は女性のすすり泣きの声があちこちから聞こえてきます。この感受性のレベルを私は問いたいと思うのです。結論として云います。この映画は成熟した先進国文明のえいがです。個々の俳優がこれほど自らの存在感を主張しているのも珍しい。警察、検察、判事、新聞社それぞれの社会が人間の欲望を潜在させつつ、なおかつ真実と正義に対する第一義的な責任との狭間でみずからの行為の措定を探求するところに予定調和的な共感がある。パンフではすべてが絶賛である。これが日本映画の現状の決定的な弱点を示している。悪は究極の悪を、善は究極の善を示さなければならない。いずれにも加担し得ない者もその実相を赤裸々に示さなければならない。まさにバルザック的な世界がこの映画にはないのだ。
 確かに商業主義に媚びへつらわない矜持を敢然と示した映画ではある。ハッキリ云って綺麗事の世界だと切って捨てる声が相当にあるだろう。特に吉岡演じる判事の振る舞いは、最低の少女的ロマンチシズムだ。要するに私が云いたいのは、骨髄移植という生命倫理のレベルにすら到底アクセスできない人々が、無数にこの地上にいるという想像力がこの映画には欠落しているということである。自らの妻をアルツハイマーの地獄から殺害した主人公の生命観は、第3世界にあって虫けらのように殺されていくあっけない生命には想像力は及ばないのだ。感動をしなさいと迫る迫力を充分に持った映像技術と高度なシナリオ技術だが、先進文明の命に自己閉塞しているやりきれなさがある。
 最後に云う。館内で泣いていた女性に問う。あなた方にとってアフガンやイラクであっけなく命を落としている子どもの命とは何なのか。名古屋市・ピカデリー劇場にて。(2004/2/22 17:32)

[高行健『ある男の聖書』(集英社)]
 中国人ではじめてノーベル文学賞を得た作家ということで手にした。この書は中国国内では出版禁止となり、作者は天安門事件後中国には帰還せず政治難民としてフランス在留資格を得ている。いわゆる文革の傷跡文学である。その恋人はドイツ系ユダヤ人であり、互いに20世紀の深いトラウマを刻み込んでいる。文革とホロコーストという20世紀最大の反人間的な事件の渦中に翻弄されてかすかなヒューマニテイーを守ろうとする2人の男女を通して、人間の普遍的な実存に迫ろうとする。私は率直に云うと、巨大な歴史的激動に翻弄された体験を描くことができるのは知的上流だーと思う。本当に描かなければならないのは、自己表現能力を剥奪されている無数の無力な底辺民衆ではないか。いつもそう思うのだ。つまり現代の阿Qをこそ描かなければならない。残念ながらそうした表現の世界はなく、いつも文字を獲得して表現力を持つ人しか、歴史の記憶にはのこらない仕掛けとなっている。
 いま背後からNHK・FMの土曜ドラマ劇場が流れている。驚いたことに、人を寝かしつける派遣業の社員や、睡眠障害(ナルコレプシー)の病を持つ広告代理店のサラリーマンが登場する。現代の労働疎外の実態を若い青年サラリーマンの世界を描いて哀しみがただよう。プレゼンしている途中で立ったまま眠り込んでしまう若いサラリーマンは、会社を首になり蒸発してしまう。詰まるところ、文革であれホロコーストであれ現代の労働であれ、人間は自滅していくシンフォニーを自ら奏でているような気がする。(2004/2/21 22:20)

[恒例 サラリーマン川柳・・・しみじみとあふれる哀愁のユーモア]
やめるのか 息子よその職 俺にくれ

髪型は 息子べッカム 父ジダン

上司ども パソコン見ないで 現場見よ!

ISOうちの会社は USO(うそ)

子の欠点 気づいてみれば 我が姿

合併で 預けた銀行 どこだっけ

おはようも 云わぬ上司が 訓辞垂れ

大そうじ 今年も 娘が嫁づかぬ

もと彼にナンパされたよ 整形後

久しぶり 握手するのに 名がでない

午前さま 妻のイビキに ホッとする

ペットより欲しい娘の 翻訳機

[黒木和雄『美しい夏キリシマ』]
 日本の原風景が浮かび上がる戦後日本映画史に刻まれるリリックな戦争レクイエム。まず原作がないのがすごい。すべては黒木和雄氏の少年期の体験をもとに松田正隆氏がシナリオを書き、仙頭武則氏がプロデユースしている。こうした映画を真正面から撮影するチャンスに恵まれる黒木和雄氏はほんとうに幸せ者だ。
 霧島をバックに米軍・グラマン戦闘機が悠々と編隊飛行し、それを当然のこととしてありふれた日常が展開するシーンが素晴らしい。確かに敗戦直前の矢尽き刀折れた大日本帝国の末路はこのようなものであったかもしれない。私は零戦が本土決戦に備えて編隊飛行しているのかと勘違いした。8.15直前において少年から壮年期の日本人が何を考えどう行動していたかーの細部が象徴的に浮かび上がる。戦争の虚しさというものが極々日常の生活風景を通して、それぞれの逃れがたい傷跡を残して、これほどくっきりと刻み込まれた映画はそれほど多くはない。市場原理吹きすさび、戦争国家へのみちを確実に歩み始めた現代日本に対する黒木氏の満身の哀しみと怒りを込めた静かなメッセージがある。
 戦争の記憶と戦争体験の継承がいまほど難しく困難になっている時代はない。そうしたなかで映像芸術を通じて正面から普通の庶民の戦争をリアルに描ききっている。あまたの観念的な反戦メッセージを破砕するリリックな訴えが込められている。イラク派遣自衛隊を前に、得々と訓示する石破防衛庁長官と小泉首相の厚顔には、自らの命令によって他者の命を犠牲にする痛みはほとんどみられない。60年前の悲劇がこのように漫画チックに繰り返されているのを見ると私は無念の思いこの上ない。すべてが過てる命令による非業の生と死であったのだ。私はかっての大学生が学徒出陣で従軍して戦死した遺書を編んだ『きけわだつみのこえ』(岩波文庫)を、緊張感を持って読む時代が来るとは思いもよりませんでした。以下その一部を掲げます。名古屋市・名演小劇場。観客20数名。(2004/2/15 19:28)

 なげけるか いかれるか
 はたもだせるか
 きけ はてしなきわだつみのこえ

                     ー日本戦没学生記念会『きけわだつみのこえ』序文から
 死んだ人々が還ってこない以上
 生き残った人々は何が分かればいいのか

 死んだ人々には嘆くすべもない以上
 生き残った人々は誰のこと、何を嘆いたらいいのか

 死んだ人々がもはや沈黙する以上
 生き残った人々は沈黙を守るべきか

                     ージャン・タルジュー(『深夜叢書:・詩人の光栄』所収 1943年)

[TEN MINUTES OLDER THE CELLDイデアの森]
 ベルトリッチ(ラストエンペラー)、マイク・フィギス、イジー・メンチェル(つながれたヒバリ)、イシュトバン・サボー(メフイスト)、クレール・ドウニ(ショコラ)、シュレンドルフ(ブリキの太鼓)、マイケル・ラトフォード(イル・ポステイーノ)、ゴダールの8名の監督による10分のオムニバス。実験映画から映像美やリアリズムなどの競演。かなりの映画ファンでなくてはついていけないものもある。つまらないものある玉石混淆。わたしはゴダールの深遠な映像美(どう深淵なのか説明不可)と、ドウニの哲学者ジャン・リュック・ナンシーの対話が印象に残った。やはり10分間にすべてを込めるのは至難の業だと思った。テーマにこだわると時間不足、時間にこだわると平板という矛盾がをどうしても突破できないなーと思う。名古屋駅裏・ゴールド劇場。観客20数名。

[DURER銅版画展]
 デユーラーの銅版画の全貌が展示されている。原始キリスト教のドラマテックな場面が恐るべき細密画で描写される。この版画を見ていると、キリスト教が愛と救いの対極にある闘争と残酷の極地でではないかと戦慄する。イエスの処刑の場面で、流れ落ちる血をお椀に受けて飲んでいる天使の姿は何だ! 母マリアが気絶してひれ伏す横でお椀の血をゴクゴクと飲み尽くす天使とは何だ! 西欧の歴史に流れている血なまぐさい戦いは、平和とヒューマニズムの対極にある。問題は宗教的な表現を貫いて流れる人間描写の赤裸々な真実にある。予定調和的なアジアの美にとって衝撃的な世界がある。名古屋ボストン美術館。82004/2/11 18:50)

[降旗康男『赤い月』]
 久しぶりに堪能したドラマテイックな邦画大作。大日本帝国がつくりあげた王道楽土という虚像に一攫千金の夢を求めて、多くの日本人が満州の原野に向かい、中国人の土地を奪い植民地の先兵となった。それは虚飾の夢であり、ソ連軍の侵攻の中で関東軍は植民者を置き去りにして敗走した。作曲家・なかにし礼は、黒竜江省牡丹江に入植した
両親の元で生まれ、少年期を満州で過ごし苛烈な逃避行の末に日本にたどり着いた。原作は彼の『赤い月』である。
 関東軍の庇護を受けて満州最大の酒造メーカーにのし上がったある家族の全盛から逃避行を描く。全体として日本人は苦しみつつも必死に生き抜くという肯定的な人格として描かれ、日本鬼子の本質は諜報部員のロシア人の女性に対する惨殺のシーンがあるのみだ。大日本帝国の侵略責任の視点は明確であり、陸軍の虚像に過ぎなかった満州開拓に対する告発のシーンもしっかりとしている。降旗康男の最近の『ホタル』からはじまる戦争責任のメッセージは希有の現代的な意義を持っていると思う。映像のドラマ性は木村大作カメラマンの業績だ。山本薩夫や今井、新藤兼人監督に劣らない骨太の人間ドラマが戦争を背景に展開される。ひょっとしたら戦争体験と戦争責任を正面から描く監督は、もはやいなくなるのではないだろうか。日本映画もまだまだ健在だと云うことを覚えて久しぶりに充実感を覚えたが、再び戦争国家への道を歩み始めた日本の、戦争体験を持たない権力層にとっては必見の映画だろう。
 名古屋市・今池国際劇場にて。観客10名弱。(2004/2/8 15:47)

[中村つねの全貌展]
 つねの漢字が余りにも難しく検索を断念。明治末期に彗星のように登場し、37歳で結核で早世した大正自由主義時代を代表する画家。軍人一家に育ちみずからも名古屋陸軍幼年学校から東京陸軍幼年学校という幹部コースを進んだが、結核で断念し太平洋画会でデビューし、エロシェンコの肖像で揺るぎない地位を確立し37歳で生涯を閉じる。もし結核でなければ輝かしい陸軍幹部となり、太平洋戦争を指導したに違いない。運命の女神の偶然の戯れを感じる。
 新宿・中村屋の相馬家をパトロンに画家生活を維持したのもはじめて知った。彼の全作品をほぼ観れるのではないかと思われるほど膨大な作品が陳列されている。印象派の影響を受けた重厚な筆致は、深く思索を沈潜させるような気持ちをもたらす。人物像がほとんど、斜め下方に視線を落とし、うかがい知れない想いの世界にいざなう。久しぶりに充実を堪能して満たされた気分で会場を後にした。愛知県芸術文化センターにて。会場がまばらでこれがよかった。(2004/2/7 18:49)

[メノ・メイエス『アドルフの画集』]
 これはこれはとても危険な映画だ。第1次大戦を最前線で一介の伍長として戦ったアドルフ・ヒトラーは、画家として才能に苦しみルサンチマンを深く漂わせながら、怒りの対象を反ユダヤ人種主義の憎悪へと転化し、遂には類い希なるアジテーターとして陸軍のお雇いデマゴーグとして生きていく。その後の独裁者ヒトラーを一介の挫折した画家として、人間として描くという危険な選択をした映画だ。特にホロコーストを体験した生き残りのユダヤ人からみれば許されない冒涜的な映画に写るかも知れない。
 第1次大戦後のドイツ・ミュンヘンを舞台に、戦後の荒廃と頽廃が赤裸々に描き出され、大邸宅で優雅な生活を営むユダヤ人と他方で貧窮にあえぐ下層ドイツ人が描き出される。才能を断念せざるを得ない下層ドイツ人のルサンチマンを象徴的に担っているのがヒトラーであり、彼の扇動に踊るのも下層ドイツ民衆である。ファッシズムの民衆的基盤が鮮やかに浮かび上がる。ヒトラーを演じた俳優のやせこけた毒々しい表情がまた素晴らしい。
 逆説的に云うと、ワイマール民主主義があったからこそ、ヒトラーによる独裁がが登場する民衆統合の条件が準備されたのだと云うことがありありと分かる。形式主義的な映像美も美しく荘重な雰囲気を漂わせる。日本のファッシズムは天皇という絶対権力にすがるなかでしか自己表現できず、エイr−ト軍人の散華に終わったが、ドイツ・ファッシズムは民衆自身の底辺から独裁の主体を創造していったという決定的な違いがあるように思われる。ナチス=国家社会主義ドイツ労働党という名称自身が下からのファッシズムを象徴している。元作家の東京都知事を圧倒的に支持する現代の日本の市民は、遂に戦前と同じように下からの自前のファッシズムを創出することはできないのだ。
 しかしこうした映画は日本では決してつくり得ないだろうという確信めいた感想が浮かび、何とも歴史と文化の差を感じさせる。名古屋市・シネプラザ。(2004/2/7 19:48)

[NICOLAS PHILIBERT「La Ville Louvreru−ルーヴル美術館の秘密」]
 ルーヴル美術館の管理・運営の舞台裏に密着した興味深いドキュメンタリー。世界的な名品が実にラフに扱われているようで、その人間くささに感心した。特にピストルで空砲を撃って、その音響を測定しているのには驚いた。残響音を測定して、室内の展示と観覧の最適環境を実現しようとするのだろうか、実にいろんなことがあるもんだ。ルーヴルを支えるスッタフは約1200人いるそうだが、フランス文化の底知れぬ深さを実感させてくれた。米国や日本の底の浅さを思い知らされた。会場は補助席も全て埋まって超満員。名古屋市・今池・シネマテーク。(2004/1/31 17:52)

[『冬の日』]
 江戸期の俳聖・芭蕉が死を覚悟して旅に出たかの「野ざらし紀行」で東海道から反転して尾張の地に来た時に、尾張地方の俳人を集めて連句の会を催した。この『芭蕉七部集36歌仙』のそれぞれを世界のアニメ作家が自分のイマジネーションのままにアニメ化して綴るという独特の映画。奔放な想像力が駆使されてそれはそれで面白いが、芭蕉思想そのもからは離れてしまっており、実験映画に終わっている。それ以上なにもいうことはない。名古屋市・今池シネマテイークにて。観客意外と多く中高年15名ほど。(2004/1/26 18:20)

[TEN MINUTES OLDER THE TRUMPET THE TRUMPET人生のメビウス]
 メビウスとは、ドイツの天文学者・数学者メビウスの名にちなんだ帯のことであり、帯を一回ひねって両端を貼り合わせて得られる図形で表裏がない曲面の例として象徴される。この映画は、世界的に著名な監督7人がそれぞれ10分間で、人生の<結婚・誕生・進化・孤独・死・運・郷愁>というテーマでオムニバス風のコンビレーション・フィルムである。監督の名がすごい! カウリスマキ・エリセ・ヘルツオーク・ジャームッシュ・ヴェンダース・スパイクリー・陳凱歌!!
 巨匠といわれる世界的な著名監督の競演は、彼らの現時点での問題意識と映画技術を露骨に比較させる残酷性があって面白い。このオムニバスで圧倒的な勝利を飾ったのは、私見ではカウリスマキとビクトル・エルセだと思う。カウリスマキの”結婚”の最後のシーンで「何を見ているの?」と新妻から聞かれた新夫が「祖国がまだあるかどうかを見た」と答えている。これはまさにフィンランドがソ連に飲み込まれていく歴史を暗示しているのであって、パンフの映画評論家はとんでもない解釈をしている。最近の映画評論は誉めまくって鋭い視野と深さがなく評論水準が衰弱してしまった。ビクトル・エルセの”誕生”をテーマにした小品は、スペインの寒村における誕生とナチスの迫り来る大虐殺を暗示して、人間の生命の崇高さを重厚な筆写のうちにうたいあげた絶品といえる作品だ。私はこの作品なしにこの映画は存在しなかったと思う。人間を見つめる透徹した視線と人間そのものへの深い信頼、、それを汚す者に対する静かな告発、この作品は哲学的な思索のレベルにある。名古屋市・ゴールド劇場。観客は意外と少なく20数名。(2004/1/24 19:58)

[Carl Th.Dreyer『La Passion de Jeanne dArc裁かるるジャンヌ』]
 オルレアンの貧農の娘ジャンヌ・ダルクは英軍の侵略からフランスを守る聖女として民衆を鼓舞し、敗北後に火炙りの処刑を受ける。本作品は、デンマークの戦前期の世界的な映画監督”聖なる映画作家”カール・ドライヤーがジャンヌ・ダルク裁判の全過程を1日に凝縮して描いている。サイレントのモノクロが、時代を超えて迫力と緊張をもたらす。一切台詞がないと言うことがどのような映像をつくるのかー人間にとって言語とは何かということを思わしめる。
 ジャンヌはあくまで文字も読めない普通の百姓娘が使命感を得て、迫害や誘惑に一旦は敗北して処刑を免れる魔女としての自白にサインしつつ、最後には神を裏切れないとして署名を撤回し火刑にいたる人間的な弱さと迷いを顔のクローズアップによって赤裸々に描き、苦しみのうちに死んでいく人間的ジャンヌという視点から描いている。
 デンマークでは上映されず、イタリアのカソリック教会から猛烈な非難を受けたこの作品は、1927年の作品であるからちょうど欧州におけるファッシズム台頭期にあたっている。宗教裁判でジャンヌを魔女に追い込む僧侶たちの醜い姿や、火刑の現場に密集した民衆が暴動に発展するなどー監督の視点がうかがえる。
 私は厳しい査問と拷問に屈していくジャンヌ、弱さに打ち勝って権力を罵倒するジャンヌを見て、太平洋戦争期の共産主義者を弾圧した治安維持法下の苛烈な迫害を思い起こした。日本では大量の転向が発生して、反戦勢力は壊滅してしまったが、その過程で同じような迷いと弱さや屈服、そして節を曲げなかった少数の人たちがいたことを思い起こす。この転向現象を研究対象とする鶴見俊輔氏の共同研究『転向 上・中・下』という大冊の書があるが、日本の転向はほとんどが家族関係から発生していることが分かる。自分が転向しなかった場合に起こる家族と親族に対する迫害に耐えきれず、転向の雪崩現象が起こったことを示している。欧州の転向は、家族や人間を超えた唯一の絶対者=神との関係が問われる。藤田省三氏は日本の転向を偽装転向のみが歴史的意味があったとするねじれた評価を行っているが、こうした歪曲こそ日本的なムラ共同体=天皇制への屈服を合理化する言葉の真の意味で恥ずべき結論だ。
 戦後においても1960年代ー70年代に激しい反体制運動を遂行した人々が、高度成長期を経てあっというまに姿勢を変えて権力の走狗となっている例が多い。あなた方の職場においても、いろんな理由をつけて自己を合理化しながら権力機構に屈服していく人々をみるだろう。日本的共同体においては、超越的な審判者に対する畏怖のモラルがないから、常に常に大勢を見て行動し、他人と歩調を合わせるふるまいで生きるパターンが多い。この映画は、そういった日本と西欧の個の自立と新年の問題を投げかけているーと日本に生きる私は考え込まされた。名古屋市・今池シネマテーク。最終日のためか会場満席。意外と若い人が多い。(2004/1/18 17:14)

[Carlos Saura『Salome』]
 スペインの代表的な映画監督・カルロス・サウラとスパニッシュ・ダンスの代表的舞踏家・アイーダ・ゴメスのコラボレーションによる全編スペイン舞踏による「サロメ」。新約聖書「マタイ伝」「マルコ伝」ではヘロデ王の義娘サロメがヨハネの首死体を要求したとある。19世紀末にオスカー・ワイルドは、死に憧れてヨハネへの愛を拒絶されたサロメが愛する人の死を求める幻想怪奇的なイメージに再編した。
 スペイン舞踏の目眩くようなパッションと肉体の美しさに圧倒される。幻想ストーリーを芸術に昇華させた映画芸術の極致といえる。人間の実存的な愛と裏切りと死の荘重かつのめり込むような描写は言葉による表現を超える。日本的な美意識とはまったく異なる西欧の根底を流れる、良くも悪くも人間主義がある。ただただ圧倒されて終わった。名古屋市・シネプラザ。朝から降りしきる雪の中、意外と観客が多い。私の隣にスゴイ美人が座ったので少々居心地が落ち着かなかった。帰途名古屋古書会館の古本市の100円コーナーに『昭和万葉集』があったのでホクホクで18冊購入した。(2004/18/17 18:33)

[ジム・シェリダン『イン・アメリカ 3つの小さな願いごと』]
 アイルランド系移民のニューヨークでの悪戦苦闘を描く麗しい家族愛のストーリー。移民とマイノリテイーというアメリカ社会の最底辺に実は最も美しいヒューマニテイーがあるというメッセージだ。移民とマイノリテイーを対象とする映画は「ウエストサイドストーリー」を筆頭としてあまたのアメリカン・ドリームがつくられてきた。しかし皆さんもひそかにお気づきのように、こうした自由と可能性に満ちた米国イメージはいまやもう陳腐なモノと化している。ベトナム戦争からイラク戦争に至る汚い米国の戦争は、もはや米国が可能性に満ちた自由の国という虚像を完膚無きまでに曝してしまった。だからこうした映画はおそらく、いまは喪われた理想へのノスタルジアとしての意味を持ってくる。米国の最底辺の生活をリアルに写し、家族間の葛藤と愛情を素直に描く技術は素晴らしいが、現代的な状況に置かれた時の意味は残念ながら戯画的な位置を占めるに過ぎない。少し酷評しすぎたかな。名古屋市・名演小劇場にて。観客10数名。(2004/1/10 20:12)

[PAOLOeVITTORIO TAVIANIタヴィアーニ兄弟『Resurrezione復活』]
 04年年頭にはじめてみた映画。タヴィアーニ兄弟によるロシアの文豪レフ・トルトイ『復活』の映画化。全編イタリア語で展開するロシアの物語。ストーリーは余りにも有名なのでここでは省略。こうした文芸大作を原作に忠実に製作し、しかも興行チャネルに載る欧州映画の芸術に対する社会的位置づけの奥の深さを再度悔しいかな知らされる。黒澤や山本薩夫以来日本ではもう絶たれてしまった。
 問題はタヴィアーニ兄弟の意図がどこにあるのか-ということだ。ソ連崩壊後の市場経済の進展するロシアに対する問題提起か、現代の帝国に対する鋭い告発か(きさらぎ尚)-等々深読み批評があるがいまいち鮮やかではない。重厚な絵のような映像の美しさと19世紀帝政ロシアの仮借なき汚濁の現実の描写はなるほどすさまじい。帝政下において貴族制の枠内ではあるが裁判(陪審制)や官僚制など一定の近代化が進んでいたことに驚いた。
 私が想起したのは、シベリア徒刑のシーンでスターリンによるシベリア強制収容所、ストーリーそのものは遠藤周作『私が捨てた女』を映画化した浦山桐郎の同名の映画と同じだ。20世紀というミレニアムを迎えて希望に輝く農民たちの晴れ晴れとした笑顔が印象的だ。しかしあと10数年もすれば第1次大戦とロシア革命が迫りつつある激動の時代である。それぞれの思いを秘めて新世紀を迎えたカチューシャとネフリュードフが戦争と革命の時代をどう生きたのかーその続編にこそ実は最も興味がある。その後の2人はどうなったかーを誰かが書かなければならない。
 付言:幾つかの新知識を得たので記す。『復活』の最初の草稿は、2人がめでたく結婚し国外逃亡してロンドンで暮らすーという結末になっていた。トルストイのソフィア夫人は、結婚後25年間で13回出産し最後の出産はトルストイ60歳の時であった。『復活』発表後にトルストイはロシア正教会から破門された。名古屋市・名演小劇場にて。中高年女性満員。(2004/1/5 16:38)

[莫言『赤い高梁』(岩波現代文庫)]
 数年前に観た張芸謀監督『紅いコーリャン』は、目眩くような描写で圧倒された印象が今でも残っているが、これはその原作。莫言は1955年山東省高密県生まれの本名・管莫業。日本侵略軍との対決を背景に、共同体の生々しい生活と情念が、高梁の真っ赤なカラーにシンボライズされて、息もつかせぬストーリー展開だ。1986年に解放軍機関誌「人民文学」に掲載されたが、それまでの英雄的な犠牲を描く抗日文学とはまったく異なる、中国民衆の心性を赤裸々に描き出したマジック・リアリズムと表される文体がスゴイ。中国現代文学がどういう水準にあるのか、いわゆる社会主義リアリズムなどの紋切り型=反封建的であり且つ儒教モラルのイメージは吹き飛んでしまう。1984年に翻訳されたガルシア・マルケス『百年の孤独』から強烈な影響を受けたと著者自身がいっているように、共同体の土俗的な心性と鮮烈な自立へのまなざしが浮き彫りとなって全編を貫く。日本では紀州共同体でのムラを描く中上健次と似た点があるが、中上が家族にとどまり超越的なアニミズムに向かうのとはまったく異なる、人間の威厳への志向がある。2つのフレーズを抜粋する。

(日本軍に殺害された祖母の遺体を埋葬するシーン)
 銃弾に撃ち抜かれた祖母の乳房は傲然と突っ立ち、人の世の道徳とご立派な説教を蔑み、人の力と人の自由、生の偉大さと愛の輝かしさを示していた。祖母よ永遠なれ!

(殺害した日本兵の死体に)
 祖父は短刀を持ち出して鬼子兵のズボンの前を1つずつ裂き、彼らの性器を残らず切り落としてから、そいつをそれぞれの持ち主の口に突っ込ませた。・・・・お宝をくわえた日本兵は、それぞれ翼を拡げて空を滑るように流れの中へ落ちて、ぞくぞくと東へ流れ去った。
 *注:この部分は羞悪であり、バルガス・リョサに類似のデイテイールがあると指摘した友人に、莫言は「祖先のやったことは、功績も過ちも消したり隠したりしてはならない」として削除を断っている。戦闘6日後の1939年8月15日に日本兵400余名と傀儡軍600余名が祖父の村を包囲し、数百人の村人を機関銃で全員虐殺した(最終章)。

 日本侵略軍に対する抗日をプロパガンダのように書かず、ただ事実とそのなかでの人間をリアルに凝視したが故に、日本の侵略の罪が重くのしかかってくる。彼は中国民衆の内面を活写することによって、歴史の真実に迫ることに成功している。私たちの先輩が殺害した2000万人のアジアの同胞の死は、いくら謝罪しても償うことはできない。中国戦線に従軍した我が父も加担したのだろうか。そしていま中東の砂漠で同じことが始まろうとしている。岩波文庫から「きけわだつみの声」の第2集が復刊された。加害も被害も歴史の記憶としてどこまで永続できるかに、その国と民族の尊厳が懸かっていることを痛感する。安穏と不安のうちに漂流している現代日本への痛烈な告発と警告を発している。特に日本の若者にとっては必読の書ではないか。(2003/12/24 8:38)

[ユイ・チョン(兪鍾)『再見ーまた逢う日まで』]
 まさに涙なしには見られない感動の物語!? 文革期中国で冷遇された音楽教師の4人のこどもたちが、両親をうしなって離散し、長じて再会を果たすというストーリー。小演員(子役)が素晴らしい、けなげさが見事に演じられている。成長後の青年像は大したことはない。戦火のなかで親を失って涙を流している現代イラクの子どもたちを想像せざるを得なかった。
 現代中国の映画理念が伺えて興味を持った。その1:両親を失った後の孤児の救済がシステムとして全くないこと、中国社会主義のインフラが整備されていないことが分かる、その2:現代中国の共同性は家族に収斂されていること(家族の結合に強いノスタルジーを覚える現実の家族の崩壊が進んでいる)、その3:大都市部の恐るべき資本主義文化の浸透(デイスコから退廃現象まで資本主義国と変わらない)、その4:富裕層が貧者に現金を渡すという行為に恥じらいを感じない(これは他の中国映画でもよく見られる) その5:映画技術は格段に進歩している(ラストシーンは完全に失敗しているが)。
 しかし日本の退廃現象と較べると、まだまだ人間的自然が息づいていることは確かだ。日本ではこうした大時代がかった、ストレートな表現は喜劇になってしまう。本質的にはB級映画。名古屋駅裏・ゴールド劇場。観客30名弱。映画館を出ると急に寒気がしてくしゃみと鼻水が始まった。((2003/12/23 13:45)

[バチェラー八重子『若きウタリに』(岩波現代文庫 2003年)]
 彼女は、1884ー1962年、アイヌ民族出身のクリスチャン伝道師にして歌人。。北海道有珠に生まれ、満7歳で英国聖公会司祭ジョン・バチェラーより受洗し、東京・聖ヒルダ神学校(現香蘭女学校9に学び、1906年バチェラーの養女となり、1908ー10年渡英の後、日本聖公会の平取、幌別教会で勤務し伝道活動に生涯を捧げた。同族ウタリを想う哀しみを作歌し、新村出・佐々木信綱・金田一京助の序を得て昭和6年に本歌集を刊行、アイヌ歌人の魂の歌集とされる。
 印象に残るのは、当時デビュー仕立ての作家・中条(宮本)百合子がバチェラーの家に預けられ、八重子と並んで写っている写真と百合子がここでの体験をもとに「コロボックルの風に乗って」という小品を書いていること。百合子にこの作品があることは知っていたが、こうした背景があることは知らなかった。獄中の中野重治が、歌集『若きウタリに』を表して、滅びゆく少数民族のパルチザンと表していることである。
 八重子は、明治政府の同化政策によって民族的な尊厳を奪われ、アイデンテイテイーを喪うウタリに対する絶叫とも云うべき歌を詠んでいる。八重子は、同化政策の先導者であった英人宣教師の養子となり、自らクリスチャンとなって布教に献身し、日本文化を修得して、短歌という最も日本的抒情の形式でもって、自らの出自に対する高らかな宣言を詠んだ。現代短歌の技術からみれば拙劣とも云える表現は、しかし私たちがとっくに喪った怒りと哀しみの慟哭がある。八重子は日本名である。彼女のアイヌ本名を発掘する作業を誰もしていない。

 かなひなば 此苦しみを 告げまほし 閑古鳥の なくがごときに

 ああ痛む 此の苦しみの 我が胸を  啄み去れよ こころある鳥

 君が世は絶えず戦いなりしと聞く ウタリの骨鳴り胸裂くばかり


 解説の村井紀氏のものは後知恵による外在的批判に堕している。時代の刻印を受けているものを、現代の視点から両断しても何の意味もない。その時代の必然性の中において、なお選択の可能性を浮かび上がらせるような評論でなくてはならない。かくいう私は、岩波からの復刊がなければこの歌集に目をとめることはなかった。(2003/12/21 18:37)

[J・David Riva『Marlene Dietrich Her Own Song真実のマレーネ・デイートリッヒ』]
 デイートリッヒの孫にあたるデイビッド・ライヴァ監督が、1930年代ハリウッドの銀幕の女王とか20世紀最大のスターと言われたマレーネ・デイートリッヒを描いたドキュメンタリー映画。彼女は、ドイツ出身の米国籍女優であり、ヒトラーの帰還の要請を蹴って生涯を反ナチ活動に捧げ、有名な「リリーマルレーン」は戦場でのドイツ軍兵士の厭戦ムードをかき立てた。亡命フランス人俳優ジャン・ギャバンとの恋愛生活の実写には驚いた。ジャン・ギャバンが自由フランス軍の戦車隊長としてベルリン進軍の指揮を執っていたのにもびっくりした。
 彼女が反ナチから反戦へ傾斜し、「花はどこへ行った」を決然たる表情で歌っているシーンは感銘深いものがある。晩年10数年間はパリのアパルトマンで孤独のうちに暮らし、親友と会うことさえ拒否する最後はまたスターの最後の哀しみを湛えている。葬儀にハリウッド関係者の出席は皆無であるという。
 1人の女性がほんのちょっとした偶然からスターの座に駆け上り、きらめく有名人との交流を経て、戦争のさなかで戦場の慰問に全てをささげ、最後には完きき孤独のうちにこの世を去る。まさに波瀾万丈の生涯であり、この映画は、すべて実写フィルムを駆使して彼女の生涯を描ききっている。名古屋・名演小劇場にて。一昨日の雪がまだ残っている街中で。観客10名。館内の暖房が故障して寒い中で鑑賞。この一文は、同時に買い求めたデイートリッヒのCDを聴きながら記す。歌姫から反戦歌へと流れる彼女のドイツ語で歌う歌が分かりやすく編集されている。それにしても雑音が全くなく、あたかも最近録音されたかのような技術には感嘆するばかりだ。(2003/12/21 15:47)

[K・バルト『モーツアルト』(新教出版社 1994年)]
 バルトは、20世紀プロテスタント神学を代表するスイス改革派に属するドイツ語圏スイスの神学者であり、全欧に与えた思想的影響は大きい。1919年刊行の『ローマ書』で近代プロテスタント神学への徹底的批判をおこない、ナチスに迎合したドイツ教会に対抗する「告白教会」の父と呼ばれる指導的立場に立った。いわゆる弁証法神学で、神の超越性とイエスの福音を神のヒューマニズムと位置づけて、人間の尊厳と人権の全ての規範として、シュライヘルマッハーの自由主義的文化プロテスタンテイズムを徹底的批判した。本書は、モーツワルト研究の必読書といわれる。以下はバルトの言葉。

 彼の音楽はあらゆる過度や原理的な分裂から自由であり、太陽はさんさんと輝いている。しかし人の眼をむしばみ、焼き尽くすことをしない。天は地の上にまるく蒼穹を張っている。しかし天は地の上に重荷をかけない。地は天に向かって反逆して自己を主張する必要がない。・・・・イ長調交響曲[29番・k201]第2楽章を提案したい。人間は誕生と死によって限定された時間的存在であり、人間の生活は1回だけの機会である。その1回性の中で神の前に、自由へと召される。この終末論的な緊迫性を持って迫る、時に関する服従の基準は、第1に他者との関係における開放性、、孤独を超える決意性、第2に時間の創造と調達、第3に死を恐れぬことである。創造の世界と虚無の世界は互いに実在するものでありながら、しかも単なる2元論には堕さない。(2003/12/14 22:21)

[芸術家の自由とは何かーイラク国立フィルの米国公演について]
 創立44年の歴史を持つイラク国立交響楽団(約60人)が、フセイン政権崩壊後の最初の海外演奏を9日ワシントン・ケネデイ・センターでおこなった。米国務省が企画し、ブッシュ大統領夫妻、ラムズフェルド国防長官などの政府首脳が出席する中、挨拶したパウエル長官は「独裁政権が崩壊して演奏の自由が実現した。芸術は独裁に屈しない」と挨拶した。戦時下での楽器の略奪や生活の危機を乗り越えてて実現した芸術表現の自由に歓喜の表情を浮かべると思いきや、楽団員の表情は意外と硬いように感じた。独走者はチェリストであるヨーヨー・マ(この名前は忘れない!)。演目は私の聴いた範囲ではヴェートヴェン『英雄』!。
 かってはフセイン独裁政権の厚い庇護のもとで芸術活動を展開し、現在は祖国と戦闘状態にある敵占領軍政府の支援を受けて、敵国の首都で演奏している。率直に云って無惨で哀しい光景だ。芸術家は誰のために演奏すべきか。同胞を殺害している敵国のためであっても、芸術は政治を超越していると本当に云えるのか。たしかにパトロンなしに芸術活動は成立しない。しかしその支援者は悪魔であってもいいのか。芸術家の矜持とは何か。芸術至上主義の限界を掴んで時には活動をみずから断念することも選ばなければならないのではないか。命を奪い、平和を蹂躙している人のために演奏する美しさとは何か。フルトヴェングラー、リーフェンシュタール、藤田嗣二、思い浮かべるだに数々の戦争協力芸術家がいた。一方にはピカソ、マレーネ・デイートリッヒがいた。
 やはり芸術が状況に対して非拘束的で超越するというのは誤りだ。デモーニッシュな美は破滅の美に他ならない。大音響でワーグナーを鳴らして、無差別爆撃をおこなう「地獄の黙示録」の米軍の光景は、息を呑むような迫力に満ちた「美」の世界を表現しているが、存在するのは血を吹いて吹き飛び散乱する死体が積み重なる地獄でしかないのだ。(2003.12.14 9:23)

[そうだったのか!宮崎駿『千と千尋の神隠し』]
 このアニメの傑作は、アイデンンテイテイーを求める或いは喪われた自己を恢復するというテーマだったのか!? 「千」というのは彼女の魔界における名前で、「千尋」が彼女の本名です。韓国では『千と千尋の行方不明』と翻案して上映している。魔界に捕らわれた主人公が、その名前を奪われて「お前は今日から、千だ」といわれ、本当の名前を取り戻す過程がそのまま解放と自立の過程になる。「昔の名前は忘れてしまう」と呟くのはその過程が戦いであることを示している。宮崎駿は、「名前を奪うという行為は、呼び名を変えるということではなく、相手を完全に支配しようとする方法である。千は、千尋の名前を自分自身忘れていくことに気がつきゾットする」としています。
 いま日本では急速に本当の名前が奪われようとしています。多くの人がまだその意味をつかみかねて、巻き込まれているようです。与えられた名前でいつのまにか、とんでもない恥ずべき行為をして全世界から指弾される道を歩んでいます。本当の名前は『日本国憲法』、魔界での名前は『日米安保』です。しばらくは辛い苦闘が続くのでしょうか。(2003.12.14 8:01)

[テオ・アンゲロプロス『アテネ/アクロポリスへの3度の帰還』]
 イタリアの制作会社が企画した「ヨーロッパの都市と文化」シリーズのうちの1編であり、40分のカラー小編。アンゲロプロスの代表作『アレクサンダー大王』と『シテール島への脱出』の間に撮影さているからか、トルコからの解放やキプロス問題、東西冷戦下の政治闘争をバックに都市を描き、ペシミステイックなな内省が漂う作品である。アンゲロプロス自身がアテネの大学の学生であり彼がアテネを再訪しながら紹介する。アクロポリスの丘や神殿が街のすぐそばにあり、鳥瞰するアテネの全景を見ているとうらやましくなるような文化財の宝庫である。アンゲロプロスに自宅が、アゴラのすぐそばにあり、今は自宅の地下に残る埋没した都市を発掘しているシーンも登場する。胸を締めつけられるような挫折の物語である「シテール島への脱出」は今も印象に深く残っている作品。その監督の作品と云うだけで今日は見に行った。観客5名。若い知り合いの同僚がいたのには驚いた。名古屋・今池 シネマテーク。(2003.12.13 17:10)

[Otar IOSSELIANIオタール・イオセリアーニ『Lundi Matin月曜日に乾杯』]
 会社や学校に向かう月曜日が、おっくうになっている人、どこか遠くへ行ってしまいたいという衝動に駆られる人はオススメだ。フランスの片田舎で味気ない工場勤めに飽き飽きしている主人公が、ある日突然にイタリアはヴェニスに旅立ちち、見も知らぬ街で束の間の生活を楽しむ。掏摸が2回も登場したり、市井に生きる庶民の淡々とした日常が詩のように展開し、つい上映中はウトウトとしてしまった。10数年前に旅行したヴェニスのたた住まいが鮮やかに蘇り懐かしくなった。観光のヴェニスは表の顔であって、この映画でヴェニスの裏町や全景を見渡せてますます引き込まれた。この町に匹敵する美しい街は世界にないだろう。このような映画をつくって上映している欧州がうらやましい。監督は旧ソ連グルジア共和国トビリシ生まれでフランス移住。名古屋・今池 シネマテーク。会場満席。(2003/12/7 17:32)

[J・サイフェルト『ヴィーナスの腕』(成分社)]
 チェコスロヴァキアの国民的詩人として、1984年にチェコ史上初のノーベル文学賞を受賞している。共産党機関誌の編集長から後に反政府派に転じて86年にこの世を去っている。自由と女性美に対する憧憬、愛と死の不条理を日常的な表現でうたいあげる言葉のクリスタルといわれる表現は日本語への翻訳は不可能だと訳者は記している。この詩集に掲載されている一編を記す(一部筆者意訳)。

   花咲くマロニエのバリケード

 どこもかしこもさまざまだった 私の街では
 攻撃を受けて 花咲くマロニエでバリケードをつくった

 木々はともしびのシャンデリアのように倒れ
 みんなはそのともしびの陰に身を伏せた

 それから美しい一日がはじまり 大砲は鳴り響き
 ひとびとは額から汗をぬぐった 

 やがて看護婦が来て 献身的に運んでくれたのは
 パン 煙草 水差しの水

 その暑さの中で木々は苦痛を訴え
 看護婦は包帯を持って走り寄った

 絶望した顔で言葉を失い包帯をただ見ていた
 この仕事はふたつの手だけではできないのだ

 横たわるのはひとり ふたり 4人だ
 手にした木の葉が姿を変えてくれさえすれば

 3人が死にかけていた 木とその花は
 負傷者と同時に死にかけていた

 戦の最中に やっとのことで彼らは運ばれていった
 だが木々は 今日までそこにたたずんでいる

                                     (2003/12/1 21:54)

[アン・メークピース『CAPA in Love&War』]
 あまりにも有名な20世紀の戦争写真家、ハンガリー生まれのユダヤ系写真家ロバート・キャパの生涯を描くドキュメント映画。雑誌社の小間使いでしかなかった写真家を写真芸術に高める「マグナム」グループの創設者。現代写真芸術は彼の存在なしに語れない。スペイン人民戦線兵士の狙撃された瞬間の写真はあまりにも有名だ。彼を語る人として登場するのは、ステイーブン・スピルバーグ、イザベラ・ロッセリーニ(女優、バーグマンの娘)、フランソワーズ・ジロー(ピカソ夫人)などなどびっくりするような名前だ。私がはじめて知ったことは、イングリッド・バーグマンが妻子ある身でキャパと恋に落ち、キャパは戦争写真家は家庭を持てないとしてバーグイマントと分かれたことだ。さらに城戸又一東大新聞研教授(故人)と親しく、貧しいキャパは城戸氏(当時毎日新聞パリ支局)からカメラを借りてスペイン人民戦線取材に行き、残された恋人タローが城戸氏のフランス語家庭教師をつとめたと云うこと。キャパはコミュニストであったが共産党には加盟しなかった。 
 最後はベトナム戦線で地雷を踏み死亡した。生涯を戦争の最前線で駆け抜けた真実と事実の報道者キャパ、戦争の英雄を決して撮影せず、無名の兵士を撮影し続けたキャパ。興味ある人は彼の自伝『ちょっとピンボケ』をどうぞ。名古屋・今池 シネマテークにて。映画1000円の日で会場はほぼ満席。(2003/12/1 19:36)

[Irinakorschunowイリーナ・コルシュノフ『MALENKAマレンカ』(福武書店 1991年)]
 コルシュノフは、ドイツ人を母にロシア人を父にもつ現代ドイツの代表的な女流作家。この小説は1926年から1950年代までのナチスの台頭から敗戦後の復興過程を、雄々しく自立して生き抜こうとする或るドイツ人女性の半生涯を描く。私が今まで読んできた現代ドイツ文学は、ナチスに抵抗する左翼か逆にナチスに加担した側かどちらかのものが多かったが、この小説は左右の政治世界とは無縁の市井に生きる一女性の知的で誠実な姿だ。自分の周りの者がどのようにナチスに加担していったか、どのようにユダヤ人に対する迫害が行われたかーその一端を知ることができる。ナチスは単に強圧的な恐怖で支配したのではなく、日常の安全を維持しようとする市井の人々もまた迫害に加担せざるを得ない状況にあったことが数々のドラマの淡々とした描写からうかがわれる。
 ひとくくりにナチス・ファッシズム体制という背後に、一人一人のドイツ人の生活と思想があったのだ。そうしたファッシズム下の日常をかろうじて良心を維持しながら生き抜いていく一人の女性はまさに筆者そのものの道程である。決然とナチスの支配に抵抗することもないが、同時にその片棒を担ぐこともなく、生き抜いていく姿は、したたかなドイツ人女性の実は或る典型でもあったろう。密告されて殺害されていく或るユダヤ人の友人の死こそ、彼女のその後を決めた事件である。どっしりとして世を見ながら体制に迎合せず生き抜いた彼女の母親は、まさにヒューマンなドイツ民族の母親の或る典型であろう。最後に彼女の道しるべとなっている牧師と母親の口癖を記す。

 「賛成なら賛成、反対なら反対。はっきりいうことだ」
 「おまえには、いい歌を歌って人生を歩んで欲しいんだよ、マレンカ。まともな歌をね。人の目を気にして、こそこそと生きていくようじゃだめなんだよ」
 「ひとまず、自分で生きていくわ」

 久しぶりにさわやかな読後感を残した佳作だ。(2003/11/30 21:54)

[フリーダ・カーロ展-メキシコ芸術は内発的か]
 フリーダ・カーロの自伝映画を観てから彼女の美術展があるというのでやっと覗いた。驚いたことに現代メキシコ美術の中心は、第2次大戦のなかでフランスから亡命した画家が中心に座っているということだ。フランス・シュールレアリズムとメキシコの土着性が結合して独特のエネルギッシュな世界がある。アナーキズムからコミュニズムまで多彩な現代の変革運動の坩堝といった感じだ。生と運動との緊張感溢れる画像、不安に戦いている魂のゆれ、暗い色調になにか救いを求めて彷徨する叫びのようなものもある。
 大事なことはデカダンスに行く手前で踏みとどまっている求道の姿がある。ただ単なる抽象に終わらないヒューマンな告発の動向もある。ひさしぶりに美術展を見てなにか豊かで真剣な考察に触れた思いが残る。しばらく美術館巡りをしてみたくなった。(2003/11/30 18:50)

[ジャン・チンミン(蒋欽民)『戦場に咲く花(葵花劫)』]
 1944年の中国・南満州鉄道の片田舎の小さな駅を舞台に、日本軍人と4人の中国人の愛憎が剥き出しのドラマ。すべての中国人が何らかの理由で日本軍人を殺害する理由を持つ。日本軍人は輝かしい軍歴のあげくに挫折し自ら命を絶つ。憲兵隊はあくまで中国人による他殺として処理しようとするなかで最悪の悲劇が待ちかまえている。ジャン・チャンミン監督は日本で映画制作を学んだそうだが、映像表現の技術は高度だ。技術そのものが表に出ている傾向はあるが、かっての単純な日本軍国主義批判ではない。日本軍人を単なる鬼子として描くのではなく、人間的な喜びと苦悩を蓄えた人間として描いている。それだけに中国人への蔑視の姿勢が際だつ。今は年老いた加害者として老人ホームで暮らす旧日本兵とフラッシュバックの効果もあり、最も現代的な日本軍の侵略責任を問う映画となっている。
 しかしどこかに違和感があるのだ。これは何だろう。精一杯の加害責任を告発するが、どこかに物足りないものがある。最後に生き残る中国人の子どもに未来を託すという終わり方は分かるが、日本軍人が逆転する敗走軍としてのあがきを挿入すればもっと彫りが深いものとなったろうと思われる。名古屋市今池・木下ホールにて。観客6人。(2003/11/28 20:32)

[Michael Winterbottom『IN THIS WORLD』]
 ウインターボトム監督は英国を代表する社会派監督として台頭しつつある。この作品は、アフガン人の少年がペシャワール難民収容所の生活に絶望し、家族を捨ててロンドンに亡命する緊張感に満ちた亡命のスリリングで悲惨な家庭をリアルに描いている。私ははじめて亡命がどのような工作を経て実行されるのかを知ることができた。それは命がけの非合法行動そのものなのだ。パンフを見ると、池田香代子氏を含めてこの映画と監督の姿勢を絶賛している。先進国をパラダイスと信じてすべてを亡命に賭ける行動を無条件に礼賛しているかのようだ。確かに亡命者の多くは追い詰められてそうした幻想にすがることは想像できるが、むしろ亡命者が目的を達成したその後に何が待ちかまえているかを冷酷に見据えるべきではないか。とはいえ亡命をという個人の全人生を賭けた選択に、世界の錯乱した問題が凝集されていることをリアルに問いかける映画だ。
 世界の難民数約1.450万人、500万人はアジア、100万人がペシャワール。毎年凡そ100万人が密入国業者に命を託すが、大半は逮捕され強制送還か命を落としている。不法移民数は世界で1億2000万人を超える。日本は国連難民条約に署名して20数年が経過したが、認定難民数はわずか291人である(英国は1年で19000人を超える)。国際化を呼号しながら、最も人権水準が遅れている国が日本だ。名古屋市・栄 シネプラザ50にて。観客30数名。(2003/11/27 21:02)

[Atom Egoyanアトム・エゴヤン『アララトの聖母』]
 私はこの映画ではじめてアルメニアの歴史の一端に触れた。アルメニアは、黒海とカスピ海の間にある東西貿易の通商の要地であり、驚いたことにアルメニアは301年に世界で最初にキリスト教を国教とした国だそうだ(ローマ帝国は395年)。少数民族アルメニアは周囲の強国に囲まれた緩衝国家の役割を果たしながら、古代以来栄枯盛衰の歴史を辿り、国境線が次々と変更される中で特に異国に組み込まれた非抑圧民族として熾烈な圧迫を受けてきた。その悲惨な体験は私たちには実感できない。第1次大戦の最中に、イスラム国家オスマン・トルコによって1915年4月14日に始まったジェノサイドは、キリスト教徒・アルメニア人250万人のうち実に150万人が殺戮・追放され、生き延びた人々は欧米や中近東へ亡命や避難をした。ケマル・パシャ率いる青年トルコ党がこうした虐殺行為を行ったことをはじめて知った。この映画はその大虐殺をテーマに、カナダに亡命したアルメニア人の3世代に渡る民族のアイデンテイテイーの再構築に迫ろうとしている。
 監督自身が亡命アルメニア人の子であり、題名となった絵を描く著名な画家アーシル・ゴーキーは、子ども時代に虐殺を体験して亡命した米国を代表する実在の画家である。時代が異なる末裔たちが自らの出自を共有する中で世代間の違いを乗り越えて未来に進もうとする。こうしたジェノサイドの悲惨な事実を前にすると、テロリストと単に非難することには慎重でなければならないと感じた。伊藤博文をピストルで殺害した安重根は、今ではテロリストといわれるかも知れないが、韓国では民族の英雄として歴史の教科書に記載される。パレスチナの自爆テロリストは、彼の地では民族の独立と自由の戦士として崇敬される。この映画は、歴史を貫いて繰り返されてきたジェノサイドが、今も深いトラウマとなって受け継がれていることを示している。ハーケンクロイツによる水晶の夜、ナチス強制収容所のホロコースト、関東大震災の虐殺、南京大虐殺、、イスラエルによるパレスチナ人の虐殺、西部開拓時のインデアン虐殺・・・・常に少数弱小民族は歴史の中で惨い迫害を受けてきた。いま日本はヤクザのように親分に従って若者を鉄砲玉のようにイラクに派遣し虐殺の縄の一端を握ろうとしている。日本映画で自らの原罪を正面から描いた映画は少ない。なぜかこの原理的な考察が求められる。名古屋市・名演小劇場にて。観客8名。偶然退職した同僚夫妻にあった。映画が終わって外に出てみれば小雨が降っていた。(2003/11/24 17:00)  

[池谷 薫『延安の娘』]
 1960年代半ばから開始された中国政府内部の激烈な権力闘争は、毛沢東による文化大革命の発動によって頂点に達し、毛沢東派は青年層の動員によっていわゆる「実権派」の打倒に成功したが、それ以降10数年に渡る中国現代史は喪われた10年といわれる混乱期を迎える。毛沢東の農民革命的な理念に扇動された青少年層は、高揚した革命的激情のもとで、自らの青春のすべてを毛沢東に捧げ、都市部青少年は辺境農村部に「下放」と称せられる労働体験を実践する。この映画は、革命の聖地である延安に下放された北京の中学生の間で、理想と現実の乖離のはざまに直面して何が起こったか、それが現代にどう未解決のまま引きずられているかを描くドキュメンタリーである。
 北京幹部は自由恋愛をブルジョア的として禁止し、反革命罪という刑法犯として労働矯正所に幽閉する。恋愛の末に誕生したこどもは自らの出生の源を求めてさまよう。子どもを捨てざるを得なかった親は慚愧の年に耐えて現代までを生き抜いている。虚構の革命の理念に翻弄された若き世代が、今は年老いて労働能力を失いリストラの対象となる。彼らは歴史に弄ばれた自らの生涯を埋没から救い、最後の真実を究明する旅に出るのである。
 文革の傷跡を描いた中国映画はあまた存在するが、こうしたドキュメンタリー手法で描いた作品は初めてである。しかし私はあえて池谷監督に問いたい。他国の不幸に密着して取材し、告発映画をつくるという資格が日本にあるのかと。文革期に褒めそやしたあまたの日本知識人の存在を私は知っている。あなたもその1人ではなかったのか。なぜこれがNHKスペシャルとして制作され、膨大な撮影資金が提供された意味をあなたはどのように受けとめているのか。かって日本によって侵略の痛ましい被害を受けた国の、負の歴史の傷跡を発掘する日本人ジャーナリストとは何なのか! あなたはあなた自身の属する国の哀しみをこそ描く責務がある。
 この映画はおそらく中国本土では上映禁止になるであろう。同時に香港国際映画祭で上映されて会場は感動に包まれたという。本当だろうか。もし私が中国人であったなら、自らの傷跡を他国人に描写されれば、一種複雑な思いにとらわれるであろう。自民族に対する矜持があるならば、、すべての人は苦々しい想いを持つだろう。名古屋駅裏・シネマスコーレにて。満席。同僚のM夫妻と偶然に会う。(2003/11/16 20:20)

[『ピンポン』]
 久しぶりにTV映画を見始めたら、なかなか面白いので最後まで見てしまった。高校の卓球部を舞台とする青春のさまざまの群像を描く。この映画の監督の名前は申し訳ないが失念した。シナリオが抜群によくできている。テーマは青春の挫折と再生であろうか、その裏には実に多くの人間的なテーマが伏在している。栄光と悲惨を分けるのは、冷酷に言えば才能があるかないかであり、才能の裏付けがない努力には絶対的な限界があることを示しているか。才能に対する自負と嫉妬、勝敗を分ける偶然の要素、スポーツにおける闘争と連帯の背反ー等々実にビビッドなテーマが展開されて中身が濃い。限界を極めるストイシズム、人間的なひ弱さによって敗北する才能ある者、挫折して転落の道を歩む者、そして惑いの道を辿りつつも最後に栄光を掴む天才。スポーツの世界ににおける純粋な心情が無惨に才能の有無によって引き裂かれる。
 しかしこの映画がさわやかであるのは、結果においてどのような差異があろうとも、自らの限界に挑戦した結果であることを潔く認め、相互承認の麗しい関係が無条件に生じるからである。勝敗を超えた超越的な価値を承認し合う絶対の結合が成立する。
 窪島洋介演じるヒーローは、ロッキーと同じお目出度さがただよう。厳しいストイシズムを体現した敗者、常に素朴な自己に忠実であろうとした敗者、才能の限界で挫折した敗者ーむしろこれらの群像により人間的な共感を覚えるが、彼らがそれらを乗り越えたつながりを構築できるのがスポーツの本質であることを見事に示している。逆にギャンブル化し商品化してる現代スポーツ界への鋭い告発のメッセージともなっている。(2003/11/16 00:57)

[クリスチャン・フレイ『warphotographe戦場のフォトグラファー ジェームズ・ナクトウエイの世界』]
 このドキュメンタリー映画は、現代の戦争写真家として著名なナクトウエイ(私はこの名前をはじめて知った)の迫真的な現場取材をそのまま描いている。戦争と貧困の現場をリアルな事実への直写によってそのまま観る者に訴える。パンフの評論家諸子は、写真家の孤高の哲学的な風貌と、被写体への姿勢を賛美して尽きることがない。写真の世界とは確かにこのようなものであろう。ほとんど黙して語らない写真家は、自らの写真を通してのみ評価してくれーと言っているかのように見える。カメラにセットした超小型映写機は、写真家の意識と行動を直截に伝えている。日本ではもはや遠くなってしまった土門拳や木村伊兵衛のリアリズム写真の世界であり、しかもそれは人間の地獄のような現実を写し出して芸術にまで高めているようにも見える。ナクトウエイのリアリズムで最も評価すべき展は、視点がつねに非抑圧者や虐げられた側にあるという点だ。戦場の悲惨を伝えるには、パレスチナ人の死を通してでも逆のイスラエル兵の死を通してでも戦争の悲惨をクローズアップすることはできるだろう。しかし彼はつねにパレスチナ人のインテイファーダの側からしかパレスチナ内戦を描かない。驚いたのはパレスチナ人が、パチンコで石をとばして抵抗しているシーンであり、縄を回転させて火炎瓶を飛ばすシーンだ。こうした原始的手段で抵抗しているシーンは、漫画的世界とスレスレだが、そこからは悲哀しか伝わってこない。正義がパレスチナにあることをこれほど訴えるシーンはない。
 フィリピンでは、線路の空き地で生活する浮浪者家族が登場し、いたいけな家族を支えているのは手足を失った父親の物乞い生活だ。彼らには泥水で身体を洗い、飲料水とする生活が永遠に続くような気がする。幼い少女はいつかは売春婦となって家族を支えるのか確実なように思える。ただし手足がない父親の全身を目を背けないで撮影するナクトウエイの魂は保留したくなる。惨めな全身をカメラにさらしている父親の尊厳は失われている。ナクトウエイは現金と引き替えに撮影をしているのではないかとフト疑ってしまう。そうではないことは被写体がまったく媚びる表情を見せないことで分かる。
 くたくたに疲れ切って米国に帰った彼は、すべての写真を公開する個展を開き、タイム誌に連載写真を発表する。疲れを癒しに山にこもるという。なにかやりきれない気持ちに襲われる。彼の被写体はニューヨークでファンをつくり、最高の戦場写真家の評価を得るが、被写体自身は今日も石を投げ物乞いをして暮らしている。こうした自己矛盾が彼の良心を直撃し、寡黙な哲学者のような風貌をつくっているのだ。彼は決して売らんがために迫真的な写真を撮っているのではない、彼は戦争を廃絶するーつまり戦争写真家としての自己自身を否定するために戦争写真を撮り続けているのだ。何かを語るためには、それ自身を自らの目でまず見なければならないーとつくづく思う。名古屋・今池 シネマテークにて。観客10数名。(2003/11/8 19:29)ナクトウエイ氏は12月12日にイラク戦戦で負傷の情報あり(12/13追加)。

[スン・チョウ『たまゆらの女(ひと)』]
 たまゆらとは、玉響という古語で@かすか。いささかAしばし。ほんのしばらくという意味だそうだ(旺文社国語辞典)。原作は、現代中国の作家・北村(ペイ・チュン)の『周漁的汽車』。主演女優が同じ監督の作品『きれいなおかあさん』のコン・リーということもあってついつい観ることとなった。染め付け絵師の女性が愛した2人の男との愛と別れを描く。いわゆる男女の愛を描く文芸作品であり、バックは中国雲南省の古都・建水と四川省・重慶である。白磁の生産が工場制手工業であり、重慶が近代的な大都会であったのには驚愕した。
 成熟した色香が匂い立つようなコン・リーはあいかわらずの魅力に満ちていたが、私が最も驚いたのは中国が舞台であるが中国の伝統社会は全く登場せず、コスモポリタンな男女の純粋な交情が描かれていることである。いままでの中国映画は、何らかの文革と関連した庶民が必死に生きる姿や農村部開発との関連を描いたものが多く、検閲を考慮した描写もうかがわれたが、この作品は全くの個人的愛情の世界を描いただけである。おそらく私たちの想像を超えて現代中国では怒濤のような近代化が進み、個人の自我や男女の世界が枢要な生活感覚として浸透していることをうかがわせる。日本で言うと渡辺惇一的世界である。しかし一方では深刻な社会的テーマを描く映画もあり、それだけ現代中国は巨大な問題を抱えながら開発経済の過程を歩んでいると推定される。
 一方では道徳が崩壊して「身体大解放」といわれる肉体的欲望の露骨な世界も広がっているが、この映画はあくまで古典的な純粋な恋愛の世界を描いているので、すでにこうした世界を過去のものとした日本ではいささかとまどいを持って受け取られるだろう。それは日本がこうした純な世界を冷ややかにみなす頽廃が進んでいることの証であるのかも知れない。ますます現代中国がどうなっているのかよく分からなくなった。市場社会主義における人間とは何かー興味ある壮大な実験が進んでいることは間違いない。名古屋駅裏シネマスコーレ。観客満席。中高年女性多し。 (2003/11/1 17:43)

[Peter Mullanピーター・ミュラン『THE MAGDALENE SISTERSマグダレンの祈り』]
 1964年のアイルランドはダブリンのカソリック・マグダレン修道院は、19世紀に設立された女子更生施設で、収容された女性はカソリックの教義に反する避妊や強姦・私生児出産などの行為をおこなった女性を終世閉じこめる、実質上の強制収容所である。歪曲された(?)カソリック教義がどのような非人間的な迫害を誘発するか、密閉された閉鎖空間に於いて人間がどのようにゆがんでいくか、あたかもナチス強制収容所と同じような論理が貫徹する。驚くべきことには、収容女性が逆立ちした教義に自ら進んで服従し奴隷化されて異常な空間ができあがっていくことである。
 私生児を出産したが故に閉じこめられた女性は最後に発狂して精神病院に送付されてこの世を去る。孤児であるが故に収容された女性は脱走して売春婦に身を落とす。この映画はカソリック教会が現世権力の中枢を把握して、どのように堕落し、また迫害を加えたかの痛烈な告発である。一般論として云えば、すべての超越論的な原理主義ーつまり天上からの声に依拠して地上で他人に指示する者のー恐るべき非人間性への逆転を象徴的に描いている。女性の裸体を並べて鑑賞する修道女の羞悪極まる談笑とそれに笑って答える収容女性たちの異様な光景は、かっての看守の前を裸体で走行するユダヤ人女性を連想させる。脱走するチャンスがありながら、涙して黙々と修道院に戻る収容女性の姿は、疎外の究極の形態だ。
 こうしたアイルランド・カソリシズムの信じがたい頽廃をただ単なる糾弾の対象としてみることはできない。ある天上の論理や形而上的な論理による原理主義的な人間への強制力の行使は、イスラム原理主義でも星条旗ユニラテラリズムでも八紘一宇でもあったし、現在も形を変えて私たちを支配し、私たち自身がそれに無自覚のうちにその先頭に立っているという戦慄すべき現状がある。社会変革の教典であるマルクス主義もまた例外ではない。つまりこの映画は監督の意図を超えて、すべての異端排斥に対する痛烈な告発となっている。パンフレットで登場している河瀬直美監督や日本人カソリック司祭の評論は、こうした原理的な問いかけに無知である。名古屋市・栄・センチュリーホールにて。観客20数名。(2003/10/25 19:53)

[ザカリアス・クヌク『氷海の伝説』]
 私ははじめてエスキモー民族(極北ツンドラ先住民を総称するが、「生肉を食う輩」との蔑視的意味があるとされて、現在は「人間たち」を意味するイヌイットが民族名称として使われる)の民俗が正面から描かれた映画を観た。北緯55度以北の極北に暮らすイヌイット民族は、冬季はマイナス25度の酷寒を生き、アザラシを追う狩猟生活を送り、シャーマンを中心とする呪術や精霊との交流などシャーマニズムが民族精神を支配し、婚姻形態は1930年代まで一夫一婦制が営まれていた。族長を中心とするテントの共同生活をおくっている。
 この映画は一夫多妻制のもとで生じる男女の愛憎と族長の座を巡る極めて人間味あふれる愛と争闘の民族叙事詩である。民族神話に登場する”足の悪い人”が現代に蘇り、一族の血なまぐさい争いを修復して部族の統一を回復する過程をそれこそシェイクスピア劇のように一気に描く。監督からスタッフまですべてイヌイットによってつくられた作品であるところが凄い。正直に言って私はイヌイットの世界がこのような世俗の問題を抱えているとは想像もできなかった。
 「クジラ島の少女」と同じく、私は世界の少数民族文化の底力を実感した。この地球上では西欧文明をあたかも先進文明であるかのごとく政治・経済・社会・思想を支配しているが、どうもそうではないぞーとうすうすと感じてきた。欧州先進文明が憐憫を込めて異文化接触を語って保護をおこなう偽善を白日の下に曝している。いかなる文化・文明のその尊厳に於いて対等であるということを確認しなければならないーとつくづくと感じた。文化人類学を本格的に勉強したくなった。必見の映画です。名古屋・シネマテークにて。会場満席。今日は真っ青な秋晴れで午前中はアウレチックで汗を流しこころなしか満ち足りた気分で家路についた。(2003/10/18 17:30)

[Niki Caroニキ・カーロ『Whale Riderクジラの島の少女』]
 ニュージーランド先住民マオリ族の神話と現代を結ぶスピルチャル・ストーリー。族長の直系の後継者がどのように選ばれていくか、その部族指導者として一人の少女が成長し部族の認知を受けていく全編が現代的な神話の世界である。私はこうした民俗的な世界をいままであまり観たことがなく、ちょっとした異文化体験であった。2つのことを考える。1つは今は死語となった”威厳”である。威厳はあまりに前近代的な用語であり、インデイアンを描くときに醸し出される人間イメージであるが、同じような人間像をこの映画でも感じた。部族の永続を願う危機の時に、この威厳は際だった様相を呈するが、現代人にとっての威厳とは何だろうかーと考え込む。或る献身的な対象に対する凝縮した使命感によって、周囲に醸し出す迫力に満ちた圧力とでも云おうか。第2は文化の問題である。マオリ族というマイノリテイであるが故に、自らの文化の尊厳の継承に対する無条件の傾注が際だっているが、コスモポリタンの対極が確かな存在として示されている。星条旗文化を世界標準として受容しているかに見える世界が、実は営々と祖先から受け継がれてきた文化の問題を考えざるを得ない。文化は生きることそのものだ。
 主人公の少女パイケアを演じたケイシャ・キャッスル=ヒューズのけなげで気高い美しさを堪能した。名古屋・栄センチュリーシネマにて。観客10数名。この映画館は駐車料がかかって困る。(2003/10/17 23:24)

Irina Romishevskayaイリーナ ロミシェフスカヤ メゾソプラノ・リサイタル]
 はじめて外国人歌手による独唱リサイタルを聴いた。アルトに近いメゾ・ソプラノ歌手である彼女は、クリミア生まれで日本によく来ているそうだ。やや細身の素晴らしい美貌からほとばしり出る声の饗宴といったところか。名古屋の観客はお行儀がよくおとなしい。歌曲の外国人歌手の堂々とした歌いっぷりにまずもって恐れ入った。チマチマした日本人歌手のみすぼらしさを感じざるを得ない。CDで部屋で聞くのとは大違いの生の迫力も実感した。絶唱から静寂に足る完璧な移行は練習のたまものであろう。
 会場には名古屋在住のロシア人らしき人が多数来ていたが、そのなかに凄い美人がいた。吸い込まれるような瞳と彫りの深い顔ー凄絶な美とはこんな顔を云うのか。参った参ったーと言ったところであっという間に終わってしまった2時間であった。またしても西欧文化の奥深い人間認識の世界を味あわされた。名古屋市・中電ホールにて。観客中高年多し、9割の入り。(2003/10/15)

[Rene Feretルネ・フェレ『Rue du Retrait夕映えの道』]
 原作は英国の女流作家ドリス・レッシング(1919〜)『The Diary of a Good Neighbourよき隣人の日記』(この作品を彼女はジェイン・ソマーズという偽名で発表している)。パリの安アパートにひっそりと暮らす老婆と零細広告会社を経営する中年女性の静かな問いかけに満ちた交流の日々を淡々と描く。老婆は少女期からモデイスト(帽子職人)として薄給にあえぎながら苦難の生涯の最後を迎えている。彼女は癌によって余命数週間という日々を至福のうちに閉じていく。レイバー(労働者)ではなくワーカー(職人)としてのかすかな誇りを帽子つくりに捧げてきた彼女の、どこにでもあるありふれた日常と波さわぐささいなトラブルの果てに到達した境地は、フランスの無名の庶民の誰にもあるストーリーだろう。劇的なドラマが起こることもなく、美しい自然が登場することもなく、ただパリの市井の片隅で庶民の哀感のただなかを精一杯生きてきた、ひょっとしたら取るに足りない一生がここではなにかとても大切なものを失わなかったというーしみとおるような肯定がある。
 「魂の監督」(フィガロ紙0101年3月28日)、「彼の作品は当然受けるべき名声を享受することなく、リアリズムと簡素な道を、険しい譲歩なしに孤独の道を追求していた」(ル・モンド紙01年3月27日)などフランス映画界でしか描けない日常のさりげない豊かな描写がある。これをカトリック的な諦観というのか、いや静かな怒りがあるような気もする。日本で云えば、山本周五郎か或いは小津安二郎の『東京物語』の世界に比肩しうる静謐な世界がある。いったい私たちは人生の晩年をどのように閉じていくのか-永遠のテーマが静かに問いかけられて想いに沈む。名古屋市・シネマテークにて。観客5人。終わってみれば外は雨が降っていた。最後に”マイ ウエイ”の歌詞をこの映画に贈りましょう(括弧内は私自身の言い換えです)。

 今や終わりが近づき 人生の終幕に向かう
 友よ はっきりと 私の信念を語ろう
 私は充実した人生を生き ハイウエイを旅してきた(私は悔い多き人生を生き 田舎道を旅してきた)
 だがそれ以上に
 我が道を歩んだ

 少しの悔いはあるが 大したことではない(多くの悔いが残り とりかえしのつかないことがある)
 やるべきことはやり 逃げずにやり抜いた(やるべきことはほんの少ししか 逃げてやりぬかなかった)
 目標を立てたが 脇道にも踏み込んだ
 だがそれ以上に
 我が道を歩き通した

 君も知っての通り 確かに背伸びもした
 だが疑わしきは避けて 食べても吐きだした(だが疑わしきを避け得ないで ほんの少し食べて吐き出さなかった)
 すべてに怯まず 立ち向かった(少しだけ怯んで 立ち向かえないことがあった)
 我が道を信じて
 
 何を手に入れようと 自分を偽ればゼロだ
 ひとにおもねることなく 感じたままを云った(ときどきは人におもねることも云ったが 最後には感じたままを云った)
 そのために 攻撃も受けたが
 私は我が道を貫き通した
 
 これが私の人生

               (2003/10/14 20:28)

[NICOLAS PHILIBERTニコラ・フィリベール『Etre et avoirぼくの好きな先生』]
 ゆっくりしたときが流れる美しい田園はフランス中部オーベルニュ地方の小さな小学校。1つの教室で3歳から11歳までの13人のこどもたちがスペイン人移民末裔の教師ロペスからていねいに紡ぐようにいろんなことを教わっている。ロペスは後半年で35年にわたる小学校教師の職の幕を閉じる。詩情豊かな大地の映像を野中でドキュメンタリーは静かにその終末を迎える。学ぶことの素朴な素晴らしさ、純朴で汚れなき幼い魂とのシンフォニーが終わって、ひとりひとりと頬にキスしながら最後の別れのシーンが美しい。本当に大切なことは目に見えないのだよー星の王子さまの言葉があざやかにかさなってよみがえってくる。ともに生きていくことの歓びを静かに胸にしみいるような淡々とした描写で伝える珠玉のドキュメンタリー。すべての汚れが癒されてこころが洗われるような詩のような映像だ。
 わたしはフランスの知性がこのような田園のなかで育っていることを知った。フランスはまさに農業国だ。パリを舞台とする濃密な生活と自然の中で生きるエスプリのどちらもがあって、フランスのいわゆる教養があると確かに感じることができる。知性と繊細が共存する詩のような教養、世界と社会を変えるほんとうの力は、声高のメッセージではなくシンプルでしずかなものだとつくづくと感じる。
 フィリベールは衰弱するフランス農村のドキュメンタリーを撮ろうとして、この農村小学校にたどり着いた。おそらく日本の片隅でもおなじような無名の教師が営々とまなびの日々をこどもたちと過ごしているに違いなく、喧噪さざめく大都会のなかで疲れ切っているひとびとへの至上の贈り物とはなっている。名古屋市・シネプラザ50にて。激しい雨の中観客満席。(2003/10/13 19:10)

[モハメッド・バクリ『ジェニン・ジェニン』]
 パレスチナ難民キャンプの惨状を伝える告発型ドキュメンタリー。2002年4月、イスラエル軍は北部パレスチナ自治領のジェニンにある難民キャンプを無差別攻撃した。若者の姿は消え、残っているのは老人と女性と子どもだけである。国連の調査団と赤十字医師団の現地調査はイスラエル政府によって拒否され瓦礫の下に多くの遺体が埋まっている。この作品は隠し撮りカメラで虐殺現場をとらえ、イスラエル当局に押収される危機に直面し、制作者イヤドは自宅で銃殺された。冒頭でイヤドに対する追悼の言葉が流れる。
 パレスチナの美しい中学生ぐらいの少女が、決然と復讐の決意を述べ、中年のパレスチナ人男性が厳しく落ち着いた口調で怒りを抑制しながらイスラエルを批判する。美しい少女の表情はすでに大人の表情で、イスラエルへの復讐を誓う。恐らく彼女が成人した後に爆弾を身体に縛って自爆テロを敢行するだろうとごく自然に想像する。ジェニンの破壊され尽くした瓦礫の後を何かを探して歩く彼女の表情を見ていると、それが当然だと思えてくる。かれらは絶対にここジェニンを死ぬまで去らないという。
 しかしこのドキュメンタリーは単なるプロパガンダではなく、ドキュメンタリーによる真実をえぐり取る高い映像技術を示している。イスラエルのに対する深い深い憎しみの感情がふつふつとわき起こってくる冷徹な描写で貫かれている。あまりにも美しいパレスチナ人少女の表情は一切演技はないがゆえに、かえって痛々しいほどの荘厳な美だ。昨日イスラム聖戦の自爆テロによってイスラエル人16名が死亡したと報じられている。この自爆テロを決行した人は、ジェニン出身の女性だという。その必然性を肯定する自分に対する疑問が生じないほどのメッセージ性をこのドキュメンタリーは持っている。日本のメデイアはパレスチナの自爆テロは大々的に報道するが、イスラエルの圧倒的な破壊攻撃は小さく報道する。イスラエル人の16人のいのちは1000人のパレスチナ人のいのちにイコールなのだ。
 上映終了後に重信メイ氏が登場してパレスチナの現状を約40分語った。重信メイ氏は、赤軍幹部重信房子を母としパレスチナ人を父とするジャーナリストだ。あまりにも美しい彼女の肢体を見て私は圧倒された。母親の血ではなく父親の血を受け継いでいるのだろうと推測され(重信房子には失礼だが)、素晴らしい知性の持ち主だということを確信させる語りであった。パレスチナ語はもちろん英語も駆使し、いったいどうして日本語を習得したのだろうかと思わせる流暢な日本語を話す。現地では水を得るために井戸を掘るにも、パレスチナ人の掘る深さとイスラエル人の掘る深さは厳然と区別され、パレスチナ人の井戸は浅くために病気が蔓延するそうだ。アラファトと呼び捨てにするところを見ると必ずしもPLO=ファタファ路線に賛同しているようでもなさそうだが、彼女の出自そのものが20世紀の遺産となって、自らの存在そのもので訴える力がある。暴力の連鎖を批判するヒューマニズムの甘さが問われていると思い沈んだ。アリア・アヴェマリアを聴きながらこれを書いている私とはいったいなんだ。名古屋駅裏シネマスコーレにて。観客満席。(2003/10/5 16:40)

[シェカール・カプール『サハラに舞う羽根』
 大英帝国が世界の4分の1を支配したヴィクトリア女王時代を背景に戦争への疑問を抱く青年将校を取り巻く友情と恋愛を描く叙事詩。壮大なサハラ砂漠と権力中枢のバッキンガム宮殿の彩なす非対称性の世界。文句なく面白い。『アラビアのロレン』と本質的に共通した帝国主義・英国の華やかな軍事エリートの自己探求と挫折の物語である。私はこうした英国をテーマとするドラマにいつも本質であろう限界を覚える。ヒューマニズム溢れる英国パトリオテイズムの虚栄に苦悩する青年に対して、植民地主義に抵抗するアラブ民衆は個性を持たない群衆と描かれ、結果的に西欧文化の質的な違いを無自覚に描いて終わる。英国をテーマとする映画で侵略される第3世界の民衆的な視座に立つことがいかに困難であることを示している。確かに『アラビアのロレンス』とははるかに異なって、西欧的なプライドがズタズタに汚濁にまみれるシーンはあるが、それはより進化したレベルで英国型貴族主義を肯定しているように思われてならない。大英帝国の過去の罪責に対する反省の精一杯のレベルを示した「良心」の限界が露わに露呈している。
 ただし最後に云えば、こうした大河ドラマがつくられる映画状況は無条件にうらやましい。黒沢いらい日本映画にはないエンタテイメントがある。名古屋市・栄シネプラザにて。観客8人。(20003/10/4 17:43)

[ジュリー・テイモア『フリーダ』]
 私はこの映画で始めてフリーダ・カーロというメキシコ人女性画家を知った。その夫であるデイエゴ・リベーラがメキシコ画壇の巨匠といわれる人であることも知った。シケイロスという壁画家のみはその名を知っていた。この映画はフリーダ・カーロのすさまじい情熱的な生涯を描き、メキシコ文化の熱く燃えるようなエネルギッシュな奔流のような特質を余すところなく見せてくれる。メキシコ革命の恐らく渦中にある芸術家の多くがコミュニズムの影響を受けていることもリアルに伝えてくれる。驚いたのは亡命革命家レオン・トロッキーがフリーダの自宅に匿われ、フリーダと恋愛関係にあったという生々しい事実も知った。しかしこの映画には、大地主制のもとで貧困にあえぐ貧農の姿は一切登場しない。メキシコ文化の先端を引っ張ったのが中流階級であることも分かる。
 原色豊かなラテン系の自然や街と豪放磊落なメキシコ人気質をみると、チマチマしている日本人が馬鹿馬鹿しくなる。フリーダの絵についての評価は、フリーダ絵画展が始まってからにする。名古屋駅裏・ゴールド劇場。観客8割。(2003/9/27 23:11)

[わらび座『アテルイ』]
 熱心なわらび座ファンからS席5000円の券を買わされて見に行ったが、蝦夷を描いた演劇なので興味もあった。大和朝廷による全国統一の過程で、東北の先住民族蝦夷の金鉱を目的に20年間にわたる征服と抵抗戦争を、指導者アテルイと征夷大将軍坂上田村麻呂に焦点を当てて、幼なじみの両者の友情と対決というフィクションで描く。単純・簡潔言い換えればステレオ・タイプの演出は、評価が分かれるところであろうが、まあまあ楽しく見ることができた。太鼓の迫力が滲み渡った。名古屋市民会館。会場満席。(2003/9/26)

[河瀬直美『沙羅双樹』-生命主義の哲学]
 沙羅双樹はインド原産の樹木で淡い黄緑色の花が咲く仏教3大聖樹の一つで、日本の露地では生育せず葉が似ているナツツバキが代用として寺院で白い花をつけている。釈迦入滅の時にその四方に2本ずつ植えられたので沙羅双樹の名が付いた。釈迦が涅槃にはいるとき突如白い花が咲き樹木全体が枯れて死を悼んだ。
 河瀬直美は、『萌の朱雀』(1997年)にカンヌ映画祭でパルムドール賞を受賞していらい、悠久の時を流れるいのちをうたいあげる無垢な魂の循環を描く。生命の賛歌は、バサラ祭りでの爆発するような踊りと母親の家族に見守られながらの出産シーンに象徴されている。予定調和的な諦観にも似た肯定の哲学がある。
 こうした映画を観ていると、日常を静かに生きていくことのしみじみとした意味のようなものが伝わり、あくせくと忙しく戦うような生活の虚しさを覚える。ここに河瀬の陥穽がある。世界には河瀬が描く生命とは全く異なる、傷つき虐げられた無惨な生命が満ちているにもかかわらず、そうした生命の悲惨は視野に入らない。イエスは戦いに果てに十字架の処刑を受けたが、釈迦はみんなに見守られながら静かに安らかにこの世を去った。この対比に西欧とアジアの文化的な差異が現れているが、わたしは河瀬の世界に引き込まれるような吸引力を感じると同時にやはり河瀬には与したくない。釈迦の世界はみずからの安らかな最後を願う本質的にはミーイズムの世界だ。戦いのはざまで一瞬の安らぎを求める心情の普遍化であり、危うく純粋逃避の沼に足を取られそうだ。名古屋駅裏・シネマスコーレにて。観客満席。(2003/9/22 22:16)

[演劇・文学座『リチャード3世』]
 英国人演出家によるシェイクスピア劇。舞台は簡素で英国王室の権力闘争の修羅場を描くが、タッチは喜劇調。江守徹が熱演するが、こうした演出は失敗だと思う。なにせ衣装が現代風はよいが、中華服を着せ、兵隊も中華民国の軍服を連想させる。この英国人演出家は、東アジアを中国と勘違いしている悪しきエキゾチズムが鼻について最初から違和感を持った。さらに肉親を殺害しながら王位を剥奪するリチャード3世の喜劇タッチの描き方には失望した。もっと欧州的な人間の深奥に迫る鬼気迫る演出があるはずだ。と云ったわけで1幕を観て引き上げた。正統派シェイクスピア劇を期待したが、所詮日本人の演劇では無理なのだ。名古屋市民会館中ホール。観客ほぼ満席。(2003/9/18 22:03)

[ヴェルナー・ヘルツオーク『INVINCIBLE神に選ばれし無敵の男』]
 1930年代欧州のナチスが台頭する不安な時代に、ユダヤ人が苛烈に生き抜いて無惨な最期を遂げていく実話をドラマテイックな重厚なタッチで描く。ヴァリエテ界に彗星のように登場し読心や催眠術で華麗なショーを演じてヒトラーの勝利を予言してオカルト省の長官に就任するハヌッセン、そのもとで世界最強の現代のサムソンとして力業を駆使するジシェの2人の生涯をテーマに、極限状況に直面した人間の選択の問題を描き抜く。背後に流れるベートーベンのピアノ協奏曲第3番がまた素晴らしい。主演のテイム・ロスは「海の上のピアニスト」「猿の惑星」で迫真の演技を見せ、ヨウコ・アホラはストロングマン世界大会の実際の優勝者であり、ピアニストを演ずるアンナ・ゴウラリはショパンコンクールの実際の優勝者という豪華な配役である。監督は「アギーレ・神の怒り」で有名なニュージャーマンシネマの巨匠ヘルツオークであり、観る前から胸が高鳴った。
 ハヌッセンは、ナチの国会議事堂放火事件を透視して邪魔者として最後には虐殺される。彼は自分の利益のためにはユダヤ人の出自を隠して同胞をもナチに売り渡す時代の極限を悪の振る舞いで生き抜いた。つまり時代のアウトサイダーが必死に生き抜いて、最後には無惨な挫折に陥るというヘルツオークの主題がここでも露わに流れている。海辺の画面全面に溢れる赤い蟹のうごめきは圧巻であり、そのなかを幼児キリストを抱く聖クリストフォルスを連想させるシーンはまさに救難の聖人を象徴している。これはユダヤ民族の現代史を舞台にした国民的叙事詩である。
 やはり欧州特にドイツとフランスの文化の底知れない重厚さには勝てないなとつくづく感じた。チマチマした日本映画は木っ端微塵に粉砕される。対抗できるのは黒澤明と山本薩夫ぐらいか。帰宅してベートーベンのピアノ協奏曲3番を聞こうと思ったが、あいにくなかったので5番を聞いて余韻に浸った。

 各時代ごとに36人のユダヤ人が生まれる
 世の苦しみをになわせるべく 神が選んだ”正しき者”
 殉教の恩恵が与えられている
 そうとは自分で気づかずに 一生を終える者の哀れ
 彼らが天に召されると
 凍てついた魂を神が1000年間 その御手で温めねばならない
 そして やっと花開く
 彼らの何人かは 背負った苦しみがあまりに重すぎて
 神でさえ 魂を温めてやれない・・・・

名古屋・名演小劇場にて夜8時上映開始。観客4人。(2003/9/15 23:36)

[クアク・キョンテク『チャンピオン』]
 『友へ チング』(2001年)で韓国映画史上最大のヒットを記録した監督の作品である。前作は幼年期の友情が近代化の中で無惨に引き裂かれてしまう哀感漂うものであったが、この作品は日本で云えば20数年前の「明日のジョー」の世界といえようか。貧困のどん底から這い上がる唯一の方法がボクシングであった時代のボクサーの栄光と悲哀を描いている。こうしたテーマは現代日本では何か嘘くさいシニカルなものに見られてしまうだろうが、現代韓国ではそうではないのだろう。ボクシング映画はその国の社会状況と生き方を見事に象徴すると思う。時代が暗から明へ、貧窮から富の蓄積へと向かう時代では、人間の生き方も苦しみを乗り越える凝縮したパターンがでてくるが、成獣期に向かうと人間の生き方はどこかニヒルな冷ややかなものが出てくる。
 映画そのものは単純なストーリーであるが脚本と俳優が全力投球しているので、最後まで面白く見せるエンタテイメント映画となっている。ハリウッドの「ロッキー」等は典型的な底の浅いアメリカン・ドリームであり、ハッピーエンドに終わるが、さすが韓国映画は最後は主人公の敗北と死で終わる濃いい内容になっている。しかし最後は次世代に夢を伝えるさわやかな終わり方になっており好感が持てる。いささかステロタイプのような人物描写もあるが。
 こうした映画を観ていると、もう日本や米国は成熟した頽廃国家とつくづく思うので、発展する韓国や東アジアのエネルギーをより一層実感させる。私たちがいつか忘れようとしている人間群像がある。名古屋駅裏シネマスコーレにて。観衆8人程度。(2003/9/7 17:38)

[チャン・イーモウ張藝謀『HERO英雄』]
 張藝謀の壮大なるエンタテイメントにして失敗作。彼は一体何をめざしているのだろうか。晩年の黒沢の頽廃を思わせるものがある。ハリウッド型メジャーをめざしたのであろうか。多分そうだろう。CG技術を駆使した目眩くような美の世界がある。しかしそれだけだ。封建君主始皇帝を賛美する痛ましいまでの人間性の衰弱がある。彼の一連の作品−『紅いコーリャン』・『菊豆』・『紅夢』・『秋菊の物語』・『活きる』・『あの子を探して』・『初恋のきた道』・『至福の時』−現代中国の激動を背景に民衆の魂を歌い上げたヒューマンタッチの映画群はどこかへ行ってしまった。
 人はメジャーになると目が眩んでよりメジャーになる欲望にとりつかれて初心を忘れてしまうのか。このような作品が続くのであれば、張藝謀の映画人生はつまらないものに終わってしまうだろう。惨憺たる晩年を見たくない。混迷期には入って方向性を喪失した痛々しい姿が浮かび上がる。映画評論家・佐藤忠男はそれでも民衆の視点から歴史を描いているといった諂い評論をやっているが、ここにも彼の限界が浮き彫りとなっている。
 おそらく市場経済をひた走る現代中国の思想と信条が反映されている。張藝謀の混迷は多分現代中国それ自身の混迷でもある。中国映画もやっとハリウッド並みの水準に追いついたか−といってエンタテイメント映画として観るのであればなにおか云わんやだ。張藝謀に対する期待があまりにも大きいが故に、敢えて酷評した。名古屋駅前・ピカデリー2にて。会場満席。(2003/8/31 19:32)

[フランコ・ゼフィレッリ『CALLAS FOREVER 永遠のマリア・カラス』]
 20世紀不出世の天才歌手マリア・カラスの晩年を描いた濃密な作品。さすがイタリア映画!ハリウッドの底の浅さをまたも思い知らせる芸術性豊かな作品。頂点を極めたカラスは、ギリシャの海運王アリストテレス・ソクラテス・オナシス(この名前がまた凄い、彼はその後カラスを捨ててケネデイ大統領の未亡人ジャクリーン・ケネデイと結婚した)との婚姻後不遇の晩年を過ごし睡眠剤依存となって声を失い53歳でこの世を去った。忘れ去られていくかっての名声と現実の恐るべき隔絶の果てに再起を果たそうとする凄惨な挑戦を描く。カラスを演じたファニー・アルダンの演技がまた素晴らしく、カラスがまさにそこにいるかのような迫真性があった。アルダンは、年老いてカラスと同じような忘れ去られた女優人生を覚悟しているかのような神業に近い没入だ。
 こうした成功した人生の最後がどうあるかは、またそれぞれ印象深いものがあるが、若く才能豊かな次世代の登場へのもはや取り返しのつかない羨望、消えゆく情熱へのノスタルジア、老いて消えていく者の諦念、なおかつ自らの生きてある証のようなものを求める情熱の残滓−私自身も身に迫るものがある。
 この映画を観ていて私は、今回特に端役の人たちに注目した。栄華を極める華やかなスターの影で黙々と演技している人たちもまた何かを夢見たはずの映画人である。夜会に急ぐ階段を黙々と掃除している人の影、彼の出番はその一カ所で終わったであろう。カラスを取り巻く次のオペラ歌手を夢見る若い青年群像、こういったところに想いがいくのも主演俳優の演技が素晴らしく、脚本と監督の細部に渡る演出の技術を示していると思う。久しぶりに充実感を味わい堪能させてくれた。日本のチマチマした文化と社会がいやになってしまう。名古屋・名演小劇場。満席。(2003/8/30 17:30)

[ロザンナ・アークエツナ『デブラ・ウインガーを探して』]
 名声を得た女優が、映画女優であることと一人の人間であることの葛藤を本音で語るドキュメンタリー。デブラ・ウインガーは「愛と青春の旅立ち」で一躍スターになった後に突然姿を消した。俳優の名前で映画を観ている人にとっては結構面白いだろうが、私にとってはもっと掘り下げた追求があってもよかったという印象だ。とにかく有名な女優が個人に戻った時の知性とはこの程度か−ということだ。欧州では加齢とともにむしろ尊重されるが、ハリウッドは使い捨てだと言うこともよく伺えた。名古屋栄・ネプラザ50。観客8割。(2003/8/17 16:33)

[カロリーヌ・リンク『Nowhere in Africa名もなきアフリカの地で』]
 第2次大戦中のナチスによるユダヤ人迫害からアフリカに逃れた中流ユダヤ人のアフリカ体験を壮大なケニアの大自然をバックに描く。33年時点で在独ユダヤ人人口は約50万、39年までに28万人以上が国外へ逃れた。出国の条件は全財産を政府に引き渡すことであり、出国先は北米・南米が最も多く、次いで南ア・上海・パレスチナ等に逃れた。残った16−18万人が抹殺され45年の終戦時に生き残ったのはわずか3万人に過ぎなかった。ナチスが虐殺したユダヤ人は400−600万人と言われている。映画の主人公が逃れたケニアは、20年代に多くの欧州人が入植し39年には23000人の欧州人が住んでいた。アフリカには800−1000人のユダヤ人が逃れた。この事実を私はこの映画を観るまで知らなかった。
 映画はユダヤ系家族の激動を描く大河ドラマであるが、私が最も気になったのは黒人が白人に奉仕する善良なよき人と描かれてそれ以上の何もなかったことにある。ユダヤ人家庭の料理人として働く黒人は崇高なまでの献身を示すが、最も印象に残ったのはユダヤ人家族が終戦後ドイツに帰還する前の日に、肩を落としながら挨拶もしないで悄然と去っていくその後ろ姿である。この黒人の後ろ姿こそ、白人植民者にいくら忠誠を尽くしても最後は捨てられるということを自覚した黒人の無念と矜持があるように思われる。パンフに登場する著名人は絶賛の賛辞を連ねているが、この点に触れた者は一人もいない。第2次大戦後のアフリカ民族独立運動の高揚は、まさにこの映画の舞台であるケニアで起こったのだ。指導者ケニアッタは当時の輝かしい独立運動の象徴的な名前であった。ここを描けばこの映画はもっと奥行きのある深い描写となったであろう。
 そのような問題を指摘した上でなおこの映画は今日的な課題を投げかけている。2つ挙げる。第1は娘が英国系の現地学校の祈りの時間にユダヤ人であるが故に排除されるシーンであり、ユダヤ人排斥はナチスにとどまらず全欧州人の普遍的な日常感覚であったのだ。第2はドイツに帰るのが怖いという妻の述懐だ。ユダヤ人にとって全ドイツ人が和解の対象ではなかったのだ。久しぶりに本格的な映画を観た。アフリカの描写もエスニシズムにとどまらないリアルなものがあった。 名古屋市今池・国際シネマ、会場満席。(2003/8/16 20:35)

[テリー・ギリアム『ロスト・イン・ラ・マンチャ』]
 私はドン・キホーテを見に行ったのに、その映画製作が失敗するストリーで何とも阿保らしくて騙された。時にこういう無意味な映画に出くわすことがあるので、みなさまご注意を!名古屋今池シネマテーク。それども観客10人はいたか。(2003/8/11 19:20)

[リアリズム映画の傑作!テイム・ブレイク・ネルソン『Grey Zone灰の記憶』(2001年米国)]
 しばらく席も立てないほどの衝撃を受けた。ナチスによるユダヤ人強制収容所を描いた映画は過去に幾つも見たが、ガス室の実態と大量殺戮の下手人としてのユダヤ人を描いたのは初めてだ。収容所でのガス殺はナチスの兵士が直接に行ったのではなく、ゾンダーコマンド(特別労務班員)と言われる食事の特別待遇と4ヶ月の延命と引き替えに同胞をガス室に送り込み死体の消却作業を行うユダヤ人の特別チームがあったのだ。さらには妻子の命と引き替えに、メンゲレの人体実験に従事するユダヤ人医師も描かれる。死以外のものが約束されない絶望の極限状況の中で、なおかつ生き延びるために同胞を裏切って死に至らしめる究極の人間破壊。云うべき言葉もない。すべての誇りと尊厳をはぎ取られた後にどのような人間が残るかをまざまざと思い知らされた。薄っぺらな正義や友情と愛情を木っ端みじんにうち砕いて、虚栄の中に生きる私たち現代人の日常を根底からゆさぶるような思い問いかけが迫ってくる。「アウシュビッツいこう、もはや詩はつくれない」といったのはブレヒトであったか、彼の言葉の真実が確かなものとして思い起こされる。
 アウシュビッツの記録集である『アウシュビッツ日誌』によれば、1942年12月までの2ヶ月で103,000名の遺体焼却を約300名のゾンダーコマンドが行い、移送者の衣服と貴重品をすべて取り去った後に、消毒と称してチクロンB(オームが開発した劇毒)が霧状に散布されるガス室で大量に殺害する。死亡後は遺体を引き出し頭髪を刈ってから、死体焼却炉に入れて灰にしてしまう。こうした作業を同じ民族がおこなうのである。SSは冷ややかに軽蔑しながらそれを指揮し見つめ、同胞を殺すユダヤ人を蔑視するのである。
 しかし一人の少女が奇跡的に生き延びていることが分かり、ゾンダーコマンドはこの少女が生き延びることに自分自身の尊厳の回復を賭けるのである。最後に彼らは一斉放棄しガス室と焼却炉を破壊して全員殺害される。庭に腹這いで寝かされた上から順番に一発ずつ銃撃して殺害していく凄惨な光景。そのなかで微笑みながら死んでいくユダヤ人たち。ここに彼らの最後の救いがあったが、残された少女はヨロヨロと歩み出てやはり銃殺される。あまたの収容所映画のように英雄も希望も一切ないがゆえに、重く私たちの胸に突き刺さるのである。蜂起を計画した女性2人に対する拷16−も凄惨で、囚人全員を並べて自白しなければ一人一人殺害していく。半狂乱となった女性は自ら高圧電流の通る有利鉄線に身を投げる。アウシュビッツからイラク戦争に至る現在まで、人間はいったい何人を殺し合ってきたのであろうか。
 今を生きる私とは何か、過去の記憶をどう現在につなげるか、今の私の生活と思想についてもう一度考え直さざるを得ない−しばらく佇んでしまった。こうしたシリアスな映画は現代日本では受け入れないのか、宣伝もほとんどされていない。場末の小劇場で上映された。観客5人。名古屋駅裏シネマスコーレ。台風の最中で観た。 私はいつも映画を観ながら寿司とジュースを飲むのだが今日ばかりはそれがためらわれた。私は敢えてこの映画をリアリズムの傑作と呼ぶ。(2003/8/9 17:14)

[クシシュトフ・キエシロフスキー『Bliza傷跡』]
 ポーランドが貧しい農業国から外資導入によって工業化を推進する70年代前半の開発過程を背景にこの映画は作られている。広大な森林を切り開いて化学農薬工場をつくる国家プロジェクトの総責任者として任命された男が、公害と住民の反発を受けながら、他方では党官僚との軋轢の中で遂にその良心が崩壊して自滅していく。社会主義システムの上からの工業化、官僚システム、党の支配に媚びへつらう小官僚などなど実態を少しは知ることができる。一定の批判的報道が許されるジャーナリズム、大学生の客観主義的な住民調査、そしてこの映画自身が社会主義体制下の批判的表現の自由度の実態を示している。監督自身は「社会主義リアリズムの裏返しに過ぎない」と自分の映画を酷評しているが、アンジェイ・ワイダ『大理石の男』と同時代の作品で、ポーランド社会主義の崩壊を今は予感させる作品だ。連帯運動の指導者で元大統領ワレサが来日して名古屋の中京大学の講演会で握手した体験を思い出した。骨太のあたたかい手だった。名古屋・今池・シネマテークにて。観客7割程度か。こういう映画に関心を持つ人がいることに驚いた。(2003/8/3 17:42)

[ パヴェーゼ『故郷』(河島英昭訳・岩波文庫)]
 現代イタリア文学のネオレアリズモ文学の傑作といわれるパヴェーゼの処女出版『故郷』(1941年)は、ヴィットリーニ『シチリアでの会話』と双璧をなす。ネオレアリズモは、責務の文学であり、叙事・叙情的手法を基盤とし、ヴェルガのヴェリズモ(真実主義)を発展させた、映画で云えば『自転車泥棒』などの戦後イタリア・ネオレアリズモ等と並ぶ総称だと云われる。パヴェーゼはファッシスト党に偽装入党して反ファッシズム運動で逮捕され、イタリア半島南端の僻村に流刑され、その後の南イタリアの濃密な土俗的風景を描く体験を得ている。
 しかし作品には、レジスタンスもスペイン人民戦線も全く登場しない。貧しい農村の底辺の庶民家族の日常生活のあれこれが濃密に描かれ、最後には家族内での殺人という悲劇が起こるのだが、後半にいたってじょじょに昂まるパッションの生きづまるような展開は、ファッシズムからの脱出を求めるイタリア民族の何かを暗示しているような気がする。日本文学で云えば、紀州の農村の土俗的な人間関係を描いた中上健次を想起させた。中上は土俗世界で完結して思潮は全く異なるが。(2003/7/22 19:45)

[中江裕司『ホテル・ハイビスカス』]
 米軍基地移転候補地である辺古野は、沖縄北端にある基地の街であり、白人や黒人との混血児がいる多民族家族が多い。しがないホテルを経営するこうした家族の底抜けに明るい生活感溢れるストーリーであり、地域−家族−個人が共同体の結びつきをそれぞれのスタンスで生かしながら、精一杯生きる。演技している感じがほとんどなく、地で演じているような感じだ。沖縄独特の自然と人間の間を裂いた戦争や基地を客体化し、堂々たる庶民の世界がある。本土の都会生活で疲れ切っている現代日本を照射するエネルギーが満ちあふれている。しかしあの笑顔の背後には、どんなに辛いことの集積があるのだろう。名古屋駅裏・シネマスコーレにて観衆7割か。(2003/7/22 19:15)

[Pedro Almodovar『Talk to her』]
 スペイン人の映画監督ペドロ・アルモドバルの作品で、アカデミー賞最優秀脚本賞・ゴールデングローブ賞最優秀外国語映画賞を得た傑作。昏睡状態で植物人間になったバレリーナと闘牛事故で同じく意識を失っている女性闘牛士の2人の女性をひたすら献身的に介護する看護する親友同士の男2人、この4人を中心に展開する男女の愛の深奥を濃密に描く本格的な力作であり、久しぶりに堪能した。しかし私が圧倒されたのは、ドイツの世界的舞踏家ピナ・バウシュの「カフェ・ミュラー」という現代舞踏と、ブラジルのトップ・ミュージッシャンであるカエターノ・ヴェローゾが歌うククルククパローマであり、芸術表現の奥深い凄さを感じた。スペイン人女性の年齢を超えた尊厳ある美しさと純な男性が崇高で悲劇的な愛のかたちを刻みあげていく。パンフを見ると、浮ついた絶賛ばかりで本格的な評論が全くないのには失望した。やはり欧州映画は芸術的なレベルが高く、薄っぺらなハリウッドにはとても表現できない世界だ。名古屋駅裏ゴールド劇場にて。観客7割。知人夫婦神尾氏にばったり出くわした。(2003/7/20 16:42)

[小津安二郎『浮草物語』『生まれては見たけれど』]
 はじめて活弁映画を観た。毎月名古屋市博物館で定期上映されている「なごや懐かしの映画鑑賞会」で、今月は最後の活弁士といわれるわかこうじさんの解説である。小津作品の無声映画の傑作といわれているものがどんなものか一度観たかったからでもある。驚いたのは観衆がほとんど70歳以上のおじいさんとおばあさんばかりである。『浮草物語』の活弁士は、地元CBCの若い男性アナウンサーであり、テンポよく抑揚も込めてなかなか迫力があった。しがない旅回りの役者の家族愛といえばそれまでだが、決して冗長さがなく一気に2時間近くが過ぎてしまった。戦前期日本の貧しい農村を背景にした、旅回りの芝居が唯一の娯楽であり、役者がスターであった時代の物語である。2つのことを考えた。
 第1は小津の映像力はやはりすごいということ、ローアングルの固定カメラによる描写がすでに始まっていると云うこと、活弁と見事にマッチして息もつかせぬ(内容は単純だが)転換は今観てもかなりのものだ。第2は戦前期日本の人情である。現代の荒廃しきった情景ではなく、善も悪もなにか純情と可憐さが漂っている。前近代的な役者蔑視や学問を通じた立身出世指向が、なんのてらいもなく肯定的描かれている。やはり厳然として日常の隅々まで共同体が生きているということを実感させる。私は、第1作で疲れ切ってしまい第2部のわかこうじさんの活弁は聞くことなく退散した。会場満席、お年寄りは元気だ。無声映画ではほんらい音楽は入らないが、戦前の枯れすすきや常磐のトロイメライがうまく使われていた。現代の日本映画の救いがたい頽廃と技術偏向は、こうした日本映画史の伝統の中から蘇る契機があるような気がする。
 帰りにレコード店によって何気なくCDを見ていたら、『シュピルマン・オリジナル・レコーデイング』という盤があり、これは映画『戦場のピアニスト』のウワデイスワフ・シュピルマンだと気がついて購入した。録音状態は余りよくないが、まさに血を以ての演奏であるという気がした。(2003/7/19 19:17)

[RDY ANDERSSON『SONGS FROM THE SECOND FLOOR(散歩する惑星)』]
 ロイ・アンダーセンは1943年スエーデン生まれの欧州CF界では巨匠の地位にある。本作品は彼の3作目で00年カンヌ映画祭審査員特別賞を受賞している。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』でパルムドール賞を得たラース・フォン・トリアー監督の強力なライバルであったようだ。カウリスマキもそうだが、北欧系映画はなにか暗くシニカルなイメージが漂う。鬱屈された抑圧の陰からかすかな希望を探している−といった感じだ。いつも思うのだが、世界で最も高度な福祉国家を構築しながら、高い自殺率を示す独特の風土があるように思われる。人間はあくまで無表情で、時には冷酷な表情さえ漂い、喜怒哀楽は極度に抑制している。こうした表層を理解する分析力は私にはない。そしてどこかで確実にコミュニズムに通底している隠された抗議の声を聞く。
 この作品は、監督が目にしたセサル・バジェホCesar Vallejo(1892−1938 ペルー出身のスペイン共産党員詩人)の”TRASPIE ENTRE DOS ESTRELLASふたつの星の間でつまづいて”に触発されたイメージだそうです。以下味わってみてください。

あまりの不幸が肉体にしみ込んだ人
髪は数えるほどしかなく
低い背は苦悩の重みで 下へ下へとさらに縮む
上からのしかかる人といえば
忘れていた奥歯のことには触れぬよう
どこからともなく現れて ため息声は心の中で数を増し
口蓋をぬける音がただ響くだけ
生まれつき墓石のような肌を掻きながら
刻一刻と迫る死に追い立てられるようにして
凍てついた文字の傍らで 床に倒れ込むそのときまで

ああ  なんと多くの人が! ああ 少ししか持たず!
ああ あの人たちときたら
ああ レンズ越しにあの声を聞く 私の家
ああ 彼らが服を買うときの この胸の内
ああ 大衆の澱にひそむ この白い身から出たさび

愛されるべきはサンチェスの声
愛されるべきは座っている人たち
愛されるべきは見知らぬ男とその妻
袖と襟と破れ穴でできた服を着ている隣人
愛されるべきは虱のわいている人
穴あき靴で雨に打たれている人
パんの亡骸と二本の燐寸を羨む人
扉の前でほぞをかむ人
誕生日を持たぬ人
火事で影をなくした人
オウムのごとき 誰に似たもの
人の形に似たもの これすなわち哀れな富める人
そして真の惨め これすなわち哀れな貧しき人

愛されるべき人は飢え渇く人
しかしその飢えはすべての渇きを満たすことなく
その渇きはすべての飢えを満たすことなし
愛されるべきは日雇いで 月雇いで 時間雇いで働く人
苦痛や羞恥に汗を流す人
どうしても映画館に足が向く人
なけなしをはたく人
床に直に眠る人
子ども時代をなくした人
愛されるべきは
帽子とは無縁な禿げ頭
棘とは無縁な正義漢
薔薇とは無縁なかっぱらい
残されたときは少なくとも 髪の姿を見た人
尽きることない名誉を持つ人

愛されるべきは転んでしまって まだ泣いている子ども
転んだけれど もう泣いていない男
ああ なんと多くの人が! ああ 少ししか持たず!
ああ 連中ときたら!


 長梅雨の雨が降る名古屋・今池シネマテークにて。観客7割。(2003/7/13 19:24)

[カマル・タブリ−ズイー『風の絨毯』]
 イランと高山を結ぶペルシャ絨毯をめぐるトウルー・グローバルな映画。マジデイーやキアロスタミが描くイランとは、また別のイランを見ることができた。とくに染織産業を専門とする私にとって、ペルシャ絨毯を織る過程が興味深かった。2人が並んで、もう一人が正確に色とテンポを指示すると、織り手が掛け声をかけて一つ一つ織り込み右手のナイフで切っていく気の遠くなるような作業で、豪華絢爛たる絵柄が織りなされる。世界遺産に指定されているエスファーンとイマームのモスクも見事であり、またイスラム教シーア派の日常生活も屈託なく、女性支配が云々される中で女性が意外と強いなと思わされる情景もあった。
 少なくともイラン映画の世界は、平和とヒューマニズムがあふれ、決してブッシュが攻撃するような悪の帝国ではない。イタリア人ジャーナリスト・ニコラ・ブレスキが云うように、アンチ・グローバルはトウルー・グローバルであることは間違いない。ノン・ハリウッド映画の素朴な人間的映画は、無条件にあたたかいものが流れる。途中居眠りをしてしまったが。名古屋市・栄え・シネプラザ4にて観客満席。上映に先立ってプロデユーサーの女性が挨拶して、夕方の名古屋TVニュ−スで流れた。(2003/7/5 18:30)

[チェン・カイコー(陳凱歌)『北京ヴァイオリン』]
 陳凱歌監督(黄色い大地・子どのたちの王様・さらば我が愛・始皇帝暗殺など)の最新作。天才少年ヴァイオリニストが最後には成功のチャンスを捨てて父親と共同体を選び、北京を去っていくまでの濃密な波瀾万丈の物語が繰り広げられる。幾つかのことを考えた。第1はもはや中国映画をエスニックな視覚から見る時代はとっくに終わったと云うことを実感させる、すばらしい映像技術と音楽・美術がある。欧州映画に勝るとも劣らない水準にある。第2はものすごい勢いで進む市場経済の波が社会を根底から揺さぶっていること。まさか日本の宅配便のような料理店が出現しているとは思わなかったし、カネ亡者の女性たちが飾り立てて男をあさりながら一攫千金の途を生きている姿も驚いた。第3は、音楽世界にカネの論理が浸透し、資本主義国と同じようなコンクール主義が蔓延し、芸術の世界も官僚制と金権主義に侵されている姿は、率直に言って失望した。
 陳凱歌監督は、こうした市場競争原理に浸食される中国の現状に敢えてノン!を云いたかったに違いない。でなければ文化大革命で下方された自己体験の意味が失われるからだろう。市場競争に突き進む中国は、もはや私たちの何らかのモデルとして期待することはできないということが、この映画から伝わってきた最大のメッセージだ。政治システムだけがかろうじて社会主義政党が権力を維持し、胃袋と生活は完全に資本主義に飲み込まれている。少年が北京を捨てて、幼い故郷への帰還を選んだ背景には、資本主義の文化的頽廃からの素朴な離脱である。沿岸開発部と内陸部の恐るべき生活水準の乖離は、そのまま同時に人間性の乖離の裏返しではないか。日本の一部の左翼政党の指導者が、中国市場経済を賛美しているが、彼の認識の誤謬は遠からず白日の下に曝されるだろう。
 少年の苦悩と挫折は、、そのまま現代中国のものである。充分堪能できた映画であり、日本映画の頽廃を浮き彫りにしていて、はたして日本はこのままでいいのであろうか・・・本気で考えなければならなくなった。梅雨の豪雨の中を、中高年の観客満員。名古屋駅・ゴールド劇場。(2003/7/1 19:54)

[ベルトラン・タヴエルニエ『レセ・パセ[自由への通行許可証]』]
 ナチス占領下のフランス映画人のレジスタンスに焦点を当てた映画創造へのオマージュです。わたしは、いつも欧州映画特にフランス・イタリア映画を見ると、ヒューマニズムと文化の厚みと重みに打たれて溜息が出るような落差を感じます。レセ・パセはフランス語で「通してやれ」といった意味で、レセは英語のレットにあたり、自由を意味する。登場人物はすべて占領期実在の映画人で、主人公ドヴェーヴェル助監督、脚本家オーランシェ(『肉体の悪魔』『禁じられた遊び』)は困難な時代を自分に誠実に生きる民衆像を象徴しています。国中が諦観をかみしめ、多くの国民が名誉を尊厳を失っているときに、生き延びる諸形態は対独協力者、レジスタンス、奴隷の言葉による表現など自分の良心の境界線をどこに持ってくるか−という原点が問われる極限状況です。食うために書くか、書くことをやめるか−ギリギリの選択のなかで、ドイツ映画資本に屈しながらもそこで名作を創造するチャンスを見つけようとする。ドイツ型責任者も紋切り型ではなく、芸術としての映画を作り出す文化を持っている分けで、このあたりが日本との決定的な差異です。私が最も感動したのは、レジスタンスで逮捕された脚本家スパーク(『大いなる幻影』の作者)が撮影所から獄中へ行くときに、スタッフの間から小さな拍手が続いたシーンです。
 日本的良心の致命的欠陥は、後退戦の局面で都合の悪いことを他者のせいにして自己免罪することではないでしょうか。この背景には、明治維新以降敗戦に至る全過程で自分自身でリスクを背負って立ち上がり、自らの力を振り絞って市民社会を構築する経験を遂に手にしないまま現代にきていることです。逆に少数の正義をよってたかって排除して自己保存を図ってきた歴史があるからです。今もって「水戸黄門」に涙を流して共感しているのです。ブッシュのイラク攻撃に、毅然としてノン!を唱えたシラク大統領の背後にはおそらくフランス革命以来の長く重い文化の蓄積があるような気がします。
 私は、軍事国家への再転換をめざす濁流が渦巻く現代日本に身を置いて、この映画を見るならば、いよいよ自らの手で市民社会を構築する最後の分水嶺が近づいていると痛感した次第です。名古屋市栄・名演小劇場。観客16名。いまは退職した同僚・秦先生とばったり会いました。(2003/6/30 20:07)

[マジッド・マジデイ『BARAN(雨)少女の髪どめ』]
 久しぶりのイラン映画、『運動靴と赤い金魚』のマジデイの最新作です。先進国の現代人がとっくに失ってしまった−なにか純で大事なものをハッとする自己反省を迫ります。同時に自らの初恋の時代の消えかかった記憶を懐かしい記憶の片隅に想い起こさせてくれます。しかしそれ以上に人間にとって、報いられることのない無償の行為のある崇高さを考えることになります。それは単にうるわしい青春の断面ではなく、イラクに落ち延びてきているアフガン民族の厳しい現実の中で描き抜くからこそ、リアルな重みを持って迫ってくるのです。
 先進国文明がむしろ汚れきった阻害のなかでのたうち回り、途上国の貧困の中にこそナイーブな人間の原型があるのではないか−とさえ思わせます。確かに物質生活の高度化と比例してあまりに多くの非人間的な行為が蔓延している先進国の日常から見ると、汚れた心と身体を洗い流すかのような洗礼性を持っています。
 イスラム原理主義の支配下にあるイランの精一杯の人間描写の苦闘があるからこそ、イラン映画は文明を越えた普遍性を獲得しているのでしょう。
 おそらくこの映画を見た中年男性は、自らの初恋のシーンを必死で呼び返そうとする気持ちに駆られるでしょう。何を隠そう−私自身がそうですから。私が苦く思い出すのは、高校時代によく通った古本屋の店の奥に腰掛けて店番をしていた少女です。古本屋にはエロ本がありましたから、私はエロ本を整理する彼女をジーと見つめました。彼女の頬がほんのりと赤らんだのを見逃しませんでした。それは確実に恥じらいの表情でした。それ以来、私はその古本屋に通い詰め、彼女を観察しました。高校生活の数ヶ月はこのようにして過ぎたのです。中年になって故郷のその古本屋を久しぶりに訪れたときに、中年の男が座っていましたので、「かなり前にここによく座っていた少女はどうされましたか?」と聞くと、その男は「私の妻です」と云いました。私は何とも云えない喪失感にとらわれて、その場を立ち去りました。私の心の中にいた永遠の少女の姿はかくもあっけなく去っていったのでした。映画は人間を復興させますね。(2003/6/27 20:22)

[篠田正浩『スパイ・ゾルゲ』]
 いわゆる戦前期ゾルゲ事件をカバーした歴史を追う大河ドラマであり、焦点はゾルゲと尾崎秀実と彼らを取り巻くリアリズムタッチの現代史のドラマだ。3時間に及ぶ大作であるが、いまいち篠田の現代史に対する問題意識が定着していない。幾つかの象徴的なシーンとして挙げれるのは、昭和天皇の戦争責任に対する結果免罪の描写、2.26事件の青年将校のテロに対するある種の共感、尾崎やゾルゲスパイ主犯に対する主体的な問題意識等々残念ながら篠田老いたるかな・・・・という描写の浅さを指摘しなければならない。
 ただし現在の日本映画の置かれた現状の中で、こうした本格的なテーマを対象とする問題意識自体は評価しなければならないが、映画表現としては篠田の生彩ある描写は枯渇したかのようだ。例えば山本薩夫『人間の条件』『戦争と人間』のような骨太のヒューマニズムが伝わってこない。なぜだろうか。篠田の生きている現在が、篠田自身に鋭い選択を迫る極限的な状況にないからだ。客観状況の責に帰せられないとすれば、篠田自身の歴史感覚の衰弱がある。それは冷戦崩壊のレーニン像の倒壊を描きながら、ゾルゲの行為との本格的な連動の考察がないからだ。評論家佐藤忠男批評は、ゾルゲ事件それ自体の衝撃は語っているが、現代の核となる社会主義崩壊との関係については語らず、一般的な賞賛に終わっている。
 命をかけてソ同盟を守ろうとしたゾルゲー尾崎のスパイ行為は歴史のなかでもてあそばれた戯画に過ぎなかったのかどうか、−ここにこそこのテーマの真実の問題がある。残念ながら篠田の問題意識は未成熟だ。名古屋駅前・ピカデリー4。観客満席。中高年多し。愛情は降る星のごとく−降っていったにもかかわらず−死してなお現代に何を訴えているかを正面か問うべきであった。(2003/6/14 20:45)

[モスクワ・ユーゴザーバド劇場名古屋公演・シエィクスピア『真夏の夜の夢』]
 久しぶりに演劇を見た。日本のリアリズム演劇は職場の現実をえぐって疲れるので、余り見たくないのですが、外国演劇は興味が湧くので観てみたいと思います。この劇団は、モスクワ郊外にある小劇団でペレストロイカ以降のロシア演劇をリードしているようですが、00年の公演でみた『検察官』は疲れた印象で余り記憶に残っていません。このシェィクスピア劇は文句なく楽しめた−これぞ演劇といったエンタテイメント性に富んでいました。とにかく驚いたのが、俳優の肉体管理のまったくない−ぶよぶよの身体丸出しのオンパレードでした。日本の俳優の肉体管理は凄まじく、張りつめた脂肪の全くない美しさが誇示されますが、このロシア劇団の俳優は肉体管理は全くないようです。鋭い肉体をした人もいれば、肥満丸出しの人もおり、つまり生きている現実のさまざまの肉体が舞台の上で所狭しと動き回るのです。では羞悪かと云えばそうではなくその肉体を駆使した絶品の演技が展開されているのです。とにかく文句なく楽しめた歓楽の一夜ではありました。名古屋市民劇場中ホール。満席。(2003/5/30 22:47)

[イ・ジョンヒャン(李廷香)『チプロ(家へ)おばあちゃんの家』]
 韓国女性監督の第2作。開発経済過程における都市と農村の背理、伝統的な家意識のゆらぎに対する忘れがたい記憶を孫息子と祖母の葛藤と帰一を描写しながら、やはり必然としての都市選択による滅びゆくものへの美しいノスタルジア。現代韓国社会の現代化における家と家族の変容を淡々と美しい映像で描く。そうした具体を越えた無私の愛の気高さを抑えたタッチで描いている普遍性ある世代を越えた姿であるとも云える。
 この映画が圧倒的な支持を得たのは、自ら捨ててきた故郷や家に対する負い目のような共感があったに違いない。ただ1人山間離村に取り残された老婆の人生の意味はどこにあるのか。営々と耕してきた田畑の汗の意味はどこにあったのか−向都離村に身を投じてフトふり返る都市生活者の曰く言い難い想いを誰しも胸の片隅に湛えて、繁忙の途切れた時間に鮮やかに懐かしい痛みをともなって思い浮かべるのだ。
 私自身も小学校3年生まで祖父母と田舎で暮らし、いま想起するとあれほど豊堯な目眩くような少年期を再びの想いでふり返ることができる。野山の四季が交代する美しい農村部は自然との確かな一体関係にあり、それを自覚することのないまま夢中で過ぎ去った黄金の日々であった。西の彼方の山端に没していく夕日のあでやかさは今以て忘れがたい。夏のトノサマガエルの合唱の背後に遠くながれる汽笛の音は、少年の心に滲みいるような余韻を残して夜の静寂に消えていった。私はそうした時の流れの中で深く眠りについて、何ごともなかったようにすがすがしい朝の日の出を浴びたのである。祖父は毎朝太陽の昇る方向に向かって祈るよう姿勢で頭を数分間垂れ、私はなにか神々しい感じをいだいた。小学校4年生から都会の小学校へ転勤し、私はなにか偉くなったような気持をいだいて田舎の家に帰った。夜の星空の降るようなまたたきのなかで、放尿しながら神秘的なものに包まれているような一瞬を過ごして私は眠りについた。
 二度と帰り来ぬあの胸苦しくなるような少年期、村人達は1年に1回だけ夏の終わりに村の広場で晴れやかな踊りを舞った。夜店の妖しげな美しさは私の胸を高鳴らせ、歌舞伎町をはるかに越える豪華な感じをいだかせた。今宵一夜を労働から解放されて精一杯楽しむ大人達の顔は誇りと歓びにあふれていた。私は、祖父母の背中に流れる汗の滲みた肌をみて育ち、一夜の歓びの祭のえもいわれぬ踊りの輪の中でいつのまにか、都市生活では決して手に入らない何か大切なものを身につけていたに違いない。日本映画では『阿弥陀堂だより』が同じようなテーマを静かなタッチで描いていた。
 いま私の故郷の廃屋は誰も住むものもなく草に覆われて朽ち果てようとしている。私は滅びていくものへの美しさを安易に賛美するものを決して許さない。それは自らを育てたすべてを捨てて恥じない感性だ。錦を飾ってふたたびいつの日か帰らんと志した日々を思い起こせば、自分が喪ったものの遙かに大きいことを想って苦いものが込み上げてくるのだ。恐らく日本の近代はこうした故郷乖離のなかで前方への歩みを遂げてきたのではあろう。手に入れた豊かさの虚妄と引き替えて、貧しいけれどなぜあれほど豊かであったのか−というのは少年期の遊びに没入したものの云えることであって、過酷な炎天下の労働を身に刻まなかった者の幻想であるのだろうか。
 余りにも感傷的で甘酸っぱいノスタルジーの世界に耽溺している−と非難する人もいるだろう。私は逆に問いたい、都会の阿鼻叫喚と競争の中で一体何が得られるのだろうか? 私はこうした喪われていく美しいものへの無限の哀惜なしに、現代の人間的な希望の再生はないだろうと確かにおもう。(2003/5/25 20:45)

[『ミッシング・ガン』]
 米中/ソニー出資の中国映画。拳銃を奪われた警官を描くサスペンスだそうだが、最低のB級映画。見ると損します。ただ密造酒グループが背後にあり、現代中国の拝金主義の横行をかいま見ることはできます。中国がこうしたB級否C級映画をつくれるようになったのも成熟化の表れか−としたら寂しいものがあります。(2003/5/22 20:05)

[ジャ・ジャンクー『Unknown Pleasures青の稲妻』]
 現代中国の彷徨える青春が直截に描かれている。恐らくこれはリアルな事実の一部であろう。開発工業化に取り残される内陸部都市の青年期の亀裂である。あたかも『勝手にしゃがれ』等に代表される60年代西欧の行き場のない青年前期の目標や希望を喪失しつつある全く新しい世代が登場しつつあることが分かる。7%の高度成長を続ける中国市場経済の裏側に蔓延する混迷の拡がりが浮かび上がる。映画そのものではなく、この映画を通して現代中国の暗部を観た。街中に響く「福祉のために宝くじを買って10万元を当てよう!」という宣伝スピーカーには暗然とさせられた。ここにこそ社会主義の意味があったのではなかったのか?中国社会主義は、もはや土地の国有化と一党制のみを意味する概念ではないのか? 金貸し金融業の暗躍やヤクザ集団の横行などもはや頽廃資本主義国の60年代を後追いしているかに見える。一方では『山の郵便配達』『あの子をさがして』にみられる無私の献身的なヒューマニズム−恐らくこの2つの潮流が真正面から鬩ぎ合っている状況ではあろう。私が知っている中国人留学生のほとんどは、社会主義の理念はなく、ただ一党制の権威を横目で見ながら市場経済理論を一生懸命勉強している。
 ただ一つ確信できることは、市場経済=万元戸志向とヒューマニズムは両立し得ないことだ。さらに一人っ子政策により、兄弟間葛藤を経ないで成長している現代中国人青年のいびつな様相だ。WTO加盟−北京オリンピック−2010年万博と続くビッグイベントのもとでの中国経済の高度成長は、2010年以後急速に落ち込むだろう。その時に極大化した経済格差から歴史的な社会変動が起こるような気がしてならない。
 見終わって暗然とする映画だが、それは西欧の爛熟の後追いを見ているかのような砂を噛む気持でもある。現代中国の裏面をリアルに描いた点では必見と(?)云えるかも知れない。こうした映画に資本出資する日本・フランス・韓国映画資本の意図はよく分かる。日本資本は言うまでもなく北野武だ。名古屋・今池・シネマテーク。観衆15名。(2003/5/21 20:49)

[STEPHEN DALDRY『THE HOURS・めぐりあう時間たち』]
 人生の深淵を覗くがごとき濃密な時間が流れて去った。女性3人の人生をたった1日に凝縮した”なぜ生きるの?どこに意味はあるの?”と果てしない答えがない問いを投げかけて、観る者を思索の淵に沈めて終わる。日常のよしなしごとに戯れて過ぎていく生に衝撃を与えるかも知れない。私はチョット違った思いを抱いた。生きることの豊堯さをこんなに問いかけて、しかもそのために奈落に堕ちるリスクとも引き替えに、尚かつ求める先進国の錯綜した生の在り方を。ではアフガンやイラクで簡単に素朴な残忍な死は一体にどういう意味があるのかと。いまモーツアルト・交響曲40番を聞きながらこれを書いている私自身も同じなのだ。イスラエルのブルドーザーの前に立ちはだかって、一枚の布のように平べったく轢き殺された若き米国籍女性の死の意味って何だ。
 原作ヴァージニア・ウルフ『ダロウエイ夫人』をモテイーフにしたマイケル・カニンガムのベストセラー『THE HOURS』の映画化であり、演出が素晴らしく、ハリウッド・スター女優3人の競演が豪華であり、まさに脇役も含めて演技派の総出演である。なかでもメリル・ストリープは迫真な演技で、途中で私をドキッとさせる視線があった。ヴァージニア・ウルフを演じたニコール・キッドマンは03年度アカデミー主演女優賞を得たが、私はやはりメリル・ストリープの演技力に圧倒された。
 BGMは時には流れるが、やはり音楽とナレーションなしで描ききったスリリングな演出が素晴らしい。あの卵を割る無機質な音の効果は素晴らしい。トヨタ・センチュリービルに移転したピカデリー5はいかにも芸術系映画にふさわしい。観客50数名か?(2003/5/18 18:02)

[シュイ・コン(徐 耿)『THATCHED MEMORIES』]
 心が洗い流されるような懐かしい過ぎ去った幼年期が浮かび上がってきます。少年期のみずみずしい想い出の数々が映像を通して重なってきます。今の日本、生きている大人の世界の汚れを対照的にふり返らざるを得ません。私は何か大切なものをじょじょに喪ってきているのではないだろうかと・・・・久しぶりに感動を味わいました。
 文化大革命以前の中国農村部の草葺きの小学校を舞台にくりひろげられる少年少女の豊堯な時間のながれ、原作は中国を代表する児童文学者ツアオ・ウエンシュエンの『草房子』。そこに繰り広げられる子どもの世界−尊厳をめぐる葛藤、いじめ、家の崩壊、没落を淡々と描きながら次第に骨太の大人へと成長していくだろう少年前期のものがたり。貧しくとも未来への憧れが確かな手触りであり、いたずらと失敗を通して友情とさえ意識されない強い結びつきと別離の悲しみ−じつにおおらかに人間への信頼を取り戻してくれるヒューマン讃歌です。屈辱と反抗から自らの手で痛々しい尊厳を回復するハゲ鶴、裕福な家が零落して一人で生きていく杜小康−などなど終わった後も脳裏に浮かび上がって、彼らの行く末に思いを馳せます。かっての1950年代以前の貧しかった日本の情景と本質的におなじです。
 私の少年期にいつも一緒に遊んでいた少年の家は、母子家庭で彼は母と姉と文字通り草葺きの4帖半程度の掘っ建て小屋に住んでいましたが、途中から新聞配達をはじめ、私も彼と一緒に新聞を配達しました。彼が高校中退して働き始めたことを聞いた時、私は学校をやめるということが想像できず、なにか胸苦しくなったことを思い出します。なぜなら彼は、私よりもはるかに頭が良く将棋でいつも負かされていたからです。小学校の運動会は、まさに村を挙げての大レクリエーション大会といった趣で、私はリレーで転んでしまいあの時ほど恥ずかしい思いをしたことはありません。学芸会の寒い冬に、講堂で坐って観ていた私は排尿に堪えきれず床に垂れ流してしまいました。ゆっくりと拡がっていく尿の流れを必死でオーバーで隠した私でした。あるやんちゃ坊主が女先生のスカートの下に潜り込んで冷やかすのですが、私はその時に意味が分からないで困りました。四季は美しく展開し、野山は緑で水は清らに流れ、わたしはそういう自然に気がつかないまま1年中遊び回っていました。今思えばあの時ほど時間が豊かに流れ、自分を没入させていた時代はありません。今私の田舎の家は廃屋となり、住む人を喪い、毎年朽ち果てていく姿を見ると胸が痛みます。全身から汗を光らせて農作業をする祖父母の背中ににじみ出ている汗は、知らない内に働くことの尊厳を教えていたのです。祖父母が現金をしまってある場所を発見した私は、黙ってそれを盗み欲しかった飛行機のプラモデルを買いました。祖父母は黙っていてなにも私に言いませんでしたが、それはいっそう私の胸を苦しくさせ、それ以降一切盗みといった行為は私には思いもよりませんでした。
 さて中国映画でこうした学校を中心にした幼少年期を描いた映画が次々とつくられています。開発工業化の過程で貧富の差が激しくなり、かっての日本と同じように美しい共同体が喪失しつつあるのと無関係ではないでしょう。しかし日本ではこうした映画はもはやつくられないでしょう。なぜならそうした原風景を持つ世代自身がこの世から姿を消し、もはや高度成長期に成長した世代しかいなくなったからです。しかしこうしたほろ苦く美しい少年期はぜひとも違ったかたちで再生してこどもたちに提供しなければならないと思います。さもなければ人間そのものが喪われていくでしょうから。こうした映画を予定調和の美学として、したり顔で批判して葬り去る凡百の評論がまたぞろ華々しく登場するでしょう。彼らはいきながらにしてもはや死んでいる醜い存在でしかありません。帰宅の途中の今池西公園で、高校生達が集まって「戦争反対」を大声で歌いながら反戦集会を降りしきる雨のなかでやっていました。そこには「希望」ということばが大文字で浮かび上がっているように思えました。名古屋・栄・シネプラザ4。観客10数名。(2003/5/11 15:50)

[PHILLIP・NOYCE『裸足の1500マイル(原題:ラビット・ブルーフ・フェンス)』]
 この作品は私にとって、はじめてオーストラリア原住民のアポリジニーを観たものとなりました。同化政策によって家族から施設に収容された少女3人が脱走し、故郷の母に会うために北海道から九州をはるかに越える距離を3ヶ月掛けて徒歩で追っ手から逃げて遂に帰還し再会を果たすまでの話です。思い浮かべたのは、旧約のモーゼに率いられたユダヤの民がエジプトを脱出し、乳の流れる約束の地カナンをめざす流浪の話です。原作は、自分の母の体験を描いたドリス・ピルキングトン(ヌギ・ガリマラ)です。
 オーストラリア原住民アポリジニ」は、5万年以上も狩猟採集生活を営んでいましたが、18世紀から英国による植民が始まり、19世紀後半から保留地に隔離する同化政策によって自らの生活を奪われ、アポリジニ保護法によって移動や結婚に至る管理的支配を受けました。純血アポリジニは隔離によって自然淘汰をねらい、混血アポリジニは白人文化に同化させる「混血引き離し」によって生物学的に吸収する政策が1937年から開始されました。この背景には、1930年代以降欧州で急速に影響力を持ったダーウイン進化論があり、本質的にはナチスのアーリア至上主義によるユダヤ迫害と同じです。戦後は純血を含むすべてのアポリジニに対象が拡がり、家族と引き離されて収容所に強制収容された世代は、現存するアポリジヌの25%に上り、彼らは自らをアポリジニであることを卑下してアイデンテイテイの喪失に苦しむ「盗まれた世代」と言われた。原作者も監督もまさにその係留に他なりません。
 欧州文化は、確実に自らを優れた進化した文化として、非白人を未開の文化を持つ教化の対象として把握している。おそらく21世紀の今日に於いてもこうした優越文化観は奥底を通底して流れているのではないでしょうか。米国の先住インデアンに対する隔離同化政策から始まって、米国の戦争における残虐兵器は原爆からバンカーバスターに至るまですべて有色人種に対して投下されています。
 決然たる表情をしていかなる苦難にも怯まず、熱砂の砂漠をよろめきながら故郷をめざす3人の少女は、喪われたアイデンテイテイーの再生と白人植民者への無限の怒りを湛えた被征服原住民の血の叫びだと思います。
 米国の先住インデアンに対する同化政策と、日本の先住アイヌ人やコロボックル人に対する同化政策の迫害を正面から描いた映画は未だありません。米国白人も日本人も罪深い民族だとつくづくと思いました。名古屋駅裏・ゴールド劇場にて。観客6割。(2003/5/10 17:58)

[フォン・シャオガン『ハッピー・・フューネラル』]
 評論家・てる峻創三氏によればフォン・シャオガン映画を見ずして中国映画は語れないそうであるが、この米中合作映画はソニー傘下のコロンビアの出資で、惨憺たる無内容な作品であり論評を省略する。カネで心を売った中国映画がどんなに悲惨な実態に堕落するかを見るためにはオススメとしか云いようがない。名古屋駅裏・シネマスコーレにて。観衆5人。(2003/5/4 19:14)

[アレクサンドル・ソクーロフ『エルミタージュ幻想』]
 ソクーロフ監督はスターリン体制下で全ての作品の国内上映を禁止された反体制派監督であり、ソ連崩壊後続々と上映され、海外でも名前を知られるようになった。私は彼の作品を観るのは初めてだ。映画は世界有数の美術工芸品の収蔵を誇るペテルスブルグのエルミタージュ美術館の絵画を帝政下の豪華絢爛たる貴族生活を背景に見せる。ロマノフ王朝の権勢のすごさをありありと浮かび上がらせる名画の数々がスクリーンに展開し、溜息が出る。
 撮影は90分ワンショットという映画史上初めての大胆な試みで、まるで自分自身が美術館内を彷徨っているような感じになる。1作品の前に1分立ち止まると全て観るのに5年間かかるという膨大な作品が陳列されている。ただ私は、現代ロシアで旧帝政に対するノスタルジックな復活願望があるのではとも思われた。最後にネヴァ河の霧立ちこめる幻想的な美しい映像で終わっているシーンに監督の歴史と権力に対する視角が込められているようにも思ったが、とにかく芸術的雰囲気あふれる−さすが骨太のロシア的映画ではある。名古屋・今池シネマテーク。観衆満員。(2003/4/26 18:06)

[Aki Kaurismakiiカウリスマキ『mies vailla menneisyytta過去のない男』]
 本作品は02年カンヌ映画祭グランプリと主演女優賞を受賞している。監督カウリスマキは57年57年フィンランド生まれでヘルシンキ大学卒業後孤高ともいえる映画製作のみと歩んでいる。私は『マッチ工場の少女』(90年)を初めてみて、その暗いシニカルで突き放すような冷ややかさを覚えて、北欧の文化風土はこんなものかと感じた。この作品の基底に流れている基調も同じで、俳優は無表情で冷ややかな、いわば実存的なタッチである。
 敗者の3部作の最終作と言われているそうだが、かれが描く対象は社会の底辺に生きる無名の庶民の敗北の物語であり、90年作品ではやりきれないような絶望といった感じをいだいたが、この作品は前方へ歩む希望が確かな重さを以て浮かび上がってくる。彼の活動舞台はフィンランドからスペインへ移っているそうだが、そのような影響があるのだろうか。さりげないユーモアも散りばめられている。驚いたのは列車の食事で、寿司が登場し日本の演歌がバックに流れたことだ。一体これは何だろう。日本の演歌がここまで国際化されているのだろうか。
 結論的云うと、かってのプロレタリア・リアリズムの現代型北欧版である。階級概念がかってのように剥き出しではなく、民衆が生きている実相のなかで確かな通奏低音として流れている。名古屋・今池シネマテーク。観客満員。この作品の前に上映された『エルミタージュ幻想』は文字通り満員であったみたいだ。(2003/4/19 15:55)

[MICHAEL MOORE『Bowling for Columbine』]
 1999年4月20日にコロラド州リトルトンという小さな町のコロンバイン高校で2人の高校生(17歳と、18歳)が高校で銃を乱射し、12人の生徒と1人の教師が殺害された事件を対象とした米国の銃社会と人種差別を痛烈に告発したドキュメンタr−映画。監督のマイケル・ムーアはこの作品で02年カンヌ映画祭特別賞と米国アカデミー賞を得たが、全世界に中継されたアカデミー賞授賞式で「ブッシュよ恥を知れ!貴様の持ち時間は終わった!!」とスピーチして大反響を呼んだ。彼自身がレポーターとなって米国の銃社会の裏面を鋭く描いたパワーあふれる作品だ。
 私はこの映画を観て、なぜ米国がいとも簡単にイラクを攻撃するかの背景が少し分かったような気がする。米国の社会と政治を告発した著作「アホでマヌケなアメリカ白人」は世界的なベストセラーとなり、ホワイトハウスは彼を危険人物に指定した。一言で云うと米国社会は、人種差別と激烈な競争主義によって病んでしまっている。成功した一部の上流市民が居住地を要塞化した高級住宅街を作り、大多数は貧しい希望のない日常に転落していることがよく分かる。周辺人となった黒人やヒスパニックは生活のために軍隊に志願し、自分達のフラストレーションをより貧しい途上国の民衆に向けるという構造が今次イラク戦争ではないかと思った。この差別され希望を喪った民衆のヒーローとして登場するのが、マリリン・マンソンというカルトロッカーであり、上流市民として登場するのがかの映画俳優チャールトン・ヘストンである。ヘストンはテニスコートとプール付きの豪邸でムーアのインタビューを受け、米国の銃社会を積極的に礼賛する。彼は最も情熱的なブッシュ支持者だ。ブッシュは世界No1が大好きで、富豪数・軍事予算・CO2排出量・有害廃棄物排出量・批准しない国際条約数・年間殺人件数全ての分野で世界第1位の記録を作って喜んでいるアホだ。 
 第2は西部開拓以来形成されてきた他者に依存しない自己防衛の思想が、冷戦崩壊後暴力優先に逆転し、もはやコミュニケーションが危険な国になってしまっていることだ。人口2億5千万人の国で2億3千万丁の銃が民間にあり、約1人1丁所持している社会だ。他者を信頼して説得と納得によって問題解決する以前に、、問答無用で撃たれてしまう恐るべき敵意が充満する暴力社会になっているのだ。こうして年間34000人が銃で殺される異常な社会ができあがっている。393人の成人が毎月殺され、13人の子どもが毎日銃で殺されているのだ。
 第3は米国は世界最大の武器生産国・武器販売国・戦争参加国であり、ベトナムでの敗亡を除いてほぼ勝利してきた戦後の異常な国際関係がある。国内の銃社会と国際的な武器力肯定は明らかな相関関係−循環がある。コロンバインからバグダッドは一筋の道でつながっているのだ。
 結論:こうした国には未来はなく、また世界モデルにもならない。巨像が音を立てて崩れ落ちるように倒れる。救いはムーアにアカデミー賞を授与し、また大統領を冒涜するスピーチを許すような「理解しがたい」デモクラシーがあるということだ。名古屋市・栄・シネプラザ2にて。降りしきる雨の中観客6名。(2003/4/12 18:28)

[エリック・ロメールL'ANGLAISE&LE DUCグレースと公爵]
 はじめて高名な監督ロメールの作品を観た。フランス革命を背景に、上流階級の男女が革命の渦に巻き込まれていく過程を描く。画面全体が終始一貫絵画と人物をCGで組み合わせる実験的な技法を用いており、その点は面白かったが、なぜこのようなテーマを描くのかその今日性が分からない。ロメールの思想性も貴族的で、民衆はあくまで無知で野蛮な非文化的な存在として描かれている。ただ一言で云えば、失望・・・である。私の同僚の女性教師とパッタリ出くわしてびっくりした。名古屋・今池・シネマテイーク。観衆10名弱。(2003/4/3 20:30)

[ダイ・シージェ(戴思杰)『小さな中国のお針子』]
 四川省鳳凰山の深い山と谷、そこを縫うように続く岩道、圧倒するような桃源郷とも云うべき村が素晴らしい。長江のダムで実際には水没し、ロケは湖南省張家界の壮麗な山中である。文革で下方された19歳の山里での3年間がドラマテイックに展開する。文字も知らない可愛らしい村娘との「聖なる三角関係」としての恋愛が清冽に描かれる。都会文化に憧れる娘に、文字を教え西欧文学を読み聞かせる中で娘は目を見張る成長を見せ、遂には青年たちから自立して都市へとたった1人で旅立つ。
 青年たちは苦難の下方から解放されて、社会的に活躍する大人として、かっての村を回顧する。青春のみずみずしさと乾くような知へのあこがれ、西欧文化によって自らの内面に生まれてくる自由と自立への渇望が、モーツアルトのバイオリン協奏曲とバルザックを背景に描かれる。二度と再びめぐり来ぬ輝かしい青春の恋愛とおののきで、生きることの豊尭に痛々しいまでの想いが伝わってくる。
 監督自身が20歳代を下方生活を体験し、その後フランス留学後在仏の生活を送っている。従って奔放な農村共同体の娘たちの性も明るく描かれる点はやはり欧州映画のものであり、中国人ではあるが中国映画ではない。青年たちは中国社会でのエリートの地位を獲得し、過ぎ去った青春への苦い思いを込めて振り返るのだが、村を捨てた少女のその後は一切登場しない。深釧から香港へ流れたという情報は伝わるがそれ以上は分からない。或いは苦界に身を沈めているのかも知れない・・・ここらにこの監督の限界がある。やはり映画は中国知識階級の人間的苦難と好きを描いており、無知の限界を持ちながら人間豊かな農民の幸福はテーマではない。市場経済が驚くべき勢いで進む中国内陸部の農民の幸福こそほんとうに描かなければならないテーマではないか。日本でも同じような青春を描くのはあるが、何かイジイジしているが、やはり中国は果てしない大陸だなと感じる。
 主演女優のジョウ・シュン(周迅)がすごい。それはインタビューで欧州ジャーナリストから「オノレ・ド・バルザックのことは以前から知っていましたか?」と聞かれて、「あなたは魯迅や郭沫若や曾雪芹や巴金を知っていましたか?」と逆襲している。日本の映画女優でこうした反語で応酬できる人はいないだろう。
 久しぶりに心温まる映画を観て、満喫して家路につこうとしたら、とんでもないことが起こってしまった。この映画館は駐車場がないので路上駐車していたらポリさんに持って行かれてしまった。泣く泣くレッカー代14000円と違反料18000円の合計32000円を支払うことになってしまった。これも私の未熟のなせる技だ。しかし今日は映画に満足していたのでサッサと払って帰途についた。名古屋・栄センチュリーシネマにて。観客5割。

[マルセロ・シャプセス『CHE,UN HOMBRE DE ESTE MUNDO チェ・ゲバラ−人々のために−』]
 皆さんは星マ−クの入ったベレー帽を被り遠くを凝視する有名なゲバラの写真を見たことがあるでしょう。今やあの写真はグッズ店の店頭を飾る若者のアイドルのようになっていますが、実はキューバ革命の指導者としてフィデル・カストロと闘争の渦中で献身したチェ・ゲバラという人物なのです。本名はエルネスト・ゲバラ・リンチ・デ・ラ・セルナという恐ろしく長い名前の持ち主で、1928年アルゼンチンに生まれ放浪後メキシコでフィデルと出会い、1955年に革命軍に参加し、1956年に8人乗りのヨットに乗った同志82名と共にキューバに上陸後、山岳ゲリラとして闘い3年後の59年に独裁者バチスタ政権を倒し革命を成功させる。革命政府の要人として労働奉仕運動の中心として自ら休日労働に従事するトラクターを運転する彼の姿が登場する。ところが突然キューバを去り、アフリカのコンゴ・ゲリラ戦に参戦後、66年からボリビアのゲリラ活動に従事し、翌年重傷を負い38歳で処刑される。
 この映画は、彼が27歳でキューバ革命に立ち上がった時の、今は70歳を越えた同志たちの回顧を中心に編成されている。ラテン・アメリカ人らしい純粋で誠実な革命家ゲバラの想い出が次々と語られる。私は初めてゲバラの動く姿と肉声を聞いた。特に彼の上半身裸の死体は、まさに泥にまみれたゲリラそのものであった。なぜゲバラは現代に至っても心をとらえるかが余すところなく分かる。彼は生涯を貧しい人の解放の現場の最前線で生きたのだ。生涯共産党の党籍を持たなかったところにも彼の独特の解放思想があるように思われる。
 革命の実現に献身した人たちが、権力獲得後の建設の過程で官僚主義や逆の抑圧に出る悲劇はすでに幾多の事例がある。革命成功後の建設を担う過程にこそ実は複雑な困難があるが、それはフィデル・カストロが担った。ゲバラは自らの選択として永久の革命の現場に自らを置いてこの世を去った。双方とも尊厳ある見事な一生であると思う。遺体返却後の国葬式典で、感謝の言葉を述べる娘アレイデイータ、追悼の言葉を述べるフィデル、どちらも史上希に見る感動的な演説であった。
 東アジアの片隅でチマチマとしたストレスを抱えて小さな悩みを悩んでいる私には、生きる意味と尊厳ある生の在り方を振り返らざるを得ないメッセージではあった。あの輝かしい希望の時代はどこに行ったのか。ゲバラが求めて果たせなかった希望は、今や暗澹たる陰画となって報いているかのようだ。名古屋駅裏シネマスコーレ。観衆20名程度。外へ出たら雨であったので、急いで家に帰り布団をしまったが少し濡れてしまった。(2003/3/16 18:35)

[シエ・フェイ(謝飛)『チベットの女 イシの生涯』]
 監督は北京電影学院出身の文革期を生き抜いたいわゆる第4世代である。チベット少数民族の民族的風土とチベット密教のエスニックな文化が心ゆくまで堪能でき、農奴解放から革命期の動乱をバックに民衆の生活感あふれる男女の愛の重層的な絆を通して、普遍的な形象を示している。とにかくチベットの生活と宗教と自然の鮮やかな色が美しい。決して日本映画では描かれない絵だ。近代化途上にあるチベットの伝統と革新の葛藤がドラマテイックに展開し、さながら一つの絵巻物のような大河ドラマだ。小劇場の小さなスクリーンで上映するのが惜しいような堂々たる画面が次々と展開する。
 宗教が生活の隅々にまで浸透しながらも、生き生きと繰り広げられる人間の営みの積分として1人の一生が惜しみなく描き尽くされて、狭い日本であくせくストレスを貯めているのが悔しくなる。もっと堂々と矜持と威厳を持って我が道を進みたいと思わされる。私は確かにある種の異文化接触による文化変容とも云うべき豊かさを覚えたのだ。
 チベット革命と文革という政治的な視角からみれば、物足りないと云えるかも知れない。確かに『旅芸人の記録』にも匹敵するドラマが可能であったであろう。しかしチベット文化とそこに生きる生身の人間を内発的に描いたのは、やはり監督が中国人であったからである。寒々とした非人間的な映画しか作れなくて行き詰まっている日本映画の現状が恥ずかしくなるではないか。この映画を観たら是非一度チベットへ行ってみたくなるだろう。しかしやはり私は日本へとどまり、この大地を豊かな人間らしいものとして再生したいとも思わせるちからが湧いてくる。名古屋・今池 シネマスコーレにて。観客18名。(2003/3/14 20:34)

[GERARDJUGNOTジェラール・ジュニョ『MONSIEURBATIGNOLEバテイニョ-ルおじさん』]
 ナチ占領下のユダヤ人狩りに協力するフランス人、ユダヤ人を匿うフランス人どちらもフランスの、いや人間全ての実相である。対独協力者の真実を迫真的に描いたのに『フランス軍中尉の女』と言うのがあったと思うが、この映画はごく普通の庶民のフランス人が占領下のユダヤ人狩りにどのように振る舞ったかがよく分かる。典型的状況における典型的人間の形象化というかっての社会主義リアリズムは、実は本当に人間の真実を描き出すことに失敗したのである。それは善と悪、罪と罰という2元論で人間をみるから、信頼と裏切りが同居する複雑で多様な人間を描くことができなかったのである。
 この映画はは市井に生きるフランス人庶民の生活がナチス占領下で変貌し、その中で尚かつ最後の尊厳を失うことなく生きようとした人物を主人公としている。重厚で重苦しいナチス告発型の映画ではなく、軽やかな日常が劇的な局面で揺れ動き、それぞれが傷を負い、しかもいのちを犠牲にして未来を選ぶ明るさに満ちている。
 パリのロケ中にナチの制服姿をみたパリの市民は震え上がったという。占領時の悪夢を想い出したのだ。対独協力者としての自分、レジスタンスとしての自分を想起してしまうのだ。私がかって授業で親の戦争体験の聞き取りを課した時に、ある旧軍人が厳しく抗議に来たことがある。戦争を知らない世代である私の甘さを思い知らされた。
 フランス映画らしいエスプリの利いた佳作である。さてしかし最後に云いたい。欧州映画の最近の反ナチ映画の興隆は一体何を意味しているのだろうか。戦後60数年が経過してなおかってのナチ体験を刻まなければならない特別な理由があるのだろうか。ユダヤ人迫害の原罪を何度も描くことを通じて戦争体験の、加害体験の痛みを世代を越えて伝えようとするのであろうか。ここまでナチのユダヤ人迫害を描く映画が続くとチョット待てよと云いたくなる。ただ最近のユダヤ人迫害を描く映画は、加害者をナチスだけに限定しないで、欧州人全員が何らかの加害体験を持つという突っ込んだ描き方になってきた。
 要するに私が云いたいのは、ユダヤ人迫害を描きながらなぜその同じ現代のユダヤ人=イスラエルが、同じような迫害をパレスチナ人に加えている現代の現実に発展しないのだ。もっといえばユダヤロビーによる莫大な資金が欧州映画市場に提供されているのではないか。いやこれは言い過ぎたので撤回します。しかしユダヤ人迫害に対する鋭い罪責感があれば、現代のパレスチナ人虐待に抗議するのが自然であろう。こうして追いつめられたパレスチナ人はもはや自爆テロという究極の非人間的な抗議の手段しか残っていないというミゼラブルな末期的状況にある。何を隠そうこの私も映画館でナチスに抗議してヒューマニズムを満足させてはいるが、日常生活に戻るとそんなことは忘れてしまい世間に埋没してしまっているのだ。名古屋栄シネプラザ4にて。観客満員。(2003/3/9 18:33)

[ババク・パヤミ『一票のラブレター』]
 テーマは開発途上国における民主主義の導入ということか、淡い青年男女の告白できない慕情か、その何れでもあろう。砂漠の真ん中をジープで有権者を捜し、投票を依頼して歩く少女選管委員の姿は、棄権率が異常に北東アジアの先進国の成熟した民主主義の空洞化を痛々しく突く。「一粒の麦もし地に落ちなば一粒にてあらん。もし死なば多くの実を結ばん」という聖書の言葉を思いおこした。もしかしたらこのような辛苦の一票の果てに築き上げた民主主義は、近い将来に先進国を瞠目させるほんものの民主主義をを示すようになるのではないか。
 場所はイスラム・イランの投票日の一日を淡々と描き、少女の選管委員は島を去っていく。字が書けない少女、12歳で婚姻できるのになぜ選挙権は16歳なのか?という素朴な疑問に答えられない選管委員、男の意向を聞かなければ投票はできないと云う女、女性の立ち入りを禁止している場所、世の中を良くするのは神だけだという老婆、数人の妻を引率してくる男性、あらゆるエピソードはイスラム文化の「前近代性」を示しているというのは、あくまで先進国の勝手な規定だ。土着の文化の統治性はその限りで伝統的な合理性の体系ではあるということが、静かな画面を通して伝わってくる。
 ファーストシーンで飛行機から投下される投票箱は、外部から導入された民主主義の象徴であろうか。近代の先駆的な存在として少女の選管委員のけなげな活動が象徴されているのか。砂漠のど真ん中にある交通信号は、おそらく近代システムの象徴であり、そんな信号などなくても生活を調和している住民は「失われた」何かを象徴している。
 監督は、アラン・レネの『去年マリエンバードで』を観て映画を志し、トロントで学んだ後イランに帰り、「勉強したものは全く役に立たないと常々思う」と云っている。イラン映画の高い水準を支えるイラン映画監督は、日本と違って西欧崇拝を拒絶し、あくまで自らの祖国の大地と生活にどっしりと根を置いているとつくづく感じた。原題の『秘密投票』というが、その意味がよく分からない。紙で作った真っ白い今にも壊れそうな投票箱は、日本の学校の学級委員の選挙に近いが、そこには大切なものが一杯詰まっているような気がした。名古屋・今池 シネマテークにて。観客12名。(2003/2/27 19:50)

[チャン・イーモウ(張芸謀)『至福の時(幸福時光HAPPY TIMES)』]
 チャン・イーモウは現代中国を代表する映画監督であり、『紅いコーリャン』で鮮烈なデビューを飾った後、『秋菊の物語』『あの娘を探して』『初恋の来た道』など心温まるヒューマンな世界を描いてきたが、本作は珍しく都市部の哀感溢れる市井の庶民群像を描いている。
 この映画は明らかに、改革開放体制下で犠牲となっている人々の互いに助け合う自然な民衆の姿を通して、「富める者から先に富め」という社会主義市場経済の矛盾を静かに問うている。場所は大連の倒産した国営企業の失業者たち、娘を置いて深釧に出稼ぎに行く父親、捨てられて街をさまよう盲目の少女−など実は絶望的な状況が、ユーモア溢れる明るいタッチで描かれる。最後に盲目の娘がたった1人で旅立つシーンは、明るい未来への決意として描かれているが、私は「一夜情」として娼婦に転落しても不思議ではなく少々暗然とするものがある。
 街はネオンや外資系の店が華やかに客を呼び、忙しく人々が移動しているが、そのような情景の裏にある市場経済に打ちのめされた人の存在が哀しく浮かび上がるように際だっている。
 ついこの間まで、中国の労働者は社宅が完備し、食事の配給券が支給され、豊かではないが生活は保障されていた。そのような最低保障が根こそぎ奪われてしまっている現状がよく分かる。障害者も路頭に迷えば、施設への入居が保障されていたが、今や野ざらしで死ぬか売春宿に売り飛ばされるか何れかだ。売春宿が公認されていない中国の現状で、野原に放置された廃車バスをラブホテルにして儲けようという失業者のアイデアが登場するが、決して荒唐無稽ではなくリアルな笑いがある。
 一方で万元戸とか華やかなサクセスストーリーが紹介される日本では、おそらく想像の世界でしかない庶民の哀感が歌い込まれる。日本で云えば、小津安二郎か山田洋次の世界だ。中国の人々は、この映画を観て我がことのように身につまされるのではないか。現代における社会主義とは何か、社会主義市場経済とは何か、私にとってはこうした淡々とした庶民の世界から重い理論テーマが突きつけられた。名古屋・栄・センチュリーシネマにて。観客20数名。(2003/2/26 19:50)

[Luchino Visconti『LENOTTI BIANCHE』(ヴィスコンテイ『白夜』)]
 定期試験の午後暇になったので、久しぶりに映画を観た。私が最も崇拝するイタリアのヴィスコンテイの名前だけで観たような者だ。原作はロシアの文豪・ドストエフスキーの同名の短編だ。場所は運河が入り組むヴェニスの橋であり、いつか訪伊したときの素晴らしいヴェニスの景観が想い出されたが、あの石畳と石造建築の重々しい文化の蓄積にただただ圧倒されたことを思いおこした。
 無為で孤独な中年男が、ふと出会った清らかな少女に恋をするが、少女はひたすら恋人との再会を待ち続け、中年男に一時はなびいていくが、最後に恋人が現れて中年男は哀しい別れを体験するという−たった3日間のメルヘンチックなおとぎ話に近い映画である。
 あの重厚な芸術性を基調とするビスコンテイーがこうしたリリックな映画を撮っていたとは驚いた。1957年のヴェニス映画祭銀獅子賞を得たもののニュープリント版であり、初映時の雰囲気がよく伝わる。イタリアでは、消失するフィルムの保存運動が本格的に始まり、この作品もその運動の一部として再上映された。名古屋・今池 シネマスコーレにて。観客は私を入れて5人。(2003/2/25 18:26)

[ROMANPOLANSKI『THE PIANIST』(ロマン・ポランスキー『戦場のピアニスト』]
 1939年9月1日にはじまったナチス・ドイツのポーランド侵攻によって、首都ワルシャワは陥落し、市内在住36万人のユダヤ人は、ゲットーと呼ばれるユダヤ人居住区に強制移住され、無差別銃殺や飢餓、伝染病で10万人が死亡、30万人がトレブリンカ絶滅収容所に送られ、ドイツ軍撤退後生き残ったのは僅か20人という凄惨な迫害を受けた。
 ポーランドの国民的作曲家・ピアニストであるユダヤ系ウワデイスワフ・シュピルマンは、こうした地獄から奇跡的に生き残って生還した実在の人物である。シュピルマンの両親と弟、姉妹はここから収容所に送られこの世を去った。映画はドイツ軍のワルシャワ攻撃からソ連軍による解放までをバックに、シュピルマンの必死の逃避行を描く。彼は、戦後もポーランドに止まり、音楽家として活躍後88歳で死去した。息子は現在日本で暮らしている。
 ポランスキー監督自身がゲットーを脱出した生き残りであり、自らの母をゲットーで亡くしている。ホロコースト(皆殺し)を通過して戦後生きた者は、誰しも生きていてよかったという安堵感と、死んでいった者への罪責感の狭間で苦しみ、ポランスキーもユダヤ弾圧を描いた『シンドラーのリスト』のメガホンを依頼された時に辞退している。シュピルマンの自伝は、余りにも真実を目を逸らさずに描いているが故に、東ドイツ政府から発禁処分を受け、息子が偶然発見した原稿が出版されて日の目を見たのである。ポランスキーは、ここにユダヤ人、ドイツ人、ポーランド人の嘘偽りのない真実が描かれていると直感して、初めてナチとユダヤ人をテーマとする映画を製作したのである。
 この映画は、第55回カンヌ国際映画祭パルムドール賞(最優秀作品賞)を獲得し、授賞式でのスタンデイング・オベーションは15分に渡って続いた。監督と俳優はそのなかで落涙した。ポランスキーは、自らの全体験をこの映画に傾注して20世紀最大の歴史的犯罪の証言者となった。
 こうした映画を観ると、映画技術や技巧、俳優の演技を本当に支えるのは、歴史の真実と作家の思想であるという事がつくづく身に滲みる。人間は限界状況の中で、天使でもあるし野獣のような悪魔でもあり得る。すべての人が生存に向かって容赦ない利己的な選択を行う。弱者に対するサデイステイックな侮辱と攻撃を快感の内に行う。のたうちまわるユダヤ人の飢餓の中で無惨な内部の争いが起き、それを冷ややkに見ていなければ自らの生存は保てない。たえまない偶然の要素が全人生を支配し、シュピルマン自身もヒューマニズムの残滓を残すナチス将校によって奇跡的に助けられたのである。
 20世紀に神は一時姿を隠していたと云えるであろう。でなければやはり、無神論が正しいと云わなければならない。それほどの地獄の阿鼻叫喚がたった70年前に文明先進国で繰り広げられていたのだ。しかし本当に真実のすべては
描かれていない。究極の真実を見た者たちは、生還できなかった無数の使者たちである。
 さて私は最後に一つだけポランスキーに聞きたい。ホロコーストを生き抜いた民族がなぜいまパレスチナでおなじような行為を繰り広げているのか。ここにわたしは西欧文明の原理的な陥穽をみる。それはもはや原罪とも云える欺瞞の二重性がある。私がポランスキーであるならば、ショパンのピアノ協奏曲の演奏シーンで終わらせるのではなく、パレスチナのいたいけな子どもたちが無惨に殺されていくシーンをだぶらせる。ちょうど『七月四日に生まれて』で色褪せた星条旗をひるがえらせたように。私たちは、天使でもあり得るし、悪魔にもなりえる−そうした絶望的な存在だ。「希望」はまさに、「希な望み」なのか。深く沈んで考えていくことになる。考え続けなければならない。そうして辿り着くのは、限界状況にあってなおかつ動物とならず誇り高く死んでいった者が少なからずいたという事実だ。汚濁の中で決然とナチスに抵抗した人々がいたという事実だ。あれこれと人間の普遍的本質を論じる前に、その状況であり得る最良の行為に自らを賭けることが求められる。希望であれ絶望であれその道を歩まなければならない時に、真っ直ぐに歩んでいく以外にないのだ。それは自らが誰からも認知されなくても、自らに証言者になるという義務を課すことなのだ。小雨降る名古屋駅・名鉄東宝1にて。観客8割。(2003/2/15 18:02)

[金守珍(キム・スジン)『夜を駆けて』・・・・・・・・最底辺に生きる者のパワーとは何か ]
 映画を見始めると続けてみるし、忙しいとずーと観ないまま遠のくのだが、この作品は観る前から吸引力があった。なにしろ原作がチョッとアナーキーでパワー溢れる『月はどっちに出ている』『血と骨』の梁石日(ヤン・ソギル)であり、監督が新宿梁山泊を主催する金守珍であるからだ。12時30分の第1回上映に行くと、観衆が並び整理券が配られた。上映前に、金守珍監督の舞台挨拶があった。これは知らなかった。素朴で少年のような元気のある監督であった。
 映画は大阪の敗戦後の焼け跡に残る旧日本軍兵器工廠から鉄屑を盗んで生きる在日朝鮮人集落のパワフルな生活を描き切る。彼らは通称アパッチ族と呼ばれ、日本警察の網の目をくぐって夜に紛れて忍び込み、盗みを繰り返して在日の生活を支えた。日本で初めてこれを描いたのは、小松左京のSF『日本アパッチ族』であった。思えば、在日のみならず、当時の日本全体が軍部独裁と戦争から解放されて、ゼロから立ち上がった最も生き生きとした時代であったのだ。左翼も右翼も精一杯にいまを生きるエネルギーが爆発する時代であった。懐かしいシーンも登場する。少年たちが自転車の車輪を回して駆けていく遊び、べー駒をぶつけて倒す遊び・・・・思えば私の少年期そのものではないか。白衣の傷痍軍人がモノ哀しげにアコーデオンを奏でて物乞いする風景は、思いだしても胸が締め付けられる描写であった。
 そのような戦後の大混乱期を抑圧された最底辺で生きる在日の一切の虚飾が許されないホンネのぶつかる生活の迫力は、確かに真実の生活そのものだろう。主人公・金義男を演じた山本太郎は、『バトル・ロワイアル』の中学生や『光の雨』の連合赤軍以来印象に残っていたが、この作品で実は遂に私は彼に惚れてしまったのだ。山本太郎は女性にとっても魅力的なようで、作家篠藤ゆりは「ひたむきで、少年のようにキラキラと輝く熱いまなざしに真っ直ぐ射すくめられたら、つい動揺してしまい、心がもっていかれそうになる。最近このまっすぐなまなざしというヤツがない。逃げて、高をくくり、諦め、生気のない眼ばかりだ。あんな眼に見つめられたら、この男と一緒に地獄に堕ちてもいいと思うかも知れない」と絶賛し、挙げくは恋人役の韓国人女優・柳賢慶(ユー・ヒョンギョン)に嫉妬するという入れ込みようだ。男の私もはじめておとこに惚れるという経験をしてしまった。いわゆる追っかけのこころが分かるような気がする。

 さてこの作品はコリアン・パワーの生き様を正面から描いているが、その他にも幾つかの思想性があるように思われる。主人公が日本の警察ですさまじい拷問を受けるシーンがあるが、ここに朝鮮民族の抑圧された歴史を凝縮させているような気がした。次に在日の高校生が「共和国」への帰国を決意して父親に告白するシーンであり、最後に数人が帰国のために集落を去るシーンがあったが、おそらく当時北朝鮮への帰国事業に参加した人は、最も知的レベルの高い優秀な在日の層であったのではないかと思われる。主人公が帰国を選ぶ青年に、「在日は汚れているが、心まで汚れていない人がいるのを初めて知った」というシーン。監督が「北朝鮮」と呼ばず、「共和国」と呼んでいる所も彼なりの思いがあるのだろう。だからこそ、現在の北朝鮮の集権主義的システムの悲劇性がよけいに浮かぶあがるのだ。さらに日本人の良心的な刑事(奥田叡二)を登場させて、朝鮮人を救助する行為に或るメッセージがあるが、少し唐突な感じもした。

 私は、梁石日文学の圧倒するパワーには参ってしまうが、そのむきだしの生命主義的な傾向には若干の保留をしたい。しかし、ウジウジと頭を下げて俯いて生きている現代日本人の情けなさを吹き飛ばすちからは、そうした限界を超えて現代日本を直撃している。ワッハッハと世の頽廃と堕落を供笑するルネサンス期の神を打ちのめす健康な笑いがある。

 メジャー劇団の主催者ではあるが映画は初めての金守珍に5億のカネを投資する在日飲食店経営者郭充良、運河の水を無償で提供する韓国・群山市など韓国の総力が結集されたスペクタクルと言っていい。志を高く掲げれば未来の扉は必ず開かれる−「それでも夢に向かって前進するのです」(郭充良)−いまの日本では歯の浮くような言葉が内実を持って迫ってくる。
 来週からは、『戦場のピアニスト』がはじまる。今にいたってもナチスの暴虐を描く大作映画が続々と登場するが、ナチスの迫害を描いて被虐の不幸から今一歩前に進めない状況に或る不満を覚えていたが、この映画は被虐者の悪をも描く本格性があるらしい。楽しみだ。日本映画は暗く頽廃しているとつくづく思う。名古屋駅裏シネマスコーレ。観衆超満員。(2003/2/8 20:16)

[西垣吉春『森の学校』]
 原作は、京大霊長類研究所教授の河合雅雄『少年動物誌』であり、氏自身の昭和10年代の少年期を描いている。所は丹波篠山で、野山一杯に遊ぶ私の少年期を彷彿させる描写が全編に登場する。野山の虫や河さかなを求めて、日暮れまで駆けめぐったあの懐かしい日々が蘇ってくる。少年ギャング期の幼い正義感による喧嘩や、胴馬遊びや探検遊び、野良の肥溜め、転校少女へ寄せる慕情、祖母の死や倉に閉じこめられるお仕置きなど私の少年期に体験した懐かしいことの数々があざやかに蘇ってくる。監督は単純なノスタルジー映画ではないとしながら、もはや2度とはは還り来ぬあおの黄金の日々がある。かっての私は、そのようなめくるめくような日々が、反省的な要素は一切無く、自己と完全に一致しながら無意識の没入のうちぬい過ぎていったからこそ、今取り返しのつかない喪失感とともに浮かび上がってくるのだ。
 汚れなきイノセントな少年期の描写は、現代の汚れを洗い流すかのようなカタストロフィー効果を持つ。ナイーブで素朴な一切の解釈の必要のない世界がある。現代の複雑に入り組んだ生活に翻弄されている人には、なにか救いのような清冽なイメージによって、世相に流される自らを振り返って、なにか暗然とするものがあるのでないか。丁度西垣監督が来場して挨拶し、上映後サイン会が開かれた。私も買い求めたパンフレットに丁寧に自署を頂いたが、映画監督のサインを得たのは今回が初めてである。こうした映画を作る人がまだまだ存在する日本映画は、確かな可能性を持っていると感じた。河合雅雄氏の最近の言動はいただけないが、そうしたものとは無関係に映画は日本が今何を必要としているかを訴えている。付記:映画音楽はペテルスブルグ交響楽団を中心とするハイレベルのものだ。
 折から街頭では、教職員組合の全国集会に反対する右翼の宣伝カーが50数台連ねて、大音響で行進していた。○○粉砕!と怒号しながら、現代の教育の危機を訴えていたが、なにか寒々とした空しさを覚えた。名古屋今池木下ホールにて。親子連れ多し。(2003/1/12 19:44)

[Beniot JACQUCT『Tosca』]
 1800年のローマを舞台に繰り広げられるナポレオン軍とイタリア軍の戦闘をバックに、イタリア共和派政治犯と王党派の党争の中での激烈な愛と憎しみのドラマであるヴィクトリアン・サルドウ原作『トスカ』は、伝説の大女優サラ・ベルナールのために書き下ろされた戯曲である。それを当時のイタリア・オペラ界のスター・プッチーニが歌劇化し、1900年にローマで初演された作品の完全映画化である。
 濃密な教会や宮廷、城塞のなかで繰り広げられる権力闘争と恋愛の激しい闘争劇が展開される。人間の究極の情念の爆発的な表現、噴出するエネルギーに圧倒される。文句なく楽しめる官能的な魂と情念のゆらぎに身を委ねるだけでアットいう間に時間は過ぎていく。オーケストラのリハーサルをモノクロで挟みながら展開される描写も劇的な緊張感を盛り上げる。さすがは芸術そのものを肉太に描ききろうとするイタリア映画である。ソプラノ:アンジェラ・ゲオルギュー、テノール:ロベルト・アラーニャ、バス:ルッジェーロ・ライモンデイーの歌唱が圧倒的な迫力を持って迫り、指揮アントニオ・パッパーノの全身陶酔状態の指揮も魅了する。名古屋今池シネマテークにて。観客中高年女性多し。(2003/1/11 16:07)

[Martin Scorsese『GANGS NEW YORK』]
 南北戦争が激戦を迎えていた1863年のニューヨーク。ネイテイブと呼ばれる米国生まれのグループと、アイルランドから移住してきた移民グループの対立と闘争がマンハッタンの下町を舞台に描かれる。独立後の創生期アメリカの混沌たる多民族の矛盾が、暴力と堕落した政治のなかで爆発する。米国近代史の理解があればより見方が深まるだろう。私が驚いたのは、最も差別されたアイルランド系白人がその矛先を黒人に向けて発散し、暴動の中で黒人を虐殺して行くことだ。さらに、ニューヨークが北軍に属しているにもかかわらず、リンカーン大統領への支持は政治的な思惑によって左右されており、戦争を勝ち抜くための米国史上初めての徴兵制に対して、被抑圧民族中心の大暴動が起き、それを鎮圧した軍隊が英雄的なゲデイスバーグ決戦を戦い抜いた精鋭の生き残り軍隊であることだった。
 同時に当時のゴールドラッシュによって、ロサンゼルスが夢の地とイメージされ、東部で行き詰まった下層市民が新たなフロンテイアを求めて西部への脱出を試みる時代でもあった。ほんとうにアメリカという巨大な多民族国家が、その創生期にどのように自己形成を遂げていったかという複雑でしかもあっけらかんとしたある種の「強さ」に対する信仰の過程が浮かび上がってくる。階層化された抑圧のシステム(白人ネイテイブ→移民→黒人)の垂直的な構造が、なぜか「アメリカ」の一言によって理想と共同を回復する、私たちには実感できない国家がある。暴力と力に対する崇拝は、そのまま現代の米国の底の底に沈殿している。最後に現在にニューヨーク国際センタービルの遠景が浮かび上がって、エンデイングを迎えるが、スコセッシはそこにどのような象徴的な意味を込めたのであろうか。
 最後にスゴイと思うのは、世界の何れの国も自国内の少数者抑圧問題を隠蔽する中で、全部それをさらけ出してしまうアメリカン・デモクラシーと制作費150億円をポンと出すハリウッド資本であり、それが何であっても利潤極大化につながればいいと云う論理だ。
 ブッシュによるイラク攻撃が近づきつつある今、一体アメリカという国は何なのか、その行動原理とその基盤はどこにあるのか、この映画を観て本格的なアメリカ研究が求められていると痛感した。丁度太平洋戦争開始前に、米国参謀本部が日本人の行動様式を理解するために、ルース・ベネデクト『菊と刀』といった総合的な日本文化研究を行ったように、私たちは『星条旗と拳銃』といった米国文化研究書を持たなければならない。結論的には、大作の割には、セコセッシ自身の米国文明観は底が浅い。主演レオナルド・デイカプリオに惹かれて見に来た人も多いと思われる。名古屋駅地下グランド4にて。観衆6割。上映中に男性客2人が喧嘩を始めたのには往生した。(2003/1/6 16:37)

[Gillian Armstrong『CHARLOTTE GRAY』 I have to do something.There must be something to set against all this]
 ナチス占領下のフランスに諜報員として派遣されるイギリス人女性の物語。フランスの農村風景を含む映像が重厚でさすが欧州映画だ。特にスコットランド農村の谷を行く蒸気鉄道の風景は素晴らしい。ロケは、南西フランスのサン・アントニ・ノーブル・ヴァルという14世紀の塀が残り、細い路地のある中世フランスが生きている。この農村自身がナチ占領を経験して”暗い時代”と言われる人間の真相を赤裸々に見た老人が数多く生き残り、映画撮影にもさまざまの疑問を呈したという。ユダヤ人の子どもを匿うフランス人農夫とそのフランス共産党員である息子のグループのレジスタンス運動に関わりながら、ユダヤ人迫害とナチに協力する第5列いわゆるコラボと言われる対独協力者の群像など人間模様が浮き彫りとなる。息子は、父を敵に渡すかそれともユダヤ人の子どもを敵に渡すかの選択を迫られて、父を渡す。欧州のすべての人が、当時否応なく迫られた選択の瞬間もリアルに迫ってくる。さらにはレジスタンスの無意識の不作為による犠牲の問題も登場する。
 それにしても英国諜報部は、簡単な方法で諜報員を作って敵地に送り込むもんだな。それに答える美貌の女性諜報部員の姿もリアルだし、脱税逃れのために諜報活動をしている人もいて、それぞれの人物像が深く刻み込まれて、充分に堪能できる。主演は、まさにデボラ・カーの再来ではないかというような美貌と気品に溢れるケイト・ブランシェットであり、私はその美しさに完全に圧倒されてしまった。原作は、99年にベストセラーとなったセバステイアン・フォークス『シャーロット・グレイ』(扶桑社)。
 月並みではあるが、等身大の1人の女性における愛と正義とは何か、女性の社会参加とは何か−を生々しいナチ占領下において追求した、こうした反ナチ映画に描かれる人間の崇高さと、現代のパレスチナ問題が重なり、あれほどの悲惨を体験した民族がなぜ占領地アラブ民族に対して同じような行為をおこなうのか、人間のアンビバレンツを考えざるを得なかった。またレジスタンスが試みるナチ占領軍に対するテロ活動を見ると、反テロ戦争が吹きすさぶ現代で、テロの本質的な意味についても考えさせられる。名古屋栄シネプラザ50。正月にもかかわらず8割の入り。(2003/1/3 16:48)

[フランソア・オゾン『8人の女たち』]
 息子が帰郷した年末に妻と3人で観にいった。私はあまり気がすすまなかったが。フランスのメジャー女優人が総出演という出演料だけで莫大な資金を投下した絢爛たる映画。密室殺人の真相をめぐり、家族や親族の女たちの愛と欲望の姿が次々と浮かび上がり、誰しも天使ではなかったという真実が明らかとなって、最後に破局がある。なにしろカトリーヌ・ドヌーブとかベアールやユベールが総出演するので、フランスの女優陣をを一度に拝みたい人にはお勧めだが内容は大したことはない。ひょっとしたら「そして誰もいなくなった」か「ゴドーを待ちながら」の翻案ではないか。名古屋栄センチュリーシアターにて。観客8割程度で女性客多し。(2002/12/30 16:40)

[Knut Erik Jensen"Cool&Crazy"歌え!フィッシャ−マン]
 北極圏に位置するノルウエ−は人口1200人の漁村ベルレヴォ−グで、1917年に創設された30人程度の男声合唱団の歌声を描くドキュメンタリ−映画。北欧の厳しい冬の海と雪をバックに歌う壮老年合唱の太い声が圧倒的な迫力を持つ。さまざまの人生を刻んで堂々と歌う姿は、歌が生きることそのものと一致している豊かさを感じさせて、ひたすら競争社会を生きぬいている米国スタンダードの生活スタイルに待て!と呼びかける生きることの静謐な豊僥を浮かび上がらせる。北欧に歴史的に形成されてきたルター派プロテスタントと社会民主主義の底深い定着性が実感される。崩壊したソ連を賛美する老年コミュニストが堂々と自称して登場するが、ここにも北欧社会主義の具体を伺わせる。彼等がロシアへの演奏旅行に出会った旧ソ連原発事故の被害によって、荒涼たる大地と暗い町並みが延々と続くが、演奏会での明るい感動的な交流は監督の思想性を示していると思われる。
 かってアイルランド映画に『ブラス』という労働者楽団の映画があったが、私は華やかな西欧音楽とは異なる場所で、働く民衆の音楽が脈々と生きていることを実感した。北欧社会民主主義を本格的に研究し、その内実を解明することは、現代日本の混迷を打開する方向を考えるために重要な示唆を提供していると確信した。生活スタイルそのものが、豊かで平凡でしかも芸術や学問と結びついた日常性を獲得していること−今のところそんなことを思い浮かべる。名古屋今池シネマテイ−ク。観衆9割。(2002/12/26 19:22)

[イエスイム・ウスタオウル『遙かなるクルデイスタン』(1999年 トルコ・独・蘭)]
 約2500万人の人口を持つクルド人は自らの国を持たない少数民族として、トルコ、イラク、シリア、イラン内に分断されている。彼等は実際には存在しない国クルデイスタンを名乗り、西方ペルシャ語から派生したクルド語とヤジデイ教という固有宗教を持っているが、迫害の後現在ではわずか少数残っているに過ぎない。クルデイスタンは、ノアの箱船が流れ着いたと云われるアララト山をはじめとする3000−5000m級の山岳地帯に拡がる地方で、羊の放牧と山草取りによって自活していたが、迫害の中で村は消失し人々は都会へ流れ込んでいる。1946年にイランのクルド地域が初めて「マハーバード共和国」の独立を制限したが、ソ連の影響がなくなるとその年に崩壊した。本作品は、トルコ共和国内の抑圧され、迫害されるクルド人の現実をある青年の成長過程に焦点を当てて描く。アブドッラー・オジャランが率いるPKK(クルデイスタン労働者党)がトルコ国内のクルド民族運動の主体を担っているが、彼は1999年にケニアのギリシャ大使館を出た所を逮捕され、全欧州で抗議運動が起こった。この映画はその最中の厳戒の中で上映された。
 数日前に観た『酔っぱらった馬の時間』がイラン国内の辺境に生きるクルド少年を描いた作品だとすれば、この作品は首都イスタンブールという大都会で生きるクルド人の差別と抑圧を正面から描いた作品だ。『馬の時間』にはリリックな迫真性があったが、この作品は荒々しい情熱に満ちたクルド人の粗描である。両者に共通しているのは、蓄積するルサンチマンの果てに何とか見いだそうとする希望の光であるが、それはとても確かとは云えないすがるような望みである。21世紀は、残念ながらおそらくこうした問題を解決できないのではないかという重い断念の印象を残して終わる。名古屋駅裏シネマスコーレにて。観客数人。(2002/12/25 21:47)

[キャスリン・ビグロー『K−19』]
 米ソ冷戦期に28年間封印されていたソ連原潜の核爆発危機をめぐる乗組員のパニック・ドラマ。迫力はあるがつまらない自己犠牲の英雄讃歌。米国側からソ連軍の英雄主義を描いたという点が珍しいのか。それだけ米国側に余裕があるということか。キューバ危機におけるソ連原潜の行動を描けば間違いなく映画史上に残るものとなったに、巨大な制作資金を投下した割には歴史的記憶と重なり合わない平凡なクライシス映画でった。それにしても放射線防護服がないとか、アスピリンしか薬品がないとかソ連の軍事予算の冷戦下の貧困をうかがい知れてその点は面白かった。大仰なB級映画であり観る意味はない。水曜日の午前中の割合には、中高年観衆5割ぐらいでよく入っていたには驚いた。名古屋駅裏シルバー劇場。(2002/12/24 19:31)

[バフマン・ゴバデイ『酔っぱらった馬の時間』]
 私は、かって世界映画史のベスト1を欧米では『かくの長き不在』(仏)と邦画では『泥の河』を挙げた。しかしこの映画は間違いなく世界映画史のベストに入る一作だと思う。イラン国内の少数民族クルド族の必死に生き抜くリアリズム映画の極致であり、今は唾棄されているプロレタリア・レアリズムの極北ではないないか。少数民族として今現在も辛酸をなめるクルド民族の両親を失った兄弟姉妹が生存を賭けてあがきにも似た必死の表情と、そのなかで結びつく素朴な家族共同体の鉄の愛情の結合が伝わってくる。
 率直にいって私は、一切の評論を厳しく許さないリアリズムのザッヘ=事実=真実の前に頭を垂れる。先進国の成熟した退廃文化の中にドップリと浸かって、アレコレと饒舌に述べ立てている数多の評論は真っ向から赤面して去るであろう。それほどの衝撃力を持った映画だ。不思議にも先進国での成熟文化の中で、こうした第3世界の1次元的な原始的貧困の中で必死に生き抜く人間像は、山田洋次の世界とつながるのだ。
 この映画では全ての子役を含めた俳優が演技しているとは思われない迫真の事実をそのまま表現している。愛らしい娘の抱擁や、悔し涙を流す少年の表情は、もはや先進国の少年少女の爛熟しきった誤魔化しの演技ではとても通用するものではない。まさに彼等は自分自身を演じきっているのだ。
 しかしこうした第3世界のミゼラブルな世界の描写に対して、先進国市民の一部は無条件の賛美を贈る屈辱の逆表現があり、この映画のパンフの評論に登場ししている長倉洋海とか北川れい子といった人物だ。その中で唯一私の印象に強く残った評論は、上野昂志のものである。氏の評論は、労働に向かう身体の動きに注目し、この映画の冷酷とユーモアの共存を指摘する。余りにも過酷な現実は、滑稽の残虐と共存しているのであり、安易な同情や憐れみを峻拒する厳しさがあるという。命を懸けた労働のなかで、いささかも感傷に流されない監督の視点を鋭く彼は指摘する。なぜなら同情や憐れみは、彼等自身にとって何の助けにもならず、その場にいない人間の傲慢でしかないのだ−ということを知り尽くしているからだ。私も上野氏の言説に近い感慨を抱いていたが、残念ながら彼のように語る能力はなかった。
 最後の雪深いイラク国境にある鉄条網を越える少年の未来に希望があるのか、絶望があるのかそれを何も告知しないまま映画は終わる。そこには国境自体を虚無化する監督の思想があるのかどうか。しかし私はしばし迷った果てに決然と国境を越える少年の意志にこそ未来を託することができる。
 少数民族クルド人を描いた映画は、トルコのユルマズ・ギュネイの『群れ』『路』があり、彼は危険分子として12年にわたる投獄の中で、獄中から撮影の指示を送りフランスに亡命後客死した。最初のイラン出身クルド人監督ゴバデイは、まさに自らの出自であるクルド民族の世界を通して、、21世紀の記念碑的な前衛映画を創りだすことに成功した。先進国市民の成熟文化は全て破砕され、まじめに自らを再検討せざるを得ない契機を与えられた。状況こそ違え、こうした迫真的なリアリズムの極地ともいうべき、一切の評論を許さないような事実の告知、そこで生き抜く人間を全的に描くしか日本映画の残された道はないと実感した。CGを駆使した華やかでおどろおどろしいハリウッドが、顔を青ざめて退場するしかないという、それほどの事実に裏付けられた「真実」のみを描ききった映画を越えた世界の可能性を示した。チンケな日常をさも深刻に描く日本映画は吹き飛ばされてしまったのではないか。名古屋駅裏シネマスコーレ。中高年10数名。(2002/12/17 19:37)

[中田秀夫『LAST SCENEラストシーン』]
 かって庶民のあこがれであり夢の工場といわれた映画撮影所は、いまやTVの貸しスタジオと化し、TV局プロデユーサーが君臨する粗製濫造の場とはなってしまった。1960年代に映画スターであった今は老齢の俳優が、迫真の演技を通じて自らの生を閉じることを通して、映画屋の魂が再生し若い次世代への確かな継承を残していく。映画の黄金時代への懐かしいノスタルジーがただ単にそれに終わらない現場の情熱が伝わってくる。しかしやはり敗北の美学なのであろうか。それとも未来の再生に向けた可能性のメッセージであろうか。
 全ての産業がかくして、雁行型に展開し、斜陽産業は撤退していくのみなのか。そこで連綿と培われたスキルが廃れていまや危機的な状況にあるのは、映画産業のみではない。農業、繊維産業などなどスキル継承が困難となりつつある現代日本を象徴する映画産業の現場の熱い想いが伝わってくる秀作である。名古屋今池シネマテイーク。観客8割。(22/12/15 15:52)

[ジャン・ユンカーマン『チョムスキー9.11 Power and Terror』]
 74歳になるノーム・チョムスキーは、MIT言語学教授として現役で活動中であり、現代論理学と数学基礎論から生成文法の理論によって言語学の革命をもたらしたが、ベトナム戦争以降の米国外交政策批判者としても活躍。かれが9011以降の米国反テロ報復戦争を痛烈に批判する講演のドキュメンタリーである。
 悪の帝国と名指しして攻撃を加える米国を、逆に最大の悪のテロ国家として批判する主張には、米国の薄っぺらな善悪二元論を事実で破砕する衝撃的な内容である。このような率直且つリアルな批判を展開する米国知識人の存在は、米国の良心の不滅の証であり、米国独立宣言の精神の正当な継承者が依然として存在していることを示す。
 ロックバンドU2がボーカルを担当し、ボノが「あくなき反抗者」とよぶチョムスキーはマスコミからは敬遠されているが、後世の歴史家は彼の名前を21世紀初頭の米国の救いとして記録するだろう。日本の言語学者の誰が政治的発言をしているであろうか。名古屋栄名演会館、観客6割。(2002/12/8 16:08)

[イシュトヴァーン・サボー『太陽の滴』]
 神格化されたハンガリー映画監督イシュトヴァ−ン・サボーの3時間の長編巨大作。ハンガリーのユダヤ人ファミリーの第1次大戦から第2次大戦を経て戦後の社会主義政権崩壊に至る3世代にわたる波瀾万丈の激動の20世紀史をドラマテイックに描いた堪能すべき巨編である。ヴィスコンテイ『山猫』やベルトリッチ『1900年』に匹敵する現代史を描ききったドラマである。サボーがハリウッドに進出し、ハンガリー・カナダ合作として制作されているが、実質的にはハリウッドであろう。このような現代史を正面から本格的に描く映画を観ると、つくづくと欧州文化の重厚さをまたまた実感し圧倒される。日本映画では、山本薩夫『人間の条件』『戦争と人間』といったグランド・ストーリーしか見当たらない。
 さて私が最も印象に残るのは、日本的なあいまいな微笑やごまかしによって世を渡るといった日本的感覚が全くないことに深い感慨を抱く。欧州人は、善であれ悪であれ、それを全身でストレートに生き切っているのである。小津安二郎の世界は、微妙で繊細な感情の綾なす哀しみの世界が見事にあり、欧州人の心を掴むのであるが、現実の欧州人はまさに自立した個の尊厳を賭けた激しい争闘の世界である。悲しみも喜びもなにか深さを感じるのである。
 21世紀になっても連綿としてナチスのユダヤ人迫害と受難を描く映画が創られている現実を見ると、欧州の歴史感覚の深さと重さを実感し、日本の浅薄さを覚えて打ちのめされるのであるが・・・・・但し現在のイスラエルの蛮行を結果的には免罪する客観的効果を誘発しているのではないかとも思い、此処に対する厳しい反批判をおこなわなければと思う。果たして欧州人は、かって虐待されたユダヤ人が同じ行為をパレスチナ人に対して加えていることを、どのように例言に見据えているのであろうか。サボー監督にも容赦なくこの質問を浴びせなければならない。名古屋駅裏シネマスコーレ。観客8割。終了後外は雨が降っていた。(20022/12/7 19:29)

[モフセン・マフマルバフ『サラーム・シネマ』]
 イラン映画の名匠といわれるマフマルバフが、自作映画のオーデイションに参加した俳優志願者と監督の選考過程を追ったドキュメンタリー映画。映画が憧れの対象である国での志願者の心情があふれ出ている。監督との迫真的なやりとりが展開され、そこに浮かび上がる人間の葛藤が見事に浮かび上がる。映画俳優が最高の自由を約束されたかっての日本の大正から昭和初期にかけての黄金時代を想起させる。
 私が最も興味を持ったのは、イスラム文化圏の女性の自己主張と共同体的な心情の葛藤の間を揺れ動く、痛々しいまでの純なるハートである。イスラム女性はまさに自立しようとしているが、それは映画や芸術という庶民の日常とは異次元の世界であり、だからこそ飛翔しようとするイスラム女性の激しい情熱が吐露されているのである。役者の世界は何処も同じなのだと云うことを知ることができた。
 しかし私は、マフマルバフがこうした映画を撮影し、全世界に配給する意図が分かりません。映画芸術の世界で生きるとはどういうことかを示そうとしたのでしょうか。ハッキリ言ってオーデイションの緊迫感はどこの世界でも見られるものであり、世界の現実へのメッセージ性とは無関係であると思うからです。名声を得た映画監督の他虐的な自己主張であるとしか思えません。名古屋今池シネマテーク。観客2割で寂しい。(2002/12/2 18:24)

[サンドラ・ネットルヴィック『Mostly Marthaマーサの幸せレシピ』]
 ドイツの女性映画監督が描いた若い料理人女性の豊かさとは何かを問いかけるさわやかな成長ストリー。最初はイタリア映画かなと思ってみていたが、どうもイタリア語ではないし、よく見ていたらドイツ映画であった。ドイツ映画のシリアスな重々しいイメージを完全に打破しているさわやかな明るさを持った映画である。見終わってよかったなと心温かく豊かになるような映画である。私は、食生活に凝るのは今までそれほど共感しないばかりか、逆に軽蔑する面もあったが、豊かな食生活は人生の豊かさにつながると実感した。冷たく太陽のささないドイツからみると、陽光さざめくイタリアへの憧れもよく理解できた。前作と同様にチマチマした日本からおさらばしたいと思わせる豊暁さがある。
 マーサとは実は新約に登場する有名な一説の比喩である。イエスがマーサの家を訪問すると、マリアはイエスの足下で熱心に話を聞いているが、マーサは裏のキッチンで食事の準備をしている。マーサは、私ばかり働かされています−とイエスに不満を言うが、イエスはあなたは直面したくない心配事があるからキッチンに逃げ込んでいるだけではないのですかと問う。この比喩がうまく使われているということを教えてくれたのがNHK独語講座講師の門倉多仁亜さんだ。ほのぼのと心温まる秀作である。パンフがまた料理本のカードのようなエスプリの利いた素晴らしいものである。名古屋栄ゴールド劇場にて。満席。(2002/12/1 17:08)

[JAN SVERAKヤン・スヴィエラーク『DARK BLUE WORLDダーク・ブルー』]
 01年度チェコ・イギリス合作映画。『コーリャ 愛のプラハ』以後久しぶりのチェコ映画だ。ナチスによるチェコ占領後解体されたチェコ軍の一部が連合国側に参加し、「英国の戦闘」と云われる英国本土防空戦に参戦し、戦後解放されたチェコに帰国するが、そこに待ち受けていたのは社会主義政権による旧軍弾圧であり、兵士は強制収容所に収容され1951年に解放後名誉回復するのは91年である。
 青春を祖国と反ナチに捧げた彼等の波瀾万丈の戦時体験が描かれる。英軍戦闘機スピットファイアーなどが迫力ある空中戦を展開し、ファンにとっては垂涎であろう。第2次大戦を描いたハリウッドを中心とする映画は多々あるが、さすがにチェコ映画は欧州文化の重厚さを漂わせ、米国文化の底の浅さを実感させる。なんとも見終わった後のさわやかさと温かいヒューマニズムは絶品である。まさに観てよかったなーと思う傑作に近い佳作である。主人公が帰郷した時に、かっての愛犬がどちらを選ぶか−このシーンは特に欧州的なペーソスあふれる別れの象徴であり、このようなエスプリの世界はハリウッドでは絶対に描けない。
 それにしても反ナチに命を散らしたコミュニスト達は、権力掌握後何たる蛮行を重ねたのであろうか。この映画を観て、つくづくと欧州における社会主義政権の致命的な取り返しのつかない歴史の過ちを確信する。欧州では2度とコミュニスト政権は再生しないだろうと思う。
 ただしこのような合作映画がつくられるのは、反ナチ・反コミュニズムで連帯した戦争体験を想起させることで、今日のEU統合の政治的な高揚を作り出す意図があるのではないかとも思われるが、たとえそうであっても欧州戦線を描いた第1級のヒューマニズム溢れる戦争映画であることは間違いない。こうした大きなストーリーをみると、男女の恋愛でも、家族でも何と日本はチマチマした世知辛い国かとつくづく思う。素朴な連帯と勇気の切なさを浮かび上がらせて、明日から堂々と生きたいと思わせる得難い作品だ。宮崎駿が絶賛するのもよく分かる。名古屋駅裏ゴールド劇場。観客8割の入り。(2002/11/30 17:10)

[宇根元由紀『サーカス放浪記』(岩波新書)]
 久しぶりに楽しい本を読んだ。サーカスを敢えて芸術として位置づけるべきだと考えて、この欄に印象を記す。筆者は東京芸大美術学部を卒業後翌年にキグレサーカスに入団し、女性道化師(クラウン)として活躍後いまはフリーのパフォーマーである。サーカス在籍時の体験をペーソス豊かに活写し、いままでなんとなく周辺文化のイメージが強かったサーカス観を一変させてくれた。欧米ではサーカスはまさに一流の芸術家として処遇され、日本だけが暗い印象を持たれていたが、いまや大道芸の延長ではなく近代化された組織芸の世界なのだ。
 大体宇根元氏のような学歴の持ち主が道化師を演じるために入団するような時代なのだ。団員は、きらめくような興奮する芸の世界が好きで好きでしょうがなく惚れ込んで入団する人が多く、かっての曲馬団とは異なる。サーカスの生活や舞台裏が生き生きと描かれ、吐く息が伝わってくるような臨場感がある。氏が演じるピエロは本当はパントマイム劇の1キャラクター名であり、日本では道化師をピエロというが実は正しくない。道化の伝統がない日本では、道化の地位は低くピエロというと蔑称に近いが、欧米では逆だ。そんなこともよく分かった。(2002/11/29 20:55)

[富樫 森『ごめん』]
 周防正行・相米慎二・中原俊監督などの助監督をしてきた富樫監督が、少年・少女のリリックな世界を描いた。原作は「お引っ越し」で椋鳩十賞を受賞したひこ・たなかの同名の小説だ。思春期の世界に入っていく小学校高学年の性と初恋の出入り口で戸惑う純なプラトニック・ラブの世界が展開してほほえましい。
 それにしても最近の小学校6年生ってこんなんに早熟なのか驚いた。おそらく子役を演じた子どもたちもこうした世界を知らないのではないか。私たちの世代の少年期と比べて彼等が確かに成長しているのは、ものおじせず自らの考えと感性に従って行動することだ。それだけ実は家族のゆらぎやオトナの世界が身近なものになって、現実と触れ合う機会が多くなっているに違いない。逆に言えば、揺籃期のように温かく共同体から見守られている場そのものが姿を消しつつあるとも言える。私は、こどもがオトナのような世界の身近で自立を迫られて生きていくのはそんなに好きではない。こうした小説が現代児童文学賞を受賞するのも時代が変わっているなと思う。大人向けの少年映画という点では、まあ損はしないとはいえる映画だ。名古屋駅裏シネマスコーレ。若者中心に6割ぐらいの入り。(2002/11/29 17:16)

 [ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー『ベルリン・アレクサンダー広場』]
 思い立って夜の部の上映に行き、しかも8,9話という途中からの観覧でよく分からんところがあったが、どうもドイツのナチズムの台頭期を描いた巨編のようだ。パンフを見ると、原作はアルフレート・デーブリンの長編小説「ベルリン・アレクサンダー広場」という1929年のナチスが政権を掌握する直前に発表されたものらしい。原作、映画、監督ともに初見であるが本格的なナチス期の大衆心理を描いたものではないかと予測される。ギュンター・グラス「ブリキの太鼓」を連想するが、連作であるのでよく分からない。しかしなにか鉱脈を探り当てたような予感はする。帰宅して眠気の中で、いま打ち込んでいる。本格批評は全てを見終わってからにしたい。名古屋今池シネマテイーク。なにか映画通の雰囲気が漂う連中が席の6割くらいを占めている。夜20:20上映開始〜終了22:30。(2002/11/27 23:23)

[ジャファル・バナヒ『The Circle チャドルと生きる』]
 ヴェニス国際映画祭金獅子賞を受賞したが、イラン国内では上映を禁止された映画。イスラム文化圏における近代化過程における女性問題をリアルに活写する技法は、戦後イタリアネオリアリスモにも匹敵する描写力を持っている。ある国家システムにおける批判の自由の限界を示す典型的な映画だ。人権の国際標準が伝統的な価値と衝突する場合に置いて、その人権に限界があるかどうか、非常に難しい問題が提起されている。
 しかし私は、女の子が生まれたことによって無条件に離婚を危機に怯えなければならない社会、未婚の母が許されないが為に堕胎のために脱獄しなければならない社会などなどイスラム社会での女性のミゼラブルな状況がリアルな映像で描かれる。The Circleとは円環的に終わらない女性の悲劇を意味する。
 特に幼子の娘を路上に放置して捨てなければならない母親のシーンは圧巻である。おそらく持ち金をはたいてきれいに飾り立てられた少女が、「お母さんがいない。どこかへ行った。ここで待っていろと云われた」と今にも泣き出しそうに訴える表情は、私の心をうった。あのような迫真的な表情を久しく私は忘れていた。その娘がパトカーに乗せられて孤児院に運ばれるのをジッと見つめている母の顔。そのような方法でしか娘の幸福を実現できない母親の煩悶。
 そしてそのような悲劇を全て見抜いているかの如く冷ややかに見つめる売春婦のタバコを付ける無機質な顔。イラン・イスラム社会の現実をこのように迫真的に描いた映画ははじめてだ。私は、このようなイランの現実をただちにイスラム文化の問題としては片づけたくない。むしろ途上国の開発途上における宗教的な形態による女性と子どもの問題として捉えたい。名古屋市今池シネマテイークにて。本日は名古屋シテイマラソンのため通行規制で苦労した。観衆満員。(2002/11/23 18:39)

[KenLoach『The Navigators ある鉄道員の物語』]
 英国鉄道民営化法(1993年 メージャー首相時代)によって、鉄道現場が市場原理に支配されて公共性を喪失していく過程をリアルに描写している。誇り高き鉄道員が民営会社の社員に変容していく過程ーそれは職員内部の激しい競争、生活を賭けた生き残り、現業と管理部門への分裂、リストラの進行、労働者派の孤立、事故の多発と責任のなすり合い、コスト削減による安全基準の無視と事故死などなどがユーモアを交えたシリアスなストーリーとして展開する。
 しかし最も悲しいことは、新自由主義的市場原理がが労働の誇りと人間のつながりを破壊し、仲間の命よりも明日の生活を選ぶ労働者に変貌させていく過程だ。
 ローチははっきりと「私はマルクス主義者」と明言し、自らの政治的信条を隠さずに語る。しかし彼は続けて「私はマルキストではあるが、コミュニストではない」と云い、「社会民主主義は終わろうとしている。なぜなら左翼は、大規模投資と巨大産業の経済ゲームに突入したからだ。民営化を始めたのは、サッチャーだがブレアはそれを更に推進している」とイギリス労働党を厳しく批判している。ケン・ローチに代表される英国左翼の歴史的な伝統の脈々とした重さと存在感がまざまざと示されている。
 日本の映画評論家の決定的な弱点は、こうした世界的にメジャーな反体制映画については、ヒューマンな評論を展開するが、自らの足下の国鉄民営化の過程に誘発された悲劇については何ら語ろうとしない点にある。ただし日本の反体制映画自身も、前衛を描くがごく普通の労働者の変貌については描かないという芸術的昇華力の弱さを持っているが。ケン・ローチは、すぐれて先端的なテーマを市民の日常的な生活の視点から描いていることにある。なぜそうなったかと云えば、日本の芸術精神全体がポスト・モダニズムの蟻地獄にはまって、極く普通の正義や公正に対する素朴な感性を喪失して放浪している所にある。名古屋今池シネマテーク。会場は青年で満員、この理由が分からない。(2002/11/17 17:18)

[Songs for "IF the world were a village of 100 people"]
 きょうもどこかで誰かが生きてあることの喜びを全身に歌っている。非道の力に打ちひしがれて泣く人が一人もいない世界を夢見ることは、わたし・たちのおごそかなつとめですらあるのです(池田香代子)。たまたま『旅の途中で』という映画を観ての帰りに名古屋駅地下街の本屋に寄ったら、『世界がもし100人の村だったら』のCD(マガジンハウス)があったのでつい買い求めた。
 第3世界を中心にした民衆の歌が全18曲にわたって散りばめられている。聴いていれば思わず踊り出したくなったり、しんみりしたり、勇気づけられたり、こんな歌声が世界に満ちたらほんとに銃声なんか何であるのかという気持ちになる。私が最も気に入ったのは、ジミークリフ「遙かなる河」(ジャマイカ)、リーチェ「オギヨデイオラ」(韓国)、ロスインカス「コンドルは飛んでいく」(ペルー)、フェイウオン「天空」(中国)、シセル「ファイアー・イン・ユア・ハート」(ノルウエー)、ヒーニー「ハエレ・ラ〜別れ〜」(マウイ)などなど・・・世界には美しいスゴイ歌があるもんだ、歌の力は世界を一つにすると心の底から実感した。リーチェの歌は、映画『がんばっていきまっしょい』の主題歌のオリジナルバージョンであり、シセルは映画『タイタニック』のヴォーカル曲を全て歌った国民的歌手で、掲載曲はリレハンメル冬季五輪の公式テーマ曲となった。ここではジミー・クリフ「遙かなる河」の一番を紹介する(筆者訳)。(2002/11/16 21:06)

 MANY RIVERS TO CROSS/JIMMY CLIFF

Many rivers to cross 行く手をはばむ たくさんの河
But I can't seem to find my way over 俺はどう越えたらいいのか わからない
Wanering I am lost とまどう俺はさまよう
As I travel along 白く光るドーヴァーの
The white cliffs of Dover 崖を伝って俺は歩みゆく

[中山節夫『旅の途中で』]
 イランの世界的監督アッバス・キアロスタミが監修し、日本の児童名作映画を作ってきた中山節夫が監督した日本とイランの初の合作映画である。テーマが、現代日本の典型的な重層性を典型的に表現するものとなっている。大企業から出向した青年ー生き残りをはかる会社ーその下請けで淘汰され倒産する会社ーそこで働く不法滞在のイラン人ーイランの風土と文化によるグローバライゼーションを舞台とした企業人間からの脱皮の模索を求める日本人青年が主人公である。
 苛烈な市場原理のもとでの矛盾を凝集した現実と、そこで煩悶する青年を通して人間らしい生き方の蘇生を訴えているかにみえる。こうしたテーマを正面から取り上げた作品ははじめてであろう。その限りで中山監督の意図そのものはいくら評価しても過ぎるものはない。
 ただしテーマが妥当だから自動的に映画としてすぐれているわけではない。主役である大杉漣がまずミスキャストであったことはおくとしても、企業人間の救いがイラン異文化との接触を媒介に描かれている天が問題である。たしかにこのような悠久の時を流れる西アジア文明の生活が生き方を転換させる触媒の役割を果たすことは充分あり得る。しかし日本の生活の現場から内発的に立ち上がるオルタナテイブの可能性を描かなければ、多くの日本人の再生はないであろう。
 実は中山監督もその点をすでに分かっているのだと思う。それはイラン現地でのドラマ展開の最後に渋谷の交差点のひたすら歩くシーンを登場させて観衆に全てを投げかけてたまま終わらせた点にある。ここで問題意識は、観客自身の主体的な思考に預けられ、本当の答えはあなた方自身の問題にあると問うているところにある。名古屋駅前ピカデリー3。小劇場で観衆は10人前後。映画製作資金提供者に中小企業同友会の名がある。(2002/11/16 16:37)

[Ken Loach『Bread&Roses』ケン・ローチ『パンと薔薇』]
 世界的な社会派監督ケン・ローチ(英国)が初めてハリウッドで撮影した映画。アメリカへ密入国した中南米の人々がビル清掃などの最底辺労働に参入し、大企業や警察権力と戦いながら組合結成に至るという愛憎入り乱れての波瀾万丈のストーリーであり、ローチのプロレタリア・ヒューマニズム溢れる民衆史観が正面から提起されている。私は幾つかのハリウッド映画を見たが、このような底辺移民労働者の労働運動を真正面から描いたのははじめてであり、米国労働運動の一端に触れた思いがした。このような反体制映画になぜ欧米映画資本が出資するのか分からない。儲かれば左であれ右であれ何でもいいといわけではあるまい。やはりそこにはケン・ローチの名声があるということかもしれないが、『パンと薔薇』という題名にあるようにパン=賃金であるが、薔薇=尊厳に象徴されている欧米ヒューマニズムの抜きがたい歴史があるように思われる。もはや日本ではアナクロニズムと化したかにみえる未組織労働運動が、堂々とメジャーな映画として製作され全世界に公開されるという文化の底の深さを感じる。
 米国の労働運動は1980年代以降後退を重ね民間企業の組織率は10%を割り込み、貧富の差が著しく拡大し「底辺に向けての闘争が激化し、かって最底辺労働を担った黒人から現在は「ペイパー」(査証)を持たないで密入国する中南米のラテン系移民に労働力が移行している。この映画の主人公であるジャニターといわれるビル保全・清掃労働者は1970年代には33%が黒人であったが、1990年代には61%をラテン系が占めるようになった。時給4ドル程度で働く彼等は、障害保険や健康保険はなくまさに奴隷的な搾取を受けているのである。ブレッド$ローゼズストライキは、一方的な賃金カットに抗議する羊毛工場の徐行が912年に起こした戦いに起源があるが、ジャニターの運動は1990年の”センチュリーシテイーの戦い”から出発して、Justice for Janitors Dayジャニターに正義を!という合い言葉で前進し、2000年のロウサンゼルスの勝利をこの映画はモデルとして描いている。
 現在米国では、単一公正な移民法を求める運動の決定的な段階にあり、この映画はその全国的な運動の渦中で作成され全米で上映されている。過酷な労働に従事する民衆が、まともな賃金と尊厳を得る誇りある戦いは、他ならない我が日本でこそ追求されねばならない緊急課題だ。なにしろこの国では、戦後最大のリストラ、過労死、完全失業率という未曾有の危機にあり、人間的な尊厳が道端に捨てられて省みられないような国となりつつあるのだから。名古屋今池シネマテイークにて。青年男女が結構多く、途中で啜り泣きが聞こえた。(2002/11/10 16:45)

[「暗い 何も見えん 地獄か」は家族愛で救われるかー山田洋次『たそがれ清兵衛』]
 崇敬する山田洋次監督70歳にして初めての時代劇映画である。幕末の東北小藩の下級武士が、権力闘争に巻き込まれ暗殺者として、同じ境遇の武士を殺害し家族の平安を成就した上で戊辰戦争でこの世を去るといったストーリーである(原作は藤沢周平)。何よりも最下層の武士の半官半農の自給自足に近い姿がリアルに描かれ、支配層の垂直的なヒエラルヒーのなかで自らの生活を維持するそれぞれの階層が綿密に描写され、あたかも現代の下級サラリーマン世界を反転させているようだ。下層武士の生活はあくまで貧しく、当時の農村に溶け込むような藁葺きのあばら屋でつつましく生きている。
 幕末における日本の農村と城下町はこのように境界がない風景であったのだろう。細部まで時代を忠実に再現しようとする徹底した考証を踏まえて、かって私自身が生きた少年期の農村風景が懐かしく浮かび上がる。武士から庶民に至る着衣や立ち居振る舞いの全てがほんものの江戸期はかくやと思わせるデイテールに仕上がっている。このような丁寧な映画づくりだけで私は充分に堪能でき、山田時代劇は第1級の作品として日本映画史に残るであろう事を確信した。
 山田洋次の思想は牢固とした民衆史観にあり、彼の視座はけなげに生きようとする民衆の視座から社会の総体を矛盾の葛藤として視るところにある。この映画では最下層の武士の視点から、権力層の醜い覇権闘争とそのなかで踊る武士の諸相を描き、しかもそれが明治維新という時代の転換期にあって如何に空しく非生産的なものであるかを見切っているわけだ。忠誠を尽くした上司が権力闘争に敗れてその部下が惨めに駆逐されていく姿は、現代の企業社会に翻弄されて、空しく生を閉じるサラリーマンの姿と二重写しになる。
 こうした虚飾の世界から決別して新たな地平に進み出る希望と展望を、黒沢明『7人の侍』は農民の労働と生産力に求めたわけだが、山田洋次監督の希望はあくまでささやかな家族の愛情共同体である。この家族共同体のハーモナイゼーションとコラボレーションの繊細でこぼれるような交歓のちからの魅力は、私を一瞬ぐらつかせそのやすらぎある抱擁の世界に誘われる吸引力を持つ。
 しかし私は待てよと思うのだ。無惨に裏切られて殺害されていく武士は、今はの際に亡き娘の遺骨を食いばみながら決闘に臨んで惨めに果てていくのである。「暗い 何も見えん 地獄か」と呟きながら彼の手は亡き娘の骨壺に伸びる。この彼の救いは家族共同体にはないのだ。山田洋次監督の温かい庶民への水平的な眼差しは痛いほど染み通るが、果たして家族共同体で完結する救いは可能なのか。それは冷酷に云えばやはり虚妄ではないのか。
 21世紀の初頭の現代日本は、企業社会に裏切られた中高年サラリーマンが路頭をさまよい、何を信じていいのか不透明になった職場では、家族私生活主義への奔流のようなうめきが拡がっている。敢えて云えば山田洋次監督の家族主義の限界が残念ながら克服されていない。市民へと開かれた家族共同体の可能性こそ山田洋次監督がほんらい願っているものではなかったのか。『男はつらいよ』では少なくとも地域共同体に開かれた家族の姿が地下水脈のようにあった。それとも支配階級としての武士を描いたがゆえにやむを得ないものであったのか。
 最後に70歳に至っても大家の名声だけで映画を作らない山田洋次監督の志と感性は、いくら賞賛しても足りないものがあることは確かだ。名古屋駅前ピカデリー1.中高年夫婦多し。(2002/11/9 20:20)

[天国の口、終わりの楽園]
 メキシコ映画の一面がよく表れていて率直に言って失望した。メキシコ社会は、希にみる階級社会であり、貧富の差が激しい。この映画は最上層階級に属する青年が同じく階級を共にする美しい中年女性とのアバンチュールを楽しみながら、海辺での束の間の享楽の日々を過ごすストーリーである。首都から海辺に向かう途中には、貧しい農村部が広がり、ゲリラ対策の武装軍人の姿を映すことによって、メキシコの現実をさりげなく描写している。圧倒されるのは、メキシコの情念そのものがストレートに映し出されるセクシュアリテイーとエネルギーである。海辺は救いを意味する暗喩ではあるが、それは同時にこの世における終末の存在確認でもあった。
 それが分かるのはラストシーンであり、享楽的なロードムービーを貪っているかにみえる女性は、実は余命幾ばくもないガンを宣告されたが故のこの世における最後の振る舞いであった。この真実がすべて明らかにされ、それまでの女性の享楽生活が裏返しで分かることによって、観客はリフレーン効果を実感するというのが、この映画の狙いである。その狙いはある程度成功しているかにみえるが、先進国映画文化ではとっくの昔に使われたテクニックに過ぎないともいえる。
 私の知人は企業人としてメキシコに赴任した時に、現地の財界人がゴルフで賭けたのが別荘であったという。このような恐るべき階級間格差の現実からみれば、メキシコの現実をどのような視点から描くべきかという問題が切迫して提起されるはずです。こうした次元では、このメキシコ映画は明らかに体制派からの金銭的援助を受けたものと分かる。従って私は失望したのです。監督や俳優の記憶がほとんどないのはこの為です。名古屋栄センチュリーホール。(2002/10/26)

[フランソア・オゾン『まぼろし』]
 私がこの映画を是非観たいと思ったのは、主演女優シャーロッテ・ランブリングに他なりません。彼女は、『地獄に堕ちた勇者ども』(ルキノ・ヴィスコンテイ)や『愛の嵐』(リリアーナ・カヴァーニ)で圧倒的な妖しいまでの演技者であり、いずれもナチス支配下の歪められ、それ故に狂おしい愛情の発露にいたる迫真的なシーンを演じました。その彼女が歳月を経て成熟した中年女性としてどのように登場するのかまことに興味津々たるものがありました。
 英文学を講ずる大学教師としての彼女が、日常生活に定着した夫との愛情がある日突然夫の失踪と死によって絶たれてしまう。その衝撃を乗り越えるドラマの過程を描きながら、忘れ難き亡き夫の愛情への救いに至るといったストーリーです。フランス映画特有のエスプリと情念に溢れた中年女性の断念と希望への再生と云っていいか、まあそのような情念の世界を描いています。『愛の嵐』で消しがたい記憶を刻んだ可憐な女優が、それ相応の歳をとり残照の身を晒すその直前のいのちの成熟した輝きがあるかのようにみえました。
 しかし私はやはり、『愛の嵐』におけるナチス将校との歪んでいるが故の、狂おしいまでの愛情の発露を演じきった、未だ幼いイメージが残るランブリングに消しがたい印象を残すのです。名古屋今池シネマテーク。(2002/10/27)

[河辺和夫/藤田敏八/斉藤光正/浦山桐郎『にっぽん零年』]
 70年安保闘争、学園紛争にゆれる1968年の日本の青春の生の実態を描いたドキュメンタリーで、学生運動家、ヘルメット工場の工員、新宿を徘徊するフーテン、OL売春婦、自衛隊などの生態が登場する。浦山、斉藤の2人は降板し藤田と河辺のフィルムで編集されている。
 確かに時代と自己が直結し、大きな物語の俳優の一人として存在しうる実感が主観的にはあった時代の若者の左翼小児病(?)であろう高揚の瞬間ではある。だからこそそうした主観的な熱病が白日の下に晒されるシーンこそ最も迫力がある。被爆2世である東大生が広島で、被爆者の「女中」と語り合う中で、リアルな展望を示せず、彼の恋人が不安と恐れに満ちた眼差しで見つめる視線にこそ、青春の限界が赤裸々に露呈されている。真実の持つ迫力はむしろ、両者の間に入って淡々と語る被爆者の市公務員の言説にある。大言壮語する若者のナイーブであるが故の無知の知が訪れる。恋人の女性はこの瞬間に自分の全人生の判断を迫られたのだ。しかし私は、こうした青年の素朴な客気そのものが失われていこうとしている現代にあって、70年代の青年の無謀な突進を幼いとして切るほど冷酷ではない。70年代の若者が30数年を過ぎて50数歳である今、青年期体験をどう継承し発展的に内在化させているか、むしろ時代の責任者である現在の瞬間の方が大事な意味を持つと思う。
 最後に時代の原理的な転換を遂行するのはやはり若者であり、多くの誤りを打開する理性と情熱の統合の水準が何時の時代でも問われる。Think Globaly Act localyという新しい場面に立って70年代の歴史が蘇る予感がする。機動戦から陣地戦に移行し、残念ながら後退局面にあるこの瞬間に於いてこそ。なぜならば高揚期に於いては青年に媚びへつらう言辞を弄し、退潮期に於いては見事に変身を重ねた知識人の多さを刻印しているからだ。雨降る名古屋今池シネマテイークにて。青年中年男性多し。(2002/10/19 22:51)

[大林宣彦『なごり雪』・・・可憐な駄作]
 64歳の老監督のノスタルジック純愛映画。『転校生』『時を駆ける少女』『さびしんぼう』『青春デンデケデンデケ』など尾道を主舞台に青春映画を撮り続けた。「なごり雪」はフォークシンガー伊勢正三が大分県津久見駅で作曲したヒット曲であり、この映画はこの曲をバックに臼杵市での青春の淡い恋いと別れをフラッシュバックで描く。
 現代ではこのような青春はない。中高年がみずからの青年期の甘酸っぱい想い出を振り返る純愛への再び帰り来ぬ惜別の歌である。何も考えずこうした郷愁の世界にひたるには格好の世界が繰り広げられる。こうした映画が撮られるのはひとえに大林ブランドにある。裏返せば『私が捨てた女』(浦山桐郎監督 原作遠藤周作)のナイーブな偽善世界でしかない。ラジカルフェミニストはこのような映画を偽善的な唾棄すべき犯罪性を持った映画と云うであろう。農村から望みを抱いて上京し、休みごとに帰省する時の胸痛む気持ちは、私自身がまさにそうであったが故に共感する。こうした痛みが実は、古里を捨てて企業戦士と化す逆エネルギーとして日本の高度成長を支えた。
 かって古里を捨てて向都離村を企てた無数の日本人の幻影が、取り返しのつかない悔恨として描かれてはいるが、実はいま都会で生活している多くの人はそれを仕方のない肯定の中で受け止めている。日本が前近代から近代へ向かう過程で生じた無数の分かれ、再び訪れた古里の無惨な崩壊、構築したはずの近代の破産・・・何らかの形でいま多くの日本人が自らの胸中に去来しているいわく言い難い戸惑いがある。
 しかしこの映画は、郷愁を郷愁で終わらせてしまい、いま進んでいるすさまじい古里の破壊を捨象し、ひたすら美しい過ぎ去りし時に観衆を埋没させる。事態はもっと重層的であり、純な愛の単層を切り取って終わっているが故に、心の奥底を打ちのめすような感動を喚起することができない。残念ながら大林監督の年齢による感性の摩耗を滅びゆく美しさとして描くことに成功した駄作と云ってよい。最近映画音楽のCDを買うことがあるがこの映画は買う気になれなかった。大林氏は、苛烈な時代意識との真正面からの対決を逃げている。唯一の救いは、臼杵の自然と石仏火祭りを中心とする素朴で幻想的な民俗世界だ。名古屋駅前ゴールド劇場14:20放映。観客中高年多し。(2002/10/16 19:34)

[GREGORY HOBLIT『IUSTICE』]
 原題は『Hart's War雄鹿の戦』であり、この方がずっとよいと思うが、邦映名は「正義」となっている。第2次大戦の欧州戦線の米兵捕虜収容所における米軍兵士内部の葛藤を描いたサスペンス映画である。秘密裏に進む地下トンネル脱出作戦と黒人差別が同時進行するスリルに富んだストーリーが展開する。最後はそれぞれが自らの死を賭けて祖国への忠誠と尊厳を証そうとするいわば「犠牲」とは何か?といった迫真的なテーマが描かれる。その限りに於いては、自らを犠牲にした全体への忠誠に正義があるとする感動的なフィナーレになっている。
 この戦争を背景に描いた差別と犠牲の正義というテーマは、今日では或る限定性を付与されている。この映画が9.11以降撮影されたものであるならば、その客観的政治性は特に際だつものとなる。なぜなら米軍捕虜の美しい自己犠牲は間違いなく星条旗への無条件の献身を美化するものとなっているからである。
 私は率直に言って、第2次大戦後のアメリカ人の尊厳の在り方の不幸を思う。なぜなら戦後米軍が多数の犠牲を出して参加した戦争は、ベトナム戦争を典型としてすべてが汚い戦争であったからだ。青年に自らを犠牲にした死を要請する戦争は、ファッシズムに抵抗した第2次大戦で終わり、それ以降の米軍が参戦した戦争はすべて後ろめたいところが伴う汚れた戦争であったのだ。9.11以降のアメリカは祖国へ自己犠牲的な献身と死を求める報復戦争の論理としては、第2次大戦しかないのだ。ここにこそアメリカの悲劇がある。
 この映画で描かれた正義を真正面から追求し、その為には死んでもよいとする最も良質の米国デモクラシーが本物であるならば、いま繰り広げられている単純そのものの報復戦争と先制戦争を真正面から批判しなければならない。そうでなければこの映画は、恐るべき偽善を含んだ唾棄すべき映画ではある。名古屋駅ピカデリー2。中年と青年が多い。(2002/10/14 16:37)

[第7回詩のボクシング全国大会]
 NHKが主催する詩のボクシングは、2人のアマチュア詩人がリングの上で自作の詩を朗読し、審査員7名の投票によって勝者が決するトーナメントです。私は、この大会が大好きでいつも見ているのですが、全国の地方大会を勝ち抜いたスゴイ感性の持ち主の迫力に圧倒されます。特に広島音楽大学講師の意味不明の擬音が速射砲のように発射されるのは実存の雰囲気が漂い、福岡代表のことばの魔術師のような連想のほとばしりにはただただ驚きました。
 しかし私は技巧とテクニックに走る朗読詩の在り方に、その場は感心しますが、これほど矛盾に満ちた世の汚れを生き抜いている人たちの喜怒哀楽と希望を直截に描くまっとうな詩がないのが後から振り返ると残念に思います。その点で決勝で敗れた神奈川代表の女子高生うみほたるさんの繊細な感性と人間への希望が込められている詩に救いを感じます。佐々木幹郎氏が、最後に高齢者の詩が未来を開くに違いないと云っていたのは同感であり、また勇気づけられるものでした。(2002/10/13 16:39)

[小泉堯史『阿弥陀堂だより』にみる里山讃歌]
 小泉堯史は黒澤明のもとで助監督を務め、黒沢没後遺稿ととなった『雨あがる』を監督して、黒沢ワールドの継承者となった。私は『阿弥陀堂だより』は、黒沢を継承しつつ新たな画期を記した記念すべき映画だと思う。黒沢の底流に流れる「人は何のためにどう生きこの世を去るか」というヒューマンなテーマを美しい自然との共存の中で描いたノスタルジア漂う作品である。舞台は奥信濃の里山をバックにしている南木佳士の同名小説が原作。
 この作品では悪人は登場しない。さまざまの不安と悩みを越えて生きる庶民の四季の美しい移り変わりを背景に描くほのぼのと人間に対する信頼が醸し出される癒しの映画である。新自由主義の競争原理で疲弊している現代人の魂の故郷ともいうべき原風景がある。私は人間の世に生きていく汚れを洗い流して、ホッとため息をつくようなカタルシスを味わった。
 しかしところどころにドキッとする台詞を散りばめられている。末期ガンを静かに受け容れる教師が、「自分が普通のよい人間であったらシベリアから生きて帰ることはできなかった」とサラリとつぶやくあたり。
 北林谷栄演じる阿弥陀堂の婆さんの演技は、この世のしがらみを越えた神業に近い絶品とも云えるものであり、私自身のもはや遠くあの世へ逝った祖母を思い起こす極めつけの演技であった。私が無惨に捨てた故郷をはるかに想い起こしながら、過ぎゆきし過去に対する慚愧の念にしばし黙考せざるを得なかった。
 奥信濃の慕情ただよう四季はもはやこの世に現実には目にすることができないであろう。そこには高速道路が通り、地域開発の波で洗われた過疎の村がひっそりとあるだろう。このような喪われた村を美化して描いても誰が味わうであろうか。想えば私たち日本は高度成長の中で、いかに多く喪ってはならない自然を喪い、自分自身のヒューマンな心の在り方もどこかへ置き忘れ、維持することに破れ、ほんとうは敗残の身をさらしているのではないか。小泉堯史監督の感性にこころから敬意を表する。私は久しぶりに映画音楽のCDを買った。最後におうめ婆さんのことばを記す。

 雪が降ると山と里の境がなくなり、どこも白一色になります。山の奥にあるご先祖様たちの住むあの世と、里のこの世の境がなくなって、どちらがどちらだかわからなくなるのが冬です。春、夏、秋、冬。はっきりしてきた山と里との境が少しずつ消えてゆき1年がめぐります。人の一生と同じなのだと、この歳にしてしみじみ気がつきました。お盆になると亡くなった人たちが阿弥陀堂にたくさんやってきます。迎え火を焚いてお迎えし、眠くなるまで話をします。話しているうちに、自分がこの世のものなのか、あの世のものなのか分からなくなります。もう少し若かった頃はこんなことはなかったのです。恐くはありません。夢のようで、このまま醒めなければいいと思ったりします。

 名古屋今池国際シネマ。9時上映開始で高齢者が少数。(2002/10/13 15:37)

[ジャステイーン・シャピロ/B.Z.ゴールドバーグ/カルロス・ボラド『プロミス』]
 イスラエル・パレスチナ紛争の渦中を生き抜く3人のパレスチナ人と4人のイスラエル人の子どもたちの生活と交流に焦点を当てたドキュメンタリー映画。それぞれが敵対する相手側に対する憎悪を逡巡しながらも語り、そこから互いのことを知り合う交流が生まれ、パレスチナの厳しい状況を見据えて決して安易な希望に縋ってはいない。いたいけな子どもたちをこのような状況に追い込んでいる現実が胸を指す痛みとなって浮き彫りとなる。特にハマス支持の少年の自爆テロへの使命感はなんとも残酷な現実である。
 この映画を見ながらやはり私たちは傍観者であり、他者の不幸に対する共感のレベルは致命的に成熟していないと感じる。拉致フィーバーに沸き起こっている在日に対する迫害を見れば見るほど、現代の底の浅さを自覚する。プロミスが何度交わされようが歴史は遅々として進みはしないとも思う。最後に生まれたばかりの赤ちゃんの顔がクローズアップされ映画はそこに救いを見たのであろうか、私は逆にこの赤ちゃんの成長の果てに待ちかまえる過酷な現実を思う。彼等はテロリストと呼ばれる人間に成長するであろう。
 私はこうした子どもの現実をできるだけ情緒ではなく、リアルな歴史的な過程の問題として対象化して考えたい。アラブとイスラエルが共存する新たな国家展望を本格的に構築していく以外に最終的な救いはないと確かに思う。その過程で日本政府が果たしている犯罪的な役割を清算するまっとうな責務が日本人に問いかけられていることを否定できない。映画のパンフでは、重信メイ氏を含めてこのような問題提起をしている者は皆無であった。百万言を費やそうが、自国政府の犯罪性を問えない日本人は、パレスチナ問題に対する発言の資格はない。名古屋今池シネマテイークにて観衆15人。(2002/10/5 17:00)

[Mohsen Makhmalbaf『AFGHAN ALPHABET『アフガン・アルファベット』『Madrese’i Keh Bad Bord風と共に散った学校』Hana Makhmalbaf『Rouzi Keh Khalam Mariz Boodおばさんが病気になった日』]
 最初の作品は既に批評済みなので略す。『風と共に散った学校』は、遊牧民のテント小学校を扱ったたった8分の作品であるが、ここでの少年・少女の輝くような瞳、学習への嘘偽り無い真剣な没入、教師への無限の素朴な信頼感などすでに先進文明がとっくに失った透き通るような純粋さとけなげさがある。危うくすればどのようにでも操作可能な教えることの恐ろしさをも覚える。小学生が朗々と詩を歌い上げ、教師と周りの絶賛を受ける。隣の少女にキスしながら朗読する彼に、恥じらいながら微笑む少女の表情も抱きしめたくなるような可憐さがあふれている。たった8分でこれだけのものが描けるんだーと驚愕の至りであった。
 『おばさんが病気になった日』は、史上最年少監督といわれるマフマルバフの末娘ハナがつくった小品で、映画撮影の主役の座をめぐる少年・少女の葛藤を迫真的に描く。揺れ動くこころを微妙に映し出す表情の変化が子どもの世界を鮮やかに浮かび上がらせる。
 歪みと汚れを一身に帯びた先進国映画はもうたくさんだという透明な世界が確実にあり、開発と近代化の過程を経てそのような世界もいつかふてぶてしい成熟へと向かうのかと想うとなんとも哀しい。名古屋今池シネマテークにて、観客6人。(2002/10/4 17:59)

[MILCHO MANCHEVSKIミルチョ・マンチェフスキー『Dust灰』]
 マンチェフスキーはマケドニア出身の在ニューヨークの映画監督。舞台は、1893年にテッサロニキで結成された内部マケドニア革命組織VMROによるオスマントルコ帝国からの独立をめざすイリンデン蜂起(1903年)を背景に展開する奇想天外なバルカン風西部劇とでも云おうか。1893年は米国の西部開拓が幕を閉じて、カウボーイが姿を消していく頃であり、米国人カウボーイがバルカン紛争に参加しながら生涯を終える大河ドラマがドラマテイックに展開する。私の大好きなギリシャのアンゲロプロス作品の作風と少し似たような雰囲気があるが、こちらはあくまで冒険活劇風である。
 米国とマケドニア、1900年代初頭と現代がめまぐるしく交錯する時間と空間を越えた長編物語であり、上映時間2時間であるが充分に堪能できた。カインとアベルの兄弟間葛藤、アーサー王のシエイクスピア世界、現代ニューヨークの最底辺の青年などのテーマの翻案をふんだんに盛り込む骨太の「物語」映画である。名古屋駅裏ゴールド劇場。観客中年男女多く、入りは2/3。外はずっと雨が降っている。(2002/9/28 23:08)

[Marc Forster『Monster's Ballチョコレート』]
 原題は死刑執行前日に開く執行人のパーテイー”怪物たちの死の宴”の意味である。黒人死刑囚が電気椅子でのたうち回りながらショック死していくリアルな描写は死刑廃止の強烈なメッセージとなっている。執行人看守ー息子の看守の度し難い黒人差別感覚・・・・本作品は死刑と人種差別をめぐる米国の問題を正面から問いかけ、人種を越えた和解と強制の展望を模索している。夫を処刑された若い黒人未亡人が、夫を処刑した看守と新しい人生を切り開いていくというドラマテイックなストーリーではあるが、最後のシーンは観客に問題が投げかけられENDマークが出る。
 父に代表される白人国家アメリカの牢固としたちからー白人と黒人が共生する次世代米国の在り方ー黒人が迫られる尊厳と愛情のギリギリの選択・・・・まさに現代米国の亀裂を描く極限的で象徴的なテーマが噴出している。
 残念ながら9.11テロ以降アラブ系米国人に対する迫害が横行している現状を見ると、この映画が提起しているテーマは依然として21世紀に持ち越された課題となった。最後に云えば、私ははじめて黒人女性の知的な美しさと可憐さを見た。名古屋栄パルコ映画劇場。観客は少ない。小雨。(2002/9/17 19:53)

[JEAN-LUC GODARD『WEEK・END』]
 ゴダールが仏蘭西新左翼マオイスト(毛沢東主義)にかぶれていった1967年の作品。当時は仏蘭西思想界のカオスのなかにあって、サルトルなどもマオイストの陣営に参加したが、所詮はポピュレールとは無縁の街頭活動の華やかさに幻惑されたに過ぎない。前日に見た作品と同じく、衒学的な哲学メッセージが散りばめられ、観客はその観念的次元で衝撃を受けるシーンがふんだんに登場する。学生や知識人の一部に見られた革命的高揚期におけるハシャギにしか過ぎないということがまたもや再確認された。
 しかし1967年という年を考えると、こうした反ヒューマニズムの極地は一定のショックを観客に与えたに違いない。あの頃から思索者は、もっと足を地に着けた具体的でリアルな実践を積み重ねてきているから、こうしたゴダールの世界は一部のマニアのノスタルジー以上の何ものでもない。映画評論家の宣揚にかかわらず、歴史の一部としてしか残らないアーカイブではある。名古屋今池シナマテーク。観客3分の2。(2002/9/16 19:30)

[JEAN-IUC GODARD『FOR EVER MOZART』]
 神格化されている仏蘭西映画監督ゴダールの最新作。ユーゴ内戦をバックに自らの映画思想を描く。殺戮の渦中でモーツアルト=つまり文化に救済の力があるかを問いかける煩悶のメッセージか? いつもの如く哲学的な言辞を散りばめながら自らの精神風景を描く。私はゴダール映画の持って回った衒学的な描写が分かりません。例によってパンフをみると、浅田彰と蓮見重彦両氏が解釈学的評論を展開していますが、得るものはありません。深遠なテーマであったとしても、受け手を意識するのであれば「伝達」の技術性が不可欠であると思いますが、ゴダール監督は自信の思索の為にのみ創作を行うようです。その結果醸し出されるとりとめもない映像の連鎖が受け手をして混乱におとしいれ、何か分かったような思考を介入させていくという高等テクニックがあるように思われます。ユーゴ内戦の悲惨さは描かれますが、それはゴダールにとってはあくまで素材でしかないようです。ここにゴダールの最も疎外された非人間性を感じます。この世を観念の浮遊によって何とか自己了解しようとする一部の人にとっては、ある種の思索の苦闘をもたらすが故に自己満足を誘発するでしょう。しかし、いまそこであっけなく殺されていく一人の人間にとっての真実の痕跡は遺されないのです。名古屋今池シネマテイーク。ほぼ満席。(2002/9/15 18:37)

[ヤン・フジェベイク『この素晴らしき世界』]
 なんともこころ暖まる生きていてよかった−という信頼と勇気をもたらす映画だ。人間の卑賤さと高貴さを描きつつも、ユーモアとペーソスにあふれたヒューマンタッチでくるまれているから、こころ洗われるような明日への希望をいだくドラマだ。ぜひとも日本の若者たちに観てもらい、人間への沁みいるような信頼の世界があるということを知って欲しいなと思った。ところはチェコスロバキアのある地方都市の1941−45年のナチスによる占領とユダヤ人狩りの渦中に投げ込まれた或るチェコ人夫婦の逃亡ユダヤ人を匿う物語である。描写によっては裏切りと密告がとびかうこの上なくシリアスなドラマにもなりうるが、ユーモアと諧謔と笑いで突き抜けるような明るい描写となっている。
 映画の原題は、「MUSIME SIPOMAHAT我々は助け合わねばならない」であり、英語版は「Divided We Fall分裂すれば我々は倒れる」であるが、日本ではこのようなストレートな表現では観客が敬遠するから『この素晴らしき世界』としたのであろうが、それはそれでよいと思うほどこの映画のテーマを伝えている。
 わたしが最も感動したのは、最後の出産シーンと赤ん坊を抱いて瓦礫のなかのぬけるような青空の下を歩む晴れ晴れとした豊かな父親の表情である。
 こうした突き抜けた明るさを築くチェコの文化の背景にある常に大国に翻弄されてきた少数民族(1000万人)の悲哀を私は実感することは出来ないが、ハリウッドのかっこよさの背後にある浅薄さでは太刀打ちできない歴史の体験の重さがあるような気がする。チェコを代表する作家カレル・チャペックにチェコを代表する偉人3人を挙げてみればチェコ文化の特徴が分かるというSFがあるが、そこに登場する3人はヤン・フス(免罪符に反対して火刑に処せられた)、コメニウス(改革派教育学)、ハブリーチェク(詩人)であり、その共通点は理性を信じ、合理的に行動し常に前進する「積極的精神」にあるという。しかし一方ではフランツ・カフカの陰鬱で暗い実存文学の世界もある−という少数民族国家であるが故の高度な文化が築かれてきたのだ。
 しかしこの映画は、チェコの民族文化の特殊性を越えた或る普遍的なヒューマニズムの世界に到達しているように見える。そのような世界をパンフでの黒沼ユリ子氏の評論が見事に描いていると思う。黒沼氏の云うように、なぜ同じような戦争体験を持つ日本やアジアで、戦争犯罪を芸術的に告発するような映画を含むグランド芸術が創造されないのであろうか。その意味で現代日本は、余りにもプラグマテックな貧しい国に成り果てているような気がする。とりとめのない無意味な会話をケータイで繰り広げている日本は、本当の対話が出来ない文化を育てつつあるのではないか。名古屋駅裏ゴールド劇場にて。中年層の観客が多い。カソリック尼僧が一人。(2002/9/1 17:34)

[吉岡逸男『アフガン 戦場の旅』−記者たちは何を見たのか]
 アーア・・・こんな映像に時間と金を取られたのがもったいない。タリバン政権崩壊後にアフガンに入ったジャーナリストの取材過程を追ったドキュメンタリー。吉岡氏は中日新聞記者(正確には東京新聞記者か)。私はアフガンの報復戦争最中のリアルな映像があるかと思いきや、アフガンに入る苦労を記録したに過ぎない何ともはやつまらないドキュメンタリーであった。ジャーナリストの有り様を自己省察的に語るシーンもあるが、それは結局自らの職業人としての妥協を自己肯定しているに過ぎない−云ってしまえば甘えの自己表出に過ぎない。
 21世紀の世界システムを決めるかもしれない世界史的な意義を持ったアフガン報復戦争、一極帝国によって弄ばれている最貧困国の民衆のリアルな映像は全くない。商品としての映像を生産しているに過ぎない似非ジャー穴リズムの浅薄な実相を鋭く描いているのでもない。大体中日新聞(東京新聞?)等というジャーナリズムの本質をすでに喪失している新聞社に所属していること自体に自己欺瞞があるはずだが、ここには居直りの姿勢しか見えない現在のジャーナリズムの貧困を映し出した最低のドキュメンタリーだ。評論に値しない。名古屋今池シネマテークにて。(2002/8/31 17:12)

[ダニエル・バレンボイムとワグナーをめぐる論争]
 01年7月に指揮者バレンボイムはイスラエルでのコンサートでリヒヤルト・ワーグナーのオペラを上演し大論争を引き起こした。ヒットラーが最も愛した汎ゲルマン・反ユダヤ主義者であるワグナーの作品は、イスラエルでは公衆の前での演奏は禁止されていた。シカゴ交響楽団の指揮者でもあるバレンボイムは、ベルリン国立歌劇場管弦楽団を率いてエルサレムで3回のコンサートを行う際事前に主催者からワグナー作品の演奏を拒否されていたが、会場のアンコールに『トリスタンとイゾルデ』の抜粋を演奏する提案を聴衆に行い、議論の結果演奏を行うとの結論を出した。不快感を持つ人は退場してよいとして、2800名の聴衆はその演奏を歓迎した。イスラエル国会は謝罪するまでのバレンボイムボイコットを決議し、猛烈な攻撃が始まった。
 ナチスによるホロコーストの記憶はワーグナー音楽とともにある。強制収容所ではワグナーの演奏のなかでガス室に向かったのだ。ユダヤ人にとってのワグナーは、最も恐怖に満ちた地獄の黙示録に近い音楽であろう。しかしバレンボイム自身はユダヤ人でイスラエル国籍を持つ第1級の芸術家だ。芸術と政治の最も緊迫した関係が象徴的に浮かび上がる事件だ。
 アラブとイスラエルは暴力の応酬のなかで、相互の文化的な交流も一切断絶しているか、相手の文化を抹殺しようとしている。アラブ知識人エドワード・サイードは、このような文化的偏狭からバレンボイムの態度を擁護する。互いに相手の文化を知ることによって理解の契機が生まれるとして。しかし私はサイードの見解には反対だ。ユダヤ人にとってのワグナーはただ単なる芸術を越えた迫害と銃弾の意味を持っているからだ。(2002/8/30 9:35)

[ビガス・ルナ『裸のマハ』]
 19世紀を代表するスペインの宮廷画家フランシスコ・ゴヤの世紀の名画といわれる≪着衣のマハ≫≪裸のマハ≫が描かれる宮廷内の権謀術数に満ちたミステリアスな背景を描いた映画。このような重厚で劇的なタッチに私は参ってしまう。≪裸のマハ≫は絵画史上初めて女性の陰毛を描いた傑作として有名だが、ゴヤ自身は教会から異端審問を受け仏蘭西に亡命してその地で孤独のうちにこの世を去った。
 絢爛豪華な宮廷生活と入り乱れる権力闘争と絡んだ男女の肉欲などなど久しぶりに堪能させるものがあった。当時の芸術家がパトロンをバックにしてしか芸術活動が出来ないなかで自らの尊厳を維持していく、いわば個の歪められた矜持もうかがえる。ただしこの映画の致命的な欠陥は、時代の激動や宮廷からはるかに遠い民衆を一切登場させないところにある。こうした背景を描き込んでいけば、より深みとリアリテイーが出たのであろうに。名古屋栄シネプラザ4にて。観衆中年男女がちらほら。日本では黒澤明以外にはこうした重厚な歴史劇は描けない。名古屋栄シネプラザ4にて。(2002/8/28 17:35)

[熊井 啓『海はみていた』]
 私が山田洋次と並んで最も尊敬する現代日本の存命中の映画監督です。受賞作品を並べても、「忍ぶ川」「サンダカン八番娼館」「海と毒薬」「千利休・本覚坊遺文」「式部物語」「深い河」等があるが本質的には社会派テーマに焦点を当てた媚びない矜持を持った監督です。原作は庶民の哀感を描いた山本周五郎(直木賞受賞を固辞したことで有名)の『なんの花か薫る』『つゆのひぬま』であり、脚本は映聖(私の造語)黒澤明であるからして観る前から胸躍る作品でした。3者ともいわばアウトサイダー、非抑圧者への無限の共感をたたえた作家であると思います。
 さて舞台は近世江戸は深川の岡場所(遊郭)での虐げられ疎外された遊女の世界を取り巻く、純情ではあるが無知の若侍、世の中からドロップアウトする青年、遊女を食い物にする極道、成り上がり商業資本家等の混濁した世界での純愛とさらに女性の自立を描くというものです。
 青年期の私であれば無条件に感情移入しルサンチマンの行為への共感と熱い連帯を覚えたでしょうが、そしてそのような反権力と非抑圧者の視点から世界を描くクロサワ・ワールドと熊井監督に絶賛を贈ったでしょうが、今回は少々違った印象を持ちました。両巨人のテーマはあくまで封建遺制へのアンチテーゼであり、現代の問題意識とのヅレをどうしても感じざるを得ませんでした。遊び型非行による援助交際という売春が常態化した現代では、こうした前近代の構造からもたらされる理不尽な状況をどの程度伝え得るかどうしても或る種の断絶があるのではないかということでした。私が最も違和感を持ったのは、岡場所で働く遊女たちの麗しいまでも相手を想いやる信条でした。こうした女性は体を張って生きているが故に、あらゆる汚濁を身につけた羞悪ともいえる生活スタイルをいやおうなく身に刻印すると思うのです。そうではなくて遊女たちはあくまで純情であり一途であり互いに助け合うのです。江戸期において純粋な恋愛が成立し得た唯一の場所とも評価される遊郭であるからなのでしょうか。どのような地獄の世界に堕ちたとしてもなおヒューマニテイーは輝くという作者の価値観であるのでしょうか。このような私の印象批評が間違っているのかどうかパンフで高名な映画評論家佐藤忠男氏の文章を読みました。氏によれば、クロサワと熊井の描く女性像は男性に媚びない凛とした批評性を持つ女性像であるといっています。私もそのような女性像に憧れます。しかし現実の女性をリアルに見た場合に、こうした近代的自立への苦闘を試みている女性はいわば理想型化された女性ではないでしょうか。ここに山本周五郎とクロサワ・熊井の間に断絶があるように思えます。山本周五郎の描く女性世界は、ヨヨと泣き伏してひたすら堪え忍ぶいわゆる「可憐な」美しさの世界であり、そのような女性世界はクロサワ・熊井氏の世界ではないと思います。
 私は心性的には山本周五郎の世界に無限にひきこまれる危うい魅力を感じますが、私はその世界に身をゆだねることがどうしてもできません。どうしてもクロサワ・熊井氏の女性世界があるべきリアルな女性像でありたいと思うからです。
久しぶりに堪能した時代劇でした。名古屋駅前ピカデリー3にて。中高年夫婦多し。(2002/8/20 18:10)

[スン・ジョウ孫周『きれいなお母さん』]
 中国を代表する映画女優コン・リー主演の中国現代映画。北京を舞台とする聴覚障害児の母子家庭の健気な健闘を描く。テーマとしては昭和初期の日本映画であるが、凄まじい勢いで中国市場経済が進んでいるなかで、翻弄されながらも息子の将来を実現するために必死に苦闘する母親の姿が美しい。闇市や職安が現れて中国現代社会主義の変貌に驚かされる。私はこの映画を見て中国社会主義に何の期待もできないと明瞭に実感した。未だに検閲体制下にある中国映画がストレートにこの映画をパスさせた背景には、市場競争原理にもめげず苦闘する母親に現代の女性像を象徴化したからではないか(但し原作では母親が傷害罪で服役する場面は残酷だとして修正を求めた)。中国の障害者へのノーマライゼーションは残念ながらはなはだ遅れている。障害者に対する保障はほとんど家族に任され、障害児童は健常児からの甚だしいイジメの対象となる。
 映画のパンフの劇評の社会認識の貧困に驚かされる。決定的なことは、市場社会主義経済というシステム転換の下における家族や地域生活の変容という分析が全く欠落していることだ。これは何ということだ! 日本の映画評論の世界は斯くも貧困なのか? たった一つの救いは、障害者教育の立場から書いている聴覚障害者の分析であり、これは非常に参考になった。その評論の一部で彼はボソッと「中国も毛沢東の時代はみんなで協力して生きていこうというのがあったが、この映画を見て変わったんだなと思いました。競争原理が入っています」とつぶやいているのが、とても印象に残った。このような感覚というのは、日本の若者にはもはや実感として理解できないのだろうかとも思う。殆どの評論が母子愛情関係に帰着させて、現代中国の深層に迫り得ていない。ひょっとしたら監督自身もそのような問題意識がないのであろうかとも危惧する。しかし流石に大林宣彦氏のコミュニケーション論の視点からする分析は秀逸で僕には書けないレベルだ。大林作品が消えていく日本の古郷にテーマを求めているモチベーションがよくうかがえた。
 最後にこれだけは確認したい。頽廃に瀕して苦悶している日本映画の現状に対して、中国映画は人間のリアルな実存状況にはるかに率直に切り込んでいる。そのエネルギーとパッションをみると、21世紀の東アジアを決定するのは、日本ではなくまさに中国だと確信することができる。しかしそれはかって歩いてきた日本の道を辿ることであれば、同じ頽廃の憂き目にあうことになるし、またそうなるであろうと予感させるものがある。名古屋栄シネプラザ50。ほぼ満席。女性多し。(2002/8/5 20:48)

[ダニス・タノヴィッチ『ノー・マンズ・ランド』]
 ノー・マンズ・ランドとは、セルビアとボスニア内戦の最前線に置かれた緩衝地帯を指す。ここに迷い込んだ両軍の兵士の一人が、ジャンプ型地雷の上に傷ついて横たわっている。この地雷は踏んだ後に足を浮かせると、飛び出て地上1mで爆発し、200個の鉛弾を周囲にまき散らし、半径50m以内は全滅するという凶悪な地雷だ。こんな地雷をよくも発明する奴もいるし、また敵兵の遺体をこの地雷の上に置いて工作する神経も狂気に侵されている。ストーリーは、この地雷の上に置かれた傷病兵の救援をめぐるドラマだ。敵兵同士がなぜ戦うかも判然とせず、憎悪と奇妙な友情が交錯するが最後には殺戮を持って終わる。国連防御軍は両者の中に入って殺し合いを止めさせようとするが、指揮官は腐敗している。現地を取材するジャーナリストもセンセーショナリズムのスクープを狙って、命よりも映像にこだわる。地雷撤去兵は、高度の地雷技術に対応できず、全員が引き上げた後に、地雷の爆発とただ死を待つだけの兵士の横たわった姿がえんえんと描写されラストを迎える。文字どおり戦争の虚偽と虚妄をリアルな映像で訴える臓腑をえぐるような反戦の映画だ。確かに戦争での狂気を逃れるための冗談やユーモアが散りばめられており、決して単純は反戦メッセージではなく、戦争を取り巻く社会的諸関係の実相を鋭く描いている。ただ観客の一部が単純に冗談に反応して笑うのには付いていけない。このような悲惨な状況でのユーモアは、私にはかえって哀しみをもたらすのだ。
 ダニス・タノヴィッチ監督は、ボスニア・ヘルツエゴヴィナ生まれで、23歳の時にボスニア軍に参加し、フィルム・アーカブを立ち上げ、サラエヴォ最前線で記録映像を撮影した。「戦争とは精神状態であり、銃弾の音やヘリコプターのプロペラではない。戦争はそれを生きる人の心の中にあり、戦いが終わった後も消し去ることはできません」と語っている。この言葉に彼の映画製作の全てがある。
 旧ユーゴは、6共和国・6主要民族・3宗教・3言語・2文学が混在する複合多民族国家として、チトー大統領の下で共存してきたが、チトー亡き後経済危機を背景に民族対立が激化し、特にボスニアではムスリム人(44%)・セルビア人(31%)・クロアチア人(17%)が共住し、ムスリム人とクロアチア人が連携してセルビア人と対抗したところから、紛争が泥沼化し総人口の半数を超える200万人が難民化し、20数万人の死者が出た。
 旧ユーゴは「東欧のブラジル」と呼ばれる個人技で欧州最強のサッカー王国を築いたが、一時国際試合は禁止され、若きストイコヴィッチは名古屋グランパスのエースストライカーとしてプレーした。首都サラエヴォは、1984年に社会主義国として初めて冬季オリンピックを開催した近代都市であるが、現在のスタジアムは国連防護軍の格納庫となり、サッカー場は広大な墓地となっている。若い世代必見の映画である。特に小泉純一郎と石原慎太郎両氏は見逃してはならない。名古屋今池シネマテイーク。満席。(2002/7/30 18:12)

[豊田利晃『青い春』]
 原作は漫画家松本大洋『幸せなら手をたたこう』(小学館)。或る男子校の不良グループの学園内権力闘争の葛藤、いやゆる番長の座をめぐる争闘と挫折を通じて虚しい青春期が描き出される。際立っているのは、『バトルロワイアル』と共通する水平的な暴力の陰惨さであり、ここがかっての不良学生のあり方と決定的に異なる。かっての不良学生は、いわゆるアウトサイダー的反体制の象徴であり、主要な攻撃対象は学校権力に向かったが、現在はむしろ学生内部の弱者迫害に向かう卑劣な権力構築となっている。部分的な教師攻撃はあるがそれはあくまで揶揄であり、進路や単位を気にする不良達の卑劣な振る舞いにしか過ぎない。それほど現代の少年は出口のない空虚な権力関係に陥っているのであろうか。
 現代の新自由主義戦略によって形成されつつある階層編成の下層に集住する学生の権力関係は、すでに大人達が形成している古典的なアウトサイダー世界の権力構造のステロ・タイプ的なアナロジーに過ぎない。かってのアウトローやヤクザはある種の反権力的な正義をたとえ歪められた形であれ独自の形で形象化し、弱者に対する攻撃は最も軽蔑すべき卑劣なものと位置づけられていたが、現代のアウトローはそのような自己の存在理由すらも失い、唯単なる動物的なトラウマ(恨み)の無意味な発散形態でしかない。
 松本大洋であれ豊田利晃であれ、たしかにニヒルな映像描写は一定の観客を掴むだろうが、それは将来展望なく暇をもてあまして、その実敗者への道を不安気に歩んでいる甘チャンの層でしかない。どのように残酷で汚れた現実であれ、真摯に突破しようと足掻いている青年群像の模索は、彼らの視野には入らないのであろうか。
 末期的に衰弱して居場所が見つからない現代の青年状況を赤裸々に描いているといった評論家諸子のお目出度い言辞は、まさに青年を犯罪に加担させる無責任な推奨の言辞に他ならない。『バトルロワイヤル』と本質的に共通するニヒリズムの青春を賛美するなかで、松本と豊田は客観的には犯罪の土壌を確実に準備している。実に志の低い映画だ。名古屋駅裏シルバー劇場。観客10人程度。(2002/7/26 20:03)

[ローランド・スゾ・リヒター『トンネル』]
 東西冷戦下のベルリンでソ連側が1961年8月13日に構築した「反ファッシズム防御壁」と呼ばれる脱出防止の壁を地下から越えようとする実話の映画化である。当時50本ほどのトンネルが掘られたが成功したのは5本ほどだ。本作品は成功したハッソ・ヘルシェルの作ったトンネルであり、驚いたことに米国TV局NBCがその過程を撮影している。彼はその動機を「体制への憎しみです。それにもし成功すれば、私たちは巨大な政府機構を最も原始的なやり方で出し抜くという大勝利を納めることになるのです」と語っている。1989年11月9日ベルリンの壁は崩壊し、市民が歓喜して壁をたたき壊す映像が全世界に伝えられた。パンフでは「共産主義権力から自由になるために、そして愛する人を助け出すために命を賭けた人たちの愛と友情のドラマ・・・・」と説明している。
 焦点はトンネル掘削作業と脱出をめぐる攻防にあるため、東ドイツの社会主義システム自体の問題は深く描かれていない。国家保安局シュタージが登場するが、それも冷酷な秘密警察としてサスペンス風に描かれる。壁を走って越えようとする青年を撃とうとして躊躇する若い東ドイツ兵には迫真的な生々しさがあった。ドイツでは10人に1人にあたる700万人がTV版を観たという。
 東ドイツ社会主義は、かってナチスに抵抗したレジスタンス勢力が中心となって結成したが、ソ連型スターリン主義のなかで反ファッシズムの本来の姿は喪失した。リアルにみれば、崩壊した「社会主義」はナチス全体主義と同義の非人間的な独裁を
意味するのだということが分かる。これは本来の社会主義ではないという弁護論はほとんど虚しい。ではナチス全体主義と戦って倒れた無数の社会主義者の希望はいったい何であったのか・・・・歴史の狡知といえば余りの悲劇でもある。この映画がそのようなところまで迫っていれば一層の深まりがあったろうにと想われる。しかし、東から西へ脱出した人々はほんとうにパラダイスにであったのであろうか。無条件に賛美されている米国型自由の幻想に気づくには、またより多くの時間が必要とされたはずだ。このような問い自身がもはや歴史的な意味を失ったのであろうか。久しぶりの完成度の高いエンターテイメント・ドイツ映画。名古屋駅裏シルバー劇場。ほぼ満席。(2002/7/21 23:46)

[ロルフ・シューベル『Gloomy Sunday暗い日曜日』]
 久しぶりに重厚で濃密な欧州映画である。シャンソンの名曲『暗い日曜日』は、1930年代に”自殺の聖歌”として有名になり発禁処分を受けた。ユダヤ系ハンガリー人である作曲家レジョ・セレッシュは失恋を契機にこの歌を作ったが、別れた恋人が服毒自殺し、1968年にセレッシュ自身も服毒自殺を遂げた。1930年代の日本で、シャントウーズ・レアリスト(現実派歌手)であるダミアが、暗い世相を反映した歌詞と哀愁を帯びた美しい旋律で謳い上げて、近づく戦争の不安を感じる人たちの心を掴んだ。日本のシャンソン・ファン第1世代は、灯火管制激しく空襲警報鳴り響く戦争末期に、密かに敵国音楽であるこの歌を聴いた。
 作曲者セレッシュは楽譜が読めず演奏は右手の2本の指だけを使った。レストラン”キシュ・ピパ(小さなパイプ)”のピアノ弾きであった彼の「暗い日曜日」ヒット以降、レストランはブダペストの名所となり、ルビンシュタイン・メニューイン・トスカニーニ・ウタント・フルシチョフ・パレービ・ヴィスコンテイ・スペンサートレイシー・スタインベック・ルイアームストロング・レイチャールズ・ポールロブソンといった著名人が訪れている。
 ハンガリーはアジア系騎馬民族であるマジャール人が建国したが、幾多の侵略の苦難を舐めたあと、1873年にブダとペストが合併して首都ブダペストが誕生する。第2次大戦ではナチス支配によるユダヤ人迫害、大戦後はソ連支配に対するハンガリー動乱という苦難を経て、1989年10月23日ハンガリー共和国誕生を経て今日に至る。私にとっては、とりわけ哲学者ルカーチの祖国だ。
 映画は、作曲家がいるレストランの男女3人の愛情を縦軸に、ナチスのユダヤ人迫害を横軸に、運命に翻弄されて必死に生きるトライアングルを描き、最後には劇的な大団円に至る。欧州映画でナチスがしばしば登場する理由が初めて分かった。ナチスは欧州人にとって人生の基軸を規定する存在であり、一人一人の生き方の基底を決める存在なのだ。それにしても女性主人公を演じた女優エリカ・マロジャーンの美貌は筆舌に尽くしがたい。近寄りがたい聖女というイメージではなく、逆に男性を誘ってやまない魅力を讃えている。私は参ってしまった。彼女の恋人はパリ在住のヴァイオリニストであり、1年に1回会えればいい関係だという。ウーンますます惹かれるワイ。
 最後に毒殺されるドイツ人実業家は、戦争中に1000人のユダヤ人を救出した行為を激賞されていたが、真実は多額の金銭と引き替えの偽善者であった。「シンドラーのリスト」のシンドラーも本当はそうではなかったのかというあらぬ疑いを抱かせる。
 欧州人はこのような深い劇的な歴史のなかで自らを紡いできたのだ。やっぱり負けそう!! 名古屋栄シネプラザ50。女性中心に満席。

 暗い日曜日 訳詞 岩谷時子

 腕に赤い花を抱いて
 吹きすさぶ 木枯らしの中
 疲れ果てて 帰るわたし
 もういない あなただもの
 恋の嘆き つぶやいては
 ただひとりむせび泣く
 暗い日曜日

 ローソクのゆらめく炎
 愛もいまは 燃え尽くして
 夢うつつ あなたを想う
 この世では 逢えないけれど
 死んでも瞳が 云うだろう
 わたしの命より 愛したことを
 暗い日曜日

      (2002/7/20 21:10)

[いつかまた・・・・・小西 啓]
 
 いつかまた 出会えるような雰囲気を 自分はいつも残せずにおり
 雑踏の中で 見つけた真実か 俺も他人の足踏んでおり
 急激に悲しくなりき 反抗期終えてしまえば 何もない俺
            (歌集『こうしなければ生きていけなかった』平成10年所収)

 作者は20歳代で京都から東京に出て、徒手空拳。大都会東京で孤独の生活をおくった。現代の青年期の自画像としてなんともうら淋しい(大岡 信「折々の歌」7月16日付け)。私は宮中歌会始の選者に転身した大岡の推奨する歌を実は紹介したくはない。しかしなぜかこの歌は私を惹きつけるのだ。最近世俗で流行の俵風ポスト・モダンとは違う古典的な青年期をつぶやくように謳い上げている一途な真面目さがある。試行と模索の過渡期を生きる真摯な心を感じる。こういう青年がいることに安心し、また感動する。この青年がこれからどのように変貌するのかジット見ていたい感じになる。つまり数十年前の私自身の心象であったのだ。(2002/7/16 23:20)

[Boaz Yakinボアズ・イエーキン『A PRICE ABOVE RUBIES しあわせ色のルビー』]
 私ははじめてニューヨークのユダヤ人コミュニテイーの世界を垣間見ることができた。しかもHasidiumハシデイームといわれる紀元前2世紀にヘレニズム化政策に反対して、完全な献身と厳格な宗教生活を唱え、18世紀ポーランドのユダヤ教神秘派の地域コミュニテイーである。いわばユダヤ教原理主義派のグループであり、ニューヨークという多民族集住地帯でユダヤ教のアイデンテイテーを維持する宗教的結社の一形態ではないかと思った。ニューヨークにはこのような地域社会があるんだと少々驚いた。最初に割礼(生後8ヶ月目の男子に施される陰茎包皮を環状に切り取る風習)のシーンが登場し、ラビ(ユダヤ教長老)がナイフによって施術する時に、両親は心配して右往左往しているのが印象的であった。
 スートリーは最初予想していたよりはるかにシリアスであり、ハシデイーム・コミュニテイーで敬虔な家庭婦人として成長する主人公が、内なる自由と芸術への飛翔を求めて遂にユダヤ教と訣別し、自立の途を歩み始めるというものである。彼女は、ユダヤ教原理主義の厳格な戒律と苦闘するなかで、夫や子どもを含むコミュニテイーから完全に孤立し排斥される。
 しかし救いは、ユダヤ教原理主義も自らの内に人間的な自由への渇望を含み、長老は今はの際に妻への愛情を自然に表現し、主人公は別れる夫に「神の祝福を!」とつぶやく。登場人物のそれぞれが個性的な陰影を隠し持ち、重層的な人間の深みを描くことに成功している。
 ルビーRubyの起源はラテン語の赤色を意味するRuberルーベルであり、赤色以外はサファイア(青)と呼ばれる。サファイアは神聖・信仰・誠実・貞節を意味する賢者の石であり、ルビーは本能・肉体・情熱・闘争心を意味する人間の動的部分を象徴している(プリニウスは「ルビーは内に燃える情熱の炎を宿している」と云っている)。ユダヤ原理主義がサファイアであるならば、女性主人公は情熱的なルビーである。17世紀にダイヤモンドのカット技術が開発されるまで、宝石の王がサファイア、女王がルビーであった。
 ニューヨークに暮らすユダヤ人の多くは、ナチスの迫害を受けて逃れてきた人々であり、そのなかで厳しい戒律で生活するのは宗教民族生き残りの方法ではあろう。男性ユダヤ教との敬虔なまなざしや威厳ある振る舞いはしかし、容易に人を受け容れない冷たさでもある。このような閉鎖的な孤立集団から、自由を求めて飛び立つユダヤ人が出てきても不思議ではない。伝統世界への訣別とこの自由への希求は、かって農耕社会日本が求めた世界であったが、現代の閉塞感漂う日本でも充分に普遍的なテーマであると思われる。名古屋駅裏シルバー劇場。観客まばら。(2002/7/14 17:14)

[パク・チェヒョン『燃ゆる月』]
 韓国古代部族国家の争闘を描いた歴史ファンタジー・ドラマ。ギリシャ悲劇かル・グイン『ゲド戦記』を想い起こさせるような豊穣なイメージとアニミズム世界のシンボルが溢れる文句なく面白い大河ドラマ。部族の運命と純愛を絡ませながら、宿命に弄ばれ戦いながら自らの使命を全うしていく神話的な共同体の美学。古代共同体における人格の威厳と気品ある凛々しさは、現代人がとっくに失ったものだ、。
 共同体への無私の献身とか愛と裏切り・友情などなど全ての現代的なテーマが散りばめられ、最後に勝利するのは自らの運命を受け容れる愛の勝利という単純かつ素朴なストーリーであるが故に、もはや冷めた日本人には描けない世界である。いや宮崎竣『もののけ姫』が唯一あるか。映画技術はハリウッドと比べると拙劣といくらでも指定できようが、とにかく俳優を含めたスタッフの情熱と全力投球がグイグイと伝わってくる。黒澤明の重厚そのものの世界には描けない、雄々しい純愛の世界がある。名古屋駅裏シネマスコーレ。ほぼ満席。(2002/7/7 17:08)

[アニエス・ヴェルダ『落ち穂拾い』]
 どうも最近おかしい。静かなモノローグのような映画を観ていると、いつのまにかうとうと居眠りしてしまうのだ。監督には申し訳ないがこの映画もそうなった。しかしさすがフランスのエスプリが散りばめられて淡々と「拾う」という行為が描かれる。ミレーの絵で有名な「落ち穂拾い」は、西欧中世から近世にかけての農村共同体で、収穫後の耕地に散乱する落ち穂を、老人や寡婦・孤児・障害者といったマイノリテイーが拾うことを許された慣行であり、社会的弱者を救済する一つの手段であった。
 この作品は現代の落ち穂拾いであり、収穫の終わったジャガイモ畑、養殖場から流れる牡蠣、大量放棄される家具や電機製品などを黙々と拾って生活する人々を描いて、静かに現代の大量消費文明を批判するドキュメンタリー・エッセイとも云うべき作品である。監督は、フランス・ヌーベルバーグとは一味違う実験映画から出発した女性監督であり、女性らしい細やかな意表を突く撮影がデジタルビデオで行われている。こんな映画もあるんだな・・・。名古屋栄シネプラザ4。(2002/7/6 16:57)

[ニルス・タヴェルニエ『エトワール』]
 300年以上の歴史を持つ世界最高といわれるパリ・オペラ座バレエの神髄が描写される。舞台公演での華麗で優雅な舞いしか見たことがない私には、その裏側にある厳しく過酷な世界と人間としてのダンサーの実相を見せられた思いだ。全てをバレエに捧げて削ぎ落とされた肉体の中から生み出される「身体」の美しさはこの世のものとは思われない。このような美の女神に全身を捧げて、引退するその日までを懸命に生き抜く極限の生の壮絶さ。一切の妥協を許されない身体の技術と、精神生活の高みが一致しなければ美の女神は微笑まないことも初めて知った。
 世界最高峰にあるパリ・オペラ座バレエ団の育成メカニズムもまた冷酷な階級システムだ。エトワール(星)と云われる最高位のダンサーを頂点に、ダンスール(第1舞踏手)・スジェ・コリフェ・カドリーユと垂直的に編成されたヒエラルキーの世界は、激烈で残酷な競争社会だ。いつ来るか分からないチャンスを信じてひたすらに準備する舞台にでれないダンサー。貴族に匹敵する崇敬を集めるエトワール・・・・なにか目眩くような悲愴な芸術の世界が繰り広げられる。
 しかし彼らはまさに「現在を」生きている実感がほとばしりでている。ここが市井に埋もれて暮らす私の羨望である。ベジャールとかヌレエフという振り付け師の名前を聞いただけで鳥肌が立つ私は、とりわけヌレエフのインタビュー場面ではスクリーンに緊張して見入った。こいつがあのヌレエフなのか。中年男の彼はいかにも堂々として、芸術を取り仕切っているという自信を漂わながらフランス的なエスプリ溢れる応答を展開していた。こうした重厚な世界に日本人ははなからたちうちできないという絶望的な気分になる。
 もう一つ知ったのが、群舞における個性である。舞台での群舞は、集団としては美しいが部品のように踊るダンサーの個性は死んで、最下層の技術者が担当する部分だと思っていたが実はそうではない。一糸乱れぬ群舞の中でこそ、実は集団と個の激しい緊張関係があり、その中でこそ将来のエトワールになるダンサーが見いだされると云うことだ。
 よくみると、バレエ・ダンサーの肉体は筋肉のみで武装された人工的なものであり、接写して流れる汗はおよそ舞台の美しさとはかけ離れている。何ものかを得るためには、他の無数のものを犠牲にしたときにのみ実現されるのだ・・・ということを有無を云わせず直裁に示した身体であった。「ダンスの世界では努力は無意味だ。それは誰しもしていることだ。決定的なことは才能だけだ」と答える或るカドリーユの言葉は胸を打った。悲劇的な対照性は、引退したダンサーのその後の身体の堕落が眼を覆わしめる羞悪さとなって表れてることであり、どこかのおばさんと変わらないと云うことであった。名古屋栄シネプラザ50。観客7名(うち女子高生2人)。(2002/7/5 20:32)
                                                                           
[ジャン=リュック・ゴダール『愛の世紀ELOGE DE L'AMOUR』]
 このような映像の美と衒学的なモノローグに近い対話で通してしまう映画は、確かに極く少数のいわゆる玄人映画ファンをつかむのだろうナ。確かにサイードとかアンナ・ハレントなどの哲学者の名前が登場すると、ナニナニ!と一瞬惹きつけられるが、全編通して倦怠と絶望が漂う高踏的な映画だ。晩年の憂愁や断念と残り滓となったパッションの相克は、イタリア映画『ヴェニスに死す』の方がはるかに訴求力がある。ゴダールは本質的に幼児的なナルシズムを引きずっている。
 ほんとうはもっと内在的な批評をしたいのだが、少なくともフランス的な感性の爛熟の果てに出口をみつけにさまよう高等文化人の煩悶である。今日はこの程度でやめたい。ゴダールは所詮私には縁なき人なのか、それとも悪戦苦闘する対象なのか、今少し時間を置きたい。名古屋駅裏シルバー劇場。月曜日にしてはそれなりの入場者数だ。外は梅雨前線の影響で小雨が降り続いている。(2002/7/1 19:23)

[アンヌ=マリー・ミエヴィル『そして愛に至る』]
 このような映画の撮影が許されるのはフランスのみだ。全編「言葉」「欲望」「人生」といったテーマをめぐる形而上的な対話が飛び交って思考を刺激する。今は老境に入ろうとしている中年男をジャン=リュック・ゴダールが演じている。彼こそデビュー作『勝手にしゃがれ』でフランス・ヌーベルバーグ(新しい波)の旗手として登場した20世紀を代表する映画監督だ。いまや彼らのテーマは、かっての巨視的な反体制社会派ではなく、人間の(男女の)「愛」に移行し、そこに晦渋な哲学的対話が繰り広げられ、フランス的なエスプリと教養そのものが画面に展開する。
 このような次元でこの世を生きている人がいるんだな・・・・というのが率直な私の感想である。自らの全存在をかけて投企する客観がこれほど溢れている地上の羞悪な現実が氾濫しているにもかかわらず、倦怠に満ちたフランス中流文化人の本源的な関心が何処にあるかを示していて、フランス文化の重厚さと現代の裂け目といった架橋できない世界が築かれてしまったのか。アルジェリア独立戦争をめぐる苛烈な客観の現実の中で、自らの生の行く方を模索してきたゴダールは今や何処に行ってしまったのか。野崎歓(仏文学者)は脳天気にも「守ってあげたいほど可憐なゴダール!」と云って、現実と切り結ぶ芸術の基軸を貶めている。なにか「高みから」高踏的に煩悶するかのごときゴダールを少年アイドルのようにしか評価し得ない。
 形而上的テーマを斯くも恥じらいなく正面から描くという点ではさすがフランスだ。しかも具体や現実との接点なしに描き抜くところが、凄いというか波長が合わない。それは、下手をすれば自己満足に終わるという直前で回避しているいわゆる少数派芸術の限界が露わとなっている。名古屋駅裏シルバー劇場。(2002/6/30 19:53)

[ジョン・キャメロン・ミッチェル『ヘドウイグ・アンド・アングリーインチ』]
 ウーン凄い映画があるもんだ! 全編がハードなロックに埋め尽くされているが、背後にあるのは歴史に翻弄されながら尚かつ自由と愛を求めて放浪する剥き出しの人間そのものが描かれている。あらゆる虚飾を許さない実存的な哀しみと怒りが溢れ、しかもどこかに希望がある。世の最底辺で生きる民衆的ルサンチマンと絶望が交錯するパンク・ロックの裏に流れる嘘偽りのないヒューマニテイーそのものの魂を揺さぶる叫びがある。歳を経てナイーブな感性が摩滅しつつある私が味わったある種の快い衝撃は、若い世代にはもっとストレートに直截に響くだろう。多文化共生社会であるアメリカの自由とパワーを満喫できる映画であった。本作は、オフブロードウエイで2年間のロングランの後映画化されたロックミュージカルである。
 しがない場末のロックシンガーであるヘドウイグは旧社会主義東ベルリンで生まれ、自由とロックを求めて米国への移住を実現するため米兵との結婚を決意し、性転換手術を受けるが失敗し男性器が「アングリーインチ(怒りの1インチ)」として痕跡を残す。彼は売れない女性ロックシンガーとなって全米を放浪するなかで、求め続ける自由と愛が虚妄ではないのかと煩悶しつつ、ロックの世界で解放されるしかない。孤独と危うい絶望のなかで培われていくかすかな希望のひとかけらを抱きながら・・・・どぎついロックのコスチュームとメイキャップを捨て去った後の裸体で、夜のニューヨークの暗い裏通りを歩いていく姿は、まさに本来の自分自身を恢復した希望そのものの美しい姿があるかのようだ。
 地獄のような現実を鋭く射抜く表現と、そのなかで歌い上げられる人間賛歌は、表層的で安直なヒューマニズムを破砕し、根底から私たちの魂をゆるがす迫力を持って迫ってくる。静かなバラードも好きだが、この映画を通じてはじめて本当のロックとは何かを知らされたような感じがする。ロックとは感性だけに純粋に生きる人の魂の叫びだ。虐げられたアンダーグラウンドの中にこそ、歪みと戦う人間の真実があるのではないかとも考えさせられた。
 かって過ぎし日に観た『ドイツー青ざめた母』はやはり迫害される同性愛者を描き、残酷な裏切りを描いた『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は壮絶なビョークの歌声で人間の希望を高らかに歌い上げたが、或る意味で本作品もこの系列につながるのではないかと思う。2時間がアットいう間に過ぎた。名古屋パルコ・センチュリーシネマにて。若い女性観客が多い。1組だけ老年の夫婦が仲良く観ていたがこれには感心した。この映画館はスクリーンが間近に迫り迫力がある。(2002/6/29 20:08)

[フランク・ダラボン『THE MAJESTIC 』]
 ダナボン監督の『ショーシャンクの空に』・『グリーンマイル』に続く「希望」を描いた第3作だ。舞台は、冷戦期米国1951年の米国内共産主義者を摘発したマーッカシズム渦巻く非米活動委員会である。映画・マスコミ界の共産主義者の摘発も徹底的におこなわれ、証言を拒否して獄中に下った有名なハリウッドテンといわれる映画人の伝説が誕生した。そのなかで、代表的な映画監督エリア・カザン(代表作『エデンの東』)は仲間を裏切り嘘の証言をして生き延びるという悪名高い選択をした。2000年のアカデミー賞授賞式で特別賞に選ばれたカザンに対して、抗議の意志を示すために椅子に座って無視する何人かの映画人を見て私は感動した。
 そしてここに、最後の勇気を奮って証言を拒否する映画人を主人公に、真実のアメリカン・デモクラシーの恢復を呼びかける映画が誕生した。マジェステックとは「威厳ある」といった意味だが、私は最も良質的な米国民主主義の伝統が確かな潮流として脈々と生きていることに驚いた。実は日本映画界では、いつか死後の近くなったテーマであり、映画人自身が敬遠しているテーマである。ダラボンは、そのような米国民主主義の輝かしい伝統の蓄積を極く素朴に悪く云えばワンパターンで描き抜く。見え見えの技術的な稚拙はあるが、しかし9.11以降このような映画が商業ベースに載るハリウッドの底の深さをまざまざと感じる。
 しかし敢えて云えばダラボンの限界は、米国民主主義があくまで米国内の自由の戦いとして語られ、結果的には星条旗の良質な側面を浮かび上がらせて、そこから一歩進み出ないことだ。良くも悪しくも米国は、自らの民主主義を世界モデルとして全世界に強制しようとしている現代の問題を決界するところまでには到らない。そのような限界を持ちつつも尚かつ私は、このような映画人の良心の最後の一線を守り得ているハリウッドの質に敬服する。そこには、希望や連帯といった普遍的なヒューマニズムにつながる、私たち日本人がいつか失って冷ややかに冷笑しているテーマが、敢然と光を当てられ輝いている。名古屋駅前ピカデリー1。意外と若い観客が多い。(2002/6/22 17:10)

[アラン・ミラー『トウーランドッド』]
 イタリアのオペラ作曲家プッチーニの最後のオペラにして、王族に仮託した愛の絶唱である。1926年のミラノ・スカラ座での初演では、指揮者トスカニーニが第3幕で音楽を止め、指揮棒を降ろして作曲家プッチーニの死を悼んだ。21世紀になってフレンツエ歌劇場の主席指揮者ズービン・メータは、この作品の演出を中国人映画監督チャン・イーモウ(張藝謀)に依頼し、1997年フィレンツエ5月音楽祭で圧倒的な成功を収めた。この成功が、北京紫禁城での公演となり、本映画はその上演過程の舞台裏を描いたドキュメンタリー映画である。
 徹底的に明・清王朝期の豪華絢爛たる舞台を時代考証に忠実に再現しているが故に、その華々しさに「目を奪われる。精巧な刺繍を施した衣装のうらに幾多の織り子の犠牲があったかを思うと、また痛々しくなる。このような王朝絵巻の光り輝くドラマは、実は西欧人の眼差しである。パンフの解説では、西洋と東洋の激突だと記していたが、果たしてそうか。チャン・イーモワの芸術的な視点はあくまで権力に翻弄されてもしたたかに生きる民衆の尊厳にあったのではなかったのか。このような奇異の目でアジアを見るプッチーニの作品を自らの祖国で上演しなければならないまでに陥った彼の心情は何か。「蝶々夫人」を改作して上演した日本人オペラ歌手がいたが、チャンにはそのような視点はなかったのであろうか。
 しかしなおかつオペラの西欧的な重厚さと朗々たるアリアは、無条件に引き込まれる芸術音楽の迫力があることは間違いない。名古屋今池シネマテークにて。(2002/6/16 19:09)

[マノエル・ド・オリヴェイラ『Je rentre a la maison家路』]
 今年94歳を迎えるオリヴェイラ監督の珠玉の一編である。もはや老境に達した名優が妻と娘夫婦に先立たれ、立った一人残された孫息子と老境を生きる淡々とした描写が続く。劇中舞台では、イヨネスコ「瀕死の王」、シェイクスピア「テンペスト」、ジョイス「ユリシーズ」といった王の晩年を描く劇中劇と、老俳優の日常がの生活が、大都会パリのきらびやかな光と下町の闇をバックに展開する。日本では小津安二郎が描いた人生の晩年にある生を思い浮かべてしまうが、94歳にしてかくもナイーブなスピリットを維持している芸術家精神のほとばしるような哀切ある情熱を感じた。名古屋今池シネマテイーク。観客には意外と若い人が多い。(2002/6/9 16:58)

[阪本順治『KT』の権力犯罪]
 この映画は、1973年に日本で発生した韓国大統領候補金大中(KT)拉致事件の真相を正面から描いたセミドキュメンタリー・ドラマで、結構リアルで緊張感に満ちた映像で迫力があった。日韓合作であるが演出の主導権は日本側にあったようだ。しかし冷戦下の韓国内地下闘争を描いた「シュリ」の白熱的な描写に比べるとやはり見劣りがする。私が衝撃を受けたのは、自衛隊の秘密部隊がこの事件に関与しており、佐藤浩市演ずる自衛官は、自衛隊の軍事的自立と天皇制を崇拝するクーデター計画に関与するグループであり、日本の反革命をめざすなかで金大中拉致に協力するのだ。これがもし歴史的事実であったなら、日本の黒い地下の部分で蠢く権力犯罪の実行部隊が国家権力として隠然たる活動している恐るべき実態があることになる。そのメンバーの心情に共感を持つかのごとき、また日本の新聞記者のニヒルな信条とも共鳴し、軍事国家日本への転換のぞむかのごとき堕落した反民主主義の洗練された映画ということになってしまう。
 それを象徴的に示しているのが、右翼評論家西部邁を登場させたパンフレットであり、同じパンフに解説している在日左翼のカンサンジュン氏も全面的にこの映画を賛美しているところに、現代の権力観の最大の問題状況がある。それは、KCIAの拷問によって全身に傷跡を残している元活動家の韓国人女子大生が、佐藤扮する秘密自衛官と互いの行動を知っていながら恋愛し結婚に至るという誠に戯画的なストーリーにも表れている。『シュリ』では、北朝鮮スパイ女性と南朝鮮の男性が恋愛して悲劇的な結末に到るのだが、同じようなストリーであるにもかかわらず必然性が全く浮かび上がってこない。
 結論的に云うと、政治力学の究極の極限に生きている韓国・朝鮮人と、自らの命を懸けるまでの覚悟は要らない日本人映画監督の思想的な成熟の差異が否定すべくもなく露わとなっていると云うことだ。ただし現在の日本で権力犯罪をここまで追究しうるという状況は未だ救われる所がある。(2002/6/8 18:05)

[チアン・ウエン『鬼が来た!』]
 『芙蓉鎮』『紅いコーリャン』で鮮烈なデビューを飾った俳優チアン・ウエンの監督第2作でであり、2000年カンヌ映画祭グランプリに輝いた作品。中国で「鬼」とは異世界からの侵略者を意味する最も厳しい表現だそうだが、いうまでもなくそれは日本侵略軍を意味する。第2次大戦末期の日本軍占領下の中国華北の農村で対峙する日本兵士と農民の戦時下の交流と悲劇の大団円がドラマテイックに展開する。中国映画でここまで日本侵略軍の本質を描ききった作品は初めてだ。戯画化された日本兵士の農民性と薄っぺらい優越意識が醸し出す狂気の構造がかくまで深層に迫った描写を中国人監督が成し遂げている。悲惨な占領を舞台に、中国と日本の民衆が直截な庶民意識を丸出しに必死で生き抜こうとするが故に、戦争全体の構造の中で阿修羅となって殺戮と虐殺の加害ー被害の地獄に堕ち込んでいく。
 欧米の戦争映画にはない庶民の哀感が滲み出る、しかも迫真のドラマ性に満ちた娯楽性とメッセージ性を併せ持つ、何か全力投球した実感が漂うただものではない映画だ。中国共産党(八路軍)、国民党軍、日本軍すべてが民衆を裏切っていくという視点は、最近の中国映画の権力自体と距離を置く民衆という発想のにある。チャペック『兵士シュベイクの冒険』と共通する戦争に翻弄されながら、冷ややかにそれを見つめているという民衆の視点がある。ここにこの映画が中国国内では、上映禁止の措置を受けている理由がある。
 現代日本人からみれば、中国戦線での日本軍の侵略的本性を容赦なく暴かれて、身の処し所がないような戸惑いと眩暈に近い気持ちにおちいるが、その日本人も人間の深層心理の逆上としてリアルに描かれているので、迫力ある共感が生まれざるを得ない。凡百の映画評論家は、いまも尚侵略の歴史の延長で現代日本を見抜いている中国人の視線を鋭く感じ取る感性はなく、人間的な狂気をもたらす戦争一般論の地平で論じているに過ぎない。再び戦争を準備し、核兵器の所持をも射程に入れた日本政府の貧しい歴史感覚と結びつけなければ、この映画の真のメッセージを理解していることにはならない。人間のおかしさや哀しさ、凶暴さを多面的に描ききったこの作品は、中国が類型化された「典型的状況における典型的人間」の描写という社会主義リアリズムを完全に越えた豊暁な水準に到達していることを示している。名古屋駅裏シネマスコーレにて。観衆超満員。(2002/6/1 23:17)
 
[マイケル・マン『WILL SMITH ALI』]
 プロボクシング世界ヘビー級チャンピオンであった伝説的なヒーローであるモハメッド・アリ(カシアス・クレイ)の生涯を描いたエンタテイメント映画。1960年代に華々しくデビューし、ベトナム戦争での徴兵を拒否し、チャンピオンの座を追放されたアメリカ黒人解放運動を象徴する人物であり、私の青春期にきらびやかな足跡を黒人プロボクサーであった。驚いたのは、殺害された急進黒人イスラム運動の指導者マルコムXとの交流が詳細に描かれていることだ。1960年代は米国黒人運動が最も盛んに闘われた時代であり、まさにモハメッド・アリは時代の子でもあった。思い出すのはメキシコ・オリンピックで優勝した米国黒人が、表彰台で真っ黒い手袋をして星条旗に向かって拳を突き上げ、メダルを剥奪されたことだ。まさにそういう熱く燃えた時代であったのだ。
 青年が体制に反抗し、時には暴力的行動で抗議した全世界的なウエーブが確かにあり、今はもはや隔世の感がある。若者は、時代を変えようとする若者は、大人の価値観を拒否した若者は、実は同時に経済の高度成長を担った前衛部隊でもあった。この映画は、そのような時代の息吹きをリアルに伝え、そのなかで戦いと思想を併せ持った或る黒人青年のドラマだ。その闘う姿の美しさ、挫折、苦悩をあくまでハリウッド的に描ききった堪能できる映画だ。全編に流れる黒人音楽の迫力にも圧倒される。名古屋駅前ピカデリー劇場。大きくて観やすいスクリーン配置だ。(2002/5/26 17:30)

[アオボルファズル・ジャリリ『少年と砂漠のカフェ』]

 わたしの全存在は 暗闇の顕れ
 それた繰り返しあなたを
 永遠に咲き誇る明け方へと運んでいくだろう
 
 人生とは恐らく一本の長い道
 女が毎日籠を持って通るような道
 人生とは恐らく一本の紐
 男が自分の首を枝に括るための紐
 人生とは恐らく、学校から戻ってくる子ども

 私に与えられたものは これだけ
 私に与えられたものは これだけ
 私に与えられたものは
 目の前に吊してあるカーテン一枚分の空

 私は
 哀しそうな 小さな妖精を知っている
 その子は 大海のなかに住んでいて
 その心を 木製の牧笛で
 奏でているのだ やさしく やさしく
 哀しそうな 小さな妖精は
 夜にキスをひとつして死んでしまう
 そして明け方 また一つキスをして
 ふたたび生まれてくるのだ

          フォルーグ・ファッロフザード(1935ー67 イラン詩人)

 デルバランは恋人達を意味するペルシャ語で、イラン東部ホラサン地方の北部にある、アフガン国境に近い町、家を捨てて恋に殉じた人が、出会う場所としてあった。乾燥した町は砂漠の真ん中にあり行方を探すのが困難であったからだ。国境に道路が通り国境を越えた違法就労者や麻薬密売人の集住地となって町は一変した。本作品は、アフガン難民の少年を主人公に戦争孤児のけなげに生き抜く姿を描く。少年キャインは、故郷の家族に会いにアフガンに帰るが、その後の彼の消息はない。素晴らしい彫りの深い凛々しい少年ののその後を想うと、私はこの映像への深い思索を巡らさずを得ない。
 少年が稼いだカネを故郷の姉に届けるように託した男は、山を登る途中で撃たれてしまい、金の入った袋が坂道の落ちていく。何とも胸裂かれるシーンだ。率直に言って淡々と描かれる映像は眠気を催す。しかしこのような時間の流れこそ本当に人間が生きている姿かもしれない。(2002/5/25 20:25)

[チャン・イーモウ(帳藝謀)『活者(活きる)』 ]
 チャン・イーモウは、父母の出自階級によって文革で農村に3年間下放し、その後紡績工場で労働の後、再開された北京電影学院に合格するが年齢制限で取り消し、文革で10年の歳月を奪われたことを文化省に手紙で訴えて入学許可される。その後『紅いコーリャン』『菊豆』『紅夢』『秋菊の物語』『あの娘を探して』『初恋のきた道』などなど中国現代映画を世界に知らしめた名作を次々と送り出してきた私が最も注目する監督だ。
 映画は、1940年代の抗日運動から国共内戦を経て文革とその終了までを背景に、劇的な中国現代史をしぶとく生き抜く或る庶民の家族の歴史を描き、1994年カンヌ映画祭グランプリを得た。歴史に弄ばれた被害者意識や挫折と言ったインテリゲンチャ好みの描写ではなく、政治の激変の渦中を微笑をもってしたたかに生き抜く民衆の生活史である。大躍進下の土法炉(旧式の溶鉱炉)の製鉄法や影絵芝居など実に興味津々たる場面が続く。国の成長を「ひよこ→鵞鳥→豚→牛その後は共産主義」と比喩的に語るが、同じ言葉が後半に登場し、「ひよこ→鵞鳥→豚→牛 その後は・・・・・無言」となり、ここに監督の社会認識が凝集されているように思われる。チャン・イーモウの社会認識は、現体制と個人を一致させず、体制の変容のなかを、体制との一定の距離をとりながら生き抜く個の世界に焦点を当てる。体制の誤謬を声高に批判するのではなく、歴史を終局的に動かしているのは無名の庶民であるという民衆史観がある。
 私は中国社会主義の過程で、善意であるが故に政策転換によってこの世から葬られた幾多の誠実な人々のことを想い、一体社会主義とは何なのか、何であったのか、何であるべきなのかを本気で考えねばならないと思った。現代中国の怒濤のような市場経済の推進の中で、無名の民衆は社会主義システムをどのように自らの問題として捉えているのか、つくづくと考えざるを得ない。第2は、歴史叙事詩の映画が絶えて久しい絶望的な日本映画の現状を思う。欧州映画と中国・韓国映画の正面から歴史と向き合う大河的な叙事詩を心ゆくまで堪能して、日本映画の寒々とした貧困を思う。(2002/5/12 17:51)

[サリー・ポッター『耳に残るは君の歌声』(原題 The Man Who Cried 泣いた男)]
 第2次大戦をはさむ欧州において最も迫害されたユダヤ人とジプシー(ロマ)の若い男女が、歴史の激動のなかで必死に生き抜き、愛し合いながらも己の出自に殉じて離別していく。救いは米国への亡命に近い渡航にある。自らの人生の決定的瞬間において私的な幸福の価値を捨てて、自らの生を規定している民族の出自を選択するなかに自己の尊厳を見いだす。ポスト・モダンの現代からみれば、個の選択をこそ重視すべきではないかというアンチ・テーゼが容易に提起されようが、民族共同体における自己責任が毅然として優先される骨太の映画だ。米国亡命が希望の証のように描かれているラストシーンは少々物足りないが、漂流する現代日本の表層生活からみればはるかに深くアイデンテイテイーの探求を示す映画だ。
 しかしここで描かれている迫害は、ジプシーを除けば極めて幸運な選択ができたユダヤ人の階層を描いているのであり、700万人とも云われる民族絶滅の重さからは遠く離れている。以上はこの映画に対する歴史社会学的な評価である。
 この映画におけるもう一つの、しかし本質的なテーマは、言葉と歌によってしか自分の尊厳の証を示し得ない庶民的な芸術家の世界である。政治権力の前で、歌や芸術の持つ惨めな無力さやそうであるが故に逆説的に示す崇高な力が浮き彫りとなる。権力に翻弄される中で、なおかつ自らの栄達を求めて汚れていく2人の別の男女が登場して、若い純潔な青年のナイーブさを際立たせるが、私はむしろこの悪に自ら汚されていく2人の行く末に大きな関心を持つ。それはまさに現代人の、いあや私自身の姿であるからだ。
 ここまで記して私の映評は実は間違いではないのかと煩悶する。権勢や政治の世界から最も遠い底辺に生きる民衆にとって、時代とは何か・芸術とは何か・民族とは何かを問いかける、歴史の表舞台には登場しない翻弄される庶民の胸に、地下水脈のように流れている何かである。ユダヤ人のデイアスポラ(離散)は、実に無数の一人一人のかけがえのない運命的な生の転変の織りなす無限の物語の世界でもある。
 このような重厚な欧州映画をみると、文化の重さと深さの差を感じて打ちのめされてしまう。日本映画は相変わらず狭い4畳半の世界で閉塞しているのであろうか。ひるがえって日本映画はなぜ、太平洋戦争を含む戦乱の巷を重厚に描くことができないのであろうか。『人間の条件』『戦争と人間』ぐらいしか思い浮かばない惨めさ。(2002/5/11 20:05)

[ミヒヤエル・ハネケ『ピアニスト』]
 2001年カンヌ映画祭グランプリ受賞作ということで他に面白そうなのもないので観にいった。母親の監視の下で禁欲された激しい練習でピアニストの途を歩んだ女性が、コンサート演奏者にはなれずウイーン国立音楽院教師として中年を迎え、そこに入学してきた男子生徒と激しい恋に落ちた。中年女性は、人間的な禁欲の過程で倒錯し歪んだ性の世界でしか自らの愛情を表現できない。青年は健康なスポーツマンでもあり、両者の間の愛情の交換が地獄のような交歓と悲劇をもたらす。
 こうした深層心理の世界を赤裸々に描き、そこに欧州の社会階層と芸術の世界が反映されているが、見終わってなにか砂を噛むような人間の深奥の描写に精神分析的イドといった心理の世界の奥深さを実感した。私は率直にいってこのような世界の異化作用に辟易する面と思考を刺激する両面がある。
 ナチス支配を描いた『地獄に堕ちた勇者ども』においても、ナチに入党する息子が母親を犯すシーンがあるが、そこには少なくとのナチスの非人間的な世界への転落が描かれており、権力の持つ錯誤の世界への告発がうかがわれたが、この『ピアニスト』はそのような性的錯誤の世界を描写し抜いて、その判断は観客に投げ出している。見方によっては恐るべき冷酷なニヒリズムの世界であるとも云える。例によってパンフレットに登場する評論は、儀礼的な礼賛に終わり、鋭く深い分析はない。恐らく欧州文明や欧州人の意識世界に形成されている狂気と共存する尊厳は、芸術以外の社会関係に抜き難く蓄積しているのではないか。この映画は、ナチス支配の基礎にある欧州精神文明とは直接関係してはいないが、欧州文化の意識の深部にある力への意志或いは個の尊厳による冷酷な他者攻撃性を性愛の世界を対象に描いているのではあるまいか。名古屋駅シルバー劇場にて。(2002/5/4 18:04)

[月野木 隆『白い犬とワルツを』]
 原作はTerry Kay『To Dance with The White Dog』で2001年の全米で140万部のベストセラー。脚本は森崎 東。最愛の妻に先立たれた老人が亡き妻が忘れられず、彷徨を続けて最後には安らかにこの世を去る・・・・・といったストーリーとしてありふれたものだ。それを京都の農山村に置き換えて、在日朝鮮人をからませて、人がこの世を去るとは一体どういうことなのか・・・・を小津安二郎に似たタッチでしみじみとした味わいを伝える秀作だ。とにかく農村の美しさがすごい。私が小学生期までを過ごした岡山の農村のあざやかな緑を想起させて、何かすでに忘れてしまった大切なものを思い起こさせて、都会の喧噪のなかで失われたノスタルジックな郷愁にひたった。亡き妻をシンボライズした白い紀州犬が、私の家の愛犬であるコロにそっくりでまた別の感慨を覚えた。
 仲代達矢が自らの人生の黄昏を演じるがごとく自然であり、私は改めて仲代は日本演劇人の最高峰に位置することを再確認した。くどくどしい解説は要らない癒しの映像が全編に流れ、身を委ねてそのままスクリーンに見入るだけでいい。屋内のカメラは、明らかに小津安二郎を意識した下から上に視線が導かれる。日本的な家族の生と死と別れを描く最もふさわしいカメラ・アイである。
 私の故郷の廃屋は、もはや朽ち果てるに任せて屋根が崩落しつつある。この夏は絶対に帰郷しなければならないと強く脳裏に刻みつけた。名古屋駅前グランド5。中高年多し。(2002/4/27 17:25)

[ラッセ・ハルストラム『シッピイング・ニュース』]
 原作はピューリッター賞を得たE・アニー・ブルーの小説『シッピイング・ニュース』であり、カナダ東部の極寒の島ニューファンドランド島を舞台に、失われた生きる意味を周囲の暖かい眼差しの中で回復するストーリーである。米国の映画であるのもかかわらず、スウエーデン人監督の独特の暗いタッチや子供が大人の世界とストレートに触れ合う厳しさがある。大都会ニューヨークで疲れ果ててアイデンテイテイーを失った人たちが、家族や一族の歴史を背負いながら次第に人間性を取戻していく過程は、現代アメリカの疎外をみごとに浮き彫りにする。この映画には、キリスト教に関係する宗教的なシーンが一切登場せず、なにか無神論的な実存のトーンが漂う北欧映画の感覚がある。名古屋駅前グランド4.途中で音声が消えるという珍しいことが起こった。(2002/4/21 16:44)

[Eithne Ni Bhraonain Enya エンヤとは何か]
 講義の最中にあってのべつまくなしに話をやめない女子学生がいる。私は苛立つ。遂に私は、「授業中に何をしゃべるのか。他人としゃべるのではなく、自分の心と話せ。君はもう年代的に自己内対話の時だ」と注意する。しゃべりは止む。私は、次いで或る文章の朗読を他の学生に命ずる。ところがその女子学生は、クラスメートが朗読している最中にまたしゃべりを再開する。(何だこれは!自分の級友も無視するのか!?) 私は激怒する。「君は朗読している人に失礼だとは思わないのか!」。しゃべりはやむ。講義が再開される。驚いたことに彼女はまた横を向いてしゃべりはじめる。「黙れ!」私はツカツカと彼女の方に歩み寄り、椅子の足を蹴った。彼女は一瞬ギョッとして怒りの表情を露わにした。私は無視して引き返し、また淡々と講義に入る。私の胸は煮えたぎっている。(なんでこのように他者を平然と無視して自分の世界に浸れるのか?) 私と彼女はともに傷つき、一生心が触れ合う関係は永遠になくなった。こうした葛藤の整理に幾ばくかの荒涼とした時間を費やす。私の限界が露わとなり、私は自らの敗北を実感する。
 深夜エンヤを聴く。神秘的に気高い静謐な無垢のケルトが厳かに静かに流れる。救済のイメージが溢れ、私の心は鎮まる。取り返しのつかない断絶の重さを味わいながら、私はエンヤの音の世界に自らを委ねる。エンヤは、アイルランドのドニゴール州グイドーという海と山に囲まれた荒涼たる大地に生まれ、若者がロンドンやニューヨークに渡ってしまうのを横目に母国語ゲール語の歌をひたすらつくり、BBC「幻の民・ケルト人」の音楽を担当してデビュー。近代生産力を駆使したゲルマン民族に敗れ去った滅び行く民族の末裔だ。この世の救いは何処にあるのか・・・・・・全ての人の問いかけに彼女は自らの出自の民族の声で応える。アイルランド紛争の嵐を正面から受けて、静かな歌声が流れる。
 
 「キープ・フローム・シンキング」

 終わりなき歌の中を流れゆく私の人生
 大地が歌うエレジーのその彼方
 私には聞こえる
 あの遠く微かな聖歌が
 新たなる創造を歓喜する喜びの歌声が

 喧噪と争いの中にあっても
 私には聞こえる
 あのたおやかに流れ来る音楽が
 そしてその音は私の心の糸をふるわせる
 歌わずにいることなんて出来ようか

 独裁者が恐怖にふるえおののき
 その終焉を告げる弔いの鐘が鳴るとき
 そしてすべての友がその知らせに喜びの
 涙を流すとき
 ああ 歌わずにいることなんてできようか

 牢獄の独房の中にあろうと
 地下牢の暗く汚れた中にあろうと
 心は翼をつけて飛んでゆく
 辱められた友達が汚名を逃れたとき
 歌わずにいることなんて出来ようか

            (伊藤秀世訳 一部筆者改訳 2002/4/19 24:15 k.Araki)

[本橋成一『アレクセイと泉』]
 ベルラーシの東端に位置するブジシチェ村は、180km離れたウクライナ共和国のチェルノブイリ原子力発電所事故の被害で、折からの南風で拡散した放射能の70%が降下し、国土の30%が半永久的に汚染の大地となり、約170万人が今だ住み続けている中で、村人の大半が避難したが55人の老人と1人の青年アレクセイが残り、行政上の村の名前は地図から消えている。測定器で計測すれば、はるかに危険水準を上回るこの村は、森も大地も動物も花も野菜も今までの同じように生き続けており、美しい四季の交替とたった一つ残った放射能が検出されない聖なる泉がある。映画は、この四季の下での村人の生活を淡々と描きながら、核の恐怖を沁み入るような清冽な映像で訴えている。もはやそのような地上の汚れを越えたかのような村人達は、裏に核の恐怖を湛えているにもかかわらず、一切そのような不安をうかべず運命を黙って受け入れ、育って愛して子どもをつくってきた自然と人間の永遠の循環の姿を守ろうとするかのごとくこの朽ちていく村を終焉の地として選んでいる。
 前作『ナージャの村』に続く心に沁みいるような反核映画のレベルを超えた命の賛歌である。唯一汚染されない泉は、核の痕にもなお汚されない人間の無垢の心を象徴しているようだ。まるでエンヤの音楽を聴いているかのような映像だ。人間はまだまだ捨てたものではない。信じ合うことができるとしみじみ味わいながら映画館を後にした。名古屋駅裏シネマスコーレ。(2002/4/13 17:28)

[スターリンの食事・・・・恐るべき独裁者の大食漢]
 ソ連型社会主義の指導者スターリンとは、本名ではなくレーニンが付けた「鋼鉄の人」という渾名だ。スターリンは深夜から早朝に執務し、食生活もそれに合わせたパワフルなものであった。以下それを紹介する。
 
 朝食:ウオッカを8勺(0.144g)を飲み、塩漬けニシン2尾に刻んだ生タマネギを添えたものキュウリのピクルス、黒パン等を前菜として食べ、続いて再びウオッカ8勺を一気に飲む。次に主菜として、熱い羊肉2切れにジャガイモの蒸し焼き添え、もしくは大きなステーキに蒸し焼きのタマネギを添えたものを食べた。さらに、バターをたっぷり塗った白パンやキャビアが出て、それにサケの薫製・ロシア風パイ・ジャム入り紅茶を味わった。

 昼食:午後2時頃、最初にウオッカを飲み、塩漬けニシン・鶏肉とエビ入りの豪華なサラダ、ロールパン・ケーキを食べる。

 夕食:午後8時から9時頃、最初にウオッカを飲む。朝食と同じく羊肉のくし焼き・ローストチキン・シカの肉・アヒルの蒸し焼きなどさまざまの肉類を食べ、食事の間に度の低いコーカサス酒を飲んだ。

 以上が彼の平均的な日常の豪快な3食である。夕食後彼は熟睡し、深夜に起き出して猛烈に執務を行った。このスターリン型生活スタイルは部下達には恐怖であった。なぜなら自分の熟睡中に何時呼び出されるか分からなかったからだ。スターリンの恐怖政治によって粛正され弾圧された犠牲者は、1938−39年の2年間の大粛正期だけで50万〜700万人に上る。彼の執務とは死刑執行命令書に署名することで費やされた。
 食生活を一つの美的芸術活動と見なせば、有り余る自由時間と余暇を食の世界に求める食道楽があり、また清貧の思想にの表現としての精進料理があるが、スターリンの食芸術はなにか陰惨な行動食の爆発に近い。(2002/4/12 20:17)

[ロン・ハワード『ビューテイフル・マインド』]
 この映画は今年の米アカデミー賞4部門を受賞した全米で最も注目された映画なので、どんなものかと興味本位で観た。主人公ジョン・ナッシュは、21歳で「ナッシュ均衡理論」やゲームの理論・囚人のジレンマを樹立した有名な天才的数学者で、1994年にノーベル経済学賞を得た(注)。彼は天才にありがちな狂気と正気の境界線上を行き来し、米ソ冷戦期にFBIの協力者として暗号解読に従事するなかで、統合失調症(精神分裂病)を発症し、遂にアカデミーから追放されるが60歳代で奇跡的に快復し再び研究生活に復帰するという極く単純なストりーである。
 天才の姿を借りたとはいえ、統合失調症者に対する偏見と米国のスパイ機関の非人間的な冷酷さを鋭く告発作品となっている。印象に残ったシーンは、やはり天才数学者が思考世界に没頭する中で次第に精神の均衡を失う過程、米国では自然に国家機関と大学研究機関が結びついていること、すさまじい脅迫的な競争社会であること、そして成果を挙げた者に対する無条件の賞賛(自分の万年筆を次々と贈呈するシーンは圧巻だ)等々日本のアカデミーの徒弟構造とは全く異なることを痛感させた。やはり他者の模倣や物まねに終始する秀才タイプは、米国では評価されないのだ。リスクを覚悟して、権威を否定して先端を切り開く者が最も賞賛されるのだ。私の研究スタイルにも大きな刺激を与える映画ではあった。
 数学者は精神に変調を来す例が多い。例を挙げると、無限にも種類があるという無限概念に画期的な段階を切り開いたカントール、不確定性原理をうち立てたゲーデルも無限問題に挑戦し、精神が破綻した。数学では究極理論の思索と神経の緊張関係が限界に近づくのだろう。
 最後に言うなれば、均衡理論が崩壊すればこの映画の基盤はない。ではナッシュの原理的な欠陥は何か。それは、人間は原理的に自己利益追求型の利己的な存在であるという抜きがたい英国経験論的モデルにある。このモデルでは、線路に落ちた人を助けるために自分を犠牲にする行為や、アウシュビッツのマクシミリアン・コルベ神父の行動を説明できないし、説明したとしても逸脱変数として例外的に処理するだろう。ここにナッシュ均衡利理論の基本的な欠陥があるのだ。フランスやドイツの大陸合理論で蓄積されてきた人間の原初的連帯モデルを組み入れた新たな均衡理論が要請されるが、これは映画の世界を越えている。名古屋名宝劇場。
 *注:アダム・スミス以来の市場理論は、経済主体が価格によって完全競争を実現し、合理的経済活動の資源の最適配分を可能とするということにある。しかし現実の経済行動は、価格以外の各経済主体間の関係性によって影響を受ける戦略的な要素がある。ナッシュの非協力ゲームは、社会と経済の戦略的な要素を一貫した数学モデルによって分析できることを可能とした。ゲームの理論を最初に開発したフォン・ノイマンの影響下で、ナッシュは社会科学全般に大きな影響を与えた非協力ゲームを開発した。(2002/4/12 19:26)

[JUAN CARLOS TABIO『LISTA DE ESPERAバスを待ちながら』]
 久しぶりのキューバ映画。米国の40数年に渡る経済封鎖を受けながら、独自の社会主義路線を進めるキューバ庶民の哀感と希望が伝わってくるユーモアとペーソス溢れるいかにもラテンの色彩が画面一杯に漂う。中国やベトナムの社会主義市場経済路線の下で私的欲望が吹き出るなかで、キューバ社会主義の独特の雰囲気を感じた。社会体制の差異を越えた人間の普遍的な連帯とか協同の原初的なイメージを久しぶりに喚起することができたともいえる。キューバ革命が成功したときに、日本では未だ異端的な印象が強かったジーパン・スタイルのキューバ娘が革命に参加していると聞いて、何か異次元のワクワクするような変革のイメージを持ったが、今やそれも遠い物語になってしまった。「自分の暮らしを貧しいと嘆くか、或いはそれほど苦にしていないかで、その人の貧しさが決まるのだと思う。なかなか来ない長距離バスを、大勢の乗客達がひと晩もふた晩も待ち続けるという異常な事態を、笑い飛ばしながら、さまざまな人間ドラマを鮮やかに描き出す。自分の国をよほど愛していなければこんなに愉快な映画は作れないだろう」(山田洋次 一部筆者改作)というところが、この映画の本質を表してはいる。原作はアルトウーロ・アランゴ『バスを待ちながら』。
 カストロ政権の文化政策の柔軟性を実感させる映画であるが、教条主義的社会主義リアリズムに必ずしも迎合しない批判的理性が着実に培われ、キューバにとってはむしろ恥に近い現状を民衆が或る肯定感で受容しその中でも協同の途を探ろうとする素朴な本来的連帯の志向がある。人間的で生き生きとした社会主義は夢の中でしか存在し得ないのか、永遠の過渡期なのかといった切ない想いも伝わってくる。生身の人間がこのような素朴な協同行為を自然に為し得る姿は、日本では1960年代にかすかに生まれたが、その後は影も形も無くなってしまった。そのような喪失への痛みを想起させてくれた映画であった。
 最後にキューバはやはりスペイン語を日常とするラテン系の国だということが、奔放な情熱とストレートな交流から改めて実感した。社会主義システムが旧世紀の遺物のように常態化し、新自由主義の市場原理が席巻している米国モデルに唯一抵抗している国からのさわやかなメッセージである。驚いたことに前任校で同僚であった守屋嬢に十数年ぶりに再会した。名古屋シネマスコーレにて。(2002/4/8 21:32)

[リドリー・スコット『ブラック・ホーク・ダウン』]
 クリントン大統領時のソマリア内戦における国連平和維持軍の米軍特殊部隊の15時間に渡る戦闘を描いた映画。戦闘の迫力あるリアルで精緻な描写が際立つだけの何とも虚しくなる映像だ。現地ソマリア民兵(ゲリラ? 政府軍?)がバタバタ人形のように死に、幾人かの米兵の凄惨な死が全編に満ちて圧倒するがそれ以上でも以下でもない。最後に大統領によるソマリア撤退命令によって終結するが、内戦介入の愚かしさを訴えているのか、命令であれば機械のように死んでいく軍隊の無意味性を描いているのか、それとも18歳前後の若き米兵の勇敢さを描いているのかよく分からない。司令官がブラウン管を見ながら指揮するゲーム感覚がある。戦争の真実は、戦闘そのものをリアルに映像化するだけでは浮かび上がってこないと云うことがよく分かる。
 ただ軍閥化した集団の内戦によっていかに悲惨な実態が常態化するか、それを最大限に利用しながら利潤を得る死の商人の非人間性は少しばかり浮かび上がり、背後にあるアフリカ内戦の悲惨さは想像できないことはない。虚しさばかり残る壮大な戦闘映画にしか過ぎない。名古屋名鉄東宝1。駐車料金が1800円もかかってしまった。(2002/4/7 17:00)

[郭景澤クアク・キョンテク『友へチンゲ』]
 チングとは「親旧」と漢字で書いて長く親しい友という意味だ。韓国映画詩情20万人を越える空前の記録を残し、R-18指定だったので19歳以上の約3500万人からみると4人に1人が観たことになり、チング・シンドロームという社会現象までになった大ヒット作だ。パキ・チョンヒの軍事クーデターによる開発独裁から民主化運動を経てノ・テウ政権に至る現代韓国の激動を背景に、少年4人の友情から成長後の破綻を大団円にドラステイックな展開で一気に見せる。ストーリー自体は日本映画の非行少年からヤクザに至るものとよく似たものだが、日本的なヒロイックな描写は一切なく、むしろ友情を引き裂く悲哀と痛ましさが正面から描かれる。韓国の高校生活は、教室配置から制服に至るまで日本と全く同じで植民地主義の浸透を実感させる。登場する教師の暴力的な管理教育は、日本をはるかに上回るものだ。
 この映画は、韓国の独特の風土性を基礎に普遍的な少年期から青年期に至る男の生の友情の喪失を描く。川本三郎氏は「生きてゆくことそのものが、遠い日のイノセンスからどんどん離れていくという、人の力ではどうしようもない根元的な悲しみだ。・・・・・我々は、普通の幸福を得るために何人の友人を見捨ててきたことだろう」といっているが、まさにこの映画のテーマの本質を伝えた言葉だ。2度と帰り来ぬ少年の日の無垢の美しい友情を少しづつ捨てながら、私たちは成長という名の汚れを纏っていくのだ。そのような哀切と痛切を込めた過ぎ去りし日々へのノスタルジアと鎮魂がある。

 韓国に日本のようなヤクザの全国組織がない理由は、徴兵制による中断があるからだと言われる。しかしヤクザ社会の通過儀礼である義兄弟の契り・殴り込み・身代わりのムショ暗し・入れ墨・裏切りなどは共通している。韓国のヤクザの起源は、植民地日本の支配に抵抗する徒党集団であり、この点は国定忠治等と似ている面がある。組同士の抗争は拳銃ではなくナイフが武器となり、日本語のオヤブン・コブンもそのまま通用する。あまりにも日本型情念と共通した日本映画以上のヤクザ映画だ。
 かって東映を中心とした日本型ヤクザ映画は、高倉健が最後に死ぬと分かっていながらドス一本で殴り込みをかけ、凄惨な死を遂げて終わるという美学があり、全共闘の学生が拍手喝采したが、この映画はそのような甘さが一切なく、人間の哀しみの普遍を描き切ったという点が国民の共感を得たのであろう。ある意味ではハリウッド・ゴッドファーザーと同じく。ヤクザ世界を通して人間そのものを描いている。観客少なし。入場時に韓国製インスタントラーメンが記念にプレゼントされた。名古屋シネプラザ2。(2002/4/6 20:13)

[アッバス・キアロスタミ『ABCアメリカ』]
 この映画はアフリカ国連国際農業開発基金(IEAD)の依頼で、キアロスタミ監督がデジタルビデオカメラでウガンダを対象にエイズのもたらした悲劇を淡々と撮影したドキュメンタリー映画である。人口2200万人のウガンダでは、すでに200万人がエイズで死亡し200万人が感染しており、160万人の子どもが親をエイズで失っている。この数字がどれくらいの悲劇であるかは想像を絶している。ウガンダは独裁者アミンのもとで世界でも最も貧しい1人当たり国民所得35000円という最貧国になった。乳児は5歳までに20%が死亡する。毎日村のどこかで葬式が行われる。エイズで死亡した子どもが、大きな風呂敷包みにくるまれてダンボール箱に入れられ、自転車にしばられてどこかに運ばれていく。幼い死者を見送る人は無表情でこのような風景は日常茶飯事であることを示す。アフリカでの宣教を行ったカソリックは、「コンドームを快楽のための性行為を勧めるもとして」厳しく禁じ、エイズが激増した。夜の闇に集まる蚊は、マラリアを伝染させる。監督はこの恐怖に耐えて撮影を進める。
 しかしウガンダはアフリカでエイズ対策が唯一成功している国と言われる。外国人観光客を失いたくない国々は、エイズの存在を公式に認めなかったがウガンダは公然と認め、予防と救済を国家事業として展開したからだ。この映画に登場するUWESOは、マイクロファイナンスといわれる貯蓄組合活動を展開し、5人1組の女性達は毎週1000シリング(100円)の貯蓄を行い、病気の時に使うというシステムである。毎週100円というのは恐るべき額であり、それを着実に実行することによって自立的な生活スタイルを実現していくのだ。
 この映画はもはや映画のための映画ではなく、アフリカの実相をリアルに伝える、唯それだけの映画だ。惨憺たる現実のなかで、子ども達はあくまで無垢な姿で学び歌う。ここに残されたかすかな希望がある。私たちにとってエイズとは何か。先進国で唯一エイズが増加傾向にある国が日本だ。名古屋今池シネマテークにて。(2002/3/27 17:51)

[ユレク・ボガエヴィッチ『EDGES OF THE LORDぼくの神様』]
 上映が終わり最後の字幕が流れるなかで誰も立ち上がらないという映画館の場面は久しぶりだ。それほどの感動と余韻を残した名作と云える。ポーランドの美しい小さな村を舞台に、ナチス占領下の過酷な現実を生き抜く子ども達の世界を通して、汚れなき無垢の魂の尊厳を謳いあげる。その実相は実に無惨な人格の崩壊であり、ユダヤ人迫害に見て見ぬ振りをしたり、逆に加担するポーランド人の歴史に封印された闇の汚濁を描き、そのような想起したくない過去の記憶を容赦なく見つめながら、その記憶を抹殺してしまったら一層の恥ずべき現在と未来しかないという峻烈なメッセージを伝えている。原題のタイトルは、『主の栄光の及ぶ世界の縁』と言う意味だ。
 善悪二元論で裁断できない状況で、なお魂の汚れなき生を選択しうるのか・・・という重いテーマが否応なく突きつけられる。それは、強制収容所への移送列車に「僕もユダヤ人だ」といって乗り込む8歳のポーランド人少年の崇高な十字架の決断に示され、ユダヤ人でありながら同胞を侮辱することを通して延命を図るユダヤ人少年に象徴される。幼子の無垢な魂と、ある世の世俗を見抜いた少年の見事な対比のシーンだ。
 英雄と殉教者によって描かれた歴史は、実は未成熟な世界であるということをこれほど痛感したことはない。大きな物語の縁辺で戸惑いつつも必死に生き抜く子どもたちこそ、実は歴史形成の真の主体ではないか。なぜなら世俗に汚れてしまった大人達では絶対に不可能な原理的提起を幼い行動を通して実はなし得るのだ。大人達は子どもに対して無数の罪の集積(戦争、搾取、差別、虚偽、暴力、虐待、貪欲などなど)を強制してきた。子どもは自己意識なき自らの犠牲を通して、大人達にかすかな贖罪の認識を叫んでいる。「子どもにとっての最善の利益」(子どもの権利に関する国際条約)とは何か、鋭く問いかけている作品だ。
 それでもあなたは、人生に対してイエスというか? 欧州映画の第2次大戦を描くことによるヒューマンな世界の探求は途切れることがない。なぜ日本映画は350万人を犠牲にした太平洋戦争を描かなくなったのか? ここにこそ西欧文化と日本の決定的な差異を痛感する。あの幼年の男の子は、なぜユダヤ人と自称して収容列車に乗ったのであろうか。自分をポーランド人だという友達になぜ黙して語らなかったのであろうか。あのような気高く崇高な人生の選択が、なぜ為し得たのであろうか。私は云う。ナチスとは、誰をしも自らの心の闇にある動物的な本能の象徴であり、従ってナチスを糾弾することは自己自身を糾弾することであった・・・という限界状況で良心と魂に従うことの無条件の崇高さに頭を垂れるのみだ。映画館を誰も立ち得なかったは、その後の辛酸を極める収容所での少年の生活を創造したからだ。
 日本映画の惨憺たる状況は、大きな物語の世界を描けなくなった感性と勇気の衰弱にある。貴方の身近に戦争体験を媒介に発言する人が果たしているか。戦争の罪責の重さに打ちひしがれてなお、希望を語る人が果たしているか。蓄積された文化の重さは、如何ともし難い隔絶のなかにある。名古屋シネプラザにて。(2002/3/24 17:38)

[幻の染織 一竹辻が花のよみがえり]
 室町時代から桃山末期にかけて小袖に施した模様染めで、庶民の帷子から始まって上流階級に浸透したが、短期間に現れて江戸初期に幻のように消え、その後友禅染や鹿子絞の全盛期を創り出す母胎となった様式である。技法的には縫締による絞り染を基本に、残された部分に墨や朱の描画を加えたり、金銀箔の摺箔や刺繍を施し、押さえた格調高い華やかさが浮き彫りとなる。
 これを奇跡的に現代に甦らせ、世界的に注目されたのが久保田一竹氏である。彼は、昭和4年の小学生の時に染織の道を選び、修業の後東京手描き友禅の優れた染織家となり、長谷川一夫の舞台衣装や三笠宮の成婚に振り袖6枚が採用される大家となったが、20歳の時偶然に帝室博物館(現東京国立博物館)で、黒いケースに入った45センチ程度の小裂を見て、背筋に寒気が走るほどの荘厳な美しさにに感動を覚え虜になった。おそらくこの小裂は、享禄3年(1530年)の銘がある『藤花模様辻が花幡裂』という最古の辻が花染めか『花鳥模様辻が花小袖』であろう。
 その後の彼は、辻が花への憧れを抱きつつ、戦争徴兵・応召・シベリア抑留を経て帰還したが、戦後の混乱期にかっての友禅の大家の名前は生活にとって何の意味もなかった。細々と食いつなぎながら、友禅を捨てて辻が花染の復興を決意し、貧窮洗うがごとき辛酸のなかで、20年の歳月をかけて最初の一枚を染め上げた。個展は全ての画廊や百貨店から冷たく拒否され、絶望のなかで一時は死を決意したが、染織研究の権威山辺知行氏の面前で披露し推薦状を受けて初めて発表した。この個展が幻の染織の再生と甦りという大反響を呼び、世界に進出する契機となった。辻が花に生涯を賭けようと決意し20歳から、すでに40年の歳月が流れすで耳順(60歳)になっていた。
 芸術家が世に出る苛烈な一生を彼も辿り、遂にして絶滅していた染織技法の現代的再生が果たされたのだ。氏の辻が花染めは、単純な技法の復活ではなく、現代的な感性に置き換えた新たな美の世界を創造している。美輪明宏氏によって、妖麗な舞台芸術としてさまざまなショーが企画された。しかし、氏の辻が花は一着が数百万円もする超高級一品生産であり、とても室町期の庶民衣装ではない。私はそれでよいと思う。日本の伝統文化は、このような個人の死線をさまようような格闘のなかでしか維持されないような限界があることをはからずも示している。氏の作品は、大阪万博や筑波科学博の正面メーンステージを飾り、恐らく愛知万博でも採用されるだろう。イタリアであったならば、何十年のもの歳月を費やす国家プロジェクトとして復興や修復事業が推進される。この驚くべき対比。
 彼は自伝の冒頭に次のように記している。「まごころを込め、ひたすら努力すれば不可能ということはない」。類い希な美的感性と創造能力だけではだめなのだ。久保田一竹『命を染めし 一竹辻が花』(1991年)参照して氏の染色工程を紹介する。
 [下絵工程]
 @構想をもとに、絵羽縫いした白生地に、木炭で構図をあたる。すでに色彩のイメージはできている
 A青花で下絵を描く
 Bさらに細密に図柄を描く
 [糸入れ]
 C下絵の線に沿って、染まりにくいビニール糸で大きな図柄を縫う
 [絞り]
 D糸を堅く絞る作業
 [防染]
 E絞り上げて突き出た部分にビニールをかぶせ糸で縛り、柄の部分を白く染め上げる
 [地染め]
 F生地を一反に端縫したあと、染料に浸して地染めをおこなう。この際化学染料の分離作用を利用して斑点染めにする。この他暈かしを入れることもあるが、暈かしや斑点のムラムラが適当に加えられると、平面に奥行きや厚みが出る
 [色挿し]
 G細部の柄の色付けをするために、白く残した部分を糸入れして絞り、刷毛や筆で柄の部分に重ね染めを施す。色が濁らないように、一度に染めず、染め・蒸し・水元・糸入れ・絞りを何十回となく繰り返す
 [蒸し]
 H染めるたびに必ず蒸して色止めする。蒸しだれを防ぐために染め物を新聞紙で覆って蒸し箱に入れる。蒸しだれとは、箱の中にたまった水滴が落ちて染めを台無しにすること。色の濃さによって異なるが、180度くらいの高温で何回かに分けて蒸気をかける
 [水元]
 I余分な染料を洗い流すために水洗いする。絹には一定量の染料しか受け付けない性質があり、何十回も染めるために水元は作業の要である
 [干す]
 J横糸に平行になるように伸子張りをする。その後張り手にかませ、縦糸の方向に引くようにして、屋内の風通しの良いところに干しておく
 Kこの後は、絞り・染め・糸切り・蒸し・水元・干す・糸入れという工程を、順序もさまざまに入れ替え30回前後根気よく繰り返す。この間に生地を伸子で張り伸ばし、墨で描き絵や隅取りを入れる。最後に皺を立たせるために全体をもう一度糸入れして絞る
 [糸切り]
 L絞りをほどくために糸を切る。糸は短く切ったほうが抜きやすいが、誤って布を切るので要注意
 [糸抜き・仕上げ]
 M布をいろいろな方向に引いて糸を抜きやすくする。糸抜きしながら染めを確かめ、軽く手湯熨斗をかけ、生地を伸ばす。デザインによって描き絵を付け加えたり、刺繍を施したり、金銀箔を置いたりする。そして本仕立てをして着物を完成させる。

 このような複雑精緻な工程を経て一着の着物が完成するのは約1年である。この工程はしかし、氏の多様な工程のごく基本に過ぎない。氏の開発した技法はまさにいのちが宿っているようだ。このような着物はもはや芸術そのものである。氏の技法に並ぶのは、秋田南部紫紺染の数年をかけて染め上げる秘伝的技法に並ぶ。久保田一竹氏の存在は、日本の工芸文化の分水嶺を画した。彼はサムエル・ウルマン『青春』から次の言葉を牽いていいる。まさに彼自身のことを云っているではないか。

 青春とは臆病さを退ける勇気、
 安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。
 ときには、20歳の青年より60歳の人に青春がある。
 年を重ねるだけで人は老いない。
 理想を失うとき初めて老いる。

 (2002/3/21 10:16)

[冬敏之氏逝く 作家ハンセン病元患者 2月26日死去(肝臓ガン)67歳] 3月2日葬儀]
 01年に病床からハンセン病隔離を告発する『ハンセン病療養所』(壺中庵書房)を出版。翌月東日本法廷で、実母からすら手を握ることを拒まれた体験を語り隔離政策のむごさを訴えた。小説を読んだ中学生少女の感想文は全国コンクールで入選した。2月8日の表彰式で、その少女の手を握り「晩年は幸せでした」と語った。2月20日に「多喜二・百合子賞」を入院先の病院で正装して受け取った。その6日後に妻嘉子さんに看取られてこの世を去った。愛知県生まれ。7歳で父・2人の兄と共に、多摩全生園に強制収容され、父と兄の惨めな死を見送った。療養所内に併設された高校で学び、文学に希望を見いだし、その後群馬の療養所で手の整形を受け社会復帰をめざした。30歳で作家活動に入り、結婚後埼玉市内の市役所に就職し一人娘を育て上げた。葬儀の場で出席した感想文の少女は、「ライ予防法という悲しい法律は、たくさんの患者達に死よりもつらい、越えられない苦しみを与え、悲しみを与えた。・・・・私はこの事を過去のあやまちだと切り捨てて、無関心を装うことはできない」と朗読した。
 実母から手を握ることを拒否されたときの絶望の気持ちがあなたに分かるか? 文学賞を正装して受け取る死を前にした精一杯の彼の尊厳があなたに分かるか? このような絶望の淵においてなぜ彼は希望への途を踏み出し得たのか? 物言わぬ多くの人々よ、周囲に流されて自らの尊厳をすでに喪おうとしている人々よ、世俗の権威に打ちひしがれて頭を垂れている人よ、そのような生に一体何の意味があるのか。ハンセンの究極の病を生き抜いた人の前で私たちは自らを恥じるべきである。私はまさに断罪されなければならない。
 しかし私にも一縷の望みがある。彼の遺志をかすかに継ごうとしているいたいけな少女の存在を確かに信じることができる。汚れ切った大人達はこの世を去るべきである。このような若い世代にこそ途を譲るべきである。世の転換期にあって、ジャンヌ・ダルクのごとく、失うことの何もない少女の世代こそ時代の転換を領導することができる。これが歴史の真実だ。迫害されたなかで、「教えるとは、ともに希望を語ること」(アラゴン)を身をもって示し得た類い希な壮絶な生涯であった。この世で最も悲惨な生を強いられたヨブこそ、またこの世で最も美しい心の持ち主であった。神はなぜこのように矛盾に満ちた世界をつくりだし給うたのか。アヒルは決して白鳥にはなれないが、ある日どこからか風が吹き、あたかも白鳥と見紛うほど美しく翔ぶ瞬間があり得るか否か、私たちアヒルのささやかな願いでこそある。合掌。(2002/3/18 20:25)

[松井久子『折り梅』の世界に、私は佇むばかりだ]
 早朝9時20分開演にもかかわらず、館内は中高年男女で満員であった。松井久子監督と原作者小菅もと子夫妻の舞台挨拶があったが、私はそばで微笑んでいるだけの小菅氏の夫の方に興味を惹かれた。含羞を漂わせたいかにも男気のある男性であった。優しく深い体験に溢れた監督と原作者の挨拶があり、両手に花束を抱えて降壇の後すぐに上映が始まる。なにしろ舞台が豊明市を中心とした犬山や名古屋をバックに展開するのでそれだけ身近に感じる。豊明や犬山がこんなに美しい街なのか、映像化されると全く違って見えるものだ。上映終了後2回も会場から拍手が起こったが、映画への観客の拍手を聞いたのは、遙か遠くの過去に観た『男はついらいよ』以来本当に久しぶりだった。
 折り梅とは、梅の木は折っても栄養分を幹から吸い取り、次々と花を咲かせる力強さを持っているところから、老年期に入った人間もまた人間らしい能力を発揮できるのだということを象徴化したメッセージだ。入場券を購入すると、記念として和歌山の梅が配られ、直ぐに食べてみたが何とも云えぬ上品な味がした。
 さてこの映画の原作は、小菅もと子『忘れても、しあわせ』(日本評論社)であり、アルツハイマーになった夫の母親とその介護をする妻を主人公として、現代の高齢化社会の介護問題を象徴的に浮かび上がらせる。嫁と姑の感情的なもつれと和解、介護保険制度のホームヘルパー、地域の問題、老人ホーム、民間の介護運動、自立と介護を両立させようとする妻の立場、未亡人として息子を育て上げた母に対する息子の愛情の深さ、それらを見守る高校生と小学生の子どもたち、隣人の興味本位のまなざし等々、現在のどの家庭にも起こりうる介護の問題状況が起伏あるリアルな日常として描かれる。
 印象に残った2つの言葉がある。一つは、「家族のなかでの孤独より、たった1人の孤独がいい」と叫んで家出する姑、「誰かに認められていると思えなければ、あるがままでいいと受けとめてもらえなければ、人はみな生きていけない」という嫁の言葉である。ここには、人間の究極の尊厳の問題があり、老人性痴呆の進行はまさに尊厳の喪失とパラレルなのだ。老人は、自らの尊厳を喪失していく過程を同時進行で意識しているからこそ、最後の自己存在のアピールを必死で試みようとするのだ。その叫びに、家族を含む誰もが応えないときに老人の最後の痴呆が表れ、人間としての姿が喪われるのだ。この映画では、残された尊厳が絵画を描く能力によってかろうじて快復され、たとえ痴呆が究極まで進んでも、絵を描くことによって生存の尊厳を獲得している奇跡的なラストに終わる。だから、このような予定調和に終わったこの映画は、その限りで介護問題の悲惨に迫り得ていないという批判が生まれるかもしれない。しかし介護問題をこのように美しく、また希望あるものとして描かなければ、日本の高齢化社会の可能性はないとも云える。といった意味でこの映画は、21世紀を生きようとする日本に住む全ての人々にとって必見の映画ではあろう。
 私はここで何故かアンゲロプロス『シテール島への脱出』というギリシャ映画を想い起こした。この映画は、青年期にギリシャ王政を打倒する革命運動に参加して亡命をやむなくされた老夫婦が王政廃止後に、ふたたび故郷に帰ってくるが、そこで見たのは土地相続問題で争っている醜いかっての家族の姿であった。年老いた夫婦は絶望し、2人で手を取り合いながら霧が立ちこめるなかでボートを海に向かって漕ぎだし、自らの故郷を後にする。霧深い海辺でボートを必死で押すあの打ちひしがれた老夫婦の後ろ姿は、今でも私の心のなかに深い傷跡となって、ありありと想い起こすことができる。『折り梅』を観てなぜ私は、『シテール島への脱出』を想い起こしたのであろうか。私は、『折り梅』のような予定調和に満ちた映画を見れば見るほど、実は何とも云えぬ悲哀に満ちた寂寥感がこみ上げてくるのだ。
 私が学生時代に帰郷した時、祖母の部屋の前で、あたかも犬に餌をやるかのように食事を与える母の姿を見た。祖母は、近くの川に落ちてこの世を去ったが、あれは事故ではなかったのではないかという想いが今でも残っている。しかしこの『折り梅』を観て初めて私は、母を許せるかのような気持ちが生まれた。その私の母は痴呆になることなく、あまりにもあっけなくこの世を去ってしまった。私はどのように自らの最後の瞬間を尊厳を持って幕を引いていけばよいのか、本当に考え込まされてしまうのだ。
 日本の老後を正面から描いたのは、1973年の有吉佐和子『恍惚の人』であり、そこでは老後の敗残の無惨さが正視するに忍びない絶望的な醜態で描かれ、献身的な嫁の介護による以外に何の救いもなかった。1986年の羽田澄子『痴呆性老人の世界』は、介護による心おだやかな老後の世界の可能性を初めて示し、この松井久子『折り梅』は一歩進んで実に老人の残された可能性を歌い上げようとした点で新しい段階を画したと云えるのではないか。
 さて私は最後に云いたい。嫁がパートで働く花き企業のきらびやかにオートメ化された大量生産の世界の虚妄を。私たちがホームセンターで買い求める花々は、かくも近代化された花き企業の大量生産システムの流れ作業のなかで供給されているのだ。そして自らの老後をどう始末するのか、始末できるのか、上映終了後の満場の拍手のなかで、なお私は粛然として佇むばかりだった。名古屋ゴールド劇場にて。(2002/3/16 18:53)

[エドアルド・ウインスピア『血の記憶sangue vivo』]
 私は間違っていた。てっきりガルシア・マルケス『血の婚礼』の映画化だと思って観たのだが、実はイタリア南部プーリア州最南東のサレントでの物語であった。イタリア南部の貧困にあえぎ、焼けつくような陽射しのなかで生きる民衆の犯罪と不条理の世界を鮮烈なラテンの鬱屈した情熱の希望と絶望が描かれる。日本の淡泊な描写とはまるきり異なる南欧の、まさに血の記憶の世界だ。私は、はじめてサレント地方の民俗音楽であるピッツイカを知った。単調なリズムの繰り返しのなかで、うねりのようなタンバリンの主調音のリフレーンが大地の哀しみを歌い上げて聴衆をある種のトランス状態に導く。もともとは、毒蜘蛛に刺された人を癒すために演奏された音楽だそうだが、確かに世の傷と痛みを眩暈にも似た感覚で忘我の状態に至らしめる。
 主演のピーノ・ズインバは、ピッツイカを世界的に紹介した奏グループであるグルッポ・ゾエの中心メンバーであり、ラテン人特有の風貌をしたムスタキそっくりの人物であった。やり場のない哀しみがただような画面一杯に情熱の溢れるイタリア映画を久しぶりに満喫することができた。
 ここには、家族と地域の原初的な共同体の世界があり、個と共同体の衝突は或る悲劇的な結末に終わる。個の自立への指向は、個の崩壊と共同体への回帰をもって終焉する南部イタリア独特の風土性を感じる。日本的共同体は農村部の過疎化とともに姿を消しつつあり、その残滓は企業社会の中に姿を変えて生き残りつつあるかのようにみえたが、いまはそれも揺らいでしまった。イタリア南部では、まだこのような前近代的な(?)共同体が生き残っているのであろうか。それにしてもやはりラテン系の青年男女の彫りの深い独特の哀愁に満ちた顔貌は美しい。撮影スタッフには、無政府主義者が多いそうだが、イタリア・アナーキズムの社会的な基盤がどこにあるか少しは分かったような気がする。今池シネマテイークにて。夜8:25〜10:00。観客は10人程度。(2002/3/10 23:03)

[バズ・ラーマン『ムーラン・ルージュ』]
 1899年のパリのあまりにも有名なナイトクラブであるムーラン・ルージュを舞台に繰り広げられる男女の純愛ストーリーと云ってはたわいもないが、CGを駆使したビジュアルな映像が展開され、その限りでは面白い娯楽大作ではある。このようなオモシロイの一点で作られた映画もナカナカよいもんだ。ただしこれがアカデミー賞とかの有力候補とはちと底が浅い。
 私が最も興味を持ったのは、このような19世紀末期のレビューの世界は、芸術ではなく妖麗なコーテザン(高級娼婦)の世界であったということだ。そこに集うのは、退廃し切った貴族階級やブルジョアたちであり、演ずるのは当時ボヘミアンというかたちで真実や美、自由を追求した俳優と作家達だ。驚いたことに高級娼婦の部屋は、ムーラン・ルージュの屋上に併設した豪華なものであり、そこに夜な夜な退廃貴族が訪問しているのだ。
 デカダンでセンセーショナルなパリの華やかな歓楽の世界と、その裏にあるアンダーグラウンドの世界を対比させながら、自由を希求するという普遍的なメッセージが素朴に高らかに謳い挙げられている。音楽は20世紀の代表的なポップスが満載され、撮影や衣装からセットに至るまで高度技術を駆使した満喫できる映画ではあったが、それ以上でもなく以下でもない。中年女性で満席であった。バズ・ラーマンは『ダンシング・ヒーロー』・『ロミオとジュリエット』などで斬新なスタイルを提供したがその連続線上の映画である。星ヶ丘三越映画劇場。(2002/3/9 22:21)

[モフセン・マフマルバフ『カンダハール』]
 2001年カンヌ国際映画祭エキュメニック賞(国際キリスト教会審査員賞)受賞作品。恐らく9.11同時多発テロがなければ、辺境を描いたマイナーなエキゾチックな映画に終わったであろう。カナダに逃れて大学生活を送り得るアフガン女性を主人公とすること自体が、アフガンの状況からしてあり得ない。ストーりーはその女性の妹を救出するために危険を冒してアフガン入りする過程を象徴的な題材として、タリバン支配下のアフガンの現状を鋭く描く。私は、イスラム文化圏が欧州キリスト教文明によって、翻弄され弄ばされ挙げ句の果てに自らの確かな将来展望を剥奪されて、ひたすらコーランの原理主義的な理解の中にしか民族の存在肯定を持ち得ない凝縮した矛盾の集中的な場所となっているアフガンの生々しい姿をみる。
 マフバルマフの映像は、現状告発の圧倒的な迫力はあるが、希望を語れない。誰が希望を語れるであろうか。唯放置されるのみである。しかしこのような状況は、世界の一般的な状況論理と切断された唯単に特殊な個の状況に過ぎないのであろうか。ここに問題がある。アフガンが現代世界の諸矛盾の集中的現象としての普遍的な意味を持つがゆえにこの映画は撮影されたのであろう。ではその普遍的な意味とは何か。開発途上の地域が、米ソ冷戦の最前線の戦場となり、その過程で半封建的な部族が武装化されて、熾烈な内部闘争を展開し、そのような内部矛盾を止揚する根拠をイスラム原理主義に求めるしかなかったこと。無学文盲で餓死に直面した民族が、コーランの教条に身を委ね全身を武装したカルト的遊撃軍隊を編成し、民衆の内部矛盾を完膚無き原則で裁断する強烈な武断的な権力の行使によってしか、秩序と平和を回復し得ないミゼラブルな状況に追いつめられたのだ。
 民族自決権と普遍的な人権が正面から衝突し、先進国による「人道的介入」以外に生命の存続が保障されない極限の地獄。それが逆に先進国の平穏な日常を直撃する問題を直截に提起する。ただし、私たちは知っている。先進国の成熟した状況のなかで、陰惨に展開するイジメの世界の恐るべき実態を。目眩く怯懦と自己保身の無限地獄の果てに、最弱者に向かって放出される攻撃のエネルギーを。青年に向かって自主を説く教授者が、実は最も自主を恐れていることを。自らを支配する権力への直截な批判なしに、誰が教授の過程において自主を説く資格があろうか。先進国においては、自分が最も云いにくい人に対して最も云いにくいことを云っているかどうか、そこに自己の存在証明の基軸があるのだ。マフバルマフ『カンダハール』は、先進国の民衆に対する最も鋭い告発のメッセージともなっているのだ。名古屋今池シネマテーク。観衆満員。
 追記。3月2日付け朝日新聞夕刊の映画批評に「跳」名による私の意表を突く評論が掲載された。彼によると、映画の主人公のタリバーン批判の論理は、爆弾を落とすブッシュと同じ論理であり、人権と自由を最大の価値とする近代西欧パラダイムに過ぎないという。現在称揚されている文化多元主義は、近代西欧のパラダイムの外にある女性の人権を抑圧するタリバーンを理解できず、英語を話す主人公を批判できず、結果的に空爆を加える米軍を批判できない限界を持ち、それは米国流民主主義を移植された戦後日本の限界だとも云う。この評者は、9.11以前に作られた映画の限界だとも云っているが、しかしイスラム原理主義の支配を異文化として観照するなとも云っているようにみえる。この評者は、イスラム教と原理主義の区別を理解できていないのではないか。自由と民主主義の普遍的な意味を西欧独自の狭い価値に限定しているのではないか。タリバーンの原理主義支配を批判することが、そのまま米軍空爆による民主主義の軍事的強制と誤解しているのではないか。(2002/2/28 2024、3/3 19:40))

[田中光敏監督・横田与志脚本『化粧師KEWAISHI』]
 最近の少女の化粧を「けばい」というのは、この化粧師から来ていたのか。原作の石ノ森章太郎の漫画を原作としているが、舞台は明治末から大正初期の青鞜社誕生の頃に移し、映画は原作を上回っているのではないだろうか。大正デモクラシー期の雰囲気が生き生きと伝わってくる女性解放の暁星期がよく分かる。時代考証も精密であり、当時の東京下町の階層的な状態がしっかりと描き込まれている丁寧な映画作りだ。現代的にはメイク・アーテイストである青年化粧師が、化粧とは「心を美しくする、心の化粧はあなた自身」という哲学のもとに、女性にに対する真情溢れる化粧を施すのがすごい。私は、女性の化粧をいままで軽蔑していたが、内面の美が溢れ出る化粧というものがあるのを始めた知った。化粧とは、実は自己の存在証明でもあるのだ。
 私の印象に残ったのは、雑誌『青鞜』創刊による日本の婦人解放運動の開始、関東大震災後の避難民の居住地、足尾銅山による渡良瀬川流域の鉱毒事件など現代日本の源流が噴出した大正初期の時代風景が生き生きと伝わってくることだ。さらに主人公もそうだが障害者の眼から時代を描き、恐らく非差別部落民の視点も導入している点であり、当時では排除された階層から時代を描くことにより、より時代の実相に迫り得たのだ。今から思えば、やはり大正デモクラシー期は日本の近代が本格的に開花した相当な時代であったことがよく分かる。化粧師の生き方を貫いて、明らかに芸術至上主義の階級的な虚偽性が露わとなり、それは彼自身が国家権力の手先である警察と衝突した時に、彼を守り抜く日頃は無口な庶民の断固とした素朴な連帯に表れた。さらに女性自身が男性中心社会から脱出して社会的な進出を果たしていくフェミニズムの源流の萌芽がうかがわれる。
 私は田中光敏なる新人監督の時代認識に注目したい。新自由主義の制覇のなかで退廃と堕落が進行する現代日本を、大正期を題材にしながら射抜いている恐るべき力量を持った新人映画監督の登場と評価したい。何よりも底辺の庶民へのまなざしの共感性と、透明感溢れるさわやかな描写は、最近の日本映画の退廃を遙かに凌駕している逸材の登場と期待したい。名古屋駅前グランド5。(2002/2/25 19:43)

[チャールズ・シャイア『マリー・アントワネットの首飾』]
 フランス・ブルボン王朝の終焉を飾るルイ16世と王妃マりー・アントワネットの華やかな王朝が最後の時期を迎えるフランス革命前夜を描いている。革命情勢のもとでは、支配階級の退廃と荒廃による統治の無能が露わとなり、それを象徴するスキャンダル事件が起きるが、フランス革命期の最大のスキャンダルが王妃と枢機卿を巻き込んだ”首飾り事件”であった。ストーリーは省くが、宮廷生活とそこで繰り広げられる王室と貴族や教会の権力闘争の一端がうかがえて結構堪能した。プラハにロケをし、ベルサイユでの1日だけの実写は当時の雰囲気をよく浮かび上がらせていた。テーマ自体はつまらないものだが、日本の王朝時代劇絵巻と似たような劇画的な作品で、印象に残ったのはギロチンの処刑シーンとデムーランの街頭での革命演説であった。当時のアジテーションは、文字どおり路端での数十人の聴衆に訴える手作りのアナログ的なものと、やっと出始めたビラや手作りの新聞が中心であったことが分かる。つまりこの映画も、宮廷内部の描写に加えて、民衆生活の場面をもっと描けば迫力ある重厚なものになったのではないかと思った。名古屋松阪屋東宝。(2002/2/23 16:34)

[岡本喜八『助太刀屋助六』]
 推薦入試が早く終わったので、なすところなく映画館に向かった。すでに退職されたS先生と出会った。78歳の老監督がメガホンを撮ったにしてはテンポが速く痛快な娯楽劇であるが、それだけにしか過ぎない。上州を捨てて渡世人になった助六は仇討ちの助太刀をして暮らすが、再び故郷に帰ってくるとそこでは元関八州取締役が対象の仇討ちのシーンに出くわした。現取締役の鉄砲によって仇討ちは成功するが、実は裏に取締役の賄賂と汚職の構造があった。討ち果たされた元取締役は、その不正を暴いたが故に追われる身となり、また助六の生き別れとなった父その人であった。助六は、助太刀ならぬみずから父の敵討ちをして、幼なじみの娘と馬に乗って江戸に立ち去るといったたわいもない話ではある。何で今更このような映画が撮られるのか、その意味は全くなく唯単に功なり名遂げた映画監督の道楽に過ぎない。このような映画撮影に参加したスタッフの無惨な奮闘ぶりが浮かび上がる。S先生は、娯楽映画は娯楽でいいのだと楽しんでおられたが、私は創作のための創作に過ぎない何とも言い難い映画撮影の構造を実感した次第であった。やはり老いは老いであり、芸術の世界では何ともし難いことなのだ。老醜はさらすべきではない。名古屋シルバー劇場。(2002/2/20 18:48)

[石岡春代 奄美島唄ライブから]
 奄美島唄の名手石岡春代のライブは、小雨降る今池Tokuzoで催されバックは「ふう」というアコーステイックグループであった。会場は奄美大島出身者で溢れ、情感溢れる唄声と奄美三味線独特の高音を生かした音色が心に響き渡った。辺境の島で民俗的なやるせない唄と底抜けに明るい祭り唄が披露され、聴衆は堪能した。私のすぐそばにいた中年男性の指笛がまた素晴らしく、会場は盛り上がり、途中で踊り出す人が続出し、南東の人々の底抜けに明るい風土性が発揮された。
 日本のメジャーな音楽の世界は、欧米風のリズムに浸食され、歴史的に積み重ねられてきた民族音楽の源流は一時消え去るかにみえたが、ここにきて津軽三味線や島唄に光が当てられている。幼少期に身体に染みついた民族音楽のリズムは容易に消え去りはしないのだ。私は、子供時代に夜を徹して踊り明かした「大井踊り」(岡山県民俗文化財指定)の風景を思い出し、思わず目頭が熱くなった。遠藤みちろう以来Tokuzoは2回目だ。できたら一度奄美に出かけ、現地の風土のなかで聴きたいと痛切に思った。(2002/2/17 21:20)

[ジャ・ジャンクー『プラットフォーム』]
 文化大革命の終焉期から市場経済化への大転換のなかでの底辺芸術運動の変容を描く。文工隊(農村文化工作隊)とは、社会主義理念を庶民に分かりやすく伝えるための歌舞音曲による宣伝部隊であった。この文工隊の青年男女が、文革期から市場経済への展開のなかで国家補助をうち切られ、自力で農村部を公演してまわる。公演内容も毛沢東賛歌からロックミュージックへと転換し、そのなかでの青春期の手探りの模索を描いていく。市場経済戦略が鮮明に青年期のあり方と文化自体をも変容させ、欧米的文化の容赦なき侵入を被っていることが赤裸々に伝わってくる。当の欧米自身が自らのアイデンテイテイ再構築に苦闘しているなかで、それをストレートに受容している現代中国の文化状況の混沌とした現状が浮かび上がって、なにか苦々しいような思いに囚われる。
 友愛と協同を追求したはずのソーシャリズムは、野蛮な文化大革命の反動を受けて、その真価を上部構造に置いて試される試練の時期に入っていると云える。しかし唯一の救いは、社会状況がどうであれ、青春のみずみずしさと煩悶は歴史を越えたそれ自体の価値を持っているということがひとつの証のように伝わってくることであり、社会主義であれ資本主義であれ市場経済を共有している青春の共通の鼓動が伝わってくることである。確かに中国は音を立てて変わり始めている。一体中国映画はどこへ行くのであろうか。名古屋今池シネマテーク。(2002/2/16 19:59)

[米良良一を聞く]
 日本を代表するカウンターテナーである米良良一は、緑美しい宮崎の小さな村に生まれ、大学3年でカウンターテナーに転じた。宮崎勲『もののけ姫』の主題歌を歌って一躍知られるようになった。一度名古屋白川ホールで聴いたコンサート会場は、中年女性で超満員であった。もともとカウンターテナーとは、ボーイソプラノの声域を維持するために少年末期に断種して誕生した最も残酷な西欧声楽家を指したが、日本ではもちろん断種せずトレーニングでボーイソプラノを維持するのである。彼の日本歌曲を聴くと、すさんだ心が流れるように癒される感じがするが、このような情感溢れる世界にひたることを避けたいという気持ちも生じる。それほど彼の声は、激情を抑えて切々と訴えるように静かに歌うのだ。遠い少年期の母との甘い切ない想い出がいやおうなくこみ上げてきて泣きたくなるような気持ちになる。強い理性にとってはだから、最も危険な音楽世界でもあるのだ。だから私はよほどの時しか彼の歌を聴かない。ひとたび聞くとそこに浸り時を忘れてしまう。はかなく消え去っていきそうな歌い手の哀しみをも覚える。米良良一「母の唄」「叱られて」「里の秋」「蘇州夜曲」を聴きながら。(2002/2/10 22:45)

[中江祐司『島唄の世界』 喪われたものへのノスタルジア]
 沖縄のフォークの世界は、嘉納昌吉を中心とする「花」などでメジャーになっているが、この映画は沖縄・奄美の文字どおり庶俗的な歌い手による島唄の源流を伝えている。彼らは、労働のなかで唄を通じてしか生きる楽しみを持てなかった素朴な人生の哀歓を身体全体で表現している。なによりも汚れのない、混じりけのない、ヤマトンチュウの世俗からは隔絶された琉球人の民俗としての伝統を一身に担っている。彼らの唄は、大きく分けると男女の相聞歌・権力への抵抗歌・労働歌に分けられるが、中央文化に浸食されていない辺境の生活そのものから地下水が湧き出すように歌い継がれてきた魂が宿っている。
 唄者は、沖縄本島の伝説の唄い手と呼ばれる登川誠仁(沖縄のジミー・ヘンドリックスと呼ばれる)、奄美唄の武下和平(奄美で100年に1人と云われる哀愁を帯びた裏声の名手)であるが、それ以外に私が全く知らなかった島の唄い手も登場する。むしろ私は、この無名の素朴で労働の傍ら魂を込めて唄う唄手に感動した。労働で真っ黒に日焼けした相貌のなかから、必死の声で絞り出すように唄う彼らこそ、私たち日本人がとっくの昔に喪失した民族音楽の源流を感じた。
 近代化から取り残された共同体の残り滓という人もいるかもしれない、時代に翻弄された底辺の庶民の哀感にすぎないと云う人があるかもしれない、では近代化した人が手にしたものは何であったのか。それは無惨な人間喪失と疎外の極地ではなかったのか。私は、沖縄の島唄を聖化して称揚するつもりはまったくないが、少なくとも私たちが復権しなければならないヒューマンな質と云えるものがある。
 私の少年期に、村の広場で催された夏祭りは、子供心にも最大の祭典であり、大人達もこの世の華とばかりエネルギーを爆発させた。一夜明けた喧噪の後は、それは哀しい風景であり、また厳しい労働へと回帰するつかのまの発散にしか過ぎなかったのかもしれない。娘達は、浴衣のきらびやかな色を競い、男達は踊り狂いながら一瞬を忘れた。私の祖父は、齢衰えて歩けなくなっても、私の肩にすがって広場に向かい、酒の臭いをまき散らしながら今宵一瞬の楽しみを味わった。煌々と照り映える夜店の並びに、私の眼を奪うような玩具の数々にクラクラするような興奮を覚え、祖父に泣いて叫びながら玩具の汽車を買わせた。翌朝誰よりも早く起きて、親友と広場に向かい、落ちているはずの硬貨を必死で探した。あの頃私も祖父も祖母も確かに生きていたのだ。祭りの囃子を遠くに聞きながら私は眠りに落ちた。あの目眩くような日々は2度とは還ってはこないという哀切がある。本日の映画は、私の精一杯のびのびと過ぎていったあの少年期への素晴らしいノスタルジアとはなった。名古屋シネマスコーレ。(2002/2/10 18:41)

[アンドレイ・タルコフスキー『鏡 3epkano』]
 タルコフスキーは、かって『僕の村は戦場だった』で12歳の少年の悲劇に胸を締めつけられるような感じを味わい、『惑星ソラリス』はよく分からなかった。今回初めて『鏡』をみたが、これもよく分からなかった。映画批評を見ると、水や火や鏡を駆使して、心象風景をつづる自伝的映画だそうだ。静謐な緑に囲まれた家と佇む母。、そして戦争・・・。ロシアシュールレアリズムというのか、なにか根元的なメッセージを発しているかのようにはみえるが今回もよく分からなかった。私の想像力が貧しくなっているとすれば怖い。名古屋今池シネマテーク。(2002/2/10 16:32)

[フランシス・フォード・コッポラ『地獄の黙示録・特別完全版』]
 1980年の初版版から20年を経て特別完全版と謳った52分の追加版を観た。完全版の印象に残るのは、フランス植民主義の農園経営者の植民地思想の虚妄と、プレイボーイカバーガールの少女の哀しみである。特にカバーガールの戦地慰問のシーンでの性的高揚は圧巻であり、いつ観ても度肝を抜かれる。初版版を観たときは迫力あるシーンにただただ圧倒されて、コッポラの思想解析にまで至らなかったが、今回は比較的冷静に観ることができた。戦争の意味は、最高指導層と戦場での直接戦闘者では決定的に異なり、最高指導層は戦争を自らの政策的術数に当てはめてもてあそんでいるに過ぎないこと。そして前線における指揮官の職業軍人的モラルの「純粋」な戦闘精神との間に埋めがたい矛盾が誘発され、前線指揮官の地獄のような発狂と狂気を誘発すること。さらにアメリカにとっては何らの正義なき戦争であったベトナム戦争では、より一層指導層と前線で命を懸ける兵士の矛盾が極大化し、戦場でのトラウマとなって否応なく人間性を破壊するに至ることが分かる。カーツ大佐が軍人としての栄光を捨てて、最後には狂気の王国を築き、そこで自滅していく必然性もよく分かる。彼に遺された最後の人間性は、自分の行動を遙か故郷にいる息子に理解させるための虚しい録音のシーンに示され、そこで彼の激しくも哀しい最後の矜持が表される。
 さらにこの映画で注目されるのは、最前線に近づくほど黒人米兵が増えることであり、黒人達がより危険な場面に集中されたことが分かる。全米人口比10%の黒人が、ベトナム戦線では20%を占め、死傷者数では30%を占めた。米政府は、韓国軍やその他のアジアの軍隊を動員し、有色人種同士の戦争に仕立て上げようとした。

 さてコッポラを含めてハリウッド監督の致命的な欠陥は、アジア人を非文明的な原始的人間としてしか描けないところにある。実は南ベトナム解放戦線こそ、米国独立宣言の思想的な後継者としての逆説的な資格を持っていたことは、ベトナム解放宣言をみればよく分かるのだが、コッポラにおいてもベトナム民衆は何らの市民的な意識が形成されていない無知蒙昧な原始民としてしか描かれていない。ハリウッド・アカデミー賞で黒人俳優がオスカーを得たのは、シドニー・ポワチエ(「野のユリ」1963年)ただ1人であり、今年最有力のデンゼル・ワシントンは、「ペリカン文書」への出演を原作者から拒否された。しかしこのような限界を持ちつつも、戦争の欺瞞を鋭く圧倒的な迫力で暴き抜いたコッポラは、当時のアメリカの知的良心の誠実さをハリウッド商業主義のなかで示し得た希有の監督というべきである。アフガン報復戦争のなかで彼が何を考えているか是非知りたいところである。名鉄映画劇場T。(2002/2/3 19:42)

[松井稔『日本鬼子リーベンクイズJAPANESE DEVILS 日中15年戦争・元皇軍兵士の告白』]
 リーベンクイズとは、中国人が襲撃する日本軍を日本鬼子と呼んだ中国語読みである。一見平和な日本で、14人の老人達が半世紀前の中国侵略の実態を淡々と語っている。2度と思い出したくない、しかし決して忘れることのできない墓場まで封印して持っていきたい自分が犯した残虐な加害行為を、心底からのほとばしり出る勇気を持って告白・証言する。残虐な加害者は平時ではごく普通の市民であり、平凡な人たちであったに違いない。誰しも、私もあなたも彼らになりうる存在だということがよく分かる。過去の罪責に目をつむることは、同じ罪責を犯すことである・・・というメッセージを込めたドキュメンタリーであり、戦争の真実を静かに暴きだす非戦の映画である。
 かって『ゆきゆきて神軍』などというかっての自分をいじめた同僚を訪ねては暴行の限りを尽くすナルシズム映画があって、吐き気を催したが、この映画は違う。ここには静かで激しい自己責任の追及がある。誰しも被害への追求は激しいが、加害責任の追及には後込みする弱さがあるが、それを超克した姿がある。
 戦場ではすべての殺意が正義として賞賛され、殺人件数が評価基準となる。ジュネーブ条約などあって無きに等しい。君は、戦場においてもなお野獣とならず人間であった・・・・というのは哀しき処断の対象に過ぎない。日本軍は侵略軍であったがゆえに、この野獣性は幾重にも深化した。
 私の父も中国戦線に従軍し、足には銃創の後がある。しかし彼は生前に戦場体験を一切語らないままあの世へいった。なにか私は、そこぬうかがいしれない闇のような不気味さを感じて、自分から父に問いかけることはなかった。母は父の帰還を待たず結核で亡くなった。
 このような被害と加害の集積がいまもって営々と続いており、また再び戦火の音が近づきつつあるなかで、14人の証言は歴史の痕跡を後継世代に遺す計り知れない意味を持った。名古屋シネマテーク。(2002/2/3 8:44)

[昔、高校生が戦場に行った ユッタナーム・ムダーサニット『少年義勇兵』]
 太平洋戦争開戦は実は、真珠湾奇襲攻撃ではなく、マレー半島とタイ領攻撃で始まったのだ。すでにベトナム南部が日本軍に占領された後タイ国政府は日本軍侵攻を想定し、高校生を対象とした少年義勇兵部隊を組織していたのだ。あどけない高校生たちが政府軍将校の演説に興奮し、祖国タイの独立を守るためにほぼ全員が志願に立候補するシーンから始まる。それ以降の軍事訓練や女子高校生との恋愛を交えながら、最後には侵攻した日本軍との生死をかけた戦闘に至る。なんともみずみずしい青春と成長の過程を描きながらストーリーは進む。最後は実質的な占領状態の中で、武器を捨てて母校に引き上げていく。この映画では、日本軍占領に抵抗した自由タイ運動については、一切触れられていない。だから、ややもすれば愛国心を王政に吸収する限界があるとの批判も生まれるかもしれない。日本軍の兵士が、高校生の義勇軍を嘲笑するのをたしなめる日本軍将軍の姿もパターン化しているともいえる。
 しかし初めてタイ映画を見た私にとっては、新鮮で純情溢れる描写に心打たれるものがあった。おそらくタイでは、愛国映画として政府は推奨しているだろうが、そして確実にそうであるだろうが、アジア映画の技術水準の高さを改めて思い知らされた。日本の高校生が絶対に見るべき映画である。名古屋シネマスコーレ。(2002/1/26 20:13)

[アレクセイ・バラバノフ『ロシアン・ブラザー』]
 兵役を終えて帰郷した青年を通して、ソ連崩壊後の市場経済化で進むロシアの閉塞した状況を描いている。青年は、母親がいまだレニングラードと呼ぶペテルスブルグに住む兄を頼って仕事を探しに行く。兄は、マフィアに雇われた殺し屋となっており、彼も兄貴から依頼されて敵対マフィアの親分を殺害する。それを命令したマフィアは兄貴に弟の殺害を命じて、殺しの契約金を渡すまいとする。ロックで踊り狂いながら麻薬に興じるロシアの青年男女の生態が克明に描かれる。ノーチラスと称するロック・グループが絶叫する歌は、ロシアの現状をあからさまに告発する歌だ。復讐を終えた青年は、自分を殺そうとした兄貴を助けて、自分は首都モスクワにまた銃を持って出発する。未来がなく出口のない暗い青春が砂を噛むような感覚で描かれる。すでにハリウッドを中心とする欧米映画が描いてきたお定まりの手法だ。
 私は2つのことを考えた。社会主義の失敗の後出現したロシア市場経済がマフィアによって操られ、殺伐とした社会ができあがり、そのなかで泥のような空虚な青年期が出現していること。第2に20世紀をリードした輝かしいソ連映画の伝統はどこに行ったのか。たしかに技術的な継承性はうかがわれるが、スターリン主義の下でも検閲をかいくぐって実験的な手法やヒューマニズムを歌い上げたあのソ連映画の伝統はどこに行ったのか。それだけロシアの現状は、暗く動物的な覇権闘争が展開されているのか。その意味ではこの映画は状況の極限を描いて告発性を示し、バラバノフの隠された良心の苦しみが発露された映画であるのかもしれない。名古屋シネマテイーク。(2002/1/20 16:52)

[高橋伴明『光の雨』を考える]
 映画館に行ってびっくりした。普段になく大勢のしかも若者が多い。こんなマイナー映画を誰が見るかと思っていたので驚いた。集まった人たちの理由は何だったのか、萩原聖人という俳優目当てか?よく分からないがかっての革命劇も風俗の一つになったのか。原作は立松和平『光の雨』であり私は原作を読んでいない。
 この映画を批評する視点は幾つかあると思う。1つは、左翼小児病的な革命ゴッコに本気で陶酔し、没入した若者の哀れな集団ヒステリーであり、何の歴史的意味も持たない、なぜこれが映画を通して訴える意味があるのかという視点である。2つは、革命や権力論のなかでこのような凄惨な殺人が誘発される党派論理の解析から見る視点である。スターリン主義にみられる革命党派の本質だという視点だ。第3は、初発がヒューマンな動機であっても、焦燥に駆られた閉鎖的な秘密組織の密閉された空間に生じやすい極限の主観的な心情がどこまで人間を堕落させるかという、ポルポト・タリバーン・オームと続く一連の集団虐殺とかイジメとの共通性をみる視点である。 
 確かにある高揚した緊張状態にある時代のなかで、先駆的に生きようとする意志を持った組織がまま陥りやすいのは、急進的行動による自己承認と集団の純粋化による他己承認と領導性の欲求である。立松和平も高橋伴明も、かって自らそのような集団と行動を共にしたかシンパシーを感じながら、運動全体が退潮期に向かうとそこから身を引いたか逃亡した人たちであり、そのような過去の罪責に対する自己弁明としてこのような作品を世に問うたという点で、客観的には二重の罪を背負ったという批判が生まれる余地がある。世の中を変えるとはどのような作業であるのか、年齢的に少しは分かってきたはずの彼らの思想は、あまりにも甘く、非自発的理由による自殺率が歴史上最高に達している今、彼らは何を云いたいのか、何を云うべきか、まったく理解していない時代錯誤も甚だしいという批判も生まれるだろう。
 冷酷に云えば、彼ら自身も、劇中の監督が逃亡したのと同じく「総括」仕切れていない。革命の理想が、なぜ仲間の虐殺に至るのかという肝心の問題が考察されていない。水に落ちた犬は再度叩かねばならないかもしれない。大事なことは、おそらく21世紀には形を変えて、再びかっての高揚した緊張の時代がくるだろうが、その時に2度とあのような陰惨な結果に至らしめる青年集団をつくりださないために何が求められているうのか・・・ということではないか。そうであれば、1970年代の日本の矛盾は何であったのか、そこからどのような変革の道の構想があり得たのか、幻想と自己欺瞞に陥った集団がなぜどのようにして出現し得たのか、冷静な歴史的反省が加えられ、そのような全体認識のなかでもっと突き放した「光の雨」を描写しなければならない。もちろん大量殺人の犯罪者には冷酷な断罪がくだされねばならないが、そのような断罪を加える資格者は同じような状況下で鉄の意志で精確な判断を遂行する認識力と指導力の持ち主だ。そうしてはじめて、無惨な殺人者になり果てていった若者の心情を容赦なく暴きだすことができる。
 それにしても思い起こすのは、かってのスターリン粛正の無実の被害者が、みずからすすんで罪を告白し自らを断罪して処刑を選んでいった暗黒裁判の事実だ。スターリンの墓を暴き、もう一度彼の遺体を掘り起こして再審したいという犠牲者遺族の哀しくも激しいルサンチマンがよみがえってくる。名古屋シルバー劇場にて。(2002/1/13 19:46) 

[マジッド・マジデイ『生きる夢 アフガン難民の子どもたち』]
 イラン映画監督マジッド・マジデイ(確か『運動靴と赤い金魚』の作者であったか)とNHKの共同作品であるアフガン難民キャンプでの小学生への教育シーンを見た。果てしなく広がる砂漠地帯に設けられたテントから教師に引率された100人ほどの子どもが砂漠に走っていく。彼等はいずれも裸足だ。彫りの深い顔立ちは、まさしく彼らがアフガン民族の子どもであることを示している。砂漠の真ん中に段ボールを継ぎ合わせた黒板が設置され、子どもたちが整列してそのまま地べたに座ると、教師は「あなた方はアフガン民族の枝だ。戦争によってはなにも生まれない。よく勉強して字を覚えよう」と呼びかけ、全員に30CM四方ぐらいの粗末なダンボールの切れ端と白い紙が一枚と鉛筆が一本づつ配られ、子どもたちはとても大切そうにそれを受け取る。教師がマジックで黒板に書き、それと同じことを生徒が紙になぞる。とても真剣だ。しかし、それはおそらく字ではなく、短い直線が縦に何本か引かれ、その下段に同じように斜めに直線が何本か引かれるだけだ。子どもたちは、それを必死で書き写しながら、隣の子を修正したりなどして、朝から夕暮れまで砂漠で授業がおこなわれる。空は晴れわたり、風は厳しいが、戦争など想像できないようなシーンが繰り広げられる。子どもたちが勉強している間も、次々とアフガン難民がキャンプへトラックで来る。カンダハルから16日かけて来たという家族もいた。
 子どもたちの表情は少し緊張しているが、明るく勉強しようと云う意欲が満ち満ちている。全員が自分の好きなことを黒板に書くと、教師が「よくできた」と誉め、全員の暖かい拍手が起こる。感動的なシーンだ。演技ではなくドキュメンタリ^だからそのまま事実が映し出される。夕闇で授業が終わってテントに帰っても、地べたに紙を置いて一生懸命勉強している。夜の帳が降りると、みんなが集まって相撲に興じた。相撲があるとは驚いた。
 なぜこれらの映像が私の胸を打つのか。そこには、競争や内申のための勉強が一切なく、ただ単に字が分かりたい・字が書きたいという本来の学習の意味が100%展開しているからだと思う。彼らの学力は決定的に低い。日本ではオール1だろう。しかし、なにか先進国でとっくに失われている原初的な学習の姿がありありと照射されている。日本の子どもが、純粋に学ぶ喜びに満ちたら彼らの学力は急上昇するだろう。私は、アフガンの情景を決して美化はしない。彼らも暖房がきいたきちんとした校舎で、飢えや生命の不安から解放されて、自由に楽しく学習できる権利があるはずだ。
 私は、先進国の子どもに云いたい。授業中に教科書も出さないで眠っている人、学習を強制労働と受け止めている人、教師に反発している人、バイトや遊びつかれている人・・・皆それぞれの理由があるだろう。しかしあなた方は、自らの姿勢の正当性をアフガンの子どもの前で語ることができるか。アフガンの子どもは原始的貧困にあえいでいるが、私たちは、高度の精神的貧困にあえいでいるというのか。アフガンの子どもには未来があるが、私たちには未来がないというのか。このような問いに対して、堂々と答える人のみがアフガンの子どもたちと本当の友達になることができる。そして、最も重要なことは、先進国の教師も同罪ということなのだ。先進国の教師は、子どもの時からそれなりの中流家庭に育ち、危ないことや冒険はせず、安定した小市民の生活を守ろうとするスタイルに疑問を持たず成長してきた。おそらくアフガンの子どもをかわいそうだと思い、日本の子どもを可哀想だとは思うが、所詮同情の域を出ないで、なんとか無事に過ごせればよいと考えている。アフガンの子ども(途上国)の犠牲に上に、自分たちの生活の豊かさがあると云うことを、うっすらとは知りつつもそれ以上の探求と行動には出ないのだ。かく言う私も同罪だ。

 私は、ノーベル経済学賞を得たインド人経済学者アマルテイア・センを思い浮かべる。彼もインドのベンガル州で育ち、幾多の餓死する同胞の姿を見て、貧困を絶滅する経済学をめざして英国に留学し今はオックスフォード大学教授の地位にある。彼は、世界の主流からははずれた不平等の解決をめざす経済学を探究している。すべての人間は、誰しも潜在能力を持ち、それを発揮できるシステムを途上国でどう構築できるかが彼のテーマだ。途上国から先進国へ留学できる層は限られ、だいたい現体制の上層に収まってしまう傾向が強い中で、センの経済学もすごいが生き方自身がもっとすごいと思う。ここにこそ希望がある。自戒を込めて。(2002/1/12 22:45)

[アモス・ギタイ『キプールの記憶』]
 イスラエル映画監督ギタイの名前はどこかで聞いた覚えがあるが、実作を見るのはおそらく初めてだ。1973年に始まった第4次中東戦争に救護兵として従軍したイスラエル青年の消耗戦を描いている。この戦争をイスラエルは「ヨム・キプール戦争」と云い、アラブ側は「10月戦争」という。キプールとはユダヤ教の厳粛な贖罪の日であり、この日にエジ@ウト・シリアの攻撃が開始されたのだ。ギタイ監督自身も23歳で召集され、赤十字ヘリコプターの救護兵として従軍し、撃墜されて奇跡的に命びろいしたという実体験を持っている。この体験がギタイのトラウマとしてその後の映画思想を支配してきた。
 描写はリアリステックなドキュメンタリータッチで終始している。今までの戦争映画の戦場における激しく攻撃し合う劇的な描写ではなく、ただ単に負傷兵を救出する辛酸な過程を冷酷に描いている。ここには戦争の背後にある正義やイデーとは全く無関係に展開する戦場の無惨な疲労感や虚無感があり、恋人と別れて出征するシーンから始まり、最後に帰還して恋人と再会するシーンで終わる。
 おそらくギタイは、イスラエルとアラブの対決というレベルを超えた戦争それ自体の無益な非人間性を描いたのであり、だからこそパレスチナ問題を越えた普遍的な問題を提出できたのだ。ここがイスラエルを祖国とするギタイの良心の到達点であり、パレスチナ側からの視点が一切ない点において限界を持っていると云われてもやむを得ない。しかし正義がいずれであれ、無意味な殺し合いをするのは青年同士であり、いつまで犠牲者が必要なのかという強烈なメッセージを放っている。にもかかわらず私は、中東の現代史を冷静に整理して、いずこに正義があるか、正当な解決の道は何かという歴史の審判は避け難く下すべきだと考える。ギタイの感性的な迫力がすごければすごいほど、感情を越えた国際関係論としての社会科学的解放が求められると思う。名古屋シネプラザ50にて。(2002/1/12 19:42)

[オリバー・ストーン『天と地』1993年]
 新聞の映画欄を何気なく見たら、NHKBS2でオリバー・ストーンの名前をみた。そこにある映画の題名は『天と地』とあり、彼の作品にこのようなのがあるとは知らなかったのでつい見始めたら、2時間30分の長編で深夜11:30に終わった。『プラトーン』『7月4日に生まれて』などベトナム戦争に従軍した純情な青年の悲惨な戦場体験を描いた作品を見てきた私はかなり興味深く見ることができた。『天と地』は、実在のレ・リンというベトナム女性がベトナム戦争の渦中で翻弄され、米兵と結婚して米国に行くが、その夫も特殊部隊出身で戦争の狂気を生き延びて最後には自殺してしまう・・・というベトナム人の内面に焦点を当てた自叙伝を原作としている。解放戦線と米軍のどちらも肯定しないという描き方は、ストーンの思想性が表れているが、戦争が人間性をいかにゆがめていくかという内面描写に重心を置いている。いささかパターン化された描写もあるが、戦争の真実の一面を暴きだしていると思った。
 青年期の私は、ベトナム反戦運動の一端に参加して解放戦線をいささか聖化してきたが、その後のベトナムのいわゆる傷跡文学を読んだりしているうちに、必ずしも単純に解放戦線を汚れなき正義の軍隊とのみ美化できない側面があったことを知っていたので、この映画にもある種の違和感を持ちつつもそれほどの抵抗感はなかった。ただし、解放戦線でも傀儡政府側でもない第3の立場を米国行きというかたちで描くという発想は、やはり普遍性に欠けると思う。そのような生き方が現実にあったことは事実であろうが、やはりそこには国家や民族を越えた個の立場を称揚する限界があると思う。
 しかしここには米国的ヒューマニズムの最も良質な部分があり、ベトナム戦争終了後30年を過ぎてなおベトナムをテーマとする映画をつくらなければならない米国社会の深い傷跡をうかがう、やはりこれも傷跡芸術の一つだと思う。ストーンに是非聞いてみたいのは、9月11日の同時多発テロとアフガン報復戦争に対する彼の立場だ。なぜならストーンは、やはり米国文化の範疇で戦争自体を疑問視はするが、第3世界の民衆とどのようにつながるのかーという視点が弱いような気がするからだ。もっともハリウッドでは限界があり、ストーン自身を責めることはできないかもしれないが。
 ストーンは1946年生まれで、21歳の時に自らベトナム戦争に志願兵として参加し、帰還後映画への道を歩んだ。星条旗を必ずしもストレートには肯定できない複眼的な思考が育ったのであろうと思う。おそらくストーンは、現在のアメリカでは最も生きにくい立場にあるのではないだろうか。(2002/1/12 0:17)

[「ジョン・レノン音楽祭2001」から]
 NHKBS2で、ジョン・レノンを記念した日本の代表的なミュージッシャンによるビートルズ・ナンバーのコンサートを観た(10月開催 奥田民生、ゆず、桜井和寿、吉井和哉、ムッシュかまやつ等出演)。終盤でニューヨーク在住のオノ・ヨーコが衛星中継で出演し、平和のメッセージを送っていた。ビートルズが登場したのは、ちょうど私の青年期であり、長髪のスタイルで社会的には不良少年の音楽とみなされていた。私も当時は見向きもせず、むしろピート・シーガーを中心としたフォークの方に共感を覚えた。なにしろあのエレキ・ギターという大音響の金属音に拒否反応を覚えたのだ。
 しかしいまやビートルズは、日本の音楽教科書に記載される20世紀音楽を代表するクラシックという存在になった。時代とともに音楽的な感性に対する評価がかくも変わっていくとは想像だにできなかった。本日のコンサートでビートルズ・ナンバーを聴くと、彼らの曲は時代を超えた普遍的なメッセージを持っており、充分に現代日本にもアピールできる内容と感得した。大体私の青年期は、彼らの歌は英語でのみながされ翻訳がなく、歌詞の意味は全く理解できなかったわけだ。おそらく現在の若い世代にとっては、ビートルズは古典であり、もっと現代的な感性を持つ音楽からみれば或る意味では見向きもされないのかもしれない。
 しかし特に『GOD』は凄い。キリスト教国であそこまで教会を冒涜し、「全てはヨーコと私の愛にある」というメッセージの革命性は当時としては恐るべきものであったに違いない。今でこそ多くのハード・ロックには普通のことかもしれないが、なにしろ最初に提起する時には命を懸けたと推量される。
 さて最後に言いたい。日本のミュージッシャンの多くは、ビートルズとヨーコに媚びへつらい迎合していると思われる。ビートルズの革命的なメッセージ性に学ぶならば、21世紀のこの現在でどのようなメッセージを繰り出すのかというオリジナリテイーがない。率直に言って日本のミュージッシャンは一時の人気にあぐらをかいて霞のようにすぐ消えていく存在ではないのか。日本でメジャーとして扱われている彼らは、本当に若者の心を鷲掴みにしているのだろうか。自らの思想性によって華やかな舞台に登場できない多くのマイナーな歌い手がいることを忘れてはならない。(2001/12/30 22:27)

[『無法松の一生』の日本的心性を考える]
 本日はNHK衛星第2で『無法松の一生』の稲垣浩による戦前・戦後の2本が連続して上映された。かってこの映画を観たときは、階層が異なる底辺庶民の報いられることのない無私の献身に涙した覚えがある。そしてどこかに虚偽の矛盾を覚えて、それが何であるのか分からないまま過ぎてきた。本日この映画に再会して、率直に言えばある種の犯罪性を持った映画ではないかと感じた。あどけない軍人の未亡人やその息子は、客観的には無法松の善意の無私の献身性に或る意味では徹底的に依拠して、自らの寡婦の難局を乗り越えてきたが、最後には無意識の冷たさで彼を捨てたことに他ならない。そのような客観的な意味は、むろん彼らの責任ではなく、あくまで時代の責任ではあるといえようが。
 無法松はそのような自己の献身性の被る犠牲的な結果に対しても、無惨な諦観でもって受容していく。そうなのだ。心優しき底辺民衆は自らの無辜の良心を、このように最後には自己を裏切る階層のために捧げてきたのだ。その自覚されない哀しみの裏にある連帯の希求は、冷酷に言えば日本の歴史の近代化を遅らせてきた最大の要因でもあったのだ。このような日本的心性をどこまで見抜いているかで、無法松の一生に対する理解は大きく異なるだろう。
 この世には余りに無垢なこころを持っているが故に、他者への献身において自らの生を全て犠牲にする生き方がある。それはあまりに美しいが故に、私たちはそれを批判したり否定することをためらう。アア〜ここにこそ歴史の狡知、支配の論理が心情的に連続する秘密があるのだ。中野重治がいう「歌の別れ」の叙情の世界との訣別が、如何に困難であったかの証左である。戦前期の反体制運動の大量転向の基盤は、このような日本的心性と家族関係の無条件の圧迫に屈服せざるを得なかったところに生まれた。確かに当時の日本的心性は、自らが育ててきたはずの息子や娘達が到達した「危険な」思想に誇りを持てず、権力の側と手を結んで転向の心情的な強制を迫り、自らの子どものこころを踏みにじったのだ。
 ただしもう一つこの映画では、男の子が成長する過程で果たす父親の存在の大きさを見事に描いている。戦前期の男性中心社会の中で男児が培わなければならなかった「男らしさ」の心性は、父親不在の家庭では致命的な欠陥であったことが推定される。無法松は、その父親の役割を見事に果たし、実質的には未亡人の夫の役割も果たした。だからこそそれが受容されない社会システムの矛盾を顕わに浮き彫りにする。現代の家庭ではとっくに問題圏域から去ってしまったテーマとも云えるが、果たしてそうなのであろうか。
 かくして『無法松の一生』は、監督自身の意図とは無関係に日本的心性の問題性を再び問いかける問題提起型の作品であり、その限りに於いての名作である。(2001/12/30 19:28)

[レジス・ヴァルニエ『イースト/ウエスト遙かなる祖国』]
 『インドシナ』・『フランスの女』等の激動の20世紀の象徴的舞台を背景にヒューマンな叙事詩を描き挙げてきたヴァルニエの冷戦時ソ連を舞台にしたスターリン主義のもとで翻弄される男女の生を真正面から描いた作品。社会主義ソ連が未だ人類の希望の名前で語られていた時代に、祖国への帰還を果たすロシア人医師と彼に連れ添うフランス人の妻の挫折と脱走の物語である。確かに大祖国防衛戦争の勝利の果てに採用されたロシア人の帰還政策の真相はかくの如くであったに違いない。問題は、人類の希望を担ったソビエト社会主義の虚妄の裏面にある、何がスターリンをして斯くさせたかの視点である。数多の反スターリン主義の視点からのソ連型社会主義の反ヒューマニズムの告発映画がつくられてきたが、その深奥を描く作品は少ない。この映画も残念ながらその系列に連なる。
  総じて西欧映画界は、自らのアイデンテイテイーを反ナチと反スターリン主義に求め、そこに西欧的なヒューマニズムの勝利を宣揚するある種の傾向映画がつくられてきた。私も今まではそこにある悲惨な抑圧からの解放に至る物語を共感を持って無条件に受け入れてきた。
  しかしアフガン報復戦争以後、私は西欧的な価値への根元的な疑問を胚胎することとなった。ナチズムやスターリン主義は、実は西欧文明自身の中にある力による進歩という原理の予期せざる鬼子ではなかったのか。西欧文明は、ナチズムやスターリン主義の陥穽を批判する事を通して、実は自らの内にある力への意志を免罪するカタルシス効果を無自覚のうちに期待しているのではないか。
 第2次大戦後のソ連への入国を描いた秀作にビットリオ・デ・シーカ『ひまわり』がある。捕虜として奇跡的に生き残ったイタリア兵が、自分を救ってくれたロシア娘と結婚し家庭を築くが、かっての最愛のイタリア人の恋人女性が忘れられず、その恋人も彼を追ってソ連に探しに行くが、そこには幸せそうな家庭を築いていたかっての男を発見し失意のうちに去る。デシーカの描写は、ロシア人も普通の愛情を求める普通の民衆を描き決して反ソ的なシーンは登場しない。だからこそ2人を引き裂いた戦争の残酷さが沁み入るように浮かび上がるのだ。ここには体制を越えた普遍的なヒューマニズムと戦争の矛盾が鮮やかに浮き彫りとなている。
 西欧文明のアジア・アフリカ・ラテンアメリカに対する残酷な支配の歴史は、21世紀初頭のアフガンに対する問答無用の報復戦争に連なっていると最近ますます確信するようになった。ナチズムやスターリン主義に対する執拗な追求に対比して、なぜ途上国に対する暴虐に関心を抱かないのか、この余りの非対称性に慄然とする。
  この映画の迫真的な描写力に感服するのと比例して、忽然と湧き起こってくる以上のような疑念がある。私の感想の何処に間違いがあるか指摘してもらいたい。名古屋シネプラザ4にて。(2001/12/23 20:46)

[深作欣二『バトル・ロワイアル』考]
 TVでふとチャンネルを回したらこの作品を上映していた。劇場上映時から興味を持っていたが批評のひどさから実作は見なかった。ところがやはり深作監督の映像の水準は高く、最後まで見てしまった。深夜1時を過ぎていたか。なにせ吸引力があり、剥き出しの暴力の連鎖の中で苦闘する無垢の魂といったテーマは確実に観客を動員したであろう描写力を持っていた。この映画をめぐる賛否両論が渦巻いた批評を参照して私の評論の結論を下したい。『シネ・フロント』(293号)に掲載された批評を幾つか紹介し(一部略 筆者責)、私の評価を加える。                   
  @不道徳なB級パロデイー映画:青少年の犯罪激増の時代の中だからこそ、面白いバイオ
   レンス映画を撮りたかったという監督に失望した。商業至上主義でシナリオを書いた息子
   を世に出したい下心が透けて見える。友情をテーマにした子どもにすり寄る媚びそのもの
   だ。クリエーターとしての自覚が全くない。(51歳 会社員 女性)              
  Aこの映画を否定する大人の言動は、ナイフの正しい使用法を教える義務と責任を怠り、 
   ただ取り上げることしか考えない無責任さを露呈している。私は断固として生徒達に見せ
   る作品だと思う。この映画は殺戮の地獄の奥から、子どもたちに「逃げるな、向き合え、勝
   負しろ」と吼えているのだ。この映画には霧が晴れるような希望が描かれている。(40歳
   男性)
  B監督の発想は国家意志による死の強制への異議申し立てがあるらしい。しかし、ゲーム
   感覚の展開からはそれは失敗している。それとも完全管理された未来社会の恐怖か?
   だとすればオーエルの『1984年』のように一滴も血を流さない描写を越えるべきだ。単な
   る殺人遊技に堕してインパクトがない。あの『軍旗はためく下に』や『仁義なき戦い』の深
   作はどこへ行ったのか。この映画はメッセージを伝えることは不発に終わり、営業では成
   功した。(63歳 男性) 
  C生きる努力をしなくても生きられる現代の若者は、さぞかし目からウロコが落ちたのでは
   ないか。この状況で自分だったらどうするか考えたに違いない。混迷にある現代を生き抜
   くには、自分の身は自分で守れ!誰かを頼りにするな!強いものの言いなりになるな!
   必死で生きることが大事だ!というエールを受け取った。最近の邦画にはないドキドキハ
   ラハラの強い衝撃があった。R15指定にして想像の世界から何かを学び取る機会を奪う
   のは残念だ。(女性) 
  Dなぜ暴力なのかの説明がない。少年期の暴力は大脳の発達を歪める。暴力の「カタルシ
   ス効果」は大人にはあっても、判断力の弱い子どもには犯罪のモデルを入手することに他
   ならない。生き残った2人はエンデイングで”嗚咽”ないし”慟哭”させなければならなかっ
   た。しかし暴力シーンなしに現代のリアリテイーは描けないとすれば、暴力の哀しみや無
   力を越えた尊厳と希望の世界があることに想い至らせる表現でなければならない。(64
   歳 男性)
  Eこの作品は昨年のベスト1だ。これは姿・形を変えた反戦映画だ。既成の映画とは異な
   る視点から、戦争の悲惨さと虚しさを描いている。未来を担う若者に、どんな困難に直面し
   ても、良心と理性を失ってはいけないということを訴えている。(34歳 男性)

  いずれもなかなかの感性が溢れた批評だ。私が感心したのは、60歳を越えて瑞々しい感受性を示している老人達だ。興味深いのは、高齢者に否定論が強く、若年層に肯定論が強いことだ。最初にハラハラドキドキしたのは私も同じで、それはテーマではなく深作の映像技術が各段に優れていることだ。問題はすぐれた映像技術を駆使する深作の思想そのもにある。私は、こんな映画で日本に反戦意識が育つとは思わない。せいぜい友情と家族を武力で守る徹底した自己保存本能が強化されるだけだ。彼には、個体を越えた種の連帯に至る普遍の論理がない。動物行動学で言うヒトとチンパンジーだけが、無抵抗の敵に最後まで攻撃し続けるという攻撃本能を肯定し、自力による防衛を鼓舞叱咤するに過ぎない。敵対を暴力ではなく、理性的な交流によって解決すべきだという人類史の到達点は全く無視され、野獣の論理に先祖帰りしている。帰する所深作もまた企業の営業論理の中に巻き込まれてしまい、青春期の深作は汚されてしまっている。ハラハラドキドキの浅薄な青春暴力を、うわすべりの友情で覆ってしまった日本映画史には決して残らない映画。私は深作に呼びかける。小栗康平『泥の河』や『かくも長き不在』にある沁みいるような描写を営業を無視してなぜ駆使しないのか。(2001/12/16 20:33)
 
[岩井俊二『ラブレター』(角川書店 1995年)]

 今池の古本屋である神無月書店の100円コーナーで買い求めた。数年前に映画をみたときの初々しい感動を想い出した。岩井氏が映像作家のみならず、このような文筆の冴えがあるとは思わなかった。或る青年男女の同級生を交えた恋愛が中学校時代の生活までさかのぼり、そこで繰り広げられた中学生の純情溢れる初恋のストーリーを発見し、成長した青年が新たな門出に立ち向かっていくリリシズムに満ちた小説だ。このように可憐でそれ故に汚れなき悪戯のような交流は、どこかに置き忘れてきた青春の日のモニュメントだ。映画も清らかさがあったが、原作も一気に読める、心が一瞬洗われるような清らかさがある。このような清冽な作品を書いた岩井氏が、『リリイ・シュシュのすべて』のようなニヒルな作品を書こうとは。(2001/11/3 21:27)

[フォルカー・シュレンドルフ『THE OGRE魔王』]
 監督は1979年カンヌ映画祭グランプリ『ブリキの太鼓』の20数年ぶりの壮大な大作。原作はミシェル・トウルニエ。ORGEとは子どもの絵本の中に登場する人食い鬼の悪魔として親しまれている。1925年のパリ郊外の内向的な少年アベルが成長して独軍の捕虜となるが、ヒトラー・ユーゲントの幼年学校でひたすら少年達を世話し、ソ連軍の侵攻の中で収容所を脱走したユダヤ人の子どもを背負いながら湖の沼のなかに沈んでいく。
 モノクロとカラーを交互に使いながら重厚に戦時下のドイツの少年が、ナチスにのめり込んでいく様をとらえる。特に夜の篝火が煌々と輝く集会の儀式は、ファッシズムガどのように無垢な少年の心を組織していったかを見事に描いている。集団無意識の動員、神話への没入と使命感への強烈な誘惑など全ての原理主義的な発想に共通する魅惑的な魔物のような吸引力。
 そのような心理操作に無縁でいられるのは、主人公のような無辜の魂ではないか、というのがこの映画のメッセージか? フランス人の原作を以てドイツ人が描くナチズムの深層心理といったところがパンフに登場する数多の映画評論家の言説であるが、私は人類史が戦争という大きな物語の中で、いかに多くの無垢の人々を犠牲にしてきたか、特に少年や少女の純粋な魂と可能性を虫けらのように扱ってきたか、少年を背負って沼に沈んでいく主人公はあたかも全人類史の強制され迫害されて死んでいった人々への鎮魂を象徴しているかのようにみえた。
 人類史は米国のアフガン殲滅攻撃に象徴されるように、かって現代史が経験したことのない帝国の暴力が剥き出しになり、人類の腑がさらけだされる最悪の21世紀に突入した。もうアキアキした。戦争とファッシズムの美学はもういい加減にしてくれ。
  
 クリストフォロスは若きキリストを肩に乗せて河を渡った。
 それゆえ彼ら2人が分かち合った苦難の中で、
 キリストのイノセンスは美になりえたのだ。
 われわれはすべてクリストフォロスである。
 だからわれわれは、イノセンスも仮面の裏に隠れている邪悪な心を
 どうのようにして越えたらいいか知る必要がある。
 君たちはみな”子どもの担い手”と呼ばれていることを覚えているか?
 聖なる荷を肩に担ぎ、君たちは河や海、嵐を越えるだろう。
 聖なる炎さえも・・・・・・。 

                         名古屋シネマテイークにて。(2001/12/2 17:23)

[小野田嘉幹『伊能忠敬』・・・日本近世自然科学の到達点を描く]
 俳優座創立55周年を記念して制作された。俳優座の思想がそのままストレートにでている夢とロマンに溢れる正統派映画。描写は実証的なリアリズムであり、江戸期における日本の天文学・地理学の水準がよく分かる。伊能個人の描写で言えば、さまざまの社会的な権力関係の軋轢の疎外を乗り越えて、純粋な学問的情熱を生きる男の夢と実践者として描かれている。江戸期の学問が、同時に登場する山形播桃含めて商人や百姓出身者によって支えられていたことが分かる。その百姓は、地域経営に献身的な地方名望家(地主層)の知的活動家であったことも分かる。関孝和の和算も少し顔を出すが、天文学者高橋至時から息子景保との交流が学問的出発の契機となっている。市井の学問といえども、基本的には幕府権力機構に組み込まれていたのだ。樺太探検の間宮林蔵が登場し、伊能の測量術を修得しつつ、幕府隠密として活動するが、間宮がシーボルト事件の摘発者であったことは初めて知った。
 しかしなんと言っても圧巻は、『大日本沿海輿地全図』作成に至る伊能のほとんど労働集約的といえる歩測を用いた測量術(道線法と交会法)であり、子午線による地球の大きさの算出に生涯をかける学問的な情熱である。近代測量法の原点となった器具は、わんか羅鍼、象限儀などがある。
 日本の近代科学の生誕を告げるテーマを取り上げた映画は少なく(黒澤明『赤ひげ』など)、政治や芸術を主題とする時代劇が多かったが、このような自然科学系の映画にあるストレートな夢と実践こそなにかスッキリとしたすがすがしさが漂って楽しめた。それにしても当時の平均寿命を考えれば、56歳で測量を開始し74歳で死去する学問人生は、今の私の年齢をみても大いなる驚異ではある。私も、私にとっての『大日本沿海輿地全図』を完成させるために残された生涯を傾注しなければという思いがこみあげてくる。名古屋駅前松竹座。(2001/11/24 21:20)

[ピルヨ・ホンカサロ『白夜の夜を越えて』]
 モノクロとカラーを交互に使いながら、フィンランドの美しい心象風景と東欧を流浪するサーカス団を舞台に、母と姉妹の愛憎入り混じる女性の精神の遍歴と和解に至るストーリー。アキ・カウリスマキに代表される北欧映画は、欧州の重厚さに一種独特の陰影を投射した独特の濃密なタッチがあって、福祉国家路線の中にある人間の実存に迫るような深みがある。舞台は、ソ連支配下のフィンランドとハンガリーが舞台であり、スターリン主義がいかに民衆の心から離反したものであったかを実感する。スターリン死去のニュースを聞きながら、母親が静かに踊り出すシーンは、ソ連型社会主義の残酷な支配体験を象徴している。
 監督自身はこの映画のテーマを、「人間が背負っている責任、使命といった重荷です。ある世代から次の世代へいとも簡単に責任が転嫁されている世の中で、人はどのようにして自らを解き放ち、他人に責任を押しつけることをやめるかということを描きました」と言っている。この女性監督は、シモーヌ・ヴェーユの『重力と恩寵』を読んでこの映画を制作したそうだ。次はその一節。「己の醜さを他人の押しつけるという行為は、まったく耐え難い行動である。(中略)われわれの汚れた心から悪魔を引きずり出し、苦難を受けさせるのだ」。名古屋シネマスコーレ。
                                              (2001/11/23 16:54)

[アーサー・ミラー『クルーシブル』]
 今宵は、何の気なしにBSの映画を観ていたら、意外とシリアスな映像が流れていたのでつい引き込まれてしまい、最後は衝撃的な想いに沈んでしまった。米国農村でのピューリタニズムが色濃く残っているなかでの悪魔裁判をめぐる悲劇であり、どうも実際にあった事件らしい。大勢の村人が悪魔と契約しているという一人の女の密告によって、次々とファナテイックな集団ヒステリー現象が巻き起こり、善良なクリスチャンである村人が縛り首になっていく。最初は縛り首の処刑に歓声を挙げている村人も、尊敬を集めている者まで徐々に処刑が及んでいくと自らの行動に疑問を抱き始める。
 このような宗教裁判は大都市ボストンから派遣される公職判事が主催し、彼は使命感に溢れた厳格な裁判で、村から悪魔を一掃する判決を下し、合計19人を処刑台に送る。この修羅の過程の圧巻は、無実の罪を偽証によって告白することにより、処刑を逃れるかそれとも尊厳を守って刑場に向かうかのギリギリの選択だ。つたない私の表現では言い表せない重く深い感動的な結末に至るのだが、この映画は実にドラステックにこのテーマを描ききっている。
 私が思い浮かべたのは4つある。第1は、キリスト教原理主義という宗教的呪縛の怖さだ。一神教の文化を実感できない日本的な感覚では理解できない神とその罰、しかも人間の自然な欲望や裏切りそしてなおそれに打ち勝つ人間の尊厳。第2は、恐らく当たっているであろうが、戦前の米国の最大の汚点であるマッカーシズムの渦中を生きた知識人の姿と決意を象徴的に描いたに違いない。密告者の側に廻って次々と同僚を権力に売り渡したエリア・カザンを告発し、ハリウッド・テンに対する追悼の意味を込めているに違いない。米国アカデミー賞の授賞式会場で着席したままカザンを侮辱した映画人の心情が伝わってくる。第3は、遠藤周作が描く転びキリシタンの世界である。遠藤の世界は、転んでいく苦悩を心底から描きながら、どっぷりと日本的な甘え(よく言えば許し)の心情が流れている。転ぶか転ばないかであって、それは神への裏切りと許しという問題であるとともに、実は自らの人間としての最後の尊厳が懸かっているのだという厳しさがある。「私は心を売ったが、自分のたった一つしかない名前を署名することはできない」と最後に絶叫して、告白書を破る主人公の行為は、無条件に私自身の生き方を問いかけるものであった。第4は、戦前期マルクス主義者の転向問題である。非転向を単なる固い意志力や肉体力による硬直した態度として貶めるあまたの評論家が、転向の柔軟性を逆評価しているが、その哀れな皮相性が浮き彫りとなる。
 私が初めて知ったハリウッドの良心を底深く描いた本格作であり、アーサー・ミラーの作家的意味を初めて実感でき、私の生き方を破砕した、しばし物想いに沈む問題作であった。NHKBS1。(2001/11/20 23:53)

[大澤 豊『アイ ラブ フレンズ』]
 夫に先立たれたカメラマンをめざす聾者の女性、彼女の小学生の息子、交通事故のトラウマをひきずる青年、彼らを励ます周囲の人々。このドラマは、すべて人間の善意が満ち満ちていて悪人は登場しない。いままで障害者を描いた映画は、差別と苦闘するなにか暗さを湛えたものが多かったように思えるが、この映画は、障害者と健常者が特別の意識なくコミュニケートする明るさがある。バリアフリーとかユニバーサルサービスとか共生とかのカテゴリーが、普通の日常に生活としてしみこんでおり、日本の現代史が確かな歩みを刻んでいることを実感させる。
 障害児のこどもや障害児学校の教師を見ると、なにか吹っ切れたあとの明るさやある種のセイントを感じるものがあったが、やはりこのような映画を観るとむしろ健常者のほうが、日常のツマラナイ世俗にとらわれてヒューマンなものを失っているのではないかと、鏡を見るように自分の在り方を振り返る契機となる。息子が学校で自分を擁護してくれた友達が、逆にイジメられていく時に、自分もイジメの輪に加わっていく過程と裏切りの哀しみはリアルであり、和解に至る心情も納得できる。
 こうして美しい善意のなかで市井の庶民が生きている世界が、障害者と健常者が架橋する次元にまで進んでいっていることが私には嬉しい。障害者が味わい尽くした数々の苦悩があり、現実はもっと醜く歪んでいることは、百も承知の上での明るさであることを観客は知っている。ここには成熟社会の最も良質の面があり、日本のこれからの可能性を示している。
 いま聾者の方々は、さまざまの国家資格試験の欠格条項の廃止に向けた取り組みを展開しており、この映画でも主人公の聾者が自動車の運転をしていたが、正直にいうと私は聾者の運転資格があるとは知らなかったし、聾者の娘が普通の小学校に通学しているとは知らなかった。残念ながら日本にはまだ、同情という名の差別が抜き難く残っている。私もその一人だ。
 そしてどうしても浮かぶのが、無辜のこどもがむごたらしい死をとげているアフガンの現在だ。先進国の成熟のなかにある問題と、途上国の一次元的な問題を相互に結ぶ糸がどうしても必要ではないかと思う。この映画でも、さりげなく途上国難民のこどもを配置するといったシナリオを挿入すれば、もっとリアルなひろがりをもって描写できたのではないかと思う。
 主演の忍足亜紀子(おしだり・あきこ)の知的な美しさには参ったが、最後の個展のシーンもイメージチェンジしないで普通のスタイルで通して欲しかった。最後に大澤監督の言葉を記す。「(聾者は)必ず相手の目、表情を見てますから。目をそらしたら、会話が成立しないわけです。だから彼らは、嘘なんて云えないじゃないですか。私たちは、具合悪くなれば声を小さくしたりしますけど。だから手話のほうが確実に対話が成立していますね」。名古屋シネマスコーレ。(2001/11/17 20:59)。

[ジョエル・シューマカー『TIGERLAND』・・・昇華された米軍讃歌]
 今ははるか昔のベトナム戦争への従軍兵士の過酷な訓練風景。ベトナム戦争に従軍した兵士の平均年齢は18.9歳。地方の平和なコミュニテイーから突然の召集令状によって掻き集められた青年がハードなトレーニングを経て殺人者に成長していく過程を描いている。ただし、脱走や除隊を工作する或る青年が主人公であり、さまざまの葛藤と軋轢を経ながら殺人ロボットに変容していく過程を描ききっている。
 今どきなぜなんだ? 今どき何のメッセージがあるのか? 星条旗への無条件の献身に疑問を持てというのか? 確かになぜベトナム人を殺しに行くのか、全員がなにか騙されて操作されているのではないか、素朴な疑問による反軍思想を抱いた青年による精一杯の抵抗形態としての除隊工作や脱走の試み、そしてそれが仲間の支持を得ていく。ここにベトナム戦争がなんらの本質的な真理と正義を持たない侵略の戦争であったことを、薄々と嗅ぎつけている正義派青年の抵抗を通して描かれてはいる。
 ただしその最も抵抗した青年が、上官の指導に感謝し、星条旗の下で死んでいくといった最後の括り方は、米国ナショナリズムの極地を最も洗練された形で照射しており、その意味でこの映画は客観的には最高度のリアルな芸術形態で粉飾された星条旗賛美の効果をもたらしていると云われてもやむを得ない。ドグマ95といわれる映像技術なんかはどうでもよい。
 私は、幾多のベトナム戦争を自己分析的に直視したハリウッド映画の集積(『デイア・ハンター』『地獄の黙示録』『プラトーン』『フルメタル・ジャケット』などなど)の最後に登場したこの映画を観て、米国の知性がなおベトナム戦争と祖国の犯した罪を本格的に総括し得ていないという思いをますます強める結果となった。オイオイ米国知性人よしっかりしてくれよ!但し日本映画はこのような自己分析的映画を創る能力をとっくの昔に失っているなかで、私が敢えて指摘するような資格はないという苦渋を込めて。名古屋栄シネプラザ50にて。(2001/11/11 18:40)

[篠崎誠「忘れられぬ人々」]
 森村誠一氏の評は「戦争のトラウマを抱えた戦友達の余生を静かに描きながら、物語は後半、次第に流速を速めて激流のような破局へと向かう。静と動、、再生と破壊の鮮烈な対比の中に、戦後生き残った老兵を通して人生の意味を問いかける映画史上の収穫」(パンフより)となっている。本当にそうか?について考える。
 さて主人公は太平洋戦争の南方玉砕戦の生き残り老人。かれらがそれぞれの老後の意味を探しながら精一杯生き抜いている。彼らを襲う現代型霊感商法や末期ガンによる死命を制する宣告と犠牲、それによる余生の喪失。最後に霊感商法経営者に対する銃とナイフによる制裁行動と死。そして彼らを取り巻く若い世代の揶揄や真剣さ、迷走などが散りばめられている。要するに戦争体験世代の傷が、ふたたび戦後の経済的虚妄によってえぐられているのではないかというメッセ−ジか?
 私は次のような点で決定的な限界を感じた。第1は、庶民が戦争体験をどう自らのなかで処理し、戦場のトラウマをどう乗り越えていくのかという肝心な点が、被害視点と諦観の枠のなかにとどまり、戸惑いと煩悶のなかで完結していること。第2は、戦争体験をどの方向かへ昇華していればこそ、虚偽を見抜く内在的なちからが育まれているはずが、いとも安易に虚偽商法の世界にからめ取られてしまうという、依存する庶民意識のはかない永劫回帰の連鎖。第3に、黒人のハーフ少年によってわずかに象徴されている他者の眼差し、侵略された側の視点と加害の意識の完全な欠落。第4に、映像技術で云えば、小津安次郎の静謐でなお緊迫にみちている淡々とした息苦しいような描写こそ導入すべきではなかったか。
第5に、ヤクザのような報復行為に終わる無惨な敗退の大団円。もっと矜持に満ちた尊厳ある終息に導かなければ3人自身が哀れな破産者となる。
 結論的に云えば、戦争体験を現代に蘇らせようとして、部分的に現代的な状況との交叉を描いたが、残念ながら映像作家自身の勉強不足と未成熟な内的思想によって、なお今も日本的情緒共同体が残存していることを示した失敗作。所詮40歳に満たない映画監督には、遠く及ばない重いテーマであったのだ。従って森村誠一氏の底浅い評は、氏自身の内省的思想が発酵していないことも同時に露呈している。名古屋今池シネマテイークにて。(2001/11/10 21:08)

[モフセン・マフマルバフ「アフガンの仏像は破壊されたのではない。恥辱の余り崩れ落ちたのだ」]
 イランの映画監督マフマルバフは、最新作『カンダハール』撮影でアフガンの悲惨な現状を目のあたりにした。2000万人の飢えた人の30%が難民として流出し、10%が餓死し、残った60%が餓死に直面している。国連統計(2000年版)では、アフガン人の平均寿命は41.5歳、2歳以下の子どもの死亡率は20%である。彼は撮影していた夜に、砂漠を歩いていたとき、取り残された羊のように集団で死んでいる難民の姿を見た。この幾重にも続く餓死した死体を見て、その後彼は食事をとることができなくなった。大仏を爆破したタリバンの蛮行は罪万死に値するが、大仏爆破を非難する世界は死線を彷徨うアフガン民衆を放置している。石仏は、自分の偉大さなど何の足しにもならないとして、悲惨な現実を救い得ない自らを恥じて、自ら崩れ落ちたのだと彼は云う。石仏は、かれの全ての威厳を以て、この悲劇の無法を屈辱に感じ、パンを求める民衆に不必要な自己を恥じて倒れたのだ。石仏は、貧困、無知、抑圧、大量死を全世界に伝えるために自ら崩れ落ちたのだ。米国を先頭にした報復テロは、ふたたび石仏に対して二重の爆撃を加え、恥辱をふたたび与えているのだ。マフバルバフは、いま映画を辞めて他の職業を探そうと思っている。
 全世界の不法アヘンの90%が2カ国で製造され、その一国がアフガンであり、ヘロインの80%、アヘン系麻薬の50%がアフガンでつくられている。アフガンで麻薬が製造されるのは、自国内で消費されるのではなく、死に至る毒薬を西欧のイスラムの敵に贈るという宗教的正当性で合理化された唯一の財源なのだ。タリバンが治安を回復したのは、対立ゲリラの武装を解除したことと、泥棒の手を切断するという制裁を加えたからであり、以降恐怖に戦く民衆から盗みは絶滅した。最後にイランから追放されたアフガン詩人の詩を掲げる。

  私は歩いてきた。歩いてここから立ち去ろう。
  子豚の貯金箱を持たない見知らぬ人はここを立ち去る。
  人形を持たない子供はここを立ち去る。
  私の流浪の呪縛も、今夜には解けるだろう。
  何も載っていないテーブルは折り畳まれる。
  苦しみの中で私は地平線をさまよい歩いてきた。
  さまよい歩く人はみな私なのだ。
  私は持たぬもの。私は横たわり、ここを離れる。
  私は歩いてきた。歩いてここを立ち去ろう。


                           以上『現代思想』2001年10月臨時増刊号参照。
                                             (2001/11/5 22:57)

[岩井俊二「リリイ・シュシュのすべて」]
 中学生の間で繰り広げられる、無垢な魂がアリ地獄に落ち込んでいくような喪失と汚れの苛烈な描写。パシリ、万引き、援交、レイプ、いじめなどなどありとあらゆる負の現象を散りばめながら、遂に絶望と諦観に至る初期思春期の残酷さの出口のないやりきれなさと、どこかでそれらを共有しているマゾヒステイックな共犯者の倒錯した癒しの感覚。フランスの詩人だったか、「私は20歳だった。それが人生で最も美しい季節だなどと誰にも云わせはしない」(ポール・ニザン『アデン・アラビア』)という言葉が浮かんできた。思春期葛藤を描いた映画では、篠田正浩「少年時代」があったが、そこには未だ越えてはならない共同性の一線と生活の重みがあったが、岩井の作品ではそのような「尊厳」の障壁はいとも簡単に捨て去られ、乾いた虚無と若さが同居する何とも救いがたい状況に少年期を放り出している。確かに大人の公的な共同性から隔絶した独自の空間で、一種の地下組織を構築するギャング期としての少年期の権力闘争は、発達過程の或る段階で必然的に存在してきたし、現在も存在するだろう。
 かって少年期葛藤は、大人世界との対抗的な葛藤を主要な矛盾として存在し、かつ描かれてきたが(『スタンド・バイ・ミー』)、今や少年世界と大人世界は何らの相互承認関係もなく、少年期は少年内部で完結する窓のない世界として描かれている。そこには、どのような意味でも希望の世界はなく、陰惨な自己破滅だけがある。岩井は既成の少年期概念を崩し、もっともミゼラブルな思春期をリアルに描き出すことを通じて、逆に現代のギャング期を乗り越えていく難度の重さを描いているかもしれないが、そのような痛々しい悲惨の闇を越えるかすかな燭光を提示し得ていない。今や少年期は、はるかに大人の世代を越えた経験の重さと冷酷な人間観を醸し出すに充分な条件を備えていると少年達に確信させて終わるのではないか。
 飛躍を交えて云えば、原始的な生を初期条件として、銃を構えて生き抜かなければならない少年ゲリラとしてしか存在し得ない第3世界のような少年期が厳然として地上にあるにも係わらず、そのようなパースペクテイブとの連続性に岩井の視点は届かない。所詮岩井の世界は、大人の世界の日本的集団主義のドロドロした関係が浸透し、その泥沼でのたうちまわって完結する現代の少年期を描き、敢えて云えば映像による暴力を行使する結果に終わっている。
 ただし、これらの少年期の純情かつ無垢な煩悶が、いまやネット上の電子的なコミュニケーションの世界にしか、かすかな救いと癒しの可能性の残滓を残していない・・・・といった情報化社会の虚妄を浮かび上がらせて、バーチャルなコミュニケーションの切なさを描いてはいるが。それにしても、黒表紙で武装されたパンフで、媚びへつらっている凡百の映画評論家の絶賛の言辞には、目を覆うしかない。パルコ・センチュリー・シアターにて。(2001/11/3 21:03)。

[TONY GATLIF『ラッチョ・ドローム』カンヌ映画祭93’或る視点部門賞]
 父親はフランス人、母親はアンダルシア出身ロマであるアルジェリア人映画監督トニー・ガトリフのロマ民族の流浪の生涯を描いた民族叙事詩。ジプシーは、Egypitianエジピト人からきているが、インドのラジャスタンに発すると云われ、11世紀頃ロマは故郷西インド砂漠地帯を出発し、中東→バルカン半島→東欧→フランス→スペイン・アンダルシアへと千年の時を費やして流浪した民族であり、現在欧州で800万人〜200万人が散在していると推定される。彼らなくしてベリーダンスやフラメンコをはじめとする西欧音楽の源流はない。彼らの民族史は、異端者としての差別と迫害の歴史であり、アウシュビッツでは50万人が虐殺された。
 この映画は、ロマ民族の歴史を台詞なしにすべて音楽と踊りだけで描く。彼らの原語はロマ語であるが文字はない。民族の生命を歌と踊りのみで継承し、苦難のはざまを生き抜く原初的なエネルギーは観る者を圧倒するばかりだ。
 私の耳元には、歌に合わせ踊る者を励ます手拍子の音が今でもこだましている。そういえば私たちが手拍子を忘れて久しい。私の学生時代は、連帯の高揚の中で常に手拍子が奏でられたが、今やそれもなくなってしまったかにみえる。迫害された者の生きるエネルギーとしての歌と踊りそして手拍子は、人間の未だ疎外されていない姿の自然の発露であった。久しぶりに私は、現代に復元しなければならない何か豊かで大切なものを想起した。名古屋シネマテーク。(2001/10/26 21:02)

[アボルフォルズ・ジャリリ『ダンス・オブ・ダスト』]
 イラン国内ではすべて上映禁止または撮影禁止処分を受けてきたジャリリ監督の作品は、ヴェニスやナント映画祭でグランプリを得て国際的に評価され、本作品はロカルノ映画祭で銀豹賞を得た。言葉がほとんど排除され、日本語字幕もない、映像と自然音のみで表現される。険しい自然の中での少年の労働とある少女との微かな触れあいの眼差し、とことどころに少年の叫びが発せられ、少年期の不安と諦観の中を生き抜く「生」そのもが浮き彫りとなる。 あまたの映画評論家の慎重な絶賛の辞が捧げられているが、私はイスラム圏の底辺で生きていくに違いない民衆の運命を象徴的に描いたルサンチマンにみえ、イスラム原理主義の風土的な基盤はこのような情景にあるのではないかと感じた。正直に言って、シュールな哲学的神秘性をもったこの映画にはストレートに感情移入できなかった。
 欧米とくに米国流文化の洪水の中で生活している私たちに原始的な心情を喚起する異次元の世界であり、このような異文化理解なくして共生はあり得ないし、その道は遠いな・・・と実感する次第であった。10/19名古屋今池シネマテイークにて。(2001/10/21 9:02)
 
[ジョン・マッデン『コレリ大尉のマンドリン』]
 第2次大戦を背景にギリシャのイオニア地方のケフェロニア島を舞台に、ファッシズムイタリア・ドイツ軍占領下でのイタリア人大尉と島の娘の恋愛を描く。娘の許嫁であるパルチザンに参加する島の漁師である青年(スピルバーグ『太陽の帝国』で主演した時は12歳の少年であった)、独軍参謀と結んで吊される島の娘など、それぞれが地中海の明るい陽光のなかで戦争の悲劇と自分の人生を一致させる。島のギリシャ人の尊厳溢れる態度、ムッソリーニ敗北に故郷への歓喜に震えるイタリア軍兵士、冷酷に処刑を行う独軍がステロタイプではなく、人間臭く描かれる。イギリス映画であるが南欧の魅力溢れる文句なしの佳作。面白い。日本ではなんか湿っぽい描写に終わるテーマだが、なんでこんなに感情豊かに描かれるのか。監督は『恋に落ちたシェイクスピア』の人。古代ギリシャの最初の哲学が花開いた風土はこのようなものであったのか。原作はベルニエールの大ベストセラーで20世紀の100冊に入った。
 フト気がついた。現代西欧映画でナチスの抑圧を背景にヒューマニズムを歌い上げる映画は多いが、何でいつまでも悪役をナチスに求めているんだろうか? イギリス、フランスはナチスに並ぶ植民地支配の経験があるのだが、ナチスと無関係に自らの恥部を描いた映画は少ない。この映画からはずれてしまったが。加害体験はどこの国もシンドイのだろうナ。名古屋駅前ピカデリー劇場。(2001/9/24 16::36)

[神山征二郎『大河の一滴』]
 五木寛之原作・原案、新藤兼人シナリオの『大河の一滴』を観た。五木寛之は、戦時期に満州から引き上げる途中で肉親を失い、早稲田入学後自分の血を売りながら学費を稼いだ作家であり、「さらばモスクワ愚連隊」とか「デラシネの旗」で、熱い社会変革へのメッセージを湛えていた。後期の五木は徐々に諦観や無常の世界に接近したが、男女の愛のテーマは変わることはなかった。
 三國連太郎扮する父親の肝ガンの果てに死に至る描写は、死に遠のいた私にとって想い起こすことの多きシーンであった。肝ガンの苦痛は筆舌に尽くし難く、私の父は全身に転移してもはや苦痛以外のないものもない物体として逝ってしまったが、三國の場合は余りにも安らかな最後であり、人間の尊厳を示して終わっていた。
 父と娘の回想シーンは簡潔に終わったが、息子を1人持つ私は、保育園時代の私が仕事を終えて迎えに行くと、私をみた息子が全身に喜びを表してトコトコ一生懸命私に向かって走り寄ってくる情景が鮮やかに浮かび上がってきた。心優しい私の息子に就寝の布団の中で「バーバパパ」とか「大きな株」といったメルヘンを読んだ束の間の時間も浮かんでくる。
 「人は皆大河の一滴しかし、無数の他の一滴達とともに大きな流れをなして確実に海へと下っていく。高い嶺を登ることだけを夢見て、必死で駈け続けてきた戦後の半世紀を振り返りながら、いま私たちはゆったりと海へ下りながら、また空へ還っていく人生を思い描くべき時にさしかかっているのではあるまいか」と五木寛之氏は云う。残念ながらここには、人が老境に達したときに陥りやすい諦観と肯定の意識がある。私には未完の仕事がいっぱいある。この小さな惑星の裏側で営まれている惨めな生活を横目で見過ごしながら、このような心境に達することはできない。ただし五木氏を非難しているわけではない。このような終了のホイッスルを吹いていいだけの想像できない苦渋の道を彼は辿ってきたのだ。
 久しぶりに重厚なしかも希望を抱く日本映画を観た。(2001/9/17 18:05)

[ロブ・ライナー『スタンド・バイ・ミー』]
 台風15号の接近を聞きながら、何となくTV映画を観た。
 ステーブン・キング原作の少年4人の冒険スト−リーだが一味違う。4人の少年はそれぞれ父親との関係にトラウマを背負っている。死んだフットボールの兄貴に較べて嫌われていると思っているA、ノルマンデイーの英雄である発狂した父親を持つB、犯罪で刑務所に入っているC等々の4人が、はるか離れた地への一泊の冒険を敢行するドキドキするような少年世界が描かれる。強がりの裏に弱さを湛え、それを矜持とともに出し合いながら、深い友情がつくられていく。チンピラとの決闘でその証は示される。最も緊張感溢れる場面だ。
 私の少年期の鮮やかなイメージが浮かび上がってきた。広い河を跨ぐ鉄橋を渡る誘惑は、どんな少年にもあるのか、少年期の私もその誘惑と危険の狭間で遂に渡ることができなかったが、その後列車がきて私が河に転落するシーンは度々夢になって蘇った。この映画でも全く同じシーンが登場した。
 4人の少年はその後別々の道を歩み、大人になっていくのであるが、誰しもこのような胸を締め付けられる郷愁をもって振り返る黄金の少年期を持っているのだ。テーマ曲もなかなかよい。文句なしの佳作!(NHKBS 2001/9/10 23:58)

[アスタ・マニャーナ! ホセ・ルイス・クエルダ『蝶の舌』讃歌]
 8歳の少年が学校の先生と出会い、大自然の驚異を教えられ信頼と尊敬のなかで成長していく。時代は、1931年のスペイン共和制の誕生と1936年の人民戦線政府の成立から、1936年のフランコ反乱を背景としている。先生は、共和制支持のアナーキストであり、教室ではこどもの自主と自由をイキイキと伸ばす授業をする。ファッシズムは、大衆のある種の支持なしに勝利しえないということがよく分かる。市民は私生活の自己防衛から、民主派を攻撃することによって自分の安定を手に入れなければならないところに追い込まれる。少年は、信頼する先生をとるか、家族の安全をとるかの選択を迫られる。そうして逮捕されて連行される先生に向かって、最後石を投げながら「アテオ!」(神を信じない者)と叫ぶのだ。しかし続いて彼は、「蝶の舌!」(野外授業の中身)とも叫ぶのだ。
 欧州映画の重厚さ、文化の深さ、人間の成長の刻み方を、臆病や裏切りといった負の面 を淡々と容赦なく描き、ファッシズムの非人間性を子どもの瞳を通してズシリと訴える。これがハリウッドには絶対にない欧州文化の底深い厚さだ。久しぶりに、なにか人生にまじめに向かい合わなければいけないな・・・・という矜持のような実感を味わった。私個人は、手塩に掛けた子どもから裏切られる教師の哀しみと、しかも尚かつ未来への信頼を捨てない姿が、私自身のあるべき目標に二重写しになった。「アスタ・マニャーナ!」(また明日)名古屋ゴールド劇場。(2001/8/25 20:10)
 
[張揚『SHOWERこころの湯』]
 はじめてこの監督の映画を観たが、中国では珍しいインデペンデントであるらしい。パ
ンフの佐藤忠男や石子順氏は近代化で失われていく共同体の美学といった絶賛であっ
たが、私はその限りでは小津安二郎や山田洋次に似た旧き良き共同体への晩夏とい
った情緒の世界は打たれるものがたったが、何故か違和感が残る。現代中国の現代
化をトータルに衝く普遍的なメーッセージが感じられない。現代的な工業化のなかで喪
われていくものは、唯単に郷愁としてではなく、工業化の中で恢復可能な第3の道があ
ることを訴える方向が求められているのではないか。このようなテーマが社会主義シス
テムでも未解決な課題であることをこの映画は示している。最近の中国映画は、大きな
物語から離れて近隣の人情の世界を描くのが非常に多い。これは検閲と無関係である
のかないのか。何れにしろ民主化挫折以降の中国映画が模索期にあることが分かる。
                      (名古屋シネプラザ4 2001/8/16 20:55)

[ジェラール・コルビオ『王は踊るLe Roi Danse』]
 この監督が『カストラート』の人とは! 太陽王ルイ14世の治世下のベルサイユ宮殿
における権力と芸術の葛藤の極地を描いた重厚な西欧的な歴史の重みとドラマツルギ
ーを覚えさせる。こういうのを見るとヤッパリ駄目なんだよハリウッドは!文化と歴史の
重荷は如何ともし難いんダヨ。日本で言えば勅使河原監督『利休』のような政治と権力
の激闘なんだ。モリエールという希代の喜劇作家も宮廷作家として王の庇護のもとで生
きざるを得なかったんだ。しかし私は、王でアレ奴隷でアレ芸術の先端で生き抜く者のプ
ライドを感じた。初めてバレエ(バレ)の源泉を見たが、当時は自己の権力を暗喩として
伝える政治的なメッセージを含む前衛舞踏でもあったのだ。集団舞踏から個人の自己
表現に転換するルネサンスの狭間にバロック・バレはあり、ダンサーという職業が自立
していく時期でもあったのだ。日本でいえ江戸期の市川団十郎や坂田籐十郎の歌舞伎
スタイルが登場した時代であったのも面白い。私は、アメリカ型新自由主義芸術が如何
に浅薄で儚いものかを実感させた映画であり、西欧芸術文化の歴史的な蓄積の重さを
実感させるものとなった。宮廷芸術の限界があったとは云え。もう一つ面白いのは、王
制システム下においても王でアレ家臣でアレ「I 」or「 You」と呼び合う同一の人称代名
詞しかない個人としては全く対等な関係にある。セゾンセンチュリーホール(2001/8/6
19:06 )。

[ラッセ・ハルストレム『ショコラ』]
 フランスの或る田舎の村は、人間の共同体の善と悪、欲望と救済、伝統と革新、正統
と異端といった人間のテーマを凝縮した象徴として描かれている。観客に外国人がいて
、言語に反応した笑いが起こるのと、字幕を見入る日本人の落差も面白かった。西欧
の重厚な描写は、またまたチマチマした日本映画の軽薄さを自覚させ、到底我々は欧
米に克てないのではないかとさえ思えた。やはり石造建築と石畳の道路は時を越えて
生き残り、コンクリートで満ちあふれた日本的風景を圧倒している。ユーモアとドラマも
含んだこの映画のテーマは、結構重いモノであり、伝統と自由、定住と漂白、福音と救
済、共同体と個などなど微笑の内に語りかけてくる。ショコラ店経営の母娘は、実は真
の福音の伝達者であり、その理解者はアウトサイダーや辺境者から始まるというメッセ
ージは原始キリスト教を思い浮かべる。なにか満ち足りた日常の幸せ感がしみじみと伝
わってくる余韻を残す映画である。星ヶ丘三越劇場。(2001/8/5 17:18)

[宮崎駿『千と千尋の神隠し』]
 或る少女が妖怪や神々のいる世界に迷い込み、既に入っていた少年を助けて帰還す
るという冒険ファンタジーで、宮崎監督は10代の少女向けに作ったと言っているが、大
人も子どもも無条件に楽しめるアニメーションだ。上映中に子どもたちの悲鳴や感嘆の
叫びや溜息が漏れてくるのもなかなかよい。登場する神々は日本の民俗神であり、場
所が湯屋であるという点も意表をついて楽しかった。それにしても宮崎駿の想像力の豊
かさには驚いた。子どもたちは、ハラハラドキドキし時間を忘れたであろう。『もののけ姫
』のドラマツルギーには及ばないが久しぶりに楽しめた映画であった。
 同時にこのアニメは情報技術を駆使する(全編デジタル完成画面、フィルムがない専
用プロジェクター上映)面でも、動画や作画を韓国スタジオに下請けするという面でも、
21世紀のアニメ映画の在り方を示している。宮崎駿は手塚治虫とならぶヒューマンな
映像作家となった。今池国際シネマにて。(2001/7/31 19:35)

[アキ・カウリスマキ『浮き雲』]
 カウリスマキの作品は10数年前か『マッチ工場の少女』の陰影ある冷ややかな描写
が印象に残っており、その作風はこの『浮き雲』でも同じであり、台詞が極端に少なく、
もの悲しさが漂う。ストーリーはともに失業した夫婦が再就職にことごとく失敗し、辛酸を
舐めるが最後に奇跡的なパトロンに遭遇し、新たな希望を見いだすという極々単純なス
トーリーである。フィンランドの独特の風土なのか、薄ら寒い描写が最後の希望に救わ
れてホッとする。舞台は、レストランの従業員の失業と再度の開店であるが、レストラン
で一生を働く人とそこで食事をする人という図式を通して、フィンランドの歴然たる階級
構造が浮かび上がる。この映画(1996年)を観ていると、痛みを伴う構造改革という現
代日本のかますびしいライオン叫びの近未来の実態を描いているようで、本日がその
シナリオへの審判を下す投票日なのだ。NHKはもしくもそれを意図した企画だったとす
ればスゴイが、失業の痛みを乗り越えて幸福に至るという眼目が狙いであれば、完全に
はずれだ。なぜなら、カウリスマキは、最後の希望の裏に累々たる屍があるよ・・・と裏で
訴えている気がしてならないからだ。 (2001/7/29 17:06)

[フェデリコ・フェリーニ『甘い生活』・・・イタリア映画祭から]
 本日は、イタリア映画祭のフェリーニ『甘い生活』を観た。思えば学生時代に、『La
Strad道』のサンパノとジェルソミーナの大道芸人の哀しい物語に胸をしめつけられるよ
うな感動を覚えてから、『81/2』でよく分からん感じを味わい、齢50を過ぎて『甘い生活
』をみた。ローマ・ブルジョア生活の虚飾と退廃が延々170分にわたって展開する。この
作品がつくられた1960年といえば、冷戦システムでイタリア共産党が厳然たる権威を
持って、西欧マルクス主義を先導していた時代だ。恐らく『甘い生活』は、ブルジョアの退
廃の極地を描いて衝撃を与え、多くの若者を左翼に引っ張る役割を果たしたに違いな
い。途中で一度だけ「共産党の裏話を紹介するよ」といって、記者に接近する売文屋が
いたが、政治的なシーンはほとんど登場しない。ローマの風景がふんだんに登場する
ので、かってのイタリア旅行も想い出した。しかし私が言いたいのは、もっと別にある。1
960年代に民衆を驚愕させたブルジョアの退廃は、今はもはや珍しいことではなく、民
衆を含む全社会的な現象として覆っていることである。いまやいたいけな少女が、髪を
染め化粧しまくるしか自己表現を見いだし得ない恐るべき虚飾が進んでいる。フェリー
ニはすでに4半世紀前に、現在の世紀末的な退廃を(21世紀とはいえ未だ20世紀は
清算されていないから敢えて)見抜いていたのだ。ただし、『甘い生活』には、微かな救
いのイメージがある。それは、夏の海岸の海の家で働く少女のけがれなき清らかさとし
て表現されている。フェリーニは、この少女にこそ希望を託し、対極にある滅びゆく退廃
を描ききったのだ。1920年に北イタリアのリミニで生まれたフェリーニは、9歳で息が詰
まる神学校を脱出し、サーカス小屋で暮らし、15歳でビアキンナという少女と家出し、1
9歳でローマに出て詐欺師やペテン師をやり、ある座付き作者として巡業をするなかで
、ジュリエッタ・マシーナと結婚した。ローマ解放後ロッセリーニの『無防備都市』のシナ
リオに協力し、映画界に入った。1993年に死去した時に、伊政府は国葬を持って彼の
死を悼み、国民的な映画監督の業績をたたえた。国葬になったのは他にベルトリッチぐ
らいか(?)。(名古屋シネマテーク 2001/6/24)
                                                           
[余りにも魅惑的な『山の郵便配達』への疑問
]
 緑滴る山村の目を奪うような目映さ、私の幼年期の生育を鮮やかに浮かび挙げて、ビ
ルの谷間に漂う現在の虚妄を直撃した。父と子、子と母、青年と娘、このような原生的
な人間関係のそれ自体の豊かさをストレートに示し、忘れられた否捨ててきた本来のヒ
ューマニイテイを大地の豊かさに直截に浮かび上がらせる。パンフを見ると、全ての映
画評論家が絶賛の賛辞である。私はしかし、現代中国の開発から取り残されてしまっ
た内陸山間部の問題の捨象を感じる。映像が美しいが故に直一層そのような開発から
遮断された前近代の遺された美を見るのである。
 しかし競争や刺激に疲れ果てている現代日本にとっては、イヤ待てよホントの人間ら
しさを浮かび上がらせることは間違いない。間違えばエコロジックなアニミズム讃歌にな
りかねない余りにも美しい映像が繰り広げられる。
 さらに私は云いたい。天安門事件を描けない中国映画界にとっては、中国芸術政策
の最も高次の政策的なメッセージをより洗練された描写で検閲を通過した映画ではな
いのか。この当たりの痛ましさも覚えるのである。(2001/6/16 14:05 名古屋ゴールド
劇場)

[太陽政策の映画「JSA」]
 前評判どおり結構面白い映画であった。北朝鮮の秘密工作員との恋愛を描いた「シュ
リ」に対し、JSAは分断それ自体を若者の視点から描いている。イデオロギーではコント
ロール出来ない南北青年の友情と、それを引き裂く冷酷なポリテイークの現実といった
テーマであろうか。日本人の私が、したり顔で云うのがあまり躊躇われないほど、韓国
のグローバル化が進んでいるとも言える。かって観た「大白山脈」や「スプリング・イン・
ホームタウン」はもっと思想に寄り添うかたちで朝鮮戦争を舞台にした革命派の敗北を
描いたが、JSAではもはやそのような冷戦思想ではなく、ポスト冷戦期を生きる普通の
若者の交流と挫折というかたちで、ヒューマンな統一のメッセージを打ち出している。リ
アルで苛烈な政治課題は、実はこのような何でもない若者の悲劇を通過して解決され
ていくのだろう。太陽政策を進める金大統領の必然性と自信を覚える映画である。主演
のイ・ビョンホンは、北の兵士を撃ち殺す時の心理を、「小学校時代に受けた反共教育
が無意識のうちに染み付いていたからだ」といっているが、演技者はそのように受け取
っているのか? 私は友情を極限で裏切ったものへの怒りの爆発と解釈していたのだ
が。この辺りの映像表現にはもっと深みがあってよいのではとも感じたが、韓国の反共
教育の徹底性も感じた。
 ただし、私は1960年代に北の思想を信じて命を散らした多くの別の若者がいたこと
へも思いをはせる。私の大学時代の知友であり、韓国で北のスパイとして逮捕され、獄
中生活をくぐり抜けて生還した徐勝君(現立命館大学教授)の生涯を想う。なにかモダ
ンともいうべき統一思想の出現を感じた映画であった。それにしても、韓国映画の映像
技術は格段に進歩している。名古屋名鉄東宝2。(2001/5/27 15:35)

[降旗康男監督・高倉健主演「ホタル」]
 知覧特攻作戦生き残りの男2人の戦後史。やはり高倉健は,男も惚れ惚れするような
木訥な魅力がある。しかし、私が最も注目するのはキム・ソンジェ(金山文隆)特攻中尉
だ。おそらく彼は、植民地朝鮮で優秀な少年として日本帝国に自らの祖国の運命を賭
けて、日本陸軍士官学校を卒業したエリート軍人であったに違いない。許嫁を振りきっ
て,戦闘機を離陸させる一瞬に彼の決意は凝縮し、それが何の歴史的意味をも持たな
い無惨な死であることを知っていたが故に、そのような死を強いた日本帝国最高司令
官への痛烈な無言の恨となっている。長男の遺品の受け取りを拒む遺族の尊厳に溢れ
た態度は、そのまま民族の息子である金山中尉の無惨に引き裂かれた同族への悔恨
と怒りの表現であった。戦後の現在まで日本政府から、一片の戦死の連絡も受け取ら
ない遺族達は、一方では、日帝に協力した裏切り者として祖国の指弾を浴びてきたに
違いない。今靖国神社には、朝鮮出身者20,636人、台湾出身者27,656人が合祀
されている(『ジュリスト』No.848 1985/11/10付け)。  
  私は金山中尉に重ねて、私の先輩であり、今は退職されて故郷で暮らしている岸本
直哉先生の兄君である、同じく沖縄特攻作戦で戦死された陸士卒岸本大尉の靖国神
社で見た軍服を想い出す。このように歴史にもてあそばれながら、なおかつ真摯に自ら
の死の意味を追求して散華した無数の無辜の民の累々たる屍体の上に、今も彼らに
極限状況を強いた戦争責任者は生き長らえて微笑しているばかりか、逆に居直って聖
戦として復活させる魑魅魍魎が跋扈し始めている。靖国参拝を云ってはばからない小
泉首相の何たる無感覚か! 「特攻」は人類戦争史上例のない非道の戦法であり、発
案者の大西滝治郎中将本人が「特攻は統率の外道」と自認した。戦後多くの特攻に散
華した青春の無惨が描かれたが、私の印象にあるのは「最後のキャッチボール」(岡本
昭久監督)で、ノーヒットノーランの記録を残した実在の野球選手が、出撃の朝に戦友と
最後の10球を投げ込み、機上の人となった。しかし、いままでの映画は、太平洋戦争を
日本の内側から被害者として告発してきた。日本映画に、はじめて東アジアへの贖罪と
いう視点を導入したという点で、「ホタル」の意味がある。いま同時に公開されている、ア
ジア解放の指導者として日本を描いている「ムルデカ」が、顔を赤らめて舞台から退場
するかどうか、日本の21世紀を占う試金石となるだろう。
 少年期に航空兵への憧れを抱いていた降旗監督は、「絶対に応募するな!」と言い
残して去った少年航空兵3名の遺影を知覧平和記念館で発見したことが、この映画の
作成を決意した。「駅/STATION」でみせた降旗康男監督の描写力は、情念に流される
一歩寸前で抑制するがゆえに、観客により深い感情移入を誘発させる。アメリカ映画に
毒されて、またカンヌやヴェニスの欧米崇拝ばかり追いかけてきた日本映画が、21世
紀に何を描かなけばならないかを問いかけている。21世紀は、過去の責罪を克服する
新たな東アジアの時代の燭光の時代ではないか。名古屋松竹座にて。観客は中高年
で上映中の嗚咽多し。(2001/5/26)
                                        
[Win Wenders『ミリオンダラー・ホテル』]
 パンフを見ると、青山真治が絶賛しているが、内容は何一つ語っていない。ロスアンゼ
ルスの場末のホテルで、猥雑な日常をともにする世を外れた人々の中の、若者のラブ・
ストリーということなのだろうか。最後までよく分からんある種の形而上映画。「詩情溢
れ魂が張り裂けそうなせつないものがたり」だそうだが、なんともピンとこなかった。原案
は世界的なロック・バンドU2の政治世界と切り結ぶボノだそうだ。混沌を混沌のまま放
り出して、観る者へ問いかけるベンダースの手法は、「ベルリン天使の歌」以来変わっ
ていない。そこから人間の救いへの希望を微かに浮かび上がらせる。終わってから考
え込まざるを得ない。演技と映像はさすがと思わせるものがある。定期試験最終日に名
古屋ゴールド劇場で。(2001/5/22 19:53) 

[『永遠と1日』から]
 帰還した詩人のかって抱いたイデーの喪失感を描いたアンゲロプロスの時間意識。私
は、このように自らの命を捧げた証が、見事に裏切られていく祖国への断ち切れない希
望の切れ端をなおも繋げる彼の無念と象徴としての少年にこめた未来へのかすかな希
望を信じる。現代ギリシャがどのようかは知らないが、イデーの狭間にあって多くの知識
人が自らの良心を賭けて捧げた未来への想いの深さを思い知る。重厚なタッチと映像
の美しさは圧倒的な迫真力をもって観ている者を突き刺さずにはいられない。このよう
なメッセージ性と真実の描写力は、チマチマした日本映画にははるかにおよばない。音
楽がまた胸に滲みいる独特のギリシャ的な世界を浮かび上がらせる。私は、テオ・アン
ゲロプロスの世界を無条件に肯定し、私たちが、引き継がなければならない普遍性を持
っていると確信する。凡百の映画評論家よ、去れ!行きて彼の国の映像を観よ! BSで
偶然に観た『永遠と1日』への讃歌とはなった日曜の夜のひとときであった。
(2001/5/20 22:34 )

[『バトル・ロワイアル』批評集成から]
 バトル・ロワイアルを契機に公的機関への表現の自由を制限する法案が審議に入っ
た。ここでは映画そのものへの評価をめぐる代表的な意見を列挙し、判断材料としたい
。ちなみに私は、最初から印象的な拒否感が働いて映画は観ていない。
A:脚本を書いた息子を世に送り出したい監督が、商業主義に毒された不道徳のB級
怪奇パロデー映画に過ぎない
B:この映画を観た10代の若者は「命の大切さが分かった」「人間は一人では生きられ
ないことが分かった」という。ナイフを子どもから取りあげるのではなく、ナイフの使い方
を教えるべきだ。逃げている大人が問題だ。
C:メッセージを伝えることには失敗し、儲けることに成功した映画。DNAに刻み込まれ
た暴力衝動から目をそらすことは出来ないならば、「プライベイト・ライアン」の最初の20
分の死の実相の描写に遠く及ばない失敗作。
D:自分の命は自分で守れ!強い者の言いなりになるな!いつでも必死で生きろ!とい
うエールだ。努力しなくても生きられる現代の若者の目からウロコを落とした。
 E:暴力や悪に目をふさいで、現代を語ることはできないが、問題は暴力表現の質だ。
営々と平和を求めてきた人間の歴史に添った、暴力の哀しみや空しさを滲ませる表現
が求められる。これでは暴力のカタルシスに過ぎない。
F:姿、形を変えた反戦映画である。国家によって空しい殺し合いを強制させる戦争を、
友人殺さなければ家に帰れないという理不尽さに置き換えて、戦争の悪を擬体験させ
ようとした傑作である。以上『シネフロント』293号より筆者編集。皆さんの旺盛な交流
を期待。
                                                           
 [ブラックボード−背負う人]
 サミラ・マフバルバフ(20歳 女性監督)、カンヌ映画祭審査員賞最年少受賞作。父は
名匠モフセン・マフバルバフ。イラン・イラク戦争のなかでの半遊牧民クルド族の悲劇を
描く。数多の映画批評が繰り拡げられるであろうが、私は近代化の波に取り残された原
初的生命に宿るつぶらな瞳と生きるという原点、そこに手を差し伸べる知識人の挫折、
そして人間の究極の尊厳とは何か?・・・20歳の女性監督とは信じられない。それにし
てもイラン系の子どもの美しさ、特に少女の美しさ、化粧しまくる日本の少女のなんたる
無惨・・・・単なる異文化やエキゾチズムを越えた普遍的なメッセージがある。抑えたイラ
ク批判も素晴らしい。何でだう?一連のイラン映画がグローバルな光を浴びているのは
? (2001/5/13 09:11 名古屋シルバー劇場)

[プロパガンダに終わった『スターリングラード』]
 よくできたハリウッドの二番煎じ。なぜ今スターリングラードなのか?なぜ今スナイパー
なのか?第2次大戦の帰趨を決した決戦の意味はもっと別の表現があるんじゃないの
?これでは、レニ・リーフェンシュタール「オリンピア」の芸術的プロパガンダとあまり変
わらないんじゃない?(2001/4/25 栄東宝)といった批評を書いた後に、ジャック・アノ
ー監督のインタビューを読んだ。2人の男の闘う姿は、スターリンとヒットラーという2人
の独裁者の対決の象徴なのだそうだ。『人類創世』『薔薇の名前』『愛人ラマン』などの
西欧文化の深層を描いた彼にしては、いまいちメッセージ性がない。(2001/5/19 9:38
追加)

[米国アカデミー賞授賞式中継]
  ミレニアムアカデミー賞の授賞式中継は、世界を席巻するハリウッド映画の最高峰を
賞するにたる豪華絢爛たる演出であったが、受賞者のスピーチもまた個性溢るる堂々
たるものであった。しかし私はやはり、ヴェニスやカンヌ、ベルリン、モスクワ映画祭のほ
うが映画芸術の視点からは質が高いと思う。アカデミー賞受賞者の誰かが言った「力と
名誉のために」という言葉がその本質を見事に表現していると思う。
  世界覇権国家アメリカ芸術の新自由主義的到達点を、善くも悪しくも象徴しているイ
ベントないしショーではある。要するに勝者の祭典であり、覇権の蔭に彷徨うている第3
世界の視点は求めるほうが無理なのである。この点で、アメリカの苦悩を代表していた
かにみえるスピルバーグが全く登場しなくなったのは、冷戦終焉の現状を示しているの
であろうか。
  それにしても全てのスピーチに登場する家族の全員の名を挙げての感謝の言葉は
、アメリカの人間的な信頼の最後の拠点が家族共同体にしかないことを示している。こ
の背景には、映画社会での熾烈な能力競争を想像させるとともに、祝福の拍手の裏に
何とも云えない虚飾の退廃を覚えるのである。以上が私の率直な感想。(2001/3/27
0:48)

[熊井啓『日本の黒い夏 冤罪』]
 つねに現代史の暗部を描き続けてきた熊井啓監督の松本サリン事件に焦点を当てた
警察・マスコミの共犯による冤罪の告発。オーソドックスにはよくできた社会派ドラマだ
がなにか物足りない。センセーショナリズムや視聴率主義に邁進するジャーナリストの
原点を問うというのが、あまりにも見え透いていて平板な印象に終わった。『帝銀事件』
の時代は充分なメッセージ性を持ったであろうが、このような直截でオーソドックスな切
り込み型では現代の感性からずれているような印象を持つ。
 冤罪被害による苦悩する内面の深奥への接近、スケープゴードへの怨念の集中によ
る心理的なカタストロフイーを味わう民衆的な劣情など、もっと濃密に描き得たのではな
いか。 
 特にマスコミ操作によって、擬似的な正義感の噴出口を得た近隣の河野氏への卑劣
な攻撃はかたちを変えて私たちが自らの日常で味わっている。実はこのような庶民の
唾棄すべき下劣な心情にこそ現代日本の隠された暴かれない原理的な問題が伏在し
ているのではないか。
  このような「大勢順応主義」(加藤周一)こそ、あの太平洋戦争期に全てのマスコミが
ファナテイックに耽溺していった元凶ではなかったか。松本サリン事件の冤罪を見て日
本的心情の問題性が現代にも露わに時代を貫いていることに暗然たる気持ちを持った
。従って、なぜか高校生のナイーブな真相究明のスタイルにもリアルさが感じられなかっ
た。このようなニヒルな感想を持つ私の感性に問題があるのか、是非ともどなたかにう
かがいたいところだ。しかしなおかつ、私は熊井啓監督の愚直なまでの時代に追随しな
い社会派的な感性を立派だと思う。(名古屋ゴールド劇場 2001/3/2519:27)

[没落する中国映画・・謝晋監督78歳のインタビュー「南方週末」3月22日付け]
 1986年の自作『芙蓉鎮』は、「いまならとても撮れない・・・我が民族の大災難を直視
できず、総括と教訓を汲み取らないで回避することは、自分を欺き、人をも欺く悲劇だ・・
・思想を開放し、制限を減らし、探索を激励すること」で、伸び伸び創作できる自由な環
境が求められるとしている。
  改革・開放の裏で政治的な規制はより厳しさを増していることがうかがわれる。市場
経済の導入による権威主義的政治構造の揺らぎを警戒する権力構造の模索があるの
だろう。
 しかし、2000万人を越えるインターネット人口の今後の爆発的な進展は、このような
思想 レベルの閉鎖性を乗り越えていくだろう。海外に出る中国人の激増も権力的規制
の枠を乗り越えるだろう。但し、失業率4%を容認しつつ推進される市場経済戦略の下
で、確実に増大するアウトサイダーの不満がどのように発現するか?苦闘する開発経
済戦略下のポリテイカル・エコノミーは、一種の社会主義的開発独裁のモデルとなるの
であろうか?私の映画批評欄に登場する最近の中国映画は、大きな物語を直截に扱う
よりも、家族や学校での献身型人間像が多いのは、謝晋の談話と無関係ではないのだ
ろう。(2001/3/25 10:45)

[青山真治『EURAKA(ユリイカ』]
 1964年生まれ・北九州出身の青山監督(溜息が出るような生年だ)。第53回カンヌ
国際批評家連盟賞受賞。EURAKAは「我れ発見せり」という意のギリシャ語。この語を
冠した文芸研究誌あり。
  九州の地方都市で発生したバスジャック事件で、生き残った運転手とある兄妹のトラ
ウマとその挫折と癒しと言うには余りに酷な蘇りの3時間を超える物語。繊細な表現は
、研ぎ澄まされた感性の鑑賞者なしには向き合えない。私は残念ながら途中居眠りをし
た。想うにこの地上には、虫けらのごとく死が日常化した野蛮で粗野な感性のマヒする
地域とこの映画にあるような繊細なトラウマに苛まれる地域がある。成熟社会での暴力
の衝撃とトラウマは、およそ第3世界ではその辺りに転がっている日常の断片にしか過
ぎないであろう。しかし青山は、この成熟社会でのトラウマに3時間を超える描写を放つ
。日本での余りにも痛ましい少年少女の事件を見るにつけ、その落差の深淵にめくるめ
くような感慨を覚える。しかし、映画における音や音楽の意味を自覚したのは、『眠る男
』以来久しぶりである。
  柴田三吉氏の『EURAKA』評は秀逸である。暴力の連鎖を断ち切る被害者への共
感的共同体の恢復を彼は問いかけている。日本の現実は逆に被害者への好奇の視線
が集中するおぞましい実態がある。従って登場人物は逃げ続けるなかでしか癒しの可
能性は無かったのだ。37歳の青山真治の今後が楽しみだ。(名古屋ゴールド劇場
 2001/3/23 21:08)

[デビッド・リーン『ドクトル・ジバコ』]
   NHK衛星でみた原作パステルナーク描く、、ロシア革命をバックとした或る医師と2
人の女性の生涯。私の青年期には光を浴びて輝いた『静かなるドン』・『鋼鉄は如何に
鍛えられか』といった革命派作品群に対し、パステルナークや収容所群島は反革命と
は言わないでも冷ややかな扱いを受けていたが、ソ連崩壊後このような評価は逆転し
てしまった。
 デビッド・リーンは亡命派のグループに焦点を当てつつも、純粋素朴に革命の理想に
献身た多くの無名の若者への共感を偲ばせつつ、政治を越えた人間的な高貴さの存
在を見に描いている。とくに遺された娘が恋人とダム建設に従事するラストは、ソ連社
会主義とうシステムの中にも、普遍的なヒューマニテイーが確として存在する世代継承
への暖か眼差しを向けて救われるのものがあった
  想うに時代の規定性から逃れて、如何なる生の在り方も想定できない人間の究極
の姿は現在にあって未来を胚胎しているかどうか」にあるという・・・・単純にして最も困
難なテーゼにあることを、また再び気づかせてくれた。やはり叙事詩的な大河ドラマは、
最高だ!                                            
(2001/3/23 0:47)

[モハマド・アリ・タレビ『柳と風』]
  アッバス・キアロスタミ脚本のイラン映画。カスピ海沿岸の雨が多い地方の村の小学
校。教室のガラスを壊した少年は、教師から強く修理を迫られ悪戦苦闘しながら、仲間
の少年支援を得て、強風の中でたった一人黙々とガラスをはめ込む。全精力を傾けた
この作業も空しくガラスは再び風に煽られて木っ端微塵に砕け散ってしまう。ホントにシ
ンプルなストリーを通じて私たちが喪失している人間の原風景のイメージがある。
  そう云えば私の少年期においても、大人の叱責を受けて懸命に信頼を回復するため
に、ひたすら何かをやりきろうとした体験がうっすらと蘇ってくる。今から想えば、可憐か
つけなげな、繊細なひたむきさの心情を今は喪ってしまっている。子どもの世界を描い
たイラン映からは、いつもこのような児童期のいたいけな世界を想起させられる。
 ひるがえって我が日本の子どもの世界の余りにも傷つけること多き世界の痛みを覚え
る。なぜ貧しい途上国の少年・少女のまなざしは、いきいきと輝いているのか? 文明
や文化の「高度化」は子どもの世界を犠牲にして形成されているのではないか?先進
国においてナイーブさを保持することとはどういうことか?(名古屋シネマテーク
 2001/3/17 23:05)

[『人民の勇気』・・・ボリビア・ウカマウ映画祭から]
  アイマラ語で「真実はこうだ」という意のウカマウ集団は、60年代からラテンアメリカ
の先住民を撮り続け、その集覧が今回上映された。本日が最終日で、本当は「鳥の歌」
・「地下の民」を見たかったのだが、「人民の勇気」ということになった。私にとっては、初
めてのラテン・アメリカ先住民サイドに立った映画であった。
 外資が開発するボリビア鉱山居住区の先住民インデイオの反政府運動に、血の弾圧
を浴びせる政府軍への抵抗を描くハッキリいってプロパガンダ映画である。開発独裁と
資本の原始的蓄積期の原生的労働条件に対するギリギリの生存の闘争と、チェ・ゲバ
ラの社会主義革命論が結合した余りにも素朴な階級間闘争の表現である。
  しかし、ラテンアメリカを始めとする開発途上国の実態は、赤裸々に告発されている
。このような状況を機械的に先進国に適用するゴダールや小川紳介の幼稚さは情けな
い。  (名古屋シネマテイーク 2001/3/16 21:14)
 
[アンジェイ・ワイダ『パン・タデウシュ物語』]
  ポーランド現代史を描いた象徴的な映画監督であるアンジェイ・ワイダの最新作。ア
メリカン・カルチャーに陵辱されていく祖国ポーランドへの矜持(山田洋次)。日本映画(
黒澤明・小津安二郎・小林正樹など)に食い入るように見て感動したワイダ(現在74歳
)の民族的なあまりにも民族的な精神の発露。ポーランド・ロマン主義芸術の最高峰で
あるミツキエビッ チ原作の映画化。1811年〜12年のロシア支配下のリトアニアを舞
台に描く。『クオ・ヴァ デイス』のノーベル賞作家シェンキービッチが読み耽って灯台へ
の点灯を忘れたと言わしめ たポーランド・ロマンの至宝といわれる原作。志高く生きる
者へ勇気と希望を与える 
、映画(高野悦子)。以上パンフからみた賛美の数々の言辞・・・・。
 私が興味を持ったのは、ソ連とスターリン主義権力支配下のポーランド民主化を正面
から描いた名匠ワイダがソ連崩壊後何を描いたかであった。シニカルにみれば、冷戦
崩壊後、東欧のアイデンテイテイーはナショナリズムの修羅場に向かったが、ワイダも
その例外ではなかった。しかし、それは「ノブレス・オブリージュ」といえる尊厳有るナショ
ナリズムであり、星条旗に傾斜するポーランドの若者への深い危機感がある。ロシアに
もナポレオンにも支配されない真の独立をめざす深い文化的な「独立自尊」のメッセー
ジがある。このような民族的な「プライド」はむしろ「こばやしよしのり」に乗っ取られてい
るのが日本の不幸である。
  同時に思い起こしたのは、ポーランド民主化の象徴であるワレサ大統領(前)が、日
本訪問の時に名古屋中京大学での講演で、最前列に座った私は、ワレサ氏と熱い握
手を交わしたことだ。この映画を見てワイダが決して市場原理に屈していないことに励
まされた。それにしてもゾーシャを演じたバフレタ=ツルシ(高校生)は抱きしめたくなる
ような清純・可憐な少女であった。(名古屋グランド5 2001/3/11 21:17)

[太白山脈]   
  朝鮮戦争という民族を分断した熾烈な内戦を或る農村を舞台に描く映画。どちらかと
いえば革命派の青年将校に焦点を当てた政治劇。彼に共感しつつも一線を画する南朝
鮮知識人を肯定する範囲で描かれている。緊迫感有る対決と革命派の敗北の原因が
どこにあったかが首肯できる。一言で言えば急進的な土地改革。最近の韓国映画は、
朝鮮戦争やベトナム戦争における民族の運命の真実をえぐるテーマが、民主化のもと
で一定問いかける許容性がある。チマチマした日本映画の退廃を遙かに凌駕する現代
性と人間のドラマ性を正面から突きつけていて迫力がある。(2000/12/25 東京有楽町
シネマ)

[エリック・ヴァリ「キャラバン」、チャン・イーモウ「初恋の来た道]
  久方ぶりにこころ洗われる映画であり、上映終了後の余韻を味わった。パンフで  
久世光彦氏の評論が秀逸であったが、私は、近代が押し流してしまった共同体が孕ん
でいた原初的な叙情とエネルゲイアを蘇らせる監督自身も予期し得なかったであろうポ
スト・モダンの照射力が魅惑的であった。
  突きつけられている問題は、私たちが喪失しつつある共同体の現代的な蘇りの   
途を切り開くことにある。つまり、貴方自らの生活の現場で、「初恋の来た道」を歩   
む「キャラバン」の人々を消去していないか、問うている。(2001/1/12夜)

[「郡上一揆」と「バトル・ロワイヤル」]
  名古屋の繁華街の映画館で『郡上一揆』を観た。2館ある一方では『郡上一揆』
 他方で深作監督の『バトル・ロワイアル』であり、後者は若者が殺到し超満員で、
 私の方は中高年の観客が数人いるといった風情であった。両者の共通点は、暴
 力の問題であり、江戸期の重税に服し得ぬ一揆と現代の児童の殺し合いである。
 戦後リアリズムを担ったあの深作監督の底知れぬアナーキーへの退嬰は、作家
 精神の無念ともいえる退廃の極地を示している。しかし現代の若者は、バトルに
 殺到している。何なんだ!これは!?
   『郡上一揆』は、正義派武士階級が無知の農民層を指導する黒沢『7人の侍』
 とは異なり、百姓が尊厳ある主体的な主権者として登場している。ここに戦後日本
 の歴史的な差異が明示されているが、剛速球の直截な表現は残念ながら黒沢のレ
 ベルを凌駕し得ていない。メッセージの真摯なイデーとその映像表現とはまた別物
 であることが分かる。しかし、このような正攻法の映画を自主制作で完結した神山
 監督とスタッフに対して、現状の映画製作条件のなかでは最大限の敬意を捧げる。
                                           (2001/1/16夜)

[『かくも長き不在』と『泥の河』]
  私が世界映画史上ベスト・ワンに置くのは、洋画では『かくも長き不在』・邦画では
 小栗康平『泥の河』です。何れも胸を締め付けられるような想いを味わいました。男
 女の愛と友情の違いはあるが、いずれもそれが戦争によって無惨に引き裂かれて
 いくありさまが、胸に浸み通る静謐のうちに描かれる情感溢れるリアリズム映画の
 極地を示しています。
  しかも明日への希望を浮き彫りにするラストシーンは、あらゆる汚濁にもかかわら
 ず、人間への本源的な信頼を恢復させる確かな勇気を与えます。映画を映像技術と
 してしか語れない現代の映画評論を寄せ付けません。
  「人間」ということばは、日本では酸いも甘いもかみ分けた人情のイメージがありま
 が、欧米で「ヒューマン」とは、気高く高貴といった意味で野獣の反対語です。この2
 作品はまさにそんな作品です。(2001/1/28夜)

[イム・グオンテク『春香伝』]
  韓国全羅道で語り継がれてきた国民的口承芸能であるパンソリの哀愁に満ちた朗
 々たる怨唱に載って展開される国民的古典である春香伝の何作目かの映画。李朝
 期の両班貴族の青年と最下層身分である妓生の娘春香の悲恋ドラマツルギー。
  私は、確実に日本の古典芸能や浄瑠璃・演歌の源流が韓国にあることを実感した。
 その悲恋は儒教文化と階級を越えようとする時代の人間的な叫びを直截に表現する
 普遍的なエネルギーを顕わしている。単なるエキゾチズムを越えた文化的連続性を感じ
 た。「科挙」に示された或る限定された能力登用試験制度は、日本の官僚制度にはな
 かったシステムは、その実写とあいまって興味深い儒教的な合理性を示している。
  韓国文化を知る上では必見の映画ではないか。(2001/2/3名古屋シネマスコーレ)

[ラース・フォン・トリアー『ダンサー イン ザダーク』]
  Emailでけなした評価が入っていたのでつい観るのが遅れてしまった。パンフでの評
論はいずれも映像技術評論に過ぎなかった。トリアー監督自身は語っていない強烈な
メッセージ映画ではないかと思う。カネをめぐる葛藤の背後にひるがえる星条旗、法廷
における「共産主義者」の言辞によって、有罪・死刑に全員一致傾く陪審員・・・・・・・・
 特にアメリカの絞首刑が、加害・被害関係者が参列する面前で公開で執行されるシー
ンに私は衝撃を覚えた。西部開拓期の衆人の前で見せ物的に行われる極めて報復的
なあり方が、現代にもかたちを替えて極めて洗練された合理的な形態で行われている。
 映画は、1960年代アメリカの社会状況を移民母子の追いつめられていく極限の日常
を通して訴えている。それは、私に云わせれば「階級」における普遍的なヒューマニテイ
ーと、「死刑」廃止のメッセージそのものではないか。
 『奇跡の海』を含めてのデンマーク映画の独特の無表情な(?)表現、そう言えば『マッ
チ売りの少女』も北欧映画であった。つまりデンマークの社会システムの独自性を仔細に
解明し、西欧におけるその独自の文化的特質の分析なしにこの映画の評論は成立し得
ないのではないか? それにひきかえ何と日本の映画評論家の浅薄さ!!
                                    (2001/2/5名古屋グランド2)

[ベトナム映画「砂の生活」 2000年45回アジア太平洋映画祭最優秀賞]
 戦争で両足を切断した女性ハオを演じるチャン・テイ・ベン。3歳のときダナンでりゅう弾
砲を被弾し、両足を失い、母親と5人の兄弟・姉は死亡。「何度も自殺を考えたが、残され
た父親のことを考えて思いとどまった」。18歳でつくった義足が合わず、25歳の時ベルギ
ー人の手術で整形し、義足をつけた。出演料(2万5千円!)は近く出産する費用に充てる。
 映画では、解放戦線の兵士に求愛する両足のないハオを演じ、ベトナム戦争がもたらし
た悲劇を貧しい漁村を舞台に浮き彫りにする。

 戦争や革命を描いたアジア映画の多くは、かって文革期のプロパガンダやハリウッド的
なアクションが多いなかで、ベトナム映画は無名の民衆に焦点を当てた清冽な表現で訴え
るものであった。敗北を知らなかった世界史上最強の軍事国家であるアメリカ帝国を、唯
一敗戦に至らしめた辺境国家ベトナムは、理念においてはるかに高い次元を持っていた
ことを証明している。アメリカを含む20世紀世界のシステムを震撼させ、アイデンテイテイ
ーの再検討を迫ったベトナム戦争のはかりしえない意味を、21世紀の初頭に再吟味して
みるべきではないか。
 市場型社会主義をめざして苦闘するベトナムは、未だ戦争の痛ましい傷跡をひきずりな
がら歩んでいる。21世紀が直面しているさまざまの課題を、いま・ここで・生きている私に
想起させる映画である。(2001/2/10 10:45)

[When I Dream]
 一世を風靡した韓国映画「シュリ」の主題歌。深夜に聞くと胸に沁みいる調べだ。南北に分
断された緊張のなかで青春を散らした数多の青春群像への鎮魂歌である。あくまで静かに
謳われる名曲であるが、なぜ英語なのかなぜ母国語でないのか?監督に聞きたい。

     I could build a mansion that is higher than the trees
     I could have all the gifts I want
     and never ask please
     I could fly to paris it's at my beck and call
     why do I live my life alone
     with nothing at all

     But when I dream I dream of you
     maybe someday you will come true
     when I dream I dream of you
     maybe someday you will come true
     
     I can be the singer or the clown in any room
     I can call up someone to take me to the moon
     I can put my makeup on and drive the men insane
     I can go to bed alone and never know his name
     
     But when I dream I dream of you
     maybe someday you will come true
     but when I dream I dream of you
     maybe someday you will come true
                                 (2001/2/14 22:25)

[NAGISA なぎさ]
 村本もとかの青春漫画『NAGISA-なぎさ』の映画化。思春期にとまどう少女の湘南の海辺
に生きる一夏のドラマ。そこには、東京と周辺の出自、同世代の階層をバックとする育ちの壁
アウトローへの妖しい魅力、友情の裏切りと恢復など少女をとりまくドキドキするような鼓動が
聞こえてくる。このような夏休み40日への憧憬が過ぎ去っていく寂しさなど、かって私が味わ
った少年期のみずみずしいノスタルジアが蘇ってくる。ほのかに育まれた少年への慕情は、
少年の事故死を以てラストにいたり、少女期の終焉を暗示している。このような感覚は忘れ
て久しいが故に、感情移入するのに一定の努力を要した。
 想うに、このような青年前期に転回する少年期のめくるめく憧憬と未知の世界への滲入の
誘惑と、とりかえしがつかない行為ほど、この時期の2度と帰らぬ存在の意味と美しさを示す
ことはないだろう。佳作である。(2001/2/17 21:45 名古屋キノシタホール)

[イギリス映画「リトル・ダンサー」]
 パルコにあるセンチュリー・シアターに行ったら、偶然に杉浦夫妻と隣席となった。ご夫妻も
かなりの映画好きだ。イギリスサッチャー政権下の炭坑街のストライキを背景に、そこで成長
する天才バレエ少年のサクセス・エクソダスストーリーといってしまえばそれまでだが、英国
特有の階級社会での自己主張と脱出願望を押さえた色彩のなかで描く。背景は前に見た「ブ
ラス」と共通しているが、こちらは脱出にアクセントが置かれている。
 印象に残ったのは、少年や少女が矜持を持とうとする大人として描かれていること、故郷を
脱出して未知の輝かしい社会への不安と決意、それを見送る家族の連帯・・・かって故郷を
捨てた私には、全く同じようなシーンの追体験であった。
 それにしても芸術の世界での出自を問わない才能が全てである厳しさは、また格別のもの
であり、最後にワンシーン登場する英国のトップダンサーであるアダム・クーパーの神格的な
美と迫力は圧巻であった。なぜ日本ではこのようなオーソドックスな作品を生み出し得ないの
であろうか。本日は印象の薄れ得ぬうちに早めに入力した。(名古屋グランド3 2001/2/21 17:15)

[「スプリング・イン・ホームタウン」 アンゲロプロスの再来]
 朝鮮戦争をバックに赤旗と星条旗に翻弄される民衆の姿は、まさにアンゲロプロスと同じ舞
台であり、映像がギリシャの農村と重なり合う悲哀を込めた抑制のある風景だ。特に小学校
の集会で、反共スローガンを唱和するシーンで2人の子どもが腕を振り上げないでじっとうつ
むいている姿や、貧しい自分の母親が米兵相手に売春するのをジッと見て目を背ける情景
は胸を突かれるものがあった。少年を主人公とするこのよう重いテーマが、静謐で淡々とし
た描写のうちに描かれ、時代の激流に翻弄されながらも、そこに一筋の希望のようなものが
語られる点でもアンゲロプロス「シテール島への脱出」と同じく、胸に滲み通る哲学的なメッセ
ージが込められている。
 それにしてもパンフの評論にあの独裁の弾圧をくぐり抜けた金芝河が、「あの時代の癒すこ
とができない戦争の傷跡と、汚辱と、生のダイナミズムを澄んだ映像で静かに辿っていく。そ
の辿っていく行為それ自体がまさに鎮魂であり、癒しであろうとする」という規定に尽きる。何
も付け加えることはない。金芝河は次いで、東洋的神秘と東洋的美学の勝利に引きつけてい
るが、この部分は彼の神秘主義への傾斜を示しており、私には首肯できない。なぜならアン
ゲロプロスのギリシャ的世界と共有する心性世界があるからだ。
 想うに日本近現代史においても、赤旗と星条旗における無名の民衆の道程の無数のドラマ
が累々としてあるはずであるが、なぜこのようなテーマをまっとうに採りあげ、歴史の真実に
迫る映像表現はないのであろうか? 監督・脚本イ・グアンモは、高麗大学卒業後UCLA映画
学科に学び、先端的な欧米映画の洗礼を受けたはずであるが、よく祖国の民衆的レベルの
生活意識に密着し得たと思う。問題は次回作だ。(名古屋シネマスコーレ 2001/2/24 21:27)

[「過年過家 ただいま」・・・現代中国の最前線は極めて古典的ヒューマニズム]
 複雑な家庭内での殺人を契機とする少女の服役と家族回帰のドラマ・・・・日本で製作すれ
ばほとんどボツになるような企画である。激変する市場経済の波に洗われる現代中国のアイ
デンテイテイーの希求が「家族」共同体に向かっていることを如実に示している。文化大革命
を知らない第6世代と云われる張元チャン・ユアン監督の映像表現技術には、もはやかって
のステロ・タイプ的な「大きな物語」は完全に捨象されている。より細部に渡るリアルな音と光
の描写は中国映画のレベルがどこまで到達しているかを如実に示している。
 私はしかし敢えて問いたい想いがある。成熟社会への過渡期にある拠り所が、「家族」に
向かうのだという普遍的なメッセージであるならば、レッセフェーレ・レッセパッセの米国社会
と違わないのではないか。
 「あの子を探して」の女教師の必死の子探しと、「ただいま」の美少女刑務官のいたわりに
もどこか共通性がある。市場化のなかで翻弄される弱者のアウトロー化が進み、どう秩序に
再編成するかという課題が問われているのかもしれない。
 このような社会批評的評論抜きにすれば、現代中国の変貌の一端をうかがい得る代表的
な作品といえる。(名古屋シネプラザ50 2001/2/25 19:33)

[アン・リー『RIDE WITH THE DEVIL 楽園をください』]
 久しぶりに叙事詩的な大河映画を観た。南北戦争で、奴隷州でありながら北部合衆国に編
入したミズーリ州は、戦争開始とともに四分五裂に陥り住民は激しい内部闘争に突入する。
このなかで翻弄される無垢な青年達の純粋であるが故に無意味な殺戮を描きながら、アメリ
カ近代建国史の裏面を暴いていく。
 私が注目したのは、黒人奴隷でありながら奴隷制を守る南部軍に参加する黒人青年であ
り、彼はこのパラドクシカルな挫折を通して自由と解放への途を選択していく。彼に焦点を当
てたほうがより時代の真相に迫り得たのではないか。
 しかしやっぱりハリウッド映画はおおらかで雄大かつ開放感があって堪能する。このような
自国の恥部である映画を台湾人監督アン・リーに撮らせるハリウッド資本も大したモンだ。そ
れにしても「楽園をください」は誤訳に近い意訳ではないか。
                        (名古屋ゴールド劇場 2001/2/28 19:55)
          
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